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比例原則における事実と価値 - 早稲田大学リポジトリ

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社 学 研 論 集 Vol. 20 2012 年 9 月<br />

201<br />

論 文<br />

比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

― Bernhard Schlinkによる 必 要 性 審 査 中 心 の 比 例 原 則 理 解 を 参 考 に ―<br />

*<br />

淡 路 智 典<br />

1. 問 題 の 所 在<br />

近 年 ,ドイツを 比 較 対 象 国 とする 憲 法 学 者 に<br />

よる 三 段 階 審 査 論 の 紹 介 により, 違 憲 審 査 基 準<br />

論 に 関 する 議 論 が 活 発 になっている。 石 川 健<br />

治 , 小 山 剛 , 宍 戸 常 寿 らをはじめとした 論 者 に<br />

よる 積 極 的 な 紹 介 により, 比 例 原 則 は 憲 法 学 に<br />

おいても 大 きな 地 歩 を 占 めるようになったと<br />

いっても 過 言 ではないだろう[ 石 川 2005; 宍 戸<br />

2005: 218; 小 山 2011]。<br />

それに 伴 い, 日 本 でも 比 例 原 則 が 単 なる 比 較<br />

衡 量 に 過 ぎないという 誤 解 は 払 拭 されつつあ<br />

り, 適 合 性 ・ 必 要 性 ・ 狭 義 の 比 例 性 という3つ<br />

の 部 分 原 則 から 成 り 立 つ 比 例 原 則 という 理 解 は<br />

一 定 程 度 , 定 着 してきていると 言 える。<br />

適 合 性 , 必 要 性 , 狭 義 の 比 例 性 という3つの<br />

部 分 原 則 は, 性 質 の 違 いから2つに 分 けること<br />

ができる。 一 つは 事 実 問 題 , 事 実 認 識 を 扱 う 適<br />

合 性 と 必 要 性 であり,もう 一 つは 価 値 問 題 , 価<br />

値 判 断 を 扱 う 狭 義 の 比 例 性 である[Hirschberg<br />

1981: 44f.]。この 性 質 の 差 をどう 受 け 止 めるの<br />

かによって, 連 邦 憲 法 裁 判 所 にどの 範 囲 までの<br />

判 断 を 認 めるかが 決 まる。 通 説 , 判 例 は 基 本 権<br />

の 実 効 的 な 保 障 などの 観 点 から, 狭 義 の 比 例 性<br />

の 重 要 性 を 強 調 する[Decksling 1989]。その 一<br />

方 で, 古 くは 少 数 説 として,そもそも 比 例 原<br />

則 を 憲 法 上 の 原 則 にすることに 反 対 する 見 解<br />

[Forsthoff 1959: 37]や 価 値 判 断 を 裁 判 所 に 行 わ<br />

せることに 反 対 の 見 解 [Schmitt 2011: 45]も 存<br />

在 した。<br />

この 問 題 は 単 に 違 憲 立 法 審 査 の 手 法 として 何<br />

を 使 うのかに 関 する 技 術 的 な 差 異 に 関 わるだけ<br />

のものではない。この 事 実 と 価 値 のどちらを 重<br />

視 するのかという 対 立 には, 基 本 権 をどのよう<br />

なものとしてみるかという 権 利 観 の 違 いや 権 力<br />

分 立 の 位 置 付 け 方 ,すなわち 何 を 裁 判 所 が 判 断<br />

すべきで, 何 を 議 会 が 判 断 すべきかという 国 家<br />

のあり 方 に 関 する 認 識 の 相 違 が 反 映 している。<br />

比 例 原 則 におけるこの 違 いを 重 要 な 問 題 とし<br />

て 捉 える 本 論 文 は, 基 本 法 制 定 後 における 憲 法<br />

上 の 比 例 原 則 の 位 置 付 けと,その 位 置 付 けに 関<br />

して 独 自 の 体 系 的 な 理 解 を 打 ち 立 てるBernhard<br />

Schlinkの1976 年 の 著 作 『 憲 法 における 衡 量 』<br />

を 中 心 に 取 り 上 げる。この 論 文 は, 比 例 原 則<br />

の 議 論 に 画 期 をもたらしたものの 一 つである。<br />

Schlinkの 比 例 原 則 に 関 する 結 論 は 学 説 や 判 例<br />

に 受 け 入 れられなかったが, 彼 の 問 題 意 識 と 方<br />

法 論 は 以 後 の 議 論 に 大 きな 影 響 を 与 えた。 彼 の<br />

* 早 稲 田 大 学 大 学 院 社 会 科 学 研 究 科 博 士 後 期 課 程 6 年 ( 指 導 教 員 西 原 博 史 )


