関連資料 - JAIF 日本原子力産業協会

jaif.or.jp

関連資料 - JAIF 日本原子力産業協会

45shiryo

4.5. 関 連 資 料

以 下 の 資 料 を 収 録 した。

布 村 麗 泉 作 品 一 覧

小 西 俊 雄 作 品 一 覧

ちらし( 英 語 版 、 日 本 語 版 )

「 日 本 書 画 三 人 展 」 経 時 記 録 ( 書 部 門 )

日 本 書 画 三 人 展 「 書 」 部 門 記 録 目 次

同 「 記 録 」 抜 粋

―――「 日 本 書 画 展 」に 参 加 して――― 布 村 恭 子 ( 麗 泉 )

結 びに 代 えて ――― 張 り 合 いと「 書 展 」―――

1


45shiryo

布 村 麗 泉 作 品 一 覧

1. 「 夕 陽 千 樹 鳥 声 寂 涼 月 一 夜 花 影 深 」 漢 詩 。 行 書 。 作 者 不 明 。

多 くの 木 々を 照 らしている 夕 陽 に 似 て、 鳥 の 声 は 寂 しげであり、 庭 いっぱいに

さす 月 の 影 は 涼 しく 花 影 も 深 いようだ。

2. 「 夕 光 のなかにまぶしく 花 みちて しだれ 桜 は 輝 を 垂 る」

佐 藤 佐 太 郎 。

3. 「たんぽぽを 踏 みしと 思 ふ 夜 の 径 」 山 口 青 邨 。

( 私 製 記 念 歴 四 月 参 照 )

4. 「 始 建 国 天 鳳 元 年 玉 門 大 煎 都 兵 完 堅 折 傷 簿 」 木 簡 。 隷 書 。

前 漢 、 前 一 世 紀 。

意 味 不 詳 。 天 鳳 元 年 に 建 国 時 の 負 傷 兵 の 名 簿 か。

( 私 製 記 念 歴 十 二 月 参 照 )

5. 権 量 銘 。 篆 書 。 秦 。 前 三 世 紀 。

始 皇 帝 の 権 力 のもとに 度 量 衡 が 統 一 され、 官 製 の 原 器 を

民 間 に 配 った。それに 刻 まれている 文 字 。

( 私 製 記 念 歴 十 一 月 参 照 )

6. 「 華 ・ 華 ・ 華 」 花 束 の 意 を 示 す 連 字 。

7. (Not displayed)

8. 「 星 」 創 作 。 中 国 古 文 の 字 体 を 図 案 化 。( 私 製 記 念 歴 二 月 参 照 )

9. 「えーでるわいす」 創 作 。 蝋 書 きで。( 私 製 記 念 歴 八 月 参 照 )

10. 「 舞 」 創 作 。 紫 キャベツの 汁 で。

11. 「 鳴 」 創 作 。お 紅 茶 で。

12. 「 落 ち 葉 」 原 作 Paul Verlaine。 上 田 敏 訳 。( 私

製 記 念 歴 十 月 参 照 )

13. 「ふるさとの」 原 詩 三 木 露 風 。( 私 製 記 念 歴

五 月 参 照 )

14. 和 漢 朗 詠 集 から。 平 安 時 代 、11 世 紀 。 伝 藤

原 行 成 。( 私 製 記 念 歴 表 紙 参 照 )

15. (Not displayed)

16. 「 和 敬 清 寂 」 茶 道 精 神 を 表 す 禅 語 。「 和 」「 敬 」は 客 と 亭 主 の 間 、「 清 」「 寂 」は 茶 器 ・ 茶 室 の 状 態 。

( 私 製 記 念 歴 三 月 参 照 )

17. 寸 松 庵 色 紙 。 平 安 中 期 、11 世 紀 。

18. 「 佐 支 み 遅 てこぼるる 花 茂 那 可 りけ 利 」 作 者 不 明 。

19. 短 冊 四 点 。 創 作 。( 私 製 記 念 歴 七 月 参 照 )

• 飛 ぶ 鮎 の 底 に 雲 ゆく 流 れ 可 那 ( 上 島 鬼 貫 )

