最近 - JAIF 日本原子力産業協会

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5.10. 「 最 近 」を 思 い 出 してのこと:「 最 低 」と「 最 高 」

「 最 近 」と 言 っても 五 年 単 位 の「 最 近 」である。つまり、ここ 二 十 年 ほどを 思 い 出 して 感 ずること。な

ぜこんな 事 を 書 き 留 める 気 になったか、と 言 うとこの 間 に 私 の 人 生 の「 最 低 」と「 最 高 」があるように 感

ずるからである。そして、 今 その「 最 低 」についても 書 ける 気 分 になれたからである。

(1) 20 年 前 、 昭 和 57 年 (41 歳 )の 頃

日 立 工 場 原 子 力 開 発 部 に 在 籍 していた。 一 度 目 の 高 速 炉 エンジニアリング㈱ 出 向 から 当 時 のエネルギー

研 究 所 に 戻 って 半 年 後 に 転 籍 になり、 高 速 炉 開 発 の 工 場 部 隊 に 加 わった。 日 本 原 子 力 発 電 ㈱が 進 める 実 証

炉 のプロマネを 任 された。 高 速 炉 は 入 社 以 来 の 業 務 であり、 対 象 プロジェクトは 変 わってもそれまでの 人

生 の 延 長 上 で、いはば「 平 坦 」な 頃 だったと 言 って 良 い。

(2) 15 年 前 、 昭 和 62 年 (46 歳 )の 頃

この 頃 (より 正 確 にはこの 一 年 あと 位 だが)から「 最 低 」と 言 える 時 期 に 近 づく。それは 誰 の 所 為 でも

ない、 自 分 の 性 格 と 不 徳 に 起 因 することだが、それが 巡 り 合 わせだったのだと 思 っている。 今 ではその 自

分 をも 責 める 気 はしない。そのあとの 人 生 を 見 て「 良 かった」とすら 思 える。 今 その 頃 のことを 書 き 留 め

ておく 気 持 ちになれるのも「おかげさま」であろう。この 時 期 を 越 えてから 人 生 ( 性 格 )が 変 わった。

この 頃 会 社 での 業 務 が 再 処 理 プロマネに 変 わった。 再 処 理 プロマネは 語 学 力 、 国 際 感 覚 を 買 われての 任

命 だったから 人 事 としては 正 しい 選 択 だったのだろう。が、 私 には 最 初 から 不 安 があったように 今 になっ

て 思 う。そして 残 念 ながらこの 不 安 が 一 年 足 らずで 的 中 した。 再 処 理 とは 化 学 プロセスである。イオン 価

の 違 いが 元 素 間 の 親 和 性 に 与 える 違 いを 利 用 して、 原 子 炉 での 使 用 済 み 燃 料 から 必 要 な 物 質 を 分 離 回 収 す

