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日本語 - JCIC-Heritage

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序 文

夜 明 けの 大 地 へ―ミャンマー 文 化 遺 産 保 護 の 支 援 に 向 けて

我 が 国 では、2006 年 に 公 布 された「 海 外 の 文 化 遺 産 の 保 護 に 係 る 国 際 的 な 協 力 の 推 進 に 関

する 法 律 」により、 海 外 の 文 化 遺 産 保 護 に 係 る 国 際 協 力 について 国 や 教 育 研 究 機 関 の 果 た

すべき 責 務 や 関 係 機 関 の 連 携 強 化 等 の 国 が 講 ずるべき 施 策 が 定 められた。 同 時 に、 国 内 の

政 府 機 関 、 教 育 研 究 機 関 、NGO 等 が 連 携 組 織 を 形 成 し 協 調 的 な 共 通 基 盤 を 確 立 すること

を 目 指 して、 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム( 以 下 コンソーシアム)が 設 立 された。さ

らに2007 年 には、「 海 外 の 文 化 遺 産 の 保 護 に 係 る 国 際 的 な 協 力 の 推 進 に 関 する 基 本 的 な 方

針 」が 外 務 省 ・ 文 部 科 学 省 より 告 示 された。

コンソーシアムは、その 活 動 の 中 で 文 化 遺 産 国 際 協 力 に 関 する 調 査 研 究 を 行 い、 我 が 国 の

文 化 遺 産 国 際 協 力 を 推 進 するために 必 要 な 情 報 収 集 を 行 っている。これまでに、ラオス、

モンゴル、オーストラリア、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン、イエメン、ブータン、ミ

クロネシア、アルメニア、バーレーンの 各 国 で 調 査 を 実 施 した。そこで 得 られた 情 報 をも

とに、このうちのいくつかでは 既 に 日 本 から 具 体 的 な 支 援 が 開 始 されている。 本 書 は、そ

の 一 環 として2012 年 2 月 に 実 施 したミャンマー 連 邦 共 和 国 ( 以 下 ミャンマー)における 協

力 相 手 国 調 査 の 報 告 である。この 調 査 は、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 に 向 けた 今 後 の 日 本

からの 協 力 のあり 方 を 探 るために 必 要 となる 基 本 的 情 報 の 収 集 を 目 的 として 行 ったもので

ある。

ミャンマーは、 歴 史 上 幾 多 の 民 族 が 移 り 住 むとともに 多 数 の 王 国 が 興 亡 した 地 域 で、 古 来

の 文 明 の 足 跡 を 記 す 貴 重 な 遺 跡 が 数 多 く 存 在 している。ピュー 人 またはビルマ 人 による 都

城 跡 等 に 代 表 される 遺 跡 の 中 でも、 特 にバガン 遺 跡 群 は 多 数 の 仏 塔 が 建 ち 並 ぶ 景 観 で 有 名

である。その 一 方 で、 保 護 の 手 が 及 ばないままとなっている 文 化 遺 産 も 多 い。ミャンマー

は 世 界 遺 産 条 約 加 盟 国 だが、 現 在 まで 世 界 遺 産 リストに 記 載 された 遺 跡 はない。

同 国 では1960 年 代 から 軍 事 独 裁 体 制 が 続 いてきたが、ここ20 年 ほどの 間 に、 文 化 遺 産 関

係 の 様 々なインフラの 整 備 を 含 め、その 是 非 はともかく、それなりの 保 存 修 復 の 成 果 を 上

げてきたことは 事 実 である。 軍 事 政 権 下 での 制 約 と 予 算 不 足 にもかかわらず、ミャンマー

人 としては 意 気 軒 昂 に 自 前 での 修 復 を 遂 行 してきたと 言 える。 背 伸 びしながら、 外 国 の 技

術 に 頼 らず、それが 世 界 のスタンダードから 外 れていたとしても、 一 つの 使 命 感 をもって

独 自 の 保 存 修 復 施 策 を 展 開 してきたと 言 えるのではないだろうか。 技 術 的 ・ 手 法 的 に 不 十

分 な 箇 所 は 沢 山 あり、これらを 世 界 のスタンダードに 近 づけなければならないことは 当 然

である。それでも、 情 報 ・ 機 材 ・ 予 算 の 不 足 、 修 復 技 法 の 未 更 新 等 、 悪 条 件 ばかりの 中 で、

目 前 の 問 題 解 決 に 向 けてミャンマー 流 の 方 法 論 を 駆 使 して、 試 行 錯 誤 しながら 取 り 組 んで

きたこの 間 の 彼 らの 努 力 は 認 められるべきであろう。


2011 年 以 降 に 民 政 移 管 が 急 速 に 進 んだことを 受 けて、 日 本 ・ミャンマー 両 政 府 間 で 新 た

な 二 国 間 関 係 を 築 くための 協 議 が 重 ねられ、その 中 では、 文 化 交 流 の 柱 の 一 つとして、 文

化 遺 産 保 護 分 野 における 協 力 を 深 めることも 相 互 に 確 認 された。この 分 野 で 日 本 がこれま

で 培 ってきた 学 術 的 研 究 や 保 護 制 度 についての 知 識 や 経 験 を 共 有 するとともに、 長 期 的 な

人 的 交 流 を 通 じて、 今 まさに 経 済 面 を 中 心 に 関 係 を 強 めていこうとしている 両 国 間 の 友 好

がより 一 層 強 固 なものになることが 期 待 される。 文 化 遺 産 保 護 を 中 核 とした 新 たな 協 力

関 係 を 模 索 する 試 みは、 今 後 の 両 国 の 文 化 発 展 の 試 金 石 としても 重 要 だと 我 々は 考 えてい

る。 本 書 がミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 に 向 けて 活 用 されるとともに、 今 後 の 我 が 国 の 文 化

遺 産 国 際 協 力 推 進 への 一 助 となることを 願 っている。

最 後 に、 本 調 査 の 実 施 にあたってご 協 力 いただいた 外 務 省 、 文 化 庁 ほか 日 本 国 内 の 関 係 者

各 位 、ならびに 文 化 省 をはじめとするミャンマー 側 の 関 係 機 関 に 深 く 感 謝 の 意 を 表 した

い。

2013 年 3 月

文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 会 長 石 澤 良 昭


例 言

1. 本 書 は、ミャンマーにおける 文 化 遺 産 保 護 状 況 に 関 して 実 施 した 協 力 相 手 国 調 査 の 報 告

であり、 文 化 庁 委 託 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 事 業 の 一 部 として 刊 行 したものであ

る。

2. 本 書 における 執 筆 、 編 集 の 担 当 者 は、 以 下 のとおりである。

執 筆

1. 調 査 概 要

原 田 怜 ( 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 調 査 員 )

2. ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 体 制

7~10ページ 原 田 怜

10ページ 友 田 正 彦 ( 独 立 行 政 法 人 国 立 文 化 財 機 構 東 京 文 化 財 研 究 所 文 化 遺 産 国 際 協

力 センター 保 存 計 画 研 究 室 長 )

3. ミャンマーの 文 化 遺 産

友 田 正 彦

4. 考 察

原 田 怜

石 澤 良 昭 ( 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 会 長 、 上 智 大 学 教 授 ( 特 任 ))

友 田 正 彦

鈴 木 伸 治 ( 横 浜 市 立 大 学 国 際 総 合 科 学 部 ヨコハマ 起 業 戦 略 コース 准 教 授 )

Appendix

原 田 怜

編 集 原 田 怜

3. 遺 跡 等 の 名 称 については 日 本 語 名 ・ 英 語 名 とも 刊 行 物 等 より 一 般 的 と 思 われるものを

適 宜 採 用 した。バガン 所 在 の 遺 跡 名 タイトルに 付 した 番 号 は“Inventory of Monuments at

Pagan”に 依 った。

4. 分 かりにくい 固 有 名 詞 に 関 しては、 初 出 時 のみ 日 本 語 に 続 いて 英 語 を( ) 内 に 表 記 した

が、 次 回 以 降 は 日 本 語 のみとした。


目 次

序 文

例 言

1. 調 査 概 要

1-1. 調 査 目 的

1-2. 調 査 日 程

1-3. 派 遣 メンバー

1-4. 調 査 内 容

1-5. 調 査 経 緯

1-6. 調 査 方 法

1-7. 行 動 記 録

1-8. 面 談 者

1-9. ミャンマーを 調 査 対 象 国 とした 理 由

1

1

1

1

1

1

2

2

4

5

2. ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 体 制

2-1. 国 家 の 概 要

2-2. 文 化 遺 産 に 関 する 法 律

2-3. 行 政

2-4. その 他

7

7

7

9

10

3. ミャンマーの 文 化 遺 産

3-1. バガン

3-2. マンダレー

3-3. インワ

3-4. アマラプラ

3-5. ヤンゴン

11

12

28

38

44

46

4. 考 察

4-1. 現 状 と 課 題

4-2. 今 後 の 協 力 の 可 能 性 と 日 本 の 役 割

4-3. 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアムの 役 割

4-4. おわりに

53

53

54

56

56

Appendix.

1. インタビュー

2. 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 法 律

3. 入 手 資 料 一 覧

57

57

70

78


1. 調 査 概 要

1–1. 調 査 目 的

文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム( 以 下 コンソーシアム)では、 我 が 国 による 文 化 遺 産 国 際 協 力 の 推 進 を 目 的 と

した 協 力 相 手 国 調 査 を 行 っている。 調 査 は、 協 力 相 手 国 における 文 化 遺 産 保 護 状 況 、および 諸 外 国 による 文 化 遺 産

分 野 における 国 際 協 力 状 況 の 把 握 に 焦 点 を 当 てて 実 施 している。また、 自 然 災 害 等 の 被 害 に 遭 った 文 化 遺 産 の 救 済

を 目 的 に 状 況 把 握 を 行 う 緊 急 調 査 と、 諸 外 国 から 寄 せられる 文 化 遺 産 保 護 に 係 る 支 援 要 請 に 対 して 今 後 支 援 を 行 う

ための 情 報 収 集 を 行 う 通 常 調 査 とがある。 過 去 にコンソーシアムが 行 った 協 力 相 手 国 調 査 としては、ラオス、モン

ゴル(2007 年 度 )、オーストラリア、イエメン、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン(2008 年 度 )、ブータン(2009

年 度 )、アルメニア、ミクロネシア(2010 年 度 )、バーレーン(2011 年 度 )がある。 今 回 の 調 査 は、 日 本 ・ミャンマー

の 両 国 間 協 議 において 文 化 遺 産 保 護 分 野 における 協 力 を 深 めることが 確 認 されたことを 受 けて、2011 年 度 におけ

る 通 常 調 査 の 一 つとして、ミャンマーでの 文 化 遺 産 保 護 状 況 とこれをめぐる 国 際 協 力 の 現 状 を 把 握 するとともに、

今 後 の 我 が 国 からの 協 力 の 可 能 性 を 検 討 することを 目 的 に 実 施 した。

1–2. 調 査 日 程

2012 年 2 月 20 日 ~29 日 (10 日 間 )

1–3. 派 遣 メンバー

石 澤 良 昭 ( 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 会 長 、 上 智 大 学 教 授 ( 特 任 ))

原 田 怜 ( 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 調 査 員 )

鈴 木 伸 治 ( 横 浜 市 立 大 学 国 際 総 合 科 学 部 ヨコハマ 起 業 戦 略 コース 准 教 授 )

友 田 正 彦 ( 独 立 行 政 法 人 国 立 文 化 財 機 構 東 京 文 化 財 研 究 所 文 化 遺 産 国 際 協 力 センター 保 存 計 画 研 究 室 長 )

1–4. 調 査 内 容

ミャンマーにおける 文 化 遺 産 保 護 の 現 状 と 今 後 の 国 際 協 力 に 向 けた 展 開 の 方 向 性 を 探 るため、 代 表 的 文 化 遺 産 で

あるバガン 遺 跡 群 やマンダレーの 木 造 建 造 物 、 各 地 の 博 物 館 や 図 書 館 等 を 訪 問 し、 担 当 者 と 面 談 しながら、ミャン

マー 側 の 協 力 要 望 事 項 等 を 明 らかにすることに 主 眼 を 置 きつつ、 情 報 収 集 や 意 見 交 換 等 を 行 った。

1–5. 調 査 経 緯

1960 年 代 以 来 、ミャンマー( 旧 ビルマ)では 軍 事 独 裁 体 制 が 続 いていたが、2010 年 の 総 選 挙 を 経 て2011 年 3 月 に

新 政 府 が 発 足 し、 新 たに 就 任 したテイン・セイン 大 統 領 のもとで 民 政 移 管 が 急 速 に 進 んだ。これに 応 える 形 で、 日

本 ・ミャンマー 両 政 府 間 で、 新 たな 二 国 間 関 係 を 築 くための 協 議 が 開 始 され、 文 化 交 流 の 面 においては、 特 に 文 化

遺 産 保 護 の 分 野 において 今 後 協 力 を 深 めていくことが 確 認 された。

2011 年 7 月 に、ミャンマーを 所 管 する 外 務 省 南 部 アジア 部 南 東 アジア 第 一 課 よりコンソーシアムに 対 し、 同 国 の

文 化 遺 産 保 護 分 野 における 協 力 の 要 請 があった。これを 受 けて、 同 年 9 月 の 企 画 分 科 会 にて、 今 後 日 本 の 専 門 家 や 関

係 機 関 が 協 力 できる 分 野 を 正 確 に 把 握 するための 協 力 相 手 国 調 査 を 同 国 において 実 施 することを 提 案 したところ、

承 認 され、 同 年 度 中 に 現 地 調 査 団 を 派 遣 することとなった。

1


1 調 査 概 要

1–6. 調 査 方 法

ミャンマーでの 文 化 遺 産 保 護 は 文 化 省 が 所 管 しており、 同 省 の 中 では 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 がその 中 心 的 役

割 を 担 っているため、 事 前 に 同 局 国 際 協 力 部 に 連 絡 を 取 り、 調 査 実 施 のために 必 要 な 手 続 きや 連 絡 方 法 等 について

確 認 を 行 ったほか、 同 局 として 日 本 側 の 協 力 を 期 待 している 文 化 遺 産 を 例 示 するよう 依 頼 し、これに 対 して 先 方 か

ら 示 された 文 化 遺 産 を 中 心 に 調 査 を 実 施 することとした。 調 査 時 には、 説 明 のために 同 局 の 担 当 官 が 同 行 した。さ

らに、 博 物 館 や 図 書 館 等 の 関 連 施 設 の 視 察 も 行 った。

併 せて、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 関 係 者 との 面 談 も 実 施 した。 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 職 員 を 中 心 に 面 談 を

設 定 し、 前 もって 質 問 事 項 を 送 付 して、それに 沿 って 現 地 での 情 報 収 集 を 行 った。

なお、 文 化 省 へのコンタクトにあたっては、 原 田 の 知 人 である 同 省 課 長 ミー・ミー・カイン 氏 から 協 力 を 得 たほ

か、 外 務 省 南 部 アジア 部 南 東 アジア 第 一 課 や 在 ミャンマー 日 本 国 大 使 館 からも 協 力 を 得 た。

また、 派 遣 に 先 立 つ 期 間 においては、 国 内 のミャンマー 専 門 家 との 情 報 共 有 に 努 めた。 今 回 調 査 と 同 時 期 にアジ

ア 太 平 洋 無 形 文 化 遺 産 研 究 センターがミャンマーの 無 形 文 化 遺 産 に 関 する 調 査 を 実 施 することが 明 らかになったた

め、これに 関 する 情 報 共 有 を 行 ったのはその 一 例 である。

1–7. 行 動 記 録

実 質 8 日 間 という 短 い 調 査 期 間 にもかかわらず、 計 30 件 ほどの 遺 跡 ・ 歴 史 的 建 造 物 の 調 査 を 行 い、また、 博 物 館

等 計 6ヶ 所 の 関 連 施 設 を 見 学 した。 訪 問 先 の 一 覧 を 下 表 に 示 す。

表 1. 行 動 記 録

日 付 訪 問 都 市 訪 問 場 所 ( 日 本 語 ) 訪 問 場 所 ( 英 語 )

2012/2/21 バンコク ユネスコバンコクオフィス UNESCO Bangkok Office

2012/2/22 ヤンゴン 在 ミャンマー 日 本 国 大 使 館 The Embassy of Japan in Myanmar

JICA ミャンマー 事 務 所

JICA Myanmar Office

2012/2/23 陸 路 移 動 ヤンゴン→ネピドー

ネピドー ミャンマー 文 化 省 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 および 歴 史 調 査 局 Department of Archaeology, National Museum and Library

Department of Historical Research

Ministry of Culture

陸 路 移 動 ネピドー→バガン

2012/2/24 バガン バガン 考 古 博 物 館 Bagan Archaeological Museum

チャウクーウーミン Kyauk-ku-umin No. 154

タンブラ

Thambula-hpaya No.482

No. 476 No. 476

ナガヨン Naga-yon-hpaya No. 1192

ナンパヤー Nan-hpaya No. 1239

マヌーハ Ma-nu-ha-hpaya No. 1240

ダマヤンジー Dhamma-yan-gyi No. 771

スラマニ Sula-mani-gu-hpaya No. 748

シュエサンドー Shwe-hsan-daw No. 1568

シンピンタリャウン Shin-bin-thalyaung No. 1570

ピタカッタイ Pitakat-taik No. 1587

アーナンダ Ananda-gu-hpaya-gyi No. 2171

王 宮 跡

Bagan Golden Palace and Palace Site Museum

2012/2/25 空 路 移 動 バガン→マンダレー

マンダレー マハムニ 寺 院 Maha Muni Paya

王 宮 跡 ・ 博 物 館

Mya-Nan-San-Kyaw Golden Palace (Mandalay Royal Palace)

and its Cultural Museum

シュエナンドー 僧 院

Shwei-nan-daw Monastery

ザヤット

Thudhamma Zayat

タハウィン 僧 院

Thaka-wun Monastery

シュエインビン 僧 院

Shwei-in-bin Monastery

マンダレー 文 化 博 物 館

Cultural Museum and Library (Mandalay)

旧 文 化 局

Former Office of the Department of Culture

2012/2/26 インワ バガヤ 僧 院 Bagaya Monastery

シンチョン 要 塞

Sinkyone Fortress

王 宮 跡

Palace Ruin

マハーアウンミェ 僧 院

Maha Aung Mye Bonzan (Me Nu Oak) Monastery

インワ 考 古 博 物 館

Innwa Archaeological Museum

No. 233, 234, ローカタイッウー

No. 233, 234, Lawka Htaik Oo

アマラプラ ウッペイン 橋 U Bein Bridge

マハーウェイヤンボンター(バガヤ) 僧 院

Maha-wei-yan-bon-tha (Bagaya) Monastery

2012/2/27 空 路 移 動 マンダレー→ヤンゴン

ヤンゴン 国 立 図 書 館 National Library

国 立 博 物 館

National Museum

植 民 地 期 建 築 群

Colonial Buildings

リムチンツォン(カンボーザ) 邸

Lim Chin Tsong (Kambawza) Palace

ユネスコミャンマーオフィス

UNESCO Myanmar Office

2


Naypyitaw













200 km

200 km

インワ

Innwa

図 1.

ミャンマー 詳 細 地 図

ネピドー

Naypyitaw

BHUTAN

INDIA

CHINA

BANGLADESH


IETNAM

LAOS



THAILAND





図 2.

ミャンマー 広 域 地 図

200 km

3


1 調 査 概 要

1–8. 面 談 者

調 査 期 間 中 に、ユネスコ 文 化 担 当 官 および 文 化 省 職 員 を 中 心 に 計 19 名 との 面 談 を 実 施 した。その 一 覧 を 面 談 日 時

順 に 下 表 に 示 す。

表 2. 面 談 者 一 覧

名 前 役 職 組 織

Montira Horayangura Unakul Programme Officer Culture Unit

UNESCO Bangkok Office

Nyunt Han Senior Researcher SPAFA (Southeast Asian Ministers of Education Organization, Regional Centre for

Archaeology and FineArts)

Takashi Saito

齊 藤 隆 志

Ambassador Extraordinary and

Plenipotentiary

特 命 全 権 大 使

The Embassy of Japan in Myanmar

在 ミャンマー 日 本 国 大 使 館

Masako Sato

佐 藤 雅 子

Atsuko Mizuno

水 野 敦 子

Katsuyoshi Saito

齋 藤 克 義

First Secretary and Head of Information

and Culture Section

Researcher/Advisor Information and

Culture Section

Senior Representative

次 長

The Embassy of Japan in Myanmar

在 ミャンマー 日 本 国 大 使 館

The Embassy of Japan in Myanmar

在 ミャンマー 日 本 国 大 使 館

Japan International Cooperation Agency Myanmar Office

独 立 行 政 法 人 国 際 協 力 機 構 ミャンマー 事 務 所

Kyaw Oo Lwin Director General Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Nanda Hmun Director General Department of Historical Research

Ministry of Culture

Mie Mie Khaing Director International Relations and Cooperation

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Thein Lwin Director Bagan, Mandalay Division, Myanmar

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Sai Hla Myint Oo Assistant Conservator Grade-2 Bagan Branch, Old Bagan, Mandalay Division Myanmar

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Aung Kyaing Secretary/Pyutsu Hkuttaw Representative Sports, Culture and Public Relation Development Committee/

Bagan, NyaungOo Constituency

Myint Zaw Director Mandalay Branch

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Daw Lwin Mar Oo Assistant Director Mandalay Branch

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Daw Mya Oo Director National Library

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Daw Kay Thi Htwe Deputy Director National Library

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Thaung Win Director National Museum(Yangon)

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Mie Mie Thet New Deputy Director National Museum(Yangon)

Department of Archaeology, National Museum and Library

Ministry of Culture

Sardar Umar Alam Programme Manager UNESCO Myanmar Office

4


1–9. ミャンマーを 調 査 対 象 国 とした 理 由

ミャンマーは、インドと 中 国 の 間 に 位 置 することからも、 文 明 の 交 差 点 として 様 々な 人 種 民 族 が 行 き 交 うととも

に、 多 様 な 文 化 を 形 作 ってきた。 特 に 歴 史 上 に 興 亡 した 数 多 くの 王 国 のそれぞれが 遺 した 遺 跡 の 数 々は、 今 日 に 続

くこの 国 の 文 化 的 豊 かさと 多 様 性 の 物 質 的 証 左 であり、そのうちのいくつかは 東 南 アジアを 代 表 する 文 化 遺 産 とい

うことができる。しかし、その 反 面 、 独 立 後 のミャンマーが 置 かれてきた 政 治 的 社 会 的 条 件 のもと、 文 化 遺 産 に 対 し

ては 十 分 な 保 護 が 図 られない 状 況 が 久 しく 続 いてきた。 世 界 有 数 の 遺 跡 を 有 し、 世 界 遺 産 条 約 に 加 盟 しながら、 未

だに 世 界 遺 産 リストへの 記 載 が 一 件 も 実 現 していない 原 因 もこれに 関 連 している。

ミャンマーにおける 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 日 本 からの 協 力 実 績 としては、1990 年 代 にユネスコ 文 化 遺 産 保 存 日

本 信 託 基 金 ( 以 下 、ユネスコ 日 本 信 託 基 金 ) 事 業 として 西 村 幸 夫 東 京 大 学 教 授 を 中 心 とするチームにより 行 われた

バガン 遺 跡 群 保 存 管 理 マスタープラン 作 成 や、 同 じく1990 年 代 の 奈 良 文 化 財 研 究 所 による 考 古 遺 跡 の 基 礎 的 調 査

研 究 、2000 年 代 に 入 って 公 益 財 団 法 人 ユネスコ・アジア 文 化 センター 文 化 遺 産 保 護 協 力 事 務 所 による 人 材 育 成 事

業 等 が 挙 げられる。しかしながら、 近 隣 の 東 南 アジア 諸 国 における 状 況 と 比 較 しても、 我 が 国 からの 協 力 件 数 は 限

られ、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 情 報 も 乏 しい。

日 本 ・ミャンマー 両 国 間 の 関 係 を 強 化 していく 上 で、 今 後 は 人 的 交 流 、 経 済 協 力 、 経 済 関 係 、 文 化 交 流 の 四 分 野

を 基 軸 とすることが 両 国 政 府 間 で 確 認 されている。そして、このうちの 文 化 交 流 には 文 化 遺 産 保 護 の 分 野 も 含 まれ

ている。このような 昨 今 の 二 国 間 の 外 交 方 針 や 同 国 での 文 化 遺 産 保 護 の 全 般 的 状 況 に 鑑 みれば、 当 該 分 野 での 協 力

推 進 に 向 けて、ミャンマーにおける 文 化 遺 産 保 護 の 最 新 状 況 を 確 認 するとともに 関 連 情 報 の 収 集 を 行 い、 今 後 日 本

の 専 門 家 や 関 係 機 関 が 協 力 できる 対 象 分 野 を 正 確 に 把 握 する 必 要 性 は 高 いものと 判 断 した。これから 両 国 間 の 関 係

がますます 深 化 していく 中 で、 多 くの 関 係 者 がミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 に 関 わっていくことが 期 待 される 中 、そ

うした 協 力 が 効 果 的 に 進 められるよう、 基 礎 情 報 収 集 と 連 携 基 盤 作 りを 率 先 して 担 う 役 割 が 文 化 遺 産 国 際 協 力 コン

ソーシアムには 求 められていると 判 断 した。

5


2. ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 体 制

2–1. 国 家 の 概 要

まず、ミャンマー 国 内 の 文 化 遺 産 保 護 体 制 について 述 べる 前 に、 同 国 の 概 要 と 国 家 体 制 について 簡 単 に 紹 介 した

い。ミャンマーはインドと 中 国 の 間 に 位 置 し、 国 土 は 日 本 の 約 1.8 倍 の68 万 平 方 km、 人 口 は6,242 万 人 (2011 年 IMF

推 定 値 )である。2006 年 よりネピドーに 首 都 が 置 かれているが、 依 然 として 経 済 の 中 心 地 は 前 首 都 のヤンゴンで

ある。 幾 多 の 民 族 が 数 々の 王 国 を 建 てた 後 、11 世 紀 半 ば 頃 にビルマ 族 による 最 初 の 統 一 王 朝 (バガン 王 朝 、1044 年

~1287 年 )が 成 立 し、その 後 タウングー 王 朝 、コンバウン 王 朝 等 を 経 て、1886 年 に 英 領 インドに 編 入 されたのち、

1948 年 1 月 4 日 にビルマ 連 邦 として 独 立 した。 現 在 の 国 名 はミャンマー 連 邦 共 和 国 で、 多 数 派 のビルマ 族 と 多 くの

少 数 民 族 を 抱 える 多 民 族 国 家 である。

大 統 領 制 ( 共 和 制 )をとっており、2011 年 3 月 よりテイン・セイン 大 統 領 ( 任 期 5 年 )が 元 首 である。 国 会 は、 上 院

( 民 族 代 表 院 )が 定 数 224( 選 挙 議 席 168, 軍 人 代 表 議 席 56)、 下 院 ( 国 民 代 表 院 )が 定 数 440( 選 挙 議 席 330, 軍 人 代 表

議 席 110)の 二 院 制 である。1962 年 以 来 久 しく 軍 政 が 続 いていたが、ミャンマー 政 府 は2003 年 に 発 表 した「 民 主 化

ロードマップ」に 従 って、2008 年 5 月 に 国 民 投 票 を 実 施 し、 新 憲 法 を 採 択 、2010 年 11 月 には 複 数 政 党 制 民 主 主 義 制

度 に 基 づく 総 選 挙 を20 年 ぶりに 実 施 した。2011 年 3 月 に 国 家 平 和 発 展 評 議 会 が 解 散 し、 民 政 移 管 が 実 現 した。2012

年 9 月 時 点 では、 下 記 36 大 臣 が 入 閣 している。また、 国 内 は7つの 管 区 と7つの 少 数 民 族 地 域 に 区 分 されている 1 。

国 防 大 臣

内 務 大 臣

国 境 地 域 少 数 民 族 開 発 大 臣 兼 ミャンマー 産 業 開 発 大 臣

外 務 大 臣

情 報 大 臣

農 業 灌 漑 大 臣

環 境 保 護 ・ 林 業 大 臣

商 業 大 臣

通 信 ・ 郵 便 ・ 電 信 大 臣

鉱 山 大 臣

協 同 組 合 大 臣

畜 水 産 大 臣

運 輸 大 臣

スポーツ 大 臣

工 業 大 臣

エネルギー 大 臣

電 力 大 臣

教 育 大 臣

保 健 大 臣

宗 教 大 臣

入 国 管 理 ・ 人 口 大 臣

大 統 領 府 大 臣 (6 名 )

財 務 歳 入 大 臣

建 設 大 臣

国 家 計 画 経 済 開 発 大 臣

労 働 大 臣

社 会 福 祉 ・ 救 済 復 興 大 臣

ホテル 観 光 大 臣

鉄 道 大 臣

科 学 技 術 大 臣

文 化 大 臣

2–2. 文 化 遺 産 に 関 する 法 律

ミャンマーの 文 化 遺 産 に 関 する 調 査 研 究 ・ 保 護 活 動 は 英 植 民 地 時 代 に 始 まり、1861 年 創 設 のインド 考 古 局

(Archaeological Survey of India)がその 役 割 を 担 っていた。これは、ミャンマーが 英 国 のインド 植 民 地 の 一 部 だっ

たためで、1878 年 にインド 総 督 府 が“Indian Treasure-Trove Act”を 定 めている。

ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 法 律 としては、1957 年 に 制 定 され、1962 年 に 改 正 が 行 われた“The

1 外 務 省 「ミャンマー 連 邦 共 和 国 」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/myanmar/data.html 参 照 のこと。 省 庁 の 構 成 は 南 東 アジア 第 一 課 提 供 資 料