202<br />

問 題 意 識 と 方 法 論 を 確 認 することは, 比 例 原 則<br />

に 付 きまとうアドホック・バランシングである<br />

という 批 判 に 対 する 強 力 な 反 論 となるだろう。<br />

彼 の 問 題 意 識 と 方 法 論 を 検 討 することは, 日 本<br />

における 比 例 原 則 の 理 解 を 深 め, 違 憲 審 査 基 準<br />

論 を 発 展 させるために 大 きな 意 義 を 持 つだろ<br />

う。<br />

2. 前 提 状 況<br />

(1) 比 例 原 則 の 根 源<br />

1949 年 制 定 のドイツ 連 邦 基 本 法 によって 連 邦<br />

憲 法 裁 判 所 が 設 置 され, 広 く 違 憲 審 査 に 従 事 す<br />

るようになるとその 審 査 手 法 が 問 題 となる。そ<br />

の 際 に, 実 効 的 に 基 本 権 を 保 障 するための 審 査<br />

手 法 として 参 考 にされたのが, 比 例 原 則 という<br />

法 原 則 であった。<br />

比 例 原 則 的 な 考 えの 萌 芽 は,18 世 紀 のプロ<br />

イセン 一 般 ラント 法 の 中 に 既 に 見 られるが<br />

[Krauss 1955: 4], 現 在 につながる 具 体 的 な 内 容<br />

を 明 らかにしたのはOtto Mayerの1895 年 の『 行<br />

政 法 』における「 警 察 権 の 限 界 」の 議 論 である。<br />

Mayerは,そこで「 警 察 権 力 は, 妨 害 が 人 に 起<br />

因 する 限 りにおいてのみ,その 当 該 個 人 に 義 務<br />

を 負 担 させるに 過 ぎない。 自 然 法 上 の 基 礎 から<br />

防 御 の 比 例 性 が 要 求 され,このことを 通 じて 警<br />

察 権 行 使 の 程 度 が 決 定 される。 法 律 が 警 察 活 動<br />

の 基 礎 となる 一 般 的 授 権 の 程 度 を 超 えて, 防 御<br />

のための 授 権 をすることを 受 け 入 れることはで<br />

きない」[Mayer 1961: 267]と 述 べ, 後 に 警 察<br />

比 例 の 原 則 と 呼 ばれる 原 則 を 明 らかにした。<br />

ここで 述 べられた 原 則 は,1931 年 にはプロイ<br />

セン 警 察 行 政 法 41 条 2 項 において「 警 察 は,で<br />

きる 限 り 関 係 人 及 び 公 衆 を 最 も 侵 害 しない 手 段<br />

を 選 択 しなければならない」という 規 定 として<br />

取 り 入 れられ (1) ,その 後 ,ドイツの 各 地 に 広 が<br />

りを 見 せる。このようにもともとは 警 察 法 上 の<br />

原 則 として, 比 例 原 則 は 使 われていた。その 比<br />

例 原 則 が, 憲 法 上 に 定 着 するのは 第 二 次 世 界 大<br />

戦 後 のことであった。<br />

憲 法 レベルでの 比 例 原 則 の 適 用 を, 戦 後 の<br />

早 い 段 階 で 主 張 していたのはKrügerやDürigで<br />

あった[Krüger 1950: 628, Dürig 1953: 370]。<br />

その 際 に 問 題 となったのが, 憲 法 上 の 比 例 原<br />

則 は 何 を 意 味 するのか,ということであった。<br />

もともとの 警 察 法 上 の 比 例 原 則 とは 上 述 のよう<br />

に 手 段 の 過 剰 性 を 戒 めるものであった[シュテ<br />

ルン 2009: 307]。しかし, 裁 判 で 国 家 行 為 の 比<br />

例 性 が 問 題 となった 場 合 , 比 例 原 則 によって 何<br />

が 許 され,または 規 制 されるのかは,それほど<br />

明 確 ではなく,それぞれの 裁 判 においてまちま<br />

ちであった[Hirschberg 1981: 5-7]。<br />

(2)Kraussによる 必 要 性 と 狭 義 の 比 例 性 の 分 離<br />

そこで 現 在 に 繋 がる 形 で 比 例 原 則 を 明 確 化<br />

し た の がRuprecht von KraussとPeter Lercheで<br />

あった。Kraussは,1955 年 の 論 文 において, 比<br />

例 原 則 と 呼 ばれているものを 必 要 性 と 狭 義 の 比<br />

例 性 に 分 けて 議 論 を 整 理 した[Krauss 1955: 14-<br />

18]。 具 体 的 には,1937 年 のダンツィヒの 警 察 行<br />

政 法 2 条 において「 必 要 な 措 置 」と「 正 当 な 評<br />

価 」を 分 けていたことから, 比 例 原 則 を「 措 置<br />

の 必 要 性 」と「 狭 義 の 比 例 性 」に 分 けられると<br />

して, 比 例 原 則 が 必 要 性 のみに 尽 きるものでは<br />

ないことを 示 した[Krauss 1955: 15]。その 後 の<br />

議 論 は, 比 例 原 則 を 部 分 原 則 に 分 けられると<br />

するこの 議 論 を 概 ね 受 け 入 れて 展 開 していく<br />

[Hirschberg 1981: 8ff.]。


比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

203<br />

(3)Lercheによる 憲 法 レベルでの 比 例 原 則 の<br />

確 認 と 適 合 性 の 追 加<br />

憲 法 レベルでの 比 例 原 則 を 詳 細 に 検 討 する<br />

ことによって, 次 の 画 期 を 示 した 著 作 はLerche<br />

の『 過 剰 と 憲 法 』である。<br />

Lercheはこの 論 文 の 中 で, 狭 義 の 比 例 性 を<br />

「 比 例 的 な 関 係 にない 作 用 を 拒 否 することを 目<br />

的 」とするものであると 確 認 し[Lerche 1961:<br />

22],その 一 方 , 必 要 性 を「 立 法 者 は, 同 様 の<br />

効 果 を 持 つならば, 関 係 者 の 基 本 権 を 制 限 しな<br />

いか,より 制 限 をしない 手 段 を 選 ばなければな<br />

らない」ことであると 確 認 した。そして,これ<br />

ら 比 例 原 則 の2つの 要 素 に, 適 合 性 という 原 則<br />

を 付 け 加 えた。 適 合 性 は「 手 段 が 目 的 達 成 に 役<br />

立 つ」かどうかをメルクマールとし,まずは 必<br />

要 性 の 部 分 原 則 として, 後 には 独 自 の 原 則 とし<br />

て 付 け 加 えられた[Lerche 1961: 19, 75]。この<br />

議 論 が 受 け 入 れられることにより, 現 在 の3つ<br />

の 部 分 原 則 から 成 る 比 例 原 則 という 考 え 方 の 原<br />

型 が 現 れることになった。<br />

(4) 判 例 による 承 認<br />

ここまで 主 に 学 説 について 見 てきたので, 次<br />

に 連 邦 憲 法 裁 判 所 が 比 例 原 則 をどのように 扱 っ<br />

たのかを 確 認 しておきたい。<br />

連 邦 憲 法 裁 判 所 が 比 例 原 則 を 憲 法 上 の 原 則 と<br />

して 受 け 入 れる 過 程 の 萌 芽 と 言 われているの<br />

が,1954 年 の 判 決<br />

(2) である。そこでは 目 的 と 手<br />

段 の 間 の 比 例 的 な 関 係 について 述 べられてお<br />

り,これが 内 容 的 に 比 例 原 則 に 言 及 した 最 も 早<br />

い 段 階 での 連 邦 憲 法 裁 判 所 の 判 決 と 言 われてい<br />

る[シュテルン 2009: 310]。<br />

その 次 に 画 期 となったのが,1961 年 の 薬 局 判<br />

決<br />

(3) (4)<br />

とその 後 の 職 業 の 自 由 に 関 連 する 諸 判 決<br />

である。これらの 判 決 では, 規 制 目 的 の 種 類 に<br />

応 じてその 達 成 手 段 の 段 階 を 分 けて 考 えるとい<br />

う 手 法 をとった。この 手 法 は 段 階 説 と 呼 ばれ,<br />

比 例 原 則 を 具 体 化 したものであると 後 の 判 決 に<br />

よって 評 価 された[ 淡 路 2011: 120ff.]。<br />

そして, 連 邦 憲 法 裁 判 所 は1965 年 の 決 定 (5) に<br />