• 春 の 日 や 庭 に 雀 の 砂 あびて ( 上 島 鬼 貫 )

• 木 蓮 の 軒 くらきまで 咲 きにけり ( 原 石 鼎 )

• 山 路 来 て 何 やらゆかし 菫 草 ( 松 尾 芭 蕉 )

2


45shiryo

小 西 俊 雄 作 品 一 覧

21. 「 露 」 法 語 。 臨 書 。 目 前 の 事 々 物 々の 上 に 真 実 は 堂 々と 現 れている。( 私 製 記 念 歴 六 月 参 照 )

22. 「 日 新 月 新 又 年 新 」 創 作 。 座 右 銘 。 原 典 は「 日 新 日 新 又 日 新 」( 大 学 )。( 私 製 記 念 歴 一 月 参 照 )

23. 「 福 如 雲 」 臨 書 。 原 詩 昭 徳 皇 后 。 詩 意 は「 雲 の 湧 き 出 でるが 如 き 幸 せ」。

24. 「 東 海 の 小 島 の 磯 の 白 砂 に 吾 泣 きぬれてかにと 戯 る」 創 作 。 原 詩 石 川 啄 木 。

( 私 製 記 念 歴 九 月 参 照 )

25. 「 魚 不 出 淵 国 之 良 幹 乗 愛 在 民 」 臨 書 。 原 典 張 遷 碑 ( 第 三 段 )、 後 漢 、 二 世 紀 。

「( 陳 留 己 吾 の 人 、 張 遷 公 は) 魚 が 淵 から 姿 を 見 せぬようにひかえめであった。

国 に 役 立 つ 立 派 な 才 能 は 愛 情 を 人 民 に 注 ぎ(あの 盛 んな 甘 とうのように 彼 ら

から 慕 われた。――-)」

26. 「 鳴 鳳 在 樹 白 駒 食 場 化 被 草 木 」 臨 書 。 原 典 智 永 千 字 文 。 隋 代 か。「 天 下 が 良 く

治 まれるときは、 鳳 凰 が 梧 桐 の 木 にとまり、 明 君 が 上 に 在 りてよく 人 材 を 用

いるときは、 在 野 の 賢 者 が 駒 に 乗 って 君 の 所 に 至 り、 乗 ってきた 白 い 馬 が 牧

場 で 若 葉 を 食 らう。 明 君 の 徳 の 及 ぶ 所 は、ただ 人 のみにあらず、あまねく 地

上 の 一 木 一 草 に 至 るまでみなその 所 を 得 、その 幸 福 は 国 外 までも 及 んだ。」

3


45shiryo

Art Exhibits --- Japanese Paintings and Calligraphy, 1-19 February 1999 ---

( with cooperation of VIC Art Club)

Mrs. Gyokkei (Michiko) Shirayama (Paintings),

Mrs. Rei-sen (Kyoko) Nunomura (Calligraphy), and

Mr. Toshio Konishi (Calligraphy)

We are looking forward to your visit.

Mrs. Gyokkei (Michiko) Shirayama

Born and raised in Yokohama, Japan. After completion of study in literature at Keio

University her interest extended more toward artwork.

During the period of 1979 to 1993, she studied Japanese New Sumie Art at Suka

Art Institute in Yokohama with Master Gogodo Suka and became a registered

active member of Bokuyokai.

As a member of Bokuyokai Artist Association, she has been participating in a

group exhibition every year at the Mitsukoshi Art gallery and also during

exhibitions held in Holland in 1988, and in France in 1989 under the sponsorship of the European

Community.

Since 1993 she lives in Vienna accompanied by her husband, Dr. S. Shirayama, a staff member of the

Agency.

Mrs. Rei-sen (Kyoko) Nunomura

lives in Yokohama, Japan. She studied at

the Ochanomizu Women’s University in

Tokyo. While working as a high-school

teacher, she studied calligraphy at the

Naniwazu Calligraphy School in Tokyo

with Calligraphy Master Houshun Noda

since 1974 to 1979, and at the

Contemporary Calligraphy Association

with Master Touka Okada since 1990.