による。

7


2 ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 体 制

Antiquities Act”と、1998 年 に 制 定 され、2009 年 に 改 正 、2011 年 に 施 工 規 約 が 公 布 された“The Protection and

Preservation of Cultural Heritage Regions Law”が 現 在 有 効 である。なお、1954 年 の“The Antiquities Act”に 先 行 し

て、” The Ancient Monument Preservation Act 1904”が 存 在 したが、1954 年 法 の 制 定 に 伴 って 無 効 となった。

両 法 律 とも 原 文 はミャンマー 語 で 書 かれている。 英 語 に 翻 訳 されたものはユネスコのウェブサイトからも 入 手 で

きるが、 本 調 査 においてミャンマー 政 府 より 英 訳 された 法 律 条 文 の 冊 子 を 入 手 したため、こちらを 参 照 した 2 。

“The Antiquities Act”は、 考 古 学 的 および 歴 史 的 に 価 値 がある 動 産 不 動 産 文 化 財 についての 法 律 で 全 28 条 からな

り、「 文 化 財 (Antiquities)」、「 発 掘 (Excavation)」、「 指 定 記 念 物 (Scheduled Monuments)」の3 項 目 の 順 にそれぞ

れ 規 定 している。まず、「 文 化 財 」とは 考 古 学 調 査 によって 明 らかになった 遺 物 と 遺 跡 とされている。 詳 細 は 第 二 条

第 二 節 の 中 で 定 義 されており、この 中 には 歴 史 的 建 造 物 、 伝 世 品 も 含 まれる。 文 化 財 の 項 目 では、 国 内 外 移 送 、 保 護

管 理 、ビルマ 考 古 局 長 (Director of the Burma Archaeological Survey)による 保 護 修 復 の 義 務 、 強 制 収 用 権 、および

以 上 に 関 連 する 処 罰 等 が 定 められている。 次 に、「 発 掘 」の 項 目 では、 発 掘 権 利 、 土 地 利 用 、 遺 物 の 報 告 義 務 について

述 べられている。 最 後 に、「 指 定 記 念 物 」については、 文 化 財 のうち 特 に 保 護 が 必 要 なものについてビルマ 考 古 局 長

が 指 定 の 上 、その 文 化 財 の 保 護 および 修 復 責 任 者 となることを 定 めている。この 項 目 では、 修 復 のための 浄 財 、 宗 教

活 動 における 特 別 措 置 、 保 護 のための 周 辺 の 新 規 建 造 物 や 開 発 事 業 の 制 限 、および 以 上 に 関 する 処 罰 について 定 め

られている。

次 に、“The Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law”は、 前 述 の“The Antiquities Act”と 重 な

るものの、その 項 目 から 明 らかなように、 主 眼 は 文 化 財 を 広 域 的 に 捉 える 内 容 を 補 うものと 理 解 できる。 項 目 は、「 名

称 および 定 義 (Title and Definition)」、「 目 的 (Objectives)」、「 文 化 遺 産 地 区 の 画 定 (Determining Cultural Heritage

Regions)」、「 文 化 遺 産 地 区 の 保 護 保 存 (Protection and Preserving the Cultural Heritage Region)」、「 文 化 省 の 所

管 業 務 (Function and Duties of the Ministry of Culture)」、「 事 前 許 可 申 請 、 審 査 および 許 可 (Applying for Prior

Permission, Scrutinizing and Issuing)」とあり、この 後 に 罰 則 、 雑 則 と 続 く。「 名 称 および 定 義 」に 関 しては、まず 文

化 遺 産 を 歴 史 的 、 文 化 的 、 芸 術 的 、 人 類 学 的 価 値 が 高 く、 保 護 保 存 が 必 要 な 古 代 記 念 建 築 物 又 は 考 古 遺 跡 と 定 義 し、

文 化 遺 産 保 護 地 区 を 含 む 広 域 的 な 文 化 遺 産 の 規 定 がなされている。なお 制 定 当 初 は1886 年 以 前 から 存 在 する 物 件

が 文 化 遺 産 として 指 定 されていたが、2009 年 の 改 正 時 に 対 象 を100 年 以 上 前 と 変 更 した。その 他 の 項 目 は、 文 化 遺

産 地 区 の 保 護 管 理 に 関 するものが 中 心 であるが、 本 法 律 は“The Antiquities Act”にはなかった「 目 的 」と「 文 化 省 の

所 管 業 務 」の 項 目 が 加 わることで、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 の 目 的 と 主 体 が 明 示 されている。また、2011 年 の 施

工 規 約 では、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 のためのより 詳 細 な 規 定 が 示 されている。

ミャンマーは、 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 条 約 として、1956 年 に「 武 力 紛 争 の 際 の 文 化 遺 産 の 保 護 のために 条 約

(ハーグ 条 約 )・ 付 属 議 定 書 」を、1994 年 に「 世 界 遺 産 条 約 」を 批 准 している。 世 界 遺 産 に 関 しては、1996 年 に 暫 定

リストに8 件 を 記 載 したが、 同 年 に 登 録 延 期 となったバガン 遺 跡 群 を 含 め、 現 在 までに 世 界 遺 産 に 記 載 された 物 件

はない。 暫 定 リストにある8 件 全 てが 文 化 遺 産 としての 記 載 である。すなわち、「 上 ミャンマーの 古 代 都 市 群 :イン

ワ、アマラプラ、ザガイン、ミングン、マンダレー(Ancient cities of Upper Myanmar: Innwa, Amarapura, Sagaing,

Mingun, Mandalay)」、「バダリンと 関 連 洞 窟 (Badah-lin and associated caves )」、「バガン 考 古 地 域 とその 遺 跡

群 (Bagan Archaeological Area and Monuments)」、「インレー 湖 (Inle Lake)」、「モン 族 の 都 市 :バゴー、ハタワ

ジー(Mon cities: Bago, Hanthawaddy)」、「ミャウー 考 古 地 域 とその 遺 跡 群 (Myauk-U Archaeological Area and

Monuments)」、「ピュー 族 の 都 市 :ベイタノー、ハリン、タイエーキッタヤー(Pyu Cities: Beikthano-Myo, Halin,

Tharay-Khit-taya)」、「コンバウン 朝 の 木 造 僧 院 :オン・ドン、サレー、パカンジー、パカンゲ、レガイン、サグー、シュ

エ・チャウン(Wooden Monasteries of Konbaung Period: Ohn Don, Sala, Pakhangyi, Pakhannge, Legaing, Sagu,

Shwe-Kyaung)」である。 文 化 省 関 係 者 への 聞 き 取 りによると、ミャンマー 第 一 号 の 世 界 遺 産 登 録 として2013 年 に

2 UNESCO DATABASE OF NATIONAL CULTURAL HERITAGE LAWS, http://www.unesco.org/culture/natlaws/ および Appendix 2「 文 化 遺 産 保 護 に 関

する 法 律 」 参 照 のこと。

8


「ピュー 族 の 都 市 :ベイタノー、ハリン、タイエーキッタヤー」の 記 載 を 目 指 しており、 申 請 書 を 提 出 したとのこと

である。「 無 形 文 化 遺 産 の 保 護 に 関 する 条 約 」についても 関 心 は 高 く、その 重 要 性 を 認 識 して 現 在 国 内 体 制 を 整 えつ

つあるとのことであった。

2–3. 行 政

文 化 遺 産 保 護 を 担 当 する 行 政 機 関 は、 文 化 省 (Ministry of Culture)のみである。1980 年 代 後 半 からの 一 時 期 、 文

化 遺 産 保 護 は 計 画 財 政 省 考 古 学 局 に 移 管 されていたようであるが、 現 在 は 文 化 省 の 担 当 となっている 3 。 国 内 は 管 区

(または 地 域 )、 州 、 自 治 区 に 分 けられているが、 文 化 遺 産 保 護 に 関 しては 文 化 省 が 唯 一 の 担 当 行 政 機 関 としてその

地 方 支 局 を 設 置 しており、 地 方 行 政 は 文 化 遺 産 保 護 を 所 管 していない。さらに、マンダレー 管 区 内 のバガンに 関 し

ては、 例 外 的 に 単 独 の 別 支 局 が 設 置 されている。また、 聞 き 取 りによれば、 前 首 都 であるヤンゴンに 存 在 する 植 民 地

建 造 物 群 に 関 しては、ヤンゴン 市 が 保 護 を 担 当 することになっている。 文 化 省 では 無 形 文 化 遺 産 と 有 形 文 化 遺 産 を

ともに 扱 っている。 現 在 の 文 化 大 臣 は、エー・ミン・チュー(U Aye Mint Kyu)である。

現 在 の 文 化 省 は、 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 (Department of Archaeology, National Museum and Library)、 歴

史 研 究 局 (Department of Historical Research)、 芸 術 局 (Department of Fine Arts)の3 局 および 大 臣 官 房 (Office

of the Minister for Culture)により 構 成 されている。 有 形 ・ 無 形 の 文 化 遺 産 保 護 および 博 物 館 ・ 図 書 館 の 管 理 運 営

を 担 っているのは 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 であり、 歴 史 研 究 局 は 国 史 編 纂 を 含 む 歴 史 研 究 とともにカンファレン

ス 等 の 開 催 や 関 連 書 籍 の 出 版 といった 教 育 普 及 活 動 を 行 うことで 文 化 遺 産 保 護 分 野 に 係 りがあると 考 えられる。な

お、 芸 術 局 が 扱 っているのは 音 楽 、 絵 画 等 の 美 術 分 野 ( 現 代 のものを 含 む)とのことである。

文 化 省

inistry of Culture


Department of Fine Arts


Department of Archaeology, National useum and Lirary


Department of Historical Research

1. 財 務

Administration and Finance Branch

2.

roduction Branch

3. 国 関

International Relation and Research

Branch

. 国 文 化 ンン

National Uniersity of Arts and

Culture angon

. 国 文 化 マンー

National Uniersity of Arts and

Culture andalay

6. 国 ンン

The State School of usic and

Drama angon

7. 国 マンー

The State School of usic and

Drama andalay

8. 国 ンン

The State School of ainting and

Sculpture angon

9. 国 マンー

The School of ainting and

Sculpture andalay

1. 財 務

Administration and Finance Branch

2.

Research and Training Branch

3. ミャンマー 文 化 遺 産 保

Conseration of yanmar Cultural

Heritage Branch

. 国 ー

National useum Naypyitaw

. 国 ンン

National useum angon

6. 国 ー

National Lirary Naypyitaw

7. 国 ンン

National Lirary angon

8. ーー

Field School of Archaeology yay

9. 文 化

Cultural useums and Liraries in

States and Diisions

1. 財 務

Administration and Finance Branch

2. 1

Research Branch 1

3. 2

Research Branch 2

. 3

Research Branch 3

.

Lirary

図 3. 文 化 省 組 織 図 ( ミャンマー 文 化 省 提 供 組 織 図 に 日 本 語 訳 を 追 加 )

3 西 村 幸 夫 pp38-39「ミャンマーの 文 化 財 保 護 」『 月 刊 文 化 財 』no.336/1991.9 第 一 法 規 出 版

9


2 ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 体 制

2–4. その 他

海 外 からの 支 援 状 況

文 化 遺 産 保 護 分 野 での 海 外 からの 本 格 的 協 力 は、1975 年 の 震 災 を 契 機 としてユネスコの 支 援 が 開 始 され、1980

年 代 ~1990 年 代 にかけて、UNDPの 資 金 等 により、 主 にバガン 遺 跡 群 を 中 心 に 遺 跡 インベントリー 作 成 、 人 材 育 成 、

保 存 調 査 等 が 実 施 された。さらに、1994 年 ~1995 年 には、ユネスコ 日 本 信 託 基 金 によるバガン 遺 跡 群 保 存 マスター

プランの 作 成 支 援 が 実 施 された。

しかし、1990 年 代 後 半 以 降 の10 数 年 間 、 当 時 の 政 治 ・ 社 会 情 勢 を 受 けて 海 外 からの 支 援 が 停 滞 し、 特 に 保 存 修 復

の 分 野 では「 自 己 流 」による 取 り 組 みが 主 体 となっていた。 同 時 に、 寄 進 行 為 としての 仏 塔 等 の 復 元 が 学 術 的 根 拠 を

欠 いたまま 多 数 行 われていることにも 海 外 専 門 家 からの 批 判 が 強 かった。

民 政 移 管 を 経 て、 目 下 、バガン 遺 跡 群 に 関 しては、 特 定 の 代 表 的 建 築 遺 構 を 対 象 としたインド( 実 施 機 関 ASI)、 中

国 ( 国 家 文 物 局 )による 修 復 協 力 がいずれも 始 動 段 階 にあり、バガン 遺 跡 群 のマスタープランについてはユネスコ

が2012 年 8 月 のボコバ 事 務 局 長 現 地 訪 問 に 際 して 支 援 の 意 思 を 表 明 している。ミャンマー 政 府 はピュー 時 代 の 都 市

遺 跡 群 を 国 内 第 一 号 の 世 界 遺 産 として 登 録 することを 目 指 しており、これに 関 しては、ユネスコ 文 化 遺 産 保 存 イタ

リア 信 託 基 金 による 支 援 が2012 年 より 始 まっている。この 事 業 では、 考 古 局 がタイエーキッタヤー(シュリクシェ

トラ)に 開 設 した 考 古 人 材 育 成 センターにおけるトレーニングのほか、バガン 遺 跡 群 に 関 してもワークショップが

行 われるとのことである。また、ヤンゴン 市 が 所 管 する 英 領 時 代 の 建 築 遺 産 についてはオーストラリアからの 支 援

が 最 近 表 明 されている。

日 本 からの 支 援 状 況

日 本 は1954 年 に 当 時 のビルマと 外 交 関 係 を 再 開 後 、 戦 後 賠 償 を 経 て、 有 償 ・ 無 償 の 資 金 協 力 を 行 ってきた。

1988 年 以 降 、 西 側 諸 国 が 援 助 を 中 止 する 中 でも 協 力 を 継 続 してきたが、2003 年 ~2010 年 度 までは 人 道 分 野 等 に 限

定 した 援 助 方 針 が 採 られてきた。 文 化 遺 産 に 関 する 日 本 の 協 力 としては、1987 年 に 東 京 国 立 文 化 財 研 究 所 が 木 造 建

造 物 保 存 のためのユネスコ 研 修 生 を 受 け 入 れたのが 初 期 の 例 で、その 後 の 活 動 は、 大 学 研 究 者 等 による 考 古 学 や 文

化 人 類 学 等 の 分 野 での 学 術 調 査 が 主 体 だが、1994 年 ~1995 年 にはユネスコ 日 本 信 託 基 金 によるバガン 遺 跡 群 保 存

整 備 マスタープラン 作 成 が 西 村 幸 夫 東 大 教 授 率 いる 専 門 家 チームにより 実 施 された。

人 材 育 成 に 関 しては、ACCU 奈 良 (ユネスコ・アジア 文 化 センター 文 化 遺 産 保 護 協 力 事 務 所 )が、 考 古 学 および 建

造 物 保 存 修 復 分 野 の 集 団 研 修 を 中 心 に、2000 年 以 来 、 計 8 名 のミャンマー 考 古 局 職 員 を 受 け 入 れてきた 実 績 がある。

文 化 遺 産 の 登 録 状 況

文 化 省 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 の 主 導 により、 現 在 8 管 区 ・ 州 で 文 化 遺 産 の 登 録 が 進 んでおり、その 総 数 は

2,654 件 であることが 聞 き 取 りにより 明 らかになった。 内 訳 は、マンダレー 管 区 (982 件 )、ヤンゴン 管 区 (259 件 )、

エヤーワディー 管 区 (203 件 )、バゴー 管 区 (249 件 )、ザガイン 管 区 (76 件 )、マグウェ 管 区 (463 件 )、カイン 州 (95

件 )、モン 州 (327 件 )である。

10


3. ミャンマーの 文 化 遺 産

1960 年 代 より 軍 事 独 裁 政 権 が 続 いていたミャンマーでは、 特 に1990 年 代 以 降 、 多 くの 西 側 諸 国 との 交 流 が 途 絶

え、 文 化 遺 産 保 護 にも 十 分 な 措 置 が 講 じられない 状 況 が 続 いてきた。2011 年 3 月 の 民 政 移 管 を 契 機 にそれが 一 変 し、

国 内 外 からの 投 資 増 大 と、 都 市 化 、 開 発 の 新 たな 波 が 一 気 に 押 し 寄 せようとしている。

各 種 の 自 然 災 害 (1975 年 地 震 、2008 年 台 風 、2010 年 洪 水 )に 加 えて、 人 的 災 害 ( 窃 盗 、 盗 掘 、 密 輸 )や 急 激 な 開

発 圧 力 も 文 化 遺 産 を 危 機 にさらしており、その 緊 急 的 な 保 護 のための 措 置 が 求 められているが、そのための 国 内 体

制 はきわめて 脆 弱 である。いまだ 調 査 研 究 が 十 分 ではない 地 方 都 市 遺 跡 や 少 数 民 族 文 化 に 属 するものも 含 め、 各 時

代 の 多 様 な 文 化 遺 産 が 保 護 の 手 を 必 要 としている。

ここでは、 今 回 調 査 において 訪 問 ・ 見 学 した 考 古 遺 跡 、 建 築 遺 産 、 博 物 館 ・ 図 書 館 について、 文 化 遺 産 保 存 の 観 点

から 簡 単 に 所 見 を 述 べることにする。これらはミャンマーの 文 化 遺 産 のごく 一 部 にすぎないが、 先 に 述 べたように、

文 化 省 側 との 事 前 調 整 の 中 で 日 本 への 協 力 要 請 の 対 象 となりうる 文 化 遺 産 をあらかじめ 例 示 するように 依 頼 し、 先

方 より 提 示 された 遺 跡 を 中 心 に 調 査 を 行 ったものである。 各 文 化 遺 産 とも、 概 要 ( 立 地 、 規 模 、 年 代 )、 調 査 史 、 特 徴 、

歴 史 文 化 的 意 義 、 保 護 の 現 状 ( 保 存 修 復 状 況 や 現 在 の 海 外 支 援 状 況 等 も 含 む)および 今 後 の 課 題 ( 日 本 が 協 力 できる

面 あるいはミャンマー 側 の 要 望 )を 中 心 に 説 明 する。なお、 掲 載 は 調 査 時 の 訪 問 順 に 従 っている。

11


3 ミャンマーの 文 化 遺 産

3-1

バガン

Bagan

エイヤーワディ 川 中 流 の 左 岸 に 立 地 する 都 城 遺 跡 である。バガン 遺 跡 群 に 城 壁 が 築 かれたのは850 年 頃 と 推 定 さ

れているが、10 世 紀 末 までは 一 帯 に 数 ある 都 市 国 家 の 一 つにすぎなかった。11 世 紀 半 ばにアノーラター 王 が 最 初 の

ビルマ 族 の 統 一 国 家 を 建 国 し、この 地 を 都 として 以 来 、クメールのアンコール 朝 とともに 東 南 アジア 大 陸 部 の 二 大

勢 力 として 栄 えた。1287 年 に 元 軍 の 侵 攻 によって 陥 落 するまでの 間 に 無 数 の 仏 教 寺 院 が 建 立 され、 今 日 でも2,000

以 上 の 遺 跡 が 点 在 する。バガン 遺 跡 群 全 体 では、ツーリズム・ポリスも 含 めると500 名 ほどの 管 理 スタッフが 配 置

されているとのことである。 外 国 人 に 限 り、バガン 考 古 地 域 への 入 域 料 (1 週 間 有 効 )として10ドルを 支 払 う 必 要 が

ある。


• バガンの 煉 瓦 造 遺 跡 の 中 には 崩 れている 建 物 も 少 なくないが、 大 規 模 な 代 表 的 遺 構 に 限 れば、 現 状 では 比 較 的 安

定 した 状 態 にあるように 思 われる。

• 基 礎 の 不 同 沈 下 や 植 物 の 繁 茂 が 顕 著 でないことは 幸 いであるが、 地 盤 構 造 や 気 象 条 件 といった 基 礎 的 データの 調

査 収 集 は 行 われていないようである。

• 構 造 的 に 深 刻 な 破 損 ・ 亀 裂 等 を 生 じているケースの 多 くは、 本 体 周 囲 に 取 り 付 けられた 半 ヴォールト 上 部 構 造 が

バランスを 失 ったことに 起 因 すると 思 われ、 建 築 構 造 上 の 本 来 的 弱 点 ともいえる。

• 建 物 内 部 の 壁 画 や 外 壁 漆 喰 装 飾 の 保 存 状 態 は 建 物 ごとに 異 なるが、 本 格 的 な 保 存 対 策 は 講 じられておらず、その

方 法 論 の 確 立 が 急 務 である。また、 壁 画 の 劣 化 要 因 として 亀 裂 部 等 からの 雨 水 の 浸 入 への 対 策 を 講 じる 必 要 があ

る。

• 砂 岩 を 外 装 に 用 いる 例 はバガン 遺 跡 群 では 少 数 ながら、いずれも 重 要 遺 構 であり、かつ 深 刻 な 材 質 劣 化 状 況 を 示

している。

• 過 去 にも 多 くの 修 理 が 行 われており、 特 に1975 年 の 地 震 後 にはRC 躯 体 の 挿 入 による 上 部 構 造 の 軽 量 化 等 、 大 規

模 な 現 状 変 更 が 行 われている。しかし、 十 分 な 記 録 がなく、その 効 果 と 影 響 についても 科 学 的 な 検 証 が 必 要 であ

る。

• 臨 時 的 な 補 強 措 置 として、 鉄 骨 支 保 工 の 挿 入 が 多 数 の 建 物 内 部 で 行 われている。 崩 壊 を 避 けるために 一 時 的 には

やむを 得 ないとしても、 大 きく 内 観 を 損 ねていることから、より 良 い 解 決 策 の 検 討 が 急 務 である。

• 篤 志 家 の 寄 付 による 仏 塔 頂 部 等 の 根 拠 なき 復 元 が 海 外 から 批 判 されてきたが、 今 後 はこのような 行 為 を 認 めない

方 向 で 政 策 転 換 が 図 られつつある。

• バガン 遺 跡 群 の 中 心 部 においても、 道 路 や 駐 車 場 、 見 学 者 用 便 益 施 設 等 のインフラはほとんど 整 備 されていない。

• 発 掘 調 査 等 の 状 況 については 今 回 実 見 する 機 会 がなかった。

• 古 写 真 等 の 資 料 が 一 応 残 っているマンダレー 王 宮 はまだしも、バガン 遺 跡 群 を 含 む 各 地 の 王 宮 跡 において、 学 術

的 根 拠 の 乏 しい 建 物 復 元 が 盛 んに 行 われている。


• バガン 遺 跡 群 においては、 観 光 客 が2011 年 来 急 激 に 増 加 しつつあり、 現 状 の 観 光 インフラでは 既 に 受 け 入 れが

限 界 に 達 しつつある。ミャンマー 側 としては、 将 来 的 な 世 界 遺 産 登 録 を 視 野 に 入 れつつ、 過 去 のユネスコ 信 託 基

金 事 業 によるマスタープランの 提 案 ( 西 村 プラン)を 参 照 しながら、 基 礎 的 なゾーニングプランを 策 定 済 みであ

るが、 加 えて 遺 跡 の 保 存 管 理 計 画 や 周 辺 整 備 を 含 む 計 画 作 りを 独 自 に 検 討 している。

• 観 光 客 の 増 加 に 伴 い、 水 資 源 の 確 保 、 水 質 の 改 善 、 廃 棄 物 処 理 等 が 問 題 となると 思 われる。また、ニャウンウーお

よびニューバガンにおける 人 口 の 増 加 による 市 街 地 環 境 の 悪 化 、 集 落 部 との 所 得 格 差 の 問 題 等 も 中 長 期 的 には 社

会 問 題 化 する 可 能 性 がある。

12


バガン

Bagan

図 4. バガン 遺 跡 群 夕 景 図 5. バガン 遺 跡 群 の 遠 望

図 6. バガンのレストラン 街 図 7. 外 国 人 客 であふれるニャウン・ウー 空 港 の 出 発 ロビー

13


3 ミャンマーの 文 化 遺 産

バガン 考 古 博 物 館

Bagan Archaeological Museum

1975 年 に 開 館 した 旧 博 物 館 が 手 狭 になったため、 新 たな 施 設 を 建 設 して1998 年 に 開 館 した。 現 在 のスタッフは

60 名 で、うち 部 門 責 任 者 は8 名 である。 大 卒 者 は2 名 、 専 門 的 機 関 で 研 修 を 受 けたことのある 者 は10 名 である。この

種 の 機 関 としては、ヤンゴンとマンダレーにそれぞれ 考 古 学 と 博 物 館 学 の4 年 制 コースがあり、ピーに1 年 間 のディ

プロマコースがある。 博 物 館 には、 優 品 を 展 示 するメインホールのほかに、いずれもバガン 王 朝 期 の 工 芸 ・ 文 字 ・

仏 教 美 術 ・ 仏 像 の4テーマに 関 する 主 展 示 室 があるが、 保 存 ラボ 等 の 施 設 は 無 く、 収 蔵 庫 もここではなくアーナン

ダの 近 傍 にある。 展 示 機 能 に 特 化 した 施 設 といえるが、 開 館 以 来 展 示 替 えを 行 ったことは 無 いとのことである。 管

理 台 帳 は 紙 ベースで、 同 一 のものを3 部 作 成 することになっている。 展 示 品 は 仏 像 が 最 も 多 く、 文 化 遺 産 的 価 値 のあ

る 可 動 物 件 については、 遺 跡 現 地 にはレプリカを 置 き、 本 物 は 博 物 館 に 収 蔵 するということが 基 本 的 な 考 え 方 であ

る。

石 像 が 多 いため、 保 存 環 境 としての 要 求 はさほど 高 くないと 思 われるが、ケースや 柵 もなく 展 示 台 上 に 無 造 作 に

置 かれた 仏 像 がほとんどで、セキュリティや 防 災 上 はかなり 問 題 がありそうである。 入 場 料 はミャンマー 人 が500

チャット、 外 国 人 が5ドルだが、 遺 跡 入 域 料 とは 別 料 金 であることが 嫌 われ、 特 に 外 国 人 の 来 館 者 は 少 ないとのこと

であった。この 博 物 館 は、 展 示 品 の 量 に 比 して 建 物 が 大 きく 派 手 で、また 遺 跡 群 の 中 心 域 に 位 置 しているために、 景

観 を 阻 害 していると 言 わざるを 得 ない。

14


バガン 考 古 博 物 館

Bagan Archaeological Museum

図 8. 考 古 博 物 館 の 外 観 図 9. 考 古 博 物 館 内 メインホール

図 10. 考 古 博 物 館 の 仏 像 展 示 室 図 11. 展 示 品 の 一 例

15


3 ミャンマーの 文 化 遺 産

チャウクーウーミン

Kyauk-ku-umin No. 154

バガン 遺 跡 群 の 北 東 端 、ニャウン・ウー 町 の 東 方 に 位 置 し、エイヤーワディ 川 にほど 近 い 谷 地 形 に 立 地 する。 崖

下 にトンネル 状 に 掘 られた 石 窟 と、その 前 面 に 建 てられた 煉 瓦 造 2 階 建 の 祠 堂 が 一 体 となって 構 成 されている。11

世 紀 の 建 立 と 考 えられているが、12~13 世 紀 に 多 くの 改 造 が 加 えられているようである。

1964 年 に 修 理 されたが、1975 年 の 地 震 後 に 壁 面 の 孕 み 出 しが 急 速 に 進 行 したとのことである。 外 壁 の 頂 部 はい

ずれも 新 材 の 煉 瓦 とセメントモルタルによる 仕 事 で、 本 来 の 形 式 は 不 明 だが、 現 状 はパラペットと 陸 屋 根 で 構 成 さ

れているため、 雨 漏 りが 深 刻 な 問 題 となっている。セメント 防 水 の 上 、 壁 上 部 に 塩 化 ビニール 管 を 貫 通 して 排 水 し

ているが、 外 観 が 見 苦 しい 上 に、あまり 効 果 的 でもないようである。 上 下 階 とも 構 造 的 な 変 形 が 見 られ、 祠 堂 より 西

側 の 石 窟 前 面 に 相 当 する 箇 所 の 壁 面 は 過 去 に 大 きく 崩 壊 したらしく、その 前 面 に 煉 瓦 材 が 山 を 成 している。 祠 堂 1

階 西 面 には 基 部 から 頂 部 に 達 する 構 造 クラックが 生 じており、ここより 北 側 の 壁 面 が 大 きく 前 方 に 傾 斜 している。

また、1 階 東 面 の 外 壁 も 全 体 に 不 規 則 な 孕 み 出 しを 生 じている。 亀 裂 箇 所 等 は 既 に 補 修 されているが、いずれも 変

形 を 生 じたままの 状 態 で 煉 瓦 とモルタルが 充 填 されている。

一 方 、1 階 の 外 壁 面 は 砂 岩 材 で 仕 上 げられ、 彫 刻 が 施 されているが、その 劣 化 も 激 しい。 砂 岩 の 堆 積 層 に 沿 って 多

くの 亀 裂 が 生 じており、 特 に 壁 足 元 付 近 や 開 口 上 方 の 張 り 出 し 部 分 等 では 水 分 の 滞 留 に 起 因 する 塩 類 風 化 作 用 によ

ると 思 われる 表 層 の 剥 落 も 顕 著 に 認 められる。この 壁 の 上 部 には 元 々 木 造 の 庇 屋 根 がめぐっていた 痕 跡 があり、そ

の 溝 を 利 用 して 外 壁 保 護 を 期 待 したトタン 屋 根 が5 年 前 に 設 けられている。 発 想 は 悪 くないが、 粗 末 な 作 りで 外 観

を 害 している。

1 階 の 堂 内 に 入 ると、 内 外 陣 境 の 尖 頭 状 のアーチと 外 陣 回 廊 部 の 半 ヴォールトに 沿 って、 鉄 骨 による 無 骨 な 支 保

工 が 組 まれている。 上 部 荷 重 に 対 するアーチの 変 形 対 策 としては 一 応 有 効 で、 可 逆 性 を 備 えた 応 急 措 置 としては 許

容 範 囲 であろうが、 見 栄 えは 良 くない。また、 半 ヴォールトの 構 造 的 欠 陥 ともいえる 外 方 向 への 孕 み 出 しに 対 して

は、 引 張 要 素 がない 以 上 、 傾 斜 による 変 形 の 進 行 を 食 い 止 める 効 果 は 期 待 できない。 本 来 の 用 途 は 不 明 だが、 上 下 階

を 貫 通 する 角 孔 が 複 数 ヶ 所 にあるため、これらを 利 用 して 下 げ 振 りによる 定 点 観 測 を 行 い、 変 形 の 進 行 がないかを

継 続 監 視 することを 助 言 した。

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チャウクーウーミン

Kyauk-ku-umin No.154

図 12. チャウクーウーミン 北 面 外 観 図 13. チャウクーウーミン 上 面 からの 排 水 施 設

図 14. チャウクーウーミン 外 壁 基 部 砂 岩 の 劣 化 状 況 図 15. チャウクーウーミン 堂 内 の 鉄 骨 支 保 工

図 16.