おいて, 比 例 原 則 が 憲 法 的 地 位 を 持 つことを 以<br />

下 のように 明 示 的 に 確 認 した。「 比 例 原 則 およ<br />

び 過 剰 侵 害 禁 止 原 則 があらゆる 国 家 活 動 を 支 配<br />

する 指 導 原 理 として 法 治 国 家 原 理 から 必 然 的 に<br />

生 じ,それゆえ 憲 法 的 地 位 を 有 する」。<br />

最 終 的 に 連 邦 憲 法 裁 判 所 は1970 年 の 盗 聴 判<br />

決 (6) において,3つの 部 分 原 則 からなる 比 例 原<br />

則 を 明 示 的 に 認 めた。このことにより, 部 分 原<br />

則 からなる 比 例 原 則 という 理 解 は 判 例 において<br />

確 固 たるものとなった。<br />

用 語 法 に 関 してはなかなか 一 致 を 見 なかっ<br />

たが[シュテルン 2009: 313,Hirschberg 1981:<br />

19], 内 容 としては,このような 流 れの 中 で,<br />

適 合 性 , 必 要 性 , 狭 義 の 比 例 性 という3つの 部<br />

分 原 則 から 成 る 比 例 原 則 という 理 解 が 成 立 し,<br />

学 説 ・ 判 例 に 取 り 入 れられていくことになっ<br />

た。<br />

3.Schlinkの 状 況 認 識<br />

(1) 状 況 認 識 と 論 文 の 執 筆 動 機<br />

Schlinkは 主 著 の 一 つとみなされている『 憲<br />

法 における 衡 量 』 (7) を1976 年 に 公 表 している。<br />

この 著 書 は 主 に 裁 判 所 による 比 較 衡 量 の 問 題 に<br />

ついて 扱 っているが,なぜこの 時 期 にそのよう<br />

な 内 容 の 論 文 を 書 いたのか, 背 景 と 執 筆 動 機 に<br />

ついて 考 えてみたい。それには2で 述 べた 前 提<br />

となる 社 会 状 況 が 大 きく 関 連 している。Schlink<br />

は 違 憲 立 法 審 査 権 の 導 入 をどのように 見 ていた


204<br />

のだろうか。<br />

裁 判 所 による 法 律 に 対 する 違 憲 立 法 審 査 権<br />

は,これまでの 大 陸 法 的 な 司 法 観 念 との 齟 齬<br />

を 生 じさせる。ドイツという 国 家 がいかに 大<br />

陸 法 の 伝 統 である 法 典 化 志 向 を 強 固 に 持 ってい<br />

たとしても 違 憲 立 法 審 査 権 が 憲 法 に 規 定 されて<br />

いる 以 上 ,その 法 体 系 は 判 例 法 の 傾 向 をもた<br />

ざるをえないのである[シュリンク 1992: 264,<br />

Schlink 1996: 269]。<br />

人 口 に 膾 炙 した 言 い 方 を 使 って Schlinkの 説<br />

明 をパラフレーズすることが 許 されるならば,<br />

以 下 のようにいうこともできるだろう。 英 米 法<br />

圏 の 司 法 観 念 は 判 事 が 法 廷 で 述 べたものが 法 で<br />

あるという judge makes lawであるのに 対 し, 大<br />

陸 法 圏 の 司 法 観 念 は 大 前 提 たる 法 規 定 に 小 前 提<br />

たる 事 実 を 当 てはめれば 半 ば 自 動 的 に 結 論 たる<br />

判 決 がもたらされるという vending machineで<br />

あるとされている。この 大 陸 法 の 前 提 は, 準 拠<br />

点 としての 法 律 が 確 固 たるものであればこそ 成<br />

立 するものであった。 違 憲 立 法 審 査 権 は,その<br />

準 拠 点 たる 法 律 自 体 の 正 当 性 を 問 うものであ<br />

る。 違 憲 立 法 審 査 権 が 行 使 されれば, 文 面 上 違<br />

憲 であろうと 適 用 違 憲 であろうと,もしくは 合<br />

憲 限 定 解 釈 をした 上 で 合 憲 であろうと 何 の 問 題<br />

もなく 合 憲 であろうと,その 結 果 が 実 質 的 な 法<br />

律 の 内 容 となる。その 意 味 において, 違 憲 審 査<br />

制 は 判 例 法 化 を 伴 わざるをえないのである。<br />

Schlinkはこの 傾 向 を 不 可 避 のものであると<br />

考 えた。ただし, 個 別 の 事 件 の 結 論 が 法 となる<br />

判 例 法 には 決 定 の 不 確 実 性 が 必 然 的 につきまと<br />

う。そこで 彼 は, 法 的 安 定 性 を 確 保 しつつ, 判<br />

決 が 裁 判 官 の 恣 意 に 陥 らないようにするため<br />

に, 裁 判 官 の 決 定 すなわち 判 決 の 決 定 過 程 の 合<br />

理 化 が 必 要 であると 考 え, 一 連 の 憲 法 判 断 の 方<br />

法 に 関 する 論 文 を 執 筆 したといえる[Schlink<br />

1976; 1980a]。<br />

その 一 方 でSchlinkは, 比 例 原 則 についてど<br />

う 認 識 していたのか。 上 述 の 通 り『 憲 法 上 の 衡<br />

量 』が 公 表 された 時 期 には, 比 例 原 則 が3つの<br />

部 分 原 則 である「 適 合 性 」「 必 要 性 」「 狭 義 の 比<br />

例 性 」で 構 成 されることは, 広 く 共 有 されてい<br />

た。Schlinkはこの 理 解 を 拒 否 して, 自 らの 判<br />

例 分 析 に 基 づき「 狭 義 の 比 例 性 」を 抜 いた 形 で<br />

の 異 なった 定 式 化 をしている。Schlinkの 判 例<br />

分 析 は, 判 決 をありのままに 描 き 出 すことを 意<br />

図 していない。 詳 しくは4で 検 討 するが,『 憲<br />

法 上 の 衡 量 』において 彼 は, 判 例 の 中 から 合 理<br />

的 なモデルを 抽 出 し,そのモデルを 選 択 理 論 を<br />

用 いることによって 正 当 化 し,それによって 決<br />

定 過 程 を 合 理 化 , 明 確 化 しようとした。またそ<br />

れによって, 判 例 法 化 によって 失 われかねない<br />

法 的 安 定 性 を 確 保 しようとしていた。その 合 理<br />

化 , 明 確 化 において, 狭 義 の 比 例 性 を 排 除 する<br />

ことが 不 可 欠 であったのが, 彼 なりの 独 自 の 定<br />

式 化 を 行 った 理 由 であった。<br />

(2) 批 判 対 象<br />

Schlinkが 批 判 対 象 にしたのは, 憲 法 判 断 の<br />

方 法 としての 利 益 衡 量 論 ,そしてそれを 支 え<br />

る 基 本 権 の 価 値 秩 序 という 考 え 方 であった。<br />

Schlinkは, 利 益 衡 量 賛 成 の 立 場 として,Peter<br />

Häberleの 議 論 を 取 り 上 げ る[Schlink 1976:<br />

128]。その 議 論 によれば, 利 益 衡 量 ・ 価 値 衡 量<br />

によって, 基 本 権 の 内 容 と 限 界 は 定 められ, 憲<br />

法 上 の 利 益 間 の 争 いも 解 決 するし, 基 本 権 領 域<br />

での 立 法 の 拘 束 の 内 容 も 突 きとめられる。また<br />

個 人 と 共 同 体 , 国 家 と 社 会 , 存 在 と 当 為 といっ<br />

た 二 分 法 から 逃 れられる。そして, 憲 法 上 の 価


比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

205<br />

値 秩 序 の 中 に, 基 本 権 や 他 の 憲 法 的 価 値 を 位 置<br />

づけるが,それらは 確 固 としたものではなく,<br />

常 に 新 しく 定 められる[Häberle 1983: 31ff.]。<br />

そのようなHäberleの 議 論 に 対 して,Schlink<br />

は,そのような 価 値 秩 序 と 比 較 衡 量 は 憲 法 が 想<br />

定 している 可 能 性 を 超 えている,と 批 判 する<br />

[Schlink 1976: 130]。そのうえ,そのような 利<br />

益 衡 量 は,まず 決 定 過 程 が 不 明 瞭 であり, 価 値<br />

の 序 列 化 に 踏 み 込 んでいるためにありとあらゆ<br />

る 政 治 的 問 題 が 法 的 問 題 として, 裁 判 所 の 判 断<br />

