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原 ⼦ 炉 の 物 理

2019 年 12 ⽉

⽇ 本 原 ⼦⼒ 学 会 炉 物 理 部 会



原 子 炉 の 物 理

まえがき

i


まえがき

本 教 科 書 のねらいと 特 徴

本 教 科 書 の 最 も 大 きな 目 的 は、 原 子 炉 において 発 生 している 様 々な 物 理 現 象 を、 数 式 を

1

用 いずに 初 学 者 向 けに 分 かりやすく 解 説 することである。

一 般 的 な 原 子 炉 物 理 の 教 科 書 では、 原 子 炉 内 で 発 生 している 物 理 現 象 と、 原 子 炉 の 振 る

舞 いを 定 量 的 に 予 測 するためのモデル 化 と 評 価 手 法 とが 一 体 となって 解 説 されている。し

かしながら、 物 理 現 象 を 効 率 よく 計 算 するための 近 似 や 数 値 計 算 上 の 工 夫 は 複 雑 なものと

なり 得 るため、これが 初 学 者 にとって 炉 物 理 のハードルを 大 きく 上 げる 要 因 になっている

可 能 性 がある。また、 核 設 計 や 炉 心 設 計 を 専 門 としない 初 学 者 にとっては、これらのモデ

ル 化 や 解 析 手 法 は 必 ずしも 全 て 必 要 とは 限 らない。

原 子 炉 を 学 ぶ 者 にとってまず 重 要 なことは、 原 子 炉 内 で 発 生 する 物 理 現 象 を 現 象 として

正 確 に 理 解 することである。そのうえで、 必 要 に 応 じて 物 理 現 象 をどのようにモデル 化

し、 解 析 を 行 うか、というステップに 進 むことが 重 要 であろう。

先 に 述 べたように、 本 教 科 書 の 最 も 大 きな 特 徴 は、「 数 式 を 用 いない」ということであ

る。これは、 従 来 の 炉 物 理 の 教 科 書 と 最 も 大 きく 異 なる 点 である。 本 教 科 書 は、 物 理 現 象

の 詳 細 な 記 述 に 特 化 し、そのモデル 化 には 踏 み 込 まない。これにより、 初 学 者 にとっての

「 炉 物 理 」の 学 習 のハードルを 下 げることを 試 みている。なお、 定 量 的 な 予 測 のためのモ

デル 化 と 解 析 手 法 については、 第 II 部 で 詳 細 に 説 明 する 予 定 である。

もう 一 点 、 本 教 科 書 の 重 要 な 特 徴 は、 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 を 中 核 とする「 原 子 炉

物 理 」だけではなく、 原 子 核 反 応 を 中 核 としつつ、 原 子 力 安 全 との 関 連 を 念 頭 において

様 々な 物 理 現 象 の 相 互 作 用 を 記 述 ・ 考 慮 する「 原 子 炉 の 物 理 」について 説 明 していること

である。そのため、 従 来 であれば、「 原 子 力 安 全 工 学 」「 原 子 力 プラント 工 学 」「 熱 水 力 」

「 核 燃 料 」などの 分 野 でなされていた 説 明 も 一 部 取 り 込 んでいる。

本 教 科 書 が、 原 子 炉 における 物 理 現 象 を 理 解 するための 一 助 になれば 幸 いである。

編 者

千 葉 豪 ( 北 海 道 大 学 )

卞 哲 浩 ( 京 都 大 学 複 合 原 子 力 科 学 研 究 所 )

山 本 章 夫 ( 名 古 屋 大 学 )

1

本 教 科 書 の 読 者 として、 原 子 力 工 学 を 初 めて 学 ぶ 方 、 原 子 炉 物 理 を 初 めて 学 ぶ 方 、 従 来

の 原 子 炉 物 理 の 教 科 書 の 敷 居 が 高 すぎると 感 じる 方 、 原 子 炉 に 関 連 する 様 々な 物 理 現 象 を

改 めて 学 び 直 したい 方 、などを 念 頭 においている。

ii


原 子 炉 の 物 理

各 章 の 主 執 筆 者

第 1 章 原 子 炉 の 物 理 山 本 章 夫 ( 名 古 屋 大 学 )

第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史 卞 哲 浩 ( 京 都 大 学 複 合 原 子 力 科 学 研 究 所 )

第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識 西 山 潤 ( 東 京 工 業 大 学 先 導 原 子 力 研 究 所 )

第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積 山 本 章 夫

第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱 竹 田 敏 ( 大 阪 大 学 )

第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界 小 林 千 将 ( 原 子 力 エンジニアリング)

第 7 章 中 性 子 の 一 生 遠 藤 知 弘 ( 名 古 屋 大 学 )

第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼 山 本 健 土 ( 原 子 燃 料 工 業 )

第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性 竹 澤 宏 樹 ( 東 京 都 市 大 学 )

第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 ) 佐 藤 駿 介 ( 電 力 中 央 研 究 所 )

第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電 千 葉 豪 ( 北 海 道 大 学 )

第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用 相 澤 直 人 ( 東 北 大 学 )

第 13 章 臨 界 集 合 体 山 中 正 朗 ( 京 都 大 学 複 合 原 子 力 科 学 研 究 所 )

第 14 章 試 験 研 究 炉 左 近 敦 士 ( 近 畿 大 学 原 子 力 研 究 所 )

第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理 山 本 章 夫

第 16 章 臨 界 安 全 山 根 祐 一 ( 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 )

執 筆 協 力 者

吉 岡 研 一 ( 東 芝 エネルギーシステムズ)、 日 野 哲 士 ( 日 立 製 作 所 )、 小 池 啓 基 ( 三 菱 重 工

業 )、 宇 根 崎 博 信 ( 京 都 大 学 複 合 原 子 力 科 学 研 究 所 )、 亀 山 高 範 ( 東 海 大 学 )、 馬 野 琢 也

(ミリオンテクノロジーズ・キャンベラ)、 三 澤 毅 ( 京 都 大 学 複 合 原 子 力 科 学 研 究 所 )

iii


まえがき

目 次

第 1 章 原 子 炉 の 物 理 ………………………………………………………………….. 1

第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史 …………………………………………………………….. 9

第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識 ……………………………………………………….. 47

第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積 ……………………………………….. 63

第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱 …………………………….. 93

第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界 ………………………………………………………….. 109

第 7 章 中 性 子 の 一 生 ………………………………………………………………….. 125

第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼 ………………………………………………………………….. 157

第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性 ……………………………………………….. 189

第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 ) …………………………………………………………….. 209

第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電 …………………………………………………………….. 243

第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用 ………………………………………………………….. 263

第 13 章 臨 界 集 合 体 …………………………………………………………………….. 283

第 14 章 試 験 研 究 炉 ……..……………………………………………………………….. 317

第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理 ………………………………….. 331

第 16 章 臨 界 安 全 ..………………………………………..…………………………….. 357

iv


原 子 炉 の 物 理

第 1 章 原 子 炉 の 物 理

1


第 1 章 原 子 炉 の 物 理

内 容

第 1 章 原 子 炉 の 物 理 ....................................................................................................................... 1

1.1 原 子 炉 とは ................................................................................................................................. 3

1.2 原 子 炉 で 生 じる 主 要 な 物 理 現 象 .............................................................................................. 5

1.2.1 核 的 現 象 .............................................................................................................................. 5

1.2.2 熱 水 力 的 現 象 ....................................................................................................................... 5

1.2.3 化 学 的 現 象 .......................................................................................................................... 6

1.2.4 機 械 的 現 象 .......................................................................................................................... 6

1.2.5 材 料 的 現 象 .......................................................................................................................... 6

1.3 原 子 炉 の 物 理 とは...................................................................................................................... 7

1.4 本 教 科 書 の 構 成 ......................................................................................................................... 7

2


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 原 子 炉 の 内 部 では、 核 分 裂 に 代 表 される 核 反 応 のみならず、 様 々な 物 理 現 象 が 発 生 して

いる。

・ 原 子 炉 の 物 理 は、 核 分 裂 反 応 などの 原 子 核 反 応 を 中 心 として、 原 子 炉 で 生 じる 物 理 現 象

を 扱 う 学 問 分 野 である。

・ 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 制 御 は、 原 子 力 安 全 の 基 本 であり、 従 って 原 子 炉 の 物 理 は、 原 子 力 安

全 の 重 要 な 基 盤 を 担 う。

1.1 原 子 炉 とは

【この 節 のポイント】

・ 原 子 炉 は、1 核 燃 料 物 質 を 燃 料 として 使 用 する 装 置 で、2 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 制 御 する

ことができ、3 中 性 子 源 を 用 いることなくその 反 応 の 平 衡 状 態 を 持 続 できるものであ

る。

そもそも、 原 子 炉 (nuclear reactor)が 原 子 炉 であるための 必 須 の 要 件 は 何 であろうか?

これは、 一 見 簡 単 な 問 いに 見 えるが、 実 は 奥 が 深 い。この 問 いに 対 して 根 拠 を 持 って 答 える

ことが 出 来 れば、それだけで 原 子 炉 の 物 理 の 基 礎 の 基 礎 は 習 得 できていると 言 えるぐらい

である。 核 燃 料 を 使 用 していること? 核 分 裂 が 連 鎖 的 に 発 生 していること? 中 性 子 が 飛 び

交 っていること? 発 電 していること? 放 射 線 を 出 すこと?

日 本 における 原 子 力 の 法 体 系 における 最 上 位 の 原 子 力 基 本 法 (Atomic Energy Basic Act)

において、「 原 子 炉 」は 以 下 の 様 に 定 義 されている。

『「 原 子 炉 」とは、 核 燃 料 物 質 を 燃 料 として 使 用 する 装 置 をいう。ただし、 政 令 で 定 める

ものを 除 く。』

これから、 原 子 炉 が 核 燃 料 物 質 を 使 用 する 装 置 であることは 必 要 な 要 件 の 一 つであるこ

とが 分 かる。この 文 中 の 政 令 は「 核 燃 料 物 質 、 核 原 料 物 質 、 原 子 炉 及 び 放 射 線 の 定 義 に 関 す

る 政 令 」を 指 しており、この 政 令 を 見 ると、 以 下 の 文 章 が 記 載 されている。

『 原 子 力 基 本 法 第 三 条 第 四 号 ただし 書 の 政 令 で 定 めるものは、 原 子 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を

制 御 することができ、かつ、その 反 応 の 平 衡 状 態 を 中 性 子 源 を 用 いることなく 持 続 すること

ができ、 又 は 持 続 するおそれのある 装 置 以 外 のものとする。』

原 子 力 基 本 法 からたどっていくと、 二 重 否 定 の 構 造 になっており、 非 常 に 分 かりにくいが、

結 局 のところ、 法 律 では 以 下 の 三 要 件 を 満 たすものを 原 子 炉 と 定 義 していることになる。

・ 核 燃 料 物 質 を 燃 料 として 使 用 する

・ 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 制 御 することができる

・ 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 の 平 衡 状 態 を、 中 性 子 源 なしに 持 続 可 能 、あるいは 持 続 の 可 能 性 がある

一 番 目 の 要 件 は、 一 般 的 な 認 識 と 合 致 するであろう。すなわち、ウランやプルトニウムと

3


第 1 章 原 子 炉 の 物 理

いった 核 燃 料 (nuclear fuel)を 使 用 している、ということである。

二 番 目 の 要 件 は、 原 子 炉 の 物 理 に 深 く 関 係 する。 二 番 目 の 要 件 では、 原 子 炉 が 原 子 炉 であ

るためには、 核 分 裂 (nuclear fission)の 連 鎖 反 応 (chain reaction)を 制 御 可 能 であることが

示 されている。 言 い 換 えると、 制 御 しない( 制 御 できない) 形 で 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 使 用 す

る 装 置 は、 原 子 炉 とは 呼 べないということである。

三 番 目 の 要 件 は、「 臨 界 (critical)」になるもののみが 原 子 炉 といえる、ということを 示 し

ている。 核 分 裂 が 発 生 しうる 物 質 があれば、それが 少 量 であったとしても、 核 分 裂 の 連 鎖 反

応 はある 確 率 で 発 生 する。ただし、この 場 合 、 連 鎖 反 応 が 永 久 に 継 続 することはなく、 途 中

で 停 止 する。しかし、 中 性 子 源 からの 中 性 子 の 供 給 があれば、 供 給 された 中 性 子 を 起 点 とし

た 連 鎖 反 応 が 次 々に 起 こり 続 けるため、 見 かけ 上 、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を「 平 衡 状 態 」に 維 持

することが 可 能 になる。 外 部 から 中 性 子 源 を 新 たに 供 給 するという 形 でしか 連 鎖 反 応 を 維

持 できない 装 置 は 原 子 炉 とは 呼 べない、ということである。 近 年 、 加 速 器 を 用 いて 中 性 子 を

発 生 させ、その 中 性 子 を 未 臨 界 状 態 の 炉 に 打 ち 込 んで 運 転 を 行 う「 加 速 器 駆 動 未 臨 界 炉 」が

提 案 されている。この 施 設 が、「 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 の 平 衡 状 態 を 中 性 子 源 なしに 持 続 できな

い」ということであれば、これは 原 子 炉 とは 異 なった「 未 臨 界 炉 」という 位 置 づけになる。

【コラム】 原 子 力 基 本 法

原 子 力 関 係 の 法 律 は、 原 子 力 関 係 の 専 攻 における 講 義 、あるいは、 原 子 炉 主 任 技 術 者 や 核

燃 料 取 扱 主 任 者 などの 勉 強 でしか 接 する 機 会 がないかもしれない。しかしながら、 特 に 原 子

力 基 本 法 は、 広 く 原 子 力 に 関 係 する 人 が 知 っておくべき 事 項 が 書 かれている。 以 下 に、 原 子

力 基 本 法 第 三 条 までを 引 用 する。この 機 会 に 読 み 返 しておこう。

第 一 章 総 則

( 目 的 )

第 一 条 この 法 律 は、 原 子 力 の 研 究 、 開 発 及 び 利 用 ( 以 下 「 原 子 力 利 用 」という。)を 推 進 することによつ

て、 将 来 におけるエネルギー 資 源 を 確 保 し、 学 術 の 進 歩 と 産 業 の 振 興 とを 図 り、もつて 人 類 社 会 の 福 祉

と 国 民 生 活 の 水 準 向 上 とに 寄 与 することを 目 的 とする。

( 基 本 方 針 )

第 二 条 原 子 力 利 用 は、 平 和 の 目 的 に 限 り、 安 全 の 確 保 を 旨 として、 民 主 的 な 運 営 の 下 に、 自 主 的 にこれ

を 行 うものとし、その 成 果 を 公 開 し、 進 んで 国 際 協 力 に 資 するものとする。

2 前 項 の 安 全 の 確 保 については、 確 立 された 国 際 的 な 基 準 を 踏 まえ、 国 民 の 生 命 、 健 康 及 び 財 産 の 保 護 、

環 境 の 保 全 並 びに 我 が 国 の 安 全 保 障 に 資 することを 目 的 として、 行 うものとする。

( 定 義 )

第 三 条 この 法 律 において 次 に 掲 げる 用 語 は、 次 の 定 義 に 従 うものとする。

一 「 原 子 力 」とは、 原 子 核 変 換 の 過 程 において 原 子 核 から 放 出 されるすべての 種 類 のエネルギーをいう。

4


原 子 炉 の 物 理

二 「 核 燃 料 物 質 」とは、ウラン、トリウム 等 原 子 核 分 裂 の 過 程 において 高 エネルギーを 放 出 する 物 質 で

あつて、 政 令 で 定 めるものをいう。

三 「 核 原 料 物 質 」とは、ウラン 鉱 、トリウム 鉱 その 他 核 燃 料 物 質 の 原 料 となる 物 質 であつて、 政 令 で 定 め

るものをいう。

四 「 原 子 炉 」とは、 核 燃 料 物 質 を 燃 料 として 使 用 する 装 置 をいう。ただし、 政 令 で 定 めるものを 除 く。

五 「 放 射 線 」とは、 電 磁 波 又 は 粒 子 線 のうち、 直 接 又 は 間 接 に 空 気 を 電 離 する 能 力 をもつもので、 政 令 で

定 めるものをいう。

1.2 原 子 炉 で 生 じる 主 要 な 物 理 現 象

原 子 炉 内 部 では、 中 性 子 と 原 子 核 との 相 互 作 用 ( 原 子 核 反 応 )をはじめとする、 様 々な 物

理 現 象 が 生 じる。 世 の 中 には 様 々な 工 学 システムがあるが、 原 子 炉 ほど 多 種 多 様 な 物 理 現 象

が 生 じるシステムはまれであろう。

原 子 炉 の 物 理 は、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 を 中 心 に 扱 うが、 原 子 核 反 応 、 例 えば 原 子 炉 の

炉 心 における 核 分 裂 の 起 こりやすさ、 中 性 子 の 吸 収 のされやすさなどは、 原 子 炉 内 で 生 じ

る 様 々な 物 理 現 象 の 影 響 を 受 ける。なぜならば、これらの 物 理 現 象 により 温 度 、 幾 何 形 状

及 び 物 質 組 成 が 変 化 するからである。そのため、 原 子 炉 の 物 理 では 原 子 炉 で 生 じる 種 々の

物 理 現 象 を 考 慮 しなければならない。 第 12 章 において、 様 々な 物 理 現 象 の 相 互 作 用 につい

て 説 明 するが、 以 下 では、その 概 要 を 示 す。

1.2.1 核 的 現 象

原 子 炉 における 中 核 的 な 物 理 現 象 は、 中 性 子 がウランなどの 重 たい 原 子 核 と 衝 突 する 際

にある 割 合 で 発 生 する 核 分 裂 反 応 (nuclear fission reaction)とそれから 発 生 する 中 性 子 と 原

子 核 の 核 反 応 (nuclear reaction)である。また、 核 分 裂 反 応 をはじめとした 中 性 子 と 原 子 核

の 反 応 により 発 生 した 新 たな 原 子 核 は 不 安 定 なものも 多 く、 時 間 とともに 他 の 原 子 核 に 変

化 ( 崩 壊 (decay))する 特 徴 がある。この 際 、 様 々な 種 類 の 放 射 線 (radiation)を 放 出 する。

本 教 科 書 の 第 2 章 以 降 では、 主 として 核 的 現 象 に 関 する 説 明 を 行 うが、 核 的 現 象 に 及 ぼす

様 々な 物 理 現 象 も 併 せて 紹 介 する。

1.2.2 熱 水 力 的 現 象

原 子 炉 における 主 要 な 発 熱 源 は、 核 分 裂 反 応 そのものからの 発 熱 及 び 核 分 裂 で 発 生 した

放 射 性 物 質 から 放 出 される 放 射 線 が 周 囲 の 物 質 に 吸 収 されることで 発 生 する 崩 壊 熱 (decay

heat)である。 原 子 炉 においては、 発 熱 は 主 として 核 燃 料 で 発 生 し、 発 生 した 熱 エネルギー

は 被 覆 管 を 通 じて 冷 却 材 に 伝 達 される。 冷 却 材 は 炉 心 内 を 循 環 し、 温 度 上 昇 とそれに 伴 う 密

度 減 少 、 沸 騰 、 炉 心 部 材 の 振 動 ( 流 体 振 動 )など、 熱 の 授 受 と 流 れに 起 因 する 様 々な 物 理 現

象 を 発 生 させる。

また、 事 故 時 において、 炉 心 の 冷 却 が 不 十 分 になった 場 合 は、 核 燃 料 や 被 覆 管 が 非 常 に 高

温 になり、 溶 融 などの 相 変 化 が 生 じる。

5


第 1 章 原 子 炉 の 物 理

これらの 熱 水 力 的 現 象 は、 物 質 の 温 度 や 密 度 の 変 化 を 通 じて、 原 子 炉 で 生 じる 中 性 子 と 原

子 核 の 反 応 に 影 響 を 与 える。

1.2.3 化 学 的 現 象

原 子 炉 内 には 核 燃 料 ・ 制 御 棒 ・ 炉 心 を 形 成 する 構 造 材 といった 種 々の 物 質 が 存 在 し、 一 般

的 に 高 温 高 圧 で 強 放 射 線 場 でもある。そのため、 複 雑 な 化 学 反 応 が 促 進 されやすい 環 境 とな

っている。 核 分 裂 反 応 で 生 成 する 物 質 の 一 部 は、 腐 食 性 を 示 すものがある。また、 水 を 冷 却

材 として 使 用 している 場 合 には、 高 温 の 被 覆 管 が 水 と 反 応 して 腐 食 や 酸 化 が 発 生 する 可 能

性 がある。このため、 被 覆 管 における 化 学 反 応 は、 被 覆 管 の 健 全 性 の 観 点 から 非 常 に 重 要 で

ある。

また、 水 を 冷 却 材 として 使 用 している 原 子 炉 では、 水 に 含 まれる 微 量 の 不 純 物 が 被 覆 管 に

析 出 し、 水 垢 (クラッド、crud)と 呼 ばれる 皮 膜 が 生 成 されることがある。この 皮 膜 は、 被

覆 管 の 伝 熱 性 能 を 低 下 させるとともに、 被 覆 管 の 寿 命 に 影 響 を 及 ぼす。また、この 皮 膜 内 に

は 中 性 子 を 吸 収 する 物 質 が 含 まれていることがあり、 原 子 炉 の 核 的 な 振 る 舞 いに 影 響 を 与

えることがある。

事 故 時 に 炉 心 が 冷 却 できなくなると、 燃 料 及 び 被 覆 管 が 非 常 に 高 温 になる。 軽 水 炉 で 使 用

されているジルコニウム 合 金 製 の 被 覆 管 は、 高 温 になると 水 蒸 気 と 反 応 し、 酸 化 ジルコニウ

ムを 生 じ、 水 素 を 放 出 する。このジルコニウム- 水 反 応 は 発 熱 を 伴 う 化 学 反 応 であり、 炉 心

が 大 きく 損 傷 ・ 溶 融 する 過 酷 事 故 において 重 要 となる。また、 発 生 した 水 素 は、 原 子 炉 の 安

全 性 に 大 きな 脅 威 となり 得 る。

1.2.4 機 械 的 現 象

原 子 炉 の 温 度 と 圧 力 は 室 温 大 気 圧 から 運 転 時 の 高 温 高 圧 、さらに 事 故 条 件 まで 広 い 範 囲

で 変 化 する。 温 度 が 変 化 すると 物 質 は 膨 張 し、 幾 何 形 状 が 変 化 する。この 幾 何 形 状 の 変 化 や

圧 力 の 変 化 のため、 原 子 炉 を 構 成 する 材 料 に 様 々な 力 ( 応 力 )が 生 じる。この 機 械 的 な 力 は、

被 覆 管 を 破 損 させる 要 因 となり 得 る。また、 燃 料 などの 幾 何 形 状 や 冷 却 材 の 圧 力 変 化 は、 核

的 な 反 応 に 影 響 を 与 える。

燃 料 ペレット 内 で 発 生 する 核 分 裂 で 生 成 する 物 質 には、ある 割 合 で 希 ガスや 高 温 で 揮 発

しやすいものが 含 まれており、これらがペレットから 放 出 されることにより、 被 覆 管 の 内 圧

を 増 加 させることが 知 られている。

1.2.5 材 料 的 現 象

原 子 炉 内 は、 中 性 子 をはじめとする 放 射 線 が 飛 び 交 っており、 原 子 炉 内 の 材 料 はこれらの

放 射 線 にさらされる。 特 に、 原 子 炉 を 構 成 する 材 料 が 中 性 子 にさらされると、 様 々な 材 料 的

な 変 化 を 引 き 起 こすことに 留 意 しなければならない。

軽 水 炉 の 被 覆 管 は、ジルコニウムの 合 金 でできているが、ジルコニウム 合 金 は、 中 性 子 の

照 射 を 受 けると、 長 さが 伸 びることが 知 られている。つまり 中 性 子 線 の 照 射 により、 被 覆 管

6


原 子 炉 の 物 理

が「 成 長 する」のである。これは 照 射 成 長 と 呼 ばれている。この 照 射 成 長 により、 燃 料 棒 を

束 ねた 燃 料 集 合 体 が 曲 がることがあり、これは 原 子 炉 の 性 能 に 影 響 を 与 える。

動 力 用 軽 水 炉 の 原 子 炉 容 器 は 鉄 鋼 ( 低 炭 素 鋼 )でできているが、 中 性 子 の 照 射 を 受 けると、

硬 く 脆 くなる 性 質 がある。そのため、 原 子 炉 容 器 にどの 程 度 中 性 子 があたったのかを 評 価 す

ることが 行 われる。

1.3 原 子 炉 の 物 理 とは

1.2 節 で 述 べたように、 原 子 炉 においては 様 々な 物 理 現 象 が 生 じる。 原 子 炉 の 物 理 (physics

of reactors)においては、 核 分 裂 反 応 を 中 核 とする 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 を 中 心 として、こ

の 反 応 に 影 響 を 与 える 様 々な 物 理 現 象 を 取 り 扱 う。

従 来 の「 原 子 炉 物 理 」は「reactor physics」と 表 記 され、 主 として 原 子 炉 内 で 生 じる 中 性

子 の 挙 動 と 原 子 核 との 反 応 を 予 測 する 学 問 体 系 である。これに 対 し、 原 子 炉 の 物 理 は Physics

of reactors であり、 原 子 核 反 応 を 中 核 としつつ 原 子 炉 で 発 生 している 物 理 を 幅 広 く 取 り 扱 う。

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 は、 社 会 に 深 刻 な 影 響 を 与 え、その 影 響 は 今 なお 甚 大 である。

原 子 炉 物 理 は 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 を 扱 っていることから、 原 子 炉 の 緊 急 停 止 (スクラム)

が 成 功 することで 原 子 炉 物 理 のミッションは 果 たされたと 考 える 向 きもあるかもしれない

が、それだけでは 不 十 分 であろう。 原 子 力 安 全 との 関 連 を 考 えたとき、「 中 性 子 と 原 子 核 の

反 応 」のみに 着 目 するだけでは 全 く 不 十 分 であり、 安 全 確 保 のためには、 原 子 炉 内 で 生 じる

物 理 現 象 を 幅 広 く 理 解 することが 肝 要 である。

本 教 科 書 は、このような 反 省 の 上 に 立 ち、 従 来 の 原 子 炉 物 理 を 包 絡 する 形 で、「 原 子 炉 の

物 理 」について、 特 に 発 生 している 現 象 を 理 解 することを 目 的 にしてまとめられたものであ

る。

なお、 本 教 科 書 では、 物 理 現 象 そのものの 解 説 に 注 力 し、 原 子 炉 の 特 性 を 予 測 するための

モデル 化 と 解 析 方 法 については 取 り 扱 わない。

1.4 本 教 科 書 の 構 成

第 1 章 では、 原 子 炉 の 物 理 を 概 説 するとともに 各 章 の 概 要 を 示 す。

第 2 章 では、 原 子 炉 の 物 理 に 関 連 する 原 子 力 開 発 の 歴 史 を 振 り 返 り、 原 子 炉 の 物 理 の 歴 史

的 背 景 を 述 べる。これは、 現 在 の 原 子 炉 技 術 の 体 系 を 理 解 するための 情 報 として 重 要 である。

第 3 章 では、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 を 理 解 するため、 原 子 核 反 応 の 基 礎 となる 原 子 核 物 理

の 概 要 を 説 明 する。

第 4 章 では、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 の 起 こりやすさを 表 す 指 標 として「 断 面 積 」という 考

え 方 を 説 明 するとともに、 中 性 子 と 原 子 核 との 種 々の 反 応 について 述 べる。

第 5 章 では、 核 分 裂 エネルギー 発 生 の 中 核 である 核 分 裂 反 応 とその 連 鎖 反 応 について 説

明 する。また、 核 分 裂 で 発 生 した 放 射 性 物 質 から 放 出 される 放 射 線 が 源 となる 崩 壊 熱 につい

て 説 明 する。

7


第 1 章 原 子 炉 の 物 理

第 6 章 では、 原 子 炉 を 原 子 炉 たらしめる 概 念 の 一 つである 臨 界 について 説 明 する。また、

原 子 炉 における 中 性 子 の 増 加 率 ・ 減 少 率 を 代 表 するパラメータとして、 増 倍 率 という 概 念 を

説 明 する。

第 7 章 では、 原 子 炉 の 物 理 における 主 役 である 中 性 子 に 焦 点 を 当 て、 発 生 から 消 滅 まで

その 一 生 を 説 明 する。

第 8 章 では、 原 子 炉 の 運 転 とともに 核 燃 料 の 組 成 が 変 化 する 燃 焼 について 説 明 する。 原 子

炉 内 で 核 燃 料 と 酸 素 が 結 合 するいわゆる 燃 焼 反 応 は 発 生 しないが、 核 分 裂 反 応 により 熱 を

発 生 させるプロセスを 燃 焼 反 応 になぞらえている。

第 9 章 では、 秒 ~ 分 程 度 の 短 い 時 間 における 原 子 炉 の 動 的 な 振 る 舞 いについて 説 明 する。

原 子 炉 からの 制 御 棒 の 引 き 抜 き・ 挿 入 に 伴 う 原 子 炉 の 出 力 の 変 化 など、 安 全 上 重 要 な 項 目 と

なる。

第 10 章 では、 代 表 的 な 原 子 力 プラントとして、 加 圧 水 型 軽 水 炉 と 沸 騰 水 型 軽 水 炉 の 概 要

を 説 明 する。

第 11 章 では、 核 燃 料 で 発 生 した 熱 がどのように 輸 送 され、 発 電 などの 用 途 に 利 用 される

か、また 発 電 プラントを 運 転 することによって 燃 料 ペレットや 被 覆 管 で 起 こる 事 象 につい

て 説 明 する。

第 12 章 では、 原 子 炉 内 で 発 生 している 様 々な 物 理 現 象 間 の 相 互 作 用 について 説 明 する。

第 13 章 では、 原 子 炉 の 物 理 の 基 礎 データ 取 得 に 用 いる 極 低 出 力 の 原 子 炉 ( 臨 界 集 合 体 )

について 説 明 を 行 う。

第 14 章 では、 原 子 炉 のうち、 材 料 の 照 射 などに 使 用 する 様 々なタイプの 試 験 研 究 炉 につ

いて 説 明 する。

第 15 章 では、 原 子 力 プラントの 安 全 確 保 に 必 要 な 基 本 的 な 考 え 方 及 び 原 子 炉 の 物 理 と 原

子 力 安 全 の 考 え 方 の 関 係 を 説 明 する。

第 16 章 では、 核 燃 料 施 設 における 安 全 確 保 、 特 に 臨 界 安 全 についての 基 本 的 な 考 え 方 を

説 明 する。

8


原 子 炉 の 物 理

第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

9


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

内 容

第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史 ............................................................................................................... 9

2.1 放 射 線 の 発 見 (1890~1930 年 代 )[1,2] ............................................................................... 15

2.1.1 エックス 線 の 発 見 ............................................................................................................. 16

2.1.2 ラジウム・ポロニウムの 発 見 、 放 射 能 の 発 見 ............................................................. 16

2.1.3 アルファ 線 ・ベータ 線 ・ガンマ 線 の 発 見 ..................................................................... 16

2.1.4 原 子 構 造 ( 原 子 核 ・ 電 子 )の 実 証 ................................................................................. 16

2.1.5 中 性 子 の 発 見 ..................................................................................................................... 16

2.2 核 分 裂 の 発 見 と 実 証 (1900~1940 年 代 )[1,2] ................................................................... 19

2.2.1 ウラン 壊 変 の 発 見 ............................................................................................................. 20

2.2.2 質 量 とエネルギーの 等 価 性 の 証 明 ................................................................................. 20

2.2.3 核 変 換 の 実 証 ..................................................................................................................... 20

2.2.4 人 工 放 射 能 の 発 見 ............................................................................................................. 20

2.2.5 核 分 裂 の 発 見 ..................................................................................................................... 20

2.2.6 核 分 裂 中 性 子 の 発 見 ......................................................................................................... 20

2.2.7 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 ..................................................................................................... 21

2.3 原 子 爆 弾 の 開 発 (1940~1960 年 代 )[1,3] ........................................................................... 24

2.3.1 原 子 力 の 軍 事 利 用 と 原 子 爆 弾 ......................................................................................... 25

2.3.2 マンハッタン 計 画 ............................................................................................................. 25

2.3.3 核 拡 散 防 止 条 約 による 核 兵 器 開 発 の 規 制 ..................................................................... 26

2.4 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 (1950~1970 年 代 )[1] ...................................................................... 28

2.4.1 原 子 力 の 平 和 利 用 と 発 電 用 原 子 炉 ................................................................................. 29

2.4.2 発 電 用 原 子 炉 の 炉 型 選 定 と「 原 子 炉 物 理 」の 役 割 ..................................................... 29

2.4.3 発 電 用 原 子 炉 概 念 の 誕 生 ................................................................................................. 30

2.4.4 増 殖 炉 概 念 の 誕 生 ............................................................................................................. 31

2.4.5 加 圧 水 型 軽 水 炉 概 念 の 誕 生 ............................................................................................. 31

2.4.6 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 ..................................................................................................... 32

2.4.7 世 界 初 の 商 業 用 原 子 炉 の 運 転 開 始 ................................................................................. 33

2.4.8 沸 騰 水 型 軽 水 炉 概 念 の 誕 生 ............................................................................................. 33

2.4.9 アメリカ 以 外 の 国 における 発 電 用 原 子 炉 開 発 ............................................................. 34

2.4.10 石 油 危 機 に 伴 う 原 子 力 発 電 利 用 の 進 展 ....................................................................... 35

2.5 原 子 力 事 故 (1970~2010 年 代 )[3,4] ................................................................................... 37

2.5.1 スリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 事 故 ................................................................................. 38

2.5.2 チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 ................................................................................. 38

2.5.3 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 ............................................................................................. 39

2.6 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 後 の 原 子 力 開 発 (2010 年 以 降 )[3,4,5] ................................ 42

10


原 子 炉 の 物 理

2.6.1 各 国 の 原 子 力 開 発 政 策 ..................................................................................................... 43

2.6.2 世 界 的 なエネルギー 需 要 の 増 加 ..................................................................................... 43

2.6.3 地 球 温 暖 化 に 伴 う 原 子 力 発 電 需 要 の 増 加 ..................................................................... 44

2.6.4 原 子 炉 の 世 代 と 次 世 代 原 子 炉 開 発 ................................................................................. 44

2.6.5 廃 止 措 置 技 術 の 開 発 ......................................................................................................... 45

11


12

第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 原 子 力 開 発 の 歴 史 は、19 世 紀 後 半 から 20 世 紀 初 頭 にかけて 欧 州 を 中 心 に 相 次 いだ 放 射

線 の 発 見 、 及 び 核 分 裂 の 発 見 と 実 証 により 幕 を 開 け、 第 二 次 世 界 大 戦 下 の 国 際 政 治 の 渦

の 中 で 原 子 爆 弾 の 開 発 につながった。

・ 戦 後 の 20 世 紀 中 盤 において、 予 算 ・ 人 材 規 模 で 他 国 を 圧 倒 するアメリカを 中 心 に、 軽

水 炉 を 主 体 とする 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 が 強 力 に 推 進 され、「 原 子 炉 の 物 理 」、すなわち 核

分 裂 を 制 御 する 技 術 の 基 礎 が 確 立 された。

・ 20 世 紀 後 半 から 21 世 紀 初 頭 にかけて 経 験 した 重 大 な 原 子 力 事 故 の 教 訓 と、 今 日 の 世 界

的 なエネルギー 需 要 の 増 加 により、 原 子 力 安 全 の 向 上 に 資 する 開 発 が 益 々 重 要 となって

おり、その 中 核 的 な 技 術 基 盤 として「 原 子 炉 の 物 理 」が 果 たすべき 役 割 は 大 きい。

原 子 力 開 発 の 歴 史 とは、 他 の 発 電 方 式 ( 火 力 ・ 再 生 可 能 エネルギー 等 )とは 異 なる 原 子

力 固 有 の 技 術 ( 原 子 炉 を 原 子 炉 たらしめている 技 術 )に 関 する 開 発 の 歴 史 であり、「 原 子 炉

の 物 理 」に 係 る 技 術 基 盤 と 密 接 な 関 係 がある。したがって、「 原 子 炉 の 物 理 」を 学 ぶ 上 で、

その 成 り 立 ちの 背 景 = 原 子 力 開 発 の 歴 史 を 学 ぶことには 大 きな 意 義 がある。

本 章 では、19 世 紀 後 半 から 20 世 紀 初 頭 に 相 次 いだ 放 射 線 の 発 見 から、20 世 紀 中 盤 に 大

きく 進 展 した 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 、20 世 紀 後 半 から 21 世 紀 初 頭 にかけて 経 験 した 原 子 力

事 故 を 踏 まえた 今 後 の 原 子 力 開 発 まで、 約 1 世 紀 超 の 原 子 力 開 発 の 歴 史 を 概 観 する。 本 章

の 構 成 に 沿 って 整 理 した 原 子 力 開 発 の 概 略 年 表 を 表 2-1 に 示 す。

13


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

表 2-1 原 子 力 開 発 の 概 略 年 表

年 代 節 1890 1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020

放 射 線 の 発 見 2.1

核 分 裂 の 発 見 と 実 証 2.2

原 子 爆 弾 の 開 発 2.3

発 電 用 原 子 炉 の 開 発 2.4

原 子 力 事 故 2.5

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所

事 故 後 の 原 子 力 開 発

2.6

△1895 エックス 線 の 発 見 (2.1.1 節 )

△1898 ラジウム・ポロニウムの 発 見 、 放 射 能 の 発 見 (2.1.2 節 )

△1898 アルファ 線 、ベータ 線 の 発 見 (2.1.3 節 )

△1900 ガンマ 線 の 発 見 (2.1.3 節 )

△1902 ウラン 壊 変 の 発 見 (2.2.1 節 )

△1905 質 量 とエネルギーの 等 価 性 の 証 明 (2.2.2 節 )

△1911 原 子 構 造 ( 原 子 核 ・ 電 子 )の 実 証 (2.1.4 節 )

△1919 核 変 換 の 実 証 (2.2.3 節 )

△1932 中 性 子 の 発 見 (2.1.5 節 )

△1934 人 工 放 射 能 の 発 見 (2.2.4 節 )

△1935 核 分 裂 の 発 見 (2.2.5 節 )

△1939 核 分 裂 中 性 子 の 発 見 (2.2.6 節 )

△1942 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 (2.2.7 節 )

△1940 プルトニウムの 発 見 (2.3.1 節 )

△1940 冶 金 計 画 (2.3.1 節 )

△1942 マンハッタン 計 画 (2.3.2 節 )

△1945 世 界 初 の 核 爆 発 実 験 (トリニティ 実 験 )(2.3.2 節 )

△1945 世 界 初 の 核 兵 器 としての 原 子 爆 弾 投 下 ( 広 島 ・ 長 崎 )(2.3 節 )

△1970 核 拡 散 防 止 条 約 の 発 効 (2.3.3 節 )

△1953 原 子 力 平 和 利 用 宣 言 (2.4.1 節 )

△1955 世 界 初 の 原 子 力 潜 水 艦 (ノーチラス 号 )の 航 海 試 験 成 功 (2.4.6 節 )

△1957 国 際 原 子 力 機 関 (IAEA)の 設 立 (2.4.1 節 )

△1957 世 界 初 の 商 業 用 原 子 炉 (シッピング・ポート)の 運 転 開 始

(2.4.7 節 )

△1979 スリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 事 故

(2.5.1 節 )

△1986 チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所

事 故 (2.5.2 節 )

2011 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 (2.5.3 節 ) △

2016 パリ 協 定 の 発 効 (2.6.3 節 ) △

第 4 世 代 原 子 炉 の 開 発 (2.6.4 節 )

廃 止 措 置 技 術 の 開 発 (2.6.5 節 )

14



原 子 炉 の 物 理

2.1 放 射 線 の 発 見 (1890~1930 年 代 )[1,2]

【この 節 のポイント】

・ 19 世 紀 後 半 から 20 世 紀 前 半 にかけ、 欧 州 の 研 究 者 らにより、さまざまな 放 射 線 の 発 見

が 相 次 ぎ、 原 子 核 および 放 射 線 に 関 する 物 理 学 の 基 礎 が 短 期 間 のうちに 確 立 した。

・ 中 性 子 は、 原 子 炉 で 生 じる 核 反 応 の 中 核 を 担 う 放 射 線 であり、 中 性 子 を 含 む 放 射 線 の

発 見 が、 原 子 力 開 発 の 出 発 点 となった。

図 2-1 ラジウムとポロニウムを 発 見 したキュリー 夫 妻

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83

%A5%E3%83%AA%E3%83%BC)

ドイツの 化 学 者 マーチン・クラプロート(Martin Klaproth)は、1789 年 に 新 しい 金 属 元

素 を 発 見 した。この 元 素 はウラニウムと 名 づけられ、それは 数 年 前 に 発 見 された 天 王 星 (ウ

ラヌス)に 由 来 する。ウラニウムは 地 球 上 で 天 然 に 存 在 する 最 も 重 い 元 素 として 知 られて

いる。

その 後 、20 世 紀 を 前 に、ヴィルヘルム・レントゲン(Wilhelm Röntgen)、アンリ・ベク

レル(Henri Becquerel)、キュリー 夫 妻 ( 図 2-1: Pierre Curie and Maria Curie)が、 放 射 線 と、

放 射 線 に 関 連 する 新 たな 自 然 現 象 を 次 々と 発 見 した。

本 節 では、 各 放 射 線 の 発 見 について、 発 見 された 年 ・ 発 見 した 科 学 者 ・ 発 見 の 経 緯 等 を

15


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

解 説 する。

2.1.1 エックス 線 の 発 見

1895 年 、ドイツの 実 験 物 理 学 者 ヴィルヘルム・レントゲンは、クルックス 管 を 用 いた 陰

極 線 の 実 験 中 、 黒 い 紙 や 木 片 などの 不 透 明 体 を 透 過 する 放 射 線 を 発 見 した。 放 射 線 は、 原

子 核 が 余 分 なエネルギーを 発 散 する 際 に 放 出 する 高 速 粒 子 や 高 エネルギーの 電 磁 波 である。

レントゲンは、この 放 射 線 の 正 体 が 未 解 明 であったことから、「 未 知 のもの」という 意 味 で

エックス 線 と 名 づけた。

翌 1896 年 、フランスの 物 理 学 者 アンリ・ベクレルは、 放 射 線 がウラン 鉱 石 から 放 出 され

ていることを 発 見 した。 後 に 訪 れる 物 理 学 の 変 革 において、レントゲンとベクレルによる

放 射 線 の 発 見 が、その 出 発 点 となった。

2.1.2 ラジウム・ポロニウムの 発 見 、 放 射 能 の 発 見

1898 年 、ピエールとマリーのキュリー 夫 妻 は、 放 射 性 物 質 であるラジウムとポロニウム

を 発 見 した。また、トリウムやウランなどの 元 素 がもつ「 放 射 線 を 放 出 する 性 質 」を 放 射

能 と 名 づけた。

その 後 1914 年 、マリー・キュリーはパリにラジウム 研 究 所 を 設 立 し、 放 射 能 研 究 を 推 進

した。 後 に、 原 子 力 開 発 の 中 核 である 核 分 裂 研 究 において 数 多 くの 功 績 を 残 すこととなる

当 研 究 所 のフレデリック・ジョリオ(Frederic Joliot-Curie)は、マリー・キュリーの 娘 イレ

ーヌと 結 婚 し、 放 射 能 研 究 にまい 進 した。

2.1.3 アルファ 線 ・ベータ 線 ・ガンマ 線 の 発 見

1898 年 、イギリスの 物 理 学 者 アーネスト・ラザフォード(Ernest Rutherford)は、トリウ

ムやウランからエックス 線 とは 異 なる 2 種 類 の 放 射 線 が 放 出 されていることを 発 見 し、ア

ルファ 線 、ベータ 線 と 名 づけた。 後 に、ベータ 線 は-e の 負 電 荷 を 持 ち、アルファ 線 は+2e

の 正 電 荷 をもつヘリウムの 原 子 核 であることが 実 証 された。

1900 年 、フランスの 化 学 者 ポール・ヴィラール(Paul Villard)は、エックス 線 よりも 透

過 力 が 大 きく、 磁 場 で 曲 がらない 放 射 線 がラジウムから 放 出 されていることを 発 見 した。

ラザフォードは、この 放 射 線 をガンマ 線 と 名 づけた。

2.1.4 原 子 構 造 ( 原 子 核 ・ 電 子 )の 実 証

1911 年 、ラザフォードは、 原 子 の 質 量 が、その 中 心 にある 非 常 に 小 さな 領 域 に 集 中 して

いることを 明 らかにした。ラザフォードは、この 小 さな 領 域 ( 原 子 核 )は 正 の 電 荷 をもっ

ており、その 外 側 に、 非 常 に 軽 い 負 の 電 荷 をもつ 電 子 が 存 在 することを 実 証 した。

2.1.5 中 性 子 の 発 見

1932 年 、イギリスの 物 理 学 者 ジェームズ・チャドウィック(James Chadwick)は、ポロ

16


原 子 炉 の 物 理

ニウムから 放 出 されるアルファ 線 をベリリウムに 衝 突 させることにより、 中 性 子 を 発 見 し

た。ラザフォードは、1920 年 代 に 中 性 子 の 存 在 を 予 言 していたが、 電 荷 をもたないために

検 出 が 容 易 ではなく、 他 の 放 射 線 よりも 後 に 発 見 された。

中 性 子 の 発 見 を 受 け、ドイツの 物 理 学 者 ヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg)

は、 原 子 核 が 陽 子 と 中 性 子 で 構 成 されていると 考 えた。

中 性 子 は、その 後 開 発 されることになる 原 子 炉 において 生 じる 核 反 応 の 中 核 を 担 う 放 射

線 であり、 中 性 子 の 発 見 が 原 子 力 開 発 の 出 発 点 となった。

【コラム】 原 子 力 開 発 に 関 連 したノーベル 賞 受 賞 者

原 子 力 に 関 する 研 究 開 発 が 推 進 される 過 程 では、その 基 礎 ・ 基 盤 研 究 に 従 事 した 数 多 く

の 科 学 者 がノーベル 賞 を 受 賞 した。 当 時 の 時 代 背 景 として、 原 子 力 開 発 そのものが 科 学 ・

技 術 分 野 における 重 要 な 成 果 に 位 置 づけられていたことが 示 唆 される。

原 子 力 開 発 に 関 連 したノーベル 賞 受 賞 者 を 表 2-2 にまとめる。 本 章 に 登 場 する 多 くの 科

学 者 らが、1900~1930 年 代 に 受 賞 していたことがわかる。

表 2-2 原 子 力 開 発 に 関 連 したノーベル 賞 受 賞 者 一 覧 (1/2)

受 賞 受 賞

国 籍

受 賞 者

年 度 部 門

( 受 賞 時 )

受 賞 理 由 関 連 節

1901 物 理 学 ヴィルヘルム・レントゲン ドイツ エックス 線 の 発 見 2.1.1

1903 物 理 学 アンリ・ベクレル フランス 自 発 的 放 射 能 の 発 見 2.1.1

同 上 物 理 学 ピエール・キュリー 同 上

ベクレルによって 発 見 され

た 放 射 現 象 に 関 する 共 同 2.1.2

研 究

同 上 同 上 マリー・キュリー 同 上 同 上 同 上

1908 化 学 アーネスト・ラザフォード イギリス

元 素 の 崩 壊 、 放 射 性 物 質

の 化 学 に 関 する 研 究

2.1.3,

2.2.1

1911 化 学 マリー・キュリー フランス

ラジウムおよびポロニウム

の 発 見 とラジウムの 性 質 2.1.2

およびその 化 合 物 の 研 究

1921 物 理 学 アルベルト・アインシュタイン スイス

理 論 物 理 学 に 対 する 貢

献 、 特 に 光 電 効 果 の 法 則 2.2.2

の 発 見

1922 物 理 学 ニールス・ボーア デンマーク

原 子 構 造 と 原 子 から 放 射

に 関 する 研 究 についての 2.2

貢 献

1927 物 理 学 アーサー・コンプトン アメリカ

彼 に 因 んで 命 名 されたコ

ンプトン 効 果 の 発 見

2.2.7

1932 物 理 学 ヴェルナー・ハイゼンベルク ドイツ

量 子 力 学 の 創 始 ならびに

その 応 用 、 特 に 同 素 異 形 2.1.5

の 水 素 の 発 見

1935 物 理 学 ジェームズ・チャドウィック イギリス 中 性 子 の 発 見 2.1.5

1938 化 学 フレデリック・ジョリオ・キュリー フランス 人 工 放 射 性 元 素 の 発 見 2.2.4

同 上 同 上 イレーヌ・ジョリオ・キュリー 同 上 同 上 同 上

1938 物 理 学 エンリコ・フェルミ イタリア

中 性 子 放 射 による 新 放 射

性 元 素 の 存 在 証 明 および

関 連 して 熱 中 性 子 による

原 子 核 反 応 の 発 見

2.2.5,

2.2.6

17


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

表 2-2 原 子 力 開 発 に 関 連 したノーベル 賞 受 賞 者 一 覧 (2/2)

受 賞 受 賞

国 籍

受 賞 者

年 度 部 門

( 受 賞 時 )

受 賞 理 由 関 連 節

1944 化 学 オットー・ハーン ドイツ 原 子 核 分 裂 の 発 見 2.2.5

1951 化 学 グレン・シーボルグ アメリカ 超 ウラン 元 素 の 発 見 2.3.1

1974 平 和 佐 藤 栄 作 日 本 非 核 三 原 則 の 提 唱 2.4.1

2005 平 和 国 際 原 子 力 機 関 -

原 子 力 エネルギーの 平 和

的 利 用 に 対 する 貢 献

2.4.1

【コラム】 現 代 物 理 学 における 日 本 人 科 学 者 の 活 躍

第 二 次 世 界 大 戦 後 の 1949 年 、 湯 川 秀 樹 は 日 本 人 として 初 めてノーベル 賞 を 受 賞 した。 湯

川 の 受 賞 では、 素 粒 子 物 理 学 分 野 における「 中 間 子 理 論 」が 理 由 とされており、 表 2-3 に

示 すように、その 後 も 素 粒 子 に 関 する 成 果 で 複 数 の 日 本 人 および 日 本 出 身 の 科 学 者 らがノ

ーベル 物 理 学 賞 を 受 賞 している。 素 粒 子 は、 物 質 を 構 成 する 最 小 の 単 位 であり、その 基 礎

研 究 は 原 子 力 開 発 と 密 接 に 関 連 する。

日 本 では、 湯 川 のノーベル 賞 受 賞 以 前 から、 素 粒 子 物 理 学 のもととなる 量 子 力 学 の 分 野

において 精 力 的 に 研 究 が 進 められ、 仁 科 芳 雄 が、その 先 駆 的 な 役 割 を 果 たした。 仁 科 は 日

本 の 現 代 物 理 学 の 父 と 呼 ばれており、 表 2-3 に 名 を 連 ねたノーベル 賞 受 賞 者 をはじめ、 数

多 くの 科 学 者 に 影 響 を 与 えた。また、 仁 科 芳 雄 の 次 男 である 仁 科 浩 二 郎 は、 名 古 屋 大 学 で

原 子 炉 物 理 研 究 を 主 導 し、 理 論 ・ 実 験 両 面 で 先 進 的 な 成 果 をあげた[6]。

近 年 は、 日 本 の 基 礎 研 究 の 取 り 組 みが 組 織 としても 大 きな 成 果 をあげている。 理 化 学 研

究 所 の RI ビームファクトリーで 生 成 された 113 番 元 素 が 国 際 的 に 新 元 素 として 認 定 され

た。2016 年 、この 元 素 が、 理 化 学 研 究 所 仁 科 加 速 器 科 学 研 究 センターの 研 究 グループが 提

案 した「ニホニウム(Nh)」に 命 名 される 快 挙 を 遂 げた[7]。

表 2-3 日 本 人 および 日 本 出 身 のノーベル 物 理 学 賞 受 賞 者 一 覧 (2019 年 9 月 時 点 )

受 賞 年 度 受 賞 者 受 賞 理 由

1949 湯 川 秀 樹 中 間 子 の 存 在 の 予 想

1965 朝 永 振 一 郎 量 子 電 気 力 学 分 野 での 基 礎 的 研 究

1973 江 崎 玲 於 奈 半 導 体 におけるトンネル 効 果 の 実 験 的 発 見

2002 小 柴 昌 俊 天 体 物 理 学 、 特 に 宇 宙 ニュートリノの 検 出 に 対 するパイオニア 的 貢 献

2008 小 林 誠

小 林 ・ 益 川 理 論 とCP 対 称 性 の 破 れの 起 源 の 発 見 による 素 粒 子 物 理 学

への 貢 献

同 上 益 川 敏 英 同 上

同 上 南 部 陽 一 郎 素 粒 子 物 理 学 における 自 発 的 対 称 性 の 破 れの 発 見

2014 赤 崎 勇 高 輝 度 で 省 電 力 の 白 色 光 源 を 可 能 にした 青 色 発 光 ダイオードの 発 明

同 上 天 野 浩 同 上

同 上 中 村 修 二 同 上

2015 梶 田 隆 章 ニュートリノが 質 量 を 持 つことを 示 すニュートリノ 振 動 の 発 見

18


原 子 炉 の 物 理

2.2 核 分 裂 の 発 見 と 実 証 (1900~1940 年 代 )[1,2]

【この 節 のポイント】

・ 20 世 紀 前 半 において、 欧 州 の 研 究 者 らにより 原 子 力 開 発 の 中 核 となる 核 分 裂 研 究 が 進

展 し、「 核 変 換 の 実 証 」、「 核 分 裂 の 発 見 」 等 、 重 要 な 成 果 が 相 次 いで 創 出 された。

・ 1942 年 12 月 2 日 、エンリコ・フェルミらにより、アメリカのシカゴ 大 学 フットボール・

スタジアムの 観 客 席 下 にあるスカッシュ・コートに 設 置 された 原 子 炉 で 臨 界 実 験 が 行

われ、 世 界 で 初 めて 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 実 証 された。

図 2-2 シカゴ・パイル 1 号 の 初 臨 界 の 様 子

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%AB%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83

%91%E3%82%A4%E3%83%AB1%E5%8F%B7)

放 射 線 が 相 次 いで 発 見 された 20 世 紀 前 半 は、 原 子 力 開 発 の 中 核 となる 核 分 裂 研 究 につい

ても 大 きく 進 展 した。 欧 州 では、 原 子 核 や 核 反 応 を 研 究 する 複 数 のグループが、 新 しい 理

論 や 実 験 結 果 を 次 々と 発 表 し、 原 子 核 と 放 射 線 に 関 する 物 理 学 の 基 礎 が 一 挙 に 確 立 された。

フランスでは、ジョリオ・キュリーが 核 分 裂 研 究 で 多 大 な 功 績 を 残 した。イギリスでは、

アーネスト・ラザフォードが 原 子 構 造 模 型 を 提 唱 した。デンマークでは、ニールス・ボー

ア(Niels Bohr)がアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)と 量 子 力 学 で 大 きな 論

争 を 繰 り 広 げ、 彼 らは 現 代 物 理 学 の 双 璧 と 呼 ばれた。ドイツでは、オットー・ハーン(Otto

Hahn)が 核 分 裂 を 発 見 した。イタリアには、 後 にアメリカに 渡 り、 世 界 最 初 の 原 子 炉 とな

る「シカゴ・パイル」( 図 2-2: Chicago Pile)を 完 成 させ、 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 を 成 功 に

導 いたエンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)がいた。 彼 らが、 原 子 ・ 原 子 核 ・ 放 射 能 ・ 量 子

物 理 分 野 の 研 究 にまい 進 した 結 果 、 核 分 裂 に 係 る 重 要 な 成 果 が 相 次 いで 創 出 された。

本 節 では、 核 分 裂 の 発 見 と 実 証 に 大 きく 寄 与 した 成 果 について、 成 果 が 得 られた 年 ・ 科

学 者 ・ 成 果 創 出 の 経 緯 等 を 解 説 する。

19


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

2.2.1 ウラン 壊 変 の 発 見

1902 年 、アーネスト・ラザフォードは、ウランがアルファ 線 を 放 出 して 別 の 原 子 に 変 わ

ること( 壊 変 )を 発 見 した。

2.2.2 質 量 とエネルギーの 等 価 性 の 証 明

1905 年 、ドイツ 出 身 の 物 理 学 者 アルベルト・アインシュタインは、 質 量 とエネルギーの

等 価 性 を 証 明 する「 特 殊 相 対 性 理 論 」を 発 表 した。

2.2.3 核 変 換 の 実 証

1919 年 、ラザフォードは、ある 原 子 を 人 工 的 に 別 の 原 子 に 変 えられること( 核 変 換 )を

証 明 した。これを 機 に、 多 くの 科 学 者 が、さまざまな 原 子 に 放 射 線 を 衝 突 させ、 別 の 原 子

に 変 換 させる 実 験 に 取 り 組 んだ。

2.2.4 人 工 放 射 能 の 発 見

1934 年 、フレデリック・ジョリオ・キュリーとイレーヌ・ジュリオ・キュリーは 人 工 放

射 能 を 発 見 した。1935 年 、ジョリオ・キュリーはノーベル 賞 授 賞 式 後 の 記 念 講 演 で、「 将

来 我 々 科 学 者 は 原 子 を 自 由 に 分 割 したり、くっつけたりすることができるようになるだろ

う。その 時 には 莫 大 なエネルギーが 放 出 されるだろう」と 述 べた。 当 時 、この 予 言 は 物 理

学 の 世 界 に 大 きな 衝 撃 を 与 えた。 本 講 演 を 機 に、 多 くの 科 学 者 が、 莫 大 なエネルギーを 放

出 する 核 分 裂 の 実 証 研 究 にまい 進 した。

2.2.5 核 分 裂 の 発 見

1935 年 、イタリアの 物 理 学 者 エンリコ・フェルミは、ウランに 中 性 子 を 衝 突 させ、ウラ

ンより 重 い 元 素 を 発 見 したと 発 表 したが、この 発 表 は 誤 りであることが 後 に 明 らかとなっ

た。その 後 1938 年 、ジョリオ・キュリーらは、フェルミの 実 験 を 追 証 した 結 果 、ウランに

中 性 子 を 衝 突 させるとウランより 軽 い 元 素 (バリウム)ができることを 発 見 した。

この 発 見 の 確 認 に 時 間 がかかる 中 、 同 年 12 月 、ドイツの 化 学 者 オットー・ハーンとオー

ストリア 出 身 の 物 理 学 者 リーゼ・マイトナー(Lise Meitner)は、ウランに 中 性 子 を 衝 突 さ

せると 放 射 性 のバリウムが 生 成 されることを 発 見 した。また、マイトナーは、ウランの 原

子 核 が 中 性 子 を 吸 収 すると、 二 つの 原 子 核 に 割 れること( 核 分 裂 )を 発 見 した。こうして、

「 核 分 裂 の 発 見 」という 歴 史 的 栄 誉 は、ハーンとマイトナーの 手 に 渡 った。

アインシュタインが 証 明 した 質 量 とエネルギーの 等 価 性 に 基 づいて 計 算 された 結 果 と、

マイトナーの 考 察 による 結 果 は 合 致 し、ウランの 核 分 裂 によって 膨 大 なエネルギーが 放 出

されることが 示 唆 された。

2.2.6 核 分 裂 中 性 子 の 発 見

1939 年 、エンリコ・フェルミは、 中 性 子 が 核 分 裂 によって 放 出 される 可 能 性 が 高 いこと

20


原 子 炉 の 物 理

を 指 摘 した。

同 年 、ジョリオ・キュリーは、ウランに 中 性 子 を 衝 突 させると 核 分 裂 を 起 こし、より 軽

い 2 つの 元 素 ができ、その 際 にエネルギーが 放 出 され、 同 時 にいくつかの 中 性 子 も 放 出 さ

れることを 発 見 した。

この 発 見 は、 原 子 力 エネルギーの 利 用 を 考 えるうえで 重 要 な 意 味 をもっていた。すなわ

ち、エネルギーの 放 出 を 伴 う 核 分 裂 を 起 こすには、ウランに 中 性 子 を 衝 突 させる 必 要 があ

るが、もし 核 分 裂 のたびに 新 たに 中 性 子 が 生 まれるならば、ウランに 中 性 子 を 1 個 だけ 衝

突 させることにより、 核 分 裂 反 応 を 次 から 次 へと 連 鎖 的 に 生 じさせることができる。この

連 鎖 反 応 こそ、 大 量 のエネルギーを 発 生 させるために 必 要 となる 現 象 であった。

核 分 裂 の 発 見 後 、ジョリオ・キュリーは、 核 分 裂 によるエネルギー 発 生 に 関 する 3 件 の

特 許 (2 件 は 原 子 炉 、1 件 は 原 子 爆 弾 )を 申 請 した。これを 機 に、ジョリオ・キュリーを 中

心 としたフランスの 科 学 者 らが 原 子 力 開 発 を 牽 引 することとなった。

2.2.7 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証

放 射 線 の 発 見 や 核 分 裂 の 発 見 に 係 る 成 果 は、 欧 州 の 科 学 者 を 中 心 に 創 出 されたものであ

ったが、1939 年 、エンリコ・フェルミが 祖 国 イタリアからアメリカに 移 住 したのを 機 に、

アメリカの 原 子 力 開 発 が 急 速 に 進 展 し、 開 発 の 先 駆 者 が 取 って 代 わった。 当 時 、イタリア

でムッソリーニによるファシズムが 全 盛 期 を 迎 えていたことがフェルミ 移 住 のきっかけで

あったといわれている。

当 時 、アメリカのフランクリン・ルーズベルト(Franklin Roosevelt) 大 統 領 は、 第 二 次

世 界 大 戦 の 勃 発 とアメリカの 参 戦 を 不 可 避 と 考 えていた。ルーズベルトは、フェルミらに

よる 研 究 成 果 を 受 け、 核 分 裂 エネルギーの 軍 事 利 用 を 目 的 とした 研 究 体 制 を 整 えた。 研 究

が 開 始 された 1941 年 当 時 、 核 分 裂 研 究 は 既 に 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 実 証 する 段 階 まで 進 んでい

た。アメリカ 政 府 による 強 力 な 資 金 援 助 のもと、 最 初 の 原 子 炉 の 実 験 計 画 が 1942 年 半 ばに

開 始 され、フェルミが 指 揮 をとることとなった。

1942 年 、 原 子 爆 弾 の 開 発 を 目 的 とし、シカゴ 大 学 の 冶 金 研 究 所 が 研 究 拠 点 とされた。ア

ーサー・コンプトン(Arthur Compton)が 所 長 となり、コンプトンの 下 で、フェルミが 物

理 部 長 に 任 命 された。 当 時 、 原 子 爆 弾 の 開 発 を 目 的 とした 研 究 は「 冶 金 計 画 」という 暗 号

名 で 呼 ばれた。 冶 金 研 究 所 には、アメリカ 中 から 多 くの 優 秀 な 科 学 者 が 招 集 され、 最 盛 期

には 約 2,000 名 もの 科 学 者 が 研 究 にまい 進 した。その 後 、「 冶 金 計 画 」の 本 拠 地 がニューヨ

ークのマンハッタンに 移 され、 新 たな 暗 号 名 「マンハッタン 計 画 (Manhattan Project)」の

もと、 核 分 裂 研 究 が 強 力 に 推 し 進 められていった。

同 年 、フェルミらは、 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 実 験 に 着 手 した。シカゴ 大 学 のフットボー

ル・スタジアムの 観 客 席 下 にあるスカッシュ・コートに、 約 50 トンの 天 然 ウランを 置 き、

その 周 囲 に 減 速 材 である 黒 鉛 ブロックを 積 み 重 ねていった。 黒 鉛 ブロックが 約 400 トンに

なったところで、ウランに 中 性 子 を 衝 突 させた 結 果 、 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 生 じ、 臨 界 状 態 ( 核

分 裂 連 鎖 反 応 が 持 続 される 状 態 )が 確 認 された。

21


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

こうして、フェルミらは、 臨 界 となる 条 件 をうまく 揃 えれば 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こせる

ことを 世 界 で 初 めて 実 証 した。これは、1942 年 12 月 2 日 の 出 来 事 である。 本 実 験 は、 黒

鉛 ブロックを 何 万 個 も 積 み 重 ねたものであることから、 当 時 は「 原 子 パイル」( 現 在 は「シ

カゴ・パイル」と 呼 ばれている。)と 呼 ばれたが、これが 世 界 初 の 原 子 炉 となった。

上 述 した 核 分 裂 連 鎖 反 応 に 係 る 基 礎 ・ 基 盤 技 術 の 開 発 を 経 て、マンハッタン 計 画 の 規 模

はさらに 大 きくなった。ナチス・ドイツが 核 分 裂 エネルギーの 軍 事 利 用 を 先 に 成 功 させる

ことを 恐 れたアメリカは、 原 子 爆 弾 の 製 造 に 突 き 進 んでいった。

【コラム】フランスとアメリカにおける 気 質 の 違 い[1]

フランスは、 科 学 ・ 芸 術 ・ 文 化 等 の 幅 広 い 分 野 において、 歴 史 上 傑 出 した 人 物 を 数 多 く

輩 出 してきた 国 である。その 一 方 、 優 れた 個 人 の 発 明 や 能 力 をまとめあげ、 国 全 体 として

大 きな 力 を 発 揮 することは 得 意 でないといわれてきた。そのため、 組 織 化 が 必 須 となる 工

学 の 分 野 では、それを 得 意 とするアメリカに 先 を 越 されることが 多 々あったようである。

原 子 力 開 発 においても、フランスとアメリカにおけるこのような 気 質 の 違 いが 見 てとれ

る。すなわち、 放 射 線 の 発 見 や 核 分 裂 研 究 の 段 階 においては、フランスを 中 心 に、ジョリ

オ・キュリーをはじめとする 個 々の 優 れた 研 究 者 が 数 多 くの 成 果 を 創 出 し、 原 子 力 開 発 を

牽 引 した。その 後 、アメリカで 原 子 爆 弾 の 開 発 という 国 家 レベルの 目 標 が 設 定 されると、

核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 を 皮 切 りに、 組 織 化 の 得 意 なアメリカが 予 算 ・ 人 材 の 規 模 を 活 かし、

世 界 の 原 子 力 開 発 の 担 い 手 に 取 って 代 わった。

その 後 、アメリカの 原 子 力 開 発 は、 原 子 爆 弾 だけでなく、 発 電 用 原 子 炉 についても 世 界

を 牽 引 してきた。アメリカの 2 大 重 電 メーカーである、ウェスティングハウス

(Westinghouse: WH) 社 とゼネラルエレクトリック(General Electric: GE) 社 は、それぞれ

加 圧 水 型 軽 水 炉 (Pressurized Water Reactor: PWR)と 沸 騰 水 型 軽 水 炉 (Boiling Water Reactor:

BWR)を 開 発 し、 軽 水 炉 プラント 技 術 をアメリカ 国 内 だけでなく 世 界 に 開 放 した 結 果 、 軽

水 炉 は、 今 や 世 界 の 原 子 炉 シェアの 大 半 を 占 めるに 至 っている。

【コラム】 日 本 の 原 子 力 開 発

本 書 は 日 本 の 教 科 書 であるが、 日 本 に 関 連 する 原 子 力 開 発 については 割 愛 した。その 理

由 は、 日 本 の 原 子 力 技 術 がアメリカからの 技 術 導 入 によるものであり、 純 然 たる 独 自 開 発

とはいえないためである。また、その 背 景 として、1952 年 にサンフランシスコ 講 和 条 約 が

発 効 されるまで、 敗 戦 国 である 日 本 では、GHQ( 連 合 国 軍 総 司 令 部 )の 占 領 政 策 として 原

子 力 開 発 が 全 面 的 に 禁 止 され、 開 発 の 着 手 が 遅 れたことも 関 係 している。

原 子 力 開 発 の 黎 明 期 において、 大 局 的 な 歴 史 の 時 間 軸 上 に 日 本 の 原 子 力 開 発 は 現 れない

が、 今 日 、 日 本 が「 原 子 力 先 進 国 」と 呼 ばれるに 至 る 背 後 には、 数 多 くの 先 人 達 による 努

力 がある。 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 原 子 力 開 発 が 遅 れていた 日 本 では、(i) 原 子 力 の 研 究 開 発 を

推 進 するため、 早 期 に 原 子 炉 を 建 設 すること、(ii) 物 理 ・ 化 学 ・ 生 物 等 の 基 礎 研 究 を 行 うこ

と、(iii)ラジオアイソトープを 生 産 すること、および(iv) 研 究 者 ・ 技 術 者 を 養 成 すること 等

22


原 子 炉 の 物 理

を 目 的 とし、 日 本 初 の 原 子 炉 JRR-1(Japan Research Reactor No.1)が 建 設 された[8]。

JRR-1 は 日 本 原 子 力 研 究 所 ( 当 時 )が 建 設 ・ 運 転 を 手 がけた、 通 称 湯 沸 し 型 と 呼 ばれる

均 質 溶 液 型 の 小 型 研 究 炉 である。1956 年 8 月 に 着 工 され、1957 年 6 月 に 完 成 した。 同 年 8

月 27 日 、 炉 心 は 臨 界 に 達 し、 日 本 で 初 めて「 第 3 の 火 」= 原 子 力 の 灯 がともされた。その

後 、 運 転 停 止 までの 11 年 間 、エネルギー 約 182 MWh、 運 転 時 間 8,043 時 間 の 実 績 を 残 し

た。JRR-1 の 建 設 ・ 運 転 を 通 じて、 日 本 は 原 子 力 人 材 育 成 の 基 盤 を 構 築 し、 炉 物 理 実 験 、

照 射 実 験 等 の 基 礎 技 術 に 係 る 知 見 を 着 実 に 蓄 積 していった。

JRR-1 の 臨 界 到 達 後 、 日 本 初 の「 発 電 用 」 原 子 炉 JPDR(Japan Power Demonstration Reactor)

が 建 設 された[8]。JPDR は 日 本 原 子 力 研 究 所 ( 当 時 )が 運 転 を 手 がけた、GE 社 製 の BWR

である。1963 年 10 月 26 日 、 日 本 で 初 めて 原 子 力 発 電 に 成 功 し、これを 記 念 して 10 月 26

日 は「 原 子 力 の 日 」に 制 定 された。

JRR-1、JPDR を 起 点 とした 20 世 紀 中 盤 以 降 における 日 本 の 原 子 力 開 発 の 歴 史 について

は、 日 本 原 子 力 学 会 賞 「 原 子 力 歴 史 構 築 賞 」の 受 賞 案 件 [8]が 参 考 になる。 各 案 件 の 概 要 を

一 通 り 眺 めるだけでも、 数 多 くの 先 人 達 が 積 み 上 げてきた 成 果 と、そのために 払 われてき

た 努 力 の 大 きさ・ 熱 量 を 体 感 することができる。

23


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

2.3 原 子 爆 弾 の 開 発 (1940~1960 年 代 )[1,3]

【この 節 のポイント】

・ 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 大 量 かつ 瞬 間 的 に 生 じさせるか、 徐 々に 行 わせるかで、その 用 途 は

「 原 子 爆 弾 」と「 発 電 用 原 子 炉 」に 大 別 されるが、 核 分 裂 反 応 が 発 見 ・ 実 証 された 20

世 紀 前 半 から 中 盤 にかけては、 政 治 的 影 響 (ナチス・ドイツの 台 頭 、 第 二 次 世 界 大 戦

の 勃 発 )により、 原 子 爆 弾 の 開 発 ・ 製 造 技 術 が 先 行 して 確 立 された。

・ アメリカは、 世 界 に 先 駆 けて 原 子 爆 弾 を 開 発 するため、マンハッタン 計 画 を 立 ち 上 げ、

その 製 造 と 実 験 に 成 功 した。

・ 第 二 次 世 界 大 戦 後 は、 核 軍 縮 を 目 的 とし、 戦 勝 国 のうち 一 部 の 国 以 外 に 核 兵 器 の 開 発 ・

保 有 を 認 めない 核 拡 散 防 止 条 約 が 制 定 されたが、 実 際 の 核 軍 縮 は 進 んでいない。

図 2-3 世 界 初 の 核 実 験 (トリニティ 実 験 )における 核 爆 発 直 後 の 様 子

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%

A3%E5%AE%9F%E9%A8%93)

24


原 子 炉 の 物 理

核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 により、これまで 人 類 が 経 験 したことのない 莫 大 なエネルギーが

得 られることが 明 らかとなり、その 相 反 する 2 つの 用 途 が 必 然 的 に 見 出 された。1 つは、

核 分 裂 連 鎖 反 応 を 大 量 かつ 瞬 間 的 に 生 じさせ、 爆 発 的 なエネルギーを 生 み 出 す 原 子 爆 弾 ( 大

量 破 壊 兵 器 )、もう 1 つは、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 徐 々に 行 わせ、 適 度 なエネルギーを 長 時 間 に

わたり 継 続 的 に 取 り 出 す 発 電 用 原 子 炉 であった。

核 分 裂 の 発 見 と 同 時 期 にナチス・ドイツが 台 頭 し、 第 二 次 世 界 大 戦 が 勃 発 したことから、

ナチスが 世 界 に 先 駆 けて 原 子 爆 弾 の 開 発 に 成 功 することを 恐 れた 連 合 国 側 では、アメリカ

が 国 中 の 科 学 者 を 集 めて 原 子 爆 弾 を 開 発 ・ 製 造 し、1945 年 7 月 の 核 実 験 ( 図 2-3)を 経 て、

翌 8 月 、 世 界 で 初 めて 原 子 爆 弾 を 核 兵 器 として 広 島 と 長 崎 に 投 下 するに 至 った。その 威 力

と 悲 惨 さを 経 験 した 人 類 は、 原 子 爆 弾 の 投 下 から 70 年 以 上 が 経 った 今 も、「 兵 器 としての

核 分 裂 エネルギー」= 核 兵 器 を 手 放 すことはできていない。

本 節 では、アメリカを 中 心 とした 原 子 爆 弾 の 開 発 の 歴 史 を 解 説 する。

2.3.1 原 子 力 の 軍 事 利 用 と 原 子 爆 弾

ナチス・ドイツの 台 頭 を 機 に、アメリカで 原 子 爆 弾 の 開 発 が 開 始 された。これは、 大 量

破 壊 兵 器 としての 核 分 裂 エネルギー 利 用 、すなわち 軍 事 利 用 を 意 味 する。

ナチス・ドイツによる 迫 害 を 恐 れたハンガリーの 物 理 学 者 レオ・シラード(Leo Szilard)

は、イタリアのエンリコ・フェルミと 同 様 、アメリカへの 移 住 を 選 択 した。シラードは、

核 分 裂 エネルギーの 軍 事 利 用 が 政 治 的 圧 力 に 直 結 しうることに 気 づいた。ナチス・ドイツ

が 万 一 、 先 行 してこの 軍 事 利 用 に 成 功 することとなれば、 世 界 に 大 きな 悲 劇 が 訪 れる 恐 れ

があると 考 えた。1939 年 10 月 、シラードはアルベルト・アインシュタインの 支 援 を 受 け

てアメリカのルーズベルト 大 統 領 に 書 簡 を 送 り、この 悲 劇 の 可 能 性 を 訴 えた。この 書 簡 に

込 められたシラードの 意 図 を 理 解 したルーズベルトは、 程 なくして「ウランについての 諮

問 委 員 会 」を 設 置 した。これを 機 に、アメリカでは 組 織 的 な 原 子 力 開 発 が 開 始 されること

となった。

当 時 、アメリカの 原 子 力 研 究 は、フェルミ 1 人 が 牽 引 したものではなかった。1940 年 、

カリフォルニア 大 学 のグレン・シーボルグ(Glenn Seaborg)が、ウランに 中 性 子 を 吸 収 さ

せると、 核 分 裂 性 の 極 めて 高 いプルトニウムという 元 素 ができることを 発 見 した。この 発

見 を 起 点 に、アメリカ 中 から 多 くの 科 学 者 が 招 集 され、 原 子 爆 弾 用 プルトニウムの 生 産 方

法 に 関 する 開 発 が 開 始 された。 前 節 で 述 べたように、これは「 冶 金 計 画 」という 暗 号 名 で

呼 ばれた。

2.3.2 マンハッタン 計 画

「 冶 金 計 画 」は 間 もなく「マンハッタン 計 画 」に 名 前 を 変 え、 原 子 爆 弾 の 開 発 は 着 々と

進 められた。エンリコ・フェルミによる 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 も、この 開 発 の 一 環 として

得 られた 成 果 であった。

その 後 、 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 実 証 を 含 む 基 礎 技 術 の 蓄 積 を 経 て、 原 子 爆 弾 の 開 発 は 製 造 段

25


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

階 に 入 った。 計 画 はグローブス 将 軍 を 中 心 として 強 力 に 推 進 され、15 万 人 規 模 の 超 大 型 プ

ロジェクトとなった。 開 発 拠 点 は、(i)テネシー 州 オークリッジ(Oak Ridge)、(ii)ワシント

ン 州 ハンフォード(Hanford)、(iii)ニューメキシコ 州 ロスアラモス(Los Alamos)の 3 箇 所

に 置 かれ、それぞれに 大 規 模 な 研 究 ・ 開 発 ・ 製 造 施 設 が 建 設 された。(i)にはウラン 濃 縮 施

設 、(ii)にはプルトニウム 生 産 用 原 子 炉 が 建 設 され、(iii)では 原 子 爆 弾 の 設 計 が 行 われたと

同 時 に、 関 連 する 製 造 施 設 が 建 設 された。その 後 、1945 年 7 月 16 日 、アメリカは 世 界 最

初 の 核 爆 発 実 験 (トリニティ 実 験 )に 成 功 し、マンハッタン 計 画 は 所 期 の 目 的 を 達 成 した。

本 計 画 で 建 設 された 3 施 設 は、その 後 国 立 研 究 所 として 生 まれ 変 わった。(i)のウラン 濃

縮 施 設 については、 発 電 用 原 子 炉 燃 料 の 製 造 に 必 要 なウラン 濃 縮 サービスを 世 界 で 唯 一 提

供 できる 施 設 となった。1960~1970 年 代 にかけ、 世 界 中 の 電 力 会 社 が 濃 縮 サービスを 利 用

した 結 果 、 元 々 軍 事 用 に 建 設 された(i)は、 初 期 の 原 子 力 発 電 を 支 える 重 要 な 役 割 を 担 った。

原 子 爆 弾 は 瞬 間 的 に 爆 発 させる 必 要 があることから、 天 然 ウラン 中 の 核 分 裂 性 のウラン

235(U-235)の 濃 縮 度 を 0.7%から 90% 超 にまで 高 めることにより、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こ

しやすくしていた。マンハッタン 計 画 で(i)が 建 設 されたのは、このウラン 濃 縮 技 術 を 開 発

するためであった。 発 電 用 原 子 炉 燃 料 のウラン 濃 縮 は、 原 子 爆 弾 向 けに 90% 超 まで 高 めて

いた U-235 の 濃 度 を、 濃 縮 途 中 の 3~4%の 時 点 で 取 り 出 すことにより 対 応 することができ

た。

(ii)のプルトニウム 生 産 用 原 子 炉 は、ウラン 238(U-238)に 中 性 子 を 衝 突 させ、プルト

ニウムを 生 産 するために 建 設 された。 建 設 当 時 、 原 子 爆 弾 としては 高 濃 縮 ウランよりもプ

ルトニウムの 方 が 優 れていることが 既 にわかっていたためである。プルトニウム 生 産 炉 は

他 の 炉 型 と 同 様 、 核 分 裂 連 鎖 反 応 により 大 量 の 熱 を 発 生 させることができ、 発 電 用 原 子 炉

にもなることから、その 後 、 旧 ソ 連 、イギリス、フランスにおける 発 電 用 原 子 炉 の 原 型 と

なった。

2.3.3 核 拡 散 防 止 条 約 による 核 兵 器 開 発 の 規 制

第 二 次 世 界 大 戦 後 、アメリカ 以 外 のいくつかの 国 々も 原 子 爆 弾 の 開 発 ・ 製 造 ・ 実 験 に 成

功 していった。その 後 、 原 子 爆 弾 を 含 む 核 兵 器 の 廃 絶 を 最 終 目 標 とした 核 軍 縮 を 目 的 とし

て 核 拡 散 防 止 条 約 (Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT)が 制 定 され、1970

年 に 発 効 された。NPT では、1967 年 1 月 1 日 時 点 で 核 兵 器 を 保 有 していたアメリカ、ロシ

ア、イギリス、フランス、 中 国 の 5 か 国 を 核 兵 器 保 有 国 ( 核 兵 器 の 保 有 を 許 された 国 )と

認 定 し、それ 以 外 の 国 については 核 兵 器 の 保 有 を 禁 止 し、 非 核 保 有 国 とした。 非 核 保 有 国

が 核 兵 器 を 保 有 した 状 態 を「 核 の 拡 散 」という。NPT は 25 年 間 の 期 限 付 であったが、1995

年 、 無 条 件 ・ 無 期 限 の 延 長 が 決 定 され、 今 や 190 か 国 以 上 が 本 条 約 を 締 結 するに 至 ってい

る。

NPT 未 加 盟 国 や 脱 退 国 の 中 には 核 兵 器 を 保 有 する 国 があり、 多 くの 例 外 や 変 則 的 運 用 も

許 容 されているため、 本 条 約 の 拘 束 力 については 今 も 多 くの 課 題 が 残 されている。また、

核 兵 器 保 有 国 と 非 保 有 国 の 間 の 不 公 平 感 や、 複 雑 に 絡 み 合 う 各 国 の 利 害 ・ 政 治 的 背 景 等 に

26


原 子 炉 の 物 理

より、 実 際 の 核 軍 縮 は 進 んでいない。

【コラム】 広 島 ・ 長 崎 に 投 下 された 原 子 爆 弾 [3]

1945 年 7 月 のトリニティ 実 験 成 功 後 、アメリカは、 太 平 洋 戦 争 において 日 独 伊 軍 事 同 盟

の 中 で 唯 一 残 った 日 本 の 降 伏 を 促 すことを 主 な 目 的 とし、 同 年 8 月 、 広 島 と 長 崎 に 原 子 爆

弾 を 投 下 した。8 月 6 日 、 広 島 に 原 子 爆 弾 「リトルボーイ」が、 同 月 9 日 には、 長 崎 に 原

子 爆 弾 「ファットマン」が、それぞれ 投 下 された。これが 世 界 で 初 めて 核 兵 器 として 投 下

される 原 子 爆 弾 となった。

リトルボーイは、U-235 の 濃 縮 度 を 80% 超 に 高 めた 高 濃 縮 ウランによる「ガンバレル 型

( 砲 身 型 )」の 原 子 爆 弾 である。 臨 界 量 未 満 に 分 けられた 2 つの 高 濃 縮 ウランの 塊 を 火 薬 に

より 瞬 時 に 衝 突 させて 臨 界 量 にもっていき、 大 気 中 の 中 性 子 をトリガーとして、 瞬 時 に 核

分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こすものである。ガンバレル 型 の 原 子 爆 弾 は、 使 用 前 の 起 爆 装 置 の 誤 作

動 等 により 瞬 時 に 臨 界 量 に 達 する 可 能 性 があるため、 取 り 扱 い 上 の 安 全 性 は 低 いとされる。

一 方 、ファットマンは、プルトニウムによる「インプロージョン 型 ( 爆 縮 型 )」の 原 子 爆

弾 である。 臨 界 量 未 満 に 分 けられた 複 数 の 球 状 プルトニウムの 塊 を 火 薬 により 瞬 時 に 中 心

部 に 圧 縮 させて 密 度 を 高 め 臨 界 量 にもっていき、ベリリウム・ポロニウム 中 性 子 発 生 器 に

よる 中 性 子 をトリガーとして、 瞬 時 に 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こすものである。プルトニウム

による 原 子 爆 弾 をガンバレル 型 としないのは、 核 分 裂 性 のプルトニウム 239(Pu-239)に

混 在 したプルトニウム 240(Pu-240)の 自 発 核 分 裂 による「 過 早 核 爆 発 」を 防 ぐためであ

る。

ウラン 濃 縮 コストの 高 さと 原 子 爆 弾 の 取 り 扱 い 上 の 安 全 性 の 観 点 から、 現 在 の 原 子 爆 弾

は、プルトニウムによるインプロージョン 型 が 主 流 となっている。

27


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

2.4 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 (1950~1970 年 代 )[1]

【この 節 のポイント】

・ 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 原 子 力 の 平 和 利 用 を 目 的 とした 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 が 進 み、いく

つかの 国 で 早 期 に 実 用 化 が 達 成 された。

・ アメリカでは 世 界 に 先 駆 けてウラン 濃 縮 技 術 が 確 立 され、 減 速 材 としての 重 水 や 黒 鉛

の 利 用 が 必 須 でなくなったことから、 濃 縮 ウラン・ 軽 水 減 速 炉 ( 軽 水 炉 )の 開 発 に 成

功 した。その 結 果 、 経 済 性 の 観 点 から、 原 子 炉 の 他 の 炉 型 ( 重 水 炉 、 黒 鉛 炉 、ガス 炉

等 )に 対 する 優 位 性 が 高 まり、 発 電 用 軽 水 炉 の 世 界 シェアが 一 挙 に 広 がった。

・ 発 電 用 原 子 炉 開 発 の 根 幹 は、 膨 大 な 燃 料 ・ 減 速 材 ・ 冷 却 材 候 補 の 中 から、 実 用 化 の 観

点 で 最 適 な 組 み 合 わせを 選 択 すること( 炉 型 選 定 )にあり、 原 子 炉 物 理 は、その 中 核

を 担 った。この 大 きな 潮 流 の 中 で、 原 子 炉 物 理 の 技 術 基 盤 それ 自 身 が 確 立 された。

図 2-4 シッピングポート 原 子 力 発 電 所 1 号 炉

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC1%E4%B8%96%E4%BB%A3%E5%8E%9F%E5%

AD%90%E7%82%89)

第 二 次 世 界 大 戦 後 、 原 子 力 開 発 の 黎 明 期 を 支 えた 科 学 者 たちは 原 子 爆 弾 の 開 発 から 解 放

された。 彼 らは 戦 後 の 技 術 者 とともに、 核 分 裂 エネルギーの 平 和 利 用 を 目 指 した 実 用 化 研

究 に 着 手 し、 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 を 成 功 に 導 いた( 図 2-4)。

28


原 子 炉 の 物 理

戦 後 復 興 を 通 じて 世 界 的 に 工 業 化 が 進 展 する 中 、それを 支 えるエネルギー 源 の 主 体 は 石

炭 から 石 油 に 変 わりつつあった。 工 業 化 の 中 で、 将 来 にわたり 消 費 が 増 え 続 けることにな

れば、これらの 化 石 燃 料 もいずれ 枯 渇 するリスクが 見 通 されるようになった。また、1970

年 代 の 2 度 にわたる 石 油 危 機 を 発 端 に 石 油 価 格 が 高 騰 したことで、 豊 富 な 石 油 資 源 を 有 す

る 中 東 の 国 々が 政 治 力 を 得 たことも 相 まって、 世 界 情 勢 が 再 び 緊 迫 化 するのではないかと

危 惧 されるようになった。このような 中 、アメリカ、フランス、イギリス、カナダ、 旧 ソ

連 等 が 独 自 に 進 めてきた 原 子 力 開 発 に 成 果 をあげた 結 果 、 石 油 価 格 は 下 落 し、 世 界 は 安 定

と 活 気 を 取 り 戻 した。 特 に、 自 由 経 済 市 場 における 厳 しい 競 争 の 中 でアメリカが 最 本 命 と

して 見 出 した 軽 水 炉 技 術 は、 発 電 用 原 子 炉 開 発 の 成 功 に 決 定 的 な 役 割 を 果 たした。

本 節 では、 軽 水 炉 を 中 心 とした 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 の 歴 史 を 解 説 する。

2.4.1 原 子 力 の 平 和 利 用 と 発 電 用 原 子 炉

第 二 次 世 界 大 戦 後 も 原 子 爆 弾 の 開 発 は 続 き、アメリカのみならず、 旧 ソ 連 やイギリス 等 、

いくつかの 戦 勝 国 が 次 々と 原 爆 実 験 に 成 功 していった。このような 中 、1950 年 6 月 に 朝 鮮

戦 争 が 始 まり、 中 国 の 参 戦 も 相 まって 戦 線 がこう 着 するにつれ、アメリカでは 戦 争 の 早 期

終 結 を 支 持 する 世 論 が 広 がりを 見 せ 始 めた。1952 年 のアメリカ 大 統 領 選 挙 では、 朝 鮮 戦 争

の 開 始 を 主 導 した 民 主 党 のハリー・S・トルーマン 大 統 領 (Harry S. Truman)に 対 し、 共 和

党 のドワイト・デビッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower)が 朝 鮮 戦 争 の 早 期

終 結 を 最 大 の 選 挙 公 約 として 戦 い、 勝 利 した。 大 統 領 就 任 後 、アイゼンハワーは 公 約 通 り

1953 年 7 月 に 朝 鮮 戦 争 を 終 結 させた。

1953 年 12 月 、アイゼンハワー 大 統 領 は、 核 軍 備 拡 張 競 争 ( 軍 拡 競 争 )への 歯 止 めを 求

めるアメリカ 国 民 の 声 を 背 景 に、ニューヨークの 国 連 本 会 議 で「 原 子 力 平 和 利 用 宣 言

(Atoms for Peace)」を 発 表 した。この 宣 言 の 中 でアイゼンハワー 大 統 領 は、 軍 拡 競 争 の 中

止 と、 原 子 力 の 平 和 利 用 を 世 界 に 呼 びかけた。また、アメリカがこれまで 機 密 情 報 として

取 り 扱 っていた 原 子 力 技 術 を、 平 和 利 用 に 供 する 目 的 であれば、 他 国 に 向 けて 積 極 的 に 開

示 し、 技 術 支 援 を 進 めていく 方 針 を 打 ち 出 した。その 後 、 本 宣 言 を 契 機 として、1957 年 、

国 際 原 子 力 機 関 (International Atomic Energy Agency: IAEA)が 設 立 された。

こうして、アメリカの 対 外 原 子 力 政 策 は、それまでの 秘 密 主 義 から 一 転 して 国 際 協 力 主

義 へと 変 わり、 原 子 力 平 和 利 用 と 発 電 用 原 子 炉 開 発 の 道 が 拓 かれた。

2.4.2 発 電 用 原 子 炉 の 炉 型 選 定 と「 原 子 炉 物 理 」の 役 割

アメリカでは、 第 二 次 世 界 大 戦 前 後 における 圧 倒 的 な 国 力 と 自 由 経 済 体 制 のもとで、 原

子 爆 弾 の 開 発 だけでなく、 発 電 用 原 子 炉 開 発 においても 世 界 を 牽 引 した。 他 国 では、 低 コ

ストで 手 堅 い 技 術 をもとに 開 発 せざるをえなかったが、アメリカでは 豊 富 な 国 力 により、

複 数 の 技 術 オプションの 得 失 を 分 析 し、その 中 から 経 済 性 の 観 点 で 最 も 優 れたものを 選 択

することができた。アメリカはエネルギー 資 源 にも 恵 まれており、 発 電 用 原 子 炉 の 早 期 実

用 化 に 迫 られていなかったため、 開 発 対 象 を 初 期 段 階 で 限 定 することなく、 膨 大 な 技 術 オ

29


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

プションを 比 較 ・ 検 討 することができた。

政 府 主 導 で 開 発 が 推 進 された 国 々では 国 産 技 術 の 保 護 が 前 提 とされたのに 対 し、アメリ

カでは 初 めから 民 間 企 業 が 開 発 を 担 った。 自 由 経 済 市 場 の 厳 しい 競 争 原 理 のもとで 膨 大 な

技 術 オプションがふるいにかけられ、 市 場 が 客 観 的 に 選 ぶ 少 数 の 技 術 が 生 き 残 った。その

結 果 、 後 述 する 軽 水 炉 を 軸 に、 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 が 推 進 された。

原 子 爆 弾 と 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 系 譜 はまったく 異 なるものの、アメリカでは、マンハッ

タン 計 画 においてウラン 濃 縮 技 術 が 確 立 済 みであったことも、 他 国 より 優 れた 技 術 を 早 期

に 開 発 できた 要 因 であった。 濃 縮 ウランは 核 分 裂 しやすい 優 れた 燃 料 であることから、こ

れを 用 いることで、 減 速 材 や 冷 却 材 に 用 いるべき 物 質 の 選 択 の 幅 が 広 がった。その 結 果 、

減 速 材 として、 人 類 がその 特 性 を 熟 知 した 普 通 の 水 ( 重 水 との 対 比 で 軽 水 と 呼 称 )を 用 い

ることが 可 能 となった。

これに 対 し、イギリスやフランスではウラン 濃 縮 技 術 をもたなかったため、 燃 焼 効 率 の

悪 い 天 然 ウランを 用 いざるを 得 なかった。その 場 合 、 減 速 材 としては 性 能 が 極 めて 高 いも

の( 中 性 子 をよく 減 速 して 核 分 裂 を 促 し、 中 性 子 の 吸 収 も 少 ないもの)を 採 用 する 必 要 が

あることから、その 選 択 肢 は 重 水 や 黒 鉛 に 限 られ、 経 済 性 の 観 点 で 軽 水 炉 より 優 れた 炉 型

を 見 出 すことはできなかった。

初 期 の 発 電 用 原 子 炉 開 発 の 根 幹 は、 膨 大 な 燃 料 ・ 減 速 材 ・ 冷 却 材 候 補 の 中 から、 実 用 化

の 観 点 で 最 適 な 組 み 合 わせを 選 択 すること( 炉 型 選 定 )にあり、 原 子 炉 物 理 は、その 中 核

を 担 った。この 大 きな 潮 流 の 中 で、 原 子 炉 物 理 の 技 術 基 盤 それ 自 身 が 確 立 されていった。

ここで、 原 子 炉 物 理 の 技 術 基 盤 とは、(i) 原 子 炉 内 で 中 性 子 が 従 う 基 礎 方 程 式 (ボルツマン

方 程 式 の 応 用 )、(ii)ボルツマン 方 程 式 の 数 値 解 法 ( 計 算 手 法 の 開 発 )、(iii) 数 値 解 法 に 合 わ

せた 計 算 機 技 術 、(iv) 核 データライブラリ 等 が 挙 げられる。

2.4.3 発 電 用 原 子 炉 概 念 の 誕 生

ウィスコンシン 大 学 のファリントン・ダニエルズ(Farrington Daniels)は、シカゴ 大 学

冶 金 研 究 所 の 所 長 を 務 めた 後 、 発 電 用 原 子 炉 の 概 念 を 創 出 した。1946 年 、この 提 案 が 受 け

入 れられ、オークリッジのクリントン 研 究 所 で 本 格 的 に 研 究 が 開 始 された。エンリコ・フ

ェルミらによる「シカゴ・パイル」と 同 様 、ダニエルズの 提 唱 した 原 子 炉 は「ダニエルズ・

パイル」と 呼 ばれ、アメリカにおける 発 電 用 原 子 炉 開 発 の 出 発 点 となった。

ダニエルズ・パイルは、 約 1,200℃の 高 温 条 件 で 稼 働 し、 減 速 材 として 酸 化 ベリリウムが、

冷 却 材 としてヘリウムガスが 採 用 された。これは、 極 めて 高 難 度 の 技 術 に 基 づく 原 子 炉 概

念 であり、 考 案 時 は 未 解 決 の 技 術 課 題 が 山 積 していた。その 後 、 本 計 画 は 中 断 されること

となったが、 本 計 画 を 通 じて、 原 子 力 に 関 する 膨 大 な 知 見 が 戦 後 の 技 術 者 らに 継 承 されて

いった。 本 計 画 には、WH 社 の 技 術 者 や、 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 を 行 った 海 軍 の 技 術 者 ら

