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反乱の根源

[反乱の根」は、深い不満、自己決定、自由と権力への飽くなき闘争という肥沃な土壌から芽生える。古代の二つの王国の衝突に根ざし、世界の精神的震源地で展開する本書の筋書きは、真実に対する悪質で難治性の敵対を宣言している。専制と革命、敵意と迫害の発生という苦難の続編を生み出し、そのすべてが無秩序という苦い実を結ぶのだ。反乱の神秘は政府の席を支配し、人類の心の中にも猛威を振るっている。情熱的で大胆不敵な破壊に栄え、彼らは反逆の道具、混沌と強制の秩序を築き、確立し、普遍的な遵守と協力を要求する。本書は、ワン・ワールド政府と覇権主義的帝国主義の秘密の裏付けを効果的に照らし出し、読者は史上最大の欺瞞を暴き、それに対抗するために武装している。2つの古代王国の衝突に根ざし、世界の精神的震源地で展開する本書の筋書きは、真実に対する悪質で難解な敵対を宣言している。専制と革命、敵意と迫害の発生という悩ましい続編を生み出し、そのすべてが無政府という苦い実を結ぶ。反乱の神秘は政府の席を支配し、人類の心の中にも猛威を振るっている。情熱的で大胆不敵な破壊に栄え、彼らは反逆の道具、混沌と強制の秩序を築き、確立し、普遍的な遵守と協力を要求する。一元的な政府と覇権的な帝国主義の秘密の基盤を効果的に照らし出すことによって、読者は史上最大の欺瞞を暴き、それに対抗するための武装を身につけることができるのである。

[反乱の根」は、深い不満、自己決定、自由と権力への飽くなき闘争という肥沃な土壌から芽生える。古代の二つの王国の衝突に根ざし、世界の精神的震源地で展開する本書の筋書きは、真実に対する悪質で難治性の敵対を宣言している。専制と革命、敵意と迫害の発生という苦難の続編を生み出し、そのすべてが無秩序という苦い実を結ぶのだ。反乱の神秘は政府の席を支配し、人類の心の中にも猛威を振るっている。情熱的で大胆不敵な破壊に栄え、彼らは反逆の道具、混沌と強制の秩序を築き、確立し、普遍的な遵守と協力を要求する。本書は、ワン・ワールド政府と覇権主義的帝国主義の秘密の裏付けを効果的に照らし出し、読者は史上最大の欺瞞を暴き、それに対抗するために武装している。2つの古代王国の衝突に根ざし、世界の精神的震源地で展開する本書の筋書きは、真実に対する悪質で難解な敵対を宣言している。専制と革命、敵意と迫害の発生という悩ましい続編を生み出し、そのすべてが無政府という苦い実を結ぶ。反乱の神秘は政府の席を支配し、人類の心の中にも猛威を振るっている。情熱的で大胆不敵な破壊に栄え、彼らは反逆の道具、混沌と強制の秩序を築き、確立し、普遍的な遵守と協力を要求する。一元的な政府と覇権的な帝国主義の秘密の基盤を効果的に照らし出すことによって、読者は史上最大の欺瞞を暴き、それに対抗するための武装を身につけることができるのである。

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エレン G. ホワイト


New Covenant Publications International Ltd. Japanese<br />

版 権 ©2020. 国 際 新 しい 契 約 の 出 版 物 。<br />

無 断 で 複 写 転 載 することを 禁 じます。 本 書 のいかなる 部 分 も 弊 社 の 許 諾 なく 検 索 システ<br />

ムへ 保 存 したり、 電 子 データ、 紙 媒 体 、または 録 音 などの 方 法 で 複 写 ・ 転 送 するこ<br />

とを 禁 じます。<br />

この 文 書 は、 国 際 著 作 権 法 によって 保 護 されています。この 文 書 のいかなる 部 分 も、い<br />

かなる 形 式 でも 複 製 、 配 布 、 翻 訳 、または 送 信 することはできません。 または、 電 子<br />

的 または 機 械 的 、コピー、 記 録 、または 保 存 を 含 む 任 意 の 手 段 あらゆる 情 報 の 保 存 お<br />

よび 検 索 システム。<br />

式 や 手 段 によって。ISBN:359-2-85933-609-1<br />

データカタログ<br />

編 集 とデザイン: 国 際 新 しい 契 約 の 出 版 物 。<br />

イギリスで 印 刷 。<br />

初 版 2020 年 5 月 26 日<br />

New Covenant Publications International Ltd.,<br />

Kemp House, 160 City Road, London, EC1V 2NX<br />

ウェブサイトをご 覧 ください:www.newcovenant.co.uk


反 乱 の 根 源<br />

エレン・G・ホワイト


[ 反 乱 の 根 」は、 深 い 不 満 、 自 己 決 定 、 自 由 と 権 力 への 飽 くなき 闘 争 という 肥 沃 な 土 壌 か<br />

ら 芽 生 える。 古 代 の 二 つの 王 国 の 衝 突 に 根 ざし、 世 界 の 精 神 的 震 源 地 で 展 開 する 本 書 の<br />

筋 書 きは、 真 実 に 対 する 悪 質 で 難 治 性 の 敵 対 を 宣 言 している。 専 制 と 革 命 、 敵 意 と 迫 害<br />

の 発 生 という 苦 難 の 続 編 を 生 み 出 し、そのすべてが 無 秩 序 という 苦 い 実 を 結 ぶのだ。 反<br />

乱 の 神 秘 は 政 府 の 席 を 支 配 し、 人 類 の 心 の 中 にも 猛 威 を 振 るっている。 情 熱 的 で 大 胆 不<br />

敵 な 破 壊 に 栄 え、 彼 らは 反 逆 の 道 具 、 混 沌 と 強 制 の 秩 序 を 築 き、 確 立 し、 普 遍 的 な 遵 守<br />

と 協 力 を 要 求 する。 本 書 は、ワン・ワールド 政 府 と 覇 権 主 義 的 帝 国 主 義 の 秘 密 の 裏 付 け<br />

を 効 果 的 に 照 らし 出 し、 読 者 は 史 上 最 大 の 欺 瞞 を 暴 き、それに 対 抗 するために 武 装 して<br />

いる。2 つの 古 代 王 国 の 衝 突 に 根 ざし、 世 界 の 精 神 的 震 源 地 で 展 開 する 本 書 の 筋 書 きは<br />

、 真 実 に 対 する 悪 質 で 難 解 な 敵 対 を 宣 言 している。 専 制 と 革 命 、 敵 意 と 迫 害 の 発 生 とい<br />

う 悩 ましい 続 編 を 生 み 出 し、そのすべてが 無 政 府 という 苦 い 実 を 結 ぶ。 反 乱 の 神 秘 は 政<br />

府 の 席 を 支 配 し、 人 類 の 心 の 中 にも 猛 威 を 振 るっている。 情 熱 的 で 大 胆 不 敵 な 破 壊 に 栄<br />

え、 彼 らは 反 逆 の 道 具 、 混 沌 と 強 制 の 秩 序 を 築 き、 確 立 し、 普 遍 的 な 遵 守 と 協 力 を 要 求<br />

する。 一 元 的 な 政 府 と 覇 権 的 な 帝 国 主 義 の 秘 密 の 基 盤 を 効 果 的 に 照 らし 出 すことによっ<br />

て、 読 者 は 史 上 最 大 の 欺 瞞 を 暴 き、それに 対 抗 するための 武 装 を 身 につけることができ<br />

るのである。


このページは 意 図 的 に 空 白 になっています。


New Covenant Publications<br />

International Ltd.<br />

改 革 ブック、 変 換 された 心 は<br />

New Covenant Publications International Ltd.,<br />

Kemp House, 160 City Road, London, EC1V 2NX<br />

Email: newcovenantpublicationsintl@gmail.com


謝 辞<br />

この 本 を 天 の 神 にささげる


序 文<br />

新 しい 契 約 出 版 物 国 際 は、 天 と 地 を 結 合 し、 愛 の 律 法 の 永 続 性 を 強 化 する 神 の 計 画 を<br />

読 者 に 再 接 続 します. ロゴ、 契 約 の 箱 は、キリスト イエスと 彼 の 人 々と 神 の 律 法 の 中<br />

心 性 との 間 の 親 密 さを 表 しています. 新 しい 契 約 とはこうだ - の 書 にあるとおりです<br />

"わたしは、わたしのおきてを 彼 らの 心 に 刻 みつける。そのため 彼 らは、わたしをあ<br />

がめたいという 気 持 ちになる。こうして、 彼 らは 文 字 どおりわたしの 民 となり、わた<br />

しは 彼 らの 神 となる。" (エレミヤ 書 31:31-33) 確 かに、 新 しい 契 約 は 償 還 を 証 明 し<br />

、 衰 えのない 闘 争 によって 生 まれ、 血 によって 封 印 されます.<br />

数 え 切 れないほどの 世 紀 のために、 多 くは 真 実 を 消 し 去 るために 計 算 され、かじり 苦<br />

悩 と 不 可 解 な 弾 圧 を 耐 えてきました.<br />

特 に 暗 黒 時 代 に,この 光 は 非 常 に 四 面 楚 歌 と 人<br />

間 の 伝 統 と 人 気 の 無 知 によって 隠 されていました, 世 界 の 住 民 は 知 恵 を 軽 蔑 し、 契 約<br />

を 犯 していたの<br />

増 殖 する 悪 との 妥 協 の 疫 病 は、 多 くの 人 生 が 不 当 に 犠 牲 にされ、 良<br />

心 の 自 由 を 放 棄 することを 拒 否 した、 放 逸 な 退 化 と 悪 魔 的 な 非 人 道 的 な 惨 状 を 引<br />

そ<br />

れにもかかわらず、 失 われた 知 識 は、 特 に 改 革 の 時 に 復 活 した.<br />

16 世 紀 の 改 革 の 時 代 は、 反 改 革 に 反 映 されるように、 真 実 、 根 本 的 な 変 化 とその 結<br />

果 としての 乱 流 の 瞬 間 を 巻 き 起 こしました. しかし、この 巻 を 通 じて、 改 革 者 や 他 の<br />

勇 敢 な 開 拓 者 の 視 点 から、この 特 異 な 革 命 の 否 定 できない 意 義 を 再 発 見 する. 彼 らの<br />

説 明 から、 荒 廃 した 戦 い、そのような 驚 異 的 な 抵 抗 と 超 自 然 的 な 介 入 の 根 底 にある 理<br />

由 を 理 解 することができます.<br />

私 たちのモットー:" 改 革 ブック、 変 換 された 心 は、" 重 要 な 時 代 とその 影 響 で 構 成 さ<br />

れる 文 学 の 明 確 なジャンルを、 強 調 する. それはまた 個 人 的 な 改 革 、 再 生 および 変 形<br />

の 緊 急 を 共 鳴 させる. 翻 訳 の 代 理 店 によって 結 合 されたグーテンベルク 印 刷 機 として<br />

、 改 革 信 仰 の 原 則 を 広 め、 約 500 年 前 に、デジタル 化 されたプレスとオンラインメデ<br />

ィア.


反 乱 の 根 源


反 乱 の 根 源<br />

2


反 乱 の 根 源<br />

目 次卙<br />

第 1 章 世 界 の 運 命 の 預 言 .............................................................................................................. 5<br />

第 2 章 迫 害 の 火 ............................................................................................................................ 21<br />

第 3 章 暗 黒 時 代 ............................................................................................................................ 29<br />

第 4 章 ライトベアラー ................................................................................................................ 38<br />

第 5 章 真 実 のチャンピオン ........................................................................................................ 51<br />

第 6 章 2 人 のヒーロー .................................................................................................................... 64<br />

第 7 章 革 命 の 始 まり .................................................................................................................... 81<br />

第 8 章 裁 判 所 の 前 に .................................................................................................................... 99<br />

第 9 章 スイスにおける 改 革 運 動 .............................................................................................. 119<br />

第 10 章 ドイツ 宗 教 改 革 の 進 展 ................................................................................................ 129<br />

第 11 章 信 教 の 自 由 のための 戦 い ............................................................................................ 138<br />

第 12 章 フランスの 改 革 ............................................................................................................ 149<br />

第 13 章 北 欧 諸 国 の 宗 教 改 革 .................................................................................................... 168<br />

第 14 章 イングランドの 宗 教 改 革 ............................................................................................... 174<br />

第 15 章 フランス 革 命 ................................................................................................................ 189<br />

第 16 章 自 由 の 地 ........................................................................................................................ 206<br />

第 17 章 最 大 の 希 望 .................................................................................................................... 214<br />

第 18 章 最 も 重 要 な 預 言 ............................................................................................................ 227<br />

第 19 章 光 と 真 理 の 証 を ............................................................................................................ 248<br />

第 20 章 世 界 目 覚 め .................................................................................................................... 257<br />

第 21 章 真 理 の 拒 否 .................................................................................................................... 271<br />

第 22 章 預 言 の 成 就 .................................................................................................................... 283<br />

第 23 章 聖 所 とは 何 か ................................................................................................................ 298<br />

第 24 章 天 の 至 聖 所 における .................................................................................................... 309<br />

第 25 章 成 就 した 予 言 ................................................................................................................ 316<br />

第 26 章 改 革 の 仕 事 .................................................................................................................... 330<br />

第 27 章 変 容 した 人 生 ................................................................................................................ 338<br />

第 28 章 天 における 調 査 審 判 .................................................................................................... 352<br />

第 29 章 罪 悪 の 起 源 .................................................................................................................... 362<br />

第 30 章 地 獄 の 敵 意 .................................................................................................................... 372<br />

3


反 乱 の 根 源<br />

第 31 章 天 使 と 精 神 .................................................................................................................... 377<br />

第 32 章 悪 質 な 欺 瞞 .................................................................................................................... 382<br />

第 33 章 人 は 死 んだらどうなるか ............................................................................................ 392<br />

第 34 章 悪 霊 ................................................................................................................................ 408<br />

第 35 章 良 心 の 自 由 の 危 機 ........................................................................................................ 417<br />

第 36 章 困 った 時 の .................................................................................................................... 431<br />

第 37 章 ただ 1 つの 牙 城 —— 聖 書 ............................................................................................ 439<br />

第 38 章 最 終 警 告 ........................................................................................................................ 447<br />

第 39 章 アナーキー .................................................................................................................... 454<br />

第 40 章 大 きな 救 い .................................................................................................................... 471<br />

第 41 章 地 球 の 荒 廃 .................................................................................................................... 485<br />

第 42 章 大 争 闘 の 終 結 ................................................................................................................ 492<br />

4


反 乱 の 根 源<br />

第匌 1 章 世匒 界化 の 運卞 命 の 預 言匟<br />

「もしおまえも、この 日 に、 平匊 和匄 をもたらす 道匠 を 知半 ってさえいたら……しかし、そ<br />

れは 今 おまえの 目 に 隠僸 されている。いつかは、 敵育 が 周 囲 に 塁 を 築傀 き、おまえを 取勚 りか<br />

こんで、 四捡 方 から 押 し 迫 り、おまえとその 内 にいる 子 らとを 地 に 打占 ち 倒 し、 城拝 内 の 1<br />

つの 石厈 も 他 の 石厈 の 上 に 残拑 して 置厒 かない 日 が 来勵 るであろう。それは、おまえが 神卡 のおと<br />

ずれの 時 を 知半 らないでいたからである」[ルカ 19:42~。<br />

イエスは、オリブ 山 の 上 からエルサレムを 見 られた。 美捜 しい 平匊 和匄 な 光捄 景拲 が 彼 の 前 に<br />

ひろがっていた。それは、 過厢 越掳 の 祭脫 りの 時 であった。ヤコブの 子 孫繜 たちは、この 国 民<br />

的 大 祭脫 を 祝腛 うために 各厰 地 から 集厦 まっていた。 巡儏 礼脊 者 たちの 天拦 幕 が、 庭僃 園挷 にも、ぶどう<br />

園挷 にも、 緑允 の 缁斜 面卥 にも 散偶 在厪 していた。そしてそのまん 中 に、 段掀 々に 高 くなった 小 山 が<br />

あって、そこに 壮昂 麗暗 な 宮厳 殿脟 とイスラエルの 首匹 都匙 の 巨 大 な 城拝 壁儿 があった。シオンの 娘繂 は、<br />

誇縷 らかに、わたしは 女匩 王掣 の 位匱 についている 者 であって 悲胳 しみを 知半 らない、と 言匟 ってい<br />

るようであった。 幾继 世匒 紀 も 前 に、 詩纛 人 ダビデ 王掣 が、「シオンの 山 は……うるわしく、<br />

全 地 の 喜 びであり、 大 いなる 王掣 の 都匙 である」と 歌 った 時 と 同 様捞 に、この 時 もエルサレ<br />

ムは、 神卡 の 恵 みに 浴脓 していることを 確卾 信勼 しているかのように 思卩 われた[ 詩纛 篇 48:。そ<br />

こには 壮昂 麗暗 な 神卡 殿脟 の 建厼 物匵 が 一 目 で 見 渡据 せた。 沈腉 んでいく 太挲 陽傘 の 光捄 が 純儻 白换 の 大 理 石厈 の 壁儿<br />

を 照儠 らし 出 し、 黄腓 金 の 門挋 とやぐらと 尖账 塔纸 に 輝脮 いていた。それは、「 麗暗 しさのきわみ」<br />

であり、ユダヤ 民 族 の 誇縷 りであった。イスラエル 人 であれば、この 光捄 景拲 をながめて、<br />

喜 びと 賛僮 美捜 に 心升 を 震傹 わせないものがあるであろうか。しかし、イエスは、それとは 全<br />

くかけ 離掤 れたことを 考卛 えておられた。「いよいよ 都匙 の 近卐 くにきて、それが 見 えたとき、<br />

そのために 泣縦 」かれた[ルカ 19:。すべての 者 が 勝 利匏 の 入 城拝 を 祝腛 って、しゅろの 葉挺 を<br />

振捽 り、 喜 ばしいホサナの 声拨 を 山 々に 響捳 かせ、 大 群儈 衆 が 彼 を 王掣 と 呼 んでいるその 時 に、<br />

世匒 界化 の 贖 い 主勢 は、 突 然掍 、 不勘 思卩 議 な 悲胳 しみに 打占 ちひしがれた。 神卡 の 子 であり、イスラエ<br />

ルの 約 束僓 のすえであり、 死拎 を 征纴 服傕 して 墓斳 から 死拎 者 を 呼 び 出 されたお 方 が、ただ 単 なる<br />

悲胳 しみのためではなくて、 抑 制勧 しきれぬ 激 しい 苦 悩肘 のために、 涙繽 を 流及 されたのであ<br />

る。<br />

彼 は、ご 自 分 がどこに 向匇 かって 歩 まれつつあるのかをよく 知半 っておられたが、しか<br />

しこの 涙繽 は、ご 自 分 のためではなかった。 彼 の 前 には、 近卐 づきつつある 苦 悩肘 の 場 、ゲ<br />

ッセマネが 横叅 たわっていた。 幾继 世匒 紀 もの 間 、 犠腻 牲繉 としてささげられる 動 物匵 が 通 った 羊旴<br />

の 門挋 も 見 えていた。そしてこれは、 彼 が「ほふり 場 にひかれて 行 く 小 羊旴 のように」ひ<br />

かれて 行 く 時 に、 彼 のために 開 かれるのであった[イザヤ 53:。 彼 が 十厝 字捐 架繳 につけら<br />

れる 場 所勰 であるカルバリーも、あまり 遠 くはなかった。まもなくキリストが、ご 自 分<br />

5


反 乱 の 根 源<br />

をとがの 供挿 え 物匵 として 歩 まれる 道匠 は、 大 きな 暗肨 黒 の 恐傁 怖繍 におおわれなければならなか<br />

った。しかしこの 喜 ばしい 時 に 彼 の 心升 を 暗肨 くしたのは、こうした 光捄 景拲 を 思卩 われたため<br />

ではなかった。 彼 の 無叄 我 の 心升 は、ご 自 分 の 超捪 人 的 苦 悩肘 を 予匨 測 して 曇 ることはなかった。<br />

彼 が 泣縦 かれたのは、 滅脛 亡 の 運卞 命挻 にあるエルサレムの 多匭 くの 人 々のためであった。 彼 が<br />

祝腛 し 救 うために 来勵 られた 人 々の 盲 目 と 強勮 情午 のためであった。<br />

神卡 の 特厣 別厌 の 恵 みと 保 護厽 を 受匃 けた 選 民 の、1000 年 以匆 上 にわたる 歴偡 史 が、イエスの 眼繿<br />

前 に 展捯 開 された。 約 束僓 の 子 イサクが、なんの 抵脏 抗 もせずに 犠腻 牲繉 として 祭脫 壇绵 にしばられ<br />

た——それは、 神卡 のみ 子 の 供挿 え 物匵 の 象拺 徴僦 であった——モリヤの 山 がそこにあった。そ<br />

こで 信勼 仰纝 の 父 アブラハムに 祝腛 福厹 の 契 約 、 輝脮 かしいメシヤの 約 束僓 が 確卾 認卉 された[ 創傦 世匒 記卌<br />

22:9、16~18 参厴 照儠 ]。ここは、オルナンの 打占 ち 場 から 犠腻 牲繉 の 炎縉 が 天拦 にのぼり、 滅脛 び<br />

の 天拦 使却 のつるぎをそらせたところであった[ 歴偡 代 志 上 21 章肐 参厴 照儠 ]が、それは 罪 人 のた<br />

めの 救 い 主勢 の 犠腻 牲繉 ととりなしの 適 切卲 な 象拺 徴僦 であった。エルサレムは、 全 地 のどこより<br />

も、 神卡 の 栄 誉縃 を 受匃 けてい た。「 主勢 はシオンを 選 び、それをご 自 分 のすみかにしようと<br />

望捬 」まれた[ 詩纛 篇 132:。<br />

そこは、 各厰 時 代 にわたって、 聖脩 預 言匟 者 たちが 警厺 告卪 の 使却 命挻 を 発 したところであった。<br />

そこで、 祭脫 司 たちは、 香 炉脻 をゆり 動 かし、そして 礼脊 拝旟 者 の 祈绗 りと 共厗 に、 薫昫 香 のけむり<br />

が 神卡 の 前 にのぼっていった。そこで、 日 ごとに、ほふられた 小 羊旴 の 血傔 がささげられて、<br />

神卡 の 小 羊旴 を 指匦 し 示単 していた。そこで、 主勢 は、 贖 罪 所勰 の 上 の 栄 光捄 の 雲胖 の 中 にご 自 分 の 臨<br />

在厪 をあらわされた。そこに 天拦 と 地 を 結医 ぶ 不勘 思卩 議 なはしごか 立 ち、その 上 を 神卡 の 使却 いた<br />

ちが 上 り 下 りしていた。そして、それは、 最勞 も 即腖 なるところへの 道匠 を 世匒 界化 に 開 いたの<br />

である[ 創傦 世匒 記卌 28:12、ヨハネ 1:51 参厴 照儠 ]。もしイスラエルが 国 家匝 として、 天拦 の 神卡<br />

に 忠儮 誠肬 をつくしたならば、エルサレムは、 神卡 に 選 ばれたものとして、 永 遠 に 立 ったこ<br />

とであろう[エレミヤ 17:21~25 参厴 照儠 ]。しかし、あの 恵 まれた 民 の 歴偡 史 は、 背 信勼 と<br />

反卬 逆 の 記卌 録捎 であった。 彼 らは、 天拦 の 神卡 の 恵 みに 反卬 抗 し、 自 分 たちの 特厣 権勻 を 乱 用 し、 機務<br />

会 を 軽 んじたのであった。<br />

イスラエルは「 神卡 の 使却 者 たちをあざけり、その 言匟 葉挺 を 軽 んじ、その 預 言匟 者 たちをの<br />

のしった」けれども、 神卡 はなおもご 自 分 を、「 主勢 、 主勢 、あわれみあり、 恵 みあり、 怒腹<br />

ることおそく、いつくしみと、まこととの 豊掿 かなる 神卡 」として 彼 らにあらわされた[ 歴偡<br />

代 志 下 36:16、 出 エジプト 34:。 彼 らが 何挬 度 も 拒兘 んだにもかかわらず、 神卡 は、 恵 み<br />

深捫 く 彼 らに 訴挰 えつづけられた。 父 が、その 息僢 子 を 憐穳 れむ 以匆 上 の 愛 をもって、「 主勢 はそ<br />

の 民 と、すみかをあわれむがゆえに、しきりに、その 使却 者 を 彼 らにつかわされた」[ 歴偡<br />

代 志 下 36:。 勧僊 告卪 と 懇縨 願傿 と 譴 責掅 がむだであることが 明 らかになると、 神卡 は、 大 の 最勞 上<br />

の 賜 物匵 をお 与拜 えになった。いやそれだけではない。 神卡 は、その 1 つの 賜 物匵 によって、<br />

6


反 乱 の 根 源<br />

全 天拦 を 注挅 ぎ 出 されたのである。 神卡 のみ 子 ご 自 身拴 が、かたくなな 町 に 訴挰 えるために 送拡 ら<br />

れた。エジプトからイスラエルをよいぶどうの 本 として 携掠 え 出 されたのは、キリスト<br />

であった[ 詩纛 篇 80:。 彼 は、ご 自 身拴 の 手 で、その 前 から 異 邦傗 人 を 追挵 い 払掾 われた。 彼 は、<br />

それを「 土拋 肥儺 えた 小 山 の 上 に」 植 え、それを 保 護厽 するために、そのまわりに 垣肕 をつく<br />

られた。また、 彼 のしもべたちが、それを 育挞 てるためにつかわされた。「わたしが、<br />

ぶどう 畑偯 になした 事 のほかに、 何挬 かなすべきことがあるか」と 彼 はおおせられるので<br />

ある[イザヤ 5:1~。 彼 はよいふどうの 結医 ぶのを 待挊 ち 望捬 んだのに、 結医 んだものは 野 ぶ<br />

どうであった。それでもなお、 実 を 結医 ぶのを 熱 望捬 して、なんとかしてこれを 滅脛 びから<br />

救 おうと、 彼 ご 自 身拴 がぶどう 畑偯 においでになった。 彼 は、ぶどうの 回 りを 掘腱 り、はさ<br />

みを 入 れ、たいせつに 育挞 てられた。 彼 はご 自 分 が 植 えたぶどうを 救 うためには、あら<br />

ゆる 努 力 をおしまれなかった。<br />

こうして、3 年 の 間 、 光捄 と 栄 光捄 の 主勢 は、 彼 の 民 と 共厗 に 過厢 ごされた。 彼 は、「よい 働掴<br />

きをしながら、また 悪捰 魔斴 に 押 えつけられている 人 々をことごとくいやしながら、 巡儏 回<br />

され」た。 彼 は、 心升 のいためる 者 をいやし、 捕 われている 者 に 解卆 放择 を 告卪 げ、 見 えない<br />

人 の 目 を 開 き、 足拒 の 不勘 自 由厩 な 人 を 歩 かせ、 聞挈 こえない 人 に 聞挈 かせ、ハンセン 病挶 人 をき<br />

よめ、 死拎 人 を 生 きかえらせ、 貧縏 しい 人 々に 福厹 音 を 伝捱 えられた[ 使却 徒傣 行 伝捱 10:38、ルカ<br />

4:18、マタイ 11:5 参厴 照儠 ]。「すべて 重匤 荷免 を 負拆 うて 苦 労排 している 者 は、わたしのも<br />

とにきなさい。あなたがたを 休 ませてあげよう」という 恵 み 深捫 い 招偠 きが、すべての 階<br />

級揁 の 人 々に 同 様捞 に 発 せられたのである[マタイ 11:。<br />

善 に 報匔 いるに 悪捰 をもってされ、 愛 に 報匔 いるに 恨 みをもってあしらわれても、 彼 は、<br />

たゆまず 慈暆 悲胳 深捫 い 働掴 きを 続勸 けられた[ 詩纛 篇 109:5 参厴 照儠 ]。 彼 の 恵 みを 求卍 めた 者 で、 拒兘<br />

まれた 者 は 1 人 もなかった。 彼 は 家匝 なき 旅傯 人 として、 屈縿 辱既 と 窮晦 乏织 の 生 活卹 を 送拡 られたが、<br />

彼 の 生 きる 目 的 は、 困傮 窮晦 者 に 奉旊 仕捸 し、 人 々の 苦 しみを 和匄 らげ、 彼 らに 生 命挻 の 賜 物匵 を 受匃<br />

けるように 訴挰 えることであった。 恵 みの 波 は、かたくなな 心升 によって 押 しかえされて<br />

も、 言匟 葉挺 では 表勖 現勶 できない 慈暆 悲胳 深捫 い 愛 の 大 きな 潮脞 となって、また 返拮 っていった。それ<br />

にもかかわらず、イスラエルは、その 最勞 上 の 友掻 であり 唯繴 一 の 援拶 助捉 者 で あるお 方 に 背 を<br />

向匇 けた。 彼 の 愛 の 訴挰 えはさげすまれ、 彼 の 勧僊 告卪 は 退挖 けられ、 彼 の 警厺 告卪 はちょう 笑傷 され<br />

た。<br />

希傩 望捬 と 赦费 しの 時 は、 急双 速捠 に 過厢 ぎ 去掇 りつつあった。 長 く 延 ばされていた 神卡 の 怒腹 りの 杯<br />

は、 今 にも 満掫 ちようとしていた。 各厰 時 代 の 背 信勼 と 反卬 逆 によって、 暗肨 雲胖 は 無叄 気勴 味控 にその<br />

濃兌 さを 増匲 し、 罪 深捫 い 民 に 向匇 かって 今 にも 破挐 裂脧 しようとしていた。しかも、 彼 らの 上 に<br />

さし 迫 った 運卞 命挻 から 彼 らを 救 うことのできる 唯繴 一 のお 方 が、 軽 べつされ、 虐纨 待挊 され、<br />

拒兘 否 されて、まもなく 十厝 字捐 架繳 につけられようとしておられた。キリストがカルバリー<br />

7


反 乱 の 根 源<br />

の 十厝 字捐 架繳 につかれるならば、 神卡 に 恵 まれ、 祝腛 福厹 された 国 としてのイスラエルの 日 は 終厖<br />

わるのであった。ただ 1 人 の 魂 を 失拽 うことであっても、 世匒 界化 じゅうの 富挛 と 財拉 宝肮 を 失拽 う<br />

ことよりはるかに 大 きな 不勘 幸 である。しかしキリストがエルサレムをごらんになった<br />

時 、 滅脛 亡 にひんした 都匙 市 全 体 と 国 家匝 全 体 が、 彼 の 前 に 横叅 たわっていた。それは、かつ<br />

ては 神卡 に 選 ばれ、 神卡 の 特厣 別厌 の 宝肮 であった 都匙 市 であり、 国 家匝 であった。<br />

昔繕 の 預 言匟 者 たちは、イスラエルの 背 信勼 と 彼 らの 罪 の 罰脖 として 下 る 恐傁 るべき 荒僚 廃 とを<br />

嘆昍 いたのであった。エレミヤは、 彼 の 目 が 涙繽 の 泉 となり、 民 の 娘繂 の 殺掮 された 者 のため<br />

と 主勢 の 群儈 れのかすめられた 者 のために、 昼腮 も 夜 も 嘆昍 くことができるようにと 願傿 った[エ<br />

レミヤ 9:1、13:17 参厴 照儠 ]。それでは、 数包 年 ではなくて、 幾继 時 代 もの 先匪 を 預 言匟 的 眼繿<br />

光捄 でごらんになった 方 の 悲胳 しみは、どんなてあったことだろう。 彼 は、 滅脛 びの 天拦 使却 が、<br />

長 く 主勢 の 住卫 居 であった 都匙 に 向匇 かって 剣腚 を 上 げているのを 見 られた。 彼 は、 後 年 ティト<br />

ゥスとその 軍拚 隊 が 占 領振 したオリブ 山 上 の 同 じ 場 所勰 から、 谷卼 の 向匇 こうの 神卡 殿脟 の 庭僃 と 柱兀 廊结<br />

とをごらんになった。そして、 涙繽 にかすむ 目 で、 外勭 国 の 軍拚 隊 か 城拝 壁儿 を 包儣 囲 する 恐傁 ろし<br />

い 光捄 景拲 をごらんになった。 彼 は、 進勺 軍拚 する 軍拚 隊 の 足拒 音 を 聞挈 かれた。 彼 は、 籠 城拝 中 の 婦偫<br />

女匩 子 が 食挱 物匵 を 求卍 める 叫经 び 声拨 を 聞挈 かれた。 彼 は 美捜 を 極掄 めた 聖脩 なる 神卡 殿脟 や 王掣 宮厳 や 塔纸 が、 炎縉<br />

に 包儣 まれ、あとかたもなく 廃 墟 と 化 してしまうのをごらんになった。<br />

彼 は、はるか 未 来勵 に 目 を 注挅 ぎ、 契 約 の 民 が、「さばくに 散偶 らばる 破挐 片僗 のように」、<br />

各厰 地 に 離掤 散偶 するのを 見 られた。エルサレムの 子 らの 上 に 下 ろうとしていたこの 世匒 の 応厸<br />

報匔 は、 最勞 後 の 審拥 判匯 の 時 に 彼 らが 1 滴 もあまさず 飲儍 みほさなければならない 怒腹 りの 杯 の、<br />

ほんの 一 口卶 に 過厢 ぎないことを 彼 はごらんになった。こうして、 神卡 の 憐穳 れみと 熱 烈绡 な 愛<br />

は、 悲胳 しい 言匟 葉挺 となってみ 口卶 からもれたのである。「ああ、エルサレム、エルサレム、<br />

預 言匟 者 たちを 殺掮 し、おまえにつかわされた 人 たちを 石厈 で 打占 ち 殺掮 す 者 よ。ちょうど、め<br />

んどりが 翼纐 の 下 にそのひなを 集厦 めるように、わたしはおまえの 子 らを 幾继 たび 集厦 めよう<br />

としたことであろう。それだのに、おまえたちは 応厸 じようとしなかった」。ああ、 他<br />

のすべての 国 にまさって 恵 まれた 国 よ、もし、おまえが、おまえの 神卡 のおとずれの 時<br />

を 知半 り、 平匊 和匄 をもたらす 道匠 を 知半 ってさえいたら。わたしは、 刑傃 罰脖 の 天拦 使却 をとどめて、<br />

おまえに 悔繛 い 改匳 めをうながしたが、むだであった。おまえが 拒兘 み 退挖 けたのは、 単 にし<br />

もべや 代 理 人 、 預 言匟 者 たちではなくて、おまえの 贖 い 主勢 、イスラエルの 聖脩 者 なのだ。<br />

もし、おまえか 滅脛 びるならば、それは、おまえだけの 責掅 任厃 である。「しかも、あなた<br />

がたは、 命挻 を 得千 るためにわたしのもとにこようともしない」[マタイ 23:37、ヨハネ<br />

5:<br />

キリストは、 不勘 信勼 と 反卬 逆 によってかたくなになり、 急双 速捠 に 神卡 の 刑傃 罰脖 を 受匃 けようとし<br />

ていた 世匒 界化 を、エルサレムが 象拺 徴僦 しているのを 見 られた。 堕秐 落叉 した 人 類 の 不勘 幸 に、キ<br />

8


反 乱 の 根 源<br />

リストは 深捫 く 心升 を 痛僎 め、あのように 激 しい 苦 悶 の 叫经 びをあげられたのであった。 彼 は、<br />

人 間 の 悲胳 惨绨 と 涙繽 と 流及 血傔 とが 物匵 語指 る 罪 の 記卌 録捎 を 見 られた。 彼 の 心升 は、 地 上 で 悩肘 み 苦 しむ<br />

者 のために、 無叄 限拘 の 憐穳 れみを 感厤 じられた。 彼 はなんとかしてこうしたすべての 人 々を<br />

救 いたいと 熱 望捬 されたのである。しかし、 彼 のみ 手 をもってしても、 人 間 の 不勘 幸 の 潮脞<br />

は 止厙 めかねるように 思卩 われた。 彼 らの 唯繴 一 の 援拶 助捉 者 であるキリストを 求卍 める 者 が、 少厮<br />

ないからであった。 彼 は、 人 々に 救 いをもたらすために、 死拎 に 至儖 るまで 自 分 の 魂 を 注挅<br />

ぎ 出 そうとしておられたのに、 生 命挻 を 得千 るために 彼 のところに 来勵 る 者 は 少厮 ないのであ<br />

った。<br />

天拦 の 君 主勢 が 涙繽 を 流及 しておられる。 無叄 限拘 の 神卡 のみ 子 が、み 心升 を 悩肘 まし、 悲胳 嘆昍 にくれて<br />

打占 ち 伏胹 された。この 光捄 景拲 に 全 天拦 は 目 を 見 はった。この 光捄 景拲 は、 罪 がどんなに 恐傁 ろしい<br />

ものであるかをわれわれに 示単 し、また、 無叄 限拘 の 力 を 持匛 たれた 神卡 でも、 神卡 の 律傢 法 を 破挐 っ<br />

た 結医 果卵 から 罪 人 を 救 うことがどんなに 困傮 難挚 であるかを 示単 している。イエスは、はるか<br />

最勞 後 の 時 代 までをながめ、エルサレムの 滅脛 亡 を 招偠 いたのと 同 様捞 の 欺繏 瞞 に、 世匒 界化 が 陥肿 っ<br />

ているのを 見 られた。ユダヤ 人 の 大 きな 罪 は、 彼 らがキリストを 拒兘 んだことであった。<br />

キリスト 教卝 会 の 大 きな 罪 は、 天拦 地 を 支匣 配括 する 神卡 の 統拇 治匮 の 基匼 礎脔 である 神卡 の 律傢 法 の 拒兘 否 と<br />

いうことである。 主勢 の 戒儦 めは、 軽 べつされ、 無叄 視拹 されるのであった。 罪 に 束僓 縛旸 され、<br />

サタンの 奴 隷趵 となり、 第匌 二华 の 死拎 に 定 められた 無叄 数包 の 者 が、 神卡 のおとずれの 時 に、 真卢 理<br />

の 言匟 葉挺 を 聞挈 こうとしないのである。それは、なんと 恐傁 ろしい 盲 目 、なんと 不勘 思卩 議 な 愚<br />

かさであろう。<br />

過厢 越掳 の 祭脫 りの 2 日 前 、キリストは、ユダヤの 指匦 導拗 者 たちの 偽兖 善 を 非 難挚 したあと、 神卡<br />

殿脟 に 最勞 後 の 別厌 れを 告卪 げてから、もう 1 度 弟胱 子 たちと 共厗 に、オリブ 山 に 行 き、 都匙 を 見 お<br />

ろす 傾傧 缁斜 面卥 の 青捘 草傠 の 上 におすわりになった。 彼 は、もう 1 度 、 都匙 の 城拝 壁儿 と 塔纸 と 王掣 宮厳 と<br />

をごらんになった。もう 1 度 、 聖脩 なる 山 を 飾兇 る 美捜 しい 王掣 冠縍 のような、まぶしく 輝脮 く 神卡<br />

殿脟 をごらんになった。 その 時 から 1000 年 ほど 前 に、 詩纛 篇 記卌 者 は、イスラエルの 型捗 な<br />

る 家匝 をご 自 分 の 住卫 居 となさった 神卡 の 恵 みをほめたたえた。「その 幕 屋厡 はサレムにあり、<br />

そのすまいはシオンにある。」 神卡 は、「ユダの 部 族 を 選 び、 神卡 の 愛 するシオンの 山 を<br />

選 ばれた。 神卡 はその 聖脩 所勰 を 高 い 天拦 のように 建厼 て」られた[ 詩纛 篇 76:2、78:68、。 最勞<br />

初匘 の 神卡 殿脟 は、イスラエルが 暦昿 史 1 最勞 も 隆儁 盛 をきわめた 時 代 に 建厼 てられた。ダビデ 王掣 は、<br />

このために、 莫穘 大 な 財拉 宝肮 を 集厦 めた。そして、その 設勳 計匧 は、 神卡 の 霊绳 感厤 によってなされた<br />

[ 歴偡 代 志 上 28:12、19 参厴 照儠 ]。<br />

イスラエルの 王掣 の 中 で 最勞 も 賢繞 明 であったソロモンが、その 工卋 事 を 完 成勱 した。この 神卡<br />

殿脟 は、 世匒 界化 で 最勞 も 壮昂 麗暗 な 建厼 物匵 であった。しかし、 主勢 は、 預 言匟 者 ハガイによって、 第匌 二华<br />

の 神卡 殿脟 について、 次卙 のように 言匟 われた。「 主勢 の 家匝 の 後 の 栄 光捄 は、 前 の 栄 光捄 よりも 大 き<br />

9


反 乱 の 根 源<br />

い。」「わたしはまた 万勦 国 民 を 震傹 う。 万勦 国 民 の 財拉 宝肮 は、はいって 来勵 て、わたしは 栄 光捄<br />

をこの 家匝 に 満掫 たすと、 万勦 軍拚 の 主勢 は 言匟 われる」[ハガイ 2:9、。 神卡 殿脟 は、ネブカデネザ<br />

ルに 破挐 壊傓 されたあとで、キリスト 誕胎 生 の 約 500 年 前 に、 長 年 にわたった 捕 囚昉 生 活卹 から、<br />

荒僚 廃 した 故採 郷偮 に 帰 ってきた 人 々によって 再卭 建厼 された。その 時 、 人 々の 中 には、ソロモ<br />

ンの 神卡 殿脟 の 栄 光捄 を 見 た 老偽 人 たちがいて、 新 しい 建厼 物匵 の 基匼 礎脔 が 以匆 前 のものと 比发 べてはる<br />

かに 劣縆 っているのを 嘆昍 いた。こうした 人 々の 気勴 持匛 ちを 預 言匟 者 は、「あなたかた 残拑 りの<br />

者 のうち、 以匆 前 の 栄 光捄 に 輝脮 く 主勢 の 家匝 を 見 た 者 はだれか。あなたがたは 今 、この 状叔 態拟 を<br />

どう 思卩 うか。これはあなたがたの 目 には、 無叄 にひとしいではないか」と、 力 をこめて<br />

言匟 っている[ハガイ 2:3、エズラ 3:12 参厴 照儠 ]。この 時 、この 後 の 家匝 の 栄 光捄 は、 前 の<br />

家匝 の 栄 光捄 より 大 きいという 約 束僓 が 与拜 えられた。<br />

しかし、 第匌 二华 の 神卡 殿脟 は、 荘绩 厳 さにおいて、 第匌 一 の 神卡 殿脟 の 比发 ではなかった。また、 第匌<br />

一 の 神卡 殿脟 に 与拜 えられていた 神卡 の 臨 在厪 の 目 に 見 えるしるしはなかった。その 献僑 堂傾 を 記卌 念挡<br />

する 超捪 自 然掍 的 力 の 現勶 れもなかった。 栄 光捄 の 雲胖 が 新 築傀 の 聖脩 所勰 を 満掫 たすのも 見 られなかっ<br />

た。 祭脫 壇绵 の 上 の 犠腻 牲繉 を 焼催 きつくす 天拦 からの 火 もなかった。 至儖 聖脩 所勰 のケルビムの 間 に、<br />

シェキーナーは、もう 宿 っていなかった。そこには、 契 約 の 箱脬 も 贖 罪 所勰 もあかしの 板偺<br />

もなかった。 神卡 に 問勬 う 祭脫 司 に、 主勢 のみこころを 告卪 げる 天拦 からの 声拨 はなかった。<br />

何挬 世匒 紀 もの 問勬 、ユダヤ 人 は、ハガイによって 与拜 えられた 神卡 の 約 束僓 の 成勱 就 を 示単 そうと<br />

努 めてきたが、むだであった。しかし、 誇縷 りと 不勘 信勼 が 彼 らの 心升 を 旨腄 目 にし、 預 言匟 者 の<br />

言匟 葉挺 の 真卢 の 意勪 味控 を 理 解卆 させなかった。 第匌 二华 の 神卡 殿脟 は、 主勢 の 栄 光捄 の 雲胖 ではなくて、 兜肉 体<br />

をとって 現勶 れた 神卡 ご 自 身拴 、 満掫 ちみちているいっさいの 神卡 の 徳 が 宿 っている 方 の 生 きた<br />

臨 在厪 によって、あがめられるのであった。ナザレの 人 イエスが 神卡 殿脟 の 庭僃 で、 教卝 え、い<br />

やされた 時 、「 万勦 国 民 の 財拉 宝肮 [ 万勦 国 の 願傿 うところのもの・ 文卽 語指 訳胲 ]」が、ほんとうに 彼<br />

の 神卡 殿脟 に 来勵 られたのである。キリストが 来勵 られたこと、ただそのことだけで 第匌 二华 の 神卡<br />

殿脟 は、 第匌 一 の 神卡 殿脟 の 栄 光捄 をしのいだ。 しかし、イスラエルは、 天拦 から 与拜 えられた 贈胞 り<br />

物匵 を 退挖 けてしまった。その 日 、けんそんな 教卝 師 イエスが、 黄腓 金 の 門挋 から 出 られた 時 に、<br />

栄 光捄 は、 永 久挸 に 神卡 殿脟 から 去掇 ったのである。「 見 よ、おまえたちの 家匝 は 児 捨腇 てられてし<br />

まう」という 救 い 主勢 の 言匟 葉挺 は、すでに 成勱 就 したのであった[マタイ 23:。<br />

弟胱 子 たちは、 神卡 殿脟 の 破挐 壊傓 に 関 するキリストの 予匨 告卪 を 聞挈 いて、 恐傁 れと 驚脚 きに 満掫 たされ、<br />

彼 の 言匟 葉挺 の 意勪 味控 をもっとよく 知半 りたいと 願傿 った。 神卡 殿脟 の 壮昂 麗暗 さを 増匲 すために、 財拉 宝肮 と<br />

労排 力 と 建厼 築傀 上 の 技叒 術挘 とが、40 年 以匆 上 にわたって 注挅 ぎこまれていた。ヘロデ 大 王掣 も、ロ<br />

ーマとユダヤ 両厥 国 の 財拉 宝肮 を 惜斶 しみなく 費厔 やし、ローマ 皇 帝胰 さえも 贈胞 り 物匵 をささげて 神卡<br />

殿脟 を 壮昂 麗暗 にした。 信勼 じられないような 巨 大 な 白换 い 大 理 石厈 が、この 目 的 のためにローマ<br />

から 回 送拡 され、 建厼 物匵 の 一 部 に 用 いられた。そして 弟胱 子 たちは、これらの 石厈 に 主勢 の 注挅 意勪<br />

10


反 乱 の 根 源<br />

をひいて、「 先匪 生 、ごらんなさい。なんという 見 事 な 石厈 、なんという 立 派挩 な 建厼 物匵 でし<br />

ょう」と 言匟 った[マルコ 13:。<br />

ところが、これに 対 して、イエスは 厳 粛施 で 驚脚 くべき 答掬 えをされた。「よく 言匟 ってお<br />

く。その 石厈 一 つでもくずされずに、そこに 他 の 石厈 の 上 に 残拑 ることもなくなるであろう」<br />

[マタイ 24:。<br />

エルサレムの 滅脛 亡 というと、 弟胱 子 たちは、キリストが 世匒 界化 国 家匝 の 王掣 座 につき、かた<br />

くななユダヤ 人 を 罰脖 し、 国 家匝 をローマのくびきから 解卆 放择 するために、この 世匒 の 栄 光捄 の<br />

うちに 来勵 られる 時 のできごとを 連 想挹 した。 主勢 は 彼 らに、ご 自 分 がもう 1 度 こられるこ<br />

とを 語指 っておられたから、 彼 がエルサレムの 滅脛 亡 のことを 言匟 われた 時 、 彼 らはその 再卭<br />

臨 のことを 思卩 った。そこで、 彼 らがオリブ 山 上 で 救 い 主勢 のそばに 集厦 まった 時 に、「い<br />

つ、そんなことが 起招 るのでしょうか。あなたがまたおいでになる 時 や、 世匒 の 終厖 りには、<br />

どんな 前 兆授 がありますか」と 彼 らは 聞挈 いた[マタイ 24:。<br />

未 来勵 のことは、 憐穳 れみのうちに、 弟胱 子 たちから 隠僸 された。もしも、 彼 らがこの 時 、<br />

贖 い 主勢 の 苦 難挚 と 死拎 、そして 都匙 と 神卡 殿脟 の 破挐 壊傓 という 2 つの 恐傁 ろしいできごとを 全 部 知半 っ<br />

たならば、 彼 らは 恐傁 怖繍 にうちひしがれたことであろう。キリストは、 終厖 末拢 の 前 に 起招 こ<br />

る 主勢 要勥 事 件卅 のあらましを 彼 らに 示単 された。その 時 、 彼 の 言匟 葉挺 は 十厝 分 に 理 解卆 されなかっ<br />

た。しかし、その 意勪 味控 は、 神卡 の 民 がそこに 与拜 えられている 教卝 訓肢 を 必厧 要勥 とする 時 に 明 ら<br />

かにされるのであった。 彼 が 言匟 われた 預 言匟 には、 二华 重匤 の 意勪 味控 があった。それは、エル<br />

サレムの 滅脛 亡 を 予匨 告卪 するとともに、 最勞 後 の 大 いなる 日 の 恐傁 怖繍 をも 予匨 表勖 していた。<br />

イエスは、 耳脥 を 傾傧 けている 弟胱 子 たちに、 背 信勼 したイスラエルに 下 る 刑傃 罰脖 、 特厣 に、メ<br />

シヤを 拒兘 んで 十厝 字捐 架繳 につけることに 対 して 下 る 懲腘 罰脖 報匔 復挴 を 明 らかにされた。 恐傁 るべき<br />

頂脢 点勷 に 達挾 する 前 に 明 白换 なしるしが 現勶 れる。 恐傁 怖繍 すべき 時 が、 突 然掍 、 急双 速捠 にやってくる。<br />

救 い 主勢 は、 弟胱 子 たちに 次卙 のように 警厺 告卪 を 発 せられた。「 預 言匟 者 ダニエルによって 言匟 わ<br />

れた 荒僚 らす 憎 むべき 者 が、 聖脩 なる 場 所勰 に 立 つのを 見 たならば[ 読傊 者 よ、 悟縖 れ]、そのと<br />

き、ユダヤにいる 人 々は 山 へ 逃偹 げよ」[マタイ 24:15、16、ルカ 21:20、21 参厴 照儠 ]。<br />

エルサレムの 城拝 外勭 、 数包 マイルにわたる 期勡 地 に、ローマ 人 の 異 教卝 の 軍拚 旗充 が 立 てられる 時 、<br />

キリストに 従 う 者 たちは、 安勣 全 をもとめて 逃偹 げなければならなかった。 警厺 報匔 が 見 えた<br />

ならば、のがれることを 望捬 むものはためらってはならなかった。 避 難挚 警厺 報匔 は、エルサ<br />

レム 城拝 内 と 同 様捞 に、ユダヤ 全 土拋 において、 直卟 ちに 従 うべきものであった。 屋厡 上 にいる<br />

者 は、どんなに 大 切卲 な 宝肮 物匵 であっても、それを 取勚 りに 家匝 の 中 に 入 ってはならなかった。<br />

畠绤 やぶどう 畑偯 で 働掴 いていたものは、 日 中 働掴 いていた 時 に 脱傰 いでおいた 上 衣胼 を 取勚 りに 帰<br />

11


反 乱 の 根 源<br />

ってはならなかった。 彼 らは、 一 瞬腗 でもためらってはならなかった。さもないと 一 般<br />

の 人 々と 共厗 に 滅脛 びにまき 込匸 まれてしまうのであった。<br />

エルサレムは、ヘロデ 王掣 の 治匮 世匒 に 大 いに 美捜 化 され たばかりでなく、 塔纸 、 城拝 壁儿 、 要勥 害县<br />

などが 建厼 てられ、それに 地 形捊 が 自 然掍 の 要勥 害县 となっていたので、 難挚 攻 不勘 落叉 の 城拝 と 思卩 われ<br />

ていた。 こうした 時 に、エルサレムの 滅脛 亡 を 公勗 に 予匨 告卪 するものは、 洪斬 水匍 前 のノアのよ<br />

うに 狂旆 気勴 じみた 杞 憂旨 家匝 と 呼 ばれたことであろう。しかし、キリストは、「 天拦 地 は 滅脛 び<br />

るであろう。しかしわたしの 言匟 葉挺 は 滅脛 びることがない」と 言匟 われた[マタイ 24:。エ<br />

ルサレムは、その 罪 のために 刑傃 罰脖 の 宣傪 告卪 を 受匃 けていたが、そのかたくなな 不勘 信勼 によっ<br />

て 滅脛 亡 を 決 定 的 にしたのであった。<br />

主勢 は、 預 言匟 者 ミカによって、 次卙 のように 言匟 われた。「ヤコブの 家匝 のかしらたち、イ<br />

スラエルの 家匝 のつかさたちよ、すなわち 公勗 義拣 を 憎 み、すべての 正匁 しい 事 を 曲儞 げる 者 よ、<br />

これを 聞挈 け。あなたがたは 血傔 をもってシオンを 建厼 て、 不勘 義拣 をもってエルサレムを 建厼 て<br />

た。そのかしらたちは、まいないをとってさばき、その 祭脫 司 たちは 価卒 をとって 教卝 え、<br />

その 預 言匟 者 たちは 金 をとって 占 う。しかもなお 彼 らは 主勢 に 寄 り 頼 んで、『 主勢 はわれわ<br />

れの 中 におられるではないか、だから 災 はわれわれに 臨 むことがない』と 言匟 う」[ミカ<br />

3:9~。<br />

このみ 言匟 葉挺 は、 腐纄 敗反 に 陥肿 り 自 分 を 義拣 とするエルサレムの 住卫 民 を、 正匁 確卾 に 描胦 写捂 してい<br />

た。 彼 らは、 神卡 の 律傢 法 の 教卝 えを 厳 格卺 に 守捿 っていると 言匟 いながら、そのすべての 原募 則 を<br />

犯 していた。 彼 らは、キリストの 純儻 潔昔 と 聖脩 潔昔 とが 彼 らの 罪 悪捰 を 暴偷 露腒 したために 彼 を 憎<br />

んだ。そして、 自 分 たちの 罪 のためにふりかかってきた 苦 難挚 について、その 原募 因 は 彼<br />

にあると 言匟 って 非 難挚 した。 彼 らは、キリストが 無叄 罪 であることを 承偢 知半 の 上 で、 国 家匝 の<br />

安勣 全 を 保 つためには 彼 の 死拎 が 必厧 要勥 であると 宣傪 言匟 した。「もしこのままにしておけば、<br />

みんなが 彼 を 信勼 じるようになるだろう。そのうえ、ローマ 人 がやってきて、わたした<br />

ちの 土拋 地 も 人 民 も 奪傤 ってしまうであろう」とユダヤの 指匦 導拗 者 たちは 言匟 った[ヨハネ<br />

11:。もしキリストを 犠腻 牲繉 にしてしまえば、 彼 らは、もう 1 度 強勮 力 な 統拇 一 国 家匝 になる<br />

ことができる。このように 考卛 えて 彼 らは、 全 国 民 か 滅脛 びるよりは 1 人 の 人 が 人 民 に 代<br />

わって 死拎 ぬほうがよいという 大 祭脫 司 の 決 定 に、 同 意勪 したのであった。<br />

このようにして、ユダヤ 人 の 指匦 導拗 者 たちは、「 血傔 をもってシオンを 建厼 て、 不勘 義拣 をも<br />

ってエルサレムを 建厼 てた」[ミカ 3:。 彼 らは、 救 い 主勢 が 彼 らの 罪 を 譴 責掅 されたために、<br />

彼 を 殺掮 しておきながら、なお 自 分 たちは 神卡 に 恵 まれていると 考卛 え、 神卡 が 彼 らを 敵育 の 手<br />

から 救 ってくださると 期勡 待挊 するほどに 自 分 を 義拣 としていた。「それゆえ、シオンはあ<br />

12


反 乱 の 根 源<br />

なたがたのゆえに 田 畑偯 となって 耕绌 され、エルサレムは 石厈 塚 となり、 宮厳 の 山 は 木匓 のおい<br />

茂傡 る 高 い 所勰 となる」と 預 言匟 者 は 言匟 った[ 同 3:。<br />

神卡 は、エルサレムの 運卞 命挻 かキリストご 自 身拴 の 口卶 から 宣傪 言匟 されてから 40 年 近卐 くも、<br />

都匙 と 国 家匝 に 対 する 刑傃 罰脖 を 延 ばされた。 福厹 音 を 拒兘 否 し、 神卡 のみ 子 を 殺掮 害县 した 者 に 対 する<br />

神卡 の 寛繘 容卣 は 驚脚 くべきものであった。 神卡 がユダヤ 国 民 を 扱僻 われる 方 法 が、 実 を 結医 ばない<br />

木匓 の 譬 によくあらわされている。「その 木匓 を 切卲 り 倒 してしまえ。なんのために、 土拋 地<br />

をむだにふさがせて 置厒 くのか」という 命挻 令傂 がすでに 出 されていた[ルカ 13:。しかし、<br />

神卡 の 憐穳 れみは、なおしばらくの 間 、それを 猶旽 予匨 しておられた。ユダヤ 人 の 中 には、キ<br />

リストの 品厍 性勯 と 働掴 きについて 無叄 知半 なものがまだ 多匭 くあった。 子 供挿 たちは、 彼 らの 親捧 が<br />

拒兘 否 した 光捄 に 接捴 する 機務 会 も、それを 受匃 ける 機務 会 もなかった。 神卡 は 使却 徒傣 たちやその 仲傫 間<br />

たちによって、 彼 らに 光捄 を 輝脮 かそうと 望捬 まれた。 彼 らは、キリストの 誕胎 生 と 生 涯昗 だけ<br />

でなく、その 死拎 と 復挴 活卹 についても、 預 言匟 がどのように 成勱 就 したかを 見 せられるのであ<br />

った。 子 供挿 たちは 親捧 の 罪 の 罰脖 を 受匃 けるのではなかった。しかし、 子 供挿 たちが、 親捧 にう<br />

えられたすべての 光捄 を 知半 った 上 で、さらに 自 分 たちに 与拜 えられた 光捄 を 拒兘 む 時 、 彼 らは<br />

親捧 の 罪 にあずかる 者 となり、 彼 らの 悪捰 の 升 目 を 満掫 たすのであった。<br />

エルサレムに 対 する 神卡 の 忍旖 耐脾 は、ただユダヤ 人 をかたくなな 不勘 信勼 に 陥肿 れるだけであ<br />

った。 彼 らは、イエスの 弟胱 子 たちを 憎 み、 虐纨 待挊 して、 最勞 後 の 憐穳 れみの 招偠 き を 拒兘 んでし<br />

まった。その 時 、 神卡 は、 彼 らから 保 護厽 の 手 を 引匂 き、サタンとその 使却 いたちに 対 する 神卡<br />

の 抑 制勧 力 を 除揄 去掇 された。そして 国 家匝 は、その 選 んだ 指匦 導拗 者 のなすままになった。 イス<br />

ラエルの 人 々は、 邪旇 悪捰 な 衝胓 動 をしずめる 力 を 彼 らに 与拜 えることのできるキリストの 恵<br />

みを、 退挖 けてしまった。そこで、 今 度 は、こうした 衝胓 動 が 優历 位匱 を 占 めた。サタンは、<br />

人 間 の 心升 の 中 の 最勞 も 激 烈绡 で 卑赐 しい 感厤 情午 をよびおこした。 人 々は、 道匠 理 をわきまえなか<br />

った。 彼 らは 理 性勯 を 越掳 えた 衝胓 動 と 盲 目 的 な 激 しい 怒腹 りに 支匣 配括 された。 彼 らは、 悪捰 魔斴 的<br />

残拑 酷昰 さをあらわしてきた。 家匝 庭僃 においても 国 家匝 においても、 上 流及 階 級揁 においても 下 層<br />

階 級揁 においても 一 様捞 に、 疑卧 い、ねたみ、 憎 しみ、 争拫 闘 、 反卬 逆 、 殺掮 人 などが 行 われた。<br />

どこも 安勣 全 ではなかった。 友掻 人 も 親捧 族 も、 互僆 いに 裏傈 切卲 り 合 った。 親捧 は 子 供挿 を 殺掮 し、 子<br />

供挿 は 親捧 を 殺掮 した。 国 民 の 指匦 導拗 者 たちは、 自 分 自 身拴 を 統拇 御 する 力 がなかった。 押 えきれ<br />

ない 感厤 情午 が 彼 らを 暴偷 君 にした。ユダヤ 人 は、 神卡 の 罪 なきみ 子 を 罪 に 定 めるために、 偽兖<br />

証卨 を 受匃 け 入 れたのであった。そして 今 、 偽兖 証卨 が、 彼 ら 自 身拴 の 生 命挻 を 脅肺 かしていた。 彼<br />

らは、その 行 動 によって、 長 い 間 、「われらが 前 にイスラエルの 聖脩 者 をあらしむるな<br />

かれ」と 言匟 ってきた[イザヤ 30:11 文卽 語指 訳胲 ]。 今 、 彼 らの 願傿 いはかなえられた。 彼 ら<br />

はもう 神卡 を 恐傁 れなくなった。サタンが、 国 家匝 のかしらとなった。そして 政 治匮 と 宗儲 教卝 の<br />

最勞 高 の 権勻 威胙 者 たちは、 彼 の 支匣 配括 下 にあった。<br />

13


反 乱 の 根 源<br />

対 立 する 諸 党勝 派挩 の 指匦 導拗 者 たちは、 時 には 結医 束僓 して、 哀暈 れな 犠腻 牲繉 者 たちを 襲脁 って 苦 し<br />

めるかと 思卩 うと、 今 度 は 互僆 いに 攻 め 合 い 無叄 慈暆 悲胳 に 殺掮 害县 し 合 った。 神卡 聖脩 な 神卡 殿脟 でさえ、<br />

彼 らの 恐傁 ろしい 残拑 忍旖 さをとどめることができなかった。 礼脊 拝旟 者 が 祭脫 壇绵 の 前 で 殺掮 され、<br />

聖脩 所勰 は 死拎 体 によって 汚儢 された。しかし、この 凶晧 悪捰 な 行 為 の 扇昪 動 者 たちは、その 盲 目 で<br />

神卡 をないがしろにした 思卩 い 上 がりから、エルサレムは 神卡 ご 自 身拴 の 都匙 であるから、 滅脛 亡<br />

する 恐傁 れはないと 公勗 言匟 していた。 彼 らは 権勻 力 を 確卾 保 するために、にせ 預 言匟 者 を 買挍 収厓 し<br />

て、ローマの 軍拚 隊 が 神卡 殿脟 を 包儣 囲 している 時 でさえ、 神卡 の 救 いを 待挊 つべきであると 人 々<br />

に 言匟 わせた。 群儈 衆 は、 至儖 高 者 であられる 神卡 が 敵育 を 滅脛 ぼすために 介捈 入 なさることを、 最勞<br />

後 まで 信勼 じていた。しかし、イスラエルは、 神卡 の 保 護厽 を 退挖 けてしまっていたから、 今 、<br />

なんの 防拌 備厵 もなかった。 不勘 幸 なエルサレムよ。 内 紛兗 に 裂脧 かれ、 同 志 の 手 で 殺掮 害县 された<br />

子 らの 血傔 が、 都匙 の 通 りを 赤捭 く 染偦 め、その 上 異 邦傗 人 の 軍拚 隊 が 要勥 塞赨 を 破挐 壊傓 し、 兵掝 士厨 たちを<br />

殺掮 害县 したのである。<br />

エルサレムの 滅脛 亡 に 関 するキリストの 預 言匟 はみな、 文卽 字捐 どおり 成勱 就 した。ユダヤ 人<br />

は、「あなたがたの 量挪 るそのはかりで、 自 分 にも 量挪 り 与拜 えられるであろう」というキ<br />

リストの 警厺 告卪 の 言匟 葉挺 が 事 実 であることを、 身拴 をもって 知半 った[マタイ 7:。 災 害县 と 滅脛<br />

亡 を 予匨 告卪 するしるしと 不勘 思卩 議 があらわれた。 真卢 夜 中 に、 神卡 殿脟 と 祭脫 壇绵 の 上 に 異 様捞 な 光捄 が<br />

輝脮 いた。 戦勛 いのために 戦勛 車区 や 勇腅 士厨 たちが 集厦 結医 するのが、 日 没纹 の 時 雲胖 の 上 に 描胦 き 出 され<br />

た。 夜 間 、 聖脩 所勰 で 奉旊 仕捸 する 祭脫 司 たちは、 不勘 思卩 議 な 物匵 音 に 驚脚 かされた。 地 が 震傹 え、「わ<br />

れわれはここを 去掇 ろう」 1 と 大 勢厕 の 声拨 が 叫经 ぶのが 聞挈 こえた。20 人 がかりでもしめられ<br />

ないほど 重匤 く、しかも 堅儕 い 敷偿 石厈 に 深捫 く 打占 ち 込匸 まれた 鉄捹 のかんぬきで 閉僔 じられた 東 の 門挋<br />

の 扉晲 が、だれもいないのに、 夜 半博 に 開 かれた。<br />

また、7 年 の 間 、1 人 の 男卂 がエルサレムの 町 をあちこちとめぐって、 都匙 に 下 る 災 い<br />

について 叫经 びつづけた。 彼 は、 昼腮 も 夜 も、 激 しい 悲胳 しみの 歌 をうたった。「 東 からの<br />

声拨 。 西勽 からの 声拨 。 四捡 方 からの 声拨 。エルサレムを 責掅 め、 神卡 殿脟 を 責掅 める 声拨 。 新 郎挟 と 新 婦偫 を<br />

責掅 める 声拨 。 全 国 民 を 責掅 める 声拨 。」 2 この 不勘 思卩 議 な 男卂 は 投匐 獄晳 されて、きびしく 罰脖 せられた<br />

が、 一 言匟 もつぶやきの 言匟 葉挺 をもらさなかった。 彼 は、 侮贔 辱既 とののしりに 対 して、「エ<br />

ルサレムは、わざわいだ、わざわいだ。」「エルサレムの 住卫 民 はわざわいだ、わざわ<br />

いだ」と 答掬 えるだけであった。 彼 の 警厺 告卪 の 叫经 びは、 彼 が 自 分 の 予匨 告卪 したその 包儣 囲 の 中<br />

で 殺掮 されるまでやまなかった。<br />

エルサレムが 滅脛 亡 した 時 、キリスト 者 は 1 人 も 死拎 ななかった。キリストが 弟胱 子 たち<br />

に 警厺 告卪 を 発 しておら れたので、 彼 のみ 言匟 葉挺 を 信勼 じたものは、みな、 約 束僓 のしるしに 注挅<br />

意勪 していた。「エルサレムが 軍拚 隊 に 包儣 囲 されるのを 見 たならば、そのときは、その 滅脛<br />

亡 が 近卐 づいたとさとりなさい。そのとき、ユダヤにいる 人 々は 山 へ 逃偹 げよ。 市 中 にい<br />

14


反 乱 の 根 源<br />

る 者 は、そこから 出 て 行 くがよい」とイエスは 言匟 われた[ルカ 21:20、。ローマ 軍拚 は、<br />

ケスティウスの 指匦 揮肫 のもとに 都匙 を 包儣 囲 したが、すべてが 即腖 時 攻 撃掐 に 好捆 都匙 合 であると 思卩<br />

われたにもかかわらず、 不勘 意勪 に 撤僬 退挖 してしまった。 籠 城拝 していた 側卷 では 包儣 囲 に 耐脾 えか<br />

ねて、 今 にも 降 伏胹 するばかりになっていた 時 に、ローマの 将 軍拚 は、 一 見 、なんの 理 山<br />

もないのに、 軍拚 隊 を 撤僬 退挖 させたのである。しかしこれは、 神卡 が 神卡 の 民 のために 事 件卅 の<br />

なりゆきを 導拗 かれる 憐穳 れみに 満掫 ちた 摂昊 理 であった。すでに 約 束僓 のしるしは、 待挊 ってい<br />

るキリスト 者 に 与拜 えられていた。そして、 今 、 救 い 主勢 の 警厺 告卪 に 従 おうとするすべての<br />

者 に 機務 会 が 与拜 えられた。 事 件卅 は、 神卡 の 支匣 配括 下 にあったので、ユダヤ 人 もローマ 人 も、<br />

キリスト 者 の 避 難挚 を 止厙 めなかった。ケスティウスの 退挖 却 を 見 たユダヤ 人 は、エルサレ<br />

ムを 飛 び 出 して 敵育 軍拚 のあとを 追挵 った。 両厥 軍拚 の 交卦 戦勛 中 に、キリスト 者 は 都匙 を 去掇 ることか<br />

できた。この 時 、 彼 らの 避 難挚 の 妨绋 害县 になったかもしれない 敵育 の 軍拚 勢厕 も、 国 内 から 追挵 い<br />

払掾 われていた。 包儣 囲 された 時 、ユダヤ 人 は 仮儵 庵 の 祭脫 りを 祝腛 うためにエルサレムに 集厦 ま<br />

っていた。したがって 全 国 のキリスト 者 は、 無叄 事 のがれることができた。 彼 らは 直卟 ち<br />

に 安勣 全 な 場 所勰 へ、ヨルダンの 向匇 こうにあるペレアの 地 のペラの 町 に 避 難挚 した。<br />

ケスティウスとその 軍拚 隊 を 追挵 跡僡 したユダヤ 軍拚 は、これを 全 滅脛 させうかと 思卩 われる 勢厕<br />

いで 後 方 から 攻 めたてた。ローマ 軍拚 は、 非 常拤 な 困傮 難挚 のなかでやっと 退挖 却 した。ユダヤ<br />

軍拚 は、ほとんど 損措 失拽 をこうむらずにすみ、 戦勛 利匏 品厍 を 携掠 えて、 意勪 気勴 揚胚 々とエルサレムに<br />

引匂 きあげた。しかし、この 勝 利匏 と 思卩 われたことは、ただ 彼 らを 不勘 幸 にしただけであっ<br />

た。これは、ローマ 人 に 対 する 頑繷 強勮 な 抵脏 抗 心升 を 彼 らにいだかせ、 滅脛 亡 にひんした 都匙 を<br />

言匟 語指 に 絶傉 する 苦 難挚 に 陥肿 れた。 ティトゥスがふたたび 包儣 囲 した 時 、エルサレムに 起招 こっ<br />

た 災 難挚 は 悲胳 惨绨 なものであった。 都匙 の 包儣 囲 は、 城拝 内 に 幾继 百掸 万勦 のユダヤ 人 が 集厦 まっていた<br />

過厢 越掳 の 祭脫 りの 時 に 起招 こった。 注挅 意勪 深捫 く 保 存掑 すれば、 数包 年 は 住卫 民 を 養傞 うことができたは<br />

ずの 食挱 糧腠 の 蓄腸 えは、 相 争拫 う 党勝 派挩 のしっとやふくしゅうのためにすでになくなり、 人 々<br />

は、 今 や 飢 餓赭 の 恐傁 怖繍 にさらされていた。<br />

小 麦旗 1 升 の 価卒 は 1 タラントであった。 人 々は、 非 前 な 飢 えのために、 帯 皮脦 やサンダ<br />

ル、また 盾绮 のおおいをかんだりした。 多匭 くの 者 は、 夜 間 城拝 外勭 に 忍旖 び 出 て、 城拝 壁儿 の 外勭 に<br />

生 えている 野 草傠 を 取勚 ろうとしたが、その 多匭 くは 捕 らえられて 惨绨 殺掮 された。また、 無叄 事<br />

帰 ってきた 者 も、 非 常拤 な 危捦 険叁 を 冒纍 して 集厦 めたものを 他 の 人 に 奪傤 われてしまうのであっ<br />

た。 権勻 力 者 が、 窮晦 乏织 に 陥肿 った 者 から、 隠僸 しているわずかの 食挱 物匵 を 奪傤 い 取勚 るために 加匎 え<br />

た 拷稷 問勬 は、 実 に 残拑 忍旖 なものであった。こうした 残拑 忍旖 なことは、 十厝 分 に 食挱 物匵 を 持匛 ってい<br />

ながら、ただ 将 来勵 のために 蓄腸 えておこうとする 人 々によって、しばしば 行 われたので<br />

あった。<br />

15


反 乱 の 根 源<br />

無叄 数包 の 者 が、 飢 えと 病挶 気勴 で 倒 れた。 人 間 本 来勵 の 自 然掍 な 愛 情午 は 失拽 われてしまったよう<br />

に 思卩 われた。 夫挕 は 妻像 から、 妻像 は 夫挕 から 奪傤 った。 子 供挿 は、 老偽 いた 親捧 の 口卶 から 食挱 物匵 をもぎ<br />

取勚 った。「 女匩 がその 乳腤 のみ 子 を 忘脨 れて、その 腹腏 の 子 を、あわれまないようなことがあ<br />

ろりか」という 預 言匟 者 の 問勬 いに 対 して、 滅脛 亡 にひんした 城拝 内 から 次卙 のような 答掬 えがあ<br />

った。「わが 民 の 娘繂 の 滅脛 びる 時 には 情午 深捫 い 女匩 たちさえも、 手 ずから 自 分 の 子 どもを 煮晚<br />

て、それを 食挱 物匵 とした」[イザヤ 49:15、 哀暈 歌 4:。また、それより 1400 年 前 に 与拜<br />

えられた 警厺 告卪 の 預 言匟 が 成勱 就 した。「またあなたがたのうちのやさしい、 柔肛 和匄 な 女匩 、す<br />

なわち 柔肛 和匄 で、やさしく、 足拒 の 裏傈 を 土拋 に 付厏 けようともしない 者 でも、 自 分 のふところ<br />

の 夫挕 や、むすこ、 娘繂 にもかくして、…… 自 分 の 産勩 む 子 をひそかに 食挱 べるであろう。 敵育<br />

があなたの 町 々を 囲 み、 激 しく 攻 めなやまして、すべての 物匵 が 欠 乏织 するからである」<br />

[ 申捩 命挻 記卌 28:56、。 ]<br />

ローマの 将 軍拚 たちは、ユダヤ 人 を 脅肺 かして、 彼 らを 降 伏胹 させようとした。 彼 らは 抵脏<br />

抗 した 捕 虜 をむちで 打占 って 苦 しめ、 都匙 の 城拝 壁儿 の 前 で 十厝 字捐 架繳 にかけた。こうして、 殺掮 さ<br />

れる 者 が 毎傭 日 何挬 百掸 人 とあった。そして、この 恐傁 ろしいことは、ヨシャパテの 谷卼 一 帯 と<br />

カルバリーに 無叄 数包 の 十厝 字捐 架繳 が 立 てられ、その 間 を 歩 くことさえ 困傮 難挚 になるまで 続勸 い<br />

た。 ピラトの 法 廷腾 で 叫经 ばれた「その 血傔 の 責掅 任厃 は、われわれとわれわれの 子 孫繜 の 上 にか<br />

かってもよい」という 恐傁 ろしいのろいの 言匟 葉挺 は、このように 悲胳 惨绨 な 罰脖 となった[マタイ<br />

27:。<br />

しかし、ティトゥスは、なんとかしてこの 恐傁 るべき 状叔 態拟 をやめさせ、エルサレムを<br />

全 滅脛 から 救 いたいと 思卩 った。 彼 は、 谷卼 間 に 積捑 まれた 死拎 体 を 見 て 戦勛 慄 した。 彼 は、オリ<br />

ブ 山 の 上 から 壮昂 麗暗 な 神卡 殿脟 をながめて、 非 常拤 に 心升 を 打占 たれ、その 石厈 1 つにでも 触僾 れては<br />

ならないと 命挻 令傂 した。ティトゥスはこの 要勥 害县 を 占 領振 するに 先匪 だって、ユダヤの 指匦 導拗 者<br />

に 熱 心升 に 訴挰 え、 彼 がこの 神卡 聖脩 な 場 所勰 を 血傔 で 汚儢 さなくてもよいようにしてほしいと 言匟 っ<br />

た。もし 彼 らが 出 てきて、 他 の 場 所勰 で 戦勛 うことを 望捬 むならば、ローマ 人 はだれも 神卡 殿脟<br />

を 汚儢 すことはしないと 言匟 った。ヨセフス 自 身拴 も 大 いに 熱 弁 をふるって、ユダヤ 人 に 降<br />

伏胹 をすすめ、 自 分 たちを 救 うと 共厗 に 都匙 と 神卡 殿脟 とを 救 うように 訴挰 えた。しかし、こうし<br />

た 言匟 葉挺 に 対 して、 彼 は 激 しいのろいの 声拨 を 浴脓 びせられた。 最勞 後 の 調 停 者 として 訴挰 える<br />

彼 に、 投匐 げやりが 投匐 げられた。ユダヤ 人 は、 神卡 のみ 子 の 懇縨 願傿 を 退挖 けてしまったが、 今<br />

では 忠儮 告卪 も 懇縨 願傿 もただ 彼 らの 心升 をかたくなにしてあくまで 抵脏 抗 させるだけであった。<br />

神卡 殿脟 を 滅脛 ぼすまいとしたティトゥスの 努 力 はむだであった。 彼 より 偉昖 大 なお 方 が、そ<br />

の 石厈 1 つでもくずされずに、 他 の 石厈 の 上 に 残拑 ることはないと 宣傪 言匟 されていたのであ<br />

る。<br />

16


反 乱 の 根 源<br />

ユダヤの 指匦 導拗 者 たちの 盲 目 的 頑繷 強勮 さと、 城拝 内 で 行 われた 憎 むべき 犯 罪 とが、ローマ<br />

人 の 恐傁 怖繍 と 激 怒腹 をあおり、ティトウスはついに、 神卡 殿脟 を 襲脁 ってこれを 占 領振 することを<br />

きめた。しかし 彼 は、できることならば 神卡 殿脟 を 破挐 壊傓 から 守捿 ろうとした。けれども 彼 の<br />

命挻 令傂 は 無叄 視拹 された。 彼 が 夜 、 天拦 幕 に 帰 ったあとで、ユダヤ 人 は、 神卡 殿脟 から 城拝 外勭 に 出 て、<br />

敵育 の 兵掝 隊 を 攻 撃掐 した。 交卦 戦勛 中 、1 人 の 兵掝 士厨 が 柱兀 廊结 のすきまから 中 へたいまつを 投匐 げ 込匸<br />

んだ。たちまち、 神卡 殿脟 の 周 りの 杉傇 材 のへやは 火 に 包儣 まれた。ティトゥスは 将 軍拚 や 兵掝 隊<br />

をつれてその 場 に 行 き、 火 を 消拔 すように 兵掝 隊 たちに 命挻 じた。しかし、その 命挻 令傂 は 顧僖 み<br />

られなかった。 怒腹 り 狂旆 った 兵掝 隊 たちは、 神卡 殿脟 に 隣胐 接捴 したへやにたいまつを 投匐 げ 込匸 み、<br />

そこに 避 難挚 していた 多匭 くの 者 を 剣腚 にかけて 殺掮 した。 血傔 が 神卡 殿脟 の 階 段掀 を 川勜 のように 流及 れ<br />

た。 幾继 千収 というユダヤ 人 が 死拎 んだ。 戦勛 いの 物匵 音 に 混 じって、「イカボデ」—— 栄 光捄 は<br />

去掇 ったと 叫经 ぶ 声拨 が 聞挈 こえた。<br />

ティトゥスは、 兵掝 隊 たちの 激 しい 怒腹 りをしずめることが 不勘 可參 能印 であることを 知半 って、<br />

将 校厛 たちと 共厗 に 中 に 入 り、 神卡 殿脟 の 内 部 を 調 査匀 した。 彼 らはその 壮昂 麗暗 さに 目 を 見 張挗 った。<br />

そして、 火 はまだ 聖脩 所勰 まで 回 っていなかったので、 必厧 死拎 になってこれを 守捿 ろうとし、<br />

飛 び 出 して 行 って、ふたたび 兵掝 隊 たちに 火 の 進勺 行 を 止厙 めるように 訴挰 えた。 百掸 卒克 長 リベ<br />

ラリスは、その 職厯 権勻 によって、 服傕 従 をしいようと 試去 みた。しかし、 皇 帝胰 への 尊胛 敬肭 でさ<br />

え、ユダヤ 人 に 対 する 激 しい 敵育 意勪 と 戦勛 いの 恐傁 ろしい 興掰 奮绝 と 略傎 奪傤 に 対 する 飽 くことを 知半<br />

らない 欲僼 望捬 の 前 には、どうする 力 もなかった。 兵掝 隊 たちは、 金 色 に 輝脮 く 周 囲 のものが<br />

みな、 燃 えさかる 炎縉 に 照儠 りはえるのを 見 て、 聖脩 所勰 の 中 には 無叄 数包 の 宝肮 物匵 がたくわえられ<br />

ていると 考卛 えた。だれも 気勴 づかないうちに、1 兵掝 卒克 が、とびらのちょうつがいの 間 か<br />

ら 火 のついたたいまつを 中 に 投匐 げ 入 れた。 建厼 物匵 全 体 は、 一 瞬腗 のうちに 炎縉 に 包儣 まれた。<br />

立 ちこめる 煙腥 と 火 のために、 将 校厛 たちは、 避 難挚 するほかなかった。そして、 広南 大 な 建厼<br />

物匵 は、 焼催 失拽 するままになってしまった。<br />

「それは、ローマ 軍拚 にとって 恐傁 るべき 光捄 景拲 であった。では、ユダヤ 人 にとってはど<br />

うであったか。 全 市 を 見 おろす 山 頂脢 全 体 が 噴纳 火 山 のように 燃 え 上 がった。 建厼 造挝 物匵 は 次卙<br />

々と 大 音 響捳 を 立 てて 倒 れ、 火 の 海匈 にのまれた。 杉傇 ぶきの 屋厡 根捏 は 一 面卥 の 火 と 変厭 わり、 金<br />

色 の 尖账 塔纸 は 赤捭 い 火 の 柱兀 のように 輝脮 いた。 門挋 塔纸 は 炎縉 と 煙腥 を 高 く 吹胈 き 上 げた。 近卐 くの 山 々<br />

は 火 に 照儠 りはえ、 黒 い 人 影挼 が 恐傁 怖繍 と 不勘 安勣 にかられつつ、 滅脛 亡 のさまをながめていた。<br />

都匙 の 城拝 壁儿 と 高 台卤 のほうにも、 絶傉 望捬 に 青捘 ざめた 人 々や、 無叄 益捍 なふくしゅうの 念挡 に 顔 をし<br />

かめた 人 々が 群儈 がっていた。 走掘 り 回 るローマの 兵掝 隊 の 叫经 び 声拨 や、 炎縉 の 中 で 倒 れる 反卬 乱<br />

兵掝 たちのうめき 声拨 が、 猛縭 火 のうなりと 材 木匓 の 落叉 下 する 大 音 響捳 に 混 って 聞挈 こえた。 高 台卤<br />

の 人 々の 叫经 び 声拨 が 山 々にこだまし、 城拝 壁儿 の 周 り 一 面卥 に、 泣縦 き 叫经 ぶ 声拨 と 嘆昍 き 悲胳 しむ 声拨 が<br />

17


反 乱 の 根 源<br />

満掫 ちた。 飢 えて 死拎 にひんしている 人 々は、わずかに 残拑 った 力 をふりしぼって、 苦 悩肘 と<br />

悲胳 痛僎 の 叫经 びをあげた。<br />

「 城拝 内 の 殺掮 害县 は、 城拝 外勭 の 光捄 景拲 よりいっそう 悲胳 惨绨 なものであった。 男卂 も 女匩 も、 老偽 いも<br />

若拊 きも、 反卬 乱 兵掝 も 祭脫 司 も、 戦勛 った 者 もあわれみを 請捥 うた 者 も、みな 差挽 別厌 なく 殺掮 害县 され<br />

た。 殺掮 された 者 の 数包 は、 殺掮 害县 者 の 数包 を 上 回 った。 軍拚 隊 は 死拎 者 の 山 をよじのぼって、 絶傉<br />

滅脛 の 仕捸 事 を 続勸 けねばならなかった。」 神卡 殿脟 が 破挐 壊傓 された 後 、まもなく、 全 市 がローマ<br />

軍拚 の 手 に 落叉 ちた。ユダヤの 将 軍拚 たちは 難挚 攻 不勘 落叉 の 要勥 塞赨 を 放择 棄 したので、ティトゥスが<br />

そこに 来勵 た 時 には、だれも 残拑 っていなかった。 彼 はそれを 見 て 驚脚 き、これを 彼 の 手 に<br />

与拜 えたのは 神卡 であると 言匟 った。というのは、どんなに 強勮 力 な 兵掝 器捙 でも、この 巨 大 な 要勥<br />

塞赨 の 胸胬 壁儿 を 打占 ち 破挐 ることはできなかったからである。 都匙 も 神卡 殿脟 もともに 完 全 に 破挐 壊傓 さ<br />

れ、 神卡 殿脟 の 跡僡 は、「 畑偯 のように 耕绌 され」た[エレミヤ 26:。 包儣 囲 とその 後 の 虐纨 殺掮 によ<br />

って 死拎 んだ 者 は 百掸 万勦 人 以匆 上 であった。 生 存掑 者 は、 捕 虜 として 連 れていかれたり、 奴 隷趵<br />

に 売匉 られたり、 勝 利匏 者 の 凱禐 旋 を 飾兇 るためにローマへ 引匂 かれて 行 ったりした。また 円 形捊<br />

劇胋 場 で 野 獣 の 餌 食挱 になった 者 もあれば、 流及 浪償 の 民 として 世匒 界化 中 にちらばった 者 たちも<br />

いた。<br />

ユダヤ 人 は、 自 分 で 自 分 の 足拒 かせをつくり、 自 分 でふくしゅうの 杯 を 満掫 たしたのであ<br />

る。 国 家匝 としての 全 滅脛 の 中 で、そしてそれに 続勸 いて 起招 こったあらゆる 災 いの 中 で、 彼<br />

らは 彼 ら 自 身拴 がまいたその 収厓 穫 を 刈绚 り 取勚 っているにすぎなかった。「イスラエルよ、<br />

あなたはあなた 自 身拴 を 滅脛 ぼす」「あなたは 自 分 の 不勘 義拣 によって、つまずいたからだ」<br />

と 預 言匟 者 は 言匟 っている[ホセア 13:9・ 英捼 語指 訳胲 、14:。 彼 らの 苦 難挚 は、 神卡 の 直卟 接捴 の 命挻<br />

令傂 によって 下 った 刑傃 罰脖 のように 言匟 われることがよくある。こうして 大 欺繏 瞞 者 は、 自 分<br />

自 身拴 の 行 為 をかくそうとしているのである。ユダヤ 人 は、 神卡 の 愛 と 憐穳 れみを 頑繷 強勮 に 拒兘<br />

否 して、 神卡 の 保 護厽 を 彼 らから 退挖 け、サタンが 思卩 いのままに 彼 らを 支匣 配括 するにまかせた<br />

のであった。エルサレムの 滅脛 亡 の 時 に 行 われた 残拑 虐纨 行 為 は、サタンの 支匣 配括 に 応厸 じる 者<br />

にサタンがどんな 執儨 念挡 深捫 い 力 をあらわすかを 示単 している。<br />

われわれは、 自 分 たちの 享 受匃 している 平匊 和匄 と 保 護厽 が、どんなに 多匭 くキリストに 負拆 う<br />

ものであるかを、 知半 ることができない。 人 類 が 全 くサタンの 支匣 配括 下 に 陥肿 らないように<br />

しているのは、 神卡 の 抑 制勧 力 である。 神卡 が 慈暆 悲胳 と 忍旖 耐脾 をもって、 悪捰 魔斴 の 残拑 酷昰 で 悪捰 意勪 に 満掫<br />