の 対 象 となるおそれがある。ひいてはそれは 利<br />

益 衡 量 に 反 対 するForsthoffが 懸 念 した,あらゆ<br />

る 問 題 を 裁 判 官 が 決 める 裁 判 官 国 家 につながり<br />

かねない[Forsthoff 1959: 160]。ゆえに 裁 判 官<br />

国 家 への 道 を 拒 否 しつつ, 決 定 過 程 を 合 理 化 す<br />

るためには 新 たな 方 法 が 必 要 であった。<br />

そこで 利 益 衡 量 に 代 えて,Schlinkが 提 起 し<br />

たのは, 以 下 の 方 法 であった。<br />

4.Schlinkの 方 法 論<br />

(1) 判 例 分 析<br />

判 例 分 析 は 主 に4つに 分 かれる。まず1つめ<br />

は 表 現 の 自 由 が 問 題 となる 基 本 法 5 条<br />

(8) に 関 し<br />

てである。ここでは 価 値 秩 序 としての 基 本 法 理<br />

解 の 下 で 行 われた 比 較 衡 量 が 問 題 とされる。 取<br />

り 上 げられた 判 決 の 一 つであるLüth 判 決<br />

(9) は,<br />

はじめて 基 本 権 を 価 値 秩 序 として 扱 った 判 決 で<br />

ある。この 判 決 では, 普 通 の 基 本 権 行 使 , 濫 用<br />

された 基 本 権 行 使 ,そして 特 に 価 値 のある 基 本<br />

権 行 使 が 区 別 されたが, 基 本 権 行 使 がどのよう<br />

にしてそれぞれの 型 に 当 てはまるとされるかに<br />

関 しては 明 確 な 回 答 を 持 たなかった[Schlink<br />

1976: 45]。<br />

次 に 職 業 の 自 由 が 問 題 となった 基 本 法 12<br />

条<br />

(10) の 判 例 が 検 討 される。Schlinkは, 後 に 段<br />

階 説 と 呼 ばれる 議 論 を 展 開 した 薬 局 判 決 (11) を<br />

出 発 点 として,その 後 の 判 例 の 展 開 の 中 で 目 的<br />

分 析 , 適 合 性 審 査 , 必 要 性 審 査 というモデル<br />

を 見 出 す。 最 終 的 には 前 述 の2つの 審 査 に 最<br />

低 限 度 の 地 位 の 保 障 という 要 素 を 付 け 加 えた<br />

[Schlink 1976: 79]<br />

三 番 目 に 財 産 権 が 問 題 となった 基 本 権 14<br />

条<br />

(12) の 判 例 が 扱 われる。ここでは 上 記 の 目 的<br />

分 析 , 適 合 性 審 査 , 必 要 性 審 査 , 最 低 限 度 の 保<br />

障 というモデルに 当 てはまる 事 例 として, 主 に<br />

ハンブルク 堤 防 整 備 判 決 (13) が 取 り 上 げられる<br />

[Schlink 1976: 81ff.]。 最 後 に 自 由 権 の 領 域 外 で<br />

の 比 較 衡 量 と 法 的 安 定 性 の 問 題 が 取 り 上 げられ<br />

た。<br />

(2) 判 例 分 析 について 小 括<br />

Schlinkの 判 例 分 析 に つ い て ま と め る と,<br />

Lüth 判 決 の 分 析 から, 基 本 権 を 価 値 秩 序 とし<br />

て 扱 っても 明 確 な 回 答 が 与 えられないとして,<br />

価 値 秩 序 としての 基 本 権 理 解 を 否 定 する 一 方<br />

で, 薬 局 判 例 などの 判 例 分 析 から 独 特 の 比 例 原<br />

則 理 解 を 導 き 出 す。Schlinkの 提 示 した 比 例 原<br />

則 は 以 下 のものである。<br />

まず 規 制 目 的 が 憲 法 上 追 求 することを 許 され<br />

る 正 当 なものかどうかが 審 査 される。その 次 に<br />

手 段 が 目 的 達 成 に 適 合 しているか, 役 に 立 つの<br />

かが 問 われる。そして, 手 段 が 目 的 達 成 に 必 要<br />

不 可 欠 なものかどうか,すなわち,より 制 限 的<br />

でない 手 段 が 存 在 していないかどうかが 問 われ<br />

る。 最 後 にその 手 段 が, 憲 法 上 守 られるべき 最<br />

低 限 度 の 地 位 を 侵 害 していないかどうかが 問 わ<br />

れる。<br />

一 般 的 な 比 例 原 則 の 理 解 との 一 番 大 きな 相 違


206<br />

は,「 狭 義 の 比 例 性 」を 排 除 して,その 代 わり<br />

に「 最 低 限 度 の 地 位 」の 保 障 を 入 れているとこ<br />

ろである。<br />

Schlinkの 比 例 原 則 理 解 から「 狭 義 の 比 例 性 」<br />

が 除 外 される 理 由 は, 他 の 基 準 と 違 い 価 値 判 断<br />

であるため, 判 断 のための 基 準 が 欠 けているか<br />

らとされる。では, 何 故 , 他 の 基 準 は 事 実 認 識<br />

であり 基 準 があるとされる 一 方 で, 狭 義 の 比 例<br />

性 だけ 価 値 判 断 とされ 基 準 がないとされるの<br />

か。Schlinkの 説 明 をみていこう。<br />

(3) 比 較 衡 量 の 方 法 と 解 釈 について-ゲーム<br />

理 論 ・ 厚 生 経 済 学 からの 示 唆 -<br />

第 二 部 ではSchlinkは, 判 例 分 析 から 得 たモ<br />

デルを 理 論 的 に 正 当 化 しようとする。まず 彼 は<br />

比 較 衡 量 とはどのようなものであるのかから 明<br />

らかにしようとする。<br />

1 比 較 衡 量 とは 何 か<br />

そもそも 比 較 には 二 種 類 のスケールがあると<br />

される。 一 つは 序 数 スケールでものの 順 序 を 表<br />

す。もう 一 つは 基 数 スケールでものの 多 さを 表<br />

す[Schlink 1976: 130f.]。 序 数 スケールの 場 合 ,<br />

大 きさ 等 によって 順 序 はわかるが, 差 異 がどの<br />

程 度 あるかは 考 慮 されないので 分 からない。 目<br />

視 による 背 の 順 ,タイムを 測 らない 徒 競 走 での<br />

順 位 等 が 例 として 挙 げられる。そのため,7 位<br />

が1 位 の7 分 の1かどうかは, 序 数 スケールで<br />

はわからない。ゆえに 量 の 大 小 を 知 るために<br />

は, 基 数 スケールによって 並 べ 直 さないといけ<br />

ない。ただし, 基 数 スケールには 比 較 のために<br />

メートルや 秒 のような 共 通 の 基 準 が 必 要 であ<br />

る。 価 値 秩 序 としての 基 本 権 には, 基 数 スケー<br />

ルのための 共 通 の 基 準 が 存 在 しない。よって,<br />

抽 象 的 に 基 本 権 間 の 序 数 的 秩 序 を 構 想 すること<br />

は 可 能 かもしれないが, 基 本 権 が 問 題 となる 具<br />

体 的 な 事 件 において 役 に 立 つ 基 数 的 秩 序 を 構 想<br />

することは 難 しい。<br />

比 較 衡 量 擁 護 の 論 者 は,どの 法 益 が 基 本 権 と<br />

同 じ 価 値 もしくは 基 本 権 より 高 い 価 値 にあるか<br />

を 確 定 させることによって, 全 ての 基 本 権 の 位<br />

置 を 定 められるとした[Schlink 1976: 133]。<br />

それに 対 し, 比 較 衡 量 に 消 極 的 な 地 位 しか<br />

与 えない 論 者 としてKraussとLercheを 挙 げる。<br />

彼 らの 議 論 は Schlinkが 判 例 分 析 から 見 出 した<br />

モデル,すなわち 目 的 分 析 , 適 合 性 審 査 , 必 要<br />

性 審 査 , 最 低 限 度 の 地 位 の 保 障 からなる 比 較<br />

衡 量 モデルと 一 致 するとされる[Schlink 1976:<br />

143ff.]。このモデルは 価 値 の 比 較 を 行 わない。<br />

なぜなら, 価 値 秩 序 をもたらす 価 値 哲 学 の 方 法<br />

には 基 準 がないからである。 比 較 衡 量 に 消 極 的<br />

な 位 置 付 けしか 与 えない 論 者 は, 基 準 がない 場<br />

合 は, 民 主 的 方 法 によって,すなわち 立 法 者 で<br />

