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「日本児童文学の流れ」 - 国際子ども図書館

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平 成 17 年 度 国 際 子 ども 図 書 館 児 童 文 学 連 続 講 座 講 義 録<br />

「 日 本 児 童 文 学 の 流 れ」<br />

目<br />

次<br />

刊 行 にあたって 村 山 雄 ……… 3<br />

凡 例 ……… 4<br />

子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960 神 宮 輝 夫 ……… 6<br />

十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices 吉 田 新 一 ……… 26<br />

童 話 の 系 譜 宮 川 健 郎 ……… 46<br />

「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学 石 井 直 人 ……… 66<br />

4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち<br />

― 小 野 不 由 美 を 中 心 に 井 辻 朱 美 ……… 86<br />

エンターテインメントの 変 遷 佐 藤 宗 子 ……… 108<br />

日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために<br />

― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介 千 代 由 利 ……… 130<br />

国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について 江 口 磨 希 ……… 143<br />

児 童 書 総 合 目 録 活 用 術 渡 辺 和 重 ……… 154<br />

講 師 略 歴 ……… 160<br />

1


「 児 童 文 学 連 続 講 座 講 義 録 」の 刊 行 にあたって<br />

国 際 子 ども 図 書 館 が 開 催 する「 児 童 文 学 連 続 講 座 」は、 児 童 サービスに 携 わる 図 書 館 員 に 必 要 とされ<br />

る 幅 広 い 知 識 の 涵 養 に 資 すると 同 時 に、 国 際 子 ども 図 書 館 の 所 蔵 資 料 を 紹 介 することが 目 的 となってい<br />

ます。<br />

第 1 回 平 成 16 年 度 は「ファンタジー」を 取 り 上 げましたが、 平 成 17 年 度 の 第 2 回 は 日 本 児 童 文 学 史 を<br />

取 り 上 げました。 総 合 テーマを「 日 本 児 童 文 学 の 流 れ」とし、「 子 どもの 文 学 の 新 周 期 -1945-1960」( 神<br />

宮 輝 夫 講 師 )、「 十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 - My Choices」( 吉 田 新 一 講 師 )、「 童 話 の 系 譜 」( 宮 川 健 郎 講 師 )、<br />

「『タブーの 崩 壊 』とヤングアダルト 文 学 」( 石 井 直 人 講 師 )、「4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー<br />

女 流 作 家 たち- 小 野 不 由 美 を 中 心 に」( 井 辻 朱 美 講 師 )、「エンターテインメントの 変 遷 」( 佐 藤 宗 子 講 師 )<br />

の 六 つのテーマを 設 定 し、 日 本 の 児 童 文 学 の 歴 史 を「 時 代 」と「 特 質 」という 観 点 から 通 観 いたしまし<br />

た。 講 師 陣 はこの 分 野 の 研 究 で 活 躍 されている 方 々で、 石 井 直 人 講 師 には、 総 合 監 修 もお 願 いいたしま<br />

した。<br />

本 講 座 では、 各 講 師 に、 国 際 子 ども 図 書 館 が 広 く 内 外 から 収 集 した 児 童 書 を 取 り 上 げてご 講 義 いただ<br />

きましたが、 国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 資 料 の 一 層 の 利 用 促 進 と 児 童 書 のナショナルセンターとしての 役 割<br />

の 理 解 浸 透 を 願 い、 国 際 子 ども 図 書 館 の 職 員 による「 日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために- 日 本 児 童 文 学<br />

史 ( 通 史 )の 紹 介 」、「 児 童 書 総 合 目 録 活 用 術 」、「 国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について」も 科 目 と<br />

しました。<br />

おかげさまで、 第 2 回 の 本 講 座 も 第 1 回 に 続 いて 好 評 を 得 ました。その 知 識 と 情 報 を、 本 と 子 どもを<br />

つなぐ 仕 事 に 携 わっておられる 多 くの 方 々と 共 有 ができればと 思 い、 本 講 義 録 を 刊 行 することといたし<br />

ました。 本 講 義 録 が、より 豊 かな 児 童 サービスのお 役 に 立 つことができるならば、これに 勝 る 喜 びはあ<br />

りません。<br />

末 尾 ながら、お 忙 しい 中 、 快 く 講 義 をお 引 き 受 けいただき、 本 講 座 を 実 りあるものにするためにご 尽<br />

力 いただきました 講 師 の 皆 様 に、 厚 く 御 礼 申 し 上 げます。<br />

平 成 18 年 10 月<br />

国 立 国 会 図 書 館 国 際 子 ども 図 書 館 長<br />

村 山 雄<br />

3


凡 例<br />

○ 本 書 は、 平 成 17 年 10 月 17 日 から19 日 の3 日 間 にわたって 国 際 子 ども 図 書 館 で 開 催 しました「 国 際 子<br />

ども 図 書 館 児 童 文 学 連 続 講 座 ― 国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 資 料 を 使 って( 総 合 テーマ: 日 本 児 童 文 学 の<br />

流 れ)」の 講 義 録 です。<br />

* 次 ページの 日 程 表 もあわせてご 参 照 ください。<br />

○ 講 義 当 日 に 各 講 師 が 配 布 した「レジュメ」、「 紹 介 資 料 リスト」もあわせて 掲 載 しました。「レジュメ」<br />

は 講 義 本 文 の 前 に、「 紹 介 資 料 リスト」は 講 義 本 文 の 末 尾 に 掲 載 しています。<br />

○ 「レジュメ」と「 紹 介 資 料 リスト」 掲 載 の 書 誌 事 項 の 記 載 は、 原 則 として 国 立 国 会 図 書 館 の 目 録 の<br />

表 記 を 採 用 しました。ただし、 以 下 の 例 外 があります。<br />

・ 補 記 の〔 〕は 省 略 しています。<br />

・タイトルによっては、 読 みやすさを 考 え、タイトルの 途 中 でスペースをあけました。<br />

・ 出 版 年 は、 各 講 師 の 講 義 内 容 に 従 い、 西 暦 、 元 号 のどちらかに 統 一 しました。<br />

○ 「 紹 介 資 料 リスト」の「 請 求 記 号 」の 項 には、 国 際 子 ども 図 書 館 の 請 求 記 号 を 記 載 しました。 国 際<br />

子 ども 図 書 館 が 所 蔵 しない 場 合 は、 国 立 国 会 図 書 館 東 京 本 館 の 請 求 記 号 を 記 載 し、( 本 館 )と 付 記<br />

しました。<br />

4


平 成 17 年 度 児 童 文 学 連 続 講 座 「 日 本 児 童 文 学 の 流 れ」 日 程 表<br />

総 合 監 修 石 井 直 人 ( 白 百 合 女 子 大 学 教 授 )<br />

○1 日 目 10 月 17 日 ( 月 )<br />

時 間 講 義 名 講 師<br />

9 時 30 分 ~ 10 時 開 会 の 挨 拶 及 び 受 講 者 紹 介 国 際 子 ども 図 書 館 職 員<br />

10 時 ~ 12 時<br />

13 時 ~ 15 時<br />

15 時 30 分 ~ 17 時<br />

子 どもの 文 学 の 新 周 期<br />

― 1945-1960<br />

十 五 年 戦 争 期 の 絵 本<br />

― My Choices<br />

日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために<br />

― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

神 宮 輝 夫 ( 青 山 学 院 大 学 名 誉 教 授 )<br />

吉 田 新 一 ( 国 立 国 会 図 書 館 客 員 調 査 員 、<br />

立 教 大 学 名 誉 教 授 )<br />

千 代 由 利 ( 国 際 子 ども 図 書 館 職 員 )<br />

○2 日 目 10 月 18 日 ( 火 )<br />

時 間 講 義 名 講 師<br />

10 時 ~ 12 時 童 話 の 系 譜 宮 川 健 郎 ( 明 星 大 学 教 授 )<br />

13 時 ~ 15 時 「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学 石 井 直 人 ( 白 百 合 女 子 大 学 教 授 )<br />

15 時 30 分 ~ 17 時 児 童 書 総 合 目 録 活 用 術 渡 辺 和 重 ( 国 際 子 ども 図 書 館 職 員 )<br />

○3 日 目 10 月 19 日 ( 木 )<br />

時 間 講 義 名 講 師<br />

10 時 ~ 12 時<br />

4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジ<br />

ー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

井 辻 朱 美 ( 白 百 合 女 子 大 学 教 授 )<br />

13 時 ~ 15 時 エンターテインメントの 変 遷 佐 藤 宗 子 ( 千 葉 大 学 教 授 )<br />

15 時 15 分 ~ 16 時<br />

30 分<br />

国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 につ<br />

いて<br />

江 口 磨 希 ( 国 際 子 ども 図 書 館 職 員 )<br />

16 時 30 分 ~ 17 時 研 修 生 意 見 交 換 会 石 井 直 人 、 国 際 子 ども 図 書 館 職 員<br />

5


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

レジュメ<br />

子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

神 宮 輝 夫<br />

今 までほとんど 問 題 にされなかった 戦 後 10 年 の 童 話 と 小 説 は、その 内 容 を 知 るとじつに 面<br />

白 い。そのダイナミックな 時 代 が、1953 年 の 早 大 童 話 会 によるいわゆる「 少 年 文 学 宣 言 」と、<br />

それにつづく1960 年 発 刊 の「 子 どもと 文 学 」の 主 張 以 後 の、 沸 き 立 つような10 年 間 の 新 し<br />

い 作 品 群 と、どこがつながり、どこが 切 れているかを、 具 体 的 作 品 に 即 してお 話 しします。<br />

1 章 翻 訳 の 新 しい 風<br />

1. 新 訳<br />

1948 年 ( 昭 和 23 年 )<br />

『 孤 城 の 王 子 』(ぺドロ・カルデロン 原 作 高 橋 正 武 訳 新 少 国 民 社 1948)<br />

17 世 紀 スペインの 劇 作 家 ペドロ・カルデロンの『 人 生 は 夢 』という 詩 劇 の 子 ども 向 き 再 話 。<br />

『 傴 僂 王 リチャード』(シェークスピア 原 作 佐 藤 緑 葉 著 少 年 少 女 世 界 名 作 集 藤 巻 書 房<br />

1948)<br />

『リチャード 三 世 』の 抄 訳 だが、あらすじだけのものではない。<br />

『 五 つの 夢 』(クレーメンス・ブレンターノ 著 百 瀬 勝 登 訳 地 平 社 1948)<br />

『 少 年 の 魔 法 のつのぶえ』の 作 者 のメルヘンで、 訳 が 本 格 的 。<br />

いざ、いざや 歌 へよ、などか 能 はぬ、<br />

ぬばたまの 夜 といへども、<br />

かむほぎ 神 賀 は、さまたげざれば。<br />

『 雨 姫 さま』(テオドール・シュトルム 著 山 崎 省 吾 訳 春 光 社 1948)<br />

2. 古 典 翻 訳 の 新 しい 風<br />

『アンデルセン 童 話 集 』( 原 典 新 訳 平 林 広 人 訳 コスモポリタン 社 日 本 童 話 協 会 編 集 1948)<br />

デンマーク 王 国 公 使 の 推 薦 文 が 収 録 されているが、その 日 本 語 訳 にはH.C.ANDERSEN'S<br />

EVENTYR を「ホ・シ・アンナセンのお 話 」と 訳 している。デンマーク 語 から 訳 したもの。アン<br />

デルセンは 本 国 では「アンナセン」と 発 音 されるが、 平 林 は、それにこだわらなかった。<br />

続 巻 に『 追 われた 白 鳥 王 子 』(アンデルセン 童 話 集 2 コスモポリタン 社 1948)がある。<br />

『ピノッキオの 冒 険 』(コッローディ 原 作 柏 熊 達 生 訳 中 央 出 版 社 1948)<br />

この 作 品 が 全 訳 の 最 初 と、 訳 者 が 言 っている。 彼 は、PINOCCHIOを「ピノチオ」「ピノチヨ」<br />

などではなく「ピノッキオ」と 原 音 どおりに 読 むべきことを 主 張 した。<br />

3. 翻 訳 研 究 の 新 しい 風<br />

1 丁 寧 な 翻 訳<br />

6


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

『 新 訳 ロビンソン 物 語 』(デフォー 原 作 青 木 茂 男 訳 崇 文 堂 1926)<br />

この 冒 険 小 説 の 翻 訳 は、 明 治 以 来 、 神 に 関 する 部 分 がぬけていたが、この 著 訳 では、それが 出<br />

ている。<br />

『ロビンソン・クルーソー』(デフォー 原 作 鍋 島 能 弘 訳 羽 田 書 店 1950)<br />

ストーリーを 忠 実 に 守 り、 細 部 もできるだけ 詳 しくと 努 力 している。 子 ども 向 きの 訳 としては、<br />

もっとも 原 話 に 忠 実 。<br />

2 表 紙 のデザイン、さしえなど、ビジュアルな 面 での 新 鮮 さ。<br />

この 時 期 、 京 屋 出 版 社 の 本 など、 斬 新 なデザインだったと 思 う。<br />

『ソロモン 王 の 宝 窟 』(ハガード 原 作 奥 田 清 人 著 京 屋 出 版 社 1948)<br />

表 紙 に 題 名 の King Solomon's Mines と「ソロモン 王 の 宝 窟 」をデザインの 一 部 として 巧 みに<br />

使 い 新 鮮 な 感 じを 生 み 出 している。<br />

『チビムクの 話 :ハーフ 童 話 集 少 年 世 界 文 学 選 8』(ハーフ 著 万 沢 遼 訳 京 屋 出 版 社 1948)<br />

デザインの 新 鮮 な 本 だが、『ハウフ 童 話 全 集 』(W. ハウフ 著 塩 谷 太 郎 訳 弥 生 書 房 1961)<br />

と 比 較 しても、 作 品 の 数 がすくないだけで、 内 容 的 にはほとんどかわっていない。<br />

『 三 つのものがたり』( 村 山 知 義 著 朝 日 新 聞 社 1948)<br />

「ロビン・フッド」「ウィリアム・テル」「リップ・ヴァン・ウィンクル」の 三 つの 物 語 が 収 め<br />

られているが、 表 紙 デザイン、さしえに 斬 新 さがあった。<br />

2 章 創 作 の 新 しい 風<br />

1. 面 白 さの 諸 相<br />

翻 訳 同 様 に1948 年 は、 創 作 面 でも 戦 後 直 後 の 絶 頂 期 だった。この 年 に 出 版 された 作 品 の 中 では、『ビ<br />

ルマの 竪 琴 』( 竹 山 道 雄 著 中 央 公 論 社 )、『 腕 白 物 語 三 太 武 勇 伝 』( 青 木 茂 著 光 文 社 )、『ジロー<br />

ブーチン 日 記 』(きたばたけやほ 著 新 潮 社 )、『ポリコの 町 』( 太 田 博 也 著 小 峰 書 店 )、『コルプス<br />

先 生 汽 車 へのる』( 筒 井 敬 介 著 季 節 社 )などがある。 竹 山 の 作 品 以 外 は、 手 に 入 らないし、ほと<br />

んどしられなくなったが、 文 学 史 的 には 正 しく 扱 われる 部 類 に 属 する。<br />

忘 れられているが、 大 事 な 作 品 がいくつかある。<br />

1 推 理 の 面 白 さ<br />

『 少 年 珊 瑚 島 』( 木 々 高 太 郎 ( 林 髞 ) 著 湘 南 書 房 新 日 本 少 年 少 女 選 書 1948)<br />

科 学 冒 険 小 説 集 と 銘 打 った 短 編 集 。<br />

2 ナンセンスとユーモアの 面 白 さ<br />

『 温 泉 場 のたぬき』( 土 家 由 岐 雄 著 小 峰 書 店 1948)<br />

温 泉 場 の 客 たちが、それぞれ 話 をする 枠 物 語 。 長 編 童 話 を 作 者 は「 読 んでいくうちに、ついお<br />

もしろさにさそわれて、いっきに 読 み 終 わってしまうような 童 話 」と 言 っている。<br />

『 首 を 売 る 店 』( 火 野 葦 平 著 桐 書 房 1949)<br />

「 首 を 売 る 店 」「 遊 びに 出 かけた 時 計 の 話 」など、ナンセンス、 寓 話 などを 含 む 童 話 集 。<br />

その 質 の 高 さにおいては、 同 時 期 に 平 塚 武 二 が 発 表 した「ウィザード 博 士 」(1948)、「 太 陽 の<br />

国 のアリキタリ」(1948)に 匹 敵 する。<br />

『コルプス 先 生 馬 車 へのる』( 筒 井 敬 介 著 季 節 社 1948)<br />

『チョコレート 町 一 番 地 』( 筒 井 敬 介 作 季 節 社 1949)<br />

3 幼 年 向 きのユーモア、ウィット、ナンセンス 物 語 の 面 白 さ<br />

「かえる」( 横 山 トミ 児 童 文 学 者 協 会 編 『 日 本 児 童 文 学 選 』1948 所 収 )<br />

7


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

この 作 品 は、 翌 年 の『 一 年 生 おはなしの 本 』( 濱 田 廣 介 、 豊 島 與 志 雄 共 編 同 光 社 1949)に<br />

再 録 されている。そして、 続 きのお 話 といえるだろう「やなぎの ぶらんこ」がある。<br />

『かもめのともだち』( 横 山 トミ 著 泰 光 堂 1954 「ひらがなぶんこ」10 坪 田 譲 治 監 修 )<br />

この 本 は 横 山 トミの 作 品 集 で、 表 題 作 と「ウサギのひつこし」「うぐいすのこ」などが 入 って<br />

いる。<br />

3 章 長 編 と 物 語<br />

1. 農 山 村 の 子 どもたちの 小 説 と 童 話<br />

戦 争 が 終 わった 年 に 亡 くなった 望 月 芳 郎 という 童 話 作 家 が1942 年 に『 白 い 河 原 の 子 供 たち』とい<br />

う、 水 害 の 被 害 を 受 けた 村 の 建 て 直 しに 子 どもたちが 協 力 する 筋 の 作 品 を 出 している。この 作 品 に<br />

は、 資 本 家 ・ 地 主 階 級 に 対 する 批 判 などいっさいなく、 子 どもの 勤 労 は 彼 らの 純 粋 な 郷 土 愛 、 善 意<br />

によるものである。 特 に 戦 時 中 の 国 策 に 合 うような 迎 合 は 感 じられないが、 子 どもたちの 自 発 的 な<br />

善 意 の 表 現 としての 勤 労 などは、 戦 時 国 家 にあっても 無 害 とされたのだろう。そして、こうした 流<br />

れの 作 品 は 戦 後 も 連 綿 とした 流 れを 形 成 している。<br />

『 峠 の 子 供 たち』( 泉 本 三 樹 著 明 朗 社 1948)<br />

山 と 海 のあるところの 子 どもたちの 物 語 。<br />

『ぼくのうらない』( 磯 部 忠 雄 著 アテネ 出 版 社 1949)<br />

短 編 小 説 と 童 話 を 集 めたもの。<br />

『 空 の 雲 か 峯 の 桜 か』( 二 反 長 半 著 東 京 一 陽 社 1948)<br />

村 の 土 地 に 国 立 病 院 を 建 設 することに 子 どもたちも 協 力 していく 話 。 子 どもが 子 どものできる<br />

範 囲 で 地 元 の 発 展 にかかわっていく 話 は、 比 較 的 に 多 い。 望 月 、 二 反 長 の 後 には、 西 沢 正 太 郎 が<br />

『プリズム 村 誕 生 』( 講 談 社 1961)、『 青 いスクラム』( 東 都 書 房 1965)などの 作 品 を 発 表 して<br />

いる。<br />

2. 少 年 たちの 冒 険 物 語<br />

『 岬 の 少 年 たち』( 福 田 清 人 著 大 日 本 雄 弁 会 講 談 社 1947)<br />

奥 付 の 出 版 社 名 が 上 記 の 通 り。そして、さしえは 内 田 莉 莎 子 の 父 親 内 田 巌 。 昭 和 22 年 が 強 く 息<br />

づいている。この 話 は、 基 本 的 にはリアルなのだが、 勇 気 をくれる 赤 い 玉 とやさしさをもたせて<br />

くれる 青 い 玉 という 魔 法 が 出 てくる 物 語 である。<br />

『 少 年 の 塔 』( 福 田 清 人 著 梧 桐 書 院 1949)<br />

カラフトからの 引 き 揚 げの 三 少 年 の 運 命 にもてあそばれる 冒 険 の 物 語 。<br />

『 生 きている 山 脈 』( 打 木 村 治 著 中 央 公 論 社 1953)<br />

消 えた 農 芸 化 学 者 2 人 をさがす 少 年 と 少 女 の 冒 険 。<br />

戦 後 10 年 ほどの 少 年 少 女 小 説 ・ 童 話 は、 起 伏 に 富 む 筋 、 物 語 の 展 開 のために 細 部 は 省 略 、 現 実 的 、<br />

非 現 実 的 にこだわらず、テーマの 相 応 しい 伝 達 のための 手 段 をもちいる。 生 活 ・ 人 生 向 上 に 対 する<br />

確 信 および 大 きな、あるいは 小 さなハッピーエンドがある。 政 治 ・ 経 済 の 現 状 批 判 を 避 け、イデオ<br />

ロギーにかかわらない。<br />

福 田 は、 後 に 自 伝 的 三 部 作 『 春 の 目 玉 』( 講 談 社 1963)、『 秋 の 目 玉 』( 講 談 社 1966)、『 暁 の 目<br />

8


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

玉 』( 講 談 社 1968)ほか、 空 想 的 要 素 などまったくないリアルな 小 説 を 書 き、 打 木 村 治 も 自 伝 的<br />

な 二 つのシリーズ『 天 の 園 』(6 巻 実 業 之 日 本 社 1972)、『 大 地 の 園 』(4 巻 偕 成 社 1978)で、<br />

小 学 一 年 から 旧 制 の 中 学 時 代 までを 生 活 の 変 化 、 時 代 の 進 展 をリアルにとらえて 語 るというリアリ<br />

スティックな 手 法 をつらぬいた 代 表 作 を 残 した。<br />

泉 本 → 打 木 → 福 田 → 二 反 長 → 西 沢 といったラインの 作 品 系 列 は、ハッピーエンドで 終 わり、 現 実<br />

の 政 治 ・ 経 済 を 論 じたりしない 物 語 としての 要 素 が 強 いので、 仮 に「 物 語 文 学 」ないしは「 人 生 派<br />

文 学 」と 呼 んでおく。<br />

この 流 れは、『ビルマの 竪 琴 』、『ノンちゃん 雲 に 乗 る』( 石 井 桃 子 著 大 地 書 房 1947)、『 二 十 四<br />

の 瞳 』( 壺 井 栄 著 光 文 社 1952)、『 赤 毛 のポチ』( 山 中 恒 著 理 論 社 1960)、『キューポラのある<br />

街 』( 早 船 ちよ 著 弥 生 書 房 1961)の 流 れが 論 じられる 文 学 史 では 論 じられることはないだろう。<br />

しかし、 現 在 に 至 るまで 太 い 流 れとして 続 いている。<br />

4 章 ユーモア 小 説 の 開 花<br />

東 京 書 籍 版 の『 児 童 文 学 事 典 』( 日 本 児 童 文 学 学 会 編 1988)で 由 利 聖 子 (1911-43)の 項 目 を 担<br />

当 した 遠 藤 寛 子 は、 由 利 が 雑 誌 『 少 女 の 友 』に 短 編 を 掲 載 したことがきっかけで、 代 表 作 『チビ 君<br />

物 語 』 正 ・ 続 ( 実 業 之 日 本 社 1939、1941)ほか、 多 くの 作 品 を 執 筆 したことを 紹 介 して、「( 彼 女<br />

の) 短 編 がユーモア 調 の 強 いのに 対 し、 長 編 は 微 笑 の 中 に 感 傷 の 涙 を 誘 う 特 異 な 作 風 で、この 点 サ<br />

トウハチローとも 佐 々 木 邦 とも 一 線 を 画 する」と、このユーモア 作 家 の 位 置 を 要 領 よく 定 めていた。<br />

遠 藤 は「 出 版 界 の 戦 時 体 制 強 化 につれ、 作 品 からユーモア 色 は 後 退 し、 成 長 小 説 的 傾 向 を 増 した」<br />

とものべているが、ユーモア 小 説 は 戦 時 中 も 存 在 した。<br />

戦 後 直 後 には、 戦 争 協 力 色 のない 戦 前 の 作 品 、 例 えば 佐 々 木 邦 の『 兄 弟 行 進 曲 』が1947 年 に、 由<br />

利 聖 子 の『モダン 小 公 女 』が1948 年 にといったように、 戦 前 の 作 品 が 復 活 していたが、 新 しい 作 品<br />

は1950 年 代 になってから、 次 々に 出 版 された。おびただしい 中 から、ほんのすこしならべてみよう。<br />

1950『ミス 委 員 長 』( 伊 馬 春 部 著 偕 成 社 )<br />

1953『ドクトル 先 生 物 語 』( 北 町 一 郎 著 宝 文 館 )<br />

1954『おさげ 社 長 』( 宮 崎 博 史 著 偕 成 社 )<br />

『ゆかいなクルクル 先 生 』( 猪 野 省 三 著 泰 光 堂 )<br />

1955『なでしこ 横 丁 』( 紅 ユリ 子 著 宝 文 館 )<br />

1956『 青 空 チーム』( 五 十 公 野 清 一 著 泰 光 堂 )<br />

『ミス 委 員 長 』とフェミニズム<br />

『おさげ 社 長 』と『ノンちゃん 雲 に 乗 る』の 類 似 点<br />

『ゆかいなクルクル 先 生 』とポリティカルな 文 学 との 関 係<br />

『 赤 いコップ』( 児 童 文 学 者 協 会 編 紀 元 社 1948)<br />

< 目 次 ><br />

「 兄 とおとうと」 奈 街 三 郎 「ラクダイ 横 丁 」 岡 本 良 雄 「 冬 をしのぐ 花 」 北 川 千 代 「ぬすまれた 自<br />

転 車 」 猪 野 省 三 「 多 賀 さんと 石 田 アヤ 先 生 」 片 山 昌 造 「 寒 雀 」 木 内 高 音 「やなぎの 糸 」 壺 井 栄 「 明<br />

日 の 夕 焼 け」 秩 父 芳 朗 「 風 船 は 空 に」 塚 原 健 二 郎 「 赤 いコップ」 打 木 村 冶 ( 計 10 点 )<br />

9


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

『 日 本 児 童 文 学 選 』( 児 童 文 学 者 協 会 編 桜 井 書 店 1948-51)<br />

「 終 戦 から 今 日 まで、 約 二 ヵ 年 にわたる 間 に、 執 筆 した 作 品 」とあり「 日 本 における 児 童 文 学 が、<br />

終 戦 後 打 立 てた 記 念 塔 」ともいえると、 前 書 で 宣 伝 している。 童 謡 3 点 をふくめて30 点 の 作 品 が<br />

収 録 されている。 次 は、 主 なものの 作 品 名 。<br />

藤 森 成 吉 「かがみ 犬 」 坪 田 譲 治 「サバクの 虹 」 槙 本 楠 郎 「 鬼 」 小 出 正 吾 「 村 のタコ」 宮 原 無 花 樹<br />

「 牛 ぬすっと」 片 山 昌 造 「はれぎを 着 たチオ」なかの・しげはる「きかん 車 」( 童 謡 ) 近 藤 東 「 花<br />

ハ ドコヘ」( 童 謡 ) 小 林 純 一 「 花 は どこにも さいている」( 童 謡 ) 清 水 たみ 子 「おままごと<br />

のうた」( 童 謡 ) 百 田 宗 治 「 北 海 道 へ 馬 鈴 薯 作 りに」( 童 謡 ) 水 上 不 二 「 砂 の 像 」( 童 謡 ) 阿 貴<br />

良 一 「 中 国 への 花 」 庄 野 英 二 「 朝 風 のはなし」 川 崎 大 治 「 石 炭 ばんざい」( 童 謡 ) 武 田 亜 公 「ア<br />

イス 屋 さんの 親 子 」 横 山 トミ「かえる」 平 塚 武 二 「ウィザード 博 士 」 竹 入 清 「へい」<br />

『 白 い 塔 : 年 刊 童 話 集 』( 青 少 年 文 化 懇 話 会 編 東 西 社 1948)<br />

年 刊 集 が9 月 に 出 されているから、 作 品 はすべて1947 年 のものである。<br />

関 英 雄 「お 化 けものがたり」(『 赤 とんぼ』4 月 号 ) 岡 本 良 雄 「あすもおかしいか」(『 銀 河 』11 月<br />

号 ) 渋 川 驍 「 磁 石 」(『 童 話 教 室 』4 号 ) 後 藤 楢 根 「 机 」(『 銀 河 』4 月 号 ) 阿 部 知 二 「おまわりさ<br />

んと 少 年 」(『 銀 河 』) 野 上 彰 「シクシクとチクチクの 話 」(『 赤 とんぼ』10 月 号 ) 小 林 純 一 「すず<br />

めの 大 群 」( 詩 ) 與 田 凖 一 「サバを 食 べる 夜 」( 詩 ) 村 山 哲 「 海 へいきたい」( 以 上 、『 子 供 の 広 場 』<br />

10 月 、8 月 、7 月 号 )ナガイ・ノブユキ「 新 しいおフロ」(『 銀 河 』5 月 号 ) 泉 春 樹 「 白 い 塔 」(『 子<br />

供 の 広 場 』8 月 号 )のわきふさ「ふるさと」(『 子 供 の 広 場 』9 月 号 ) 波 多 野 完 治 「 郵 便 騎 手 」(『 子<br />

供 の 広 場 』8 月 号 ) 長 崎 源 之 助 「ぼくの 書 いたお 母 さんの 顔 」(『 子 供 の 広 場 』)<br />

同 人 誌 ・ 機 関 誌 などで 新 人 が 発 表 した 作 品 のいくつか<br />

前 川 康 男 「 原 始 林 あらし」(『 児 童 文 学 研 究 』1950)「 川 将 軍 」(『びわの 実 』1951)<br />

長 崎 源 之 助 「 彦 次 」「 風 琴 」(『 豆 の 木 』1950)<br />

大 石 真 「 風 信 器 」(『 童 苑 』 早 大 童 話 会 二 十 周 年 記 念 号 、1953)<br />

いぬいとみこ「ツグミ」(『 麦 』1953 年 3 月 )<br />

10


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

子 どもの 文 学 の 新 周 期<br />

―1945-1960<br />

神 宮 輝 夫<br />

はじめに<br />

ご 紹 介 いただきました 神 宮 輝 夫 です。 当 初 の 予<br />

定 では、1960 年 代 に 出 た 新 しい 作 品 と、それ 以 前<br />

の 作 品 の 比 較 をお 話 しするつもりでいたのです<br />

が、 実 際 には、だいたい 忘 れられてしまっている<br />

終 戦 直 後 の 時 期 から60 年 までの 本 に 重 点 をおいて<br />

話 したいと 思 います。<br />

その 時 期 の 本 の 多 くが 忘 れられた 一 つの 理 由<br />

は、 出 版 の 状 況 にあると 思 います。 私 が 旧 制 の 中<br />

学 2 年 生 だった 年 に 戦 争 が 終 わって、それから2、<br />

3 年 の 間 は 猛 烈 な 勢 いでさまざまな 本 が 出 まし<br />

た。 戦 争 中 は 本 が 読 めない 時 代 でしたから、それ<br />

こそどっとたくさん 本 が 出 たのです。しかし、 戦<br />

争 直 後 でしたから 紙 不 足 は 深 刻 で、ほとんどが 仙<br />

花 紙 という 非 常 に 粗 悪 な 紙 で 印 刷 もインクが 上 手<br />

く 紙 にのらない 本 がたくさん 出 ました。そういっ<br />

た 作 りの 悪 い 本 は、 傷 みがはやく、すぐにだめに<br />

なってしまうおそれがあります。しばらくして、<br />

出 版 不 況 と 戦 後 の 熱 狂 が 終 わるとともに、あまり<br />

本 が 売 れない 状 況 が 続 く 中 で、 自 然 に、 戦 後 10 年<br />

ほどの 間 に 出 た 本 は 忘 れられていきました。1950<br />

年 代 の 半 ば 過 ぎから、 出 版 状 況 が 改 善 され、 新 し<br />

い 作 家 たちが 育 って、 新 しい 本 が 出 始 めて 現 在 に<br />

至 るまで、 戦 後 の 児 童 文 学 と 一 括 して 呼 ばれるさ<br />

まざまな 本 が 出 たわけですが、その 入 り 口 のとこ<br />

ろが、 大 きく 忘 れられてしまっています。<br />

私 は 昨 年 まで 国 際 子 ども 図 書 館 の 客 員 調 査 員 と<br />

して、この 館 の 活 動 のお 手 伝 いをさせていただき<br />

ましたが、 書 庫 におさまっている 戦 後 直 後 の 子 ど<br />

もの 本 の 魅 力 を、 若 い 人 たちに 知 っていただきた<br />

いと 思 い、この 時 期 の 子 どもの 本 についての、い<br />

くつかの 特 長 を 考 えてみました。<br />

1 章 翻 訳 の 新 しい 風<br />

1. 新 訳<br />

まず、はじめに、 戦 争 が 終 わった 後 、 非 常 にた<br />

くさん 出 たのは 翻 訳 ものだと 思 います。もちろん<br />

その 中 で『 宝 島 』、『トム・ソーヤー』、『ハックル<br />

ベリー・フィン』、『 小 公 子 』、『 小 公 女 』など、 古<br />

典 的 なものは 繰 り 返 し 出 ましたが、やはり 新 しい<br />

時 代 に 向 けて 新 しい 子 どものためのという 意 識 が<br />

非 常 に 強 い、 今 から 考 えてみると 宝 物 のような 本<br />

がたくさん 出 て、そしてそれが 今 消 えている 状 況<br />

があると 思 います。<br />

お 配 りしたレジュメの 第 1 章 は、「 翻 訳 の 新 し<br />

い 風 」といういささか 仰 々しい 名 前 をつけてあり<br />

ますが、 最 初 に 取 り 上 げてあるのが『 孤 城 の 王 子 』。<br />

ペドロ・カルデロン 原 作 、 高 橋 正 武 訳 、 新 少 国 民<br />

社 から1948( 昭 和 23) 年 に 出 ています。この 本 は、<br />

17 世 紀 スペインの 劇 作 家 ペドロ・カルデロンとい<br />

う 人 の 詩 劇 『 人 生 は 夢 』を 子 ども 向 きに 再 話 した<br />

ものです。ペドロ・カルデロンは、 城 に 閉 じ 込 め<br />

られた 王 子 についての 地 方 伝 説 をもとにして、『 人<br />

生 は 夢 』という 大 人 のための 劇 を 作 りました。そ<br />

れを、 子 どものためにやさしい 形 で、 翻 訳 すると<br />

いうか 再 話 したという 大 変 めずらしい 本 です。し<br />

かし、なぜ17 世 紀 のスペインで 作 られた 大 人 のた<br />

めの 詩 劇 を 子 どものために 訳 して 出 したのだろう<br />

かと、 私 など、 今 の 時 点 で、ふと 余 計 なことを 考<br />

えてしまいました。<br />

『 人 生 は 夢 』では、 王 妃 が、 今 度 生 まれてくる<br />

王 子 は 大 変 邪 悪 な 王 様 になるという 予 言 を 信 じ<br />

て、 生 まれてきた 王 子 を、 王 様 と 王 妃 が 岩 山 のてっ<br />

ぺんにある 小 さな 城 の 中 にお 付 きをつけて 閉 じ 込<br />

めてしまいます。けれど、1 度 その 王 子 がそこを<br />

出 されて 宮 廷 に 迎 えられた 時 、 王 子 は 自 分 がひど<br />

11


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

い 扱 いを 受 けていたことに 大 変 憤 って、 宮 廷 で 荒<br />

れ、またもとの 孤 城 の 中 に 閉 じ 込 められてしまい<br />

ます。 彼 は、 自 分 のそういった 運 命 の 変 転 の 激 し<br />

さから、 人 生 は 夢 である、とあきらめの 境 地 に 達<br />

します。しかし 結 局 は、 実 際 に 彼 ではない 王 様 が<br />

よい 政 治 を 行 っていなかったために、 人 民 の 要 求<br />

で、 閉 じ 込 められていた 王 子 が 正 当 な 王 様 として<br />

君 臨 することになるという 話 です。あまり 子 ども<br />

向 きではないですね。<br />

しかし 考 えてみると、 当 時 、 戦 争 が 終 わって、<br />

日 本 の 戦 争 を 起 こした 多 くの 人 々が 戦 犯 として 処<br />

刑 されています。 彼 らにとってみれば、まさに 人<br />

生 は 夢 であっただろうし、また、 戦 争 中 、 軍 国 主<br />

義 的 な 考 えに 合 わない 人 は 皆 抑 えられたり、ある<br />

いは 職 を 失 ったりしていたわけですが、たとえば、<br />

戦 後 、 外 務 大 臣 になった 幣 原 喜 重 郎 という 人 は、<br />

たしか、 戦 前 、 軟 弱 外 交 と 言 われて 外 相 を 追 われ<br />

ています。 彼 は、 戦 後 また 外 務 大 臣 になり、 総 理<br />

大 臣 にもなりました。そういう 運 命 の 変 転 がたく<br />

さんにあった 時 代 が、あるいはこの 本 を 子 どもの<br />

ために 翻 訳 した 動 機 になったのではなどと、 私 は<br />

憶 測 します。<br />

とにかく、この 訳 書 は、かなり 複 雑 な 筋 と 内 容<br />

の 作 品 を 子 どもが 読 めるようにと 非 常 な 努 力 をし<br />

ています。もともとが 詩 劇 なので、 訳 の 中 には 物<br />

語 詩 になっている 部 分 がちゃんとあります。もと<br />

の 形 も 生 かしながら 子 どもにやさしく 訳 している<br />

のです。おそらく、 現 在 の 子 どもたちには 難 解 だ<br />

と 考 えますが、 時 代 にふさわしいテーマを 持 つ 質<br />

の 高 い 新 しいものを 子 どもの 手 に 渡 そうという 訳<br />

者 の 志 の 高 さが 伝 わってきます。こういった 本 は<br />

他 にもたくさんあります。<br />

たとえば、レジュメ2 番 目 の『 傴 僂 王 リチャー<br />

ド』です。シェイクスピア 原 作 で、 佐 藤 緑 葉 著 と<br />

あります。やはり 昭 和 23 年 の 発 行 です。この 本 は、<br />

この 時 期 の 大 変 な 労 作 だと 思 います。『リチャー<br />

ド 三 世 』というシェイクスピアの 劇 は、もちろん<br />

あります。しかし、これは、ただ『リチャード 三<br />

世 』の 劇 を 簡 単 に 子 どもの 物 語 に 散 文 化 して 書 い<br />

ただけのものではないのです。『リチャード 三 世 』<br />

の 時 代 は、ちょうどイギリスが 内 戦 時 代 で、 白 バ<br />

ラの 紋 章 のヨーク 家 と 赤 バラの 紋 章 のランカス<br />

ター 家 が、どちらがイギリス 王 位 を 継 承 するかで、<br />

国 内 を 二 分 した 大 きな 争 いがありました。 有 名 な<br />

バラ 戦 争 です。このバラ 戦 争 の 背 景 を、ちゃんと<br />

話 の 中 で 説 明 しています。そしてそのために、シェ<br />

イクスピアの 劇 の『ヘンリー 六 世 』の 一 部 分 も『リ<br />

チャード 三 世 』の 中 に 入 れて『 傴 僂 王 リチャード』<br />

という 子 どものための 本 にしているのです。 既 訳<br />

のシェイクスピアを 持 ってきて、ただそれをやさ<br />

しく 書 きなおしたといった 楽 な 仕 事 では 全 くあり<br />

ません。シェイクスピアが 書 いたものを、できる<br />

だけくわしく、 正 しく 子 どもたちに 理 解 させよう<br />

とした 努 力 の 成 果 であり、 驚 くべき 労 作 だと 思 い<br />

ます。シェイクスピアの 話 を、やさしく 書 き 直 し<br />

た 本 はたくさんありますが、このような 実 験 的 な<br />

努 力 がなされているものはあまりありません。<br />

『 五 つの 夢 』(クレーメンス・ブレンターノ 著<br />

百 瀬 勝 登 訳 地 平 社 1948)は、 小 さな 話 を 集 め<br />

たものです。ブレンターノは、『 少 年 の 魔 法 のつ<br />

のぶえ』(1805-08)を 妻 のアルニムと 協 力 して 編<br />

んだことでよく 知 られています。グリム 兄 弟 と 同<br />

時 期 の 人 で、ナポレオン 戦 争 が 終 わった 新 しいナ<br />

ショナリズムの 台 頭 期 に、ドイツ 人 のスピリット<br />

を、 古 い 童 謡 や 民 謡 などを 通 じて 探 求 しようとし<br />

ました。<br />

『 五 つの 夢 』は 原 題 を「クロップシュトック 校<br />

長 の 五 人 の 息 子 」といいます。 火 事 でいっさいを<br />

なくしてしまった 校 長 の5 人 の 息 子 が、それぞれ<br />

泥 棒 、 猟 師 、 薬 屋 、 船 乗 り、 鳥 使 いになって、や<br />

がて 囚 われの 王 女 を 救 出 するいさおしを 立 てると<br />

いうメルヘンです。 訳 文 の 一 端 がわかるように、<br />

唄 のところをすこし 紹 介 しましょう。<br />

いざ、いざや 歌 へよ、などか 能 はぬ、<br />

ぬばたまの 夜 といへども、<br />

かむほぎ 神 賀 は、さまたげざれば。<br />

もちろん、 現 在 これが 訳 されたら、 別 の 訳 文 に<br />

なるでしょう。しかし、 適 確 な 言 葉 で 原 文 の 格 調<br />

を 保 とうと 苦 心 していることは、これだけでもよ<br />

くわかると 思 います。 子 どもに 向 けて、 原 作 にで<br />

きるだけ 近 づいた 翻 訳 をという 情 熱 が 感 じられる<br />

みごとな 業 績 です。<br />

12


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

訳 者 は、ブレンターノのことを 強 弱 両 面 のある<br />

ロマンティークの、 弱 い 面 の 方 が 強 かった 人 物<br />

だったけれども、「 何 か 私 たちを 惹 きつけるもの、<br />

楽 しい 夢 の 世 界 がそこにひらけてゐて、 思 はず 時<br />

を 忘 れさせます。 自 由 奔 放 な 空 想 、 縦 横 自 在 の 奇<br />

智 、 甘 美 な 自 然 描 写 ― 長 い 戦 争 の 時 代 を 通 じてあ<br />

らゆる 夢 を 奪 はれ、 貧 しく 固 い 殻 の 中 にとぢこめ<br />

られて 来 たわたしたちの 心 にとつて、やはり 一 つ<br />

の 魅 力 であり、 慰 めであるにちがひありません」<br />

(『 五 つの 夢 』p.131)と 言 っています。<br />

この 本 には、もう 一 つ 新 しさがあります。ジャ<br />

ケットのデザインの 斬 新 さです。 今 でも 十 分 通 用<br />

するデザインと 思 います。 紙 がよくない 時 代 に、<br />

これだけのデザインと 色 彩 感 覚 を 生 かすことは 大<br />

変 な 苦 労 だったと 思 います。 戦 後 直 後 の 本 の 多 く<br />

は、 印 刷 や 紙 の 事 情 がよくないにもかかわらず、<br />

ブック・デザインやイラストレーションが 優 れて<br />

います。<br />

テオドール・シュトルムの『 雨 姫 さま』( 山 崎<br />

省 吾 訳 春 秋 社 1948)もこの 時 期 の 業 績 でしょ<br />

う。シュトルムは、『インメンゼー』(みずうみ)<br />

という 短 編 小 説 が、よく 読 まれましたが 最 近 の 若<br />

い 人 たちは 知 らないかもしれません。 子 どもの 本<br />

でも、2、3ですが 非 常 に 優 れた 作 品 を 残 してい<br />

ます。その 中 でも、この『 雨 姫 さま』は、ちょっ<br />

と 珍 しい 作 品 です。 渇 水 期 で 雨 が 降 らなくて 困 っ<br />

ている 時 に、 地 主 の 娘 と 結 婚 しようとした 若 者 が、<br />

自 分 のおばあさんの 言 い 伝 えを 信 じて、 雨 姫 の 所<br />

へ 訪 ねて 行 き 雨 乞 いをする。その 雨 姫 の 国 が 豪 華<br />

絢 爛 で、 美 しい 幻 想 性 をもって 書 かれています。<br />

ドイツメルヘンの 特 徴 が 発 揮 されている 作 品 で、<br />

今 読 んでも 面 白 いです。 絵 も、ずいぶんしゃれた<br />

きれいなものです。こういう 本 が 眠 っているのは<br />

もったいないと 思 います。<br />

この 時 期 の 翻 訳 書 の 多 くは、 訳 がとてもしっか<br />

りしています。 日 本 語 は20 年 周 期 くらいでどんど<br />

ん 変 わっていますので、 比 喩 などがやや 古 風 に 感<br />

じられるものもありますが、それは 仕 方 のないこ<br />

とです。 私 には、そういうものが 懐 かしい 感 じが<br />

します。<br />

ごくわずかだけ、 戦 後 直 後 の 新 しい 業 績 を 紹 介<br />

しましたが、その 他 にもまだたくさん、 新 しい 本<br />

の 新 しい 訳 が 出 版 されています。そして、その 相<br />

当 数 が 今 に 生 かされていません。 同 時 に、それら<br />

を 読 むと、いかに 戦 争 が 終 わった 後 に、 新 しい 時<br />

代 に 対 する 喜 びと、 新 時 代 の 子 どもたちにふさわ<br />

しい 文 学 をあたえようとする 人 々の 志 が 生 き 生 き<br />

と 伝 わってきます。<br />

2. 古 典 翻 訳 の 新 しい 風<br />

新 しい 作 品 を 紹 介 する 作 業 と 平 行 して、 以 前 か<br />

らよく 知 られた 作 品 の 読 み 直 しもはじまりまし<br />

た。「 古 典 の 新 風 」の 代 表 はアンデルセンです。<br />

平 林 広 人 の『アンデルセン 童 話 集 』と、「アンデ<br />

ルセン 童 話 集 2」として『 追 われた 白 鳥 王 子 』が<br />

出 ています。この 作 品 がなぜ 重 要 かと 言 うと、 訳<br />

者 は 長 くデンマークに 滞 在 していた 人 で、デン<br />

マーク 語 がよくお 出 来 になる 人 でした。つまり、<br />

アンデルセンをデンマーク 語 から 訳 した 最 初 の 本<br />

ではないかということなのです。<br />

『アンデルセン 童 話 集 』には、デンマーク 王 国<br />

公 使 の 推 薦 文 が 収 録 さ れ て い て、 そ の 中 に<br />

H.C.ANDERSEN'S EVENTYR という 言 葉 があり<br />

ます。EVENTYR は、 英 語 のアドベンチャーに<br />

あたりますが、 冒 険 というよりワンダフル・ストー<br />

リーです。また、 推 薦 文 の 日 本 語 訳 ではアンデル<br />

センの 名 を「ホ・シ・アンナセン」と 訳 していま<br />

す。ホは H、シは C です。アンデルセンをアンナ<br />

センと 日 本 語 で 表 記 しています。 本 来 、アンデル<br />

センは、アナスンやアンナセンなどが 正 しいデン<br />

マーク 語 の 読 み 方 だろうとききました。 日 本 に 最<br />

初 に 紹 介 されたのは、たぶんドイツ 語 からではな<br />

いかと 思 います。アンデルセンと 表 記 されて、そ<br />

れが 今 もそのまま 通 っています。 平 林 もこれをア<br />

ンナセンに 直 せとは 主 張 しませんでした。<br />

平 林 が 強 調 していたのは、 彼 の 訳 がデンマーク<br />

語 から 訳 したものだということでした。つまり、<br />

従 来 の 翻 訳 はだいたい 英 語 やドイツ 語 からだった<br />

ということです。<br />

その 後 、 鈴 木 徹 郎 が 岩 崎 書 店 から、デンマーク<br />

語 からの 訳 を 出 版 しました。 平 林 広 人 は、 農 業 科<br />

学 などを 専 門 とするビジネスピープルの1 人 で、<br />

文 学 専 門 の 人 ではありませんでした。 青 山 学 院 を<br />

出 た 人 で、 訳 書 、 原 書 はすべて、 青 山 学 院 の 図 書<br />

13


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

館 に 寄 贈 されているときいています。<br />

アンデルセンの 場 合 は、デンマーク 語 で 新 しく 訳<br />

されながら、アンデルセンという 表 記 はそのまま<br />

ひきつがれました。<br />

『ピノッキオの 冒 険 』は 柏 熊 達 生 訳 で、1948( 昭<br />

和 23) 年 中 央 出 版 社 発 行 でした。まえがきには、<br />

これはコッローディ 作 の「ピノッキオの 冒 険 」<br />

"LE AVVENTURE DI PINOCCHIO" DI<br />

COLLODIの 全 訳 です。 権 威 のあるイタリヤ 語<br />

の 原 書 を、 一 語 もゆるがせにしないで、 日 本 語<br />

に 訳 してみたいと 思 っていた 私 の 夢 がこゝに 実<br />

現 しました。これは 我 が 国 に 於 て 最 初 に 刊 行 さ<br />

れた 全 訳 「ピノッキオの 冒 険 」として 記 録 され<br />

る 名 誉 を 持 つものですから、 私 としましても、<br />

相 当 翻 訳 に 当 っては 意 を 用 いたつもりです。<br />

とあります。さらに 彼 は 続 けて、<br />

「ピノチオ」、「ピノチョ」と 言 う 呼 び 方 は 正<br />

しくない 呼 び 方 で、PINOCCHIOはピノッキオ<br />

と 発 音 しますので、もうラヂオや 新 聞 も、いく<br />

ら 慣 れている 呼 び 方 だからと 言 って、「ピノチ<br />

オ」、「ピノチョ」を 改 めていゝ 頃 と 思 いまして、<br />

「ピノッキオの 冒 険 」と 正 しい 題 をつけました。<br />

とことわっています。<br />

平 林 広 人 や 柏 熊 達 生 たちの 努 力 を 通 じて、 翻 訳<br />

は 信 頼 の 置 ける 原 書 からの 完 訳 であるべきこと、<br />

固 有 名 詞 はそれぞれの 国 や 地 域 の 発 音 をできるだ<br />

け 忠 実 に 表 記 すべきことといった 原 則 がはっきり<br />

しました。<br />

3. 翻 訳 研 究 の 新 しい 風<br />

資 料 リストのNo. 7が『 新 訳 ロビンソン 物 語 』、<br />

No. 8が『ロビンソン・クルーソー』です。 青 木<br />

茂 男 訳 の1926 年 版 『 新 訳 ロビンソン 物 語 』は、ヒー<br />

ローであるロビンソン・クルーソーの 宗 教 観 に 触<br />

れている 点 で、 子 ども 向 きに 紹 介 されたほかの 本<br />

とちがうので、 戦 前 のものですが、ここで 取 り 上<br />

げました。<br />

18 世 紀 にイギリスで 生 まれた 中 産 階 級 が、 自 分<br />

たちの 文 学 として 生 み 出 したのが 近 代 小 説 でし<br />

た。もちろん 小 説 という 言 葉 はあったのですが、<br />

昔 は 小 さなうわさ 話 や 世 間 話 みたいな 意 味 で 使 わ<br />

れていました。それを、 現 在 の 小 説 の 形 態 にした<br />

のは 中 産 階 級 です。<br />

新 しい 階 級 の 人 たちが、 自 分 たちの 文 学 として<br />

生 み 出 したのです。それと 同 時 に、 新 しい 階 級 の<br />

子 どもたちにも、 新 しい 可 能 性 が 生 まれ、その 可<br />

能 性 を 広 げるために 子 どもの 文 学 も 生 まれまし<br />

た。 近 代 小 説 と 子 どもの 文 学 とは、 一 緒 に 生 まれ<br />

た 双 子 みたいなものだと 考 えればいいかと 思 いま<br />

す。ですから、『ロビンソン・クルーソー』はた<br />

ちまち 子 どもの 本 になって、 冒 険 小 説 のご 先 祖 様<br />

のようになりましたが、 実 際 は 大 人 の 小 説 です。<br />

当 然 、 冒 険 だけでなく、 生 きる 問 題 として、 人<br />

間 と 神 の 関 係 などが 取 り 上 げられています。 子 ど<br />

もに 向 けた 訳 書 や 再 話 の『ロビンソン・クルー<br />

ソー』のうち、この1926 年 以 前 のものは、 冒 険 だ<br />

けの 物 語 で、 神 様 については 触 れていません。<br />

1926 年 の 青 木 茂 男 訳 あたりが、 神 様 の 話 に 触 れた<br />

最 初 ではないでしょうか。<br />

1950( 昭 和 25) 年 に 出 た 鍋 島 能 弘 訳 の『ロビン<br />

ソン・クルーソー』は、 冒 険 も 宗 教 的 な 問 題 も 全<br />

部 入 っています。これは 大 変 優 れた 仕 事 だと 思 い<br />

ます。ストーリーも 忠 実 に 守 って、 細 かいところ<br />

もできるだけくわしく 入 れようとして、しかも 子<br />

どもが 読 んでつまらなくないようにたくみにバラ<br />

ンスをとりながら、 最 も 原 作 に 忠 実 に 子 どものた<br />

めに 抄 訳 した 本 とでも 言 えばいいのでしょうか。<br />

しかし、 現 在 子 どもたちは 鍋 島 訳 は 読 むことがで<br />

きません。こういう 優 れた 訳 書 が、 戦 争 が 終 わっ<br />

てから3 年 目 に 出 ていたということは、 何 度 も 繰<br />

り 返 して 申 し 上 げますが、 戦 後 子 どもに 向 けての<br />

翻 訳 に 対 して、 非 常 に 多 くの 人 が、 少 しでも 良 い<br />

ものを 良 い 日 本 語 でと、 最 大 限 の 努 力 を 払 ってい<br />

たのだと 思 います。<br />

『ソロモン 王 の 宝 窟 』(ハガード 原 作 奥 田 清 人<br />

著 )と、ウィルヘルム・ハーフ( 表 記 は 翻 訳 書 の<br />

まま)の『チビムクの 話 』( 万 沢 遼 訳 )は2 冊 と<br />

も1948 年 に 京 屋 出 版 社 から 出 ています。2 冊 とも、<br />

非 常 にしゃれた、よく 考 えられたデザインで 本 と<br />

してなかなかに 魅 力 的 です。 翻 訳 も 上 手 にまとめ<br />

14


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

てあります。イギリス 冒 険 小 説 の 代 表 作 である『ソ<br />

ロモン 王 の 宝 窟 』は 面 白 さには 定 評 がありますが、<br />

その 特 徴 を 実 にたくみに 生 かした 良 心 的 な 翻 訳 に<br />

なっています。「アメリカの 軍 人 文 庫 の 中 にもお<br />

さめられて、 進 駐 軍 の 兵 隊 さんに、もつとも 人 気<br />

のある 本 の 一 つです」などとまえがきにある 箇 所<br />

を 読 むと、 時 代 を 感 じさせられます。<br />

ハウフのメルヘンは、 塩 谷 太 郎 訳 で1961 年 に『ハ<br />

ウフ 童 話 全 集 』( 弥 生 書 房 )としてまとめられて<br />

います。この『ハウフ 童 話 全 集 』は、 翻 訳 家 塩 谷<br />

太 郎 の 代 表 的 な 訳 業 の 一 つといえるまことに 優 れ<br />

たものです。 塩 谷 太 郎 という 翻 訳 家 は、つねに 原<br />

作 に 忠 実 に 訳 しながら 楽 に 読 める 日 本 語 の 表 現 を<br />

心 がけていて、どの 訳 書 を 読 んでも 感 心 させられ<br />

ます。 新 時 代 の 到 来 は、 明 治 以 来 訳 し 続 けられて<br />

いる 古 典 的 な 作 品 にも、 長 い 生 命 を 持 つ 新 訳 を 生<br />

み 出 してくれたのです。<br />

2 章 創 作 の 新 しい 風<br />

1. 面 白 さの 諸 相<br />

子 どもが 面 白 く 読 む 本 から 子 どもの 本 の 批 評 や<br />

研 究 をはじめよう、という 動 きが 世 界 的 になった<br />

のは、70 年 代 の 後 半 あたりからだと 思 います。 私<br />

は80 年 代 の 初 めに、 在 外 研 究 のために1 年 間 ロン<br />

ドンで 暮 らしたことがありましたが、その 頃 がイ<br />

ギリスでも「 子 どもが 自 分 で 読 む 本 から 考 えよう」<br />

という 機 運 が 盛 り 上 がっていた 時 期 でした。<br />

では、 戦 争 が 終 わった 頃 は、そういう 面 白 さの<br />

問 題 はどうだったのでしょうか。 面 白 い、よい 作<br />

品 が 出 ていました。<br />

『ビルマの 竪 琴 』と『 三 太 武 勇 伝 』<br />

翻 訳 に 優 れた 作 品 がそろっていた1948 年 に『ビ<br />

ルマの 竪 琴 』( 竹 山 道 雄 著 中 央 公 論 社 )が 発 行<br />

されました。また、 青 木 茂 の『 三 太 物 語 』は、 筒<br />

井 敬 介 の 名 脚 色 によって、1950 年 ラジオドラマに<br />

なって 一 躍 有 名 になったのですが、その 原 型 とも<br />

言 える『 腕 白 物 語 三 太 武 勇 伝 』もやはり1948 年<br />

に 光 文 社 から 出 ています。『 三 太 物 語 』の 脚 本 家 、<br />

筒 井 敬 介 の『コルプス 先 生 汽 車 へのる』が 出 たの<br />

も 同 じ 年 です。<br />

『ビルマの 竪 琴 』は 今 も 読 まれ 続 けていて、 繰<br />

り 返 して 映 画 にもなり、 戦 後 文 学 の 傑 作 の 一 つに<br />

数 えられています。もっとも、 思 想 性 の 強 い 作 品<br />

ですから、 今 も 批 判 があることはたしかですが、<br />

読 み 応 えのある 長 編 小 説 であることはまちがいあ<br />

りません。<br />

青 木 茂 の『 腕 白 物 語 三 太 武 勇 伝 』は、 今 はダ<br />

ムの 湖 底 に 沈 んでいる、 相 模 川 支 流 の 道 志 川 の 辺<br />

りの 村 に 住 んでいる 三 太 という 村 童 が、 柿 泥 棒 を<br />

する 話 、 大 きなウナギを 捕 まえる 話 など、 山 村 を<br />

舞 台 にした 大 変 ユーモラスでノスタルジックな 話<br />

です。 最 初 の 本 には、 漫 画 家 清 水 崑 がすばらしい<br />

挿 絵 を 描 いています。ラジオドラマになってから<br />

は、 妙 に PTA 的 な 話 が 入 るようになり、 三 太 物<br />

語 はつまらなくなりました。 数 ある『 三 太 物 語 』<br />

中 で、やはり『 腕 白 物 語 三 太 武 勇 伝 』が1 番 優<br />

れていると 思 います。<br />

『ビルマの 竪 琴 』は 生 き 残 りましたが、『 腕 白 物<br />

語 三 太 武 勇 伝 』や『コルプス 先 生 汽 車 へのる』<br />

や 北 畠 八 穂 の『ジローブーチン 日 記 』などは、 今<br />

はほとんど 読 まれていません。 彼 らの 作 品 は、 兎<br />

にも 角 にも、 文 学 史 などに 名 が 残 っていますが、<br />

すっかり 忘 れ 去 られていて、 正 しい 評 価 を 待 って<br />

いる 作 品 群 もあるのです。<br />

ミステリー、ユーモア、ナンセンス<br />

その 一 つは『 少 年 珊 瑚 島 』( 湘 南 書 房 1948)<br />

です。これは、 当 時 、 推 理 小 説 作 家 兼 医 師 として<br />

よく 知 られた 木 々 高 太 郎 ( 林 髞 )が 著 者 です。こ<br />

れは、 科 学 冒 険 小 説 集 と 名 づけられた 短 編 推 理 小<br />

説 集 。 表 題 の「 少 年 珊 瑚 島 」は、 鹿 児 島 の 子 ども<br />

が2 人 、 貸 しボートに 乗 っているうちに 外 海 に 出<br />

て 漂 流 し、 台 湾 の 東 の 無 人 島 まで 行 ってしまう 話<br />

です。 戦 後 直 後 ですから、 無 人 島 にいた 子 どもは<br />

アメリカ 空 軍 の 飛 行 機 に 発 見 されて、 無 事 日 本 に<br />

帰 国 します。ところがその 時 に、2 人 のうちの1<br />

人 、まさおという 少 年 が、 孤 島 に 残 っていた 小 さ<br />

な 骨 のかけらを、 珍 しがって 持 ってくるのですが、<br />

その 骨 のかけらは 考 古 学 的 な 発 見 で、 先 史 人 類 の<br />

骨 ではないかということで 大 評 判 になるという、<br />

いかにも 医 学 者 らしい 推 理 をきかせた 冒 険 物 語<br />

で、 発 刊 当 時 話 題 になりました。 日 本 でも 明 石 原<br />

人 の 話 がありますが、 類 似 した 事 実 をふと 思 い 出<br />

15


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

させるような、これは 大 変 優 れた 中 編 でした。も<br />

う 一 つ 記 憶 に 残 るのは「 少 年 と 符 号 」。これは、<br />

数 字 や 符 号 に 大 変 興 味 を 持 った 小 学 生 の 男 の 子<br />

が、 株 券 の 番 号 に 疑 問 を 持 ち、つまり 連 番 になっ<br />

ていないところを 見 つけて、 調 べていくうちに、<br />

証 券 を 中 心 とした 詐 欺 事 件 が 発 覚 するという 話 で<br />

す。これも 読 んでいてとても 面 白 かったです。な<br />

るほどと 深 くうなずかされました。 少 年 を 中 心 に、<br />

科 学 的 なきっかけで 何 か 事 件 が 解 決 されるという<br />

短 編 をいくつか 集 めているこの 本 は、 今 でもその<br />

まま 読 んで 面 白 いと 思 います。 携 帯 の 急 速 な 普 及<br />

は、 公 衆 電 話 を 多 用 する 物 語 を 時 代 遅 れにしてし<br />

まわないかといった 危 惧 を 私 たちは 持 つのです<br />

が、 作 法 の 確 かな 作 品 はびくともしません。アイ<br />

ディアの 独 創 と、 精 確 な 状 況 描 写 は、いつの 時 代<br />

の 読 者 をもうなずかせます。『 少 年 珊 瑚 島 』は 非<br />

常 に 優 れたエンターテインメントです。<br />

『 温 泉 場 のたぬき』( 土 家 由 岐 雄 著 小 峰 書 店<br />

1948)も、 今 読 んでも 楽 しめる 作 品 と 思 います。<br />

土 家 由 岐 雄 という 作 家 は、 皆 さんもご 存 知 でしょ<br />

う、『かわいそうなぞう』の 作 者 です。<br />

『 温 泉 場 のたぬき』は 枠 物 語 です。 山 の 村 にある<br />

温 泉 に 来 た 人 たちが、それぞれに、 自 分 で 経 験 し<br />

た 不 思 議 な 話 をきかせます。<br />

「こよいは 仲 秋 の 明 月 が、あたりの 山 はだや、<br />

温 泉 場 のやねがわらを、しろがね 色 にそめて、ひ<br />

ときわ 深 山 の 秋 のさびしさを 見 せております」と、<br />

写 実 を 土 台 に 定 型 化 した 美 しい 文 章 で、 第 一 話 、<br />

「 月 夜 の 温 泉 町 」が 紹 介 され、 続 いて「 手 品 つか<br />

いのはなし」「まゆ 商 人 のはなし」「お 人 形 つくり<br />

のはなし」「おしょうさんのはなし」「 興 業 師 のは<br />

なし」「おすもうさんのはなし」「 深 夜 のできごと」<br />

「ぬす 人 のはなし」「 子 だぬき 山 へかえる」と、9<br />

編 の 不 思 議 話 が 紹 介 されるのです。<br />

温 泉 場 のたぬきは、この 土 地 の 和 尚 さんに10 年<br />

間 世 話 になったお 礼 に、 佐 渡 へ 渡 って 金 掘 り 人 足<br />

のわらじに 付 いたわずかな 金 を 集 め、 和 尚 さんが<br />

人 々に 迷 惑 をかけずに 死 ねるだけの 金 を 送 ったた<br />

ぬきの 息 子 なのです。どの 話 も、ちょっと 不 思 議<br />

なことがおこり、 時 にはユーモラスな 楽 しさを 感<br />

じさせ、 時 にはしみじみと 心 に 染 みる、そして 時<br />

には 強 い 感 動 をよぶ10の 話 に、 北 田 卓 史 がユーモ<br />

ラスで 親 しみのもてるイラストレーションを 添 え<br />

ています。 忘 れられた 佳 編 でしょう。<br />

もう 一 つお 話 しておきたいのは、 作 家 火 野 葦 平<br />

が1949 年 に 出 版 した『 首 を 売 る 店 』( 桐 書 房 )です。<br />

この 時 期 、この 作 家 は 難 しい 立 場 にあったのでは<br />

ないかと 思 います。 戦 争 中 に『 麦 と 兵 隊 』が 人 気<br />

を 博 し、 戦 後 、 戦 犯 作 家 などと 言 われたときいて<br />

います。 表 題 の「 首 を 売 る 店 」は 一 種 のナンセン<br />

ス・ストーリーです。 首 を 売 る 店 があって、そこ<br />

で 皆 が 首 を 売 買 します。おばあさんやおじいさん<br />

は、もっと 別 の 首 が 欲 しくて 自 分 の 首 を 売 る。お<br />

ばあさんが 少 女 の 首 を 買 ってつける。また、 男 に<br />

なりたいおばあさんは、おじいさんの 首 をつける。<br />

そんな 風 にして、 誰 が 誰 だかわからなくなってし<br />

まうという、 大 変 愉 快 なナンセンスな 話 です。シェ<br />

イクスピアの『 真 夏 の 夜 の 夢 』は、 恋 人 が 入 れ 代<br />

わってしまう 喜 劇 ですが、こういう 変 身 ものは 昔<br />

からあって、しばしば、 笑 いの 中 に 風 刺 がこめら<br />

れています。けれど、「 遊 びに 出 かけた 時 計 屋 の 話 」<br />

は、 長 針 と 短 針 が、 真 夜 中 に 誘 われて 結 婚 式 に 出<br />

かけると、それは 森 の 精 と 沼 の 精 の 結 婚 式 だった<br />

といういかにも 童 話 的 な 話 です。2 人 の 針 が 出 か<br />

けて 行 った 結 婚 式 は、ふくろうや 狼 の 陰 謀 でめ<br />

ちゃめちゃになって、2 人 はほうほうのていで 逃<br />

げてきて、そしてやれやれと 時 計 に 戻 ります。そ<br />

の 間 、もちろん 時 計 は 止 まってしまっていたので、<br />

その 怠 けていた 時 間 に 追 いつくために、いつまで<br />

もいつまでもその 時 計 はチンチンいっていました<br />

という 終 わりは、なかなかしゃれていて 楽 しめま<br />

す。そんな 奇 妙 な 話 がこの 童 話 集 に 載 っているの<br />

です。 今 の 子 どもたちに 読 んでもらいたいですね。<br />

同 種 の 童 話 は、 平 塚 武 二 作 の「ウィザード 博 士 」<br />

や「 太 陽 の 国 のアリキタリ」などでしょう。 二 つ<br />

ともやはり、1948 年 の 作 品 です。「ウィザード 博 士 」<br />

はこんな 話 です。 世 界 的 に 有 名 なウィザードとい<br />

う 博 士 が、 皇 帝 陛 下 の 宮 廷 を 訪 ねて、 皇 帝 陛 下 に<br />

魔 法 を 見 せるようたのまれると、 宮 廷 中 が 真 っ 赤<br />

に 染 まり、 皇 帝 陛 下 は 何 を 見 てもみんな 真 っ 赤 に<br />

見 えてしまう 話 です。あの 頃 は 天 皇 制 が 大 きな 政<br />

治 問 題 になっていました。この 作 品 には、 天 皇 制<br />

に 対 する 風 刺 がこめられていたと 思 います。<br />

16


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

幼 年 文 学 「かえる」<br />

もう 一 つ、ぜひお 話 しておきたいのは 横 山 トミ<br />

作 の「かえる」という 小 品 です。これは、 児 童 文<br />

学 者 協 会 編 の『 日 本 児 童 文 学 選 』(1948)に 掲 載<br />

されました。このアンソロジーは、この 時 期 に 日<br />

本 児 童 文 学 者 協 会 に 属 していた 作 者 たちが 書 いた<br />

童 話 を 集 めたものです。<br />

「かえる」は、<br />

すずしい みち です。あめあがりの みち<br />

です。あめは やんだばかり です。ぢめんは<br />

まだ ぬれて いました。あおい かえるが<br />

きました。どろんこのみちを ぴょんぴょん<br />

とんできました。<br />

と 軽 快 な 語 り 口 ではじまります。 風 にふかれた 柳<br />

の 枝 が、<br />

ぶらんこ ぶらんこ、ぶーらんこ<br />

やなぎの えだの ぶーらんこ<br />

のりたいものは のりなさい。<br />

さあさあ だれでも のりなさい。<br />

と 勧 めてくれるので 蛙 がとびつくと、 枝 はすいと<br />

逃 げてしまう。 蛙 がふくれて「いじわる」という<br />

と、 柳 の 枝 は、 泥 んこの 手 をあらってからとびつ<br />

いてくれと 返 事 します。 全 く 無 駄 のないリズミカ<br />

ルな 文 体 で、ユーモラスな 心 やさしい 世 界 が 作 ら<br />

れています。 絵 はまったくないのですが、 絵 画 的<br />

です。この 作 品 は 翌 24 年 に『 一 年 生 おはなしの 本 』<br />

( 濱 田 廣 介 、 豊 島 與 志 雄 共 編 同 光 社 )にも 収 録<br />

されています。<br />

「かえる」には「やなぎの ぶらんこ」という 続<br />

きがあってこれは 横 山 トミ 作 品 集 である『かもめ<br />

のともだち』( 坪 田 譲 治 監 修 「ひらがなぶんこ10」<br />

1954 泰 光 堂 )に 収 められています。 蛙 のおばさ<br />

ん2 匹 が、 柳 にとびつこうとして 失 敗 し、 枝 が 短<br />

かすぎる、 昔 はもっと 長 かったといって 帰 ってい<br />

くという、ちょっと 皮 肉 のきいたお 話 でした。<br />

この 章 で 取 り 上 げた 作 家 と 作 品 についてです<br />

が、 作 家 は 忘 れられたわけではありませんが、 彼<br />

らの 作 品 が 市 場 から 消 えてしまったことは、ほん<br />

とうに 残 念 なことでした。 主 な 原 因 は、 戦 後 直 後<br />

の 出 版 ブームが 急 速 に 冷 えて 出 版 不 況 に 陥 り、 多<br />

くの 出 版 社 がなくなるとともに、 彼 らが 世 に 送 り<br />

出 した 意 欲 的 な 本 も 消 えてしまったことにあるで<br />

しょう。そのため、 戦 争 が 終 わった 直 後 に 生 き 生<br />

きと 発 揮 されたユーモア、ナンセンス、 物 語 性 、<br />

ジャンルの 多 様 性 などがふさわしくひきつがれ<br />

ず、それらを 再 構 築 するのに 多 くの 時 間 と 労 力 を<br />

費 やすことになってしまいました。<br />

3 章 長 編 と 物 語<br />

1. 農 山 村 の 子 どもたちの 小 説 と 童 話<br />

私 が 翻 訳 や 評 論 をはじめた1950 年 代 の 前 半 、 児<br />

童 文 学 の 世 界 では 長 編 小 説 がほしいという 声 が 高<br />

くなっていました。しかし、 当 時 求 められていた<br />

長 編 小 説 とは 異 質 ですが、 長 編 の 物 語 、 長 編 の 童<br />

話 、そして 長 編 小 説 は、 戦 後 すぐにたくさん 出 版<br />

されていたのです。これは 覚 えておく 必 要 がある<br />

と 思 います。<br />

地 域 性<br />

この 時 期 の 長 編 の 特 徴 の 一 つは「 地 域 性 」とで<br />

も 呼 ぶべき 性 質 です。 望 月 芳 郎 は、 戦 争 が 終 わっ<br />

た 年 に 亡 くなった 童 話 作 家 ですが、 戦 時 中 の1942<br />

年 に『 白 い 河 原 の 子 供 たち』という、 水 害 の 被 害<br />

を 受 けた 村 の 建 て 直 しに 子 どもたちが 協 力 する 筋<br />

の 作 品 を 出 しています。わざわざ 戦 時 中 の 作 品 を<br />

持 ち 出 したのは、 同 じような 作 品 が1945 年 以 後 も<br />

数 多 く 出 ているからで、 連 続 性 を 伝 えたいからで<br />

す。<br />

『 空 の 雲 か 峯 の 桜 か』( 東 京 一 陽 社 1948)は 二<br />

反 長 半 の 作 品 です。 戦 争 が 終 わった 年 、 村 に 空 き<br />

地 があります。その 空 き 地 を、 村 おこしの 遊 園 地<br />

に 使 おうか、それとも 何 にしようか、と 村 を 挙 げ<br />

て 考 えます。 子 どもたちも 遊 園 地 がいいのではな<br />

どと 提 案 します。そこへ 国 立 病 院 の 候 補 地 になっ<br />

たという 話 が 流 れてきて、 子 どもも 大 人 もこぞっ<br />

て 国 立 病 院 を 招 致 するために 運 動 をしていくので<br />

す。<br />

子 どもには、 地 方 政 治 にしても、 国 政 にしても、<br />

原 則 的 に、 影 響 を 及 ぼす 力 はいっさいありません。<br />

17


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

何 かを 変 えていくという 力 はいっさいないのが 現<br />

実 です。しかし、こういう 話 の 中 では、 子 どもた<br />

ちがいろいろな 良 い 提 案 をして、 大 変 ものわかり<br />

の 良 い 町 長 さんや、 村 長 さんや、 町 会 議 員 や、 村<br />

会 議 員 がそれに 協 力 し、 自 分 たちの 理 想 の 遊 園 地<br />

を 作 るような 話 がよくあります。そういうことは<br />

現 実 にはほとんどありえない 話 だと 思 いますけれ<br />

ども、 一 つの 理 想 であり、 夢 であって、 嘘 だと 片<br />

付 けてしまうことはできません。そうあってほし<br />

いのですから。そういった 話 も 人 物 や 細 部 にリア<br />

リティがあれば、 読 みごたえあるものになるにち<br />

がいありません。ここに 紹 介 した 作 品 がそうした<br />

域 に 達 しているとは 言 えませんが、このタイプの<br />

長 編 小 説 も、 子 どもの 文 学 の 一 つの 形 として 大 切<br />

にしなくてはなりません。<br />

日 常 生 活 物 語<br />

1948 年 に 泉 本 三 樹 という 作 家 が『 峠 の 子 供 たち』<br />

という 小 説 を 書 いています。これも 農 村 が 舞 台 の<br />

子 どもの 生 活 物 語 です。まず、いつもにこにこし<br />

ていて、かけっこが 早 く、 釣 りの 名 人 である 善 三<br />

が 紹 介 されます。 善 悪 の 善 が 三 つ。 名 詮 自 性 、 名<br />

前 どおりの 少 年 です。まじめないい 子 で、 下 級 生<br />

を 大 事 にしたり、 同 級 生 と 仲 良 くしたり、 分 校 か<br />

ら 本 校 へ 通 っています。それが、 通 学 に3 時 間 く<br />

らいかかるので、 朝 早 く 起 きなければ 学 校 に 間 に<br />

合 いません。 本 校 へは4 年 生 になってからですが、<br />

妹 が 本 校 へ 行 くようになってから、 何 か 非 常 に 悲<br />

しげな、 寂 しげなつらそうな 顔 をするので 原 因 を<br />

さぐると、 本 校 の 連 中 に、 服 装 や 言 葉 やお 弁 当 な<br />

どを 馬 鹿 にされていたことがわかり、 善 三 は 妹 の<br />

ために 喧 嘩 をして、 学 校 へも 行 かなくなり、 急 に<br />

悪 い 子 になります。その 原 因 を 先 生 や 周 りの 人 た<br />

ちが 知 って、それからいじめた 子 どもたちも 後 悔<br />

して 仲 良 くなるのです。 山 村 を 舞 台 にした 子 ども<br />

たちの 日 常 を 書 いた 話 で、いじめとか 仲 違 いとか、<br />

事 件 のパターンは 決 まっていますが、 丁 寧 に 書 い<br />

てあるので 読 んでいて 納 得 できます。<br />

『ぼくのうらない』は、 磯 部 忠 雄 が1949 年 に 発<br />

表 したリアルな 短 編 小 説 です。「 私 の 夢 」では、<br />

女 の 子 が「 自 分 の 家 は、 闇 市 で 金 製 品 みたいなも<br />

のを 売 ってお 金 を 儲 けているけれども、そういっ<br />

たことをやめさせて、きちんとした 暮 らしをさせ<br />

てあげようと 思 います」というようなことを 作 文<br />

に 書 いたりしています。 時 代 はたしかにリアルに<br />

表 現 されているのですが、どこか 説 教 臭 があって<br />

あまり 面 白 くありません。<br />

思 想 や 政 治 といったものに 一 切 触 れないで、 少<br />

年 少 女 たちのさまざまな 生 活 を 書 いている 話 に<br />

は、こういった 話 が 多 く 見 られます。 既 成 社 会 の<br />

慣 習 、 道 徳 、 規 則 を 疑 問 なくうけいれて 生 活 する<br />

生 き 方 が 土 台 にあるので 新 鮮 味 がなく、 読 者 の 気<br />

持 ちも 弾 まないのでしょう。<br />

2. 少 年 たちの 冒 険 物 語<br />

子 どもに 向 けた 長 編 小 説 といえば、 当 然 冒 険 小<br />

説 ですが、この 分 野 では、20 世 紀 後 半 に 研 究 、 創<br />

作 に 活 躍 した 福 田 清 人 が1947 年 に『 岬 の 少 年 たち』<br />

を、 農 民 文 学 の 作 家 として 出 発 した 打 木 村 治 が<br />

1953 年 に『 生 きている 山 脈 』を 発 表 しています。<br />

『 岬 の 少 年 たち』の 奥 付 を 見 ると、 出 版 社 が「 大<br />

日 本 雄 辯 会 講 談 社 」と 書 いてあります。そして、<br />

イラストレーションは 内 田 巌 という 当 時 有 名 な 画<br />

家 でした。『おおきなかぶ』という 絵 本 の 文 を 書<br />

いた 内 田 莉 莎 子 の 父 親 です。「 大 日 本 雄 辯 会 講 談<br />

社 」と 内 田 巌 。 戦 後 そのものの 感 じがします。『 岬<br />

の 少 年 たち』はこんな 話 です。<br />

岬 の 村 の 少 年 ビンは、 釣 りの 帰 り 道 で、 鍋 を 火<br />

にかけて 料 理 をしている 老 人 に 会 い、 魚 を 分 けて<br />

あげます。 老 人 は、お 礼 に 赤 い 玉 と 青 い 玉 をビン<br />

に 渡 し、 赤 い 玉 は 勇 気 の 湧 く 玉 、 青 い 玉 はやさし<br />

さの 玉 だと 教 えてくれます。<br />

さて、ビンの 村 の 網 元 の 息 子 サブロは 毎 朝 遅 刻<br />

して 一 緒 に 登 校 する 村 の 仲 間 に 迷 惑 をかけている<br />

わがままな 少 年 。 赤 い 玉 をもらったビンは、サブ<br />

ロの 父 親 に 遅 刻 の 迷 惑 を 伝 えます。 小 さなトラブ<br />

ルのあげく、 偶 然 ビンの 青 い 玉 を 手 にしたサブロ<br />

の 父 親 は 突 然 おもいやり 深 い 人 となります。そし<br />

て、 仲 良 しになったビンとサブロは 昔 の 炭 鉱 跡 が<br />

海 賊 の 倉 庫 になっていることを 知 り、 潜 水 上 手 な<br />

友 人 と 協 力 して、 海 賊 を 捕 まえます。<br />

これはふつうの 少 年 小 説 ですが、 青 い 玉 、 赤 い<br />

玉 というスーパーナチュラルなものが 出 てくるの<br />

で、リアルな 小 説 というより 物 語 です。 独 創 的 な<br />

18


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

物 語 ではありませんが、「 河 童 の 巣 」(1932)とい<br />

う 初 期 の 短 編 以 来 のこの 作 家 独 特 の、 簡 潔 で 柔 軟<br />

な 文 体 で 興 味 深 く 読 むことができます。 福 田 清 人<br />

は、その 後 歴 史 小 説 『 長 崎 キリシタン 物 語 』を 書<br />

き、『 春 の 目 玉 』、『 秋 の 目 玉 』、『 暁 の 目 玉 』とい<br />

う 大 変 優 れた 自 伝 的 な 少 年 小 説 を 書 きました。<br />

同 時 期 に、やはり 魔 法 的 要 素 を 含 む 物 語 で 好 評<br />

を 博 したのは、 打 木 村 治 の『 生 きている 山 脈 』で<br />

した。この 時 期 の 異 色 作 であったように 思 います。<br />

彼 は 埼 玉 県 の 生 まれで、 後 に 今 の 東 松 山 市 あたり<br />

を 舞 台 にして、 大 変 長 い 連 作 小 説 を 手 がけて、 賞<br />

をもらっています。<br />

『 生 きている 山 脈 』は、 時 代 をよく 表 しています。<br />

清 泉 三 郎 と 犬 地 平 馬 という2 人 の 農 芸 化 学 者 、 今<br />

で 言 うバイオテクノロジーの 専 門 家 2 人 が 姿 を 消<br />

してしまうのです。その2 人 の 農 芸 化 学 者 を 尋 ね<br />

て、 進 太 郎 という 少 年 と、いとこのハルナという<br />

少 女 が、 秩 父 山 脈 の 中 に 分 け 入 って2 人 を 探 して<br />

歩 く 一 種 の 冒 険 小 説 です。2 人 が 姿 を 消 したのは、<br />

実 験 上 の 秘 密 が 関 係 していて、 非 常 にたくさんの<br />

ものがドラマチックに 収 穫 できる 農 作 物 の 研 究 の<br />

発 明 を 盗 まれないようにひそかに 研 究 していたた<br />

めであることがわかるという 話 なのです。この 作<br />

品 は、 政 治 性 の 強 い 作 品 が 非 常 に 多 かった 時 期 に、<br />

テーマが 明 確 な 上 に 高 い 物 語 性 のある 作 品 だと 評<br />

判 になりました。 食 糧 難 の 時 代 にたくさんの 収 穫<br />

物 ができる 農 作 物 を 発 明 するのは、 一 種 の 農 芸 化<br />

学 者 の 夢 であり、そういうものが 出 来 たらいいと<br />

思 ったのは、 全 国 民 的 な 願 いでもあったと 思 いま<br />

す。そういった 時 代 がよく 表 現 されていますが、<br />

面 白 さという 点 はどうでしょう。<br />

本 来 、 打 木 村 治 という 作 家 は、トピカルなテー<br />

マで 冒 険 小 説 を 書 くよりは、 庶 民 の 生 活 を 入 念 に<br />

描 いたリアリスティックな 作 風 の 持 ち 主 で、 小 学<br />

校 1 年 生 から6 年 生 までの 自 分 をモデルにした<br />

『 天 の 園 』や、その 続 編 『 大 地 の 園 』で 賞 を 受 け<br />

てます。<br />

『 大 地 の 園 』は、 旧 制 の 中 学 生 時 代 を 書 いた 話 で、<br />

時 代 はちょうど 日 本 が 戦 争 にのめりこんでいく 時<br />

代 です。 第 一 次 世 界 大 戦 では 中 国 にあったドイツ<br />

の 植 民 地 を 攻 撃 したのが、 日 本 の 第 一 次 世 界 大 戦<br />

の 参 戦 です。その 時 の 新 聞 を、 主 人 公 は、 中 学 生<br />

ですからもちろん 読 みます。ああ 大 変 なことが 起<br />

こっているのだなあ、という 感 想 はあるのだけれ<br />

ども、 物 語 の 中 にそういったことが 起 こって 生 活<br />

がどう 変 わっていくかということを、 具 体 的 には<br />

書 かないのです。<br />

福 田 清 人 は 物 語 性 に 傾 き、 打 木 村 治 は 写 実 に 傾<br />

きがちでしたが、 共 通 しているのは、1 子 どもを<br />

政 治 的 社 会 から 切 り 離 している。2 生 活 、 人 生 の<br />

向 上 を 確 信 して、ハッピーエンドである。3 暮 ら<br />

しの 中 の 出 来 事 、 自 然 の 驚 異 や 不 思 議 、 犯 罪 との<br />

戦 い、 冒 険 などから 興 味 ある 物 語 をつくる。4く<br />

わしい 描 写 を 避 けて 話 の 筋 の 流 れを 重 視 する。5<br />

テーマや 人 物 がわかりやすい、といった 特 徴 を 持<br />

つところでしょう。そのため、 一 方 では、テーマ<br />

が 平 凡 で、 筋 も 人 物 も 類 型 的 になりやすいことも<br />

確 かで、 長 編 小 説 を 強 く 待 望 していた 人 たちの「 長<br />

編 小 説 」とはちがった 作 品 群 でした。こうした 作<br />

品 の 系 列 の 作 家 たちは、 子 どもの 文 学 とは、 流 動<br />

する 政 治 や 政 治 情 勢 に 動 かされることなく、 人 間<br />

が 持 つべき 基 本 的 な 人 生 観 、 価 値 観 、 道 徳 、 美 意<br />

識 などを、 時 代 の 変 化 によって 変 わらない 基 本 的<br />

意 識 を 伝 達 することをモチーフとした 文 学 だと 考<br />

えていたように 思 います。<br />

そうした 児 童 文 学 観 とはちがう 考 えを 持 つ 人 た<br />

ちは、 別 の 長 編 小 説 を 模 索 していました。 彼 らは、<br />

子 どもも 否 応 なく 影 響 を 受 ける 政 治 ・ 経 済 情 勢 に<br />

かかわりながら 子 どもに 向 けた 長 編 小 説 が 創 作 で<br />

きないか、その 可 能 性 を 模 索 していました。<br />

4 章 ユーモア 小 説 の 開 花<br />

由 利 聖 子<br />

ユーモア 小 説 は 日 本 では、 全 体 的 に、 傍 流 に 置<br />

かれ、 子 どもの 本 の 中 でも、 比 較 的 軽 く 見 られて<br />

きましたし、 今 もその 見 方 にあまり 変 化 はないよ<br />

うに 思 えます。<br />

ジョーン・エイキンというイギリスの 作 家 がい<br />

ます。エイキンは 子 どもの 文 学 を 書 く、つまり 児<br />

童 文 学 作 家 になるための 一 番 大 事 な 条 件 の 一 つは<br />

ユーモアの 感 覚 だと 言 います。ユーモアの 感 覚 の<br />

ない 人 は 子 どもに 向 けた 作 品 を 書 いてはいけない<br />

と 彼 女 は 言 うのです。ユーモアはただ 人 を 笑 わせ<br />

ることではなくて、 心 のあり 方 の 問 題 です。 思 い<br />

19


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

やりの 心 、つまり、 人 の 頭 を 殴 ったら 痛 いだろう<br />

と 思 える、その 痛 みが 感 じられる、 人 の 悲 しみを<br />

悲 しみとして 同 情 できる、そういう 感 覚 からはじ<br />

まっていると 思 います。<br />

私 は、ユーモア 小 説 をとても 大 事 だと 思 ってい<br />

ます。ユーモア 小 説 は、 一 分 野 として 現 在 も 続 い<br />

ていますが、 戦 後 直 後 にたくさん 出 ました。 当 時<br />

の 作 品 を、 一 度 読 んでみる 必 要 があると 思 います。<br />

作 家 の 遠 藤 寛 子 には、 日 本 の 数 学 者 たちのこと<br />

を 書 いた 非 常 に 優 れた 作 品 がいくつかあります<br />

が、この 作 家 が『 児 童 文 学 事 典 』( 東 京 書 籍<br />

1988)の 由 利 聖 子 の 項 を 書 いています。 彼 女 は 戦<br />

前 の 作 家 である 由 利 聖 子 の『チビ 君 物 語 』 他 を 紹<br />

介 し、 由 利 聖 子 の「 短 編 がユーモア 調 の 強 いのに<br />

対 し、 長 編 は 微 笑 の 中 に 感 傷 の 涙 を 誘 う 特 異 な 作<br />

風 で、この 点 サトウハチローとも 佐 々 木 邦 とも 一<br />

線 を 画 する」、「 出 版 界 の 戦 時 体 制 強 化 につれ、 作<br />

品 からユーモア 色 は 後 退 し、 成 長 小 説 的 傾 向 を 増<br />

した」と 書 いています。 戦 前 にも 由 利 聖 子 、サト<br />

ウハチロー、 佐 々 木 邦 といったユーモア 作 家 がい<br />

たということです。 戦 後 になって、 多 くの 作 家 が<br />

登 場 しました。 由 利 聖 子 の 作 品 は 戦 争 中 に 書 いた<br />

ものもほとんど 戦 時 色 がなく、 戦 争 が 終 わると 同<br />

時 に 新 しい 版 が 次 々に 出 版 されました。とても 上<br />

手 な 人 です。『チビ 君 物 語 』は 戦 前 の 作 品 ですが、<br />

今 読 んでもとても 感 心 します。 優 れた 作 家 でした。<br />

新 しい 作 家 たち<br />

ユーモア 小 説 を 戦 後 書 いた 人 をレジュメにいく<br />

つか 挙 げてあります。1950 年 の『ミス 委 員 長 』の<br />

伊 馬 春 部 、1953 年 の『ドクトル 先 生 物 語 』の 北 町<br />

一 郎 、1954 年 の『おさげ 社 長 』の 宮 崎 博 史 、『ゆ<br />

かいなクルクル 先 生 』の 猪 野 省 三 、1955 年 の『な<br />

でしこ 横 丁 』の 紅 ユリ 子 、1956 年 の『 青 空 チーム』<br />

の 五 十 公 野 清 一 。 図 書 館 にあったらお 読 みくださ<br />

い。 面 白 いですから、 気 軽 に 読 めますが、とても<br />

大 事 なことをいろいろ 教 えられます。<br />

まず 気 づくことは、この 時 期 のユーモア 小 説 作<br />

家 たちのほとんどが、 円 熟 した 年 齢 の 人 たちだと<br />

いうことです。 伊 馬 春 部 の 名 は、 年 配 の 人 たちは<br />

よく 知 っていると 思 います。NHK で「 向 こう 三<br />

軒 両 隣 り」という 長 いラジオドラマを 書 いた 人 で<br />

す。 当 時 、 有 名 な 人 でした。 宮 崎 博 史 は、 三 越 で<br />

したか、 宣 伝 部 長 まで 勤 めた 人 だと 思 います。こ<br />

ういう 人 たちは、 物 事 を 客 観 的 に 見 ていろいろな<br />

ものを 判 断 できる 分 別 を 備 えていると 思 います。<br />

そういう 人 たちがユーモア 小 説 を 書 いたのです。<br />

『ミス 委 員 長 』―ユーモア 小 説 の 先 見 性<br />

この 作 品 は、ちょっと 年 配 の 方 には 懐 かしさの<br />

ある 作 品 ではないでしょうか。ちょうど 映 画 がカ<br />

ラーに 変 わる 時 期 のことで、オールカラーとか、<br />

総 天 然 色 といった 言 葉 がとても 新 鮮 なひびきを<br />

持 っていた 時 期 にあたります。ある 高 名 な 作 家 が、<br />

ある 会 合 で、プロ 野 球 と 言 わずに、 職 業 野 球 と 言 っ<br />

ているのを 聞 いて、ひどく 懐 かしい 感 じがして、<br />

なんとなくうれしくなったことがあります。<br />

『ミス 委 員 長 』は、お 父 さんのサラリーマンが、<br />

部 下 の 罠 にかかって 減 給 されるところからはじま<br />

ります。それを 知 った 高 校 生 のヒロイン 明 子 は 高<br />

校 を 中 退 して、デパートに 勤 めます。 大 学 生 の 兄<br />

も、 山 勝 商 事 という 会 社 でアルバイトを 始 めます。<br />

ヒロイン 明 子 は 才 気 煥 発 な 娘 で、 傾 きかけたデ<br />

パートが 社 員 の 知 恵 をかりるために 募 集 した 企 画<br />

コンテストに 優 勝 し、 彼 女 の 企 画 が 採 用 され、し<br />

かも、それがあたって、デパートは 右 肩 上 がりに<br />

成 長 していきます。 明 子 はヒロインになります。<br />

明 朗 で 実 力 ある 彼 女 は、 雑 誌 にプロフィールが<br />

載 ったり、 映 画 に 誘 われたりするまでになります。<br />

若 い 娘 のサクセスストーリーです。 快 く 読 んで<br />

楽 しむことができます。いい 加 減 な 作 り 話 と 考 え<br />

る 読 者 も 多 いでしょう。しかし、ちょっと 考 えて<br />

みてください。 今 では 当 たり 前 のことですが、 戦<br />

後 直 後 に 職 業 に 就 いてサクセスしていく 女 の 人 な<br />

ど、そんなにいなかったではないですか。 予 言 性<br />

に 富 んだ 話 です。 女 性 の 地 位 を 向 上 させ、 女 性 の<br />

生 き 方 を 広 げていく、やがてやってくるであろう<br />

男 女 平 等 社 会 をちゃんと 予 言 しています。 少 女 小<br />

説 を 研 究 なさっている 方 々は、 少 女 小 説 の 中 にそ<br />

ういった 先 見 性 が、 実 にたくさんあることを 指 摘<br />

しています。 昭 和 25 年 当 時 、こういう 話 は、 女 性<br />

にとって 非 常 に 力 強 い 励 ましだったにちがいあり<br />

ません。<br />

20


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

宮 崎 博 史 の『おさげ 社 長 』<br />

この 作 品 は、1954( 昭 和 29) 年 に 偕 成 社 が 出 し<br />

ています。ヒロインのおじいさんの 家 が 地 方 で 味<br />

噌 の 醸 造 をしています。 味 噌 の 醸 造 家 で、 素 封 家<br />

でもあります。ところが 後 継 ぎがいないのです。<br />

すると、 東 京 からやってきたおさげの 小 学 生 の 孫<br />

が「 私 が 継 ぐ」と 言 って 社 長 になって、いろいろ<br />

な 工 夫 をして 働 くという 話 なのです。これも 突 飛<br />

なアイディアで 面 白 く 読 めるだけの 話 と 言 ってし<br />

まえば、 確 かにそうかもしれません。しかし、『お<br />

さげ 社 長 』のような 話 の 基 礎 を 形 成 するモラルや<br />

生 活 感 覚 を 考 えて 見 ましょう。 地 方 の 味 噌 醸 造 家<br />

であるヒロインの 祖 父 母 の 人 柄 や 雰 囲 気 には、 近 ・<br />

現 代 日 本 の 中 産 階 級 が 築 き 上 げてきた 普 遍 的 な 生<br />

活 パターンが 見 て 取 れます。それは 西 ヨーロッパ<br />

的 な 人 権 主 義 的 な 考 え 方 とあまりずれては 感 じら<br />

れません。<br />

比 較 として、すぐに 思 い 当 るのは、『ノンちゃ<br />

ん 雲 に 乗 る』です。あのお 父 さんのモラルは、 大<br />

正 期 の 自 由 主 義 的 な、そして 民 主 主 義 的 な 雰 囲 気<br />

の 中 で 育 った 都 会 人 たちが 持 っていた 人 間 観 であ<br />

り、 家 庭 観 だと 思 います。それが 戦 後 の 混 乱 期 に<br />

理 想 の 家 庭 を 真 剣 に 考 えていた 人 たちにヒットし<br />

て、たくさん 読 まれたのだと 思 います。あの 作 品<br />

に 見 られるのはよき 家 庭 、よき 子 ども、よき 親 父 、<br />

よき 母 親 です。そして、それは、『ノンちゃん 雲<br />

に 乗 る』にだけではなく、 戦 後 に 現 れたユーモア<br />

小 説 のほとんどの 土 台 にあるものです。 日 本 の 民<br />

衆 社 会 が 長 い 間 形 成 してきた 人 間 観 や 日 常 生 活 の<br />

モラルなどを 含 んだ 基 本 的 な 生 き 方 が 見 られま<br />

す。<br />

ユーモアは、 子 どもの 文 学 の 基 本 的 要 素 である<br />

ことをしっかりと 教 えてくれるのは、 猪 野 省 三 が<br />

この 時 期 発 表 したユーモア 小 説 です。この 作 家 は、<br />

生 え 抜 きのプロレタリア 文 学 作 家 で、 政 治 的 に 偏<br />

向 した 作 品 もありますが、 先 見 性 の 豊 かな 作 家 で<br />

はなかったでしょうか。 戦 後 一 貫 してユーモアと<br />

物 語 性 を 作 品 で 主 張 し 続 けました。<br />

彼 は、1954 年 に 泰 光 堂 から『ゆかいなクルクル<br />

くる くるよし<br />

お<br />

先 生 』を 上 梓 しています。 来 眩 良 男 という「いま、<br />

東 京 にいて、 社 会 科 の 大 先 生 になっている」 主 人<br />

公 の 戦 地 生 活 と 復 員 後 の 教 師 生 活 をユーモラスに<br />

物 語 にしながら、 戦 後 の 生 き 方 のヒントを 伝 えよ<br />

うとしていました。 作 者 の 背 後 にあるイデオロ<br />

ギーが 素 顔 を 見 せることなく、なかなかに 読 める<br />

作 品 になっているのは、 彼 が「 生 き 生 きとした 力<br />

にみちた、ほんとうのユーモア」(はしがき)を<br />

心 がけたからでしょう。ユーモアは、 本 質 を 失 う<br />

ことなく、 先 鋭 なものを 柔 軟 に、 難 解 なものをや<br />

さしくして、 伝 達 の 範 囲 を 広 げてくれる 特 徴 を<br />

もっているのです。<br />

5 章 新 しい 時 代 に 向 かって<br />

大 正 期 から 昭 和 戦 前 期 にかけて、 日 本 の 子 ども<br />

の 文 学 の 主 流 を 形 成 したのは「 童 話 」と 一 般 に 考<br />

えられていますが、 戦 後 直 後 、「 童 話 」の 流 れも<br />

新 しく 変 わろうと 苦 闘 していました。<br />

『 赤 いコップ』( 児 童 文 学 者 協 会 編 紀 元 社<br />

1948 三 芳 梯 吉 絵 鈴 木 信 太 郎 装 丁 )がそれを<br />

はっきりと 示 してくれます。 編 集 委 員 である 木 内<br />

高 音 と 関 英 雄 と 塚 原 健 二 郎 は、この 作 品 集 刊 行 の<br />

主 意 を、「 少 年 小 説 」の 領 域 をはっきりさせること、<br />

少 年 小 説 と 童 話 の 相 違 をあきらかにすることだと<br />

述 べていました。そして、もう 一 つ 重 要 なのは「 童<br />

話 文 学 は、うしろにかならず 童 心 とファンタシイ<br />

の 世 界 をひかえている。 少 年 小 説 のほうは、 少 年<br />

のファンタシイを 描 いているものでも、 現 実 の 人<br />

生 記 録 として、 実 際 の 少 年 生 活 と 少 年 心 理 を 細 叙<br />

する 性 質 をもっている」という 部 分 でしょう。こ<br />

こで 使 われたファンタシイという 言 葉 は「 空 想 」<br />

「 幻 想 」という 意 味 で 使 われていて、ジャンルと<br />

してのファンタジーの 意 味 は 持 たないとしても、<br />

戦 後 、 子 どもの 文 学 世 界 でファンタジーという 言<br />

葉 が 登 場 したのは、このあたりがはじめてと 思 い<br />

ます。<br />

収 録 されている 作 品 は、 目 次 の 順 に 並 べると、<br />

次 のようになります。「 兄 とおとうと」( 奈 街 三 郎 )、<br />

「ラクダイ 横 丁 」( 岡 本 良 雄 )、「 冬 をしのぐ 花 」( 北<br />

川 千 代 )、「ぬすまれた 自 転 車 」( 猪 野 省 三 )、「 多<br />

賀 さんと 石 田 アヤ 先 生 」( 片 山 昌 造 )、「 寒 雀 」( 木<br />

内 高 音 )、「やなぎの 糸 」( 壺 井 栄 )、「 明 日 の 夕 焼 け」<br />

( 秩 父 芳 朗 )、「 風 船 は 空 に」( 塚 原 健 二 郎 )、「 赤 い<br />

コップ」( 打 木 村 治 )です。<br />

選 ばれた10 編 はすべてリアリスティックな 短 編<br />

21


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

の 小 説 。 現 在 まで、いわば、 生 き 残 っているのは<br />

厳 密 に 言 えば「ラクダイ 横 丁 」だけでしょうか。<br />

児 童 文 学 者 協 会 は、 同 じ 年 に 戦 後 の 初 めの2 年<br />

間 に 会 員 が 執 筆 し、「 日 本 における 児 童 文 学 が、<br />

終 戦 後 打 立 てた 記 念 塔 ともいえましょう」と「 刊<br />

行 の 辞 」で 述 べている『 日 本 児 童 文 学 選 』を『 赤<br />

いコップ』と 同 じ 年 に 刊 行 しました。これには、「か<br />

がみ 犬 」( 藤 森 成 吉 )、「サバクの 虹 」( 坪 田 譲 治 )、<br />

「 鬼 」( 槙 本 楠 郎 )、「 村 のタコ」( 小 出 正 吾 )、「 牛<br />

ぬすっと」( 宮 原 無 花 樹 )、「はれぎを 着 たチオ」( 片<br />

山 昌 造 )、「 中 国 への 花 」( 阿 貴 良 一 )、「 朝 風 のは<br />

なし」( 庄 野 英 二 )、「アイス 屋 さんの 親 子 」( 武 田<br />

亜 公 )、「かえる」( 横 山 トミ)、「ウィザード 博 士 」<br />

( 平 塚 武 二 )、「へい」( 竹 入 清 )のほか、なかのし<br />

げはる「きかん 車 」( 童 謡 )、 近 藤 東 「 花 ハ ドコ<br />

ヘ」( 童 謡 )、 小 林 純 一 「 花 は どこにも さいて<br />

いる」( 童 謡 )、 清 水 たみ 子 「おままごとの うた」<br />

( 童 謡 )、 百 田 宗 治 「 北 海 道 へ 馬 鈴 薯 作 りに」( 童<br />

謡 )、 水 上 不 二 「 砂 の 像 」( 童 謡 )などの 韻 文 も 掲<br />

載 されています。<br />

『 赤 いコップ』は、 少 年 小 説 の 特 徴 を 明 確 にす<br />

る 意 図 があったので、 小 説 だけがそろっていまし<br />

たが、『 日 本 児 童 文 学 選 』は 子 どもの 文 学 のジャ<br />

ンルをできるだけ 揃 えようとしたので、 童 話 、 小<br />

説 、 童 謡 、 詩 などバラエティに 富 んでいます。そ<br />

して、 中 野 重 治 の 詩 「きかん 車 」、 坪 田 譲 治 の 童<br />

話 「サバクの 虹 」、 平 塚 武 二 の「ウィザード 博 士 」<br />

など 読 み 続 けられている 作 品 があります。また、<br />

祖 母 と 母 親 と 一 緒 に 寺 の 庫 裏 に 住 まわせてもらっ<br />

ている 少 女 チオの、 差 別 されて 遊 び 相 手 一 人 いな<br />

い 荒 涼 とした 内 面 を、 当 時 としては 考 えられない<br />

リアリティのある 迫 力 をもって 描 写 した「はれぎ<br />

を 着 たチオ」のような 先 見 性 ある 作 品 も 見 られま<br />

した。<br />

すこしくどくなりますが、1948 年 にはもう 一 つ、<br />

『 白 い 塔 : 年 刊 童 話 集 』( 青 少 年 文 化 懇 話 会 編 中<br />

尾 彰 等 絵 東 西 社 )が 発 刊 され、「お 化 けものが<br />

たり」( 関 英 雄 )、「あすもおかしいか」( 岡 本 良 雄 )<br />

や「おまわりさんと 少 年 」という 阿 部 知 二 の 作 品<br />

などが 収 録 されていました。<br />

これら 作 品 集 の 作 者 たちは、みな、 戦 前 から 作<br />

品 を 書 いていた 人 たちでした。ですから、この 人<br />

たちが 戦 争 を 経 て、 新 しい 時 代 に、 子 どもに 向 け<br />

て 語 ったことは、 非 常 に 興 味 あるところですが、<br />

乱 暴 に 言 ってしまえば、みな 戸 惑 いつつ、ほとん<br />

ど 手 探 りで 新 しい 方 向 を 模 索 していた 感 じです。<br />

時 の 動 きに 関 係 なく、 日 常 生 活 の 中 で 起 こる 出 来<br />

事 を 素 材 として 創 作 している 人 や、 戦 後 という 時<br />

間 での 出 来 事 を 強 調 して 生 活 を 描 く 人 や、 戦 争 と<br />

自 分 を 表 面 に 押 し 出 している 人 など、 創 作 の 態 度 、<br />

視 点 はさまざまでしたが、それぞれの 従 来 の 作 法<br />

に 変 わりは 見 られませんでした。そして、この 作<br />

家 たちにとって、モチーフとしても、 作 品 の 舞 台<br />

としても、 一 番 確 かなのは 現 実 であり、 事 実 だっ<br />

たと 思 います。ですから、『 赤 い 鳥 』を 主 軸 に 創<br />

作 した 童 話 系 列 の 作 家 たちの 多 くは、 戦 後 リアル<br />

な 童 話 を 発 表 しました。<br />

純 粋 に 戦 後 の 作 家 たちは、 主 として 同 人 誌 から<br />

出 発 しています。 戦 後 すぐに 発 刊 された 子 どもの<br />

ための 雑 誌 は 短 命 でした。『 赤 とんぼ』( 実 業 之 日<br />

本 社 1946 年 4 月 -48 年 10 月 )、『 銀 河 』( 新 潮 社<br />

1946 年 10 月 -49 年 8 月 )、『 子 供 の 広 場 』( 新 世<br />

界 社 1946 年 4 月 -50 年 5 月 )、『 少 年 少 女 』( 中<br />

央 公 論 社 1948 年 2 月 -51 年 12 月 )といったぐあ<br />

いで、1950 年 にはほとんどが 廃 刊 になっていた。<br />

10 年 に 及 ぶ 子 どもの 文 学 の 出 版 不 況 のはじまりで<br />

す。 新 人 たちは 同 人 誌 や 文 学 団 体 の 機 関 誌 などに<br />

作 品 を 発 表 しました。ほんのすこし 実 例 を 挙 げて<br />

おきましょう。<br />

前 川 康 男 の「 原 始 林 あらし」(『 児 童 文 学 研 究 』<br />

1950)と「 川 将 軍 」(『びわの 実 』 1951)、 長 崎<br />

源 之 助 の「 彦 次 」と「 風 琴 」(『 豆 の 木 』 1950)、<br />

大 石 真 の「 風 信 器 」(『 童 苑 』 早 大 童 話 会 二 十 周<br />

年 記 念 号 1953)、いぬいとみこの「ツグミ」(『 麦 』<br />

3 号 1953)など、その 後 多 くの 作 品 を 発 表 して<br />

20 世 紀 後 半 の 日 本 児 童 文 学 の 嶺 を 形 成 した 作 家 た<br />

ちが、こうした 出 発 をしているのです。<br />

この 若 い 作 家 たちの 作 品 も、ほとんどが、 同 時<br />

代 の 子 どもたちと 大 人 たちを 取 り 巻 く 諸 問 題 を<br />

扱 ったリアリスティックなものでした。 戦 後 、 子<br />

どもに 向 かって 作 品 を 書 きはじめた 作 家 たちの 多<br />

くが、「 戦 後 日 本 の 現 実 」を 読 者 に 伝 えることを<br />

主 要 なテーマとして、リアリスティックな 作 品 を<br />

書 き 続 けることになりました。 日 本 における 子 ど<br />

22


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

もの 文 学 のリアリズムのはじまりと 言 えましょ<br />

う。<br />

子 どもの 文 学 観 の 変 化<br />

子 どもの 文 学 のリアリズムのはじまりは、 子 ど<br />

もの 文 学 に 対 する 考 え 方 の 変 化 がもたらしたもの<br />

です。 明 治 以 来 、 書 き 続 けられてきた 子 どもの 文<br />

学 は、 基 本 的 には、 大 人 が、 成 長 する 子 どもに 向<br />

かって、 成 長 に 資 するあらゆることを 伝 えようと<br />

努 めた 成 果 でした。ところが、 戦 後 にこの 分 野 で<br />

執 筆 活 動 をはじめた 人 たちは、 子 ども 世 界 を 作 品<br />

の 舞 台 とすることを 通 じて、 自 分 を 表 現 しようと<br />

していました。 若 い 作 家 たちの 初 期 の 作 品 群 をお<br />

読 みになるとそれがよくわかると 思 います。 彼 ら<br />

は、 子 どもを 教 えることから 開 放 されてのびのび<br />

と 今 の 事 実 ― 社 会 ・ 政 治 ・ 経 済 ・ 家 庭 ・ 生 活 に 関<br />

する 事 実 を 観 察 し、 考 え、そして 表 現 しています。<br />

戦 後 直 後 の 創 作 ― 長 編 小 説 、ユーモア 小 説 その<br />

他 が、ふさわしく 受 け 継 がれなかった 一 つの 原 因<br />

が、 出 版 界 を 襲 った 急 激 な 不 況 にあることは、す<br />

でにお 話 しましたが、もう 一 つは、この 文 学 観 の<br />

変 化 にあります。 子 どもの 文 学 という 形 式 を 通 じ<br />

て 自 己 を 表 現 しようとした 作 家 たちにとって、 在<br />

来 の 作 品 に 見 られる 大 人 と 子 どものいる 社 会 は、<br />

彼 らには 無 縁 だったのです。<br />

複 数 の 流 れ<br />

1959 年 に 佐 藤 さとるが『だれも 知 らない 小 さな<br />

国 』を、いぬいとみこが『 木 かげの 家 の 小 人 たち』<br />

を 発 表 して、ファンタジーを 切 り 開 き、 翌 1960 年<br />

に 山 中 恒 が『 赤 毛 のポチ』を 出 して、 長 い 間 待 た<br />

れていたリアリズムの 長 編 小 説 への 道 が 見 え 始 め<br />

たとするのが、 戦 後 児 童 文 学 史 の 常 識 であると、<br />

私 などは 考 えてきました。しかし、 戦 後 直 後 から<br />

1955 年 ほどまでのさまざまな 分 野 の 作 品 群 を 読<br />

み、そして20 世 紀 が 終 わって 数 年 の 今 、20 世 紀 後<br />

半 をふりかえると、 現 在 私 などが 正 史 と 考 える 戦<br />

後 史 は、 書 き 換 えを 余 儀 なくされるように 思 えま<br />

す。<br />

妥 当 なのは、 複 数 の 流 れとして、20 世 紀 後 半 の<br />

50 年 を 見 ることではないかと 私 は 考 えています。<br />

端 的 に 言 いますと、 私 の 言 う 二 つの 児 童 文 学 観 が<br />

生 んできた 作 品 の 流 れを、2 本 の 主 流 として、ユー<br />

モア 小 説 や 少 女 小 説 などなどを 整 理 してみると、<br />

生 きるべきものが 生 き、 創 作 、 研 究 、 評 論 の 分 野<br />

にも 資 すること 大 きいものがあると 考 えます。<br />

注 ) 引 用 部 分 は、 原 則 として 原 文 のまま。ただし 旧 漢 字<br />

は 新 漢 字 に 直 しました。<br />

(じんぐう てるお 青 山 学 院 大 学 名 誉 教 授 )<br />

23


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

「 子 ども 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960」 紹 介 資 料 リスト<br />