ちた 力 を 止厙 めておられることを、 不勘 従 順 で 恩繥 を 知半 らない 者 たちは、 大 いに 感厤 謝儑 しなけ<br />

ればならないのである。しかし、 人 間 が 神卡 の 忍旖 耐脾 の 限拘 度 を 越掳 える 時 、この 抑 制勧 は 取勚 り<br />

除揄 かれる。 神卡 は、 罪 に 対 する 宣傪 告卪 の 執儨 行 者 として 罪 人 の 前 に 立 たれるわけではない。<br />

しかし 神卡 は、 神卡 の 憐穳 れみを 拒兘 んだ 者 をそのなすがままにされるのである。 彼 らは、 自<br />

分 たちがまいたものを 刈绚 り 取勚 らなければならない。 退挖 けた 光捄 、 軽 んじ、 無叄 視拹 した 警厺 告卪 、<br />

18


反 乱 の 根 源<br />

ほしいままにした 欲僼 情午 、 神卡 の 律傢 法 にそむいたことなどはすべて、まかれた 種捶 であって、<br />

それは 必厧 ずその 収厓 穫 をもたらすのである。 神卡 の 霊绳 は、 頑繷 強勮 にそれを 拒兘 んでいると、つ<br />

いには、 罪 人 から 離掤 れてしまう。すると、もはや 心升 の 邪旇 悪捰 な 感厤 情午 を 抑 制勧 する 力 がなく<br />

なり、サタンの 悪捰 意勪 と 敵育 意勪 から 彼 らを 保 護厽 するものがなくなってしまう。エルサレム<br />

の 滅脛 亡 は、 神卡 の 恵 みの 招偠 きを 軽 んじ、 神卡 の 憐穳 れみの 訴挰 えを 拒兘 む 者 に 対 する 恐傁 ろしい、<br />

そして 厳 粛施 な 警厺 告卪 である。 罪 に 対 する 神卡 の 憎 しみと、 罪 人 に 下 る 刑傃 罰脖 の 確卾 実 性勯 に 関 す<br />

る、これ 以匆 上 の 決 定 的 証卨 拠 はない。<br />

しかし、エルサレムに 下 った 刑傃 罰脖 に 関 する 救 い 主勢 の 預 言匟 は、もう 1 つの 成勱 就 を 見 な<br />

ければならない。あの 恐傁 ろしいエルサレム 滅脛 亡 も、そのできごとのほんのかすかな 影挼<br />

にしかすぎないのである。すなわち、われわれは、 選 ばれた 都匙 の 滅脛 亡 のなかに、 神卡 の<br />

憐穳 れみを 拒兘 み、 神卡 の 律傢 法 をふみにじってきた 世匒 界化 の 運卞 命挻 を 見 るのである。この 地 上 で、<br />

幾继 世匒 紀 の 永 きにわたって 罪 を 犯 し 続勸 けてきた 悲胳 惨绨 な 人 類 の 歴偡 史 は、まことに 暗肨 いもの<br />

である。それを 考卛 える 時 、だれしも 心升 痛僎 み、 気勴 はなえてしまう。 神卡 の 権勻 威胙 を 拒兘 否 する<br />

結医 果卵 は、 実 に 恐傁 ろしいことである。 しかし、さらに 暗肨 い 光捄 景拲 が 未 来勵 に 関 する 啓繡 示単 のな<br />

かに 示単 されている。すなわち、 混 乱 、 争拫 闘 、 革挙 命挻 、「 騒胻 々しい 声拨 と 血傔 まみれの 衣胼 を 持匛<br />

った 戦勛 士厨 の 戦勛 い」[イザヤ 9:5・ 英捼 語指 訳胲 ]といった 過厢 去掇 の 歴偡 史 も、 神卡 の 霊绳 の 抑 制勧 力 が 悪捰<br />

人 たちから 全 く 取勚 り 除揄 かれ、 人 間 の 欲僼 情午 とサタンの 怒腹 りを 止厙 めるものが 何挬 もなくなる<br />

その 日 の 恐傁 怖繍 と 比发 べる 時 、ものの 数包 ではないのである。その 時 、 世匒 界化 は、これまでか<br />

ってなかったほどに、サタンの 支匣 配括 の 結医 果卵 を 見 るのである。<br />

しかし、その 日 、エルサレムの 滅脛 亡 の 時 と 同 じように、 生 命挻 の 書危 に 記卌 されたすべて<br />

の 神卡 の 民 は 救 われる[イザヤ 4:3、4 参厴 照儠 ]。キリストは、 忠儮 実 な 者 を 集厦 めるためにも<br />

う 1 度 来勵 ると 言匟 われた。「そのとき、 人 の 子 のしるしが 天拦 に 現勶 れるであろう。またそ<br />

のとき、 地 のすべての 民 族 は 嘆昍 き、そして 力 と 大 いなる 栄 光捄 とをもって、 人 の 子 が 天拦<br />

の 雲胖 に 乗拳 って 来勵 るのを、 人 々は 見 るであろう。また、 彼 は 大 いなるラッパの 音 と 共厗 に<br />

御 使却 たちをつかわして、 天拦 のはてからはてに 至儖 るまで、 四捡 方 からその 選 民 を 呼 び 集厦 め<br />

るであろう」[マタイ 24:30、。その 時 、 福厹 音 に 従 わない 者 は、 彼 の 口卶 の 息僢 をもって<br />

殺掮 され、その 来勵 臨 の 輝脮 きによって 滅脛 ぼされる[Ⅱテサロニケ 2:8 参厴 照儠 ]。 昔繕 のイスラ<br />

エルと 同 様捞 に、 悪捰 人 は、 自 分 自 身拴 を 滅脛 ぼし、 自 分 の 不勘 義拣 のために 倒 れる。 彼 らは 罪 の<br />

生 活卹 によって、 神卡 と 一 致 した 生 活卹 から 遠 く 離掤 れ、 彼 らの 性勯 質拾 は 悪捰 に 染偦 まってしまった。<br />

そのため、 神卡 の 栄 光捄 のあらわれは、 彼 らにとって 焼催 き 尽能 くす 火 となるのである。<br />

われわれは、キリストの 言匟 葉挺 に 示単 された 教卝 訓肢 をなおざりにしないように 注挅 意勪 しなけ<br />

ればならない。キリストは、エルサレムの 滅脛 亡 について 弟胱 子 たちに 警厺 告卪 を 与拜 え、 彼 ら<br />

が 逃偹 れることができるように、 滅脛 亡 の 近卐 いことを 示単 すしるしをお 与拜 えになった。その<br />

19


反 乱 の 根 源<br />

ように、 彼 は、 最勞 後 の 滅脛 亡 の 日 について 世匒 界化 に 警厺 告卪 を 発 し、すべてのものが 来勵 たるべ<br />

き 怒腹 りから 逃偹 れるように、その 近卐 いことを 示単 すしるしをお 与拜 えになった。「また 日 と<br />

月 と 星 とに、しるしが 現勶 れるであろう。そして、 地 上 では、 諸 国 民 が 悩肘 み」とイエス<br />

は 言匟 われた[ルカ 2:25、マタイ 24:29、マルコ 13:24~26、 黙縹 示単 録捎 6:12~17<br />

参厴 照儠 ]。 キリストの 再卭 臨 に 関 するこうしたしるしを 見 る 者 は、「そのことが 戸叐 口卶 まで<br />

近卐 づいている」ことを 知半 らなければならない[マタイ 24:33・ 英捼 語指 訳胲 ]。「 目 をさま<br />

していなさい」と 彼 は 勧僊 めておられる[マルコ 13:。この 警厺 告卪 を 心升 にとめている 者 は、<br />

暗肨 黒 のうちに 取勚 り 残拑 され、その 日 が 不勘 意勪 に 彼 らを 襲脁 うことはない。しかし、 目 をさま<br />

していない 者 にとっては、「 主勢 の 日 は 盗僌 人 が 夜 くるように 来勵 る」のである[Ⅰテサロニ<br />

ケ 5:2、3~5 参厴 照儠 ]。 今 、 世匒 界化 は、ユダヤ 人 がエルサレムに 関 する 救 い 主勢 の 警厺 告卪 を<br />

受匃 け 入 れなかったのと 同 様捞 に、 現勶 代 のためのメッセージを 信勼 じようとしないのである。<br />

しかし、いずれにしても、 神卡 の 日 は、 神卡 を 信勼 じない 者 に 不勘 意勪 にやって 来勵 る。 生 活卹 はい<br />

つもと 変厭 わりなく 続勸 き、 人 々は 快儜 楽掱 にふけり、 事 業 や 商叏 売匉 や 金 もうけに 熱 中 し、 宗儲 教卝<br />

家匝 が、 世匒 界化 の 進勺 歩 と 知半 識掟 の 増匲 加匎 を 賞 賛僮 し、 人 々が 偽兖 りの 安勣 定 に 眠縔 りをむさぼっている<br />

時 、その 時 に、 真卢 夜 中 の 盗僌 人 が 不勘 用 意勪 な 家匝 に 忍旖 び 込匸 むように、 突 然掍 、 滅脛 亡 が 軽 率厾 で 神卡<br />

を 信勼 じない 人 々に 臨 む。「そして、それからのがれることは 決 してできない」[Ⅰテサ<br />

ロニケ 5:。<br />

20


反 乱 の 根 源<br />

第匌 2 章 迫 害县 の 火<br />

イエスは、エルサレムの 運卞 命挻 と 再卭 臨 の 光捄 景拲 を 弟胱 子 たちに 示単 された 時 、 彼 が 弟胱 子 たち<br />

から 取勚 り 去掇 られてから、 彼 らを 救 うために 力 と 栄 光捄 のうちに 再卭 臨 される 時 までの、 神卡<br />

の 民 の 経 験挧 をも 予匨 告卪 された。オリブ 山 上 から 救 い 主勢 は、 使却 徒傣 時 代 の 教卝 会 にふりかかろ<br />

うとしていた 嵐脸 を 見 られた。そして、さらに 遠 い 未 来勵 を 貫肸 いて、 来勵 たるべき 暗肨 黒 と 迫<br />

害县 の 時 代 において、 彼 に 従 う 者 たちを 襲脁 う 激 烈绡 で 破挐 壊傓 的 な 嵐脸 をごらんになった。 彼 は<br />

ここで、 簡儚 単 ではあるがきわめて 重匤 大 な 発 言匟 によって、この 世匒 の 支匣 配括 者 が 神卡 の 教卝 会 を<br />

どう 扱僻 うかを 予匨 告卪 された[マタイ 24:9、21、22 参厴 照儠 ]。キリストに 従 う 者 たちは、<br />

彼 らの 主勢 が 歩 かれたのと 同 じ 屈縿 辱既 と 非 難挚 と 苦 しみの 道匠 を 歩 かなければならない。 世匒 界化<br />

の 贖 い 主勢 に 向匇 けられた 敵育 意勪 は、 彼 の 名匷 を 信勼 じるすべての 者 に 対 してあらわされるので<br />

あった。<br />

初匘 代 教卝 会 の 歴偡 史 は、 救 い 主勢 のみ 言匟 葉挺 の 成勱 就 を 立 証卨 した。 地 と 黄腓 泉 [よみ]の 力 は、 信勼<br />

徒傣 たちに 立 ち 向匇 かうことによって、キリストに 対 抗 した。 異 教卝 は、もし 福厹 音 が 勝 利匏 を<br />

収厓 めるならば、 自 分 たちの 神卡 殿脟 と 祭脫 壇绵 は 一 掃线 されてしまうと 予匨 想挹 し、そのために 全 力<br />

を 挙拷 げてキリスト 教卝 を 撲儹 滅脛 しようとした。 迫 害县 の 火 が 点勷 じられた。キリスト 者 たちは<br />

持匛 ち 物匵 を 奪傤 われ、 家匝 から 追挵 われた。 彼 らは、「 苦 しい 大 きな 戦勛 いによく 耐脾 えた」[ヘブ<br />

ル 10:。 彼 らは、「あざけられ、むち 打占 たれ、しばり 上 げられ、 投匐 獄晳 されるほどのめ<br />

に 会 った」[ 同 11:。 多匭 くの 者 は、 彼 らのあかしに 血傔 の 印偝 をおした。 貴揂 族 も 奴 隷趵 も、<br />

金 持匛 ちも 貧縏 しい 人 も、 知半 者 も 無叄 知半 なものも 一 様捞 に 容卣 赦费 なく 殺掮 された。 ネロのもとで、<br />

パウロが 殉程 教卝 したころに 始卿 まったこのような 迫 害县 は、その 激 しさに 多匭 少厮 の 差挽 はあった<br />

が、 数包 世匒 紀 間 続勸 いた。キリスト 者 は、 極掄 悪捰 非 道匠 な 犯 罪 を 犯 したものとして 偽兖 って 訴挰 え<br />

られ、 飢 饉 、 疫晒 病挶 、 地 震傹 などの 災 害县 の 原募 因 であるとされた。 彼 らが、 一 般 社 会 の 憎 悪捰<br />

と 嫌膅 疑卧 の 的 となると、 密偾 告卪 者 たちは 利匏 益捍 のために、 罪 のない 者 を 裏傈 切卲 った。 彼 らは、<br />

ローマ 帝胰 国 の 反卬 逆 者 、 宗儲 教卝 の 敵育 、 社 会 の 害县 毒兙 であると 非 難挚 された。 数包 多匭 くの 者 が 円 形捊<br />

劇胋 場 で、 野 獣 の 餌 食挱 になり、 生 きながら 火 で 焼催 かれた。 十厝 字捐 架繳 に 架繳 けられた 者 たちも<br />

あれば、 野 獣 の 皮脦 を 着挄 せられて 闘 技叒 場 に 投匐 げ 込匸 まれ、 犬腽 にかみ 裂脧 かれた 者 たちもあっ<br />

た。こうした 刑傃 罰脖 は、しばしば、 祝腛 祭脫 日 の 主勢 な 催 し 物匵 にされた。 大 群儈 衆 が 集厦 まってき<br />

て、その 光捄 景拲 をながめて 楽掱 しみ、 彼 らの 死拎 の 苦 しみを 笑傷 い、 喝 釆 した。<br />

キリストに 従 う 者 たちは、どこに 避 難挚 しても、 野 獣 のように 狩旔 り 出 された。 彼 らは<br />

荒僚 涼暐 として 人 跡僡 まれなところにかくれがを 求卍 めなければならなかった。「 無叄 一 物匵 にな<br />

り、 悩肘 まされ、 苦 しめられ、[この 世匒 は 彼 らの 住卫 む 所勰 ではなかった]、 荒僚 野 と 山 の 中 と<br />

岩 の 穴肼 と 土拋 の 穴肼 とを、さまよい 続勸 けた」[ヘブル 11:37、。カタコンベ[ 地 下 墓斳 所勰 ]は、<br />

21


反 乱 の 根 源<br />

幾继 千収 の 人 々の 避 難挚 所勰 となった。ローマ 市 外勭 の 丘側 の 下 には、 土拋 や 岩 を 掘腱 って 造挝 った 長 い<br />

地 下 道匠 が 網儯 状叔 に 交卦 錯暘 して、 城拝 外勭 に 幾继 マイルも 広南 がっていた。キリストに 従 う 者 たちは、<br />

この 地 下 のかくれがに 死拎 者 を 葬繙 った。また、 彼 らが 嫌膅 疑卧 をかけられ、 追挵 放择 された 時 に<br />

は、ここをすみかとした。 善 き 戦勛 いを 戦勛 った 者 たちを 生 命挻 の 君 が 呼 びさまされる 時 、<br />

これらの 暗肨 いほら 穴肼 の 中 から、キリストのために 殉程 教卝 した 多匭 くの 者 たちが 出 てくるの<br />

である。<br />

もっとも 激 烈绡 な 迫 害县 の 中 にあって、イエスの 証卨 人 たちは、 自 分 たちの 信勼 仰纝 を 清捲 く 保<br />

った。 彼 らは、あらゆる 慰縺 安勣 を 奪傤 われ、 太挲 陽傘 の 光捄 を 見 ることもできず、 暗肨 いが 親捧 しみ<br />

のある 地 のふところを 家匝 として、つぶやきを 口卶 にしなかった。 彼 らは、 信勼 仰纝 と 忍旖 耐脾 と<br />

希傩 望捬 に 満掫 ちた 言匟 葉挺 で、 互僆 いに 励繭 まし 合 い、 欠 乏织 と 苦 難挚 に 耐脾 えた。この 世匒 のあらゆる 幸<br />

福厹 が 失拽 われたにもかかわらず、 彼 らにキリストを 信勼 じる 信勼 仰纝 を 捨腇 てさせることはでき<br />

なかった。 試去 練 と 迫 害县 は、 彼 らを 休 息僢 と 報匔 賞 とに 近卐 づける 歩 みに 過厢 ぎなかった。<br />

昔繕 の 神卡 のしもべたちのように、 多匭 くの 者 は、「 更 に まさったいのちによみがえるた<br />

めに、 拷稷 問勬 の 苦 しみに 甘脉 んじ、 放择 免僧 されることを 願傿 わなかった」[ヘブル 11:。 彼 ら<br />

は、キリストのために 苦 しみを 受匃 ける 時 には 喜 び、 喜 べ、 天拦 においてあなたがたの 受匃<br />

ける 報匔 いは 大 きい、あなたがたより 前 の 預 言匟 者 たちも、 同 じように 迫 害县 されたのであ<br />

る、という 主勢 の 言匟 葉挺 を 思卩 い 出 した。 彼 らは 真卢 理 のために 苦 しむに 足拒 る 者 とされたこと<br />

を 喜 び、 燃 えさかる 炎縉 のまっただ 中 から 勝 利匏 の 歌 声拨 があがったのであった。 彼 らは 信勼<br />

仰纝 によって 上 を 仰纝 ぎ、キリストと 天拦 使却 たちが 天拦 の 胸胬 壁儿 から 深捫 い 関 心升 をもって 彼 らを 見<br />

つめ、 彼 らの 堅儕 い 信勼 仰纝 をよしとされるのを 見 た。 神卡 のみ 座 から、 彼 らに 声拨 が 聞挈 こえた。<br />

「 死拎 に 至儖 るまで 忠儮 実 であれ。そうすれば、いのちの 冠縍 を 与拜 えよう」[ 黙縹 示単 録捎 2:。<br />

キリストの 教卝 会 を 暴偷 力 で 滅脛 ぼそうとしたサタンの 努 力 はむだであった。イエスの 弟胱<br />

子 たちがその 生 命挻 をささげた 大 争拫 闘 は、これらの 忠儮 実 な 旗充 手 たちがその 持匛 ち 場 で 倒 れ<br />

た 時 にもやむことはなかった。 敗反 北勾 によって 彼 らは 勝 利匏 した。 神卡 の 働掴 き 人 たちは 殺掮 さ<br />

れたが、 神卡 の 働掴 きは 着挄 実 に 前 進勺 した。 福厹 音 は 進勺 展捯 し 続勸 け、それを 信勼 じる 者 の 数包 は 増匲 加匎<br />

した。それは、 近卐 づきがたいような 地 域挦 にも 入 りこみ、ローマの 軍拚 隊 にまで 及 んだ。<br />

迫 害县 を 推掙 し 進勺 めようとする 異 教卝 徒傣 の 支匣 配括 者 たちをいさめて、あるキリスト 者 はこう 言匟<br />

った。あなたがたは、「われわれを 殺掮 し、 苦 しめ、 罪 に 定 めることができよう。……<br />

あなたがたの 不勘 正匁 行 為 は、われわれの 無叄 実 の 証卨 拠 である。……また、あなたがたの 残拑<br />

酷昰 さも……あなたがたの 益捍 とはならない。」 迫 害县 は、 他 の 人 々をキリスト 教卝 に 導拗 くさ<br />

らに 強勮 力 な 招偠 きとなったに 過厢 ぎなかった。「われわれはあなたがたに 刈绚 り 倒 されるた<br />

びに、 数包 が 増匲 加匎 する。キリスト 者 の 血傔 は、 種捶 である」[テルトゥリアヌス『 護厽 教卝 論厱 』<br />

50 節儊 ]。<br />

22


反 乱 の 根 源<br />

幾继 千収 の 者 が 投匐 獄晳 され、 殺掮 されたが、すぐに 他 の 者 が 現勶 れてその 場 所勰 を 埋僤 めた。そし<br />

て、 信勼 仰纝 のために 殉程 教卝 した 者 は、キリストのものとして 確卾 保 され、 彼 に 勝 利匏 者 として<br />

認卉 められた。 彼 らはりっぱに 戦勛 いぬいたのであり、キリストが 来勵 られる 時 に、 栄 光捄 の<br />

冠縍 を 受匃 けるのであった。 彼 らが 耐脾 え 忍旖 んだ 苦 しみは、キリスト 者 たちを 互僆 いに 近卐 づけ、<br />

また 彼 らの 贖 い 主勢 へと 近卐 づけた。 彼 らの 生 きた 模掌 範儤 と 死拎 ぬ 時 の 証卨 言匟 は、 真卢 理 に 対 する<br />

絶傉 えざるあかしであった。そして、 最勞 も 予匨 期勡 していないところで、サタンの 部 下 がそ<br />

の 務勲 めを 去掇 って、キリストの 旗充 の 下 に 加匎 わった。<br />

そこでサタンは、 彼 の 旗充 をキリスト 教卝 会 内 に 立 てることによって、 神卡 の 政 府匕 をもっ<br />

と 効捓 果卵 的 に 攻 撃掐 しようと 計匧 画厐 した。もし、キリストの 弟胱 子 たちを 欺繏 き、 神卡 のみこころ<br />

を 損措 わせることができるならば、 彼 らの 力 と 忍旖 耐脾 と 堅儕 固 さは 失拽 われて、たやすく 彼 の<br />

餌 食挱 になるのであった。<br />

大 いなる 敵育 、 悪捰 魔斴 は、 暴偷 力 でできなかったことを、 今 や 策北 略傎 によって 得千 ようと 努 め<br />

た。 迫 害县 はやんだ。そして、その 代 わりに、この 世匒 の 繁光 栄 と 世匒 俗晐 の 栄 誉縃 という 危捦 険叁 な<br />

誘儬 惑 物匵 がおかれた。 偶旦 像僕 教卝 徒傣 は、 他 の 重匤 要勥 な 真卢 理 を 拒兘 否 しながらも、キリスト 教卝 の 信勼<br />

仰纝 の 一 部 を 受匃 け 入 れるように 導拗 かれた。 彼 らは、イエスを 神卡 の 子 として 受匃 け 入 れ、 彼<br />

の 死拎 と 復挴 活卹 を 信勼 じると 言匟 いながら、 罪 の 自 覚 もなく、 悔繛 い 改匳 めや 心升 の 変厭 化 の 必厧 要勥 を 感厤<br />

じなかった。 彼 らは、 自 分 たちも 譲僯 歩 したのだから、キリスト 者 も 譲僯 歩 して、すべて<br />

の 者 がキリストを 信勼 じる 原募 則 において 一 致 するようにしようと 提卖 案匽 した。<br />

今 や 教卝 会 は 恐傁 るべき 危捦 機務 に 陥肿 った。これと 比发 べるならば、 牢 獄晳 や 拷稷 問勬 、 火 や 剣腚 は 祝腛<br />

福厹 であった。キリスト 者 のある 者 たちは 堅儕 く 立 って、 妥縞 協匞 することはできないと 宣傪 言匟<br />

した。しかし、ある 者 たちは、 彼 らの 信勼 仰纝 のいくっかの 特厣 徴僦 を 捨腇 てたり 変厭 更 したりす<br />

ることに、そしてキリスト 教卝 を 部 分 的 に 受匃 け 入 れていた 者 たちと 結医 合 することに 賛僮 成勱<br />

して、これは、 彼 らを 完 全 な 改匳 宗儲 に 導拗 く 手 段掀 になるであろうと 言匟 った。それは、キリ<br />

ストに 忠儮 実 に 従 う 者 たちにとって、 深捫 刻傋 な 苦 悩肘 の 時 であった。 サタンは、 見 せかけの<br />

キリスト 教卝 という 上 衣胼 をまとって、 教卝 会 内 に 侵兓 入 し、 信勼 者 たちの 信勼 仰纝 を 腐纄 敗反 させ、 彼<br />

らの 心升 を 真卢 理 の 言匟 葉挺 から 離掤 れさせた。<br />

ついに、キリスト 者 の 多匭 くは、 標 準厜 を 下 げることに 同 意勪 し、キリスト 教卝 と 異 教卝 との<br />

間 の 結医 合 が 成勱 立 した。 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 者 たちは、 改匳 宗儲 したと 言匟 って 教卝 会 に 加匎 わったものの、<br />

依傟 然掍 として 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 を 続勸 けており、 礼脊 拝旟 の 対 象拺 をイエスの 像僕 や、マリヤ、 聖脩 人 たちの<br />

像僕 に 変厭 えたにすぎなかった。こうして 教卝 会 内 に 侵兓 入 したいまわしい 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 のパン 種捶<br />

は、その 害县 を 及 ぼしていった。 不勘 健掕 全 な 教卝 義拣 、 迷偧 信勼 的 礼脊 典胟 や 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 的 儀腝 式厚 が、 教卝 会<br />

の 信勼 条厬 と 礼脊 拝旟 の 中 に 取勚 り 入 れられた。キリスト 者 たちが 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 者 たちと 結医 合 したこ<br />

23


反 乱 の 根 源<br />

とによって、キリスト 教卝 は 腐纄 敗反 し、 教卝 会 はその 純儻 潔昔 と 力 を 失拽 った。しかしながら、こ<br />

うした 惑 わしに 欺繏 かれない 者 たちもいくらかはいた。 彼 らは、 真卢 理 の 本 源 であられる<br />

神卡 に 依傟 然掍 として 忠儮 誠肬 をつくし、ただ 神卡 だけを 礼脊 拝旟 した。<br />

キリストの 弟胱 子 であると 自 称胃 する 人 々の 中 に、 常拤 に 2 種捶 類 の 人 々がある。 一 方 の 人<br />

々は、 救 い 主勢 の 生 涯昗 を 研挣 究捨 して、 自 分 の 欠 点勷 を 正匁 し、 模掌 範儤 に 倣趙 おうと 熱 心升 に 求卍 めるが、<br />

もう 一 方 の 人 々は、 彼 らの 誤儶 りを 指匦 摘 する 明 白换 で 実 際匶 的 な 真卢 理 を 避 けるのである。 教卝<br />

会 は、その 最勞 善 の 状叔 態拟 にあった 時 でさえ、 真卢 実 で 純儻 潔昔 で 誠肬 実 な 人 々だけで 成勱 り 立 って<br />

いたのではなかった。 救 い 主勢 は、 故採 意勪 に 罪 にふける 人 々を 教卝 会 に 受匃 け 入 れてはならな<br />

いと 教卝 えられた。しかし 彼 は、 品厍 性勯 に 欠 点勷 のある 人 々をご 自 分 に 結医 びつけ、 彼 の 教卝 え<br />

と 模掌 範儤 の 利匏 益捍 を 受匃 けることを 許 された。それは 彼 らに、 自 分 たちの 誤儶 りを 認卉 めてそれ<br />

を 正匁 す 機務 会 を 与拜 えるためであった。12 使却 徒傣 の 中 には 裏傈 切卲 り 者 がいた。ユダは、 彼 の 品厍<br />

性勯 の 欠 陥肿 のためではなくて、 欠 陥肿 にもかかわらず 受匃 け 入 れられた。ユダが 弟胱 子 たちの<br />

仲傫 間 に 加匎 えられたのは、 彼 がキリストの 教卝 訓肢 と 模掌 範儤 によって、キリスト 者 の 品厍 性勯 がど<br />

のようなものであるかを 知半 り、 自 分 の 過厢 ちを 認卉 めて 悔繛 い 改匳 め、 神卡 の 恵 みの 助捉 けと、<br />

「 真卢 理 に 従 うことによって」 魂 を 清捲 めるためであった。しかしユダは、このように 恵<br />

み 深捫 く 彼 を 照儠 らした 光捄 の 中 を 歩 かなかった。 罪 にふけることによって、 彼 はサタンの<br />

誘儬 惑 を 招偠 いた。 彼 の 品厍 性勯 の 悪捰 い 特厣 徴僦 が、 主勢 導拗 権勻 を 握儙 った。<br />

彼 は、 自 分 の 心升 を 暗肨 黒 の 力 の 支匣 配括 に 従 わせ、 自 分 の 欠 点勷 が 譴 責掅 されると 怒腹 るように<br />

なり、こうして、 主勢 を 裏傈 切卲 るという 恐傁 ろしい 罪 を 犯 すようになった。これと 同 じく、<br />

信勼 心升 深捫 いことを 言匟 いながら 心升 に 罪 をいだいている 者 はみな、 自 分 たちの 罪 の 歩 みを 指匦<br />

摘 して、 心升 の 平匊 和匄 をみだす 者 を 憎 むのである。 彼 らは、よい 機務 会 が 来勵 るならば、ユダ<br />

のように、 彼 らのためを 思卩 って 彼 らを 譴 責掅 した 者 を 裏傈 切卲 るのである。<br />

使却 徒傣 たちも 教卝 会 内 で、 信勼 心升 深捫 い 様捞 子 をしながらひそかに 罪 をいだいている 人 々に 出<br />

会 った。アナニヤとサッピラは、 人 を 欺繏 いた。 彼 らは、 神卡 のためにすべてを 犠腻 牲繉 にし<br />

ているように 見 せかけながら、 欲僼 のためにその 一 部 を 自 分 たちで 保 留 していた。しか<br />

し 真卢 理 のみ 霊绳 がこうした 偽兖 り 者 の 本 性勯 を 使却 徒傣 たちに 暴偷 露腒 し、 神卡 の 刑傃 罰脖 が 下 って、 教卝 会<br />

の 純儻 潔昔 を 損措 うこうした 汚儢 点勷 を 教卝 会 から 取勚 り 除揄 いた。 教卝 会 には 真卢 偽兖 を 見 分 けるキリスト<br />

の 霊绳 があるというこの 顕昝 著兆 な 証卨 拠 は、 偽兖 善 者 たちや 悪捰 事 を 行 う 者 たちに 恐傁 怖繍 を 与拜 えた。<br />

彼 らは、その 習 慣脹 や 品厍 性勯 が 常拤 にキリストを 代 表勖 している 者 たちと、 長 くつながってい<br />

ることはできなかった。ひとたびキリストの 弟胱 子 たちに、 試去 練 と 迫 害县 が 来勵 た 時 、 真卢 理<br />

のためにすべてを 喜 んで 捨腇 てる 者 だけが、 弟胱 子 になることを 望捬 んだのである。こうし<br />

て、 迫 害县 が 続勸 くかぎり、 教卝 会 は 比发 較脘 的 純儻 潔昔 を 保 つことができた。しかし、 迫 害县 がやむ<br />

24


反 乱 の 根 源<br />

と、それほど 真卢 剣腚 でもなくそれほど 献僑 身拴 もしていない 改匳 宗儲 者 たちが 加匎 わってきて、サ<br />

タンが 足拒 場 を 得千 る 道匠 が 開 かれた。<br />

しかし、 光捄 の 君 と 暗肨 黒 の 君 との 間 に 一 致 はない。そして、その 弟胱 子 たちの 間 にも 一<br />

致 はあり 得千 ない。キリスト 者 たちが、 異 教卝 から 半博 分 だけ 改匳 宗儲 した 人 々と 1 つになるこ<br />

とに 同 意勪 した 時 、 彼 らは 真卢 理 からますます 遠 ざかる 道匠 に 足拒 を 踏 み 入 れたのであった。<br />

サタンは、 多匭 くのキリストの 弟胱 子 たちを 欺繏 くことができたことを 喜 んだ。そして 彼 は、<br />

この 人 々をさらに 十厝 分 に 自 分 の 支匣 配括 下 に 治匮 めて、 彼 らによって、 神卡 に 忠儮 誠肬 を 保 つ 人 々<br />

を 迫 害县 させようとした。<br />

かつてキリスト 教卝 信勼 仰纝 の 擁繗 護厽 者 であった 人 々ほど、どのようにして 真卢 のキリスト 教卝<br />

信勼 仰纝 を 圧 迫 すべきかを 知半 っているものはない。これら 背 教卝 的 なキリスト 者 たちは、 半博<br />

ば 異 教卝 的 な 仲傫 間 たちと 結医 合 して、キリストの 教卝 理 の 最勞 も 重匤 要勥 な 特厣 徴僦 を 攻 撃掐 したのであ<br />

る。<br />

忠儮 誠肬 を 保 とうとする 人 々は、 司 祭脫 服傕 にかくれて 教卝 会 のなかに 導拗 入 された 欺繏 瞞 と 憎 む<br />

べきこととに 対 抗 して、 必厧 死拎 に 戦勛 わねばならなかった。 聖脩 書危 は、 信勼 仰纝 の 規厶 準厜 として 受匃<br />

け 入 れられなかった。 信勼 仰纝 の 自 由厩 という 教卝 義拣 は 異 端健 視拹 され、その 支匣 持匛 者 は 憎 まれ 追挵 放择<br />

された。<br />

長 期勡 にわたった 激 しい 戦勛 いの 後 、 忠儮 実 なわずかの 者 たちは、 教卝 会 が 虚縚 偽兖 と 偶旦 像僕 礼脊 拝旟<br />

とを 捨腇 てることをなお 拒兘 否 するならば、 背 信勼 した 教卝 会 との 一 致 をすべて 絶傉 つ 決 心升 をし<br />

た。 彼 らは、 神卡 のみ 言匟 葉挺 に 従 おうとするならば、 分 離掤 することが 絶傉 対 に 必厧 要勥 なことを<br />

認卉 めた。 彼 らは、 自 分 たちの 魂 を 危捦 険叁 に 陥肿 れる 誤儶 りを 黙縹 認卉 したり、 自 分 たちの 子 孫繜 の<br />

信勼 仰纝 を 危捦 うくするような 例捁 を 残拑 したりすることはしたくなかった。 彼 らは、 神卡 に 対 す<br />

る 忠儮 誠肬 と 矛旁 盾绮 しないかぎり、どんな 譲僯 歩 でもして、 平匊 和匄 と 一 致 を 保 とうとした。しか<br />

し、 平匊 和匄 のために 原募 則 を 犠腻 牲繉 にすることは、あまりにも 大 きな 代 価卒 であった。 真卢 理 と<br />

正匁 義拣 を 曲儞 げなければ 得千 られない 一 致 であるならば、 彼 らはむしろ 不勘 和匄 をも、そして 戦勛<br />

争拫 をもいとわなかった。<br />

これらの 人 々を 堅儕 く 立 たせた 諸 原募 則 が、 神卡 の 民 と 称胃 している 人 々の 心升 の 中 によみが<br />

えるならば、 教卝 会 と 世匒 界化 にとってどんなにかよいことであろう。キリスト 教卝 信勼 仰纝 の 柱兀<br />

である 教卝 理 が、 驚脚 くほど 無叄 視拹 されている。 結医 局拈 こうしたことは 重匤 大 なものではない、<br />

という 意勪 見 が 強勮 くなっている。この 堕秐 落叉 は、サタンの 配括 下 たちの 手 を 強勮 めるものであ<br />

って、そのために、 各厰 時 代 の 忠儮 実 な 者 たちが、 生 命挻 をかけて 反卬 対 し 摘 発 してきた 偽兖 り<br />

の 説拿 や 致 命挻 的 な 欺繏 瞞 が、 今 やキリストに 従 っていると 称胃 する 多匭 くの 人 々に 歓脒 迎 される<br />

ようになってきた。<br />

25


反 乱 の 根 源<br />

初匘 代 のキリスト 者 たちは、 実 際匶 、 特厣 殊腺 な 民 であった。 彼 らの 非 難挚 するところのない<br />

行 状叔 と 確卾 固 たる 信勼 仰纝 とは、 絶傉 えず 罪 人 の 心升 を 責掅 めるものであった。 彼 らは 数包 が 少厮 なく、<br />

富挛 も 地 位匱 も 名匷 誉縃 ある 称胃 号 もなかったけれども、その 品厍 性勯 と 教卝 義拣 とが 知半 られているとこ<br />

ろではどこでも、 悪捰 を 行 う 者 たちにとって 恐傁 怖繍 であった。それゆえに 彼 らは、アベル<br />

が 神卡 を 恐傁 れないカインに 憎 まれたように、 悪捰 人 たちに 憎 まれた。カインがアベルを 殺掮<br />

したのと 同 じ 理 由厩 から、 聖脩 霊绳 の 抑 制勧 を 拒兘 む 人 々は 神卡 の 民 を 殺掮 した。ユダヤ 人 が 救 い 主勢<br />

を 拒兘 んで 十厝 字捐 架繳 につけたのも、 同 じ 理 由厩 からであった。すなわち 彼 の 品厍 性勯 の 純儻 潔昔 と 神卡<br />

聖脩 さとが、 絶傉 えず 彼 らの 利匏 己偻 心升 と 堕秐 落叉 とを 責掅 めたからであった。キリストの 時 代 から<br />

今 に 至儖 るまで、 彼 の 忠儮 実 な 弟胱 子 たちは、 罪 を 愛 してその 道匠 を 歩 む 者 たちの 憎 しみと 反卬<br />

対 とを 引匂 き 起招 こしてきたのである。<br />

それならば、どうして 福厹 音 を、 平匊 和匄 のメッセージと 呼 ぶことができるのであろうか。<br />

イザヤはメシヤの 誕胎 生 を 預 言匟 して、 彼 を「 平匊 和匄 の 君 」と 呼 んだ。また 天拦 使却 たちは、キ<br />

リストの 誕胎 生 を 羊旴 飼縫 いたちに 告卪 げた 時 、「いと 高 きところでは、 神卡 に 栄 光捄 があるよう<br />

に、 地 の 上 では、み 心升 にかなう 人 々に 平匊 和匄 があるように」とベツレヘムの 平匊 原募 の 上 で<br />

歌 った[ルカ 2:。これらの 預 言匟 の 言匟 葉挺 と、「 平匊 和匄 ではなく、つるぎを 投匐 げ 込匸 むために<br />

きた」というキリストの 言匟 葉挺 との 間 には、 一 見 、 矛旁 盾绮 があるように 思卩 われる[マタイ<br />

10:。しかし、 正匁 しく 理 解卆 されるならば、この 2 つは 完 全 に 一 致 している。 福厹 音 は 平匊<br />

和匄 のメッセージである。キリスト 教卝 は、それを 受匃 け 入 れて 従 うならば、 全 地 を 平匊 和匄 と<br />

一 致 と 幸 福厹 で 満掫 たすものである。キリストの 宗儲 教卝 は、その 教卝 えを 受匃 け 入 れるすべての<br />

者 を 親捧 しい 兄胆 弟胱 関 係厂 に 入 れる。イエスの 使却 命挻 は、 人 々を 神卡 と 和匄 解卆 させ、そしてお 互僆 い<br />

に 和匄 解卆 させることであった。しかし 世匒 界化 は 一 般 に、キリストの 大 敵育 サタンの 支匣 配括 下 に<br />

ある。<br />

福厹 音 が 彼 らに、 彼 らの 習 慣脹 や 欲僼 望捬 と 全 く 異 なった 生 活卹 の 原募 則 を 示単 すために、 彼 らは<br />

それに 反卬 逆 する。 彼 らは 自 分 たちの 罪 を 指匦 摘 し 非 難挚 する 純儻 潔昔 を 憎 む。そして、その 公勗<br />

正匁 で 神卡 聖脩 な 要勥 求卍 を 守捿 るように 勧僊 める 人 々を、 彼 らは 迫 害县 し 滅脛 ぼすのである。 福厹 音 のも<br />

たらす 崇暒 高 な 真卢 理 は、 憎 しみや 争拫 いを 引匂 き 起招 こすもとになるために、この 意勪 味控 におい<br />

て、 福厹 音 は 剣腚 であると 言匟 われているのである。<br />

神卡 が 不勘 思卩 議 な 摂昊 理 のうちに、 義拣 人 が 悪捰 人 に 迫 害县 されることを 許 されることは、 信勼 仰纝<br />

の 薄儱 い 多匭 くの 者 を 大 いに 困傮 惑 させてきた 問勬 題匑 である。 神卡 が、 極掄 悪捰 人 たちを 栄 えるがま<br />

まにしておかれ、 一 方 最勞 も 善 良拖 で 純儻 潔昔 な 人 々が、 彼 らの 残拑 酷昰 な 力 によって 悩肘 まされ 苦<br />

しめられるのを 見 て、 神卡 に 対 する 信勼 頼 を 捨腇 て 去掇 ろうとする 者 さえいる。 正匁 義拣 にして 憐穳<br />

れみ 深捫 く、 無叄 限拘 の 力 を 持匛 った 方 が、どうしてこのような 不勘 正匁 と 圧 迫 を 黙縹 認卉 しておられ<br />

るのか、と 人 々は 問勬 う。しかしこれは、われわれの 関 知半 すべき 問勬 題匑 ではない。 神卡 はそ<br />

26


反 乱 の 根 源<br />

の 愛 について 十厝 分 な 証卨 拠 を 与拜 えておられるのだから、われわれは 神卡 の 摂昊 理 の 働掴 きが 理<br />

解卆 できないからと 言匟 って、 神卡 の 慈暆 愛 を 疑卧 ってはならない。 救 い 主勢 は、 試去 練 と 暗肨 黒 の 日<br />

々に 弟胱 子 たちの 心升 を 苦 しめる 疑卧 惑 を 予匨 見 して、「わたしがあなたがたに『 僕腔 はその 主勢<br />

人 にまさるものではない』と 言匟 ったことを、おぼえていなさい。もし 人 々がわたしを<br />

迫 害县 したなら、あなたがたをも 迫 害县 するであろう」と 彼 らに 言匟 われた[ヨハネ 15:。<br />

イエスはわれわれのために、 彼 のどの 弟胱 子 が 悪捰 人 の 残拑 虐纨 によって 苦 しめられるよりも<br />

激 しい 苦 しみを 受匃 けられた。 苦 しみに 耐脾 え、 殉程 教卝 するために 召昨 された 者 は、 神卡 の 愛 す<br />

るみ 子 の 足拒 跡僡 をふみ 従 うに 過厢 ぎないのである。<br />

「 主勢 は 約 束僓 の 実 行 をおそくしておられるのではない」[Ⅱペテロ 3:。 主勢 は、ご 自 分<br />

の 子 供挿 たちを 忘脨 れたり、おろそかにしたりなさらない。ただ、 主勢 のみこころを 行 おう<br />

とする 者 がだれも 悪捰 人 に 欺繏 かれることがないように、 悪捰 人 の 本 性勯 があらわされること<br />

をお 許 しになるのである。<br />

また、 義拣 人 たちが 苦 難挚 の 炉脻 に 入 れられるのは、 彼 ら 自 身拴 が 清捲 められるためであり、<br />

彼 らの 模掌 範儤 によって、 他 の 人 々が 信勼 仰纝 と 敬肭 虔 な 生 活卹 の 実 際匶 をよく 理 解卆 するためである。<br />

そして、 彼 らの 終厖 始卿 一 貫肸 した 行 為 によって、 神卡 を 信勼 じ 敬肭 うことをしない 人 々を 責掅 めも<br />

するのである。<br />

神卡 は、 悪捰 人 が 栄 え、 悪捰 人 が 神卡 に 対 する 敵育 意勪 を 表勖 すことをお 許 しになる。それは、 彼<br />

らの 罪 悪捰 の 升 目 が 満掫 ちた 時 、 彼 らが 全 く 滅脛 ぼされることが 神卡 の 正匁 義拣 と 憐穳 れみによるも<br />

のであることをすべての 者 が 知半 るためである。 神卡 の 報匔 復挴 の 日 が 迫 っている。その 時 に<br />

は、 神卡 の 律傢 法 を 破挐 り 神卡 の 民 を 圧 迫 した 者 がみな、その 行 為 に 対 する 正匁 当勠 な 報匔 いを 受匃 け<br />

る。その 時 には、 神卡 に 忠儮 実 に 仕捸 える 者 に 対 して 行 われたすべての 残拑 酷昰 な、また 不勘 正匁 な<br />

行 為 が、キリストご 自 身拴 に 対 してなされたかのように 罰脖 せられる。<br />

ところで、 今 日 の 教卝 会 が 注挅 意勪 すべきもう 1 つのさらに 重匤 大 な 問勬 題匑 がある。 使却 徒傣 パウ<br />

ロは、「キリスト・イエスにあって 信勼 心升 深捫 く 生 きようとする 者 は、みな、 迫 害县 を 受匃 け<br />

る」と 言匟 っている[Ⅱテモテ 3:。それでは、 迫 害县 の 火 が 消拔 えているように 思卩 われるの<br />

は、なぜであろうか。その 唯繴 一 の 理 由厩 は、 教卝 会 が 世匒 俗晐 の 標 準厜 に 妥縞 協匞 したために、 反卬 対<br />

を 引匂 き 起招 こさないということにある。 今 日 、 世匒 に 迎 えられている 宗儲 教卝 は、キリストと<br />

その 弟胱 子 たちの 時 代 の 信勼 仰纝 のように 純儻 潔昔 で 聖脩 なるものではない。キリスト 教卝 が 世匒 の 中<br />

から 迎 えられているように 見 えるのは、 罪 と 妥縞 協匞 する 精 神卡 、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 偉昖 大 な 真卢 理<br />

に 対 する 無叄 関 心升 、 教卝 会 内 における 生 きた 敬肭 神卡 の 念挡 の 欠 乏织 のゆえにほかならない。 初匘 代<br />

教卝 会 の 信勼 仰纝 と 力 が 復挴 興掰 するならば、 迫 害县 の 精 神卡 もまた 復挴 興掰 し、 迫 害县 の 火 は 再卭 び 点勷 じら<br />

れるのである。<br />

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反 乱 の 根 源<br />

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反 乱 の 根 源<br />

第匌 3 章 暗 黒 時 代<br />

使却 徒傣 パウロは、テサロニケ 人 への 第匌 2 の 手 紙 のなかで、 法 王掣 権勻 の 樹 立 をもたらす 大<br />

背 教卝 のことを 預 言匟 した。 彼 は、キリストの 日 が 来勵 る 前 に、「まず 背 教卝 のことが 起招 り、<br />

不勘 法 の 者 、すなわち、 滅脛 びの 子 が 現勶 れるにちがいない。 彼 は、すべて 神卡 と 呼 ばれたり<br />

拝旟 まれたりするものに 反卬 抗 して 立 ち 上 がり、 自 ら 神卡 の 宮厳 に 座 して、 自 分 は 神卡 だと 宣傪 言匟<br />

する」と 言匟 った。パウロは、さらに、「 不勘 法 の 秘兕 密偾 の 力 が、すでに 働掴 いている」と 信勼<br />

者 たちに 警厺 告卪 している[Ⅱテサロニケ 2:3、4、7 参厴 照儠 ]。 早拱 くも 彼 は 誤儶 りが 教卝 会 に 侵兓<br />

入 し、 法 王掣 権勻 の 発 展捯 に 道匠 を 備厵 えるのを 見 たのであった。<br />

徐斦 々に、 最勞 初匘 はこっそりと 静 かに、そしてそれから 勢厕 力 を 増匲 し、 人 心升 を 支匣 配括 するよ<br />

うになるにつれて、もっと 公勗 然掍 と、「 不勘 法 の 秘兕 密偾 」はその 欺繏 瞞 的 冒纍 瀆 的 な 働掴 きを 進勺 め<br />

ていった。 異 教卝 の 習 慣脹 は、 目 につかないほど 少厮 しずつキリスト 教卝 会 の 中 に 入 ってきた。<br />

教卝 会 が 異 教卝 から 激 しく 迫 害县 を 受匃 けていた 間 は、 一 時 妥縞 協匞 と 迎 合 の 精 神卡 は 抑 えられてい<br />

た。しかし 迫 害县 がやんで、キリスト 教卝 が 王掣 侯 の 宮厳 廷腾 や 宮厳 殿脟 に 入 った 時 、 教卝 会 はキリス<br />

トと 使却 徒傣 たちのつつましやかな 単 純儻 さを 捨腇 て、 異 教卝 の 司 祭脫 や 王掣 侯 たちの 虚縚 飾兇 と 華兛 美捜 に<br />

倣趙 った。そして 神卡 のご 要勥 求卍 のかわりに、 人 間 の 理 論厱 や 伝捱 説拿 を 取勚 り 入 れた。4 世匒 紀 の 初匘<br />

期勡 に、コンスタンティヌス 帝胰 が 名匷 ばかりの 改匳 宗儲 をして、 一 般 から 大 いに 歓脒 迎 された。<br />

そして、 世匒 俗晐 が 信勼 心升 深捫 い 様捞 子 をして 教卝 会 内 に 入 ってきた。 今 や、 堕秐 落叉 は 急双 速捠 に 進勺 んだ。<br />

異 教卝 は 征纴 服傕 されたように 見 えながら、 勝 利匏 者 となった。 異 教卝 の 精 神卡 が 教卝 会 を 支匣 配括 した。<br />

その 教卝 義拣 と 礼脊 典胟 と 迷偧 信勼 とが、キリストの 弟胱 子 であると 公勗 言匟 する 人 々の 信勼 仰纝 と 礼脊 拝旟 に 織掼<br />

りこまれた。<br />

この 異 教卝 とキリスト 教卝 の 妥縞 協匞 が、 神卡 に 反卬 抗 して 立 ち 上 がると 預 言匟 された「 不勘 法 の 者 」<br />

を 出 現勶 させることになった。 偽兖 りの 宗儲 教卝 のあの 巨 大 な 組匢 織掼 は、サタンの 権勻 力 が 生 んだ<br />

一 大 傑 作单 であって、 自 分 の 意勪 のままにこの 地 上 を 支匣 配括 しようとする 彼 の 努 力 の 記卌 念挡 碑暌<br />

である。サタンは 前 にも 1 度 、キリストと 妥縞 協匞 しようと 努 めたことがあった。 彼 は 試去<br />

みの 荒僚 野 で、 神卡 のみ 子 のところに 来勵 て、この 世匒 のすべての 国 々とその 栄 華兛 とを 見 せ、<br />

もしキリストが 暗肨 黒 の 君 の 主勢 権勻 を 認卉 めさえすれば、すべてを 彼 の 手 に 与拜 えようと 言匟 っ<br />

た。キリストは 僣 越掳 な 誘儬 惑 者 を 譴 責掅 し、 追挵 い 払掾 われた。しかしサタンは 同 じ 誘儬 惑 を 人<br />

間 の 前 に 差挽 し 出 して、 大 きな 成勱 功僵 を 収厓 めている。 教卝 会 はこの 世匒 の 利匏 益捍 と 栄 誉縃 を 手 に 入<br />

れるために、 地 上 の 有卻 力 者 たちの 賛僮 成勱 と 支匣 持匛 を 求卍 めるようになった。そして、このよ<br />

うにしてキリストを 拒兘 否 したことによって、 教卝 会 はサタンの 代 表勖 者 であるローマの 司<br />

教卝 に 忠儮 誠肬 をつくすに 至儖 った。<br />

29


反 乱 の 根 源<br />

法 王掣 は 全 世匒 界化 のキリストの 教卝 会 の 目 に 見 える 頭挓 であって、 世匒 界化 各厰 地 の 司 教卝 と 牧肧 師 に<br />

対 する 至儖 上 権勻 が 与拜 えられている、というのがローマ・カトリック 教卝 会 の 主勢 要勥 教卝 義拣 の 1<br />

つである。そればかりではない。 法 王掣 には、 神卡 の 称胃 号 そのものが 与拜 えられている。 彼<br />

は「 主勢 なる 神卡 、 法 王掣 」と 呼 ばれ、 誤儶 ることがないとされてきた。 彼 はすべての 人 間 が<br />

彼 を 尊胛 敬肭 することを 要勥 求卍 する。サタンは 試去 みの 荒僚 野 において 主勢 張挗 したのと 同 じことを、<br />

今 日 もなおローマ 教卝 会 を 通 じて 主勢 張挗 している。そして 無叄 数包 の 人 々が、 心升 から 彼 に 尊胛 敬肭<br />

を 払掾 っている。<br />

しかし、 神卡 を 恐傁 れ 敬肭 うものは、キリストが、 狡焛 猾焨 な 敵育 の 誘儬 惑 に 対 抗 されたように<br />

「 主勢 なるあなたの 神卡 を 拝旟 し、ただ 神卡 にのみ 仕捸 えよ」と 言匟 って、 神卡 に 逆 らうこうした 主勢<br />

張挗 に 立 ち 向匇 かうのである[ルカ 4:。 神卡 はみ 言匟 葉挺 の 中 で、だれか 人 間 を 教卝 会 の 頭挓 にした<br />

などという 暗肨 示単 すら 与拜 えておられない。 法 王掣 至儖 上 権勻 説拿 は、 聖脩 書危 の 教卝 えと 全 く 相 反卬 する<br />

ものである。 法 王掣 は、 横叅 領振 による 以匆 外勭 に、キリストの 教卝 会 の 上 に 権勻 力 を 振捽 うことはで<br />

きない。 カトリック 教卝 徒傣 は、プロテスタントを 異 端健 視拹 しつづけ、 真卢 の 教卝 会 から 故採 意勪 に<br />

分 離掤 したものであると 言匟 って きた。しかしこうした 非 難挚 は、むしろ 彼 らにこそ 当勠 ては<br />

まるのである。キリストの 旗充 を 捨腇 てて、「 聖脩 徒傣 たちによって、ひとたび 伝捱 えられた 信勼<br />

仰纝 」から 離掤 れたのは、 彼 らであった[ユダ。<br />

サタンは、 聖脩 書危 が 人 々に、 彼 の 欺繏 瞞 を 見 分 け、 彼 の 力 に 対 抗 できるようにさせるこ<br />

とをよく 知半 っていた。 世匒 の 救 い 主勢 でさえ、み 言匟 葉挺 によって、 彼 の 攻 撃掐 を 退挖 けられた。<br />

キリストは 攻 撃掐 されるたびに、 永 遠 の 真卢 理 の 盾绮 を 用 いて、「……と 書危 いてある」と 言匟<br />

われた。サタンのあらゆる 誘儬 惑 に 対 し、キリストはみ 言匟 葉挺 の 知半 恵 と 力 をもって 対 抗 さ<br />

れた。サタンが 人 々の 上 に 権勻 力 をふるい、 横叅 領振 者 的 な 法 王掣 権勻 をうちたてるには、 彼 ら<br />

を 聖脩 書危 について 無叄 知半 にしておかねばならなかった。 聖脩 書危 は 神卡 を 高 め、 有卻 限拘 な 人 間 の 真卢<br />

の 立 場 を 明 らかにする。それゆえに、その 聖脩 なる 真卢 理 を 隠僸 し、 抑 圧 しなければならな<br />

い。ローマ 教卝 会 はこの 論厱 法 をとった。 数包 百掸 年 にわたって、 聖脩 書危 の 配括 布偵 が 禁 止厙 された。<br />

人 々は 聖脩 書危 を 読傊 むことも、それを 家匝 に 持匛 つことも 禁 じられた。そして 節儊 操僺 のない 司 祭脫<br />

たちや 司 教卝 たちが、 自 分 たちの 主勢 張挗 を 支匣 持匛 するためにその 教卝 えを 解卆 釈脂 した。こうして<br />

法 王掣 は、 地 上 における 神卡 の 代 表勖 者 、 教卝 会 と 国 家匝 に 対 する 権勻 威胙 を 与拜 えられた 者 として、<br />

広南 く 認卉 められるようになった。<br />

誤儶 りを 指匦 摘 するものが 除揄 かれたので、サタンは、 思卩 う 存掑 分 に 活卹 躍儆 した。 法 王掣 権勻 は<br />

「 時 と 律傢 法 とを 変厭 えようと 望捬 む」と 預 言匟 されていた[ダニエル 7:。このことは、さっ<br />

そく 実 行 に 移挔 された。 異 教卝 から 改匳 宗儲 した 人 々に、 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 の 代 わりになるものを 与拜 え、<br />

こうして 彼 らの 名匷 ばかりのキリスト 教卝 受匃 容卣 を 促傌 進勺 するために、 聖脩 画厐 像僕 や 聖脩 遺 物匵 崇暒 拝旟 が、<br />

キリスト 教卝 の 礼脊 拝旟 のなかに 徐斦 々に 取勚 り 入 れられた。ついに 公勗 会 議 の 布偵 告卪 によって、こ<br />

30


反 乱 の 根 源<br />

の 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 制勧 度 が 確卾 立 した。ローマ 教卝 会 は、 神卡 を 汚儢 す 活卹 動 の 結医 びとして、 僣 越掳 にも、<br />

偶旦 像僕 礼脊 拝旟 を 禁 じる 第匌 2 条厬 を 神卡 の 律傢 法 から 削 除揄 し、その 欠 けたところを 補拙 うために 第匌<br />

10 条厬 を 2 つに 分 けたのである。<br />

異 教卝 に 譲僯 歩 する 精 神卡 は、なおいっそう 神卡 の 権勻 威胙 を 無叄 視拹 する 道匠 を 開 いた。サタンは、<br />

教卝 会 の 清捲 められていない 指匦 導拗 者 たちによって、 第匌 4 条厬 をも 変厭 更 し、 神卡 が 祝腛 福厹 し 聖脩 別厌 さ<br />

れた 昔繕 からの 安勣 息僢 日 [ 創傦 世匒 記卌 2:2、3 参厴 照儠 ]を 廃 そうとした。そしてその 代 わりに、 異<br />

教卝 徒傣 が「 太挲 陽傘 の 神卡 聖脩 な 日 」として 守捿 っていた 祭脫 日 を 高 めようとした。 この 変厭 更 は 初匘 め<br />

から 公勗 然掍 と 行 われたのではなかった。 最勞 初匘 の 2、3 世匒 紀 の 間 、すべてのキリスト 者 た<br />

ちは 真卢 の 安勣 息僢 日 を 守捿 っていた。 彼 らは 熱 心升 に 神卡 をあがめ、 神卡 の 律傢 法 は 不勘 変厭 であると 信勼<br />

じていたから、その 戒儦 めを 熱 心升 に 清捲 く 守捿 った。しかしサタンは、 彼 の 代 理 者 たちを 用<br />

いて 非 常拤 に 巧绾 妙胄 に 働掴 き、その 目 的 の 達挾 成勱 をはかった。 人 々の 注挅 目 を 日 曜腵 日 にひくため<br />

に、それはキリストの 復挴 活卹 を 記卌 念挡 する 祝腛 日 とされた。 宗儲 教卝 的 礼脊 拝旟 が 日 曜腵 日 に 行 われた。<br />

しかし、その 日 は 娯 楽掱 の 日 とみなされており、 安勣 息僢 日 が 従 来勵 どおり 清捲 く 守捿 られてい<br />

た。<br />

サタンは、 自 分 がなしとげようとしている 仕捸 事 に 道匠 を 備厵 えるために、キリストの 来勵<br />

臨 に 先匪 だって、ユダヤ 人 たちが 安勣 息僢 日 に 苛趑 酷昰 な 要勥 求卍 を 増匲 し 加匎 え、それを 守捿 ることを 重匤<br />

荷免 にするようにさせていた。そしてサタンは、 自 分 がそのようにして 人 々に 安勣 息僢 日 を<br />

誤儶 解卆 させておきながら、 今 度 はそれを 利匏 用 し、 安勣 息僢 日 はユダヤ 人 の 制勧 度 だとしてそれ<br />

を 軽 べつした。キリスト 者 たちが、 日 曜腵 日 を 楽掱 しい 祝腛 祭脫 日 として 祝腛 う 一 方 、サタンは<br />

彼 らがユダヤ 教卝 に 対 する 憎 しみの 表勖 現勶 として、 安勣 息僢 日 を 断友 食挱 の 日 、ゆううつな 悲胳 しみ<br />

の 日 とするようにしむけた。<br />

4 世匒 紀 の 初匘 期勡 、コンスタンティヌス 帝胰 は、 日 曜腵 日 をローマ 帝胰 国 全 土拋 の 公勗 の 祝腛 日 にす<br />

るという 布偵 告卪 を 出 した。 太挲 陽傘 の 日 は、 異 教卝 徒傣 の 国 民 に 尊胛 ばれ、またキリスト 者 たちか<br />

らもあがめられた。それは、 異 教卝 とキリスト 教卝 との 相 反卬 する 点勷 を 一 致 させようとする<br />

皇 帝胰 の 政 策北 であった。 彼 は、 教卝 会 の 司 教卝 たちから、こうするように 勧僊 められたのであ<br />

る。 彼 らは 権勻 力 を 渇 望捬 していたから、もしキリスト 者 と 異 教卝 徒傣 とが 両厥 方 とも 同 じ 日 を<br />

守捿 るならば、 異 教卝 徒傣 が 名匷 目 だけでもキリスト 教卝 を 信勼 じる のを 助捉 長 し、 教卝 会 の 権勻 力 と 栄<br />

光捄 を 推掙 し 進勺 めるものと 考卛 えた。しかし 多匭 くの 敬肭 虔 なキリスト 者 たちは、 次卙 第匌 に、 日 曜腵<br />

日 にはいくぶんか 神卡 聖脩 さがあると 見 なすようになったものの、なお 真卢 の 安勣 息僢 日 を 主勢 の<br />

聖脩 なる 日 とし、 第匌 4 条厬 の 戒儦 めに 従 って 守捿 っていた。<br />

大 欺繏 瞞 者 は、まだ 十厝 分 にはその 目 的 を 達挾 成勱 していなかった。 彼 は、キリスト 教卝 世匒 界化<br />

を 彼 の 旗充 の 下 に 集厦 め、 彼 の 代 理 人 、すなわち、キリストの 代 表勖 者 であると 主勢 張挗 する 高<br />

31


反 乱 の 根 源<br />

慢纁 な 法 王掣 によって、 力 を 振捽 おうと 決 心升 した。 半博 分 しか 改匳 宗儲 していない 異 教卝 徒傣 たち、 野<br />

心升 満掫 々の 司 教卝 たち、そして 世匒 俗晐 を 愛 する 教卝 会 人 たちによって、 彼 は 自 分 の 目 的 をなし<br />

とげた。いくたびか 公勗 会 議 が 開 かれて、 教卝 会 の 指匦 導拗 者 たちが 全 世匒 界化 から 集厦 められた。<br />

そのほとんどの 会 議 において、 神卡 が 制勧 定 された 安勣 息僢 日 が 少厮 しずつ 低拯 められると 共厗 に、<br />

日 曜腵 日 はそれに 応厸 じて 局拈 められていった。こうして 異 教卝 の 祝腛 祭脫 日 が、ついには 神卡 聖脩 な<br />

制勧 度 としてあがめられるようになり、その 反卬 面卥 、 聖脩 書危 の 安勣 息僢 日 はユダヤ 教卝 の 遺 物匵 であ<br />

ると 宣傪 言匟 され、それを 守捿 る 者 たちはのろわるべきであると 言匟 われた。<br />

大 背 信勼 者 は、「すべて 神卡 と 呼 ばれたり 拝旟 まれたりするものに 反卬 抗 して」 自 らをその<br />

上 に 高 く 上 げることに 成勱 功僵 した[Ⅱテサロニケ 2:。 彼 は、 全 人 類 を 生 きた 真卢 の 神卡 へと<br />

誤儶 ることなく 向匇 ける、 神卡 の 律傢 法 の 唯繴 一 の 戒儦 めをあえて 変厭 更 した。 神卡 は、 第匌 4 条厬 の 戒儦 め<br />

のなかで、 天拦 と 地 の 創傦 造挝 主勢 として 示単 されており、それによってすべての 偽兖 りの 神卡 々と<br />

の 区厅 別厌 が 明 らかにされている。 第匌 7 日 が、 人 間 の 休 息僢 の 日 として 聖脩 別厌 されたのは、 創傦<br />

造挝 の 業 の 記卌 念挡 としてであった。それは 人 間 が、 生 ける 神卡 を、 存掑 在厪 の 根捏 源 、 尊胛 崇暒 と 礼脊 拝旟<br />

の 対 象拺 として、 常拤 に 心升 に 留 めておくためであった。サタンは 人 々に、 神卡 への 忠儮 誠肬 をつ<br />

くさせず、 神卡 の 律傢 法 に 従 わせまいと 努 力 している。それゆえに 彼 は、 神卡 が 創傦 造挝 主勢 であ<br />

ることを 指匦 し 示単 す 戒儦 めを、 特厣 に 攻 撃掐 するのである。<br />

今 、プロテスタントの 側卷 では、キリストが 日 曜腵 日 に 復挴 活卹 されたから 日 曜腵 日 がキリス<br />

ト 教卝 徒傣 の 安勣 息僢 日 になったと 主勢 張挗 している。しかし、その 聖脩 書危 的 証卨 拠 はない。キリスト<br />

や 使却 徒傣 たちも、この 日 をそのように 尊胛 んではいない。 日 曜腵 日 をキリスト 教卝 の 制勧 度 とし<br />

て 遵穒 守捿 することは、すでにパウロの 時 代 に 活卹 動 しはじめた「 不勘 法 の 秘兕 密偾 の 力 」にその<br />

起招 源 をもつ[Ⅱテサロニケ 2:。しかし 主勢 は、いっどこで、この 法 王掣 権勻 の 子 とも 言匟 うべ<br />

き 日 曜腵 日 の 制勧 度 を 迎 え 入 れられたのであろうか。 聖脩 書危 が 認卉 めていない 変厭 更 に 対 して、<br />

どのような 確卾 かな 理 由厩 をあげ 得千 るであろうか。<br />

第匌 6 世匒 紀 に 至儖 って、 法 王掣 権勻 は 確卾 立 した。その 権勻 力 の 座 はローマに 置厒 かれ、ローマの<br />

司 教卝 が 全 教卝 会 の 首匹 長 であると 宣傪 言匟 された。 異 教卝 は 法 王掣 権勻 に 地 位匱 を 譲僯 った。 龍僞 は 獣 に、<br />

「 自 分 の 力 と 位匱 と 大 いなる 権勻 威胙 とを」 与拜 えた[ 黙縹 示単 録捎 13:。こうして、ダニエル 書危 と<br />

黙縹 示単 録捎 に 預 言匟 されたところの、1260 年 間 に 及 ぶ 法 王掣 権勻 の 迫 害县 が 始卿 まった[ダニエル 7:<br />

25、 黙縹 示単 録捎 13:5~7 参厴 照儠 ]。キリスト 者 たちは、 神卡 に 対 する 忠儮 誠肬 を 放择 棄 して 法 王掣 教卝<br />

の 儀腝 式厚 と 礼脊 拝旟 を 受匃 け 入 れるか、それとも、 地 下 の 牢 獄晳 に 幽质 閉僔 され、 拷稷 問勬 や 火 刑傃 、また<br />

斬 首匹 吏稬 のおので 生 命挻 を 失拽 うか、そのどちらかを 選 ばねばならなくなった。「しかし、<br />

あなたがたは 両厥 親捧 、 兄胆 弟胱 、 親捧 族 、 友掻 人 にさえ 裏傈 切卲 られるであろう。また、あなたがた<br />

の 中 で 殺掮 されるものもあろう。また、わたしの 名匷 のゆえにすべての 人 に 憎 まれるであ<br />

ろう」というイエスの 言匟 葉挺 が、ここで 成勱 就 した[ルカ 21:16、。 迫 害县 は、これまで 以匆<br />

32


反 乱 の 根 源<br />

上 に 激 しく 忠儮 実 な 人 々に 向匇 けられ、 世匒 界化 は 一 大 戦勛 場 となった。 何挬 百掸 年 もの 間 、キリス<br />

トの 教卝 会 は 人 里 離掤 れた 場 所勰 に 難挚 をのがれた。 預 言匟 者 はこのように 言匟 っている。「 女匩 は<br />

荒僚 野 へ 逃偹 げて 行 った。そこには、 彼 女匩 が 1260 日 のあいだ 養傞 われるように、 神卡 の 用 意勪<br />

された 場 所勰 があった」[ 黙縹 示単 録捎 12:。<br />

ローマ 教卝 会 が 権勻 力 を 握儙 ったことは、 暗肨 黒 時 代 の 始卿 まりを 意勪 味控 した。 教卝 会 の 権勻 力 が 増匲<br />

すにつれて 暗肨 黒 は 深捫 まった。 信勼 仰纝 は、 真卢 の 基匼 礎脔 であるキリストから、ローマ 法 王掣 へと<br />

移挔 された。 人 々は、 罪 の 赦费 しと 永 遠 の 救 いを 求卍 めて 神卡 の 子 によりたのむかわりに、 法<br />

王掣 や、 法 王掣 が 権勻 力 をゆだねた 司 祭脫 や 司 教卝 たちにたよった。 彼 らは、 法 王掣 はこの 地 上 に<br />

おける 彼 らの 仲傫 保 者 であって、 法 王掣 によらなければだれも 神卡 に 近卐 づくことができない、<br />

と 教卝 えられた。さらに、 法 王掣 は 神卡 に 代 わって 彼 らの 前 に 立 つ 者 であるから、 絶傉 対 に 服傕<br />

従 すべきであると 教卝 えられた。 彼 の 要勥 求卍 に 従 わない 者 が、 最勞 も 厳 しい 罰脖 をその 心升 身拴 に<br />

受匃 けるのは、 当勠 然掍 のこととされた。<br />

こうして 人 々の 心升 は 神卡 から 引匂 き 離掤 されて、 誤儶 りの 多匭 い 残拑 酷昰 な 人 々に、いや、 彼 らを<br />

通 して 力 を 振捽 うところの 暗肨 黒 の 君 自 身拴 に 向匇 けられた。<br />

罪 は 聖脩 潔昔 の 仮儵 面卥 をかぶった。 聖脩 書危 が 圧 迫 され、 人 間 が 自 分 を 最勞 高 のものと 見 なすよ<br />

うになる 時 、そこには、 欺繏 瞞 と 惑 わし、 汚儢 れた 罪 悪捰 しか 期勡 待挊 できない。 人 間 の 律傢 法 と<br />

言匟 い 伝捱 えとが 高 められるにつれて、 神卡 の 律傢 法 を 放择 棄 する 時 常拤 に 起招 こる 腐纄 敗反 があらわれ<br />

てきた。 キリストの 教卝 会 にとって 危捦 機務 の 時 代 であった。 忠儮 実 な 旗充 手 はまことに 少厮 なか<br />

った。 真卢 理 の 証卨 人 たちもいなかったわけではないが、 誤儶 りと 迷偧 信勼 が 完 全 に 勝 利匏 して、<br />

真卢 の 宗儲 教卝 は 地 上 からぬぐい 去掇 られたように 思卩 われた 時 もあった。 福厹 音 は 見 失拽 われてし<br />

まった。しかし 宗儲 教卝 の 形捊 式厚 は 増匲 大 し、 人 々は 厳 しい 要勥 求卍 に 苦 しんだ。<br />

彼 らは、 法 王掣 を 彼 らの 仲傫 保 者 として 仰纝 ぐだけでなく、 罪 を 贖 うために 自 分 自 身拴 の 行<br />

いに 頼 らねばならないと 教卝 えられた。 長 い 巡儏 礼脊 の 旅傯 、 難挚 行 苦 行 、 聖脩 遺 物匵 崇暒 拝旟 、 教卝 会 堂傾<br />

・ 寺捇 院协 そして 祭脫 壇绵 の 建厼 築傀 、 教卝 会 への 大 金 納 入 ——これらの 行 為 、またそれに 類 した 多匭<br />

くの 行 為 が、 神卡 の 怒腹 りを 和匄 らげ、 神卡 の 恵 みにあずかるために 要勥 求卍 された。あたかも 神卡<br />

が 人 間 のように、ささいなことに 怒腹 り、あるいは 贈胞 り 物匵 や 苦 行 によってなだめられる<br />

かのように。<br />

罪 悪捰 が 一 般 に 広南 く 行 われ、ローマ 教卝 会 の 指匦 導拗 者 たちの 中 にさえ 及 んでいたが、しか<br />

し 教卝 会 の 勢厕 力 は 着挄 実 に 増匲 加匎 していくように 見 えた。8 世匒 紀 の 終厖 わりごろ、カトリック<br />

教卝 徒傣 たちは、 初匘 期勡 の 教卝 会 においてもローマの 司 教卝 は、 現勶 在厪 有卻 しているのと 同 じ 宗儲 教卝 上<br />

の 権勻 力 を 持匛 っていたと 主勢 張挗 した。この 主勢 張挗 を 確卾 立 するためには、 何挬 かの 手 段掀 を 講僂 じて<br />

それを 権勻 威胙 づける 必厧 要勥 があった。そしてそれには、 偽兖 りの 父 が 直卟 ちに 示単 唆纰 を 与拜 えた。<br />

33


反 乱 の 根 源<br />

古挃 文卽 書危 が、 修 道匠 士厨 たちによって 偽兖 造挝 された。これまで 聞挈 いたこともないような 会 議 の<br />

布偵 告卪 が 発 見 されて、 法 王掣 が 最勞 も 初匘 期勡 の 時 代 から 普僁 遍贻 的 な 至儖 上 権勻 を 持匛 っていたことが 確卾<br />

立 された。そして、 真卢 理 を 拒兘 否 した 教卝 会 は、これらの 欺繏 瞞 をすぐさま 承偢 認卉 した。<br />

真卢 の 土拋 台卤 の 上 に 築傀 いていたところの、ごく 少厮 数包 の 忠儮 実 な 建厼 設勳 者 たちは、このような<br />

くずに 等 しい 偽兖 りの 教卝 義拣 が 働掴 きを 妨绋 害县 するために、 困傮 惑 し 妨绋 げられた[Ⅰコリント 3:<br />

10、11 参厴 照儠 ]。ネヘミヤの 時 代 にエルサレムの 城拝 壁儿 を 築傀 いた 者 たちのように、ある 者<br />

たちは、「 荷免 を 負拆 う 者 の 力 は 衰斠 え、そのうえ、 灰绑 土拋 がおびただしいので、われわれは<br />

城拝 壁儿 を 築傀 くことができない」と 言匟 うばかりになった[ネヘミヤ 4:。 迫 害县 、 不勘 正匁 、 罪 悪捰 、<br />

その 他 サタンが、 彼 らの 働掴 きの 前 進勺 を 妨绋 げるために 考卛 案匽 したさまざまな 妨绋 害县 との 絶傉 え<br />

間 ない 闘 いに 疲膂 れて、さすがの 忠儮 実 な 建厼 設勳 者 たちの 中 にも 失拽 望捬 に 陥肿 る 者 があった。そ<br />

して 自 分 たちの 財拉 産勩 と 生 命挻 を 守捿 るために、 彼 らは 真卢 の 土拋 台卤 から 離掤 れていった。しかし、<br />

敵育 の 攻 撃掐 にもくじけずに、「あなたがたは 彼 らを 恐傁 れてはならない。 大 いなる 恐傁 るべ<br />

き 主勢 を 覚 え」よと 大 胆绺 に 宣傪 言匟 する 者 もあった[ 同 4:。そして 彼 らは 各厰 自 が 腰胷 に 剣腚 を 帯<br />

びながら 働掴 きを 推掙 し 進勺 めたのであった[エペソ 6:7 参厴 照儠 ]。<br />

真卢 理 に 対 する 同 じ 憎 しみと 反卬 対 の 精 神卡 が、 各厰 時 代 の 神卡 の 敵育 の 心升 を 満掫 たしてきた。そ<br />

して 同 じ 警厺 戒儦 心升 と 忠儮 実 さが 神卡 のしもべたちに 要勥 求卍 されてきた。 最勞 初匘 の 弟胱 子 たちに 言匟 わ<br />

れたキリストの 言匟 葉挺 は、 終厖 末拢 に 至儖 るまでの 弟胱 子 たちに 言匟 われたのである。「 目 をさま<br />

していなさい。わたしがあなたがたに 言匟 うこの 言匟 葉挺 は、すべての 人 々に 言匟 うのである」<br />

[マルコ 13:。<br />

暗肨 黒 はますますその 濃兌 さを 増匲 していくように 見 えた。 聖脩 像僕 崇暒 拝旟 はいっそう 広南 く 行 わ<br />

れるようになった。 像僕 の 前 に 燈穈 明 があげられて、 祈绗 りがささげられた。 最勞 もばかげた<br />

迷偧 信勼 的 な 習 慣脹 が 広南 まった。 人 々の 心升 は 迷偧 信勼 によって 完 全 に 支匣 配括 されたので、 理 性勯 その<br />

ものが 失拽 われてしまったかのように 思卩 われた。 司 祭脫 や 司 教卝 たち 自 身拴 が 享 楽掱 を 愛 し、 兜肉<br />

欲僼 にふけり、 腐纄 敗反 していたのだから、 彼 らの 指匦 導拗 を 仰纝 いでいた 民 衆 が 無叄 知半 と 不勘 道匠 徳 に<br />

陥肿 るのは、 当勠 然掍 のことであった。<br />

さらに 法 王掣 は、もう 1 つの 僣 越掳 なことをした。すなわち 11 世匒 紀 に 法 王掣 グレゴリー<br />

7 世匒 は、ローマ 教卝 会 は 完 全 であると 宣傪 言匟 したのである。その 主勢 張挗 の 中 で 彼 は、 聖脩 書危 に<br />

よれば 教卝 会 はこれまで 誤儶 ったことはないし、これからも 誤儶 ることがないと 言匟 明 した。<br />

しかし 聖脩 書危 には、このような 主勢 張挗 を 裏傈 付厏 ける 証卨 拠 はないのである。 高 慢纁 な 法 王掣 はまた、<br />

皇 帝胰 を 退挖 位匱 させる 権勻 力 があると 主勢 張挗 し、 自 分 が 布偵 告卪 した 宣傪 言匟 を 破挐 棄 し 得千 る 者 はだれも<br />

なく、 一 方 他 のすべての 者 の 決 定 を 取勚 り 消拔 す 権勻 力 が 自 分 にはあると 断友 言匟 した。<br />

34


反 乱 の 根 源<br />

こうした 絶傉 対 無叄 謬 を 唱脆 えた 法 王掣 の 暴偷 君 的 性勯 格卺 を 示単 す 顕昝 著兆 な 実 例捁 は、ドイツ 皇 帝胰 ハイ<br />

ンリヒ 4 世匒 [ヘンリー4 世匒 ]に 対 する 処叀 置厒 である。ハインリヒ 4 世匒 は、 法 王掣 の 権勻 威胙 をあ<br />

えて 無叄 視拹 したために、 破挐 門挋 と 廃 位匱 の 宣傪 告卪 を 受匃 けた。 法 王掣 の 命挻 令傂 に 力 を 得千 て 彼 に 反卬 逆 し<br />

た 諸 侯 たちの、 離掤 反卬 と 威胙 嚇 に 驚脚 いたハインリヒは、 法 王掣 と 和匄 解卆 する 必厧 要勥 を 感厤 じた。 彼<br />

は 王掣 妃賠 と 忠儮 実 な 従 者 とを 伴僀 って、 法 王掣 の 前 に 身拴 を 低拯 めるため、 真卢 冬儥 のアルプスを 越掳 え<br />

た。グレゴリーが 留 まっていた 城拝 に 到肑 着挄 すると、 王掣 は 護厽 衛挑 もなく 外勭 庭僃 に 案匽 内 され、そ<br />

の 厳 しい 冬儥 の 寒腶 さの 中 で、みすぼらしい 衣胼 を 着挄 、 頭挓 には 何挬 もかぶらず、はだしのまま、<br />

法 王掣 の 前 に 出 る 許 可參 を 待挊 った。 彼 が 3 日 間 断友 食挱 とざんげを 続勸 けた 後 、ようやく 法 王掣 は<br />

彼 に 赦费 免僧 を 与拜 えた。そしてそれさえも、 皇 帝胰 が 位匱 に 復挴 して 王掣 権勻 を 行 使却 する 前 に、 法 王掣<br />

の 認卉 可參 を 仰纝 がねばならないという 条厬 件卅 つきのものであった。こうしてグレゴリーは、<br />

自 分 の 勝 利匏 に 意勪 気勴 揚胚 々となり、 王掣 たちの 誇縷 りをはぐことが 自 分 の 義拣 務勲 であると 誇縷 っ<br />

た。<br />

このこうまんな 法 王掣 の 横叅 暴偷 な 態拟 度 と、キリスト——ゆるしと 平匊 和匄 をもたらすために、<br />

心升 の 戸叐 の 外勭 に 立 って、 入 ることを 求卍 めておられるキリスト、また 弟胱 子 たちに、「あな<br />

たがたの 間 でかしらになりたいと 思卩 う 者 は、 僕腔 とならねばならない」[マタイ 20:と<br />

教卝 えられたキリスト——の 柔肛 和匄 と 優历 しさとは、なんと 異 なっていることであろう。<br />

時 代 が 進勺 むにつれて、 誤儶 った 教卝 義拣 がローマからやむことなく 送拡 り 出 されていった。<br />

法 王掣 制勧 が 確卾 立 する 以匆 前 でさえ、 異 教卝 の 哲脼 学 者 たちの 教卝 えが 教卝 会 の 中 で 注挅 目 され、 影挼 響捳<br />

を 与拜 えていた。 改匳 宗儲 したという 人 々の 多匭 くは、 依傟 然掍 として 彼 らの 異 教卝 の 哲脼 学 の 教卝 えに<br />

執儨 着挄 し、それを 自 分 で 研挣 究捨 するばかりでなく、 異 教卝 徒傣 の 中 で 勢厕 力 を 広南 げる 手 段掀 として、<br />

他 の 人 々にもそれを 勧僊 めた。こうして 重匤 大 な 誤儶 りがキリスト 教卝 信勼 仰纝 の 中 にもちこまれ<br />

た。それらのうちで 特厣 に 目 立 つものは、 人 間 は 生 来勵 不勘 死拎 であって、 死拎 んでも 意勪 識掟 があ<br />

るという 信勼 仰纝 であった。この 教卝 義拣 を 基匼 礎脔 にして、ローマ 教卝 会 は、 諸 聖脩 人 に 祈绗 りをささ<br />

げることや、 聖脩 母 マリヤを 崇暒 拝旟 することを 確卾 立 した。また 早拱 くから 法 王掣 教卝 の 中 に 織掼 り<br />

こまれていたところの、 最勞 後 まで 悔繛 い 改匳 めない 者 は 永 遠 の 責掅 苦 にあうという 異 端健 的 な<br />

教卝 えも、ここから 起招 こったのである。<br />

これに 伴僀 ってもう 1 つ 異 教卝 のつくりごとが 取勚 り 入 れられることになった。ローマ 教卝<br />

会 はそれを 煉 獄晳 と 呼 び、だまされやすく 迷偧 信勼 的 な 民 衆 を 脅肺 すのに 用 いた。この 異 端健 的<br />

な 教卝 えによれば、 永 遠 の 滅脛 びを 受匃 けるほどでない 魂 がその 罪 の 罰脖 を 受匃 けるべき 苦 しみ<br />

の 場 所勰 が 存掑 在厪 し、そこで 不勘 純儻 な 状叔 態拟 から 清捲 められた 時 天拦 国 に 入 ることを 許 される、と<br />

いうのである。<br />

35


反 乱 の 根 源<br />

ローマ 教卝 会 が、その 信勼 者 たちの 恐傁 怖繍 と 悪捰 行 とを 利匏 用 して 益捍 を 得千 るためには、さらに<br />

もう 1 つのつくりごとが、 必厧 要勥 であった。この 必厧 要勥 は、 免僧 罪 の 教卝 義拣 によって 満掫 たされ<br />

た。 法 王掣 の 戦勛 い—— 世匒 俗晐 的 な 主勢 権勻 を 拡 大 し、 敵育 を 懲腘 らしめ、 法 王掣 の 霊绳 的 至儖 上 権勻 を 否 定<br />

する 者 たちを 撲儹 滅脛 するための 戦勛 い——に 参厴 加匎 するすべての 者 に、 過厢 去掇 ・ 現勶 在厪 ・ 未 来勵 の<br />

罪 の 完 全 な 赦费 免僧 と、 受匃 けるべきすべての 苦 痛僎 と 罰脖 の 免僧 除揄 が 約 束僓 された。また、 教卝 会 に<br />

金 を 払掾 うことによって 罪 から 解卆 放择 されること、そしてまた、 苦 しみの 火 の 中 にいる 死拎<br />

んだ 友掻 人 たちの 魂 をも 解卆 放择 することができること、これらのことを 人 々は 教卝 えられた。<br />

このような 方 法 によって、ローマ 教卝 会 はその 懐斺 を 肥儺 やし、キリスト——まくらする 所勰<br />

さえ 持匛 たれなかったお 方 ——の 代 表勖 者 と 称胃 する 者 の 豪僘 華兛 とぜいたくと 悪捰 徳 とを 支匣 えた<br />

のであった。<br />

聖脩 書危 的 礼脊 典胟 である 主勢 の 晩纽 餐 は、ミサという 偶旦 像僕 崇暒 拝旟 的 犠腻 牲繉 にとって 代 わられた。カ<br />

トリックの 司 祭脫 たちは、その 無叄 意勪 味控 な 儀腝 式厚 によって、ただのパンとぶどう 酒儀 を 実 際匶 の<br />

「キリストの 体 と 血傔 」に 変厭 えると 主勢 張挗 した。 1 彼 らは、 神卡 を 汚儢 す 僣 越掳 さをもって、 万勦 物匵<br />

の 創傦 造挝 主勢 であられる 神卡 を 創傦 造挝 する 力 があると 公勗 言匟 した。キリスト 者 たちはこの 恐傁 ろし<br />

い 神卡 的 邪旇 説拿 を 信勼 じるように 要勥 求卍 され、さもないと 死拎 刑傃 に 処叀 せられるのであった。これ<br />

を 拒兘 んだために 火 刑傃 に 処叀 せられた 者 が 無叄 数包 にあった。<br />

13 世匒 紀 に、 法 王掣 制勧 の 機務 関 中 で 最勞 も 恐傁 ろしいもの、すなわち 宗儲 教卝 裁拍 判匯 所勰 [ 異 端健 審拥 問勬 所勰 ]<br />

が 設勳 けられた。 暗肨 黒 の 君 は、 法 王掣 制勧 の 指匦 導拗 者 たちと 共厗 に 働掴 いた。 彼 らの 秘兕 密偾 会 議 にお<br />

いてサタンとその 天拦 使却 たちが、 悪捰 人 たちの 心升 を 支匣 配括 した。しかしそれと 同 時 に、 人 の<br />

目 にこそ 見 えなかったが、 神卡 の 天拦 使却 がそのただ 中 に 立 ち、 彼 らの 不勘 法 な 命挻 令傂 の 恐傁 るべ<br />

き 記卌 録捎 をとり、とうてい 人 間 の 目 が 見 るに 耐脾 えない 恐傁 ろしい 行 為 の 記卌 録捎 を 記卌 していた<br />

のであった。「 大 いなるバビロン」は「 聖脩 徒傣 の 血傔 に 酔绷 いしれた」。 無叄 数包 の 殉程 教卝 者 たち<br />

の 寸绣 断友 された 体 は、この 背 信勼 した 権勻 力 に 対 する 神卡 のふくしゅうを 叫经 び 求卍 めた。<br />

法 王掣 教卝 は 世匒 界化 の 専掭 制勧 君 主勢 となった。 王掣 も 皇 帝胰 もローマ 法 王掣 の 命挻 令傂 に 服傕 した。 人 々の<br />

運卞 命挻 は、 現勶 世匒 のものも 来勵 世匒 のものも、 彼 の 支匣 配括 下 にあるように 思卩 われた。 数包 百掸 年 にわ<br />

たってローマの 教卝 義拣 は、 絶傉 対 的 なものとして 広南 く 受匃 け 入 れられ、その 儀腝 式厚 は 厳 粛施 にと<br />

り 行 われ、その 祝腛 祭脫 はあまねく 遵穒 奉旊 された。 聖脩 職厯 者 たちは 尊胛 敬肭 され、 豊掿 かにささえら<br />

れた。この 時 ほど、ローマ 教卝 会 が 大 きな 威胙 厳 と 壮昂 大 さと 権勻 力 を 誇縷 った 時 代 はなかっ<br />

た。 = しかし、「 法 王掣 制勧 の 真卢 昼腮 は、 世匒 界化 の 真卢 夜 中 であった。」 2 聖脩 書危 は、 民 衆 だけで<br />

なく、 司 祭脫 たちにさえほとんど 知半 られていなかった。 昔繕 のパリサイ 人 たちと 同 様捞 に、<br />

法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、 彼 らの 罪 を 明 らかにする 光捄 を 憎 んだ。 義拣 の 標 準厜 である 神卡 の 律傢<br />