も 参 加 しており、その 後 誕 生 することとなる 加 圧 水 型 軽 水 炉 (PWR)の 技 術 基 盤 構 築 に 重

要 な 役 割 を 果 たした。

30


原 子 炉 の 物 理

2.4.4 増 殖 炉 概 念 の 誕 生

発 電 用 原 子 炉 の 開 発 がシカゴ 大 学 冶 金 研 究 所 ( 後 のアルゴンヌ 国 立 研 究 所 )とクリント

ン 研 究 所 ( 後 のオークリッジ 国 立 研 究 所 )で 開 始 されると、ウラン 資 源 の 有 効 活 用 が 最 も

重 要 な 技 術 課 題 として 掲 げられた。 当 時 、 世 界 のウラン 資 源 量 は 極 めて 少 ないと 考 えられ

ていたため、ウラン 資 源 を 有 効 に 活 用 できる 技 術 が、その 将 来 性 ( 息 の 長 さ)に 直 結 する

と 考 えられるようになった。

ウラン 資 源 を 最 も 有 効 に 活 用 できるのが、「 増 殖 炉 」と 呼 ばれる 原 子 炉 概 念 であることは、

当 時 既 に 明 らかにされていた。 天 然 ウランの 99.3%を 占 める U-238 に 中 性 子 を 吸 収 させ、

これを 効 率 的 にプルトニウムに 変 換 することができるならば、 机 上 の 計 算 では、すべての

天 然 ウランを 燃 料 として 活 用 できることになる。この 技 術 を 実 用 化 することは 決 して 容 易

ではないが、 原 子 炉 をうまく 設 計 できれば、 最 初 に 入 れた 燃 料 よりも 多 くの 燃 料 (プルト

ニウム)を 生 成 することができる。この 原 子 炉 概 念 は、 燃 料 が 増 えるという 意 味 で「 増 殖

炉 」と 呼 ばれ、「 夢 の 原 子 炉 」または「 無 尽 蔵 のエネルギー 源 」ともいわれた。

2.4.5 加 圧 水 型 軽 水 炉 概 念 の 誕 生

発 電 用 原 子 炉 開 発 の 初 期 段 階 では、アメリカにおける 多 くの 科 学 者 が 増 殖 炉 の 概 念 に 着

目 していた。アルゴンヌ 国 立 研 究 所 では、 液 体 金 属 ナトリウムを 冷 却 材 とする「 高 速 増 殖

炉 」(Fast Breeder Reactor: FBR)を 有 望 視 し、オークリッジ 国 立 研 究 所 でも 増 殖 炉 の 研 究 が

進 められていた。その 後 、オークリッジ 国 立 研 究 所 では、アルゴンヌ 国 立 研 究 所 の 考 案 し

た 増 殖 炉 に 勝 る 炉 概 念 を 見 出 せていなかったため、 以 前 から 研 究 されていた、 中 性 子 を 減

速 させ、 核 分 裂 を 促 進 する 熱 中 性 子 炉 に 再 び 目 を 向 けるようになった。

熱 中 性 子 炉 の 最 も 基 本 的 な 構 成 要 素 としては、 核 分 裂 反 応 により 熱 エネルギーを 発 生 さ

せる「 燃 料 」、 核 分 裂 を 促 すために 中 性 子 を 減 速 させる「 減 速 材 」、 燃 料 から 発 生 した 熱 を

取 り 出 す「 冷 却 材 」があり、 各 構 成 要 素 にどのような 材 料 を 適 用 するかが 大 きな 課 題 であ

った。

原 子 力 開 発 の 初 期 段 階 における 燃 料 としては、 核 分 裂 のしやすい U-235 の 割 合 が 低 い 天

然 ウランしかなかった。また、 天 然 ウランを 利 用 して 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 持 続 させ、 原 子 炉

の 運 転 を 継 続 する、すなわち 臨 界 状 態 を 維 持 するためには、 重 水 または 黒 鉛 を 減 速 材 とし

て 用 いる 必 要 があった。 重 水 は 中 性 子 減 速 能 力 が 高 い 一 方 、 非 常 に 高 価 であるため、 商 業

化 を 目 的 とした 発 電 用 原 子 炉 への 適 用 に 際 してはコスト 面 で 不 利 であった。また、 黒 鉛 は

重 水 に 比 べてはるかに 安 価 である 一 方 、 十 分 な 減 速 能 力 を 得 るには 大 量 の 黒 鉛 が 必 要 とな

るため、 原 子 炉 の 高 出 力 化 ( 大 型 化 )に 限 界 があった。

重 水 製 造 技 術 等 、 高 い 技 術 力 を 有 していた 欧 州 では 20 世 紀 中 盤 、 自 国 由 来 の 独 自 技 術 の

活 用 を 重 視 し、 天 然 ウラン 燃 料 ・ 重 水 減 速 炉 路 線 での 原 子 力 開 発 を 主 軸 としていた。この

間 、 圧 倒 的 な 予 算 ・ 人 材 を 投 資 して 原 子 力 開 発 を 進 めていたアメリカは、 核 分 裂 のしやす

い U-235 の 割 合 を 高 めるためのウラン 濃 縮 技 術 を 確 立 し、 減 速 材 として 重 水 や 黒 鉛 を 用 い

ることは、もはや 必 須 要 件 ではなくなった。

31


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

この 点 に 着 目 したオークリッジ 国 立 研 究 所 のアルビン・ワインバーグ(Alvin Weingerg)

は、 安 価 で 使 い 方 も 熟 知 された 普 通 の 水 ( 軽 水 )を 減 速 材 として 用 いることを 考 えた。 軽

水 は 熱 伝 達 特 性 が 良 く、 冷 却 材 を 兼 ねることも 相 まって、コスト・ 取 り 扱 い・ 設 計 のいず

れの 観 点 でも 有 利 になることが 見 込 まれた。その 結 果 、 濃 縮 ウラン 燃 料 ・ 軽 水 減 速 炉 = 軽

水 炉 の 概 念 が 誕 生 した。

水 は 温 度 が 上 昇 して 沸 騰 すると、 水 と 蒸 気 が 混 合 して 複 雑 な 挙 動 を 示 すことから、 解 析

により 予 測 した 通 りの 性 能 が 出 るかについては 不 確 かな 要 素 が 多 く、 原 子 炉 を 安 定 して 制

御 することは 難 しいと 考 えられていた。そこでワインバーグらは、 水 を 沸 騰 させずに 温 度

を 上 げればよいとの 着 想 に 至 り、 水 の 圧 力 を 高 くし、 高 温 ・ 高 圧 の 液 体 状 にして 用 いれば

よいとの 結 論 に 達 した。ここに、 世 界 中 で 最 も 多 く 普 及 することになる 加 圧 水 型 軽 水 炉

(PWR)の 概 念 が 誕 生 した。

2.4.6 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発

アメリカ 海 軍 のハイマン・リッコーバー(Hyman Rickover)は、アメリカ 初 の 発 電 用 原

子 炉 の 実 験 炉 を 目 指 していたダニエルズ・パイル 計 画 に 参 画 していた。この 計 画 の 中 で、

リッコーバーは、 原 子 炉 が 潜 水 艦 用 の 動 力 源 として 極 めて 望 ましいことに 気 づいた。 第 二

次 世 界 大 戦 後 、 東 西 冷 戦 下 において、 潜 水 艦 は 重 要 な 戦 略 的 軍 事 力 であったため、その 性

能 向 上 として 潜 水 時 間 の 延 長 が 強 く 望 まれていた。 原 子 炉 を 動 力 源 にできれば、 燃 料 交 換

が 1 年 以 上 不 要 となり、 燃 料 に 酸 素 も 必 要 としないことから、 潜 水 時 間 を 飛 躍 的 に 伸 ばす

ことができると 考 えられた。

その 後 、リッコーバーは、 核 分 裂 の 発 見 後 間 もない 1930 年 代 末 に 海 軍 のロス・ガン(Ross

Gunn)が 既 に 同 様 の 点 に 着 目 し、1945 年 には 原 子 力 潜 水 艦 の 開 発 計 画 書 まで 作 成 していた

ことに 気 づいた。これにより、リッコーバーは 自 らの 着 想 を 確 かなものにすると、 強 力 な

リーダーシップと 並 外 れた 政 治 的 センスを 発 揮 し、 海 軍 と 原 子 力 委 員 会 の 双 方 に 潜 水 艦 用

原 子 炉 の 開 発 を 目 的 とした 組 織 を 立 ち 上 げた。リッコーバーは 双 方 の 組 織 のトップに 就 任

し、 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 にまい 進 した。

潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 にあたり、リッコーバーはアメリカの 2 大 重 電 メーカーである

WH 社 と GE 社 に、 原 子 炉 概 念 の 提 案 を 依 頼 した。その 際 、リッコーバーは 重 要 な 条 件 と

して、(i) 潜 水 艦 内 に 搭 載 することからコンパクトであることと、(ii) 旧 ソ 連 との 軍 備 拡 張 競

争 の 中 で 一 刻 も 早 く 実 用 化 可 能 な 技 術 であることの 2 点 を 要 求 仕 様 として 提 示 した。その

結 果 、 天 然 ウラン 燃 料 ・ 黒 鉛 減 速 炉 は(i)を 満 たせず、 高 速 増 殖 炉 については 実 用 化 の 観 点

で 課 題 が 山 積 しており(ii)を 満 たせないことから、 両 炉 型 は 選 択 肢 から 外 れた。

当 時 、WH 社 は 多 くの 技 術 者 をダニエルズ・パイル 計 画 に 参 画 させていた 経 緯 から、PWR

の 研 究 で 先 行 するオークリッジ 国 立 研 究 所 の 研 究 者 らと 技 術 交 流 を 深 めていた。その 自 然

な 流 れから、WH 社 はオークリッジ 国 立 研 究 所 の 支 援 を 得 て、PWR を 提 案 する 方 針 とした。

ただし、リッコーバーの 提 示 した(i)(コンパクトさ)を 満 たすため、 燃 料 については 高 濃

縮 ウランを 用 いることとした。

32


原 子 炉 の 物 理

一 方 、GE 社 は、 将 来 の 発 電 用 原 子 炉 の 本 命 と 考 えられていた 高 速 増 殖 炉 の 概 念 を 基 礎

としつつ、リッコーバーの 提 示 した(ii)( 早 期 の 実 現 性 )を 満 たすための 炉 型 の 見 直 しを 進

め、 高 速 中 性 子 よりも 取 り 扱 いの 容 易 な 中 速 中 性 子 を 用 いることとした。 一 方 、 冷 却 材 に

ついては(i)(コンパクトさ)を 重 視 し、 性 能 のよい 液 体 金 属 ナトリウムを 用 い、 高 速 増 殖

炉 の 変 形 と 言 える 中 速 増 殖 炉 を 提 案 する 方 針 とした。

リッコーバーにとって、WH 社 の PWR も、GE 社 の 中 速 増 殖 炉 も、ともに 十 分 魅 力 的 で

ありつつ、いずれの 炉 型 も 長 所 と 短 所 をもち 合 わせていた。PWR の 短 所 である 加 圧 条 件 の

取 り 扱 いについては、 技 術 的 な 観 点 から 短 期 的 に 解 決 できるものであった。 一 方 、 中 速 増

殖 炉 の 短 所 であるナトリウムの 取 り 扱 いについては、ナトリウムと 水 の 接 触 による 爆 発 の

危 険 性 が 化 学 的 に 根 本 的 なものであり 早 期 解 決 が 困 難 であったため、 最 終 的 には PWR が

採 用 された。

WH 社 の PWR を 搭 載 した 世 界 初 の 原 子 力 潜 水 艦 であるノーチラス 号 (Nautilus)は、1954

年 1 月 に 進 水 し、 翌 1955 年 1 月 17 日 、 航 海 試 験 に 成 功 した。 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 で 得

られた 膨 大 な 技 術 的 知 見 は、WH 社 にとって 何 にも 代 えがたい 財 産 として 蓄 積 され、その

後 の 同 社 における 原 子 力 発 電 ビジネスに 大 きく 貢 献 した。

2.4.7 世 界 初 の 商 業 用 原 子 炉 の 運 転 開 始

1953 年 、 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 を 成 功 に 導 いたリッコーバーは、 航 空 母 艦 用 原 子 炉 の 開

発 計 画 を 立 ち 上 げた。その 後 、 朝 鮮 戦 争 への 財 政 負 担 の 増 大 を 背 景 にこの 開 発 は 中 止 され

たが、 間 髪 を 入 れず、リッコーバーは 陸 上 用 の 大 型 発 電 炉 の 開 発 計 画 を 立 て、その 予 算 化

に 成 功 した。リッコーバーは、 炉 型 選 定 において、 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 を 通 じて 実 績 の

ある PWR を 採 用 し、WH 社 が 開 発 を 担 当 した。

このプラントは、ペンシルバニア 州 のシッピングポート(Shippingport)に 建 設 されるこ

ととなり、シッピングポート 原 子 力 発 電 所 と 呼 ばれた。 陸 上 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 において

は、 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 過 程 で 蓄 積 された 膨 大 な PWR の 技 術 データが 活 用 された。た

だし、 潜 水 艦 用 の PWR ではコンパクト 化 を 重 視 して 高 濃 縮 ウランが 用 いられたが、 陸 上

発 電 用 では 経 済 性 を 重 視 し、 濃 縮 コストの 低 い 低 濃 縮 ウランが 採 用 された。これに 合 わせ

て 燃 料 仕 様 が 抜 本 的 に 見 直 され、 今 日 まで 用 いられてきた 酸 化 ウラン 燃 料 と、その 被 覆 管

材 料 としてジルカロイ 合 金 が 新 たに 開 発 された。

1957 年 12 月 、シッピングポート 原 子 力 発 電 所 は、アメリカ 最 初 の 原 子 力 発 電 所 として

商 業 運 転 に 成 功 し、これが 世 界 初 の 商 業 用 原 子 炉 となった。シッピングポート 原 子 力 発 電

所 の 運 転 開 始 を 皮 切 りに、 原 子 力 発 電 時 代 への 道 が 拓 かれ、メーカーとして PWR 技 術 を

蓄 積 してきた WH 社 は PWR の 導 入 にまい 進 していった。

2.4.8 沸 騰 水 型 軽 水 炉 概 念 の 誕 生

1952 年 、アメリカの 原 子 力 委 員 会 (Atomic Energy Commission: AEC)は、 民 生 発 電 用 原

子 炉 開 発 計 画 を 発 表 した。 本 計 画 の 中 で、「PWR」、「BWR」、「FBR」、「ガス 冷 却 黒 鉛 減 速

33


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

炉 」、「 均 質 炉 」の 5 つが、 至 近 の 開 発 対 象 に 選 定 された。その 後 、 政 府 の 予 算 削 減 要 求 に

応 じて 対 象 炉 型 を 1 つ 減 らす 必 要 が 生 じたことから、PWR と BWR が 軽 水 炉 という 点 で 共

通 であることを 鑑 み、 開 発 の 遅 れていた BWR が 計 画 からいったん 除 外 された。

その 後 、1954 年 に 原 子 力 法 が 改 正 され、 再 度 、 開 発 対 象 炉 型 が 拡 張 されることとなった。

その 間 、アルゴンヌ 国 立 研 究 所 において、BWR の 炉 内 で 生 じる 沸 騰 現 象 が 当 初 懸 念 され

た 原 子 炉 の 不 安 定 化 にはつながらないことが 実 証 され、BWR は 再 び 開 発 対 象 炉 型 に 選 定

された。 当 時 、GE 社 が BWR 開 発 に 本 格 参 入 しはじめていたこともあり、BWR の 開 発 は

一 挙 に 進 展 し、 市 場 に 導 入 されることとなった。

1962 年 、アメリカ 政 府 - 原 子 力 委 員 会 の 発 電 用 原 子 炉 開 発 計 画 において、PWR、BWR、

FBR、ガス 冷 却 黒 鉛 減 速 炉 の 4 つが、 商 業 化 の 観 点 から 現 実 的 な 原 子 炉 に 選 定 された。そ

の 後 、ガス 冷 却 黒 鉛 減 速 炉 は、 発 電 効 率 を 高 めるために 温 度 を 上 げる 改 良 が 進 み、 以 後 、

「 高 温 ガス 炉 」と 呼 ばれるようになった。

上 記 4 炉 型 のうち、FBR と 高 温 ガス 炉 については 根 本 的 な 技 術 課 題 の 解 決 に 時 間 を 要 す

ることが 見 通 されるようになったため、 長 期 的 な 開 発 計 画 の 中 に 位 置 づけられることとな

った。その 結 果 、すぐに 商 業 化 できる 発 電 用 原 子 炉 としては PWR、BWR のみが 残 った。

軽 水 炉 が 本 命 の 炉 型 として 残 った 大 きな 理 由 は、 水 が(i) 人 類 の 最 も 使 い 慣 れた 液 体 であり、

(ii) 安 価 であり、(iii) 減 速 材 ・ 冷 却 材 双 方 の 観 点 から 優 れた 性 質 をもっていたためである。

また、 潜 水 艦 用 原 子 炉 の 開 発 を 通 じて PWR の 開 発 が 圧 倒 的 に 先 行 していたことも、 最 後

に 軽 水 炉 が 残 った 理 由 の 1 つに 挙 げられる。

2.4.9 アメリカ 以 外 の 国 における 発 電 用 原 子 炉 開 発

アメリカでは 複 数 の 炉 型 を 比 較 ・ 検 討 することにより、 最 終 的 に 軽 水 炉 を 商 業 化 の 本 命

と 位 置 づけたが、アメリカ 以 外 で 原 子 力 開 発 の 自 主 化 を 推 進 する 国 々では、 軽 水 炉 と 異 な

る 炉 型 を 軸 に 開 発 が 進 められた。

カナダでは、 隣 国 アメリカとは 異 なる 独 自 路 線 を 貫 き、 天 然 ウラン・ 重 水 減 速 炉 の

CANDU 炉 を 開 発 し、 発 電 用 原 子 炉 として 実 用 化 した。

旧 ソ 連 では、PWR と 独 自 技 術 による 沸 騰 水 型 軽 水 冷 却 黒 鉛 減 速 炉 (RBMK)の 2 炉 型 を

発 電 用 原 子 炉 として 実 用 化 した。なお、RBMK は 極 低 出 力 で 不 安 定 になり、 一 度 事 故 が 起

こると 大 事 故 につながりかねないとして、アメリカとイギリスでは 採 用 が 見 送 られた。 旧

ソ 連 では 1986 年 、この RBMK 技 術 を 用 いたチェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 (Chernobyl

Nuclear Power Plant)で 事 故 を 起 こしており、 事 故 後 、この 炉 型 は 採 用 されていない。

フランスでは、ジョリオ・キュリーらが 重 水 を 用 いた 核 分 裂 研 究 に 取 り 組 んできたこと

もあり、 重 水 の 取 り 扱 いに 習 熟 していた。 重 水 自 体 はノルウェーから 入 手 できたこともあ

り、 当 初 は 天 然 ウラン 燃 料 ・ 重 水 減 速 炉 の 開 発 が 推 進 されたが、 十 分 な 量 の 重 水 を 確 保 で

きなくなったため、 重 水 減 速 炉 の 開 発 は 中 止 された。その 後 、もう 1 つの 優 れた 減 速 材 で

ある 黒 鉛 を 用 いた 天 然 ウラン 燃 料 ・ 黒 鉛 減 速 炉 が 採 用 されたが、 最 終 的 にはアメリカ 製 軽

水 炉 の 導 入 に 舵 を 切 ることとなった。

34


原 子 炉 の 物 理

2.4.10 石 油 危 機 に 伴 う 原 子 力 発 電 利 用 の 進 展

1973 年 10 月 、 第 4 次 中 東 戦 争 が 勃 発 すると、 機 を 同 じくして 第 1 次 石 油 危 機 が 発 生 し、

石 油 価 格 が 高 騰 した。 政 治 的 に 不 安 定 な 中 東 の 石 油 産 出 国 は、 石 油 供 給 先 に 対 して 石 油 を

盾 に 強 い 発 言 権 を 行 使 し 始 めた。 国 内 に 十 分 なエネルギー 資 源 をもたないフランスは、こ

のような 不 安 定 な 状 況 に 鑑 み、 原 子 力 発 電 所 を 増 設 する 方 針 を 打 ち 出 し、フランス 電 力 公

社 (EDF)は 今 後 の 新 設 発 電 所 をすべて 原 子 力 発 電 とする 方 針 を 打 ち 出 した。

フランスの 原 子 力 産 業 界 は、 石 油 危 機 を 起 点 とした 原 子 力 発 電 所 増 設 の 流 れの 中 で 2 つ

の 賢 明 な 策 を 講 じることで、 石 油 危 機 を 追 い 風 に 変 えた。 第 1 に、メーカーであるフラマ

トム 社 (Framatome)が WH 社 と 対 等 な 技 術 力 を 蓄 積 してきたことで、 対 等 なパートナー

シップ 契 約 を 結 ぶことが 可 能 となり、アメリカに 縛 られずに PWR の 開 発 にまい 進 するこ

とができた。 第 2 に、 設 計 が 同 一 のプラントを 1 つのサイトに 複 数 基 建 設 する「プラント

の 標 準 化 」により、 経 済 性 を 向 上 させることができた。 通 常 は、 個 々の 発 注 主 である 電 力

会 社 が 配 置 やサイズ 等 について 個 々の 要 求 を 出 すことから、 合 理 主 義 の 国 であるアメリカ

ですら、 標 準 化 が 実 を 結 ぶことはなかった。 一 方 、フランスは 電 力 会 社 が EDF 1 社 しかな

く、かつ、それが 国 営 企 業 であったことから、 標 準 化 による 経 済 性 の 向 上 に 成 功 した。フ

ランスは 幸 運 にも、 軽 水 炉 への 切 り 替 えを 第 1 次 石 油 危 機 の 前 に 完 了 していたため、 石 油

依 存 体 質 から 原 子 力 利 用 への 移 行 を 円 滑 に 推 進 することができた。

一 方 、イギリスでは、 一 時 期 5 つものメーカーが 乱 立 し、 各 メーカーにプラント 建 設 が

万 遍 なく 発 注 されたことが 一 因 で 技 術 が 拡 散 した 結 果 、 原 子 力 開 発 においてアメリカやフ

ランスの 後 塵 を 拝 することとなった。 炉 型 選 定 においても、マグノックス 炉 (マグネシウ

ム 合 金 を 燃 料 被 覆 管 に 採 用 した 炭 酸 ガス 冷 却 黒 鉛 減 速 炉 )、 改 良 型 ガス 炉 、 蒸 気 発 生 重 水 減

速 炉 と、 国 産 技 術 路 線 を 突 き 進 みつつも 炉 型 が 大 きく 変 遷 し、 軽 水 炉 導 入 への 方 針 転 換 ま

でに 時 間 を 要 することとなった。

イギリスの 原 子 力 産 業 界 は、 軽 水 炉 路 線 に 転 換 した 後 も 苦 難 の 時 期 を 過 ごした。 軽 水 炉

が 建 設 される 予 定 だった 1980 年 代 初 期 は、 第 2 次 石 油 危 機 後 の 経 済 不 況 でエネルギー 需 要

が 伸 びず、 石 油 危 機 の 教 訓 として 省 エネルギー 化 が 進 められたことも 相 まって、 電 力 供 給

が 過 剰 になり 始 めた。また、 北 海 における 豊 富 な 油 田 の 発 見 が 決 定 打 となり、 新 規 の 原 子

力 発 電 所 を 建 設 する 必 要 性 がなくなった。さらに、1979 年 のスリーマイル 島 原 子 力 発 電 所

事 故 (Three Mile Island accident: TMI accident)と、1986 年 のチェルノブイリ 原 子 力 発 電 所

事 故 により、 軽 水 炉 開 発 を 前 にして、 原 子 力 発 電 の 是 非 が 問 われることとなった。

【コラム】 大 阪 万 博 に 届 いた「 原 子 の 灯 」

1953 年 のアイゼンハワー 大 統 領 による 原 子 力 平 和 利 用 宣 言 を 機 に、 日 本 政 府 は 原 子 力 発

電 所 の 開 発 体 制 を 確 立 していくこととした。1954 年 3 月 、 改 進 党 ( 当 時 )の 中 曽 根 康 弘 ら

が 原 子 力 開 発 予 算 を 国 会 に 提 出 し、1954 年 度 予 算 に 計 上 された。 当 時 の 予 算 額 2 億 3500

万 円 はウラン 235(U-235)にちなんだものであったといわれている。

35


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

その 後 、 日 本 は 高 度 経 済 成 長 期 に 入 り、 原 子 力 開 発 に 関 する 官 民 一 体 の 取 り 組 みが 進 ん

だ。それまで「 次 世 代 の 夢 」であった 原 子 力 発 電 は、「 現 実 的 」かつ「 先 進 的 」な 1 つの 電

源 になりつつあった。 当 時 、 子 供 たちが 読 む 漫 画 本 の 中 では 原 子 の 力 で 動 く 科 学 の 子 「 鉄

腕 アトム」が 活 躍 しており、この 時 代 における 原 子 力 開 発 の 機 運 を 伺 い 知 ることができる。

このような 時 代 背 景 のもと、 関 西 電 力 は、1970 年 に 大 阪 で 開 催 される「 万 国 博 に 原 子 の

灯 を」を 合 言 葉 に、 美 浜 原 子 力 発 電 所 1 号 機 の 建 設 を 開 始 した[9]。 工 事 は 順 調 に 進 み、1970

年 1 月 に 完 成 、 同 年 7 月 29 日 に 臨 界 に 到 達 した。それから 間 もない 8 月 8 日 午 前 11 時 過

ぎ、1 号 機 から 送 られた 約 1 万 kW の「 原 子 の 灯 」は 無 事 万 博 会 場 に 届 き、 電 光 掲 示 板 を

通 じて 一 般 の 来 場 者 たちにも 知 らされた。 大 阪 万 博 の 開 催 は 世 界 の 注 目 を 集 め、 大 阪 府 千

里 丘 陵 の 会 場 には 約 半 年 の 会 期 中 に 6,400 万 人 を 超 える 人 々が 押 し 寄 せた。

36


原 子 炉 の 物 理

2.5 原 子 力 事 故 (1970~2010 年 代 )[3,4]

【この 節 のポイント】

・ 20 世 紀 後 半 から 21 世 紀 初 頭 にかけ、いくつかの 原 子 力 事 故 が 発 生 した。

・ 特 に 重 大 な 原 子 力 事 故 は、スリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 事 故 、チェルノブイリ 原 子 力

発 電 所 事 故 、 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 であり、これらの 事 故 要 因 は 各 々 全 く 異 なる

ものの、 事 故 の 経 験 とその 後 の 対 応 から 教 訓 とすべき 点 は 多 い。

図 2-5 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E

%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6

%95%85)

20 世 紀 中 盤 において 発 電 用 原 子 炉 の 開 発 ・ 利 用 が 急 速 に 進 展 し、その 恩 恵 が 享 受 され 始

める 一 方 、20 世 紀 後 半 からは、そのリスク= 原 子 力 事 故 が 現 実 のものとして 発 生 し、 発 電

用 原 子 炉 利 用 の 是 非 が 度 々 問 われることとなった。

原 子 力 事 故 の 要 因 は、 原 子 炉 の 設 計 上 の 欠 陥 、 運 転 操 作 中 のヒューマン・エラー 等 、さ

まざまなものがあるが、 結 果 として 事 故 が 発 生 したという 点 では 同 じである。 原 子 力 事 故

の 影 響 度 合 いとしては、 国 際 原 子 力 事 象 評 価 尺 度 (International Nuclear and Radiological

Event Scale: INES)により、レベル 0~7 までの 8 段 階 で 評 価 され、レベル 1~3 が 異 常 事 象

(incident)、レベル 4~7 が 事 故 (accident)とされている。

本 節 では、 発 電 用 原 子 炉 の 事 故 に 分 類 される 事 例 として、スリーマイル 島 原 子 力 発 電 所

事 故 、チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 、 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 ( 図 2-5)を 挙 げ、

原 子 力 事 故 の 経 験 とその 後 の 対 応 を 解 説 する。

37


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

2.5.1 スリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 事 故

1979 年 3 月 28 日 、アメリカのスリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 2 号 炉 (TMI-2)で 燃 料 溶 融

事 故 が 発 生 した。 本 事 故 は INES レベル 5(より 広 範 な 影 響 の 事 故 )に 分 類 される。

本 原 子 炉 は、 電 気 出 力 96 万 kW の PWR である。97% 出 力 運 転 中 、 二 次 系 の 軽 微 な 故 障

が 原 因 でポンプとタービンが 停 止 し、 一 次 系 の 温 度 と 圧 力 が 上 昇 した。その 後 、 加 圧 器 逃

し 弁 が 開 き 一 次 系 の 圧 力 の 上 昇 が 抑 制 されたが、 圧 力 が 低 下 した 後 も 弁 は 熱 により 開 固 着

の 状 態 となった。これにより 一 次 冷 却 材 が 漏 出 ・ 沸 騰 し、 炉 心 水 位 が 低 下 した 結 果 、 燃 料

溶 融 に 至 った。 炉 心 水 位 低 下 の 要 因 は、 加 圧 器 の 水 位 計 を 確 認 した 運 転 員 が、 原 子 炉 圧 力

容 器 には 十 分 水 があるものと 考 え、 過 剰 給 水 を 警 戒 して 炉 心 内 の 冷 却 水 を 注 入 する 緊 急 炉

心 冷 却 装 置 を 手 動 で 止 めてしまったことにあった。 当 時 、 沸 騰 する 泡 が 吹 き 上 がり、 水 位

計 が 水 位 を 実 際 よりも 高 く 表 示 しており、これを 誤 表 示 と 見 抜 けなかったことが、 本 事 故

の 結 末 を 決 定 づけた。

事 故 後 、 溶 融 燃 料 ( 燃 料 デブリ)は 原 子 炉 容 器 内 に 留 まったものの、 燃 料 デブリの 取 り

出 しや 放 射 性 廃 棄 物 の 処 理 も 含 めたサイトのクリーンアップには、 多 額 の 費 用 と 期 間 が 必

要 とされた。 取 り 出 された 燃 料 デブリと 使 用 済 燃 料 はキャニスターに 封 入 され、アイダホ

原 子 力 研 究 所 への 輸 送 を 経 た 後 、 燃 料 貯 蔵 プールに 移 された。その 後 、 独 立 した 使 用 済 燃

料 貯 蔵 施 設 の 水 平 乾 式 貯 蔵 モジュールに 移 送 された。 現 在 、 燃 料 デブリを 含 め、 全 燃 料 の

99%が 回 収 されたと 推 定 されている。

放 射 性 廃 棄 物 については、 処 理 ・ 処 分 に 向 けて 検 討 が 進 められている。また、 廃 止 措 置

については、TMI-1 の 廃 止 措 置 と 同 時 に 実 施 する 計 画 であり、 実 際 の 作 業 は 今 後 30~50

年 後 と 想 定 されている。この 間 、 主 要 な 放 射 線 源 であるセシウム 137 とコバルト 60 は 約 半

分 に 減 衰 するため、 解 体 や 除 染 作 業 を 合 理 的 に 行 うことができると 考 えられている。

2.5.2 チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故

1986 年 4 月 26 日 、 旧 ソ 連 ( 現 ウクライナ)のチェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 4 号 炉 で 燃

料 溶 融 事 故 が 発 生 した。 本 事 故 は INES レベル 7( 重 大 事 故 )に 分 類 される。

本 原 子 炉 は、 電 気 出 力 100 万 kW の 黒 鉛 減 速 沸 騰 軽 水 圧 力 管 型 原 子 炉 (RBMK)である。

外 部 電 源 喪 失 を 想 定 した 試 験 中 、 運 転 ミスにより 炉 心 溶 融 と 水 蒸 気 爆 発 が 発 生 し、 炉 心 が

大 規 模 に 損 傷 した。 炉 心 損 傷 に 伴 い、 大 量 の 放 射 性 物 質 が 外 部 に 放 出 され、 旧 ソ 連 国 内 に

とどまらず、 欧 州 各 国 にまで 放 射 性 物 質 が 放 出 されるに 至 った。ここでは、 運 転 における

数 多 くの 判 断 の 誤 りや 手 順 の 逸 脱 があった。その 中 で 最 も 重 大 な 誤 りは、 想 定 していたも

のよりもずっと 低 い 炉 出 力 で 試 験 を 開 始 したこと、 炉 出 力 を 試 験 条 件 まで 低 下 させる 際 、

試 験 開 始 の 指 示 が 遅 れたことにより、キセノン 蓄 積 に 起 因 して 低 下 していく 炉 出 力 を 補 償

するため、 安 全 規 則 を 逸 脱 して 制 御 棒 を 引 き 抜 いたことであった。 挿 入 された 制 御 棒 がわ

ずか 6 本 となった 状 態 で 試 験 が 開 始 され、 低 出 力 であったがゆえに 試 験 開 始 後 に 超 臨 界 と

なり、 出 力 が 急 上 昇 した 際 に 制 御 棒 は 全 挿 入 されたものの、 挿 入 完 了 までに 20 秒 はかかる

ため、 炉 停 止 には 間 に 合 わなかった。その 結 果 、 低 出 力 で 自 己 制 御 性 をもたない 特 性 と 相

38


原 子 炉 の 物 理

まって、 原 子 炉 出 力 の 急 上 昇 を 引 き 起 こすこととなった。

事 故 後 、 原 子 炉 には 封 じ 込 めのためのコンクリートやほう 素 が 大 量 に 投 入 され、 石 棺 状

態 で 管 理 されている。また、 本 発 電 所 から 30 km 圏 内 は 立 入 禁 止 区 域 となっている。 石 棺

そのものも 老 朽 化 が 進 行 していることから、 石 棺 を 覆 うシェルターが 建 設 され、2016 年 11

月 に 設 置 が 完 了 した。シェルター 建 設 後 も、 本 原 子 炉 は 依 然 として 安 定 化 に 向 けた 作 業 の

段 階 にある。 今 後 、シェルターを 含 めたシステム 全 体 の 安 全 性 を 向 上 させるとともに、 放

射 性 廃 棄 物 の 処 理 ・ 処 分 を 進 めていくことが 検 討 されている。

2.5.3 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故

2011 年 3 月 11 日 に 東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 が 発 生 し、 地 震 で 発 生 した 津 波 により、 福 島

第 一 原 子 力 発 電 所 (1F)で 炉 心 溶 融 、 水 素 爆 発 、 放 射 性 物 質 の 外 部 への 大 量 放 出 が 発 生 し

た。 本 事 故 は INES レベル 7( 重 大 事 故 )に 分 類 される。

1F には 6 機 の 原 子 炉 (BWR)があり、 電 気 出 力 は 1 号 機 が 460 MW、2~5 号 機 が 784 MW、

6 号 機 が 1,100 MW である。 事 故 時 の 状 況 は 原 子 炉 ごとに 異 なっている。 地 震 発 生 時 、1~

3 号 機 は 運 転 中 であり、 緊 急 停 止 により 停 止 モードに 入 り、 崩 壊 熱 除 去 システムが 動 作 中

に 津 波 が 襲 来 し、 全 電 源 喪 失 などの 重 大 な 事 態 に 陥 った。4~6 号 機 は 定 期 検 査 のため、 停

止 中 であった。

地 震 発 生 時 に 運 転 中 であった 1~3 号 機 は 地 震 動 を 検 知 し、 自 動 的 に 炉 心 部 に 制 御 棒 が 挿

入 され、 核 分 裂 反 応 が 停 止 された。すなわち、 原 子 炉 を 安 定 な 停 止 状 態 にするために 必 要

とされる「 止 める」「 冷 やす」「 閉 じ 込 める」のうち、「 止 める」については 成 功 した。しか

し、 原 子 炉 に 設 置 されている「 冷 やす」ための 装 置 が 電 源 を 喪 失 し、そのすべてが 使 用 で

きなくなった 結 果 、「 冷 やす」= 崩 壊 熱 を 除 去 することに 失 敗 し、 燃 料 温 度 の 上 昇 により 燃

料 が 破 損 した。 燃 料 の 破 損 により、 燃 料 中 に 蓄 積 されていた 放 射 性 物 質 を「 閉 じ 込 める」

こともできなくなり、 放 射 性 物 質 を 原 子 炉 外 に 放 出 する 重 大 事 故 をもたらした。その 結 果 、

周 辺 地 域 を 含 め、 社 会 に 深 刻 な 影 響 を 及 ぼしている。

1 号 機 では、 津 波 によりすべての 電 源 設 備 が 浸 水 被 害 を 受 け、その 機 能 を 喪 失 した。そ

の 結 果 、「 冷 やす」「 閉 じ 込 める」に 失 敗 し、 大 量 の 放 射 性 物 質 を 放 出 する 事 故 となった。

また、 事 故 時 に 発 生 した 水 素 により 水 素 爆 発 を 起 こし、 原 子 炉 建 屋 の 損 傷 にまで 至 った。

2 号 機 では、1 号 機 と 同 様 にすべての 電 源 機 能 を 喪 失 したが、 直 流 電 源 喪 失 前 に 原 子 炉 隔

離 時 冷 却 系 ポンプ( 原 子 炉 で 発 生 する 蒸 気 を 用 いてポンプを 回 し、 注 水 する 装 置 )が 起 動

したため、 運 転 が 継 続 され、3 月 14 日 までの 約 3 日 間 、「 冷 やす」 機 能 は 維 持 された。し

かし、この 間 に 電 源 設 備 を 復 旧 することができなかったため、 最 終 的 には「 冷 やす」「 閉 じ

込 める」に 失 敗 した。2 号 機 では、1 号 機 の 水 素 爆 発 時 に 開 放 されたブローアウトパネル( 破

裂 板 式 安 全 装 置 )の 開 口 部 から 事 故 時 に 発 生 した 水 素 が 放 出 されたため、 水 素 爆 発 と、そ

れによる 原 子 炉 建 屋 の 大 規 模 損 壊 は 免 れた。ただし、 同 開 口 部 から 大 量 の 放 射 性 物 質 が 放

出 された。

3 号 機 では、 交 流 電 源 を 喪 失 したものの、 直 流 電 源 については 喪 失 を 免 れたため、3 月

39


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

12 日 まで「 冷 やす」 機 能 が 維 持 された。しかし、この 間 に 交 流 電 源 を 復 旧 することができ

なかったため、 最 終 的 には「 冷 やす」「 閉 じ 込 める」に 失 敗 した。3 号 機 で 発 生 した 水 素 は、

3 号 機 の 原 子 炉 建 屋 を 水 素 爆 発 により 損 傷 させただけでなく、 隣 接 する 4 号 機 へと 接 続 さ

れた 配 管 を 通 じて 流 れ 込 み、4 号 機 の 原 子 炉 建 屋 をも 損 傷 させた。

【コラム】チャイナ・シンドローム

1979 年 3 月 16 日 、 原 子 力 発 電 所 の 事 故 をモチーフとした 映 画 「チャイナ・シンドロー

ム」がアメリカで 公 開 された。 本 映 画 のタイトルは、「 炉 心 が 溶 融 し、 高 温 の 溶 融 燃 料 が 原

子 炉 の 底 を 突 き 破 って 地 下 にもぐり、 地 球 の 反 対 側 の 中 国 にまで 到 達 する」という、ブラ

ック・ユーモアに 拠 る。この 映 画 の 公 開 から 2 週 間 後 の 同 月 28 日 、スリーマイル 島 原 子 力

発 電 所 事 故 が 発 生 した。

また、1995 年 11 月 15 日 、アニメ・ 新 世 紀 エヴァンゲリオンの 第 7 話 「 人 の 造 りしもの」

が 日 本 でテレビ 放 送 された。 本 放 送 では、 核 分 裂 炉 を 動 力 源 とした 人 型 兵 器 が 暴 走 するス

トーリーが 展 開 される。この 放 送 から 3 週 間 後 の 12 月 8 日 、もんじゅナトリウム 漏 えい 火

災 事 故 が 発 生 した。なお、もんじゅの 火 災 事 故 はスリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 事 故 やチェ

ルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 とは 性 質 の 異 なる 事 故 であり、INES 上 はレベル 1( 逸 脱 )に

分 類 される。

「チャイナ・シンドローム」も「エヴァンゲリオン」も、 大 事 故 寸 前 の「 万 事 休 す」と

いうタイミングで、 原 子 炉 の 爆 発 が 食 い 止 められるストーリー 展 開 となっている。しかし、

現 実 に 事 故 が 起 きれば、 映 画 のような 展 開 になるとは 限 らない。 原 子 力 利 用 においては、

過 去 の 原 子 力 事 故 の 経 験 とその 後 の 対 応 を 教 訓 とし、 何 にも 増 して「 原 子 力 安 全 」が 最 優

先 されるべきである。この 考 え 方 は、いかに 原 子 炉 の 安 全 性 能 が 高 められた 段 階 において

も、 将 来 にわたり 揺 らぐことのない「 基 本 原 則 」である。

【コラム】JCO 臨 界 事 故 [3]

1999 年 9 月 30 日 、 東 海 村 の JCO で 臨 界 事 故 が 発 生 した。 本 事 故 は INES レベル 4( 限 定

的 な 影 響 の 事 故 )に 分 類 される。 本 事 故 は、いわゆる 原 子 炉 の 事 故 ではなく、スリーマイ

ル 島 原 子 力 発 電 所 事 故 やチェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 とは 性 質 が 異 なる。このため、

本 筋 の 説 明 からは 割 愛 したが、 日 本 で 初 めて 被 ばくによる 死 亡 者 を 出 した 事 故 として 記 憶

すべきものである。

JCO 臨 界 事 故 は、 高 速 増 殖 炉 の 実 験 炉 である「 常 陽 」の 核 燃 料 加 工 の 最 終 工 程 で、 不 適

切 な 手 順 に 基 づく 作 業 により 発 生 したものであり、 多 量 の 中 性 子 線 とガンマ 線 を 被 ばくし

た 作 業 員 2 名 が 死 亡 した。

事 故 当 日 、 作 業 員 は、 常 陽 向 けにウラン 濃 縮 度 が 18.8%に 高 められた 硝 酸 ウラニル 溶 液

を、 正 規 のマニュアルとは 異 なる 裏 マニュアルに 沿 って、ステンレスバケツで 運 び、 他 の

容 器 に 移 し 替 えた。また、この 溶 液 を、 臨 界 にならない 細 長 い 形 状 の 貯 塔 容 器 に 移 して 均

質 にすることになっていたが、さらなる 効 率 化 のため、 中 性 子 漏 れの 少 ない 円 筒 形 状 の 沈

40


原 子 炉 の 物 理

殿 槽 ( 内 径 45 cm、 高 さ 60 cm)の 中 に、ステンレスバケツで 溶 液 を 移 し 替 える 手 順 に 変 更

した。この 沈 殿 槽 は、 冷 却 水 入 りのジャケットで 覆 われていた。

移 し 替 えの 作 業 中 、 約 16 kg の 硝 酸 ウラニル 溶 液 を 沈 殿 槽 に 注 ぎ 終 わった 瞬 間 、 臨 界 事

故 が 発 生 した。その 瞬 間 、 作 業 員 は 溶 液 の 中 を 青 白 い 光 が 走 るのを 目 撃 しており、チェレ

ンコフ 放 射 に 類 似 した 発 光 現 象 であったと 考 えられている。

本 事 故 の 要 因 は、「バケツから 円 筒 容 器 に 移 し 替 えたこと」、「ウラン 濃 縮 度 が 18.8%と 通

常 の 燃 料 よりはるかに 高 かったこと」、「 沈 殿 槽 の 外 部 を 覆 っていた 冷 却 水 が 中 性 子 反 射 体

の 役 割 を 果 たしたこと」の 3 条 件 が 重 なったことにより、 核 燃 料 が 臨 界 量 を 超 えてしまっ

たことにある。「 臨 界 質 量 」「ウラン 濃 縮 度 」「 核 分 裂 性 核 種 」「 中 性 子 漏 れの 少 ない 形 状 」

「 中 性 子 反 射 体 」といった、「 原 子 炉 の 物 理 」に 基 づく 臨 界 事 象 や 臨 界 量 に 対 する 教 育 を 徹

底 し、これらの 基 礎 知 識 を 十 分 に 浸 透 させていれば、 事 故 の 根 本 要 因 である 誤 った 裏 マニ

ュアルの 作 成 や 作 業 の 効 率 化 ( 省 力 化 )にはつながらなかったものと 考 えられる。

41


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

2.6 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 後 の 原 子 力 開 発 (2010 年 以 降 )[3,4,5]

【この 節 のポイント】

・ 2011 年 3 月 に 発 生 した 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 以 降 、 世 界 各 国 で 原 子 力 開 発 政 策 が

見 直 されつつある。

・ 世 界 的 なエネルギー 需 要 の 増 加 や 地 球 温 暖 化 防 止 対 策 の 観 点 から 今 後 も 原 子 炉 を 利 用

していくためには、 原 子 力 安 全 の 向 上 に 資 する 不 断 の 技 術 開 発 が 必 要 であり、「 安 全 性 」

を 大 前 提 に、「 経 済 性 」や「 運 転 性 」を 高 めた 次 世 代 原 子 炉 の 開 発 が 進 んでいる。

・ 原 子 力 開 発 とは、 廃 止 措 置 技 術 までを 含 めた 開 発 であり、 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 廃

止 措 置 においては、 燃 料 デブリ 取 り 出 しをはじめ、「 原 子 炉 の 物 理 」に 係 る 技 術 基 盤 が

果 たすべき 役 割 は 益 々 高 まっている。

図 2-6 原 子 炉 の 世 代 と 変 遷

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC4%E4%B8%96%E4%BB%A3%E5%8E%9F%E5%

AD%90%E7%82%89)

21 世 紀 初 頭 は、 世 界 的 なエネルギー 需 要 の 増 加 や 地 球 温 暖 化 防 止 対 策 の 観 点 から 原 子 力

発 電 需 要 が 急 増 し、 原 子 力 ルネッサンスと 呼 ばれる 時 期 があった。しかし、 原 子 力 ルネッ

サンスは 長 続 きせず、2011 年 3 月 に 発 生 した 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 を 機 に、 原 子 力 開

発 は 再 び 苦 難 の 時 期 を 迎 えた。 世 界 各 国 は 原 子 力 政 策 を 見 直 し、 原 子 力 利 用 の 廃 止 を 打 ち

出 す 国 も 現 れ 始 めた。

本 節 では、 各 国 における 至 近 の 原 子 力 開 発 政 策 をまとめるとともに、 今 後 も 原 子 炉 を 利

用 していくにあたり、 益 々 重 要 となる 原 子 力 安 全 の 向 上 と、それをふまえた 次 世 代 原 子 炉

の 開 発 ( 図 2-6)、 廃 止 措 置 技 術 の 開 発 について 解 説 する。

42


原 子 炉 の 物 理

2.6.1 各 国 の 原 子 力 開 発 政 策

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 後 、 世 界 各 国 で 原 子 力 政 策 を 見 直 す 動 きがあり、 原 子 力 を 推

進 する 国 の 中 には、 中 長 期 的 に 廃 止 する 政 策 をとる 国 も 現 れ 始 めた。しかし、 重 要 なベー

スロード 電 源 である 火 力 と 原 子 力 のうち、 火 力 については 地 球 温 暖 化 問 題 の 根 本 原 因 の 1

つであり、 将 来 的 な 化 石 燃 料 不 足 と 価 格 高 騰 のリスクがあることを 踏 まえると、 今 後 も 長

期 的 にベースロード 電 源 として 維 持 するには 大 きな 課 題 を 抱 えている。もし、 火 力 と 原 子

力 の 双 方 を 排 除 する 方 向 となれば、 現 段 階 では 発 電 用 エネルギーの 安 定 供 給 が 困 難 となる。

この 観 点 から、 世 界 的 には 多 くの 国 が 引 き 続 き 原 子 力 を 推 進 する 計 画 であり、 新 たに 原 子

力 の 導 入 を 検 討 する 国 も 存 在 する。

地 球 温 暖 化 ガス 排 出 量 ランキングで 世 界 第 1 位 ~4 位 に 位 置 する 中 国 、アメリカ、イン

ド、ロシアでは、それぞれ 10 基 以 上 の 新 設 を 計 画 している。また、この 4 か 国 以 外 で 原 子

力 を 引 き 続 き 推 進 する 政 策 をとるのは、フランス、イギリス、フィンランド、ウクライナ、

スロバキア、ルーマニアである。さらに、 今 後 のエネルギー 需 要 の 拡 大 を 見 据 え、 新 たに

原 子 力 発 電 の 導 入 を 検 討 する 国 としては、バングラデッシュ、トルコ、ベラルーシ、リト

アニア、エジプト、ポーランド、サウジアラビア、アラブ 首 長 国 連 邦 が 挙 げられる。 一 方 、

中 長 期 的 に 脱 原 子 力 政 策 を 進 める 国 は、ドイツ、ベルギー、スウェーデン、 台 湾 、 韓 国 で

ある。

日 本 は、 地 球 温 暖 化 ガス 排 出 量 ランキングで 世 界 第 5 位 であり、 同 時 に、 消 費 エネルギ

ーに 占 める 化 石 燃 料 の 割 合 でも 世 界 第 3 位 ( 約 95%)となっている。2018 年 7 月 に 閣 議 決

定 された 第 5 次 エネルギー 基 本 計 画 において、 原 子 力 が 引 き 続 き 重 要 なベースロード 電 源

に 位 置 づけられ、2030 年 時 点 における 電 源 構 成 上 の 見 通 しは 20~22% 程 度 とされている。

本 計 画 では、「3E+S」というエネルギー 政 策 の 基 本 的 視 点 が 示 されている。すなわち、 安

全 性 (safety)を 前 提 に、エネルギーの 安 定 供 給 (energy security)、 経 済 効 率 性 の 向 上 (economic

efficiency)、 環 境 への 適 合 (environment)を 図 るため、 最 大 限 の 取 り 組 みを 行 うという 方

針 が 打 ち 出 されている。

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 を 経 験 した 日 本 の 責 務 は、 技 術 および 運 用 の 両 面 から 原 子 力

安 全 の 向 上 を 国 際 的 に 発 信 していく 取 り 組 みが 求 められる。

2.6.2 世 界 的 なエネルギー 需 要 の 増 加

経 済 成 長 に 伴 い、 世 界 のエネルギー 消 費 量 は 増 加 の 一 途 をたどっている。1965 年 に 38

億 toe(tonne of oil equivalent、 原 油 換 算 トン)であったエネルギー 消 費 量 は、1 年 あたり 2.6%

のペースで 増 加 を 続 け、2011 年 には 123 億 toe に 達 した。

エネルギー 消 費 の 伸 び 率 は 国 によって 差 があり、 先 進 国 (OECD 諸 国 )では 伸 び 率 が 低

く、 開 発 途 上 国 ( 非 OECD 諸 国 )で 高 くなる 傾 向 にある。この 背 景 として、 先 進 国 では、

(i) 経 済 成 長 率 、 人 口 増 加 率 とも 開 発 途 上 国 と 比 較 して 低 く 留 まっていること、(ii) 産 業 構 造

が 変 化 したこと、(iii)エネルギー 消 費 機 器 の 効 率 改 善 等 による 省 エネルギーが 進 んだこと 等

が 挙 げられる。これに 対 し、 開 発 途 上 国 ではエネルギー 消 費 が 単 調 に 増 加 している。

43


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

世 界 のエネルギー 消 費 量 をエネルギー 源 別 にみると、 石 油 の 消 費 量 は 1971 年 から 1 年 あ

たり 1.3%のペースで 増 加 を 続 け、 今 日 に 至 るまで、エネルギー 消 費 における 最 大 のシェア

を 誇 っている。また、 石 炭 についても 発 電 向 けの 消 費 が 堅 調 に 増 加 している。 特 に 近 年 は、

アジア 地 域 を 中 心 に 安 価 な 発 電 用 燃 料 の 需 要 が 増 加 しており、 消 費 量 が 急 速 に 拡 大 してい

る。 天 然 ガスは、 気 候 変 動 への 対 応 が 急 がれる 先 進 国 を 中 心 に 需 要 が 伸 びており、 特 に 発

電 用 と 都 市 ガス 用 の 消 費 が 伸 長 している。

一 方 、 原 子 力 ( 年 平 均 8.6%)と 新 エネルギー( 同 8.8%)は 消 費 量 の 伸 び 率 が 最 も 高 く

なっている。これは、エネルギー 供 給 の 多 様 化 や 低 炭 素 化 といった 課 題 を 解 決 するための

エネルギー 源 として、 導 入 が 進 んだものと 考 えられる。

2.6.3 地 球 温 暖 化 に 伴 う 原 子 力 発 電 需 要 の 増 加

世 界 の 平 均 気 温 は 年 々 増 加 し、 地 球 温 暖 化 が 進 んでいると 考 えられている。また、 温 暖

化 の 主 要 因 が、 人 類 の 生 産 活 動 に 起 因 した 二 酸 化 炭 素 排 出 であることも 明 確 になりつつあ

る。 現 在 、 平 均 気 温 は 産 業 革 命 前 に 対 して 1℃ 近 くまで 上 昇 してきており、 生 態 系 を 含 め

たさまざまな 分 野 への 影 響 が 懸 念 されている。

2013~2014 年 に 出 版 された 気 候 変 動 に 関 する 政 府 間 パネル(IPCC)の 第 5 次 評 価 報 告 書

によると、 気 候 システムの 温 暖 化 には 疑 う 余 地 がなく、1950 年 代 以 降 、 観 測 された 変 化 の

多 くは 数 10 年 ~ 数 1000 年 間 で 前 例 のないものであり、その 主 要 因 は 人 間 活 動 であった 可

能 性 が 極 めて 高 いとされている。

これらの 気 候 変 動 に 対 処 するため、2015 年 12 月 、パリで 開 催 された 国 連 気 候 変 動 枠 組

条 約 (UNFCCC)の 第 21 回 締 約 国 会 議 (COP21)でパリ 協 定 が 採 択 され、 翌 2016 年 11

月 に 発 効 された。パリ 協 定 は、 京 都 議 定 書 (1997 年 採 択 、2005 年 発 効 ) 以 来 となる、 世 界

的 な 温 暖 化 対 策 の 枠 組 みであり、 長 期 的 には 産 業 革 命 以 前 比 で 2℃を 十 分 下 回 る 1.5℃ 目 標

が 掲 げられている。また、 今 世 紀 後 半 に 世 界 の 温 室 効 果 ガス 排 出 を 正 味 ゼロとする 目 標 も

含 まれている。

地 球 温 暖 化 防 止 ( 二 酸 化 炭 素 排 出 量 の 削 減 )の 具 体 的 な 方 策 としては、 省 エネルギー( 社

会 構 造 の 変 化 や 行 動 様 式 の 変 化 を 含 む)、 低 炭 素 化 石 燃 料 への 転 換 ( 石 炭 ・ 石 油 →ガス)、

二 酸 化 炭 素 の 分 離 ・ 回 収 ・ 貯 留 等 が 挙 げられている。 発 電 中 に 二 酸 化 炭 素 を 発 生 させない

原 子 力 発 電 や 再 生 可 能 エネルギーの 利 用 もその 中 に 含 まれている。 各 々の 技 術 には 長 所 ・

短 所 があるため、これら 複 数 の 技 術 オプションを 併 用 した 対 策 が 重 要 であると 考 えられて

いる。

国 際 エネルギー 機 関 (IEA)の 推 計 によると、 前 述 の 2℃ 削 減 目 標 の 達 成 には 再 生 可 能 エ

ネルギーの 寄 与 が 重 要 としつつ、 原 子 力 発 電 の 拡 大 についても 費 用 対 効 果 の 高 い 対 策 であ

ると 推 計 されている。

2.6.4 原 子 炉 の 世 代 と 次 世 代 原 子 炉 開 発

原 子 炉 は、その 開 発 時 期 に 応 じて 第 1 世 代 ~ 第 4 世 代 原 子 炉 の 4 つに 分 類 され、 現 在 稼

44


原 子 炉 の 物 理

働 中 の 最 新 炉 型 が 第 3 世 代 、 現 在 開 発 中 の 炉 型 が 第 4 世 代 にあたる( 図 2-6 を 参 照 )。

第 1 世 代 原 子 炉 は、1950~1960 年 代 に、 主 に 軍 事 用 動 力 炉 から 転 用 された 技 術 に 基 づい

て 開 発 された 炉 型 であり、アメリカのシッピングポート 原 子 力 発 電 所 等 が 挙 げられる。 本

世 代 の 原 子 炉 は 過 酷 事 故 の 経 験 がない。

第 2 世 代 原 子 炉 は、1970~1990 年 代 末 までに 設 計 された 初 期 の 商 業 用 原 子 炉 である。 主

に 軽 水 炉 であり、 設 計 寿 命 は 30~40 年 、 活 動 寿 命 は 50~60 年 とされている。 初 期 の 第 2

世 代 原 子 炉 は 減 価 償 却 が 進 み、 安 価 な 電 力 供 給 にも 寄 与 してきたが、 過 酷 事 故 を 起 こした

のも、 本 世 代 の 原 子 炉 である。

第 3 世 代 原 子 炉 は、1990 年 代 後 半 から 普 及 し 始 めた 第 2 世 代 の 改 良 型 である。 主 な 改 良

点 は、 核 燃 料 技 術 の 高 度 化 、 熱 効 率 の 向 上 、 安 全 システムの 改 善 、 維 持 費 の 低 減 などであ

る。 一 般 に、 設 計 寿 命 は 60 年 であるが、 活 動 寿 命 は 120 年 まで 延 長 できるとされている。

また、 第 3 世 代 原 子 炉 に 対 し、 過 去 の 過 酷 事 故 の 教 訓 を 反 映 した「 第 3 世 代 +」の 原 子 炉 も

あり、 非 常 用 炉 心 冷 却 系 (ECCS)に 受 動 的 安 全 設 備 (パッシブセーフティー、Passive safety)

が 導 入 されている。「 第 3 世 代 +」では、 過 酷 事 故 対 策 として、 溶 融 燃 料 に 対 するコアキャ

ッチャーの 導 入 、 原 子 炉 容 器 内 保 持 システムの 導 入 、 冗 長 性 の 強 化 等 が 図 られている。

第 4 世 代 原 子 炉 は、 近 未 来 型 の 原 子 炉 であり、 米 国 エネルギー 省 が 提 示 しているもので

ある。 開 発 目 標 としては、 高 い 安 全 性 、 核 拡 散 防 止 性 、 廃 棄 物 の 最 小 化 、 建 設 ・ 運 用 費 の

低 減 などが 挙 げられており、アメリカ、カナダ、フランス、イギリス、 中 国 、 日 本 等 が 開

発 を 進 めている。 炉 型 としては、 超 高 温 原 子 炉 (Very High Temperature Reactor: VHTR)、 超

臨 界 圧 軽 水 冷 却 炉 ( Super-Critical Water Reactor: SCWR )、 ナトリウム 冷 却 高 速 炉

(Sodium-cooled Fast Reactor: SFR)、 溶 融 塩 炉 (Molten Sault Reactor: MSR)、ガス 冷 却 高 速

炉 (Gas-cooled Fast Reactor: GFR)、 鉛 冷 却 高 速 炉 (Lead-cooled Fast Reactor: LFR)の 6 種 が

開 発 対 象 とされている。

2.6.5 廃 止 措 置 技 術 の 開 発

寿 命 を 迎 えた 通 常 の 原 子 炉 の 廃 止 措 置 は 困 難 な 作 業 であり、 時 間 が 掛 かり 作 業 工 程 も 煩

雑 であるが、 過 酷 事 故 を 経 験 した 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 廃 止 措 置 は、より 一 層 の 困 難 に

直 面 することが 予 想 される。 特 に、 燃 料 デブリ 取 り 出 しにおいては、 燃 料 デブリの 性 状 推

定 、 放 射 線 強 度 の 評 価 、 臨 界 評 価 ( 未 臨 界 度 測 定 )、デブリ 取 り 出 し 工 法 の 選 択 等 、 経 験 し

たことのない 多 くの 課 題 に 直 面 している。

原 子 力 開 発 は、 原 子 炉 の 開 発 、 廃 棄 物 の 処 理 ・ 処 分 、さらに 廃 止 措 置 までを 完 遂 して 初

めて 原 子 力 開 発 であるといえる。「 原 子 炉 の 物 理 」の 役 割 は、 事 故 時 に 原 子 炉 を「 止 める」

ことで、そのすべてが 果 たされるわけではない。 燃 料 デブリ 取 り 出 しの 成 功 に 向 け、 取 り

出 し 時 の 臨 界 評 価 へ 直 接 的 に 貢 献 する 等 、その 技 術 基 盤 が 果 たすべき 役 割 は 益 々 高 まって

いる。

45


第 2 章 原 子 力 開 発 の 歴 史

参 考 文 献

[1] ジョン・イー・グレー、「 原 子 力 の 奇 跡 - 国 際 政 治 の 泥 にまみれたサイエンティストた

ち-」、 日 刊 工 業 新 聞 社 (1993).

[2] エミリオ・セグレ、「X 線 からクォークまで-20 世 紀 の 物 理 学 者 たち-」、みすず 書 房

(2019).

[3] 國 米 欣 明 、「- 核 分 裂 発 見 から 80 年 - 原 子 力 のあゆみ」、 幻 冬 舎 (2018).

[4] 日 本 原 子 力 学 会 編 、「 原 子 力 のいまと 明 日 」、 丸 善 出 版 (2019).

[5] 経 済 産 業 省 資 源 エネルギー 庁 ホームページ

(https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2013html/2-2-1.html)

[6] 名 古 屋 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 総 合 エネルギー 工 学 専 攻 エネルギー 安 全 工 学 講 座

原 子 核 エネルギー 制 御 工 学 グループホームページ

(http://www.fermi.energy.nagoya-u.ac.jp/index.html)

[7] 理 化 学 研 究 所 仁 科 加 速 器 科 学 研 究 センターホームページ 113 番 元 素 特 設 サイト

(http://www.nishina.riken.jp/113/)

[8] 日 本 原 子 力 学 会 ホームページ「 第 1 回 ( 平 成 20 年 度 ) 原 子 力 歴 史 構 築 賞 」

(http://www.aesj.or.jp/awards/2008/historic.html)

[9] 関 西 電 力 ホームページ「 関 西 電 力 の 歴 史 HISTORY02. 日 本 初 の 原 子 力 発 電 営 業 運 転

への 挑 戦 」(https://www.kepco.co.jp/firstcareer/company/project02/)

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原 子 炉 の 物 理

第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

47


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

内 容

第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識 ..................................................................................................... 47

3.1 原 子 核 の 物 理 ........................................................................................................................... 49

3.1.1 原 子 核 の 構 成 要 素 とその 大 きさ ..................................................................................... 49

3.1.2 原 子 核 に 働 く 力 ................................................................................................................. 50

3.2 原 子 核 とエネルギー ................................................................................................................ 51

3.2.1 原 子 核 の 励 起 準 位 ............................................................................................................. 51

3.2.2 原 子 核 の 質 量 と 結 合 エネルギー ..................................................................................... 52

3.3 原 子 核 の 崩 壊 と 核 反 応 ............................................................................................................ 54

3.3.1 原 子 核 の 崩 壊 ..................................................................................................................... 54

3.3.2 放 射 線 と 原 子 核 との 相 互 作 用 ( 核 反 応 )..................................................................... 59

48


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 原 子 核 は、 陽 子 と 中 性 子 から 構 成 される 非 常 に 小 さい 系 であり、 核 力 ( 強 い 相 互 作 用 )

と 呼 ばれる 力 によって 束 縛 されている。

・ 軽 い 原 子 核 は 結 合 したほうが、 重 い 原 子 核 は 分 離 したほうが、エネルギー 的 により 安 定

である。

・ 不 安 定 な 原 子 核 は、 崩 壊 、 崩 壊 などにより 放 射 線 の 放 出 を 伴 い 安 定 な 原 子 核 へ 崩 壊 す

る。

・ 電 荷 を 持 たない 中 性 子 は、 原 子 核 に 容 易 に 接 近 できるため、 原 子 核 との 相 互 作 用 ( 原 子

核 反 応 )を 起 こしやすい。

原 子 炉 物 理 学 において、 原 子 炉 内 での 中 性 子 と 原 子 核 との 相 互 作 用 はその 根 本 とも 言 え

る 物 理 現 象 である。 原 子 「 核 」 物 理 学 は、この 中 性 子 と 原 子 核 との 相 互 作 用 を 記 述 するため

の 学 術 分 野 と 言 えるが、 原 子 炉 物 理 では、この 原 子 核 物 理 の 分 野 で 構 築 された 理 論 、 得 られ

た 知 見 を 直 接 的 に 考 慮 することはなく、 中 性 子 と 原 子 核 との 相 互 作 用 の 確 率 を 所 与 のパラ

メータとして 扱 う。 従 って、 原 子 炉 物 理 の 問 題 を 扱 うときには 原 子 核 物 理 学 の 理 論 および 知

見 の 詳 細 を 知 る 必 要 はないが、いくつかの 原 子 核 物 理 の 基 礎 的 な 知 識 を 理 解 することは 重

要 である。 本 章 では、 原 子 炉 物 理 を 理 解 するうえで 必 要 となる 原 子 核 物 理 の 基 礎 を 学 ぶこと

を 目 的 とする。

3.1 原 子 核 の 物 理

【この 節 のポイント】

・ 原 子 核 は 陽 子 と 中 性 子 から 構 成 される。

・ 原 子 核 の 大 きさ(10 -15 m)は 原 子 の 大 きさ(10 -10 m)と 比 べて 非 常 に 小 さい。

・ 核 力 ( 強 い 相 互 作 用 )は 短 い 距 離 で 働 く 非 常 に 強 い 引 力 であり、 原 子 核 を 構 成 している

中 性 子 と 陽 子 を 束 縛 している。

3.1.1 原 子 核 の 構 成 要 素 とその 大 きさ

原 子 核 は 陽 子 と 中 性 子 から 構 成 される。 陽 子 と 中 性 子 を 総 称 して 核 子 (nucleon)と 呼 ぶ。

原 子 番 号 Z の 原 子 の 原 子 核 には Z 個 の 陽 子 が 含 まれる。この 原 子 核 に 含 まれる 中 性 子 の 個

数 を N とすると、この 原 子 核 を 構 成 する 核 子 の 数 A は Z と N の 和 となる。この A を 原 子

核 の 質 量 数 (mass number)と 呼 ぶ。 原 子 核 は 自 身 を 構 成 する 陽 子 の 数 ( 原 子 番 号 )と 中 性

子 の 数 によってその 特 性 が 決 まる。A と Z で 規 定 されるそれぞれの 原 子 核 のことを 核 種

(nuclide)と 呼 ぶ。また、 原 子 番 号 が 同 一 で 質 量 数 ( 中 性 子 数 )が 異 なる 核 種 を 同 位 体 (isotope)

と 呼 ぶ。

核 種 の 表 記 方 法 は、1 文 字 もしくは 2 文 字 の 元 素 記 号 に 対 して、 左 上 に 質 量 数 、 左 下 に 原

子 番 号 、 右 下 に 中 性 子 数 を 付 するというものである。 例 えば、 原 子 番 号 が 8、 質 量 数 が 16 の

酸 素 であれば「

O 」のように 表 記 する。また、 原 子 番 号 が 92、 質 量 数 が 238 のウランで

49


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

あれば「 U

」となる。しかし、 元 素 と 原 子 番 号 は 水 素 なら 1、ウランなら 92 と 1 対 1

に 対 応 するので、 元 素 記 号 と 質 量 数 のみで 同 位 体 を 特 定 することができる。したがって、 通

常 は 235 U もしくは U-235 のように 表 記 する。

原 子 核 の 大 きさは 原 子 の 大 きさと 比 べて 非 常 に 小 さい。 原 子 核 の 半 径 は 1×10 -15 ~ 7×

10 -15 m(1~7 fm、 原 子 核 の 大 きさには 一 般 的 に fm(フェムトメートル)の 単 位 が 使 われ、

1 fm = 10 -15 m である) 程 度 となることが 分 かっている。 原 子 の 大 きさは 10 -10 m 程 度 なので、

例 えば 原 子 核 がソフトボール 程 度 の 大 きさだとするならば、 原 子 の 半 径 は 1 km 程 度 という

ことになる。 原 子 の 中 から 原 子 核 を 見 つけるのは 非 常 に 難 しいことがイメージできるであ

ろう。

また、 安 定 な 原 子 核 の 質 量 数 は 原 子 核 の 半 径 の 3 乗 に 比 例 することが 分 かっている。 陽 子

と 中 性 子 の 大 きさがほぼ 同 一 と 見 做 せるとするならば、 球 の 体 積 はその 半 径 の 3 乗 に 比 例

すること、 原 子 核 の 質 量 数 が 原 子 核 中 の 核 子 の 総 数 に 対 応 することから、 原 子 核 の 密 度 が 質

量 数 によらずどのような 核 種 でもほぼ 等 しいということが 分 かる。これを 核 の 密 度 の 飽 和

性 と 呼 ぶ。また、 原 子 核 の 密 度 は 1 m 3 あたり 約 3×10 17 kg(1 cm 3 あたり 約 3×10 14 g)と 桁

外 れに 大 きな 値 となり、 核 子 が 接 するほどぎっしり 詰 まった 高 密 度 な 状 態 にある。

【コラム】 身 の 回 りの 物 質 の 中 身 は、ほぼ 真 空 ?

重 たいものの 代 表 格 である 純 金 の 密 度 は、20 g/cm 3 程 度 である。 上 で 述 べたように、 原 子

核 の 密 度 は 約 10 14 g/cm 3 であることから、 原 子 の 大 部 分 は 真 空 であることが 理 解 できる。 原

子 炉 物 理 では、 原 子 炉 内 を 飛 行 する 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 が 中 心 となるが、 原 子 炉 内 を

飛 んでいる 中 性 子 から 見 ると、 我 々の 身 の 回 りにある 物 質 はほぼ「 真 空 」であり、ある 原 子

に 中 性 子 が 飛 び 込 んだとしても、その 原 子 内 の 原 子 核 と 中 性 子 の 反 応 はごく 稀 にしか 発 生

しない。

3.1.2 原 子 核 に 働 く 力

核 子 のうち、 陽 子 は 正 の 電 荷 をもつが、 中 性 子 はその 名 が 示 す 通 り 電 気 的 に 中 性 な 粒 子 で

ある。 正 の 電 荷 をもつ 陽 子 同 士 にはクーロン 力 による 斥 力 ( 電 気 的 斥 力 )が 働 く。しかし、

すでに 説 明 したように、 原 子 核 の 中 では 陽 子 が 非 常 に 近 い 距 離 に 存 在 している。 電 気 的 斥 力

があるにもかかわらず、 核 子 が 非 常 に 狭 い 領 域 に 密 集 しているということは、 原 子 核 内 では

核 子 同 士 を 結 合 させる 何 らかの 力 が 働 いていることになる。その 力 の 正 体 は、 核 子 間 に 働 く

核 力 ( 強 い 力 、 強 い 相 互 作 用 )である。 表 3-1 に 示 すように、 自 然 界 には「4 つの 力 」( 相 互

作 用 )が 存 在 するとされており、その 一 つである 核 力 ( 強 い 相 互 作 用 )は、 重 力 相 互 作 用 、

電 磁 相 互 作 用 と 比 べて 大 きい 力 である。 強 い 相 互 作 用 は、その 影 響 範 囲 は 10 -15 m オーダー

と 非 常 に 短 く、2 つの 核 子 が 近 い 距 離 にあるときだけ 作 用 し、 強 い 引 力 が 働 く(なお、 核 子

同 士 が 極 端 に 近 いと 強 い 斥 力 が 働 くことが 分 かっている)。 原 子 核 の 中 では、 陽 子 の 間 に 電

気 的 斥 力 が 働 く 一 方 、 核 子 間 の 強 い 相 互 作 用 による 引 力 が 働 き、 安 定 状 態 が 得 られると 言 え

る。ただし、 陽 子 数 が 増 えると 電 気 的 斥 力 の 影 響 がより 大 きく 現 れることから、 安 定 である

50


原 子 炉 の 物 理

ためにはより 多 くの 中 性 子 が 必 要 となる。 従 って、 質 量 数 が 大 きい 安 定 核 種 では 陽 子 数 と 中

性 子 数 の 差 が 大 きくなる。 表 3-2 にいくつかの 安 定 核 種 に 含 まれる 陽 子 数 と 中 性 子 数 を 示 す

が、 質 量 数 が 大 きくなるにつれて 陽 子 数 より 中 性 子 数 が 多 くなっていくことが 分 かるであ

ろう。なお、4 つの 力 の 一 つである 弱 い 相 互 作 用 は、 後 述 する 崩 壊 を 引 き 起 こす 力 であり、

その 影 響 範 囲 は 強 い 相 互 作 用 と 比 べてもさらに 狭 い 範 囲 となる。

表 3-1 4 つの 相 互 作 用

名 称 相 対 的 な 強 さ 影 響 範 囲 (m)

強 い 相 互 作 用 10 40 10 -15

電 磁 相 互 作 用 10 38 無 限 大

弱 い 相 互 作 用 10 15 10 -18

重 力 相 互 作 用 1 無 限 大

表 3-2 安 定 な 原 子 核 中 の 陽 子 数 と 中 性 子 数

核 種 陽 子 数 中 性 子 数 中 性 子 数 の 陽 子 数 に 対 する 比

ナトリウム 23( 23 Na) 11 12 1.1

鉄 56( 56 Fe) 26 30 1.2

モリブデン 99( 99 Mo) 42 57 1.4

ウラン 235( 235 U) 92 143 1.6

3.2 原 子 核 とエネルギー

【この 節 のポイント】

・ 原 子 核 は 離 散 的 なエネルギー 励 起 状 態 を 持 つ。

・ 質 量 とエネルギーは 等 価 である。

・ 軽 い 原 子 核 は 結 合 したほうが、 重 い 原 子 核 は 分 離 したほうが、エネルギー 的 により 安 定

である。

3.2.1 原 子 核 の 励 起 準 位

原 子 核 は、 陽 子 数 と 中 性 子 数 が 適 当 な 範 囲 にあるときには 安 定 で、 外 力 によらず 核 子 間 の

強 い 相 互 作 用 によって 束 縛 状 態 を 構 成 する 系 である。さらに、 前 述 した 通 り、 原 子 核 は 半 径

が 1~7 fm ほどの 大 きさを 持 つ 系 であり、このようなミクロな 世 界 を 記 述 するのは 量 子 力 学

である。 量 子 力 学 的 な 扱 いにおいてエネルギーは 離 散 的 な 値 を 持 つため、 量 子 力 学 で 記 述 さ

れる 原 子 核 においては、それを 構 成 する 個 々の 核 子 は 離 散 的 なエネルギーを 持 つ。 核 子 をエ

ネルギーが 低 い 状 態 から 詰 めていった 場 合 、 原 子 核 全 体 として 最 もエネルギーが 低 い 状 態

51


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

を 基 底 状 態 (ground state)、それ 以 外 を 励 起 状 態 (excited state)と 呼 ぶ。また、エネルギー

の 励 起 状 態 の 一 つ 一 つを 励 起 準 位 (excited level)と 呼 ぶ。 質 量 数 が A の 原 子 核 X について

の 基 底 状 態 と 励 起 状 態 を 概 念 的 に 図 3-1 に 示 す。エネルギーが 低 い 励 起 準 位 は 他 の 励 起 準 位

と 明 確 に 区 別 できるが、エネルギーが 高 くなるにつれて 準 位 の 間 隔 が 小 さくなり、 最 終 的 に

は 区 別 できなくなる 様 子 が 分 かる。

図 3-1 原 子 核 の 基 底 状 態 と 励 起 状 態

3.2.2 原 子 核 の 質 量 と 結 合 エネルギー

原 子 核 の 構 成 要 素 である 陽 子 の 質 量 は 1.6726×10 -27 kg である。このような 微 小 な 質 量 を

扱 う 場 合 に kg 単 位 は 不 便 である。そこで、 統 一 原 子 質 量 単 位 (unified atomic mass unit)と

呼 ばれる 単 位 が 一 般 に 使 われる。この 単 位 の 記 号 は u であり、 静 止 して 基 底 状 態 にある 自 由

な 炭 素 12 原 子 の 質 量 が 12 u と 定 義 される。1 u = 1.66054×10 -27 kg であり、 陽 子 の 質 量 は

1.007276 u、 中 性 子 の 質 量 は 1.008665 u と 記 述 される。

炭 素 12 原 子 を 構 成 するのは 陽 子 6 個 、 中 性 子 6 個 からなる C-12 の 原 子 核 と 6 個 の 電 子

である。 電 子 の 質 量 は 核 子 に 比 べて 非 常 に 小 さい( 約 1800 分 の 1)ので、ここではその 影

響 を 無 視 して 考 える。 炭 素 12 原 子 (すなわち 原 子 核 )の 質 量 は 12 u であったが、それぞれ

の 核 子 の 質 量 は 1 u を 超 えていることを 奇 妙 に 思 わなかっただろうか?このことは、C-12 の

原 子 核 の 質 量 は、ばらばらにした 陽 子 6 個 、 中 性 子 6 個 の 個 々の 質 量 の 和 より 小 さいこと

を 意 味 している。つまり、 核 子 がばらばらに 存 在 している 状 態 と 比 べて、これらの 核 子 が 原

子 核 を 構 成 することによって 質 量 が 失 われていることになる。アルベルト・アインシュタイ

ンにより、 特 殊 相 対 性 理 論 の 帰 結 として 質 量 とエネルギーが 等 価 であることが 示 された。つ

まり、 質 量 の 消 失 はエネルギーの 発 生 を、エネルギーの 消 失 は 質 量 の 発 生 を 意 味 する。 原 子

核 を 構 成 する 個 々の 核 子 の 質 量 の 総 和 と 原 子 核 の 質 量 の 差 (これを 質 量 欠 損 (mass defect)

と 呼 ぶ)に 相 当 するエネルギーを、 核 種 の 結 合 エネルギー(binding energy)という。 原 子

核 の 質 量 は 構 成 する 個 々の 核 子 の 質 量 の 和 より 常 に 小 さいため、 結 合 エネルギーは 常 に 正

である。 結 合 エネルギーとは、 強 い 相 互 作 用 でしっかりとまとまっている 原 子 核 をばらばら

の 陽 子 と 中 性 子 に 分 解 するのに 必 要 な 最 小 エネルギーと 言 え、ばらばらの 陽 子 、 中 性 子 から

52


原 子 炉 の 物 理

原 子 核 を 結 合 した 際 に 放 出 されるエネルギーとも 言 える。

原 子 核 物 理 では、エネルギーの 単 位 として 電 子 ボルト(electron volt、eV、1 eV=1.60217733

×10 -19 J)が 使 われる。これは 真 空 中 において 1 V の 電 位 差 によって 電 子 が 得 る 運 動 エネル

ギーに 対 応 する。また、 原 子 炉 物 理 では、eV もしくはその 10 6 倍 にあたる MeV(=10 6 eV)

がエネルギーの 単 位 としてよく 使 われる。 図 3-2 に 安 定 な 原 子 核 の 核 子 1 個 当 たりの 結 合 エ

ネルギーを 示 す[4]。 結 合 エネルギーは、 質 量 数 が 60 までは 増 加 し、それ 以 降 は 緩 やかに 減

少 しており、 質 量 数 60 を 境 に、 軽 い 核 は 結 合 したほうが、 重 い 核 は 分 裂 したほうがエネル

ギー 的 に 安 定 である(よりしっかり 結 合 している 状 態 になっている)ことが 分 かる。

図 3-2 安 定 な 原 子 核 の 核 子 当 たりの 結 合 エネルギー

【コラム】 水 素 と 酸 素 を 燃 焼 させると 軽 くなる?

理 科 の 授 業 で、 水 を 電 気 分 解 して 作 った 水 素 を 燃 焼 させる 実 験 をやった 方 もいるかもし

れない。そのときに、 燃 焼 前 の 水 素 と 酸 素 の 総 重 量 は、 燃 焼 で 得 られる 水 の 重 量 に 等 しい、

と 習 ったはずである。これは、 化 学 反 応 の 前 後 で 物 質 の 総 質 量 は 変 化 しないという「 質 量 保

存 の 法 則 」として 知 られている。

しかしながら、 質 量 とエネルギーの 等 価 性 を 考 えると、この 質 量 保 存 の 法 則 は、 厳 密 には

正 しくない。

第 5 章 で 詳 しく 述 べるが、 原 子 核 分 裂 反 応 では、 一 回 の 核 分 裂 あたり 200 MeV 程 度 の 大

きなエネルギーが 発 生 する。そのため、 核 分 裂 で 発 生 する 物 質 の 総 質 量 は、 核 分 裂 前 の 物 質

の 総 質 量 より 検 知 できるほど 明 らかに 軽 くなる(99.9% 程 度 となる)。これは、 質 量 がエネル

ギーに 変 換 することで 消 失 したためである。

水 素 の 燃 焼 でもエネルギーが 発 生 するため、 化 学 反 応 後 の 物 質 の 総 質 量 は、この 発 生 エネ

ルギー 分 だけ 少 なくなっているはずである。しかし、 一 つの 水 分 子 の 生 成 において 発 生 する

53


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

エネルギーは 数 eV であり、 核 分 裂 反 応 に 比 べると 非 常 に 小 さい。そのため、 失 われた 質 量

は 非 常 に 微 少 となり、「 質 量 保 存 の 法 則 」は 事 実 上 問 題 なく 成 り 立 つと 考 えて 良 い。

3.3 原 子 核 の 崩 壊 と 核 反 応

【この 節 のポイント】

・ 不 安 定 な 原 子 核 は、 崩 壊 、 崩 壊 などにより 安 定 な 核 種 へ 崩 壊 するとともに 放 射 線 を 放

出 する。

・ 電 荷 を 持 たない 中 性 子 は、 原 子 核 に 容 易 に 接 近 できるため 核 反 応 を 起 こしやすい。

3.3.1 原 子 核 の 崩 壊

原 子 核 を 不 安 定 にする 要 因 の 一 つとして、 原 子 核 内 の 陽 子 数 と 中 性 子 数 のバランスが 悪

いことが 挙 げられる。このような 原 子 核 は、 陽 子 数 や 中 性 子 数 のバランスが 良 くなる 方 向 に

変 化 する。 不 安 定 な 原 子 核 がより 安 定 な 原 子 核 に 変 化 する 現 象 を、 原 子 核 の( 放 射 性 ) 崩 壊

または 壊 変 (radioactive decay)と 呼 ぶ。また、 崩 壊 する 可 能 性 がある 核 種 (すなわち 不 安

定 な 核 種 )を 放 射 性 核 種 (radionuclide)と 呼 ぶ。ある 元 素 に 着 目 した 場 合 には、 放 射 性 核

種 である 同 位 体 は 放 射 性 同 位 体 (radioisotope)とも 呼 ばれる。

また、 放 射 性 崩 壊 に 伴 って 原 子 核 から 何 らかの 放 射 線 (radiation)が 放 出 される。 放 射 線

とは、 高 い 運 動 エネルギーを 持 つ 粒 子 と 高 いエネルギーの 電 磁 波 の 総 称 を 言 う。 高 い 運 動 エ

ネルギーを 持 つ 粒 子 としては、 線 、 線 、 中 性 子 線 、 陽 子 線 、 重 粒 子 線 などが、 高 いエネル

ギーの 電 磁 波 としては、 線 、X 線 などが 挙 げられる。

放 射 線 を 放 出 する 性 能 を 放 射 能 (radioactivity)と 呼 ぶ。「 放 射 線 」と「 放 射 能 」は 混 同 し

がちな 用 語 としてよく 知 られており、これらを 区 別 するためにしばしば「 光 」と「 電 球 」の

関 係 に 例 えられる。「 放 射 線 が 漏 れた」とは「 光 」が 漏 れたことを 指 し、「 放 射 能 が 漏 れた」

とは 光 源 である 電 球 自 体 が 漏 れたことになる。

ただし、 厳 密 には、 放 射 能 は「1 秒 間 当 たりに 崩 壊 する 放 射 性 核 種 の 個 数 」と 定 義 され、

単 位 としてベクレル(Bq)を 使 用 する。 前 段 で 放 射 能 を「 電 球 」に 例 えたが、この 定 義 に 則

った 場 合 には、 放 射 能 は「 電 球 がどれだけ 明 るい 光 を 放 出 するか」に 対 応 すると 言 えるだろ

う。

また、 放 射 能 を 有 する 物 質 から 放 出 される 個 々の 放 射 線 はそれぞれエネルギーを 有 する。

放 射 線 のエネルギーは「 光 の 色 」と 考 えればよいだろう。

【コラム】 虹 の 外 側 には 何 がある?

虹 には 赤 色 から 紫 色 までの 色 が 見 えるが、 赤 色 の 外 側 には「 赤 外 線 」、 紫 色 の 外 側 には「 紫

外 線 」がある。 紫 外 線 は、 日 焼 けの 原 因 であり、 長 期 間 にわたって 浴 び 続 けると 皮 膚 がんの

原 因 にもなる。これは、 紫 外 線 は 赤 外 線 や 可 視 光 に 比 べて 光 のエネルギーが 高 く、 人 体 をよ

り 傷 つけることによる。 青 色 の 光 の 方 が 赤 色 の 光 より 波 長 が 短 く 振 動 数 も 大 きい。そのた

め、 青 色 側 の 光 の 方 がよりエネルギーが 高 い。 線 や X 線 は、 紫 外 線 よりずっと 波 長 が 短 く、

54


原 子 炉 の 物 理

エネルギーが 高 い。そのため、 人 体 に 対 する 影 響 は 大 きい。

原 子 核 の 壊 変 は 確 率 的 に 発 生 する 事 象 であり、 放 射 性 核 種 がある 長 さの 時 間 において 崩

壊 する 確 率 は 放 射 性 核 種 の 種 類 毎 に 決 まっている。このことは、ある 放 射 性 核 種 が 存 在 する

とき、その 個 数 が 崩 壊 によって 減 少 していく 速 さは 放 射 性 核 種 の 種 類 毎 に 決 まっているこ

とと 同 じ 意 味 となる。ある 放 射 性 核 種 の 個 数 が 放 射 性 崩 壊 によって 半 分 に 減 るまでに 要 す

る 平 均 時 間 を 半 減 期 (half-life)と 呼 ぶ。なお、ここで「 平 均 」と 言 っているのは、 放 射 性 崩

壊 が 確 率 事 象 であるがゆえ、 半 減 期 に 相 当 する 時 間 が 経 過 したとき、 必 ず 放 射 性 核 種 の 個 数

が 半 分 になるとは 限 らないからである。 例 えば、 同 一 種 類 の 放 射 性 核 種 が 100 個 存 在 すると

き、その 半 減 期 が 経 過 したときはその 個 数 が 厳 密 に 50 になるとは 限 らず、48 であるかもし

れないし、55 であるかもしれない。ただし、 現 実 の 問 題 を 考 えるときは、 原 子 核 の 個 数 は

50 といったような 少 数 ではなく、10 20 個 といった 非 常 に 大 きな 量 となるため、 基 本 的 には

「 平 均 値 」からのずれは 無 視 できる 程 度 となり、そういったばらつきを 特 に 気 にする 必 要 は

ない。

また、 単 位 時 間 内 に 放 射 性 核 種 が 崩 壊 する 確 率 は 崩 壊 定 数 (decay constant)というパラ

メータで 記 述 される。 崩 壊 定 数 は 半 減 期 と1 対 1で 対 応 するため、 崩 壊 定 数 から 半 減 期 を、

半 減 期 から 崩 壊 定 数 を 算 出 することが 出 来 る。

放 射 性 崩 壊 を 起 こす 原 子 核 、すなわち 不 安 定 な 原 子 核 のうち、 非 常 に 不 安 定 なものは 放 射

性 崩 壊 を 起 こす 確 率 が 高 い。 従 って、そのような 核 種 の 崩 壊 定 数 は 大 きく、 半 減 期 は 短 い。

一 方 、ほどほどに 不 安 定 な 原 子 核 は、その 崩 壊 定 数 は 小 さく、 半 減 期 は 長 い。ここで、 放 射

性 核 種 が 複 数 個 存 在 し、それらが 非 常 に 不 安 定 な 原 子 核 であると 仮 定 する。これらは 短 い 時

間 で 崩 壊 して 大 量 の 放 射 線 を 放 出 するため、 短 時 間 では 近 寄 り 難 いほど 危 険 と 言 えるが、あ

る 程 度 時 間 が 経 過 すると 放 射 線 の 放 出 は 無 視 できる 程 度 となる。 一 方 、これらがほどほどに

不 安 定 な 原 子 核 であるとするならば、 長 い 時 間 をかけてゆっくりと 崩 壊 するため、より 少 な

い 数 の 放 射 線 がじわじわ 放 出 され 続 けることになる。

放 射 性 崩 壊 にはいくつかの 様 式 がある。 以 下 では、その 主 だったものについて 個 々に 述

べる。

(1) 崩 壊

ベータ 崩 壊 ( 崩 壊 、beta decay)は 主 に 電 子 もしくは 陽 電 子 を 放 出 する 崩 壊 様 式 を 指 す。

安 定 状 態 と 比 べて 陽 子 数 が 少 ない 原 子 核 では、 崩 壊 とともに 原 子 核 から 電 子 と 反 電 子 ニュ

ートリノが 放 出 される。このような 崩 壊 を 崩 壊 と 呼 ぶ。このとき、 原 子 核 中 の 1 個 の 中

性 子 が 陽 子 に 変 わることになる。 一 方 、 安 定 状 態 と 比 べて 陽 子 数 が 多 い 原 子 核 では、 陽 電 子

と 電 子 ニュートリノが 放 出 され、これは 崩 壊 と 呼 ばれる。このときは、 原 子 核 中 の 1 個

の 陽 子 が 中 性 子 に 変 わることになる。 崩 壊 では、 質 量 数 は 変 化 せず、 ∓ 崩 壊 でそれぞれ 原

子 番 号 が1 変 化 する。また、 崩 壊 に 伴 って 放 出 される 電 子 線 を 線 (beta ray)と 呼 ぶ。

55


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

なお、 崩 壊 と 競 合 する 過 程 として、 陽 子 が 原 子 軌 道 にある 電 子 を 捕 獲 する 電 子 捕 獲

(electron capture)というものがある。 電 子 捕 獲 は 崩 壊 と 異 なり、 陽 電 子 を 放 出 せず、 電

子 ニュートリノのみを 放 出 する。

(2) 崩 壊

放 射 線 として He-4 の 原 子 核 であるアルファ 粒 子 を 放 出 する 崩 壊 様 式 をアルファ 崩 壊 (

崩 壊 、alpha decay)と 呼 び、 放 出 されたアルファ 粒 子 を 線 (alpha ray)と 呼 ぶ。 崩 壊 で

は 質 量 数 が 4、 原 子 番 号 が 2 だけ 減 少 する。

【 発 展 的 内 容 】 崩 壊 のメカニズム

崩 壊 が 起 きるには 原 子 核 からの 粒 子 の 分 離 エネルギーが 負 である 必 要 がある。さらに、

核 子 の 強 い 相 互 作 用 と 陽 子 のクーロン 力 によるポテンシャルによって 作 られるクーロン 障

壁 を 乗 り 越 える 必 要 がある。 図 3-3 に 崩 壊 とクーロン 障 壁 の 概 念 を 示 す。 原 子 核 に 対 して

粒 子 の 結 合 エネルギーが 負 である 場 合 、 分 離 したほうがエネルギー 的 に 安 定 である。しか

し、 核 内 の 粒 子 は 必 ずしもクーロン 障 壁 を 超 えるだけのエネルギーを 持 っているわけでは

ない。したがって 古 典 論 では 粒 子 は 原 子 核 の 外 へ 移 動 できないことになる。しかし、 量 子

論 では 物 質 は 粒 子 と 波 の 性 質 を 持 ち、その 存 在 確 率 は 波 動 関 数 を 用 いて 表 現 されるため、 障

壁 の 外 に 存 在 する 確 率 が 0 ではない 状 態 があることになる。この、あたかも 障 壁 をすり 抜 け

る 現 象 をトンネル 効 果 と 呼 ぶ。 一 旦 原 子 核 外 に 粒 子 が 存 在 することになれば、クーロン 力

の 斥 力 により 粒 子 は 元 の 原 子 核 と 反 発 し、 放 出 される。 崩 壊 の 起 こりやすさ、つまり 半

減 期 は、 粒 子 の 分 離 エネルギーとクーロン 障 壁 の 大 きさと 形 に 影 響 される。 一 般 的 に 質 量

数 が 大 きい 核 種 ほど 崩 壊 の 確 率 が 大 きくなる。 長 らくビスマス 209(Bi-209)が 天 然 に 存 在

する 最 も 質 量 数 が 大 きい 安 定 核 種 とされてきたが、 近 年 、 崩 壊 することが 実 験 的 に 確 かめ

られた[5]。これにより 質 量 数 が 最 も 大 きい 安 定 核 種 は 鉛 208 (Pb-208)となった。しかし、

Bi-209 の 半 減 期 は(1.9±0.2)×10 19 年 であり 宇 宙 年 齢 1.38×10 10 と 比 較 しても 非 常 に 長 い。

図 3-3 崩 壊 とクーロン 障 壁

56


原 子 炉 の 物 理

(3) 線 遷 移

崩 壊 や 崩 壊 、または 核 反 応 により 原 子 核 が 励 起 状 態 になったとき、ガンマ 線 ( 線 、

gamma ray)と 呼 ばれる 高 いエネルギーの 電 磁 波 を 放 出 してエネルギーの 低 い 状 態 へと 遷 移

する。これを 線 遷 移 (gamma-ray transition)と 呼 ぶ。この 時 放 出 される 線 のエネルギー

は、エネルギー 準 位 間 のエネルギー 差 に 相 当 する。 線 遷 移 は、 原 子 核 と 電 磁 場 との 相 互 作

用 によって 起 き、 原 子 核 を 構 成 する 陽 子 数 、 中 性 子 数 は 変 化 しない。ガンマ 線 遷 移 は 通 常 極

めて 短 い 半 減 期 で 高 いエネルギー 準 位 から 低 いエネルギー 準 位 へ 遷 移 する。したがってほ

とんどのガンマ 線 遷 移 は 崩 壊 や 崩 壊 と 同 時 に 起 こるとみなしてよい。しかし、なかには

比 較 的 長 い 半 減 期 の 励 起 状 態 を 持 つ 核 種 が 存 在 する。この 状 態 を 準 安 定 状 態 (metastable

state)と 呼 ぶ。この 場 合 、 核 種 としては 同 一 であるが、 基 底 状 態 と 励 起 状 態 で 異 なる 半 減 期

を 持 つ 放 射 性 核 種 とみることができる。そこで、そのような 核 種 の 励 起 状 態 を 核 異 性 体

(isomer)と 呼 び、 基 底 状 態 と 区 別 するために 質 量 数 に m を 追 加 して 核 種 を 表 記 する( 例

えば、 99m Tc)。また、この 励 起 状 態 から 基 底 状 態 へのガンマ 線 遷 移 を 特 に 核 異 性 体 転 移

(isometric Transition: IT)と 呼 ぶ。

なお、エネルギー 準 位 間 の 状 態 によっては 線 の 放 出 が 許 されない 場 合 があり、そのとき

は 線 の 代 わりに 原 子 中 の 電 子 がエネルギーを 持 ち 放 出 される 現 象 が 起 きる。このようにし

て 放 出 される 電 子 を 内 部 転 換 電 子 (internal conversion electron)と 呼 ぶ。

崩 壊 と 線 遷 移 の 例 として、 鉄 59(Fe-59)が 崩 壊 してコバルト 59(Co-59)に 変 わる 過

程 を 原 子 核 の 準 位 で 示 したもの( 左 )と、この 過 程 で 放 出 される 線 のエネルギー 分 布 ( 右 )

を 図 3-4 に 示 す。Fe-59 が 崩 壊 した 場 合 、 線 を 放 出 したあとの 原 子 核 である Co-59 の 大 部

分 は 1.095 MeV もしくは 1.292 MeV の 励 起 エネルギーを 持 つことになる。この 状 態 から 線

遷 移 により Co-59 の 基 底 状 態 になるが、その 際 に 励 起 エネルギーに 対 応 した 1.292、1.095、

さらにはこれらの 差 である 0.19 MeV の 線 が 放 出 されていることが 分 かる。

図 3-4 Fe-59 の 崩 壊 に 対 応 する 原 子 核 の 準 位 と 放 出 線 のエネルギー 分 布

57


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

(4) 自 発 核 分 裂

核 分 裂 は 質 量 数 の 大 きい 原 子 核 が 質 量 数 のより 小 さい 2 つの 原 子 核 に 分 かれる 現 象 であ

り、 一 般 的 には 中 性 子 との 相 互 作 用 によって 起 こるが、これが 勝 手 に( 自 発 的 に) 起 こる 場

合 もある。これを 自 発 核 分 裂 (spontaneous fission: SF)と 呼 ぶ。 質 量 数 の 大 きい 原 子 核 は 相

対 的 に 中 性 子 を 過 剰 に 持 っているため、 自 発 核 分 裂 が 起 こると 同 時 に 中 性 子 を 放 出 する。 自

発 核 分 裂 は 稀 に 起 こる 現 象 であるが、 質 量 数 が 大 きいほどその 発 生 確 率 は 大 きくなり、 一 般

に 質 量 数 が 230 を 超 える 核 種 は 測 定 可 能 な 時 間 スケールで 自 発 核 分 裂 を 起 こす。 半 減 期 が

2.52 年 のカリフォルニウム 252(Cf-252)は 自 発 核 分 裂 を 起 こす 代 表 的 な 核 種 で、 放 射 性 崩

壊 したときに 3% 程 度 の 確 率 で 自 発 核 分 裂 を 起 こす(それ 以 外 は 崩 壊 となる)。 自 発 核 分 裂

の 発 生 確 率 が 比 較 的 高 いことから、Cf-252 は 中 性 子 の 発 生 源 ( 中 性 子 源 )として 利 用 されて

いる。

【 発 展 的 内 容 】 重 い 原 子 核 の 崩 壊 系 列

不 安 定 な 原 子 核 は、 崩 壊 もしくは 崩 壊 を 繰 り 返 し、 最 終 的 には 安 定 な 核 種 へと 壊 変 す

る。 図 3-5 に 放 射 性 崩 壊 と 核 反 応 による 核 種 の 変 換 の 関 係 を 示 す。

図 3-5 放 射 性 崩 壊 と 核 反 応 による 核 種 の 変 換

崩 壊 では 質 量 数 が 変 わらず、 崩 壊 では 質 量 数 が 4 減 少 する。したがって、Pb-208 より

も 重 い 不 安 定 な 核 種 は 安 定 核 種 へ 崩 壊 するまでに 質 量 数 が 4 つとびとびに 減 少 していく。

そのため、Pb-208 よりも 重 い 放 射 性 核 種 の 崩 壊 には 質 量 数 を 4 で 割 ったときの 余 りの 違 い

によって 4 つの 系 列 (トリウム 系 列 、ネプツニウム 系 列 、ウラン 系 列 、アクチニウム 系

列 )が 存 在 する。すべての 系 列 は Pb の 安 定 同 位 体 で 崩 壊 が 終 わる。 起 点 となる 親 核 種 は

それぞれトリウム 232(Th-232、 半 減 期 1.405×10 10 年 )、ネプツニウム 237 (Np-237、 半

減 期 2.144×10 6 年 )、ウラン 238(U-238、 半 減 期 4.468×10 9 年 )、ウラン 235(U-235、 半

58


原 子 炉 の 物 理

減 期 7.038×10 8 年 )となる。ただし、ネプツニウム 系 列 に 関 しては、 太 陽 系 の 年 齢 4.5×

10 9 年 と 比 較 して、 親 核 種 の 半 減 期 が 非 常 に 短 いため、 地 球 上 には 天 然 に 存 在 しない。

3.3.2 放 射 線 と 原 子 核 との 相 互 作 用 ( 核 反 応 )

放 射 線 と 原 子 核 との 相 互 作 用 は( 原 子 ) 核 反 応 (nuclear reaction)とも 呼 ばれる。 核 反 応

は、 一 般 的 に X(a,b)Y と 表 記 される。ここで、X は 標 的 核 ( 放 射 線 と 相 互 作 用 を 起 こす 原 子

核 )、Y は 残 留 核 ( 相 互 作 用 を 起 こした 後 の 原 子 核 )、a は 入 射 した 放 射 線 の 種 類 ( 入 射 粒 子 )、

b は 相 互 作 用 後 に 放 出 される 放 射 線 の 種 類 ( 放 出 粒 子 )を 示 す。 例 えば、U-238 が 中 性 子 と

相 互 作 用 を 起 こして 線 を 放 出 する 反 応 は 238 U (n, ) 239 U と、ベリリウム 9( 9 Be)が 線 と 相

互 作 用 を 起 こして 中 性 子 を 放 出 する 反 応 は 9 Be (, n) 12 C と、それぞれ 記 述 される。なお、 具

体 的 な 核 反 応 の 種 類 などは 第 4 章 で 説 明 される。

核 反 応 は 強 い 相 互 作 用 による 反 応 であるため、 反 応 が 起 きるためには 標 的 核 と 入 射 粒 子

が 強 い 相 互 作 用 が 影 響 する 程 度 の 距 離 に 接 近 する 必 要 がある。3.1 節 で 説 明 したように、 原

子 核 の 大 きさと 強 い 相 互 作 用 の 影 響 距 離 はいずれも 非 常 に 小 さい。 原 子 核 は 正 の 電 荷 をも

っているため、 入 射 粒 子 が 電 荷 を 持 っている 場 合 は、 図 3-4 で 示 したクーロンポテンシャル

の 斥 力 を 超 えて 原 子 核 との 距 離 を 縮 めるためには、 入 射 粒 子 に 十 分 な 運 動 エネルギーが 必

要 になる。 一 方 、 入 射 粒 子 が 中 性 子 である 場 合 、 中 性 子 は 電 荷 を 持 たないために、 運 動 エネ

ルギーによらず 容 易 に 原 子 核 に 接 近 することが 可 能 となる。

図 3-6 に、 原 子 核 A X が 中 性 子 ( 図 中 の n)1 個 を 吸 収 して 質 量 数 が 1 増 えて、 A+1 X とな

ったときのエネルギー 準 位 を 簡 略 化 して 示 す。 A X の 基 底 状 態 と A+1 X の 基 底 状 態 のエネルギ

ー 差 ( 原 子 核 A X と 中 性 子 の 質 量 の 和 と、 原 子 核 A+1 X の 質 量 の 差 )は A+1 X から 中 性 子 を 分

離 するのに 必 要 なエネルギーを 意 味 する。これを( 中 性 子 ) 分 離 エネルギー(separation

energy)と 呼 び、 図 中 では に 対 応 する。

図 3-6 中 性 子 捕 獲 反 応 における 原 子 核 の 励 起 状 態

59


第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識

中 性 子 が 原 子 核 に 入 射 したとき( 図 3-6 中 の1)、 中 性 子 は 核 内 の 核 子 と 衝 突 して、それ

を 励 起 させ、 自 らはエネルギーと 運 動 量 を 失 う。 核 子 はこの 衝 突 を 繰 り 返 し、 原 子 核 は 励 起

状 態 となる。1 個 の 中 性 子 にエネルギーが 集 中 すればその 中 性 子 は 核 外 へ 飛 び 出 してしまい、

励 起 状 態 が 崩 れる。 中 性 子 を 取 りこんだ 後 の 原 子 核 のエネルギー 状 態 が 励 起 準 位 のいずれ

かに 対 応 するとき、つまり 余 分 な 運 動 エネルギーが 余 らない 場 合 は、 核 子 の 放 出 が 起 こりづ

らく、 原 子 核 として 中 性 子 の 放 出 に 対 して 比 較 的 安 定 な 状 態 となる。 図 3-6 中 の2のように

ガンマ 線 遷 移 が 起 き、 原 子 核 の 持 つ 励 起 エネルギー 中 性 子 分 離 エネルギー 以 下 になれば、も

う 中 性 子 は 原 子 核 の 外 に 出 ることはできなくなる。 図 3-7 に 原 子 核 A X が 中 性 子 と 反 応 する

過 程 を 励 起 準 位 で 示 すが、この 原 子 核 が 中 性 子 を 取 り 込 んで 生 成 される 原 子 核 A+1 X のエネ

ルギーが 励 起 準 位 のいずれかに 対 応 する 場 合 にこの 反 応 が 起 こり 易 いことになる。 A X の 基

底 エネルギーと A+1 X の 励 起 エネルギーの 差 は、 原 子 核 に 入 射 した 中 性 子 のエネルギーと 分

離 エネルギーの 和 に 対 応 するため、 入 射 した 中 性 子 のエネルギーが 特 定 の 値 をもつときに、

中 性 子 と 原 子 核 との 相 互 作 用 が 起 こる 確 率 が 高 くなる。

図 3-7 中 性 子 と 原 子 核 との 反 応 における 励 起 準 位 の 関 係

中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 確 率 は 断 面 積 (cross section)と 呼 ばれるパラメータによって

定 義 される。その 詳 細 は 続 く 第 4 章 にて 説 明 される。 図 3-8 に 238 U が 中 性 子 を 捕 獲 する 反

応 についての 断 面 積 を 示 す。 横 軸 が 反 応 を 起 こす 中 性 子 のエネルギーに 対 応 する。 図 に 示

されているように、 特 定 のエネルギーをもつ 中 性 子 がこの 反 応 を 起 こす 確 率 が 非 常 に 大 き

くなっているが、このような 反 応 確 率 ( 断 面 積 )の 構 造 を 共 鳴 (resonance)と 呼 ぶ。 個 々

の 共 鳴 に 対 応 する 中 性 子 のエネルギーは、 図 3-7 で 示 したような 励 起 エネルギーで 説 明 す

ることが 出 来 る。なお、 図 3-7 に 示 されているように、 励 起 エネルギー 準 位 が 高 くなるに

従 い、 個 々のエネルギー 準 位 を 区 別 することが 難 しくなる。このことは 図 3-8 の 断 面 積 の

図 でも 同 様 であり、 共 鳴 の 間 隔 が 中 性 子 のエネルギーの 増 加 とともにどんどん 狭 くなって

いき、 最 終 的 に、ある 中 性 子 エネルギーを 境 に 共 鳴 が 観 察 されなくなる。この 共 鳴 が 観 察

されなくなったエネルギー 領 域 は、 共 鳴 が 存 在 しないのではなく、 個 々の 共 鳴 をそれぞれ

分 離 して 記 述 できなくなったため、 見 かけ 上 、 滑 らかな 振 る 舞 いをしていると 考 えてよ

い。

60


原 子 炉 の 物 理

図 3-8 238 U に 中 性 子 が 捕 獲 される 確 率 ( 断 面 積 )。JENDL-4.0 の 数 値 に 基 づく。

参 考 文 献

[1] 八 木 浩 輔 、「 原 子 核 物 理 学 」、 朝 倉 書 店 (1971).