ある 議 会 が 諸 個 人 の 価 値 秩 序 から 共 同 体 の 価 値<br />

秩 序 を 導 き 出 すべきであるとする。では,この<br />

立 ち 位 置 にふさわしい 比 較 衡 量 はどのようなも<br />

のか。<br />

2 厚 生 経 済 学 の 方 法 論<br />

Schlinkは, 上 記 の 問 題 の 解 決 のヒントを 厚<br />

生 経 済 学 に 求 める[Schlink 1976: 155ff.] (14) 。ベ<br />

ンサム 流 の 功 利 主 義 において, 厚 生 経 済 学 と<br />

利 益 法 学<br />

(15) は 共 通 の 根 を 持 っている。ゆえに,<br />

厚 生 経 済 学 における 財 の 配 分 の 問 題 は, 憲 法 に<br />

おける 価 値 ・ 利 益 衡 量 の 問 題 に 示 唆 を 与 えるこ<br />

とができるとされる。すなわち, 厚 生 経 済 学 が<br />

分 配 問 題 を 扱 うように, 憲 法 における 衡 量 問 題<br />

も 分 配 問 題 として 把 握 しうるのである。<br />

厚 生 経 済 学 が 配 分 問 題 を 扱 う 場 合 , 個 人 間 の<br />

効 用 比 較 を 行 う。アナロジーを 使 って 考 える 際


比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

207<br />

には, 厚 生 経 済 学 における 効 用 に 対 応 する 概 念<br />

が, 憲 法 において 必 要 である。ゆえに 憲 法 にお<br />

ける 衡 量 でも, 価 値 や 利 益 自 体 の 衡 量 ではな<br />

く, 価 値 や 利 益 から 得 られる 効 用 の 衡 量 を 行<br />

う (16) 。<br />

Schlinkはゲーム 理 論 と パ レ ー ト 最 適 の 議<br />

論 に 解 決 策 を 見 出 そうとする[Schlink 1976:<br />

172ff.]。パレート 最 適 は 厚 生 経 済 学 上 の 考 え 方<br />

で, 他 の 主 体 の 経 済 状 態 を 悪 化 させることなし<br />

なは,もはや 誰 も 自 らの 経 済 状 態 を 向 上 させる<br />

ことの 出 来 ない 状 況 のことをいう。まずは 具 体<br />

例 を 用 いて,ゲーム 理 論 における 分 配 とパレー<br />

ト 最 適 について 見 てみる。<br />

100マルクの 分 配 問 題 というものを 想 定 して<br />

みる。これは 二 人 が 分 配 に 合 意 したら,その<br />

配 分 に 応 じて100マルクがもらえるが, 合 意 で<br />

きなければ 何 ももらえないというゲームである<br />

[Schlink 1976: 173]。プレイヤー1が 先 に 取 っ<br />

て,プレイヤー2が 後 に 取 る。<br />

図 1<br />

図 1は,プレイヤー1とプレイヤー2の 効<br />

用 が 同 じ 場 合 に 得 られるグラフである。 配 分<br />

に 関 わりなく100マルク 全 てが 二 人 に 分 配 され<br />

ば,パレート 最 適 の 基 準 を 満 たすことになる。<br />

何 故 なら,100マルクが 完 全 に 分 配 されている<br />

ならば,プレイヤー1の 取 り 分 を 増 やすにはプ<br />

レイヤー2の 取 り 分 を 減 らすしかなく, 逆 にプ<br />

レイヤー2の 取 り 分 を 増 やすにはプレイヤー1<br />

の 取 り 分 を 減 らすしかないからである。つま<br />

り,「プレイヤー1に100マルク,プレイヤー2<br />

に0マルク」でも「プレイヤー1に80マルク,<br />

プレイヤー2に20マルク」でも「 両 者 に50マル<br />

クずつ」でも, 図 1の 斜 線 上 にある 分 配 ならば<br />

パレート 最 適 である。パレート 最 適 ではないの<br />

は,100マルク 全 てを 分 配 しないプレイヤー1<br />

が60マルク,プレイヤー2が20マルクといった<br />

分 配 の 場 合 だけである。この 場 合 ,どちらかが<br />

余 った20マルクを 受 け 取 れば,その 分 の 効 用 が<br />

上 がるのでパレート 最 適 ではないのである。<br />

3 憲 法 におけるパレート 最 適 と 比 例 原 則<br />

ここまで 厚 生 経 済 学 の 効 用 に 関 する 議 論 ,そ<br />

してゲーム 理 論 とパレート 最 適 を 見 てきた。こ<br />

れらの 知 見 を 利 用 して 憲 法 問 題 を 解 くことがで<br />

きるのか, 見 ていきたい。<br />

市 民 の 自 由 や 国 家 の 効 率 性 などは,それ 自 体<br />

として 序 列 をつけることはできない[Schlink<br />

1976: 180]。 例 えできたとしても, 序 数 的 な 序<br />

列 では 決 定 を 得 られないこともあるし, 不 合 理<br />

な 結 果 を 招 くこともある。そこで, 財 それ 自 体<br />

ではなくその 効 用 を 秩 序 付 ける 厚 生 経 済 学 と 同<br />

様 に, 憲 法 問 題 では 秩 序 付 けられるのは 価 値 そ<br />

れ 自 体 ではなく 価 値 から 得 られる 効 用 とする。<br />

その 観 点 から, 薬 局 判 決 を 見 てみる。 薬 局 判<br />

決 とは, 上 記 2(3)で 触 れたように, 職 業 の<br />

自 由 に 関 係 した 判 決 である。ある 薬 局 開 設 希 望<br />

者 がバイエルン 州 に 薬 局 開 設 の 希 望 を 出 したが<br />

不 許 可 になり,それに 不 服 申 立 てを 行 ったこと<br />

が,この 裁 判 のきっかけである[Schlink 1976:<br />

181ff.]。


208<br />

その 裁 判 で 問 題 なったのは, 薬 局 開 設 希 望 者<br />

の 職 業 の 自 由 と 州 による 薬 局 の 出 店 規 制 であっ<br />

た。 無 秩 序 な 薬 局 の 乱 立 は 過 当 競 争 につなが<br />

り,ひいては 不 適 切 な 薬 の 販 売 によって 住 民 に<br />

健 康 被 害 が 出 るとして,バイエルン 州 は 薬 局 の<br />

出 店 を 許 可 制 にしていた。<br />

当 事 者 が 揃 ったので,グラフを 考 えてみる。<br />

グラフの 縦 軸 を 薬 局 開 設 希 望 者 の 自 由 の 程 度 と<br />

して, 横 軸 を 州 が 守 ろうとしている 住 民 の 安 全<br />

の 程 度 としてみる。このように 捉 えれば,この<br />

職 業 の 自 由 にかかわる 憲 法 問 題 も, 薬 局 開 設 希<br />

望 者 と 州 のパレート 最 適 の 問 題 として 見 ること<br />

ができる。このグラフに 薬 局 の 出 店 規 制 とい<br />

う 州 の 目 的 達 成 手 段 を 点 Pとして 書 き 込 んでみ<br />

る。そしてさらに 連 邦 憲 法 裁 判 所 が 考 える 代<br />

案 ( 薬 局 の 開 設 を 規 制 するのではなく, 薬 の 売<br />

り 方 などを 規 制 する)を 点 Qとして 書 き 入 れる<br />

[Schlink 1976: 181]。<br />

こうして 出 来 上 がるのが 図 2である (17) 。<br />

図 2<br />

・ 縦 軸 が 薬 局 開 設 希 望 者 の 効 用 , 横 軸 が 国 家 の<br />

効 用 。<br />

・ 点 Pがバイエルン 州 の 規 制 。 点 Qが 連 邦 憲 法<br />

裁 判 所 の 代 案 。<br />

曲 線 の 内 側 が 当 事 者 双 方 の 効 用 が 両 立 可 能 な<br />

範 囲 で, 曲 線 の 上 に 点 があればパレート 最 適 に<br />

なる。バイエルン 州 の 規 制 を 表 した 点 Pは, 自<br />

らの 効 用 を 減 らすことなく 薬 局 開 設 希 望 者 の 効<br />

用 を 満 たす 施 策 である 点 Qの 施 策 が 存 在 する<br />

ために 必 要 性 がないとされ, 違 憲 無 効 と 判 断 さ<br />

れる。<br />

図 3<br />

点 Pの 規 制 に 比 してパレート 改 善 されるとい<br />

う 意 味 で, 市 民 の 自 由 により 大 きな 負 担 をかけ<br />

ないで 立 法 者 の 目 的 を 達 成 できる 選 択 肢 は, 非<br />

斜 線 部 分 にあるもののみである[Schlink 1976:<br />