法 を 放择 棄 してしまったので、 彼 らは 無叄 制勧 限拘 に 権勻 力 を 行 使却 し、 自 由厩 に 悪捰 事 を 働掴 いた。 詐縱<br />

36


反 乱 の 根 源<br />

欺繏 、 貧縏 欲僼 、 放择 とうが 広南 く 行 われた。 人 々は、 富挛 と 地 位匱 を 得千 るためにはどんな 罪 でも 犯<br />

した。<br />

法 王掣 や 高 位匱 聖脩 職厯 者 たちの 宮厳 殿脟 は、 最勞 も 罪 深捫 い 放择 とうの 現勶 場 であった。 何挬 人 かの 法 王掣<br />

たちはあまりにも 非 道匠 な 犯 罪 を 犯 したために、 世匒 俗晐 の 支匣 配括 者 たちが 彼 らを、 赦费 すこと<br />

のできない 極掄 悪捰 な 人 物匵 としてその 地 位匱 から 退挖 かせようとしたほどであった。ヨーロッ<br />

パは、 幾继 世匒 紀 もの 間 、 学 問勬 、 芸備 術挘 、また 文卽 化 の 面卥 で 何挬 の 進勺 歩 もなかった。キリスト 教卝<br />

世匒 界化 は、 道匠 徳 的 、 知半 的 マヒ 状叔 態拟 に 陥肿 っていた。 ローマ 教卝 会 の 権勻 力 下 にあった 世匒 界化 の 状叔<br />

態拟 は、 預 言匟 者 ホセアの 言匟 葉挺 の 恐傁 ろしくも 的 確卾 な 成勱 就 である。「わたしの 民 は 知半 識掟 がな<br />

いために 滅脛 ぼされる。あなたは 知半 識掟 を 捨腇 てたゆえに、わたしもあなたを 捨腇 て、……あ<br />

なたはあなたの 神卡 の 律傢 法 を 忘脨 れたゆえに、わたしもまたあなたの 子 らを 忘脨 れる」「こ<br />

の 地 には 真卢 実 がなく、 愛 情午 がなく、また 神卡 を 知半 ることもないからである。ただのろい<br />

と、 偽兖 りと、 人 殺掮 しと、 盗僌 みと、 姦贊 淫 することのみで、 人 々は 皆脰 荒僚 れ 狂旆 い、 殺掮 害县 に 殺掮<br />

害县 が 続勸 いている」[ホセア 4:6、1、。これが 神卡 の 言匟 葉挺 を 捨腇 てた 結医 果卵 であった。<br />

37


反 乱 の 根 源<br />

第匌 4 章 ライトベアラー<br />

法 王掣 が 長 期勡 間 にわたって 至儖 上 権勻 を 握儙 っていた 時 、 地 上 は 暗肨 黒 におおわれたが、しか<br />

し、その 中 にあって、 真卢 理 の 光捄 が 全 く 消拔 えてしまったわけではなかった。どの 時 代 に<br />

も 神卡 の 証卨 人 がいた。キリストを 神卡 と 人 間 との 間 の 唯繴 一 の 仲傫 保 者 として 信勼 じ、 人 生 の 唯繴<br />

一 の 規厶 準厜 として 聖脩 書危 を 受匃 け 入 れ、そして 真卢 の 安勣 息僢 日 を 尊胛 んだ 人 々がいたのである。こ<br />

うした 人 々に 世匒 界化 が 負拆 うところいかに 大 であるか、 後 世匒 の 人 々にはけっしてわからな<br />

いであろう。 彼 らは 異 端健 者 の 烙 印偝 を 押 され、その 動 機務 は 非 難挚 され、その 品厍 性勯 は 中 傷偟 さ<br />

れ、そして 彼 らの 書危 き 物匵 は 禁 圧 され、 誤儶 り 伝捱 えられ、 骨儴 抜掽 きにされた。しかし 彼 らは<br />

堅儕 く 立 った。そして、 来勵 たるべき 時 代 のための 神卡 聖脩 な 遺 産勩 として、 彼 らの 信勼 仰纝 を、 代<br />

々、 純儻 潔昔 に 保 ったのである。<br />

ローマが 至儖 上 権勻 を 握儙 ってからの、 暗肨 黒 時 代 における 神卡 の 民 の 歴偡 史 は、 天拦 に 記卌 録捎 され<br />

ているが、 人 間 の 手 になる 記卌 録捎 には、あまり 記卌 されていない。 彼 らを 迫 害县 した 者 たち<br />

による 非 難挚 以匆 外勭 には、 彼 らの 存掑 在厪 の 形捊 跡僡 はほとんどない。 教卝 義拣 や 命挻 令傂 に 異 議 を 唱脆 える<br />

ものは、あとかたもなく 抹贵 殺掮 してしまうことが、ローマの 政 策北 であった。 教卝 会 は、 人<br />

間 であろうが 書危 物匵 であろうが、 異 端健 的 なものはすべて 滅脛 ぼそうとした。 法 王掣 の 教卝 義拣 の<br />

権勻 威胙 に 対 する 疑卧 惑 や 質拾 問勬 を 表勖 明 するだけで、 貧縏 富挛 、 貴揂 賎 の 別厌 なく、 生 命挻 を 奪傤 われるの<br />

に 十厝 分 であった。またローマは、 反卬 対 者 に 対 する 教卝 会 の 残拑 酷昰 な 行 為 の 記卌 録捎 を、すべて<br />

消拔 滅脛 させようとした。 法 王掣 による 宗儲 教卝 会 議 は、こうした 記卌 事 がのっている 書危 物匵 や 文卽 書危<br />

を 焼催 却 することを 命挻 じた。 印偝 刷繺 機務 が 発 明 される 前 は、 書危 物匵 の 数包 も 少厮 なく、その 形捊 も 保<br />

存掑 には 向匇 いていなかったので、 彼 らの 目 的 の 遂脎 行 を 妨绋 げるものはほとんどなかった。<br />

ローマの 管拻 轄晷 内 にあるどの 教卝 会 も、 良拖 心升 の 自 由厩 をいつまでも 保 つことはできなかっ<br />

た。 法 王掣 権勻 は、 権勻 力 を 握儙 るとすぐ、その 支匣 配括 を 認卉 めない 者 をみな 粉腲 砕 するために、 手<br />

を 伸 ばした。こうして 諸 教卝 会 は、 次卙 々とその 支匣 配括 下 に 陥肿 った。<br />

大 ブリテンでは、 原募 始卿 キリスト 教卝 が 早拱 くから 根捏 をおろしていた。 最勞 初匘 の 2、3 世匒 紀<br />

にブリトン 人 たちが 受匃 けた 福厹 音 は、まだローマの 背 教卝 によって 腐纄 敗反 してはいなかった。<br />

この 遠 方 の 国 にまで 及 んだ 異 教卝 の 皇 帝胰 たちによる 迫 害县 は、ブリテンの 初匘 期勡 の 教卝 会 がロ<br />

ーマから 受匃 けた 唯繴 一 の 贈胞 り 物匵 であった。すなわち、 多匭 くのキリスト 者 たちは、イング<br />

ランドでの 迫 害县 をのがれてスコットランドに 避 難挚 し、これによって 真卢 理 は、アイルラ<br />

ンドにも 伝捱 えられた。そしてこれらの 国 々では、どこでも 歓脒 迎 されたのであった。 と<br />

ころが、サクソン 人 がブリテンに 侵兓 入 した 時 、 異 教卝 が 支匣 配括 権勻 を 握儙 った。 征纴 服傕 者 たちは、<br />

自 分 たちの 奴 隷趵 から 教卝 えられることを 好捆 まなかったので、キリスト 者 たちは、 山 や 荒僚<br />

38


反 乱 の 根 源<br />

野 に 避 難挚 しなければならなかった。しかし、 光捄 は、 一 時 隠僸 されたにしても、 常拤 に 燃 え<br />

つづけた。1 世匒 紀 の 後 、スコットランドでは、その 光捄 は 明 るく 輝脮 き 出 て 遠 くの 国 々に<br />

まで 及 んだ。アイルランドからは、 敬肭 虔 なコルンバとその 共厗 労排 者 たちがあらわれ、 各厰<br />

地 に 離掤 散偶 した 信勼 者 をアイオナの 孤縩 島勹 に 集厦 めて、そこを 彼 らの 伝捱 道匠 活卹 動 の 中 心升 にした。<br />

これらの 伝捱 道匠 者 の 中 には、 聖脩 書危 に 示単 された 安勣 息僢 日 を 守捿 る 者 もいて、こころしてこの 真卢<br />

理 が 人 々に 伝捱 えられた。また、アイオナ 島勹 に 学 校厛 が 設勳 立 され、ここから、スコットラ<br />

ンド、イングランドだけでなく、ドイツやスペインやイタリアにまで、 伝捱 道匠 者 が 送拡 ら<br />

れた。<br />

しかし、ローマはブリテンに 目 をつけ、これを 自 分 の 支匣 配括 下 におこうと 決 心升 した。<br />

6 世匒 紀 に、ローマ 教卝 会 の 宣傪 教卝 師 たちは、 異 教卝 のサクソン 人 を 改匳 宗儲 させようと 企十 てた。<br />

彼 らは 誇縷 り 高 き 異 教卝 徒傣 たちから 歓脒 迎 され、 幾继 千収 という 人 々をローマ 教卝 に 改匳 宗儲 させた。<br />

働掴 きが 進勺 展捯 するにつれて、 法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちと 改匳 宗儲 者 たちは、 初匘 代 教卝 会 の 流及 れをく<br />

むキリスト 者 たちに 出 会 った。そこには 著兆 しい 相 違挆 があった。 前 者 が 法 王掣 教卝 のもつ 迷偧<br />

信勼 的 で 華兛 美捜 で 尊胛 大 な 性勯 格卺 をあらわしていたのに 対 し、 後 者 は、 単 純儻 で 謙旎 そんで、 品厍 性勯<br />

においても 教卝 義拣 においても 態拟 度 においても、 聖脩 書危 的 であった。<br />

ローマの 使却 節儊 たちは、これらのキリスト 教卝 会 に、 法 王掣 の 至儖 上 権勻 を 認卉 めることを 要勥 求卍<br />

した。ブリトン 人 は、 自 分 たちはすべての 人 を 愛 したいと 思卩 う、しかし 法 王掣 は 教卝 会 に<br />

おける 至儖 上 権勻 を 与拜 えられたわけではないのだから、 自 分 たちとしては、すべてのキリ<br />

スト 者 たちに 対 してすべき 服傕 従 を、 法 王掣 に 対 してもなすことができるだけであると、<br />

柔肛 和匄 に 答掬 えたのであった。 彼 らがローマに 対 して 忠儮 誠肬 を 尽能 くすようにさせようとする<br />

試去 みがくり 返拮 された。しかし、これらの 謙旎 そんなキリスト 者 たちは、ローマ 教卝 会 の 使却<br />

節儊 たちのこうまんな 態拟 度 に 驚脚 き、 自 分 たちはキリスト 以匆 外勭 のだれをも 主勢 として 認卉 めな<br />

いと、 断友 固 として 答掬 えた。ここにおいて、 法 王掣 制勧 の 真卢 の 精 神卡 があらわされた。すなわ<br />

ちローマの 指匦 導拗 者 は、 次卙 のように 言匟 ったのである。「 平匊 和匄 をもたらす 兄胆 弟胱 たちを 受匃 け<br />

入 れないなら、 戦勛 いをもたらす 敵育 を 迎 えることになろう。われわれと 一 致 してサクソ<br />

ン 人 に 生 命挻 の 道匠 を 示単 さないなら、 彼 らから 死拎 の 打占 撃掐 を 受匃 けるであろう。」 1 これは 口卶 先匪<br />

だけのおどしではなかった。 戦勛 争拫 と 陰纖 謀纠 と 欺繏 瞞 とが、 聖脩 書危 の 信勼 仰纝 の 証卨 人 たちに 向匇 けら<br />

れ、ついにブリトン 人 の 諸 教卝 会 は 破挐 壊傓 され、あるいは 法 王掣 の 権勻 威胙 に 余 儀腝 なく 屈縿 した。<br />

ローマの 管拻 轄晷 外勭 にあった 国 々には、 幾继 世匒 紀 もの 間 、 法 王掣 教卝 の 腐纄 敗反 にほとんど 染偦 まる<br />

ことなく 存掑 在厪 したキリスト 者 たちの 諸 団卄 体 があった。 彼 らは 異 教卝 に 囲 まれていたため<br />

に、 時 の 経 過厢 につれて、その 誤儶 りに 感厤 化 された。しかし 彼 らは 聖脩 書危 を 信勼 仰纝 の 唯繴 一 の 規厶<br />

準厜 とし、その 真卢 理 の 多匭 くを 固 守捿 し 続勸 けていた。これらのキリスト 者 たちは、 神卡 の 律傢 法<br />

39


反 乱 の 根 源<br />

の 永 続勸 性勯 を 信勼 じ、 第匌 4 条厬 の 安勣 息僢 日 を 守捿 っていた。この 信勼 仰纝 と 習 慣脹 を 保 っていた 諸 教卝 会<br />

は、 中 央 アフリカに、そしてアジアのアルメニア 人 の 中 にあった。<br />

しかし 法 王掣 権勻 の 侵兓 入 に 抵脏 抗 した 人 々の 中 で、 最勞 も 著兆 しいのがワルド 派挩 [ワルデンセ<br />

ス、ワルドウス 派挩 ]であった。 法 王掣 庁厘 が 存掑 在厪 しているまさにその 国 家匝 において、その 虚縚<br />

偽兖 と 腐纄 敗反 は 最勞 も 激 しい 抵脏 抗 にあった。 数包 世匒 紀 にわたって、ピエモンテの 諸 教卝 会 は 独捌 立<br />

を 保 っていた。 しかし、ついにローマが 彼 らに 屈縿 服傕 を 迫 る 時 がきた。ローマの 圧 制勧 に<br />

対 して 無叄 益捍 な 抵脏 抗 を 試去 みたあとで、これらの 教卝 会 の 指匦 導拗 者 たちは、 全 世匒 界化 が 敬肭 意勪 を 表勖<br />

しているように 思卩 われるこの 権勻 力 の 至儖 高 性勯 を、しぶしぶ 認卉 めた。しかしながら、 法 王掣<br />

や 司 教卝 たちの 権勻 威胙 に 対 する 服傕 従 を 拒兘 否 した 者 たちもあった。 彼 らは、あくまでも 神卡 に<br />

忠儮 誠肬 を 尽能 くし、 信勼 仰纝 の 単 純儻 さと 純儻 潔昔 とを 保 とうとした。こうして 分 離掤 が 起招 きた。 古挃 く<br />

からの 信勼 仰纝 を 固 守捿 する 者 たちは、 今 や 身拴 を 引匂 いて、ある 者 たちは 故採 郷偮 のアルプスを 去掇<br />

って 外勭 国 で 真卢 理 の 旗充 をかかげ、また 他 の 人 々は、 人 里 離掤 れた 谷卼 間 や 岩 角偰 けわしい 山 岳縟<br />

地 帯 に 逃偹 れて、そこで 自 由厩 に 神卡 を 礼脊 拝旟 した。<br />

幾继 世匒 紀 にもわたってワルド 派挩 のキリスト 者 たちが 信勼 じ、 教卝 えてきた 信勼 仰纝 は、ローマ<br />

から 出 た 偽兖 りの 教卝 義拣 と 著兆 しい 対 照儠 をなしていた。 彼 らの 宗儲 教卝 的 信勼 念挡 は、キリスト 教卝 の<br />

真卢 の 体 系揀 である 書危 かれた 神卡 の 言匟 葉挺 に 基匼 づいていた。しかし、 世匒 から 隔绔 離掤 された 寂 しい<br />

隠僸 れがに 住卫 み、 家匝 畜昸 の 世匒 話匋 や 果卵 樹 の 栽 培斻 に 労排 苦 の 日 々を 送拡 っていたそぼくな 農捝 民 たち<br />

は、 自 分 自 身拴 の 力 で、 背 信勼 した 教卝 会 の 教卝 義拣 や 邪旇 説拿 に 反卬 対 する 真卢 理 に 到肑 達挾 したのではな<br />

かった。 彼 らの 信勼 仰纝 は、 新 たに 受匃 けた 信勼 仰纝 ではなかった。 彼 らの 宗儲 教卝 的 信勼 念挡 は、 彼 ら<br />

の 先匪 祖脽 から 受匃 け 継 いだものであった。 彼 らは、 使却 徒傣 時 代 の 教卝 会 の 信勼 仰纝 、すなわち、<br />

「ひとたび 伝捱 えられた 信勼 仰纝 」を 強勮 く 主勢 張挗 した[ユダ。 世匒 界化 的 な 大 都匙 市 に 王掣 座 をかまえた<br />

高 慢纁 な 法 王掣 制勧 ではなくて、この「 荒僚 野 の 教卝 会 」がキリストの 真卢 の 教卝 会 であり、 世匒 界化 に<br />

伝捱 えるために 神卡 がご 自 分 の 民 にゆだねられた 真卢 理 の 宝肮 の 保 管拻 者 であった。<br />

真卢 の 教卝 会 がローマから 分 離掤 しなければならなかった 主勢 な 理 由厩 の 中 に、 聖脩 書危 的 安勣 息僢 日<br />

に 対 するローマの 憎 しみということがあった。 預 言匟 されていたとおり、 法 王掣 権勻 はこの<br />

真卢 理 を 地 に 投匐 げ 捨腇 てた。 人 間 の 言匟 い 伝捱 えや 習 慣脹 が 尊胛 ばれる 一 方 、 神卡 の 律傢 法 は 踏 みにじ<br />

ら れた。 法 王掣 権勻 の 支匣 配括 下 にあった 諸 教卝 会 は、 早拱 くから、 日 曜腵 日 を 聖脩 日 としてあがめる<br />

よう 強勮 要勥 された。 誤儶 りと 迷偧 信勼 が 広南 くゆきわたっているさなかにあって、 多匭 くの 者 が—<br />

— 神卡 の 真卢 の 民 でさえも—— 当勠 惑 し、 真卢 の 安勣 息僢 日 を 守捿 りながらも、 日 曜腵 日 にも 仕捸 事 を 休<br />

むほどであった。しかし 法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、それでは 満掫 足拒 しなかった。<br />

彼 らは、 日 曜腵 日 を 尊胛 ぶばかりでなく、 安勣 息僢 日 を 汚儢 すことを 要勥 求卍 した。そして、 安勣 息僢<br />

日 を 尊胛 ぼうとする 人 々を、 最勞 も 激 しい 口卶 調 で 非 難挚 した。だれでも 神卡 の 律傢 法 を 平匊 安勣 のう<br />

40


反 乱 の 根 源<br />

ちに 守捿 ろうとするならば、どうしても、ローマの 権勻 力 外勭 に 逃偹 れるほかはなかった。 ワ<br />

ルド 派挩 の 人 々は、ヨーロッパにおいて 最勞 初匘 に 聖脩 書危 の 翻 訳胲 を 手 にした 人 々の 1 つであっ<br />

た。 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 数包 百掸 年 も 前 から、 彼 らは、 自 国 語指 で 書危 かれた 聖脩 書危 の 写捂 本 を 持匛 っていた。<br />

彼 らは 混 ぜ 物匵 のない 真卢 理 を 持匛 っており、そのために、 特厣 に 憎 しみと 迫 害县 とを 受匃 けたの<br />

であった。 彼 らは、ローマの 教卝 会 は 黙縹 示単 録捎 の 背 教卝 したバビロンであると 宣傪 言匟 し、 生 命挻<br />

の 危捦 険叁 をもかえりみず、その 腐纄 敗反 に 抵脏 抗 するために 立 ち 上 がった。 長 期勡 にわたる 迫 害县<br />

のために、 信勼 仰纝 の 妥縞 協匞 をしたり、 独捌 特厣 の 主勢 義拣 を 少厮 しずつ 放择 棄 したりする 者 もあったが、<br />

真卢 理 に 堅儕 く 立 った 人 々もいた。 暗肨 黒 と 背 教卝 の 全 時 代 を 通 じて、ローマの 至儖 上 権勻 を 否 定<br />

し、 聖脩 画厐 像僕 崇暒 敬肭 を 偶旦 像僕 礼脊 拝旟 だとして 拒兘 み、 真卢 の 安勣 息僢 日 を 守捿 ったところのワルド 派挩 の 人<br />

々がいた。 最勞 も 激 しい 弾傆 圧 のさなかで、 彼 らはその 信勼 仰纝 を 保 った。サボア 人 たちのや<br />

りに 深捫 手 を 負拆 い、ローマの 火 刑傃 柱兀 で 焦儐 がされようとも、 彼 らは 神卡 の 言匟 葉挺 と 神卡 の 栄 光捄 の<br />

ために、ひるまず 堅儕 く 立 ったのである。<br />

そびえ 立 つ 山 々のかげに——それはいつの 時 代 においても、 迫 害县 され 圧 迫 された 人<br />

々の 避 難挚 所勰 であったが——ワルド 派挩 は 隠僸 れ 場 を 見 いだした。そしてここで 真卢 理 の 光捄 が、<br />

中 世匒 の 暗肨 黒 のただ 中 にあって 燃 え 続勸 けた。ここで、1000 年 以匆 上 もの 間 、 真卢 理 の 証卨 人<br />

たちは 昔繕 ながらの 信勼 仰纝 を 保 持匛 したのであった。 神卡 は、ご 自 分 の 民 におゆだねになった<br />

力 強勮 い 真卢 理 にふさわしい、 極掄 めて 荘绩 厳 な 避 難挚 所勰 を、 彼 らのために 備厵 えておられた。 忠儮<br />

実 な 避 難挚 者 たちにとって、 山 々は 主勢 の 不勘 変厭 の 義拣 の 象拺 徴僦 であった。 彼 らは 子 供挿 たちに 堂傾<br />

々たる 威胙 厳 をもって 彼 らの 前 にそびえ 立 つ 山 々を 指匦 さし、 変厭 化 も 回 転厷 の 影挼 もないお 方 、<br />

そのみ 言匟 葉挺 が 永 久挸 の 丘側 のように 持匛 続勸 するお 方 について 語指 った。<br />

神卡 は、 山 々を 堅儕 くすえ、それに 力 をお 与拜 えになった。 無叄 限拘 の 力 を 持匛 たれた 神卡 の 腕肙 以匆<br />

外勭 のどんな 腕肙 も、 山 々をその 場 所勰 から 動 かすことはできなかった。 同 様捞 に 神卡 は、 天拦 と<br />

地 における 神卡 の 統拇 治匮 の 基匼 礎脔 である 律傢 法 を、 堅儕 くすえられた。 人 間 は、 手 を 伸 ばして 同<br />

胞繟 の 生 命挻 を 奪傤 うことはできよう。しかし、 主勢 の 律傢 法 の 1 つでも 変厭 えることができるな<br />

らば、あるいは、 神卡 のみこころを 行 う 者 に 対 する 神卡 の 約 束僓 を 1 つでも 消拔 し 去掇 ることが<br />

できるならば、 山 々をその 土拋 台卤 から 根捏 こそぎにして、 海匈 の 中 にやすやすと 投匐 げ 込匸 むこ<br />

とができるであろう。 神卡 のしもべたちは、 不勘 動 の 山 々のように、 断友 固 として 神卡 の 律傢 法<br />

に 忠儮 誠肬 を 尽能 くさなければならない。<br />

低拯 い 谷卼 間 を 取勚 り 巻僲 く 山 々は、 神卡 の 創傦 造挝 の 力 を 絶傉 えずあかしするとともに、 神卡 の 保 護厽<br />

の 絶傉 えざる 保 証卨 であった。 信勼 仰纝 のゆえに 故採 郷偮 を 後 にした 人 々は、 主勢 の 臨 在厪 を 無叄 言匟 のう<br />

ちに 表勖 している 大 自 然掍 を 愛 するようになった。 彼 らは 自 分 たちの 境挌 遇胾 の 苦 しさをつぶ<br />

やかなかった。ひっそりした 山 の 中 にあっても、 彼 らは 寂 しさを 感厤 じなかった。 人 間<br />

の 怒腹 りと 残拑 酷昰 さからの 避 難挚 所勰 を 備厵 えていてくださったことを 彼 らは 神卡 に 感厤 謝儑 した。 彼<br />

41


反 乱 の 根 源<br />

らは、 神卡 の 前 で 自 由厩 に 礼脊 拝旟 ができることを 喜 んだ。 時 おり、 敵育 の 追挵 撃掐 を 受匃 けたときに<br />

は、 強勮 固 な 山 々が 確卾 実 な 防拌 御 となった。 彼 らは 多匭 くの 高 い 断友 崖趬 から、 神卡 を 賛僮 美捜 する 歌<br />

をうたった。そしてローマの 軍拚 隊 は、 彼 らの 歌 う 感厤 謝儑 の 歌 を 沈腉 黙縹 させることができな<br />

かった。<br />

純儻 潔昔 、 単 純儻 、 熱 心升 が、キリストに 従 うこれらの 人 々の 信勼 条厬 であった。 彼 らは、 真卢 理<br />

の 原募 則 を、 家匝 屋厡 、 土拋 地 、 友掻 人 、 親捧 戚稿 はいうに 及 ばず 生 命挻 そのもの 以匆 上 に 大 切卲 なものと<br />

見 なした。 彼 らは、これらの 原募 則 を 若拊 い 人 々の 心升 に 植 えつけようと 熱 心升 に 努 めた。 青捘<br />

年 たちは 幼膇 い 時 から、 聖脩 書危 を 教卝 えられ、 神卡 の 律傢 法 の 要勥 求卍 を 神卡 聖脩 なものと 見 なすよう 教卝<br />

えられた。 聖脩 書危 の 部 数包 は 極掄 めて 少厮 なかったので、その 尊胛 いみ 言匟 葉挺 を 彼 らは 暗肨 記卌 した。<br />

多匭 くの 者 が、 旧 新 約 聖脩 書危 両厥 方 のかなりの 部 分 を 暗肨 唱脆 できた。 神卡 を 思卩 う 思卩 いが、 自 然掍 の<br />

荘绩 厳 な 光捄 景拲 からも、また、 日 常拤 生 活卹 のささやかな 祝腛 福厹 からも、 同 じように 連 想挹 された。<br />

幼膇 い 子 供挿 たちは、 神卡 を、すべての 恵 みとすべての 慰縺 めを 与拜 えてくださるお 方 として、<br />

感厤 謝儑 をもって 仰纝 ぐよう 教卝 えられた。<br />

両厥 親捧 たちは、 慈暆 愛 と 愛 情午 に 満掫 ちていたが、 同 時 に 非 常拤 に 賢繞 明 であって、 子 供挿 たちを<br />

わがままにさせたりはしなかった。 彼 らの 前 途 には、 試去 練 と 困傮 難挚 の 生 涯昗 が、そしてお<br />

そらくは 殉程 教卝 者 としての 死拎 が 待挊 っていた。それだから 彼 らは、 子 供挿 のころから、 困傮 難挚<br />

に 耐脾 え、 統拇 制勧 に 服傕 し、しかも 自 ら 思卩 考卛 し 行 動 するように 教卝 えられていた。 幼膇 い 時 から<br />

彼 らは 責掅 任厃 を 負拆 い、 言匟 葉挺 を 慎儃 み、 沈腉 黙縹 の 賢繞 明 さを 理 解卆 するように 教卝 えられた。 敵育 に 聞挈<br />

こえた 軽 率厾 な 一 言匟 が、それを 言匟 った 者 だけでなく、 多匭 くの 同 信勼 者 の 生 命挻 を 危捦 険叁 に 陥肿 れ<br />

る 恐傁 れがあった。 真卢 理 の 敵育 は、 餌 食挱 をさがしまわるおおかみのように、 信勼 仰纝 の 自 由厩 を<br />

求卍 める 者 たちをつけねらっていたからである。<br />

ワルド 派挩 の 人 々は、 真卢 理 のために、 世匒 俗晐 的 な 繁光 栄 を 犠腻 牲繉 にし、 忍旖 耐脾 強勮 く、 自 分 たち<br />

の 糧腠 のために 労排 苦 した。 山 岳縟 地 帯 の 中 の 耕绌 せる 土拋 地 はすべて、ていねいに 開 墾 された。<br />

谷卼 間 も、あまり 肥儺 えていない 山 の 中 腹腏 も 耕绌 されて、 作单 物匵 を 実 らせるようになった。 節儊<br />

約 と 厳 しい 克胨 己偻 とが、 子 供挿 たちの 受匃 ける 唯繴 一 の 遺 産勩 としての 教卝 育挞 の 中 に 含捋 まれていた。<br />

子 供挿 たちは、 人 生 が 訓肢 練 となるよう 神卡 は 計匧 画厐 しておられること、そして 自 分 たちの 必厧<br />

要勥 は、 自 分 自 身拴 の 労排 働掴 と 生 活卹 設勳 計匧 、 配括 慮傼 と 信勼 仰纝 によってのみ 満掫 たせるということを 教卝<br />

えられた。その 過厢 程损 は、 労排 苦 に 満掫 ち、 疲膂 れさせるものではあったが、しかし 健掕 康 的 な<br />

ものであった。そしてこれは、 堕秐 落叉 した 状叔 態拟 にある 人 間 にちょうど 必厧 要勥 なことであっ<br />

て、 神卡 が 人 間 の 訓肢 練 と 発 達挾 のために 備厵 えられた 学 校厛 であった。 青捘 年 たちは、ほねおり<br />

と 困傮 難挚 に 慣脹 れる 一 方 、 知半 性勯 の 開 発 も 怠旒 らなかった。 彼 らは、 自 分 たちのすべての 能印 力<br />

が 神卡 のものであって、そのすべてを 神卡 の 奉旊 仕捸 のために 開 発 し 活卹 用 しなければならない<br />

ことを 教卝 えられた。<br />

42


反 乱 の 根 源<br />

ワルド 派挩 の 教卝 会 は、その 純儻 潔昔 と 単 純儻 さにおいて、 使却 徒傣 時 代 の 教卝 会 に 似胤 ていた。 彼 ら<br />

は、 法 王掣 や 大 司 教卝 の 至儖 上 権勻 を 拒兘 み、 聖脩 書危 を 唯繴 一 最勞 高 で 誤儶 りのない 権勻 威胙 として 主勢 張挗 した。<br />

彼 らの 牧肧 師 たちは、ローマの 尊胛 大 な 司 祭脫 たちと 異 なって、「 仕捸 えられるためではなく、<br />

仕捸 えるため」に 来勵 られた 彼 らの 主勢 の 模掌 範儤 に 従 っていた。 彼 らは 神卡 の 民 を、 神卡 の 聖脩 なる<br />

言匟 葉挺 という 緑允 の 牧肧 場 、 生 きた 泉 に 導拗 いて、 彼 らを 養傞 った。<br />

彼 らは、 人 間 の 虚縚 栄 と 誇縷 りの 記卌 念挡 物匵 から 遠 く 離掤 れ、 華兛 麗暗 な 会 堂傾 や 大 寺捇 院协 ではなくて<br />

山 々のかげに、アルプスの 谷卼 に、あるいは 危捦 険叁 な 場 合 には、 岩 のとりでの 中 に 集厦 まっ<br />

て、キリストのしもべたちから 真卢 理 の 言匟 葉挺 を 聞挈 いた。 牧肧 師 たちは 福厹 音 を 説拿 くだけでな<br />

くて、 病挶 人 を 見 舞 い、 子 供挿 たちを 教卝 え、 誤儶 った 者 をさとし、 争拫 いをしずめて 一 致 と 兄胆<br />

弟胱 愛 を 育挞 てるように 努 めた。 彼 らは、 平匊 和匄 な 時 には 人 々の 自 発 的 なささげ 物匵 によって<br />

支匣 えられていたが、テント 作单 りのパウロのように、 各厰 自 は 何挬 かの 職厯 業 を 身拴 につけてい<br />

て、 必厧 要勥 な 場 合 には 自 分 で 生 活卹 できるようにしていた。<br />

青捘 年 たちは 牧肧 師 たちから 教卝 育挞 を 受匃 けた。 普僁 通 の 学 問勬 の 諸 分 野 に 注挅 意勪 が 向匇 けられる 一<br />

方 、 聖脩 書危 が 主勢 要勥 な 科 目 であった。マタイやヨハネによる 福厹 音 書危 は、 多匭 くの 使却 徒傣 書危 簡儚 と<br />

ともに、 暗肨 記卌 された。 彼 らはまた、 聖脩 書危 の 写捂 本 に 従 事 した。 聖脩 書危 全 体 の 写捂 本 もあれば、<br />

短 い 部 分 的 なものもあり、それには、 聖脩 書危 の 解卆 説拿 ができる 人 々による 簡儚 単 な 聖脩 句繯 の 説拿<br />

明 がついていた。こうして、 神卡 よりも 自 分 たちを 高 めようとする 人 々によって 長 く 隠僸<br />

されていた 真卢 理 の 宝肮 が 明 らかにされた。<br />

忍旖 耐脾 強勮 くたゆまぬ 努 力 によって、 時 には 暗肨 い 洞纏 窟秈 の 奥傱 深捫 くで、たいまつの 光捄 をたよ<br />

りに、 聖脩 書危 は 1 節儊 ずつ、また 1 章肐 ずつ 書危 き 写捂 されていった。こうして 働掴 きは 続勸 けられ、<br />

あらわされた 神卡 のみ 旨腄 は 純儻 金 のように 輝脮 き 出 た。 試去 練 を 経 たために、 神卡 のみ 旨腄 がどん<br />

なにか いっそう 輝脮 かしく、 明 らかで 強勮 力 なものとなったかは、その 働掴 きに 携掠 わった 者<br />

たちにしかわからない。そして 天拦 使却 たちが、これらの 忠儮 実 な 働掴 き 人 たちを 取勚 り 囲 んで<br />

いた。 サタンは 法 王掣 教卝 の 司 祭脫 や 司 教卝 たちを 促傌 して、 真卢 理 のみ 言匟 葉挺 を 誤儶 謬 や 邪旇 説拿 、 迷偧 信勼<br />

などのつまらないものの 下 に 隠僸 しておこうとした。しかし、それは、 暗肨 黒 時 代 の 全 期勡<br />

間 を 通 じて、 驚脚 くべき 方 法 で 純儻 粋暋 に 保 たれた。それは、 人 間 の 印偝 ではなくて、 神卡 の 刻傋<br />

印偝 を 帯 びている。 人 間 は、 聖脩 書危 の 簡儚 単 、 明 瞭 な 意勪 味控 をあいまいにし、それ 自 体 が 矛旁 盾绮<br />

しているものであるかのように 思卩 わせようとして、たゆまず 努 力 してきた。<br />

しかし 神卡 のみ 言匟 葉挺 は、 荒僚 れ 狂旆 う 大 海匈 に 浮 かぶ 箱脬 舟縒 のように、それをくつがえそうと<br />

する 嵐脸 にも 動 じないのである。 金 や 銀勨 の 鉱腰 脈旜 は、 鉱腰 山 の 地 中 深捫 くにあって、 宝肮 を 発 見<br />

しようとする 者 たちはみな 掘腱 らなければならないように、 聖脩 書危 にも 真卢 理 の 宝肮 が 隠僸 され<br />

ていて、それは 心升 ひくく 熱 心升 に 祈绗 りつつ 探僙 究捨 する 者 にだけあらわされる。 神卡 は 聖脩 書危 を、<br />

43


反 乱 の 根 源<br />

全 人 類 にとって、 幼膇 年 時 代 、 青捘 年 時 代 、 壮昂 年 時 代 の 教卝 科 書危 となり、 全 生 涯昗 にわたって<br />

研挣 究捨 すべきものとなるよう 意勪 図掛 された。 神卡 は 聖脩 書危 を、ご 自 分 の 啓繡 示単 として 人 間 にお 与拜<br />

えになった。 新 しい 真卢 理 が 明 らかになるたびに、その 真卢 理 の 本 源 であられる 神卡 の 品厍 性勯<br />

が 新 たにあらわされる。 聖脩 書危 を 研挣 究捨 することは、 人 間 を 創傦 造挝 主勢 とのいっそう 密偾 接捴 な 関<br />

係厂 に 入 れ、 神卡 のみこころをいっそう 明 瞭 に 知半 らせるために、 神卡 がお 定 めになった 方 法<br />

である。それは、 神卡 と 人 間 とが 交卦 わる 手 段掀 である。<br />

ワルド 派挩 の 人 々は、 主勢 を 恐傁 れることが 知半 恵 の 初匘 めであることを 認卉 めていたが、それ<br />

とともに、 世匒 界化 と 接捴 触僾 して 人 間 と 実 生 活卹 の 知半 識掟 を 得千 ることが、 心升 を 広南 くし、 知半 覚 を 鋭繾<br />

くするのに 重匤 要勥 であることを 知半 っていた。 青捘 年 たちのある 者 は、 山 の 中 の 学 校厛 から、<br />

フランスやイタリアの 諸 都匙 市 にある 学 校厛 に 送拡 られた。そこには 郷偮 里 のアルプスにおけ<br />

るよりはいっそう 広南 範儤 な、 研挣 究捨 と 思卩 索肞 と 観掺 察掊 の 領振 域挦 があった。こうして 送拡 り 出 された<br />

青捘 年 たちは、 誘儬 惑 にさらされ、 罪 悪捰 をまのあたりに 見 、 最勞 も 巧绾 妙胄 な 邪旇 説拿 と 最勞 も 危捦 険叁 な<br />

欺繏 瞞 を 主勢 張挗 する、サタンの 狡焛 猾焨 な 手 下 たちに 出 会 った。しかし 彼 らが 子 供挿 の 時 から 受匃<br />

けた 教卝 育挞 は、こうしたすべてのことに 対 する 準厜 備厵 となる 性勯 質拾 のものであった。<br />

彼 らは、どこの 学 校厛 に 行 っても、 心升 を 打占 ち 明 けるような 友掻 をつくってはならなかっ<br />

た。 彼 らの 衣胼 服傕 は、 最勞 大 の 宝肮 すなわち 聖脩 書危 の 貴揂 重匤 な 写捂 本 を 隠僸 せるように 作单 られていた。<br />

長 年 の 苦 心升 の 結医 晶斾 であるこれらの 写捂 本 を、 彼 らはいつも 身拴 につけていて、 怪晞 しまれな<br />

い 時 にはいっでも、 真卢 理 を 受匃 け 入 れそうな 人 々に、その 一 部 を 注挅 意勪 深捫 く 手 渡据 した。ワ<br />

ルド 派挩 の 青捘 年 は、 母 親捧 のひざもとで、このような 目 的 のために 訓肢 育挞 されたのであった。<br />

そして 彼 らは、 自 分 たちの 働掴 きを 理 解卆 し、それを 忠儮 実 に 実 行 した。 真卢 の 信勼 仰纝 に 改匳 宗儲 す<br />

る 者 たちが、これらの 大 学 内 に 出 てきて、その 主勢 義拣 が 学 校厛 全 体 にみなぎることもよく<br />

あった。 しかし 法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、どんなに 厳 密偾 に 調 べても、いわゆる 異 端健 邪旇 説拿<br />

の 出 所勰 をつかむことができなかった。<br />

キリストの 精 神卡 は、 伝捱 道匠 の 精 神卡 である。 心升 が 新 たにされた 人 のまず 最勞 初匘 の 衝胓 動 は、<br />

他 の 人 をも 救 い 主勢 に 導拗 こうとすることである。これが、ワルド 派挩 キリスト 教卝 徒傣 の 精 神卡<br />

であった。 彼 らは、 単 に 自 分 たちの 教卝 会 内 において 真卢 理 を 純儻 潔昔 に 保 つだけでなくて、<br />

それ 以匆 上 のことを 神卡 が 要勥 求卍 しておられると 感厤 じた。 彼 らは、 暗肨 黒 の 中 にいる 人 々に 光捄<br />

を 輝脮 かす 厳 粛施 な 責掅 任厃 が 自 分 たちに 負拆 わされているのを 感厤 じた。こうして 彼 らは、 神卡 の<br />

み 言匟 葉挺 の 偉昖 大 な 力 によって、ローマが 人 々に 負拆 わせたくびきを 砕 こうと 努 めた。ワル<br />

ド 派挩 の 牧肧 師 たちは 宣傪 教卝 師 としての 訓肢 練 を 受匃 け、 牧肧 師 の 職厯 務勲 にたずさわる 者 はみな、ま<br />

ず 伝捱 道匠 者 としての 経 験挧 を 持匛 たなければならなかった。 各厰 自 は、 本 国 の 教卝 会 の 責掅 任厃 を 負拆<br />

うに 先匪 だって、どこかの 伝捱 道匠 地 で 3 年 間 奉旊 仕捸 しなければならなかった。この 奉旊 仕捸 には、<br />

まず 克胨 己偻 と 犠腻 牲繉 とが 要勥 求卍 されたが、 困傮 難挚 をきわめた 時 代 に 牧肧 師 の 生 活卹 をする 者 にとっ<br />

44


反 乱 の 根 源<br />

て、まことにふさわしい 出 発 であった。 聖脩 職厯 に 任厃 じられた 青捘 年 たちは 自 分 たちの 前 途<br />

に、 世匒 俗晐 の 富挛 と 栄 光捄 ではなくて、 労排 苦 と 危捦 険叁 の 生 活卹 、あるいは 殉程 教卝 者 の 運卞 命挻 を 見 た。<br />

宣傪 教卝 師 たちは、イエスが 弟胱 子 たちをつかわされたように、2 人 ずつで 出 かけた。 青捘 年<br />

たち 一 人 一 人 に、たいていの 場 合 、 年 長 で 経 験挧 に 富挛 んだ 人 が 組匢 み 合 わせられ、 青捘 年 た<br />

ちは、 彼 を 訓肢 練 する 責掅 任厃 を 負拆 った 同 伴僀 者 の 指匦 導拗 の 下 でその 教卝 えに 従 わねばならなかっ<br />

た。こうした 同 労排 者 たちは、いつもいっしょにいたわけではなかったが、たびたび 祈绗<br />

りと 相 談挫 のために 集厦 まって、 互僆 いに 信勼 仰纝 を 強勮 めあった。<br />

彼 らの 任厃 務勲 の 目 的 を 明 かすことは、 不勘 利匏 を 招偠 くにきまっていた。それゆえ 彼 らは 注挅<br />

意勪 深捫 くその 身拴 分 をかくした。どの 牧肧 師 も、 何挬 かの 技叒 術挘 か 職厯 業 をわきまえており、 伝捱 道匠<br />

者 たちも、 世匒 俗晐 の 職厯 業 に 従 事 しながら 自 分 たちの 働掴 きを 行 った。 通 常拤 彼 らは、 行 商叏 の<br />

働掴 きを 選 んだ。 「 彼 らは、 当勠 時 遠 い 市 場 でなければ、たやすく 入 手 できなかった 絹 、<br />

宝肮 石厈 、その 他 の 品厍 を 扱僻 った。そして、 宣傪 教卝 師 として 訪掶 れるならはねつけられるところ<br />

に、 商叏 人 として 歓脒 迎 された。」 2 彼 らの 心升 は 常拤 に、 金 や 宝肮 石厈 よりも 尊胛 い 宝肮 を 人 々に 示単 す<br />

知半 恵 を、 神卡 に 仰纝 ぎ 求卍 めて、いた。 彼 らはひそかに、 聖脩 書危 の 全 部 、またはその 一 部 を 幾继<br />

冊昘 か 携掠 えていた。そして 機務 会 あるたびに、これらの 写捂 本 に 客推 の 注挅 意勪 を 引匂 いた。こうし<br />

てしばしば、 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 読傊 もうとする 興掰 味控 が 呼 び 起招 こされ、み 言匟 葉挺 の 一 部 が、それ<br />

を 受匃 け 入 れたいと 願傿 う 人 々のところに 喜 んで 置厒 いていかれた。<br />

これらの 伝捱 道匠 者 たちの 働掴 きは、 彼 らの 住卫 んでいた 山 々のふもとの 平匊 野 や 谷卼 間 から 始卿<br />

まったが、しかしそうした 近卐 辺 だけではなく、はるか 遠 くまで 広南 がった。 彼 らは、 彼<br />

らの 主勢 イエスのように、 旅傯 によごれたそまつな 衣胼 服傕 を 着挄 、はだしで、 大 きな 町 々を 巡儏<br />

り、 遠 方 の 地 方 にまで 進勺 んでいった。 至儖 る 所勰 で 彼 らは、 尊胛 い 種捶 をまいた。 彼 らが 通 っ<br />

たところには 教卝 会 が 起招 こり、 殉程 教卝 者 の 血傔 が 真卢 理 のあかしを 立 てた。これら 忠儮 実 な 人 々<br />

の 働掴 きによって 集厦 められた、 豊掿 かな 魂 の 収厓 穫 は、 主勢 の 大 いなる 日 にあらわされること<br />

であろう。ひそかに、そして 静 かに、 神卡 のみ 言匟 葉挺 はキリスト 教卝 世匒 界化 の 中 を 進勺 んでいき、<br />

人 々の 家匝 庭僃 と 心升 の 中 に 喜 び 迎 えられていった。<br />

ワルド 派挩 にとって、 聖脩 書危 は、 過厢 去掇 の 人 間 を 神卡 がどのように 扱僻 われたかという 記卌 録捎 と、<br />

現勶 在厪 の 責掅 任厃 と 義拣 務勲 の 啓繡 示単 であるだけではなくて、 将 来勵 の 危捦 険叁 と 栄 光捄 を 開 き 示単 すもので<br />

あった。 彼 らは、 万勦 物匵 の 終厖 わりが 遠 い 先匪 のことではないことを 信勼 じた。そして、 祈绗 り<br />

と 涙繽 をもって 聖脩 書危 を 研挣 究捨 した 時 、ますますその 尊胛 い 言匟 葉挺 に 深捫 く 心升 を 動 かされ、その 救<br />

いの 真卢 理 を 他 の 人 々に 伝捱 える 義拣 務勲 を 感厤 じた。 彼 らは、 救 いの 計匧 画厐 が 聖脩 書危 のページに 明<br />

らかにあらわされているのを 見 、イエスを 信勼 じることの 中 に 慰縺 めと 希傩 望捬 と 平匊 和匄 を 見 い<br />

だした。こうして 光捄 に 照儠 らされて 明 らかな 理 解卆 を 得千 、 心升 の 喜 びを 感厤 じた 時 に、 彼 らは、<br />

法 王掣 教卝 の 誤儶 謬 という 暗肨 黒 の 中 にいる 人 々に、その 光捄 を 注挅 ぎたいと 熱 望捬 した。<br />

45


反 乱 の 根 源<br />

彼 らは、 多匭 くの 人 々が 法 王掣 と 司 祭脫 の 指匦 導拗 のもとに、 自 分 たちの 魂 の 罪 の 償 いとして<br />

苦 行 をし、 罪 の 赦费 しを 得千 ようとむだな 努 力 をしているのを 見 た。 人 々は、 善 行 に 頼 っ<br />

て 救 いを 得千 るように 教卝 えられていたので、たえず 自 分 自 身拴 に 目 を 向匇 け、 自 分 たちの 罪<br />

深捫 さを 考卛 え、 自 分 たちが 神卡 の 怒腹 りにさらされているのを 見 、 心升 と 体 を 苦 しめたのであ<br />

るが、しかしなんの 安勣 心升 も 得千 られないのであった。こうして、 良拖 心升 的 な 人 々はローマ<br />

の 教卝 義拣 に 縛旸 られていた。 幾继 千収 という 人 々が 友掻 人 や 親捧 戚稿 を 捨腇 て、その 一 生 を 修 道匠 院协 の 小<br />

部 屋厡 で 過厢 ごした。たび 重匤 なる 断友 食挱 、 残拑 酷昰 なむち 打占 ち、 夜 半博 の 勤僭 行 、 荒僚 涼暐 とした 住卫 まい<br />

の 冷偭 たくしめった 石厈 の 上 での 数包 時 間 の 平匊 伏胹 、 長 途 の 巡儏 礼脊 、 屈縿 辱既 的 苦 行 や 恐傁 ろしい 拷稷<br />

問勬 ——こうしたものによって、 幾继 千収 という 人 々が、 良拖 心升 の 安勣 らぎを 得千 ようとしたがむ<br />

だであった。 罪 の 意勪 識掟 に 圧 倒 され、 神卡 の 報匔 復挴 の 怒腹 りを 恐傁 れて、 多匭 くの 者 は 悩肘 みつづけ、<br />

ついには 精 根捏 つき 果卵 てて、 一 条厬 の 光捄 も 希傩 望捬 も 得千 ずに 墓斳 に 入 ってしまうのであった。<br />

ワルド 派挩 の 人 々は、これらの 飢 えた 魂 に 生 命挻 のパンを 与拜 え、 神卡 の 約 束僓 の 中 にある 平匊<br />

和匄 のメッセージを 示単 し、 救 いの 唯繴 一 の 望捬 みとしてキリストをさし 示単 したいと 切卲 望捬 した。<br />

善 行 によって、 神卡 の 律傢 法 を 犯 した 罪 を 贖 うことができるという 教卝 義拣 は、 虚縚 偽兖 に 基匼 づく<br />

ものであると 彼 らは 主勢 張挗 した。 人 間 の 功僵 績 に 頼 ることは、キリストの 無叄 限拘 の 愛 を 見 る<br />

ことを 妨绋 げてしまう。 堕秐 落叉 した 人 類 は 神卡 の 前 に、 何挬 1 つとして 自 分 を 推掙 奨断 しうるもの<br />

がないために、イエスが 人 間 の 犠腻 牲繉 としてなくなられたのである。 十厝 字捐 架繳 に 架繳 けられ、<br />

復挴 活卹 された 救 い 主勢 の 功僵 績 が、キリスト 者 の 信勼 仰纝 の 基匼 礎脔 である。 人 がキリストによりす<br />

がり、キリストにつながるということは、 手 足拒 が 体 につながり、 枝胿 が 幹挒 につながるの<br />

と 同 様捞 に、 現勶 実 で 密偾 接捴 なものでなければならない。<br />

法 王掣 や 司 祭脫 たちの 教卝 えは、 神卡 の 品厍 性勯 またキリストの 品厍 性勯 でさえも、 厳 格卺 で、 暗肨 く、<br />

近卐 づきにくいものという 考卛 えを 人 々にいだかせていた。また 救 い 主勢 は、 司 祭脫 や 聖脩 人 の<br />

仲傫 保 がなければならないほど、 堕秐 落叉 した 人 間 に 対 する 同 情午 心升 に 欠 けたお 方 として 提卖 示単<br />

された。 しかし、 神卡 のみ 言匟 葉挺 によって 目 を 開 かれた 者 たちは、 罪 の 重匤 荷免 と 心升 配括 や 苦 労排<br />

を 持匛 ったままご 自 分 のもとに 来勵 るようにと、 立 って 両厥 手 をひろげ、すべてのものを 招偠<br />

いておられる 愛 と 憐穳 れみに 満掫 ちた 救 い 主勢 イエスを、これらの 魂 に 示単 したいと 熱 望捬 した。<br />

また、 人 々が 神卡 の 約 束僓 を 認卉 めて、 直卟 接捴 神卡 に 来勵 て、 罪 を 告卪 白换 し、 赦费 しと 平匊 和匄 を 受匃 けるこ<br />

とがないようにするためにサタンが 積捑 み 上 げた 妨绋 害县 物匵 —— 人 々が 神卡 の 約 束僓 を 悟縖 らない<br />

ようにするために、そして、 直卟 接捴 神卡 のもとにきて 罪 を 告卪 白换 し、 赦费 しと 平匊 和匄 を 得千 ること<br />

がないようにするために、サタンが 積捑 み 上 げた 妨绋 害县 物匵 ——を、 一 掃线 したいと 切卲 望捬 し<br />

た。<br />

ワルド 派挩 の 伝捱 道匠 者 は、 興掰 味控 をもった 人 々に、 福厹 音 の 尊胛 い 真卢 理 を 熱 心升 に 伝捱 えた。 彼 ら<br />

は、 注挅 意勪 深捫 く 書危 かれた 聖脩 書危 の 一 部 を、 用 心升 深捫 く 取勚 り 出 した。 刑傃 罰脖 の 執儨 行 を 待挊 ち 構拧 えて<br />

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反 乱 の 根 源<br />

いる 報匔 復挴 の 神卡 しか 知半 らなかったところの、 罪 に 苦 しむ 良拖 心升 的 な 魂 に、 希傩 望捬 を 与拜 えるこ<br />

とは、 彼 の 最勞 大 の 喜 びであった。くちびるを 震傹 わせ、 目 に 涙繽 を 浮 かべながら、そして<br />

しばしばひざまずいて、 彼 は、 罪 人 の 唯繴 一 の 希傩 望捬 を 告卪 げる 尊胛 い 約 束僓 を 彼 の 同 胞繟 に 読傊 ん<br />

で 聞挈 かせた。こうして 真卢 理 の 光捄 は、 暗肨 黒 に 閉僔 ざされていた 多匭 くの 心升 を 照儠 らし、 黒 雲胖 を<br />

追挵 い 払掾 い、そしてついには 義拣 の 太挲 陽傘 が、その 光捄 にいやしの 力 をもって、 心升 の 中 にさし<br />

込匸 むようになった。しばしば 聖脩 書危 のある 部 分 は、くり 返拮 し 何挬 度 も 何挬 度 も 読傊 むことを 相<br />

手 から 望捬 まれた。 相 手 は、それが 聞挈 きちがいではないということを、 確卾 かめているか<br />

のようであった。 特厣 に 次卙 の 聖脩 句繯 は、 何挬 度 もくり 返拮 すよう 熱 心升 に 求卍 められた。「 御 子 イ<br />

エスの 血傔 が、すべての 罪 からわたしたちをきよめるのである」[Ⅰヨハネ 1:。「そし<br />

て、ちょうどモーセが 荒僚 野 でへびを 上 げたように、 人 の 子 もまた 上 げられなければな<br />

らない。それは 彼 を 信勼 じる 者 が、すべて 永 遠 の 命挻 を 得千 るためである」[ヨハネ 3:<br />

14、。<br />

多匭 くの 者 が、ローマの 主勢 張挗 に 関 して 目 をさまされた。 彼 らは、 罪 人 のための 人 間 や<br />

天拦 使却 のとりなしが、どんなに 無叄 益捍 であるかを 知半 った。 彼 らの 心升 に 真卢 理 の 光捄 が 射 し 込匸 ん<br />

だ 時 、 彼 らは 喜 びをもって 叫经 んだ。「キリストがわたしの 祭脫 司 、 彼 の 血傔 がわたしの 犠腻<br />

牲繉 、そして 彼 の 祭脫 壇绵 がわたしの 告卪 白换 室掂 である」と。 彼 らは、イエスの 功僵 績 に 全 く 依傟 り<br />

頼 んで 次卙 のみ 言匟 葉挺 を 繰 りかえした。「 信勼 仰纝 がなくては、 神卡 に 喜 ばれることはできない」<br />

[ヘブル 11:。「わたしたちを 救 いうる 名匷 は、これを 別厌 にしては、 天拦 下 のだれにも 与拜<br />

えられていないからである」[ 使却 徒傣 行 伝捱 4:。 嵐脸 になやむ 哀暈 れな 魂 にとって、 救 い 主勢<br />

の 愛 の 保 証卨 は、 実 感厤 できないほど 大 いなるものに 思卩 われた。 大 きな 安勣 心升 が 与拜 えられ、<br />

あふれるばかりの 光捄 が 彼 らの 上 に 注挅 がれたので、 彼 らは 天拦 に 移挔 されたかのように 感厤 じ<br />

たほどであった。 彼 らの 手 は、キリストをしっかりと 握儙 り、 彼 らの 足拒 は 永 遠 の 岩 の 上<br />

に 立 っていた。 死拎 の 恐傁 怖繍 はすべて 消拔 え 去掇 った。 今 や 彼 らにとって、 救 い 主勢 のみ 名匷 の 栄<br />

光捄 のためであるならば、 牢 獄晳 であれ 火 刑傃 であれ、あえて 切卲 望捬 するところとなった。<br />

こうして、 人 目 を 避 けたところで、 神卡 のみ 言匟 葉挺 が 持匛 ち 出 され、 読傊 まれたのであった。<br />

時 には、ただ 1 人 のた めに、そして 時 には、 光捄 と 真卢 理 を 渇 望捬 する 小 さい 群儈 れのために。<br />

このようにして 徹僿 夜 することもよくあった。 聴傏 衆 があまりにも 驚脚 き、 感厤 嘆昍 するので、<br />

彼 らが 救 いのおとずれを 十厝 分 に 理 解卆 するまで、 憐穳 れみの 使却 者 は 朗脲 読傊 を 中 断友 せざるをえ<br />

ないこともまれではなかった。また、しばしば、「 神卡 は、ほんとうにわたしの 献僑 げ 物匵<br />

を 受匃 け 入 れられるであろうか。 神卡 は、わたしに 恵 みをお 与拜 えになるであろうか。 神卡 は、<br />

わたしをお 赦费 しになるであろうか」という 言匟 葉挺 が 発 せられた。そしてその 答掬 えとして、<br />

「すべて 重匤 荷免 を 負拆 うて 苦 労排 している 者 は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを 休<br />

ませてあげよう」というみ 言匟 葉挺 が 読傊 み 上 げられた[マタイ 11:。<br />

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反 乱 の 根 源<br />

人 々は 信勼 仰纝 によって 約 束僓 をしっかりと 捉赤 え、 喜 びをもって 応厸 答掬 した。「もう 長 い 巡儏<br />

礼脊 の 旅傯 に 出 ることはない。もう 苦 労排 して 宮厳 詣 りをしなくてもよいのだ。 罪 深捫 く 汚儢 れた<br />

まま、わたしはイエスのもとに 行 っていいのだ。そして 彼 は、 悔繛 い 改匳 めた 者 の 祈绗 りを<br />

退挖 けられない。『あなたの 罪 は 赦费 された』。わたしの 罪 、わたしの 罪 でさえ、 赦费 され<br />

るのだ!」。<br />

きよい 喜 びが 心升 に 満掫 ち、 賛僮 美捜 と 感厤 謝儑 によってイエスのみ 名匷 があがめられるのであっ<br />

た。 喜 びに 満掫 たされたこれらの 人 々は、 真卢 の 生 ける「 道匠 」を 発 見 したという 自 分 たち<br />

の 新 しい 経 験挧 を、できるだけ 十厝 分 に 他 の 人 々に 語指 り、 光捄 を 伝捱 えるために、 家匝 路挢 を 急双 い<br />

だ。 真卢 理 を 求卍 めていた 人 々の 心升 に 直卟 接捴 語指 った 聖脩 書危 の 言匟 葉挺 には、 不勘 思卩 議 で 厳 粛施 な 力 が 伴僀<br />

っていた。それは 神卡 の 声拨 であった。そしてそれは、それを 聞挈 いた 者 たちの 心升 を 強勮 く 動<br />

かした。<br />

真卢 理 の 使却 者 は、また 旅傯 に 出 てしまう。しかし、 彼 の 謙旎 そんな 態拟 度 、 誠肬 実 さ、そして<br />

真卢 剣腚 で 熱 意勪 にあふれていたことなどが、たびたび 話匋 題匑 となった。 多匭 くの 場 合 聴傏 衆 は 彼<br />

がどこから 来勵 てどこへ 行 くのかをたずねていなかった。 彼 らは、 最勞 初匘 は 驚脚 きに 圧 倒 さ<br />

れ、そのあとでは 感厤 謝儑 と 喜 びに 圧 倒 されて、 彼 にたずねることなど 考卛 えもしなかった<br />

のである。 彼 らが、 自 分 たちの 家匝 までいっしょに 行 くよう 勧僊 めると、 彼 は、 自 分 は 群儈<br />

れの 失拽 われた 羊旴 をたずねなければならないと 答掬 えるのであった。もしかすると 彼 は 天拦<br />

からのみ 使却 いだったのではなかろうか、と 人 々は 不勘 審拥 がった。 たいていの 場 合 、 真卢 理<br />

の 使却 者 は 2 度 と 現勶 れなかった。 彼 は、 他 の 地 方 へ 行 ってしまったのか、それとも 人 知半<br />

れぬ 牢 獄晳 の 中 で 苦 しんでいるのか、または、 真卢 理 のあかしを 立 てたその 場 所勰 で、 骨儴 を<br />

さらしているのかもしれなかった。しかし、 彼 が 後 に 残拑 していった 言匟 葉挺 は、 滅脛 ぼすこ<br />

とができなかった。それは 人 々の 心升 の 中 で 働掴 いていた。その 祝腛 福厹 された 結医 果卵 は、 審拥 判匯<br />

の 時 になってはじめて 明 らかになることであろう。<br />

ワルド 派挩 の 伝捱 道匠 者 たちは、サタンの 王掣 国 に 侵兓 入 しつつあったので、 暗肨 黒 の 勢厕 力 も 厳<br />

重匤 な 警厺 戒儦 を 始卿 めた。 悪捰 の 君 は、 真卢 理 を 前 進勺 させようとするあらゆる 努 力 を 監叆 視拹 し、 自<br />

分 の 代 理 者 たちの 恐傁 怖繍 心升 をあおった。 法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、これらの 素 朴旞 な 旅傯 商叏 人<br />

たちの 活卹 動 が、 彼 らの 側卷 を 危捦 険叁 に 陥肿 れる 兆授 であることに 気勴 づいた。もし 真卢 理 の 光捄 が、<br />

なんの 妨绋 げもなしに 輝脮 くならば、それは、 人 々を 閉僔 じこめている 誤儶 りの 厚掖 い 雲胖 を 一 掃线<br />

してしまうことであろう。それは、 人 々の 心升 をただ 神卡 だけに 向匇 けて、ついにはローマ<br />

の 至儖 上 権勻 を 打占 破挐 してしまうことであろう。<br />

初匘 代 教卝 会 の 信勼 仰纝 を 保 っているこの 人 々の 存掑 在厪 そのものが、ローマの 背 教卝 に 対 する 絶傉<br />

えざるあかしであり、それゆえに、 最勞 も 激 しい 憎 悪捰 と 迫 害县 をひき 起招 こした。 彼 らが 聖脩<br />

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反 乱 の 根 源<br />

書危 の 引匂 き 渡据 しを 拒兘 否 したことも、ローマにとっては 許 せないことであった。ローマは<br />

彼 らを 地 上 から 一 掃线 しようとした。こうして、 最勞 も 恐傁 るべき 戦勛 いが、 山 の 中 に 住卫 む 神卡<br />

の 民 に 向匇 かって 始卿 められた。また、 宗儲 教卝 裁拍 判匯 官厑 [ 異 端健 審拥 問勬 官厑 ]が、 彼 らの 後 を 追挵 い、 罪<br />

なきアベルが 残拑 忍旖 なカインに 殺掮 されるという 光捄 景拲 がしばしばくり 返拮 された。<br />

何挬 度 となく、 彼 らの 肥儺 沃禩 な 土拋 地 は 荒僚 らされ、 住卫 まいや 礼脊 拝旟 堂傾 は 破挐 壊傓 され、なんの 罪<br />

もない 勤僭 勉腯 な 人 々の、 実 り 豊掿 かな 田 園挷 と 家匝 庭僃 であったところが、 見 渡据 すかぎりの 荒僚 れ<br />

地 となってしまった。 飢 えた 猛縭 獣 が 血傔 をなめて、ますますたけり 狂旆 うように、 法 王掣 教卝<br />

徒傣 たちは 犠腻 牲繉 者 たちの 苦 難挚 を 見 て、ますます 激 しく 怒腹 りを 燃 やした。これら 純儻 粋暋 な 信勼<br />

仰纝 の 証卨 人 たちの 多匭 くは、 隠僸 れていた 山 々から 追挵 われ、 谷卼 間 から 狩旔 り 出 され、 深捫 い 森捒 林掚<br />

や 岩 山 の 峰腟 々に 避 難挚 した。<br />

こうして 追挵 放择 された 人 々の 品厍 性勯 には、なんのおちどもなかった。 彼 らの 敵育 でさえ 彼<br />

らのことを、 平匊 和匄 を 愛 し、 穏昳 やかで、 敬肭 虔 な 人 々であると 言匟 明 している。 彼 らの 主勢 要勥<br />

な 罪 は、 彼 らが 法 王掣 の 意勪 志 通 りには 神卡 を 礼脊 拝旟 しないということであった。この 罪 のた<br />

めに、 人 間 または 悪捰 魔斴 が 考卛 え 出 すことのできるあらゆる 屈縿 辱既 と 侮贔 辱既 と 拷稷 問勬 が、 彼 らに<br />

加匎 えられたのである。 ローマが、 憎 むべき 教卝 派挩 を 全 滅脛 させようと 決 意勪 した 時 、 彼 らを<br />

異 端健 として 非 難挚 し、 滅脛 ぼすよう 命挻 じた 教卝 書危 が、 法 王掣 によって 出 された。 彼 らは、 怠旒 け<br />

者 であるとか 不勘 正匁 直卟 であるとか、 秩膈 序胺 を 乱 すとかと 言匟 って 訴挰 えられたのではなかった。<br />

そうではなくて、 信勼 心升 深捫 く 神卡 聖脩 な 外勭 観掺 を 装 いながら、「 真卢 の 羊旴 の 群儈 」を 欺繏 く 者 である<br />

と 宣傪 言匟 されたのである。それゆえに 法 王掣 は、「そのような 悪捰 人 たちの、 有卻 害县 で 忌 まわ<br />

しい 宗儲 派挩 は」、もし 彼 らが「それを 放择 棄 しないならば、 毒兙 蛇晡 のように 撲儹 滅脛 せよ」と 命挻<br />

じた。 3 この 高 慢纁 な 権勻 力 者 は、この 言匟 葉挺 をふたたび 聞挈 くことを 予匨 期勡 したであろうか。 彼<br />

は、この 言匟 葉挺 が 天拦 の 書危 に 記卌 されて、 審拥 判匯 の 時 に 彼 はそれに 直卟 面卥 するのだということを、<br />

知半 っていたであろうか。「わたしの 兄胆 弟胱 であるこれらの 最勞 も 小 さい 者 のひとりにした<br />

のは、すなわち、わたしにしたのである」とイエスは 言匟 われた[マタイ 25:。<br />

この 教卝 書危 は、 異 端健 に 対 する 戦勛 いに 教卝 会 の 全 員 が 参厴 加匎 するよう 呼 びかけた。この 残拑 酷昰<br />

な 仕捸 事 に 従 事 させるための 刺儒 激 として、それは、「 一 般 または 特厣 定 を 問勬 わず、すべて<br />

の 宗儲 教卝 的 苦 行 と 罰脖 からの 赦费 免僧 を 与拜 えた。 戦勛 いに 加匎 わる 者 すべてに、どんな 宣傪 誓绒 の 不勘 履旫<br />

行 をも 許 した。どんな 不勘 正匁 によって 得千 た 物匵 でも 合 法 と 認卉 めた。そして、 異 端健 者 を 殺掮 す<br />

ものは、すべての 罪 が 赦费 されると 約 束僓 した。また、ワルド 派挩 の 人 々に 有卻 利匏 な 契 約 はす<br />

べて 破挐 棄 し、 彼 らの 使却 用 人 たちに 家匝 を 去掇 るよう 命挻 じ、すべての 者 に 対 して、どんな 援拶<br />

助捉 をも 彼 らに 与拜 えることを 禁 じ、そして、すべての 者 に 彼 らの 財拉 産勩 を 奪傤 う 権勻 利匏 を 与拜 え<br />

た。」 4 こうした 文卽 書危 は 明 らかに、その 背 後 で 働掴 く 悪捰 の 霊绳 を 示単 している。ここに 聞挈 こえ<br />

るのは、キリストの 声拨 ではなくて、 龍僞 のほえる 声拨 である。<br />

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反 乱 の 根 源<br />

法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、 彼 らの 品厍 性勯 を 神卡 の 律傢 法 という 偉昖 大 な 標 準厜 に 合 わせようとは<br />

せず、 自 分 たちに 都匙 合 のよい 別厌 の 標 準厜 を 設勳 けた。そして、ローマがそう 命挻 じるという<br />

理 由厩 のもとにすべての 者 をそれに 従 わせようと 決 めた。 最勞 も 恐傁 ろしい 悲胳 劇胋 が 演 じられ<br />

た。 堕秐 落叉 して 神卡 をけがしても 恐傁 れない 司 祭脫 や 法 王掣 たちは、サタンが 彼 らに 命挻 じたこと<br />

を 行 っていた。 彼 らには、 憐穳 れみなど 少厮 しも 見 られなかった。キリストを 十厝 字捐 架繳 にか<br />

け、 使却 徒傣 たちを 殺掮 したのと 同 じ 精 神卡 、また、 残拑 忍旖 なネロが 彼 の 時 代 の 忠儮 実 な 者 たちを<br />

迫 害县 したのと 同 じ 精 神卡 が、 神卡 に 愛 された 人 々を 地 上 から 除揄 き 去掇 ろうとして 働掴 いてい<br />

た。 神卡 を 恐傁 れる 民 、ワルド 派挩 の 人 々は、 数包 世匒 紀 にわたって 受匃 けた 迫 害县 にも 忍旖 耐脾 強勮 く 耐脾<br />

えて、 贖 い 主勢 をあがめた。 彼 らにはしばしば 十厝 字捐 軍拚 が 向匇 けられて、 残拑 忍旖 な 虐纨 殺掮 を 受匃 け<br />

たにもかかわらず、 彼 らは 貴揂 重匤 な 真卢 理 をあちこちに 伝捱 えるために、 伝捱 道匠 者 を 派挩 遣傛 しつ<br />

づけた。 彼 らは 狩旔 り 出 され 殺掮 された。しかし、その 血傔 は、まかれた 種捶 に 水匍 を 注挅 ぎ、 必厧<br />

ず 実 を 結医 ばせた。 こうしてワルド 派挩 の 人 々は、ルターが 生 まれる 幾继 世匒 紀 も 前 に、 神卡 の<br />

ためにあかしを 立 てた。 彼 らは 多匭 くの 国 々に 散偶 らばって、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 種捶 をまいた。 宗儲<br />

教卝 改匳 革挙 は、ウィクリフの 時 代 に 始卿 まり、ルターの 時 代 に 広南 く 深捫 く 成勱 長 した。そしてそ<br />

れは、「 神卡 の 言匟 とイエスのあかしとのゆえに」 喜 んですべての 苦 難挚 を 忍旖 ぶ 人 々によっ<br />

て、 世匒 の 終厖 わりまで 続勸 けられるのである[ 黙縹 示単 録捎 1:。<br />

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反 乱 の 根 源<br />

第匌 5 章 真卢 実 のチャンピオン<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 以匆 前 には、ほんの 少厮 ししか 聖脩 書危 がなかった 時 があったが、 神卡 は、 神卡 のみ 言匟<br />

葉挺 が 全 く 滅脛 び 失拽 せることをお 許 しにならなかった。 聖脩 書危 の 真卢 理 は、 永 遠 に 隠僸 しておか<br />

れるべきではなかった。 神卡 は、 牢 獄晳 の 扉晲 を 開 き、 鉄捹 の 門挋 のかんぬきをはずして、 神卡 の<br />

しもべたちを 自 由厩 にすることができたのと 同 様捞 に、 生 命挻 の 言匟 葉挺 を 解卆 放择 することも、た<br />

やすいことであった。ヨーロッパ 各厰 国 において、 人 々は 聖脩 霊绳 に 動 かされて、 隠僸 れた 宝肮<br />

をさがすように 真卢 理 を 研挣 究捨 した。 彼 らは、 摂昊 理 的 に 聖脩 書危 に 導拗 かれて、 非 常拤 な 興掰 味控 をも<br />

ってそれを 研挣 究捨 した。 彼 らは、どんな 犠腻 牲繉 を 払掾 ってでも、 光捄 を 受匃 けようとしていた。<br />

彼 らは、すべてのことをはっきりと 認卉 めたわけではなかったけれども、 久挸 しくうずも<br />

れていた 多匭 くの 真卢 理 を 見 いだすことができた。 天拦 からの 使却 者 として 彼 らは 出 て 行 き、<br />

誤儶 りと 迷偧 信勼 の 鎖肽 を 砕 き、 長 い 間 縛旸 られていた 人 々に、 立 ち 上 がって 自 由厩 を 主勢 張挗 するよ<br />

うに 呼 びかけた。<br />

ワルド 派挩 の 人 々を 除揄 いては、 神卡 の 言匟 葉挺 は 長 い 間 、 知半 識掟 階 級揁 だけが 読傊 める 言匟 語指 の 中 に<br />

閉僔 じ 込匸 められていた。しかし、 聖脩 書危 が 翻 訳胲 されて、 各厰 国 の 人 々に 自 国 語指 で 与拜 えられる<br />

時 が 来勵 た。 世匒 界化 はその 真卢 夜 中 を 過厢 ぎた。 暗肨 黒 の 時 は 過厢 ぎようとしていた。そして 各厰 国<br />

に、 夜 明 けのしるしが 現勶 れつつあった。 14 世匒 紀 、 英捼 国 に、「 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 明 星 」が 現勶<br />

れた。ジョン・ウィクリフは、 英捼 国 だけでなくて、 全 キリスト 教卝 国 にとっての、 改匳 革挙<br />

の 先匪 駆肖 者 であった。 彼 が 語指 ることを 許 されたローマに 対 する 一 大 抗 議 は、 決 して 沈腉 黙縹<br />

させることができなかった。その 抗 議 は 紛兗 争拫 のきっかけとなって、ついに 個持 人 、 教卝 会 、<br />

国 家匝 の 解卆 放择 が 起招 こったのである。<br />

ウィクリフは、 高 等 教卝 育挞 を 受匃 けた。 彼 にとって、 神卡 を 恐傁 れることは 知半 恵 のはじめで<br />

あった。 彼 は 大 学 時 代 に、 驚脚 くべき 才纞 能印 と 学 識掟 の 持匛 ち 主勢 であると 共厗 に、 熱 心升 な 信勼 仰纝 の<br />

持匛 ち 主勢 として 知半 られていた。 彼 は 知半 識掟 欲僼 にもえて、あらゆる 学 問勬 を 身拴 につけようとし<br />

た。 彼 は、スコラ 哲脼 学 、 教卝 会 法 、 民 法 特厣 に 自 国 の 法 律傢 を 学 んだ。こうした 青捘 年 時 代 の<br />

教卝 育挞 は、 後 年 の 彼 の 活卹 動 に 大 いに 役叓 立 った。 彼 はその 時 代 の 思卩 弁 哲脼 学 に 通 じていたか<br />

ら、その 誤儶 りを 指匦 摘 することができた。そして、 国 の 法 律傢 や 教卝 会 の 法 規厶 の 研挣 究捨 によっ<br />

て、 彼 は、 市 民 的 自 由厩 と 宗儲 教卝 的 自 由厩 のための 大 いなる 戦勛 いにたずさわる 準厜 備厵 ができた。<br />

彼 は、 神卡 のみ 言匟 葉挺 から 得千 た 武叇 器捙 をふるうことができたと 同 時 に、 学 校厛 における 知半 的 訓肢<br />

練 を 受匃 けていたから、 哲脼 学 者 たちのかけひきをも 知半 っていた。 彼 のすぐれた 資 質拾 と 深捫<br />

遠 な 学 識掟 には、 敵育 も 味控 方 も 尊胛 敬肭 を 払掾 った。 彼 の 支匣 持匛 者 たちは、 自 分 たちの 戦勛 士厨 が 国 家匝<br />

の 指匦 導拗 者 たちの 中 でも 第匌 一 級揁 の 人 物匵 であることを 誇縷 りとした。そして 彼 の 敵育 たちは、<br />

改匳 革挙 事 業 の 支匣 持匛 者 の 無叄 知半 と 弱傽 点勷 を 暴偷 露腒 して 軽 べつすろということができなかった。<br />

51


反 乱 の 根 源<br />

ウィクリフは、まだ 学 生 であった 時 から、 聖脩 書危 の 研挣 究捨 を 始卿 めた。まだ 古挃 代 語指 で 書危 か<br />

れた 聖脩 書危 しかなかったその 時 代 において、 学 者 たちは 真卢 理 の 泉 への 道匠 を 見 いだすこと<br />

ができたが、 無叄 学 な 者 たちにはそれは 閉僔 ざされていた。こうして、ウィクリフの 改匳 革挙<br />

者 としての 将 来勵 の 働掴 きへの 道匠 は、すでに 備厵 えられていた。 学 者 たちは 神卡 の 言匟 葉挺 を 研挣 究捨<br />

し、そこに 示単 されている 豊掿 かな 神卡 の 恵 みという 大 真卢 理 を 見 いだしていた。 彼 らは、そ<br />

の 教卝 えにおいて、この 真卢 理 の 知半 識掟 をひろめ、 他 の 人 々を 生 きたみ 言匟 葉挺 に 導拗 いていた。<br />

ウィクリフの 注挅 意勪 が 聖脩 書危 に 向匇 けられた 時 、 彼 は、 学 業 の 修 得千 に 当勠 たったのと 同 じく<br />

徹僿 底 的 に、その 研挣 究捨 に 当勠 たった。これまで 彼 は、スコラ 哲脼 学 にも、 教卝 会 の 教卝 えにも 満掫<br />

足拒 することができず、 非 常拤 な 物匵 足拒 りなさを 感厤 じていた。そして 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 中 に、 彼<br />

はこれまで 求卍 めても 得千 られなかったものを 発 見 した。ここに 彼 は、 救 いの 計匧 画厐 が 啓繡 示単<br />

され、キリストが 人 類 の 唯繴 一 の 仲傫 保 者 として 示単 されているのを 見 た。 彼 は、キリスト<br />

の 御 用 に 自 分 自 身拴 を 献僑 げ、 自 分 が 発 見 した 真卢 理 を 人 々 に 宣傪 布偵 しようと 決 心升 した。<br />

その 後 の 改匳 革挙 者 たちと 同 様捞 にウィクリフも、 働掴 きを 始卿 めたころは、 自 分 がどこに 導拗<br />

かれるか 知半 らなかった。 彼 は、 故採 意勪 にローマに 反卬 抗 したわけではなかった。しかし、<br />

真卢 理 に 献僑 身拴 した 時 、 必厧 然掍 的 に 虚縚 偽兖 と 戦勛 わなければならなくなった。 彼 は、 法 王掣 制勧 の 誤儶<br />

りがはっきりすればするほど、 熱 心升 に 聖脩 書危 の 教卝 えを 説拿 いた。 彼 は、ローマが 神卡 のみ 言匟<br />

葉挺 を 捨腇 てて 人 間 の 伝捱 説拿 を 取勚 り 入 れたのを 見 た。 彼 は、 聖脩 書危 を 退挖 けた 司 祭脫 たちを 大 胆绺 に<br />

非 難挚 して、 聖脩 書危 をもう 1 度 人 々の 手 に 回 復挴 することを、そしてその 権勻 威胙 を 教卝 会 内 でも<br />

う 1 度 確卾 立 することを 要勥 求卍 した。<br />

彼 は 熱 心升 で 有卻 能印 な 教卝 師 であり、 雄接 弁 な 説拿 教卝 者 であった。そして 彼 の 日 常拤 生 活卹 は、 彼<br />

が 宣傪 べ 伝捱 えている 真卢 理 の 実 証卨 であった。 聖脩 書危 に 関 する 彼 の 知半 識掟 、 強勮 力 な 論厱 証卨 、 彼 の 純儻<br />

潔昔 な 生 活卹 、 確卾 固 とした 勇腅 気勴 と 誠肬 実 さとは、 一 般 の 人 々の 尊胛 敬肭 と 信勼 頼 をかちえた。 多匭 く<br />

の 者 は、ローマ 教卝 会 にみなぎる 罪 悪捰 を 見 て、これまでの 信勼 仰纝 に 不勘 満掫 を 抱 くようになっ<br />

ていたから、ウィクリフが 示単 した 真卢 理 を 非 常拤 な 喜 びをもって 迎 えた。しかし、 法 王掣 教卝<br />

の 指匦 導拗 者 たちは、この 改匳 革挙 者 が 自 分 たちよりも 大 きな 勢厕 力 を 得千 つつあるのを 見 て、 激<br />

しい 怒腹 りに 満掫 たされた。<br />

ウィクリフは 誤儶 りを 鋭繾 く 看胒 破挐 する 人 であって、ローマの 権勻 威胙 によって 認卉 められてい<br />

た 多匭 くの 悪捰 習 を 恐傁 れず 攻 撃掐 した。 彼 は 王掣 室掂 付厏 牧肧 師 として 活卹 躍儆 していたが、 法 王掣 が 英捼 国<br />

国 王掣 に 課挜 した 税卮 の 支匣 払掾 いに 勇腅 敢暑 に 反卬 対 した。そして、 法 王掣 が 世匒 俗晐 の 王掣 たちの 上 に 権勻 力<br />

をふるうことは、 道匠 理 にも 啓繡 示単 にも 反卬 することを 指匦 摘 した。 法 王掣 の 要勥 求卍 は 人 々を 大 い<br />

に 憤 慨 させていたので、ウィクリフの 教卝 えは 国 家匝 の 指匦 導拗 階 級揁 に 影挼 響捳 を 及 ぼした。 王掣 と<br />

52


反 乱 の 根 源<br />

貴揂 族 達挾 は、 結医 束僓 して 法 王掣 の 俗晐 権勻 に 対 する 要勥 求卍 を 拒兘 絶傉 し、 税卮 の 支匣 払掾 いを 拒兘 んだ。こうし<br />

て 英捼 国 における 法 王掣 の 至儖 ヒ 権勻 に 対 して 大 きな 打占 撃掐 が 加匎 えられた。<br />

ウィクリフが、 長 年 にわたって 断友 固 たる 戦勛 いをいどんだもう 1 つの 悪捰 習 は、たくは<br />

つ 修 道匠 会 の 制勧 度 であった。これらの 修 道匠 土拋 たちは、 英捼 国 に 群儈 がり、 国 家匝 の 偉昖 大 と 繁光 栄<br />

にとっての 障揃 害县 となっていた。 産勩 業 ・ 教卝 育挞 ・ 道匠 徳 ヒに 衰斠 退挖 的 影挼 響捳 を 及 ぼしていた。 修<br />

道匠 士厨 たちの 怠旒 惰趌 な 物匵 ごい 生 活卹 は、 財拉 政 的 に 人 民 の 重匤 い 負拆 叕担 となったばかりでなく、 有卻<br />

用 な 労排 働掴 を 軽 べつするに 至儖 らせた。 青捘 年 たちは 堕秐 落叉 し 腐纄 敗反 した。 修 道匠 士厨 たちの 影挼 響捳 を<br />

受匃 けて、 修 道匠 院协 に 入 り、 隠僸 遁 生 活卹 をする 者 が 多匭 くいた。しかもこのことは、 親捧 の 同 意勪<br />

を 得千 ないばかりか、 彼 らには 知半 らせず、また 彼 らの 命挻 令傂 に 反卬 してまで 行 われた。<br />

ローマ 教卝 会 初匘 期勡 の 教卝 父 の 1 人 は、 子 としての 愛 と 義拣 務勲 の 要勥 求卍 以匆 上 に 修 道匠 院协 生 活卹 の 要勥<br />

求卍 を 重匤 要勥 視拹 して、 次卙 のように 宣傪 言匟 していた。「たとえ、なんじの 父 が 戸叐 口卶 に 倒 れて 嘆昍<br />

き 悲胳 しみ、なんじの 母 が、なんじを 抱 きし 身拴 をあらわし、なんじに 乳腤 ふくませし 胸胬 を<br />

あらわそうとも、なんじこれを 足拒 下 にふみにじり、まっすぐキリストへと 進勺 み 行 くべ<br />

し。」 後 にルターが 言匟 っているように、 親捧 に 対 して 無叄 情午 無叄 感厤 覚 になった 子 供挿 たちの 心升<br />

は、こうした「ぞっとするような 冷偭 酷昰 さ」のゆえに「キリスト 者 や 人 間 というよりは、<br />

おおかみや 暴偷 君 のような 感厤 じがする。」 1 こうして 法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、 昔繕 のパリサ<br />

イ 人 たちのように、 自 分 たちの 言匟 い 伝捱 えによって 神卡 の 戒儦 めを 廃 した。こうして、 家匝 庭僃<br />

は 荒僚 廃 し、 親捧 は 息僢 子 や 娘繂 たちとの 交卦 わりを 奪傤 われた。<br />

大 学 の 学 生 たちでさえ、 修 道匠 土拋 たちの 偽兖 りの 言匟 葉挺 に 欺繏 かれて、その 団卄 体 に 誘儬 いこま<br />

れた。 多匭 くの 者 が、 後 になって、 自 分 たちの 一 生 を 破挐 滅脛 させ 親捧 を 悲胳 しませたことに 気勴<br />

づき、 後 悔繛 したが、しかし、ひとたびわなにかかるや、そこから 抜掽 け 出 ることはでき<br />

なかった。 修 道匠 士厨 たちの 影挼 響捳 を 恐傁 れて、 息僢 子 たちを 大 学 に 送拡 ろうとしなかった 親捧 も 多匭<br />

くいた。 学 問勬 の 中 心升 である 各厰 地 の 最勞 高 学 府匕 の 学 生 の 数包 は 目 立 って 減匬 少厮 した。 学 校厛 は 衰斠<br />

微脀 し、 無叄 学 な 人 が 多匭 くなった。<br />

法 王掣 はこれらの 修 道匠 士厨 たちに、 告卪 白换 を 聞挈 いて 赦费 しを 与拜 える 権勻 威胙 を 授 けた。これが 一<br />

大 罪 悪捰 の 原募 因 と なった。 修 道匠 士厨 たちは 利匏 益捍 の 増匲 人 を 図掛 って、たやすく 免僧 罪 を 与拜 えたの<br />

で、あらゆる 種捶 類 の 犯 罪 人 が 彼 らのもとにやってきて 赦费 しを 得千 るようになり、その 結医<br />

果卵 、 最勞 もはなはだしい 罪 悪捰 が 急双 激 に 増匲 加匎 した。 病挶 人 と 貧縏 者 はかえりみられず、 彼 らの<br />

困傮 窮晦 を 救 うはずであった 贈胞 与拜 物匵 は 修 道匠 士厨 たちの 手 にわたった。 修 道匠 士厨 たちは、 人 々を<br />

脅肺 して 施厇 し 物匵 を 要勥 求卍 し、 彼 らの 団卄 体 に 寄 付厏 しない 者 を 不勘 信勼 心升 であると 非 難挚 した。 表勖 面卥<br />

では 清捲 貧縏 を 口卶 にしながら、 修 道匠 士厨 たちの 富挛 は 殖縤 える 一 方 であった。そして、 彼 らの 壮昂<br />

大 な 建厼 造挝 物匵 とぜいたくな 食挱 卓繮 とが 国 民 をますます 貧縏 困傮 に 陥肿 れることは 明 らかであった。<br />

53


反 乱 の 根 源<br />

彼 らはぜいたくと 快儜 楽掱 にふける 一 方 、 自 分 たちの 代 理 として 無叄 知半 な 者 たちを 派挩 遣傛 した。<br />

この 者 たちは 不勘 思卩 議 な 物匵 諸 や 伝捱 説拿 、たわごとしか 話匋 すことができず、こうしたもので<br />

人 々を 喜 ばせて、ますます 人 々を 修 道匠 士厨 たちにとってだましやすいものとした、 修 道匠<br />

士厨 たちは 依傟 然掍 として、 迷偧 信勼 深捫 い 大 衆 を 支匣 配括 し、すべての 宗儲 教卝 的 義拣 務勲 は、 法 王掣 の 至儖 上 権勻<br />