るのが 再 処 理 である。 例 えば、 適 当 な 溶 剤 中 でプルトニウムを 二 価 にしたり、 三 価 にしたり、 二 価 に 戻 し

たりして 分 離 回 収 する。この 化 学 プロセスが 苦 手 だった。 原 子 核 中 の 中 性 子 数 によって 生 ずる 原 子 量 の 違

いが 核 分 裂 のし 易 さに 与 える 影 響 は 素 直 に 理 解 してきたが、イオン 価 の 違 いで 同 じ 元 素 が 異 なる 挙 動 を 示

すプロセスは 理 屈 では 分 っても 馴 染 めなかった。だから、 好 きになれなかった。これではいけないと 責 任

を 感 じたし、 勉 強 もした。 基 礎 から 勉 強 、と 大 学 教 養 時 代 や 高 校 時 代 の 教 科 書 をひっくり 返 しては 読 んだ。

しかし、 頭 に 入 ってこなかった。

新 しい 職 場 への 誇 りと 気 概 が 続 いたのは 半 年 くらいだった。が、 自 分 の 心 の 中 は 晴 れのち 曇 り、 時 々 雨

になっていった。 英 仏 の 技 術 提 携 先 とプロジェクト 管 理 で 話 し 合 っている 時 だけは 自 信 を 持 てた。 語 学 力

のお 陰 だった。 職 場 に 戻 り、 顧 客 との 話 し 合 いになると 憂 鬱 が 戻 ってきた。 理 屈 でわかっても 理 性 で 抑 え

られる 余 裕 を 失 い、 限 度 を 次 第 に 超 えていった。 小 さなことまでメーカを 使 って 事 を 進 める 客 、と 言 う 被

害 意 識 に 疲 れてきた。「 適 当 に」ことを 処 せない 性 格 も 手 伝 って 逆 境 への 耐 性 が 他 人 より 脆 弱 だったのだ

ろう。その 頃 の 健 康 手 帳 に「 体 重 52kg」とある。 正 常 値 より10% 減 っていた。たまたま 会 った 旧 職 場 の

部 長 に「やつれたな」と 言 われた。

「 仕 事 だから」「 他 人 にできるなら 自 分 だって」と 好 きになれない 化 学 プロセスに 馴 染 む 努 力 をし、 自

分 を 納 得 させようとするほど 疲 れていった。 自 分 が 無 能 に 見 え、 技 術 的 自 信 のなさがプロマネとしての 自

信 をも 奪 っていった。 睡 眠 が 浅 く 短 くなり、 仕 事 の 能 率 が 下 がって 責 任 感 にさいなまれるようになった。

無 理 に 職 場 に 戻 り、 部 下 の 仕 事 ぶりをぼんやり 眺 めては 自 己 嫌 悪 に 陥 っていった。 家 にいても 残 った 仕 事

が 気 になって 落 ち 着 かず、 休 日 出 勤 をしても 仕 事 の 能 率 があがるわけでもなかった。 朝 の 出 勤 が 次 第 に 苦

痛 になり、それでも「 仕 事 、 仕 事 」と 自 分 に 言 い 聞 かせては 鞭 打 つような 気 持 ちで 単 身 赴 任 寮 のあった 会

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瀬 の 階 段 を 降 りる 日 が 続 いた。

夏 休 み、 中 国 への 家 族 旅 行 を 計 画 していた。いつか 訪 れたいと 楽 しみにしていた 西 安 だった。が、 出 発

数 日 前 にとりやめた。 休 みあけまでに 作 るように 言 われていたプロジェクト 組 織 案 の 成 案 がないままでは

楽 しめそうになかった。 追 われるような 気 分 だった。 旅 行 代 金 の 20 万 円 がふいになっても 惜 しいとも 思

わなかった。 家 内 も 理 解 してくれた。が、それで 出 勤 したからと 言 って 良 案 が 浮 かぶわけでもなかった。

「 何 かしていないと 落 ち 着 かない」と 焦 るだけのための 休 暇 中 止 であり、 休 日 出 勤 だった。 成 果 もなく 気

分 転 換 もない 夏 休 みだった。 気 持 ちは 暗 かった。 昭 和 63 年 、47 歳 の 夏 だった。

苦 しみを 抱 え 込 むことに 耐 え 切 れなくなってきた。 上 長 に 申 し 出 て 対 策 を 頼 もうか、その 前 に 医 者 に 相

談 しようか、それは 弱 気 に 負 けたことになるか、 敗 者 のすることか、と 迷 った 末 日 立 病 院 の 健 診 センター

を 訪 ねたのは 8 月 24 日 だった。 一 ヶ 月 余 りの 通 院 後 、「 腰 痛 」を 表 向 きの 理 由 に 六 週 間 の 病 欠 に 入 った。