チャウクーウーミン 東 面 外 壁 の 孕 み 出 し 状 況

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

タンブラ

Thambula-hpaya No.482

碑 文 により1255 年 の 建 立 と 知 られる。 回 廊 状 の 内 部 空 間 をもつ 祠 堂 の 東 面 に 前 室 が 付 属 する 平 面 構 成 である。

外 壁 面 には 精 緻 な 漆 喰 彫 刻 が、 内 壁 面 には 壁 画 が 施 されている。そのいずれも 比 較 的 広 範 囲 で 残 存 しているが、 漆

喰 については 剥 落 や 浮 き、 微 生 物 による 汚 損 等 が 多 くみられる。また、 内 部 の 壁 画 については 一 部 で 上 方 からの 漏

水 が 認 められるが、 剥 落 が 著 しい 箇 所 の 多 くは 後 世 の 塗 り 重 ね 層 で、 基 層 は 比 較 的 安 定 しているように 見 える。 煉

瓦 躯 体 の 亀 裂 等 は 局 部 的 で 全 体 の 不 同 沈 下 は 見 られないため、 地 盤 自 体 は 比 較 的 堅 固 と 思 われるが、 回 廊 ヴォール

トの 角 部 に 生 じているクラックの 原 因 として、 塔 の 荷 重 が 集 中 する 中 央 部 分 が 外 周 の 壁 体 に 対 して 沈 下 を 起 こして

いる 可 能 性 が 推 定 される。

入 口 ペディメントの 上 部 や、 中 央 塔 および 各 隅 塔 の 相 輪 部 分 は 近 年 になって 想 像 復 元 されている。また、 壁 画 に

ついてはユネスコとの 保 存 研 究 を 行 った 際 に 碑 文 のある 部 分 だけが 試 験 的 にクリーニングされている。

No. 476

長 方 形 平 面 の 一 室 からなる、ごく 単 純 な 建 物 (13 世 紀 建 立 か)である。 屋 根 部 分 は 既 に 失 われており、 当 初 形

式 は 不 明 である。 必 要 以 上 に 復 元 を 加 えないという 方 針 のもと、 考 古 局 自 身 によって2011 年 に 修 理 が 行 われた。 修

理 前 後 の 写 真 が 現 場 に 掲 示 されているが、 壁 四 隅 の 崩 落 部 を 中 心 に 新 材 の 煉 瓦 による 再 構 築 が 行 われ、 壁 頂 部 は 残

存 範 囲 の 上 に 保 護 のため 最 小 限 の 積 増 しをしたという 内 容 である。 小 規 模 かつ 副 次 的 な 建 物 で 試 験 的 に 行 われた 修

理 手 法 であるが、 想 像 復 元 に 対 する 批 判 を 受 けての 方 針 転 換 として 注 目 に 値 する。

なお、この 堂 は 本 来 、No.447を 中 心 に 僧 院 を 形 成 していた 多 数 の 建 物 群 の 一 つで、 約 250m 四 方 ほどの 周 壁 がそ

の 四 周 を 囲 んでいる。この 壁 は 既 に 大 半 が 崩 壊 しているが、このNo.476に 近 接 する 北 東 側 の 区 間 は 北 門 とともに 比

較 的 残 存 している。ごく 最 近 この 区 間 の 一 部 が 新 材 によって 下 方 のみ 積 み 直 されたが、 考 古 局 としては 比 較 のため

いくつかの 異 なる 修 復 手 法 をここで 試 験 的 に 施 工 しようとしているとのことである。このような 小 補 修 は 年 間 50 件

以 上 行 われており、2011 年 は35 件 について 防 水 工 事 も 施 工 された。2012 年 は 民 間 から63 件 の 寄 付 があるとのこと

で、150 件 の 補 修 工 事 が 予 定 されている。

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タンブラ

Thambula-hpaya No.482

No.476

図 17. タンブラ 全 景 図 18. タンブラ 外 壁 上 部 の 漆 喰 装 飾

図 19. タンブラのクリーニングされた 銘 文 箇 所 図 20. No.476 と 隣 接 する 仏 塔

図 21. No. 476 の 修 復 前 後 を 比 較 した 写 真 パネル 図 22. No.476 外 壁 頂 部 の 詳 細

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

ナガヨン

Naga-yon-hpaya No. 1192

11 世 紀 末 頃 に 建 立 された、 周 壁 に 囲 まれた 寺 院 で、 四 方 に 門 、 四 隅 に 仏 塔 がそれぞれ 建 つ。 北 面 する 中 心 祠 堂 は

内 陣 の 四 周 を 囲 む 回 廊 をもち、 正 面 に 大 型 の 前 室 が 付 属 する。 仏 塔 の 上 部 は1977 年 頃 に 想 像 復 元 されている。 外 壁

面 には 漆 喰 彫 刻 、 内 壁 面 には 壁 画 があり、これらについて2000 年 にユネスコが1ヶ 月 間 の 保 存 研 究 を 行 った。 開 口

上 部 に 当 初 と 思 われる 木 製 楣 材 が 現 存 しているのも 貴 重 である。なお、 現 在 堂 内 に 祀 られている 仏 像 彫 刻 はいずれ

もレプリカである。

ナンパヤー

Nan-hpaya No. 1239

バガン 遺 跡 群 の 中 でも 初 期 の11 世 紀 中 頃 に 建 立 された 寺 院 である。 四 本 の 柱 で 囲 まれた 開 放 的 な 内 陣 の 周 囲 を 回

廊 がめぐる 正 方 形 の 祠 堂 と、その 東 正 面 に 付 属 する 前 室 とから 構 成 される。 同 時 代 に 建 立 されたチャウクーウーミ

ンの1 階 と 同 様 、 煉 瓦 造 の 躯 体 に 砂 岩 の 外 装 を 加 えた 構 造 だが、ここでも 外 壁 の 砂 岩 材 が 激 しく 劣 化 しており、 表 面

の 風 化 程 度 は 前 例 よりさらに 著 しい。 外 壁 の 基 部 は 英 植 民 地 時 代 の20 世 紀 初 頭 に 新 材 を 用 いて 修 復 されており、よ

り 近 年 の 修 理 箇 所 もみられる。さらに、 北 面 外 壁 に 差 し 掛 ける 形 で 仮 設 屋 根 が 設 けられており、これは 砂 岩 外 装 を

風 雨 から 保 護 する 効 果 を 実 験 する 目 的 で 設 置 したとのことだが、 現 時 点 では 屋 根 のない 部 分 と 保 存 状 態 に 特 に 差 異

は 認 められない。 祠 堂 内 部 の 壁 面 も 同 じく 砂 岩 材 で 仕 上 げられ、その 四 天 柱 にはブラフマーの 浮 き 彫 りが 施 されて

いるが、 床 面 に 近 い 部 分 では 一 部 、 塩 類 風 化 による 劣 化 が 生 じている。 近 年 になって、 前 室 から 祠 堂 内 の 回 廊 部 にか

けて、 鉄 骨 支 保 工 が 挿 入 されている。

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ナガヨン

Naga-yon-hpaya No. 1192

ナンパヤー

Nan-hpaya No. 1239

図 23. ナガヨン 北 東 から 見 た 外 観 図 24. ナガヨン 開 口 上 部 楣 の 木 材

図 25. ナガヨン 回 廊 部 内 観 図 26. ナンパヤー 南 東 から 見 た 外 観

図 27. ナンパヤーの 修 復 された 壁 隅 部 と 仮 設 屋 根 図 28. ナンパヤーの 劣 化 した 当 初 砂 岩 材 ( 上 方 )と 新 材 置 換 部 分 ( 下 方 )

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

マヌーハ

Ma-nu-ha-hpaya No. 1240

同 じく11 世 紀 中 頃 の 建 立 で、 寝 釈 迦 像 を 納 めた 堂 である。1975 年 の 地 震 で 被 災 し、 屋 根 が 崩 壊 した。1999 年 に

RCのタイビームを 挿 入 する 補 強 工 事 が 行 われ、 四 隅 部 分 は 壁 体 の 開 きを 防 止 するために 鉄 骨 で 繋 がれた。また、 堂

内 の 一 部 には 支 保 工 として 鉄 骨 造 のフレームも 組 まれている。 寺 には 途 切 れることなく 多 くの 信 者 が 訪 れており、

供 物 を 捧 げる 姿 が 見 られる。

ダマヤンジー

Dhamma-yan-gyi No. 771

バガン 遺 跡 群 でも 最 大 規 模 の 建 造 物 のひとつで、1165 年 の 建 立 と 考 えられている。 正 方 形 平 面 の 本 体 上 部 にピ

ラミッド 状 の 屋 根 が 載 り、 四 方 にそれぞれ 大 型 の 前 室 が 付 属 する。 本 体 の 内 部 は 元 々、 内 外 二 重 に 回 廊 がめぐり、そ

の 奥 の 四 方 に 祠 堂 を 設 けていたが、 後 世 に 内 回 廊 と 東 以 外 の3 祠 堂 を 閉 塞 する 改 造 が 加 えられている。 外 壁 には 漆

喰 彫 刻 が 施 され、 内 壁 面 には 壁 画 が 描 かれていたが、いずれも 残 存 範 囲 は 限 定 的 である。

1970 年 代 後 半 に 外 壁 の 開 口 上 部 にRCの 補 強 を 挿 入 する 等 の 修 復 が 行 われている。 塔 の 上 部 はいずれも 失 われて

いるが、 他 の 多 くの 遺 跡 でみられるような 想 像 復 元 はここでは 行 われていない。 巨 大 な 建 物 の 割 に 不 同 沈 下 等 は 目

立 たないが、 雨 漏 りの 問 題 があるとのことである。 中 国 が 今 後 5 年 間 をかけて 修 復 を 行 うことがほぼ 決 定 している。

スラマニ

Sula-mani-gu-hpaya No. 748

2 階 建 の 大 規 模 な 堂 で、 四 方 に 門 をもつ 周 壁 に 囲 まれて 東 面 する。 碑 文 銘 により1183 年 の 建 立 と 知 られる。 中 央

塔 と 四 隅 に 置 かれた 多 数 の 小 塔 は、いずれも 塔 頂 部 が 崩 壊 して 失 われていたが、 近 年 になって 想 像 復 元 された。1 階

回 廊 の 壁 面 全 体 にわたって 仏 像 や 宮 殿 等 の 壁 画 が 描 かれているが、これは18 世 紀 の 作 と 考 えられている。 以 前 は 上

れた 屋 上 テラスや 堂 の2 階 部 分 は 現 在 では 公 開 されておらず、 見 学 することができなかった。

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マヌーハ

Ma-nu-ha-hpaya No. 1240

ダマヤンジー

Dhamma-yan-gyi No. 771

スラマニ

Sula-mani-gu-hpaya No.748

図 29. マヌーハ 外 観 と 壁 隅 の 補 強 材 挿 入 跡 図 30. マヌーハの 寝 釈 迦 像 と 鉄 骨 支 保 工

図 31. ダマヤンジー 北 面 外 観 図 32. ダマヤンジー 窓 上 部 詳 細

図 33. スラマニ 外 周 壁 西 門 および 中 心 祠 堂 図 34. スラマニ 堂 内 の 壁 画

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

シュエサンドー

Shwe-hsan-daw No. 1568

内 部 空 間 をもたない 大 型 の 仏 塔 (11 世 紀 建 立 か)で、1975 年 の 地 震 で 損 傷 したのち 塔 頂 部 が、また1993 年 に

も 基 壇 部 分 が 修 復 されている。ここでは 四 方 の 階 段 から 五 重 の 基 壇 テラスの 上 部 に 登 ることができる。 現 在 は 大 半

の 遺 跡 で 上 部 テラスに 登 ることが 禁 止 されているのと、 好 適 な 立 地 から、 遺 跡 群 を 一 望 する 展 望 台 として 観 光 客 の

人 気 を 集 め、 特 に 日 没 の 時 間 帯 には 大 変 な 賑 わいを 見 せている。また、 進 入 路 や 駐 車 場 が 未 整 備 なため、 大 型 バスも

含 む 車 両 がひしめき 合 って 混 乱 を 来 している。

シンピンタリャウン

Shin-bin-thalyaung No. 1570

シュエサンドーの 西 側 に 隣 接 して 建 つ、 細 長 い 平 面 の 堂 (11 世 紀 建 立 か)で、 内 部 一 杯 に 寝 釈 迦 像 を 安 置 する。

地 震 後 の1976 年 に 修 復 されたが、 近 年 になって 再 び、 内 部 全 体 に 鉄 骨 による 支 保 工 を 組 むとともに、 防 水 のため 屋

根 面 にモルタルを 塗 布 する 補 修 が 行 われている。 外 壁 上 部 が 全 周 にわたって 帯 状 に 積 み 直 されており、 未 確 認 だが、

壁 体 内 部 に 臥 梁 を 埋 め 込 む 補 強 も 加 えられているようである。

ピタカッタイ

Pitakat-taik No. 1587

比 較 的 小 型 の 堂 で、 内 陣 の 四 周 を 回 廊 がめぐる 正 方 形 の 堂 の 東 正 面 に3 基 の 階 段 を 伴 うテラスを 設 ける。11 世 紀

代 中 葉 に 経 蔵 として 建 立 された 建 物 を1783 年 に 改 修 したものと 伝 え、 木 造 僧 院 建 築 にも 通 じる 屋 根 まわりの 形 状

はこの 改 造 時 以 来 のものと 考 えられる。 古 くは 英 植 民 地 時 代 の1907 年 に 修 理 され、1975 年 の 地 震 後 と1988 年 にも

補 強 を 伴 う 修 理 が 行 われている。 東 面 では、 壁 面 から 軒 先 にかけての 修 復 箇 所 で 推 定 復 元 を 排 する 方 針 のもと、あ

えて 修 復 箇 所 を 明 示 する 手 法 が 採 られている。さらに、 最 も 近 年 では2008 年 の 大 雨 で 崩 壊 後 に 修 復 された 際 、 内 部

に 鉄 骨 支 保 工 を 設 置 するとともに、 南 面 外 壁 にRC 造 のバットレスを 設 けるという 大 胆 な 方 法 が 採 られている。さな

がら 修 復 手 法 の 実 験 場 のような 様 相 を 呈 しているが、 外 観 的 には 違 和 感 を 禁 じ 得 ない。

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シュエサンドー

Shwe-hsan-daw No.1568

シンピンタリャウン

Shin-bin-thalyaung No.1570

ピタカッタイ

Pitakat-taik No.1587

図 35. シュエサンドー 北 西 から 見 た 全 景 図 36. シュエサンドーに 日 没 時 に 押 し 寄 せる 観 光 客

図 37. シンピンタリャウン 北 東 から 見 た 外 観 図 38. シンピンタリャウン 堂 内 の 寝 釈 迦 像 と 鉄 骨 支 保 工

図 39. ピタカッタイ 東 面 外 観 図 40. ピタカッタイ 南 面 外 壁 の 補 強 バットレス

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

アーナンダ

Ananda-gu-hpaya-gyi No. 2171

12 世 紀 初 頭 の 建 立 と 推 定 されている。 単 層 ながら、バガン 遺 跡 群 中 で 最 大 規 模 の 建 造 物 の 一 つで、 四 方 に 門 をも

つ 周 壁 に 囲 まれて 建 つ。 二 重 の 回 廊 と 四 方 に 前 室 をもつ、ほぼ 対 称 形 の 平 面 で、 主 祠 堂 も 四 面 に 設 けられる。 基 部 お

よびテラス 部 の 外 壁 足 下 にテラコッタによる 本 生 話 等 の 彫 刻 が 埋 め 込 まれているほか、 回 廊 壁 面 に 設 けられた 無 数

のニッチに 納 められた 石 像 群 は 全 体 で 釈 迦 の 生 涯 を 物 語 っている。 元 々は 内 壁 面 に 壁 画 が 施 されていたが、 後 世 に

石 灰 で 塗 りつぶされ、 現 在 はごく 一 部 が 見 られるのみである。1975 年 の 地 震 で 塔 頂 部 等 が 大 きく 損 傷 したが、その

後 数 年 をかけて 修 復 され、 塔 内 部 にRC 造 の 構 造 体 を 設 けて 補 強 と 軽 量 化 が 図 られている。

2012 年 から5 年 間 の 予 定 でインドが 修 復 事 業 を 開 始 している。その 内 容 は、1 照 り 返 しによる 保 存 への 影 響 を 軽

減 するため、 建 物 周 囲 の 舗 装 を 撤 去 、2テラコッタタイルのクリーニングおよび 保 存 処 置 、3 内 壁 ニッチ 彫 刻 のク

リーニングおよび 保 存 処 置 、4 壁 面 のカビ 除 去 および 汚 れ 落 とし、5 屋 根 面 の 雨 漏 り 防 止 措 置 、というものである。

なお、この 寺 院 は 非 常 に 多 くの 参 拝 客 を 集 めており、 西 参 道 には 土 産 物 屋 街 が 形 成 されている。また、3 年 前 から

は 夜 間 のライトアップも 行 われている。

王 宮 跡

Bagan Golden Palace and Palace Site Museum

2008 年 にオープンした 一 種 の 観 光 施 設 で、エア・バガン( 航 空 会 社 )の 寄 付 金 と 考 古 局 の 予 算 をもとにバガン 時

代 の 王 宮 の 中 心 建 物 群 8 棟 を 想 像 復 元 したものである。 博 物 館 と 同 じく、ミャンマー 人 500チャット、 外 国 人 5ドル

の 入 場 料 が 必 要 となる。

バガンではこのほか2ヶ 所 で、 発 掘 された 王 宮 跡 の 考 古 遺 跡 を 展 示 している。

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アーナンダ

Ananda-gu-hpaya-gyi No.2171

王 宮 跡

Bagan Golden Palace and Palace Site Museum

図 41. アーナンダ 南 西 から 見 た 外 観 図 42. アーナンダ 西 参 道 の 土 産 物 産 街

図 43. アーナンダ 基 壇 側 壁 のテラコッタ 装 飾 図 44. アーナンダ 回 廊 部 内 観

図 45. 王 宮 跡 入 口 外 観 図 46. 王 宮 跡 中 心 建 物

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

3-2

マンダレー

Mandalay

ビルマ 最 後 の 王 朝 であるコンバウン 朝 の 第 十 代 ミンドン 王 が1857 年 にアマラプラから 遷 都 し、 以 後 1885 年 に

第 三 次 英 緬 戦 争 に 敗 北 してビルマが 植 民 地 化 するまでの29 年 間 、 王 都 として 継 続 した。 政 治 経 済 の 中 心 がヤンゴン

に 移 った 後 も 上 ビルマの 中 心 都 市 として、またビルマ 伝 統 文 化 を 伝 える 地 として、 今 日 では100 万 の 人 口 を 抱 える

ミャンマー 第 二 の 都 市 となっている。


• 木 造 の 僧 院 建 築 は、 掘 立 柱 で 柱 相 互 の 繋 材 がほとんど 無 い 構 造 のため、 柱 脚 部 の 腐 朽 が 建 物 全 体 の 傾 斜 に 直 結 す

る。

• 過 去 に 修 理 が 行 われている 建 物 も 少 なくないが、 柱 脚 部 のコンクリート 構 造 への 置 換 等 、 構 造 的 オーセンティシ

ティを 損 なう 手 法 が 採 られている。また、 鉄 骨 トラスの 使 用 等 の 修 理 によって 内 観 を 損 ねているケースも 見 られ

る。 一 方 で、 床 下 部 の 排 水 改 良 等 、 劣 化 の 原 因 についての 根 本 的 対 策 は 取 られていないようである。

• 外 部 における 装 飾 彫 刻 の 多 用 はミャンマー 木 造 僧 院 建 築 の 大 きな 特 徴 だが、 風 雨 に 晒 されることによる 劣 化 が 著

しく、 今 日 では 部 材 の 欠 失 も 多 い。 外 装 木 部 の 保 護 には 多 くの 場 合 タールが 用 いられているが、 素 木 が 当 初 仕 様

と 思 われることから、 代 替 措 置 の 検 討 を 要 する。

• 現 在 はどの 建 物 でも 亜 鉛 鍍 鉄 板 葺 となっているが、 古 い 建 物 では 本 来 は 板 葺 であったと 考 えられる。 当 初 に 近 い

外 観 と 維 持 管 理 の 両 立 を 実 現 できるような 材 料 仕 様 の 検 討 が 望 まれる。

• 修 理 記 録 の 作 成 が 満 足 に 行 われていないようである。 調 査 結 果 や 修 理 仕 様 、 変 更 箇 所 とその 判 断 理 由 等 の 情 報 を

正 確 に 後 世 に 伝 える 必 要 がある。

• 火 災 等 の 防 災 対 策 は、 一 部 に 消 火 器 の 設 置 が 見 られる 程 度 である。

• ヤンゴンの 植 民 地 期 建 築 は 依 然 多 数 が 残 存 しているが、 文 化 遺 産 としての 保 存 修 理 が 行 われた 事 例 はまだ 殆 どな

いものと 思 われる。 活 用 のための 改 修 が 散 見 される 一 方 で、 機 能 を 失 い 荒 廃 したまま 放 置 されている 建 物 も 見 受

けられる。

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マンダレー

Mandalay

図 47. 王 宮 周 濠 東 辺 よりマンダレーヒル 遠 望 図 48. マンダレー 中 心 市 街 風 景

図 49.

外 周 濠 と 城 壁 東 門

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

マハムニ 寺 院

Maha Muni Paya

市 街 地 の 南 西 はずれに 立 地 し、マンダレーで 最 大 の 寺 院 としてミャンマー 人 の 尊 崇 を 集 めている。コンバウン 朝

第 六 代 ボードーパヤー 王 の 治 世 、1784 年 に 皇 太 子 がヤカインを 征 服 した 記 念 にその 王 都 から 運 ばせたマハムニ 仏

を 本 尊 として 祀 る。 参 道 には 仏 具 や 土 産 物 の 売 店 がひしめき 合 うように 並 び、 仏 像 等 を 作 る 職 人 が 作 業 をする 様 子

も 見 ることができる。また、 男 性 限 定 だが、 功 徳 を 積 む 行 為 として 本 尊 に 金 箔 を 貼 る 人 の 列 が 絶 えない。

境 内 の 一 隅 に 青 銅 の 彫 像 が 並 んで 安 置 されている。これも 本 尊 と 同 様 にヤカインからの 戦 利 品 だが、 元 は1599 年

にタイとの 戦 争 の 結 果 もたらされたもので、さらに 遡 ると15 世 紀 にアユタヤ 軍 がカンボジアのアンコールを 攻 撃 し

た 際 に 持 ち 去 ったものと 言 われている。シンハ( 獅 子 )2 体 、アイラヴァータ(3 頭 の 象 、インドラ 神 の 乗 物 )1 体 、 神

像 2 体 の 計 5 体 で、 現 存 例 が 少 ないクメール 様 式 の 大 型 青 銅 像 として 貴 重 である。 体 の 痛 い 箇 所 と 同 じ 場 所 を 撫 でる

と 平 癒 するという 民 間 信 仰 があり、 多 くの 参 拝 者 で 賑 わっているが、このような 現 状 は 文 化 遺 産 としての 保 存 上 は

問 題 が 多 い。

王 宮 跡 ・ 博 物 館

Mya-Nan-San-Kyaw Golden Palace (Mandalay Royal Palace)

and its Cultural Museum

アマラプラからマンダレーへの 遷 都 にあたって、コンバウン 朝 の 第 十 代 ミンドン 王 が 建 造 した 王 宮 の 跡 で、アマ

ラプラの 旧 王 宮 を 解 体 した 部 材 が 象 によって 運 ばれたと 伝 える。 新 王 宮 は1858 年 に 竣 工 したが、1885 年 にコンバ

ウン 朝 が 滅 亡 、 英 支 配 が 確 立 すると 軍 の 駐 屯 地 にされた。 王 宮 の 木 造 建 物 は、 第 二 次 世 界 大 戦 末 期 の1945 年 に 駐 屯

していた 日 本 軍 に 対 する 連 合 国 軍 の 空 爆 により 焼 失 したが、1980 年 代 以 降 に 図 面 や 古 写 真 等 をもとに 中 心 域 の 宮

殿 群 や 城 壁 上 の 櫓 等 が 最 終 期 の 姿 に 復 元 され、 後 に 公 開 された。 濠 に 囲 まれた2km 四 方 の 宮 域 は、 現 在 も 大 半 の 区

域 が 国 軍 の 施 設 として 使 用 されているため、 一 般 公 開 されているのは 復 元 された 宮 殿 群 のある 中 心 部 の 限 られた 範

囲 だけである。この 復 元 がどの 程 度 の 資 料 検 証 と 考 察 を 踏 まえたものであるかは 詳 らかでないが、 王 宮 内 から 移 築

されて 現 存 するシュエナンドー 僧 院 の 建 物 や、ヤンゴン 国 立 博 物 館 に 収 蔵 されている 玉 座 の 実 物 等 と 比 べると、 彫

刻 等 が 全 体 にあっさりした 印 象 であることは 否 めない。また、 本 来 は 煉 瓦 造 であった 望 楼 をRC 造 で 復 元 したことは

しばしば 批 判 の 的 となっている。

宮 殿 群 の 最 も 裏 手 の 建 物 が 文 化 博 物 館 として 公 開 されている。 展 示 品 は 王 族 が 用 いた 調 度 や 衣 装 等 が 中 心 だが、

優 品 はヤンゴンの 国 立 博 物 館 に 収 蔵 されており、かなり 寂 しい 内 容 である。 壁 のない 半 屋 外 のような 空 間 で、 展 示

ケースはあってもここに 染 織 品 を 展 示 し 続 けるのは 保 存 上 無 理 があると 思 われる。

考 古 局 では、マンダレー 王 宮 跡 とシュエナンドー 僧 院 を 含 む4 寺 院 、インワとピニャの 遺 跡 を 合 わせて、「マンダ

レー 考 古 ゾーン」とし、 外 国 人 からは10ドルの 入 域 料 を 徴 収 している。

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マハムニ 寺 院

Maha Muni Paya

王 宮 跡 ・ 博 物 館

Mya-Nan-San-Kyaw Golden Palace (Mandalay Royal Palace) and its Cultural Museum

図 50. マハムニ 寺 院 境 内 の 工 芸 店 図 51. マハムニ 寺 院 の 本 尊 と 参 拝 の 人 々

図 52.

マハムニ 寺 院 境 内 のクメール 彫 像 と 戯 れる 家 族 連 れ

図 53.