を 認卉 め、 聖脩 人 たちをあがめ、 修 道匠 士厨 に 施厇 し 物匵 をすることの 中 に 含捋 まれていると 信勼 じこ<br />

ませていた。そして、 天拦 国 に 入 るにはこれで 十厝 分 であると 思卩 わせていた。<br />

学 識掟 ある、 信勼 心升 深捫 い 人 々は、このような 修 道匠 院协 制勧 度 を 改匳 革挙 しようとしたがむだであ<br />

った。しかし、いっそうはっきりと 洞纏 察掊 していたウィクリフは、 悪捰 の 根捏 源 をつき、 制勧<br />

度 そのものが 偽兖 りであって、それは 廃 止厙 すべきであると 宣傪 言匟 した。それについて、 種捶<br />

々の 議 論厱 と 研挣 究捨 がわき 起招 こった。 修 道匠 土拋 たちが 法 王掣 の 免僧 罪 符绍 を 売匉 りながら 国 内 を 巡儏 歴偡<br />

する 時 、 多匭 くの 者 が、 金 で 赦费 しを 買挍 うことができるかどうか 疑卧 うようになった。 彼 ら<br />

は、ローマの 法 王掣 の 赦费 しよりも、 神卡 の 赦费 しを 求卍 めるべきではなかろうかと、 質拾 問勬 した<br />

のである。 修 道匠 士厨 たちの、 飽 くことを 知半 らない 貪 欲僼 を 見 て 驚脚 いた 者 も 少厮 なくなかった。<br />

「ローマの 修 道匠 上 と 司 祭脫 たちは、ガンのように、われわれをむしばんでいる。 神卡 がわ<br />

れわれを 救 ってくださらなければ、 人 民 は 死拎 んでしまう」と 彼 らは 言匟 った。 2 托 鉢晴 僧 た<br />

ちは 自 分 たちの 貪 欲僼 をおおいかくすために、 自 分 たちは 救 い 主勢 の 模掌 範儤 に 従 っているの<br />

であって、イエスと 弟胱 子 たちは 人 々の 施厇 し 物匵 によって 生 活卹 したのであると 言匟 った。と<br />

ころがこの 主勢 張挗 は、 彼 らに 不勘 利匏 な 結医 果卵 となった。<br />

というのは 多匭 くの 人 々が、 自 分 で 真卢 理 を 学 ぼうと 聖脩 書危 の 研挣 究捨 を 始卿 めたのである。こ<br />

れはローマがほかの 何挬 よりも 望捬 んでいなかったことであった。 人 々の 心升 は、 真卢 理 の 源<br />

泉 へと 向匇 けられた。それを 隠僸 すことが、ローマの 目 的 であったのであるが。 ウィクリ<br />

フは、 修 道匠 士厨 たちに 反卬 対 するパンフレソトを 書危 いて 発 行 しはじめた。しかしそれは、<br />

彼 らと 論厱 争拫 するためではなくて、 人 々の 心升 を 聖脩 書危 の 教卝 えとその 著兆 者 てある 神卡 に 向匇 ける<br />

ためであった。 彼 は、 法 王掣 が 持匛 っている 免僧 罪 や 破挐 門挋 の 権勻 能印 は、 一 般 の 司 祭脫 の 権勻 能印 以匆 上<br />

のものではなく、だれでも 先匪 ず 神卡 から 罪 の 宣傪 告卪 を 受匃 けることなくして、 破挐 門挋 されるこ<br />

とはあり 得千 ない、と 断友 言匟 した。 法 王掣 が 築傀 き、 無叄 数包 の 人 々の 心升 と 体 とをとりこにしてい<br />

たこの 霊绳 ・ 俗晐 両厥 界化 にわたる 巨 人 な 組匢 織掼 の 倒 壊傓 に、これ 以匆 上 効捓 果卵 的 な 力 法 はなかった。<br />

再卭 びウィクリフは、ローマの 侵兓 略傎 に 対 して 英捼 国 王掣 の 権勻 利匏 を 擁繗 護厽 するために 召昨 された。<br />

彼 は 国 王掣 の 大 使却 に 任厃 命挻 されてオランダに 2 年 間 滞胇 在厪 し、 法 王掣 の 使却 節儊 たちと 会 談挫 した。<br />

ここで 彼 は、フランス、イタリア、スペインの 聖脩 職厯 者 たちと 交卦 わり、 事 件卅 の 背 後 にあ<br />

るものを 見 、 英捼 国 では 知半 ることができなかった 多匭 くのことに 関 する 知半 識掟 を 得千 ることが<br />

できた。 彼 は 後 年 の 働掴 きに 役叓 立 つことを 多匭 く 学 んだ。 法 王掣 庁厘 から 遣傛 わされた 代 表勖 者 た<br />

ちを 見 て、 彼 は 法 王掣 制勧 の 真卢 の 性勯 格卺 と 目 的 とを 見 抜掽 いた。 彼 は 英捼 国 に 帰 り、 以匆 前 からの<br />

54


反 乱 の 根 源<br />

主勢 張挗 をさらに 公勗 然掍 と、そして 熱 心升 にくり 返拮 し、 貪 欲僼 と 高 慢纁 と 欺繏 瞞 とがローマの 神卡 であ<br />

ると 宣傪 言匟 した。<br />

彼 は 自 分 の 書危 いたパンフレットの 中 で、 法 王掣 とその 集厦 金 人 たちについて 次卙 のように<br />

言匟 った。「 彼 らは、わが 国 の 貧縏 者 の 糧腠 を 奪傤 い、 秘兕 蹟秭 やその 他 の 霊绳 的 事 物匵 のために、 年<br />

々 王掣 から 数包 千収 マルクを 奪傤 い 取勚 っている。これは 聖脩 職厯 売匉 買挍 というのろうべき 異 端健 てある。<br />

しかも 全 キリスト 教卝 界化 をこの 異 端健 に 同 意勪 させ 支匣 持匛 させている。<br />

たしかに、わが 国 には 山 のように 財拉 宝肮 があるが、この 高 慢纁 な 世匒 俗晐 的 司 祭脫 である 集厦 金<br />

人 のほかには、だれもそれを 取勚 ったものはないのだ。そして 彼 のためにやがて、 山 の<br />

ような 宝肮 はなくなってしまうであろう。なぜなら 彼 はわが 国 から 常拤 に 金 を 奪傤 い 去掇 り、<br />

その 代 わりに 与拜 えるものといっては、 聖脩 職厯 売匉 買挍 に 対 する 神卡 ののろいの 他 、 何挬 もないの<br />

だから。」 3<br />

英捼 国 に 帰 ると 間 もなく、ウィクリフは 王掣 から、ラタワースの 教卝 区厅 牧肧 師 に 任厃 じられた。<br />

このことは 王掣 が 彼 の 率厾 直卟 な 発 言匟 を、 少厮 なくとも 不勘 快儜 に 思卩 っていなかった 証卨 拠 であった。<br />

ウィクリフの 感厤 化 は、 国 民 の 信勼 仰纝 を 形捊 成勱 するのと 同 様捞 に、 宮厳 廷腾 の 活卹 動 の 方 向匇 をも 決 定<br />

するものとなった。 法 王掣 の 怒腹 りはすぐに 彼 に 向匇 けられた、 大 学 と 王掣 と 高 位匱 聖脩 職厯 者 たち<br />

とにあてられた 3 つの 教卝 書危 が 英捼 国 に 送拡 られ、 異 端健 の 教卝 師 を 沈腉 黙縹 させるために 迅斩 速捠 かつ<br />

断友 固 たる 処叀 置厒 を 取勚 るよう 命挻 じた。 4<br />

しかし 司 教卝 たちは 熱 心升 のあまり、 教卝 書危 の 到肑 着挄 に 先匪 だって、 審拥 理 のためにウィクリフ<br />

を 呼 び 出 していた。けれども 王掣 国 内 で 最勞 も 勢厕 力 のある 2 人 の 王掣 子 が、 彼 に 同 伴僀 して 法<br />

廷腾 に 行 った。そして 人 々は、 建厼 物匵 を 取勚 り 巻僲 いたり 内 部 に 乱 入 したりして 裁拍 判匯 官厑 たちを<br />

威胙 嚇 したので、 裁拍 判匯 は 一 時 中 止厙 され、 彼 は 安勣 全 にそこを 去掇 ることを 許 された。その 後<br />

しばらくして、 高 位匱 聖脩 職厯 者 たちがウィクリフを 退挖 けるために 動 かそうとしていた 老偽 齢<br />

のエドワード 3 世匒 が 死拎 去掇 し、ウィクリフのかつての 保 護厽 者 が 王掣 国 を 統拇 治匮 することにな<br />

った。<br />

しかし 教卝 書危 の 到肑 着挄 によって、 異 端健 者 を 捕 らえて 投匐 獄晳 せよという 厳 命挻 が 全 英捼 国 に 出 さ<br />

れた。こうした 処叀 置厒 は、 直卟 接捴 処叀 刑傃 台卤 につながっていた。ウィクリフかすぐにローマの<br />

ふくしゅうの 犠腻 牲繉 になることは 確卾 かだと 思卩 われた。しかし、 昔繕 の 人 に「 恐傁 れてはなら<br />

ない。わたしはあなたの 盾绮 である」[ 創傦 世匒 記卌 15:と 言匟 われた 神卡 は、ご 自 分 のしもべを<br />

保 護厽 するために、もう 1 度 手 を 伸 べられた。 改匳 革挙 者 ではなくて、 彼 の 死拎 を 命挻 じた 法 王掣<br />

か 死拎 んだのである。グレゴリー11 世匒 は 死拎 んだ。そしてウィクリフ 裁拍 判匯 のために 集厦 まっ<br />

ていた 聖脩 職厯 者 たちは 解卆 散偶 した。<br />

55


反 乱 の 根 源<br />

神卡 の 摂昊 琿煄 はさらに 事 件卅 の 動 向匇 を 支匣 配括 して、 改匳 革挙 事 業 が 進勺 展捯 するための 機務 会 を 与拜 えた。<br />

グレゴリーの 死拎 後 、2 人 の 対 ヴする 法 王掣 が 同 時 に 選 ばれた。2 つの 対 立 勢厕 力 が、それ<br />

ぞれ 絶傉 対 無叄 謬 を 主勢 張挗 して、 人 々の 服傕 従 を 要勥 求卍 した。おのおのが 忠儮 実 な 者 たちの 援拶 助捉 を<br />

求卍 めて 相 手 に 戦勛 いをいどみ、 敵育 対 者 には 恐傁 ろしい 破挐 門挋 の 宣傪 告卪 をもって、また 支匣 持匛 者 に<br />

は 天拦 国 の 報匔 賞 を 約 束僓 して、 自 分 の 要勥 求卍 を 押 しつけた。このような 事 態拟 は、 法 王掣 権勻 を 大<br />

いに 弱傽 めた。 敵育 対 する 両厥 派挩 は 互僆 いに 他 の 攻 撃掐 に 全 力 をあけていたので、ウィクリフに<br />

はしばらくの 休 息僢 が 与拜 えられた。 両厥 方 の 法 王掣 は、 互僆 いに 破挐 門挋 と 非 難挚 の 応厸 酬脿 をし、 各厰 自<br />

の 相 反卬 する 主勢 張挗 を 支匣 持匛 するために 多匭 くの 血傔 が 流及 された。 犯 罪 と 醜越 聞挈 が、 教卝 会 内 に 氾 濫<br />

した。その 間 に 改匳 革挙 者 ウィクリフは、 彼 の 教卝 区厅 ラタワースの 閑 居 で、 人 々の 心升 を、 相<br />

争拫 う 法 王掣 たちではなくて、 平匊 和匄 の 君 イエスに 向匇 けるために、 熱 心升 に 働掴 いていた。<br />

分 裂脧 とそれに 伴僀 うあらゆる 闘 争拫 と 腐纄 敗反 とは、 人 々に 法 王掣 制勧 の 真卢 相 を 暴偷 露腒 して、 宗儲 教卝<br />

改匳 革挙 のために 道匠 を 開 いた。ウィクリフは、 彼 が 出 版價 した『 法 王掣 の 分 裂脧 について』とい<br />

うパンフレットの 中 で、これら 2 人 の 聖脩 職厯 者 たちが 互僆 いに 他 を 反卬 キリストと 非 難挚 して<br />

いるのは、 真卢 実 を 語指 っているのではないか 考卛 えるように、 人 々に 訴挰 えた。「 神卡 は、 悪捰<br />

魔斴 がこのような 1 人 の 聖脩 職厯 者 によって 統拇 治匮 することを 許 さず……それを 2 つに 分 けて、<br />

人 々がキリストの 名匷 によって、その 両厥 方 にたやすく 打占 ち 勝 てるようになさった」と 彼<br />

は 言匟 った。 5<br />

ウィクリフは 主勢 イエスのように、 貧縏 しい 人 々に 福厹 音 を 宣傪 べ 伝捱 えた。 彼 は、 自 分 のラ<br />

タワース 教卝 区厅 内 の 質拾 素 な 家匝 々に 光捄 を 伝捱 えるだけでなくて、 英捼 国 全 土拋 に 伝捱 えようと 決 心升<br />

した。このことを 成勱 し 遂脎 げるために 彼 は、 単 純儻 で 信勼 心升 深捫 く、 真卢 理 を 愛 し、それを 伝捱 え<br />

るためには 何挬 も 惜斶 しまないという 説拿 教卝 者 の 1 団卄 を 組匢 織掼 した。 彼 らは 至儖 るところへ 行 き、<br />

市 場 で、 大 都匙 会 の 街僩 頭挓 で、そして 田 舎縂 の 小 道匠 で 説拿 教卝 した。 彼 らは、 老偽 人 や 病挶 める 者 、<br />

貧縏 しい 人 たちをたずね、 彼 らに 神卡 の 恵 みの 福厹 音 を 伝捱 えた。<br />

ウィクリフは、オクスフォードの 神卡 学 教卝 授 として、 大 学 の 講僂 堂傾 て 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 説拿 い<br />

た。 彼 は 彼 のもとにある 学 生 たちに 真卢 理 を 忠儮 実 に 提卖 示単 したので、「 福厹 音 博 士厨 」と 呼 ば<br />

れた。しかし、 彼 の 生 涯昗 の 最勞 大 の 事 業 は、 聖脩 書危 を 英捼 語指 に 翻 訳胲 することであった。『 聖脩<br />

書危 の 真卢 理 と 意勪 味控 について』という 著兆 作单 のなかで、 彼 は、 英捼 国 のすべての 人 が、 神卡 の 驚脚<br />

くべき 書危 を 自 国 語指 で 読傊 むことができるようにするために、 聖脩 書危 の 翻 訳胲 を 意勪 図掛 している<br />

ことを 語指 っている。<br />

ところが 突 然掍 、 彼 の 活卹 動 は 中 断友 された。 彼 は、まだ 60 歳按 にもなっていなかったの<br />

に、 絶傉 え 間 ない 苦 労排 と 研挣 究捨 と 敵育 の 攻 撃掐 が 体 にこたえて、 早拱 くもふけこんだ。 彼 は 重匤 病挶<br />

にかかった。この 知半 らせは、 修 道匠 士厨 たちを 大 いに 喜 ばせた。 彼 らは、 今 こそ、 彼 が 教卝<br />

56


反 乱 の 根 源<br />

会 に 対 して 行 った 悪捰 をいたく 悔繛 いるものと 思卩 って、 彼 の 告卪 白换 を 聞挈 くために 彼 の 部 屋厡 へ<br />

と 急双 いだ。4 つの 修 道匠 会 からの 代 表勖 者 たちが、4 人 の 政 府匕 の 役叓 人 たちとともに、 今 に<br />

も 死拎 にそうだと 思卩 われた 者 の 周 りに 集厦 まった。「あなたは 今 、 死拎 にひんしている。 自<br />

分 の 過厢 ちを 認卉 め、われわれを 非 難挚 して 言匟 ったすべてのことを、われわれの 前 で 取勚 り 消拔<br />

せ」と 彼 らは 言匟 った。ウィクリフは 黙縹 って 聞挈 いていた。それから 付厏 き 添胭 いの 者 に、 自<br />

分 をベッドの 上 に 起招 き 上 がらせるよう 命挻 じ、 彼 の 取勚 り 消拔 しの 言匟 葉挺 を 待挊 って 立 っている<br />

彼 らをじっと 見 つめて、これまで 何挬 度 も 彼 らを 戦勛 慄 させた 強勮 いしっかりした 声拨 で、<br />

「わたしは 死拎 なない。 生 きるのだ。そして、もう 1 度 、 修 道匠 士厨 たちの 悪捰 行 を 糾贚 弾傆 する」<br />

と 言匟 った。 6 修 道匠 士厨 たちは 驚脚 き 恥時 入 り、 急双 ぎ 足拒 で 部 屋厡 を 出 ていった。<br />

ウィクリフの 言匟 菓暉 は 成勱 就 した。 彼 は 生 きのびて、 彼 の 同 胞繟 の 手 に、ローマに 対 す<br />

るあらゆる 武叇 器捙 のうちで 最勞 も 強勮 力 なものを 与拜 えた。すなわち 彼 は、 聖脩 書危 を 彼 らに 与拜 え<br />

た。それは、 人 々を 解卆 放择 し 啓繡 発 し 教卝 化 するために、 神卡 がお 与拜 えになったものであった。<br />

この 事 業 を 完 成勱 するためには、 多匭 くの 大 きな 障揃 害县 を 越掳 えなければならなかった。ウィ<br />

クリフは 健掕 康 を 害县 していた。 彼 は、 自 分 があと 数包 年 しか 働掴 くことができないことを 知半<br />

っていた。 反卬 対 に 直卟 面卥 しなけれはならないことも 知半 っていた。<br />

しかし 彼 は、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 約 束僓 に 励繭 まされて、 恐傁 れることなく 前 進勺 した。これまで<br />

彼 は、 旺赉 盛 な 知半 力 と 豊掿 かな 経 験挧 のうちに、 彼 の 仕捸 事 の 中 でも 最勞 大 の 事 業 のために、 神卡<br />

の 特厣 別厌 の 摂昊 理 によって 守捿 られ 準厜 備厵 させられてきた。キリスト 教卝 国 全 体 が 混 乱 に 満掫 ちて<br />

いる 時 に、 改匳 革挙 者 ウィクリフはラタワースの 牧肧 師 館掎 で、 外勭 部 のすさまじいあらしをよ<br />

そに、 彼 が 選 んた 仕捸 事 に 没纹 頭挓 した。<br />

ついに 仕捸 事 は 完 成勱 した。これは 最勞 初匘 の 英捼 語指 訳胲 の 聖脩 書危 であった。 神卡 の 言匟 葉挺 か 英捼 国 に 開<br />

かれた。 改匳 革挙 者 は、もう 牢 獄晳 も 死拎 も 恐傁 れなかった。 彼 は 英捼 国 民 の 手 に、 消拔 すことかて<br />

きない 光捄 を 渡据 したのである。 同 胞繟 の 手 に 型捗 書危 を 与拜 えることによって、 彼 は、 無叄 知半 と 悪捰<br />

徳 のかせを 破挐 壊傓 して 自 国 を 解卆 放择 し 高 めるうえで、 戦勛 場 におけるどんな 輝脮 かしい 勝 利匏 が<br />

もたらしたものよりも、さらに 大 いなることを 成勱 し 遂脎 げたのである。<br />

まだ 印偝 刷繺 術挘 が 知半 られていなかったので、 聖脩 書危 は、 遅 々としたうんざりするような 労排<br />

苦 によって、 増匲 やすより 他 はなかった。 聖脩 書危 を 手 に 入 れたいという 希傩 望捬 は 非 常拤 に 強勮 く、<br />

聖脩 書危 を 写捂 す 仕捸 事 に 喜 んで 従 事 する 者 も 多匭 かったけれども、 筆僜 記卌 者 たちは、なかなか 要勥<br />

求卍 を 満掫 たすことができなかった。 金 持匛 ちのなかには、 聖脩 書危 全 巻僲 を 希傩 望捬 するものもあっ<br />

た。 他 の 人 々は、 一 部 分 だけを 買挍 った。 何挬 家匝 族 かがいっしょになって 1 冊昘 を 買挍 うとい<br />

う 場 合 も 多匭 かった。こうして、ウィクリフの 聖脩 書危 は、 間 もなく 人 々の 家匝 庭僃 へと 入 って<br />

いった。 人 間 の 理 性勯 に 対 するこうした 訴挰 えによって、 人 々は、 法 王掣 の 教卝 義拣 にただ 黙縹 従<br />

57


反 乱 の 根 源<br />

することからめざめた。ウィクリフは、ここにおいて、 新 教卝 主勢 義拣 の 独捌 特厣 の 教卝 理 、すな<br />

わち、キリストを 信勼 じる 信勼 仰纝 による 救 いと、 聖脩 書危 が 唯繴 一 の 無叄 謬 なものであることとを<br />

教卝 えた。また 彼 が 派挩 遣傛 した 説拿 教卝 者 たちは、ウィクリフの 文卽 書危 とともに 聖脩 書危 を 配括 布偵 し、<br />

英捼 国 民 の 半博 数包 近卐 くがこの 新 しい 信勼 仰纝 を 受匃 け 入 れるという 成勱 功僵 を 収厓 めた。<br />

型捗 書危 の 出 現勶 は、 教卝 会 の 権勻 威胙 者 たちをうろたえさせ た。 今 や 彼 らは、ウィクリフより<br />

も 強勮 力 な 力 、 彼 らの 武叇 器捙 も 歯脝 が 立 たない 力 と 対 決 しなければならなかった。 当勠 時 、 英捼<br />

国 には、 聖脩 書危 を 禁 止厙 する 法 律傢 がなかった。まだ 聖脩 書危 が、 民 衆 の 言匟 語指 で 出 版價 されたこと<br />

がなかったからである。 後 になってそうした 法 令傂 が 発 布偵 され、 厳 重匤 に 実 施厇 された。そ<br />

の 間 、 司 祭脫 たちの 反卬 対 はあったが、しはし 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 配括 布偵 する 機務 会 があったのであ<br />

る。<br />

法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、ふたたひ、 改匳 革挙 者 の 戸叐 声拨 を 沈腉 黙縹 させようと 謀纠 った。 彼 は 続勸<br />

けて 3 回 法 廷腾 に 呼 ばれたか、 事 なきを 得千 た。 最勞 初匘 の 時 は、 司 教卝 たちの 宗儲 教卝 教卝 議 が、 彼<br />

の 著兆 書危 を 異 端健 であると 宣傪 言匟 した。 彼 らは、 若拊 い 王掣 リチャード 2 世匒 を 自 分 の 側卷 に 引匂 き 入<br />

れ、 禁 じられた 教卝 義拣 を 信勼 じる 者 はみな 投匐 獄晳 するという 勅質 令傂 を 得千 た。 そこでウィクリフ<br />

は、 宗儲 教卝 教卝 議 から 議 会 に 上 訴挰 した。 彼 は、 恐傁 れることなく 国 会 において 教卝 階 制勧 を 非 難挚<br />

し、 教卝 会 が 公勗 認卉 している 数包 多匭 くの 悪捰 習 の 改匳 革挙 を 要勥 求卍 した。 強勮 い 説拿 得千 力 をもって、 彼 は<br />

法 王掣 庁厘 の 侵兓 害县 と 腐纄 敗反 とを 描胦 き 出 した。 敵育 は 混 乱 に 陥肿 った。ウィクリフの 友掻 人 たちや 支匣<br />

持匛 者 たちは、すでに 屈縿 服傕 させられていた。そして、 老偽 齢 のウィクリフ 自 身拴 も、ただ 1<br />

人 で 援拶 助捉 者 もない 以匆 上 、 国 王掣 と 法 王掣 の 合 同 権勻 力 の 前 に 屈縿 するものと 予匨 期勡 されていた。<br />

ところが、 逆 に 法 王掣 の 側卷 が 敗反 北勾 してしまった。 議 会 はウィクリフの 力 強勮 い 訴挰 えを 聞挈 い<br />

てわき 立 ち、 迫 害县 の 勅質 令傂 を 取勚 り 消拔 し、 改匳 革挙 者 はふたたび 自 由厩 にされた。<br />

第匌 3 回 目 に、 彼 は、 国 家匝 の 最勞 高 宗儲 教卝 裁拍 判匯 所勰 で 裁拍 判匯 されることになった。ここは 異 端健<br />

に 対 して 何挬 の 好捆 意勪 も 示単 されないところであった。ローマはついに、ここにおいて 勝 利匏<br />

し、 改匳 革挙 者 の 活卹 動 は 中 断友 されるであろうと 法 王掣 側卷 は 考卛 えた。もし 彼 らが 目 的 を 達挾 成勱 し<br />

さえすれば、ウィクリフは、その 教卝 義拣 を 放择 棄 するか、それとも 火 刑傃 の 宣傪 告卪 を 受匃 けて 法<br />

廷腾 を 出 るかのどちらかであった。<br />

しかしウィクリフは、 信勼 仰纝 を 放择 棄 せず、それを 隠僸 そうともしなかった。 彼 は、 恐傁 れ<br />

ることなく 自 分 の 教卝 えを 固 守捿 し、 迫 害县 者 たちの 攻 撃掐 を 退挖 けた。 彼 は、 自 分 のことも、<br />

立 場 も、 場 所勰 も 忘脨 れて、 聴傏 衆 を 天拦 の 法 廷腾 に 集厦 め、 彼 らの 詭 弁 と 欺繏 瞞 を 永 遠 の 真卢 理 とい<br />

うはかりで 量挪 った。 聖脩 霊绳 の 力 が 法 廷腾 内 に 感厤 じられた。 聴傏 衆 は 神卡 に 魅纡 せられた。 彼 らは<br />

その 場 を 去掇 る 力 さえ 失拽 ったように 思卩 われた。 改匳 革挙 者 の 言匟 葉挺 は、 主勢 の 矢働 筒绠 からの 矢働 のよ<br />

うに、 彼 らの 心升 を 射 た。ウィクリフは、 彼 らが 彼 に 浴脓 びせていた 異 端健 の 告卪 訴挰 を、 強勮 い<br />

58


反 乱 の 根 源<br />

説拿 得千 力 をもって 彼 らに 投匐 げかえした。 彼 らはなにゆえに、あえて 誤儶 謬 をひろめようと<br />

するのか、それは 利匏 益捍 のためなのか、 神卡 の 恵 みを 商叏 品厍 化 するためなのか、と 彼 は 問勬 う<br />

た。 彼 は 最勞 後 にこう 言匟 った。「あなたがたは、だれと 戦勛 っていると 思卩 っているのか。<br />

今 にも 死拎 にそうな 老偽 人 とか。 否 ! 真卢 理 と 戦勛 っているのだ。あなたがたより 強勮 く、あ<br />

なたがたに 打占 ち 勝 つ 真卢 理 となのだ。」 7 彼 はこう 言匟 って 法 廷腾 を 出 たが、 敵育 はだれ 1 人<br />

としてそれを 止厙 めようとしなかった。<br />

ウィクリフの 仕捸 事 は、ほとんど 終厖 了傒 した。 彼 が 長 い 間 掲傲 げてきた 真卢 理 の 旗充 は、まも<br />

なく 彼 の 手 から 落叉 ちようとしていた。しかしもう 1 度 、 彼 は 福厹 音 のためにあかしを 立<br />

てるのであった。 真卢 理 は、 誤儶 謬 の 王掣 国 の、まさにその 本 拠 において 宣傪 言匟 されねばなら<br />

なかった。ウィクリフは 審拥 理 のために、ローマにある 法 王掣 庁厘 の 法 廷腾 に 召昨 喚 された。そ<br />

こはこれまでにしばしば、 聖脩 徒傣 たちの 血傔 を 流及 したところであった。 彼 は 身拴 の 危捦 険叁 を 知半<br />

らないわけではなかったが、その 召昨 喚 に 応厸 じようとした。ところが 中 風掵 になって、 旅傯<br />

行 することができなくなった。しかし、ローマにおいて 自 ら 語指 ることはできなくても、<br />

手 紙 によって 語指 ることはできた。 彼 はそうすることに 決 めた。 改匳 革挙 者 は 自 分 の 牧肧 師 館掎<br />

から 法 王掣 に 手 紙 を 書危 いた。それは、 敬肭 意勪 に 満掫 ちた 語指 調 とキリスト 教卝 の 精 神卡 にあふれて<br />

いたが、 同 時 に 法 王掣 庁厘 の 豪僘 奢 と 誇縷 りとを 鋭繾 く 責掅 めたものであった。<br />

彼 は 次卙 のように 言匟 った。「わたしは 自 分 の 信勼 じる 信勼 仰纝 を、すべての 人 、 特厣 にローマ<br />

の 司 教卝 に 申捩 し 上 げることを 真卢 に 喜 びとするものである。わたしはこの 信勼 仰纝 を、 健掕 全 で<br />

真卢 実 であると 思卩 っているが、 彼 は、 快儜 くわたし のこの 信勼 仰纝 を 確卾 認卉 するか、あるいは、<br />

まちがっているならばそれを 正匁 して 下 さるであろう。 まず 第匌 一 に、わたしは、キリス<br />

トの 福厹 音 は 神卡 の 律傢 法 の 全 体 であると 考卛 える。……ローマの 司 教卝 は、この 地 上 における<br />

キリストの 代 理 者 であると 言匟 っているのであるから、だれにも 勝 ってこの 福厹 音 の 律傢 法<br />

に 従 わなければならないとわたしは 確卾 信勼 する。なぜならば、キリストの 弟胱 子 たちの 偉昖<br />

大 さは、 世匒 俗晐 的 威胙 厳 や 栄 誉縃 ではなくて、キリストの 生 涯昗 と 態拟 度 に、できるだけそのま<br />

ま 従 うことにあるからである。……キリストはこの 世匒 におられた 時 、きわめて 貧縏 しい<br />

生 活卹 を 送拡 り、すべての 世匒 俗晐 的 支匣 配括 や 栄 誉縃 を 退挖 けられた。……<br />

忠儮 実 な 信勼 徒傣 たるものは、 法 王掣 自 身拴 であろうが、あるいはどんな 聖脩 人 であろうが、 彼<br />

が 主勢 イエス・キリストに 従 っているという 点勷 のほかは、 従 うべきでない。というのは、<br />

ペテロもゼベダイの 子 らも、キリストの 足拒 跡僡 に 従 わないで 世匒 俗晐 的 栄 誉縃 を 望捬 んだため、<br />

罪 を 犯 した。それゆえに、そのような 過厢 ちには、われわれは 従 わなくてもよいのであ<br />

る。 法 王掣 は、すべての 領振 土拋 と 支匣 配括 権勻 を 世匒 俗晐 の 権勻 力 に 一 任厃 し、そのすべての 聖脩 職厯 者 たち<br />

に 対 して、そのように 勧僊 め 実 行 させるべきである。なぜなら、キリストはそのように<br />

なさったのであり、 使却 徒傣 たちも 特厣 にそのようにしたからである。そこで、これらの 点勷<br />

59


反 乱 の 根 源<br />

のいずれかにまちがいがあるなら、わたしは 謙旎 虚縚 にそれを 正匁 したいと 思卩 う。もし 必厧 要勥<br />

とあれば、 死拎 をもいとわない。わたしが、 自 分 の 意勪 志 と 希傩 望捬 によって 行 動 することが<br />

許 されるならば、わたしはぜひともローマの 司 教卝 の 前 に 伺赌 候 することであろう。しか<br />

し 主勢 は、わたしに 病挶 をお 与拜 えになり、 人 よりは 神卡 に 従 うべきことをお 教卝 えになっ<br />

た。」<br />

最勞 後 に 彼 は 言匟 った。「われわれは、 神卡 が 法 王掣 ウルバン 6 世匒 の 心升 を 動 かし、 彼 とその<br />

聖脩 職厯 者 たちが、 生 活卹 と 態拟 度 において 主勢 イエス・キリストに 従 い、また 人 々にもよくこ<br />

れを 教卝 えて、 彼 らも 忠儮 実 に 主勢 に 従 うようになることを、 祈绗 ってやまない。」 8 こうし<br />

てウィクリフは、 法 王掣 と 枢 機務 卿 たちに、キリストの 柔肛 和匄 と 謙旎 そんを 示単 し、ただ 彼 らに<br />

だけでなくて 全 キリスト 教卝 国 に、 彼 らと、 彼 らが 代 表勖 していると 主勢 張挗 する 主勢 との、 著兆<br />

しい 相 違挆 をあらわした。<br />

ウィクリフは、 神卡 に 忠儮 誠肬 を 尽能 くすなら 自 分 の 生 命挻 は 危捦 険叁 になることを 覚 悟縖 していた。<br />

国 王掣 も 法 王掣 も 司 教卝 たちも、 力 を 合 わせて、 彼 をなきものにしようとしていた。そして、<br />

遅 くとも 数包 か 月 後 には、 火 刑傃 になるに 違挆 いないと 思卩 われた。しかし 彼 の 勇腅 気勴 はくじけ<br />

なかった。「あなたがたは、なぜ、 殉程 教卝 の 冠縍 を 遠 くに 求卍 めることを 語指 るのか。キリス<br />

トの 福厹 音 を 高 慢纁 な 司 教卝 たちに 伝捱 えるがよい。そうすればあなたがたは 必厧 ず 殉程 教卝 するこ<br />

ととなろう。なに? 生 きて 黙縹 っていよというのか?…… 断友 じて 否 ! 弾傆 圧 が 来勵 るなら<br />

ば 来勵 るがよい。わたしはそれが 来勵 るのを 待挊 っている」と 彼 は 言匟 った。 9<br />

しかし 神卡 の 摂昊 理 は、なお 神卡 のしもべを 守捿 っていた。 日 々 危捦 険叁 に 身拴 をさらして、 一 生<br />

の 間 勇腅 敢暑 に 真卢 理 を 擁繗 護厽 した 者 が、 敵育 の 憎 しみの 犠腻 牲繉 になってはならなかった。ウィク<br />

リフは、 自 分 で 身拴 を 守捿 ろうとしてきたのではなかったが、 神卡 が 彼 を 保 護厽 してこられた<br />

のであった。そして 今 、 敵育 がその 餌 食挱 を 手 中 にしたと 思卩 った 時 に、 神卡 のみ 手 が 彼 を、<br />

彼 らの 手 のとどかないところに 移挔 された。 彼 がラタワースの 教卝 会 において、 聖脩 餐 式厚 を<br />

執儨 り 行 おうとしていた 時 、 突 然掍 中 風掵 の 発 作单 が 起招 きて 倒 れ、まもなく 息僢 が 絶傉 えたのであ<br />

る。 神卡 はウィクリフに、 彼 の 仕捸 事 を 与拜 えておられた。 神卡 は 彼 の 口卶 に 真卢 理 のみ 言匟 葉挺 を 授<br />

け、このみ 言匟 葉挺 が 人 々に 伝捱 えられるようにと 彼 を 守捿 られたのである。こうして、 彼 の<br />

生 命挻 は 保 護厽 され、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 大 事 業 の 基匼 礎脔 がすえられるまで、 彼 の 働掴 きは 延 ばされた<br />

のであった。<br />

ウィクリフは、 暗肨 黒 時 代 の 薄儱 暗肨 さのなかから 現勶 れた。 彼 の 改匳 革挙 事 業 の 基匼 礎脔 になるよ<br />

うな 仕捸 事 をしたものは、 彼 の 前 にはだれもいなかった。 彼 はバプテスマのヨハネのよ<br />

うに、 特厣 別厌 の 使却 命挻 を 果卵 たすために 立 てられた、 新 時 代 の 先匪 駆肖 者 であった。しかも、 彼<br />

が 示単 した 真卢 理 の 体 系揀 には、 彼 に 続勸 いて 起招 こった 改匳 革挙 者 たちも 及 ばない 統拇 一 と 完 全 とが<br />

60


反 乱 の 根 源<br />

あり、 百掸 年 後 の 人 でも 到肑 達挾 し 得千 ないものもあった。その 基匼 礎脔 は 広南 く 深捫 くすえられ、そ<br />

の 骨儴 組匢 みも 正匁 確卾 堅儕 固 にできていたから、 彼 の 後 にきた 人 々は、それを 建厼 てなおす 必厧 要勥<br />

がなかった。 [1632.<br />

ウィクリフが 創傦 始卿 した 一 大 運卞 動 —— 良拖 心升 と 知半 性勯 を 解卆 放择 し、 長 くローマの 凱禐 旋 車区 につ<br />

ながれていた 諸 国 民 を 自 由厩 にした 運卞 動 ——の 源 泉 は、 聖脩 書危 であった。14 世匒 紀 以匆 来勵 、 生<br />

命挻 の 水匍 のように 各厰 時 代 を 流及 れてきた 祝腛 福厹 の 流及 れは、その 源 をここに 発 していた。ウィ<br />

クリフは、 聖脩 書危 が 霊绳 感厤 による 神卡 のみこころの 啓繡 示単 であって、 信勼 仰纝 と 行 為 の 十厝 分 な 規厶 準厜<br />

であることを 絶傉 対 的 に 信勼 じた。 彼 は、ローマの 教卝 会 を 神卡 の 絶傉 対 無叄 謬 の 権勻 威胙 として 認卉 め<br />

るように、そして 1000 年 間 にわたる 確卾 立 された 教卝 義拣 と 慣脹 習 を 尊胛 敬肭 するように 教卝 育挞 さ<br />

れてきた。しかし 彼 は、こうしたいっさいのものを 捨腇 てて、 神卡 のみ 言匟 葉挺 に 従 った。 彼<br />

が 人 々に 認卉 めるよう 促傌 したものは、この 権勻 威胙 であった。 法 王掣 によって 語指 る 教卝 会 ではな<br />

くて、み 言匟 葉挺 によって 語指 られる 神卡 のみ 声拨 が、 唯繴 一 の 真卢 の 権勻 威胙 であると 彼 は 宣傪 言匟 した。<br />

彼 は、 聖脩 書危 が 神卡 のみこころの 完 全 な 啓繡 示単 であることだけでなく、 聖脩 霊绳 がその 唯繴 一 の 解卆<br />

釈脂 者 であること、そして 各厰 自 は、その 教卝 えを 研挣 究捨 して、 自 分 でその 義拣 務勲 を 学 ぶべきで<br />

あることを 教卝 えた。こうして 彼 は 人 々の 心升 を、 法 王掣 やローマの 教卝 会 から 神卡 の 言匟 葉挺 へと<br />

向匇 けたのである。<br />

ウィクリフは、 宗儲 教卝 改匳 革挙 者 の 中 でも 最勞 も 偉昖 大 な 人 物匵 の 1 人 であった。その 該暛 博 な 知半<br />

識掟 、 明 晰 な 思卩 考卛 、そして 真卢 理 を 堅儕 く 保 持匛 し、 大 胆绺 に 擁繗 護厽 した 点勷 において、 彼 の 後 に 現勶<br />

れたもので 彼 に 匹级 敵育 するものは、 極掄 めてまれであった。 彼 の 純儻 潔昔 な 生 涯昗 、 研挣 究捨 と 活卹 動<br />

における 刻傋 苦 勉腯 励繭 、 清捲 廉 潔昔 白换 、そして 奉旊 仕捸 におけるキリストのような 愛 と 忠儮 実 さが、<br />

この 最勞 初匘 の 宗儲 教卝 改匳 革挙 者 の 特厣 徴僦 であった。しかも 彼 は、 彼 が 現勶 れた 当勠 時 の、 知半 的 暗肨 黒 と<br />

道匠 徳 的 腐纄 敗反 の 時 代 において、そのように 生 きたのであった。 ウィクリフの 品厍 性勯 は、 聖脩<br />

書危 が 人 を 教卝 え 改匳 変厭 する 力 を 持匛 っている 証卨 拠 である。 聖脩 書危 が、 彼 をこのような 人 物匵 にし<br />

たのである。 啓繡 示単 された 偉昖 大 な 真卢 理 を 把繖 握儙 しようとする 努 力 は、すべての 機務 能印 をはつ<br />

らつとさせ 活卹 気勴 づける、それは 知半 性勯 を 広南 げ 知半 覚 を 鋭繾 くし、 判匯 断友 力 を 円 熟绅 させる。 聖脩 書危<br />

の 研挣 究捨 は、 他 のどんな 研挣 究捨 よりも、あらゆる 思卩 想挹 と 感厤 情午 と 抱 負拆 とを 高 尚縎 にする。また、<br />

確卾 固 とした 目 的 と 忍旖 耐脾 、 勇腅 気勴 を 与拜 えるとともに、 品厍 性勯 を 洗腂 練 し、 魂 を 清捲 める。 畏穴 敬肭 の<br />

念挡 をもって 聖脩 書危 を 熱 心升 に 研挣 究捨 する 時 、 学 ぶ 者 の 心升 は 直卟 接捴 神卡 の 無叄 限拘 の 心升 と 接捴 触僾 すること<br />

ができ、どんな 人 間 的 哲脼 学 を 修 めても 達挾 することができないような 高 潔昔 な 原募 則 を 持匛 つ<br />

とともに、 強勮 く 活卹 発 な 知半 性勯 を 持匛 った 人 々を 世匒 に 提卖 供挿 することができる。「み 言匟 葉挺 が 開<br />

けると 光捄 を 放择 って…… 知半 恵 を 与拜 えます」と 詩纛 篇 記卌 者 は 言匟 っている[ 詩纛 篇 119:。<br />

ウィクリフが 教卝 えた 教卝 義拣 は、その 後 もしばらくの 間 人 々の 間 に 広南 まっていった。ウ<br />

ィクリフ 派挩 、ロラード 派挩 として 知半 られた 彼 の 信勼 奉旊 者 たちは、 英捼 国 をへめぐっただけで<br />

61


反 乱 の 根 源<br />

なく、 他 の 国 々にも 散偶 っていって、 福厹 音 の 知半 識掟 を 人 々に 伝捱 えた。 今 や 指匦 導拗 者 が 取勚 り 去掇<br />

られたからには、 説拿 教卝 者 たちはこれまで 以匆 上 の 熱 心升 さで 活卹 動 した。そして 群儈 衆 は、 彼<br />

らの 教卝 えを 聞挈 くために 集厦 まってきた。 改匳 心升 者 のなかには、 貴揂 族 もあれば、 王掣 妃賠 さえ 混<br />

じっていた。 多匭 くの 場 所勰 で、 人 々の 生 活卹 態拟 度 に 著兆 しい 改匳 革挙 が 行 われ、ローマ 教卝 の 偶旦 像僕<br />

的 な 象拺 徴僦 が 教卝 会 から 取勚 り 除揄 かれた。しかし、 聖脩 書危 を 自 分 たちの 指匦 導拗 書危 として 信勼 じる 人<br />

々の 上 に、 間 もなく、 残拑 酷昰 な 迫 害县 のあらしが 吹胈 き 荒僚 れた。ローマの 支匣 援拶 を 受匃 けて 権勻 力<br />

を 強勮 化 しようとする 英捼 国 の 君 主勢 たちは、 改匳 革挙 者 たちを 犠腻 牲繉 にすることをためらわなか<br />

った。 英捼 国 の 歴偡 史 上 初匘 めて、 福厹 音 の 弟胱 子 たちに 対 して 火 刑傃 の 布偵 告卪 が 出 された。 殉程 教卝 者<br />

があいついだ。 真卢 理 の 擁繗 護厽 者 たちは、 追挵 放择 され、 拷稷 問勬 にかけられて、その 叫经 びを 万勦 軍拚<br />

の 主勢 にあげることしかできなかった。 彼 らは、 教卝 会 の 敵育 、 国 家匝 の 裏傈 切卲 り 者 として 狩旔 り<br />

立 てられながらも、ひそかに 説拿 教卝 をつづけ、 貧縏 しい 人 々のあばらやでもどこにでも 隠僸<br />

れ 家匝 を 見 つけ、しばしば 洞纏 穴肼 にさえ 隠僸 れたりした。<br />

激 しい 迫 害县 にもかかわらず、 広南 く 見 られた 信勼 仰纝 の 腐纄 敗反 に 対 するところの、 冷偭 静 で 敬肭<br />

虔 、 熱 心升 で 忍旖 耐脾 強勮 い 抗 議 が、 幾继 世匒 紀 にもわたって 叫经 ばれ 続勸 けた。 当勠 時 のキリスト 者 た<br />

ちは、 真卢 理 の 知半 識掟 を 部 分 的 にしか 持匛 っていなかったが、 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 愛 し 服傕 従 してい<br />

たので、そのための 苦 しみに 耐脾 えたのであった。 多匭 くの 者 は、 使却 徒傣 時 代 の 弟胱 子 たちの<br />

ように、キリストのためにこの 世匒 の 財拉 産勩 を 犠腻 牲繉 にした。 家匝 に 住卫 むことを 許 された 者 た<br />

ちは、 追挵 放择 された 兄胆 弟胱 たちを 喜 んでかくまい、そして、 自 分 たちも 追挵 放择 されたならは、<br />

喜 んてその 運卞 命挻 に 目 んじた たしかに、おひたたしい 数包 の 者 か、 迫 害县 者 の 激 しい 怒腹 り<br />

を 恐傁 れて、 信勼 仰纝 を 犠腻 牲繉 にして 自 由厩 を 得千 た そして、 自 説拿 撤僬 回 を 公勗 衣胼 するために 悔繛 悟縖 者<br />

の 衣胼 を 着挄 て、 牢 獄晳 から 出 たのであった。しかし、 牢 獄晳 の 独捌 房儉 や「ロラード 塔纸 」、そし<br />

て 拷稷 問勬 と 炎縉 のなかにあっても、「その 苦 難挚 にあずかる」に 足拒 るものとされたことを 喜<br />

び、 真卢 理 のために 恐傁 れずあかしを 立 てたものが 少厮 なからずあった。そしてその 中 には<br />

身拴 分 の 卑赐 しい 者 もいたが、 同 時 に 高 貴揂 な 生 まれの 人 々もあったのである。<br />

法 王掣 教卝 の 人 々は、ウィクリフの 生 存掑 中 には 自 分 たちの 目 的 を 果卵 たすことができなか<br />

った。そして 彼 らの 憎 しみは、 彼 の 遺 体 が 墓斳 に 静 かに 横叅 たわっていることを 許 さなか<br />

った。 彼 の 死拎 後 40 年 以匆 上 も 経 過厢 した 時 、コンスタンツ 宗儲 教卝 会 議 の 布偵 告卪 によって、 彼<br />

の 遺 体 は 掘腱 り 出 され、 公勗 衆 の 前 で 燃 やされた。そしてその 灰绑 は、 近卐 くの 小 川勜 に 投匐 げ 込匸<br />

まれた。 昔繕 のある 筆僜 者 は、 次卙 のように 言匟 っている。「この 小 川勜 は、 彼 の 灰绑 をアボン 川勜<br />

に 運卞 び、アボン 川勜 はセバーン 川勜 に、セバーン 川勜 は 近卐 くの 海匈 に、そして、 近卐 くの 海匈 は 大<br />

海匈 へと 運卞 んていった。このようにウィクリフの 灰绑 は、 彼 の 教卝 義拣 の 象拺 徴僦 である。それは<br />

今 や、 全 世匒 界化 にまき 散偶 らされたのだ」 10 彼 の 敵育 たちは、その 悪捰 意勪 から 出 た 行 為 がどん<br />

な 意勪 味控 を 持匛 っていたか、 夢肟 想挹 だにしなかった。<br />

62


反 乱 の 根 源<br />

ボヘミアのヨハン・フスが、ローマ 教卝 の 多匭 くの 誤儶 りを 放择 棄 して、 改匳 革挙 に 着挄 手 するよ<br />

うになったのは、ウィクリフの 著兆 書危 を 通 してであった。こうして、 遠 く 離掤 れた 二华 か 国<br />

において、 真卢 理 の 稀趥 がまかれた。 働掴 きはボヘミアから 他 の 国 々に 波 及 していった。 人<br />

々の 心升 は、 長 く 忘脨 れられていた 神卡 のみ 言匟 葉挺 に 向匇 けられた。 神卡 のみ 手 が、 大 宗儲 教卝 改匳 革挙 へ<br />

の 道匠 を 備厵 えていたのである。<br />

63


反 乱 の 根 源<br />

第匌 6 章 2 人 のヒーロー<br />

福厹 音 は、すでに 9 世匒 紀 にボヘミアに 伝捱 えられていた。 聖脩 書危 は 一 般 の 人 々の 言匟 語指 に 翻<br />

訳胲 され、 礼脊 拝旟 も 人 々の 言匟 葉挺 で 豹 われていた。しかし、 法 王掣 の 権勻 力 が 増匲 大 するにつれて、<br />

神卡 のみ 言匟 葉挺 はおおいかくされた。 王掣 たちの 誇縷 りを 砕 くことを 自 分 の 任厃 務勲 と 考卛 えたグレ<br />

ゴリー7 世匒 は、 同 様捞 に、 人 々を 奴 隷趵 にすることに 意勪 を 注挅 いだ。そこで、ポヘミア 語指 で<br />

礼脊 拝旟 を 行 うことを 禁 しる 教卝 書危 が 発 布偵 された。「 全 能印 の 神卡 は、 人 々が 知半 らない 言匟 葉挺 で 神卡<br />

を 礼脊 拝旟 することを 宮厳 ばれう。そして 多匭 くの 悪捰 と 異 端健 とは、この 規厶 則 に 従 わなかったた<br />

めに 起招 こった」と 法 王掣 は 宣傪 言匟 した。 1 こうしてローマは、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 光捄 を 消拔 して 人 々<br />

を 暗肨 黒 に 閉僔 じ 込匸 める 布偵 告卪 を 出 した。しかし 神卡 は、 教卝 会 の 維 持匛 のために 他 の 方 法 を 設勳 け<br />

てお られた。 迫 害县 によってフランスやイタリアの 故採 郷偮 を 追挵 われたワルド 派挩 やアルビジ<br />

ョア 派挩 の 人 々の 多匭 くが、ボヘミアにやって 来勵 た。 彼 らは、 公勗 然掍 と 教卝 えはしなかったが、<br />

隠僸 れて 熱 心升 に 働掴 いた。こうして、 真卢 の 信勼 仰纝 が 世匒 紀 から 世匒 紀 へと 保 持匛 されたのであ<br />

る。 [1634.<br />

ボヘミアでは、フスの 時 代 以匆 前 に、 立 ち 上 がって 公勗 然掍 と 教卝 会 の 腐纄 敗反 と、 民 衆 の 不勘 品厍<br />

行 を 非 難挚 した 人 々かいた。 彼 らの 活卹 動 は、 広南 く 一 般 の 関 心升 を 呼 んだ。 聖脩 職厯 者 たちは 恐傁<br />

怖繍 を 感厤 じ、 福厹 音 を 信勼 じるものたちに 対 する 迫 害县 が 始卿 まった。 彼 らは、 森捒 や 山 で 礼脊 拝旟 し<br />

なければならなくなり、 兵掝 隊 たちにかり 立 てられ、 殺掮 されたものも 多匭 かった。その 後<br />

しはらくして、ローマ 教卝 の 礼脊 拝旟 を 離掤 れたものは、みな 火 刑傃 にするという 布偵 告卪 が 出 され<br />

た。しかしキリスト 者 たちは、その 生 命挻 をささげながら、 彼 らの 運卞 動 の 勝 利匏 を 待挊 望捬 し<br />

たのであった「 救 いは 十厝 字捐 架繳 にかけられた 救 い 主勢 を 信勼 じることによってのみ 与拜 えられ<br />

る、と 教卝 えた」ものの 1 人 は、その 死拎 ぬ 時 に 次卙 のように 占 った。「 真卢 理 の 敵育 たちの 怒腹<br />

りは、 今 われわれに 勝 っている。しかし、 永 久挸 にそうなのではない。 剣腚 や 権勻 威胙 によら<br />

ないで、 一 般 の 民 衆 の 中 から 1 人 の 人 が 立 ち 上 がる。そして 彼 に 対 して、 真卢 理 の 敵育 た<br />

ちは 勝 っことかできない。」 2 ルターの 時 代 は、まだずっと 先匪 のことであった。しかし、<br />

すでに、ローマに 抗 議 して 諸 国 民 を 揺肝 り 動 かす 者 が 起招 こりつっあった。<br />

ヨハン・フスは、 卑赐 しい 身拴 分 の 家匝 に 生 まれ、 幼膇 少厮 の 時 に 父 親捧 を 失拽 った。しかし、 彼<br />

の 信勼 心升 深捫 い 母 親捧 は、 教卝 育挞 と 神卡 を 恐傁 れることとを 最勞 も 価卒 値捛 ある 財拉 産勩 とみなして、こうし<br />

た 遺 産勩 を 息僢 子 のために 確卾 保 しようとした。フスは、 地 力 の 学 校厛 で 学 んでから、 慈暆 善 学<br />

生 としてプラハの 大 学 に 入 学 を 許 された。 彼 は 母 に 付厏 き 添胭 われて、プラハへと 旅傯 立 っ<br />

た。 彼 女匩 は 貧縏 し 未 亡 人 であって、 息僢 子 に 与拜 えるようなこの 世匒 の 富挛 は 何挬 も 持匛 っていなか<br />

った。しかし 彼 らが 大 都匙 会 に 近卐 づくと、 彼 女匩 は、 父 親捧 のいない 息僢 子 のそばにひさまず<br />

64


反 乱 の 根 源<br />

いて、 彼 の 上 に 天拦 の 父 の 祝腛 福厹 を 祈绗 り 求卍 めた。 自 分 の 祈绗 りがどのように 答掬 えられるか、<br />

この 母 親捧 は 知半 るよしもなかった。<br />

大 学 においてフスは、たゆまぬ 熱 心升 と 急双 速捠 な 進勺 歩 によって、すぐに 頭挓 角偰 をあらわし<br />

た。また、 彼 の 非 難挚 されるところのない 生 活卹 、 穏昳 やかで 好捆 感厤 のもてる 態拟 度 は、だれか<br />

らも 尊胛 敬肭 された。 彼 は、ローマ 教卝 会 の 誠肬 実 な 信勼 者 で、 教卝 会 が 与拜 えると 主勢 張挗 している 霊绳<br />

的 祝腛 福厹 を 熱 心升 に 求卍 めていた。 大 赦费 のおりには 告卪 白换 に 行 き、 乏织 しいさいふをはたいてさ<br />

さげ、 罪 のゆるしを 受匃 けるために 行 列偱 に 加匎 わった。 彼 は、 大 学 を 終厖 えてから 聖脩 職厯 者 の<br />

道匠 に 進勺 み、どんどん 昇 近卐 して、 間 もなく 王掣 室掂 づきになった。 彼 はまた、 母 校厛 の 教卝 授 と<br />

なり、 後 には 総匫 長 になった。わずか 数包 年 のうちに 1 人 の 卑赐 しい 慈暆 善 学 生 かボヘミアの<br />

誇縷 りとなり、 彼 の 名匷 はヨーロッパ 全 体 に 知半 れわたった。<br />

しかし、フスが 改匳 革挙 の 事 業 を 始卿 めたのは、 別厌 の 分 野 においてであった。 彼 は 司 祭脫 に<br />

任厃 じられてから 数包 年 後 に、ベツレヘム 礼脊 拝旟 堂傾 の 説拿 教卝 者 として 指匦 名匷 された。この 礼脊 拝旟 堂傾<br />

の 創傦 設勳 者 は、 聖脩 書危 を 自 国 語指 で 説拿 くことが 非 常拤 に 重匤 要勥 であると 主勢 張挗 したのであった。こ<br />

のことに 対 するローマの 反卬 対 にもかかわらず、ボヘミアでは、それが 完 全 に 中 止厙 され<br />

てはいなかった。しかし 聖脩 書危 に 関 する 無叄 知半 ははなはだしく、あらゆる 階 級揁 の 人 々の 間<br />

で、 最勞 もひどい 不勘 道匠 徳 が 有卻 われていた。フスは、こうした 悪捰 習 を 容卣 赦费 なく 責掅 め、 神卡 の<br />

み 言匟 葉挺 を 引匂 用 することによって、 彼 の 説拿 く 真卢 理 と 純儻 潔昔 の 原募 則 を 強勮 調 した。<br />

フラハの 一 市 民 、ヒエロニムス[ジェローム]—— 後 にフスの 親捧 友掻 になった 人 物匵 ——<br />

は、 英捼 国 からの 帰 国 に 際匶 して、ウィクリフの 著兆 書危 を 持匛 ち 帰 っていた。ウィクリフの 教卝<br />

えに 改匳 宗儲 した 英捼 国 の 女匩 王掣 は、ボヘミアの 王掣 女匩 であったから、 彼 女匩 の 影挼 響捳 によって、 改匳<br />

革挙 者 の 著兆 書危 が 広南 くボヘミアに 配括 布偵 された。フスは、これらの 著兆 書危 を 興掰 味控 深捫 く 読傊 んだ。<br />

彼 は、 著兆 者 がまじめなキリスト 者 であることを 信勼 じ、 彼 の 主勢 張挗 する 改匳 革挙 運卞 動 に 賛僮 成勱 す<br />

るようになった。フスは、 自 分 では 自 覚 していなかったが、もうすでに、ローマから<br />

遠 く 離掤 れることになる 道匠 を 歩 きはじめたのであった。<br />

ちょうどこのころ、ブラハに、 学 識掟 のある 2 人 の 旅傯 旅傯 人 が 英捼 国 から 到肑 着挄 した。 彼 ら<br />

は 光捄 を 受匃 け 入 れており、それを 伝捱 えるために 遠 くの 地 までやってきたのであった。 彼<br />

らは 初匘 めから 法 王掣 の 至儖 上 権勻 を 公勗 然掍 と 攻 撃掐 したので、すぐにその 筋傶 から 発 言匟 をとめられ<br />

てしまった。しかし 彼 らは、そのまま 引匂 き 下 がることを 好捆 まず、 他 の 方 法 を 用 いるこ<br />

とにした。 彼 らは、 説拿 教卝 者 であると 同 時 に 画厐 家匝 でもあったので、 自 分 たちの 技叒 術挘 を 活卹<br />

用 することにした。 人 々の 目 につくところに、 彼 らは 2 枚儳 の 絵胅 を 描胦 いた。1 枚儳 はキリ<br />

ストのエルサレム 入 城拝 をあしらっていた。キリストは「 柔肛 和匄 なおかたで、ろばに 乗拳 っ<br />

て」おられ、その 後 に、 旅傯 ですり 切卲 れた 衣胼 をまとった 弟胱 子 たちがはだしで 従 っていた<br />

65


反 乱 の 根 源<br />

[マタイ 21:。もう 1 枚儳 の 絵胅 は、 法 王掣 の 行 列偱 を 描胦 いていた。 法 ははなやかな 衣胼 を 身拴 に<br />

つけ、 三勫 重匤 の 冠縍 をかぶって、りっぱに 飾兇 った 馬捣 に 乗拳 り、その 前 にはラッパを 吹胈 く 者 た<br />

ちが 行 き、 後 からは 枢 機務 卿 や 高 位匱 聖脩 職厯 者 たちが 豪僘 華兛 に 着挄 飾兇 って 従 っていた。<br />

これは、あらゆる 階 級揁 の 人 々の 注挅 目 をひいた 説拿 教卝 であった。 群儈 衆 が 集厦 まって、 絵胅 を<br />

見 つめた。その 教卝 訓肢 がわからない 人 はいなかった。そして 多匭 くの 人 々は、 主勢 イエス・<br />

キリストの 柔肛 和匄 と 謙旎 そんと、そのしもべであると 称胃 する 法 王掣 の 高 慢纁 で 尊胛 大 な 態拟 度 との<br />

対 照儠 に、 深捫 い 印偝 象拺 を 受匃 けた。プラハでは 大 きな 騒胻 ぎが 起招 き、しばらく 後 に 旅傯 人 たちは、<br />

身拴 の 安勣 全 のために 立 ち 去掇 らねばならなかった。しかし、 彼 らが 教卝 えた 教卝 訓肢 は 忘脨 れられ<br />

なかった。この 絵胅 はフスの 心升 に 強勮 い 印偝 象拺 を 与拜 え、 聖脩 書危 とウィクリフの 著兆 書危 をもっと 詳肠<br />

しく 研挣 究捨 するようにしむけた。 彼 はまだ、ウィクリフが 主勢 張挗 する 改匳 革挙 のすべてを 受匃 け<br />

入 れる 準厜 備厵 はなかったが、 法 王掣 権勻 の 真卢 相 が 彼 にはいよいよ 明 らかとなって、 彼 はます<br />

ます 熱 心升 に 教卝 権勻 制勧 度 の 高 慢纁 と 野 心升 と 腐纄 敗反 とを 非 難挚 した。<br />

光捄 はボヘミアからドイツへと 広南 がった。プラハ 大 学 での 騒胻 動 のために、 何挬 百掸 人 とい<br />

うドイツの 学 生 たちが 退挖 学 したからである。 彼 らの 多匭 くは、フスから 初匘 めて 聖脩 書危 の 知半<br />

識掟 を 学 んだ 者 たちであって、 帰 国 してから 福厹 音 を 祖脽 国 に 広南 めたのである。 プラハにお<br />

ける 働掴 きの 知半 らせがローマに 伝捱 えられ、フスはすぐに 法 王掣 からの 呼 び 出 し 命挻 令傂 を 受匃 け<br />

た。これに 応厸 じることは、 自 ら 死拎 を 招偠 くことであった。そこで、ボヘミヤの 王掣 と 王掣 妃賠 、<br />

大 学 、 貴揂 族 たち、 政 府匕 の 役叓 人 たちは 団卄 結医 して、フスがプラハに 留 まりローマでは 代 理<br />

者 によって 箸 えることを 許 されるように、 法 王掣 に 訴挰 えた。ところが 法 王掣 は、この 願傿 い<br />

を 許 すどころか、 裁拍 判匯 を 行 ってフスを 罪 に 定 め、プラバ 市 の 破挐 門挋 を 宣傪 言匟 した。<br />

その 時 代 において、この 宣傪 告卪 が 発 せられることは、 一 大 恐傁 慌 をひきおこした。それ<br />

に 伴僀 う 諸 儀腝 式厚 は、 法 王掣 を 神卡 ご 自 身拴 の 代 表勖 者 とみなし、 彼 が 天拦 国 と 地 獄晳 のカギを 持匛 ち、<br />

霊绳 的 罰脖 と 同 様捞 に 世匒 俗晐 の 罰脖 も 与拜 える 力 があると 考卛 えていた 人 々にとって、 恐傁 怖繍 を 抱 かせ<br />

ずにはおかぬものであった。 破挐 門挋 を 受匃 けた 地 方 には 天拦 の 門挋 が 閉僔 ざされ、 法 王掣 が 破挐 門挋 を<br />

解卆 くまでは 死拎 者 は 天拦 国 から 閉僔 め 出 されている、と 信勼 じられていた。この 恐傁 ろしい 災 い<br />

の 証卨 拠 として、すべての 宗儲 教卝 的 儀腝 式厚 は 停 止厙 された。 教卝 会 は 閉僔 鎖肽 された。 結医 婚肶 式厚 は、 教卝<br />

会 の 庭僃 で 行 われた。 死拎 者 は、 聖脩 地 に 埋僤 葬繙 することが 許 されないので、 埋僤 葬繙 式厚 もせずに、<br />

みぞとか 野 原募 に 埋僤 められた。こうして、 想挹 像僕 力 に 訴挰 えるような 方 法 で、ローマは 人 々<br />

の 良拖 心升 を 支匣 配括 しようとした。<br />

プラハ 市 は、 大 さわぎになった。 多匭 くの 者 は、こうした 災 いはみなフスによるもの<br />

であるとして 彼 を 非 難挚 し、 彼 をローマの 懲腘 罰脖 に 服傕 させるべきであると 主勢 張挗 した。さわ<br />

ぎを 静 めるために、フスはしばらくの 間 故採 郷偮 の 村匾 に 退挖 いた。 彼 は、プラハに 残拑 した 友掻<br />

66


反 乱 の 根 源<br />

人 に 次卙 のように 井匿 いた。「わたしが、こうして、あなたがたの 間 から 退挖 いたのは、イ<br />

エス・キリストの 教卝 えと 模掌 範儤 に 従 うためである。そしてそれは、 悪捰 意勪 を 抱 いている 人<br />

々が、 自 分 たちの 上 に 永 遠 の 断友 罪 を 招偠 かないようにするとともに、 信勼 心升 深捫 い 者 たちに<br />

苦 難挚 と 迫 害县 を 引匂 き 起招 こすことがないようにするためである。また、 不勘 敬肭 虔 な 司 祭脫 たち<br />

が、あなたがたの 間 で 神卡 のみ 言匟 葉挺 が 説拿 教卝 されることを 長 期勡 にわたって 禁 じ 続勸 けること<br />

を 恐傁 れたからで ある。わたしは 神卡 の 真卢 理 を 拒兘 んで、あなたがたを 去掇 去掇 ったのではない。<br />

神卡 の 真卢 理 のためには、わたしは 神卡 の 助捉 けによって、 喜 んで 命挻 をささげる。」 3 フスは、<br />

彼 の 活卹 動 をやめず、 周 囲 の 地 方 を 旅傯 行 して 熱 心升 な 群儈 衆 に 説拿 教卝 した。こうして、 法 王掣 が<br />

福厹 音 を 抑 圧 しようとしてとった 手 段掀 が、かえってそれを 広南 く 伝捱 える 結医 果卵 となった。<br />

「わたしたちは、 真卢 理 に 逆 らっては 何挬 をする 力 もなく、 真卢 理 にしたがえば 力 がある」<br />

[Ⅱコリント 13:。<br />

「フスの 生 涯昗 のこの 時 期勡 において、 彼 の 心升 中 では 苦 しい 争拫 闘 が 演 じられていたよう<br />

である。 教卝 会 は、その 威胙 嚇 によって 彼 を 圧 倒 しようとしたけれども、 彼 は、 教卝 会 の 権勻<br />

威胙 を 否 認卉 してはいなかった。 彼 にとって、ローマの 教卝 会 は、なおキリストの 花挮 嫁晊 であ<br />

り、 法 王掣 は 神卡 の 代 表勖 者 、 代 理 者 であった。フスが 争拫 っていたのは 権勻 威胙 の 乱 用 に 対 して<br />

であって、 原募 則 そのものに 対 してではなかった。これは、 彼 の 理 解卆 に 基匼 づく 確卾 信勼 と 良拖<br />

心升 の 要勥 求卍 との 間 に、 恐傁 ろしい 矛旁 盾绮 を 引匂 き 起招 こした。<br />

もし 彼 が 信勼 じたように、その 権勻 威胙 が 正匁 当勠 で 無叄 謬 であるならば、なぜ、それに 従 い 得千<br />

ないと 感厤 じるのであろうか。これに 従 うことは 罪 を 犯 すことであるのが 彼 にはわかっ<br />

た。しかし、 無叄 謬 教卝 会 に 従 うことが、なぜこうした 問勬 題匑 に 至儖 らせるのであろうか。こ<br />

れは 彼 には 解卆 決 できない 問勬 題匑 であった。これは 彼 を 常拤 に 苦 しめた 疑卧 惑 であった。 彼 が<br />

見 いだした 最勞 も 解卆 決 に 近卐 い 答掬 えは、かつて 救 い 主勢 の 時 代 に、 教卝 会 の 祭脫 司 たちがよこし<br />

まになり、 彼 らの 正匁 当勠 な 権勻 威胙 を 不勘 正匁 な 目 的 のために 用 いていたが、それと 同 じことが<br />

また 起招 こったということであった。こうして 彼 は、よく 理 解卆 された 聖脩 書危 の 教卝 えを 良拖 心升<br />

の 導拗 きとすべきであるという 金 言匟 を、 自 分 自 身拴 のために 採 用 し、また 他 の 人 々にも 説拿<br />

き 勧僊 めるに 至儖 った。つまり、 神卡 は 聖脩 書危 によって 語指 られるのであって、 教卝 会 が 司 祭脫 によ<br />

って 語指 るのではないことが、 誤儶 ることのない 手 引匂 きなのである。」 4<br />

しばらくして、プラハの 騒胻 動 がおさまったので、フスはベツレヘム 礼脊 拝旟 堂傾 に 帰 り、<br />

これまで 以匆 上 の 熱 心升 と 勇腅 気勴 をもって 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 説拿 きつづけた。 彼 の 敵育 たちは 活卹 動 的<br />

で 強勮 力 であったが、 王掣 妃賠 や 多匭 くの 貴揂 族 たちは 彼 の 味控 方 であった。そして、 多匭 くの 人 々<br />

が 彼 の 側卷 にっいた。 彼 の 純儻 粋暋 で 高 尚縎 な 教卝 えや 清捲 い 生 活卹 を、ローマ 教卝 会 司 祭脫 の 説拿 く 腐纄 敗反<br />

した 教卝 義拣 や、 彼 らが 行 っている 貪 欲僼 や 放择 蕩 と 比发 較脘 して、 多匭 くの 者 はフスの 側卷 につくこ<br />

とを 名匷 誉縃 とした。<br />

67


反 乱 の 根 源<br />

この 時 まで、フスは 単 独捌 で 働掴 いて 来勵 た。しかし 今 、 英捼 国 にいた 時 ウィクリフの 教卝 え<br />

を 受匃 け 入 れていたヒエロニムスが、 改匳 革挙 事 業 に 加匎 わった。それから 後 、2 人 は 1 つと<br />

なって 働掴 き、 死拎 ぬ 時 も 別厌 々でなかった。 輝脮 かしい 天拦 才纞 、 雄接 弁 、 学 識掟 など、 人 々の 人 気勴<br />

を 呼 ぶ 賜 物匵 は、ヒエロニムスが 著兆 しく 所勰 有卻 していた。しかし、 品厍 性勯 の 真卢 の 力 を 構拧 成勱 す<br />

る 特厣 質拾 においては、フスの 方 がさらに 偉昖 大 であった。 彼 の 冷偭 静 な 判匯 断友 は、ヒエロニム<br />

スの 衝胓 動 的 精 神卡 を 抑 える 役叓 を 果卵 たした。ヒエロニムスは、 謙旎 そんに、 彼 の 真卢 価卒 を 認卉 め<br />

て、その 勧僊 告卪 に 従 った。 彼 らの 一 致 した 働掴 きによって、 改匳 革挙 事 業 は 一 段掀 と 急双 速捠 に 発 展捯<br />

した。<br />

神卡 は、これら 選 ばれた 人 々の 心升 に 大 きな 光捄 を 与拜 え、ローマの 誤儶 りの 多匭 くをお 示単 しに<br />

なった。しかし 彼 らは、 世匒 に 示単 すべき 光捄 を 全 部 受匃 けたのではなかった。これらご 自 分<br />

のしもべたちによって、 神卡 は 人 々をローマ 教卝 の 暗肨 黒 から 導拗 き 出 しておられたのである。<br />

しかし、 彼 らは、さまざまの 大 きな 障揃 害县 に 直卟 面卥 しなければならなかった。 神卡 は、 彼 ら<br />

が 耐脾 えられるだけ、1 歩 ずつ、お 導拗 きになった。 彼 らはすべての 光捄 を 一 時 に 受匃 ける 用<br />

意勪 がなかった。 長 い 間 暗肨 黒 の 中 にいたものが、 真卢 昼腮 の 太挲 陽傘 の 輝脮 きを 受匃 けるのと 同 じよ<br />

うに、もしすべての 光捄 が 一 度 に 示単 されたならば 彼 らは 目 をそむけたに 違挆 いない。それ<br />

ゆえに 神卡 は、 人 々に 受匃 け 入 れられるだけの 程损 度 に 従 って、 少厮 しずつ 光捄 を 指匦 導拗 者 たちに<br />

示単 されたのである。 世匒 紀 を 追挵 って、 他 の 忠儮 実 な 働掴 き 人 たちが 現勶 れ、 人 々をなおいっそ<br />

う、 改匳 革挙 の 道匠 に 導拗 いた。<br />

教卝 会 内 の 分 裂脧 は、なお 続勸 いた。3 人 の 法 王掣 が 至儖 上 権勻 を 競挂 い、 彼 らの 闘 争拫 はキリスト<br />

教卝 界化 を 犯 罪 と 暴偷 動 で 満掫 たした。 彼 らは 互僆 いに 破挐 門挋 しあうだけで 満掫 足拒 せ ず、 武叇 力 に 訴挰 え<br />

た。 各厰 自 は、 武叇 器捙 の 購儔 入 と 軍拚 隊 の 確卾 保 に 苦 心升 した。もちろん、 金 もなければならなか<br />

った。こうしたものを 手 に 入 れるために、 教卝 会 の 賜 物匵 、 地 位匱 、 祝腛 福厹 などが 金 銭儓 で 売匉 ら<br />

れた。 司 祭脫 たちも 高 位匱 の 者 たちにならって、 聖脩 職厯 売匉 買挍 を 行 い、 競挂 争拫 者 を 倒 して 自 分 の<br />

勢厕 力 を 強勮 化 するために 戦勛 った。フスは、ますます 大 胆绺 に、 宗儲 教卝 の 名匷 のもとに 行 われて<br />

いる 憎 むべきことを 非 難挚 した。そして 人 々は、キリスト 教卝 界化 をこのような 悲胳 惨绨 な 状叔 態拟<br />

に 陥肿 れたのはローマ 教卝 の 指匦 導拗 者 たちであると、 公勗 然掍 と 非 難挚 した。<br />

ふたたびプラハ 市 は、 流及 血傔 の 惨绨 事 が 起招 きそうに 見 えた。むかしと 同 様捞 に、 神卡 のしも<br />

べは、「イスラエルを 悩肘 ます 者 」と 非 難挚 された[ 列偱 王掣 王掣 紀 上 8:。プラハ 市 は、ふたた<br />

び 破挐 門挋 され、フスは 故採 郷偮 の 村匾 に 退挖 いた。 彼 が 愛 したベッレヘム 礼脊 拝旟 堂傾 からの 忠儮 実 な 証卨<br />

言匟 は、ここに 終厖 わった。 彼 は、 真卢 理 の 証卨 人 として 生 命挻 をささげるに 先匪 だって、もっと<br />

広南 い 舞 台卤 から、 全 キリスト 教卝 界化 に 語指 ることになったのである。 ヨーロッパを 混 乱 に 陥肿<br />

れていた 害县 悪捰 を 正匁 すために、コンスタンツにおいて 公勗 会 議 が 召昨 集厦 された。この 会 議 は、<br />

ジギスムント 皇 帝胰 の 希傩 望捬 によって、 対 立 している 3 人 の 法 王掣 の 1 人 、ヨハネス 23 世匒<br />

68


反 乱 の 根 源<br />

が 召昨 集厦 したものであった。ヨハネス 23 世匒 の 人 格卺 と 政 策北 は、 当勠 時 の 一 般 聖脩 職厯 者 と 同 様捞<br />

に 道匠 徳 的 に 腐纄 敗反 していた 高 位匱 聖脩 職厯 者 たちの 調 査匀 にさえ 耐脾 え 得千 ないものであったので、<br />

彼 は、 会 議 を 歓脒 迎 するどころではなかった。しかし 彼 は、ジギスムントの 意勪 志 にさか<br />

らいかねたのである。<br />

会 議 の 主勢 要勥 目 的 は、 教卝 会 内 の 分 裂脧 を 和匄 解卆 させ、 異 端健 を 根捏 絶傉 することであった。そこ<br />

で、2 人 の 対 立 法 王掣 たちも、 新 説拿 の 主勢 唱脆 者 であるヨハン・フスとともに、 会 議 に 召昨 集厦<br />

された。 前 者 はそれぞれ、 自 分 たちの 身拴 の 安勣 全 を 期勡 して、 自 分 は 出 て 来勵 ず、 代 表勖 を 送拡<br />

った。 法 王掣 ヨハネスは、 表勖 向匇 きは 会 議 の 召昨 集厦 者 ではあったが、 種捶 々の 不勘 安勣 を 抱 いて 臨<br />

んだ。 皇 帝胰 がひそかに 彼 を 退挖 位匱 させようとしていないかと 疑卧 い、また、 三勫 重匤 の 冠縍 を 手<br />

に 入 れるために 犯 した 罪 とともに、それを 辱既 しめた 罪 悪捰 が 問勬 いただされるのではない<br />

かと 恐傁 れていた。それでも 彼 は、 最勞 高 位匱 の 聖脩 職厯 者 たちと 廷腾 臣元 の 長 い 列偱 を 従 えて、 威胙 風掵<br />

堂傾 々とコンスタンツ 市 に 入 った。 市 のすべての 聖脩 職厯 者 や 高 官厑 たちは、 数包 多匭 くの 市 民 た<br />

ちとともに、 彼 を 出 迎 えた。 彼 の 頭挓 上 には 金 色 の 天拦 蓋贙 がかかり、それを 4 人 の 長 官厑 た<br />

ちが 支匣 えていた。 彼 の 前 には 祭脫 餅 が 運卞 ばれ、 枢 機務 卿 や 貴揂 族 たちのきらびやかな 服傕 装 は、<br />

実 に 印偝 象拺 的 であった。<br />

この 時 、もう 1 人 の 旅傯 人 がコンスタンツ 市 に 近卐 づいていた。フスは、 自 分 の 身拴 に 迫<br />

る 危捦 険叁 に 気勴 づいていた。 彼 は、もう 2 度 と 会 えないかのように、 友掻 人 たちに 別厌 れを 告卪<br />

げた。そして 火 刑傃 への 道匠 であることを 感厤 じつつ 旅傯 をつづけた。 彼 は、ボヘミアの 王掣 か<br />

ら 安勣 全 通 行 券拐 を 得千 、またジギスムント 皇 帝胰 からも 同 様捞 のものを 得千 てはいたが、 死拎 ぬこ<br />

ともあり 得千 ると 考卛 えて、 万勦 事 その 用 意勪 をしていた。<br />

プラハの 友掻 人 あての 手 紙 の 中 で 彼 は 次卙 のように 言匟 っている。「わたしの 兄胆 弟胱 たち<br />

よ、……わたしは 王掣 からの 通 行 券拐 を 持匛 って、 多匭 くの 恐傁 ろしい 敵育 に 立 ち 向匇 かうために 出<br />

かけようとしている。……わたしは、 全 能印 の 神卡 、わたしの 救 い 主勢 に 全 く 信勼 頼 している。<br />

わたしは、 神卡 があなたがたの 熱 心升 な 祈绗 りに 答掬 えて、わたしの 口卶 に 神卡 の 慎儃 しみと 神卡 の 知半<br />

恵 を 賜 わり、 彼 らに 抵脏 抗 することができるようにしてくださると 信勼 じる。そして、 神卡<br />

はわたしに 聖脩 霊绳 を 与拜 えて 堅儕 く 真卢 理 に 立 たせ、 勇腅 敢暑 に、 試去 練 と 牢 獄晳 、そしてもし 必厧 要勥 な<br />

ら 残拑 酷昰 な 死拎 にすら 立 ち 向匇 かえるようにしてくださると 信勼 じる。イエス・キリストは、<br />

彼 の 愛 する 者 のために 苦 しみにあわれた。それゆえにわれわれは、われわれが 自 分 自<br />

身拴 の 救 いのためにすべてのことを 根捏 気勴 よく 耐脾 え 忍旖 ぶよう、 彼 がわれわれのために 模掌 範儤<br />

を 残拑 されたことに 対 して 驚脚 いてよいであろうか。 彼 は、 神卡 である。そして、われわれ<br />

は、 彼 に 造挝 られたものである。 彼 は 主勢 であって、われわれは、 彼 のしもべたちである。<br />

彼 は 世匒 界化 の 主勢 であられ、われわれは、 卑赐 しい 人 間 である。それにもかかわらず 彼 は 苦<br />

しまれた。とすれば、われわれもまた 苦 しむべきではなかろうか。 特厣 にそれがわれわ<br />

69


反 乱 の 根 源<br />

れのきよめのためであるとすれば。それゆえに、 愛 する 人 々よ、も しわたしの 死拎 が 彼<br />

の 栄 光捄 となるものならば、それが 早拱 く 来勵 るように、そして、わたしにふりかかるすべ<br />

ての 災 いをわたしが 忠儮 実 に 耐脾 える 力 を 主勢 がお 与拜 えになるように 祈绗 ってほしい。しかし、<br />

もしわたしがあなたがたのところに 帰 るほうが 良拖 いのであれば、 何挬 の 汚儢 点勷 も 残拑 さずに<br />

帰 れるように 神卡 に 祈绗 ろう。すなわち、わたしが、 福厹 音 真卢 理 のどんな 点勷 でも 隠僸 すことな<br />

く、わたしの 兄胆 弟胱 たちがふみ 従 うりっぱな 模掌 範儤 を 残拑 すことができるように 祈绗 ろう。お<br />

そらく、プラハであなたがたと 会 うことはもはやないであろう。しかし、 全 能印 の 神卡 の<br />

みこころによって、あなたがたのところに 帰 ることができれば、その 時 には、いよい<br />

よ 確卾 固 とした 信勼 念挡 をもって、 神卡 の 律傢 法 の 知半 識掟 と 愛 のうちに 進勺 んでいきたい。」 5 フス<br />

は、 福厹 音 の 使却 徒傣 となったある 司 祭脫 に 送拡 ったもう 1 つの 手 紙 の 中 で、きわめて 謙旎 虚縚 に 自<br />

分 自 身拴 の 誤儶 りについて 語指 り、 自 分 は「 美捜 服傕 をまとうことに 喜 びを 感厤 じ、 軽 薄儱 なことに<br />

時 を 浪償 費厔 していた」と 自 分 を 責掅 めている。<br />

そして、 次卙 のような 感厤 動 的 な 勧僊 告卪 をつけ 加匎 えた。「あなたは、 聖脩 職厯 跜禄 や 財拉 産勩 の 所勰 有卻<br />

ではなくて、 神卡 の 栄 光捄 と 魂 の 救 いを 考卛 えるようにせよ。 自 分 の 魂 以匆 上 にあなたの 家匝 を<br />

飾兇 らぬように 注挅 意勪 せよ。 何挬 よりも 徳 を 高 めることに 留 意勪 せよ。 貧縏 者 には、 敬肭 虔 と 謙旎 そ<br />

んをもって 接捴 し、あなたの 持匛 ち 物匵 を 饗 応厸 のために 消拔 費厔 してはならない。もしもあなた<br />

が 生 活卹 を 改匳 めず、ぜいたくをやめないならば、わたしが 今 懲腘 らしめられているように、<br />

きびしく 懲腘 らしめられることであろう。……あなたは、 幼膇 い 時 から、わたしの 教卝 えを<br />

受匃 けたから、わたしの 教卝 義拣 を 知半 っている。それだから、これ 以匆 上 書危 く 必厧 要勥 はない。し<br />

かし、わたしは、 主勢 の 憐穳 れみによって、あなたに 願傿 う。どうか、あなたは、わたしが<br />

陥肿 ったのを 見 たどんな 種捶 類 の 虚縚 栄 をもまねてはならない。」 手 紙 の 封脐 筒绠 には、「わが<br />

友掻 よ、わたしが 死拎 んだことを 確卾 かめるまでは、この 封脐 を 開 かないこと」 6 と 書危 きそえて<br />

あった。 フスは、 旅傯 行 中 、 至儖 るところで、 彼 の 教卝 義拣 が 広南 まり、 彼 の 運卞 動 が 歓脒 迎 されて<br />

いるのを 見 た。 群儈 衆 が 彼 を 出 迎 え、いくつかの 町 では 長 官厑 が 町 じゅう 彼 に 随纘 行 した。<br />

コンスタンツに 到肑 着挄 したフスは、 完 全 な 自 由厩 が 与拜 えられた。 皇 帝胰 の 通 行 券拐 には、 法<br />

王掣 の 個持 人 的 な 保 護厽 の 保 証卨 もつけ 加匎 えられた。しかし、これら 厳 粛施 な、またくり 返拮 し 保<br />

証卨 された 言匟 明 が 無叄 視拹 されて、フスは 間 もなく、 法 王掣 と 枢 機務 卿 たちの 命挻 令傂 によって 逮 捕<br />

され、いまわしい 牢 獄晳 に 入 れられた。 後 に 彼 は、ライン 川勜 の 向匇 こうの 堅儕 固 な 城拝 に 移挔 さ<br />

れ、 囚昉 人 として 監叆 禁 された。 法 王掣 は、その 背 信勼 によって 益捍 するところなく、 間 もなく<br />

同 じ 牢 獄晳 にいれられた。 7 彼 は、 会 議 において、 殺掮 人 、 聖脩 職厯 売匉 買挍 、 姦贊 淫 のほかに、「 言匟<br />

うことさえ 恥時 じるべき 罪 」、 最勞 も 下 劣縆 な 罪 を 犯 したことが 証卨 明 された。こうして、 会<br />

議 そのものの 宣傪 言匟 によって、 彼 はついに 三勫 重匤 冠縍 を 取勚 り 上 げられ、 投匐 獄晳 された。 彼 と 対<br />

立 していた 法 王掣 たちも 廃 されて、 新 しい 法 王掣 が 選 ばれた。<br />

70


反 乱 の 根 源<br />

コンスタンツ 会 議 は、フスが 常拤 に 非 難挚 し 改匳 革挙 を 要勥 求卍 していた 司 祭脫 たちよりも 大 きな<br />

罪 を 犯 していた 法 王掣 自 身拴 を 退挖 位匱 させたにもかかわらず 改匳 革挙 者 フスをも 粉腲 砕 しようとし<br />

た。フスの 投匐 獄晳 は、ボヘミアの 人 々を 大 いに 怒腹 らせた。 有卻 力 な 貴揂 族 たちは、この 暴偷 挙拷<br />

に 対 して 激 しい 抗 議 を 会 議 に 申捩 し 入 れた。 通 行 券拐 の 侵兓 害县 を 許 すことを 好捆 まなかった 皇<br />

帝胰 は、 彼 に 対 する 処叀 置厒 に 反卬 対 であった。しかし 改匳 革挙 者 の 敵育 たちは、 激 しい 憎 しみと 堅儕<br />

い 決 意勪 を 抱 いていた。 彼 らは 皇 帝胰 の、 偏旌 見 と 恐傁 怖繍 と 教卝 会 に 対 する 熱 意勪 とに 訴挰 えた。<br />

「たとえ 皇 帝胰 や 王掣 たちから 通 行 券拐 を 交卦 付厏 されていたとしても、 異 端健 および 異 端健 の 嫌膅 疑卧<br />

を 受匃 けたものには、 約 束僓 を 守捿 るべきではない」ということを 証卨 明 するために、 彼 らは<br />

長 い 議 論厱 を 展捯 開 した。 8 こうして 彼 らは、その 主勢 張挗 を 通 した。<br />

牢 獄晳 内 の 湿斯 気勴 と 悪捰 い 空参 気勴 のために、フスは 死拎 ぬほどの 熱 病挶 にかかった。 病挶 気勴 と 獄晳 中<br />

生 活卹 のために 衰斠 弱傽 したフスは、ついに 会 議 に 呼 び 出 された。 彼 は 鎖肽 につながれて、 彼<br />

を 保 護厽 することを 名匷 誉縃 と 誠肬 実 にかけて 誓绒 った 皇 帝胰 の 前 に 立 った。 長 期勡 にわたる 取勚 調 べ<br />

のあいだ、 彼 は 堅儕 く 真卢 理 を 主勢 張挗 した。そして、 教卝 会 と 国 家匝 の 高 位匱 高 官厑 たちのいならぶ<br />

前 で、 彼 は、 教卝 権勻 制勧 度 の 腐纄 敗反 を、ありのままに 厳 かに 抗 議 した。 彼 の 教卝 義拣 を 取勚 り 消拔 す<br />

か、それとも 死拎 を 選 ぶか 求卍 められた 時 、 彼 は、 殉程 教卝 者 の 運卞 命挻 を 受匃 け 入 れた。<br />

神卡 の 恵 みが 彼 を 支匣 えた。 最勞 後 の 宣傪 告卪 が 下 される 前 の 苦 難挚 の 数包 週 間 にわたって、 天拦 か<br />

らの 平匊 安勣 が 彼 の 心升 を 満掫 たした。 彼 は 友掻 人 にこう 書危 いている。「わたしはこの 手 紙 を 牢<br />

獄晳 の 中 で、そしてつながれた 手 で 書危 いている。 明 日 死拎 の 宣傪 告卪 を 受匃 けることを 予匨 期勡 しつ<br />

つ。……イエス・キリストの 助捉 けによって、われわれが、ふたたび、 来勵 世匒 の 快儜 い 平匊 和匄<br />

のうちに 再卭 士厨 会 するときに、 神卡 がどんなに 恵 み 深捫 く、ご 自 身拴 をわたしにあらわされた<br />

か、また、 誘儬 惑 と 試去 練 のただ 中 にあって、どんなに 力 強勮 くわたしを 支匣 えてくたさった<br />

かを、あなたは 知半 ることであろう。」 9<br />

彼 は、 陰纖 気勴 な 牢 獄晳 の 中 で、 真卢 の 信勼 仰纝 の 勝 利匏 を 予匨 見 した。 彼 は 夢肟 の 中 で、 自 分 が 福厹 音<br />