[2] 市 村 宗 武 、 坂 田 文 彦 、 松 柳 研 一 、「 原 子 核 の 理 論 」、 岩 波 書 店 (2001).

[3] 武 藤 一 雄 、 「 原 子 核 物 理 学 概 論 講 義 ノート」

http://www.th.phys.titech.ac.jp/~muto/lectures/lectures.htm#IntroNP02

[4] Atomic Mass Evaluation - AME2016, https://www-nds.iaea.org/amdc/

[5] P. de Marcillac, N. Coron, G. Dambier, J. Leblanc, J.-P. Moalic, “Experimental Detection of α-

particles from the Radioactive Decay of Natural Bismuth,” Nature, 422, 876-878 (2003).

[6] K. Shibata, O. Iwamoto, T. Nakagawa, N. Iwamoto, A. Ichihara, S. Kunieda, S. Chiba, K.

Furutaka, N. Otuka, T. Ohsawa, T. Murata, H. Matsunobu, A. Zukeran, S. Kamada, J.

Katakura, “JENDL-4.0: a new library for nuclear science and engineering,” J. Nucl. Sci.

Technol., 48, 1-30 (2011).

61


62

第 3 章 原 子 核 物 理 の 基 礎 知 識


原 子 炉 の 物 理

第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

63


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

内 容

第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積 ............................................................................. 63

4.1 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 の 種 類 ................................................................................................ 65

4.1.1 核 分 裂 反 応 ........................................................................................................................ 66

4.1.2 弾 性 散 乱 反 応 ..................................................................................................................... 67

4.1.3 非 弾 性 散 乱 反 応 ................................................................................................................. 70

4.1.4 放 射 捕 獲 反 応 ..................................................................................................................... 71

4.1.5 (n, 2n)および(n, 3n) 反 応 ................................................................................................. 72

4.1.6 (n, α)および(n, p) 反 応 ..................................................................................................... 72

4.1.7 その 他 の 反 応 ..................................................................................................................... 72

4.2 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 と 断 面 積 .................................................................................... 74

4.2.1 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 と 断 面 積 の 関 係 ................................................................. 74

4.2.2 微 視 的 断 面 積 ..................................................................................................................... 75

4.2.3 巨 視 的 断 面 積 ..................................................................................................................... 77

4.2.4 微 視 的 断 面 積 の 特 徴 ......................................................................................................... 79

4.3 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 率 ........................................................................................................ 84

4.3.1 一 つの 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率 ......................................................................................... 84

4.3.2 多 数 の 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率 ......................................................................................... 85

4.3.3 中 性 子 束 ............................................................................................................................ 86

4.4 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 データベース( 中 性 子 断 面 積 データ) ................................ 89

64


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 の 確 率 は、 微 視 的 断 面 積 と 呼 ばれ、 入 射 する 中 性 子 のエネル

ギーにより、 大 きく 変 化 する。

・ 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 の 種 類 は、 散 乱 反 応 及 び 吸 収 反 応 が 存 在 し、 吸 収 反 応 は 核 分

裂 反 応 や 捕 獲 反 応 などがある。

・ 原 子 炉 の 特 性 を 評 価 する 基 礎 となる 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 率 ( 反 応 率 )は、 物 質 の

原 子 数 密 度 、 微 視 的 断 面 積 、 中 性 子 数 密 度 、 中 性 子 の 速 さから 計 算 することが 出 来 る。

原 子 炉 内 で 発 生 する 様 々な 物 理 現 象 のうち、 最 も 重 要 なものの 一 つは 原 子 炉 内 を 飛 び 交

っている 中 性 子 と 原 子 炉 を 構 成 する 様 々な 物 質 の 相 互 作 用 であろう。

この 相 互 作 用 の 一 つである 核 分 裂 反 応 を 考 える。 核 分 裂 を 起 こす 核 種 (ウラン、プルトニ

ウムなど)の 原 子 核 と 中 性 子 が 相 互 作 用 すると、 核 分 裂 が 起 こり、その 際 に 大 量 のエネルギ

ーを 発 生 する。 従 って、 原 子 炉 内 における 発 熱 分 布 は、 原 子 炉 内 における 核 分 裂 反 応 の 空 間

分 布 に 依 存 して 決 まる。 仮 に 発 熱 分 布 に 極 端 な 偏 りがあり、 局 所 的 に 非 常 に 高 い 発 熱 が 生 じ

ている 場 合 (つまり、 局 所 的 に 非 常 に 高 い 割 合 で 核 分 裂 反 応 が 発 生 している 場 合 )、 原 子 燃

料 がその 熱 に 耐 えることが 出 来 ず、 破 損 してしまう 可 能 性 もある。この 例 は、 中 性 子 と 原 子

核 の 相 互 作 用 が、 原 子 炉 の 振 る 舞 いの 多 くを 決 定 することを 示 している。

原 子 炉 物 理 の 主 要 な 関 心 事 の 一 つは、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 を 精 度 良 く 定 量 的 に 評 価 す

ることである。 第 4 章 では、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 について 説 明 を 行 う。

4.1 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 の 種 類

【この 節 のポイント】

・ 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 の 種 類 は、 中 性 子 が 原 子 核 に 衝 突 し 散 乱 される 散 乱 反 応 、 中

性 子 が 原 子 核 に 吸 収 される 吸 収 反 応 がある。

・ 散 乱 反 応 は、 運 動 エネルギーが 保 存 される 弾 性 散 乱 反 応 、 運 動 エネルギーが 保 存 されな

い 非 弾 性 散 乱 反 応 がある。

・ 吸 収 反 応 は、 原 子 核 が 分 裂 する 核 分 裂 反 応 、 中 性 子 が 原 子 核 に 捕 獲 される 捕 獲 反 応 など

がある。

中 性 子 は 電 荷 を 持 っていないため、 正 に 帯 電 した 原 子 核 あるいは 負 に 帯 電 した 電 子 から

電 気 的 な 力 を 受 けることはない。 従 って、 中 性 子 は 原 子 核 の 周 りを 回 っている 電 子 に 邪 魔 さ

れることなく( 電 子 と 反 応 することなく) 原 子 核 に 到 達 し、 原 子 核 と 相 互 作 用 することが 出

来 る。

中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 は 図 4-1 のように 整 理 できる。 本 節 では、 中 性 子 と 原 子 核 の 相

互 作 用 のうち、 主 要 なものについて 説 明 を 行 う。

65


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

弾 性 散 乱

散 乱

非 弾 性 散 乱

中 性 子 と 原 子 核

の 相 互 作 用

その 他

(n, 2n) 反 応 など

放 射 捕 獲

吸 収

核 分 裂

その 他

(n,α) 反 応 など

図 4-1 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応

4.1.1 核 分 裂 反 応

原 子 炉 における 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 のうち、 最 も 重 要 なものの 一 つである。ウラン、プ

ルトニウムなど 質 量 数 が 大 きい 核 種 の 原 子 核 と 中 性 子 が 反 応 すると、 中 性 子 を 一 旦 吸 収 し

た 原 子 核 が 二 つに 分 裂 することがある( 図 4-2)。これが 核 分 裂 反 応 (nuclear fission reaction)

である。この 際 、 反 応 を 起 こした 原 子 核 や、 入 射 した 中 性 子 のエネルギーにもよるが、 多 く

の 場 合 、 平 均 的 に 2~3 個 の 中 性 子 も 同 時 に 放 出 する。この 中 性 子 がさらに 別 の 原 子 核 と 反

応 し、 核 分 裂 反 応 を 発 生 させる 場 合 があり、このような 核 分 裂 反 応 の「 連 鎖 」が 継 続 する 状

態 を 核 分 裂 連 鎖 反 応 (fission chain reaction)と 呼 んでいる。

核 分 裂 反 応 で 分 裂 した 後 の 原 子 核 は 核 分 裂 片 (fission fragment)と 呼 ばれ、 大 きな 運 動 エ

ネルギー( 約 170 MeV)を 持 っている。 核 分 裂 片 は、 核 分 裂 を 起 こした 地 点 から 遠 くへは 飛

ばず、ほぼその 場 で 全 量 が 熱 エネルギーに 変 わる。 原 子 力 発 電 は、この 熱 エネルギーを 利 用

して 行 うものである。

核 分 裂 で 発 生 した 核 分 裂 片 は、 一 般 にエネルギーを 余 剰 に 持 っている( 持 て 余 している)

不 安 定 な 状 態 である。そのため、 多 くの 核 分 裂 片 は、この 余 剰 のエネルギーを 放 射 線 として

放 出 し、 自 らのエネルギーを 減 ずることで、よりエネルギー 的 に 安 定 な 状 態 に 変 化 する。こ

れが 核 分 裂 を 起 こした 核 燃 料 から 高 い 放 射 線 が 放 出 される 理 由 となる。ハイテンションな

人 がはしゃぎまくり、エネルギーを 使 うことで「 安 定 」な 状 態 になるのと 同 じイメージであ

ろう。

核 分 裂 反 応 では、 原 子 核 が 二 つに 分 裂 し、さらに 中 性 子 を 放 出 することから、 質 量 数 、 原

子 番 号 ともに 変 化 する。 詳 細 については、 第 5 章 で 説 明 する。

66


原 子 炉 の 物 理

分 裂 反 応

図 4-2 核 分 裂 反 応 のイメージ

【コラム】ニュートロンジャマーとニュートロンジャマーキャンセラー

アニメ 機 動 戦 士 ガンダムシリーズのシード、シード・デスティニーでは、「ニュートロン

ジャマー」と「ニュートロンジャマーキャンセラー」という 装 置 が 出 てくる。ニュートロン

ジャマーは 中 性 子 が 原 子 核 と 相 互 作 用 して 核 分 裂 を 発 生 させるメカニズムを 妨 害

(jamming) することで、 核 分 裂 を 抑 制 するデバイスである。すなわち、ニュートロンをジ

ャミングするということで、ニュートロンジャマーと 称 されている(ニュートロンの 邪 魔 を

するからではない)。このアニメの 世 界 では、ニュートロンジャマーのため、 核 兵 器 が 利 用

できないという 設 定 になっている。ニュートロンジャマーのメカニズムは 不 明 であるが、 中

性 子 は 荷 電 粒 子 ではないことから、 電 場 ・ 磁 場 などの 影 響 を 受 けないため、このデバイスを

実 際 に 開 発 することは 原 理 的 に 困 難 であると 思 われる。 実 際 に 開 発 されれば、そのインパク

トは 非 常 に 大 きいであろう。 制 御 棒 に 代 わる 原 子 炉 停 止 装 置 として 使 用 できると 思 われる。

なお、ニュートロンジャマーキャンセラーは、ニュートロンジャマーの 効 果 をキャンセル

する 装 置 であり、この 装 置 を 積 んでいる 機 体 (フリーダムガンダム)は、 核 分 裂 炉 をエネル

ギー 源 として 稼 働 している。この 機 体 が 落 とされる 際 、パイロットのキラ・ヤマトが 原 子 炉

の 緊 急 停 止 (スクラム)を 行 う 描 写 がある。

4.1.2 弾 性 散 乱 反 応

弾 性 散 乱 (elastic scattering)は 中 性 子 が 原 子 核 と 衝 突 し、 散 乱 される 反 応 である。この

際 、 衝 突 前 後 で 中 性 子 と 原 子 核 の 運 動 エネルギーの 総 和 は 保 存 される。 運 動 エネルギーの 総

和 が 保 存 されない 場 合 、 後 に 説 明 する 非 弾 性 散 乱 (inelastic scattering)となる。ビリヤード

のように、 球 と 球 が 衝 突 するイメージで 捉 えると 良 い( 図 4-3)。ただし、ビリヤードでは、

球 ( 玉 )の 大 きさは 手 玉 ・ 的 玉 ともに 全 て 同 じ 大 きさ( 重 さ)であるが、 中 性 子 と 原 子 核 の

衝 突 の 場 合 、 原 子 核 の 重 さが 核 種 により 異 なる。 水 素 原 子 ( 原 子 核 が 陽 子 1 つからなる 軽 水

素 )の 場 合 、 原 子 核 と 中 性 子 はほぼ 同 じ 重 さであり、ビリヤードの 玉 と 玉 の 衝 突 のイメージ

に 近 いものとなる。 一 方 、ウラン 原 子 の 場 合 、 原 子 核 の 重 さは 中 性 子 の 200 倍 以 上 である。

図 4-3 弾 性 散 乱 のイメージ

67


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

弾 性 散 乱 が 生 じると、 中 性 子 の 飛 行 方 向 とエネルギーが 変 化 する。 衝 突 により 中 性 子 がエ

ネルギーを 失 うため、 弾 性 散 乱 後 の 中 性 子 のエネルギーは、 散 乱 前 のものに 比 べて 低 くなる。

水 素 の 原 子 核 の 例 を 考 えよう。 中 性 子 が 水 素 の 原 子 核 を「かすった」 場 合 、 方 向 もエネルギ

ーもほぼ 変 化 しないであろう。 一 方 、 中 性 子 が 水 素 の 原 子 核 と「 真 正 面 から 衝 突 した」 場 合 、

両 者 の 重 さはほぼ 同 じであることから、 中 性 子 のエネルギーはほぼゼロとなり、 原 子 核 が 中

性 子 の 持 っていたエネルギーをそのまま 受 け 取 って 運 動 を 開 始 することになる。これらの

関 係 は、 先 に 述 べたビリヤードの 手 玉 と 的 玉 の 関 係 と 同 じである。

逆 に、 非 常 に 重 い 原 子 核 の 場 合 はどうであろうか? 例 えば、ウランの 原 子 核 を 考 える。U-

238 の 場 合 、 原 子 核 の 重 さは、 中 性 子 のほぼ 240 倍 である。ビリヤードの 手 玉 は 約 150 g、

ボーリングの 玉 は 6 kg 程 度 なので、 重 さの 比 は 40 でしかない。 中 性 子 とウランの 原 子 核 の

重 さの 違 いはこれよりずっと 大 きい。ボーリングの 玉 を U-238 の 原 子 核 とすると、 中 性 子

に 相 当 する 重 さは 約 25 g であり、10 円 玉 5 枚 分 に 相 当 する。さて、 中 性 子 が 238 U の 原 子 核

をかすめた 場 合 、 先 と 同 じく、 方 向 もエネルギーもほぼ 変 化 しないと 考 えて 良 い。 一 方 、 両

者 が 正 面 衝 突 した 場 合 、U-238 の 原 子 核 は 非 常 に 重 たいので、U-238 の 原 子 核 はほぼ 動 かず、

中 性 子 がほぼそのままのエネルギーで 跳 ね 返 るであろう。すなわち、 中 性 子 はほとんどエネ

ルギーを 失 わないはずである。

これまでの 考 察 をまとめてみると、 質 量 数 が 小 さく 軽 い 原 子 核 と 中 性 子 が 弾 性 散 乱 した

場 合 、 平 均 的 には 中 性 子 は 大 きくエネルギーを 失 う、 言 い 換 えると 大 きく 減 速 することが 予

想 される。 一 方 で 質 量 数 が 大 きく 重 い 原 子 核 と 中 性 子 が 弾 性 散 乱 した 場 合 、 中 性 子 はエネル

ギーをほとんど 失 わない、 言 い 換 えるとほとんど 減 速 しないことになる。

第 5 章 で 説 明 するが、ウランやプルトニウムなどの 核 分 裂 反 応 は、 中 性 子 の 速 さが 小 さい

とき、より 発 生 しやすい 性 質 を 持 っている。 一 方 、 核 分 裂 で 発 生 する 中 性 子 の 速 さは 極 めて

大 きい。この 中 性 子 の 速 さを 減 少 させるためには、 質 量 数 の 小 さい 原 子 核 と 弾 性 散 乱 させる

ことが 有 効 であり、そのため、 軽 水 炉 では、 水 素 が 多 量 に 含 まれている 水 を 冷 却 材 かつ 中 性

子 の 速 さを 小 さくする( 中 性 子 を 減 速 させる) 減 速 材 として 用 いているのである。

もう 一 点 、 弾 性 散 乱 後 の 中 性 子 の 飛 行 方 向 について 検 討 してみよう。まず、イメージしや

すい 例 としてビリヤードの 手 玉 と 的 玉 を 考 える。 手 玉 は、 的 玉 に 当 たった 後 、どの 方 向 に 進

むであろうか?ただし、 手 玉 にスピンをかけることは 行 わないとする。 手 玉 が 的 玉 をかすっ

た 場 合 は、 方 向 はほぼ 変 化 しない。 手 玉 が 的 玉 の 斜 めに 当 たった 場 合 、 手 玉 は 斜 め 前 方 方 向

に 飛 ぶであろう。ただし、 手 玉 が 的 玉 にどのように 当 たろうとも、(スピンを 掛 けなければ)

手 前 に 戻 ってくることはない。 一 方 、ビリヤードの 球 をボーリングの 球 など、 非 常 に 重 たい

球 に 当 たった 場 合 、 手 前 に 戻 ってくることもあるため、 全 体 的 にどちらの 方 向 に 散 乱 される

かは 分 からない。 以 上 のことから、 中 性 子 が 原 子 核 と 弾 性 衝 突 する 場 合 、 原 子 核 が 軽 ければ

中 性 子 は 全 体 的 に 前 方 に( 元 々 飛 行 していた 方 向 に) 偏 って 散 乱 され、 原 子 核 が 重 ければ、

原 子 核 を 中 心 として 等 方 的 に(どの 方 角 にも 同 じ 確 率 で) 散 乱 されることが 分 かる。 図 4-4

に 水 素 (H)、 重 水 素 (D)、 炭 素 12(C)、ウラン 238(U)と 中 性 子 が 弾 性 散 乱 した 場 合 の

68


原 子 炉 の 物 理

散 乱 後 の 角 度 を 示 す。 散 乱 により 角 度 が 変 わらない 場 合 が 散 乱 角 =0、 散 乱 により 入 射 方 向 に

逆 戻 りする 場 合 が 散 乱 角 (π = 3.14)となる。これより、H に 対 しては、 後 方 への 散 乱 ( 散

乱 角 > π/2 = 1.57)が 発 生 せず、 前 方 に 散 乱 が 偏 っていることが 分 かる。 原 子 核 の 質 量 が 大

きくなるにつれ、 散 乱 の 角 度 分 布 は 急 速 に 等 方 に(どの 角 度 にも 同 じ 確 率 で) 散 乱 されるよ

うになることが 分 かる。

確 率

/2

散 乱 角 度 (radian)

図 4-4 弾 性 散 乱 時 の 散 乱 方 向 毎 の 確 率 ( 実 験 室 系 )。 散 乱 角 度 は、 入 射 方 向 と 散 乱 方 向 の

間 の 角 度 であり、 散 乱 により 角 度 が 変 わらない 場 合 、 散 乱 角 度 は 0, 入 射 方 向 と 垂 直

な 方 向 に 散 乱 される 場 合 はπ/2、 入 射 方 向 と 逆 方 向 に 散 乱 される 場 合 はπになる。 確

率 は 単 位 立 体 角 あたりの 値

なお、 弾 性 散 乱 反 応 では、 原 子 核 の 質 量 数 と 原 子 番 号 は 変 化 しない。

【 発 展 的 内 容 】 弾 性 散 乱 後 の 中 性 子 の 速 さが 増 加 する 場 合 は?

ビリヤードの 手 玉 が 的 玉 に 当 たった 場 合 、 手 玉 の 速 さは 必 ず 減 少 する。これまで 述 べたよ

うに、 中 性 子 ( 手 玉 )が 原 子 核 ( 的 玉 )に 当 たった 場 合 、 中 性 子 の 速 さは 減 少 する 場 合 が 多

い。ここで、「 場 合 が 多 い」と 書 いたのは、 弾 性 散 乱 後 の 中 性 子 の 速 さが 減 少 せず、むしろ

増 加 する 場 合 があるからである。では、 弾 性 散 乱 後 に 中 性 子 の 速 さが 増 加 するのは、どのよ

うな 場 合 であろうか?

ビリヤードの 手 玉 と 的 玉 に 戻 って 考 えてみよう。 手 玉 が 的 玉 に 衝 突 した 後 、 手 玉 の 速 さが

増 加 するのはどのような 状 況 であろうか。 物 理 的 に 明 らかであるが、 的 玉 が 静 止 していれ

ば、 手 玉 の 速 さは 衝 突 後 、 必 ず 減 少 する。 一 方 、 的 玉 が 動 いている 場 合 はどうであろうか。

この 場 合 、 手 玉 が 的 玉 に「 弾 き 飛 ばされ」、 速 さが 増 加 する 場 合 があり 得 る。ビリヤードで

ブレイクショット( 最 初 のショット)をうったとき、 遅 くなった 手 玉 に 速 い 的 玉 が 当 たり、

手 玉 の 速 さが 増 加 する 現 象 がしばしばある。これが、 衝 突 後 に 手 玉 の 速 さが 増 加 する 一 例 で

69


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

ある。

では、 中 性 子 と 原 子 核 の 場 合 はどうであろうか。 的 玉 である 原 子 核 は 静 止 しているわけで

はなく、 絶 対 零 度 でなければ 熱 振 動 をしており、この 熱 振 動 は、 温 度 が 高 いほど 激 しくなる。

固 体 や 液 体 の 場 合 、ビリヤードの 的 玉 のように、 原 子 核 が 空 間 を 自 由 に 飛 び 回 ることはない

が、 原 子 核 は 激 しく 振 動 している。そこに 速 さの 小 さい(つまり、エネルギーの 低 い) 中 性

子 がゆっくり 近 づいていくことを 想 像 してみよう。 容 易 にイメージできるように、 中 性 子 は

原 子 核 の 熱 振 動 により「 弾 き 飛 ばされ」、 速 さが 増 加 する。

上 記 のような 現 象 を 原 子 炉 物 理 の 分 野 では 上 方 散 乱 と 呼 んでいる。これは、 散 乱 後 の 中 性

子 がエネルギー 的 に 高 い 状 態 になることを 表 している。これまでの 説 明 から 直 感 的 に 理 解

できると 思 うが、 上 方 散 乱 はエネルギーの 高 い 中 性 子 に 対 しては 発 生 せず、エネルギーの 低

い 中 性 子 に 対 して 顕 著 に 表 れる。

【 発 展 的 内 容 】 弾 性 散 乱 における 実 際 の 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用

これまでの 説 明 では、わかりやすさのため、 球 と 球 の 衝 突 のイメージで 説 明 したが、 実 際

の 弾 性 散 乱 には、 中 性 子 が 原 子 核 に 取 り 込 まれずに 散 乱 されるポテンシャル 散 乱 と 中 性 子

が 一 旦 原 子 核 に 取 り 込 まれ、 原 子 核 にエネルギーを 与 えることなく 中 性 子 が 再 度 放 出 され

る 共 鳴 散 乱 がある。なお、 放 出 される 中 性 子 は 入 射 したものと 同 一 の 中 性 子 かどうかは 分 か

らない。

惑 星 の 重 力 を 利 用 して 宇 宙 探 査 船 の 方 向 を 変 えるための「スイングバイ」という 技 術 があ

るが、ポテンシャル 散 乱 はこのイメージに 近 い。ただし、スイングバイは 惑 星 の 動 きを 利 用

して 宇 宙 探 査 船 を 加 速 ・ 減 速 することにも 使 われるが、ポテンシャル 散 乱 はそのような 効 果

は 発 生 しない。

4.1.3 非 弾 性 散 乱 反 応

中 性 子 が 原 子 核 に 一 度 吸 収 されたあと、 原 子 核 から 中 性 子 が 放 出 されることがある。 放 出

された 中 性 子 は、 原 子 核 に 入 射 ・ 吸 収 された 中 性 子 と 同 一 かどうかは 不 明 であり、 多 くの 場

合 、 入 射 した 中 性 子 と 別 の 中 性 子 が 放 出 されているのであろう。この 反 応 は、 中 性 子 の 入 射

→ 原 子 核 による 吸 収 → 中 性 子 の 放 出 、という 順 番 で 発 生 し、 原 因 と 結 果 、すなわち、 入 射 と

放 出 のみを 見 ると 一 般 的 な 散 乱 に 見 えることから、 散 乱 反 応 の 一 つに 区 別 することが 出 来

る( 図 4-5)。これを 非 弾 性 散 乱 反 応 (inelastic scattering reaction)と 呼 ぶ。

この 反 応 では、 入 射 した 中 性 子 により、 原 子 核 がエネルギーを 受 け 取 り、エネルギーが 高

い( 励 起 した) 状 態 になる。 中 性 子 を 放 出 した 後 も 原 子 核 のエネルギー 状 態 が 高 いため、 中

性 子 と 原 子 核 の 力 学 的 な 弾 性 衝 突 と 見 ると、エネルギーが 保 存 されていない 状 態 になる。な

ぜならば、 入 射 した 中 性 子 のエネルギーの 一 部 は、 原 子 核 を 励 起 されることに 消 費 され、 原

子 核 の 中 にそのエネルギーが 保 持 されているため、 放 出 された 中 性 子 と 原 子 核 の 合 計 の 運

動 エネルギーは、 入 射 した 中 性 子 の 運 動 エネルギーより 小 さくなるためである。

力 学 で、 運 動 エネルギーが 保 存 しない 衝 突 は 非 弾 性 衝 突 と 呼 ばれていることから、ここで

70


原 子 炉 の 物 理

述 べた 中 性 子 と 原 子 核 の 散 乱 は、 非 弾 性 散 乱 と 呼 ばれている。

非 弾 性 散 乱 反 応 では、 原 子 核 の 質 量 数 と 原 子 番 号 は 変 化 しない。

獲 反 応

図 4-5 非 弾 性 散 乱 のイメージ

【 発 展 的 内 容 】 非 弾 性 散 乱 後 の 中 性 子 のエネルギー

ウランなど 重 たい 原 子 核 と 中 性 子 が 弾 性 散 乱 しても、 中 性 子 はほぼエネルギーを 失 わな

い。 一 方 、 非 弾 性 散 乱 では、 入 射 した 中 性 子 のエネルギーの 一 部 が 標 的 の 原 子 核 の 励 起 エネ

ルギーとなるため、 散 乱 後 の 中 性 子 のエネルギーは、 一 般 的 に 弾 性 散 乱 に 比 べて 小 さくな

り、ウランなどの 重 核 種 との 散 乱 でも、ほぼゼロになる 場 合 がある。そのため、ウランなど

の 重 核 種 と 中 性 子 の 散 乱 においては、 非 弾 性 散 乱 が 中 性 子 の 減 速 に 大 きな 寄 与 をしている。

4.1.4 放 射 捕 獲 反 応

中 性 子 が 原 子 核 に 衝 突 し 吸 収 ( 捕 獲 )されると、 原 子 核 は 中 性 子 の 運 動 エネルギーや 原 子

核 の 結 合 エネルギーの 増 加 などにより、エネルギーが 増 加 した( 励 起 した) 状 態 になる。 励

起 された 状 態 の 原 子 核 はエネルギーを 持 て 余 しており、「 落 ち 着 かない」 状 態 であるため、

何 らかの 形 でエネルギーを 外 部 に 放 出 する。この 余 剰 のエネルギーがガンマ 線 の 形 で 放 出

( 放 射 )される 場 合 を 放 射 捕 獲 反 応 (radiative capture)と 呼 ぶ( 図 4-6)。これは、 中 性 子

が 捕 獲 され、ガンマ 線 が 放 射 される 反 応 、という 意 味 である。 原 子 炉 物 理 では、 最 初 の「 放

射 」を 省 略 して「 捕 獲 反 応 」と 称 することが 一 般 的 である。

放 射 捕 獲 反 応 では、 中 性 子 が 原 子 核 に 吸 収 されることから、 原 子 核 の 原 子 番 号 は 変 わらず、

質 量 数 は+1 される。

原 子 炉 の 制 御 を 行 うために 使 用 する 制 御 棒 に 用 いる 材 料 の 一 つとしてカドミウム(Cd)

がある。カドミウムは 放 射 捕 獲 反 応 を 起 こしやすく、 炉 心 内 に 存 在 すると、 中 性 子 を 良 く 吸

収 する。そのため、カドミウム 製 の 制 御 棒 を 炉 心 内 に 挿 入 すると、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 に 必 要

な 中 性 子 がこれに 吸 収 され、 連 鎖 反 応 に 寄 与 しなくなるため、 核 分 裂 数 を 減 らすことが 出 来

る。

このように、 放 射 捕 獲 反 応 は、 原 子 炉 の 運 転 ・ 制 御 において 重 要 な 意 味 を 持 つ。

獲 反 応

図 4-6 放 射 捕 獲 反 応 のイメージ( 励 起 状 態 になった 原 子 核 はガンマ 線 を 放 出 する)

71


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

4.1.5 (n, 2n)および(n, 3n) 反 応

4.1.3 節 において、 非 弾 性 散 乱 反 応 について 説 明 した。 非 弾 性 散 乱 では、 中 性 子 を 吸 収 し

た 原 子 核 から 中 性 子 が 1 個 出 てきたが、 中 性 子 が 2 個 、3 個 と 出 てくる 場 合 がある。これは、

入 射 した 中 性 子 のエネルギーが 高 く、 原 子 核 に 大 きなエネルギーを 与 えたときに 発 生 する

ことがある。 原 子 核 のエネルギーが 非 常 に 高 くなり、エネルギーを 持 て 余 しすぎ、1 個 の 中

性 子 では 足 らず、 原 子 核 が 複 数 の 中 性 子 を 勢 い 余 って 放 出 する、というイメージである。 中

性 子 が 2 個 出 てくる 場 合 を(n, 2n) 反 応 ((n, 2n) reaction)、3 個 出 てくる 場 合 を(n, 3n) 反 応 ((n,

3n) reaction)と 呼 ぶ。

(n, 2n)および(n, 3n) 反 応 の 場 合 、 原 子 核 の 原 子 番 号 は 変 わらず、 質 量 数 がそれぞれ-1, -2 と

なる。なお、(n, 2n)および(n, 3n) 反 応 は、 反 応 後 に 中 性 子 が 複 数 出 てくる 吸 収 反 応 として 取

り 扱 うことも 可 能 であるが、ここでは 散 乱 反 応 として 区 分 している。

4.1.6 (n, α)および(n, p) 反 応

中 性 子 を 吸 収 した 原 子 核 が 中 性 子 とは 別 の 粒 子 を 放 出 することがある。ヘリウムの 原 子

核 ( 陽 子 2 個 、 中 性 子 2 個 )であるα 粒 子 を 放 出 する 場 合 を(n, α) 反 応 ((n, α) reaction)と

いう。また、 陽 子 を 放 出 する 場 合 を(n, p) 反 応 ((n, p) reaction)という。また、このように

電 気 を 帯 びた 荷 電 粒 子 を 放 出 する 反 応 を 荷 電 粒 子 反 応 と 呼 ぶことがある。

ホウ 素 (B)は、ホウ 酸 (H 3 BO 3 )の 形 で 冷 却 材 に 溶 かしたり、 制 御 棒 の 形 で 原 子 炉 の 制

御 に 用 いたりされる。 天 然 のホウ 素 は、 二 種 類 の 同 位 体 から 構 成 され、 質 量 数 が 10 の B-10

が 約 20%、11 の B-11 が 約 80%である。このうち、B-10 は 中 性 子 の 良 い 吸 収 材 であり、 中

性 子 を 吸 収 すると α 粒 子 を 放 出 してリチウム(Li)になる。 発 生 した α 粒 子 及 びリチウムの

飛 程 は 非 常 に 短 い。

(n, α) 反 応 の 場 合 、 原 子 核 の 原 子 番 号 は-2、 質 量 数 が-3 となる。また、(n, p) 反 応 の 場 合 、

原 子 番 号 は-1、 質 量 数 は 変 化 しない。

【コラム】(n, α) 反 応 の 医 療 への 応 用

脳 腫 瘍 などの 治 療 に 用 いられるホウ 素 捕 獲 療 法 は(n, α) 反 応 を 使 用 している。B-10 を 含 ん

だ 薬 剤 ( 腫 瘍 に 集 まる 性 質 を 持 ったもの)を 投 与 したあと、 腫 瘍 部 分 に 原 子 炉 などから 取 り

出 した 中 性 子 を 照 射 することで B-10 の(n, α) 反 応 を 発 生 させ、 発 生 した α 粒 子 及 びリチウム

の 運 動 エネルギーにより、ガン 細 胞 を 破 壊 する。α 粒 子 は 荷 電 粒 子 であり、また 質 量 が 大 き

いため 飛 程 が 非 常 に 短 い。 従 って、ガン 細 胞 に 多 くのダメージを 与 え、 周 辺 の 健 康 な 細 胞 へ

の 影 響 は 低 くなる。

4.1.7 その 他 の 反 応

ここまで、 原 子 炉 物 理 にとって 重 要 な 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 について 説 明 してきた。 原 子

炉 内 で 発 生 する 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 は 多 種 多 様 であり、 例 えば、 後 述 する 中 性 子 と 原 子 核

の 反 応 データベースには、 数 十 種 類 の 反 応 の 種 類 が 定 義 されている。

72


原 子 炉 の 物 理

原 子 炉 の 解 析 では、これら 多 種 多 様 の 反 応 を 全 て 考 慮 する 必 要 はない。 理 由 は 二 つあり、

(1) 多 くの 反 応 の 発 生 確 率 は 低 く、 事 実 上 発 生 しない 反 応 も 多 いこと、(2) 原 子 炉 の 振 る 舞 い

を 評 価 する 観 点 からは、 中 性 子 の 数 と 反 応 後 のエネルギーが 重 要 であり、 中 性 子 が 発 生 しな

い 原 子 核 反 応 は 全 て「 吸 収 反 応 」として 一 括 りに 扱 えること、である。

73


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

4.2 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 と 断 面 積

【この 節 のポイント】

・ 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 は、 確 率 的 に 発 生 する。

・ 中 性 子 と 一 個 の 原 子 核 の 相 互 作 用 のしやすさは、 微 視 的 断 面 積 で 表 される。 微 視 的 断 面

積 は 面 積 の 単 位 を 持 つ。 原 子 核 を 標 的 と 考 えたときの 標 的 の 大 きさに 相 当 する。

・ 中 性 子 と 物 質 の 相 互 作 用 のしやすさは、 巨 視 的 断 面 積 で 表 される。 巨 視 的 断 面 積 は 微 視

的 断 面 積 と 原 子 数 密 度 の 掛 け 算 で 表 され、 長 さの 逆 数 の 単 位 を 持 つ。 中 性 子 が 物 質 の 中

を 単 位 長 さだけ 移 動 するときの 相 互 作 用 の 確 率 に 相 当 する。

前 節 では、 中 性 子 と 原 子 核 の 様 々な 種 類 の 反 応 について 説 明 した。 本 節 では、 中 性 子 と 原

子 核 が 反 応 する 確 率 について 説 明 する。 原 子 炉 物 理 では、 後 述 するように、 中 性 子 と 原 子 核

の 反 応 確 率 は、 断 面 積 (cross section)と 呼 ばれている。

さて、 中 性 子 と 原 子 核 がビリヤードの 玉 のような 剛 体 球 であるとしよう。この 場 合 、 中 性

子 がどのような 速 さであっても、 原 子 核 と 衝 突 する 確 率 は 変 化 しないであろう。 仮 に、 中 性

子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 が( 原 子 核 の 種 類 には 依 存 したとしても) 中 性 子 の 速 さによって 変 化

しなければ、 原 子 炉 物 理 は、はるかに 簡 単 なものになっていたに 違 いない。

しかしながら、 現 実 には、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 は、 中 性 子 の 速 さ(エネルギー)に

対 して、 極 めて 複 雑 な 挙 動 を 示 す 場 合 が 多 い。 原 子 炉 内 を 飛 び 交 う 中 性 子 のエネルギー 範 囲

は、 約 20 MeV~10 -5 eV と 12 桁 にも 及 ぶが、 単 一 核 種 の 反 応 確 率 であっても 中 性 子 のエネ

ルギーによって 数 桁 、 値 が 変 化 することが 一 般 的 である。 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 には 様 々な

種 類 があるが、 反 応 が 異 なれば 反 応 確 率 は 数 桁 の 大 きさで 値 が 変 化 する。また、 中 性 子 のエ

ネルギーが 同 じであっても、 核 種 により 反 応 断 面 積 はやはり 数 桁 の 大 きさで 値 が 異 なる。こ

のように、 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 は 極 めて 複 雑 であり、これが 原 子 炉 物 理 を 難 しいもの

とし、 原 子 炉 の 設 計 計 算 を 難 しくしている 要 因 の 一 つでもある。

以 下 では、まず 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 の 考 え 方 を 述 べ、なぜ 反 応 確 率 が 断 面 積 と 呼 ば

れているかを 説 明 する。 次 に、 代 表 的 な 反 応 確 率 ( 断 面 積 )を 例 にとって、その 特 徴 を 説 明

する。

4.2.1 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 確 率 と 断 面 積 の 関 係

お 祭 りの 縁 日 でよくやっている 射 的 を 考 えよう( 図 4-7)。 射 的 では、コルクの 玉 を 鉄 砲 で

撃 ち、 棚 に 飾 ってある 景 品 に 当 て、 景 品 を 棚 から 落 としてゲットする。では、どのような 景

品 であればゲットし 易 いであろうか。 以 下 では、 話 を 簡 単 にするため、 景 品 の 重 さについて

は 考 慮 せず( 全 て 同 じ 重 さとして)、 大 きさだけを 考 えることにする。

74


原 子 炉 の 物 理

図 4-7 縁 日 の 射 的

容 易 に 想 像 できるように、 景 品 が 大 きいほどコルク 玉 を 当 て 易 いであろう。もう 少 し 正 確

に 言 うと、 単 に 大 きいというだけではなく、 射 的 をやっている 人 から 見 て、 景 品 の 面 積 が 大

きいほどコルク 玉 を 当 てやすいと 考 えてよい。ちなみに、 大 きくても、 景 品 が 薄 い 箱 のよう

な 形 状 をしている 場 合 、 側 面 を 向 けられていれば、 玉 が 当 たりにくいため 難 易 度 は 上 がる。

実 際 に、 高 い 景 品 の 場 合 は、このようにおいてある 場 合 がある。 側 面 から 当 てても 景 品 が 倒

れないので、 二 重 に 難 しい。

通 常 、 射 的 は 景 品 に 狙 いを 定 めてそれを 落 とすわけであるが、 仮 に 目 隠 しをして 射 的 をす

ることを 考 えよう。この 場 合 、 景 品 をゲットする 確 率 は 格 段 に 下 がるものの、やはり 射 的 を

する 人 から 見 て、 面 積 が 大 きい 景 品 に 当 て 易 いことは 確 かであろう。

この「 目 隠 しをして 射 的 をする」 状 況 は、 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 を 考 える 上 で 直 感 的

によいモデルになっている。 中 性 子 は 原 子 炉 の 中 をランダムに 飛 行 しており( 目 隠 しをして

射 的 をしている 状 態 であり)、 中 性 子 (コルクの 玉 )が 原 子 核 ( 景 品 )に 衝 突 するかどうか

を 考 えるわけである。 先 の「 射 的 モデル」の 議 論 によると、 景 品 の「 面 積 」が 大 きいほど 当

てやすいということであった。より 厳 密 に 言 うと、 射 的 をする 人 から 見 た 景 品 の「 断 面 積 」

が 大 きいほど 当 たりやすいということである。

直 感 的 に 当 たり 前 のことを 言 っているように 聞 こえるかもしれないが、このイメージを

中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 に 当 てはめることで、 両 者 の 反 応 確 率 が「 断 面 積 」( 英 語 では Cross

section)と 呼 ばれていることが 理 解 できる。すなわち、 原 子 核 の「 断 面 積 」が 大 きいほど 反

応 確 率 が 高 い、ということである。

4.2.2 微 視 的 断 面 積

前 節 では、 射 的 モデルを 使 用 して、 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 のイメージを 描 いた。そこ

で 重 要 であったのは、 景 品 の「 断 面 積 」であった。

原 子 炉 物 理 では、 原 子 核 一 個 の 反 応 確 率 ( 景 品 一 個 にコルク 玉 が 当 たる 確 率 に 相 当 )を 微

視 的 断 面 積 (microscopic cross section)と 呼 んでいる。 詳 細 は 後 述 するが、まずは、 中 性 子

から 見 た 原 子 核 の「 当 たりやすさ」と「 大 きさ」を 示 しているものと 理 解 しておけばよい。

断 面 積 の 単 位 は、 当 然 ながら、 面 積 であり、SI 単 位 系 では m 2 となる。ただし、 原 子 核 の

75


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

直 径 は 10 -15 m 程 度 であり、 非 常 に 小 さい。そのため、 原 子 核 の「 断 面 積 」は 非 常 に 小 さい

値 になる。このため、 原 子 炉 物 理 では、 微 視 的 断 面 積 を 表 すために barn という 単 位 を 用 い

る。1 barn は 10 -28 m 2 もしくは 10 -24 cm 2 と 定 義 されている。1 barn は、 大 雑 把 に 言 って、ウ

ラン 原 子 核 の 幾 何 形 状 的 な 断 面 積 に 対 応 している。なお、barn の 省 略 形 として、b が 用 いら

れる 場 合 もある。

微 視 的 断 面 積 は、4.1 節 で 述 べた 反 応 の 種 類 だけある( 図 4-8)。 核 分 裂 に 対 しては 微 視 的

核 分 裂 断 面 積 、 弾 性 散 乱 に 対 しては 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 、 等 であり、 中 性 子 と 原 子 核 の 反

応 に 応 じて 微 視 的 ○○ 断 面 積 と 称 される。なお、 全 ての 反 応 を 積 算 したものは、 微 視 的 全 断

面 積 と 称 される。

微 視 的 弾 性 散 乱 断

面 積

微 視 的 散 乱 断 面 積

微 視 的 非 弾 性 散 乱

断 面 積

微 視 的 全 断 面 積

その 他

微 視 的 (n, 2n) 断 面

積 など

微 視 的 放 射 捕 獲 断

面 積

微 視 的 吸 収 断 面 積

微 視 的 核 分 裂 断 面

その 他

微 視 的 (n,α) 断 面 積

など

図 4-8 微 視 的 断 面 積 の 種 類

【コラム】 barn の 語 源

「barn」を 辞 書 で 調 べると、「 納 屋 」と 出 てくる。 納 屋 と 原 子 核 の 反 応 確 率 がどのように

関 係 するのであろうか。 英 語 に” couldn't hit the broad side of a barn”(「 大 きな」 納 屋 の 広 い 側

面 に 当 てることさえできない)というフレーズがあり、これは、「 目 的 がなっておらず、 何

かを 達 成 することが 難 しい 状 況 」を 示 すとのことである。

このフレーズに 触 発 され、マンハッタン 計 画 に 従 事 していた 科 学 者 が、 秘 密 を 保 持 しつ

つ、( 目 眩 ましもかねて?) ウランの 原 子 核 の 反 応 確 率 ( 断 面 積 )を 表 すために、barn を 用

いたようである。また、 加 速 器 を 用 いてウランの 原 子 核 に 粒 子 を 衝 突 させる 実 験 において

は、ウランの 原 子 核 は 十 分 に 大 きいことも、この barn という 単 位 を 採 用 した 理 由 になって

いたらしい。( 参 考 :Wikipedia、 英 語 版 )

76


原 子 炉 の 物 理

4.2.3 巨 視 的 断 面 積

もう 一 度 射 的 の 話 に 戻 ろう。 先 ほどは、 一 個 の 景 品 を 考 え、 景 品 の 大 きさ( 断 面 積 )が 景

品 に 当 たる 確 率 に 比 例 することを 述 べた。さて、 射 的 をやっている 店 が 何 軒 かあるとしよう。

できるだけたくさん 景 品 をゲットするためには、どのように 射 的 屋 を 選 べばよいであろう

か。 話 を 簡 単 にするため、 全 ての 射 的 屋 で 値 段 は 変 わらず、 射 撃 に 使 用 するコルク 球 の 数 も

同 一 であるとする。さらに、 全 ての 射 的 屋 で 景 品 一 個 の 値 段 と 重 量 は 同 一 で、 景 品 の 数 はコ

ルク 球 の 数 より 十 分 多 いとする。ここでの 観 点 は、できるだけ 景 品 の 数 を 稼 ぐことである。

なお、 普 通 の 射 的 ではあり 得 ないが、 目 隠 しをするものとする。

このような 条 件 で 考 えたとき、 選 び 方 としては、1できるだけサイズの 大 きな( 断 面 積 の

大 きな) 景 品 が、2できるだけ 密 集 しておいてあり、3 景 品 がおいてある 範 囲 が 広 く、4 景

品 までの 距 離 が 近 いところ、が 良 さそうに 思 える。

また、 通 常 の 射 的 には 存 在 しないが、 屋 根 から 景 品 がランダムに 吊 り 下 げられている 状 況

を 考 える。 景 品 は、 床 から 天 井 まで、さらに 奥 行 き 方 向 にランダムに 吊 り 下 げられているも

のとする。この 場 合 でも、 上 記 と 同 じく、1 景 品 のサイズが 大 きく、2 密 集 しており、3 景

品 がある 範 囲 ( 体 積 )が 大 きく、4 景 品 までが 近 い、 状 況 が 有 利 である。

これまでの 議 論 で 明 らかなように、 景 品 一 個 あたりの 断 面 積 が 大 きいほど、コルク 玉 は 景

品 に 当 たりやすい。 景 品 が 密 集 していれば( 理 想 的 には 隙 間 がなければ)、さらに 当 たりや

すくなるであろう。 景 品 の 置 いてある 範 囲 が 広 い( 従 って、 置 いてある 景 品 の 数 が 多 い) 場

合 も 当 たりやすくなるであろう。また、 景 品 までの 距 離 が 近 いと 当 たりやすい。

いずれも 直 感 的 に 当 たり 前 であるが、これを 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 に 置 き 換 えて 考

える。1は、 原 子 核 の 微 視 的 断 面 積 が 大 きいことに 相 当 する。2は、 原 子 核 の 原 子 数 密 度 が

大 きいことに 相 当 する。3は 目 標 の 原 子 核 から 構 成 される 物 質 の 体 積 が 大 きいことに 相 当

する。4は、 中 性 子 の 発 生 源 から 物 質 までの 距 離 が 小 さいことに 対 応 する。

これらのうち、 原 子 核 が 構 成 する 物 質 の 性 質 に 対 応 するものは、1の 微 視 的 断 面 積 と2の

原 子 数 密 度 である。これらが 大 きいほど、 中 性 子 と 物 質 は 相 互 作 用 しやすくなる。そのため、

原 子 炉 物 理 では、 微 視 的 断 面 積 に 原 子 数 密 度 を 乗 じた 値 を 巨 視 的 断 面 積 (macroscopic cross

section)として 定 義 している。 中 性 子 が 物 質 に 入 射 した 場 合 、 巨 視 的 断 面 積 が 大 きいほど、

物 質 を 構 成 する 原 子 核 と 中 性 子 が 相 互 作 用 しやすくなる。なお、 物 質 に 複 数 の 核 種 が 含 まれ

ている 場 合 、 核 種 毎 にその 核 種 の 微 視 的 断 面 積 とその 核 種 の 原 子 数 密 度 を 掛 け 合 わせ、これ

を 全 ての 核 種 について 足 し 合 わせたものが 巨 視 的 断 面 積 となる。

微 視 的 断 面 積 の 単 位 が「 面 積 (m 2 )」であり、 原 子 数 密 度 の 単 位 は「1/ 体 積 (1/m 3 )」であ

る。 従 って、これらを 乗 じた 巨 視 的 断 面 積 の 単 位 は「1/ 長 さ(1/m)」となる。 長 さの 逆 数 を

持 つ 物 理 量 を「 面 積 」と 称 しているのはやや 違 和 感 があるかもしれない。これは、 元 々の 英

語 が macroscopic cross section であり、それを 和 訳 しているためである。 巨 視 的 断 面 積 が 大 き

いほど 中 性 子 が 原 子 核 と 相 互 作 用 しやすくなることは、 先 に 述 べたとおりである。そこで、

巨 視 的 断 面 積 は、 中 性 子 が 単 位 距 離 進 む 間 に 相 互 作 用 する 確 率 を 示 しているものと 理 解 す

ればよい。そうすれば、 巨 視 的 断 面 積 の 単 位 が「1/ 長 さ」になっていることが 納 得 できるで

77


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

あろう。

【コラム】 物 質 中 で 原 子 核 はまばらにしか 存 在 していない

原 子 の 大 きさは 大 雑 把 に 10 -10 m であり、 原 子 核 の 大 きさは 10 -15 m である。つまり、 原 子

の 大 きさと 原 子 核 の 大 きさは 10 5 (10 万 倍 )の 違 いがある。

東 京 ドームのグラウンドの 面 積 は 約 13,000 m 2 である。 東 京 ドームを 原 子 とすると、 原 子

核 の 面 積 は、 概 ね 0.1 m 2 、つまり、 直 径 0.35 m の 円 盤 に 相 当 する。グラウンドの 中 にボー

ルをランダムに 投 げ 入 れ、この 円 盤 にボールが 当 たる 確 率 は 極 めて 低 いであろう。すなわ

ち、ある 1 個 の 原 子 に 中 性 子 が 入 射 しても、 原 子 核 と 反 応 を 起 こす 確 率 は 低 いと 言 うことで

ある。

ここまで、 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 を 射 的 のモデルで 説 明 してきたが、 実 際 の 原 子 核

は、 射 的 屋 の 景 品 とは 比 べものにならないほど、まばらにしか 存 在 していないと 言 うことで

ある。この 点 を 頭 に 入 れておくとよい。

なお、 物 質 を 構 成 する 原 子 核 の 数 は 極 めて 多 いため、 結 果 として 中 性 子 と 物 質 は「それな

りに」 相 互 作 用 する。 例 えば、 常 温 の 水 の 場 合 、5 cm の 厚 さがあれば、99.9% 程 度 の 中 性 子

は、 水 を 構 成 する 水 素 あるいは 酸 素 の 原 子 核 と 何 らかの 相 互 作 用 をする。

巨 視 的 断 面 積 は、 微 視 的 断 面 積 に 原 子 数 密 度 を 乗 じたものであるため、 微 視 的 断 面 積 と 同

じだけ 種 類 が 存 在 する( 図 4-9)。

巨 視 的 弾 性 散 乱 断

面 積

巨 視 的 散 乱 断 面 積

巨 視 的 非 弾 性 散 乱

断 面 積

巨 視 的 全 断 面 積

その 他

巨 視 的 (n, 2n) 断 面

積 など

巨 視 的 放 射 捕 獲 断

面 積

巨 視 的 吸 収 断 面 積

巨 視 的 核 分 裂 断 面

その 他

巨 視 的 (n,α) 断 面 積

など

図 4-9 巨 視 的 断 面 積 の 種 類

78


原 子 炉 の 物 理

4.2.4 微 視 的 断 面 積 の 特 徴

ここでは、 代 表 的 な 微 視 的 断 面 積 について、 入 射 する 中 性 子 に 対 するエネルギー 依 存 性 に

ついて 説 明 する。ポイントは 以 下 の 5 点 である。

1 入 射 する 中 性 子 のエネルギーにより、 微 視 的 断 面 積 は 大 きく 変 化 する。

2 微 視 的 断 面 積 (の 種 類 、 核 種 によって 微 視 的 断 面 積 は 大 きく 異 なる。また、 同 位 体 であっ

ても、 質 量 数 が 1 異 なるだけで 微 視 的 断 面 積 は 大 きく 異 なる。

3 原 子 核 に 入 射 する 中 性 子 のエネルギーが 低 いほど 微 視 的 断 面 積 が 大 きくなる 場 合 が 多 い。

すなわち、エネルギーの 低 い 中 性 子 の 方 が、 原 子 核 と 反 応 しやすい 場 合 が 多 い。

4 質 量 数 が 大 きくなるほど、 微 視 的 断 面 積 のエネルギー 依 存 性 は 複 雑 となる。また、 特 定 の

中 性 子 エネルギーに 対 して、 反 応 確 率 が 非 常 に 大 きくなる 場 合 がある。

5 中 性 子 の 入 射 エネルギーが 大 きい 場 合 にのみ、 微 視 的 断 面 積 がゼロでない 値 を 持 つ 場 合

がある。

以 下 では、 微 視 的 断 面 積 の 種 類 ごとに 大 まかなエネルギー 依 存 性 と、そのような 振 る 舞 い

を 示 す 理 由 を 述 べる。また、 代 表 的 な 核 種 について、 微 視 的 断 面 積 を 図 4-10~4-15 に 図 示

する。 微 視 的 断 面 積 は、 中 性 子 のエネルギー 範 囲 が 広 いこと、また 微 視 的 断 面 積 の 値 が 中 性

子 の 入 射 エネルギーに 対 して 大 きく 変 化 することから、 横 軸 ( 入 射 中 性 子 のエネルギー:

eV)、 縦 軸 ( 微 視 的 断 面 積 :barn)ともに 対 数 で 表 示 するのが 一 般 的 である。

(1) 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積

おおよそ、0.1 MeV~10 -8 MeV(10 -6 eV) 程 度 のエネルギー 範 囲 で 一 定 値 を 取 る( 例 : 図

4-10)。0.01 eV~0.001 eV 以 下 では、 中 性 子 のエネルギーが 小 さくなるほど 微 視 的 断 面 積 は

大 きくなる。 核 種 ごとの 差 異 は、 後 述 の 捕 獲 断 面 積 などに 比 べて 小 さい。

(2) 微 視 的 捕 獲 断 面 積

基 本 的 に 中 性 子 のエネルギーが 小 さくなるほど、 微 視 的 捕 獲 断 面 積 は 大 きくなる。 多 くの

場 合 、 微 視 的 断 面 積 は、 入 射 する 中 性 子 の 速 さの 逆 数 に 比 例 する。このような 微 視 的 断 面 積

のエネルギー 依 存 性 を「1/ 依 存 性 (1/ law)」と 呼 んでいる( 例 : 図 4-10)。 質 量 数 が 大 き

な 核 種 については、1 eV~1,000 eV 近 辺 で 非 常 に 複 雑 な 挙 動 を 示 す( 例 : 図 4-15)。 特 定 の

中 性 子 エネルギーに 対 して、 微 視 的 断 面 積 が 極 端 に 大 きくなる 現 象 は、 共 鳴 (resonance)と

呼 ばれており、 微 視 的 断 面 積 に 共 鳴 が 見 られるエネルギー 領 域 を 共 鳴 領 域 と 呼 んでいる。な

お。1/ 依 存 性 は、 共 鳴 領 域 より 低 いエネルギー 領 域 で 見 られる。

【コラム】 声 でワイングラスを 割 る

人 間 の 声 でワイングラスを 割 る 動 画 を 見 たことがあるだろうか?( 見 たことがない 人 は、

voice glass break で 検 索 )。これは、 人 間 の 声 の 周 波 数 と、ワイングラスが 持 っている 固 有 振

79


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

動 数 が 一 致 したとき、ワイングラスの 振 動 が 極 端 に 大 きくなり、その 振 動 に 耐 えきれずガラ

スが 破 損 する 現 象 である。 固 有 振 動 数 より 低 い 音 、あるいは 高 い 音 であれば、かなり 大 きな

音 であってもワイングラスは 割 れないであろう。これは、 音 によりワイングラスが 振 動 して

も、その 振 動 が 大 きくならないからである。

横 軸 に 音 の 周 波 数 、 縦 軸 にグラスの 振 動 をとってグラフを 書 くと、 特 定 の 周 波 数 のみでグ

ラスの 振 動 が 大 きくなり、ピークが 生 じる。このグラフは、 微 視 的 断 面 積 の 共 鳴 ピークとよ

く 似 た 形 をしている。

微 視 的 断 面 積 の 共 鳴 は、 中 性 子 の 入 射 エネルギーと、 原 子 核 の 励 起 エネルギーが 一 致 した

場 合 、 特 に 反 応 が 起 こりやすくなることから 発 生 する。

(3) 微 視 的 核 分 裂 断 面 積

核 分 裂 を 起 こす 核 種 のうち、U-235 など 質 量 数 が 奇 数 の 核 種 については、 微 視 的 捕 獲 断 面

積 と 類 似 の 挙 動 を 示 す( 例 : 図 4-14)。すなわち、エネルギーの 低 い 中 性 子 に 対 して、 微 視

的 核 分 裂 断 面 積 は 大 きくなる。また、 微 視 的 核 分 裂 断 面 積 は、 入 射 する 中 性 子 の 速 さの 逆 数

に 概 ね 比 例 する。 一 方 、 核 分 裂 を 起 こす 核 種 のうち、U-238 等 、 中 性 子 数 が 偶 数 の 核 種 につ

いては、 低 エネルギーの 中 性 子 に 対 して 微 視 的 核 分 裂 断 面 積 はほぼゼロであり、 一 方 、 高 エ

ネルギーの 中 性 子 に 対 して 微 視 的 核 分 裂 断 面 積 が 大 きくなる( 例 : 図 4-15)。すなわち、 高

エネルギーの 中 性 子 に 対 しては 核 分 裂 が 生 じるが、エネルギーの 低 い 中 性 子 では 核 分 裂 が

発 生 しないことになる。なお、 高 エネルギーの 中 性 子 のみで 発 生 する 反 応 をしきい 反 応

(threshold reaction)と 呼 ぶ。

(4) (n, ) 反 応 断 面 積

B-10 など、 特 定 の 核 種 については、 反 応 のほとんどを(n,) 反 応 が 占 めている( 例 : 図 4-

11)。ただし、 質 量 数 が 1 変 わるだけで(n,) 反 応 の 大 きさは 大 きく 変 化 する( 例 : 図 4-11, 4-

12)。1/ 依 存 性 を 示 す 場 合 がある。

(5) (n,2n)、(n,3n) 反 応 断 面 積

入 射 する 中 性 子 のエネルギーが 高 いときに 限 って 発 生 するしきい 反 応 である。 図 4-13 の

O-16 に 対 する(n,2n) 反 応 の 断 面 積 で、このような 特 性 を 見 ることが 出 来 る。

80


原 子 炉 の 物 理

図 4-10 H-1 の 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 (MT=2)および 微 視 的 捕 獲 断 面 積 (MT=102)。z は

入 射 粒 子 であり、 中 性 子 (n)を 表 す。

図 4-11 B-10 の 微 視 的 全 断 面 積 (MT=1)、 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 (MT=2)、 微 視 的 捕 獲 断

面 積 (MT=102)および 微 視 的 (n, ) 断 面 積 (MT=107)。z は 入 射 粒 子 であり、 中

性 子 (n)を 表 す。

81


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

図 4-12 B-11 の 微 視 的 全 断 面 積 (MT=1)、 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 (MT=2)、 微 視 的 捕 獲 断

面 積 (MT=102)および 微 視 的 (n, ) 断 面 積 (MT=107)。z は 入 射 粒 子 であり、 中 性

子 (n)を 表 す。

図 4-13 O-16 の 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 (MT=2)、 微 視 的 (n, 2n) 断 面 積 (MT=16)および 微

視 的 捕 獲 断 面 積 (MT=102)。z は 入 射 粒 子 であり、 中 性 子 (n)を 表 す。

82


原 子 炉 の 物 理

図 4-14 U-235 の 微 視 的 全 断 面 積 (MT=1)、 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 (MT=2)、 微 視 的 核 分

裂 断 面 積 (MT=18)および 微 視 的 捕 獲 断 面 積 (MT=102)。z は 入 射 粒 子 であり、 中

性 子 (n)を 表 す。

図 4-15 U-238 の 微 視 的 全 断 面 積 (MT=1)、 微 視 的 弾 性 散 乱 断 面 積 (MT=2)、 微 視 的 捕 獲

断 面 積 (MT=102)および 微 視 的 核 分 裂 断 面 積 (MT=18)。z は 入 射 粒 子 であり、 中

性 子 (n)を 表 す。

83


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

4.3 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 率

【この 節 のポイント】

・ 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 数 ( 反 応 率 )は、 微 視 的 断 面 積 、 原 子

数 密 度 と 中 性 子 数 密 度 、 中 性 子 の 速 さに 比 例 する。

・ 中 性 子 束 は、 中 性 子 数 密 度 と 中 性 子 の 速 さに 比 例 する 物 理 量 であり、 単 位 時 間 ・ 単 位 体

積 当 たりの 中 性 子 の 軌 跡 ( 飛 行 距 離 )の 総 和 に 相 当 する。

・ 反 応 率 は、 巨 視 的 断 面 積 ( 微 視 的 断 面 積 × 原 子 数 密 度 )に 中 性 子 束 ( 中 性 子 数 密 度 × 中 性

子 の 速 さ)を 乗 じることで 算 出 できる。

4.2 節 では、 一 つの 中 性 子 と 一 つの 原 子 核 の 反 応 のしやすさ( 微 視 的 断 面 積 )および、 一

つの 中 性 子 と 多 数 の 原 子 核 が 集 まって 構 成 される 物 質 の 反 応 のしやすさ( 巨 視 的 断 面 積 )に

ついて 説 明 した。

原 子 炉 内 には、 多 数 の 中 性 子 が 飛 んでおり、これらの 中 性 子 が 原 子 炉 を 構 成 する 物 質 と 相

互 作 用 する。 本 節 では、 中 性 子 の 集 団 と 物 質 の 反 応 率 (reaction rate)( 相 互 作 用 率 、 単 位 時

間 ・ 単 位 体 積 あたりの 相 互 作 用 数 )について 説 明 する。 以 下 では、 簡 単 のため、 中 性 子 のエ

ネルギー( 飛 行 の 速 さ)が 変 わっても、 微 視 的 断 面 積 と 巨 視 的 断 面 積 が 変 化 しないと 仮 定 し

て 説 明 を 行 う。

4.3.1 一 つの 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率

まず、 最 も 簡 単 なケースとして、 原 子 炉 内 に 中 性 子 が 1 個 だけ 飛 行 しているとする。この

場 合 の 反 応 率 はどのようになるだろうか。4.2.3 節 において、 面 積 の 単 位 を 持 つ 微 視 的 断 面

積 と 物 質 の 原 子 数 密 度 を 乗 じた 値 として、 巨 視 的 断 面 積 を 説 明 した。 巨 視 的 断 面 積 は、1/ 長

さの 単 位 を 持 ち、 物 理 的 には、「 単 位 体 積 あたりの 標 的 の 面 積 の 合 計 」あるいは「 中 性 子 が

単 位 長 さを 進 むときの 反 応 確 率 」として 解 釈 できることを 説 明 した。 原 子 炉 内 を 飛 行 してい

る 中 性 子 の 単 位 時 間 あたりの 飛 行 距 離 は、 速 さと 同 じになる。 例 えば、 毎 秒 100 m の 速 さを

持 っている 中 性 子 が 1 秒 間 に 移 動 する 距 離 は 100 m である。 巨 視 的 断 面 積 は、「 中 性 子 が 単

位 長 さを 進 むときの 反 応 確 率 」であることを 思 い 出 すと、1 個 の 中 性 子 の 反 応 率 ( 単 位 時 間

あたりの 相 互 作 用 数 )は、 巨 視 的 断 面 積 に 中 性 子 の 速 さを 乗 じたものになる。 例 えば、 巨 視

的 断 面 積 が 0.01 [1/m]であり、 中 性 子 の 速 さが 毎 秒 100 m であるとすると、0.01×100=1 で

あり、この 中 性 子 は、1 秒 あたり 1 回 相 互 作 用 すると 見 積 もることが 出 来 る。また、 中 性 子

の 速 さが 毎 秒 10 m であるとすると、 反 応 率 は 0.01×10=0.1 であり、1 秒 あたり 0.1 回 相 互

作 用 すると 予 想 出 来 る。

なお、 冒 頭 にも 述 べたが、 実 際 には 微 視 的 断 面 積 が 中 性 子 のエネルギー( 速 さ)に 依 存 す

るため、 巨 視 的 断 面 積 も 中 性 子 のエネルギーに 依 存 する。 従 って、このような 単 純 な 計 算 ( 中

性 子 の 速 さが 10 倍 になると、 反 応 率 が 10 倍 になる)では 反 応 率 は 求 められないことに 注

意 が 必 要 である。

84


原 子 炉 の 物 理

4.3.2 多 数 の 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率

次 に、 原 子 炉 内 を 多 数 の 中 性 子 が 飛 行 している、より 現 実 的 な 状 況 を 考 えよう。 中 性 子 が

多 数 飛 んでいるほど、より 多 く 相 互 作 用 が 起 きることは 直 感 的 に 明 らかである。つまり、 反

応 率 は 原 子 炉 内 における 中 性 子 数 密 度 に 比 例 するであろう。ここで、 中 性 子 数 密 度 ( 原 子 炉

内 を 飛 行 している 中 性 子 の 単 位 体 積 あたりの 個 数 )を 例 えば 1,000 としよう。これらの 中 性

子 の 速 さを 例 えば 毎 秒 100 m とすると、 単 位 体 積 内 に 存 在 する 中 性 子 が 1 秒 あたりに 移 動

する 距 離 の 総 和 は 中 性 子 数 密 度 × 中 性 子 の 速 さで 求 めることができ、1,000×100 m=100,000

m となる。

【コラム】 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 中 性 子 の 移 動 距 離

単 位 体 積 あたりの 中 性 子 の 総 飛 行 距 離 を 考 える 場 合 、 中 性 子 が 着 目 している 単 位 体 積 か

ら「 出 て 行 ってしまう」 可 能 性 があるため、 総 飛 行 距 離 をイメージしにくいかもしれない。

これは、 以 下 の 様 に 考 えると 良 い。

着 目 する「 単 位 体 積 」が 原 子 炉 の 中 に 隣 接 して 並 んでいると 考 える( 下 図 )。これらの 単

位 体 積 の 中 の 中 性 子 の 飛 行 状 況 は 同 じであると 仮 定 する。 一 般 的 に、 単 位 体 積 内 の 中 性 子 数

は 非 常 に 大 きいので、 平 均 的 には( 総 飛 行 距 離 を 求 める 観 点 からは) 無 理 のない 仮 定 であろ

う。 着 目 している 単 位 体 積 から 出 て 行 った 中 性 子 は、となりの 単 位 体 積 に 入 射 するが、それ

と 同 時 に、 反 対 側 から( 同 じ 飛 行 方 向 の) 中 性 子 が 入 射 してくると 考 えることが 出 来 る。こ

れは、 中 性 子 が 着 目 している 単 位 体 積 から 出 て 行 かないのと 同 じ 状 況 になっていると 見 る

ことができる。

なお、このような 考 え 方 は、 物 理 の 解 析 で 一 般 的 に 使 用 されることがあり、 周 期 境 界 条 件

と 呼 ばれている。

物 質 の 巨 視 的 断 面 積 を 0.01 [1/m]とすると、 単 位 体 積 ・ 単 位 時 間 あたりの 中 性 子 と 物 質 の

相 互 作 用 数 は、0.01×100,000=1,000 回 と 見 積 もることが 出 来 る。

以 上 のことから、 多 数 の 中 性 子 を 考 慮 した 場 合 の 反 応 率 は、「 巨 視 的 断 面 積 」×「 中 性 子

数 密 度 」×「 中 性 子 の 速 さ」で 与 えられることが 分 かる。

85


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

4.3.3 中 性 子 束

4.3.2 節 において、 原 子 炉 内 における 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率 は、「 巨 視 的 断 面 積 」、「 中 性 子

数 密 度 」、「 中 性 子 の 速 さ」のかけ 算 で 表 せることを 説 明 した。 巨 視 的 断 面 積 は、 各 物 質 に 固

有 の 値 であるが、 中 性 子 数 密 度 と 中 性 子 の 速 さは、 原 子 炉 内 を 飛 び 交 っている 中 性 子 の 飛 行

状 況 に 関 わるものである。 原 子 炉 物 理 では、 中 性 子 数 密 度 と 中 性 子 の 速 さのかけ 算 を 中 性 子

束 (neutron flux)と 呼 んでいる。 中 性 子 束 を 用 いると、 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率 は、 巨 視 的

断 面 積 × 中 性 子 束 で 計 算 することが 出 来 る。 本 節 では、 中 性 子 束 の 物 理 的 な 解 釈 について、

3 通 りの 説 明 をする。

(1) 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 中 性 子 の 飛 行 距 離 の 総 和

「 犬 も 歩 けば 棒 に 当 たる」ということわざがある。「 何 かをしようとすると 災 難 にあうこ

とが 多 い」というアンラッキーな 意 味 と「 出 歩 いていると 思 わぬ 幸 運 に 行 き 当 たる 可 能 性 が

ある」というラッキーな 意 味 合 いの 二 つがあるようである。いずれにせよ、「 動 き 回 ってい

ると 何 かに 行 き 当 たる」という 意 味 合 いであろう。4.3.2 節 で 述 べたように、 中 性 子 の 移 動

距 離 が 長 いほど、 原 子 核 と 出 会 う 確 率 が 高 くなることから、 中 性 子 束 を 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積

あたりの 中 性 子 の 飛 行 距 離 の 総 和 とみることは 理 にかなっていると 言 える。

図 4-16 単 位 体 積 における 単 位 時 間 あたりの 中 性 子 の 飛 行 距 離 の 総 和 のイメージ

( 矢 印 の 長 さを 全 て 足 し 合 わせる)

(2) 単 位 時 間 ・ 単 位 面 積 を 通 過 する 中 性 子 数

中 性 子 束 は、 中 性 子 数 密 度 と 速 さのかけ 算 であり、その 単 位 は、[1/m 2 /sec]、つまり、 単 位

面 積 あたり 単 位 時 間 あたりになる。この 単 位 のイメージは、「ビームの 強 度 」に 近 いのでは

ないかと 思 う。この 単 位 だけを 見 ていると、 中 性 子 束 が 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 中 性 子

の 飛 行 距 離 の 総 和 であるとはイメージしにくいかもしれない。 念 のために 書 いておくと、 密

度 は 1/m 3 であり、 速 さは m/sec であることから、これらを 乗 じると[1/m 2 /sec]となる。

さて、 中 性 子 束 の 単 位 からイメージすると、 中 性 子 束 は、 単 位 時 間 あたりに 単 位 面 積 を 通

過 する 中 性 子 の 個 数 として 捉 えることも 出 来 る。 原 子 炉 内 では、 様 々な 方 向 に 中 性 子 が 飛 ん

でいるため、 単 位 面 積 を 考 えるときは、 特 定 の 方 向 に 飛 んでいる 中 性 子 だけではなく、 全 て

の 方 向 に 飛 んでいる 中 性 子 を 考 える 必 要 があることに 留 意 が 必 要 である( 図 4-17)。

86


原 子 炉 の 物 理

図 4-17 単 位 時 間 あたりに 単 位 面 積 を 通 過 する 中 性 子 数 の 総 和

( 楕 円 が 様 々な 方 向 の 単 位 面 積 を 示 している)

(3) 反 応 率 を 計 算 するための 便 宜 的 な 量

これまでに 説 明 してきたように、 微 視 的 断 面 積 が 一 定 であれば、 中 性 子 と 物 質 の 反 応 率 は、

中 性 子 数 密 度 が 大 きいほど、 中 性 子 の 速 さが 大 きいほど、 大 きくなる。そのため、 中 性 子 密

度 に 近 いイメージで、 中 性 子 数 密 度 と 中 性 子 の 速 さを 乗 じた 値 を 反 応 率 計 算 のための 便 宜

的 な 量 として 定 義 している、と 考 えることも 出 来 る。

【コラム】 「 束 」の 意 味

中 性 子 束 は、 英 語 の neutron flux の 訳 である。では、”flux”とは 元 々、どのような 概 念 なの

だろうか。

ロングマン 現 代 英 英 辞 典 によると、 英 文 の flux は、” a situation in which things are changing

a lot and you cannot be sure what will happen”とあり、 日 本 語 の「 流 転 する」などのニュアンス

があるように 思 われるが、 何 かが「 流 れている」ことを 示 す 言 葉 だと 解 釈 できる。 方 丈 記 に

「ゆく 河 の 流 れは 絶 えずして、しかももとの 水 にあらず。 淀 みに 浮 かぶうたかたは、かつ 消

えかつ 結 びて、 久 しくとどまりたるためしなし。 世 の 中 にある 人 とすみかと、またかくのご

とし。」とあるが、これは flux の 語 感 に 近 いであろう。

物 理 では、「 束 」の 概 念 が 良 く 現 れる。 流 束 、 熱 流 束 などは、 単 位 時 間 に 単 位 面 積 を 通 過

する 流 体 の 量 、 熱 量 であり、これは、 元 々の flux の 言 葉 の 意 味 に 沿 っていると 考 えることが

出 来 る。flux の 英 単 語 としての 観 点 からは、 上 記 (2)の 解 釈 ( 単 位 時 間 ・ 単 位 面 積 を 通 過 する

中 性 子 数 )が flux の 元 の 意 味 に 近 いと 言 える。(1)は、flux の 語 源 からは 遠 ざかるが、 原 子 炉

物 理 的 に 解 釈 すると「 総 飛 行 距 離 」と 捉 えることが 出 来 る、というように 見 ることが 出 来 る

のかもしれない。

87


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

【 発 展 的 内 容 】 中 性 子 束 と 中 性 子 流

以 下 の 写 真 は、とある 時 間 帯 の 渋 谷 駅 前 のライブカメラの 映 像 である。 左 側 が JR 渋 谷 駅

側 である。スクランブル 交 差 点 を、 様 々な 方 向 に 人 が 歩 いている 状 況 が 確 認 できる。

原 子 炉 内 の 中 性 子 も 同 様 に、 物 質 内 を 様 々な 方 向 に 飛 行 している。 中 性 子 と 物 質 の 反 応

率 を 計 算 する 際 には、 中 性 子 束 として 全 ての 飛 行 方 向 の 中 性 子 を 考 慮 する。 一 方 、 原 子 炉

の 挙 動 を 解 析 する 場 合 には、「 正 味 として、どちらの 方 向 に 中 性 子 が 移 動 しているのか」

が 重 要 になる。 例 えば、「 原 子 炉 から 外 部 に 漏 れ 出 している 中 性 子 の 個 数 は 正 味 どれだけ

か?」あるいは、「 減 速 材 から 核 燃 料 に 流 れ 込 んでいる 中 性 子 の 正 味 の 個 数 はどれだけ

か?」といった 観 点 である。ライブカメラの 映 像 で 言 うと、 渋 谷 駅 から 出 て 行 く 人 も 渋 谷

駅 に 向 かっていく 人 もいるが、 正 味 の 人 の 移 動 量 はどうなっているか?ということに 相 当

する。 恐 らく、 朝 方 は 渋 谷 駅 から 街 に 出 て 行 く 人 が 圧 倒 的 に 多 く、 夜 は 逆 に 渋 谷 駅 に 向 か

っていく 人 が 圧 倒 的 に 多 いことが 想 像 できる。 昼 間 は、 両 者 が 同 程 度 になっているかもし

れない。そうすると、 正 味 で 見 ると、 朝 方 は 駅 → 街 の 方 向 に 人 が 移 動 し、 夜 は 街 → 駅 の 方

向 に 人 が 移 動 すると 言 えるであろう( 昼 間 は、 正 味 での 人 の 移 動 は 少 ない)。

原 子 炉 のある 地 点 において、 特 定 の 方 向 とその 方 向 に 直 交 する 平 面 を 考 える。 中 性 子 流

は、この 平 面 を 単 位 時 間 あたり 単 位 面 積 あたりに 正 味 何 個 の 中 性 子 が 通 過 しているか、を

示 す 物 理 量 である。 中 性 子 束 は、あらゆる 飛 行 方 向 の 中 性 子 をカウントしたが、 中 性 子 流

は、ある 方 向 を 決 め( 例 えば、 渋 谷 駅 → 街 方 向 )、この 方 向 に 飛 行 していく 中 性 子 ( 歩 い

て 行 く 人 )の 数 をプラス、 反 対 方 向 に 飛 行 していく 中 性 子 の 数 をマイナスとして、 両 者 を

足 し 合 わせることで 中 性 子 の 正 味 の 移 動 量 を 計 算 する。ある 方 向 を 決 めて 中 性 子 数 をカウ

ントするため、 中 性 子 流 は、スカラー 量 ではなく、 方 向 を 持 ったベクトル 量 となる。 中 性

子 流 の 単 位 は、[1/m 2 /sec]であり、 中 性 子 束 と 同 じであるため、 両 者 を 混 同 しがちである

が、 両 者 は 別 の 概 念 である。

88


原 子 炉 の 物 理

4.4 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 データベース( 中 性 子 断 面 積 データ)

【この 節 のポイント】

・ 中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 のしやすさを 表 す 微 視 的 断 面 積 は、データベースとして 公 開

されている。

・ このデータベースを 計 算 機 で 処 理 し、 炉 物 理 計 算 に 使 用 する。

中 性 子 と 原 子 核 の 相 互 作 用 は、その 複 雑 さから、 残 念 ながら 理 論 計 算 で 全 て 求 めることは

できない。そのため、 複 数 の 測 定 値 と 理 論 計 算 に 基 づき、エキスパートが 微 視 的 断 面 積 を 個

別 に 評 価 しているのが 現 状 である。 微 視 的 断 面 積 データの 測 定 は、 地 道 な 作 業 と 膨 大 なコス

トを 要 すること、 原 子 炉 の 設 計 で 考 慮 しなければならない 核 種 の 種 類 や 反 応 が 極 めて 多 い

ことから、 中 性 子 の 微 視 的 断 面 積 データの 評 価 が 途 方 もない 労 力 を 要 する 作 業 であること

は 容 易 に 想 像 できよう。

そのため、 評 価 された 核 データは 世 界 共 通 の「 財 産 」と 考 えられ、 特 定 のフォーマットに

従 った 形 で 編 集 され、 公 開 されている。このようなデータベースを 評 価 済 み 核 データ

(evaluated nuclear data)と 呼 んでいる。

代 表 的 な 評 価 済 み 核 データとしては、 以 下 のものがあげられる。

JENDL:Japanese Evaluated Nuclear Data Library の 略 であり、 日 本 の 原 子 力 研 究 開 発 機 構 を 中

心 に 評 価 ・ 整 備 されている。2018 年 現 在 、バージョン 4.0 であり、406 核 種 のデータ

が 格 納 されている。

ENDF:Evaluated Nuclear Data File の 略 であり、 米 国 の 研 究 所 (Los Alamos National Laboratory、

Oakridge National Laboratory、Brookhaven National Laboratory)などを 中 心 に 整 備 ・ 評

価 されている。2018 年 現 在 、バージョン VIII.0 であり、557 核 種 のデータが 格 納 され

ている。

JEFF:Joint Evaluated Fission and Fusion Nuclear Data Library の 略 であり、 欧 州 で 整 備 ・ 評 価

されている。2018 年 現 在 、バージョン 3.3 であり、562 核 種 のデータが 格 納 されてい

る。

評 価 済 み 核 データの 一 例 として、JENDL-4.0 の H-1 の 断 面 積 の 一 部 を 図 4-16 に 示 す。 例

えば、 下 から 3 行 目 の 下 線 部 は、0.2 eV の 入 射 エネルギーの 中 性 子 に 対 し、H-1 の 微 視 的 全

断 面 積 が 20.55439 barn であることを 示 している。 原 子 炉 の 設 計 計 算 を 行 うためには、この

評 価 済 み 核 データをプログラムで 処 理 したものを 用 いる。

89


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

JENDL-4.0 H - 1 0 0 0 0

1.001000+3 9.991673-1 0 0 6 1 125 1451 1

0.000000+0 0.000000+0 0 0 0 6 125 1451 2

1.000000+0 2.000000+7 0 0 10 4 125 1451 3

0.000000+0 0.000000+0 0 0 81 7 125 1451 4

1-H - 1 LANL EVAL-OCT05 G.M.Hale 125 1451 5

DIST-MAY10 20080703 125 1451 6

----JENDL-4.0 MATERIAL 125 125 1451 7

-----INCIDENT NEUTRON DATA 125 1451 8

------ENDF-6 FORMAT 125 1451 9

( 中 略 )

1 451 92 1 125 1451 86

2 151 4 1 125 1451 87

3 1 35 1 125 1451 88

3 2 35 1 125 1451 89

3 102 35 1 125 1451 90

4 2 196 1 125 1451 91

6 102 201 1 125 1451 92

125 1 099999

125 0 0 0

1.001000+3 9.991673-1 0 0 1 0 125 2151 1

1.001000+3 1.000000+0 0 0 1 0 125 2151 2

1.000000-5 1.000000+5 0 0 0 0 125 2151 3

5.000000-1 1.276553+0 0 0 0 0 125 2151 4

125 2 099999

125 0 0 0

1.001000+3 9.991673-1 0 0 0 0 125 3 1 1

0.000000+0 0.000000+0 0 0 2 96 125 3 1 2

30 5 96 2 0 0 125 3 1 3

1.000000-5 3.713628+1 2.000000-5 3.224498+1 5.000000-5 2.790478+1 125 3 1 4

1.000000-4 2.571732+1 2.000000-4 2.417056+1 5.000000-4 2.279806+1 125 3 1 5

1.000000-3 2.210633+1 2.000000-3 2.161720+1 5.000000-3 2.118318+1 125 3 1 6

1.000000-2 2.096443+1 2.530000-2 2.076834+1 5.000000-2 2.067250+1 125 3 1 7

1.000000-1 2.060332+1 2.000000-1 2.055439+1 5.000000-1 2.051095+1 125 3 1 8

1.000000+0 2.048901+1 2.000000+0 2.047341+1 5.000000+0 2.045928+1 125 3 1 9

1.000000+1 2.045169+1 2.000000+1 2.044545+1 5.000000+1 2.043707+1 125 3 1 10

( 略 )

図 4-16 JENDL-4.0 の H-1 の 評 価 済 み 核 データ

90


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 微 視 的 断 面 積 を 見 てみよう

Web において、JANIS という 微 視 的 断 面 積 の 可 視 化 ツールが 公 開 されている。

http://www.oecd-nea.org/janisweb/search/endf

これを 用 いて、 微 視 的 断 面 積 をプロットしてみよう。

まず、 入 射 する 粒 子 の 種 類 と 評 価 済 み 核 データを 選 択 する。 今 回 は、それぞれ 中 性 子

(incident neutron data)、JENDL-4.0u を 選 ぶこととする。Material としては、U-238 を 選 ぶ。そ

の 後 、”Search”をクリックする。

以 下 の 画 面 が 現 れるので、プロットする 微 視 的 断 面 積 の 種 類 を 選 択 する。 今 回 は、 微 視 的 全

断 面 積 (MT=1,(n,total))を 選 択 する。

91


第 4 章 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 および 断 面 積

画 面 を 一 番 下 までスクロールし、”Open selected”をクリックする。 以 下 の 画 面 が 現 れるの

で、”Cross section”の”P”のチェックボックスをクリックする。U-238 の 微 視 的 全 断 面 積 が 表

示 される。

見 たい 部 分 をマウスで 範 囲 指 定 することにより、 拡 大 も 可 能 である。

92


原 子 炉 の 物 理

第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

93


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

内 容

第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱 ............................................................. 93

5.1 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 .................................................................................................................... 95

5.2 核 分 裂 の 発 生 エネルギー ...................................................................................................... 100

5.2.1 結 合 エネルギーと 核 分 裂 の 発 生 エネルギー ............................................................... 100

5.2.2 発 生 エネルギーの 内 訳 ................................................................................................... 104

5.3 崩 壊 熱 ..................................................................................................................................... 105

94


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 核 分 裂 の 際 に 発 生 する 中 性 子 が 新 たな 核 分 裂 を 引 き 起 こすことを 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 と

呼 ぶ。

・ 核 分 裂 の 際 に 発 生 するエネルギーは 主 に 核 分 裂 片 ( 核 分 裂 時 に 発 生 する 核 種 )の 運 動 エ

ネルギーとして 放 出 され、その 他 には 即 発 中 性 子 のエネルギー、 即 発 γ 線 などの 形 で 放

出 される。

・ 崩 壊 熱 とは、 核 分 裂 生 成 物 や 超 ウラン 核 種 ( 原 子 番 号 がウランよりも 大 きい 核 種 )の 崩 壊

によって 発 生 した 放 射 線 が 熱 エネルギーに 変 換 されたものである。

エネルギーを 取 り 出 すことを 目 的 とした「 炉 」を 想 定 すると、 炉 としての 成 立 条 件 の 一 つ

は、 炉 に 投 入 するエネルギーよりも 炉 から 得 られるエネルギーを 大 きくすることである。 発

電 用 の 原 子 炉 において 投 入 エネルギーより 大 きなエネルギーを 得 られる 理 由 は、 核 分 裂 の

連 鎖 反 応 が 維 持 されて 大 きなエネルギーが 発 生 するためである。また、 原 子 炉 で 発 生 するエ

ネルギーは、 核 分 裂 反 応 だけに 由 来 せず、 捕 獲 反 応 の 際 に 放 出 される γ 線 や、 核 種 の 崩 壊 に

より 発 生 する 崩 壊 熱 に 由 来 するものもある。そのうち 崩 壊 熱 については、 発 電 用 の 原 子 炉 に

おいて 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 止 めたとしても 放 出 され 続 けることに 特 徴 がある。