No. 書 名 著 者 名 出 版 事 項 請 求 記 号<br />

1 孤 城 の 王 子<br />

ペドロ・カルデロン 原 作<br />

高 橋 正 武 訳<br />

角 浩 絵<br />

新 少 国 民 社 1948<br />

児 95-T-58<br />

2<br />

傴 僂 王 リチャード<br />

少 年 少 女 世 界 名 作 集<br />

シェークスピア 原 作<br />

佐 藤 緑 葉 著<br />

金 井 文 彦 絵<br />

藤 巻 書 房 1948<br />

児 乙 部 48-S-6<br />

3 五 つの 夢<br />

ブレンターノ 作<br />

百 瀬 勝 登 訳<br />

地 平 社 1948 児 乙 部 48-B<br />

4 雨 姫 さま<br />

シュトルム 著<br />

山 崎 省 吾 訳<br />

春 光 社 1948<br />

児 乙 部 48-S-30<br />

5 アンデルセン 童 話 集 1,2 平 林 広 人 訳 コスモポリタン 社 1948 児 93-A-22<br />

6 ピノッキオの 冒 険<br />

コッローディ 原 作<br />

柏 熊 達 生 訳<br />

中 央 出 版 社 1948 児 乙 部 48-C<br />

7 新 訳 ロビンソン 物 語<br />

デフォー 原 作<br />

青 木 茂 男 訳<br />

崇 文 堂 1926<br />

児 乙 部 26-A-3<br />

8 ロビンソン・クルーソー<br />

デフォー 原 作<br />

鍋 島 能 弘 訳<br />

羽 田 書 店 1950<br />

児 95-D-2<br />

9 ソロモン 王 の 宝 窟<br />

ハガード 原 作<br />

奥 田 清 人 著<br />

京 屋 出 版 社 1948<br />

児 95-O-28<br />

10 チビムクの 話 :ハーフ 童 話 集<br />

( 少 年 世 界 文 学 選 8)<br />

ハ-フ 著<br />

万 沢 遼 訳<br />

京 屋 出 版 社 1948<br />

児 93-H-34<br />

11 ハウフ 童 話 全 集<br />

W.ハウフ 著<br />

塩 谷 太 郎 訳<br />

難 波 淳 郎 絵<br />

弥 生 書 房 1961<br />

児 943-cH36h2<br />

12 ビルマの 竪 琴 竹 山 道 雄 著 中 央 公 論 社 1948 913.8-Ta68 ウ<br />

13 腕 白 物 語 三 太 武 勇 伝<br />

青 木 茂 著<br />

清 水 崑 画<br />

光 文 社 1948<br />

所 蔵 なし<br />

14 ジローブ-チン 日 記<br />

きたばたけやほ 著<br />

三 芳 悌 吉 絵<br />

新 潮 社 1948<br />

児 95-K-25<br />

15 ポリコの 町 太 田 博 也 著 小 峰 書 店 1948 児 93-O-15<br />

16 コルプス 先 生 汽 車 へのる<br />

筒 井 敬 介 著<br />

いわさきちひろ 絵<br />

季 節 社 1948<br />

児 乙 部 48-T-27<br />

17<br />

少 年 珊 瑚 島<br />

( 新 日 本 少 年 少 女 選 書 )<br />

木 々 高 太 郎 著 湘 南 書 房 1948 児 95-H-53<br />

18 温 泉 場 のたぬき<br />

土 家 由 岐 雄 著<br />

北 田 卓 史 絵<br />

小 峰 書 店 1948<br />

児 93-T-48<br />

19 首 を 売 る 店 : 火 野 葦 平 童 話 集<br />

火 野 葦 平 著<br />

大 貫 松 三 絵<br />

桐 書 房 1949<br />

児 93-H-22<br />

24


子 どもの 文 学 の 新 周 期 ―1945-1960<br />

20 かもめのともだち<br />

横 山 トミ 著<br />

まつやまふみお 絵<br />

泰 光 堂 1954<br />

児 913.8-Y745k<br />

21 峠 の 子 供 たち<br />

泉 本 三 樹 著<br />

黒 崎 義 介 絵<br />

明 朗 社 1948<br />

児 乙 部 48-I-11<br />

22 ぼくのうらない<br />

磯 部 忠 雄 著<br />

須 田 寿 絵<br />

アテネ 出 版 社 1949<br />

児 乙 部 49-I-15<br />

23 空 の 雲 か 峯 の 桜 か<br />

二 反 長 半 著<br />

立 岡 盛 三 絵<br />

東 京 一 陽 社 1948<br />

児 95-N-27<br />

24 岬 の 少 年 たち: 少 年 小 説<br />

福 田 清 人 著<br />

内 田 巌 絵<br />

講 談 社 1947 児 995-210<br />

25 少 年 の 塔<br />

福 田 清 人 著<br />

門 脇 卓 一 絵<br />

梧 桐 書 院 1949<br />

児 乙 部 49-H-20<br />

26 生 きている 山 脈 上 ・ 下<br />

打 木 村 治 著<br />

田 中 田 鶴 子 絵<br />

中 央 公 論 社 1953<br />

児 913.6-U883i<br />

27 キュ-ポラのある 街 早 船 ちよ 著 弥 生 書 房 1961 913.6-H351k<br />

28 チビ 君 物 語<br />

由 利 聖 子 著<br />

河 目 悌 二 絵<br />

実 業 之 日 本 社 1939<br />

児 乙 部 39-Y-3<br />

29 チビ 君 物 語 : 少 女 微 笑 小 説 続 由 利 聖 子 著 実 業 之 日 本 社 1941 特 276-22<br />

30 ミス 委 員 長<br />

伊 馬 春 部 著<br />

川 原 久 仁 於 絵<br />

偕 成 社 1950<br />

児 913.6-I274m<br />

31 ドクトル 先 生 物 語<br />

北 町 一 郎 著<br />

高 橋 国 利 絵<br />

宝 文 館 1953<br />

児 913.6-Ki291d<br />

32 おさげ 社 長<br />

宮 崎 博 史 著<br />

川 原 久 仁 於 絵<br />

偕 成 社 1954<br />

児 913.6-M663o<br />

33 ゆかいなクルクル 先 生 猪 野 省 三 著 泰 光 堂 1954 Y8-7273<br />

34 赤 いコップ<br />

児 童 文 学 者 協 会 編<br />

三 芳 悌 吉 絵<br />

紀 元 社 1948<br />

児 95-Z-3<br />

35 日 本 児 童 文 学 選 児 童 文 学 者 協 会 編 桜 井 書 店 1948-1951 児 918.6-Z25n<br />

36 白 い 塔 : 年 刊 童 話 集<br />

青 少 年 文 化 懇 話 会 編<br />

中 尾 彰 等 絵<br />

東 西 社 1948<br />

児 93-S-54<br />

25


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

レジュメ<br />

十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

吉 田 新 一<br />

満 洲 事 変 勃 発 から、アジア・ 太 平 洋 戦 争 敗 戦 までの、いわゆる< 十 五 年 戦 争 期 >に 出 版 さ<br />

れて、 時 代 の 趨 勢 に 流 されることがなかった 絵 本 を 中 心 に、 当 時 の 模 索 する 絵 本 の 姿 を 追 っ<br />

てみることにします。<br />

『ウタノヱホン: 大 東 亞 共 榮 唱 歌 集 』 朝 日 新 聞 東 京 本 社 S18<br />

作 詞 ・ 三 好 達 治 、 西 條 八 十 、 田 中 稔 、 古 山 省 三 、 永 倉 直 、 砂 川 守 一 、<br />

百 田 宗 治 、 與 田 凖 一 、 池 田 嘉 登<br />

絵 ・ 黒 崎 義 介 、 横 山 隆 一 、 耳 野 卯 三 郎 、 立 野 道 正 、 清 水 良 雄<br />

『ニッポンノアシオト』 百 田 宗 治 著 / 茂 田 井 武 畫 二 葉 書 房 S18<br />

日 本 少 国 民 文 化 協 会 作 詞 作 曲<br />

Y17-N01-895<br />

Y17-N03-H924<br />

『ウミヘ』 吉 田 一 穂 編 / 佐 藤 忠 良 畫 金 井 信 生 堂 S19<br />

『ウシヲカフムラ』 吉 田 一 穗 編 / 佐 藤 忠 良 畫 金 井 信 生 堂 S17<br />

『ハナサキミノル』 吉 田 一 穂 編 / 島 田 訥 郎 畫 金 井 信 生 堂 S17<br />

『ウミノコドモ』 大 戸 喜 一 郎 詩 / 鈴 木 信 太 郎 畫 大 勝 繪 本 杜 S17<br />

Y17-N03-H1106<br />

Y17-N01-911<br />

Y17-N03-H1104<br />

Y17-N01-880<br />

『ヤマノムラ』 國 府 貢 一 文 / 熊 谷 元 一 畫 教 養 杜 S17 Y17-N01-825<br />

『あの 村 この 村 』 熊 谷 元 一 著 博 文 館 S18 Y17-N01-938<br />

『ヨイコノムラ』 與 田 凖 一 詩 / 熊 谷 元 一 畫 農 山 漁 村 出 版 所 S18<br />

Y17-N03-H1102<br />

『 二 ほんのかきのき』 熊 谷 元 一 さく /え 福 音 館 書 店 S44 Y17-M98-811<br />

『たなばたまつり』 熊 谷 元 一 さく /え 福 音 館 書 店 S45<br />

(こどものとも 172 号 ) Z32-210<br />

『かいこ』 熊 谷 元 一 ぶん /え 福 音 館 書 店 S51 Y11-836<br />

『 絵 本 信 濃 わらべうた』 熊 谷 元 一 絵 ・ 文 アリス 館 S58 YQ11-387( 本 館 )<br />

『ふるさとの 昭 和 史 ― 暮 らしの 変 容 』 熊 谷 元 一 写 真 ・ 文 岩 波 書 店 H1 GC119-E68( 本 館 )<br />

『 山 ノオモチヤ』 瀧 田 要 吉 畫 ・ 謡 博 文 館 S17 Y17-N01-940<br />

『ムラノコドモ』 渡 邊 哲 夫 文 / 佐 藤 今 朝 治 畫 富 士 屋 書 店 S17<br />

Y17-N01-928<br />

『アフゲオホゾラ』 徳 永 壽 美 子 文 / 中 尾 彰 装 丁 正 芽 社 S16<br />

Y17-N01-873<br />

絵 ・ 長 谷 川 毬 子 、 川 上 四 郎 、 林 義 雄 、 大 石 哲 路 、 安 井 小 弥 太<br />

26


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

< 国 民 絵 本 >『 海 のこども』 與 田 凖 一 詩 / 福 與 英 夫 、 川 島 はるよ 畫 博 文 館 S15<br />

Y17-N01-936<br />

< 家 庭 絵 本 >『 雪 トコドモ』 横 井 秋 子 詩 博 文 館 S16<br />

Y17-N01-935<br />

絵 ・ 広 原 長 七 郎 、 川 上 四 郎 、 立 野 道 正 、 金 子 茂 二 、 川 島 はるよ、 黒 崎 義 介<br />

『ペキンデミタコドモ』 中 尾 彰 畫 と 文 富 永 興 文 堂 S18<br />

Y17-N01-925<br />

『ジャワノヰナカ』 小 出 正 吾 文 / 渡 部 菊 二 画 中 央 出 版 協 會 S18<br />

Y17-N01-915<br />

『フィリッピンの 子 供 』 石 坂 洋 次 郎 文 / 鈴 木 榮 二 郎 、 野 中 勲 夫 、 永 井 保 画<br />

岡 本 ノート 出 版 部 S18<br />

Y17-N01-882<br />

『 軍 艦 旗 の 行 くところ: 中 南 支 海 南 島 : 童 画 報 告 』<br />

黒 崎 義 介 著 フタバ 書 院 S16<br />

Y8-N01-511<br />

『 支 那 のこども』 山 本 和 夫 作 / 高 井 貞 二 画 小 學 館 S16 Y8-N03-H832<br />

『サルノアカチャン』 近 藤 東 文 / 彬 全 直 畫 生 活 社 S17<br />

Y17-N03-H1096<br />

『ブリアミ』 藪 田 義 雄 文 / 安 泰 畫 中 央 出 版 協 會 S18<br />

『ツルノオンガヘシ』 坪 田 讓 治 文 / 安 泰 画 中 央 出 版 協 會 S18<br />

『ハタラケハタラケ』サトウハチロー 文 / 安 泰 畫 二 葉 書 房 S19<br />

Y17-N01-916<br />

Y17-N01-914<br />

Y17-N03-H1108<br />

『たべるトンちゃん』 初 山 滋 作 金 蘭 社 S12 Y17-N01-889<br />

『ヒバリハソラニ』 吉 田 一 穗 著 / 初 山 滋 絵 帝 國 教 育 會 出 版 部 S16<br />

Y8-N03-H693<br />

『 店 ノイロイロ』 前 島 とも 畫 博 文 館 S18 Y17-N01-939<br />

『ムラノエウチヱン』 西 田 稔 文 / 川 島 はるよ 画 正 芽 社 S19<br />

Y17-N01-893<br />

『 童 謠 童 画 十 五 人 選 集 』 武 井 武 雄 編 輯 鈴 木 仁 成 堂 S15 Y8-N01-506<br />

詩 ・ 北 原 白 秋 、 島 木 赤 彦 、 百 田 宗 治 、 浜 田 広 介 、サトウハチロー、 水 谷 まさる、<br />

野 口 雨 情 、 西 條 八 十 、 巽 聖 歌 、 河 井 酔 茗 、 多 胡 羊 歯 、サトウ・ヨシミ、<br />

葛 原 しげる、 與 田 凖 一 、 白 鳥 省 吾<br />

絵 ・ 初 山 滋 、 鈴 木 信 太 郎 、 佐 藤 今 朝 治 、 黒 崎 義 介 、 武 井 武 雄 、 福 與 英 夫 、 熊 谷 元 一 、<br />