を 説拿 いていたプラハの 礼脊 拝旟 堂傾 に 帰 り、そこで、 自 分 が 壁儿 に 描胦 いたキリストの 絵胅 を、 法<br />

王掣 や 司 教卝 たちが 消拔 しているのを 見 た。「この 幻星 は 彼 を 悩肘 ました。しかし 次卙 の 日 に、 彼<br />

はたくさんの 画厐 家匝 たちが、これらの 絵胅 をさらに 多匭 く、さらに 鮮掏 かな 色 彩繬 でもって、 回<br />

復挴 しているのを 見 た。その 仕捸 事 が 終厖 わるや 否 や、 画厐 家匝 たちは 集厦 まったおびただしい 群儈<br />

衆 に 叫经 んだ。『さあ、 法 王掣 でも 司 教卝 でもくるがよい! 彼 らには、もう 決 して 消拔 し 去掇 る<br />

ことはできない』。」フスは 夢肟 の 話匋 をして、 次卙 のように 言匟 った。「わたしは、キリス<br />

トのみ 姿掋 は 消拔 し 去掇 ることができないことを 堅儕 く 信勼 じる。 彼 らはそれを 破挐 壊傓 しようとし<br />

たが、それは、わたしよりももっと 力 ある 説拿 教卝 者 たちによってすべての 人 の 心升 に 鮮掏 か<br />

に 描胦 かれることであろう。」 10<br />

71


反 乱 の 根 源<br />

さて、いよいよ 最勞 後 に、フスは 会 議 に 呼 び 出 された。それは、 皇 帝胰 、 諸 侯 、 使却 臣元 、<br />

枢 機務 卿 、 司 教卝 、 司 祭脫 たちが 列偱 席 しているはなやかな 大 会 議 であった。また、その 成勱 り<br />

行 きを 見 ようとする 大 群儈 衆 が 集厦 まっていた。 良拖 心升 の 自 由厩 を 確卾 保 するための 長 い 闘 争拫 に<br />

おける、この 最勞 初匘 の 偉昖 大 な 犠腻 牲繉 の 目 撃掐 者 たちが、キリスト 教卝 国 全 土拋 から 集厦 められてい<br />

たのである。 フスは 最勞 後 の 決 断友 を 促傌 されたが、 取勚 り 消拔 すことを 拒兘 否 した。 彼 は、 恥時 知半<br />

らずにも 約 束僓 を 破挐 棄 した 王掣 を、するどい 目 でみつめて 言匟 った。「わたしは、ここにご<br />

臨 席 の 皇 帝胰 の 公勗 の 保 護厽 と 信勼 義拣 のもとに、 自 分 の 自 由厩 意勪 志 で、この 会 議 に 出 席 すること<br />

を 決 心升 したものである。」 11 ジギスムントは、 会 衆 全 員 の 視拹 線拓 を 浴脓 びて、 顔 を 赤捭 くし<br />

た。<br />

宣傪 告卪 は 下 され、 聖脩 職厯 剥禗 奪傤 の 儀腝 式厚 が 開 始卿 された。 司 教卝 たちはフスに 僧 服傕 を 着挄 せた。フ<br />

スは 司 祭脫 の 服傕 を 着挄 た 時 、「われわれの 主勢 、イエス・キリストは、ヘロデからピラトの<br />

ところへ 送拡 られる 時 、 辱既 しめのために 白换 い 衣胼 を 着挄 せられた」と 言匟 った。 12 彼 はふたた<br />

び 取勚 り 消拔 すことを 勧僊 められたが、 人 々の 方 を 向匇 いて、こう 答掬 えた。「そういうことを<br />

すれば、わたしはどんな 顔 をして、 天拦 を 仰纝 ぐことができようか。わたしが 純儻 粋暋 な 福厹 音<br />

を 宣傪 べ 伝捱 えたたくさんの 人 々に、どのようにして 顔 をあわせることができようか。わ<br />

たしは 死拎 に 定 められたこの 哀暈 れな 体 よりも、 彼 らの 救 いをはるかに 重匤 大 視拹 する。」 彼<br />

の 祭脫 服傕 は 1 枚儳 ずつはずされていった。そして 司 教卝 たちは、 儀腝 式厚 におけるそれぞれの 役叓<br />

を 果卵 たしながら、 彼 をのろった。<br />

ついに、「 彼 らは、 恐傁 ろしい 悪捰 鬼纯 の 絵胅 が 描胦 かれ、 前 方 によく 目 立 つように『 大 異 端健<br />

者 』という 字捐 が 書危 かれたピラミッド 型捗 の 紙 の 冠縍 を、 彼 にかぶせた。『 主勢 イエスよ、わ<br />

たしは、 心升 から 喜 んで、あなたのために 恥時 辱既 の 冠縍 をかぶります。あなたはわたしのた<br />

めにいばらの 冠縍 をかぶられました』とフスは 言匟 った。」<br />

彼 にこのような 装 いをさせた 後 、「 司 教卝 たちは、『 今 、われわれは、なんじの 魂 を<br />

悪捰 魔斴 にわたす』と 言匟 った。ヨハン・フスは、 天拦 を 仰纝 いで、『おお、 主勢 イエスよ、わた<br />

しは、わたしの 魂 をみ 手 にゆだねます。あなたはわたしを 贖 ってくださったからです』<br />

と 言匟 った。」 13 こうして 彼 は、 俗晐 権勻 の 手 に 渡据 され、 刑傃 場 へと 引匂 かれていった。 彼 の 後<br />

には、 数包 百掸 名匷 の 軍拚 人 たち、 美捜 衣胼 をまとった 司 祭脫 や 司 教卝 たち、コンスタンツの 住卫 民 など<br />

の 大 行 列偱 が 続勸 いた。 彼 が 火 刑傃 柱兀 に 縛旸 られ、 火 をつける 準厜 備厵 が 整拪 った 時 に、 殉程 教卝 者 は、<br />

もう 1 度 、 誤儶 りを 捨腇 てて 死拎 を 免僧 れるよう 勧僊 告卪 された。しかしフスは 言匟 った。「いった<br />

いどんな 誤儶 りを 取勚 り 消拔 せと 言匟 うのか。わたしは、 何挬 も 悪捰 いことはしていない。わたし<br />

が 書危 き 説拿 教卝 したことのすべては、 人 々を 罪 と 滅脛 びから 救 うためのものだったことは、<br />

神卡 があかしをしてくださる。したがって、わたしが 書危 き 説拿 教卝 した 真卢 理 をわたしの 血傔 を<br />

もって 確卾 証卨 することは、わたしの 最勞 も 喜 びとするところである。」 14 彼 の 周 りに 火 が<br />

72


反 乱 の 根 源<br />

点勷 じられた 時 、 彼 は、「ダビデの 子 、イエスよ、わたしをあわれんでください」と 歌<br />

い 出 した。そしてそれは、 彼 の 声拨 が 永 久挸 に 沈腉 黙縹 するまで 続勸 いた。<br />

彼 の 敵育 たちでさえ、 彼 の 英捼 雄接 的 な 態拟 度 に 強勮 く 心升 を 打占 たれた。ある 熱 心升 な 法 王掣 教卝 徒傣 は、<br />

フスと、その 後 しばらくして 死拎 んだヒエロニムスとの 殉程 教卝 を 描胦 写捂 して 言匟 った。「2 人<br />

とも、 最勞 後 の 時 が 近卐 づいた 時 、 忠儮 実 に 耐脾 えぬいた。 彼 らは、 婚肶 宴晎 に 行 くかのように 火<br />

刑傃 にのぞんだ。 彼 らは 苦 しみの 声拨 をあげなかった。 炎縉 が 上 った 時 に、 彼 らは 讃趹 美捜 歌 を<br />

歌 い 出 した。 激 しい 炎縉 も 彼 らの 歌 を 止厙 めることができなかった。」 15<br />

フスの 体 が 燃 えつきた 時 、 彼 の 灰绑 は、その 下 の 土拋 とともに 集厦 められて、ライン 川勜 に<br />

投匐 げ 捨腇 てられた。こうして、それは、 大 海匈 へと 運卞 ばれていった。 迫 害县 者 たちは 彼 が 宣傪<br />

べ 伝捱 えた 真卢 理 を 根捏 絶傉 したものと 考卛 えたが、そうではなかった。 その 日 大 海匈 に 運卞 び 去掇 ら<br />

れた 灰绑 が、 地 のすべての 国 々にまかれた 種捶 のようになること、また、まだ 未 知半 の 国 々<br />

において、それは 多匭 くの 実 を 結医 び、 真卢 理 のあかしを 立 てるようになることに、 彼 らは<br />

考卛 え 及 ばなかった。コンスタンツの 会 議 場 で 叫经 ばれた 声拨 は、その 後 の 各厰 時 代 を 通 じて<br />

鳴胯 りひびく 反卬 響捳 を 引匂 き 起招 こした。フスはもはやいなかった。しかし、 彼 がそのために<br />

死拎 んだ 真卢 理 は、 決 して 滅脛 び 去掇 るものではなかった。 彼 の 信勼 仰纝 と 忠儮 誠肬 の 模掌 範儤 は、 拷稷 問勬 や<br />

死拎 に 面卥 しても、 真卢 理 のために 堅儕 く 立 つようにと、 多匭 くの 人 々を 励繭 ますのであった。 彼<br />

の 処叀 刑傃 は、ローマの 不勘 実 な 残拑 酷昰 さを 全 世匒 界化 に 示単 した。 真卢 理 の 敵育 たちは、それとは 知半 ら<br />

ずに、 彼 らが 撲儹 滅脛 しようとしていたその 運卞 動 を、 推掙 し 進勺 めていたのであった。<br />

しかし、もう 1 つの 火 刑傃 柱兀 が、コンスタンツに 立 てられねばならなかった。もう 1<br />

人 の 証卨 人 の 血傔 が、 真卢 理 のために 流及 されねばならなかった。ヒエロニムスは、フスが 会<br />

議 に 行 くに 当勠 たり 別厌 れを 告卪 げて、 勇腅 敢暑 に 堅儕 く 立 つことを 勧僊 め、もし 彼 の 身拴 に 危捦 険叁 が 迫<br />

るならば、ヒエロニムス 自 身拴 がすぐに 援拶 助捉 に 行 くと 言匟 った。フスが 投匐 獄晳 されたことを<br />

聞挈 くや、この 忠儮 実 な 弟胱 子 は、 直卟 ちに 約 束僓 の 実 行 にとりかかった。 彼 は、 通 行 券拐 も 持匛 た<br />

ず、ただ 1 人 の 従 者 を 連 れて、コンスタンツに 向匇 かった。 到肑 着挄 してみると、ただ 自 分<br />

自 身拴 を 危捦 険叁 にさらすだけで、フスを 救 い 出 すなどということは 何挬 もできないことがわ<br />

かった。 彼 は 町 から 逃偹 れたが、 帰 途 捕 えられてかせをはめられ、 一 団卄 の 兵掝 隊 たちに 守捿<br />

られて 送拡 りかえされた。 彼 が 会 議 に 最勞 初匘 に 現勶 れて、 彼 に 対 する 訴挰 えの 答掬 弁 をしようと<br />

すると、「 火 刑傃 にせよ! 火 刑傃 にせよ!」という 叫经 びがあがった。 16 彼 は 牢 獄晳 に 入 れら<br />

れ、 非 常拤 に 苦 しい 姿掋 勢厕 で 鎖肽 につながれて、パンと 水匍 しか 与拜 えられなかった。ヒエロニ<br />

ムスは、 獄晳 中 の 残拑 酷昰 な 取勚 り 扱僻 いのために、 数包 か 月 後 に、 頻 死拎 の 病挶 気勴 になった。そこで<br />

敵育 たちは、 彼 が 死拎 んでしまうことを 恐傁 れて、 幾继 分 ゆるやかに 扱僻 ったが、それでも 彼 は<br />

1 年 間 、 牢 獄晳 に 閉僔 じ 込匸 められたままであった。<br />

73


反 乱 の 根 源<br />

フスの 死拎 は、 法 王掣 教卝 徒傣 たちが 期勡 待挊 したような 結医 果卵 をもたらさなかった。 彼 の 通 行 券拐<br />

に 対 する 侵兓 害县 は、 人 々を 非 常拤 に 憤 慨 させた。そこで 会 議 は 安勣 全 策北 をとり、ヒエロニム<br />

スを 火 刑傃 にせず、できれば 取勚 り 消拔 しを 強勮 要勥 しようとした。 彼 は、 会 議 場 にひき 出 され、<br />

取勚 り 消拔 すか、 火 刑傃 による 死拎 かのどちらかを 選 べと 言匟 われた。 投匐 獄晳 された 最勞 初匘 のころに<br />

死拎 に 処叀 せられたならば、その 後 に 受匃 けた 恐傁 ろしい 苦 難挚 と 比发 較脘 して、まだしも 情午 ある 処叀<br />

置厒 だったことであろう。しかし 今 、 獄晳 中 の 病挶 と 苦 しみ、 懸 念挡 と 不勘 安勣 の 苦 痛僎 、 友掻 人 たち<br />

との 離掤 別厌 、そしてフスの 死拎 による 失拽 望捬 のために、ヒエロニムスの 心升 は 弱傽 り、 勇腅 気勴 はく<br />

じけた。そして 彼 は、 会 議 に 従 うことに 同 意勪 した。 彼 は、カトリックの 信勼 仰纝 を 固 守捿 す<br />

ることを 誓绒 った。そして、ウィクリフとフスが 教卝 えた 教卝 義拣 の 中 で、「 聖脩 い 真卢 理 」 以匆 外勭<br />

のものを 否 認卉 するという 会 議 の 決 議 を 承偢 認卉 した。 17<br />

ヒエロニムスはこうした 方 法 で、 良拖 心升 の 声拨 をしずめ、 死拎 を 免僧 れようとした。しかし、<br />

1 人 牢 獄晳 のなかで 考卛 えた 時 、 彼 は、 自 分 が 何挬 をしたかをはっきりと 悟縖 った。 彼 はフス<br />

の 勇腅 気勴 と 忠儮 実 を 思卩 い、それにひきかえ、 自 分 が 真卢 理 を 拒兘 否 したことを 考卛 えた。 彼 は、<br />

自 分 が 仕捸 えることを 誓绒 った 主勢 、 自 分 のために 十厝 字捐 架繳 の 死拎 を 耐脾 え 忍旖 ばれた 主勢 のことを 考卛<br />

えた。 彼 が 信勼 仰纝 を 取勚 り 消拔 す 前 は、あらゆる 苦 難挚 のなかにあっても 慰縺 めと 神卡 の 恵 みの 確卾<br />

証卨 があった。しかし、 今 は、 後 梅兊 と 疑卧 惑 が 彼 の 心升 を 苦 しめた。 彼 は、ローマと 和匄 解卆 す<br />

るには、なお 他 にも 取勚 り 消拔 さなければならないことがあるのを 知半 っていた。 彼 が 踏 み<br />

込匸 んだ 道匠 は、 完 全 な 背 信勼 に 行 き 着挄 くしかないものであった。ここにおいて、 彼 は 決 心升<br />

した。しばらくの 苦 難挚 を 逃偹 れるために、 自 分 の 主勢 を 拒兘 むようなことはすまいと 決 心升 し<br />

たのである。<br />

まもなく 彼 は、ふたたび 会 議 に 引匂 き 出 された。 彼 の 服傕 従 は、まだ 裁拍 判匯 官厑 たちを 満掫 足拒<br />

させてはいなかった。 血傔 にかわいた 彼 らは、フスの 死拎 によって 刺儒 激 されて、 新 たな 犠腻<br />

牲繉 を 求卍 めてやまなかった。 ヒエロニムスは、 真卢 理 を 無叄 条厬 件卅 で 放择 棄 するのでなければ、<br />

生 命挻 を 全 うすることはできなかった。しかし 彼 は、 信勼 仰纝 を 告卪 白换 し、 殉程 教卝 者 フスのあと<br />

に 続勸 いて 火 刑傃 になる 決 心升 をしていた。<br />

彼 は 自 説拿 撤僬 回 を 取勚 り 消拔 した。そして、 死拎 を 前 にした 人 間 として、 弁 明 の 機務 会 が 与拜 え<br />

られることを 厳 粛施 に 要勥 求卍 した。しかし、 彼 の 言匟 葉挺 の 影挼 響捳 を 恐傁 れた 司 教卝 たちは、ただ 彼<br />

に 対 する 告卪 訴挰 に 対 して、それを 認卉 めるか 否 かだけを 答掬 えるようにと 言匟 い 張挗 った。ヒエ<br />

ロニムスは、そのような 残拑 酷昰 と 不勘 正匁 に 対 して 抗 議 した。「あなたがたはわたしを、 不勘<br />

潔昔 で 有卻 害县 で 悪捰 臭昺 を 放择 ち、 何挬 1 つない 恐傁 ろしい 牢 獄晳 に、340 日 も 閉僔 じ 込匸 めておいた。そ<br />

して 今 度 はわたしを 引匂 き 出 し、わたしの 憎 むべき 敵育 には 耳脥 をかしながら、わたしの 言匟<br />

うことは 聞挈 こうともしない。……もしもあなたがたが、 真卢 に 賢繞 き 者 であり、 世匒 の 光捄 で<br />

あるならば、 正匁 義拣 に 対 して 罪 を 犯 さないように 気勴 をつけるべきである。わたしはとい<br />

74


反 乱 の 根 源<br />

えば、1 人 の 弱傽 い 人 間 に 過厢 ぎない。わたしの 生 命挻 など、どうでもよいのだ。わたしが<br />

あなたがたに、 不勘 正匁 な 宣傪 告卪 を 下 さぬように 勧僊 めるのは、 自 分 のためよりも、あなたが<br />

たのためを 思卩 って 言匟 っているのだ」と 彼 は 言匟 った。 18<br />

彼 の 要勥 求卍 は、ついに 許 された。ヒエロニムスは、 彼 の 裁拍 判匯 官厑 たちの 前 でひざまずき、<br />

神卡 の 霊绳 が 彼 の 思卩 想挹 と 言匟 葉挺 とを 支匣 配括 し、 真卢 理 に 反卬 することや、 主勢 にふさわしくないこと<br />

を 語指 らないようにと 祈绗 った。 彼 にとって、この 日 、 最勞 初匘 の 弟胱 子 たちに 対 する 神卡 の 約 束僓<br />

が 成勱 就 したのである。「またあなたがたは、わたしのために 長 官厑 たちや 王掣 たちの 前 に<br />

引匂 き 出 されるであろう。…… 彼 らがあなたがたを 引匂 き 渡据 したとき、 何挬 をどう 言匟 おうか<br />

と 心升 配括 しないがよい。 言匟 うべきことは、その 時 に 授 けられるからである。 語指 る 者 は、<br />

あなたがたではなく、あなたがたの 中 にあって 語指 る 父 の 霊绳 である」[マタイ 10:18<br />

~。<br />

ヒエロニムスの 言匟 葉挺 は、 彼 の 敵育 たちの 中 にさえ、 驚脚 きと 賞 賛僮 を 引匂 き 起招 こした。 彼 は、<br />

丸掆 1 年 の 間 牢 獄晳 に 監叆 禁 され、 読傊 むことも 見 ることさえもできずに、 非 常拤 な 兜肉 体 的 苦 痛僎<br />

と 精 神卡 的 不勘 安勣 のうちに 過厢 ごしたのであった。 しかし 彼 の 論厱 旨腄 は、なんの 妨绋 げもなく 研挣<br />

究捨 を 継 続勸 したもののように、 明 快儜 で 力 に 満掫 ちていた。 彼 は、 不勘 正匁 な 裁拍 判匯 官厑 たちによっ<br />

て 有卻 罪 の 宣傪 告卪 を 下 された 数包 多匭 くの 聖脩 徒傣 たちを、 聴傏 衆 に 示単 した。ほとんどどの 時 代 にお<br />

いても、その 時 代 の 人 々を 啓繡 蒙稢 しようとして、 恥時 辱既 をこうむって 追挵 放择 され、そして 後<br />

年 になってあがめられた 人 々がいた。キリストご 自 身拴 も、 不勘 正匁 な 法 廷腾 において、 犯 罪<br />

人 として 有卻 罪 を 宣傪 告卪 された。<br />

ヒエロニムスは、 前 に 自 説拿 を 撤僬 回 した 時 に、フスの 有卻 罪 の 宣傪 告卪 は 正匁 当勠 であると 承偢 認卉<br />

したが、 悔繛 い 改匳 めを 宣傪 言匟 した 今 は、 殉程 教卝 したフスの 無叄 罪 と 潔昔 白换 を 証卨 言匟 した。「わたし<br />

は 子 供挿 の 時 から 彼 を 知半 っている、 彼 は、ただしく 聖脩 く、 最勞 も 優历 れた 人 物匵 である。 彼 は、<br />

罪 がないのに 有卻 罪 の 宣傪 告卪 を 受匃 けた。……そしてわたしも、また。——わたしは 死拎 ぬ 覚<br />

悟縖 でいる。わたしは、わたしの 敵育 と 偽兖 りの 証卨 人 たちが 用 意勪 している 責掅 め 苦 に ひるまな<br />

い。 彼 らは、やがて、 欺繏 くことのできない 大 いなる 神卡 の 前 で、 自 分 たちの 欺繏 瞞 行 為 の<br />

申捩 し 開 きをしなければならないのだ。」 19<br />

ヒエロニムスは、 自 分 が 前 に 真卢 理 を 拒兘 否 したことに 心升 を 責掅 められながら、 次卙 のよう<br />

に 続勸 けた。「わたしが 青捘 年 時 代 から 犯 したすべての 罪 のなかで、 最勞 もわたしの 心升 を 悩肘<br />

まし、 激 しく 心升 を 責掅 めたのは、この 重匤 大 な 場 所勰 で、ウィクリフに 対 して、また、わが<br />

師 、わが 友掻 である 聖脩 なる 殉程 教卝 者 、ヨハン・フスに 対 してなされた 不勘 法 きわまる 宣傪 告卪 を<br />

承偢 認卉 したことである。しかり!わたしはそのことを 心升 からざんげする。そしてわたし<br />

は、 不勘 名匷 誉縃 にも 死拎 を 恐傁 れて 彼 らの 教卝 義拣 を 否 認卉 したことを 告卪 白换 する。それゆえに、 全 能印<br />

75


反 乱 の 根 源<br />

の 神卡 が、わたしの 罪 を 赦费 し、 特厣 に 最勞 も 憎 むべきこの 罪 を 赦费 してくださることを 嘆昍 願傿 す<br />

る。」 彼 は、 裁拍 判匯 官厑 たちを 指匦 し、 断友 固 として 言匟 った。「あなたがたは、ウィクリフや<br />

ヨハン・フスを 罪 に 定 めたが、それは、 彼 らが 教卝 会 の 教卝 義拣 を 混 乱 させたからではなく<br />

て、ただ 彼 らが 聖脩 職厯 者 たちの 引匂 き 起招 こす 醜越 聞挈 —— 彼 らのぜいたく、 彼 らの 高 慢纁 、そし<br />

て 司 教卝 や 司 祭脫 たちのあらゆる 罪 悪捰 ——を、 非 難挚 攻 撃掐 したからである。 彼 らが 断友 言匟 した<br />

ことは、 論厱 ばくすることのできないものであるが、わたしもまた 彼 らと 同 様捞 に 考卛 え、<br />

彼 らと 同 様捞 に 宣傪 言匟 する。」<br />

彼 の 言匟 葉挺 はさえぎられた。 司 教卝 たちは、 激 怒腹 にふるえて 叫经 んだ。「これ 以匆 上 の 証卨 拠<br />

を 求卍 める 必厧 要勥 があろうか。 今 われわれは、われわれの 目 の 前 に、 最勞 も 頑繷 固 な 異 端健 者 を<br />

見 ている!」<br />

この 騒胻 ぎにも 動 ぜず、ヒエロニムスは 叫经 んだ。「なに!あなたがたは、わたしが 死拎<br />

を 恐傁 れていると 思卩 っているのか?あなたがたはこの 1 年 間 、わたしを 死拎 よりも 悲胳 惨绨 な<br />

恐傁 ろしい 牢 獄晳 に 監叆 禁 した。そして、トルコ 人 やユダヤ 人 、あるいは 異 教卝 徒傣 よりも 残拑 酷昰<br />

にわたしを 扱僻 った。わたしの 兜肉 は、 文卽 字捐 通 り、わたしの 骨儴 から 腐纄 って 落叉 ちた。それで<br />

もわたしは、つぶやきはしない。 悲胳 しむことは、 勇腅 気勴 ある 人 間 にふさわしくないから<br />

だ。しかし、キリスト 教卝 徒傣 に 対 して、かくも 野 蛮秀 な 行 為 が 行 われたことに、 驚脚 かざる<br />

を 得千 ないのである。」 20<br />

ふたたび、 人 々が 怒腹 ってさわぎ 立 てたので、ヒエロニムスは 急双 いで 牢 獄晳 に 送拡 りかえ<br />

された。しかし、そこに 集厦 まっていた 人 々の 中 には、 彼 の 言匟 葉挺 に 深捫 い 感厤 銘腧 を 受匃 けて、<br />

彼 の 生 命挻 を 救 おうとしたものもあった。 彼 は、 教卝 会 の 高 い 地 位匱 の 人 々の 訪掶 問勬 を 受匃 け、<br />

会 議 に 従 うように 勧僊 告卪 を 受匃 けた。ローマに 反卬 対 することをやめるならば、その 報匔 賞 と<br />

して、 輝脮 かしい 世匒 的 栄 誉縃 が 約 束僓 された。しかしヒエロニムスは、 世匒 の 栄 光捄 が 提卖 示単 され<br />

た 時 の 主勢 イエスと 同 様捞 に、ゆるがず 堅儕 く 立 った。<br />

「わたしが 間 違挆 っていることを 聖脩 再卭 から 証卨 明 してもらいたい。そうすれば、わたし<br />

は、 取勚 り 消拔 そう」と 彼 は 言匟 った。 「 聖脩 書危 !なんでも 聖脩 書危 によって 判匯 断友 すべきであると<br />

いうのか。 教卝 会 が 解卆 釈脂 しないで、いったいだれが 理 解卆 することができようか?」と 誘儬<br />

惑 者 の 1 人 は 叫经 んだ。 ヒエロニムスは 答掬 えた。「われわれの 救 い 主勢 の 福厹 音 よりも、 人<br />

間 の 伝捱 説拿 のほうが 信勼 じる 価卒 値捛 があるというのか。パウロは、 彼 が 手 紙 を 書危 き 送拡 った 人<br />

々に 人 間 の 伝捱 説拿 に 従 うのではなくて、『 聖脩 書危 を 調 べ』よと 勧僊 めたのである。」<br />

「 異 端健 だ!わたしはこれまで 長 い 間 あなたに 嘆昍 願傿 してきたことを 悔繛 いる。あなたは<br />

悪捰 魔斴 に 取勚 りつかれているということがわかった」というのが 答掬 えであった。 21 間 もな<br />

く、 彼 に 有卻 罪 の 宣傪 告卪 が 下 った。 彼 は、フスが 生 命挻 をささげたのと 同 じ 場 所勰 に 引匂 かれて<br />

76


反 乱 の 根 源<br />

いった。 彼 の 顔 は 喜 びと 平匊 安勣 に 輝脮 き、 彼 は 歌 を 歌 いながら 進勺 んでいった。 彼 はキリス<br />

トをみつめていた。 彼 にとって、 死拎 は 恐傁 ろしいものではなかった。 刑傃 の 執儨 行 者 が 火 を<br />

つけるために 彼 の 後 ろにまわった 時 、 殉程 教卝 者 は 叫经 んだ。「かまわず 前 に 来勵 て、わたし<br />

の 目 の 前 で 火 をつけなさい。それがこわいくらいなら、わたしはここに 来勵 てはいな<br />

い。」<br />

炎縉 が 彼 を 包儣 んだ 時 、 彼 の 最勞 後 の 言匟 葉挺 は 祈绗 りであった。「 主勢 、 全 能印 の 父 よ。どうか、<br />

わたしをあわれんでください。わたしの 罪 を 赦费 してください。あなたは、わたしが 常拤<br />

にあなたの 真卢 理 を 愛 したことを 知半 っておら れます。」 22 彼 の 声拨 はやんだ、しかし 彼 の<br />

くちびるは 祈绗 りつづけて 動 いていた。 全 部 か 燃 えつきた 時 、 殉程 教卝 者 の 灰绑 は 土拋 と 共厗 に 集厦<br />

められて、フスの 時 と 同 じようにライン 川勜 に 投匐 げいれられた。 [1643.<br />

こうして、 神卡 の 忠儮 実 な 証卨 人 たちは 死拎 んだ。しかし、 彼 らが 宣傪 言匟 した 真卢 理 の 光捄 —— 彼<br />

らの 雄接 々しい 模掌 範儤 の 光捄 ——は、 消拔 し 去掇 ることかできなかった。 当勠 時 すてに 世匒 界化 に 臨 み<br />

つつあった 夜 明 けの 光捄 を 止厙 めようとすることは、 太挲 陽傘 をあともどりさせようとするの<br />

と 同 じことであった。<br />

フスの 処叀 刑傃 は、ボヘミアに 怒腹 りと 恐傁 怖繍 の 火 を 点勷 じた。 全 国 民 は、 彼 が 司 祭脫 たちの 悪捰<br />

息僢 と 皇 帝胰 の 変厭 節儊 によって 犠腻 牲繉 にされたことを 感厤 じた。 彼 は 忠儮 実 な 真卢 理 の 教卝 師 であった<br />

ことが 省匚 言匟 され、 彼 を 死拎 に 処叀 した 会 議 は 殺掮 人 罪 に 問勬 われた。 彼 の 教卝 義拣 は、 今 までにな<br />

かったほど 人 の 注挅 目 を 引匂 いた。 法 王掣 の 布偵 告卪 によって、ウィクリフの 著兆 書危 は 火 で 焼催 かれ<br />

ていた。しかし、 焼催 かれなかったものがその 隠僸 されたところから 持匛 ち 出 されて、 聖脩 書危<br />

や、あるいは 人 々が 手 に 入 れ 得千 た 分 冊昘 と 関 連 させながら 研挣 究捨 された。こうして 多匭 くの<br />

人 々が 改匳 革挙 主勢 義拣 を 受匃 け 入 れるようになった。<br />

フスの 殺掮 害县 者 たちは、 彼 の 運卞 動 の 勝 利匏 を 手 をこまねいて 見 てはいなかった。 法 王掣 と<br />

皇 帝胰 は 力 を 合 わせてこの 運卞 動 を 粉腲 砕 しようとし、ジギスムントの 軍拚 隊 がボヘミアに 送拡<br />

りこまれた。 しかし、1 人 の 救 済匡 者 があらわれた。ジシュカは、 戦勛 争拫 が 起招 こると 間 も<br />

なく 失拽 明 してしまったが、しかし 当勠 時 の 最勞 もすぐれた 将 軍拚 の 1 人 て、ホヘミア 人 たち<br />

の 指匦 導拗 者 てあった。ボヘミア 人 たちは、 神卡 の 助捉 けと 自 分 たちの 運卞 動 の 正匁 しいことを 信勼<br />

じて、 自 分 たちを 攻 撃掐 する 最勞 強勮 の 軍拚 隊 に 対 抗 した。 皇 帝胰 は、 何挬 度 となく 軍拚 勢厕 を 召昨 集厦 し<br />

て、ボヘミアを 攻 略傎 しようとしたが、 無叄 残拑 な 敗反 北勾 を 喫繻 するだけであった。フス 派挩 の 人<br />

々は 死拎 の 恐傁 怖繍 をのりこえていたので、 何挬 ものも 彼 らに 対 抗 できなかった。 戦勛 争拫 が 起招 こ<br />

って 数包 年 後 に、 勇腅 敢暑 なジシュカが 死拎 んだか、フロコピオスが 彼 のあとを 継 いだ。プロ<br />

コピオスは、ジシュカと 同 じく 勇腅 敢暑 で 老偽 巧绾 な 将 軍拚 であり、いくつかの 点勷 では、いっそ<br />

う 有卻 能印 な 指匦 導拗 者 てあった。<br />

77


反 乱 の 根 源<br />

ボヘミア 人 の 敵育 は 盲 目 の 将 軍拚 の 死拎 を 知半 って、 劣縆 勢厕 をばん 回 する 絶傉 好捆 の 機務 会 がきたと<br />

思卩 った。 法 王掣 は、フス 派挩 に 対 する 十厝 字捐 軍拚 を 宣傪 言匟 し、ふたたびおびただしい 軍拚 勢厕 かボヘ<br />

ミアに 送拡 りこまれた。しかしそれは、 大 敗反 北勾 に 終厖 わったに 過厢 ぎなかった。 再卭 度 の 十厝 字捐<br />

軍拚 が 布偵 告卪 された。ヨーロッパのすべての 法 王掣 教卝 国 において、 人 員 と 金 と 軍拚 需 品厍 が 徴僦 集厦<br />

された。 群儈 衆 が 法 王掣 の 旗充 のもとに 集厦 合 し、フス 派挩 の 異 端健 者 たちをついに 全 滅脛 させ 得千 る<br />

と 考卛 えた。 大 軍拚 は、 必厧 勝 を 期勡 して、ボヘミアに 侵兓 入 した。 人 々は、これを 撃掐 退挖 するた<br />

めに 立 ち 上 かった。 両厥 軍拚 は、 川勜 を 隔绔 てて 向匇 かい 合 うまでに 接捴 近卐 した。「 十厝 字捐 軍拚 は、 数包<br />

においてはるかに 優历 勢厕 であった。しかし 彼 らは、はるばる 対 戦勛 するためにやって 来勵 た<br />

フス 派挩 に 対 し、 川勜 を 渡据 って 突 撃掐 するのではなくて、 黙縹 って 相 手 の 軍拚 勢厕 を 見 ていた。」<br />

23 すると 突 然掍 、 軍拚 隊 は 不勘 思卩 議 な 恐傁 怖繍 におそわれた。あの 強勮 力 な 軍拚 隊 か、 一 撃掐 も 加匎 える<br />

ことなく、 目 に 見 えない 力 におい 散偶 らされるように 四捡 散偶 してしまった。フス 派挩 の 軍拚 隊<br />

によって、 多匭 くの 者 が 殺掮 された。 彼 らは 逃偹 亡 兵掝 を 追挵 跡僡 して、おびただしい 戦勛 利匏 品厍 を 手<br />

に 収厓 め、ボヘミア 人 は 戦勛 争拫 によって 衰斠 えるどころか 豊掿 かになったのであった。<br />

それから 数包 年 後 、 新 しい 法 王掣 が 立 って、もう 1 度 別厌 の 十厝 字捐 軍拚 が 起招 こされた。 以匆 前 と<br />

同 様捞 に、 人 員 も 資 金 もヨーロソパのすベての 法 下 教卝 国 から 徴僦 集厦 された。このような 危捦<br />

険叁 な 企十 てに 加匎 わるものに 対 する 勧僊 誘儬 は、 非 常拤 なものであった。 十厝 字捐 軍拚 に 参厴 加匎 するもの<br />

は、どんな 極掄 悪捰 な 犯 罪 もみな 許 された。すへての 戦勛 死拎 者 には、 天拦 で 大 きな 報匔 賞 が 約 束僓<br />

され、 生 存掑 者 には 戦勛 場 での 栄 誉縃 と 富挛 が 約 束僓 された。 再卭 び 大 軍拚 か 召昨 集厦 され、 国 境挌 を 越掳 え<br />

てボヘミアに 侵兓 入 した。フス 派挩 の 軍拚 勢厕 は 彼 らの 前 から 退挖 却 し、 侵兓 入 軍拚 を 国 深捫 く 誘儬 い 入<br />

れて、 勝 利匏 をすでに 得千 たかのように 彼 らに 思卩 わせた。やがてプロコピオスの 軍拚 隊 は 踏<br />

みとどまって 敵育 に 向匇 きな おり、 反卬 撃掐 を 加匎 えた。 十厝 字捐 軍拚 は、 自 分 たちの 失拽 策北 に 気勴 づき、<br />

陣 地 にとどまって 敵育 の 襲脁 来勵 を 待挊 った。しかし、 軍拚 隊 の 進勺 軍拚 の 音 が 聞挈 こえてくると、フ<br />

ス 派挩 の 姿掋 かまだ 見 えないのに、 十厝 字捐 軍拚 はまた 恐傁 慌 状叔 態拟 に 陥肿 った。 諸 侯 も 将 軍拚 も、そし<br />

て 王掣 一 般 の 兵掝 隊 も、 武叇 器捙 を 投匐 げ 捨腇 てて 四捡 散偶 した。 侵兓 入 軍拚 の 指匦 揮肫 官厑 であった 法 王掣 の 使却 節儊<br />

は、おびえて 混 乱 した 軍拚 勢厕 を 引匂 きもどそうと 努 力 したがむだであった。 必厧 死拎 の 努 力 に<br />

もかかわらず、 彼 自 身拴 も、 敗反 走掘 者 の 群儈 れにまきこまれてしまった。 十厝 字捐 軍拚 は 完 全 に 敗反<br />

北勾 し、ふたたび、おびただしい 戦勛 利匏 品厍 が 勝 利匏 者 の 手 に 入 った。<br />

こうして、 再卭 度 、ヨーロッパの 最勞 強勮 国 家匝 の 大 軍拚 、 戦勛 いの 訓肢 練 と 装 備厵 を 整拪 えた 勇腅 敢暑 な<br />

戦勛 士厨 たちの 軍拚 勢厕 が、 一 戦勛 をも 交卦 えずに、 弱傽 小 国 家匝 の 防拌 備厵 軍拚 の 前 に 敗反 れ 去掇 った。これは、<br />

神卡 の 力 のあらわれであった。 侵兓 入 軍拚 は、 超捪 自 然掍 的 な 恐傁 怖繍 におそわれた。パロの 軍拚 勢厕 を<br />

紅縠 海匈 で 打占 ち 破挐 り、ミデアンの 軍拚 勢厕 をギデオンと 彼 の 300 人 の 兵掝 隊 の 前 から 逃偹 走掘 させ、<br />

高 慢纁 なアソシリアの 軍拚 勢厕 を 一 晩纽 のうちに 倒 された 神卡 が、ふたたび 手 を 伸 べて、 圧 迫 者<br />

の 力 を 砕 かれたのである。「 彼 らは 恐傁 るべきことのない 時 に 大 いに 恐傁 れた。 神卡 はよこ<br />

78


反 乱 の 根 源<br />

しまな 者 の 骨儴 を 散偶 らされるからである。 神卡 か 彼 らを 捨腇 てられるので、 彼 らは 恥時 をこう<br />

むるであろう」[ 詩纛 篇 53:。<br />

法 王掣 教卝 の 指匦 導拗 者 たちは、 武叇 力 で 征纴 服傕 すろことができないのに 気勴 づいて、ついに 外勭 交卦<br />

手 段掀 を 用 いるようになった。つまり、これは 妥縞 協匞 であって、ボヘミア 人 に 良拖 心升 の 自 由厩<br />

を 与拜 えると 言匟 いながら、 実 は 彼 らをローマの 権勻 力 に 引匂 き 渡据 すものであった ボヘミア<br />

人 は、ローマとの 和匄 解卆 の 条厬 件卅 を 4 つあけた。 聖脩 書危 の 自 由厩 説拿 教卝 、 教卝 会 全 体 が 聖脩 餐 のハン<br />

とぶどう 酒儀 の 両厥 方 にあずかる 権勻 利匏 と 礼脊 拝旟 における 自 国 語指 のの 使却 用 、 聖脩 職厯 者 をすべての<br />

公勗 職厯 公勗 権勻 から 除揄 外勭 すろこと、そして、 犯 罪 を 犯 した 場 合 、 聖脩 職厯 者 も 一 般 信勼 者 も 同 様捞 に<br />

司 法 権勻 に 問勬 われることであった。 法 王掣 側卷 はついに、「フス 派挩 の 4 項儅 目 を 受匃 け 入 れるこ<br />

とに 同 意勪 したか、その 解卆 釈脂 権勻 利匏 、ずなわち、その 正匁 確卾 な 意勪 味控 の 決 定 権勻 は 会 議 に——―<br />

言匟 いかえると、 法 王掣 皇 帝胰 に—— 属傍 するとした。」 24 このような 条厬 件卅 に 基匼 づいて 条厬 約 が<br />

結医 ばれ、ローマは、 戦勛 争拫 によって 得千 ることができなかったことを 偽兖 りと 欺繏 瞞 によって<br />

得千 たのである。なぜなら、ローマは、 聖脩 書危 と 同 様捞 にフス 派挩 の 条厬 件卅 にも 自 分 かってな 解卆<br />

釈脂 を 下 して、 自 分 に 都匙 合 のよいようにその 意勪 味控 を 曲儞 けることかできたからである。<br />

多匭 くのボヘミア 人 は、それが 自 分 たちの 自 由厩 を 裏傈 切卲 るものであるのを 見 て、 条厬 約 に<br />

同 意勪 することができなかった。 不勘 和匄 と 分 裂脧 が 起招 こり、ついには 争拫 って 血傔 を 流及 すまでに<br />

全 った。この 紛兗 争拫 のなかで、 高 潔昔 なプロコピオスは 倒 れ、ボヘミアの 自 由厩 は 失拽 われ<br />

た。 こうして、フスとヒエロニムスを 異 切卲 ったジギスムントは、ボヘミアの 王掣 となり、<br />

ボヘミア 人 の 権勻 利匏 を 確卾 保 する 誓绒 約 をしていたにもかかわらず、 法 王掣 権勻 を 確卾 立 しようと<br />

した。しかし、ローマに 屈縿 服傕 して 彼 の 得千 たものはほとんどなかった。 彼 の 生 涯昗 は、 約<br />

20 年 にわたって、 労排 苦 と 危捦 険叁 に 満掫 ちたものであった。 長 い 無叄 益捍 な 戦勛 争拫 のために、 軍拚 隊<br />

は 弱傽 くなり、 国 庫 はからになった そして、 今 、 王掣 にはなったが、1 年 で 死拎 んでしま<br />

った。 国 家匝 が、 今 にも 内 乱 が 起招 こりそうになっている 中 で、 彼 は 悪捰 名匷 を 残拑 して 死拎 ん<br />

だ。<br />

暴偷 動 、 闘 争拫 、 流及 血傔 が 相 次卙 いで 起招 こった。ふたたび、 外勭 敵育 がボヘミアに 侵兓 入 した。そ<br />

して 国 内 の 紛兗 争拫 は、 国 を 混 乱 に 陥肿 れ 続勸 けた。 福厹 音 のために 堅儕 く 立 った 者 たちは、 血傔 な<br />

まぐさい 迫 害县 にあった。 かつての 仲傫 間 たちはローマと 契 約 を 結医 んで、その 誤儶 りを 受匃 け<br />

入 れたので、 昔繕 からの 信勼 仰纝 を 固 守捿 する 人 々は 別厌 の 教卝 会 を 組匢 織掼 して、それを「 同 胞繟 一 致<br />

教卝 会 」〔ボヘミア 兄胆 弟胱 団卄 〕と 呼 んだ。このために 彼 らは、 各厰 方 面卥 から 悪捰 く 言匟 われた。<br />

しかし、 彼 らは 堅儕 く 立 ってゆるがなかった。 彼 らは 森捒 や 洞纏 穴肼 に 逃偹 れなけれはならなか<br />

ったが、それでも 集厦 まって 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 読傊 み、 礼脊 拝旟 を 共厗 にした。 彼 らは、ひそかに 各厰<br />

国 に 派挩 遣傛 した 使却 者 たちを 通 じて、ここかしこに、「 真卢 理 を 告卪 白换 しているものが、この<br />

田 に 数包 名匷 あの 町 に 数包 名匷 と 孤縩 立 しており、 彼 らと 同 様捞 に 迫 害县 の 対 象拺 になっていることを<br />

79


反 乱 の 根 源<br />

知半 った。また、アルプスの 山 の 中 には、 聖脩 書危 を 基匼 礎脔 にした、 昔繕 からの 教卝 会 があって、<br />

ローマの 偶旦 像僕 的 腐纄 敗反 に 抗 議 しているのを 知半 った。」 25 この 知半 らせは 非 常拤 な 喜 びをもっ<br />

て 迎 えられ、ワルド 派挩 キリスト 教卝 徒傣 との 通 信勼 が 開 始卿 された。<br />

ボヘミア 人 は 福厹 音 を 固 守捿 して 迫 害县 の 夜 を 過厢 ごし、その 最勞 も 暗肨 黒 な 時 においてもなお、<br />

朝厁 を 待挊 つ 見 張挗 りのように、 彼 らの 目 を 地 平匊 線拓 に 向匇 けていた。「 彼 らは 不勘 運卞 な 境挌 遇胾 にあ<br />

った。しかし、…… 彼 らは、フスが 最勞 初匘 に 語指 り、ヒエロニムスによって 繰 りかえされ<br />

た 言匟 葉挺 、すなわち、 夜 明 けまでには 1 世匒 経 なければならないという 言匟 葉挺 を 忘脨 れなかっ<br />

た。この 言匟 葉挺 は、タボル 派挩 〔フス 派挩 の 人 々〕にとって、 奴 隷趵 生 活卹 をしていたイスラエ<br />

ルの 部 族 に 対 して『わたしはやがて 死拎 にます。 神卡 は 必厧 ずあなたがたを 顧僖 みて、この 国<br />

から 連 れ 出 し[てくださるでしょう]』と 言匟 ったヨセフの 言匟 葉挺 のようなものであっ<br />

た。」 26 「15 世匒 紀 の 末拢 期勡 において、 兄胆 弟胱 団卄 の 教卝 会 は、 徐斦 々にではあったが 確卾 実 に 増匲<br />

加匎 していった。 彼 らは、 妨绋 害县 などがなくなったわけではなかったが、 比发 較脘 的 安勣 らかに<br />

過厢 ごすことができた。16 世匒 紀 の 初匘 めには、 彼 らの 教卝 会 は、ボヘミアとモラビアにおい<br />

て 200 を 数包 えた。」 27 「 火 と 剣腚 という 破挐 壊傓 的 激 怒腹 を 逃偹 れて、フスが 予匨 告卪 した 夜 明 けを<br />

見 ることを 許 された 残拑 りの 者 たちは、 非 常拤 に 多匭 かった。」 28<br />

80


反 乱 の 根 源<br />

第匌 7 章 革 命 の 始卿 まり<br />

教卝 会 を、 法 王掣 教卝 の 暗肨 黒 から、 純儻 粋暋 な 真卢 理 の 光捄 に 導拗 くために 召昨 された 人 々の 中 の 第匌 ・<br />

人 者 は、マルチン・ルターであった 熱 心升 で、 献僑 身拴 的 て、 神卡 のほかなにも 恐傁 れること<br />

を 知半 らず、 聖脩 書危 以匆 外勭 のどんな 信勼 仰纝 の 基匼 準厜 をも 認卉 めなかったので、ルターは、 実 に、そ<br />

の 時 代 のための 人 物匵 であった 神卡 は 彼 を 用 いて、 教卝 会 の 改匳 革挙 と 田 界化 の 啓繡 蒙稢 のために 大<br />

きな 働掴 きを 成勱 し 遂脎 げられた。 [1646.<br />

ルターは、 福厹 音 の 最勞 初匘 の 使却 者 たちと 同 様捞 に、 貧縏 しい 階 級揁 の 出 であった。 彼 は 幼膇 年 時<br />

代 を、ドイツの 農捝 民 の 質拾 素 な 家匝 庭僃 で 過厢 ごした。 彼 の 父 は 鉱腰 夫挕 で、 毎傭 日 の 労排 苦 によって<br />

彼 の 学 費厔 をかせいでいた。 父 親捧 は 彼 を 弁 護厽 士厨 にしようと 思卩 った。しかし 神卡 は、 彼 を、<br />

幾继 世匒 紀 にもわたって 徐斦 々にではあったが、 建厼 設勳 されつつあった 大 神卡 殿脟 の 建厼 設勳 者 にしよ<br />

うとされた。 困傮 難挚 、 窮晦 乏织 、 厳 しい 訓肢 練 は、 無叄 限拘 の 知半 恵 の 神卡 が、ルツーにその 生 涯昗 の 重匤<br />

要勥 な 任厃 務勲 に 対 する 備厵 えをさせられたところの 学 校厛 であった。 [1646.<br />

ルターの 父 は、 強勮 固 で 活卹 発 な 精 神卡 と、 品厍 性勯 の 偉昖 大 な 力 の 持匛 ち 主勢 であって、 正匁 直卟 と 決<br />

断友 と 率厾 直卟 さを 持匛 った 人 であった。 彼 は、 結医 果卵 かどうなろうと、 義拣 務勲 を 忠儮 実 に 果卵 たす 人<br />

であった。 彼 の 確卾 かな 判匯 断友 力 は、 修 道匠 院协 制勧 度 に 対 する 不勘 信勼 感厤 をいだかせた。ルターが<br />

彼 の 許 可參 を 得千 ないで 修 道匠 士厨 院协 に 入 った 時 、 彼 は 非 常拤 に 腹腏 を 立 てた。 父 と 子 の 和匄 解卆 には、<br />

2 年 かかったが、その 時 でも 彼 の 意勪 見 は 変厭 わらなかった。 ルターの 両厥 親捧 は、 子 供挿 たち<br />

の 教卝 育挞 と 訓肢 練 に 非 常拤 に 注挅 意勪 を 払掾 った。 彼 らは 子 供挿 たちに、 神卡 を 知半 ることと、キリスト<br />

者 の 美捜 徳 を 実 実 行 することとを 教卝 えるように 努 めた。 父 親捧 は、 息僢 子 が 主勢 の 御 名匷 を 覚 え、<br />

いつかは 神卡 の 真卢 理 の 発 展捯 を 助捉 けるようになることを 祈绗 ったが、ルターはこれをたびた<br />

び 耳脥 にした。 両厥 親捧 は、その 労排 苦 の 生 活卹 の 中 で 与拜 え 得千 るあらゆる 道匠 徳 的 知半 的 訓肢 練 の 機務 会<br />

を、 熱 心升 に 活卹 用 した。<br />

彼 らは、 子 供挿 たちが 信勼 心升 深捫 く 有卻 用 な 生 活卹 を 送拡 るよう 準厜 備厵 させようと、 熱 心升 に 忍旖 耐脾 強勮<br />

く 努 力 した。 彼 らが 厳 格卺 で 強勮 固 な 品厍 性勯 の 持匛 ち 主勢 であったために、 時 には 厳 しすぎるこ<br />

ともあった。しかしルター 自 身拴 、ある 点勷 においては 彼 らの 誤儶 りを 認卉 めながらも、 彼 ら<br />

のしつけは 非 難挚 するよりは 賛僮 成勱 すべきものであると 思卩 った。 ルターは、 年 少厮 の 時 に 送拡<br />

られた 学 校厛 で、 非 常拤 に 厳 しい、 乱 暴偷 なまでの 扱僻 いを 受匃 けた 彼 の 1 両厥 親捧 は 非 常拤 に 貧縏 し<br />

かったので、 彼 が 別厌 の 町 にある 学 校厛 へ 家匝 から 通 った 時 には、 一 時 、 家匝 々を 歌 を 歌 いな<br />

がらまわることによって 食挱 を 得千 なければならず、 空参 腹腏 に 苦 しんだこともしばしばであ<br />

った。 当勠 時 一 般 にゆきわたっていた、 陰纖 うつで 迷偧 信勼 的 宗儲 教卝 観掺 は、 彼 の 心升 を 恐傁 怖繍 で 満掫 た<br />

した。 彼 は、 夜 、 悲胳 哀暈 におそわれて 床先 につき、 暗肨 い 将 来勵 をながめておののいた。そし<br />

81


反 乱 の 根 源<br />

て、 神卡 を、 慈暆 愛 に 満掫 ちた 天拦 父 としてではなく、 厳 格卺 で 容卣 赦费 しない 裁拍 判匯 官厑 、 残拑 酷昰 な 暴偷 君<br />

のように 考卛 えて、 常拤 に 恐傁 怖繍 におびえていた。<br />

しかしルターは、 多匭 くの 大 きな 失拽 望捬 の 中 にありながらも、 彼 の 心升 を 引匂 きつけた 道匠 徳<br />

的 知半 的 卓繮 越掳 の 高 い 標 準厜 に 向匇 かって、 決 然掍 として 進勺 んていった。 彼 は、 知半 識掟 を 渇 望捬 して<br />

いた。そして 彼 は、 熱 心升 で 実 際匶 的 な 性勯 質拾 であったので、はでで 表勖 面卥 的 なものよりは、<br />

堅儕 実 で 有卻 用 なものを 望捬 んだ。<br />

18 歳按 の 時 、 彼 はエルフルト 大 学 に 入 った。この 頃映 には 彼 の 境挌 遇胾 は、 年 少厮 の 頃映 より<br />

は 順 調 で、 将 来勵 に 明 るい 希傩 望捬 が 持匛 てた。 彼 の 両厥 親捧 は、 節儊 約 と 勤僭 勉腯 によって、 相 当勠 の 資<br />

産勩 を 得千 ていたので、 必厧 要勥 な 援拶 助捉 を 全 部 支匣 給捚 することができた。そして、 彼 は、 賢繞 明 な<br />

友掻 人 たちの 感厤 化 を 受匃 けて、 前 に 受匃 けた 教卝 育挞 の 陰纖 うつな 感厤 化 を、いくぶんか 少厮 なくする<br />

ことができた。 彼 は、 第匌 一 流及 の 著兆 者 たちの 研挣 究捨 に 専掭 念挡 し、 彼 らの 最勞 も 重匤 要勥 な 思卩 想挹 を 努<br />

めて 心升 に 蓄腸 え、 賢繞 明 な 人 々の 思卩 想挹 を 自 分 のものにした。 彼 は、かつての 教卝 師 たちの 苛趑<br />

酷昰 な 訓肢 練 下 にあってさえ、 早拱 くから 頭挓 角偰 を 現勶 したが、ここではよい 環挳 境挌 に 恵 まれて、<br />

彼 の 知半 力 は 急双 速捠 に 発 達挾 した。<br />

彼 は、 記卌 憶縪 力 が 強勮 く、 想挹 像僕 力 に 富挛 み、 論厱 理 力 も 豊掿 かで、たゆまず 研挣 究捨 に 励繭 んたので、<br />

間 もなく 学 友掻 たちの 間 で 第匌 一 人 者 となった。 知半 的 訓肢 練 は 彼 の 理 解卆 力 を 円 熟绅 させ、 知半 力<br />

を 活卹 発 にし、 知半 覚 を 鋭繾 敏肴 にして、 彼 を 彼 の 生 涯昗 の 闘 争拫 のために 準厜 備厵 させつつあっ<br />

た。 ルターの 心升 に 宿 った 主勢 を 恐傁 れる 思卩 いは、 彼 を 目 的 堅儕 固 なものにするとともに、 神卡<br />

のみ 前 で 心升 から 謙旎 遜 なものにした 彼 は、 自 分 か 神卡 の 助捉 けに 依傟 存掑 していることを 常拤 に<br />

感厤 じていた。そして、 毎傭 日 祈绗 りをもって 1 日 を 始卿 めることを 忘脨 れなかった。 彼 の 心升 は、<br />

絶傉 えず、 導拗 きと 支匣 えとを 祈绗 り 求卍 めていた。「よく 祈绗 ることは、 勉腯 強勮 の 半博 ば 以匆 上 を 成勱 し<br />

遂脎 けることだ」と 彼 はよく 言匟 った。 1<br />

ある 日 、ルターは、 大 学 の 図掛 書危 館掎 で 本 を 調 べていた 時 に、ラテン 語指 の 聖脩 書危 を 発 見 し<br />

た。 彼 は、こうした 本 を 見 たことがなかった。そうしたものの 存掑 在厪 さえ 知半 らなかった<br />

のである。 彼 は、 福厹 音 書危 や 使却 徒傣 書危 簡儚 の 一 部 が、 公勗 の 礼脊 拝旟 の 時 に 朗脲 読傊 されるのを 聞挈 き、<br />

それが 聖脩 書危 の 全 部 であると 思卩 っていた。ところが 彼 は、 今 初匘 めて、 神卡 の 言匟 葉挺 の 全 体 を<br />

見 たのである。 畏穴 敬肭 と 驚脚 さをもって、 彼 はその 神卡 聖脩 なペ 一 ジをくった。 彼 は、 胸胬 をと<br />

きときさせなから、 生 命挻 の 日 葉挺 を 自 分 で 読傊 み、 時 々 息僢 をついては「 神卡 がこのような 本<br />

をわたしに 下 さったなら!」と 叫经 ぶのであった。 2 天拦 使却 が 彼 のそばにいて、 神卡 のみ 座<br />

からの 光捄 が、 真卢 理 の 宝肮 を 彼 に 理 解卆 させた。 彼 は、 神卡 の 怒腹 りを 招偠 くことを 常拤 に 恐傁 れてい<br />

たが、 今 、これまでになく、 自 分 の 罪 人 としての 状叔 態拟 を 痛僎 感厤 した。<br />

82


反 乱 の 根 源<br />

彼 は 罪 からの 解卆 放择 と 神卡 との 平匊 和匄 を 熱 心升 に 求卍 めて、ついに 修 道匠 院协 に 入 り、 修 道匠 院协 生 活卹<br />

に 身拴 をささげることになった。ここで 彼 は、 最勞 も 卑赐 しい 仕捸 事 をさせられ、 戸叐 ごとに 食挱<br />

を 乞贳 い 歩 かせられた。 彼 は、 人 々から 尊胛 敬肭 と 理 解卆 を 受匃 けることを 最勞 も 願傿 う 年 齢 であっ<br />

た。そして、このような 卑赐 しい 勤僭 めは、 彼 の 生 まれながらの 感厤 情午 からすれは、 非 常拤 に<br />

苦 しいものであった。しかし 彼 は、それが 自 分 の 罪 のゆえに 必厧 要勥 なことであると 信勼 じ<br />

てこの 屈縿 辱既 に 耐脾 えた。<br />

彼 は、 日 ごとの 勤僭 めから 寸绣 暇昜 を 見 いだしては、 眠縔 ろ 時 間 もそまつな 食挱 事 をとる 時 間<br />

も 惜斶 しんで、 研挣 究捨 に 励繭 んだ。 彼 は 何挬 よりも 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 研挣 究捨 に 喜 びを 感厤 じた。 彼 は、<br />

修 道匠 院协 の 壁儿 に 聖脩 書危 が 鎖肽 でつながれているのをみつけたので、よくそこへ 行 った。 彼 は<br />

罪 の 自 覚 が 深捫 まるにつれて、 自 分 自 身拴 の 行 いによって、 赦费 しと 平匊 和匄 を 得千 ようとした。<br />

彼 は 非 常拤 に 厳 格卺 な 生 活卹 を 送拡 り、 断友 食挱 や 夜 の 勤僭 行 、また 体 をむち 打占 って、 生 まれながら<br />

の 悪捰 をおさえようとしたが、しかしこうした 修 道匠 院协 生 活卹 によっては、なんの 解卆 放择 も 得千<br />

られなかった。 彼 は、 神卡 のみ 前 に 立 ち 得千 るような 心升 の 清捲 めを 得千 るためには、どんな 犠腻<br />

牲繉 をも 恐傁 れなかった。「わたしは、 実 に 敬肭 虔 な 修 道匠 士厨 僧 であった。わたしは、 言匟 葉挺 で<br />

は 表勖 現勶 できないほど 厳 格卺 に、わたしの 修 道匠 会 の 規厶 則 に 従 った。もし 修 道匠 僧 が、 修 道匠 僧<br />

としての 働掴 きによって 天拦 国 に 行 くことができるならば、わたしは 間 違挆 いなくその 資 格卺<br />

があったであろう。……もしあれ 以匆 上 続勸 いたならばわたしは 苦 行 の 果卵 てに 死拎 んでしま<br />

ったことであろう」と 彼 は 後 に 言匟 っている。 3 こうした 厳 しい 苦 行 の 結医 果卵 、 彼 は 衰斠 弱傽<br />

し、 失拽 神卡 の 発 作单 を 起招 こした。そして、 後 になっても、それから 完 全 に 回 復挴 することは<br />

てきなかった。しかし、これらすべての 努 力 にもかかわらず、 彼 は 心升 の 悩肘 みから 救 わ<br />

れなかった。 彼 は、ついに、 絶傉 望捬 のふちに 追挵 いやられた。<br />

ルターが 万勦 事 休 すと 思卩 った 時 に、 神卡 は、 彼 のために 1 人 の 友掻 人 、 援拶 助捉 者 を 起招 こされ<br />

た。 敬肭 虔 なシュタウピッッがルターに 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 示単 して、 自 分 から 目 をそらし、 神卡<br />

の 律傢 法 を 犯 したことに 対 する 永 遠 の 刑傃 罰脖 について 考卛 えることをやめ、 彼 の 罪 を 赦费 す 救<br />

い 主勢 イエスを 仰纝 ぎ 見 るように 命挻 じた。「 罪 のために 自 分 を 苦 しめることをせず、 贖 い<br />

主勢 の 腕肙 の 中 に 自 分 自 身拴 を 投匐 げ 入 れよ。 彼 を 信勼 頼 せよ。 彼 の 生 涯昗 の 義拣 と 彼 の 死拎 による 贖<br />

罪 に 信勼 頼 し、…… 神卡 のみ 子 に 耳脥 を 傾傧 けよ、 彼 はあなたに 神卡 の 恵 みの 確卾 証卨 を 与拜 えるため<br />

に、 人 となられた。まずあなたを 愛 された 彼 を 愛 せよ。」 4 このように、この 憐穳 れみ<br />

の 使却 者 は 語指 った。 彼 の 言匟 葉挺 は、ルターの 心升 に 深捫 い 感厤 銘腧 を 与拜 えた。 長 い 間 抱 いていた 誤儶<br />

りについての 多匭 くの 苦 闘 のあとで、 彼 は 真卢 理 をつかむことができ、 彼 の 悩肘 み 苦 しんだ<br />

心升 に 平匊 和匄 が 与拜 られた。<br />

ルターは 司 祭脫 に 任厃 じられ、 修 道匠 院协 から 召昨 されて、ウイッテンベルク 大 学 の 教卝 授 にな<br />

った。ここで、 彼 は、 原募 語指 による 聖脩 書危 の 研挣 究捨 に 没纹 頭挓 した。 彼 は 聖脩 書危 の 講僂 義拣 を 始卿 めた。<br />

83


反 乱 の 根 源<br />

そして、 詩纛 篇 、 福厹 音 書危 、 使却 徒傣 書危 簡儚 などは、 喜 んで 聞挈 く 多匭 くの 聴傏 衆 の 心升 を 啓繡 発 した。 彼<br />

の 友掻 人 であり 先匪 輩纉 であったシュタウピッツは、 彼 に、 説拿 教卝 壇绵 に 上 って 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 説拿<br />

くように 勧僊 めた。ルターは、 自 分 はキリストにかわって 人 々に 語指 る 価卒 値捛 がないと 感厤 じ<br />

てためらった。 彼 は、 長 い 間 の 苦 悩肘 の 後 、 初匘 めて、 友掻 人 たちの 勧僊 めに 応厸 じた。すでに<br />

彼 は 聖脩 書危 に 精 通 しており、 神卡 の 恵 みが 彼 に 宿 っていた。 彼 の 雄接 弁 は 聴傏 衆 を 魅纡 了傒 し、 彼<br />

の 明 快儜 で 力 強勮 い 真卢 理 の 提卖 示単 は、 彼 らの 知半 性勯 を 納 得千 させ、 彼 の 熱 情午 は 彼 らの 心升 を 感厤 動 さ<br />

せた。<br />

それでも、ルターは、カトリック 教卝 会 の 実 子 であり、それ 以匆 外勭 の 何挬 ものにもなる 考卛<br />

えはなかった。 神卡 の 摂昊 理 によって、 彼 はローマを 訪掶 問勬 することになった。 彼 は、 途 中<br />

国 修 道匠 院协 に 泊脪 りながら、 歩 いて 旅傯 を 続勸 けた。 彼 はイタリアの 修 道匠 院协 において、その 富挛<br />

と 壮昂 大 さとぜいたくを 見 、 非 常拤 に 驚脚 いた。 修 道匠 士厨 たちは、 王掣 侯 のような 歳按 入 を 得千 て、<br />

華兛 麗暗 な 部 屋厡 に 住卫 み、 高 価卒 な 美捜 服傕 を 着挄 て、ぜいたくな 食挱 卓繮 をかこんでいた。ルターは、<br />

このような 光捄 景拲 と 自 分 自 身拴 の 自 制勧 と 片僗 難挚 のり 活卹 とを 比发 較脘 して、 疑卧 惑 に 心升 を 痛僎 めた。 彼<br />

の 心升 は 混 乱 してきた。<br />

ついに 彼 は、7 つの 丘側 の 都匙 〔ローマ〕を 遠 方 に 望捬 み 見 た。 彼 は 感厤 きわまって 地 上 に<br />

ひれ 伏胹 し、「 聖脩 なるローマよ、わたしはあなたに 敬肭 意勪 を 表勖 す」と 叫经 んだ。 5 彼 は 都匙 に<br />

入 り、 教卝 会 を 訪掶 問勬 し、 司 祭脫 や 修 道匠 士厨 たちがくりかえし 語指 る 驚脚 くべき 物匵 語指 を 聞挈 き、 求卍 め<br />

られるままにあらゆる 儀腝 式厚 を 行 った。 何挬 を 見 ても 彼 を 驚脚 きと 恐傁 怖繍 に 陥肿 れるものばかり<br />

であった。 彼 は、 罪 悪捰 があらゆる 階 級揁 の 聖脩 職厯 者 に 及 んでいるのを 見 た。 高 位匱 聖脩 職厯 者 た<br />

ちが 品厍 の 悪捰 い 冗 談挫 を 言匟 うのを 聞挈 いた。そして、ミサの 時 にさえ 見 られる、 彼 らの 恐傁 る<br />

べき 不勘 敬肭 そ 行 為 に 戦勛 慄 した。 修 道匠 士厨 や 市 民 と 交卦 わってみると、 放择 蕩 や 乱 行 が 目 につい<br />

た。どこに 目 を 向匇 けても、 神卡 聖脩 であるへきところに 瀆 神卡 行 為 を 見 た。 彼 は、 次卙 のよう<br />

に 書危 いている。 「ローマにおいて、どんな 罪 や 恥時 ずべき 行 為 が 行 われているかは、 想挹<br />

像僕 もできない。 実 際匶 に 見 聞挈 きしなければ 信勼 じられないほどである。『もし 地 獄晳 がある<br />

ならば、ローマはその 上 に 建厼 っている。それはあらゆる 罪 が 生 じてくるところの、 底<br />

知半 れぬ 穴肼 である』と 一 般 に 言匟 われているほどだ。」<br />

当勠 時 、 法 王掣 の 教卝 書危 が 発 布偵 されて、「ピラトの 階 段掀 」をひざまずいて 上 るものにはみ<br />

な、 免僧 罪 が 約 束僓 されていた。この 階 段掀 は、 救 い 主勢 がローマの 法 廷腾 を 出 る 時 に 降 りられ<br />

たもので、 奇纟 跡僡 的 にエルサレムからローマに 移挔 されたものであるといわれていた。ル<br />

ターは、ある 日 、 敬肭 虔 な 思卩 いをもってこの 階 段掀 を 上 っていた。すると 突 然掍 、 雷膃 のよう<br />

な 声拨 が、「 信勼 仰纝 による 義拣 人 は 生 きる」と 言匟 ったように 思卩 われた[ローマ 1:。 彼 はすぐ<br />

に 立 ち 上 がり、 恥時 と 恐傁 怖繍 の 念挡 にかられて、その 場 を 急双 いで 去掇 った。この 聖脩 句繯 は、 彼 の<br />

一 生 を 通 じて、 彼 に 力 を 与拜 えた。その 時 以匆 来勵 、 彼 は、 人 間 行 為 によって 救 いを 得千 よう<br />

84


反 乱 の 根 源<br />

とすることの 誤儶 りと、キリストの 功僵 績 を 絶傉 えず 信勼 しろことの 必厧 要勥 を、これまてよりも<br />

っと 明 瞭 に 悟縖 った。 彼 の 目 は 開 かれた。そして、 法 王掣 制勧 の 惑 わしに 2 度 と 陥肿 ることが<br />

なかった。 彼 がローマに 背 を 向匇 けた 時 、 彼 の 心升 もローマから 離掤 れ 去掇 っていた。そして<br />

この 時 から、 隔绔 たりは 大 きくなり、ついに 彼 は、 法 王掣 教卝 会 との 関 係厂 を 全 く 断友 つに 全 っ<br />

た。<br />

ルターは、ローマからの 帰 国 後 、ウィッテンベルク 大 学 から 神卡 学 博 士厨 の 学 位匱 を 授 け<br />

られた。 今 、 彼 は、これまでなかったほどに、 自 由厩 に 彼 の 愛 する 聖脩 書危 の 研挣 究捨 をするこ<br />

とができた。 彼 は 全 生 涯昗 を 通 じて、 法 王掣 たちの 言匟 葉挺 や 教卝 義拣 ではなく、 神卡 のみ 言匟 葉挺 を 注挅<br />

意勪 深捫 く 学 んて、 忠儮 実 に 説拿 教卝 する、という 厳 粛施 な 誓绒 いを 立 てていた。 彼 はもはや、 単 な<br />

る 修 道匠 士厨 や 教卝 授 ではなくて、 正匁 式厚 の 聖脩 書危 解卆 釈脂 者 であった。 彼 は、 真卢 理 に 飢 えかわいて<br />

いた 神卡 の 群儈 れを 養傞 う 牧肧 者 として 召昨 されたのであった。キリスト 者 は、 聖脩 書危 の 権勻 威胙 に 基匼<br />

づいた 教卝 理 以匆 外勭 は 受匃 け 入 れてはならないと、 彼 は 断友 言匟 した。この 言匟 葉挺 は、 法 王掣 至儖 上 権勻<br />

の、まさにその 根捏 底 を 危捦 うくすろものであった。この 言匟 葉挺 には、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 極掄 めて 重匤<br />

大 な 原募 則 が 含捋 まれていたのである。<br />

ルターは、 人 間 の 理 論厱 を 神卡 のみ 言匟 葉挺 よりも 高 めることの 危捦 険叁 を 認卉 めた。 彼 は、 恐傁 れ<br />

ることなく、 学 者 たちの 思卩 弁 的 な 不勘 信勼 仰纝 を 攻 撃掐 し、 長 い 間 人 々を 支匣 配括 してきた 哲脼 学 や<br />

神卡 学 に 反卬 対 した。 彼 は、そうした 研挣 究捨 は 無叄 価卒 値捛 であるばかりか 有卻 害县 であると 公勗 然掍 と 非<br />

難挚 し、 聴傏 衆 の 心升 を 哲脼 学 者 や 神卡 学 者 の 詭 弁 から 引匂 き 離掤 して、 預 言匟 者 と 使却 徒傣 たちが 示単 した<br />

永 遠 の 真卢 理 に 向匇 りようと 努 めた。 彼 の 言匟 葉挺 を 熱 心升 に 聞挈 いていた 群儈 衆 にとって、 彼 の 伝捱<br />

えた 使却 命挻 は 実 に 貴揂 いものであった。 彼 らは、 今 まで、このような 教卝 えを 聞挈 いたことが<br />

なかった。 救 い 主勢 の 愛 の 福厹 音 、 彼 の 贖 罪 の 血傔 による 赦费 しと 平匊 和匄 の 確卾 証卨 は、 彼 らの 心升 に<br />

喜 びを 与拜 え、 不勘 滅脛 の 希傩 望捬 を 持匛 たせた。ウィソテンベルクにおいて 点勷 じられた 光捄 は 全 地<br />

に 広南 がり、 時 の 終厖 わりまで、その 輝脮 きを 増匲 すのであった。<br />

しかし、 光捄 とやみとは 調 和匄 することができない。 真卢 理 と 誤儶 謬 との 間 には、 抑 えるこ<br />

とのてきない 戦勛 いがある。その 一 方 を 支匣 持匛 して 擁繗 護厽 することは、もう 一 方 を 攻 撃掐 して<br />

打占 ち 倒 すことである。 救 い 主勢 ご 自 身拴 も、 次卙 のように 言匟 われた。「 地 上 に 平匊 和匄 をもたら<br />

すために、わたしがきたと 思卩 うな。 平匊 和匄 ではなく、つるぎを 投匐 げ 込匸 むためにきたので<br />

ある」[マタイ 10:。ルターは、 宗儲 教卝 改匳 革挙 が 始卿 まってから 数包 年 後 に、 次卙 のように 言匟<br />

っ た。「 神卡 は、わたしを 導拗 かれるのではなくて、わたしを 前 に 押 し 出 される。 神卡 はわ<br />

たしを 連 れ 去掇 られる。わたしは、 自 分 ではどうにもならない。わたしは 静 かに 暮儋 らし<br />

たいと 思卩 うのに、 騒胻 ぎと 革挙 命挻 のなかに 投匐 げこまれる。」 7 彼 は 今 まさに、 戦勛 いの 中 へ<br />

とかりたてられようとしていた。<br />

85


反 乱 の 根 源<br />

ローマ 教卝 会 は 神卡 の 恵 みを 商叏 品厍 にしていた。 両厥 替 人 の 台卤 が 祭脫 壇绵 のそばにおかれた[マ<br />

タイ 21:12 参厴 照儠 ]。そして、 売匉 買挍 する 者 の 声拨 がやかましくひびいた。ローマに 聖脩 ペテ<br />

ロ 教卝 会 を 建厼 設勳 するための 資 金 募僐 集厦 という 名匷 目 のもとに、 法 王掣 の 権勻 威胙 によって 免僧 罪 符绍 [ 贖<br />

宥穱 状叔 ]が 公勗 然掍 と 売匉 り 出 された。 神卡 を 礼脊 拝旟 するための 会 堂傾 が、 犯 罪 の 代 価卒 をもって 建厼 てら<br />

れ、その 礎脔 石厈 が、 不勘 義拣 の 値捛 をもって 置厒 かれようとしていた。しかし、ローマの 勢厕 力 拡<br />

大 の 千収 段掀 そのものが、ローマの 権勻 力 と 勢厕 力 に 対 して 致 命挻 的 打占 撃掐 を 与拜 えるものとなった。<br />

そして、これが、 法 王掣 制勧 に 対 する 最勞 も 手 ごわい 強勮 敵育 を 呼 び 起招 こし、 法 王掣 の 座 を 動 揺肝 さ<br />

せてその 頭挓 上 から 三勫 重匤 冠縍 をつき 落叉 とすような 戦勛 いを 招偠 いたのであった。<br />

ドイツにおいて 免僧 罪 符绍 の 販捅 売匉 を 委卑 ねられたのは、テッツェルという 人 であった。 彼<br />

は、 社 会 と 神卡 の 律傢 法 に 対 して、 最勞 も 卑赐 劣縆 な 犯 罪 を 犯 した 人 物匵 であった。しかし 彼 は、<br />

その 犯 罪 の 刑傃 罰脖 を 免僧 除揄 されて、 法 王掣 の 金 銭儓 ずくで 無叄 節儊 操僺 な 企十 てを 促傌 進勺 するために 雇 わ<br />

れたのである。 彼 は、 非 常拤 なずうずうしさで、 根捏 も 葉挺 もないことを 口卶 にし、 無叄 知半 でだ<br />

まされやすい 迷偧 信勼 的 な 人 々を 欺繏 くために、 不勘 思卩 議 な 物匵 語指 を 聞挈 かせた。もしも 人 々が 神卡<br />

の 言匟 葉挺 を 持匛 っていたならば、このように 欺繏 かれなかったことであろう。 型捗 書危 か 人 々の<br />

手 に 与拜 えられていなかったのは、 彼 らを 法 王掣 権勻 の 支匣 配括 下 において、その 野 心升 的 な 指匦 導拗<br />

者 たちの 権勻 力 と 富挛 を 増匲 大 するためであった。 8<br />

テッツェルが 町 に 到肑 着挄 すると、 彼 の 前 に 使却 いの 者 が 行 って、「 神卡 と 法 王掣 の 恵 みが、<br />

あなたの 門挋 口卶 に 来勵 た」と 告卪 げ 知半 らせ。 9 そして 人 々は、 天拦 から 彼 らのところに 下 った<br />

神卡 ご 自 身拴 を 迎 えるかのように、この 冒纍 瀆 もはなはだしい 偽兖 り 者 を 歓脒 迎 したのであった。<br />

汚儢 らわしい 売匉 買挍 が 教卝 会 の 中 で 行 われ、テソツェルは 説拿 教卝 壇绵 に 上 って 免僧 罪 符绍 をほめ 上 け、<br />

これは 神卡 の 最勞 も 尊胛 い 賜 物匵 であると 言匟 った。 彼 は 免僧 罪 箱脬 の 功僵 徳 を 述掃 べて、これを 買挍 う 者<br />

は、これから 犯 そうと 思卩 う 罪 もみな 赦费 される、しかも「 悔繛 い 改匳 めさえ 必厧 要勥 ではない」<br />

と 言匟 った。 10 そればかりではなくて、 彼 は 聴傏 衆 に、 免僧 罪 符绍 は 生 きている 者 だけでなく<br />

て、 死拎 者 をも 救 う 力 がある、 金 が 箱脬 の 底 に 当勠 たって 音 がした 瞬腗 間 に、それが 支匣 払掾 われ<br />

た 魂 は 煉 獄晳 を 逃偹 れて 天拦 国 に 行 くのである、と 保 証卨 した。 11<br />

魔斴 術挘 師 シモンが、 奇纟 跡僡 を 行 う 力 を、 使却 徒傣 たちから 金 銭儓 で 買挍 おうとした 時 に、ペテロ<br />

は 彼 に 答掬 えて、「おまえの 金 は、おまえもろとも、うせてしまえ。 神卡 の 賜 物匵 が、 金 で<br />

得千 られるなどと 思卩 っているのか」と 言匟 った[ 使却 徒傣 行 伝捱 8:。しかしテッツェルの 申捩 し 出<br />

に 対 し、 多匭 くの 人 々は 熱 心升 に 飛 びついた。 金 銀勨 が 彼 の 金 庫 に 流及 れ 込匸 んだ。 悔繛 い 改匳 めと<br />

信勼 仰纝 、そして 熱 心升 に 努 力 して 罪 に 抵脏 抗 し 勝 利匏 することによって 得千 られる 救 いよりは、<br />

金 で 買挍 うことができる 救 いのほうが、たやすく 得千 られるのであった。<br />

86


反 乱 の 根 源<br />

免僧 罪 符绍 の 教卝 義拣 は、ローマ 教卝 会 の 学 識掟 ある 信勼 心升 深捫 い 人 々から 反卬 対 されてきた。そして、<br />

理 性勯 と 啓繡 示単 の 両厥 面卥 から 見 ても 非 常拤 に 矛旁 盾绮 したこの 主勢 張挗 を、 信勼 じない 人 々も 多匭 かった。<br />

この 邪旇 悪捰 な 売匉 買挍 に、あえて 反卬 対 の 声拨 をあげる 高 位匱 聖脩 職厯 者 はいなかった。しかし、 人 々<br />

の 心升 は 混 乱 し、 不勘 安勣 になった。そして 多匭 くの 者 は、 神卡 がだれかを 起招 こして、 教卝 会 のき<br />

よめのためにお 働掴 きにならないであろうかと 熱 心升 にたずねた。 ルターは、 依傟 然掍 として<br />

最勞 も 厳 格卺 な 法 王掣 教卝 徒傣 であったが、 免僧 罪 符绍 を 扱僻 う 者 たちの 冒纍 瀆 的 な 僣 越掳 な 態拟 度 に 激 しい<br />

嫌膅 悪捰 をおほえた。 彼 自 身拴 の 会 衆 のなかに、 免僧 罪 符绍 を 買挍 ったものが 多匭 くいた。そしてま<br />

もなく、 彼 らは、 罪 を 悔繛 いて 改匳 革挙 したいという 理 由厩 からではなくて、 免僧 罪 符绍 を 理 由厩 に<br />

して、 司 祭脫 のところに 来勵 て 罪 を 告卪 白换 し、 赦费 しを 期勡 待挊 するようになった。ルターは、 彼<br />

らに 赦费 しを 与拜 えることを 拒兘 んだ。そして、もしも 彼 らか 梅兊 い 改匳 めて 生 活卹 を 改匳 めるので<br />

なければ、その 罪 のために 滅脛 びなければならないと 警厺 告卪 した。 彼 らは 非 常拤 に 当勠 惑 し、<br />

テッツェルのところへ 行 って 彼 らの 聴傏 罪 師 が 免僧 罪 符绍 を 拒兘 否 したことを 訴挰 え、なかには<br />

大 胆绺 に 返拮 金 を 迫 る 者 もあった。テッツェルは 激 怒腹 した。 彼 は 恐傁 ろしいのろいの 言匟 葉挺 を<br />

はき、 町 の 広南 場 に 火 をたかせて、「 自 分 は、この 最勞 も 神卡 聖脩 な 免僧 罪 符绍 に 反卬 対 する 異 端健 者<br />

はみな 火 刑傃 にする 命挻 令傂 を、 法 王掣 から 受匃 けている」と 宣傪 言匟 した。 12<br />

今 やルターは、 真卢 理 の 闘 士厨 としての 彼 の 仕捸 事 に、 大 胆绺 に 乗拳 り 出 した。 彼 は 説拿 教卝 増匲 か<br />

ら、 熱 心升 で 厳 粛施 な 警厺 告卪 の 声拨 をあげた。 彼 は 人 々に、 罪 のいまわしい 性勯 質拾 を 告卪 げ、 人 間<br />

は 自 分 自 身拴 の 行 為 によっては、そのとがを 減匬 じることも 罰脖 を 避 けることもできないと<br />

教卝 えた。 神卡 に 対 する 悔繛 い 改匳 めと、キリストに 対 する 信勼 仰纝 以匆 外勭 に、 罪 人 を 救 うことがで<br />

きるものはない。キリストの 恵 みを 買挍 うことはできない。それは、 無叄 償 で 与拜 えられる<br />

賜 物匵 である。 彼 は 人 々に、 免僧 罪 符绍 を 買挍 ったりしないで、 十厝 字捐 架繳 につけられた 贖 い 主勢 を<br />

信勼 仰纝 をもって 見 つめることを 勧僊 めた。<br />

彼 は、 自 分 が 難挚 行 や 苦 行 によって 救 いを 得千 ようとしたが 得千 られなかった 苦 い 経 験挧 を<br />

語指 り、 自 分 を 見 ないでキリストを 信勼 じることによって 平匊 和匄 と 喜 びを 得千 たことを、 聴傏 衆<br />

にはっきり 述掃 べたのである。 テッツェルが 売匉 買挍 と 不勘 敬肭 慶兒 な 主勢 張挗 を 続勸 けたので、ルター<br />

はこのはなはだしい 悪捰 弊晅 に 対 して、もっと 効捓 果卵 的 な 抗 議 をする 決 心升 をした。まもなく、<br />

その 機務 会 がやって 来勵 た。ウィッテンベルクの 城拝 教卝 会 には 多匭 くの 遺 物匵 があって、 祝腛 祭脫 日<br />

には 一 般 に 公勗 開 され、その 時 に 教卝 会 に 出 席 して 告卪 白换 をする 者 はみな、 罪 が 完 全 に 赦费 さ<br />

れるのであった。そのようなわけで、そういう 祝腛 祭脫 日 には、 人 々がたくさん 集厦 まって<br />

きた。 祝腛 祭脫 日 のうちで 最勞 も 重匤 要勥 なものの 1 つで、 力 型捗 節儊 というのが 近卐 づついていた。<br />

その 前 日 、ルターは、すでに 教卝 会 へと 進勺 んで 行 く 群儈 衆 に 加匎 わって、 免僧 罪 符绍 の 教卝 義拣 に 反卬<br />

対 する 95 か 条厬 の 提卖 題匑 を 書危 いた 紙 を 扉晲 にはった。 彼 は、この 提卖 題匑 に 反卬 対 するすべての<br />

人 に 対 して、 翌背 日 大 学 において 喜 んで 答掬 弁 することを 宣傪 言匟 した。<br />

87


反 乱 の 根 源<br />

彼 の 提卖 題匑 は 広南 く 一 般 の 注挅 目 をひいた。 人 々はそれを 何挬 度 も 読傊 み、 各厰 方 面卥 に 伝捱 えた。<br />

大 学 や 町 全 体 に、 大 きな 興掰 奮绝 が 起招 こった。これらの 論厱 題匑 は、 罪 を 赦费 し、その 罰脖 を 免僧 除揄<br />

する 力 が、 法 王掣 にも 他 のどんな 人 にも 与拜 えられていないことを 爪 していた。そうした<br />

たくらみ 全 体 が、もともとまやかしごと—— 人 々の 迷偧 信勼 に 乗拳 じて 金 を 巻僲 き 上 げるため<br />

の 策北 略傎 ——であって、その 偽兖 りの 主勢 張挗 に 信勼 頼 するすべての 名匷 を 滅脛 ぼそうとするサタン<br />

の 計匧 略傎 であった。 論厱 題匑 はまた、キリストの 福厹 音 は 教卝 会 の 最勞 も 価卒 値捛 のある 宝肮 であること、<br />

そしてそこにあらわされた 神卡 の 恵 みは、 悔繛 い 改匳 めと 信勼 仰纝 とによって 求卍 めるすべての 者<br />

に、 惜斶 しみなくうえられるものであることを 明 示単 していた。<br />

ルターの 論厱 題匑 は 討挎 論厱 を 呼 びかけた。しかしだれもその 挑儘 戦勛 に 応厸 じなかった。 彼 が 提卖<br />

出 した 問勬 題匑 は、 数包 口卶 のうちにドイツ 全 国 に 広南 まり、 数包 週 間 のうちには 全 キリスト 教卝 国<br />

に 伝捱 えられた。 教卝 会 内 で 一 般 に 行 われていた 罪 悪捰 を 見 て、それを 嘆昍 いていたが、その<br />

進勺 行 をどうやって 止厙 めるかを 知半 らなかった 多匭 くのローマ 教卝 徒傣 たちは、 論厱 題匑 を 読傊 んて 非<br />

常拤 に 喜 び、そこに 神卡 の 声拨 を 認卉 めた。 彼 らは、 法 王掣 庁厘 から 発 する 堕秐 落叉 の 潮脞 流及 を 阻縝 止厙 する<br />

ために、 神卡 が 恵 み 深捫 いみ 手 をのべられたと 感厤 じた。 諸 侯 や 長 官厑 たちも、 自 己偻 の 決 定 に<br />

対 しては 他 のだれの 訴挰 えをも 入 れないような 尊胛 大 な 権勻 力 が 阻縝 止厙 されることを、ひそか<br />

に 喜 んだ。<br />

ところが、 罪 を 愛 する 迷偧 信勼 的 な 群儈 衆 は、 彼 らの 恐傁 怖繍 を 和匄 らげていた 詭 弁 が 一 掃线 され<br />

て 戦勛 標 した。 悪捰 賢繞 い 聖脩 職厯 者 たちは、 犯 罪 を 是肔 認卉 する 彼 らの 仕捸 事 が 妨绋 害县 され、 彼 らの 利匏<br />