上 長 も 医 者 の 診 断 を 理 解 してくれた。 良 い 上 長 だった。 何 も 聞 かずに 無 言 で 休 暇 を 認 めてくれた。 入 社 後

初 めての 病 欠 、しかも 精 神 不 安 定 での 病 欠 とはと 敗 北 感 の 一 方 で、しばらくはつらい 状 態 から 離 れられる

ことが 嬉 しかった。11 月 末 職 場 に 戻 る 時 、「もう 一 度 気 分 を 立 て 直 してがんばろう」という 気 力 はなかっ

た。どうやって 逃 げ 出 すか、しか 心 中 になかった。 会 社 を 辞 めることも 考 えた。「 辛 かったら 辞 めたら」

と 言 ってくれた 女 房 がありがたかった。

医 者 の 進 言 もあって 古 巣 の 高 速 炉 エンジニアリング㈱へ 再 び 出 向 することになり、 昭 和 64 年 4 月 東 京

に 戻 った。 最 低 状 態 は 脱 していたが、 鬱 病 は 治 り 切 ってはいなかった。 笑 顔 が 自 然 には 出 てこなかった。

当 時 の 健 康 日 記 帳 から 抜 粋 する( 年 代 は 昭 和 )。

63.8.24( 水 ) カウンセリング。 思 い 切 って。 最 近 眠 れぬ。 圧 迫 感 。 三 週 間 来 激 しい。 集 中 できずに 仕 事 のヌケが 部 下 に 気 付

かれるのが 恐 い。 早 く 定 年 になれば 良 い。 林 先 生 から 薬 一 週 間 分 。

63.8.26( 金 ) 力 がでない。 会 社 への 足 が 重 い。 四 時 に 目 覚 める。 起 きるのがつらい。また 会 社 に 行 くのかと 恐 くなる。 休 み

たい。 朝 食 摂 れず。 再 診 予 定 の 8.30 が 待 ち 遠 しい。この 一 週 間 がやけに 長 い。 押 しつぶされそうに 感 ずる。 迷

った 上 、 夕 刻 思 い 切 って 上 長 に 訴 える。 後 一 期 で 沢 山 。 系 列 へでも 出 してくれ。

63.8.30( 火 ) 心 療 内 科 。

「 死 にたいとか、 何 もかも 投 げ 出 したいとか 考 えるか」「はい」「くれぐれも 変 なこと 考 えるな」

「 薬 で 眠 れると 少 し 元 気 が 出 る。が、 手 が 進 まない。」「1 日 2 日 では 治 らない。 元 気 が 出 ると 取 り 戻 そうとする。

それがいけない。」

「 気 分 がスーッとする 薬 ないですか。」「あるが、 薬 効 切 れた 後 が 却 ってつらい。 辛 抱 強 く 直 さなければいけな

い。」

63.8.31( 水 ) 時 間 が 来 るから 出 社 する。 時 間 が 来 ても 格 好 付 けて 居 残 る。 八 時 半 過 ぎて 退 社 。こんな 毎 日 でつらい。「 小 紋 1 」

に 誘 われるが 気 が 乗 らない。

63.9.2( 金 ) 目 覚 め 五 時 。 何 か 考 え 事 しての 目 覚 めで 従 来 の 心 地 よい 目 覚 めとは 異 なる。 朝 食 抜 き。 足 重 い。これでは 健 康

体 での 定 年 期 待 できない。やめたい。 薬 呑 めば 楽 だろうと 誘 惑 感 ずる。

63.9.7( 水 ) 焦 りのみが 先 走 って 仕 事 に 手 がつかない。 増 員 問 題 、 臨 界 訓 練 派 遣 計 画 、 議 事 録 等 課 題 のリストを 前 にぼんや

りするだけ。 放 心 。 胃 潰 瘍 の 手 術 でもしてもらうか、そしたら 休 める。 酒 を 飲 んでも 酔 えない。 薬 抜 きでは 眠

れない。

63.9.8( 木 ) 眠 れて 仕 事 が 楽 ならつらくない。 今 日 は 楽 。

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日 立 工 場 脇 の 行 き 付 けの 飲 み 屋 。 普 通 は 演 歌 で 息 抜 きのできる 楽 しい 店 だったのだが。