川 島 はるよ、 深 沢 省 三 、 川 上 四 郎 、 恩 地 孝 四 郎 、 小 池 巌 、 木 俣 武 、<br />

村 山 知 義 、 清 水 良 雄<br />

『ドウブツヱン』 中 山 省 三 郎 著 / 佐 藤 長 生 畫 帝 國 教 育 會 出 版 部 S17<br />

Y17-N03-H926<br />

『カゼ』 田 崎 春 江 文 / 秋 吉 秀 彦 画 綱 島 書 店 S17<br />

『コガモノタビ』 奈 街 三 郎 文 / 藤 澤 龍 雄 畫 博 文 館 S16<br />

Y17-N01-919<br />

Y17-N01-932<br />

27


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

吉 田 新 一<br />

子 どもの 本 との 出 会 い<br />

こんにちは。ご 紹 介 いただきました 吉 田 です。<br />

私 はずっと 英 語 圏 の 絵 本 を 中 心 に 勉 強 してきまし<br />

た。そもそものはじまりは、もう40 年 ぐらい 前 に<br />

なるでしょうか、3 歳 になる 息 子 が、 内 田 莉 莎 子<br />

さんの 訳 された、ラチョフの『てぶくろ』( 福 音<br />

館 書 店 1965)に 夢 中 になったのがきっかけでし<br />

た。その 時 、わが 子 が 喜 ぶ 笑 顔 が 忘 れられず、そ<br />

ういう 笑 顔 をできるだけ 見 たいと 思 って、 本 屋 へ<br />

子 どもの 本 を 探 しにさかんに 行 きはじめました。<br />

それまでは、 私 は 大 人 の 英 米 文 学 を 教 室 で 講 義 し<br />

ていました。 他 方 、 改 めて 振 り 返 ってみますと、<br />

ポール・アザールの 名 著 『 本 ・ 子 ども・ 大 人 』の<br />

訳 者 で、 子 どものための 本 の 翻 訳 を 含 め、100 冊<br />

も 著 書 を 持 っておられた 矢 崎 源 九 郎 先 生 から、 私<br />

は 大 学 生 時 代 に 教 わりましたが、 先 生 には 特 に 親<br />

しくしていただき、 個 人 的 にお 話 をうかがう 機 会<br />

も 随 分 ありました。 先 生 が 子 どもの 本 の 話 をなさ<br />

るのをよく 聞 いていましたが、 当 時 は 自 分 とはあ<br />

まり 関 係 のない 話 と 思 い、 折 角 のお 話 は 右 の 耳 か<br />

ら 左 の 耳 へ 抜 けておりました。<br />

とは 言 え、 今 思 えば、その 頃 から 子 どもの 本 の<br />

ことは、 私 の 耳 には 届 いていたわけでした。しか<br />

し、 自 分 の 実 際 の 経 験 はやっぱりインパクトが 強<br />

くて、 私 の 読 む 本 を 子 どもがとても 楽 しんでくれ<br />

たことが、 私 には 大 きい 衝 撃 でした。 親 バカ 話 で<br />

すが、 子 どもが 楽 しむ 顔 を 見 たさにつられて、い<br />

つのまにか 絵 本 を 中 心 に、 子 どもの 本 に 興 味 を 強<br />

くひかれていきました。しかし、 子 どもの 成 長 は<br />

早 くて、 私 はいわば 置 いてきぼりをくったかたち<br />

で、じきに 私 は1 人 で 子 どもの 本 を 楽 しみはじめ<br />

ていました。 昔 話 が 特 にそうでしたが、 子 どもの<br />

本 の 物 語 としての 純 度 みたいなものに 感 動 を 覚 え<br />

て、どんどんその 世 界 にひきこまれていきました。<br />

このように、 幼 かったわが 子 に 本 を 読 み、 子 ども<br />

がそれを 喜 び、 一 緒 に 私 も 喜 び、それがこの 世 界<br />

と 私 とが 結 ばれる 原 点 であったと 言 えます。<br />

「 宝 の 山 」に 入 って<br />

さて、ただ 今 紹 介 がありましたように、この4<br />

月 よりこちらの 図 書 館 から、またとない 機 会 を 与<br />

えられて、 蔵 書 の 宝 の 山 を 自 由 に 拝 見 させていた<br />

だいております。こちらに 出 勤 するときは 老 体 を<br />

引 きずってまいりますが、 一 旦 書 庫 に 入 って 本 に<br />

接 しはじめると、 自 分 の 子 ども 時 代 の 本 が 次 々に<br />

見 つかります、 同 じ 時 代 にこんな 本 もあったのか<br />

という 発 見 もあります、 書 庫 にいる 間 は、まさに<br />

青 春 というか 幼 年 時 代 というか、タイムスリップ<br />

している 感 じで、ここへ 参 るのが 楽 しくて、あっ<br />

という 間 に 半 年 がたちました。とにかくその 喜 び<br />

をおすそ 分 けするつもりで、 今 日 はここに 立 って<br />

おります。<br />

私 は 昭 和 6 年 の 生 まれですが、 昭 和 6 年 は 満 州<br />

事 変 がはじまった 年 です。それから 小 学 校 に 入 っ<br />

たのが 昭 和 12 年 でしたが、これは 日 支 事 変 がはじ<br />

まった 年 です。そして、それから 第 二 次 世 界 大 戦 、<br />

当 時 は 大 東 亜 戦 争 と 言 っていましたけれども、 英<br />

米 との 開 戦 が 真 珠 湾 ではじまったのが 昭 和 16 年<br />

で、 昭 和 20 年 に 敗 戦 を 迎 えたときが14 歳 半 でした。<br />

15 歳 までを 児 童 文 学 の 対 象 年 齢 と 考 えるならば、<br />

15 年 戦 争 はぴたりと 私 自 身 の 生 い 立 ちと 重 なって<br />

います。 私 の 家 庭 は、 父 が 私 と 似 た 職 業 で、 日 本<br />

史 を 専 攻 して、 地 味 な 仏 像 研 究 でしたから、そん<br />

なに 裕 福 な 家 庭 ではありませんでした。 従 って、<br />

あまりふんだんには 本 を 与 えられませんでした。<br />

与 えられたのは 主 に「 講 談 社 の 絵 本 」でした。「 講<br />

28


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

談 社 の 絵 本 」というのは、 私 が 小 学 校 に 入 る1 年<br />

前 、 昭 和 11 年 に 創 刊 になりました。 昭 和 17 年 に 戦<br />

局 が 急 を 告 げて 用 紙 が 逼 迫 したため、しばし 休 刊<br />

ということになりますが、 昭 和 11 年 から17 年 まで<br />

に「 講 談 社 の 絵 本 」はなんと203 冊 も 出 ていました。<br />

先 ほど、 当 館 では「 講 談 社 の 絵 本 」は 講 談 社 から<br />

寄 贈 を 受 けて 全 冊 揃 っているとうかがいましたの<br />

で、まずは 懐 かしい「 講 談 社 の 絵 本 」を 片 端 から<br />

見 ていきました。すると、「これは 見 た 見 た」とか、<br />

「このページは 良 く 覚 えている」とか、「あれ、こ<br />

んなのがあったのか」と、203 冊 を 見 終 わると、「 講<br />

談 社 の 絵 本 」について 私 なりに 考 えるところが 出<br />

てきましたが、 今 日 は2 時 間 という 限 られた 時 間<br />

の 上 、 私 自 身 の 中 の 整 理 もまだ 十 分 ではありませ<br />

んので、15 年 戦 争 期 の 絵 本 のお 話 をするつもりで<br />

すが、「 講 談 社 の 絵 本 」については、 今 日 は 省 か<br />

せていただきます。 一 言 ちょっと 申 せば、リスト<br />

をご 覧 になればわかりますが、「 講 談 社 の 絵 本 」<br />

は 当 時 の 時 代 というか 時 流 に 密 着 していて、 忠 君<br />

愛 国 を 謳 い、 封 建 時 代 のモラルを 鼓 舞 する 内 容 が<br />

中 心 でした。 日 支 事 変 を 中 心 に 兵 士 の 勇 ましさを<br />

大 げさに 描 いた 戦 時 色 いっぱいのものでした。 今<br />

日 、 評 価 できるのは、 昔 話 絵 本 と 知 識 絵 本 であろ<br />

うと 思 っております。しかし、 今 日 のところは、「 講<br />

談 社 の 絵 本 」は 省 いてお 話 しさせていただきます。<br />

絵 本 を 見 る 物 差 し<br />

満 州 事 変 がはじまってから 大 東 亜 戦 争 が 終 わる<br />

までの15 年 間 を 昭 和 戦 中 期 といいましょうか、そ<br />

の 時 期 の 絵 本 は、 私 の 子 どもの 時 代 に、 子 どもに<br />

向 けて 出 版 されたものです。 自 分 と 同 時 代 の 絵 本<br />

なので、 懐 かしさも 手 伝 って 丹 念 に 見 ています。<br />

さすがに 当 館 には 他 では 見 られない 絵 本 がたくさ<br />

んありますが、それらをどういう 物 差 しで 見 たら<br />

ばよいか 考 えます。 私 はずっと 英 米 の 絵 本 を 学 ん<br />

できましたから、 私 の 持 っている 物 差 しは、 欧 米<br />

絵 本 の 伝 統 の 中 で 培 われてきた 物 差 しで、それを<br />

そのまま 日 本 のものに 当 てはめていいものか、 考<br />

えなければいけないでしょう。 日 本 独 自 の 美 学 と<br />

いうものがあるはずですから。しかし、 戦 争 後 に<br />

なると、 福 音 館 書 店 や 岩 波 書 店 などを 通 して、 欧<br />

米 絵 本 が 次 々と 翻 訳 されて、その 影 響 は 昭 和 30 年<br />

代 以 降 に 大 きく 及 んでいます。 現 在 では、 日 本 で<br />

も 絵 本 の 基 準 が 欧 米 のそれに 準 じた 物 差 しに 変<br />

わってきています。すなわち、 理 想 の 絵 本 は、こ<br />

とばと 絵 (イラストレーション)が 有 機 的 なつな<br />

がりをもつのを、 絵 本 らしい 絵 本 と 考 えるように<br />

なってきました。ストーリー 絵 本 では、 特 に 絵 と<br />

ことばが 協 調 して、 一 つの 物 語 世 界 を 立 ち 上 げて<br />

いくのを、 理 想 的 と 考 えるようになってきました。<br />

しかし、 戦 前 期 は 必 ずしもそうではありませんで<br />

した。 絵 本 ですから 当 然 、 絵 という 要 素 はもちろ<br />

ん 重 要 視 されていましたが、 絵 本 における 絵 の 役<br />

割 についての 理 解 は、 戦 前 期 と 昭 和 30 年 代 以 降 と<br />

では、 明 らかに 違 っています。ですから、 戦 前 期<br />

に 誕 生 した 絵 本 についての 評 価 は、 慎 重 にすべき<br />

だと 私 は 考 えております。<br />

で、 戦 中 期 の 絵 本 といっても、もちろん 全 部 見<br />

ているわけではありませんが、これまでこちらで<br />

私 が 見 て、 私 の 目 にかなった 絵 本 を、 少 し 整 理 し<br />

てみたのが、お 手 元 のレジュメに 挙 げたものです。<br />

2 時 間 の 中 でどれくらいご 披 露 できるかわかりま<br />

せ ん が、 副 題 を「My Choices」 と し ま し た。<br />

Selection とせずChoices としたのは、< 私 の 選<br />

んだ 絵 本 >という 意 味 を 伝 えたかったためです。<br />

私 の 好 みが 入 っていますが、 実 物 をご 覧 になって<br />

共 感 していただければ 嬉 しいです。 時 間 の 許 すか<br />

ぎり、ご 一 緒 に 戦 中 の 絵 本 を 楽 しんでいただこう<br />

と 思 います。<br />

戦 中 期 絵 本 の 時 代 背 景<br />

前 置 きばかり 長 くて 申 しわけないのですが、も<br />

う 一 つ 二 つ 言 っておきたいことがあります。 昭 和<br />

の 前 、 大 正 期 に 子 どもの 本 はそれ 以 前 に 比 して、<br />

ひじょうにレベルがアップしました。 鈴 木 三 重 吉<br />

や 北 原 白 秋 などが『 赤 い 鳥 』や『 金 の 船 』などと<br />

いった 雑 誌 を 通 して、 岡 本 帰 一 や 武 井 武 雄 といっ<br />

たイラストレーターたちと 活 躍 し、 昭 和 に 入 って<br />

からも 活 躍 はつづきましたが、その 人 らが 東 京 の<br />

丸 善 などを 通 して 入 ってきた 欧 米 の 新 しい 絵 本 を<br />

手 本 に、 華 やかな 大 正 浪 漫 の 花 を 咲 かせました。<br />

竹 久 夢 二 がいた 頃 ですけれども、 日 本 の 絵 本 はそ<br />

れ 以 前 と 比 べてひじょうに 質 的 に 向 上 しました。<br />

昭 和 戦 中 期 は、そこをくぐってきた 時 代 だという<br />

29


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

ことを 認 識 しておくべきでしょう。<br />

もう 一 つ、 戦 時 下 の 子 どもの 絵 本 を 語 るとき、<br />

「 児 童 読 物 改 善 ニ 関 スル 指 示 要 綱 」を 省 くことが<br />

できません。『はじめて 学 ぶ 日 本 の 絵 本 史 2 15<br />

年 戦 争 下 の 絵 本 』( 鳥 越 信 編 ミネルヴァ 書 房<br />

2002)に 全 文 が 載 っていますから、 関 心 のある 方<br />

は 後 でご 覧 ください。こういう 絵 本 を 作 れという<br />

ことが 細 々 書 かれています。 大 正 期 の『コドモノ<br />

クニ』などで 児 童 文 学 のイラストレーションが 本<br />

格 的 になりましたが、 一 方 江 戸 時 代 から 引 きつぎ<br />

明 治 に 入 ってからもつづいた、いわゆる 赤 本 と 言<br />

われるものがありました。 作 者 名 も 表 に 出 てこな<br />

い 絵 本 でした。 値 段 がとても 安 く、おもちゃ 的 体<br />

裁 だったので、 本 の 扱 いをされず 露 店 か 夜 店 で 売<br />

られていました。しかし、ひじょうに 広 く 一 般 に<br />

流 布 していて、 絵 本 とはそういうものと 思 われて<br />

いました。 次 の 世 代 を 担 う 子 どもの 文 化 財 として、<br />

あまりにもお 粗 末 すぎると、 心 ある 画 家 や 作 家 た<br />

ちは 考 え、もっと 絵 本 をレベルアップさせねば、<br />

と 考 えていました。 大 正 浪 漫 が 先 行 していたので、<br />

絵 本 のレベルアップを 真 剣 に 考 えたのでした。<br />

もっとも、 当 時 のレベルアップは 今 から 考 えれば、<br />

少 しずれている 点 は 否 めませんが、とにかく、 改<br />

善 を 考 えた 人 たちが、 内 務 省 などの 人 たちから 相<br />

談 を 受 けて、「 指 示 要 綱 」をお 上 の 方 針 として 出<br />

したのでした。 要 は 赤 本 絵 本 からの 脱 却 を 意 図 し<br />

たもので、 当 時 大 きな 影 響 力 を 持 ちました。 赤 本<br />

の 出 版 社 ばかりか 出 版 界 全 体 が 物 資 不 足 で、 用 紙<br />

の 割 り 当 てをくい、 出 版 社 は、 特 に 子 どもの 本 の<br />

世 界 では、 用 紙 獲 得 のためにも、「 指 示 要 綱 」に<br />

従 わねばならなかったようです。<br />

「 指 示 要 綱 」が 出 たのが 昭 和 13 年 で、 翌 14 年 には、<br />

文 部 省 が 児 童 書 の 推 薦 事 業 に 乗 り 出 しました。「 指<br />

示 要 綱 」に 参 加 した 人 たちがダブりながら、 具 体<br />

的 にこういう 絵 本 が「 指 示 要 綱 」にのっとってい<br />

てよろしいと 推 薦 で 示 したのですね。「 指 示 要 綱 」<br />

と< 文 部 省 の 推 薦 図 書 >にそって、 子 どもの 本 の<br />

質 をレベルアップするため、< 座 談 会 >が2 年 程<br />

の 間 に9 回 開 かれて、それが 速 記 録 で 流 布 され、<br />

趣 旨 の 実 効 性 がはかられたのでした。 当 時 は、 都<br />

市 は 消 費 的 で 戦 時 の 非 常 時 にそぐわないと、 農 村<br />

の 生 産 性 が 重 視 されて、 都 市 よりは 農 村 、 消 費 よ<br />

りは 生 産 、がスローガンとなり、 子 どもの 本 はそ<br />

れにそって 作 るよう 要 請 された 結 果 、その 類 の 絵<br />

本 が 数 多 く 作 られました。<br />

後 ほど、 熊 谷 元 一 さんの 絵 本 をお 話 しいたしま<br />

すが、 彼 はその 趣 旨 にひじょうに 良 く 当 てはまる<br />

本 を 作 りました。 戦 後 もそれと 同 じタイプの 本 を<br />

ずっと 作 ってきた 方 で、もう96 歳 かな、 高 齢 にな<br />

られましたが、 今 もお 元 気 で 活 躍 されています。<br />

彼 の 場 合 は 戦 中 の 方 針 に 従 って 絵 本 を 作 ったとい<br />

うよりも、 自 分 の 一 つの 生 き 方 、 信 念 でそういう<br />

絵 本 を 作 っていたのですが、たまたまそれが 統 制<br />

期 の 考 え 方 にマッチしたのですね。 熊 谷 元 一 さん<br />

の 戦 中 期 の 作 品 を、 当 時 の 時 流 に 迎 合 した 作 品 と<br />

取 るのは 誤 りであろうと 思 います。<br />

戦 意 高 揚 絵 本 について<br />

とにかく 戦 時 中 は、 時 代 色 の 濃 厚 な 絵 本 が 圧 倒<br />

的 でした。にもかかわらず、 時 流 にあまり 染 まら<br />

ない 絵 本 も 数 は 少 なくともありました。それらの<br />

中 から 選 んでみたものを、これからお 話 しするの<br />

ですが、では「 当 時 の 時 代 色 に 染 まった 絵 本 は、<br />

どんなものか」とのお 尋 ねがあると 思 うので、 最<br />

初 にそういうものを、1、2 挙 げてみましょう。<br />

レジュメをご 覧 になって、 最 初 に 出 てくる『ウタ<br />

ノヱホン』ですが、これは 当 時 の 錚 々たる 方 々、<br />

三 好 達 治 、 西 條 八 十 、 百 田 宗 治 、 与 田 凖 一 、もう<br />

亡 くなられた 方 たちばかりですが、その 方 たちが<br />

詩 を 作 り、やはり 当 時 の 豪 華 メンバー、 黒 崎 義 介 、<br />

横 山 隆 一 、 清 水 良 雄 などが 挿 絵 を 描 いています。<br />

この 本 の 最 後 を 見 ますと、「『ウタノヱホン』は 朝<br />

日 新 聞 社 、 日 本 音 楽 文 化 協 会 、 日 本 少 国 民 文 化 協<br />

会 が 主 催 となり、 陸 、 海 、 文 部 、 大 東 亜 各 省 、 情<br />

報 局 、 日 本 出 版 会 、 日 本 放 送 協 会 、 日 本 宣 伝 文 化<br />

協 会 、 国 際 文 化 振 興 会 、 日 本 レコード 文 化 協 会 の<br />

後 援 協 賛 を 得 て 作 成 したものです」と 書 かれてい<br />

ます。 日 本 が 進 出 した 東 南 アジアの 国 々の 子 ども<br />

たちみんなに 歌 ってもらっている、そういう 歌 だ<br />

というのです。その 歌 たるやたいしたもので、1、<br />

2を 挙 げてみますと、 三 好 達 治 の 作 った「ヒノマ<br />

ル」では、<br />

一 、アジヤノ ヤマニ、アジヤノ ウミニ、ヒ<br />

30


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

ラヒラ ヒノマル ヒルガヘセ、ヒルガヘセ、<br />

ヒルガヘセ、ヒノマルハ ミンナノ ハタ ダ。<br />

二 、アジヤノ マチニ、アジヤノ ムラニ、ヒ<br />

ラヒラ ヒノマル ヒルガヘセ、ヒルガヘセ、<br />

ヒルガヘセ、ヒノマルハ アジヤノ ハタ ダ。<br />

三 、アジヤノ ソラニ、アジヤノ ハタヲ、ヒ<br />

ラヒラ ヒノマル ヒルガヘセ、ヒルガヘセ、<br />

ヒルガヘセ、ヒノマルハ ミンナノ ハタ ダ。<br />

と 歌 われていて、 日 本 の 旗 でアジアを 埋 め 尽 くそ<br />

うという、 侵 略 をもろに 出 したすさまじい 歌 です<br />

ね。こういう 類 の 歌 がたくさん 入 って、それぞれ<br />

に 絵 が 描 かれているのです。<br />

『ウタノヱホン』と 似 たものに『ニッポンノア<br />

シオト』があります。これには、 惜 しまれながら<br />

早 くに 病 没 されましたが、 絵 本 の 世 界 で 戦 後 によ<br />

い 仕 事 をされた 茂 田 井 武 さんが 挿 絵 を 描 いていま<br />

す。 少 し 読 んでみましょう。<br />

へいたいさんの あしおと だ<br />

ザック ザック ザック ザック<br />

ザック ザック ザック<br />

つよい 日 本 の あしおと だ<br />

ザック ザック ザック ザック<br />

ザック ザック ザック<br />

わたくしたちの あしおと だ<br />

その 後 、「ザック ザック ザック ザック ザッ<br />

ク ザック ザック」がリフレインで、「そろふ<br />

みんなの あしおと だ」、「せかいに ひびく<br />

あしおと だ」、「すすむ アジヤの あしおと<br />

だ」と、もう 侵 略 そのものが 謳 歌 され、 日 本 兵 の<br />

足 がずかずかとアジアの 諸 国 へ 踏 み 込 んでいく 歌<br />

なのです。「ヒトモ イク フネモ イク ヒカ<br />

ウキモ イク」と、 侵 略 は 進 みます。そして「ヘ<br />

イタイサンノ アシオト ダ ドコマデモ スス<br />

ム ツヨイ ニッポンノ ヘイタイサン」、「タカ<br />

チホノ ミネノ ムカシカラ ツヅク アシオト<br />

ジングウクヮウゴウサマハ ウミヲ コエテ<br />

オススミ ナサレタ」。 朝 鮮 侵 略 ですね。<br />

シナカラ セメヨセテ キタ ゲンノタイグン<br />

ハ ワガ カミカゼニ フキアフラレテ ノコ<br />

ラズ ウミノ ソコニ シヅンデ シマッタ<br />

とも 歌 われています。 絵 を 見 ていきますと、 小 学<br />

校 の 教 室 では 子 どもたちが 整 然 と 机 に 向 かい 勉 強<br />

をしていて、 校 庭 ではバスケットをしている 一 団 、<br />

さかんに 兵 隊 ごっこをしている 一 団 が 描 かれてい<br />

ます。 文 はザック ザック ザック ザックだけ<br />

ですけれども。「オコメヲ フヤス フネヲ ツ<br />

クル セキタン ヲ トル キカイハ ウゴク」、<br />

「ミンナデ マモル ニッポンノ ソラ」と、 銃<br />

後 の 生 産 も 描 かれています。 防 空 演 習 も 描 かれ、<br />

南 の 島 に 次 々と 兵 隊 と 戦 車 が 上 陸 し、 海 では 日 本<br />

の 潜 水 艦 が 敵 の 軍 艦 を 沈 没 させていく 絵 などが 描<br />

かれています。「テキノヒカウキヲ ミツケタラ<br />

カナラズ ウチオトス ニッポンノ アラワ<br />

シ」のページがつづいて、 最 後 に、 東 南 アジアの<br />

地 図 が 出 てきて、「マンシウ」、「シナ」、「フィリッ<br />

ピン」、「フツイン」、「ビルマ」、「タイ」、「スマト<br />

ラ」、「マライ」、「ボルネオ」、「ジャワ」、「セレベ<br />

ス」、「ニューギニア」と、 今 とは 違 いますが、 当<br />

時 の 国 の 名 前 がそれぞれ 書 き 込 まれ、それぞれの<br />

民 族 衣 装 を 着 た 人 が 日 の 丸 の 旗 を 振 って「いらっ<br />

しゃい、いらっしゃい」と、 実 は 言 わされている<br />

のですが、 言 っています。これが 当 時 を 代 表 する、<br />

時 代 色 を 丸 出 しにした、 戦 意 高 揚 絵 本 です。 茂 田<br />

井 武 さんはおそらく 随 分 苦 しみながら 描 いたと 思<br />

います。 茂 田 井 さんは 当 時 家 族 を 抱 えて 貧 困 生 活<br />

を 送 っていたと、 伝 記 にありますから、 止 むを 得<br />

ずお 金 のためになさったのでしょう。 絵 には 後 の<br />

茂 田 井 さんらしいところはうかがえません。こう<br />

いう 絵 本 しか 作 れなかったのでしょう。<br />

吉 田 一 穂 の 絵 本<br />

こんな 時 代 でしたが、 今 日 から 見 ても 立 派 に 評<br />

価 できる 絵 本 が、 一 方 で 生 まれていたのは、 何 よ<br />

りの 救 いです。 私 自 身 はその 時 代 の 中 にいたので<br />

すが、 今 日 まで 存 在 を 知 らなかった 絵 本 がかなり<br />

ありました。 時 間 の 許 すかぎり、 私 の 選 んでみた<br />

絵 本 を、これからご 紹 介 しましょう。レジュメに<br />

いっ すい<br />

『ウミヘ』という 作 品 があります。 吉 田 一 穂 の 絵<br />

本 ですから、まず 吉 田 一 穂 について、 少 しお 話 し<br />

31


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

しましょう。つい 昨 年 、 岩 波 文 庫 に『 吉 田 一 穂 詩<br />

集 』が 入 りましたね。 戦 中 から 戦 後 へかけて 活 躍<br />

された 詩 人 で、 童 話 もたくさん 書 いておられます。<br />

絵 本 もたくさん 作 られていまして、 作 品 を 読 んで<br />

みると 少 し 高 踏 的 なところがあるので、 子 どもに<br />

少 し 難 しいかなと 思 いますが、ひじょうにいい 作<br />

家 です。<br />

もともと 赤 本 絵 本 の 出 版 社 だった 金 井 信 生 堂<br />

が、この 吉 田 一 穂 を 編 集 顧 問 に 迎 えて、いい 絵 本<br />

を 出 し 始 め、 吉 田 一 穂 の 手 を 通 して、 当 時 として<br />

かなり 芸 術 的 な 絵 本 が 誕 生 したのでした。『ウミ<br />

へ』は、 文 を 吉 田 一 穂 が 書 き、 絵 を 画 家 の 佐 藤 忠<br />

良 が 描 いています。 佐 藤 忠 良 さんは 彫 刻 家 で、 具<br />

象 彫 刻 で 大 変 有 名 な 方 です。お 好 きな 方 も 多 いと<br />

思 いますが、 何 よりも 戦 後 に『おおきなかぶ』の<br />

絵 を 描 かれた 方 としてご 存 知 でしょう。その 佐 藤<br />

さんが 戦 争 中 から 絵 本 を 描 いておられたのです<br />

ね。 大 日 本 図 書 の『 日 本 児 童 文 学 大 事 典 』では 佐<br />

藤 忠 良 さんは、 戦 後 から 絵 本 の 世 界 に 入 ったと 記<br />

されていますが、『ウミヘ』の 他 にも 何 冊 か 作 品<br />

が 戦 中 にあります。そういう 下 地 から 戦 後 の『お<br />

おきなかぶ』が 誕 生 したと 言 えるでしょう。で、『ウ<br />

ミヘ』ですが、 説 明 抜 きでまず 作 品 を 見 てくださ<br />

い。 第 1ページから、<br />

ニッポンハ ウミノ クニ。ミナトニ イッパ<br />

イ フネガ ハイッテヰル。ヒノマルノ フナ<br />

ジルシモ アザヤカニ、ヒロイ ウミ コヱテ、<br />

マダ シラナイ、ヨソノ クニへ イク。アノ<br />

大 キナ フネニ、ノッテ イキタイナ。( 後 略 )<br />

ひじょうにロマンがありますね!<br />

ミナトヘ ハイッテ クルフネ、デテ イク<br />

フネ。カモメタチハ ホバシラヲ カスメ、ス<br />

ベルヤウニ ナミマヲ トブ ヨットガ ハシ<br />

ル。キテキガ ナル。<br />

さすがに 詩 人 の 描 写 です。<br />

キシベノ イハマニ、サカナガ オヨイデヰル。<br />

ナギサノ スナニ チイサナ カニガ ヰル。<br />

ナランデ シマダヒガ トホル。スイスイ ミ<br />

ヅヲ キルヤウナ クチバシノ ナガイ サカ<br />

ナ。ボラモ オヨイデヰル。ミヅ スイテ ユ<br />

リウツル、カゲヱノ ヤウナ サカナタチ。<br />

佐 藤 忠 良 の 絵 は 水 彩 で、それぞれがタブロウ 画<br />

として 飾 ってみたい 絵 です。<br />

トホイ キタノ ウミニハ、サケヤ マス、タ<br />

ラヤ カニガ ヰル。ナツニ ナルト、ニッポ<br />

ンカラ 大 キナ フネデ、サカナヲ トリニ<br />

イク。マダ、コホリノ ノコッテヰル キシベ<br />

ニ、アザラシヤ オットセイノ ムレガ ヰテ、<br />

アヤシイモノヲ ミツケルト、ミハリガ ホヱ<br />

ル。スルト、ミンナ、ドブンドブン、ミヅヘ<br />

トビコンデ ニゲル。<br />

トホイ キタノ ウミカラ、トッタ サカナヲ<br />

ツンデ、ヒサシブリデ クニヘ カヘッテ ク<br />

ル。ケフモ ニバンブネガ、ミナトヘ ツイタ。<br />

アスハ ニッポンマルモ、ツクサウダ。ハタヲ<br />

タテテ フネガ ハイッテクル。オトウサン<br />

ヤ ニイサンモ、アノフネニ ノッテ ヰル。<br />

ミンナ ハマヘデテ、マッテ ヰル。オーイ<br />

オーイ フネデモ、ミンナデ テヲ フッテ<br />

ヰル。<br />

昭 和 19 年 4 月 15 日 の 出 版 で、 翌 20 年 8 月 15 日 に<br />

敗 戦 を 迎 えるわけですから、 敗 戦 の1 年 4か 月 前<br />

に 出 た 絵 本 です。 絵 もテキストも、バラード 絵 本<br />

とでも 言 ったらいいでしょうか、わずか5 見 開 き<br />

の 詩 画 集 的 な 絵 本 ですが、5 見 開 きが 連 続 して、<br />

物 語 世 界 を 描 きだしていて、テキストとイラスト<br />

レーションが、 太 洋 と 北 方 世 界 への 憧 れ、 旅 立 ち<br />

と 帰 還 にまつわる 歓 喜 を、 見 事 に 描 きだしていま<br />

す。<br />

次 の『ウシヲカフムラ』も 同 じく 吉 田 ・ 佐 藤 の<br />

コンビによる 絵 本 ですが、こちらは 少 し 作 りが<br />

違 っていて、 表 紙 をめくると 見 開 き 絵 が5 枚 、 絵<br />

だけのページがつづき、 最 後 の 見 開 きの 片 ページ<br />

に、テキストが 印 刷 されています。5 枚 の 絵 には<br />

すべて 牛 が 登 場 して、 牛 を 飼 う 村 の 生 活 が 点 景 さ<br />

32


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

れていきます。 最 後 に 出 てきたテキストを 読 むと、<br />

「ウシヲ アラツテ、バウヤハ セナカ。カアサ<br />

ン、コレカラ クサカリニ」とあり、これが 第 1<br />

見 開 きの 絵 に 表 現 されています。 次 は「ミヅヲ<br />

ノンダラ、マキバヘ イカフ。クサノ ニホヒガ、<br />

フイテ クル」。これが2 番 目 の 絵 のテキストで<br />

す。「ツカヒニ イツタ、トナリムラ。ウシガ<br />

タンボヲ、スイテ ヰタ」が3 番 目 の 絵 。 昔 はこ<br />

うやって 田 んぼでは 鋤 を 牛 に 引 かせていました。<br />

つづいて「ヒバリノ アガル、ムギバタケ。ハナ<br />

サク ノハラデ、ウシガ ナク」、「コヱタ メウ<br />

シハ、オチチガ イツパイ。シボレバ、アツタカ<br />

ク テニ カカル」、「アツ、カアサンダ、ウシ<br />

ヒイテ。サラサラ ポプラノ ユフヒカゲ」と、<br />

それぞれ 順 に 見 開 き 絵 にテキストがイメージ 化 さ<br />

れています。これもまた 落 ち 着 いた 構 図 と 彩 色 の、<br />

佐 藤 忠 良 ならではの 見 事 な 絵 を、 愉 しむことがで<br />

きます。『ウミヘ』を 海 のバラードとすれば、こ<br />

ちらは 陸 のバラードで、 両 者 が 対 をなしているよ<br />

うに 思 います。<br />

いふ、 創 造 的 な 仕 事 の 欣 びは、また 我 等 自 らに<br />

課 した 劇 しい 試 練 でもある。 明 るく、 強 く、 張<br />

りのある、しかも 優 しい、 裕 かな 精 神 で 充 され<br />

た、 生 々した 児 童 の 未 来 像 を 想 い 浮 べながら、<br />

我 々は 子 供 の 心 理 的 ・ 肉 体 的 成 長 の 諸 段 階 に 副<br />

ふて、その 年 齢 度 の 公 準 を 措 定 し、 子 らが 欲 求<br />

し、 或 は 感 受 し、 逆 にまた 与 ふべきものの 対 象<br />

と 適 応 性 を 検 討 し、 分 析 し、 実 験 して、それぞ<br />

れに 応 ずる 絵 本 の 制 作 を 企 て、こゝに 第 一 期 計<br />

画 の 一 部 を 発 表 することとなつた。<br />

と、 金 井 信 生 堂 の 絵 本 制 作 の 理 念 を 謳 っています。<br />

絵 本 は 決 していいかげんに 作 ってはいけない、 子<br />

どもの 感 性 を 育 てるためにしっかり 作 らなければ<br />

いけない、と 一 穂 自 身 が 信 念 をもって 書 いている<br />

のです。ちなみに、 一 穂 は 後 年 (1972 年 ) 出 版 し<br />

た『 随 想 桃 花 村 』で、「わが 絵 本 考 」という 独<br />

自 の 絵 本 論 を 披 瀝 しています。<br />

さらに 一 穂 は 次 に『ウシヲカフムラ』について、<br />

こう 述 べています。<br />

一 穂 の 絵 本 観<br />

最 後 の 見 開 きでテキストの 載 ったページのもう<br />

片 ページに、「 牧 歌 」と 題 された、 吉 田 一 穂 の 絵<br />

本 観 が 記 されています。「 指 示 要 綱 」と、その 後<br />

おこなわれた 座 談 会 で 出 た 意 見 に、 子 どもの 本 に<br />

は 仲 立 ちする 人 がいる、それはお 母 さんだから、<br />

お 母 さんに 本 の 趣 旨 をきちんと 伝 えることもしな<br />

ければいけないとされ、 当 時 の 絵 本 には、お 母 さ<br />

んへ 向 けて 絵 本 の 趣 旨 が 述 べられているのが 多 く<br />

みられます。それを 一 穂 は「 牧 歌 」という 形 で 述<br />

べているのです。 注 目 すべきは、 子 どもと 本 との<br />

間 に 立 つ 大 人 の 役 割 を 重 視 している 点 で、そのた<br />

めに、 絵 本 に 後 書 きを 入 れることの 良 し 悪 しは 一<br />

応 置 いて、 大 人 の 仲 立 ちを 重 視 しているのは、 当<br />

時 の 見 識 とみてよいでしょう。 戦 後 になって、そ<br />

れは 常 識 的 考 え 方 になりましたが。 問 題 は 仲 立 ち<br />

の 仕 方 でしょう。で、 一 穂 の「 牧 歌 」ですが、 少<br />

し 長 いので 一 部 だけ 読 むと、<br />

新 しい 日 本 文 化 の 黎 明 期 に 際 して、 次 代 の 国<br />

運 を 荷 負 ふ 子 らのための、 良 き 絵 本 をつくると<br />

童 画 といへども、その 芸 術 衝 動 の 根 源 は 同 一 で<br />

あり、 制 作 欲 も 芸 術 観 も、 何 等 その 間 に 差 のあ<br />

るわけではない。<br />

と、 絵 本 の 絵 について 述 べ、<br />

のみならず 子 供 はより 自 然 であり、 我 々の 精 神<br />

の 均 衡 はつねに 自 然 を 志 向 するからである。こ<br />

の 絵 本 が 世 界 的 水 準 を 抜 く 香 り 高 い 表 現 をかち<br />

得 た 秘 密 は、 彼 れのノスタルヂァを 描 いたとい<br />

ふ 点 にあるのではなからうか。<br />

と、 画 家 の 佐 藤 忠 良 について、 自 分 が 理 想 とする<br />

絵 を 描 くことのできた 人 であることを、 誇 らかに<br />

訴 えています。つづけて、<br />

この 絵 本 に 多 少 、 異 国 情 景 の 感 じを 与 へるもの<br />

ありとすれば、その 背 景 となつた 土 地 は、 五 月<br />

に 春 と 夏 が 一 時 に 来 つて、 秋 の 早 い、 殆 ど 半 年<br />

を 白 雪 に 覆 はれる、 新 しい 処 女 地 であり、 封 建<br />

時 代 の 影 のさゝない、 大 農 生 産 様 式 と、 荒 地 を<br />

33


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

拓 きに 行 つた 爽 かな 開 拓 者 精 神 によつて、 豊 か<br />

なみのりを、その 立 体 的 な 空 のもとに 展 げてゐ<br />

る 土 地 であることのゆえを 想 起 して、この 画 面<br />

に 匂 ふてゐる 牧 歌 的 な 生 産 と 労 働 のよろこびを<br />

も、 子 らに 与 へる 良 き 恵 みとして 分 ちたい。<br />

ここは、 一 穂 自 身 のことを 言 っているのでして、<br />

彼 は 北 海 道 の 函 館 より 少 し 南 、 本 州 の 北 の 津 軽 半<br />

島 の 方 に 少 し 突 き 出 た、 昔 、 青 函 連 絡 船 が 着 いた<br />

突 端 の 所 と、 函 館 との 間 あたり、 上 磯 郡 という 所<br />

で 生 まれ、 母 親 が 函 館 の 人 だったので、 函 館 には<br />

よく 行 っていたようです。 学 校 へ 行 くようになっ<br />

てからは、 父 親 の 仕 事 の 都 合 で 小 樽 に 近 い 余 市 の<br />

側 へ 移 りました。それから 東 京 へ 出 てきて、 苦 節<br />

を 経 て 詩 人 として 立 つわけですが、 自 分 の 原 点 で<br />

ある 幼 年 時 代 は、 北 海 道 の 北 海 に 面 した 荒 々しい<br />

所 にあって、 周 りにはトラピスト 教 会 なんかが<br />

あって、 開 拓 者 精 神 がみなぎっている 所 だという。<br />

そこが 一 つの 望 郷 の 地 で、ノスタルジー、 郷 愁 で<br />

あるというのです。 人 はみな 故 郷 というものをも<br />

ち、そこが 郷 愁 の 原 点 で、 故 郷 は 絶 えず 自 然 と 一<br />

体 である、というのがこの 人 の 持 論 でした。「 牧 歌 」<br />

でも、 子 ども 時 代 にとって 一 番 重 要 なのは、 荒 々<br />

しい 自 然 の 中 で 培 われていく 少 年 期 ・ 少 女 期 だと、<br />

自 分 の 経 験 を 通 して 確 信 していたのです。そうい<br />

う 経 験 の 中 から、『ウシヲカフムラ』や『ウミヘ』<br />

が 生 みだされたのであって、 画 家 もまた 共 感 して<br />

こういう 作 品 が 生 まれたと、「 牧 歌 」は 謳 ってい<br />

るわけです。<br />

純 粋 絵 本 『ハナサキミノル』<br />

次 は、 同 じく 吉 田 一 穂 さんの『ハナサキミノル』<br />

を 愉 しんでみましょう。 絵 は 今 度 は 島 田 訥 郎 さん。<br />

この 人 は 吉 田 さんと 息 が 合 ったらしく、 吉 田 さん<br />

の 童 話 集 にも 挿 絵 を 描 いています。これは、 前 の<br />

『ウシヲカフムラ』と 同 じ 趣 向 で、テキストと 絵<br />

が 別 立 てになっていまして、 今 度 は 最 初 にテキス<br />

トが 出 てきます。 表 紙 を 開 きます。テキストを 読<br />

みましょう。<br />

アヲガキ シブガキ、アメアガリ。<br />

ミンミン セミガ ナキダシタ。<br />

アサガホ サイタ、カタツムリ。<br />

トナリハ ハナノ カキネゴシ。<br />

ドコカデ ナイテル ヤマバトガ。<br />

アマク ウレタヨ、イチヂクモ。<br />

一 ツブ 一 ツブ ヒノ ヒカリ。<br />

ブダウハ ミノル、ムラサキニ。<br />

コトシモ ウミヘ イキタイナ。<br />

ナギサノ ヤドカリ、ナミノオト。<br />

カウボネノ ハナガ サイタヨ。<br />

スイスイ メダカサン、ハナメグリ。<br />

美 しい 詩 ですね。2 行 一 連 で、5 月 の 初 夏 を 謳 っ<br />

ています。この 絵 本 も 終 りに、 一 穂 による「 夏 の<br />

画 帳 」というタイトルの 後 記 があり、 作 品 の 意 図<br />

と、 子 どもたちが 自 然 に 向 かう 姿 勢 を 説 くことば<br />

が、 格 調 高 い 散 文 詩 で 綴 られています。 全 文 をご<br />

紹 介 しましょう。<br />

雨 あがりのこがねの 光 りそゝぐみどりの 若 葉<br />

を、 子 供 の 開 眼 の 季 節 にたとへられるなら、 五<br />

月 の 光 彩 ほど 美 しく、 目 に 爽 かなものがあらう<br />

か。 朝 ごと、 露 をふくんだ 垣 根 の 花 々、 青 柿 が、<br />

葡 萄 が、 葉 がくれにその 秋 のみのりを 想 はせ、<br />

蝉 は 啼 き、かみきりやすいつちよ、でゞむしな<br />

どと、 子 供 たちの 目 の 及 ぶ 初 夏 の 戸 外 で、 写 生<br />

帳 を 充 たす 採 集 の 数 々は 豊 かである。<br />

絵 本 をご 覧 になると、このことばの 世 界 が 美 し<br />

い 水 彩 画 で 描 きだされています。 見 開 きの1ペー<br />

ジ1ページが 一 幅 の 絵 として 連 続 しています。 後<br />

記 は 続 きます。<br />

国 土 の 自 然 は、その 生 を 享 けたるものゝ 感 性<br />

の 根 帯 である。 行 為 、あるひは 判 断 としての「 美 」<br />

の 意 識 をかたづくる 直 感 的 な 形 式 は、 子 供 の 純<br />

4 4<br />

潔 な 感 覚 と、その 風 土 に 花 ひらく 自 然 との 調 和<br />

に、 正 常 な 色 彩 感 覚 の 基 調 を 置 かねばならない。<br />

34


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

われわれはこゝに 触 目 の 自 然 を 対 象 に 取 材 し、<br />

日 本 画 独 自 の 構 図 と 描 法 によつて、 子 供 の 健 全<br />

4 4 4<br />

な 感 覚 の 可 能 性 に 於 ける 純 粋 絵 本 を 敢 て 試 作 し<br />

た。そしてこの 絵 本 でも、 画 面 の 説 明 的 な 挿 入<br />

句 を 避 け、 子 等 の 感 受 と 想 像 のより 自 由 さを 期<br />

して、しかも 能 ふかぎり 立 体 的 な 解 釈 に 於 て 一<br />

篇 の 独 立 な 童 謡 を 作 し、 以 つて 各 画 面 の 叙 情 的<br />

統 一 を 行 つた。まさにこれは 初 夏 の 印 象 を、 一<br />

枚 一 枚 めくる 楽 しい 木 陰 の 夢 である。 画 面 に 見<br />

入 りながら、 身 を 揺 りうごかして、 自 然 に 歌 ひ<br />

出 す 子 等 を 予 期 することは、あながちわれらの<br />

空 想 のみと 断 じ 得 やうか!<br />

一 穂 はこの 絵 本 を、 純 粋 絵 本 と 名 づけて、 絵 と<br />

テキストを 分 離 した 理 由 も 述 べています。 確 かに、<br />

画 面 のみのページをめくっていくと、そこには 感<br />

覚 を 通 して、 初 夏 の 叙 情 を 満 喫 することができま<br />

す。こういう 作 り、こういう 意 図 の 絵 本 に 出 会 う<br />

のは、 私 にとっては 初 めてで、あの 戦 争 のさなか<br />

にこういう 絵 本 があったということに、ある 種 の<br />

感 動 を 覚 えるのは、 私 1 人 ではないと 思 います。<br />

を 含 む 処 女 詩 集 〔 筆 者 注 〕)の 一 特 色 はそのタッ<br />

チの 鮮 やかさにあるが、 母 への 思 い―その 距 離<br />

感 を、このように 洗 練 された 形 で 表 現 した 作 品<br />

は、それまで 他 にほとんど 見 ることのできない<br />

ものだった。「 麗 はしい 距 離 」「 遠 のいてゆく 風<br />

景 」は、いうまでもなく 情 感 の 世 界 の 比 喩 的 表<br />

現 である。しかもそれが 描 かれた 風 景 画 のよう<br />

に、はっきりとした 遠 近 で 目 に 浮 かんでくる。<br />

私 の 母 はもうとうに 亡 くなりましたけれども、<br />

女 性 よりも 男 性 の 方 が 多 分 、 母 を 特 別 の 思 い、 胸<br />

の 熱 くなる 思 いで 思 慕 すると 思 います。 自 分 が 成<br />

長 するにつれ、 親 からは 離 れていきます。 忘 れる<br />

わけではないけれども、 時 には 疎 ましいものも<br />

あったりして、 次 第 に 母 親 からも 距 離 を 置 いてい<br />

きます。その 母 との 距 離 を「 常 に 遠 のいてゆく 風<br />

景 」と 言 い、しかし、それはある 意 味 では「 麗 は<br />

しい 距 離 」でもあると。 母 というものは 子 にとっ<br />

てこういう 存 在 であるということを、この2 行 は<br />

見 事 に 歌 っています。 伊 藤 さんの 解 説 の 続 きを 読<br />

むと、<br />

詩 人 一 穂 の 代 表 作 「 母 」<br />

吉 田 一 穂 さんとはどういう 詩 人 だったのでしょ<br />

うか 中 央 公 論 社 から 昭 和 43 年 に『 日 本 の 詩 歌 』<br />

という 全 集 が 出 まして、その21 巻 には 金 子 光 晴 ・<br />

吉 田 一 穂 ・ 村 野 四 郎 ・ 草 野 心 平 が 一 緒 に 入 ってい<br />

ます。これらの 詩 人 と 同 時 代 なんですね。この 本<br />

から 一 穂 さんの 詩 を 紹 介 しましょう。 一 穂 さんの<br />

代 表 的 な 詩 は、 誰 もが 異 口 同 音 に「 母 」を 挙 げて<br />

います。<br />

デスタンス<br />

ああ 麗 はしい 距 離<br />

常 に 遠 のいてゆく 風 景 ……<br />

か な た<br />

悲 しみの 彼 方 、 母 への<br />

さぐ ピアニッシモ<br />

捜 り 打 つ 夜 半 の 最 弱 音 。<br />

これだけの 短 い 詩 ですけれども、 伊 藤 信 吉 さん<br />

の 解 説 にあるように、<br />

優 美 であり 鮮 麗 である。『 海 の 聖 母 』(「 母 」<br />

この 詩 には 二 つの 力 点 がある。 一 つは「 母 」<br />

を 主 にしてみる 場 合 で、 母 への 思 いは 生 の 母 体 、<br />

生 命 を 包 む 手 、 幼 少 の 夢 などにつながる。だが<br />

それらの 母 性 的 なものから、 育 てられた 子 はし<br />

だいに 離 れてゆく。 時 間 とともにその 距 離 は 延<br />

び、 昔 の 面 影 は 遠 のいてゆく。 過 ぎてゆくもの、<br />

遠 のいてゆくものは、いずれ 悲 しみでないもの<br />

はない。<br />

「 悲 しみの 彼 方 、 母 への」というのはそれです。<br />

「 捜 り 打 つ」は、その 昔 の 面 影 に 寄 せる 思 い<br />

である。それはピアノの「 最 弱 音 」のようにひ<br />

そやかだが、しかし 消 えることのない 音 色 であ<br />

る。この 詩 の 構 成 において「 悲 しみの 彼 方 」の<br />

一 語 は、かなり 大 きな 比 重 を 成 している。だが<br />

作 品 全 体 の 構 成 として、もう 一 つの 力 点 は、や<br />

はり「 麗 はしい 距 離 」「 遠 のいていく 風 景 」と<br />

いうところにある。このように 見 れば「 母 」は<br />

むしろ 距 離 感 の 象 徴 ともいえるのであって、そ<br />

35


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

の 距 離 感 の 美 的 表 現 に 一 篇 の 趣 意 が 集 約 され<br />

る。<br />

自 分 が 成 長 するにつれて 母 が 遠 ざかっていく。<br />

しかし 母 というものは、どこまでも 消 えることな<br />

く、 風 景 としてずっと 見 えている。あまり 遠 くに<br />

行 ってしまって、 悲 しみの 彼 方 へと、 行 ってしまっ<br />

ている。その 思 い 出 の 母 を、「 捜 り 打 つ 夜 半 の 最<br />

弱 音 」、 悲 しみ、 哀 切 の 情 が、 紛 れもなくそこに<br />

あるのです。<br />

堀 田 善 衛 もまたこう 解 説 しています。<br />

この 四 行 によって 出 発 をしたときに、すでに<br />

詩 人 としての 彼 の 一 切 は 完 結 してしまっている<br />

のである。と、こういうことを 言 うと、 吉 田 一<br />

穂 はおそらくおれの 築 き 上 げた 全 形 而 上 学 を 無<br />

視 するか、と 言 って 怒 るであろうが、そのこと<br />

の 検 討 は 別 におこなうことにして、 彼 は 全 生 涯<br />

をかけてこの 処 女 作 の 四 行 に 向 って 形 而 上 学 的<br />

に、あるいは 反 歴 史 的 に 成 熟 して 行 くのであっ<br />

て、 処 女 作 の 四 行 によって 詩 人 としての 一 切 が<br />

完 成 し 完 結 しているということほどにも、 彼 の<br />

栄 光 を 物 語 るものはないのであり、( 後 略 )<br />

と 言 っています。この 代 表 作 は、 実 は 処 女 作 では<br />

ないけれども、 最 初 にこういう 詩 を 詠 ってしまっ<br />

たら、 後 はこれを 越 えるのはきわめて 難 しい。し<br />

かし、この 四 行 があれば、 詩 人 として 不 滅 である、<br />

と 激 賞 し、 同 時 にこういうものを 書 いてしまうと、<br />

この 人 の 後 の 一 生 というのは、 半 歴 史 的 に 逆 行 し<br />

ていかなくてはならない 宿 命 を 持 っている、とい<br />

うのが 堀 田 善 衛 の 意 見 ですね。<br />

吉 田 一 穂 はおおよそこういう 詩 人 でした。かな<br />

り 高 踏 的 な 詩 を 書 く 人 でしたが、 子 どもに 向 けて<br />

は、『ウミヘ』、『ウシヲカフムラ』、『ハナサキミ<br />

ノル』で 見 ましたように、ひじょうにわかりやす<br />

い、そして、 一 字 一 句 を 心 に 反 芻 しながら 読 むと、<br />

イメージが 大 きく 広 がっていく 詩 を 書 きました。<br />

それをまた、 佐 藤 忠 良 や 島 田 訥 郎 といった、 一 穂<br />

の 世 界 を 的 確 、 見 事 に 絵 として 描 ける 画 家 を 選 び<br />

出 して、 彼 の 絵 本 を 作 り 上 げているのです。こう<br />

いう 作 家 が 戦 中 に 存 在 していたのです。<br />

上 野 をうたった「 北 の 門 」<br />

たまたま 私 たちが 今 いるこの 図 書 館 、 私 は 学 生<br />

時 代 にここへ 調 べに 来 た 憶 えがあって、とても 懐<br />

かしいですが、 吉 田 一 穂 さんに、 上 野 駅 近 くを 歌 っ<br />

た「 北 の 門 」という 詩 があるのです。 戦 後 は、 東<br />

北 から 就 職 に 出 てくる 人 はみな 東 北 本 線 で 来 て、<br />

上 野 駅 で 降 り、そこからそれぞれの 事 業 主 のとこ<br />

ろへ 向 かいました。その 意 味 で、 上 野 は 貧 しい 東<br />

北 を 東 京 へ 迎 え 入 れる 北 の 門 でした。 人 が 死 ぬと<br />

北 枕 というように、 北 は 死 をも 意 味 します。 北 の<br />

門 から 死 者 は 出 て 行 くという、そういう 考 えもあ<br />

るので、 上 野 はそういう 滅 びの 門 でもありました。<br />

「 北 の 門 」はこう 歌 われています。<br />

息 荒 く、 雪 を 被 つた 列 車 が 入 つてくる。<br />

なま<br />

東 北 訛 りが 続 々と 吐 き 出 される。<br />

人 混 みにまぎれこみ、<br />

魔 府 の 渦 に 吸 ひこまれ、<br />

何 処 とも 知 れず、 消 え 去 つてゆく。<br />

ここで、 上 野 駅 に 上 京 してくる 東 北 人 、 自 分 も<br />

含 めてそういう 人 たちの 姿 を 書 いています。<br />

ふるさとを 失 った 動 物 園 の 標 本 たち、<br />

わな<br />

餌 づけられた、その 日 暮 しの 罠 から、<br />

ぬ<br />

鉄 柵 から、この 門 から 抜 け 出 しやうもない。<br />

捕 らえられた 動 物 たちも、 逃 げようもなく 動 物<br />

園 に 閉 じ 込 められている。 人 間 も 東 京 にやって 来<br />

ては、「 魔 府 の 渦 」の 中 に 巻 き 込 まれていく。 動<br />

物 たちと 同 じではないか。<br />

望 郷 の 無 籍 者 たちに、 星 の 見 える 空 もなく、<br />

腐 つた 大 川 が、その 東 を 流 れてゐた。<br />

隅 田 川 でしょう、これは。 幻 滅 の 都 会 ですね。<br />

やんごとなきおかたからの 金 五 円 と、 白 木 の 函<br />

を 抱 いて、<br />

ぼんしょう 寛 永 寺 の 門 を 出 た 時 、 梵 鐘 の 鐘 が 鳴 つた。<br />

これは、 一 穂 の 弟 が 東 シナ 海 で 戦 死 して、 遺 骨<br />

36


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

が 寛 永 寺 に 保 管 されているのを 受 け 取 りに 来 たと<br />

きのことです。 金 五 円 とは 白 木 の 箱 に 添 えてある<br />

戦 没 者 への 御 下 賜 金 ですね。<br />

東 支 那 海 の 底 で 弟 が、 骨 がらみになつてゐる 頃 。<br />

美 術 館 の 裏 に、<br />

これはすぐそこの 国 立 博 物 館 。 国 立 博 物 館 の 裏<br />

に、<br />

は<br />

馬 もろとも 将 軍 たちの 銅 像 が 投 ふり 出 されてゐ<br />

た。<br />

東 京 中 に、 軍 服 の 人 が 馬 に 跨 っている 銅 像 が<br />

あったのですが、 戦 後 に 取 り 払 われて、 博 物 館 の<br />

裏 がそれらの 捨 て 場 になっていたのです。<br />

洪 音 、 絶 えることなしか。<br />

洪 音 というのはかまびすしい、 騒 々しい 音 です。<br />

上 野 の 森 のボヘミアンの 夢 。<br />

上 野 の 森 は 今 はこうだけれども、 早 稲 田 に、 向<br />

学 心 に 燃 えて 上 京 していたとき、 自 分 はここをよ<br />

く 歩 いた。その 頃 も、 今 も、 無 国 籍 者 で、 夢 に 誘<br />

われて 放 浪 しているボヘミアンである。ボヘミア<br />

ンは 宿 無 しという 意 味 ですから、 夢 を 抱 いた 放 浪<br />

者 です。<br />

葉 ざくらとガス 燈 と、 図 書 館 ……<br />

戦 後 に、 弟 の 遺 骨 を 受 け 取 り 抱 きながら、かつ<br />

て 早 稲 田 の 学 生 として、 星 雲 の 夢 を 抱 いて 訪 れた、<br />

この 図 書 館 の 前 で、 一 穂 は 絶 句 してたたずんでい<br />

るのでしょう。これが 吉 田 一 穂 の 姿 です。<br />

のイラストレーターの 五 指 の1 人 であることは 改<br />

めて 申 し 上 げるまでもないでしょう。 初 山 滋 が 自<br />

分 1 人 で 制 作 された 絵 本 が『たべるトンちゃん』<br />

です。 先 ほどの『はじめて 学 ぶ 日 本 の 絵 本 史 2<br />

15 年 戦 争 下 の 絵 本 』にも、また 鳥 越 信 編 の『 小 さ<br />

な 絵 本 美 術 館 』(ミネルヴァ 書 房 2005)にも 言<br />

及 がありますが、 戦 争 中 に 大 手 の 出 版 社 からでは<br />

なく、 単 発 の 絵 本 として 出 たユニークな 絵 本 で、<br />

なかなかの 豪 華 本 、 力 作 ですが、 今 日 はこれにつ<br />

いてこれ 以 上 は 触 れず、『ヒバリハソラニ』につ<br />

いてだけ、お 話 しいたしましょう。<br />

昭 和 16 年 、 大 東 亜 戦 争 が 始 まった 年 ですが、 帝<br />

国 教 育 会 出 版 部 というところから「 新 日 本 幼 年 文<br />

庫 」という 絵 物 語 のシリーズの 出 版 がはじまりま<br />

した。『ヒバリハソラニ』は 吉 田 一 穂 さんによる<br />

子 どものための 代 表 作 品 でしょう。これは、 主 人<br />

公 のシカノコが、 自 由 を 求 めて、 危 険 に 出 会 った<br />

り、 悲 しい 経 験 をしたりして、 大 自 然 の 中 へわが<br />

道 をさぐり、ついに 理 想 の 海 へたどり 着 くまでを<br />

追 っていきます。この 作 品 でも、 一 穂 は 自 ら 作 品<br />

のテーマを 詩 情 にとむ 表 現 で 解 説 しています。<br />

人 はなぜ、 月 や 水 、 夕 焼 け 雲 の 美 しさ、 草 の<br />

緑 のさわやかさを 感 じるのでしょう。<br />

いつのまにか、つくりものにならされ、しき<br />

たりになじんで、 忘 れていたもとの 姿 、 命 とつ<br />

ながるものに 触 れるからです。<br />

深 い 地 の 底 から 水 をくんで、 渇 きをいやすよ<br />

うにそれは 心 のふるさとです。 知 恵 は 命 を 守 る<br />

ものにすぎない。わたくしは 一 匹 の 子 鹿 をとら<br />

えて 一 ページずつ、 絵 とともに 語 りながら、 人<br />

に 飼 いならされてつめもきばも 役 立 たなくなる<br />

ようないじけたことから、 新 しいところへ、た<br />

とえそこが 荒 地 であろうと、また、どんなつら<br />

いことが 待 っていようと、 進 んでいって 荒 野 を<br />

切 り 開 こう、という 力 強 いお 話 です。<br />

『ヒバリハソラニ』<br />

さて、 絵 本 リストにもどって、 少 し 後 の 方 に、<br />

やはり 一 穂 さんによる『ヒバリハソラニ』があり<br />

ます。これは 初 山 滋 がイラストを 描 いています。<br />

初 山 滋 は『コドモノクニ』でも 活 躍 された、 日 本<br />

これは 初 めは 総 カタカナで 表 記 されていました<br />

が、 戦 後 昭 和 53 年 フレーベル 館 から 改 訂 版 として<br />

出 された『ひばりはそらに』における 表 記 で 引 用<br />

しました。<br />

先 の「 指 示 要 綱 」で、 絵 本 の 絵 はリアリズムで、<br />

37


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

と 謳 われていたからでしょう、 当 時 の 絵 本 はほと<br />

んどすべて、リアリズムの、 具 象 的 な 絵 でしたが、<br />

『ヒバリハソラニ』の 初 山 滋 の 絵 は、デザイン 化<br />

され、 抽 象 化 された 絵 でした。 抽 象 画 ではありま<br />

せんが、 単 なるリアリズム 画 ではありません。テ<br />

キストにぴったりの、 詩 情 あふれるイラストレー<br />

ションです。これもまた 作 者 の 一 穂 と、 画 家 の 初<br />

山 滋 の 息 がぴたりと 合 った、 見 事 な 世 界 です。な<br />

お、ただ 今 申 したように、 戦 後 にとと<br />

して 再 販 されたときには、テキストにも 改 訂 がほ<br />

どこされ、イラストレーションも 初 山 滋 が 描 き 直<br />

したものが 使 われています。<br />

以 上 、 吉 田 一 穂 による 作 品 を 見 てまいりました。<br />

そして、 編 集 者 も 兼 ねた 彼 が、 自 ら 選 んだ3 人 の<br />

画 家 たち、 佐 藤 忠 良 、 島 田 訥 朗 、 初 山 滋 らとの 見<br />

事 な 合 作 絵 本 をご 紹 介 しましたが、いかがでした<br />

か。あの 戦 時 中 にこういうハイレベルな 絵 本 がク<br />

リエイトされていたのは 嬉 しいですね。<br />

『ウミノコドモ』<br />

優 れた 絵 描 きさんの 絵 本 といえば、もう1 冊 是<br />

非 ご 紹 介 したいものがあります。それは、リスト<br />

の 次 に 挙 げてある、 大 戸 喜 一 郎 詩 、 鈴 木 信 太 郎 絵<br />

による、 昭 和 17 年 8 月 に 出 た『ウミノコドモ』で<br />

す。 鈴 木 信 太 郎 という 画 家 をご 存 知 でしょうか。<br />

芸 術 院 会 員 だった 有 名 な 方 です。その 方 が 描 く 絵 、<br />

私 は 大 好 きです。<br />

この 絵 本 には、 全 体 を 通 したストーリーはあり<br />

ません。サザエを 取 る 海 女 とその 子 ども、 海 のお<br />

風 呂 につかる 人 々、という 網 の 浮 きで 遊<br />

ぶ 子 どもたち、 砂 浜 で 相 撲 をとる 子 どもたち、<<br />

タマ>と 呼 ぶサザエの 子 を 取 りにもぐる 子 どもた<br />

ちなど、 海 辺 に 住 む 子 どもたち、あるいは、その<br />

家 族 たちの 生 活 を、エピソード 風 に 点 描 したもの<br />

で、 全 体 は、 戦 時 中 にもかかわらず、のどかな 海<br />

浜 の 日 常 性 がほのぼのと 写 されている 作 品 です。<br />

わずかに「タラヒノ フネ」という 一 話 で、<br />

タラヒノ フネデ テキゼンジャウリク コゲ<br />

コゲ コゲ ボクラハ ツヨイ ニッポンノ<br />

コドモ<br />

と 歌 われているところが、 軍 国 時 代 を 映 していま<br />

すが、ここで 特 にとがめだてすることもないで<br />

しょう。それよりも 一 話 一 話 に 添 えられているイ<br />

ラストレーション、 見 事 です。 素 朴 な 絵 と 見 える<br />

でしょうが、デッサンが 実 にしっかりしていて、<br />

水 彩 の 色 もすばらしいです。<br />

裏 表 紙 の 大 戸 喜 一 郎 さんによる 解 説 文 を 読 みま<br />

しょう。<br />

海 の 子 供 は、 海 をこはがりません。 第 一 図 の<br />

やうに、 岩 がけには 大 浪 がくだけてゐるのに、<br />

平 気 で 遊 んでゐます。 海 の 子 供 にとつては、 海<br />

は、 田 園 の 子 供 が 草 や 木 を 見 るのと 同 じで、す<br />

つかり 海 ととけ 合 ってゐるのです。 海 の 子 供 は、<br />

田 園 の 子 供 が 草 木 を 相 手 に 遊 ぶやうに、 色 々と<br />

工 夫 して 海 と 一 しょに 遊 びます。 早 い 所 では 二 ・<br />

三 月 頃 から 海 に 入 ります。<br />

この 海 を 恐 れぬ 心 、 海 にとけ 合 ふ 心 は 大 きく<br />

なつて、 小 舟 で 遠 い 沖 まで 出 て 漁 をする 大 胆 さ<br />

を 培 ひ、また、わが 無 敵 海 軍 を 作 り 上 げる 大 切<br />

な 素 地 となるのだと 思 ひます。<br />

田 園 の 子 も、 山 の 子 も、 海 を 恐 れぬ 心 を 持 っ<br />

て 頂 きたいと 思 ひます。<br />

「わが 無 敵 海 軍 」を 入 れないと、 当 時 は 用 紙 の<br />

配 給 がえられなかったのでしょう。 今 読 むと、い<br />

かにもとってつけたようで、ご 愛 嬌 と 言 えます。<br />

作 者 の 本 音 が、 自 然 の 中 で 無 邪 気 に 生 活 する 海 辺<br />

の 子 どもたちのたくましい、おおどかな 姿 を 礼 賛<br />

し、 奨 励 しているのは 明 らかです。 鈴 木 信 太 郎 の<br />

絵 はその 心 を 的 確 にとらえて 表 現 しています。 佐<br />

藤 忠 良 さん、 島 田 訥 郎 、 初 山 滋 と 合 わせ、 戦 中 の<br />

絵 本 における 絵 で、 私 がベストと 推 奨 したいもの<br />

です。<br />

安 泰 の 漫 画 風 絵 本<br />

では、 次 に 移 ります。 今 度 は 安 泰 さんの 絵 本 で<br />

す。 童 画 家 としての 活 躍 は 戦 前 、 戦 中 、 戦 後 と 長<br />

い 方 ですが、ここではリストに 挙 げた『ブリアミ』、<br />

『ツルノオンガヘシ』、『ハタラケハタラケ』を 見<br />

ることにしましょう。「 安 」はと 読 みます。<br />

昭 和 5、6 年 頃 から 黒 崎 義 介 などと 一 緒 に 漫 画 家<br />

38


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

として 出 てきた 人 です。 戦 後 直 後 の 作 の『おしゃ<br />

れうさぎ』が、ほるぷ 出 版 の『 複 刻 絵 本 絵 ばなし<br />

集 』(1978)に 入 っているので、ご 覧 になれますが、<br />

コマ 割 りの 漫 画 スタイルの 絵 本 で、「おしゃれう<br />

さぎ」、「たぬきとふうせん」、「おさるのこづつみ」、<br />

「ばかなかめ」、りすの「ぶらんこ」、「よくばりお<br />

おかみ」、「とらとからす」と 動 物 のキャラクター<br />

が 演 じて、 最 後 にオチのある、ちょっとイソップ<br />

ばりのお 話 集 です。 漫 画 風 ですがデザイン、レイ<br />

アウトが 見 開 きページごとに 違 っていて、 読 者 を<br />

飽 きさせません。 動 物 を 描 くのを 得 意 とした 安 泰<br />

さんらしいナンセンス 絵 本 で、こういう 幼 年 漫 画<br />

絵 本 を 私 は 好 きです。 安 泰 さんは、 芸 大 の 油 絵 を<br />

出 た 方 で、その 絵 は 無 造 作 に 見 えながら、デッサ<br />

ンのしっかりした、 肉 太 の 輪 郭 線 が 特 徴 の、リア<br />

リズムの 絵 で、 児 童 文 学 界 でたいそう 良 質 なイラ<br />

ストレーターのお 一 人 です。<br />

戦 中 作 の『ブリアミ』。これはわらべ 歌 など 収<br />

集 されていた 薮 田 義 雄 さんがテキストを 書 いてい<br />

ます。ブリ 漁 を 描 いたノンフィクション 絵 本 です。<br />

薮 田 さんは 伊 豆 で 暮 らしているので、 小 田 原 沖 の<br />

ブリ 漁 を 見 て 描 いたそうです。 少 年 がお 父 さんの<br />

友 人 に 連 れられて、ブリ 漁 を 見 に 行 くという 仕 立<br />

てで、ブリ 漁 の 仕 方 が 手 順 よく 紹 介 されています。<br />

というのを 使 ってブリを 追 いこむの<br />

ですね。は 藁 で 編 んだものですが、<br />

目 が 粗 いのに 水 の 中 で「キンイロニ ヒカッテ<br />

ミエル」ので、ブリは 怖 がって 網 の 目 をくぐらず<br />

にそって 泳 いで、「オホキナ フクロノ<br />

アミニ」 入 ってしまうのです。イラストレーショ<br />

ンは、くっきりした 輪 郭 線 で 描 かれ、 淡 い 水 彩 絵<br />

の 具 で 彩 色 されています。すっきりとした、 清 潔<br />

感 のある 絵 で、すがすがしい 感 じを 与 えてくれま<br />

す。<br />

次 は、 有 名 な 昔 話 『ツルノオンガヘシ』。これ<br />

の 絵 本 は 今 日 では 赤 羽 末 吉 さんのものがよく 知 ら<br />

れていますが、 安 泰 さんのも 捨 てがたい 絵 本 です。<br />

テキストは 坪 田 譲 治 さんです。 私 は 安 泰 さんの 絵<br />

本 をそうたくさん 見 てはおりませんが、この『ツ<br />

ルノオンガへシ』は 傑 作 だと 思 います。 絵 本 の 絵<br />

として、 完 璧 だと 思 います。 話 の 情 感 が 実 に 的 確<br />

にとらえられています。 余 分 なものを 描 きこまず、<br />

すっきりとした 画 面 がこの 昔 話 にはぴったりで<br />

す。<br />

安 泰 さんも 先 ほどの 茂 田 井 武 さんと 同 じだった<br />

のでしょう。 仕 事 がだんだん 戦 時 色 の 濃 いものし<br />

か 作 れなくなって、 次 の『ハタラケハタラケ』で<br />

はもう 絶 望 したようすがうかがえます。これを 描<br />

いてから 田 舎 に 帰 ってしまっているのです。 戦 中<br />

の 最 後 の 制 作 でしょう、これは。『ハタラケハタ<br />

ラケ』の 文 はサトウハチローさんです。 防 空 壕 だ<br />

とか、 銃 後 の 備 えとか、 戦 地 の 兵 隊 さんとか、 毎<br />

ページ 当 時 の 時 代 語 があふれています。が、にも<br />

かかわらず、 動 物 村 の 話 で 書 かれているので、 安<br />

泰 さんの 得 意 とした 漫 画 風 の、 愛 らしい 動 物 たち<br />

が、 話 の 内 容 とは 裏 腹 に、ほのぼのとした 情 感 を<br />

かもし 出 してくれて、 絵 だけを 見 ていくと、ことの 喜 びさえ 伝 わってきます。しかし、<br />

これを 描 いて 安 さんは 田 舎 に 帰 ってしまったので<br />

すから。<br />

絵 本 の 表 紙 に「6-7」と 数 字 が 書 かれていま<br />

すね。これまでお 見 せしたどの 本 にも 同 じように<br />

数 字 が 表 紙 に 印 刷 されていましたが、これは6 歳<br />

から7 歳 向 けという、 絵 本 の 対 象 読 者 を 示 したも<br />

のです。 例 の「 指 示 要 綱 」 後 の「 座 談 会 」で、 子<br />

どもに 絵 本 を 選 ぶときに 便 利 なように 対 象 年 齢 の<br />

目 安 を 表 紙 に 出 すのがよいとされて、こういうこ<br />

とが 義 務 づけられたのですね。 戦 後 になってから<br />

もしばらく 引 き 継 がれていました。「 指 示 要 綱 」<br />

ではまた、 表 紙 に 必 ず 画 家 名 を 書 くことも 義 務 づ<br />

けられました。 例 の 赤 本 では 画 家 名 も 作 家 名 もあ<br />

りませんでしたから。そういう 意 味 では、 戦 争 中<br />

の 統 制 は、 確 かにきつい 統 制 でしたが、 絵 本 の 地<br />

位 向 上 というか 権 利 の 確 立 に、 一 役 買 っていたと<br />

いう 面 はありました。<br />

4 銭 本 『サルノアカチャン』<br />

では、 次 に 異 色 の 絵 本 を 紹 介 しましょう。『サ<br />

ルノアカチャン』という 絵 本 で、 芸 大 出 の 画 家 杉<br />

またただし 全 直 さんが 描 いています。 異 色 というのは、まず<br />

本 の 値 段 です。たったの4 銭 なのです。これまで<br />

見 てきた 絵 本 、『ニッポンノアシオト』は54 銭 で<br />

した。 端 数 があるのは 当 時 の 税 金 、 特 別 税 です。『ウ<br />

ミヘ』は32 銭 、『ウシヲカフムラ』は23 銭 、『ハナ<br />

すぎ<br />

39


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

サキミノル』には 値 段 が 書 いてありません。『ウ<br />

ミノコドモ』は35 銭 、『ブリアミ』は53 銭 、『ツル<br />

ノオンガヘシ』も53 銭 、『ハタラケハタラケ』は<br />

50 銭 、『ヒバリハソラニ』はページ 数 も 多 いので<br />

75 銭 。これが 当 時 の 相 場 ですね。20~30 銭 から50<br />

銭 あたりが 当 時 の 絵 本 の 値 段 でした。 別 格 は 昭 和<br />

12 年 刊 、 初 山 滋 のハイブラウな 大 型 絵 本 、80 銭 で<br />

した。そういう 中 で、『サルノアカチャン』は、たっ<br />

たの4 銭 。 値 段 で、 当 時 も 話 題 を 呼 んだ 本 だった<br />

ようです。<br />

先 ほど 言 及 しました、ほるぷ 出 版 の『 複 刻 絵 本<br />

絵 ばなし 集 』の 解 説 書 で、 滑 川 道 夫 さんが「 戦 中<br />

の 絵 本 、 児 童 書 出 版 について」を 書 いておられま<br />

す。 生 き 字 引 的 な 滑 川 さんでしたから、 当 時 の 出<br />

版 界 のようす、 特 に 絵 本 について 詳 しく 語 られて<br />

います。その 中 で、 大 正 浪 漫 の 時 代 以 来 、それか<br />

ら『コドモノクニ』などもそうですけれども、 都<br />

市 の 中 流 階 級 の 子 弟 を 対 象 に 子 どもの 本 が 作 られ<br />

ていた 点 を 指 摘 され、 折 角 出 版 された 良 書 も、 経<br />

済 的 にあまり 豊 かではない 階 層 の 子 どもには 行 き<br />

渡 っていない。いくら 作 家 たちががんばって 芸 術<br />

的 な 作 品 を 書 いても 多 くの 子 どもには 行 き 渡 って<br />

いない。そして、 赤 本 がその 欠 を 満 たしていて、<br />

質 の 向 上 を 言 いながら、 本 の 値 段 が 障 碍 になって<br />

いた。そういうわけで、 値 段 を 安 くしなければ、<br />

ということで 出 たのが、この『サルノアカチャン』<br />

にみる 生 活 社 の 本 だったのです。 当 時 としては 破<br />

格 の 値 段 でした。しかし、 安 くするためにはペー<br />

ジ 数 を 少 なくしなければならず、 薄 っぺらな 絵 本<br />

でしたから、 書 店 は 扱 わず、いわゆる 赤 本 のルー<br />

トでしか 流 通 できず、 出 版 社 の 意 気 込 みにもかか<br />

わらず、 企 画 は 成 功 しなかったというのです。 詳<br />

細 は 先 の 滑 川 道 夫 さんの 文 章 にひじょうに 詳 しく<br />

書 かれているので、 関 心 のある 方 は 是 非 ご 覧 に<br />

なってください。<br />

しかし、 私 はその4 銭 本 の1 冊 『サルノアカチャ<br />

ン』を 見 て、ページ 数 は 少 ないけれども、 内 容 が<br />

とてもいい 絵 本 だと 評 価 しています。 親 子 を 描 い<br />

た 絵 本 で、 人 間 の 親 も 子 どもをこんなに 大 事 にし<br />

ているんだよと、 親 が 子 によせる 情 愛 を、 猿 の 親<br />

子 で 描 いています。<br />

サルノ アカチャン カハイイナ アマエテ<br />

オチチヲ ハナサナイ イツデモ カアサン<br />

ハナレナイ<br />

先 ほども 申 しましたが、 彬 全 直 さんは 芸 大 出 の<br />

一 流 の 画 家 です。しっかりしたデッサンで 描 かれ<br />

ています。 色 数 は3 色 に 抑 えられています。<br />

アカチャン ノ ユメハ ナニノ ユメ キノ<br />

ミ クサノミ トウサンノ オミヤゲ タクサ<br />

ン タベタ ユメ<br />

見 開 きページを 左 右 に 分 け、 右 に 母 猿 に 抱 かれ<br />

て 乳 を 飲 む 赤 ちゃん 猿 、 左 には 父 猿 が 森 の 木 から<br />

実 を 取 ろうとしている 絵 、やや 遠 くに 見 えるよう<br />

に 描 かれています。3 色 を 上 手 に 重 ねて 橙 色 や 黒<br />

に 近 い 濃 い 紺 色 も 出 して、 絵 に 深 みが 出 ています。<br />

アカチャン ビョウキニ ナリマシタ ビョウ<br />

キハ イヤ イヤ ヨクナッテ ミセマショ<br />

キノボリ タニワタリ<br />

病 気 になったので、「 大 丈 夫 か!」とお 父 さん<br />

も 心 配 げに、 一 生 懸 命 藁 の 布 団 を 持 って 来 ます。<br />

が、 次 は、<br />

トウサン カアサン ミテ クダサイ コンナ<br />

ニ ゲンキニ ナリマシタ ビョウキガ ナ<br />

ホッテ ウレシイナ<br />

笑 顔 をとりもどした 両 親 猿 の 前 で、 木 の 実 を<br />

持 って 踊 る 子 猿 の 愛 らしい 姿 。<br />

アカチャン カケアシ 一 二 三 トウサン<br />

イッショニ 一 二 三 カアサン イッショ<br />

ニ 一 二 三 ウチジュウ ソロッテ 一<br />

二 三<br />

3 匹 の 親 子 猿 が 一 緒 に 走 っている 構 図 は 見 事 で<br />

ハッピーそのものの 感 じです。ストーリーはごく<br />

ごくシンプルですが、 起 承 転 結 があり、ハッピー<br />

エンドで 閉 じられ、 限 られた 色 数 が、 却 って 効 果<br />

40


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

的 画 面 を 生 んでいます。もちろん 画 家 の 力 量 のお<br />

かげではありますが。<br />

これにも、 裏 表 紙 に「おかあさまへ」という、<br />

出 版 した 生 活 社 の 社 主 鉄 村 大 二 氏 による 文 が 載 っ<br />

ています。<br />

国 の 宝 である 子 供 は、 大 切 に 育 てなければな<br />

りません。 子 供 の 性 格 はほゞ 国 民 学 校 へ 入 学 す<br />

る 以 前 に 出 来 てしまふものです。それゆゑ 幼 児<br />

期 を 細 かな 心 づかひで 導 くことは 大 切 です。 目<br />

と 耳 で 多 くの 物 を 知 る 子 供 にとつては、 絵 本 は<br />

最 大 の 友 で 最 良 の 師 です。 正 しく 躾 け 確 りと 導<br />

くために、 色 々な 角 度 から 熱 意 と 用 意 を 以 てこ<br />

の 絵 本 を 作 りました。<br />

親 子 の 愛 情 は 人 間 によらず、 猿 によらず、 最<br />

も 美 しいものです。 人 間 に 近 い 猿 をとほして、<br />

親 のいつくしみを 描 きました。 親 の 恩 を 教 へる<br />

ことは、 国 の 恩 、 天 子 様 の 恩 を 知 るはじめです。<br />

又 お 母 様 方 は 子 供 達 の 健 康 のために、この 猿<br />

の 親 のやうに、 一 緒 になつて、 鍛 錬 して 上 げて<br />

下 さい。<br />

ここでも「 天 子 様 の 恩 を 知 る」という 一 文 が 時<br />

代 を 映 していますが、 発 行 者 の 子 どもの 本 に 寄 せ<br />

る 熱 意 は、 時 代 を 超 えて 普 遍 でしょう。 繰 り 返 し<br />

になりますが、 厳 しい 出 版 統 制 のあった 戦 時 下 に<br />

もかかわらず、 出 版 人 の 真 摯 な 姿 とそれに 応 える<br />

作 者 の 努 力 に 感 動 を 覚 えます。<br />

記 録 写 真 家 ・ 熊 谷 元 一<br />

では、はじめにお 話 しした、 熊 谷 元 一 さんの 絵<br />

本 に 移 りましょう。『ヤマノムラ』、『あの 村 この<br />

村 』、『ヨイコノムラ』をご 紹 介 いたします。 熊 谷<br />

元 一 さんは 写 真 家 としても 著 名 な 方 で、 岩 波 書 店<br />

の「 日 本 の 写 真 家 」シリーズでは、 第 17 巻 が 熊 谷<br />

元 一 さんです。 長 野 県 の、 現 在 は 飯 田 市 、 以 前 の<br />

上 伊 那 郡 にあった 小 学 校 の 先 生 だった 方 です。 絵<br />

がお 好 きで 上 手 だったので、 昭 和 11 年 頃 武 井 武 雄<br />

さんと 出 会 って 認 められ、『コドモノクニ』など<br />

にイラストレーションを 描 きはじめられました。<br />

記 録 的 な 絵 が 特 徴 の 方 です。それは 熊 谷 さんの 絵<br />

の 一 貫 したスタイルです。で、 一 般 にもようやく<br />

写 真 機 が 普 及 しはじめた 頃 、 初 めは 借 りものを<br />

使 ってだったそうですが、やがて 安 い 写 真 機 を 買<br />

われて、 自 分 の 担 任 クラスの 子 どもたちの 日 常 を<br />

丹 念 に 記 録 されだしたのです。また、 村 の 人 たち<br />

の 生 活 も 記 録 されました。こうして 撮 った 伊 那 地<br />

方 の 子 どもや 大 人 たちの 生 活 を、 戦 後 の「 岩 波 写<br />

真 文 庫 」シリーズに、『 一 年 生 』、『かいこの 村 』<br />

などとして 発 表 されて、 写 真 家 として 一 家 をなさ<br />

れました。それらはレンズを 通 して 戦 後 の 山 村 農<br />

家 のごく 普 通 の 日 常 生 活 を 記 録 したものですが、<br />

当 時 の 日 本 社 会 の 一 面 をそっくり 記 録 したので、<br />

それらが 時 の 経 過 で 消 え 去 ってしまった 今 日 、 今<br />

度 は 社 会 史 の 貴 重 なドキュメントとして 価 値 をも<br />

つようになりました。 熊 谷 元 一 さんは 当 時 の 農 村<br />

生 活 で、 写 真 には 撮 れない、わらべ 歌 や 子 どもた<br />

ちの 遊 びなども、 記 録 の 対 象 とされ、ご 自 分 の 絵<br />

と 文 で、 単 なる 記 録 羅 列 という 形 でなく、ストー<br />

リーに 織 り 込 む 形 で、 本 にされ 何 冊 も 出 版 されて<br />

こられました。<br />

『ヤマノムラ』と『あの 村 この 村 』<br />

この 熊 谷 元 一 さんが、 絵 本 の 分 野 でも 活 躍 され<br />

ておられるのです。『ヤマノムラ』を 見 ましょう。<br />

1 年 間 の 季 節 の 移 り 変 わりを 縦 軸 として 話 は 進 行<br />

します。 裏 表 紙 に 作 者 の 後 書 きがあるので、 読 ん<br />

でみましょう。<br />

「ヤマノムラ」は 山 村 児 童 のあかるくそして<br />

健 やかな 生 活 の 種 々を 描 いたものです。<br />

山 また 山 のしづかな 村 、このしづかな 明 け 暮<br />

れにも、たくましい 児 童 の 生 活 がひらかれてゐ<br />

ます。<br />

素 直 に、そして 何 物 にも 負 けず、すくすくと<br />

子 供 たちはのびて 行 つて 居 ります。<br />

この 子 供 たちの、たくましい 心 、 強 い 気 持 、<br />

健 康 な 身 体 、これを 本 画 集 から 受 け 取 つていた<br />

だければ 幸 ひです。<br />

そう、これは 絵 本 というよりは 画 集 かもしれま<br />

せん。 冬 に 山 から 炭 を 担 いでおろすようす、 早 春<br />

にモチグサ 摘 みをする 少 女 ら、 桜 咲 く 頃 に 米 の 収<br />

穫 を 祈 願 する 村 祭 りの 賑 わい、 田 植 えが 始 まりゲ<br />

41


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

ンゲの 花 を 摘 んで 子 守 りをするお 姉 さん、 蚕 があ<br />

がる 頃 一 家 で 桑 の 葉 を 摘 む 姿 … 最 後 のページで<br />

は、 薪 作 りの 合 間 、お 爺 さんと 子 どもたちが 焚 き<br />

火 を 囲 み、<br />

タキビ タイテル オヂイサン モウ スグ<br />

フユニ ナリマスネ<br />

トホクノ オヤマニ ユキガ キタ<br />

と 文 があり、 周 囲 の 連 山 には 雪 がかぶり 始 めてい<br />

ます。 確 かに 画 集 ではありますが、 季 節 の 移 り 変<br />

わる 中 で、 子 どもを 中 心 とした 村 人 の 生 活 が 鮮 や<br />

かに 点 描 されていて、 全 体 には「 山 またやまのし<br />

づかな 村 」が「しづか」に「 明 け 暮 れ」するよう<br />

すから、 今 は 失 われてしまった 在 りし 日 の 日 本 の<br />

山 村 生 活 のありさまが、くっきり 浮 かびあがって<br />

いて、 現 代 人 の 郷 愁 を 誘 わずにはおりません。 押<br />

しつけがましい 態 度 が 微 塵 もないので、 描 きださ<br />

れている 世 界 へ、 素 直 に 読 者 は 入 っていかれます。<br />

では、『あの 村 この 村 』を 見 ましょう。『ヤマノ<br />

ムラ』が 季 節 の 推 移 という 時 間 軸 に 沿 ってまとめ<br />

られていたのに 対 して、『あの 村 この 村 』は、 青<br />

森 県 から 鹿 児 島 県 に 至 る 列 島 を 北 から 南 へ、 各 地<br />

の 村 々をスケッチした 画 集 ですから、こちらは 空<br />

間 軸 で 語 られていて、 二 つの 絵 本 は 対 になってい<br />

るとみることができます。 画 集 の 最 後 にやはり「 覚<br />

書 」がありますが、それぞれ 絵 を 何 処 のどういう<br />

点 に 注 目 して 描 いたか、 書 かれています。 表 紙 は、<br />

京 都 府 船 井 郡 八 木 町 付 近 での 写 生 です。この 地<br />

方 の 家 は 多 く 土 塀 にかこまれて、 家 の 作 りは 京<br />

都 の 家 と 似 通 つてゐるやうです。<br />

とあります。 最 初 の 見 開 きは「 青 森 県 弘 前 市 付 近 」<br />

で、 農 家 の 庭 先 で 家 族 がリンゴを 収 穫 しているよ<br />

うすを 描 いていて、<br />

家 の 建 方 は 雪 を 防 ぐ 目 的 から 窓 が 非 常 に 少 な<br />

く、 入 口 に 雪 よけのつけてあるのが 眼 につきま<br />

す。 遠 景 の 山 は 岩 木 山 です。<br />

とコメントがあります。 次 の 見 開 きは、 吹 雪 の 中<br />

をかんじきや 長 靴 を 履 き、フード 付 き 藁 合 羽 や 雨<br />

合 羽 にくるまり 集 団 登 校 する 子 どもたちの 図 で、<br />

コメントには「 山 形 県 の 新 庄 附 近 」を 描 いて、<br />

有 名 な 積 雪 地 で、さうした 土 地 がらから、 家 は<br />

いはゆる 曲 屋 で 鍵 形 になつてをります。<br />

とあります。 以 下 福 島 県 、 埼 玉 県 秩 父 地 方 、 山 梨<br />

県 甲 府 盆 地 、と 順 に 南 下 して、 四 国 は 高 知 県 の 漁<br />

村 、 九 州 は 熊 本 県 阿 蘇 山 麓 、 鹿 児 島 県 、と 農 家 や<br />

漁 師 家 などが 描 かれています。 東 京 は 板 橋 区 にお<br />

ける「 大 根 ひき」が 描 かれて、「 京 に 田 舎 ありといっ<br />

たところ」というメモがあります。 私 は 戦 時 中 、<br />

東 京 の 板 橋 区 のお 隣 、とげぬき 地 蔵 のある 巣 鴨 に<br />

住 んでいました。その 頃 は、 熊 谷 さんが 描 いてい<br />

るように 草 葺 屋 根 の 農 家 があり、 家 のすぐそばに<br />

は 東 大 農 学 部 の 農 場 がありました。 田 舎 くさいと<br />

ころで、 肥 溜 めを 載 せた 牛 車 が、 夕 方 になると 中<br />

仙 道 を 北 へ 帰 っていきました。 家 にも 農 家 の 方 が<br />

野 菜 をもって 下 肥 をもらいにきていました。「 大<br />

根 ひき」はその 意 味 でも、 私 には 懐 かしい 情 景 で<br />

す。この 画 集 絵 本 は、いかにも 記 録 写 真 家 の 熊 谷<br />

元 一 さんらしい、 日 本 各 地 を 実 際 に 訪 ね 歩 いて、<br />

土 地 土 地 の 生 活 、 風 景 を 記 録 し、 描 いたもので、<br />

半 世 紀 以 上 たった 今 日 見 ると、いずれもとうに 消<br />

え 去 った 風 景 画 、 風 俗 画 で、 郷 愁 を 憶 えさせるだ<br />

けではなく、 貴 重 な 社 会 史 的 ドキュメントで、 学<br />

習 教 材 として 有 効 で 貴 重 だと 思 います。<br />

私 は1971 年 に 初 めてイギリスへ 児 童 文 学 の 研 究<br />

法 を 習 いに 行 きましたが、そのとき19 世 紀 の 児 童<br />

文 学 、 特 にイラストレーションや 絵 本 の 研 究 がソ<br />

シアル・ヒストリー・オブ・リテラチュア、 文 学<br />

の 社 会 史 という 視 点 から 研 究 されていることを 知<br />

りました。 熊 谷 元 一 さんの 絵 本 について、 私 が 今<br />

申 し 上 げた 見 方 が、ちょうどそれにあたります。<br />

過 去 となってしまった 人 々の 生 き 方 やものの 考 え<br />

方 を 知 るドキュメントとして、 絵 本 や 記 録 されて<br />

いる 映 像 を 使 って、それらを 単 に 過 去 のものとし<br />

ないで、 現 代 の 自 分 たちへつなげて 考 えるわけで<br />

す。イギリス 人 は 特 に 時 間 の 連 続 性 をひじょうに<br />

重 要 視 します。つねにHeritage( 遺 産 、 伝 統 )を<br />

重 んじますから、 過 去 の 研 究 をそういう 視 点 でお<br />

42


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

こなうのですね。<br />

『ヨイコノムラ』<br />

もう 一 つ 熊 谷 元 一 さんの 絵 本 を 見 ましょう。 今<br />

度 は『ヨイコノムラ』です。テキストは 与 田 凖 一<br />

さんの 詩 です。 絵 本 の 裏 表 紙 に「 村 のお 母 さまへ」<br />

の 一 文 が 与 田 凖 一 さんによって 書 かれています<br />

が、この 本 で「 国 民 学 校 へいくまへの 幼 いお 子 た<br />

ち」の「 一 日 の 姿 をそれぞれの 画 面 でとりあつか<br />

つた」。そして、 実 際 に 農 村 をいくたびも 訪 ねて、<br />

古 来 かはらぬ 日 本 の 村 のたのもしさ、ありがた<br />

さ、うつくしさをあらためて 思 い 知 りました。<br />

と 語 っています。 朝 の 起 床 から 夜 の 就 寝 に 至 るま<br />

での 子 どもたちの1 日 が6 見 開 きの 絵 で 語 られて<br />

いますが、ここではテキストに 対 して 絵 が 細 部 を<br />

さらに 語 って、 絵 を 読 む 楽 しさを 提 供 しています。<br />

例 えば、 子 どもたちが 保 育 所 へ 行 くくだりでは、<br />

誘 いあって、 並 んで 行 きましょうという 文 には、<br />

村 のあちこちから 並 んで 保 育 所 に 来 る 子 どもたち<br />

はもちろん、 保 母 さんが 子 どもたちの 家 へ 迎 えに<br />

いっているようすや、お 母 さんが 何 人 かの 子 を 一<br />

緒 につれていくところや、 行 く 子 を 見 送 るお 母 さ<br />

んの 姿 、 他 にもすでに 畑 で 農 作 業 に 精 を 出 してい<br />

る 大 人 たち、 自 転 車 で 通 りかかる 村 の 駐 在 さんら<br />

しい 人 に 挨 拶 している 人 、 籠 を 背 負 って 子 の 手 を<br />

ひき、どこぞへ 出 かける 人 など、 村 の 朝 の 生 活 風<br />

景 が 俯 瞰 できる 画 面 展 開 になっています。 絵 の 中<br />

心 は 子 どもたちが 向 うお 寺 の 保 育 所 で、そこで 子<br />

どもたちが 保 母 さんと 遊 戯 する 情 景 は、 絵 本 の 表<br />

紙 にクローズアップで 描 かれています。ちょうど<br />

農 家 が 一 番 忙 しい 秋 の 収 穫 期 を 選 んで、 村 は 紅 葉<br />

で 美 しく 映 え、 猫 の 手 も 借 りたいときに 子 どもた<br />

ちがさまざまな 手 伝 いに 励 んでいて、 活 気 があふ<br />

れ、コミュニティがしっかりとまとまっている 農<br />

村 生 活 の1 日 を、リアリズムに 徹 したカラー 絵 で<br />

描 いています。よき 時 代 の 日 本 の 平 和 な 過 去 が 克<br />

明 に 記 録 されています。なるほど、これは 消 費 的<br />

な 都 会 ではなく、 生 産 的 な 農 山 村 の 生 活 の 強 調 と<br />

いう、 例 の「 指 示 要 綱 」にぴったりそっていて、<br />

時 局 に 迎 合 した 作 品 ととれるかもしれませんが、<br />

戦 後 につづく 熊 谷 元 一 の 絵 本 と 並 べてみると、 戦<br />

中 、 戦 後 という 時 代 の 潮 流 の 変 化 に 左 右 された 軌<br />

跡 は 微 塵 も 見 られません。これは 熊 谷 元 一 の 絵 本<br />

が 時 代 を 超 えたものであることを、 端 的 に 証 拠 立<br />

てていると 思 います。<br />

戦 後 の 熊 谷 絵 本 ― 時 代 を 超 えて<br />

毎 年 7 月 になると、 幼 稚 園 では<br />

を 祝 いますが、 地 域 によって 祝 い 方 が 少 しずつ<br />

違 っているようです。 熊 谷 元 一 が 昭 和 45 年 に 福 音<br />

館 書 店 の「こどものとも」で 制 作 した『たなばた<br />

まつり』は、のローカル 性 を<br />

描 き 出 しています。お 話 では6 日 の 朝 早 く、 畑 の<br />

サトイモの 葉 の 露 をとり、それで 墨 をすり 短 冊 に<br />

お 願 いを 書 くことからはじまります。 軒 下 には、<br />

紙 のたなばた 人 形 と 一 緒 に、 子 どもたちの 着 物 を<br />

着 せた 大 きなたなばた 人 形 が 吊 るされ、その 下 に、<br />

箕 や 篩 など 農 具 と 並 べて、 字 が 上 達 するように 硯<br />

も 置 かれ、ほうとうをお 供 えして、 家 族 は 揃 って<br />

ほうとうを 食 べて 祝 っています。7 日 の 朝 には、<br />

家 族 でお 墓 へ 掃 除 に 行 き、これを<br />

というそうです。そして、 晩 には 子 どもたちが 手<br />

に 手 に 提 灯 を 持 ち、<br />

たなばたさまよ たなばたさまよ たなばたさ<br />

まは むりなこと おっしゃる つながば つ<br />

なぐ つなげと おっしゃる つなげば つな<br />

ぐ せんりょうばこ つながば つなぐ ほい<br />

ほい<br />

と 歌 って 町 を 歩 き、8 日 の 朝 が 明 けると、たなば<br />

たさまのささたけを、 川 に 流 して、<br />

たなばたさま、また らいねんも おいでなん<br />

しょ<br />

ととなえて、を 終 えるのです。おそら<br />

く 作 者 の 故 郷 である 伊 那 地 方 の 風 習 を 記 録 したも<br />

のでしょうが、こうして 行 事 を 克 明 に 絵 解 きした<br />

絵 本 を 見 ると、 現 代 の 形 骸 化 したのルーツを、 再 認 識 させられます。<br />

「こどものとも」には、これより2 年 前 にも、<br />

43


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ― My Choices<br />

熊 谷 元 一 は『 二 ほんのかきのき』という、 農 家 の<br />

庭 先 にある 柿 の 木 から 実 を 収 穫 し、 干 し 柿 を 作 る<br />

までの1 年 間 を 丁 寧 に 愉 しく 絵 解 きした 絵 本 を<br />

作 っています。 戦 中 期 の 作 品 より、 戦 後 の 作 品 の<br />

方 が、ストーリー 性 が 豊 かになっていますが、 熊<br />

谷 元 一 の 絵 本 制 作 の 姿 勢 は、 庶 民 の 中 に 生 きてき<br />

た 伝 承 文 化 や 年 中 行 事 を 忠 実 にリアルに 絵 に 記 録<br />

してみせることにあって、それは 戦 中 も 戦 後 も 一<br />

貫 した 姿 勢 なのです。これは 作 者 のお 人 柄 を 映 し<br />

たものと 思 います。 時 代 を 超 えたこれらの 熊 谷 元<br />

一 絵 本 に、 私 は 愛 着 します。<br />

『 山 ノオモチャ』『アフゲオホゾラ』など<br />

残 りの 時 間 もわずかになってきました。お 手 元<br />

にお 届 けしたリストの 中 で、まだ 触 れていないも<br />

のについて、リスト・インした 理 由 を 簡 単 に 申 し<br />

上 げておきます。<br />

まず、『 山 ノオモチャ』ですが、 作 者 の「 前 書 き」<br />

に、<br />

山 ノ ナカニハ オモチャヤハ アリマセン。<br />

ケレドモ ムラノ コドモタチハ ヘイキ デ<br />

ス。<br />

とあり、 子 どもたちが、ホオズキで 風 船 、コウモ<br />

リクサでコウモリ、ツバキの 花 で 花 輪 や 首 輪 、ハッ<br />

パで 蝶 や 草 履 や 亀 やとんぼ、ナスでブタ、キュウ<br />

リでウマ、ドングリでこま、というように< 山 の<br />

オモチャ>とその 作 り 方 が 描 かれている 絵 本 で<br />

す。 山 の 子 どもたちの 創 造 性 豊 かな 遊 びを 見 ると、<br />

現 代 の 子 どもにそれらとその 心 を 学 んでほしい、<br />

と 思 います。『ムラノコドモ』を 見 ると、 戦 中 に<br />

山 村 の 子 どもたちは、こういう 遊 びを 楽 しんでい<br />

たんだ、とわかります。 例 えば、 稲 を 干 す 柵 の 横<br />

棒 を 鉄 棒 代 わりに(マセとは 馬 枷<br />

(マセ)、 馬 小 屋 の 出 入 り 口 に 渡 した 横 棒 のことで<br />

すが)をしたり、2 人 が 背 中 合 わせで 腕 を 組 み、<br />

セナカ アハセテ テヲ クンデ ギッチラ<br />

ゴッチラ セオヒッコ<br />

と 歌 って 遊 んだり、シノダケテッポウを 作 ってカ<br />

ミダマで 打 ち 合 ったり、といった 子 どもたちの 遊<br />

びが 描 かれています。<br />

『アフゲオホゾラ』は、 鳥 越 信 さんが 編 纂 なさっ<br />

た『 小 さな 絵 本 美 術 館 』(ミネルヴァ 書 房 2005)<br />

で、「ぼくらも 戦 地 へ」の 項 に 紹 介 されていて、「 日<br />

本 軍 国 主 義 の 断 末 魔 の 狂 気 を 反 映 した 絵 本 」の 一<br />

つに 挙 げられています。が、これは 戦 時 色 のない<br />

絵 本 です。 表 紙 はB5 判 の 縦 使 用 ですが、 本 文 は<br />

それを 横 にして、 上 下 に 開 いたページを 一 面 に 使<br />

い、 上 ページを 空 に、 下 ページを 地 上 に 見 立 てて、<br />

大 空 のもとでのびのび 生 活 する 子 どものようすが<br />

描 かれています。 描 かれているのは、 畑 の 麦 踏 、<br />

ラジオ 体 操 、 雨 上 がりの 虹 、 太 鼓 の 音 が 響 く 秋 祭<br />

り、かもめの 舞 う 海 、 雪 山 でのソリやスキー、 夜<br />

の 星 座 、といった 情 景 で、 戦 時 色 といえば、 飛 ぶ<br />

飛 行 機 を 見 て「ニッポンノ ヒカウキハ ツヨイ<br />

ゾ」のキャプションがあるページと、 日 の 丸 掲 揚<br />

で、<br />

アガル アガル ヒノマルノハタガ アガル<br />

アヲイ オソラニ タカク タカク アガッテ<br />

イク<br />

とあるページだけです。「 上 を 向 いて 歩 こう」と<br />

いう 歌 ではありませんが、 絶 えず 下 を 向 いていれ<br />

ば 人 生 は 暗 くなります。やはり 若 人 は 胸 をはって<br />

空 を 見 上 げて 生 きてほしいでしょう。この 絵 本 が<br />

さきほどの 分 類 をされているのは 誤 りで、むしろ<br />

今 日 の 子 どもたちに 見 せて、その 精 神 を 読 み 取 っ<br />

てほしいくらいです。<br />

『 海 のこども』、『 雪 トコドモ』は、 雪 国 の、そ<br />

れから、 海 辺 の、 子 どもの 生 活 を 書 いている 本 で、<br />

「 指 示 要 綱 」に 沿 って 作 られた 絵 本 でしょうが、<br />

各 時 代 にその 時 代 を 映 した 絵 本 が 作 られることは<br />

当 然 で、 自 然 で、やがて 時 がたつと、それらは 消<br />

え 去 った 過 去 の 姿 として 残 り、 新 たな 意 味 で、 時<br />

代 を 語 るドキュメントとして 再 生 します。この 二<br />

つを 挙 げたのは、 熊 谷 元 一 さん 以 下 、 時 代 の 姿 を<br />

記 録 しながら、 当 時 の 戦 時 色 に 染 まることなく 生<br />

み 出 された、 良 質 の 絵 本 に、これも 入 れてみたかっ<br />

たからです。<br />

44


十 五 年 戦 争 期 の 絵 本 ―My Choices<br />

インターナショナル・ピクチャー・ブック<br />

次 に 挙 げてある、『ペキンデミタコドモ』、『ジャ<br />

ワノヰナカ』、『フィリッピンの 子 供 』、『 軍 艦 旗 の<br />

行 くところ』、『 支 那 のこども』は、「 指 示 要 綱 」<br />

にあるように、やたらと 敵 国 の 中 国 をばかにした<br />

ような 態 度 でなく、 中 国 はもちろん、 大 東 亜 共 栄<br />

圏 の 国 々の 子 どもたちと 仲 良 くなれる 本 を 作 れ、<br />

という 趣 旨 に 従 ったもので、 戦 地 に 派 遣 されて、<br />

ルポのように 書 いた、あるいは 書 かされたもので<br />

すが、この 類 の 本 が 当 時 はかなりたくさん 出 てい<br />

ます。しかし、 今 日 の 目 で 見 ると、 私 に 言 わせれ<br />

ばインターナショナル・ピクチャー・ブックと 称<br />

してもよい 本 ではないかと 思 えたので、ここに 挙<br />

げてみました。<br />

例 えば、『もりのなか』の 作 者 であるアメリカ<br />

のマリー・ホール・エッツの『クリスマスまであ<br />

と 九 日 』ですが、 普 通 とはちょっと 違 った、メキ<br />

シコでのクリスマスの 迎 え 方 を 描 いています。こ<br />

れはアメリカ 人 に、あまり 知 られていない 隣 の 国<br />

の 行 事 を、 現 地 に 行 って 見 聞 して 描 いて 制 作 した<br />

もので、 隣 国 人 を 理 解 するように 作 られた 絵 本 で<br />

す。 同 様 にドーレア 夫 妻 の『オーラのたび』も、<br />

ノルウェーの 地 理 、 気 候 、 風 俗 、 習 慣 などを 紹 介<br />

している 物 語 絵 本 ですが、これらは、 人 種 の 坩 堝<br />

といわれるアメリカならではの 本 で、 子 どもに 国<br />

際 理 解 を 深 めてもらうためで、インターナショナ<br />

ル・ピクチャー・ブックと 呼 ばれています。 意 味<br />

は 異 なりますが、 戦 時 中 の 日 本 で、 外 国 の 子 ども<br />

たちを 描 いた 本 でそれらの 国 を 理 解 する 一 助 にと<br />

作 られた 本 は、 今 日 の 目 でみると、インターナショ<br />

ナル・ピクチャー・ブックとして 読 むことができ<br />

ると 思 うのです。 画 家 も 著 者 も 誠 実 に 描 いていて、<br />

結 果 的 には 戦 争 協 力 になったでしょうが、 作 者 の<br />

作 意 に 好 感 をもって、 私 は 読 みました。<br />

ノンフィクション 絵 本 など<br />

『 店 のイロイロ』、『ムラノエウチヱン』、『ドウ<br />

ブツヱン』は、 戦 後 も「こどものとも」で『おふ<br />

ろやさん』や『やこうれっしゃ』などでおなじみ<br />

の、ノンフィクション 絵 本 で、 戦 争 中 にも 同 じよ<br />

うな 写 実 絵 本 があって、 当 時 の 生 活 を 映 していて、<br />

これまた 私 には 興 味 深 く 読 むことができました。<br />

最 後 に 挙 げた『カゼ』と『コガモノタビ』は、<br />

以 上 とは 別 視 点 で 挙 げたものです。 例 えば、『カゼ』<br />

は、タイトル 通 り、 風 の 観 察 絵 本 で、 幼 年 向 きの<br />

科 学 絵 本 といっていいでしょう。これを 見 て、 先<br />

ほどのエッツさんの『ジルベルトとかぜ』をすぐ<br />

に 思 い 出 して、 日 本 のその 頃 の 絵 本 作 りの 未 熟 さ<br />

を 痛 感 させられました。『コガモノタビ』につい<br />

ても、よく 似 た 話 、マクロスキーの『かもさんお<br />

とおり』と 比 較 しないではいられませんでした。<br />

残 念 ながら、 当 時 の 日 本 の 絵 本 は、まだこの 程 度<br />

のレベルだったと 認 めないわけにいきません。 一<br />

方 にそういう 認 識 をもったので、なおさら 最 初 に<br />

お 話 しした、 吉 田 一 穂 さんのような 方 が、 子 ども<br />

に 与 える 文 化 財 だからこそ、 芸 術 的 でなければい<br />

けないと、 真 剣 に 考 えて 良 心 的 な 絵 本 作 りをされ<br />

た 姿 に、 統 制 の 厳 しい 時 代 であっただけに、 私 は<br />

感 動 し、ご 紹 介 したつもりです。<br />

注 ) 絵 本 解 説 の 引 用 部 分 は、 原 則 として 原 文 のまま。た<br />

だし 旧 漢 字 は 新 漢 字 に 直 しました。<br />

(よしだ しんいち 国 立 国 会 図 書 館 客 員 調 査 員 、<br />

立 教 大 学 名 誉 教 授 )<br />

45


童 話 の 系 譜<br />

レジュメ<br />

童 話 の 系 譜<br />

宮 川 健 郎<br />

詩 的 ・ 象 徴 的 なことばで 心 象 風 景 を 描 く「 童 話 」。 小 川 未 明 、 宮 沢 賢 治 、 立 原 えりか、 安<br />

房 直 子 、 斎 藤 隆 介 、あまんきみこ、 江 国 香 織 …。 大 正 期 にはじまり 現 代 につづく、「 童 話 」<br />

の 系 譜 をたどり、その 思 想 と 方 法 について 考 えます。<br />

1 あまんきみこを 読 む<br />

・あまんきみこ『 車 のいろは 空 のいろ』(ポプラ 社 1968)<br />

・ 古 田 足 日 の『 車 のいろは 空 のいろ』 評 価 (「 現 代 のファンタジィを⑴」〈 児 童 文 学 時 評 〉『 学 校 図<br />

書 館 』1968 年 7 月 / 古 田 足 日 『 児 童 文 学 の 旗 』 理 論 社 1970 所 収 )<br />

〈あの 本 の 作 品 はすべて 長 編 の 出 だしだと 思 った〉<br />

〈くましんしのイメージは 新 鮮 だが、タクシーの 運 転 手 がそのくまと 出 あう、という 創 作 方 法 は<br />

どうなのか。 連 続 する 人 生 の 一 部 を 切 り 取 り、 人 生 の 一 断 面 をのぞかせる、というこの 方 法 は、<br />

過 去 の 童 話 の 方 法 であった。〉<br />

〈くましんしに 出 あうのは 物 語 の 発 端 であり、そこから「 何 か 事 件 がはじまるべき」なのである。<br />

そして、その 物 語 の 展 開 の 中 で、くましんしのイメージはより 豊 かに、よりあきらかになってい<br />

くはずだ。〉<br />

・あまんきみこの 童 話 性 と 現 代 児 童 文 学 の 思 想<br />

2 1950 年 代 の「 童 話 伝 統 批 判 」と 現 代 児 童 文 学 の 成 立<br />

・ 早 大 童 話 会 「『 少 年 文 学 』の 旗 の 下 に!」(『 少 年 文 学 』1953 年 9 月 )<br />

・「 童 話 伝 統 批 判 」をささえた 問 題 意 識<br />

・ 小 川 未 明 は、なぜ 批 判 されたか。<br />

・ 詩 的 ・ 象 徴 的 なことばで 心 象 風 景 を 描 く「 近 代 童 話 」から、 散 文 的 ・ 説 明 的 なことばで 子 どもを<br />

めぐる 状 況 ( 社 会 といってもよい)を 描 く「 現 代 児 童 文 学 」へ。<br />

・1959 年 ・ 現 代 児 童 文 学 の 成 立<br />

佐 藤 さとる『だれも 知 らない 小 さな 国 』( 講 談 社 1959)<br />

いぬいとみこ『 木 かげの 家 の 小 人 たち』( 中 央 公 論 社 1959)<br />

いずれも 小 人 の 登 場 する 長 篇 ファンタジーで、 戦 争 体 験 が 下 じきになっている。<br />

46


童 話 の 系 譜<br />

3 現 代 児 童 文 学 のなかの 童 話<br />

・〈 彼 女 たち 三 人 (あまんきみこ、 安 房 直 子 、 立 原 えりか― 宮 川 註 )は、ぼくの 見 方 では 小 川 未 明<br />

の 正 統 な 後 継 者 である。〉( 古 田 足 日 「あまんきみこメモ」『 国 語 の 授 業 』1986 年 2 月 )<br />

・ 斎 藤 隆 介 、 江 国 香 織 は<br />

・ふたたび、あまんきみこを 読 む<br />

『 車 のいろは 空 のいろ』には、 日 常 世 界 の 秩 序 にダブって、「 何 かちがったもの」が 顔 をのぞか<br />

せる、めまいするような、〈もうすこしでハンドルをきりそこなう〉(「くましんし」)ような 一 瞬<br />

が 切 りとられている。『 車 のいろは 空 のいろ』は、「 日 常 」という 時 が 翳 る、その 瞬 間 をつかまえ<br />

ようとした 連 作 集 ではないか。( 宮 川 健 郎 「 時 の 翳 り―あまんきみこ『 車 のいろは 空 のいろ』 再 読 」、<br />

宮 川 『 国 語 教 育 と 現 代 児 童 文 学 のあいだ』 日 本 書 籍 1993 参 照 )<br />

宮 沢 賢 治 への 連 想 、そして、 佐 藤 さとるの 宮 沢 賢 治 評 価 ( 佐 藤 さとる『ファンタジーの 世 界 』 講<br />

談 社 現 代 新 書 1978)<br />

4 現 代 児 童 文 学 の 成 立 と「 声 」のわかれ<br />

・ 石 井 桃 子 「 子 どもから 学 ぶこと」(『 母 の 友 』1959 年 12 月 )<br />

・「 近 代 童 話 」から「 現 代 児 童 文 学 」へ<br />

音 読 から 黙 読 へ。 幼 い 読 者 から 十 代 の 読 者 へ、 児 童 文 学 の 読 者 層 の 中 心 の 移 動 。<br />

・「 声 の 文 化 」から「 文 字 の 文 化 」へ<br />

新 美 南 吉 「 権 狐 」から「ごん 狐 」(『 赤 い 鳥 』1932 年 1 月 )へ<br />

新 美 南 吉 「 童 話 における 物 語 性 の 喪 失 」(『 早 稲 田 大 学 新 聞 』1941 年 11 月 )<br />

47


童 話 の 系 譜<br />

童 話 の 系 譜<br />

宮 川 健 郎<br />

近 代 童 話 から 現 代 児 童 文 学 へ<br />

「 童 話 の 系 譜 」についてお 話 しするという 課 題<br />

をいただいたのですが、 童 話 というものの 中 身 は、<br />

ずいぶんたくさんのものを 含 んでいると 思 いま<br />

す。けっこうこれは 大 問 題 だと 思 うのですね。あ<br />

る 程 度 長 い 時 間 を 頂 戴 しておりますけれども、ど<br />

んなふうな 切 り 口 でお 話 をしたら 良 いかなと 考 え<br />

ました。<br />

日 本 の 児 童 文 学 といわれるものを、 通 俗 的 な 考<br />

えに 従 って「 少 年 用 文 学 」(つまり、 子 どものた<br />

いわ や さざなみ めの 文 学 ですが)と 銘 打 って 巌 谷 小 波 の『こがね<br />

丸 』が 刊 行 された1891( 明 治 24) 年 から 始 まると<br />

考 えたとしても、 百 十 数 年 の 歴 史 があるわけです。<br />

これは 日 本 の 近 代 と 重 なってくるわけですけれど<br />

も、その 歴 史 の 中 で「 童 話 」ということが 最 も 際<br />

立 って 問 題 になったのはいつかというと、やはり<br />

1950 年 代 から1960 年 前 後 にかけての 時 期 が 一 番 論<br />

議 が 沸 騰 した 時 期 だと 思 います。 昭 和 という 元 号<br />

を 使 えば、 昭 和 20 年 代 の 後 半 から30 年 代 前 半 にか<br />

けての、 戦 後 まもない 時 期 です。<br />

私 は 昭 和 でいうと30 年 の 生 まれですので、 今 思<br />

い 出 してみても、 私 たちの 子 ども 時 代 はまだ 戦 後<br />

の 雰 囲 気 が 色 濃 く 残 っていた 時 代 だと 思 います。<br />

戦 争 があって 敗 戦 を 迎 えるということになって、<br />

日 本 の 社 会 の 中 ではさまざまな 見 直 しが 行 なわれ<br />

ました。 天 皇 が 実 は 人 間 だったとか、 限 られた 人<br />

たちが 土 地 を 握 っていたのが 解 放 されて、みんな<br />

で 分 け 持 つようになったとか、 日 本 という 国 家 の<br />

あり 方 、あるいは 経 済 のあり 方 という 非 常 に 大 き<br />

なレベルでの 大 きな 転 換 があったのが 戦 後 という<br />

時 代 です。 文 学 の 分 野 でも、その 思 想 や 方 法 をめ<br />

ぐってずい 分 いろいろな 見 直 しがあったと 思 いま<br />

す。<br />

子 どもの 文 学 においてもそれは 例 外 ではなく、<br />

戦 後 という 新 しい 現 実 の 中 で 子 どもたちに 何 をど<br />

んなふうに 書 いていったらいいのか、という 盛 ん<br />

な 議 論 が 行 なわれたのが、1950 年 代 から1960 年 前<br />

後 にかけての 時 期 でした。<br />

戦 後 という 現 実 の 中 で、 何 をどのように 書 いて<br />

いったらいいか 考 えようとしても、 素 手 で 考 える<br />

のは 非 常 に 難 しいわけです。 何 かよりどころがな<br />

ければ 考 えにくいので、どんなふうにしていった<br />

かというと、 大 正 の『 赤 い 鳥 』 創 刊 あたりから「 童<br />

話 」という 言 葉 で 考 えられてきた 子 どもの 文 学 の<br />

あり 方 、「 童 話 」という 方 法 、「 童 話 」という 思 想<br />

を、1950 年 代 はいろいろな 形 で 見 直 す 中 で、じゃ<br />

あ 新 しいものはどんなふうにして 生 み 出 したらよ<br />

いのか、ということを 必 死 に 議 論 した 時 期 であっ<br />

たと 思 います。<br />

具 体 的 には、 童 話 の 時 代 の 代 表 的 な 書 き 手 であ<br />

お がわ み めい はま だ ひろすけ る 小 川 未 明 とか 浜 田 広 介 とか― 当 時 、 未 明 や 広 介<br />

は 大 変 尊 敬 されていた 作 家 ですが― 未 明 や 広 介 を<br />

批 判 的 に 検 討 する 中 で、 新 しいものを 何 とか 見 つ<br />

け 出 したい、と 模 索 した 時 期 であったと 思 います。<br />

童 話 というものが 一 番 問 題 になった1950 年 代 から<br />

1960 年 前 後 の 議 論 を 踏 まえながら、 日 本 の 子 ども<br />

の 文 学 は1959 年 で 大 きな 区 切 りを 迎 えたと 私 ども<br />

は 意 識 しております。 未 明 や 広 介 や、あるいは 童<br />

にい み なんきち と<br />

話 の 時 代 の 作 家 である 宮 沢 賢 治 とか、 新 美 南 吉<br />

か、そういった 人 たちの 仕 事 とは 大 きく 異 なった<br />

作 品 が1959 年 から 出 るようになり、それが 続 いて<br />

いくということで、1959 年 から 新 しい 時 代 に 入 っ<br />

たと 考 えたい。それは、 童 話 に 対 して 児 童 文 学 の<br />

時 代 、もう 少 しはっきり 区 別 して、 近 代 童 話 の 時<br />

代 から 現 代 児 童 文 学 の 時 代 に 入 ったといってもい<br />

いと 思 います。1950 年 代 にさまざまな 議 論 をして、<br />

48


童 話 の 系 譜<br />

1960 年 前 後 に 新 しい 時 代 に 入 っていった、そのあ<br />

たりを 一 つの 場 所 にしながら 童 話 という 問 題 を 考<br />

えていきたいと 思 います。<br />

もちろん、 大 正 から 現 代 まで 童 話 の 系 譜 はある<br />

と 思 いますけれども、 主 に1950 年 代 から1960 年 前<br />

後 の 子 どもの 文 学 の 動 きを 踏 まえて、 童 話 という<br />

ものを、そのあとの 時 代 の 児 童 文 学 というものと<br />

比 較 して、 近 代 童 話 を 現 代 児 童 文 学 と 対 比 しなが<br />

ら 考 える、ということを 中 心 にお 話 していきたい<br />

と 考 えております。 今 言 ったことは 多 少 抽 象 的 で<br />

すからわかりにくいかもしれませんけれども、だ<br />

んだんわかっていただけるかなと 思 います。<br />

童 話 とは<br />

先 にある 種 の 結 論 めいたことを 言 ってしまいま<br />

すけれども、じゃあ 童 話 って 何 かということです<br />

ね。あるいは、それと 対 比 して 今 申 し 上 げた、 児<br />

童 文 学 とは 何 か、ということでもあります。レジュ<br />

メの「2 1950 年 代 の「 童 話 伝 統 批 判 」と 現 代 児<br />

童 文 学 の 成 立 」のところを 見 ていただきたいので<br />

すが、1950 年 代 の 議 論 を 童 話 伝 統 批 判 という 言 葉<br />

で 呼 んでいます。1950 年 代 当 時 は、あるいはその<br />

後 も 未 明 伝 統 克 服 というような 言 い 方 もありまし<br />

た。 鳥 越 信 さんなどは 最 近 でもそのようにおっ<br />

しゃいますが、 単 に 未 明 の 問 題 ではないので、も<br />

うちょっとあとの 世 代 は 童 話 伝 統 批 判 と 言 ってい<br />

ます。 私 も 童 話 伝 統 批 判 という 言 葉 を 使 っている<br />

のですが、 誰 が 言 い 出 したかはよくわからないで<br />

す。 私 も 割 と 早 くからそれを 言 っている 方 だと 思<br />

うのですが、 後 続 の 世 代 が、 未 明 伝 統 克 服 よりも<br />

むしろ 童 話 伝 統 批 判 と 言 うようになりました。<br />

近 代 童 話 と 現 代 児 童 文 学 ということですけれど<br />

も、レジュメの「2 1950 年 代 の「 童 話 伝 統 批 判 」<br />

と 現 代 児 童 文 学 の 成 立 」の4 番 目 の 中 黒 をしたと<br />

ころに、「 詩 的 ・ 象 徴 的 なことばで 心 象 風 景 を 描<br />

く「 近 代 童 話 」から、 散 文 的 ・ 説 明 的 なことばで<br />

子 どもをめぐる 状 況 ( 社 会 といってもよい)を 描<br />

く「 現 代 児 童 文 学 」へ」とまとめておきました。<br />