益捍 が 危捦 険叁 にひんしたのを 見 て、 大 いに 怒腹 り、その 欺繏 瞞 を 擁繗 護厽 するために 立 ち 上 がった。<br />

改匳 革挙 者 は 手 きびしい 告卪 発 にあった。ある 者 たちは、ルターが 軽 率厾 に 衝胓 動 的 な 行 動 を 起招<br />

こしたと 言匟 って 非 難挚 した。 他 の 者 たちは、 彼 を 借 越掳 であると 非 難挚 し、 彼 は 神卡 に 導拗 かれ<br />

ているのではなくて、 高 慢纁 とでしゃばりから 行 動 したと 言匟 った。ルターは 答掬 えて 言匟 っ<br />

た。「だ れでも、 新 しい 急双 見 を 発 表勖 する 時 には、いかにも 高 慢纁 に 見 え、 論厱 争拫 をひき 起招<br />

こすかのように 非 難挚 されるのを 知半 らない 人 があろうか。……なぜ、キリストとすべて<br />

の 殉程 教卝 者 たちは 殺掮 されたのか? それは、 彼 らが、その 時 代 の 知半 恵 を 高 慢纁 にも 軽 べつ<br />

するように 見 え、まず 昔繕 からの 神卡 託 を 謙旎 そんに 聞挈 くことをせずに、 自 分 たちの 新 しい<br />

説拿 を 主勢 張挗 したからであろ。」<br />

また、 彼 は、 面卥 った。「わたしのすろことは、 人 間 の 思卩 慮傼 分 別厌 ではなくて、 神卡 の 勧僊<br />

告卪 に 基匼 づいて 行 われる。この 働掴 きが 神卡 のものであれば、だれがそれを 止厙 め 得千 ようか。<br />

もしそれが 神卡 のものでないならば、だれがそれを 押 し 進勺 め 得千 ようか。わたしの 意勪 志 、<br />

彼 らの 意勪 志 、われわれの 意勪 志 ではない。 天拦 にいます、 聖脩 なる 父 よ、それは、あなたの<br />

意勪 志 であります。」 13<br />

88


反 乱 の 根 源<br />

ルターは 聖脩 霊绳 に 動 かされて 彼 の 働掴 きを 開 始卿 したのであったが、それを 推掙 進勺 するため<br />

には 激 しく 闘 わなければならなかった。 敵育 の 非 難挚 、 彼 の 目 的 に 対 する 誤儶 解卆 、 彼 の 品厍 性勯<br />

や 動 機務 に 対 する 正匁 で 悪捰 意勪 に 満掫 ちた 非 難挚 などが、 洪斬 水匍 のように 彼 を 襲脁 い、 彼 はそれに 悩肘<br />

まされた。 彼 は、 教卝 会 においても 学 校厛 においても、 人 々の 指匦 導拗 者 たちは 喜 んで 彼 と 一<br />

致 して 改匳 革挙 のために 努 力 するものと 確卾 信勼 していた。 高 い 地 位匱 の 人 々から 受匃 けた 激 励繭 の<br />

言匟 葉挺 が、 彼 に 喜 びと 希傩 望捬 を 与拜 えた。すでに 彼 は、 教卝 会 の 輝脮 かしい 夜 明 けを 予匨 見 してい<br />

たのである。それだのに、 激 励繭 は 非 難挚 と 有卻 罪 の 宣傪 告卪 に 変厭 わった。 教卝 会 と 国 家匝 の 両厥 方 の<br />

高 官厑 たちの 多匭 くは、 彼 の 主勢 張挗 の 真卢 実 であることを 確卾 信勼 したけれども、これらの 真卢 理 を<br />

受匃 け 入 れるならば 大 変厭 化 が 起招 こることに、すぐに 気勴 づいたのである。 人 々を 啓繡 蒙稢 し 改匳<br />

革挙 することは、 事 実 上 、ローマの 権勻 力 をくつがえすことであって、その 金 庫 に 流及 れ 込匸<br />

んでいる 幾继 千収 の 流及 れを 止厙 め、 法 王掣 制勧 の 指匦 者 たちの 浪償 費厔 とぜいたくを 大 いに 削 減匬 するこ<br />

とになるのであった。そればかりか、 人 々に、キリストだけに 救 いを 仰纝 ぎつつ、 責掅 任厃<br />

あろ 人 間 として 思卩 考卛 し 行 動 するように 教卝 えることは、 法 王掣 の 座 をくつがえし、ひいて<br />

は、 彼 ら 自 身拴 の 権勻 威胙 をも 失拽 わせるのであった。このようなわけで、 彼 らは、 神卡 から 与拜<br />

えられた 知半 識掟 を 拒兘 んだ。そして、 神卡 が 彼 らを 啓繡 蒙稢 するためにお 送拡 りになった 人 間 に 反卬<br />

対 することにより、キリストと 真卢 理 とに 対 抗 したのである。<br />

ルターは 自 分 自 身拴 を 見 た 時 震傹 えおののいた。ただ 1 人 の 人 間 が、 地 上 最勞 強勮 の 権勻 力 に<br />

反卬 対 しているのであった。 彼 は、 自 分 がほんとうに 神卡 に 導拗 かれて 教卝 会 の 権勻 威胙 に 対 抗 し<br />

ているのかどうか 疑卧 う 時 もあった。「 地 上 の 王掣 たちと 全 世匒 界化 がおそれおののく 法 王掣 の<br />

威胙 光捄 に 反卬 対 するわたしは、いったいだれであろうか。…… 最勞 初匘 の 2 年 間 、わたしがど<br />

んなに 苦 しんだか、また、どんな 失拽 望捬 、いやどんな 絶傉 望捬 に 陥肿 ったかは、だれにもわか<br />

らない」と 彼 は 書危 いている。 14 しかし 彼 は、 落叉 胆绺 したまま 放择 置厒 されてはいなかった。<br />

人 間 の 支匣 持匛 を 失拽 った 時 、 彼 は、ただ 神卡 を 仰纝 いだ。そして、その 全 能印 の 腕肙 にたよれば 絶傉<br />

対 に 安勣 全 であることを 学 んだ。<br />

ルターは、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 友掻 人 に 次卙 のように 書危 いた。「われわれは 研挣 究捨 や、 知半 力 によっ<br />

て 聖脩 書危 を 理 解卆 することはできない。まず 第匌 一 になすべきは、 祈绗 って 始卿 めることである。<br />

主勢 が 大 きな 憐穳 れみによって、 主勢 のみ 言匟 葉挺 に 対 する 真卢 の 理 解卆 を 与拜 えてくださるよう 祈绗 り<br />

求卍 めねばならない。<br />

『 彼 らはみな 神卡 に 教卝 えられるであろう』と 神卡 ご 自 身拴 が 言匟 われたように、 神卡 のみ 言匟 葉挺<br />

の 解卆 釈脂 者 は、この 言匟 葉挺 の 著兆 者 以匆 外勭 にはないのである。 自 分 自 身拴 の 努 力 、 自 分 自 身拴 の 理<br />

解卆 にたよらず、 全 く 神卡 に 頼 り、 神卡 の 霊绳 の 感厤 化 に 頼 るべきである。これは、 体 験挧 した 者<br />

の 言匟 葉挺 として、 信勼 じてほしい。」 15 ここに、 神卡 は 自 分 たちに 現勶 代 に 対 する 厳 粛施 な 真卢 理<br />

を 他 の 人 々に 伝捱 えるよう 求卍 めておられると 感厤 しる 者 への 重匤 大 な 教卝 訓肢 がある。この 真卢 理<br />

89


反 乱 の 根 源<br />

は、サタンの 憎 しみと、 彼 かたくらんだ 作单 り 話匋 を 愛 する 人 々の 憎 しみをかき 立 てる。<br />

悪捰 の 勢厕 力 との 闘 いにおいては、 知半 力 や 人 間 の 知半 恵 以匆 上 の 何挬 物匵 かが 必厧 要勥 なのである。<br />

敵育 が、 習 慣脹 や 伝捱 説拿 、あるいは 法 王掣 の 主勢 張挗 や 権勻 威胙 に 訴挰 えた 時 に、ルターは、 聖脩 書危 、し<br />

かも 聖脩 書危 のみをもって 彼 らに 対 抗 した。 聖脩 書危 には、 彼 らが 答掬 えろことの できない 論厱 証卨<br />

があった。そこで、 形捊 式厚 主勢 義拣 と 迷偧 信勼 の 奴 隷趵 たちは、ユダヤ 人 がキリストの 血傔 を 求卍 めた<br />

ように、 彼 の 血傔 を 叫经 び 求卍 めた。ローマの 熱 心升 党勝 は 叫经 んだ。「 彼 は 異 端健 だ。このような<br />

恐傁 ろしい 異 端健 者 を 1 時 間 でも 生 かしておくことは 教卝 会 に 対 する 大 逆 罪 である。 直卟 ちに<br />

彼 の 処叀 刑傃 台卤 を 作单 ろう。」 16 しかし、ルターは 彼 らの 怒腹 りの 犠腻 牲繉 にならなかった。 神卡 は、<br />

彼 がなすべき 仕捸 事 を 持匛 っておられた。そして、 彼 を 守捿 るために 天拦 使却 が 送拡 られた。しか<br />

し、ルターから 尊胛 い 光捄 を 受匃 けた 多匭 くの 者 が、サタンの 怒腹 りの 目 標 となって、 真卢 理 のた<br />

めに 恐傁 れることなく 責掅 め 苦 にあい、 殺掮 された。<br />

ルターの 教卝 えは、ドイツ 全 国 の 識掟 者 の 注挅 意勪 を 引匂 いた。 彼 の 説拿 教卝 と 著兆 書危 から 光捄 が 輝脮 き<br />

出 て、 幾继 千収 という 人 々を 目 覚 めさせ 啓繡 発 した。 生 きた 信勼 仰纝 が、 教卝 会 を 長 い 間 縛旸 ってい<br />

た 生 気勴 のない 形捊 式厚 主勢 義拣 に 取勚 って 氏卓 わりつつあった。 人 々は、 日 ごとに、ローマ 教卝 の 迷偧<br />

信勼 を 信勼 じなくなった。 偏旌 見 の 防拌 壁儿 がくずれつつあった。ルターがすべての 教卝 義拣 とすべ<br />

ての 主勢 張挗 を 吟 味控 した 神卡 の 言匟 葉挺 は、 人 々の 心升 をえぐるもろ 刃旿 の 剣腚 のようであった。 至儖 る<br />

所勰 で 霊绳 的 向匇 上 の 欲僼 求卍 が 起招 こった。 長 年 起招 こったこともないような、 義拣 に 対 する 飢 えと<br />

渇 きが 全 る 所勰 に 起招 こった。 長 い 間 、 人 間 の 儀腝 式厚 と 地 上 の 仲傫 保 者 に 向匇 けられていた 人 々<br />

の 目 が、 今 や 悔繛 い 改匳 めと 信勼 仰纝 をもってキリストと 彼 の 十厝 字捐 架繳 とに 向匇 けられた。<br />

このような 関 心升 が 広南 く 行 きわたったことは、なおいつそう 法 王掣 側卷 の 当勠 局拈 者 たちを 恐傁<br />

れさせた。ルターは、 異 端健 の 訴挰 えに 答掬 えるためにローマに 出 頭挓 せよという 命挻 令傂 を 受匃 け<br />

た。 彼 の 友掻 人 たちは、この 命挻 令傂 に 震傹 えおののいた。 彼 らは、すでにイエスの 殉程 教卝 者 た<br />

ちの 血傔 を 飲儍 んだあの 腐纄 敗反 した 都匙 において、どんな 危捦 険叁 が 彼 を 待挊 っているかをよく 知半 っ<br />

ていた。 彼 らは、ルターがローマへ 行 くことに 反卬 対 し、 彼 がドイツにおいて 調 べを 受匃<br />

けるように 願傿 い 出 た。<br />

この 取勚 り 決 めは、ついに 実 現勶 することになり、 法 酷昰 の 使却 節儊 が、 取勚 り 凋 へのために 仔<br />

命挻 された。 法 王掣 からこの 使却 節儊 に 伝捱 えられた 指匦 示単 によれは、ルターはすてに 異 端健 者 とし<br />

て 宣傪 告卪 されていた。それゆえに 使却 節儊 は、「 直卟 ちに 起招 訴挰 して、 身拴 柄兄 を 拘縅 束僓 する」ように<br />

命挻 じられていた。もしも 彼 が 自 分 の 説拿 を 固 守捿 して 譲僯 らず、また 使却 節儊 が 彼 を 逮 捕 しそこ<br />

ねた 時 には、「ドイツ 全 国 において、ルターから 法 律傢 の 保 護厽 を 奪傤 い、 彼 についた 者 を<br />

みな、 追挵 放择 し、のろい、 破挐 門挋 する」 権勻 限拘 が 彼 に 与拜 えられていた。 17 そればかりでなく<br />

て、 法 王掣 は、この 危捦 険叁 な 異 端健 を 根捏 絶傉 するために、ルターと 彼 の 支匣 持匛 者 たちを 捕 らえて<br />

90


反 乱 の 根 源<br />

ローマの 裁拍 判匯 所勰 に 送拡 ろことを 怠旒 ったものは、 皇 帝胰 を 別厌 として、 教卝 会 や 国 家匝 のどんな 高<br />

官厑 であろうともすべての 者 を 破挐 門挋 するように、 使却 節儊 に 命挻 じた。<br />

ここに 法 王掣 教卝 の 真卢 の 精 神卡 があらわれている。この 記卌 録捎 全 体 のなかに、キリスト 教卝 の<br />

原募 則 の 痕 跡僡 どころか、 一 般 の 正匁 義拣 の 痕 跡僡 さえみられない。ルターは、ローマから 遠 く<br />

離掤 れており、 自 分 の 立 場 を 説拿 明 したり 弁 護厽 したりする 機務 会 がなかった。にもかかわら<br />

ず、 彼 は、その 事 件卅 が 調 査匀 される 前 に、 即腖 刻傋 異 端健 の 宣傪 告卪 を 受匃 け、しかもその 同 じ 日 に、<br />

戒儦 告卪 、 告卪 訴挰 、 裁拍 判匯 、 判匯 決 を 受匃 けている。そしてこうしたことはすべて、 教卝 会 あるいは<br />

国 家匝 において 唯繴 一 で 最勞 高 の 無叄 謬 の 権勻 威胙 をもっ 聖脩 なる 父 と 自 称胃 する 者 によって 行 われた<br />

のである。 ルターが 真卢 の 友掻 の 同 情午 と 勧僊 告卪 を 大 いに 必厧 要勥 としていたこの 時 に、 神卡 は 摂昊 理<br />

のもとに、メランヒトンをウィッテンベルクに 送拡 られた。メランヒトンは、 年 は 若拊 く、<br />

謙旎 そんでひかえめな 態拟 度 の 人 であったが、 彼 の 公勗 正匁 な 判匯 断友 、 該暛 博 な 知半 識掟 、 人 を 引匂 きつ<br />

ける 雄接 弁 は、 彼 の 高 潔昔 で 厳 正匁 な 品厍 性勯 とともに、 一 般 の 賞 賛僮 と 尊胛 敬肭 を 受匃 けた。 彼 は 優历 れ<br />

た 才纞 能印 に 恵 まれていたが、その 温偣 順 な 性勯 質拾 のほうが 目 立 っていた。 彼 はまもなく、 福厹<br />

音 の 熱 心升 な 使却 徒傣 となり、ルターの 最勞 も 信勼 頼 する 友掻 、 貴揂 重匤 なと 持匛 者 となった。 彼 の 温偣 順<br />

慎儃 重匤 できちょうめんな 活卹 動 は、ルターの 勇腅 敢暑 で 精 力 的 な 面卥 をよく 補拙 った。 彼 らが 協匞 力<br />

したことは 宗儲 教卝 改匳 革挙 に 力 をそえ、ルターにとって、 大 きな 励繭 ましの 源 であった。<br />

審拥 問勬 の 場 所勰 はアウグスブルクに 決 まり、 改匳 革挙 者 ルターは 徒傣 歩 でそこへ 出 発 した。 人<br />

々は、 彼 の 身拴 の 安勣 全 を 憂旨 慮傼 した。 途 中 で 彼 を 捕 らえて 殺掮 害县 するという 脅肺 迫 が 公勗 然掍 と 行<br />

われていたので、 彼 の 友掻 人 たちは 行 かないようにたのんだ。 彼 らはルターに、しばら<br />

くウィッテンベルクを 離掤 れて、 彼 を 快儜 く 保 護厽 してくれる 者 のところに 避 難挚 するように<br />

勧僊 めさえした。しかし、 彼 は、 神卡 が 彼 を 置厒 かれた 場 所勰 を 離掤 れようとしなかった。どん<br />

なあらしが 吹胈 きよせようとも、 彼 は 忠儮 実 に 真卢 理 を 保 持匛 し 続勸 けなければならなかった。<br />

彼 は 次卙 のように 1 丁偸 った。「わたしは、 争拫 いと 闘 争拫 の 人 、エレミヤのようである。し<br />

かし、 彼 らが 激 しく 脅肺 迫 すればするほど、わたしの 喜 びは 増匲 し 加匎 わる。…… 彼 らはす<br />

でに、わたしの 名匷 誉縃 と 評掲 判匯 を 傷偟 つけた。ただ 1 つだけ 残拑 っている。それはわたしの 哀暈<br />

れな 体 である。これを 持匛 っていくがよい。こうして 彼 らは、わたしの 命挻 を 数包 時 間 縮 め<br />

ることができよう。しかし 彼 らは、わたしの 魂 を 取勚 ることはできない。キリストの 言匟<br />

葉挺 を 世匒 界化 に 宣傪 言匟 しようとするものは、いっでも 死拎 を 覚 悟縖 しなければならないの<br />

だ。」 18<br />

ルターがアウグスブルクに 到肑 着挄 したという 知半 らせは、 法 王掣 の 使却 節儊 を 大 いに 満掫 足拒 させ<br />

た。 全 世匒 界化 の 注挅 目 を 集厦 めたやっかいな 異 端健 者 が、 今 やローマの 権勻 力 のもとに 入 ったよ<br />

うに 思卩 われたので、 使却 節儊 は 彼 を 逃偹 がすまいと 決 心升 した。ルターは、 通 行 券拐 を 手 に 入 れ<br />

ていなかった。 彼 の 友掻 人 たちは、それを 持匛 たずに 使却 節儊 の 前 に 出 ることがないように 強勮<br />

91


反 乱 の 根 源<br />

く 勧僊 告卪 し、 彼 ら 自 身拴 が、それを 皇 帝胰 から 入 手 するようにした。 使却 節儊 は、できればルタ<br />

ーを 強勮 いて 自 説拿 を 撤僬 回 させようとし、もしそれができない 場 合 には、 彼 をローマへ 送拡<br />

り、フスやヒエロニムスと 同 じ 運卞 命挻 に 陥肿 れようとしていた。そこで 彼 は、 彼 の 部 下 を<br />

用 いて、ルターを 通 行 券拐 なしで 出 頭挓 さぜ、 彼 の 手 中 に 身拴 をゆだねさせようとした。ル<br />

ターは、そうすることを 断友 然掍 拒兘 否 した 彼 は、 皇 帝胰 の 保 護厽 を 保 証卨 する 文卽 書危 を 受匃 け 取勚 る<br />

までは、 法 王掣 使却 節儊 の 前 に 出 なかった。<br />

法 王掣 側卷 は 策北 の 1 つとして、うわべの 穏昳 やかさでルターを 説拿 き 伏胹 せようとした。 使却 節儊<br />

は 彼 との 会 談挫 において、 非 常拤 に 友掻 好捆 的 な 態拟 度 を 示単 した。しかし、 彼 は、ルターが 教卝 会<br />

の 権勻 威胙 に 絶傉 対 的 に 服傕 従 すること、そして、 議 論厱 や 質拾 問勬 の 余 地 なくすべての 点勷 において<br />

服傕 従 することを 要勥 求卍 した。 彼 は、 自 分 が 相 手 にしなけれはならない 人 物匵 の 性勯 格卺 を、 止厙<br />

しく 評掲 価卒 していなかった。ルターは、それに 答掬 えて、 教卝 会 に 対 する 彼 の 関 心升 、 真卢 理 に<br />

対 する 願傿 いを 述掃 べた。そして、 彼 が 教卝 えたことに 対 する 反卬 対 には、すべて 答掬 える 用 意勪<br />

があり、また、どこかの 有卻 力 な 大 学 に 彼 の 教卝 説拿 の 検匴 討挎 をゆだねる 用 意勪 があると 言匟 った。<br />

しかし 彼 はそれとともに、 彼 の 誤儶 りを 証卨 明 もせずに 取勚 り 消拔 しを 要勥 求卍 する 枢 機務 卿 のやり<br />

り 方 に 講僂 義拣 した。<br />

唯繴 一 の 返拮 答掬 は、「 取勚 り 消拔 せ、 取勚 り 消拔 せ」というにとだけであった。ルターは、 彼 の<br />

主勢 張挗 が 聖脩 書危 に 支匣 持匛 されたものであることを 示単 し、 真卢 理 を 破挐 棄 できないことを 断友 言匟 した。<br />

法 王掣 使却 節儊 は、ルターの 議 論厱 に 反卬 諭纼 できなかった。そこで 彼 は、 言匟 い 伝捱 えや 教卝 父 たちの<br />

言匟 葉挺 を 引匂 用 しながら、 激 しく 責掅 め、あざ 笑傷 い、またへつらいなどして、ルターに 話匋 す<br />

機務 会 を 与拜 えなかった。このような 状叔 態拟 で 会 議 を 続勸 けても 何挬 もならないので、ルターは、<br />

ついに、 彼 の 答掬 弁 を 文卽 書危 によって 提卖 出 すろ 許 可參 をやっとのことで 受匃 けることができ<br />

た。 「こうすることにより、 圧 迫 を 受匃 けている 者 は 二华 重匤 の 利匏 益捍 を 受匃 ける。 第匌 一 に、 書危<br />

いたものを 他 の 人 々の 判匯 断友 に 訴挰 えることができる。 次卙 に、 高 慢纁 な 言匟 葉挺 によって 圧 倒 し<br />

ようとする 横叅 柄兄 で 多匭 弁 な 暴偷 君 の 良拖 心升 に 訴挰 えないとしても 恐傁 怖繍 心升 を 起招 こさせ 得千 る」とル<br />

ターは、 友掻 人 に 書危 いて 言匟 った。 19<br />

次卙 の 会 見 において、ルターは、 数包 多匭 くの 聖脩 句繯 の 引匂 用 によって 十厝 分 に 支匣 持匛 された、 彼<br />

の 主勢 張挗 の 簡儚 潔昔 明 瞭 で 力 強勮 い 説拿 明 を 提卖 示単 した。 彼 は、この 論厱 文卽 を、 大 声拨 で 読傊 んだあとで、<br />

枢 機務 卿 に 手 渡据 した。しかし、 彼 は、それを 軽 べつして 投匐 げすて、むだな 言匟 葉挺 と 無叄 関 係厂<br />

な 引匂 用 を 集厦 めたものにすぎないと 宣傪 言匟 した。そこでルターは、 敢暑 然掍 と 立 ち、 高 慢纁 な 枢<br />

機務 卿 自 身拴 の 立 場 ― 言匟 い 伝捱 えと 教卝 会 の 教卝 え——から 論厱 じて、 彼 の 憶縪 説拿 を 完 全 に 粉腲 砕 し<br />

た。 法 王掣 使却 節儊 は、ルターの 論厱 法 に 勝 てないのを 見 て、 自 制勧 心升 を 失拽 い、 激 怒腹 して 叫经 ん<br />

だ。「 取勚 り 消拔 せ!さもないと、わたしはおまえをローマに 送拡 り、おまえの 件卅 を 審拥 理 す<br />

るように 命挻 じられた 裁拍 判匯 官厑 たちの 前 に 立 たせる。わたしは、おまえとおまえの 仲傫 間 、<br />

92


反 乱 の 根 源<br />

そして、いつであろうとおまえを 支匣 持匛 する 者 はみな 破挐 門挋 し、 教卝 会 から 追挵 放择 する。」そ<br />

して 最勞 後 に 彼 は、 怒腹 気勴 を 帯 びた 高 慢纁 な 大 声拨 をあけて、「 取勚 り 消拔 せ。さもないと 2 度 と<br />

帰 るな」と 宣傪 言匟 した 20 。<br />

ルターは 直卟 ちに、 友掻 人 たちと 退挖 場 し、 彼 か 取勚 り 消拔 す 意勪 志 のないことを 明 らかに 宣傪 言匟<br />

した。これは、 枢 機務 卿 が 意勪 図掛 していたことではなかった。 彼 は、 累纺 力 に 訴挰 えてルター<br />

を 従 わせることかできると 安勣 易 に 考卛 えていた。こうして、 自 分 の 側卷 の 支匣 持匛 者 だけと 取勚<br />

り 残拑 された 彼 は、 自 分 の 計匧 画厐 の 予匨 期勡 しない 失拽 敗反 をひどく 無叄 念挡 がって、みなの 顔 を 見 ま<br />

わした。 この 時 のルターの 奮绝 闘 は、 良拖 い 結医 果卵 をもたらさずにはおかなかった。その 場<br />

にいた 多匭 くの 人 々は、2 人 の 人 間 を 比发 較脘 する 機務 会 が 与拜 えられ、 彼 らの 立 場 の 力 強勮 さと<br />

真卢 実 性勯 とともに、 彼 らのあらわした 精 神卡 を 自 分 たちで 判匯 断友 することができたのである。<br />

それらは、なんと 著兆 しく 異 なっていたことであろう。ルターは、そぼくで 謙旎 そんで、<br />

神卡 の 力 によって 堅儕 く 立 ち、 真卢 理 の 側卷 にあった。 しかし、 法 王掣 の 使却 節儊 は、 尊胛 大 で 横叅 柄兄 、<br />

高 慢纁 てで 無叄 分 別厌 で、 聖脩 書危 に 基匼 づいた 議 論厱 は 1 つもせずに、ただ、 激 しく、「 取勚 り 消拔 せ、<br />

さもないとローマに 送拡 られて 罰脖 せられる」と 叫经 んでいた。<br />

ルターは 通 行 券拐 を 得千 ていたにもかかわらず、 法 王掣 側卷 は 彼 を 捕 らえて 投匐 獄晳 しよっとし<br />

ていた。 彼 の 友掻 人 たちは、これ 以匆 上 彼 がとどまっていても 無叄 益捍 なので、 直卟 ちにウィッ<br />

テンベルクに 帰 り、 彼 の 意勪 向匇 を 極掄 秘兕 にしておくために 細 心升 の 注挅 意勪 を 払掾 うようにと 勧僊 め<br />

た。そこで 彼 は、 長 官厑 がつけてくれた 案匽 内 人 1 人 をつれて、 夜 明 け 前 に、アウグスブ<br />

ルクを 馬捣 に 乗拳 って 出 発 した。 彼 は、さまざまな 予匨 感厤 を 抱 きなから、 静 まりかえった 暗肨<br />

い 町 の 通 りをひそかに 急双 いだ。 残拑 酷昰 で 油 断友 のない 敵育 は、 彼 をなきものにしようと 策北 動<br />

していた。 果卵 たして 彼 は、 彼 らのわなを 逃偹 れることができるであろうか。この 時 こそ、<br />

非 常拤 な 心升 配括 と 熱 心升 な 祈绗 りの 時 であった。 彼 は、 町 の 城拝 壁儿 の 小 さな 門挋 に 到肑 着挄 した。 門挋 は<br />

彼 のために 開 かれ、 彼 は 道匠 案匽 内 とともに、なんの 妨绋 げも 受匃 けずに 通 りぬけた。こうし<br />

て 安勣 全 に 外勭 に 出 るや、 彼 らは 急双 いで 逃偹 げ 去掇 った。そして、 法 王掣 使却 節儊 がルターの 出 発 を<br />

聞挈 く 前 に、 彼 は 迫 害县 者 たちの 手 のとどかないところに 行 っていた。サタンと 彼 の 使却 者<br />

たちは 敗反 北勾 した。ちょうど、1 羽 の 鳥 が 捕 獲僠 者 のわなを 逃偹 れたように、 彼 らは 1 中 に<br />

おさめたと 思卩 った 者 を 逃偹 がしてしまったのである。<br />

ルターの 逃偹 亡 の 知半 らせを 聞挈 いて、 法 王掣 使却 節儊 は 驚脚 きと 怒腹 りに 度 を 失拽 った。 彼 は、 教卝 会<br />

を 騒胻 がせるこの 者 を、 賢繞 明 に、かつ 断友 固 として 処叀 置厒 することによって、 大 きな 栄 誉縃 を<br />

受匃 けることを 期勡 待挊 していたのであった。しかし、 彼 の 希傩 望捬 はかなえられなかった。 彼<br />

は、ザクセン[サクソニア]の 選 挙拷 侯 フリードリヒに 手 紙 を 書危 いて 憤 りをもらし、 激 し<br />

くルターを 非 難挚 し、フリードリヒがルターをローマに 送拡 るか、それともザクセンから<br />

追挵 放择 することを 要勥 求卍 した。 ルターは、 自 分 を 弁 護厽 して、 使却 節儊 または 法 王掣 が 聖脩 書危 に 基匼 づ<br />

93


反 乱 の 根 源<br />

いて 彼 の 誤儶 りを 示単 すよう 求卍 め、もし 彼 の 教卝 義拣 が 神卡 のみ 言匟 葉挺 と 矛旁 盾绮 していることを 示単 し<br />

得千 るならば、 彼 はそれらを 放择 棄 するときわめて 厳 粛施 に 誓绒 った。そして、 彼 は、このよ<br />

うな 聖脩 なる 運卞 動 のために 苦 しむに 足拒 るものとされたことを 神卡 に 感厤 謝儑 した。 選 挙拷 侯 は、<br />

まだ 改匳 革挙 の 教卝 義拣 についての 知半 識掟 はほとんどなかったが、ルターの 率厾 直卟 で 力 強勮 い 明 快儜 な<br />

言匟 葉挺 に 深捫 く 感厤 動 した。そして、ルターが 誤儶 っているということが 証卨 明 されるまで、フ<br />

リードリヒは 彼 の 保 護厽 者 となる 決 心升 をした。 法 王掣 使却 節儊 の 要勥 求卍 に 答掬 えて、 彼 は 次卙 のよう<br />

に 潟僫 いた。「『アウグスブルクにおいて、マルチン 博 士厨 があなたの 前 に 出 頭挓 したので<br />

あるから、それで 満掫 足拒 されるべきである。われわれは、あなたが 彼 の 誤儶 りを 説拿 得千 せず<br />

に 取勚 り 消拔 しを 迫 るとは 考卛 えていなかった。わが 国 の 識掟 者 はだれ 1 人 として、マルチン<br />

博 士厨 の 教卝 義拣 が、 不勘 敬肭 、 反卬 キリスト 教卝 的 、あるいは 異 端健 的 であるとは 言匟 っていない。』<br />

さらに、 選 挙拷 侯 は、ルターをローマに 送拡 ること、あるいは 彼 の 国 から 追挵 放择 することを<br />

拒兘 否 した。」 21<br />

選 挙拷 侯 は、 社 会 の 遵穒 徳 的 抑 制勧 が 一 般 に 崩偼 れつつあるのを 見 た。 改匳 革挙 の 王掣 一 大 事 業 が<br />

必厧 要勥 てあった。もしも 人 々が 神卡 の 律傢 法 を 認卉 めて 従 い、 啓繡 発 された 良拖 心升 の 命挻 令傂 に 従 うな<br />

らば、 複傐 雑儡 で 広南 範儤 囲 に 及 ぶ 禁 令傂 や 罰脖 則 は 不勘 必厧 要勥 になるのであった。 彼 は、ルターがこ<br />

の 目 的 を 達挾 成勱 するために 活卹 動 しているのを 認卉 め、 教卝 会 内 に 良拖 い 感厤 化 か 及 んでいるのを<br />

心升 ひそかに 喜 んだ。 彼 はまた、ルターが 大 学 の 教卝 授 として 大 いに 成勱 功僵 を 収厓 めているの<br />

を 認卉 めた。ルターが 城拝 教卝 会 に 彼 の 論厱 題匑 を 掲傲 示単 してから 1 年 が 経 過厢 しただけであるが、<br />

すでに 万勦 聖脩 節儊 の 時 に 教卝 会 に 出 席 する 巡儏 礼脊 の 数包 は、いちじるしく 減匬 少厮 した。ローマの 礼脊<br />

拝旟 者 と 献僑 金 は 減匬 少厮 したが、そのかわりに 別厌 の 階 層 の 人 々がウィッテンベルクにやって<br />

来勵 た。 彼 らは 聖脩 遺 物匵 を 崇暒 拝旟 する 巡儏 礼脊 者 たちではなくて、 大 学 の 教卝 室掂 を 満掫 たすところの<br />

学 生 たちであった。ルターの 著兆 書危 は、 至儖 る 所勰 で、 聖脩 書危 に 対 する 新 しい 興掰 味控 をよび 起招 こ<br />

し、ドイツ 全 国 からだけでなく、 他 の 国 々からも 学 生 が 大 学 に 群儈 がって 来勵 た。ウィッ<br />

テンベルクを 初匘 めて 望捬 み 見 た 青捘 年 たちは、「 彼 らの 手 を 天拦 にあげ、むかしのシオンか<br />

らのように、この 町 から 真卢 理 の 光捄 が 輝脮 き 出 るようになったことを 神卡 に 感厤 謝儑 した。その<br />

光捄 は、ここから、 最勞 も 遠 い 国 々にまで 広南 がったのであった。」 22<br />

ルターは、またローマ 教卝 の 誤儶 りから 部 分 的 に 改匳 宗儲 したにすきなかった。しかし、 聖脩<br />

書危 を 法 王掣 の 教卝 書危 や 法 典胟 と 比发 較脘 した 時 に、 彼 は、 驚脚 きに 満掫 たされた。「わたしは、 今 、<br />

法 王掣 の 教卝 書危 を 読傊 んでいる。そして、…… 法 王掣 が 反卬 キリスト 自 身拴 であるのか、それとも<br />

彼 の 使却 徒傣 であるのか、わたしは 知半 らない。だがキリストは、 教卝 書危 のなかで、はなはだ<br />

しく 誤儶 り 仏肤 えられ、 十厝 字捐 架繳 につけられている」と 彼 は 書危 いた。 23 しかしルターは、こ<br />

の 時 はまたローマ 教卝 会 の 支匣 持匛 者 であって、その 教卝 会 の 交卦 わりから 分 離掤 することなど 考卛<br />

えてもいなかったのである。<br />

94


反 乱 の 根 源<br />

ルターの 著兆 書危 と 教卝 義拣 とは、 全 キリスト 教卝 国 に 広南 がっていった。 運卞 動 は、スイスとオ<br />

ランダにも 広南 が 自 た 彼 の 著兆 書危 の 何挬 冊昘 かは、フランスとスペインにも 入 っていった。 英捼<br />

国 では、 彼 の 教卝 えは 生 命挻 の 言匟 葉挺 として 迎 えられた、 真卢 理 は、ベルギーやイタリアにも<br />

及 んた 幾继 千収 のものが、 死拎 んたような 眠縔 りから、 信勼 仰纝 生 活卹 の 喜 ひと 希傩 望捬 とに 目 覚 めつつ<br />

あった。 ルターの 攻 撃掐 によって、ローマはますます 激 怒腹 したそして、 彼 の 熱 狂旆 的 な 敵育<br />

たちのあるもの、また、カトリックノ 大 学 の 博 士厨 たちでさえ、この 反卬 逆 的 修 道匠 士厨 を 殺掮<br />

しても 罪 にならないと 宣傪 言匟 した。ある 日 、1 人 の 見 知半 らぬ 人 が、ピストルを 外勭 套 の 下<br />

に 隠僸 して、ルターに 近卐 つき、なぜこのように 1 人 で 歩 いているのかを 聞挈 いた。ルター<br />

は 答掬 えて、「わたしは、 神卡 の 手 の 中 にある。 神卡 はわたしの 力 、わたしの 盾绮 である。 人<br />

間 はわたしに 何挬 をすることができようか」と 言匟 った。 24 この 言匟 葉挺 を 聞挈 いて、 見 知半 らぬ<br />

人 は 真卢 っ 青捘 になり、 天拦 使却 の 前 から 逃偹 けるように、 去掇 っていった。<br />

ローマは、ルターをなきものにしようとしていた。しかし、 神卡 か 彼 の 防拌 御 であった。<br />

彼 の 教卝 義拣 は 至儖 る 所勰 の「 民 家匝 に、 修 道匠 院协 に…… 貴揂 族 の 城拝 に、 大 学 に、そして 王掣 の 宮厳 殿脟 に」<br />

伝捱 えられた。そして、 貴揂 族 たちは、 彼 の 運卞 動 を 支匣 持匛 するために 立 ち 上 がってい<br />

た。 25 ちょうどこのころ、ルターはフスの 著兆 書危 を 読傊 み、 彼 自 身拴 が 支匣 持匛 し 教卝 えていた 信勼<br />

仰纝 による 義拣 という 大 真卢 理 が、ボヘミアの 改匳 革挙 者 によって 唱脆 えられていたことを 知半 った<br />

のである。 「パウロ、アウクスティヌス、そしてわたしは、 知半 らずしてフベ 派挩 てあっ<br />

た」とルターは 言匟 った。「 真卢 理 は 1 世匒 紀 に 前 に 伝捱 えられ、しかも 焼催 かれたことに 対 し<br />

て、 神卡 は 必厧 ず 世匒 界化 を 裁拍 かれるであろう」と、 彼 は 紅縠 けた。 26<br />

キリスト 教卝 の 改匳 革挙 についてドイツの 皇 帝胰 と 貴揂 族 とに 訴挰 えた 中 で、ルターは、 法 王掣 の<br />

ことを 次卙 のように 書危 いた。「キリストの 代 理 であると 自 分 で 主勢 張挗 する 人 間 が、 どんな<br />

皇 帝胰 も 及 ばないような 豪僘 華兛 さを 誇縷 示単 するのを 見 るのは、 恐傁 るべきことである。この 者<br />

は、 貧縏 しいイエス、または 謙旎 そんなペテロに、 似胤 ているであろうか。 人 々は、 彼 が 世匒<br />

界化 の 主勢 であると 言匟 っている。しかし、 彼 が、 代 理 者 であると 誇縷 っているキリストは、<br />

『わたしの 国 はこの 世匒 のものではない』と 言匟 われた。 代 理 者 の 国 は、 彼 の 主勢 の 国 より<br />

広南 くてよいてあろうか。」 27 彼 は、 大 学 について、このように 書危 いた。「 大 学 という<br />

ところは、 聖脩 書危 を 説拿 明 し、それを 青捘 年 たちの 心升 に 刻傋 みこむために 熱 心升 に 努 力 するので<br />

なければ、 地 獄晳 の 大 きな 門挋 になってしまうのではないかと、わたしは 恐傁 れる。わたし<br />

は、だれも 聖脩 書危 が 最勞 高 位匱 を 占 めていないところに 子 供挿 を 送拡 らないよう 勧僊 告卪 する。 人 々<br />

が 神卡 の 言匟 葉挺 を 絶傉 えず 研挣 究捨 していない 学 校厛 は、すベて 腐纄 敗反 するにきまっている。」 28 こ<br />

うした 訴挰 えは、 速捠 やかにドイツ 全 国 に 配括 布偵 され、 人 々に 強勮 力 な 影挼 響捳 を 及 ぼした。 全 国<br />

民 が 奮绝 い 立 ち、 群儈 衆 は 改匳 革挙 の 旗充 のもとに 結医 集厦 した。ルターの 敵育 たちは、 復挴 讐穑 の 念挡 に 燃<br />

え、 彼 に 対 して 断友 固 とした 処叀 置厒 をとるように、 法 王掣 に 迫 った。そこで、 彼 の 教卝 義拣 を 直卟<br />

95


反 乱 の 根 源<br />

ちに 禁 止厙 する 命挻 令傂 か 出 された。ルターと 彼 の 支匣 持匛 者 たちには、60 日 間 の 猶旽 予匨 が 与拜 えら<br />

れた。そして、もしその 後 も 取勚 り 消拔 さないならば、 彼 らはみな 破挐 門挋 されるのであっ<br />

た。<br />

これは、 宗儲 教卝 改匳 革挙 にとって、 非 常拤 な 危捦 機務 であった。 幾继 世匒 紀 の 間 、ローマの 破挐 門挋 宣傪 告卪<br />

は、 有卻 力 な 君 主勢 たちを 震傹 えあがらせ、 強勮 力 な 帝胰 国 を 悲胳 嘆昍 と 荒僚 廃 に 陥肿 れてきた。 破挐 門挋 さ<br />

れた 人 々は、 一 般 の 人 々から 恐傁 怖繍 と 嫌膅 悪捰 の 情午 をもって 見 られ、 仲傫 間 との 交卦 際匶 を 絶傉 たれ<br />

法 律傢 の 保 護厽 外勭 のものとされて、かり 出 されて 処叀 刑傃 されるのであった。ルターは、 彼 の<br />

まわりに 吹胈 き 荒僚 れる 暴偷 風掵 雨僟 に 気勴 づかないわけではなかった。しかし 彼 は 堅儕 く 立 って、<br />

キリストが 彼 の 支匣 持匛 者 てあり 盾绮 であろことを 信勼 じた。 殉程 教卝 者 の 信勼 仰纝 と 勇腅 気勴 をもって、<br />

彼 は 次卙 のように 書危 いた。「 何挬 が 今 起招 ころうとしているか、わたしは 知半 らない。また 知半<br />

ろうとも 思卩 わない。……どこに 打占 撃掐 が 加匎 えられようとも、わたしは 恐傁 れない。 木匓 の 葉挺<br />

1 枚儳 でも、 神卡 のみ 心升 てなければ 落叉 ちないのだ。まして 神卡 は、われわれをどんなにみ 心升<br />

にとめておられることであろう。 兜肉 体 をとって 来勵 られたみ 言匟 葉挺 イエスご 自 身拴 がなくな<br />

られたのであろから、み 言匟 葉挺 のために 死拎 ぬことは 何挬 でもない。もしわれわれが 彼 と 共厗<br />

に 死拎 ぬならば、 彼 と 共厗 に 生 きろのである。そして、 彼 がわれわれに 先匪 だって 通 られた<br />

ものをわれわれも 通 り、われわれは 彼 がおられうところへ 行 き、 彼 と 共厗 に 永 遠 に 住卫 む<br />

のであろ。」 29 法 王掣 の 教卝 書危 がルターのところに 到肑 着挄 した 時 に、 彼 は 言匟 った。「わたし<br />

はこれを、 不勘 敬肭 で 虚縚 偽兖 のものとして 軽 べつし、 排僛 撃掐 する。……ここで 罪 に 定 められて<br />

いるのは、キリストご 自 身拴 である。……わたしは、 最勞 大 の 事 業 のためにこのような 苦<br />

難挚 にあうことを 喜 びとする。わたしはすでに、 心升 の 中 に 大 きな 自 由厩 を 感厤 じている。な<br />

ぜなら、わたしはついに、 法 王掣 が 反卬 キリストであって、 彼 の 座 はサタン 自 身拴 の 座 であ<br />

ることを 知半 ったからてある」<br />

しかしローマの 命挻 令傂 は、 影挼 響捳 を 及 ぼさずにはいなかった。 投匐 獄晳 、 拷稷 問勬 、 剣腚 は、 服傕 従<br />

を 強勮 いる 有卻 力 な 武叇 器捙 であった。 弱傽 く 迷偧 信勼 的 な 人 々は、 法 王掣 の 教卝 書危 の 前 で 震傹 えた。 概腴 し<br />

て 人 々はルターに 対 して 同 情午 的 ではあったが、 生 命挻 を 改匳 革挙 事 業 にかけることはあまり<br />

にも 惜斶 しいと 思卩 う 者 が 多匭 かった。 万勦 事 は、ルターの 事 業 が、 今 にも 終厖 わろうとするこ<br />

とを 示単 すように 思卩 われた。 しかしルターは、びくともしなかった。ローマは、 彼 を 破挐<br />

門挋 した。そして 世匒 界化 は、 彼 が 死拎 ぬか、それとも 服傕 従 を 強勮 制勧 されるかするに 違挆 いない、<br />

と 思卩 って 見 ていた。しかし 彼 は、 恐傁 るベき 力 をもって、 教卝 会 に 有卻 罪 の 宣傪 告卪 を 投匐 げかえ<br />

し、 永 遠 に 教卝 会 と 分 離掤 する 決 意勪 を 公勗 然掍 と 宣傪 言匟 した。ルターは、 大 勢厕 の 学 生 たちや 博 士厨<br />

たち、そしてあらゆる 階 層 の 一 般 市 民 たちの 目 の 前 で、 法 王掣 の 教卝 書危 を、 教卝 会 法 規厶 や 教卝<br />

令傂 集厦 、また 法 王掣 権勻 を 支匣 持匛 する 文卽 書危 類 とともに 焼催 き 捨腇 てた。「わたしの 敵育 たちは、わた<br />

しの 著兆 書危 を 焼催 くことによって、 一 般 の 人 々の 心升 の 中 での 真卢 理 の 働掴 きを 妨绋 げ、 彼 らの 魂<br />

96


反 乱 の 根 源<br />

を 滅脛 ぼそうとした。それだから、わたしも 彼 らの 著兆 書危 を 焼催 く。 重匤 大 な 闘 いが、 今 始卿 ま<br />

ったのてある。これまで、わたしはただ 法 王掣 と 遊肓 戯 をしていたに 過厢 ぎなかった。わた<br />

しは、この 仕捸 事 を 神卡 の 名匷 によって 始卿 めた。それは、わたしがいなくても、 神卡 の 力 によ<br />

って 終厖 了傒 するてあろう。」 31<br />

ルターの 運卞 動 の 勢厕 力 の 弱傽 さをあざけった 敵育 の 非 難挚 に 答掬 えて、ルターは 言匟 った。「 神卡<br />

の 選 びと 召昨 しがわたしになく、わたしを 軽 べつしても 神卡 ご 自 身拴 を 軽 べつすろことにな<br />

る 恐傁 れはないと、いったいだれか 知半 り 得千 ようか。エジプトを 去掇 ったモーセは、ただ 1<br />

大 であった。アハブ 王掣 の 治匮 世匒 において、エリヤは 1 人 であった。イザヤは、エルサレ<br />

ムで 1 人 であった。エゼキエルは、バビロンにおいて 1 人 であった。…… 神卡 は、 大 祭脫<br />

司 とか、 他 の 偉昖 大 な 人 物匵 を 預 言匟 者 に 選 ばれなかった。 神卡 は、たいてい、 身拴 分 の 低拯 い 卑赐<br />

しめられた 大 を 選 び、ある 時 は、 飼縫 いアモスをさえ 選 はれた。 各厰 時 代 において、 聖脩 徒傣<br />

たちは、 偉昖 大 な 人 々、 王掣 、 貴揂 族 、 祭脫 司 、 賢繞 者 などを、 命挻 がけで 譴 責掅 したのであ<br />

る。……わたしは、 自 分 が 預 言匟 者 であるとは 言匟 っていない。しかし、 彼 らは、わたし<br />

が 1 人 であり 彼 らが 多匭 数包 であるというそのことを 恐傁 れるべきである。わたしは、 自 分<br />

の 側卷 に 神卡 の 言匟 葉挺 があり、 彼 らの 側卷 にはないことを 確卾 信勼 している。」 32 とは 言匟 うものの、<br />

ルターが 教卝 会 から 最勞 終厖 的 に 分 離掤 する 決 心升 をするまでには、 激 しい 闘 いを 経 なければな<br />

らなかった。ちょうどこのころ、 彼 は 次卙 のように 書危 いた。「わたしが 子 供挿 の 時 から 教卝<br />

えられたことを 捨腇 て 去掇 ることが、どんなに 困傮 難挚 なことであるかを、 毎傭 日 、いよいよ 強勮<br />

く 感厤 じろ。たとえ、わたしの 側卷 にわたしを 支匣 持匛 する 聖脩 書危 があっても、わたしがあえて<br />

ただ 1 人 立 っ 生 って 法 王掣 に 反卬 対 し、 彼 を 反卬 キリストと 呼 ぶことは、なんとわたしを 苦<br />

しめたことであろう。わたしの 心升 の 悩肘 みは、なんと 激 しかったことであろう。『お 前<br />

たけが 正匁 しいのか。 他 のすべての 者 は 間 違挆 っているのか。 結医 局拈 間 違挆 っているのがおま<br />

え 自 身拴 で、 多匭 くの 魂 をおまえの 誤儶 りに 引匂 き 入 れているとすれば、どうするのか。 永 遠<br />

の 罰脖 を 受匃 けるのはだれか。』という 法 王掣 側卷 からたびたび 聞挈 かれた 質拾 問勬 を、わたしは 何挬<br />

度 くり 返拮 して 自 問勬 し、 心升 を 痛僎 めたことであろう。こうして、わたしは 自 分 自 身拴 と 闘 い、<br />

サタンと 闘 った。そして、ついにキリストが、 彼 ご 自 身拴 の 誤儶 ることのない 言匟 葉挺 で、わ<br />

たしの 心升 を 強勮 め、これらの 疑卧 念挡 に 勝 たせてくださったのである。」 33 法 王掣 は、ルター<br />

が 取勚 り 消拔 さなければ 破挐 門挋 すると 脅肺 していたが、それが 実 行 に 移挔 された。 新 しい 教卝 書危 か<br />

出 され、ルターがローマ 教卝 会 から 分 離掤 したことを 宣傪 言匟 するとともに、 彼 が 天拦 ののろい<br />

を 受匃 けたものであると 非 難挚 した。そして、 彼 の 教卝 義拣 を 信勼 じる 者 はみな、 同 じ 宣傪 告卪 下 に<br />

置厒 かれるのであった。 大 いなる 闘 いは、いよいよ 本 格卺 的 に 始卿 業 った<br />

それぞれの 時 代 において、その 時 代 に 特厣 に 適 切卲 な 現勶 代 の 真卢 理 を 伝捱 えるために 神卡 に 用<br />

いられる 者 は、すべて、 反卬 対 にあわなければならない。ルターの 時 代 には、 現勶 代 の 真卢<br />

97


反 乱 の 根 源<br />

理 、すなわち、その 時 代 において 特厣 別厌 重匤 要勥 な 真卢 理 があった。 今 日 の 教卝 会 のためにも 現勶<br />

代 の 真卢 理 がある。みこころのままに 万勦 事 を 行 われろ 神卡 は、 人 々をさまざまな 事 情午 のも<br />

とにおいて、その 時 代 、また、 彼 らがおかれた 状叔 態拟 に 応厸 じた 特厣 殊腺 な 任厃 務勲 をお 命挻 じにな<br />

る。もし 彼 らが、 与拜 えられた 光捄 を 尊胛 重匤 するならば、 真卢 理 に 対 するいっそう 明 らかな 理<br />

解卆 が 与拜 えられる。しかし、 真卢 理 は、 法 王掣 教卝 徒傣 たちがルターに 反卬 対 したように、 今 日 も<br />

多匭 数包 の 者 の 歓脒 迎 を 受匃 けないのである。 昔繕 と 同 様捞 に、 神卡 の 言匟 葉挺 の 代 わりに 人 間 の 理 論厱 や<br />

伝捱 説拿 を 受匃 け 入 れるという 同 じ 傾傧 向匇 がある。この 時 代 の 真卢 理 を 伝捱 える 者 は、 初匘 期勡 の 改匳 革挙<br />

者 たちより 歓脒 迎 されると 期勡 待挊 してはならない。 真卢 理 と 誤儶 謬 、キリストとサタンとの 間<br />

の 大 争拫 闘 は、この 世匒 界化 の 歴偡 史 の 終厖 わりまで、 激 しさを 増匲 すのである。<br />

イエスは、 彼 の 弟胱 子 たちに 次卙 のように 言匟 われた。「もしあなたがたがこの 世匒 から 出<br />

たものであったなら、この 世匒 は、あなたがたを 自 分 のものとして 愛 したであろう。し<br />

かし、あなたがたはこの 世匒 紀 のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの<br />

世匒 から 選 び 出 したのである。だから、この 世匒 紀 はあなたがたを 憎 むのである。わたし<br />

があなたかたに『 僕腔 はその 主勢 人 にまさるものではない』と 言匟 ったことを、おぼえてい<br />

なさい。 もし 人 々がわたしを 迫 害县 したなら、あなたがたをも 迫 害县 するであろう。また、<br />

もし 彼 らがわたしの 言匟 葉挺 を 守捿 っていたなら、あなたがたの 言匟 葉挺 をも 守捿 るであろう」[ヨ<br />

ハネ 15:19、。また 一 方 、 主勢 は 次卙 のように 言匟 明 された。「 人 が 皆脰 あなたがたをほめ<br />

るときは、あなたがたはわざわいだ。 彼 らの 祖脽 先匪 も、にせ 預 言匟 者 たちに 対 して 同 じこ<br />

とをしたのである」[ルカ 6:この 世匒 の 精 神卡 は、 今 日 も 昔繕 と 同 様捞 に、 少厮 しもキリストの<br />

精 神卡 と 調 和匄 してはいない。そして、 神卡 のみ 言匟 葉挺 をそのまま 純儻 枠 に 説拿 く 者 は、 昔繕 以匆 上 の<br />

歓脒 迎 を 受匃 けることはない。 真卢 理 に 対 する 反卬 対 の 形捊 態拟 は 変厭 わり、 巧绾 妙胄 になって、 公勗 然掍 と<br />

敵育 意勪 を 衣胼 すことはないかもしれない。しかし、 同 じ 敵育 対 心升 が 依傟 然掍 として 存掑 在厪 し、 時 の<br />

終厖 わりに 全 るまて 表勖 される。<br />

98


反 乱 の 根 源<br />

第匌 8 章 裁 判匯 所勰 の 前 に<br />

新 皇 帝胰 カール 5 世匒 [チャールズ 5 世匒 ]がドイツの 帝胰 位匱 についた。するとローマの 使却 節儊<br />

は、 急双 いで 祝腛 いの 言匟 葉挺 を 述掃 べると 共厗 に、 彼 の 権勻 力 を 用 いて 宗儲 教卝 改匳 革挙 を 押 えつけるよう<br />

に 勧僊 めた。 他 方 、カールが 帝胰 付厏 につくに 当勠 たって 大 いに 力 があったザクセンの 選 挙拷 侯<br />

は、ルターに 発 言匟 の 機務 会 を 与拜 えるまではどんな 処叀 置厒 もとらないように 嘆昍 願傿 した。こう<br />

して、 皇 帝胰 は、 非 常拤 な 当勠 惑 と 苦 境挌 に 立 たされた。 法 王掣 側卷 は、ルターに 死拎 刑傃 を 宣傪 告卪 する<br />

勅質 令傂 が 出 なければ 満掫 足拒 しなかった。 選 挙拷 侯 は、「 皇 帝胰 もまた 他 のだれも、ルターの 著兆<br />

書危 に 反卬 論厱 していない」と 断友 固 として 言匟 明 し、それゆえに、「ルターは 通 行 券拐 を 与拜 えら<br />

れて、 学 識掟 のある、 敬肭 虔 で 公勗 平匊 な 裁拍 判匯 官厑 による 法 廷腾 に 出 頭挓 てきろようにすべきである」<br />

と 願傿 い 出 た。 1<br />

すべての 党勝 派挩 の 注挅 目 は、カールの 即腖 位匱 後 まもなくウォルムスで 開 かれたドイツ 国 会<br />

に 注挅 がれた。ドイツの 諸 侯 たちの 多匭 くは、 審拥 議 のために 初匘 めて 若拊 い 皇 帝胰 に 会 見 するの<br />

であり、この 国 会 において 審拥 議 すべき 重匤 要勥 な 政 治匮 問勬 題匑 やその 他 の 案匽 件卅 があった。 祖脽 国<br />

のあらゆる 地 方 から、 教卝 会 と 国 家匝 の 高 官厑 たちが 集厦 まった。 高 貴揂 の 生 まれて、 勢厕 力 を 持匛<br />

ち、 世匒 襲脁 の 権勻 利匏 を 主勢 張挗 して 譲僯 らない 領振 主勢 たち、 階 級揁 と 権勻 力 における 優历 越掳 感厤 に 意勪 気勴 揚胚 々<br />

としている 威胙 厳 ある 聖脩 職厯 者 たち、 優历 雅儫 な 騎绽 士厨 たちとその 武叇 装 した 家匝 臣元 たち、 外勭 国 や 遠<br />

国 の 大 使却 たちなどが、みなウォルムスに 集厦 まった。しかし、この 大 会 議 において、 最勞<br />

も 興掰 味控 深捫 い 問勬 題匑 は、ザクセンの 改匳 革挙 者 ルターの 件卅 であった。 カールはこれ 以匆 前 に、 選<br />

挙拷 侯 にむかって、ルターを 同 伴僀 して 国 会 に 来勵 るよう 指匦 示単 し、 彼 に 対 する 保 護厽 と、 問勬 題匑<br />

点勷 に 関 し 資 格卺 ある 人 物匵 と 自 由厩 に 討挎 議 することとを 約 束僓 していたのであった。ルターは、<br />

皇 帝胰 の 前 に 出 ることを 切卲 望捬 していた。この 時 、 彼 の 健掕 康 は 非 常拤 に 損措 なわれていたが、<br />

しかし 彼 は 選 挙拷 侯 に 次卙 のように 書危 いた。<br />

「もしわたしが 健掕 康 な 体 でウォルムスに 行 くことができなければ、 病挶 気勴 のまま 運卞 ば<br />

れて 打占 きたいと 思卩 います。というのは、もし 皇 帝胰 がわたしを 召昨 しておられるなら、そ<br />

れは 神卡 ご 自 身拴 の 召昨 しであることを、わたしは 疑卧 うことができないからです。もし 彼 ら<br />

かわたしに 暴偷 力 をふるうようなら、そしておそらくそうすることでしょうが[なぜなら<br />

彼 らがわたしに 出 頭挓 を 命挻 じるのは、わたしから 教卝 えを 受匃 けるためでないからです]、わ<br />

たしはこれを 主勢 のみ 丁偸 にゆだねます。 燃 える 炉脻 の 中 から 3 人 の 青捘 年 を 救 い 出 された 神卡<br />

は、なお 生 三勫 きて 支匣 配括 しておられます。もし 神卡 がわたしをお 救 いにならなくても、わ<br />

たしの 命挻 など 取勚 るに 足拒 りないものです。ただ 福厹 音 がよこしまな 人 々のちょう 笑傷 を 受匃 け<br />

ることがないように 努 めましょう。 彼 らが 勝 利匏 を 得千 ることのないように、わたしたち<br />

は 福厹 音 のために 血傔 を 流及 しましょう。すべての 大 の 救 いのために 最勞 も 貢脈 献僑 するのは、わ<br />

99


反 乱 の 根 源<br />

たしの 命挻 であるか、それとも 死拎 であるか、それを 決 定 するのはわたしではありませ<br />

ん。……あなたはわたしにどんなことでも 期勡 待挊 なさってけっこうです。……ただし、<br />

逃偹 げることと 信勼 仰纝 を 取勚 り 消拔 すこと 以匆 外勭 は。 逃偹 げることなど、わたしにはできませんし、<br />

まして、 取勚 り 消拔 すことなどできません。」 2<br />

ルターか 議 会 に 姿掋 を 現勶 すという 知半 らせがウォルムスに 伝捱 わると、 各厰 方 面卥 で 大 騒胻 ぎと<br />

なった。 今 回 の 事 件卅 を 特厣 に 委卑 任厃 されていた 法 王掣 使却 節儊 アレアンダー[アレアンドロ]は、<br />

驚脚 き、 憤 激 した。 彼 は、その 結医 果卵 が、 法 王掣 側卷 にとっては 破挐 滅脛 的 であるのを 認卉 めた。 法<br />

王掣 がすてに 宣傪 告卪 を 下 した 件卅 について 取勚 り 調 べを 始卿 めることは、 法 王掣 の 権勻 威胙 を 軽 べつす<br />

ることであった。そればかりでなく、 彼 は、ルターの 雄接 弁 で 強勮 力 な 議 論厱 によって、 諸<br />

侯 たちの 多匭 くが 法 王掣 側卷 から 引匂 き 離掤 されることを 懸 念挡 した。それゆえに、 彼 は、ルター<br />

がウォルムスに 来勵 ないように、 激 しくカールに 諫 言匟 した。このころ、ルターの 破挐 門挋 を<br />

宣傪 言匟 した 教卝 書危 が 公勗 布偵 された。 使却 節儊 の 申捩 し 入 れとともに、この 教卝 書危 は、 皇 帝胰 を 屈縿 服傕 させ<br />

た。 皇 帝胰 は 選 挙拷 侯 に、もしルターが 取勚 り 消拔 さないならば、 彼 はウィッテンベルクにと<br />

とまっているべきであると 霞绹 き 送拡 った。<br />

アレアンダーは、この 勝 利匏 で 満掫 足拒 せず、ルターを 罪 に 定 めるために、ありとあらゆ<br />

る 権勻 力 と 策北 略傎 を 用 いた。 彼 は、 非 常拤 なしつこさで、 諸 侯 や 高 位匱 聖脩 者 、そしてその 他 の<br />

十厝 義拣 員 たちの 注挅 意勪 をこの 問勬 題匑 に 引匂 き、ルタ 一 に、「 扇昪 動 、 反卬 逆 、 不勘 敬肭 、 冒纍 瀆 」の 罪 を<br />

きせた。しかし、 法 王掣 使却 節儊 のあらわした 激 しい 感厤 情午 は、 彼 がどんな 精 神卡 に 動 かされて<br />

いるかをあまりにも 明 らかにした。「 彼 は、 熱 意勪 と 敬肭 神卡 というよりは、 憎 しみとふく<br />

しゅうの 念挡 に 動 かされている」と 一 般 の 人 々は 言匟 った。 3 議 会 の 大 部 分 の 人 々は、こ<br />

れまてになくルターに 好捆 意勪 を 示単 した。<br />

アレアンダは、ますます 熱 心升 に、 法 王掣 の 布偵 告卪 を 実 打占 すべきことを 皇 帝胰 に 迫 った。し<br />

かし、ドイツの 法 律傢 によれば、これは 諸 侯 たちの 同 意勪 を 得千 ずにすることかできなかっ<br />

た。そこでカールは、 法 王掣 使却 節儊 のしつこい 要勥 求卍 に 負拆 けて、 彼 にその 件卅 を 議 会 に 提卖 出 す<br />

ることを 命挻 じた。「それは 法 王掣 使却 節儊 にとって 誇縷 らしい 日 であった。 大 会 衆 が 集厦 まって<br />

いたが、 事 件卅 はさらに 重匤 大 なものであった。アレアンダーは、すべての 教卝 会 の 母 であ<br />

り 女匩 主勢 人 であろローマのために、 訴挰 えろのであった。」 彼 は、 集厦 まったキリスト 教卝 諸<br />

国 の 前 で、ペテロ 首匹 位匱 権勻 を 擁繗 護厽 するのであった。「 彼 は 雄接 弁 の 才纞 を 持匛 っていた。そし<br />

て、この 重匤 大 な 時 機務 に 立 ちいたった。ローマが 罪 に 定 められるに 先匪 たって、 荘绩 厳 きわ<br />

まる 法 廷腾 において、ローマの 第匌 一 流及 の 雄接 弁 家匝 が 現勶 れて 訴挰 えることは、 神卡 の 摂昊 理 であっ<br />

た。」 4 ルターに 好捆 感厤 を 持匛 っていた 人 々は、アレアンダーの 演 説拿 の 結医 果卵 にいくぶんか<br />

不勘 安勣 を 抱 いた。ザクセンの 選 挙拷 侯 は 出 席 していなかったが、 顧僖 問勬 官厑 たちに 命挻 じて 出 席<br />

させ、 法 王掣 使却 節儊 の 演 説拿 を 筆僜 記卌 させた。<br />

100


反 乱 の 根 源<br />

アレアンダーは、 学 識掟 と 雄接 弁 のかぎりをもって、 真卢 理 をくつがえそうとした。 彼 は<br />

ルターを、 教卝 会 と 国 家匝 の 敵育 、また、 生 三勫 ける 者 と 死拎 せる 者 との、 聖脩 職厯 者 と 信勼 徒傣 との、<br />

公勗 会 議 と 個持 々のキリスト 者 との、 敵育 であると 告卪 発 し 続勸 けた。「ルターの 誤儶 りは、10 万勦<br />

の 異 端健 者 」を 焼催 くに 匹级 敵育 するものであると 彼 は 宣傪 言匟 した。 最勞 後 に 彼 は、 改匳 革挙 主勢 義拣 の 信勼<br />

仰纝 印偝 を 支匣 持匛 する 人 々を 軽 べつしようとした。 「これらルター 派挩 とは、いったい 何挬 であ<br />

ろうか。 彼 らは 無叄 礼脊 な 教卝 師 、 腐纄 敗反 した 司 祭脫 、 自 堕秐 落叉 な 修 道匠 士厨 、 無叄 知半 な 弁 護厽 士厨 、 堕秐 落叉 し<br />

た 書危 族 といった 連 中 と、 彼 らか 誤儶 らせ、 邪旇 道匠 に 導拗 いたところの 民 衆 である。 彼 らに 比发<br />

べて 力 トリソクの 側卷 は、その 数包 、 能印 力 、 権勻 力 において、なんと 優历 れていることであろ<br />

う。このはなはなしい 会 議 における 満掫 場 一 致 の 布偵 告卪 は、 愚 かな 者 の 目 を 開 き、 軽 率厾 な<br />

者 に 警厺 告卪 を 与拜 え、 迷偧 っている 者 に 決 心升 を 与拜 え、 弱傽 い 者 に 力 を 与拜 える。」 5<br />

各厰 時 代 における 真卢 理 の 擁繗 護厽 者 たちは、こっした 武叇 器捙 によって 攻 撃掐 されてきたのであ<br />

る 確卾 立 された 誤儶 りに 反卬 対 して、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 明 白换 で 直卟 接捴 的 な 教卝 訓肢 をあえて 提卖 示単 する<br />

ものはみな、 今 でも 同 じ 議 論厱 に 迫 られる。「これらの 新 しい 教卝 義拣 の 説拿 教卝 者 たちは、い<br />

ったいだれであるか」と、 受匃 けのよい 宗儲 教卝 を 望捬 む 人 々は 叫经 ぶ。「 彼 らは、 無叄 学 で 少厮 数包<br />

の 貧縏 民 階 級揁 である。それだのに 彼 らは、 自 分 たちは 真卢 理 を 持匛 ち、 神卡 の 選 民 であると 主勢<br />

張挗 する。 彼 らは、 無叄 知半 で 欺繏 かれているのだ。われわれの 教卝 会 は、 数包 においても、 勢厕 力<br />

においても、なんとはるかに 優历 れていることであろう。われわれの 中 には、なんと 多匭<br />

くの 偉昖 人 や 学 者 がいろことであろう。われれれの 側卷 には、なんと 大 きな 力 があること<br />

だろう。」このような 議 諭纼 は、 世匒 界化 に 対 して 効捓 果卵 的 な 影挼 響捳 力 を 持匛 っている。しかしそ<br />

れは、ルターの 時 代 におけると 同 様捞 に 今 日 においても、 決 定 的 な 議 論厱 ではないのであ<br />

る。<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 は、 多匭 くの 者 が 考卛 えているように、ルタ 一 の 時 代 をもって 終厖 わったのでは<br />

ない。それはこの 世匒 界化 の 歴偡 史 の 終厖 末拢 まで 続勸 くのである。ルターは、 神卡 が 彼 の 上 に 照儠 ら<br />

してくださった 光捄 を 他 に 反卬 映 して、 大 事 業 をしなければならなかった。しかし 彼 は、<br />

世匒 界化 に 与拜 えられるはずの 光捄 を、 全 部 受匃 けたのではなかった。その 当勠 時 から 今 に 至儖 るま<br />

で、 新 しい 光捄 か 絶傉 えず 聖脩 書危 を 照儠 らし、 新 しい 真卢 理 が 常拤 にあらわされてきたのである。<br />

法 王掣 使却 節儊 の 演 説拿 は、 議 会 に 深捫 い 印偝 象拺 を 与拜 えた。そこには、 明 快儜 で 説拿 得千 力 のあろ 神卡 の<br />

み 言匟 葉挺 の 真卢 理 を 提卖 示単 して 法 王掣 側卷 の 闘 士厨 を 打占 ち 負拆 かすルターはいなかった。ルターを 弁<br />

護厽 しようとする 者 もいなかった。ルターとその 教卝 義拣 を 罪 に 定 めるだけでなくて、でき<br />

れば 異 端健 を 根捏 絶傉 しようという 一 般 的 な 傾傧 向匇 が 出 てきた。ローマは、その 主勢 張挗 を 弁 護厽 す<br />

る 絶傉 好捆 の 機務 会 を 得千 たのであった。 自 己偻 を 擁繗 護厽 するために 言匟 うべきことは、すべて 言匟 っ<br />

てしまっていた。しかし、 一 見 勝 利匏 と 思卩 われたことが、 敗反 北勾 のしるしであった。 今 後 、<br />

公勗 然掍 たる 戦勛 いの 場 において 争拫 われるときに、 真卢 理 と 誤儶 謬 の 対 照儠 はいっそう 明 らかに 見<br />

101


反 乱 の 根 源<br />

られるのであった。この 時 以匆 後 ローマは、 決 してこれまでのように 安勣 全 に、 立 つこと<br />

はできないのであった。<br />

国 会 の 議 員 たちの 大 部 分 は、ルターをローマの 報匔 復挴 の 手 に 引匂 き 渡据 すことをためらわ<br />

なかったとはいえ、 多匭 数包 の 者 は、 教卝 会 内 に 行 われる 堕秐 落叉 を 認卉 めて 嘆昍 き、 教卝 権勻 制勧 度 の 貧縏<br />

欲僼 と 腐纄 敗反 のためにドイツ 国 民 がこうむってきた 虐纨 待挊 を 止厙 めたいと 望捬 んだ。 法 十厝 使却 節儊 は<br />

法 王掣 の 支匣 配括 を、 最勞 も 都匙 合 のよさそうな 見 地 から 提卖 示単 していた。ここで 主勢 は、 国 会 の 1<br />

議 員 を 動 かして、 法 王掣 の 暴偷 政 の 結医 果卵 をありのままに 描胦 かせられた。ザクセンのゲオル<br />

ク 公勗 爵禭 は、 集厦 まった 貴揂 族 たちの 前 で、 断友 固 とした 気勴 高 い 態拟 度 で 立 ち 上 がり、 法 王掣 制勧 の<br />

欺繏 瞞 と 悪捰 虐纨 とその 悲胳 惨绨 な 結医 果卵 とを、 恐傁 るべき 正匁 確卾 さで 指匦 摘 した。 彼 は、 最勞 後 に 次卙 のよ<br />

うに 言匟 った。<br />

「これらは、ローマがそのために 非 難挚 されているところの 悪捰 弊晅 の 一 部 てある。そこ<br />

には 恥時 も 外勭 聞挈 もない。 彼 らの 唯繴 一 の 目 的 は、…… 金 、 金 、 金 である。したがって、 真卢<br />

理 を 語指 るべき 説拿 教卝 者 たちは、 虚縚 偽兖 のほかは 何挬 も 語指 らず、しかもそのことが 黙縹 認卉 されて<br />

いるだけ でなく、 報匔 賞 にあずかっている。それは、 彼 らの 虚縚 偽兖 が 大 きければ 大 きいほ<br />

ど、 彼 らの 利匏 益捍 も 大 きいからてある。この 汚儢 れた 泉 から、こうした 腐纄 敗反 した 水匍 が 流及 れ<br />

るのである。 放择 蕩 は 貧縏 欲僼 と 結医 びついた。……ああ、 多匭 くの 哀暈 れな 魂 を 永 遠 の 滅脛 びに 陥肿<br />

れているのは、 聖脩 職厯 者 たちの 背 徳 行 為 である。 一 大 改匳 革挙 が 打占 われねばならない。」 6<br />

ルター 自 身拴 であっても、 法 王掣 制勧 の 害县 悪捰 についてこれ 以匆 上 巧绾 みに 力 強勮 く 弾傆 劾 すること<br />

はできなかったであろう。しかも、 演 説拿 者 が、ルターに 断友 固 として 反卬 対 していた 敵育 で<br />

あったことが、 彼 の 言匟 ばに 大 きな 力 をそえた。 もし、 集厦 まった 人 々の 目 が 開 かれたな<br />

らば、 彼 らは、その 中 に 神卡 の 天拦 使却 たちがいて、 誤儶 謬 の 暗肨 やみを 貫肸 いて 光捄 を 輝脮 かし、 彼<br />

らが 真卢 理 を 受匃 け 入 れるようにその 心升 を 開 いていろのを 見 たことであろう。 宗儲 教卝 改匳 革挙 の<br />

敵育 たちさえも 支匣 配括 し、まさに 成勱 し 遂脎 げられようとすろ 大 事 業 への 道匠 を 備厵 えたのは、 真卢<br />

理 と 知半 恵 の 神卡 の 力 であった。マルチン・ルターは、そこにいなかった。しかし、ルタ<br />

ーよりも 偉昖 大 なお 方 の 声拨 が、その 会 議 において 聞挈 かれたのであった。<br />

ドイツ 国 民 に 重匤 く 課挜 せられた 法 王掣 制勧 の 抑 圧 を 列偱 挙拷 するために 直卟 ちに 委卑 員 会 が 国 会 に<br />

よって 指匦 名匷 された。101 項儅 目 にわたる 一 覧縰 表勖 が、これらの 悪捰 弊晅 を 直卟 ちに 矯禑 正匁 すること<br />

を 要勥 求卍 した 嘆昍 願傿 書危 と 共厗 に、 皇 帝胰 に 提卖 出 された。「キリスト 教卝 界化 の 霊绳 的 頭挓 を 取勚 り 囲 んで<br />

いる 背 徳 行 為 のために、キリスト 者 の 魂 は、なんという 損措 害县 、なんという 破挐 壊傓 、なん<br />

という 略傎 奪傤 をこうむっていることでしょう。わが 国 民 の 没纹 落叉 と 汚儢 辱既 を 阻縝 止厙 することは、<br />

われわれの 義拣 務勲 であります。このような 理 由厩 から、われわれは、 陛晝 下 が 全 般 的 な 改匳 革挙<br />

102


反 乱 の 根 源<br />

をお 命挻 じになり、その 実 施厇 に 当勠 たられるよう、 切卲 に 嘆昍 願傿 するものであり 表勖 す」と 請捥 願傿<br />

者 たちは 述掃 べた。 7<br />

次卙 に 議 会 は、ルターが 彼 らの 前 に 出 頭挓 することを 要勥 求卍 した。アレアンダーの 嘆昍 願傿 、<br />

抗 議 、 威胙 書危 嚇 にもかかわらず、 皇 帝胰 はついにこれに 同 意勪 し、ルターは 議 会 に 出 頭挓 する<br />

命挻 令傂 を 受匃 けた。 召昨 喚 状叔 とともに、 無叄 事 帰 国 することを 保 証卨 した 通 行 券拐 も 発 行 された。<br />

これらは、 彼 をウォルムスに 連 れてくる 命挻 令傂 を 受匃 けた 使却 者 が、ウィッテンベルクに 持匛<br />

って 来勵 た。<br />

ルターの 友掻 人 たちは、 恐傁 れ 悲胳 しんだ。 彼 らは、ルターに 対 する 敵育 の 偏旌 見 を 知半 ってい<br />

たので、 彼 の 通 打占 券拐 さえ 空参 文卽 に 帰 すのではないかと 懸 念挡 し、 危捦 険叁 に 身拴 をさらさぬよう<br />

にと 願傿 った。ルターは、 次卙 のように 答掬 えた。「 法 王掣 教卝 徒傣 たちは、わたしがウォルムス<br />

に 来勵 ることを 望捬 まず、ただ、わたしの 断友 罪 と 死拎 を 求卍 めている。それはかまわない。わ<br />

たしのためでなく、 神卡 のみ 言匟 葉挺 のために 祈绗 ってほしい。……キリストは、これら、 誤儶<br />

蓼 の 使却 者 たちに 打占 ち 勝 つように、み 塩儝 をわたしに 与拜 えられるであろう。わたしは 一 生<br />

彼 らを 軽 べつする。わたしは 死拎 によって 彼 らに 勝 利匏 するであろう。 彼 らはわたしに 取勚<br />

り 消拔 しを 強勮 いようとして、ウォルムスで 忙昻 しく 働掴 いている。そして、わたしの 取勚 り 消拔<br />

しは、こうである。わたしは 以匆 前 、 法 王掣 はキリストの 代 理 であると 言匟 った。 今 、わた<br />

しは、 法 王掣 はキリストの 敵育 であり、 悪捰 魔斴 の 使却 徒傣 であると 断友 言匟 する。」 8<br />

ルターは、この 危捦 険叁 な 旅傯 に 1 大 で 出 なくてもよかった。 皇 帝胰 の 便 者 のほかに、 彼 の<br />

最勞 もしっかりした 3 人 の 友掻 人 たちが、 同 道匠 する 決 心升 をした。メランヒトンも、 彼 らに<br />

加匎 わることを 熱 望捬 した。 彼 の 心升 はルターの 心升 と 結医 ばれていたので、 彼 は 同 行 を 切卲 望捬 し、<br />

必厧 要勥 ならば 牢 獄晳 や 死拎 をも 共厗 にしたいと 望捬 んだ。しかし、 彼 の 願傿 いは 許 されなかった。<br />

もしルターがなくなれば、 改匳 革挙 の 希傩 望捬 は、この 年 若拊 い 共厗 労排 者 を 中 心升 としなければなら<br />

ないのであった。ルターは、メランヒトンと 別厌 れる 時 に、 次卙 のように 言匟 った。「もし、<br />

わたしが 帰 らず、 敵育 がわたしを 殺掮 しても、 教卝 えつづけて、 真卢 理 に 堅儕 く 立 ってほしい。<br />

わたしの 代 わりに 働掴 きなさい。……きみが 生 き 残拑 るならば、わたしの 死拎 はたいしたこ<br />

とではないのだ。」 9 ルターの 出 発 を 見 るために 集厦 まった 学 生 や 市 民 は、 深捫 い 感厤 動 を<br />

受匃 けた。 福厹 音 に 心升 を 動 かされた 群儈 衆 は、 涙繽 ながらにルターに 別厌 れを 告卪 げた。こうして、<br />

改匳 革挙 者 ルターとその 一 行 は、ウィッうテンベルクを 出 発 した。<br />

彼 らはその 途 中 で、 人 々が 悲胳 しい 予匨 感厤 に 心升 を 重匤 くしているのを 見 た。ある 町 では、<br />

彼 らに 対 してなんの 敬肭 意勪 も 示単 されなかった。 夜 、 泊脪 まったところでは、 同 情午 的 な 一 司<br />

祭脫 が、ルターの 前 に、 殉程 教卝 したイタリアの 改匳 革挙 者 の 肖 像僕 世匒 画厐 をかかげて、 彼 の 憂旨 慮傼 を<br />

103


反 乱 の 根 源<br />

衣胼 した。 翌背 言匟 、 彼 らは、ルターの 著兆 書危 に 対 すろ 有卻 罪 の 宣傪 告卪 がウオルムスで 下 されたこ<br />

とを 知半 った。<br />

皇 帝胰 の 使却 者 たちが 皇 帝胰 の 命挻 令傂 を 布偵 告卪 し、 禁 じられた 書危 籍僣 を 長 官厑 のところに 持匛 参厴 する<br />

ように、 人 々に 呼 びかけていた。 使却 者 は、 会 議 におけるルターの 安勣 全 を 気勴 づかい、す<br />

でにルクーの 決 意勪 は 揺肝 らいでいるものと 考卛 えて、なお 彼 が 前 進勺 する 希傩 望捬 であるかどう<br />

かをたずねた。 彼 は、「すべての 町 で 妨绋 害县 を 受匃 けようとも、わたしは 前 進勺 する」と 答掬<br />

えた。 10 エルフルトでは、ルターは 大 いに 歓脒 迎 された。 彼 は、 賞 賛僮 する 群儈 衆 にかこま<br />

れて、 前 によく 托 鉢晴 して 歩 いた 通 りを 過厢 ぎた。 彼 は、 彼 の 修 道匠 院协 の 部 屋厡 を 訪掶 れ、 当勠 時<br />

の 苦 悩肘 ——その 苦 悩肘 を 通 して、 光捄 が 彼 の 魂 を 照儠 らし、そしてその 光捄 が、 今 ドイツにあ<br />

ふれているのであるが——を 思卩 った。 彼 は、 説拿 教卝 をするように 勧僊 められた。 彼 は、こ<br />

れを 禁 止厙 されていたのであるが、 使却 者 の 許 しがあったので、かつては 修 道匠 院协 の 卑赐 しい<br />

仕捸 事 をしていた 者 が、 壇绵 に 上 った。<br />

彼 は、 集厦 まった 群儈 衆 に、「 平匊 安勣 があなたがたにあるように」というキリストの 言匟 葉挺<br />

をもって 語指 りかけた。「 哲脼 学 者 、 博 士厨 、 著兆 者 たちは、 永 遠 の 生 命挻 を 得千 る 道匠 を 人 々に 教卝<br />

えてきたが、 成勱 功僵 しなかった。わたしが 今 それをお 伝捱 えしよう …… 神卡 は、 死拎 を 滅脛 ぼ<br />

し、 罪 を 根捏 絶傉 し、 陰纖 府匕 [よみ]の 門挋 を 閉僔 じるために、1 人 の 人 、4 すなわち、 主勢 イエス<br />

・キリストを 死拎 からよみがえらせられた。これが 救 いの 業 である。……キリストは 勝<br />

利匏 された。これは、 喜 ばしい 知半 らせてある。そして、われわれは、 彼 の 業 によって 救<br />

われた。われわれ 自 身拴 の 行 為 によってではない。……われわれの 主勢 イエス・キリスト<br />

は、『 安勣 かれ、わたしの 千収 を 見 なさい』と 言匟 われた。つまり、おお、 人 よ、 見 よ、あ<br />

なたの 罪 を 除揄 き、あなたを 贖 ったのは、わたし、わたしだけであろ。そしてあなたは<br />

平匊 和匄 を 得千 た、と 主勢 は 言匟 われるのである。」<br />

彼 は、 引匂 き 続勸 いて、 真卢 の 信勼 仰纝 は 聖脩 い 生 活卹 によってあらわされることを 示単 した。「 神卡<br />

は、われわれを 救 われたのであるから、われわれの 行 為 が、 神卡 に 受匃 け 入 れられるよう<br />

にしようではないか。あなたは 富挛 んでいるか。それならあなたの 財拉 産勩 を、 貧縏 者 の 必厧 要勥<br />

にささげよう。あなたは 貧縏 しいか。それならあなたの 奉旊 仕捸 が 富挛 んでいる 人 々に 喜 ばれ<br />

るようにしよう。もしあなたの 労排 働掴 が、ただあなたのためだけに 役叓 立 つものであれば、<br />

神卡 につくしているように 見 せかけている 奉旊 仕捸 は、 偽兖 りてある。」 11 人 々は、あたかも<br />

魅纡 せられたかのように 聴傏 き 入 った。これらの 飢 えた 魂 に、 生 命挻 のパンか 裂脧 き 与拜 えられ<br />

た。 彼 らの 前 で、キリストは、 法 上 や 法 王掣 使却 節儊 、 皇 帝胰 や 国 王掣 たちよりも 高 く 掲傲 げられ<br />

た。ルターは、 自 分 の 危捦 険叁 な 立 場 については 何挬 も 語指 らなかった。 彼 は 人 々に、 自 分 の<br />

ことを 考卛 えさせたり、 同 情午 させたりしようとはしなかった。 彼 はキリストを 瞑 想挹 して、<br />

104


反 乱 の 根 源<br />

自 分 を 見 失拽 ってしまった。 彼 は、カルバリーの 人 なるイエスの 後 ろに 隠僸 れ、イエスを<br />

罪 人 の 贖 い 主勢 として 指匦 し 示単 すことだけを 求卍 めていた。<br />

ルターが 旅傯 を 続勸 けていくと、 至儖 る 所勰 で 非 常拤 な 興掰 味控 をもって 迎 えられた。 熱 心升 な 群儈 衆<br />

が 彼 を 取勚 り 囲 み、 好捆 意勪 を 筒绠 せる 人 々が、ローマ 教卝 側卷 の 意勪 図掛 することについて、 彼 に 警厺<br />

告卪 した。「 彼 らは、あなたを 焼催 き 殺掮 し、ヨハン・フスに 行 ったと 同 様捞 に、あなたの 体<br />

を 灰绑 にするでしょう」とある 者 は 言匟 った。ルターはそれに 答掬 えた。「たとえ 彼 らが、<br />

ウィッテンべルクからウォルムス 表勖 で 火 を 点勷 じ、 炎縉 が 天拦 にまでとどいたとしても、わ<br />

たしはその 中 を 主勢 の 名匷 によって 過厢 ぎ、 彼 らの 前 に 立 とう。わたしは、この 巨 獣 のあご<br />

に 入 り、その 歯脝 を 砕 いて、 主勢 イエス・キリストのあかしをしよう。」 12<br />

ルターがウォルムスに 近卐 づいたという 知半 らせは、 大 きな 騒胻 動 を 引匂 き 起招 こした。 彼 の<br />

友掻 人 たちは 彼 の 身拴 の 安勣 全 を 気勴 づかい、 彼 の 敵育 たちは 自 分 たちの 側卷 の 成勱 功僵 をあやぶんだ。<br />

彼 が 町 に 入 るのを 断友 念挡 させようと する 非 常拤 な 努 力 がなされた。 法 王掣 側卷 の 扇昪 動 によって、<br />

ルターは、 友掻 好捆 的 な 騎绽 士厨 の 城拝 へ 行 くようにと 勧僊 められた。そこではすべての 困傮 難挚 が 円<br />

満掫 に 解卆 決 されうる、というのであった。 友掻 人 たちは、さし 迫 った 危捦 険叁 を 述掃 べて、 彼 に<br />

恐傁 怖繍 心升 を 起招 こさせようとした。しかし、 彼 らの 努 力 は 無叄 に 帰 した。ルターは 少厮 しも 動<br />

ずることなく、「たとえ、ウォルムスに 屋厡 根捏 の 瓦 のように 多匭 くの 悪捰 魔斴 がいても、なお<br />

わたしはウォルムスへ 行 く」と 断友 言匟 した。 13<br />

彼 かウォルムスに 到肑 着挄 した 時 、 大 群儈 衆 が 門挋 に 集厦 まって 彼 を 歓脒 迎 した。 面卥 皇 帝胰 を 出 迎<br />

える 時 でも、これほとの 群儈 衆 が 集厦 まったことはなかった。 激 しい 興掰 奮绝 が 起招 こった そ<br />

して 群儈 衆 の 中 からかん 高 くもの 悲胳 しい 声拨 が 葬繙 送拡 歌 を 歌 い 出 して、ルターを 待挊 っている<br />

運卞 命挻 を 警厺 告卪 した。しかし 彼 は、 馬捣 車区 から 降 りる 時 、「 神卡 はわたしの 高 きやぐらである」<br />

と 言匟 った。 法 王掣 側卷 は、ルターがほんとうにウォルムスに 姿掋 を 現勶 すとは 考卛 えていなかっ<br />

た。 彼 の 到肑 着挄 に 彼 らは 驚脚 いた。 皇 帝胰 は、 直卟 ちに 議 員 を 召昨 集厦 して、どうすべきかを 諮腞 っ<br />

た。 厳 格卺 な 法 [ 教卝 徒傣 である、1 人 の 司 教卝 は、 次卙 のように 言匟 った。「われわれはこの 問勬 題匑<br />

を 長 く 考卛 慮傼 してきました。どうか 阜腭 帝胰 は、この 男卂 を 直卟 ちに 処叀 分 してくださるように。<br />

ジギスムントはヨハン・フスを 火 刑傃 にしたではありませんか。われわれは、 異 端健 者 に<br />

通 行 券拐 を 与拜 えることも、それに 束僓 縛旸 されることもありません」「いや、われわれは 約<br />

束僓 を 守捿 らねばならない」と 皇 帝胰 は 言匟 った。 14 こうしてルターは、 発 言匟 することにきま<br />

った。<br />

全 市 は、この 驚脚 くべき 人 物匵 を 見 ようとわきかえり、まもなく、 彼 の 宿 舎縂 には 訪掶 問勬 者<br />

が 殺掮 到肑 した。ルターは、 病挶 気勴 がなおったばかりであった。 彼 は、 丸掆 2 週 間 かかった 旅傯<br />

行 に 疲膂 れていた。そして、 翌背 日 の 重匤 大 なできごとに 直卟 面卥 する 準厜 備厵 をしなければならな<br />

105


反 乱 の 根 源<br />

かった。 彼 には 安勣 静 と 休 養傞 が 必厧 要勥 であった。しかし、 貴揂 族 、 騎绽 士厨 、 司 祭脫 、 市 民 など、<br />

彼 に 会 いたい 人 々が 続勸 々とつめかけて、 彼 はわずか 2、3 時 間 の 睡 眠縔 しかとれなかっ<br />

た。これら 訪掶 問勬 者 の 中 には、 聖脩 職厯 者 たちの 悪捰 弊晅 の 改匳 革挙 を 大 胆绺 に 皇 帝胰 に 要勥 求卍 していた 多匭<br />