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63.9.9( 金 ) 目 覚 め 悪 い。 仕 事 手 につかず。「 仕 事 は 人 に 投 げろ、 自 分 で 抱 えるな」と 言 われるがそれが 出 来 ない。

63.9.13( 火 ) 心 療 内 科 問 診 。 休 業 診 断 書 の 時 期 を 見 ている 由 。 入 院 は 退 屈 、Home でが 最 良 。

63.9.17( 土 ) 幹 部 協 議 でGL 免 除 、 総 括 プロマネに。 業 務 分 担 表 作 成 へ。 負 担 軽 減 の 実 感 無 し。

63.9.23-25 完 全 休 養 。 腰 痛 好 転 か。(9.30 出 張 帰 途 の 車 中 で 突 然 快 癒 。)

63.10.4( 火 ) 休 暇 指 示 (-10.20)。 表 向 きは「 腰 痛 」。 処 方 薬 貰 い 二 週 後 の 再 診 まで 東 京 へ。

気 分 転 換 にスポーツジムへでかけ、 無 理 が 響 いて 腰 痛 になった。そして 十 月 始 め 遂 に 休 暇 指 示 が 出 た。「 腰 痛 」

を 理 由 に 年 休 枠 をフルに 使 って 1.5 ヶ 月 の 休 暇 を 取 ることになった。 入 社 後 初 めての 病 欠 、しかも 精 神 不 安 定

での 病 欠 とはと 敗 北 感 もあったが、とにかくしばらくはつらい 状 態 から 離 れられることが 嬉 しかった。 処 方 で

もらった 薬 で 良 く 眠 れた。「 全 部 一 気 に 呑 んだら 死 ねるか」と 思 った。が、 医 者 に 見 透 かされた。「 全 部 呑 んで

も 死 ねません」と 先 に 言 われた。

63.10.5-17 薬 効 で 眠 る。 同 時 に 舌 のもつれで 言 語 障 害 と 手 足 に 弱 いしびれ 感 。 時 に 仕 事 を 思 って 焦 る。が 深 刻 さ 低 減 。ウ

ォーキングでの 気 分 転 換 始 める。 食 欲 やや 戻 る。 体 重 58kg。

63.10.18( 火 ) 問 診 。「 前 半 は 薬 で 日 中 も 眠 く、 運 動 神 経 も 少 々おかしい、 後 半 は 眠 気 減 り 元 気 回 復 か」と 報 告 。「 退 屈 で 仕 様

がなくなれば 復 帰 、まだ 尚 早 」と 休 暇 延 長 (-11.2)。そのまま 帰 京 。

63.10.19-31 ウォーキング 継 続 。 時 に 日 中 退 屈 感 も。

63.11.1( 火 ) 問 診 。「あと 二 週 間 、 休 暇 中 に 適 時 職 場 に 顔 を 出 せ、 気 負 わずに」。

63.11.2-7 ウォーキング 継 続 。11.2&8 短 時 間 職 場 へ。

二 週 後 、 四 週 後 の 問 診 で「 休 むことに 飽 きたか」と 問 われ、「 飽 きません」と 答 えて 笑 われた。「それが 普 通 だ。

仕 事 どっぷり 人 間 でない 証 拠 だ。まともだから 安 心 しなさい」と 言 われた。

63.11.8( 火 ) 問 診 。「 短 時 間 職 場 へ」を 報 告 。「あと 一 週 間 、 仕 事 は 持 って 帰 るな」。 上 長 「E 日 立 へ?」