童 話 とか 児 童 文 学 という 問 題 を 一 言 で 言 うのは 非<br />

常 に 難 しいのですが、 近 代 童 話 というのは、 詩 的<br />

で 象 徴 的 なことばで 心 象 風 景 ―「 心 象 」というの<br />

は 宮 沢 賢 治 なんかが 好 んで 使 ったことばですが―<br />

心 の 中 の 景 色 を 書 こうとするのが 近 代 童 話 だった<br />

のではないかと 思 います。それに 対 して、 散 文 的 ・<br />

説 明 的 なことばで、 心 の 中 の 景 色 ではなくて、 子<br />

どもをめぐる 状 況 、 子 どもの 外 側 に 広 がっている<br />

状 況 、だから 社 会 といってもいいと 思 うのですが、<br />

それを 描 こうとしているのが 現 代 児 童 文 学 ではな<br />

いかと 思 っています。このことがいったいどうい<br />

う 具 体 的 な 中 身 なのかということをお 話 ししてい<br />

くことが 今 日 の 中 心 になるのではないかと 思 いま<br />

す。<br />

いささかまとめすぎて 抽 象 的 ですけれども、た<br />

だ、このことはもう30 年 くらい 考 えているんです。<br />

昨 日 の 講 義 は 神 宮 輝 夫 先 生 と 吉 田 新 一 先 生 という<br />

豪 華 版 のキャストでしたが、 吉 田 新 一 先 生 は 私 の<br />

恩 師 のお 一 人 です。 私 の 出 身 の 大 学 の― 私 は 日 本<br />

文 学 科 の 卒 業 生 なのですが― 英 米 文 学 科 の 先 生 で<br />

いらっしゃって、 一 般 教 育 の 英 語 のクラスで 吉 田<br />

先 生 に『 不 思 議 の 国 のアリス』を 読 んでいただい<br />

たりしたんですが、 私 の 学 生 時 代 の 頃 に 吉 田 先 生<br />

は 絵 本 や 児 童 文 学 に 関 心 が 深 くなって、そちらに<br />

どんどん 向 かわれてきた 時 期 でした。 私 の3 年 の<br />

時 には、 一 般 教 育 の 自 由 科 目 の 一 つとして、ゼミ<br />

形 式 の「 児 童 文 学 」の 授 業 を 開 講 してくださいま<br />

した。3 年 の 時 は、 宮 沢 賢 治 を 読 むというテーマ<br />

で、4 年 の 時 には 小 川 未 明 を 読 む 授 業 をしてくだ<br />

さいました。 希 望 者 が 多 かったものですから 定 員<br />

の3 倍 くらいの 倍 率 がありました。レポートを 出<br />

して 選 抜 されるという 恐 ろしい 試 験 を 経 てゼミを<br />

とったのですが、 吉 田 先 生 がゼミで 賢 治 や 未 明 の<br />

童 話 を 読 んでくださった 頃 から 考 え 始 めた 問 題 を<br />

今 日 はお 話 しするようなことになるかな、と 思 い<br />

ます。<br />

あまんきみことその 評 価<br />

あまり 抽 象 的 な 話 をしてもおもしろくありませ<br />

んから、 少 し 具 体 的 な 作 品 に 触 れながらお 話 を 始<br />

めたいと 思 います。 文 学 史 は 大 きくいうと 近 代 童<br />

話 の 時 代 から 現 代 児 童 文 学 へと 転 換 していったと<br />

思 うのですが、 現 代 の 児 童 文 学 の 時 代 になっても<br />

童 話 作 家 といった 方 がよさそうな 人 がいます。 児<br />

童 文 学 作 家 ではなく 童 話 作 家 と 言 った 方 がその 文<br />

学 に 見 合 った 言 い 方 なのだと 考 えられる 人 がいま<br />

49


童 話 の 系 譜<br />

す。 安 房 直 子 や、 立 原 えりかや、あまんきみこと<br />

いった 方 たち、 斎 藤 隆 介 もそうかもしれませんけ<br />

れども、その 中 で 特 にあまんきみこを 取 り 上 げて<br />

みたいと 思 います。<br />

あまんきみこの 最 初 の 作 品 集 に『 車 のいろは 空<br />

のいろ』があります。 今 はその 後 書 かれた 運 転 手<br />

の 松 井 さんの 連 作 も 含 めてポプラ 社 から3 冊 本 で<br />

出 ていますが、これは 最 初 の 本 です。これは『び<br />

わの 実 学 校 』という 雑 誌 に 書 いたものをまとめた<br />

単 行 本 ですが、 雑 誌 発 表 で 言 いますと、 中 に 収 まっ<br />

ている「くましんし」という 作 品 が 一 番 初 めの 作<br />

品 だったんですね。タクシーの 運 転 手 さんが 狂 言<br />

回 しになる 作 品 ですが、あまんさんが 師 事 してい<br />

た 与 田 凖 一 先 生 が「 松 井 さんはまだまだお 客 さん<br />

がひろえるんじゃないかな」とおっしゃって、「く<br />

ましんし」 以 後 連 作 という 形 で 書 き 始 めたのがシ<br />

リーズです。ある 程 度 のところでまとまった 作 品<br />

が『 車 のいろは 空 のいろ』です。このタイトルは<br />

すけゆき<br />

今 西 祐 行 先 生 がつけたと 聞 いています。<br />

この 作 品 を 皮 切 りにして、 松 井 さんが 次 々とお<br />

客 さんを 乗 せることを 通 して 不 思 議 な 体 験 をして<br />

いくという 連 作 集 が『 車 のいろは 空 のいろ』です<br />

けれども、1968 年 に 本 になったわけです。1959 年 、<br />

これは 佐 藤 さとるの『だれも 知 らない 小 さな 国 』<br />

とか、いぬいとみこの『 木 かげの 家 の 小 人 たち』<br />

が 出 た 年 でして、 長 編 のファンタジーが2 冊 そ<br />

ろった 年 ですね。 童 話 の 時 代 は 短 編 しかないわけ<br />

ですが、 長 編 であるということだけでもう 違 うわ<br />

けです。それから 考 えると『 車 のいろは 空 のいろ』<br />

は1968 年 ですからそれからもう10 年 くらい 経 って<br />

いますので、 一 応 もうすっかり 現 代 児 童 文 学 の 時<br />

代 に 入 っているわけです。『だれも 知 らない 小 さ<br />

な 国 』、あるいは『 木 かげの 家 の 小 人 たち』とい<br />

う1959 年 の 作 品 はどちらもファンタジーといえそ<br />

うな、ある 不 思 議 とかかわる 作 品 だったわけです<br />

けれども、そこから10 年 くらい 経 って、やはり 不<br />

思 議 を 抱 え 込 んだ 連 作 集 が『 車 のいろは 空 のいろ』<br />

なんですけれども、これは 実 は 児 童 文 学 の 時 代 の<br />

童 話 みたいなところがあって、 出 た 当 時 、 古 田 足<br />

ひ<br />

日 さんが 批 判 的 な 意 見 を 述 べています。ここに 一<br />

つの 考 える 糸 口 があるような 気 がするので、ご 紹<br />

介 したいと 思 います。<br />

たる<br />

レジュメの「1 あまんきみこを 読 む」の2 番<br />

目 の 中 黒 のところに「 古 田 足 日 の『 車 のいろは 空<br />

のいろ』 評 価 」としておきましたが、これは『 学<br />

校 図 書 館 』という 今 も 出 ています 雑 誌 に、『 車 の<br />

いろは 空 のいろ』が 出 版 された 年 の7 月 号 に 載 っ<br />

た 文 章 です(「 現 代 のファンタジィを(1)」)。 古<br />

田 さんの 第 3 評 論 集 の『 児 童 文 学 の 旗 』という 本<br />

にも 収 められています。この 中 でどんなことを<br />

言 っているかというと「あの 本 の 作 品 はすべて 長<br />

編 の 出 だしだと 思 った」。あの 本 というのはもち<br />

ろん『 車 のいろは 空 のいろ』です。 八 つの 短 編 が<br />

入 っていますがそれらが「すべて 長 編 の 出 だしだ<br />

と 思 った」。「くましんし」については「くましん<br />

しのイメージは 新 鮮 だが、タクシー 運 転 手 がその<br />

くまと 出 あう、という 創 作 方 法 はどうなのか。 連<br />

続 する 人 生 の 一 部 を 切 り 取 り、 人 生 の 一 断 面 をの<br />

ぞかせる、というこの 方 法 は、 過 去 の 童 話 の 方 法<br />

であった」と 言 っています。「 過 去 の 童 話 の 方 法<br />

であった」という 口 ぶりは 批 判 的 なのですね。「く<br />

ましんしに 出 あうのは 物 語 の 発 端 であり、そこか<br />

ら「 何 か 事 件 がはじまるべき」なのである。そし<br />

て、その 物 語 の 展 開 の 中 で、くましんしのイメー<br />

ジはより 豊 かに、よりあきらかになっていくはず<br />

だ」と 言 っています。この 書 き 方 が 童 話 的 であっ<br />

て 良 くないといっているのです。<br />

どうしてこのように 古 田 さんは 批 判 的 な 口 ぶり<br />

で『 車 のいろは 空 のいろ』を 評 価 したのか。 今 考<br />

えるとこんなふうに 言 わなくてもいいのに、とお<br />

思 いになるかもしれません。あまんさんについて<br />

言 うと、 図 書 館 の 世 界 からはあまりよく 見 えない<br />

かもしれませんが、 小 学 校 の 国 語 の 教 科 書 を 見 ま<br />

すと、 小 学 校 の 国 語 の 教 科 書 は3 年 に1 度 くらい<br />

で 改 定 されていくのですが、もう10 年 以 上 前 から、<br />

だんとつで 作 品 が 一 番 収 められている 作 家 があま<br />

んきみこです。 週 休 完 全 2 日 制 になって 学 校 の 授<br />

業 の 時 間 数 が 少 なくなっていますから、それに 見<br />

合 って 教 科 書 も 相 対 的 に 薄 くなっていて、 文 学 作<br />

品 が 教 材 化 されている 数 も 減 っているのですが、<br />

その 中 でも 今 同 じ 作 品 が 別 の 教 科 書 会 社 の 教 科 書<br />

に 載 っているのも 含 めて、 延 べで 数 えますとたぶ<br />

ん10 近 く 載 っていると 思 います。ほかの 作 家 、 杉<br />

みき 子 さんとか 松 谷 みよ 子 さんなんかも 多 いので<br />

50


童 話 の 系 譜<br />

すが、 三 つか 四 つくらいなので、 倍 くらい 載 って<br />

いるんですね。あまんさんの 作 品 が 数 多 く 載 って<br />

いるという 状 態 がしばらく 続 いていて、 小 学 校 の<br />

国 語 科 教 育 の 中 では、あまんきみこという 作 家 は<br />

非 常 に 重 要 なんです。 中 学 校 にも 一 つ 載 っていま<br />

す。そういったところから 見 ると、あまんさんは<br />

重 要 な 作 家 になっていて、 最 初 の 作 品 集 に 対 する<br />

古 田 さんの 評 価 を 見 ると、 少 し 違 和 感 を 抱 く 方 も<br />

いるかもしれません。<br />

古 田 さんがこのように 述 べたことにはある 背 景<br />

といいますか、ある 文 脈 があります。 古 田 足 日 さ<br />

んは『 宿 題 ひきうけ 株 式 会 社 』とか、『モグラ 原 っ<br />

ぱのなかまたち』とか、 画 家 の 田 畑 精 一 さんと 共<br />

作 の 絵 本 の『おしいれのぼうけん』とか、『ダン<br />

プえんちょうやっつけた』とか、たくさんの 作 品<br />

で 子 どもたちにもよく 知 られている 方 で、 現 代 作<br />

家 の 中 でも 代 表 的 な 方 の1 人 だと 思 いますが、 古<br />

田 さんが 創 作 を 発 表 するようになったのは1960 年<br />

代 以 降 です。それ 以 前 のもっと 若 い 頃 、50 年 代 は、<br />

作 家 ではなくて 評 論 家 でした。50 年 代 のさっき 童<br />

話 伝 統 批 判 と 呼 んだ 議 論 は、 神 宮 先 生 も 中 心 人 物<br />

の1 人 でしたが、 古 田 さんは 最 も 中 心 的 な 論 客 の<br />

1 人 で、50 年 代 の 議 論 をずっと 展 開 していったわ<br />

けです。<br />

50 年 代 の 議 論 は、 過 去 の 童 話 というものを 検 討<br />

しながら 新 しいものをめざすという 議 論 だったと<br />

思 いますが、 口 火 を 切 ったのは、1953 年 に、 当 時<br />

古 田 さんも 神 宮 さんも 鳥 越 信 さんも 早 稲 田 の 学 生<br />

でいらっしゃって、 早 大 童 話 会 という 学 生 サーク<br />

ルをやっていたのですが、「『 少 年 文 学 』の 旗 の 下<br />

に!」という 宣 言 をサークルの 機 関 誌 に 発 表 しま<br />

した。これはまさに 過 去 のものを 見 直 して 新 しい<br />

ものをめざそうという 宣 言 だったわけです。これ<br />

が 口 火 を 切 る 役 割 をして、 今 言 ったメンバー 以 外<br />

にもさまざまな 立 場 の 人 が 加 わって、 非 常 に 大 き<br />

なうねりになりました。 今 それらは 古 い 雑 誌 を<br />

ひっぱり 出 すと、 批 評 やあるいはもっと 論 文 的 な<br />

ものも 含 めて、いろんな 形 でたくさん 書 かれてい<br />

ます。 非 常 に 熱 い 議 論 があったと 思 うのですが、<br />

そういった 議 論 の 中 で 最 も 重 要 な 役 割 を 果 たした<br />

論 客 が 評 論 家 時 代 の 古 田 さんです。もちろん 作 家<br />

になってからも 評 論 はずっと 書 き 続 けていて、 自<br />

分 で 書 き 自 分 で 評 価 するところがあって、 大 変 だ<br />

けれど、すごいなと 思 います。<br />

散 文 性 の 獲 得<br />

50 年 代 の 議 論 とはどんな 議 論 だったのか。 私 の<br />

本 (『 現 代 児 童 文 学 の 語 るもの』 日 本 放 送 出 版 協<br />

会 1996)の 一 部 なのですが、ちょうどそのこと<br />

を 書 いたところがあったので 紹 介 します。「 三 つ<br />

の 問 題 意 識 」と 見 出 しをつけた 短 い 節 があります<br />

が、「 五 〇 年 代 の「 童 話 伝 統 批 判 」のなかでうご<br />

いていた」 問 題 意 識 という 形 で 以 下 の 三 つを 挙 げ<br />

ています。1 番 目 は「1「 子 ども」への 関 心 ― 児<br />

童 文 学 が 描 き、 読 者 とする「 子 ども」を、 生 き 生<br />

きとしたものとしてつかまえなおす」。これは 裏<br />

返 しますと、 童 話 作 家 は 子 どもに 関 心 を 持 ってい<br />

ないのではないかと 疑 っていたということ、その<br />

子 どもをつかまえ 直 そうという 意 識 がありまし<br />

た。2 番 目 は「2 散 文 性 の 獲 得 ― 童 話 の 詩 的 性 格<br />

を 克 服 する」です。 童 話 は 詩 的 な 言 葉 で 書 かれて<br />

いるが、その 詩 的 性 格 を 克 服 していく 必 要 がある、<br />

もっと 散 文 的 なものをめざす 必 要 がある、という<br />

意 識 が 散 文 性 の 獲 得 です。3 番 目 としては、 戦 後<br />

という 時 代 を 考 えなくてはなりませんが、「3 変<br />

革 への 意 志 ― 社 会 変 革 につながる 児 童 文 学 をめざ<br />

す」。これらが50 年 代 のさまざまなものを 今 読 み<br />

直 すと 浮 かび 上 がってくる、 共 通 した 問 題 意 識 だ<br />

と 思 います。<br />

たとえばどういうことなのか、 特 に2 番 目 の「 散<br />

文 性 の 獲 得 」ということを 中 心 にお 話 してみたい<br />

と 思 います。さきほどから 名 が 出 ているように 小<br />

川 未 明 が 非 常 に 批 判 的 に 扱 われました。 未 明 の 例<br />

を 挙 げていきます。 未 明 の 代 表 的 な 作 品 の 一 つに<br />

「 赤 い 蝋 燭 と 人 魚 」(『 東 京 朝 日 新 聞 』1921 年 2 月<br />

16 日 ~20 日 )があります。 偕 成 社 から 出 ている 酒<br />

井 駒 子 さんによる 絵 本 が 評 判 になっていますね。<br />

女 の 人 魚 が 人 間 世 界 に 期 待 をして、 人 間 世 界 に<br />

自 分 の 子 どもを 産 み 落 とすのですが、やがてその<br />

期 待 ははずれて 物 語 は 悲 劇 的 な 結 末 に 急 転 回 して<br />

いきます。 最 後 に 町 が 滅 びることを 書 く 悲 観 的 な<br />

面 が 未 明 にあって、そこももちろん 批 判 の 対 象 に<br />

なったのですが、ここで 問 題 にしたいのは、「 赤<br />

い 蝋 燭 と 人 魚 」を 作 っている 言 葉 です。<br />

51


童 話 の 系 譜<br />

さきほど 紹 介 した『 現 代 児 童 文 学 の 語 るもの』<br />

の「 散 文 性 の 獲 得 」という 見 出 しのところを 読 み<br />

ます。<br />

「 童 話 伝 統 批 判 」は、 過 去 の 作 家 の 作 品 の 再<br />

検 討 という 形 ですすめられたが、もっとも 批 判<br />

が 集 中 したのは、 小 川 未 明 の 童 話 だった。 古 田<br />

足 日 『 現 代 児 童 文 学 論 』( 前 掲 )―これは 本 の<br />

中 では 前 に 扱 っているので 前 掲 となっています<br />

が、1959 年 に 出 た 本 です。50 年 代 の 評 論 活 動 を<br />

まとめた 古 田 さんの 第 1 評 論 集 で、くろしお 出<br />

版 から 出 た 本 です―の 巻 頭 におさめられた、「さ<br />

よなら 未 明 ― 日 本 近 代 童 話 の 本 質 」から 引 く。<br />

引 用 は2 箇 所 です。<br />

< 近 代 のことばは 対 象 を 指 示 し 限 定 し、あらゆ<br />

る 存 在 のなかからそれを 区 別 し、 取 り 出 そうと<br />

する。 同 時 に 抽 象 化 され 記 号 化 されている。( 中<br />

略 ) 未 明 は 分 化 したことばを 使 って、その 指 示 ・<br />

限 定 とは 逆 に、ことばの 意 味 をふくらませ、 指<br />

示 物 に 感 情 を 吹 きこんだ。><br />

もう 一 つの 引 用 です。<br />

< 未 明 童 話 のことばは、ぼくたちがふつう 使 う<br />

日 常 のことばとは 異 質 のことばである。<br />

人 魚 は、 南 の 方 の 海 にばかりすんでいるので<br />

はありません。 北 の 海 にもすんでいたのであり<br />

ます。/ 北 方 の 海 の 色 は、 青 うございました。<br />

あるとき、 岩 の 上 に、 女 の 人 魚 があがって、あ<br />

たりの 景 色 をながめながら 休 んでいました。/<br />

雲 間 からもれた 月 の 光 がさびしく、 波 の 上 を 照<br />

らしていました。どちらを 見 てもかぎりない、<br />

ものすごい 波 が、うねうねと 動 いているのであ<br />

ります。<br />

「 赤 いろうそくと 人 魚 」の 書 き 出 しだが、こ<br />

の 文 章 のなかのもっとも 重 要 な 語 句 は「 北 方 の<br />

海 」である。この 北 方 の 海 はぼくたちの 日 常 の<br />

ことばのなかで 使 われる「 北 方 の 海 」ではない。<br />

ぼくたちは 地 理 的 な 意 味 で「 北 方 」ということ<br />

ばを 使 うが、この 文 章 のなかの「 北 方 」はその<br />

一 般 的 な 用 法 のなかの 一 属 性 ― 暗 くさびしく 孤<br />

独 であるという 属 性 を 強 調 し、それを 強 調 する<br />

ことによって、 暗 くさびしく 孤 独 な 環 境 一 般 を<br />

象 徴 しているのである。ここでは「 北 方 」は「 海 」<br />

を 限 定 することばではない。 逆 に、その 日 常 的<br />

な 意 味 を 離 れて、 無 限 定 な 広 がりを 見 せている。<br />

そして、 海 も 波 も 人 魚 に 対 して 敵 意 を 持 つもの<br />

のように 書 かれているのである。><br />

どちらの 引 用 も、 未 明 童 話 の 言 葉 ということを<br />

問 題 にしています。<br />

特 に2 番 目 の 引 用 では、「 赤 い 蝋 燭 と 人 魚 」の<br />

書 き 出 し 部 分 の 言 葉 を 具 体 的 に 問 題 にしていま<br />

す。この 引 用 を 読 んでもちょっとわかりにくいの<br />

ではないかと 思 います。 大 事 そうなことが 書 いて<br />

あるが 何 だろう、とずっと 考 えていたのですが、<br />

ある 時 から、 今 から 申 し 上 げるように、この 文 章<br />

を 読 んだら 読 める、と 考 えたことがありまして、<br />

その 話 をします。<br />

『 現 代 児 童 文 学 の 語 るもの』にも 書 いたことで<br />

すが、 言 語 学 の 知 識 を 少 し 借 りたいと 思 います。<br />

デノテーションとコノテーションという 考 え 方 が<br />

言 語 学 にあって、これは 言 語 学 では 通 俗 的 な 考 え<br />

方 ですが、もし 訳 すとすると、デノテーションと<br />

いうのは「 外 示 」または「 明 示 」、コノテーショ<br />

ンは「 共 示 」または「 伴 示 」と 訳 されます。「 明<br />

らかに 示 す」、「 共 に 示 す」、「 伴 って 示 す」、これ<br />

らは 言 葉 の 意 味 にかかわる 述 語 です。このように<br />

訳 されることもありますが、 訳 語 ではなくてデノ<br />

テーション、コノテーション、とこのままで 通 用<br />

している 言 葉 だと 思 います。「 落 ち 葉 」という 言<br />

葉 を 例 に 挙 げます。 今 10 月 ですが、 来 月 後 半 頃 に<br />

なると 公 園 の 木 々も 色 が 変 わってはらっと 落 ち<br />

る、その 葉 っぱを 落 ち 葉 というわけですが、それ<br />

は 辞 書 を 引 くと 最 初 に 載 っているような 落 ち 葉 の<br />

一 般 的 な 理 解 だと 思 います。その「 木 から 落 ちる<br />

葉 っぱ」という 意 味 は、いわばデノテーションに<br />

当 たるわけですね。しかし、 私 たちは 落 ち 葉 とい<br />

う 言 葉 を 発 したり 聞 いたり 読 んだりすると、さび<br />

しい 感 じがするとか 孤 独 な 感 じがするとか、 人 生<br />

52


童 話 の 系 譜<br />

の 終 わりという 感 じがするとか、もう 一 つの 意 味<br />

を 私 たちは 汲 み 取 ってしまっているのではないか<br />

と 思 うのです。これがコノテーションです。「 落<br />

ち 葉 」の 中 に 意 味 が 二 重 になって 存 在 して、 私 た<br />

ちは 両 方 を 読 んでいる、そういうことがあるので<br />

はないかと 思 うのですね。そういう 考 え 方 があっ<br />

て、デノテーション、コノテーションと 言 ってい<br />

ます。<br />

この 考 え 方 を 先 ほどの 古 田 さんの2 番 目 の 引 用<br />

に 代 入 してみるといいかな、と 思 うのです。 古 田<br />

さんは 具 体 的 には「 北 方 の 海 」という 語 を 取 り 上<br />

げています。 特 に「 北 方 」が 問 題 なのですが。<br />

ぼくたちは 地 理 的 な 意 味 で「 北 方 」というこ<br />

とばを 使 うが、この 文 章 のなかの「 北 方 」はそ<br />

の 一 般 的 な 用 法 のなかの 一 属 性 ― 暗 くさびしく<br />

孤 独 であるという 属 性 を 強 調 し、それを 強 調 す<br />

ることによって、 暗 くさびしく 孤 独 な 環 境 一 般<br />

を 象 徴 しているのである。<br />

これは 難 しいですね。「 落 ち 葉 」に 意 味 が 二 重<br />

になっていると 思 えるように、ここに 取 り 上 げて<br />

いる「 北 方 」という 言 葉 にも 意 味 が 二 重 になって<br />

いると 考 えることができないか。「 落 ち 葉 」とい<br />

うのはただの 例 ですから、すべての 言 葉 はそうい<br />

うことになっていると 考 えることができるわけで<br />

す。そうすると、「 北 方 」ですが、 古 田 さんは「 地<br />

理 的 な 意 味 」と 言 っていますが、「 北 方 」ですから、<br />

もし 地 図 に 描 くとしたら 上 の 方 に 描 かれる 地 域 と<br />

いうと「 北 方 」ですね。これは「 北 方 」という 言<br />

葉 のデノテーションに 当 たると 思 います。しかし<br />

同 時 に「 北 方 」もコノテーションがあって、「 暗<br />

くさびしく 孤 独 」と 古 田 さんは 言 っていますが、<br />

確 かに「 北 方 」と 聞 くと、 南 方 と 違 ってなぜか「 暗<br />

くさびしく 孤 独 」というイメージがありますね。<br />

私 は 初 めて 秋 田 市 に 行 った 時 に「なんて 明 るい 町<br />

だろう」と 思 いました。 春 だったので 季 節 のせい<br />

もあると 思 いますが、「 北 だから 暗 い」とどこか<br />

で 思 っていたようです。「 北 方 」は「 暗 くさびし<br />

く 孤 独 」、という 意 味 を 私 が 読 んでいるような 気<br />

がします。 南 方 と 違 うと 思 うのですね。「 一 般 的<br />

な 用 法 のなかの 一 属 性 」という 言 葉 で 古 田 さんが<br />

語 っている 中 身 はデノテーション、コノテーショ<br />

ンという 言 葉 で 言 語 学 が 言 っていることになるの<br />

ではないかと 思 います。<br />

未 明 の 言 葉 の 使 い 方 はなおかつコノテーション<br />

と 言 える 方 を 強 調 している、と 古 田 さんは 指 摘 し<br />

ています。「 人 魚 は、 南 の 方 の 海 にばかりすんで<br />

いるのではありません。 北 の 海 にもすんでいたの<br />

であります。/ 北 方 の 海 の 色 は、 青 うございまし<br />

た」は、 地 図 に 描 けば 上 の 方 に 描 かれる 地 域 の「 海<br />

の 色 は 青 うございました」と 言 っているわけでは<br />

ありません。その 意 味 はゼロではありませんが、<br />

むしろ、 古 田 さんがおっしゃっているように、「 暗<br />

くさびしく 孤 独 」な 地 域 の「 海 の 色 は 青 うござい<br />

ました」ということですよね。「 北 方 」という 言<br />

葉 は、 地 理 的 な 意 味 で 機 能 しているのではなく、<br />

「 暗 くさびしく 孤 独 」という 意 味 で 機 能 していて、<br />

物 語 の 舞 台 の 雰 囲 気 を 醸 し 出 すような 役 割 を 果 た<br />

していると 思 います。<br />

未 明 がコノテーションを 強 調 して「 暗 くさびし<br />

く 孤 独 」という 意 味 で「 北 方 」という 言 葉 を 使 っ<br />

ていることを 古 田 さんは 批 判 しています。この 批<br />

判 は 実 は 文 学 論 としては 非 常 におかしな 批 判 では<br />

ないかと 思 うのです。どうしてかというと、 文 学<br />

は 言 葉 で 創 られる 芸 術 ですが、デノテーション、<br />

コノテーションという 考 え 方 でいうと、コノテー<br />

ションに 依 拠 する 言 葉 が 文 学 の 言 葉 ということだ<br />

と 思 います。 作 家 や 詩 人 によって 強 調 のしかたは<br />

違 うのですが。<br />

たとえば、「 落 ち 葉 」という 例 をさっき 挙 げま<br />

したが、 落 ち 葉 が 出 てくる 最 も 有 名 な 文 学 作 品 に<br />

オー・へンリーの「 最 後 の 一 葉 」があります。オー・<br />

へンリーはアメリカの 短 編 小 説 家 で1900 年 頃 に 活<br />

躍 した、ニューヨークの 風 物 をたくさん 短 編 に 書<br />

いた 人 です。わりとやさしい 英 語 のせいか、 私 も<br />

中 学 か 高 校 のサイドリーダーで「 賢 者 の 贈 り 物 」<br />

を 読 んだ 記 憶 があります。「 最 後 の 一 葉 」は、よ<br />

くご 存 知 だと 思 いますが、ニューヨークのグリ<br />

ニッジビレッジという 芸 術 家 村 に 女 絵 描 きが2<br />

人 、アトリエを 借 りています。ところが 秋 、 肺 炎<br />

が 流 行 って 片 方 の 女 絵 描 きが 肺 炎 に 苦 しむように<br />

なり、ベッドを 窓 際 に 寄 せて 寝 ています。ベッド<br />

から 窓 越 しに 木 が 見 えて、 冬 に 向 かう 季 節 のこと<br />

53


童 話 の 系 譜<br />

なので、その 木 が 盛 んに 葉 っぱを 落 としていく。<br />

その 肺 炎 に 苦 しんでいる 方 の 女 絵 描 きは「あの 木<br />

がすべての 葉 を 落 としてしまったら 私 の 命 も 終<br />

わってしまうんだわ」となぜか 思 ってしまった。<br />

そのことを 心 配 した 階 下 に 住 む 老 絵 描 きが 何 とか<br />

しなくてはいけないと 思 って、 窓 から 見 える 木 に、<br />

最 後 の1 枚 だけはどうしても 落 ちないような 細 工<br />

をする。 最 後 の1 枚 になったその1 枚 ががんばっ<br />

て 落 ちないように 見 えるので、そのことに 勇 気 づ<br />

けられて、 彼 女 は 肺 炎 からだんだん 直 っていくと<br />

いうことなのですね。ところが、 冷 たい 雨 の 降 る<br />

晩 に 木 に 細 工 をした― 実 は、 葉 っぱの 絵 を 描 いた<br />

のですが― 同 じアパートの 老 絵 描 きは、 寒 い 中 で<br />

細 工 をしたものだから、 今 度 は 彼 が 肺 炎 になって<br />

しまって 死 んでしまう。 人 情 噺 といいましょうか、<br />

そういう 話 ですが、これも「 落 ち 葉 」という 言 葉<br />

のコノテーションがさびしいとか 孤 独 とか、 物 事<br />

の 終 わりとか、そういうコノテーションを 抱 え 込<br />

んでいるから、そこをずっとふくらませていくと、<br />

そういう 物 語 になったのではないかと 思 えるよう<br />

な 作 品 です。さまざまな 形 でコノテーションに 依<br />

拠 しているということがありますが、「 落 ち 葉 」<br />

が 持 っているコノテーションをずっとふくらませ<br />

ていった 中 で「 最 後 の 一 葉 」という 小 説 ができた<br />

のではないかと 思 います。<br />

落 ち 葉 は 歌 謡 曲 などにも 歌 われています。すご<br />

く 流 行 った 歌 で 奥 村 チヨの「 終 着 駅 」というのが<br />

あるのですが、ご 存 知 ないでしょうか。さびしい、<br />

孤 独 、 人 生 の 終 わり、という 落 ち 葉 のコノテーショ<br />

ンをずっと 引 き 出 していったところから 生 まれた<br />

歌 詞 で、よくヒットした 歌 でした。<br />

一 つ 二 つ 例 を 挙 げましたが、なんらかの 言 葉 の<br />

コノテーションに 足 場 を 置 いているのが 文 学 作<br />

品 、 詩 や 小 説 の 言 葉 ではないかと 思 います。だか<br />

ら 小 川 未 明 が「 北 方 」という 言 葉 を 使 った 時 に、<br />

地 図 に 描 けば 上 の 方 の 地 域 という 意 味 で「 北 方 」<br />

という 言 葉 を 使 わず、 暗 くさびしく 孤 独 な 地 域 と<br />

いう 意 味 合 いを 強 調 する 形 で 使 ったというそのこ<br />

とは、 文 学 作 品 としていわば 当 たり 前 でありまし<br />

て、 批 判 するには 当 たらないと 思 います。だから、<br />

コノテーションを 未 明 が 強 調 したことを 批 判 的 な<br />

口 ぶりで 語 っている 古 田 さんの 文 学 論 はちょっと<br />

おかしいと 思 うのです。<br />

この 話 、もしわかりにくければ、 逆 を 考 えてく<br />

ださい。つまり、デノテーションを 強 調 した 言 葉<br />

を 思 い 浮 かべてくださると 文 学 の 言 葉 と 違 うとい<br />

うことがすぐわかると 思 うのです。デノテーショ<br />

ンを 強 調 した 言 葉 とは、 何 でもいいのですが、た<br />

とえば 薬 の 使 用 説 明 書 を 思 い 浮 かべてください。<br />

お 医 者 さんに 行 けないとしかたがないので 薬 局 に<br />

行 って「ちょっと 風 邪 気 味 で 喉 が 痛 いのですけど」<br />

というと 適 当 な 薬 を 売 ってくれますね。 薬 のビン<br />

にからまって 薄 い 紙 が 入 っていて、 広 げると 表 裏<br />

にびっしり 字 が 書 いてあって、それはすべて 言 葉<br />

で 語 られているわけです。その 言 葉 はどういう 言<br />

葉 か。この 薬 はどういう 症 状 のとき 使 いなさいと<br />

か、なにが 何 ミリグラム、なにが 何 ミリグラム 入 っ<br />

ていますとか、 何 歳 以 上 の 人 は 食 後 に 何 錠 飲 みな<br />

さいとか 書 いてあって、 最 後 に、 使 ってあまり 効<br />

果 がなければお 医 者 さんに 行 きなさいとか 書 いて<br />

ありますね。それらはすべて 言 葉 で 語 られている<br />

のですが、 薬 の 使 用 説 明 書 の 言 葉 とはデノテー<br />

ションを 強 調 した 言 葉 、 説 明 として 整 合 的 に 書 こ<br />

うと 努 力 している 言 葉 なのですね。コノテーショ<br />

ンを 強 調 して 薬 の 説 明 書 を 書 くと、 華 麗 で 面 白 い<br />

かもしれませんが、 説 明 としては 不 十 分 になって、<br />

うっかり 使 い 間 違 えて 命 にかかわったりします。<br />

説 明 としてきちんと 書 いていこうとするので、ど<br />

うしてもデノテーションを 強 調 する 言 葉 になって<br />

います。この 間 、 何 かの 薬 の 説 明 書 をじっくり 読<br />

みましたらそういう 感 じでした。 同 じ 言 葉 で 作 ら<br />

れたものであっても、 文 学 作 品 とはかけ 離 れた<br />

まったく 違 うものですね。<br />

デノテーションを 強 調 した 言 葉 が 薬 の 使 用 説 明<br />

書 みたいなものだとすると、 先 ほどのことですが、<br />

古 田 さんは 未 明 がコノテーションを 強 調 している<br />

ことを 批 判 している。この 批 判 がどうしておかし<br />

な 批 判 かというと、コノテーションを 強 調 しては<br />

いけないとすると、 逆 にデノテーションの 方 に 傾<br />

いていかなければいけませんよね。ということは<br />

文 学 作 品 あるいは 童 話 がデノテーションに 傾 い<br />

た、つまり 薬 の 使 用 説 明 書 のようなものになって<br />

いくべきだという 主 張 につながりかねないので、<br />

だからおかしな 主 張 だと 思 うのです。 文 学 論 とし<br />

54


童 話 の 系 譜<br />

てはコノテーションを 強 調 するのを 批 判 するのは<br />

おかしいというふうに 思 うのです。<br />

書 かなければならないもの<br />

ところが、ある 意 味 でおかしな 批 判 だと 思 える<br />

ような 主 張 を1959 年 の 古 田 足 日 はしなければなり<br />

ませんでした。どうしてもそう 言 わなくてはなら<br />

なかったと 思 います。50 年 代 の 議 論 、 戦 後 まもな<br />

い 時 代 に 子 どもの 文 学 を 見 直 して 新 しいものを 生<br />

み 出 す 議 論 をした 人 たちはどういう 人 だったか。<br />

古 田 さんは 昭 和 2 年 のお 生 まれですね。 神 宮 さん<br />

は 昭 和 7 年 。いぬいとみこさんも 議 論 をした1 人<br />

ですが、 大 正 2ケタの 方 ですね。 大 正 2ケタ 生 ま<br />

れから 昭 和 1ケタ 生 まれの 世 代 が 盛 んに 議 論 をし<br />

たのです。 当 時 若 い、20 代 か30 代 にかけての 児 童<br />

文 学 者 たちです。 彼 らは 大 正 2ケタ、 昭 和 1ケタ<br />

生 まれですから、 日 本 の 長 い 戦 争 と 少 年 少 女 期 が<br />

ほぼ 重 なっているわけです。 学 校 では「この 戦 争<br />

は 正 しい 戦 争 だ」と 教 えられ、「やがて 神 風 が 吹 く」<br />

と 言 われ、「 日 本 は 天 皇 を 中 心 にずっと 流 れて 来<br />

た 歴 史 がある」と 教 えられた 世 代 です。 日 本 は 昭<br />

和 6 年 の 満 州 事 変 から 太 平 洋 戦 争 につながる15 年<br />

間 の 戦 争 をしていたので、 彼 らは 少 年 少 女 期 がほ<br />

とんど 戦 争 とだぶっています。 戦 争 が 敗 戦 の 形 で<br />

終 わってみると、 少 年 少 女 期 に 教 えられ 抱 かされ<br />

ていた 価 値 の 体 系 とか、 歴 史 観 とか 世 界 観 とかは<br />

すごく 違 っていたのではないかと 思 わざるを 得 な<br />

かったはずです。 価 値 体 系 の 崩 壊 のようなものを<br />

経 験 せざるを 得 なかった 世 代 だと 思 うのですね。<br />

そういう 少 年 少 女 期 を 過 ごした 世 代 がやがて 児<br />

童 文 学 の 世 界 に 向 かってきた 時 に、 自 分 たちの 後<br />

からくる 子 どもたちに 向 けて 書 かなければならな<br />

いことがある、と 共 通 に 思 っていたことがあると<br />

思 います。それは 戦 争 という 問 題 ですね。 戦 争 の<br />

悲 惨 さをなんらかの 形 で 子 どもの 文 学 の 中 でも 書<br />

かなければならないと 思 っていたと 思 います。50<br />

年 代 の 議 論 の 中 で 戦 争 という 言 葉 はほとんど 出 て<br />

きません。 現 代 の 児 童 文 学 が 成 立 した 後 に、 戦 争<br />

の 問 題 はすごくたくさん 書 かれるとともに、 戦 争<br />

児 童 文 学 のあり 方 自 体 も 変 遷 していきますので、<br />

それもまた 問 題 にしなければならないところがあ<br />

りますが。 体 験 を 創 作 化 しようとしていたものか<br />

ら、もっと 長 編 の 中 で 戦 争 とはどういうものか、<br />

戦 争 の 一 断 面 を 体 験 の 形 で 語 るのではなく、 戦 争<br />

というものはどういうものか 全 体 を 見 せよう、と<br />

ある 時 から 思 い 始 めたところがあって、 戦 争 児 童<br />

文 学 の 流 れも 検 討 が 必 要 です。 現 代 児 童 文 学 の 成<br />

立 以 降 、 実 際 にみんなが 戦 争 を 書 いた。それは 日<br />

本 の 現 代 児 童 文 学 の 大 きな 特 徴 だと 思 います。 世<br />

界 の 児 童 文 学 の 中 で 日 本 の 児 童 文 学 の 特 徴 を 挙 げ<br />

るとすれば、 現 代 においては 戦 争 をすごくたくさ<br />

ん 書 いたということだと 思 います。 同 じ 敗 戦 国 の<br />

ドイツでもけっこういろいろ 戦 争 のことは 書 かれ<br />

てきましたし、すぐれたものは 翻 訳 がいろいろ 出<br />

ていますが、 量 的 には 日 本 の 方 がいっぱい 書 いて<br />

いるのではないかという 気 がします。 日 本 の 児 童<br />

文 学 というのは 同 人 誌 活 動 とか 母 親 層 の 創 造 と 普<br />

及 の 活 動 とか、 裾 野 が 広 くアマチュアイズムが 非<br />

常 に 強 いところですから、よけいそういう 面 があ<br />

ると 思 うのですけれども、たくさん 書 かれました。<br />

そこから 逆 算 していくと、 現 代 児 童 文 学 が 近 代 童<br />

話 とは 別 の 形 で 生 まれたモチーフの 中 には、 戦 争<br />

を 書 かなくてはならないということがあったとし<br />

か 思 えないですね。<br />

じゃあ 戦 争 はどういうふうにしたら 書 けるの<br />

か。 戦 争 というのは 社 会 的 な 事 件 ですね。 世 界 恐<br />

慌 から 始 まる 経 済 的 な 事 件 だし、 政 治 的 な 事 件 で<br />

もある。そうした 戦 争 という 問 題 を 子 どもの 文 学<br />

の 中 でもなんらか 語 ろうとした 時 に、じゃあどう<br />

いう 言 葉 で 語 れるかと 考 えた。 直 感 的 に 皆 は「 未<br />

明 のような 言 葉 では 語 れないのではないか」とい<br />

うことを 思 ったのではないか。 未 明 には「 野 薔 薇 」<br />

という 作 品 もあって、 寓 意 の 含 まれた 形 で 戦 争 を<br />

扱 ってもいますが、 実 際 の 戦 争 をくぐり 抜 けた 後 、<br />

その 戦 争 を 子 どもたちにどうやって 語 るかと 考 え<br />

た 時 に、 未 明 のようなコノテーションが 強 調 され<br />

ている 言 葉 では、 戦 争 という 社 会 的 な 事 件 は 書 く<br />

ことができないんじゃないか、あるいは 書 くこと<br />

が 非 常 に 難 しいんじゃないか、と 思 ったと 思 うん<br />

ですね。<br />

それで、 物 事 が 説 明 できる 言 葉 ― 社 会 的 な 事 件<br />

である 戦 争 が、ある 程 度 説 明 的 に 書 けるような 言<br />

葉 を 獲 得 していかなくては 書 けない、とどこかで<br />

思 ったと 思 います。 今 のような 言 葉 では 誰 も 言 っ<br />

55


童 話 の 系 譜<br />

ていません。「 未 明 を 批 判 する」という 形 でしか<br />

言 っていない。これは、その 後 の 文 学 史 の 流 れ―<br />

何 が 書 かれていったかということを 踏 まえて、 今<br />

の 時 点 から 意 を 汲 んで 言 っているに 過 ぎません<br />

が、 当 時 そういう 意 識 が 動 いていたのではないか、<br />

と 私 は 考 えています。もっと 物 事 が 説 明 できる 言<br />

葉 を 獲 得 していくことによって 戦 争 が 書 けるので<br />

はないかとか、 戦 争 を 引 き 起 こしてしまう 社 会 と<br />

いう 問 題 が 書 けるのではないかとか、 考 えていっ<br />

た 中 で、 現 代 児 童 文 学 が 近 代 童 話 と 違 った 形 で 成<br />

立 していったのではないかと 思 います。<br />

長 編 化 する 現 代 児 童 文 学<br />

1959 年 に 何 かが 変 わったと 言 いましたが、 具 体<br />

的 には『だれも 知 らない 小 さな 国 』とか『 木 かげ<br />

の 家 の 小 人 たち』が1959 年 に 出 ました。これらは<br />

長 編 ですね。 童 話 の 時 代 は、 基 本 的 に 長 編 はなく<br />

て 短 編 しかないのです。「 赤 い 蝋 燭 と 人 魚 」はけっ<br />

こう 長 いですけれども400 字 詰 め 原 稿 用 紙 にする<br />

と25、6 枚 ではないかと 思 います。 一 般 の 新 聞 に<br />

発 表 されて 大 人 も 読 めるような 童 話 として 書 かれ<br />

たせいで 少 し 長 いんじゃないかと 思 います。5 回<br />

連 載 でした。 現 代 の 児 童 文 学 の『だれも 知 らない<br />

小 さな 国 』や『 木 かげの 家 の 小 人 たち』などは、<br />

もう1 桁 多 い。25 枚 でなく250 枚 が 現 代 の 児 童 文<br />

学 の 長 さというものだと 思 います。 短 編 でなく 長<br />

編 の 形 で 語 られることが 現 代 の 児 童 文 学 の 中 心 に<br />

なっていきます。<br />

それはどうしてかというと、さっきの 言 葉 の 件<br />

と 関 係 があると 思 います。 近 代 童 話 はコノテー<br />

ションを 強 調 した 言 葉 、つまり 詩 的 で 象 徴 的 な 言<br />

葉 で 書 かれました。 詩 というのは 長 編 詩 とか 散 文<br />

的 な 詩 とか 言 ってもさほど 長 くはならないのと 同<br />

じように、 詩 的 な 言 葉 で 書 いていくとあまり 長 く<br />

なれないのですね。 一 つの 言 葉 、「 北 方 」なら「 北<br />

方 」という 言 葉 に 意 味 やイメージをぎゅうっと 詰<br />

め 込 んでしまって、 一 つ 一 つの 言 葉 が 持 っている<br />

意 味 やイメージが 大 きいものですから、どうして<br />

も 詩 のような 短 い 形 になっていくと 思 います。 逆<br />

に 言 うと、それを 構 成 している 言 葉 はいっぱいの<br />

意 味 やいっぱいのイメージを 背 負 っているという<br />

ことになると 思 います。<br />

ところが 現 代 の 児 童 文 学 は 散 文 的 、 説 明 的 な 言<br />

葉 で 書 こうとします。それも、 子 どもをめぐる 事<br />

件 、 心 の 中 の 景 色 ではなくて 子 どもの 外 側 で 起<br />

こっていく 事 件 ―それは 大 きな 実 社 会 ということ<br />

もあるかもしれませんが、 学 校 という 社 会 であっ<br />

たり、 家 庭 という 社 会 であったりすることも 含 め<br />

て― 子 どもの 外 側 に 広 がっている 社 会 で 起 きる 事<br />

件 を 書 いていこうとするわけです。どうやって 書<br />

いていくかというと 散 文 的 な 言 葉 で 説 明 していこ<br />

うとします。その 事 件 がこのように 起 こって、こ<br />

うなって、こうなって 収 束 していったと 書 こうと<br />

しますので、どうしても 事 件 なら 事 件 を 順 序 立 て<br />

て 説 明 的 に 書 こうとしていく。そうすると、どう<br />

しても 作 品 としては 長 い 形 、 長 編 になります。 言<br />

葉 のあり 方 が 変 わったことによって、 作 品 は 長 編<br />

化 していく、これが 現 代 の 児 童 文 学 だと 思 います。<br />

短 編 の 書 き 手 はむしろ 少 なくなっていますね。 出<br />

版 の 問 題 もありますから、 作 品 をつくる 言 葉 のし<br />

くみの 変 化 のことだけでは 語 れないと 思 います<br />

が。<br />

ついでの 話 ですが、さっきあまんさんが 教 科 書<br />

に 載 っていると 言 いました。 現 代 の 児 童 文 学 がそ<br />

うやって 長 編 が 中 心 になっているのに、 日 本 の 国<br />

語 の 教 科 書 は 短 い 文 章 の 寄 せ 集 めでしかないので<br />

すね。 小 学 校 、 中 学 校 、 高 校 …。 文 学 も 説 明 文 も<br />

短 いものが 載 っている。 作 文 にかかわる 教 材 も 短<br />

い 形 で 載 っている。 短 い 文 章 をいろいろ 編 集 して<br />

作 っているのが 国 語 の 教 科 書 というものですか<br />

ら、 現 代 の 児 童 文 学 にはいろんな 良 いものがあっ<br />

て、 国 語 の 時 間 に 読 んでもいいものもあると 思 う<br />

のですが、 実 際 には 教 科 書 に 載 せることがほとん<br />

どできません。 短 編 の 書 き 手 がそこではクローズ<br />

アップされてきて、あまんさんは 日 本 の 教 科 書 の<br />

あり 方 に 見 合 った 形 で 書 けているので 教 科 書 に 載<br />

るということがあります。<br />

さらについでに 言 えば、 小 学 校 の 低 学 年 の 教 科<br />

書 では 短 編 さえも 適 当 なものがないので、 絵 本 を<br />

教 材 化 するということが 起 こっています。レオ・<br />

レオーニの 絵 本 を、 各 場 面 の 言 葉 だけを 全 部 切 り<br />

取 ってしまって、 一 続 きのストーリーにして 教 科<br />

書 の 決 まったページにだあっと 流 し 込 んで、 絵 本<br />

の 絵 は 適 当 に 挿 絵 として 配 置 する。 絵 本 では 見 開<br />

56


童 話 の 系 譜<br />

きの 絵 を、 言 葉 よりも 絵 が 語 り、めくっていくこ<br />

とによって 展 開 していく 絵 本 の 基 本 的 なしくみを<br />

全 部 破 壊 して 教 科 書 に 載 せるということが 起 こっ<br />

ているので、 私 はこれを 批 判 しています。どうし<br />

てこういうことが 起 こってしまうかというと、 載<br />

せるものがないからですね。 小 学 校 では、 今 子 ど<br />

もたちが 使 っている 言 葉 と 近 いところで 書 かれて<br />

いる 文 章 でないと 扱 えませんので、あまり 古 典 的<br />

な 文 章 は 小 学 校 では 扱 えません。 中 学 や 高 校 にな<br />

れば 明 治 時 代 のものも 載 せられると 思 いますが、<br />

小 学 校 では 主 に 現 代 のものを 載 せていくしかな<br />

い。 現 代 のものは 長 いのですね。それで 教 科 書 と<br />

合 わない。 教 科 書 とはそういうものだと 思 われる<br />

かもしれませんが、 外 国 では 長 い 小 説 を1 年 間 か<br />

けてとか、 半 年 かけて 読 みながら、いろいろ 勉 強<br />

するというしくみの 授 業 をしている 国 もあるよう<br />

なので、そういう 教 科 書 のあり 方 は 絶 対 ではない<br />

と 思 うのです。 深 入 りすると 大 変 なのでやめます<br />

が、そうした 問 題 すらも 引 き 起 こしているほど、<br />

現 代 の 児 童 文 学 は 長 編 化 しています。<br />

なおかつ、1959 年 の 作 品 はどちらも 戦 争 体 験 を<br />

下 じきにしてファンタジーの 形 で 書 いたもので<br />

す。 戦 争 体 験 の 下 じきの 仕 方 は 二 つの 作 品 は 少 し<br />

違 いますけれども、これらの 作 品 は 戦 争 を 書 いた<br />

児 童 文 学 だとは 意 識 されてこなかったと 思 いま<br />

す。しかしこの 小 人 の 出 てくるファンタジーであ<br />

る 二 つの 作 品 にも 戦 争 ははっきり 影 を 落 としてい<br />

ます。<br />

現 代 の 児 童 文 学 はデノテーションに 傾 きを 持 た<br />

なければならないと 思 ったので、 小 川 未 明 に 比 べ<br />

るといわば 薬 の 使 用 説 明 書 に 近 い 面 がある。つま<br />

り 文 芸 性 が 弱 くなっているところがあると 思 いま<br />

す。これを 言 うとちょっと 誤 解 されるかもしれま<br />

せんが、60 年 代 に 書 かれたさまざまな、 今 はあま<br />

り 読 まれていないような 作 品 を 読 むと、そのこと<br />

はよくわかります。 社 会 的 な 事 件 を 扱 って 説 明 的<br />

に 書 いてはいるのだけれど、 未 明 童 話 にあったよ<br />

うな 文 芸 性 のようなものは 非 常 に 脆 弱 になってい<br />

る。その 意 味 ではあまりおもしろくない。60 年 代<br />

の 作 品 でも 今 も 盛 んに 読 まれている 作 品 はそうで<br />

ないのですが、 今 はもう 読 まれなくなってしまっ<br />

た 作 品 をわざと 読 むとよくわかります。 文 芸 性 を<br />

もう1 回 児 童 文 学 が 獲 得 し 直 すのは、80 年 代 以 降<br />

にそういった 動 きがあるような 気 がするのです<br />

が、それは 今 日 の 午 後 の 講 義 の 領 域 に 入 っていき<br />

ますのであまり 深 入 りはしません。 古 田 さんの 主<br />

張 が 実 現 されていった 中 で 物 事 を 説 明 する 言 葉 は<br />

獲 得 されたけれども、その 分 だけ、 未 明 童 話 に 代<br />

表 されるものにはあった 文 芸 的 なおもしろさが<br />

ちょっと 薄 れた 時 期 があったのではないかと 思 い<br />

ます。<br />

そのようにして 古 田 さんは 未 明 を 批 判 し、そう<br />

いった 意 見 を 受 けとめながら、 現 代 の 児 童 文 学 が<br />

散 文 的 で 説 明 的 な 言 葉 で 子 どもをめぐる 状 況 を 書<br />

くものに 転 換 していきました。この 近 代 童 話 から<br />

現 代 児 童 文 学 への 転 換 は、 日 本 の 子 どもの 文 学 の<br />

歴 史 の 中 で 最 も 大 きなターニングポイントだった<br />

と 私 は 思 っています。<br />

あまんきみこの 特 質<br />

そこであまんさんにもう1 回 戻 ります。 未 明 を<br />

批 判 しながら 近 代 童 話 をくぐり 抜 けて 現 代 児 童 文<br />

学 を 実 現 した1 人 の 古 田 さんが『 車 のいろは 空 の<br />

いろ』を 読 んだ 時 に、 先 ほどのような 評 価 をしま<br />

した。たぶん 古 田 さんにしてみれば、 自 分 が 一 生<br />

懸 命 抜 け 出 そうとした 童 話 というものがここにま<br />

た 亡 霊 のようにやってきてしまった、という 思 い<br />

があったのではないかと 思 います。レジュメに 挙<br />

げましたが、やはり 古 田 さんの 言 葉 です。これは<br />

80 年 代 になってからの 言 葉 ですけれども、あまん<br />

きみこ、 安 房 直 子 、 立 原 えりかは、「ぼくの 見 方<br />

では 小 川 未 明 の 正 統 な 後 継 者 である」といってい<br />

ます( 古 田 「あまんきみこメモ」『 国 語 の 授 業 』<br />

1986 年 2 月 )。 未 明 は 古 田 さんが「さよなら 未 明 」<br />

といった 人 なのですから、「 正 統 な 後 継 者 」とい<br />

うのは 古 田 さんにしてみればいささか 複 雑 な 思 い<br />

で 眺 めた 人 たちではないかと 思 います。あまんき<br />

みこは 未 明 に 代 表 された 童 話 の 方 法 に 近 いところ<br />

があって、その 点 で 批 判 的 に 語 らざるを 得 なかっ<br />

たのが1968 年 の 古 田 足 日 ではないかと 思 います。<br />

「くましんしに 出 あうのは 物 語 の 発 端 であり、そ<br />

こから 何 か 事 件 が 始 まるべき」だと 言 ってますね。<br />

現 代 児 童 文 学 が 事 件 をずっと 語 っていくものだと<br />

言 いましたけれども、 灰 谷 健 次 郎 の『 兎 の 眼 』<br />

57


童 話 の 系 譜<br />

(1974)などの「 理 論 社 の 大 長 編 シリーズ」が 特<br />

徴 的 ですが、すごく 長 い 児 童 文 学 も 今 はあるわけ<br />

です。 発 端 を 書 くのが 大 事 なのではなくて、そこ<br />

から 何 か 事 件 が 始 まっていて、それをずうっと 書<br />

いていく 中 で 社 会 とか 社 会 の 中 で 生 きていく 子 ど<br />

もを 書 いてほしいという 願 いがあって、それとは<br />

違 う、 発 端 を 書 いたに 過 ぎない、という 批 判 をし<br />

ているのだと 思 うのですね。<br />

ところが、あまんさんは 現 代 児 童 文 学 がめざし<br />

た 方 向 、とりわけ 古 田 さんがめざした 方 向 と 違 う<br />

ことをめざしていたと 思 います。それがあまんき<br />

みこの 童 話 性 といえるのかもしれません。あまん<br />

さんの 作 品 をその 後 もいろいろ 読 んでいきます<br />

と、レジュメの「3 現 代 児 童 文 学 のなかの 童 話 」<br />

にまとめたような 特 質 が 見 えてきます。 特 に『 車<br />

のいろは 空 のいろ』という 連 作 集 を 見 ていくと、<br />

「くましんし」ももちろんそうでしたけれども、「 日<br />

常 世 界 の 秩 序 にダブって、「 何 かちがったもの」<br />

が 顔 をのぞかせる、めまいするような、(「くましんし」)<br />

ような 一 瞬 が 切 りとられている」と 思 います。そ<br />

ういったものが、あまんさんが 書 きたいことだっ<br />

たと 思 うんです。これはファンタジーともまた<br />

ちょっと 違 っていて、 一 瞬 、 日 常 が 違 った 顔 を 見<br />

せる、そこを 書 きたいのがあまんさんだと 思 いま<br />

す。<br />

これは 宮 沢 賢 治 などにむしろ 近 いところがある<br />

と 思 います。 賢 治 の「 風 の 又 三 郎 」では、9 月 1<br />

日 、2 学 期 が 始 まったところに 都 会 風 な 転 校 生 が<br />

やってきます。どうも 風 が 吹 くのをきっかけにし<br />

て、 不 思 議 な 様 子 を 見 せる。 高 田 三 郎 という 名 の<br />

転 校 生 だと 先 生 は 紹 介 してくれるけれども、 嘉 助<br />

という5 年 生 などは、いや 風 の 又 三 郎 だ、と 言 い<br />

出 します。 風 の 神 様 だ、 二 百 十 日 でやってきたの<br />

だ、と 言 う。ふつうの 日 常 の 中 にいるはずの 子 ど<br />

もが、ある 一 瞬 違 った 顔 を 見 せる。それは 風 が 吹<br />

いてきた 時 なので、だから 風 の 神 様 じゃないか、<br />

と 疑 い 出 す 子 どもがいる。いや、そうじゃなくて<br />

やっぱり 転 校 生 なのだ、と 言 い 続 ける 子 どももい<br />

て、 転 校 生 は 風 の 又 三 郎 なのか、 友 だちの 高 田 三<br />

郎 なのか、という 二 つのイメージが 子 どもたちの<br />

間 に 生 まれていく。 最 後 に、 急 にまた 転 校 生 は 去 っ<br />

ていってしまうので、どっちの 考 えが 正 しかった<br />

のか、 彼 は 風 の 神 様 だったのか、それとも 現 実 の<br />

少 年 だったのか、はっきりしないままで「 風 の 又<br />

三 郎 」という 作 品 は 幕 を 閉 じてしまいます。「 又<br />

三 郎 だ」と 言 っていた 嘉 助 と「いや、 高 田 三 郎 だ」<br />

と 言 っていた 一 郎 がにらみ 合 う 形 で 作 品 はおしま<br />

いになります。 日 常 が 不 思 議 な 顔 を 見 せることが<br />

あることを 賢 治 の「 風 の 又 三 郎 」は 非 常 にあざや<br />

かに 書 いている。その 点 ではあまんさんの『 車 の<br />

いろは 空 のいろ』の 世 界 と 非 常 に 近 いと 思 います。<br />

あまんさんの 作 品 もある 種 の 不 思 議 を 抱 え 込 ん<br />

だ 作 品 ですが、しかし 現 代 の 児 童 文 学 の、 不 思 議<br />

を 書 くファンタジーの 書 き 手 の 代 表 であった 佐 藤<br />

さとるは、 今 言 った「 風 の 又 三 郎 」を 批 判 してい<br />

ます。 一 瞬 の 時 の 翳 りのようなものを 書 くのでは<br />

なく、ちゃんとファンタジー 世 界 を 構 築 していく<br />

べきだ、という 意 味 の 批 判 を 彼 の『ファンタジー<br />

の 世 界 』( 講 談 社 1978)の 中 でしています。そ<br />

のように 賢 治 が 批 判 されるとすると、たぶんあま<br />

んさんの 世 界 も 批 判 されていく。ファンタジーと<br />

は、 不 思 議 な 世 界 をきちんとした 散 文 的 ・ 説 明 的<br />

な 言 葉 で 構 築 していくべきもので、 詩 的 な 一 瞬 の<br />

ひらめきのようなものはファンタジーではない、<br />

と 佐 藤 さとるさんは 言 っています。 佐 藤 さんの 世<br />

界 を 考 えると、 彼 はそのように 思 って 当 然 ですけ<br />

れども、 同 じ 不 思 議 を 書 いているものでも、あま<br />

んさんは 佐 藤 さとるの 世 界 とはかけ 離 れたもの<br />

で、 佐 藤 さとるが 批 判 した 宮 沢 賢 治 に 近 いような<br />

気 がします。<br />

佐 藤 さとるはファンタジーを 書 いていますが、<br />

説 明 的 で 散 文 的 な 言 葉 で、 長 編 で、 日 常 世 界 とは<br />

違 う 世 界 をきちんと 構 築 していこうとした 人 で<br />

す。リアルに 日 常 を 書 いた 人 ではありませんけれ<br />

ども、まったく 現 代 児 童 文 学 の 書 き 手 なのですね。<br />

戦 争 体 験 も 含 めて、 佐 藤 さとるのファンタジーは<br />

まったく 現 代 児 童 文 学 だと 思 います。それに 対 し<br />

て、あまんさんはその 後 出 てきた 人 ですが、むし<br />

ろ 宮 沢 賢 治 の 世 界 に 近 いような、 童 話 的 な、 詩 的<br />

な 性 格 を 抱 え 込 んでいると 思 います。<br />

現 代 の 童 話<br />

さきほど 触 れた『 現 代 児 童 文 学 の 語 るもの』の<br />

58


童 話 の 系 譜<br />

「 三 つの 問 題 意 識 」のところに 戻 ります。 童 話 伝<br />

統 を 批 判 していく 観 点 が 三 つあったと 思 うのです<br />

が、この 観 点 を 裏 返 すと 童 話 の 特 質 が 逆 に 見 えて<br />

くると 思 います。「1「 子 ども」への 関 心 」、これ<br />

は 童 話 作 家 たちが 童 話 を 書 きながら 子 どもに 関 心<br />

を 持 っていないのではないか、という 疑 いがあっ<br />

てそこが 盛 んに 議 論 されました。 未 明 などは 童 話<br />

と 言 いながら、 子 どもの 読 者 を 意 識 していないと<br />

いうことで 大 変 批 判 されました。 未 明 は、 子 ども<br />

のために 書 くというよりは 自 己 表 現 なのだ、 童 話<br />

とは 表 現 の 形 なんだ、と 言 っています。 童 話 は 一<br />

つのジャンルだと 意 識 していると 思 うのですね。<br />

俳 句 や 短 歌 や 詩 や 戯 曲 、 文 学 作 品 といってもいろ<br />

いろな 表 現 方 法 がありますが、 童 話 も 一 つの 表 現<br />

方 法 だ、 童 話 だから 子 どものためという 意 味 では<br />

ないのだ、と 未 明 はある 時 はっきり 言 っています。<br />

戦 後 、 子 どもという 読 者 に 意 識 を 持 っていかなく<br />

ちゃだめなんじゃないか、というふうに 未 明 は 批<br />

判 されました。 子 どもにも 大 人 にも 共 通 の 童 心 の<br />

ようなものがあってそれを 書 いていくのだ、 童 話<br />

は 必 ずしも 子 どものためのものではない、 表 現 の<br />

あり 方 なのだ、ということを 未 明 は 言 っていて、<br />

そこが 批 判 されたのです。<br />

現 代 でも 童 話 性 の 豊 かな 作 家 たちの 中 には、 未<br />

明 が 意 識 したような 童 心 というものをもとにして<br />

表 現 していく、 必 ずしも 子 どものためでなくても<br />

いい、という 意 識 があると 思 います。あまんさん<br />

は、わりあい 子 どもの 読 者 を 意 識 していると 思 い<br />

ます。 立 原 えりかさんもだいぶ 変 わってきました<br />

ので 今 の 作 風 は 違 いますが、 初 期 の 立 原 さんは 小<br />

川 未 明 に 近 いような、 童 話 は 子 どものためではな<br />

く 表 現 のある 種 の 形 、ジャンルなんだという 意 識<br />

が 強 かったと 思 います。 江 国 香 織 の『つめたいよ<br />

るに』( 理 論 社 1989)などは 児 童 書 の 形 で 出 ま<br />

したが、 大 人 にも 非 常 によく 読 まれてきた 作 品 で、<br />

児 童 文 学 と 文 学 のボーダーレスをあらわしてし<br />

まっているところがあります。 童 話 という 問 題 に<br />

照 らして 考 えてみると、やはり 小 川 未 明 と 同 じで、<br />

別 に 子 どものためではなくて、ある 一 つの 童 話 的<br />

な 表 現 を 意 識 してそれを 書 いているのではないか<br />

と 思 います。<br />

それから、「2 散 文 性 の 獲 得 」は 童 話 が 詩 的 な<br />

性 格 だったことを 批 判 しています。もっと 散 文 性<br />

がなくてはだめだ、 説 明 的 な 言 葉 で 戦 争 を 書 いて<br />

いくのだ、つきつめていくとそういうことになる<br />

かと 思 います。 斎 藤 隆 介 も 童 話 性 の 豊 かな 人 だと<br />

思 います。 江 戸 時 代 の 飢 饉 など 社 会 的 な 問 題 を<br />

扱 ったのですが、 社 会 のしくみを 子 どもにわかる<br />

ように 説 明 しようというところは 長 編 では 少 しあ<br />

ります。しかし、 斎 藤 さんの 中 心 である 短 編 的 な<br />

ものは―「 八 郎 」が 貧 しさを 超 えるためにある 仕<br />

事 をしてしまうとか、「ベロだしチョンマ」が 飢<br />

饉 の 中 で 生 きた 人 々を 書 いたとか― 社 会 的 な 問 題<br />

を 扱 っているのですが、 社 会 のしくみを 説 明 的 で<br />

散 文 的 な 言 葉 で 語 ろうとしたわけではなくて、 非<br />

常 に 詩 的 なというか 情 緒 的 な 言 葉 で 社 会 の 問 題 を<br />

語 ろうとしてきたところがあります。「 八 郎 」と<br />

か「 三 コ」という 作 品 は 一 種 の 社 会 変 革 を 書 こう<br />

としていますが、その 社 会 変 革 は 一 種 の 気 合 です<br />

ね。 気 合 で 社 会 変 革 をしていく、ということを 書<br />

いているような 気 がします。でも、 社 会 変 革 って<br />

そういうふうにできないと 思 うのですね。 私 は 斎<br />

藤 隆 介 に 批 判 的 な1 人 で、かなり 若 い 頃 に 斎 藤 隆<br />

介 批 判 の 文 章 を、まだ 斎 藤 さんがご 健 在 の 頃 に 書<br />

きました(「 叙 事 の 方 へ― 斎 藤 隆 介 に 関 する18 章 」、<br />

宮 川 『 国 語 教 育 と 現 代 児 童 文 学 のあいだ』 日 本 書<br />

籍 1993 参 照 )。 社 会 変 革 は 気 合 ではできない。<br />

こうやって、こうやって…とプロセスを 経 て 社 会<br />

変 革 が 出 来 るかどうか、ということだと 思 うので<br />

すが、 社 会 変 革 をする 気 持 ちを 書 いたのが 斎 藤 隆<br />

介 で、 非 常 に 詩 的 な 世 界 だと 思 います。これも 一<br />

種 の 童 話 性 です。 同 じ 問 題 ― 江 戸 時 代 の 飢 饉 の 問<br />

題 とか、 貧 しさをどうやって 超 えていくかという<br />

問 題 とか―を 書 こうとしたらまったく 違 った 形 に<br />

なってもおかしくないわけで、 現 代 の 児 童 文 学 に<br />

はそういった 問 題 を 散 文 的 な 言 葉 で 書 いている 人<br />

ももちろん 何 人 もいらっしゃいますけれども、そ<br />

れとは 違 う 童 話 的 な 形 だったと 思 います。この「1<br />

「 子 ども」への 関 心 」「2 散 文 性 の 獲 得 」「3 変 革<br />

への 意 志 」と 整 理 したことの 反 対 を 考 えると 童 話<br />

の 性 格 が 見 えてきて、だからこのように 批 判 的 に<br />

考 えたということになるのではないかと 思 いま<br />

す。<br />

59


童 話 の 系 譜<br />

「 声 」のわかれ<br />

もう 一 つ 違 った 観 点 の 話 をつけ 加 えておしまい<br />

にしたいと 思 います。 石 井 桃 子 さんの 書 かれた「 子<br />

どもから 学 ぶこと」という 文 章 を 紹 介 します。『 母<br />

の 友 』の1959 年 12 月 号 に 載 った 見 開 き2ページだ<br />

けのエッセイです。これは 石 井 さんのエッセイ 集<br />

や 岩 波 書 店 から 出 た『 石 井 桃 子 集 』というセレク<br />

ションには 入 っていません。5 年 くらい 前 にこの<br />

号 を 探 して 読 みました。これは 明 日 講 義 をなさる<br />

佐 藤 宗 子 さんが『 母 の 友 』をずうっと 読 む 研 究 を<br />

書 かれたことがあって、その 中 でちらっと 出 てき<br />

たので、ああこういうのがあるのだ、と 知 って、<br />

後 になって 図 書 館 で 探 して 読 んだのです。1959 年<br />

のエッセイです。 書 き 出 しを 読 むと、<br />

私 は、この 欄 で、すこしくどいほど、 子 ども<br />

のための 物 語 (ことに 幼 い 子 どもの 文 学 )は、<br />

口 で 話 す「お 話 」と 切 りはなせないものだとい<br />

うことを 書 いてきました。けれども、 私 の 気 も<br />

ちでは、まだまだ 言 いたりないような 気 がする<br />

のです。(カッコ 内 原 文 )<br />

次 に「 読 んでやれないお 話 」という 見 出 しがあっ<br />

て、<br />

読 んでやったり、 口 で 話 したりできないお 話<br />

は、 子 どもにはおもしろくないものです。そし<br />

て、 幼 い 子 どもにとっては、おもしろいことと、<br />

いいことはおなじなのですから。<br />

と 書 いてあります。<br />

この 考 え 方 を 前 提 にしてこのエッセイでは 具 体<br />

的 に 何 が 書 いてあるかというと、『だれも 知 らな<br />

い 小 さな 国 』のことが 書 いてあります。『だれも<br />

知 らない 小 さな 国 』は1959 年 、この 年 の8 月 の 奥<br />

付 ですね。このエッセイは『 母 の 友 』の12 月 号 で<br />

すから、ものすごく 早 い 反 応 だと 思 います。『だ<br />

れも 知 らない 小 さな 国 』が 奥 付 より 早 く 出 たかも<br />

しれませんが、でも12 月 号 は11 月 1 日 発 行 だとす<br />

ると、 原 稿 締 め 切 りは 遅 くとも9 月 15 日 くらいか<br />

な、と 思 います。たぶん8 月 末 に 原 稿 をください<br />

と 言 ってちょっと 遅 れても 間 に 合 うくらいでしょ<br />

うかね。だとすると、 本 当 に 出 てすぐの 反 応 なの<br />

ですね。どういうことが 書 いてあるかというと、<br />

「ひとつの 実 験 」という 見 出 しがあって、そこに<br />

書 いてあるのですが、<br />

最 近 、 私 の 家 の 小 さい 図 書 室 で、 佐 藤 暁 さん<br />

の『だれも 知 らない 小 さな 国 』を、つづきもの<br />

にして 読 んでいます。<br />

これはたぶん、 石 井 桃 子 さんが、 岩 波 新 書 で 出<br />

された『 子 どもの 図 書 館 』(1965)に 実 践 報 告 の<br />

ある、かつら 文 庫 という 自 宅 を 開 放 された 文 庫 ―<br />

東 京 子 ども 図 書 館 の 前 身 の 一 つになっているもの<br />

です―で 子 どもたちに 読 み 聞 かせたのではないか<br />

と 思 います。 佐 藤 さとるさんの「さとる」は、 今<br />

はひらがなですけれども、デビューの 頃 はこの 漢<br />

字 を 使 っていましたね。<br />

大 体 、 三 十 分 くらいずつ、 十 回 ほどでおわる<br />

でしょう。これは、コロボックルという 妖 精 の<br />

出 てくるお 話 で、ひとりの 少 年 が、ふとしたきっ<br />

かけで、 自 分 のすんでいる 町 の 近 くの 山 でだれ<br />

も 知 らない 小 人 の 国 を 見 つけるという、 日 本 の<br />

創 作 童 話 にめずらしい 筋 の 通 ったファンタジー<br />

です。<br />

私 は、この 話 を 最 初 に 自 分 だけで 読 んだ 時 、<br />

だいじなコロボックルの 出 てくるまでが 長 すぎ<br />

る、 頭 でっかちなお 話 だなと 思 いました。 子 ど<br />

もにとっては、 読 みはじめたとたんに、ふっと<br />

さそいこまれるという 気 もちをもてないのでは<br />

ないかなと 思 いました。<br />

じっさいに 子 どものまえで、 声 にだして 読 み<br />

だしてみると、やはり、 私 の 懸 念 したとおりで<br />

した。 佐 藤 さんが、 念 を 入 れてコロボックルの<br />

出 てくる 山 を、 春 秋 夏 冬 にかえて、その 情 景 を<br />

描 写 しているあいだ、 子 どもたちは、モゾモゾ<br />

とからだを 動 かし、ひとりは、そっと 出 てゆき<br />

ました。(もっとも、この 図 書 室 では、お 話 の<br />

終 るまで、むりにおさえつけておかないで、 何<br />

か 都 合 のある 人 は、しずかに 出 ていっていいと<br />

してあるのです。)(カッコ 内 原 文 )<br />

60


童 話 の 系 譜<br />

続 いて「ムダなことば」という 見 出 しの 後 、<br />

このことがあってから、 三 回 めごろまで、 私<br />

は、 子 どもの 顔 色 をうかがいながら、ところど<br />

ころ、 五 、 六 行 ずつとばしました。ぜひとも、<br />

おしまいまで 聞 いてもらいたいと 思 ったからで<br />

す。 子 どもたちは、コロボックルが 出 てくると、<br />

しんとなります。<br />

私 は、 一 度 まえに 読 んでおいて、そして、い<br />

ざ、 子 どもの 前 で 読 みはじめてから、 子 どもた<br />

4 4 4<br />

ちの 反 応 によって、 臨 機 応 変 にはしよ ったので<br />

4 4 4<br />

すが、 読 みおえてから、はしよ ったところは、<br />

物 語 の 大 筋 とは 関 係 のない、つまり、ぬかした<br />

ために、あとの 話 にさしつかえたというところ<br />

は、ほとんどなかったことに 気 がついておどろ<br />

きました。いえ、そこは、かえってないほうが<br />

お 話 がおもしろくなるのではないかとさえ 考 え<br />

ました。( 傍 点 原 文 )<br />

これを5 年 ほど 前 にようやく 読 みまして、 非 常<br />

に 驚 きました。いくつかの 点 でびっくりしたので<br />

すが、 一 つは『だれも 知 らない 小 さな 国 』という<br />

作 品 を 読 み 聞 かせたということです。これは、ふ<br />

つう 今 は 読 み 聞 かせる 作 品 ではないですね。 中 に<br />

は 小 学 校 5、6 年 生 のクラスを 持 っている 先 生 が、<br />

給 食 の 時 などに 長 編 を 分 けて 読 むことがあるか<br />

ら、 読 まれるかもしれませんが、あんまり 今 読 み<br />

聞 かせをする 作 品 とは 意 識 されていない。むしろ<br />

子 どもが 黙 読 して 本 を 楽 しめるようになって 以 降<br />

に 出 会 う 作 品 として 意 識 されていると 思 います。<br />

読 み 聞 かせてしまったことがまず 驚 きでした。ど<br />

うして 読 み 聞 かせたかというと、 石 井 さんは「 読<br />

んでやったり、 口 で 話 したりできないお 話 は、 子<br />

どもにはおもしろくないものです。」といってい<br />

るので、 読 んだのだと 思 います。 読 んでみると 描<br />

写 が 多 くて、 無 駄 な 言 葉 が 多 いと 言 っています。<br />

で、「はしよった」とまで 言 っているのです。『だ<br />

れも 知 らない 小 さな 国 』は 今 までの 話 の 中 でもそ<br />

のように 聞 こえたと 思 いますが、 大 げさに 言 えば、<br />

現 代 の 児 童 文 学 を 出 発 させた 重 要 な 正 典 (カノン)<br />

のような 作 品 です。 名 作 ということになっていま<br />

すので、それをはしょって 読 んだとか、はしょっ<br />

て 読 んだところは 無 駄 で 意 味 がないとか 書 いてあ<br />

るので、その 点 に 驚 いたわけです。これは1959 年<br />

12 月 号 の『 母 の 友 』ですので、 佐 藤 さんは『だれ<br />

も 知 らない 小 さな 国 』を 出 したばかりの 新 人 作 家<br />

で、30 歳 くらいですね。 石 井 さんは50 過 ぎている<br />

くらいじゃないかと 思 います。ベテランですね。<br />

ベテランの 作 家 が 新 人 の 作 品 を 読 んで 評 価 した、<br />

という 文 脈 だったと 思 います。 読 んで 非 常 にびっ<br />

くりしたエッセイでした。<br />

びっくりしたのですが、びっくりからいろんな<br />

ことを 考 えました。 石 井 桃 子 さんは、「 読 んでやっ<br />

たり、 口 で 話 したりできないお 話 は、 子 どもには<br />

おもしろくない」という 前 提 が 非 常 に 強 固 で、そ<br />

の 上 で『だれも 知 らない 小 さな 国 』を 読 んだわけ<br />

です。たぶん 佐 藤 さとるは、 声 に 出 して 読 まれる<br />

ことをあまり 意 識 していなかったと 思 います。む<br />

しろ 今 読 まれている 状 態 、 黙 読 で 本 を 楽 しめるよ<br />

うな 小 学 校 後 半 以 降 くらいの 人 、 中 学 生 も 含 めた<br />

10 代 の 読 者 に 黙 読 して 楽 しんでもらえばよい、と<br />

いう 意 識 で 書 いたと 思 います。だから 意 識 の 違 い<br />

が 非 常 に 明 らかなのですね。 現 代 の 児 童 文 学 はど<br />

うなっていったかというと、もちろん 幼 年 童 話 の<br />

すぐれたものもいろいろあります。 現 代 児 童 文 学<br />

の 年 表 を 作 ることがありますが、 力 のこもった 作<br />

品 だと 評 価 されているものを 毎 年 いくつかずつ<br />

拾 っていきますと、どうしても 年 表 に 残 っていく<br />

作 品 は、 黙 読 して 読 まれるような 小 説 的 な 作 品 で<br />

すね。10 代 の 子 どもたち― 今 では 大 人 も 含 めてと<br />

いうことになりますが―が 読 むような 作 品 が 年 表<br />

に 残 っていく。そこでは、さっき 社 会 といいまし<br />

たが、 子 どもをめぐるさまざまな 主 題 がずっと 書<br />

かれていくということになっていると 思 います。<br />

現 代 の 児 童 文 学 は 明 らかに、『だれも 知 らない 小<br />

さな 国 』のような、 黙 読 されて 楽 しまれる、 黙 読<br />

される 中 でいろんな 問 題 を 投 げかけるような、10<br />

代 の 子 どもたちの 読 むような 作 品 が 中 心 になって<br />

います。<br />

そのように 考 えていくと、 現 代 の 文 学 は 石 井 桃<br />

子 が 持 っている 前 提 をはずしたところに 成 り 立 っ<br />

ているのではないかと 思 います。「 読 んでやった<br />

り、 口 で 話 したりできないお 話 は、 子 どもにはお<br />

もしろくない」ということは、 今 は 基 本 的 にはは<br />

61


童 話 の 系 譜<br />

ずされていると 思 うのですね。むしろ、 黙 読 され<br />

てそこでいろいろ 考 えていく、というものが 中 心<br />

だと 思 います。だから、 現 代 の 児 童 文 学 が 成 立 し<br />

た 時 ―それは『だれも 知 らない 小 さな 国 』などが<br />

成 立 させたわけですけれども― 石 井 桃 子 が 前 提 と<br />

しているような、 声 に 出 して 読 んであげる、とか<br />

自 分 で 声 に 出 して 読 む、というような、 作 品 を 読<br />

む 声 というものと 切 り 離 されて 成 立 したと 思 いま<br />

す。 現 代 の 児 童 文 学 は 声 とわかれることで 成 立 し<br />

た―これはちょっとロマンチックな 言 い 方 ですが<br />

―と 私 は 言 っています。その 中 で 思 想 的 にも 深 ま<br />

りのあることが 初 めて 書 けるようになりました。<br />

そういう 意 味 では 大 人 の 文 学 との 間 の 敷 居 が 低 く<br />

なってしまっているという 別 の 問 題 も 生 まれてい<br />

ると 思 いますが。<br />

現 代 の 児 童 文 学 は 声 とわかれてしまった。 逆 に<br />

言 うと、 童 話 は 読 み 聞 かせる 声 と 非 常 に 密 接 で<br />

あったと 思 えます。『だれも 知 らない 小 さな 国 』<br />

は 試 しに 学 生 に 読 み 聞 かせをしたことがあります<br />

けれども、 確 かに 山 の 描 写 なんか 非 常 にきちんと<br />

細 かく、しかし 的 確 に 書 いてあるのですね。なか<br />

なかいい 描 写 でもあるのですけれど、 描 写 を 詳 し<br />

くしているところはどうなっていくかというと、<br />

物 語 が 動 かなくなります。 物 語 というのは 主 人 公<br />

がこうしてこうして…ということを 通 して 物 語 が<br />

進 むわけですね。 主 人 公 の 行 動 とか 会 話 ではなく<br />

てまわりの 風 景 の 描 写 を 丁 寧 にしていくと、 描 写<br />

している 間 は 主 人 公 に 筆 が 及 びません。 映 像 では<br />

ありませんから、 言 葉 では 一 つのことしかそのと<br />

きどきには 書 けないわけです。 描 写 している 間 は、<br />

主 人 公 はぜんぜん 動 きません。 人 物 が 動 かなけれ<br />

ばストーリーは 動 きませんので、 描 写 している 間<br />

は、ストーリーはすっかり 止 まっている 状 態 なん<br />

ですね。それでは 聞 いていておもしろくない、 特<br />

に 子 どもはストーリーが 動 いていくことがないと<br />

おもしろくないので、 聞 いていて 退 屈 だ、という<br />

のは 確 かに 石 井 さんのおっしゃるとおりだと 思 い<br />

ます。<br />

童 話 は、 逆 に 声 というものと 密 接 だった。たと<br />

えば、よく 知 られた、これも 小 学 校 で 必 ず 出 会 う<br />

新 美 南 吉 の「ごん 狐 」という 作 品 があります。「ご<br />

ん 狐 」はどういう 書 き 出 しだったか。『 赤 い 鳥 』<br />

に 投 稿 して 発 表 されたもの(1932 年 1 月 )が 童 話<br />

集 にも 載 りまして、それを 引 き 継 いだ 形 が 今 教 科<br />

書 に 載 っています。 今 ふつうに 読 める「ごん 狐 」<br />

の 書 き 出 しには、「これは、 私 が 小 さいときに、<br />

村 の 茂 平 というおじいさんからきいたお 話 です」<br />

というふうに 一 行 ことわってあります。おじいさ<br />

んが 子 どもたちに 声 で 語 った 話 を 書 き 留 めたとい<br />

うことがはっきりことわられています。もちろん<br />

「ごん 狐 」は 文 字 で、 活 字 で 読 んでいくわけです<br />

けれども、おじいさんが 語 ってくれた 声 を 聞 くよ<br />

うな 一 種 の 錯 覚 に 陥 らせて 読 ませていく。あるい<br />

は 声 で 語 った 調 子 を 生 かしながら 書 いていく。そ<br />

ういったレベルでも、 声 というものと「ごん 狐 」<br />

は 密 接 だったんです。<br />

南 吉 の 手 元 のノートに 残 された 漢 字 のタイトル<br />

の「 権 狐 」というものがあり(『 校 定 新 美 南 吉 全 集 』<br />

第 10 巻 大 日 本 図 書 1981 所 収 )、もともとは<br />

実 はこの 形 で 投 稿 したのではないかと 言 われてい<br />

ます。 大 正 から 昭 和 にかけて『 赤 い 鳥 』という 雑<br />

誌 を 主 宰 ・ 編 集 していた 鈴 木 三 重 吉 が、 今 の 形 に<br />

直 して 載 せたのだろうと 考 えられています。 昔 は<br />

コピーがないので 南 吉 がノートに 控 えておいたの<br />

だろうと 思 いますが、この「 権 狐 」の 書 き 出 しは<br />

こういうふうになっています。<br />

茂 助 と 云 ふおじいさんが、 私 達 の 小 さかつた 時 、<br />

村 にゐました。「 茂 助 爺 」と 私 達 は 呼 んでゐま<br />

した。 茂 助 爺 は、 年 とつてゐて、 仕 事 が 出 来 な<br />

わかいしゅ<br />

ぐら<br />

いから 子 守 ばかりしてゐました。 若 衆 倉 の 前 の<br />

日 溜 で、 私 達 はよく 茂 助 爺 と 遊 びました。<br />

私 はもう 茂 助 爺 の 顔 を 覚 えてゐません。 唯 、 茂<br />

4 4 4<br />

助 爺 が 夏 みかん の 皮 をむく 時 の 手 の 大 きかつ<br />

た 事 だけ 覚 えてゐます。 茂 助 爺 は、 若 い 時 、 猟<br />

師 だつたさうです。 私 が、 次 にお 話 するのは、<br />

私 が 小 さかつた 時 、 若 衆 倉 の 前 で、 茂 助 爺 から<br />

きいた 話 なんです。<br />

このように、どういう 場 所 で 語 られたか、 語 り 手<br />

の 茂 助 爺 はどういう 人 だったか、ということが 具<br />

体 的 に 書 いてあって、こういった 人 が 声 で 語 って<br />

くれたものを 書 きとめたのですよ、というしくみ<br />

をはっきり 作 っています。 南 吉 の「おぢいさんの<br />

62


童 話 の 系 譜<br />

ランプ」などもこのしくみを 持 っています。<br />

文 字 で 書 かれているのですけれども、 南 吉 はそ<br />

れを「 紙 の 童 話 」と 呼 んでいました。それは「 口<br />

の 童 話 」と 同 じでなければならない、と 南 吉 は 主<br />

張 したことがありますが(「 童 話 における 物 語 性<br />

の 喪 失 」『 早 稲 田 大 学 新 聞 』1941 年 11 月 )、そんな<br />

ふうな 形 で 石 井 桃 子 さんが 意 識 した 声 との 結 びつ<br />

きを 南 吉 ははっきり 意 識 していたと 思 います。そ<br />

れが『 赤 い 鳥 』に 載 る 時 に 三 重 吉 はそれを 非 常 に<br />

簡 略 にしています。 三 重 吉 という 人 は、 自 分 で『 赤<br />

い 鳥 』という 雑 誌 の 出 版 を 企 てて 成 功 していった<br />

人 ですから、いわば 声 の 文 化 よりも、 文 字 の、 活<br />

字 の 文 化 に 非 常 に 傾 きのあった、 意 識 のあった 人<br />

でした。その 意 識 からおじいさんが 声 で 語 ってく<br />

れた、というところも 非 常 に 簡 略 にしてしまった<br />

と 思 います。もっといろんなことが 言 えますが、<br />

「ごん 狐 」がこんなふうな 草 稿 で、こんなふうな<br />

形 で 投 稿 されたのに 簡 単 になった 時 あたりに、 現<br />

代 の 児 童 文 学 が 声 から 離 れて 目 で 活 字 で 読 むよう<br />

なものに 移 行 してくるその 兆 しが 早 い 段 階 で―こ<br />

れは1932 年 の『 赤 い 鳥 』ですけれども―すでにあっ<br />

たのかもしれないということもちょっと 考 えます。<br />

童 話 は 南 吉 の 意 識 にもあったように 声 というも<br />

のと 結 びついていた。 石 井 桃 子 さんがいっている<br />

こともそういうことだと 思 います。ところが、 現<br />

代 の 児 童 文 学 は、 読 み 聞 かせる 声 を 捨 てて、 声 と<br />

わかれて 書 かれていくようになった。 黙 読 されて<br />

楽 しまれ、 黙 読 される 中 でいろんな 問 題 を 考 えさ<br />

せる、そういうものになっていった。そのことが<br />

良 かったかどうか。 近 代 童 話 が 現 代 の 児 童 文 学<br />

に 転 換 していくのは、ある 種 の 必 然 であったと 思<br />

います。でも、いろんなことを 捨 ててしまったこ<br />

とでもあります。 未 明 が 持 っていた 詩 的 な 文 芸 性<br />

も 捨 てられていってしまったし、 石 井 桃 子 さんが<br />

強 く 指 摘 しているような、 声 を 伴 って 子 どもに 届<br />

けられるということも、 童 話 にはあったけれども<br />

現 代 の 児 童 文 学 では 失 われてしまったことの 一 つ<br />

だと 思 います。そういった 観 点 で 童 話 の 系 譜 を 見<br />

直 すことが、 子 どもたちに 文 学 を 渡 していく 時 に、<br />

そのことを 豊 かにしていくヒントになるのではな<br />

いかという 気 がしています。 今 日 はそんなお 話 を<br />

してみました。<br />

(みやかわ たけお 明 星 大 学 教 授 )<br />

63


童 話 の 系 譜<br />

「 童 話 の 系 譜 」 紹 介 資 料 リスト<br />

No. 書 名 著 者 名 出 版 事 項 請 求 記 号<br />

1 車 のいろは 空 のいろ<br />

あまんきみこ 作<br />

北 田 卓 史 絵<br />

ポプラ 社 1968<br />

Y8-N03-H1000<br />

2<br />

なくしてしまった 魔 法 の 時 間<br />

( 安 房 直 子 コレクション 1)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H377<br />

3<br />

見 知 らぬ 町 ふしぎな 村<br />

( 安 房 直 子 コレクション 2)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H476<br />

4<br />

ものいう 動 物 たちのすみか<br />

( 安 房 直 子 コレクション 3)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H447<br />

5<br />

まよいこんだ 異 界 の 話<br />

( 安 房 直 子 コレクション 4)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H448<br />

6<br />

恋 人 たちの 冒 険<br />

( 安 房 直 子 コレクション 5)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H477<br />

7<br />

世 界 の 果 ての 国 へ<br />

( 安 房 直 子 コレクション 6)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H478<br />

8<br />

めくる 季 節 の 話<br />

( 安 房 直 子 コレクション 7)<br />

安 房 直 子 作<br />

北 見 葉 胡 画<br />

偕 成 社 2004<br />

Y8-N04-H479<br />

9 木 かげの 家 の 小 人 たち<br />

いぬいとみこ 著<br />

吉 井 忠 絵<br />

中 央 公 論 社 1959<br />

児 913.8-1483K<br />

10 赤 い 蝋 燭 と 人 魚<br />

小 川 未 明 文<br />

酒 井 駒 子 絵<br />

偕 成 社 2002<br />

Y8-N02-245<br />

11 だれも 知 らない 小 さな 国<br />

佐 藤 暁 著<br />

若 菜 珪 絵<br />

講 談 社 1959<br />

児 913.8-Sa867d<br />

12 ファンタジーの 世 界 佐 藤 さとる 著 講 談 社 1978 YZ913.6- サト<br />

13 立 原 えりか 作 品 集 1-7 思 潮 社 1972-73 KH612-36( 本 館 )<br />

14<br />

校 定 新 美 南 吉 全 集<br />

第 1 巻 - 第 10 巻<br />

別 巻 1-2<br />

大 日 本 図 書 1980-83<br />

YZ918- ニイ<br />

15 現 代 児 童 文 学 論 : 近 代 童 話 批 判 古 田 足 日 著 くろしお 出 版 1959 YZ909- フル<br />

16 児 童 文 学 の 旗 古 田 足 日 著 理 論 社 1970 YZ909- フル<br />

17 国 語 教 育 と 現 代 児 童 文 学 のあいだ 宮 川 健 郎 著 日 本 書 籍 1993 YZ375- ミヤ<br />

18 宮 沢 賢 治 、めまいの 練 習 帳 宮 川 健 郎 著 久 山 社 1995 YZ913.6- ミヤ -141<br />

19 現 代 児 童 文 学 の 語 るもの 宮 川 健 郎 著 NHK ブックス 1996 YZ910- ミヤ<br />

64


童 話 の 系 譜<br />

20 本 をとおして 子 どもとつきあう 宮 川 健 郎 著 日 本 標 準 2004 YZ-019- ミヤ<br />

21 『 少 年 文 学 』の 旗 の 下 に!<br />

(『 少 年 文 学 』 昭 和 28 年 9 月 号 )<br />

22 ごん 狐<br />

(『 赤 い 鳥 』( 復 刻 版 ) 昭 和 7 年 1 月 号 )<br />

早 大 童 話 会 1953- Z32-379<br />

日 本 近 代 文 学 館 1968 Z13-890<br />

65


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

レジュメ<br />

「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

石 井 直 人<br />

『 日 本 児 童 文 学 』1978 年 5 月 号 の 特 集 は「タブーの 崩 壊 ― 性 ・ 自 殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」でした。<br />

子 どもの 文 学 でも「 人 間 の 陰 の 部 分 の 物 語 化 」がなされるようになったのです。その 後 、<br />

この 流 れは「 癒 しの 文 学 」や 新 しいタイプのヤングアダルト 文 学 へと 続 きます。 今 江 祥 智<br />

や 岩 瀬 成 子 から 森 絵 都 や 石 田 衣 良 といった 作 家 の 意 味 について 考 えます。<br />

1.タブーの 崩 壊<br />

『 日 本 児 童 文 学 』1978 年 5 月 号 ( 日 本 児 童 文 学 者 協 会 編 集 長 ・ 鳥 越 信 )の 特 集 は「タブーの 崩<br />

壊 ― 性 ・ 自 殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」だった。<br />

← ウルズラ・ヴェルフェル『 灰 色 の 畑 と 緑 の 畑 』( 野 村 訳 岩 波 書 店 1974)などの 翻 訳 や、<br />

今 江 祥 智 『 優 しさごっこ』( 理 論 社<br />

→その 背 景 として 考 えられる 要 因<br />

1977)などの 創 作 に 触 発 されたもの。<br />

1 現 実 の 反 映 : 実 際 に 離 婚 の 増 加 などが 社 会 問 題 化 した。<br />

2 児 童 文 学 観 の 変 化 : 「 童 話 精 神 から 小 説 精 神 へ」( 少 年 文 学 宣 言 )や「 童 話 から 文 学 へ」( 古<br />

田 足 日 )。<br />

3 子 ども 観 の 変 化 :「 保 護 の 時 代 から 準 備 の 時 代 へ」(マリー・ウィン)のように 同 時 代 人 とし<br />

て 社 会 のメンバーとみなす。<br />

4アイデンティティという 主 題 : どのようにして 大 人 になればよいのか(「 性 ・ 自 殺 ・ 家 出 ・<br />

2. 児 童 文 学 と 文 学 の 越 境<br />

離 婚 」は、 子 どもの 三 重 の 不 自 由 〔この 生 、この 親 、この 性<br />

この 身 体 〕と 対 応 する)← 芹 沢 俊 介 『 現 代 〈 子 ども〉 暴 力 論 』<br />

( 大 和 書 房 1989)<br />

「タブーの 崩 壊 」 以 後 の 児 童 文 学 は、「リアリズムの 深 化 」( 神 宮 輝 夫 )によって、 題 材 、 結 末 、<br />

方 法 のいずれの 面 においても、いっそう「 小 説 」に 接 近 していく。たとえば 岩 瀬 成 子 の『あたしを<br />

さがして』( 理 論 社<br />

← 『 子 どもと 文 学 』( 石 井 桃 子 ほか 著<br />

1987)や『 迷 い 鳥 とぶ』( 理 論 社 1994)など。<br />

きりわかりやすく」から 遠 く 離 れて。<br />

中 央 公 論 社 1960)の「 子 どもの 文 学 はおもしろく、はっ<br />

→ 江 國 香 織 の 短 編 集 『つめたいよるに』( 理 論 社 1989)や 湯 本 香 樹 実 の『 夏 の 庭 -The<br />

Friends』( 福 武 書 店 1992)などの 新 しい 作 家 の 誕 生 。<br />

→しかし、 児 童 文 学 と 文 学 は、 違 わなくなってしまうのではないか<br />

3. 読 者 の 年 齢 の 上 昇<br />

児 童 文 学 は、 大 石 真 の『ミス3 年 2 組 のたんじょう 会 』( 偕 成 社 1974)のタイトルに 示 された<br />

ような 小 学 校 の 中 学 年 から、 絵 本 と YA 文 学 に 中 心 がわかれ、とくに13~19 歳 の 部 分 では 様 々な 物<br />

66


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

語 のジャンルが 混 在 している 状 態 になった。<br />

→ 読 書 のモデルの 変 化<br />

1 読 者 の 成 長 = 児 童 文 学 → 文 学<br />

( 移 行 期 :YA 文 学 )<br />

2 読 者 の 趣 味 = いろいろなタイプの 文 学 の 混 在<br />

(メディアと 接 触 : 物 語 の 読 み 取 り)<br />

4. 癒 しの 文 学<br />

「 児 童 文 学 には 定 番 化 されたパターンがある。 傷 ついた 子 どもが 田 舎 の 祖 父 母 の 家 に 行 き、 自 然<br />

の 中 で 癒 されて、 生 きる 希 望 を 取 り 戻 す…などは、それの 最 たるものだろう。」( 斎 藤 美 奈 子 「コド<br />

モの 読 書 の 過 去 と 現 在 」『 文 學 界 』2005 年 11 月 号 )<br />

← 「タブーの 崩 壊 」 以 後 、1990 年 代 になると、「 性 ・ 自 殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」のような 題 材 が 切 実 な<br />

モチーフというよりも 設 定 のパターン(お 約 束 )に 変 化 してしまう。<br />

→ しかし、 吉 本 ばなな『キッチン』( 福 武 書 店 1988)、 江 國 香 織 「デューク」(『つめたいよるに』<br />

理 論 社 1989)、 梨 木 香 歩 『 西 の 魔 女 が 死 んだ』( 楡 出 版 1994)など、 冒 頭 に 大 切 な 人 ( 犬 )<br />

が 死 んでしまい、 主 人 公 が 喪 失 から 癒 されるまでのプロセスをえがく「 癒 しのストーリー」と<br />

いう 点 が 共 通 。いずれも、ベストセラー・ロングセラーとなった。<br />

→いろいろな「 癒 しの 絵 本 」。『いつでも 会 える』『たれぱんだ』など。<br />

← 読 者 の 感 覚 として「 傷 ついた 私 」という 自 己 像 があるのか<br />

5. 人 生 論 としての 小 説<br />

「 日 本 の 現 代 文 学 、―ことにいわゆる 純 文 学 を 読 むのは 十 八 九 から 三 十 前 後 に 至 る 間 の 文 学 青 年<br />

どもであって、 極 端 に 云 えば 作 家 志 望 の 人 たちのみである。」( 谷 崎 潤 一 郎 「 藝 談 」『 青 春 物 語 』 中<br />

央 公 論 社 1933)<br />

→ 言 葉 のアクロバットとしての 現 代 小 説 /プレーンヨーグルトとしてのYA 文 学<br />

→ 2000 年 代 の 現 在 、YA 文 学 は、かつての 日 本 近 代 文 学 にかわって、 人 生 について 考 えるフィー<br />

ルドを 提 供 しているのではないか<br />

6. 幸 福 の 約 束<br />

以 下 は、 直 観 的 な 意 見 。おそらく、「 感 情 管 理 」と「 幸 福 の 約 束 」が 現 在 の YA 文 学 の 関 心 事 な<br />

のではないだろうか。<br />

1 号 泣<br />

「『 世 界 の 中 心 で、 愛 をさけぶ』が 爆 発 的 なブームを 呼 びましたけれど、みんなやっぱり 泣 ける 本<br />

を 求 めているのかも。」( 八 木 岡 由 香 談 、 築 地 魚 子 構 成 「 号 泣 ものの「 親 子 愛 」」『 朝 日 新 聞 』2005<br />

年 10 月 9 日 「どくしょ 応 援 団 」 欄 )<br />

→リリー・フランキー『 東 京 タワー-オカンとボクと、 時 々、オトン』( 扶 桑 社 2005)<br />

2ミステリー<br />

現 代 のスリルに 社 会 参 加 している 気 分 。しかし、ミステリーには 結 末 があり、この 世 界 に 決 着 が<br />

つくという 安 心 感 。<br />

→ 石 田 衣 良 『 池 袋 ウエストゲートパーク』( 文 藝 春 秋 1998)<br />

67


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

3 音 楽<br />

世 の 中 に 満 ちた 音 = 言 葉 の 洪 水 の 中 、じぶんにとってお 気 に 入 りの 音 = 言 葉 で 空 間 を 満 たしていたい。<br />

調 和 のたとえとしての 音 楽 。<br />

→ 森 絵 都 『アーモンド 入 りチョコレートのワルツ』( 講 談 社 1996)<br />

野 中 柊 『 小 春 日 和 』( 青 山 出 版 社 2001)<br />

瀬 尾 まいこ『 優 しい 音 楽 』( 双 葉 社 2005)<br />

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「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

「タブーの 崩 壊 」と<br />

ヤングアダルト 文 学<br />

石 井 直 人<br />

0. 児 童 文 学 のイメージ<br />

ご 紹 介 していただきました 石 井 と 申 します。こ<br />

れが 四 つめの 講 義 だと 思 いますけれども 、「「タ<br />

ブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学 」ということ<br />

で、お 手 元 に 配 布 されたレジュメに 沿 いながらお<br />

話 させていただきます。この 講 座 の 全 体 が「 日 本<br />

児 童 文 学 の 流 れ」ということで 企 画 されて、 流 れ<br />

の 順 にお 話 をしていくようになっています。 今 日<br />

は、ちょっと 歴 史 を 遡 りますので、レジュメに 書<br />

いたことの 前 段 階 の 話 をしておいた 方 がいいかな<br />

と 思 い、 付 け 加 える 所 から 始 めたいと 思 います。<br />

皆 さんは、 児 童 文 学 の 講 座 に 応 募 されたわけで<br />

すけれども、 児 童 文 学 と 言 われた 時 に、どういう<br />

反 応 をされるか、どういうイメージを 思 い 浮 べる<br />

か、ということを 改 めて 考 えたいのです。ここに<br />

70 人 くらいの 方 がいらっしゃると 思 います。 実 際<br />

に、 児 童 文 学 と 言 われて 何 の 作 品 を 思 い 出 します<br />

かとお 一 人 ずつ 聞 いてみると、 実 は、 世 代 や 読<br />

書 経 験 や 職 場 でどんな 仕 事 をされているかによっ<br />

て、 相 当 ずれているような 気 もします。<br />

児 童 文 学 評 論 家 の 藤 田 のぼるさんは15 年 くらい<br />

前 に、 日 本 で 最 も 有 名 な 児 童 文 学 作 家 は、ミヒャ<br />

エル・エンデと 灰 谷 健 次 郎 であると 言 っていまし<br />

た。しかし、それから15 年 以 上 経 ってみると、も<br />

うそうではないような 気 がします。『モモ』にあ<br />

たる 部 分 は、「ハリー・ポッター」シリーズになっ<br />

てしまったような 気 もしますし、 灰 谷 健 次 郎 さん<br />

が 今 も 児 童 文 学 作 家 として 一 番 有 名 かと 言 われる<br />

と、ちょっとそうではないような 気 がしてきます。<br />

ですから、 児 童 文 学 という 言 葉 が、その 時 代 時 代<br />

で 中 心 的 に 担 うイメージは、 実 は、かなり 変 化 し<br />

て 来 ていて、だいぶ 違 うと 思 います。<br />

講 談 社 の 児 童 文 学 新 人 賞 という 生 原 稿 の 応 募 の<br />

賞 があって、 下 選 考 と 本 選 考 あわせて15 年 くらい<br />

私 も 関 係 しているのですけれども、10 年 くらい 前<br />

に、 応 募 されてくる 作 品 がすごく 変 わったなとい<br />

う 印 象 をもったのですね。10 年 以 上 前 の 段 階 は、<br />

松 谷 みよ 子 であるとか、 寺 村 輝 夫 であるとか、 古<br />

田 足 日 であるとか、そういう1960 年 代 の 児 童 文 学<br />

を 支 えてきた 作 家 たちの 作 品 を 読 んで、ああ 自 分<br />

もこういう 児 童 文 学 を 書 きたいなと 思 って、 応 募<br />

してくるという 手 応 えがありました。 他 に、 大 石<br />

真 さんとか、 神 沢 利 子 さんとか、 必 ず 児 童 文 学 史<br />

の 年 表 に 載 っているような 作 家 、 全 集 もあるとい<br />

うような 方 たちの 作 品 です。ところが、10 年 くら<br />

い 前 から、そういう 作 品 をほとんど 読 んでいない<br />

作 家 志 望 の 人 の 原 稿 が 増 えてきます。<br />

ファンタジーブームの 前 哨 でもありますが、お<br />

そらくデビューするにはこれを 狙 えというような<br />

公 募 ガイド 等 を 見 て、あまり 児 童 文 学 は 読 んでい<br />

ないけれども、たまたま 児 童 文 学 の 賞 があるから<br />

応 募 してみようというふうで、 古 田 足 日 や 松 谷 み<br />

よ 子 から 直 結 している 感 じではありません。 当 時<br />

は 枚 数 制 限 もありませんでしたから、ワープロで<br />

書 かれた500 枚 くらいのものすごく 長 い 原 稿 が 送<br />

られてきたりしました。たいていファンタジーの<br />

作 品 で、どこの 国 かよくわからない 名 前 の 主 人 公<br />

で、 自 分 が 何 か 重 大 な 運 命 を 担 っているらしいの<br />

だけれども、その 使 命 がよくわかっていません。<br />

必 ず 旅 立 ちをするんですね。 必 ず 旅 の 途 中 に 森 が<br />

出 てきます。 運 命 の 剣 を 手 に 入 れて、やがてゴー<br />

ルに 至 ることによって、 自 分 の 真 の 名 前 と 真 の 宿<br />

命 を 知 るというような 話 です。そういうタイプの<br />

作 品 は、ここ 数 年 に 至 って 一 気 に 爆 発 的 に 売 れる<br />

ようになるんですけども、おそらく 松 谷 みよ 子 の<br />

69


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

作 品 を 遡 ってもこのタイプのものはありません<br />

し、 古 田 足 日 の 作 品 にもなかったと 思 います。( 注 :<br />

『 甲 賀 三 郎 ・ 根 の 国 の 物 語 』は 剣 と 宿 命 をめぐる<br />

物 語 といえる。)10 年 くらい 前 の 段 階 で、ジャン<br />

ルが 混 ざり 始 めたということだったのだろうと 思<br />

うのです。そこで 投 稿 されている 方 たちに、あな<br />

たにとって 児 童 文 学 とはどんなイメージですか<br />

と 聞 くと、たぶん 灰 谷 健 次 郎 の 名 前 は 出 てこない<br />

んじゃないかと 思 います。 今 は、ライトノベルズ<br />

からイメージして 書 いている 人 、 一 時 期 J 文 学 と<br />

いわれた 領 域 からのイメージで 書 いている 人 、や<br />

はり、 従 来 からの 神 沢 利 子 の『くまの 子 ウーフ』<br />

のような 作 品 が 書 きたいんだといって 書 いてくる<br />

人 、そういうジャンルが 非 常 に 混 在 している 状 況<br />

だろうと 思 います。<br />

皆 さんの 場 合 はどうでしょうか。 午 前 中 に 宮 川<br />

健 郎 先 生 の 講 義 があって、 童 話 伝 統 批 判 といわれ<br />

る 動 きがあって、1960 年 代 の 児 童 文 学 が 成 立 した<br />

という 話 は、 十 分 していただいたようなのでよろ<br />

しいかと 思 います。ボーダーレスの 時 代 について<br />

は 石 井 が 話 すことになっていると 言 われてそこま<br />

で 行 けるかちょっと 困 っていますが、「タブーの<br />

崩 壊 」というテーマは、その 手 前 の 所 です。<br />

1.タブーの 崩 壊<br />

かつては 児 童 文 学 の 中 心 的 なイメージという<br />

と、1960 年 代 の 児 童 文 学 でした。 童 話 の 書 き 方 で<br />

はない、 新 しい 児 童 文 学 を 目 指 した 方 たち、 講 座<br />

のトップでお 話 していただいた 神 宮 輝 夫 先 生 たち<br />

の 世 代 です。 神 宮 先 生 は、 童 話 伝 統 批 判 の 時 代 の<br />

中 心 的 論 客 でもあられたわけですけれども。 松 谷<br />

みよ 子 さん、 古 田 足 日 さん、 寺 村 輝 夫 さん、 山 中<br />

恒 さん。そういう 方 たちです。そういう 児 童 文 学<br />

のイメージが 確 立 していないと、 次 にタブーが 崩<br />

壊 しましたという 話 に 行 かないんですね。 現 在 、<br />

児 童 文 学 を 読 み 始 めた 方 にとっては 何 を 指 して<br />

「タブーの 崩 壊 」というのか、わからないかもし<br />

れない。もともとなんでもありのボーダーレスの<br />

状 況 下 で 児 童 文 学 を 読 み 始 めた 人 にとっては、か<br />

えってなんかポカーンとしてしまうのかもしれま<br />

せん。つまり、これは、わざと 現 在 から 歴 史 を 遡 っ<br />

て1960 年 代 の 児 童 文 学 の 後 にどう 変 わったのかを<br />

想 像 する、ということだと 思 って 下 さい。<br />

時 間 が 経 ってしまったので、 当 時 がどんな 感 じ<br />

だったかは、なかなかイメージすることが 難 しい<br />

ですが、ここで 二 つ 例 を 挙 げたいと 思 います。 一<br />

つは、『それいけズッコケ 三 人 組 』から 始 まった<br />

「ズッコケ 三 人 組 」シリーズの3 巻 めに『ズッコ<br />

ケ秘 大 作 戦 』という 巻 があります。このシリーズ<br />

は、タイトルを 見 ると 中 身 が 何 かわかるように<br />

なっています。『ズッコケ 三 人 組 のダイエット 講<br />

座 』と 言 えばダイエットをすると 決 まっているの<br />

ですね。『ズッコケ 三 人 組 の 大 運 動 会 』ならば 大<br />

運 動 会 の 話 に 決 まっている。『あやうしズッコケ<br />

探 険 隊 』と 書 いてあればどこかに 探 険 に 行 くんだ<br />

とわかりますが、『ズッコケ秘 大 作 戦 』というの<br />

はなんだかわかりません。秘ですから。でも、こ<br />

れは、 最 初 はこのタイトルの 予 定 ではなかったと<br />

言 われています。 最 初 は『ズッコケ 初 恋 大 作 戦 』<br />

あるいは『ズッコケ 初 恋 物 語 』というタイトルに<br />

したかったんだそうです。これが1980 年 の 刊 行 で<br />

す。 今 から25 年 前 ですけれども、1980 年 の 段 階 で<br />

制 作 していく 途 中 、 児 童 文 学 に 初 恋 という 言 葉 は<br />

あまり 適 切 ではないのではないかという 判 断 が 働<br />

いて、秘 大 作 戦 というふうに 変 えたと 言 われてい<br />

ます。( 注 : 正 しくは、 児 童 文 学 に 不 適 切 という<br />

のではなく、 子 どもに 恋 という 言 葉 はアレルギー<br />

がある、 特 に 男 の 子 は 恥 ずかしがって 買 わないの<br />

ではないかという 危 惧 があったそうだ。 本 は、 作<br />

者 だけでなく 編 集 者 の 存 在 によって 生 み 出 される<br />

ことをよく 示 したエピソード。) 今 から 考 えると、<br />

初 恋 程 度 の 言 葉 がどうしてと 思 いますね。 小 学<br />

校 高 学 年 以 上 の 女 の 子 を 読 者 と 考 えているような<br />

エンターテインメント 系 の 作 品 で、 恋 の 話 が 出 て<br />

こないのを 探 す 方 が 難 しいかもしれないくらいで<br />

すから。けれども、 当 時 は 初 恋 という 言 葉 をやめ<br />

て、秘に 変 えたということなんですね。こういう<br />

感 じだったということをちょっと 押 さえておきた<br />

いと 思 います。<br />

それからもう 一 つ。『 子 どものうつ 病 』という<br />

本 があります。アメリカのジャーナリストやお 医<br />

者 さんたちの 書 かれた 本 を 日 本 の 方 が 翻 訳 したも<br />

ので、1991 年 に 出 た 本 です。14 年 前 です。ところ<br />

が、 本 の 帯 のところに「 子 供 もうつ 病 になる!」<br />

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「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

とわざわざ 強 調 マークつきで 書 いてあります。「い<br />

ま 子 どもたちに 何 が 起 きているのか 日 本 ではま<br />

だ 知 られていない「 小 児 うつ 病 」を 解 明 した 初 め<br />

ての 本 。」とあるんですね。 今 や、 子 どものカウ<br />

ンセリングがあたり 前 になってしまって、 学 校 で<br />

事 故 や 事 件 があると、まず 心 のケアが 必 要 だとい<br />

うふうにたいていのニュースや 解 説 でも 言 いま<br />

す。それが 適 当 なのかという 話 と 別 の 問 題 です。<br />

1991 年 の 段 階 で「 子 どもだってうつ 病 にかかる」<br />

とか、「 学 校 へ 行 けない」とか、そういう 文 句 が<br />

本 のコマーシャルとして 成 立 したということで<br />

す。それから 十 数 年 しか 経 っていないのですけれ<br />

ども、 状 況 は 随 分 違 っていると 思 います。このこ<br />

とを 踏 まえつつ、 時 代 を 前 に 遡 る 感 じで 話 を 受 け<br />

取 っていただいた 方 が、 何 が 崩 壊 したのかという<br />

のがわかるかと 思 いますので、 二 つ 例 を 挙 げてみ<br />

ました。<br />

それではレジュメを 見 ていきたいのですが、<br />

「1 . タブーの 崩 壊 」という 話 題 は、 児 童 文 学 をリ<br />

アリズムとファンタジーとナンセンスというよう<br />

に 仮 に 三 つに 分 ければ、リアリズムの 作 品 の 話 と<br />

いうことになります。もちろん、この 時 代 の 児 童<br />

文 学 のすべてが「タブーの 崩 壊 」という 話 題 をめ<br />

ぐっていたわけではなくて、リアリズム 系 列 の 作<br />

品 の 傾 向 についての 話 であるということです。<br />

「タブーの 崩 壊 」というこの 言 葉 は、1970 年 代<br />

の 半 ばあたりから 使 われていました。この 言 葉 が<br />

広 まっていくきっかけは、 雑 誌 の『 日 本 児 童 文 学 』<br />

です。 東 京 の 神 楽 坂 にある 日 本 児 童 文 学 者 協 会 の<br />

機 関 紙 ですね。 現 在 も 隔 月 刊 で 出 ておりますが、<br />

この 当 時 は 毎 月 出 ておりました。1978 年 5 月 号 の<br />

特 集 が「タブーの 崩 壊 」で、その 副 題 が「 性 ・ 自<br />

殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」というものでした。 編 集 長 は、<br />

鳥 越 信 さんです。<br />

この 特 集 は、 最 初 、 子 どもの 現 実 を 考 えるとい<br />

う、もう 少 しキャッチフレーズ 的 ではないタイト<br />

ルで 編 集 を 始 めたのだということです。 編 集 して<br />

いく 段 階 で、 従 来 、 子 どもが 読 者 であることを 考<br />

えてあまり 児 童 文 学 が 書 いてこなかった「 性 ・ 自<br />

殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」といった 問 題 を 書 くことの 話 に<br />