くの 貴揂 族 たちがいた。ルターは、この 人 々は「みな、わたしの 福厹 音 によって 解卆 放择 され<br />

た 人 たちだ」と 言匟 った。 15 友掻 人 たちだけでなく、 敵育 もまた、この 不勘 屈縿 の 修 道匠 土拋 を 見 よ<br />

うとしてやってきた。しかし 彼 は、ゆるがぬ 冷偭 静 さをもって 彼 らに 面卥 会 し、だれにで<br />

も、 威胙 厳 と 知半 恵 をもって 答掬 えた。 彼 の 態拟 度 はしっかりしていて、 勇腅 敢暑 であった。 彼 の<br />

青捘 ざめた、やせた 顔 には、 労排 苦 と 病挶 気勴 のあとがあったが、 思卩 いやりと 喜 びの 表勖 情午 さえ<br />

たたえていた。 厳 粛施 で 真卢 剣腚 な 彼 の 言匟 葉挺 には、 敵育 でさえ 全 くたちうちできない 力 があっ<br />

た。これには 敵育 も 味控 方 も 幣 いた。ある 者 たちは、 彼 の 上 に 神卡 の 力 が 加匎 わったと 信勼 じた<br />

が、キリストについてパリサイ 人 が 言匟 たように、「 彼 は 悪捰 霊绳 にとりつかれている」と<br />

言匟 う 者 たちもいた。<br />

ルターは、 翌背 日 、 議 会 に 出 頭挓 するように 命挻 じられた。 式厚 部 官厑 が 彼 を 議 場 に 案匽 内 する<br />

ことになっていたが、そこまで 行 くのが 非 常拤 に 困傮 難挚 であった。どの 街僩 路挢 も、 法 士厨 の 権勻<br />

威胙 にあえて 抵脏 抗 した 修 道匠 士厨 を 見 ようとする 群儈 衆 でいっぱいだった。 彼 がまさに、 裁拍 判匯<br />

官厑 たちの 前 に 出 ようとした 時 、 幾继 多匭 の 戦勛 いを 経 た 英捼 雄接 である 老偽 将 軍拚 が、やさしく 彼 に<br />

言匟 った。「 哀暈 れな 修 道匠 士厨 、 哀暈 れな 修 道匠 士厨 よ。おまえは、わたしや、その 他 の 将 軍拚 たち<br />

のどのような 血傔 みどろの 激 戦勛 よりも、もっと 崇暒 高 な 戦勛 いをしようとしている。だが、<br />

おまえの 主勢 張挗 が 正匁 しく、おまえがそれを 確卾 信勼 しているならば、 神卡 の 名匷 によって 前 進勺 せ<br />

よ。 何挬 も 恐傁 れるな。 神卡 はおまえをお 見 捨腇 てにならないだろう」 16<br />

ついに、ルターは、 議 会 の 前 に 立 った。 皇 帝胰 が 玉掩 座 を 占 めていた。 彼 の 周 りには、<br />

帝胰 国 内 の 最勞 も 著兆 名匷 な 人 々が 並 んでいた。マルチン・ルターが 自 分 の 信勼 仰纝 の 弁 明 のため<br />

に、その 前 に 立 ったような、 堂傾 々たる 人 々の 前 に 立 った 者 は、これまでになかった。<br />

「このように 彼 が 現勶 れたこと 自 体 が、 法 王掣 制勧 に 対 する 著兆 しい 勝 利匏 であった。すでに 法<br />

王掣 は、この 人 間 を 罪 に 定 めた。しかるに 彼 は、 今 、 法 廷腾 に 立 っている。そしてこの 事<br />

実 そのものが、この 裁拍 判匯 の 場 が 法 王掣 以匆 上 のものであることを 示単 していた。 法 王掣 は 彼 を、<br />

聖脩 務勲 禁 止厙 に 処叀 し、すべての 人 間 社 会 から 切卲 り 離掤 した。それにもか かわらず、 彼 は、 丁偸<br />

重匤 な 言匟 葉挺 で 召昨 喚 されて、 世匒 界化 で 最勞 も 荘绩 重匤 な 議 会 に 迎 えられた。 法 王掣 は 彼 に 永 久挸 の 沈腉 黙縹<br />

を 課挜 したにもかかわらず、 今 、 彼 は、キリスト 教卝 国 の 最勞 も 遠 隔绔 の 地 から 集厦 まった、 幾继<br />

千収 という 深捫 い 関 心升 を 持匛 った 聴傏 衆 の 前 で 語指 ろうとしている。こうして、ルターという 器捙<br />

によって、 大 きな 改匳 革挙 が 起招 きたのである。ローマは、すでに、その 王掣 座 から 降 りつつ<br />

あったが、この 屈縿 辱既 をもたらしたのは、 一 修 道匠 士厨 の 声拨 であった。」 17<br />

106


反 乱 の 根 源<br />

卑赐 しい 身拴 分 のルターは、この 権勻 力 をもった 有卻 爵禭 議 員 たちの 前 で、 恐傁 れ、 当勠 惑 してい<br />

るように 思卩 われた。 幾继 人 かの 貴揂 族 は、 彼 の 心升 中 を 察掊 して 彼 に 近卐 寄 り、その 中 の 1 人 が<br />

次卙 のようにささやいた。 「 体 を 殺掮 しても、 魂 を 殺掮 すことのできない 者 どもを 恐傁 れる<br />

な。」また、 他 の 者 は、「あなたがたが 会 堂傾 や 役叓 人 や 高 官厑 の 前 へ 引匂 っぱられて 行 った<br />

場 合 には、…… 言匟 うべきことは、 聖脩 霊绳 がその 時 に 教卝 えてくださる」と 言匟 った。こうし<br />

て、キリストの 言匟 葉挺 が、 世匒 の 偉昖 大 な 人 々によって 持匛 ち 出 され、 試去 練 に 直卟 面卥 した 主勢 のし<br />

もべを 強勮 めたのである。 ルターは、 皇 帝胰 の 玉掩 座 のすぐ 前 の 位匱 置厒 に 案匽 内 された。 満掫 員 の<br />

議 会 が 静 粛施 になった。そこで、 式厚 部 官厑 が 立 ち 上 がり、 積捑 み 重匤 ねられたルターの 著兆 書危 を<br />

指匦 さして、ルターに 2 つの 質拾 問勬 に 答掬 えることを 要勥 求卍 した。すなわち、 彼 が、これを 彼<br />

の 著兆 書危 と 認卉 めるかどうか、また、その 中 で 論厱 じた 主勢 張挗 を 取勚 り 消拔 すかどうか、というこ<br />

とであった。 彼 の 著兆 書危 の 名匷 が 読傊 み 上 げられ、ルターは、 第匌 一 の 質拾 問勬 に 対 して、それら<br />

の 書危 物匵 が 彼 のものであることを 認卉 めた。「 第匌 二华 に 関 しては、それが 信勼 仰纝 と 魂 の 救 いに<br />

関 する 問勬 題匑 であり、 天拦 においても 地 においても、 最勞 大 で 最勞 も 尊胛 い 神卡 の 言匟 葉挺 を 含捋 むもの<br />

でありますから、よく 考卛 えずに 答掬 えることは 慎儃 重匤 を 欠 くことになります。わたくしは、<br />

事 情午 の 要勥 求卍 に 1 分 答掬 えず、あるいは、 真卢 理 の 命挻 じること 以匆 上 を 述掃 べて、『 人 の 前 でわ<br />

たしを 拒兘 む 者 を、わたしも 天拦 にいますわたしの 父 の 前 で 拒兘 むであろう』というキリス<br />

トの 言匟 葉挺 に 対 して 罪 を 犯 すことになるかも 知半 れません[マタイ 10:。このために、わ<br />

たくしは、 神卡 のみ 訂旳 葉挺 に 罪 を 犯 さずに 答掬 えることができますよう、 時 間 が 与拜 えられる<br />

ことを、 陛晝 下 に 伏胹 して 懇縨 願傿 いたします」と 彼 は 言匟 った。 18<br />

このように 願傿 い 出 ることによって、ルターは 賢繞 明 にふるまった。 彼 の 態拟 度 は、 彼 が<br />

感厤 情午 や 衝胓 動 にかられて 行 動 しているのではないことを、 集厦 まった 人 々に 確卾 信勼 させた。<br />

この 沈腉 着挄 と 自 制勧 は、これまで 大 胆绺 で 妥縞 協匞 することのなかったルターには 期勡 待挊 できなか<br />

ったことで、これが 彼 に 力 を 増匲 し 加匎 え、 後 に、 彼 が 慎儃 重匤 、 決 断友 、 知半 恵 、 威胙 厳 をもって<br />

答掬 弁 する——そのことは 彼 の 敵育 に 驚脚 きと 失拽 望捬 を 与拜 え、また 彼 らの 高 慢纁 と 不勘 遜 を 譴 責掅 す<br />

るものであったが——ことを 可參 能印 にしたのであった。 翌背 言匟 、 彼 は 最勞 後 の 答掬 弁 をするた<br />

めに 現勶 れることになっていた。 一 時 、 彼 は、 真卢 理 に 対 抗 して 結医 束僓 した 勢厕 力 のことを 考卛<br />

えて、 気勴 がめいった。 彼 の 信勼 仰纝 は 揺肝 らぎ、 彼 は 恐傁 怖繍 と 戦勛 慄 に 襲脁 われ、 恐傁 怖繍 感厤 に 圧 倒 さ<br />

れた。 彼 の 前 に 危捦 険叁 は 増匲 大 した。 彼 の 敵育 は、まさに 勝 利匏 しようとしているように 見 え、<br />

暗肨 黒 の 勢厕 力 がまさに 勝 とうとしているように 思卩 われた。 彼 の 周 りには 暗肨 雲胖 がたれこめ、<br />

彼 を 神卡 から 引匂 き 離掤 すように 思卩 われた。 彼 は、 万勦 軍拚 の 主勢 が 彼 と 共厗 におられるという 確卾 証卨<br />

を 熱 望捬 した。 彼 は 苦 悶 のあまり、 地 の 上 に 突 伏胹 して、 神卡 のほかはだれにも 理 解卆 できな<br />

いところの、 切卲 れ 切卲 れの 悲胳 痛僎 な 叫经 びをあげた。<br />

107


反 乱 の 根 源<br />

彼 は 嘆昍 願傿 した。「ああ、 全 能印 で 永 遠 の 神卡 よ、この 世匒 界化 はなんと 恐傁 ろしいことでしょ<br />

うか。 世匒 は 言匟 を 開 いて、わたしをのみこもうとし、しかもあなたに 対 するわたしの 信勼<br />

仰纝 は、まことに 弱傽 いのです。……わたしがこの 世匒 の 力 だけに 信勼 頼 しなければならない<br />

のなら、 万勦 事 は 終厖 わりです。……わたしの 最勞 後 の 時 が 来勵 ました。わたしはすでに 有卻 罪<br />

の 宣傪 告卪 を 受匃 けました。……ああ、 神卡 よ、 世匒 紀 のすべての 知半 恵 に 対 抗 してわたしを 助捉 け<br />

てください。……あなただけが……わたしをお 助捉 けください。これはわたしの 業 では<br />

なく、あなたの 業 だからです、わたしには 何挬 もできません。これら 世匒 の 偉昖 大 な 人 々と<br />

闘 うものは 何挬 もありません。……しかし、この 事 業 はあなたのものです。……しかも<br />

それは、 正匁 しくて 永 遠 の 事 業 です。ああ 主勢 よ、わたしをお 助捉 けくだ さい。 真卢 実 で 不勘 変厭<br />

の 神卡 よ、わたしは 人 には 信勼 頼 を 置厒 きません。…… 人 間 はすべて 不勘 確卾 かで、 人 間 のもの<br />

はみな 失拽 敗反 に 終厖 わります。……あなたはわたしを、この 仕捸 事 のためにお 選 びになりま<br />

した。……わたしの 力 、 盾绮 、わたしの 高 きやぐらであられる 愛 するみ 子 イエス・キリ<br />

ストのゆえに、わたしのそばに 立 ってください。」 19 全 知半 の 神卡 の 摂昊 理 は、ルターが 自<br />

分 の 力 に 頼 って 僣 越掳 に 危捦 険叁 の 中 に 飛 び 込匸 まないように、その 危捦 険叁 をルターに 自 覚 させ<br />

られた。しかしそれは、 目 前 に 迫 るように 思卩 われた 苦 灘 や、 死拎 の 拷稷 問勬 の 恐傁 怖繍 が、 彼 を<br />

圧 倒 したのではなかった。 彼 は 危捦 機務 に 直卟 面卥 していた。そして 彼 は、それに 対 する 自 分<br />

の 無叄 力 さを 感厤 じたのであった。<br />

彼 の 弱傽 さのために、 真卢 理 の 運卞 動 が 敗反 北勾 するかも 知半 れなかった。 自 分 自 身拴 の 安勣 全 のた<br />

めではなく、 福厹 音 の 勝 利匏 のために、 彼 は 神卡 と 格卺 闘 した。 夜 、 寂 しい 川勜 のそばで 苦 闘 し<br />

たイスラエルのように、 彼 は 魂 を 注挅 ぎ 出 して 苦 しみ 闘 った。そして、イスラエルのよ<br />

うに、 彼 は 神卡 に 勝 った。 彼 は、 自 分 が 全 く 無叄 力 であることを 感厤 じ、 力 ある 贖 い 主勢 、キ<br />

リストをしっかりと 信勼 仰纝 によって 捕 らえた。 彼 は、 自 分 1 人 で 議 会 に 出 るのではない<br />

という 確卾 信勼 に 強勮 められた。 彼 の 魂 に 平匊 安勣 がかえってきた。そして 彼 は、 神卡 の 言匟 葉挺 を 国<br />

々の 王掣 たちの 前 で 高 めることが 許 されたのを 喜 んだ。<br />

ルターは、 神卡 に 心升 を 置厒 きながら、 自 分 の 前 にある 闘 いの 準厜 備厵 をした。 彼 は、 答掬 弁 の<br />

方 法 を 考卛 え、 自 分 の 著兆 書危 の 文卽 章肐 を 調 べ、 聖脩 書危 から 彼 の 主勢 張挗 を 支匣 持匛 する 適 当勠 な 証卨 拠 を 引匂<br />

用 した。それから 彼 は、 自 分 の 前 に 開 かれた 聖脩 書危 の 上 に 左 手 を 置厒 き、 右 手 を 天拦 に 向匇 け<br />

て 上 げ、「たとえ 証卨 言匟 のために 血傔 を 流及 すことがあっても、 福厹 音 に 忠儮 誠肬 をつくし、なに<br />

ものにもとらわれずに 自 分 の 信勼 仰纝 を 告卪 白换 する」ことを 誓绒 った。 20 彼 がふたたび 議 会 に<br />

入 ってきた 時 には、 彼 の 顔 に 恐傁 怖繍 や 動 揺肝 の 色 はなかった。 沈腉 着挄 で 穏昳 やかで、しかも 勇腅<br />

敢暑 で 気勴 高 い 態拟 度 で、 彼 は 神卡 の 証卨 人 として、 地 上 の 偉昖 大 な 人 々の 前 に 立 った。 式厚 部 官厑 は、<br />

ここで、 彼 に 教卝 義拣 を 取勚 り 消拔 すかどうかの 決 定 を 迫 った。ルターは、 激 しさや 感厤 情午 をま<br />

108


反 乱 の 根 源<br />

じえぬ 落叉 ちついたけんそんな 調 子 で 答掬 えた。 彼 の 態拟 度 は 遠 慮傼 がちで、 礼脊 儀腝 正匁 しかった。<br />

しかし 彼 は、 議 会 を 驚脚 かすほどの 確卾 信勼 と 喜 びにあふれていた。<br />

「いとも 高 き 皇 帝胰 陛晝 下 、いとも 高 名匷 なる 諸 侯 、いとも 優历 渥禎 なる 諸 賢繞 」とルターは 言匟<br />

った。「 本 日 、わたくしは、 昨卜 日 わたくしに 与拜 えられましたご 命挻 令傂 に 従 って、ここに<br />

まいりました。そして、わたくしは、 神卡 の 憐穳 れみによって、 陛晝 下 および 殿脟 下 方 が、 正匁<br />

しく 真卢 実 であるとわたくしの 信勼 じております 運卞 動 に 関 する 弁 明 を、 慈暆 悲胳 深捫 く 聞挈 いてく<br />

ださるように 懇縨 願傿 いたします。もしわたくしが、 知半 らずに 宮厳 廷腾 の 慣脹 例捁 や 作单 法 に 背 くこ<br />

とがあれば、どうかお 赦费 しください。わたくしは、 宮厳 廷腾 で 育挞 った 者 ではなく、 修 道匠 院协<br />

の 隠僸 遁 生 活卹 をしていた 者 なのですから。」 21<br />

こうして、いよいよ 本 論厱 に 入 り、 彼 は、 自 分 の 著兆 書危 は 全 部 が 同 じ 性勯 質拾 のものではな<br />

いと 述掃 べた。ある 著兆 書危 の 中 では、 信勼 仰纝 と 善 行 を 扱僻 っていて、 彼 の 敵育 たちでさえ、それ<br />

が 無叄 害县 であるばかりでなくて 有卻 益捍 であると 言匟 明 している。したがって、これらを 取勚 り<br />

消拔 すことは、すべての 党勝 派挩 の 人 々が 告卪 白换 している 真卢 理 を 否 認卉 することである。 第匌 二华 の<br />

部 類 は、 法 王掣 制勧 の 腐纄 敗反 と 悪捰 弊晅 とを 暴偷 露腒 した 著兆 書危 である。こうした 著兆 書危 を 取勚 り 消拔 すこと<br />

はローマの 圧 政 を 助捉 長 し、 多匭 くのはなはだしい 邪旇 悪捰 行 為 への 道匠 を、さらに 開 くことに<br />

なる。 彼 の 著兆 書危 の 第匌 三勫 の 部 類 は、 現勶 存掑 する 害县 悪捰 を 弁 護厽 した 諸 個持 人 を 攻 撃掐 したものであ<br />

った。これについて 彼 は、 度 を 越掳 えて 激 しく 行 ったことを 率厾 直卟 に 告卪 白换 した。 彼 は、 誤儶<br />

りがなかったとは 言匟 わなかった。しかし 彼 は、これらの 著兆 書危 に 関 しても 取勚 り 消拔 すこと<br />

はできなかった。というのは、そりするならば、 真卢 理 の 敵育 を 大 胆绺 にし、ますます 残拑 忍旖<br />

に 神卡 の 民 を 粉腲 砕 するおそれがあったからである。<br />

彼 は 言匟 葉挺 を 続勸 けた。「とはいえ、わたくしは 単 なる 1 個持 の 人 間 にすぎず 神卡 ではあり<br />

ません。ですからわたくしは、キリストのように、『もしわたしが 何挬 か 悪捰 いことを 言匟<br />

ったのなら、その 悪捰 い 理 由厩 を 言匟 いなさい』と 弁 明 するものであります。…… 神卡 の 憐穳 れ<br />

みによってわたくしは、いと 高 き 皇 帝胰 陛晝 下 と 諸 侯 、そして、すべての 諸 賢繞 が、 預 言匟 者<br />

と 使却 徒傣 たちの 書危 によって、わたくし<br />

が 誤儶 っていることを 証卨 明 してくださるよう 懇縨 願傿 いたします。わたくしがこれを 納 得千 い<br />

たしましたなら、ただちに、すべての 誤儶 りを 取勚 り 消拔 し、わたくしがまず 第匌 一 に、わた<br />

くしの 書危 物匵 をとって 火 に 投匐 げ 込匸 みましょう。<br />

ただいまわたくしが 申捩 し 上 げましたことから、わたくしは 自 分 が 当勠 面卥 しております<br />

危捦 険叁 について 十厝 分 に 考卛 察掊 吟 味控 したということが、おわかりいただけると 思卩 います。し<br />

かしわたくしは、 少厮 しも 落叉 胆绺 してはおりません。 福厹 音 が 昔繕 のように、 今 、 紛兗 争拫 と 議 論厱<br />

の 原募 因 になったことを、わたくしは 喜 びます。これが、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 特厣 質拾 であり、 運卞<br />

109


反 乱 の 根 源<br />

命挻 なのです。『 平匊 和匄 ではなく、つるぎを 投匐 げ 込匸 むためにきたのである』とイエス・キ<br />

リストは 言匟 われました。<br />

神卡 は、 驚脚 くべき、また 恐傁 るべきことを 仰纝 せになっています。 紛兗 争拫 を 鎮昼 めようとして、<br />

神卡 のみ 言匟 葉挺 に 逆 らい、 自 分 自 身拴 の 上 に 避 けることのできない 危捦 険叁 と 災 害县 の 恐傁 るべき 大<br />

洪斬 水匍 を 招偠 き、 永 遠 の 破挐 滅脛 に 陥肿 ることのないよう、 注挅 意勪 いたさねばなりません。……わ<br />

たくしは、 神卡 のみ 言匟 葉挺 から 多匭 くの 実 例捁 を 挙拷 げることができます。たとえば、パロや、<br />

バビロンの 王掣 たち、イスラエルの 王掣 たちは、 一 見 最勞 も 賢繞 明 と 思卩 われた 方 法 である 会 議<br />

によって、 王掣 国 を 強勮 化 しようとしたのですが、 実 は、こうした 彼 らの 努 力 が、 他 の 何挬<br />

よりも 彼 らの 破挐 滅脛 を 早拱 めるのに 貢脈 献僑 したのでした。『 神卡 は 山 を 移挔 されるが、 彼 らはそ<br />

れを 知半 らない』とあるとおりです。」 22<br />

以匆 上 のことを、ルターはドイツ 語指 で 語指 った。そして 今 度 は、 同 じ 言匟 葉挺 をラテン 語指 で<br />

くり 返拮 すように 要勥 求卍 された。 彼 は、これまでの 奮绝 闘 によって 疲膂 れきっていたけれども、<br />

それに 応厸 じて、ふたたび、 最勞 初匘 と 同 様捞 の 明 快儜 さと 力 強勮 さをもって 演 説拿 した。これは 神卡<br />

の 摂昊 理 の 導拗 きであった。 多匭 くの 諸 侯 たちの 心升 は、 誤儶 りと 迷偧 信勼 に 目 がくらんでいたので、<br />

最勞 初匘 の 演 説拿 では、ルターの 議 論厱 の 力 を 十厝 分 に 認卉 めることができなかった。しかし、ふ<br />

たたびくり 返拮 して 聞挈 いたために、 示単 された 要勥 点勷 をはつきりと 理 解卆 することができた。<br />

光捄 に 対 してかたくなに 目 を 閉僔 じ、 真卢 理 に 説拿 得千 されまいと 心升 をきめていた 人 々は、ル<br />

ターの 力 強勮 い 言匟 葉挺 に 激 怒腹 した。 彼 が 語指 り 終厖 えた 時 、 議 会 の 代 弁 者 は 怒腹 って 言匟 った。<br />

「あなたは 質拾 問勬 されたことに 答掬 弁 していない。……あなたには、 明 瞭 で 正匁 確卾 な 答掬 えが<br />

要勥 求卍 されている。……あなたは 取勚 り 消拔 すのか、 取勚 り 消拔 さないのか。」 改匳 革挙 者 は 答掬 えた。<br />

「 皇 帝胰 陛晝 下 と 殿脟 下 方 は、わたくしに 簡儚 単 で 明 瞭 で 正匁 確卾 な 答掬 えを 要勥 求卍 しておられますの<br />

で、ここにお 答掬 えいたします。それは 次卙 のとおりであります。わたくしはわたくしの<br />

信勼 仰纝 を、 法 王掣 にも 会 議 にも 従 わせることはできません。と 申捩 しますのは、 両厥 者 ともし<br />

ばしば 誤儶 りを 犯 し、また 互僆 いに 矛旁 盾绮 してきたということが 明 白换 だからであります。<br />

それゆえ、わたくしは、 聖脩 書危 からの 証卨 明 、あるいは 明 瞭 な 議 論厱 によって、 納 得千 させ<br />

られないかぎり、また、わたくしが 引匂 用 した 聖脩 旬傚 によって 納 得千 させられないかぎり、<br />

そして、このようにして、わたくしの 良拖 心升 が 神卡 のみ 言匟 葉挺 によって 義拣 務勲 づけられないか<br />

ぎり、わたくしは 取勚 り 消拔 すことができませんし、 取勚 り 消拔 そうとも 思卩 いまりせん。なぜ<br />

なら、キリスト 者 が 良拖 心升 に 背 いて 語指 ることは、 危捦 険叁 だからであります。ここに、わた<br />

くしは 立 ちます。わたくしは、これ 以匆 外勭 に 何挬 もできません。 神卡 よ、わたくしを 助捉 けた<br />

まえ。アーメン。」 23<br />

110


反 乱 の 根 源<br />

こうして、 義拣 人 ルターは、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 確卾 かな 土拋 台卤 の 上 に 立 った。 天拦 からの 光捄 が 彼<br />

の 顔 を 照儠 らした。 彼 の 偉昖 大 で 純儻 潔昔 な 品厍 性勯 、 彼 の 心升 の 平匊 和匄 と 喜 びとが、すべての 者 に 明<br />

らかに 示単 された。こうして、 彼 は、 誤儶 りの 力 に 対 抗 してあかしを 立 て、 世匒 に 勝 っ 信勼 仰纝<br />

がいかに 優历 れたものであるかを 証卨 明 した。<br />

集厦 まった 者 はみな、しばらくの 間 、 驚脚 きのあまり 何挬 も 言匟 えなかった。ルターは、 最勞<br />

初匘 に 答掬 えた 時 に、 低拯 い 声拨 で、 敬肭 意勪 を 表勖 しながら、 従 順 な 態拟 度 で 話匋 した。 法 王掣 側卷 はこれ<br />

を、 彼 の 勇腅 気勴 がくじけ 始卿 めた 証卨 拠 であると 解卆 釈脂 した。 彼 らは、 延 期勡 の 願傿 い 出 を、 取勚 り<br />

消拔 しの 前 提卖 に 過厢 ぎないと 考卛 えた。カール 自 身拴 さえ、 修 道匠 士厨 の 疲膂 れた 様捞 子 、 彼 の 質拾 素 な<br />

衣胼 服傕 、そして、 彼 の 飾兇 り 気勴 のない 話匋 に 対 し、 半博 ば 軽 べつ 的 に「この 修 道匠 士厨 は、わたし<br />

を 異 端健 者 にすることは 決 してできない」と 言匟 った。しかるに 今 、 彼 の 議 論厱 の 力 と 明 瞭<br />

さと 共厗 に、 彼 が 表勖 し た 勇腅 気勴 と 堅儕 固 さとに、すべての 者 は 驚脚 き 入 った。 皇 帝胰 も 賛僮 嘆昍 して、<br />

「この 修 道匠 士厨 は、 大 胆绺 にゆるがぬ 勇腅 気勴 をもって 語指 る」と 叫经 んだ。ドイッの 諸 侯 たちの<br />

多匭 くは、 彼 らの 国 のこの 代 表勖 者 に 誇縷 りと 喜 びを 感厤 じたのである。<br />

ローマ 派挩 の 者 たちは 敗反 北勾 した。 彼 らの 運卞 動 は 最勞 も 不勘 利匏 なぐ 匠旚 場 に 陥肿 ったように 見 え<br />

た。 彼 らは、 聖脩 書危 に 訴挰 えることをせず、ローマの 常拤 套 手 段掀 である 脅肺 迫 によって、 彼 ら<br />

の 権勻 力 を 維 持匛 しようとした。 議 会 の 代 弁 者 は、「あなたが 取勚 り 消拔 さないならば、 皇 帝胰<br />

と 帝胰 国 内 の 諸 国 は、 頑繷 迷偧 な 異 端健 者 に 何挬 をすべきかを 協匞 議 する」と 言匟 った。 ルターの 友掻<br />

人 たちは、 彼 の 堂傾 々とした 弁 護厽 を 非 常拤 に 喜 んで 聞挈 いていたが、この 言匟 葉挺 を 聞挈 いて 戦勛 慄<br />

した。しかしルター 自 身拴 は 冷偭 静 に、「 神卡 がわたくしの 援拶 助捉 者 となってくださるように。<br />

わたくしには 何挬 も 取勚 り 消拔 すことができないからです」と 言匟 った。 24<br />

彼 は、 諸 侯 たちが 協匞 議 する 間 、 議 会 から 出 るように 命挻 じられた。 一 大 危捦 機務 がやって<br />

きたことが 感厤 じられた。ルターが 従 うことを 頑繷 強勮 に 拒兘 むことは、 幾继 時 代 にもわたる 教卝<br />

会 の 歴偡 史 に 影挼 響捳 を 及 ぼすものであった。 彼 にもう 1 度 取勚 り 消拔 す 機務 会 を 与拜 えることが 決<br />

定 された。 彼 は、いよいよ 最勞 終厖 的 に 議 会 に 連 れ 出 された。 彼 は、もう 1 度 、 彼 の 教卝 義拣<br />

を 放择 棄 するかどうかを 聞挈 かれた。「わたくしは、すでに 申捩 し 上 げたこと 以匆 外勭 に、お 答掬<br />

えすることはございません」と 彼 は 言匟 った。どんな 約 束僓 や 脅肺 迫 によっても、 彼 をロー<br />

マの 命挻 令傂 に 屈縿 服傕 させることができないことは 明 らかであった。<br />

法 王掣 側卷 の 指匦 導拗 者 たちは、 王掣 たちや 貴揂 族 たちを 戦勛 標 させてきた 彼 らの 権勻 力 が、このよ<br />

うにして 卑赐 しい 修 道匠 王掣 によって 軽 べつされたことを 無叄 念挡 がり、 彼 に 拷稷 問勬 の 責掅 め 苦 を 加匎<br />

えて 殺掮 すことによって、 彼 らの 怒腹 りを 彼 に 思卩 い 知半 らせたいと 望捬 んだ。しかしルターは、<br />

自 分 の 危捦 険叁 を 悟縖 って、すべての 者 にキリスト 者 の 威胙 厳 と 冷偭 静 さをもって 答掬 えた。 彼 の<br />

言匟 葉挺 には、 高 慢纁 や 激 しい 感厤 情午 や 誤儶 り 偽兖 りなどは 1 つもなかった。 彼 は、 自 分 自 身拴 も、<br />

111


反 乱 の 根 源<br />

自 分 の 周 りの 偉昖 大 な 人 物匵 たちのことも 忘脨 れ、ただ 自 分 が、 法 王掣 や 高 位匱 聖脩 職厯 者 や 王掣 や 皇<br />

帝胰 などよりも、 無叄 限拘 に 優历 れておられるところの 神卡 の 面卥 前 にある、ということしか 考卛 え<br />

なかった。キリストが、ルターの 証卨 言匟 を 通 して 力 強勮 く 堂傾 々と 語指 られたのであった。そ<br />

のために、 敵育 も 味控 方 も、 一 時 は 驚脚 嘆昍 し 敬肭 服傕 してしまった。その 議 会 には 神卡 の 霊绳 が 臨 在厪<br />

して、 帝胰 国 の 首匹 脳 者 たちの 心升 に 感厤 銘腧 を 与拜 えられた。 諸 侯 たちの 幾继 人 かは、ルターの 運卞<br />

動 の 正匁 当勠 性勯 を 大 胆绺 にも 認卉 めた。 多匭 くの 者 が 真卢 理 を 悟縖 った。しかし、 受匃 けた 印偝 象拺 が 長 続勸<br />

きしない 者 もあった。そのほかに、この 時 は 受匃 けた 感厤 銘腧 の 表勖 示単 はしなかったものの、<br />

後 に 自 分 で 聖脩 書危 を 研挣 究捨 して、 恐傁 れを 知半 らぬ 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 支匣 持匛 者 になったものもあった。<br />

選 挙拷 侯 フリードリヒは、ルターが 議 会 に 現勶 れるのを、 今 か 今 かと 待挊 っていた。そし<br />

て、 彼 の 演 説拿 を 聞挈 いて 深捫 く 感厤 動 した。 彼 は、 喜 びと 誇縷 りをもってルターの 勇腅 気勴 と 堅儕 固<br />

さと 沈腉 着挄 な 態拟 度 を 見 、ますます 断友 固 として 彼 を 擁繗 護厽 する 決 心升 をした。 彼 は、 論厱 争拫 にお<br />

ける 両厥 者 を 比发 較脘 し、 法 王掣 や 王掣 たちや 高 位匱 聖脩 職厯 者 たちの 知半 恵 が、 真卢 理 の 力 によって 打占 ち<br />

こわされたのを 見 た。 法 王掣 制勧 は、 各厰 国 各厰 時 代 に 影挼 響捳 を 及 ぼす 敗反 北勾 をこうむった。 法 王掣<br />

使却 節儊 は、ルターの 演 説拿 が 引匂 き 起招 こした 影挼 響捳 に 気勴 づいた 時 、これまでになかったほどロ<br />

ーマの 権勻 力 の 安勣 泰腀 を 心升 配括 し、 全 力 をあげて 改匳 革挙 者 ルターを 倒 そうと 決 意勪 した。 彼 は、<br />

その 優历 れた 特厣 質拾 であった 雄接 弁 と 外勭 交卦 的 手 腕肙 とをふるって、 名匷 もない 一 修 道匠 士厨 の 主勢 張挗 の<br />

ために、 強勮 力 なローマ 法 王掣 庁厘 の 友掻 交卦 と 支匣 持匛 を 犠腻 牲繉 にすることの 愚 かさと 危捦 険叁 とを、 若拊<br />

い 皇 帝胰 に 説拿 いた。<br />

彼 の 言匟 葉挺 は 影挼 響捳 を 及 ぼさずにはいなかった。ルターの 答掬 弁 が 行 われた 翌背 日 、カール<br />

は、 先匪 祖脽 たちの 政 策北 に 従 ってカトリック 教卝 を 擁繗 護厽 し 保 護厽 するという 決 意勪 を 伝捱 える 布偵 告卪<br />

を、 議 会 に 提卖 出 させた。ルターは 自 分 が 誤儶 っていることを 取勚 り 消拔 すのを 拒兘 んだのであ<br />

るから、 彼 と、 彼 の 唱脆 えた 異 端健 に 対 しては、 断友 固 とした 処叀 置厒 が 取勚 られるのであった。<br />

「 自 分 自 身拴 の 愚 かな 考卛 えに 道匠 を 誤儶 った 一 修 道匠 士厨 が、キリスト 教卝 の 信勼 仰纝 に 反卬 対 して 立 ち<br />

上 がった。このような 不勘 敬肭 慶兒 を 阻縝 止厙 するために、わたしは、わたしの 王掣 国 、わたしの<br />

宝肮 、わたしの 友掻 、わたしの 体 、わたしの 血傔 、わたしの 魂 、そして、わた しの 生 命挻 を 犠腻<br />

牲繉 にする。わたしは、アウグスチン 派挩 修 道匠 会 士厨 ルターを 追挵 放择 し、 彼 が 国 民 の 間 で 少厮 し<br />

でも 秩膈 序胺 を 乱 すことを 禁 じる。そして、わたしは、ルターと 彼 の 支匣 持匛 者 たちを、 反卬 抗<br />

的 な 異 端健 者 として 訴挰 え、 破挐 門挋 、 聖脩 務勲 禁 止厙 、そしてあらゆる 手 段掀 をもって 撲儹 滅脛 するであ<br />

ろう。わたしは、 議 員 たちが、 忠儮 実 なキリスト 者 として 行 動 することを 求卍 める。」 25<br />

しかしルターの 通 行 券拐 は 尊胛 重匤 すべきで、 彼 に 対 する 処叀 分 が 行 われる 前 に 彼 は 安勣 全 に 帰<br />

宅挭 を 許 されるべきであると 皇 帝胰 は 宣傪 した。<br />

ここで、 議 会 の 議 員 の 中 で、2 つの 相 反卬 する 意勪 見 が 主勢 張挗 された。 法 王掣 使却 節儊 と 法 王掣 側卷<br />

の 代 表勖 者 たちは、 改匳 革挙 者 の 通 行 券拐 を 無叄 視拹 することを 再卭 び 主勢 張挗 した。「1 世匒 紀 前 のヨハ<br />

112


反 乱 の 根 源<br />

ン・フスのように、 彼 の 灰绑 はライン 河 に 投匐 げられるべきである」と 彼 らは 言匟 った。 26<br />

しかしドイツの 諸 侯 は、 彼 ら 自 身拴 法 王掣 教卝 徒傣 でルターの 宿 敵育 ではあったが、そのような<br />

一 般 の 信勼 頼 に 背 く 行 為 に 反卬 対 し、それは 国 家匝 の 名匷 誉縃 を 辱既 しめる 汚儢 点勷 であるとして 異 議<br />

を 唱脆 えた。 彼 らは、フスの 死拎 後 に 起招 きた 不勘 幸 なできごとを 指匦 して、これと 同 様捞 の 恐傁 ろ<br />

しい 災 いを、ドイツおよび 年 若拊 い 皇 帝胰 の 上 に 降 したくないと 言匟 明 した。<br />

カール 自 身拴 もその 卑赐 劣縆 な 提卖 案匽 に 答掬 えていった。「たとえ 全 世匒 界化 から 名匷 誉縃 と 信勼 義拣 が 追挵<br />

放择 されても、それらは、 諸 侯 の 心升 の 中 に 隠僸 れ 家匝 を 見 いださなければならない。」 27 法<br />

王掣 側卷 の、ルターを 最勞 も 憎 んでいる 敵育 は、ジギスムントがフスを 扱僻 ったように、 皇 帝胰 が<br />

ルターを 処叀 理 するよう、さらに 要勥 求卍 した。それは、 彼 を 教卝 会 の 手 中 に 一 任厃 することで<br />

あった。しかし、フスが 公勗 衆 の 面卥 前 で 自 分 の 鎖肽 を 指匦 し、 皇 帝胰 の 不勘 実 を 指匦 摘 したことを<br />

思卩 い 起招 こして、カール 5 世匒 は、「わたしはジギスムントのように 赤捭 面卥 したくない」と<br />

言匟 った。 28<br />

しかし、カールは、ルターが 示単 した 真卢 理 を 故採 意勪 に 拒兘 絶傉 した。「わたしは 先匪 祖脽 たちの<br />

模掌 範儤 に 従 うことを 堅儕 く 決 心升 した」と 王掣 は 書危 いた。 29 。 彼 は、 慣脹 習 の 道匠 からは 1 歩 も 外勭<br />

に 出 ない 決 心升 をし、 真卢 理 と 義拣 の 道匠 を 歩 こうとさえしなかった。 彼 は、 先匪 祖脽 たちが 支匣 持匛<br />

したゆえに、 残拑 酷昰 で 腐纄 敗反 しているにもかかわらず 法 王掣 制勧 を 支匣 持匛 するのであった。こう<br />

して 彼 は、 先匪 祖脽 たちが 受匃 けた 光捄 よりも 進勺 んだ 光捄 を 受匃 けることを 拒兘 み、 彼 らが 行 わなか<br />

った 義拣 務勲 は、 何挬 1 つすまいとしたのである。<br />

今 日 でも、 先匪 祖脽 の 習 慣脹 や 伝捱 統拇 を 固 守捿 する 人 が 多匭 い。 主勢 が 彼 らに 新 しい 光捄 をお 与拜 えに<br />

なると、 彼 らは、それが 先匪 祖脽 に 与拜 えられておらず、 彼 らがそれを 受匃 け 入 れていなかっ<br />

たという 理 由厩 で 受匃 けることを 拒兘 む。われわれは、 先匪 祖脽 たちの 時 代 におかれてはいない。<br />

したがってわれわれの 義拣 務勲 と 責掅 任厃 は、 彼 らと 同 じではない。 自 分 で 真卢 理 の 言匟 葉挺 を 探僙 究捨<br />

せずに、 先匪 祖脽 の 模掌 範儤 によってわれわれの 義拣 務勲 を 決 定 しようとすることは、 神卡 に 喜 ばれ<br />

ない。われわれの 責掅 任厃 は、 先匪 祖脽 たちの 責掅 任厃 よりはいっそう 重匤 いのである。 われわれは、<br />

彼 らが 受匃 けた 光捄 、そして、われわれに 遺 産勩 として 伝捱 えられたものに 対 して 責掅 任厃 がある。<br />

そして、われわれは、 今 神卡 のみ 言匟 葉挺 からわれわれの 上 に 輝脮 いている 追挵 加匎 的 な 光捄 に 対 し<br />

てもまた 責掅 任厃 がある。<br />

キリストは、 不勘 信勼 仰纝 なユダヤ 人 について 言匟 われた。「もしわたしがきて 彼 らに 語指 ら<br />

なかったならば、 彼 らは 罪 を 犯 さないですんだであろう。しかし 今 となっては、 彼 ら<br />

には、その 罪 について 言匟 いのがれる 道匠 がない」[ヨハネ 15:。 同 じ 神卡 の 力 が、ルター<br />

を 通 して、ドイツの 皇 帝胰 と 諸 侯 に 語指 ったのである。そして、 光捄 が 神卡 のみ 言匟 葉挺 から 輝脮 い<br />

た 時 に、 神卡 の 霊绳 が、 議 会 内 の 多匭 くの 者 に 最勞 後 の 訴挰 えをした。 幾继 世匒 紀 の 昔繕 、ピラトが 誇縷<br />

113


反 乱 の 根 源<br />

りと 人 々の 歓脒 心升 を 買挍 うために 世匒 界化 の 贖 い 主勢 に 対 して 心升 を 閉僔 じたように、また 戦勛 標 した<br />

ペリクスが「 今 日 はこれで 帰 るがよい。また、よい 機務 会 を 得千 たら、 呼 び 出 すことにす<br />

る」と 言匟 ったように、また、 高 慢纁 なアグリッパが「おまえは 少厮 し 説拿 いただけで、わた<br />

しをクリスチャンにしようとしている」と 言匟 いながら、 天拦 からのメッセージを 退挖 けた<br />

ように、そのようにカール 5 世匒 は、この 世匒 的 な 誇縷 りと 政 策北 に 屈縿 して、 真卢 理 の 光捄 を 拒兘 否<br />

することになったのである[ 使却 徒傣 行 伝捱 24:25、26:。<br />

ルターに 危捦 害县 を 加匎 えようとする 陰纖 謀纠 のうわさが 広南 く 伝捱 わり、 全 市 は 大 騒胻 ぎになった。<br />

改匳 革挙 者 ルターは、 多匭 くの 友掻 人 を 持匛 っていた。 彼 らは、ローマの 腐纄 敗反 をあばくすべての<br />

者 に 対 するローマの 不勘 実 な 残拑 虐纨 行 為 を 知半 っていたので、 彼 を 犠腻 牲繉 にしてはならないと<br />

決 意勪 した。 数包 百掸 の 貴揂 族 が 彼 を 保 護厽 することを 契 約 した。ローマの 支匣 配括 権勻 に 屈縿 したこと<br />

を 示単 す 皇 帝胰 の 布偵 告卪 に 対 して、 公勗 然掍 と 反卬 対 するものも 少厮 なくなかった。 家匝 々の 門挋 や 公勗 の<br />

場 所勰 に、ポスターがはられ、ルターを 非 難挚 するものもあれば、 支匣 援拶 するものもあった。<br />

その 1 つには 次卙 のような、 賢繞 者 の 意勪 義拣 深捫 い 言匟 葉挺 だけが 書危 かれていた。「あなたの 王掣 は<br />

わらべであって、……あなたはわざわいだ」[ 伝捱 道匠 の 書危 10:。<br />

ルターの 人 気勴 は、ドイツ 全 土拋 において 非 常拤 なものであったので、もし 彼 に 対 する 不勘<br />

正匁 が 行 われるならば、 帝胰 国 の 平匊 和匄 は 破挐 られ、 王掣 位匱 さえ 安勣 定 があやぶまれることを、 皇<br />

帝胰 も 議 会 も 共厗 に 痛僎 感厤 したのである。 ザクセンのフリードリヒは、 改匳 革挙 者 に 対 する 本 心升<br />

を 注挅 意勪 深捫 く 表勖 に 出 さず、 沈腉 黙縹 を 守捿 っていた。しかし 同 時 に、ルターを 厳 重匤 に 保 護厽 し、<br />

彼 のすべての 行 動 と 彼 の 敵育 のあらゆる 動 きを 見 守捿 っていた。しかし、ルターに 対 する<br />

同 情午 を 隠僸 そうとしないものも 多匭 かった。ルターは、 諸 侯 、 伯纪 爵禭 、 男卂 爵禭 、その 他 、 一 般<br />

と 聖脩 職厯 両厥 方 面卥 の 高 貴揂 な 人 々の 訪掶 問勬 を 受匃 けた。「ルター 博 士厨 の 小 さい 部 屋厡 は、 訪掶 問勬 して<br />

きた 人 々をみな 入 れることができなかった」とシュパラティンは 書危 いている。 30 人 々<br />

は 彼 を、まるで 超捪 人 であるかのようにながめた。 彼 の 教卝 義拣 を 信勼 じなかった 人 々でさえ、<br />

自 分 の 良拖 心升 にそむくよりは 死拎 をさえいとわぬ 彼 の 高 潔昔 さに 対 して、 賛僮 嘆昍 せずにはおれ<br />

なかった。<br />

ローマとの 妥縞 協匞 にルターを 同 意勪 させようとするけんめいの 努 力 がなされた。 貴揂 族 や<br />

諸 侯 たちは、もし 彼 が 自 説拿 に 固 執儨 して、 教卝 会 と 議 会 の 決 定 に 背 くならば、 彼 はすぐに<br />

帝胰 国 外勭 に 追挵 放择 され、なんの 防拌 御 もなくなると 説拿 明 した。この 訴挰 えに 対 して、ルターは<br />

次卙 のように 答掬 えた。「キリストの 福厹 音 を 伝捱 えると 必厧 ず 攻 撃掐 を 受匃 けます。……しかしそ<br />

うだからといって 恐傁 怖繍 や 不勘 安勣 のために 主勢 から 離掤 れ、 唯繴 一 の 真卢 理 である 神卡 の 言匟 葉挺 から 離掤<br />

れてよいでしょうか。いいえ、わたしはむしろ、わたしの 体 、わたしの 血傔 、わたしの<br />

生 命挻 をささげたいのです。」 31<br />

114


反 乱 の 根 源<br />

彼 は、ふたたび、 皇 帝胰 の 意勪 見 に 従 うように 勧僊 められた。そうすれば 彼 は、 何挬 も 恐傁 れ<br />

るものがなくなる。 彼 は、それに 答掬 えて 言匟 った。「わたしは、 皇 帝胰 、 諸 侯 、また、ど<br />

んなに 身拴 分 の 低拯 いキリスト 者 であっても、わたしの 著兆 書危 を 吟 味控 し、 判匯 断友 することに 心升<br />

から 同 意勪 する。この 場 合 、 唯繴 一 の 条厬 件卅 は、 彼 らが 神卡 の 言匟 葉挺 を 標 準厜 にすることである。<br />

人 間 は 服傕 従 することのほかは 何挬 もできない。わたしの 良拖 心升 に 背 くことを 提卖 案匽 しないで<br />

ほしい。わたしの 良拖 心升 は 聖脩 書危 に 縛旸 られつながれている。」 32 また、 他 の 訴挰 えに 対 して<br />

彼 は、「わたしは、 自 分 の 通 行 券拐 を 放择 棄 することに 同 意勪 する。わたしは、 自 分 の 身拴 と<br />

生 命挻 とを 皇 帝胰 の 手 に 渡据 す。しかし、 神卡 の 言匟 葉挺 は、 決 して 渡据 さない」と 言匟 った。 33 彼 は、<br />

自 分 は 喜 んで 議 会 の 決 定 に 服傕 すといったが、その 場 合 の 唯繴 一 の 条厬 件卅 は、 議 会 が 聖脩 書危 に<br />

基匼 づいて 決 定 するということであった。「 神卡 の 言匟 葉挺 と 信勼 仰纝 に 関 して、 法 王掣 には 百掸 万勦 の<br />

会 議 の 支匣 持匛 があるにせよ、 各厰 キリスト 者 は 法 王掣 に 劣縆 らずりっぱな 裁拍 判匯 官厑 である」とつ<br />

け 加匎 えた。 34 敵育 も 味控 方 も 共厗 に、これ 以匆 上 妥縞 協匞 を 勧僊 めてもむだなことを 知半 った。<br />

もしもルターが 1 つの 点勷 でも 妥縞 協匞 したならば、サタンとその 軍拚 勢厕 は 勝 利匏 をおさめた<br />

ことであろう。しかし、 彼 がゆるがず 堅儕 く 立 ったことが、 教卝 会 解卆 放择 の 道匠 を 開 き、 新 し<br />

い、そしてよりよい 時 代 の 開 始卿 となった。 信勼 仰纝 問勬 題匑 について 自 ら 思卩 考卛 し 行 動 したこの<br />

一 人 物匵 の 影挼 響捳 は、 教卝 会 と 世匒 界化 に 及 び、その 時 代 だけにとどまらずその 後 の 各厰 時 代 にま<br />

で 及 んだ。 彼 の 確卾 固 不勘 動 の 忠儮 誠肬 は、 時 の 終厖 わりに 至儖 るまで、 同 様捞 の 経 験挧 をたどるすべ<br />

ての 者 を 励繭 ますのである。 神卡 の 力 と 威胙 光捄 とが、 人 間 の 会 議 と、サタンの 大 きな 力 とを、<br />

超捪 越掳 したのであった。<br />

まもなくルターは、 皇 帝胰 の 方 から 帰 国 を 命挻 じられた。そして 彼 は、この 指匦 示単 の 次卙 に<br />

は、すぐに 有卻 罪 の 宣傪 告卪 が 下 されることを 知半 っていた。 彼 の 前 途 を 暗肨 雲胖 が 覆繆 った。しか<br />

し、ウォルムスを 去掇 る 時 、 彼 の 心升 は 喜 びと 賛僮 美捜 に 満掫 たされた。「 悪捰 魔斴 自 身拴 が 法 王掣 のと<br />

りでを 守捿 った。しかしキリストはこれに 大 きな 破挐 損措 を 与拜 え、サタンは、 主勢 が 彼 よりも<br />

力 あることを 告卪 白换 しなければなら なかった」と 彼 は 言匟 った。 35 ルターは、 出 発 した 後<br />

も、 彼 の 堅儕 い 決 意勪 が 反卬 逆 とまちがえられないために、 皇 帝胰 に 手 紙 を 書危 いた。「 人 間 の<br />

生 命挻 が 依傟 存掑 している 神卡 の 言匟 葉挺 のこと 以匆 外勭 において、わたくしが、 名匷 誉縃 であれ 不勘 名匷 誉縃 で<br />

あれ、 生 であれ 死拎 であっても、 直卟 ちに 熱 誠肬 こめて 陛晝 下 にお 従 いしようとするものであ<br />

りますことは、 心升 を 探僙 られる 神卡 が、わたくしの 証卨 人 であります。 現勶 世匒 のいっさいのこ<br />

とにおいて、わたくしの 忠儮 誠肬 に 動 揺肝 はございません。と 中 しますのは、ここで 得千 るも<br />

失拽 うも、 救 いには 関 係厂 がないからであります。しかしながら、 永 遠 のことに 関 しまし<br />

ては、 人 間 が 人 間 に 従 うことは 神卡 のみ 旨腄 ではございません。なぜならば、 霊绳 的 事 柄兄 に<br />

おけるこのような 服傕 従 は、 事 実 上 の 礼脊 拝旟 であり、それはただ 創傦 造挝 主勢 にのみ 帰 すべきも<br />

のだからであります。」 36<br />

115


反 乱 の 根 源<br />

ルターは、ウォルムスからの 帰 途 、 行 く 時 よりも 盛 大 な 歓脒 迎 を 受匃 けた。 高 位匱 の 聖脩 職厯<br />

者 たちが 破挐 門挋 された 修 道匠 士厨 を 歓脒 迎 し、 長 官厑 たちが、 皇 帝胰 に 譴 責掅 された 者 に 敬肭 意勪 を 表勖 し<br />

た。 彼 は、 禁 じられてはいたが、 勧僊 められるままに 説拿 教卝 壇绵 に 立 った。「わたしは 神卡 の<br />

言匟 葉挺 を 鎖肽 につなぐとは 誓绒 わなかったし、これからも 決 してそんなことはしない」と 彼<br />

は 言匟 った。 37 彼 がウォルムスを 去掇 ってまもなく、 法 王掣 側卷 は 皇 帝胰 に 迫 って、ルターに 対<br />

する 布偵 告卪 を 発 布偵 させた。この 布偵 告卪 の 中 で、ルターは、「 人 間 の 形捊 をとり 修 道匠 士厨 の 衣胼 を<br />

まとったサタン 自 身拴 である」と 告卪 発 された。 38 彼 の 通 行 券拐 の 期勡 限拘 が 終厖 わるとすぐに 彼<br />

の 運卞 動 をやめさせるよう、 命挻 じられていた。だれであっても、 彼 をかくまったり 飲儍 食挱<br />

を 与拜 えたり、 言匟 葉挺 であれ 行 為 であれ、 公勗 私捔 を 問勬 わず、 彼 を 支匣 援拶 し 助捉 けることが 禁 じら<br />

れた。 彼 は、 発 見 されたならば 直卟 ちに 逮 捕 され、 官厑 感厤 に 引匂 き 渡据 されねばならなかった。<br />

彼 の 支匣 持匛 者 たちもまた、 投匐 獄晳 されて 財拉 産勩 を 没纹 収厓 されなければならなかった。 彼 の 著兆 書危<br />

は 破挐 棄 されねばならなかった。そして、 最勞 後 に、この 布偵 告卪 に 反卬 抗 するものは、みな、<br />

同 様捞 の 宣傪 告卪 を 受匃 けなければならなかった。ザクセンの 選 挙拷 侯 と、ルターに 好捆 意勪 的 な 諸<br />

侯 たちは、ルターの 出 発 後 すぐにウォルムスを 去掇 っていたので、 皇 帝胰 の 命挻 令傂 は 議 会 の<br />

賛僮 成勱 を 得千 た。こうして 法 王掣 側卷 は 喜 んだ。 彼 らは、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 運卞 命挻 はもう 決 まったと 考卛<br />

えた。<br />

この 危捦 機務 においても、 神卡 は、ご 自 分 のしもべのために、 逃偹 れの 道匠 を 備厵 えておられた。<br />

ルターの 動 きを 片僗 時 も 目 を 離掤 さず 見 守捿 っていたものがあった。そして、 真卢 実 で 高 貴揂 な<br />

心升 の 持匛 ち 主勢 が、 彼 を 救 援拶 する 決 心升 をしていた。ローマはルターを 死拎 に 処叀 するまでは 満掫<br />

足拒 しないということは 明 らかであった。 彼 をライオンのきばから 救 うには、 彼 を 隠僸 す<br />

ほかなかった。 神卡 は、ルターを 庇 護厽 する 策北 略傎 をたてるように、ザクセンのフリードリ<br />

ヒ 侯 に 知半 恵 を 授 けられた。 選 挙拷 侯 は、 誠肬 実 な 同 志 の 協匞 力 によって 目 的 を 達挾 成勱 した。そ<br />

してルターは、 敵育 からも 味控 方 からもうまく 隠僸 されたのである。ルターは、 帰 る 途 中 捕<br />

らえられて、 従 者 たちから 引匂 き 離掤 され、 森捒 林掚 の 中 を 急双 いで 通 過厢 し、 人 里 離掤 れた 山 のと<br />

りでであるワルトブルクの 城拝 に 連 れていかれた。 彼 の 逮 捕 と 潜繐 伏胹 とは 極掄 秘兕 のうちに 行<br />

われたために、フリードリヒ 自 身拴 でさえ、 彼 がどこに 連 れていかれたかを 長 い 間 知半 ら<br />

なかった。これは、 計匧 画厐 的 に、 侯 には 知半 らされなかったのであった。つまり、 実 際匶 に<br />

ルターの 居 場 所勰 を 知半 らぬかぎり、 聞挈 かれても 答掬 えられなかったからである。 彼 は、ル<br />

ターが 安勣 全 であるということだけで 満掫 足拒 であった。<br />

春捖 、 夏 、 秋掞 が 過厢 ぎて 冬儥 になったが、ルターはまだ 捕 われの 身拴 であった。アレアンダ<br />

ーと 彼 の 徒傣 党勝 は、 福厹 音 の 光捄 が 消拔 えてしまったように 見 えたので 勝 ち 誇縷 った。しかし、<br />

そうではなくて、ルターは 真卢 理 の 宝肮 庫 で、 彼 の 燈穈 に 油 を 満掫 たしていた。そして、その<br />

光捄 はますます 明 るく 輝脮 き 出 るのであった。 ワルトブルクの 友掻 好捆 的 で 安勣 全 な 場 所勰 で、ル<br />

116


反 乱 の 根 源<br />

ターは、 闘 いの 熱 と 混 乱 から 逃偹 れたことをしばらくは 喜 んだ。しかし 彼 は、 静 けさと<br />

休 息僢 の 中 で 長 く 満掫 足拒 していることはできなかった。 彼 は、 活卹 動 的 生 活卹 と 厳 しい 闘 いに<br />

なれていたので、 何挬 もしないでいることはできなかった。こうした 孤縩 独捌 の 時 に、 彼 は、<br />

教卝 会 の 状叔 態拟 を 思卩 い 浮 かべ、「ああこの 神卡 の 怒腹 りの 最勞 後 の 日 に、 主勢 の 前 に 城拝 壁儿 となって、<br />

イスラエルを 救 うものがいない」と 絶傉 望捬 の 叫经 びをあげた。 39 彼 は、 再卭 びわれに 帰 って、<br />

自 分 が 争拫 闘 から 身拴 をひいておくびょう 呼 ばわりされることを 恐傁 れた。そして、 自 分 の<br />

怠旒 慢纁 と 放择 縦脷 を 責掅 めた。しかし、それでも 彼 は、 毎傭 日 、1 人 の 人 の 仕捸 事 とは 思卩 われない<br />

ほど 多匭 くのことを 成勱 し 遂脎 げていた。 彼 は 休 みなくペンを 動 かしていた。 敵育 は 彼 を 沈腉 黙縹<br />

させたと 楽掱 観掺 していた 時 に、 彼 がなお 活卹 動 しているという 具 体 的 な 証卨 拠 を 見 て 驚脚 きあ<br />

わてた。 彼 が 書危 いた 多匭 くの 小 冊昘 子 が、ドイツ 全 王掣 に 配括 布偵 された。 彼 はまた、 新 約 聖脩 書危<br />

をドイツ 語指 に 翻 訳胲 して、 彼 の 同 胞繟 のために 最勞 も 重匤 要勥 な 奉旊 仕捸 をした。 彼 は、パトモスと<br />

も 言匟 べきとりでから、 丸掆 1 年 近卐 くの 間 、 福厹 音 を 宣傪 布偵 し、その 時 代 の 罪 と 誤儶 りを 譴 責掅 し<br />

続勸 けたのである。<br />

神卡 がご 自 分 のしもべを 公勗 的 生 活卹 の 舞 台卤 から 退挖 かせられたのは、 単 にルターを 敵育 の 怒腹<br />

りから 保 護厽 し、また、このような 重匤 大 な 仕捸 事 のために 静 かな 時 を 与拜 えるためだけでは<br />

なかった。これらよりもさらに 尊胛 い 経 験挧 が 与拜 えられた。 人 里 離掤 れた 寂 しい 山 の 隠僸 れ 家匝<br />

で、ルターは 地 上 の 援拶 助捉 と 人 間 の 賞 賛僮 から 切卲 り 離掤 された。こうして 彼 は、 成勱 功僵 にしば<br />

しば 伴僀 う 誇縷 りと 自 己偻 過厢 信勼 から 救 われた。 彼 は、 苦 難挚 と 屈縿 辱既 によって、 彼 が 突 然掍 あげら<br />

れた 目 の 回 るような 高 い 所勰 をふたたび 安勣 全 に 歩 くことができるよう、 準厜 備厵 が 与拜 えられ<br />

たのである。 人 々は、 真卢 理 が 彼 らにもたらす 自 由厩 を 喜 ぶ 時 に、 誤儶 りと 迷偧 信勼 の 鎖肽 を 断友 ち<br />

切卲 るために 神卡 が 用 いられる 人 々を 賞 賛僮 する 傾傧 向匇 がある。サタンは、 人 間 の 思卩 想挹 と 愛 情午<br />

を 神卡 から 引匂 き 離掤 し、 人 間 的 器捙 に 向匇 けようとしている。 彼 は 人 々を、 単 なる 器捙 に 栄 誉縃 を<br />

帰 すように、そして、すべてのできごとを 摂昊 理 によって 導拗 かれる 神卡 の 御 手 を 無叄 視拹 する<br />

ようにとしむける。こうして 賞 賛僮 され、あがめられる 宗儲 教卝 的 指匦 導拗 者 たちは、しばしば、<br />

神卡 に 頼 ることを 忘脨 れて 自 分 に 頼 るようになる。その 結医 果卵 彼 らは、 神卡 の 言匟 葉挺 に 頼 るかわ<br />

りに 彼 らの 指匦 導拗 を 仰纝 こうとする 人 々の、 心升 と 良拖 心升 とを 支匣 配括 しようとするのである。 改匳<br />

革挙 事 業 は、 支匣 持匛 者 たちのこうした 精 神卡 のために、しばしば 阻縝 止厙 された。 神卡 は、 宗儲 教卝 改匳<br />

革挙 運卞 動 をこの 危捦 険叁 から 守捿 ろうとされたのである。 神卡 は、 運卞 動 が 人 間 の 刻傋 印偝 ではなくて、<br />

神卡 の 刻傋 印偝 を 受匃 けることを 望捬 まれた。 人 々の 目 は、 真卢 理 の 解卆 説拿 者 としてのルターに 向匇 け<br />

られていた。そこで 人 々の 目 が、 真卢 理 の 本 源 である 永 遠 の 神卡 に 向匇 けられるように、 彼<br />

は 引匂 き 離掤 されたのであった。<br />

117


反 乱 の 根 源<br />

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反 乱 の 根 源<br />

第匌 9 章 スイスにおける 改匳 革 運卞 動<br />

教卝 会 を 改匳 革挙 する 器捙 を 選 ぶに 当勠 たっては、 教卝 会 を 設勳 立 する 際匶 と 同 様捞 の 神卡 のご 計匧 画厐 が 見<br />

られる。 天拦 からの 教卝 師 キリストは、 国 民 の 指匦 導拗 者 として 賞 賛僮 や 栄 誉縃 を 受匃 けることに 馴賳<br />

れた 地 士厨 の 偉昖 大 な 人 々、 肩胥 書危 きや 富挛 を 持匛 った 人 々をお 用 いにならなかった。 彼 らは、<br />

非 常拤 に 高 慢纁 で、 自 分 に 自 信勼 を 持匛 ち、 優历 越掳 を 誇縷 っていたために、 同 胞繟 に 同 情午 し、 謙旎 そん<br />

なナザレ 人 イエスと 協匞 力 することができなかった。 無叄 学 で 苦 労排 して 働掴 くガリラヤの 漁儰<br />

夫挕 士厨 たちに、「わたしについてきなさい。あなたがたを、 人 間 をとる 漁儰 師 にしてあげ<br />

よう」という 召昨 しが 与拜 えられた[マタイ 4:。この 弟胱 子 たちは、 謙旎 そんでよく 聞挈 き 従 う<br />

人 々であった。その 時 代 の 偽兖 りの 教卝 えに 影挼 響捳 されていなければいないほど、キリスト<br />

が 彼 らをご 用 のために 教卝 え 訓肢 練 することが 成勱 功僵 を 収厓 める。 大 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 時 代 でもそう<br />

であった。 主勢 な 宗儲 教卝 改匳 革挙 者 たちは 低拯 い 身拴 分 の 出 で、その 時 代 の 地 位匱 の 誇縷 りや 頑繷 迷偧 さ、<br />

聖脩 職厯 者 たちの 政 策北 などから 最勞 も 膉縁 遠 い 人 々であった。 卑赐 しい 器捙 を 用 いて 大 きな 業 績 を<br />

完 成勱 することが 神卡 のご 計匧 画厐 である。・そうするならば、 栄 光捄 は、 人 間 たちではなくて、<br />

彼 らに 願傿 いを 起招 こさせてそれを 実 現勶 に 至儖 らせ、 神卡 のみこころを 行 わせられた 神卡 に 帰 せ<br />

られるのである。<br />

ルターがザクセンの 鉱腰 夫挕 小 屋厡 で 生 まれた 数包 週 間 後 に、ウルリッヒ・ッウィングリが、<br />

アルプス 山 中 の 羊旴 飼縫 いの 小 屋厡 で 生 まれた。ツウィングリの 幼膇 少厮 時 代 の 環挳 境挌 と 教卝 育挞 は、<br />

彼 の 将 来勵 の 使却 命挻 に 対 するよい 準厜 備厵 であった。 雄接 大 で 美捜 しく 荘绩 厳 な 自 然掍 のなかで 育挞 った<br />

ので、 彼 の 心升 には 早拱 くから、 神卡 の 偉昖 大 さと 力 と 威胙 厳 とが 刻傋 みこまれた。 彼 の 故採 郷偮 の 山<br />

中 で 成勱 し 遂脎 げられた 勇腅 敢暑 な 行 為 の 歴偡 史 は、 彼 の 若拊 い 心升 に 熱 望捬 の 火 を 燃 やした。そして<br />

彼 は、 信勼 心升 深捫 い 祖脽 母 のかたわらで、 彼 女匩 が 教卝 会 の 言匟 い 伝捱 えや 伝捱 説拿 の 中 から 拾终 い 集厦 めた<br />

貴揂 重匤 な 聖脩 書危 の 物匵 語指 に 耳脥 を 傾傧 けた。<br />

彼 は、 熱 心升 に 興掰 味控 深捫 く、 父 祖脽 たちや 預 言匟 者 たちの 偉昖 大 な 行 為 の 話匋 、パレスチナの 丘側<br />

で 羊旴 を 飼縫 っていた 羊旴 飼縫 いに 天拦 使却 があらわれた 話匋 、ベツレヘムの 赤捭 ん 坊縧 でありカルバリ<br />

ーの 人 であられたイエスの 話匋 を 聞挈 いた。 ハンス・ルターのように、ツウィングリの 父<br />

も、 息僢 子 に 教卝 育挞 を 受匃 けさせようと 望捬 み、 早拱 くから 少厮 年 を 郷偮 里 の 谷卼 間 から 送拡 り 出 してい<br />

た。ツウィングリの 知半 能印 の 発 達挾 は 早拱 く、やがて、 彼 を 教卝 えることのできる 教卝 師 を 見 つ<br />

けることが 問勬 題匑 になった。 彼 は 13 歳按 の 時 に、スイスの 最勞 高 学 府匕 の 所勰 在厪 地 、ベルンに<br />

送拡 られた。しかし、ここで、 彼 の 前 途 をはばもうとする 危捦 険叁 が 迫 った。 修 道匠 士厨 たちが、<br />

何挬 とかして 彼 を 修 道匠 院协 に 誘儬 い 入 れようとしたのである。 当勠 時 はドミニコ 会 士厨 とフラン<br />

シスコ 会 士厨 とが、 人 々の 人 気勴 を 得千 ようとして 張挗 り 合 っていた。そのために 彼 らは、 教卝<br />

119


反 乱 の 根 源<br />

会 を 華兛 麗暗 に 飾兇 り、 荘绩 厳 な 儀腝 式厚 を 行 い、 有卻 名匷 な 聖脩 遺 物匵 や 奇纟 跡僡 を 行 う 像僕 などで 人 を 引匂 きっ<br />

けようとした。<br />

ベルンのドミニカン 派挩 の 修 道匠 士厨 たちは、この 有卻 能印 で 若拊 い 学 者 を 獲僠 得千 することができ<br />

れば、 利匏 益捍 と 栄 誉縃 を 共厗 に 確卾 保 できると 考卛 えた。 彼 の 非 常拤 な 若拊 々しさ、 雄接 弁 家匝 また 著兆 者<br />

としての 天拦 分 、 音 楽掱 と 詩纛 の 才纞 能印 などは、あらゆる 誇縷 示単 虚縚 飾兇 よりも 効捓 果卵 的 に 人 々を 集厦 会<br />

に 引匂 きつけ、 彼 らの 修 道匠 会 の 収厓 入 を 増匲 加匎 させるものであった。 彼 らは、 不勘 正匁 な 手 段掀 や<br />

こびへつらいによって、ッウィングリを 彼 らの 修 道匠 院协 に 入 れさせようとした。ルター<br />

は 学 生 時 代 、 修 道匠 院协 の 一 室掂 に 閉僔 じこもっていて、もし 神卡 の 摂昊 理 が 彼 を 解卆 放择 しなければ、<br />

世匒 から 全 く 失拽 われてしまうところであった。ツウィングリは、 同 様捞 の 危捦 険叁 に 陥肿 ること<br />

を 免僧 れた。 摂昊 理 的 に 彼 の 父 が、 修 道匠 士厨 たちの 策北 略傎 を 耳脥 にしたのである。 彼 は 息僢 子 に、<br />

修 道匠 士厨 の 怠旒 惰趌 で 無叄 価卒 値捛 な 生 活卹 を 送拡 らせる 気勴 はなかった。 彼 は、 息僢 子 の 有卻 用 な 将 来勵 が 危捦<br />

機務 にひんしているのを 知半 り、 彼 に 直卟 ちに 帰 宅挭 することを 命挻 じた。<br />

この 命挻 令傂 に 従 ったものの、 青捘 年 は 故採 郷偮 の 谷卼 間 において 長 く 満掫 足拒 していることはでき<br />

ずしばらくしてバーゼルに 行 って 再卭 び 勉腯 学 を 始卿 めた。ツウィングリが、 神卡 の 恵 みによ<br />

って 救 われるという 福厹 音 に 初匘 めて 接捴 した のはここにおいてであった。 古挃 代 言匟 語指 の 教卝 授<br />

ウィッテンバッハは、ギリシア 語指 やヘブル 語指 を 研挣 究捨 している 間 に 聖脩 書危 を 知半 るに 至儖 り、<br />

こうして 彼 の 教卝 育挞 を 受匃 けた 学 生 たちの 心升 に 真卢 理 の 光捄 が 輝脮 いたのである。<br />

彼 は、 学 者 や 哲脼 学 者 が 説拿 く 理 論厱 よりもはるかに 古挃 くて 無叄 限拘 の 価卒 値捛 を 持匛 つ 真卢 理 がある<br />

と 断友 言匟 した。この 古挃 くからの 真卢 理 とは、キリストの 死拎 が 罪 人 の 唯繴 一 の 贖 いであるとい<br />

うことであった。ツウィングリにとって、こうした 言匟 葉挺 は、 夜 明 けに 先匪 航 つ 最勞 初匘 の 光捄<br />

のようであった。<br />

まもなくツウィングリは、バーゼルから 呼 ばれて、 彼 の 一 生 の 仕捸 事 に 従 事 すること<br />

になった。 彼 の 最勞 初匘 の 任厃 地 は、 彼 の 郷偮 里 からそれほど 遠 くないアルプスの 教卝 区厅 であっ<br />

た。 司 祭脫 としての 按 手 を 受匃 けてから、「 彼 は、 全 力 をあげて、 神卡 の 真卢 理 の 探僙 究捨 に 専掭 念挡<br />

した。それは、キリストの 群儈 れを 託 された 者 は、どんなによく 聖脩 書危 を 知半 らねばならな<br />

いかを 痛僎 感厤 したからであった」 1 と、 彼 の 同 僚偨 である 王掣 一 改匳 革挙 者 は 語指 っている。 彼 が 聖脩<br />

書危 を 探僙 究捨 すればするほど、 聖脩 書危 の 真卢 理 とローマの 邪旇 説拿 との 対 照儠 がいっそう 明 らかにな<br />

った。 彼 は、 聖脩 書危 が 神卡 の 言匟 葉挺 であって、 完 全 で 誤儶 ることのない 唯繴 一 の 規厶 準厜 であること<br />

を 信勼 じた。 彼 は、 聖脩 書危 が 聖脩 書危 自 身拴 の 解卆 釈脂 者 でなければならないことを 認卉 めた。 彼 は、<br />

先匪 入 観掺 による 理 論厱 や 教卝 義拣 を 支匣 持匛 するために 聖脩 書危 を 説拿 明 しようとはせずに、 聖脩 書危 が 直卟 接捴<br />

はっきりと 教卝 えていることは 何挬 かを 学 ぶことを 彼 の 義拣 務勲 とした。 彼 は、その 意勪 味控 を 完<br />

全 正匁 確卾 に 理 解卆 するために、あらゆる 助捉 けを 活卹 用 しようとした。そして、 彼 は 聖脩 霊绳 の 助捉<br />

120


反 乱 の 根 源<br />

けを 祈绗 り 求卍 めた。 聖脩 霊绳 は、 真卢 剣腚 に 祈绗 り 求卍 めるすべての 者 に、その 真卢 意勪 をあらわすので<br />

あると、 彼 は 断友 言匟 した。<br />

ツウィングリは 次卙 のように 言匟 った。「 聖脩 書危 は、 人 間 からではなく、 神卡 から 来勵 ている。<br />

そして、 光捄 をお 与拜 えになる 神卡 が、み 言匟 葉挺 が 神卡 からのものであることを 理 解卆 させてくだ<br />

さる。 神卡 の 言匟 葉挺 は、…… 誤儶 ることがない。それは 輝脮 き、それ 自 身拴 を 教卝 え、それ 自 身拴 を<br />

啓繡 示単 し、あらゆる 救 いと 恵 みとによって 魂 を 照儠 らし、 神卡 にあって 慰縺 めを 与拜 え、 謙旎 虚縚 に<br />

する。そこで 魂 は、 自 分 を 忘脨 れ 去掇 って、 神卡 を 受匃 け 入 れるのである。」ツウィングリは、<br />

こうした 言匟 葉挺 を 実 際匶 に 体 験挧 していた。 当勠 時 の 経 験挧 を、 彼 は 後 にこう 書危 いた。<br />

「わたしが 聖脩 書危 に 没纹 頭挓 し 始卿 めると、 哲脼 学 や 神卡 学 [スコラ 哲脼 学 ]が 常拤 にわたしに 反卬 論厱 す<br />

るのであった。そこでわたしは、ついに『それはそのままにしておいて、 神卡 ご 自 身拴 の<br />

単 純儻 な 言匟 葉挺 からだけ、 神卡 が 言匟 おうとなさっていることを 学 ばなければならない』とい<br />

う 結医 論厱 に 達挾 した。それからわたしは、 神卡 の 光捄 を 求卍 めるようになり、 聖脩 書危 はわたしにと<br />

って、たやすく 理 解卆 できるようになった。」 2 ツウィングリが 説拿 いた 教卝 義拣 は、ルター<br />

から 受匃 けたのではなかった。それは、キリストの 教卝 義拣 であった。「もしルターがキリ<br />

ストを 説拿 教卝 しているならば、 彼 はわたしと 同 じことをしている。 彼 がキリストに 導拗 い<br />

た 人 々は、わたしが 導拗 いた 者 よりは 数包 が 多匭 い。しかしこれは 問勬 題匑 ではない。わたしは、<br />

キリストの 名匷 以匆 外勭 のどんな 名匷 も 帯 びない。わたしは 彼 の 兵掝 卒克 であり、 彼 だけがわたし<br />

の 主勢 である。わたしはルターに… 言匟 も 書危 かなかったし、 彼 もわたしに 書危 いていない。<br />

それだのに、なぜ?……われわれが 何挬 1 つ 共厗 謀纠 しなかったのに、キリストの 教卝 義拣 をこ<br />

のように 王掣 ・ 様捞 に 教卝 えるということは、いかに 神卡 の 霊绳 ご 自 身拴 が 同 一 のものであるかを<br />

示単 している」とツウィングリは 言匟 った。 3<br />

1516 年 、ツウィングリは、アインジーデルン 修 道匠 院协 の 説拿 教卝 者 として 招偠 かれた。こ<br />

の 地 において、 彼 は、ローマの 腐纄 敗反 をいっそうつぶさに 見 た。そして、 彼 の 故採 郷偮 のア<br />

ルプスよりもはるか 遠 方 までも、 改匳 革挙 者 としての 影挼 響捳 を 及 ぼすことになった。アイン<br />

ジーデルンの 主勢 要勥 な 呼 び 物匵 の 1 つに、 奇纟 跡僡 を 行 う 力 があると 言匟 われているマリヤ 像僕 が<br />

あった。 修 道匠 院协 の 入 り 言匟 の 上 には、「ここで 罪 の 大 赦费 が 得千 られる」と 井匿 き 記卌 されてい<br />

た。 4 マリヤ 像僕 の 聖脩 堂傾 には、 年 中 巡儏 礼脊 者 が 集厦 まった。しかも、 毎傭 年 行 われる 献僑 堂傾 の 大 祭脫<br />

には、スイス 全 国 は 言匟 うに 及 ぼず、フランスやドイツからも 群儈 衆 がやつ てきた。ツウ<br />

ィングリはこの 光捄 景拲 を 見 て 非 常拤 に 心升 を 痛僎 め、この 機務 会 を 捕 らえて、 迷偧 信勼 の 奴 隷趵 になっ<br />

ている 人 々に、 福厹 音 による 自 由厩 を 宣傪 言匟 したのである。<br />

「 世匒 界化 の 他 のところにまさって 神卡 がこの 会 堂傾 におられると 思卩 ってはならない。どの<br />

国 に 住卫 んでいても、 神卡 はあなたの 周 りにおられて、 祈绗 りを 聞挈 かれる。…… 無叄 益捍 な 苦 行 、<br />

121


反 乱 の 根 源<br />

長 い 巡儏 礼脊 、ささげ 物匵 、 聖脩 像僕 、 聖脩 母 マリヤや 諸 聖脩 人 の 祈绗 祷 によって、 神卡 の 恵 みにあずか<br />

ることができようか。……われわれの 祈绗 りの 言匟 葉挺 が 多匭 くてもなんの 役叓 に 立 とうか。ま<br />

た、 光捄 沢厫 のあるずきん、そった 頭挓 、 長 々と 垂昡 れる 衣胼 服傕 、 金 で 刺儒 繍禺 した 上 靴昈 に、なんの<br />

功僵 徳 があるのか。…… 神卡 は 心升 を 見 られる。そして、われわれの 心升 は、 神卡 から 遠 く 離掤 れ<br />

ている。」「1 度 十厝 字捐 架繳 に 架繳 けられたキリストは、 永 遠 にわたって、 信勼 じる 者 の 罪 を<br />

十厝 分 に 贖 う 犠腻 牲繉 でありいけにえであった。」 5<br />

多匭 くの 聴傏 衆 にとって、このような 教卝 えは 喜 ばしいものではなかった。 苦 しい 旅傯 をし<br />

てきたものが、 無叄 益捍 なことであったと 言匟 われることは、 苦 い 失拽 望捬 であった。 彼 らは、<br />

キリストによって 惜斶 しみなく 与拜 えられる 罪 のゆるしを 理 解卆 することができなかった。<br />

彼 らは、ローマが 指匦 示単 した 天拦 国 への 古挃 い 道匠 で 満掫 足拒 していた。 彼 らは、さらによいもの<br />

を 探僙 究捨 する 労排 をとりたくなかった。 心升 のきよめを 求卍 めるよりは、 司 祭脫 や 法 王掣 に 頼 って<br />

救 いを 得千 る 方 がやさしかった。<br />

しかし、 他 の 部 類 の 人 々は、キリストによる 贖 いの 知半 らせを 喜 んで 受匃 け 入 れた。ロ<br />

ーマが 命挻 じる 儀腝 式厚 は、 心升 の 平匊 和匄 を 与拜 えなかった。そこで 彼 らは、 信勼 仰纝 によって、 救 い<br />

主勢 の 血傔 を 彼 らの 贖 いの 供挿 え 物匵 として 受匃 け 入 れた。 彼 らは 帰 国 して、 自 分 たちの 受匃 けた<br />

貴揂 い 光捄 を 人 々に 伝捱 えた。こうして 真卢 理 は、 村匾 から 村匾 、 町 から 町 へと 広南 がり、マリヤ 聖脩<br />

堂傾 に 来勵 る 巡儏 礼脊 の 数包 は 大 幅掓 に 減匬 少厮 した。 献僑 金 額厀 も 減匬 り、その 結医 果卵 そこから 支匣 給捚 されてい<br />

たツウィングリの 給捚 料厄 も 減匬 った。しかし 彼 は、 狂旆 信勼 と 迷偧 信勼 の 力 が 打占 破挐 されたのを 見 て、<br />

かえって 喜 んだ。<br />

教卝 会 の 当勠 局拈 者 たちは、ツウィングリの 活卹 動 に 対 して 盲 目 でなかった。しかし 彼 らは<br />

その 当勠 座 は、 干胧 渉掷 をさしひかえた。 彼 らはなお、 彼 を 自 分 たちの 側卷 に 引匂 き 入 れようと<br />

して、 甘脉 言匟 によって 彼 を 確卾 保 しようとした。そしてこの 間 に、 真卢 理 が 人 々の 心升 を 捕 ら<br />

えていったのであった。 アインジーデルンにおけるツウィングリの 活卹 動 は、もっと 広南<br />

い 範儤 囲 の 働掴 きの 準厜 備厵 であって、 彼 はまもなくその 働掴 きに 入 った。すなわちここに 3 年<br />

いた 後 、 彼 はチューリヒ 大 聖脩 堂傾 の 説拿 教卝 者 として 召昨 された。チューリヒは、 当勠 時 スイス<br />

連 邦傗 の 重匤 要勥 な 都匙 市 で、ここでの 活卹 動 は、 遠 くまで 影挼 響捳 を 及 ぼすのであった。しかし、<br />

彼 をチューリヒに 招偠 いた 聖脩 職厯 者 たちは、 革挙 新 的 なものの 侵兓 入 を 防拌 止厙 しようとして、 彼<br />

の 務勲 めについて 次卙 のように 訓肢 示単 を 与拜 えた。<br />

「あなたは、 小 額厀 の 献僑 金 でも 見 過厢 ごすことなく、 教卝 会 の 収厓 入 を 集厦 めるように 努 力 せ<br />

よ。 説拿 教卝 壇绵 と 告卪 解卆 聴傏 聞挈 席 の 両厥 方 において、 忠儮 実 な 信勼 徒傣 たちに、すべての 10 分 の 1 税卮<br />

や 教卝 会 税卮 を 納 め、 献僑 金 によって 彼 らの 教卝 会 に 対 する 愛 を 示単 すように 勧僊 めよ。 病挶 める 者<br />

から、ミサから、そしてその 他 一 般 の 教卝 会 儀腝 式厚 から 生 ずる 収厓 入 を 増匲 加匎 するよう 熱 心升 に<br />

122


反 乱 の 根 源<br />

努 めよ。」「 秘兕 蹟秭 の 授 与拜 、 説拿 教卝 、 群儈 れの 世匒 話匋 などもまた、 司 祭脫 の 務勲 めである。しかし<br />

これらに 関 しては、 特厣 に 説拿 教卝 については、 代 理 人 を 用 いるがよい。あなたは 著兆 名匷 人 に<br />

だけ 秘兕 蹟秭 を 施厇 し、しかも、 依傟 頼 された 時 だけ 行 うべきである。だれかれの 区厅 別厌 なく 施厇<br />

してはならない。」 6<br />

ツウィングリは、 黙縹 ってこの 任厃 命挻 の 言匟 葉挺 を 聞挈 いた。そして、この 重匤 要勥 な 地 位匱 に 召昨 さ<br />

れた 栄 誉縃 を 感厤 謝儑 した 後 で、 彼 は、 自 分 が 採 用 しようとしている 方 針拏 について 説拿 明 した。<br />

「キリストの 生 涯昗 は、 長 い 間 人 々から 隠僸 されていた。わたしは、マタイによる 福厹 音 再卭<br />

全 体 について 説拿 教卝 する。……わたしは、 聖脩 書危 の 泉 だけからくみ、その 深捫 さを 探僙 り、 聖脩<br />

句繯 を 聖脩 句繯 と 比发 較脘 して、 熱 心升 で 絶傉 えまない 祈绗 祷 によって 理 解卆 力 が 与拜 えられるように 求卍 め<br />

る。わたしは、 神卡 の 栄 光捄 と 神卡 の 独捌 り 子 の 賛僮 美捜 と、 魂 の 真卢 の 救 いと 真卢 の 信勼 仰纝 の 成勱 長 のた<br />