第 5 章 では、 主 に 発 電 用 の 原 子 炉 で 発 生 するエネルギーについて 理 解 を 深 めるため、 核 分

裂 の 連 鎖 反 応 と、 核 分 裂 の 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱 について 説 明 を 行 う。

5.1 核 分 裂 と 連 鎖 反 応

【この 節 のポイント】

・ 核 分 裂 の 際 に 発 生 した 中 性 子 の 一 部 は 新 たな 核 分 裂 を 引 き 起 こすことがある。

・ 軽 水 炉 ではエネルギーの 小 さい( 遅 い) 中 性 子 が 核 分 裂 を 引 き 起 こしやすいため、 軽 水 炉

で 連 鎖 反 応 を 効 果 的 に 発 生 させるためには、 様 々な 阻 害 要 因 を 乗 り 越 えて 中 性 子 を 減 速

させることが 重 要 である。

4.1.1 節 で 述 べたように、ウランやプルトニウムといった 質 量 数 が 大 きい 核 種 の 原 子 核 と

中 性 子 が 反 応 すると、 中 性 子 を 一 旦 吸 収 した 原 子 核 が 分 裂 することがあり、これを 核 分 裂 反

応 (fission reaction)と 呼 ぶ。

核 分 裂 によってちぎれてできる 二 つの 破 片 を 核 分 裂 片 (fission fragment)と 呼 ぶ。この 核

分 裂 片 は 極 めて 高 いエネルギー 状 態 にあるため、 生 成 した 直 後 に 中 性 子 と γ 線 を 放 出 し、よ

り 低 いエネルギー 状 態 になる。このようにして 出 来 る 核 種 を、 核 分 裂 片 と 区 別 して 核 分 裂 生

成 物 ( 核 種 )(Fission Product: FP)と 呼 ぶ。 上 述 の 中 性 子 と γ 線 の 放 出 は 核 分 裂 反 応 の 後 の

極 めて 短 い 時 間 スケールで 起 こるため、 原 子 炉 物 理 においては、 核 分 裂 反 応 と 同 時 に 中 性 子

と γ 線 が 放 出 され、 核 分 裂 生 成 物 が 生 成 されると 見 做 すのが 一 般 的 である。

核 分 裂 反 応 の 起 こりやすさは、 第 4 章 で 述 べたように 微 視 的 核 分 裂 断 面 積 によって 表 さ

れる。 図 5-1 に、 主 に 軽 水 炉 において 核 分 裂 する 核 種 の 核 分 裂 断 面 積 を 示 す(JENDL-4.0[1]

95


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

の 評 価 値 に 基 づく)。U-235、Pu-239、Pu-241 は 0.1 eV ~ 10 MeV までのエネルギーで 約 1 barn

程 度 以 上 となっており、どのエネルギーの 中 性 子 でも 核 分 裂 をしやすい 核 種 といえる。また、

中 性 子 のエネルギーが 低 いほうが 断 面 積 の 値 が 大 きいことが 分 かる。 一 方 で、U-238 は 1

MeV を 超 えるエネルギーの 高 い 中 性 子 でのみ 有 意 に 核 分 裂 する 核 種 である。

図 5-1 核 分 裂 断 面 積 の 比 較

核 燃 料 として 用 いられるウランにはいくつかの 同 位 体 が 存 在 するが、 主 なものは U-235 と

U-238 の 2 つである。 天 然 のウランには 核 分 裂 断 面 積 が 大 きい U-235 が 0.7 wt% 程 度 含 まれ、

高 エネルギーでのみ 核 分 裂 が 起 きる U-238 の 含 有 率 が 大 部 分 (99.3 wt% 程 度 )を 占 める。 軽

水 炉 では、 天 然 のウランを 用 いた 場 合 、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 達 成 することは 出 来 ないため、

核 分 裂 断 面 積 が 大 きい U-235 の 割 合 を 高 めた 燃 料 を 用 いる。U-235 がウランに 占 める 割 合 を

(ウラン) 濃 縮 度 (enrichment)と 呼 び、 濃 縮 度 が 高 められたウランを 濃 縮 ウラン(enriched

uranium)と 呼 ぶ。また、 濃 縮 ウランに 対 して、 天 然 のウランを 天 然 ウラン(natural uranium)

と 呼 ぶ。

一 回 の 核 分 裂 時 に 発 生 する 平 均 中 性 子 数 は、 核 分 裂 する 核 種 や 中 性 子 の 入 射 エネルギー

に 依 存 する。 参 考 として、U-235 および Pu-239 の 核 分 裂 あたりの 平 均 中 性 子 発 生 数 を 図 5-

2 に 示 す(JENDL-4.0[1]の 評 価 値 に 基 づく)。この 図 に 示 すとおり、0.1 MeV を 超 えたあたり

から、U-235 と Pu-239 の 両 方 で 中 性 子 数 が 増 加 する 傾 向 が 確 認 できる。なお、 一 回 の 核 分

裂 時 に 発 生 する 中 性 子 の 数 は 整 数 値 であり、 図 5-2 に 示 す 中 性 子 数 は 多 くの 核 分 裂 が 発 生 し

ている 場 合 の 平 均 値 であることに 注 意 したい。

96


原 子 炉 の 物 理

図 5-2 U-235 および Pu-239 の 核 分 裂 あたりの 平 均 発 生 中 性 子 数

また、 軽 水 炉 等 において 核 分 裂 反 応 で 発 生 した 中 性 子 は、 核 分 裂 反 応 を 引 き 起 こした 中 性

子 のエネルギーに 依 らず、ほぼ 同 一 のエネルギー 分 布 を 有 する。これを 核 分 裂 スペクトル

(fission spectrum)と 呼 ぶ。U-235 の 核 分 裂 スペクトルを 図 5-3 に 示 す(JENDL-4.0 の 評 価

値 に 基 づく)。10 keV から 数 10 MeV にわたって 分 布 しており、 平 均 は 2 MeV 程 度 である。

図 5-3 U-235 の 核 分 裂 スペクトル

97


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

原 子 炉 において 中 性 子 が 核 分 裂 によって 発 生 すると、この 中 性 子 は 水 などとの 散 乱 や、 核

燃 料 や 構 造 物 による 吸 収 といった 反 応 、さらには 原 子 炉 の 外 へ 漏 れるなど、 様 々な 事 象 を 引

き 起 こす。 一 部 の 中 性 子 は 最 終 的 に 核 分 裂 を 引 き 起 こすことがあり、この 場 合 のように 核 分

裂 により 発 生 した 中 性 子 が 新 たな 核 分 裂 を 引 き 起 こすことを 核 分 裂 連 鎖 反 応 (fission chain

reaction)と 呼 ぶ。

ウランによる 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 例 を 図 5-4 に 示 す。この 図 に 示 すように、 中 性 子 によりウ

ランが 核 分 裂 反 応 を 起 こすと、2 個 の 核 分 裂 生 成 物 ( 低 い 確 率 (~1%)で 3 つの 核 分 裂 生 成 物 )

とともに、 平 均 で 2~3 個 の 中 性 子 が 生 成 される。これらの 中 性 子 の 一 部 が 最 終 的 に 次 の 核

分 裂 を 引 き 起 こすと、 核 分 裂 連 鎖 反 応 をしている 状 態 となる。 最 初 の 核 分 裂 の 際 に 発 生 する

中 性 子 を 第 一 世 代 とすると、 次 の 核 分 裂 の 反 応 により 発 生 した 中 性 子 を 第 二 世 代 とするこ

とができる。このように、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 理 解 する 上 では、 中 性 子 を 世 代 に 分 けて 整 理 す

ることができる。なお、 軽 水 炉 においては、 各 世 代 の 平 均 的 な 長 さは 10 -5 秒 オーダーとな

る。

n

U

第 一 世 代

n

n: 中 性 子

U:ウラン

FP: 核 分 裂 生 成 物 (Fission Product)

FP

FP

n

第 一 世 代

n

第 一 世 代

U

n

第 二 世 代

FP

FP

第 二 世 代

n

図 5-4 ウランによる 核 分 裂 連 鎖 反 応

得 られる 核 分 裂 生 成 物 については、ある 核 分 裂 では Xe-140 と Sr-94、また 別 の 核 分 裂 では

Ba-144 と Kr-90 といったように、 核 分 裂 ごとに 核 種 が 同 じとはならない。 核 分 裂 時 に 核 種

がどれだけの 確 率 で 生 成 されるかを 示 した 数 値 は 核 分 裂 収 率 (fission yield)と 呼 ばれ、 図 5-

5 に 示 すように 質 量 数 約 95 と 約 140 をピークとする 2 つの 山 が 見 られる。

図 5-5 熱 中 性 子 により U-235 が 核 分 裂 を 起 こした 場 合 の 核 分 裂 収 率

(https://wwwndc.jaea.go.jp/cgi-bin/FPYfig)

98


原 子 炉 の 物 理

軽 水 炉 においては、 主 に 1 eV 以 下 のエネルギーの 低 い 中 性 子 によって 核 分 裂 が 引 き 起 こ

される。このため、 核 分 裂 によって 発 生 した 1~10 MeV 程 度 の 高 いエネルギーの 中 性 子 が 次

の 世 代 の 核 分 裂 反 応 を 引 き 起 こすためには、 様 々な 物 質 とぶつかり 合 って 減 速 し、エネルギ

ーを 低 くすることが 効 果 的 である。ただし、エネルギーの 低 い 中 性 子 になるまでに、いくつ

かの 阻 害 要 因 を 乗 り 越 える 必 要 がある。ここでいう 主 な 阻 害 要 因 とは、 下 記 のことを 指 す。

1 エネルギーの 高 い 中 性 子 の 原 子 炉 からの 漏 れ

2 U-238 などの 共 鳴 反 応 による 中 性 子 の 吸 収

3 エネルギーの 低 い 中 性 子 の 原 子 炉 からの 漏 れ

また、 上 記 の 阻 害 要 因 を 乗 り 越 えてエネルギーの 低 い 中 性 子 になったとしても、 水 や 制 御

棒 などの 構 造 物 に 吸 収 されると、 核 分 裂 を 引 き 起 こすことはできない。 水 や 構 造 物 に 吸 収 さ

れずに 燃 料 へ 吸 収 された 中 性 子 は、 一 定 の 確 率 で 核 分 裂 を 引 き 起 こし、ようやく 次 の 世 代 の

中 性 子 が 発 生 する。 詳 細 は 6、7 章 に 記 載 するが、 次 の 世 代 の 中 性 子 が 発 生 するまでには 様 々

な 過 程 があることを 理 解 してもらいたい。

【コラム】 軽 水 炉 で 核 分 裂 する 核 種

PWR のウラン 燃 料 集 合 体 体 系 におけるウランおよびプルトニウムの 核 分 裂 への 寄 与 につ

いて、 燃 焼 に 伴 う 推 移 をまとめた 結 果 を 図 5-6 に 示 す。この 図 に 示 すとおり、 燃 焼 中 は U-

238 が 約 10%の 割 合 で 核 分 裂 している。このことから、 軽 水 炉 においては、エネルギーの 低

い 中 性 子 だけでなく、エネルギーの 高 い 中 性 子 も 核 分 裂 に 寄 与 していることがわかる。な

お、ウランは 一 定 確 率 で 中 性 子 を 捕 獲 し、 崩 壊 等 を 経 てプルトニウムになる。 特 に Pu-239

と Pu-241 は 軽 水 炉 で 核 分 裂 しやすく、ウランを 使 用 した 燃 焼 集 合 体 では、 燃 焼 途 中 におい

てプルトニウムも 核 分 裂 に 寄 与 する。

核 分 裂 の 寄 与 (%)

100

90

Pu

80

70

U238

60

50

40

U235

30

20

10

0

0 10 20 30 40 50 60

燃 焼 度 (GWd/t)

図 5-6 PWR ウラン 燃 料 集 合 体 におけるウランおよびプルトニウムの 核 分 裂 への 寄 与

99


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

5.2 核 分 裂 の 発 生 エネルギー

【この 節 のポイント】

・ 核 分 裂 により 結 合 エネルギーの 変 化 分 がエネルギーとして 放 出 される。

・ 1 回 の 核 分 裂 により 発 生 するエネルギーは 平 均 としては 約 200 MeV であり、 発 生 エネル

ギーの 大 部 分 は 核 分 裂 片 の 運 動 エネルギーとして 放 出 される。

5.2.1 結 合 エネルギーと 核 分 裂 の 発 生 エネルギー

日 常 において、エネルギーは 様 々な 方 法 で 活 用 されている。 例 えば、 火 力 発 電 所 において

は、 燃 料 となる 石 油 、 石 炭 、 天 然 ガスなどを 燃 焼 させ、 発 生 する 熱 エネルギーにより 熱 機 関

を 動 かして 電 力 を 生 み 出 している。また、 風 力 発 電 所 においては、 風 ( 空 気 )の 持 つ 運 動 エ

ネルギーを 電 力 に 変 換 している。このように、エネルギーは 人 間 にとって 利 用 しやすい 形 態

に 変 換 されて 用 いられている。それでは、 核 分 裂 によって 発 生 するエネルギーは 何 から 変 換

されるのか? 答 えは、 原 子 核 における 結 合 エネルギー(binding energy)である。

結 合 エネルギーとは 原 子 核 をバラバラの 核 子 ( 中 性 子 や 陽 子 )に 分 けるために 必 要 なエネ

ルギーである。 結 合 エネルギーが 大 きいということは 核 子 間 がしっかり 結 合 しており、 逆 に

小 さいということは 核 子 間 が 緩 く 結 合 していることを 示 す。 図 5-7 に 液 滴 モデルで 概 算 した

原 子 核 の 核 子 当 たりの 平 均 の 結 合 エネルギー( 結 合 エネルギーを 核 子 の 数 で 除 した 値 )を 示

す。 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーを 質 量 数 の 小 さい 順 に 見 ると、 水 素 やヘリウムなどの 軽 い

元 素 は 小 さく、 質 量 数 50~60 の 鉄 などの 元 素 は 大 きく、さらに、 質 量 数 が 大 きくなると 小

さくなる 傾 向 が 確 認 できる。

核 子 当 たりの 結 合 エネルギー [MeV]

10

9

8

7

6

5

4

3

2

1

0

4 235

He U

7

Li

2

H

0 50 100 150 200 250

質 量 数

図 5-7 液 滴 モデルで 概 算 した 原 子 核 の 核 子 当 たりの 結 合 エネルギー

100


原 子 炉 の 物 理

結 合 エネルギーが 大 きいということは、 単 に 原 子 核 がもつエネルギーが 大 きい、というこ

とではないことに 注 意 したい。 結 合 エネルギーが 大 きいということは、 核 子 をバラバラにす

るために 必 要 なエネルギーが 大 きいことを 意 味 しており、 原 子 核 がより 安 定 になっている

ことを 指 す。なお、 水 素 、ヘリウム、ウランなどの 自 然 界 に 安 定 して 存 在 する 核 種 は、 原 子

核 内 の 中 性 子 と 陽 子 が 丁 度 よい 数 となっており、 核 子 間 が 結 びつきやすい 状 態 になってい

ることから、 原 子 核 として 一 定 の 安 定 性 を 有 している。このため、 質 量 数 50~60 の 鉄 など

の 元 素 より 安 定 性 の 低 い( 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーが 小 さい) 核 種 であっても、 自 然 界

に 安 定 して 存 在 することができる。ここで、 水 素 、ヘリウム、ウランなどは、 原 子 核 の 安 定

性 を 一 旦 崩 すためのエネルギーを 得 ることができれば、 核 反 応 でより 安 定 な( 核 子 当 たりの

結 合 エネルギーが 大 きい) 原 子 核 に 変 化 することができる。 核 反 応 により 安 定 な 原 子 核 に 変

化 すると、 安 定 となった 分 、つまり 結 合 エネルギーの 変 化 分 がエネルギーとして 発 生 するこ

とになる。エネルギーの 発 生 する 事 象 としては 以 下 の 2 つがある。

1 ウランなどの 重 い 核 種 が 分 裂 し、 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーがより 大 きい 核 種 が

生 成 される。

2 水 素 やヘリウムなどの 軽 い 核 種 が 融 合 し、 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーがより 大 き

い 核 種 が 生 成 される。

項 目 1は 原 子 炉 で 応 用 されている。 核 分 裂 が 起 こると、より 核 子 当 たりの 結 合 エネルギー

の 大 きい 質 量 数 60 程 度 以 上 の 核 種 が 得 られ、 結 合 エネルギーの 増 加 分 がエネルギーとして

放 出 される。ここで、 例 として U-235 が 核 分 裂 して Xe-140 と Sr-94 が 得 られる 場 合 を 考 え

る( 235 U + 1 n → 140 Xe + 94 Sr + 2 1 n)。U-235、Xe-140、Sr-94 の 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーを

それぞれ 7.6 MeV、8.3 MeV、8.6 MeV とすると、 結 合 エネルギーの 変 化 、つまり 放 出 され

るエネルギーは(8.3×140+8.6×94‐7.6×235 = 184.4 MeV)となる。 核 分 裂 により 発 生 す

る 核 種 は 確 率 的 に 決 まるため、 核 分 裂 ごとに 結 合 エネルギーの 変 化 量 が 異 なるが、 結 合 エネ

ルギーの 変 化 量 ( 発 生 エネルギー)の 平 均 は 約 200 MeV となる。

項 目 2は 核 融 合 炉 で 応 用 されている。 水 素 やヘリウムなどは 結 合 エネルギーが 小 さいた

め、 核 融 合 により 結 合 エネルギーが 増 加 し、この 結 合 エネルギーの 増 加 分 がエネルギーとし

て 放 出 される。ここで、 例 として 重 水 素 (D)と 三 重 水 素 (T)が 融 合 して He-4 が 得 られる

反 応 を 考 える(D + T → 4 He + 1 n)。D、T、He-4 の 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーをそれぞれ

1.1 MeV、2.8 MeV、7.1 MeV とすると、 放 出 されるエネルギーは(7.1×4‐2.8×3‐1.1×2 =

17.8 MeV)となる。

エネルギーと 質 量 は 等 価 であることがアインシュタインの 特 殊 相 対 性 理 論 において 示 さ

れている。 特 殊 相 対 性 理 論 に 基 づくと、 質 量 を、 光 の 速 度 をとして、エネルギーを

と 表 現 できる。この 理 論 から、 何 らかの 事 象 により 質 量 が∆だけ 小 さくなった 場 合 は、 放

出 されるエネルギー∆を∆ と 表 現 できる。なお、この 関 係 は 核 反 応 だけで 成 立 するもの

ではなく、 化 学 反 応 や 力 学 分 野 などの 身 近 な 事 象 でも 成 立 する。つまり、 化 学 反 応 による 発

熱 も、 自 動 車 の 摩 擦 熱 も、 核 分 裂 や 核 融 合 により 結 合 エネルギーの 変 化 分 が 放 出 されるエネ

101


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

ルギーも、 全 て 質 量 の 変 化 で 表 現 できる。 核 反 応 では 反 応 前 後 の 質 量 の 変 化 が 大 きく、また

∆ ∆mc 2 の 関 係 は 核 反 応 により 実 証 されたことから、 核 反 応 により 発 生 するエネルギーを

質 量 の 変 化 で 表 現 することがしばしばある。 例 えば、 核 分 裂 の 反 応 前 後 で 1 kg の 質 量 が 失

われる 場 合 、 光 の 速 度 を 3×10 8 m/sec とすると、 放 出 されるエネルギーは 1×(3×10 8 ) 2 =

9×10 16 J となる。

【コラム】なぜ 原 子 核 内 の 核 子 はバラバラにならないのか?

原 子 と 比 べて 原 子 核 は 非 常 に 小 さく、この 非 常 に 小 さい 空 間 に 陽 子 と 中 性 子 が 存 在 して

いる。 原 子 核 の 中 の 陽 子 同 士 の 電 気 的 反 発 が 大 きいと 考 えると、 原 子 核 の 中 の 陽 子 はバラバ

ラになりそうだと 感 じるかもしれない。しかし、 実 際 には 原 子 核 はバラバラになることな

く、 安 定 して 存 在 することができる。なぜか?これは 核 力 と 呼 ばれる 力 が 存 在 するからであ

る。 核 力 は 中 間 子 と 呼 ばれる 粒 子 を 核 子 同 士 が 交 換 し 合 うことで 発 生 すると 理 解 でき、 強 い

力 で 核 子 を 結 び 付 けている。 少 しイメージしにくいかもしれないが、 世 の 中 の 力 は 全 て 粒 子

の 交 換 によって 発 生 すると 考 えられる。 例 えば、 電 磁 気 力 は 光 子 の 交 換 により 発 生 し、 重 力

は( 現 在 のところ 発 見 されていないが) 重 力 子 の 交 換 により 発 生 すると 考 えられる。 核 力 も

粒 子 を 交 換 して 発 生 する 力 の 一 つであり、 原 子 核 の 安 定 性 を 理 解 する 上 で 重 要 な 概 念 であ

る。

【コラム】 結 合 エネルギーの 理 解 に 向 けて

質 量 数 の 小 さいものから 順 に 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーを 確 認 すると、 水 素 やヘリウ

ムは 小 さく、その 後 は 質 量 数 とともに 大 きくなるが、 質 量 数 が 50~60 付 近 を 超 えるとまた

小 さくなる 傾 向 が 確 認 できた。この 傾 向 については 液 滴 モデルを 用 いることで 理 解 を 深 め

ることができる。 表 面 にある 核 子 はその 外 側 に 核 子 がないことから、 内 側 の 核 子 よりも 引 き

合 う 力 が 小 さくなる 効 果 ( 表 面 効 果 )がある。 質 量 数 が 小 さい 水 素 やヘリウムは 表 面 効 果 が

大 きくなるため、 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーが 小 さくなる。 質 量 数 50~60 付 近 までは 質

量 数 が 増 えると 表 面 効 果 が 小 さくなる 影 響 が 支 配 的 であるため、 核 子 当 たりの 結 合 エネル

ギーは 増 加 する。さらに 質 量 数 が 増 えると、 正 の 電 荷 をもつ 陽 子 間 で 電 気 的 反 発 が 大 きくな

ることと、 原 子 核 における 中 性 子 の 割 合 が 大 きくなることから、 核 子 当 たりの 結 合 エネルギ

ーが 小 さくなる。 中 性 子 の 割 合 が 大 きい 場 合 に 核 子 当 たりの 結 合 エネルギーが 小 さくなる

理 由 は、 中 性 子 同 士 の 核 力 が 中 性 子 - 陽 子 間 の 核 力 よりも 小 さいためである。

また、 特 定 の 質 量 数 (2、8、20、28、50、82、126)となる 場 合 、 核 子 当 たりの 結 合 エネ

ルギーは、 液 滴 モデルでは 説 明 できないほどに 高 くなることが 確 認 されている。これは、 殻

モデルを 用 いることで 理 解 できる。 原 子 の 電 子 軌 道 が 閉 殻 の 場 合 に 安 定 となることは 化 学

分 野 でよく 知 られている。 殻 モデルに 基 づくと、 原 子 核 の 内 部 にも 軌 道 があり、 殻 が 閉 じた

場 合 に 原 子 核 が 安 定 すると 考 えることができる。なお、 原 子 核 が 安 定 となる 特 定 の 質 量 数 は

魔 法 数 (マジックナンバー)と 呼 ばれている。

102


原 子 炉 の 物 理

【 発 展 的 内 容 】 炉 物 理 で 用 いる 質 量 の 単 位

国 際 単 位 系 では 質 量 を 示 す 単 位 としてキログラム(kg)が 広 く 用 いられており、 本 節 でも

用 いたように、 炉 物 理 の 分 野 でもしばしばキログラムを 用 いる。 一 方 で、 質 量 数 などを 求 め

る 場 合 には、C-12 の 質 量 数 の 1/12 を 単 位 とした 相 対 原 子 質 量 も 広 く 用 いられている。 単 位

は 統 一 したほうが 分 かりやすいが、なぜ 一 般 的 に 広 く 使 われているキログラムで 統 一 され

ないのだろうか? 実 は、2019 年 5 月 まで、キログラムの 単 位 は「 国 際 キログラム 原 器 」と

呼 ばれる 人 工 物 が 基 準 となっており、これまでに 3 回 もの 校 正 が 行 われてきた。このような

背 景 もあり、キログラムの 単 位 は 長 期 安 定 性 に 懸 念 があった(と 考 える 人 もいた)。2019 年

5 月 の 改 定 で、キログラムはより 普 遍 的 な 物 理 定 数 であるプランク 定 数 をもとに 定 義 される

こととなり、 単 位 としての 信 頼 性 が 向 上 したといえるだろう。 今 後 、 炉 物 理 で 用 いる 質 量 の

単 位 はキログラムで 完 全 に 統 一 されるかもしれない。

103


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

5.2.2 発 生 エネルギーの 内 訳

原 子 炉 内 で 発 生 するエネルギーを 理 解 するためには、 核 分 裂 により 発 生 する 全 エネルギ

ーと、 最 終 的 に 熱 として 利 用 できるエネルギーを 整 理 しておく 必 要 がある。

一 回 の 核 分 裂 により 発 生 するエネルギーは 約 200 MeV である。 例 として 熱 中 性 子 による

核 分 裂 から 発 生 するエネルギーを 表 5-1 に 示 す。この 表 に 示 すように、 発 生 エネルギーの 大

部 分 は 核 分 裂 片 の 運 動 エネルギーとして 放 出 される。 核 分 裂 片 は 正 の 電 荷 を 有 しているた

め、 燃 料 中 ですぐに 止 まり、 熱 エネルギーとして 周 囲 の 温 度 を 上 昇 させることとなる。 中 性

子 は 平 均 的 には 2~3 個 程 度 発 生 し、これらの 合 計 として 約 5 MeV のエネルギーを 有 する。

核 分 裂 生 成 物 の 崩 壊 により 発 生 する 線 および 線 は 核 分 裂 生 成 物 の 半 減 期 に 従 い 遅 れて 発

生 する。 線 は 核 分 裂 直 後 にも 発 生 するので、これを 即 発 線 、 核 分 裂 生 成 物 から 放 出 される

ものを 遅 発 線 と 区 別 して 呼 ぶ 場 合 がある。 発 生 する 中 性 子 、 線 、 線 は、 基 本 的 には 原 子

炉 内 で 熱 エネルギーとして 回 収 できると 考 えてよい。ただし、ニュートリノは 他 の 物 質 との

反 応 が 発 生 しないため、 原 子 炉 で 回 収 できない。

表 5-1 U-235 の 熱 中 性 子 による 核 分 裂 で 発 生 するエネルギーと

原 子 炉 でのエネルギー 回 収 の 可 否

エネルギー 全 発 生 エネルギ エネルギー

(MeV) ーとの 比 (%) 回 収 の 可 否

核 分 裂 片 の 運 動 エネルギー 169.1 83.5 可

中 性 子 の 運 動 エネルギー 4.8 2.4 可

即 発 線 エネルギー 7.0 3.4 可

核 分 裂 生 成 物 からの 線 のエネルギー 6.5 3.2 可

核 分 裂 生 成 物 からの 線 のエネルギー 6.3 3.1 可

核 分 裂 生 成 物 からのニュートリノのエネルギー 8.8 4.3 否

計 202.5 100.0

( 出 典 :R. Sher, “Fission Energy Release for 16 Fissioning Nuclides,” Proc. Specialists’ Mtg.

Nuclear Data Evaluation and Procedures, Upton, New Yowk, BNL-NCS-5 1363 (1980).)

核 分 裂 に 由 来 して 発 生 するエネルギーは 前 述 のとおりであるが、 原 子 炉 において 核 反 応

により 発 生 するエネルギーは、 核 分 裂 だけに 由 来 しないことに 注 意 したい。 原 子 炉 が 臨 界 に

なっていることを 考 えると、 一 回 の 核 分 裂 当 たりに 発 生 する 中 性 子 数 をとしたとき、その

うち 1 個 は 次 の 世 代 の 核 分 裂 に 寄 与 することになる。 軽 水 炉 において、この 1 個 を 除 いた

1 個 の 中 性 子 は、 圧 力 容 器 の 中 で 核 分 裂 以 外 の 反 応 で 吸 収 されることになる。 核 分 裂 以

外 の 吸 収 反 応 として、 核 燃 料 や 構 造 物 に 中 性 子 が 捕 獲 され 線 を 放 出 する 反 応 がある。 放 出

された 線 のほぼ 全 てのエネルギーは 圧 力 容 器 内 で 熱 となることから、 原 子 炉 で 回 収 するエ

ネルギーを 求 める 際 には、このように 核 分 裂 に 由 来 しないエネルギーも 考 慮 している。

104


原 子 炉 の 物 理

5.3 崩 壊 熱

崩 壊 熱 (decay heat)とは、 核 分 裂 生 成 物 や 超 ウラン 核 種 ( 原 子 番 号 がウランよりも 大 き

い 核 種 )の 崩 壊 によって 発 生 する 放 射 線 のエネルギーが、 原 子 炉 内 で 熱 エネルギーに 変 換 さ

れたものである。 崩 壊 熱 は 核 分 裂 により 発 生 する 熱 ではないことに 注 意 したい。 放 射 線 によ

り 熱 が 発 生 する 原 理 は、 赤 外 線 ヒーターから 放 出 される 赤 外 線 を 人 が 吸 収 して 暖 かくなる

現 象 をイメージすると 理 解 しやすいだろう。 崩 壊 熱 は 運 転 中 の 原 子 炉 でも 放 出 されており、

ある 程 度 の 期 間 、 運 転 を 行 った 原 子 炉 では、 全 出 力 エネルギーの 約 7% 程 度 を 崩 壊 熱 が 占 め

ている。また、 原 子 炉 が 停 止 した 後 、 崩 壊 熱 は 指 数 関 数 的 に 減 少 する。その 理 由 は、 核 分 裂

や 中 性 子 捕 獲 反 応 が 停 止 するため、それらによる 新 たな 崩 壊 熱 の 放 出 源 ( 核 分 裂 生 成 物 や 超

ウラン 核 種 )の 生 成 が 行 われず、 燃 料 中 に 残 存 する 放 射 線 を 放 出 する 核 種 が 崩 壊 により 指 数

関 数 的 に 減 少 するからである。 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 やスリーマイル 島 原 子 力 発 電 所 では、

原 子 炉 の 停 止 後 に 放 出 された 膨 大 な 崩 壊 熱 を 適 切 に 除 去 できず、 冷 却 材 である 水 の 量 が 減

少 し、 通 常 は 冠 水 している 燃 料 が 水 面 から 露 出 したことで 被 覆 管 - 水 の 発 熱 反 応 も 加 わり、

炉 心 溶 融 を 引 き 起 こした。

崩 壊 熱 は 燃 料 に 存 在 する 核 分 裂 生 成 物 や 超 ウラン 核 種 の 種 類 および 量 に 依 存 するため、

崩 壊 熱 の 大 きさを 一 般 的 に 示 すことは 容 易 でない。ただし、 崩 壊 熱 は 簡 易 的 には 以 下 のパラ

メータで 表 現 できる。

1 原 子 炉 の 運 転 時 の 出 力

2 原 子 炉 の 運 転 時 間

3 原 子 炉 が 停 止 してからの 経 過 時 間

出 力 の 小 さな 原 子 炉 の 場 合 は、 運 転 中 の 原 子 炉 内 で 崩 壊 している 核 種 の 量 が 小 さいため、

崩 壊 熱 は 小 さいと 考 えられる。このことからも 崩 壊 熱 は1 運 転 時 の 原 子 炉 の 出 力 に 依 存 す

ることがわかるだろう。 実 際 、 崩 壊 熱 は 運 転 時 の 原 子 炉 の 出 力 に 概 ね 比 例 する。また、 新 燃

料 のみが 装 荷 された 原 子 炉 を 起 動 後 すぐに 停 止 させれば、 崩 壊 熱 は 小 さいと 考 えることが

できる。このことから 崩 壊 熱 は2 原 子 炉 の 運 転 時 間 に 依 存 することが 理 解 できる。 最 後 に、

崩 壊 熱 は 時 間 とともに 小 さくなることから、3 原 子 炉 が 停 止 してからの 経 過 時 間 に 依 存 す

ると 考 えられる。

崩 壊 熱 の 大 きさについて 理 解 を 深 めるため、 東 日 本 大 震 災 時 の 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 1 号

機 および 2 号 機 の 崩 壊 熱 の 評 価 結 果 を 図 5-8 に 示 す。 地 震 は 3 月 11 日 14 時 46 分 に 発 生 し、

地 震 が 発 生 する 前 までは 1 号 機 と 2 号 機 は 通 常 運 転 中 であった。1 号 機 と 2 号 機 の 通 常 運 転

時 の 熱 出 力 ( 定 格 )はそれぞれ 1,380 MW および 2,381 MW である。 運 転 出 力 に 対 する 崩 壊

熱 の 比 を 求 めると、 原 子 炉 の 停 止 後 9 時 間 が 経 過 した 3 月 12 日 0 時 0 分 では 両 号 機 とも

0.7% 程 度 である。このことから、 崩 壊 熱 は 運 転 時 の 原 子 炉 の 出 力 に 概 ね 比 例 することが 確 認

できる。さらに、3 日 が 経 過 した 3 月 15 日 0 時 0 分 では、 両 号 機 とも 0.35% 程 度 まで 低 減

している。このように、 崩 壊 熱 は 時 間 とともに 大 きく 低 下 する 傾 向 が 確 認 できる。ただし、

運 転 出 力 に 対 する 崩 壊 熱 比 が 0.35%であっても、1 号 機 では 5 MW(500 W のドライヤー1 万

台 分 )、2 号 機 では 8 MW(500 W のドライヤー1.6 万 台 分 )のエネルギーが 放 出 されており、

105


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

崩 壊 熱 が 非 常 に 大 きいことを 理 解 できるだろう。なお、 事 故 から 5 年 以 上 経 過 すると、 運 転

出 力 に 対 する 崩 壊 熱 比 は 0.1%を 下 回 る[4]。

(a) 1 号 機

(b) 2 号 機

図 5-8 東 日 本 大 震 災 時 の 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 1 号 機 、2 号 機 の 崩 壊 熱

( 出 典 : 東 京 電 力 株 式 会 社 、「 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 1~3 号 機 の 炉 心 状 態 について 東 京

電 力 株 式 会 社 、 平 成 23 年 11 月 30 日 」、2011 年 .)

【コラム】 原 子 炉 の 崩 壊 熱 の 除 去 に 必 要 な 水 の 量 の 概 算

運 転 中 の 原 子 炉 が 何 かしらの 事 象 で 停 止 した 場 合 、 炉 心 に 冷 却 水 を 供 給 し、 崩 壊 熱 を 冷 却

水 に 移 して 炉 心 を 冷 やすことが 重 要 になる。では、どの 程 度 の 量 の 冷 却 水 が 必 要 になるか 概

算 してみる。なお、ここでは 原 子 炉 の 圧 力 が 維 持 されている 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 1 号 機

106


原 子 炉 の 物 理

および 2 号 機 を 想 定 して 考 える。

まず、 原 子 炉 に 供 給 された 冷 却 水 は 30℃から 300℃まで 上 昇 すると 考 える。ここで、30℃

から 300℃までの 平 均 の 水 の 比 熱 を 4.5 kJ/kg/℃と 考 える。 温 度 上 昇 (30℃→300℃)が 270℃

であるため、 水 1 kg につき 温 度 上 昇 で 除 去 できるエネルギー( 顕 熱 )は(4.5×270 / 1000 =

1.2 MJ)となる。さらに、 原 子 炉 では 水 が 蒸 発 する 際 に 奪 う 熱 ( 潜 熱 )も 利 用 しており、300℃

での 潜 熱 は 1.4 MJ 程 度 となる。 顕 熱 と 潜 熱 を 合 わせると、 水 1 kg につき 2.6 MJ を 除 去 でき

ることとなる。

さて、 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 1 号 機 が 停 止 してから 1 日 間 で 放 出 される 崩 壊 熱 を 8.0×10 5

MJ とすると、この 熱 を 除 去 するためには 8.0×10 5 / 2.6 = 3.1×10 5 kg、25 m プールで 0.9 杯

分 程 度 もの 水 が 必 要 となる。また、2 日 目 で 放 出 される 崩 壊 熱 が 5.3×10 5 MJ であるとする

と、この 熱 を 除 去 するためには 5.3×10 5 / 2.6 = 2.1×10 5 kg、25 m プールで 0.6 杯 分 程 度 もの

水 が 必 要 となる。 崩 壊 熱 は 運 転 時 の 原 子 炉 の 出 力 に 概 ね 比 例 し、1 号 機 と 比 較 して 2 号 機 の

出 力 は 約 1.7 倍 であることから、2 号 機 の 崩 壊 熱 の 除 去 に 必 要 な 水 の 量 は 1 号 機 の 約 1.7 倍

となる。

参 考 文 献

[1] K. Shibata, O. Iwamoto, T. Nakagawa, N. Iwamoto, A. Ichihara, S. Kunieda, S. Chiba, K.

Furutaka, N. Otuka, T. Ohsawa, T. Murata, H. Matsunobu, A. Zukeran, S. Kamada, J. Katakura,

“JENDL-4.0: a new library for nuclear science and engineering,” J. Nucl. Sci. Technol., 48, 1-30

(2011).

[2] 野 上 茂 吉 朗 、「 原 子 核 」、 裳 華 房 、(1986).

[3] ラマーシュ 著 、 武 田 充 司 、 仁 科 浩 二 郎 共 訳 、「 原 子 炉 の 初 等 理 論 」( 上 )、 吉 岡 書 店 、(1976).

[4] 西 原 健 司 、 岩 元 大 樹 、 須 山 賢 也 、「 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃 料 組 成 評 価 」、JAEA-

Data/Code 2012-018、(2012).

107


第 5 章 核 分 裂 と 連 鎖 反 応 、 発 生 エネルギー、 崩 壊 熱

108


原 子 炉 の 物 理

第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

109


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

内 容

第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界 ....................................................................................................... 109

6.1 中 性 子 の 増 倍 ......................................................................................................................... 111

6.1.1 中 性 子 の 生 成 ・ 消 滅 と 増 倍 率 ....................................................................................... 112

6.1.2 無 限 増 倍 率 ...................................................................................................................... 113

6.1.3 実 効 増 倍 率 ...................................................................................................................... 114

6.2 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 ...................................................................................................... 119

6.2.1 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 とは ....................................................................................... 119

6.2.2 外 部 中 性 子 源 が 存 在 するときの 未 臨 界 ・ 臨 界 ........................................................... 121

110


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

• 原 子 核 の 核 分 裂 反 応 によって 中 性 子 は 生 成 され、 原 子 核 に 取 り 込 まれる 反 応 や 体 系 外 へ

の 漏 れにより 中 性 子 は 消 滅 する。

• 核 分 裂 反 応 により 生 成 される 中 性 子 数 と、 原 子 核 に 取 り 込 まれる 反 応 や 体 系 外 への 漏 れ

により 消 滅 する 中 性 子 数 のバランスにより、 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 ( 超 臨 界 ) 状 態 が

決 定 される。

• さらに、 未 臨 界 ・ 臨 界 状 態 においては、 外 部 中 性 子 源 の 存 在 の 有 無 により、 原 子 炉 の 状

態 の 時 間 変 化 が 異 なる。

運 転 中 の 原 子 炉 では、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 維 持 し、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 も 常 に 一 定 となる 臨

界 状 態 を 保 つことにより、 一 定 の 出 力 を 維 持 するように 制 御 されている。

一 方 で、 運 転 中 の 原 子 炉 を 停 止 状 態 にするためには、 出 力 を 減 少 させる 目 的 で、 原 子 炉 内

を( 時 間 とともに 中 性 子 数 が 減 少 していく) 未 臨 界 状 態 とする 必 要 がある。 未 臨 界 状 態 を 維

持 することで 中 性 子 数 が 減 少 し、 最 終 的 に 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 維 持 できなくなり、 原 子 炉 は 停

止 状 態 へと 向 かう。

また、 停 止 状 態 の 原 子 炉 を 一 定 の 出 力 状 態 にするためには、 最 初 の 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 引 き

起 こすための 外 部 中 性 子 源 と 呼 ばれる「 種 火 」を 元 として、 原 子 炉 を( 時 間 とともに 中 性 子

数 が 増 加 していく) 臨 界 超 過 状 態 と 臨 界 状 態 に 繰 り 返 し 変 化 させることで、 少 しずつ 出 力 を

上 昇 させていく。

さらに、 種 火 により 発 生 する 中 性 子 の 存 在 の 有 無 により、 未 臨 界 ・ 臨 界 状 態 での 中 性 子 数

の 時 間 変 化 が 異 なる 挙 動 を 示 す。

原 子 炉 の 安 全 性 を 確 保 するためにも、これらの 現 象 を 理 解 し 原 子 炉 の 状 態 を 見 極 めたう

えで、 適 切 に 運 転 ・ 制 御 を 実 施 しなくてはならない。 第 6 章 では、その 基 礎 となる 原 子 炉 の

状 態 、つまり、 原 子 炉 の 臨 界 状 態 と 中 性 子 の 増 倍 の 関 係 について、 重 点 的 に 説 明 する。

6.1 中 性 子 の 増 倍

【この 節 のポイント】

• 原 子 炉 では 一 般 に、 中 性 子 は 原 子 核 の 核 分 裂 反 応 によって 生 成 し、 原 子 核 に 取 り 込 まれ

る 反 応 や 体 系 外 への 漏 れにより 体 系 内 から 消 滅 する。この 生 成 ・ 消 滅 のバランスを 表 す

指 標 を 増 倍 率 という。

• 無 限 増 倍 率 とは、 消 滅 する 中 性 子 数 について、 中 性 子 が 原 子 核 に 取 り 込 まれる 反 応 のみ

を 考 慮 したものである( 体 系 外 への 漏 れが 無 いような 無 限 に 広 い 体 系 内 での 反 応 を 考 え

たものである)。

• 実 効 増 倍 率 とは、 消 滅 する 中 性 子 数 について、 中 性 子 が 原 子 核 に 取 り 込 まれる 反 応 と 体

系 外 へ 漏 れ 出 る 中 性 子 を 考 慮 したものである。

111


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

6.1.1 中 性 子 の 生 成 ・ 消 滅 と 増 倍 率

核 分 裂 反 応 によって 生 成 された 中 性 子 は 高 いエネルギーを 持 つ、いわゆる 高 速 中 性 子 で

ある。 原 子 炉 ( 軽 水 炉 )で 主 に 核 分 裂 反 応 を 起 こすのはウラン 燃 料 中 の U-235 であるが、U-

235 は 低 いエネルギーを 持 つ 熱 中 性 子 によって 核 分 裂 反 応 を 起 こしやすい。そのため、 核 分

裂 で 生 じた 高 速 中 性 子 のエネルギーを 下 げる(「 減 速 させる」という) 必 要 がある( 高 速 中

性 子 も 一 部 は 核 分 裂 反 応 を 引 き 起 こすが、ここでは、 核 分 裂 の 全 てが 熱 中 性 子 により 引 き 起

こされるものと 仮 定 する)。 軽 水 炉 では( 普 通 の) 水 である 軽 水 を 減 速 材 としており、 高 速

中 性 子 は 主 に 水 に 含 まれる 水 素 原 子 (H-1)と 衝 突 することで、エネルギーの 一 部 を 水 素 原

子 ( 水 分 子 )に 受 け 渡 しながら 徐 々に 減 速 し、やがて 熱 中 性 子 になる。しかし、 核 分 裂 反 応

により 生 成 された 高 速 中 性 子 全 てが 熱 中 性 子 になれるわけではなく、 減 速 する 過 程 で 様 々

な 核 種 と 反 応 を 起 こすなどして 消 滅 してしまう 中 性 子 が 存 在 する。たとえば、ウラン 燃 料 中

の U-238 や、 制 御 棒 、PWR では 減 速 材 中 のほう 素 といった 中 性 子 吸 収 材 との 捕 獲 反 応 によ

り 消 滅 する 中 性 子 が 存 在 するし、そもそも 原 子 炉 内 で 原 子 核 と 反 応 することなく 原 子 炉 外

( 炉 心 周 囲 の 水 領 域 )へ 漏 れ 出 て 消 滅 する 中 性 子 も 存 在 する。つまり、 核 分 裂 により 生 成 さ

れた 中 性 子 のうち、U-235 と 核 分 裂 反 応 することができる 中 性 子 はサバイバルゲームを 勝 ち

抜 いた 選 ばれし 者 なのである。 第 5 章 において、 中 性 子 の 世 代 について 簡 単 に 述 べたが( 詳

細 は 第 7 章 で 述 べる)、このゲームは 各 世 代 で 実 施 される。そして、ある 世 代 のゲームを 勝

ち 抜 いた 中 性 子 が、 次 の 世 代 のゲームの 参 加 者 である 中 性 子 を 生 み 出 すことができる。 裏 を

返 すと、ある 世 代 のゲームの 勝 者 が 一 人 もいなければ( 全 ての 高 速 中 性 子 が 減 速 過 程 で 捕 獲

反 応 または 原 子 炉 外 へ 漏 れ 出 ることにより 消 滅 すれば)、 次 の 世 代 のゲームの 参 加 者 を 生 み

出 すことができなくなり、ゲームそのものが 打 ち 切 りとなってしまう。

ある 世 代 のゲーム 参 加 者 のうち、ゲーム 勝 者 により 生 み 出 された 次 の 世 代 のゲーム 参 加

者 と、ゲーム 中 に 消 滅 してしまう 参 加 者 とのバランス、つまり、 中 性 子 の 生 成 量 と 消 滅 量 の

バランスのことを 増 倍 率 (multiplication factor) 1 と 呼 ぶ。 中 性 子 の 生 成 量 と 消 滅 量 がちょう

ど 釣 り 合 っていれば、 増 倍 率 は 1 となる。また、 生 成 量 が 消 滅 量 を 上 回 っていれば 増 倍 率 は

1 より 大 きくなり、 逆 に 消 滅 量 が 生 成 量 を 上 回 っていれば 増 倍 率 は 1 より 小 さくなる。ゲー

ムで 例 えると、 増 倍 率 はある 世 代 のゲーム 参 加 者 数 と 次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 数 の 比 で 表

される。 次 の 世 代 の 参 加 者 が 多 ければ 増 倍 率 > 1、 同 じであれば 増 倍 率 = 1、 次 の 世 代 の 参

加 者 が 少 なければ 増 倍 率 < 1 となる。 仮 に、ある 世 代 のゲームの 勝 者 が U-235 と 核 分 裂 反

応 を 起 こして 次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 を 1 人 あたり 2.5 人 生 み 出 すとすると、ある 世 代 のゲ

ーム 参 加 者 全 員 のうち 40% 以 上 が 最 終 的 に 勝 ち 残 れば、 増 倍 率 は 2.5×0.4 = 1 以 上 を 確 保 で

きるのである( 図 6-1)。

さて、このサバイバルゲームには、 脱 落 ルール( 中 性 子 の 消 滅 方 法 )の 違 いにより 2 種 類

のゲームが 存 在 する。 当 然 、ルール(ゲーム)が 異 なれば 参 加 者 数 に 占 める 勝 者 数 の 割 合 も

異 なり、 世 代 間 の 比 ( 増 倍 率 )も 変 わる。そこで、 次 項 以 降 でこの 2 種 類 のゲームとそのル

1

「 中 性 子 増 倍 率 」とする 場 合 もあるが、ここでは「 増 倍 率 」と 記 述 する。

112


原 子 炉 の 物 理

ールについて 説 明 する。

ある 世 代 のサバイバルゲームの 参 加 者

中 性 子 100 個

U-235と 反 応

次 の 世 代 のサバイバルゲームの 参 加 者

中 性 子 2.5×n 個

・・・・・

・・・・・

ゲームの 脱 落 者

・・・・・

ゲーム 実 施

ゲームの 勝 者

中 性 子 n 個

ゲーム 実 施

図 6-1 サバイバルゲームの 概 念 図

6.1.2 無 限 増 倍 率

前 項 でも 述 べた 2 種 類 のサバイバルゲーム、つまり、 増 倍 率 のうちの 一 方 は 無 限 増 倍 率

(infinite multiplication factor)と 呼 ばれるものである。では、この 無 限 増 倍 率 なるサバイバ

ルゲームのルールはどのようなものなのか。そもそも、このゲームの 脱 落 方 法 ( 中 性 子 の 消

滅 の 仕 方 )は 大 きく 分 けて 2 つある。 一 つが 原 子 核 に 取 り 込 まれる 捕 獲 反 応 ( 増 倍 率 を 求 め

る 際 に 消 滅 の 仕 方 でよく 用 いられるのは 吸 収 反 応 であるが 本 章 では 捕 獲 反 応 を 用 いる。 詳

細 はコラムで 述 べる)で、もう 一 つが 原 子 核 と 反 応 せずに 原 子 炉 外 へ 漏 れ 出 て 行 くものであ

る。 無 限 増 倍 率 とは、 原 子 炉 外 へ 漏 れ 出 る 中 性 子 が 存 在 しないとしたものである。つまり、

原 子 炉 の「 外 」という 概 念 の 無 い 状 況 でのゲームであると 言 える。 中 性 子 を 完 全 に 反 射 する

物 質 で 囲 まれた 空 間 ( 無 限 に 広 い 空 間 ) 内 で 中 性 子 の 生 成 ・ 消 滅 のバランスを 表 しているも

のとも 言 えよう。サバイバルゲームで 例 えると、まったく 出 口 の 無 い 封 鎖 された 空 間 ( 周 囲

を 通 り 抜 けることのできない 大 きな 柵 で 囲 まれたフィールドを 想 像 すると 分 かりやすいか

もしれない)でゲームを 実 施 したものが 無 限 増 倍 率 である。 端 的 に 言 うと、 場 外 に 出 ること

ができず、 場 内 での 脱 落 ルール 2 のみを 適 用 したサバイバルゲームが 無 限 増 倍 率 なのである。

この 無 限 増 倍 率 の 概 念 を 示 したものが、 図 6-2 になる。

2

ゲーム 好 きな 読 者 なら、サバイバルゲームにおける 場 内 脱 落 ルールと 聞 くと、 脱 落 者 の

中 には、 中 性 子 同 士 で 干 渉 し 合 った 結 果 、 脱 落 した 中 性 子 (つまり、 中 性 子 によって 脱 落

させられた 中 性 子 のこと)も 含 まれることを 想 像 される 読 者 もいるかもしれない。しか

し、このゲームでは 中 性 子 同 士 の 干 渉 は 無 く、フィールド 内 に 仕 掛 けられた 罠 (U-238 や

B-10 などの 中 性 子 を 捕 獲 する 核 種 )によって 脱 落 することのみを 考 えればよい。つまり、

罠 から 逃 げながら 最 終 的 なゴール(U-235 との 核 分 裂 )までたどり 着 くのが、このサバイ

バルゲームである。

113


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

場 内 を 囲 む 柵

捕 獲

核 分 裂

核 分 裂

核 分 裂

捕 獲

図 6-2 無 限 増 倍 率 の 概 念

6.1.3 実 効 増 倍 率

2 種 類 あるサバイバルゲーム( 増 倍 率 )のうちの 一 つが 無 限 増 倍 率 であるのに 対 し、 残 り

のもう 一 つが 本 項 で 述 べる 実 効 増 倍 率 (effective multiplication factor)と 呼 ばれるものであ

る。 両 者 でどのような 違 いがあるのだろうか。 無 限 増 倍 率 は 消 滅 する 中 性 子 のうち、 原 子 炉

外 へ 漏 れ 出 てしまう 中 性 子 が 存 在 しないとしたものであった。 一 方 、 実 効 増 倍 率 は、 消 滅 す

る 中 性 子 に 原 子 炉 外 への 漏 れを 考 慮 したものである。 中 性 子 の 漏 れを 考 慮 するか 考 慮 しな

いかが 無 限 増 倍 率 と 実 効 増 倍 率 の 大 きな 違 いなのである。

これをサバイバルゲームで 例 えると、 無 限 増 倍 率 では 周 囲 を 柵 で 囲 まれたフィールドで

ゲームを 実 施 していたが、 実 効 増 倍 率 では 周 囲 を 切 り 立 った 崖 に 囲 まれたフィールドでゲ

ームを 実 施 するものである( 当 然 、 崖 から 落 ちると 脱 落 することになる)。つまり、フィー

ルド 場 外 に 出 ることができず、 場 内 での 脱 落 ( 捕 獲 反 応 による 消 滅 )のみ 取 り 扱 っているの

が 無 限 増 倍 率 で、 一 方 、フィールド 場 内 での 脱 落 ルールに、 場 外 へ 出 た 時 点 で 脱 落 する( 原

子 炉 外 への 漏 れ)というルールを 追 加 したものが 実 効 増 倍 率 である。この 実 効 増 倍 率 の 概 念

を 示 したものが 図 6-3 になる。また、 表 6-1 にサバイバルゲームにおける 無 限 増 倍 率 と 実 効

増 倍 率 のルールをまとめておく。

ここで 仮 に、ある 世 代 のサバイバルゲームの 参 加 者 、フィールド 場 内 の 条 件 ( 原 子 核 に 捕

獲 される 中 性 子 数 )が 全 く 同 じだとする。フィールド 場 外 への 脱 落 ルールの 有 無 により、ゲ

ームの 勝 者 数 はどのようになるだろうか。 当 然 、 中 性 子 からすると 場 外 への 脱 落 ルールを 追

加 したほうが、サバイバルゲームの 難 易 度 が 上 がることで 勝 者 は 減 少 する。つまり、 一 般 的

に 実 効 増 倍 率 < 無 限 増 倍 率 となるのである。

114


原 子 炉 の 物 理

消 滅

場 外 へ 続 く 崖

捕 獲

核 分 裂

核 分 裂

核 分 裂

消 滅

消 滅

捕 獲

図 6-3 実 効 増 倍 率 の 概 念

表 6-1 サバイバルゲームにおける 各 増 倍 率 のルール

無 限 増 倍 率

実 効 増 倍 率

場 外 脱 落 ルール

なし

場 内 脱 落 ルール

あり

あり

【コラム】 無 限 増 倍 率 と 実 効 増 倍 率

本 節 では 無 限 増 倍 率 と 実 効 増 倍 率 をサバイバルゲームに 例 えて、イメージとして 捉 えられ

るように 説 明 した。 先 述 の 通 り、 増 倍 率 とはゲーム 参 加 者 数 の 世 代 間 の 比 として 表 されるが、

この 二 つの 増 倍 率 を 物 理 的 な 式 で 表 すとどのように 表 現 できるのか、このコラムで 補 足 して

おく。このとき、 無 限 増 倍 率 と 実 効 増 倍 率 は 以 下 の 式 で 表 すことができる。

次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 数

・ 無 限 増 倍 率 =

ある 世 代 のゲーム 参 加 者 数

勝 者 により 生 み 出 された 次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 数

=

ゲームの 勝 者 数 + フィールド 場 内 の 脱 落 者 数

生 成 量

=

核 分 裂 量 + 捕 獲 量

生 成 量

=

吸 収 量

115


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 数

・ 実 効 増 倍 率 =

ある 世 代 のゲーム 参 加 者 数

勝 者 により 生 み 出 された 次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 数

=

ゲームの 勝 者 数 + フィールド 場 内 の 脱 落 者 数 フィールド 場 外 への 脱 落 者 数

生 成 量

=

核 分 裂 量 + 捕 獲 量 + 漏 洩 量

生 成 量

=

吸 収 量 + 漏 洩 量

当 然 のことながら、ゲームの 勝 者 数 、 脱 落 者 数 に 負 の 値 は 存 在 しない。したがって、フィ

ールド 場 外 への 脱 落 者 が 存 在 する 場 合 は、 場 外 への 脱 落 者 が 存 在 しない 場 合 と 比 べて、 相 対

的 にゲーム 勝 者 数 が 減 少 し、 結 果 として 次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 数 ( 分 子 )が 小 さくなる。

そのため、 炉 心 内 の 環 境 ( 燃 料 の 組 成 等 )を 全 く 同 じとした 場 合 、 一 般 的 に、 実 効 増 倍 率 の

方 が 無 限 増 倍 率 より 小 さくなる。

また、 各 増 倍 率 の 最 終 的 な 式 に 吸 収 量 という 言 葉 があるが、 中 性 子 の 消 滅 を 考 えるときに

は 吸 収 反 応 (absorption reaction)が 多 く 用 いられる。 第 4 章 でも 述 べたが、 吸 収 反 応 は 主 に

捕 獲 反 応 と 核 分 裂 反 応 の 2 つを 合 わせたものである。 本 節 で 例 として 示 したサバイバルゲー

ムは、 原 子 核 による 捕 獲 反 応 や 体 系 外 への 漏 洩 ( 実 効 増 倍 率 のみ)から 逃 げつつ、U-235 と

の 核 分 裂 反 応 という 最 終 的 なゴールまで 生 き 延 びれば 勝 ち、というルールにしている。 仮 に、

増 倍 率 を 説 明 する 際 に 吸 収 反 応 を 使 用 すると、 中 性 子 にとってのゴールである 核 分 裂 反 応 も

中 性 子 の 消 滅 、つまり 脱 落 に 含 まれてしまい、 読 者 を 混 乱 させてしまう 可 能 性 がある。した

がって、ゲームクリアとゲームオーバーを 明 確 に 分 けるために 本 稿 では 捕 獲 反 応 を 用 いてい

るのである。

【 発 展 的 内 容 】4 因 子 公 式 と 6 因 子 公 式

増 倍 率 を 定 量 的 に 評 価 する 方 法 として、4 因 子 公 式 (four factor formula)と 6 因 子 公 式

(six factor formula)が 存 在 する。それぞれの 公 式 で 用 いられる 因 子 を 以 下 に 記 載 する。ま

た、 本 章 では 中 性 子 の 生 成 ・ 消 滅 の 概 念 を 簡 単 に 捉 えるため、 高 速 中 性 子 による 核 分 裂 反 応

については 触 れていないが、 実 際 の 原 子 炉 では 高 速 中 性 子 による 核 分 裂 反 応 が 一 定 数 存 在

する。ここでは、そのことについても 少 しだけ 触 れることにしよう。

: 熱 中 性 子 再 生 率

燃 料 に 吸 収 された 熱 中 性 子 1 個 あたり、 核 分 裂 反 応 により 生 成 された 中 性 子 の 数 。

: 熱 中 性 子 利 用 率

燃 料 ・ 構 造 材 等 に 吸 収 された 全 熱 中 性 子 のうち、 燃 料 に 吸 収 された 中 性 子 の 割 合 。

: 共 鳴 吸 収 を 逃 れる 確 率

116


原 子 炉 の 物 理

高 速 中 性 子 から 減 速 される 過 程 で、どの 原 子 核 にも 吸 収 されずに 熱 中 性 子 へと 減 速

された 中 性 子 割 合 。

: 高 速 核 分 裂 因 子

高 速 中 性 子 により 発 生 した 核 分 裂 反 応 の 目 安 。すべての 核 分 裂 反 応 が 熱 中 性 子 によ

り 発 生 したのであれば ε = 1 となり、 高 速 中 性 子 により 発 生 した 核 分 裂 反 応 の 寄 与 が

大 きくなるほど 大 きな 値 をとる。

: 高 速 中 性 子 が 炉 心 から 漏 れない 確 率

: 熱 中 性 子 が 炉 心 から 漏 れない 確 率

増 倍 率 は、これらの 因 子 の 積 で 表 される。 因 子 の 意 味 からも 分 かるように、 原 子 炉 からの

中 性 子 の 漏 れを 考 慮 しない 無 限 増 倍 率 では、P F = P T = 1 となるため 必 然 的 に 4 つの 因 子 の 積

で 表 される。 一 方 、 実 効 増 倍 率 は 炉 心 からの 中 性 子 の 漏 れを 考 慮 するので 6 つの 因 子

の 積 で 表 すことができる。 以 下 に、U-235 の 濃 縮 度 が 2 wt%のウラン 燃 料 と 水 を 均

質 に 混 合 した 体 系 において、 無 限 増 倍 率 および 4 つの 因 子 を 計 算 したものを 示 す[1]。

熱 中 性 子 再 生 率 は、ウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 を 増 加 させてもほとんど 変 化 しない。 熱 中 性

子 再 生 率 は 核 種 、 特 に 燃 料 組 成 による 影 響 が 大 きく、 図 の 例 では、 燃 料 組 成 (ウラン 燃 料 中

の U-235 と U-238 の 割 合 )は 常 に 一 定 となっているため、ほとんど 変 化 を 示 さない。

熱 中 性 子 利 用 率 は、ウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 が 大 きくなるにつれ 増 加 する。これは 単 純 に

水 ( 水 素 )による 吸 収 が 減 り、 燃 料 に 吸 収 される 割 合 が 増 加 するためである。

高 速 核 分 裂 因 子 についてもウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 が 大 きくなるにつれ 増 加 していく。 実

際 の 原 子 炉 では 高 速 中 性 子 による 核 分 裂 はある 程 度 存 在 する( 主 な 核 分 裂 は 熱 中 性 子 によ

117


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

るものであるが)。 水 が 少 なくなることで 高 速 中 性 子 の 減 速 効 果 が 弱 まり、 高 速 中 性 子 の 割

合 が 増 加 する。その 結 果 、 高 速 中 性 子 による 核 分 裂 が 増 えるため 高 速 核 分 裂 因 子 は 増 加 す

る。

一 方 、 共 鳴 吸 収 を 逃 れる 確 率 は、ウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 の 増 加 に 伴 い 減 少 していく。ウ

ラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 が 小 さいときは、 燃 料 等 に 吸 収 される 前 に 高 速 中 性 子 は 減 速 されて 熱

中 性 子 になる。しかし、ウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 が 大 きくなるにつれ、 水 による 減 速 効 果 が

弱 まることと、ウラン( 特 に U-238) 割 合 が 増 加 することから 高 速 中 性 子 が 減 速 する 前 に 共

鳴 吸 収 される。そのため 共 鳴 吸 収 を 逃 れる 確 率 は 減 少 していく。

無 限 増 倍 率 は 4 つの 因 子 の 掛 け 合 わせにより 表 されるが、ウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 がある

値 をとるときに 増 倍 率 は 最 大 値 となっている。このときのウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 を 最 適 減

速 (optimal moderation)という。 通 常 運 転 時 にはこの 最 適 減 速 状 態 から 右 側 (ウランの 割

合 が 大 きくなる 側 )になるように 燃 料 と 水 の 量 を 調 整 している。この 理 由 は、 事 故 等 の 事 象

により 原 子 炉 内 の 減 速 材 ( 冷 却 材 )が 減 少 した 場 合 、 人 の 操 作 が 加 えられなくても 増 倍 率 が

下 がっていくようにするためである。 仮 に、 運 転 中 にウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 が 最 適 減 速 状

態 の 左 側 (ウランの 割 合 が 小 さくなる 側 )であったとする。このとき、 事 故 等 により 減 速 材

が 減 少 した 場 合 、 増 倍 率 は 増 加 する 方 向 に 向 かってしまい、 人 による 制 御 が 行 なえない 状 態

であれば、 原 子 炉 が 暴 走 する 可 能 性 がある。したがって、 通 常 の 運 転 時 には 最 適 減 速 状 態 よ

りもウラン/ 軽 水 の 原 子 数 比 が 大 きくなるように 設 定 されている。

118


原 子 炉 の 物 理

6.2 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過

【この 節 のポイント】

• 中 性 子 の 生 成 ・ 消 滅 のバランスにより、 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 が 定 まる。

• 未 臨 界 ・ 臨 界 状 態 において、 外 部 中 性 子 源 の 存 在 の 有 無 によって、 中 性 子 は 時 間 ととも

に 異 なる 挙 動 を 示 す。

6.2.1 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 とは

前 節 では 増 倍 率 について 述 べたが、 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 は 増 倍 率 を 用 いて 以 下 のよう

に 表 すことができる。なお、これより 増 倍 率 と 記 載 したものは、 特 に 断 りのない 限 りすべて

実 効 増 倍 率 のことを 指 すものとする。

・ 未 臨 界 (subcriticality) : 増 倍 率 < 1

・ 臨 界 (criticality) : 増 倍 率 = 1

・ 臨 界 超 過 (supercriticality) : 増 倍 率 > 1

これまで、 増 倍 率 について 述 べた 際 、ある 世 代 と 次 の 世 代 の 2 世 代 分 のみを 取 り 扱 った

が、 実 際 の 原 子 炉 では、 臨 界 状 態 、つまり、 増 倍 率 = 1 を 各 世 代 にわたり 維 持 し 続 ける 必 要

がある。ここで、 未 臨 界 ・ 臨 界 ・ 臨 界 超 過 の 3 つの 状 態 を 維 持 し 続 けることのイメージを 掴

むためにサバイバルゲームを 例 にしたものを 図 6-4~ 図 6-6 に 示 す( 簡 単 のために、 参 加 者

数 を 円 の 大 きさで 表 している)。 未 臨 界 状 態 では 増 倍 率 < 1 であり、 世 代 を 追 うごとにゲー

ムの 参 加 者 は 減 少 し、やがて 消 滅 していく。 臨 界 状 態 では 増 倍 率 = 1 であり、 世 代 に 依 らず

ゲームの 参 加 者 は 常 に 一 定 である。 一 方 、 臨 界 超 過 状 態 では 増 倍 率 > 1 であり、 世 代 を 追 う

ごとにゲームの 参 加 者 が 増 加 する。

すでに 第 5 章 でも 述 べたが、 中 性 子 が 核 分 裂 反 応 を 引 き 起 こすとエネルギーが 放 出 され

る。ここでも 同 じように、ゲームの 勝 者 が 次 のゲーム 参 加 者 を 生 み 出 す 際 にエネルギーが 放

出 されると 仮 定 する。このとき、 未 臨 界 状 態 では 次 第 に 勝 者 たちによるエネルギーの 放 出 量

が 減 少 していくことが 分 かる。 運 転 中 の 原 子 炉 を 停 止 状 態 にするためには、ゲームの 参 加 者 、

つまり、 中 性 子 数 を 減 らして 出 力 を 下 げていくような 操 作 を 行 う 必 要 がある。

一 方 、 停 止 状 態 の 原 子 炉 を 運 転 状 態 まで 出 力 を 上 げるためには、 図 6-6 のようにゲーム 参

加 者 、つまり、 中 性 子 数 を 増 やしていく 必 要 がある。このために 制 御 棒 引 抜 きなどの 操 作 を

行 い、 捕 獲 反 応 による 中 性 子 の 消 滅 量 を 減 少 させることで、 次 の 世 代 のゲーム 参 加 者 を 増 加

させるような 操 作 を 行 っている。

119


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

・・・・・

第 1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 2 世 代

ゲーム 参 加 者

第 3 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n 世 代

ゲーム 参 加 者

図 6-4 未 臨 界 状 態 のイメージ

・・・・・

第 1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 2 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n 世 代

ゲーム 参 加 者

図 6-5 臨 界 状 態 のイメージ

・・・・・

第 1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 2 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n 世 代 ゲーム 参 加 者

図 6-6 臨 界 超 過 状 態 のイメージ

120


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 即 発 中 性 子 、 遅 発 中 性 子

核 分 裂 反 応 により 発 生 する 中 性 子 は、 大 きく 分 けて 2 種 類 存 在 する。ひとつは 核 分 裂 反 応

後 すぐに 放 出 される( 核 分 裂 後 の 10 -17 秒 以 内 に 発 生 する) 即 発 中 性 子 (prompt neutron)で

あり、もう 一 つが 核 分 裂 反 応 後 に 一 部 の 核 分 裂 生 成 物 から 時 間 遅 れで 放 出 される 遅 発 中 性

子 (delayed neutron)である( 核 分 裂 生 成 物 が β 崩 壊 して 出 来 た 後 の 核 種 から 放 出 されるも

のもある)。U-235 の 核 分 裂 反 応 により 生 成 される 中 性 子 のうち、 遅 発 中 性 子 の 割 合 は 約

0.65%である。 本 章 では 臨 界 状 態 のイメージを 捉 えやすくするために、 即 発 中 性 子 と 遅 発 中

性 子 を 区 別 せずに 説 明 しているが、 実 際 の 原 子 炉 の 制 御 では 特 に 遅 発 中 性 子 の 存 在 が 重 要

となる。 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 の 詳 細 については 第 9 章 で 述 べることになるが、ここでは

即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 を 区 別 することでどのような 影 響 があるか、 簡 単 に 述 べることに

する。

仮 に、 核 分 裂 反 応 により 生 成 される 中 性 子 がすべて 即 発 中 性 子 であったとする。 即 発 中 性

子 の 寿 命 が 約 10 -4 秒 、 増 倍 率 が 1.001 であったとする。このとき、1 秒 経 過 すると、 第 10,000

世 代 以 上 までゲームが 実 施 されたことになるが、1 秒 後 の 第 10,000 世 代 目 のゲーム 参 加 者

は 第 1 世 代 目 のゲーム 参 加 者 の 約 22,000 倍 になる。 通 常 の 原 子 炉 で 考 えると、1 秒 後 に 出

力 が 20,000 倍 以 上 まで 上 昇 することになり、 到 底 制 御 することができない。しかし、 遅 発

中 性 子 の 影 響 を 考 えると「 実 効 的 な」 世 代 時 間 はかなり 長 く、1 秒 後 の 出 力 は 1.012 倍 にな

る。 出 力 が e( 約 2.718) 倍 になる 時 間 を 原 子 炉 安 定 炉 周 期 (reactor stable period、 原 子 炉 ペ

リオドとも 呼 ばれる)というが、 増 倍 率 が 1.001 のとき、 即 発 中 性 子 のみの 場 合 、 原 子 炉 ペ

リオドは 0.1 秒 程 度 (1 秒 後 には 出 力 が e 1/0.1 倍 となる)となり、 遅 発 中 性 子 を 考 慮 すると、

原 子 炉 ペリオドは 85 秒 程 度 (1 秒 後 には 出 力 が e 1/85 )となる[1]。

仮 に、 増 倍 率 を 1.001 として 原 子 炉 の 出 力 を 上 昇 させるとしたとき、 原 子 炉 ペリオドが 数

時 間 単 位 であれば、 所 定 の 出 力 にするまでに 膨 大 な 時 間 を 要 してしまう。 一 方 、 原 子 炉 ペリ

オドが 非 常 に 短 ければ、このような 操 作 を 制 御 して 行 うことは 困 難 となるであろう。この 85

秒 という 値 が 人 類 の 時 間 感 覚 からすると 絶 妙 な 値 であるということを 覚 えておいてほし

い。

6.2.2 外 部 中 性 子 源 が 存 在 するときの 未 臨 界 ・ 臨 界

前 項 では、3 つの 原 子 炉 の 状 態 について 述 べた。しかし、これは 外 部 中 性 子 源 による 中 性

子 の 追 加 が 無 いことを 想 定 している。 原 子 炉 の 起 動 では、「 種 火 」となる 外 部 中 性 子 源 から

発 生 した 中 性 子 を 用 いて、 徐 々に 未 臨 界 から 臨 界 に 近 づけていく。 実 際 の 発 電 用 原 子 炉 では、

この 種 火 となる 外 部 中 性 子 源 は 取 り 除 かれることなく、 常 に 炉 心 に 挿 入 されている 状 態 が

続 く。 外 部 中 性 子 源 からは 常 に 一 定 の 中 性 子 が 放 出 されているが、この 外 部 中 性 子 源 の 存 在

により、 特 に 図 6-4 と 図 6-5 に 示 される、 未 臨 界 状 態 と 臨 界 状 態 のイメージが 大 きく 変 わっ

てくる。 外 部 中 性 子 源 が 存 在 するときの 臨 界 状 態 は、 外 部 中 性 子 源 が 存 在 しないときと 混 同

されやすいので、 先 に 簡 単 に 説 明 しておく。そもそも、 臨 界 状 態 とは 外 部 中 性 子 源 が 存 在 し

ないときに 中 性 子 数 が 常 に 一 定 になる 状 態 のことを 指 している。つまり、 外 部 中 性 子 源 が 存

121


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

在 する 臨 界 状 態 とは、 中 性 子 数 が 単 調 に 増 加 していく 状 態 のことを 指 している。 外 部 中 性 子

源 が 存 在 するときに 中 性 子 数 が 一 定 となる 状 態 は、 臨 界 状 態 ではない( 実 際 には 未 臨 界 状 態

のことを 指 す)。このときの 状 態 をイメージとして 捉 えてもらうために、 以 下 の 図 6-7 ~ 図

6-8 に 外 部 中 性 子 源 が 存 在 する 場 合 の 未 臨 界 状 態 、 臨 界 状 態 を 示 す。 先 に 簡 単 に 説 明 してい

るが、サバイバルゲームを 例 として 少 し 詳 しく 説 明 すると、 前 項 でのゲームは 途 中 参 加 者 が

全 く 存 在 しないものであった。そのため、 第 2 世 代 のゲーム 以 降 は、 第 1 世 代 のゲーム 参 加

者 の 子 孫 にあたるものしか 参 加 者 が 存 在 しないものであった。 外 部 中 性 子 源 とは、 各 世 代 で

実 施 されるゲームに 一 定 数 の 参 加 者 が 追 加 されるものである。 簡 単 のため、ある 未 臨 界 状 態

において、ある 世 代 からの 子 孫 が n 世 代 の 後 に 途 絶 えてしまう、と 仮 定 しよう。この 未 臨 界

状 態 では、 第 n+1 世 代 で 第 1 世 代 からの 子 孫 が 途 絶 え、 第 n+2 世 代 では 第 2 世 代 からの 子

孫 が 途 絶 えることになる。ただし、 世 代 ごとに、 新 たに 外 部 中 性 子 源 からの( 一 定 数 の) 参

加 者 が 加 わっているため、 第 n 世 代 の 後 は、ゲームに 参 加 している 者 の 数 は 一 定 になること

がわかる。このように、 外 部 中 性 子 源 が 存 在 する 未 臨 界 状 態 では、 参 加 者 の 総 数 はやがて 世

代 に 依 らず 一 定 となっていく。 一 方 で、 臨 界 状 態 だと、 世 代 ごとに 一 次 関 数 的 ( 直 線 的 )に

増 加 していくことがわかる。

ひとえに 臨 界 状 態 、 未 臨 界 状 態 といっても、 外 部 中 性 子 源 の 存 在 の 有 無 により、その 挙 動

は 変 わってくる。 特 に、 外 部 中 性 子 源 が 存 在 する 未 臨 界 状 態 の 挙 動 の 把 握 は 非 常 に 重 要 にな

る。 実 際 の 原 子 炉 では、 停 止 中 の 原 子 炉 を 起 動 させ、 徐 々に 臨 界 に 近 づけていく 操 作 を 行 う

際 (これを 臨 界 近 接 (critical approach)と 言 う)、 図 6-7 のように、 外 部 中 性 子 源 が 存 在 す

るときの 未 臨 界 状 態 では 中 性 子 数 がやがて 一 定 となることを 利 用 して、 原 子 炉 の 状 態 がど

のくらい 未 臨 界 なのか( 増 倍 率 が 0 に 近 い 未 臨 界 なのか、 増 倍 率 が 1 に 近 い 未 臨 界 なのか)

を 適 切 に 監 視 している。 具 体 的 にどのような 手 法 で 原 子 炉 の 状 態 を 把 握 しているかは、やや

高 度 な 内 容 になるため 詳 細 は 第 13 章 に 譲 るが、 読 者 のなかで 原 子 力 分 野 ( 特 に 原 子 力 発 電

関 係 、 実 験 炉 関 係 )に 興 味 のある 方 は 一 度 目 を 通 しておくことをお 勧 めする。

122


原 子 炉 の 物 理

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

・・・

外 部 中 性 子 源

・・・・

消 滅

消 滅

第 1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 2 世 代

ゲーム 参 加 者

第 3 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n+1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n+2 世 代

ゲーム 参 加 者

参 加 者 は 増 加

参 加 者 は 一 定

図 6-7 外 部 中 性 子 源 が 存 在 するときの 未 臨 界 状 態 のイメージ

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

・・・

外 部 中 性 子 源

外 部 中 性 子 源

・・・・

第 1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 2 世 代

ゲーム 参 加 者

第 3 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n+1 世 代

ゲーム 参 加 者

第 n+2 世 代

ゲーム 参 加 者

図 6-8 外 部 中 性 子 源 が 存 在 するときの 臨 界 状 態 のイメージ

123


第 6 章 中 性 子 の 増 倍 と 臨 界

【コラム】 原 子 炉 運 転 中 の 臨 界 状 態

運 転 中 の 原 子 炉 では 常 に 臨 界 状 態 を 保 っており、 一 定 の 出 力 を 得 るように 制 御 されてい

る。 原 子 炉 の 起 動 時 に 使 用 した 外 部 中 性 子 源 であるが、 発 電 用 原 子 炉 では 運 転 中 でも 取 り 出

されずに 原 子 炉 に 装 荷 されたままである。このとき 図 6-8 を 見 た 人 なら、「 外 部 中 性 子 源 が

存 在 する 臨 界 状 態 であれば、 出 力 は 上 昇 し 続 けるのではないのか」、と 疑 問 に 思 うだろう。

厳 密 にいうと、 運 転 中 の 発 電 用 原 子 炉 は 限 りなく 臨 界 状 態 に 近 い 未 臨 界 状 態 である。しかし

単 に 未 臨 界 状 態 といっても、 様 々な 状 態 がある。 外 部 中 性 子 源 が 存 在 しない 場 合 、 各 世 代 で

900 個 の 中 性 子 が 生 成 され、1,000 個 の 中 性 子 が 消 滅 したとすると 原 子 炉 は 未 臨 界 状 態 ( 増

倍 率 = 0.9)である。 一 方 で 99,999,999,900 個 の 中 性 子 が 発 生 し、100,000,000,000 個 の 中 性

子 が 消 滅 しても 原 子 炉 はやはり 未 臨 界 状 態 ( 増 倍 率 = 0.9999…)である。ここで、 外 部 中 性

子 源 が 存 在 するとして、そこから 供 給 される 中 性 子 数 を 各 世 代 で 100 個 と 仮 定 する。 前 者 の

ときでは、 外 部 中 性 子 源 からの 中 性 子 供 給 による 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 に 対 する 影 響 は 非 常

に 大 きくなる。 外 部 中 性 子 源 が 存 在 するとき、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 は 1,000 個 で 一 定 となる

が、 外 部 中 性 子 源 を 取 り 除 くと 100 世 代 後 には 中 性 子 数 は 1,000×0.9 100 = 0.027 となり、 出

力 はほとんど 0 となってしまう。 一 方 、 後 者 のときでは 外 部 中 性 子 源 から 供 給 される 中 性 子

数 は、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 に 対 してほとんど 影 響 を 与 えない。 先 ほどと 同 様 に 考 えると、 外

部 中 性 子 源 が 存 在 するとき、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 は 1,000 億 個 で 一 定 となるが、 外 部 中 性 子

源 を 取 り 除 き 100 世 代 経 過 しても、 中 性 子 数 は 1,000 億 ×0.9999… 100 = 999.9… 億 となり、 出

力 はほとんど(まったくといっても 過 言 ではない) 変 化 しない。 運 転 中 の 発 電 用 原 子 炉 は、

先 述 の 未 臨 界 状 態 のうち 後 者 の 状 態 に 近 いものとなる。つまり、 運 転 中 の 原 子 炉 は、 厳 密 に

は 未 臨 界 状 態 とはいっても、 臨 界 状 態 といって 差 し 支 えないような 状 態 なのである( 臨 界 近

傍 という 表 現 が 適 切 かもしれない)。

参 考 文 献

[1] 「シリーズ: 現 代 核 化 学 の 基 礎 1 原 子 炉 物 理 」、 日 本 原 子 力 学 会 (2008).

124


原 子 炉 の 物 理

第 7 章 中 性 子 の 一 生

125


第 7 章 中 性 子 の 一 生

内 容

第 7 章 中 性 子 の 一 生 ................................................................................................................... 125

7.1 中 性 子 の 歩 み ......................................................................................................................... 128

7.1.1 中 性 子 の 飛 行 .................................................................................................................. 128

7.1.2 中 性 子 の 減 速 .................................................................................................................. 132

7.1.3 中 性 子 の 拡 散 .................................................................................................................. 136

7.2 中 性 子 の 最 期 ......................................................................................................................... 138

7.2.1 原 子 核 による 中 性 子 吸 収 ............................................................................................... 138

7.2.2 炉 心 外 への 漏 洩 ............................................................................................................... 142

7.3 中 性 子 の 誕 生 ......................................................................................................................... 143

7.3.1 自 発 核 分 裂 による 中 性 子 源 ........................................................................................... 143

7.3.2 放 射 線 による 核 反 応 を 利 用 した 中 性 子 源 ................................................................... 145

7.3.3 加 速 器 中 性 子 源 ............................................................................................................... 148

7.4 中 性 子 の 子 孫 ......................................................................................................................... 149

7.4.1 核 分 裂 反 応 による 子 孫 の 誕 生 ....................................................................................... 149

7.4.2 中 性 子 の 家 系 .................................................................................................................. 151

7.4.3 中 性 子 のエネルギースペクトル ................................................................................... 152

126


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 中 性 子 は 原 子 核 と 衝 突 するまで 飛 行 し、 散 乱 反 応 によってエネルギーを 失 いながら 体 系

内 を 飛 び 回 り、 最 終 的 には 原 子 核 に 吸 収 されて 一 生 を 終 える。

・ 自 発 核 分 裂 などの 中 性 子 源 を「 種 火 」として、 原 子 炉 内 で 最 初 の 中 性 子 が 誕 生 する。

・ 原 子 核 に 吸 収 された 際 に、 核 分 裂 反 応 が 起 きると 子 孫 の 中 性 子 が 生 まれる。この 子 孫 に

より 家 系 が 続 くことで、 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 起 こる。

商 業 用 の 軽 水 炉 では、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 制 御 することで、 約 1 年 の 期 間 にわたって 数 千

MW(メガ ワット)ものエネルギーを 安 定 的 に 取 り 出 している。このためには、 核 分 裂 連

鎖 反 応 を 引 き 起 こす 何 らかの「 種 火 」を 用 いて、 徐 々に 原 子 炉 を 臨 界 状 態 に 近 づけていき、

単 位 時 間 当 たりに 生 じる 核 分 裂 反 応 の 数 ( 核 分 裂 反 応 率 、 核 分 裂 率 ) [fissions/s] が 定 格 出

力 で 一 定 となるように 制 御 する。

また、 使 用 前 / 使 用 済 みの 核 燃 料 を 安 全 に 取 り 扱 う 際 には、「 決 して、 臨 界 状 態 を 超 えるこ

とが 無 いよう」、 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 直 ちに 終 息 する「 未 臨 界 状 態 」が 常 に 満 足 された 状 況 と

なるよう、 取 り 扱 う 核 燃 料 物 質 の 量 ・ 濃 度 、 取 り 扱 い 時 の 形 状 ・ 水 分 量 などを 適 切 に 設 計 し

管 理 ・ 運 用 しなければならない。

原 子 炉 物 理 学 の 目 的 の 一 つは、 核 燃 料 物 質 を 含 んだ 体 系 ( 原 子 炉 の 炉 心 、 核 燃 料 取 扱 設 備 )

内 における 中 性 子 の 集 団 的 挙 動 、マクロな 核 特 性 ( 中 性 子 の 増 倍 率 )を 精 度 良 く 予 測 するこ

とである。そのためには、どのような 形 で 中 性 子 が 誕 生 し、どのような 過 程 を 経 て、 中 性 子

が 無 くなるのか、その「 中 性 子 の 一 生 」について 理 解 を 深 めることが 肝 となる。

中 性 子 1 個 が、1 個 の 原 子 核 とどのような 核 反 応 を 起 こすかについては、 微 視 的 ( 核 反 応 )

断 面 積 と 呼 ばれる「ミクロな 性 質 」によって 記 述 し 説 明 することができる。しかし、「 中 性

子 の 一 生 」について 考 えるとなると、 中 性 子 1 個 と、 注 目 している 体 系 全 体 との「よりマク

ロな 相 互 作 用 」について 考 える 必 要 がある。これは、1 人 の 人 間 の 一 生 を 考 えるにあたって、

ヒト 単 体 の 生 物 的 な 観 点 のみで 論 じることができず、その 人 物 を 取 り 巻 く 様 々な( 地 理 的 、

家 庭 的 、 経 済 的 、 社 会 的 、 国 際 的 ) 環 境 が 複 雑 に 絡 む、のに 似 ているのかもしれない。

第 7 章 では、 第 4 章 で 述 べたミクロな 核 的 性 質 と 体 系 全 体 で 観 たマクロな 性 質 を 橋 渡 し

し、 第 5 章 および 第 6 章 で 記 述 された 内 容 の 補 足 となるよう、 中 性 子 の 一 生 について 解 説

を 行 うことを 目 的 とする。

127


第 7 章 中 性 子 の 一 生

7.1 中 性 子 の 歩 み

【この 節 のポイント】

・ 炉 心 の 中 で 生 まれた 中 性 子 は、 原 子 核 と 衝 突 するまで 飛 び 続 ける。

・ 散 乱 反 応 が 起 こると、 衝 突 した 中 性 子 のスピードは 遅 くなる。

・ 飛 行 と 散 乱 を 繰 り 返 しながら、 中 性 子 は 遠 くのほうまで 広 がっていく。

本 章 の 7.3 および 7.4 節 で 後 述 することになるが、 原 子 炉 内 では 何 らかの 過 程 により 中 性

子 が 誕 生 する。 生 まれたばかりの 中 性 子 は、1 MeV=1.6×10 -13 J を 超 える 高 いエネルギーを

持 っている。 人 間 に 例 えると、まるで「 赤 ん 坊 」のように、 活 力 に 満 ち 溢 れた 状 態 である。

人 間 は 年 齢 を 重 ねるにつれて 成 長 し、やがては 老 いていく。 同 様 に、 生 まれた 中 性 子 も 原 子

炉 内 を 飛 び 回 り、 物 質 中 の 原 子 核 と 衝 突 し 散 乱 されるという「 経 験 」を 積 んでいくことで、

エネルギーを 失 っていき、ある 種 の「 年 齢 」を 重 ねていくことになる。

本 節 では、 原 子 炉 の 炉 心 内 における 中 性 子 の 歩 みとして、1 中 性 子 の 飛 行 、2 散 乱 反 応 に

よる 中 性 子 の 減 速 、3 物 質 中 の 中 性 子 拡 散 について 説 明 することにしよう。

7.1.1 中 性 子 の 飛 行

エネルギーを 持 った 中 性 子 は、 一 度 ある 方 向 に 飛 び 始 めると、 猪 突 猛 進 、 何 も 障 害 物 が 無

ければ、ずーっと 真 っ 直 ぐに 飛 び 続 けることになる。

1

0.75

0.5

0.25

0

0 0.25 0.5 0.75 1

図 7-1 障 害 物 の 無 い 中 ( 真 空 中 )を 飛 び 続 ける 中 性 子

【コラム】 重 力 で 中 性 子 も 曲 がる?