なっていると 気 がついたので、タイトルを「タブー<br />

の 崩 壊 」に 変 えたということです。タブーとはそ<br />

の 場 で 口 にすることがためらわれるような、ふさ<br />

わしくない 話 題 を 指 すわけです。もちろん、 児 童<br />

文 学 の 場 合 、いわゆる 禁 忌 のように 明 確 にこれを<br />

ここで 口 にしてはいけない、などというような<br />

はっきりとした 決 まりがあったわけではありませ<br />

ん。 漠 然 と、 作 者 の 側 、 編 集 者 の 側 で、 子 どもを<br />

読 者 として 考 えた 場 合 になんとなく 避 けてきた、<br />

暗 黙 の 了 解 と 受 け 取 ってください。<br />

こういう 特 集 が 組 まれた 背 景 は 何 かというと、<br />

日 本 の 創 作 でいうと 今 江 祥 智 さんの『 優 しさごっ<br />

こ』ですね。 他 にもいくつかあります。( 注 : 岩<br />

瀬 成 子 『 朝 はだんだん 見 えてくる』 理 論 社<br />

1977、 末 吉 暁 子 『 星 に 帰 った 少 女 』 偕 成 社 1977<br />

など。)それから、 翻 訳 でいうと、 例 えば、ウル<br />

ズラ・ヴェルフェルの『 灰 色 の 畑 と 緑 の 畑 』。こ<br />

れは、ドイツ 文 学 です。 翻 訳 は、 野 村 さんです。<br />

グリム 童 話 の 翻 訳 もされています。 創 作 の 方 と 翻<br />

訳 の 方 と 両 方 から 作 品 が 出 て 来 てしまったことに<br />

どう 対 応 するかというきっかけで 出 て 来 た 特 集 な<br />

のです。<br />

今 江 祥 智 さんの『 優 しさごっこ』は、その 後 、<br />

新 潮 文 庫 にもなって、 中 身 はかなりよく 知 られて<br />

います。 作 品 の 始 まってすぐのところで、しばら<br />

く 友 人 の 山 荘 に 避 暑 に 行 っていた 母 親 のことを、<br />

父 親 が 連 れて 帰 ってくるので、 娘 はおじさんと<br />

いっしょに 新 幹 線 の 京 都 駅 まで 迎 えに 行 くんだけ<br />

れども、 結 局 、 帰 ってこない。そこから、 父 親 と<br />

娘 の 二 人 暮 しが 始 まる。 冒 頭 から 両 親 が 別 居 離 婚<br />

するという 話 が 出 てくるのですね。その 後 、その<br />

二 人 がどうやって 気 を 遣 い 合 って、 生 活 をしてい<br />

くかということになります。それを『 優 しさごっ<br />

こ』というふうに 名 付 けた 作 品 です。<br />

他 に 海 外 の 児 童 文 学 は、 神 宮 輝 夫 訳 でタウンゼ<br />

ンドの『アーノルドのはげしい 夏 』、 木 村 浩 ・ 新<br />

田 道 雄 訳 でロシア 児 童 文 学 のワジム・フロロフ『 愛<br />

について』、それから、ウルズラ・ヴェルフェル<br />

の『 灰 色 の 畑 と 緑 の 畑 』などが 次 々 出 版 されてい<br />

きました。 翻 訳 の 児 童 文 学 を、 大 人 は、これはド<br />

イツの 作 品 、これはロシアの 作 品 というように 分<br />

けるのですが、 子 どもの 読 者 は 自 分 にとって 読 む<br />

ことができる 作 品 という 意 味 で、 日 本 の 創 作 とほ<br />

とんど 区 別 していません。 大 学 で 授 業 していると、<br />

71


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

学 生 から、 子 どもの 頃 読 んだ 作 品 で 覚 えているの<br />

があるけれど 何 というのですかねえ、と 聞 かれた<br />

りします。どんな 作 品 かと 聞 くと、 頭 が 良 くなる<br />

からと、 耳 から 空 気 みたいな 薬 品 を 注 入 して、ど<br />

んどん 入 れていくと、みんな 軽 くなって 子 どもが<br />

全 員 空 に 昇 って 蒸 発 していなくなるっていう 話 で<br />

すけど、なんだかわかりますかと 言 う。わかるわ<br />

けがないと 答 えました。 聞 いてみると、 日 本 の 作<br />

品 なのかもわからないし、SF なのかもわからな<br />

いし、 全 然 わからないんですね。 探 す 方 としては<br />

困 るんですけれども、 逆 に 言 うと、 子 どもにとっ<br />

てはプロットが 面 白 ければいいので、それがどこ<br />

の 国 の 何 だろうが 分 類 が 何 だろうが 関 係 ないとい<br />

うことを 意 味 していると 思 うのですね。 僕 自 身 も、<br />

子 どもの 頃 読 んだ 動 物 もので、シートンであろう<br />

が、 椋 鳩 十 であろうがあんまり 関 係 ありませんで<br />

した。そういう 意 味 で、 翻 訳 作 品 も 翻 訳 という 名<br />

前 の 日 本 語 の 日 本 児 童 文 学 の 一 部 であると 考 えた<br />

方 がいいだろうと 思 います。 読 者 の 側 から 見 た 児<br />

童 文 学 史 というのは 別 の 風 景 をしているのだろう<br />

と 思 います。<br />

ヴェルフェルの『 灰 色 の 畑 と 緑 の 畑 』は、お 読<br />

みになった 方 はもちろんご 存 知 だと 思 いますが、<br />

貧 しい 階 層 の 人 間 が 耕 している 畑 の 色 は、 作 物 が<br />

よく 育 たないので 灰 色 をしているんですね。 人 が<br />

立 ち 入 り 出 来 ないように 囲 い 込 んで、きれいな 家<br />

に 住 んでいる 裕 福 な 階 層 が 耕 している 畑 は、よく<br />

実 って 緑 色 をしているんですね。 貧 富 という 問 題<br />

が、 正 面 きってリアルに 描 かれてしまう 作 品 です。<br />

短 編 集 ですからいろんなタイプの 作 品 がありま<br />

す。 母 親 がアル 中 で、 学 校 に 酔 っ 払 って 押 しかけ<br />

てくるというような 話 が、 突 き 放 すように 書 いて<br />

あったりします。ですから、ハッピーエンドを 求<br />

めようとして 読 むとかなり 裏 切 られるかたちで<br />

す。どうしてそういうのを 書 くのか ヴェル<br />

フェルが「まえがき」で 書 いております。この 言<br />

葉 が 作 家 の 意 図 をよく 示 していると 思 うので 読 ん<br />

でみます。「ここに 書 かれているのはほんとうの<br />

話 である、だからあまり 愉 快 ではない。( 中 略 )<br />

ほんとうの 話 はめでたく 終 わるとは 限 らない。そ<br />

ういう 話 は 人 に 多 くの 問 いをかける。 答 えはめい<br />

めいが 自 分 で 出 さなくてはならない」と。 解 答 は、<br />

作 品 の 中 にはない。ですから、 安 易 にハッピーエ<br />

ンドを 求 めようとして 作 品 を 読 むと 全 然 違 うこと<br />

になります。<br />

こういう 作 品 をどうして 書 き 得 るのかという<br />

と、むしろ、 作 者 が 子 どもの 読 者 を 信 頼 すること<br />

を 始 めたのだろうと 思 います。 子 どもは、 大 人 と<br />

同 じように 現 実 に 直 面 する 同 じ 時 代 を 生 きている<br />

同 時 代 人 なのであって、ほんとうの 問 題 を 提 示 す<br />

るから 考 えねばならない、 一 緒 に 考 えてくれ、と<br />

いう 姿 勢 ですね。<br />

一 般 的 に、 大 人 になればいろんな 厳 しい 目 にも<br />

遭 うから、せめて 子 どもの 頃 には 夢 を 見 させてあ<br />

げたいと 大 人 は 言 うのですが、ヴェルフェルの 言<br />

葉 は、そういう 考 えとかなり 対 立 する 考 えです。<br />

同 時 代 人 として 今 この 私 たちが 抱 えている 問 題 を<br />

一 緒 に 思 考 してほしいという 作 者 の 考 え 方 がはっ<br />

きり 出 ております。<br />

もう 一 つ 例 を 挙 げておきます。 国 松 俊 英 さんの<br />

『おかしな 金 曜 日 』という 作 品 です。 先 ほどの 今<br />

江 祥 智 さんの 作 品 は、 離 婚 を 描 いているのですけ<br />

れども、 関 西 弁 がところどころ 使 われていること<br />

もあり、ユーモラスな 感 じがあります。きついテー<br />

マをユーモアをもって 書 くのは、 作 家 としてすご<br />

く 読 者 思 いだと 思 うんですね。 国 松 さんの 作 品 は、<br />

比 べると 苛 酷 なものがあります。 小 学 生 の 男 の 子<br />

2 人 の 兄 弟 が 団 地 で 暮 らしているんですね。1 年<br />

前 にお 父 さんは 蒸 発 してしまって、 行 方 不 明 に<br />

なって 帰 ってきません。お 母 さんがショッピング<br />

センターで 働 いてその 二 人 を 養 っています。 小 学<br />

校 5 年 生 と1 年 生 です。<br />

ある 日 、 家 に 帰 ってくると、お 菓 子 が 台 所 のテー<br />

ブルにたくさん 置 いてあるんですね。なにかおか<br />

しいなあと 思 ったその 日 が 金 曜 日 だったから『お<br />

かしな 金 曜 日 』というタイトルです。 当 時 こうい<br />

うタイプの 作 品 はまだ 出 始 めだったので、タイト<br />

ルをどうつけていいかわからなかったのではない<br />

かと 思 うのです。お 菓 子 が 置 いてあっておかしな<br />

金 曜 日 って、なんだかよくわからないです。でも、<br />

5 年 生 の 兄 は 直 感 します。その 日 お 母 さんは 帰 っ<br />

てきませんでした。もしかしたら 母 親 も 家 を 出 て<br />

しまったんじゃないかと 直 感 します。お 兄 さんは、<br />

現 実 に 直 面 するのは 怖 いんですけど、 翌 日 その 母<br />

72


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

親 が 働 いている 駅 ビルのかばん 売 り 場 に 行 って、<br />

まず 弟 に 見 て 来 いといいます。そうしたら、いな<br />

い。 休 んでいていないんですね。ああ、 自 分 たち<br />

を 置 いて 親 は 二 人 とも 出 て 行 ってしまったんだと<br />

いうことに 気 付 く。それが 作 品 のスタートです。<br />

お 兄 さんの 方 が、 弟 に、 大 人 に 相 談 することを 止<br />

めます。「 心 配 するな、にいちゃんがうまくやる<br />

から」。だから、おまえはみんなに 黙 っていろと<br />

言 って、でも、 探 す 当 てがあるわけではないので<br />

す。とにかく、 弟 と 一 緒 に 飯 を 食 って 何 とかごま<br />

かして 生 活 していきます。 学 校 の 先 生 はちょっと<br />

とんちんかんで、 家 庭 訪 問 の 時 も( 注 : 正 式 の 家<br />

庭 訪 問 ではなく 異 変 に 気 が 付 いたので 家 に 様 子 を<br />

見 に 来 たらしいことが 後 日 わかる)、 福 島 のおじ<br />

いさんが 病 気 で 母 親 は 看 病 に 行 っているのだとい<br />

うと、 先 生 は 信 じてしまい、 弟 の 勉 強 を 見 てやれ<br />

とか、 台 所 をきれいにしろとか、 電 話 をかけてみ<br />

たらどうかとか、あれこれ 言 い 出 します。すると、<br />

兄 の 方 が、 先 生 は 学 校 のことだけ 監 督 してたらい<br />

いんだ、ほっといてくれ、と 言 うんですね。する<br />

と、 先 生 の 方 も、むっとして、じゃあ 帰 るよと 言 っ<br />

て、 大 人 気 なく 帰 ってしまいます。 後 になると、<br />

だったらしばらく 先 生 の 家 から 学 校 に 通 ってもい<br />

いんだぞとも 言 うのですが。( 注 : 同 級 生 のみさ<br />

子 と 山 田 の 役 割 も 面 白 く 重 要 だが、エピソードは<br />

スペースの 都 合 で 省 略 。)<br />

この『おかしな 金 曜 日 』では、 子 どもが 家 出 を<br />

するのではなくて、 大 人 の 方 が 家 を 捨 ててしまう。<br />

ここまで 決 定 的 に 書 かれた 作 品 は、そうそうな<br />

かっただろうと 思 います。 作 家 の 国 松 俊 英 さんは、<br />

「タブーの 崩 壊 」なんてことは 全 然 考 えていなかっ<br />

た、ただイメージしていく 中 で、 子 どもたちだけ<br />

で 暮 らしていくという 設 定 だったらどうなるかな<br />

あということだけを 考 えていたんだそうです。 大<br />

変 、 作 家 らしい 発 想 だと 思 いますね。<br />

この 作 品 は、 千 葉 県 辺 りの 海 辺 の 設 定 になって<br />

いて、そこでバードウォッチングをする 人 と 兄 弟<br />

が 偶 然 知 り 合 うことが 伏 線 になっていて、その 人<br />

が 実 は 児 童 相 談 所 の 職 員 で、 最 後 は 二 人 でその 児<br />

童 相 談 所 に 行 くことを 選 ぶという 結 末 になってい<br />

ます。 話 の 筋 だけをいうと 暗 澹 たる 感 じなんで<br />

すけれど、とくにお 兄 さんが 自 分 で 切 り 開 くんだ<br />

という 決 然 としたところがあるように 描 かれてい<br />

るので、 実 際 に 読 むと、こちらが 励 まされるよう<br />

な 感 じがあるのです。そこが 非 常 に 優 れた 作 品 だ<br />

と 思 います。<br />

他 に、 那 須 正 幹 さんの『ぼくらは 海 へ』も、そ<br />

うです。 安 藤 美 紀 夫 さんの『 風 の 十 字 路 』は、 自<br />

殺 した 同 級 生 のことを、 残 されたみんなが 回 想 し<br />

て 考 えていくという 複 雑 な 構 成 の 作 品 です。 村 中<br />

李 衣 さんの『 小 さいベッド』。これも、 小 児 病 棟<br />

に 長 く 入 院 している 子 どもたちのことが 綴 られて<br />

いく 中 で、それぞれの 抱 えている 家 族 や 内 面 の 問<br />

題 がわかってくるというタイプの 短 編 集 です。<br />

さきほどから「タブーの 崩 壊 」と 呼 んでいます<br />

ます こ<br />

が、 人 によって 呼 び 方 が 違 います。 本 田 和 子 さん<br />

は「 人 間 の 陰 の 部 分 の 物 語 化 」、 神 宮 輝 夫 さんは「リ<br />

アリズムの 深 化 」と 言 っております。どう 呼 ぶか<br />

ということにその 人 の 文 学 観 が 表 れているので、<br />

それぞれ 呼 び 方 が 違 うというふうになっていま<br />

す。なぜ、「リアリズムの 深 化 」という 言 い 方 を<br />

するかというと、「タブーの 崩 壊 」という 言 い 方<br />

がちょっとジャーナリスティックな 言 い 方 である<br />

ことが 理 由 のひとつです。タウンゼンドの『アー<br />

ノルドのはげしい 夏 』を 訳 しておられるように、<br />

日 本 だけの 現 象 ではなく、イギリスなどの 作 品 も<br />

視 野 に 入 れると、 児 童 文 学 が 小 説 に 近 づいていく<br />

動 きの 中 で、どこまでリアリズムで 描 けるかとい<br />

う 探 求 が 深 まっていったのに 過 ぎません。「タブー<br />

の 崩 壊 」とセンセーショナルに 言 うよりも、リア<br />

リズムが 深 まっていく、その 結 果 、 今 まで 描 けな<br />

かったようなテーマも 描 くようになっていくのだ<br />

と 考 えた 方 がいいという 立 場 です。<br />

レジュメに 戻 って 下 さい。「タブーの 崩 壊 」の<br />

背 景 として1から4を 挙 げました。「1 現 実 の 反<br />

映 」は、リアリズムですから 文 学 として 基 本 的 す<br />

ぎるので、「2 児 童 文 学 観 の 変 化 」からが 重 要 です。<br />

「リアリズムの 深 化 」も、 午 前 中 の 宮 川 健 郎 先 生<br />

のお 話 にあった「 童 話 伝 統 批 判 」もそうなのです<br />

が、 童 話 精 神 から 小 説 精 神 へ、 童 話 ではなく 文 学<br />

を 子 どもに 書 いていくというふうになった、その<br />

延 長 上 でそれが 深 まっていくことによってテーマ<br />

の 拡 大 がもたらされたということですね。<br />

「3 子 ども 観 の 変 化 」は、 先 ほどウルズラ・ヴェ<br />

73


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

ルフェルの 言 葉 を 見 ましたが、 子 どもを 同 時 代 人<br />

として 社 会 のメンバー、 同 じ 一 員 だとみなすとい<br />

う、この 変 化 が 案 外 大 きいかもしれません。 子 ど<br />

もを 保 護 するのではなくて 一 緒 にやっていくとい<br />

う 考 えですね。<br />

それから、「4アイデンティティという 主 題 」<br />

ですけれども、これが 現 在 のヤングアダルト 文 学<br />

や 森 絵 都 さんのような 作 品 につながります。1970<br />

年 代 半 ばのこの 時 期 に、 子 どもたちがどのように<br />

したら 大 人 になっていけるのか、どのようにして<br />

大 人 になればよいのかという 問 いが 出 てきた。こ<br />

れに 答 えようとすることが、 性 の 問 題 を 正 面 から<br />

考 えたり、 親 の 問 題 を 考 えたりというテーマを 導<br />

き 出 したのではないかということです。「 私 はど<br />

うやって 大 人 になっていけばいいのか」というの<br />

は、かつて 近 代 文 学 が 主 題 にしたものですね。 夏<br />

目 漱 石 の『 三 四 郎 』『それから』『 門 』や 太 宰 治 の<br />

『 人 間 失 格 』もそうです。どうやって 生 きて 行 け<br />

ばいいのか。その 迷 いを 書 いたものです。それが<br />

児 童 文 学 にも 問 われるようになった。ここではア<br />

イデンティティという 主 題 と 大 雑 把 に 括 っていま<br />

す。<br />

考 えてみると、これは、 芹 沢 俊 介 さんの 子 ども<br />

論 の 考 えと 符 合 するのですね。『 現 代 < 子 ども><br />

暴 力 論 』という 本 の 中 に、 子 どもは 三 重 の 不 自 由<br />

を 負 っているんだという 考 え 方 が 示 されていま<br />

す。 人 は、 自 分 が 生 まれたいといって 生 まれてき<br />

たわけではありません。 気 がついたらもう 生 まれ<br />

ているのですね。この 親 の 子 どもでありたかった<br />

かと 言 われても、 気 がついた 時 にはもうこの 親 の<br />

子 と 決 まっています。この 性 別 で 生 まれたかった<br />

かと 言 われても、もうそうなっている。こういう<br />

身 体 を 持 って 生 まれているということも、 自 分 で<br />

選 んだのではないのです。 選 挙 の 投 票 ではないで<br />

すけれども、 大 人 の 社 会 の 基 本 は、 自 分 で 決 めた<br />

ことに 自 分 で 責 任 を 持 つ、すなわち、「 自 己 決 定<br />

= 自 己 責 任 」ですよね。ところが、この 生 きてい<br />

るということ、この 親 の 子 であるということ、こ<br />

の 性 この 身 体 をもっているということ、それは、<br />

自 分 で 選 んだのではないし、 自 分 で 決 めたわけで<br />

はない。 物 心 ついて 気 がついたら、そうなってい<br />

たわけです。だから、 子 どもは、 三 重 の 不 自 由 を<br />

負 っている 存 在 だというのですね。 自 分 で 自 由 に<br />

決 めたわけではない 条 件 を 三 重 に 負 っているか<br />

ら、 子 どもに 責 任 つまり 罪 はないという 意 味 で、<br />

子 どもはイノセントだと 言 ってよい、という 説 な<br />

のです。<br />

でも、いつまでもそうしていられるわけではな<br />

くて、ここからが 芹 沢 さんらしい 主 張 なのですけ<br />

れども、 生 きていて 良 かった、この 親 の 子 で 良 かっ<br />

た、この 性 別 この 身 体 で 良 かったというふうに、<br />

自 分 で 自 分 の 存 在 の 条 件 を 受 け 取 り 直 して 肯 定 す<br />

ることができないと、 本 当 の 意 味 で 大 人 になって<br />

いけないのじゃないかと 言 うのですね。 引 き 受 け<br />

直 しができるのか その 場 合 の 争 点 となるポイ<br />

ントなんですけれど、「 性 ・ 自 殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」<br />

というふうに「タブーの 崩 壊 」の『 日 本 児 童 文 学 』<br />

の 特 集 号 の 副 題 に 書 いてありました。 性 というの<br />

は、この 私 の 性 ということ、 身 体 ということです<br />

ね。 自 殺 というのは、この 私 が 生 きているという<br />

こと。それから、 家 出 も 離 婚 も、 家 つまり 親 をめ<br />

ぐる 問 題 です。ですから、 芹 沢 さんの 子 ども 論 が<br />

指 摘 していた 大 人 になっていく 時 の 課 題 が 生 じる<br />

場 所 と、「タブーの 崩 壊 」で 児 童 文 学 が 書 くこと<br />

に 挑 戦 するようになったテーマの 場 所 は、 重 なっ<br />

ているのではないかと 考 えます。でも、 考 えたら、<br />

この 三 重 の 不 自 由 を 負 っていない 人 間 なんている<br />

はずがありません。 大 人 になることの 課 題 と 言 っ<br />

たのですけれど、じゃあ、 私 たちがもういい 歳 の<br />

大 人 になっていたとして、この 性 、この 身 体 、こ<br />

の 親 でいいと 思 っているかと 言 われると 結 構 難 し<br />

いですね。 釈 然 としないまま 少 しずつ 大 人 になっ<br />

ていく、 生 涯 かかって 大 人 になっていくプロセス<br />

なんだと 思 うのですけれども、そういうテーマ、<br />

非 常 に 根 本 的 なところに 児 童 文 学 が 触 れるように<br />

なったと 受 け 取 っていいかと 思 いますね。 私 も、<br />

未 だに、もう10センチ 身 長 が 高 いと 人 生 が 変 わっ<br />

ていたような 気 がしてしょうがないです。 水 泳 が<br />

できたらなあとか、 余 計 なことを 考 えます。そう<br />

いうプロセスの 連 続 で、 自 分 の 与 えられた 条 件 を<br />

自 分 で 選 んだことのように 引 き 受 けて、プラスに<br />

転 じていくことが 大 人 になることだと 思 います。<br />

74


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

2. 児 童 文 学 と 文 学 の 越 境<br />

レジュメの「2. 児 童 文 学 と 文 学 の 越 境 」に 移<br />

りたいと 思 います。 神 宮 輝 夫 先 生 が 言 うように「リ<br />

アリズムの 深 化 」が 児 童 文 学 と 文 学 の 越 境 をもた<br />

らした、つまり、「 童 話 伝 統 批 判 」で 主 張 されて<br />

いた 小 説 精 神 がこれをもたらしたのだと 考 えられ<br />

ます。 題 材 だけでなく、 結 末 も、ハッピーエンド<br />

とは 限 らなくなります。 離 婚 して、 子 どもが 願 う<br />

ようにもう 一 度 家 族 が 再 結 束 するということには<br />

ならない。<br />

文 学 の 方 法 の 面 でもかなりの 冒 険 がされるよう<br />

になっていきます。 題 材 と 結 末 と 方 法 のいずれの<br />

面 においても、いっそう 小 説 に 接 近 していく。 特<br />

に 文 学 の 書 き 方 の 面 で 非 常 に 冒 険 をしていった 人<br />

が 岩 瀬 成 子 さんだと 思 います。 読 んでいくとあら<br />

すじを 言 うのも 不 可 能 なくらい、 自 由 連 想 法 のよ<br />

うに 筋 がどんどん 動 いていく 作 品 です。『あたし<br />

をさがして』という 作 品 が 典 型 ですけれども、こ<br />

ういう 作 品 が 書 かれると、やはり、これはもう 児<br />

童 文 学 ではないんじゃないかという 批 評 の 言 葉 が<br />

出 てきます。『 迷 い 鳥 とぶ』という 作 品 もそうです。<br />

読 み 始 めると、たいていの 本 は、どこかへ 落 ち<br />

着 くだろうという 先 が 読 めます。そうやって 読 者<br />

は 読 書 していきますね。 話 が 逸 れますが、テレビ<br />

の『 水 戸 黄 門 』で、スタッフが 冒 険 をしてみよう<br />

とひねって、 最 後 のシーンで 葵 の 御 紋 の 印 籠 を 出<br />

さない 回 をやったことがあるらしいんですね。そ<br />

うしたら、 苦 情 の 電 話 がたくさん 来 たらしいんで<br />

す。やはり、ここがゴールだってわかっていて、<br />

みんな、 期 待 して 待 っているわけです。それを 外<br />

されると、 文 句 を 言 いたくなるんですね。 逆 に 言<br />

うと、このジャンルでこうだったらきっとこうい<br />

うふうに 話 は 終 わるだろうと 予 測 をつけながら 人<br />

は 話 を 読 んでいるということですね。 実 際 の 結 末<br />

のつけ 方 が 予 測 とどのくらいずれているかによっ<br />

て、 意 外 だといったり、 新 鮮 だといったり、 場 合<br />

によっては 苦 情 の 電 話 をかけたりするというふう<br />

になるわけですね。 大 体 そういう 予 測 は、ジャン<br />

ルごとに 決 まっています。サスペンス 劇 場 なら、<br />

ラスト 近 くに 来 ると、 波 しぶきが 立 つ 岩 場 のそば<br />

に 関 係 者 全 員 が 集 合 して 謎 解 きをしないといけな<br />

いとか、なぜか、 約 束 があるわけです。そういう<br />

結 末 を 想 定 しながら、 読 者 は、ストーリーに 入 っ<br />

ていくわけです。ライトノベルズだったらきっと<br />

こうだろうとか、ハーレクイン・ロマンスであれ<br />

ば 最 後 はハッピーエンドになるに 違 いないとか、<br />

想 定 するわけですね。ところが、 小 説 は、そうい<br />

う 約 束 事 を 絶 えず 壊 していくような 動 きをしま<br />

す。 前 衛 小 説 というのは、そういう 破 壊 です。 岩<br />

瀬 成 子 さんのこの『 迷 い 鳥 とぶ』は、 宮 川 健 郎 先<br />

生 に 指 摘 してもらったんですけれども、 読 み 始 め<br />

て、ストーリーがどこに 行 くかわかりません。ス<br />

トーリーが 迷 い 鳥 が 飛 ぶように 迷 走 していく。タ<br />

イトルと 書 かれ 方 が 一 致 した 作 品 なのだ、と 読 む<br />

ことを 教 わりました。<br />

主 人 公 の 女 の 子 の 家 に、 突 然 、アメリカから、<br />

かつて 母 親 が 留 学 していた 時 にお 世 話 になったと<br />

いう 日 系 二 世 の 男 ミスター・カラキが 来 日 し、ルー<br />

ツ 探 しと 称 して 家 に 泊 まることになります。 何 日<br />

経 っても、 泊 まり 続 けている。 自 分 の 祖 父 の 家 の<br />

あった 場 所 を 探 したいと 言 っているけれども、ど<br />

うもそうではなく、 近 所 で、 環 境 にいいという 洗<br />

剤 を 売 って 歩 いているらしい。ラストの 方 で、 実<br />

際 に 祖 父 の 居 た 酒 屋 が 見 つかるのですけれども、<br />

解 き 明 かされた 結 末 は、 酒 倉 の 所 有 者 はカラキの<br />

祖 父 ではなく、 本 当 は 祖 父 はただそこで 働 いてい<br />

た 職 人 の 一 人 に 過 ぎないことがわかる。 結 末 が 盛<br />

り 上 がらないのですね。なおかつ、その 酒 倉 の 跡<br />

を 訪 ねて 行 って 中 に 入 ったところ、 扉 の 鍵 が 開 か<br />

なくなって、 廃 屋 に 閉 じ 込 められてしまう。 雨 が<br />

散 々 降 る 中 、 訪 ねていった 主 人 公 たちが 一 晩 閉 じ<br />

込 められてしまう。このエピソードが 延 々と 続 き<br />

ます。 最 初 に 読 み 始 めて 予 想 していくと、そんな<br />

ふうに 話 が 進 むとはとても 思 えない。いわば 話 が<br />

迷 走 していくのですね。その 形 は、 実 は、 物 語 の<br />

決 まった 形 を 崩 していくジャンルという 意 味 で、<br />

とても 小 説 らしいのですけれども、でも、 読 んだ<br />

人 間 に 必 ずしも 満 足 感 を 与 えないので、これは、<br />

児 童 文 学 として 十 分 なのかという 議 論 が 起 こって<br />

くるんですね。<br />

問 題 は 何 かというと、 児 童 文 学 が 小 説 に 近 づい<br />

たことによって、 江 國 香 織 さんや 湯 本 香 樹 実 さん<br />

のようなすばらしい 書 き 手 が 誕 生 したのは 良 かっ<br />

たんですが、かつての1960 年 代 の、 子 どもの 文 学<br />

75


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

は、「おもしろく、はっきりわかりやすく」 行 く<br />

んだという 考 え 方 から 逸 れていくということなん<br />

ですね。 難 しい 作 品 になっていくことによって、<br />

児 童 文 学 と 小 説 とはいったい 何 が 違 うのか、 小 説<br />

だけでいいじゃないかという 考 え 方 も 出 てきま<br />

す。 実 際 、 安 藤 美 紀 夫 さんは、 晩 年 、もう 児 童 文<br />

学 としてたくさん 作 品 がストックされたから、そ<br />

こから 選 んで 子 どもに 読 ませればいい、これから<br />

書 き 手 は 児 童 文 学 を 意 識 することなく、ただたん<br />

に 小 説 を 書 いていけばいいんじゃないかとおっ<br />

しゃっていた 時 期 もあります。それでも、 図 書 館<br />

や 学 校 の 先 生 といった 子 どもに 本 を 与 える 側 ( 注 :<br />

媒 介 者 )がストックの 中 から 適 切 不 適 切 を 選 ばな<br />

きゃいけないとなると、 問 題 が 先 送 りされただけ<br />

で、 児 童 文 学 と 文 学 がどう 違 うのかという 根 本 問<br />

題 は、 問 われ 続 けるのですね。<br />

3. 読 者 の 年 齢 の 上 昇<br />

レジュメの「3. 読 者 の 年 齢 の 上 昇 」に 行 きま<br />

す。タイトルに 学 年 が 入 っているので 挙 げたので<br />

すが、 大 石 真 さんの『ミス3 年 2 組 のたんじょう<br />

会 』、それから、 古 田 足 日 さんの『モグラ 原 っぱ<br />

のなかまたち』のように、 小 学 校 中 学 年 向 きの 作<br />

品 が 児 童 文 学 の 本 体 だったのですけれども、 現 在 、<br />

それが 絵 本 とヤングアダルト 文 学 に、つまり 幼 い<br />

読 者 の 方 と 年 齢 がうんと 上 の 方 の 層 に 二 極 分 解 し<br />

て、その 状 況 が 続 いていると 思 われます。ヤング<br />

アダルト 文 学 をどう 定 義 するかという 問 題 もある<br />

んですけれど、13 歳 から19 歳 、 中 高 生 にあたるく<br />

らいの 部 分 では、 実 にさまざまな 物 語 のいろいろ<br />

なジャンルが 混 在 している 状 態 になっている。レ<br />

ジュメに 簡 単 な 矢 印 の 図 で 書 きましたが、かつて<br />

は、 読 者 も 成 長 していくものだというイメージが<br />

あって、 子 どもの 頃 は 児 童 文 学 を 読 んでいて、ヤ<br />

ングアダルトの 移 行 期 があって、やがて 大 人 の 文<br />

学 に 進 んでいくのだという 図 式 でした( 図 1)。<br />

現 在 は、 特 に 中 高 生 あたりを 考 えてみると、 子 ど<br />

もの 読 者 のさまざまな 好 みがあって、ライトノベ<br />

ルがあり、ティーンズノベルもあり、 小 説 もあり、<br />

児 童 文 学 もあり、さまざまな 文 学 が 混 ざっていて、<br />

どれが 最 初 に 読 むべきものであるかという 順 番 が<br />

かなり 崩 れているのが 現 状 だろうと 思 います( 図<br />

2)。 中 学 校 の 教 科 書 に 今 江 祥 智 さんの 作 品 が 載 っ<br />

ておりますし、その 隣 で、 早 くから 高 橋 源 一 郎 を<br />

読 んでいる 中 学 生 がいるかと 思 えば、 絵 本 も 読 ん<br />

でいるし、もうさまざまですね。いろいろな 文 学<br />

が 混 在 しているだけではなくて、さまざまなメ<br />

ディアに 取 り 囲 まれています。 本 の 形 をした 児 童<br />

文 学 がなんとなく 負 けている 感 じがあるのかもし<br />

れないのですけれども、ちょっと 考 え 方 を 変 えて、<br />

子 どもの 読 者 がなんらかのメディアと 接 触 して、<br />

それが 絵 本 であるか、マンガであるか、アニメで<br />

あるか、テレビであるかなどの 違 いは 関 係 なく、<br />

そこに 物 語 を 読 み 取 っている 限 りにおいて、その<br />

都 度 その 場 所 で 児 童 文 学 が 発 生 して 現 象 している<br />

のだとみなした 方 がいいのではないか。 人 は、 物<br />

語 が 欲 しいのであって、それをどこから 取 って 来<br />

たかはあまり 関 係 ないのではないか、といってし<br />

まってはどうでしょうか。<br />

『フランダースの 犬 』を 英 語 のペーパーバック<br />

で 読 んだ 人 もいるでしょうし、 大 人 の 翻 訳 の 完 訳<br />

本 で 読 んだ 方 もいるでしょうし、 児 童 書 で 読 んだ<br />

人 もいるし、 絵 本 版 もあります。あるいは、ハウ<br />

ス 名 作 劇 場 のアニメのテレビ 放 映 で 見 ただけかも<br />

しれません。 場 合 によっては、 観 光 旅 行 のガイド<br />

ブックのコラムにあらすじが 書 いてあったかもし<br />

れません。どこで 話 を 手 にしようと、その 人 にこ<br />

の 話 を 知 っていますかと 聞 くと、たぶん 知 ってい<br />

ると 答 えると 思 います。 英 語 の 完 訳 版 を 読 んだ 人<br />

だけが 知 っていると 言 う 権 利 があるとは 言 えない<br />

と 思 うのですね。くりかえせば、 人 は 物 語 が 欲 し<br />

いのであって、それをどのメディアから 得 たかは<br />

あまり 関 係 がなくて、どんなメディアと 接 触 して<br />

いても、そこで 物 語 を 読 み 取 っていればそれは 児<br />

童 文 学 だ、と 思 い 切 って 広 くとってもいいのでは<br />

ないかという 考 え 方 です。<br />

ちょっと 行 き 過 ぎかもしれません。それぞれの<br />

メディアの 特 性 を 無 視 できないのですけれども。<br />

現 状 に 戻 っていえば、 読 者 にとって 成 長 していく<br />

というモデルが 必 ずしも 成 り 立 っていないのでは<br />

ないか。 特 に 中 高 生 向 きの 読 み 物 を 考 えると、 児<br />

童 文 学 とヤングアダルト 文 学 と 大 人 の 文 学 とが 混<br />

在 している 形 で、その 脇 に、ライトノベルやかつ<br />

てのJ 文 学 やさまざまなエンターテインメントが<br />

76


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

同 じように 並 んでいる。 本 というメディアだけを<br />

見 ても、そういう 状 況 にあるだろうということで<br />

すね。 読 者 の 側 から 考 えると、 中 高 生 の 読 者 が 読<br />

んだ 作 品 であれば、それはすべてヤングアダルト<br />

の 文 学 なのであって、そこにヤングアダルト 文 学<br />

が 現 象 しているのだと 考 えてしまえばいいという<br />

言 い 方 もできます。この 結 論 に 行 く 前 に、「タブー<br />

の 崩 壊 」が 定 着 した 後 に、 小 学 校 高 学 年 から 中 高<br />

生 くらいによく 読 まれた 作 品 がどんなふうに 変<br />

わっていったかという 話 を 少 ししたいと 思 いま<br />

す。レジュメの2 枚 目 になります。<br />

4. 癒 しの 文 学<br />

「4. 癒 しの 文 学 」に 行 きたいと 思 います。 子<br />

どもに 対 する 構 え 方 は 時 代 とともに 変 わっていく<br />

もんだなあ、と 思 う 一 例 と 思 っていただければい<br />

いかと 思 います。( 注 : 子 どもに 理 想 を 示 す 文 学 か<br />

らの 変 化 。) 月 刊 誌 の『 文 学 界 』の2005 年 11 月 号<br />

が「 大 人 のための 児 童 文 学 」という 小 特 集 を 組 ん<br />

でおります。その 中 で 総 論 を 文 芸 評 論 家 の 斎 藤 美<br />

奈 子 さんが 書 いているんですね。「 児 童 文 学 には<br />

定 番 化 されたパターンがある。 傷 ついた 子 どもが<br />

田 舎 の 祖 父 母 の 家 に 行 き、 自 然 の 中 で 癒 されて、<br />

生 きる 希 望 を 取 り 戻 す…などは、それの 最 たるも<br />

のだろう」と、ちょっと 皮 肉 をこめて 言 っておら<br />

れます。 実 際 、このタイプの 作 品 はかなりあって、<br />

その 中 の 最 も 優 れたものは、 梨 木 香 歩 さんの『 西<br />

の 魔 女 が 死 んだ』だと 思 います。あらすじを 要 約<br />

してしまえば、 全 くこのパターンに 入 ってしまい<br />

ます。 確 かにこういう 定 番 化 されたものが 児 童 文<br />

学 に 定 着 したのかもしれません。「タブーの 崩 壊 」<br />

以 後 のことですね。タブーの 侵 犯 は、 当 初 は、そ<br />

れぞれの 作 家 が 一 種 の 傷 口 から 入 っていくと 作 品<br />

を 書 いている 手 応 えが 得 られるという 切 実 なモ<br />

チーフだったと 思 います。しかし、1990 年 代 にな<br />

ると、「 性 ・ 自 殺 ・ 家 出 ・ 離 婚 」、 特 に 離 婚 がそう<br />

ですが、それがだんだん 単 なるお 約 束 になって<br />

いって、インパクトはあまりないという 状 況 に<br />

なっています。<br />

同 じ『 文 学 界 』の11 月 号 で、あさのあつこさん<br />

と 対 談 をしました。かなり 売 れて 大 変 勢 いのある<br />

『バッテリー』の 著 者 です。『バッテリー』を 書 い<br />

ていた 時 に、 読 者 から、『バッテリー』は 普 通 の<br />

家 族 ですねと 意 外 そうに 言 われたとおっしゃって<br />

ました。 今 では、 家 族 の 中 の 父 親 が 不 在 である、<br />

あるいは 母 親 がいないという 設 定 の 方 がむしろパ<br />

ターンになってしまっていて、『バッテリー』の<br />

ように 全 員 そろった 家 族 を 書 いたら、わざわざ 普<br />

通 ですねというふうに 言 われた、というエピソー<br />

ドです。<br />

当 初 の 今 江 祥 智 さんの『 優 しさごっこ』の 場 合<br />

は、その 作 品 を 書 かざるを 得 ない 非 常 に 強 いモ<br />

チーフがあったと 思 うんですね。これはよく 知 ら<br />

れた 話 ですが、ご 自 身 の 経 験 を 元 にした 作 品 です。<br />

職 業 は、 画 家 に 変 わっています。ご 自 身 が 経 験 さ<br />

れたことを 題 材 にして、さらにその 作 品 を 自 分 の<br />

経 験 にも 関 わらず、あえて 優 しさ「ごっこ」と 呼<br />

ぶ。この 作 家 としての 強 靭 な 精 神 は、すごいと 思<br />

うんですね。 事 実 を 突 き 付 けて 読 者 をつらくする<br />

のではなくて、 先 ほども 言 ったように、ある 種 の<br />

ユーモアで 包 みながらそのテーマを 書 き 切 るとい<br />

うことで、これは 読 者 に 対 しても 非 常 に 優 しいと<br />

思 うし、ちょっと 先 走 った 言 い 方 をすると、これ<br />

は「タブーの 崩 壊 」の 最 初 の 時 期 の 作 品 なんです<br />

けれども、 実 は、 今 江 祥 智 さんの『 優 しさごっこ』<br />

のテーマとそのユーモアが、この「タブーの 崩 壊 」<br />

問 題 の 解 決 法 いわば 最 終 回 答 だったかもしれない<br />

とも 思 うのです。こうした 初 期 の 作 品 は、 切 実 な<br />

モチーフがあって 書 かれていたんですね。けれど<br />

も、それが 設 定 のパターン、お 約 束 に 変 化 してし<br />

まいます。 物 語 を 動 かし 始 めるために 必 要 な 設 定<br />

なんでしょう。そういう 作 品 が 定 着 しつつあった<br />

のが1990 年 代 ということです。<br />

その 少 し 前 、 吉 本 ばななさんの『キッチン』と<br />

江 國 香 織 さんの『つめたいよるに』が1980 年 代 の<br />

最 後 に 登 場 して、 大 変 よく 売 れました。これらの<br />

作 品 に 共 通 する 特 徴 は、『 西 の 魔 女 が 死 んだ』も<br />

そうですけれども、 冒 頭 に 大 切 な 人 が 死 んでし<br />

まって、ストーリーは、 主 人 公 がその 喪 失 から 回<br />

復 するまでのプロセスを 描 くというものなのです<br />

ね。これは、 物 語 の 作 りとしてちょっと 不 思 議 な<br />

ところがあります。 従 来 の 物 語 の 典 型 というと<br />

『アーサー 王 物 語 』を 考 えてもらうのがいいです。<br />

『アーサー 王 物 語 』は、アーサーが 王 になってや<br />

77


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

がて 死 んでいくまでが 描 かれます。 教 会 に、これ<br />

を 引 き 抜 いて 扱 えたら 王 の 印 だという 剣 が 岩 に 刺<br />

さっていて、 他 の 人 がどんなに 一 生 懸 命 力 ずくで<br />

引 っ 張 っても 抜 けないのに、 少 年 アーサーだとす<br />

るっと 抜 ける。 彼 こそがブリタニアの 王 だという<br />

ことになって、 偉 大 な 王 となり、 騎 士 たちの 宮 廷<br />

ロマンスもあって、やがてアーサーが 死 期 を 迎 え<br />

て 海 ( 注 :アヴァロン 島 )に 去 っていくまでの 話<br />

が 描 かれています。つまり、 重 要 人 物 の 誕 生 から<br />

死 までの 話 です。ところが、 吉 本 ばななさんや、<br />

江 國 香 織 さんや、『 西 の 魔 女 が 死 んだ』の 梨 木 香<br />

歩 さんの 場 合 は、 作 品 中 で 最 も 重 要 だったはずの<br />

人 が 最 初 に 死 んでしまうのです。それが 主 人 公 に<br />

とって 耐 え 難 い 欠 如 です。 冒 頭 に 重 要 な 人 物 が 死<br />

んでしまった 後 、 残 った 人 間 がどのように 癒 され<br />

ていくかに 物 語 の 主 眼 が 置 かれる。( 注 :「 欠 如 と<br />

回 復 の 物 語 」といえる。)ウエイトの 置 き 方 が 違 う。<br />

これらのいずれも、ベストセラー、ロングセラー<br />

になりました。けれども、これもまたパターン 化<br />

していきます。 癒 されるというこのストーリーが<br />

受 け 入 れられる 前 提 として、 読 者 の 側 に、 私 は 癒<br />

されるべき 人 間 であるという 意 識 がないと 成 り 立<br />

たないのですね。 傷 ついた 私 という 自 己 像 があっ<br />

て 初 めてこういう 作 品 に 共 感 が 生 まれるはずで<br />

す。とすると、これらの 作 品 がベストセラーになっ<br />

たから、 世 の 中 皆 傷 ついているのかということ<br />

になるのですけれども、 客 観 的 に 見 て 癒 されるべ<br />

きかどうかは 別 にして、 主 観 的 に 私 は 癒 されるべ<br />

きであると 皆 が 思 っているということではないで<br />

しょうか。そういう 意 識 が 蔓 延 していくことに<br />

よって、こうした 癒 しの 文 学 が 受 け 入 れられてい<br />

くのだろうと 思 います。<br />

斎 藤 美 奈 子 さんのいうとおりの 全 くパターン 通<br />

りの 作 品 もあります。 新 人 賞 の 応 募 原 稿 を 見 てい<br />

ても、そういう 作 品 が 多 いですね。けれども、こ<br />

こに 挙 げた『つめたいよるに』『キッチン』『 西 の<br />

魔 女 が 死 んだ』のような 作 品 は、 優 れた 作 品 とい<br />

うことができると 思 います。 何 が 優 れているのか<br />

というと、ストーリーではなくて、 途 中 の 描 写 で<br />

すね。『 西 の 魔 女 が 死 んだ』で 言 えば、おばあさ<br />

んと 一 緒 に 暮 らす 庭 の 様 子 がいろいろ 書 いてあり<br />

ますけれども、その 描 写 を 読 んでいくことそのも<br />

のが 癒 しなんですね。 主 人 公 が 癒 されましたとい<br />

うストーリーだからではなくて、その 描 写 自 体 が<br />

美 しくて 癒 しであるという 効 果 を 持 っているから<br />

優 れているんだろうと 思 います。<br />

イギリスのファンタジーに『トムは 真 夜 中 の 庭<br />

で』という 有 名 な 作 品 があります。 読 まれた 方 も<br />

多 いと 思 いますけれど。 読 者 にも2タイプありま<br />

す。 私 の 身 近 に、とにかくストーリーの 早 く 動 く<br />

作 品 が 好 きな 人 がいます。そういう 人 が『トムは<br />

真 夜 中 の 庭 で』を 読 むとまどろっこしいらしい。<br />

早 く 筋 を 知 りたくて、 庭 の 描 写 とかを 全 部 飛 ばし<br />

て 読 むらしいです。あらすじだけ 追 って 読 むと 相<br />

当 つまらないだろうなという 気 がして、 逆 に 気 が<br />

付 いたのですけれど、『トムは 真 夜 中 の 庭 で』は、<br />

朝 の 庭 、 夜 露 にぬれた 庭 など、いろんな 描 写 が 出<br />

てきますけれど、 庭 の 雰 囲 気 そのものがいいんで<br />

すね。そういう 描 写 の 表 現 自 体 が、 何 かいいこと<br />

がありそうだという「 幸 福 の 約 束 」になっている<br />

んだと 思 うんですよ。ストーリーそのものは、 結<br />

末 のどんでん 返 しまで、 痛 切 な 別 れの 話 になって<br />

いくわけなんですけれども、そうではなくて、 描<br />

写 自 体 がその 場 で 瞬 間 的 な「 幸 福 の 約 束 」となっ<br />

ているというふうに 読 んだ 方 がいいのではないの<br />

でしょうか。あれを 急 いで 読 んだら、いい 部 分 を<br />

ほとんど 捨 てることになってしまうと 思 います。<br />

同 じように、そういう 描 写 を 伴 っていることに<br />

よって、 梨 木 香 歩 さんの 作 品 は、 優 れていると 思<br />

うんですね。<br />

この 方 面 には『いつでも 会 える』などの 絵 本 が<br />

あります。 本 屋 さんのレジ 周 りにある 癒 しと 女 性<br />

のコーナーに 並 んでいる 多 くの 本 の 中 でも 優 れた<br />

方 だと 思 います。こういうものがどんどん 売 れる<br />

ようになりました。 赤 木 かん 子 さんの 言 い 方 を 借<br />

りると「ヤングアダルト 絵 本 」です。 絵 本 だけれ<br />

ど、ヤングアダルトや 大 人 が 読 んだ 方 がいいとい<br />

うものですね。この 形 式 の 絵 本 は、 実 際 、 子 ども<br />

が 読 むのではなくて、おそらく 大 人 が 読 むもので<br />

しょう。<br />

この 形 式 が 流 行 したことで 何 が 起 こったかとい<br />

うと、 本 のスタイルと 読 者 の 年 齢 が 全 く 関 係 なく<br />

なったということですね。 絵 本 のスタイルをして<br />

いても、それが 自 動 的 に 幼 さを 意 味 するかという<br />

78


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

と 全 然 そうではなくなっていく。ところで、『た<br />

れぱんだ』って、 皆 さんは、どうですか。 関 西 の<br />

人 はあんまり 好 きじゃないと 聞 きました。 大 阪 だ<br />

とあんまり 成 立 しないだろうと 大 阪 出 身 の 私 の 知<br />

り 合 いが 言 っていました。 見 るだけで 余 計 いらい<br />

らしてくると 言 ってました。 私 の 大 学 の 助 手 がこ<br />

れが 好 きで、あらゆるメモや 書 類 にこのキャラク<br />

ターを 使 っているので、 見 るたびにいらいらして<br />

困 るんです。 好 みがありますね。でも、これも、<br />

絵 本 の 枠 組 みが 年 齢 や 読 者 層 から 切 り 離 されて、<br />

アートの1スタイルになったことの 印 だろうと 思<br />

います。<br />

こうした 癒 しの 文 学 や 癒 しの 絵 本 が 定 着 してい<br />

く 中 で、 変 わらない 部 分 が 一 つあります。 主 人 公<br />

は、 傷 ついた 子 どもであって、 子 どもが 加 害 者 だ<br />

ということは、ほとんどないですね。「タブーの<br />

崩 壊 」 以 後 、 人 間 の 陰 の 部 分 の 物 語 化 をしていく<br />

のですけれども、それでも、たいていの 子 どもは<br />

傷 つく 側 です。 他 人 を 傷 つける 側 として「タブー<br />

の 崩 壊 」に 関 わるという 児 童 文 学 は、ほとんどな<br />

いと 思 います。そこまで 必 ずしも 踏 み 込 めていな<br />

い。その 方 向 に 踏 み 出 そうとしたのが、 川 島 誠 さ<br />

んのいくつかの 作 品 だろうと 思 います( 注 :『 電<br />

話 がなっている』 国 土 社 1985)。でも、それも、<br />

やはりイノセンスをめぐる 話 ですから、 先 ほどの<br />

ウルズラ・ヴェルフェルの、 同 時 代 を 一 緒 に 考 え<br />

ていってほしいという 読 者 像 に 比 べると、 日 本 の<br />

「タブーの 崩 壊 」 以 後 の 作 品 は、 子 どもを 保 護 す<br />

るという 感 じが 強 いのだろうと 思 います。そうで<br />

なければ、こういう 癒 しの 文 学 というものが 大 量<br />

に 成 立 するとも 思 えません。<br />

5. 人 生 論 としての 小 説<br />

では、「5. 人 生 論 としての 小 説 」へ 行 きます。<br />

これは、「タブーの 崩 壊 」 以 後 の 問 いへの 一 つの<br />

答 え 方 なんですね。タブーが 崩 壊 してしまうと、<br />

児 童 文 学 と 普 通 の 文 学 との 差 がなくなってしまっ<br />

て、なんでもありになってしまった。じゃあ、ど<br />

こに 児 童 文 学 であることの 意 味 があるのか。「 人<br />

生 論 としての 小 説 」というのは、 言 い 換 えると、<br />

児 童 文 学 やヤングアダルトの 年 齢 の 人 たちが 読 ん<br />

でいる 作 品 は、 読 者 に 対 してどういう 働 きをして<br />

いるのか、ということです。<br />

今 、ヤングアダルト 文 学 と 特 別 に 呼 んでいます<br />

けれども、もともと 日 本 の 近 代 文 学 は 青 春 小 説<br />

だったという 説 があります。 昭 和 8(1933) 年 に<br />

谷 崎 潤 一 郎 が 出 した『 青 春 物 語 』の 中 の「 藝 談 」<br />

という 長 いエッセイの 一 部 分 ですけれども、そこ<br />

で 谷 崎 潤 一 郎 がぼやいています。「 日 本 の 現 代 文<br />

学 、―ことにいわゆる 純 文 学 を 読 むのは 十 八 九 か<br />

ら 三 十 前 後 に 至 る 間 の 文 学 青 年 どもであって、 極<br />

端 に 云 えば 作 家 志 望 の 人 たちのみである」。それ<br />

で 大 人 の 読 む 文 学 あるいは 老 人 の 文 学 が、 古 典 以<br />

外 になくてさびしい、ということを 言 っています。<br />

もともと 青 春 を 描 くのが 日 本 の 近 代 文 学 だったの<br />

ですね。 先 ほども 挙 げた 夏 目 漱 石 の『 三 四 郎 』で<br />

あるとか、そういうような 作 品 ですね。<br />

僕 らは、 実 際 、 日 本 近 代 文 学 を 読 んで 自 分 の 人<br />

生 を 考 えるということをやってきたと 思 う。 僕 は、<br />

そういう 世 代 です。 中 学 校 の 時 に 太 宰 治 をやたら<br />

と 読 みました。こだわりがあって、 新 潮 文 庫 じゃ<br />

ないとカバーの 背 中 が 黒 じゃないから 嫌 だと 言 い<br />

ながら、たくさん 集 めて 延 々と 読 んでいきました。<br />

太 宰 治 の 作 品 を 読 むことによって、 人 間 とはこう<br />

いうことを 考 えるものなのであると 学 んだり、 自<br />

分 が 悩 んでいた 悩 みが 言 葉 によって 形 を 与 えられ<br />

たことで 少 し 自 由 になったりする。 自 分 が 抱 えて<br />

いるもやもやとしたものを 言 葉 にできない 苦 しさ<br />

が、 小 説 の 中 で 形 を 与 えられて、 少 し 解 放 される<br />

という 経 験 を、 作 品 を 読 むことで 繰 り 返 しやって<br />

きました。もともと 文 学 とはそういうものだった<br />

のだと 思 うのですね。このことを 谷 崎 潤 一 郎 は、<br />

逆 の 側 から、 年 寄 りになって 読 む 文 学 がないと 嘆<br />

いたわけです。 年 譜 と 照 らし 合 わせてみると、こ<br />

の 段 階 で 谷 崎 潤 一 郎 は、まだ40 歳 代 ですけれどね。<br />

現 代 の 小 説 は、フランス 文 学 などの 影 響 もあっ<br />

て、 一 種 の 言 葉 のアクロバットの 領 域 に 突 入 して<br />

いって、だんだん 難 しい 文 学 になって 行 きます。<br />

そうなっていくと、 現 代 小 説 には 文 学 としては 優<br />

れているのですけれども、かつてのように 人 生 論<br />

として 素 朴 に 読 んでいくことを 許 してくれないよ<br />

うな 難 解 な 作 品 が 増 えて 行 きます。もちろん、い<br />

かに 生 きるべきかを 考 える 小 説 という 意 味 では 大<br />

江 健 三 郎 の 小 説 もそうですけれども、 現 代 文 学 の<br />

79


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

洗 礼 を 受 けていますから、 読 んでみるとやはり 難<br />

解 なのですね。そういう 屈 折 を 経 ないと 現 代 の 表<br />

現 として 成 り 立 たないというふうになっていま<br />

す。<br />

それに 比 べて、 今 のヤングアダルト 文 学 は、プ<br />

レーンヨーグルトのように 何 も 入 っていない。 素<br />

朴 である。そういう 意 味 で、かつての 日 本 近 代 文<br />

学 を 読 んで 人 生 を 考 えた 青 春 の 読 者 の 要 求 に 代<br />

わって 答 えている、と 考 えたらどうかと 思 います。<br />

この 点 に、 文 学 と 児 童 文 学 の 側 の 違 いがあるので<br />

はないかと 考 えます。 小 説 が 高 度 に 難 解 になって<br />

いく 中 で、 人 生 論 として 読 むことのできる 小 説 と<br />

いうフィールドを 児 童 文 学 が 確 保 しているという<br />

考 え 方 ですね。<br />

6. 幸 福 の 約 束<br />

「6. 幸 福 の 約 束 」に 行 きたいと 思 います。『 西<br />

の 魔 女 が 死 んだ』の 評 価 のところで 触 れましたが、<br />

2000 年 代 に 入 ったあたりから、 作 家 たちがどうい<br />

うことをやっているのかという 特 徴 を 挙 げてみま<br />

した。これは、 人 によっては 違 うふうに 考 えるか<br />

もしれません。「1.タブーの 崩 壊 」のところで「ア<br />

イデンティティという 主 題 」がありました。 人 間<br />

が 三 重 の 不 自 由 を 背 負 っていて、それをどうプラ<br />

スに 転 化 していくかという 問 題 のからみですけれ<br />

ども、 現 代 のヤングアダルト 文 学 のようなものが<br />

担 っているのは、「 感 情 管 理 」と「 幸 福 の 約 束 」<br />

の 二 つだろうと 考 えました。「 感 情 管 理 」という<br />

言 い 方 は、あまり 聞 きなれないかもしれません。<br />

社 会 学 の 一 部 に 感 情 社 会 学 というのがあります。<br />

感 情 という 言 葉 は、 元 はセンチメントという 言 葉<br />

を 使 っていたり、フィーリングだったり、ハート<br />

だったりします。 人 間 のもつ 喜 怒 哀 楽 の 感 情 です。<br />

それを 社 会 的 に 構 築 されたものだと 考 えるのが 感<br />

情 社 会 学 です。 皆 さん、 今 この 社 会 が 自 分 の 感 情<br />

をどうコントロールするか、それができるかとい<br />

う 話 題 をめぐって 敏 感 になっているのにお 気 付 き<br />

かと 思 います。「キレる」という 言 い 方 がありま<br />

すね。 自 分 の 感 情 を 抑 えられないことを 意 味 する<br />

わけですけれども、その 感 情 を 自 分 でうまくコン<br />

トロールしなさいというプレッシャーが、この 社<br />

会 ではかなり 強 いと 思 います。 今 でもあるかどう<br />

かわかりませんけれど、かつてマクドナルドのメ<br />

ニューの 中 にスマイル0 円 というのがありまし<br />

た。これくださいというと、 店 員 さんがニコッと<br />

笑 ってくれて、でも0 円 である。これを 働 く 側 か<br />

ら 考 える 社 会 学 です。<br />

実 際 に 航 空 会 社 の 社 員 研 修 や 広 告 を、アメリカ<br />

の 女 性 の 社 会 学 者 が 研 究 しているのですけれども<br />

( 注 :ホックシールド 著 石 川 准 、 室 伏 亜 希 訳 『 管<br />

理 される 心 』 世 界 思 想 社 2000)、この 航 空 会 社<br />

の 飛 行 機 のフライトで 皆 様 が 出 会 うスマイルは 他<br />

の 会 社 のような 作 り 物 ではありません、 私 どもは<br />

人 間 らしい 笑 顔 で 本 当 に 皆 様 をお 迎 えします、と<br />

言 うのだそうです。こういう 場 面 でこういう 感 情<br />

をもつべきだということが 職 業 上 要 求 されるケー<br />

スですね。つまり、 接 客 の 現 場 で、お 客 さんが 来<br />

てくれたことに 喜 びの 感 情 を 抱 くのが 本 物 の 店 員<br />

だという 考 え 方 です。<br />

こういうと 大 したことないだろうと 思 うかもし<br />

れませんが、カウンセラーという 職 業 を 考 えてい<br />

ただくと 状 況 がわかります。 相 手 からは、 本 当 に<br />

親 身 になってくれるかどうかを 問 われるでしょ<br />

う。 働 く 側 も、いい 加 減 に 物 体 を 操 作 するように<br />

やっていたら、カウンセラーとしては 偽 者 だろう、<br />

もう 少 し 共 感 したらどうだということになるで<br />

しょう。しかし、 逆 に、カウンセラーの 側 で 共 感<br />

しすぎて 消 耗 ・ 疲 労 してしまう 場 合 がある。その<br />

コントロールが 非 常 に 難 しい 職 業 だと 思 います。<br />

学 校 の 先 生 を 考 えてみて 下 さい。 生 徒 がいいこと<br />

をしたら、それを 本 当 に 心 から 一 緒 に 喜 んでやれ<br />

る 先 生 がいい 先 生 のような 気 がするじゃないです<br />

か。でも、これも、 職 業 ですよね。 職 業 によって、<br />

望 ましい 感 情 の 持 ち 方 があるわけです。そういう<br />

ものが 張 り 巡 らされて、 実 は、この 社 会 が 出 来 て<br />

いて、 適 切 な 場 所 で 適 切 な 感 情 を 感 じるように 教<br />

わって 来 ることで、 人 間 は、そういう 感 情 をあた<br />

かも 自 然 なもののように 感 じるようになるのだと<br />

いう 説 を、 感 情 社 会 学 は、 立 てるんですね。こう<br />

いうときにこういう 感 情 を 持 つべきだ。こういう<br />

ときにこういう 感 情 を 持 つのは 不 謹 慎 だ、と。 間<br />

違 った 表 現 の 仕 方 をすると、たいてい 処 罰 という<br />

か、 人 から 非 難 を 浴 びる。そうやって 矯 正 されて<br />

成 り 立 っていくあり 方 を 感 情 規 則 と 呼 ぶんです<br />

80


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

ね。<br />

これは、プラスにもマイナスにも 目 の 出 る 非 常<br />

に 難 しい 議 論 ですね。うんと 広 い 意 味 でいうと、<br />

人 間 にもともと 自 然 な 感 情 というものがあるわけ<br />

ではなくて、さまざまな 場 面 でこういうふうに 感<br />

情 を 持 つものなのだと 教 わることによって 人 は 人<br />

になっていく。そう 考 えるとして、 今 この 社 会 で<br />

は、 感 情 規 則 をめぐって、その 感 情 を 自 分 でどう<br />

コントロールできるかという 事 柄 がかなり 過 大 に<br />

話 題 になっていると 言 えるのではないか。そして、<br />

思 春 期 の 一 番 「 感 情 管 理 」の 難 しい 時 期 の 読 者 に、<br />

ある 種 の 文 学 は、「 感 情 管 理 」の 方 法 を 提 供 して<br />

いるのではないか。 直 感 的 な 意 見 なので、どのく<br />

らい 説 明 になっているかわからないですけれど<br />

も、それが 一 つですね。<br />

もう 一 つは、ここでは「 幸 福 の 約 束 」と 書 きま<br />

したけれども、 多 くのヤングアダルト 文 学 を 見 て<br />

いくと、 自 分 や 世 界 を 肯 定 して、これでいいのだ、<br />

というメッセージが 強 いと 感 じます。「 幸 福 の 約<br />

束 」とハッピーエンドとは 違 うと 思 うのです。ハッ<br />

ピーエンドは、 結 末 がとにかくめでたしめでたし<br />

ですけれども、「 幸 福 の 約 束 」は、 結 末 が 苛 酷 な<br />

現 実 だったとしても、そのように 生 きていること<br />

を 肯 定 してくれるものです。だから、ハーレクイ<br />

ン・ロマンスのように、とにかくめでたしめでた<br />

しで 終 わるものではありません。おそらく、 極 限<br />

的 なハッピーエンドものは、「 幸 福 の 約 束 」とし<br />

て 機 能 しません。あまりそこまでやられると、 現<br />

実 の 自 分 との 差 が 激 しくなってきて、だめかもし<br />

れません。 結 末 がハッピーかどうかではない。そ<br />

の 途 中 のプロセスを 経 て、こういう 私 とこういう<br />

世 界 であるということを 肯 定 してくれるというこ<br />

とですね。それを 励 ましといってもいいのですけ<br />

れども。そのやり 方 にはいろいろあって、『トム<br />

は 真 夜 中 の 庭 で』のように 描 写 が 限 りなく 美 しい<br />

ことによって 幸 福 を 約 束 してくれるというような<br />

やり 方 もあると 思 います。<br />

この「 感 情 管 理 」と「 幸 福 の 約 束 」の 二 つをめ<br />

ぐって、ヤングアダルトの 文 学 の 働 きが 動 いてい<br />

るのかなという 気 がします。 最 近 の 本 を 見 ていて<br />

気 になることを「 号 泣 、 音 楽 、ミステリー」とい<br />

うふうに 挙 げてみました。<br />

1「 号 泣 」というのが 売 りになっているのを 感<br />

じます。ここに 持 って 来 たのは、リリー・フラン<br />

キーさんの『 東 京 タワー』です。「どくしょ 応 援<br />

団 中 高 生 のためのブックサーフィン」という「 朝<br />

日 新 聞 」の 若 者 向 け 読 書 欄 に「 本 と 出 合 う」とい<br />

う 書 店 の 店 員 さんに 聞 くコーナーがあって、お 勧<br />

めの 本 としてリリー・フランキーさんのこの 本 が<br />

紹 介 されていたのですけれども、その 見 出 しが「 号<br />

泣 ものの「 親 子 愛 」」となっていて、「10 代 をひた<br />

走 る 中 高 生 は、どんな 本 に 笑 い、 泣 き、 感 激 し、<br />

元 気 づけられている」と 書 いてありました( 注 :<br />

『 朝 日 新 聞 』2005 年 10 月 9 日 )。これは、もう、 感<br />

情 管 理 的 ですね。 本 によって 笑 ったり 泣 いたり<br />

するから 読 むかと 言 われると、 必 ずしもそうでも<br />

ないと 思 います。 大 江 健 三 郎 の 作 品 を 読 み 終 わっ<br />

ても、たぶん、 泣 きもしないし 笑 いもしないでしょ<br />

う。そういうことじゃない 次 元 ですね。 感 情 に 関<br />

わって 読 むわけではない 次 元 もあるはずなんです<br />

けれども、 読 書 が 中 高 生 と 結 び 付 けられる 時 には、<br />

やっぱり、 泣 き、 笑 い、 感 激 するということにな<br />

るんですね。<br />

『 文 蔵 』というちょっと 変 わったガイドブック<br />

的 な 小 冊 子 があります。( 注 :PHP 文 庫 『 文 蔵 』<br />

創 刊 号 (2005 年 10 月 )。 読 書 案 内 、 作 家 イ ン タ<br />

ビュー、 短 編 などで 構 成 された 月 刊 文 庫 。)「 朝 日<br />

新 聞 」の「どくしょ 応 援 団 」の 読 書 案 内 が 本 になっ<br />

たような 感 じのもので、352 円 です。これも「 特 集 :<br />

ブレイク 寸 前 !おすすめ 感 動 小 説 」とあります。<br />

今 、 本 を 読 んで 感 動 することが 読 書 である、とい<br />

うふうになっている 気 がします。「 本 と 出 合 う」<br />

にも「『 世 界 の 中 心 で、 愛 をさけぶ』が 爆 発 的 なブー<br />

ムを 呼 びましたけれど、みんなやっぱり 泣 ける 本<br />

を 求 めているのかも。」とあります。この 考 え 方<br />

をどうとるか<br />

『 東 京 タワー』、 確 かにこれは、 泣 けます。 特 に<br />

今 40 歳 前 後 になっている 人 が 読 むと、 自 分 が 経 験<br />

したようなことが 何 でも 書 いてあるような 本 で 確<br />

かに 泣 けるのですけれども、そのことが 読 書 の 美<br />

徳 のように 奨 められるのが 今 のトレンドなのかな<br />

と 思 うんですね。<br />

江 國 香 織 さんが 直 木 賞 をとった 作 品 に『 号 泣 す<br />

る 準 備 はできていた』というタイトルの 短 編 集 が<br />

81


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

あって、その 頃 から「 号 泣 」がキーワードになっ<br />

てきました。これは、「 癒 しの 文 学 」の 変 形 とし<br />

て 成 り 立 っているような 気 がします。 傷 ついた 私<br />

という 読 者 の 自 己 像 があって、それを 緩 めてくれ<br />

るものとして 文 学 が 求 められている。 号 泣 するこ<br />

とが「 幸 福 の 約 束 」なのかと 言 われると、 個 人<br />

的 には 違 うと 思 いますね。あらゆる 場 面 で 泣 ける<br />

機 会 をいつも 探 すというのは、ちょっと 偏 ってい<br />

る 感 じがしますが、 皆 さんはいかがお 考 えでしょ<br />

うか。<br />

それから、2「ミステリー」です。 今 良 く 売 れ<br />

ているものに 石 田 衣 良 さんの 作 品 があります。『 池<br />

袋 ウエストゲートパーク』が 大 変 売 れましたし、<br />

良 くできた 作 品 だと 思 います。 大 人 の 雑 誌 にミス<br />

テリーとして 連 載 されたものです。「1 . タブーの<br />

崩 壊 」のところで 性 の 問 題 がありましたが、 性 の<br />

話 は、『 池 袋 ウエストゲートパーク』にもういく<br />

らでも 出 てきます。 現 代 の 都 会 の 風 俗 そのもので<br />

すね。 池 袋 の 西 口 公 園 に 出 入 りしている 若 者 たち<br />

が 主 人 公 として 設 定 されて、 話 が 進 みます。 殺 人<br />

事 件 などの 事 件 が 起 きて、それを 池 袋 の 町 に 住 む<br />

主 人 公 がかつての 高 校 の 仲 間 たちと 一 緒 に 解 決 し<br />

ていくというミステリーものです。ジャニーズの<br />

TOKIOの 長 瀬 君 の 主 演 で 映 像 化 されたので 一 層<br />

人 気 が 出 ました。<br />

『 池 袋 ウエストゲートパーク』がミステリーで<br />

あるということに 着 目 すると、 二 つ 人 気 の 理 由 が<br />

あると 思 います。 第 1 話 は、ラブホテルで 殺 人 事<br />

件 があって 女 の 子 が 死 んでいます。その 女 の 子 が<br />

主 人 公 の 遊 び 仲 間 であることから、 彼 女 の 仇 を 取<br />

るために、 犯 人 を 捜 すという 話 です。 犯 人 を 捕 ま<br />

えてみると、 麻 酔 科 の 医 者 で、 相 手 の 女 の 子 に 麻<br />

酔 を 打 って 首 を 絞 めてプレイする、それで 死 なせ<br />

たらしい。といったような 話 が、 他 の 話 でも( 注 :<br />

第 3 話 「オアシスの 恋 人 」や 第 4 話 「サンシャイ<br />

ン 通 り 内 戦 」)どんどん 出 てきます。( 注 : 第 1 話<br />

は 本 当 の 殺 人 犯 が 別 人 であるという 構 成 になって<br />

いる。) 実 際 、 読 んでいる 人 がそういう 生 活 を 求<br />

めているのかというと、 別 にそうではないですね。<br />

しかし、そういう 都 会 の 風 俗 があることを 知 って<br />

いる 中 でこの 話 を 読 むと、 現 代 のスリルに 参 加 し<br />

ている 気 分 を 得 られるというのがあるだろうと 思<br />

います。これは、 思 春 期 の 読 者 にとって 大 きいの<br />

ではないかと 思 いました。けれども、この 作 品 は、<br />

すごく 教 育 的 です。 高 校 の 時 の 仲 間 たちに 声 をか<br />

けて、 一 緒 にその 問 題 を 解 決 していきます。この<br />

主 人 公 は、 正 義 感 がすごく 強 い。やっていること<br />

はそう 思 われないかもしれないけれども、その 筋<br />

の 通 し 方 は、 非 常 に 正 義 がある。ミステリーは、<br />

必 ず 結 末 があります。すべての 問 題 が 一 応 解 決 す<br />

るという 結 末 が 必 ず 待 っているということです<br />

ね。これも、 世 界 を 肯 定 してくれるという 例 なの<br />

ではないかと 思 います。『 池 袋 ウエストゲートパー<br />

ク』を 持 ち 出 して 来 て「 世 界 を 肯 定 する」という<br />

と、 変 な 感 じがするかもしれませんが、ミステリー<br />

として 結 末 があるということは、この 世 界 には 決<br />

まりがあり、 法 則 があり、 落 ち 着 く 所 があるとい<br />

う 感 じを 読 書 で 与 えてくれるのだろうと 思 いま<br />

す。( 注 : 上 記 二 つの 理 由 で『 池 袋 ウエストゲー<br />

トパーク』を 現 代 のYA 版 「ズッコケ 三 人 組 」だ<br />

と 思 った。)<br />

三 つめは3「 音 楽 」です。 最 近 のいくつかの 作<br />

品 を 読 んでいくと、 音 楽 を 比 喩 的 に 取 り 込 む 作 品<br />

が 多 い。 石 田 衣 良 さんの 場 合 も、『 池 袋 ウエスト<br />

ゲートパーク』の 主 人 公 のマコトという 男 の 子 が<br />

犯 人 を 推 理 しようと 思 う 時 は、ひたすらクラシッ<br />

ク 音 楽 を 聴 くという 設 定 になっているんですね。<br />

池 袋 の 西 口 公 園 に 出 入 りしている 男 の 子 にクラ<br />

シックという 意 外 な 組 み 合 わせをもってくるとこ<br />

ろが 作 者 の 工 夫 ですけれど、「サンシャイン 通 り<br />

内 戦 (シヴィルウォー)」にもバルトークの 弦 楽<br />

四 重 奏 曲 が 重 要 なシーンで 出 てきます。<br />

特 にここでいっておくといいかなと 思 うのが、<br />

野 中 柊 さんの 作 品 ですね。ここでは『 小 春 日 和 』<br />

という 作 品 を 挙 げました。『ひな 菊 とペパーミン<br />

ト』という 新 しい 作 品 もあります。それらの 作 品<br />

を 読 んでいくと、ほんわかしている。『 小 春 日 和 』<br />

は、 小 春 と 日 和 という 双 子 の 女 の 子 の 話 で、 二 人<br />

が CMデビューすることになって、タップダンス<br />

を 一 生 懸 命 練 習 して 踊 るという 話 です。 音 楽 が<br />

いっぱい 出 てくる。 筋 を 読 んでいってもちょっと<br />

楽 しいことがあるというだけで、 長 編 を 読 んだ 感<br />

じがしないと 批 判 する 人 もいますけれど、まさし<br />

く 作 品 全 体 が 小 春 日 和 の 感 じです。これはいった<br />

82


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

い 何 が 書 きたいのかと 私 より 年 配 で 先 輩 の 編 集<br />

者 が 訝 しんでいたのですけれど、 書 きたいことは<br />

小 春 日 和 そのものなのではないしょうか。 電 車 の<br />

中 でヘッドホンで 音 楽 を 聴 いている 人 がいますよ<br />

ね。あれは、 音 楽 が 聴 きたいのかというとそうで<br />

もなくて、 自 分 の 聞 きたくない 音 を 聴 かないため<br />

に、 自 分 の 選 んだ 音 を 聴 いているんだ、という 説<br />

があります。それと 同 じように、 世 の 中 に 言 葉 が<br />

満 ちている 時 に、 自 分 にとってお 気 に 入 りの 空 間<br />

を 確 保 したい、ということを 作 品 で 実 践 している<br />

のが 野 中 柊 さんではないかと 思 います。「 幸 福 の<br />

約 束 」との 関 係 でいえば、 調 和 した、そこにいる<br />

と 気 持 ちがいい、 気 分 がいいということを 表 わす<br />

喩 として、さまざまな 作 品 に 音 楽 が 出 てくるので<br />

はないかなと 思 います。<br />

瀬 尾 まいこさんの『 優 しい 音 楽 』、いしいしん<br />

じさんの『 麦 ふみクーツェ』も、 少 しそういうと<br />

ころがあると 思 います。( 注 :『 麦 ふみクーツェ』<br />

は 逆 説 的 な 形 で 表 わされている。)その 中 でお 奨<br />

めなのは、 森 絵 都 さんの『アーモンド 入 りチョコ<br />

レートのワルツ』です。 三 つの 短 編 の 入 った 短 編<br />

集 です。 特 に「 彼 女 のアリア」という 短 編 がとっ<br />

てもいい。 不 眠 症 の 男 の 子 が 出 てくるんですね。<br />

中 3で 不 眠 症 の 男 の 子 が、 球 技 大 会 の 日 に、 無 人<br />

島 と 呼 ばれる 旧 校 舎 にある 元 音 楽 室 の 方 に 人 目 を<br />

避 けてサボリにいくと、そこにピアノを 弾 いてい<br />

る 女 の 子 がいます。その 子 は、 不 眠 症 だとは 言 っ<br />

ていないのにゴルドベルグ 変 奏 曲 を 弾 いてくれま<br />

す。この 曲 は、 不 眠 症 の 伯 爵 を 慰 めるために 作 曲<br />

された 曲 なんですね。それが 出 会 いです。 音 楽 室<br />

でもう 使 われてないピアノをいつも 彼 女 が 弾 いて<br />

いるところにその 男 の 子 が 通 っていって、 昨 日 は<br />

眠 れたか、 眠 れないというような 不 眠 症 の 話 を<br />

延 々と 続 ける。ところが 彼 女 は 虚 言 癖 があって、<br />

彼 女 が 語 る 自 分 の 家 庭 で 起 こったことというの<br />

は、 全 部 嘘 なのです。 火 曜 サスペンス 劇 場 ばりの<br />

すごい 設 定 の 身 の 上 話 を 彼 女 がする。だんだんお<br />

かしいなと 彼 も 気 づきますが、そこに 通 い 続 けて<br />

音 楽 を 聴 き 続 けます。ところが、その 子 が 卒 業 す<br />

る 前 の 冬 に、その 子 は、 藤 谷 って 呼 ばれているの<br />

ですが、あいつは 大 嘘 つきだということがわかっ<br />

てくる。 最 後 、その 藤 谷 という 子 が 嘘 をついてい<br />

るそのこと 自 体 が、 彼 女 が 一 生 懸 命 嘘 をついてい<br />

るような 気 がしてくるわけです。こういうふうに<br />

思 うということが、 考 え 方 が 変 わってくることが、<br />

恋 愛 小 説 だということです。( 注 :「すべてを 酸 欠<br />

のせいにするのは 卑 怯 だが、 藤 谷 の 泣 きそうな 顔<br />

を 見 たとたん、ぼくはもうくらくらめまいがする<br />

くらい、この 天 下 無 敵 の 大 うそつきを 抱 きしめた<br />

くてしょうがなくなってしまったのである。」)こ<br />

の 作 品 は「 彼 女 のアリア」というタイトルなんで<br />

すね。ピアノを 弾 いている 彼 女 を 書 いているのだ<br />

けれど、 彼 女 のアリア、アリアという 歌 の 方 がタ<br />

イトルになっているのですね。 最 後 にその 女 の 子<br />

も、 自 分 は 嘘 つきだけれど、この 癖 を 直 すように<br />

するからと 告 白 する 展 開 になる。 卒 業 していくま<br />

でのある 短 い 時 間 の 交 流 、 出 会 いを 描 いた 作 品 で<br />

す。<br />

だからなんなんだと 言 われるかもしれません<br />

が、 淡 い 恋 の 話 です。ひたすら 嘘 をつき 続 ける 女<br />

の 子 と、 旧 校 舎 の 音 楽 室 で 彼 女 の 弾 くピアノを 聴<br />

き 続 けている 男 の 子 のことが 書 いてあるだけの 話<br />

なのですね。でも、その 作 品 全 体 のその 短 編 の 空<br />

間 が、そこに 居 る 間 、 僕 たちはとても 心 地 良 い。<br />

至 福 の 空 間 ですね。そういう 空 間 をどうやって 作<br />

るかということを、たぶん、 今 のヤングアダルト<br />

小 説 は、やっているのではないかと 思 います。そ<br />

の 時 に 持 ち 込 まれる 喩 は、やっぱり 音 楽 じゃない<br />

といけないのではないかと、いくつかの 本 を 読 ん<br />

で 感 じました。<br />

7.まとめ<br />

レジュメの 最 後 の6 番 の123のところは、わ<br />

かりにくい 話 だったかもしれません。そもそも「 感<br />

情 管 理 」と「 幸 福 の 約 束 」が 何 を 意 味 するのかと<br />

いう 説 明 も 不 十 分 ですけれども、 現 在 のヤングア<br />

ダルトの 文 学 のテーマは 何 なのか、それが 読 者 に<br />

どう 機 能 しているのかということを 推 測 してみた<br />

キーワードと 思 っていただけるといいかと 思 いま<br />

す。<br />

現 在 の 読 書 は、レジュメの3 番 「 読 者 の 年 齢 の<br />

上 昇 」ところに 示 した「 読 書 のモデルの 変 化 」の<br />

図 のように、 順 番 に 児 童 文 学 を 経 て 文 学 に 進 むと<br />

いうふうにはなっていなくて、いくつかの 目 的 別 、<br />

83


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

テイスト 別 と 言 ってもいいような、さまざまなタ<br />

イプの 文 学 が 横 並 びになっているのが 現 状 だろう<br />

と 思 います。「タブーの 崩 壊 」や「 癒 しの 文 学 」<br />

を 経 て、 小 学 校 の 高 学 年 よりも 上 の 中 高 生 の 読 ん<br />

でいる 作 品 がどう 機 能 しているかを 考 えると、「 人<br />

生 論 としての 小 説 」として 読 めるものが 求 められ<br />

ているのではないか。 児 童 文 学 とヤングアダルト<br />

文 学 は、アクロバットのようになってしまった 現<br />

代 小 説 ではなくて、プレーンヨーグルトのような、<br />

そうだからこそ 自 分 の 人 生 をどうやって 生 きてい<br />

くのかという 問 いを 素 朴 に 投 げ 込 んで 考 えること<br />

ができるフィールドになっているのではないで<br />

しょうか。そこで 問 われている 問 いは、 芹 沢 俊 介<br />

さんの 本 に 関 連 させて 述 べましたけれども、 人 間<br />

全 てが 背 負 っている、この 生 、この 親 、この 身 体<br />

をどうやって 肯 定 するのか、 肯 定 して 自 分 自 身 を<br />

わがものとして 引 き 受 けるのかという 問 いです。<br />

そういう 意 味 で、「 幸 福 の 約 束 」というテーマは、<br />

児 童 文 学 に 昔 からあるわけですけれども、それを<br />

提 供 してくれる 作 品 が 今 望 まれているのではない<br />

かと 解 釈 します。<br />

もっと 具 体 的 に 丁 寧 に 一 つ 一 つの 作 品 を 読 んだ<br />

方 がいいのですが、 駆 け 足 で 全 体 の 歴 史 を 見 る 必<br />

要 もありましたので、こういう 話 になりました。<br />

(いしい なおと 白 百 合 女 子 大 教 授 )<br />

84


「タブーの 崩 壊 」とヤングアダルト 文 学<br />

「『タブーの 崩 壊 』とヤングアダルト 文 学 」 紹 介 資 料 リスト<br />

No. 書 名 著 者 名 出 版 事 項 請 求 記 号<br />

1 日 本 児 童 文 学 1978 年 5 月 号 日 本 児 童 文 学 者 協 会 編<br />

日 本 児 童 文 学 者 協 会<br />

1955- 小 峰 書 店 ( 発 売 )<br />

Z13-450<br />

2<br />

灰 色 の 畑 と 緑 の 畑<br />

( 岩 波 少 年 少 女 の 本 28)<br />

ウルズラ・ヴェルフェル 作<br />

野 村 泫 訳<br />

岩 波 書 店 1974 Y7-4270<br />

3 優 しさごっこ<br />

4 あたしをさがして<br />

今 江 祥 智 作<br />

長 新 太 絵<br />

岩 瀬 成 子 作<br />

飯 野 和 好 絵<br />

理 論 社 1977 Y7-6130<br />

理 論 社 1987 Y8-4682<br />

5<br />

迷 い 鳥 とぶ<br />

( 童 話 パラダイス 20)<br />

岩 瀬 成 子 作<br />

柳 生 まち 子 絵<br />

理 論 社 1994 Y9-972<br />

6 つめたいよるに<br />

江 国 香 織 作<br />

柳 生 まち 子 絵<br />

理 論 社 1989 Y8-6589<br />

7 夏 の 庭 : The Friends 湯 本 香 樹 実 作 福 武 書 店 1992 Y8-9223<br />

8 文 學 界 2005 年 11 月 号 文 藝 春 秋 1933- Z13-102( 本 館 )<br />

9 キッチン 吉 本 ばなな 著 福 武 書 店 1988 KH747-E7( 本 館 )<br />

10-1 西 の 魔 女 が 死 んだ 梨 木 香 歩 著 楡 出 版 1994 KH431-E658( 本 館 )<br />

10-2 西 の 魔 女 が 死 んだ 梨 木 香 歩 著 小 学 館 1996 Y9-2427<br />

11 いつでも 会 える 菊 田 まりこ 著 学 習 研 究 社 1998 Y17-M99-392<br />

12 たれぱんだ : 今 日 もよくたれています。 末 政 ひかる 文 ・ 絵 小 学 館 1999 KC482-G364( 本 館 )<br />

13<br />

東 京 タワー : オカンとボクと、 時 々、<br />

オトン<br />

リリー・フランキー 著 扶 桑 社 2005 KH511-H152( 本 館 )<br />

14 池 袋 ウエストゲートパーク 石 田 衣 良 著 文 藝 春 秋 1998 KH196-G151( 本 館 )<br />

15 アーモンド 入 りチョコレートのワルツ<br />

森 絵 都 作<br />

いせひでこ 絵<br />

講 談 社 1996 Y9-3097<br />

16 小 春 日 和 野 中 柊 著 青 山 出 版 社 2001 KH447-G510( 本 館 )<br />

17 優 しい 音 楽 瀬 尾 まいこ 著 双 葉 社 2005 KH544-H188( 本 館 )<br />

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4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

レジュメ<br />

4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち<br />

― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

井 辻 朱 美<br />

現 代 日 本 の 人 気 ネオ・ファンタジー 作 家 といえる 人 たち、 荻 原 規 子 、 上 橋 菜 穂 子 、 梨 木 香 歩 、<br />

小 野 不 由 美 らを 取 り 上 げ、どこが 新 しいのか、おもしろいのか、 翻 訳 ファンタジーからの<br />

影 響 も 含 めて 考 えてみたいと 思 います。<br />

〈 作 品 年 表 〉<br />

1988 『 空 色 勾 玉 』 福 武 書 店 荻 原 規 子<br />

1991 『 月 の 森 に、カミよ 眠 れ』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

『 魔 性 の 子 』 新 潮 文 庫 小 野 不 由 美<br />

1992 『 月 の 影 影 の 海 』 講 談 社 X 文 庫 ホワイトハート 小 野 不 由 美<br />

1993 『 風 の 海 迷 宮 の 岸 』 講 談 社 X 文 庫 ホワイトハート 小 野 不 由 美<br />

『これは 王 国 のかぎ』 理 論 社 荻 原 規 子<br />

1994 『 西 の 魔 女 が 死 んだ』 楡 出 版 梨 木 香 歩<br />

『 東 の 海 神 西 の 滄 海 』『 風 の 万 里 黎 明 の 空 』 講 談 社 X 文 庫 ホワイトハート 小 野 不 由 美<br />

1996 『 精 霊 の 守 り 人 』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

『 白 鳥 異 伝 』『 薄 紅 天 女 』 徳 間 書 店 荻 原 規 子<br />

『 図 南 の 翼 』 講 談 社 X 文 庫 ホワイトハート 小 野 不 由 美<br />

『 裏 庭 』 理 論 社 梨 木 香 歩<br />

『エンジェル エンジェル エンジェル』 出 版 工 房 原 生 林 梨 木 香 歩<br />

1997 『 西 の 善 き 魔 女 』 1セラフィールドの 少 女 中 央 公 論 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

2 秘 密 の 花 園<br />

中 央 公 論 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

1998 3 薔 薇 の 名 前 中 央 公 論 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

4 世 界 のかなたの 森 中 央 公 論 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

1999 5 闇 の 左 手 中 央 公 論 新 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

『りかさん』 偕 成 社 梨 木 香 歩<br />

『からくりからくさ』(『りかさん』 続 編 ) 新 潮 社 梨 木 香 歩<br />

『 闇 の 守 り 人 』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

2000 『 夢 の 守 り 人 』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

『 西 の 善 き 魔 女 』 外 伝 1 金 の 糸 紡 げば 中 央 公 論 新 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

2 銀 の 鳥 プラチナの 鳥<br />

2001 『 虚 空 の 旅 人 』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

『 黄 昏 の 岸 暁 の 天 』『 華 胥 の 幽 夢 』 講 談 社 X 文 庫 ホワイトハート 小 野 不 由 美<br />

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4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

2003 『 西 の 善 き 魔 女 』 外 伝 3 真 昼 の 星 迷 走 中 央 公 論 新 社 (ノベルズ) 荻 原 規 子<br />

『 神 の 守 り 人 』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

『 狐 笛 のかなた』 理 論 社 上 橋 菜 穂 子<br />

2005 『 蒼 路 の 旅 人 』 偕 成 社 上 橋 菜 穂 子<br />

『 風 神 秘 抄 』 徳 間 書 店 荻 原 規 子<br />

A すでに 舞 台 が 日 本 とは 限 らない→1 既 知 の 外 国 ( 過 去 の 時 代 ふくめ) 小 野 荻 原 梨 木<br />

2 完 全 な 創 作 世 界<br />

上 橋<br />

B 先 行 翻 訳 作 品 の 強 い 影 響<br />

C 死 の 世 界 、 死 後 の 世 界 が 大 きなテーマ cf. 湯 本 香 樹 美 『 夏 の 庭 』『ポプラの 秋 』<br />

森 絵 都 『カラフル』<br />

D 現 実 の 政 治 的 論 理 vs.スピリチュアルな 世 界 の 論 理 《 二 重 の 世 界 》 観<br />

★ 十 二 国 記 の 世 界<br />

『 十 二 国 記 』シリーズ<br />

小 野 不 由 美 『 悪 霊 シリーズ』 他 、X 文 庫 でデビュー、<br />

ホラー 作 家 、 他 に『 屍 鬼 』『 東 京 異 聞 』など<br />

『 魔 性 の 子 』( 外 伝 )1991.9<br />

ふしぎな 少 年 高 里 要 を 少 しでもいじめたものはひどいけがをするか 死 ぬかする。そのことに 気<br />

づいた 中 学 校 の 教 生 、 広 瀬 は 謎 を 解 こうと 彼 に 接 近 する。<br />

『 月 の 影 影 の 海 』1992.6<br />

女 子 高 生 陽 子 が 景 麒 に 迎 えられて、 十 二 国 記 の 世 界 にゆき、 慶 国 の 王 になるまで。<br />

『 風 の 海 迷 宮 の 岸 』1993.4<br />

蓬 莱 ( 日 本 )から 戻 ってきた 泰 国 の 麒 麟 が、 泰 王 を 選 ぶまで。<br />

『 東 の 海 神 西 の 滄 海 』1994.6<br />

延 王 と 延 麒 の 出 会 い。 延 麒 の 幼 なじみの 少 年 、 更 夜 が 陰 謀 の 手 先 となって、 雁 国 を 滅 ぼそうと<br />

するが。<br />

『 風 の 万 里 黎 明 の 空 』1994.7<br />

明 治 時 代 の 蓬 莱 から 流 されてきた 少 女 鈴 。 国 を 追 われた 芳 国 公 主 、 祥 瓊 。ふたりは 同 じ 年 頃 の<br />

景 国 女 王 、 陽 子 に 会 おうと 旅 を 続 け、 内 乱 に 巻 きこまれ、 景 国 を 救 うのに 手 を 貸 すことになる。<br />

『 図 南 の 翼 』1996.2<br />

恭 国 の 十 二 歳 の 少 女 、 珠 晶 が 妖 魔 の 跋 扈 に 業 を 煮 やし、 王 の 空 位 を 埋 めるべく、 黄 海 を 踏 破 し、<br />

蓬 山 に 登 極 し、 女 王 になるまで。<br />

『 黄 昏 の 岸 暁 の 天 』2001.5<br />

泰 国 の 麒 麟 が、 泰 王 の 行 方 不 明 の 悲 報 にふたたび、 蓬 莱 にとばされる(これが 高 里 要 )。<br />

『 華 胥 の 幽 夢 』2001.9 外 伝 的 短 編 集<br />

以 上 は 講 談 社 文 庫 版 、 講 談 社 X 文 庫 ホワイトハート 版 いずれもあり。 年 代 は 初 出 のX 文 庫 。<br />

☆キーワード<br />

海 客 ・ 麒 麟 ・ 蓬 山 ・ 仙 籍 ・ 登 極 ・ 王 気 ・ 白 雉 ・ 覿 面 の 罪 ・ 女 怪 ・ 妖 魔 ・ 妖 獣 (たとえば 趨 虞 、<br />

吉 量 )・ 使 令<br />

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4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

☆テーマ<br />

成 長 物 語 ・パワーゲーム・ 神 話 的 な 王 権 ( 麒 麟 による 神 託 )・ 恋 愛 不 在 の 中 での 少 女 の 成 長 ・<br />

官 僚 制 度 と 不 老 不 死 ・ 神 仙 の 世 界 との 結 合 ・ゲーム 的 世 界 設 定<br />

※『 十 二 国 記 』 五 つの 謎<br />

1 開 巻 第 一 頁 に 示 される 地 図 が、まずへんである。コンピュータで 描 いた 図 形 のようなあまりに<br />

も 人 工 的 なトポスが 十 二 国 記 の 舞 台 をあらわす。これは 自 然 なものとは 思 いがたく、どうしても<br />

この 世 界 を 作 ったオーヴァーロード( 物 語 中 では 天 帝 )の 存 在 に 目 を 向 けたくなる。<br />

2 第 二 点 は 生 殖 の 方 法 である。この 世 界 の 男 女 は 外 形 的 にはふつうの 人 間 のようであり、 性 交 渉<br />

も 同 じ 方 法 で 行 われるらしい(『 月 の 影 影 の 海 』で 主 人 公 の 陽 子 は 女 郎 屋 に 売 られそうになり、<br />

逃 げ 出 すところを「 足 抜 け」とののしられる)。しかし 子 どもは 母 胎 から 生 まれるのではなく、<br />

夫 婦 が 里 木 に 願 って 帯 を 結 びつけると、その 木 に 実 る。 実 が 十 月 かかって 熟 し、それが 割 れて 生<br />

まれてくる 卵 果 である。 動 物 も 妖 魔 もみなそうして 生 まれてくる。だから 子 どもが 親 に 似 ないの<br />

も 当 然 とされる。 人 間 の 親 から、 楽 俊 のような 半 獣 、つまり、ときにネズミ(あるいはクマなど)<br />

に 変 身 する 種 族 が 生 まれることもある。しかも 子 どもの 誕 生 は、 正 式 に 結 婚 して 戸 籍 に 入 ってい<br />

なければ 起 きないことである。そうでない 同 棲 関 係 は 野 合 といい、この 場 合 は 子 どもが 生 まれな<br />

い。<br />

3 第 三 点 は、 冒 頭 の 地 図 のこととも 関 係 するが、 各 国 が 不 可 侵 状 態 を 守 らざるをえない、という<br />

天 帝 の 条 理 があるらしいことだ。「 軍 兵 を 率 いて 他 国 に 入 るのは 覿 面 の 罪 と 言 う。 王 も 麒 麟 も 数<br />

日 のうちに 斃 れる 大 罪 だということになっている」(『 黄 昏 の 岸 暁 の 天 』p.153)。そのため 現 実<br />

の 世 界 のように、 強 大 な 一 国 が 立 って 他 国 を 平 定 したり、 併 呑 したりすることがない。 各 国 はそ<br />

れぞれが 一 つの 世 界 であり、 富 み 栄 える 国 が、 王 を 失 って 荒 廃 する 隣 国 をたとえ 仁 のためであろ<br />

うと、 吸 収 することは 許 されていない。<br />

4 第 四 点 は 神 仙 のありようである。 仙 人 には 困 難 な 修 行 をしてなるものもわずかにいる(『 風 の<br />

海 迷 宮 の 岸 』の 蓉 可 のように)が、 王 だの 官 僚 だの、 将 軍 だのは 自 動 的 に 神 籍 、 仙 籍 に 入 るこ<br />

とができ、 不 老 不 死 となる(ただし 首 を 切 られるなどすれば 死 ぬ)。したがって 延 王 のように<br />

五 百 年 以 上 も 続 く 治 世 もある。 奇 妙 なことに、 一 般 庶 民 とこの 上 層 階 級 のあまりの 非 対 称 性 に、<br />

おおかたのひとびとは 特 に 疑 問 もいだかないらしい。「『だって 偉 い 官 吏 になったら、もうずーっ<br />

と 歳 を 取 らないでいいんだもの』『もう、そんな 子 供 みたいなことを……』『いいじゃない。 死 な<br />

なくていいし、ずーっと 生 きてられて、 恵 花 のお 母 さんみたいにぶくぶく 太 って 皺 だらけになる<br />

こともないし』」(『 図 南 の 翼 』p.36)。だれかが 仙 籍 に 入 ると、 妻 子 と 親 にかぎってはいっしょに<br />

仙 籍 に 入 れることができるが、それを 拒 む 家 族 もいる。 神 籍 とはちがい、 仙 籍 のほうは 罷 免 によっ<br />

て 除 籍 される。 不 老 不 死 性 までもが 身 体 変 容 を 伴 わず、 官 僚 的 に 制 度 化 されているとは、 実 にふ<br />

しぎな 世 界 である。<br />

5 はもちろん 王 と 麒 麟 の 依 存 関 係 であるが、これはこの 世 界 の 基 をなすおおもとの 設 定 なので、<br />

もともと 現 実 らしく 擬 態 していない。 世 界 の 中 心 にある 蓬 山 には 西 王 母 という 女 神 が 住 み、そこ<br />

には 麒 麟 の 実 る 木 とそれを 世 話 する 人 妖 や 女 仙 が 住 む。 麒 麟 はある 程 度 の 年 齢 になると、 自 国 の<br />

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4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

王 を 選 ぶ。 王 たらんとする 人 物 は 困 難 な 旅 のあげくに、この 蓬 山 に 昇 ってきて、 麒 麟 に 目 通 りす<br />

る。それを 登 極 という。 麒 麟 も 半 獣 とおなじく 麒 麟 の 姿 をとったり、 人 の 形 をとったりできる。<br />

麒 麟 が「 天 啓 を 受 けて」 相 手 の 足 許 に 額 づき、 誓 いを 立 て、その 人 物 が「 許 す」と 言 えば、 王 と<br />

して 迎 えられる。<br />

奇 妙 なのはこの 天 啓 が 名 君 を 選 ぶとは 限 らないことで、 長 年 王 位 にあるうちに 堕 落 する 場 合 は<br />

ともかく、 陽 子 の 前 の 景 女 王 のように 不 適 応 で、 数 年 にしてリタイヤを 申 し 出 る 場 合 もあれば、<br />

峯 王 のように 最 初 から 苛 斂 誅 求 の 悪 王 である 場 合 もある。 暴 君 は 決 起 した 臣 下 に 倒 されることも<br />

あるが、 悪 政 が 続 けばまず、 血 を 厭 う 生 き 物 である 麒 麟 が 病 み、これを 放 置 して 死 にいたらしめ<br />

ると、 王 もともに 死 ぬことになるので、 悪 政 が 永 遠 に 続 くことはない。 王 が 空 位 になれば、 国 は<br />

荒 れ、 妖 魔 が 跋 扈 して 人 を 襲 うようになる(あらたな 麒 麟 が 蓬 山 に 実 り、 育 つのを 待 つしかない<br />

が、その 間 に 偽 王 が 立 つこともある)。<br />

いったいこの 謎 は 何 を 意 味 しているのか。 十 二 国 記 の 世 界 とは 何 なのか。<br />

★ 梨 木 香 歩<br />

『 裏 庭 』<br />

祖 母 の 傷 ( 罪 )と 孫 娘 の 傷 +( 悪 を 犯 してしまった 男 (スナッフ))+ 死<br />

『エンジェル エンジェル エンジェル』<br />

完 全 にファンタジー 世 界 のこととして 描 いた『 裏 庭 』はすべてが 象 徴 的 、 夢 幻 的 に 描 かれ、 何<br />

を 意 味 しているのかはっきりわからないのに 対 し、 後 者 は 明 治 時 代 の 女 学 生 であった 祖 母 の 級 友<br />

へのすまない 思 いが、 孫 娘 にその 級 友 を 見 るようになるという 具 体 的 内 容 を 持 つ。 天 使 と 悪 魔 が、<br />

共 食 いをするエンジェルフィッシュに 象 徴 される。<br />

※ 前 者 の 持 つ 夢 の 中 の 論 理 のような 強 さ、 広 がり、 別 世 界 の 論 理 の 中 に 救 われてゆくもの<br />

作 者 の 同 じテーマは『 西 の 魔 女 が 死 んだ』にも 受 け 継 がれてゆく。( 傷 を 負 った 祖 母 + 傷 を 負 っ<br />

た 孫 娘 + 悪 をはらんだ 作 男 のゲンジ+ 死 )<br />

★ 上 橋 菜 穂 子<br />

夢 の 世 界 、 死 の 世 界 、 精 霊 界 などを 往 還 し、 生 還 するものたちの 物 語<br />

異 界 (ナユグ= 水 底 の 世 界 )は 現 世 (サグ)と 同 時 にかさなりあって 存 在 し、 見 えるものには<br />

両 方 が 見 える。<br />

★ 荻 原 規 子<br />

現 実 と 隣 りあわせに 存 在 する 異 界 を 見 ることのできる 存 在 黄 泉 下 りと 帰 還<br />

『 空 色 勾 玉 』 狭 也 と 稚 羽 矢<br />

『 風 神 秘 抄 』2005<br />

草 十 郎 ―カラスたちの 世 界<br />

笛 ― 音 律 ― 舞 い<br />

糸 世<br />

共 振 によって、 光 の 花 ふぶきの 中 、 異 界 を 開 くことができる― 門<br />

ふたりはその 空 間 を 作 りだすことによって、 人 の 運 命 をその 中 で 変 えられる。<br />

( 頼 朝 、 後 白 河 上 皇 )<br />

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4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

そのさいに 異 界 に 飛 ばされてしまった 糸 世 を 探 して、 貴 船 神 社 → 富 士 風 穴 → 熊 野 と<br />

旅 をする 草 十 郎<br />

けっきょく 笛 の 振 動 によって、その 空 間 を 呼 び 出 し、 彼 女 を 連 れかえったものの、<br />

彼 はカラスの 声 を 聞 き 分 ける 力 を 失 う。<br />

★ 男 女 の 力 の 交 差 と 転 位<br />

★ 四 人 の 作 家 に 共 通 するもの<br />

第 二 世 界 を 設 定 し、そこに 第 三 世 界 ( 霊 界 、 天 上 界 )が 接 する。 純 粋 な 第 二 世 界 のみではなく、<br />

異 界 との 交 流 と 帰 還 を 描 くもの。<br />

90


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

4 人 のジャパネスク・ネオ・ファ<br />

ンタジー 女 流 作 家 たち<br />

― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

井 辻 朱 美<br />

はじめに<br />

ただいまご 紹 介 に 預 かりました 井 辻 です。 本 当<br />

は 英 米 のファンタジーを 専 門 にしておりまして、<br />

日 本 の 児 童 文 学 史 やファンタジー 史 には 暗 いので<br />

すが、 今 回 のテーマは90 年 代 から 現 代 に 至 るまで<br />

の 新 しいタイプの 日 本 のファンタジーということ<br />

なので、かなり 英 米 のファンタジーと 歩 調 を 合 わ<br />

せているところもあり、かつ 日 本 独 自 のところも<br />

あるということで、4 人 の 作 家 を 取 り 上 げること<br />

にいたしました。<br />

4 人 の 名 前 をレジュメに 載 せておきました。 小<br />

野 不 由 美 さん、 荻 原 規 子 さん、 上 橋 菜 穂 子 さん、<br />

梨 木 香 歩 さんです。 皆 さんは 図 書 館 の 方 でいらっ<br />

しゃるので、どなたについてもある 程 度 お 読 みに<br />

なっていらっしゃると 思 います。レジュメの1 枚<br />

目 に 年 表 形 式 で、 何 年 に 何 が 書 かれているかを 載<br />

せてあります。これを 見 ていただきますと、だい<br />

たい1990 年 の 初 め 頃 から 現 在 にかけて、この4 人<br />

の 方 が 非 常 に 加 速 度 をつけて 活 躍 している。 小 野<br />

不 由 美 さんだけが、この『 十 二 国 記 』という 作 品<br />

の 後 で 大 人 向 けのホラー 小 説 の 方 にいってしまわ<br />

れたのですけれども、 小 野 さんの 作 品 は NHKの<br />

アニメにもなりましてエポック・メーキングだっ<br />

たということで、この 時 期 の 中 心 的 なものとして<br />

取 り 上 げたいと 思 います。<br />

この4 人 の 作 家 はどういう 作 品 を 書 いている<br />

か。まず 荻 原 規 子 さんの 一 番 新 しい 作 品 が 年 表 の<br />

最 後 に『 風 神 秘 抄 』というタイトルで 載 っていま<br />

す。 彼 女 のメインの 仕 事 は 日 本 の 神 話 的 な 世 界 、<br />

それは 神 代 の 昔 から 平 安 時 代 まで 今 きております<br />

けれども、 幻 想 的 な 古 代 を 舞 台 にして、 少 年 少 女<br />

の 成 長 とか、 恋 愛 とか、 友 情 とか、そういうもの<br />

を 描 いている 作 品 であります。 荻 原 さんの 場 合 に<br />

はもう 一 つ、 年 表 の1997 年 を 見 ていただきますと、<br />

『 西 の 善 き 魔 女 』という、ガラリと 趣 が 変 わって<br />

イギリスを 舞 台 にしたシリーズがあります。イギ<br />

リスといっても、 現 実 のイギリスではなくてパラ<br />

レルワールド―しかもエリザベス 朝 時 代 のパラレ<br />

ルワールドであるようなイギリスを 舞 台 にして、<br />

女 子 校 の 寄 宿 舎 にいる 女 の 子 たちのわりとにぎや<br />

かな 日 常 とか、 魔 法 とか、 陰 謀 とか、どちらかと<br />

いうと 少 女 に 力 点 の 置 かれたシリーズです。<br />

それからもう1 冊 、『これは 王 国 のかぎ』があ<br />

ります。これはアラビアンナイト 物 なので、また<br />

ちょっと 趣 が 違 いますが、これを 見 ていただいて<br />

も 荻 原 さんが 日 本 を 舞 台 にすることにそれほどこ<br />

だわっていないというのがおわかりになるのでは<br />

ないかと 思 います。ただ、「 勾 玉 」シリーズの3 部<br />

作 ― 先 ほどの『 風 神 秘 抄 』が4 番 目 になります―<br />

が 非 常 に 人 気 が 根 強 いために、 日 本 の 正 統 的 な 神<br />

話 を 使 っているファンタジー 作 家 というように 理<br />

解 されているかな、と 思 います。<br />

それから 次 の 上 橋 菜 穂 子 さんですけれど、この<br />

方 は 文 化 人 類 学 の 研 究 者 で、 大 学 でも 文 化 人 類 学<br />

関 係 のことを 教 えていらっしゃると 思 います。そ<br />

れもありまして、 全 く 日 本 でもどこでもないよう<br />

な 世 界 を 舞 台 にした「 守 り 人 」シリーズがありま<br />

す。1 番 目 の1996 年 の『 精 霊 の 守 り 人 』は 中 に 写<br />

真 がありますが、 東 洋 風 の 服 装 をしています。 抽<br />

象 化 しているのですけれども、 裳 のようなものを<br />

着 ていたり、 頭 巾 のようなものを 被 っていたり、<br />

完 全 に 洋 装 ではないですね。 作 家 本 人 ではなくて、<br />

挿 絵 画 家 が 描 いていますので、ヘアースタイルは<br />

微 妙 に 西 洋 風 だったりもするのですけれども、や<br />

はりどこかアジア、 香 港 の 裏 町 などを 思 わせます。<br />

また、 名 前 がちょっと 韓 国 風 なチャグムという 皇<br />

91


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

太 子 が 出 てきます。<br />

舞 台 は 日 本 とは 限 らない<br />

この4 人 の 作 家 の 特 徴 に 入 らせていただきま<br />

す。レジュメに 書 きました「A すでに 舞 台 が 日<br />

本 とは 限 らない」についてご 説 明 します。 荻 原 さ<br />

んは 自 由 にいろいろな 外 国 やそれ 風 の 異 世 界 を<br />

使 っています。 上 橋 さんの 場 合 には 完 全 な 創 作 世<br />

界 でありまして、 日 本 でもアジアのどこかでもな<br />

い、 時 々ちょっとアジア 風 だったり、それから 少<br />

し 中 央 アジアかなと 思 わせるところもあったりす<br />

るのですが、どこともわからない 世 界 を 使 ってい<br />

ます。これは 非 常 に 珍 しいことです。ファンタジー<br />

作 家 は、 古 代 または 中 世 の、どこか 読 者 に 馴 染 み<br />

のある 世 界 、 神 話 をぼんやり 知 っているようなケ<br />

ルトとか、アーサー 王 伝 説 、あるいはその 国 の 人<br />

なら 知 っている 神 話 を 使 った 世 界 であるとか、 日<br />

本 で 言 えば 古 事 記 の 世 界 であるとか、そういう 世<br />

界 を 舞 台 にすることが 非 常 に 多 い。 最 初 から「こ<br />

ういう 雰 囲 気 の 世 界 だ」というイメージを 持 って<br />

いるから 読 者 が 入 っていきやすいわけです。 小 野<br />

さんの 場 合 には、 後 で 触 れますけれども、 中 国 の<br />

かなり 古 代 の 帝 国 、 周 の 王 朝 を 非 常 に 大 きく 借 り<br />

てきて 物 語 に 使 っています。 幻 想 の 中 国 ですけれ<br />

ども、お 役 所 の 機 構 とか、 村 がどうなっていたか<br />

とか、そういうところにかなり 中 国 の 資 料 を 使 っ<br />

ています。<br />

上 橋 さんの 場 合 、 完 全 な 創 作 世 界 であって、こ<br />

れはかなり 力 技 が 必 要 なのですね。ほとんどすべ<br />

てのもの― 神 話 、そこの 産 物 、 地 図 ―いろいろな<br />

ものを 自 分 で 作 らなければいけない。トールキン<br />

もこういうことをやったのですけれど、トールキ<br />

ンはかなり 北 欧 神 話 やケルトの 伝 説 を 引 いていま<br />

すので、 空 中 に 世 界 を 造 ったという 点 では 上 橋 さ<br />

んの 方 がすごい。 上 橋 さんが 何 をやりたいかとい<br />

うと、そこに 独 自 の 世 界 観 を 乗 せる、その 世 界 観<br />

を 見 せるということをむしろやりたかったので<br />

しょう。 幻 想 の 過 去 の 日 本 とか、 幻 想 の 過 去 の 中<br />

国 、あるいは 幻 想 のアラビアでは、そこの 雰 囲 気<br />

や 風 土 に 浸 るというか、むしろソフトの 方 ですね。<br />

そこの 土 地 の 持 っている 歴 史 とか、 観 光 する 場 合<br />

に 見 るような 場 所 とか、そういうソフトのところ<br />

が 重 要 になってきます。しかし、 上 橋 さんのよう<br />

に 完 全 に 架 空 の 世 界 を 造 ってそこに 制 度 を 乗 せま<br />

すと、ハードウェアといいますか、その 世 界 を 構<br />

成 している 世 界 観 、 人 々の 持 っている 宗 教 観 、あ<br />

るいは 暮 らし 方 がどういうものであるか、 骨 組 み<br />

がはっきり 見 えてくる。 上 橋 さんは 文 化 人 類 学 の<br />

研 究 者 でもあるので、 世 界 の 構 造 を 見 せたい、と<br />

いうねらいでこういう 作 り 方 にしたのだと 思 いま<br />

す。<br />

それから、4 人 目 の 梨 木 さんですけれども、 梨<br />

木 さんはこの4 人 の 中 では 一 番 、シリーズものを<br />

書 いていない。『りかさん』という 作 品 は 続 編 が<br />

ありますけれども。 梨 木 さんの 作 品 でたぶん 一 番<br />

売 れたのは、『 西 の 魔 女 が 死 んだ』ではないかと<br />

思 います。これは 新 潮 文 庫 にもなっています。 梨<br />

木 さんは 現 代 を 舞 台 にすることが 多 いし、 一 見 、<br />

日 本 を 舞 台 にしているようにも 見 えるのですけれ<br />

ども、この 人 はイギリスに 行 ってイギリスの 児 童<br />

文 学 者 について 勉 強 したというだけありまして、<br />

必 ずそこに 外 国 が 異 世 界 としてかかわってきてい<br />

る。 梨 木 さんの『 西 の 魔 女 が 死 んだ』では、“まい”<br />

という 少 女 が 主 人 公 で、 祖 母 がイギリス 人 なので<br />

すね。 日 本 に 暮 らしているのですけれども、 日 本<br />

とは 全 く 違 う、イギリスの 伝 統 的 な 魔 女 のような<br />

生 活 をしている。だからそこに 異 世 界 が 開 け<br />

ちゃっているという、そういう 作 り 方 です。 梨 木<br />

さんはかなりイギリスにこだわっていて、1996 年<br />

に『 裏 庭 』という 作 品 があるのですが、これは 完<br />

全 にイギリスのファンタジーを 真 似 して 作 ったよ<br />

うな 作 品 です。これも 新 潮 文 庫 に 入 っています。<br />

異 人 さんというか、イギリス 人 が 住 んでいたお 屋<br />

敷 の 裏 庭 から 不 思 議 な 世 界 に 入 れるという 言 い 伝<br />

えがある。そこから 現 代 の 女 の 子 が 入 っていって、<br />

いろいろ 寓 話 的 な 冒 険 をする。そこで 無 国 籍 的 な<br />

いろいろな 妖 精 みたいなものとか、 不 思 議 な 衣 装<br />

屋 さんとか、ナンセンスじゃないのですけれども、<br />

そういうイギリスのファンタジーのお 家 芸 みたい<br />

な 登 場 人 物 たちにいろいろ 出 会 っていくという 話<br />

です。<br />

先 行 翻 訳 作 品 の 強 い 影 響<br />

だいたいレジュメのAのところを 説 明 しまし<br />

92


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

た。4 人 の 作 家 は、 児 童 文 学 の 作 家 として 一 応 位<br />

置 付 けられていますが、 小 野 さんや 荻 原 さんは、<br />

中 学 生 や 高 校 生 が 読 むライトノベルの 文 庫 のファ<br />

ンタジー 作 家 としても 活 躍 しています。4 人 とも<br />

ほとんど 日 本 にこだわっていない。 日 本 を 舞 台 に<br />

していても、すごく 自 由 に― 古 代 であったり、パ<br />

ラレルワールドの 日 本 であったりするという 形 に<br />

なってきていると 強 く 感 じます。<br />

それにはレジュメにも 書 いた「B 先 行 翻 訳 作<br />

品 の 強 い 影 響 」がもちろんあると 思 います。 荻 原<br />

規 子 さんは『ナルニア 国 ものがたり』から 強 い 影<br />

響 を 受 けて、ああいうものが 読 みたいと 思 った。<br />

『プリデイン 物 語 』というロイド・アリグザンダー<br />

というアメリカの 作 家 が 書 いた、やはりケルト 伝<br />

説 を 下 敷 きにしたファンタジーがあって、あれは<br />

神 宮 先 生 がお 訳 しになって70 年 代 に 日 本 に 紹 介 さ<br />

れたのですが、ああいうものを 読 んで 育 った。 自<br />

分 もああいうものを 書 いてみたいと 思 った 時 に、<br />

ケルトとか、『ナルニア 国 ものがたり』によく 出<br />

てくるギリシャ 神 話 とか、ああいうものは 肌 でわ<br />

かっていない 気 がする。そこで 子 どもの 時 から 馴<br />

染 んだ 日 本 神 話 を 使 って 書 いてみようと 思 った、<br />

と 語 っています。しかし、 彼 女 が 何 を 読 んできた<br />

かということは、その 作 品 によく 現 れています。<br />

タイトルだけ 見 ていただいてもおもしろいのです<br />

けれど、「 勾 玉 」シリーズはともかくとして、 梨<br />

木 さんが『 西 の 魔 女 が 死 んだ』を 書 いて、 荻 原 さ<br />

んが『 西 の 善 き 魔 女 』を 書 いて、と 妙 にだぶって<br />

います。“ 西 の 魔 女 ”とは 何 かといいますと、ラ<br />

イマン・フランク・ボームというアメリカの 作 家<br />

の『オズの 魔 法 使 い』という 作 品 に 出 てくる 西 の<br />

魔 女 なのですね。 北 と 南 の 魔 女 が 善 い 魔 女 で、 東<br />

と 西 は 悪 い 魔 女 であるということになっていま<br />

す。ドロシーがオズの 国 へ 飛 ばされてしまった 時<br />

に、 最 初 にお 家 ごとトルネードに 巻 き 込 まれて 飛<br />

ばされてしまうのですけれど、そのお 家 が 東 の 魔<br />

女 の 上 に 落 っこちて、 魔 女 をぺちゃんこにして 退<br />

治 してしまうのです。それで、 東 の 魔 女 はいなく<br />

なったのですが、 西 の 悪 い 魔 女 は 残 っている。「カ<br />

ンザスに 帰 りたいのならば、その 魔 女 を 退 治 して<br />

ほうきを 持 ってきなさい」とオズに 命 じられて、<br />

ドロシーは 西 の 魔 女 を 退 治 しに 行 く。その 話 を 踏<br />

まえているのが 明 らかにわかるタイトルですね。<br />

『 西 の 魔 女 が 死 んだ』というタイトルは、まさに<br />

ドロシーの 冒 険 を 表 しています。その 場 合 、 西 の<br />

魔 女 とは、たぶんドロシーにとっておばあさん、<br />

祖 母 にあたる 世 代 であって、しかも 自 分 とは 違 う<br />

魔 女 という 存 在 であって、 悪 ではないのですけれ<br />

ども、 異 人 というか、 異 世 界 の 存 在 として 捉 えら<br />

れている。それでしかも、そのおばあちゃんが 魔<br />

女 修 行 をしているということで、『 西 の 魔 女 が 死<br />

んだ』という 愛 着 を 込 めたタイトルなのかなと 思<br />

います。<br />

『 西 の 善 き 魔 女 』の 方 も、 西 洋 人 であるという<br />

意 味 ももちろんこもっています。 西 洋 の“ 西 ”と<br />

いうことを 含 めています。 自 分 はとりあえず「 勾<br />

玉 」シリーズで 東 のオリエントの 話 を 書 いた。 次<br />

は 西 の 西 洋 、ヨーロッパに 住 んでいる 魔 女 学 校 の<br />

人 たちの 話 を 書 こうということで『 西 の 善 き 魔 女 』<br />

という 思 いを 込 めて 書 いた。“ 魔 女 ”というのは<br />

なぜかというと、この 寄 宿 学 校 は、お 嬢 様 という<br />

か 貴 族 や 有 力 者 の 娘 が 行 く 学 校 なのですけれど<br />

も、そこで 受 ける 教 育 は、 非 常 にまじめな 淑 女 に<br />

なりなさいということだけではなくて、 国 どうし<br />

の 争 いを 収 めるためには 裏 工 作 も 必 要 で、 色 仕 掛<br />

けとかいろいろなことをやって、 戦 争 を 起 こさな<br />

いで 世 界 をまとめていかなくてはいけない。そう<br />

いうことも 含 めて 魔 女 的 なことを 教 育 されるとい<br />

う 意 味 で“ 魔 女 ”なのでしょう。このシリーズの<br />

タイトルが、レジュメの 年 表 の1997 年 と1998 年 の<br />

ところに 書 いてありますが、これを 見 ていただき<br />

ますと、『セラフィールドの 少 女 』という1 巻 目<br />

のタイトルは 普 通 につけたと 思 いますが、あとは<br />

みんな 海 外 の 作 品 からタイトルをそのまま 借 りて<br />

いることがおわかりになると 思 います。『 秘 密 の<br />

花 園 』はバーネットの 作 品 。『 薔 薇 の 名 前 』はウ<br />

ンベルト・エーコ。 映 画 にもなりました、 中 世 を<br />

舞 台 にした 作 品 です。『 世 界 のかなたの 森 』は、<br />

19 世 紀 末 のラファエル 前 派 の、 騎 士 物 語 や 中 世 を<br />

復 興 させようとした 作 家 で、デザイナーでもあっ<br />

たウィリアム・モリスの 騎 士 物 語 のタイトルです<br />

ね。『 闇 の 左 手 』は 一 番 新 しいです。アーシュラ・<br />

K. ル=グウィンという SF 作 家 、 児 童 文 学 として<br />

は『ゲド 戦 記 』を 書 いている 人 ですが、この 人 の<br />

4<br />

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4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