188]。そして 実 際 の 基 本 権 問 題 においては, 国<br />

家 の 特 定 の 施 策 が 個 人 の 自 由 を 過 剰 に 侵 害 して<br />

いないが 問 題 となる。 点 Pという 施 策 が 与 えら<br />

れている 場 合 ,ここまでの 図 でいうならパレー<br />

ト 最 適 に 向 けて 上 方 向 つまり 市 民 の 自 由 を 擁 護<br />

する 方 向 に 進 む 余 地 があるのかないのかが 問 わ<br />

れるのである。<br />

しかし,パレート 最 適 では 判 断 できない 問 題<br />

もある。 図 4では,Rより Sの 方 がパレート 最<br />

適 である。ただし,T とSのどちらが 望 ましい<br />

かは,パレート 基 準 からは 出 てこない。 何 故 な<br />

ら,ここで 想 定 されている 個 人 の 利 益 も 国 家 の<br />

利 益 も 等 しく 憲 法 上 守 られるべき 利 益 だからで


比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

209<br />

図 4<br />

ある。 基 本 権 の 価 値 序 列 を 否 定 するSchlinkの<br />

立 場 からすれば,パレート 最 適 な 選 択 肢 同 士 の<br />

場 合 は,どちらかを 優 先 するための 基 準 がな<br />

い。この 場 合 , 個 人 の 利 益 をより 重 視 するか,<br />

国 家 の 利 益 をより 重 視 するかは 価 値 判 断 になら<br />

ざるをえない。Schlinkは,この 場 合 TとSのど<br />

ちらを 選 ぶのかは 立 法 者 の 仕 事 であるとする<br />

[Schlink 1976: 189f.]。<br />

(4) 方 法 論 の 小 括<br />

Schlinkの 方 法 論 をまとめると「 重 要 性 を 計<br />

ることと 比 較 すること」を 諦 め,「 評 価 の 議 論<br />

を 結 果 の 議 論 として」,「 衡 量 問 題 を 目 的 と 手 段<br />

の 問 題 , 適 合 性 と 必 要 性 についての 問 い,そし<br />

て 最 低 限 度 地 位 を 保 障 する 課 題 として」 把 握 す<br />

るものである[Schlink 1976: 192]。<br />

5.Schlinkの 立 ち 位 置 と 背 景<br />

こうした Schlinkの 主 張 は, 近 隣 諸 科 学 , 特<br />

に 選 択 理 論 に 依 拠 しつつ 問 題 解 決 をしているも<br />

ののように 見 える。しかし, 彼 を 経 済 的 合 理 性<br />

と 功 利 主 義 のみに 基 づく 選 択 理 論 の 信 奉 者 とみ<br />

なすのは 適 切 ではない。 彼 にとって, 近 隣 諸 科<br />

学 は 問 題 の 明 確 化 に 役 立 てるためのものであっ<br />

て, 問 題 解 決 の 決 め 手 ではない。 問 題 解 決 にお<br />

いて 決 定 的 な 役 割 を 果 たしているのは 基 本 権<br />

論 , 特 に 市 民 的 法 治 国 家 における 基 本 権 論 であ<br />

る。<br />

厚 生 経 済 学 やゲーム 理 論 が 教 えるのは,いか<br />

なる 状 況 がパレート 最 適 であるかだけである。<br />

基 本 権 問 題 の 解 決 はパレート 最 適 の 図 のみから<br />

は 出 てこない。というのも,パレート 改 善 の 方<br />

法 は 無 数 にある。 図 3でいうならば, 点 Pから<br />

上 方 向 に 進 むのも, 右 方 向 に 進 むのも, 右 斜 め<br />

上 に 進 むのも, 全 てパレート 改 善 であり, 曲 線<br />

と 重 なった 場 所 がパレート 最 適 の 場 所 である。<br />

点 Pから 市 民 の 権 利 を 保 護 する 上 方 向 に 進 む 余<br />

地 があるかどうかを 検 討 するのは, 単 なるパ<br />

レート 合 理 性 の 議 論 からではない。それは 市 民<br />

に 最 大 限 の 自 由 を 与 えるべきとする「 市 民 的 法<br />

治 国 家 」の 議 論 からである。またこの「 市 民 的<br />

法 治 国 家 」の 議 論 から, 裁 判 所 の 判 断 によって<br />

国 家 の 目 的 をより 推 進 する 右 方 向 へ 行 くことの<br />

禁 止 も 導 き 出 される。<br />

このような Schlinkの 立 ち 位 置 の 背 景 には 何<br />

があるのだろうか。 違 憲 立 法 審 査 権 の 導 入 によ<br />

る 判 例 法 化 を 不 可 避 としていち 早 く 対 応 を 考<br />

え,そのために 選 択 理 論 を 使 用 している 点 に<br />

は,アメリカ 留 学 への 経 験 を 含 めた 知 米 派 とし<br />

ての 一 面 が 関 係 しているといえる。この 知 米 派<br />

として 側 面 から 彼 は, 違 憲 審 査 制 度 の 利 点 , 欠<br />

点 を 意 識 化 していた。そこで, 判 例 法 の 利 点 で<br />

ある 権 利 保 護 の 実 質 化 を 維 持 しつつ, 欠 点 であ<br />

る 判 断 の 不 明 確 さ, 不 安 定 さに 対 処 するため<br />

に, 選 択 理 論 を 使 用 したといえる。 実 効 的 な 権<br />

利 保 障 を 可 能 にする 判 例 法 のアメリカ 型 と, 法<br />

の 明 確 性 , 安 定 性 によって 個 人 の 自 由 を 確 保 し<br />

ようとする 法 典 思 考 のドイツ 型 の 間 に 新 しい


210<br />

ものを 見 つけようとする Schlinkの 問 題 意 識 は,<br />

一 貫 したものであるいえる[シュリンク 1992:<br />

265]。<br />

もう 一 つの 重 要 な 論 点 は,Schlinkの 背 景 に<br />

ある 基 本 権 論 が 何 に 基 礎 付 けられているかで<br />

ある。 結 論 先 取 で 答 えを 端 的 に 言 ってしまえ<br />

ば, 市 民 的 法 治 国 家 論 に 基 づく 基 本 権 論 に 大 き<br />

く 影 響 を 受 けているといえる。 学 問 的 人 脈 とし<br />

ては,Schlinkは, 市 民 的 法 治 国 家 論 に 好 意 的<br />

な Böckenfördeの 下 で 助 手 を 勤 め,Habilitation<br />

もその 指 導 の 下 で 書 いている。そして 何 より 基<br />

本 権 論 の 内 容 において, 市 民 的 法 治 国 家 論 に 基<br />

づく 基 本 権 論 との 共 通 性 を 見 て 取 れる。パレー<br />

ト 最 適 としての 必 要 性 審 査 に 個 人 権 利 擁 護 の 方<br />

向 を 与 えているのは,「 原 則 として 無 限 定 な 個<br />

人 と 原 則 として 限 定 された 国 家 」[シュミット<br />

1974: 155]というSchmittに 代 表 される 市 民 的<br />

法 治 国 家 論 である (18) 。<br />

また 裁 判 所 による 価 値 判 断 を 否 定 するという<br />

点 でも 上 述 の 論 者 と 共 通 性 を 見 出 すことができ<br />

る[Schmitt 2011; Forsthoff 1959]。<br />

6. 比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

(1) 憲 法 上 の 比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

Schlinkの 狭 義 の 比 例 性 不 要 論 とは,ある 国<br />

家 行 為 が, 適 合 性 審 査 と 必 要 性 審 査 を 通 過 し<br />

た,すなわちこれ 以 上 パレート 改 善 する 余 地 が<br />

ないという 意 味 でパレート 最 適 である 場 合 , 他<br />

にパレート 最 適 な 選 択 肢 があったとしても,そ<br />

れを 理 由 として 違 憲 という 判 断 をくだすべきで<br />

はないというものである。 事 実 問 題 ならば, 正<br />

確 に 把 握 できたか 否 かが 問 題 となるので, 議 会<br />

の 認 識 が 不 正 確 であるならば, 裁 判 所 の 判 断 を<br />

それに 上 書 きしても 問 題 はない。しかし,ある<br />

国 家 行 為 とその 他 の 選 択 肢 それぞれパレート 最<br />

適 であった 場 合 , 効 果 が 強 いことを 優 先 するの<br />