本 節 では、 比 較 的 エネルギーの 高 い( 速 度 の 大 きい) 中 性 子 を 念 頭 に 置 いて 説 明 している

が、「 超 冷 中 性 子 」と 呼 ばれるような、 速 度 が 極 めて 小 さい( 約 7 m/s 以 下 ) 特 殊 な 中 性 子 を

考 えた 場 合 には、 宙 に 放 り 投 げたボールが 曲 がって 地 面 に 落 ちるかのように、 飛 行 中 に 重 力

128


鉛 直 方 向 の

移 動 距 離 [cm]

原 子 炉 の 物 理

の 影 響 が 大 きく 現 れるようになる。 例 えば、エネルギー 約 260 neV( 速 度 7 m/s)の 中 性 子 が

真 空 中 を 水 平 方 向 に 飛 行 し 始 めた 場 合 、 重 力 の 影 響 によって 放 物 線 状 に 飛 跡 が 曲 がること

なり、 水 平 方 向 に 3 m 進 むと 鉛 直 方 向 に 0.9 m だけ 落 下 する 形 となる。なお、 連 続 エネルギ

ーモンテカルロ 法 に 基 づく、 粒 子 ・ 重 イオン 輸 送 計 算 コード PHITS[1]を 用 いると、 重 力 を

考 慮 した 冷 中 性 子 の 輸 送 計 算 を 実 施 することができる( 下 図 は 計 算 例 )。

水 平 方 向 の 移 動 距 離

[cm]

一 方 、 物 質 中 を 中 性 子 が 飛 行 している 場 合 には、 物 質 を 構 成 する 原 子 核 が 中 性 子 の 飛 行 を

妨 げる「 障 害 物 」の 役 割 を 果 たす。ここでは、 物 質 中 にある 無 数 の 原 子 核 を、 宙 を 漂 う「 風

船 」に 見 立 ててみよう。この 場 合 、まっすぐ 進 んでいた 中 性 子 も、いつか 風 船 ( 原 子 核 )に

ぶつかることになる。 漂 っている 風 船 の 数 が 少 なければ、 風 船 にぶつかる 機 会 も 少 ないため、

より 遠 くまで 飛 び 続 けることができる。 逆 に、 漂 っている 風 船 の 数 が 多 ければ 多 いほど、 中

性 子 は 短 い 距 離 で 風 船 にぶつかることになるだろう。さらに、 風 船 の 数 だけでなく、 風 船 の

大 きさにも 注 目 してみよう。 小 さなサイズの 風 船 であれば、 中 性 子 もぶつかりにくく、より

遠 くまで 飛 行 できるだろう。 逆 に、 漂 っている 風 船 の 数 が 同 じだとしても、サイズが 大 きく

なるほど、より 短 い 距 離 で 中 性 子 がぶつかりやすくなる。

1

1

0.75

0.75

0.5

0.5

0.25

0.25

0

0 0.25 0.5 0.75 1

0

0 0.25 0.5 0.75 1

図 7-2 障 害 物 のある 中 ( 物 質 中 )を 飛 行 し 衝 突 する 中 性 子 :

風 船 の 数 、サイズが 大 きいほど 短 い 距 離 でぶつかりやすい

129


第 7 章 中 性 子 の 一 生

以 上 をまとめると、ある 物 質 内 で 生 まれた 中 性 子 が、 原 子 核 と 衝 突 するまでに 移 動 する 飛

行 距 離 は、 以 下 のような 量 と 関 係 があることが 分 かる。

1 原 子 核 の 数 密 度 [atoms/m 3 ](ある 空 間 を 漂 う 風 船 の 数 )が 大 きいほど、 原 子 核 と 衝 突

しやすく、 飛 行 距 離 は 短 くなる。

2 1 個 の 中 性 子 が 1 個 の 原 子 核 と 衝 突 する 確 率 ( 原 子 核 の「 的 」の 大 きさ)に 相 当 する

「 微 視 的 全 断 面 積 (microscopic total cross section): [barn] = [×10 -28 m 2 ]」が 大 きい

ほど、 原 子 核 と 衝 突 しやすく、 飛 行 距 離 は 短 くなる。

従 って、(ある 空 間 を 漂 う 風 船 の 数 )×( 風 船 の 大 きさ)、すなわち

( 原 子 核 の 数 密 度 [atoms/m 3 ])×( 微 視 的 全 断 面 積 [m 2 ])

によって、 中 性 子 が 原 子 核 とぶつかるまでの 飛 行 距 離 が 決 まりそうである。ここで 導 入 した

「( 原 子 核 の 数 密 度 [atoms/m 3 ])×( 微 視 的 全 断 面 積 [m 2 ])」という 量 は「 巨 視 的 全 断 面 積

(macroscopic total cross section)[1/m]」と 呼 ばれ、 中 性 子 が 1 m 飛 行 している 間 に 原 子 核

と 衝 突 する 確 率 に 相 当 する 量 となっている。 例 えば、 室 温 における 水 密 度 は 約 1,000 kg/m 3

=1 g/cm 3 であるが、この 水 1,000 kg/m 3 内 にある 軽 水 素 H-1 と 酸 素 O-16 原 子 核 の 的 の 総 数

( 巨 視 的 全 断 面 積 )を 求 めてみると、14 MeV の 高 速 中 性 子 に 対 しては 約 10 [1/m]、0.0253

eV の 熱 中 性 子 に 対 しては 約 360 [1/m] といった 大 きさとなっている。このままだと「 確 率 」

であることが 分 かりにくいので、 例 えば、 中 性 子 が 0.001 m = 1 mm だけ 飛 行 したと 考 える

と、 以 上 で 示 した 水 の 巨 視 的 全 断 面 積 の 値 より、14 MeV の 高 速 中 性 子 が 水 中 の 原 子 核 と 衝

突 する 確 率 は 10 [1/m]×0.001 [m] = 1%、0.0253 eV の 熱 中 性 子 が 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 する 確

率 は 360 [1/m]×0.001 [m] = 36%、とそれぞれ 求 めることができる。

さて、 図 7-2 から 分 かるように、 同 じ 物 質 中 であったとしても、 四 方 八 方 、 様 々な 方 向 に

中 性 子 が 飛 んでいれば、 飛 行 できる 距 離 が 長 くなったり 短 くなったり、 確 率 的 に 変 化 しそう

である。 例 えば、14 MeV 中 性 子 が 0.01 m = 1 cm 飛 行 して、 水 中 の 原 子 核 と 初 めて 衝 突 する

確 率 を 簡 単 に 求 めてみよう。

14 MeV 中 性 子 が 1 mm 進 む 間 に 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 する 確 率 が 1%

であれば、( 衝 突 する 確 率 )と( 衝 突 しない 確 率 )の 和 が 100%となることから

14 MeV 中 性 子 が 1 mm 進 む 間 に 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 しない 確 率 は 99%

となる。 従 って、1 mm ずつ 中 性 子 が 飛 行 して 10 回 衝 突 することなく、 最 後 の 1 mm 飛 行 時

に 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 すれば 良 いので、 図 7-3 のような 形 で 確 率 を 計 算 することができる。

衝 突 しない 確 率

衝 突 する 確 率

図 7-3 14 MeV の 中 性 子 が 1 cm だけ 飛 行 した 後 、 初 めて 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 する 確 率 :

0.001 m = 1 mm ずつ 飛 行

130


距 離 lだけ 飛 行 して 衝 突 する 確 率 [%]

原 子 炉 の 物 理

図 7-3 で 示 したような 手 順 で、14 MeV のエネルギーを 持 つ 中 性 子 が、ある 距 離 だけ 水 中

の 原 子 核 と 衝 突 することなく 飛 行 し、(その 後 1 mm だけ 進 む 間 に) 初 めて 水 中 の 原 子 核 と

衝 突 する 確 率 ( 初 衝 突 確 率 )を、 短 い 距 離 から 長 い 距 離 まで 調 べてみると 図 7-4 で 示 したよ

うな 結 果 となる。 要 は、 距 離 が 遠 くなればなるほど、それだけ 風 船 ( 原 子 核 )と 出 会 うチャ

ンスに 恵 まれ、その 距 離 まで 無 傷 で 到 達 できる 確 率 はますます 低 くなる。その 結 果 、 初 衝 突

確 率 は 飛 行 距 離 が 長 くなるにつれて、ゆるやかにゼロに 近 づいて 減 少 するような 形 になる。

すなわち、 図 7-4 で 示 した 関 数 の 形 は「 指 数 関 数 」と 呼 ばれる 関 数 に 近 い 形 となっている 1 。

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

中 性 子 の 飛 行 距 離 l [m]

図 7-4 14 MeV 中 性 子 がある 距 離 だけ 飛 行 後 、 初 めて 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 する 確 率 :

0.001 m = 1 mm ずつ 飛 行

1 個 の 中 性 子 の、 物 質 中 の 原 子 核 との 衝 突 は、「 進 む 距 離 が 長 くなればなるほど、 指 数 関

数 的 に 確 率 が 低 くなる」という 確 率 的 な 事 象 であるため、 中 性 子 が 進 むことができる 距 離 は、

短 い 場 合 もあれば 長 い 場 合 もあり、 確 率 的 にばらつく 点 には 注 意 しよう。

ただし、 飛 行 できる 平 均 的 な 距 離 ( 期 待 値 )については、 理 論 的 に 予 測 することができる。

例 えば、 物 質 の 巨 視 的 全 断 面 積 (1 m 飛 行 する 間 に 原 子 核 と 衝 突 する 確 率 )が 10 [1/m]の 場

合 、「 巨 視 的 全 断 面 積 の 逆 数 に 相 当 する 長 さ 0.1 m」だけ 飛 行 したとすると、 期 待 値 として 10

×0.1=1 回 は 原 子 核 と 衝 突 するのでは?と 推 測 できる。 結 論 として、 巨 視 的 全 断 面 積 の 逆 数

1/10 m = 0.1 m =10 cm を 考 えると、 平 均 的 な 中 性 子 の 飛 行 距 離 を 求 めることができ、この 平

均 距 離 は 平 均 自 由 行 程 (mean free path)とも 呼 ばれている。 平 均 自 由 行 程 は、 巨 視 的 断 面

積 の 大 きさに 反 比 例 した 長 さとなるため、 中 性 子 エネルギーや 物 質 に 対 して 変 化 すること

になる。 例 えば、 水 中 の 原 子 核 と 衝 突 する 平 均 自 由 行 程 は、14 MeV の 高 速 中 性 子 に 対 して

は 約 10 cm だが、0.0253 eV の 熱 中 性 子 に 対 しては 1÷360 = 0.0028 m = 2.8 mm と 概 算 す

ることができる。 再 度 繰 り 返 しになるが、 巨 視 的 全 断 面 積 が「 単 位 長 さ 当 たりに 衝 突 する( 平

1

今 回 は 簡 単 のため 1 mm ずつ 中 性 子 を 飛 行 させたが、さらに 微 小 な 距 離 1μm(マイクロ

メートル)→1nm(ナノ メートル)→…ずつ 中 性 子 が 衝 突 する/ 衝 突 しない 確 率 を 考 えた

とすると、 初 衝 突 確 率 は「 指 数 関 数 」に 一 致 するようになる。

131


第 7 章 中 性 子 の 一 生

均 的 な) 確 率 」に 相 当 することを 思 いだせば、「 平 均 自 由 行 程 だけ 中 性 子 が 飛 行 すれば、 原

子 核 と 衝 突 する 回 数 の 期 待 値 『( 平 均 的 な 確 率 )と( 平 均 的 な 距 離 )の 積 』は 1 回 である」

と 考 えればよい。

7.1.2 中 性 子 の 減 速

第 4 章 で 述 べたように、 飛 行 した 中 性 子 が 原 子 核 と 衝 突 した 後 には、1 衝 突 した 原 子 核 の

種 類 、2 中 性 子 のエネルギーに 応 じて、 様 々な 種 類 の 核 反 応 が 起 こることになる。 様 々な 核

反 応 のうち、 仮 に「 散 乱 反 応 」が 起 こった 場 合 には、 衝 突 前 にまっすぐ 飛 行 していた 中 性 子

が 持 っている 運 動 エネルギーの 一 部 が、 衝 突 した 原 子 核 に 与 えられることになる。 衝 突 前 /

衝 突 後 でエネルギーの 総 量 は 保 存 されるため、 結 局 のところ、 散 乱 反 応 が 起 こると 中 性 子 エ

ネルギーはより 低 いエネルギーに 減 少 ( 中 性 子 が 減 速 )することになる。 散 乱 反 応 後 の 中 性

子 は、 次 の 原 子 核 と 衝 突 するまで 散 乱 された 方 向 に 中 性 子 は 飛 行 し、また、 何 らかの 核 反 応

( 散 乱 もしくは 吸 収 )を 起 こすことになる。 従 って、 原 子 核 と 吸 収 反 応 を 起 こして 亡 くなる

まで、 飛 行 → 散 乱 を 繰 り 返 しながら、 徐 々に 中 性 子 は 減 速 することになる。この 減 速 過 程 は、

人 間 が 荒 波 にもまれながら 人 生 経 験 を 積 んで 年 齢 を 重 ね 老 衰 に 至 る 過 程 、すなわち、「 老 化 」

に 似 ているのかもしれない。

(1) 弾 性 散 乱

中 性 子 - 原 子 核 の 弾 性 散 乱 反 応 を 考 えた 場 合 には、 中 性 子 の 質 量 になるべく 近 い 軽 い 原 子

核 ほど、 効 率 よく 中 性 子 のエネルギーを 奪 うことができる。 例 えば、お 手 元 に 財 布 があれば、

1 円 を 中 性 子 とみなして、 標 的 として 同 じ 質 量 の 1 円 、それより 重 い 5 円 、10 円 、500 円 に

対 して「おはじき」をしてみると、 直 観 的 に 理 解 しやすいだろう。1 円 を 同 じ 質 量 の 1 円 に

衝 突 させたほうが 散 乱 された 1 円 の 速 度 は 小 さくなり、 標 的 とした 硬 貨 の 質 量 が 重 いほど

散 乱 後 の 1 円 の 速 度 は 大 きくなる。

図 7-5 硬 貨 のおはじき:

ぶつける 1 円 玉 を「 中 性 子 」とすると、 標 的 の 1 円 玉 は「 軽 水 素 (H-1)」、

500 円 玉 は「リチウム 7(Li-7)」の 質 量 比 に 相 当

132


原 子 炉 の 物 理

従 って、 中 性 子 とほぼ 同 じ 質 量 の 陽 子 1 個 を 原 子 核 とした 軽 水 素 (H-1)と 弾 性 散 乱 反 応

を 起 こした 場 合 が、もっとも 効 率 よくエネルギーを 奪 うことができる。このように、 中 性 子

のエネルギーを 効 率 よく 奪 うことができる 物 質 を 減 速 材 (moderator)と 呼 び、 候 補 として

H 2O 以 外 にも、 重 水 D 2O、 黒 鉛 (グラファイト。 金 属 の「なまり」ではなく、 炭 素 C の 結

晶 )などの 軽 元 素 が 挙 げられる。 減 速 材 として 望 ましい 物 質 の 核 的 性 質 は 以 下 のとおりであ

る。

1 散 乱 前 後 の 中 性 子 エネルギー 比 が 大 きい( 散 乱 前 に 比 べて、 散 乱 後 のエネルギーが 大

きく 減 少 する)。

2 巨 視 的 散 乱 断 面 積 の 値 そのものが 大 きい。

3 巨 視 的 吸 収 断 面 積 の 値 が 小 さく、 中 性 子 を 吸 収 しにくい。

(2) 非 弾 性 散 乱

一 方 、 原 子 核 の 質 量 数 が 大 きくなればなるほど、 原 子 核 と 弾 性 散 乱 を 起 こしても、 中 性 子

の 飛 行 方 向 が 変 わるだけで、 散 乱 前 後 の 中 性 子 エネルギー 比 はほぼ1で、エネルギーはほと

んど 変 化 しない。 例 えば、 中 性 子 を 1 円 玉 とみなした 場 合 、ウランの 質 量 はざっくり「 小 ぶ

りなリンゴ 1 玉 」に 相 当 するが、1 円 玉 をリンゴにぶつけたところで、リンゴはびくともせ

ず、1 円 玉 の 跳 ね 返 る 方 向 が 変 わるだけだろう。

このように 重 い 原 子 核 の 場 合 には、 弾 性 散 乱 ではなく、「 非 弾 性 散 乱 反 応 」という 反 応 に

よって、 散 乱 後 の 中 性 子 エネルギーが 主 に 奪 われることになる。 非 弾 性 散 乱 では、 衝 突 前 の

中 性 子 の 運 動 エネルギーが、 衝 突 した 原 子 核 そのものの 運 動 エネルギーを 増 加 させるので

はなく、むしろ、 原 子 核 ・ 核 子 ( 陽 子 ・ 中 性 子 )のそのものを「ハイテンション」にする( 安

定 な 原 子 核 の 状 態 から 励 起 された 状 態 )のに 消 費 されることになる。「 原 子 核 の 励 起 」を 噛

み 砕 くことは 大 変 難 しいが、 例 えば、「 高 層 ビル」で 例 えるならば、 一 番 下 の 1 階 のフロア

が「 安 定 な 原 子 核 」に 対 応 し、 有 り 余 ったエネルギーを 消 費 するまで 階 段 を 駆 け 上 がって 到

達 できたキリのいい 2 階 以 上 のフロアが「 励 起 された 原 子 核 」の 状 態 に 相 当 する。この 例 え

に 沿 ってさらに 補 足 すると、 高 層 ビルのフロアが 多 数 階 に 亘 るように、「 原 子 核 の 励 起 され

た 状 態 ( 励 起 順 位 )」も 多 段 階 存 在 する。また、 個 々の 高 層 ビルによって 高 さが 異 なりフロ

ア 数 が 異 なるように、「 原 子 核 の 励 起 準 位 」も 個 々の 原 子 核 それぞれに 固 有 のものとなって

いる。

非 弾 性 散 乱 反 応 は、 中 性 子 が 衝 突 した 時 に 標 的 核 がある 大 きさのエネルギー 状 態 に 到 達

するように、 入 射 する 中 性 子 のエネルギーがある 程 度 高 くないと 発 生 しない。このように、

ある 大 きさのエネルギーを 超 えない 限 り 決 して 起 こらない 反 応 をしきい 値 反 応 (threshold

reaction)と 呼 んでいる。

133


中 性 子 束 ( 規 格 化 ) [1/m 2 /s]

第 7 章 中 性 子 の 一 生

(3) 下 方 / 上 方 散 乱

中 性 子 が 高 エネルギー(MeV や keV)の 場 合 、 散 乱 反 応 後 の 中 性 子 のエネルギーは 低 く

( 速 度 は 小 さく)なる。このように 散 乱 後 にエネルギーが 低 くなるような 散 乱 を 下 方 散 乱

(down scattering)という。

生 まれたばかりの 高 エネルギーの 中 性 子 は、 軽 元 素 と 多 数 回 の 散 乱 反 応 を 経 て、やがて 中

性 子 エネルギーが 約 1 eV 以 下 となると、 散 乱 反 応 を 起 こす 物 質 の 温 度 エネルギーと 中 性 子

の 運 動 エネルギーが 同 じぐらいの 大 きさになる。このような 状 態 に 到 達 すると、 中 性 子 が 原

子 核 と 散 乱 反 応 を 起 こした 場 合 には、あたかもピンボールのバンパーで 弾 き 飛 ばされたか

のように、 原 子 核 から 逆 に 中 性 子 が 運 動 エネルギーをもらう 形 になり、 散 乱 後 のエネルギー

が 高 くなる 上 方 散 乱 (up scattering)が 起 こる 場 合 もある。 仮 に、 中 性 子 の 減 速 過 程 を「 老

化 」になぞらえるなら、 上 方 散 乱 は 一 種 のアンチ・エイジングといってもよいかもしれない。

こうして 上 方 散 乱 を 起 こした 中 性 子 は、また 下 方 散 乱 され、 上 方 散 乱 と 下 方 散 乱 を 何 度 も

繰 り 返 して 熱 的 な 平 衡 状 態 に 達 する。 原 子 核 がどれだけ 熱 振 動 しているかによって、 遅 くな

った 中 性 子 に 与 えるエネルギーも 増 えるため、 最 終 的 に 到 達 する 熱 平 衡 状 態 は、 物 質 の 温 度

の 高 さによって 決 まってくる。 上 述 した 過 程 を 経 ることで、 図 7-6 に 示 すような 形 で、 物 質

の 温 度 の 高 さに 比 例 した「あるエネルギー」で 中 性 子 束 のピーク( 極 大 値 )を 持 った、「 熱

平 衡 状 態 の 中 性 子 の 集 団 」が 生 じることになる。このような 熱 平 衡 状 態 にある 中 性 子 の 集 団

を、 総 じて 熱 中 性 子 (thermal neutron) 呼 ぶ。 例 えば、 室 温 20℃を 考 えた 場 合 には、 熱 中

性 子 束 がピーク 値 となるエネルギーは 0.0253 eV であり、 中 性 子 の 速 度 としては 約 2,200 m/s

に 相 当 する。

1.0

0.0253eV

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

0.00 0.05 0.10 0.15 0.20

中 性 子 エネルギー [eV]

図 7-6 上 方 散 乱 による 熱 中 性 子 束 ピーク:

縦 軸 はピーク 値 が1となるよう 規 格 化

134


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 中 性 子 と 中 性 子 同 士 の 衝 突 ・ 散 乱

原 子 炉 内 を 飛 び 交 っている 中 性 子 と 中 性 子 同 士 の 衝 突 ・ 散 乱 については、 中 性 子 と 原 子 核

の 衝 突 ・ 散 乱 に 比 べると 通 常 無 視 できる、と 考 えてよい。

例 えば、 商 業 用 軽 水 炉 の 定 格 出 力 運 転 時 を 考 えた 場 合 、 炉 心 平 均 の 中 性 子 束 の 値 はおよそ

0.6 eV 以 下 の 熱 中 性 子 束 が 約 10 17 ~10 18 [neutrons/m 2 /s]=10 13 ~10 14 [neutrons/cm 2 /s] 程 度 の 大

きさである。「 中 性 子 束 [neutrons/m 2 /s]=( 中 性 子 数 密 度 [neutrons/m 3 ])×( 中 性 子 速 度

[m/s])」の 関 係 を 思 い 出 すと、 熱 中 性 子 の 速 度 が 2,200 m/s として、 熱 中 性 子 の 中 性 子 数 密 度

は 10 14 [neutrons/m 3 ]=10 8 [neutrons/cm 3 ] 程 度 の 大 きさとなる。 従 って、 原 子 核 の 数 密 度 の 大

きさ( 固 体 ・ 液 体 で 10 29 [atoms/m 3 ]=10 23 [atoms/cm 3 ]~ 気 体 の 空 気 で 10 25 [atoms/m 3 ]=10 19

[atoms/cm 3 ])と 比 べて、 中 性 子 数 密 度 は 遥 かに 小 さいと 言 える。

【コラム】 中 性 子 と 仮 想 散 乱

本 節 では、 中 性 子 を 1 円 玉 となぞらえた「 硬 貨 のおはじき」の 例 を 通 じて、 弾 性 散 乱 の 説

明 を 試 みた。 近 年 、「 仮 想 通 貨 」が 話 題 となっているが、 標 的 の 硬 貨 として 実 体 のない「 仮

想 通 貨 」を 置 いてみたらどうなるだろうか?

この 場 合 、「 仮 想 通 貨 」を 置 いてはみたものの、1 円 玉 は 何 の 影 響 を 受 けることなく、エ

ネルギーも 方 向 も 変 わらず 直 進 し 続 けるだろう。ここで 頭 の 体 操 として、『 仮 想 通 貨 を 置 い

た 位 置 で「 仮 想 的 な 散 乱 反 応 」が 起 こるが、 仮 想 散 乱 された 後 の 中 性 子 は 同 じエネルギー・

方 向 で 散 乱 される』という 見 方 をしてみよう。

一 見 、 何 のご 利 益 があるのか 分 からないかもしれないが、 計 算 機 を 活 用 した 数 値 計 算 によ

って 中 性 子 の 集 団 的 挙 動 をシミュレーションする 場 合 には、 上 述 した「 仮 想 散 乱 」の 技 法 が

役 に 立 つこともある。

例 えば、スタニスワフ・ウラム 氏 が 考 案 し、ジョン・フォン・ノイマン 氏 が 命 名 した 数 値

計 算 シミュレーション 法 として、 乱 数 を 用 いた「モンテカルロ 計 算 」が 挙 げられる。モンテ

カルロ 計 算 では、 物 質 が 異 なる 領 域 ごとに 計 算 体 系 を 分 割 して、 中 性 子 の 飛 行 や 原 子 核 との

衝 突 ・ 核 反 応 をシミュレーションする。モンテカルロ 計 算 における「 仮 想 散 乱 」を 活 用 する

方 法 として、 計 算 体 系 の 全 領 域 に 対 して「 仮 想 散 乱 が 起 こる 断 面 積 」をあえて 上 乗 せするこ

とによって、 計 算 上 すべての 領 域 の 巨 視 的 全 断 面 積 を 同 じ 値 にすることができる。こうする

ことで、モンテカルロ 計 算 において、ある 領 域 から 中 性 子 が 飛 行 して、 複 数 の 領 域 を 通 過 し

て、 別 の 領 域 で 衝 突 するまでのシミュレーションをする 場 合 に、「 巨 視 的 全 断 面 積 が 全 領 域

で 同 じ」になっているため、1 回 の 乱 数 を 使 ってシミュレーションするだけで、 最 終 的 に 到

達 する 中 性 子 の 位 置 を 簡 単 に 求 めることができる。この 技 法 は「デルタ・トラッキング 法

135


第 7 章 中 性 子 の 一 生

[2]」とも 呼 ばれる。 異 なる 領 域 間 を 通 過 する 際 に、 通 常 の 方 法 であれば 中 性 子 と 領 域 境 界 面

との( 領 域 形 状 によっては 複 雑 な) 交 点 計 算 を 複 数 回 実 施 せねばならないが、デルタ・トラ

ッキング 法 を 利 用 することで、そういった 複 雑 な 処 理 を 省 くことができるご 利 益 がある。

7.1.3 中 性 子 の 拡 散

1 個 の 中 性 子 が 最 終 的 に 消 滅 するまでの 歩 みを 辿 ってみると 以 下 のようになる。

1 原 子 核 と 衝 突 するまで 飛 行 する。

2 原 子 核 に 散 乱 されて、 中 性 子 の 飛 行 方 向 が 変 化 し、 中 性 子 のエネルギーが 低 くなる。

3 1 飛 行 、2 散 乱 を 繰 り 返 しながら、 物 質 中 を 移 動 する。

15

15

15

10

10

10

5

5

5

0

0

0

-5

-5

-5

-10

-10

-10

-15

-15 -10 -5 0 5 10 15

-15

-15 -10 -5 0 5 10 15

-15

-15 -10 -5 0 5 10 15

20 回 散 乱 40 回 散 乱 80 回 散 乱

図 7-7 黒 鉛 中 で 散 乱 しながら 拡 散 する 中 性 子 :

巨 視 的 全 断 面 積 ≒ 巨 視 的 散 乱 断 面 積 ≒50 [1/m]=0.5 [1/cm]

理 解 を 深 めるための 例 として、 図 7-7 に、 黒 鉛 内 で 中 性 子 が 飛 行 ・ 散 乱 を 繰 り 返 した 際 の、

中 性 子 飛 跡 の 数 値 シミュレーションによる 結 果 を 示 す。 出 発 点 から 右 方 向 に 発 生 した 中 性

子 は、 黒 鉛 と 衝 突 した 時 にはほとんど 吸 収 されることなく、 炭 素 C の 原 子 核 と 散 乱 反 応 を

繰 り 返 すことで、 黒 鉛 内 をあたかも 酔 っ 払 って 千 鳥 足 でフラフラ・ジグザグ 歩 くかの 如 く 移

動 する。

ここで、 散 乱 される 際 の 散 乱 角 の 方 向 が、どの 方 向 にもほぼ 等 しい 確 率 で 散 乱 されるので

あれば、 出 発 点 である 原 点 から 遠 ざかるばかりでなく、 時 には 出 発 点 である 原 点 方 向 に 戻 る

方 向 にも 散 乱 されながら、 散 乱 を 繰 り 返 すにつれて 徐 々に 原 点 から 遠 くの 位 置 まで 中 性 子

が 到 達 することになる。このように、 物 質 中 で 衝 突 反 応 ・ 散 乱 反 応 を 繰 り 返 しながら 中 性 子

が 遠 くまで 広 がっていくことを 拡 散 (diffusion)と 呼 ぶ。

以 上 では、 中 性 子 1 個 だけの 移 動 を 考 えたが、 多 数 の 中 性 子 集 団 が 拡 散 する 別 の 例 えとし

て、 通 勤 / 通 学 中 の 電 車 を 考 えてみよう。 例 えば、1 つの 車 両 がガラガラで、 別 のもう1つの

車 両 は 満 員 でぎゅうぎゅう 詰 めだったとする。この 場 合 、 車 内 のストレスを 軽 減 するために

も、おそらく 人 で 混 雑 している( 中 性 子 が 多 い) 車 両 から、ガラガラの 車 両 ( 中 性 子 が 少 な

い)のほうに 向 かって、 人 ( 中 性 子 )が 流 れていくだろう。

136


原 子 炉 の 物 理

図 7-8 拡 散 のイメージ

体 系 内 における 多 数 個 の 中 性 子 が、 四 方 八 方 に 飛 び 交 っている 場 合 には、 中 性 子 の 拡 散 現

象 によって、 満 員 電 車 の 例 と 同 じように、 見 かけ 上 の 結 果 として、「 中 性 子 束 の 大 きい( 中

性 子 数 密 度 の 高 い) 領 域 から、 中 性 子 束 の 小 さい( 中 性 子 数 密 度 の 低 い) 領 域 に 向 かって、

中 性 子 束 ( 数 密 度 )の 勾 配 の 大 きさに 比 例 して、 中 性 子 が 流 れている」といった 現 象 が 起 こ

ることになる。このように、 数 密 度 の 勾 配 に 比 例 して、 濃 い 場 所 から 淡 い 場 所 に 向 かって 流

れが 生 じるという 拡 散 に 関 する 物 理 法 則 は、フィックの 拡 散 法 則 (Fick’s laws of diffusion)

[3]とも 呼 ばれている。この 拡 散 法 則 は、 原 子 炉 物 理 学 で 対 象 とする 中 性 子 の 拡 散 だけに 限

った 話 ではなく、 空 気 中 に 煙 が 舞 っていく 現 象 、 水 の 中 に 砂 糖 を 溶 かした 時 に 濃 度 が 均 一 に

広 がっていく 現 象 、 高 温 部 から 低 温 部 に 熱 が 広 がっていく 現 象 、など 身 の 回 りの 様 々な 物 理

現 象 で 観 察 できる 物 理 法 則 である。

さて、 中 性 子 が 拡 散 する 理 由 が、 原 子 核 と 衝 突 ・ 散 乱 反 応 を 多 数 回 繰 り 返 すためであるこ

とを 思 い 出 すと、 単 に 中 性 子 数 密 度 の 濃 淡 だけではなく、「 物 質 中 における 中 性 子 の 拡 散 し

やすさ/ 拡 散 し 難 さを 表 すパラメータ」も 中 性 子 の 移 動 に 影 響 を 及 ぼす、と 考 えられる。こ

れは、 満 員 電 車 の 例 でいうと、 精 神 的 ストレスを 和 らげる 観 点 で 考 えるならば、「 車 両 内 か

ら 早 く 出 たいか/ 留 まりたいか」に 相 当 する 量 と 考 えても 良 いかもしれない。ここで 述 べた

「 物 質 中 における 中 性 子 の 拡 散 しやすさ/ 拡 散 し 難 さ」を 表 すパラメータは、 拡 散 係 数

(diffusion coefficient)[m]と 呼 ばれ、このパラメータは 物 質 の 巨 視 的 断 面 積 の 大 きさ 等 に 依

存 する。 物 質 内 で 中 性 子 が 拡 散 しやすい( 拡 散 係 数 が 大 きい) 条 件 は 以 下 のとおりとなる。

1 巨 視 的 全 断 面 積 が 小 さく、 原 子 核 と 衝 突 しにくい 場 合 。

2 巨 視 的 全 断 面 積 が 同 じ 場 合 には、 散 乱 断 面 積 が 相 対 的 に 大 きく、 中 性 子 吸 収 よりも 散

乱 のほうが 起 こりやすい 物 質 の 場 合 。

3 散 乱 反 応 を 起 こした 際 に、 元 の 中 性 子 飛 行 方 向 に 対 して、 人 間 の 目 から 見 て( 実 験 室

系 で) 中 性 子 が 前 方 の 方 向 に 散 乱 されやすい( 中 性 子 が 飛 んできた 方 向 に 戻 りにくい)

場 合 。

【コラム】 中 性 子 の 人 生 経 験 値

核 分 裂 で 生 まれた 若 さあふれる 中 性 子 も、 体 系 内 で 原 子 核 と 衝 突 ・ 散 乱 反 応 を 何 度 も 繰 り

返 し、 物 質 中 を 拡 散 しながら 徐 々に 老 化 していく。 別 々の 場 所 で 生 まれた 中 性 子 1 個 1 個

について、ある 高 エネルギーから 低 エネルギーに 至 るまでの 過 程 に 思 いを 巡 らせると、 同 じ

137


第 7 章 中 性 子 の 一 生

エネルギーに 到 達 した 中 性 子 であったとしても、そこに 至 るまでの「 人 生 内 で 旅 してきた 世

界 の 広 さ」は 粒 子 それぞれであろう。ここで 述 べた「ある 年 (エネルギー)になるまで 人 生

内 で 旅 してきた 世 界 の 広 さ」に 相 当 する 量 が、フェルミ 年 齢 (Fermi age)[4]と 呼 ばれる 炉

物 理 特 有 のパラメータである。ただし「フェルミ 年 齢 」とは 呼 ばれるが、 単 位 の 次 元 は 時 間

ではなく、 面 積 [m 2 ]である。フェルミ 年 齢 の 理 論 的 詳 細 については、 本 教 科 書 のレベルを

遥 かに 超 えるため 概 念 的 な 説 明 のみに 留 めるが、1 物 質 の 拡 散 係 数 [m]の 大 きさに 比 例 、2

巨 視 的 散 乱 断 面 積 [1/m] に 反 比 例 し、3 中 性 子 を 減 速 する 能 力 (1 回 の 散 乱 反 応 で 中 性 子

から 奪 うことができるエネルギー 量 )に 反 比 例 するパラメータがフェルミ 年 齢 となってい

る。 要 は、 同 じエネルギーの 中 性 子 でもフェルミ 年 齢 の 値 が 大 きいほど、 拡 散 現 象 を 通 じて

遠 方 の 世 界 まで 見 聞 きしてきたことを 意 味 し、「その 年 (エネルギー)に 到 達 するまでに、

どれだけ 炉 心 外 に 漏 れて 消 滅 するリスクがあったか」とみなすこともできる。フェルミ 年 齢

を 活 用 することで、 高 速 中 性 子 が 熱 中 性 子 まで 減 速 されるまでの 間 に、 高 速 中 性 子 が 炉 心 外

に 漏 れずに 熱 中 性 子 として 生 き 残 る 確 率 を 簡 便 に 概 算 することができる。

7.2 中 性 子 の 最 期

この 節 のポイント】

・ 原 子 炉 内 を 飛 び 回 った 中 性 子 は、 原 子 核 に 吸 収 されて、その 生 涯 を 閉 じる。

・ 炉 心 外 に 漏 れた 中 性 子 のうち、 散 乱 されて 炉 心 内 に 戻 れなかった 中 性 子 は、 実 質 的 に 消 滅

したことになる。

7.1 節 で 述 べたように、 生 まれたばかりでエネルギーの 高 い 中 性 子 も、 物 質 中 の 原 子 核 と

衝 突 し、 時 に 散 乱 反 応 を 繰 り 返 す「 経 験 」を 積 んでいく。この「 経 験 」を 積 んでいく 過 程 を

経 て、1 個 の 中 性 子 はやがてその 生 涯 を 終 えることとなる。 本 節 では、 原 子 炉 の 炉 心 内 で 生

まれた 中 性 子 の「 最 期 」として、 原 子 核 による 中 性 子 の 吸 収 、 炉 心 外 への 中 性 子 漏 洩 につい

て 説 明 を 行 う。

7.2.1 原 子 核 による 中 性 子 吸 収

(1) 吸 収 反 応

原 子 核 と 衝 突 した 際 に 起 こる 核 反 応 は 散 乱 反 応 だけでなく、 衝 突 した 原 子 核 の 種 類 や、 中

性 子 のエネルギー( 標 的 核 に 対 して 中 性 子 が 衝 突 する 際 の 相 対 的 な 速 度 )に 応 じて、 散 乱 以

外 の 別 の 核 反 応 が 起 こることになる。それら 核 反 応 の 中 でも、 衝 突 した 中 性 子 1 個 を 原 子 核

があたかも 食 べてしまう 反 応 全 般 を、 吸 収 反 応 と 呼 ぶ。 吸 収 反 応 が 起 こると、 飛 行 していた

中 性 子 の 一 生 は、いったん 終 わることになる。ただし、 原 子 核 の 側 から 視 点 を 変 えてみると、

吸 収 された 中 性 子 は 衝 突 した 原 子 核 の 一 部 となり、あたかも、 人 間 が 食 事 を 摂 って 他 の 生 命

を 自 分 の 体 組 織 の 一 部 に 変 換 するのと 似 たような 状 況 になっている。 中 性 子 を 吸 収 した 原

子 核 は、 体 重 が 増 えハイテンションになるため( 質 量 数 が 1 つ 増 えた、 励 起 された 複 合 核 を

形 成 するため)、その 上 がり 調 子 になったテンションを 下 げるために、 別 の 粒 子 や γ 線 を 放

138


原 子 炉 の 物 理

出 したり、 核 分 裂 性 核 種 の 場 合 には 核 分 裂 を 起 こしたりすることで、より 安 定 な 状 態 へとな

ろうとする。

図 7-9 中 性 子 吸 収 反 応 の 微 視 的 断 面 積 例 :

左 図 が H-1 と H-2 の(n, γ) 反 応 、 右 図 が B-10 の(n, γ) 反 応 および(n, α) 反 応 :

( 出 典 :JAEA, Plotting Tool for ENDF (Evaluated Nuclear Data File))

例 えば、 図 7-9 左 図 で 示 すように、H-1 の 場 合 、 中 性 子 エネルギーが 減 少 するにつれて、

中 性 子 速 度 に 対 して 反 比 例 する 形 で、 微 視 的 (n,γ) 反 応 断 面 積 が 増 加 することとなる。 従 って、

H-1 を 減 速 材 として 用 いた 場 合 には、H-1 と 散 乱 反 応 を 起 こすことで、 効 率 よく 中 性 子 のエ

ネルギーを 奪 うことができるものの、 低 エネルギーの 中 性 子 が H-1 に 捕 食 されやすい 性 質

がある 点 に 注 意 する 必 要 がある。 一 方 、 陽 子 1 個 と 中 性 子 1 個 から 成 る 重 水 素 H-2 の 場 合

には、H-1 よりも 1/600 程 度 、(n, γ) 反 応 が 起 こりにくい。これは、 陽 子 1 個 だけの H-1 より

も、 陽 子 1 個 と 中 性 子 1 個 であたかも 夫 婦 のように 対 を 形 成 した H-2 のほうが、より 安 定

な 原 子 核 となっているためである。

別 の 例 として、 原 子 炉 ・ 制 御 棒 内 の 中 性 子 吸 収 材 として 用 いられる B-10 についても 調 べ

てみよう( 図 7-9 右 図 )。B-10 の 場 合 には、(n, γ) 反 応 断 面 積 よりも、(n, α) 反 応 のほうが 7,700

倍 起 こりやすい 反 応 となっており、この 場 合 についても 中 性 子 エネルギーが 低 くなるにつ

れて 中 性 子 速 度 に 反 比 例 して 核 反 応 断 面 積 の 値 が 大 きくなる( 中 性 子 が 吸 収 されやすくな

る)。

【コラム】 中 性 子 の 検 出

B-10 が(n, α) 反 応 を 起 こすと、 10 B+ 1 n→ 7 Li+ 4 He という 反 応 により、 荷 電 粒 子 として α 線

(He 原 子 核 )が 放 出 される。この 性 質 を 利 用 した 中 性 子 検 出 器 として BF 3 比 例 計 数 管 があ

り、(n, α) 反 応 で 発 生 した 荷 電 粒 子 が 計 数 管 内 のガスを 電 離 して 生 じた 電 気 パルスを 測 定 す

ることで、 間 接 的 に 中 性 子 の 検 出 を 行 うことができる。 同 様 に、 3 He 比 例 計 数 管 では、He-3

の(n, p) 反 応 で 生 じた 荷 電 粒 子 (p, H-3)を 利 用 した 電 離 作 用 により、BF 3 比 例 計 数 管 同 様 に 間

接 的 に 中 性 子 の 検 出 を 行 う。 核 分 裂 計 数 管 の 場 合 には、 電 極 に U-235 が 塗 布 されており、U-

235 の 核 分 裂 反 応 で 生 じた 核 分 裂 片 の 電 離 作 用 を 利 用 して、 中 性 子 の 検 出 を 行 う。

139


第 7 章 中 性 子 の 一 生

(2) 共 鳴 反 応

上 述 したように、 一 般 的 には、 散 乱 反 応 を 経 てエネルギーが 低 くなればなるほど、 中 性 子

吸 収 反 応 が 起 こる 確 率 が 高 くなる。それに 加 えて、 標 的 となる 原 子 核 の 種 類 によっては、 中

性 子 を 吸 収 するにあたって「 大 好 物 な 特 定 のエネルギー」が 存 在 する。 長 期 間 熟 成 した 酒 を

古 ければ 古 いほど 良 いと 好 むだけではなく、ある 特 定 の 年 代 だけ 熟 成 させた 酒 を 好 んで 嗜

むかのような、 粋 な 性 質 を 原 子 核 は 持 っている。このような「 中 性 子 を 吸 収 しやすい 特 定 の

エネルギー」のことを 共 鳴 エネルギー(resonance energy)と 呼 ぶ。このように 核 反 応 を 起

こしやすい 共 鳴 エネルギーがある 理 由 は、 中 性 子 を 1 個 食 べて 質 量 数 が 1 個 増 えた 原 子 核

となった 際 にテンションが 上 がる( 原 子 核 エネルギーが 励 起 するレベルに 対 応 するエネル

ギーに 達 する) 場 合 には、それだけ 中 性 子 と 核 反 応 を 起 こしやすくなるためである 2 。

図 7-10 共 鳴 反 応 の 微 視 的 断 面 積 例 :

U-238 の(n, γ) 反 応

( 出 典 :JAEA, Plotting Tool for ENDF (Evaluated Nuclear Data File))

なお、 中 性 子 と 原 子 核 反 応 の 共 鳴 エネルギーについては、 原 子 核 と 衝 突 する 中 性 子 の 相 対

速 度 が 重 要 である 点 を 今 一 度 強 調 しておく。 原 子 炉 内 において 出 力 が 上 昇 することで、 物 質

温 度 も 上 昇 した 場 合 、 熱 エネルギーによって 原 子 が 運 動 ( 振 動 )することで、 原 子 核 と 衝 突

する 中 性 子 の 相 対 速 度 の 変 動 幅 がより 広 がるようになる。すなわち、 飛 行 している 中 性 子 の

向 きに 対 して、 中 性 子 の 飛 行 方 向 と 同 じ 向 きに 標 的 原 子 核 が 動 いている( 原 子 核 が 中 性 子 か

ら 遠 ざかろうとする) 場 合 には 相 対 速 度 はより 遅 くなるが、その 逆 に 中 性 子 の 飛 行 方 向 とは

正 反 対 向 きに 動 いている( 原 子 核 が 中 性 子 に 近 づこうとする) 場 合 には 相 対 速 度 はより 速 く

なる。これは、 道 路 で 車 を 運 転 している 際 に、 運 転 手 から 見 ると、 追 い 抜 かす 車 の 相 対 速 度

は 遅 く、 対 向 車 線 の 車 の 相 対 速 度 が 速 いのと 同 じ 原 理 である。

この 相 対 速 度 のプラス/マイナスの 変 動 幅 は 物 質 の 温 度 上 昇 に 伴 って 増 加 することとなり、

共 鳴 核 反 応 を 起 こしやすいエネルギーの 幅 ( 好 みのストライクゾーン)も 広 がり、 結 果 とし

2

中 性 子 がいったん 原 子 核 に 取 り 込 まれ 複 合 核 を 形 成 した 後 に、エネルギーを 失 うことな

く 放 出 される 場 合 もあり、このような 核 反 応 を 共 鳴 弾 性 散 乱 と 呼 ぶ。

140


微 視 的 (n,γ) 断 面 積 [barn]

原 子 炉 の 物 理

て 中 性 子 と 共 鳴 核 反 応 が 起 きる 確 率 が 増 加 する。この 効 果 をドップラー 効 果 (Doppler effect)

と 呼 ぶ。なお、 救 急 車 が 通 り 過 ぎる 前 後 でサイレン 音 の 聴 こえ 方 が 変 わる 現 象 もドップラー

効 果 と 呼 ばれているが、この 現 象 が 生 じる 理 由 は、 救 急 車 が 人 に 近 づく 時 と 遠 ざかる 時 とで

相 対 速 度 が 変 化 し、 耳 に 入 る 音 の 周 波 数 が 変 化 するためである。 共 鳴 核 反 応 におけるドップ

ラー 効 果 も、 中 性 子 と 原 子 核 の 間 の 相 対 速 度 の 変 化 によって 生 じる 効 果 となっている。

U-238 を 含 んだウラン 燃 料 を 装 荷 した 原 子 炉 において、 何 らかの 過 渡 事 象 により 急 激 な 出

力 上 昇 があった 場 合 には、まずはウラン 燃 料 温 度 が 急 激 に 上 昇 し、その 結 果 U-238 の 共 鳴

吸 収 反 応 による 中 性 子 吸 収 が 多 くなり、 炉 心 内 の 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 持 続 させにくくする( 負

の 反 応 度 効 果 を 与 える)こととなる。

10000

1000

293K

2400K

100

10

1

0.1

2 20

中 性 子 エネルギー [eV]

図 7-11 U-238 の(n,γ) 反 応 断 面 積 のドップラー 効 果 :

青 線 が 温 度 293 K、 赤 線 が 温 度 2,400 K

【コラム】 中 性 子 の 崩 壊

原 子 核 内 ではなく、 原 子 核 外 で 中 性 子 が 単 独 に 存 在 する 場 合 には、 半 減 期 613.9 s で 崩 壊

して 陽 子 が 生 成 されるという 性 質 (β − 崩 壊 )を 持 っている。

n → p + + e − + ν̅e

1 個 の 中 性 子 が 単 位 時 間 当 たりにβ − 崩 壊 する 確 率 ( 崩 壊 定 数 λ)は、0.00113 [1/s]であり、 例

えば、1 個 の 中 性 子 が 1 秒 間 の 間 にβ − 崩 壊 して 中 性 子 が 陽 子 に 変 化 して 一 生 を 終 える 確 率

は 約 0.1%である。

ここで、 光 の 速 度 より 相 当 遅 い 速 度 で 飛 行 している 中 性 子 を 考 えた 場 合 には、1 秒 間 の 間

に 中 性 子 速 度 vの 距 離 [m] だけ 中 性 子 が 飛 行 するため、 中 性 子 が 1 m 飛 行 している 間 にβ −

崩 壊 する 確 率 はλ/vとなる。すなわち、 中 性 子 のβ − 崩 壊 による 減 少 効 果 により、 見 かけ 上

「λ/v」だけ 体 系 全 体 にわたって 巨 視 的 吸 収 断 面 積 が 増 えるとみなすこともできる。この 効

果 を 真 面 目 に 取 り 扱 う 必 要 があるかどうかであるが、 例 えば 0.0253 eV の 熱 中 性 子 を 考 えた

場 合 、 中 性 子 速 度 は 2,200 m/s であり、λ/vの 値 としては 5×10 -7 [1/m] と 極 めて 小 さな 値 で

141


第 7 章 中 性 子 の 一 生

ある。λ/vの 値 は 中 性 子 エネルギーが 低 くなるにつれて、 中 性 子 速 度 に 反 比 例 して 増 加 する

形 となるが、 例 えば 熱 中 性 子 に 対 する 空 気 ( 窒 素 や 酸 素 )の 巨 視 的 吸 収 断 面 積 8×10 -3 [1/m]

と 比 べると、 中 性 子 の 崩 壊 による 消 滅 効 果 「λ/v」は 1/10,000 未 満 の 大 きさであるため、 無

視 可 能 なオーダーであると 考 えられる。

7.2.2 炉 心 外 への 漏 洩

原 子 炉 の 炉 心 内 の 中 性 子 は、 無 衝 突 で 飛 行 し 続 けた 場 合 には 遠 方 まで 移 動 したり、 原 子 核

との 衝 突 ・ 散 乱 によって 炉 心 外 に 拡 散 したりするが、 核 燃 料 から 遠 ざかり 過 ぎるとどうなる

だろうか?

商 業 用 軽 水 炉 の 場 合 、 中 性 子 が 原 子 炉 の 炉 心 外 に 漏 洩 すると、 周 りの 冷 却 水 が 中 性 子 を 散

乱 させ 炉 心 に 戻 す 反 射 体 (reflector)の 役 割 も 果 たすことになる。ただし、H 2O 中 の H-1 に

は、 以 下 のような 性 質 があることには 留 意 しよう。

1 中 性 子 が 原 子 核 に 散 乱 された 場 合 、 散 乱 後 の 飛 行 方 向 は 確 率 的 にばらつくが、 人 間 の

目 から 見 て( 実 験 室 系 において)、H-1 に 散 乱 された 中 性 子 は 前 方 方 向 ( 元 の 位 置 か

ら 遠 ざかる 方 向 )に 散 乱 されやすい。 例 えば、1 円 玉 同 士 でおはじきをした 場 合 、は

じいた 1 円 玉 が 衝 突 した 後 に 飛 行 前 と 反 対 向 きの 方 向 に 跳 ね 返 ることはなく、 前 方

方 向 に 跳 ね 返 って 飛 んでいく。

2 十 分 な 厚 さの 水 が 反 射 体 としてある 場 合 、 中 性 子 は H-1 と 多 数 回 の 散 乱 反 応 を 起 こ

すことになるが、エネルギーが 低 くなるにつれて、 中 性 子 が H-1 と 衝 突 した 際 に(n,

γ) 反 応 を 起 こしやすくなり、 水 反 射 体 中 で 中 性 子 が 吸 収 されてしまう 効 果 がある。そ

のため、 水 反 射 体 が 十 分 な 厚 さ( 約 20 cm)に 達 すると 中 性 子 の 反 射 効 果 は 飽 和 する

こととなる( 無 限 とみなせるほど 厚 い 水 の 反 射 体 が 周 りにあるとみなせる)。

このように、 反 射 体 のおかげで、 炉 心 外 に 漏 れた 中 性 子 のうち 幾 分 かは 再 び 炉 心 内 に 戻 る

ことができる。しかし、 反 射 体 内 の 原 子 核 と 衝 突 しない 中 性 子 はさらに 遠 くまで 移 動 するこ

とで、 散 乱 されたとしても 炉 心 に 戻 りにくくなる。また、 反 射 体 中 で 散 乱 反 応 が 起 こったと

しても、 原 子 核 との 衝 突 ・ 散 乱 を 繰 り 返 し 続 ける 過 程 で、 反 射 体 の 原 子 核 に 中 性 子 が 吸 収 さ

れて、その 一 生 を 終 える 場 合 もある。このように 炉 心 外 に 漏 れた 中 性 子 は、 実 質 的 には「 中

性 子 の 消 滅 」とみなすことができる 状 況 になる。 炉 心 外 への 漏 洩 による 中 性 子 消 滅 量 は、 以

下 のパラメータに 依 存 することとなる。

1 炉 心 の 寸 法 : 炉 心 が 大 きいほど 中 性 子 の 漏 洩 量 は 少 なく、 逆 に 炉 心 が 小 さいほど 中 性

子 漏 洩 量 は 多 くなる。

2 炉 心 の 形 状 : 同 じ 体 積 の 炉 心 であったとしても、 炉 心 表 面 積 が 小 さくなるような 形 状 、

例 えば、 真 ん 丸 な 球 形 炉 心 のほうが 中 性 子 漏 洩 量 は 少 ない。 商 業 用 原 子 炉 では、 中 性

子 経 済 の 観 点 からは、 少 ない 核 燃 料 で 効 率 よく 運 転 するために、 円 柱 形 状 に 近 い 炉 心

体 系 となっている。 一 方 、 薄 い 平 板 状 の 炉 心 形 状 にすると、 炉 心 表 面 積 が 大 きくなり、

中 性 子 漏 洩 量 は 多 くなる。

142


原 子 炉 の 物 理

3 反 射 体 の 有 無 : 炉 心 外 が 反 射 体 無 しの「 裸 」の 条 件 よりも、 十 分 な 厚 さの 反 射 体 があ

ることで、 炉 心 外 への 中 性 子 漏 洩 量 を 少 なくすることができる。

4 炉 心 内 での「 拡 散 しやすさ」: 拡 散 しやすいほど、 炉 心 外 への 中 性 子 漏 洩 量 は 多 くな

る。

7.3 中 性 子 の 誕 生

【この 節 のポイント】

・ 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 引 き 起 こすためには、「 種 火 」となる 中 性 子 源 が 必 要 になる。

・ 核 燃 料 を 中 性 子 照 射 すると、 自 発 核 分 裂 反 応 を 起 こしやすい 超 ウラン 元 素 が 生 成 される。

・ 放 射 性 核 種 から 放 出 された 放 射 線 (α 線 やγ 線 )が 特 定 の 物 質 に 衝 突 することで、(α, n) 反

応 や(γ, n) 反 応 を 起 こす 中 性 子 源 になる。

・ 加 速 器 により 荷 電 粒 子 を 加 速 させて 標 的 核 種 に 衝 突 させることで、 中 性 子 を 発 生 させるこ

ともできる。

7.1 および 7.2 節 の 説 明 では、 起 源 はさておき、 原 子 炉 内 に 中 性 子 が 既 に 生 まれたことを

前 提 として、その 中 性 子 の 歩 み、さらにその 最 期 について 説 明 してきた。 原 子 炉 の 炉 心 内 で

は、 中 性 子 が 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こし 続 けることで、 一 定 の 核 分 裂 エネルギーを 得 ることが

できる。では、ドミノ 倒 しで 最 初 に 倒 す 1 個 のドミノのような、 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 起 源 とな

る「 始 祖 の 中 性 子 」はどうやって 生 まれたのだろうか?

究 極 的 な 中 性 子 の 起 源 としては、 宇 宙 の 始 まり(ビッグバン)から 約 1 マイクロ 秒 だけ 経

過 した 後 に、3 個 の 素 粒 子 (2 個 のダウンクォークと 1 個 のアップクォーク)が 集 まること

で 構 成 された、と 考 えられている。 要 は、ビッグバンで 発 生 したエネルギーが、 素 粒 子 を 介

して、 中 性 子 という 粒 を 形 づくることになった。

原 子 炉 の 炉 心 内 において 起 源 となる 中 性 子 は、そこまで 究 極 的 な 反 応 に 起 因 するのでは

なく、 中 性 子 を 放 出 するような 何 らかの 核 反 応 に 起 因 して 発 生 する。イメージとしては、 火

を 起 こすために 必 要 となる「 種 火 」に 似 ていると 言 ってよいだろう。 本 節 では、 原 子 炉 の 炉

心 内 で 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 種 火 となる 中 性 子 の 誕 生 について、その 要 因 となる 主 要 な 核 反 応

について 説 明 する。

7.3.1 自 発 核 分 裂 による 中 性 子 源

自 発 核 分 裂 (spontaneous fission)とは、α 崩 壊 を 起 こすような 重 核 種 が、 中 性 子 などの 粒

子 と 衝 突 することなく( 外 部 からエネルギーをもらうことなく)、 極 めて 小 さな 確 率 で 自 然

に( 自 発 的 に) 発 生 する 核 分 裂 反 応 のことを 指 す。 自 発 核 分 裂 反 応 が 発 生 すると、それによ

って 体 系 内 に 複 数 個 の 中 性 子 が 新 たに 投 入 されることになるため、これが 核 分 裂 連 鎖 反 応

の「 種 火 」となり 得 る。 核 分 裂 反 応 で 誕 生 した 中 性 子 の 平 均 エネルギーとしては 約 2 MeV=

3.2×10 -13 J であり、 速 度 に 換 算 すると 約 20,000,000 m/s という、 光 速 の 約 7%の 速 度 を 持 っ

た 高 速 中 性 子 となっている。なお、 自 発 核 分 裂 反 応 は、 軽 核 種 では 決 して 起 こらず、 特 定 の

143


第 7 章 中 性 子 の 一 生

重 核 種 でしか 起 こらない。 原 子 番 号 Zが 大 きくなる、すなわち、 原 子 核 中 の 陽 子 数 が 増 える

につれて 自 発 核 分 裂 反 応 の 発 生 率 [fissions/s] も 大 きくなる 傾 向 がある。また、 中 性 子 数 が

奇 数 の 重 核 種 ではほとんど 起 こらず、 中 性 子 数 が 偶 数 の 重 核 種 で 発 生 しやすい 性 質 を 持 っ

ている。

原 子 炉 に 装 荷 する 典 型 的 な 低 濃 縮 ウラン 燃 料 について 考 えると、 同 位 体 としてウラン 238

(U-238)が 95 wt% 超 含 まれている。U-238 は、 半 減 期 44.68 億 年 でα 崩 壊 しα 線 を 放 出 する

放 射 性 核 種 でもある。その 一 方 で、U-238 の 崩 壊 が 起 きた 際 に、 極 めて 低 い 確 率 (5.4×10 -5 %)

で 自 発 核 分 裂 反 応 を 起 こす 場 合 が 有 り 得 る。 自 発 核 分 裂 反 応 が 起 こった 場 合 、 通 常 の 核 分 裂

反 応 と 同 じように、U-238 は 2 つの 原 子 核 に 分 裂 し、それと 同 時 に 複 数 個 ( 期 待 値 として 約

2 個 )の 中 性 子 を 放 出 することになる[5]。ただし、U-238 崩 壊 時 に 自 発 核 分 裂 が 起 こる 確 率

( 分 岐 比 )は、 年 末 ジャンボ 宝 くじで 1 等 前 後 賞 が 当 選 する 確 率 ほど 小 さい。 従 って、 臨 界

近 接 を 監 視 するための 中 性 子 源 として U-238 の 自 発 核 分 裂 反 応 を 考 えた 場 合 には、この 中

性 子 源 強 度 は 極 めて 小 さく、 何 らかの 別 の 中 性 子 源 が 必 要 となる。

原 子 炉 の 運 転 により 核 燃 料 を 中 性 子 で 照 射 し 続 けると、 燃 料 中 の 重 核 種 が 中 性 子 を 捕 獲

し((n, γ) 反 応 を 起 こし)、 時 にβ − 崩 壊 が 起 こる、といった 核 反 応 が 起 こることで、 原 子 番 号

の 大 きな 超 ウラン 元 素 が 生 成 されることになる。 一 例 として、 図 7-12 に(n, γ) 反 応 およびβ −

崩 壊 による、 超 ウラン 元 素 生 成 の 燃 焼 チェーンを 示 す。 例 えば、1 個 の 原 子 核 で 比 較 した 場

合 、U-238 よりも Pu-240 のほうが 自 発 核 分 裂 率 [fission/s] は 約 60,000 倍 大 きい。 原 子 炉 内

では、さらに 重 核 種 の(n, γ) 反 応 が 起 こることで、プルトニウムよりも 原 子 番 号 の 大 きなマ

イナーアクチノイドも 生 成 される。 原 子 炉 内 で 照 射 した 後 の 核 燃 料 において、 自 発 核 分 裂 を

起 こす 主 要 核 種 としてはキュリウム 242(Cm-242)、Cm-244 が 挙 げられる。

図 7-12 燃 焼 チェーン( 出 典 [6])

新 燃 料 のみで 構 成 される 初 期 装 荷 炉 心 の 場 合 には、 一 次 中 性 子 源 として、 人 工 の 自 発 核 分

裂 中 性 子 源 核 種 であるカリフォルニウム 252(Cf-252)を 利 用 する。Cf-252 は 比 較 的 短 い 半

減 期 2.645 年 で 崩 壊 し、 崩 壊 時 に 3.09%の 確 率 で 自 発 核 分 裂 反 応 を 起 こす 放 射 性 核 種 である。

Cf-252 の 製 造 は、 例 えば、 米 国 オークリッジ 国 立 研 究 所 の High Flux Isotope Reactor(HFIR)

144


原 子 炉 の 物 理

において、 超 ウラン 元 素 (バークリウム 249(Bk-249))に 対 して 中 性 子 照 射 することで 行

われる。 製 造 に 手 間 暇 がかかることもあり、1 グラム 当 たりの Cf-252 の 値 段 は 数 十 億 円 程

度 と、 非 常 に 高 価 な 元 素 である。

沸 騰 水 型 原 子 炉 の 取 替 炉 心 を 考 えた 場 合 、 原 子 炉 起 動 時 の 炉 内 の 中 性 子 計 測 装 置 によっ

て 原 子 炉 内 の 状 況 を 把 握 するため、 中 性 子 計 数 率 として 1 秒 間 の 間 に 3 カウント 以 上 確 保

する 必 要 があるが、この 中 性 子 計 数 を 得 るための 種 火 として、 数 サイクル 照 射 後 の 燃 料 集 合

体 を 計 測 装 置 の 周 りに 配 置 している。これは、 照 射 後 燃 料 内 に 含 まれる Cm-242 および Cm-

244 による 自 発 核 分 裂 反 応 を 種 火 として 利 用 している。この 状 況 は、 炭 火 のバーベキューに

おける 火 起 こしとして、 他 のバーベキューで 既 に 使 用 していた 炭 火 の 余 りを 種 火 として 使

用 するのに 似 ているかもしれない。

【コラム】 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 において 検 出 される 放 射 性 希 ガスの 原 因

東 京 電 力 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 事 故 後 の 2011 年 11 月 2 日 、 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 2 号

機 (1F2 号 機 ) 格 納 容 器 内 のガスサンプリングにおける 核 種 分 析 の 結 果 、 放 射 性 の 希 ガスと

して 半 減 期 5.243 日 のキセノン 133(Xe-133)、 半 減 期 9.14 時 間 の Xe-135 が 検 出 された。こ

れらの 放 射 性 核 種 は 核 分 裂 生 成 物 の 一 種 であり、このような 短 半 減 期 核 種 が 検 出 されたこ

とは「2011 年 11 月 2 日 時 点 においても 核 分 裂 反 応 が 生 じていた」ことを 意 味 している。そ

のため、Xe-135 が 検 出 された 当 時 は、「 溶 融 した 燃 料 が 再 臨 界 になっているのではないか?」

との 疑 念 が 生 じた。しかし、これら 短 半 減 期 の 放 射 性 Xe が 存 在 する 原 因 としては、 原 子 炉

内 に 装 荷 されていた 照 射 途 中 ウラン 燃 料 内 に 存 在 する、Cm-242 および Cm-244 の 自 発 核 分

裂 反 応 が 主 要 因 であると 考 えらえる。

なお、 自 発 核 分 裂 の 効 果 に 加 えて、 未 臨 界 状 態 の 炉 心 であるため、Cm-242 および Cm-244

自 発 核 分 裂 などで 発 生 した 中 性 子 を 種 火 とした「 終 息 性 の 核 分 裂 連 鎖 反 応 3

」( 未 臨 界 増 倍 )

もわずかに 生 じている。 近 年 、 核 分 裂 反 応 および 自 発 核 分 裂 によって 発 生 する 放 射 性 Kr-88

(クリプトン 88)も 活 用 した、「 未 臨 界 体 系 における 中 性 子 増 倍 率 」の 逆 推 定 も 試 みられて

いる。 例 えば、 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 1 号 機 の 場 合 には、 未 臨 界 体 系 における 中 性 子 増 倍 率

が 0.47~0.74 と 推 定 されている[7]。

7.3.2 放 射 線 による 核 反 応 を 利 用 した 中 性 子 源

(1) (α,n) 反 応

1932 年 、ケンブリッジ 大 学 の 物 理 学 者 ジェームズ・チャドウィックが 中 性 子 を 発 見 した

[8]。この 発 見 では、α 線 をベリリウムに 衝 突 させることで、ベリリウムから 陽 子 とほとんど

同 じ 質 量 で、 電 気 的 に 中 性 な 粒 子 線 が 放 出 されていることを 見 つけた。

この 実 験 で 起 こっている 核 反 応 は(α, n) 反 応 と 呼 ばれるものであり、 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 種

3

中 性 子 増 倍 率 が 1 未 満 であるため、1 個 の 中 性 子 を 起 点 とした 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 時 間 経 過

に 伴 い 必 ず 終 息 する( 連 鎖 が 終 わる)ような 状 況 を、 本 資 料 では「 終 息 性 の 核 分 裂 連 鎖 反

応 」と 呼 ぶ。

145


第 7 章 中 性 子 の 一 生

火 となる 中 性 子 源 となっている。 例 えば、 放 射 性 の 重 核 種 (ラジウム 226(Ra-226)、ポロニ

ウム 210(Po-210)、アメリシウム 241(Am-241))ではα 崩 壊 を 起 こしてα 線 が 放 出 されるが、

それと Be を 組 み 合 わせることで 逐 次 的 に 9 Be(α, n) 12 C 反 応 を 起 こし、 中 性 子 を 生 み 出 すこ

とができる。 研 究 用 原 子 炉 の 起 動 用 中 性 子 源 として、Am-Be や Pu-Be が 活 用 されている。

(α, n) 反 応 で 誕 生 する 中 性 子 の 平 均 エネルギーは、この 反 応 を 起 こすα 線 のエネルギーに 依 存

して 変 化 するものの、おおよそ 4~5 MeV であり、 核 分 裂 で 発 生 する 中 性 子 のエネルギーよ

りも 高 い。

図 7-13 チャドウィックの 実 験 装 置

( 出 典 :ATOMICA, チャドウィックによる 中 性 子 の 発 見 )

【コラム】 核 燃 料 内 に 存 在 する 中 性 子 源

低 濃 縮 ウラン 燃 料 の 場 合 、U-238 を 含 むため、U-238 の 自 発 核 分 裂 反 応 による 微 弱 な 中 性

子 源 が 核 燃 料 内 には 存 在 している。これ 以 外 にも、(α, n) 反 応 に 由 来 した 中 性 子 源 が 核 燃 料

内 に 内 在 している。

例 えば、 二 酸 化 ウラン 燃 料 を 考 えた 場 合 には、ウランのα 崩 壊 により 放 出 された α 線 が、

天 然 組 成 の 酸 素 中 に 僅 かに 含 まれる 同 位 体 O-18 と(α, n) 反 応 を 起 こすことになるため、この

反 応 も 核 燃 料 内 の 微 弱 な 中 性 子 源 の 一 部 となっている。プルトニウムを 含 んだ 混 合 酸 化 物

燃 料 の 場 合 も 同 様 である。 京 都 大 学 臨 界 集 合 体 実 験 装 置 (KUCA)や 近 畿 大 学 原 子 炉 (UTR-

KINKI)のような 研 究 用 原 子 炉 の 場 合 には、ウラン-アルミニウム 合 金 燃 料 が 使 用 されるこ

とがあるが、ウランのα 崩 壊 により 放 出 されたα 線 がアルミニウム 27(Al-27)と(α, n) 反 応 を

起 こすことで、UO 2 燃 料 の 場 合 と 同 様 に 核 燃 料 内 に 微 弱 な 中 性 子 源 が 内 在 している。

(2) 光 核 反 応

(α, n) 反 応 以 外 にも、 商 業 用 の 加 圧 水 型 原 子 炉 では、アンチモン-ベリリウム(Sb-Be) 中 性

子 源 が 起 動 用 の 中 性 子 源 として 活 用 されている。この 場 合 、 一 つの 前 のサイクルにおいて 制

御 棒 用 案 内 管 内 にアンチモンとベリリウムから 成 るロッドを 装 荷 して 中 性 子 照 射 を 行 う。

定 格 出 力 の 原 子 炉 運 転 中 に Sb-123 が(n, γ) 反 応 を 起 こすことで、 放 射 性 の Sb-124 が 生 成 され

蓄 積 されることになる。ここで、Sb-124 は 半 減 期 60.20 日 でβ − 崩 壊 し、その 壊 変 時 に 高 エネ

ルギーの γ 線 (1.691 MeV、47.57%)を 放 出 することがある。

一 方 、Be-9 は α 線 と(α, n) 反 応 を 起 こすだけでなく、エネルギーがあるしきい 値 (1.665

146


原 子 炉 の 物 理

MeV)を 超 えるような 高 エネルギー γ 線 に 対 してのみ、(γ, n) 反 応 という 光 核 反 応

(photonuclear reaction) 4 も 起 きる 可 能 性 がある。すなわち、Sb-124 から 放 出 される 高 エネ

ルギーγ 線 を 使 うことで Be-9 との 光 核 反 応 によって、 中 性 子 を 発 生 させることができる。

Sb-Be の(γ, n) 反 応 の 場 合 、 発 生 する 中 性 子 エネルギーは 約 0.02 MeV=20 keV と、 核 分 裂 で

発 生 する 中 性 子 のエネルギーよりも 相 当 低 い。Sb-Be 中 性 子 源 では、 前 サイクルの 原 子 炉 運

転 で 生 み 出 した 中 性 子 をいったんアンチモンに 貯 蔵 し、 放 射 性 Sb が 放 出 する γ 線 と Be の

光 反 応 を 介 して「 種 火 」となる 中 性 子 を 間 接 的 に 生 成 している。

図 7-14 Be-9 の(γ,n) 反 応 断 面 積

( 出 典 :NNDC, Evaluated Nuclear Data File (ENDF) Retrieval & Plotting)

【コラム】 宇 宙 線

宇 宙 空 間 には、 太 陽 起 源 や 銀 河 起 源 の 様 々な 宇 宙 由 来 の 放 射 線 ( 宇 宙 線 )が 存 在 している。

地 球 の 磁 場 や 大 気 により 一 次 宇 宙 線 は 遮 られるが、 一 部 の 高 エネルギー 宇 宙 線 は、 大 気 中 の

原 子 核 と(x, n) 核 反 応 を 引 き 起 こして 中 性 子 を 生 み 出 すことにより、 地 球 表 面 上 にも 二 次 宇

宙 線 として 中 性 子 線 が 絶 えず 降 り 注 いでいる。

宇 宙 線 スペクトルおよび 被 ばく 線 量 計 算 プログラム「EXPACS」[9]を 利 用 して 地 表 面 にお

ける 宇 宙 線 由 来 の 中 性 子 空 間 線 量 率 H*(10)を 概 算 してみると、 数 nSv/h のオーダーと 推 定

される。 典 型 的 な 原 子 炉 建 屋 を 考 えた 場 合 、 原 子 炉 が 運 転 中 であったとしても、 周 辺 環 境 に

影 響 を 与 えることが 無 いように 中 性 子 線 ・γ 線 等 の 放 射 線 に 対 する 遮 蔽 壁 が 設 けられてい

る。 炉 心 内 から 外 への 中 性 子 遮 蔽 がなされているということは、 逆 に 言 うと、 二 次 宇 宙 線 と

して 降 り 注 いだ 中 性 子 は 遮 蔽 壁 によって 遮 られ、 炉 心 には 届 かないだろう。

4

光 核 反 応 は 原 子 核 と 光 子 が 起 こす 反 応 である。「 原 子 」と 光 子 が 起 こす 反 応 ( 光 電 効 果 、

コンプトン 散 乱 、 電 子 対 生 成 )とは 異 なるので 注 意 。

147


第 7 章 中 性 子 の 一 生

7.3.3 加 速 器 中 性 子 源

7.3.2 節 で 述 べたように、 放 射 性 核 種 から 放 出 される α 線 や γ 線 といった 放 射 線 を 別 の 原

子 核 に 衝 突 させ、 中 性 子 を 放 出 する 核 反 応 を 利 用 することで、 中 性 子 を 誕 生 させることがで

きる。ただし、α 線 や γ 線 を 放 出 する 放 射 性 核 種 の 崩 壊 そのものは 確 率 的 な 事 象 であり、 中

性 子 を 発 生 させるための 引 き 金 となる「 放 射 性 核 種 の 崩 壊 」という 物 理 現 象 そのものを 人 間

が 任 意 の 形 で on/off する 術 は 現 時 点 ではない。

加 速 器 中 性 子 源 の 場 合 には、 陽 子 (p)や 重 水 素 (d)といった 荷 電 粒 子 を 電 場 で 加 速 させ、

何 らかの 標 的 原 子 核 に 衝 突 させて 核 反 応 を 起 こすことで、 中 性 子 を 発 生 させることができ

る。 見 かけ 上 は、 荷 電 粒 子 を 介 して 電 気 から 中 性 子 を 誕 生 させる 方 法 となっている。 加 速 器

により 荷 電 粒 子 ビーム 強 度 を 制 御 することで、 標 的 原 子 核 から 放 出 される 中 性 子 源 の 強 度

[neutrons/s] や 時 間 的 変 動 ( 例 :パルス 中 性 子 の 幅 、 周 波 数 )を 人 間 が 制 御 できるようにな

る。

例 えば、 京 都 大 学 臨 界 集 合 体 (KUCA)の 固 体 減 速 架 台 (A 架 台 )には、 敷 設 加 速 器 とし

てコッククロフト・ウォルトン 型 加 速 器 が 設 置 されている。この 加 速 器 により、 重 水 素 ビー

ムを 加 速 させて A 架 台 室 にあるトリチウムターゲットに 衝 突 させることで、「 3 H(d, n) 4 He」、

すなわち「D-T 反 応 」を 起 こすことができる。この 核 反 応 により、ちょうど 14 MeV の 中 性

子 をターゲットから 発 生 させ、 未 臨 界 状 態 の 炉 心 に 打 ち 込 むことで、 未 臨 界 炉 心 で 終 息 性 の

核 分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こす 種 火 となる。

図 7-15 コッククロフト 加 速 器 の 例

( 出 典 : 京 都 大 学 複 合 原 子 力 科 学 研 究 所 KUCA パルス 中 性 子 発 生 装 置 )

加 速 器 を 利 用 した 中 性 子 源 の 他 の 例 として、 核 破 砕 中 性 子 源 も 挙 げることができる。 例 え

ば、 陽 子 ビームを 100 MeV 超 の 高 エネルギーとなるまで 加 速 させ、 重 核 種 ターゲット( 鉛

ビスマス(Pb-Bi)、タングステン)に 衝 突 させると、 核 破 砕 (spallation)という 文 字 通 り、

148


原 子 炉 の 物 理

標 的 の 原 子 核 がバラバラに 破 壊 される 反 応 が 起 こり 得 る。 核 破 砕 反 応 が 起 こると、バラバラ

になった 原 子 核 から 多 数 の 中 性 子 が 放 出 される。 超 半 減 期 の 放 射 性 核 種 を 核 変 換 処 理 する

方 法 の 一 つとして 考 案 されている 加 速 器 駆 動 システム(Accelerator-Driven System: ADS)で

は、 核 破 砕 反 応 で 発 生 した 高 エネルギーの 中 性 子 を 未 臨 界 炉 心 の 種 火 として 利 用 すること

で、 低 エネルギー 中 性 子 では 核 分 裂 反 応 が 起 こりにくいマイナーアクチノイドを 核 分 裂 反

応 によって、また、 長 寿 命 の 放 射 性 核 種 を 中 性 子 捕 獲 反 応 や(n, 2n) 反 応 等 によって、より 短

半 減 期 の 放 射 性 核 種 に 変 換 することを 狙 っている。

7.4 中 性 子 の 子 孫

【この 節 のポイント】

・ 原 子 核 が 中 性 子 を 吸 収 し、 核 分 裂 反 応 を 起 こすと、 子 孫 として 2~3 個 の 中 性 子 が 生 ま

れる。

これまでの 7.1~7.3 節 で 述 べたように、 原 子 炉 の 炉 心 内 で 生 まれた 中 性 子 も、 体 系 内 で 無

数 に 存 在 する 原 子 核 と 衝 突 し、 散 乱 反 応 と 飛 行 を 繰 り 返 して 体 系 内 を 拡 散 していきながら、

最 終 的 には 原 子 核 に 食 べられることで、その 中 性 子 の 人 生 は 一 旦 終 わりを 迎 える。

ただし、 中 性 子 を 食 べた 後 の 原 子 核 はテンションが 上 がった 励 起 状 態 であるため、より 安

定 な 状 態 に 落 ち 着 こうと、 引 き 続 き 何 らかの「 反 応 」を 起 こすことになる。こうして 原 子 核

が 起 こした 反 応 の 種 類 によっては、 次 世 代 の 中 性 子 が 新 たに 生 まれる 場 合 も 有 り 得 る。 本 節

では、 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 説 明 に 向 けて、 核 分 裂 反 応 によって 生 じる 中 性 子 の 子 孫 について 説

明 する。

7.4.1 核 分 裂 反 応 による 子 孫 の 誕 生

U-235 のような 核 分 裂 性 核 種 が 標 的 核 種 であるとき、 中 性 子 を 1 個 吸 収 した 際 に 核 分 裂 反

応 を 起 こす 場 合 がある。 核 分 裂 反 応 が 起 きると、 中 性 子 を 1 個 食 べて( 体 重 が 中 性 子 1 個 ぶ

んだけ 増 えて)ハイテンションになった U-236 は、2 つの 原 子 核 に 分 裂 する 5 。このように

核 分 裂 反 応 が 1 回 起 こると、2 つの 原 子 核 に 分 裂 する( 核 分 裂 生 成 物 が 生 まれる)だけでな

く、すべて 合 わせて 約 200 MeV の 膨 大 なエネルギーが 発 生 し、さらに 核 分 裂 反 応 と 同 時 (と

みなせるほど 瞬 時 )に、 複 数 個 の 中 性 子 が 発 生 することがある。

5

ごく 稀 に、ヘリウムやトリチウムのような 軽 元 素 を 含 んだ 3 つの 原 子 核 に 分 裂 すること

もある。

149


第 7 章 中 性 子 の 一 生

図 7-16 U-235 の 核 分 裂 収 率

( 出 典 :JAEA, Graph of Fission Product Yields)

核 分 裂 反 応 で 発 生 した 中 性 子 ( 核 分 裂 中 性 子 )のうち、 核 分 裂 反 応 と 同 時 に 発 生 する 中 性

子 を 即 発 中 性 子 (prompt neutron)と 呼 ぶ。ここで 注 意 すべき 点 は、 核 分 裂 反 応 時 に 核 分 裂

片 ( 核 分 裂 生 成 物 )としてどのような 核 種 に 分 裂 するかがランダムであるのと 同 じように、

核 分 裂 反 応 時 に 放 出 される 即 発 中 性 子 は、 常 に 同 じ 数 だけ 放 出 されるわけではないことで

ある。ただし、 核 分 裂 生 成 物 で 生 じる 核 種 の 割 合 が 統 計 的 に 核 分 裂 収 率 (fission yield、 図 7-

16)と 呼 ばれる 分 布 に 従 うのと 同 じように、 即 発 中 性 子 の 発 生 数 も 核 分 裂 反 応 を 起 こした 核

種 特 有 の 分 布 となっている。 例 えば、U-235 が 熱 中 性 子 と 核 分 裂 反 応 を 起 こした 場 合 には、

図 7-17 に 示 すような 確 率 に 従 って 0~5 個 の 即 発 中 性 子 が 放 出 されることが 知 られている

[10]。 核 分 裂 反 応 が 起 きたからといって、1 個 以 上 の 核 分 裂 中 性 子 が 必 ず 発 生 するわけでは

なく、 時 には 核 分 裂 中 性 子 を 発 生 しない( 子 孫 が 生 まれない) 核 分 裂 反 応 が 起 こる 場 合 も 約

3%だけあるが、U-235 の 場 合 には 1 回 の 核 分 裂 反 応 当 たり 平 均 で 約 2.4 個 の 子 孫 中 性 子 が 発

生 すると 期 待 できる。この 確 率 分 布 を 簡 単 に 近 似 したければ、「 U-235 で 核 分 裂 反 応 が 起 こ

った 場 合 、5 回 勝 負 のジャンケン 大 会 が 始 まり、ジャンケンに 勝 った 数 だけ 新 たに 子 孫 中 性

子 が 誕 生 する、ただしジャンケン 1 回 当 たりの 勝 率 は 2.4÷5」といったモデルで 考 えてもよ

い 6 。 核 分 裂 反 応 を 起 こす 核 種 の 種 類 が 異 なる 場 合 には、このジャンケン 大 会 の 勝 負 回 数 や

1 回 当 たりの 勝 率 が 異 なるため、 核 分 裂 反 応 1 回 当 たりに 発 生 する 核 分 裂 中 性 子 数 の 確 率 分

布 も 異 なる 形 となる。

6

このような 確 率 分 布 を「 二 項 分 布 」と 呼 ぶ。

150


発 生 確 率 ( 規 格 化 ) [a.u]

原 子 炉 の 物 理

40

30

発 生 確 率 [%]

20

10

0

0 1 2 3 4 5 6 7

1 回 の 核 分 裂 あたりに 発 生 する 即 発 中 性 子 数 [ 個 ]

図 7-17 核 分 裂 反 応 1 回 あたりに 発 生 する 即 発 中 性 子 数 の 確 率 (U-235)[10]

こうして 誕 生 した 1 個 1 個 の 核 分 裂 中 性 子 が 持 つエネルギーについても、おおよそ 0~

10 MeV の 範 囲 で 確 率 的 に 幅 のある 形 で 放 出 されることになるが( 図 7-18)、 平 均 的 には 約

2 MeV のエネルギーの 子 孫 中 性 子 が 誕 生 する、と 考 えるとよい。

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

0 2 4 6 8 10

即 発 中 性 子 のエネルギー [MeV]

図 7-18 核 分 裂 中 性 子 のエネルギースペクトル(U-235):

縦 軸 はピーク 値 が1となるよう 規 格 化

7.4.2 中 性 子 の 家 系

前 節 で 述 べたように、 核 分 裂 反 応 によって 子 孫 の 中 性 子 が 2~3 個 生 まれることで、 原 子

炉 内 には 新 たに 中 性 子 が 生 まれ、それが 次 の 核 分 裂 反 応 を 引 き 起 こす、といった 連 鎖 反 応 が

生 じる。これを 核 分 裂 連 鎖 反 応 と 呼 ぶが、 人 間 でいうところの「 家 系 図 」のように、あたか

も「 中 性 子 の 家 系 」が 続 いていく、と 思 えばよい。

151


第 7 章 中 性 子 の 一 生

第 1 世 代 第 2 世 代 第 3 世 代

図 7-19 中 性 子 の 家 系 :

は 原 子 核 による 中 性 子 吸 収

最 後 に、 炉 心 内 で 生 まれた 中 性 子 が 次 の 子 孫 を 生 むまでの 過 程 をまとめてみよう。

体 系 内 で 生 まれた 1 個 の 中 性 子 は、 最 終 的 には、 原 子 核 で 吸 収 されるか、 体 系 外 に 漏 れ

る、そのどちらかで 消 滅 することになる。

原 子 核 による 吸 収 で 中 性 子 が 消 滅 した 場 合 、もっと 限 定 して、 核 分 裂 を 起 こす U-235 の

ような 核 分 裂 性 核 種 に 中 性 子 が 吸 収 された 場 合 には、 核 分 裂 反 応 が 起 こる 場 合 もあること

を 思 い 出 そう。 吸 収 反 応 の 一 部 が 核 分 裂 反 応 であることから、 中 性 子 が 消 滅 した 際 に 核 分 裂

反 応 を 起 こす 確 率 pは 必 ず 1 未 満 となる。しかし、1 回 の 核 分 裂 反 応 が 起 こった 場 合 には 期

待 値 としてν̅ = 2~3 個 の 子 孫 中 性 子 が 発 生 することを 今 一 度 思 い 出 すと、1 個 の 中 性 子 ( 親 )

が 消 滅 した 際 に、 新 たに 誕 生 する 核 分 裂 中 性 子 ( 子 供 )の 期 待 値 kはk = ν̅ × p 個 となる。こ

の 期 待 値 kは、 第 6 章 でも 説 明 があった

「 世 代 間 の( 子 供 中 性 子 数 )÷( 親 中 性 子 数 )の 比 率 」

に 対 応 し、 実 効 増 倍 率 と 呼 ばれる。 実 効 増 倍 率 は、 核 燃 料 を 含 んだ 体 系 の 未 臨 界 / 臨 界 / 超 臨

界 を 考 える 上 で、 非 常 に 重 要 なパラメータになっている。

7.4.3 中 性 子 のエネルギースペクトル

前 節 で 述 べたように、1 個 の 中 性 子 は 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 起 こすことによって「 中 性 子 の 家

系 」を 生 むことになる。 起 源 となる 始 祖 中 性 子 によって 生 じる 中 性 子 の 家 系 は 様 々となるが、

この 家 系 を 全 て 足 し 合 わせた 上 で、ある 時 点 、ある 場 所 に 存 在 している 中 性 子 の 集 団 に 注 目

し、どのようなエネルギーの 中 性 子 の 数 が 多 いのか、 少 なくないのか 調 べたとしよう。これ

は、「 中 性 子 」を「 人 」、「 中 性 子 のエネルギー」を「 年 齢 」とみなせば、 図 7-20 で 示 すよう

な「ある 時 点 における 日 本 の 年 齢 別 の 人 口 分 布 ( 人 口 ピラミッド)」を 調 べることとよく 似

ている。

152


レサジー 平 均 中 性 子 束 [a.u]

原 子 炉 の 物 理

図 7-20 日 本 の 人 口 ピラミッド(2018 年 10 月 1 日 現 在 )

( 出 典 : 総 務 省 統 計 局 , 人 口 推 計 (2018 年 ( 平 成 30 年 )10 月 1 日 現 在 ))

0.0025

0.0020

0.0015

0.0010

0.0005

0.0000

1.0e-3 1.0e-1 1.0e+1 1.0e+3 1.0e+5 1.0e+7

E [eV]

図 7-21 加 圧 水 型 軽 水 炉 の 燃 料 内 における 中 性 子 束 エネルギースペクトル

153


第 7 章 中 性 子 の 一 生

このような 中 性 子 集 団 分 布 を 調 べる 場 合 、 原 子 炉 物 理 学 では、 単 位 体 積 当 たりの 中 性 子 数

密 度 [neutrons/m 3 ]ではなく、 中 性 子 束 [neutrons/m 2 /s]に 基 づいて 調 べる。この 理 由 は、 中 性

子 集 団 と 物 質 中 に 点 在 する 無 数 の 原 子 核 が 起 こす 核 反 応 率 [reactions/m 3 /s]を 考 えた 場 合 、 単

位 時 間 当 たりに 原 子 核 と 核 反 応 を 起 こす 機 会 は、 中 性 子 の 数 だけでなく、1 個 1 個 の 中 性 子

の 速 度 ( 単 位 時 間 当 たりに 飛 行 する 距 離 )にも 比 例 して 増 加 するため、 中 性 子 数 で 見 るより

中 性 子 束 で 見 たほうが 核 反 応 を 起 こす 中 性 子 としてどのエネルギーの 寄 与 が 多 いのか 分 か

りやすいためである。

例 えば、 臨 界 状 態 に 達 した 加 圧 水 型 軽 水 炉 を 対 象 として、ウラン 酸 化 物 燃 料 内 の 中 性 子 束

のエネルギー 分 布 を 調 べてみると、 図 7-21 のような 形 状 となっている。 図 7-21 のようにエ

ネルギーごとに 分 解 して、 中 性 子 束 の 大 きさに 関 する 分 布 を 調 べることから、このような 分

布 をエネルギースペクトル(energy spectrum)と 呼 ぶ。なお、 中 性 子 束 のエネルギースペク

トルを 図 示 する 場 合 、 中 性 子 のエネルギー 範 囲 は 10 -5 eV から 20 MeV の 極 めて 広 い 範 囲 に

亘 るため、 通 常 は 横 軸 のエネルギーを 対 数 目 盛 として 図 示 することが 多 い。この 場 合 、 横 軸

を 対 数 目 盛 で 示 していることから、あるエネルギー 範 囲 E g ≤ E < E g+1 の 平 均 的 な 中 性 子 束

の 値 としては、 中 性 子 エネルギーの 対 数 をとった 目 盛 で 割 った 量 (レサジー)で 平 均 化 して

図 示 する。 図 7-21 を 見 ると 分 かるように、 中 性 子 束 のエネルギースペクトルには、 注 目 し

ている 中 性 子 集 団 の 辿 ってきた 歴 史 が、 分 布 形 状 の 山 や 谷 として 現 れることとなる。

図 7-21 で 示 された 中 性 子 束 エネルギースペクトルについて、まずは 図 右 側 のエネルギー

が 高 いほうから 歴 史 を 辿 ってみよう。 約 1MeV=10 6 eV 付 近 をピークとして 中 性 子 束 の 山 が

存 在 しているが、これは 核 分 裂 反 応 で 生 まれて 間 もないエネルギーの 高 い 核 分 裂 中 性 子 の

集 団 ( 核 分 裂 スペクトル( 図 7-18))に 対 応 する。

こうして 生 まれたばかりの 中 性 子 も、 体 系 内 に 存 在 する 原 子 核 と 衝 突 し 散 乱 反 応 を 起 こ

すことで 次 第 にエネルギーが 奪 われていく。このような 減 速 過 程 によって、100 keV=10 5 eV

以 下 ではエネルギースペクトルは 比 較 的 になだらかな 形 状 で 変 化 する。 仮 想 的 な 状 況 とし

て、 軽 水 炉 体 系 で 中 性 子 吸 収 反 応 が 全 く 起 こらない 状 況 を 考 えたとすると、エネルギースペ

クトルは、 中 性 子 のエネルギーをEとしたとき、1/ Eに 比 例 した 形 状 (1/ Eスペクトル)、レ

サジー 平 均 の 中 性 子 束 で 考 えた 場 合 には 平 らな 形 状 となるだろう。しかし、 通 常 はエネルギ

ーが 低 くなるにつれて 中 性 子 が 原 子 核 に 吸 収 されやすくなるため、エネルギーが 低 くなる

につれて 徐 々に 中 性 子 束 の 大 きさも 小 さくなる。さらに、 原 子 核 と 衝 突 した 際 に、7.2.1 節

(2)で 述 べたような「 共 鳴 反 応 」を 起 こすエネルギー 領 域 では、あたかも「 落 とし 穴 」のよう

に 中 性 子 が 原 子 核 に 吸 収 されることで、 中 性 子 束 分 布 の 急 激 な 谷 ( 歪 み)が 生 じることとな

る。この 共 鳴 反 応 を 起 こすエネルギーは 原 子 核 の 種 類 に 依 った 固 有 な 値 となっているため、

中 性 子 束 が 歪 んでいるエネルギー 位 置 から、 体 系 内 に 存 在 する 原 子 核 の 種 類 を 推 理 するこ

ともできるだろう。 一 例 として、 図 7-21 において 6.67eV のエネルギー 位 置 を 矢 印 で 示 した

が、この 中 性 子 束 歪 みは 図 7-11 で 示 した U-238 の 共 鳴 吸 収 のエネルギーに 対 応 しており、

これは 核 燃 料 内 に U-238 が 存 在 している 事 実 を 示 唆 している。

こうして 共 鳴 吸 収 による 落 とし 穴 を 乗 り 越 えてきた 中 性 子 が、さらに 散 乱 されてエネル

154


原 子 炉 の 物 理

ギーが 物 質 温 度 相 当 まで 低 くなると、7.1.2 節 (3)で 述 べたような 上 方 散 乱 を 起 こすことにな

る。 従 って、 図 7-6 で 示 したように、 物 質 温 度 に 依 存 した 形 で 約 10 -1 eV 付 近 に 熱 中 性 子 束

の 山 が 現 れるようになる。この 熱 中 性 子 束 の 山 の 有 無 によって、 炉 心 が 熱 中 性 子 炉 ( 熱 中 性

子 による 核 分 裂 連 鎖 反 応 で 臨 界 状 態 を 維 持 する 原 子 炉 )であるか 否 か 判 断 でき、 熱 中 性 子 束

のピーク 高 さによって、 減 速 度 合 ( 中 性 子 エネルギーの 奪 いやすさ)を 知 ることができる。

【コラム】 高 速 炉 の 中 性 子 束 エネルギースペクトル

参 考 までに、 臨 界 状 態 に 達 した 高 速 炉 の 中 性 子 束 エネルギースペクトルの 例 を 図 7-22 に

示 す。 軽 水 炉 の 中 性 子 束 エネルギースペクトルとは 異 なり、 高 速 炉 の 場 合 にはエネルギーの

高 い「 高 速 中 性 子 」によって 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 維 持 することになるため、 核 分 裂 スペクトル

に 起 因 した 山 が 一 つだけ 存 在 する( 熱 中 性 子 のピークが 無 い) 形 状 となる。ただし、この 高

速 炉 エネルギースペクトルのピーク 位 置 は、 図 7-18 に 示 した 核 分 裂 スペクトルのピーク 位

置 からエネルギーが 低 いほうに 若 干 シフトした 形 状 となる。

図 7-22 高 速 炉 と 軽 水 炉 の 中 性 子 束 エネルギースペクトル 比 較

( 出 典 :ATOMICA、 典 型 的 な 原 子 炉 内 中 性 子 スペクトル)

155


第 7 章 中 性 子 の 一 生

参 考 文 献

[1] Sato T, et al., “Features of particle and heavy ion transport code system (PHITS) version 3.02,”

J. Nucl. Sci. Technol., 55(6), pp.684–690 (2018).

[2] Leppänen J, “Performance of Woodcock delta-tracking in lattice physics applications using the

Serpent Monte Carlo reactor physics burnup calculation code,” Ann. Nucl. Energy, 37(5), pp.715–

722 (2010).

[3] Fick A, “V. On liquid diffusion,” Phil. Mag., 10 (63), pp.30–39 (1855).

[4] Lamarsh JR( 著 )、 武 田 充 司 、 仁 科 浩 二 郎 ( 訳 )、「 原 子 炉 の 初 等 理 論 ( 上 )」、 吉 岡 書 店

(1974).

[5] Santi P, Miller M, “Reevaluation of prompt neutron emission multiplicity distributions for

spontaneous fission,” Nucl. Sci. Eng., 160(8), pp. 190–199 (2008).

[6] Okumura K, “MOSRA-SRAC; Lattice calculation module of the modular code system for

nuclear reactor analyses MOSRA,” JAEA-Data/Code 2015-015, JAEA (2015).

[7] Morimoto Y, et al., “Proposal of a statistical evaluation method for the criticality of the

Fukushima Daiichi nuclear power plants,” Nucl. Technol., 205(12), pp. 1652–1660 (2019).

[8] Chadwick J, “Possible existence of a neutron,” Nature, 129, p.312 (1932).

[9] Sato T, “Analytical model for estimating terrestrial cosmic ray fluxes nearly anytime and

anywhere in the world: Extension of PARMA/EXPACS,” PLOS ONE, 10(12), e0144679 (2015).

[10] Gwin R, et al., “Measurements of the energy dependence of prompt neutron emission from 233 U,

235

U, 239 Pu, and 241 Pu for E n = 0.005 to 10 eV relative to emission from spontaneous fission of

252

Cf,” Nucl. Sci. Eng., 87(4), pp.381–404 (1984).