After receiving Special Awards at the

Contemporary Calligraphy Exhibition

for three consecutive years, she was

nominated in 1998 as a judge

(examining staff) for the Exhibition by

the Contemporary Calligraphy

Association.

Her career is honoured with awards at the following exhibitions:

1978 Selected for the award at the Mainichi Calligraphy Exhibition

1992 and 1993 Awarded for the excellence work at the Contemporary Calligraphy Exhibition

1993 and 1994 Awarded for the excellence work at the Lifework Art Exhibition sponsored by the

Japan Broadcasting Corporation (NHK)

1994 and 1995 Encouragement Award at the Contemporary Calligraphy Exhibition

1996, 97, and 98 Special Award at the Contemporary Calligraphy Exhibition

On the first day, 1 February 1999, from about 5pm she will demonstrate calligraphy.

Mr. Toshio Konishi is a staff member in the IAEA since 1995. He studied nuclear engineering at the

University of Tokyo and has worked as a nuclear engineer. He studied calligraphy

since 1990 in Tokyo at the Saisho-ji Calligraphy School with Master Shi-sen Mikumo

to the level of “First Kyuu” and privately with Mrs. Rei-sen Nunomura until he came

to Vienna. He has no established record as a calligrapher, but he loves it and he

coordinated this exhibition. He is also well known as a mountain hiker and a

Toastmaster among friends.

4


45shiryo

国 外 にいても 忙 しさを 感 ずる 年 の 瀬 です。 皆 様 ご 健 勝 のことと 存 じます。この 暮 は 日 本 で 迎 えます。 明 年

も 引 き 続 きのお 付 き 合 い 宜 しくお 願 い 致 します。 今 年 は 念 願 の Grossglockner 登 頂 を 果 たす 一 方 で 初 の 入

院 生 活 も 経 験 し、 健 康 の 有 り 難 さを 再 認 識 しました。ウィーン 生 活 後 半 を 迎 え 明 年 も 良 い 思 い 出 を 貯 めた

いと 思 います。 皆 様 にも 平 和 な 年 であります 様 に。

これを 機 に 下 記 「 日 本 書 画 三 人 展 」を 案 内 させて 頂 きます。 恥 ずかしながら「 書 」で 参 加 します。なお、 初

日 夕 刻 展 示 場 にて 簡 単 なパーティと、 私 の 日 本 での 書 仲 間 ・ 師 である 布 村 麗 泉 さんの 実 演 を 計 画 中 です。

お 運 び 下 さい。

1998-12-22 小 西 俊 雄 Greinergasse 42/1, 1190 Wien, Austria

――― 日 本 書 画 三 人 展 ―――

・ 会 場 : 国 際 連 合 機 関 ウィーン 地 区 本 部 内 展 示 場 (A 塔 一 階 )

・ 期 間 :1999 年 2 月 1 日 ( 月 )-2 月 19 日 ( 金 )

・ 出 品 者 :