か 副 作 用 が 弱 いことを 優 先 するのかは, 価 値 判<br />

断 でしかなく,どちらを 優 先 すべきかに 関 して<br />

は 憲 法 上 の 根 拠 がない。それゆえ,この 種 の 価<br />

値 判 断 は 裁 判 所 が 行 うべきでなく, 民 主 的 正 統<br />

性 を 持 つ 議 会 であるとした (19) 。<br />

狭 義 の 比 例 性 を 擁 護 する 論 者 は, 狭 義 の 比 例<br />

性 を 放 棄 するという Schlinkの 結 論 にこそ 賛 同<br />

しなかったが, 問 題 意 識 と 方 法 論 は 受 け 入 れ,<br />

狭 義 の 比 例 性 の 基 準 の 無 さを 一 定 程 度 認 めつ<br />

つ, 判 断 過 程 を 合 理 化 することによって, 価 値<br />

問 題 に 対 処 しようとしている。<br />

(2) 裁 判 所 が 判 断 すべきものとは<br />

必 要 性 審 査 を 重 視 す る 比 例 原 則 理 解 の<br />

Schlinkは,Schmitt 学 派 の 論 者 と 同 様 に 基 本 権<br />

問 題 を 扱 う 際 に 価 値 判 断 を 排 除 しようとする。<br />

彼 は, 価 値 判 断 を 排 した 代 わりに 効 用 比 較 とい<br />

う 形 の 事 実 問 題 として 事 案 を 解 決 しようとし<br />

た。Schmittは 価 値 比 較 が 経 済 領 域 でのみ 正 し<br />

く 使 われると 述 べていたが,Schlinkは 経 済 領<br />

域 外 でも 使 われるようになった 価 値 を 効 用 とい<br />

う 経 済 概 念 に 置 き 換 えることによって 比 較 を 可<br />

能 にした。<br />

Schlinkによれば, 裁 判 所 が 判 断 すべきなの<br />

は, 当 該 措 置 が 目 的 を 達 成 するのに 適 合 的 であ<br />

るのか, 目 的 を 達 成 するのに 必 要 であるのかと<br />

いう 事 実 認 識 ・ 事 実 判 断 の 問 題 であって, 価 値<br />

判 断 ではないのである。<br />

比 例 原 則 に 関 する 事 実 と 価 値 の 問 題 の 性 質 の<br />

差 をここまで 述 べてきた。ここで 立 ち 返 るべき<br />

問 いは, 裁 判 所 は 何 を 判 断 すべきで, 議 会 は 何<br />

を 判 断 すべきかという 問 題 である。Böckenförde


比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

211<br />

は 基 本 権 解 釈 を 問 題 とした 論 文 の 最 後 に「 法<br />

秩 序 を 形 成 する 権 限 は 誰 に 属 すべきであるの<br />

か…… 市 民 は 選 出 された 議 会 の 立 法 者 に 自 らを<br />

委 ねるのか,それとも 憲 法 裁 判 所 に 自 らを 委 ね<br />

るのか」[ベッケンフェルデ 1999: 383]という<br />

問 題 を 提 起 した。 問 題 は 権 力 分 立 という 国 家 の<br />

あり 方 にまで 繋 がる。<br />

比 例 原 則 の 理 解 は 中 心 的 な 概 念 に 関 しては 一<br />

致 があるが,それでもなお 重 要 な 論 点 で 差 異 が<br />

ある。 今 回 取 り 上 げることの 出 来 なかった, 比<br />

例 原 則 の 中 で 積 極 的 に 価 値 判 断 を 行 う 狭 義 の 比<br />

例 性 を 重 視 する 論 者 に 対 する 考 察 や 議 会 と 裁 判<br />

所 の 権 限 配 分 に 関 する 考 察 は 他 日 に 期 したい。<br />

〔 投 稿 受 理 日 2012. 5. 26 / 掲 載 決 定 日 2012. 6. 21〕<br />

7. 結 びに 代 えて<br />

比 例 原 則 がこれからの 日 本 の 憲 法 論 において<br />

受 け 入 れられるとするならば, 事 実 問 題 を 中 心<br />

に 扱 う 必 要 性 審 査 重 視 のモデルと 価 値 問 題 も 含<br />

めて 扱 う 狭 義 の 比 例 性 審 査 重 視 のモデルのどち<br />

らがふさわしいかのだろうか。それ 自 体 が 論 争<br />

的 なテーマとなりうるだろう。 議 会 に 付 された<br />

国 権 の 最 高 機 関 という 肩 書 きを 政 治 的 美 称 以 上<br />

のものと 考 え, 裁 判 所 があらゆる 問 題 の 最 終 的<br />

判 断 をするという 司 法 国 家 を 拒 否 するために,<br />

あえてドイツの 通 説 ではない 必 要 性 審 査 中 心 の<br />

比 例 原 則 理 解 を 選 択 肢 として 検 討 してみるべき<br />

ではないだろうか。<br />

長 らく 違 憲 判 断 の 少 なさから 司 法 消 極 主 義 と<br />

言 われてきた 日 本 の 最 高 裁 判 所 は, 近 年 続 けて<br />

法 令 違 憲 判 決 を 出 している。それ 自 体 の 評 価 は<br />

ひとまず 置 いておいたとしても, 法 律 に 対 する<br />

違 憲 判 断 について 積 極 化 の 傾 向 を 示 している 最<br />

高 裁 判 所 が, 何 をどこまで 判 断 すべきか,どこ<br />

まで 議 会 の 判 断 を 尊 重 し,もしくは 議 会 の 判 断<br />

を 自 らの 判 断 に 置 き 換 えることができるのかと<br />

いう 問 題 は,これから 議 論 されるべきテーマで<br />

あろう。そして,これ 以 降 も 積 極 化 の 方 向 性 を<br />

示 すとしたら, 如 何 にしてその 判 断 の 決 定 過 程<br />

を 合 理 化 すべきかについても 議 論 の 対 象 にすべ<br />

きである。<br />

注<br />

⑴ この 時 期 の 警 察 比 例 の 原 則 は, 今 の3つの 部<br />

分 原 則 からなるとされている 比 例 原 則 理 解 では<br />

必 要 性 の 原 則 に 相 当 するものと 考 えられている<br />

[Hirschberg 1981: 3]。<br />

⑵ BVerfGE 3, 383 (399).<br />

⑶ BVerfGE 13, 97 (104).<br />

⑷ BVerfGE 11, 168; 21, 245; 40, 196. u.s.w.<br />

⑸ BVerfGE 19, 342 (348f.)<br />

⑹ BVerfGE 67, 157 (173.)<br />

⑺ 当 該 論 文 は 日 本 でも 紹 介 がなされている[ 山 下<br />

1991; 渡 辺 2001: 672-675]。しかし, 行 政 法 学 者 で<br />

ある 山 下 の 紹 介 は 詳 細 ではあるが, 本 論 文 の 関 心<br />

事 からすると 判 断 過 程 の 明 確 化 にどのように 資 す<br />

るのかや 価 値 問 題 を 誰 が 判 断 するのかという 論 点<br />

が 重 視 されていない。また 憲 法 学 者 の 渡 辺 康 行 は,<br />

『 憲 法 における 衡 量 』を 含 めた Schlinkの 論 文 を 縦<br />

断 的 に 紹 介 している。そこでは, 網 羅 的 かつ 緻 密<br />

にSchlinkの 憲 法 論 が 取 り 上 げられていたが,ゲー<br />

ム 理 論 や 厚 生 経 済 学 の 知 見 に 関 する 部 分 は「 問 題<br />

の 明 確 化 に 役 立 つだけに 過 ぎない」[ 渡 邊 2001:<br />

675]として 十 分 に 検 討 されてこなかった。 本 論 文<br />

ではゲーム 理 論 や 厚 生 経 済 学 を 使 った 比 例 原 則 の<br />

構 造 化 について, 事 実 認 識 ・ 価 値 判 断 の 構 造 的 相<br />

違 を 違 憲 立 法 審 査 の 中 でどう 位 置 づけるかに 関 す<br />

る 重 要 な 手 がかりとして 検 討 していきたい。 以 上<br />

のような 理 由 で, 比 例 原 則 と 事 実 認 識 ・ 価 値 判 断<br />

の 問 題 を 考 えるために 当 該 論 文 を 扱 う。<br />

⑻ ドイツ 基 本 法 5 条 1 項 何 人 も, 言 語 , 文 書 お<br />

よび 図 画 をもって,その 意 見 を 自 由 に 発 表 し,お<br />

よび 流 布 し,ならびに 一 般 に 入 手 できる 情 報 源 か<br />

ら 妨 げられることなく 知 る 権 利 を 有 する。 出 版 の<br />