156


原 子 炉 の 物 理

第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

157


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

内 容

第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼 ................................................................................................................... 157

8.1 燃 焼 の 概 要 ............................................................................................................................. 160

8.1.1 概 念 .................................................................................................................................. 160

8.1.2 燃 焼 度 .............................................................................................................................. 164

8.1.3 増 倍 率 の 変 化 ................................................................................................................... 165

8.1.4 中 性 子 スペクトルとの 関 係 ........................................................................................... 168

8.2 燃 焼 における 物 理 現 象 .......................................................................................................... 172

8.2.1 重 核 種 .............................................................................................................................. 172

8.2.2 核 分 裂 生 成 物 ................................................................................................................... 175

8.2.3 可 燃 性 毒 物 ...................................................................................................................... 182

158


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 核 燃 料 が 核 分 裂 反 応 によりエネルギーを 発 生 し、 核 分 裂 性 核 種 ( 核 分 裂 を 起 こしやすい

核 種 )を 消 費 していくことを「 燃 焼 」という。

・ 核 燃 料 の 燃 焼 においては、 核 分 裂 性 核 種 を 消 費 するだけでなく、 核 分 裂 性 核 種 が 生 成 さ

れる 物 理 現 象 ( 転 換 )も 発 生 する。

・ 核 分 裂 反 応 が 生 じると 中 性 子 の 発 生 とともに 通 常 2 個 の 核 分 裂 生 成 物 が 生 成 される。こ

れらは 中 性 子 の 吸 収 反 応 に 寄 与 する。

・ 燃 焼 に 伴 い、 核 分 裂 性 核 種 の 消 費 / 生 成 、 中 性 子 を 吸 収 する 核 種 の 生 成 が 生 じ、 核 分 裂 反

応 や 吸 収 反 応 の 発 生 数 が 変 化 するため、 原 子 炉 の 増 倍 率 や 出 力 分 布 等 の 核 特 性 が 変 化 す

る。

原 子 力 発 電 では 核 分 裂 反 応 に 伴 って 発 生 するエネルギーを 利 用 し 発 電 を 行 っている。 核

燃 料 が 核 分 裂 反 応 によりエネルギーを 発 生 し、 核 分 裂 性 核 種 ( 核 分 裂 を 起 こしやすい 核 種 )

を 消 費 していくことを、 原 子 炉 物 理 の 分 野 では 燃 焼 (burnup または depletion)という。 日

常 生 活 で 使 用 される「 燃 焼 」という 用 語 からは、ロウソクや 木 炭 などが 炎 を 上 げて 燃 える 現

象 、すなわち、 化 学 反 応 によるエネルギーの 発 生 を 連 想 すると 思 われるが、 原 子 炉 物 理 分 野

での 燃 焼 についても、 核 分 裂 反 応 によりエネルギーを 発 生 し、 同 時 に 燃 料 を 消 費 していくと

いう 意 味 では、 化 学 反 応 による 燃 焼 と 同 様 の 概 念 と 考 えてもらえればよい。

ただし、 核 燃 料 の 燃 焼 においては、 化 学 反 応 による 燃 焼 にはない 特 徴 がある。それは、エ

ネルギーを 生 み 出 す 元 となっている 核 分 裂 性 核 種 が 消 費 されるだけでなく、 生 成 されるメ

カニズムも 備 わっているということである。さらに 言 えば、 核 燃 料 が 燃 焼 する 中 で、 生 成 が

消 費 を 上 回 れば、いわゆる 燃 料 の 増 殖 が 実 現 できる。この 点 は 原 子 力 工 学 の 興 味 深 い 物 理 現

象 の 一 つであろう。

運 転 中 の 原 子 炉 では、 燃 焼 が 絶 えず 生 じており、 核 分 裂 反 応 によりエネルギーを 発 生 しな

がら、 時 々 刻 々と 燃 料 の 組 成 を 変 化 させ 続 けている。 燃 料 の 組 成 が 変 化 すると、 核 種 によっ

て 核 反 応 の 断 面 積 は 様 々であることから、 核 分 裂 反 応 や 吸 収 反 応 の 発 生 数 が 変 化 し、 原 子 炉

の 核 特 性 が 変 化 する。そのため、 原 子 炉 を 運 転 する 上 で 燃 焼 の 取 扱 いは 非 常 に 重 要 である。

また、 原 子 炉 でのエネルギーの 発 生 を 終 えた 使 用 済 燃 料 は、 放 射 能 、 放 射 線 量 、 発 熱 量 等

の 観 点 から 特 別 な 管 理 や 取 扱 いが 必 要 である。 放 射 能 評 価 、 放 射 線 量 評 価 、 発 熱 量 評 価 等 の

インプットには、 使 用 済 燃 料 中 の 核 種 組 成 、すなわち、 燃 焼 を 経 験 した 後 の 核 種 組 成 が 使 用

されるため、 燃 焼 はこのような 評 価 とも 深 く 関 係 している。

本 章 では 核 燃 料 の 燃 焼 について 解 説 する。 燃 焼 の 概 要 から 始 め、 燃 焼 における 物 理 現 象 を

述 べる。

159


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

8.1 燃 焼 の 概 要

【この 節 のポイント】

・ 燃 焼 により、 核 分 裂 性 核 種 の 消 費 および 生 成 、 核 分 裂 生 成 物 の 生 成 、 重 核 種 の 組 成 変 化

が 生 じ、 核 燃 料 の 核 種 組 成 が 変 化 する。

・ 核 燃 料 がどの 程 度 燃 焼 したかを 示 す 量 として、 燃 焼 度 が 使 用 される。 燃 焼 度 は、 未 燃 焼

時 の 重 核 種 重 量 あたりの 発 生 エネルギーで 定 義 される 物 理 量 である。

・ 燃 焼 により 核 燃 料 の 増 倍 率 が 変 化 する。これは、 核 分 裂 性 核 種 の 減 少 、 中 性 子 を 吸 収 す

る 重 核 種 や 核 分 裂 生 成 物 の 増 加 、 親 核 種 から 核 分 裂 性 核 種 への 転 換 による。

・ 核 反 応 の 断 面 積 は 中 性 子 のエネルギーに 依 存 するため、 燃 焼 に 伴 う 核 種 組 成 の 変 化 の 挙

動 は 中 性 子 スペクトルに 依 存 する。

8.1.1 概 念

核 燃 料 の 燃 焼 についてイメージを 描 いてもらうため、 軽 水 炉 のウラン 燃 料 を 対 象 として、

燃 焼 中 の 核 種 組 成 の 挙 動 を 説 明 する。ここでは、 横 軸 に 中 性 子 数 、 縦 軸 に 原 子 番 号 をとり、

それぞれの 中 性 子 数 および 原 子 番 号 を 持 つ 核 種 を 1 マスずつ 埋 めた 形 式 の 表 を 用 いて 解 説

する。 概 念 図 を 図 8-1 に 示 す。この 表 は 核 図 表 と 呼 ばれるものである。 本 紙 面 では 核 図 表 全

体 を 示 すことは 到 底 不 可 能 であるので、 核 図 表 が 手 元 にある 方 や Web ページ 等 で 参 照 可 能

な 方 は、ぜひ 核 図 表 を 開 きながら 以 降 の 説 明 を 読 み、イメージを 膨 らませて 欲 しい。

原 子 炉 物 理 の 分 野 では、 核 種 はその 役 割 に 応 じて 大 まかに 以 下 の 通 り 分 類 される。

・(メジャーな)アクチノイド 1 : 核 分 裂 エネルギーの 発 生 源 として 核 燃 料 の 初 期 組 成

に 含 まれる 核 種 。ウラン(U)、プルトニウム(Pu)を

指 す。

・マイナーアクチノイド : ウランよりも 原 子 番 号 の 大 きい 核 種 ( 超 ウラン 核 種 )

のうち、プルトニウム 以 外 の 核 種 の 総 称 。ネプツニウ

ム(Np)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)、

カリフォルニウム(Cf)など。

・ 軽 核 : 中 性 子 の 速 度 を 落 とす 減 速 材 の 役 割 を 果 たす、 質 量 数

が 小 さい 核 種 。 水 素 (H)、 炭 素 (C)など。

・ 中 重 核 : 構 造 材 として 使 用 される、 質 量 数 が 中 程 度 の 核 種 。ア

ルミニウム(Al)、 鉄 (Fe)、ジルコニウム(Zr)など。

・ 核 分 裂 生 成 物 ( 核 種 ) : 核 分 裂 によって 生 成 される 核 種 。 質 量 数 80~160 の 核

種 が 主 要 である。

1

アクチノイドを、アクチナイドまたはアクチニドという 場 合 もある。

160


原 子 炉 の 物 理

ここで、アクチノイドとは、 原 子 番 号 89 のアクチニウム(Ac)から 原 子 番 号 103 のロー

レンシウム(Lr)の 元 素 の 総 称 である。また、 原 子 炉 物 理 の 分 野 では、アクチノイドを 重 核

種 ともいう。 核 燃 料 の 燃 焼 、すなわち、 核 燃 料 内 に 含 まれる 核 種 組 成 の 変 化 を 考 える 場 合 に

は、(メジャーな)アクチノイドの 核 分 裂 反 応 により 核 分 裂 生 成 物 が 生 成 される 物 理 現 象 や、

(メジャーな)アクチノイドが 捕 獲 反 応 を 起 こしマイナーアクチノイドが 生 成 される 物 理

現 象 が 主 なものであり、 以 降 では、これらの 核 種 、すなわち、アクチノイド、および 核 分 裂

生 成 物 に 特 に 着 目 して、 核 燃 料 内 の 核 種 組 成 の 挙 動 を 説 明 する。なお、 軽 核 より 構 成 される

減 速 材 や 中 重 核 より 構 成 される 構 造 材 について、 中 性 子 照 射 により 材 料 組 成 が 変 化 する 過

程 を 放 射 化 (activation)という。 放 射 化 については、 以 降 の 説 明 では 取 り 上 げないものの、

中 性 子 との 反 応 により 組 成 が 時 間 変 化 するという 点 は、 核 燃 料 の 燃 焼 と 同 様 であることを

付 記 しておく。

161


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

原 子 番 号

235 U 236 U 237 U 238 U

中 性 子 数

(a)

燃 焼 前 の 状 態

原 子 番 号

235 U 236 U 237 U 238 U

135 Cs 136 Cs 13 7 Cs

89 Sr

90 Sr 91 Sr

中 性 子 数

(b) 燃 焼 後 ( 核 分 裂 反 応 後 )の 状 態

原 子 番 号

241

Am 242 Am

β -

238

Pu 239 Pu 240 Pu 241 Pu

Z

(n,γ)

236

Np 237 Np 238 Np 239 Np

235

U 236 U 237 U 238 U 239 U

α

β + , EC

中 性 子 数

主 な 核 反 応 ・ 壊 変

(EC: 電 子 捕 獲 )

(c)

アクチノイド 核 種 の 生 成

図 8-1 燃 焼 の 概 念 図

162


原 子 炉 の 物 理

軽 水 炉 のウラン 燃 料 は 主 として U-235 と U-238 から 構 成 されている。U-235 は 熱 中 性 子

に 対 して 核 分 裂 反 応 を 起 こしやすい 性 質 をもった 核 種 であり、このような 核 種 を 核 分 裂 性

核 種 (fissile nuclide)と 呼 ぶ。 天 然 のウランにおいては、 全 ウラン 質 量 に 対 する U-235 の 質

量 割 合 は 約 0.7 wt%( 例 として、ウランが 100 g 存 在 している 場 合 、U-235 が 0.7 g 存 在 して

いることを 意 味 する)であり、U-235 を 濃 縮 し、その 質 量 割 合 を 約 3~5 wt%に 高 めて 核 燃

料 として 使 用 している。ウラン 燃 料 が 原 子 炉 で 使 用 される 前 、すなわち 燃 焼 が 生 じる 前 の 状

態 は 図 8-1(a)に 示 す 通 りとなっており、U-235 が 約 5 wt%、U-238 が 約 95 wt% 存 在 している。

図 8-1(a)においては 概 念 的 に 質 量 割 合 を 色 の 濃 さで 示 している。

ここで、 核 分 裂 性 核 種 の U-235 が 中 性 子 との 反 応 により 核 分 裂 反 応 を 起 こしたとする。

核 分 裂 反 応 が 起 こると、2~3 個 程 度 の 中 性 子 の 発 生 とともに、 通 常 2 個 の 核 分 裂 生 成 物 が

生 成 される。 核 分 裂 生 成 物 が 生 成 した 状 態 を 図 8-1(b)に 示 す。 後 述 するが、U-235 の 核 分 裂

では、 質 量 数 80~110 前 後 と 130~150 前 後 の 核 分 裂 生 成 物 が 生 成 される 確 率 が 高 い。 核 分

裂 生 成 物 は、 生 成 後 、 中 性 子 との 反 応 や 原 子 核 の 壊 変 により、 中 性 子 数 や 原 子 番 号 を 変 化 さ

せていく。

また、 原 子 炉 内 では U-238 も 中 性 子 との 反 応 を 起 こす。U-238 の 主 要 な 反 応 は 捕 獲 反 応 で

あり、U-238 から U-239 に 変 化 する。さらに、U-239 は 半 減 期 23 分 で 崩 壊 しネプツニウ

ム 239(Np-239)に、Np-239 は 半 減 期 2.4 日 で 崩 壊 しプルトニウム 239(Pu-239)となる。

一 連 の 反 応 をまとめると 以 下 のとおりである。

U-238 (n, ) → U-239 ( , 23 min) → Np-239 ( , 2.4 day) → Pu-239

上 記 の 一 連 の 反 応 で 生 じた Pu-239 もまた 中 性 子 との 反 応 を 起 こす。Pu-239 は 捕 獲 反 応 に

より Pu-240 に、Pu-240 は 捕 獲 反 応 により Pu-241 に、Pu-241 は 崩 壊 により Am-241 にと、

段 階 的 に 中 性 子 数 または 原 子 番 号 を 増 やしていき、 様 々なアクチノイドが 生 成 されていく

場 合 がある。ここで、「 場 合 がある」と 記 載 したのは、 中 性 子 と 反 応 した 際 , 捕 獲 反 応 では

なく 核 分 裂 反 応 が 生 じることもあるためである。 様 々なアクチノイドが 生 成 されていく 状

態 を 概 念 的 に 示 したものが 図 8-1(c)である。ここでは、U-238 の 捕 獲 反 応 から 開 始 して 様 々

な 核 種 が 生 成 されることを 述 べたが、U-235 についても 一 定 の 割 合 で 捕 獲 反 応 を 起 こし、 別

のアクチノイドに 変 化 していく 反 応 も 原 子 炉 内 では 生 じている。 図 8-1(c)では、 一 度 にたく

さんの 核 種 が 出 てきて 少 々 驚 くかもしれないが、 初 期 に 存 在 していた U-235 や U-238 を 起

点 として、 核 反 応 および 原 子 核 の 壊 変 により 様 々なアクチノイドが 生 成 されていることを

イメージして 欲 しい。

さらに、 特 筆 すべき 点 は、U-238 の 捕 獲 反 応 が 起 因 となり 生 成 した Pu-239 や Pu-241 が 核

分 裂 性 核 種 であることである。 核 燃 料 内 において、ある 場 所 で 核 分 裂 によりエネルギーを 発

生 し 核 分 裂 性 核 種 を 消 費 している 一 方 で、 別 の 場 所 で 核 分 裂 性 核 種 を 生 み 出 す 物 理 現 象 が

生 じているのである。これら 後 発 で 生 成 した 核 分 裂 性 核 種 も、 核 分 裂 反 応 を 起 こし、エネル

ギーの 発 生 に 寄 与 していく。

163


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

上 記 の U-238 から Pu-239 へ 変 化 する 一 連 の 反 応 のように、その 核 種 自 身 は 核 分 裂 性 核 種

ではないが、 中 性 子 との 反 応 により 核 分 裂 性 核 種 に 変 換 する 核 種 のことを 親 核 種 (fertile

nuclide)という。また、 親 核 種 が 核 分 裂 性 核 種 に 変 化 することを 転 換 (conversion)という。

非 核 分 裂 性 核 種 の U-238 が 中 性 子 を 吸 収 して、 核 分 裂 性 核 種 の Pu-239 を 生 み 出 すことから、

「 親 」という 言 葉 が 使 用 されている。また、 親 核 種 (または 親 物 質 )の 英 訳 である「fertile

nuclide(material)」について、fertile は「 肥 沃 な、 肥 えた」という 意 味 を 有 しており,この

用 語 から、U-238 という 肥 えた 土 壌 に 中 性 子 を 与 えることで、 燃 料 としての 価 値 を 有 する Pu-

239 という 生 産 物 が 産 み 出 される、といったイメージを 連 想 するとよい。また、 参 考 として、

U-238 と Pu-239 の 関 係 も 含 め、 親 核 種 と 核 分 裂 性 核 種 の 例 を 表 8-1 に 示 す。ウラン 燃 料 や

ウラン・プルトニウム 混 合 酸 化 物 燃 料 (MOX 燃 料 )においては U-238 や Pu-240 の 転 換 が、

トリウムを 主 成 分 とするトリウム 燃 料 においては Th-232 の 転 換 が、 主 として 生 じる。

表 8-1 親 核 種 と 核 分 裂 性 核 種 の 例

親 核 種 核 分 裂 性 核 種 変 換 経 路

U-238 Pu-239 U-238 (n, ) → U-239 ( , 23 min)

→ Np-239 ( , 2.4 day) → Pu-239

Pu-240 Pu-241 Pu-240 (n, ) → Pu-241

Th-232 U-233 Th-232 (n, ) → Th-233 ( , 22 min)

→ Pa-233 ( , 27 day) → U-233

*) Th:トリウム、Pa:プロトアクチニウム

ここまで 説 明 したとおり、 中 性 子 との 反 応 、 主 として 核 分 裂 反 応 および 捕 獲 反 応 、ならび

に 原 子 核 の 壊 変 が 繰 り 返 されることにより、 核 分 裂 反 応 によるエネルギーの 発 生 とともに

核 燃 料 は 核 種 組 成 を 大 きく 変 化 させていく。 生 成 した 核 種 は、それぞれの 核 反 応 の 断 面 積 が

異 なるため、 核 種 組 成 の 変 化 に 伴 い 核 燃 料 の 特 性 が 変 化 し、 増 倍 率 や 原 子 炉 の 出 力 分 布 に 影

響 を 与 える。したがって、 原 子 炉 の 核 特 性 を 精 度 良 く 予 測 するためには、 燃 焼 の 適 切 な 取 り

扱 いが 必 要 不 可 欠 である。

また、 燃 焼 した 燃 料 に 含 まれるマイナーアクチノイドや 核 分 裂 生 成 物 には、 核 分 裂 反 応 や

吸 収 反 応 への 影 響 が 大 きい 核 種 や、 遅 発 中 性 子 を 放 出 する 核 種 など、 原 子 炉 物 理 の 分 野 にお

いて 重 要 となる 核 種 のほか、 自 発 核 分 裂 を 起 こす 核 種 や、 長 半 減 期 核 種 、 発 熱 量 評 価 で 重 要

となる 核 種 など、 原 子 力 工 学 の 各 方 面 の 評 価 で 重 要 とされる 核 種 が 含 まれる。そのため、 原

子 炉 物 理 以 外 の 分 野 においても、 燃 焼 の 扱 いが 重 要 となることも 多 い。

8.1.2 燃 焼 度

核 燃 料 がどれだけ 燃 焼 したか、すなわち、どれだけエネルギーを 発 生 したかを 表 す 量 とし

て、 燃 焼 度 (burnup)が 使 用 される。 燃 焼 度 は、 未 燃 焼 時 の 重 核 種 の 単 位 重 量 あたりの 発 生

エネルギーで 定 義 される 物 理 量 である。 単 位 として、MWd/t や GWd/t が 使 用 されることが

164


原 子 炉 の 物 理

多 く、この 単 位 における 分 子 の MWd や GWd は、 単 位 時 間 あたりの 発 生 エネルギー(MW

または GW)とエネルギー 発 生 日 数 (day)の 積 で 定 義 される 量 であり、エネルギーに 相 当

する 物 理 量 である。

例 として、 重 核 種 重 量 1 トンの 核 燃 料 が、20 MW の 熱 出 力 でエネルギーを 発 生 しながら、

1 日 間 燃 焼 したとすると、その 核 燃 料 の 燃 焼 度 は 20 MWd/t ということになる。 典 型 的 な 軽

水 炉 の 核 燃 料 は、30,000~55,000 MWd/t 程 度 の 燃 焼 度 まで 使 用 されている。

【コラム】 燃 焼 度 におけるエネルギーの 単 位

ここでは、MWd という 単 位 について 解 説 する。 例 えば、1 kW のドライヤーを 1 時 間 使 用

すると、 使 用 したエネルギーは 1 kWh という 単 位 で 表 現 される。ここで、W(ワット)の 定

義 は 1 秒 あたりの 使 用 ( 発 生 )エネルギーであり、 単 位 は J/s である。したがって、1 kWh

という 単 位 で 表 現 されるエネルギーは、3.6×10 6 J(1 kW=1,000 W、1 h=3,600 s より)に 対

応 する。 核 燃 料 の 燃 焼 度 で 使 用 される MWd という 単 位 についても、このドライヤーの 例 と

同 様 に 考 えればよく、1 MW の 熱 エネルギーを 発 生 する 核 燃 料 を 1 日 間 使 用 した 場 合 、 発 生

エネルギーは 1 MWd となる。1 MWd は 8.64×10 10 J(1 MW=10 6 W、1 d = 86,400 s より)に

対 応 する。

【コラム】 核 燃 料 のエネルギー 密 度

燃 焼 度 は、その 燃 料 からどれだけのエネルギーを 取 り 出 したか、あるいは 取 り 出 せるのか

を 示 す 指 標 としても 捉 えることができる。 核 燃 料 における 主 なエネルギー 源 となる 核 分 裂

性 核 種 の U-235 の 濃 縮 度 を 高 めるほど、 核 燃 料 を 燃 焼 できる 期 間 は 長 くなるため、 燃 焼 度 、

すなわち 核 燃 料 の 単 位 重 量 あたりの 取 り 出 しエネルギーを 高 くすることができる。 大 まか

に 言 えば、U-235 濃 縮 度 1 wt%は 最 大 燃 焼 度 10,000 MWd/t 程 度 に 相 当 し、 仮 に U-235 濃 縮

度 100 wt%の 核 燃 料 を 考 えた 場 合 、 最 大 燃 焼 度 は 1,000,000 MWd/t 程 度 に 相 当 する。U-235

濃 縮 度 を 高 めた 核 燃 料 は、 単 位 重 量 あたりに 取 り 出 せるエネルギーが 大 きく、エネルギー 密

度 の 高 い 核 燃 料 であると 言 える。

なお、 液 化 天 然 ガスや 石 油 など、 火 力 発 電 に 使 用 される 燃 料 の 燃 焼 度 ( 燃 料 1 トンあたり

から 取 り 出 せるエネルギー)は 約 1 MWd/t である。 原 子 力 エネルギーの 利 点 としてエネル

ギー 密 度 が 高 いことが 挙 げられるが、 燃 焼 度 の 比 較 からもこの 点 が 確 認 できる。

8.1.3 増 倍 率 の 変 化

核 燃 料 からエネルギーを 取 り 出 して 発 電 を 行 うにあたり、 核 燃 料 があとどれだけの 期 間

使 用 できるのか、という 点 はぜひとも 知 りたい 情 報 であろう。そこで、 核 燃 料 の 使 用 可 能 期

間 を 何 らかのパラメータで 表 現 することを 考 える。 例 えば、ライターの 使 用 可 能 期 間 は、ラ

イターケースに 入 っている 液 化 ガスの 量 によって 決 まる。 当 然 、 液 化 ガスが 底 をつけば 火 を

つけることはできなくなる。つまり、 燃 料 としてエネルギーを 発 生 する 物 質 がどれだけ 残 っ

ているかが 使 用 可 能 期 間 を 決 める 直 接 的 な 指 標 であると 言 える。では、 核 燃 料 の 場 合 はどう

165


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

であろうか。 核 燃 料 についてもライターの 例 と 同 様 、エネルギー 源 である 核 分 裂 性 核 種 の 量

に 依 存 するが、 一 概 にそれだけでは 決 まらない。 第 6 章 でも 解 説 されているように、 原 子 力

発 電 においては、 核 燃 料 が 臨 界 状 態 となり、 連 鎖 反 応 が 持 続 することを 利 用 して 発 電 を 行 う

が、 核 分 裂 性 核 種 がどれだけ 残 っているかということだけではなく、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 持 続

できるかという 点 も 重 要 になる。この 指 標 として、 第 6 章 で 導 入 された 増 倍 率 が 利 用 でき

る。 増 倍 率 が 1.0 以 上 の 場 合 は 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 十 分 に 持 続 できる 潜 在 能 力 を 有 する 状 態 、

1.0 の 場 合 は 核 分 裂 連 鎖 反 応 をちょうど 維 持 できている 状 態 、1.0 未 満 の 場 合 は 核 分 裂 連 鎖

反 応 を 持 続 できない 状 態 として 捉 えることができる。なお、 核 燃 料 が 有 する 潜 在 的 なエネル

ギーを 考 えるうえでは、 核 燃 料 が 無 限 に 並 び、 体 系 からの 漏 れが 存 在 しないような 状 態 を 想

定 した 増 倍 率 が 使 用 されることが 多 い。 体 系 からの 漏 れがない 状 態 での 増 倍 率 を 無 限 増 倍

率 という。

それでは、 燃 焼 中 に 無 限 増 倍 率 、すなわち 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 持 続 する 能 力 がどのように 変

化 するのか、また、その 変 化 の 要 因 となる 事 象 は 何 か、を 見 ていこう。 燃 焼 に 伴 う 無 限 増 倍

率 の 変 化 は 以 下 のメカニズムに 分 類 することができる。

・ 初 期 に 含 まれる 核 分 裂 性 核 種 の 減 少

燃 焼 に 伴 い、 初 期 に 含 まれる U-235 などの 核 分 裂 性 核 種 が 核 分 裂 反 応 や 捕 獲 反 応 により

減 少 する。 核 分 裂 性 核 種 が 減 少 するため、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 抑 制 する 方 向 の 変 化 であり、

無 限 増 倍 率 を 負 側 に 変 化 させる。

・ 転 換 による 核 分 裂 性 核 種 の 増 加

親 核 種 が 中 性 子 を 吸 収 することにより 核 分 裂 性 核 種 の Pu-239 や Pu-241 が 生 成 する。 核

分 裂 性 核 種 が 増 加 するため、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 促 進 する 方 向 の 変 化 であり、 無 限 増 倍 率

を 正 側 に 変 化 させる。

・ 中 性 子 吸 収 核 種 の 増 加

燃 焼 に 伴 い、 核 分 裂 生 成 物 が 蓄 積 される。また、 初 期 に 含 まれるウランの 核 反 応 により

様 々なアクチノイド 核 種 が 蓄 積 される。これらのほとんどは 中 性 子 吸 収 核 種 であるため、

核 分 裂 連 鎖 反 応 を 抑 制 する 方 向 の 変 化 であり、 無 限 増 倍 率 を 負 側 に 変 化 させる。

核 燃 料 の 無 限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移 は 上 記 事 象 の 重 ね 合 わせで 決 まり、 一 般 的 には 無 限 増 倍

率 は 燃 焼 に 伴 い 減 少 する。 一 例 として、PWR 出 力 運 転 時 の 代 表 的 なウラン 燃 料 集 合 体 の 無

限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移 を 図 8-2 に 示 す。この 燃 料 集 合 体 の 無 限 増 倍 率 は 燃 焼 初 期 には 1.4 程 度

であるが、 燃 焼 が 進 むに 従 って 減 少 し、 燃 焼 度 約 40,000 MWd/t では 1.0 を 下 回 り、 燃 焼 度

約 60,000 MWd/t では 0.9 程 度 となることがわかる。 無 限 増 倍 率 が 1.0 を 下 回 ると、この 燃 料

単 独 では 臨 界 を 維 持 できなくなることを 意 味 する。なお、 図 8-2 の 横 軸 で 使 用 している 燃 焼

度 について、 原 子 炉 が 定 格 出 力 状 態 で 運 転 し、かつ、この 燃 料 が 相 対 出 力 1.0 で 燃 焼 した 場

166


原 子 炉 の 物 理

合 、1,000 MWd/t が 約 1 ヵ 月 の 運 転 期 間 に 相 当 する。

また、 主 要 な 核 種 の 燃 料 に 占 める 重 量 割 合 の 燃 焼 推 移 を 図 8-3 に、 核 種 ごとの 核 分 裂 反 応

の 分 担 割 合 ( 全 核 分 裂 反 応 を 1.0 とした 場 合 )の 燃 焼 推 移 を 図 8-4 に 示 す。 図 8-3 より、 核

分 裂 性 核 種 について、 前 述 のとおり、 初 期 に 含 まれる U-235 は 単 調 減 少 していること、なら

びに Pu-239 や Pu-241 は 燃 焼 初 期 には 存 在 していないが 燃 焼 により 生 成 が 進 んでいること

がわかる。その 結 果 として、 図 8-4 より、 燃 焼 後 半 では Pu-239 や Pu-241 が 核 分 裂 反 応 に 一

定 の 寄 与 を 示 していることがわかる。なお、U-238 は 核 分 裂 反 応 の 断 面 積 はそれほど 大 きく

ないが、 存 在 量 が 大 きいことから 核 分 裂 反 応 の 総 数 に 対 し 一 定 の 寄 与 を 示 していることが

わかる。

また、 図 8-2 中 の 燃 焼 初 期 において、 燃 焼 が 開 始 するとともに 無 限 増 倍 率 が 大 きく 減 少 し

た 後 、この 減 少 傾 向 がすぐに 止 まる 挙 動 が 確 認 される。これは、いったん 燃 焼 が 開 始 すると、

核 分 裂 生 成 物 として 吸 収 断 面 積 が 非 常 に 大 きいキセノン 135(Xe-135)が 生 成 するためであ

る。Xe-135 の 生 成 により、 吸 収 される 中 性 子 数 が 大 きく 増 加 するため、 結 果 として 無 限 増

倍 率 が 大 きく 減 少 する。また、 燃 焼 開 始 後 に Xe-135 は 生 成 と 消 滅 がつり 合 った 平 衡 状 態 と

なるため 燃 焼 に 伴 って 増 加 し 続 けることはなく、 無 限 増 倍 率 が 大 きく 減 少 した 後 はその 減

少 傾 向 はすぐに 止 まる。

1.5

1.4

1.3

未 燃 焼 時 (Xeなしの 状 態 )

燃 焼 直 後 ( 平 衡 Xe)

無 限 増 倍 率

1.2

1.1

1.0

0.9

0.8

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

図 8-2 無 限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移

167


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

初 期 重 金 属 重 量 に 対 する 重 量 割 合

(wt%)

5

4

3

2

1

0

U-235

Pu-240

Pu-239

Pu-241

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

図 8-3 主 要 な 核 種 の 燃 焼 推 移

核 分 裂 反 応 の 分 担 割 合 (%)

100

90

80

70

60

50

40

30

20

10

0

U-235

Pu-239

U-238

Pu-241

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

図 8-4 核 分 裂 反 応 における 核 種 ごとの 分 担 割 合 の 燃 焼 推 移

8.1.4 中 性 子 スペクトルとの 関 係

ここまで 見 てきたとおり、 核 燃 料 の 燃 焼 においては、 核 反 応 および 原 子 核 の 壊 変 が 連 続 し

て 生 じている。ここで、 第 4 章 で 説 明 されている 通 り、 核 反 応 の 断 面 積 は 中 性 子 のエネルギ

ーに 依 存 することを 思 い 出 してみよう。 燃 焼 における 主 要 な 反 応 として、U-235 の 核 分 裂 反

応 および U-238 の 捕 獲 反 応 の 断 面 積 を 図 8-5 に 示 す。いずれの 反 応 も、 中 性 子 のエネルギー

が 低 いほど 断 面 積 が 大 きくなることや、U-238 の 捕 獲 反 応 については 約 1~10,000 eV の 領

域 においていくつもの 共 鳴 ピークを 有 していることなどがわかる。 反 応 確 率 が 中 性 子 のエ

168


原 子 炉 の 物 理

ネルギーに 依 存 することから、どのようなエネルギーにどの 程 度 の 数 の 中 性 子 が 存 在 して

いるか、すなわち、 中 性 子 のエネルギー 的 な 分 布 状 態 によって 核 反 応 の 発 生 確 率 が 変 化 し、

その 結 果 、 核 燃 料 の 核 種 組 成 もそれに 伴 って 変 化 することになる。

上 記 の 物 理 現 象 について 図 を 用 いて 解 説 する。 例 として、 軽 水 炉 の 中 性 子 束 (neutron flux)

のエネルギー 分 布 を 図 8-6 に 示 す。ここで、 中 性 子 束 とは、 単 位 時 間 あたりに 単 位 面 積 を 通

過 する 中 性 子 の 数 であり、 中 性 子 が 集 団 としてどのようなエネルギー 分 布 であるかを 示 す

図 として 捉 えればよい。 原 子 炉 物 理 の 分 野 では、 中 性 子 束 のエネルギー 分 布 を 中 性 子 スペク

トル(neutron spectrum)という。 図 8-6 より、 中 性 子 スペクトルはふたこぶの 分 布 を 有 し

ていることがわかる。 高 エネルギー 側 の 分 布 は、 核 分 裂 により 生 じた 中 性 子 によって 形 成 さ

れるものと 理 解 すればよい。 核 分 裂 で 発 生 した 中 性 子 は、 減 速 材 中 の 水 素 などの 軽 い 原 子 核

との 衝 突 により、 徐 々にエネルギーを 失 い、 低 エネルギーとなる。 低 エネルギー 側 では、 中

性 子 は 周 囲 の 原 子 核 との 熱 平 衡 状 態 に 達 する( 詳 細 をコラムに 示 す)ことから、 中 性 子 のエ

ネルギー 分 布 は、 主 として 熱 平 衡 状 態 の 分 布 を 表 すマクスウェル 分 布 となる(より 詳 細 には、

マクスウェル 分 布 に 対 して、 中 性 子 の 吸 収 、 漏 れなどの 効 果 が 加 わり、マクスウェル 分 布 か

ら 若 干 ずれた 分 布 となる)。 以 上 のメカニズムにより、 中 性 子 スペクトルは 高 エネルギー 側

と 低 エネルギー 側 のふたこぶの 分 布 を 有 することになる。

ここで、 図 8-6 には、 核 燃 料 の 周 囲 の 水 の 密 度 を 変 えた 2 ケースの 中 性 子 スペクトルを 示

している。なお、いずれのケースについても 全 体 の 中 性 子 束 が 1.0 となるように 規 格 化 を 行

っている。 水 の 密 度 が 小 さくなると、 中 性 子 と 水 分 子 中 の 水 素 原 子 との 衝 突 回 数 が 少 なくな

り、 中 性 子 の 減 速 効 果 が 弱 まることになる。その 結 果 、 低 エネルギー 側 の 分 布 は 小 さくなり、

相 対 的 に 中 ~ 高 エネルギー 領 域 の 中 性 子 の 割 合 は 大 きくなる。

なお、 原 子 炉 物 理 の 分 野 では、 低 エネルギー 側 の 中 性 子 束 の 割 合 が 大 きい 状 態 を 中 性 子 ス

ペクトルが「 軟 らかい」、その 逆 の 状 態 を 中 性 子 スペクトルが「 硬 い」と 表 現 することがよ

くある。 水 の 密 度 が 小 さく 中 性 子 の 減 速 効 果 が 弱 まっている 状 態 は、 中 性 子 スペクトルが 硬

い 状 態 であることを 意 味 する。

ある 核 種 のある 核 反 応 の 発 生 数 は、その 核 種 が 1 個 存 在 する 場 合 の 反 応 確 率 ( 微 視 的 断 面

積 )、その 核 種 の 個 数 および 中 性 子 束 の 積 によって 求 められる。すなわち、 核 反 応 の 発 生 数

は、 図 8-5 の 微 視 的 断 面 積 、 当 該 核 種 の 個 数 、 図 8-6 の 中 性 子 束 を 各 エネルギーにおいて 掛

け 合 わせ、 全 エネルギーについて 総 和 をとる( 積 分 する)ことで 求 められる。したがって、

中 性 子 スペクトルの 状 態 によって、 核 反 応 の 発 生 数 が 決 まることになる。

例 として 挙 げた U-235 の 核 分 裂 反 応 と U-238 の 捕 獲 反 応 の 反 応 割 合 について、 中 性 子 ス

ペクトルが 硬 い 場 合 、 定 性 的 に、U-235 の 核 分 裂 反 応 の 発 生 数 は 少 なく、U-238 の 捕 獲 反 応

の 発 生 数 は 多 くなる。8.1.1 節 で 述 べたとおり、U-238 は 捕 獲 反 応 を 起 源 として 崩 壊 を 経

て Pu-239 に 変 化 するが、 中 性 子 スペクトルが 硬 い 場 合 には、U-238 の 捕 獲 反 応 の 発 生 数 が

多 くなることから、Pu-239 の 生 成 量 は 大 きくなる。Pu-239 は 核 分 裂 性 核 種 であり、 炉 心 の

核 的 特 性 への 影 響 は 大 きいことから、 燃 焼 中 の 中 性 子 スペクトルの 状 態 によって 燃 焼 後 の

核 燃 料 の 核 特 性 は 大 きく 変 化 することになる。

169


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

なお、ここでは 主 要 な 反 応 である U-235 の 核 分 裂 反 応 および U-238 の 捕 獲 反 応 を 例 とし

て 取 り 上 げたが、マイナーアクチノイドや 核 分 裂 生 成 物 を 含 め、 全 ての 核 反 応 は 中 性 子 のエ

ネルギー 依 存 性 を 有 することから、 核 種 組 成 は 燃 焼 中 の 中 性 子 スペクトルによって 多 種 多

様 に 変 化 する。

微 視 的 断 面 積 (barns)

1E+05

1E+04

1E+03

1E+02

1E+01

1E+00

1E-01

1E-02

U-235 核 分 裂 反 応

U-238 捕 獲 反 応

1E-03

1E-04

1E+07

1E+06

1E+05

1E+04

1E+03

1E+02

1E+01

1E+00

1E-01

1E-02

1E-03

1E-04

1E-05

エネルギー(eV)

図 8-5 燃 焼 における 主 要 な 核 反 応 の 微 視 的 断 面 積

(JANIS[1]より JENDL-4.0 のデータを 引 用 )

170


原 子 炉 の 物 理

中 性 ⼦ 束 ( 任 意 単 位 )

水 の 密 度 : 大

中 性 子 スペクトル: 軟 らかい

水 の 密 度 : 小

中 性 子 スペクトル: 硬 い

1E+07

1E+06

1E+05

1E+04

1E+03

1E+02

1E+01

1E+00

1E-01

1E-02

1E-03

1E-04

1E-05

エネルギー (eV)

図 8-6 軽 水 炉 の 水 の 密 度 を 変 えた 場 合 の 中 性 子 スペクトル( 未 燃 焼 時 )

(エネルギー200 群 の 計 算 例 を 図 示 )

【コラム】 熱 平 衡 状 態

核 分 裂 で 発 生 した 中 性 子 は、 減 速 材 中 の 水 素 などの 軽 い 原 子 核 との 衝 突 により 徐 々にエ

ネルギーを 失 っていく。この 際 、 衝 突 の 繰 り 返 しによって、 最 終 的 にエネルギーがゼロ、す

なわち 速 度 がゼロとなるわけではない。それは、 中 性 子 の 周 囲 に 存 在 する 減 速 材 などの 物 質

が 熱 を 持 っている 状 態 、すなわち 熱 運 動 をしている 状 態 であり、 中 性 子 も 周 囲 の 物 質 と 同 様

に 熱 運 動 をするためである。このように、 中 性 子 が 周 囲 の 物 質 と 同 程 度 の 運 動 エネルギーを

持 つことを、 周 囲 の 物 質 と 熱 平 衡 状 態 にあるという。 熱 平 衡 状 態 に 達 した 中 性 子 は 希 薄 気 体

のようにふるまい、そのエネルギー 分 布 は、 気 体 分 子 のエネルギー 分 布 として 知 られるマク

スウェル 分 布 にほぼ 従 い、 図 8-6 の 低 エネルギー 側 に 示 されるような、ピークを 持 つ 分 布 と

なる。なお, 低 エネルギー 側 の 中 性 子 を「 熱 中 性 子 」と 呼 ぶのは, 中 性 子 が 周 囲 の 物 質 と 熱

平 衡 状 態 にあることが 所 以 である。

171


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

8.2 燃 焼 における 物 理 現 象

【この 節 のポイント】

・ 重 核 種 の 核 種 組 成 は、 主 に 核 分 裂 反 応 、 捕 獲 反 応 および 原 子 核 の 壊 変 によって 変 化 する。

・ 核 分 裂 生 成 物 の 核 種 組 成 は、 主 に 核 分 裂 反 応 による 生 成 、 捕 獲 反 応 および 原 子 核 の 壊 変

によって 変 化 する。

・ 可 燃 性 毒 物 とは、サイクル 初 期 には 中 性 子 を 吸 収 する 効 果 を 有 し、 燃 焼 に 伴 い 非 吸 収 性

核 種 に 変 化 する 核 種 をいい、 可 燃 性 毒 物 の 核 種 組 成 は、 主 に 吸 収 反 応 によって 変 化 する。

8.1 節 では 燃 焼 の 概 念 や 増 倍 率 の 燃 焼 推 移 の 概 要 を 説 明 した。 燃 焼 という 物 理 現 象 をモデ

ル 化 する 目 的 は、 燃 焼 時 の 核 種 組 成 を 予 測 し、 原 子 炉 の 核 特 性 や 核 燃 料 の 放 射 線 の 線 源 強 度

特 性 等 の 評 価 を 精 度 良 く 行 うことである。モデル 化 のためには、 燃 焼 に 伴 い 存 在 量 が 変 化 す

る 核 種 について、その 増 減 の 機 構 、すなわち 生 成 ・ 消 滅 機 構 を 把 握 することが 重 要 となる。

そこで、 本 節 では、 基 本 的 な 核 特 性 や 生 成 ・ 消 滅 機 構 の 違 いから、 重 核 種 、 核 分 裂 生 成 物 、

可 燃 性 毒 物 に 分 類 して 燃 焼 中 の 物 理 現 象 を 解 説 する。また、 燃 焼 により 生 じる 核 種 に 関 し、

原 子 力 工 学 の 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種 についても 解 説 する。

8.2.1 重 核 種

重 核 種 は 核 分 裂 反 応 によるエネルギーの 発 生 源 となる 核 種 である。 以 下 では、 燃 焼 時 の 挙

動 、 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種 を 説 明 する。

(1) 燃 焼 時 の 挙 動

燃 焼 における 生 成 ・ 消 滅 機 構 を 把 握 するにあたっては、 燃 焼 チェーン(burnup chain)を

使 用 すると 便 利 である。 燃 焼 チェーンとは、 核 反 応 や 原 子 核 の 壊 変 による 核 種 の 一 連 の 変 化

をまとめたものであり、 燃 焼 チェーンを 図 示 したものとしては、 核 図 表 形 式 で 配 置 された 核

種 に 対 して、ある 核 種 から 別 の 核 種 への 変 換 経 路 ( 核 反 応 および 原 子 核 の 壊 変 )が 矢 印 で 示

された 図 がよく 使 用 される。もちろん、 核 図 表 からも 燃 焼 に 伴 う 組 成 変 化 をイメージするこ

とはできるが、 主 要 な 変 換 経 路 が 示 された 方 が 幾 分 かイメージを 掴 みやすいと 考 えられる。

重 核 種 の 代 表 的 な 燃 焼 チェーンを 図 8-7(a)に 示 す。 軽 水 炉 のウラン 燃 料 の 初 期 組 成 として

は U-235 および U-238 が 主 要 であることから、 重 核 種 の 組 成 変 化 に 着 目 した 場 合 の 主 な 反

応 は 以 下 のものになる。 図 8-7(b)では、 下 記 の 反 応 をそれぞれ 青 色 ・ 赤 色 で 示 している。

・U-235 (n, ) → U-236 (n, ) → U-237 ( , 6.8 day) → Np-237 (n, )

→ Np-238 ( , 2.1 day) → Pu-238 ・・・

・U-238 (n, ) → U-239 ( , 23 min) → Np-239 ( , 2.4 day) → Pu-239 ・・・

核 分 裂 性 核 種 など 一 部 の 核 種 を 除 いて、 捕 獲 反 応 ((n, ) 反 応 )の 断 面 積 は 他 の 反 応 に 比 べ

172


原 子 炉 の 物 理

て 大 きく、 重 核 種 の 組 成 変 化 に 着 目 した 場 合 には、 主 として 捕 獲 反 応 によって 核 種 組 成 が 変

化 していく。また、 主 要 な 反 応 ではないものの、(n, n) 反 応 による 核 種 組 成 の 変 化 も 生 じる。

また、 崩 壊 により 原 子 番 号 を 1 つ 増 加 させ、U を 起 点 として Np、Pu、Am、Cm というよ

うに、より 原 子 番 号 の 大 きい 核 種 が 生 成 されていく。また、 崩 壊 によって、 質 量 数 を 4 つ、

原 子 番 号 を 2 つ 下 げた 核 種 が 生 成 される。その 他 、 核 異 性 体 転 移 (Isomeric Transition: IT)、

崩 壊 、 電 子 捕 獲 (Electron Capture: EC)を 起 こす 核 種 も 存 在 する。

242 Cm 243 Cm 244 Cm 245 Cm 246 Cm

241 Am

242m Am

242g

Am

243

Am

238 Pu 239 Pu 240 Pu 241 Pu

242 Pu

β -

(n,2n)

(n,γ)

237 Np 239 Np

α

IT

β + , EC

234 U

235 U 236 U 237 U 238 U

凡 例

(EC: 電 子 捕 獲 ,IT: 核 異 性 体 転 移 )

(a)

燃 焼 チェーン

242

Cm

243

Cm

244

Cm

245

Cm

246

Cm

241

Am

242m

Am

242g

Am

243

Am

238

Pu

239

Pu

240

Pu

241

Pu

242

Pu

237

Np

239

Np

234

U

235

U

236

U

237

U

238

U

(b) ウラン 燃 料 における 主 要 な 反 応 経 路

図 8-7 重 核 種 の 燃 焼 チェーン

(UO 2 ・MOX 燃 料 を 対 象 とした 標 準 燃 焼 チェーン[2]を 図 示 )

173


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

燃 焼 チェーンを 利 用 することで、ある 核 種 に 対 して 生 成 ・ 消 滅 経 路 を 把 握 することが 可 能

である。 一 例 として、Pu-238 の 生 成 ・ 消 滅 経 路 を 考 える。Pu-238 の 生 成 経 路 として、 燃 焼

チェーンより 次 の 反 応 が 存 在 することがわかる。

1Np-237(n, ) → Np-238 ( , 2.1 day) → Pu-238

2Cm-242(, 162.9 day) → Pu-238

3Pu-239(n, 2n) → Pu-238

1の 生 成 経 路 の Np-237 は、U-236 の 捕 獲 反 応 または U-238 の(n, 2n) 反 応 により 生 じる U-

237 より 生 成 され、さらに U-236 については 主 として U-235 の 捕 獲 反 応 より 生 成 される。ま

た、2の 生 成 経 路 の Cm-242 は、U-238 を 起 点 として Pu、Am、Cm が 生 成 される 一 連 の 反 応

により 生 成 される。また、3の 生 成 経 路 の Pu-239 は、 主 として U-238 を 起 点 として 生 成 さ

れる。このように、 燃 焼 チェーンから 着 目 核 種 より 変 換 経 路 をさかのぼっていくと、どのよ

うな 核 反 応 ・ 壊 変 を 経 て 着 目 核 種 が 生 成 されているかを 把 握 することができる。また、Pu-

238 の 消 滅 経 路 としては、Pu-238 の 中 性 子 との 反 応 や、Pu-238 の 崩 壊 があることがわかる。

以 上 より、Pu-238 の 生 成 を 考 えた 場 合 、 初 期 に 存 在 する U-235 または U-238 から 複 数 の

核 反 応 や 壊 変 を 経 ていることがわかる。このことは、 仮 に、Pu-238 の 生 成 量 を 計 算 により 予

測 する 場 合 、Pu-238 自 身 の 核 反 応 の 発 生 数 だけでなく、 生 成 経 路 上 の 核 反 応 の 発 生 数 も 影

響 を 与 えるパラメータとなることを 意 味 する。そのため、 仮 に Pu-238 の 生 成 量 の 予 測 精 度

の 向 上 を 図 る 場 合 には、これら 一 連 の 全 ての 反 応 を 適 切 に 予 測 する 必 要 がある。

(2) 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種

U-235、U-238、Pu-239、Pu-240 および Pu-241 などは 核 燃 料 中 の 存 在 量 が 大 きく、また 核

特 性 への 影 響 が 大 きい 核 分 裂 断 面 積 や 捕 獲 断 面 積 も 大 きいことから、 原 子 炉 物 理 の 分 野 で

は 必 須 として 取 り 上 げられる。ここでは、その 他 の 分 野 の 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種 につ

いて 取 り 上 げて 記 載 する。

a. 中 性 子 源 強 度 評 価

使 用 済 燃 料 の 放 射 線 の 線 源 強 度 評 価 のうち、 中 性 子 源 の 強 度 評 価 において、 自 発 核 分 裂

(spontaneous fission)を 起 こす 核 種 の 存 在 量 が 重 要 となる 場 合 がある。 自 発 核 分 裂 とは、

外 部 からの 中 性 子 照 射 やエネルギー 付 与 のない 状 態 で、 原 子 核 が 自 然 に 核 分 裂 を 起 こす 現

象 のことをいう。 使 用 済 燃 料 中 において 自 発 核 分 裂 による 中 性 子 放 出 率 が 高 い 代 表 的 な 核

種 として、Cm-242 および Cm-244 がある[3]。

b. 燃 焼 度 評 価

使 用 済 燃 料 の 燃 焼 度 の 評 価 方 法 の 一 つに、 使 用 済 燃 料 より 放 出 される 中 性 子 数 を 測 定 し、

あらかじめ 計 算 により 求 めた 燃 焼 度 と 中 性 子 放 出 率 の 相 関 を 基 に 燃 焼 度 を 評 価 する、 放 出

174


原 子 炉 の 物 理

中 性 子 測 定 法 がある。 使 用 済 燃 料 からの 中 性 子 放 出 源 は、Cm-242 および Cm-244 の 自 発 核

分 裂 によるものが 大 部 分 を 占 める。 燃 焼 終 了 後 からの 経 過 期 間 が 数 年 以 上 となる 場 合 の 燃

焼 度 評 価 においては、 半 減 期 の 短 い Cm-242( 半 減 期 163 日 )による 寄 与 は 減 少 し、 半 減 期

の 長 い Cm-244( 半 減 期 18 年 )による 寄 与 が 主 となるため、 使 用 済 燃 料 中 の Cm-244 の 存 在

量 が 重 要 となる[4]。

c. 回 収 ウランの 放 射 線 量 評 価

回 収 ウラン(reprocessed uranium)とは、 使 用 済 ウラン 燃 料 を 再 処 理 してウランを 抽 出 し、

再 度 燃 料 として 加 工 し 利 用 する 際 のウランのことを 指 す。ここで、( 回 収 ウランではない)

通 常 の 濃 縮 ウランは、 天 然 ウランを 濃 縮 して 得 られるものであり、 初 期 組 成 は U-234、U-235

および U-238 から 構 成 される。 一 方 、 回 収 ウランは、 使 用 済 燃 料 を 再 処 理 して 得 られること

から、 通 常 の 濃 縮 ウランでは 存 在 しない U-232 および U-236 が 含 まれる、 通 常 の 濃 縮 ウラ

ンよりも U-234 の 存 在 比 が 大 きい、という 特 徴 がある。U-232 の 娘 核 種 であるタリウム 208

(Tl-208)やビスマス 212(Bi-212)が 高 エネルギーのガンマ 線 放 出 核 種 であるため、 回 収

ウランの 放 射 線 量 評 価 においては、U-232 の 存 在 量 が 重 要 になる[5]。

8.2.2 核 分 裂 生 成 物

8.1.1 節 で 解 説 したとおり、 核 分 裂 生 成 物 は、 核 分 裂 により 生 成 し、 核 反 応 や 原 子 核 の 壊

変 によりその 組 成 を 様 々に 変 化 させていく。 以 下 では、 核 分 裂 生 成 物 の 生 成 量 を 決 める 重 要

な 因 子 の 一 つである 核 分 裂 収 率 、 燃 焼 時 の 挙 動 、 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種 を 説 明 する。

(1) 核 分 裂 収 率

一 回 の 核 分 裂 反 応 あたりの 核 分 裂 生 成 物 の 平 均 発 生 個 数 、すなわち、 核 分 裂 によりどのよ

うな 核 種 がどれだけ 生 成 されるかを 表 したものが 核 分 裂 収 率 (fission yield)である。 代 表 的

な 核 分 裂 性 核 種 である U-235 および Pu-239 の 核 分 裂 収 率 を 図 8-8 に 示 す。 核 分 裂 収 率 はふ

たこぶの 分 布 を 示 し、 質 量 数 が 80~110 前 後 および 130~150 前 後 にピークを 有 することが

わかる。また、U-235 と Pu-239 の 核 分 裂 収 率 を 比 較 すると、Pu-239 の 核 分 裂 収 率 では、U-

235 のそれよりも 質 量 数 80~110 前 後 のピークが 右 側 に 位 置 することが 確 認 される。8.1.3 節

で 説 明 したとおり、 燃 焼 が 進 むことにより、Pu-239 の 核 分 裂 の 割 合 が 増 加 していくため、 核

分 裂 によって 生 じる 核 分 裂 生 成 物 の 構 成 も 徐 々に 変 化 していくこととなる。

175


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

1E-01

1E-02

U-235

核 分 裂 収 率

1E-03

1E-04

Pu-239

1E-05

1E-06

70 80 90 100 110 120 130 140 150 160 170

質 量 数

図 8-8 核 分 裂 収 率

(JANIS-4.0[1]より JENDL-4.0 の 熱 中 性 子 に 対 する 独 立 収 率 を 引 用 )

(2) 燃 焼 時 の 挙 動

核 図 表 からもわかるとおり、 核 分 裂 生 成 物 は 非 常 に 多 種 類 の 核 種 より 構 成 される。 燃 焼 時

の 基 本 的 な 生 成 ・ 消 滅 機 構 のメカニズムは 核 種 によらず 同 様 であることから、ここでは、 代

表 的 な 核 種 の 燃 焼 時 の 挙 動 を 見 ていくことにする。なお、 重 核 種 と 同 様 に、 燃 焼 における 生

成 ・ 消 滅 経 路 を 把 握 するにあたっては、 燃 焼 チェーンを 利 用 する。

まず、セシウム 137(Cs-137)について、 燃 焼 時 の 生 成 量 の 変 化 、ならびに 燃 焼 チェーン

を 図 8-9 に 示 す。 図 8-9 より、Cs-137 は 燃 焼 度 にほぼ 比 例 して 生 成 量 が 増 加 していることが

わかる。ここで、 燃 焼 チェーンを 確 認 すると、Cs-137 の 生 成 経 路 には、 核 分 裂 による 生 成

と、Xe-136 の 捕 獲 反 応 による 生 成 (Xe-137 の 崩 壊 を 経 て Cs-137 が 生 成 )の 2 つの 系 統

があるが、 前 者 の 方 がより 生 成 確 率 が 高 い。Cs-137 の 例 のように、 主 として 核 分 裂 によって

生 成 する 核 種 は、その 生 成 量 は 核 分 裂 反 応 の 発 生 量 、すなわち、 燃 焼 度 にほぼ 比 例 して 増 加

する。

次 に、Cs-134 について、 燃 焼 時 の 生 成 量 の 変 化 、ならびに 燃 焼 チェーンを 図 8-10 に 示 す。

図 8-10 より、Cs-134 は 燃 焼 度 の 2 乗 にほぼ 比 例 して 生 成 量 が 増 加 していることがわかる。

燃 焼 チェーンを 確 認 すると、Cs-134 の 生 成 経 路 には、 核 分 裂 による 生 成 と、Cs-133 の 捕 獲

反 応 による 生 成 の 2 つの 系 統 があるが、 後 者 の 方 がより 生 成 確 率 が 高 い。Cs-133 は 核 分 裂

または Xe-133 の 崩 壊 ( 半 減 期 5.2 日 )により 生 成 され、Cs-137 と 同 様 に 燃 焼 度 にほぼ 比

例 して 増 加 する 核 種 であるため、Cs-134 は 燃 焼 度 の 2 乗 にほぼ 比 例 して 増 加 することにな

る(メカニズムの 詳 細 をコラムに 示 す)。 仮 に Cs-134 の 生 成 量 の 予 測 精 度 の 向 上 を 図 る 場 合

には、Cs-134 自 身 の 核 反 応 の 発 生 数 だけではなく、Cs-133 の 捕 獲 反 応 の 発 生 数 についても

適 切 に 予 測 する 必 要 があるといえる。

上 記 の 例 では、 核 分 裂 による 生 成 後 の 核 反 応 の 回 数 が 少 ない、 比 較 的 簡 素 な 例 を 取 り 上 げ

176


原 子 炉 の 物 理

たが、 実 際 の 原 子 炉 では、 核 分 裂 により 多 種 類 の 核 分 裂 生 成 物 が 発 生 し、それらが 核 反 応 や

原 子 核 の 壊 変 により 様 々に 組 成 を 変 化 させ、 非 常 に 多 種 類 の 核 分 裂 生 成 物 が 生 じているこ

とをイメージして 欲 しい。

初 期 重 金 属 重 量 に 対 する 重 量 割 合 (wt%)

2.5E-1

2.0E-1

1.5E-1

1.0E-1

5.0E-2

0.0E+0

Cs-137

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

133

Cs

134

Cs

135

Cs

137

Cs

β -

IT

133

Xe

134

Xe

135

Xe

136

Xe

fission

(n,γ)

β + , EC

凡 例

(EC: 電 子 捕 獲 ,IT: 核 異 性 体 転 移 )

135

I

図 8-9 Cs-137 の 燃 焼 推 移 および 燃 焼 チェーン

( 燃 焼 チェーン:UO 2 ・MOX 燃 料 を 対 象 とした 標 準 燃 焼 チェーン[2]の 一 部 を 図 示 )

初 期 重 金 属 重 量 に 対 する 重 量 割 合 (wt%)

3.5E-2

3.0E-2

2.5E-2

2.0E-2

1.5E-2

1.0E-2

5.0E-3

0.0E+0

Cs-134

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

133

Cs

134

Cs

135

Cs

137

Cs

β -

IT

133

Xe

134

Xe

135

Xe

136

Xe

fission

(n,γ)

β + , EC

凡 例

(EC: 電 子 捕 獲 ,IT: 核 異 性 体 転 移 )

135

I

図 8-10 Cs-134 の 燃 焼 推 移 および 燃 焼 チェーン

( 燃 焼 チェーン:UO 2 ・MOX 燃 料 を 対 象 とした 標 準 燃 焼 チェーン[2]の 一 部 を 図 示 )

【コラム】Cs-134 の 燃 焼 推 移

本 文 において Cs-134 の 生 成 量 が 燃 焼 度 の 2 乗 にほぼ 比 例 して 増 加 することを 述 べた。こ

こでは、その 理 由 について 解 説 する。

Cs-133 および Cs-134 の 燃 焼 推 移 の 概 念 図 を 図 8-11 に 示 す。 図 8-11(a)は Cs-134 の 主 な 生

成 源 となる Cs-133 の 生 成 量 の 燃 焼 推 移 を 示 しており、 燃 焼 度 にほぼ 比 例 し 増 加 する。 次 に、

ある 燃 焼 度 における Cs-134 の 生 成 量 増 分 を 考 える。 概 念 図 を 図 8-11(b)に 示 す。Cs-134 は 主

として Cs-133 の 捕 獲 反 応 によって 生 成 するため、ある 燃 焼 度 点 における Cs-134 の 生 成 量 増

分 は、Cs-133 の 生 成 量 にほぼ 比 例 することになる。 最 後 に、Cs-134 の 生 成 量 については、

図 8-11(b)に 示 した 各 燃 焼 度 区 間 での 生 成 量 増 分 を、 燃 焼 度 0 MWd/t から 着 目 する 燃 焼 度 ま

で 積 算 した 値 となる。ある 燃 焼 度 点 における Cs-134 の 生 成 量 の 増 分 が 燃 焼 度 にほぼ 比 例 す

177


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

ることから、 結 果 として Cs-134 の 生 成 量 は 燃 焼 度 の 2 乗 にほぼ 比 例 することになる。なお、

Cs-134 の 生 成 量 増 分 の 積 算 値 を 求 めることは、 図 8-11(b)の 生 成 量 増 分 を 示 した 直 線 より 下

側 に 相 当 する 面 積 を 求 めることと 同 義 であり、この 点 からも Cs-134 の 生 成 量 が 燃 焼 度 の 2

乗 に 比 例 することが 確 認 される。

Cs-133の 生 成 量

Cs-133の 生 成 量 は

燃 焼 度 にほぼ 比 例

燃 焼 度

(a) Cs-133の 生 成 量 の 燃 焼 推 移

ある 燃 焼 度 における

Cs-134の 生 成 量 増 分

ある 燃 焼 度 におけるCs-134

の 生 成 量 増 分 は、Cs-133の

生 成 量 にほぼ 比 例

・・・

燃 焼 度

ある 燃 焼 度

区 間 での

Cs-134

生 成 量 増 分

(b) ある 燃 焼 度 におけるCs-134の 生 成 量 増 分

積 算

( 左 図 の 直 線 より 下 側

の 面 積 が 生 成 量 積 算

値 に 相 当 )

Cs-134の 生 成 量

図 8-11 Cs-133 および Cs-134 の 燃 焼 推 移 の 概 念 図

Cs-134の 生 成 量 は

燃 焼 度 の2 乗 にほぼ

比 例

燃 焼 度

(c) Cs-134の 生 成 量 の 燃 焼 推 移

(3) 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種

ひとくちに 核 分 裂 生 成 物 といっても、 非 常 に 多 種 類 の 核 種 から 構 成 されており、それぞれ

に 特 徴 を 有 している。 原 子 力 工 学 の 各 種 評 価 で 重 要 とされる 核 種 について 解 説 する。

a. 核 分 裂 連 鎖 反 応 ( 増 倍 率 )への 影 響 が 大 きい 核 種

キセノン 135(Xe-135)およびサマリウム 149(Sm-149)は 吸 収 断 面 積 が 非 常 に 大 きく、

原 子 炉 での 核 分 裂 連 鎖 反 応 への 影 響 が 大 きい 核 種 としてよく 知 られている。

まず、Xe-135 の 生 成 および 消 滅 に 関 する 主 要 な 反 応 経 路 を 図 8-12 に 示 す。キセノンは 主

としてヨウ 素 135(I-135)の 崩 壊 ( 半 減 期 6.6 時 間 )により 生 成 し、 中 性 子 を 吸 収 して

Xe-136 となるか、 半 減 期 9.1 時 間 で 崩 壊 して Cs-135 となる。 原 子 炉 運 転 中 には、I-135 お

よび Xe-135 は 生 成 と 消 滅 がつり 合 った 平 衡 状 態 となっている。

8.1.3 節 で 示 した 通 り、 核 燃 料 の 無 限 増 倍 率 は、 燃 焼 が 開 始 すると 大 きく 低 下 する。これ

は、Xe-135 の 中 性 子 吸 収 効 果 によるものである。

178


原 子 炉 の 物 理

また、 原 子 炉 を 停 止 した 後 の 挙 動 を 考 えると、I-135 の 崩 壊 による Xe-135 の 生 成 は 継

続 し、 一 方 、Xe-135 の 消 滅 については 捕 獲 反 応 による 消 滅 がなくなり、 崩 壊 による 消 滅

のみとなるため、 親 核 種 である I-135 より 半 減 期 が 長 い Xe-135 は 初 め 蓄 積 し、 約 10 時 間 後

に 最 大 となり、その 後 減 少 する 挙 動 を 示 す。 原 子 炉 停 止 後 の Xe-135 の 生 成 量 の 変 化 の 一 例

を 図 8-13 に 示 す。 図 8-13 では 運 転 中 の 中 性 子 束 を 変 えた 2 ケースの 例 を 示 している。 中 性

子 束 が 高 いほど 運 転 中 の I-135 の 平 衡 値 が 大 きくなるため、 原 子 炉 停 止 後 の Xe-135 の 増 加

量 も 大 きくなる。Xe-135 の 中 性 子 吸 収 効 果 は 非 常 に 大 きいことから、 原 子 炉 の 増 倍 率 によ

っては、 原 子 炉 停 止 後 にすぐさま 起 動 しようとしても 臨 界 に 到 達 させることができず、 起 動

のためには 一 定 の 時 間 を 空 けなければならない 場 合 がある。

核 分 裂 により 生 成

核 分 裂 により 生 成

β - (6.6h)

135

I

135

Xe

β - (9.1h)

135

Cs

(n,γ)

136

Xe

図 8-12 Xe-135 の 反 応 経 路

Xe-135の⽣ 成 量

[ 平 衡 時 の 値 を1.0とした 場 合 ](-)

200

150

100

50

0

中 性 ⼦ 束 =5×10 13 (1/cm 2 /s)

中 性 ⼦ 束 =1×10 13 (1/cm 2 /s)

0 10 20 30 40 50 60 70

原 ⼦ 炉 停 ⽌ 後 の 時 間 (h)

図 8-13 原 子 炉 停 止 後 の Xe-135 の 生 成 量 の 変 化

次 に、Sm-149 に 関 連 する 主 要 な 反 応 経 路 を 図 8-14 に 示 す。Xe-135 に 比 べ 親 核 種 の 半 減 期

が 長 いことから Xe-135 に 比 べてゆっくりとした 挙 動 を 示 す。Pm-149 および Sm-149 が 平 衡

状 態 に 達 するのは 運 転 から 数 日 程 度 である。

また、 原 子 炉 を 停 止 した 後 は、Pm-149 からの 崩 壊 による Sm-149 の 生 成 のみとなるた

め、Sm-149 は 増 加 し、Pm-149 の 半 減 期 の 2.2 日 に 対 して 十 分 な 時 間 が 経 過 した 後 はほぼ 一

定 となる。 原 子 炉 停 止 後 の Sm-149 の 生 成 量 の 変 化 の 一 例 を 図 8-15 に 示 す。 図 8-13 と 同 様

179


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

に、 運 転 中 の 中 性 子 束 を 変 えた 2 ケースの 例 を 示 している。I-135 と Xe-135 の 関 係 と 同 様 、

中 性 子 束 が 高 くなるほど 運 転 中 の Pm-149 の 平 衡 値 が 大 きくなることから、 原 子 炉 停 止 後 の

Sm-149 の 増 加 量 も 大 きくなる

核 分 裂 により 生 成

核 分 裂 により 生 成

β - (2.2d)

149

Pm

149

Sm

(n,γ)

150

Sm

図 8-14 Sm-149 の 反 応 経 路

Sm-149の⽣ 成 量

[ 平 衡 時 の 値 を1.0とした 場 合 ](-)

70

60

50

40

30

20

10

0

中 性 ⼦ 束 =5×10 13 (1/cm 2 /s)

中 性 ⼦ 束 =1×10 13 (1/cm 2 /s)

0 50 100 150 200 250 300

原 ⼦ 炉 停 ⽌ 後 の 時 間 (h)

図 8-15 原 子 炉 停 止 後 の Sm-149 の 生 成 量 の 変 化

Xe-135 および Sm-149 は 運 転 中 の 原 子 炉 における 核 分 裂 連 鎖 反 応 への 影 響 が 大 きいため、

原 子 炉 の 挙 動 を 適 切 に 予 測 するためには、これらの 生 成 量 のふるまいを 正 確 に 把 握 するこ

とが 重 要 になる。

【コラム】Reactor dead time

本 文 でも 述 べたとおり、 原 子 炉 停 止 後 しばらく 時 間 が 経 過 すると、Xe-135 の 中 性 子 吸 収

効 果 のため、 原 子 炉 の 増 倍 率 によっては、 制 御 棒 を 全 引 き 抜 きしたとしても 臨 界 に 到 達 でき

ない 場 合 がある。このような 場 合 、Xe-135 が 崩 壊 して 減 少 するまで、 原 子 炉 を 再 起 動 でき

ないことになる。この 再 起 動 できない 期 間 のことを「Reactor dead time」という。

潜 水 艦 などに 使 用 されている 動 力 用 の 原 子 炉 では、 主 動 力 たる 原 子 炉 の 停 止 は 深 刻 な 状

況 を 招 く 可 能 性 がある。したがって、Reactor dead time が 生 じる 事 態 を 防 ぐため、このよう

な 動 力 用 の 原 子 炉 では、U-235 濃 縮 度 を 高 めた 燃 料 を 使 用 するなど、 十 分 に 大 きな 増 倍 率 を

180


原 子 炉 の 物 理

持 つような 設 計 がなされている[6]。

【 発 展 的 内 容 】 増 倍 率 への 影 響 が 大 きい 核 種

本 文 中 では、 増 倍 率 への 影 響 が 大 きい 核 種 として、Xe-135 および Sm-149 を 紹 介 したが、

その 他 にも、 運 転 中 の 原 子 炉 において 増 倍 率 への 影 響 が 大 きい 核 種 として、テクネチウム 99

(Tc-99)、ロジウム 103(Rh-103)、Xe-131、Cs-133、ネオジム 143(Nd-143)、プロメチウム

147(Pm-147)、Sm-150、ユーロピウム 153(Eu-153)といった 核 種 が 挙 げられる[7]。

また、 使 用 済 燃 料 の 貯 蔵 、 輸 送 、 再 処 理 の 臨 界 安 全 評 価 において、 燃 料 の 燃 焼 に 伴 う 核 分

裂 性 核 種 の 減 少 および 中 性 子 を 吸 収 する 核 種 の 増 加 による 増 倍 率 の 低 下 を 考 慮 することが

ある。この 増 倍 率 の 低 下 を 臨 界 安 全 評 価 にて 考 慮 することを、「 燃 焼 度 クレジットを 採 る」

という。また、 燃 焼 度 クレジットそのものが、 燃 料 の 燃 焼 による 増 倍 率 の 低 下 を 臨 界 安 全 評

価 にて 考 慮 することを 指 す 場 合 もある。 燃 焼 度 クレジットを 採 り 入 れることで、 燃 料 集 合 体

間 距 離 の 削 減 による 貯 蔵 容 量 の 増 加 や、 中 性 子 吸 収 材 使 用 量 の 低 減 につながるため、より 合

理 的 な 方 法 で 使 用 済 燃 料 の 取 扱 いが 可 能 となる。 燃 焼 度 クレジットでは、 核 分 裂 性 核 種 の 減

少 や、 中 性 子 吸 収 に 寄 与 するアクチノイドや 核 分 裂 生 成 物 の 増 加 を 考 慮 するが、このうち、

核 分 裂 生 成 物 としては、モリブデン 95(Mo-95)、Tc-99、Rh-103、Cs-133、Nd-143、Nd-145、

Sm-147、Sm-149、Sm-150、Sm-152、Eu-153、ガドリニウム 155(Gd-155)の 12 核 種 が 重 要

な 核 種 として 挙 げられる。これらは、 中 性 子 吸 収 断 面 積 の 大 きい 核 種 から、 寿 命 の 短 い 核 種 、

気 体 状 または 揮 発 性 の 核 種 、 比 較 的 揮 発 しやすい 核 種 を 除 外 して 選 定 された 核 種 である。な

お、Rh、Tc、Mo などの 核 分 裂 生 成 物 は、 再 処 理 における 燃 料 の 溶 解 時 に 不 溶 性 残 渣 となる

可 能 性 があることから、 再 処 理 の 溶 解 工 程 以 降 では、 上 記 12 核 種 より Rh-103、Tc-99、Mo-

95 を 除 いた 9 核 種 の 核 分 裂 生 成 物 の 中 性 子 吸 収 効 果 が 期 待 できるとされている[8]。

b. 使 用 済 燃 料 中 の 核 種 組 成 評 価 が 重 要 となる 核 種

使 用 済 燃 料 の 燃 焼 度 、 発 熱 量 、 長 期 処 分 時 の 存 在 量 といった 観 点 から、 使 用 済 燃 料 中 に 含

まれる 核 種 の 存 在 量 を 把 握 することが 重 要 になる。なお、このような 核 種 の 存 在 量 の 評 価 は

インベントリ(inventory) 評 価 と 呼 ばれることがある。インベントリとは、 棚 卸 ・ 在 庫 一 覧

という 意 味 の 用 語 であり、「 使 用 済 燃 料 のインベントリ 評 価 」は、 使 用 済 燃 料 中 に、どの 核

種 がどれだけ 存 在 するかを 評 価 することを 意 味 する。 以 下 では、 燃 焼 度 評 価 、 発 熱 量 評 価 、

長 期 処 分 時 の 存 在 量 の 評 価 の 観 点 から 重 要 とされる 核 種 をまとめる。

・ 燃 焼 度 評 価

ルテニウム 106(Ru-106)、Cs-134、Cs-137、セリウム 144(Ce-144)、Nd-148、Eu-154 な

どは、その 生 成 量 が 燃 焼 度 に 対 して 線 形 もしくは 二 次 関 数 的 に 変 化 し、かつ 原 子 核 の 壊 変 に

伴 うガンマ 線 による 検 出 が 容 易 であることから、 燃 焼 度 を 推 定 する 指 標 として 利 用 されて

いる[9]。

181


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

・ 発 熱 量 評 価

ストロンチウム 90(Sr-90)、Ru-106、Cs-134、Cs-137、Ce-144 などは、 使 用 済 燃 料 中 の 発

熱 量 が 問 題 となる 核 種 として 知 られている[10]。

・ 長 期 処 分 時 の 存 在 量 の 評 価

放 射 性 廃 棄 物 の 長 期 処 分 において 重 要 となる 長 寿 命 核 種 として、セレン 79(Se-79)( 半 減

期 30 万 年 )、ジルコニウム 93(Zr-93)( 同 160 万 年 )、Tc-99( 同 21 万 年 )、パラジウム 107

(Pd-107)( 同 650 万 年 )、スズ 126(Sn-126)( 同 23 万 年 )、I-129( 同 1600 万 年 )、Cs-135

( 同 230 万 年 )などが 挙 げられる[11]。

c. 安 全 評 価 において 重 要 となる 核 種

原 子 炉 施 設 の 安 全 評 価 においては、 放 射 性 物 質 の 放 出 による 敷 地 境 界 外 における 被 ばく

線 量 が 評 価 される。 核 分 裂 により 発 生 し、 大 気 中 に 放 出 されうる 気 体 状 の 核 分 裂 生 成 物 であ

る、ヨウ 素 (I-)131、132、133、134、135、クリプトン(Kr-)83m、85m、85、87、88、な

らびにキセノン(Xe-)131m、133m、133、135m、135、138 の 存 在 量 が 重 要 となる。

d. 動 特 性 の 観 点 から 重 要 となる 核 種

臭 素 (Br-)87、88、89、ヨウ 素 137(I-137)は 遅 発 中 性 子 を 放 出 する 核 種 であり、 原 子 炉

の 動 特 性 の 評 価 において 重 要 となる[12]。

8.2.3 可 燃 性 毒 物

軽 水 炉 では、 炉 心 の 安 全 性 を 確 保 するため、しばしば 可 燃 性 毒 物 (burnable poison)が 使

用 される。 可 燃 性 毒 物 とは、 大 まかに 言 えば、サイクル 初 期 には 中 性 子 を 吸 収 する 効 果 を 有

し、サイクル 中 期 ~ 末 期 にはその 効 果 が 消 失 する 物 質 のことをいう。 本 節 では 可 燃 性 毒 物 の

概 要 および 燃 焼 挙 動 について 解 説 する。

軽 水 炉 では、PWR では 約 100~200 体 、BWR では 約 300~900 体 の 燃 料 集 合 体 が 炉 心 に 装

荷 される。 約 1 年 ごとに 燃 料 交 換 が 行 われ、 炉 心 全 体 の 約 4 分 の 1 から 3 分 の 1 の 燃 焼 燃

料 が 新 燃 料 と 交 換 され、 運 転 期 間 中 は 燃 料 交 換 を 行 うことなく 連 続 的 に 運 転 を 行 っている。

燃 料 交 換 なしで 1 年 程 度 の 長 期 間 の 運 転 を 実 現 するため、 新 燃 料 の 装 荷 体 数 を 多 くする、ま

たは、 燃 料 の 濃 縮 度 を 高 めるなどにより、 炉 心 の 増 倍 率 が 1.0 を 大 きく 上 回 ることができる

状 態 にする。このとき、 増 倍 率 が 1.0 より 上 回 った 余 剰 分 の 反 応 度 (これを 余 剰 反 応 度 (excess

reactivity)という)に 対 し、PWR では 減 速 材 ( 一 次 冷 却 材 ) 中 のほう 素 により、BWR では

制 御 棒 により、 余 剰 反 応 度 の 制 御 ( 補 償 )を 行 っている( 炉 心 の 増 倍 率 を 1.0 としている)。

余 剰 反 応 度 を 高 めることで 長 期 間 の 運 転 が 実 現 されるが、 運 転 初 期 に 非 常 に 大 きな 余 剰 反

応 度 を 有 することになり、 原 子 炉 制 御 のしやすさや 安 全 性 の 観 点 からは 好 ましくないと 言

える。 具 体 的 には、PWR では、 減 速 材 中 のほう 素 濃 度 を 高 めることで 余 剰 反 応 度 を 補 償 で

182


原 子 炉 の 物 理

きるが、ほう 素 濃 度 が 高 くなりすぎると、 減 速 材 温 度 の 上 昇 に 対 して 水 の 密 度 減 少 による 負

の 反 応 度 効 果 ( 水 の 密 度 減 少 により、 中 性 子 が 減 速 しにくくなり、 低 エネルギー 側 に 大 きな

断 面 積 を 有 する 核 分 裂 反 応 の 発 生 数 が 減 少 する)よりも、 水 の 密 度 減 少 により 単 位 体 積 あた

りのほう 素 が 減 少 することによる 正 の 反 応 度 効 果 ( 単 位 体 積 あたりのほう 素 が 減 少 し、 吸 収

反 応 の 反 応 数 が 減 少 する)が 大 きくなるおそれがある。これは、 減 速 材 温 度 が 上 昇 すると 増

倍 率 が 大 きくなる 状 態 となることを 意 味 し、 結 果 として、 第 12 章 で 紹 介 する 原 子 炉 の 固 有

の 安 全 性 を 損 なうことにつながる。また、BWR では 制 御 棒 や 流 量 調 整 では 十 分 な 未 臨 界 性

を 保 てないおそれがある。したがって、 炉 心 の 制 御 性 や 安 全 性 を 確 保 するため、 余 剰 反 応 度

を 一 定 の 値 に 抑 える 必 要 がある。

所 定 の 運 転 期 間 を 確 保 したままで、サイクル 初 期 の 余 剰 反 応 度 を 抑 えるため、 軽 水 炉 にお

いては、サイクル 初 期 には 中 性 子 を 吸 収 する 毒 物 として 作 用 し、サイクル 中 期 ~ 末 期 にはそ

の 毒 作 用 が 消 失 するような 物 質 を 使 用 している。 初 期 に 存 在 する 毒 物 が 燃 焼 により 消 失 す

ることから、このような 作 用 を 持 つ 物 質 を 可 燃 性 毒 物 と 呼 ぶ。 軽 水 炉 では、 燃 料 ペレットに

可 燃 性 毒 物 が 添 加 されて 使 用 されるほか、PWR では、 可 燃 性 毒 物 を 金 属 製 の 管 に 封 入 し、

その 管 を 複 数 本 束 ねた 構 造 物 (バーナブルポイズン 棒 と 呼 ばれる)が 制 御 棒 案 内 管 位 置 に 挿

入 されて 使 用 される。 可 燃 性 毒 物 には、ほう 素 (B)、ガドリニウム(Gd)、エルビウム(Er)

が 使 用 されている。

可 燃 性 毒 物 を 使 用 した 場 合 の 増 倍 率 の 燃 焼 推 移 の 一 例 として、PWR のガドリニア(ガド

リニウムの 酸 化 物 である Gd 2 O 3 ) 入 り 燃 料 集 合 体 の 無 限 増 倍 率 の 変 化 を 図 8-16 に 示 す。 燃

焼 初 期 には 可 燃 性 毒 物 による 中 性 子 吸 収 効 果 により 無 限 増 倍 率 がウラン 燃 料 に 比 べて 低 下

していることがわかる。また、 燃 焼 とともに 中 性 子 吸 収 核 種 は 非 吸 収 性 核 種 に 変 化 し、 中 性

子 吸 収 効 果 は 低 下 していくため、ウラン 燃 料 との 無 限 増 倍 率 の 差 が 縮 小 し、 燃 料 集 合 体 の 燃

焼 度 が 15,000 MWd/t 程 度 でウラン 燃 料 と 同 程 度 となり、その 後 は 通 常 燃 料 と 同 様 に 推 移 す

ることがわかる。

可 燃 性 毒 物 の 組 成 変 化 のメカニズムは 核 分 裂 生 成 物 とほぼ 同 様 であるが、 初 期 組 成 とし

て 当 該 核 種 が 存 在 するか 否 かの 違 いがある。 可 燃 性 毒 物 に 対 する 主 要 な 反 応 は、(n, ) 反 応 、

(n, ) 反 応 、 原 子 核 の 壊 変 ( 崩 壊 、 崩 壊 、 電 子 捕 獲 、 核 異 性 体 転 移 )であり、 中 性 子 吸

収 断 面 積 が 大 きい 核 種 であることから 吸 収 反 応 による 消 滅 量 が 大 きくなる。

可 燃 性 毒 物 は 中 性 子 吸 収 断 面 積 が 大 きい 核 種 であるため、 可 燃 性 毒 物 の 核 種 組 成 が 無 限

増 倍 率 や 出 力 分 布 などの 核 特 性 に 与 える 影 響 は 大 きい。したがって、 燃 焼 に 伴 う 可 燃 性 毒 物

の 存 在 量 の 変 化 を 適 切 に 評 価 することは、 炉 心 の 核 特 性 を 予 測 するうえで 必 要 不 可 欠 であ

る。

183


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

無 限 増 倍 率

1.5

1.4

1.3

1.2

1.1

1.0

0.9

0.8

ウラン 燃 料

Gdによる 増 倍 率 の 抑 制 分

Gd 2 O 3 入 り 燃 料

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

図 8-16 可 燃 性 毒 物 を 使 用 した 場 合 の 無 限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移

【コラム】 毒 物 とは? 可 燃 性 とは?

本 文 で 紹 介 した「 毒 物 」、「 可 燃 性 」という 用 語 は、 日 常 生 活 において 連 想 されるものと 原

子 炉 物 理 のものとでは 大 きく 意 味 合 いが 異 なり、 誤 解 を 生 じやすい 用 語 でもあることから、

ここで 解 説 する。

まず、「 毒 物 」という 用 語 について、 日 常 生 活 では、 生 物 の 健 康 状 態 に 対 して 有 害 な、 場

合 によっては 死 に 至 らしめるような 物 質 のことを 意 味 し、 毒 物 ・ 劇 物 といった 言 葉 でよく 耳

にするであろう。 一 方 、 原 子 炉 物 理 の 分 野 においては、 中 性 子 を 吸 収 する 物 質 のことを 毒 物

と 称 する。これは、 中 性 子 を 吸 収 する 物 質 は、 中 性 子 を 死 に 至 らしめることから、 中 性 子 に

とっての「 毒 」であるためである。8.2.2 節 で 述 べたキセノンやサマリウムなども 中 性 子 を

吸 収 する 物 質 であり、キセノン 毒 、サマリウム 毒 といったような 表 現 が 用 いられることがあ

る。

次 に、「 可 燃 性 」という 用 語 について、 日 常 生 活 では、 可 燃 性 / 不 燃 性 という 類 で 使 用 され、

「 燃 える、よく 燃 える」という 意 味 で 使 用 される。 一 方 、 原 子 炉 物 理 の 分 野 においては、「 毒

物 」を 修 飾 し「 可 燃 性 毒 物 」という 用 語 で 使 用 される。ここでの「 可 燃 性 」は、 核 燃 料 の 燃

焼 に 伴 い、 毒 物 が 中 性 子 を 吸 収 して 消 費 され、 次 第 に 毒 物 の 効 果 がなくなることを 意 味 して

いる。したがって、「 可 燃 性 毒 物 」は 中 性 子 を 吸 収 する 毒 物 ではあるものの、 余 剰 反 応 度 を

抑 えたいサイクル 初 期 のみ 毒 物 としての 効 果 を 発 揮 し、サイクル 中 期 以 降 はその 効 果 が 消

失 するように 設 計 されたものを 意 味 する。

【 発 展 的 内 容 】 可 燃 性 毒 物 による 核 特 性 の 違 い

可 燃 性 毒 物 には 吸 収 断 面 積 の 大 きい 核 種 が 選 定 される。 軽 水 炉 の 可 燃 性 毒 物 として 使 用

されている Gd、B および Er について、 代 表 的 な 核 種 の 吸 収 断 面 積 を 図 8-17 に 示 す。 図 8-

184


原 子 炉 の 物 理

17 には 比 較 のため U-238 の 吸 収 ( 捕 獲 ) 断 面 積 も 示 している。いずれの 核 種 についても、

U-238 に 比 べて 熱 中 性 子 に 対 する 吸 収 断 面 積 が 2~4 桁 程 度 大 きく、これらを 燃 料 に 添 加 す

ることで 通 常 の 燃 料 に 比 べて 中 性 子 吸 収 効 果 が 大 きくなることがわかる。また、Gd、B およ

び Er について、それぞれガドリニア(Gd 2 O 3 )、 炭 化 ほう 素 (B 4 C)およびエルビア(Er 2 O 3 )

の 化 学 形 態 にて 燃 料 ペレットに 混 合 した 場 合 の 燃 料 集 合 体 の 無 限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移 を 図 8-

18 に 示 す。なお、 図 8-18 においては、 図 8-18(a)に 示 す 燃 料 棒 位 置 に 可 燃 性 毒 物 入 り 燃 料 を

使 用 し、 燃 料 中 の 可 燃 性 毒 物 の 体 積 割 合 を 同 一 とした 場 合 の 計 算 例 を 示 している。

炭 化 ほう 素 入 り 燃 料 の 場 合 、ガドリニア 入 り 燃 料 と 同 程 度 の 増 倍 率 の 抑 制 効 果 が 得 られ

る。しかし、ほう 素 を 燃 料 ペレットに 添 加 した 場 合 、B-10 の(n, ) 反 応 によりヘリウムガス

が 生 成 され、 燃 料 棒 内 の 圧 力 が 高 くなるため、ほう 素 の 装 荷 量 には 制 限 が 生 じることが 知 ら

れている。なお、ほう 素 は、 本 文 で 述 べたバーナブルポイズン 棒 ( 可 燃 性 毒 物 を 封 入 した 金

属 管 を 制 御 棒 案 内 管 に 挿 入 して 使 用 )の 可 燃 性 毒 物 として 広 く 利 用 されている。

エルビア 入 り 燃 料 の 場 合 、Er は Gd よりも 中 性 子 吸 収 断 面 積 が 小 さいため、ガドリニア 入

り 燃 料 に 比 べて、 毒 核 種 による 中 性 子 の 吸 収 量 が 小 さく、 燃 焼 に 伴 う 毒 核 種 の 減 少 が 緩 やか

になる。そのため、1 サイクルの 運 転 期 間 が 十 分 に 長 くなければ、サイクル 末 期 に 毒 核 種 が

残 存 してしまう。また、Er-167 は 0.5 eV 付 近 の 熱 外 領 域 において 吸 収 断 面 積 のピークを 有

しており、 中 性 子 スペクトルが 高 エネルギー 側 にシフトした 場 合 に 対 して 中 性 子 吸 収 効 果

が 大 きくなるため、 減 速 材 温 度 係 数 をより 負 側 にする( 減 速 材 の 温 度 上 昇 に 対 して 増 倍 率 を

より 負 側 に 変 化 させる) 効 果 がある。このような 核 特 性 は、サイクル 期 間 の 長 期 化 に 適 した

ものである。

1E+07

1E+06

1E+05

Gd-157(n,γ)

Gd-155(n,γ)

微 視 的 断 面 積 (barns)

1E+04

1E+03

1E+02

1E+01

1E+00

1E-01

B-10(n,α)

Er-167(n,γ)

U-238(n,γ)

1E-02

1E-03

1E-04

1E+07

1E+06

1E+05

1E+04

1E+03

1E+02

1E+01

1E+00

1E-01

1E-02

1E-03

1E-04

1E-05

エネルギー(eV)

図 8-17 可 燃 性 毒 物 の 吸 収 断 面 積

(JANIS[1]より JENDL-4.0 のデータを 引 用 )

185


第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼

無 限 増 倍 率

1.5

1.4

1.3

1.2

1.1

1.0

0.9

ウラン 燃 料

Er 2 O 3 入 り 燃 料

Gd 2 O 3 入 り 燃 料

B 4 C 入 り 燃 料

ウラン 燃 料 棒

制 御 棒 案 内 管

可 燃 性 毒 物 入 り 燃 料 棒

炉 内 計 装 用 案 内 管

0.8

0 10000 20000 30000 40000 50000 60000

燃 焼 度 (MWd/t)

(a) 燃 料 棒 配 置

(b) 無 限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移

図 8-18 様 々な 可 燃 性 毒 物 を 使 用 した 場 合 の 無 限 増 倍 率 の 燃 焼 推 移

186


原 子 炉 の 物 理

参 考 文 献

[1] OECD/NEA, “JANIS-4.0, Java-based Nuclear Data Information System,”

https://www.oecd-nea.org/janis/ (accessed 2019/06/02)

[2] K. Okumura, “MOSRA-SRAC: Lattice Calculation Module of the Modular Code System for

Nuclear Reactor Analyses MOSRA,” JAEA-Data/Code 2015-015、 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構

(2015).

[3] 西 原 健 司 、 岩 元 大 樹 、 須 山 賢 也 、「 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃 料 組 成 評 価 」、JAEA-

Data/Code 2012-018、 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 (2012).

[4] 株 式 会 社 東 芝 、「 再 処 理 施 設 における 燃 焼 度 計 測 装 置 」、TLR-R001 (1991).

[5] International Atomic Energy Agency, “Management of reprocessed uranium: current status and

future prospects,” IAEA-TECDOC-1529, International Atomic Energy Agency (2007).

[6] M Ragheb, “Nuclear Marine Propulsion,”

http://neoblackpanther.com/nuclear/Nuclear-Marine-Propulsion.pdf (accessed 2019/07/21)

[7] G. Chiba and S. Okumura, “Uncertainty quantification of neutron multiplication factors of light

water reactor fuels during depletion,” J. Nucl. Sci. Technol., 55, 1043-1053 (2018).

[8] 燃 料 サイクル 安 全 研 究 委 員 会 編 、「 燃 焼 度 クレジット 導 入 ガイド 原 案 」、JAERI-Tech

2001-055、 日 本 原 子 力 研 究 所 (2001).

[9] 佐 藤 駿 介 、 名 内 泰 志 、「 使 用 済 燃 料 の 燃 焼 度 評 価 技 術 の 開 発 」、 電 力 中 央 研 究 所 研 究 報 告

L16002 (2017).

[10] Y. Inagaki, T. Iwasaki, S. Sato, T. Ohe, K. Kato, S. Torikai, Y Niibori, S. Nagasaki and K

Kitayama, “LWR high burn-up operation and MOX introduction; fuel cycle performance from

the viewpoint of waste management,” J. Nucl. Sci. Technol., 46, 677-689 (2009).

[11] 放 射 性 廃 棄 物 の 分 離 変 換 研 究 専 門 委 員 会 編 、「 分 離 変 換 技 術 総 論 」、 日 本 原 子 力 学 会

(2016).

[12] 平 川 直 弘 、 岩 崎 智 彦 、「 連 載 講 座 原 子 炉 物 理 第 6 回 原 子 炉 の 動 特 性 と 制 御 」、 日 本 原

子 力 学 会 誌 、42、45-60 (2009).

187


188

第 8 章 核 燃 料 の 燃 焼


原 子 炉 の 物 理

第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

189


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

内 容

第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性 ....................................................................................... 189

9.1 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 ...................................................................................................... 191

9.2 原 子 炉 の 出 力 変 化 .................................................................................................................. 196

9.2.1 世 代 ごとの 中 性 子 数 の 変 化 ............................................................................................. 196

9.2.2 遅 発 中 性 子 がない 場 合 の 原 子 炉 の 出 力 変 化 ................................................................. 199

9.2.3 遅 発 中 性 子 がある 場 合 の 原 子 炉 の 出 力 変 化 ................................................................. 200

9.2.4 遅 発 臨 界 と 即 発 臨 界 ......................................................................................................... 201

190


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 核 分 裂 で 発 生 する 中 性 子 には、 核 分 裂 後 即 座 に 発 生 する 即 発 中 性 子 と、 核 分 裂 生 成 物 の

崩 壊 に 伴 い 核 分 裂 から 十 数 ミリ 秒 から 数 十 秒 程 度 の 時 間 遅 れをもって 発 生 する 遅 発

中 性 子 がある。 遅 発 中 性 子 は、 核 分 裂 で 発 生 する 中 性 子 のうち、おおむね 1% 未 満 しか

存 在 しないが、 原 子 炉 の 時 間 的 な 振 る 舞 いに 非 常 に 大 きな 影 響 を 与 える。

・ 仮 に 遅 発 中 性 子 が 存 在 しないとすると、 臨 界 状 態 の 原 子 炉 に 対 して 制 御 棒 をわずかに

引 き 抜 いただけで 原 子 炉 出 力 は 急 激 に 上 昇 するため、 原 子 炉 を 工 学 的 に 制 御 すること

は 困 難 である。

・ 実 際 の 原 子 炉 では、 遅 発 中 性 子 が 存 在 するため、 臨 界 からのズレが 大 きくならない 限

り、 原 子 炉 の 出 力 は 穏 やかに 変 化 し、 工 学 的 な 制 御 が 可 能 になる。

・ 臨 界 からのズレが 大 きくなると、 遅 発 中 性 子 が 存 在 しなくても 臨 界 の 維 持 が 可 能 にな

り、 原 子 炉 の 出 力 が 急 激 に 変 化 するようになる。

本 章 までの 説 明 は、 原 子 炉 出 力 が 一 定 、すなわち 臨 界 状 態 ( 実 効 増 倍 率 =1)であり、

核 分 裂 反 応 率 が 時 間 とともに 増 減 しない 定 常 状 態 の 原 子 炉 を 対 象 にしてきた。 本 章 では、 原

子 炉 出 力 が 変 化 する 挙 動 である「 原 子 炉 の 動 特 性 」に 着 目 する。 対 象 とする 出 力 変 化 の 時 間

スケールは 数 秒 から 数 時 間 程 度 である 1 。また、 原 子 炉 の 出 力 変 動 に 伴 い、 原 子 炉 の 温 度 が

変 化 するが、この 温 度 変 化 は 原 子 炉 の 実 効 増 倍 率 に 影 響 を 与 える。このような 相 互 依 存 関 係

(フィードバック 効 果 )については、 第 12 章 で 説 明 する。

9.1 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子

【この 節 のポイント】

・ 核 分 裂 中 性 子 には、 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 の 二 種 類 がある。

・ 遅 発 中 性 子 は 核 分 裂 で 生 じた 遅 発 中 性 子 先 行 核 から 生 じる。この 際 、 核 分 裂 が 発 生 して

から 十 数 ミリ 秒 から 数 十 秒 程 度 の 時 間 遅 れを 伴 う。

・ 遅 発 中 性 子 は、 全 核 分 裂 中 性 子 のうち、おおむね 1% 未 満 の 希 少 な 存 在 である。 遅 発 中

性 子 の 割 合 は、 核 分 裂 反 応 を 引 き 起 こす 中 性 子 のエネルギーや 核 分 裂 する 核 種 に 依 存

する。

・ 発 生 時 の 遅 発 中 性 子 のエネルギーは、 即 発 中 性 子 より 低 い。

核 分 裂 によって 発 生 する 中 性 子 ( 核 分 裂 中 性 子 )には 二 種 類 ある。 一 つは、 核 分 裂 と 同 時

に 放 出 される 中 性 子 であり、 即 発 中 性 子 (prompt neutron)とよばれる。もう 一 つは、 核 分

裂 が 発 生 してからしばらくしたのちに 核 分 裂 生 成 物 から 放 出 される 中 性 子 であり、 遅 発 中

性 子 (delayed neutron)とよばれる。 遅 発 中 性 子 は 次 のような 特 徴 をもつ:

1

燃 焼 に 伴 う、より 長 時 間 ( 数 時 間 ~ 年 )にわたる 原 子 炉 の 特 性 の 変 化 については、 第 8

章 で 扱 った。

191


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

• 一 回 の 核 分 裂 から 放 出 される 遅 発 中 性 子 数 は、 核 分 裂 する 核 種 にもよるが、 一 回 の 核

分 裂 で 放 出 される 中 性 子 数 の 1%にも 満 たないほど 少 ない。

• 遅 発 中 性 子 は 核 分 裂 ののち 十 数 ミリ 秒 から 数 十 秒 程 度 遅 れて 核 分 裂 生 成 物 から 放 出

される。

• 遅 発 中 性 子 のエネルギーは 即 発 中 性 子 のエネルギーよりも 低 い。

ここではまず、 遅 発 中 性 子 が 核 分 裂 生 成 物 から 放 出 されるメカニズムについて 理 解 を 深

めよう。このメカニズムをイメージしやすくするため、 例 えば、ある 会 社 で 内 紛 が 勃 発 し、

会 社 が 二 つに 分 裂 する 場 合 を 考 えよう。 時 々 聞 く 話 ではあるが、その 会 社 にとっては 重 大 な

お 家 騒 動 であるに 違 いない。このようなお 家 騒 動 で 分 裂 した 直 後 の 会 社 は、 非 常 に 騒 々しく、

エネルギーに 満 ちた「ハイテンション 状 態 」になっていることが 想 像 できる。

核 分 裂 は、 原 子 核 にとっては 重 大 なお 家 騒 動 である。 核 分 裂 生 成 物 ( 原 子 核 )は「ハイテ

ンション 状 態 」、つまり、エネルギー 的 に 高 い 状 態 にある。 核 分 裂 生 成 物 は、この 有 り 余 っ

たエネルギーを 何 らかの 形 で 外 部 に 放 出 しないと「 落 ち 着 かない」、つまり、 安 定 な 状 態 に

はならない。エネルギーの 有 り 余 った 人 間 がカラオケやスポーツでエネルギーを 発 散 し 心

の 安 定 を 得 ようとするように、エネルギー 的 に 高 い 状 態 にある 原 子 核 は、 放 射 線 を 放 出 し、

エネルギー 的 により 安 定 な 状 態 になろうとする。

このプロセスを 具 体 的 に 説 明 すると 次 のようになる。 核 分 裂 生 成 物 は、 一 般 的 に、 陽 子 の

数 に 比 べて 中 性 子 の 数 が 多 く、バランスが 悪 い。そのため、 中 性 子 が 陽 子 と 電 子 に 分 かれ、

この 電 子 が 原 子 核 から 放 出 される 崩 壊 を 起 こすことがある。この 崩 壊 は、 核 分 裂 から

ある 程 度 の 時 間 遅 れを 伴 って 発 生 し、その 時 間 遅 れの 度 合 いは 核 分 裂 生 成 物 の 種 類 に 依 存

する。 核 分 裂 から 比 較 的 短 時 間 で( 十 数 ミリ 秒 で) 崩 壊 する 核 種 もあれば、1 分 程 度 の 時

間 遅 れを 伴 うものもある。 人 間 にも「 我 慢 強 い 人 」と「 我 慢 強 くない 人 」がいるのとそっく

りなのかもしれない。

さて、 崩 壊 を 起 こした 核 分 裂 生 成 物 は、 崩 壊 によりエネルギーを 部 分 的 に 放 出 して

いるが、まだエネルギーが 有 り 余 っている 状 態 であり、さらに、γ 線 などの 放 出 によりエネ

ルギーを 外 部 に 放 出 する。この 際 、γ 線 ではなく 原 子 核 内 の 中 性 子 を 放 出 する 場 合 がある。

この 現 象 を 外 部 から 見 ていると、 核 分 裂 が 発 生 した 後 、 時 間 遅 れを 伴 って 中 性 子 が 発 生 して

いるように 見 える。これが 遅 発 中 性 子 の 発 生 メカニズムである。

以 上 のメカニズムをもう 少 し 具 体 的 に 説 明 する。 遅 発 中 性 子 を 放 出 する 核 分 裂 生 成 物 の

一 つである Br-87 を 例 として、 核 分 裂 の 発 生 から 遅 発 中 性 子 が 放 出 されるまでの 流 れを 図 9-

1 に 示 す。Br-87 は 約 55 秒 の 半 減 期 をもつ 放 射 性 同 位 体 であり、 崩 壊 を 経 て 基 底 状 態 ま

たは 励 起 状 態 の Kr-87 となる。Kr-87 の 原 子 核 には 様 々な 励 起 エネルギー 準 位 が 存 在 してお

り、 低 い 準 位 でも 約 5.4 MeV である。 一 方 、Kr-87 原 子 核 の 中 性 子 数 は 51 であり、 原 子 核

が 特 に 安 定 になる 魔 法 数 50 よりも 一 つだけ 多 い。 一 般 に、 魔 法 数 より 一 つ 多 い 核 子 の 結 合

192


原 子 炉 の 物 理

エネルギーは 小 さいことが 知 られており、51 番 目 の 中 性 子 の 結 合 エネルギー( 中 性 子 ひと

つを 原 子 核 から 無 限 遠 に 引 き 離 すために 必 要 なエネルギー)は 約 5.1 MeV である。つまり、

励 起 状 態 の Kr-87 は、 自 分 の 原 子 核 から 余 分 な 中 性 子 をひとつ 放 出 し、 魔 法 数 50 の 安 定 な

Kr-86 になるために 必 要 なエネルギーをもつことがある。このため、 励 起 状 態 の Kr-87 は

線 遷 移 をおこすだけでなく、 中 性 子 を 一 つ 放 出 する 場 合 がある。この 中 性 子 が 遅 発 中 性 子 で

ある。 励 起 状 態 の Kr-87 から 中 性 子 が 放 出 されるまでの 時 間 は、 親 核 種 である Br-87 の 半 減

期 よりもはるかに 短 いため、 遅 発 中 性 子 はあたかも Br-87 の 崩 壊 から 放 出 されていると

見 なすことができる。 核 分 裂 生 成 物 のうち、 遅 発 中 性 子 の 放 出 をともなう 崩 壊 をおこす Br-

87 のようなものを 遅 発 中 性 子 先 行 核 (delayed neutron precursor)とよぶ。

遅 発 中 性 子 先 行 核 は 現 在 までに 250 種 類 以 上 あることが 知 られている。 核 分 裂 の 発 生 か

ら 遅 発 中 性 子 が 放 出 されるまでの 時 間 は 遅 発 中 性 子 先 行 核 の 崩 壊 の 半 減 期 に 依 存 してお

り、 短 い 場 合 は 十 数 ミリ 秒 程 度 、 長 い 場 合 は 約 55 秒 である。

図 9-1 核 分 裂 の 発 生 から 遅 発 中 性 子 の 放 出 までの 流 れの 一 例

続 いて 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 の 数 の 比 について 説 明 する。ひとつひとつの 核 分 裂 反 応

に 着 目 した 場 合 、 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 の 放 出 数 はランダムに 変 化 するため、ここでは1

回 の 核 分 裂 反 応 から 放 出 される 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 の 割 合 に 着 目 する。 例 えば、U-235

が 熱 中 性 子 によって 核 分 裂 反 応 を 起 こした 場 合 、 全 核 分 裂 中 性 子 に 対 する 遅 発 中 性 子 の 割

合 ( 遅 発 中 性 子 割 合 (delayed neutron fraction))は 約 0.0065(0.65%)であることが 実 験 的

に 測 定 されている。これは、 核 分 裂 で 発 生 する 平 均 中 性 子 数 を 2.4 とすると、1 回 の 核 分 裂

反 応 から 放 出 される 遅 発 中 性 子 数 の 平 均 値 は 2.4×0.0065 = 0.0156 であるから、 核 分 裂 反 応

が 1/0.0156≒64 回 発 生 する 間 に 平 均 的 に 遅 発 中 性 子 が1つ 放 出 されることを 意 味 している。

遅 発 中 性 子 割 合 は、 核 分 裂 する 核 種 と 核 分 裂 を 引 き 起 こす 中 性 子 のエネルギー( 高 速 中 性

193


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

子 / 熱 中 性 子 )に 依 存 する。これは、 核 分 裂 する 核 種 、さらには 核 分 裂 を 起 こす 中 性 子 のエ

ネルギーに 核 分 裂 で 発 生 する 核 分 裂 生 成 物 の 出 来 高 ( 発 生 割 合 )が 依 存 するためである。こ

れについて 表 9-1 に 例 を 示 す。

遅 発 中 性 子 のエネルギーは 一 般 的 に 即 発 中 性 子 の 平 均 エネルギー 約 2 MeV よりも 小 さい。

図 9-2 に 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 のエネルギースペクトルを 示 す。 遅 発 中 性 子 は、 不 安 定 な

核 分 裂 生 成 物 ( 遅 発 中 性 子 先 行 核 、 例 :Br-87)が 崩 壊 を 通 じてエネルギーを 放 出 したの

ち、 娘 核 ( 例 :Kr-87)の 余 ったエネルギー( 例 : 約 5.4 MeV)が 同 娘 核 の 中 性 子 の 結 合 エネ

ルギー( 例 : 約 5.1 MeV)よりも 高 い 場 合 に 放 出 されることを 述 べた。 放 出 される 中 性 子 の

エネルギーは、 娘 核 の 余 ったエネルギーと 中 性 子 の 結 合 エネルギーとの 差 で 決 まる。

表 9-1 主 な 核 分 裂 性 核 種 と 遅 発 中 性 子 割 合 (JENDL-4.0 評 価 値 に 基 づく)

核 種 と 中 性 子 エネルギー 平 均 中 性 子 数 平 均 遅 発 中 性 子 数 遅 発 中 性 子 割 合

U-235(0.025 eV) 2.4363 0.0159 0.0065

U-235(3.4 MeV) 2.8498 0.0170 0.0060

U-238(4.5 MeV) 3.0092 0.0463 0.0154

Pu-239(0.025eV) 2.8786 0.0062 0.0022

Pu-239(3.0 MeV) 3.2886 0.0066 0.0020

図 9-2 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 のエネルギースペクトルの 比 較 例 。

評 価 済 み 核 データファイル JENDL-4.0 の U-235 における 1 keV 中 性 子 入 射 による

核 分 裂 反 応 について 多 群 化 して 表 示 したものである。

194


原 子 炉 の 物 理

【 発 展 的 内 容 】 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 、どちらが 核 分 裂 を 起 こしやすい?