白 山 玉 谿 ( 通 子 ):「 絵 」。

布 村 麗 泉 ( 恭 子 ):「 書 」。

小 西 俊 雄 :「 書 」。

白 山 玉 谿 ( 通 子 ):「 絵 」。

慶 応 大 学 にて 文 学 専 攻 。 以 後 、 芸 術 に 転 ず。1979 年 -1993 年 、 横

浜 須 加 五 々 道 美 術 協 会 にて 墨 絵 を 学 ぶ。 墨 瓔 会 会 員 。 三 越 芸 術 ギ

ャラリーの 墨 瓔 会 展 に 毎 年 参 加 の 傍 ら、オランダ(1988 年 )、フラ

ンス(1989 年 )で 開 催 された 欧 州 共 同 体 (EC) 主 催 の 展 示 会 に 招 待 参

加 。1993 年 からウィーン 在 住 。IAEA 白 山 新 平 氏 夫 人 。

布 村 麗 泉 ( 恭 子 ):「 書 」。

お 茶 の 水 女 子 大 学 卒 業 。 現 在 女 子 高 校 教 員 。 東 京 なにわず 書 芸 社

野 田 萠 春 師 (1974-1979)、 現 代 書 作 家 協 会 岡 田 櫂 歌 師 (1990-)に

師 事 。 現 代 書 作 家 協 会 所 属 。 現 在 、 現 代 臨 書 展 審 査 参 与 。

1978 毎 日 書 道 展 入 賞

1992,1993 現 代 臨 書 展 秀 作 賞

1993,1994 日 本 放 送 協 会 (NHK) 生 涯 作 品 展 秀 作 賞

1994,1995 現 代 臨 書 展 奨 励 賞

1996-1998 現 代 臨 書 展 特 別 賞

なお、 初 日 2 月 1 日 ( 月 ) 夕 刻 会 場 にて 実 演 を 予 定 。

小 西 俊 雄 :「 書 」。

1995 年 より IAEA エネルギー 局 勤 務 。 東 京 大 学 にて 原 子 力 工 学 専 攻 。

1990 年 から 1995 年 まで、 東 京 最 勝 寺 三 雲 紫 泉 師 に 学 ぶ。 全 日 本 書 芸

文 化 院 認 定 一 級 。 無 所 属 。 書 家 としての 実 績 はないが、 書 を 愛 し、 趣

味 とし、 本 三 人 展 を 企 画 。 登 山 の 趣 味 を 知 る 人 も 多 い。

5


45shiryo

「 日 本 書 画 三 人 展 」 経 時 記 録 ( 書 部 門 )(1998 年 3 月 -1999 年 10 月 )

1998/3/4 日 本 人 会 で「 絵 と 木 彫 り 展 」 企 画 ( 白 山 、 猪 川 ) 情 報 、「 書 」 参 加 を 申 入 れ。

1998/3/8 布 村 麗 泉 ( 恭 子 )さんに「 書 展 」 招 待 参 加 の 打 診 。

1998/3/21 麗 泉 「 書 展 参 加 前 向 き 検 討 」の 答 で 具 体 案 検 討 に 入 る。 小 西 も 参 加 の 方 向 。

1998/3/31 会 場 写 真 麗 泉 へ。 展 示 点 数 等 概 略 の 構 想 相 談 に。 展 示 面 大 中 小 各 2,6,1 面 で 計 画 。

1998/4/12 麗 泉 「 書 展 」 参 加 確 定 。 展 示 時 期 調 整 へ。 年 内 不 可 能 で 猪 川 の「 木 彫 り」 断 念 。

1998/5/26 展 示 会 時 期 確 定 (1999/2/1-19)。 同 時 に 麗 泉 来 墺 予 定 暫 定 (1999/1/31-2/6)。

展 示 会 までの 小 西 側 準 備 概 略 工 程 検 討 ( 制 作 、 表 装 、 広 報 計 画 等 )。

1998/7/2 布 村 麗 泉 への 正 式 参 加 依 頼 状 発 送 (7/6 付 け)。その 足 で Grossglockner へ( 登 頂 7/6)。

1998/8/7 小 西 候 補 作 品 写 真 を 麗 泉 へ。

1998/8/31 「ちらし ( 英 独 日 )」 作 成 に 着 手 ( 小 西 )。 表 装 候 補 数 点 を 東 京 へ。

1998/9/9 麗 泉 より「 実 演 」の 提 案 届 く。 入 院 中 に 構 想 練 る( 小 西 (9/9-18))。

1998/9/21 麗 泉 より 試 作 品 写 真 届 く。「あと 一 ヶ 月 」と 双 方 で 詰 めの 作 品 作 り。

1998/10/19 小 西 作 品 四 点 、 麗 泉 へ 表 装 依 頼 。 広 報 活 動 に 着 手 。 展 示 面 大 中 小 各 2,7,1 面 で 確 定 。