63.11.15( 火 ) 問 診 。「11.18 上 長 に 会 う、 東 京 転 勤 を 進 言 する」。

63.11.21( 月 ) 職 場 復 帰 。 頭 の 回 転 のっそり。

六 週 間 後 職 場 に 戻 る 時 が 来 た 時 、「もう 一 度 気 分 を 立 て 直 して 再 処 理 のためにがんばって」という 気 力 はなかっ

た。どうやって 逃 げ 出 すか、しか 心 中 になかった。 会 社 を 辞 めることも 考 えた。

63.11.22( 火 ) 問 診 。「11.18 上 長 に FBEC 転 勤 を 進 言 した、64.4 か」。 詳 細 設 計 段 階 までは、と 責 任 感 ・ 義 務 感 もあるがその 方

が 良 いか。「リハビリ 中 だから 無 理 するな」

63.11.24-25 出 勤 の 足 重 い。 心 理 的 に 苦 しい。64.4 FBEC 転 勤 の 期 待 感 強 まる。

63.12.6( 火 ) 問 診 。「 疲 れる、 一 日 が 長 い、 七 時 頃 退 社 」「もっと 早 くても 良 い」

63.12.16( 金 ) 問 診 。「 顔 色 良 くなった、 自 分 なりの 兆 しの 信 号 に 注 意 して 早 めに 対 策 を」「 今 回 を 機 に『 自 分 の 普 通 の 状 態 』を

少 し 低 めにセット、 治 り 際 に 焦 るな」

63.12.20( 火 ) 問 診 。「 人 が 変 わったみたいだな( 気 楽 に 60 点 で 満 足 と 答 えて)」

64.1.10( 火 ) 問 診 。「 最 近 眠 れるし、 焦 りも 感 じない。 治 ったのではなく、 情 熱 失 ったようだ」

64.1.21( 土 ) 予 算 も 研 連 も 最 後 と 自 分 を 叱 咤 して 勤 める。「64.4 FBEC 転 勤 」の 見 通 しでますます 今 の 仕 事 への 情 熱 が 冷 める。

皆 に 悪 いけど 早 く 東 京 に 帰 りたい。

64.1.24( 火 ) 問 診 。「 眠 れぬ 日 ある、 目 覚 め 悪 い」「 薬 の 量 変 えよう」「 少 し 元 気 になった、 声 も 大 きくなった」「 無 理 するな」

「あと 一 ヶ 月 と 思 いがんばる」

64.2.8( 水 ) ぶり 返 しているか。 組 織 案 、 予 算 の 資 料 作 りの 手 が 進 まぬ。 思 考 がぐるぐる 廻 る。

64.2.10( 金 ) 「64.4 FBEC 転 勤 決 定 」 連 絡 。 素 直 に 喜 べない。 先 の 心 配 がついてまわる。 組 織 案 、 予 算 、 取 合 い 調 整 他 。

64.2.11( 土 ) 口 の 中 が 乾 き、 砂 を 噛 むような 朝 食 。「60 点 主 義 忘 れるな」と 自 分 に 語 る。

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64.2.13( 月 ) スランプ 続 く。 何 も 手 につかぬ。 週 報 も 書 けない。

64.2.14( 火 ) 問 診 三 週 間 ぶり。「 寝 つき 悪 い、 焦 り 激 しい」「 緊 張 し 過 ぎ、 寝 つき 良 くする 薬 に 変 えよう」「くれぐれも 変 なこ

と 考 えるな、 具 合 悪 くなったらいつでも 電 話 よこせ」

64.2.28( 火 ) 朝 のストレッチング 中 に 失 神 。 昨 年 11 月 以 来 二 度 目 。

64.3.2( 木 ) いよいよ 三 月 、あと 四 週 間 。 朝 の 足 が 重 い。 起 きるのがつらくぐずぐず。 仕 事 自 体 に 厭 世 観 。 東 京 に 戻 ったら 寺

でも 訪 ねて 精 神 修 養 か。

64.3.7( 火 ) 問 診 。

64.3.28( 火 ) 問 診 。 薬 四 週 分 。 林 先 生 より 東 京 昭 和 大 の 先 生 へ 紹 介 状 。「 具 合 悪 くなったら 訪 ねろ」と。