王 宮 跡 中 心 建 物

図 54. 復 元 された 宮 殿 建 物 群 図 55. 博 物 館 内 観

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

シュエナンドー 僧 院

Shwei-nan-daw Monastery

ミャンマーの 木 造 僧 院 建 築 としては 最 高 峰 に 位 置 づけられる。 元 々はマンダレー 王 宮 の 宮 殿 建 物 の1 棟 で、その

唯 一 の 現 存 遺 構 としても 貴 重 である。1878 年 ~1883 年 にコンバウン 朝 最 後 の 第 十 一 代 ティーボー 王 が 先 王 の 供 養

のため 現 在 地 に 移 築 、 改 修 したものである。 東 西 12 間 × 南 北 7 間 (35m×21m)の 周 囲 に1 間 (2.5m) 幅 のベランダ

がめぐる。 東 を 正 面 とする 堂 内 は 大 きく 前 後 に 仕 切 られ、 前 半 は 本 尊 仏 を 祀 る 内 陣 とこれより 一 段 低 い 外 陣 、 後 半

は 僧 侶 たちのための 空 間 となっている。 四 重 になった 屋 根 の 軒 先 や 大 棟 には 本 生 話 等 に 題 材 を 採 った 繊 細 な 木 彫 レ

リーフが 取 り 付 けられ、 外 壁 面 や 開 口 周 りにも 飛 天 や 唐 草 等 の 彫 刻 が 全 面 に 施 されている。 建 物 外 部 は 現 状 では 素

木 だが、 室 内 は 一 転 、 全 面 が 金 色 に 仕 上 げられている。ここでも 彫 刻 やガラスや 漆 による 工 芸 技 術 の 粋 が 尽 くされ

ている。

他 の 木 造 僧 院 建 築 にも 共 通 する 構 造 的 特 徴 として、チーク 材 を 用 いた 総 柱 の 掘 立 式 で 軸 部 に 水 平 の 繋 ぎ 材 が 無 い

ため、 柱 足 元 の 腐 朽 が 建 物 全 体 の 傾 斜 に 直 結 する。この 建 物 でも 傾 斜 が 進 行 したため、1960 年 代 にRC 基 礎 を 新 設 し

て 柱 をこれに 緊 結 する 修 理 が 行 われている。また、1995 年 にも 不 陸 直 しや 彫 刻 の 一 部 を 交 換 する 修 理 が 行 われた。

しかし、 現 状 では 特 に 外 部 彫 刻 の 風 化 や 欠 失 が 激 しく、 軒 先 には 雨 漏 りの 跡 も 見 られる 等 、 建 物 全 体 に 劣 化 が 進 行

している。 外 国 人 を 含 む 観 光 客 がほぼ 必 ず 訪 れる 名 所 でもあることから、 再 度 本 格 的 な 修 理 を 行 うとともに、 抜 本

的 な 保 存 対 策 を 検 討 すべき 段 階 に 来 ているものと 考 えられる。

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シュエナンドー 僧 院

Shwei-nan-daw Monastery

図 56. シュエナンドー 僧 院 北 面 外 観 図 57. シュエナンドー 僧 院 軒 周 り 詳 細

図 58. シュエナンドー 僧 院 外 壁 面 の 劣 化 状 況 図 59. シュエナンドー 僧 院 の 堂 内 内 陣 部

図 60. シュエナンドー 僧 院 の 堂 内 桁 周 り 詳 細 図 61. シュエナンドー 僧 院 礎 石 の 新 設 と 根 継 補 修 を 施 された 柱 脚 部 分

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

ザヤット

Thudhamma Zayat

ザヤットとは、 集 会 所 あるいは 巡 礼 者 の 仮 眠 所 として 村 々に 建 てられた 施 設 である。マンダレー・ヒルの 南 麓 、

王 宮 環 濠 の 北 辺 東 端 に 面 して 建 つ 一 群 のザヤットは、 僧 侶 の 休 息 施 設 として 用 いられるもので、マンダレー 建 都 と

同 時 に 建 てられ 始 め、1871 年 に 当 地 で 開 催 された 第 五 回 仏 典 結 集 に 向 けて 整 備 が 進 められたようである。 植 民 地 期

の 火 災 で 多 くが 失 われたが、1990 年 代 以 降 、 官 民 の 予 算 でいくつかの 棟 が 再 建 されている。 規 模 形 式 はいずれも 同

様 で、6 間 ×3 間 の 総 柱 建 物 で、 中 央 の4 間 ×1 間 部 分 を 上 方 に 立 ち 上 げて 切 妻 屋 根 を 掛 け、その 四 周 に1 間 の 下 屋 庇

をめぐらす 構 成 となる。 壁 も 床 もない 吹 き 放 ちの 四 阿 で、 彫 刻 等 の 装 飾 要 素 もほぼない。

今 回 見 学 したのは、 濠 沿 いの 道 に 面 する 一 棟 で、 考 古 局 が2011 年 修 理 を 行 ったとのことであった。その 図 面 と 写

真 が 建 物 内 に 展 示 されていたが、 煉 瓦 造 の 基 壇 に 埋 められた 掘 立 柱 の 根 入 れ 部 分 を 切 断 ・ 除 去 し、 傾 斜 した 柱 を 建

て 起 こした 上 で、 新 設 したRC 基 礎 にアンカーボルトで 緊 結 するという 修 理 内 容 である。 柱 材 自 体 が 変 形 しているた

めか、 修 理 後 の 現 状 でも 各 柱 は 必 ずしも 鉛 直 になっていない。また、 写 真 で 見 る 限 り、 切 断 された 柱 根 はさほど 傷 ん

でいないようにも 思 えた。このような 修 理 方 法 はミャンマーでは 定 石 になっているようだが、 当 初 材 と 当 初 工 法 の

保 存 という 観 点 から 問 題 があり、 再 検 討 が 必 要 である。

タハウィン 僧 院

Thaka-wun Monastery

1879 年 頃 に 宰 相 ウ・カウンの 寄 進 によって 建 設 された 僧 院 建 築 で、 市 街 地 の 南 西 にあって 他 の14 寺 院 とともに

緑 豊 かな 寺 町 を 構 成 している。 宰 相 の 訪 欧 時 の 見 聞 をもとに 構 想 されたこの 建 物 は、ミンドン 王 に 仕 えたイタリア

人 とフランス 人 の 二 人 の 建 築 家 によって 設 計 されたもので、 西 洋 建 築 とビルマ 建 築 の 折 衷 様 と 言 うべきユニークな

ものである。 平 面 規 模 は 東 西 11 間 × 南 北 8 間 (26m×19 間 )で、 地 上 階 は 吹 き 放 ちのピロティとし、2 階 に 応 接 室

や 僧 坊 等 を 配 する。 入 口 ベランダと 応 接 室 を 隔 てる5 連 の 建 具 の 繊 細 な 木 彫 スクリーンが 見 せ 場 となっている。2 階

の 北 西 室 内 に 螺 旋 階 段 があって 小 屋 裏 に 達 することができるが、その 中 央 にはオーダーの 付 いた 円 柱 で 囲 まれた 円

筒 状 の 一 室 があり、 以 前 は 瞑 想 堂 の 用 途 に 用 いたという。 現 状 の 寄 棟 屋 根 は 明 らかに 後 補 で、 本 来 の 形 式 は 不 詳 だ

が、 小 屋 裏 階 の 床 組 が 二 重 構 造 で、その 上 面 に 水 勾 配 が 設 けられていることから 推 察 すると、 無 謀 にも 当 初 は 陸 屋

根 であった 可 能 性 が 考 えられる。

軍 政 下 に 国 有 化 されて 以 後 、この 建 物 は 寺 の 施 設 としては 使 用 されておらず、 十 分 な 管 理 がなされないまま 全 体

的 に 荒 廃 が 進 んでいる。

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ザヤット

Thudhamma Zayat

タハウィン 僧 院

Thaka-wun Monastery

図 62. ザヤット 外 観 図 63. ザヤット 修 復 工 事 の 説 明 パネル

図 64.

ザヤット 建 物 内 観 ( 柱 がやや 左 方 に 傾 いている)

図 65.

タハウィン 僧 院 北 面 外 観

図 66. タハウィン 僧 院 2 階 ベランダ 部 内 観 図 67. タハウィン 僧 院 小 屋 裏 内 観

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

シュエインビン 僧 院

Shwei-in-bin Monastery

タハウィン 僧 院 と 同 じ 地 域 にある 僧 院 の 一 つで、1895 年 に 中 国 人 の 富 豪 の 寄 進 により 建 てられた。 東 端 に 七 重

の 屋 根 をもつ 十 字 形 平 面 の 祠 堂 を 配 し、その 西 に 細 長 い 一 室 を 介 して 本 堂 が 建 つ。 本 堂 の 堂 内 は 間 仕 切 壁 で 前 後 に

区 分 され、 前 半 を 内 外 陣 をもつ 仏 堂 、 後 半 を 僧 侶 の 空 間 とする。さらに、その 西 側 にも 屋 根 で 覆 われた 通 路 を 挟 んで

別 棟 の 倉 庫 が 建 つ。そしてこれらの 建 物 群 の 全 体 を 木 造 テラスで 囲 うという 構 成 である。 外 部 の 彫 刻 が 軒 周 り 等 に

限 られ、 蔀 戸 を 連 ねる 外 観 にはシュエナンドー 僧 院 のような 華 やかさは 無 いが、 安 定 感 のある 落 ち 着 いた 佇 まいを

見 せる 建 築 である。

川 に 近 接 するためか 南 面 側 の 傷 みが 激 しく、 屋 根 の 彫 刻 レリーフもかなりの 数 が 失 われてしまっている。 本 堂 の

柱 間 に 軽 量 鉄 骨 のトラス 梁 を 挿 入 したり、 柱 の 足 元 をコンクリートで 根 巻 したりといった 補 修 が 目 立 つが、 寺 が 寄

付 を 集 めて 自 費 で 修 理 を 行 っているため、 考 古 局 の 指 導 はあまり 行 き 届 いていないのが 実 情 とのことである。

マンダレー 文 化 博 物 館

Cultural Museum and Library (Mandalay)

2 階 建 の 小 規 模 な 博 物 館 で、 図 書 館 が 併 設 されている。 展 示 品 は 先 史 時 代 の 遺 物 から 始 まって 仏 像 、 経 典 、 僧 院 の

建 具 等 があるが、 点 数 はごく 少 なく、 優 品 もあまり 無 いようである。 施 設 、 展 示 方 法 ともに 古 さが 目 立 つ。 閉 館 間 際

の 時 間 に 訪 問 したことから 収 蔵 庫 を 見 学 することができなかったため、コレクションの 全 体 像 は 不 明 である。 市 街

地 の 繁 華 な 場 所 に 立 地 するにも 拘 わらず、 観 光 客 が 訪 れることは 殆 んどないとのことであった。

旧 文 化 局

Former Office of the Department of Culture

植 民 地 期 に 建 てられた 木 骨 煉 瓦 造 2 階 建 の 住 宅 建 築 で、ハーフティンバーの 瀟 洒 な 意 匠 をみせる。 複 雑 な 形 状 の

屋 根 は 上 階 部 分 がトタン 波 板 葺 きに 変 えられているが、 元 は 車 寄 せ 部 や 下 屋 庇 に 残 る 榑 板 葺 きであったと 考 えられ

る。 室 内 にはあまり 見 どころが 無 いが、 後 世 の 改 造 も 少 なくないものと 思 われる。オフィスとしても 使 われなくなっ

た 現 状 では 全 体 に 傷 みが 激 しく、 考 古 局 ではこれを 改 修 して 図 書 館 に 転 用 する 計 画 とのことであった。 戦 災 等 によ

り 市 街 地 に 古 い 建 物 が 少 ないマンダレーにあっては 貴 重 な 歴 史 的 建 造 物 で、その 保 存 活 用 という 方 向 性 は 評 価 でき

るが、もし2 階 にも 書 棚 を 入 れるのであれば 相 当 な 構 造 補 強 が 必 要 になるのではないかとの 印 象 をもった。

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シュエインビン 僧 院

Shwei-in-bin Monastery

マンダレー 文 化 博 物 館

Cultural Museum and Library (Mandalay)

旧 文 化 局

Former Office of the Department of Culture

図 68. シュエインビン 僧 院 北 西 から 見 た 外 観 図 69. シュエインビン 僧 院 補 強 鉄 骨 トラス

図 70. マンダレー 文 化 博 物 館 外 観 図 71. マンダレー 文 化 博 物 館 の 展 示 室 内 観

図 72. 旧 文 化 局 外 観 図 73. 旧 文 化 局 2 階 内 部

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

3-3

インワ

Innwa

マンダレーの 南 西 約 15km、アマラプラからは 約 3kmの 至 近 距 離 に 位 置 するかつての 王 都 である。ピニャ 王 朝 と

ザガイン 王 朝 を 統 一 したタドミンビャ 王 が1365 年 に 建 都 したのが 嚆 矢 で、このアヴァ 王 朝 は1555 年 まで 継 続 し

た。その 後 、タウングー 朝 とコンバウン 朝 のもとでインワは4 度 にわたって 王 都 となった。1821 年 にアマラプラか

ら 遷 都 されたのが4 回 目 で、1839 年 の 地 震 で 大 きく 被 災 したのを 契 機 に1842 年 、 再 びアマラプラに 遷 都 したことで

インワは 王 都 としての 歴 史 を 閉 じた。

バガヤ 僧 院

Bagaya Monastery

インワ 都 城 内 、 王 宮 跡 の 南 西 方 に 位 置 する 僧 院 で、 現 地 の 説 明 板 によると1834 年 、バジードー 王 時 代 の 建 築 との

ことである。 当 初 は 板 葺 であったが、1929 年 に 鉄 波 板 葺 きに 改 修 され、1991 年 に 考 古 局 による 修 理 が 行 われた。 七

重 の 屋 根 をもつ 十 字 形 平 面 の 祠 堂 と 本 堂 が 東 西 に 並 び、 本 堂 の 内 部 を 東 西 に 仕 切 って 仏 堂 と 僧 侶 の 空 間 にそれぞれ

充 てる 構 成 はビルマ 僧 院 における 標 準 的 なものである。 内 外 部 とも 装 飾 は 抑 制 的 で、 彫 刻 部 位 は 妻 壁 や 開 口 部 まわ

り、 手 摺 部 分 等 に 限 定 される 一 方 、 不 必 要 と 思 えるほど 太 い 柱 材 が 用 いられており、 雄 渾 な 印 象 を 与 える 建 築 であ

る。

一 部 の 柱 が 著 しい 傾 斜 を 生 じているほか、 年 に3 回 、 各 1ヶ 月 間 は 境 内 が 水 に 浸 かる 時 期 があるといい、 建 物 床 下

には 乾 いた 泥 が 厚 く 堆 積 している。

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インワ

Innwa

バガヤ 僧 院

Bagaya Monastery

図 74. 南 方 からのアプローチ 街 路 図 75. インワ 都 城 跡 の 全 図

図 76.

インワ 都 城 跡 風 景

図 77.

バガヤ 僧 院 東 面 外 観

図 78. バガヤ 僧 院 堂 内 内 陣 部 図 79. バガヤ 僧 院 の 床 下 部 における 柱 の 傾 斜 と 土 砂 の 堆 積

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

シンチョン 要 塞

Sinkyone Fortress

インワ 王 都 とは 直 接 関 係 ないが、エイヤーワディ 川 の 南 岸 に 立 地 し、 英 軍 艦 の 侵 攻 に 備 えてマンダレーのミンド

ン 王 が 築 かせた3ケ 所 の 要 塞 の 一 つである。 象 を 囲 う 施 設 を 改 造 して1874 年 に 建 造 され、 環 濠 と 土 塁 で 囲 まれた 一

辺 100mほどの 正 方 形 の 平 面 をもつ。1957 年 から 考 古 局 による 整 備 が 行 われている。

王 宮 跡

Palace Ruin

東 西 1.5km× 南 北 1.0kmほどのやや 不 整 形 な 平 面 をもつ。 北 西 側 でエイヤーワディ 川 に 直 接 面 する 以 外 は 大 規 模

な 環 濠 を 巡 らし、その 内 側 に 煉 瓦 造 の 城 壁 を 築 く。 西 門 と 付 近 の 城 壁 の 一 部 が 近 年 復 元 されている。また、 南 門 に 至

る 参 道 の 両 脇 にも 小 規 模 な 煉 瓦 壁 が 現 存 する。 城 壁 内 は 現 状 では 大 半 が 耕 作 地 で 村 落 も 点 在 するが、その 中 央 の 約

400m 四 方 がかつての 宮 殿 域 と 考 えられている。この 区 域 では15 年 ほど 前 に 考 古 局 による 発 掘 調 査 が 行 われ、 建 物

跡 の 基 壇 が 出 土 したとのことだが、 地 上 に 現 存 する 遺 構 は 沐 浴 池 と 望 楼 の2つだけである。このうち 沐 浴 池 は、 東 西

50m× 南 北 25mほどの 長 方 形 で、 地 面 を2 段 に 掘 り 込 んで 煉 瓦 造 の 段 状 擁 壁 で 仕 上 げ、 四 方 に 装 飾 的 な 階 段 を 設 け

ている。 一 方 、 望 楼 は1822 年 に 建 造 されたバジードー 王 の 王 宮 の 遺 構 だが、1838 年 の 大 地 震 で 基 部 を 残 して 崩 壊

した。 現 状 は 高 さ30mほどの 煉 瓦 造 の 角 塔 の 上 部 に 木 造 のパビリオンが 建 ち、そこまで 外 階 段 で 上 ることができる

が、 本 来 の 形 式 に 関 する 資 料 はなく、 想 像 に 基 づいて 復 元 されたとのことである。 地 震 で 傾 いたままであることか

ら 却 って 名 所 となり、 馬 車 に 乗 った 観 光 客 が 訪 れるため、 付 近 には 土 産 物 売 りの 姿 も 見 られる。

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シンチョン 要 塞

Sinkyone Fortress

王 宮 跡

Palace Ruin

図 80.

シンチョン 要 塞 の 周 壕 と 土 塁

図 81. 王 宮 の 外 周 壕 跡 図 82. 王 宮 の 復 元 された 西 城 門

図 83. 王 宮 の 沐 浴 池 跡 図 84. 王 宮 の 望 楼 遠 景

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

マハーアウンミェ 僧 院

Maha Aung Mye Bonzan (Me Nu Oak) Monastery

バジードー 王 の 第 一 王 妃 メ・ヌーが 寄 進 した 寺 院 で、 木 造 僧 院 建 築 のシルエットを 模 して 煉 瓦 造 で 建 てられ、 壁

面 は 漆 喰 塗 で 装 飾 されている。これも1838 年 の 地 震 で 破 損 したが、 建 立 者 の 娘 であるミンドン 王 の 妃 が1873 年 に

修 復 したとのことである。コンバウン 朝 期 の 煉 瓦 造 建 築 を 代 表 する 作 例 の 一 つに 数 えられている。

インワ 考 古 博 物 館

Innwa Archaeological Museum

2003 年 に 開 館 した 比 較 的 新 しい 博 物 館 である。 収 蔵 品 は 出 土 遺 物 も 含 めて358 点 とのことで、 大 理 石 の 仏 像 や 金

属 工 芸 品 等 が 展 示 されているが、 非 常 に 閑 散 とした 印 象 である。なお、インワの 遺 跡 に 関 する 調 査 活 動 は 現 在 行 わ

れておらず、 維 持 管 理 だけを 継 続 しているとの 説 明 であった。 入 館 料 はミャンマー 人 200チャット、 外 国 人 5ドルで

ある。

No. 233, 234, ローカタイッウー

No. 233, 234, Lawka Htaik Oo

インワには 約 600 基 の 仏 塔 が 点 在 するといい、そのうち 壁 画 の 残 る3ヶ 所 を 訪 問 した。ローカタイッウーでは、 天

井 の 補 強 や、 壁 画 を 描 いた 漆 喰 のモルタルによる 剥 落 防 止 措 置 等 が 講 じられており、いずれも 比 較 的 近 年 の 作 業 と

思 われた。 壁 画 は16 世 紀 代 のものと 言 うが、 一 部 には 西 洋 人 らしい 人 物 像 等 も 見 られた。

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マハーアウンミェ 僧 院

Maha Aung Mye Bonzan(Me Nu Oak) Monastery

インワ 考 古 博 物 館

Innwa Archaeological Museum

No. 233, 234, ローカタイッウー

No. 233, 234, Lawka Htaik Oo

図 85. マハーアウンミェ 僧 院 南 西 から 見 た 外 観 図 86. マハーアウンミェ 僧 院 の 回 廊 部 内 観

図 87. インワ 考 古 博 物 館 の 建 物 外 観 図 88. インワ 考 古 博 物 館 の 展 示 室

図 89. ローカタイッウー 外 観 図 90. ローカタイッウー 壁 画 詳 細

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

3-4

アマラプラ

Amarapura

1783 年 ~1821 年 、1842 年 ~1859 年 の2 次 にわたってコンバウン 朝 の 王 都 が 置 かれた 地 で、マンダレー 王 宮 から

は 南 西 に12kmほどの 距 離 にある。インワや 対 岸 のザガインとともに、マンダレーからの 日 帰 り 観 光 コースとなっ

ている。

ウッペイン 橋

U Bein Bridge

アマラプラの 東 方 、タウンタマンという 湖 に 架 かる 木 造 橋 で、 幅 3m、 全 長 は1.2kmに 及 ぶ。1849 年 から 建 造 が 開

始 され、 廃 都 となったインワの 王 宮 跡 から 運 ばれたチーク 材 が1,000 本 以 上 用 いられているという。 橋 脚 の 丸 太 材

には 仕 口 穴 等 が 見 られ、 建 築 部 材 の 転 用 であることは 確 かのようである。 筋 交 による 補 強 等 も 加 えられてはいるが、

全 体 に 老 朽 化 が 進 んでおり、 対 岸 の 学 校 に 通 う 生 徒 や 観 光 客 も 含 めて 多 数 の 人 々が 日 常 的 に 通 行 しているため、 保

存 もさることながら 安 全 面 が 最 も 懸 念 されるところである。

マハーウェイヤンボンター(バガヤ) 僧 院

Maha-wei-yan-bon-tha (Bagaya)Monastery

18 世 紀 後 半 に 創 建 された 寺 院 だが、 建 物 は1848 年 にバガン 王 によって 再 建 後 、1866 年 に 焼 失 したままとなって

いた。1993 年 に 絵 画 資 料 をもとにこれを 再 現 したのが 現 在 の 建 物 だが、 木 造 ではなくRC 造 で、 手 摺 周 りの 彫 刻 等 も

セメントで 作 られている。ここで 見 るべきものはその 収 蔵 品 で、 寺 院 の 再 建 を 進 めた 僧 侶 が 収 集 した 各 時 代 の 仏 像

と、ペーザー( 貝 葉 文 書 )をはじめとする 古 文 書 類 が 多 数 保 管 されている。 建 物 の 床 上 部 に 仏 像 を 所 狭 しと 安 置 し、

床 下 部 が 一 種 の 図 書 館 となっている。 通 常 一 般 に 公 開 されているのは 仏 像 群 だけで、 経 典 類 は 非 公 開 だが 研 究 者 の

用 には 供 されている。 経 典 類 は 木 製 のガラス 戸 棚 に 収 められているが、 空 調 の 無 いピロティ 空 間 で 保 存 環 境 として

は 決 して 良 好 と 言 えず、 虫 害 対 策 もナフタリンと 年 一 度 の 虫 干 し 程 度 とのことであった。また、 歴 史 資 料 の 記 述 内

容 を 活 字 化 する 作 業 も 一 部 しか 行 われていないようであった。

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アマラプラ

Amarapura

ウッペイン 橋

U Bein Bridge

マハーウェイヤンボンター(バガヤ) 僧 院

Maha-wei-yan-bon-tha (Bagaya)Monastery

図 91. ウッペイン 橋 西 岸 より 見 た 全 景 図 92. ウッペイン 橋 の 橋 脚 部 見 上 げ

図 93. マハーウェイヤンボンター(バガヤ) 僧 院 外 観 図 94. ペーザーとパラバイ( 折 り 畳 み 写 本 )

図 95. マハーウェイヤンボンター(バガヤ) 僧 院 の 貝 葉 文 書 収 蔵 状 況 図 96. マハーウェイヤンボンター(バガヤ) 僧 院 の 仏 像 展 示 室

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

3-5

ヤンゴン

Yangon

街 のシンボル 的 存 在 であるシュエダゴン・パゴダの 創 建 は 遅 くとも10 世 紀 代 までは 遡 ると 考 えられているが、 当

地 にまとまった 集 落 が 形 成 されたのは18 世 紀 半 ば 以 後 である。 第 二 次 英 緬 戦 争 に 勝 利 したイギリスが1852 年 にこ

こを 占 領 し、 英 領 ビルマの 中 心 地 ラングーンとして 近 代 的 都 市 計 画 による 本 格 的 な 都 市 建 設 を 行 った。1948 年 にビ

ルマ 連 邦 が 独 立 するとラングーンはその 首 都 となった。 軍 政 下 の1989 年 にヤンゴンと 改 称 、2006 年 にはネピドー

への 遷 都 によって 首 都 の 座 を 失 ったが、 現 在 もミャンマー 最 大 の 都 市 として 経 済 的 中 心 地 であり 続 けている。 現 在

の 人 口 は 市 域 全 体 で400 万 人 を 超 えている。

< 博 物 館 の 状 況 >

• 博 物 館 の 機 能 はいずれも 遺 物 展 示 に 終 始 しており、 保 存 施 設 や、 研 究 機 能 がほとんど 備 わっていないものと 思 わ

れる。 保 存 環 境 や 安 全 対 策 面 での 不 備 も 含 め、 展 示 方 法 や 管 理 体 制 についても 多 くの 問 題 が 認 められる。

• 中 央 館 であるヤンゴンの 国 立 博 物 館 においても、 職 員 数 は 定 員 を 大 きく 割 り 込 んでおり、 保 存 および 専 門 分 野 に

関 する 技 術 や 知 識 を 有 する 人 材 は 極 めて 限 られている。ネピドーへの 新 国 立 博 物 館 開 設 により、 限 られた 人 材 資

源 がさらに 分 散 することが 懸 念 される。

• 博 物 館 分 野 における 専 門 研 修 については、 単 発 的 研 修 はあるものの、 継 続 的 な 国 際 支 援 は 及 んでいない。

< 図 書 館 の 状 況 >

• ヤンゴンの 中 央 館 とアマラプラの 寺 院 内 古 文 書 収 蔵 庫 を 実 見 したのみだが、いずれも 保 存 環 境 を 制 御 できるよう

な 施 設 ではなく、 特 に 貝 葉 経 をはじめとする 歴 史 資 料 の 劣 化 や 虫 害 が 懸 念 される 状 況 である。

• 情 報 のデジタル 化 については、ヤンゴン 大 学 等 において 一 部 取 り 組 まれているようだが、 文 化 省 傘 下 の 公 共 図 書

館 においては 未 着 手 の 現 状 である。

• 人 材 に 関 する 状 況 は 博 物 館 と 同 様 で、ネピドーへの 新 中 央 館 開 設 に 伴 って 資 料 や 人 材 の 分 散 が 生 じることによ

り、 今 後 さらに 状 況 が 悪 化 しかねない。

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ヤンゴン

Yangon

図 97. 旧 市 街 中 心 部 の 俯 瞰 図 98. スーレー・パゴダの 夜 景

図 99. 中 心 市 街 風 景 図 100. 市 街 地 北 部 の 俯 瞰

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

国 立 図 書 館

National Library

英 植 民 地 時 代 の1883 年 に 創 設 された 図 書 館 を 前 身 とし、 文 化 省 傘 下 の 国 立 図 書 館 としては1952 年 に 設 立 され

た。 市 内 を 転 々としたのち、2008 年 から 現 在 の 建 物 を 使 用 しているがあくまで 臨 時 で、 今 もなお 蔵 書 は 各 所 に 散 在

している 状 態 とのことである。ミャンマーに 関 する 国 内 外 の 出 版 物 や 国 内 で 出 版 された 書 籍 の 網 羅 的 収 集 を 行 うと

ともに、 地 方 図 書 館 の 統 括 や 図 書 館 関 係 の 人 材 育 成 の 機 能 も 有 している。 現 在 の 蔵 書 は 約 80 万 冊 で、 国 内 出 版 につ

いては1 冊 をここに 寄 託 することが 法 律 で 義 務 付 けられている。 貴 重 資 料 としては、 植 民 地 時 代 にマンダレーから

移 された、 棕 櫚 の 葉 に 記 したペーザー( 貝 葉 文 書 )やパラバイ( 折 り 畳 み 写 本 )のコレクションがあり、 印 刷 物 とし

ての 出 版 も 行 っているが、 現 物 資 料 の 保 存 対 策 や 内 容 のデジタル 化 等 は 今 後 の 課 題 となっている。 貴 重 書 室 にも 空

調 はなく、 燻 蒸 処 理 の 設 備 もないとのことである。 職 員 の 定 員 は60 名 だが、 現 在 は35 名 にとどまっており、うち30

名 が 図 書 館 学 を 専 攻 した 司 書 である。ネピドーには 新 国 立 図 書 館 も 建 設 中 で、その 完 成 後 は 中 央 館 としての 機 能 は

ヤンゴンからネピドーに 移 されることになっている。

国 立 博 物 館

National Museum

1952 年 に 設 立 され、1996 年 に 現 在 の 敷 地 ・ 建 物 に 移 転 した。 外 国 人 の 入 館 料 は5ドルで、 分 野 別 、 時 代 別 に14の

展 示 室 がある。 自 然 史 や 考 古 学 、 民 俗 ・ 芸 能 、 少 数 民 族 文 化 といった 展 示 もあるが、 中 心 を 占 めるのはビルマ 族 の 工

芸 や 仏 教 美 術 、 歴 代 王 朝 の 遺 品 で、 特 にマンダレー 王 宮 からインドに 持 ち 出 されていたために 戦 災 を 免 れ、その 後

返 還 された 獅 子 玉 座 は 蔵 品 中 の 至 宝 とされている。

ここでも 施 設 の 規 模 に 比 べて 展 示 品 が 少 なく、 閑 散 とした 印 象 が 拭 えない。 監 視 カメラといった 防 犯 設 備 はあっ

ても 故 障 しており、 貴 金 属 類 を 収 めた 展 示 ケースは 鉄 格 子 の 奥 に 置 かれている。また、 漏 電 火 災 を 懼 れて 夜 間 は 電

源 を 切 るため、 空 調 も 常 時 は 稼 働 していない。 今 回 は 展 示 室 以 外 の 諸 室 は 見 学 することができなかったため、 収 蔵

庫 や 保 存 ラボ 等 の 状 況 は 不 明 である。なお、 目 下 、 首 都 ネピドーに 新 国 立 博 物 館 が 建 設 中 で、その 開 館 に 向 けてヤン

ゴンの 国 立 博 物 館 から 収 蔵 品 とスタッフの 一 部 がネピドーに 移 されるとのことである。

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国 立 図 書 館

National Library

国 立 博 物 館

National Museum

図 101. 国 立 図 書 館 外 観 図 102. 国 立 図 書 館 の 開 架 閲 覧 室

図 103.

国 立 図 書 館 のペーザーの 収 蔵 状 況

図 104.