1998/11/24 VIC Toastmasters Club で PR スピーチ ”ABC of Calligraphy”( 小 西 )。

1998/12/10 東 京 で 表 装 完 成 ( 確 認 は 麗 泉 )。この 頃 から「ちらし」 随 時 配 布 ( 小 西 )。

1998/12/31 UNO 職 場 誌 ECHO (No.200) に PR 記 事 掲 載 ”Painting with Writing” ( 小 西 )。

1999/1/5 麗 泉 来 墺 旅 程 確 定 (1999/1/30-2/5)。 実 演 方 法 、 具 体 的 展 示 案 等 概 ね 最 終 協 議 。

1999/1/6 表 装 済 み 作 品 航 空 便 にて Wien へ 発 送 ( 麗 泉 )。

1999/1/16 麗 泉 滞 墺 中 日 程 等 相 談 ( 作 品 配 達 1/18、Wien へは 1/11 到 着 済 み)。

1999/1/21 展 示 場 レイアウト、パーティ 段 取 り 等 白 山 と 最 終 調 整 。

1999/1/28 外 部 からの 初 日 参 列 者 名 簿 届 け 出 ( 日 本 人 学 校 関 係 者 は 1/31)。

1999/1/30 作 品 搬 入 、 仮 配 置 。 麗 泉 夫 妻 夕 刻 来 墺 、 会 場 一 見 。

1999/1/31 麗 泉 夫 妻 と 展 示 準 備 ( 麗 泉 17 点 、 小 西 6 点 )。 快 晴 。 一 方 で 絵 の 白 山 。

1999/2/1 (am) 会 場 確 認 、 国 連 内 案 内 、 広 報 資 料 収 集 。(pm)UNIDO 滝 沢 氏 訪 問 、 実 演 準 備 。

1999/2/1 (pm) 五 時 オープニングパーティ、 実 演 約 2 時 間 ( 小 西 ・ 一 般 参 加 ・ 麗 泉 の 順 )。

観 客 50 余 名 。 喜 んでくれる 仲 間 、 麗 泉 に 感 心 する 観 客 。 最 後 に 希 望 者 に 色 紙 。

1999/2/3 麗 泉 、UN Women’s Guild 訪 問 、「 作 品 売 上 金 を 国 連 に 寄 付 を」。 最 終 手 続 きは 小 西 。

1999/2/5 麗 泉 夫 妻 帰 国 。 雨 風 の 中 離 陸 時 のみ 快 晴 。

1999/2/15 玲 子 さん 夫 妻 、 展 示 会 のため 香 港 より 来 墺 。

1999/2/19 展 示 会 終 了 。 作 品 購 入 希 望 は 麗 泉 作 品 二 点 、 小 西 作 品 一 点 。

1999/2/20 作 品 撤 収 。 麗 泉 作 品 日 本 へ 返 送 (2/22、 到 着 2/28)。

1999/2/26 作 品 売 り 上 げ 金 寄 付 手 続 き(UN Women’s Guild)。 麗 泉 7000ATS, 小 西 3000ATS。

1999/6/1 「 日 本 書 画 三 人 展 」 書 部 門 記 録 ( 初 稿 )。

1999/6/30 語 学 教 室 Journal に 報 告 記 事 ”Ausstellung japanischer Kalligraphie”( 小 西 )。

1999/7/5 「 作 品 を 来 年 のカレンダー 図 柄 に」と 現 地 法 人 (Takeda Pharma) より 申 し 入 れ、 麗 泉 了 承 。

1999/7/16 「カレンダー」 計 画 Takeda Pharma より 取 り 消 し 連 絡 、 残 念 。

1999/10/15 「 日 本 書 画 三 人 展 」 書 部 門 記 録 完 成 。

6


45shiryo

日 本 書 画 三 人 展 「 書 」 部 門 記 録 目 次

はじめに

1. 書 画 三 人 展 ちらし( 英 語 版 )

2. 展 示 作 品 ( 一 覧 及 び 写 真 )

3. 会 場 での 展 示 作 品 と 作 者 と

4. 書 実 演 プログラム、 実 演 風 景 とオープニングパーティ 写 真

5. 書 部 門 経 時 記 録

6. 国 連 児 童 福 祉 活 動 への 寄 金 感 謝 状 (United Nations Women’s Guild)

7. 「 日 本 書 画 展 に 参 加 して」 布 村 麗 泉 ( 恭 子 )