非 常 に 有 名 なジェンダーSF、フェミニズムを 標<br />

榜 したということで 有 名 な『 闇 の 左 手 』という、<br />

両 性 具 有 の 人 たちの 住 む 星 の 世 界 を 描 いた 話 で<br />

す。そのタイトルをそのままつけているところに<br />

もう 彼 女 の 読 んできた 世 界 が 現 れている。そして<br />

それを 自 分 が 再 現 したい、あるいはそれに 対 する<br />

応 答 として 自 分 が 作 品 を 書 いている、ということ<br />

が 明 らかになると 思 います。<br />

小 野 さんは、 後 で 話 しますが、 東 洋 史 を 大 学 で<br />

勉 強 して、たぶん 中 国 の 古 代 史 を 専 門 としている<br />

人 です。『 封 神 演 義 』など 中 国 のいろいろな 作 品<br />

はもちろん 読 んでいますし、 翻 訳 作 品 ではなく 読<br />

んだかもしれません。 中 国 の 古 代 神 話 をそのまま<br />

使 っているわけです。そして 彼 女 の 場 合 には、こ<br />

のブレークした『 十 二 国 記 』の 前 に、「ゴースト<br />

ハント」シリーズという X 文 庫 から 出 ていた、 今 、<br />

絶 対 再 版 してほしいのに 何 故 か 再 版 されないシ<br />

リーズがあるのですけれども、ご 存 知 の 方 いらっ<br />

しゃいますか 彼 女 のデビュー 作 です。 私 はこれ<br />

をどうしても 欲 しかったので、 古 本 屋 さんでシ<br />

リーズが8 冊 ぐらいあるのですけれど、 高 値 がつ<br />

いていまして、2 万 円 ぐらいで 買 ったのですね。<br />

そのあと 全 然 再 版 されませんから、 買 っておいて<br />

良 かったと 思 います。<br />

これはどういうシリーズかというと、 日 本 を 舞<br />

台 にしているサイキックリサーチ、 心 霊 探 偵 団 の<br />

話 です。 超 能 力 者 の 少 年 が 所 長 をしている 渋 谷 サ<br />

イキックリサーチ、 略 称 SPR、これが 実 は 別 の 有<br />

名 なイギリスの 心 霊 団 体 の 頭 文 字 にもなっていま<br />

す。オカルトの 歴 史 などを 非 常 によく 調 べて 書 い<br />

てあるシリーズで、 主 人 公 がイギリスの 有 名 な 某<br />

サイキック 団 体 の 御 曹 司 だったことが 最 後 にわか<br />

ります。これを 読 みますと、コナン・ドイルを 初<br />

めとして19 世 紀 末 から20 世 紀 にかけてイギリスを<br />

覆 っていた 心 霊 主 義 というか、コックリさんとか、<br />

あのへんのものが 復 興 した 時 代 ―それは 一 種 ファ<br />

ンタジーが 復 興 した 時 代 とも 少 し 重 なっています<br />

けれども―そのあたりのことを 非 常 によく 調 べて<br />

書 いていることがわかります。ですから、 彼 女 に<br />

とっても、 単 に 東 洋 だけではなくて、 西 洋 の 事 情<br />

もよく 調 べて 書 いていた 作 品 だということです<br />

ね。<br />

それから、 上 橋 さんに 至 っては、いろいろな 海<br />

外 の 神 話 、 文 化 人 類 学 的 ないろいろな 習 俗 ・ 民 俗<br />

にくわしい 人 でありまして、 彼 女 はオーストラリ<br />

アのアボリジニというネイティブの 種 族 のことを<br />

研 究 しています。『 月 の 森 に、カミよ 眠 れ』が、<br />

それを 基 にした 作 品 であると 思 います。<br />

死 の 世 界 、 死 後 の 世 界 が 大 きなテーマ<br />

レジュメの「C 死 の 世 界 、 死 後 の 世 界 が 大 き<br />

なテーマ」に 行 きます。これが 日 本 のネオ・ファ<br />

ンタジーの 大 きな 特 徴 かなと 思 われます。これら<br />

の 作 品 を 読 んでみますと、 皆 、もう 一 つの 世 界 と<br />

のかかわりをその 中 で 描 いていますけれども、 死<br />

の 世 界 、 死 後 の 世 界 というニュアンスが 非 常 に 強<br />

いということです。<br />

小 野 さんの 場 合 には、 死 後 の 世 界 というよりも、<br />

神 仙 の 世 界 、 神 様 と 仙 人 の 世 界 、 不 老 不 死 の 世 界<br />

が 一 つ、 上 に 乗 っているのですね。 後 で 話 します<br />

けれども。<br />

荻 原 さんの 場 合 、「 勾 玉 」シリーズなどは、 現<br />

実 の 古 代 、 日 本 の 歴 史 の 事 実 もいくらか 使 ってい<br />

る 世 界 なのですけれども、そこに 暮 らしている 主<br />

人 公 の 少 年 少 女 には、 異 界 、 別 世 界 へ 行 く 力 があ<br />

る。 古 代 の 神 々の 血 を 引 いているために、そうい<br />

う 世 界 が 見 えてしまい、そういう 世 界 に 通 じる 力<br />

を 持 っている。たとえば『 空 色 勾 玉 』では 黄 泉 路<br />

さ や<br />

下 りのシーンがあります。ヒロインの 狭 也 が1 回<br />

くら<br />

死 んでしまって、 闇 の 女 神 、イザナミが 行 ってし<br />

まった 死 の 世 界 に 行 くのですけれども、もう1 人<br />

ち は や<br />

の 主 人 公 の 稚 羽 矢 という 少 年 が、 彼 女 を 黄 泉 の 世<br />

界 に 追 いかけて 行 って 取 り 戻 してくるという 仕 掛<br />

けになっています。 彼 女 の 作 品 にはたいてい1 回<br />

そのようなシーンがあります。<br />

現 実 と 隣 り 合 わせに 異 界 が 存 在 していて、それ<br />

が 神 々の 世 界 の 場 合 もありますけれども、それと<br />

通 じ 合 うことのできる 存 在 が 主 人 公 であって、そ<br />

この 世 界 の 門 をふっと 開 けて 別 の 世 界 へ 行 って<br />

帰 ってくる。 一 番 新 しいこの『 風 神 秘 抄 』はまさ<br />

にそういう 作 品 です。 今 日 お 配 りしたレジュメに<br />

いくらか 書 いてありますけれども、 別 の 世 界 に<br />

行 ってしまう。その 別 の 世 界 は 何 だかよくわから<br />

ないのだけれども、 神 隠 しにあったようにいなく<br />

94


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

いと せ<br />

なる 世 界 です。ヒロインである 糸 世 という 舞 の 上<br />

そうじゅうろう<br />

手 な 少 女 が、 主 人 公 の 笛 の 上 手 な 少 年 草 十 郎 と 一<br />

緒 に 管 弦 の 力 によって 異 世 界 を 開 くことができる<br />

のですけれども、そこに 取 り 込 まれていってしま<br />

うということになります。2 人 が 音 楽 の 力 によっ<br />

て 別 世 界 、 別 空 間 を 開 いてしまうと、そこには 人<br />

間 の 世 界 の 営 みを 超 えた、 時 空 間 を 越 えた 神 の 世<br />

界 があって、 上 から 見 て 運 命 がらせん 状 になって<br />

いるのを 変 えられると 書 かれています。そのため<br />

にこの2 人 は、 殺 されるはずだった 源 頼 朝 の 運 命<br />

を 伊 豆 に 流 罪 になるように 変 えてしまう。 後 白 河<br />

上 皇 に 呼 ばれて 自 分 の 寿 命 を 延 ばしてくれるよう<br />

言 われて、 舞 と 笛 の 力 で 別 の 空 間 を 開 いていく。<br />

人 の 運 命 が 切 れて 見 えてそれを 伸 ばすことができ<br />

る。 死 の 世 界 を 扱 ってしまう 存 在 なのですね。<br />

余 談 になるのですけれど、この『 風 神 秘 抄 』と<br />

いう 作 品 は2005 年 に 書 かれて、たぶんお 読 みに<br />

なっている 方 は 多 いと 思 いますが、この 糸 世 の 舞<br />

の 力 と、 舞 をもしのぐような、 周 りの 世 界 と 共 振<br />

を 起 こすと 言 われている 笛 の 名 手 である 草 十 郎 と<br />

いう2 人 の 力 で 異 界 を 開 くところは、もしかした<br />

ら 荻 原 規 子 さんが「 陰 陽 師 Ⅱ」という 映 画 の 影 響<br />

を 非 常 に 受 けたのかなという 気 がしないでもない<br />

です。「 陰 陽 師 Ⅱ」は 映 画 オリジナルです。 原 作<br />

の 夢 枕 獏 さんはアイディアを 出 していますが、 本<br />

として 書 き 下 ろしてはいないストーリーです。 主<br />

人 公 は、 安 倍 晴 明 と 友 人 の 源 博 雅 という 笛 の 名 手<br />

として 設 定 されている 青 年 です。 博 雅 の 笛 の 力 と、<br />

晴 明 はアメノウズメノミコトに 扮 して― 半 分 女 装<br />

して 舞 うのですね―2 人 の 力 によって 天 岩 戸 の 空<br />

間 を 開 いて、そこからアマテラスオオミカミを 蘇<br />

らせようとするというのが 大 詰 めのクライマック<br />

スなので、もしかしたら 影 響 を 受 けたのかなと 思<br />

います。<br />

話 を 戻 しますと、「 死 の 世 界 、 死 後 の 世 界 が 大<br />

きなテーマ」になっているという 点 では、 梨 木 さ<br />

んの 世 界 はほとんどそうですね。『 西 の 魔 女 が 死<br />

んだ』では、 死 後 の 輪 廻 転 生 、 体 は 死 んでも 魂 は<br />

死 なないのでずっと 生 きている、ということが<br />

テーマになっています。 最 後 に、ちょっとネタバ<br />

レですけれども、 祖 母 が 生 前 、「 自 分 が 亡 くなっ<br />

た 時 には 魂 が 知 らせに 行 ってあげるよ」と 孫 娘 に<br />

言 っていたのですが、 孫 が 亡 くなった 祖 母 の 家 に<br />

来 てみますと、 湯 気 でガラスが 曇 っているところ<br />

に「オバアチャン ノ タマシイ、ダッシュツ、<br />

ダイセイコウ」と 字 が 書 いてあったという 話 なの<br />

です。ですから、ものすごく 死 の 世 界 、 死 後 の 世<br />

界 に 焦 点 をあてて 書 いている。 彼 女 の 場 合 は、 全<br />

ての 作 品 がそうである。 出 てくる 人 物 も、 祖 母 と<br />

孫 娘 という 図 式 が 非 常 に 多 いです。『エンジェル<br />

エンジェル エンジェル』という 作 品 も、もう<br />

死 の 近 い 祖 母 と 孫 娘 が 登 場 しますけれども、この<br />

祖 母 が 認 知 症 というか、 頭 が 少 しぼうっとしてき<br />

ている。その 祖 母 が 異 空 間 に 入 ってしまい、 自 分<br />

が 明 治 時 代 の 女 学 生 であった 頃 に 戻 っていて、 孫<br />

娘 がその 時 の 自 分 と 不 仲 になってしまったある 少<br />

女 のように 思 われて、その 関 係 を 夜 中 に 再 現 して<br />

いく。そういう 空 間 が 開 けていくという 話 なので<br />

す。 最 後 におばあちゃんが 心 残 りであったその 関<br />

係 を 清 算 して 亡 くなっていくという 話 です。<br />

そして、『りかさん』は 日 本 の 市 松 人 形 の 話 で<br />

すが、この“りかさん”というお 人 形 は、おばあ<br />

ちゃんから 孫 娘 に 代 々 譲 られていくお 人 形 であり<br />

まして、 他 のお 人 形 たちが 形 代 として 背 負 わされ<br />

ている 持 ち 主 の 恨 みとか、 悔 しい 思 いとかを 解 き<br />

放 って 浄 化 する 力 のある 人 形 だという 設 定 をされ<br />

ています。 人 形 たちがたくさん 出 てきますが、そ<br />

れらは 皆 死 者 の 怨 念 を 背 負 わされたり、 人 形 自 体<br />

が 非 常 につらい 思 いをしたりしている。 特 に、 太<br />

平 洋 戦 争 の 前 に、アメリカから 人 形 大 使 として 送<br />

られて、 各 学 校 でかわいがられてきたアメリカの<br />

セルロイド 人 形 が、「 鬼 畜 米 英 」ということで、<br />

アメリカ 人 の 代 わりに 竹 槍 で 突 く 訓 練 の 的 にされ<br />

てしまう、そういうひどい 運 命 にあったお 人 形 の<br />

ことなどが 出 てきます。その 人 形 の 悔 しさとか、<br />

そういうものを 浄 化 していくという 話 になってい<br />

ます。 死 者 の 怨 念 を 浄 化 する、あるいは 憑 いてい<br />

るものを 落 とすという 点 では 本 当 に 憑 き 物 落 しと<br />

いうか、 陰 陽 師 的 な 話 でありまして、すべてそれ<br />

が 死 後 の 世 界 とかかわりを 持 っている。 彼 女 の 作<br />

品 はほとんどがそういうモチーフです。『 裏 庭 』も、<br />

家 族 関 係 で 満 たされない 照 美 という 女 の 子 がイギ<br />

リスの 妖 精 世 界 を 思 わせるところを 通 り 抜 ける 話<br />

ですが、 自 分 の 不 注 意 から 死 なせてしまった、<br />

95


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

ちょっと 知 的 障 害 を 持 っていた 自 分 と 双 子 の 弟 の<br />

ことをずっと 罪 悪 感 として 引 きずっている。 死 の<br />

世 界 でもう 一 度 この 弟 が 出 てくることでその 思 い<br />

が 救 われるという 形 になっています。<br />

それから、 上 橋 さんの 場 合 には、 完 全 にいつも<br />

この 世 界 に 被 ってもう 一 つの 精 霊 の 世 界 がある。<br />

それは、ナユグとかノユークとか、いろいろな 形<br />

で 言 われるのですけれども、もう 一 つの 世 界 が 必<br />

ずそこに 存 在 する。それを 見 ることのできる 人 が<br />

呪 術 師 であったり、あるいはそこを 行 き 来 できる<br />

音 楽 家 がいて、 向 こうの 世 界 へ 人 々の 魂 を 持 って<br />

いってしまったり、それを 解 放 しに 行 ったりとい<br />

う 話 などがあります。 向 こうの 世 界 の 精 霊 がこち<br />

らの 世 界 に 出 てきて、 卵 を 人 間 に 産 み 付 けてしま<br />

うのが 最 初 の 話 ですけれど、 産 み 付 けられた 主 人<br />

公 の 人 間 は、もう 一 つの 精 霊 界 が 見 えるように<br />

なってしまう。その 精 霊 界 は 現 実 の 世 界 の 人 の 目<br />

には 見 えないのだけれど、 普 段 必 ずあって、 実 は<br />

世 界 が 回 っているのは 二 つの 世 界 が 共 同 して 動 い<br />

ているからであって、 人 間 の 思 惑 だけで 動 いてい<br />

るのではなく、 精 霊 界 の 水 の 精 霊 が 人 間 に 卵 を 産<br />

み 付 けて、その 卵 を 孵 してもらうことによって 雨<br />

を 降 らすなどして 世 界 を 支 えているのだ、という<br />

世 界 観 ですね。<br />

この「 死 の 世 界 、 死 後 の 世 界 」に 関 して 言 いま<br />

すと、 映 画 にもなりました 湯 本 香 樹 実 さんの『 夏<br />

の 庭 』は、これをファンタジーと 言 っていいのか<br />

どうか 疑 問 ですが、やはり 死 後 の 世 界 を 非 常 に 大<br />

きく 見 つめている 作 品 です。 映 画 をご 覧 になった<br />

方 はわかると 思 いますが、 死 というものをほとん<br />

ど 知 らない 現 代 っ 子 の 男 の 子 たちが、「あそこの<br />

家 のおじいちゃんはもうじき 死 ぬ」と 思 って「ど<br />

うやって 死 ぬんだろう」と 見 張 りに 行 く。そのお<br />

じいちゃんの 家 の 周 りを 徘 徊 しているうちに 見 つ<br />

かってしまって、おじいちゃんと 仲 良 くなって、<br />

ゴミ 出 しを 手 伝 ったりする 中 で 老 人 との 交 流 が 芽<br />

生 えていく。おじいちゃんの 方 も 妙 に 元 気 になっ<br />

てしまって、おじいちゃんが 戦 争 中 に 兵 士 として<br />

行 った 先 である 女 の 人 を 殺 してしまったという 傷<br />

から、 帰 ってきてからもずっと 独 身 でいたことな<br />

ど、いろいろそういうトラウマも 解 かれていきな<br />

がら、 最 後 におじいちゃんは 亡 くなってしまう。<br />

そうすると 少 年 たちの1 人 が「 僕 は 死 の 世 界 が 怖<br />

くなくなったんだ」とか「 夜 中 に1 人 でトイレに<br />

行 くの 怖 くなくなったぞ」とか 言 うのですね。な<br />

ぜかというと、「 僕 はもうあっちの 世 界 に 知 り 合<br />

いができたからだ」と 言 う。そういう 話 なのです<br />

ね。<br />

現 代 の 子 どもたちは、 死 とか 死 体 とか、そうい<br />

うものに 全 く 触 れたことがありません。 人 は 病 院<br />

で 死 んでいくし、お 墓 も 火 葬 になってしまってい<br />

るので、 生 々しさというものがあまりない。そう<br />

いう 世 界 にいるけれども、 実 はそうであるがため<br />

に、 見 たことがないために、かえって 死 の 世 界 が<br />

ものすごく 怖 い。そしてそれに 興 味 を 抱 いてしま<br />

う。だから 今 、 死 の 世 界 をもっと 知 りたい、 怖 い<br />

けれども、それと 折 り 合 うために 知 りたいという<br />

ことで、ホラーがこんなに 流 行 っているのだと 思<br />

います。『 夏 の 庭 』という 作 品 ではまさにそうい<br />

うことが 目 指 されていた。 死 と 折 り 合 っていくと<br />

いうか、 死 の 世 界 を 自 分 のものにしていく。<br />

湯 本 さんの『ポプラの 秋 』も 似 たような 作 品 で<br />

す。これもやはり、 家 主 のおばあちゃんがいて、<br />

お 父 さんが 亡 くなってお 母 さんと2 人 で 暮 らして<br />

いる 女 の 子 が、お 父 さんに 寄 せる 手 紙 を 書 いて<br />

持 ってくる。おばあちゃんは「 私 は 死 後 の 世 界 に<br />

手 紙 を 配 達 する 役 目 を 持 っているんだよ。いろん<br />

な 人 から 手 紙 を 預 かっているんだよ」と 言 ってく<br />

れるのですね。「じゃあ」ということでお 父 さん<br />

にいっぱい 手 紙 を 書 いて、おばあちゃんに 預 ける<br />

ことによって 立 ち 直 っていく。おばあちゃんは 引<br />

き 出 しを 見 せてくれて、「ここの 引 き 出 しがいっ<br />

ぱいになるまでは、 私 死 なないんだよ」と 言 って<br />

いるのですけれど、 最 後 におばあちゃんが 亡 く<br />

なった 時 には、そのおばあちゃんに 手 紙 を 預 けて<br />

いた 人 がいっぱいやって 来 て、にぎやかにお 葬 式<br />

をして、その 話 をするという 話 です。<br />

森 絵 都 さんの『カラフル』は、 死 んでしまった<br />

男 の 子 が、 別 の 人 の 体 を 借 りて 帰 ってくる 話 です。<br />

この 手 の 話 は 今 に 限 らず、 昔 からあったものです。<br />

「 天 国 から 来 たチャンピオン」という 映 画 があり<br />

ましたけれども、あの 時 代 からずっと 変 わらず、<br />

洋 の 東 西 を 問 わず、 寿 命 ではないのにうっかり 早<br />

めに 死 んでしまった 人 や 思 いを 残 した 人 が 戻 って<br />

96


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

くるという 形 で 書 かれています。これもすごく 今<br />

たくさん、 児 童 文 学 に 限 らず 書 かれています。 輪<br />

廻 転 生 ものとして 書 かれたり、あるいはオカルト<br />

的 に 書 かれたりしています。『いま、 会 いにゆき<br />

ます』もそういう 話 ですか 死 んでしまった 奥<br />

さんが 戻 ってくる 話 でしたっけ このように、<br />

死 の 世 界 と 行 ったり 来 たりして 折 り 合 いをつけよ<br />

うという 傾 向 が 非 常 にはっきりと 見 えるのではな<br />

いかと 思 います。<br />

現 実 の 政 治 的 倫 理 vs.スピリチュアルな 世 界 の 論<br />

理<br />

そして、それらのことを 含 めてレジュメの「D<br />

現 実 の 政 治 的 論 理 vs.スピリチュアルな 世 界 の 論<br />

理 」に 進 みます。 特 に 自 然 の 力 がかなり 弱 まって<br />

きている、 文 明 が 進 んでしまった 日 本 や 西 洋 、ア<br />

メリカではすべてが 人 間 の 狭 い 知 恵 によって 管 理<br />

されて、 政 治 的 にすべてきちっとできるのではな<br />

いかというふうになっている。それはそれで 便 利<br />

な 文 明 ではあるのですが、ある 意 味 閉 塞 感 という<br />

か、 非 常 に 管 理 されていて、 驚 きや 偶 然 や 奇 跡 の<br />

ない 世 界 ができてきている。それを 補 うような 形<br />

でもう 一 つスピリチュアルな 世 界 がある。それは<br />

何 も 息 苦 しいからそういうオカルトの 世 界 に 逃 れ<br />

ようというのではなくて、むしろそういう 世 界 が<br />

もう 一 つあるということを 子 どもたちが 実 感 し 始<br />

めている。それはインターネットなどの 世 界 に<br />

よって、あるいは 陰 陽 師 などもそうなのですが、<br />

非 常 に 進 化 した CGとか 映 像 とかを 使 って、そう<br />

いうもう 一 つの 世 界 をまざまざと 見 せてしまうこ<br />

とによって「あ、こういう 世 界 がある」と 非 常 に<br />

実 感 できる。 目 に 見 えない 人 と 繋 がりあうイン<br />

ターネットの 世 界 とか、 別 世 界 へ 行 って 冒 険 をす<br />

るゲームとか、 映 画 といったものは、ありえない<br />

ものをどんどん 作 って 見 せてしまうのですね。 陰<br />

陽 師 の 映 画 で、 怨 霊 とか、 安 倍 晴 明 の 超 能 力 とか<br />

ですね、いろいろなものがあまりにもうまく 作 ら<br />

れていたのでびっくりしたのですけれど、そうい<br />

うものによって、もう 一 つのスピリチュアルな 世<br />

界 がすごく 実 感 できるようになってしまってい<br />

る。これが 今 の 状 況 ではないかと 思 います。<br />

『 十 二 国 記 』の 世 界<br />

それがとりあえず 大 本 の 話 でありまして、『 十 二<br />

国 記 』という 一 番 ファンタジーらしいファンタ<br />

ジーで、ハイ・ファンタジーらしい 小 野 不 由 美 さ<br />

んの 世 界 観 を 中 心 に 見 たいと 思 ってレジュメを<br />

作 ってきてあります。『 十 二 国 記 』シリーズをこ<br />

こにまとめて 一 覧 にしてあります。<br />

地 図 を 見 ていただくとおわかりですが、 十 二 国<br />

はすさまじい 変 な 形 をしている。「 十 二 国 早 わか<br />

り MAP」(『 活 字 倶 楽 部 』2001 年 夏 号 雑 草 社 所 収 )<br />

を 見 ていただくと、 字 が 大 きくてわかるのですけ<br />

れど、お 花 のような 形 になっている 真 ん 中 に 八 国<br />

あって、その 周 りに 四 つ 島 が 浮 いていて、これで<br />

十 二 国 ということになっています。 真 ん 中 の 部 分<br />

に、 白 海 、 黒 海 、 青 海 、 赤 海 という 四 つの 海 があ<br />

ります。これは 実 際 の 海 です。ところが 真 ん 中 の<br />

黄 海 は、ここは 海 ではなくて、 何 に 似 ているかと<br />

言 うと、 富 士 山 の 裾 野 の 青 木 ヵ 原 の 樹 林 ですね、<br />

ああいう 世 界 なのです。 海 ではなくて、その 中 央<br />

に、 富 士 山 ならぬ 蓬 山 というものがあります。こ<br />

こが 霊 峰 、 富 士 山 みたいなものと 考 えていただけ<br />

ればいいです。<br />

この 世 界 にはいろいろ 変 なことがいっぱいある<br />

のですけれど、まずこの 地 図 があまりにも 人 工 的<br />

な 世 界 ですよね。そして 王 様 になるシステムがす<br />

ごくゲーム 的 です。ゲーム・ファンタジーと 思 っ<br />

ていただいてもいいのですけれども。 各 国 に 麒 麟<br />

という 一 角 獣 のような 生 き 物 がいます。その 一 角<br />

獣 のような 生 き 物 がどこから 出 てくるかという<br />

しゃ しんぼく と、 蓬 山 というところに 捨 身 木 という 不 思 議 な 木<br />

がありまして、そこに 卵 のようにして 実 るのです。<br />

『 十 二 国 記 』の 世 界 では 人 間 でも 動 物 でもすべて<br />

のものが 木 に 実 るという 形 で 生 まれてきます。い<br />

わゆる 性 交 渉 的 なことはできなくはないみたいな<br />

のですけれども、 子 どもはそういうふうにして 生<br />

まれてくることになっているのですね。 結 婚 をし<br />

た 男 女 が 帯 に 刺 繍 をしまして、それを 自 分 の 村 の<br />

ところの 里 木 に 行 って 結 び 付 けますと、 天 帝 がそ<br />

れを 見 て、この2 人 はちゃんとした 夫 婦 だという<br />

ことでその 木 に 実 をならしてくれる。その 実 が10<br />

か 月 くらいすると 生 まれてくる。ところが、 人 間<br />

の 夫 婦 なのに 人 間 ではなく 半 獣 が 生 まれてくるこ<br />

97


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

とがあります。このストーリーには 楽 俊 という 半<br />

分 ネズミの 重 要 な 登 場 人 物 が 出 てきます。 人 間 に<br />

も 変 身 できるけれど、ネズミなのです。 人 間 になっ<br />

たりネズミになったりすることができる 登 場 人 物<br />

です。 親 は2 人 とも 人 間 なのだけれど、そういう<br />

こともありうる。 獣 の 場 合 も、 妖 魔 も、なんでも<br />

かんでも 木 に 実 って 生 まれてくる。<br />

そして 麒 麟 の 場 合 は 特 別 に、 蓬 山 にある 捨 身 木<br />

という 特 別 の 木 に 実 って 生 まれるのです。 麒 麟 の<br />

麒 が 雄 で、 麟 が 雌 なのですけれど、 各 国 に1 匹 ず<br />

つその 麒 麟 が 生 まれます。そしてその 国 の 名 前 を<br />

取 って、 戴 の 国 の 麒 麟 ですと 泰 麒 、 慶 の 国 の 麒 麟<br />

ですと 景 麒 、 雌 だったら、 功 の 国 の 麒 麟 は 雌 なの<br />

ですけれど、 塙 麟 と 名 がつきます。それが 王 様 を<br />

選 ぶのですね。 蓬 山 で 待 っている 場 合 もあります。<br />

王 様 と 麒 麟 が 一 蓮 托 生 というか、 王 様 が 滅 ぶと 麒<br />

麟 も 死 んでしまうので、そういう 状 態 になった 時<br />

に 蓬 山 にまた 麒 麟 の 卵 が 生 まれて、 麒 麟 が 大 きく<br />

なってきます。そうすると、 王 様 は 自 国 の 人 でな<br />

ければいけないので、その 国 の 人 が 自 分 こそが 王<br />

様 にふさわしいと 思 って 蓬 山 まで 旅 をしてゆくの<br />

ですね。 山 の 麓 の 青 木 ヵ 原 の 樹 海 みたいなところ<br />

には 妖 魔 がうようよしているのですけれど、そこ<br />

をうまく 通 り 抜 けて― 登 極 といいます― 蓬 山 に 来<br />

て、 麒 麟 にお 目 通 りします。 麒 麟 が「この 人 が 王<br />

様 としてふさわしい」とインスピレーションを 得<br />

ると、 麒 麟 が 臣 従 の 誓 いをたててその 人 が 王 様 に<br />

なるというしくみになっています。<br />

そうして 王 様 が 決 まっても、 必 ずしも 立 派 な 王<br />

様 ばかりではなくて、 途 中 で 政 治 を 誤 って、 民 を<br />

虐 げる 等 いろいろする。そうするとまず 麒 麟 が 病<br />

気 になるのだそうです。 麒 麟 が 病 気 になって 具 合<br />

が 悪 くなってくる。そのうちに 政 治 を 改 めないと<br />

麒 麟 が 死 んでしまう。そうすると 王 様 も 死 んでし<br />

まう。 麒 麟 は 非 常 に 慈 悲 深 い 生 き 物 で、 血 を 見 る<br />

ことに 耐 えられない、 血 を 見 ると 気 絶 してしまう<br />

ような 生 き 物 ですけれども、 麒 麟 と 王 様 がペアに<br />

なって 国 を 治 めている 状 態 です。このシチュエー<br />

ションもすごくゲーム 的 ですよね。レジュメの<br />

「『 十 二 国 記 』 五 つの 謎 」というところをあとで 話<br />

しますけれど、すごくゲーム 的 な 変 わった 世 界 観<br />

であります。<br />

第 1 巻 の『 月 の 影 影 の 海 』は、 第 1 巻 目 なの<br />

で 普 通 に 始 まりまして、 女 子 高 生 の 中 嶋 陽 子 とい<br />

う 全 く 普 通 の 女 の 子 が 突 然 、 慶 の 国 の 麒 麟 に 連 れ<br />

去 られます。 麒 麟 は 一 角 獣 みたいな 格 好 をしてい<br />

たり 人 間 になったりと、わりと 自 由 に 変 身 できる<br />

存 在 なのですね。 変 身 することを 転 変 というので<br />

すけれど、この 景 麒 という 慶 の 国 の 麒 麟 が 美 青 年<br />

みたいな 格 好 でやってきて、「あなたが 王 様 だ」<br />

と 言 って、この 陽 子 を 連 れて 行 ってしまうのです<br />

ね。 何 で 日 本 人 の 女 の 子 を 連 れて 行 くかというと、<br />

そこはまたいろいろなしくみがあるのです。『 十 二<br />

国 記 』の 世 界 では、 子 どもが 木 に 実 って 卵 の 状 態 、<br />

らん か<br />

卵 果 の 状 態 にある 時 に、 天 変 地 異 が 起 こって―<br />

しょく<br />

蝕 というのですけれど― 巨 大 ハリケーンみたいな<br />

ものが 起 こって、ものすごい 嵐 のため 日 本 の 方 に<br />

飛 ばされてしまうことがあるわけです。 日 本 のこ<br />

とを 蓬 莱 と、この 世 界 では 言 っているのですけれ<br />

ども、 飛 ばされた 卵 は 人 間 の 親 の 体 内 に 入 って、<br />

その 親 に 似 た 人 間 の 皮 を 被 って 生 まれてくる。そ<br />

たい か<br />

れを 胎 果 ということになっているのですね。 十 二<br />

国 の 世 界 の 存 在 なのだけれど、 飛 ばされて 日 本 で<br />

人 間 として 生 まれていることがあるという 設 定 が<br />

一 つなされていて、 陽 子 がそうなのです。<br />

『 月 の 影 影 の 海 』は、 第 1 話 目 で、わりとわ<br />

かりやすいファンタジーですね。でも 彼 女 が 景 麒<br />

に 迎 えに 来 られたのはいいのですが、 景 麒 が 功 の<br />

国 の 王 様 の 陰 謀 に 嵌 ってしまいまして、 捕 らえら<br />

れてしまいます。 功 の 国 の 王 様 は、 今 、 慶 の 国 の<br />

王 様 に 成 りあがっている 女 王 様 と 組 んで、 自 分 の<br />

国 を 守 ろうとしているわけです。その 慶 の 国 の 麒<br />

麟 が 捕 らえられてしまっている 状 態 なので、 彼 女<br />

は1 人 で 艱 難 辛 苦 を 舐 めながら、 途 中 で 出 会 った<br />

ネズミの 楽 俊 という 半 獣 に 助 けられたりしなが<br />

ら、 人 を 信 じちゃいけないんだ、でも 私 が 信 じる<br />

のは 信 じたいからなんだ、と、ある 程 度 優 等 生 だっ<br />

た 彼 女 が、いろんなことに 割 り 切 りをつけていく。<br />

自 分 にはこういうクールなところがあるんだと<br />

か、それでいいんだとか、でもこうしたいからこ<br />

うするんだ、というふうに、 非 常 に 男 性 的 な 果 断<br />

な 性 格 、 王 様 としての 資 質 を 発 達 させていって 最<br />

後 に 王 様 になる、という 話 なのですね。<br />

98


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

『 十 二 国 記 』 五 つの 謎<br />

レジュメの「『 十 二 国 記 』 五 つの 謎 」は、 私 が<br />

謎 だと 思 って 書 いたものですが、ちょっとこれを<br />

見 ていただきます。まず、 十 二 国 記 の 存 在 は 変 す<br />

ぎるというか、こんな 変 な 形 の 国 ってナチュラル<br />

にはありえなくて、ゲームで 作 ったような 国 です<br />

ね。ゲームにしても、もう 少 し 本 物 らしく 作 るの<br />

ではないかという 気 がします。この 世 界 はまずこ<br />

れが 人 工 的 です。 麒 麟 が 王 様 を 選 び、 王 様 に 選 ば<br />

れると2 人 で 蓬 山 に 行 って、 天 のきざはしを 上 っ<br />

て 雲 の 中 に 向 かって 詔 勅 を 受 ける、 天 帝 から 任 命<br />

されるようなシーンがあります。 天 帝 自 体 は 出 て<br />

こないのですが、 西 王 母 などの 中 国 のいろんな 仙<br />

人 たちが 出 てきます。 不 思 議 な 世 界 が 上 に 乗 って<br />

いるのですね。<br />

2 番 目 は、 生 殖 の 方 法 というところに 書 いてあ<br />

るのですが、この 世 界 ではすべて 木 に 実 って 生 ま<br />

れるのですね。 木 に 実 って 生 まれるのは 別 にいい<br />

のですけれども、 正 式 な 夫 婦 として 役 場 に 届 けを<br />

出 している 夫 婦 でないと 子 どもが 生 まれない。お<br />

かしいですよね。 正 式 に 結 婚 して 戸 籍 に 入 ってい<br />

るのでない 駆 け 落 ちカップルだとだめだ、という。<br />

こういう 区 別 をどこで 誰 がつけているか、 不 思 議<br />

です。やはり 天 帝 がいるのでしょうか。<br />

3 番 目 は、 十 二 国 の 不 思 議 なゲーム 盤 みたいな<br />

地 図 です。これは 放 っておけばどこかの 国 がどこ<br />

かの 国 を 攻 め 滅 ぼしたりしそうなものですが、そ<br />

うでなく、 不 可 侵 条 約 を 守 らざるを 得 ないという<br />

天 帝 の 条 理 があります。 作 中 に「 軍 兵 を 率 いて 他<br />

てきめん<br />

国 に 入 るのは 覿 面 の 罪 と 言 う。 王 も 麒 麟 も 数 日 の<br />

うちに 斃 れる 大 罪 だということになっている」と<br />

書 かれています。したがって、 絶 対 に 国 境 が 侵 さ<br />

れるということはないのですね。 王 様 の 政 治 が 悪<br />

くて、 民 が 飢 えたり、 治 世 がうまくいかなかった<br />

りしても、 他 の 国 が 人 為 的 に 攻 めてくることはな<br />

いということになっている。これは 不 思 議 です。<br />

4 番 目 は、 神 仙 のありようです。 王 様 は 自 動 的<br />

に 神 籍 に 入 るのです。 王 様 以 外 の 者 でも 大 臣 や 偉<br />

い 官 僚 は 仙 人 の 籍 に 入 ります。 仙 人 もいるのです。<br />

仙 人 の 弟 子 になることによって―そういう 少 女 も<br />

いるのですが― 仙 人 の 籍 に 入 れてもらうという 手<br />

もあります。そうすると 不 老 不 死 になってしまう<br />

のです。 修 行 をするとか、あるいは 神 籍 や 仙 籍 に<br />

入 るために、 何 かのイニシエーションを 受 けると<br />

か、 不 老 不 死 の 木 の 実 を 食 べるとか、そういうこ<br />

とは 一 切 なしに、 帳 面 に 書 き 込 まれると 不 老 不 死<br />

になってしまう。 自 分 が 官 をやめる 時 は、 抹 消 し<br />

てもらうので、また 普 通 の 人 間 に 戻 る、というし<br />

くみなのですね。 不 老 不 死 性 が 官 僚 的 に 制 度 化 さ<br />

れているという、とても 変 な 世 界 です。 神 とか 仙<br />

とかになりますと、 結 婚 というのがありえないこ<br />

とになるらしい。 陽 子 は 王 様 になりましたので、<br />

たとえば 誰 か 愛 人 を 作 ってもいいのですけれど<br />

も、 結 婚 はできなくて、 当 然 子 どもも 生 まれない。<br />

孤 独 な 生 き 方 をすることになる。ただ、 途 中 から<br />

官 僚 や 王 様 になることもあるので、すでに 家 族 が<br />

いる 場 合 もあります。その 時 は、 第 2 親 等 という<br />

か、 法 律 的 にいうと、 子 どもと 配 偶 者 と 親 までは<br />

同 じ 籍 に 入 れていいということになっていて、 本<br />

人 が 王 様 になるなり、 大 臣 になるなりすると、 家<br />

族 も 不 老 不 死 の 籍 に 一 緒 に 入 っていいということ<br />

になっています。ただ、 家 族 の 中 で、そんなのい<br />

やだ、500 年 も 生 きたくない、という 人 は 拒 否 す<br />

ることもできる。そういうしくみになっています。<br />

5 番 目 は、これも 本 当 に 神 話 的 な 関 係 ですね。<br />

麒 麟 という 不 思 議 な 生 き 物 がいて、それが 天 啓 、<br />

インスピレーションを 受 けて、 王 様 を 選 ぶ。 景 麒<br />

というのはどういうインスピレーションを 受 けた<br />

のかわからないのですが、 追 いかけられているの<br />

に 日 本 まで 来 て、 高 校 の 校 舎 に 侵 入 して 騒 ぎを 起<br />

こします。 景 麒 は、 実 は 陽 子 の 前 に 王 様 を1 人 選<br />

んでいまして、 前 の 景 王 というのは 女 王 だったの<br />

ですね。 商 人 の 娘 か 何 かを 選 んだ。この 景 麒 はあ<br />

まり 見 る 目 がないのか、その 人 は 数 年 でだめに<br />

なってしまう。 景 麒 に 恋 をしてしまって、そのた<br />

めに 王 宮 の 女 を 全 部 追 い 出 すということを 始 めた<br />

りして、 国 を 乱 したために 景 麒 が 病 気 になってし<br />

まう。それで 彼 女 は 自 ら 退 位 した、ということに<br />

なっています。その 後 で、 妹 の 舒 栄 が 勝 手 に 王 様<br />

を 名 乗 って、 私 は 麒 麟 に 選 ばれた、 慶 の 女 王 だ、<br />

といって 王 様 をやっていたんですね。しかし、そ<br />

れは 本 当 ではないので、 景 麒 が 人 前 に 出 てそれを<br />

言 わないように、 幽 閉 してつないでいた。 麒 麟 が<br />

天 啓 を 受 けて 相 手 を 選 んでいるのですが、 必 ずし<br />

99


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

もその 人 が 名 君 であるわけではない。 何 百 年 か<br />

経 って 堕 落 することもあるし、 数 年 で 堕 落 するこ<br />

ともあるし、 権 力 におごって 突 然 暴 君 になってし<br />

まう 人 もいる。これは 何 なのだろうと 思 います。<br />

動 物 に 王 様 を 選 ばせるのは 西 欧 では 昔 からあっ<br />

て、 王 様 を 決 める 時 に 鳩 を 飛 ばして 鳩 が 止 まった<br />

者 を 王 様 にするとか、 昔 から 天 の 意 を 知 るために、<br />

動 物 とか、 人 間 でないものによって 天 の 摂 理 を 見<br />

よう、 神 意 を 知 ろうということがありました。そ<br />

れを 受 けて 作 っているとは 思 います。<br />

では、この 五 つの 変 な 設 定 をすることによって、<br />

結 局 何 を 得 ているか。なんでこんな 設 定 をしてい<br />

るのか。 一 番 の 大 きい 理 由 とは、これは 誰 にとっ<br />

て 便 利 な 設 定 かということを 考 えればわかるので<br />

すけれども、 女 性 と 年 少 者 にやさしい 設 定 なので<br />

すね。X 文 庫 という 女 性 向 きの、 女 子 中 学 生 ・ 女<br />

子 高 校 生 向 きの 媒 体 に 書 かれたこともあります<br />

が、 女 性 であってしかも 年 若 い10 代 が 活 躍 して 王<br />

様 になろう、ということは 現 実 の 世 界 ではまず 無<br />

理 です。ハイ・ファンタジーの 世 界 を 作 ったとし<br />

ても 男 の 方 が 強 いわけですよね。 腕 力 ということ<br />

でも 強 いし、 女 性 にはいろいろハンディもありま<br />

す。 男 尊 女 卑 もあるでしょうし、 古 代 の 荒 くれた<br />

世 界 に 行 きますと、 一 番 憂 慮 すべきことは、 襲 わ<br />

れたりレイプされたり 人 買 いに 売 られたりするこ<br />

とですよね。『 十 二 国 記 』の 世 界 では 女 性 と 年 少<br />

者 のハンディが 全 部 切 り 取 られている。そのため<br />

に 設 定 ができていることがわかります。 年 少 者 と<br />

いう 点 では、 後 の 巻 に 出 てくる 高 里 要 という 少 年<br />

が、 実 は 戴 の 国 の 麒 麟 であって、 彼 は10 歳 くらい<br />

まで 胎 果 として 育 っていて、1 回 向 こうへ 行 く。<br />

ただ、 麒 麟 の 生 活 をしていないので、なかなか 麒<br />

麟 に 変 身 できなかったり、「 天 啓 って 何 」と 天 啓<br />

がわからなかったりする。たくさんの 人 が 自 分 に<br />

目 通 りしにきても、どの 人 を 王 様 にしていいかわ<br />

からなくて 悩 む、というストーリーがあります。<br />

そういうふうに 主 人 公 が 少 年 の 場 合 もある。それ<br />

が『 風 の 海 迷 宮 の 岸 』です。<br />

まずこの 覿 面 の 罪 、 国 が 絶 対 に 他 国 から 侵 略 さ<br />

れないという 設 定 をしておきますと、 王 様 は 別 に<br />

武 勇 に 長 けた 者 でなくてもよくなるわけです。 非<br />

常 に 戦 術 が 巧 みで、『 三 国 志 』の 世 界 の 諸 葛 孔 明<br />

のような、ものすごく 軍 略 に 長 けた 人 でなくてよ<br />

くなる。 軍 略 に 長 けるためには、ある 程 度 経 験 も<br />

いりますから 年 もいりますよね。ある 程 度 武 術 も<br />

できないといけないでしょうから、どうしてもあ<br />

る 程 度 の 年 齢 の 男 性 の、しかも 非 常 に 軍 略 に 長 け<br />

ている 存 在 が 必 要 になります。でも、 絶 対 に 他 国<br />

から 侵 略 されないということになれば、 国 の 中 だ<br />

けを 治 めていればいいわけです。そうしますと 女<br />

帝 でもかまわないわけですね。 戦 争 のことなどは<br />

女 性 には 向 かないとふつう 思 われますが、 女 帝 で<br />

もかまわない。この 国 ではそういう 意 味 での 男 女<br />

差 別 、 女 性 が 王 様 になることに 関 する 差 別 はあり<br />

ません。ただ、 長 く 続 いた 王 様 が 男 性 で 名 君 であっ<br />

た 場 合 が 一 つあって、それを 皆 が 懐 かしんで「ま<br />

た 女 帝 か」という 場 面 があるのですが、 差 別 は 存<br />

在 しない。<br />

それから、2 番 目 の 生 殖 の 方 法 です。 陽 子 が 女<br />

郎 屋 に 売 られそうになる 場 面 が1 巻 目 にあるので<br />

すが、この 女 郎 屋 の 設 定 はやや 変 なので2 巻 目 以<br />

降 は 出 てきません。 女 性 の 持 っている 身 体 的 ハン<br />

ディが『 十 二 国 記 』の 世 界 ではなくなっている。<br />

そのために、 陽 子 だけでなく、『 図 南 の 翼 』とい<br />

う1996 年 の 作 品 では、14 歳 の 珠 晶 が、 私 だったら<br />

いい 王 様 になれる、と 言 って 黄 海 まで 旅 をしてい<br />

く。もちろん 自 分 1 人 では 行 けない。お 金 持 ちの<br />

商 人 の 娘 なので、したたかで 慣 れている 傭 兵 のお<br />

じさんをお 金 で 雇 いあげて 連 れていく。 年 若 い 女<br />

の 子 がそんな 危 ないところに1 人 旅 ができること<br />

自 体 、 女 性 ゆえのハンディが 少 ないということに<br />

なります。そういう 状 況 があるために、 珠 晶 とい<br />

う 陽 子 よりさらに 若 い 女 の 子 が 王 様 に 選 ばれるこ<br />

とができる。 器 量 というか 気 合 、ほとんど 気 合 だ<br />

けの 女 の 子 ですが、 王 様 になることができる。<br />

そして4 番 目 の 神 仙 のありようということです<br />

が、 王 様 になった 時 点 で 不 老 不 死 になってしまい<br />

ます。したがって、ある 国 の 王 様 に 会 って、もの<br />

すごく 若 いように 見 えたとしても 実 は500 歳 とい<br />

うことがありうるわけですね。 官 僚 や 大 臣 もそう<br />

です。 見 た 目 年 齢 とその 人 の 実 際 の 年 齢 がまった<br />

く 関 係 ないことになってしまいます。 珠 晶 という<br />

女 の 子 は 最 初 のうちこそ14 歳 ですが、 王 様 をやっ<br />

ていくうちに、もう100 年 も 治 めているというこ<br />

100


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

とになったりします。そうすると、 見 かけが 若 い<br />

からといって 全 然 あなどられたりしないというこ<br />

とになります。 若 くても 女 性 であっても 関 係 ない<br />

世 界 観 であるというわけです。<br />

小 野 不 由 美 がこの『 十 二 国 記 』という 奇 妙 な 世<br />

界 を 作 った 一 番 のモチベーションは、 女 性 と 年 少<br />

者 が、 男 性 がやっていた『 三 国 志 』のようなパワー<br />

ゲームの 世 界 、 権 力 で 国 盗 り 物 語 をやる 世 界 に 参<br />

入 するための 飛 車 角 落 ちのような 条 件 としてだっ<br />

たと 思 われます。それはいじわるな 裏 読 みのしか<br />

たなのですけれども。しかし、そういう 世 界 をはっ<br />

きりと 設 定 することで、 国 を 治 めることに 似 つか<br />

わしくない 女 子 高 生 や、 年 少 者 にそういう 世 界 を<br />

体 験 させることができる。または、そういう 存 在<br />

でも、こういう 世 界 観 であれば、 年 功 序 列 の 人 の<br />

持 っていない 面 を 見 せて、 運 命 を 切 り 開 いていく<br />

のを 見 せることができる。<br />

そういう 点 で、 非 常 にうまくできたファンタ<br />

ジーである。 非 現 実 的 な 設 定 をまぜて 作 っている<br />

ため、ゲーム 的 であることは 否 めない。でも、ゲー<br />

ム 性 を 嘘 っぽくしないために 彼 女 は 古 代 の 周 王 朝<br />

というか、ほとんど 中 国 的 な、 特 におじさんの 頭<br />

の 中 に 必 ずある『 三 国 志 』 的 な 世 界 観 をうまく 引 っ<br />

張 ってきて 使 っている。 麒 麟 が 王 様 を 選 ぶという<br />

ことわり<br />

ことも、 神 の 世 界 の 理 を 人 間 が 知 るための 一 つの<br />

やり 方 としてある。そういうものを 持 ってきて、<br />

既 視 感 があるようにうまく 作 っている。だから 二<br />

層 構 造 なのですね。わりとリアルなソフトウェア<br />

の 世 界 ―どこか 中 国 のようで、 服 装 も 中 国 的 で 懐<br />

かしい 感 じがしますが―そういうソフトウェアの<br />

世 界 に、 完 全 に 違 うハードウェアの 世 界 観 を 乗 せ<br />

て、ハイブリッドすることでまったく 新 しい 世 界<br />

を 作 り 出 した。<br />

その 世 界 では 女 子 高 生 のような 存 在 が、 完 全 に<br />

まったく 新 しい 自 分 として 生 きることができる。<br />

ですから、 自 分 を 引 きずって 生 きない、というと<br />

ころが、ネオ・ファンタジーのあり 方 です。 優 等<br />

生 で 人 の 顔 色 をうかがっている、 割 といい 子 ちゃ<br />

んの 陽 子 が、 向 こうへ 行 くと 姿 かたちも 変 わって<br />

しまうのですね。もちろん 優 等 生 的 な 部 分 や、 人<br />

に 従 うような 部 分 は 最 初 残 っています。でも、 世<br />

界 観 が 現 実 とまったく 違 う 世 界 に 行 くことによっ<br />

て、 自 分 をゼロの 状 態 にリセットしてしまって、<br />

違 う 自 分 を 楽 しんでいく、 違 う 自 分 を 発 見 してい<br />

く 話 を 作 り 出 すことによって、 読 者 の 青 少 年 に<br />

まったく 違 う 体 験 をさせてくれるファンタジーを<br />

書 いた。<br />

1970-80 年 代 までのファンタジーですと、どこ<br />

か 別 世 界 へ 行 くのですけれども、 今 のままの 自 分<br />

を 引 きずったまま 行 くのですね。 問 題 をしょった<br />

まま 行 きまして、その 世 界 でもその 問 題 が 同 じよ<br />

うにずっと 出 てくる。『はてしない 物 語 』もそう<br />

なのですが、 自 分 の 心 理 の 見 取 り 図 として、 自 分<br />

の 内 面 世 界 として、あるいは 自 分 の 無 意 識 の 世 界<br />

を 見 せてくれるものとして、 第 二 世 界 、 別 世 界 が<br />

ある。そこへ 行 って、 問 題 を 解 決 して 現 実 に 帰 っ<br />

てきました、といういわゆるサイコ・ファンタジー<br />

という 形 が 多 かった。 現 実 の 問 題 を 解 決 するため<br />

に、それをもっとよく 見 せてくれる 場 所 へいって<br />

何 かをする。 現 実 に 帰 ってきて、よりよく 生 きる<br />

ために 作 られていたファンタジーが 多 かったので<br />

す。けれども、この『 十 二 国 記 』を 見 ますと、そ<br />

もそも 陽 子 はもう 帰 ってこないのですよ。「 行 き<br />

て 帰 りし」ファンタジーではなくて、「 行 ったきり」<br />

ファンタジーになっています。 陽 子 にしてみれば<br />

もともと 彼 女 は 胎 果 で 十 二 国 の 生 まれなので、<br />

行 ったきりではなくてふるさとへ 帰 るタイプの<br />

ファンタジーといってもいい。これに 限 らず、ネ<br />

オ・ファンタジーは 行 ったきりが 多 いです。 翻 訳<br />

物 でも、 二 つの 世 界 を 行 ったり 来 たりしていた 主<br />

人 公 、『ネシャン・サーガ』なんかでも、 病 気 で<br />

亡 くなってしまってとか、ちょっと 理 由 がついた<br />

りしますが、あっちの 世 界 に 行 ったきりになるの<br />

ですね。 帰 ってくるという 感 じは 全 然 ない。この、<br />

行 ったきりでかまわないファンタジー 観 がネオ・<br />

ファンタジーの 特 徴 かな、と 思 います。<br />

『 十 二 国 記 』が 長 くなってしまったので、 他 の<br />

3 人 の 作 家 に 戻 って、まとめられるところはまと<br />

めます。『 十 二 国 記 』については、 先 に 紹 介 した<br />

「 十 二 国 早 わかりMAP」の 横 にキーワードの 説 明<br />

がありますので、これを 見 て 参 考 にしていただけ<br />

ればと 思 います。いかに 小 野 不 由 美 さんが、 中 国<br />

の 古 代 史 をよく 勉 強 して 取 り 込 んでいて、ソフト<br />

101


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

ウェアの 面 ではすごく 馴 染 みがあるように 作 って<br />

いったかという 点 と、その 世 界 観 のゲーム 性 を 折<br />

り 合 わせていったかという 点 を 見 ていただきたい<br />

と 思 います。<br />

梨 木 香 歩 の 世 界<br />

レジュメでは、 次 に 梨 木 香 歩 さんが 入 っていま<br />

す。 先 ほどもご 説 明 したように、 彼 女 のモチーフ<br />

となっているのは 何 かというと、だいたい 祖 母 と<br />

孫 娘 という 構 図 が 多 いですね。そして 祖 母 が 死 ん<br />

でいくことによって 何 かを 孫 娘 に 伝 えていく。 祖<br />

母 の 見 ているもう 一 つの 世 界 が、 死 の 世 界 であっ<br />

たり、 過 去 の 世 界 であったりします。 梨 木 さんの<br />

場 合 は、いろんな 書 き 方 を 試 みたような 感 じがあ<br />

りまして、『 裏 庭 』はイギリスのファンタジー 仕<br />

立 てで、 別 の 世 界 に 行 くという 形 を 取 っています<br />

が、 同 じテーマを 書 いているにもかかわらず、『エ<br />

ンジェル エンジェル エンジェル』は、 一 応 現<br />

実 世 界 を 舞 台 にしているかのように 書 かれてい<br />

て、その 中 でもう 一 つの 世 界 が 見 えてきて、 夢 幻<br />

の 世 界 の 中 へ 入 っていくような 形 で 書 かれていま<br />

す。 彼 女 はこちらの 方 が 書 きやすかったのだろう<br />

と 思 います。 彼 女 のモチーフの 中 には 現 実 の 中 に<br />

定 位 するだけでは 書 ききれないものがたぶん 残 っ<br />

ていると 思 いますので、『 裏 庭 』のような 作 品 が<br />

また 出 てくるかな、と 思 います。<br />

傷 を 負 った 祖 母 と 傷 を 負 った 孫 娘 、その 他 に、<br />

悪 をはらんだ 男 性 という 存 在 がよく 出 てきます<br />

が、その 意 味 は 作 中 では 完 全 には 解 決 できていな<br />

い。『 西 の 魔 女 が 死 んだ』にはゲンジさんという、<br />

二 心 あるような、ちょっとずるそうな、 何 を 考 え<br />

ているのかわからないような 男 性 が 出 てきます。<br />

『 裏 庭 』の 中 では、 主 人 公 の 弟 を 池 に 引 きずりこ<br />

んで 俺 が 殺 してしまったんだ、ということを 言 う<br />

スナッフという―スナッフというのも 仮 の 名 前 で<br />

して― 謎 の 存 在 が 出 てきて、 主 人 公 の 女 の 子 がそ<br />

れを 聞 いてカッとなって 彼 を 切 り 殺 してしまう。<br />

すごく 残 虐 な 描 写 があります。その 男 性 に 投 影 し<br />

ていたもの― 自 分 の 中 にその 男 性 があったという<br />

か―を 受 け 止 めるような 感 じが 書 かれています。<br />

ただ、 悪 を 起 こしてしまった 男 性 のモチーフは、<br />

今 のところあまりはっきり 作 中 では 消 化 されてい<br />

ないかもしれません。 梨 木 さんの 場 合 は 前 にも 言<br />

いましたけれど、 死 の 世 界 や 死 後 の 世 界 が 罪 の 問<br />

題 と 非 常 にからんでいるということです。<br />

上 橋 菜 穂 子 の 世 界<br />

上 橋 さんの 世 界 にはいくつかの 国 が 出 てきま<br />

す。それぞれの 国 でいろんな 風 習 があるのですが、<br />

どこの 国 にも 似 た 言 い 伝 えがあって、この 世 があ<br />

り、そこにもう 一 つ、ナユグ、またはナユークあ<br />

るいはノユークというもう 一 つの 世 界 がかぶさっ<br />

ている。そのかぶさっている 感 じが、 小 野 さんは<br />

別 として 他 の3 人 の 中 で 共 通 しています。 話 が 戻<br />

りますが、 梨 木 さんの『りかさん』の 中 で、りか<br />

さんという 人 形 を 主 人 公 が 抱 いた 時 に、りかさん<br />

がいきなりしゃべるのですが、しゃべる 時 に、 人<br />

形 がしゃべるというよりも、りかさんの 顔 の 上 に<br />

もう 一 つの 幻 のりかさんが 二 重 写 しになってぶれ<br />

たようにかぶって、それが 口 を 開 いてしゃべって<br />

いる、というふうに 書 いてあるんですね。ですか<br />

ら、 別 世 界 のあり 方 として、ここでなくてあっち<br />

にあってあっちへ 行 く、という 形 ではなくて、か<br />

ぶっているのですね。 二 重 にぶれている。かぶり<br />

合 っている、うつり 合 っている、という 形 で 存 在<br />

します。<br />

チャグムという 皇 太 子 は 精 霊 の 卵 を 産 み 付 けら<br />

れてしまったために、このナユグというもう 一 つ<br />

の 精 霊 界 に 歩 きながら 突 然 入 っていけるように<br />

なってしまいます。 安 全 なところを 歩 いていても<br />

ナユグの 世 界 の 谷 に 落 っこちそうになるという 二<br />

重 写 しの 世 界 を 歩 いている。それが『 闇 の 守 り 人 』<br />

という2 巻 目 になりますと、カンバルという 別 の<br />

国 が 舞 台 になります。ノユークと 呼 ばれている 世<br />

界 は 地 底 の 精 霊 界 、 死 者 の 世 界 のような 感 じです。<br />

地 底 の 世 界 の 山 の 王 と、 現 世 の 王 様 が 取 引 をして、<br />

ルイシャという、 地 底 に 産 する 非 常 に 価 値 の 高 い、<br />

青 い 石 を 渡 してもらうわけです。この 二 つの 世 界<br />

は、 完 全 に 物 理 的 に 二 つの 世 界 があるわけではな<br />

い。もしそう 考 えると、 王 様 の 方 は、 山 の 王 なん<br />

か 討 ち 破 って、いくらでも 地 底 から 宝 石 を 取 って<br />

こられると 考 えるのですが、それでは 行 けない<br />

ことわり<br />

理 になっています。20 年 に1 度 、 地 下 へ 行 って、<br />

槍 の 舞 手 たちが 地 下 の 世 界 の 精 霊 たちと 槍 を 交 わ<br />

102


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

す、そういう 儀 式 というか 舞 踏 ― 命 がけなのです<br />

が―をすることによって、 死 者 の 世 界 の 怨 念 を 鎮<br />

めるということをやっているのですね。ヒョウル<br />

という 守 り 手 として 地 底 世 界 に 出 てくる 者 たち<br />

は、 実 はずっと 昔 にこの 世 を 去 った 父 や 兄 、おじ<br />

たちであった、と 書 かれている。もう 一 つの 世 界<br />

が 地 底 にあって、そことのかかわりによって 生 者<br />

の 世 界 も 癒 される。また、そこから 宝 石 であると<br />

か 水 であるとかの 自 然 が 生 み 出 す 宝 物 を 受 け 取 る<br />

ことができて、 循 環 していく。このかかわりをずっ<br />

と 描 き 続 けているのです。<br />

海 の 多 い 国 では、それはナユーグルという 世 界<br />

になっていて、 海 の 底 にあるという 言 い 伝 えに<br />

なっています。“ナユーグル・ライタ”という 海<br />

の 世 界 の 住 民 が 地 上 の 子 どもにとり 憑 いて、その<br />

子 どもが 抜 け 殻 になってそこに 入 り 込 んで、“ナ<br />

ユーグル・ライタの 目 ”という 存 在 になってしま<br />

うことがある。 突 然 、 宙 を 見 て、 異 国 の 言 葉 で 歌<br />

い 始 めるという 状 態 になる。そういう 子 どもが 現<br />

れますと、これは 異 界 からの 使 者 だからおもてな<br />

しをしよう、ということで1 週 間 くらいご 馳 走 し<br />

たりするのですが、そのあとでお 帰 りいただくた<br />

めに 海 から 突 き 落 として 殺 してしまうのですね。<br />

そういう 異 界 とのかかわり 方 を 持 っている。 異 世<br />

界 を 馴 らしつつ 排 除 するように 人 間 界 は 動 いてい<br />

るのですけれども、うまく 循 環 しながら、 互 いを<br />

与 え 合 いながら、 折 り 合 っていかなくてはいけな<br />

い、というテーマをだいたいどの 巻 も 持 っていて、<br />

間 を 取 り 持 つのが 呪 術 師 であったり、 人 の 魂 を 運<br />

んでいってしまう 音 楽 家 であったりするというシ<br />

リーズなのですね。<br />

一 番 新 しいシリーズは、 趣 が 変 わっていて、『 神<br />

の 守 り 人 』という2 巻 本 です。ロタルバルという<br />

別 の 国 では、 異 界 がノユークと 呼 ばれていて、 慈<br />

悲 深 いアファールという 神 様 がいる 世 界 だと 考 え<br />

られている。その 神 様 のところから 川 が 流 れてき<br />

て 世 界 をうるおしてくれる。ところがそこには 恐<br />

ろしい 荒 ぶる 神 もいる。それは 自 然 の 持 つ 悪 の 側<br />

面 とも、あるいは 人 間 の 持 つ 闇 の 側 面 とも 考 えら<br />

れる。タルハマヤというその 神 を、 自 分 の 恨 みと<br />

か、 満 たされない 思 いのある 女 性 が 自 分 の 中 に 迎<br />

え 入 れてしまった。そして、 不 老 不 死 になり、 生<br />

き 神 様 になって、 女 王 になった。 彼 女 は 神 の 力 を<br />

持 っていて、 怒 ると 周 りの 者 はみな、のどをぱあっ<br />

と 掻 っ 捌 かれて 死 んでしまう。そういう 神 の 力 を<br />

招 く 力 ― 誰 でも 招 けるわけではなく―を 持 った 少<br />

女 のアスラが 自 分 の 中 に 一 回 タルハマヤを 招 き 入<br />

れて、“サーダ・タルハマヤ”というものになっ<br />

てしまう。 神 をその 内 に 入 れて 一 つになってし<br />

まったために、 敵 を 殺 したりすることをなんとも<br />

思 わないような 人 格 に、その 瞬 間 はなってしまう。<br />

その 神 の 力 を 使 ってその 民 族 を 再 興 しようとする<br />

人 たちもいるわけで、そういう 人 たちがアスラを<br />

利 用 しようとする。それを 主 人 公 たちが 止 める、<br />

という 話 です。<br />

このシリーズをずっと 続 けて 見 ますと、 二 つの<br />

世 界 がだぶって、かぶって 存 在 している。そして、<br />

だぶっている 世 界 が、 人 を 通 じて 入 れ 替 わったり<br />

する。 最 初 の 話 では、 体 の 中 に 精 霊 の 卵 を 産 み 付<br />

けられてしまうとか、 自 分 の 中 に 異 界 のものが<br />

入 ってきて 自 分 の 目 を 通 してものを 見 る、という、<br />

体 を 通 して 交 流 するという 形 でよく 出 てきまし<br />

て、 最 後 は、 神 が 自 分 に 入 ってきて、とり 憑 いて<br />

自 分 を 動 かしてしまう、そういう 存 在 になってい<br />

る。<br />

荻 原 規 子 の 世 界 ― 男 女 の 力 の 交 差 と 転 位<br />

このあり 方 は、 上 橋 さんだけではなく、 荻 原 規<br />

子 さんにもかなり 見 られます。 荻 原 さんの『 空 色<br />

勾 玉 』、『 白 鳥 異 伝 』、『 薄 紅 天 女 』と 続 いていく 作<br />

品 の 中 では、 何 か 神 的 なもの― 悪 霊 であることも<br />

あるのですが―にとり 憑 かれて 自 分 の 中 に 入 り 込<br />

まれてしまう 存 在 がいることと、その 憑 き 物 を 落<br />

とす、という 二 つから 成 っているというモチーフ<br />

が 非 常 に 多 いです。<br />

その 時 に 男 女 の 役 割 が 入 れ 替 わる、というまた<br />

別 のクロスというか 転 移 が 起 きるのが 荻 原 さんの<br />

特 徴 です。『 空 色 勾 玉 』は、 稚 羽 矢 という 非 常 に<br />

女 性 的 なキャラクターが― 最 初 女 装 していて―こ<br />

の 女 装 が 荻 原 さんのキーワードなのですが― 死 ん<br />

でしまった 狭 也 というヒロインを 黄 泉 路 まで 迎 え<br />

に 行 きます。 彼 はオロチの 剣 の 主 なのですが― 男<br />

性 が 剣 の 主 であることが 多 いのです― 狭 也 を 迎 え<br />

に 行 く 時 に、 青 の 勾 玉 を 呑 み 込 んで、 女 性 として<br />

103


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

黄 泉 の 世 界 に 行 くのですね。イザナミの 世 界 は 女<br />

性 の 世 界 なので、 勾 玉 を 持 った 者 しか 行 けないの<br />

です。そこで 彼 は 勾 玉 を 呑 んで 体 内 に 入 れて 行 っ<br />

てしまう。 彼 女 を 連 れて 帰 ってきて、その 子 孫 が<br />

ずっと 続 いていく、という 話 です。 男 性 なのだけ<br />

れども 体 の 中 に 勾 玉 を 持 った 者 という 形 で 出 てき<br />

ます。<br />

2 巻 目 の『 白 鳥 異 伝 』は、 小<br />

お<br />

ぐ<br />

倶<br />

な<br />

那 ―ヤマトタケ<br />

ルノミコトですが、 荻 原 さんの 解 釈 では、スメラ<br />

ミコト、 天 皇 とその 妹 であるイツキノミヤの 間 に<br />

生 まれた 近 親 相 姦 の 子 であるという、 古 代 であっ<br />

ても 忌 まわしい 設 定 です。お 母 さんの 妄 執 が 獣 に<br />

なって 彼 にとり 憑 いていたりするし、そして、そ<br />

の 天 皇 の 直 系 の 血 、 光 の 神 の 血 、 努 力 の 方 の 血 な<br />

お ろ ち<br />

ので、 大 蛇 の 剣 を 操 ることができて、 殺 戮 の 鬼 と<br />

なることもできたりするのですね。 小 倶 那 と 一 緒<br />

とお こ<br />

に 育 った 遠 子 というヒロインが、ふつうの 女 の 子<br />

ですが、 勾 玉 を 集 めて、 勾 玉 の 女 性 的 な 力 によっ<br />

て 彼 の 憑 き 物 を 落 とそうとする、という 話 です。<br />

完 全 に、 勾 玉 対 剣 イコール 女 性 対 男 性 なのかとい<br />

うと、そうでもない。 勾 玉 が 四 つしかないのにな<br />

ぜかあなたを 救 うことができた、と 彼 女 が 言 うと、<br />

勾 玉 は 五 つあった、 僕 の 中 に 一 つあった、と 言 う<br />

のですね。それは 天 皇 家 の 血 筋 の 中 に 稚 羽 矢 とい<br />

う 勾 玉 を 飲 み 込 んだ 男 性 ―1 巻 目 の 主 人 公 ―から<br />

続 いてきた 血 のためであるということになってい<br />

ます。 何 かにとり 憑 かれた 者 からそれを 追 い 出 す<br />

ことによって、この 世 とあの 世 を 分 かちながら 融<br />

和 させる。<br />

『 薄 紅 天 女 』の 場 合 は、 皇 位 争 いで、 天 皇 家 の 人 々<br />

の 中 で 怨 念 とか 恨 みとかが 黒 い 霧 のようになって<br />

皇 太 子 にとり 憑 いてしまっている。それを 払 うた<br />

めに 勾 玉 を 持 った 者 がやってくるのですが、 勾 玉<br />

を 持 った 者 はすでに 女 性 ではなくて、 男 性 にその<br />

力 が 伝 わっている。 勾 玉 を 持 った 男 性 というクロ<br />

あ た か<br />

スした 存 在 の 阿 高 という 主 人 公 が 出 てきて、 都 へ<br />

やってきて、 闇 にとり 憑 かれた 皇 太 子 と 対 決 する。<br />

自 分 も 勾 玉 を 持 っているのだけれども、 男 性 であ<br />

るがゆえに 戦 いの 力 があり― 黒 馬 に 変 身 してしま<br />

うのですが― 獣 にとり 憑 かれている。 魔 にとり 憑<br />

かれている 皇 太 子 と 同 じような 悩 みを 阿 高 は 抱 え<br />

ている。2 人 が 戦 うことでなぜかそこにまた 勾 玉<br />

の 力 が 作 用 して2 人 が 救 われる、というぶつけ 方<br />

をしている。 光 と 闇 が 戦 ってという 単 純 なぶつけ<br />

方 を 荻 原 さんはもうしない。 二 つの 世 界 が 交 差 し<br />

合 いながら、 互 いを 癒 しあって 別 れる、という 形<br />

なのですね。『 薄 紅 天 女 』には 荻 原 さんの 好 きな<br />

男 装 の 麗 人 も 出 てきますし、 阿 高 の 妻 になる 皇 女<br />

そ の え<br />

苑 上 が、『とりかえばやものがたり』のようなこ<br />

とを 弟 とやりまして、 男 装 し 少 年 になって 戦 って<br />

みたり、 弟 が 巫 女 のように 女 装 していたりします。<br />

二 つの 世 界 は、 荻 原 さんの 場 合 は 生 者 の 世 界 と<br />

死 の 世 界 であるとともに、 死 の 世 界 が 悪 いものだ<br />

けではなくて、イザナミの 世 界 、 女 性 の 世 界 、 闇<br />

の 世 界 、 無 限 の 生 まれ 変 わりの 世 界 で、そこに<br />

ちょっと 暗 いものもある。そして、 光 の 世 界 であ<br />

る 男 性 の 世 界 は 永 遠 の 生 命 なのだけれども、 非 常<br />

に 冷 酷 で、 人 を 切 りすてていくようなところもあ<br />

る。その 二 つの 世 界 のクロスのしかたを、 男 装 や<br />

女 装 を 取 り 混 ぜながら、また、 勾 玉 を 男 性 に 持 た<br />

せるなど、いろんなことをしながら 試 みています。<br />

近 作 の『 風 神 秘 抄 』では 二 つの 世 界 が 重 なり 合 っ<br />

て 癒 しあうという 構 成 よりも、もう 一 つの 世 界 が<br />

ここの 世 界 に 開 けてくる、それを 音 楽 が 開 く、と<br />

いう 世 界 の 移 動 のしかたにポイントがある 作 品 か<br />

な、と 思 います。「 門 を 開 く」と 言 っているので<br />

すが、この 世 の 狭 い 世 界 、 政 治 などの 合 理 的 な 世<br />

界 、そして 上 に 立 つ 者 が 人 々を 管 理 している 世 界 、<br />

それと 違 う 獣 たちの 世 界 や 神 の 世 界 に 対 して、 糸<br />

世 というヒロインの 舞 が 二 つの 世 界 の 壁 を 薄 くす<br />

ることができる。そして 草 十 郎 という、カラスの<br />

声 を 聞 き 分 けることができる、その 分 人 間 と 馴 染<br />

めないところもある 主 人 公 なのですが、 彼 らが 一<br />

緒 になって 管 弦 を 奏 でることで、 別 の 世 界 が 見 え<br />

てくる。「 時 間 すらも 音 律 でできているなら、 同<br />

じ 音 律 でほどくことができる。 光 のらせんが 時 間<br />

を 編 み 上 げているなら、その 編 み 目 をほぐせばい<br />

い。 草 十 郎 の 笛 が 未 来 をかたちづくる 光 をどんど<br />

んほどいていくと、ほぐれたかけらが、 尾 を 引 い<br />

て 飛 び 回 る 虹 色 のものに 変 わった」。 光 のらせん<br />

が、 頼 朝 が 死 ぬとか 後 白 河 上 皇 が 死 ぬとかいうこ<br />

とを 表 していて、 皆 が 嘆 き 悲 しんでいる 風 景 が<br />

あったりするのが、ほぐれていって、その 空 間 の<br />

中 では 別 の 光 の 糸 を 作 ることができる。そういう<br />

104


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

かかわり 方 で 異 世 界 とかかわっている2 人 なので<br />

すね。それは 預 言 者 とか 巫 女 とか 音 楽 家 とかそう<br />

いう 人 たちがなしうることだけれども、それをや<br />

ることは 常 に 良 いことなのかどうか、という 問 題<br />

があって、この 上 皇 の 命 を 延 ばしたために、 他 の<br />

巫 女 たちの 生 命 がどんどん 食 われていく、という<br />

ふうにその 影 響 が『 薄 紅 天 女 』の 方 に 書 かれてい<br />

たりします。 異 世 界 を 開 いていくところの 描 写 が<br />

すばらしいです。<br />

4 人 の 作 家 に 共 通 するもの<br />

まとめとしてレジュメの 最 後 に 書 いたのです<br />

が、 現 代 のネオ・ファンタジー 的 な 作 品 の 場 合 に<br />

は、 第 二 世 界 を 作 っておいてそこで 何 か 起 こると<br />

か、どこかの 世 界 に 行 ってそこですべて 終 始 する<br />

とかではないのですね。 第 二 世 界 に 行 くのですが、<br />

『 十 二 国 記 』にしても、 古 代 日 本 にしても、 上 橋<br />

さんの 世 界 にしても、まったく 別 世 界 にまず 読 者<br />

を 連 れていって、さらにもう 一 つの 世 界 を 置 く。<br />

トールキン 流 に 言 えば 第 三 世 界 になるのですが、<br />

二 つの 世 界 のかかわり 方 を 見 せることで、 現 実 と<br />

いうものがそれだけでできているものではなく、<br />

周 りの 自 然 界 、 神 の 世 界 、 精 霊 界 、 死 者 の 世 界 な<br />

どに 支 えられながら、その 中 でわりと 小 さく 存 在<br />

していることを 見 せてくれる。<br />

もし 最 初 に 第 二 世 界 を 設 定 せずに、 現 実 っぽく<br />

女 子 高 生 の 生 活 だけを 書 いて、 実 は 自 分 には 未 来<br />

が 見 えちゃうのよ、という 女 の 子 がいるという 形<br />

で 書 くとしますよね。それも 一 種 ファンタジーで<br />

すが、 第 一 世 界 を 置 いておいて、 第 二 世 界 で 死 の<br />

世 界 なりを 書 くとすると、どうしてもここ、 第 一<br />

世 界 から 私 たちの 足 が 離 れない。ここに 私 たちが<br />

いて、どこか 見 えない 向 こうの 世 界 があるのね、<br />

という 形 になって、 重 心 がどうしてもここに 残 る<br />

のですね。ところが、 第 二 世 界 を 作 って 第 三 世 界<br />

をさらに 作 ると、 第 二 世 界 と 第 三 世 界 をわれわれ<br />

は 均 等 に―どちらもここではないから、どちらも<br />

架 空 という 感 じで 均 等 に 見 ることができる。そし<br />

て、 架 空 の 第 二 世 界 と、 死 や 精 霊 の 第 三 世 界 との<br />

かかわりを、わりあいニュートラルに 見 ることが<br />

できる。より 広 く 高 い 視 点 から 両 方 の 世 界 を 均 等<br />

に 見 ることができる。ですから 死 の 世 界 も 新 たな<br />

見 方 をすることができ、 死 の 世 界 に 私 たちの 視 点<br />

を 置 くことができるという 利 点 がある。 宙 に 二 つ<br />

の 世 界 を 浮 かして 作 ることによって、どちらの 世<br />

界 もわれわれが 均 等 に 見 定 めうるものになる。<br />

4 人 の 作 家 も 含 めて、 翻 訳 ファンタジーの 方 も<br />

そうですが、 単 に 第 二 世 界 を 作 ってそこでハイ・<br />

ファンタジー 的 冒 険 をするのではなく、そこにも<br />

う 一 つ 世 界 をかぶせる、ということを 書 きたがっ<br />

ているというのがファンタジーの 現 状 ではないか<br />

な、というところを 結 論 にいたします。<br />

(いつじ あけみ 白 百 合 女 子 大 学 教 授 )<br />

105


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

「4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に」 紹 介 資 料 リスト<br />

No. 書 名 著 者 名 出 版 事 項 請 求 記 号<br />

1 魔 性 の 子 小 野 不 由 美 著 新 潮 社 1991 KH475-E169( 本 館 )<br />

2 月 の 影 影 の 海 上 ・ 下 小 野 不 由 美 著 講 談 社 1992 KH475-E199( 本 館 )<br />

3 風 の 海 迷 宮 の 岸 上 ・ 下 小 野 不 由 美 著 講 談 社 1993 KH475-E226( 本 館 )<br />

4 東 の 海 神 西 の 滄 海 小 野 不 由 美 著 講 談 社 1994 KH475-E281( 本 館 )<br />

5 風 の 万 里 黎 明 の 空 上 ・ 下 小 野 不 由 美 著 講 談 社 1994 KH475-E283( 本 館 )<br />

6 図 南 の 翼 小 野 不 由 美 著 講 談 社 1996 KH475-G22( 本 館 )<br />

7 黄 昏 の 岸 暁 の 天 上 ・ 下 小 野 不 由 美 著 講 談 社 2001 KH475-G310( 本 館 )<br />

8 華 胥 の 幽 夢 : 十 二 国 記 小 野 不 由 美 著 講 談 社 2001 KH475-G320( 本 館 )<br />

9 これは 王 国 のかぎ<br />

荻 原 規 子 作<br />

中 川 千 尋 画<br />

理 論 社 1993 Y9-329<br />

10 空 色 勾 玉 荻 原 規 子 作 福 武 書 店 1988 Y8-5599<br />

11 白 鳥 異 伝 荻 原 規 子 作 徳 間 書 店 1996 Y9-2911<br />

12 薄 紅 天 女 荻 原 規 子 著 徳 間 書 店 1996 Y8-M97-94<br />

13<br />

14<br />

15<br />

16<br />

17<br />

18<br />

19<br />

20<br />

西 の 善 き 魔 女 1<br />

セラフィールドの 少 女<br />

西 の 善 き 魔 女 2<br />

秘 密 の 花 園<br />

西 の 善 き 魔 女 3<br />

薔 薇 の 名 前<br />

西 の 善 き 魔 女 4<br />

世 界 のかなたの 森<br />

西 の 善 き 魔 女 5<br />

闇 の 左 手<br />

西 の 善 き 魔 女 外 伝 1<br />

金 の 糸 紡 げば<br />

西 の 善 き 魔 女 外 伝 2<br />

銀 の 鳥 プラチナの 鳥<br />

西 の 善 き 魔 女 外 伝 3<br />

真 昼 の 星 迷 走<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 社 1997 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 社 1997 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 社 1998 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 社 1998 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 新 社 1999 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 新 社 2000 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 新 社 2000 YZ913.6- オギ<br />