国 立 博 物 館 外 観

図 105. 旧 マンダレー 王 宮 の 玉 座 図 106. 国 立 博 物 館 の 展 示 室 内 観

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3 ミャンマーの 文 化 遺 産

植 民 地 期 建 築 群

Colonial Buildings

ヤンゴンには 英 植 民 地 時 代 に 建 設 された 近 代 建 築 が 多 数 現 存 しており、 今 日 における 集 積 は 東 南 アジアの 各 都 市

のうちでも 最 大 のものと 思 われる。その 背 景 としては、 英 領 ビルマの 政 治 ・ 経 済 中 心 都 市 として 繁 栄 したことに 加

え、 長 く 続 いた 軍 政 下 での 経 済 停 滞 によりインフラの 更 新 が 進 まなかったことが 大 きい。 公 共 建 築 、 商 業 建 築 、 宗 教

建 築 、ショップハウスや 独 立 の 邸 宅 から 産 業 施 設 まで、その 種 別 も 豊 富 で、 特 にスーレー・パゴダ 通 りから 東 側 の

ヤンゴン 川 に 近 い 地 域 には 大 型 の 重 厚 なオフィスビルが 建 ち 並 んで 壮 観 である。

ヤンゴン 市 では1996 年 に187 棟 の 建 物 を 歴 史 的 建 造 物 に 指 定 し、 民 間 のミャンマー・ヘリテージ・トラストと

ともにその 保 存 に 取 り 組 んでいる。ストランドホテルのように、 改 修 を 経 て 活 用 される 建 物 がある 一 方 で、 後 世 の

改 造 も 含 めて 荒 廃 が 進 んでいる 例 も 散 見 される。 特 にネピドーへの 首 都 移 転 に 伴 って 機 能 を 失 った 官 庁 施 設 が 多 数

あり、その 活 用 は 大 きな 課 題 である。また、 今 後 急 速 に 経 済 活 動 が 活 発 化 していくことが 確 実 視 される 中 で、 未 指 定

の 建 物 群 が 高 層 ビル 等 に 置 き 換 わっていく 流 れを 食 い 止 めることは 事 実 上 困 難 と 思 われる。ヤンゴンの 植 民 地 期 建

築 群 の 保 存 については、オーストラリアが2012 年 より 支 援 を 開 始 し、 保 存 コンサルタントの 派 遣 等 を 行 うことが 既

に 両 国 間 で 合 意 されている。

リムチンツォン(カンボーザ) 邸

Lim Chin Tsong (Kambawza) Palace

インヤー 湖 の 南 端 近 くに 所 在 する 広 大 な 敷 地 内 に 建 つ 歴 史 的 建 造 物 で、 貿 易 とゴムで 財 を 成 した 華 僑 の 邸 宅 とし

て1919 年 に 建 設 された。 十 字 形 平 面 をもつ2 階 建 の 洋 風 建 築 の 中 央 上 部 に 八 角 形 の3 層 楼 を 頂 くこの 建 物 は、 随 所

に 中 国 風 の 意 匠 が 散 りばめられ、 奇 想 建 築 というべき 外 観 を 呈 している。 第 二 次 世 界 大 戦 後 はホテル 等 に 使 われた

時 期 もあったが、のちに 文 化 省 の 庁 舎 となり、 本 省 がネピドーに 移 転 した 現 在 も 文 化 省 が 所 有 し、 国 立 芸 術 学 校 の

校 舎 として 使 用 されている。

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植 民 地 期 建 築 群

Colonial Buildings

リムチンツォン(カンボーザ) 邸

Lim Chin Tsong (Kambawza) Palace

図 107. Pansodan St. の 街 並 み 図 108. Pansodan St. の 街 並 み

図 109. ヤンゴン 中 央 駅 図 110. ホテルに 転 用 された 邸 宅 建 築

図 111. リムチンツォン(カンボーザ) 邸 外 観 図 112. リムチンツォン(カンボーザ) 邸 中 央 ホール 内 観

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4. 考 察

4–1. 現 状 と 課 題

今 回 の 調 査 を 通 じて 明 らかになったミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 の 現 状 と、そこから 浮 かび 上 がってきた 課 題 につ

いて、 以 下 考 察 する。 冒 頭 にも 述 べたように、 数 々の 制 約 の 中 でミャンマーの 人 々が 文 化 遺 産 の 保 護 のためにこれ

まで 重 ねてきた 努 力 と 使 命 感 は 十 分 に 認 められるべきであろう。その 上 で、 今 日 の 世 界 的 スタンダードに 照 らして

客 観 的 評 価 を 行 うこととしたい。

保 護 制 度 の 面 においては、 文 化 遺 産 保 護 法 が 存 在 し、 関 連 する 諸 条 約 についても 積 極 的 に 批 准 する 姿 勢 を 見 せて

いる。 文 化 省 が 一 元 的 に 文 化 遺 産 保 護 行 政 を 所 管 し、 各 地 方 にもその 支 局 が 設 置 されており、 文 化 遺 産 の 保 護 ・ 管

理 に 必 要 な 枠 組 みの 整 備 に 向 けた 努 力 は 重 ねられてきたものと 見 受 けられる。 一 方 で、 国 内 の 人 材 育 成 は 追 い 付 い

ておらず、 一 定 の 専 門 性 をもった 一 部 の 人 材 に 負 担 が 集 中 している。 今 後 増 大 すると 思 われる、 海 外 からの 知 識 供

与 の 機 会 を 効 率 的 に 利 用 しつつ、 国 内 での 人 材 育 成 が 必 要 となってくると 考 えられる。 短 期 間 のワークショップだ

けでなく、 大 学 での 学 科 開 設 や 海 外 への 長 期 留 学 等 、 文 化 遺 産 保 護 に 係 る 分 野 全 般 での 底 上 げが 課 題 であろう。

文 化 遺 産 保 護 の 具 体 的 状 況 に 関 しては、すでに 前 章 で 各 文 化 遺 産 において 個 別 に 記 述 したため、ここでは 改 めて、

課 題 分 野 別 に 現 状 を 概 括 することとする。

文 化 遺 産 の 保 存 状 況 を 一 言 でいえば、 有 形 文 化 遺 産 の 種 別 ( 建 造 物 、 考 古 遺 跡 、 考 古 遺 物 、 美 術 工 芸 品 、 民 俗 資 料 、

古 文 書 等 )を 問 わず、 全 般 に 劣 化 が 進 んでおり、 保 存 と 管 理 の 両 面 について 今 後 積 極 的 に 有 効 な 措 置 を 講 じない 限

り、 危 機 的 な 状 況 を 脱 することはできないといえる。

• 建 造 物 : 煉 瓦 造 構 造 物 では、 地 盤 の 問 題 は 比 較 的 少 ないもののヴォールト 構 造 のバランスが 崩 れて 倒 壊 や 外 壁 の

傾 斜 につながるケースが 多 い。また、 屋 根 面 からの 漏 水 は 壁 画 の 保 存 にとって 大 きな 脅 威 となっている。 棟 数 は

少 ないが 砂 岩 造 の 外 装 は 激 しい 劣 化 を 生 じている。 一 方 、 木 造 建 造 物 では 掘 立 柱 の 基 部 をはじめ、 腐 朽 や 虫 害 が

著 しい。 特 に 外 部 の 屋 根 周 り 等 に 施 された 繊 細 な 彫 刻 の 保 存 は 困 難 な 課 題 である。 防 災 対 策 も 一 部 の 最 重 要 物 件

にしか 及 んでいない 状 況 である。

• 考 古 遺 跡 : 発 掘 された 遺 構 については 今 回 は 実 見 していないが、 出 土 遺 物 を 含 めて 露 出 展 示 を 試 みるケースが 少

なくないとのことであり、 野 外 環 境 での 遺 構 ・ 遺 物 の 劣 化 破 損 が 懸 念 される。また、 十 分 な 根 拠 資 料 を 欠 いたま

ま 王 宮 等 の 復 元 が 各 地 で 盛 んに 行 われていることにも 疑 問 を 感 じる。

• 美 術 工 芸 品 : 石 造 物 や 土 器 等 は 比 較 的 保 存 環 境 を 選 ばないが、 木 工 、 金 工 、 漆 工 といった 品 々は 環 境 条 件 に 対 し

て 脆 弱 である。 保 存 処 理 を 行 う 設 備 等 もなく、 電 気 の 供 給 も 不 安 定 な 中 で 博 物 館 等 の 展 示 環 境 もコントロールさ

れていないのが 現 状 である。 彫 像 が 台 座 に 固 定 されていない 等 、 防 犯 や 防 災 面 でも 問 題 が 多 い。

• 民 俗 資 料 : 染 織 品 をはじめとする 有 機 質 遺 物 は 特 に 保 存 環 境 への 十 分 な 配 慮 を 要 するが、 空 調 等 のない 空 間 に 置

かれて 劣 化 の 進 んでいるケースが 多 くみられる。

• 古 文 書 :ミャンマーで 一 般 的 なペーザー( 貝 葉 文 書 )やパラバイ( 折 り 畳 み 写 本 )はいずれも 虫 害 にさらされて

おり、 材 質 劣 化 も 進 行 していると 思 われる。 記 録 内 容 のデジタル 化 も 含 めて、 十 分 な 保 存 策 を 講 じる 必 要 性 が 高

い。

保 存 修 復 に 関 しては、 充 当 される 予 算 や 海 外 からの 支 援 も 限 られた 中 で、“ミャンマー 方 式 ”での 自 助 努 力 が 継 続

されてきたが、 従 来 の 修 復 作 業 等 の 多 くは 応 急 的 かつ 限 定 的 なもので、 保 存 上 の 根 本 的 問 題 点 を 改 善 ・ 解 消 するよ

うな 性 質 のものではない。その 一 方 で、バガン 遺 跡 群 等 の 仏 教 遺 跡 においては 宗 教 的 積 徳 行 為 として 大 胆 な 復 元 を

伴 う 修 復 工 事 が 数 多 く 行 われ、その 中 には 文 化 遺 産 の 価 値 を 損 なうような 事 例 も 少 なからず 見 受 けられる。ミャン

マー 側 ではこのような 過 去 の 保 存 修 復 に 対 する 海 外 からの 評 価 を 気 にしており、 最 小 限 介 入 や 可 逆 性 の 確 保 といっ

た 国 際 的 保 存 修 復 原 則 に 沿 った 方 針 への 転 換 を 模 索 し 始 めている。

観 光 ・ 地 域 開 発 分 野 に 関 しては、 昨 今 の 国 内 政 治 体 制 の 変 化 に 伴 って、 特 にバガン 遺 跡 群 において 顕 著 にみられ

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4 考 察

る 通 り、 海 外 からの 観 光 客 が 急 激 に 増 加 しつつあり、 現 状 の 観 光 インフラでは 既 に 受 け 入 れが 限 界 に 達 しつつある。

ミャンマー 側 では、 同 遺 跡 群 について、 近 い 将 来 の 世 界 遺 産 登 録 を 視 野 に 入 れて、 過 去 のユネスコ 日 本 信 託 基 金 事

業 によるマスタープランの 提 案 ( 西 村 プラン)を 参 照 しつつ、 基 礎 的 なゾーニングプランを 策 定 済 みであるが、こ

れに 加 えて 遺 跡 の 保 存 管 理 計 画 や 周 辺 整 備 計 画 の 策 定 といった 作 業 を 独 自 に 検 討 している。また、 観 光 客 の 増 加 に

伴 って、 水 資 源 の 確 保 、 水 質 の 改 善 、 廃 棄 物 処 理 等 が 今 後 問 題 になると 思 われる。さらに、ニャウン・ウーおよび

ニューバガンにおける 人 口 増 加 に 伴 う 市 街 地 環 境 の 悪 化 や、 農 村 集 落 部 との 所 得 格 差 の 拡 大 等 も 中 長 期 的 には 社 会

問 題 化 する 可 能 性 がある。 文 化 遺 産 に 限 らず、 地 域 全 体 の 均 衡 ある 開 発 を 視 野 に 入 れた 計 画 づくりが 求 められる。

博 物 館 分 野 に 関 しては、 既 存 館 の 機 能 はいずれも 遺 物 展 示 に 終 始 しており、 展 示 手 法 や 保 管 環 境 においても 問 題

が 多 い。 今 回 の 調 査 においては、 保 存 作 業 に 関 する 施 設 や 収 蔵 庫 等 を 実 見 することができなかったが、 聞 き 取 りに

よると 十 分 な 施 設 や 機 材 、 研 究 機 能 が 備 わっていないものと 推 察 される。その 一 方 で、 日 本 を 中 心 に 海 外 で 研 修 を

受 けたミャンマー 人 専 門 家 による 独 自 の 研 修 コースの 設 定 等 、 人 材 育 成 の 努 力 は 行 われている。しかしながら、 首

都 ネピドーに 建 設 されている 新 国 立 博 物 館 の 開 館 により 今 後 、 限 られた 人 材 資 源 がさらに 分 散 することが 懸 念 され

る。なお、 従 来 の 博 物 館 分 野 での 専 門 研 修 はいずれも 単 発 的 であり、 継 続 的 な 国 際 支 援 は 及 んでいない。 図 書 館 分 野

においても、 博 物 館 と 概 ね 同 様 の 状 況 と 言 うことができる。

人 材 に 関 しては、 専 門 的 技 能 や 知 識 を 有 する 専 門 家 層 が 少 ない。 有 形 文 化 遺 産 保 護 行 政 は、 文 化 省 傘 下 の 考 古 ・

国 立 博 物 館 図 書 館 局 が 一 手 に 担 っており、 各 地 に 置 かれた 支 局 を 含 めて 一 定 数 のスタッフを 有 しているが、 特 に 保

存 修 復 等 の 専 門 分 野 に 関 する 技 術 や 経 験 知 識 を 有 する 人 材 は 極 めて 限 られている。

設 備 に 関 しては、 文 化 遺 産 保 護 に 必 要 な 機 材 設 備 は、いずれの 組 織 においても 極 めて 不 十 分 である。 設 備 に 関 す

る 課 題 としては、 財 政 上 の 問 題 だけではなく、 電 力 供 給 もままならないインフラ 状 況 も 挙 げられる。なお、 今 後 、 設

備 導 入 を 伴 う 支 援 を 検 討 する 際 は、 現 地 の 人 材 がこれを 有 効 に 活 用 できるよう、 必 ず 技 術 移 転 とセットで 行 うべき

である。

文 化 遺 産 保 護 分 野 での 国 際 支 援 の 状 況 に 関 しては、バガン 遺 跡 群 において、インド 考 古 局 によるアーナンダ 保 存

修 復 協 力 事 業 が 既 に 始 動 段 階 にあり、 同 遺 跡 群 のマスタープランについてはオーストラリアが 関 心 を 示 していると

のことである。なお、2012 年 2 月 の 調 査 時 点 では 中 国 がダマヤンジーの 保 存 修 復 を 支 援 することがほぼ 内 定 してい

たが、その 後 の 情 報 では 中 国 による 支 援 は 白 紙 に 戻 ったとのことである。 一 方 、ミャンマーが 第 一 号 として 世 界 遺

産 登 録 を 目 指 しているピュー 時 代 の 諸 遺 跡 に 関 しては、ユネスコ 文 化 遺 産 保 存 イタリア 信 託 基 金 による 支 援 がまず

は1 年 間 に 限 って 始 まっており、バガン 遺 跡 群 に 関 してもワークショップが 行 われるとのことである。さらに、ヤン

ゴンの 植 民 地 期 歴 史 的 建 造 物 群 に 関 しては、オーストラリアが 支 援 を 開 始 し、 保 存 コンサルタントの 派 遣 を 中 心 と

する 技 術 支 援 が 行 われている。これ 以 外 の 有 形 文 化 遺 産 に 関 しては、 他 国 からも 視 察 等 は 盛 んに 行 われているもの

の、 具 体 的 な 支 援 の 決 定 には 至 っていないのが 現 状 である。

4–2. 今 後 の 協 力 の 可 能 性 と 日 本 の 役 割

上 述 のように、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 を 取 り 巻 く 現 状 は 厳 しく、どのような 切 り 口 から 検 討 しても 非 常 に 多

くの 困 難 な 課 題 を 背 負 っていると 言 わざるを 得 ない。 現 時 点 では 技 術 的 ・ 手 法 的 に 不 十 分 な 箇 所 が 沢 山 ある。この

ため、 日 本 が 培 ってきた 文 化 遺 産 保 護 のノウハウに 対 するミャンマー 側 からの 期 待 は 大 きい。 海 外 からの 支 援 が 及

んでこなかった 約 20 年 の 間 、ミャンマーの 専 門 家 は 文 化 遺 産 保 護 活 動 に 非 常 に 熱 心 に 取 り 組 んできた。また、ミャ

ンマーの 文 化 遺 産 担 当 者 は 総 じて 誇 りが 高 く、 自 主 独 立 心 が 旺 盛 である。 技 術 協 力 および 研 修 活 動 を 実 施 する 場 合

には 対 等 の 立 場 で 向 き 合 う 必 要 があると 考 える。

以 上 のことに 留 意 しながら、ミャンマー 側 からの 要 望 、ミャンマーの 文 化 遺 産 のおかれた 現 状 、 日 本 の 得 意 とす

る 分 野 の3 点 を 考 慮 した 結 果 として、 今 後 日 本 が 協 力 できる 可 能 性 のある 分 野 として3つの 案 を 提 案 したい。

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1 日 本 が 得 意 とする 保 存 修 復 技 術 分 野 における 人 材 育 成

汎 用 性 の 高 い 分 野 での 技 術 移 転 を 通 じて、ミャンマー 側 が 長 期 的 かつ 自 主 的 に 保 存 修 復 に 取 り 組 める 体 制 作 りへ

の 寄 与 が 望 まれる。 具 体 的 には、バガン 遺 跡 群 にみられる 壁 画 の 保 存 技 術 やマンダレーのシュエナンドー 僧 院 等 に

代 表 される 木 造 建 造 物 修 理 技 術 の 移 転 等 が 日 本 の 得 意 分 野 として 考 えられる。その 際 、どのようなテーマでの 協 力

を 行 うにせよ、 具 体 的 なプロジェクト 形 成 のためには、 当 該 分 野 の 専 門 家 を 中 心 とするミッションを 改 めて 派 遣 し、

より 詳 細 な 状 況 分 析 と 専 門 的 視 点 からの 実 施 可 能 性 の 検 討 を 行 うことが 不 可 欠 である。また、バガン 遺 跡 群 に 関 し

ては、 今 後 国 際 支 援 が 集 中 する 可 能 性 があるため、ドナー 間 での 調 整 が 重 要 になると 考 えられる。

留 意 点 として、 研 修 事 業 の 実 施 に 関 しては、 慢 性 的 なスタッフ 不 足 に 加 えて 各 国 からの 支 援 プログラムの 一 環 と

しての 研 修 オファーが 増 加 しつつある 現 状 がある。 長 期 的 な 海 外 での 招 聘 研 修 は 現 場 レベルでの 人 材 不 足 に 拍 車 を

かける 可 能 性 があり、この 観 点 からは 邦 人 専 門 家 の 長 期 派 遣 を 通 じた 現 場 での 技 術 移 転 を 軸 に 検 討 することがより

適 切 と 考 えられる。

2 文 化 遺 産 に 配 慮 した 観 光 客 の 受 け 入 れのための 環 境 整 備 支 援

現 状 では、 外 国 人 観 光 客 受 け 入 れのためのサインや、トイレ、 駐 車 場 も 含 めた 観 光 マネジメント 施 策 が 十 分 であ

るとは 言 い 難 い。そのため、サイン、トイレ、 駐 車 場 、インフォメーションセンター 等 の 環 境 整 備 が 支 援 の 対 象 とな

りうる。しかしながら、 世 界 遺 産 登 録 を 前 提 とした 場 合 、ミャンマー 政 府 およびユネスコ、イコモス 等 国 際 機 関 、 各

支 援 国 との 調 整 が 不 可 欠 であり、 全 体 の 保 有 計 画 の 方 向 性 と、 環 境 整 備 の 方 向 性 に 齟 齬 が 生 じないようにしなけれ

ばならない。

3 観 光 および 地 域 開 発 の 視 点 からの 支 援

長 期 的 視 野 に 立 つと、 水 資 源 の 開 発 と 水 質 の 向 上 、 廃 棄 物 処 理 等 のインフラ 整 備 も 検 討 すべきである。また、 観 光

開 発 による 利 益 を 地 域 住 民 の 貧 困 削 減 、 生 活 環 境 向 上 等 に 結 びつけるためには、 観 光 産 業 における 人 材 の 育 成 、 伝

統 工 芸 等 の 観 光 産 業 としての 育 成 も 支 援 の 対 象 となりうる。

上 記 3 分 野 における 具 体 的 な 支 援 開 始 のためのステップを 次 のように 提 案 したい。

1 専 門 家 間 での 情 報 共 有

今 後 ミャンマーへの 支 援 を 行 うための 最 初 の 一 歩 として、 日 本 国 内 の 多 くの 関 係 者 にミャンマー 文 化 遺 産 の 現 状

を 伝 えることが 重 要 である。 既 にコンソーシアム 内 に 設 置 された 会 議 において 報 告 を 行 ったほか、 日 本 イコモスイ

ンフォメーション 誌 への 投 稿 等 も 通 じて 国 内 専 門 家 への 情 報 提 供 を 行 っている。 加 えて、 特 に 不 動 産 文 化 遺 産 に 関

する 保 存 計 画 の 分 野 における 効 果 的 な 事 業 展 開 のためには、 文 化 遺 産 保 護 の 専 門 家 のみならず、 経 済 協 力 の 実 施 機

関 や 開 発 分 野 の 専 門 家 との 情 報 共 有 が 不 可 欠 である。

2 招 聘 ・ 派 遣 事 業 による 人 材 育 成

提 案 1に 関 係 して、 今 後 保 存 修 復 技 術 分 野 における 人 材 育 成 等 を 行 うため、ミャンマーからの 専 門 家 の 招 聘 、お

よび 日 本 からの 専 門 家 の 派 遣 事 業 を 行 う。まずは、 具 体 的 なプロジェクト 形 成 のために、 当 該 分 野 の 専 門 家 を 中 心

とするミッションを 改 めて 派 遣 し、より 詳 細 な 状 況 分 析 と 専 門 的 視 点 からの 実 施 可 能 性 の 検 討 を 行 う 必 要 がある。

3 観 光 および 地 域 開 発 支 援 と 文 化 遺 産 保 護 の 協 調

提 案 2、3に 関 係 し、バガン 遺 跡 群 を 中 心 として、 文 化 遺 産 保 護 と 地 域 開 発 整 備 の 両 面 において 海 外 からの 支 援

55


4 考 察

が 同 時 進 行 的 に 行 われる 可 能 性 がある。そのため 今 後 は、 文 化 遺 産 保 護 が 当 該 地 域 やミャンマー 全 土 における 開 発

支 援 や 発 展 計 画 と 無 関 係 に 検 討 されるべきではなく、さらには 相 乗 的 な 事 業 効 果 をも 視 野 に 入 れながら、 包 括 的 な

支 援 策 との 協 調 に 留 意 する 必 要 がある。

4–3. 文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアムの 役 割

文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアムの 活 動 は、 文 化 遺 産 保 護 国 際 協 力 のための 国 内 の 連 携 ・ 協 力 を 目 的 としている。

今 回 の 調 査 事 業 に 関 しても、 提 案 された 協 力 内 容 を 今 後 実 現 するために 必 要 な 国 内 での 連 携 ・ 協 力 を 推 進 し、 必 要

に 応 じて 情 報 共 有 および 専 門 家 の 紹 介 等 を 行 う。 特 に、 具 体 的 な 支 援 プランとして 提 案 した「1 専 門 家 間 での 情 報

共 有 」および「3 観 光 および 地 域 開 発 支 援 と 文 化 遺 産 保 護 の 協 調 」に 関 してコンソーシアムが 果 たすべき 役 割 は 大

きく、ミャンマーの 文 化 遺 産 とこれに 関 連 する 諸 分 野 での 国 際 協 力 に 係 る 事 案 や 専 門 家 の 情 報 を 収 集 し、 必 要 に 応

じてコンソーシアム 会 員 のみならず 多 くの 関 係 者 への 情 報 提 供 や 関 係 機 関 への 情 報 照 会 を 行 っていきたい。 本 調 査

報 告 書 も 会 員 に 向 けて 送 付 し、データ 版 はコンソーシアムのウェブサイト 上 で 一 般 に 向 けて 公 開 する 予 定 である。

コンソーシアム 内 に 設 置 している 企 画 分 科 会 や 東 南 アジア 分 科 会 においては、 既 に 本 調 査 に 関 する 報 告 を 行 って

きた。その 後 の 情 報 共 有 の 過 程 で、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 への 具 体 的 な 協 力 内 容 について 検 討 する 体 制 作 りと

してミャンマーワーキンググループの 設 置 が 提 案 され、 承 認 された。 今 後 は、 同 ワーキンググループの 運 営 を 通 じ

て、 引 き 続 き 委 員 および 外 務 省 、 文 化 庁 、 国 際 協 力 機 構 、 国 際 交 流 基 金 等 の 関 係 者 に 向 けてミャンマーの 文 化 遺 産 保

護 支 援 に 関 する 情 報 のアップデートを 行 う。また、ミャンマー 文 化 省 と 日 本 の 専 門 機 関 、 専 門 家 との 間 での 人 的 交

流 を 促 進 するため、 今 後 も 情 報 収 集 および 共 有 を 図 りたい。さらに 必 要 に 応 じて、ミャンマー 文 化 省 との 連 絡 協 議

も 継 続 していく。

4–4. おわりに

ミャンマーにおける 文 化 遺 産 保 護 の 現 況 と 当 該 分 野 での 同 国 に 対 する 国 際 協 力 の 今 後 の 展 開 について 探 るため、

現 地 を 訪 問 し、ミャンマー 側 が 求 める 具 体 的 支 援 項 目 等 について 検 討 した。 現 地 における 調 査 では、 代 表 的 文 化 遺

産 であるバガン 遺 跡 群 やマンダレーの 木 造 建 造 物 、 各 地 の 博 物 館 や 図 書 館 等 を 訪 問 し、 担 当 者 と 面 談 しながら、 情

報 収 集 や 意 見 交 換 等 を 行 った。

今 回 の 調 査 を 通 じて、ミャンマーの 有 形 文 化 遺 産 が 保 存 上 の 危 機 に 直 面 しており、 人 材 や 設 備 に 関 しても 不 足 が

著 しいことが 明 らかになった。 今 後 は 保 存 修 復 技 術 分 野 における 技 術 移 転 ・ 人 材 育 成 、 文 化 遺 産 に 配 慮 した 観 光 客

受 け 入 れのための 環 境 整 備 、 地 域 開 発 の 視 点 からの 包 括 的 計 画 策 定 といった 分 野 での 支 援 が 特 に 重 要 と 考 えられ

る。

時 間 的 制 約 の 中 での 調 査 ではあったが、ミャンマー 文 化 省 との 良 好 な 連 携 のもと、 効 率 的 に 調 査 を 行 うことがで

きた。 同 省 には 現 地 視 察 への 担 当 者 の 同 行 やインタビューの 設 定 等 様 々な 便 宜 を 図 って 頂 いた。ここに 改 めて 感 謝

申 し 上 げたい。

現 在 のミャンマーは、 政 治 的 社 会 的 に 大 きな 転 換 期 を 迎 え、 急 速 な 民 政 移 管 の 動 きと 連 動 した 外 資 流 入 による 経

済 活 性 化 、 国 際 支 援 再 開 の 奔 流 の 中 にある。 短 い 滞 在 ながらも 印 象 深 かったのは、 現 地 で 文 化 遺 産 保 護 に 携 わる 担

当 者 たちの 熱 意 であった。 今 回 の 調 査 で 築 くことができた 彼 らとの 信 頼 関 係 を 今 後 も 継 続 しつつ、さらに 関 係 諸 機

関 と 協 議 しながら、 望 ましい 支 援 の 内 容 とあり 方 を 検 討 していきたい。 近 い 将 来 に 活 発 化 するであろう、 日 本 とミャ

ンマーの 間 での 文 化 遺 産 国 際 協 力 活 動 を 通 じて、 両 国 間 の 友 好 と 理 解 がさらに 増 進 されることを 信 じてやまない。

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APPENDIX

Appendix 1 インタビュー

ここでは、 対 談 形 式 で 行 ったやり 取 りのみを 記 録 する。その 他 、 遺 跡 を 巡 りながらの 説 明 や 聞 き 取 り 等 は 各 文 化

遺 産 の 説 明 のうちに 含 めた。

1. 文 化 省 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 長 とのインタビュー

******************

日 時 :2012 年 2 月 23 日 10 時 ~ 11 時 30 分

場 所 : 文 化 省 (ネピドー)

出 席 者 :

ミャンマー 側 チョウ・ウ・ルイン 考 古 ・ 国 立 博 物 館 図 書 館 局 長 他 数 名

日 本 側 在 ミャンマー 日 本 大 使 館 佐 藤 雅 子 文 化 担 当 官 、 調 査 員 4 名

******************

石 澤 : ネピドーに 新 しく 考 古 局 を 移 されたが、 全 国 にある 文 化 遺 産 のネットワーク(インベントリー 等 )の

現 状 について 伺 いたい。

局 長 :

石 澤 :

原 田 :