H1.4.3( 月 ) FBEC 出 勤 。

H1.5.19( 金 ) 転 勤 二 ヶ 月 。まだ 調 子 悪 い 食 欲 不 振 。 口 中 渇 きザラザラ。 時 に 不 眠 。

H1.6.4( 日 ) 悶 々。 食 も 細 い。

H1.6.6( 火 )

東 京 日 立 病 院 。 出 勤 の 足 重 い。 人 に 会 うのが 憂 鬱 、こわい。

H1.8.23( 水 ) 焦 る。

H1.8.29( 火 )

日 立 病 院 ドック。 鬱 から 一 年 。 普 通 なら 半 年 で 治 るとの 話 だった。 甘 えているのか。

(3) 10 年 前 、 平 成 4 年 (52 歳 )の 頃

完 治 したかな、と 自 覚 するのは 一 年 余 りあとのこと。 上 述 のように 二 度 目 の 高 速 炉 エンジニアリング㈱

にいた。「 二 度 目 」「 出 戻 り」などの 拘 りも 次 第 に 影 を 潜 め、 再 び「もんじゅ」 中 心 の 仕 事 の 中 で 笑 顔 も 戻

ってきた。 古 い 仲 間 や 顔 なじみの 仕 事 相 手 とも 自 然 に 接 することができるようになり、 特 にこの 年 、 翌 年

に 実 現 した 私 のマドンナとの 再 会 が 立 ち 直 りを 助 ける 大 きな 力 となった。その 後 は「 仕 事 のために」 自 分

を 殺 すことはしなくなった。 気 が 楽 になった。 苦 しい 三 年 間 だった。そして 再 び「 平 坦 」に 戻 った。

(4) 5 年 前 、 平 成 9 年 (57 歳 )の 頃

IAEAに 来 て 既 に 二 年 が 経 っている。その 年 、「 張 り 合 いということ」の 新 春 随 想 を 書 いた。「 書 く」

ことの 始 まりだった。このCDに 収 録 した 記 事 はすべてそれからのことなのでここでは 述 べない。 振 り 返

って「 最 高 」の 時 期 を 過 ごしてきた、と 思 っている。「 最 低 」を 経 験 した 後 だけに、この「 最 高 」が 嬉 し

い。この「 最 高 」の 気 持 ちはキリマンジャロ 登 頂 記 とIAEA 離 任 時 の 回 想 に 凝 縮 されている。これからが「 恩

返 し」の 本 番 である。なにができるか、 自 分 も 他 人 も 同 じように 大 事 にしたい。

(5) 5 年 後 、 平 成 19 年 (67 歳 )の 頃

どうしているだろう。「 平 凡 」でありたい。 健 康 で 趣 味 と 友 を 糧 にした 生 活 を 夢 見 ているのだが。

ジョギングは 趣 味 の 一 つだった。 青 梅 30Km マラソン、 東 京 シティハーフマラソンなどの 思 い 出 がある。

フルマラソンも 数 回 経 験 した。もちろん、 運 動 会 での 短 距 離 を 走 った 経 験 もある。そんな 中 で「 一 番 しん

どいのは 全 体 の70% 前 後 の 距 離 」と 感 じている。100メートルなら70メートル 前 後 、 青 梅 マラソンでは22~2

3km 付 近 が 辛 かった。フルマラソンでは35km 付 近 が 最 大 の 難 関 である。それを 過 ぎると 何 とかなる。 多

分 に 心 理 的 な 要 因 だろう、「 先 が 見 えて」 楽 になるのかも 知 れない。

こんな 事 を 書 くのは「 最 低 」が「 全 体 の70% 前 後 か」とのアナロジーが 人 生 に 当 てはまるか、との 奇

抜 な 思 いつきからである。とすると 私 の「 全 体 」は70 歳 前 後 か。 思 いつきが 間 違 っていることを 願 って

いる。

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