荻 原 規 子 著 中 央 公 論 新 社 2003 YZ913.6- オギ<br />

106


4 人 のジャパネスク・ネオ・ファンタジー 女 流 作 家 たち― 小 野 不 由 美 を 中 心 に<br />

21 風 神 秘 抄 荻 原 規 子 作 徳 間 書 店 2005 Y8-N05-H568<br />

22 月 の 森 に、カミよ 眠 れ<br />

23 精 霊 の 守 り 人<br />

上 橋 菜 穂 子 著<br />

金 成 泰 三 絵<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

二 木 真 希 子 絵<br />

偕 成 社 1991 Y8-8795<br />

偕 成 社 1996 Y9-2886<br />

24 闇 の 守 り 人<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

二 木 真 希 子 絵<br />

偕 成 社 1999<br />

Y8-M99-379<br />

25 夢 の 守 り 人<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

二 木 真 希 子 絵<br />

偕 成 社 2000<br />

Y8-N00-358<br />

26 虚 空 の 旅 人<br />

上 橋 菜 穂 子 著<br />

佐 竹 美 保 絵<br />

偕 成 社 2001<br />

Y8-N01-460<br />

27 神 の 守 り 人 来 訪 編<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

二 木 真 希 子 絵<br />

偕 成 社 2003<br />

Y8-N03-H151<br />

28 神 の 守 り 人 帰 還 編<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

二 木 真 希 子 絵<br />

偕 成 社 2003<br />

Y8-N03-H152<br />

29 狐 笛 のかなた<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

白 井 弓 子 画<br />

理 論 社 2003<br />

Y8-N04-H12<br />

30 蒼 路 の 旅 人<br />

上 橋 菜 穂 子 作<br />

佐 竹 美 保 絵<br />

偕 成 社 2005<br />

Y8-N05-H484<br />

31 西 の 魔 女 が 死 んだ 梨 木 香 歩 著 楡 出 版 1994 KH431-E658( 本 館 )<br />

32 西 の 魔 女 が 死 んだ 梨 木 香 歩 著 小 学 館 1996 Y9-2427<br />

33 裏 庭 梨 木 香 歩 作 理 論 社 1996 Y9-3148<br />

34 エンジェル エンジェル エンジェル 梨 木 香 歩 著 出 版 工 房 原 生 林 1996 KH431-G152( 本 館 )<br />

35 りかさん 梨 木 香 歩 作 偕 成 社 1999 Y8-N00-53<br />

36 からくりからくさ 梨 木 香 歩 著 新 潮 社 1999 KH431-G571( 本 館 )<br />

107


エンターテインメントの 変 遷<br />

レジュメ<br />

エンターテインメントの 変 遷<br />

佐 藤 宗 子<br />

児 童 文 学 における 性 とは 何 かという 問 題 意 識 の 上 にたって、 昭<br />

和 初 年 の『 少 年 倶 楽 部 』の 時 期 から 現 代 までを、いくつかのポイントにしぼりながら 振 り<br />

返 ります。<br />

*「エンターテインメント」という 区 分<br />

・ 参 考 = 大 衆 、 通 俗 、 読 物 、 娯 楽 ……<br />

・ かつての「 芸 術 的 児 童 文 学 」 対 「 大 衆 的 児 童 文 学 」の 構 図<br />

← 一 般 の 文 学 での 二 大 別 = 大 正 後 期 以 降<br />

・ 一 方 で、「 児 童 文 学 」そのものが「 大 衆 文 学 」との 考 え 方<br />

参 考 =セシル・サカイ『 日 本 の 大 衆 文 学 』 平 凡 社 1997<br />

加 藤 武 雄 『 小 説 の 作 り 方 』 新 潮 社 1936<br />

・ 「 面 白 さ」の 追 求 …… 物 語 性 、 人 物 造 型 、 表 現 ・ 描 写 、 造 本 など<br />

・ 一 般 文 学 との 関 わり<br />

ジャンルとして…… 推 理 、SF、 冒 険 、あるいは「 家 庭 小 説 」<br />

翻 訳 もの…… 重 層 化 する「 再 話 」<br />

・ 「 名 作 」「 古 典 」の 大 衆 性 ・ 通 俗 性<br />

『 小 公 子 』…… 加 藤 武 雄 の 二 つの 翻 案 「 小 鳥 は 空 に」と「 緑 の 城 」<br />

『フランダースの 犬 』『ハイジ』など……メディアをこえた 享 受 へ<br />

* エンターテインメントの 流 れ<br />

・ 巌 谷 小 波 と 押 川 春 浪<br />

グレード 意 識 ―「 幼 年 」、 長 編 の 小 説 ― 例 ・『 海 底 軍 艦 』<br />

・ 「 少 年 」「 少 女 」の 分 化<br />

雑 誌 文 化 の 成 立 …… 博 文 館 、 実 業 之 日 本 社 など<br />

参 考 = 芸 術 的 児 童 雑 誌 の 題 名<br />

・ 『 少 年 倶 楽 部 』の 時 代<br />

大 仏 次 郎 、 吉 川 英 治 、 佐 藤 紅 緑 、 佐 々 木 邦 、 山 中 峯 太 郎 、 高 垣 眸 、 池 田 宣 政 など<br />

共 通 する「 名 作 」も 参 考 =『 家 なき 児 』<br />

・ 二 つの「 少 女 」イメージ<br />

吉 屋 信 子 『 花 物 語 』と『 少 女 倶 楽 部 』 的 作 品<br />

本 田 和 子 「「ひらひら」の 系 譜 」など(『 異 文 化 としての 子 ども』 紀 伊 国 屋 書 店 1982)<br />

横 川 寿 美 子 「ヅカヅカの 系 譜 」(『 初 潮 という 切 札 』JICC 出 版 局 1991)<br />

108


エンターテインメントの 変 遷<br />

・ 挿 絵 の 効 果<br />

伊 藤 彦 造 、 山 口 将 吉 郎 、 斎 藤 五 百 枝 、 梁 川 剛 一 、 中 原 淳 一 、 高 畠 華 宵 ほか<br />

・ 戦 後 の 岩 波 vs. 講 談 社 的 構 図<br />

「 岩 波 少 年 文 庫 」と「 世 界 名 作 全 集 」<br />

・ 「 現 代 児 童 文 学 」 出 発 期 前 後 の 意 識<br />

国 分 一 太 郎 『 鉄 の 町 の 少 年 』の 試 みとそれへの 反 応<br />

「ジュニアミステリ」 早 川 書 房 のカバー 見 返 し<br />

仁 木 悦 子 『 消 えたおじさん』<br />

・ 乱 歩 と「ルパン」<br />

二 つの 全 集 、 再 話 者 = 南 洋 一 郎 、 装 丁 をかえたロングセラー<br />

・ 戦 後 の 雑 誌 文 化<br />

学 年 別 誌 ……『○○の 学 習 』、『○○ 時 代 』と『○○コース』<br />

→ SF ジュブナイル 例 ・ 筒 井 康 隆 『 時 をかける 少 女 』、 眉 村 卓 など<br />

週 刊 マンガ 誌 の 台 頭 …… 小 説 の 掲 載 も 例 ・ 吉 岡 道 夫 『さいごの 番 長 』<br />

→ 長 編 の 物 語 性 を 引 き 継 ぐマンガ 群<br />

・ ジュニア 小 説 というジャンル……「 児 童 文 学 」の 周 辺 として<br />

佐 伯 千 秋 、 吉 田 とし、 富 島 健 夫 など<br />

・ 80 年 代 の 変 化<br />

「ズッコケ」「はれぶた」 現 象 ……82 年 ころからか<br />

那 須 正 幹 の 仕 事 ……ほかにも「 百 太 郎 」シリーズなど<br />

挿 絵 の 変 化 参 考 =70 年 代 ころまでの『 天 使 で 大 地 はいっぱいだ』<br />

『さらばハイウェイ』『ぼくらは 機 関 車 太 陽 号 』<br />

→『 十 二 歳 の 合 い 言 葉 』『ドーム 郡 ものがたり』、その 他 「 読 物 」とされるもの<br />

周 辺 のエンターテインメント<br />

コバルト 文 庫 …… 赤 川 次 郎 、 新 井 素 子 、 氷 室 冴 子 ほか<br />

宗 田 理 「ぼくら」シリーズ<br />

* そして、 現 在<br />

・ 幼 年 ・ 中 級 向 けの 模 索<br />

「 乱 太 郎 」、「ゾロリ」など…… 遊 びの 要 素<br />

・ 大 人 - 子 ども、 芸 術 - 大 衆 のさらなる 混 交<br />

求 められる 物 語 の 変 化 、 造 本 ・ 紹 介 ・ 流 通 の 諸 側 面<br />

『バッテリー』、『DIVE!!』、『 西 の 善 き 魔 女 』など<br />

・ 「 読 書 」 行 為 の 意 味 づけ<br />

なお 残 る 二 大 別 意 識 ……チョコレートとニンジンの 比 喩<br />

苦 しいものとしてのためになる「 読 書 」 意 識<br />

多 様 化 する 物 語 受 容 …… 文 字 媒 体 をこえて<br />

→83 年 ファミコン、86 年 ドラクエ、90 年 代 の PHS、<br />

95 年 ウィンドウズ95、ケータイ、ブログ……<br />

新 たな 読 書 推 進 の 動 き<br />

→エンターテインメントの 健 全 化 <br />

109


エンターテインメントの 変 遷<br />

エンターテインメントの 変 遷<br />

佐 藤 宗 子<br />

「エンターテインメント」という 区 分<br />

佐 藤 でございます。よろしくお 願 いいたします。<br />

本 をいろいろ 用 意 していただきましたので、 途 中<br />

で 本 の 表 紙 や 中 身 をお 見 せしながらお 話 を 進 めた<br />

いと 思 います。<br />

童 話 伝 統 批 判 から 現 代 への 流 れとか、タブーの<br />

崩 壊 については、だれが 話 してもそんなに 極 端 に<br />

中 身 が 変 わるものではないでしょうが、エンター<br />

テインメントの 変 遷 については、もちろん 大 枠 は<br />

同 じでも、 話 し 手 によってたぶん 肉 付 けの 仕 方 が<br />

相 当 変 わるだろうと 思 います。というのは、 芸 術<br />

的 児 童 文 学 、あるいは 良 心 的 児 童 文 学 といった 流<br />

れと 対 立 するものとして、 大 衆 とか 通 俗 とか、 文<br />

学 と 違 う「 読 み 物 」とか「 娯 楽 」といった 言 葉 で<br />

括 られてきたようなものがある、そういう 二 大 別<br />

があるという 認 識 があった。 普 通 、 児 童 文 学 につ<br />

いて 話 をするといえば 当 然 のように 芸 術 的 、 良 心<br />

的 という 流 れを 話 していく。そして、その 外 側 、<br />

いわばおまけとして 大 衆 なり 通 俗 なりがある。こ<br />

の 講 座 自 体 もそうした 枠 でできているような 気 が<br />

します。その 中 の 何 に 焦 点 をあてるかが、 人 によっ<br />

て 違 うわけです。<br />

ただ、 現 在 の 若 い 人 たちには、そういう 二 大 別<br />

があったこと 自 体 、あまり 感 じられなくなってし<br />

まっているということも 一 方 であります。さらに<br />

は、 実 は 児 童 文 学 というジャンルそのものが 大 衆<br />

文 学 という 見 方 もあるのです。ですから、 最 初 に<br />

改 めて「エンターテインメントってなんだろう」<br />

ということを 問 題 意 識 として 挙 げておきたいと 思<br />

います。<br />

今 申 しましたような、かつての 芸 術 的 児 童 文 学<br />

と 大 衆 的 児 童 文 学 の 構 図 は、 一 般 文 学 での 純 文 学<br />

対 大 衆 文 学 に 相 当 するものですし、 大 人 の 文 学 の<br />

世 界 でのそうした 二 大 別 はだいたい 大 正 後 期 から<br />

昭 和 の 初 めあたりで 確 立 したというのが 通 説 で<br />

しょう。 仏 教 の 用 語 だった「 大 衆 」が 普 通 の 人 々<br />

をさす「 大 衆 」になった。 映 像 文 化 とか、マスメ<br />

ディアみたいなものも 出 てきた。そして 昭 和 の 初<br />

めになって、 芥 川 賞 と 直 木 賞 ができて、 芥 川 賞 が<br />

芸 術 的 で 直 木 賞 が 大 衆 的 通 俗 的 というかたちで、<br />

それがずっと 戦 後 までくるということです。<br />

児 童 文 学 の 中 でも、『 赤 い 鳥 』 対 『 少 年 倶 楽 部 』<br />

といった 見 方 もありました。それに 対 して、セシ<br />

ル・サカイというフランス 人 の 日 本 文 学 研 究 者 の<br />

方 がまとめた、 平 凡 社 から 出 ている『 日 本 の 大 衆<br />

文 学 』を 見 ますと、 日 本 の 大 衆 文 学 の 歴 史 を 時 代<br />

小 説 、 現 代 小 説 、それから 探 偵 ・ 推 理 小 説 という<br />

三 つに 区 分 しています。だいたいこれは 流 れを<br />

追 った 形 なのですが、そこで 大 衆 文 学 の 特 徴 とし<br />

て「 読 者 のための 文 学 」ということを 述 べていま<br />

す。さらにその 隣 接 領 域 に 何 があるかというと、<br />

児 童 及 び 青 少 年 のための 文 学 とか、 漫 画 とか、 大<br />

衆 小 説 の 挿 絵 とか、 大 衆 演 劇 とか、それから 新 し<br />

いメディア、 映 画 ・レコード・ラジオ・テレビ・<br />

ニューメディアといったものを 挙 げています。 要<br />

するに、 子 どもという 読 者 対 象 を 相 手 に、そのお<br />

もしろさであるとか、わかりやすさを 念 頭 におい<br />

て 書 くという、そのこと 自 体 がそもそも 大 衆 文 学<br />

なのだと。いってしまうと、 芸 術 的 も 通 俗 的 もな<br />

く、 児 童 文 学 というジャンルそのものが 全 部 エン<br />

ターテインメント、 大 衆 文 学 になってしまうとい<br />

うわけです。<br />

もう1 冊 、 加 藤 武 雄 という、かつての 大 衆 文 学<br />

の 作 家 が 著 した『 小 説 の 作 り 方 』という 昭 和 11<br />

(1936) 年 に 出 た 本 があります。その 後 ろの 方 で、<br />

大 衆 文 学 についてもいかに 書 くべきかが 述 べられ<br />

110


エンターテインメントの 変 遷<br />

ています。その 区 分 は、 現 代 小 説 の 作 り 方 、 時 代<br />

小 説 、 探 偵 小 説 、 童 話 という4 章 からなっていま<br />

す。この 時 代 小 説 、 探 偵 小 説 、それから 現 代 小 説<br />

という 分 け 方 は、それこそ 先 ほどのセシル・サカ<br />

イまでずっと 繋 がってくるわけですね。たとえば<br />

現 代 小 説 、 要 するに 菊 池 寛 が 書 いた『 真 珠 婦 人 』<br />

などですが、そこで 何 が 重 要 視 されているかとい<br />

うと、とにかくおもしろさです。 大 衆 小 説 にとっ<br />

ては 第 一 におもしろみが 要 求 されると。 読 んで 少<br />

しもおもしろくない 通 俗 小 説 などというものは 存<br />

在 理 由 を 持 たないとか、 通 俗 小 説 にはまず 第 一 に<br />

筋 が 重 要 であるとか、 文 章 はわかりやすいことが<br />

必 要 であるとか、 他 にも 会 話 とか 小 道 具 といった<br />

点 についても 述 べています。<br />

この、 当 時 の 現 代 小 説 の 書 き 方 の 基 本 をみると、<br />

どこかで 聞 いたことあるなあという 方 もあるかと<br />

思 います。 戦 後 の 児 童 文 学 では 有 名 な、あの『 子<br />

どもと 文 学 』です。 石 井 桃 子 ら6 人 の 勉 強 の 成 果<br />

をまとめたものとして1960 年 に 出 されました。 今<br />

お 見 せするのは1967 年 に 出 た 福 音 館 書 店 版 の 表 紙<br />

で、たぶんご 存 知 の 方 も 多 いかと 思 います。 最 初<br />

は 中 央 公 論 社 からでした。『 子 どもと 文 学 』の 前<br />

書 きで 何 がいわれているかといえば、 従 来 の、 近<br />

代 の 日 本 の 児 童 文 学 について 疑 問 を 呈 していま<br />

す。<br />

世 界 の 児 童 文 学 のなかで、 日 本 の 児 童 文 学 は、<br />

まったく 独 特 、 異 質 なものです。 世 界 的 な 児 童<br />

文 学 の 規 準 ― 子 どもの 文 学 はおもしろく、はっ<br />

きりわかりやすくということは、ここでは 通 用<br />

しません。<br />

という 言 い 方 で、 要 するにおもしろさ、わかりや<br />

すさということを 重 要 視 しております。あとの「 子<br />

どもの 文 学 で 重 要 な 点 は 何 か」の 章 でも、モノ<br />

レールに 乗 ってとんとんと 運 ぶような 筋 運 び、 終<br />

わりらしい 終 わり、といったことを 強 調 していま<br />

した。そこは、 先 ほどの 大 衆 文 学 、 通 俗 文 学 など<br />

の 中 で 重 要 視 されていたこととやっぱり 同 じで、<br />

結 局 は「 子 ども」という 読 者 対 象 を 念 頭 において<br />

作 る、そういう 読 者 対 象 を 明 確 に 意 識 して 作 品 を<br />

書 くということ 自 体 、 大 衆 文 学 なんですね。<br />

要 するに 自 分 の 芸 術 的 な 感 興 で 書 くとか、 資 質<br />

によってやむにやまれずとにかく 書 きつけると<br />

か、そういうものがかつての 私 小 説 や 芸 術 的 な 文<br />

学 であったとすれば、 職 人 技 のように、 読 者 を 想<br />

定 すること 自 体 が 大 衆 性 、 通 俗 性 なのだという 見<br />

方 があるのです。 物 語 性 であるとか 個 性 的 な 人 物<br />

造 型 とか、あるいは 表 現 や 描 写 でもかなりハラハ<br />

ラワクワクドキドキするような、ときにどぎつい<br />

ような 描 写 も 含 めて 惹 きつけていくといったこと<br />

などですね。それから、 挿 絵 、 表 紙 などを 含 めた<br />

造 本 といった 側 面 もあるかもしれません。そうし<br />

たもの 全 体 を 通 じて、 一 言 でいえばおもしろさの<br />

追 求 が 第 一 にあるのが、エンターテインメントと<br />

いえるかもしれません。<br />

ただ、 児 童 文 学 という 全 体 ではなくて、その 内<br />

部 でいうならば、 特 に 探 偵 ・ 推 理 小 説 とか、SF<br />

とか、 冒 険 小 説 とかいった 類 、あるいは 明 治 以 来<br />

の 日 本 でいう 家 庭 小 説 的 な、そこから 少 女 小 説 に<br />

流 れるような 類 のもの、それらが 児 童 文 学 の 中 で<br />

の、エンターテインメントとして 成 立 していく。<br />

それから、 翻 訳 作 品 がさまざまにダイジェストさ<br />

れたり、 再 話 されたりというかたちで 読 み 継 がれ<br />

てきています。たとえば 明 治 の 初 めに 森 田 思 軒 や<br />

黒 岩 涙 香 などが 大 人 向 けに 翻 訳 した 作 品 が、 後 々<br />

子 ども 向 けに 何 度 も、より 短 くなり、よりおもし<br />

ろいエピソードの 場 面 だけを 抜 き 出 すようにして<br />

作 られていく、そういうものも 本 当 はエンターテ<br />

インメントの 範 疇 に 入 るでしょう。 私 も 最 近 、 少<br />

女 向 け 名 作 の 叢 書 を 調 べているのですが、センチ<br />

メンタルであったかつての 少 女 小 説 に 対 抗 するも<br />

のとして、 第 二 次 大 戦 後 、1950 年 代 から70 年 代 ぐ<br />

らいを 中 心 に、 世 界 少 女 小 説 全 集 、 世 界 少 女 名 作<br />

全 集 といった、 少 女 向 けに 特 化 されて 翻 訳 ・ 再 話<br />

が 繰 り 返 しなされていたりします。 世 界 名 作 など<br />

は、 基 本 的 にそういう 大 衆 性 ・ 通 俗 性 を 強 く 持 つ<br />

ものではないかと 思 います。<br />

ちょっと、バーネットの『 小 公 子 』の 再 話 を 例<br />

にあげておきます。 先 ほど 名 を 出 した、『 小 説 の<br />

作 り 方 』を 書 いた 加 藤 武 雄 ですが、 彼 は、『 小 公 子 』<br />

の 舞 台 を 日 本 にした 再 話 を 書 いています。 京 都 か<br />

ら 東 京 の 渋 谷 のお 屋 敷 に 行 くというお 話 に 変 わっ<br />

たのですが、「 小 鳥 は 空 に」という 題 で 児 童 雑 誌 『 金<br />

111


エンターテインメントの 変 遷<br />

の 星 』に1925 年 から1 年 間 連 載 されて、 翌 年 イデ<br />

ア 書 院 から 刊 行 されました。その 後 、1929 年 になっ<br />

て『 婦 人 倶 楽 部 』に、「 緑 の 城 」という 題 で 半 年<br />

間 連 載 しました。このときは 副 題 に「 小 公 子 物 語 」<br />

とはっきり 書 いています。 連 載 の 始 まる 前 号 予 告<br />

では、 創 作 を 書 くようにいわれたが 構 想 を 練 って<br />

いる 最 中 なので、そのつなぎとして『 小 公 子 』の<br />

話 を 翻 案 したものを 載 せますよ、といっています。<br />

これは、 文 体 とか、 途 中 の 展 開 が 多 少 違 うのです<br />

が、はっきりいって『 金 の 星 』に 出 した「 小 鳥 は<br />

空 に」の 焼 き 直 しです。ただ、 力 点 が 違 いまして、<br />

「 小 鳥 は 空 に」の 方 は 童 話 雑 誌 に 載 せたものなの<br />

で、 一 応 主 人 公 の 子 どもが 中 心 ですが、この「 緑<br />

の 城 」ははっきりいって 嫁 舅 問 題 が 中 心 ですね。<br />

よく 考 えてみれば 原 作 はそのようにも 読 めるわけ<br />

です、 主 人 公 セドリックのお 母 さんに 視 点 を 置 け<br />

ば。これを 日 本 に 舞 台 を 移 せば、 婦 人 雑 誌 に 出 て<br />

もぴったりな 話 なわけです。そういうふうに、 子<br />

ども 向 けのものと、 特 に 婦 人 雑 誌 などに 載 るよう<br />

な 大 衆 的 な 読 み 物 とは、かなり 通 底 するものが<br />

あったのです。<br />

それから、TV のアニメ 名 作 劇 場 などでよく 知<br />

られている『フランダースの 犬 』や『ハイジ』な<br />

どにしましても、メディアを 超 えて 現 代 に 至 るま<br />

で 非 常 に 強 い 人 気 があります。あれもよく 考 えれ<br />

ば 全 部 通 俗 のオンパレードです。 私 も『フランダー<br />

スの 犬 』は 調 べたことがありますが、 作 品 の 後 半 、<br />

11 月 くらいから 特 に12 月 になって 時 間 進 行 ととも<br />

にどんどん 悲 劇 が 積 み 重 なっていきます。それが<br />

映 像 化 されたときでも、むしろけなげさを 強 調 す<br />

ることで 享 受 者 の 心 に 訴 えかけるという、 通 俗 性<br />

がより 強 められています。『ハイジ』も 本 来 はと<br />

てもわかりやすい 教 育 読 み 物 ですよね。 福 音 館 書<br />

店 の 完 訳 版 で 見 るとその 名 残 がありますが、 前 半<br />

はハイジの 修 業 ・ 遍 歴 時 代 、 後 半 はハイジが 習 っ<br />

たことを 役 に 立 てる 時 期 と、2 部 構 成 のビルドゥ<br />

ングスロマンです。 町 でクララのおばあさんから<br />

文 字 を 読 むことと 神 様 を 信 じることを 教 わって、<br />

アルムの 山 に 帰 ってから、ペーターに 文 字 を 教 え<br />

たり、おじいさんに 神 を 信 じることをもう1 回 教<br />

えたりする。 確 か 鈴 木 三 重 吉 は『ハイジ』を 通 俗<br />

的 だといっていて、なるほど 雑 誌 『 赤 い 鳥 』には<br />

載 っていません。ただ、 通 俗 的 だからこそ、1970<br />

年 代 にアニメが 放 映 されて 以 降 30 年 以 上 経 って<br />

も、 今 も 一 番 人 気 があるような、いわゆる 世 界 名<br />

作 の 古 典 になっている 気 がします。<br />

エンターテインメントの 出 発<br />

このあたりで、そろそろエンターテインメント<br />

の 流 れに 話 を 移 していきます。 今 回 の 題 目 として<br />

は、「『 少 年 倶 楽 部 』から」となっておりますが、<br />

それ 以 前 についても 少 し 覗 いておきましょう。 巌<br />

谷 小 波 と 押 川 春 浪 、 明 治 期 の 大 立 者 であるこの2<br />

人 からです。<br />

巌 谷 小 波 は、 明 治 期 を 代 表 する 児 童 文 学 作 家 と<br />

いっていい 人 です。ドイツ 語 からさまざまな 翻 訳 ・<br />

翻 案 をするなどして、 昔 話 の 集 大 成 をしましたし、<br />

日 本 の 現 代 を 舞 台 にした 少 年 向 けの 作 品 を 書 いた<br />

りもしました。 幼 年 向 けでも 仕 事 をしています。<br />

小 波 はグレード 意 識 、 対 象 年 齢 という 意 識 を 早<br />

い 時 期 から 持 っていた 人 で、 有 名 な『こがね 丸 』<br />

という 作 品 は 明 治 24(1891) 年 ですが、 少 年 向 け<br />

には 文 語 文 の 七 五 調 の 方 が 読 みやすいからと、こ<br />

のときはわざわざ 文 語 文 で 書 いている。しかし、<br />

幼 年 向 けには 同 じ 時 期 、「ですます 調 」で 書 いて<br />

います。 読 者 にとっての「わかりやすさ」という<br />

ことを 意 識 して 文 体 も 選 んだ 人 です。 小 波 は 基 本<br />

的 に、ナンセンスなども 含 めた、いわゆる「おも<br />

しろさ」を 追 求 した 人 でもあるのですけれど、 後<br />

に 大 正 期 の 童 話 の 時 代 になっていくと、それがや<br />

や 下 卑 た、 通 俗 的 なおもしろさでしかない、 芸 術<br />

的 ではない、という 言 い 方 で 多 少 排 除 されていく<br />

ところもあります。<br />

一 方 、 明 治 期 の 長 編 エンターテインメントにあ<br />

たる 代 表 としては、 押 川 春 浪 の『 海 底 軍 艦 』があ<br />

げられるでしょう。いろいろな 事 典 類 を 見 ても、<br />

まとめる 人 によってあらすじが 全 然 違 うという、<br />

非 常 にややこしい 作 品 です。19 世 紀 後 半 にSF 的<br />

な 作 品 を 書 きましたジュール・ベルヌの 作 品 など<br />

に 影 響 されて 書 いた、とされています。『 海 底 軍 艦 』<br />

が 出 たのは 明 治 33(1900) 年 、ですから 明 治 期 か<br />

らエンターテインメントにあたるものがないわけ<br />

ではありません。『 海 底 軍 艦 』 以 降 シリーズ 化 し<br />

たものを 押 川 春 浪 は 書 きますし、 他 の 作 家 たちも<br />

112


エンターテインメントの 変 遷<br />

そうした 長 編 の 読 み 物 にあたるものを 出 したりも<br />

しています。<br />

「 少 年 」と「 少 女 」の 分 化<br />

そうしたエンターテインメント 的 な 意 識 が、 大<br />

正 期 になってどういうふうになっていくかという<br />

と、「 少 年 」と「 少 女 」の 分 化 です。 幼 年 期 とい<br />

うのは、 男 女 を 問 わず 共 通 なのです。それが 小 学<br />

校 の 途 中 くらいから、「 少 年 」と「 少 女 」に 分 か<br />

れた 形 で 見 えてくる。それが 明 確 なのが、 雑 誌 で<br />

す。 幼 年 向 けは、 今 に 至 るまでも 男 女 一 緒 ですね。<br />

表 紙 なども 男 女 がペアになってにっこり 笑 ってい<br />

るのが、 幼 稚 園 向 けの 雑 誌 だったりします。もう<br />

少 し 上 になると、 少 年 向 けは 少 年 が 表 紙 に 出 てい<br />

るし、 少 女 雑 誌 は 少 女 が 表 紙 に 出 ているというふ<br />

うに 分 かれます。 明 治 期 の 博 文 館 の 場 合 でも、 最<br />

初 に『 少 年 世 界 』が 出 た 後 、『 少 女 世 界 』や『 幼<br />

年 世 界 』に 分 かれていきます。グレードとして 幼<br />

年 と 少 年 少 女 が、さらに 少 年 と 少 女 というふうに<br />

分 化 していくわけです。<br />

具 体 例 として、『 日 本 少 年 』を 持 ってきました。<br />

発 行 元 の 実 業 之 日 本 社 というのは 明 治 の 後 半 に 少<br />

年 向 け・ 少 女 向 けの 雑 誌 を 出 しまして、これらは<br />

大 正 期 には 盛 んに 読 まれる 雑 誌 になりました。 表<br />

紙 には 確 かに 少 年 が 描 かれている。 広 告 などを 見<br />

ても、 少 年 向 けのものなどがやたらにごちゃご<br />

ちゃとのっています。 顕 微 鏡 があったり、それか<br />

ら 学 習 参 考 書 があったり、なんとクラリネットが<br />

あったり。 明 治 期 の 雑 誌 広 告 では、モデルガンの<br />

ようなものを 見 たこともあります。<br />

それに 対 して 少 女 雑 誌 の 方 は、 実 業 之 日 本 社 で<br />

はないのですが、『 少 女 画 報 』。これは 大 正 6 年 の<br />

ものですが、 表 紙 もいかにも 少 女 向 けです。 吉 屋<br />

信 子 がこの 号 には 書 いています。「 花 物 語 」を 連<br />

載 していた 時 期 です。この 号 では「 名 も 無 き 花 」<br />

という 作 品 ですね。 結 構 教 育 的 ・ 教 訓 的 なお 話 も<br />

ありますし、その 他 に 口 絵 などでもいろいろな 女<br />

学 校 の 様 子 が 出 たりしておりますし、 読 者 からの<br />

投 稿 も、 少 年 雑 誌 ・ 少 女 雑 誌 それぞれに 相 当 意 識<br />

が 違 うということがはっきりします。お 化 粧 品 の<br />

広 告 もかなりあります。そういえば 私 がかつて 滑<br />

川 道 夫 先 生 から 聞 いた 話 では、 少 女 雑 誌 に、 堕 胎<br />

薬 の 広 告 があったそうです。 一 方 、『 赤 い 鳥 』は<br />

大 正 後 半 の 市 民 文 化 、デモクラシーの 時 代 を 反 映<br />

して、 三 越 の「お 子 様 向 けの 夏 の 衣 服 が 揃 いまし<br />

た」といったいかにも 中 流 層 の 文 化 をうかがわせ<br />

るような 広 告 を 載 せていて、こうした 面 でもやは<br />

り 明 らかに 違 うなと 思 わせます。ともあれ、 少 年<br />

向 け・ 少 女 向 けが、 大 衆 的 な 雑 誌 では、 明 確 に 分<br />

かれているわけです。<br />

対 照 として、『 赤 い 鳥 』の 創 刊 号 の 表 紙 を 見 て<br />

おきましょう。 清 水 良 雄 の 有 名 な 絵 ですが、 実 は<br />

イギリスの 元 になった 絵 というのがあるというこ<br />

とです。 今 は 無 き 白 木 屋 呉 服 店 の 広 告 も 出 ていま<br />

す。その 他 に、さっき 申 しましたような 三 越 、 以<br />

前 の 三 井 呉 服 店 のものなどが、 広 告 として 載 って<br />

いたりします。 同 時 期 の、『 赤 い 鳥 』と 並 び 非 常<br />

に 評 価 の 高 い 雑 誌 、「 虎 ちゃんの 日 記 」とか「ワ<br />

ンワンものがたり」を 書 いた 千 葉 省 三 が 編 集 に 関<br />

わっていたコドモ 社 の『 童 話 』の 創 刊 号 の 表 紙 が<br />

これです。それから、 鈴 木 三 重 吉 からは 自 分 のと<br />

ころの『 赤 い 鳥 』を 真 似 した「おさる 雑 誌 」といっ<br />

て 文 句 をつけられた、 斎 藤 佐 次 郎 が 中 心 でやって<br />

いた『 金 の 船 』、 後 の『 金 の 星 』の 創 刊 号 ですね。<br />

斎 藤 佐 次 郎 は『 金 の 船 』を 横 山 寿 篤 と 始 め、 後 に<br />

分 かれて『 金 の 星 』になりました。 男 女 ペアの 表<br />

紙 絵 ですが、 絵 の 雰 囲 気 は『 赤 い 鳥 』と 違 います。<br />

もう1 冊 、『おとぎの 世 界 』という 雑 誌 ですが、<br />

これは 昔 話 の 再 話 なども 多 く 載 っております。 大<br />

正 期 の 芸 術 的 な 雑 誌 のうち、 今 の『 赤 い 鳥 』、『 金<br />

の 船 』=『 金 の 星 』、『 童 話 』、『おとぎの 世 界 』は<br />

全 部 復 刻 版 が 出 ています。これらの 表 紙 や 題 名 を、<br />

先 ほどの『 日 本 少 年 』、『 少 女 画 報 』、『 少 女 の 友 』<br />

などと 比 べれば、もうぱっと 見 ただけでも、こっ<br />

ちが 芸 術 、こっちが 大 衆 とわかってしまう。 明 治<br />

から 大 正 の 雑 誌 文 化 の 中 で、 少 年 少 女 向 けの、 大<br />

衆 的 で 通 俗 的 な 文 化 と、 新 しく 起 こってきた 芸 術<br />

的 な 童 話 の 流 れが 対 比 的 に 見 えるということがわ<br />

かると 思 います。<br />

『 少 年 倶 楽 部 』の 時 代<br />

その 次 の『 少 年 倶 楽 部 』ですが、 実 は 大 正 期 に<br />

創 刊 されております。ただ、 大 正 期 の 間 は 何 とな<br />

くさえない 感 じなのです。それががらっと 変 わっ<br />

113


エンターテインメントの 変 遷<br />

ていくのは、 昭 和 に 入 ってです。 高 畠 華 宵 の 雑 誌<br />

専 属 移 籍 問 題 があるとよくいわれていますが、と<br />

もあれ、 物 語 で 勝 負 だ、というのが 雑 誌 『 少 年 倶<br />

楽 部 』の 方 針 になって、 昭 和 2 年 あたりから 次 々<br />

と 著 名 な 大 人 向 け、 一 般 向 けの 大 衆 文 学 の 作 家 た<br />

ちを 起 用 していく。その 作 品 を 雑 誌 に 連 載 した 後 、<br />

単 行 本 にしてまた 出 す。 最 盛 期 は 昭 和 10 年 ぐらい<br />

ですかね。 昭 和 12 年 7 月 の 日 中 戦 争 開 始 より 以 前<br />

ですが、それが『 少 年 倶 楽 部 』の 最 盛 期 と 考 えて<br />

いいと 思 います。 最 盛 期 で、 実 売 で60 万 部 ほどと<br />

いわれています。 戦 後 でいえば 最 盛 期 の『 週 刊 少<br />

年 ジャンプ』の600 万 部 に 匹 敵 するでしょうか。<br />

当 時 としては 大 きな 影 響 力 がありました。 作 家 と<br />

しては、 大 仏 次 郎 、 吉 川 英 治 、 佐 藤 紅 緑 、 佐 々 木<br />

邦 、 山 中 峯 太 郎 、 高 垣 眸 、 池 田 宣 政 などがまずあ<br />

がるでしょう。ご 存 知 の 名 前 も 多 いと 思 います。<br />

大 仏 次 郎 の 場 合 は 翻 訳 ・ 翻 案 みたいなものも 結 構<br />

書 いておりますが、その 他 に 例 の『 鞍 馬 天 狗 』の<br />

『 角 兵 衛 獅 子 』などに 始 まる 一 連 のものを『 少 年<br />

倶 楽 部 』などに 発 表 しております。 時 代 物 では 他<br />

に 吉 川 英 治 、 彼 も 少 女 向 けにも 書 いております。<br />

日 常 的 な 作 品 を 書 いた 代 表 としては 佐 藤 紅 緑 が<br />

います。 今 はたぶん、ご 存 知 なくて、サトウハチ<br />

ローや 佐 藤 愛 子 のお 父 さんといった 方 が 通 りがい<br />

いかもしれません。2005 年 の 初 めに 佐 藤 愛 子 の『 血<br />

脈 』がドラマ 化 されたり、それが 分 厚 い 文 庫 3 冊<br />

になったりしたので、ご 存 知 の 方 も 多 いかもしれ<br />

ませんが、 最 初 書 き 渋 っていた 佐 藤 紅 緑 に『 少 年<br />

倶 楽 部 』の 編 集 長 が 三 顧 の 礼 で 迎 えて 書 いてもら<br />

うようにした。とにかく、 非 常 に 厚 く 遇 したそう<br />

です。この 人 の 代 表 作 が『あゝ 玉 杯 に 花 うけて』<br />

です。 題 名 となっているのは 旧 制 第 一 高 等 学 校 の<br />

寮 歌 です。 旧 制 高 校 の 寮 歌 は、かつてどんなに 貧<br />

しい 少 年 たちであっても 歌 だけはみんな 知 ってい<br />

た 類 のものです。 貧 しい 少 年 の 主 人 公 がいろいろ<br />

な 艱 難 辛 苦 を 乗 り 越 え、 援 助 してくれる 人 もあり、<br />

立 身 出 世 の 道 を 掴 んでいきます。はっきり 言 えば<br />

旧 制 一 高 生 になれるわけです。さらにその 少 年 を<br />

最 初 いじめていた 敵 役 、 豆 腐 売 りをしている 主 人<br />

公 の 豆 腐 を 途 中 で 待 っていて 取 り 上 げてむしゃむ<br />

しゃ 食 っちゃうような 少 年 がいるのですが、 彼 も、<br />

「 少 年 」である 以 上 は 結 局 、やはり 心 が 清 く 美 し<br />

く 正 しいのですね。それで、 町 の 実 力 者 である 父<br />

親 が、 実 は 大 変 汚 いことをいろいろやっていたと<br />

知 って、 敢 然 と 抗 議 します。「お 父 さんそんなこ<br />

とをしていたのですか」と。そういうわけで 彼 も<br />

善 良 さに 目 覚 めて、いわば 改 心 して、 数 年 遅 れだ<br />

けれども 旧 制 一 高 に 進 学 する。 最 初 から 主 人 公 を<br />

「がんばれよ」と 応 援 していた、 賢 くて 心 根 も 良<br />

い 少 年 はもちろん、 旧 制 一 高 に 行 きます。という<br />

わけで 全 員 が「 体 制 」 側 にきちんと 組 み 込 まれて<br />

エリートの 道 を 歩 むというのが、 熱 血 少 年 小 説 の<br />

中 心 でもあります。<br />

その 他 、ざっとご 紹 介 すれば、 英 文 学 などの 先<br />

生 もやっていた 佐 々 木 邦 、 大 人 向 けにもかなりた<br />

くさんの 日 常 的 なユーモア 小 説 を 書 いている 人 で<br />

すが、 代 表 作 が『 苦 心 の 学 友 』です。これは、 江<br />

戸 時 代 の 藩 の 名 残 がまだある 中 で、お 殿 様 の 一 族<br />

の 血 を 引 く 若 様 の 元 へご 学 友 としてあがった 少 年<br />

の 苦 心 の 日 々をほほえましく 描 いた、ユーモア 日<br />

常 小 説 です。それから『 敵 中 横 断 三 百 里 』、これ<br />

は 山 中 峯 太 郎 の 代 表 作 の 一 つです。 日 露 戦 争 のと<br />

きには 実 際 にいろいろ 情 報 戦 などもあったようで<br />

す。それがこの 作 品 に 反 映 されています。 表 紙 は、<br />

何 となくリアルな 感 じの 影 の 多 い 絵 です。そうし<br />

た 現 実 感 で 少 年 たちの 心 を 掴 んでいくのでしょ<br />

う。 続 けて 南 洋 一 郎 の『 吼 える 密 林 』。 実 は、 池<br />

田 宣 政 の 別 のペンネームが 南 洋 一 郎 です。 宣 政 と<br />

いうのもペンネームなのですが、 感 動 的 な 実 話 と<br />

か 名 作 再 話 を 書 くときは「 池 田 宣 政 」で、 冒 険 小<br />

説 、あるいは「ルパン」の 翻 訳 をするときは「 南<br />

洋 一 郎 」です。『 吼 える 密 林 』は、 密 林 でのドキ<br />

ドキするような 冒 険 タッチの 小 説 です。 次 が 海 野<br />

じゅうざ<br />

十 三 の『 浮 かぶ 飛 行 島 』。 挿 絵 はいかにも 軍 事 探<br />

偵 物 という 感 じだったりします。<br />

それから、これは 現 在 も 親 しまれている 江 戸 川<br />

乱 歩 の『 怪 人 二 十 面 相 』です。 戦 後 も 長 く 親 しま<br />

れていますが、もともとは 戦 前 に 出 ていました。<br />

次 が 高 垣 眸 の『<br />

ジャガーの 豹 眼 』。 高 垣 眸 は 他 にも『 快 傑<br />

黒 頭 巾 』など 時 代 物 も 書 いているし、それから 海<br />

洋 冒 険 小 説 なども 書 いています。これは“ 豹 の 眼 ”<br />

と 書 いて“ジャガーの 眼 ”と 読 みます。アジアを<br />

舞 台 にして、いろいろな 国 の 人 が 登 場 する、ハラ<br />

ハラワクワクドキドキの 物 語 です。こちらは 山 中<br />

114


エンターテインメントの 変 遷<br />

峯 太 郎 ですが、『 亜 細 亜 の 曙 』、それから『 大 東 の<br />

鉄 人 』。 本 郷 義 昭 というスーパーヒーローが 活 躍<br />

する 作 品 群 がありまして、 表 紙 を 見 ても、いかに<br />

もアジアという 感 じが 出 ているかと 思 います。<br />

これらが『 少 年 倶 楽 部 』を 代 表 する 作 家 であり<br />

代 表 作 です。 今 回 は 全 部 ここの 図 書 館 にある 貴 重<br />

な 古 い 本 でご 紹 介 いたしましたが、 昭 和 40 年 代 ぐ<br />

らいにも 一 般 向 けに「 少 年 倶 楽 部 文 庫 」というの<br />

が、 挿 絵 は 当 時 のものを 入 れるかたちで30 冊 ぐら<br />

い 出 たことがあります。つまり 戦 後 のそんな 時 代<br />

になってもやはり、あの 当 時 のあの 作 品 を 読 みた<br />

いというほど 人 気 があったということになるわけ<br />

です。<br />

ただ、そういうものだけが『 少 年 倶 楽 部 』に 載 っ<br />

ていたわけではありません。『 赤 い 鳥 』 掲 載 の 翻<br />

訳 作 品 と 同 じものが、 翻 訳 ・ 翻 案 の 形 で 紹 介 され<br />

ていたりもするのです。たとえば、 財 政 難 から1<br />

回 休 刊 した 後 、 昭 和 6 年 に 復 刊 した 後 期 の『 赤 い<br />

鳥 』に、「ルミイ」という 題 名 で 三 重 吉 が 翻 訳 を<br />

連 載 します。 昭 和 11 年 の6 月 に 三 重 吉 が 亡 くなり<br />

ますが、まだ 連 載 の 途 中 でした。それで「ルミイ」<br />

を 訳 すために 家 庭 教 師 をしていたフランス 語 の 先<br />

生 役 にあたる 人 が、 残 りの 部 分 を 訳 して 足 して、<br />

鈴 木 三 重 吉 訳 『 家 なき 児 』として 出 します。 原 作<br />

はフランスの 作 家 エクトル・マロの 有 名 な『 家 な<br />

き 子 』ですね。<br />

ところで、この 作 品 が、 菊 池 幽 芳 訳 「 家 なき 児 」<br />

のかたちで、 昭 和 4 年 からだったかと 思 いますが、<br />

『 少 年 倶 楽 部 』に 連 載 されます。 実 はまったく 同<br />

じ 時 期 に、『 少 女 倶 楽 部 』にも 掲 載 されているの<br />

です( 挿 絵 画 家 だけ 違 います)。そのとき、「 新 し<br />

い 愛 読 者 のために」として、マロというフランス<br />

の 文 豪 が 書 いた 大 変 優 れたものなのでこれを 載 せ<br />

ます、とわざわざ 言 っています。 掲 載 している 分<br />

量 もほぼ 同 じで 進 んでいきます。もっとも、 菊 地<br />

幽 芳 がこれを 新 たに 訳 したわけではありません。<br />

要 するに 再 録 です。 菊 地 より 前 に 五 来 素 川 という<br />

人 が『 未 だ 見 ぬ 親 』という 題 名 で1903 年 に 刊 行 し<br />

たのが 最 初 の『 家 なき 子 』ですけれども、ともあ<br />

れ 菊 池 の 訳 も、すでに 知 られたものでした。そう<br />

いう 名 作 を 再 録 しなおして、しかも 少 女 にも 少 年<br />

にも 読 んでほしい 世 界 の 名 作 として、 講 談 社 は 二<br />

つの 雑 誌 に 同 時 並 行 で 掲 載 したわけです。 先 ほど<br />

お 見 せしたような 大 仏 次 郎 や 佐 藤 紅 緑 、あるいは<br />

山 中 峯 太 郎 などの 作 品 と 並 んで、『 赤 い 鳥 』にも<br />

鈴 木 三 重 吉 の 翻 訳 でずっと 連 載 されるような 作 品<br />

が、 似 たような 時 期 にこうして 載 っているわけで<br />

す。まあ、 逆 にいえば、『 家 なき 子 』も 大 衆 的 だ<br />

といえなくもない。 芸 術 的 名 作 と 思 っていたけれ<br />

ども、 名 作 古 典 はむしろ 芸 術 というより 通 俗 なの<br />

かな、というふうに 見 えてくるかもしれません。<br />

二 つの「 少 女 」イメージ<br />

では、「 少 女 」 向 けの 方 はどうでしょうか。そ<br />

の 場 合 、 二 つの 少 女 イメージがあると 考 えられま<br />

す。<br />

まずは、 吉 屋 信 子 の『 花 物 語 』です。 先 ほど 雑<br />

誌 の『 少 女 画 報 』 連 載 をちらっとお 見 せしました<br />

けれど、 吉 屋 信 子 の『 花 物 語 』は、 何 巻 も 刊 行 さ<br />

れています。 短 編 なので、 数 編 入 って1 冊 という<br />

形 で 何 冊 も『 花 物 語 』があって、 後 期 の 作 品 は 大<br />

分 感 じが 違 います。 代 表 的 な 初 期 の『 花 物 語 』は、<br />

版 型 がかなり 小 さく、 緑 のこぎれいなこぢんまり<br />

としたコンパクトなサイズです。 目 次 で 見 ていく<br />

と 花 の 名 前 がつけられた 題 名 が 並 んでいまして、<br />

人 によって 好 みがあるのですが、「 野 菊 」などは<br />

一 つの 典 型 でしょうね。 数 奇 な 運 命 に 翻 弄 される<br />

主 人 公 が 登 場 し、 母 親 らしき 人 とすれ 違 いをしま<br />

す。 主 人 公 が 祖 母 と 父 親 ―しかも 父 親 は 彫 刻 家 な<br />

のですが―に 育 てられていて、やがて 父 が 死 んで<br />

しまう。 親 戚 の 家 に 引 き 取 られて 東 京 の 九 段 で 女<br />

学 校 に 通 っているこの 少 女 が、ある 日 ハンカチを<br />

落 とします。それを 拾 ってくれた 馬 車 の 中 の 貴 婦<br />

人 は、うんと 小 さいとき、 須 磨 の 浜 辺 で、ひょん<br />

なことで 出 会 った 美 しい 女 性 と 同 一 人 でして、 何<br />

年 ぶりかで 再 会 するのです。それがどうも 実 の 母<br />

らしいのですけれども、はっきりとそうとは 提 示<br />

されないまま、また 去 っていってしまう。そうい<br />

うはかない 感 じの 話 です。あれが 本 当 に 実 のお 母<br />

さんだったのかしら、でも 真 相 はわからないわと<br />

いうセンチメンタルな 心 情 にのっとっているので<br />

す。これは 紛 れもなく、 一 方 の、そしてたぶんお<br />

そらく 多 くの 方 が 抱 いている「 少 女 」イメージだ<br />

と 思 います。<br />

115


エンターテインメントの 変 遷<br />

ただし、 講 談 社 の 雑 誌 『 少 女 倶 楽 部 』などでは、<br />

もう 少 し 別 の「 少 女 」イメージが 出 ます。『 少 女<br />

倶 楽 部 』は 大 正 の 後 半 に 創 刊 されていますが、 講<br />

談 社 の 方 針 として、 少 年 と 同 じように、 少 女 も 行<br />

動 的 で 勇 敢 で 正 義 感 を 持 つといった 規 範 があるの<br />

です。ですから 決 してなよなよとしたセンチメン<br />

タルな 面 だけ 出 てはきません。<br />

たとえば 吉 川 英 治 の『 左 近 ・ 右 近 』。はじめは<br />

少 女 雑 誌 に 連 載 されました。 少 年 たちが 主 人 公 で、<br />

元 服 をするときの 高 揚 感 のようなものも 途 中 に 書<br />

かれていたりします。こちらが 千 葉 省 三 の『 陸 奥<br />

の 嵐 』。『 虎 ちゃんの 日 記 』の 作 者 の、あの 千 葉 省<br />

三 です。これは 時 代 物 なのですが、 元 ネタがあり<br />

ます。そもそもは 雑 誌 の 編 集 者 が「これを 元 に 少<br />

女 向 けにお 話 を 書 いてください」と 古 い 本 を 持 っ<br />

てきた。それはたぶん、 明 治 期 の 森 田 思 軒 の『 瞽<br />

使 者 』、「 盲 目 使 者 」と 書 くこともあるのですが、<br />

この 本 らしいのですね。 思 軒 の 作 品 は、ジュール・<br />

ベルヌの Michel Strogoff という 作 品 ( 戦 後 日 本<br />

では『 皇 帝 の 密 使 』という 題 名 で 翻 訳 されていま<br />

す)が 元 となっています。つまり、 森 田 思 軒 が 明<br />

治 期 に 翻 訳 した 一 般 向 けの 作 品 を、 昭 和 初 期 の 少<br />

女 雑 誌 の 編 集 者 が 持 ってきて、「 少 女 向 けに 書 い<br />

てください」というので、 舞 台 を 平 安 時 代 の 都 と<br />

陸 奥 ― 原 作 ではモスクワとイルクーツク、ロシア<br />

が 舞 台 なのですが―に 置 き 換 えて 時 代 小 説 にした<br />

という 事 情 があったらしい。 少 女 も 主 要 登 場 人 物<br />

の1 人 で 出 てきますが、 結 構 波 瀾 に 富 んだ 冒 険 物<br />

です。<br />

この 二 つでおわかりのように、 講 談 社 系 の 特 徴<br />

としては、 主 人 公 が( 少 年 であれ 少 女 であれ) 行<br />

動 力 を 持 って、そして 前 向 きに 真 っ 直 ぐに 生 きて<br />

いくという 作 品 が 少 女 雑 誌 で、あるいは 単 行 本 に<br />

なって、 少 女 たちに 読 まれたりします。 単 行 本 に<br />

なってしまうと 読 者 の 性 別 を 問 わないので、そこ<br />

では 少 年 読 者 もいたかもしれませんが。この 点 で、<br />

同 じ 時 期 でも 一 番 有 名 な 少 女 雑 誌 といえる、 実 業<br />

之 日 本 社 の『 少 女 の 友 』などの、 中 原 淳 一 のしと<br />

やかな 女 の 子 が 表 紙 を 飾 るのとは、イメージが 相<br />

当 違 っています。<br />

ます こ<br />

少 女 イメージに 関 しては、 本 田 和 子 が「「ひら<br />

ひら」の 系 譜 」という 論 を 書 きました。これは<br />

1982 年 に『 異 文 化 としての 子 ども』という 単 行 本<br />

に 収 められまして、 現 在 はちくま 学 芸 文 庫 に 収 録<br />

されております。 従 来 はマイナスイメージが 強<br />

かった 戦 前 の 少 女 文 化 について、 見 直 しをはかる<br />

論 でした。つまり、 少 女 たちのひらひらとしたフ<br />

リルとリボンがたなびくような 感 じ、 言 葉 もひら<br />

ひらとしていたりする。そういう、 生 産 性 など 全<br />

く 関 係 のない 少 女 的 な 消 極 的 な 世 界 が、 戦 争 に 向<br />

かう 時 代 の 中 で 逆 に、 世 間 の 風 潮 に 対 しての 一 つ<br />

のアンチテーゼみたいな 役 割 を 果 たしたのだ、と<br />

いうわけです。それに 対 しては、 横 川 寿 美 子 の「ヅ<br />

カヅカの 系 譜 」が、それからしばらくして 出 た『 初<br />

潮 という 切 り 札 :< 少 女 > 批 評 ・ 序 説 』(JICC 出<br />

版 局 ( 後 の 宝 島 社 )1991)に 載 っています。おそ<br />

らく 日 本 でのジェンダー 的 な 観 点 からの 児 童 文 学<br />

研 究 の、 最 初 の 本 だと 思 います。その 論 の 中 で 横<br />

川 は、 本 田 に 異 議 申 し 立 てをしました。ヅカヅカ<br />

のヅカは 宝 塚 のヅカですが、 確 かに 異 文 化 として<br />

の 子 どものような「ひらひら」というのは 少 女 の<br />

一 面 にあるけれど、それだけが 少 女 の 特 徴 ではな<br />

いのだと。たとえば 非 常 にボーイッシュな 少 女 た<br />

ちが 登 場 する 物 語 もある。あるいは 男 性 作 家 が『 少<br />

女 倶 楽 部 』に 書 いたような 行 動 的 な 少 女 主 人 公 の<br />

アクションが 出 てきたり、あるいは 探 偵 物 もあっ<br />

たり、 少 しスリラーっぽいのもあったり、そんな<br />

ものもあるのだということを 述 べています。この<br />

ように、 少 女 イメージの 方 が 少 しややこしい。 少<br />

年 イメージがどちらかといえば 一 枚 岩 的 なのに 対<br />

して、 複 数 のイメージがあります。<br />

挿 絵 の 効 果<br />

ここで 少 し、 挿 絵 についてお 見 せしたいと 思 い<br />

ま す。『 名 作 插 絵 全 集 』( 全 10 巻 平 凡 社<br />

1979-81)の 中 に 大 衆 向 け 少 年 少 女 小 説 の 挿 絵 を<br />

集 めた 巻 があります。 見 ていくと、かなり 緻 密 な<br />

挿 絵 が 多 いですね。たとえば、 伊 藤 彦 造 、 時 代 物<br />

などで 活 躍 しています。 山 口 将 吉 郎 の 絵 も、 見 る<br />

からにリアリスティックだと 思 われるかもしれま<br />

せん。『 少 年 倶 楽 部 』、『 少 女 倶 楽 部 』を 中 心 に 活<br />

躍 した 人 で、 密 描 と 言 われるような 絵 がこの 時 代<br />

大 変 多 いのですが、 吉 川 英 治 の「 月 笛 日 笛 」、 高<br />

垣 眸 の「 龍 神 丸 」(『 宝 島 』にヒントを 得 て 書 いた<br />

116


エンターテインメントの 変 遷<br />

ような、 筋 をいろいろもらっているような 作 品 )、<br />

それから 吉 川 英 治 の「ひよどり 草 子 」などの 挿 絵<br />

ですが、いずれも、 今 から 見 ればなんてリアルな、<br />

という 感 じです。 次 は 斎 藤 五 百 枝 ですが、 佐 藤 紅<br />

緑 の 少 年 冒 険 物 の 挿 絵 ですね。だからこれは 日 常<br />

的 な 作 品 ですが、 少 年 の 横 顔 がとても 凛 々しく 描<br />

かれています。 戦 う「 人 食 い 豹 」、かなり 怖 い 絵<br />

です。それから 山 中 峯 太 郎 の『 大 東 の 鉄 人 』、 先<br />

ほど 少 しお 話 ししたスーパーヒーロー 本 郷 義 昭 が<br />

大 活 躍 する 話 ですが、 東 アジアが 出 てくるので、<br />

いろいろな 国 の 人 も 絵 に 登 場 してきます。<br />

次 は 高 畠 華 宵 、 美 しい 絵 で、 大 変 人 気 が 高 いで<br />

す。 雑 誌 『 日 本 少 年 』の 昭 和 4 年 の 口 絵 、この 鮮<br />

やかな 背 中 の 彫 り 物 。 叙 情 的 な 感 じもします。 海<br />

の 上 に 棲 むという 人 魚 を 描 いた 幻 想 的 な 絵 もあり<br />

ます。『 日 本 少 年 』の 昭 和 5 年 ですね。ちなみに、<br />

横 のページには 加 藤 まさをの、『 令 女 界 』に 載 せ<br />

た 絵 があります。 個 人 的 好 みがあるでしょうが、<br />

当 時 の 愛 読 者 などは、 雑 誌 付 録 の 封 筒 やレター<br />

ペーパーやしおりなどを 後 々までずっと 大 切 に 保<br />

管 したという 証 言 を 聞 いたりします。 雑 誌 文 化 を<br />

支 えた 中 で、こういう 絵 描 きさんたちの 果 たした<br />

役 割 は 相 当 なものと 思 いますし、 通 俗 とか 大 衆 と<br />

呼 ばれるものにおける 絵 の 要 素 は、とても 強 いと<br />

思 います。ここにはたぶん、この 講 座 で 吉 田 新 一<br />

先 生 の 話 されたいわゆる 芸 術 的 な「 絵 本 の 流 れ」<br />

と 全 然 違 うような 流 れが、あると 思 うのです。や<br />

がて 戦 争 の 時 代 になっていきますと、これらの 少<br />

女 の 絵 なども 健 康 的 ではないという 理 由 で 忌 避 さ<br />

れるようになります。 当 局 の 圧 力 などもあって、<br />

日 中 戦 争 よりもう 少 し 後 の 昭 和 14、5 年 頃 に 突 然 、<br />

『 少 女 の 友 』の 表 紙 が 極 めて 健 康 的 な 農 村 の 少 女<br />

のふくよかな 顔 立 ちに 変 わります。<br />

そのほか 須 藤 重 は 時 代 物 も 描 いています。これ<br />

は 先 ほど 出 てきた『 陸 奥 の 嵐 』です。 他 にも 少 女<br />

向 けの 翻 訳 作 品 なども 描 いています。 西 條 八 十 の<br />

作 品 、それから 吉 屋 信 子 の「あの 道 この 道 」など<br />

も 描 いています。<br />

他 にも 多 々 有 名 な 絵 描 きさんがいるのですが、<br />

とりあえずざっとお 見 せしました。『 少 年 倶 楽 部 』、<br />

『 少 女 倶 楽 部 』、 少 女 雑 誌 で 一 番 人 気 があったとい<br />

われる『 少 女 の 友 』を 含 めて、こうした 挿 絵 の 効<br />

果 があいまって、 長 編 の 連 載 物 語 に 胸 躍 らせ、や<br />

がて 単 行 本 になってもまた 読 者 がそれについてい<br />

くということですね。さらには、 戦 後 また 読 み 継<br />

がれていった 物 語 もあります。 戦 後 、 昭 和 20 年 代<br />

のたとえばポプラ 社 などから 出 た 本 にはこうした<br />

戦 前 の 講 談 社 系 のものがかなり 含 まれていたりす<br />

るので、 実 際 の 読 者 は 戦 後 まで 続 いたと 考 えてい<br />

いと 思 います。<br />

戦 後 の 岩 波 vs. 講 談 社 的 構 図<br />

はっきり 言 えば、 戦 前 の 芸 術 的 な 児 童 文 学 の 伝<br />

統 は、ある 意 味 ひ 弱 でした。『 童 話 』は 大 正 15 年<br />

で 終 わってしまいますし、『 赤 い 鳥 』も 三 重 吉 が<br />

亡 くなって 昭 和 11 年 で 終 刊 となります。「 芸 術 的 」<br />

対 「 大 衆 的 」は、 戦 後 になって、 大 きくは 岩 波 書<br />

店 対 講 談 社 という 構 図 になります。その 格 好 の 例<br />

が、 同 じ 昭 和 25(1950) 年 に 刊 行 された、 片 や「 岩<br />

波 少 年 文 庫 」 全 200 点 、 対 する 講 談 社 の「 世 界 名<br />

作 全 集 」 全 180 点 です。<br />

これが 初 期 の「 岩 波 少 年 文 庫 」の1 巻 目 です。『 宝<br />

島 』が 佐 々 木 直 次 郎 訳 で 出 ていたのはかなり 短 い<br />

時 期 で、やがて 阿 部 知 二 訳 の『 宝 島 』となります<br />

から、 佐 々 木 訳 の 岩 波 少 年 文 庫 版 はなかなか 見 る<br />

ことができません。 講 談 社 の「 世 界 名 作 全 集 」も<br />

ご 紹 介 させていただきます。 実 はこの 叢 書 は、 戦<br />

前 に 出 ていた「 世 界 名 作 物 語 」という 十 数 巻 のも<br />

のを 元 にしながら、 戦 後 は「 少 国 民 名 作 文 庫 」だ<br />

とか「 世 界 名 作 物 語 」として 何 度 か 出 てもいます。<br />

箱 入 りの、 戦 前 の 装 丁 を 生 かしたこの 全 集 は、 第<br />

1 巻 が 池 田 宣 政 の『ああ 無 情 』です。かのジャン・<br />

バルジャンとミリエル 司 教 の 登 場 で 始 まるのです<br />

が、この 表 紙 はかなり 素 敵 な、 大 人 が 持 っていて<br />

もおかしくない 感 じの 造 りです。<br />

余 談 になりますが、 確 か15 年 くらい 前 に、 中 高<br />

年 からの 遠 近 両 用 眼 鏡 のテレビコマーシャルが 放<br />

映 されていたのですが、そのとき 片 岡 孝 夫 ( 現 ・<br />

仁 左 衛 門 )が、リスが 飛 んでいたりする 森 の 中 で、<br />

ゆったりとこの 叢 書 の1 冊 を 広 げるのです。 要 す<br />

るに、 知 的 な 中 高 年 の 紳 士 が 手 にしておかしくな<br />

い 造 本 なのですね。 確 かに、 梁 川 剛 一 の 装 丁 は 芸<br />

術 的 な 価 値 も 高 いと 私 なども 考 えています。<br />

最 初 の10 巻 までには『 宝 島 』も 入 っております。<br />

117


エンターテインメントの 変 遷<br />

先 ほど 少 し 紹 介 した 高 垣 眸 の『 宝 島 』ですが、こ<br />

れは 原 作 以 上 におもしろい『 宝 島 』なのです。こ<br />

れに 関 してですが、 数 年 前 に 講 談 社 が「 冒 険 文 学 」<br />

のシリーズを 出 しました。 児 童 文 学 の 作 家 と 大 人<br />

の 作 家 がいろいろな 巻 を 翻 訳 ・ 再 話 し 直 しをした<br />

全 集 で、それが 出 たときの 記 念 に、『In pocket』<br />

という 講 談 社 の 小 さい 文 庫 判 の 月 刊 誌 で、そのシ<br />

リーズの1 冊 を 担 当 した 田 中 芳 樹 が、 作 家 の 青 木<br />

玉 と 対 談 をしています。 田 中 は 幸 田 露 伴 の 作 品 を<br />

再 話 して 収 録 したわけですが、その 対 談 で 田 中 が、<br />

子 どもの 頃 読 んだ『 宝 島 』は 海 戦 シーンがあって<br />

それが 非 常 にインパクトがあっておもしろかった<br />

と 言 っています。 海 戦 シーンが 出 てくる『 宝 島 』は、<br />

おそらく 高 垣 眸 のものしかないでしょう。 高 垣 眸<br />

は、 前 書 きで、 若 い 頃 から『 宝 島 』がとっても 大<br />

好 きで、ほとんど 自 分 の 頭 の 中 に 筋 が 入 っている<br />

ので、 今 回 紹 介 するにあたって 元 の 本 を 伏 せてし<br />

まって、 自 分 の 思 うようなかたちで 筆 をとったと<br />

言 う。この 方 が 日 本 の 今 の 読 者 にはイギリスの 海<br />

賊 魂 というものがより 正 しく 伝 わるだろう、つま<br />

り 原 作 より 私 の 方 が 海 賊 精 神 をちゃんと 伝 えてい<br />

るぞ、と 自 信 たっぷりです。 確 かに 原 作 の『 宝 島 』<br />

は 冒 頭 なかなか 船 出 しなくて、 海 に 出 る 前 に 本 を<br />

投 げちゃう 読 者 も 多 いかもしれません。それを、<br />

全 く 新 たな、そもそも 宝 を 宝 島 に 船 長 が 埋 めるよ<br />

り 前 の、フランスの 軍 艦 とイギリスの 海 賊 との 海<br />

戦 シーン(ジョン・シルバーが 足 を1 本 失 っちゃ<br />

う、その 海 戦 です)が、 非 常 に 迫 力 あるかたちで<br />

1 章 分 ついている。そういうような 作 品 も「 世 界<br />

名 作 全 集 」には 収 録 されています。<br />

さて、「 岩 波 少 年 文 庫 」の 編 集 部 には 石 井 桃 子<br />

やいぬいとみこもおりました。 巻 末 の「 岩 波 少 年<br />

文 庫 発 刊 に 際 して」から 少 し 紹 介 します。<br />

少 数 の 例 外 的 な 出 版 者 、 飜 訳 者 の 良 心 的 な 試 み<br />

を 除 けば、およそ 出 版 部 門 のなかで、この 部 門<br />

ほど 杜 撰 な 飜 訳 が 看 過 され、ほしいままの 改 刪<br />

が 横 行 している 部 門 はない。( 中 略 ) 多 年 にわ<br />

たるこの 弊 害 を 除 き、 名 作 にふさわしい 定 訳 を、<br />

日 本 に 作 ることの 必 要 を 痛 感 したからである。<br />

飜 訳 は、あくまで 原 作 の 眞 の 姿 を 傳 えることを<br />

期 すると 共 に、 訳 文 は 平 明 、どこまでも 少 年 諸<br />

君 に 親 しみ 深 いものとするつもりである。<br />

ご 覧 になってわかるように、もうそろそろ 漢 字<br />

が 新 漢 字 になりつつある 時 代 ですが、 出 版 社 の 方<br />

針 として 旧 漢 字 のままだったそうです。ところで、<br />

この 叢 書 も 完 訳 とは 限 らない。たとえば『ガリバー<br />

旅 行 記 』でも、 編 集 者 から 見 ると 品 がないところ<br />

は 排 除 されたと 聞 きます。 完 訳 ではなくここでは<br />

「 定 訳 」、 長 く 読 み 継 がれるものとしての 定 訳 とい<br />

うことを 強 調 しています。ともあれ、その 立 場 か<br />

らすると 先 ほどお 話 ししたような 高 垣 眸 の『 宝 島 』<br />

は、 言 語 道 断 の 沙 汰 かも 知 れません。ただし 物 語<br />

を 中 心 に 考 えるならば、 原 作 が 最 善 の 作 品 のかた<br />

ちなのか、という 問 題 もあります。このような、<br />

ある 意 味 見 えやすい、 大 人 の 文 化 の 中 にもある 岩<br />

波 文 化 と 講 談 社 文 化 の 対 立 というものが、 子 ども<br />

の 本 の 世 界 でも 同 じように 見 えてきました。<br />

「 現 代 児 童 文 学 」 出 発 期 前 後 の 意 識<br />

現 代 児 童 文 学 の 出 発 に 関 しては、 他 の 講 師 の 方<br />

からお 聞 きになったと 思 うのですが、この 時 期 、<br />

とにかく 長 編 を 書 かねばいけないという 意 識 は 戦<br />

前 から 仕 事 をしている 世 代 の 人 たちも 持 っており<br />

ました。ただし 彼 らは 書 けないのです、 長 編 が。<br />

そんな 中 で、 昭 和 29 年 あたりに 新 潮 社 から 出 た 少<br />

年 向 けの 長 編 シリーズがあります。10 冊 ぐらい 企<br />

画 はされていたのですが、 実 際 に 出 たのはずっと<br />

少 ない 冊 数 です。その 企 画 の 中 で 初 めて 長 編 を 書<br />

いたのが、 国 分 一 太 郎 です。 国 分 は、 短 編 では「カ<br />

ヌヒモトの 思 い 出 」や「たわしのみそ 汁 」など、<br />

長 編 では 後 に『リンゴ 畑 の 四 日 間 』などを 書 いて<br />

もいます。<br />

その、 国 分 が 初 めて 書 いた 長 編 少 年 小 説 が、『 鉄<br />

の 町 の 少 年 』です。これは 最 終 的 な 題 名 ですが、<br />

同 シリーズの 住 井 すゑ『 夜 あけ 朝 あけ』の 裏 表 紙<br />

カバーを 見 ますと、 当 初 予 定 されていた 題 名 は『ぼ<br />

くらは 探 偵 をしなければならない』でした。 敗 戦<br />

後 間 もない 時 期 の、 東 京 の 工 場 が 舞 台 で、 山 形 か<br />

ら 戦 中 に 出 てきて 働 いている16 歳 ぐらいの 少 年 た<br />

ちが 主 人 公 です。その 工 場 で、 敗 戦 になったから<br />

組 合 を 作 ろうという 動 きがある。 給 料 も 安 い。 会<br />

社 側 は 当 然 組 合 潰 しをしようとする。その 過 程 で、<br />

118


エンターテインメントの 変 遷<br />

少 年 たちの 仲 間 の1 人 が 会 社 側 の 社 員 に 抱 きこま<br />

れます。そして、 仕 事 に 使 う 皮 が 盗 まれたという<br />

状 況 が 作 られるのです。 会 社 側 はそれを 労 働 者 側<br />

の 責 任 に 帰 して、それをきっかけに 組 合 を 何 とか<br />

潰 していこうとする。そんな 状 況 の 中 で「おかし<br />

い」と 思 った 少 年 たちが、 探 偵 をしていくわけで<br />

す。それぞれが 協 力 して、 日 記 をつけていた 少 年<br />

は 日 記 を 改 めて 見 返 すとか、あるいはいろいろな<br />

人 に 聞 くとか、 互 いに 知 恵 を 使 って、 結 局 、 仲 間<br />

の1 人 が 実 は 労 働 者 に 対 する 裏 切 り 行 為 をしてい<br />

たということがはっきりする。 裏 切 った 少 年 も 改<br />

心 して 事 実 を 話 し、それを 元 に 組 合 側 が、 会 社 側<br />

との 談 判 に 行 く。このように、 敗 戦 の 時 期 を 舞 台<br />

にして、 予 定 題 名 だった『ぼくらは 探 偵 をしなけ<br />

ればならない』の 通 り、ミステリー、 探 偵 小 説 の<br />

作 り 方 ・ 構 成 をヒントにして 書 かれたわけです。<br />

国 分 自 身 、 長 編 を 書 くためには 謎 解 きのプロット<br />

を 用 いるのが 一 番 のコツだといっています。<br />

今 から 見 ればその 後 の 長 編 の 先 駆 けで、しかも<br />

非 常 に 社 会 的 意 識 が 高 い。 労 働 者 の 少 年 が 主 人 公<br />

ですし、リアリズムの 代 表 的 作 品 の 一 つといって<br />

も 過 言 ではないはずなのですが、 刊 行 された 当 時 、<br />

必 ずしも 良 い 評 価 だけではありませんでした。も<br />

ちろんそれぞれの 少 年 主 人 公 が 十 分 に 書 ききれて<br />

いないといった 問 題 もあるのですが、それ 以 外 に<br />

「 長 編 が 出 てきたのは 喜 ばしいが、 探 偵 小 説 なぞ<br />

というものの 形 式 を 真 似 ているのはどうもね」と<br />

いった 意 見 があるのです。 要 するに「 探 偵 小 説 」<br />

という 通 俗 的 な、 娯 楽 的 な、 読 み 物 的 なものなん<br />

ぞの 力 を 借 りているのは、 当 時 の 児 童 文 学 界 では<br />

マイナス 要 因 でした。<br />

ミステリーの 位 置<br />

それに 関 しては 他 に、おもしろいものをお 見 せ<br />

したいと 思 います。エラリー・クイーンのジュニ<br />

ア 向 け 作 品 の 翻 訳 シリーズで、 昭 和 33 年 に 全 8 巻<br />

が 早 川 書 房 から 出 ております。 都 筑 道 夫 が 編 集 者<br />

で、なんと 石 井 桃 子 が 初 めてミステリーを 翻 訳 し<br />

てもいるのですが、カバーに 興 味 深 い 文 言 が 載 っ<br />

ています。 特 に 興 味 深 いのは 推 奨 の 文 章 の 後 半 で<br />

す。 日 比 谷 高 校 校 長 、 東 大 教 育 学 部 教 授 の 先 生 が<br />

書 いているのですが、 大 体 をいうと、 少 年 少 女 た<br />

ちに 探 偵 小 説 をすすめるなんてとんでもないと 親<br />

も 教 師 も 思 うだろうが、しかし 探 偵 小 説 にはもの<br />

の 真 相 を 見 極 めるために 推 理 の 力 を 細 かに 働 かせ<br />

る 過 程 が 描 かれていて、 飽 くなき 探 究 心 を 感 じさ<br />

せる 推 理 力 こそ 科 学 する 心 にかなうし、 頭 の 訓 練<br />

になる、というのです。 逆 に 考 えれば、 探 偵 小 説<br />

を 読 んでもバカにはなりませんよというわけです<br />

から、 普 通 には、そういうよくないものと 探 偵 小<br />

説 が 考 えられていた 証 です。<br />

石 井 桃 子 の 前 書 きも 少 しご 紹 介 します。 困 惑 し<br />

ながら 翻 訳 しているのが 明 らかでして、「 私 が、<br />

いままで 親 しんできた 小 説 は、 人 々の 気 もちや 性<br />

格 を 中 心 にえがいたものでした。ところがミステ<br />

リーは、はじめから、 事 件 、 事 件 、 事 件 です」と<br />

いう。 事 件 は、こまかい 計 算 や 正 確 な 考 え 方 を 持 っ<br />

て、ちゃんと 意 識 を 持 って 物 事 を 見 ていなければ<br />

いけない。だから 見 過 ごしがちな 男 の 子 が 出 てく<br />

るのですが、 探 偵 役 の 子 はしっかりそこをわきま<br />

えて 見 ている。それが、このジャンルの 一 応 のプ<br />

ラス 面 とされたようです。<br />

都 筑 道 夫 の 解 説 もあるのですが、 要 するに、エ<br />

ラリー・クイーンのこのシリーズのように「わた<br />

したちに、いろいろかわった 生 活 をおしえるのが、<br />

文 学 の 持 っている 役 割 のひとつなの」でもある、<br />

エラリー・クイーンは 子 ども 向 けの 探 偵 小 説 で「わ<br />

かりやすくておもしろい 本 格 探 偵 小 説 というだけ<br />

でなく、そういう 文 学 の 役 割 をも、つとめさせよ<br />

うとしたのです」と 書 いています。つまり、 単 に<br />

おもしろいだけではないよ、 娯 楽 性 ・ 通 俗 性 だけ<br />

ではないよと 書 いているのです。ちゃんとお 勉 強<br />

にもなりますよ、と 言 わないと、「ふん、 探 偵 小<br />

説 なぞという 低 いものが」という 感 覚 で 見 られて<br />

しまう 時 代 の 様 子 がおわかりかと 思 います。 現 代<br />

児 童 文 学 の 出 発 というのは、 現 実 に 根 ざしたリア<br />

リスティックな、あるいは 英 米 系 のファンタス<br />

ティックな 作 品 を 模 倣 したようなものを 目 指 した<br />

わけで、おもしろさを 第 一 に 追 求 するのは 非 常 に<br />

低 く 見 られていたことがはっきりすると 思 いま<br />

す。<br />

次 にあげるのは 仁 木 悦 子 の『 消 えたおじさん』<br />

です。 彼 女 は 第 3 回 江 戸 川 乱 歩 賞 の 受 賞 者 です。<br />

大 井 三 重 子 という 名 前 でファンタスティックな 児<br />

119


エンターテインメントの 変 遷<br />

童 文 学 の 短 編 を 書 いてもいます。この 作 品 は 昭 和<br />

36(1961) 年 刊 行 です。まさに 出 発 期 と 同 じ 時 期<br />

ですね。あとがきに 当 時 のことがわかりやすく 書<br />

かれています。「 二 つの 流 れ」があって、 一 つは「い<br />

わゆる 良 心 的 児 童 文 学 者 の 作 品 」、もう 一 つは「( 児<br />

童 雑 誌 に) 掲 載 されている 冒 険 活 劇 などの 物 語 で<br />

ある」と。この 年 でいうと『 少 年 マガジン』、『 少<br />

年 サンデー』はすでに 創 刊 されていますが、まだ<br />

『 少 女 フレンド』、『マーガレット』は 出 ていません。<br />

当 時 の 雑 誌 の 冒 険 物 なんかは 絵 が 主 体 で、ちゃん<br />

とした「 読 むもの」ではない。それで 仁 木 は「 子<br />

供 たちから 歓 迎 される 痛 快 で 健 康 な 少 年 少 女 小 説<br />

が 生 まれないのだろうか」と 考 えた。『 消 えたお<br />

じさん』を 書 いたのは、ケストナーやマーク・ト<br />

ウェインの 作 品 のようなものを 書 きたかったから<br />

だと、かなりはっきりと、おもしろさを 強 調 して<br />

います。<br />

ところが、この 作 品 がどういうふうに 評 価 され<br />

ているかというと、 翌 年 刊 行 の 雑 誌 に 掲 載 された<br />

前 年 回 顧 などでは、はっきり 言 って 無 視 です。 要<br />

するに、このような 読 み 物 は 評 価 するに 値 しない<br />

と。この 本 は、 状 況 を 論 ずるのには 全 く 関 係 がな<br />

いという 扱 いです。 知 り 合 いの 図 書 館 関 係 の 人 が、<br />

子 どもの 頃 に 読 んだこの 本 の、 謎 解 きのキーワー<br />

ドを 今 でも 強 烈 にちゃんと 覚 えていると 話 してく<br />

れたことがあって、びっくりさせられたことがあ<br />

ります。それほど、 実 際 の 子 ども 読 者 には 印 象 が<br />

強 いのですけれどね。<br />

ちなみに、この 時 期 、 娯 楽 読 み 物 の 中 心 は 何 か<br />

というと、 乱 歩 の 作 品 と「ルパン」です。どちら<br />

もポプラ 社 から 全 集 が 出 ています。ご 存 知 だと 思<br />

いますが、 少 し 前 にどちらも 装 丁 が 変 わり、 新 し<br />

い 全 集 が 出 ました。 一 時 期 、どこかの 図 書 館 で「 完<br />

訳 でなければ 悪 い 本 だ」という 理 由 で、 南 洋 一 郎<br />

訳 の「ルパン」のシリーズが 棚 から 引 っ 込 められ<br />

てしまったこともあるようですが、こうして 探 偵<br />

物 は 読 み 継 がれてきているわけです。<br />

戦 後 の 雑 誌 文 化<br />

戦 後 、 雑 誌 文 化 の 中 で、さまざまな 娯 楽 読 み 物<br />

も 出 てきました。 一 つは 学 年 別 誌 ですが、 今 はほ<br />

とんど 廃 れてしまいました。 小 学 館 の『 小 学 ○ 年<br />

生 』は 今 もありますが、かつては『○ 年 の 学 習 』、<br />

『○ 年 の 科 学 』といった 学 習 雑 誌 に 必 ず 複 数 の 読<br />

み 物 が 連 載 されていましたし、 中 学 生 ・ 高 校 生 に<br />

なっても 旺 文 社 の『 中 ○ 時 代 』、『 高 ○ 時 代 』、 学<br />

研 の『 中 ○コース』、『 高 ○コース』(○には 学 年<br />

の 数 字 が 入 る)、この2 系 統 は、1960 年 代 や70 年 代 、<br />

学 校 の 図 書 館 などに 毎 月 それがあって、 私 も 図 書<br />

館 に 行 ってはだいたい 斜 め 読 みはしていた 記 憶 が<br />

あります。そういう 発 表 媒 体 には、たとえばまだ<br />

大 人 の 文 学 できちんと 地 位 が 確 立 されていなかっ<br />

た SF の 作 家 が、いわゆる SF ジュブナイルを 連 載<br />

したりしました。 筒 井 康 隆 の『 時 をかける 少 女 』<br />

もそうだったと 思 います。 今 でも、 花 屋 でラベン<br />

ダーの 花 を 見 るたびに「これは 不 思 議 な 力 を 持 つ<br />

花 だ」という 気 がどうしても 強 くするくらいにイ<br />

ンパクトが 強 かった。 眉 村 卓 の 作 品 も 読 んだ 記 憶<br />

があります。<br />

もう 一 つは 週 刊 漫 画 誌 の 台 頭 です。 皮 肉 といえ<br />

ば 皮 肉 なのですが、 現 代 児 童 文 学 が 出 発 した 昭 和<br />

34(1959) 年 、 全 く 同 じ 年 に『 少 年 マガジン』、『 少<br />

年 サンデー』という 二 つの 少 年 週 刊 誌 が 創 刊 され<br />

ます。 現 在 は 漫 画 しか 載 っていませんが、 当 時 は<br />

読 み 物 もあり、いろいろな 特 集 記 事 もありました。<br />

少 し 遅 れて 創 刊 される『 少 女 フレンド』、『マーガ<br />

レット』も 同 様 です。 女 の 子 向 けだと 少 しスリ<br />

ラーっぽい 話 があったり、 男 の 子 向 けだと「 長 嶋<br />

茂 雄 物 語 」とか、あるいは「 戦 艦 大 和 の 中 身 はこ<br />

うだ」とかいう 図 解 が 載 ったり、そんな 具 合 でし<br />

た。そんな 連 載 作 品 が 単 行 本 にまとまったものを<br />

1 冊 お 見 せします。 昭 和 40 年 代 の 初 めに 出 た『さ<br />

いごの 番 長 』です。 依 光 隆 の 挿 絵 です。 私 の 記 憶<br />

では、そろばん 塾 に 通 っていたとき、 控 え 場 所 に<br />

漫 画 雑 誌 が 積 んであって、そこでたまたまハイラ<br />

イトシーンの 一 つを 読 んだのでした。はりあって<br />

いる 番 長 格 の 少 年 どうしが、お 互 いにどっちが 勝<br />

つか、 手 にろうそくを 立 ててがまん 比 べをやるの<br />

です。その 緊 迫 した 場 面 というのが、たまたまそ<br />

こだけ 読 んだにもかかわらず 印 象 に 強 く 残 って、<br />

10 年 以 上 経 って 偶 然 この 単 行 本 を 見 つけたときは<br />

驚 きました。それほど 強 烈 なシーンがある、そう<br />

いう 読 み 物 が 漫 画 誌 に 連 載 されていたりしたので<br />

す。ただしその 後 、こういう 読 み 物 は 減 って、 長<br />

120


エンターテインメントの 変 遷<br />

編 の 物 語 性 というのはどんどん 漫 画 に 置 き 換 えら<br />

れていくわけです。その 結 果 、 漫 画 誌 から 読 み 物<br />

はなくなりますし、 学 年 別 誌 の 方 は、70 年 代 くら<br />

いまではまだ 人 気 を 保 って 読 み 継 がれていました<br />

が、やがてこれも 衰 退 していくわけで、つまり、<br />

雑 誌 文 化 の 衰 退 とともに 読 み 物 ・ 娯 楽 ・ 大 衆 物 は<br />

変 化 したのではないでしょうか。<br />

それからジュニア 小 説 というジャンル。 雑 誌 文<br />

化 は 少 年 向 け・ 少 女 向 けそれぞれありますけれど<br />

も、 特 に10 代 の 少 女 向 けのジャンルというのが<br />

ジュニア 小 説 です。 後 にコバルト 文 庫 や 講 談 社 X<br />

文 庫 になる、その 類 のものですね。 作 家 名 でいえ<br />

ば、 佐 伯 千 秋 、 吉 田 とし、 富 島 健 夫 等 、これら 早<br />

い 時 期 のコバルト 文 庫 は、 現 在 とは 表 紙 からして<br />

違 う 感 じがします。『 小 説 ジュニア』という 雑 誌<br />

に1970 年 前 後 ぐらいに 富 島 健 夫 の『おさな 妻 』が<br />

発 表 された 頃 は、 当 時 の 女 学 生 は「わあーすごい」<br />

なんてみんなでワクワクドキドキした。 今 から 考<br />

えたら 読 者 も 純 真 でした。これはのちに 名 前 を 変<br />

えて、 雑 誌 名 も『Cobalt』となり、「コバルト 文 庫 」<br />

にも 新 しい 作 家 たちが 登 場 してきます。<br />

80 年 代 の 変 化<br />

そのように 見 てくると、やはり80 年 代 の 変 化 と<br />

いうのが 大 きいでしょう。1978 年 あるいは1980 年<br />

を 現 代 児 童 文 学 の 転 換 期 と 考 えることは、たぶん<br />

「タブーの 崩 壊 」といった 現 象 の 説 明 とともに 他<br />

の 講 師 の 方 からお 話 を 聞 いたかと 思 います。その<br />

転 換 後 の80 年 代 には、 非 常 によく 売 れた 二 つのシ<br />

リーズを 指 しての、「ズッコケ・はれぶた 現 象 」<br />

といった 言 い 方 がありました。<br />

「ズッコケ 三 人 組 」シリーズから『ズッコケ秘<br />

大 作 戦 』を 特 に 取 り 上 げたのは、シリーズ 初 期 の<br />

読 み 物 の 典 型 かなと 思 ってです。 自 分 の 正 体 を<br />

ずっと 偽 り 続 ける 少 女 に 翻 弄 される 三 人 組 の 話 で<br />

すが、 結 局 どこか 他 の 町 に 行 ってしまっても、 最<br />

後 まで 少 女 は 手 紙 の 中 で、 自 分 がそういうスパイ<br />

がらみの 因 縁 のある 背 景 を 持 っているんだという<br />

ふりをし 続 けるのです。それがもううそだとわ<br />

かっているのだけれど、でも「なんてうそつきな<br />

んだ」とは 否 定 はできない 三 人 組 が、ため 息 をつ<br />

きつつ 割 り 切 れぬ 思 いでいる。それがラストのあ<br />

たりです。これはまさに「せつなさ」の 権 化 のよ<br />

うでして、 全 50 巻 のシリーズから 自 分 のベスト5<br />

点 を 挙 げろといわれたら、たぶん 多 くの 人 がこれ<br />

を 入 れるのではないかなと 思 ったりします。<br />

『はれときどきぶた』はご 存 知 ですね。 私 は 以 前 、<br />

神 奈 川 近 代 文 学 館 で 開 かれた 児 童 文 学 の 展 覧 会<br />

で、あの 見 開 きの、 空 いっぱいから 豚 が 降 ってく<br />

るシーンの 原 画 を 見 たことがありますが、ものす<br />

ごくきれいなピンク 色 でした。 作 中 、 鉛 筆 で 書 い<br />

たのを 消 したりしているところがあります。あれ<br />

は 実 際 に 鉛 筆 の 芯 で 書 いて 消 しているのです。 鉛<br />

筆 の 線 がきれいに 印 刷 できる 技 術 ができたから、<br />

1980 年 の 時 点 で 出 せたのだという 話 を 聞 いたこと<br />

があります。ですから、「はれぶた」が 出 たのも<br />

印 刷 技 術 の 進 歩 と 関 わっているわけですね。<br />

1980 年 あたりから、「 荒 れる 子 どもたち」が 話<br />

題 になり、 予 備 校 生 金 属 バット 殺 人 事 件 があった<br />

りしました。 中 村 雄 二 郎 や 山 口 昌 男 といった 文 化<br />

人 が 子 どもに 注 目 した 発 言 をし 出 したのもその 頃<br />

です。フィリップ・アリエスの『< 子 供 >の 誕 生 :<br />

アンシァン・レジーム 期 の 子 供 と 家 族 生 活 』が 翻<br />

訳 され、「 児 童 の 発 見 」の 章 がある 柄 谷 行 人 の『 日<br />

本 近 代 文 学 の 起 源 』が 出 たのも1980 年 。というよ<br />

うに1980 年 はいろいろな 意 味 で 区 切 りなのです<br />

が、 児 童 文 学 の 中 では、こうした 読 み 物 を 意 識 的<br />

に 出 してきた、 那 須 正 幹 という 作 家 の 存 在 は80 年<br />

代 以 降 、やはり 大 きかったと 思 います。 彼 は、こ<br />

れまでに 他 の 作 家 がやっていない 仕 事 をするとい<br />

う 意 識 があるようで、 後 には 子 ども 向 けのエッセ<br />

イ 集 を 出 しましたし、 他 にも「お 江 戸 の 百 太 郎 」<br />

シリーズなども 出 しています。『お 江 戸 の 百 太 郎<br />

赤 猫 がおどる』はシリーズ3 冊 目 ですが、ミステ<br />

リーの 出 来 としてはたぶんこれが 一 番 いいかなと<br />

個 人 的 には 思 います。 子 どもの 文 学 ではまだ 捕 物<br />

帖 がないから、 捕 物 帖 を 書 いた、という。たとえ<br />

ば 都 筑 道 夫 の『なめくじ 長 屋 捕 物 さわぎ』を 那 須<br />

はとても 好 きで、あれから 下 駄 新 道 の 親 分 の 名 前<br />

を、 百 太 郎 の 方 に 借 りてきたりしています。 大 人<br />

の 同 じジャンルの 作 品 と 並 べても 全 然 遜 色 はない<br />

という 作 品 が 出 てきた。この『お 江 戸 の 百 太 郎<br />

赤 猫 がおどる』も、 実 は 犯 人 は、 心 を 病 んだ 状 態<br />

でもあり、 結 局 分 け 入 れないある 種 のミステリー<br />

121


エンターテインメントの 変 遷<br />

が 残 ったままだといった 終 わらせ 方 です。 謎 が 解<br />

決 した、 犯 人 が 捕 まった 万 々 歳 、というかつての<br />

ミステリーのイメージとは 明 らかに 違 ってきてい<br />

るわけです。<br />

挿 絵 の 変 化 、 周 辺 の 変 化<br />

その80 年 代 には、 挿 絵 や 表 紙 絵 も 大 きく 変 わり<br />

ました。その 前 に、まず70 年 代 頃 までの、いくつ<br />

か 代 表 的 な 作 品 の 絵 を 少 し 見 ておきます。『 天 使<br />

で 大 地 はいっぱいだ』は1967 年 に 刊 行 された 後 藤<br />

竜 二 の 代 表 作 ですが、 市 川 禎 男 の 挿 絵 で、 農 家 の<br />

雰 囲 気 が 漂 います。それから『さらばハイウェイ』、<br />

刊 行 は1970 年 11 月 ですが、 砂 田 弘 の、ミステリー<br />

といえる 作 品 。しかも 犯 人 側 に 沿 って 書 かれるの<br />

ですが、その 中 で 欠 陥 自 動 車 の 問 題 を 取 り 上 げた<br />

問 題 作 です。 表 紙 絵 には、 車 の 欠 陥 と、 車 の 欠 陥<br />

を 隠 し 通 そうとする 自 動 車 会 社 が 見 える。それか<br />

ら『ぼくらは 機 関 車 太 陽 号 』、これは 古 田 足 日 の<br />

学 校 物 の 代 表 作 の 一 つです。ユニークな 校 長 先 生<br />

が 登 場 してくる。 歩 き 遠 足 をやったり、 多 様 なか<br />

たちの 校 庭 をつくったりする。1972 年 12 月 に 刊 行<br />

されています。 挿 絵 は 久 米 宏 一 です。 大 体 におい<br />

て、リアリスティックな 作 品 の、リアリスティッ<br />

クな 挿 絵 が 目 立 ちました。<br />

80 年 代 に 入 って 新 しく 出 てきた 作 家 の 作 品 の 場<br />

合 、 全 く 違 うタイプの 絵 が 描 かれる。その 一 つが<br />

『 十 二 歳 の 合 い 言 葉 』です。 最 近 ポプラ 社 が 出 し<br />

始 めた「ポプラポケット 文 庫 」にも 入 っています<br />

が、 薫 くみこの 第 1 作 、デビュー 作 です。 中 島 潔<br />

の 絵 ですね。かつて、イタリア 児 童 文 学 の 翻 訳 者<br />

であり 作 家 でもあり 研 究 者 でもあった 安 藤 美 紀 夫<br />

さんが「いやー、 最 近 出 たこういう 本 は、 電 車 の<br />

中 で 読 むのに 恥 ずかしくってねー」とおっしゃっ<br />

ていたことを 思 い 出 しますが、そりゃあ50 歳 過 ぎ<br />

た 男 の 人 が 電 車 の 中 でこの 表 紙 の 本 を 見 ていたら<br />

周 りから 奇 異 な 目 で 見 られるかと 思 います。「 十 二<br />

歳 シリーズ」は5 冊 のシリーズになりますが、80<br />

年 代 の 児 童 文 学 の 中 で 出 てきた 少 女 小 説 の 代 表 作<br />

といっていいものでしょう。 一 方 、ファンタジー<br />

の 方 も 一 つだけご 紹 介 しておきます。『ドーム 郡<br />

ものがたり』、 芝 田 勝 茂 の 第 1 作 、デビュー 作 です。<br />

和 田 慎 二 の 絵 のカバーがとてもいいのですが、 福<br />

音 館 書 店 の「 土 曜 日 文 庫 」から 出 ました。あの 福<br />

音 館 が 和 田 慎 二 かと 当 時 驚 きましたが。『ドーム<br />

郡 ものがたり』は 第 2 巻 がほどなく 出 て、 最 近 久<br />

しぶりに3 巻 目 が 小 峰 書 店 から 出 ましたが、こち<br />

らは 装 丁 が 違 います。<br />

実 は80 年 代 には 周 辺 のエンターテインメントも<br />

変 わってきました。「コバルト 文 庫 」などでも、<br />

赤 川 次 郎 、 新 井 素 子 、 氷 室 冴 子 といった 人 たちが<br />

出 てきます。 赤 川 次 郎 は『 吸 血 鬼 はお 年 ごろ』に<br />

始 まるシリーズがありますね。 新 井 素 子 の「 星 へ<br />

行 く 船 」シリーズなどは、 児 童 文 学 の、ある 種 の<br />

「 成 長 物 」といってもいいかもしれません。 氷 室<br />

は 自 身 、 吉 屋 信 子 の 少 女 小 説 が 大 好 きだったと<br />

いっていますが、 学 園 物 に『クララ 白 書 』、『アグ<br />

ネス 白 書 』がありますし、「なんて 素 敵 にジャパ<br />

ネスク」シリーズもあります。 平 安 時 代 の 少 女 、<br />

瑠 璃 が 主 人 公 、 相 手 役 が 高 彬 です。こうした 人 た<br />

ち 以 外 にも80 年 代 後 半 あたりで X 文 庫 がよく 読 ま<br />

れます。 折 原 みとや 花 井 愛 子 もいますね。 花 井 愛<br />

子 がジュニア 向 けの 文 庫 の 裏 側 について 書 いた<br />

『ときめきイチゴ 時 代 :ティーンズハートの1987-<br />

1997』( 講 談 社 文 庫 2005)がつい 最 近 出 たばか<br />

りだと 思 います。それから 宗 田 理 の『ぼくらの 七<br />

日 間 戦 争 』に 始 まる「ぼくら」シリーズ、あれは<br />

角 川 文 庫 です。というわけで、 周 辺 でもエンター<br />

テインメントが 新 味 を 持 って 出 てきた。 児 童 文 学<br />

の 中 では、80 年 代 半 ばに 一 人 称 の 短 編 連 作 の、 内<br />

面 のつぶやきを 拾 い 上 げていく 類 の 作 品 がいくつ<br />

も 出 てきました。たとえば 泉 啓 子 のデビュー 作 の<br />

『 風 の 音 をきかせてよ』。 短 編 連 作 という 意 味 では<br />

村 中 李 衣 の『 小 さいベッド』、それから 加 藤 多 一<br />

の『 草 原 :ぼくと 子 っこ 牛 の 大 地 』もあります。<br />

85 年 あたりになると 森 忠 明 の 短 編 集 、「ぼく」と<br />

か「おれ」という 主 人 公 の 少 年 が 一 人 称 で 語 る、「 森<br />

くん」が 主 人 公 の 作 品 集 が 出 てきます。『 少 年 時<br />

代 の 画 集 』が 代 表 でしょう。もちろんこの 時 期 、<br />

大 長 編 も 出 ていないわけではないのですが、 何 か<br />

リアリスティックな、しかもより 内 面 に 入 った 感<br />

じがあって、むしろ 読 み 物 としての 日 常 物 を 支 え<br />

たのが 周 辺 のエンターテインメントだったような<br />

気 もいたします。<br />

122


エンターテインメントの 変 遷<br />

そして、 現 在<br />

現 在 に 話 を 進 めます。90 年 代 、そして21 世 紀 に<br />

入 った 今 に 至 るまでというところで 考 えますと、<br />

特 に 幼 年 とか 中 級 向 けで、 読 書 離 れとかあるいは<br />

出 版 不 況 の 中 で 模 索 している。そしてストーリー<br />

だけから 成 るのではない、 遊 びの 要 素 を 含 めたよ<br />

うな 作 品 が、かなり 多 くみられるようになってき<br />

た。レジュメに『らくだいにんじゃらんたろう』<br />

とか『かいけつゾロリ』といった 名 前 を 挙 げまし<br />

た。つまり 本 を 読 んでいく 途 中 で 遊 んでしまうの<br />

です。かつて 理 想 とされたように、お 話 の 筋 をひ<br />

たすらずっとモノレール 状 に 追 っていくというの<br />

ではなく、 途 中 でゲーム 的 な 要 素 があったり、ク<br />

イズがあったりする。 絵 自 体 も、 全 くコミカルな<br />

イメージの 絵 になっています。このページ 見 開 き<br />

だけで 遊 べちゃうぞといった 感 じですね。「ゾロ<br />

リ」は、 今 や 一 番 人 気 のシリーズといっていいで<br />

しょう。 最 盛 期 の「ズッコケ」は 初 版 が8 万 部 と<br />

聞 きました。「ゾロリ」は、それよりかなり 多 い<br />

でしょう。 普 通 の 文 学 作 品 だったら、5 千 部 初 版<br />

でもいいほうかもしれません。それから 特 に 女 の<br />

子 向 けの 本 がありますね。たとえば 藤 真 知 子 、「わ<br />

たしのママは 魔 女 」シリーズは 少 し 年 上 で、もう<br />

少 し 低 いグレードは「いたずらまじょ 子 」のシリー<br />

ズ、これらを 見 ただけで、かつての 表 紙 と 全 然 違 っ<br />

ちゃっているのが 明 らかです。<br />

もう 少 しグレードが 上 のところはというと、 大<br />

人 と 子 どもの 境 界 がだんだん 崩 れて、 芸 術 的 文 学<br />

と 大 衆 文 学 の 境 界 も 崩 れた。 花 村 萬 月 が 芥 川 賞 を<br />

とったりとか、 大 人 の 文 学 の 方 も 変 わってきてい<br />

るわけですから、 当 然 かもしれませんが。 基 本 的<br />

によく 読 まれるのは、エンターテインメントがほ<br />

とんどですからね。その 中 で、 何 が 今 求 められて<br />

いるのか。 物 語 も 変 化 しますが、 本 作 りや 本 の 流<br />

通 の 状 況 も 変 化 しています。 子 どもの 本 売 り 場 自<br />

体 がだんだん 縮 小 してきていますし、1 冊 の 本 を、<br />

どういう 扱 いで 流 通 させるのか、あるいは 紹 介 す<br />

るのかも、 本 当 に 交 錯 してきているわけです。<br />

そんな 中 で、 最 近 比 較 的 よく 読 まれている、 児<br />

童 文 学 からいわば「 越 境 」していった 作 品 に 触 れ<br />

ておきます。 一 つは、あさのあつこの『バッテ<br />

リー』、 第 2 巻 が 日 本 児 童 文 学 者 協 会 賞 を 受 賞 し<br />

ていますし、 児 童 文 学 の 中 では 評 価 が 高 かったの<br />

ですが、 広 く 知 られたのは、 北 上 次 郎 が「こんな<br />

おもしろい 本 があった」と 一 般 向 けの 紙 面 などで<br />

紹 介 をした 後 です。 全 6 巻 で 完 結 しましたが、 大<br />

人 の 読 者 もかなり 獲 得 していっている。この 作 品 、<br />

よく 考 えると、 人 物 造 型 というのは、あまり 変 化<br />

しない、 始 めからの 個 性 的 な 人 物 で、それこそ 通<br />

俗 の 要 素 を 盛 り 込 んでいるわけです。もう 一 つは、<br />

森 絵 都 の『DIVE!!』、これも4 冊 で 完 結 していま<br />

す。 飛 込 み 競 技 でオリンピックを 目 指 している 少<br />

年 たちを 主 人 公 にしていますが、これなども、か<br />

つての「スポ 根 」 漫 画 を 逆 に 文 章 にしたような 感<br />

じです。 最 後 はみんなめでたしになって 良 かった<br />

という 結 びです。『バッテリー』も『DIVE!!』も、<br />

共 に 子 どもから 大 人 までの 幅 広 い 読 者 を 持 ってい<br />

る。 造 本 にしても 文 庫 化 されたり、あるいは<br />

『DIVE!!』の 場 合 には 最 初 からソフトカバーだっ<br />

たりする。<br />

別 の 例 を 出 すと、 荻 原 規 子 の『 西 の 善 き 魔 女 』。<br />

最 初 、 中 公 ノベルスで 出 て、 後 から 愛 蔵 版 として<br />

ハードカバーが 出 て、その 後 、 中 公 文 庫 で 刊 行 さ<br />

れた。 最 初 1 巻 目 が 出 たときは、「これまでの 荻<br />

原 さんの『 勾 玉 』シリーズに 比 べていまひとつ」、<br />

「ノベルス 系 にいってしまうのか」と 児 童 文 学 の<br />

中 での 期 待 感 は 薄 かったような 気 がします。それ<br />

が、5 巻 目 あたりが 出 たところで、 意 識 的 にジェ<br />

ンダーをからめた 新 しいタイプのファンタジーと<br />

して 読 めるというので、 評 論 の 仲 間 内 などでは 評<br />

価 が 高 くなりました。 作 家 自 体 も 今 、 大 人 向 けと<br />

子 ども 向 けの 両 方 を 書 いたりする。あるいは 造 本<br />

もそうだったりというので、どうも 大 人 のエン<br />

ターテインメントの 領 域 が 拡 大 した 中 に、 児 童 文<br />

学 の 読 み 物 はひょっとしたら 組 み 込 まれていきつ<br />

つあるのかもしれないという 感 じもします。<br />

「 読 書 」 行 為 の 意 味 づけ<br />

最 後 に 少 し、「 読 書 行 為 」の 意 味 づけを 考 えて<br />

おきたいと 思 います。 今 日 午 前 中 に 講 義 をされた<br />

井 辻 朱 美 さんが、 先 ほど「『 十 二 国 記 』があんな<br />

に 知 られていないなんて!」とショックを 受 けて<br />

おられました。 第 1 巻 の『 月 の 影 影 の 海 』など<br />

はまさに 児 童 文 学 といっていい 内 面 の 遍 歴 といっ<br />

123


エンターテインメントの 変 遷<br />

たことが 含 まれていますし、 批 評 仲 間 のうちでは、<br />

当 然 のように、 児 童 文 学 の 範 疇 という 扱 いで 読 ん<br />

だりもしてきました。でも、 皆 さんのような 図 書<br />

館 関 係 の 方 には、あまり 知 られていなかったわけ<br />

ですよね。<br />

今 は 漫 画 の 本 だって 図 書 館 に 入 っていますし、<br />

いろいろなリクエストに 応 じて 本 を 貸 し 出 してい<br />

るわけですから、 公 共 図 書 館 の 方 々は 比 較 的 広 い<br />

捉 え 方 をされると 思 うのですが、 民 間 の 読 書 運 動<br />

をやっていたり 学 校 教 育 に 関 わっていたりする 人<br />

の 一 部 には、いまだに「 芸 術 ・ 良 心 」 的 児 童 文 学<br />

と「 大 衆 ・ 通 俗 」 的 児 童 文 学 の 二 大 別 意 識 が 強 く<br />

残 っています。 私 自 身 が 経 験 した 例 を 少 しあげて<br />

みます。<br />

一 つは80 年 代 の 半 ば 過 ぎぐらいでしたけれど<br />

も、ある 児 童 文 学 関 係 のシンポジウムで、 那 須 正<br />

幹 さんもパネリストの1 人 だったことがありま<br />

す。 那 須 さんが 中 途 で 帰 った 後 、「ズッコケ」の<br />

作 者 の 前 ではさすがに 言 いにくかったのでしょう<br />

ね、 読 書 活 動 をしている 方 だったのですが、 発 言<br />

を 求 めて、「 子 どもたちは、ほっといたらチョコ<br />

レートにしか 手 を 出 さないのです。でも、 子 ども<br />

たちにはニンジンが 栄 養 になるのです。チョコ<br />

レートだけではダメなのです」と 強 調 された。 要<br />

するにニンジンが 良 心 的 ・ 芸 術 的 な 作 品 で、ほっ<br />

といたらそういう 良 いものを 子 どもは 読 まない。<br />

だから 一 生 懸 命 、 大 人 が 薦 めなくてはいけないの<br />

だ。それに 対 し、 大 衆 的 ・ 通 俗 的 エンターテイン<br />

メントはチョコレートであって、ほっといたって<br />

子 どもが 勝 手 に 手 を 出 しちゃうのだけれども、 読<br />

みすぎたら 虫 歯 にもなるしろものだ、という 意 識<br />

です。 批 評 仲 間 ではそのとき、「でもさ、ニンジ<br />

ン 好 きな 子 だっているよね」とか「チョコレート<br />

嫌 いな 子 どもだっているのにね」なんて 横 目 で 見<br />

て 言 っていたのですが、その 方 は、 本 当 にまじめ<br />

にそう 信 じているようで、 力 説 されたのです。<br />

次 は1993 年 に 京 都 で 開 催 された 環 太 平 洋 児 童 文<br />

学 者 会 議 の 分 科 会 のセクションでのことです。 先<br />

ほどのニンジンとチョコレートの 対 比 をおっ<br />

しゃった 運 動 家 の 方 のように 知 られてはいなかっ<br />

たのですが、やはりどこかの 地 域 で 読 書 運 動 に 関<br />

わっているという 女 性 が、こんな 発 言 をするので<br />

す。「 本 当 にためになる 本 は、 読 むのが 辛 いのです。<br />

苦 しいのです。でも 読 まなきゃいけないのです。<br />

だから 薦 めるのです」、「そのままで 読 んで 楽 しい、<br />

それは 楽 しいのでしょうが、それでは 違 うのです」<br />

といって。たぶんその 方 は、ご 自 身 がそういう 読<br />

書 をしてこられたのだと 思 います。とてもまじめ<br />

で、 読 んでいて 難 しいし 辛 いこともあるけれど、<br />

これはためになる 本 だから 読 まなければいけない<br />

と 思 って 必 死 に 読 書 した 経 験 がたぶんあって、そ<br />

れを 全 体 の 読 書 推 進 にも 適 用 するわけです。 私 な<br />

どは 根 っからの 本 好 きだったからか、「 好 きだか<br />

ら 読 んできただけなんだけどなー」と 思 いますし、<br />

そうした 意 見 はどうにも 窮 屈 なものに 思 えてなり<br />

ません。そうやって 薦 めて 効 果 があるとも 思 えま<br />

せんし。<br />

それからもう10 年 以 上 経 ちましたが、こういう<br />

ことが 現 在 も、やっぱりあるのではないか。 特 に<br />

90 年 代 の 後 半 以 降 、 実 際 の 学 校 現 場 の 人 などから、<br />

活 字 が 読 まれないことが 憂 慮 される 中 で、 読 書 を<br />

薦 めなくてはいけないという 動 きが 強 くなったと<br />

聞 いたこともあります。クラスが 学 級 崩 壊 をして、<br />

キレる 子 が 出 ると、それまで 本 などに 関 心 がなく<br />

て 図 書 室 を 締 め 切 っていた 校 長 が、 突 然 、 図 書 担<br />

当 の 先 生 を 呼 んで「とにかく、キレることのない<br />

子 どもになる 本 を、 全 員 に 読 ませろ」というふう<br />

な、そういう 全 く 理 解 がない 校 長 の 話 を 聞 いたこ<br />

ともあります。 読 書 の 即 効 性 を 求 める、 全 員 にとっ<br />

て 同 じように「ためになる」 読 書 が 存 在 しうると<br />

いう 幻 想 はいまだに 強 くあるのだろうと 思 いま<br />

す。<br />

現 実 には 物 語 受 容 のかたちも 多 様 化 していま<br />

す。80 年 代 にはファミコンの 発 売 があって、ソフ<br />

トでいうとドラクエの 発 売 があって、やがて90 年<br />

代 に PHSが 出 て、パソコンのウインドウズが 発<br />

売 されて、 携 帯 があってブログがあって……、と<br />

いうわけで、 今 は10 代 だって 携 帯 で 小 説 を 読 んだ<br />

りする 時 代 です。そんな 中 での 現 在 の 読 書 推 進 の<br />

動 きというのが、 逆 に、すべてのエンターテイン<br />

メントの 読 書 までもいわば 健 全 化 させてしまっ<br />

て、 白 々とした 明 るみに「 読 書 」 行 為 全 部 をさら<br />

け 出 させてしまうのではないかという 懸 念 が 私 に<br />

はあります。 実 際 には、「 読 書 」には、 特 に 楽 し<br />

124


エンターテインメントの 変 遷<br />

みの「 読 書 」には、いかがわしい、いいかげんな、<br />

ちょっと 怪 しい、 親 に 隠 れて、 大 人 に 隠 れてこそ<br />

楽 しい 要 素 がある、それがエンターテインメント<br />

の 醍 醐 味 の 一 つなのではないかなどとも 私 は 思 う<br />

のですけれども。<br />

「エンターテインメントの 変 遷 」といいつつ、<br />

本 当 にざっと 追 いかけた 形 です。それでも 改 めて、<br />

今 、エンターテインメントというものをどう 考 え<br />

たらいいのだろうか、あるいは、 薦 めたいけれど<br />

も 正 面 きって 薦 めたらかえってそれが「 健 全 さ」<br />

を 薦 めたことになってしまうのではないかとい<br />

う、ジレンマを 提 起 したところで、 話 を 終 えたい<br />

と 思 います。<br />

(さとう もとこ 千 葉 大 学 教 授 )<br />

125


エンターテインメントの 変 遷<br />

「エンターテイメントの 変 遷 」 紹 介 資 料 リスト<br />

No. 書 名 著 者 名 出 版 事 項 請 求 記 号<br />

1<br />

日 本 児 童 文 学 館 : 名 著 複 刻 4<br />

海 底 軍 艦 : 海 島 冒 険 奇 譚<br />

押 川 春 浪 著 ほるぷ 出 版 1971 YZ918 -ニホ<br />

2 赤 い 鳥 ( 複 製 版 ) 創 刊 号 日 本 近 代 文 学 館 1968 Z13-889<br />

3 童 話 ( 復 刻 版 ) 創 刊 号 日 本 童 話 会 編 出 版 科 学 総 合 研 究 所 1986 Z13-3479( 本 館 )<br />

4 金 の 船 ・ 金 の 星 ( 複 刻 版 ) 創 刊 号 金 の 星 社 編 ほるぷ 出 版 1983 Z32-B88<br />

5 おとぎの 世 界 ( 復 刻 版 ) 創 刊 号 野 口 文 光 堂 編 岩 崎 書 店 1984 Z32-B102<br />

角 兵 衛 獅 子<br />

6‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

大 仏 次 郎 著 講 談 社 1975 Y82-2773<br />

6‐2<br />

大 仏 次 郎 少 年 少 女 のための 作 品 集 1<br />

角 兵 衛 獅 子 ・ 狼 隊 の 少 年<br />

梁 川 剛 一 等 絵 講 談 社 1967 Y7-705<br />

7‐1 ああ 玉 杯 に 花 うけて<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

佐 藤 紅 緑 著 講 談 社 1975 Y82-2774<br />

7‐2 あゝ 玉 杯 に 花 うけて 佐 藤 紅 緑 著 大 日 本 雄 弁 会 講 談 社 1928 582-7( 本 館 )<br />

苦 心 の 学 友<br />

8‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

佐 々 木 邦 著 講 談 社 1975 Y82-2775<br />

8‐2 苦 心 の 学 友<br />

佐 々 木 邦 著<br />

河 目 悌 二 絵<br />

講 談 社 1949<br />

児 乙 部 49-S-34<br />

8‐3 苦 心 の 学 友 佐 々 木 邦 著 大 日 本 雄 弁 会 講 談 社 1930 603-75( 本 館 )<br />

敵 中 横 断 三 百 里<br />

9‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

山 中 峯 太 郎 著 講 談 社 1975 Y82-2776<br />

9‐2 敵 中 横 断 三 百 里<br />

山 中 峯 太 郎 著<br />

樺 島 勝 一 絵<br />

講 談 社 1931<br />

児 乙 部 31-Y-3<br />

吼 える 密 林<br />

10‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

南 洋 一 郎 著 講 談 社 1975 Y82-2777<br />

10‐2 吼 える 密 林 : 猛 獣 征 服 南 洋 一 郎 著 大 日 本 雄 弁 会 講 談 社 1938 Y7-3521<br />

浮 かぶ 飛 行 島<br />

11‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

海 野 十 三 著 講 談 社 1975 Y82-2780<br />

11‐2 浮 かぶ 飛 行 島 海 野 十 三 著 大 日 本 雄 辯 會 講 談 社 1939 Y8-N04-H198<br />

怪 人 二 十 面 相<br />

12‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

江 戸 川 乱 歩 著 講 談 社 1975 Y82-2781<br />

12‐2 怪 人 二 十 面 相 江 戸 川 亂 歩 著 大 日 本 雄 辯 會 講 談 社 1936 Y8-N04-H185<br />

126


エンターテインメントの 変 遷<br />

豹 の 眼<br />

13‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

高 垣 眸 著 講 談 社 1975 Y82-3152<br />

13‐2 豹 の 眼 高 垣 眸 著 大 日 本 雄 辯 會 講 談 社 1928 Y8-N03-H1120<br />

亜 細 亜 の 曙<br />

14‐1<br />

( 少 年 倶 楽 部 文 庫 )<br />

山 中 峯 太 郎 著 講 談 社 1975 Y82-2956<br />

14‐2 亜 細 亜 の 曙 山 中 峯 太 郎 著 大 日 本 雄 弁 会 講 談 社 1932 620-189( 本 館 )<br />

15 赤 い 鳥 ( 複 製 版 ) 昭 和 9 年 2 月 号 日 本 近 代 文 学 館 1968 Z13-890<br />

16<br />

少 年 倶 楽 部 ( 複 製 版 ) 昭 和 5 年 1<br />

月 号<br />

講 談 社 1970-1976 Z32-559<br />

17 左 近 ・ 右 近 吉 川 英 治 著<br />

18 陸 奥 の 嵐 千 葉 省 三 著<br />

大 日 本 雄 辯 會 講 談 社 1936<br />

(12 版 :1938)<br />

大 日 本 雄 弁 辯 會 講 談 社 1933<br />

(26 版 :1936)<br />

Y8-N03-H1138<br />

Y8-N03-H708<br />

19<br />

日 本 児 童 文 学 館 : 名 著 複 刻 第 2 集 12<br />

吉 屋 信 子 著 ほるぷ 出 版 1974 YZ918 -ニホ<br />

花 物 語 第 1 集<br />

20<br />

宝 島<br />

( 岩 波 少 年 文 庫 1)<br />

スティーブンソン 著<br />

佐 々 木 直 次 郎 訳<br />

岩 波 書 店 1950<br />

児 933-cS84tS<br />

21<br />

ああ 無 情<br />

( 世 界 名 作 全 集 1)<br />

ビクトル・ユーゴー 原 作<br />

池 田 宣 政 著<br />

吉 邨 二 郎 絵<br />

講 談 社 1950<br />

児 94-I-8<br />

22 鉄 の 町 の 少 年<br />

国 分 一 太 郎 著<br />

市 川 禎 男 絵<br />

新 潮 社 1954<br />

児 913.6-Ko547t<br />

23 消 えたおじさん<br />

仁 木 悦 子 著<br />

鈴 木 義 治 絵<br />

東 都 書 房 1961<br />

児 913.6-N715k<br />

怪 人 二 十 面 相<br />

24<br />

( 少 年 探 偵 江 戸 川 乱 歩 全 集 1)<br />

怪 人 二 十 面 相<br />

25 ( 少 年 探 偵 ・ 江 戸 川 乱 歩 : 文 庫 版 第 1<br />

巻 )<br />

怪 盗 ルパン 全 集 1<br />

26<br />

奇 巌 城<br />

奇 巌 城<br />

27 ( 怪 盗 ルパン =Arsene Lupin: 文 庫<br />

版 第 4 巻 )<br />

28 時 をかける 少 女<br />

江 戸 川 乱 歩 著<br />

ポプラ 社 1964<br />

(104 刷 1996)<br />

Y8-N00-163<br />

江 戸 川 乱 歩 作 ポプラ 社 2005 Y8-N05-H278<br />

ルブラン 作<br />

南 洋 一 郎 編 著<br />

ポプラ 社 1958<br />

児 953-I229k<br />

奈 良 葉 二 絵<br />

モーリス・ルブラン 原 作<br />

南 洋 一 郎 文<br />

ポプラ 社 2005<br />

Y9-N05-H117<br />

筒 井 康 隆 著<br />

谷 俊 彦 絵<br />

鶴 書 房 盛 光 社 1972 Y7-3132<br />

29 さいごの 番 長<br />

吉 岡 道 夫 著<br />

依 光 隆 絵<br />

講 談 社 1967 Y7-912<br />

30<br />

若 い 樹 たち<br />

(コバルト・ブックス)<br />

佐 伯 千 秋 著 集 英 社 1966 Y81-1620<br />

127


エンターテインメントの 変 遷<br />

31<br />

32<br />

海 が 鳴 るとき<br />

(コバルト・ブックス)<br />

ふたりだけの 真 珠<br />

(コバルト・ブックス)<br />

吉 田 とし 著 集 英 社 1968 Y81-4739<br />

富 島 健 夫 著 集 英 社 1968 Y81-4424<br />

33 ズッコケ秘 大 作 戦<br />

那 須 正 幹 作<br />

前 川 かずお 絵<br />

ポプラ 社 1980 Y7-8002<br />

34 はれときどきぶた 矢 玉 四 郎 作 ・ 絵 岩 崎 書 店 1980 Y7-8281<br />

35 お 江 戸 の 百 太 郎 赤 猫 がおどる<br />

36 天 使 で 大 地 はいっぱいだ<br />

37 さらばハイウェイ<br />

38 ぼくらは 機 関 車 太 陽 号<br />

39 十 二 歳 の 合 い 言 葉<br />

40 ドーム 郡 ものがたり<br />

那 須 正 幹 作<br />

長 野 ヒデ 子 画<br />

後 藤 竜 二 著<br />

市 川 禎 男 絵<br />

砂 田 弘 著<br />

小 野 田 俊 絵<br />

古 田 足 日 著<br />

久 米 宏 一 絵<br />

薫 くみこ 作<br />

中 島 潔 絵<br />

芝 田 勝 茂 作<br />

和 田 慎 二 画<br />

岩 崎 書 店 1988 Y8-5510<br />

講 談 社 1967 Y7-669<br />

偕 成 社 1970 Y7-2320<br />

新 日 本 出 版 社 1972 Y7-2947<br />

ポプラ 社 1982 Y8-351<br />

福 音 館 書 店 1981 Y7-9294<br />

41<br />

恋 のまほうはママにおまかせ !:わた<br />

しのママは 魔 女<br />

藤 真 知 子 作<br />

ゆーちみえこ 絵<br />

ポプラ 社 1988 Y8-5931<br />

42<br />

43<br />

44<br />

吸 血 鬼 はお 年 ごろ<br />

( 集 英 社 文 庫 コバルトシリーズ)<br />

星 へ 行 く 船 :ロマンチック SF<br />

( 集 英 社 文 庫 コバルトシリーズ)<br />

なんて 素 敵 にジャパネスク<br />

( 集 英 社 文 庫 コバルトシリーズ)<br />

赤 川 次 郎 著 集 英 社 1981 Y82-7698<br />

新 井 素 子 著 集 英 社 1981 Y82-7325<br />

氷 室 冴 子 著 集 英 社 1984 Y82-9487<br />

45 らくだいにんじゃらんたろう 尼 子 騒 兵 衛 作 ・ 絵 ポプラ 社 1991 Y8-8381<br />

46 かいけつゾロリのドラゴンたいじ 原 ゆたかさく・え ポプラ 社 1987 Y8-4845<br />

47 バッテリー<br />

あさのあつこ 作<br />

佐 藤 真 紀 子 絵<br />

教 育 画 劇 1996<br />

Y8-M98-6<br />

48 Dive!! 1 森 絵 都 著 講 談 社 2000 913- モリ<br />

49 西 の 善 き 魔 女 荻 原 規 子 著 中 央 公 論 社 1997 YZ913.6- オギ<br />

50 子 どもと 文 学 石 井 桃 子 ほか 著 中 央 公 論 社 1960 909-I583k( 本 館 )<br />

51 子 どもと 文 学 石 井 桃 子 等 著 福 音 館 書 店 1967 YZ909- イシ<br />

128


エンターテインメントの 変 遷<br />

52<br />

53<br />

児 童 文 学 の 魅 力 :いま 読 む 100 冊 日<br />

本 編<br />

児 童 文 学 の 魅 力 :いま 読 む 100 冊 海<br />

外 編<br />

日 本 児 童 文 学 者 協 会 編 文 溪 堂 1998 YZ028- ジド<br />

日 本 児 童 文 学 者 協 会 編 文 溪 堂 1995 YZ028- ジド<br />

54 異 文 化 としての 子 ども 本 田 和 子 著 紀 伊 国 屋 書 店 1982 YZ371- ホン<br />

55 初 潮 という 切 札 :< 少 女 > 批 評 ・ 序 説 横 川 寿 美 子 著 JICC 出 版 局 1991 EC153-E40( 本 館 )<br />

129


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

レジュメ<br />

日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために- 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

千 代 由 利<br />

各 講 義 のテーマが、 日 本 児 童 文 学 史 上 どこに 位 置 付 けられるかを 見 るために、 日 本 児 童 文<br />

学 のジャンル 全 体 を 取 り 上 げ、かつ 通 史 として 刊 行 された 文 献 19 点 を 紹 介 します。<br />

・ 本 リストは、 児 童 文 学 のジャンル 全 体 を 取 り 上 げ、 通 史 として 刊 行 された 単 行 本 を 対 象 に 解 題 を<br />

付 したものである。 資 料 の 選 定 にあたっては『はじめて 学 ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』( 鳥 越 信 編 著 京<br />

都 ミネルヴァ 書 房 2001.4) 巻 末 参 考 文 献 「 総 合 的 通 史 」を 参 考 にした。<br />

・ 配 列 は 刊 行 年 順 。 原 著 ( 初 版 )の 後 に、 枝 番 号 を 付 して 増 補 改 訂 版 、 複 製 ・ 復 刻 版 等 を 記 載 した。<br />

・ 資 料 の 請 求 記 号 を 書 誌 事 項 の 最 後 に( )で 付 した。YZ は 国 際 子 ども 図 書 館 請 求 記 号 。その<br />

他 は 国 立 国 会 図 書 館 請 求 記 号 である。<br />

1 『 童 話 史 』 日 本 童 話 協 会 編 東 京 日 本 童 話 協 会 1937 462p 22cm( 綜 合 童 話 大 講 座 ) 内 容 :<br />

日 本 童 話 史 ( 中 田 千 畝 蘆 谷 重 常 山 内 秋 生 ) 世 界 童 話 史 ( 蘆 谷 重 常 ) 独 逸 童 話 史 ( 田 中 梅 吉 )<br />

現 在 露 西 亜 の 童 話 (ヤ・メクシン)(728-25)(YZ909-ドウ)<br />

1 -1『 童 話 史 : 綜 合 童 話 大 講 座 』 日 本 童 話 協 会 編 纂 東 京 久 山 社 1987.11 1 冊 23cm( 復<br />

刻 叢 書 日 本 の 児 童 文 学 理 論 )〔 第 2 期 〕 日 本 童 話 協 会 出 版 部 昭 和 10 年 刊 の 複 製 (KG413-5(16))<br />

(YZ909-ドウ)<br />

1-2『 童 話 史 』 東 京 久 山 社 1990.9 1 冊 23cm ( 綜 合 童 話 大 講 座 4) 上 笙 一 郎 編<br />

( 日 本 童 話 協 会 出 版 部 1935 年 刊 の) 複 製 (KE177-G23)(YZ909-ドウ)<br />

2『 日 本 児 童 文 章 史 』 西 原 慶 一 著 東 京 東 海 出 版 社 1952 822p 図 版 22cm<br />

内 容 : 第 1 篇 : 総 論 児 童 観 の 変 遷 、 国 語 教 育 思 潮 の 変 遷 、 文 章 の 類 型 の 変 遷 、 第 2 篇 : 文 章 史<br />

国 語 教 材 史 ( 西 原 慶 一 )、 児 童 文 芸 史 - 作 家 とその 作 品 ( 中 村 万 三 )、 児 童 表 現 史 ( 小 山 玄 夫 )、<br />

第 3 篇 : 資 料 篇 文 集 史 ( 小 山 玄 夫 編 )、 国 語 ・ 教 育 者 総 覧 、 国 語 教 育 文 献 目 録 、 文 芸 要 語 篇 ( 加<br />

藤 満 照 編 )(375.8-N756n)<br />

2-1『 日 本 児 童 文 章 史 』 西 原 慶 一 著 東 京 大 空 社 1996.3 783,13,6p 22cm 監 修 : 寺 崎 昌 男 、<br />

久 木 幸 男 ( 日 本 教 育 史 基 本 文 献 ・ 史 料 叢 書 38) 東 海 出 版 社 1952 年 刊 の 複 製 (FB12-E8)<br />

し<br />

3 『 現 代 児 童 文 学 史 』 船 木 枳<br />

(YZ910-フナ)<br />

ろう<br />

郎<br />

著 東 京 新 潮 社 1952 328p 図 版 19cm(910.26-H832g)<br />

3 -1『 現 代 児 童 文 学 史 』 船 木 枳 郎 著 改 訂 横 浜 文 教 堂 出 版 1961.6 464p 22cm<br />

(KG411-H35)(YZ910-フナ)<br />

4 『 日 本 の 児 童 文 学 』 菅 忠 道 著 東 京 大 月 書 店 1956 327p 図 版 19cm 附 : 近 代 日 本 児 童<br />

130


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

文 学 年 表 297-327p (910.26-Ka341n)<br />

4 -1『 日 本 の 児 童 文 学 』 菅 忠 道 著 増 補 改 訂 版 東 京 大 月 書 店 1966 530p 図 版 20cm<br />

(910.26-Ka341n-(s))(YZ910-カン)<br />

4 -2『 日 本 の 児 童 文 学 』 東 京 あゆみ 出 版 1983.12 427p 22cm( 菅 忠 道 著 作 集 第 1 巻 )<br />

(FA35-332)(YZ910-カン)<br />

5 『 自 伝 的 児 童 文 化 史 戦 前 ・ 戦 中 期 編 』 菅 忠 道 著 東 京 ほるぷ 総 連 合 ほるぷ 教 育 開 発 研 究 所<br />

1978.3 253p 19cm (ほるぷ 叢 書 2)(KG411-52)(YZ371-カン)<br />

5 -1『 自 伝 的 児 童 文 化 史 』 東 京 あゆみ 出 版 1984.6 383p 22cm ( 菅 忠 道 著 作 集 第 4 巻 ) 著<br />

者 の 肖 像 あり 付 : 参 考 文 献 菅 忠 道 著 作 目 録 ・ 年 譜 :p321~373 (FA35-332)(YZ910-カン)<br />

6 『 日 本 児 童 文 学 案 内 』 鳥 越 信 著 東 京 理 論 社 1963 204p 19cm ( 児 童 文 学 セミナー)<br />

(909-To547n)(YZ910-トリ)<br />

7 『 日 本 児 童 文 学 』 鳥 越 信 著 東 京 建 帛 社 1995.10 183p 21cm (KG411-G3)(YZ910-ト<br />

リ)<br />

8 『 近 代 日 本 児 童 文 学 史 』 岡 田 純 也 著 東 京 大 阪 教 育 図 書 1970 252p 図 版 20cm<br />

(KG411-7)(YZ910-オカ)<br />

9 『 子 どもの 本 の 歴 史 』 岡 田 純 也 著 名 古 屋 中 央 出 版 1992.5 318p 19cm (KG411-E27)<br />

(YZ910-オカ)<br />

10 『 子 どもの 本 の 百 年 史 』 尾 崎 秀 樹 等 著 東 京 明 治 図 書 出 版 1973 339p 図 22cm 年 表 :<br />

p.312-339 (KG411-23)(YZ910-オザ)<br />

11 『 日 本 児 童 文 学 史 の 展 開 』 編 集 : 猪 熊 葉 子 等 東 京 明 治 書 院 1973 298p 22cm( 講 座 日 本<br />

児 童 文 学 4)(KG411-22)(YZ910-コウ)<br />

11-1『 現 代 日 本 児 童 文 学 史 』 編 集 : 猪 熊 葉 子 等 東 京 明 治 書 院 1974 245p 22cm ( 講 座 日<br />

本 児 童 文 学 5)(KG411-22)(YZ910-コウ)<br />

12 『 日 本 児 童 文 学 史 年 表 』1、2 鳥 越 信 編 ( 講 座 日 本 児 童 文 学 別 巻 1、2) 編 集 : 猪 熊 葉 子 等<br />

東 京 明 治 書 院 1975、1977 全 2 冊 22cm (KG411-22)(YZ910-コウ)<br />

13 『 日 本 児 童 文 学 概 論 』 日 本 児 童 文 学 学 会 編 東 京 東 京 書 籍 1976 291p 図 22cm 付 : 主<br />

要 文 献 リスト p.285-291 (KG411-37)(YZ910-ニホ)<br />

14 『 落 穂 ひろい: 日 本 の 子 どもの 文 化 をめぐる 人 びと』 瀬 田 貞 二 著 東 京 福 音 館 書 店 1982.4<br />

2 冊 22cm 付 ( 図 2 枚 ): 友 雀 道 草 双 六 ・ 風 流 小 金 雛 付 (1 枚 ): 付 録 解 説 外 箱 入<br />

(KG411-71)(YZ910-セタ)<br />

131


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

15 『 日 本 児 童 文 芸 史 』 福 田 清 人 、 山 主 敏 子 編 東 京 三 省 堂 1983.6 489p 22cm(KG411-88)<br />

(YZ910-フク)<br />

16 『 体 験 的 児 童 文 学 史 』 前 、 後 編 関 英 雄 著 東 京 理 論 社 1984.7、12 全 2 冊 22cm 前 編 :<br />

大 正 の 果 実 、 後 編 : 昭 和 の 風 雪 (KG411-85)(YZ910-セキ)<br />

17 『 児 童 文 学 の 思 想 史 ・ 社 会 史 』 関 口 安 義 ほか 著 日 本 児 童 文 学 学 会 編 東 京 東 京 書 籍<br />

1997.4 351p 21cm ( 研 究 - 日 本 の 児 童 文 学 2)(KG411-E51)(YZ910-ケン)<br />

18 『はじめて 学 ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』 鳥 越 信 編 著 京 都 ミネルヴァ 書 房 2001.4 368,40p<br />