8. 結 びに 代 えて ―― 張 り 合 いと「 書 展 」―― 小 西 俊 雄

9. 関 連 資 料 ( 別 冊 )

01. 「 三 人 展 」ちらし( 英 独 日 版 )

02. 布 村 麗 泉 参 加 依 頼 状

03. トキワ 松 学 園 中 学 宛 て「 書 展 」 参 加 届 書 ( 布 村 麗 泉 )

04. 布 村 麗 泉 参 加 感 謝 状

05. Certificate of Contribution (United Nations Women’s Guild)

06. Toastmasters Club Speech “ABC of Calligraphy” (1998 年 11 月 )

07. UNO/Wien 職 場 誌 ECHO に 解 説 記 事 “Painting with Writing” (1998 年 12 月 )

08. ART Club NEWSLETTER (1999 年 1 月 )

09. 国 連 関 係 者 以 外 の 初 日 参 列 者 リスト

10. 展 示 会 反 響 の 一 部 ( 文 書 にて 着 信 分 )

11. 関 連 写 真 ( 国 連 内 外 )

12. 語 学 教 室 Journal “Ausstellung der japanischen Kalligraphie” (1999 年 7 月 )

13. 絵 画 部 門 作 品 ( 白 山 玉 谿 ) 写 真

14. その 他

7


45shiryo

―――「 日 本 書 画 展 」に 参 加 して―――

布 村 恭 子 ( 麗 泉 )