図 9-2 で 示 したように、 遅 発 中 性 子 は 即 発 中 性 子 に 比 べて、 発 生 したときのエネルギーが

低 い。では、ここに 生 まれたての 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 が 1 個 ずつあったとしよう。 即 発

中 性 子 と 遅 発 中 性 子 、どちらが 核 分 裂 を 引 き 起 こす 確 率 が 高 いだろうか。

一 般 的 な 原 子 炉 ( 熱 中 性 子 炉 )は、 減 速 材 と 中 性 子 を 衝 突 させ、 中 性 子 のエネルギーを 低

下 させることで、 核 分 裂 反 応 を 起 こしやすくしている。これは、 第 4 章 および 第 5 章 で 説 明

したように、 核 分 裂 断 面 積 が 低 エネルギー 側 で 大 きいからである。

誕 生 直 後 の 中 性 子 のエネルギーが 低 ければ、 熱 中 性 子 に 減 速 するまでに 必 要 な 減 速 材 と

の 衝 突 回 数 は 一 般 的 に 少 なくなり、 中 性 子 が 炉 心 の 外 側 へ 漏 洩 する 確 率 も 小 さくなる。この

観 点 から 考 えると、 次 の 核 分 裂 反 応 に 対 する 貢 献 度 合 いは 即 発 中 性 子 よりも 遅 発 中 性 子 の

方 が 大 きいのではないかと 推 察 される。 実 際 、U-235 濃 縮 度 が 高 い 小 型 の 原 子 炉 においては、

確 かに 遅 発 中 性 子 のほうが 即 発 中 性 子 より 核 分 裂 に 寄 与 しやすい。しかし、 大 型 の 商 業 用 の

軽 水 炉 で 計 算 してみると、 即 発 中 性 子 のほうが 遅 発 中 性 子 より 核 分 裂 に 寄 与 しやすいとい

う 結 果 になる。なぜだろうか。

この 一 見 矛 盾 した 結 果 は、 高 速 の 中 性 子 が U-238 の 核 分 裂 を 引 き 起 こす「 高 速 ( 中 性 子 に

よる) 核 分 裂 」によって 説 明 できる。 第 5 章 で 説 明 したように、 軽 水 炉 においては、U-235

の 濃 縮 度 が 最 大 でも 5 wt% 以 下 の 低 濃 縮 ウラン 燃 料 を 使 用 している。 軽 水 炉 においても、 核

分 裂 の 主 役 はエネルギーの 低 い 中 性 子 による U-235 の 核 分 裂 であるが、 第 5 章 の 図 5-1 に

示 したように、 高 速 中 性 子 による U-238 の 核 分 裂 も 10% 程 度 の 割 合 で 存 在 する。 遅 発 中 性

子 は、 発 生 時 のエネルギーが 低 いことから、 確 かに 低 エネルギー 領 域 までの 減 速 は 早 く 行 わ

れ、 原 子 炉 からの 漏 洩 も 少 ない。しかし、 低 濃 縮 度 のウラン 燃 料 を 使 用 した 大 型 の 軽 水 炉 に

おいては、 遅 発 中 性 子 のエネルギーが 低 いことにより、 低 エネルギー 領 域 までの 減 速 が 早 く

行 われる 効 果 より U-238 の 高 速 核 分 裂 が 減 少 する 効 果 のほうが 大 きくなり、また、 原 子 炉

からの 中 性 子 の 漏 洩 は 元 々 少 ないため 原 子 炉 からの 漏 洩 が 減 少 する 効 果 は 小 さい。その 結

果 として、エネルギーの 低 い 遅 発 中 性 子 のほうが 即 発 中 性 子 より 次 の 核 分 裂 に 対 する 寄 与

は 小 さくなる。なお、 軽 水 炉 において、 遅 発 中 性 子 が 核 分 裂 を 引 き 起 こす 確 率 は、 即 発 中 性

子 に 比 べて 約 5% 小 さい。つまり、 核 分 裂 への 寄 与 という 観 点 では、100 個 の 遅 発 中 性 子 は、

おおむね 95 個 の 即 発 中 性 子 と 同 じ 程 度 の「 価 値 」に 見 えるといえる。

195


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

9.2 原 子 炉 の 出 力 変 化

【この 節 のポイント】

・ 中 性 子 の 生 成 と 消 滅 のバランスが 崩 れると、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 が 変 化 し、その 結 果 、

出 力 が 変 化 する。

・ 即 発 中 性 子 だけを 考 えた 場 合 、 非 常 に 短 時 間 に 原 子 炉 の 出 力 が 変 化 するため、 工 学 的 に

制 御 することは 不 可 能 である。ただし 実 際 には、ごくわずかに 遅 発 中 性 子 が 存 在 するた

めに、 原 子 炉 の 出 力 の 変 化 が 穏 やかになり、 工 学 的 に 制 御 することが 可 能 となってい

る。

・ 遅 発 中 性 子 の 発 生 割 合 をとしたとき、 原 子 炉 の 実 効 増 倍 率 が(1+ )を 超 え、 遅 発 中 性

子 なしでも 超 臨 界 になる 状 態 を 即 発 臨 界 と 呼 ぶ。 即 発 臨 界 になると、 原 子 炉 の 出 力 が 急

上 昇 するため、 安 全 上 大 きな 脅 威 となる。

9.2.1 世 代 ごとの 中 性 子 数 の 変 化

第 7 章 で「 中 性 子 の 一 生 」について 説 明 したが、 中 性 子 に「 一 生 がある」ということは、

原 子 炉 の 中 において、 時 間 とともに 中 性 子 の 集 団 の「 世 代 交 代 」が 行 われているとイメージ

することができる。 実 効 増 倍 率 は 第 6 章 および 第 7 章 において「 現 在 の 世 代 の 中 性 子 数 」と

「 次 の 世 代 の 中 性 子 数 」の 比 率 として 定 義 されており、 世 代 を 重 ねると( 時 間 が 経 過 すると)

中 性 子 数 がどのように 増 えていく/ 減 っていくか、を 示 す 指 標 であった。 原 子 炉 は 通 常 、 一

定 の 出 力 で 運 転 されているが、 出 力 が 一 定 ということは、 原 子 炉 は 臨 界 ( 実 効 増 倍 率 =1)

であることを 示 している。

ここではまず、 原 子 炉 出 力 の 増 減 と 実 効 増 倍 率 の 関 係 について 考 えてみる。この 関 係 を 説

明 するため、 身 近 な 例 として 貯 金 を 複 利 運 用 した 場 合 を 考 えよう。 複 利 運 用 とは、 原 資 ( 元

手 となる 貯 金 )の 運 用 によって 得 た 利 益 を 次 の 原 資 にすべて 加 えて 運 用 する 投 資 方 式 であ

る。 例 えば、 貯 金 額 10,000 円 を 原 資 として 年 利 5%で 運 用 した 場 合 、

2 年 目 の 原 資 =1 年 目 の 原 資 10,000 円 +10,000 円 × 年 利 5%

=1 年 目 の 原 資 10,000 円 ×105%

=10,500 円

3 年 目 の 原 資 =2 年 目 の 原 資 10,500 円 +10,500 円 × 年 利 5%

=2 年 目 の 原 資 10,500 円 ×105%

=11,025 円

というふうに 貯 金 額 は 増 加 する。50 年 間 運 用 した 場 合 の 貯 金 額 の 変 化 を 図 9-3 に 示 す。 図

9-3 には、 年 利 10%のケースもあわせて 示 してある。 重 要 なことは、 複 利 で 運 用 した 場 合 、

貯 金 額 が 時 間 とともに 直 線 状 に 増 加 するのではなく、 時 間 が 経 つにつれて 加 速 度 的 に 増 え

ていくことである。

196


原 子 炉 の 物 理

図 9-3 複 利 運 用 された 貯 金 額 の 増 え 方

原 子 炉 に 話 を 戻 すと、 原 資 は 原 子 炉 内 のある 時 刻 の 中 性 子 数 に 相 当 し、 原 資 の 増 倍 率 ( 上

の 例 では 105%)が 実 効 増 倍 率 に 相 当 している。もし 原 資 の 増 倍 率 が 100%( 実 効 増 倍 率 =

1)であれば、これは 金 利 がゼロということであり、 原 資 ( 中 性 子 数 )は 増 えもしないし 減

りもしない。 原 資 の 増 倍 率 が 100%を 下 回 れば( 実 効 増 倍 率 < 1)、これはマイナス 金 利 とい

うことであり、 原 資 ( 中 性 子 数 )は 次 第 に 減 少 する。

原 子 炉 内 の 中 性 子 数 は 原 子 炉 出 力 に 比 例 するため、 原 資 と 原 資 の 増 倍 率 の 関 係 は 原 子 炉

出 力 ( 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 )と 実 効 増 倍 率 の 関 係 と 同 じである。このように 考 えてみると、

原 資 が 10,000 円 ( 中 性 子 が 10,000 個 )でも 1 億 円 ( 中 性 子 が 1 億 個 )でも、 原 資 の 増 倍 率

が 100%( 実 効 増 倍 率 = 1)であれば 原 資 は 増 えもしないし 減 りもしない。つまり、 原 資 ( 中

性 子 の 個 数 = 原 子 炉 出 力 に 比 例 )の 大 小 と 原 資 の 増 倍 率 ( 実 効 増 倍 率 )の 大 小 は 独 立 なもの

であることが 分 かる。 原 資 ( 中 性 子 の 個 数 )が 大 きいからといって、 原 資 の 増 倍 率 ( 実 効 増

倍 率 )が 大 きいと 考 えるのは 誤 りである。もっとも、 原 資 が 大 きいと、 当 然 ながら 金 利 の 絶

対 額 は 大 きくなる(そのため、 多 額 の 運 用 をすると、 多 額 の 利 益 を 得 ることができる 可 能 性

が 高 くなる)。つまり、 中 性 子 の 個 数 が 多 い(= 出 力 が 高 い)と、 増 加 する 中 性 子 の 個 数 は

大 きくなる。しかし、 増 加 した 中 性 子 の 比 率 、すなわち、 増 加 率 は 中 性 子 の 個 数 とは 無 関 係

である。

原 子 炉 では 制 御 棒 ( 中 性 子 吸 収 材 )の 挿 入 / 引 抜 などによって、 中 性 子 の 生 成 と 消 滅 のバ

ランスを 崩 し、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 を 変 化 させることで 原 子 炉 出 力 を 変 化 させている。 例 え

ば、 臨 界 状 態 の 原 子 炉 に 制 御 棒 を 挿 入 すれば、 中 性 子 の 吸 収 は 増 加 し、 核 分 裂 に 寄 与 する 中

性 子 数 は 減 少 する。この 結 果 、 核 分 裂 により 発 生 する 中 性 子 数 は 減 少 するため、 実 効 増 倍 率

は 1 より 小 さくなり、 原 子 炉 出 力 は 低 下 する。 原 子 炉 出 力 を 再 び 一 定 とするためには、 制 御

棒 を 引 き 抜 き、 再 び 中 性 子 の 生 成 と 消 滅 をバランスさせればよい。

197


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

さて、 次 は 原 子 炉 出 力 が 増 減 するのに 要 する 時 間 について 考 えてみる。 複 利 運 用 の 例 では

1 年 ごとに 原 資 ( 貯 金 額 )は 増 減 する。 原 子 炉 では、ある 世 代 として 生 成 された 中 性 子 が 核

分 裂 反 応 によって 次 の 世 代 の 中 性 子 を 生 成 するまでの 平 均 時 間 が 貯 金 の 場 合 の「1 年 」に 相

当 している。この 時 間 のことを 世 代 時 間 と 呼 んでいる。1 世 代 時 間 だけ 経 った 後 、 中 性 子 数

は 実 効 増 倍 率 を 乗 じた 個 数 に 変 化 する。

貯 金 額 の 増 え 方 、すなわち 資 産 運 用 は、 通 常 、 年 単 位 で 考 える。 資 産 運 用 において、 貯 金

額 の 増 え 方 を 秒 単 位 で 考 えることはないであろうし、 逆 に 世 紀 単 位 で 考 えることもない。こ

れは、 金 利 が 年 単 位 で 表 示 されていることが 多 いためである。 言 い 方 を 変 えると、 横 軸 を 年

で 考 えたときに、 意 味 のある 貯 金 額 の 変 化 が 見 えてくるということになる。

では、 原 子 炉 の 出 力 の 変 化 を 考 える 場 合 、どの 程 度 の 時 間 スケールを 対 象 とすべきであろ

うか。これは、これまでの 議 論 から 明 らかなように、 世 代 時 間 となるであろう。 次 節 以 降 、

「 遅 発 中 性 子 がない 場 合 」と「 遅 発 中 性 子 がある 場 合 」について、 世 代 時 間 がどの 程 度 にな

るか、その 結 果 、 原 子 炉 出 力 がどのように 変 化 するかについて 説 明 を 行 う。

【 発 展 的 内 容 】 世 代 時 間 と 中 性 子 の 寿 命 、そして 中 性 子 の 生 成 時 間

原 子 炉 物 理 の 一 般 的 なテキストの「 動 特 性 」の 項 では、 中 性 子 の 寿 命 ( 厳 密 には 即 発 中 性

子 寿 命 )と 中 性 子 の 生 成 時 間 という2つのパラメータが 導 入 される。これらのパラメータ

と、 本 文 中 で 述 べられた 世 代 時 間 の 関 係 を 整 理 しよう。

例 として 人 口 が 100 万 人 の 都 市 を 考 える。

この 都 市 において、ある 年 に 1 万 人 が 亡 くなり、また 1 万 人 が 生 まれたとしたとき、この

都 市 に 住 む 人 々の「1 世 代 の 長 さ」をどのように 評 価 できるだろうか。「1 世 代 の 長 さ」を、

「その 都 市 に 住 む 人 々が 完 全 に 入 れ 替 わるのに 必 要 な 時 間 」と 考 えるならば、 答 えは 100 年

となるであろう。このとき、 時 間 の 流 れを「 年 」ではなく「 世 代 」で 考 えるとするならば、

100 年 という 長 さの 1 世 代 の 間 に 100 万 人 が 生 まれて 100 万 人 が 亡 くなる、ということにな

る。 従 って、このような 都 市 に 住 む 人 々の 寿 命 は 1 世 代 =100 年 と 言 えるだろうし、「この

都 市 に 住 む 人 々が 新 たに 生 まれてくるのに 必 要 な 時 間 の 長 さ」という、ちょっとイメージし

にくいパラメータを 考 えたときには、やはり 1 世 代 =100 年 と 言 えるだろう。 原 子 炉 物 理 で

は、「 人 々の 寿 命 」が 中 性 子 の 寿 命 に、「 人 々が 新 たに 生 まれてくるのに 必 要 な 時 間 」が 中 性

子 の 生 成 時 間 に、それぞれ 対 応 する。

では、ある 年 に 1 万 人 が 亡 くなった 一 方 で、2 万 人 が 生 まれたとしたときに、この 都 市 の

「1 世 代 の 長 さ」はどう 評 価 できるだろうか?この 都 市 の 人 口 は 100 万 人 なので、「 亡 くな

る」ことによって(100 万 の) 人 々が 入 れ 替 わるのに 必 要 な 時 間 (= 寿 命 )は 100 年 となる

が、「 生 まれる」ことによって(100 万 の) 人 々が 入 れ 替 わるのに 必 要 な 時 間 (= 生 まれるの

に 必 要 な 時 間 )は 50 年 となり、「1 世 代 の 長 さ」の 定 義 によって 結 果 が 変 わることになる。

この 例 は、 亡 くなる 数 と 生 まれる 数 が 釣 り 合 っていないときには「1 世 代 の 長 さ」を 明 確 に

定 義 するのは 難 しいことを 示 唆 している。

この 教 科 書 のような 原 子 炉 物 理 の 初 等 的 なテキストでは、1 世 代 の 長 さとして 世 代 時 間

198


原 子 炉 の 物 理

というパラメータが 用 いられることがあるが、 一 般 的 なレベルのテキストでは 中 性 子 の 寿

命 と 生 成 時 間 のみが 定 義 され、 世 代 時 間 が 議 論 に 用 いられることはない。

9.2.2 遅 発 中 性 子 がない 場 合 の 原 子 炉 の 出 力 変 化

ここでは、 話 を 単 純 にするため、 無 限 大 の 原 子 炉 において 核 分 裂 反 応 によって 即 発 中 性 子

のみが 生 成 される 状 況 を 想 定 し( 遅 発 中 性 子 割 合 が 0 であると 仮 定 して)、1 秒 間 でどれほ

ど 原 子 炉 出 力 が 変 化 するかについて 考 えてみる。

即 発 中 性 子 が 生 成 されてから 無 限 大 の 原 子 炉 内 のどこかで 吸 収 されるまでの 平 均 時 間 を

即 発 中 性 子 寿 命 (prompt neutron life-time)という。 人 間 の 寿 命 と 同 じ 概 念 である。 即 発 中

性 子 寿 命 は、 原 子 炉 の 燃 料 や 使 用 されている 減 速 材 の 有 無 、 種 類 に 大 きく 依 存 する。 典 型 的

な 軽 水 炉 では 即 発 中 性 子 寿 命 はおおむね 10 -5 秒 オーダーである。ここでは 世 代 時 間 と 同 じ

意 味 のパラメータと 考 えてもらって 差 し 支 えない。

もし、この 原 子 炉 が 定 常 出 力 で 運 転 されてきて( 実 効 増 倍 率 = 1)、ある 時 刻 に 実 効 増 倍

率 が 1.0001 に 増 加 したとする。 通 常 の 商 業 炉 において 実 効 増 倍 率 を 0.0001 変 化 させるため

には、 制 御 棒 を 数 センチ 動 かすだけで 十 分 であり、 非 常 に 小 さな 影 響 であるといえる。 中 性

子 の 寿 命 が 10 -5 秒 であることから、1 秒 間 に 中 性 子 は 10 万 (10 5 )の 世 代 を 重 ねることにな

る。したがって、 定 常 運 転 時 の 中 性 子 数 を 仮 に 1 とすると、1 秒 後 の 中 性 子 数 は、1×1.0001

×・・・1.0001(1.0001 を 10 万 回 くりかえして 掛 け 合 わせる)≒22,000 であり、1 秒 間 に 原

子 炉 出 力 が 約 2 万 倍 に 増 加 することになる( 図 9-4)。1.0001 は、 預 金 金 利 でいうと、 年 利

0.01%であり、 現 在 の 普 通 預 金 の 金 利 に 相 当 している。 一 般 的 な 感 覚 としては、「 普 通 預 金 に

預 けていても、お 金 は 増 えない」ということであるが、10 万 年 預 けると、 理 論 的 には 約 2 万

倍 になるということであり、 今 1 万 円 預 けると、( 金 利 が 変 わらなければ) 西 暦 102,019 年

には 2 億 円 を 超 えることになる。

さて、 実 効 増 倍 率 の 僅 かな 変 化 に 対 し、 出 力 が 急 激 に 変 動 するこのような 原 子 炉 を 工 学 的

に 制 御 することは 不 可 能 である。しかし、 現 実 には 原 子 炉 の 出 力 は 制 御 可 能 である。ではな

ぜ、 軽 水 炉 の 原 子 炉 出 力 は 制 御 できているのであろうか。

199


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

1 1.0001 1

1.0001 1 …

1.0001 1 22000

中 性 ⼦ 数

【 凡 例 】

捕 獲 :

核 分 裂 :

即 発 中 性 ⼦:

⿊ 破 線 ‐‐‐: 全 中 性 ⼦ 数

時 間

0

10 210

10 10 1 秒

図 9-4 即 発 中 性 子 のみで 超 臨 界 ( 即 発 超 臨 界 )の 場 合 の 中 性 子 数 の 時 間 変 化

9.2.3 遅 発 中 性 子 がある 場 合 の 原 子 炉 の 出 力 変 化

研 究 室 ( 会 社 の 部 署 でもよい)のメンバーでチームをつくり、 富 士 山 登 頂 リレーマラソン

に 参 加 した 場 合 を 想 定 してみよう。トレイルランニングなどの 持 久 競 技 を 得 意 とする 健 脚

のメンバーもいるだろうし、 体 力 に 自 信 のないメンバーもいるであろう。 容 易 に 想 像 できる

が、このチームの 登 頂 タイム(または 区 間 平 均 タイム)は 体 力 に 自 信 のないメンバーの 割 合

とそのタイムに 大 きく 左 右 されるはずである。 特 に、 体 力 に 自 信 のないメンバーが 一 人 以 上

いるか、まったくいないかで、 大 きく 平 均 タイムが 変 わることが 予 想 できる。

別 の 例 として、 集 団 行 動 を 考 えよう。 集 団 行 動 は、 集 団 が 全 員 揃 わないと 開 始 できないた

め、 集 団 内 に 遅 刻 の 常 習 犯 がいるかどうかで 集 団 の 行 動 のスピードが 大 きく 左 右 されるこ

とが 予 想 できる。

遅 発 中 性 子 は、「 体 力 に 自 信 のないメンバー」もしくは「 遅 刻 の 常 習 犯 」に 相 当 するもの

であり、ごく 少 数 であるが、 核 分 裂 中 性 子 の 中 に 遅 発 中 性 子 が 存 在 することで、 原 子 炉 の 出

力 の 変 動 が 緩 やかになる。

9.1 節 で 説 明 したように、 核 分 裂 反 応 によって 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 が 生 成 される。 全

中 性 子 に 対 する 平 均 的 な 寿 命 は、 即 発 中 性 子 の 割 合 ・ 寿 命 と 遅 発 中 性 子 の 割 合 ・ 寿 命 を 考 慮

して 計 算 することができる。 即 発 中 性 子 の 割 合 と 寿 命 が 0.9935 と 10 -5 秒 、 遅 発 中 性 子 の 割

200


原 子 炉 の 物 理

合 と 寿 命 が 0.0065 と 13 秒 である 場 合 、 全 中 性 子 の 平 均 寿 命 は、0.9935×10 -5 + 0.0065×13 =

0.085 秒 となる。なお、 遅 発 中 性 子 の 寿 命 であるが、「 遅 発 中 性 子 が 発 生 してから 消 滅 するま

で」の 時 間 ではなく、「 核 分 裂 が 起 きてから 遅 発 中 性 子 が 発 生 し、 消 滅 するまで」の 時 間 で

ある。 遅 発 中 性 子 はその 寿 命 のほとんどの 時 間 を 遅 発 中 性 子 先 行 核 の 中 で 過 ごし、 遅 発 中 性

子 先 行 核 から 放 出 されると、 即 発 中 性 子 と 同 程 度 の 時 間 ( 軽 水 炉 では 10 -5 秒 程 度 )で 消 滅 す

る。 遅 発 中 性 子 は、 一 生 のほとんど( 数 年 )を 地 下 で 過 ごし、 成 虫 になって 地 上 に 出 てから

1 カ 月 程 度 で 寿 命 が 尽 きるセミみたいな 存 在 であるともいえるかもしれない。

ここで 重 要 なことの 一 つは、 全 中 性 子 の 平 均 寿 命 がほぼ 遅 発 中 性 子 の 割 合 と 寿 命 で 決 ま

っていることである。 例 えば、 即 発 中 性 子 の 寿 命 が 10 -7 秒 と 1/100 になったとしても、 平 均

寿 命 は 0.085 秒 であり 先 の 結 果 と 変 わらない。つまり、「 体 力 に 自 信 のないメンバー」もし

くは「 遅 刻 の 常 習 犯 」である 遅 発 中 性 子 の 割 合 とその 寿 命 で 全 中 性 子 の 平 均 寿 命 が 決 まるこ

とになる。

さて、 全 中 性 子 の 平 均 寿 命 が 0.085 秒 であった 場 合 、 中 性 子 個 数 の 時 間 変 化 はどのように

なるだろうか。この 場 合 、1 秒 間 における 中 性 子 の 世 代 数 は、1/0.085 = 12 世 代 であり、 即 発

中 性 子 のみからなる 場 合 (10 万 世 代 )とは 大 きく 異 なる。

9.2.2 節 と 同 じように、 実 効 増 倍 率 が 1.0001 になる 状 況 を 考 える。1 秒 後 の 中 性 子 個 数 は、

1×1.0001×・・・(1.0001 を 12 回 掛 け 合 わせる)= 1.0012 であり、1 秒 間 に 0.1%、 中 性 子 の

個 数 が 増 加 、つまり、 出 力 が 増 加 するという 結 果 になる。これは、 人 間 の 感 覚 から 言 っても

比 較 的 緩 やかな 変 化 であり、 十 分 に 制 御 が 可 能 であると 言 える。

人 間 社 会 では、「 遅 刻 常 習 犯 」は 困 りもの、として 捉 えられるが、 原 子 炉 の 制 御 は、この

「 遅 刻 常 習 犯 」のおかげで 可 能 となっていることを 改 めて 認 識 しよう。

9.2.4 遅 発 臨 界 と 即 発 臨 界

9.2.2 節 では、 即 発 中 性 子 のみが 存 在 すると 考 えた 場 合 の 原 子 炉 の 振 る 舞 い、9.2.3 節 では、

現 実 の 世 界 に 合 わせて、 即 発 中 性 子 と 遅 発 中 性 子 がともに 存 在 する 場 合 の 原 子 炉 の 振 る 舞

いを 説 明 した。

それでは、ここで、ある 原 子 炉 を 考 え、この 原 子 炉 から 制 御 棒 を 引 き 抜 くことを 考 える。

9.2.3 節 で 説 明 したとおり、 制 御 棒 をわずかに 引 き 抜 いて、 実 効 増 倍 率 が 1 よりも 少 し 大 き

な 状 況 になった 場 合 、 原 子 炉 出 力 は 緩 やかに 上 昇 する。では、 制 御 棒 の 引 き 抜 き 量 をより 大

きくしていったら、どのようなことが 起 こるであろうか。 以 降 では、 核 分 裂 によって 生 じる

中 性 子 のうち 遅 発 中 性 子 が 占 める 割 合 をと 記 述 する。

9.2.3 節 で、 遅 発 中 性 子 を 考 慮 した 全 中 性 子 の 平 均 寿 命 は、 軽 水 炉 の 場 合 0.085 秒 程 度 と 説

明 した。 制 御 棒 の 引 き 抜 き 量 を 大 きくして、 実 効 増 倍 率 を 1.01 にした 場 合 、1 秒 後 の 原 子 炉

出 力 は、1×1.01×・・・(1.01 を 12 回 掛 け 合 わせる)= 1.13 となると 考 えるかもしれない

が、これは 誤 りである。なぜ、このようにならないかを 以 下 に 説 明 する。

実 効 増 倍 率 が 1.0001 である 場 合 、 即 発 中 性 子 のみを 考 慮 した 実 効 増 倍 率 は、 遅 発 中 性 子

を 無 視 するため、( 例 えば 0.0065)を 実 効 増 倍 率 から 差 し 引 いて 1.0001 - 0.0065 = 0.9936

201


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

となる。つまり、 即 発 中 性 子 の 増 倍 率 は 1 より 小 さい。そのため、 遅 刻 常 習 犯 である 遅 発 中

性 子 が 生 まれてくるまで 待 たないと、 原 子 炉 の 臨 界 を 維 持 できない 状 態 となっている。

一 方 、 実 効 増 倍 率 が 1.01 である 場 合 、 即 発 中 性 子 のみを 考 慮 した 実 効 増 倍 率 は 1.01 -0.0065

= 1.0035 であり、1 より 大 きい。つまり、 遅 刻 常 習 犯 の 遅 発 中 性 子 を「 無 視 しても」、あるい

は「いないとしても」、 臨 界 を 超 過 している 状 態 である。これは、9.2.2 節 で 説 明 した 遅 発 中

性 子 を 考 慮 しない 場 合 と 同 一 の 状 況 であり、 従 って、 中 性 子 数 は 急 上 昇 する。 具 体 的 には、

今 回 の 場 合 、1 秒 間 で 中 性 子 数 は 1 個 から 約 10 151 (10 の 151 乗 ) 個 になると 計 算 できる。

このように、 原 子 炉 においては、 実 効 増 倍 率 がある 値 より 大 きくなると、 中 性 子 個 数 の 増

加 (すなわち、 出 力 の 増 加 )が 極 めて 急 激 になる。この 状 態 は、 即 発 中 性 子 のみで 臨 界 状 態 、

あるいは 超 臨 界 状 態 になっていることから、 即 発 臨 界 (prompt critical)(あるいは、 即 発 超

臨 界 (prompt supercritical))と 呼 ばれている。 即 発 臨 界 になると、 原 子 炉 の 出 力 が 急 激 に

上 昇 することから、 原 子 炉 の 安 全 性 にとって 大 きな 脅 威 となり 得 る。そのため、 特 殊 な 試 験

研 究 炉 を 除 いて、 原 子 炉 が 運 転 中 に 即 発 臨 界 にならないよう 設 計 されており、また 運 転 時 に

厳 重 な 注 意 が 払 われている。

では、どの 程 度 実 効 増 倍 率 が 大 きくなれば 即 発 臨 界 になるのであろうか。ポイントは、 遅

刻 常 習 犯 の 遅 発 中 性 子 を「いないものとしても」 原 子 炉 が 超 臨 界 になるかどうか、であると

言 える。 大 まかに 言 うと、 実 効 増 倍 率 が(1+)を 超 えると 即 発 臨 界 になると 言 える。 例 えば、

表 9-1 より、U-235 の 熱 中 性 子 による 核 分 裂 におけるの 値 は 約 0.0065 である。 従 って、U-

235 を 主 たる 燃 料 として 使 っている 熱 中 性 子 炉 では、 実 効 増 倍 率 が 1 + 0.0065 = 1.0065 を 超

えると、 即 発 臨 界 になると 言 える。

一 方 、 実 効 増 倍 率 が(1+)より 小 さい 場 合 ( 上 記 の 例 の 場 合 、1.0065 より 小 さい 場 合 )、 遅

刻 常 習 犯 の 遅 発 中 性 子 をあてにしないと 原 子 炉 は( 超 ) 臨 界 を 保 つことが 出 来 ない。この 場

合 、9.2.3 節 で 述 べたように、 原 子 炉 の 出 力 変 動 は 緩 やかになり、 工 学 的 に 制 御 できる 範 囲

となる。このような 状 態 を 遅 発 臨 界 (delayed critical)あるいは 遅 発 超 臨 界 (delayed

supercritical)と 呼 んでいる。 原 子 炉 は、 特 殊 な 試 験 研 究 炉 を 除 いて、 遅 発 臨 界 あるいは 遅

発 超 臨 界 の 状 態 で 制 御 することが 安 全 上 の 大 原 則 である。

実 効 増 倍 率 が 1 からどれぐらいずれているかを 示 す 指 標 として 反 応 度 (reactivity)があ

る。 反 応 度 は、 実 効 増 倍 率 から 1 を 引 いた 値 を 実 効 増 倍 率 で 割 ったものであり、

反 応 度 > 0 ⇔ 実 効 増 倍 率 > 1

反 応 度 = 0 ⇔ 実 効 増 倍 率 = 1

反 応 度 < 0 ⇔ 実 効 増 倍 率 < 1

という 関 係 にある。これまでに、 実 効 増 倍 率 がある 程 度 大 きくなると、 原 子 炉 の 出 力 が 急 上

昇 する 特 性 があることを 説 明 した。 反 応 度 がを 超 えると、 即 発 臨 界 となり、 出 力 が 急 激 に

変 化 するため、 即 発 臨 界 に 至 る 反 応 度 (= )を 基 準 とすることがあり、これを 1 $(ドル)

202


原 子 炉 の 物 理

と 称 している。 反 応 度 が 1 $を 超 えると 即 発 臨 界 になる。

なお、より 小 さな 反 応 度 は、1 $を 100 で 割 った¢(セント)で 表 されることがある。1¢

= 0.01 $ = 0.000065 程 度 である。

【コラム】 遅 発 中 性 子 の 割 合 がもっと 小 さかったら?

9.1 節 で 述 べたように、 核 分 裂 性 核 種 の 遅 発 中 性 子 の 割 合 は 1% 未 満 であり、 全 中 性 子 の

うち、ごくわずかしか 存 在 しない。では、 仮 に、この 遅 発 中 性 子 の 割 合 がさらに 小 さく、 例

えば、 現 在 の 1/100 程 度 であったら、 歴 史 はどうなっていたであろうか。

U-235 の 遅 発 中 性 子 の 割 合 は、0.7% 程 度 であるため、 遅 発 中 性 子 の 割 合 が 現 在 の 1/100 で

あるとすると 0.007% 程 度 となる。この 場 合 、 本 節 で 説 明 したように、ほんのわずかの 制 御

棒 の 引 き 抜 きによっても、 即 発 臨 界 に 達 してしまうことになる。この 場 合 、フェルミが 行 っ

た 世 界 初 の 原 子 炉 による 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 維 持 実 験 は、 世 界 初 の 原 子 炉 暴 走 事 故 になって

いた 可 能 性 がある。どの 程 度 の 出 力 暴 走 になるかは、この 原 子 炉 の 温 度 が 上 昇 した 際 の 実 効

増 倍 率 の 低 下 具 合 ( 反 応 度 フィードバック 効 果 、 第 12 章 で 説 明 )によると 考 えられるもの

の、 大 きな 出 力 バーストが 生 じていたら、 現 場 にいた 研 究 者 たちには 大 きな 被 害 が 出 ていた

可 能 性 がある。そうなると、それ 以 降 の 原 子 力 開 発 はかなり 遅 れたであろう。

いずれにせよ、 遅 発 中 性 子 の 割 合 がもっと 小 さければ、 原 子 核 エネルギーの 平 和 利 用 は 困

難 であり、もっぱら 軍 事 目 的 のみに 利 用 されたであろうことが 想 像 できる。

【 発 展 的 内 容 】 実 効 増 倍 率 が 変 化 した 直 後 の 原 子 炉 出 力 の 変 動

即 発 超 臨 界 となった 原 子 炉 は、 即 発 中 性 子 のみで 超 臨 界 を 維 持 できるため、 出 力 が 急 上 昇

する。これは、 図 9-3 で 示 した 複 利 で 貯 金 が 増 えていくのと 同 じ 状 況 であり、 数 学 的 には 指

数 関 数 状 に 出 力 が 上 昇 すると 言 える。

遅 発 超 臨 界 の 場 合 にも、 時 間 が 経 過 すると、 指 数 関 数 状 に(ただし、 時 間 的 に 穏 やかに)

出 力 が 上 昇 する。しかし、 遅 発 超 臨 界 では、 実 効 増 倍 率 が 変 化 した 直 後 、ステップ 状 に 出 力

が 上 昇 する 現 象 が 見 られる。この 現 象 について 以 下 に 説 明 する。

ある 原 子 炉 が 臨 界 状 態 で 運 転 していたとする。このとき、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 は 一 定 であ

るが、 遅 発 中 性 子 先 行 核 から 遅 発 中 性 子 が 定 常 的 に 少 しずつ 供 給 されており、それを 元 に 即

発 中 性 子 が 増 倍 している 状 況 であると 見 ることが 出 来 る。

例 えば、 遅 発 中 性 子 が 1 個 供 給 された 場 合 を 考 える。 遅 発 中 性 子 割 合 を 0.0065 とすると、

即 発 中 性 子 の 増 倍 率 は 1 - 0.0065 = 0.9935 であり、この 遅 発 中 性 子 は、1 + 1 × 0.9935 + 1 ×

0.9935 2 +・・・= 153.8 個 の 即 発 中 性 子 を 連 鎖 反 応 によって 生 み 出 したこととなる( 図 A)。

さて、ある 時 刻 t = 0 で、 制 御 棒 を 引 き 抜 き、 実 効 増 倍 率 を 1 から 1.001 に 変 化 させたと

する。 制 御 棒 の 引 き 抜 きにより 変 化 するのは、 中 性 子 の 吸 収 のみである。そのため、 制 御 棒

操 作 を 行 っても、 遅 発 中 性 子 先 行 核 の 数 は 即 座 には 変 化 しない。また、 遅 発 中 性 子 は 核 分 裂

から 発 生 までに 時 間 遅 れがある。したがって、 実 効 増 倍 率 が 変 化 した 直 後 は、 発 生 個 数 に 変

化 はないと 仮 定 できる。この 場 合 、 即 発 中 性 子 の 増 倍 率 は 1.001-0.0065 = 0.9945 であり、

203


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

1 個 の 遅 発 中 性 子 は、1 + 1 × 0.9945 + 1 × 0.9945 2 +・・・= 181.8 個 の 即 発 中 性 子 を 連 鎖 反 応

によって 生 み 出 したこととなる。

原 子 炉 内 の 中 性 子 は、ほぼ 全 てが 即 発 中 性 子 なので、 原 子 炉 出 力 は 即 発 中 性 子 の 数 に 比 例

すると 考 えて 良 い。そうすると、 実 効 増 倍 率 を 1.001 に 変 化 させた 直 後 に 中 性 子 の 個 数 (=

原 子 炉 出 力 )は 181.8 / 153.8 = 1.18 と 約 20%ステップ 状 に 増 加 することとなる( 図 B)。こ

のように、 実 効 増 倍 率 を 変 化 させた 直 後 に 見 られる 原 子 炉 出 力 のステップ 状 の 変 化 を 即 発

跳 躍 (prompt jump)と 呼 んでいる。

なお、 即 発 中 性 子 による 核 分 裂 が 増 加 するため、 時 間 遅 れを 伴 って、 遅 発 中 性 子 の 発 生 数

も 徐 々に 増 加 していく。そして、 遅 発 中 性 子 の 発 生 数 が 増 加 することにより、 即 発 中 性 子 の

発 生 数 はさらに 増 加 する。 実 効 増 倍 率 が 1.001 であれば、 遅 発 超 臨 界 であるため、 原 子 炉 の

出 力 は、 即 発 跳 躍 の 後 、このメカニズムにより 緩 やかに 上 昇 していく。

1

0.9935 1 0.9935 1 … 0.9935 1

中 性 ⼦ 数

【 凡 例 】

捕 獲 :

核 分 裂 :

即 発 中 性 ⼦:

⿊ 破 線 ‐‐‐: 全 中 性 ⼦ 数

時 間

0

10 210

10 10 1 秒

図 A 遅 発 超 臨 界 における 即 発 中 性 子 だけを 考 慮 した 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 減 衰

204


原 子 炉 の 物 理

1

中 性 ⼦ 数

即 発 跳 躍

【 凡 例 】

先 ⾏ 核 の 崩 壊 :

即 発 中 性 ⼦:

遅 発 中 性 ⼦:

⿊ 破 線 ‐‐‐: 全 中 性 ⼦ 数

⾚ 点 線 ‐‐‐: 単 ⼀ 中 性 ⼦

の 連 鎖 反 応

による 増 倍

時 間 ( 秒 )

0

10 10 1 秒

図 B 遅 発 超 臨 界 における 即 発 跳 躍 と 中 性 子 数 の 変 化

制 御 棒 を 引 き 抜 き、 実 効 増 倍 率 が 1 より 大 きくなると、 原 子 炉 出 力 は 上 昇 する。しかし、

実 際 の 原 子 炉 において、 出 力 は 無 限 に 上 昇 し 続 けるわけではない( 仮 にそのような 状 況 にな

ると、 原 子 炉 がいずれかの 時 点 で 破 損 する)。

原 子 炉 出 力 が 上 昇 すると 原 子 炉 の 温 度 が 上 昇 する。 原 子 炉 が 適 切 に 設 計 されていれば、 原

子 炉 の 温 度 が 上 昇 すると、 実 効 増 倍 率 が 低 下 し、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 が 起 こりにくくなるよう

になっていることから、ある 原 子 炉 出 力 (= 温 度 が 上 昇 した 状 態 )で 平 衡 状 態 に 達 する。 原

子 炉 の 温 度 変 化 により、 実 効 増 倍 率 が 変 化 することを 反 応 度 フィードバック 効 果 (reactivity

feedback effect)と 呼 んでいる。これは、 原 子 炉 の 反 応 度 を 変 化 させた 際 、 温 度 変 化 を 通 じ

て 反 応 度 にフィードバックがかかるためである。 反 応 度 フィードバック 効 果 は、 原 子 炉 の 安

全 上 、 重 要 な 概 念 であり、 第 12 章 で 詳 細 に 説 明 する。

【コラム】 初 の 原 子 炉 暴 走 事 故 SL-1 炉 事 故

1955 年 頃 、 米 国 海 軍 が 極 地 の 基 地 の 暖 房 及 び 動 力 源 供 給 に 使 用 する 小 型 原 子 炉 の 研 究 を

行 っていた。SL-1 炉 は、この 目 的 のために 米 国 アイダホ 州 の National Reactor Testing Station

に 建 設 された 小 型 の BWR であり、 出 力 は 3 MW で、U-235 濃 縮 度 が 93 wt%のウラン-アル

ミ 合 金 を 用 いた 燃 料 板 から 炉 心 が 構 成 されていた。 初 臨 界 は 1958 年 8 月 11 日 であった。

205


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

1961 年 1 月 3 日 、 停 止 中 であった 原 子 炉 において 起 動 の 準 備 が 進 められていた。 運 転 員

が 炉 心 中 央 部 の 制 御 棒 を 10 cm 程 度 持 ち 上 げ 制 御 棒 を 駆 動 する 装 置 に 結 合 すべきところ、

何 らかの 理 由 で 66 cm も 引 き 抜 かれ、 炉 心 が 即 発 臨 界 になった。 原 子 炉 に 与 えられた 反 応 度

が 非 常 に 大 きかったことから、 出 力 の 急 上 昇 が 発 生 した。ほぼ 同 時 に、 燃 料 の 溶 融 ・ 飛 散 が

発 生 し、それによって 引 き 起 こされた 水 蒸 気 爆 発 の 影 響 で 原 子 炉 容 器 がゆがむとともに、 炉

心 内 の 冷 却 水 が 原 子 炉 容 器 上 部 に 衝 突 し、その 衝 撃 で 10 トン 以 上 ある 原 子 炉 容 器 が 3 m 程

度 飛 び 上 がったと 考 えられている。この 事 故 の 影 響 で 3 人 の 運 転 員 が 死 亡 した。

SL-1 の 事 故 以 降 、1 本 の 制 御 棒 の 引 き 抜 きであまりにも 大 きな 反 応 度 を 与 えることが 出

来 ないように 原 子 炉 を 設 計 することが 原 則 となった。 現 代 においては、「ワンロッドスタッ

ク 基 準 」として 知 られており、1 本 の 制 御 棒 が 炉 心 に 挿 入 できない 状 態 でも、 原 子 炉 を 十 分

に 未 臨 界 に 出 来 るよう、 原 子 炉 が 設 計 されている。このことは、1 本 の 制 御 棒 で 大 きな 反 応

度 変 化 を 与 えられないように 設 計 することが 安 全 設 計 上 の 原 則 であると 言 い 換 えることが

出 来 る。

損 傷 した SL-1 炉 心

(https://en.wikipedia.org/wiki/SL-1#/media/File:Sl-1-ineel81-3966.jpg)

【コラム】 原 子 力 発 電 所 の 負 荷 追 従 運 転

日 々の 電 力 需 要 は、 人 々が 朝 起 床 し 始 める 頃 から 増 え 始 め、 昼 過 ぎ 頃 にピークを 迎 えたあ

と、 夜 眠 りにつく 頃 には 最 小 となるといったように 時 々 刻 々 変 化 している。 国 内 の 各 種 発 電

所 には、このような 電 力 需 要 の 変 動 に 対 応 するため 役 割 分 担 が 設 定 されている。 例 えば、 原

子 力 発 電 所 と 水 力 発 電 所 は 時 刻 によらず 一 定 の 電 力 を 発 電 し 続 け、 需 要 に 対 して 不 足 する

電 力 は 火 力 発 電 所 などが 補 う。このように 原 子 力 発 電 所 は 日 々 必 要 とされる 電 力 ( 負 荷 、

206


原 子 炉 の 物 理

Load)の 土 台 部 分 (Base)を 支 えているため、よく「ベースロード(Baseload) 電 源 」とよ

ばれている。しかし、 原 子 力 発 電 所 は 必 要 とされる 電 力 に 応 じた 発 電 ( 負 荷 追 従 運 転 )がで

きないわけではない。 例 えば、 国 内 の 四 国 電 力 伊 方 発 電 所 2 号 機 では、1980 年 代 後 半 にそ

れぞれ1 回 ずつ 負 荷 追 従 のための 試 験 運 転 が 行 われたことがある[2]。 一 方 、フランスでは

原 子 力 発 電 比 率 が 高 いため 負 荷 追 従 運 転 のニーズは 高 く、 同 国 の PWR では 1980 年 代 前 半

から 負 荷 追 従 運 転 が 行 われている。 原 子 炉 出 力 の 調 整 は、 冷 却 材 中 のホウ 素 濃 度 の 調 整 と、

通 常 の 制 御 棒 よりも 中 性 子 吸 収 能 力 を 抑 制 した 特 殊 な 制 御 棒 (グレイロッドとよばれる)な

どを 組 み 合 わせて 行 われている[3]。 原 子 炉 の 負 荷 追 従 運 転 に 関 連 する 技 術 は、 本 章 で 説 明

された 原 子 炉 の 動 特 性 に 加 えて、 第 8 章 の 燃 料 燃 焼 と Xe 効 果 、 第 10 章 の 動 力 炉 構 成 、 第

11 章 の 伝 熱 機 構 、 第 12 章 の 反 応 度 フィードバック 効 果 などを 基 礎 としている。

近 年 、 北 米 や 欧 州 での 原 子 力 発 電 所 の 負 荷 追 従 運 転 に 対 するニーズは、 発 電 出 力 が 天 候 に

依 存 する 再 生 可 能 エネルギー( 太 陽 光 発 電 、 風 力 発 電 など)の 大 規 模 導 入 の 動 きからも 生 じ

ており、 小 型 モジュール 型 原 子 炉 (Small Modular Reactor: SMR)を 用 いて 負 荷 追 従 運 転 能 力

を 高 度 化 することが 提 案 されている。 米 国 で 標 準 設 計 認 証 を 受 審 中 の NuScale プラントは

PWR 技 術 をベースとした SMR の 一 例 であり、 同 炉 は 小 型 の 原 子 炉 モジュールを 複 数 組 み

合 わせてタービン・ 発 電 機 系 に 接 続 する 設 計 に 基 づいている。 従 来 の PWR にも 適 用 されて

いた 制 御 棒 による 単 一 の 原 子 炉 モジュールの 出 力 調 整 とタービンバイパスの 利 用 に 加 え

て、 複 数 の 原 子 炉 モジュールをオフラインにする 運 転 方 式 を 組 み 合 わせることによって、 負

荷 追 従 運 転 能 力 の 高 度 化 が 志 向 されている[4]。 他 方 、 大 規 模 蓄 電 池 や 普 及 しつつある 電 気

自 動 車 の 蓄 電 池 を 不 安 定 な 再 生 可 能 エネルギーと 組 み 合 わせた 負 荷 追 従 方 式 も 考 えられて

いる。このような 挑 戦 的 な 新 たな 研 究 開 発 の 動 きから、これまでの 原 子 力 発 電 を 取 り 巻 く 前

提 条 件 が 変 わりつつあると 考 えることができるのかもしれない。

NuScale プラント 電 気 出 力 を 風 力 発 電 所 の 出 力 (Horse Butte Output)に 追 従 させる 例 [4]

207


第 9 章 出 力 の 変 化 と 原 子 炉 の 動 特 性

参 考 文 献

[1] ラマーシュ 著 、 武 田 充 司 、 仁 科 浩 二 郎 共 訳 、「 原 子 炉 の 初 等 理 論 」( 上 )、( 下 )、 吉 岡 書

店 (1974).

[2] 「 四 国 電 力 伊 方 発 電 所 2 号 機 の 出 力 調 整 運 転 試 験 について (02-08-01-01) 」

https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_02-08-01-01.html

[3] “Technical and Economic Aspects of Load Following with Nuclear Power Plants,” OECD NEA,

(2011).

[4] D. T. Ingersoll, et al., “Can Nuclear Power and Renewables be Friends?,” Proc. ICAPP2015, May

3-6, Nice, France, Paper 15555, (2015).

208


原 子 炉 の 物 理

第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

209


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

内 容

第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )......................................................................................................... 209

10.1 原 子 力 発 電 プラントの 概 要 ................................................................................................ 212

10.2 加 圧 水 型 原 子 炉 (PWR)................................................................................................... 216

10.3 沸 騰 水 型 原 子 炉 (BWR) .................................................................................................. 229

210


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 動 力 炉 は、 動 力 源 として 用 いる 原 子 炉 であり、 発 電 用 原 子 炉 や 推 進 用 原 子 炉 などがある。

・ 発 電 用 原 子 炉 には、 軽 水 を 減 速 材 および 冷 却 材 として 使 用 する 軽 水 炉 が 主 に 用 いられる。

・ 軽 水 炉 は、 主 に 加 圧 水 型 原 子 炉 (PWR)と 沸 騰 水 型 原 子 炉 (BWR)に 分 類 される。

本 章 では、 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )の 概 要 を 示 す。

動 力 炉 (power reactor)とは、 原 子 炉 で 発 生 するエネルギーを 利 用 する 目 的 の 原 子 炉 のこ

とである。

動 力 炉 を 利 用 目 的 で 分 類 すると、 実 用 炉 と 開 発 試 験 炉 に 分 けられ、さらに 実 用 炉 は、 発 電

用 原 子 炉 ・ 推 進 用 原 子 炉 ・ 熱 源 用 原 子 炉 に 分 類 される。 発 電 用 原 子 炉 は、その 名 前 のごとく

発 電 を 目 的 とした 原 子 炉 である。 推 進 用 原 子 炉 は、 船 舶 や 宇 宙 船 などの 推 進 力 を 得 るための

動 力 源 として 利 用 される 原 子 炉 である。 熱 源 用 原 子 炉 は、 海 水 淡 水 化 や 暖 房 、 水 素 製 造 、 製

鉄 、 化 学 プラントにおいて 熱 源 として 利 用 される 原 子 炉 である。

動 力 炉 を 利 用 する 中 性 子 エネルギーで 分 類 すると、 熱 中 性 子 炉 と 高 速 中 性 子 炉 ( 高 速 炉 )

に 分 けられる。 熱 中 性 子 炉 は、 核 分 裂 により 発 生 した 運 動 エネルギーの 高 い 中 性 子 を、 減 速

材 との 衝 突 により 低 いエネルギー( 熱 エネルギー) 領 域 まで 減 速 させ、 熱 中 性 子 により 核 分

裂 の 連 鎖 反 応 を 持 続 させる 原 子 炉 である。その 一 方 で、 高 速 炉 は、 核 分 裂 により 発 生 した 高

速 中 性 子 を、 減 速 させることなく 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 に 利 用 する 原 子 炉 である。 現 在 稼 働 中 の

発 電 用 原 子 炉 のほとんどが 熱 中 性 子 炉 である。

動 力 炉 を 減 速 材 の 種 類 で 分 類 すると、 軽 水 減 速 炉 ・ 重 水 減 速 炉 ・ 黒 鉛 減 速 炉 に 分 けられる。

軽 水 (H 2 O)は、 中 性 子 を 吸 収 する 特 性 があるため、 軽 水 減 速 炉 は、 天 然 ウラン 燃 料 では 臨

界 とはならず、U-235 を 濃 縮 した 濃 縮 ウランを 燃 料 として 用 いる。その 一 方 で、 重 水 (D 2 O)

や 黒 鉛 は 中 性 子 の 吸 収 が 少 ないため、 重 水 減 速 炉 や 黒 鉛 減 速 炉 では 天 然 ウランを 燃 料 とし

て 利 用 できる。 現 在 稼 働 中 の 発 電 用 原 子 炉 のほとんどが 軽 水 減 速 炉 である。

動 力 炉 を 冷 却 材 の 種 類 で 分 類 すると、 軽 水 冷 却 炉 ・ 重 水 冷 却 炉 ・ガス 冷 却 炉 ・ 液 体 金 属 冷

却 炉 に 分 けられる。 軽 水 減 速 炉 や 重 水 減 速 炉 では、それぞれ 減 速 材 として 用 いている 軽 水 ・

重 水 を 冷 却 材 としても 利 用 することが 多 い( 軽 水 冷 却 炉 ・ 重 水 冷 却 炉 )。ガス 冷 却 炉 では、

ヘリウムガスや 炭 酸 ガスが 冷 却 材 として 使 用 される。 高 速 炉 では 中 性 子 の 減 速 を 避 けるた

めにナトリウムなどの 液 体 金 属 が 用 いられることが 多 い( 液 体 金 属 冷 却 炉 )。 現 在 稼 働 中 の

発 電 用 原 子 炉 のほとんどが 軽 水 冷 却 炉 である。

本 章 で 焦 点 を 当 てる 軽 水 炉 (Light Water Reactor: LWR)は、 発 電 用 原 子 炉 として 世 界 で

広 く 使 用 されている 軽 水 減 速 ・ 軽 水 冷 却 の 熱 中 性 子 炉 を 指 す。 軽 水 炉 は、 発 電 用 タービンを

回 すための 蒸 気 を 発 生 させる 仕 組 みの 違 いにより、 加 圧 水 型 原 子 炉 (Pressurized Water

Reactor: PWR)と 沸 騰 水 型 原 子 炉 (Boiling Water Reactor: BWR)の 2 種 類 に 分 けられる。

10.1 節 では、PWR と BWR で 共 通 な 原 子 力 発 電 プラントの 概 要 を 示 す。10.2 節 と 10.3 節

では、それぞれ PWR と BWR について 概 略 をまとめる。

211


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

10.1 原 子 力 発 電 プラントの 概 要

【この 節 のポイント】

・ 原 子 力 発 電 プラントでは、 核 分 裂 で 発 生 するエネルギーにより 蒸 気 を 発 生 させ、タービ

ンを 回 すことで 発 電 する。

・ 軽 水 炉 で 使 用 される 燃 料 棒 は、 主 に 二 酸 化 ウランの 焼 結 ペレットをジルコニウム 合 金 製

の 被 覆 管 に 詰 めたものである。

・ 原 子 炉 の 炉 心 は、 燃 料 棒 を 正 方 状 に 束 ねた 燃 料 集 合 体 を 円 柱 状 に 配 置 することで 構 成 さ

れる。

本 節 では、 原 子 力 発 電 プラントの 概 要 を 示 す。

原 子 力 発 電 は、 火 力 発 電 のボイラの 代 わりに 原 子 炉 を 利 用 したものと 考 えてよい。 原 子 力

発 電 は、 火 力 発 電 と 同 様 に、 蒸 気 をタービンに 送 り、タービンを 回 すことで 発 電 する。 原 子

力 発 電 と 火 力 発 電 の 最 大 の 違 いは、 発 電 用 タービンに 供 給 する 蒸 気 の 発 生 方 法 である。 火 力

発 電 では、 石 油 ・ 石 炭 ・ 天 然 ガスなどの 化 石 燃 料 を 燃 やし、 化 学 反 応 により 生 じるエネルギ

ーを 利 用 して 蒸 気 を 発 生 させる。 原 子 力 発 電 では、ウランやプルトニウムの 核 分 裂 により 生

じるエネルギーを 利 用 して 蒸 気 を 発 生 させる。

原 子 力 発 電 で 使 用 される 燃 料 は 原 子 燃 料 または 核 燃 料 (nuclear fuel)と 呼 ばれる。 原 子 燃

料 は、 化 石 燃 料 と 比 較 してエネルギー 密 度 が 桁 違 いに 高 く、 発 電 電 力 量 あたりの 必 要 な 燃 料

重 量 は、 石 油 ・ 天 然 ガス・ 石 炭 などの 化 石 燃 料 を 用 いる 火 力 発 電 と 比 較 して、およそ 10 万

分 の 1 程 度 と 大 幅 に 少 ない。このため、 原 子 力 発 電 は 燃 料 の 運 搬 や 貯 蔵 の 面 で 優 れていると

いえる。また、 化 石 燃 料 を 使 用 する 火 力 発 電 とは 異 なり、 原 子 力 発 電 では 燃 料 の 燃 焼 に 伴 い

二 酸 化 炭 素 が 発 生 しないため、 発 電 電 力 量 あたりの 二 酸 化 炭 素 排 出 量 は、 火 力 発 電 に 比 べ 大

幅 に 少 ないという 特 徴 もある。 一 方 、 安 全 に 関 する 厳 格 な 配 慮 や 運 転 に 伴 って 発 生 する 高 レ

ベル 放 射 性 廃 棄 物 の 取 り 扱 いなどの 課 題 もある。

以 下 に、PWR と BWR で 共 通 な 軽 水 炉 プラントの 主 な 構 成 要 素 を 示 す。

(1) 原 子 燃 料 ( 核 燃 料 )

原 子 炉 で 核 分 裂 によってエネルギーを 発 生 するものが 原 子 燃 料 ( 核 燃 料 )である。 原 子 燃

料 としては、ウランやプルトニウムなどの 核 分 裂 性 物 質 が 使 用 される。 軽 水 炉 では、 融 点 が

高 く、 燃 焼 に 対 しても 安 定 であるセラミック 燃 料 が 使 用 されており、 二 酸 化 ウラン(UO 2 )

や 二 酸 化 プルトニウム(PuO 2 )などの 酸 化 物 燃 料 が 一 般 的 である。ウランは U-235 の 存 在

割 合 を 天 然 ウラン 中 の 0.7 wt%から 3~5 wt% 程 度 に 濃 縮 して 用 いる。

(2) 燃 料 ペレット

二 酸 化 ウランをペレット 状 に 焼 結 し、 燃 料 ペレット(fuel pellet)とする。 燃 料 ペレットは

直 径 と 高 さがそれぞれ 1 cm 程 度 の 円 柱 形 状 である。 核 分 裂 により 生 成 した 核 分 裂 生 成 物

(Fission Products: FP)のうち、 希 ガスの 一 部 はペレット 中 を 拡 散 してペレット 外 へ 出 るが、

212


原 子 炉 の 物 理

それ 以 外 の 核 種 は 大 部 分 がペレット 内 に 留 まるため、 燃 料 ペレットは FP の 保 持 機 能 も 有 す

る。

(3) 燃 料 棒

燃 料 ペレットを 被 覆 管 (cladding)に 詰 めて 燃 料 棒 (fuel rod)とする。 新 燃 料 時 点 では、

燃 料 ペレットと 被 覆 管 の 間 には 適 切 な 隙 間 (ギャップ)が 設 けられており、 燃 料 ペレットの

熱 膨 張 やスエリング(FP ガスの 蓄 積 による 膨 らみ)などにより 被 覆 管 に 過 度 の 変 形 (ひず

み)が 生 じないようにしている。また、 燃 料 棒 の 上 部 にはプレナムと 呼 ばれるガス 溜 めが 設

けられており、FP ガス 放 出 を 考 慮 した 燃 料 棒 設 計 により FP は 被 覆 管 内 に 密 封 される。

(4) 被 覆 管

軽 水 炉 の 被 覆 管 には、 中 性 子 による 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 観 点 から、 熱 中 性 子 の 吸 収 断 面 積 が

小 さい 物 質 が 望 ましいため、ジルコニウムにわずかに 他 の 元 素 を 添 加 したジルコニウム 合

金 が 用 いられる。ジルコニウム 合 金 は、 冷 却 材 に 対 する 耐 食 性 や 燃 料 との 共 存 性 も 良 好 で、

適 度 な 機 械 的 性 質 も 有 している。

(5) 燃 料 集 合 体

燃 料 棒 を 正 方 格 子 状 に 並 べて 組 み 立 てたものを 燃 料 集 合 体 (fuel assembly)と 呼 ぶ。 原 子

炉 への 燃 料 の 装 荷 は、 燃 料 集 合 体 単 位 で 行 う。PWR と BWR では 1 つの 燃 料 集 合 体 として

束 ねる 燃 料 棒 の 本 数 などが 異 なる。PWR と BWR の 燃 料 集 合 体 の 概 略 を 図 10-1 に 示 す。

図 10-1 燃 料 集 合 体 の 概 略 [2]

213


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(6) 減 速 材

核 分 裂 によって 生 じたエネルギーの 高 い 高 速 中 性 子 をエネルギーの 低 い 熱 中 性 子 に 減 速

するために 使 用 するのが 減 速 材 (moderator)である。 減 速 材 としては、 中 性 子 の 速 度 を 落

とす 減 速 能 力 が 優 れ、かつ、 中 性 子 の 吸 収 が 少 ない 物 質 が 好 ましい。 軽 水 炉 では 減 速 材 とし

て 軽 水 が 用 いられる。ただし、 軽 水 は 中 性 子 の 吸 収 が 比 較 的 大 きいため、 天 然 ウランのみで

は 臨 界 になりえず、 濃 縮 ウラン 燃 料 を 必 要 とする。

(7) 冷 却 材

核 分 裂 により 発 生 した 熱 エネルギーを 原 子 炉 から 取 り 出 すのに 使 用 されるのが 冷 却 材

(coolant)である。 冷 却 材 は 比 熱 や 蒸 発 潜 熱 が 大 きく、 熱 伝 達 能 力 が 優 れているとともに、

中 性 子 吸 収 が 少 ないものでなくてはならない。 軽 水 はその 特 性 が 良 く 知 られており、 取 り 扱

いが 容 易 で 安 価 であることから 優 れた 冷 却 材 であり、 軽 水 炉 で 用 いられている。

(8) 制 御 材

原 子 炉 を 安 全 に 運 転 するためには、 炉 内 の 中 性 子 増 倍 率 を 調 整 して 核 分 裂 の 数 を 制 御 す

る 必 要 があり、また、 炉 内 の 出 力 分 布 を 制 御 する 必 要 があるため、 制 御 材 (control material)

が 用 いられる。 制 御 材 には、ほう 素 、カドミウム、ハフニウムなどのように 中 性 子 の 吸 収 断

面 積 が 大 きい 物 質 が 用 いられる。 制 御 材 は、 制 御 棒 や 可 燃 性 毒 物 、 冷 却 材 中 に 溶 かすケミカ

ルシムの 形 で 使 用 される。

(9) 炉 心

燃 料 集 合 体 ・ 減 速 材 ・ 冷 却 材 ・ 制 御 材 などで 構 成 される 原 子 炉 の 中 心 部 分 を 炉 心 (core)

と 呼 ぶ。 原 子 燃 料 は 燃 料 集 合 体 を 1 つの 単 位 として、 炉 心 内 に 規 則 的 な 格 子 状 に 配 置 されて

いる。 軽 水 炉 では 正 方 格 子 状 に 数 百 体 の 燃 料 集 合 体 が 配 置 されている。 炉 心 の 形 状 が 円 柱 状

なのは、 四 角 柱 状 に 炉 心 を 構 成 した 場 合 と 比 較 して、 炉 心 体 積 当 たりの 表 面 積 が 小 さく、 炉

心 から 漏 れる 中 性 子 の 割 合 が 小 さくなり、 中 性 子 を 効 率 的 に 利 用 することができるためで

ある。

(10) 反 射 体

高 速 中 性 子 や 熱 中 性 子 が 炉 心 の 外 部 に 漏 れ 出 る 量 を 減 らすため、 炉 心 の 周 りを 取 り 囲 み、

漏 れ 出 る 中 性 子 を 炉 心 へ 戻 す 役 割 を 果 たすのが 反 射 体 (reflector)である。 一 般 的 に、 反 射

体 としては 減 速 材 と 同 様 の 物 質 、すなわち、 軽 水 炉 では 軽 水 が 使 用 される。 反 射 体 を 用 いる

と、 中 性 子 を 有 効 利 用 できるとともに、 炉 心 周 辺 部 の 中 性 子 束 を 増 大 させることができる。

(11) 遮 蔽 材

原 子 力 プラントを 運 転 すると、 必 ず 原 子 炉 の 中 から 中 性 子 やγ 線 など 各 種 放 射 線 が 出 て

くる。この 放 射 線 は 人 体 に 悪 影 響 を 及 ぼすため、これを 遮 るため 遮 蔽 壁 を 設 ける。 通 常 、 原

214


原 子 炉 の 物 理

子 炉 の 外 側 には 遮 蔽 材 としてコンクリートが 用 いられる。

(12)タービン

タービンは、 蒸 気 発 生 器 で 発 生 した 蒸 気 の 保 有 しているエネルギーを 回 転 エネルギーに

変 換 し、 発 電 機 により 電 気 エネルギーとして 取 り 出 すための 設 備 である。 原 子 力 発 電 プラン

トの 蒸 気 タービンには、 供 給 される 蒸 気 が 飽 和 湿 り 蒸 気 で、その 圧 力 が 低 く 流 量 が 多 いとい

う 特 徴 がある。このため、タービンは 大 型 になり、 半 速 化 ( 回 転 数 が 火 力 機 の 半 分 )してい

る。

PWR と BWR に 固 有 の 事 項 は、それぞれ 10.2 節 および 10.3 節 で 述 べる。

215


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

10.2 加 圧 水 型 原 子 炉 (PWR)

【この 節 のポイント】

・ PWR では、 約 150 気 圧 に 加 圧 された 冷 却 材 を 用 いており、 通 常 の 運 転 条 件 においては、

炉 心 内 で 冷 却 材 は 沸 騰 せず、 蒸 気 が 発 生 していない。

・ PWR の 燃 料 集 合 体 は、 主 に 17×17 型 燃 料 集 合 体 が 用 いられており、 燃 料 棒 毎 の 濃 縮 度 分

布 は 均 一 である。

本 節 では、PWR の 概 要 を 示 す。PWR は、 日 本 においては BWR と 同 程 度 の 基 数 が 利 用 さ

れており、 世 界 においては BWR の 3 倍 程 度 の 基 数 が 利 用 されている[1]。

図 10-2 に PWR プラントの 概 略 を 示 す。PWR は、 原 子 炉 内 の 核 燃 料 が 核 分 裂 することに

より 発 生 した 熱 を 一 次 冷 却 材 に 与 え、それを 蒸 気 発 生 器 において 二 次 冷 却 材 に 伝 えること

により 二 次 冷 却 材 を 蒸 気 に 変 え、その 蒸 気 をタービン 発 電 機 に 導 き 発 電 する 発 電 用 原 子 炉

である。PWR は、 炉 心 で 発 生 するエネルギーを 取 り 出 す 際 に、 原 子 炉 内 では 水 を 沸 騰 させ

ないために 加 圧 していることから 加 圧 水 型 と 呼 ばれる。 原 子 炉 内 で 核 分 裂 のエネルギーに

より 高 温 となった 高 圧 の 水 ( 一 次 冷 却 材 )は、 蒸 気 発 生 器 に 導 かれ、 蒸 気 発 生 器 の 伝 熱 管 ( 細

管 )を 通 してより 低 圧 の 別 の 水 ( 二 次 冷 却 材 )に 熱 を 伝 え、 熱 を 受 け 取 った 水 を 蒸 気 に 変 え

る。この 蒸 気 がタービンを 回 転 させ、 発 電 する。 原 子 炉 を 冷 却 する 水 の 系 統 を 一 次 系 、ター

ビンを 回 転 させる 水 の 系 統 を 二 次 系 と 呼 ぶ。 蒸 気 発 生 器 の 伝 熱 管 ( 細 管 )により、 放 射 性 物

質 を 含 む 一 次 系 と 放 射 性 物 質 を 含 まない 二 次 系 は 隔 離 されている。

図 10-2 PWR プラントの 概 略 [2]

216


原 子 炉 の 物 理

(1) 炉 心

PWR の 炉 心 を 構 成 する 燃 料 集 合 体 の 体 数 は、プラントのループ 数 によって 異 なる。 蒸 気

発 生 器 1 基 を 含 む 一 次 冷 却 材 の 回 路 をループと 呼 び、その 数 (ループ 数 )は 原 子 炉 の 熱 出 力

規 模 に 対 応 する。 燃 料 集 合 体 の 体 数 は、 典 型 的 な 2、3、4 ループプラントで、それぞれ 121、

157、193 となっている。ここでは、より 大 型 の 改 良 型 PWR(Advanced Pressurized Water Reactor:

APWR)を 例 として 炉 心 の 水 平 断 面 の 概 略 を 図 10-3 に 示 す。なお、APWR のループ 数 は 4

で、 炉 心 に 装 荷 される 燃 料 集 合 体 は 257 体 となっている。

図 10-3 PWR 炉 心 の 概 略 (APWR の 例 )[3]

217


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(2) 燃 料 集 合 体

PWR で 用 いられる 燃 料 集 合 体 の 概 略 を 図 10-4 に 示 す。PWR では、 主 に 燃 料 棒 を 17 行 17

列 に 束 ねた 17×17 型 燃 料 集 合 体 が 用 いられる。なお、14×14、15×15 型 燃 料 集 合 体 も 一 部

の 古 いプラントでは 用 いられている。PWR 燃 料 集 合 体 では 同 一 濃 縮 度 の 燃 料 棒 が 用 いられ

ており、 集 合 体 内 では 燃 料 棒 毎 の 濃 縮 度 分 布 はない。また、PWR 燃 料 集 合 体 では、 後 述 す

る BWR 燃 料 集 合 体 で 採 用 されているチャンネルボックスがないため、 燃 料 集 合 体 間 の 冷 却

材 の 流 路 がオープンである。PWR 燃 料 集 合 体 内 の 燃 料 棒 配 置 を 図 10-5 に 示 す。 中 心 に 計 測

装 置 を 挿 入 するガイド 管 ( 図 中 、Instrumentation guide tube)が 配 置 され、 複 数 の 制 御 棒 のた

めのガイドシンブル( 同 、RCC guide thimble)や 可 燃 性 毒 物 を 含 んだ 燃 料 ( 同 、Gadolinia integral

fuel rod)が 通 常 の 燃 料 棒 ( 同 、Standard fuel rod)とともに 配 置 されている。

図 10-4 PWR 燃 料 集 合 体 の 概 略 [3]

218


原 子 炉 の 物 理

図 10-5 PWR の 17×17 型 燃 料 集 合 体 における 燃 料 棒 配 置 の 概 略 [3]

219


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(3) 制 御 棒

PWR の 制 御 棒 はクラスタ 状 であり、 各 制 御 棒 が 燃 料 集 合 体 に 上 部 から 直 接 挿 入 される。

1 本 の 制 御 棒 は 燃 料 棒 とほぼ 同 じ 長 さのステンレス 製 の 被 覆 材 に 中 性 子 吸 収 材 を 充 填 した

もので、 燃 料 棒 とほぼ 同 じ 径 である。 中 性 子 吸 収 体 の 材 質 は、 銀 -インジウム-カドミウム(そ

れぞれ 80、15、5 wt%)の 合 金 である。 制 御 棒 は、 原 子 炉 容 器 上 蓋 に 取 り 付 けた 制 御 棒 駆 動

装 置 により 駆 動 する。 制 御 棒 の 概 略 を 図 10-6 に 示 す。

図 10-6 PWR 制 御 棒 の 概 略 [3]

220


原 子 炉 の 物 理

(4) 一 次 冷 却 設 備

PWR の 一 次 冷 却 設 備 は、 炉 心 で 発 生 した 熱 を 蒸 気 発 生 器 に 伝 える 機 能 を 持 ち、 原 子 炉 容

器 を 出 た 一 次 冷 却 材 が 蒸 気 発 生 器 まで 流 れて 一 次 系 側 から 二 次 系 側 に 熱 を 伝 えた 後 、 一 次

冷 却 材 ポンプを 経 て 原 子 炉 容 器 に 戻 るという 循 環 ループからなっている。 原 子 炉 容 器 と 蒸

気 発 生 器 、 一 次 冷 却 材 ポンプは 一 次 冷 却 材 管 により 接 続 され、1 つのループを 形 成 する。 前

述 したように、 原 子 炉 の 出 力 規 模 によって 用 いられるループ 数 は 異 なる。4 ループ PWR に

おける 一 次 冷 却 系 ループの 概 略 を 図 10-7 に 示 す。 一 次 冷 却 設 備 は、 原 子 炉 容 器 ( 図 10-7 中

の REACTOR VESSEL)・ 蒸 気 発 生 器 ( 同 STEAM GENERATOR)・ 一 次 冷 却 材 ポンプ( 同

REACTOR COOLANT PUMP)・ 加 圧 器 ( 同 PRESSURIZER)などで 構 成 されている。

図 10-7 一 次 冷 却 系 ループの 概 略 [3]

221


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(5) 原 子 炉 容 器

PWR プラントにおける 原 子 炉 容 器 内 の 構 造 の 概 略 を、APWR を 例 として 図 10-8 に 示 す。

PWR の 原 子 炉 容 器 (reactor vessel)は、 胴 部 が 円 筒 で、 底 部 と 上 蓋 が 半 球 形 となっている。

上 蓋 はフランジ 構 造 で 原 子 炉 容 器 の 胴 部 にボルトとナットで 取 り 付 けられており、 取 り 外

しができる。 大 きさは、4 ループ PWR で 直 径 4 m、 高 さ 13 m 程 度 、APWR で 直 径 5 m、 高

さ 14 m 程 度 である。 原 子 炉 容 器 は、 炉 心 と 炉 心 の 支 持 構 造 物 を 収 納 し、 通 常 運 転 時 の 高 温 ・

高 圧 状 態 、 異 常 時 の 過 渡 変 化 、さらに 中 性 子 の 照 射 による 材 質 脆 化 などに 対 しても、 原 子 炉

冷 却 材 を 閉 じ 込 めて 圧 力 を 保 つ、 冷 却 材 圧 力 境 界 (バウンダリ)としての 機 能 を 十 分 に 果 た

すように 設 計 されている。 原 子 炉 容 器 内 は 一 次 冷 却 材 で 満 たされており、BWR とは 異 なり

自 由 液 面 はない。 原 子 炉 容 器 内 における 一 次 冷 却 材 の 流 れを 図 10-9 に 示 す。

図 10-8 PWR 容 器 内 構 造 の 概 略 (APWR の 例 )[3]

222


原 子 炉 の 物 理

図 10-9 原 子 炉 容 器 内 における 一 次 冷 却 材 の 流 れの 概 略 [3]

223


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(6) 一 次 冷 却 材 ポンプ

一 次 冷 却 材 ポンプ(primary pump)は、 炉 心 冷 却 に 必 要 な 一 次 冷 却 材 を 高 温 ・ 高 圧 で 循

環 させる。 蒸 気 発 生 器 を 出 た 水 は、 一 次 冷 却 材 ポンプを 通 り、 原 子 炉 圧 力 容 器 に 戻 される。

上 部 にフライホイールを 配 置 し、ポンプ 電 源 喪 失 時 の 冷 却 材 流 量 の 低 下 を 穏 やかにしてい

る。 一 次 冷 却 材 ポンプの 概 略 を 図 10-10 に 示 す。

図 10-10 一 次 冷 却 材 ポンプの 概 略 [3]

224


原 子 炉 の 物 理

(7) 加 圧 器

加 圧 器 (pressurizer)の 概 略 を 図 10-11 に 示 す。 加 圧 器 は、 一 次 冷 却 系 の 圧 力 を 一 定 に 維

持 するための 機 器 で、 電 気 ヒータ( 図 10-11 中 の HEATERS)・スプレイ 弁 ( 同 SPRAY

NOZZILE)・ 逃 がし 弁 ( 同 SAFETY VALVE NOZZLE)などにより 圧 力 を 制 御 する。 円 筒 形

の 容 器 で、 下 側 が 高 温 側 ( 原 子 炉 から 蒸 気 発 生 器 へ 一 次 冷 却 材 が 供 給 される 側 )の 一 次 冷 却

材 管 と 接 続 されており、 加 圧 器 内 部 には 気 相 部 が 形 成 されている。

一 次 冷 却 系 の 圧 力 を 上 昇 させたいときには、 電 気 ヒータにより 加 圧 器 内 の 水 を 加 温 し、 加

圧 器 の 気 相 部 に 蒸 気 を 供 給 する。 逆 に、 圧 力 を 下 降 させたいときには、 低 温 側 の 一 次 冷 却 材

管 の 水 を 気 相 部 にスプレイすることで 蒸 気 を 凝 縮 させる。スプレイによる 圧 力 抑 制 の 範 囲

を 超 えると、 逃 がし 弁 や 安 全 弁 により 加 圧 器 内 (すなわち 一 次 冷 却 系 )の 蒸 気 を 加 圧 器 逃 が

しタンクに 排 出 し、 圧 力 を 抑 制 する。

図 10-11 加 圧 器 の 概 略 [3]

225


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(8) 蒸 気 発 生 器

蒸 気 発 生 器 (steam generator)は、 立 置 U 字 管 再 循 環 式 の 熱 交 換 器 であり、 一 次 側 水 室 ・

逆 U 字 形 伝 熱 管 部 ・ 二 次 側 気 水 分 離 部 から 構 成 されている。その 概 略 を 図 10-12 に 示 す。 原

子 炉 容 器 からの 高 温 ・ 高 圧 の 一 次 冷 却 材 は、 仕 切 り 板 で 区 切 られた 下 部 水 室 から 逆 U 字 形

伝 熱 部 を 通 り、 伝 熱 管 を 通 じて、 二 次 側 の 水 を 沸 騰 させ、 下 部 水 室 のもう 一 方 から 原 子 炉 容

器 に 戻 る。また、その 伝 熱 管 は 一 次 系 と 二 次 系 の 境 界 を 形 成 している。 二 次 側 上 部 の 気 水 分

離 部 には、 気 水 分 離 器 ( 図 10-12 中 の Primary separators)と 湿 分 分 離 器 ( 同 Secondary separators)

が 配 置 される。

図 10-12 蒸 気 発 生 器 の 概 略 [3]

226


原 子 炉 の 物 理

(9) 化 学 体 積 制 御 設 備

PWR の 一 次 冷 却 系 は、 完 全 な 閉 サイクルであるので、 一 次 冷 却 系 の 圧 力 を 一 定 に 保 つた

め、 温 度 変 化 により 生 じる 冷 却 材 の 体 積 変 化 に 応 じて 一 次 冷 却 系 の 保 有 水 量 を 調 整 する 必

要 がある。また、 炉 心 の 反 応 度 を 制 御 するため、 一 次 冷 却 材 中 のほう 素 濃 度 を 調 整 する 必 要

がある。 化 学 体 積 制 御 設 備 はこれらの 役 割 を 担 うとともに、 一 次 冷 却 材 の 水 質 維 持 (pH 調

整 、 酸 素 濃 度 制 御 )、 一 次 冷 却 材 の 漏 えい 時 の 補 給 、 一 次 冷 却 材 中 の 水 素 濃 度 および 希 ガス

の 除 去 の 機 能 も 有 する。

(10) 原 子 炉 格 納 容 器

原 子 炉 格 納 容 器 (reactor containment vessel)は、 事 故 時 に 原 子 炉 の 一 次 系 設 備 から 放 出

される 放 射 性 物 質 などの 有 害 な 物 質 の 漏 えいを 防 止 するために 設 けられている。 一 次 冷 却

材 喪 失 事 故 時 などに 圧 力 障 壁 となり、かつ、 放 射 性 物 質 の 放 散 に 対 する 最 終 障 壁 ( 格 納 容 器

バウンダリ)を 形 成 する。その 概 略 を 図 10-13 に 示 す。PWR の 原 子 炉 格 納 容 器 には、 原 子

炉 容 器 を 中 心 とする 一 次 系 設 備 の 全 ての 機 器 が 格 納 されている。

図 10-13 PWR 原 子 炉 格 納 容 器 の 概 略 [3]

227


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(11)タービン 設 備

PWR の 蒸 気 タービン 設 備 は、 非 放 射 性 の 系 統 設 備 で 構 成 されるため、 建 屋 は 非 管 理 区 域

であり、 放 射 線 遮 蔽 は 不 要 である。

228


原 子 炉 の 物 理

10.3 沸 騰 水 型 原 子 炉 (BWR)

【この 節 のポイント】

・ BWR では、 約 70 気 圧 に 加 圧 された 冷 却 材 を 用 いており、 通 常 運 転 条 件 においては、 炉 心

内 で 冷 却 材 が 沸 騰 し、 蒸 気 (ボイド)が 発 生 している。

・ BWR の 燃 料 集 合 体 は、 国 内 では 主 に 8×8、9×9 型 、 海 外 では 主 に 10×10 型 の 燃 料 集 合

体 が 用 いられており、 燃 料 棒 毎 の 濃 縮 度 分 布 は 非 均 一 である。

本 節 では、BWR の 概 要 を 示 す。BWR は、 日 本 においては PWR と 同 程 度 の 基 数 が 利 用 さ

れており、 世 界 においては PWR の 3 分 の 1 程 度 の 基 数 が 利 用 されている[1]。

図 10-14 に BWR プラントの 概 略 を 示 す。BWR は、 原 子 炉 圧 力 容 器 内 で 冷 却 材 を 沸 騰 さ

せて 蒸 気 を 発 生 させ、 直 接 タービン 発 電 機 に 導 き 発 電 する 原 子 炉 である。BWR は、 原 子 炉

内 で 直 接 冷 却 材 を 沸 騰 させることから 沸 騰 水 型 と 呼 ばれる。PWR とは 異 なり、 蒸 気 を 発 生

させるための 熱 交 換 器 を 必 要 としないことから、 比 較 的 単 純 な 機 器 構 成 となる。

図 10-14 BWR プラントの 概 略 [2]

229


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(1) 炉 心

BWR の 炉 心 では、 冷 却 材 が 沸 騰 しボイド( 蒸 気 泡 )が 発 生 している。 定 格 出 力 運 転 時 の

炉 心 平 均 ボイド 率 (ボイドが 冷 却 材 に 占 める 体 積 割 合 )は 40% 程 度 である。 炉 心 に 装 荷 され

る 燃 料 集 合 体 の 体 数 は、 電 気 出 力 1,100 MW 級 の BWR で 764 体 、 電 気 出 力 1,350 MW 級 の

改 良 型 BWR(Advanced Boiling Water Reactor: ABWR)で 872 体 となっている。 燃 料 集 合 体

のサイズが 小 さいこともあり、 同 程 度 の 出 力 の PWR よりも 燃 料 集 合 体 の 装 荷 体 数 が 多 い。

ABWR を 例 として、 炉 心 の 水 平 断 面 の 概 略 を 図 10-15 に 示 す。

図 10-15 BWR 炉 心 の 概 略 (ABWR の 例 )[4]

230


原 子 炉 の 物 理

(2) 燃 料 集 合 体

BWR で 用 いられる 燃 料 集 合 体 の 概 略 を 図 10-16 に 示 す。BWR では、 国 内 では 主 に 燃 料 棒

を 8 行 8 列 、9 行 9 列 に 束 ねた 8×8、9×9 型 燃 料 集 合 体 が 用 いられているが、 海 外 では 主

に 10×10 型 燃 料 集 合 体 が 用 いられている。BWR の 燃 料 集 合 体 は 外 周 がチャンネルボック

スで 覆 われているため、 集 合 体 間 での 冷 却 材 のやりとりがないなど、 各 燃 料 集 合 体 の 独 立 性

が 高 い。また、PWR 燃 料 とは 異 なり、 燃 料 集 合 体 内 で 濃 縮 度 の 異 なる 燃 料 棒 が 用 いられて

おり、 濃 縮 度 分 布 が 非 均 一 である。BWR 燃 料 集 合 体 内 の 燃 料 棒 配 置 を 図 10-17 に 示 す。

図 10-16 BWR 燃 料 集 合 体 の 概 略 (10×10 型 燃 料 集 合 体 の 例 )[4]

231


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

図 10-17 燃 料 棒 配 置 の 概 略 (10×10 型 燃 料 集 合 体 )[4]

【コラム】BWR 燃 料 集 合 体 の 特 徴

本 文 で 述 べたように、BWR の 燃 料 集 合 体 には、 外 周 を 覆 うチャンネルボックスが 採 用 さ

れており、また、1 つの 燃 料 集 合 体 内 で 複 数 の 異 なる 濃 縮 度 の 燃 料 棒 を 混 在 させて 配 置 して

いるという 特 徴 がある。BWR では、 原 子 炉 の 運 転 中 、 炉 心 内 で 減 速 材 が 沸 騰 しているため、

燃 料 に 対 する 減 速 材 の 密 度 が 小 さくなる。 減 速 材 密 度 が 小 さくなると 中 性 子 の 減 速 能 力 が

低 下 してしまうため、チャンネルボックスやウォータロッド(ウォータチャンネル)を 採 用

することで、 燃 料 棒 に 触 れ 沸 騰 する 減 速 材 とは 別 に、 非 沸 騰 の 減 速 材 が 流 れる 流 路 ( 領 域 )

を 確 保 している。これにより、 燃 料 集 合 体 内 でも 沸 騰 と 非 沸 騰 の 減 速 材 が 混 在 することとな

るため、 減 速 材 密 度 の 非 均 質 性 が 高 く、 減 速 材 密 度 が 高 い 領 域 付 近 では 中 性 子 が 減 速 されや

すく、 減 速 材 密 度 が 小 さい 領 域 付 近 では 中 性 子 が 減 速 されにくくなってしまい、 燃 料 棒 毎 の

出 力 に 偏 りが 生 じてしまう。そこで、 燃 料 棒 毎 に 異 なる 濃 縮 度 を 採 用 することで、 燃 料 集 合

体 内 の 燃 料 棒 毎 出 力 分 布 の 適 正 化 を 図 っている。PWR では 減 速 材 は 沸 騰 していないため、

BWR のような 工 夫 は 必 要 ない。なお、 燃 料 集 合 体 内 に 配 置 する 燃 料 棒 本 数 を 増 やし、 燃 料

棒 一 本 当 たりの 出 力 負 担 を 減 らした 最 近 の BWR 燃 料 集 合 体 では、 減 速 材 密 度 の 高 い 領 域 お

よび 近 辺 にある 燃 料 棒 の 濃 縮 度 を 逆 に 相 対 的 に 高 めることで、より 効 率 的 に 中 性 子 を 利 用

する 工 夫 なども 加 えられている。

232


原 子 炉 の 物 理

(3) 制 御 棒

BWR の 制 御 棒 は、 中 性 子 を 吸 収 する 反 応 度 制 御 材 を 十 字 型 に 配 列 したものである。その

概 略 を 図 10-18 に 示 す。この 十 字 型 の 制 御 棒 は、 炉 心 の 周 辺 部 を 除 き 4 体 の 燃 料 集 合 体 ごと

にその 中 央 に 配 置 される。 反 応 度 制 御 材 としては、ボロンカーバイド(B 4 C)や 金 属 ハフニ

ウム(Hf)などが 用 いられる。B 4 C は 融 点 が 高 く、 化 学 的 に 安 定 であり、 比 重 も 小 さく、ま

た 比 較 的 安 価 であることから 制 御 棒 として 適 切 である。Hf は B よりも 中 性 子 吸 収 断 面 積 は

小 さいが、 中 性 子 吸 収 反 応 によって 生 成 する 核 種 やその 壊 変 核 種 の 中 性 子 吸 収 能 力 も 大 き

いため、 制 御 材 としての 寿 命 は 長 くなり、 長 期 にわたり 制 御 能 力 を 保 つことができる。 制 御

棒 は 原 子 炉 圧 力 容 器 の 下 方 に 取 り 付 けられた 制 御 棒 駆 動 機 構 により 炉 心 下 部 から 挿 入 され

る。

図 10-18 BWR 制 御 棒 の 概 略 (B 4 C タイプの 例 )[4]

233


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

【コラム】BWR において 制 御 棒 が 炉 心 下 部 から 挿 入 されるのはなぜ?

PWR では、 制 御 棒 は 炉 心 上 部 から 挿 入 され、 原 子 炉 を 緊 急 停 止 させる 場 合 には、 制 御 棒

クラスタと 制 御 棒 駆 動 機 構 を 接 続 している 電 磁 石 の 電 源 を 切 ることにより、 重 力 で 制 御 棒

を 炉 心 に 挿 入 する。 従 って、 電 源 が 喪 失 した 場 合 は、 自 動 的 に 制 御 棒 が 炉 心 に 挿 入 されるこ

とになる。

一 方 、BWR では、 制 御 棒 は 炉 心 下 部 から 挿 入 されるため、 重 力 により 挿 入 することはで

きない(ただし、 電 源 などの 動 力 が 喪 失 した 場 合 は、 自 動 的 に 制 御 棒 が 挿 入 される)。 図 10-

19 に 示 すように、BWR は 炉 心 の 上 部 に 気 水 分 離 器 や 蒸 気 乾 燥 器 などの 複 雑 な 構 造 物 が 存 在

するため、 制 御 棒 駆 動 機 構 を 炉 心 上 部 に 設 置 することがスペース 的 に 困 難 である。また、

BWR は、 炉 心 内 で 水 が 沸 騰 するため、 炉 心 上 部 ほど 水 の 密 度 が 小 さい。そのため、 中 性 子

の 減 速 が 行 われにくくなり、 核 分 裂 が 起 こりにくくなる 特 性 がある。 制 御 棒 は、 中 性 子 が 多

数 飛 んでおり、 核 分 裂 がより 多 く 起 こっているところに 挿 入 する 方 が 効 果 的 であるため、 炉

心 上 部 より、 炉 心 下 部 に 挿 入 するほうが 制 御 の 面 から 効 果 的 である。 以 上 、 二 つの 理 由 によ

り、BWR では 制 御 棒 を 下 から 挿 入 している。

234


原 子 炉 の 物 理

(4) 原 子 炉 圧 力 容 器

BWR プラントにおける 原 子 炉 圧 力 容 器 内 の 構 造 の 概 略 および 圧 力 容 器 内 の 冷 却 材 の 流 れ

の 概 略 を、ABWR を 例 としてそれぞれ 図 10-19 および 図 10-20 に 示 す。BWR の 原 子 炉 圧 力

容 器 (reactor pressure vessel)は、 低 合 金 鋼 製 の 円 筒 型 容 器 で、 容 器 の 上 蓋 はスタッドボル

トとナットで 圧 力 容 器 胴 部 に 締 め 付 けられる。 原 子 炉 圧 力 容 器 内 には、 燃 料 集 合 体 と 制 御 棒

で 構 成 される 炉 心 を 中 心 として、 炉 心 上 部 には 気 水 分 離 器 ・ 蒸 気 乾 燥 器 などタービンに 送 り

込 む 蒸 気 中 の 水 分 を 除 去 して 効 率 を 向 上 するための 設 備 、 炉 心 下 部 には 制 御 棒 案 内 管 ・ 制 御

棒 駆 動 ハウジングなど 原 子 炉 出 力 制 御 のための 設 備 、 炉 心 周 囲 には 炉 心 を 取 り 囲 み 冷 却 材

流 路 を 構 成 する 炉 心 シュラウド、ジェットポンプ(ABWR では 図 10-19 中 の Reactor internal

pump が 該 当 )などがある。また、PWR とは 異 なり、BWR では 原 子 炉 圧 力 容 器 内 に 液 相 の

自 由 表 面 がある。

図 10-19 BWR 原 子 炉 圧 力 容 器 内 構 造 の 概 略 (ABWR の 例 )[4]

235


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

図 10-20 BWR 原 子 炉 圧 力 容 器 内 の 冷 却 材 の 流 れの 概 略 (ABWR の 例 )[4]

236


原 子 炉 の 物 理

(5) 気 水 分 離 器

炉 心 で 発 生 した 蒸 気 を 直 接 タービンに 送 り 込 むのが BWR の 特 徴 であり、 蒸 気 から 水 分 を

除 去 しタービン 効 率 を 向 上 させるため、 原 子 炉 圧 力 容 器 内 に 気 水 分 離 器 (separator)と 後 述

する 蒸 気 乾 燥 器 を 設 けている。 気 水 分 離 器 の 概 略 を 図 10-21 に 示 す。 気 水 分 離 器 は、 可 動 部

品 のない 軸 流 式 で、 上 昇 してきた 気 水 混 合 物 は 静 止 翼 で 旋 回 流 となり、 遠 心 分 離 作 用 で 水 は

外 側 、 蒸 気 は 内 側 に 分 離 される。 分 離 された 水 は、 炉 内 に 戻 され、 分 離 された 蒸 気 は 蒸 気 乾

燥 器 に 送 られる。

図 10-21 気 水 分 離 器 の 概 略 [4]

237


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(6) 蒸 気 乾 燥 器

気 水 分 離 器 から 出 てくる 蒸 気 からさらに 水 分 を 取 り 除 くため、 気 水 分 離 器 の 上 に 蒸 気 乾

燥 器 (dryer)のユニットが 多 数 並 列 に 並 べられている。 蒸 気 乾 燥 器 の 概 略 を 図 10-22 に 示

す。 蒸 気 乾 燥 器 ユニットは 沢 山 の 波 板 を 並 べた 構 造 であり、 波 板 の 間 を 通 過 する 蒸 気 が 方 向

を 変 えるたびに、 波 板 にぶつかった 水 滴 が 波 板 の 端 に 設 けられた 溝 に 集 められ、ドレンとし

て 蒸 気 から 分 離 される。

図 10-22 蒸 気 乾 燥 器 の 概 略 [4]

238


原 子 炉 の 物 理

(7) 再 循 環 ポンプおよびジェットポンプ

再 循 環 ポンプ(recirculation pump)は、 炉 心 シュラウドと 原 子 炉 圧 力 容 器 の 間 を 下 降 す

る 冷 却 材 の 一 部 を 取 水 ・ 昇 圧 し、 原 子 炉 圧 力 容 器 内 に 設 置 したジェットポンプ(jet pump)

へ 駆 動 水 として 供 給 する。 再 循 環 ポンプの 回 転 数 を 調 整 することによって、 炉 心 内 の 冷 却 材

流 量 とボイド 率 を 制 御 することができる。ジェットポンプはこの 駆 動 水 と 直 接 吸 引 した 冷

却 材 を 混 合 して 炉 心 に 送 り 込 む。ジェットポンプと 再 循 環 ポンプを 組 み 合 わせることで、 圧

力 容 器 外 の 再 循 環 系 へ 取 り 出 す 冷 却 材 流 量 を 減 らしている。なお、ABWR では、 図 10-23 に

示 すような 原 子 炉 内 蔵 型 再 循 環 ポンプ(インターナルポンプ)の 採 用 により、 外 部 再 循 環 ポ

ンプや 再 循 環 系 配 管 が 不 要 となり、システムが 簡 素 化 された。

図 10-23 インターナルポンプの 概 略 [4]

239


第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )

(8) 原 子 炉 格 納 容 器

原 子 炉 格 納 容 器 は、 事 故 時 に 炉 心 から 放 射 性 物 質 が 放 出 されたときに、それら 放 射 性 物 質

がプラント 外 部 の 環 境 へ 放 出 されることを 防 止 ・ 抑 制 する 役 割 を 果 たす。ABWR を 例 とし

て 原 子 炉 格 納 容 器 の 概 略 を 図 10-24 に 示 す。 原 子 炉 格 納 容 器 は、 原 子 炉 圧 力 容 器 や 冷 却 系 の

再 循 環 ループなどを 格 納 するドライウェルと、 圧 力 抑 制 プールを 保 有 する 圧 力 抑 制 室 (ウェ

ットウェル)から 構 成 され、ドライウェルと 圧 力 抑 制 室 はベント 管 で 連 結 されている。 冷 却

材 喪 失 事 故 時 、ドライウェル 内 に 放 出 された 蒸 気 と 水 の 混 合 物 は、ベント 管 を 通 して 圧 力 抑

制 室 内 の 圧 力 抑 制 プール 水 中 に 導 かれ、ここで 蒸 気 は 冷 却 され 凝 縮 する。これにより、 原 子

炉 格 納 容 器 内 圧 の 上 昇 を 効 果 的 に 抑 制 できる。

図 10-24 BWR 原 子 炉 格 納 容 器 の 概 略 (ABWR の 例 )[4]

(9)タービン 設 備

BWR におけるタービン 設 備 の 構 成 は 基 本 的 に PWR と 同 じであるが、BWR では、 原 子 炉

で 発 生 した 蒸 気 を 直 接 蒸 気 タービンの 駆 動 に 使 用 する。また、タービンからの 蒸 気 は 復 水 器

で 凝 縮 した 後 、 原 子 炉 に 戻 される。タービンに 供 給 される 蒸 気 は 放 射 性 物 質 を 含 むため、タ

ービン 系 統 設 備 にも 放 射 能 レベルに 応 じた 遮 蔽 対 策 が 施 される。

240


原 子 炉 の 物 理

参 考 文 献

[1] Nuclear Technology Development and Economics, “Nuclear Energy Data 2018”, NEA #7416,

OECD/NEA (2018).