2009 年 にネピドーに 文 化 省 は 移 転 したが、 移 転 する 前 から 文 化 遺 産 の 所 在 する 地 方 ごとに 事 務 所 を 構

え、それぞれに 担 当 者 を 配 置 して 保 存 管 理 を 担 当 している。2009 年 の 移 転 後 は、ネビドーを 本 局 と

し、 支 局 はヤンゴン、マンダレー、ミャウー、バガン 等 に 置 いて、 本 局 より 指 導 している。 文 化 省 で

は、 文 化 遺 産 についての 研 究 も 行 っている。 様 々に 壊 れたものをどのように 直 すかについても 研 究 し

ている。なお、 太 古 の 化 石 、 石 器 時 代 から 青 銅 器 時 代 といった 大 昔 のもので 霊 長 類 と 関 係 がある 場 合 は、

特 別 なグループをつけて 研 究 している。

霊 長 類 に 関 してはフランスや 日 本 からの 援 助 を 頂 いて 10 年 前 から 研 究 をしている。 日 本 の 場 合 は、

京 都 大 学 霊 長 類 研 究 所 の 高 井 ( 正 成 ) 先 生 と、10 年 前 から 一 緒 に 研 究 をしている。ミャンマーの 主 要

な 仏 教 関 係 の 遺 跡 であるバガンやマンダレー、タイエーケッタヤーについては、フランス、イタリア、

インドの 援 助 を 頂 いて 目 下 研 究 している。 中 国 の 国 家 文 物 局 からも 援 助 を 頂 く 話 が 進 んでおり、バガ

ン 遺 跡 群 の 研 究 および 保 全 を 行 うための 援 助 がもう 間 もなく 始 まる 予 定 である。これからも、ミャン

マーの 文 化 遺 産 に 関 しては、 保 存 関 係 をはじめ、 様 々な 援 助 を 頂 けるのであれば、どのような 国 ・ 専

門 家 でも、 当 方 としては 嬉 しく 受 け 入 れるつもりである。 政 府 関 係 の 組 織 でも 文 化 遺 産 国 際 協 力 コン

ソーシアムのような 団 体 でも、どちらも 歓 迎 する。

黴 や 湿 度 の 関 係 で 破 壊 された 壁 画 があるので、バガン 滞 在 の 際 には 見 て 頂 き、アドバイスを 頂 ければ

嬉 しく 思 う。ダマヤンジーというバガンで 一 番 大 きな 寺 院 の 場 合 は 湿 度 の 関 係 で 黴 が 生 えてきており、

どのように 直 すかについて 検 討 している。

バガンの 遺 跡 群 は 煉 瓦 造 が 多 いが、 砂 岩 で 出 来 た 建 物 が 3 ヶ 所 ある。 一 つ 目 はシュエジーゴン、 二 つ

目 はマヌーハのすぐ 隣 のナンパヤー、 三 つ 目 はチャウクウーミンというところである。 以 上 の 3 つの

うちの 一 部 は、 崩 れかけている 状 態 である。 日 本 は 石 に 関 しては 専 門 的 に 色 々 研 究 されているので、

アドバイスを 頂 きたい。バガンには 他 の 寺 院 でも 崩 壊 しそうなものがたくさんあり、 今 ミャンマーの

技 術 者 の 組 織 や 建 築 家 の 組 織 等 からアドバイスを 頂 き、どのように 保 存 するかを 検 討 している。 日 本

からも 色 々とアドバイスを 頂 きたい。

石 造 は 上 記 3 ヶ 所 だけであるが、 木 造 建 物 はバガンにもマンダレーにたくさんある。 日 本 は 昔 から 木

で 出 来 た 建 物 の 保 存 に 関 しては 一 番 有 名 であるので、アドバイスを 頂 きたい。

インドに 近 いところにミャウーという 遺 跡 があるが、ほとんどが 砂 岩 で 出 来 たものであるので、( 今 回

は 訪 れないが 次 回 にでも)アドバイスを 頂 ければ 幸 いである。

特 にマンダレーの 木 造 の 建 築 には 私 たちも 大 変 興 味 をもっており、 歴 史 遺 産 としても 重 要 な、 世 界 で

も 珍 しい 僧 院 だと 評 価 している。

日 本 の 外 務 省 が 考 古 局 長 と 以 前 面 談 した 際 に、バガンの 砂 岩 の 建 物 3 棟 とマンダレーの 木 造 建 築 は 重

要 度 が 高 いと( 局 長 が)おっしゃったと 聞 いているので、 今 回 訪 れる 予 定 である。 具 体 的 には、これ

が 今 回 の 私 たちの 訪 問 先 リストである。( 訪 問 先 リストを 手 渡 し)このリストの 中 で 特 に 日 本 との 協 力

57


APPENDIX

に 関 心 をもっているもの、 或 いは 私 たちが 行 く 予 定 がないが 訪 問 を 勧 めたい 場 所 があれば 追 加 して 頂

きたい。

友 田 :

局 長 :

石 澤 :

局 長 :

友 田 :

局 長 :

友 田 :

局 長 :

たくさんあるので 時 間 的 に 全 部 見 ることは 難 しいと 思 うが、 重 点 的 に 見 た 方 がいいところを 教 えて 頂

きたい。

前 述 のチャウクーウーミンは 元 々 上 に 屋 根 がないが、 最 近 雨 が 多 いため 石 や 煉 瓦 が 崩 れ 易 くなってい

る。 現 在 簡 単 な 屋 根 を 木 材 で 作 った。 本 来 それは 良 くないとはわかっており、 改 善 したい。 日 本 の 皆

さんより、アドバイス 頂 ければありがたい。また、チャウクーウーミンの 場 合 は、 前 回 の 地 震 を 受 け

たために 変 形 して 膨 らんだような 形 になっている。 現 在 、 石 全 体 が 崩 れ 易 く、 柔 らかくなっている。

一 時 的 に 雨 を 防 ぐためには 良 い 事 ではないだろうか。

ブレディーというバガンのほぼ 真 ん 中 にあるパゴダでは、 大 きな 割 れ 目 が 生 じている。 応 急 的 には 鉄

筋 で、その 後 にカーボン 等 で 緊 結 するようなことができれば 補 修 する 予 定 である。 外 壁 の 煉 瓦 が 崩 れ

ているため、 横 から 臨 時 的 に 鉄 筋 で 押 さえている。ピィのボーボージー・パゴダも 割 れ 目 が 出 ている

が、 建 物 本 体 だけでなく 内 部 の 壁 画 や 漆 喰 の 唐 草 模 様 等 もこれ 以 上 崩 れないように 今 一 時 的 に 補 修 し

ている。バガンには 全 部 で 2017 ほどの 建 物 が 残 っているが、そのうち 486 の 寺 院 に 壁 画 が 残 っている。

そのような 壁 画 や 漆 喰 で 出 来 た 唐 草 等 を 保 存 する 仕 事 は 今 のところ 25 ヶ 所 しか 出 来 ておらず、あと

400 ヶ 所 以 上 が 手 つかずのまま 残 っている。

先 ほど 申 したようにナンパヤーは 外 装 が 砂 岩 で 出 来 ており、 上 部 が 柔 らかくなっている。 雨 が 多 く 降

ると 崩 れ 易 くなり、また 孕 み 出 してくる。これも 臨 時 的 に 木 造 の 屋 根 を 架 けて 横 から 柱 で 支 えている

が、 保 存 修 理 を 2012 年 から 行 う 予 定 である。

煉 瓦 で 出 来 た 寺 院 にも、 崩 れそうなものがたくさんある。No. 229 というパゴダは 4 階 建 の 建 物 だっ

たが、 崩 れそうになっている。 修 理 や 補 修 すべきところがまだ 沢 山 残 っている。

マンダレーの 西 側 の 対 岸 にあるミンゴン・パゴダは、もともとミャンマーで 一 番 大 きい、 高 さ 300 m

以 上 の 仏 塔 を 作 る 予 定 であったが、 途 中 で 王 様 が 亡 くなったので 未 完 成 のままになっている。 煉 瓦 で

できた 部 分 は 崩 れかけている。

菩 提 樹 の 木 がパゴダを 覆 って 崩 れてしまうところも 沢 山 ある。

マンダレー 周 辺 の 木 造 建 物 の 名 前 を 挙 げたリストがここにある。( 訪 問 先 リストを 手 渡 し)この 中 で 特

に 我 々に 見 てもらいたいもの、あるいはこれ 以 外 でも 是 非 見 てほしいものがあれば 教 えていただきた

い。

バガン 滞 在 が 一 日 では、サレーに 行 くのは( 今 回 は) 時 間 的 に 難 しい。サレーにも 支 局 があるため、( 次

回 以 降 ) 時 間 があれば 是 非 行 って 頂 きたい。リストは 概 ね 良 いと 思 う。これからバガンやマンダレー

を 回 られる 際 には、 向 こうの 責 任 者 も 一 緒 に 参 加 するよう 準 備 する。 色 々と 詳 しく 全 部 をご 覧 になれ

るようにこちらから 連 絡 を 入 れておく。

今 、 木 造 の 建 造 物 で 修 理 中 の 現 場 はあるか。

マンダレー 王 宮 の 北 東 側 に 昔 、 第 五 回 仏 典 結 集 を 行 う 際 に 世 界 中 から 来 た 僧 侶 が 宿 泊 する 場 所 として

建 てた 建 物 を 今 修 理 している。 全 部 で 33 棟 あったが、 今 は 18 棟 しか 残 っていない。 柱 の 根 元 が 腐 っ

ているため、 煉 瓦 やコンクリートで 基 礎 を 造 っている。

友 田 : 今 ネピドーに 新 しい 博 物 館 を 作 っておられると 伺 った。もう 開 館 しているのか。

局 長 :

石 澤 :

局 長 :

友 田 :

建 設 中 で 未 完 成 であるが、4 ヶ 月 後 に 完 成 する 予 定 である。 一 般 公 開 は 2013 年 10 月 頃 を 予 定 している。

ヤンゴンの 国 立 博 物 館 の 収 蔵 品 が 新 博 物 館 に 移 送 されるのか。

ヤンゴンの 国 立 博 物 館 の 収 蔵 品 はそのまま 残 す。 新 国 立 博 物 館 のための 収 蔵 品 は、 他 から 集 められた

ものを 展 示 する 予 定 である。

新 国 立 博 物 館 は、 考 古 関 係 の 博 物 館 と 考 えて 良 いか。

58


局 長 :

石 澤 :

局 長 :

石 澤 :

石 器 時 代 から 現 代 までの 展 示 を 行 う 予 定 である。

局 長 は 考 古 学 者 でピュー 時 代 の 専 門 家 と 聞 いているが、どこまで 調 査 は 進 んでいるのか 教 えてほしい。

今 も 発 掘 中 である。タイエーキッタヤーでは、 中 に 遺 骨 が 入 った 焼 き 物 がまた 400 個 以 上 見 つかった。

建 物 を 作 って、 発 掘 したままの 状 態 で 保 存 している。

シュリクシェトラでは 埃 等 の 対 策 はどうしているのか。

局 長 : 埃 の 予 防 はまだ 出 来 ていない。 日 本 の 平 城 宮 跡 のように 出 来 れば 一 番 良 いと 思 う。

石 澤 :

局 長 :

鈴 木 :

局 長 :

友 田 :

局 長 :

友 田 :

局 長 :

鈴 木 :

局 長 :

私 はカンボジアのアンコールワットの 専 門 家 で、そういったノウハウがあるので、 遺 跡 の 保 存 修 復 に

ついては 色 々アドバイスできると 考 えている。

非 常 に 嬉 しく 思 う。 今 後 の 支 援 についてご 検 討 を 宜 しくお 願 いしたい。なお、 現 在 ダマヤンジーにつ

いては、 中 国 ( 国 家 文 物 局 )と 協 力 して 保 存 する 計 画 が 出 来 ており、 来 月 に 調 査 団 が 来 る。アーナン

ダについては 壁 画 のクリーニングも 含 めてインドと 協 力 する 計 画 で、 近 日 中 に 始 まる。

私 の 専 門 は 都 市 計 画 である。 今 バガンで 観 光 客 が 非 常 に 増 えていると 思 うが、 実 際 の 観 光 開 発 と 遺 跡

保 存 との 間 で 難 しい 問 題 は 起 こっているのか。

90 年 代 に 東 大 の 西 村 ( 幸 夫 ) 先 生 にマスタープランを 作 成 頂 いた。 今 後 はそれを 元 にして、 再 度 マス

タープランを 作 るよう 努 力 しているが、 作 成 には 時 間 がかかるため、 今 は 緊 急 性 の 高 い 内 容 から 着 手

しようとしている。 昔 はダマヤンジーの 塀 の 中 まで 車 で 入 れたが、 車 のエンジンの 振 動 の 問 題 がある

ので 中 に 入 れないようにした。 他 にも、シュエサンドーでも 塔 の 麓 まで 車 をつけない、 小 さな 店 をき

ちんと 建 物 を 作 ってきれいに 並 べる 等 、すぐに 出 来 るものから 今 始 めている。バガンは 観 光 客 の 増 加

により 建 物 も 増 加 しているが、ホテル、レストラン、 漆 工 房 についてはこれ 以 上 増 やしてはいけない 等 、

色 々 規 制 を 出 しているところである。

規 制 の 内 容 については、 何 か 文 章 になっているのか。

文 化 大 臣 が 先 月 バガンを 訪 れ、マスタープランの 策 定 をどのように 始 めるかという 指 示 を 出 した。そ

の 文 書 の 中 に 緊 急 事 項 や、 今 後 の 目 標 といった 内 容 が 含 まれている。

規 制 に 関 してはミャンマー 独 自 で 行 う 方 針 であるのか。

外 国 の 援 助 無 しで 自 分 たちだけで 行 っている。 緊 急 を 要 する 検 討 箇 所 は 政 府 の 考 古 部 門 と 建 築 部 門 と

技 術 部 門 が 連 携 して 行 っている。その 他 の 分 野 についてはご 協 力 頂 けるようであればありがたい。な

お、 他 の 部 分 については、ユネスコ、オーストラリア、イタリアからも 援 助 頂 く 予 定 であるため、ど

のように 一 緒 に 行 うかこれから 検 討 する。

イタリアからの 支 援 は、ユネスコ 信 託 基 金 と 考 えて 良 いか。 具 体 的 には、 全 体 のマスタープランに 関

する 作 業 についてか、それとも 修 復 についての 支 援 という 事 か。

イタリアからの 援 助 は 建 物 関 係 で、 石 造 の 建 物 、 煉 瓦 造 の 建 物 、 木 造 の 建 物 、それを 保 存 する 方 法 を

教 室 の 中 でも 教 え、 実 際 に 現 場 に 行 って 保 存 修 理 の 方 法 等 も 教 える。 理 論 と 実 践 の 両 面 で 行 う。バガ

ンとピューにおいても、イタリアより GIS システムに 関 する 援 助 を 受 けている。ミャンマーにある 建

物 を 世 界 遺 産 に 認 めてもらえるような 登 録 申 請 書 や 管 理 計 画 等 、 申 請 書 も 一 緒 に 作 って 頂 く 予 定 であ

る。ユネスコの 支 援 で 出 来 る 管 理 計 画 は 今 後 のマスタープランの 一 部 になる 予 定 である。 先 ほど 申 し

たように、 一 番 目 には GIS システムと 登 録 申 請 書 と 管 理 計 画 、 二 番 目 は 考 古 公 園 の 中 の 分 析 センター

設 立 、 三 番 目 は 世 界 遺 産 として 認 定 されるマスタープランの 作 成 である。

このマスタープランは 6 分 野 に 分 けて 策 定 する 予 定 である。 第 一 には 修 理 修 復 。 第 二 は 復 元 も 含 めた

整 備 。 今 あるものを 保 存 するだけでなく、そこにかつてあったものを 復 元 する。 復 元 する 場 合 には 道

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APPENDIX

等 も 整 備 する。 道 や 店 やトイレ 等 を 雰 囲 気 を 損 なわないような 場 所 を 探 して 整 備 する。 復 元 に 関 して

は 遺 跡 の 雰 囲 気 が 失 われないように、 他 の 国 と 同 じようなレベルになるようにしたいと 考 えている。

バギーを 利 用 して 観 光 する 等 、 大 型 車 の 振 動 がないよう 検 討 している。 日 本 の 東 大 寺 やタイのスコー

タイ 等 のように、 公 園 として 整 備 を 行 いたいと 考 えている。 第 三 は 記 録 。これからの 記 録 としては、

一 つずつ 寸 法 から 形 状 まで 詳 細 に 記 録 したいと 考 えている。 写 真 やビデオを 撮 って 記 録 するとともに、

詳 しく 状 態 観 察 をして 保 存 の 優 先 順 位 を 評 価 できるような 記 録 を 残 していきたい。 第 四 は 保 存 。 他 の

国 の 基 準 等 を 学 びたいと 考 えている。 第 五 は 研 究 。 全 く 手 をつけていない 王 宮 跡 が 3 ヶ 所 も 残 ってお

り、これらも 研 究 するべきと 考 えている。 今 現 在 チャンセッター 王 の 王 宮 跡 を 発 掘 中 で 研 究 している。

最 後 の 第 六 は、 世 界 遺 産 になるために、どのような 形 で 保 存 するかについてである。 世 界 的 な 保 存 の

原 則 等 を 守 りながら、 全 部 が 出 来 た 段 階 で 世 界 遺 産 に 登 録 するつもりである。 西 村 先 生 の 指 導 の 通 り、

バガンをゾーニングし、 保 存 の 方 法 や、やるべきこと 等 を、 部 分 部 分 真 似 している。 観 光 客 が 増 えて

も 遺 跡 が 壊 されないように、 色 々と 考 えている。そのようなことを 順 番 に 行 っていかなければならな

いと、 大 臣 にも 報 告 している。

石 澤 :

局 長 :

石 澤 :

局 長 :

今 の 6 つの 計 画 を 行 っていくための 人 材 養 成 についてどのようにお 考 えか。

人 材 に 関 しては、 先 ほども 触 れた 技 術 者 の 組 織 や 建 築 家 の 組 織 とも、どのように 養 成 するかを 相 談 中

である。また、 技 術 大 学 の 専 門 家 との 協 力 も 目 下 色 々と 相 談 中 である。 先 ほど 申 し 上 げた 保 存 や 復 元

についてはそれぞれからアドバイスを 受 けるつもりである。 建 物 や 壁 画 の 保 存 等 についてのユネスコ

のワークショップが4 月 に 始 まる。そこでは、 技 術 者 たちとも 連 携 しながら 人 材 を 育 てていく 予 定 で

ある。

「 世 界 の 基 準 に 合 わせて」と 伺 ったが、ミャンマーの 専 門 家 を 海 外 に 出 して 研 修 させるという 計 画 はあ

るのか。

今 インドと 中 国 に 派 遣 して 勉 強 させている。 日 本 からも 技 術 を 頂 けるようであれば、 日 本 にも 研 修 生

を 派 遣 したい。

友 田 : 今 、 専 門 性 をもったスタッフは 全 部 で 何 名 か。

局 長 :

原 田 :

局 長 :

原 田 :

構 造 技 術 者 が 約 35 名 、 保 存 科 学 関 係 が 約 20 名 、 考 古 学 に 関 しては 修 士 や 学 士 が 100 名 以 上 いる。 大

体 まとめて 200 名 の 組 織 である。

その 200 名 とは 公 務 員 として 政 府 に 属 しているのか。

今 の 200 名 は 文 化 省 の 人 数 で、 先 ほどの 考 古 学 や 技 術 者 の 組 織 はまた 別 である。 文 化 省 のスタッフは

約 200 名 、 全 国 なら 約 900 名 いる。900 名 とは、 管 理 者 や 番 人 、 指 導 者 も 全 て 含 めての 数 である。

技 術 大 学 とは 具 体 的 にどの 大 学 が 名 前 を 挙 げられるのか。

局 長 : ヤンゴンの 技 術 大 学 のことである。ミャンマーでは 技 術 大 学 を 別 の 省 が 所 管 しており、その 下 に 27

の 大 学 が 全 国 にある。その 人 たちの 手 も 借 りてやる 予 定 である。

佐 藤 : 先 ほどエンジニアや 建 築 の 専 門 家 とおっしゃったのは 文 化 省 の 中 の 専 門 家 か。

局 長 :

文 化 省 のスタッフではなく、 別 の 組 織 の 者 である。 先 週 バガンで 協 議 を 行 い、バガンをはじめとする

古 代 遺 跡 の 保 存 や 修 復 について 別 の 省 からも 協 力 いただけることになった。 他 の 省 も 遺 跡 の 保 存 修 復

に 興 味 をもっている。

通 訳 補 足 : 自 分 の 省 だけではもう 出 来 ないということで、 他 のところから 手 を 借 りて、 文 化 大 臣 の 要 請 で 皆 が 協

力 してくれるそうです。

佐 藤 :

局 長 :

今 ネピドーで 建 設 中 の 博 物 館 について、 確 かフランスから 支 援 があるという 話 を 聞 いたのだが、 確 認

したい。

そういう 話 はない。 本 当 は 2011 年 の 12 月 に 完 成 している 予 定 だった。 館 内 の 展 示 室 は 18 室 もある。

展 示 方 法 (についての 支 援 )をフランス 大 使 、イタリア 大 使 訪 問 時 にそれぞれ 依 頼 したが 返 事 はない。

60


東 京 国 立 博 物 館 のような 展 示 方 法 を 教 えて 頂 ければ 嬉 しい。

友 田 :

局 長 :

石 澤 :

局 長 :

新 博 物 館 は 自 然 史 や 民 俗 学 等 もテーマになるのか。

ミャンマーの 歴 史 の 順 番 通 りに、 霊 長 類 、 石 器 時 代 、 鉄 器 時 代 、 青 銅 器 時 代 、ピュー 時 代 、バガン 時

代 、ピンヤ、インワ、タウングーの 15、16、17 世 紀 の 時 代 、マンダレーのコンバウン 時 代 、ミャンマー

の 植 民 地 時 代 と、 独 立 直 後 の 時 代 、 軍 事 政 権 時 代 、ネピドーの 時 代 と 並 べる 予 定 である。 他 は、 仏 像

等 の 宗 教 関 係 、 文 化 関 係 、 踊 り 等 芸 能 関 係 、 絵 や 木 彫 り 等 となる。 日 本 からも 博 物 館 に 関 して、 保 管

や 展 示 のアイデア、 保 存 修 理 等 、それぞれの 技 術 について 教 えて 頂 きたい。 外 国 にミャンマー 人 を 派

遣 して 勉 強 させると 一 人 二 人 しか 習 得 できない。しかし、 来 ていただければミャンマー 人 スタッフが

お 手 伝 いしながら 勉 強 できる、それを 真 似 してまた 自 分 でも 色 々できるということで、 人 材 を 増 やす

ためにそういう 形 でのご 協 力 をお 願 いしたい。

最 後 に 一 つ 地 震 について 伺 いたい。 以 前 の 地 震 時 に 日 本 政 府 が 一 つの 寺 に 鉄 骨 を 入 れて 直 した 記 録 が

ある。

1975 年 に 震 度 7.5 の 地 震 があって 崩 壊 が 多 くあった。その 鉄 骨 の 技 術 は 日 本 の 技 術 と 記 憶 している。

写 真 1. 局 長 とのインタビュー 写 真 2. 局 長 との 記 念 写 真

61


APPENDIX

2. 文 化 省 歴 史 研 究 局 長 とのインタビュー

******************

日 時 :2012 年 2 月 23 日 12 時 ~ 12 時 30 分

場 所 : 文 化 省 (ネピドー)

出 席 者 :

ミャンマー 側 ナンダ・ムン 歴 史 研 究 局 長 他 数 名

日 本 側 在 ミャンマー 日 本 大 使 館 佐 藤 雅 子 文 化 担 当 官 、 調 査 員 4 名

******************

原 田 :

局 長 :

原 田 :

局 長 :

原 田 :

局 長 :

歴 史 研 究 局 の 成 り 立 ちについてお 聞 かせいただきたい。

人 類 学 、 文 化 、 伝 統 、 言 語 等 について 研 究 していた Department of Cultural Institute が 前 身 であるが、

その 後 考 古 局 や 国 立 博 物 館 、 国 立 図 書 館 と 一 緒 に 現 在 の 文 化 省 の 中 に 入 った。

歴 史 研 究 局 の 活 動 についてお 聞 かせいただきたい。

つい 最 近 の 2 月 13 日 ~ 15 日 まで 国 際 会 議 を 開 き、 英 国 、ドイツ、アメリカ、フランス、 日 本 等 から

約 30 名 の 参 加 者 があった。シンガポール ICIS からの 支 援 により 会 議 を 開 くことができた。2013 年 に

は 別 の 会 議 を 開 けるようにしたい。これは 釜 山 大 学 との MOU による。

今 後 の 計 画 や 希 望 についてお 聞 かせいただきたい。

民 族 音 楽 についても 研 究 を 進 め、インベントリーを 作 成 したい。 国 外 へ 流 出 する 少 数 民 族 の 文 化 や 言

語 も 研 究 したいが、 現 地 の 言 語 ができるスタッフが 少 ないのが 課 題 である。ユネスコ 無 形 遺 産 条 約 を

まだ 批 准 していないが、その 準 備 を 進 めている。ミャンマーの 無 形 遺 産 については、 少 数 民 族 をめぐっ

て、 民 族 の 伝 統 の 消 失 、コミュニケーション、 交 通 等 、 多 岐 の 障 害 があるが、 現 在 、 伝 統 的 な 打 楽 器

や 弦 楽 器 を 優 先 的 に 考 えている。

1997 年 に 訪 日 したことがあり、 日 本 と ASEAN 諸 国 の 研 究 について 触 れることができた。 日 本 の 進 ん

だ 経 験 、 特 にデジタル 化 に 関 しては 考 古 学 に 適 用 できると 思 う。また、2011 年 東 日 本 大 震 災 について

も、 他 のどの 国 も 日 本 のように 立 ち 直 ることはできなかったと 思 う。 是 非 その 経 験 をカンファレンス

等 で 共 有 してほしい。

さらに、 今 後 の 協 力 については、 文 化 省 挙 げての 協 力 となるよう、 各 部 署 とも 協 力 が 進 むよう 期 待 し

ている。

写 真 3.