ウイーン 在 住 の 小 西 さんから、「 国 連 で 書 展 をやりませんか」という 思 いがけないお 手 紙 を 頂 いた

のはまだ 春 も 浅 い 頃 でした。ちょうど 息 子 の 邦 弘 一 家 が 来 宅 している 時 に 届 いたので 皆 で 大 騒 ぎして 拝 見

しました。 細 々と 書 を 続 けているとは 言 え、 勤 務 のかたわらでもあり、とても 世 に 問 うような 実 力 がある

とは 思 っていません。とんでもないことだと 思 ったものの、「 真 面 目 に 考 えてください」との 言 葉 に 考 え

直 し、 可 能 かどうかともかく 書 作 のアイデアを 練 ってみることにしました。

外 国 でのことですし、 展 示 面 での 構 成 の 変 化 を 工 夫 したいと 思 い、 淡 墨 のにじみを 生 かした 少 字 数

の 作 、 現 代 詩 、 軸 装 の 短 歌 、 俳 句 、 英 語 ・ドイツ 語 を 墨 で 表 現 し--など 考 えている 内 に 楽 しくなり、 見

通 しがついて 来 たように 思 えて 来 ました。できれば 一 生 に 一 度 は 個 展 を--と 漠 然 と 考 えていたこともあ

り、その 夢 がウイーンの 国 連 展 示 場 を 舞 台 として 実 現 するのならこれは 願 ってもないチャンスかも 知 れな

いと 心 を 決 めてウィーンに 連 絡 したのは 一 ヶ 月 位 経 った 頃 でしょうか。 書 の 岡 田 櫂 歌 先 生 も 喜 んで 相 談 に

乗 りましょうとおっしゃってくださったのは 心 強 いことでした。

勤 務 先 の 学 校 に 影 響 の 少 ない 時 期 をとお 願 いしましたが、 結 局 会 期 は 二 月 初 旬 とのこと、しかし 校

長 先 生 から「 勤 務 免 除 の 扱 いにして 応 援 する」との 快 諾 を 得 て、 遂 に 正 式 に 参 加 を 決 意 するに 到 りました。

ウイーンから 正 式 の 招 待 状 も 到 着 しました。それからは 題 材 を 探 し、 字 体 を 考 え、 試 作 を 重 ねて 大 変 充 実

したワクワクと 心 弾 む 日 々でした。「こんどこんな 作 品 ができた、 次 はこんな 構 想 を 考 えている」と 香 港

にいる 娘 玲 子 に 報 告 し、その 都 度 喜 んでくれて 張 り 合 いのある 楽 しい 数 ヶ 月 を 過 ごすことができました。

夏 にお 茶 の 水 大 のクラス 会 で 計 画 を 発 表 したところ、 皆 さん 喜 んでくれ、ウイーンには 和 服 を 着 て

行 きなさいね、とか、 会 場 で 是 非 デモンストレーションをするといいわよなど、いろいろ 言 われて、つい

小 西 さんに 実 演 のことをもらして 結 局 恥 ずかしくも 決 行 !することになったのはよかったのか 悪 かった

のか。 時 に 蛮 勇 を 振 るうことがあるのは 慎 まなければと 反 省 しています。

秋 になり、 作 品 が 揃 い 表 装 も 完 成 。 清 雅 堂 の 若 いすてきな 有 川 さんがそれぞれの 雰 囲 気 に 合 わせて

表 装 の 材 質 、 色 合 いを 工 夫 してくださり、 拙 い 作 も 見 違 えるように 生 命 をもらい、 感 動 しました。 寸 松 庵

色 紙 の 軸 を 開 いたときにあふれ 出 た 薄 紫 の 気 品 あふれる 香 気 は 忘 れられません。 年 があけて 作 品 を 発 送 し、

渡 墺 の 日 が 近 づいて 来 ました。 外 国 への 一 人 旅 の 経 験 はなく 心 配 していた 処 、 夫 が 同 行 してくれることに

なったのはありがたかったと 思 っています。

会 場 では、 小 西 さんの 伸 びやかな 書 、 白 山 さんの 細 緻 な 美 しい 絵 と 並 び、 力 不 足 で 恥 ずかしい 気 も

しましたが、 皆 さんの 暖 かい 言 葉 に 励 まされる 思 いがいたしました。 初 日 のオープニングには 国 連 大 使 を

はじめ、 国 連 アート・クラブのメンバーの 方 々、 各 国 の 国 連 職 員 の 方 々など 大 勢 の 方 が 来 場 してください

ました。 英 語 での 作 品 紹 介 を 会 場 で 終 えたあとの 実 演 は 小 西 さんの 即 妙 な 司 会 進 行 でスタート、 初 めは 緊

張 で 筆 を 持 つ 手 も 震 える 思 いでしたが、 次 第 に 表 情 も 手 もほぐれてきたように 思 います。そこで 書 いた 淡

墨 の 作 品 、 色 紙 類 などをお 客 様 が 喜 んで 持 ち 帰 ってくださり、 嬉 しいような 申 し 訳 ないような 複 雑 な 気 持

ちでした。

日 本 文 化 紹 介 を 通 じての 国 際 親 善 、 国 際 交 流 という 目 標 にどの 程 度 到 達 出 来 たか 疑 問 ですが、 私 個

人 にとっては 希 有 な 経 験 であり、 得 難 い 想 い 出 となりました。このような 企 画 を 準 備 し、 現 地 での 諸 手 続

きを 引 き 受 けて 開 催 までこぎつけてくださった 小 西 さんに 感 謝 しています。

8


45shiryo

結 びに 代 えて ――― 張 り 合 いと「 書 展 」―――

私 の 職 場 に「 日 新 月 新 又 年 新 」の 字 が 掛 けてある。 拙 い 自 書 だが 気 に 入 っている。 原 典 は 勿 論 、「 日

新 日 日 新 又 日 新 」( 大 学 )である。 張 り 合 いを 持 って「 日 々に 月 々に 年 々に 新 たなり」が 最 近 の 私 の 座 右

銘 である。「 張 り 合 いの 持 てる 人 生 は 素 晴 らしく、ありがたいことです。 仕 事 であれ、 趣 味 であれ、 人 で

あれ、、。」 近 年 、 知 人 宛 に 書 いた 言 葉 である。「 張 り 合 い」とは 何 か。どんな 境 遇 にあるにしろ、それが

あるから 努 力 の 活 力 が 出 る、 向 上 心 が 生 ずる、 希 望 が 持 てる、 人 生 に 喜 びを 感 ずる、そんなものではなか

ろうか。 人 それぞれで 形 は 違 うだろう。 違 うだろうが、「 張 り 合 いの 持 てる 人 生 は 素 晴 らしく、ありがた

い」、 心 からそう 思 う。

四 年 前 からウィーンの 国 際 原 子 力 機 関 IAEA で「 真 水 」の 仕 事 に 携 わって 来 た。 原 子 力 機 関 で「 水 」

とは 奇 異 に 響 くかも 知 れない。それは「 水 」の 問 題 に 原 子 力 が 貢 献 できるかと 言 う 取 り 組 みであり、 私 が

日 本 の 原 子 力 開 発 の 中 で 育 ったからで、 人 類 全 体 の 身 近 な 問 題 に 国 連 機 関 で 経 験 が 生 かせることに 張 り 合