21cm (シリーズ・ 日 本 の 文 学 史 1) 文 献 あり 年 表 あり (KG411-G49)(YZ910-トリ)<br />

19 『たのしく 読 める 日 本 児 童 文 学 』 戦 前 編 、 戦 後 編 鳥 越 信 編 著 京 都 ミネルヴァ 書 房 2004.4<br />

全 2 冊 21cm (KG411-H31、KG411-H32)(YZ910-トリ)<br />

132


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために<br />

― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

千 代 由 利<br />

本 日 最 後 の 講 義 をさせていただきます 千 代 で<br />

す。よろしくお 願 いいたします。 吉 田 先 生 の 絵 本<br />

の 楽 しい 世 界 とはうって 変 わりまして、とても 硬<br />

い 本 の 紹 介 をさせていただきます。<br />

今 年 の 児 童 文 学 連 続 講 座 は、「 日 本 児 童 文 学 の<br />

流 れ」と 題 して、 六 つのテーマを 設 けて 日 本 児 童<br />

文 学 史 を、 時 代 、 特 質 、ジャンルという 観 点 から<br />

見 ていこうという 試 みです。それぞれのテーマが<br />

日 本 児 童 文 学 史 全 体 のどこに 位 置 するのかを 見 て<br />

いくために、これまで 出 版 された 通 史 としての 日<br />

本 児 童 文 学 史 をご 紹 介 することにしました。 通 史<br />

として 著 されたものには、 著 した 人 の 視 点 、 収 録<br />

年 代 、 時 代 区 分 、 児 童 文 学 のジャンルの 扱 い 方 、<br />

それぞれに 特 徴 があります。 出 版 された 時 代 の 視<br />

点 をそこからうかがい 知 ることも 出 来 ます。 以 下<br />

に、 今 まで 出 されてきた 通 史 、 日 本 児 童 文 学 史 を<br />

1から19まで 刊 行 年 順 に19 点 取 り 上 げました。そ<br />

れぞれの 日 本 児 童 文 学 史 の 中 で、 本 講 座 の 児 童 文<br />

学 史 のテーマがどのように 扱 われているかを 見 て<br />

いただければ、うれしく 存 じます。<br />

うものは、 書 誌 事 項 を 太 字 で 示 しました。<br />

・ 資 料 の 請 求 記 号 を 書 誌 事 項 の 最 後 に( )で 付<br />

しました。YZは 国 際 子 ども 図 書 館 請 求 記 号 。<br />

その 他 は 国 立 国 会 図 書 館 請 求 記 号 です。<br />

1 『 童 話 史 』 日 本 童 話 協 会 編 東 京 日 本 童 話<br />

協 会 1937 462p 22cm( 綜 合 童 話 大 講 座 )<br />

内 容 : 日 本 童 話 史 ( 中 田 千 畝 蘆 谷 重 常 山 内<br />

秋 生 ) 世 界 童 話 史 ( 蘆 谷 重 常 ) 独 逸 童 話 史 ( 田<br />

中 梅 吉 ) 現 在 露 西 亜 の 童 話 (ヤ・メクシン)<br />

(728-25)(YZ909-ドウ)<br />

1 -1『 童 話 史 : 綜 合 童 話 大 講 座 』 日 本 童 話 協<br />

会 編 纂 東 京 久 山 社 1987.11 1 冊 23cm<br />

( 復 刻 叢 書 日 本 の 児 童 文 学 理 論 )〔 第 2 期 〕 日 本<br />

童 話 協 会 出 版 部 昭 和 10 年 刊 の 複 製 (KG413-5<br />

(16))(YZ909-ドウ)<br />

1 -2『 童 話 史 』 東 京 久 山 社 1990.9 1 冊<br />

23cm ( 綜 合 童 話 大 講 座 4) 上 笙 一 郎 編<br />

( 日 本 童 話 協 会 出 版 部 1935 年 刊 の ) 複 製<br />

(KE177-G23)(YZ909-ドウ)<br />

凡 例 を 以 下 に 示 します。<br />

・ 児 童 文 学 のジャンル 全 体 を 取 り 上 げ、 通 史 とし<br />

て 刊 行 された 単 行 本 を 対 象 に 解 題 を 付 していま<br />

す。 資 料 の 選 定 にあたっては『はじめて 学 ぶ 日<br />

本 児 童 文 学 史 』( 鳥 越 信 編 著 京 都 ミネルヴァ<br />

書 房 2001.4)の 巻 末 に、 参 考 文 献 として「 総<br />

合 的 通 史 」と 出 ているものを 参 考 にしました。<br />

・ 原 著 ( 初 版 )の 後 に 枝 番 号 を 付 して 増 補 改 訂 版 、<br />

あるいは 複 製 ・ 復 刻 版 等 も 記 載 しています。<br />

・ 解 題 は 原 則 として 最 新 版 によりました。 内 容 的<br />

には 明 治 以 降 の 近 代 児 童 文 学 史 の 部 分 を 中 心 と<br />

しています。その 資 料 によって 解 題 をしたとい<br />

『 童 話 史 』です。1935 年 に 初 版 が 出 ました。<br />

その 後 、 復 刻 版 として1987 年 に 久 山 社 から、<br />

1990 年 にも 久 山 社 から 出 ています。1987 年 に 出 た<br />

方 は、 初 版 をそのまま 復 刻 していますが、1990 年<br />

に 出 た 方 は、 上 笙 一 郎 さんが 編 集 をしていて、 解<br />

題 および 説 明 も 掲 載 されています。<br />

1-2の『 童 話 史 』に 沿 って 説 明 します。これは、<br />

日 本 童 話 協 会 が、 最 初 「 綜 合 童 話 大 講 座 」という<br />

タイトルで、 講 義 録 形 式 で1932 年 11 月 から1934 年<br />

10 月 まで、 全 12 輯 という 形 で 出 したもので、『 日<br />

本 童 話 史 』 前 ・ 中 ・ 後 編 と 出 したものを1 冊 に 単<br />

行 本 化 したものです。 扱 っている 年 代 は、 神 代 か<br />

133


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

ら 近 代 まで。この 時 には 現 代 と 言 っていますが、<br />

明 治 、 大 正 までを 対 象 としています。 世 界 童 話 史 、<br />

独 逸 童 話 史 、ソビエト・ロシアの 童 話 も 併 載 され<br />

ており、 全 体 としては 世 界 児 童 文 学 史 になってい<br />

ます。 講 義 録 形 式 から 単 行 本 化 するにあたっては、<br />

中 篇 の 著 者 が 藤 沢 衛 彦 から 蘆 谷 重 常 に 替 わってい<br />

ます。ただし、1-2の 本 複 製 版 の 巻 末 には 藤 沢<br />

衛 彦 の 著 作 も「 日 本 童 話 史 中 篇 第 一 講 」として 入 っ<br />

ています。<br />

内 容 は、 童 話 史 と 謳 っていますが、「 童 話 」と<br />

いう 言 葉 にはいろいろな 定 義 があり、 上 笙 一 郎 さ<br />

んの 解 説 「『 綜 合 童 話 大 講 座 』について」により<br />

ますと、 当 時 にあっては、〈 言 葉 による 子 どもの<br />

ための 文 化 〉 全 体 を 指 しているということで、 現<br />

代 私 たちが 使 っている〈 児 童 文 学 〉という 意 味 と<br />

同 じように 用 いられているということです。 前 篇<br />

は、 収 録 範 囲 を「 日 本 童 話 の 胎 生 より 草 子 時 代 ま<br />

で」として、 日 本 建 国 とともに、 純 日 本 神 話 、 純<br />

日 本 伝 説 、それから 純 日 本 童 話 も 発 生 したと 主 張<br />

しています。さらに、 大 変 広 大 なコンセプトのも<br />

とに 作 られており、 外 国 説 話 の 伝 来 、キリシタン<br />

神 話 、 翻 訳 童 話 など 世 界 的 な 観 点 から 日 本 の「 童<br />

話 」を 取 り 上 げ、 最 終 的 に 前 篇 には 室 町 伏 見 桃 山<br />

時 代 の 国 文 学 と 童 話 の 発 達 までを 収 めています。<br />

中 篇 は 江 戸 時 代 、 後 篇 は 明 治 ・ 大 正 時 代 となって<br />

います。 前 篇 の 神 代 から 近 代 までと 比 べると、 量<br />

的 には 中 篇 、 後 篇 ともに3 分 の1から4 分 の1 程<br />

度 の 量 です。 後 篇 の 明 治 ・ 大 正 時 代 の 構 成 は、 概<br />

観 、 胎 生 期 、 創 作 童 話 および 一 般 の 少 年 文 学 と 其<br />

の 作 家 、 外 国 童 話 の 移 植 、 説 話 蒐 集 および 一 般 の<br />

童 話 研 究 、 童 話 口 演 、 童 話 劇 からなっています。<br />

子 どもをめぐるその 当 時 の 事 象 とともに 童 話 作<br />

家 、 作 品 を 解 説 しているものです。これは、19の<br />

『たのしく 読 める 日 本 児 童 文 学 戦 前 編 』p.234-5<br />

に「 綜 合 童 話 大 講 座 」として 収 録 されており 詳 し<br />

い 解 説 がありますのでご 覧 になってみて 下 さい。<br />

これが 最 初 に 日 本 で 出 された 通 史 としての 日 本 児<br />

童 文 学 史 です。<br />

本 来 取 り 上 げるべきかどうか 迷 ったものに、 木<br />

村 小 舟 の『 少 年 文 学 史 明 治 篇 』というものがあ<br />

ります。これは 童 話 春 秋 社 が1942 年 から 翌 年 にか<br />

けて 出 版 したもので、 全 3 冊 です。 扱 っている 時<br />

期 が 明 治 編 だけなので 割 愛 させていただきまし<br />

た。これも、 先 ほど 申 し 上 げた『たのしく 読 める<br />

日 本 児 童 文 学 戦 前 編 』の 中 に 収 録 されていて、<br />

詳 しい 解 説 がありますのでそちらを 見 ていただき<br />

たいと 存 じます。<br />

2 『 日 本 児 童 文 章 史 』 西 原 慶 一 著 東 京 東 海<br />

出 版 社 1952 822p 図 版 22cm<br />

内 容 : 第 1 篇 : 総 論 児 童 観 の 変 遷 、 国 語 教<br />

育 思 潮 の 変 遷 、 文 章 の 類 型 の 変 遷 、 第 2 篇 :<br />

文 章 史 国 語 教 材 史 ( 西 原 慶 一 )、 児 童 文 芸<br />

史 - 作 家 とその 作 品 ( 中 村 万 三 )、 児 童 表 現<br />

史 ( 小 山 玄 夫 )、 第 3 篇 : 資 料 篇 文 集 史 ( 小<br />

山 玄 夫 編 )、 国 語 ・ 教 育 者 総 覧 、 国 語 教 育 文<br />

献 目 録 、 文 芸 要 語 篇 ( 加 藤 満 照 編 )<br />

(375.8-N756n)<br />

2 -1『 日 本 児 童 文 章 史 』 西 原 慶 一 著 東 京 大<br />

空 社 1996.3 783,13,6p 22cm 監 修 : 寺 崎<br />

昌 男 、 久 木 幸 男 ( 日 本 教 育 史 基 本 文 献 ・ 史 料 叢<br />

書 38) 東 海 出 版 社 1952 年 刊 の 複 製 (FB12-E8)<br />

『 日 本 児 童 文 章 史 』は、 初 版 が1952 年 に 出 てい<br />

ます。『 日 本 児 童 文 章 史 』というタイトルが 示 し<br />

ているように、 子 どもの 文 章 、 教 育 史 の 観 点 から<br />

書 かれているものです。 全 体 は 国 語 教 育 を 中 心 と<br />

した 教 育 史 の 観 点 です。ただし、2 篇 の 第 2 章 に、<br />

「 児 童 文 芸 史 - 作 家 とその 作 品 」( 中 村 万 三 )が 収<br />

められています。ここが 通 史 になっていますので<br />

取 り 上 げてみました。<br />

2-1は1996 年 に「 日 本 教 育 史 基 本 文 献 ・ 史 料<br />

叢 書 」というシリーズの 中 に 収 録 されて、 複 製 が<br />

収 録 されています。これによって 解 題 をいたしま<br />

す。「 児 童 文 芸 史 - 作 家 とその 作 品 」の 内 容 は、<br />

明 治 時 代 、 大 正 時 代 、 昭 和 時 代 は1、2に 分 かれ<br />

ています。 時 代 別 に 概 観 が 述 べられ、その 後 に、<br />

個 々の 作 家 とその 代 表 的 作 品 1 編 の 原 文 の 一 部 を<br />

そのまま 引 用 し、 紹 介 しています。これが 大 変 ユ<br />

ニークなところだと 思 います。 教 科 書 に 採 用 する<br />

国 語 教 育 の 観 点 から 書 かれているという 意 味 で 作<br />

られたものだからだと 思 います。 明 治 時 代 は、 巌<br />

谷 小 波 から 幸 田 露 伴 まで5 名 、 大 正 時 代 は 島 崎 藤<br />

村 から 楠 山 正 雄 まで21 名 、 昭 和 時 代 1が 坪 田 譲 治<br />

134


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

から 中 野 好 夫 まで41 名 、 昭 和 時 代 2が 小 川 未 明 か<br />

ら 青 木 茂 まで17 名 、ほかに 一 般 的 な 文 芸 作 家 であ<br />

る 志 賀 直 哉 から 横 山 美 智 子 まで9 名 を 取 り 上 げて<br />

います。 巻 末 に、 書 名 ・ 誌 名 ・ 作 品 索 引 が 付 いて<br />

います。 西 原 慶 一 、 中 村 万 三 はともに、 国 語 教 育<br />

関 係 者 です。これが、 通 史 の2 番 目 として1952 年<br />

に 出 たものです。<br />

3 『 現 代 児 童 文 学 史 』 船 木 枳<br />

し<br />

ろう<br />

郎<br />

著 東 京 新 潮<br />

社 1952 328p 図 版 19cm(910.26-H832g)<br />

(YZ910-フナ)<br />

3 -1『 現 代 児 童 文 学 史 』 船 木 枳 郎 著 改 訂 横 浜<br />

文 教 堂 出 版 1961.6 464p 22cm(KG411-H35)<br />

(YZ910-フナ)<br />

『 現 代 児 童 文 学 史 』は、 舟 木 枳 郎 著 、 新 潮 社 か<br />

ら1952 年 に 出 ています。<br />

3-1は1952 年 の 改 訂 版 です。 明 治 の 中 期 から<br />

1950 年 までのおよそ60 年 間 の 日 本 児 童 文 学 を、 時<br />

代 別 ・ジャンル 別 に、 代 表 的 な 作 家 、 詩 人 、 童 画<br />

家 を 列 伝 風 に 取 り 上 げ、 作 品 論 を 展 開 しています。<br />

構 成 は、 序 説 の 後 に、 明 治 時 代 - 少 年 文 学 展 望 、<br />

大 正 時 代 - 童 話 文 学 展 望 、 童 謡 ・ 自 由 詩 展 望 、 児<br />

童 劇 展 望 、 移 植 文 学 展 望 、 昭 和 時 代 - 児 童 文 学 展<br />

望 、 少 年 小 説 展 望 、 童 詩 ・ 少 年 詩 展 望 、 児 童 劇 ・<br />

学 校 劇 展 望 、 移 植 文 学 展 望 、 童 画 展 望 、それから<br />

結 語 ・ 結 論 からなっています。<br />

序 説 においては、 日 本 児 童 文 学 のはじまりを 巌<br />

谷 小 波 の「こがね 丸 」(1891)としていますが、<br />

その 前 身 として、 室 町 期 のお 伽 草 子 や、 江 戸 期 の<br />

草 双 紙 にも 言 及 しています。しかも、その 素 材 と<br />

なった 古 代 ・ 中 世 の 原 典 に 遡 って 解 説 もしていま<br />

す。 最 初 の『 童 話 史 』のところでも 出 てきました<br />

が、 移 植 文 学 とは 外 国 文 学 の 翻 訳 や 翻 案 を 取 り<br />

扱 っているものです。 日 本 の 近 代 児 童 文 学 がどの<br />

辺 からはじまったかについては、この 通 史 を、 作<br />

者 あるいは 編 纂 した 人 がどのように 考 えているか<br />

ということが 大 きいので、その 部 分 を 特 徴 的 にお<br />

話 しております。だいたいの 通 史 においては、 巌<br />

谷 小 波 あたりを 近 代 児 童 文 学 の 最 初 としているも<br />

のが 多 いのですが、これはもう 少 し 遡 って、お 伽<br />

草 子 や、 江 戸 期 の 草 双 紙 にも 言 及 しています。<br />

改 訂 にあたっては、 版 型 を 一 回 り 大 きくして、<br />

段 組 を2 段 組 みから1 段 にしています。 目 次 ・ 構<br />

成 はそのままで、 取 り 上 げている 作 家 ・ 画 家 は、<br />

童 画 展 望 の 部 分 を 除 き 変 わりませんが、 初 版 から<br />

10 年 間 の 作 家 ・ 画 家 の 盛 衰 を 記 すとともに、 童 画<br />

展 望 では、 加 藤 まさを、 蕗 谷 虹 児 など7 人 の 画 家<br />

を 追 加 しています。 巻 末 に 総 索 引 を 付 しています。<br />

編 集 者 の 舟 木 枳 郎 (1904-1973)は、 児 童 文 学 評<br />

論 家 で、 児 童 文 学 者 でもあります。 著 書 に『 小 川<br />

未 明 童 話 研 究 』、『 宮 澤 賢 治 童 話 研 究 』 等 がありま<br />

す。<br />

4 『 日 本 の 児 童 文 学 』 菅 忠 道 著 東 京 大 月 書<br />

店 1956 327p 図 版 19cm 附 : 近 代 日 本 児<br />

童 文 学 年 表 297-327p (910.26-Ka341n)<br />

4-1『 日 本 の 児 童 文 学 』 菅 忠 道 著 増 補 改 訂 版<br />

東 京 大 月 書 店 1966 530p 図 版 20cm<br />

(910.26-Ka341n-(s))(YZ910-カン)<br />

4 -2『 日 本 の 児 童 文 学 』 東 京 あゆみ 出 版<br />

1983.12 427p 22cm( 菅 忠 道 著 作 集 第 1 巻 )<br />

(FA35-332)(YZ910-カン)<br />

『 日 本 の 児 童 文 学 』は、 菅 忠 道 著 。1956 年 に 大<br />

月 書 店 から 刊 行 されたものです。10 年 後 の1966 年<br />

に 増 補 改 訂 版 が 出 ています。<br />

これは、 児 童 文 学 の 歴 史 を 単 純 に 記 述 するので<br />

はなく、 児 童 文 学 の 発 展 過 程 を 社 会 文 化 史 的 な 背<br />

景 の 中 で 跡 付 けようとしたもので、 明 治 から 昭 和<br />

40 年 までを 扱 っています。 本 邦 初 の 本 格 的 な 近 代<br />

日 本 児 童 文 学 史 と 評 価 されました。1956 年 刊 行 の<br />

旧 版 が、そのように 評 価 されています。 刊 行 後 10<br />

年 を 経 て 部 分 的 に 訂 正 ・ 補 筆 がなされています。<br />

1956 年 に 出 されたものを、どのように 改 訂 したか<br />

というと、 全 体 の 構 成 は1 章 から10 章 までで 変 わ<br />

りません。Ⅰ: 日 本 の 近 代 と 子 ども、Ⅱ: 少 年 文<br />

学 の 誕 生 と 成 長 、Ⅲ:おとぎばなしの 確 立 、Ⅳ:<br />

過 渡 期 の 児 童 文 学 、Ⅴ: 童 心 文 学 の 開 花 、Ⅵ:プ<br />

ロレタリア 児 童 文 学 運 動 の 展 開 、Ⅶ: 危 機 の 児 童<br />

文 学 、Ⅷ: 孤 高 の 童 話 文 学 と 大 衆 児 童 文 学 、Ⅸ:<br />

戦 時 下 の 児 童 文 学 、Ⅹ: 戦 後 の 児 童 文 学 、の10 章<br />

構 成 です。<br />

増 補 改 訂 版 では、「 大 正 時 代 の 大 衆 児 童 文 学 」(Ⅴ<br />

135


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

-9)として、 大 正 ・ 昭 和 前 期 の 大 衆 児 童 文 学 の<br />

状 況 と 問 題 点 、それから、 昭 和 前 期 に「 孤 高 の 童<br />

話 文 学 と 大 衆 児 童 文 学 」(Ⅷ)を 追 加 しています。<br />

これは、 大 衆 児 童 文 学 が、 児 童 文 学 の 純 児 童 文 学<br />

として 扱 われていないにもかかわらず、 子 どもた<br />

ちがとても 楽 しんで 読 んでいる、そのようなもの<br />

を 無 視 するのはいけないという 批 判 に 答 えて 取 り<br />

上 げたと 言 われています。また、 浜 田 広 介 や 宮 沢<br />

賢 治 の 童 話 文 学 を、きちんと 位 置 付 けて、 問 題 点<br />

も 提 示 しています(Ⅷ -2、3)。さらに、「 戦 時<br />

下 の 児 童 文 学 」に、 戦 中 の 児 童 文 学 における 芸 術<br />

的 抵 抗 の 姿 と 問 題 点 (Ⅸ -5)を 追 加 して 重 点 的<br />

に 増 補 しています。「 戦 後 の 児 童 文 学 」(Ⅹ)につ<br />

いても3 期 に 区 分 して 全 面 改 訂 しています。 改 訂<br />

版 では、その 他 に「 戦 後 児 童 文 学 年 表 」を 巻 末 に<br />

追 加 しています。 全 体 的 に、 時 代 思 潮 とともに、<br />

具 体 的 な 資 料 ・ 作 品 を 引 用 し、 詳 細 に 解 説 すると<br />

ともに 問 題 点 や 課 題 を 提 示 しています。 巻 末 に、<br />

主 要 な 児 童 文 学 作 品 、 児 童 文 学 ・ 文 化 をめぐる 動<br />

向 および 社 会 情 勢 を 記 載 した、 詳 細 な「 近 代 日 本<br />

児 童 文 学 年 表 」(1868-1945)、これは1945 年 まで、<br />

それから「 戦 後 日 本 児 童 文 学 年 表 」(1945-1965)<br />

という 戦 後 分 、および 人 名 索 引 、 作 品 索 引 、 事 項<br />

索 引 が 付 け 加 えられました。<br />

本 書 も、 先 ほど 申 し 上 げた『たのしく 読 める 日<br />

本 児 童 文 学 戦 後 編 』p.222-3に 収 録 されており、<br />

詳 しい 解 説 があります。 解 題 は、 増 補 改 訂 版 の 単<br />

行 本 によりましたが、 菅 忠 道 著 作 集 の 第 1 巻 にも<br />

収 録 されています。<br />

菅 忠 道 (1909-1979)は、1936 年 から1942 年 ま<br />

で 岩 波 書 店 の『 教 育 』の 編 集 に 携 わった 方 です。<br />

1946 年 に 新 世 界 社 の 設 立 に 参 加 、 編 集 局 次 長 とし<br />

て『 子 供 の 広 場 』、『 子 どもの 村 』、『コドモノハタ』<br />

の 編 集 に 携 わっています。 児 童 文 学 者 協 会 の 設 立<br />

にも 参 画 して 理 事 を 務 めています。1952 年 に「 日<br />

本 子 どもを 守 る 会 」を 結 成 し、 常 任 理 事 、 後 に 副<br />

会 長 を 務 めています。1956 年 に、『 日 本 の 児 童 文 学 』<br />

( 初 版 )で 日 本 児 童 文 学 者 協 会 児 童 文 学 賞 を 受 賞<br />

しています。<br />

5 『 自 伝 的 児 童 文 化 史 戦 前 ・ 戦 中 期 編 』 菅 忠<br />

道 著 東 京 ほるぷ 総 連 合 ほるぷ 教 育 開 発 研 究<br />

所 1978.3 253p 19cm (ほるぷ 叢 書 2)<br />

(KG411-52)(YZ371-カン)<br />

5 -1『 自 伝 的 児 童 文 化 史 』 東 京 あゆみ 出 版<br />

1984.6 383p 22cm ( 菅 忠 道 著 作 集 第 4 巻 )<br />

著 者 の 肖 像 あり 付 : 参 考 文 献 菅 忠 道 著 作 目<br />

録 ・ 年 譜 :p321~373 (FA35-332)(YZ910-<br />

カン)<br />

菅 忠 道 は、その 後 もう1 冊 通 史 を 出 しています。<br />

『 自 伝 的 児 童 文 化 史 戦 前 ・ 戦 中 期 編 』が、ほる<br />

ぷ 総 連 合 ほるぷ 教 育 開 発 研 究 所 から1978 年 の3 月<br />

に 出 ています。<br />

これは 書 き 下 ろしではなく、インタビュー 形 式<br />

のものです。ご 自 分 の 少 年 時 代 、 中 学 生 時 代 、 高<br />

校 生 時 代 、 大 学 生 時 代 、それから 教 育 雑 誌 の 記 者<br />

になってからの 編 集 者 時 代 、 日 中 戦 争 はじまる、<br />

太 平 洋 戦 争 のなかで、 大 正 時 代 から 戦 中 まで、と<br />

時 代 別 に 分 けて、 著 者 の 読 書 体 験 や 児 童 文 学 との<br />

関 わりをインタビュー 形 式 でつづったものです。<br />

ほるぷ 図 書 月 販 ブックガイドサービスから 出 てい<br />

た『 子 どもの 本 棚 』の1972 年 の3 月 号 から3 年 数<br />

か 月 にわたって 連 載 したものを 補 筆 ・ 改 稿 したも<br />

のです。 索 引 はありません。これが、 先 ほどの 菅<br />

忠 道 の『 日 本 の 児 童 文 学 』に 続 くもので、 同 じ 著<br />

者 が 出 している 通 史 です。<br />

6 『 日 本 児 童 文 学 案 内 』 鳥 越 信 著 東 京 理 論<br />

社 1963 204p 19cm ( 児 童 文 学 セミナー)<br />

(909-To547n)(YZ910-トリ)<br />

7 『 日 本 児 童 文 学 』 鳥 越 信 著 東 京 建 帛 社<br />

1995.10 183p 21cm (KG411-G3)(YZ910<br />

-トリ)<br />

『 日 本 児 童 文 学 案 内 』は、 日 本 児 童 文 学 の 歴 史<br />

的 な 流 れおよび 各 時 期 、 各 事 項 、 各 作 家 ・ 作 品 の<br />

特 質 や 問 題 点 が 概 観 できるようにと 編 纂 したもの<br />

で、 明 治 期 から 昭 和 の 戦 後 児 童 文 学 革 新 までを 取<br />

り 上 げています。 構 成 は、 明 治 期 が、 教 育 理 念 追<br />

及 の 時 代 、 資 本 主 義 的 経 営 に 即 した 児 童 出 版 はじ<br />

まる、 翻 訳 児 童 文 学 と 大 衆 的 ・ 通 俗 的 少 年 小 説 。<br />

大 正 期 が、おとぎ 話 から 童 話 の 時 代 へ、 童 話 ・ 童<br />

謡 の 黄 金 時 代 、 芸 術 的 児 童 文 学 の 輩 出 、 大 衆 的 ・<br />

136


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

通 俗 的 児 童 雑 誌 と 少 女 小 説 、 児 童 文 学 の 理 論 的 研<br />

究 の 発 生 までです。 昭 和 期 の 前 期 が、 児 童 文 学 ・<br />

冬 の 季 節 、 児 童 文 学 に 春 を 迎 える 試 み、 大 衆 的 ・<br />

通 俗 的 少 年 少 女 小 説 、 児 童 文 学 の 冬 に・また 冬 が。<br />

昭 和 期 の 後 期 が、 児 童 文 学 の 陽 春 、 児 童 文 学 の 不<br />

振 と 停 滞 、 児 童 文 学 の 上 げ 潮 、というように、タ<br />

イトルが 非 常 に 具 体 的 になっていて、 内 容 がわか<br />

りやすいかと 思 います。さらに 詳 しい 研 究 案 内 が<br />

「 文 献 解 題 」として 後 ろに 付 いています。 索 引 は<br />

ありません。これは 絶 版 になり、 今 は 入 手 できま<br />

せん。<br />

けれども、1995 年 に『 日 本 児 童 文 学 』が 建 帛 社<br />

から 刊 行 されています。これは、『 日 本 児 童 文 学<br />

案 内 』が 絶 版 になったために、 訂 正 を 加 えて、 戦<br />

後 児 童 文 学 革 新 で 終 わっていた 前 版 の 現 代 の 部 分<br />

に、 児 童 文 学 の 現 在 、 戦 後 50 年 の 総 括 を 追 加 した<br />

増 補 改 訂 版 として 出 されました。 巻 末 に、 文 献 解<br />

題 、 作 品 ・ 事 項 索 引 、 人 名 索 引 が 付 されています。<br />

これはまだ 入 手 可 能 かと 思 います。<br />

8 『 近 代 日 本 児 童 文 学 史 』 岡 田 純 也 著 東 京<br />

大 阪 教 育 図 書 1970 252p 図 版 20cm<br />

(KG411-7)(YZ910-オカ)<br />

9 『 子 どもの 本 の 歴 史 』 岡 田 純 也 著 名 古 屋<br />

中 央 出 版 1992.5 318p 19cm<br />

(KG411-E27)(YZ910-オカ)<br />

『 近 代 日 本 児 童 文 学 史 』は 岡 田 純 也 が 著 したも<br />

のです。1970 年 に 大 阪 教 育 図 書 から 出 ています。<br />

鳥 越 信 さんは1890 年 に 出 た『 少 年 之 玉 』を 最 初 の<br />

児 童 文 学 だと 主 張 していたのですが、この 本 は、<br />

児 童 読 み 物 の 黎 明 を、 通 説 とされていた 巌 谷 小 波<br />

の『こがね 丸 』(1891)、あるいは『 少 年 之 玉 』(1890)<br />

より 以 前 の 福 沢 諭 吉 の 啓 蒙 書 まで 遡 り、 明 治 時 代<br />

から 時 代 の 流 れを 追 って 記 述 しているものです。<br />

児 童 中 心 のお 伽 噺 時 代 、 芸 術 的 児 童 文 学 への 志 向 、<br />

童 心 主 義 童 話 の 爛 熟 、 階 級 的 児 童 文 学 運 動 の 伸 展<br />

と 挫 折 、 民 主 主 義 児 童 文 学 運 動 の 展 開 、 児 童 文 学<br />

理 論 の 模 索 、 豊 穣 の 中 の 貧 困 といった 構 成 で、<br />

1965 年 ごろまでの 時 代 ・ 社 会 思 潮 とともに、 作 家 ・<br />

作 品 を 紹 介 しています。 索 引 はありません。 岡 田<br />

純 也 (1939-)は 児 童 文 学 者 で、 著 書 に『 児 童 文<br />

学 と 読 者 』、『 宮 沢 賢 治 人 と 作 品 』 等 があります。<br />

岡 田 純 也 も、この 本 の 他 にもう1 冊 書 いていま<br />

す。『 子 どもの 本 の 歴 史 』です。1992 年 5 月 に 中<br />

央 出 版 から 刊 行 されたものです。これは、 前 の 書<br />

き 下 ろしの1 冊 本 とは 違 い、 前 の 書 き 下 ろし 分 の<br />

一 部 改 訂 を 含 め、その 他 新 聞 ・ 雑 誌 などに 書 いた<br />

評 論 や 随 筆 を 含 めて 編 集 したものです。 第 1 部 が、<br />

児 童 文 学 の 近 代 的 展 開 です。 内 容 は、 古 典 文 学 に<br />

表 れた 児 童 像 、 児 童 文 学 の 黎 明 、 児 童 中 心 のおと<br />

ぎばなし 時 代 、 芸 術 的 児 童 文 学 への 志 向 、 童 心 主<br />

義 童 話 の 爛 熟 、 階 級 的 児 童 文 学 運 動 の 伸 展 と 挫 折 、<br />

民 主 主 義 児 童 文 学 運 動 の 展 開 、 児 童 文 学 理 論 の 模<br />

索 、 豊 穣 と 課 題 、となっていて、 第 1 部 までが 通<br />

史 の 形 で 書 いてあります。1980 年 代 までを 取 り 上<br />

げています。1980 年 以 前 までは、ほとんど 日 本 の<br />

児 童 文 学 が 中 心 でしたが、 外 国 のものも 随 分 たく<br />

さん 取 り 上 げて 解 説 しています。 第 2 部 は、 児 童<br />

文 学 研 究 批 評 の 系 譜 で、2 部 構 成 になっていま<br />

す。 各 時 代 ・ 時 期 の 文 学 的 事 象 を 取 り 上 げ、 主 と<br />

して、 作 家 ・ 作 品 の 解 説 をしているものです。 索<br />

引 はありません。<br />

10 『 子 どもの 本 の 百 年 史 』 尾 崎 秀 樹 等 著 東 京<br />

明 治 図 書 出 版 1973 339p 図 22cm 年<br />

表 :p.312-339 (KG411-23)(YZ910-オザ)<br />

『 子 どもの 本 の 百 年 史 』は、 尾 崎 秀 樹 等 が 編 纂<br />

したもので、 明 治 図 書 出 版 から1973 年 に 刊 行 され<br />

ています。 座 談 会 形 式 というユニークな 形 式 を<br />

とっています。 子 どものための 出 版 物 、 単 行 本 、<br />

雑 誌 、 書 籍 を 中 心 に、 日 本 の 児 童 文 学 の 歴 史 的 な<br />

流 れを、 主 要 な 作 家 ・ 作 品 、 運 動 や 潮 流 を 再 整 理<br />

し、 玩 具 ・ 遊 び・ 教 育 などの 背 景 となった 児 童 文<br />

化 にも 照 明 をあてようと 試 みた 百 年 史 です。 出 席<br />

者 は、 尾 崎 秀 樹 ( 評 論 家 )、 西 郷 竹 彦 ( 文 芸 学 者 )、<br />

鳥 越 信 ( 早 稲 田 大 学 教 育 学 部 教 授 )と、コーディ<br />

ネーターの 宗 武 朝 子 ( 日 本 出 版 販 売 株 式 会 社 仕 入<br />

部 弘 報 課 長 )です。 肩 書 きはいずれも 当 時 のもの<br />

です。 日 本 出 版 販 売 の 弘 報 課 が 月 刊 で 出 していた<br />

『こどもライブラリー』に、1967 年 4 月 から1973<br />

年 8 月 まで 掲 載 された 座 談 会 「 子 どもの 本 の 百 年 」<br />

の 録 音 記 録 を 復 元 したものです。<br />

137


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

内 容 は、 明 治 篇 、 大 正 篇 、 昭 和 篇 からなってい<br />

ます。 明 治 篇 は、『こがね 丸 』からはじまってい<br />

ます。1:『こがね 丸 』から『 立 川 文 庫 』まで、2:<br />

少 女 雑 誌 と 豆 講 談 本 『 立 川 文 庫 』の 出 現 、3: 武<br />

侠 小 説 の 出 現 とその 周 辺 。 大 正 篇 は、1:『 赤 い 鳥 』・<br />

小 川 未 明 をめぐって、2: 文 芸 童 話 を 探 る、3:<br />

三 重 吉 と 未 明 文 学 について、4: 大 正 期 児 童 文 学<br />

のもう 一 つの 流 れ、5:「ひろすけ 童 話 」と「 童 謡 」、<br />

6:「 大 正 期 」における『 立 川 文 庫 』、7:『 少 年<br />

倶 楽 部 』の 転 換 期 と「 正 ちゃんの 冒 険 」。 昭 和 篇 は、<br />

1: 佐 藤 紅 緑 と『 少 年 倶 楽 部 』、2:『 少 年 倶 楽 部 』<br />

のめざすもの、3: 時 の 流 れと『 少 年 倶 楽 部 』、4:<br />

宮 澤 賢 治 とその 周 辺 、5: 宮 澤 賢 治 の 作 品 につい<br />

て、6:プロレタリア 児 童 文 学 の 起 こり、7:『 日<br />

本 児 童 文 庫 』と『 小 学 生 全 集 』、8: 新 美 南 吉 を<br />

めぐって、9: 新 美 南 吉 と 作 品 、10: 戦 時 下 の 児<br />

童 文 学 、11、12: 戦 争 と 児 童 文 学 ⑴⑵、13、14:「 日<br />

本 少 国 民 文 化 協 会 」の 設 立 をめぐって⑴⑵、15,<br />

16: 終 戦 時 の 児 童 文 学 ⑴⑵、17:「 少 年 文 学 宣 言 」<br />

をめぐって、18: 新 しい 児 童 文 学 の 考 え 方 、19:<br />

児 童 文 学 の 今 後 の 課 題 、という 内 容 です。 最 後 に、<br />

童 謡 ・ 児 童 詩 ・ 少 年 詩 などの「 補 章 」と、 文 学 と<br />

教 育 の「まとめ」を 設 けています。 巻 末 に、 作 品<br />

と 児 童 文 学 ・ 児 童 文 化 の 動 きを 記 載 した 年 表 (1868<br />

-1973)を 付 しています。 索 引 はありません。<br />

11 『 日 本 児 童 文 学 史 の 展 開 』 編 集 : 猪 熊 葉 子 等<br />

東 京 明 治 書 院 1973 298p 22cm( 講 座<br />

日 本 児 童 文 学 4)(KG411-22)(YZ910-コウ)<br />

11 -1『 現 代 日 本 児 童 文 学 史 』 編 集 : 猪 熊 葉 子 等<br />

東 京 明 治 書 院 1974 245p 22cm ( 講<br />

座 日 本 児 童 文 学 5)(KG411-22)(YZ910-コ<br />

ウ)<br />

12 『 日 本 児 童 文 学 史 年 表 』1、2 鳥 越 信 編 ( 講<br />

座 日 本 児 童 文 学 別 巻 1、2) 編 集 : 猪 熊 葉 子<br />

等 東 京 明 治 書 院 1975、1977 全 2 冊<br />

22cm (KG411-22)(YZ910-コウ)<br />

11、12は、「 講 座 日 本 児 童 文 学 」を 構 成 するも<br />

のです。<br />

『 日 本 児 童 文 学 史 の 展 開 』は、 児 童 文 学 を、 単<br />

純 な 記 述 式 や 通 史 的 な 観 点 からではなく、 児 童 文<br />

学 史 的 な 観 点 から 論 述 したものです。 全 体 は、1:<br />

児 童 文 学 史 とは 何 か( 横 谷 輝 )、からはじまり、2:<br />

児 童 文 学 のスタイル( 文 体 )の 史 的 展 開 ( 大 藤 幹<br />

夫 )、3: 童 話 の 成 立 とその 展 開 過 程 ・ 日 本 の 童<br />

話 文 学 の 歩 み( 横 谷 輝 )、4: 子 ども 読 者 の 見 た<br />

近 代 日 本 児 童 文 学 史 ・ 児 童 読 者 論 からのアプロー<br />

チ( 岡 田 純 也 )、となっています。2、3におい<br />

て 明 治 期 から 昭 和 前 期 までの 児 童 文 学 の 展 開 が 作<br />

家 ・ 作 品 ・ 事 象 を 中 心 に 記 述 されています。4が<br />

読 書 論 ということで、 子 どもの 感 想 文 等 によるア<br />

プローチというようなユニークな 視 点 が 入 ってい<br />

ます。これは 戦 前 までで、 戦 後 児 童 文 学 について<br />

は、 本 講 座 の 第 5 巻 である『 現 代 日 本 児 童 文 学 史 』<br />

にまとめられています。<br />

『 現 代 日 本 児 童 文 学 史 』は、 第 二 次 世 界 大 戦 後<br />

の 日 本 児 童 文 学 の 思 潮 ( 上 野 瞭 )、 第 二 次 世 界 大<br />

戦 後 の 作 品 ( 神 宮 輝 夫 )、 現 代 児 童 文 学 史 への 視<br />

点 - 現 代 児 童 文 学 史 の 時 期 区 分 について( 古 田 足<br />

日 )、という 内 容 です。<br />

『 日 本 児 童 文 学 史 年 表 』の1と2は、 年 表 形 式<br />

の 児 童 文 学 史 です。これは、 講 座 日 本 児 童 文 学 別<br />

巻 の1、2を 構 成 しているものです。 鳥 越 信 の 編<br />

集 です。1868( 明 治 元 ) 年 から1945( 昭 和 20) 年 、<br />

終 戦 の8 月 15 日 までに 刊 行 発 表 された 児 童 文 学 作<br />

品 と 関 連 事 象 を 編 年 体 と 表 形 式 で 構 成 しているも<br />

のです。1 巻 が1926( 大 正 15) 年 12 月 まで、その<br />

後 を2 巻 としています。1 年 を1 区 画 として1 月<br />

ごとに 日 付 を 付 して 正 確 を 期 しているということ<br />

です。 作 品 や 事 象 は 六 つのジャンルに 分 けて 記 載<br />

しています。1 童 話 ・ 小 品 、2 童 謡 ・ 詩 、3 戯 曲 ・<br />

詩 、4 翻 訳 、5 評 論 ・ 随 筆 、6 事 項 です。 検 索 の<br />

便 を 図 るため、 凡 例 に「 作 者 筆 名 一 覧 」を 付 して<br />

います。 索 引 はありません。<br />

13 『 日 本 児 童 文 学 概 論 』 日 本 児 童 文 学 学 会 編<br />

東 京 東 京 書 籍 1976 291p 図 22cm<br />

付 : 主 要 文 献 リ ス トp.285-291 (KG411-37)<br />

(YZ910-ニホ)<br />

『 日 本 児 童 文 学 概 論 』です。これも、 明 治 元 年<br />

から1945 年 までの 日 本 児 童 文 学 史 の 現 状 およびそ<br />

の 認 識 と 理 解 を 展 望 したものです。 第 1 章 が 児 童<br />

138


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

文 学 とは 何 か、ということで、 基 本 的 な 考 察 を 行<br />

い、 第 2 章 の 日 本 児 童 文 学 の 歴 史 において、で 歴<br />

史 と 現 状 を 概 観 しています。 第 3 章 の 各 論 で、 詩 ・<br />

童 謡 、 童 話 と 小 説 、 絵 本 等 各 ジャンルを 定 義 し 考<br />

察 しています。 第 4 章 の 作 家 と 作 品 で、 青 木 茂 ほ<br />

か25 名 を 名 前 の 五 十 音 順 に 取 り 上 げた 作 家 論 のほ<br />

かジャンルごとの 作 家 と 作 品 論 等 を 展 開 していま<br />

す。 第 5 章 は 児 童 文 学 の 研 究 と 批 評 。 巻 末 に、 資<br />

料 種 別 ごとの 主 要 文 献 リストも 付 されています。<br />

索 引 はありません。<br />

14 『 落 穂 ひろい: 日 本 の 子 どもの 文 化 をめぐる 人<br />

び と 』 瀬 田 貞 二 著 東 京 福 音 館 書 店<br />

1982.4 2 冊 22cm 付 ( 図 2 枚 ): 友 雀 道 草<br />

双 六 ・ 風 流 小 金 雛 付 (1 枚 ): 付 録 解 説 外<br />

箱 入 (KG411-71)(YZ910-セタ)<br />

『 落 穂 ひろい』です。「 日 本 の 子 どもの 文 化 をめ<br />

ぐる 人 びと」という 副 題 が 付 いています。 瀬 田 貞<br />

二 著 で、 福 音 館 書 店 から1982 年 4 月 に 刊 行 されて<br />

います。これは、 先 ほどから 申 し 上 げているよう<br />

に、 日 本 児 童 文 学 をどこから 捉 えるかという 視 点<br />

において、 著 者 の 瀬 田 貞 二 さんが 明 治 20 年 代 以 前<br />

の 日 本 の 児 童 文 学 の 歴 史 の 空 白 を 埋 めようとした<br />

ものです。1971 年 4 月 から1975 年 3 月 まで、「 落<br />

穂 ひろい」というタイトルで『 母 の 友 』に 連 載 し<br />

た 内 容 をもとに、ただし、 単 行 本 化 する 前 に 著 者<br />

が 亡 くなってしまったため、 残 された 膨 大 なメモ<br />

とノートをもとにして、 編 集 部 が 最 小 限 の 訂 正 、<br />

最 小 限 の 校 訂 を 加 えて 刊 行 したものです。 最 小 限<br />

の 訂 正 というのは、 明 らかな 間 違 いを 訂 正 したと<br />

いうことです。メモとノートの 中 から 文 章 化 の 可<br />

能 なものについては、 巻 末 に「 付 記 」として 加 え<br />

られています。<br />

副 題 が、「 日 本 の 子 どもの 文 化 をめぐる 人 びと」<br />

とありますように、 子 どもたちを 喜 ばせ 楽 しませ<br />

たおとなの 存 在 を 探 索 することが 目 的 で、その 始<br />

まりを、 室 町 時 代 の 往 来 物 、 教 科 書 ですが、たと<br />

えば、 子 どもたちが 寺 子 屋 で 学 んだものなど、そ<br />

れら 往 来 物 の 創 始 者 たちに 遡 って 論 じられていま<br />

す。<br />

全 体 の 構 成 は、 第 1 章 : 京 から 江 戸 へ、 第 2 章 :<br />

赤 本 、 第 3 章 : 草 双 紙 その 後 、 第 4 章 : 記 録 され<br />

た 子 ども、 第 5 章 : 絵 師 たち、 第 6 章 : 鼠 ・ 武 者 ・<br />

花 咲 爺 、 第 7 章 : 遊 びに 遊 ぶ、 第 8 章 :おもちゃ<br />

絵 。 明 治 がⅠ、Ⅱと 分 かれていて、 第 9 章 : 明 治<br />

Ⅰ、 第 10 章 : 明 治 Ⅱ。 第 11 章 からは、 大 正 になり、<br />

追 考 も2 篇 付 いています。<br />

近 代 児 童 文 学 の 歴 史 としては、 近 代 というのは<br />

明 治 以 降 のことですが、 第 9 章 の 明 治 以 降 から 第<br />

11 章 の 大 正 までを 扱 っています。1874 年 に 刊 行 さ<br />

れた『ものわりのはしご』は、やさしい 農 学 入 門<br />

となる 実 験 化 学 の 概 略 をまとめているもので、 子<br />

ども 向 けではありませんが、 子 どもたちにも 分 か<br />

りやすい 化 学 の 本 です。 明 治 は、この 本 を 著 した<br />

清 水 卯 三 郎 、『 幼 稚 園 初 歩 』を 著 した 飯 島 半 十 郎 ( 虚<br />

心 ) 等 、さらに 教 科 書 、 絵 手 本 、 挿 絵 本 、ちりめ<br />

ん 本 、 雑 誌 、それから 明 治 の 小 学 校 や 子 どもたち、<br />

遊 びを 取 り 上 げています。 子 どもをめぐる 人 物 を<br />

中 心 に 解 説 しているものです。 明 治 Ⅱでは、 小 波<br />

を 中 心 に 露 伴 の 少 年 文 学 、 唱 歌 や 絵 雑 誌 のはじま<br />

りについて 解 説 しています。チェンバレンやハー<br />

ンなど 知 日 派 の 文 人 にも 触 れています。 大 正 は、<br />

中 西 屋 の 絵 本 から、 中 勘 助 ・ 野 上 弥 生 子 、 画 家 の<br />

芳 水 ・ 夢 二 ・ヨヘイ、 高 木 敏 雄 ・ 松 村 武 雄 ・ 水 田<br />

光 、 楠 山 正 雄 ・ 岡 本 帰 一 ・ 清 水 良 雄 ・ 水 島 爾 保 布 、<br />

山 本 鼎 ・ 北 原 白 秋 等 の 作 家 を 作 品 とともに 取 り 上<br />

げています。 追 考 には 小 林 清 親 と 清 水 良 雄 を 収 録<br />

しています。<br />

人 物 に 焦 点 をあてるという 大 変 ユニークな 視 点<br />

から 思 いがけない 人 物 に 光 があてられていますの<br />

で、 読 み 物 としても 大 変 面 白 いと 思 います。これ<br />

は、2 冊 本 になっていますが、 付 録 も 付 いていて、<br />

著 者 が 収 集 した 資 料 や 著 者 が 見 た 資 料 はできるだ<br />

け 掲 載 する 方 針 がとられていて、 多 数 の 図 版 が 収<br />

録 されています。すごろくやいろいろな 遊 びもの<br />

等 が、とても 色 鮮 やかに 収 録 されています。 下 巻<br />

の 巻 末 に、 上 下 巻 の 総 索 引 が 付 いています。<br />

15 『 日 本 児 童 文 芸 史 』 福 田 清 人 、 山 主 敏 子 編<br />

東 京 三 省 堂 1983.6 489p 22cm<br />

(KG411-88)(YZ910-フク)<br />

『 日 本 児 童 文 芸 史 』は、 編 集 方 針 として、わが<br />

139


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

国 の 児 童 文 芸 の 流 れを 上 代 から 現 代 まで 通 史 的 に<br />

記 す、 児 童 文 学 作 家 だけではなく 関 連 のある 文 壇<br />

作 家 にも 触 れる、 劇 ・ 詩 等 広 く 児 童 文 学 を 記 す、<br />

影 響 のあった 翻 訳 についても 述 べる、を 掲 げ、そ<br />

の 方 針 のもとに、 第 1 章 : 近 代 以 前 の 児 童 文 芸 、<br />

第 2 章 : 明 治 期 の 児 童 文 芸 、 第 3 章 : 大 正 期 の 児<br />

童 文 芸 、 第 4 章 : 昭 和 前 期 の 児 童 文 芸 、 第 5 章 :<br />

戦 後 の 児 童 文 芸 、 第 6 章 : 現 代 の 児 童 文 芸 、 第 7<br />

章 : 児 童 文 芸 の 研 究 と 評 論 、 第 8 章 : 海 外 児 童 文<br />

芸 翻 訳 の 展 望 と、8 章 構 成 になっています。それ<br />

ぞれの 時 代 ・ 時 期 の 作 家 ・ 作 品 を 取 り 上 げて 解 説<br />

しています。6 章 の 現 代 では 童 話 ・ファンタジー・<br />

絵 本 、 少 年 少 女 小 説 、SF、 児 童 演 劇 などのジャ<br />

ンルごとに 紹 介 しています。8 章 は、 海 外 児 童 文<br />

学 翻 訳 の 展 望 ですが、 英 、 米 、 独 、 北 欧 、 仏 、ロ<br />

シア・ソビエト、 中 国 など 各 国 の 専 門 家 による 解<br />

説 ・ 展 望 を 収 載 しています。 索 引 はありません。<br />

これは、 日 本 児 童 文 芸 家 協 会 設 立 25 周 年 を 記 念<br />

して 刊 行 されたものです。 神 宮 先 生 のお 話 に 出 て<br />

きました 福 田 清 人 (1904-1995)さん、 山 主 敏 子<br />

(1907-2000)さんが 編 集 をしているものです。 福<br />

田 清 人 さんは 小 説 家 ・ 児 童 文 学 作 家 で、 元 日 本 児<br />

童 文 芸 家 協 会 会 長 。 著 書 には『 岬 の 少 年 たち』、『 天<br />

平 の 少 年 』 等 。『 岬 の 少 年 たち』は 午 前 中 の 講 義<br />

でご 紹 介 のあったものです。 山 主 敏 子 さんは 児 童<br />

文 学 作 家 で、 元 日 本 児 童 文 芸 家 協 会 理 事 長 です。<br />

著 書 に『 大 西 部 開 拓 史 』、 訳 書 に『 若 草 物 語 』、『 名<br />

犬 ラッシー』 等 があります。<br />

16 『 体 験 的 児 童 文 学 史 』 前 、 後 編 関 英 雄 著 東<br />

京 理 論 社 1984.7、12 全 2 冊 22cm 前<br />

編 : 大 正 の 果 実 、 後 編 : 昭 和 の 風 雪 (KG411-85)<br />

(YZ910-セキ)<br />

『 体 験 的 児 童 文 学 史 』は 前 、 後 編 からなってい<br />

ます。これも 午 前 中 の 講 義 に 出 てきた 方 で、 関 英<br />

雄 さんの 著 作 です。 各 巻 のタイトルが、 前 編 が「 大<br />

正 の 果 実 」、 後 編 が「 昭 和 の 風 雪 」となっています。<br />

著 者 の 関 英 雄 さんは、1946 年 に 児 童 文 学 者 協 会 ( 後<br />

に 日 本 児 童 文 学 者 協 会 と 改 称 ) 創 立 に 参 画 し、 後<br />

に 同 協 会 の 理 事 長 を 務 めた 方 で、ご 本 人 の 読 書 体<br />

験 に 基 づき、 明 治 から 昭 和 20 年 までの 社 会 と 児 童<br />

文 学 の 具 体 的 な 動 向 を 記 述 した 児 童 文 学 史 です。<br />

これは 書 き 下 ろしではなく、 前 編 は、『 童 話 』( 日<br />

本 童 話 会 編 )に1964 年 10 月 から1967 年 秋 まで 連 載<br />

したものです。 単 行 本 化 するにあたり 必 要 な 補 筆<br />

を 行 っています。 第 1 章 「さざなみおとぎ」から<br />

第 26 章 「アナーキズムの 旗 の 下 に」の1930 年 まで<br />

を 記 述 しています。 後 編 は、『 日 本 児 童 文 学 』( 日<br />

本 児 童 文 学 者 協 会 編 )に1982 年 4 月 から1984 年 11<br />

月 まで 連 載 したものです。 第 1 章 の「イデオロギー<br />

の 時 代 」から 第 30 章 の「8 月 15 日 」まで、 昭 和 初<br />

期 から 終 戦 まで 著 者 が 児 童 文 学 に 関 わってきた 足<br />

跡 を 記 述 しています。 前 ・ 後 編 それぞれに 主 要 人<br />

名 索 引 が 付 されています。<br />

17 『 児 童 文 学 の 思 想 史 ・ 社 会 史 』 関 口 安 義 ほか<br />

著 日 本 児 童 文 学 学 会 編 東 京 東 京 書 籍<br />

1997.4 351p 21cm ( 研 究 - 日 本 の 児 童 文 学<br />

2)(KG411-E51)(YZ910-ケン)<br />

『 児 童 文 学 の 思 想 史 ・ 社 会 史 』です。これは 日<br />

本 児 童 文 学 学 会 が 編 集 したもので1997 年 の4 月 に<br />

刊 行 されたものです。 近 代 日 本 児 童 文 学 の 成 立 ・<br />

生 成 の 諸 問 題 を、 思 想 史 ・ 社 会 史 の 視 点 から 考 察<br />

した 論 文 集 です。<br />

総 論 が、 日 本 児 童 文 学 の 成 立 で、 明 治 から 現 代<br />

児 童 文 学 の 成 立 までを 概 観 しています。 第 1 部 が<br />

子 どもの 再 発 見 、 第 2 部 が 展 開 と 諸 相 、 第 3 部 が<br />

現 状 と 未 来 、という3 部 構 成 です。 各 部 に3から<br />

4のテーマを 設 けて、その 時 代 の 特 色 ・ 思 潮 を、<br />

欧 米 の 作 品 をも 取 り 上 げながら 解 説 しています。<br />

この 視 点 としては、 第 1 部 ではナショナリズム、<br />

童 心 主 義 、< 宗 教 児 童 文 学 >の 構 図 、 第 2 部 では、<br />

口 演 童 話 、「 頴 才 新 誌 」の 変 貌 、 生 活 綴 方 、 第 3<br />

部 で、ファッションとしての 児 童 文 学 、 児 童 文 学<br />

と 性 および 死 を 取 り 上 げています。さらに20 世 紀<br />

児 童 文 学 の 諸 相 を 概 観 していますが、これはかな<br />

り 外 国 との 対 照 といいますか、 外 国 の 児 童 文 学 を<br />

ひいて 概 観 しているものです。 現 在 、「 児 童 文 学 」<br />

の 認 識 がゆらいでいるとの 認 識 のもとに、 児 童 文<br />

学 の 歴 史 と 現 在 を 新 しい 視 点 で 問 い 直 そうとした<br />

日 本 児 童 文 学 学 会 による 叢 書 「 研 究 = 日 本 の 児 童<br />

文 学 」( 全 6 巻 )の 第 2 巻 にあたるものです。 索<br />

140


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

引 はありません。 巻 末 に 執 筆 者 の 紹 介 があります。<br />

18 『はじめて 学 ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』 鳥 越 信 編 著<br />

京 都 ミネルヴァ 書 房 2001.4 368,40p<br />

21cm (シリーズ・ 日 本 の 文 学 史 1) 文 献 あ<br />

り 年 表 あり (KG411-G49)(YZ910-トリ)<br />

最 初 から 何 度 も 取 り 上 げている、『はじめて 学<br />

ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』です。 鳥 越 信 編 著 で、 京 都 の<br />

ミネルヴァ 書 房 から 出 ています。これは、ほとん<br />

どの 図 書 館 にあると 思 いますので、 皆 さんもよく<br />

ご 存 知 かと 思 います。「シリーズ・ 日 本 の 文 学 史 」<br />

として 刊 行 されています。<br />

これは、 日 本 児 童 文 学 を 明 治 から 現 代 まで 概 観<br />

した 通 史 です。 序 章 : 日 本 児 童 文 学 の 起 点 、 第 1<br />

部 : 近 代 日 本 児 童 文 学 の 夜 明 け、 第 2 部 :おとぎ<br />

ばなしの 時 代 、 第 3 部 : 芸 術 的 児 童 文 学 の 開 花 、<br />

第 4 部 : 児 童 文 学 冬 の 時 代 、 第 5 部 :15 年 戦 争 下<br />

の 児 童 文 学 、 第 6 部 : 戦 後 の 児 童 文 学 、の6 部 に<br />

より 構 成 されています。 各 部 の 最 初 に 鳥 越 信 によ<br />

る「 時 代 思 潮 」を 置 き、だいたい3 章 構 成 で 時 代<br />

の 特 徴 を 代 表 的 作 品 により 解 説 しています。 各 時<br />

代 のトピックを「コラム」でも 紹 介 しています。<br />

これまで 近 代 児 童 文 学 史 の 起 点 を 巌 谷 小 波 の<br />

『こがね 丸 』(1891)とする 説 が 多 く、また 鳥 越 自<br />

身 も、 先 ほども 触 れましたように、『 少 年 之 玉 』<br />

(1890)としてきたのですが、 本 書 では 明 治 初 年<br />

から10 年 間 に 出 版 された 児 童 図 書 を 分 析 し、 福 沢<br />

諭 吉 の『 訓 蒙 窮 理 図 解 』(1868)を 起 点 とする 説<br />

を 打 ち 出 しています。 第 6 部 に 補 論 を 置 き、 児 童<br />

文 学 研 究 の 流 れを 設 けています。 時 代 毎 の 児 童 文<br />

学 研 究 書 を 紹 介 するとともに、 日 本 における 児 童<br />

文 学 研 究 が1970 年 代 から80 年 代 にかけて 学 問 研 究<br />

として 深 化 したことを 紹 介 しています。 巻 末 に 参<br />

考 文 献 として、⑴ 総 合 的 通 史 、⑵ 時 代 別 ・ 分 野 別 ・<br />

地 域 別 通 史 、⑶ 児 童 文 学 史 論 、を 掲 載 しています。<br />

それから、1868 年 から1992 年 までの 児 童 文 学 関 連<br />

年 表 、 作 品 ・ 逐 次 刊 行 物 索 引 、 人 名 索 引 、 執 筆 者<br />

紹 介 が 付 いています。<br />

19 『たのしく 読 める 日 本 児 童 文 学 』 戦 前 編 、 戦 後<br />

編 鳥 越 信 編 著 京 都 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房<br />

2004.4 全 2 冊 21cm (KG411-H31, KG411-H32)<br />

(YZ910-トリ)<br />

『たのしく 読 める 日 本 児 童 文 学 』 戦 前 編 、 戦 後<br />

編 です。 鳥 越 信 編 著 で、 京 都 のミネルヴァ 書 房 か<br />

ら 出 たものです。<br />

『はじめて 学 ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』の 姉 妹 篇 とし<br />

て 編 纂 したものです。 日 本 児 童 文 学 の 歴 史 を 形 成<br />

する 数 々の 著 作 物 を、さらに 詳 しく 知 りたい 読 者<br />

のために、『はじめて 学 ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』に 取<br />

り 上 げた 著 作 を 中 心 に、 各 編 、 子 ども 向 けの 著 作<br />

( 絵 本 とマンガを 除 く)110 冊 、 理 論 書 10 冊 を 取 り<br />

上 げて 解 説 しています。 戦 前 編 は1868 年 から1945<br />

年 8 月 まで、 戦 後 編 は1945 年 8 月 から 現 在 までで<br />

す。 解 説 は、あらすじ 紹 介 、 読 み 方 、 作 家 の 履 歴 、<br />

読 書 案 内 、また 現 在 どうすればその 資 料 を 入 手 で<br />

きるかという 案 内 が 付 いています。それから、テ<br />

キストの 引 用 については、 作 品 の 一 部 が 原 文 のま<br />

ま 引 用 されています。それぞれに、 図 版 ・ 写 真 出<br />

典 一 覧 が 付 いています。 作 品 索 引 、 作 家 索 引 も 付<br />

されています。<br />

これまで 日 本 において 単 行 本 で 刊 行 された 日 本<br />

児 童 文 学 史 、 通 史 を 刊 行 年 順 にご 紹 介 させていた<br />

だきました。 古 いものは 古 いもので、とても 面 白<br />

い 視 点 で 通 史 が 作 られていますので、 是 非 古 いと<br />

ころも 手 に 取 ってご 覧 いただきたいと 思 います。<br />

それから、 今 回 の 児 童 文 学 連 続 講 座 で 取 り 上 げて<br />

いる 六 つのテーマが、この 通 史 の 中 ではどの 辺 に<br />

位 置 付 けられているか、どのような 扱 いを 受 けて<br />

いるかというようなものも 見 ていただければと 思<br />

います。ただし、 今 回 の 児 童 文 学 連 続 講 座 は、 比<br />

較 的 新 しいところを 取 り 上 げていますので、 古 い<br />

ところには 出 てこないところが 多 いと 思 います<br />

が、たとえば、 大 衆 児 童 文 学 がどの 辺 のところか<br />

ら 正 当 に 扱 われてきているかなども 見 ていただけ<br />

ればと 思 います。それから、 今 までご 紹 介 してき<br />

ましたように、 最 初 の 方 の 歴 史 では、 児 童 劇 とい<br />

うものがジャンルとしてきちんと 取 り 上 げられて<br />

いますが、 今 はほとんど 取 り 上 げられていません。<br />

そのかわり、アニメなど 新 しいジャンルのもの、<br />

メディアが 取 り 上 げられているということがあり<br />

141


日 本 児 童 文 学 の 流 れを 知 るために― 日 本 児 童 文 学 史 ( 通 史 )の 紹 介<br />

ますので、その 辺 のところも 視 点 において 見 てい<br />

ただければと 思 います。それではこれで 私 の 講 義<br />

を 終 わらせていただきます。<br />

(ちよ ゆり 資 料 情 報 課 長 )<br />

142


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

レジュメ<br />

国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

江 口 磨 希<br />

ちりめん 本 とは、 和 紙 に 挿 絵 と 外 国 語 の 文 章 を 印 刷 し、 各 方 向 から 圧 力 を 加 えちりめん 仕<br />

立 てにし、 和 綴 じにしたものです。 明 治 中 期 から 出 版 され、 内 容 は 日 本 の 昔 話 などで、 主<br />

に 外 国 人 への 日 本 土 産 、 美 術 工 芸 品 として 人 気 を 博 しました。 作 者 の 紹 介 も 交 えながら、<br />

当 館 が 所 蔵 するちりめん 本 を 紹 介 します。<br />

■ちりめん 本<br />

ちりめん 仕 立 ての 和 紙 に 挿 絵 と 外 国 語 の 文 章 を 印 刷 して 和 綴 じにした 本 。 内 容 は 日 本 の 昔 話 や 文<br />

学 、 日 本 の 様 子 を 紹 介 したものなどで、 英 語 をはじめフランス 語 、ドイツ 語 、スペイン 語 等 のさま<br />

ざまな 言 語 で 発 行 された。ちりめん 本 は 明 治 中 期 から 出 版 され 始 め、 主 に 外 国 人 の 日 本 土 産 あるい<br />

は 日 本 の 美 術 工 芸 品 として 人 気 を 博 した。<br />

■ 国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 のちりめん 本<br />

全 67 冊 ( 英 語 43 冊 、スペイン 語 20 冊 、フランス 語 3 冊 、ドイツ 語 1 冊 )<br />

■Japanese fairy tale series( 日 本 昔 噺 シリーズ)<br />

ちりめん 本 のなかでもたいへんよく 知 られているシリーズ。 弘 文 社 ( 長 谷 川 武 次 郎 が 経 営 )が 出<br />

版 。<br />

明 治 18(1885) 年 から 明 治 20 年 代 にかけて No.1~20、その 後 明 治 30 年 代 にかけて No.21~25を 出<br />

版 。 一 つの 話 につき、 大 きさや 挿 絵 などが 異 なるさまざまな 版 がある。 英 語 版 のほか、ドイツ 語 版 、<br />

フランス 語 版 、スペイン 語 版 、ポルトガル 語 版 等 がある。<br />

・ Tales of old Japan( 昔 の 日 本 の 物 語 )<br />

著 者 はイギリスの 外 交 官 ミットフォード(A. B. Mitford)。 明 治 4(1871) 年 にイギリスで 出 版 。<br />

赤 穂 浪 士 の 話 などのほか 昔 話 9 編 を 収 録 。 弘 文 社 の 日 本 昔 噺 シリーズに 影 響 を 与 えたのではない<br />

かと 言 われる。<br />

・ 「 日 本 昔 噺 」24 編<br />

日 本 児 童 文 学 の 草 分 けと 言 われる 巌 谷 小 波 が 明 治 27(1894) 年 から29(1896) 年 にかけて 出 版 。<br />

弘 文 社 の 日 本 昔 噺 シリーズの 影 響 を 受 けたと 言 われる。<br />

■ラフカディオ・ハーンによるちりめん 本<br />

■Aino fairy tale series<br />

143


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

■ 人 物 紹 介<br />

○エスパダ(Gonzalo J. de la Espada)<br />

1907 年 に 来 日 。 東 京 外 国 語 学 校 ( 現 東 京 外 国 語 大 学 )でスペイン 語 の 教 師 をしていた。<br />

○ジェームス 夫 人 (Mrs. T. H. James)<br />

イギリス 海 軍 軍 人 の 夫 とともに 来 日 。 日 本 昔 噺 シリーズの 訳 者 ・ 著 者 のなかでもっとも 多 く 登 場<br />

する。<br />

○タムソン(David Thompson)(1835-1915)<br />

米 国 の 長 老 派 教 会 宣 教 師 、 神 学 者 。 伝 道 のために 来 日 し、 横 浜 英 学 所 や 大 学 南 校 ( 現 東 京 大 学 )<br />

で 教 える。 日 本 人 の 海 外 視 察 にも 同 行 。<br />

○チェンバレン(Basil Hall Chamberlain)(1850-1935)<br />

イギリスの 言 語 学 者 、 日 本 学 者 。 東 京 帝 国 大 学 文 学 部 教 授 をしていた。 日 本 言 語 学 を 幅 広 く 研 究<br />

し、「 万 葉 集 」や「 古 今 集 」の 英 訳 、「 日 本 事 物 誌 」の 著 者 として 有 名 。<br />

○ドートルメル(Joseph Dautremer)<br />

1884 年 に 大 使 館 の 書 記 官 、 翻 訳 官 としてフランスより 来 日 。<br />

○ハーン(Lafcadio Hearn)(1850-1904)<br />

日 本 名 小 泉 八 雲 。 文 学 者 、 随 筆 家 。1890 年 に 来 日 、のちに 帰 化 する。 東 京 帝 国 大 学 文 学 部 の 講 師<br />

などを 務 める。 著 書 に「 怪 談 」などがある。<br />

○フロレンツ(Karl Florenz)(1865-1939)<br />

1889 年 に 来 日 。 東 京 帝 国 大 学 でドイツ 文 学 と 言 語 学 を 教 えていた。<br />

えいたく ○ 小 林 泳 濯 (1843-90)<br />

えいとく 画 家 。 狩 野 永 悳 にまなび、 明 治 維 新 後 は 浮 世 絵 や 新 聞 の 挿 絵 を 手 がける。 号 は 鮮 斎 。 日 本 昔 噺 シ<br />

リーズにもっとも 多 くの 挿 絵 を 描 いた。<br />

○ 鈴 木 華 邨 (1860-1919)<br />

日 本 画 家 。 挿 絵 や 陶 磁 器 などの 工 芸 図 案 でも 知 られた。 小 林 泳 濯 亡 き 後 、 日 本 昔 噺 シリーズに 多<br />

くの 挿 絵 を 描 く。<br />

144


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本<br />

について<br />

江 口 磨 希<br />

国 際 子 ども 図 書 館 資 料 情 報 課 の 江 口 と 申 しま<br />

す。 今 日 は、 国 際 子 ども 図 書 館 が 持 っています、<br />

ちりめん 本 をご 紹 介 させていただきたいと 思 いま<br />

す。よろしくお 願 いします。<br />

ちりめん 本 とは<br />

ご 存 知 の 方 もいらっしゃると 思 いますが、ちり<br />

めん 本 というのは、 普 通 の 平 らな 和 紙 に 挿 絵 と 文<br />

章 を 木 版 で 印 刷 し、その 後 でいろいろな 方 向 から<br />

縮 めて、ちりめん 状 に 加 工 したものです。 内 容 は<br />

主 に 日 本 の 昔 話 や 文 学 、 日 本 の 様 子 を 紹 介 したも<br />

ので、 英 語 をはじめ、フランス 語 、ドイツ 語 、ス<br />

ペイン 語 などの 様 々な 言 語 で 発 行 されました。ち<br />

りめん 本 は、 明 治 の 中 期 から 出 版 されはじめ、 主<br />

に 外 国 人 への 日 本 土 産 、あるいは 日 本 の 美 術 工 芸<br />

品 として 人 気 を 博 しました。<br />

国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本<br />

国 際 子 ども 図 書 館 で 持 っているちりめん 本 は、<br />

全 部 で67 冊 あり、 英 語 が43 冊 、スペイン 語 が20 冊 、<br />

フランス 語 が3 冊 、ドイツ 語 が1 冊 です。それぞ<br />

れの 詳 細 につきましては、「 国 際 子 ども 図 書 館 所<br />

蔵 ちりめん 本 リスト」をご 覧 下 さい。<br />

日 本 昔 噺 シリーズ<br />

国 際 子 ども 図 書 館 で 所 蔵 しているちりめん 本 の<br />

ほとんどは、 日 本 昔 噺 シリーズというものです。<br />

日 本 昔 噺 シリーズは、ちりめん 本 の 中 でも 特 によ<br />

く 知 られています。 明 治 18(1885) 年 から、 弘 文<br />

社 により 出 版 されました。 英 語 のほかに、ドイツ<br />

語 、フランス 語 、スペイン 語 、ポルトガル 語 など<br />

のいろいろな 言 語 で 出 版 されましたが、 今 回 は、<br />

英 語 版 を 中 心 にご 説 明 したいと 思 います。この 日<br />

本 昔 噺 シリーズは 明 治 18 年 から 出 版 がはじまり、<br />

明 治 20 年 代 にかけて、リストにありますNo.1か<br />

ら No.20までの20 冊 が 出 版 されました。このシ<br />

リーズは20 冊 で1セットとされることが 多 いよう<br />

ですが、その 後 明 治 30 年 代 にかけて No.21から<br />

No.25が 出 版 されています。もしかしたらもっと<br />

あるのかもしれませんが、 資 料 などで 確 認 できた<br />

ものはNo.25まででした。その 他 に、 書 名 に 日 本<br />

昔 噺 と 付 くものとして、 明 治 20 年 代 から30 年 代 に<br />

かけて 出 版 されたJapanese fairy tales ; second<br />

series、 現 物 には 和 文 タイトルとして『 日 本 昔 噺<br />

再 版 』と 書 いてありますが、それが3 冊 、Japanese<br />

fairy tale series ; extra no. が『 日 本 昔 噺 号 外 』<br />

という 和 文 タイトルで、 今 のところ1 冊 確 認 でき<br />

ています。 現 物 はこれからいくつかまとめてご 紹<br />

介 しますが、その 前 に 出 版 社 の 弘 文 社 についてご<br />

説 明 させていただきます。<br />

弘 文 社 について<br />

弘 文 社 は、ちりめん 本 を 出 していた 出 版 社 の 中<br />

でも 特 に 有 名 です。まず、ちりめん 本 の 出 版 数 が<br />

とても 多 く、 国 際 子 ども 図 書 館 で 持 っているちり<br />

めん 本 も 今 のところ 全 てこの 弘 文 社 が 出 したもの<br />

です。 弘 文 社 が 作 ったちりめん 本 は、 作 りも 大 変<br />

丁 寧 です。 弘 文 社 の 経 営 者 だった 長 谷 川 武 次 郎 は、<br />

ちりめん 本 を 作 るにあたって 腕 の 良 い 職 人 を 探 し<br />

て 集 めたようです。また、 著 者 や 訳 者 などに、 当<br />

時 著 名 だった 人 たちが 名 を 連 ねています。こうし<br />

て 作 ったちりめん 本 を、 国 内 だけではなく、 外 国<br />

の 出 版 社 と 提 携 して 海 外 でも 販 売 していました。<br />

様 々な 言 語 のちりめん 本<br />

それではこれからいくつか 現 物 をご 紹 介 してい<br />

145


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

きたいと 思 います。 英 語 を 中 心 にそれ 以 外 の 言 語<br />

の 版 もご 紹 介 しますが、 基 本 的 にはどの 言 語 も 同<br />

じ 版 木 を 使 っているので 挿 絵 は 同 じです。<br />

最 初 に、 日 本 昔 噺 シリーズ 第 1 号 の 桃 太 郎 です。<br />

画 面 に5 冊 映 っています。 英 語 が2 冊 、スペイン<br />

語 、フランス 語 、ドイツ 語 が 各 1 冊 です。この 日<br />

本 昔 噺 シリーズは、 一 つの 話 につき、 一 つの 版 だ<br />

けではなく、 大 きさや 挿 絵 が 異 なる 版 がいくつも<br />

出 ています。 英 語 版 の2 冊 をご 覧 になってわかる<br />

ように、まず 大 きさが 違 います。それから 表 紙 の<br />

絵 も、 背 景 に 山 があるものとないものがあり、 微<br />

妙 に 違 うのがおわかりいただけますでしょうか。<br />

色 も 微 妙 に 違 っています。また、この 英 語 版 2 冊<br />

は 訳 者 も 違 っています。 訳 者 まで 違 うのは 珍 しい<br />

ことです。 小 さい 方 の 桃 太 郎 を 訳 したのはダビッ<br />

ド・タムソン(David Thompson)です。ダビッ<br />

ド・ タ ム ソ ン は 日 本 昔 噺 シ リ ー ズNo. 1 か ら<br />

No. 6までを 訳 した 人 です。 彼 はアメリカ 人 の 宣<br />

教 師 で、 当 時 日 本 に 伝 道 に 来 ていました。 熱 心 に<br />

布 教 をしたほかに、 現 在 の 東 京 大 学 でも 教 えてい<br />

たようです。また、 日 本 人 が 海 外 視 察 に 行 く 際 に<br />

同 行 して 案 内 もしていました。 弘 文 社 の 経 営 者 で<br />

ある 長 谷 川 武 次 郎 は、10 代 の 頃 に 外 国 人 宣 教 師 が<br />

開 いていたミッションスクールで 英 語 を 学 んでい<br />

て、このダビッド・タムソンとも 知 り 合 いになっ<br />

たということです。 英 語 版 の 大 きい 方 の 版 は、<br />

ジェームス 夫 人 (Mrs. T. H. James)が 訳 者 です。<br />

ジェームス 夫 人 はこのシリーズの 訳 者 としては 最<br />

も 多 く 登 場 する 人 物 です。 彼 女 は、イギリス 海 軍<br />

の 軍 人 だった 夫 とともに 来 日 していました。<br />

次 にスペイン 語 版 です。スペイン 語 版 では、<br />

Cuentos del Japon viejo(『 西 文 日 本 昔 噺 』)と<br />

いうシリーズで10 冊 、その 後 、Leyendas y narraci<br />

ones japonesas(『 西 文 日 本 昔 噺 第 二 輯 』)という<br />

シリーズで10 冊 出 されました。 国 際 子 ども 図 書 館<br />

では20 冊 すべて 持 っていますが、 番 号 は 英 語 版 と<br />

は 違 います。 内 容 は 英 語 版 の 日 本 昔 噺 シリーズと<br />

1 冊 を 除 いて 全 部 同 じです。スペイン 語 版 を 訳 し<br />

たエスパダ(Gonzalo J. de la Espada)という<br />

人 のことは、あまりよくわかっていませんが、<br />

1907 年 に 来 日 して、 現 在 の 東 京 外 国 語 大 学 でスペ<br />

イン 語 の 教 師 をしていたようです。<br />

次 にフランス 語 版 です。 挿 絵 は 英 語 版 と 同 じです。<br />

紙 を 見 ていただくと、これはちりめん 状 ではなく、<br />

普 通 の 平 らな 和 紙 です。これは 和 紙 にちりめん 本<br />

と 同 じように 挿 絵 と 文 章 を 印 刷 して、その 後 ちり<br />

めん 状 にせずにそのまま 製 本 したものです。 挿 絵<br />

はちりめん 本 と 同 じです。 大 きさは、 縮 めない 分 、<br />

ちりめん 本 より 一 回 り 大 きくなっています。<br />

こちらが、ドイツ 語 版 の 桃 太 郎 です。ドイツ 語<br />

版 の 訳 者 はカール・フロレンツ(Karl Florenz)<br />

です。この 人 は1889 年 に 来 日 して、 東 京 帝 国 大 学 、<br />

現 在 の 東 大 でドイツ 文 学 と 言 語 学 を 教 えていまし<br />

た。<br />

えいたく<br />

今 までご 覧 いただいた 桃 太 郎 の 絵 は、 小 林 永 濯<br />

か の う えいとく が 書 いています。この 小 林 永 濯 は 狩 野 永 悳 に 学 ん<br />

だ 日 本 画 家 で、 明 治 維 新 後 は 浮 世 絵 や 新 聞 の 挿 絵<br />

を 描 いていました。 日 本 昔 噺 シリーズの 中 で 最 も<br />

多 くの 挿 絵 を 描 いているのが、この 小 林 永 濯 です。<br />

次 に、No. 2の 舌 切 雀 をご 覧 いただきたいと 思<br />

います。こちらが 舌 切 雀 5 冊 です。 英 語 が3 冊 、<br />

スペイン 語 、フランス 語 が 各 1 冊 です。 英 語 3 冊<br />

のうち2 冊 はちりめん 状 ではなく 平 らな 和 紙 ( 平<br />

紙 )に 絵 を 刷 ったものです。 挿 絵 は 同 じですが、<br />

書 名 がローマ 字 版 と 翻 訳 されたものとがありま<br />

す。 英 語 版 の 2 冊 と フ ラ ン ス 語 版 の 1 冊 は<br />

Shitakiri suzume、 英 語 版 でちりめん 本 になって<br />

いる1 冊 はThe tongue cut sparrow とあります。<br />

また、 絵 は 同 じでも、 色 をつけたものと、つけて<br />

いないものとが 出 ています。 先 ほどの 英 語 版 の2<br />

冊 は 平 らな 和 紙 の 上 に 印 刷 されたものですが、1<br />

冊 は 挿 絵 がカラーで、もう1 冊 は 白 黒 のままです。<br />

国 際 子 ども 図 書 館 では 持 っていませんが、 表 紙 、<br />

中 身 ともに 白 黒 で、 表 紙 には 絵 がなく、ただ 書 名<br />

が 貼 ってあるというだけの 安 い 版 もあります。こ<br />

れは、 日 本 人 の 子 どもの 語 学 テキスト、 語 学 の 教<br />

科 書 として 出 版 されていたようです。 最 初 に、ち<br />

りめん 本 は 外 国 人 への 日 本 土 産 と 申 し 上 げました<br />

が、それだけではなく、 日 本 人 のための 外 国 語 の<br />

テキストという 目 的 もあったようです。おそらく、<br />

長 谷 川 武 次 郎 が、 自 分 も 英 語 を 学 んでいたからで<br />

はないかと 思 います。 彼 は 大 変 英 語 が 上 手 で、 外<br />

国 人 の 東 京 案 内 もしていたそうです。<br />

フランス 語 版 の 舌 切 雀 の 訳 者 はドートルメル<br />

146


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

(Joseph Dautremer)です。このドートルメルは<br />

大 使 館 の 書 記 官 、および 翻 訳 官 としてフランスか<br />

ら 来 日 していました。 裏 表 紙 を 見 ていただくと、<br />

裏 表 紙 にもちゃんと 模 様 が 入 っていて、 同 じ 舌 切<br />

雀 でもその 模 様 が 違 っています。このように 少 し<br />

違 いのある 版 がいろいろ 出 版 されていました。<br />

No. 3をとばしてNo. 4の 花 咲 爺 にいきたいと<br />

思 います。こちらは、 英 語 版 2 冊 、スペイン 語 版<br />

1 冊 があります。 英 語 版 の 小 さい 方 とスペイン 語<br />

版 は 絵 が 同 じですが、 英 語 版 のもう1 冊 は 絵 が<br />

違 っています。 言 語 ごとに 絵 が 違 うわけではなく、<br />

同 じ 話 でもいくつか 挿 絵 を 変 えて 出 版 していたよ<br />

うです。こちらは 書 名 がローマ 字 のHanasaki Jiji<br />

となっています。 表 紙 の 絵 は 違 いますが、 中 の 挿<br />

絵 はだいたい 同 じです。<br />

No. 5のかちかち 山 は、 英 語 版 が2 冊 、スペイ<br />

ン 語 版 が1 冊 です。 表 紙 の 絵 はだいたい 同 じです<br />

が、うさぎが 持 っている 旗 をご 覧 いただくと、こ<br />

ちらは 英 語 で“Sticking Plasters for Sale”( 膏 薬<br />

売 ります)と 書 いてあり、こちらは 日 本 語 で「や<br />

けどかうやく」( 火 傷 膏 薬 )と 書 いてあります。<br />

次 にNo. 7の 瘤 取 り 爺 さんです。 訳 したのはヘ<br />

ボン(James Curtis Hepburn)です。この 人 は<br />

ヘボン 式 ローマ 字 の 創 始 者 で、 皆 さんも 名 前 はよ<br />

く 聞 かれると 思 います。 日 本 昔 噺 シリーズでヘボ<br />

ンが 訳 したものは、この1 冊 です。ヘボンはアメ<br />

リカ 人 宣 教 師 で、 日 本 では 医 者 もしていたそうで<br />

す。 資 料 にはドクトルヘボンと 書 いてあります。<br />

次 にNo.15の 俵 藤 太 です。 訳 したのは、バジル・<br />

ホール・チェンバレン(Basil Hall Chamberlain)<br />

です。チェンバレンはイギリスの 言 語 学 者 でもあ<br />

り、 日 本 学 者 でもあって、 東 京 帝 国 大 学 文 学 部 の<br />

教 授 をしていました。『 古 事 記 』や『 万 葉 集 』を<br />

英 訳 し、『 日 本 事 物 誌 』という 日 本 のことを 書 い<br />

た 本 を 出 した 人 として 有 名 です。チェンバレンは、<br />

アイヌ 語 や 琉 球 語 など、 日 本 の 言 語 学 も 研 究 し、<br />

同 じ 長 谷 川 弘 文 社 からアイヌの 昔 話 を 書 いた<br />

Aino fairy tale series という 本 を3 冊 出 版 してい<br />

ます。これも 後 ほどご 紹 介 したいと 思 います。こ<br />

のチェンバレンも 日 本 昔 噺 シリーズをいくつか 訳<br />

しています。この 俵 藤 太 の 裏 表 紙 には、 左 上 に 魚<br />

が 手 紙 を 読 んでいる 絵 があり、 中 央 に 手 紙 と 封 筒<br />

の 絵 が 描 い て あ り ま す。 封 筒 の あ て 先 が、T.<br />

Hasegawa 宛 になっているところを 見 ると、この<br />

出 版 社 の 長 谷 川 武 次 郎 宛 ということでしょう。 消<br />

印 はフェアリーランド、お 伽 の 国 になっています。<br />

次 にNo.16、 鉢 かづきと 文 福 茶 釜 です。No.16<br />

は 英 語 版 では 鉢 かづきと 文 福 茶 釜 の2 冊 がありま<br />

す。 最 初 に、 鉢 かづきがNo.16として 出 版 されて、<br />

後 に、 理 由 ははっきりわかりませんが、 文 福 茶 釜<br />

に 変 わりました。<br />

次 に No.21から No.25です。 先 ほど、 日 本 昔 噺<br />

シリーズはNo.1からNo.20までの20 冊 で1セット<br />

とされることが 多 いと 申 し 上 げました。No.21か<br />

ら No.25は、No.1から No.20よりも 大 きく、また、<br />

No.1から No.20までが20 冊 1 箱 のセットになって<br />

販 売 されていたからでしょう。ちりめん 本 の 最 終<br />

ページには、ちりめん 本 の 広 告 がよく 載 っている<br />

のですが、その 広 告 の 中 でも、No.21から No.25が、<br />

日 本 昔 噺 シリーズとは 別 ものとして 広 告 されてい<br />

るものがあります。No.21とNo.22は、 先 ほど 申<br />

しましたジェームス 夫 人 が 書 いたもので、 日 本 の<br />

昔 話 を 元 にして 夫 人 の 創 作 ではないかと 言 われて<br />

います。No.23 The boy who drew cats( 猫 を 描<br />

いた 少 年 )、No.24 The old woman who lost her<br />

dumpling( 団 子 をなくしたおばあさん)、No.25<br />

Chin chin kobakama(ちんちん 小 袴 )の3 冊 は、<br />

ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn、 小 泉<br />

八 雲 )が 書 いたものです。ラフカディオ・ハーン<br />

が 書 いたちりめん 本 は 後 でいくつかご 紹 介 しま<br />

す。 後 に、この No.23から No.25を 含 めたラフカ<br />

ディオ・ハーンによるちりめん 本 5 冊 がセットに<br />

なって 販 売 されました。その 時 には、Japanese<br />

fairy tale series という 字 が 消 されています。<br />

次 はJapanese fairy tales ; second series の3<br />

冊 ですが、こちらはNo.1のThe goblin spider(『 蜘<br />

蛛 』)です。これはラフカディオ・ハーンの 作 品 で、<br />

No. 2とNo. 3はジェームス 夫 人 が 書 いたもので<br />

す。 国 際 子 ども 図 書 館 ではこの No.1だけを 持 っ<br />

ています。 先 ほど、スペイン 語 版 は、 英 語 版 と1<br />

冊 だけ 違 うと 申 し 上 げましたが、スペイン 語 版 で<br />

はこのThe goblin spider が20 冊 の 中 に 入 れられ<br />

ています。<br />

147


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

Tales of old Japan<br />

日 本 昔 噺 シリーズは 日 本 の 昔 話 を 外 国 に 紹 介 し<br />

たものとしては 時 期 が 早 かったと 思 いますが、こ<br />

れよりも 前 に、 日 本 の 昔 噺 を 外 国 に 紹 介 した 本 が<br />

あります。 明 治 4(1871) 年 にミットフォード(A.<br />

B. Mitford)がイギリスでTales of old Japan を<br />

2 巻 組 で 出 版 しました。こちらが、そのミット<br />

フォードのTales of old Japan です。この 中 には、<br />

赤 穂 浪 士 など 様 々な 日 本 の 話 が 収 められています<br />

が、その 中 に Fairy talesとして 昔 話 が9 編 収 めら<br />

れています。その9 編 は、 舌 切 雀 、 文 福 茶 釜 、か<br />

ちかち 山 、 花 咲 爺 、 猿 蟹 合 戦 、 桃 太 郎 、 狐 の 嫁 入 、<br />

金 太 郎 、 瘤 取 り 爺 さんです。 金 太 郎 を 除 いては、<br />

中 身 は 日 本 昔 噺 シリーズと 同 じです。このミッド<br />

フォードの 本 に 日 本 昔 噺 シリーズが 影 響 を 受 けた<br />

かどうか 定 かではありませんが、 日 本 昔 噺 シリー<br />

ズの 訳 者 であったチェンバレンが、その 著 書 『 日<br />

本 事 物 誌 』の 中 で、Tales of old Japan を 紹 介 し、<br />

とても 褒 めています。ですから、 存 在 くらいは 長<br />

谷 川 武 次 郎 は 知 っていたのではないかと 推 測 され<br />

ます。<br />

巌 谷 小 波 の『 日 本 昔 噺 』<br />

これとは 逆 に、 日 本 昔 噺 シリーズが 影 響 を 与 え<br />

たと 言 われているのが、 巌 谷 小 波 が 出 した『 日 本<br />

昔 噺 』24 編 です。 皆 さんもご 存 知 かと 思 いますが、<br />

巌 谷 小 波 は 日 本 児 童 文 学 の 草 分 けと 言 われている<br />

人 です。その 小 波 が、 明 治 27(1894) 年 から 明 治<br />

29(1896) 年 にかけて 出 版 したのが、『 日 本 昔 噺 』<br />

24 編 です。 国 際 子 ども 図 書 館 には 所 蔵 がなかった<br />

ので、ご 紹 介 できませんが、この 巌 谷 小 波 の『 日<br />

本 昔 噺 』は、その 後 出 版 された 日 本 の 昔 話 に 対 し<br />

て、 後 々まで 大 きな 影 響 を 与 えたと 言 われていま<br />

す。『 日 本 児 童 文 学 大 事 典 』( 大 阪 国 際 児 童 文 学 館<br />

編 大 日 本 図 書 1993)を 見 たところ、この『 日<br />

本 昔 噺 』はその 後 の 日 本 昔 話 の 原 形 の 一 つとなっ<br />

たと 書 かれています。その 巌 谷 小 波 の『 日 本 昔 噺 』<br />

24 編 のうちのほとんどが、この 日 本 昔 噺 シリーズ<br />

の20 冊 と 内 容 が 同 じになっています。<br />

ラフカディオ・ハーンによるちりめん 本<br />

次 は、ラフカディオ・ハーンのちりめん 本 です。<br />

こちらはThe fountain of youth( 若 返 りの 泉 )<br />

です。おじいさんが 泉 の 水 を 飲 んだら 若 返 ったの<br />

で、おばあさんも 自 分 も 若 くなろうと 行 くと、 赤<br />

ちゃんになってしまうという 話 です。これがラフ<br />

カディオ・ハーンのちりめん 本 5 冊 セットのうち<br />

の1 冊 として、 先 ほど 申 しましたThe boy who<br />

drew cats, The old woman who lost her<br />

dumpling, Chin chin kobakama, The goblin<br />

spider と 一 緒 に 販 売 されました。 初 版 が 出 版 され<br />

たのは 大 正 11(1922) 年 です。ラフカディオ・ハー<br />

ンが 亡 くなったのが1904 年 ですので、これは 彼 が<br />

亡 くなった 後 に 出 版 されたものです。<br />

Aino fairy tale series<br />

次 にアイヌの 昔 話 についてご 説 明 したいと 思 い<br />

ます。Aino fairy tale series と 書 いてありますが、<br />

これはアイヌの 昔 話 を 出 版 したものです。これを<br />

書 いたのは、 先 ほどもご 紹 介 したチェンバレンで<br />

す。チェンバレンはアイヌにも 関 心 があったよう<br />

で、 著 書 の『 日 本 事 物 誌 』の 中 にも、アイヌの 項<br />

目 を 立 てて 紹 介 しています。No. 2の 表 紙 の 裏 に、<br />

アイヌの 男 性 の 絵 が 載 っていますが、その 下 に 英<br />

語 でこの 物 語 を 語 ってくれた 人 と 書 いてありま<br />

す。 裏 表 紙 には、アイヌの 家 と 奥 さんと 貯 蔵 庫 と<br />

書 いてありますが、 表 紙 の 裏 に 書 いてあった 男 性<br />

の 家 と 奥 さんと 貯 蔵 庫 のようです。 中 の 挿 絵 と 少<br />

し 感 じが 違 うので、この 文 字 も 含 めて、もしかし<br />

たらチェンバレン 自 身 が 書 いたのではないかと 推<br />

測 されています。 表 紙 に 戻 ると、 表 紙 の 下 の 方 に、<br />

Ticknor & Co., Boston と 書 いてあります。これ<br />

は、 長 谷 川 武 次 郎 が 販 売 するのに 提 携 していたア<br />

メリカの 会 社 です。この 出 版 社 を 通 して、アメリ<br />

カでも 販 売 されていたのではないかと 思 われま<br />

す。これは、The birds' party( 鳥 たちの 宴 )と<br />

いう 話 ですが、 鳥 たちが 集 まって 宴 をしていると<br />

ころに、その 宴 に 呼 ばれなかったカラスか 何 かが<br />

石 を 落 とすという 話 です。No.1のThe hunter in<br />

fairy-land( 不 思 議 の 国 の 狩 人 )は、 狩 りに 行 っ<br />

たアイヌの 男 性 が 異 境 の 地 に 迷 い 込 んでしまい、<br />

そこで 異 境 の 地 の 食 べ 物 を 食 べてしまったために<br />

ヘビになってしまったという 話 です。この 表 紙 や<br />

裏 表 紙 には、アイヌの 人 たちが 使 っていた 弓 や 矢<br />

148


国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

が 描 いてあります。 縁 取 りの 濃 い 青 色 は、アイヌ<br />

の 人 たちが 使 っていた 特 有 の 藍 色 で、この 物 語 に<br />

わざわざ 使 ったと 言 われています。<br />

The rat's plaint と The children's Japan<br />

国 際 子 ども 図 書 館 で 持 っているその 他 のちりめ<br />

ん 本 を 二 つご 紹 介 させていただきます。まずThe<br />

rat's plaint(『 老 鼠 告 状 』)です。ねずみが、 自 分<br />

たちが 物 を 食 べている 時 に 黒 ねこが 邪 魔 をすると<br />

言 って、 閻 魔 様 に 罰 して 欲 しいと 訴 えます。 閻 魔<br />

様 が 黒 ねこを 呼 んで 話 を 聞 いたところ、ねずみた<br />

ちがお 供 え 物 や 人 の 食 べ 物 を 取 って 行 くので 見 張<br />

りをしていると 言 い、ねこは 罰 せられずに 済 むと<br />

いう 話 です。これは 日 本 の 話 ではなく、 絵 をご 覧<br />

になってもわかると 思 いますが、 中 国 の 伝 説 と 書<br />

い て あ り ま す。 こ れ を 訳 し た の は リ ト ル<br />

(Archibald Little)です。 裏 表 紙 の 裏 には、リト<br />

ルの 横 に「 清 国 上 海 残 留 」と 書 いてあります。リ<br />

トルはイギリス 人 ですが、 上 海 に 住 んでいました。<br />

その 上 海 でお 茶 に 関 するビジネスを 行 ない 成 功 し<br />

たようです。 表 紙 の 裏 の 下 の 方 に、For Sale by<br />

Kelly & Walshと 書 いてあります。これがやはり<br />

長 谷 川 武 次 郎 が 提 携 していた 会 社 で、そこを 通 じ<br />

て、この 話 をちりめん 本 にする 話 が 出 たと 推 測 さ<br />

れます。リトルの 奥 さんであるリトル 夫 人 (Mrs.<br />

Archibald Little) も、The fairy foxes( 不 思 議<br />

の 狐 )という 題 でちりめん 本 を 書 いています。こ<br />

れも 中 国 の 伝 説 です。<br />

最 後 はThe children's Japan( 日 本 の 子 どもの<br />

一 年 )です。これは、 日 本 や 外 国 の 昔 話 ではなく、<br />

日 本 の 風 俗 、 様 子 について、スミス 夫 人 (Mrs. W.<br />

H. Smith)が 紹 介 した 本 です。 中 を 見 ると、 日 本<br />

の 家 、 日 本 の 赤 ちゃん、 日 本 の 子 ども、 日 本 の 祝<br />

日 な ど と 項 目 立 て が し て あ り ま す。 こ れ は、<br />

Japanese baby となっています。 一 応 子 どもの<br />

様 子 が 中 心 ですが、 日 本 全 体 の 様 子 が 書 かれてい<br />

ます。これは、 人 力 車 です。 日 本 の 子 どもは 大 変<br />

お 行 儀 がいいと 書 いてあります。スミス 夫 人 につ<br />

いてはあまりよくわかっていませんが、1890 年 に<br />

来 日 して 山 の 手 の 方 に 住 んでいたそうです。<br />

時 間 より 早 めですが、これで 国 際 子 ども 図 書 館<br />

が 持 っているちりめん 本 についてのご 紹 介 を 終 わ<br />

らせていただきたいと 思 います。ありがとうござ<br />

いました。<br />

(えぐち まき 資 料 情 報 課 書 誌 情 報 係 長 )<br />

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国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 について<br />

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国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 ちりめん 本 リスト<br />

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* 日 本 昔 噺 ( 英 語 版 )と 国 際 子 ども 図 書 館 に 所 蔵 がない 資 料 についてのみ、 永 田 町 にある 東 京 本 館 所 蔵 資 料 もリストに 掲 載 しました。<br />

* <br />

請 求 記 号 の 最 初 が「Y」の 資 料 (ただし、「YDM」が 最 初 につく 資 料 は 東 京 本 館 )は 国 際 子 ども 図 書 館 所 蔵 、それ 以 外 の 資 料 は<br />

東 京 本 館 の 所 蔵 です。<br />

* 本 リストは 平 成 17 年 10 月 現 在 の 所 蔵 です。<br />

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* <br />

平 紙 とは、ちりめん 本 と 同 じように 和 紙 に 挿 絵 と 文 章 を 印 刷 して、その 後 ちりめん 状 に 加 工 せずにそのまま 製 本 したもの。<br />

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国 際 子 ども 図 書 館 <br />

所 蔵 ちりめん 本 について<br />

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国 際 子 ども 図 書 館 <br />

所 蔵 ちりめん 本 について<br />

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児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

レジュメ<br />

児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

渡 辺 和 重<br />

児 童 書 総 合 目 録 の 概 要 を 説 明 し、NDL-OPACと 児 童 書 総 合 目 録 を 比 較 しながら、 児 童 書<br />

を 検 索 する 際 のポイントを 説 明 します。<br />

1. 概 要<br />

児 童 書 総 合 目 録 (http://www.kodomo.go.jp/function/somoku.html)は、 国 際 子 ども 図 書 館 、 国<br />

立 国 会 図 書 館 のほか、 日 本 国 内 で 児 童 書 を 所 蔵 する 主 要 類 縁 機 関 である 大 阪 府 立 国 際 児 童 文 学 館 、<br />

神 奈 川 県 立 神 奈 川 近 代 文 学 館 、 三 康 文 化 研 究 所 附 属 三 康 図 書 館 、 東 京 都 立 多 摩 図 書 館 、 日 本 近 代 文<br />

学 館 、 梅 花 女 子 大 図 書 館 、 白 百 合 女 子 大 学 の7 機 関 が 所 蔵 する 児 童 書 ・ 児 童 書 関 連 書 の 所 蔵 情 報 を<br />

一 元 的 に 検 索 できる 目 録 です。<br />

また、 児 童 書 の 専 門 書 誌 として 受 賞 情 報 や 解 題 情 報 (あらすじ)などもあわせて 提 供 します。 和<br />

図 書 の「あらすじ」は、( 社 ) 日 本 図 書 館 協 会 ( 同 協 会 発 行 「 選 定 図 書 総 目 録 」)および 日 本 児 童 図<br />

書 出 版 協 会 ( 同 協 会 発 行 「 児 童 図 書 総 目 録 」)からご 提 供 いただいています。<br />

平 成 18 年 3 月 22 日 現 在 、 当 目 録 に 収 録 する 書 誌 情 報 は 下 表 のとおりです。<br />

参 加 館 和 図 書 洋 図 書<br />

逐 次 刊 行 物 /<br />

雑 誌 記 事 索 引<br />

国 立 国 会 図 書 館 22039 462 1781<br />

国 際 子 ども 図 書 館 178605 34940 1757<br />

大 阪 国 際 児 童 文 学 館 230686 0 8391<br />

神 奈 川 近 代 文 学 館 12452 0 698<br />

三 康 図 書 館 5570 0 33<br />

日 本 近 代 文 学 館 4351 0 520<br />

東 京 都 立 多 摩 図 書 館 116242 14870 911<br />

梅 花 女 子 大 学 図 書 館 24776 11231 385<br />

白 百 合 女 子 大 学 23140 16623 57<br />

合 計 617861 78126 14533<br />

※ 国 立 国 会 図 書 館 ( 国 際 子 ども 図 書 館 を 含 む)および 東 京 都 立 多 摩 図 書 館 の 書 誌 データは 定 期 的 に<br />

更 新 されています。<br />

2. 参 加 館 と 収 録 データの 特 長<br />

ここでは 国 際 子 ども 図 書 館 を 除 く 参 加 館 の 収 録 データの 特 徴 を 説 明 します。<br />

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児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

1 国 立 国 会 図 書 館 (http://www.ndl.go.jp)<br />

納 本 制 度 により 日 本 国 内 で 出 版 されたすべての 出 版 物 を 収 集 ・ 保 存 する 日 本 で 唯 一 の 国 立 図 書 館<br />

です。 国 立 国 会 図 書 館 全 体 ( 東 京 本 館 、 関 西 館 、 国 際 子 ども 図 書 館 )の 所 蔵 資 料 ( 図 書 、 雑 誌 、<br />

新 聞 、 電 子 資 料 、 古 典 籍 資 料 、 地 図 、 音 楽 録 音 ・ 映 像 資 料 、 雑 誌 記 事 索 引 )が 検 索 できる NDL-<br />

OPACを 公 開 しています。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には、 国 立 国 会 図 書 館 東 京 本 館 所 蔵 の<br />

< 和 図 書 ・ 洋 図 書 > 児 童 書 関 連 図 書<br />

< 和 雑 誌 ・ 洋 雑 誌 > 児 童 雑 誌 および 児 童 関 連 雑 誌<br />

を 収 録 しています。<br />

2 大 阪 府 立 国 際 児 童 文 学 館 (http://www.iiclo.or.jp/)<br />

大 阪 府 吹 田 市 にあるわが 国 最 初 (since 1984)に 設 立 された 国 際 的 な 児 童 文 学 資 料 ・ 研 究 ・ 情 報<br />

センターです。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には<br />

< 和 図 書 >2005 年 までの 児 童 図 書<br />

< 和 雑 誌 >2005 年 までの 児 童 雑 誌<br />

を 収 録 しています。<br />

上 記 以 降 最 新 の 所 蔵 状 況 は 大 阪 国 際 児 童 文 学 館 で 独 自 に 公 開 している OPAC を 検 索 する 必 要 があ<br />

ります。<br />

3 神 奈 川 近 代 文 学 館 (http://www.kanabun.or.jp/)<br />

1984 年 に 横 浜 市 に 開 館 した 日 本 近 代 文 学 資 料 の 専 門 図 書 館 です。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には<br />

< 和 図 書 > 児 童 図 書 および 児 童 文 学 関 連 個 人 文 庫<br />

< 和 雑 誌 >1999 年 までの 児 童 雑 誌 および 児 童 関 連 雑 誌<br />

を 収 録 しています。<br />

ここも 最 新 の 所 蔵 状 況 は 独 自 に 公 開 している OPAC を 検 索 してください。<br />

4 三 康 文 化 研 究 所 附 属 三 康 図 書 館 (http://www.f2.dion.ne.jp/~sanko/)<br />

「 博 文 館 」 創 設 者 の 大 橋 佐 平 氏 が 設 立 を 決 意 し、 嗣 子 大 橋 新 太 郎 氏 により 設 立 された 大 橋 図 書 館<br />

の 蔵 書 を 継 承 して 発 足 した 図 書 館 です( 東 京 都 港 区 )。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には<br />

< 和 図 書 >「 児 童 書 目 録 」 収 録 図 書 、 竹 田 文 庫 および 旧 大 橋 図 書 館 蔵 書<br />

< 和 雑 誌 >「 児 童 書 目 録 」 収 録 雑 誌<br />

を 収 録 しています。<br />

所 蔵 リストを Web で 公 開 していますが、いわゆる OPAC はありません。<br />

5 日 本 近 代 文 学 館 (http://www.bungakukan.or.jp/)<br />

日 本 初 (since 1967)の 近 代 文 学 総 合 資 料 館 です( 東 京 都 目 黒 区 )。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には<br />

< 和 図 書 > 藤 沢 衛 彦 文 庫 、 児 童 文 庫 および 金 井 信 生 堂 刊 行 図 書<br />

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児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

< 和 雑 誌 > 児 童 雑 誌 および 児 童 関 連 雑 誌<br />

を 収 録 しています。<br />

Webでは 雑 誌 のみ 検 索 可 能 です。<br />

6 東 京 都 立 多 摩 図 書 館 (http://www.library.metro.tokyo.jp/)<br />

東 京 都 立 図 書 館 を 構 成 する3 館 のひとつで 立 川 市 にあり、 児 童 ・ 青 少 年 、 文 学 、 都 政 ・ 多 摩 地 域 資 料<br />

を 中 心 とした 情 報 サービスを 行 っている 図 書 館 です。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には<br />

< 和 図 書 ・ 洋 図 書 > 児 童 図 書 ・ 児 童 書 関 連 書<br />

< 和 雑 誌 > 児 童 雑 誌 ・ 児 童 関 連 雑 誌<br />

を 収 録 しています。<br />

月 次 で 更 新 していますが、Webで 公 開 されている「 都 立 3 館 の 蔵 書 検 索 」もご 利 用 ください。<br />

7 梅 花 女 子 大 学 図 書 館 (http://www.baika.ac.jp/%7Elib/)<br />

大 阪 府 茨 木 市 にある、 日 本 で 最 初 に 児 童 文 学 科 が 設 置 された 大 学 の 図 書 館 です。<br />

児 童 書 総 合 目 録 には 和 ・ 洋 の 児 童 図 書 、 児 童 雑 誌 、 児 童 書 関 連 資 料 を 収 録 しています。 今 後 、 児 童 関<br />

連 雑 誌 記 事 索 引 も 収 録 する 予 定 です。<br />

8 白 百 合 女 子 大 学 児 童 文 化 研 究 センター<br />

(http://www.shirayuri.ac.jp/daigaku/kenkyu/ken02.html)<br />

白 百 合 女 子 大 学 図 書 館 (http://sclib11.shirayuri.ac.jp/)<br />

児 童 文 化 研 究 センターは 日 本 で 初 めての 大 学 附 置 研 究 所 として 発 足 (1992 年 )しました。 児 童 書 総 合<br />

目 録 には 特 別 コレクションのうち、 光 吉 文 庫 、 冨 田 文 庫 、 金 平 文 庫 を 収 録 しています。<br />

図 書 館 は 児 童 文 学 ・ 文 化 関 連 の 蔵 書 が 充 実 しています。<br />

3. 検 索 項 目 ― 検 索 のこつ<br />

児 童 書 総 合 目 録 にはキーワード 検 索 と 詳 細 検 索 の 二 つの 検 索 方 法 があります。<br />

<br />

よく 使 われる 以 下 の5 項 目 で 検 索 ができます。<br />

タイトル<br />

著 者<br />

出 版 者<br />

件 名<br />

検 索 項 目<br />

説 明<br />

原 文 タイトル、シリーズ 名 、 各 巻 タイトル、 内 容 細 目 などからも 検 索<br />

できます。<br />

編 者 、 訳 者 、 画 家 も 検 索 できます。<br />

和 図 書 は 基 本 件 名 標 目 表 (BSH)または 国 立 国 会 図 書 館 件 名 標 目 表<br />

(NDL-SH)、 洋 図 書 は Library of Congress Subject Headings(LCSH)<br />

で 検 索 できます。<br />

あらすじ 日 本 図 書 館 協 会 発 行 「 選 定 図 書 総 目 録 」(1950 ~) 所 収 の「 児 童 図 書 」<br />

および 日 本 児 童 図 書 出 版 協 会 発 行 「 児 童 図 書 総 目 録 」(1999 ~)の 解 説<br />

情 報 データから 検 索 できます。<br />

156


児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

< 詳 細 検 索 ><br />

キーワード 検 索 の 項 目 (*1)に 加 え、 以 下 の 項 目 等 で 検 索 ができます。きめ 細 かな 検 索 ができる 反 面 、<br />

若 干 検 索 スピードが 遅 いです。<br />

検 索 項 目<br />

所 蔵 館<br />

出 版 年<br />

出 版 国 | 出 版 国 コード<br />

ISBN、ISSN<br />

言 語 | 言 語 コード<br />

分 類 (NDC)<br />

分 類 (NDLC)<br />

賞 名 、 受 賞 年<br />

対 象 利 用 者<br />

説 明<br />

範 囲 を 指 定 して 検 索 することができます。(*2)<br />

Library of Congress の 国 名 コードで 検 索 できます。<br />

ISO の 言 語 コードで 検 索 できます。<br />

国 立 国 会 図 書 館 と 国 際 子 ども 図 書 館 は9 版 で 検 索 できます。<br />

その 他 の 参 加 館 は 別 の 版 を 採 用 している 場 合 があります。<br />

国 立 国 会 図 書 館 分 類 表 (NDLC)で 検 索 できます。<br />

“ 赤 い 鳥 文 学 賞 ”“ 野 間 児 童 文 芸 賞 ”など 東 京 子 ども 図 書 館 編 「 日 本 の<br />

児 童 図 書 賞 」(1947-1981、1982-1986、1987-1991) 所 収 の 受 賞 情 報 か<br />

ら 検 索 できます。“コルデコット 賞 ”“ニューベリー 賞 ”など 外 国 の 受<br />

賞 情 報 も 検 索 できます。<br />

“ 一 般 書 ・ 研 究 書 ”、“ 児 童 書 一 般 ”、“ 学 習 参 考 書 ”を 指 定 できます。(*3)<br />

*1 キーワード 検 索 と 異 なり「あらすじ」は 複 数 タームで 検 索 することができません。<br />

*2 和 図 書 を 検 索 する 場 合 は、[ 検 索 対 象 ]の[ 刊 行 年 ]を 必 ず 指 定 してください。<br />

*3 今 のところ“ 幼 児 (0 - 5 歳 )”などの 一 部 を 除 き 対 象 年 齢 を 指 定 した 検 索 はできません。<br />

4.NDL-OPACとの 比 較 ―どちらを 利 用 するか<br />

NDL-OPACには 国 際 子 ども 図 書 館 の 所 蔵 資 料 も 収 録 されているので、NDL-OPAC だけ 検 索 すれば 十 分 な<br />

のでしょうか。<br />

収 録 データ 児 童 書<br />

関 連 書 、 逐 次 刊 行 物<br />

雑 誌 記 事 索 引 ( 学 術 雑 誌 )×<br />

児 童 書 総 合 目 録<br />

○( 戦 前 に 刊 行 された 児 童 書<br />

の 一 部 が 含 まれていない)<br />

△( 主 に 国 際 子 ども 図 書 館 が<br />

所 蔵 する 資 料 )<br />

雑 誌 記 事 索 引 ( 絵 雑 誌 ) △(「こどものとも」「コドモ ×<br />

ノクニ」など 一 部 の 雑 誌 のみ)<br />

○<br />

○<br />

NDL-OPAC<br />

○( 採 録 誌 のみ)<br />

検 索 項 目 分 類 NDC、NDLC NDC、NDLC ほか4 種 類<br />

標 準 番 号 ISBN、ISSN ISBN、ISSN ほか 18 種 類<br />

各 種 コード 国 名 コード(LC) 国 名 コード(ISO)、 言 語 コー<br />

ドほか 17 種 類<br />

あらすじ △(「 選 定 図 書 総 目 録 」より) ×<br />

受 賞 情 報 △(「 日 本 の 児 童 図 書 賞 」に<br />

記 載 されているもの)<br />

サービス 郵 送 複 写 × ○( 要 利 用 者 登 録 )<br />

関 西 館 への 取 り 寄 せ × ○( 要 利 用 者 登 録 )<br />

×<br />

157


児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

< 児 童 書 総 目 を 検 索 したほうが 良 いケース><br />

・ 国 立 国 会 図 書 館 以 外 の 機 関 の 所 蔵 状 況 も 調 べたい<br />

・ 絵 雑 誌 の 各 巻 タイトルで 検 索 したい<br />

・ 児 童 書 のあらすじで 検 索 したい<br />

・ 受 賞 情 報 で 検 索 したい<br />

<br />

・ 戦 前 に 刊 行 された 児 童 書 を 網 羅 的 に 検 索 したい<br />

・ 児 童 文 学 の 関 連 書 を 網 羅 的 に 検 索 したい<br />

・ 大 学 紀 要 に 掲 載 された 児 童 文 学 関 連 の 論 文 を 検 索 したい<br />

・ 検 索 結 果 から 直 接 郵 送 複 写 を 申 し 込 みたい<br />

5.その 他<br />

最 後 に 児 童 書 総 合 目 録 以 外 で 役 立 ちそうなリソースを 紹 介 します。<br />

<br />

国 立 国 会 図 書 館 で 所 蔵 する 中 国 語 ・ 朝 鮮 語 で 書 かれた 雑 誌 ・ 新 聞 、および1986 年 以 降 に 整 理 した 中 国<br />

語 、 朝 鮮 語 の 図 書 が 検 索 できます。 児 童 書 ・ 児 童 雑 誌 も8890 件 収 録 されています。( 平 成 17 年 10 月 現 在 )<br />

< 児 童 書 デジタルライブラリー><br />

(http://kodomo4.kodomo.go.jp/web/ippangz/html/TOP.html)<br />

国 際 子 ども 図 書 館 ・ 国 立 国 会 図 書 館 で 所 蔵 している 昭 和 25 年 以 前 刊 行 の 児 童 書 の 一 部 (1198タイトル)<br />

について、 全 てのページをデジタル 画 像 でご 覧 いただけます。<br />

< 国 立 国 会 図 書 館 総 合 目 録 ネットワーク(http://unicanet.ndl.go.jp/)><br />

国 立 国 会 図 書 館 および 都 道 府 県 立 、 政 令 指 定 都 市 立 図 書 館 が 所 蔵 する 和 図 書 の 総 合 目 録 です。<br />

< 国 際 子 ども 図 書 館 のホームページ(http://www.kodomo.go.jp/)><br />

国 際 子 ども 図 書 館 ( 第 一 資 料 室 ・ 第 二 資 料 室 )に 受 け 入 れられた 新 着 児 童 図 書 の 情 報 (http://<br />

www.kodomo.go.jp/resource/news/index.html)や、<br />

海 外 においてさまざまな 言 語 に 翻 訳 刊 行 された 日 本 の 児 童 書 の 出 版 情 報<br />

(http://www2.kodomo.go.jp/resource/index.cgi)を 公 開 しています。<br />

<br />

国 立 情 報 学 研 究 所 (NII)が 公 開 している 全 国 の 大 学 図 書 館 等 が 所 蔵 する 図 書 ・ 雑 誌 の 総 合 目 録 です。<br />

児 童 書 や 関 連 書 も 多 数 収 録 されています。<br />

おまけ―レファレンスにおける 児 童 書 総 合 目 録 活 用 例<br />

< 第 1 問 ><br />

10 年 位 前 、 米 軍 基 地 の 図 書 館 で 読 んだ 英 語 の 本 のタイトルを 知 りたい。<br />

A4サイズより 大 きめの 絵 本 で、イラストは 油 絵 のようで、 色 調 は 大 人 向 け。<br />

158


児 童 書 総 合 目 録 活 用 術<br />

作 者 の 肖 像 あり、 大 きな 帽 子 をかぶった、 小 柄 なユダヤ 系 アメリカ 人 。<br />

邦 訳 の 有 無 も 知 りたい。<br />

(ストーリー)<br />

アメリカに 渡 った 一 人 の 女 性 が 自 立 する 前 の 話 。あばあちゃんの 影 が 彼 女 を 支 える。<br />

職 業 (お 針 子 さん)についてボーイフレンドと 出 会 い、やがて 彼 女 の 支 えとなる。<br />

( 答 え)<br />

Grandmother and the runaway shadow / Liz Rosenberg ; illustrated by Beth Peck.<br />

1st ed.<br />

Harcourt Brace & Co. c1996.<br />

1 v. (unpaged) ; ill. (some col.), ports. ; 32 cm.<br />

( 当 館 請 求 記 号 Y17-P366-A5657)<br />

→タイトルまたはあらすじに“grandmother”“shadow”と 入 れて 検 索 するとヒットする。<br />

< 第 2 問 ><br />

80 年 代 ごろ、 幼 稚 園 で 読 んだ 絵 本 で、 幼 稚 園 で 定 期 購 読 するような 月 刊 の 絵 本 。<br />

シリーズで 出 ていて、 毎 月 、 背 の 向 きが 変 わる( 右 とじだったり 左 とじだったり)<br />

裏 表 紙 まで 文 章 がつづいて 書 いてあった。<br />

(ストーリー)<br />

黄 色 いくつにスーパーヒーロー(ウルトラマンのような)がかいてあるのだが、そのくつがお 母 さ<br />

んにすてられてしまい、 夢 の 島 に 運 ばれる。<br />

しかし、そのくつからヒーローが 出 てきて、うちへ 帰 る。<br />

( 答 え)<br />

安 井 淡 ・ 作 / 絵 : ほくのくつちゃん―たたかうトベルマン(『こどものくに . チューリップ 版 』<br />

7⑹ 昭 和 54.9 当 館 請 求 記 号 Z32-538)<br />

→ 児 童 書 総 合 目 録 で 児 童 雑 誌 をリストアップし 現 物 に 当 る。( 絵 本 雑 誌 は 雑 誌 記 事 索 引 に 収 録 されて<br />

いないため)<br />

(わたなべ かずしげ 資 料 情 報 課 副 主 査 )<br />

159


講 師 略 歴 ( 五 十 音 順 )<br />

石 井 直 人 (いしい なおと)<br />

1957 年 生 まれ。 早 稲 田 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 社 会 学 専 攻 修 士 課 程 修 了 。<br />

山 口 女 子 大 学 ( 現 在 、 山 口 県 立 大 学 に 改 称 ) 勤 務 を 経 て、1996 年 から 白 百 合 女 子 大 学 に 勤 務 。<br />

著 書 『ズッコケ 三 人 組 の 大 研 究 - 那 須 正 幹 研 究 読 本 』( 宮 川 健 郎 共 著 )、<br />

『 現 代 児 童 文 学 の 可 能 性 』( 共 著 )、『はじめて 学 ぶ 日 本 児 童 文 学 史 』( 共 著 )<br />

井 辻 朱 美 (いつじ あけみ)<br />

1955 年 生 まれ。 東 京 大 学 理 学 部 生 物 学 科 卒 、 同 大 学 院 人 文 科 学 研 究 科 比 較 文 学 比 較 文 化 専 門 課 程 修<br />

士 課 程 修 了 。1998 年 から 白 百 合 女 子 大 学 に 勤 務 。<br />

海 外 のファンタジーを 紹 介 するだけではなく、 自 らも 本 格 的 なファンタジー 作 品 を 発 表 。<br />

著 書 『 水 晶 散 歩 』、『 遥 かよりくる 飛 行 船 』、『ファンタジーの 魔 法 空 間 』 等<br />

訳 書 『 光 をはこぶ 娘 』、『メルニボネの 皇 子 』、『 図 解 ・ファンタジー 百 科 事 典 』 等<br />

佐 藤 宗 子 (さとう もとこ)<br />

1955 年 生 まれ。 東 京 大 学 教 養 学 部 卒 、 同 大 学 院 人 文 科 学 研 究 科 比 較 文 学 比 較 文 化 専 門 課 程 修 士 課 程<br />

修 了 。 東 大 教 養 学 部 助 手 を 経 て、1984 年 から 千 葉 大 学 に 勤 務 。<br />

著 書 『< 現 代 児 童 文 学 >をふりかえる』、『 自 分 なりの 読 み 方 をしよう』、『「 家 なき 子 」の 旅 』、『 日<br />

本 児 童 文 学 史 を 問 い 直 す』( 共 著 ) 等<br />

神 宮 輝 夫 (じんぐう てるお)<br />

国 立 国 会 図 書 館 客 員 調 査 員 ( 平 成 14 年 度 ~16 年 度 )<br />

1932 年 生 まれ。 早 稲 田 大 学 大 学 院 英 文 学 専 攻 修 了 。 青 山 学 院 大 学 名 誉 教 授 。 児 童 文 学 研 究 者 。<br />

日 本 児 童 文 学 者 協 会 賞 (1964)、サンケイ 児 童 出 版 文 化 賞 (1966)、 児 童 福 祉 文 化 賞 (1968) 等 受 賞 。<br />

著 書 『 世 界 児 童 文 学 案 内 』、『 童 話 への 招 待 』、『 児 童 文 学 の 中 の 子 ども』 等<br />

訳 書 『アーサー・ランサム 全 集 』 等 多 数<br />

宮 川 健 郎 (みやかわ たけお)<br />

1955 年 生 まれ。 立 教 大 学 文 学 部 日 本 文 学 科 卒 、 同 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 日 本 文 学 専 攻 博 士 前 期 課 程<br />

修 了 。 宮 城 教 育 大 学 に 勤 務 後 、1998 年 から 明 星 大 学 に 勤 務 。<br />

著 書 『きょうはこの 本 読 みたいな』 全 16 巻 ( 共 編 )、『きょうもおはなしよみたいな』 全 8 巻 ( 共 編 )、<br />

『 現 代 児 童 文 学 の 語 るもの』、『 国 語 教 育 と 現 代 児 童 文 学 のあいだ』、「 宮 沢 賢 治 『 風 の 又 三 郎 』 紀 行<br />

- 二 重 の 風 景 への 旅 」 等<br />

吉 田 新 一 (よしだ しんいち)<br />

国 立 国 会 図 書 館 客 員 調 査 員 ( 平 成 17 年 度 ~)<br />

1931 年 生 まれ。 立 教 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 英 米 文 学 専 攻 修 士 課 程 終 了 。 立 教 大 学 、 日 本 女 子 大 学 勤<br />

務 を 経 て、 立 教 大 学 名 誉 教 授 。 日 本 イギリス 児 童 文 学 学 会 会 長 、 絵 本 学 会 初 代 会 長 を 務 める。<br />

著 書 『イギリス 児 童 文 学 論 』、『 絵 本 の 愉 しみ』、『 絵 本 の 魅 力 』、『ピーターラビットの 世 界 』、『 絵 本 ・<br />

物 語 るイラストレーション』 等<br />

訳 書 『ランドルフ・コールデコットの 生 涯 と 作 品 』、『 宝 さがしの 子 どもたち』 等 多 数<br />

160


History of Japanese Children’s Literature<br />

Transcript of the ILCL Lecture Series<br />

on Children’s Literature, 2005<br />

Contents<br />

Foreword ……………………………………………… Takao Murayama …… 3<br />

New period of children’s literature ― 1945-1960 … Teruo Jinguh …… 6<br />

Picture books in the 15-Year War period<br />

― my choices ………………………………………… Shin’ichi Yoshida …… 26<br />

Tracing the line of Japanese literary fairy tales (Dowa)<br />

………………………………………………………… Takeo Miyakawa …… 46<br />

“Collapse of taboo”and young adult literature … Naoto Ishii …… 66<br />

Four female writers of Japanese new fantasy<br />

― Centering on Fuyumi Ono ……………………… Akemi Itsuji …… 86<br />

Changes in children’s popular literature ………… Motoko Sato …… 108<br />

Introduction of books on general history of<br />

Japanese children’s literature ……………………… Yuri Chiyo …… 130<br />

Crepe-paper books (Chirimen-bon)<br />

from the ILCL collections …………………………… Maki Eguchi …… 143<br />

How to use the Union Catalog<br />

Database of Children’s Literature ………………… Kazushige Watanabe …… 154<br />

161


平 成 17 年 度 国 際 子 ども 図 書 館<br />

児 童 文 学 連 続 講 座 講 義 録 「 日 本 児 童 文 学 の 流 れ」<br />

<br />

平 成 18 年 10 月 12 日 発 行<br />

編 集 ・ 発 行<br />

国 立 国 会 図 書 館 国 際 子 ども 図 書 館<br />

〒110-0007 東 京 都 台 東 区 上 野 公 園 12-49<br />

電 話 03-3827-2053 FAX 03-3827-2043<br />

印 刷 ・ 表 紙 デザイン 株 式 会 社 丸 井 工 文 社<br />

〒107-0062 東 京 都 港 区 南 青 山 7-1-5<br />

<br />

ISBN4-87582-641-9 C0491<br />

本 誌 に 掲 載 された 記 事 を 全 文 または 長 文 にわたり 抜 粋 して 転 載 される 場 合 には、 事 前 に 国 際 子 ども 図 書<br />

館 企 画 協 力 課 協 力 係 に 連 絡 し て く だ さ い 。 本 164 誌 の P D F 版 を 国 際 子 ど も 図 書 館 ホ ー ム ペ ー ジ<br />

(http://www.kodomo.go.jp/)でご 覧 いただけます。なお、 訂 正 があった 場 合 は、ホームページ 上 に 掲 載<br />

いたします。

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