局 長 との 記 念 写 真

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3. 文 化 省 マンダレー 考 古 支 局 長 とのインタビュー

******************

日 時 :2012 年 2 月 25 日 10 時 30 分 ~ 12 時

場 所 :マンダレーの 滞 在 先 ホテル( 週 末 のためオフィス 閉 館 )

出 席 者 :

ミャンマー 側 リ・ミン・ザ マンダレー 考 古 支 局 長 、ダウ・ルウィン・マ・オー マンダレー 考 古 支 局 副 支 局 長

日 本 側 調 査 員 4 名

******************

石 澤 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

現 在 マンダレーでどのような 活 動 をしているかについてお 話 し 頂 きたい。 今 日 はマンダレー 市 内 を 視

察 させて 頂 く 予 定 である。

ミャンマーの 文 化 遺 産 に 対 して 協 力 頂 けるかもしれないということで、お 話 ができるだけでも 感 謝 す

る。 自 分 は JICA の 援 助 により 大 阪 の JICA センターでの 木 材 に 関 する 研 修 に 参 加 した。また、 副 支 局

長 は 2005 年 に ACCU 奈 良 の 日 本 での 研 修 に 参 加 した。 日 本 の 文 化 遺 産 を 保 存 する 方 法 は 素 晴 らしく、

うらやましく 思 うが、ミャンマーに 帰 国 後 、(ミャンマーでは) 予 算 、 設 備 が 揃 っていないので、( 日

本 を) 憧 れていても 出 来 ないことがある。 今 回 もし 一 緒 にミャンマーの 文 化 遺 産 について 協 力 出 来 る

ならば、 勉 強 にもなり 良 いと 思 う。

我 々の 方 で 木 造 僧 院 だけを 今 回 リストアップしたが、 博 物 館 も 見 せて 頂 きたい。またそれ 以 外 に 考 古

関 係 も 含 めて 保 存 関 係 で 現 在 何 か 問 題 になっていることがあればお 話 しいただきたい。

マンダレー 管 区 のバガンを 除 く 文 化 遺 産 については 自 分 が 責 任 者 である。マンダレー 管 区 にはバガン

も 入 るが、バガンは 特 別 区 としてバガンのみの 担 当 者 がいる。バガン 以 外 の 地 域 に 対 する 文 化 省 のス

タッフは 全 体 で 138 名 、 実 際 に 動 いている 技 術 者 (エンジニアや 考 古 学 者 等 の 専 門 家 )は 10 名 いる。

バガン 以 外 のマンダレー 管 区 の 文 化 遺 産 には、 木 造 と 煉 瓦 造 のものがある。 煉 瓦 造 のものは、パゴダ

や 王 宮 周 りの 塀 である。 木 造 としては 主 に 僧 院 がある。それ 以 外 には、2000 年 前 の 石 器 時 代 や 青 銅 器

時 代 の 発 掘 ・ 研 究 中 の 遺 跡 がある。そういった 場 所 では 昔 の 墓 地 を 発 掘 し、 昔 の 人 々の 生 活 や 習 慣 を

研 究 している。また、 木 材 関 係 では、ウッペン 橋 が 観 光 地 になっている。1858 年 に 王 宮 を 移 動 した 際 、

残 った 木 材 を 利 用 し、1,000 本 以 上 の 柱 を 用 いて 作 った 1.2km の 橋 なので、これも 見 て 頂 きたいと 思 う。

橋 は 1858 年 に 建 設 されたが、 木 材 自 体 は 200 年 前 のものである。 橋 のような 構 造 物 も 文 化 遺 産 とし

て 政 府 が 認 めている。また、 壁 画 も 一 部 残 っているところがある。バゴダの 中 に 壁 画 があるが、バガ

ンと 比 べれば 少 なく、 時 代 的 に 少 し 遅 れるものである。 石 に 関 しては、ミャンマーで 第 五 回 の 仏 典 結

集 を 行 った 時 、 世 界 中 からお 坊 さん 達 が 集 結 したが、その 時 石 版 が 769 枚 がある。それも 今 回 ご 覧 頂

きたい。

博 物 館 はマンダレーおよびその 近 郊 に 4 ヶ 所 ある。マンダレーにある 博 物 館 の 1 ヶ 所 目 は 王 宮 の 博 物

館 で、 昔 の 王 室 の 生 活 の 様 子 がわかるように、その 時 代 の 馬 車 や 服 装 等 の 展 示 がある。2 ヶ 所 目 は、

市 内 の 西 側 にあるマンダレー 関 係 の 博 物 館 である。ここは 様 々なミャンマーの 文 化 関 係 を 中 心 とする

博 物 館 で、 例 えば 2000 年 前 の 銅 製 品 の 展 示 がある。また、 図 書 館 も 付 属 している。3 ヶ 所 目 は、(ア

マラプラの)バガヤにあり、 昔 の 経 典 やペーザー、 仏 像 が 展 示 されている。4 ヶ 所 目 は、インワの 博

物 館 で、インワからの 出 土 品 や 仏 像 や 壁 画 が 展 示 されている。なお、インワには、 煉 瓦 造 の 要 塞 が 2 ヶ

所 ある。

煉 瓦 造 のものは、 煉 瓦 と 煉 瓦 の 隙 間 に 粘 土 を 入 れるが、 雨 や 洪 水 が 多 いため、 壊 れる 場 合 がある。また、

隙 間 より 植 物 が 生 えて 壊 れることも 多 い。さらに、 湿 気 のために 壊 れた 場 合 もある。

木 造 建 物 の 場 合 、 昔 は 土 の 中 に 木 材 をそのまま 入 れて 作 る 掘 立 式 のため、 柱 の 下 が 腐 るとそこから 傾

いたりする。 建 物 の 屋 根 は、 今 はトタンだが、 昔 は 木 材 の 板 で 屋 根 を 葺 いていた。

木 造 建 物 への 防 火 設 備 は 何 かあるか。

今 日 ご 覧 いただくシュエナンドー 僧 院 では、 防 災 管 理 をしている。 火 災 報 知 器 を 付 けている 他 、 井 戸

を 掘 りポンプを 用 意 し、 消 火 器 も 用 意 している。 更 に、 地 域 の 消 防 署 と 一 緒 に 火 災 訓 練 も 行 っている。

100 パーセントではないが、 出 来 る 範 囲 で 対 策 をしている。 木 造 建 物 の 場 合 、シロアリ 等 の 虫 害 はな

いが、 雨 や 洪 水 等 による 湿 気 で 腐 ることが 一 番 多 い。

63


APPENDIX

友 田 :

博 物 館 に 木 で 出 来 た 遺 物 があると 思 うが、それらはどうしているのか。

副 支 局 長 : 保 存 対 策 は 特 に 行 っていないが、 防 虫 剤 を 置 いたりしている。また、 煉 瓦 造 は 保 存 方 法 が 特 に 無 く、

石 灰 を 塗 るといった 程 度 しか 出 来 ない。 木 造 は、 腐 った 掘 立 柱 の 下 部 を 切 断 し、 下 に 煉 瓦 とコンクリー

トの 基 礎 を 設 けることで、それ 以 上 は 腐 らないようにしている。また 屋 根 や 外 壁 にはミャンマーの 重

油 (タール)を 塗 る。 重 油 でも 長 持 ちせず 雨 漏 りする 場 合 には、トタンに 変 える。トタンには 錆 止 め

を 塗 っている。ミャンマー 式 で、 予 算 の 範 囲 で 出 来 るだけのことを 行 っている。 皆 様 に 一 緒 にご 覧 頂

いて、アドバイスを 頂 ければと 思 う。

鈴 木 :

支 局 長 :

鈴 木 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

原 田 :

支 局 長 :

観 光 関 係 について 伺 いたい。 実 際 にマンダレーを 訪 れる 外 国 人 観 光 客 とミャンマー 人 観 光 客 はどのく

らいいるのか。

2 月 は 観 光 シーズンである。マンダレーでは 11 月 ~ 2 月 には、 多 い 日 は 一 日 に 約 500 名 の 外 国 人 が

訪 問 する。3 月 には、 学 校 が 休 みになるためミャンマー 人 観 光 客 が 増 える。

観 光 と 文 化 遺 産 の 保 存 の 間 に 様 々な 問 題 が 生 じていると 思 うが、 何 かあるか。

こちらはバガンと 違 い、 煉 瓦 造 や 木 造 が 多 いため、 特 に 問 題 はない。しかし、 観 光 客 が 増 えたことに

よる 車 の 渋 滞 が 一 番 問 題 である。インワでは 船 で 渡 るために 船 の 数 を 増 やす 必 要 がある。また、 車 で

は 行 けない 場 所 は 馬 車 で 観 光 するため、 馬 車 が 更 に 必 要 となる。 馬 車 が 走 ると 観 光 客 との 事 故 が 起 き

やすいため、 馬 車 の 駐 車 場 を 決 める 必 要 があり、 馬 車 用 の 道 路 を 整 備 する 必 要 があって、 現 在 インワ

ではその 整 備 を 行 っている 最 中 である。ミャンマーでは、インワ 等 の 地 方 では 政 府 よりも 僧 侶 が 力 を

もっているため、 管 理 について 僧 侶 、 市 役 所 、 我 々の 事 務 所 の 間 で 打 ち 合 わせをする 必 要 がある。

今 インワで 行 っている 対 策 は、まず 文 化 遺 産 を 壊 したり 墨 で 落 書 きしたりしない 様 に、 人 を 派 遣 して

監 視 している。 次 に、 外 国 人 観 光 客 が 安 心 して 観 光 できるように 努 めている。 三 つ 目 としては、 外 国

人 観 光 客 のための 売 店 等 を 整 備 する。 現 在 は、 子 供 達 が 馬 車 の 後 ろを 走 ってついていき 商 品 を 販 売 し

ているが、そういう 形 ではなく、 事 故 が 発 生 せず、お 客 さんが 気 持 ち 良 く 旅 行 できるように、きちん

とした 店 で 販 売 するようにする。そのために、 僧 侶 や 市 役 所 、 文 化 遺 産 関 係 者 等 様 々な 人 と 協 力 を 行 っ

ている。

入 場 料 のようなものはあるか。

拝 観 料 はインワとマンダレーを 含 めて 10 ドルである。インワではチェックポイントが 2 ヶ 所 あり、

マンダレーでは 3 ヶ 所 ある。 一 回 払 ったら、5 日 間 有 効 である。 収 入 は 全 て 政 府 が 徴 収 する。 仏 像 等

には 寄 付 をする 人 が 多 いが、 前 述 した 橋 等 にはあまり 寄 付 が 無 い。

ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 の 法 律 の 中 では、 個 人 の 住 宅 等 も 文 化 遺 産 の 対 象 になるのか。

ミャンマーの 法 律 では、 文 化 遺 産 、 僧 院 、 政 府 の 建 物 等 については 管 理 等 色 々な 対 策 が 出 来 るが、 個

人 所 有 物 には、「これを 壊 さないでください」 等 と 言 うことしか 出 来 ない。ミャンマーでは、100 年 前

のものを 文 化 遺 産 として 決 めている。

個 人 が 持 っているものに 対 する、 修 理 の 補 助 金 等 の 制 度 は 無 いのか。

今 のところ 無 い。これからそれができるように、 政 府 として 法 律 等 を 作 ろうとしている。 日 本 はそう

いった 分 野 に 強 いため、それを 参 考 にしたい。ミャンマーの 場 合 、 僧 侶 が 力 をもっており、 例 えば 文

化 遺 産 に 金 箔 を 貼 りたい、ということがある。 本 当 は 民 家 についても 我 々のスタッフを 派 遣 して 教 え

なければならないが、スタッフが 少 なく、 予 算 も 無 いため、 困 ることもある。

ミャンマーでは 考 古 局 の 各 支 部 があるが、 管 区 や 市 には 文 化 遺 産 担 当 の 部 署 はないのか。

考 古 局 の 支 部 はどこの 町 にもあるということはなく、 遺 跡 があるところに 事 務 所 があり、そこに 責 任

者 が 置 かれている。 遺 跡 の 無 いところには 無 い。

64


原 田 :

支 局 長 :

支 局 長 :

石 澤 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

友 田 :

支 局 長 :

文 化 遺 産 のあるところには、 観 光 省 も 同 じように 支 部 を 持 っているのか。

観 光 に 関 してはマンダレー 管 区 の 観 光 局 しかない。 中 央 直 轄 ではなくて、マンダレー 管 区 の 中 に 観 光

局 がある。マンダレー 市 の 観 光 局 はなく、 管 区 レベルである。

マスタープランに 関 してはエンジニアおよび 考 古 学 者 の 組 織 と 当 方 で 協 力 し、マンダレーとインワの

文 化 遺 産 に 関 するマスタープランを 作 成 する 必 要 がある。そのマスタープランに 関 しても、もしよろ

しければアドバイスを 頂 きたい。 大 臣 はバガンを 優 先 的 にやると 言 っているので、それに 倣 って 作 成

する 予 定 である。 植 栽 、ライトアップ、 道 路 の 関 係 等 を 真 似 てマンダレーのマスタープランも 作 成 し

なければ 行 けないと 思 う。

インフラに 関 しても、 例 えばきちんとした 道 を 作 り、バギーで 観 光 客 が 一 周 できるようなことをした

い。 夜 ならばライトアップすること 等 も 考 えたい。 今 は 軍 がいるので 通 れない。インワでも、 馬 車 の

代 わりにきちんとした 道 路 を 作 り、 綺 麗 な 車 で 一 周 回 って 説 明 したいが、そこまでは 中 々 力 が 無 い。

今 までやってきたことはミャンマー 式 での 保 存 であり、 世 界 標 準 とはだいぶ 離 れていると 思 う。 本 当

は 世 界 的 な 標 準 での 保 存 方 法 等 を 勉 強 したいが、 予 算 が 十 分 ではない。

ホテルは 観 光 客 のために 十 分 あるか。

マンダレーには 十 分 な 数 はない。インワには 宿 泊 場 所 が 無 い。マンダレーには 外 国 人 観 光 客 用 の 外 国

資 本 のホテルは 2 軒 しかない。 今 一 日 500 人 位 の 滞 在 でも、ホテルが 一 杯 になっている。 文 化 遺 産 に

関 しては、いろいろ 援 助 が 必 要 であるが、 法 律 的 には 局 長 から 大 臣 に 申 請 して、 大 臣 が 了 承 する 必 要

があり、 局 長 が 直 接 支 援 は 受 けられない。

今 マンダレー 管 区 で 外 国 からの 支 援 はあるか。

外 国 からの 支 援 は 無 い。バガンには 色 々な 外 国 からの 支 援 が 入 ってきているが、マンダレーにはまだ

無 い。

マンダレーにも 植 民 地 期 の 建 物 というのがあると 思 うが、それらの 保 存 や 調 査 の 動 きはあるのか。

植 民 地 期 の 建 物 は 3 つしかない。3 つのうち1つは 当 局 で 所 有 しているが、 他 2 つは 政 府 所 有 である。

マンダレーから 2 時 間 位 の 所 にピンウールィンという 避 暑 地 があるが、そこではホテルや 政 府 のもの

になっている。

写 真 4. 支 局 長 とのインタビュー 写 真 5. 支 局 長 とのインワ 考 古 博 物 館 での 調 査

65


APPENDIX

4. 国 立 図 書 館 長 とのインタビュー

******************

日 時 :2012 年 2 月 27 日 13 時 30 分 ~ 14 時

場 所 : 国 立 図 書 館

出 席 者 :

ミャンマー 側 ミャ・オー 国 立 図 書 館 長 他 副 館 長 等

日 本 側 調 査 員 4 名

******************

館 長 :

友 田 :

館 長 :

国 立 図 書 館 は、ミャンマーの 独 立 後 、 政 府 の 所 属 となり、1952 年 からは 文 化 省 の 所 管 となった。その

後 、 国 の 図 書 館 として 政 府 の 一 機 関 になった。1964 年 からは 国 立 図 書 館 として 認 められた。 最 初 の 国

立 図 書 館 は、 現 在 、 軍 の 博 物 館 がある 場 所 で 開 設 された。その 後 、 色 々な 場 所 に 移 動 した 後 、 東 部 地

域 に 新 しい 建 物 を 建 設 していたが、 工 事 中 に 台 風 の 被 害 に 遭 い、 現 在 の 場 所 に 2008 年 に 移 転 した。

国 立 図 書 館 は、 文 化 省 の 下 にある 様 々な 分 野 の 組 織 の 中 の 一 つの 局 として 位 置 付 けられている。 文 化

省 管 下 の 地 方 図 書 館 がたくさんあり、それをコントロールする 立 場 である。 図 書 館 は 州 ごとに 7 館 あ

る 他 、8 管 区 の 内 に 2 館 がマンダレーとエーヤワディー 管 区 にある。それにピーの 図 書 館 を 加 え、 全

部 で 10 館 ある。

以 前 は 図 書 館 関 係 の 教 育 がヤンゴン 大 学 の 下 で 一 課 程 として 教 えられていたが、 大 臣 の 指 導 で 2010

年 から 20 名 ほどの 図 書 館 学 のディプロマを 当 館 で 教 えるようになった。1 年 間 に 20 名 限 定 で、2012

年 は 2 年 目 である。

ミャンマーには 図 書 館 が 沢 山 あるが、それらのトップとして 国 立 図 書 館 長 が 図 書 館 組 織 の 事 務 総 長 と

いう 役 割 も 担 っている。

10 館 ある 図 書 館 に 対 して、 上 部 から 必 要 と 指 定 された 本 等 を 各 館 に 手 配 して 配 る 他 、 図 書 館 教 育 に 関

して 指 導 を 行 っている。

国 立 図 書 館 はネピドーに 現 在 建 設 しているところである。2010 年 に 完 成 の 予 定 であったが、まだ 完 成

していない。 完 成 後 は、 当 館 の 蔵 書 の 半 分 を 新 図 書 館 に 送 る 予 定 である。

ネピドーの 図 書 館 が 出 来 た 時 に、 全 体 の 監 督 機 能 はネピドーに 移 るのか、それともこちらの 図 書 館 は

こちらで 監 督 するのか。

職 員 も 半 分 に 分 ける。ネピドーの 図 書 館 のためにあらかじめ 任 命 された 職 員 達 もが 現 在 当 館 で 一 緒 に

研 修 している。

友 田 : どちらかが 上 部 組 織 になるという 事 か。

館 長 :

石 澤 :

館 長 :

石 澤 :

館 長 :

石 澤 :

ネピドーが 本 部 になる。

私 はビルマの 皆 様 を 大 変 尊 敬 しており、ビルマの 歴 史 には 大 変 素 晴 らしいものがあり、 独 自 性 がある。

特 に『マンナン・ヤザウィン』や『ダンマタ』 等 を 勉 強 している。そういった 古 い 文 書 はどのように

保 存 しているのか。

ミャンマーの 古 い 歴 史 文 書 の 大 半 は、マンダレー 時 代 のコンバウン 朝 期 からのペーザーやパラバイ 等

である。 英 国 の 植 民 地 時 代 に、マンダレーからヤンゴンにそれらの 歴 史 文 書 を 全 部 移 動 した。 全 部 で

6,000 種 類 以 上 もあり、ペーザーやパラバイにも、 地 図 や 絵 が 入 っているものや、 文 字 だけのものと、

様 々な 形 のものがある。それらは 現 在 、 全 部 当 館 に 保 管 してある。

それら 歴 史 文 書 のデジタル 化 は 行 っているか。

当 館 ではデジタルカメラでの 記 録 等 はまだ 行 っていないが、これから 行 う 予 定 である。1988 年 に 軍 事

政 権 になる 以 前 にマイクロフィルムで 撮 影 したものもあるが、それらは 現 在 当 館 にはなく、 国 が 保 管

している。その 一 部 については 印 刷 して 保 管 する 準 備 をしている。

国 立 図 書 館 として 国 内 の 地 図 を 収 集 されていると 思 うが 詳 細 を 教 えて 頂 きたい。

66


館 長 : 地 図 に 関 しては、 英 国 時 代 に 作 られた 地 図 しか 残 っていない。 今 までの 戦 争 や 政 変 で 失 ったり、 腐 っ

たりして、 古 いものは 一 部 しかない。

原 田 :

館 長 :

友 田 :

館 長 :

原 田 :

保 存 をしている 所 やコレクションを 本 日 見 せて 頂 きたい。

はい。

修 理 のためのラボラトリーは 持 っているのか。どこの 図 書 館 でも 今 は 紙 の 劣 化 が 問 題 になっているが、

それに 対 しこちらで 対 応 出 来 るような 設 備 や 人 材 はあるのか。

保 存 をする 方 法 が 無 く、ティッシュで 保 護 する 又 はこれ 以 上 破 れない 様 にする 位 しかできない。

コレクションを 見 せて 頂 きながら、そこで 課 題 等 を 伺 えればと 思 うが、 宜 しいか。

館 長 : これから 色 々とご 覧 頂 きながら、ペーザーやパラバイ、あるいは 書 籍 の 保 管 や 劣 化 予 防 の 方 法 等 、そ

ういった 技 術 があれば、 研 修 でも 口 頭 でも 教 えて 頂 ければ 有 り 難 い。

写 真 6.

館 長 とのインタビュー

67


APPENDIX

5. 国 立 博 物 館 長 とのインタビュー

******************

日 時 :2012 年 2 月 27 日 14 時 30 分 ~ 15 時

場 所 : 国 立 博 物 館

出 席 者 :

ミャンマー 側 タ・ウィン 国 立 博 物 館 館 長 、ミー・ミー・テッ・ヌゥ 副 館 長 等

日 本 側 調 査 員 4 名

******************

友 田 :

館 長 :

副 館 長 :

友 田 :

まず、こちらの 博 物 館 の 概 要 をお 伺 いしたい。 全 国 に 沢 山 博 物 館 があると 思 うが、その 中 での 位 置 付

けや 機 能 、スタッフ 数 、セクションの 構 成 等 の 全 体 像 をまず 教 えて 頂 きたい。

最 初 に、ミャンマーの 文 化 遺 産 をどのように 保 存 しているかという 話 からご 説 明 する。まずは 法 律 に

よって 保 証 する。 法 律 の 名 称 は、"The Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law"

である。この 法 律 は 1998 年 に 施 行 され、まず 保 存 する 場 所 を 規 定 している。 第 一 には 法 律 面 、 第 二

には 技 術 の 面 で 保 証 する。 工 学 技 術 で 保 存 するということは、バガンのような 遺 跡 群 であれば 今 以 上

に 崩 れないようにするための 色 々な 整 備 の 関 係 について、 工 学 的 な 技 術 によって 保 証 する、というこ

とである。 第 三 には 化 学 によって 保 存 する。 例 えばバガンの 壁 画 や、 博 物 館 の 金 属 製 品 を、 化 学 的 に 色 々

な 処 置 をし、 長 く 残 せるようにする。

次 に、 収 集 方 法 について 話 をする。 発 掘 を 行 い、 出 土 品 の 中 に 仏 像 等 の 石 造 物 や 昔 の 王 様 が 使 った 遺

物 等 が 見 つかれば、 優 先 的 に 当 館 に 収 蔵 する。ミャンマーは 一 時 的 に 英 国 の 支 配 下 にあったが、 英 国

が 戦 利 品 として 持 ち 去 った 物 のうち、1948 年 の 独 立 後 に 政 府 間 で 話 し 合 い、 返 還 された 物 がここに 展

示 してある。 様 々な 仏 具 や 昔 の 物 等 、ミャンマーが 植 民 地 だった 時 代 に 一 般 市 民 の 手 に 渡 ったもので

後 に 国 に 寄 付 されたものも、 当 館 にある。

展 示 、 研 究 、 保 管 については、 担 当 者 が 博 物 館 の 中 を 見 て 回 りながらご 説 明 する。

当 館 は 1996 年 9 月 18 日 に 開 館 した。 展 示 室 は 全 部 で 15 室 ある。 建 物 は 5 階 建 てで、 延 べ 面 積 は、3.844ha

である。

この 博 物 館 はどういったセクションで 構 成 されているのか。

他 スタッフ: 当 館 の 職 員 の 定 員 は 60 名 と 決 められているが、 現 在 は 42 人 で、 残 りの 18 名 は 欠 員 となっている。 館 長 、

副 館 長 、その 下 にさらに 2 名 おり、 博 物 館 部 門 と 事 務 部 門 をそれぞれ 担 当 している。 博 物 館 部 門 の 下

部 のセクションは、 収 集 展 示 、 保 管 、 図 書 館 および 研 究 、 人 材 関 係 の 4 つである。

友 田 :

副 館 長 :

友 田 :

副 館 長 :

館 長 :

友 田 :

副 館 長 :

博 物 館 学 の 専 門 家 について 教 えていただきたい。

2002 年 から 博 物 館 学 のディプロマという 研 修 が 始 まった。 文 化 省 所 管 の 大 学 があり、その 下 で 博 物 館

学 を 1 年 間 研 修 している。10 年 間 研 修 しており、 今 回 が 10 回 目 である。 文 化 省 所 管 の 大 学 を 卒 業 し

た 人 達 をまず 優 先 的 に 受 け 入 れ、その 後 に 他 大 学 を 卒 業 した 人 と 文 化 省 以 外 の 管 轄 の 大 学 を 卒 業 した

人 達 を 受 け 入 れて 教 えている。この 1 年 間 の 研 修 を 終 えた 場 合 は 修 了 式 を 行 い、 修 了 証 も 授 与 している。

42 名 の 中 でディプロマを 持 っている、あるいはそれ 以 上 の 人 は 何 人 いるのか。

上 位 の 管 理 職 も 含 めて 15 名 である。

ネピドーに 新 しく 博 物 館 ができるため、そちらにも 人 材 を 送 る 必 要 がある。

海 外 でこのような 研 修 を 受 けられた 方 がいるか。

私 は 日 本 で 8 ヶ 月 間 勉 強 した。

他 スタッフ:タイのワークショップで 勉 強 した 事 がある。インドネシアや 韓 国 で 管 理 について 研 究 した 事 務 員 もい

68


る。3 ヶ 月 間 や 半 年 間 の 研 修 を 受 けてこちらの 館 に 任 命 された 後 も、 文 化 省 と 兼 務 で 働 いたりしてい

る 者 もいる。

友 田 :

こちらの 博 物 館 に 対 して、トレーニング 以 外 の 海 外 からの 援 助 は、 過 去 および 今 後 の 計 画 も 含 めて、

何 かあるか。

他 スタッフ: 当 館 にて 展 示 方 法 についての 技 術 協 力 と、その 後 の 修 了 証 を 授 与 といったことがある。また、アメリ

カによるワークショップのようなものの 開 催 もあった。こちらからミャンマーの 仏 像 を 4 カ 月 間 中 国

に 持 って 行 って 展 示 したこともあった。

友 田 :

副 館 長 :

原 田 :

館 長 :

原 田 :

日 本 との 間 でもそういった 実 績 はあるか。

日 本 大 使 館 経 由 での 日 本 とミャンマーの 交 流 ということで、3 回 こちらで 展 示 会 を 行 ったことがある。

パキスタン、 中 国 およびインドネシアとも 交 流 を 行 った。

先 ほどの 補 足 だが、ネピドーの 博 物 館 が 出 来 たら 当 館 はどうなるのか。 館 長 等 の 体 制 や、どちらも 国

立 博 物 館 になるのか、 展 示 品 はどうするのか 等 (について 教 えて 頂 きたい)。

ネピドーの 博 物 館 もヤンゴンと 同 じ 形 ということで、 既 に 承 認 された。 展 示 品 に 関 しても、 当 館 はそ

のままで、 新 館 にはレプリカを 作 るということで 既 にレプリカ 製 作 を 注 文 している。その 他 にミャン

マー 各 地 から 集 めた 本 物 も 沢 山 あるため、ネピドーの 博 物 館 でも 本 物 も 含 めて 展 示 する 予 定 である。

館 長 は 異 動 せずそのままこちらにいて、 国 に 2 つ 国 立 博 物 館 ができると(いうことになるのか)。

館 長 : 2 つになる。ネピドーの 博 物 館 に 赴 任 するかどうかは、 公 務 員 であるため 政 府 の 命 令 に 依 る。

友 田 :

館 長 :

先 ほどの 法 律 は 文 化 遺 産 全 般 の 法 律 であるが、 博 物 館 だけの 法 律 というのは 特 にないのか

国 立 博 物 館 法 も 作 っているところである。 既 に 大 臣 に 提 出 しているが、 許 可 はまだ 下 りていない。

写 真 7. 館 長 とのインタビュー 写 真 8. 考 古 局 長 、 館 長 との 記 念 写 真

69


APPENDIX

APPENDIX 2. 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 法 律

ここでは、 文 化 省 より 入 手 した"The Antiquities Act" お よ び "The Protection and Preservation of Cultural

Heritage Regions Law" の 英 文 を 参 考 までに 掲 載 する。なお、ミャンマーの 文 化 遺 産 保 護 に 関 する 法 律 の 原 文 とそ

の 日 本 語 訳 は 独 立 行 政 法 人 国 立 文 化 財 機 構 東 京 文 化 財 研 究 所 文 化 遺 産 国 際 協 力 センターが「 各 国 の 文 化 財 保 護 法 令

シリーズ [16] ミャンマー 平 成 25 年 3 月 発 行 」としてまとめている。

PARLIAMENT OF THE UNION OF BURMA

CHAMBER OF NATIONALITIES.

BILL.

THE ANTIQUTTIES ACT, 1957

[ACT No. OF 1957,]

It is hereby enacted as follows:-

1.(1) This Act shall be called the Antiquities Act, 1957.

Title and commencement.

(2) In this Act, unless there is anything repugnant to the subject or context-

(i) "antiquity" means any object of archaeological interest and includes any land on or in which any such

abject exists of is believed to exist;

(ii) "object of archaeological interest" includes---

(a) any fossil remains of man or of animal;

(b) any site, trace of ruin of an ancient den, habitation or working place, midden or sacred place;

(c) any cave or other natural shelter;

(d) any ancient structure, erection, causeway, bridge, cairn, shrine, grave tumulus, place of interment,

excavation, well, water tank, artificial pool, monolith, group of stones, earth work, gateway, moat or

fortification and any remains thereof;

(e) any object or implement believed to have been used by early man or animal;

(f) any engraving, drawing , painting or inscription which is of ethnological or historical interest;

(g) any sculpture, carving, coin, amulet, epigraph, manuscript or any other article, object or thing of

metal, stone, clay, wood, textile, leather, basket-ware or other material which is illustrative of life in

former times;

(h) any other article, object or thing, declared by the President by notification to be an antiquity for the

purpose of this act;

(iii) "scheduled monument" means any antiquity declared to be scheduled monument under section 11;

(iv) "maintain" and "maintenance" include the fencing, covering in, repairing, restoring of cleansing

of a scheduled monument and the doing of any act which may be necessary for the purpose of

maintaining a scheduled monument or of securing convenient access thereto;

(v) "owner" includes a joint owner invested with powers of management on behalf of himself and other

joint owners, and any manager, or trustee exercising powers of management over an antiquity, and the

successor on title of any such owner and the successor in office of any such manager of trustee:

(vi) "prescribed" means prescribed by rules made under this Act;

(vii) "the President: means the President of the Union of Burma;

(viii) "the Director" means the Director of the Burma Archaeological Survey.

Powers of the

President o control

movement of

antiquities

ANTIQUITIES

3.(1) If the President considers that any antiquity ought not to be moved from the place

where it is without his sanction, he may, by notification, direct that such antiquity or any

class of such antiquities shall not be moved except with the permission of such authority as

may be prescribed. If such authority

refuses to grant such permission, the applicant may appeal to the President.

(2) A person applying for the permission mentioned in sub-section (1) shall specify the antiquity or antiquities

which he proposes to move, and shall furnish, in regard to such antiquity or antiquities any information which

such authority may require.

(3) Whoever moves any antiquity in contravention of a notification issued under sub-section (1) shall be

punishable with imprisonment for a term not exceeding three moths or with fine which may extend to one

thousand kyats or with both.

(4) If the owner of any property proves to the satisfaction of the President that he has, suffered any loss or

damage by reason of the inclusion of such property in a notification issued under sub-section (1), the President

shall either-

(a) exempt such property from the said notification; or

(b) purchase such property at its market value; or

(c) pay compensation for any less or damage sustained by the owner of such property.

4. The Director may, if he considers that any antiquity is in need of protection or preservation and

Protection of ought in the public interest to be protected or preserved,-

antiquities (a) carry out measures, with the approval of the President, for the inspection and preservation

of any antiquity including the removal, with the consent of the owner, of any antiquity for

the purpose of repair and safe custody;

(b) assume guardianship of and maintain any antiquity, where such antiquity is without an owner.

Acquisition of

antiquities

5. The President may-

(a) accept any gift, loan, devise or bequest of any antiquity if he thinks it expedient to do so:

(b) assume voluntary contributions towards the cost of the maintenance of any antiquity of

which he is in possession or control, or towards the purchase of any antiquity, and may

manage and apply funds so received.

70


Compulsory

of antiquities

6.(1) If the President apprehends that any antiquity is in danger of being destroyed, removed,

injured or allowed to fall into decay, he may pass orders for the compulsory

purchase of such antiquity at its market value, and the Director shall thereupon live notice to the

owner of the antiquity to be purchased.

(2) The power of compulsory purchase conferred by this section shall not extend to-

(a) any antiquity actually used for the purpose of any religious observance;

(b) anything which the owner desires to retain on any reasonable ground personal to himself or to any of his

Prohibition of

export

ancestors or to any member of his family.

7. (1) No, person shall export an antiq1uity without a permit issued by the President.

(2) An application for a permit under this section shall be made in such manner as may be

prescribed.

of antiquities

(3) Before issuing a permit under this section in respect of an antiquity the President may cause the antiquity to

be inspected and to be sealed.

(4) If any question arises whether any article, object of thing is or is not an antiquity for the purposes of this

section, it shall be referred to the Director, and his decision thereon shall be final.

(5) Whoever exports or attempts to export an antiquity in contravention of sub-section (1), shall, without

prejudice to any ether law for the time being in force, be punishable with imprisonment for a term not exceeding

six months, or with fine which may extend to five thousand kyats or with both.

(6) Any antiquity in respect of which an offence referred to in sub-section (5) has been committed shall be liable

to confiscation.