いを 感 ずるのである。

前 置 きが 長 くなってしまった。「 真 水 」の 問 題 が 仕 事 の 張 り 合 いとすれば、「 日 本 書 画 三 人 展 」を 催

すことが 出 来 たのは 趣 味 の 上 での 張 り 合 いであった。 企 画 着 手 からほぼ 一 年 、ウィーンのアパートの 二 枚

の 畳 で 師 のないまま 作 品 に 苦 労 するのも、アートクラブの 事 務 局 や 他 の 二 人 の 出 品 者 との Coordination も

張 り 合 いであった。もう 一 つの 趣 味 である 登 山 (Grossglockner, 3798m, 98.7.6)や 思 いがけない 入 院 ( 耳 下 腺 腫

瘍 除 去 手 術 98.9.9-18)と 重 なって 忙 しくもあったが、 終 わってみれば 張 り 合 いのある 楽 しい 一 年 だった。

寺 子 屋 時 代 の 三 雲 紫 泉 先 生 には 手 紙 で 朱 を 入 れて 頂 いた。 表 装 をお 願 いするため 秋 に 作 品 を 麗 泉 さ

んに 送 ったら、 意 外 にも 誉 めて 頂 いて 感 激 もした。 趣 味 を 兼 ねて 作 った 英 独 日 三 カ 国 語 のちらしや 英 語 ク

ラブでの 広 報 スピーチ、 職 場 誌 への 解 説 記 事 投 稿 等 、 何 れも 楽 しく 進 めることができた。 展 示 初 日 に 集 ま

ってくれた Hiking Club や Toastmasters Club の 多 くの 仲 間 が 作 品 を 見 るのみでなく 実 演 にも 参 加 して 楽 し

んでくれた。 張 り 合 いは 実 を 結 んだと 思 った。あらためて「 張 り 合 いの 持 てる 人 生 は 楽 しい」と 思 った。

私 としては 質 量 共 に 限 られた 作 品 での 参 加 ではあったが、 個 人 レベルでの 文 化 交 流 と 言 う 目 的 は 多

少 なりとも 達 成 できたと 思 うのは 自 画 自 賛 か。 会 場 外 で 聞 こえてくる 声 も 好 意 的 だった。「 展 示 を 見 た、

素 晴 らしかった」と 後 日 声 を 掛 けてくれた 見 知 らぬアメリカ 婦 人 、「13 番 のイラスト 入 りの 詩 が 良 い」と

言 ってくれた 日 本 人 幹 部 、「『 露 』を 自 分 にも 追 加 で 書 いて 欲 しい」と 言 ってきたオランダ 人 、「 変 化 のあ

る 色 の 墨 が 面 白 い」と 話 し 掛 けてくれた 地 元 のオーストリア 人 、また、 初 日 にもらった 色 紙 にお 礼 の e-mail

をよこしたフランス 人 、ロシア 人 等 等 。その 中 には、 作 品 の 購 入 希 望 もあり、 麗 泉 さんの 趣 旨 で、 売 上 金

は 世 界 の 子 供 たちのための 国 連 活 動 に 全 額 寄 付 をした。

布 村 麗 泉 さん 夫 妻 には 有 職 の 身 でありながら 遠 路 来 て 頂 いて 心 から 感 謝 している。 芸 術 に 縁 のなか

ったこの 自 分 に 素 晴 らしい 思 い 出 が 出 来 たと 喜 んでいる。 (99-06-01 小 西 俊 雄 )

9

More magazines by this user
Similar magazines