めに、 聖脩 職厯 に 献僑 身拴 する」と 彼 は 言匟 った。 7 聖脩 職厯 者 たちの 中 には 彼 の 計匧 画厐 に 反卬 対 し、そう<br />

させまいとする 者 もあったが、ツウィングリは 堅儕 く 立 って 動 かなかった。 何挬 も 新 しい<br />

方 法 で はなくて、 初匘 期勡 の 純儻 潔昔 であった 時 代 に 用 いられていた 古挃 い 方 法 を 採 り 入 れよう<br />

としているのだと 彼 は 言匟 明 した。<br />

すでに 彼 が 教卝 える 真卢 理 に 対 する 興掰 味控 が 呼 び 起招 こされ、 多匭 くの 人 々が 彼 の 説拿 教卝 を 聞挈 く<br />

ために 群儈 がって 来勵 た。 彼 の 聴傏 衆 の 中 には、 長 い 間 集厦 会 に 来勵 ていなかったものも 多匭 かっ<br />

た。 彼 は 福厹 音 書危 を 開 き、キリストのご 生 涯昗 、 教卝 え、その 死拎 に 関 する 霊绳 感厤 の 記卌 述掃 を 読傊 ん<br />

で 説拿 明 することをもって、 彼 の 聖脩 職厯 の 開 始卿 とした。 彼 は、アインジーデルンにおける<br />

と 同 様捞 に、ここでも 神卡 の 言匟 葉挺 を 唯繴 一 不勘 変厭 の 権勻 威胙 あるものとし、キリストの 死拎 を 唯繴 一 の<br />

完 全 な 犠腻 牲繉 として 示単 した。「わたしはあなたがたを、キリストへ、すなわち、 救 いの<br />

真卢 の 源 であるキリストへ 導拗 きたいと 願傿 っている」と 彼 は 言匟 った。 8 説拿 教卝 者 の 周 りには、<br />

政 治匮 家匝 や 学 者 から 職厯 人 、 農捝 民 にいたるまで、あらゆる 階 級揁 の 人 々が 押 し 寄 せた。 非 常拤<br />

な 興掰 味控 をもって、 彼 らは 彼 の 言匟 葉挺 に 聞挈 き 入 った。 彼 は、 惜斶 しみなく 与拜 えられる 救 いが<br />

提卖 供挿 されていることを 宣傪 言匟 するだけでなく、 当勠 時 の 害县 悪捰 と 腐纄 敗反 を 恐傁 れることなく 誼穣 責掅<br />

した。 多匭 くの 者 は、 神卡 をあがめつつ 大 聖脩 堂傾 を 去掇 っていった。「この 人 は、 真卢 理 の 説拿 教卝<br />

者 である。この 人 は、われわれをエジプトの 暗肨 黒 から 救 い 出 すモーセである」と 彼 ら<br />

は 言匟 った。<br />

最勞 初匘 、 彼 の 働掴 きは 非 常拤 に 歓脒 迎 されたが、しばらくして 反卬 対 が 起招 こった。 修 道匠 士厨 たち<br />

が 彼 の 働掴 きを 妨绋 害县 し、 彼 の 教卝 えを 非 難挚 した。 多匭 くの 者 が、 彼 をあざけり 侮贔 べつした。<br />

無叄 礼脊 な 態拟 度 をとり、 威胙 嚇 する 者 もあった。しかし、ツウィングリはそれらをみな 忍旖 耐脾<br />

して、「もし、われわれが、 悪捰 人 をキリストに 導拗 こうとするならば、 多匭 くのことに 言匟<br />

を 閉僔 じなければならない」と 言匟 った。 10 ちょうどそのころ、 改匳 革挙 事 業 に 王掣 ・ 段掀 と 力 を<br />

添胭 えるものが 現勶 れた。ルシアンという 人 が、バーゼルにいる 改匳 革挙 を 信勼 じる 友掻 人 に 遣傛 わ<br />

123


反 乱 の 根 源<br />

されて、ルターの 著兆 書危 をたずさえてチューリヒに 来勵 たのである。その 友掻 人 は、これら<br />

の 書危 籍僣 の 販捅 売匉 が、 光捄 をまき 散偶 らす 強勮 力 な 手 段掀 であろうと 言匟 った。<br />

「 本 人 が 慎儃 重匤 で 機務 敏肴 であるかどうかを 確卾 かめた 上 で 彼 にルターの 著兆 書危 、 特厣 に 主勢 の 祈绗<br />

りの 注挅 解卆 を、スイス 全 国 の 都匙 市 から 都匙 市 、 町 から 町 、 村匾 から 村匾 、そして 家匝 から 家匝 へ 配括<br />

布偵 させられたい。 知半 られれば 知半 られるほど、 買挍 い 手 は 多匭 く 現勶 れるであろう」と 彼 はツ<br />

ウィングリに 書危 いた。 11 こうして、 光捄 は 伝捱 えられていった。 神卡 が 無叄 知半 と 迷偧 信勼 のかせを<br />

打占 ち 砕 こうとしておられた 時 に、サタンは、 人 々を 暗肨 黒 に 閉僔 じこめ、いっそう 堅儕 く 束僓<br />

縛旸 しようとして、 全 力 をあげて 働掴 いていた。あちらこちらで 人 々が 立 ち 上 がり、キリ<br />

ストの 血傔 によるゆるしと 義拣 とを 説拿 いた 時 に、ローマはますます 強勮 力 に、キリスト 教卝 国<br />

全 王掣 に 販捅 路挢 を 広南 げ、 金 銭儓 による 赦费 しを 提卖 供挿 した。<br />

どの 罪 にも 値捛 段掀 がついていた。そして、 教卝 会 の 金 庫 が 満掫 たされてさえおれば、 人 々<br />

はどんな 犯 罪 でも 犯 すことが 許 されたのである。こうして、2 つの 運卞 動 が 進勺 められた。<br />

一 方 は、 金 銭儓 による 罪 の 赦费 しであったが、 他 方 は、キリストによる 赦费 しであった。ロ<br />

ーマは 罪 を 公勗 認卉 し、それを 教卝 会 の 財拉 源 にした。 改匳 革挙 者 たちは 罪 を 非 難挚 し、キリストを<br />

その 代 償 、また 救 出 者 として 指匦 し 示単 した。<br />

ドイツにおける 免僧 罪 符绍 の 販捅 売匉 は、ドミニコ 会 修 道匠 士厨 たちにゆだねられ、 悪捰 名匷 高 きテ<br />

ッツェルによって 行 われていた。スイスでは、イタリアの 修 道匠 士厨 サムソンの 指匦 揮肫 のも<br />

とにフランシスコ 会 修 道匠 士厨 たちの 手 によって 販捅 売匉 されていた。サムソンは、すでにド<br />

イツとスイスから 莫穘 大 な 金 額厀 を 得千 て、 法 王掣 の 金 庫 を 満掫 たし、 教卝 会 のためによく 働掴 いて<br />

いた。 今 や 彼 は、スイスを 巡儏 回 し、 多匭 くの 群儈 衆 を 引匂 きつけ、 貧縏 しい 農捝 民 のわずかな 収厓<br />

入 を 奪傤 い、 富挛 裕儂 な 階 級揁 からは 巨 額厀 の 献僑 金 を 搾禈 取勚 していた。しかし 改匳 革挙 の 影挼 響捳 は、 売匉 買挍<br />

を 止厙 めることはできなかったが、すでにその 収厓 入 を 減匬 少厮 させていた。サムソンが、ス<br />

イス 入 国 直卟 後 に、 免僧 罪 符绍 をもって 近卐 隣胐 の 町 に 到肑 着挄 したのは、ツウィングリがまだアイ<br />

ンジーデルンにいる 時 であった。 彼 の 任厃 務勲 について 知半 らされたツウィングリは、さっ<br />

そく 彼 に 反卬 対 するために 出 かけた。この 2 人 は 相 会 さなかったが、ツウィングリは 巧绾<br />

みにこの 修 道匠 士厨 の 欺繏 隔绔 をあばいたので、サムソンは 他 の 地 方 に 去掇 らなければならなか<br />

った。<br />

ツウィングリはチューリヒにおいて、 免僧 罪 符绍 の 販捅 売匉 人 に 痛僎 烈绡 に 反卬 対 を 唱脆 えた。サム<br />

ソンが 町 に 近卐 づいた 時 、 議 会 からの 使却 者 が、 彼 にそのまま 通 り 過厢 ぎるように 通 告卪 した。<br />

彼 は 結医 局拈 、 策北 略傎 を 用 いて 町 に 入 りはしたが、1 枚儳 の 免僧 罪 符绍 も 売匉 ることができずに 退挖 去掇<br />

させられた。やがて 彼 はスイスを 去掇 った。 1519 年 、スイス 全 国 に 流及 行 した 大 疫晒 病挶 に<br />

よって、 改匳 革挙 事 業 に 大 きな 刺儒 激 が 与拜 えられた。すなわち、 人 々がこのために 死拎 に 直卟 面卥<br />

124


反 乱 の 根 源<br />

した 時 、つい 先匪 ごろ 買挍 ったばかりの 免僧 罪 符绍 がどんなにむなしく 価卒 値捛 のないものである<br />

かを、 多匭 くの 者 は 感厤 じたのであった。そして 彼 らは、より 確卾 かな 信勼 仰纝 の 基匼 礎脔 を 得千 たい<br />

と 熱 望捬 した。チューリヒにいたツウィングリも、 疫晒 病挶 に 倒 れた。 彼 は、 助捉 かる 望捬 みが<br />

なかったほど 衰斠 弱傽 し、 彼 は 死拎 んだといううわさが 広南 く 伝捱 えられた。こうした 試去 練 の 時<br />

にあっても、 彼 の 希傩 望捬 と 勇腅 気勴 はゆるがなかった。 彼 は 信勼 仰纝 をもって、カルバリーの 十厝<br />

字捐 架繳 を 見 つめ、 罪 に 対 する 十厝 分 な 贖 いの 供挿 え 物匵 に 信勼 頼 した。 彼 は 死拎 の 門挋 から 帰 ってく<br />

ると、 以匆 前 にまさる 大 きな 熱 情午 をもって、 福厹 音 を 宣傪 べ 伝捱 えた。 彼 の 言匟 葉挺 には、 異 常拤 な<br />

力 があった。 人 々は、 瀕 死拎 の 床先 から 立 ち 上 がってきた 敬肭 愛 する 牧肧 師 を、 喜 びをもって<br />

迎 えた。 彼 ら 自 身拴 も、 病挶 人 や 死拎 にそうな 人 々の 看胒 護厽 をしていたから、これまでになく<br />

福厹 音 の 価卒 値捛 を 感厤 じた。<br />

ツウィングリは、 福厹 音 の 真卢 理 をいっそう 明 らかに 理 解卆 し、 彼 自 身拴 が、その 新 生 の 力<br />

をより 士厨 分 に 経 験挧 したのであった。 彼 が 扱僻 った 問勬 題匑 は、 人 間 の 堕秐 落叉 と 贖 罪 の 計匧 画厐 であ<br />

った。「アダムにあって、われわれは、みな 死拎 んだもの、 堕秐 落叉 して、 罪 に 定 められた<br />

ものである」と 彼 は 言匟 った。 12 「キリストは、……われわれのために、 永 遠 の 贖 いを<br />

買挍 いとられた。…… 彼 の 受匃 難挚 は、…… 永 遠 の 犠腻 牲繉 で、 永 遠 にいやす 力 がある。それは、<br />

堅儕 くゆるがぬ 信勼 仰纝 をもって 信勼 頼 するすべてのもののために、 神卡 の 義拣 を 永 遠 に 満掫 足拒 させ<br />

る。」しかし 人 間 には、キリストの 恵 みにあずかったからといって、 罪 を 続勸 ける 自 由厩<br />

はないということを、 彼 ははっきりと 教卝 えた。<br />

「 神卡 に 対 する 信勼 仰纝 があるところはどこでも、 神卡 がおられる。そして、 神卡 が 宿 られる<br />

ところはどこでも、 人 々によきわざを 勧僊 め 促傌 す 熱 心升 が 存掑 在厪 するのである。」 13 ツウィ<br />

ングリの 説拿 教卝 に 対 する 興掰 味控 は、 非 常拤 なもので、 大 聖脩 堂傾 は、 彼 の 説拿 教卝 を 聞挈 きにやって 来勵<br />

た 群儈 衆 で 満掫 ちあふれた。 彼 は、 彼 らが 理 解卆 できる 程损 度 に 従 って、 少厮 しずつ 真卢 理 を 語指 っ<br />

た。 彼 らを 驚脚 かし 偏旌 見 を 抱 かせるような 点勷 については、 最勞 初匘 に 語指 らないように 気勴 をつ<br />

けた。キリストの 教卝 えに 彼 らの 心升 を 引匂 きつけ、キリストの 愛 によって 彼 らの 心升 を 和匄 ら<br />

げ、 彼 らの 前 にキリストの 模掌 範儤 を 示単 すことが、 彼 の 仕捸 事 であった。 彼 らが 福厹 音 の 原募 則<br />

を 受匃 け 入 れるならば、 迷偧 信勼 的 信勼 仰纝 や 習 慣脹 は、 必厧 然掍 的 に 捨腇 て 去掇 られるのである。<br />

チューリヒにおける 宗儲 教卝 改匳 革挙 は、1 歩 1 歩 進勺 んでいった。 敵育 は 驚脚 いて、 活卹 発 に 反卬 対<br />

運卞 動 を 起招 こした。1 年 前 にウィッテンベルクの 修 道匠 士厨 が、ウォルムスにおいて 法 王掣 と<br />

皇 帝胰 に 対 して 否 と 言匟 い、 今 チューリヒにおいても、 法 王掣 の 命挻 令傂 に 対 して 同 様捞 の 抵脏 抗 が<br />

起招 ころうとしていた。ツウィングリに 対 して、くり 返拮 し 攻 撃掐 が 向匇 けられた。 法 王掣 に 属傍<br />

する 州拰 においては、しばしば、 福厹 音 の 使却 徒傣 たちは 火 刑傃 に 処叀 せられた。しかし、これで<br />

も 十厝 分 ではなかった。 異 端健 を 唱脆 えた 教卝 師 を 沈腉 黙縹 させなければならなかった。そこで、<br />

コンスタンツの 司 教卝 は、3 人 の 使却 節儊 をチューリヒの 議 会 に 派挩 遣傛 して、ツゥィングリは<br />

125


反 乱 の 根 源<br />

人 々に 教卝 会 の 規厶 則 を 破挐 ることを 教卝 えており、 社 会 の 平匊 和匄 と 秩膈 序胺 を 乱 すものであると 非<br />

難挚 した。もしも 教卝 会 の 権勻 威胙 をくつがえすならば、 至儖 る 所勰 に、 無叄 政 府匕 状叔 態拟 が 起招 こるであ<br />

ろう、と 彼 は 1 張挗 した。ツウィングリはそれに 答掬 えて、 自 分 は 4 年 間 、チューリヒお<br />

いて 福厹 音 を 教卝 えてきたが、「ここは、 連 邦傗 の 中 で、 他 のどんな 都匙 市 よりも、 平匊 穏昳 で 平匊<br />

和匄 であった。」「それだから、キリスト 教卝 は、 一 般 社 会 の 安勣 全 を 保 障揃 する 最勞 善 のもの<br />

ではないだろうか」と 言匟 った。 14<br />

教卝 会 以匆 外勭 に 救 いはないと 言匟 って、 使却 節儊 たちは 議 員 たちに、 教卝 会 にとどまるよう 勧僊 告卪<br />

した。ツウィングリは 次卙 のように 答掬 えた。「このような 非 難挚 を 受匃 けても、 動 じてはな<br />

らない。 教卝 会 の 基匼 礎脔 は、ペテロが 忠儮 実 にキリストを 告卪 白换 したゆえにペテロにその 名匷 を<br />

与拜 えられたその 同 じ 岩 、 同 じキリストである。どの 国 においても、イエス・キリスト<br />

を 心升 から 信勼 じるものはみな、 神卡 に 受匃 け 入 れられる。まことに、ここに 教卝 会 がある。こ<br />

れ 以匆 外勭 においては、だれも 救 われることはできない。」 15 これらの 協匞 議 の 結医 果卵 、 司 教卝<br />

の 使却 節儊 の 1 人 は 改匳 革挙 派挩 の 信勼 仰纝 を 受匃 け 入 れた。<br />

議 会 はツウィングリに 不勘 利匏 な 決 言匟 議 をすることを 拒兘 んだ。そこでローマは、 新 しい<br />

攻 撃掐 の 用 意勪 をした。ツウィングリは、 敵育 の 策北 略傎 を 知半 らされた 時 、このように 叫经 んだ。<br />

「 攻 めてくるなら 来勵 い。 突 き 出 した 絶傉 壁儿 が、そのふもとに 打占 ち 寄 せる 波 に 動 じないよ<br />

うに、わたしも 恐傁 れない。」 16 聖脩 職厯 者 たちのすることは、 彼 らがくつがえそうとした<br />

その 運卞 動 を、 促傌 進勺 するだけであった。 真卢 理 は 広南 がり 続勸 けた。ドイツの 支匣 持匛 者 たちは、<br />

ルターが 行 方 不勘 明 になったために 失拽 望捬 したが、スイスにおける 福厹 音 の 進勺 展捯 をみて、 勇腅<br />

気勴 を 取勚 りもどした。チューリヒにおいて 宗儲 教卝 改匳 革挙 が 確卾 立 した 時 、その 結医 果卵 は、 悪捰 徳 の<br />

鎮昼 圧 と、 秩膈 序胺 と 調 和匄 の 促傌 進勺 となって 著兆 しくあらわれた。「 平匊 和匄 がわれわれの 都匙 市 に 宿<br />

っている。 言匟 論厱 、 偽兖 善 、しっと、 争拫 闘 はない。 主勢 とわれわれの 教卝 義拣 を 除揄 いてほかのど<br />

こからこのような 一 致 が 与拜 えられるであろうか。これは、われわれを 平匊 和匄 と 敬肭 虔 の 実<br />

で 満掫 たすのである。」 17<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 が 勝 利匏 を 収厓 めたので、 法 王掣 派挩 はますます 堅儕 い 決 意勪 をもって、その 撲儹 滅脛 を 謀纠<br />

るようになった、 彼 らはドイツにおいて、ルターの 運卞 動 を 迫 害县 によってはさほど 鎮昼 圧<br />

することができなかったのを 見 て、 改匳 革挙 それ 自 身拴 の 武叇 器捙 によって 改匳 革挙 を 迎 え 撃掐 とうと<br />

した。 彼 らは、ツウィングリと 討挎 論厱 を 行 う 手 はずを 定 め、ただその 場 所勰 だけでなくて、<br />

討挎 論厱 の 審拥 査匀 員 も 自 分 たちで 決 めて、 必厧 勝 を 期勡 した。 そして 彼 らは、ひとたびツウィン<br />

グリを 自 分 たちの 手 中 に 入 れてしまえば、 彼 を 逃偹 さないようにしようとしていた。 指匦<br />

導拗 者 を 沈腉 黙縹 させるならば、 運卞 動 は 速捠 やかに 弾傆 圧 することができるのであった。しかし、<br />

この 計匧 画厐 は、 極掄 秘兕 のうちに 行 われていた。 討挎 論厱 は、バーデンで 行 われることに 決 まっ<br />

た。しかし、ツウィングリは 現勶 れなかった。チューリヒの 議 会 は、 法 王掣 派挩 の 策北 略傎 に 気勴<br />

126


反 乱 の 根 源<br />

づくとともに、 法 王掣 派挩 の 州拰 において 福厹 音 を 信勼 じた 者 たちが 火 刑傃 に 処叀 せられたことに 危捦<br />

険叁 を 感厤 じ、 彼 らの 牧肧 師 がこうした 危捦 険叁 に 身拴 をさらすことを 禁 じたのである。 彼 は、チ<br />

ューリヒにおいてならば、ローマが 派挩 遣傛 するすべての 法 [ 三勫 派挩 と 会 見 するつもりであっ<br />

た。しかし、 真卢 理 のための 殉程 教卝 者 の 血傔 が 流及 されたばかりのバーデンへ 行 くことは、 明<br />

らかに 死拎 にに 行 くことであった。そこで、エコランパデウスとハラーが 改匳 革挙 派挩 の 代 表勖<br />

として 選 ばれた。 一 方 、 有卻 名匷 なエック 博 士厨 が、 博 学 な 学 者 や 司 教卝 たちの 支匣 援拶 を 受匃 けて、<br />

ローマを 代 表勖 することになった。<br />

ツウィングリは 会 議 に 出 席 していなかったが、 彼 の 感厤 化 はそこに 及 んでいた。 書危 記卌<br />

はみな 法 王掣 派挩 によって 選 ばれ、 他 の 者 は 筆僜 記卌 することを 禁 じられて、それを 犯 すと 死拎<br />

刑傃 であった。それにもかかわらず、ツウィングリはバーデンで 論厱 じられたことを 毎傭 日<br />

詳肠 しく 知半 らされた。 討挎 論厱 に 出 席 していた 学 生 が、 毎傭 晩纽 その 日 の 議 論厱 を 記卌 録捎 した。この<br />

記卌 録捎 を、 他 の 2 人 の 学 生 が、エコランパデウスの 毎傭 日 の 手 紙 とともに、チューリヒの<br />

ツウィングリのところに 届僪 けた。ツウィングリはそれに 答掬 えて、 助捉 言匟 や 指匦 示単 を 与拜 えた。<br />

彼 の 手 紙 は 夜 書危 かれ、 学 生 たちは、 朝厁 それを 携掠 えてバーデンにもどってきた。 町 の 門挋<br />

番挤 の 目 を 逃偹 れるために、 使却 者 たちは 頭挓 に 鶏晰 のかごを 乗拳 せ、 何挬 のさまたげも 受匃 けずに 行<br />

き 来勵 できた。 こうしてツウィングリは、 狡焛 猾焨 な 敵育 との 戦勛 いに 当勠 たることができた。<br />

「 彼 は、 瞑 想挹 、 眠縔 らぬ 夜 、また、バーブンに 送拡 った 助捉 言匟 によって、 敵育 たちの 間 で 自 分<br />

が 討挎 論厱 するより、もっと 多匭 くのことを 行 った」とミコニウスは 言匟 っている。 18<br />

ローマ 側卷 の 人 々は、 勝 利匏 を 見 越掳 して、 宝肮 石厈 をちりば めた 美捜 服傕 をまとって 意勪 気勴 揚胚 々と<br />

バーデンに 乗拳 り 込匸 んでいた。 彼 らの 食挱 卓繮 には、ぜいたくのかぎりを 尽能 くした 美捜 食挱 と 最勞<br />

高 の 酒儀 が 豊掿 富挛 に 並 べられていた。 彼 らは、こうして 陽傘 気勴 な 歓脒 楽掱 にふけって、 彼 らの 聖脩<br />

職厯 者 としての 義拣 務勲 を 軽 視拹 していた。 改匳 革挙 者 たちは、それとは 全 く 対 照儠 的 に、 乞贳 食挱 の 一<br />

行 よりはややましな 程损 度 と 見 なされるほど 質拾 素 で、 彼 らの 食挱 事 はつましいものであり、<br />

長 く 食挱 卓繮 にとどまってなどいなかった。エコランパデウスの 宿 の 主勢 人 は、 彼 がいつも<br />

部 屋厡 で 研挣 究捨 をしているか、それとも 祈绗 っているかしているのを 見 て 非 常拤 に 驚脚 き、この<br />

異 端健 者 はとにかく「 非 常拤 に 敬肭 虔 」であると 報匔 告卪 している。<br />

議 場 において、「エックは、りっぱに 飾兇 られた 講僂 壇绵 に、 高 慢纁 な 態拟 度 で 上 ったが、 謙旎<br />

虚縚 なエコランパデウスは、 質拾 素 な 衣胼 服傕 をまとっており、エックの 前 にあった 粗昴 末拢 な 造挝<br />

りの 腰胷 かけにすわらせられた。」 19 エックは、 大 声拨 で、 無叄 限拘 の 確卾 信勼 をもって 語指 った。<br />

信勼 仰纝 の 擁繗 護厽 者 には 多匭 額厀 の 報匔 酬脿 が 与拜 えられることになっていたので、 彼 の 熱 心升 は 名匷 誉縃 と<br />

ともに 金 銭儓 にも 刺儒 激 されていた。そして 議 論厱 に 失拽 敗反 すると、 相 手 を 侮贔 辱既 し、 口卶 ぎたな<br />

くののしりさえするのであった。<br />

127


反 乱 の 根 源<br />

エコランパデウスは、 慎儃 み 深捫 く、 自 己偻 を 過厢 信勼 せず、 論厱 争拫 を 避 けていた。そして、<br />

「 私捔 は 神卡 の 言匟 葉挺 以匆 外勭 のどんな 審拥 判匯 の 標 準厜 も 認卉 めない」という 厳 粛施 な 誓绒 いの 言匟 葉挺 をもっ<br />

て 議 論厱 に 応厸 じた。 20 エコランパデウスは、 柔肛 和匄 で 礼脊 儀腝 正匁 しかったが、 力 強勮 く、ひるむ<br />

ことなく 立 った。 法 王掣 側卷 がいつものように、 教卝 会 の 慣脹 習 に 関 する 権勻 威胙 を 主勢 張挗 した 時 に<br />

も、 改匳 革挙 者 は 聖脩 書危 を 固 持匛 してゆるがなかった。「わがスイスにおいては、 憲 法 に 従 っ<br />

たものでないかぎり、 慣脹 習 は 無叄 効捓 である。こと 信勼 仰纝 に 関 しては、 型捗 書危 がわれわれの 憲<br />

法 である」と 彼 は 言匟 った。 21 この 討挎 議 に 当勠 たった 両厥 者 の 対 照儠 は、 影挼 響捳 を 及 ぼさずには<br />

いなかった。 柔肛 和匄 で 慎儃 重匤 な 態拟 度 のうちに 提卖 示単 された、 改匳 革挙 者 の 冷偭 静 で 明 快儜 な 理 論厱 は、<br />

エックの 高 慢纁 でそうそうしい 憶縪 説拿 をきらった 人 々の 心升 に 訴挰 えた。 討挎 議 は 18 日 間 続勸 い<br />

た。その 最勞 後 に 当勠 たって、 法 王掣 側卷 は、 大 いなる 確卾 信勼 をもって 勝 利匏 を 宣傪 言匟 した。 議 員 た<br />

ちの 多匭 くも、 法 王掣 則 に 加匎 叕担 した。 議 会 は 改匳 革挙 者 たちの 敗反 北勾 を 宣傪 し、 指匦 導拗 者 ツウィング<br />

リと 共厗 に 教卝 会 からの 除揄 名匷 を 布偵 告卪 した。しかし、 会 議 の 結医 果卵 もたらされたものは、どち<br />

ら 側卷 が 有卻 利匏 であったかを 明 らかにした、すなわちこの 討挎 議 の 結医 果卵 、プロテスタントの<br />

運卞 動 が 強勮 力 に 推掙 進勺 され、その 後 間 もなく、ベルンとバーゼルという 重匤 要勥 な 都匙 市 が、 改匳<br />

革挙 の 側卷 に 立 つことを 宣傪 言匟 したのであった。<br />

128


反 乱 の 根 源<br />

第匌 10 章 ドイツ 宗 教卝 改匳 革 の 進勺 展<br />

ルターの 不勘 可參 解卆 な 失拽 踪 は、ドイツ 全 国 を 非 常拤 に 驚脚 かせた。どこへ 行 っても、 人 々は、<br />

彼 のことを 尋繄 ねていた。 途 方 もないうわさが 広南 がり、 彼 が 殺掮 されたと 思卩 い 込匸 む 者 も 多匭<br />

かった。 明 らかに 彼 の 友掻 人 であるとわかる 者 だけでなく、 公勗 然掍 と 宗儲 教卝 改匳 革挙 に 加匎 わっ<br />

て はいなかった 幾继 千収 の 者 までが、 深捫 い 悲胳 しみに 沈腉 んだ。 多匭 くの 者 は 結医 束僓 して、 彼 の 死拎<br />

のふくしゅうを 厳 粛施 に 誓绒 った。<br />

法 王掣 側卷 の 指匦 導拗 者 たちは、 彼 らに 対 する 反卬 感厤 の 高 まりを 見 て 恐傁 れた。 初匘 めはルターが<br />

死拎 んだものと 思卩 って 喜 んだが、すぐに 彼 らは、 人 々の 怒腹 りから 隠僸 れたいと 願傿 った。ル<br />

ターの 敵育 は、 彼 が 彼 らの 中 にいてどんなに 大 胆绺 に 行 動 したにしても、いなくなった 今<br />

ほどには 困傮 らせられなかったのである。 激 しく 怒腹 って、 勇腅 敢暑 な 改匳 革挙 者 を 殺掮 そうとした<br />

者 も、 今 は、 彼 が 自 由厩 のきかない 捕 虜 になっていることに 恐傁 怖繍 を 抱 いた。「われわれ<br />

を 救 う 唯繴 一 の 方 法 は、たいまつを 点勷 じ、 令傂 世匒 界化 を 回 ってルターを 尋繄 ね 出 して、 彼 を 1<br />

呼 び 求卍 めている 国 民 にかえすことだ」という 者 もあった。 1 皇 帝胰 の 布偵 告卪 も、その 威胙 力 を<br />

失拽 ったかに 見 えた。 法 王掣 の 使却 節儊 たちは、 皇 帝胰 の 布偵 告卪 がルターの 運卞 命挻 ほどには 人 々の 注挅<br />

意勪 をひかないのを 見 て、 非 常拤 に 怒腹 った。<br />

ルターは 捕 われてはいるが 安勣 全 であるという 知半 らせに、 人 々の 不勘 安勣 は 静 まったが、<br />

それとともに、 彼 を 支匣 持匛 する 熱 意勪 はさらに 高 まった。 彼 の 著兆 書危 は、これまでにない 非<br />

常拤 な 熱 心升 さで 読傊 まれた。 恐傁 ろしい 強勮 敵育 に 立 ち 向匇 かって、 神卡 の 言匟 葉挺 を 擁繗 護厽 した 英捼 雄接 の 事<br />

業 に、ますます 多匭 くの 者 が 参厴 加匎 した。 宗儲 教卝 改匳 革挙 は、 着挄 実 に 勢厕 力 を 増匲 しつつあった。ル<br />

ターのまいた 種捶 が、 至儖 る 所勰 で 芽绊 を 出 した。 彼 がいたのではできなかったような 働掴 きが、<br />

彼 がいないことによって 成勱 し 遂脎 げられた。 偉昖 大 な 指匦 導拗 者 が 取勚 り 去掇 られたために、 他 の<br />

働掴 き 人 たちが 新 たな 責掅 任厃 を 感厤 じた。 彼 らは、 新 たな 信勼 仰纝 と 熱 心升 に 燃 えて 全 力 をあげて<br />

前 進勺 し、りっぱに 始卿 められた 働掴 きが 妨绋 げられないようにしたのである。 しかし、サタ<br />

ンも、 子 をこまぬいてはいなかった。 彼 は、 今 、 他 のあらゆる 改匳 革挙 運卞 動 において 試去 み<br />

てきたことをしたのである。すなわち、 真卢 の 改匳 革挙 事 業 の 代 わりに 偽兖 物匵 をつかませて 人<br />

々を 欺繏 き、 滅脛 ぼそうとした。キリスト 教卝 会 の 第匌 1 世匒 紀 に 偽兖 キリストたちが 現勶 れたよう<br />

に、16 世匒 紀 こも 偽兖 預 言匟 者 たちが 現勶 れた。<br />

宗儲 教卝 界化 の 騒胻 ぎに 強勮 く 刺儒 激 された 2、3 の 者 が、 自 分 たちは 天拦 からの 特厣 別厌 の 啓繡 示単 を 受匃<br />

けたと 思卩 い 込匸 んだ。そして、 自 分 たちは、ルターが 細 々と 始卿 めた 改匳 革挙 を 完 成勱 させるよ<br />

う 神卡 の 任厃 命挻 を 受匃 けたと 主勢 張挗 した。しかし、 実 際匶 には、 彼 らはルターが 成勱 し 遂脎 げた 働掴 き<br />

そのものをくつがえしていた。 彼 らは、 改匳 革挙 の 根捏 底 そのものである 大 原募 則 、すなわち、<br />

129


反 乱 の 根 源<br />

神卡 の 言匟 葉挺 は 信勼 仰纝 と 行 為 の 完 全 な 規厶 準厜 であるということを 拒兘 んだ。そして、その 言匟 誤儶 る<br />

ことのない 指匦 導拗 に 代 えて、 彼 ら 自 身拴 の 感厤 情午 と 印偝 象拺 という 変厭 わりやすい 不勘 確卾 実 な 標 準厜 を<br />

用 いた。 誤儶 りと 虚縚 偽兖 の 偉昖 大 な 検匴 出 器捙 である 神卡 の 言匟 葉挺 を 廃 棄 するこの 行 為 によって、サ<br />

タンが 思卩 うままに 人 間 の 心升 を 支匣 配括 する 道匠 が 開 かれた。<br />

これらの 預 言匟 者 たちの 1 人 は、 天拦 使却 ガブリエルから 教卝 えを 受匃 けたと 主勢 張挗 した。 彼 と<br />

結医 束僓 した 一 学 生 は、 自 分 の 勉腯 強勮 を 放择 棄 し、 自 分 は 神卡 ご 自 身拴 から、 神卡 の 言匟 葉挺 を 説拿 明 する<br />

知半 恵 が 与拜 えられたと 宣傪 言匟 した。 他 に、 生 来勵 狂旆 信勼 的 な 傾傧 向匇 の 者 たちが 彼 らに 加匎 わった。<br />

こうした 狂旆 信勼 家匝 の 行 動 によって、 少厮 なからず 騒胻 ぎが 起招 こった。ルターの 説拿 教卝 によって、<br />

至儖 る 所勰 の 人 々は 改匳 革挙 の 必厧 要勥 を 感厤 じるようになっていたが、 今 、 真卢 にまじめな 人 々のな<br />

かには、 新 しい 預 言匟 者 たちの 主勢 張挗 に 惑 わされる 者 があった。<br />

この 運卞 動 の 指匦 導拗 者 たちは、ウィッテンベルクに 行 き、メランヒトンと 彼 の 同 労排 者 た<br />

ちに、 彼 らの 主勢 張挗 を 訴挰 えた。「われわれは、 人 々を 教卝 育挞 するために 神卡 に 遣傛 わされた。<br />

われわれは、 親捧 しく 主勢 と 話匋 してきた。われわれは、 何挬 が 起招 こるかを 知半 っている。 一 言匟<br />

で 言匟 えば、われわれは 使却 徒傣 であり、 預 言匟 者 である。そして、ルター 博 士厨 に 訴挰 える」と<br />

彼 らは 言匟 った。 2<br />

改匳 革挙 者 たちは、 驚脚 き 当勠 惑 した。こうしたことにはまだ 当勠 面卥 したことがなく、 彼 らは<br />

どうしてよいかわからなかった。メランヒトンは 次卙 のように 言匟 った。「 確卾 かにこの 人<br />

々には、 異 常拤 な 霊绳 が 働掴 いている。しかし、それはなんの 霊绳 であるか。…… 一 方 におい<br />

て、われわれは、 神卡 の 霊绳 を 消拔 さないように 気勴 をつけなければならない。そして、 他 方<br />

においては、サタンの 雷膃 に 惑 わされないようにしなければならない。」 3<br />

新 しい 教卝 えの 結医 果卵 が、まもなく 明 らかになってきた。 人 々は 聖脩 書危 を 軽 んじ、あるい<br />

はそれを 全 く 放择 棄 するようになった。 学 校厛 は 混 乱 に 陥肿 った。 学 生 たちは、すべての 制勧<br />

限拘 を 無叄 視拹 して、 研挣 究捨 を 放择 棄 し、 大 学 をやめてしまった。 改匳 革挙 事 業 を 復挴 興掰 して 支匣 配括 する<br />

ことができると 考卛 えた 人 々は、それを 破挐 滅脛 の 渕 に 沈腉 め 得千 ただけであった。ローマ 側卷 は<br />

自 信勼 をとりもどし、「あともう 1 戦勛 交卦 えれば、すべてはわれわれのものだ」と 勝 ち 誇縷<br />

って 叫经 んだ。 4 ワルトブルクにいたルターは、 事 の 次卙 第匌 を 耳脥 にし、 憂旨 慮傼 して 言匟 った。<br />

「わたしは、サタンがこのような 災 いを 送拡 ってくることを 常拤 に 子 期勡 していた。」 5 彼 は、<br />

これらの 偽兖 預 言匟 者 たちの 本 性勯 を 見 抜掽 いた。そして、 真卢 理 の 運卞 動 が 危捦 険叁 にさらされてい<br />

るのを 見 た。 法 王掣 や 皇 帝胰 の 反卬 対 も、 今 彼 が 経 験挧 しているほど 大 きな 悩肘 みや 苦 しみでは<br />

なかった。 改匳 革挙 事 業 の 支匣 持匛 者 と 称胃 する 人 々の 中 から、 最勞 悪捰 の 敵育 が 現勶 れたのであった。<br />

彼 に 大 きな 喜 びと 慰縺 めを 与拜 えた 真卢 理 そのものが、 教卝 会 の 中 に 争拫 闘 と 混 乱 を 起招 こすため<br />

に、 用 いられていたのである。<br />

130


反 乱 の 根 源<br />

改匳 革挙 の 働掴 きにおいて、ルターは 神卡 の 霊绳 によって 前 進勺 させられたのであり、 自 分 自 身拴<br />

を 越掳 えて 導拗 かれていた。 彼 は、そのような 立 場 をとろうとは 意勪 図掛 していなかったし、<br />

またあのような 急双 激 な 変厭 化 を 起招 こそうとは 考卛 えていなかった。 彼 は、ただ、 無叄 限拘 の 神卡<br />

の 手 中 の 器捙 に 過厢 ぎなかった。それにもかかわらず、 彼 は 自 分 の 働掴 きの 結医 果卵 について、<br />

しばしば 悩肘 んだ。 彼 は、ある 時 次卙 のように 言匟 った。「もしわたしの 教卝 義拣 が、どんなに<br />

身拴 分 が 低拯 く 卑赐 しい 人 であっても、その 1 人 、ただ 1 人 でも 傷偟 つけたとわかったなら<br />

ば、——これは 福厹 音 そのものであるから、そのようなことはあり 得千 ないのだが——わ<br />

たしはそれを 取勚 り 消拔 す。 取勚 り 消拔 さないくらいならば、10 回 死拎 んだほうがよい。」 6<br />

今 や、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 中 心升 地 、ウィッテンベルクそれ 自 体 が、 狂旆 信勼 と 無叄 法 の 勢厕 力 下 に 急双<br />

速捠 に 陥肿 っていた。この 恐傁 ろしい 状叔 態拟 は、ルターの 教卝 えの 結医 果卵 ではなかった。しかし、<br />

ドイツ 全 国 の 彼 の 敵育 が、それを 彼 のせいにした。 彼 は 非 常拤 に 心升 を 痛僎 めて、 時 々、「そ<br />

れでは、この 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 大 事 業 の 結医 果卵 は、こんなものなのであろうか」と 問勬 うた。 7 彼<br />

は、 熱 心升 に 神卡 に 祈绗 り 求卍 めて、ふたたび 心升 に 平匊 安勣 が 与拜 えられた。「この 仕捸 事 は、わたし<br />

のものではなくあなた 自 身拴 のものである。あなたは、それが 迷偧 信勼 と 狂旆 信勼 に 腐纄 敗反 される<br />

ことをお 許 しにならない。と 彼 は 言匟 った。 王掣 しかしこのような 危捦 機務 にあって、 争拫 闘 か<br />

ら 長 く 離掤 れているということは、 耐脾 えられないことであった。 彼 は、ウィッテンベル<br />

クに 帰 る 決 心升 をした。<br />

直卟 ちに、 彼 は 危捦 険叁 な 旅傯 に 出 た。 彼 は 帝胰 国 から 追挵 放择 されていた。 敵育 は 自 由厩 に 彼 の 生 命挻<br />

を 奪傤 うことができたし、 友掻 人 たちは 彼 を 助捉 けたりかくまったりすることを 禁 じられて<br />

いた。 帝胰 国 政 府匕 は、 彼 の 支匣 持匛 者 たちに 最勞 も 厳 しい 処叀 置厒 をとっていた。しかし 彼 は、 福厹<br />

音 事 業 が 危捦 機務 にひんしているのを 見 た。そして 彼 は、 真卢 理 のために 恐傁 れることなく 闘<br />

うために、 主勢 の 名匷 によって 出 ていった。<br />

選 挙拷 侯 に 送拡 った 手 紙 の 中 で、ルターは、ワルトブルクを 去掇 る 目 的 を 述掃 べたあとで、<br />

次卙 のように 言匟 った。「わたしは、 諸 侯 や 選 挙拷 侯 よりも 強勮 力 な 保 護厽 のもとに、ウィッテ<br />

ンベルクに 行 こうとしていることを 殿脟 下 にお 知半 らせいたします。わたしは、 殿脟 下 の 支匣<br />

持匛 を 求卍 めようとは 思卩 いません。あなたの 保 護厽 を 願傿 うよりは、わたしがあなたを 保 護厽 し<br />

たいと 思卩 います。もし 殿脟 下 がわたしを 保 護厽 することができ、あるいは 保 護厽 しようとな<br />

さることがわかっているならば、わたしはウィッテンベルクに 行 きたいとは 少厮 しも 思卩<br />

いません。この 運卞 動 は、 剣腚 によっては 推掙 進勺 できません。 人 間 の 援拶 助捉 や 同 意勪 によらず、<br />

ただ 神卡 だけが 万勦 事 をなさるべきです。 最勞 大 の 信勼 仰纝 を 持匛 っている 者 が、 最勞 も 保 護厽 する 力<br />

があるのです。」 8 ウィッテンベルクへの 途 中 で 書危 いた 第匌 二华 の 手 紙 の 中 で、ルターは<br />

次卙 のように 付厏 け 加匎 えた。「わたしは、 殿脟 下 のきげんをそこね、 全 世匒 界化 の 怒腹 りを 招偠 くこ<br />

とを 覚 悟縖 しています。ウィッテンベルク 市 民 は、わたしの 羊旴 ではないのでしょうか?<br />

131


反 乱 の 根 源<br />

神卡 は 彼 らを、わたしにおゆだねにならなかったのでしょうか?そしてわたしは、 必厧 要勥<br />

ならば、 彼 らのために 生 命挻 を 捨腇 てなくていいのでしょうか?さらに、わたしは、わが<br />

国 に 対 する 神卡 の 罰脖 として、ドイツに 恐傁 ろしい 暴偷 動 が 起招 こることを 恐傁 れるのです。」 9<br />

彼 は、 非 常拤 な 慎儃 重匤 さと 謙旎 そんをもって、しかも 断友 固 とした 決 意勪 のもとに、 彼 の 仕捸 事<br />

を 始卿 めた。「 暴偷 力 によって 立 てられたものを、われわれは、み 言匟 葉挺 によってくつがえ<br />

し 滅脛 ぼさなければならない。わたしは、 迷偧 信勼 深捫 い 人 々や 不勘 信勼 仰纝 な 人 々に 対 して、 暴偷 力<br />

を 用 いない。 人 を 強勮 いてはならない。 自 由厩 は 信勼 仰纝 の 本 質拾 そのものである。」 10<br />

ルターがすでにもどってきて、 説拿 教卝 をしようとしているということは、まもなくウ<br />

ィッテンベルク 中 に 知半 れ 渡据 った。 人 々は、 各厰 地 から 集厦 まってきて、 教卝 会 はあふれるば<br />

かりになった。 彼 は、 説拿 教卝 壇绵 に 上 り、 大 いなる 知半 恵 と 柔肛 和匄 をもって、 教卝 え、 勧僊 め、 譴<br />

責掅 した。ミサを 廃 止厙 しようとして 暴偷 力 に 訴挰 えた 人 々の 行 動 について、 彼 は 次卙 のように<br />

言匟 った。 「ミサは、 悪捰 いものである。 神卡 は、それに 反卬 対 しておられる。それは 廃 され<br />

るべきである。わたしは、 全 世匒 界化 において、 福厹 音 の 聖脩 餐 がそれに 代 わることを 望捬 んで<br />

いる。しかし、だれ 1 人 として、 暴偷 力 によってそれから 引匂 き 離掤 されてはならない。わ<br />

れわれは、その 事 を 神卡 の 手 にゆだねなければならない。み 言匟 葉挺 が 行 動 を 起招 こすべきで、<br />

われわれではない。それはなにゆえか、とあなたがたはたずねるであろう。それは、<br />

陶 工卋 が 土拋 を 手 に 持匛 つように、 人 々の 心升 がわたしの 手 中 にあるわけではないからである。<br />

われわれは 語指 る 権勻 利匏 がある、だがわれわれに 行 動 する 権勻 利匏 はない。われわれは 宣傪 べ 伝捱<br />

えよう。だがそれ 以匆 上 は 神卡 に 属傍 する。<br />

わたしが 暴偷 力 に 訴挰 えたとしても、なんの 益捍 があろうか。しかめつら、 形捊 式厚 、 物匵 まね、<br />

人 間 の 儀腝 式厚 、そして 偽兖 善 である。……そして、 誠肬 実 さも 信勼 仰纝 も 愛 も、そこには 見 られ<br />

ないであろう。この 3 つが 欠 けていれば、すべてが 欠 けている。そのような 結医 果卵 は、<br />

なんの 価卒 値捛 もない。 神卡 は、あなたとわたしと 全 世匒 界化 とが、 力 を 合 わせて 行 う 以匆 上 のこ<br />

とを、み 言匟 葉挺 だけによってなされる。 神卡 は、 人 の 心升 を 捕 らえられる。そして 心升 が 捕 ら<br />

えられる 時 に、すべてが 得千 られるのである。わたしは、 説拿 教卝 し、 討挎 論厱 し、 著兆 述掃 をする。<br />

しかし、わたしは、だれも 強勮 制勧 しない。なぜなら、 信勼 仰纝 は 自 発 的 な 行 為 だからである。<br />

わたしの 行 ったことを 見 てほしい。わたしは、 法 王掣 に、 免僧 罪 符绍 に、そして 法 王掣 の 支匣 持匛<br />

者 たちに 反卬 対 したが、 暴偷 力 を 用 いたり 騒胻 ぎを 起招 こしたりはしなかった。わたしは 神卡 の<br />

言匟 葉挺 を 差挽 し 出 した。わたしは 説拿 教卝 し、 書危 いた。これがわたしの 行 ったすべてである。<br />

それにもかかわらずわたしが 眠縔 っている 間 に、……わたしが 説拿 いたみ 言匟 葉挺 が 法 王掣 権勻 を<br />

くつがえしたのであって、 諸 侯 も 皇 帝胰 もこれほどの 損措 害县 を 与拜 えたことはなかった。し<br />

かし、わたしは 何挬 もしなかった。み 言匟 葉挺 だけがすべてを 行 った。もしわたしが 暴偷 力 に<br />

訴挰 えたならば、 恐傁 らくドイツ 全 国 に 血傔 の 雨僟 が 降 ったことであろう。そして、その 結医 果卵<br />

132


反 乱 の 根 源<br />

はどうであったろうか。 身拴 体 も 霊绳 魂 も 滅脛 び 失拽 せてしまったことであろう。それゆえに、<br />

わたしは 静 かにしていた。そして、み 言匟 葉挺 だけを、 世匒 界化 にゆきわたらせておいたので<br />

ある。」 11<br />

ルターは、1 週 間 にわたって、 毎傭 日 、 熱 心升 な 聴傏 衆 に 説拿 教卝 しつづけた。 神卡 の 言匟 葉挺 が、<br />

狂旆 信勼 的 な 騒胻 ぎを 静 めた。 福厹 音 の 力 が、 惑 わされた 人 々を 真卢 理 の 道匠 に 引匂 きもどした。ル<br />

ターは、 非 常拤 な 害县 悪捰 を 及 ぼした 狂旆 信勼 家匝 たちと 会 うことを 望捬 まなかった。 彼 らは、 判匯 断友<br />

力 が 健掕 全 でなく、 感厤 情午 の 未 熟绅 な 人 々で、 天拦 からの 特厣 別厌 の 光捄 を 受匃 けたと 言匟 いながら、わ<br />

ずかの 反卬 論厱 、または 親捧 切卲 な 譴 責掅 や 勧僊 告卪 さえも 受匃 けつけない 人 々であることを、 彼 は 知半<br />

っていた。 彼 らは、 最勞 高 の 権勻 威胙 を 持匛 ったものであると 称胃 して、いやおうなしに、すべ<br />

ての 者 に 彼 らの 主勢 張挗 を 認卉 めさせた。しかし、 彼 らがルターに 会 見 を 申捩 し 込匸 んできたの<br />

で、 彼 は、 彼 らに 会 うことに 同 意勪 した。そして 彼 は、 巧绾 みに 彼 らの 化 けの 皮脦 をはいだ<br />

ので、 偽兖 り 者 たちは 直卟 ちにウィッテンベルクを 退挖 散偶 してしまった。<br />

こうして、 狂旆 信勼 は 一 時 くいとめられた。しかし、それは 数包 年 後 にさらに 激 しく 盛 り<br />

かえして、 恐傁 ろしい 結医 果卵 をもたらした。この 運卞 動 の 指匦 導拗 者 について、ルターは 次卙 のよ<br />

うに 言匟 った。「 彼 らにとって、 聖脩 書危 は 死拎 文卽 に 過厢 ぎない。そして 彼 らはみな、『 聖脩 霊绳 、<br />

聖脩 霊绳 』と 叫经 び 出 した。しかし、わたしは 彼 らの 霊绳 の 導拗 く 所勰 には、もちろんついて 行 か<br />

ない。どうか、 憐穳 れみ 深捫 い 神卡 が、 自 称胃 聖脩 徒傣 だけしかいないような 教卝 会 から、わたしを<br />

守捿 ってくださるように。わたしは、 自 分 たちの 罪 を 痛僎 感厤 し、 神卡 の 慰縺 めと 支匣 えを 得千 るた<br />

めに、 心升 の 底 からたえずうめき、 叫经 び 求卍 める 人 々、 謙旎 そんで 弱傽 く 病挶 んでいる 人 々と 共厗<br />

に 住卫 みたいと 思卩 う。」 12<br />

狂旆 信勼 家匝 の 中 で 最勞 も 活卹 動 的 なトマス・ミュンッァーは、 非 常拤 な 才纞 能印 の 持匛 ち 主勢 であった。<br />

もし 彼 が 正匁 しく 指匦 導拗 されたならば、 世匒 を 益捍 するところが 多匭 かったであろう。しかし 彼<br />

は、 真卢 の 宗儲 教卝 の 根捏 本 原募 則 を 知半 っていなかった。「 彼 は、 世匒 界化 を 改匳 革挙 しようと 望捬 んだ。<br />

そして、すべての 熱 狂旆 家匝 たちと 同 様捞 に、 改匳 革挙 はまず 自 分 から 始卿 まるべきであることを<br />

忘脨 れた。」 13 彼 は、 地 位匱 と 勢厕 力 への 野 望捬 を 抱 き、ルターに 次卙 ぐ 地 位匱 でも 満掫 足拒 しなかっ<br />

た。 改匳 革挙 者 たちが、 法 王掣 の 代 わりに 聖脩 書危 の 権勻 威胙 を 認卉 めるならば、それは、ただ 別厌 の 形捊<br />

の 法 王掣 権勻 を 樹 立 するだけであると 彼 は 主勢 張挗 した。そして 彼 自 身拴 は、 自 分 は 真卢 の 改匳 革挙 を<br />

行 うために、 神卡 の 任厃 命挻 を 受匃 けたと 主勢 張挗 した。「この 精 神卡 を 持匛 つものは、 一 生 涯昗 聖脩 書危 を<br />

見 なくても、 真卢 の 信勼 仰纝 を 持匛 つ」とミュンツァーは 言匟 った。 14<br />

狂旆 信勼 的 教卝 師 たちは、 感厤 情午 のままに 支匣 配括 され、すべての 思卩 いと 衝胓 動 を 神卡 の 声拨 であると<br />

考卛 えた。したがって、 彼 らは、 非 常拤 に 極掄 端健 であった。「 文卽 字捐 は 人 を 殺掮 し、 霊绳 は 人 を 生<br />

三勫 かす」と 叫经 んで、 聖脩 書危 を 焼催 く 者 さえあった。ミュンッァーの 教卝 えは、 奇纟 異 を 好捆 む 人<br />

133


反 乱 の 根 源<br />

心升 に 訴挰 えると 共厗 に、 事 実 上 、 人 間 の 思卩 想挹 や 意勪 見 を 神卡 の 言匟 葉挺 以匆 上 に 高 めて、 彼 らの 誇縷 り<br />

を 満掫 足拒 させた。 彼 の 教卝 義拣 は、 幾继 千収 のものに 迎 えられた。 彼 はまもなく、 公勗 の 礼脊 拝旟 のあ<br />

らゆる 秩膈 序胺 を 公勗 然掍 と 非 難挚 し、 諸 侯 に 服傕 従 することは 神卡 とベリァルの 両厥 方 に 仕捸 えようと<br />

するものである、と 宣傪 言匟 した。 すでに 法 王掣 権勻 の 拘縅 束僓 を 脱傰 し 始卿 めていた 人 々の 心升 は、 国<br />

家匝 の 権勻 力 の 束僓 縛旸 にも 耐脾 えられなくなっていた。 神卡 の 是肔 認卉 によるものと 称胃 したミュンツ<br />

ァーの 改匳 革挙 的 教卝 義拣 は、 彼 らをあらゆる 抑 制勧 から 引匂 き 離掤 し、 彼 らの 偏旌 見 と 感厤 情午 の 赴 くま<br />

まにさせた。 最勞 も 恐傁 ろしい 暴偷 動 と 争拫 闘 の 場 面卥 が 続勸 いて 起招 き、ドイツの 国 土拋 に 血傔 の 雨僟 が<br />

降 った。<br />

狂旆 信勼 の 結医 果卵 起招 こったことが、 宗儲 教卝 改匳 革挙 のせいにされたのを 見 たルターは、ずっと 以匆<br />

前 にエルフルトで 経 験挧 した 苦 悩肘 に 倍 するほどの、 大 きな 苦 悩肘 を 味控 わった。 法 王掣 側卷 の 諸<br />

侯 は、ルターの 教卝 義拣 は 当勠 然掍 反卬 逆 を 引匂 き 起招 こすものであると 断友 言匟 し、 多匭 くの 者 がそれを<br />

是肔 認卉 するありさまだった。こうした 非 難挚 は、なんの 根捏 拠 もないものであったが、 改匳 革挙<br />

者 ルターに 大 きな 悩肘 みを 与拜 えずにはいなかった。 真卢 理 の 事 業 が、 卑赐 劣縆 な 狂旆 信勼 と 同 一 視拹<br />

されて、このように 辱既 しめられることは、 耐脾 えられないことに 思卩 われた。 他 方 、 反卬 逆<br />

の 指匦 導拗 者 たちは、ルターが 彼 らの 教卝 義拣 に 反卬 対 し、 神卡 の 霊绳 感厤 によるものであるという 彼<br />

らの 主勢 張挗 を 否 定 しただけでなく、 彼 らを 国 家匝 の 権勻 力 に 反卬 逆 する 者 であると 言匟 ったため<br />

に、ルターを 憎 んだ。その 報匔 復挴 として、 彼 らはルターを 卑赐 しい 欺繏 瞞 者 と 非 難挚 した。 彼<br />

は、 諸 侯 と 民 衆 の 両厥 方 の 敵育 意勪 を 招偠 いたかのように 思卩 われた。<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 が 急双 速捠 に 衰斠 えるのを 見 た 法 王掣 側卷 は、 大 いに 喜 んだ。そして 彼 らは、ルター<br />

がけんめいに 正匁 そうと 努 力 してきた 誤儶 りさえもルターの 責掅 任厃 にした。 狂旆 信勼 者 たちは、<br />

不勘 当勠 な 取勚 り 扱僻 いを 受匃 けたと 偽兖 って、 多匭 くの 民 衆 の 同 情午 を 得千 ることに 成勱 功僵 した。そして、<br />

誤儶 った 側卷 に 加匎 叕担 する 者 がしばしばそうみなされるように、 彼 らは 殉程 教卝 者 とみなされた。<br />

こうして、 宗儲 教卝 改匳 革挙 に 全 力 をあげて 反卬 対 していた 者 たちが、 残拑 酷昰 と 圧 制勧 の 犠腻 牲繉 者 とし<br />

て、 同 情午 と 賞 賛僮 を 受匃 けた。これはサタンの 働掴 きであって、 最勞 初匘 、 天拦 においてあらわさ<br />

れたのと 同 じ 反卬 逆 の 精 神卡 に 動 かされたものであった。<br />

サタンは、 常拤 に 人 々を 欺繏 き、 罪 を 義拣 と 呼 び、 義拣 を 罪 と 呼 ばせる。 彼 の 働掴 きはなんと<br />

成勱 功僵 していることであ ろう。 真卢 理 を 擁繗 護厽 して 堅儕 く 立 つために、 神卡 の 忠儮 実 なしもべたち<br />

がなんとしばしば 非 難挚 攻 撃掐 を 受匃 けることであろう。サタンの 代 理 に 過厢 ぎない 者 が、 賞<br />

賛僮 とへつらいを 受匃 けて、 殉程 教卝 者 とさえみなされている。 他 方 、その 神卡 への 忠儮 誠肬 に 対 し<br />

て 尊胛 敬肭 と 支匣 持匛 を 受匃 けるべき 人 々が、 疑卧 惑 と 不勘 信勼 のもとに 孤縩 立 させられているのである、<br />

にせの 聖脩 潔昔 、 偽兖 りの 清捲 さが、 今 なお 欺繏 隔绔 の 活卹 動 を 行 っている。それは、ルターの 面卥 時<br />

代 のように、 種捶 々の 形捊 態拟 のもとにその 精 神卡 をあらわし、 人 々の 心升 を 聖脩 書危 から 引匂 き 離掤 し<br />

て、 神卡 の 律傢 法 に 服傕 従 するよりは 自 分 たちの 感厤 情午 や 印偝 象拺 に 従 うようにさせる。これは、<br />

134


反 乱 の 根 源<br />

純儻 潔昔 と 真卢 理 を 非 難挚 するサタンの 最勞 も 巧绾 妙胄 な 手 段掀 の 1 つである。ルターは 恐傁 れることな<br />

く、 四捡 方 からの 攻 撃掐 に 対 し 福厹 音 を 擁繗 護厽 した。 神卡 の 言匟 葉挺 は、あらゆる 争拫 いにおいて、 偉昖<br />

大 な 武叇 器捙 であった。その 言匟 葉挺 をもって、 彼 は、 法 王掣 が 僑秣 取勚 した 権勻 力 や、 学 者 の 思卩 弁 的<br />

な 哲脼 学 に 立 ち 向匇 かった。そして 他 方 、 彼 は、 宗儲 教卝 改匳 革挙 と 合 同 しようとした 狂旆 信勼 に 反卬 対<br />

して、 岩 のように 堅儕 く 立 ったのである。<br />

これら 相 対 立 する 諸 勢厕 力 は、そのいずれもが、 聖脩 書危 を 捨腇 て 去掇 り、 人 間 の 知半 恵 を、 宗儲<br />

教卝 的 真卢 理 と 知半 識掟 の 根捏 源 として 高 めていた。 理 性勯 主勢 義拣 は、 理 性勯 を 偶旦 像僕 にして、それを 宗儲<br />

教卝 の 規厶 準厜 にする。ローマ 主勢 義拣 は、 法 王掣 は、 使却 徒傣 伝捱 来勵 の、そして 全 時 代 を 通 じて 不勘 変厭 の<br />

霊绳 感厤 を 受匃 けていると 主勢 張挗 して、 使却 徒傣 的 任厃 命挻 という 神卡 聖脩 な 名匷 目 のもとに、あらゆる 種捶 類<br />

のぜいたくと 腐纄 敗反 をおおいかくしている。ミュンツァーとその 仲傫 間 が 主勢 張挗 した 霊绳 感厤 と<br />

は、 気勴 まぐれな 想挹 像僕 に 過厢 ぎず、 人 間 の、また 神卡 の、あらゆる 権勻 威胙 を 破挐 壊傓 するものであ<br />

った。しかし、 真卢 のキリスト 教卝 は、 神卡 の 言匟 葉挺 を、 霊绳 感厤 による 真卢 理 の 一 大 宝肮 庫 として、<br />

また、すべての 霊绳 感厤 の 試去 金 石厈 として 受匃 け 入 れるのである。<br />

ルターは、ワルトブルクから 帰 るとすぐに、 新 約 聖脩 書危 の 翻 訳胲 を 完 成勱 した。そしてま<br />

もなく、ドイツ 国 民 は、 福厹 音 を 自 国 語指 で 手 にすることができた。この 翻 訳胲 は、 真卢 理 を<br />

愛 するすべての 人 々から、 非 常拤 な 喜 びをもって 迎 えられた。しかし、 人 間 の 伝捱 説拿 や 人<br />

間 の 律傢 法 を 選 ぶ 人 々からは、 軽 べつされ 拒兘 絶傉 された。 司 祭脫 たちは、これからは 一 般 の<br />

人 々が 神卡 の 言匟 葉挺 の 戒儦 めについて 自 分 たちと 討挎 論厱 することができ、こうして 自 分 たちの<br />

無叄 知半 が 暴偷 露腒 されるのではないかと 考卛 えて 驚脚 愕 し、 不勘 安勣 になった。 彼 らの 兜肉 的 な 理 論厱 と<br />

いう 武叇 器捙 は、 霊绳 の 剣腚 の 前 には 無叄 力 であった。ローマは 全 力 をあげて、 聖脩 書危 の 配括 布偵 を 妨绋<br />

害县 した。しかし、 教卝 書危 も 破挐 門挋 も 拷稷 問勬 も、みなむだであった。 聖脩 書危 を 非 難挚 し 禁 止厙 すれば<br />

するほど、 人 々は、 聖脩 書危 の 教卝 えを 知半 ろうと 欲僼 した。 読傊 むことができる 者 はみな、 自 分<br />

で 神卡 の 言匟 葉挺 を 熱 心升 に 研挣 究捨 した。 彼 らはそれを、 持匛 ち 歩 いてくり 返拮 し 読傊 み、その 大 部 分<br />

を 暗肨 唱脆 するまでは 満掫 足拒 しなかった。ルターは、 新 約 聖脩 書危 が 歓脒 迎 されたのを 見 て、 直卟 ち<br />

に 旧 約 聖脩 書危 の 翻 訳胲 を 開 始卿 し、できしだい 分 冊昘 にして 発 行 した。<br />

ルターの 著兆 書危 は、 都匙 市 でも 村匾 でも 歓脒 迎 された。「ルターと 彼 の 同 志 たちの 作单 ったも<br />

のを、 他 の 者 たちが 配括 布偵 した。 修 道匠 院协 制勧 度 の 不勘 法 を 悟縖 って、 怠旒 慢纁 な 長 年 の 生 活卹 を 活卹 動<br />

的 なものに 一 変厭 しようと 望捬 んだが、しかし 神卡 の 言匟 葉挺 を 宣傪 言匟 するには 無叄 知半 すぎた 修 道匠 上<br />

たちは、 各厰 地 を 旅傯 して 村匾 々や 戸叐 ごとを 訪掶 問勬 し、ルターとその 仲傫 間 の 著兆 書危 を 売匉 った。ド<br />

イッはまもなく、こつした 勇腅 敢暑 な 文卽 書危 伝捱 道匠 者 の 群儈 れであふれた。」 15 これらの 著兆 書危 は、<br />

貧縏 富挛 や 学 識掟 の 有卻 無叄 を 問勬 わず 非 常拤 な 興掰 味控 をもって 研挣 究捨 された。 村匾 の 学 校厛 の 教卝 師 たちは、<br />

夜 、 炉脻 辺 に 集厦 まった 小 さな 群儈 れに、それを 読傊 んで 聞挈 かせた。こうした 努 力 のたびに、<br />

幾继 人 かの 魂 が 真卢 理 を 認卉 めて 喜 んで 言匟 葉挺 を 受匃 け 入 れ、 今 度 は 彼 らが 福厹 音 を 他 の 人 々に 伝捱<br />

135


反 乱 の 根 源<br />

えた。 「み 言匟 葉挺 が 開 けると 光捄 を 放择 って、 無叄 学 な 者 に 知半 恵 を 与拜 えます」という 霊绳 感厤 の 言匟<br />

葉挺 が 実 証卨 された[ 詩纛 篇 119:。<br />

聖脩 書危 の 研挣 究捨 は、 人 々の 心升 に 大 きな 変厭 化 を 起招 こしつつあった。これまで 法 王掣 権勻 は、そ<br />

の 支匣 配括 下 にある 者 を 鉄捹 のくびきで 縛旸 り、 無叄 知半 と 堕秐 落叉 に 陥肿 れていた。 形捊 式厚 の 迷偧 信勼 的 遵穒 守捿<br />

が 厳 格卺 に 継 続勸 されていたが、そのすべての 儀腝 式厚 において、 心升 や 知半 性勯 はなんのかかわり<br />

も 持匛 たなかった。しかしルターの 説拿 教卝 は、 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 明 白换 な 真卢 理 を 示単 すとともに、<br />

み 言匟 葉挺 そのものが、 一 般 の 人 々の 手 に 渡据 ったことによって、 彼 らの 眠縔 っていた 能印 力 を<br />

呼 びさまし、 彼 らの 霊绳 性勯 を 清捲 めて 高 尚縎 にするだけでなく、 知半 性勯 に 新 しい 力 と 活卹 気勴 を 与拜<br />

えたのである。<br />

あらゆる 階 級揁 の 人 々が、 聖脩 書危 を 手 にして、 宗儲 教卝 改匳 革挙 の 教卝 義拣 を 擁繗 護厽 するのが 見 られた。<br />

聖脩 書危 の 研挣 究捨 を 司 祭脫 や 修 道匠 士厨 にゆだねていた 法 王掣 E 教卝 徒傣 たちは、 彼 らが 出 て 来勵 て 新 しい<br />

教卝 義拣 に 反卬 論厱 することを 要勥 求卍 した。しかし、 聖脩 書危 にも 神卡 の 力 にも 無叄 知半 であった 司 祭脫 や 修<br />

道匠 士厨 たちは、 彼 らが 無叄 知半 だ 異 端健 だと 弾傆 劾 していた 人 々によって、 完 全 に 打占 ち 負拆 かされ<br />

てしまった。「あいにくとルターは、 聖脩 書危 以匆 外勭 のどんな 神卡 託 も 信勼 じてはならないと、<br />

彼 の 支匣 持匛 者 たちに 信勼 じ 込匸 ませてしまった」とあるカトリックの 著兆 者 は 言匟 った。 16 無叄 学<br />

な 人 々が 真卢 理 を 擁繗 護厽 し、また、 学 識掟 ある 雄接 弁 な 神卡 学 者 と 彼 らが 討挎 論厱 するのを、 群儈 衆 が<br />

集厦 まって 聞挈 くのであった。これらの 大 家匝 たちは、その 議 論厱 が 神卡 のみ 言匟 葉挺 の 単 純儻 な 教卝 え<br />

によって 反卬 論厱 されて、 無叄 知半 の 恥時 を 暴偷 露腒 した。 労排 働掴 者 、 兵掝 卒克 、 婦偫 人 、そして 子 供挿 たちで<br />

さえ、 司 祭脫 や 学 識掟 のある 博 士厨 たちよりも、 聖脩 書危 の 教卝 えをよく 知半 っていたのである。<br />

福厹 音 を 信勼 じる 者 と 法 王掣 教卝 の 迷偧 信勼 を 信勼 じる 者 との 対 照儠 は、 知半 識掟 階 級揁 のみならず 一 般 の<br />

人 々の 目 にも 明 らかであった。「 語指 学 の 研挣 究捨 と 文卽 学 の 素 養傞 をなおざりにしてきた 法 王掣<br />

側卷 の 老偽 戦勛 士厨 たちに 対 して、…… 広南 い 心升 をもった 青捘 年 たちが、 研挣 究捨 に 没纹 頭挓 し、 聖脩 書危 を 調<br />

べ、 古挃 代 の 傑 作单 に 親捧 しんでいた。 活卹 発 な 頭挓 脳 、 高 貴揂 な 魂 、そして 勇腅 敢暑 な 心升 を 持匛 ったこ<br />

れらの 青捘 年 たちは、やがて、 長 い 間 にわたってだれにもひけを 取勚 らない 知半 識掟 の 持匛 ち 主勢<br />

になった。…… 従 って、これらの 若拊 い 改匳 革挙 擁繗 護厽 者 たちは、どのような 会 合 において 法<br />

王掣 側卷 の 博 士厨 たちと 相 対 しても、 非 常拤 なゆとりと 確卾 信勼 をもって 彼 らを 攻 撃掐 するので、 無叄<br />

知半 な 彼 らはうろたえ、 当勠 惑 し、 衆 人 の 前 で 恥時 をかくのであった。」 17 ローマ 側卷 の 司 祭脫<br />

たちは、 自 分 たちの 会 衆 が 減匬 少厮 するのを 見 て 当勠 局拈 の 援拶 助捉 を 求卍 め、 自 分 たちも 全 力 をあ<br />

げて 聴傏 衆 を 引匂 きもどそうと 努 めた。しかし 人 々は、 新 しい 教卝 えの 中 に 彼 らの 魂 の 必厧 要勥<br />

を 満掫 たすものを 見 いだした。そして、 長 い 間 迷偧 信勼 的 な 儀腝 式厚 と 人 間 の 伝捱 説拿 という 無叄 価卒 値捛<br />

な 豆膆 がらを 与拜 えてきた 者 からは、 顔 をそむけて 離掤 れていった。 真卢 理 の 教卝 師 たちに 迫 害县<br />

の 火 の 手 があがった 時 、 彼 らは、「1 つの 町 で 迫 害县 されたなら、 他 の 町 へ 逃偹 げなさい」<br />

というキリストの 言匟 葉挺 に 従 った[マタイ 10:。<br />

136


反 乱 の 根 源<br />

光捄 は、 至儖 る 所勰 に 照儠 り 輝脮 いた。 逃偹 亡 者 たちは、どこかで 彼 らを 迎 えてくれる 家匝 を 見 つ<br />

け、そこに 泊脪 まって、ある 時 は 教卝 会 で、またそれが 許 されなければ 個持 人 の 家匝 、または<br />

戸叐 外勭 で、キリストを 説拿 教卝 したのである。どこであろうと 聴傏 衆 がありさえすれば、そこ<br />

は 彼 らにとって 聖脩 い 神卡 殿脟 であった。このような 活卹 気勴 と 確卾 信勼 のもとに 宣傪 言匟 された 真卢 理 は、<br />

破挐 竹 の 勢厕 いで 広南 まった。 教卝 会 当勠 局拈 と 政 府匕 当勠 局拈 の 両厥 方 が 異 端健 を 撲儹 滅脛 しようとしたが、む<br />

だであった。 投匐 獄晳 、 拷稷 問勬 、 火 刑傃 、 剣腚 を 用 いてもむだであった。 幾继 千収 という 信勼 者 が 殉程 教卝<br />

したが、 働掴 きは 前 進勺 していった。 迫 害县 は、 真卢 理 の 進勺 展捯 を 促傌 すだけであった。そして、<br />

サタンがそれと 合 流及 させようと 努 めた 狂旆 信勼 も、サタンの 働掴 きと 神卡 の 働掴 きの 区厅 別厌 をいよ<br />

いよ 明 らかにする 結医 果卵 に 終厖 わったのである。<br />

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反 乱 の 根 源<br />

第匌 11 章 信勼 教卝 の 自 由厩 のための 戦勛 い<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 擁繗 護厽 のために 宣傪 言匟 された 最勞 も 高 潔昔 な 証卨 言匟 の 1 つは、1529 年 にシュパイエ<br />

ルの 国 会 で、ドイツのキリスト 教卝 諸 侯 が 提卖 出 した『 抗 議 書危 』であった。これら 神卡 の 人<br />

々の 勇腅 気勴 と 信勼 仰纝 と 堅儕 固 な 態拟 度 は、その 後 の 幾继 世匒 代 にわたって、 思卩 想挹 と 良拖 心升 の 自 由厩 を 確卾<br />

保 した。 彼 らの『 抗 議 書危 』が、 改匳 革挙 教卝 会 にプロテスタントという 名匷 称胃 を 与拜 えた。その<br />

原募 則 は、「プロテスタント 主勢 義拣 の 真卢 髄 そのもの」である。 1<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 にとって、 暗肨 く 険叁 悪捰 な 時 代 が 到肑 来勵 していた。ウォルムスの 勅質 令傂 によってル<br />

ターは 破挐 門挋 され、 彼 の 教卝 義拣 を 教卝 えたり 信勼 じたりすることは 禁 じられていたけれども、<br />

これまでのところ、ドイツにおいては、 宗儲 教卝 上 の 自 由厩 が 保 たれていた。 神卡 の 摂昊 理 によ<br />

って、 真卢 理 に 反卬 対 する 勢厕 力 が 抑 えられていた。カール 5 世匒 は、 宗儲 教卝 改匳 革挙 を 鎮昼 圧 しよう<br />

としたが、 打占 撃掐 を 加匎 えようとすると、それを 他 へ 向匇 けねばならなくなることがしばし<br />

ばあった。 幾继 度 となく、ローマに 反卬 抗 するすべてのものは、 直卟 ちに 打占 ち 滅脛 ぼされるこ<br />

とが 不勘 可參 避 に 思卩 われた。しかし、そうした 危捦 機務 に、トルコの 軍拚 勢厕 が 東 の 国 境挌 に 現勶 れた<br />

り、あるいは、フランス 国 王掣 、または 法 王掣 自 身拴 でさえも、 皇 帝胰 の 勢厕 力 の 増匲 大 をねたん<br />

で、 戦勛 いをいどんできたのである。こうして、 諸 国 の 紛兗 争拫 と 騒胻 乱 の 中 で、 宗儲 教卝 改匳 革挙 は<br />

力 をつけ、 発 展捯 していくことができた。<br />

しかし、ついに 法 王掣 側卷 が 彼 らの 紛兗 争拫 をやめ、 力 を 合 わせて 改匳 革挙 者 たちに 当勠 たってき<br />

た。1526 年 のシュパイエルの 議 会 は、 一 般 教卝 会 会 議 が 開 かれるまでは 宗儲 教卝 に 関 して<br />

各厰 国 に 完 全 な 自 由厩 を 与拜 えていた。しかし、このような 譲僯 歩 を 必厧 要勥 としたところの 危捦 険叁<br />

が 過厢 ぎ 去掇 るやいなや、 皇 帝胰 は、 異 端健 撲儹 滅脛 を 目 的 とした 第匌 2 回 シュパイエル 議 会 を<br />

1529 年 に 開 いた。 諸 侯 たちは、できるなら 平匊 和匄 的 な 方 法 で、 改匳 革挙 に 反卬 対 するように<br />

誘儬 われるのであった。しかし、それが 失拽 敗反 すれば、カールは 剣腚 に 訴挰 える 用 意勪 をしてい<br />

た。<br />

法 王掣 側卷 は 勝 ち 誇縷 った。 彼 らは 大 ぜいでシュパイエルに 乗拳 り 込匸 み、 改匳 革挙 者 と 支匣 持匛 者 た<br />

ちのすべてに 対 して、 公勗 然掍 と 敵育 意勪 をあらわした。メランヒトンは 言匟 った。「われわれ<br />

は、 世匒 ののろいを 受匃 け、ちりのように 思卩 われている。しかし、キリストは、 彼 のあわ<br />

れな 民 をながめ、 保 護厽 されるのである。」 2 議 会 に 出 席 中 の、 福厹 音 を 信勼 じる 諸 侯 は、<br />

彼 らの 邸繋 宅挭 において 福厹 音 の 説拿 教卝 をすることさえ 禁 じられた。しかし、シュパイエルの<br />

人 々は、 神卡 のみ 言匟 葉挺 にかわいていた。そこで、 禁 じられていたにもかかわらず、 幾继 千収<br />

という 人 々がザクセン 選 挙拷 侯 の 礼脊 拝旟 堂傾 で 開 かれた 集厦 会 に 集厦 まった。<br />

138


反 乱 の 根 源<br />

これは 危捦 機務 を 早拱 めた。 良拖 心升 の 自 由厩 を 許 した 決 議 が 大 混 乱 を 引匂 き 起招 こしたために、 皇<br />

帝胰 はそれを 撤僬 廃 する、という 勅質 令傂 が 議 会 に 対 して 発 表勖 された。この 専掭 横叅 な 行 為 は、 福厹<br />

音 的 キリスト 者 たちの 憤 りと 驚脚 きを 引匂 き 起招 こした。ある 人 は、「キリストは、ふたた<br />

び、カヤバとピラトの 手 に 落叉 ちた」と 言匟 った。ローマ 側卷 は、さらに 猛縭 威胙 をふるった。<br />

ある 頑繷 迷偧 な 法 王掣 教卝 徒傣 は 言匟 った。「トルコ 人 は、ルター 派挩 の 者 よりはよい。なぜならば、<br />

トルコ 人 は 断友 食挱 を 守捿 っているが、ルター 派挩 はそれを 破挐 っている。われわれが、 神卡 の 聖脩<br />

書危 か 教卝 会 の 昔繕 からの 誤儶 りかを 選 ばなければならないとすれば、われわれは、 前 者 を 拒兘<br />

否 する。」メランヒトンは、「フアーベルは、 毎傭 日 議 会 全 体 の 前 で、われわれ 福厹 音 を<br />

信勼 じる 者 に、 新 しい 石厈 を 投匐 げつける」と 言匟 った。 3<br />

宗儲 教卝 の 自 由厩 は、 法 的 に 確卾 立 されていた。そして、 福厹 音 主勢 義拣 に 立 つ 諸 州拰 は、 彼 らの 権勻<br />

利匏 の 侵兓 害县 に 反卬 対 する 決 意勪 をした。ルターは、 依傟 然掍 としてウォルムスの 勅質 令傂 によって 破挐<br />

門挋 されていたので、シュパイエルに 行 くことは 許 されなかった。しかし、 彼 の 同 労排 者<br />

と、この 危捦 機務 において 神卡 の 事 業 を 擁繗 護厽 するために 神卡 が 起招 こされた 諸 侯 とが、 彼 の 代 理<br />

をつとめた。 前 にルターを 保 護厽 したザクセンの 高 潔昔 なフリードリヒ 選 挙拷 侯 は、もうこ<br />

の 世匒 の 人 ではなかった。しかし、 彼 の 兄胆 弟胱 で 後 継 者 のヨハン 公勗 も 喜 んで 改匳 革挙 を 歓脒 迎 し、<br />

平匊 和匄 の 愛 好捆 者 でありながら、 信勼 仰纝 に 関 するすべてのことについては 非 常拤 な 努 力 と 勇腅 気勴<br />

とを 示単 した。<br />

司 祭脫 たちは、 宗儲 教卝 改匳 革挙 を 受匃 け 入 れていた 諸 州拰 が、ローマの 支匣 配括 に 絶傉 対 的 に 従 うこと<br />

を 要勥 求卍 した。しかし 改匳 革挙 者 たちは、 以匆 前 に 許 されていた 自 由厩 を 主勢 張挗 した。 非 常拤 な 喜 び<br />

をもって 神卡 の 言匟 葉挺 を 受匃 け 入 れた 諸 州拰 を、ふたたびローマの 支匣 配括 下 におくことに、 彼 ら<br />

は 同 意勪 することができなかった。<br />

そこで、ついに 妥縞 協匞 案匽 として、 宗儲 教卝 改匳 革挙 がまだ 確卾 立 されていないところにおいては、<br />

ウォルムスの 勅質 令傂 を 施厇 行 すべきことが 提卖 案匽 された。そして、「その 勅質 令傂 に 従 わない 州拰 、<br />

また、これに 従 おうとすれば 反卬 乱 が 起招 こる 危捦 険叁 のあるところでは、 少厮 なくとも、 新 し<br />

い 改匳 革挙 をなさず、 論厱 争拫 点勷 には 触僾 れず、ミサを 行 うことに 反卬 対 せずローマ・カトリック<br />

信勼 者 にルター 主勢 義拣 を 受匃 け 入 れることを 許 さないようにする」ことが 提卖 案匽 された。 4 こ<br />

の 案匽 が 議 会 を 通 過厢 し、 法 王掣 側卷 の 司 祭脫 と 司 教卝 たちは、 大 いに 満掫 足拒 した。 もしこの 勅質 令傂 が<br />

実 施厇 されるならば、「 宗儲 教卝 改匳 革挙 は、それがまだ 伝捱 わっていないところに…… 伝捱 えられ<br />

ることができずまた、それがすでに 伝捱 えられたところでは、 堅儕 固 な 基匼 礎脔 の 上 に 確卾 立 さ<br />

れることもできなかった。」 5 言匟 論厱 の 自 由厩 が 禁 止厙 され、 改匳 宗儲 することも 許 されなくな<br />

る。そして、このような 制勧 限拘 と 禁 止厙 に 改匳 革挙 支匣 持匛 者 たちは 直卟 ちに 服傕 さなければならなか<br />

った。 世匒 界化 の 希傩 望捬 は、 消拔 え 去掇 るかと 思卩 われた。「ローマの 教卝 権勻 制勧 度 の 復挴 興掰 が…… 古挃 来勵<br />

の 悪捰 弊晅 を 再卭 びもたらすことは 確卾 かだった。」そして、 狂旆 言匟 と 紛兗 争拫 のために「すでに 激<br />

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反 乱 の 根 源<br />

しく 動 揺肝 している 事 業 を、 完 全 に 崩偼 壊傓 させる」 機務 会 は、すぐに 見 いだされることであ<br />

ろう。 6<br />

福厹 音 派挩 の 会 議 が 開 かれた 時 に、お 互僆 いは 困傮 惑 した 顔 をしていた。 彼 らは、 次卙 々に<br />

「どうすればよいのか?」と 問勬 うた。 今 や、 世匒 界化 の 運卞 命挻 を 決 定 する 大 問勬 題匑 が 持匛 ち 上 が<br />

っていた。「 改匳 革挙 派挩 の 首匹 脳 者 たちは、 屈縿 服傕 して、 勅質 令傂 に 従 うであろうか。この 危捦 機務 、<br />

真卢 に 恐傁 るべき 危捦 機務 において、 誤儶 った 道匠 に 落叉 ちこんでしまうことは、 何挬 とやさしかった<br />

ことであろう。 屈縿 服傕 するためのまことしやかな 口卶 実 やもっともな 理 由厩 は、いくらでも<br />

あった。<br />

ルター 派挩 の 諸 侯 には、 信勼 教卝 の 自 由厩 が 与拜 えられていた。 同 じ 自 由厩 は、この 案匽 が 通 過厢 す<br />

る 前 に 改匳 革挙 派挩 の 信勼 仰纝 を 持匛 ったすべての 臣元 下 にも、 与拜 えられていた。 彼 らは、これで 満掫<br />

足拒 すべきではなかったか。 服傕 従 すれば、どんなに 多匭 くの 危捦 機務 を 避 けることができるで<br />

あろう。 反卬 対 するならば、どんなにはかり 知半 れない 危捦 機務 と 争拫 闘 に 巻僲 き 込匸 まれることで<br />

あろうか。 将 来勵 、どんな 機務 会 があるかわからない。 平匊 和匄 を 結医 ぼう。ローマが 差挽 し 出 す<br />

オリーブの 枝胿 をつかんで、ドイツの 傷偟 をつつもう。——のような 議 論厱 のもとに、 改匳 革挙<br />

者 たちは、 速捠 やかに 彼 らの 事 業 をくつがえしてしまう 道匠 に 進勺 むことを、 正匁 当勠 化 するこ<br />

ともできたであろう。<br />

しかし 幸 いにも 彼 らは、こうした 妥縞 協匞 の 根捏 底 にある 原募 則 を 見 て、 信勼 仰纝 によって 行 動<br />

した。その 原募 則 とは、なんであったろうか。それは、ローマは 良拖 心升 を 強勮 制勧 し、 自 由厩 な<br />

研挣 究捨 を 禁 じる 権勻 利匏 を 持匛 つという 主勢 張挗 である。しかし、 彼 ら 自 身拴 とプロテスタントの 臣元<br />

下 には、 宗儲 教卝 上 の 自 由厩 が 与拜 えられないのであろうか。いや、 与拜 えられはするが、それ<br />

は 妥縞 協匞 案匽 の 中 で 特厣 に 記卌 載傴 された 恩繥 恵 としてであって、 権勻 利匏 としてではない。その 措 置厒<br />

以匆 外勭 のあらゆる 点勷 においては、 権勻 威胙 の 大 原募 則 が 支匣 配括 するのであった。 良拖 心升 は 無叄 視拹 され<br />

た。ローマは、 誤儶 ることのない 裁拍 判匯 官厑 で、 服傕 従 を 要勥 求卍 した。 妥縞 協匞 案匽 を 受匃 け 入 れること<br />

は、 改匳 革挙 主勢 義拣 を 受匃 け 入 れたザクセンだけに 宗儲 教卝 の 自 由厩 を 限拘 定 することを、 事 実 上 認卉 め<br />

たことになる。そして、その 他 のすべてのキリスト 教卝 国 においてては、 改匳 革挙 主勢 義拣 の 信勼<br />

仰纝 を 研挣 究捨 して 信勼 じることは 犯 罪 で、 投匐 獄晳 と 火 刑傃 の 罰脖 を 受匃 けなければならなかった。 彼<br />

らは、 宗儲 教卝 の 自 由厩 を 一 一 地 方 にとどめるということに、 同 意勪 できるであろうか。 宗儲 教卝<br />

改匳 革挙 の 改匳 心升 者 はこれで 終厖 わり、 征纴 服傕 すべき 地 はこれまでであると 宣傪 言匟 するのであろう<br />

か。そして、 現勶 在厪 ローマが 支匣 配括 しているところはどこであっても、 永 久挸 にその 主勢 権勻 が<br />

続勸 くのであろうか。 改匳 革挙 者 たちは、この 協匞 定 が 実 施厇 されることによって、 法 王掣 権勻 下 の<br />

地 方 において 生 命挻 をささげなけれ ばならなくなる 幾继 百掸 幾继 千収 の 人 々の 血傔 に 対 して、 自 分<br />

たちの 無叄 罪 を 主勢 張挗 することができるであろうか。そうすることは、この 一 大 危捦 機務 にお<br />

いて、 福厹 音 の 事 業 とキリスト 教卝 国 の 自 由厩 に 対 する 裏傈 切卲 りとなるのであった。」 7 そこで<br />

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反 乱 の 根 源<br />

彼 らは、むしろ、「すべてのものを、 国 や 王掣 位匱 や 生 命挻 さえも、 犠腻 牲繉 にしよう」とした<br />

のである。 8<br />

「われわれは、この 法 令傂 を 拒兘 否 しよう。 良拖 心升 の 問勬 題匑 に 関 しては、 多匭 数包 といえども 権勻<br />

力 を 有卻 しない」と 諸 侯 は 言匟 った。また 代 議 員 たちは 言匟 った、「 帝胰 国 の 平匊 和匄 が 保 たれて<br />

いるのは、1526 年 の 勅質 令傂 のおかげである。それを 破挐 棄 すれば、 全 ドイツは 紛兗 争拫 と 分<br />

裂脧 に 陥肿 るであろう。 国 会 は、 会 議 が 開 かれるまで 宗儲 教卝 の 自 由厩 を 保 つより 他 に、 何挬 もす<br />

ることはできない。」 9 良拖 心升 の 自 由厩 を 保 護厽 することは、 国 家匝 の 義拣 務勲 である。そして、 宗儲<br />

教卝 の 事 に 関 して、これが 国 家匝 の 権勻 力 の 限拘 界化 である。 国 家匝 の 権勻 力 によって、 宗儲 教卝 的 行 事<br />

を 規厶 定 し、または 強勮 制勧 しようとする 政 府匕 はみな、 福厹 音 を 信勼 じるキリスト 者 が、そのた<br />

めにおおしく 闘 った 原募 則 そのものを 犠腻 牲繉 にしているのである。<br />

法 王掣 側卷 は、 彼 らのいわゆる「 大 胆绺 な 強勮 情午 」を 鎮昼 圧 しようと 決 意勪 した。 彼 らはまず、<br />

宗儲 教卝 改匳 革挙 の 支匣 持匛 者 間 に 分 裂脧 を 起招 こさせ、またそれに 公勗 然掍 と 賛僮 成勱 していない 者 をみな 威胙<br />

嚇 しようとした。ついに、 自 由厩 都匙 市 の 代 表勖 者 たちは 議 会 に 召昨 喚 され、 提卖 案匽 の 条厬 項儅 に 同<br />

意勪 するかどうかを 宣傪 言匟 することを 要勥 求卍 された。 彼 らはしばらくの 猶旽 予匨 を 願傿 ったが、 許<br />

されなかった。 彼 らは 試去 問勬 を 受匃 け、その 約 半博 数包 は 改匳 革挙 者 の 側卷 についた。 良拖 心升 の 自 由厩 と<br />

各厰 自 の 判匯 断友 の 権勻 利匏 を 犠腻 牲繉 にすることを 拒兘 んだ 者 は、そうした 立 場 をとったことが、 将<br />

来勵 批 判匯 や 非 難挚 や 迫 害县 の 的 になることをよく 知半 っていた。 代 議 員 の 1 人 は、「われわれ<br />

は、 神卡 の 言匟 葉挺 を 拒兘 否 するか、それとも 火 刑傃 になるかのどちらかである」と 言匟 った。 10<br />

議 会 における 皇 帝胰 の 代 理 者 、フェルディナント 王掣 は、 諸 侯 に 法 令傂 を 受匃 け 入 れさせ 支匣<br />

持匛 させるのでなければ、 重匤 大 な 分 裂脧 が 起招 こるのに 気勴 づいた。そこで 彼 は、 彼 らに 対 し<br />

て 暴偷 力 を 用 いることは、ますます 彼 らの 決 意勪 を 固 めさせるだけであることを 悟縖 って、<br />