(7) An officer of Customs, or an officer of Police of a grade not lower than sub-inspector, duly empowered by the

President in this behalf, may search any means of conveyance by land, water or air, and may open any baggage or

package of goods, if he has reason to believe that goods in respect of which an offence has been committed under

sub-section(5) are contained therein.

(8) A person who complains that the power of search mentioned in sub-section (7) has been vexatiously or

improperly exercised may address his complaint to the President and the President shall pass such order and may

award such compensation, if may, as appears to him to be just.

Restrictions of

excavation

EXCAVATION

8. (1) No person other than the Director or any person authorized in writing by him, shall by

means of excavation or similar operations search for any antiquity without a permit issued by

the President.

(2) With the permission of the President the Director may by himself of by any other person authorized in writing

by him-

(a) carry out excavation for the purpose of discovering antiquities in ay area;

(b) enter upon any land where archaeological or other operations are being carried out and inspect the same.

(3) Where, in the exercise of the power conferred by sub-section(2), the rights or any person are infringed by the

occupation or disturbance of the surface of any land, the President shall pay to that person compensation for the

infringement.

(4) The President shall, before issuing a permit under this section, satisfy himself that the applicant is competent

by training and experience to carry out the operations for which the permit is required, and may, in his discretion,

required to be satisfied that the applicant has the financial or other support of an archaeological or scientific

society or institution of good repute.

(5) The president may make rules_

(a) regulating the conditions on which such permit may be granted, the form of such permit and the taking of

security from the person to whom the permit is issued;

(b) prescribing the manner in which antiquities found by the holder of a permit shall be disposed of; and

(c) generally to carry out the purposes of this section.

(6) A permit issued under this section _

(a) may at any time be revoked by the President without any reason being assigned;

(b) shall not of itself confer any right to enter upon any land without the consent of the person entitled to grant

such consents.

(7) Not with standing the issue of a permit under this section, the person to whom the permit was issued and all

persons engaged in any excavation or other operations to which the permit relates shall, if so required by any

person duly authorized in writing by the President suspend such operations until notified by the President that

they may be resumed.

(8) Whoever contravenes the provisions of sub-section(1), or sub section(7) or fails to comply with any condition

subject to which he has been granted a permit under this section shall be punishable with imprisonment for a

term not exceeding six months, or with fine which may extend to five thousand kyats or with both ;

Provided that no prosecution under this sub-section shall be instituted without the sanction of the Director.

Power to

acquire land

Discovery of objects

of archaeological interest

9. If the President is of opinion that any land contains any antiquity of

national interest, he may acquire such land, or any part thereof, under the Land

Acquisition Act, as for a public purpose.

10.(1) Any person who discovers an object of archaeological interest in the course

of operations permitted under the provisions of section(8) shall without undue

delay give notice thereof to the President.

(2) Any person who discovers an object of archaeological interest otherwise than in the course of operations

mentioned in sub-section (1) shall without undue delay give notice thereof together with particulars of the place

and the circumstances of the discovery to such person as may be prescribed, and shall, if so required by any

person duly authorized in writing by the President, suspend such operations until notified by the President that

they may be resumed.

(3) Whoever knowingly fails to comply with any of the provisions of this section shall be punishable with

imprisonment for a term not exceeding six months, or with may extend to five thousand kyats or with both.

71


APPENDIX

Scheduled monuments

SCHEDULED MONUMENTS

11.(1) The Director may, if he considers that an antiquity is in need of protection or

preservation and ought in the public interest to be protected or preserved, submit to the

President an application to declare it as a scheduled monument.

(2) On application being made by the Director, the President may, by notification, declare such antiquity to be a

scheduled monument.

(3) A copy of every notification published under sub-section(2) shall be posted in a conspicuous place on or near

the scheduled monument, together with an intimation that any objection to the issue of the notification received

by the President within one month from the date when it is so posted will be taken into consideration.

(4) On the expiry of the said period of one month, the President, after considering the objections, if any, shall

confirm or rescind the notification.

(5) Notwithstanding the provisions of this section all ancient monuments protected and maintained by the

Director in accordance with the Ancient Monuments Preservation Act, shall be deemed to have been notified as

scheduled monuments under this section.

(6) A notification published under this section ---

(a) may at any time be rescinded by the President; and

(b) shall, unless and until it is rescinded, be conclusive evidence of the fact that the antiquity to which it relates

is a scheduled monument.

Acquisition of rights in

or guardinship of

a scheduled monument

12. (1) The Director with the sanction of the President, may Purchase or take lease of

any scheduled monument.

(2) The Director, with the like sanction, may accept a gift of bequest of any scheduled

monument.

(3) The owner of any scheduled monument may, by written instrument, constitute the Director the guardian of the

said monument, and the Director may, with the sanction of the President, accept such guardianship.

(4) When the Director has accepted the guardianship of a scheduled monument under sub-section (3), the owner

shall, except as expressly provided in this Act, have the same estate, right, title and interest in and to the said

monument as if the Director had not been constituted guardian thereof.

(5) When the Director has accepted the guardianship of a scheduled monument under sub-section (3), the

provisions of this Act relating to agreements executed under section 13 shall apply to the written instrument

executed under the said sub-section.

(6) Where a scheduled monument is without an owner, the Director may assume the guardianship of the said

monument.

Preservation of a

scheduled ,monument

13. (1) The Director may, with the sanction of the President propose to the owner

to enter into an agreement with the President for the reservation of any scheduled

monument.

by agreement

(2) The President may make rules relating to the terms and enforcement of any such agreement.

14. (1) If the Director apprehends that the owner of occupier of a scheduled monument

Enforcement of

intends to destroy, remove, alter, deface, or imperil the said monument or to build on or

agreement

near the site there of in contravention of the terms of an agreement for its preservation

under section 13, the Director may make an order prohibiting any such contravention of the agreement.

(2) If an owner or other person who is bound by an agreement for the preservation or maintenance of a scheduled

monument under section 13 refuses to do any act which, in the opinion of the Director, is necessary to such

preservation or maintenance, or neglects to do any such act within such reasonable time as may be fixed by the

Director, the Director may, in writing authorized any person to do any such act, and the expense of doing any such

act or such portion of the expense as the owner may be liable to pay under the agreement may be recovered from

the owner as if it were an arrear of land-revenue.

(3) If any owner or other person competent to enter into an agreement under section 13 for the preservation

of a scheduled monument, refuses or fails to enter into such an agreement the Director may take such action as

provided in sub-section (2) for contravention of the terms of agreement.

(4) Any person aggrieved by an order made under this section may appeal to the President, who may cancel or

modify it.

Maintenance of

15. (1) The Director shall maintain every scheduled monument in respect of which the

President has acquired any right by acquisition, purchase, agreement, or otherwise.

(2) When the Director has accepted the guardianship of a scheduled monument under

scheduled monuments

section 12, he shall for the purpose of maintaining such monument, have access to the said monument at all

reasonable times, by himself and by his agents, subordinates and rules as may be expedient in this behalf.

(3) Whoever commits a breach of any rule made under sub-section(1) shall be punishable with imprisonment for

a term not exceeding three months or with may extend to one thousand kyats or with both.

workmen, for the purpose of inspection the said monument, and for the purpose of bringing such materials and

doing such acts as he may consider necessary or desirable ion the maintenance thereof.

Voluntary

contributions

Protection of place of

worship from misuse,

pollution or desecration

16. The Director may receive voluntary contributions towards the cost of maintaining a

scheduled monument and he may give orders as to the management and application of

any funds so received by him; Provided that no contribution received under this section

shall be applied to any purpose other than the purpose for which it was contributed.

17.(1) A place of worship or shrine maintained by the President under this Act shall not

be used for any purpose inconsistent with its character.

(2) Where the Director has, under section 12, purchased or taken a lease of any

scheduled monument, or has accepted a gift or bequest, or the Director has, under the

said section, accepted the guardianship thereof, and such monument, or any part thereof, is periodically used for

religious worship or observances by any community, the Director shall make due provision for the protection of

such monument, or such part thereof, from pollution or desecration_

(a) by prohibiting the entry therein, except in accordance with conditions made with the concurrences of the

person in religious charge of the said monument or part thereof of any person not entitled so to enter by the

religious usages of the community by which the said monument or part thereof is used, or

(b) by taking such other action as he may think necessary in this behalf.

72


Relinquishment of

rights in scheduled

monuments

18. With the sanction of the President the Director may_

(a) Where rights have been acquired in respect of and scheduled monument under

this Act by virtue of any sale, lease, gift or will, relinquish the rights so acquired to the

person who would for the time being be the owner of the said monument if such rights

had not been acquired or;

(b) relinquish any guardianship of a scheduled monument which he has accepted under this Act.

19. (1) Subject to such rules as may be made by the President the public shall have a

Right of access to

scheduled monuments

Prohibition of building

new structures near

scheduled monuments

right of access to any scheduled monument maintained by the President under this Act.

(2) Whoever commits a breach of any rule made under sub-section(1) shall be

punishable with imprisonment for a term not exceeding one month or with fine which

may extend to three hundred kyat's or with both.

20. (1) The Director may prohibit the laying out or building of any new structure within

or near the premises of any scheduled monument not with standing that is the subject

of an agreement under section 13.

(2) The Director may, for reasons stated in writing, declare that repairs to or

maintenance of any scheduled monument by owners, or trustees may only be done with

his approval.

(3) Whoever commits a breach of any lawful direction made by the Director under this section shall be punishable

with imprisonment for a term not exceeding three months or with fine which may extend to one thousand kyats

or with both.

21. (1) If the President is of opinion that mining, quarrying, excavation, blasting or any

Power of President to

control mining etc. near

scheduled monuments

other operation of a like nature should be restricted or regulated for the purpose of

protecting or preserving any scheduled monument he may, by notification, make such

rules as may be expedient in this behalf.

(2) Whoever commits a breach of any rule made under sub-section (1) shall be

punishable with imprisonment for a term not exceeding three months or with fine which

may extend to one thousand kyats or with both.

22. (1) If the President is of opinion that flying in the neighbor-hood of any antiquity should be regulated or

restricted in the interest of protection it, he may by notification, make such rules as may be expedient in this

behalf.

(2)Whoever commits a breach of any rule made under sub-section (1) shall be punishable with imprisonment for

a term not exceeding three months or with fine which may extend to one thousand kyats or with both.

23. (1)Whoever willfully destroys, removes, injures, alters, defaces, imperils or excavates any scheduled

monument

shall be punishable with imprisonment for a term not exceeding six months, or with fine which may extend to five

thousand kyats or with both.

(2) Whoever without lawful authority destroys, defaces, alters, or removes any notice, mark or sign denoting

any scheduled monument or any fence, covering or other thing erected or provided for the maintenance of a

scheduled monument shall be punishable with imprisonment for a term not exceeding one month or with fine

which may extend to three hundred kyats or with both.

GENERAL

24. The market-value of any property which the President is empowered to purchase at such value under this Act,

and the compensation to be paid by the President in

respect of anything done under this Act, shall, where any dispute arises in respect of such market-value or

compensation, be ascertained so far as possible in the manner provided by the Land Acquisition Act:

Provided that, when making an inquiry under the Land Acquisition Act the Collector shall be assisted by two

assessors, one of whom shall be nominated by the Director and the other shall be a competent person nominated

by the owner or , in case the owner fails to nominate an assessor, within such reasonable time as may be fixed by

the Collector in this behalf, by the Collector.

25. The President may make rules_

(a) regulating the access of the public to scheduled monuments and museums maintained or partly maintained

out of the revenues of the Union of Burma, and fixing fees in respect thereof;

(b) regulating , restricting of prohibiting the photographing, copying or reproduction of any such monument or

of any exhibit in any such museum;

(c) generally for carrying out my of the purposes of this Act.

Obstruction to persons

exercising powers

Bar of legal

proceedings

26. Whoever willfully obstructs, hinders or delays any person in the exercise or

performance of any powers or duties conferred or imposed by this Act shall be

punishable with imprisonment for a term not exceeding one month or

with fine which may extend to three hundred kyats or with both.

27. No suit, prosecution or other legal proceedings shall lie against any person for

anything, in good faith, done or intended to be done in pursuance of this Act or any rule,

direction or order made there under.

28. The Ancient monuments Preservation Act is hereby repealed. Repeal.

STATEMENT OF OBJECTS AND REASONS

The Ancient monuments Preservation Act was enacted to provide for the reservation of Ancient Monuments,

for the exercise of control over traffic in antiquities and over excavations in certain places and for the protection

and acquisition in certain eases of Ancient Monuments and of objects of archaeological, historical or artistic

interest.

But that Act is no longer adequate to the needs of independent Burma, especially in respect of traffic in

antiquities and also of preservation of historical monuments.

Hence the present Bill.

73


APPENDIX

The State Peace and Development Council

The Protection and Preservation of Cultural

Heritage Regions Law

(The State Peace and Development Council Law No.9/98)

The 5th Waning Day of Tawthalin. 1360 M.E.

(10th September, 1998)

The State Peace and Development Council hereby enacts the following Law : -

CHAPTER I

Title and Definition

1. This Law shall be called the Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law.

2. The following expressions contained in this Law shall have the meaning given hereunder :

(a) Cultural Heritage means ancient monument or ancient site which is required to be protected and preserved

by reason of its historical, cultural artistic or anthropological value ;

(b) Ancient Monument includes the following that have existed before 1886 or that have been determined as

cultural heritage : -

(1) architectural structure, shrine, stupa, temple, monastery, palace, residential building and carving

image and painting thereon;

(2) natural or man- made cave in which human beings had dwelt;

(3) stone inscription and record;

(4) road, bridge, sepulchre, sepulchral site and remains of excavated structure;

(5) pond, city-wall, wall, gateway, moat, fort and any remains thereof;

(c) Ancient Site means place or high ground where a town or settlement of ancient people or ancient monument

had existed before 1886 or which is determined as cultural heritage whether it is in the process of

excavation or has not yet been excavated;

(d) Precinct of Ancient Monument means the enclosure of and ancient monument prescribed under this Law;

(e) Ancient Monumental Zone means the zone where the ancient monument is situated and which is prescribed

under this Law;

(f) Ancient Site Zone means the zone where the ancient site is situated and which is prescribed under this Law;

(g) Protected and Preserved Zone means the zone prescribed under this Law for the protection and

preservation of the view of the cultural heritage, ancient monument and ancient sites in order that they may

not be destroyed;

(h) Cultural Heritage Region means the ancient monumental zone, ancient site zone or the protected and

preserved zone prescribed under this Law;

(i) Department means the Department of Archaeology.

CHAPTER II

Objectives

3. The objectives of this Law are as follows : -

(a) to implement the protection and preservation policy with respect to perpetuation of cultural heritage that

has existed for many years;

(b) to protect and preserve the cultural heritage regions and the cultural heritage therein so as not to

deteriorate due to natural disaster or man-made destruction;

(c) to uplift hereditary pride and to cause dynamism of patriotic spirit of citizens by protecting and preserving

the cultural heritage regions;

(d) to promote public awareness and will as to the high value of the protection and preservation of the cultural

heritage regions:

(e) to protect the cultural heritage regions from destruction;

(f) to carry out protection and preservation of the cultural heritage regions in conformity with the International

Convention approved by the State.

CHAPTER III

Determining Cultural Heritage Region

4. The Ministry of Culture may, with the approval of the Government issue notification demarcating any or more

than one of the following kinds of zones as a cultural heritage region: -

(a) ancient monumental zone;

(b) ancient site zone;

(c) protected and preserved zone.

5. The Ministry of Culture may carry out as follows for the acquisition of any land within the cultural heritage

region if necessary :-

(a) if the land is under the administration of any government department or government organization,

coordinating in advance with the relevant government department or government organization;

(b) if it is the land in which there is right of cultivation, right of possession, right of utilization, beneficial right,

right of succession or right of transfer, coordinating in advance with the relevant Ministry in accordance with

the existing laws.

CHAPTER IV

Protecting and Preserving the Cultural Heritage Region

6. The Ministry of Culture may cause to be dismantled a building which is not an ancient monument and which

obstructs the view of an ancient monument or surrounding natural landscape within the cultural heritage region.

7. The Ministry of Culture may direct the relevant Trust who are taking care of the ancient monument to do so

without altering the original ancient form and structure and the original ancient workmanship.

8. The Ministry of Culture may determine regionwise the conditions to be observed in the construction of

buildings within the cultural heritage region.

74


9. The Department shall carry out works of protection and preservation of the ancient monuments and ancient

sites situated in the cultural heritage region.

10. The Department may prohibit any person from ploughing and cultivating within the boundary of the ancient

monument or ancient site or from carrying out any activity that may cause damage to the cultural heritage in the

cultural heritage region.

11. The Department shall, with the approval of the Ministry of Culture, carry out the following in the cultural

heritage region :-

(a) determining the precinct of an ancient monument ;

(b) prescribing the conditions to be abided by the shops opened within the precinct determined under

sub-section (a)

CHAPTER V

Functions and Duties of the Ministry of Culture

12. The functions and duties of the Ministry of Culture are as follows : -

(a) carrying out works of protection and preservation, revelation of and research on cultural heritage regions;

(b) safeguarding the prominent and culturally of high value cultural heritage regions and the decaying cultural

heritages that should be given priority in preservation;

(c) determining with the approval of the Government, the ancient monuments and ancient sites that should be

determined as cultural heritage in the cultural heritage regions;

(d) carrying out with the approval of the Government to enable the ancient monuments and ancient sites that

should be determined as world cultural heritage to be included in the list of the world cultural heritage;

(e) taking measures as may be necessary to prevent smuggling of antiquities from the cultural heritage region

to foreign countries and to recover those antiquities that have been taken outside the country;

(f) carrying out public educative work for protection and preservation of cultural heritage regions, and for

taking pride in the value of the cultural heritage.

CHAPTER VI

Applying for Prior Permission, Scrutinizing and Issuing

13. A person desirous of carrying out one of the following shall abide by the provisions of other existing laws and

also apply to the Department in accordance with stipulations to obtain prior permission under this Law : -

(a) within the ancient monumental zone or the ancient site zone -

(1) constructing or extending a building ;

(2) renovating the ancient monument or extending the boundary of its enclosure ;

(b) within the protected and preserved zone, constructing, extending, renovating a hotel, motel, guest house,

lodging house or industrial building or extending the boundary of its enclosure ;

(c) Within the cultural heritage region:-

(1) carrying out the renovation and maintenance work of the ancient monument without altering the

original ancient form and structure of original ancient workmanship;

(2) carrying out archaeological excavation;

(3) building road, constructing bridge, irrigation canal and embankment or extending the same .

14. (a) The Department shall, after scrutinizing the application submitted under section 13 in accordance with the

stipulations, submit the same to the Ministry of Culture with the remark of the Department;

(b) The Ministry of Culture may, in respect of the matter contained in section 13 grant or refuse permission

after scrutiny;

(c) When permission is granted under sub-section (b) the Department shall issue the permit to the applicant

together with the conditions to be observed .

15. A person desirous of carrying out one of the following shall abide by the provisions of others existing laws

and also apply in accordance with the stipulations to the Department to obtain prior permission under this Law:-

(a) renovation of a building other than an ancient monument or extension of the boundary of its enclosure in

the ancient monumental zone or the ancient site zone;

(b) Within the protected and preserved zone, constructing, extending, renovation a building other than a hotel,

motel, guest house, lodging house or industrial building or extending the boundary of its enclosure;

(c) Digging well, pond and fish-breeding pond or extending the same within the cultural heritage region.

16.The Department:-

(a) may, after scrutinizing in accordance with the stipulations the application submitted under section 15 ,

grand or refuse permission;

(b) Shall, when permission is granted under sub-section (a), issue the permit to the applicant together with the

conditions to be observed.

17. The Ministry of Culture and the Department shall, with respect to the application for prior permission under

this Law, scrutinize based on the following facts:-

(a) whether it can cause obstruction of the view of the cultural heritage region or not;

(b) whether it is clear of the ancient monument or ancient site or not;

(c) whether it can obstruct the surrounding natural landscape or not;

(d) whether it can undermine the grandeur of the ancient monument or not;

(e) whether it can affect the security of the cultural heritage or not; and

(f) whether it can cause environmental pollution or not.

CHAPTER VII

Prohibitions

18. No person shall, without prior permission granted under this Law, construct, extend, renovate a building or

extend the boundary of its enclosure in the ancient monumental zone or ancient site zone.

19. No person shall, without prior permission granted under this Law carry out any of the following with respect

to a building within the protected and preserved zone:-

(a) constructing or extending;

(b) renovating or extending the boundary of its enclosure.

75


APPENDIX

20. No person shall carry out any of the following in the cultural heritage region:-

(a) destroying an ancient monument;

(b) wilfully altering the original ancient form and structure or original ancient workmanship of an ancient

monument;

(c) excavating to search for antiquities;

(d) exploring for petroleum, natural gas, precious stones or minerals.

21. No person shall, without prior permission granted under this Law, carry out any of the following in the

cultural heritage region:-

(a) carry out renovation and maintenance work on an ancient monument;

(b) carrying out archaeological excavation;

(c) building road, constructing bridge, irrigation canal, embankment or extending the same;

(d) digging well, pond, fish-breeding pond or extending the same.

22. No person shall construct a building which is not in conformity with the conditions prescribed regionwise by

the Ministry of Culture in the cultural heritage region.

23. No person shall plough and cultivate or carry out any activity which may cause damage to the cultural

heritage within the boundary notified by the Department in the cultural heritage region.

CHAPTER VIII

Offences and Penalties

24. Whoever violates any provision of section 18, sub-section (a) of section 19 or section 21 shall, on conviction

be punished with fine which may extend to kyats 50,000 or with imprisonment for a term which may extend to 5

years or with both.

25. Whoever violates any provision of sub-section (b) of section 19 , section 22 or section 23 shall, on conviction

be punished with fine which may extend to kyats 30,000 or with imprisonment for a term which may extend to 3

years or with both.

26. Whoever violates any provision of section 20 shall, on conviction be punished with imprisonment for a term

which may extend from a minimum of 1 year to a maximum of 7 years and may also be liable to a fine.

27. The Court shall also pass any of the following orders on whoever is convicted of any of the offences under this

Law:-

(a) causing the building constructed to be dismantled;

(b) causing the restoration of the extended building or boundary of the enclosure to its original position;

(c) causing the restoration of the altered and repaired form of the building or land to its original form.

28. Whoever fails to abide by the order passed under section 27, shall be liable to a fine which may extend from

kyats 500 to kyats 1000 for each day for failure to abide by such order.

CHAPTER IX

Miscellaneous

29. (a) The Provision of sub-section (d) of section 20 shall not apply to the drilling of petroleum or natural gas

and mining of precious stones or minerals for the benefit of the State in the cultural heritage region.

(b) If any circumstance arises for the drilling of petroleum or natural gas and mining of precious stones or

minerals in the cultural heritage region for the benefit of the State, it shall be submitted to the Government

and permission shall be requested.

30. In order to carry out the provisions of this Law:-

(a) The Ministry of Culture may issue such rules and procedures as may be necessary, with the approval of the

Government;

(b) The Ministry of Culture and the Department may issue such orders and directives as may be necessary.

(Sd) Than Shwe

Senior General

Chairman

The State Peace and Development Council

76


Confidential

The Union of Myanmar

The State Peace and Development Council

The Law Amending the Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law

(The State Peace and Development Council Law No. 1/2009)

The 10th of Waning Day of Pyaytho , 1370 M.E.

(20. January, 2009)

The State Peace and Development Council hereby enacts the following Law:

1. This Law shall be called the Amending the Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law.

2. In section 2 of the Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law:

(a) the expression “ that have existed before 1886” contained in sub-section (b) shall be substituted by the

expression “ that have existed since 100 years before the date on which the Department made inquiries as

an ancient monument;”

(b) the expression “ that have existed before 1886” contained in sub-section (c) shall be substituted by the

expression “ that have existed since 100 years before the date on which the Department made inquiries as

an ancient site;”

3. The fines contained in section 24 and 25 of the Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law

shall be substituted respectively by the expression “ with fine or”.

4. Section 28 of the Protection and Preservation of Cultural Heritage Regions Law shall be substituted as follows:

“28. Whoever fails to abide by the order passed under section 27, shall be liable to a fine which may extend from

kyats ten thousands to one hundred thousand for each day of failure to abide by such order.”

(Sd) Than Shwe

Senior General

Chairman

The State Peace and Development Council

77


APPENDIX

APPENDIX 3. 入 手 資 料 一 覧

ここでは、 今 回 の 調 査 を 通 じて 入 手 した 資 料 を 一 覧 で 示 す。 資 料 は 発 行 年 の 新 しい 順 とする。

1. 現 地 で 入 手 した 資 料

書 名 著 者 名 / 発 行 所 ISBN 出 版 年 画 像

The Pyu Landscape: Collected

Articles

Elizabeth Howard Moore - 2012

ျပည္ေရႊဆံေတာ္ေစတီမွ

ေခါင္းေလာင္းစာမ်ား

Ministry of Culture

- 2011

ျပည္ေဒသရွိ သမုိင္းဝင္ေစတီပုထုိးမ်ား

မွတ္တမ္း

Ministry of Culture - 2011

Myanmar Historical Research Journal Department of Historical Research - 2011

Myanmar Historical Research Journal Department of Historical Research - 2010

Myanmmar Politics 1958-1962

volume Ⅲ

Dr. Kyaw Win, U Mya Han and Thein

Hlaing

- 2011

Myanmmar Politics 1958-1962

volume Ⅳ

U Mya Han and U Thein Hlaing - 2011

Bagan Images of Mural Paintings Sanda Khin - 2007

ယဥ္ေက်းမႈ စာေစာင္ - - 2005

Inventory of Ancient Monuments in

Bagan

Volume One

Monuments 1-150

Department of Archaeology

Ministry of Culture

- 1998

Hagiography of Maha Thera Shin

Arahan and An Account of the

Reconstruction of Shin Arahan's

Brick Monastery

Khin Maung Nyunt - 1997

78


書 名 著 者 名 / 発 行 所 ISBN 出 版 年 画 像

Photo Records of Pagodas and

Temples in Bagan (Volume-1) from

1901-1906

Department of Archaeology, National

Museum and Library

- -

Photo Records of Pagodas and

Temples in Bagan (Volume-2) from

1906-1920

Department of Archaeology, National

Museum and Library

- -

The Map of Naypyitaw - - -

Yangon City Map - - -

တုိင္းေဒသႀကီး ႏွင့္ ျပည္နယ္ ေျမပံု

လမ္းၫႊန္

- - -

ပုဂံ ေရွးေဟာင္းဘုရားပုထုိးမ်ား

ျပန္လည္ျပဳျပင္ထိန္းသိမ္းမႈ မွတ္တမ္း

အမွတ္ (၁) ဘုရားအမွတ္ (၃၂) မွ

(၄၇၇) အထိ

ပုဂံ ေရွးေဟာင္းဘုရားပုထုိးမ်ား

ျပန္လည္ျပဳျပင္ထိန္းသိမ္းမႈ မွတ္တမ္း

အမွတ္ (၂) ဘုရားအမွတ္ (၄၇၈) မွ

(၁၀၇၂) အထိ

ပုဂံ ေရွးေဟာင္းဘုရားပုထုိးမ်ား

ျပန္လည္ျပဳျပင္ထိန္းသိမ္းမႈ မွတ္တမ္း

အမွတ္ (၃) ဘုရားအမွတ္ (၁၀၇၃) မွ

(၁၄၆၄) အထိ

ပုဂံ ေရွးေဟာင္းဘုရားပုထုိးမ်ား

ျပန္လည္ျပဳျပင္ထိန္းသိမ္းမႈ မွတ္တမ္း

အမွတ္ (၄) ဘုရားအမွတ္ (၁၄၆၅) မွ

(၁၈၃၆) အထိ

- - -

- - -

- - -

- - -

The Myanmar Royal Regalia & Royal

Household Articles

Displayed at the National Museum

National Museum - -

Historical Walks in Yangon

Myanmar Heritage Trust Guide Map

- 978-9749511442 -

79


APPENDIX

2. 日 本 で 入 手 した 資 料

書 名 著 者 名 ISBN 出 版 年 画 像

ミャンマー 概 説 伊 東 利 勝 978-4839602406 2011

The Architecture of Mon Buddhist

Monasteries in Lower Burma

Chaturawong, Chotima 9789744968296 2011

Early Landscapes of Myanmmar Elizabeth Moore 978-9749863312 2007

Inventory of Monuments at Pagan:

Monuments 2065-2834

Pierre Pichard 978-9231037894 2002

Splendour in Wood: Buddhist

Monasteries of Burama

Sylvia Fraser-Lu 978-0834804937 2001

Inventory of Monuments at Pagan:

Monuments 1737-2064

Pierre Pichard 978-1870838320 2000

Mirrored in Wood: Burmese Art and

Architecture

Irene Mollanen, Sergey Ozhegov 978-9747534009 1999

Inventory of Monuments at Pagan:

Monuments 1137-1439

Pierre Pichard 978-9231031281 1995

Inventory od Monuments at Pagan:

Monuments 1440-1736

Pierre Pichard 978-1870838221 1995

Inventory of Monuments at Pagan:

Monuments 819-1136

Pierre Pichard 978-9231030598 1994

80


平 成 23 年 度 協 力 相 手 国 調 査

ミャンマー 連 邦 共 和 国 調 査 報 告 書

文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム

2013 年 3 月 発 行

[ 連 絡 先 ]

〒 110-8713 東 京 都 台 東 区 上 野 公 園 13-43

( 独 ) 国 立 文 化 財 機 構 東 京 文 化 財 研 究 所 気 付

文 化 遺 産 国 際 協 力 コンソーシアム 事 務 局

Tel.03-3823-4841 Fax.03-3823-4027

http://www.jcic-heritage.jp/

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