自 由 ならびに 放 送 および 放 映 の 自 由 は, 保 障 する。<br />

検 閲 は, 行 わない。


212<br />

⑼ BVerfGE 7, 198.<br />

⑽ ドイツ 基 本 法 12 条 1 項 すべてのドイツ 人 は,<br />

職 業 ・ 職 場 及 び 職 業 教 育 の 場 を 自 由 に 選 択 する 権<br />

利 を 有 する。 職 務 の 遂 行 は 法 律 によって,または<br />

法 律 の 根 拠 に 基 づいて 規 制 することができる。<br />

⑾ BVerfGE 7, 377.<br />

⑿ ドイツ 基 本 法 14 条<br />

1 項 所 有 権 および 相 続 権 は,これを 保 障 する。<br />

内 容 および 制 限 は, 法 律 で 定 める。<br />

2 項 所 有 権 は, 義 務 をともなう。その 行 使 は,<br />

同 時 に 公 共 の 福 祉 に 役 立 つべきものでなければな<br />

らない。<br />

3 項 公 用 収 用 は, 公 共 の 福 祉 のためにのみ 許 さ<br />

れる。 公 用 収 用 は, 補 償 の 方 法 と 程 度 を 規 律 する<br />

法 律 によって,または 法 律 の 根 拠 に 基 づいてのみ<br />

行 うことが 許 される。 補 償 は 公 共 の 利 益 と 当 事 者<br />

の 利 益 とを 公 正 に 衡 量 して 決 定 しなければならな<br />

い。 補 償 の 額 に 関 して 争 いがあるときは, 通 常 の<br />

裁 判 所 への 出 訴 が 認 められる。<br />

⒀ BVerfGE 24, 367.<br />

⒁ このような 他 の 社 会 科 学 分 野 の 決 定 理 論 に 向 け<br />

られた 法 学 的 興 味 の 理 由 として, 裁 判 官 による 判<br />

断 すなわち 判 決 の 法 学 としての 不 安 定 性 さを 挙 げ<br />

ている。[Schlink 1980: 13]。そして,「 積 極 主 義 へ<br />

の 旅 路 」や「 原 理 としての 基 本 権 ?」といった 小<br />

論 の 中 では, 一 方 で 不 可 避 の 傾 向 として 司 法 積 極<br />

主 義 と 判 例 法 化 について 述 べつつ, 他 方 で 否 定 さ<br />

れるべきではないものとして 法 典 化 思 考 と 法 的 安<br />

定 性 について 述 べている[Schlink 1995-1996: 269,<br />

シュリンク 1992: 264]。<br />

⒂ 法 を 利 益 衡 量 の 所 産 とみて, 法 の 解 釈 を 利 益<br />

整 除 の 観 点 から 行 う 法 学 。ベンサムの 功 利 主 義 ,<br />

イェーリングの 目 的 法 学 に 起 源 を 有 するとされる。<br />

⒃ 価 値 の 大 小 は 主 観 的 なものなので 客 観 的 に 認 識<br />

しえないが,そこから 得 られる 効 用 はある 程 度 客<br />

観 的 に 認 識 しうる。 例 えば,ある 人 にとっての 職<br />

業 の 自 由 という 価 値 の 大 小 は 客 観 的 には 認 識 しえ<br />

ないが, 職 業 の 自 由 から 得 られる 効 用 は 認 識 でき<br />

る。ある 目 的 のために 職 業 の 自 由 規 制 が 行 われた<br />

場 合 ,その 規 制 が 許 されるかどうかは,その 目 的<br />

と 職 業 の 自 由 の 価 値 比 較 では 決 まらない。 両 者 の<br />

価 値 を 比 較 する 基 準 がないためである。ゆえに 結<br />

論 を 得 るためには,その 規 制 によって 得 られる 効<br />

用 と 職 業 の 自 由 から 得 られる 効 用 がパレート 最 適<br />

かどうかを 確 かめればよいのである。<br />

⒄ 2 者 間 の 効 用 水 準 の 組 合 せは, 効 用 可 能 性 フロ<br />

ンティアと 呼 ばれる 右 肩 下 がりの 曲 線 によって 表<br />

される。 点 が 曲 線 上 にある 場 合 ,パレート 最 適 で<br />

あるとされる。 効 用 可 能 性 フロンティアの 求 め 方<br />

とパレート 最 適 に 関 して[ 嶋 村 2005: 118ff. 特 に<br />

130]<br />

⒅ Schlinkの 基 本 権 論 とSchmittの 基 本 権 論 は, 両<br />

者 とも 防 御 権 を 中 心 とする 自 由 主 義 的 基 本 権 観 を<br />

前 提 としている 点 で 共 通 している。Schlinkの 基 本<br />

権 論 の 他 のSchmitt 学 派 の 論 者 の 基 本 権 論 の 共 通 性<br />

と 差 異 について[ 渡 辺 2000: 719ff.]。<br />

⒆ 事 実 認 識 と 価 値 判 断 の 違 いについて。<br />

小 山 は『 憲 法 上 の 権 利 の 作 法 』の 中 で, 非 常 に<br />

わかりやすい 例 えで, 比 例 原 則 を 説 明 している。<br />

それによれば, 比 例 原 則 は, 薬 の 効 果 と 副 作 用 の<br />

アナロジーによって 説 明 できるとされる。4 種 類<br />

の 薬 があり,それぞれ1つめは 効 果 0で 副 作 用 5,<br />

2つめは 効 果 5で 副 作 用 4,3つめは 効 果 5で 副 作<br />

用 2,4つめは 効 果 7で 副 作 用 10とする。この 事 例<br />

では1つめの 効 果 0で 副 作 用 5の 薬 は, 治 療 に 役<br />

に 立 たないので 適 合 性 がないとして 否 定 される。<br />

2つめの 効 果 5で 副 作 用 4の 薬 は,3つめの 効 果<br />

5で 副 作 用 2の 薬 との 比 較 によって 必 要 性 がない<br />

と 判 断 され 否 定 される。すなわち2つめの 薬 は 効<br />

果 と 副 作 用 の 差 し 引 きがプラス1なのに 対 し3つ<br />

めの 薬 はプラス3だから,3つめの 薬 の 方 がより<br />

制 限 的 ではない 手 段 とされるからである。4つめ<br />

の 効 果 7で 副 作 用 10の 薬 は, 得 られる 利 益 に 比 し<br />

て 失 われる 利 益 の 方 が 多 いため, 狭 義 の 比 例 性 が<br />

ないと 判 断 され 否 定 される。よって,この4 種 類<br />

の 薬 の 中 から3つめの 効 果 5で 副 作 用 2の 薬 が 選<br />

ばれるとされる[ 小 山 2011]。しかし,4つめの<br />

薬 は「 雀 を 撃 つのに 大 砲 を 使 うなかれ」という 古<br />

典 的 な 過 剰 侵 害 の 事 例 としても 理 解 できる。それ<br />

ならば, 選 択 肢 の 中 から 最 も 穏 やかな 手 段 を 使 う<br />

べきという 必 要 性 審 査 によって 排 除 できる。<br />

そこで 価 値 判 断 を 伴 う 狭 義 の 比 例 性 による 判 断<br />

が 必 須 の 事 例 を 想 定 してみる。 上 記 の 事 例 に,5<br />

つめとして 効 果 3で 副 作 用 0の 薬 ,6つめとして<br />

効 果 4で 副 作 用 1の 薬 が 加 える。これらは,いず<br />

れも3つめの 薬 と 同 じく, 効 果 と 副 作 用 の 差 し 引<br />

きがプラス3である。 薬 がこの6 種 類 しか 存 在 し<br />

ない 場 合 ,3つめと5つめと6つめは,Schlink


比 例 原 則 における 事 実 と 価 値<br />

213<br />

の 述 べた 厚 生 経 済 学 の 用 語 を 使 うならば, 全 てパ<br />

レート 最 適 である。もはやここでは 効 果 から 副 作<br />

用 を 引 いた 差 し 引 きの 多 寡 は,パレート 最 適 であ<br />

るこれら3 種 類 の 薬 のどれを 選 ぶのか 決 め 手 にな<br />

りえない。<br />

ここで 決 め 手 になるのは, 効 果 が 強 いことによ<br />

り 価 値 を 置 くのか, 副 作 用 が 弱 いことにより 価 値<br />

を 置 くのかという 価 値 判 断 である。 薬 の 効 果 や 副<br />

作 用 は,あるかないか,もしくはどの 程 度 あるの<br />

か,という 点 は 事 実 認 識 の 問 題 である。それに 対<br />

して, 効 果 と 副 作 用 のどちらを 重 視 するのかとい<br />

うのは 価 値 判 断 の 問 題 である。<br />

参 考 文 献<br />

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