[2] 「 原 子 力 ・エネルギー 図 面 集 」、 一 般 財 団 法 人 日 本 原 子 力 文 化 財 団 .

[3] “Design Control Document for the US-APWR”, Mitsubishi Heavy Industries, Ltd. (2013).

[4] “UK ABWR Generic Design Assessment, Pre-Construction Safety Report, Chapter11: Reactor

Core,” “Chapter 12: Reactor Coolant Systems, Reactivity Control Systems and Associated

Systems” および ”Chapter 13: Engineered Safety Features,” http://www.hitachi-hgne-ukabwr.co.uk/gda_library.html,

Hitachi-GE Nuclear Energy, Ltd. (2017).

241


242

第 10 章 動 力 炉 ( 軽 水 炉 )


原 子 炉 の 物 理

第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

243


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

内 容

第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電 ......................................................................................................... 243

11.1 核 分 裂 エネルギーから 熱 エネルギーへの 変 換 過 程 ........................................................ 245

11.1.1 核 分 裂 反 応 による 熱 エネルギーの 発 生 ..................................................................... 245

11.1.2 燃 料 ペレット・ギャップ・ 被 覆 管 中 の 熱 伝 導 ・ 熱 伝 達 ......................................... 247

11.1.3 被 覆 管 表 面 と 冷 却 材 の 熱 伝 達 ..................................................................................... 250

11.2 原 子 力 発 電 プラントの 運 転 中 の 燃 料 ペレットと 被 覆 管 の 変 化 .................................... 255

11.2.1 原 子 炉 内 の 燃 料 棒 の 挙 動 ............................................................................................. 255

11.2.2 燃 料 ペレットの 変 化 ..................................................................................................... 257

11.2.3 被 覆 管 の 変 化 ................................................................................................................. 259

244


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 核 分 裂 反 応 により 発 生 したエネルギーは、 熱 エネルギーとして 燃 料 ペレットから 被 覆 管

を 通 して 冷 却 材 に 伝 えられていく。それらは 熱 伝 導 や 熱 伝 達 といった 物 理 現 象 に 基 づ

く。

・ 原 子 力 発 電 プラントの 運 転 により、 燃 料 ペレットや 被 覆 管 に 機 械 的 、 化 学 的 な 変 化 が 起

こる。それを 適 切 に 管 理 し、 運 転 を 通 して 被 覆 管 を 健 全 に 保 持 し 続 けることが 重 要 であ

る。

原 子 力 発 電 プラントは、ウランやプルトニウムからなる 核 燃 料 で 発 生 する 核 分 裂 エネル

ギーを 取 り 出 し、 最 終 的 にそれを 電 気 エネルギーに 変 換 するシステムである。これまでに、

第 5 章 において、 核 分 裂 反 応 のメカニズムと 発 生 するエネルギーの 大 きさを、また 第 10 章

において、 実 際 の 原 子 力 発 電 プラントにおける 核 分 裂 エネルギーから 電 気 エネルギーへの

変 換 過 程 とそのために 用 いられる 各 種 プラント 機 器 の 役 割 ・ 構 造 の 概 要 を 学 んできた。 本 章

では、エネルギーの 変 換 過 程 のうち 核 分 裂 エネルギーから 冷 却 材 の 熱 エネルギーへの 変 換

過 程 について、もう 少 し 詳 細 に 考 える。

また、 実 際 の 原 子 力 発 電 プラントにおいては、 燃 料 ペレットで 発 生 した 膨 大 な 核 分 裂 エネ

ルギーを、 冷 却 材 が 熱 エネルギーとして 受 け 取 るということが 持 続 するため、 燃 料 ペレット

や 被 覆 管 において 様 々な 機 械 的 、 化 学 的 な 変 化 が 起 こる。それらについても 解 説 を 行 う。

11.1 核 分 裂 エネルギーから 熱 エネルギーへの 変 換 過 程

【この 節 のポイント】

・ 核 分 裂 エネルギーは、 局 所 的 かつ 瞬 間 的 に 燃 料 ペレットの 熱 エネルギーに 変 換 される。

・ 燃 料 ペレットで 発 生 した 熱 エネルギーは、ペレット、 被 覆 管 のギャップ 及 び 被 覆 管 での

熱 伝 導 ・ 熱 伝 達 により 被 覆 管 表 面 に 移 動 する。

・ 被 覆 管 表 面 に 移 動 した 熱 エネルギーは、その 外 側 を 移 動 する 冷 却 材 に 熱 伝 達 によって 渡

される。

11.1.1 核 分 裂 反 応 による 熱 エネルギーの 発 生

第 5 章 で 述 べられているように、 一 回 の 核 分 裂 反 応 で 発 生 するエネルギーは 約 2×10 8 eV

(200 MeV)であるが、 核 分 裂 反 応 が 起 こったからといって、それと 同 時 に 燃 料 ペレット 中

の 原 子 の 振 動 エネルギーが 増 加 する( 温 度 が 増 加 する)というわけではない。この 2×10 8

eV という 核 分 裂 エネルギーの 一 部 は、 核 分 裂 反 応 直 後 に 発 生 する 中 性 子 、 線 、 線 、ニュ

ートリノといった 種 々の 放 射 線 の 運 動 エネルギーとして 現 れる(この 中 性 子 が 引 き 続 いて

核 分 裂 反 応 を 起 こすことが 期 待 される)。しかし、これらは 核 分 裂 エネルギー 全 体 の 2 割 程

度 であって、 大 部 分 (8 割 程 度 )は 核 分 裂 した 原 子 核 の 破 片 ( 核 分 裂 片 )の 運 動 エネルギー

となる。

核 分 裂 反 応 の 直 後 、 核 分 裂 片 は 高 速 で 媒 質 中 を 運 動 する。 核 分 裂 片 は 正 の 電 荷 を 持 つため、

245


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

その 運 動 中 に 近 傍 の 原 子 中 の 電 子 と 電 気 的 な 相 互 作 用 を 起 こし、 自 身 の 運 動 エネルギーを

徐 々に 失 っていく。 一 方 、 核 分 裂 片 からエネルギーを 受 け 取 った 他 の 原 子 は、さらに 付 近 の

原 子 に 対 して 電 気 的 な 相 互 作 用 を 通 してそのエネルギーを 付 与 する。この 結 果 、 核 分 裂 片 は

10 -5 m 未 満 の 移 動 距 離 でその 運 動 エネルギーの 全 てを 付 近 の 複 数 の 原 子 に 付 与 する。また、

原 子 が 受 け 取 ったエネルギーは、 最 終 的 に 原 子 の 熱 振 動 、すなわち 媒 質 の 熱 エネルギーとな

る。 以 上 のことから、 核 分 裂 片 の 運 動 エネルギーは 局 所 的 かつ 瞬 間 的 に 燃 料 ペレットの 熱 エ

ネルギーに 変 換 される、と 言 える。この 過 程 を 概 念 的 に 図 11-1 に 示 す。

図 11-1 核 分 裂 片 がその 運 動 エネルギーを 周 囲 の 原 子 に 付 与 する 様 子

( 規 則 的 に 並 んでいるのが 原 子 )

核 分 裂 片 の 運 動 エネルギーは、 核 分 裂 反 応 が 起 こった 位 置 とほぼ 同 じ 位 置 で 媒 質 の 熱 エ

ネルギーに 変 換 される、と 述 べた。これは 核 分 裂 片 の 移 動 距 離 が 最 大 でも 10 -5 m 程 度 であ

り、 燃 料 ペレットの 大 きさ( 直 径 で 約 8×10 -3 m 程 度 )と 比 べて 小 さいことから 言 える。た

だし、ウラン 燃 料 (UO 2 結 晶 ) 中 の 原 子 の 間 隔 は 5×10 -9 m 程 度 なので、 核 分 裂 片 はその 移

動 中 にかなりの 数 の 原 子 と 遭 遇 していることになる。そのような 観 点 からは、「 核 分 裂 片 は

かなり 長 い 距 離 を 飛 行 している」とも 言 えるかもしれない。

なお、 核 分 裂 エネルギーの 残 りの 2 割 分 を 運 動 エネルギーとして 付 与 された 放 射 線 は、 基

本 的 には 核 分 裂 片 よりも 長 い 距 離 を 飛 行 しながら、その 運 動 エネルギーを 媒 質 の 原 子 に 付

与 する。ただし、 線 は 燃 料 ペレット 中 で 長 い 距 離 を 飛 行 することは 無 いので、そのエネル

ギーは 核 分 裂 片 と 同 様 に、 核 分 裂 反 応 が 起 きた 位 置 に 付 与 されると 考 えても 問 題 ない。 一 方 、

線 や 中 性 子 は 燃 料 ペレットの 大 きさ 以 上 の 飛 行 範 囲 を 持 っているため、 核 分 裂 反 応 が 起 こ

った 媒 質 とは 異 なる 媒 質 にエネルギーを 付 与 するのが 一 般 的 である。

核 分 裂 反 応 で 発 生 するニュートリノについては、 媒 質 と 相 互 作 用 する 確 率 が 極 めて 低 い

ため、そのほぼ 100%が 原 子 炉 の 外 に 飛 び 出 ることになり、その 分 のエネルギー(1.2×10 7

eV 程 度 )は 原 子 力 発 電 プラントにおいて 利 用 されない。なお、 繰 り 返 しになるが、ニュー

トリノの 媒 質 との 相 互 作 用 確 率 は 非 常 に 小 さいので、それによる 被 ばくを 心 配 する 必 要 は

全 く 無 い。

246


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 線 による 核 分 裂 エネルギーの 運 搬

本 文 で 述 べたように、 核 分 裂 反 応 で 発 生 した 線 は、 燃 料 ペレットの 大 きさと 比 べて、よ

り 長 い 距 離 を 飛 行 することが 出 来 る。したがって、ある 燃 料 ペレットにとっては、 折 角 、 自

らの 核 分 裂 反 応 で 作 り 出 した 線 であるのに、そのエネルギーを 別 の 燃 料 ペレットに 付 与 す

る、ということになってしまう。これは 何 だか 勿 体 無 いような 気 がする。しかし、 一 般 に、

原 子 炉 内 では 多 数 の 燃 料 棒 が 隣 接 して 配 置 されているので、 自 分 が 作 った 線 のエネルギー

を 他 人 に 分 け 与 えている 一 方 で、 他 人 が 作 った 線 のエネルギーを 自 分 が 受 け 取 っていると

いうことにもなり、 均 衡 が 保 たれているのである(まるで 人 間 の 社 会 のようではないか?)。

なお、 原 子 炉 炉 心 の 外 周 部 に 位 置 している 燃 料 ペレットについては、「 支 出 」が「 収 入 」

を 上 回 ることになるので、 以 上 のことは 当 てはまらず、 幾 分 損 していると 言 えるだろう。

11.1.2 燃 料 ペレット・ギャップ・ 被 覆 管 中 の 熱 伝 導 ・ 熱 伝 達

この 節 では、 燃 料 ペレットで 発 生 した 核 分 裂 エネルギー(ペレットの 熱 エネルギー)が、

冷 却 材 に 接 する( 燃 料 ) 被 覆 管 の 外 側 表 面 に 伝 わる 過 程 を 解 説 する。 一 本 の 燃 料 棒 とそれを

取 り 囲 む 冷 却 材 の 水 平 断 面 を 図 11-2 に 示 す。

図 11-2 燃 料 棒 と 冷 却 材 の 水 平 断 面

11.1.1 節 で 述 べたように、 燃 料 ペレット 内 で 起 こる 核 分 裂 反 応 によってペレット 内 に 熱 エ

ネルギーが 発 生 する。 仮 に 燃 料 ペレットが 無 限 と 見 做 せるほどの 大 きさを 持 っているとし、

ペレット 内 で 空 間 的 に 均 一 に 核 分 裂 反 応 が 起 こるとするならば、 燃 料 ペレットの 温 度 は 空

間 的 に 均 一 に、 時 間 とともに 徐 々に 増 加 していくであろう。しかし、 燃 料 ペレットは 直 径 約

8×10 -3 m(8 mm)の 円 柱 状 の 構 造 物 であるので、その 表 面 から 熱 エネルギーが 逃 げ 出 すこ

とになる。したがって、ペレット 中 心 から 外 周 部 への 熱 エネルギーの 移 動 が 起 こる。

均 一 な 固 体 内 での 熱 エネルギーの 移 動 は 熱 伝 導 (heat conduction)と 呼 ばれ、 燃 料 ペレッ

ト 内 での 熱 エネルギーの 移 動 はこれに 該 当 する。 熱 伝 導 においては、 熱 エネルギーの 移 動 量

は、 温 度 の 空 間 勾 配 と 媒 質 の 熱 エネルギーの 伝 わりやすさ( 熱 伝 導 率 (thermal conductivity))

に 比 例 することが 分 かっている。 例 えば、 熱 が 伝 わりやすい( 熱 伝 導 率 が 大 きい) 金 属 では、

247


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

ある 量 の 熱 エネルギーを 小 さな 温 度 勾 配 のもとで 移 動 できる。 一 方 、 熱 が 伝 わりにくいセラ

ミック(たとえば 陶 磁 器 )では、 同 量 の 熱 エネルギーを 移 動 させるためには、 大 きな 温 度 勾

配 が 必 要 となる。 核 燃 料 として 一 般 的 に 用 いられる 二 酸 化 ウランはセラミックであり、 熱 が

非 常 に 伝 わりにくい。 従 って、 燃 料 ペレット 内 の 温 度 勾 配 はかなり 大 きくなり、ペレットの

表 面 温 度 が 800 K 程 度 であるのに 対 して、 中 心 温 度 は 1,200 K を 超 える 程 度 にまで 達 する

(つまり 4×10 -3 m(4 mm) 程 度 の 空 間 に 400 K を 超 える 温 度 差 が 生 じる)。なお、 二 酸 化

ウランは 融 点 が 3,150 K 程 度 (2,880 ℃、「にっぱっぱ」と 覚 える)と 高 いため、1,200 K を

超 える 程 度 といっても 融 け 出 すまでにはまだまだ 余 裕 がある。

燃 料 ペレットで 発 生 した 熱 エネルギーは、 燃 料 ペレット 表 面 から 外 側 の 媒 質 に 伝 わって

いく。 燃 料 ペレットの 外 側 は 被 覆 管 で 囲 まれているが、 実 際 の 燃 料 棒 では、 被 覆 管 と 燃 料 ペ

レットの 間 に 空 隙 (ギャップ)が 存 在 する。 燃 料 ペレット 外 側 のギャップと 被 覆 管 では 熱 エ

ネルギーは 発 生 しない( 厳 密 には 線 の 吸 収 反 応 などによる 微 小 な 発 熱 があるがここでは 無

視 する)が、 燃 料 ペレットからの 熱 エネルギーの 移 動 があるため、ペレット 側 から 外 側 に 向

かう 熱 エネルギーの 移 動 を 考 える 必 要 がある。

ギャップには 気 体 ヘリウムが 充 填 されており、ヘリウム 中 の 熱 の 移 動 は 熱 伝 達 (heat

transfer)と 呼 ばれる 物 理 過 程 に 対 応 する( 熱 伝 達 の 詳 細 については 後 述 する)。 気 体 の 熱 伝

達 は 非 常 に 効 率 が 悪 いことから、ギャップの 幅 は 10 -4 m(0.1 mm) 程 度 であるものの、ギャ

ップ 内 では 大 きな 温 度 勾 配 が 生 じる( 燃 料 ペレット 表 面 と 被 覆 管 内 側 表 面 とに 大 きな 温 度

差 が 生 じる)。

被 覆 管 内 の 熱 エネルギーの 移 動 は、 燃 料 ペレット 同 様 に 熱 伝 導 となるが、 被 覆 管 の 材 質 で

あるジルカロイは 比 較 的 熱 を 伝 えやすいため、 被 覆 管 内 の 温 度 勾 配 はそれほど 大 きくはな

らない。 熱 の 伝 えやすさを 大 まかに 比 較 すると、 燃 料 ペレットに 対 してジルカロイは 数 倍 程

度 となる(なお、これらは 条 件 によって 変 動 することに 注 意 されたい)。PWR の 炉 心 内 のあ

る 高 さ 位 置 における 燃 料 棒 の 径 方 向 についての 温 度 評 価 の 解 析 例 を 図 11-3 に 示 す。

【コラム】ペレットと 被 覆 管 のギャップを 満 たしている 気 体 はなぜヘリウム?

ペレットから 被 覆 管 に 熱 をできるだけ 効 率 よく 伝 える 観 点 から、ギャップを 満 たす 気 体

は、できるだけ 熱 伝 達 特 性 の 良 いものが 望 ましい。 気 体 の 熱 伝 達 特 性 は、 気 体 の 分 子 量 が 小

さいほど 良 好 になるため、その 観 点 からは 水 素 が 最 も 望 ましいと 言 える。しかしながら、 水

素 はジルコニウム 製 の 被 覆 管 に 吸 収 されやすく、 水 素 化 ジルコニウムを 生 成 する。 水 素 化 ジ

ルコニウムは 脆 い 性 質 があり、 被 覆 管 の 破 損 の 原 因 となる。 従 って、 熱 伝 達 特 性 が 水 素 に 次

いで 良 く、また、 不 活 性 なためペレットや 被 覆 管 と 化 学 反 応 を 起 こさないヘリウムが 用 いら

れている。

248


原 子 炉 の 物 理

図 11-3 PWR における 温 度 評 価 の 解 析 例 ( 燃 料 棒 の 横 方 向 )

【コラム】セラミック 以 外 の 核 燃 料 は 使 えないの?

原 子 力 発 電 プラントで 一 般 的 に 使 われている 核 燃 料 はセラミックの 一 種 の 二 酸 化 ウラン

であり、 本 文 で 述 べたように 熱 エネルギーが 伝 わりにくい。その 結 果 、 燃 料 ペレット 内 で 大

きな 温 度 勾 配 が 生 じ、ペレット 中 心 は 非 常 に 高 温 となる。 二 酸 化 ウランよりも 熱 エネルギー

を 伝 えやすい 核 燃 料 は 無 いのであろうか?

核 燃 料 としてはウランやプルトニウムが 含 まれてさえいればよいので、 必 ずしも 二 酸 化

ウランである 必 要 はなく、 例 えば、 金 属 とウランの 合 金 や、 窒 化 物 ウラン、 炭 化 物 ウランも

核 燃 料 の 候 補 として 考 えられる。 特 に、 金 属 とウランの 合 金 燃 料 (ウラン-ジルコニウム 合

金 やウラン-アルミニウム 合 金 など)は、いくつかの 発 電 プラントや 実 験 用 のプラントで 実

際 に 用 いられている。

ウラン 合 金 の 燃 料 は 一 般 に 金 属 燃 料 と 呼 ばれる。 金 属 燃 料 はセラミックである 二 酸 化 ウ

ランと 比 べて 熱 エネルギーの 伝 わり 方 が 格 段 に 良 い。 仮 に、 熱 の 伝 わり 方 が 10 倍 良 いとし

た 場 合 には、ペレット 中 心 と 表 面 の 温 度 差 は 1/10 で 済 むことになり、 二 酸 化 ウラン 燃 料 で

は( 本 文 中 では)1,200 K とされた 中 心 温 度 は 840 K 程 度 となる。また、 金 属 燃 料 には、ウ

ランなどの 核 分 裂 性 核 種 を 高 密 度 に 含 有 できるなどの 長 所 がある。ただし、その 一 方 で、 金

属 燃 料 には、 後 述 するスエリングの 影 響 が 大 きい、 融 点 が 低 い、 被 覆 管 材 質 との 相 性 があま

り 良 くない、といった 短 所 も 存 在 する。 二 酸 化 ウランに 関 してはそのような 目 立 った 短 所 が

なく、そのことが 長 所 であると 一 般 的 に 考 えられている。

249


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

11.1.3 被 覆 管 表 面 と 冷 却 材 の 熱 伝 達

被 覆 管 の 外 側 表 面 まで 伝 わった 熱 エネルギーは、その 外 側 を 上 部 に 向 かって 流 れる 冷 却

材 ( 冷 却 水 )に 移 動 する。この 熱 エネルギーの 移 動 は、 静 止 している 媒 質 ( 被 覆 管 )と 運 動

している 媒 質 ( 冷 却 水 )の 間 で 行 われ、これは 熱 伝 達 に 該 当 する。

熱 伝 達 により 移 動 する 熱 エネルギーは、やりとりする2つの 媒 質 の 温 度 差 と 熱 伝 達 のし

やすさ( 熱 伝 達 率 (heat transfer coefficient))に 比 例 する。 熱 伝 達 のしやすさは、 熱 のやり

とりを 行 う 媒 質 の 特 性 ( 媒 質 の「モノ」としての 特 性 と、 円 筒 なら 内 径 や 流 路 の 長 さなど「カ

タチ」に 関 する 特 性 )に 依 存 するとともに、 運 動 している 媒 質 の 速 度 にも 強 く 依 存 し、 被 覆

管 と 冷 却 水 の 間 の 熱 伝 達 では 一 般 に 速 度 が 大 きいほど 熱 伝 達 のしやすさは 大 きくなる。 運

動 している 媒 質 の 速 度 をゼロとしたとき、それは2つの 媒 質 における 熱 伝 導 となる。 速 度 が

大 きいほど 熱 伝 達 しやすくなるということは、 被 覆 管 と 冷 却 水 の 間 では、 熱 伝 達 は 熱 伝 導 よ

りも 効 率 的 に( 少 ない 温 度 勾 配 で) 熱 エネルギーの 移 動 を 行 えることを 意 味 している。

燃 料 棒 群 の 間 隙 を 上 方 に 向 かって 流 れる 冷 却 水 は、 以 上 で 述 べたように 燃 料 ペレットで

発 生 した 熱 エネルギーを 受 け 取 る。したがって、 冷 却 水 の 温 度 は、 炉 心 の 上 方 であればある

ほど 高 くなる( 沸 騰 が 起 こる BWR では、 沸 騰 領 域 での 温 度 はほぼ 一 定 となり、 蒸 気 の 割 合

が 大 きくなる)。PWR における、ある 平 均 的 な 径 方 向 位 置 での、 炉 心 内 の 高 さに 対 する 冷 却

水 、 被 覆 管 内 外 表 面 、 燃 料 ペレット 表 面 、 燃 料 ペレット 中 心 それぞれの 位 置 での 温 度 評 価 の

解 析 例 を 図 11-4 に 示 す( 軸 長 4 m、 平 均 線 出 力 16.2 kW/m で 計 算 )。この 図 より、 冷 却 材 が

炉 心 下 部 より 550K 程 度 で 炉 内 に 流 入 し、600K 程 度 で 上 部 から 炉 外 に 出 ていく 様 子 などが

分 かるであろう。

250


原 子 炉 の 物 理

(a) 冷 却 材 ~ 被 覆 管 内 側 表 面

(b) 冷 却 材 ~ 燃 料 ペレット 中 心

図 11-4 PWR における 温 度 評 価 の 解 析 例 ( 燃 料 棒 の 高 さ 方 向 )

PWR では 被 覆 管 表 面 から 熱 エネルギーを 受 け 取 った 冷 却 材 は 液 体 状 態 を 保 つが、BWR で

は 冷 却 水 が 沸 騰 するため 熱 伝 達 が 複 雑 になる。BWR での 熱 伝 達 を 考 えるための 身 近 な 例 と

して、 水 を 入 れた 金 属 製 の 鍋 をコンロにかけた 状 況 を 考 えよう。

水 の 温 度 が 高 くなるにつれて、 鍋 の 底 から 泡 が 出 てきて、そのうち 鍋 に 入 れた 水 は 沸 騰 す

るはずである。このような 沸 騰 を 核 沸 騰 (nucleate boiling)と 呼 び、BWR ではこのような

沸 騰 を 介 して 熱 エネルギーが 冷 却 材 に 伝 わる。

一 方 、ここで、コンロの 火 を 徐 々に 強 くし、 最 終 的 に「ロケット 噴 射 並 みの 超 強 力 」なも

のにしたらどうなるだろうか? 単 に 水 が 沸 騰 するまでの 時 間 が 短 くなるだけだろうか?こ

251


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

のような 状 態 では、 伝 熱 面 ( 鍋 の 底 面 )であまりにも 多 数 の 泡 ( 蒸 気 )が 発 生 するため、 伝

熱 面 が 蒸 気 の 膜 で 覆 われてしまう。 蒸 気 は 気 体 であるため、 水 に 比 べてはるかに 熱 の 伝 わり

方 が 悪 い。 言 ってみれば、 伝 熱 面 が 蒸 気 という 断 熱 材 で 覆 われたようなものである。では、

伝 熱 面 はどうなるであろうか。 水 に 伝 わる 熱 が 極 端 に 少 なくなるため、 伝 熱 面 の 温 度 は 急 上

昇 することが 予 想 される。このような 沸 騰 現 象 を、 核 沸 騰 に 対 して 膜 沸 騰 (film boiling)と

呼 ぶ。 何 らかの 原 因 で 燃 料 ペレットの 発 生 熱 エネルギーが 急 上 昇 し、 沸 騰 現 象 が 核 沸 騰 から

膜 沸 騰 へ 遷 移 すると、 燃 料 棒 表 面 から 冷 却 水 への 熱 伝 達 が 阻 害 され、 被 覆 管 表 面 温 度 が 急 激

に 上 昇 し、 被 覆 管 の 破 損 ( 焼 損 )に 至 る。PWR も 含 めて、 原 子 力 発 電 プラントの 燃 料 設 計 、

熱 設 計 ではこの 点 に 大 きな 注 意 が 払 われている。 具 体 的 には、 被 覆 管 表 面 から 冷 却 材 への 熱

の 流 れの 大 きさ( 熱 流 束 )に 関 して、 冷 却 材 が 膜 沸 騰 へ 遷 移 するときの 値 が 評 価 され、トラ

ブルも 含 んだプラントの 運 転 中 に 熱 流 束 がこの 値 を 十 分 下 回 るように 設 計 される。

【コラム】 膜 沸 騰 とライデンフロスト 現 象

非 常 に 高 温 で、 灼 熱 状 態 の 金 属 面 に 水 をかけると、 水 がすぐに 蒸 発 せず、 高 温 の 金 属 面 上

で 水 玉 のようになって 動 き 回 る 様 子 が 観 察 できる。これは、 水 滴 と 金 属 面 の 間 に 蒸 気 の 膜 が

でき、 膜 沸 騰 により 金 属 面 から 水 滴 への 熱 伝 達 が 阻 害 されることが 原 因 で 発 生 する。 膜 沸 騰

が 起 きないとするならば、 水 滴 は「ジュワー」という 感 じで 伝 熱 面 に 広 がり、すぐに 蒸 発 す

るはずである。

最 近 の 家 庭 のコンロは 安 全 装 置 がついており、フライパンをかなりの 高 温 に 熱 すること

が 難 しいので、 簡 単 には 実 験 はできないが、Youtube などで「ライデンフロスト 現 象 」また

は「ライデンフロスト 効 果 」などと 検 索 すると、 膜 沸 騰 状 態 に 関 する 興 味 深 い 映 像 を 多 数 確

認 できる。

252


原 子 炉 の 物 理

BWR のように 液 相 と 気 相 の 水 が 混 在 する 場 合 、 流 れの 全 体 に 気 相 が 占 める 体 積 割 合 に 依

存 して 気 液 二 相 の 流 れ 方 ( 流 動 )が 変 わる。この 気 液 二 相 の 流 動 について、その 特 徴 に 応 じ

ていくつかに 分 類 したものを 流 動 様 式 (flow regime)と 呼 ぶ。 燃 料 棒 の 間 を 上 方 に 流 れる 気

液 二 相 流 の 流 動 様 式 の 例 を 図 11-5 に 示 すが、 液 相 に 僅 かな 気 相 が 混 じる 気 泡 流 や、 燃 料 棒

表 面 付 近 は 液 相 、 流 路 中 央 部 は 気 相 が 流 れる 環 状 噴 霧 流 などがある。 流 動 様 式 は 熱 伝 達 に 大

きく 影 響 することから、 気 液 二 相 流 に 関 する 研 究 は 重 要 なテーマとなっている。

図 11-5 燃 料 棒 の 間 を 流 れる 冷 却 材 の 流 動 様 式 の 例

【 発 展 的 内 容 】 気 液 二 相 流 における 気 液 の 速 度

熱 伝 達 では 冷 却 水 の 速 度 が 重 要 になることを 本 文 中 で 述 べた。ここでは、 冷 却 水 の 速 度 の

評 価 方 法 について 述 べる。

横 に 寝 かされた 円 筒 を 考 え、その 片 側 から 水 を 単 位 時 間 あたり 一 定 量 流 し 込 んだとき、 円

筒 のもう 片 側 から 出 て 行 く 水 の 量 を 考 えよう。 以 降 では、 流 し 込 む 水 を「 流 入 水 」、 出 て 行

く 水 を「 流 出 水 」として 区 別 する。

この 状 態 が 定 常 的 なもの、すなわち、 時 間 とともに 一 定 であるものとするならば、 単 位 時

間 あたりの 流 入 水 と 流 出 水 の 質 量 は 同 一 でなければならない。そうでないならば、 円 筒 内 の

水 の 質 量 が 時 間 とともに 変 化 することになり、 前 記 の 仮 定 に 反 してしまう。

水 がこの 円 筒 内 を 流 れる 途 中 で 壁 面 から 熱 を 受 け 取 ったり 奪 われたりしないとするなら

ば( 断 熱 条 件 )、 流 入 水 と 流 出 水 の 流 れる 速 さも 同 一 となる。ところが、 水 と 内 壁 の 間 に 摩

擦 が 発 生 するので、これによって 流 出 水 の 圧 力 は 流 入 水 の 圧 力 と 比 べて 小 さくなる(この 圧

力 の 低 下 を 圧 力 損 失 と 呼 ぶ)。 一 般 に 圧 力 が 小 さくなると 温 度 が 一 定 の 条 件 下 では 水 の 密 度

は 僅 かに 小 さくなるため、 流 出 水 の 密 度 は 流 入 水 と 比 べて 僅 かに 減 少 する。 流 入 水 と 流 出 水

の 質 量 が 同 一 であることから、 流 出 水 の 流 れの 速 度 は 流 入 水 よりもわずかに 大 きくなる。

次 に、 水 が 壁 面 から 熱 を 受 け 取 る 場 合 を 考 えよう。 単 位 時 間 あたりの 壁 面 の 発 熱 量 と 流 出

253


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

水 が 円 筒 通 過 中 に 受 け 取 った 熱 量 は 釣 り 合 うので、 水 の 比 熱 により 流 出 水 の 温 度 が 決 まる。

密 度 は 温 度 にも 依 存 するため、 圧 力 、 温 度 の 変 化 に 応 じて 流 出 水 の 密 度 が 決 まり、その 結 果 、

速 度 も 決 まる。 一 般 に、 温 度 の 増 加 に 伴 って 水 の 密 度 は 低 下 するため、 流 出 水 の 密 度 は 流 入

水 よりも 小 さくなり 流 出 水 は 流 入 水 と 比 べて 流 れが 速 くなる。

以 上 は 流 出 水 が 液 単 相 であるときの 話 であるが、 次 に、 気 液 二 相 となる 場 合 、すなわち、

円 筒 内 で 沸 騰 が 起 こる 場 合 について 考 えよう。

円 筒 壁 面 から 受 け 取 る 熱 量 から、 流 出 水 における 液 相 と 気 相 それぞれの 重 量 は 比 較 的 容

易 に 決 まる。したがって、 円 筒 の 出 口 断 面 におけるそれぞれの 相 が 占 める 面 積 が 決 まれば 液

相 と 気 相 のそれぞれの 速 度 が 決 まることになる。しかし、 出 口 断 面 における 流 出 水 の 液 相 と

気 相 の 面 積 比 は、 熱 のやりとりのバランスのみから 決 めることは 出 来 ないので、 液 相 、 気 相

それぞれの 速 度 を 決 めることが 出 来 ないことになる。

ここで、 流 出 水 における 液 相 と 気 相 の 重 量 比 が 1:1 であった 場 合 、 出 口 断 面 における 液 相

と 気 相 の 面 積 比 について 考 えよう。 仮 に、 液 相 と 気 相 の 速 度 が 同 一 であるならばどうだろう

か。 液 相 と 気 相 の 面 積 比 も 1:1 になるであろうか?ここで、 液 相 の 密 度 は 気 相 の 密 度 と 比 べ

て 圧 倒 的 に 大 きいことが 分 かっている。したがって、 液 相 と 気 相 の 速 度 が 同 一 であるなら

ば、 重 量 比 が 1:1 であるためには 液 相 の 出 口 断 面 での 面 積 は 気 相 と 比 べてかなり 小 さくなけ

ればならないことが 分 かるであろう。ただし、 直 感 的 には 液 相 の 方 が 気 相 よりも 遅 く 流 れる

と 考 えられるので、 液 相 の 面 積 をそこまで 小 さくする 必 要 はないことも 分 かる。そうはいっ

ても 液 相 と 気 相 の 密 度 の 違 いほどは 速 度 の 違 いは 現 れないだろうから、 重 量 比 が 1:1 のとき

には、 出 口 断 面 における 面 積 比 は 液 相 の 方 が 小 さくなるであろうと 予 想 される。

いずれにしろ、 流 出 水 における 液 相 と 気 相 それぞれの 重 量 は 簡 単 に 決 めることが 出 来 る

が、 出 口 断 面 での 液 相 と 気 相 の 面 積 比 については、 簡 単 な 条 件 から 決 めることが 出 来 ない。

熱 伝 達 を 適 切 に 評 価 するための 二 相 それぞれの 流 路 に 占 める 面 積 比 や 速 度 を 求 める 種 々の

熱 水 力 モデルが 開 発 され、 現 在 でもその 改 良 が 精 力 的 に 行 われている。

254


原 子 炉 の 物 理

11.2 原 子 力 発 電 プラントの 運 転 中 の 燃 料 ペレットと 被 覆 管 の 変 化

【この 節 のポイント】

・ プラントの 運 転 中 には、 燃 料 ペレットや 被 覆 管 は 高 温 、 高 放 射 線 という 特 殊 な 環 境 下 に

おかれるが、 運 転 を 通 して 被 覆 管 を 健 全 に 保 持 し 続 けることが 重 要 である。

・ 高 温 になることによって 発 生 する 応 力 や、 固 体 状 、 気 体 状 の 核 分 裂 生 成 物 核 種 の 蓄 積 と

燃 料 ペレットからの 放 出 、 水 素 との 反 応 による 被 覆 管 材 料 の 変 化 、さらには、 被 覆 管 の

腐 食 の 促 進 などにより、 被 覆 管 が 破 損 する 可 能 性 があり、それを 避 けるために 適 切 な 設

計 を 行 うことが 重 要 である。

11.2.1 原 子 炉 内 の 燃 料 棒 の 挙 動

火 力 発 電 プラントの 運 転 では、 石 油 や 石 炭 をどんどん 燃 やして 水 を 温 めているので、プラ

ントの 中 ではそういった 可 燃 性 の 物 質 が 物 凄 い 炎 を 上 げて 燃 えていく 様 子 が 想 像 できるで

あろう。それでは 原 子 力 発 電 プラントの 運 転 はどうだろうか? 原 子 力 発 電 プラントでは、ウ

ランなどの 核 分 裂 反 応 によって 膨 大 なエネルギーを 発 生 させているが、 核 分 裂 反 応 は 目 に

見 えず、それを 引 き 起 こす 大 量 の 中 性 子 も 同 様 に 目 に 見 えない。 従 って、 膨 大 なエネルギー

を 発 生 しているにも 関 わらず、 傍 目 には 何 も 起 こっていないように 見 えると 想 像 できるの

ではないだろうか? 勿 論 、 核 分 裂 エネルギーを 受 け 取 った 冷 却 水 が(プラントによってはそ

の 一 部 が 蒸 気 になって) 上 方 に 流 れていくといった 描 画 は 可 能 であろうが、 発 熱 する 燃 料 ペ

レットを 含 む 被 覆 管 などは、ただ 高 温 になるだけで、 見 た 目 は 何 も 変 わらないのだろうか?

実 際 には、 燃 料 ペレットや 被 覆 管 は、プラントの 運 転 とともにその 様 子 が 大 きく 変 わるこ

とが 分 かっている。それが、 燃 料 ペレット、 被 覆 管 各 々の 健 全 性 に 影 響 を 与 える 可 能 性 があ

るため、プラントを 安 定 的 に 運 転 するという 観 点 から、その 挙 動 を 理 解 することが 重 要 であ

る。

なお、 燃 料 ペレットや 被 覆 管 といった 燃 料 棒 の 構 成 材 料 に 加 えて、 燃 料 棒 支 持 格 子 、スペ

ーサ、ノズル、タイプレートといった 燃 料 集 合 体 を 構 成 する 部 材 、さらには、 燃 料 集 合 体 と

ともに 炉 心 を 構 成 する 構 造 物 も、プラントの 運 転 中 においてその 健 全 性 が 保 たれ 続 ける 必

要 があるが、 本 節 では、 燃 料 ペレットと 被 覆 管 の 挙 動 のみに 着 目 する。

燃 料 ペレットおよび 被 覆 管 は、 放 射 性 物 質 をプラントの 中 に 閉 じ 込 めるという 役 割 を 担

っており、 放 射 性 物 質 の 漏 洩 に 対 する 五 重 の 障 壁 の 中 でそれぞれ 第 一 、 第 二 の 障 壁 に 対 応 す

る。 燃 料 ペレットは、ウランなどの 核 分 裂 性 物 質 とともに、 運 転 の 結 果 発 生 する 放 射 性 のア

クチニド 元 素 や 核 分 裂 生 成 物 核 種 (FP 核 種 )を 保 持 する 役 割 を 担 う。また、 被 覆 管 は、ペ

レットから 漏 れ 出 てきたそれらの 一 部 を 閉 じ 込 める 役 割 を 担 う。 燃 料 ペレットではこれら

放 射 性 核 種 を 完 全 に 保 持 する( 閉 じ 込 める)ことは 期 待 されてはいないため、 被 覆 管 の 健 全

性 を 保 ち 続 けることが 最 重 要 になる。

燃 料 ペレットや 被 覆 管 の 健 全 性 が 保 たれない 状 況 として、それらが( 機 械 的 に) 破 損 する

場 合 と、それらが 高 温 となり 溶 融 する 場 合 が 考 えられる。

始 めに 破 損 について 考 えよう。 材 料 が 破 損 する、すなわち、 壊 れるということは、 大 きく

255


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

は 脆 性 破 壊 (brittle fracture)と 延 性 破 壊 (ductile fracture)に 分 類 される。 大 雑 把 には、 前

者 は「ぽきっと 壊 れる」もの、 後 者 は「めりっと 壊 れる」ものと 考 えればよく、 破 壊 に 変 形

が 伴 うかどうかに 違 いがあると 言 えるだろう。これらの 破 壊 が 起 こる 条 件 は、 材 料 の 温 度 に

強 く 依 存 し、セラミックである 燃 料 ペレットの 破 損 は 脆 性 破 壊 、 金 属 である 被 覆 管 の 破 損 は

延 性 破 壊 となる 場 合 が 多 い。また、 同 一 の 材 料 であっても、 脆 性 破 壊 が 起 こり 易 い 温 度 領 域

( 一 般 的 には 低 温 )と 延 性 破 壊 が 起 こり 易 い 温 度 領 域 ( 一 般 的 には 高 温 )がある。その 境 界

を 脆 性 遷 移 温 度 (Nil-Ductility Transition Temperature: NDT)と 呼 び、 材 料 の 重 要 な 特 性 の

一 つとして 挙 げられる。

【コラム】タイタニック 号 の 沈 没 と 低 温 脆 性

1997 年 に 公 開 されたレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット 主 演 の 映 画 「タ

イタニック」を 観 た 方 も 多 いのではないだろうか。

1912 年 4 月 15 日 、イギリスからニューヨークに 向 かうため 北 大 西 洋 上 を 航 海 していた 大

型 客 船 タイタニック 号 が 氷 山 に 衝 突 し、 沈 没 した。 世 の 中 によく 知 られているタイタニック

号 の 沈 没 事 故 である。

沈 没 の 直 接 的 な 原 因 は、タイタニック 号 が 洋 上 で 氷 山 に 衝 突 したことである。タイタニッ

ク 号 の 船 体 には、リン(P)と 硫 黄 (S)を 多 く 含 む 鉄 が 使 用 されており、この 鉄 は 低 温 で 脆

くなり 易 い 特 性 ( 低 温 脆 性 )が 現 れやすかったと 言 われている。 事 故 が 起 こった 際 の 当 該 海

域 の 海 水 温 は 氷 点 下 であり、そのため、 船 体 が 低 温 脆 性 を 示 し、 結 果 として 氷 山 との 衝 突 の

衝 撃 で 船 体 が 二 つに 割 れ、 急 速 に 沈 没 したと 考 えられている。

なお、 通 常 の 温 度 では 曲 げ 伸 ばしが 出 来 る 延 性 を 示 す 金 属 材 料 が、 低 温 で 硬 く 脆 くなる 低

温 脆 性 を 示 すことが 広 く 認 識 されたのは 1940 年 代 であり、タイタニック 号 の 事 故 当 時 は 低

温 脆 性 の 存 在 は 知 られていなかったとされる。タイタニック 号 のみならず、 橋 梁 の 崩 壊 、ガ

スタンクの 破 壊 なども 低 温 脆 性 により 発 生 している。

( 出 典 : 失 敗 知 識 データベース、http://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000216.html)

原 子 炉 においては、 原 子 炉 容 器 に 鋼 鉄 が 使 用 されている。 鋼 鉄 が 中 性 子 の 照 射 を 長 時 間 に

わたって 受 けると、 格 子 欠 陥 などにより、 低 温 脆 性 を 示 す 温 度 点 ( 脆 性 遷 移 温 度 )が 次 第 に

上 昇 してくることが 知 られている。 原 子 炉 容 器 製 造 時 にはマイナス(℃)であった 遷 移 温 度

が 数 十 ℃まで 上 昇 することもある。 原 子 力 発 電 プラントの 通 常 運 転 時 は、 原 子 炉 容 器 は

300℃ 程 度 となっているため 脆 性 は 示 さないが、 事 故 の 際 、 原 子 炉 に 水 を 緊 急 に 注 水 する 緊

急 炉 心 冷 却 系 (Emergency Core Cooling System: ECCS)が 動 作 すると、 室 温 に 近 い 水 が 原

子 炉 容 器 内 に 注 入 される。そのため、 脆 性 遷 移 温 度 が 高 くなりすぎると、 原 子 炉 容 器 が 脆 性

破 壊 する 可 能 性 が 生 じる。 圧 力 容 器 に 対 する 中 性 子 の 照 射 は、 燃 料 と 原 子 炉 容 器 の 距 離 が 近

い PWR でより 顕 著 である。PWR では、 炉 心 の 近 く( 原 子 炉 容 器 と 比 べてより 多 く 中 性 子 の

照 射 を 受 ける 位 置 )に 原 子 炉 容 器 と 同 一 の 材 料 の 試 験 片 を 入 れておき、この 試 験 片 の 脆 性 遷

移 温 度 を 定 期 的 に 実 測 することにより、 原 子 炉 容 器 の 健 全 性 を 監 視 している。

256


原 子 炉 の 物 理

延 性 破 壊 が 生 じる 以 前 に 起 こる 変 形 の 過 程 をクリープ(creep)と 呼 ぶ。これは、 長 時 間

にわたって 力 をかけ 続 けられることによる 材 料 の 変 形 を 指 す。このクリープ 変 形 が 最 終 的

に 延 性 破 壊 に 至 るが、このクリープが 進 む 速 度 (クリープ 速 度 (creep speed))が 大 きいほ

ど 破 壊 に 至 る 時 間 が 短 いことになる。このクリープ 速 度 も 材 料 の 重 要 な 特 性 の 一 つである。

燃 料 ペレットや 被 覆 管 の 破 損 は、これらが 耐 えうることができる 力 ( 材 料 強 度 )よりも 大

きい 力 がかかった 場 合 に 発 生 する。 材 料 強 度 は 脆 性 遷 移 温 度 やクリープ 速 度 といった 材 料

の 特 性 に 依 存 して 決 まるものであるため、 燃 料 ペレットや 被 覆 管 の 破 損 について 考 えると

きには、プラントを 運 転 することによってそれらにかかる 応 力 の 大 きさと、プラントの 運 転

によって 生 じるそれら 材 料 の 特 性 の 変 化 の2 点 がポイントになる。

溶 融 についても 同 様 の 考 え 方 を 採 ることが 出 来 る。すなわち、プラントの 運 転 に 伴 う 温 度

上 昇 と、プラントの 運 転 によって 生 じるこれらの 温 度 に 関 する 特 性 ( 熱 を 伝 える 能 力 や 融 点 )

の 変 化 がポイントになる。

原 子 力 発 電 プラントの 通 常 の 運 転 での 材 料 にかかる 応 力 の 増 加 や 材 料 温 度 の 上 昇 につい

ては、プラントの 設 計 を 行 う 際 に 適 切 な 想 定 を 行 い、それに 耐 えうるような 材 料 を 選 定 し、

機 器 の 設 計 を 適 切 に 行 えばよい。ただし、ここで 厄 介 なのは、プラントの 運 転 によって、 燃

料 ペレットや 被 覆 管 の 変 形 が 起 こったり、その 特 性 ( 強 度 や 伝 熱 特 性 、 融 点 など)が 変 化 し

たりすることである。 以 下 では、この 点 に 関 して、 燃 料 ペレットと 被 覆 管 のそれぞれについ

て 説 明 しよう。

11.2.2 燃 料 ペレットの 変 化

燃 料 ペレットは、11.1 節 で 述 べたように 径 方 向 に 著 しい 温 度 分 布 を 持 つ。このため、 燃 料

ペレットの 中 心 部 が 周 辺 部 に 比 べて、より 熱 膨 張 することで 燃 料 ペレット 自 身 に 強 い 力 が

与 えられ、それが 燃 料 ペレットに 細 かな 割 れを 生 じさせる。この 燃 料 ペレットの 割 れは 燃 料

ペレットの 熱 の 伝 わりやすさを 悪 化 させるなどの 好 ましくない 影 響 を 与 える。

また、プラントの 運 転 初 期 ( 運 転 開 始 後 の 1 年 程 度 の 期 間 )に 発 生 する 重 要 な 現 象 とし

て、ペレットの 焼 き 締 まり(densification)がある。これは、ペレットの 高 温 状 態 が 続 くこ

とや 放 射 線 の 照 射 によって、 燃 料 ペレットの 製 造 時 に 存 在 する 気 孔 が 収 縮 ・ 消 滅 し、ペレッ

ト 自 体 が 収 縮 するというものである。 収 縮 の 結 果 、 燃 料 ペレットと 被 覆 管 の 間 のギャップ 領

域 が 増 加 することによって 冷 却 材 への 熱 の 伝 わりやすさが 悪 化 し、それが 燃 料 ペレット 温

度 の 上 昇 を 引 き 起 こす。また、ギャップ 領 域 の 増 加 によって、 被 覆 管 外 側 を 流 れる 冷 却 水 か

らの 圧 力 による 被 覆 管 の 内 側 へのつぶれなどが 引 き 起 こされる 可 能 性 が 生 じる。この 被 覆

管 のつぶれについては、それを 避 けるために 被 覆 管 の 内 側 の 圧 力 を 事 前 に 高 めておくなど

の 対 策 がとられている。

さらに、 第 8 章 で 述 べられているように、 核 分 裂 反 応 によってウランなどの 重 い 原 子 核 が

2つのより 軽 い 原 子 核 (FP 核 種 )に 分 裂 する。この FP 核 種 の 発 生 が、 燃 料 ペレットの 挙 動

に 大 きな 影 響 を 与 える。

固 体 状 の FP がペレット 内 に 蓄 積 することによって、 焼 き 締 まりとは 逆 にペレットの 体 積

257


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

膨 張 を 起 こす。これをスエリング(swelling)と 呼 ぶ。スエリングによってペレットの 膨 張

が 進 んだ 場 合 、ペレットと 被 覆 管 の 接 触 に 発 展 し、 被 覆 管 の 健 全 性 を 妨 げる 可 能 性 がある。

また、クリプトンやキセノンといった 気 体 状 の FP 核 種 (FP ガス)がペレットに 溜 まるこ

とによりスエリングに 寄 与 することがある。また、FP ガスがペレットと 被 覆 管 の 間 のギャ

ップ 領 域 に 移 動 すると、 燃 料 棒 内 の 圧 力 上 昇 を 引 き 起 こすとともに、ギャップ 領 域 における

熱 の 伝 わりやすさを 悪 化 させて 燃 料 ペレットの 温 度 上 昇 を 引 き 起 こす。

何 らかのトラブルによってプラントの 出 力 が 急 上 昇 した 場 合 、 燃 料 ペレットは 通 常 運 転

時 よりさらに 高 温 となるため、 大 きな 熱 的 膨 張 が 起 こる。その 結 果 、 燃 料 ペレットと 被 覆 管

の 間 のギャップ 領 域 は 狭 まり、 最 終 的 に 燃 料 ペレットと 被 覆 管 の 接 触 に 至 る。これをペレッ

ト・ 被 覆 管 機 械 的 相 互 作 用 (Pellet Clad Mechanical Interaction: PCMI)と 呼 ぶが、PCMI が

起 こると、 被 覆 管 が 燃 料 ペレットから 外 力 を 受 けることになり、 被 覆 管 の 破 損 に 繋 がる 場 合

もある。これを 避 けるために、ペレットの 端 面 角 を 削 ったものや、 中 心 に 空 孔 を 配 置 した 中

空 ペレットの 採 用 、 被 覆 管 内 側 の 比 較 的 軟 らかい 金 属 による 内 張 りなどの 方 策 が 取 り 入 れ

られている。なお、 本 節 の 冒 頭 に 述 べたペレットに 生 じる 亀 裂 は PCMI を 促 進 させる 効 果 を

持 つ。

以 上 で 述 べた 原 子 力 発 電 プラント 運 転 中 に 起 こる 燃 料 ペレットの 変 化 とその 影 響 につい

て 図 11-6 にまとめる。

図 11-6 運 転 中 に 起 こる 燃 料 ペレットの 変 化 とその 影 響

【 発 展 的 内 容 】 燃 料 ペレットのディッシュとチャンファ

燃 料 ペレットにおいて、 原 子 炉 運 転 中 の 変 形 に 対 応 するために「ディッシュ」と「チャン

ファ」と 呼 ばれる 特 殊 な 加 工 が 行 われる。ディッシュは 円 筒 形 状 の 燃 料 ペレットの 上 下 面 の

中 央 部 に 設 けられるくぼみを 指 し、 高 温 となるペレット 中 央 部 の 熱 膨 張 やスエリングによ

る 体 積 増 加 を 吸 収 する。また、チャンファはペレットの 上 下 面 の 円 周 部 における 角 取 りが 行

われた 形 状 を 指 し、 端 面 近 傍 の 微 小 な 欠 損 を 低 減 し、 熱 膨 張 時 の 端 面 の 変 形 と 被 覆 管 との 接

触 を 抑 える 働 きをする。

258


原 子 炉 の 物 理

11.2.3 被 覆 管 の 変 化

一 般 的 な 原 子 力 発 電 プラントで 被 覆 管 として 用 いられているのはジルコニウム 合 金 であ

り、これは 中 性 子 を 吸 収 しにくいジルコニウムに 対 して、スズ、 鉄 、ニッケル、クロムなど

を 若 干 量 添 加 して 高 温 の 冷 却 水 に 対 する 耐 腐 食 性 を 高 めたものである。 添 加 物 やその 量 に

ついてはジルコニウム 合 金 の 種 類 によって 異 なる。

被 覆 管 の 健 全 性 を 考 える 上 でポイントとなるのは 被 覆 管 の 内 向 きもしくは 外 向 きにかか

る 力 と 腐 食 である。

被 覆 管 にかかる 力 としては、その 外 側 を 流 れる 冷 却 材 からの 内 向 きの 力 と、 被 覆 管 内 の 内

側 の 圧 力 ( 初 期 充 填 ガスと FP ガスの 和 )や、 場 合 によってはペレットのスエリングによる

直 接 的 な 接 触 (PCMI)による 外 向 きの 力 を 考 える 必 要 があり、それらがバランスしていな

い 場 合 に 正 味 の 力 が 発 生 する。プラントの 通 常 運 転 においては、 冷 却 水 圧 力 と 燃 料 棒 内 圧 と

の 差 圧 によって 生 じる 内 向 きの 力 を 長 時 間 受 けることにより、 被 覆 管 がクリープ 変 形 する

ことを 考 える 必 要 がある。

被 覆 管 の 外 側 表 面 では、 配 管 系 の 金 属 材 料 の 腐 食 によって 生 じた、 冷 却 水 中 に 溶 解 してい

る 物 質 が 燃 料 棒 表 面 に 析 出 する。これをクラッド( 水 垢 、crud)と 呼 び、 燃 料 棒 表 面 の 腐 食

を 促 進 する。また、 被 覆 管 の 内 側 ではヨウ 素 やカドミウム、セシウムといった 高 腐 食 性 の FP

核 種 によって 腐 食 が 発 生 する。これを、ペレット・ 被 覆 管 化 学 的 相 互 作 用 (Pellet Clad

Chemical Interaction: PCCI)と 呼 ぶ。また、PCMI、PCCI を 総 称 してペレット・ 被 覆 管 相 互

作 用 (Pellet Clad Interaction: PCI)と 呼 ぶ。PCMI、PCCI が 相 乗 的 な 役 割 を 果 たすことで、

被 覆 管 に 過 大 な 応 力 がかかった 結 果 、 被 覆 管 が 破 損 に 至 ることがある。これを PCI 破 損 (PCI

failure)もしくは 応 力 腐 食 割 れ(Stress Corrosion Cracking: SCC)と 呼 び、 被 覆 管 の 健 全 性

を 考 える 上 で 重 要 な 現 象 である。なお、 現 在 の 軽 水 炉 においては、 炉 出 力 の 急 上 昇 が 無 い 限

りは PCI 破 損 が 起 こる 可 能 性 は 極 めて 小 さいと 考 えてよい。

被 覆 管 の 水 素 化 も 被 覆 管 の 破 損 原 因 として 重 要 である。ジルコニウムが 冷 却 水 と 酸 化 反

応 を 起 こすと、 水 から 酸 素 のみが 奪 われ、 水 素 が 発 生 する。ジルコニウム 合 金 は 水 素 を 取 り

込 みやすい 性 質 を 有 しており、 被 覆 管 と 水 素 が 反 応 した 結 果 、 非 常 に 脆 い 水 素 化 ジルコニウ

ムが 形 成 される。 特 に、この 水 素 化 ジルコニウムの 形 成 が 局 所 的 に 起 こった 場 合 に、 被 覆 管

が 破 損 に 至 る 可 能 性 がある。なお、 水 による 被 覆 管 の 酸 化 反 応 の 結 果 、 被 覆 管 外 側 表 面 に 酸

化 ジルコニウムの 膜 が 生 成 され、これが 保 護 膜 として 機 能 することにより、 耐 食 性 を 増 加 さ

せるという 利 点 がある。ただし、 長 時 間 (3~5 年 ) 炉 内 で 照 射 された 場 合 には、この 酸 化

膜 が 徐 々に 増 加 する 一 方 で 被 覆 管 の 金 属 母 材 が 減 少 し、 同 時 に 被 覆 管 の 水 素 化 も 進 行 する。

燃 料 をさらに 長 期 間 原 子 炉 内 で 使 用 する 際 、これらは 解 決 すべき 重 要 な 課 題 であり、 新 型 被

覆 管 を 開 発 するニーズになっている。

また、 原 子 炉 内 では 大 量 の 中 性 子 が 飛 び 交 って 被 覆 管 中 の 原 子 核 と 相 互 作 用 を 起 こし、そ

れによって、 強 度 の 増 加 ( 照 射 効 果 )、 延 性 の 低 下 、クリープ 変 形 の 促 進 、 照 射 成 長 (irradiation

growth)などが 起 こる。 照 射 成 長 は、 被 覆 管 の 厚 さが 薄 くなるとともに 上 下 方 向 および 横 方

向 に 被 覆 管 が 延 びる 現 象 であり、 結 果 として、 後 述 のコラムで 述 べるような 燃 料 集 合 体 の 曲

259


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

がりを 引 き 起 こす。また、 被 覆 管 では、ジルコニウムの 中 性 子 吸 収 率 が 小 さいため、 中 性 子

の 照 射 によってその 組 成 は 殆 ど 変 化 しないが、 母 材 中 にある 微 小 な 金 属 析 出 物 (Zr-Fe-Cr、

Zr-Fe-Ni)には 炉 内 での 照 射 とともに 組 成 変 化 やサイズ 変 化 が 起 こり、それらが 被 覆 管 の 腐

食 と 水 素 吸 収 に 影 響 を 及 ぼす。

以 上 で 述 べた 原 子 力 発 電 プラント 運 転 中 に 起 こる 被 覆 管 の 変 化 とその 影 響 について 図 11-

7 にまとめる。

図 11-7 運 転 中 に 起 こる 被 覆 管 の 変 化 とその 影 響

260


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 燃 料 集 合 体 の「 曲 がり」と 炉 心 の 設 計

以 下 に 示 す 仮 想 的 な 小 型 PWR を 考 える。PWR では、 概 ね 1 年 の 運 転 を 行 ったのち 原 子

炉 を 停 止 し、 長 く 使 われた 燃 料 を 1/3~1/4 程 度 取 り 出 し、 新 しい 燃 料 を 装 荷 する。その 際 、

炉 心 内 の 熱 出 力 に 大 きな 偏 りが 生 じないように、 原 子 炉 内 の 燃 料 集 合 体 の 配 置 を 決 定 する。

これを( 取 替 ) 炉 心 設 計 と 呼 んでいる。

さて、この 原 子 炉 において 炉 心 設 計 を 行 い、A の 位 置 に 装 荷 されていた 燃 料 集 合 体 を 次 の

運 転 期 間 では B の 位 置 に 移 動 することになった。この 燃 料 集 合 体 の 移 動 をこのまま 行 って

良 いだろうか?

答 えは「 好 ましくない」である。その 理 由 は、 燃 料 集 合 体 を 構 成 するジルコニウム 被 覆 管

の 照 射 成 長 である。 一 般 的 に、 原 子 炉 内 部 は 中 性 子 束 が 高 く、 炉 心 外 周 部 にかけて 中 性 子 束

が 低 くなり、 炉 心 最 外 周 部 では、 中 性 子 束 はかなり 低 くなる。そのため、A の 位 置 にある 燃

料 集 合 体 を 考 えると、 集 合 体 内 の 左 上 ( 炉 心 内 側 )にある 被 覆 管 は 中 性 子 の 照 射 量 が 多 くな

り、 逆 に 集 合 体 内 の 右 下 ( 炉 心 外 側 )にある 被 覆 管 は 中 性 子 の 照 射 量 が 少 なくなる。 被 覆 管

の 照 射 成 長 は、 中 性 子 の 照 射 量 に 概 ね 比 例 するため、A の 位 置 にある 集 合 体 は、 運 転 期 間 を

通 じて 左 上 が「 良 く 伸 び」、 右 下 が「あまり 伸 びない」 状 態 となる。その 結 果 、 容 易 に 想 像

できるように、この 燃 料 集 合 体 は、 炉 心 の 外 側 に 向 けて 反 った(あるいは 曲 がった) 状 態 に

なる。 干 したスルメイカを 焼 くと 丸 まるが、これは、スルメの 表 面 の 皮 が 身 より 大 きく 縮 む

からである。その 逆 の 現 象 が 燃 料 集 合 体 に 起 きていることになる。

さて、A の 位 置 にある 燃 料 集 合 体 を B の 位 置 に 移 動 する、ということであった。B の 位 置

も 炉 心 の 外 側 にあるので、 次 の 運 転 期 間 を 通 じて、 照 射 成 長 に 起 因 する 集 合 体 の 曲 がりが、

さらに 大 きくなることが 予 想 される。あまりにも 集 合 体 の 曲 がりが 大 きくなると、 燃 料 の 取

り 出 しや 装 荷 に 支 障 をきたすことになる。では、どうすれば 良 いのだろうか。

一 案 として、B に 移 動 する 際 に、 集 合 体 を 180°「 回 転 する」 方 法 が 考 えられる。つまり、

261


第 11 章 発 熱 と 伝 熱 、 発 電

「 左 上 」が「 右 下 」に、「 右 下 」が「 左 上 」になるように 回 転 した 後 、B に 燃 料 を 装 荷 する

のである。この 方 法 は 良 さそうに 見 えるが、PWR においては 採 用 できない。なぜならば、

PWR の 燃 料 交 換 機 は、 集 合 体 を「 回 転 する」 機 能 を 有 していないからである。では、どう

するか。

このような 場 合 、 位 置 C または D に 集 合 体 を 移 動 することにより、 集 合 体 を「 回 転 」し

たのと 同 じ 効 果 を 得 ることができる。このような 集 合 体 の 移 動 を「 象 限 間 移 動 」と 呼 ぶ。

PWR の 炉 心 設 計 では、 必 要 に 応 じて 象 限 間 移 動 を 行 うことで、 集 合 体 内 の 中 性 子 の 照 射 量

ができるだけ 平 坦 となるようにしている。

なお、BWR については、 燃 料 集 合 体 を 回 転 することが 出 来 るため、このような 設 計 方 法

は 採 られていない。

参 考 文 献

[1] 軽 水 炉 燃 料 のふるまい 編 集 委 員 会 編 、「 軽 水 炉 燃 料 のふるまい」、 実 務 テキストシリーズ

No.3、 財 団 法 人 原 子 力 安 全 研 究 協 会 (1999) および (2013).

262


原 子 炉 の 物 理

第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

263


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

内 容

第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用 ..................................................................................................... 263

12.1 原 子 炉 内 の 核 的 現 象 と 他 の 物 理 現 象 の 相 互 作 用 ............................................................ 265

12.1.1 原 子 炉 内 の 核 的 現 象 ..................................................................................................... 265

12.1.2 原 子 炉 の 状 態 と 中 性 子 - 原 子 核 間 の 反 応 率 の 関 係 .................................................... 267

12.1.3 熱 水 力 的 現 象 との 相 互 作 用 ......................................................................................... 267

12.1.4 化 学 的 現 象 との 相 互 作 用 ............................................................................................. 268

12.1.5 機 械 ・ 材 料 的 現 象 との 相 互 作 用 ................................................................................. 269

12.1.6 核 的 事 象 自 身 による 核 反 応 への 相 互 作 用 ................................................................. 270

12.2 反 応 度 フィードバックと 自 己 制 御 性 ................................................................................ 272

12.2.1 物 理 現 象 の 相 互 作 用 に 伴 う 反 応 度 フィードバック ................................................. 272

12.2.2 発 電 用 軽 水 炉 における 自 己 制 御 性 ............................................................................. 275

264


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 原 子 炉 では、 核 分 裂 反 応 を 出 発 点 として 様 々な 物 理 現 象 が 発 生 し、それらの 物 理 現 象 は

相 互 に 作 用 する。

・ 物 理 現 象 の 相 互 作 用 による 原 子 炉 の 状 態 の 変 化 は 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 率 に 影 響 し、 最

終 的 に 反 応 度 として 原 子 炉 全 体 の 中 性 子 の 増 倍 特 性 に 影 響 を 及 ぼす。

本 章 では、12.1 節 において、 原 子 炉 内 の 核 的 ( 炉 物 理 的 ) 現 象 および 原 子 核 と 中 性 子 の 反

応 率 について 述 べ、 原 子 炉 で 発 生 する 核 的 現 象 とその 他 の 物 理 現 象 の 相 互 関 係 を 述 べる。そ

して、12.2 節 では、12.1 節 で 紹 介 する 物 理 現 象 ならびにそれに 基 づく 原 子 炉 の 状 態 が、 反 応

率 および 原 子 炉 全 体 の 中 性 子 増 倍 等 の 炉 物 理 特 性 に 与 える 影 響 、 効 果 を 述 べる。

12.1 原 子 炉 内 の 核 的 現 象 と 他 の 物 理 現 象 の 相 互 作 用

【この 節 のポイント】

・ 原 子 炉 で 発 生 する 様 々な 物 理 現 象 は 相 互 に 作 用 する。そのため、 原 子 炉 を 健 全 な 状 態 に

維 持 するためには、 個 々の 物 理 現 象 だけでなく、 複 数 の 物 理 現 象 を 横 断 的 に 取 り 扱 い、

監 視 することが 重 要 である。

・ 原 子 炉 で 発 生 する 物 理 現 象 のうち、「 原 子 核 の 数 密 度 」および「 原 子 核 の 断 面 積 」を 変 化

させる 物 理 現 象 は、 原 子 炉 物 理 の 中 核 である 中 性 子 - 原 子 核 間 の 反 応 率 に 影 響 を 及 ぼす。

これまで 述 べられてきたように、 原 子 力 発 電 プラント( 原 子 炉 )はミクロな 現 象 である 核

分 裂 反 応 により 発 生 するエネルギーを、 原 子 炉 内 で 熱 エネルギー、そして 最 終 的 にタービン

の 運 動 エネルギーに 変 換 することにより 発 電 を 行 う。ここで、 原 子 炉 内 で 核 分 裂 エネルギー

が 熱 エネルギーに 変 換 される 過 程 で 発 生 する 物 理 現 象 のうち、 核 的 現 象 とその 他 の 物 理 現

象 の 相 互 作 用 について 詳 しく 述 べる。

12.1.1 原 子 炉 内 の 核 的 現 象

(1) 中 性 子 の 吸 収 ・ 散 乱 反 応 ( 核 反 応 1

)

第 4 章 で 述 べられているように、 原 子 炉 における 主 要 な 核 的 現 象 としては、 中 性 子 - 原 子

核 間 の 吸 収 ・ 散 乱 反 応 ( 核 反 応 )が 挙 げられる。 吸 収 反 応 については、 核 分 裂 ・ 放 射 捕 獲 ・

荷 電 粒 子 放 出 反 応 等 があり、これらの 反 応 では、 原 子 核 が 中 性 子 を 吸 収 した 後 は、 一 般 的 に

核 分 裂 または 崩 壊 を 経 て 別 の 核 種 に 変 換 される。その 中 でも、 安 定 核 種 が 放 射 性 核 種 に 変 換

される 核 反 応 は、 放 射 化 反 応 と 呼 ばれる 2 。 核 燃 料 において 代 表 的 な 核 反 応 は 核 分 裂 反 応 で

1

核 反 応 ( 原 子 核 反 応 )は、 一 般 に 入 射 粒 子 と 原 子 核 の 反 応 ( 核 融 合 反 応 等 の 原 子 核 同 士

の 反 応 を 含 む)のことを 指 し 示 すが、 原 子 炉 物 理 では、 主 に 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 のこと

を 示 す。

2

ある 核 種 が 核 反 応 によって 別 の 核 種 に 変 換 されることを、 広 義 の 意 味 で「 核 変 換

(transmutation)」と 呼 ぶ。 放 射 化 反 応 は、この 広 義 の 核 変 換 の1つとして 考 えることが

265


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

あるが、 核 燃 料 核 種 や 核 分 裂 生 成 物 核 種 による 捕 獲 反 応 も 原 子 炉 では 中 性 子 増 倍 等 の 炉 物

理 特 性 に 関 わる 重 要 な 現 象 である。 冷 却 材 ・ 構 造 材 による 放 射 化 反 応 は、 原 子 炉 を 構 成 する

機 器 の 放 射 化 や 低 レベル 放 射 性 廃 棄 物 処 理 ・ 処 分 の 観 点 から 重 要 な 評 価 ・ 監 視 対 象 である。

(2) 放 射 線 の 放 出

核 燃 料 では、 核 分 裂 の 発 生 に 伴 い、 核 分 裂 エネルギーの 一 部 は 即 時 に 中 性 子 線 、 線 等 の

様 々な 種 類 の 放 射 線 として 放 出 される。 加 えて、 核 分 裂 によって 生 じる 核 分 裂 生 成 物 は 原 子

核 として 不 安 定 なものが 多 いことから、 核 分 裂 生 成 物 が 準 安 定 ・ 安 定 状 態 に 変 化 する 過 程 に

おいても 放 射 線 が 放 出 される。また、 中 性 子 の 吸 収 に 伴 い、 原 子 核 が 元 とは 異 なる 核 種 ある

いはエネルギー 状 態 に 遷 移 ( 崩 壊 )する 過 程 においても、 原 子 核 は 不 安 定 な 状 態 となり、 放

射 線 が 放 出 される。 冷 却 材 ・ 構 造 材 においても 前 述 の 放 射 化 反 応 を 起 こした 核 種 から 主 に

線 が 放 出 される。 特 に 核 分 裂 生 成 物 から 放 出 される 放 射 線 は、 周 囲 の 物 質 に 散 乱 ・ 吸 収 され

ることにより、 最 終 的 に 崩 壊 熱 として 熱 エネルギーに 変 換 される。

(3) 放 射 線 分 解

冷 却 材 をはじめとする 原 子 炉 内 の 物 質 が 核 燃 料 等 から 放 出 される 放 射 線 を 吸 収 したとき、

エネルギーを 得 ることでイオン 化 したり 励 起 したりする。その 後 、エネルギーを 放 出 する 過

程 で、 物 質 を 構 成 する 分 子 や 原 子 間 の 結 合 が 切 り 離 されることがある。これを 放 射 線 分 解

(radiolysis)と 呼 ぶ。 代 表 的 な 例 として、 軽 水 炉 における 冷 却 水 の 放 射 線 分 解 が 挙 げられる。

(4) 照 射 損 傷

材 料 が 放 射 線 の 照 射 を 受 けることで 生 じる 損 傷 が 照 射 損 傷 である。 照 射 損 傷 は、 損 傷 の 様

式 により 弾 き 出 し 損 傷 と 核 変 換 損 傷 に 大 別 され、いずれの 損 傷 でも 材 料 の 物 理 的 ・ 機 械 的 性

質 が 変 化 する。 弾 き 出 し 損 傷 では、 結 晶 格 子 点 に 位 置 する 原 子 が 放 射 線 によってはじき 出 さ

れることで 格 子 欠 陥 ( 原 子 空 孔 と 格 子 間 原 子 )が 発 生 する。 一 方 、 核 変 換 損 傷 では、 結 晶 格

子 点 にある 原 子 核 が 中 性 子 吸 収 により 核 変 換 することで、 結 晶 格 子 に 不 純 物 原 子 が 混 入 す

る。 核 燃 料 や 構 造 材 等 は 長 時 間 の 粒 子 線 の 照 射 を 受 けると、 弾 き 出 し 損 傷 による 原 子 空 孔 の

集 積 や 核 変 換 によって、スエリングと 呼 ばれる 膨 張 現 象 を 起 こす。 金 属 材 料 では、 長 時 間 の

照 射 により 材 質 が 硬 くなる 照 射 硬 化 や、 脆 くなる 照 射 脆 化 と 呼 ばれる 現 象 を 示 す。 特 に、 軽

水 炉 の 被 覆 管 で 使 用 されるジルカロイの 場 合 、 照 射 による 原 子 空 孔 の 集 積 ・ 転 移 による 膨 張

が 長 手 方 向 および 周 方 向 に 働 き、 照 射 成 長 と 呼 ばれる、 長 手 方 向 の 伸 びと 径 方 向 への 縮 みを

示 す。

できる。 一 方 、 長 半 減 期 ・ 高 毒 性 放 射 性 核 種 が 核 反 応 によって 最 終 的 に 短 寿 命 ・ 低 毒 性 核

種 または 安 定 核 種 に 変 換 されることは、 狭 義 的 に「 核 変 換 」と 呼 ばれる。「 核 変 換 処 理 」

という 言 葉 にて「 核 変 換 」が 使 われる 際 には、 狭 義 の 核 変 換 を 指 すことが 多 い。

266


原 子 炉 の 物 理

12.1.2 原 子 炉 の 状 態 と 中 性 子 - 原 子 核 間 の 反 応 率 の 関 係

先 に 述 べた 原 子 炉 における 核 的 現 象 のうち、 中 性 子 の 吸 収 ・ 散 乱 を 含 む 核 反 応 の 発 生 率 は、

原 子 炉 の 中 性 子 増 倍 等 の 様 々な 炉 物 理 特 性 に 大 きな 影 響 を 及 ぼす。ここで、 原 子 炉 の 任 意 の

時 間 および 位 置 における 反 応 率 ( 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 核 反 応 の 回 数 ) 3 を 考 えてみ

る。 中 性 子 - 原 子 核 間 の 反 応 率 は、 中 性 子 束 ・ 原 子 ( 原 子 核 )の 数 密 度 ・ 原 子 核 の 微 視 的 断

面 積 ( 以 降 、 本 章 で 示 す 断 面 積 は 微 視 的 断 面 積 を 示 す)の 積 で 表 されることから、 注 目 する

時 間 および 空 間 における 中 性 子 と 原 子 核 の 条 件 が 反 応 率 の 大 きさに 影 響 を 及 ぼす。

反 応 率 に 影 響 する 中 性 子 の 条 件 として、「 中 性 子 エネルギー」、「 中 性 子 の 数 密 度 」、 原 子 核

の 条 件 として、「 物 質 ( 原 子 核 )の 温 度 」、「 原 子 ( 原 子 核 )の 数 密 度 」がある。なお、「 物 質

の 温 度 」については、 任 意 のエネルギーを 有 する 中 性 子 と 原 子 核 の 反 応 の 起 こりやすさを 示

す 指 標 である「 原 子 核 の 断 面 積 」として 一 般 に 考 慮 される。これら 4 つの 条 件 は、 原 子 炉 で

発 生 する 物 理 現 象 によって 変 化 する。

以 降 では、 核 反 応 を 含 む 核 的 現 象 とそれ 以 外 の 物 理 現 象 の 関 係 ならびに 物 理 現 象 の 反 応

率 に 影 響 する 条 件 のうち「 原 子 核 の 断 面 積 」、「 原 子 の 数 密 度 」との 関 係 について 詳 述 する 4 。

12.1.3 熱 水 力 的 現 象 との 相 互 作 用

原 子 炉 では、 核 分 裂 エネルギーと 崩 壊 熱 が 発 熱 源 となり、この 熱 エネルギーを 出 発 点 とし

て、 伝 熱 現 象 およびその 影 響 を 踏 まえた 流 体 運 動 が 発 生 する。 核 的 現 象 に 伴 う 発 熱 による 熱

水 力 的 現 象 への 影 響 に 関 しては、 詳 細 は 第 11 章 に 述 べられているが、その 一 例 としては、

沸 騰 水 型 原 子 炉 (BWR) 内 の 熱 伝 達 に 伴 う 冷 却 水 の 相 変 化 (ボイドの 発 生 )ならびに 圧 力

損 失 の 変 化 に 伴 う 流 体 振 動 が 挙 げられる。

原 子 炉 内 の 発 熱 量 ならびに 除 熱 量 に 応 じた 温 度 分 布 が 原 子 炉 材 料 で 生 じ、 発 熱 ・ 除 熱 のバ

ランスが 変 化 することで 温 度 分 布 は 変 化 する。 材 料 はそれぞれの 熱 膨 張 率 に 応 じて、 温 度 に

応 じた 密 度 変 化 を 起 こす。また、BWR に 代 表 されるように、ある 特 定 の 原 子 炉 内 では 相 変

化 によって 冷 却 材 密 度 が 劇 的 に 変 化 する。このような 密 度 変 化 は「 原 子 核 の 数 密 度 」の 変 化

として 冷 却 材 や 原 子 炉 材 料 中 の 原 子 核 と 中 性 子 との 反 応 率 に 影 響 を 及 ぼす。 加 えて、 冷 却 材

密 度 の 変 化 に 伴 う 反 応 率 の 変 化 は、 中 性 子 エネルギーならびに 中 性 子 の 数 密 度 に 影 響 を 及

ぼし、さらなる 反 応 率 の 変 化 を 引 き 起 こす。また、 温 度 変 化 によって 原 子 炉 材 料 の 熱 運 動 の

3

反 応 率 は 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 核 反 応 の 回 数 を 表 すスカラー 量 であるが、 原 子 核

毎 の 反 応 確 率 である 断 面 積 と 中 性 子 束 、 原 子 核 の 密 度 の 積 からなる 量 であることから、 反

応 の 起 こりやすさ( 確 率 )の 概 念 を 含 む 量 として 考 えることが 出 来 る。

4

中 性 子 エネルギーおよび 中 性 子 の 数 密 度 は、 中 性 子 の 発 生 数 および 発 生 位 置 、 発 生 する

中 性 子 のエネルギー、 冷 却 材 ・ 減 速 材 をはじめとする 原 子 炉 材 料 の 組 成 ( 断 面 積 ・ 原 子 の

数 密 度 )・ 配 置 によって 決 まるパラメータである。そのため、 物 理 現 象 が 直 接 的 に 中 性 子

エネルギー・ 中 性 子 の 数 密 度 に 影 響 を 及 ぼすというより、 前 述 の 種 々の 物 理 現 象 による 原

子 核 の 断 面 積 ・ 数 密 度 の 変 化 が、 間 接 的 に 中 性 子 エネルギー・ 中 性 子 の 数 密 度 に 影 響 する

と 言 える。 間 接 的 な 影 響 の 例 として、 軽 水 炉 において 冷 却 材 である 軽 水 がボイド 化 する 場

合 に、 冷 却 材 密 度 の 減 少 による 中 性 子 散 乱 反 応 の 減 少 により 中 性 子 スペクトルが 硬 化 する

( 中 性 子 エネルギースペクトルが 高 エネルギー 側 にシフトする) 現 象 が 挙 げられる。

267


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

大 きさが 変 わると、 中 性 子 のエネルギーが 一 定 であっても、 材 料 を 構 成 する 原 子 核 と 衝 突 す

る 中 性 子 の 相 対 速 度 の 変 動 幅 が 広 がるようになり、 中 性 子 から 見 た 原 子 核 の 断 面 積 が 変 化

し、 反 応 率 が 変 化 するドップラー 効 果 が 発 生 する(ドップラー 効 果 の 詳 細 については、 第 7

章 を 参 照 )。ドップラー 効 果 に 関 して、 温 度 変 化 は「 原 子 核 の 断 面 積 」の 変 化 として 考 慮 さ

れる。

12.1.4 化 学 的 現 象 との 相 互 作 用

核 的 現 象 と 化 学 的 現 象 の 相 互 作 用 としては、 大 きく 分 けて 核 分 裂 生 成 物 による 相 互 作 用 、

放 出 放 射 線 による 相 互 作 用 の2つがある。

核 分 裂 生 成 物 による 相 互 作 用 には、 核 分 裂 生 成 物 の 析 出 ・ 解 離 、 核 分 裂 生 成 物 による 被 覆

管 の 腐 食 が 挙 げられる。 核 燃 料 は 酸 化 物 等 の 化 合 物 であることが 多 いが、 核 分 裂 生 成 物 が 核

燃 料 と 同 じ 化 合 物 体 系 をとらない 場 合 は、 核 燃 料 中 での 析 出 および 核 燃 料 固 相 からの 解 離

を 起 こし、 揮 発 性 の 高 い 核 種 は 燃 料 ペレットと 被 覆 管 間 のすきま(ギャップ)へ 放 出 される。

揮 発 性 が 高 く 腐 食 性 があるヨウ 素 については、 燃 料 ペレットと 被 覆 管 間 のギャップに 到 達

した 場 合 に 被 覆 管 内 面 の 腐 食 を 引 き 起 こすことがある。

放 出 放 射 線 による 相 互 作 用 として、 第 一 に 冷 却 材 への 溶 解 ・ 混 入 物 との 核 反 応 が 挙 げられ

る。この 代 表 的 な 事 例 としては、 放 射 化 腐 食 生 成 物 の 生 成 、 加 圧 水 型 原 子 炉 (PWR)におけ

るケミカルシムがある。 腐 食 生 成 物 ( 腐 食 による 冷 却 材 への 溶 解 ・ 混 入 物 )は、 冷 却 材 とと

もに 原 子 炉 を 循 環 する 過 程 で 中 性 子 との 核 反 応 により 放 射 化 され、 放 射 化 腐 食 生 成 物 に 変

わる。 放 射 化 腐 食 生 成 物 は、 冷 却 材 と 接 触 する 配 管 ・ 機 器 への 沈 着 ・ 析 出 に 伴 い、 作 業 員 の

放 射 線 被 ばくの 要 因 となる。 軽 水 炉 では、 冷 却 材 に 固 体 として 混 入 ・ 析 出 する 腐 食 生 成 物 は

クラッド( 水 垢 、crud)と 呼 ばれる。クラッドが 被 覆 管 表 面 に 堆 積 すると、 熱 伝 達 を 阻 害 す

ることで 温 度 上 昇 を 引 き 起 こし、 環 境 によっては 温 度 上 昇 により 被 覆 管 腐 食 を 促 進 するク

ラッド 誘 発 局 部 腐 食 を 引 き 起 こす 事 例 が 過 去 に 報 告 されている[1]。ケミカルシムは、 熱 中

性 子 の 吸 収 断 面 積 の 大 きな B-10( 天 然 存 在 比 19.9%)を 含 むホウ 酸 を 冷 却 水 に 溶 解 し、ホウ

酸 の 濃 度 を 調 整 することにより、 燃 料 から 発 生 する 中 性 子 と B-10 の 反 応 率 を 調 整 すること

で、 最 終 的 に 原 子 炉 全 体 の 中 性 子 の 増 倍 を 制 御 する 手 法 である 5 。なお、ホウ 酸 の 溶 解 は 冷

却 水 を 酸 性 にすることから、ホウ 酸 の 添 加 時 には pH 調 整 剤 として 水 酸 化 リチウム(LiOH)

が 同 時 に 冷 却 水 へ 添 加 される。

さらに、 放 出 放 射 線 による 相 互 作 用 の 代 表 的 な 事 例 としては、 軽 水 炉 における 冷 却 水 の 放

射 線 分 解 がある。 冷 却 水 の 放 射 化 分 解 では、 水 素 ラジカル(H・)、ヒドロキシルラジカル

(OH・)や 腐 食 性 の 強 い 過 酸 化 水 素 (H 2 O 2 ) 等 が 生 成 される[1]。これらにより、 冷 却 材 の

5

運 転 サイクル 初 期 の PWR は 大 きな 余 剰 反 応 度 ( 中 性 子 制 御 材 無 しの 状 態 で 原 子 炉 が 臨

界 からどれだけ 離 れているかを 示 す 反 応 度 )を 有 することから、1 次 冷 却 水 中 のホウ 素 濃

度 を 1,000 ~ 2,000 ppm に 調 整 し、 臨 界 とする。 運 転 サイクル 中 の 燃 料 燃 焼 に 伴 う 反 応 度 の

低 下 はホウ 素 濃 度 の 低 下 により 補 償 することで 臨 界 を 維 持 し、 運 転 サイクル 末 期 にホウ 素

濃 度 は 0 となる。

268


原 子 炉 の 物 理

水 質 ( 液 質 )が 変 化 すると、 原 子 炉 材 料 の 金 属 表 面 にて 酸 化 還 元 反 応 が 発 生 し、 原 子 炉 材 料

の 腐 食 が 進 行 する。

このように 核 的 現 象 は、 放 射 化 腐 食 生 成 物 の 生 成 や 冷 却 材 の 水 質 ( 液 質 )の 変 化 として、

化 学 的 現 象 に 作 用 する。これらの 化 学 的 な 状 態 の 変 化 は、 最 終 的 に 冷 却 材 ・ 原 子 炉 材 料 の 放

射 化 、 原 子 炉 材 料 の 腐 食 に 影 響 を 及 ぼすことから、 原 子 炉 では 化 学 的 な 状 態 変 化 に 伴 う 悪 影

響 を 最 小 限 に 留 めるための 水 化 学 ( 冷 却 材 の 化 学 特 性 ) 管 理 が 行 われている。 放 射 化 および

腐 食 の 低 減 のため、 発 電 用 軽 水 炉 では 水 化 学 管 理 として 冷 却 水 の 浄 化 および pH の 調 整 が 常

に 実 施 され、 原 子 炉 材 料 の 酸 化 皮 膜 形 成 のための 起 動 時 の 酸 素 注 入 、 応 力 腐 食 割 れ 防 止 のた

めの 水 素 注 入 等 が 行 われる 場 合 もある[1, 4]。

上 述 の 中 でも、PWR のケミカルシム、 燃 料 集 合 体 におけるクラッドの 堆 積 は、「 原 子 核 の

数 密 度 」の 変 化 として 反 応 率 に 対 して 影 響 を 及 ぼす。 近 年 、 米 国 では 長 サイクル 運 転 ・ 出 力

向 上 運 転 に 伴 い、PWR 内 でクラッドが 燃 料 集 合 体 上 部 に 堆 積 し、 軸 方 向 出 力 分 布 に 異 常 が

生 じる 現 象 (Axial Offset Anomaly: AOA)の 発 生 が 報 告 されている。これは、 冷 却 材 に 添 加

されたホウ 素 の 一 部 がクラッドとともに 析 出 し、 燃 料 上 部 でホウ 素 が 中 性 子 を 吸 収 するた

めに 生 じる 現 象 であるといわれている。AOA はサブクール 沸 騰 領 域 において 発 生 しやすく、

米 国 では AOA の 発 生 によって、 軸 方 向 のピーク 出 力 を 維 持 するために、 定 格 出 力 の 70%で

の 運 転 を 余 儀 なくされた 事 例 が 報 告 されている[5, 6]。

12.1.5 機 械 ・ 材 料 的 現 象 との 相 互 作 用

核 的 現 象 が 機 械 ・ 材 料 的 現 象 に 及 ぼす 影 響 としては、 第 一 に 照 射 損 傷 が 挙 げられる。 照 射

損 傷 では、 原 子 炉 材 料 の 膨 張 ・ 硬 化 ・ 脆 化 等 が 発 生 し、 材 料 の 物 理 的 ・ 機 械 的 な 性 質 が 変 化

する。 代 表 的 な 事 象 として、 前 述 の 核 的 事 象 で 述 べたスエリングやジルカロイの 照 射 成 長 が

ある。 原 子 炉 容 器 の 放 射 線 照 射 による 影 響 を 監 視 するため、 発 電 用 軽 水 炉 では 原 子 炉 容 器 内

部 に 照 射 試 験 片 を 設 置 し、 定 期 的 に 試 験 片 サンプルを 炉 外 に 取 り 出 して 分 析 を 行 っている。

燃 料 棒 内 では、 燃 料 ペレットのスエリングによって 燃 料 ペレットが 被 覆 管 に 接 触 するペ

レット・ 被 覆 管 機 械 的 相 互 作 用 (Pellet Clad Mechanical Interaction: PCMI)によって、 被 覆

管 に 直 接 力 が 加 わる 場 合 があるほかに、 気 体 の 核 分 裂 生 成 物 (Kr、Xe)の 放 出 によって 被 覆

管 内 圧 を 増 加 させる 場 合 がある。 被 覆 管 の 健 全 性 は、 主 として 被 覆 管 の 内 外 圧 差 に 伴 う 応 力

に 依 存 するが、 一 般 的 に 原 子 炉 材 料 は、 材 料 への 荷 重 変 化 が 許 容 荷 重 を 上 回 る 場 合 に 材 料 の

変 性 ・ 変 形 ・ 破 壊 が 生 じ、その 許 容 荷 重 は 温 度 ・ 圧 力 条 件 に 加 えて 放 射 線 の 照 射 損 傷 の 蓄 積

にも 依 存 する。なお、 機 械 的 性 質 に 対 する 照 射 損 傷 のしきい 値 は、 中 性 子 フルエンスで 約

10 22 n/m 2 ( 中 性 子 エネルギー E n > 29 fJ(フェムトジュール): 電 子 ボルト 換 算 で 約 180 keV)

とされている[1]。また、 軽 水 炉 においては、 材 料 条 件 ・ 応 力 条 件 ・ 水 質 ( 化 学 的 ) 条 件 の3

要 因 が 重 複 することで 応 力 腐 食 割 れ(Stress Corrosion Cracking: SCC)と 呼 ばれる 材 料 破 損

が 発 生 する 場 合 もある。 応 力 腐 食 割 れは、 腐 食 環 境 下 で 応 力 が 働 いている 場 合 に、 腐 食 が 無

い 環 境 下 より 低 い 応 力 で 材 料 が 破 損 する 現 象 である。 応 力 腐 食 割 れの 発 生 防 止 のためには

前 述 の 通 り 水 化 学 管 理 が 重 要 である。

269


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

実 際 に 発 電 用 軽 水 炉 で 発 生 した 変 形 としては、ジルカロイ 被 覆 管 の 照 射 成 長 による 燃 料

棒 ならびに 燃 焼 集 合 体 の 湾 曲 (ボウイング)、PCMI による 局 所 的 な 被 覆 管 の 変 形 がある[8]。

原 子 炉 材 料 の 変 形 ・ 破 壊 は、 照 射 損 傷 だけでなく 温 度 ・ 圧 力 ・ 荷 重 等 の 総 合 的 な 条 件 のも

とに 発 生 するものであるが、 原 子 炉 材 料 の 変 形 ・ 破 壊 は、それらが 発 生 する 近 傍 を 含 めた「 原

子 核 の 数 密 度 」の 変 化 として 捉 えることができる。 材 料 の 変 化 は 局 所 的 な 反 応 率 分 布 だけで

なく、 最 終 的 に 原 子 炉 全 体 の 中 性 子 の 増 倍 等 の 炉 物 理 特 性 に 影 響 する。 原 子 炉 材 料 の 変 形 ・

破 壊 が 炉 物 理 特 性 に 影 響 を 及 ぼした 事 例 としては、スウェーデンのリングハルス 発 電 所 に

おいて、 燃 料 集 合 体 に 垂 直 方 向 の 湾 曲 (ボウイング)が 生 じたことによって、 燃 料 集 合 体 が

配 置 される 位 置 に 最 大 20 mm の 歪 みが 生 まれ、 出 力 分 布 に 最 大 3%の 偏 りが 生 じたというも

のがある[7]。

12.1.6 核 的 事 象 自 身 による 核 反 応 への 相 互 作 用

前 述 の 通 り、 核 的 現 象 には 核 反 応 、 放 射 線 放 出 、 放 射 線 分 解 、 照 射 損 傷 といった 様 々な 現

象 が 含 まれる。そのうち、 核 反 応 には、 核 分 裂 反 応 による 核 燃 料 核 種 の 消 滅 および 核 分 裂 生

成 物 の 生 成 、 制 御 材 ・ 毒 物 ・その 他 原 子 炉 材 料 による 中 性 子 吸 収 および 核 変 換 ( 放 射 化 )が

含 まれる。これらの 事 象 は、 核 反 応 によって 様 々な 核 種 の「 原 子 核 の 数 密 度 」が 変 化 するこ

とと 同 義 であり、すなわち、その 後 の 核 反 応 へ 連 鎖 すると 言 える。

核 反 応 自 身 による 炉 物 理 特 性 への 影 響 の 代 表 的 な 事 例 としては、 熱 中 性 子 炉 における 核

分 裂 生 成 物 の 毒 作 用 が 挙 げられる。 第 8 章 にて 述 べられているように、 核 分 裂 生 成 物 の 中 で

も、Xe-135 と Sm-149 は 熱 中 性 子 に 対 する 吸 収 断 面 積 が 大 きく、かつ、 核 分 裂 収 率 が 比 較 的

大 きな 核 種 であるため、これらの 核 種 の 生 成 は 中 性 子 増 倍 率 を 大 きく 低 下 させる 効 果 があ

る。 軽 水 炉 の 一 定 出 力 運 転 中 に 原 子 炉 内 で Xe-135 の 生 成 に 偏 りがある 場 合 、 中 性 子 束 の 空

間 分 布 が 周 期 的 に 振 動 すること(Xe 振 動 )が 知 られており、 制 御 棒 の 運 用 を 工 夫 すること

で Xe 振 動 が 起 こらないような 運 転 制 御 が 行 われる。また、 発 電 用 軽 水 炉 等 の 熱 中 性 子 動 力

炉 では、 原 子 炉 停 止 後 も Xe-135 の 蓄 積 による 毒 作 用 が 大 きいことから、 停 止 から 1 時 間 以

内 に 原 子 炉 を 再 起 動 しなければ、30 時 間 以 上 にわたり 原 子 炉 を 再 起 動 できない 例 がある[2]。

核 的 現 象 を 中 心 として 原 子 炉 で 発 生 する 様 々な 物 理 現 象 の 相 互 関 係 を 図 12-1 に 示 す。こ

のように、 原 子 炉 では 様 々な 物 理 現 象 が 互 いに、また 複 雑 に 影 響 し 合 う。 次 節 では、それぞ

れの 物 理 現 象 に 伴 う 反 応 率 の 変 化 が 炉 物 理 特 性 に 与 える 影 響 について 述 べる。

270


原 子 炉 の 物 理

図 12-1 原 子 炉 内 で 発 生 する 物 理 現 象 の 学 術 的 な 分 類 と 相 互 関 係

271


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

12.2 反 応 度 フィードバックと 自 己 制 御 性

【この 節 のポイント】

・ 原 子 炉 内 の 状 態 ( 温 度 ・ 圧 力 ・ 形 状 ・ 物 性 )が 変 化 すると、その 状 態 変 化 が 様 々な 物 理

現 象 を 介 して、 最 終 的 に 反 応 度 フィードバックとして 原 子 炉 全 体 の 中 性 子 増 倍 に 影 響 を

及 ぼす。 原 子 炉 で 反 応 度 が 変 化 すると 出 力 も 変 化 するため、 原 子 炉 の 状 態 と 反 応 度 が 再

び 変 化 する。

・ 発 電 用 軽 水 炉 ( 加 圧 水 型 原 子 炉 ・ 沸 騰 水 型 原 子 炉 )は、 安 定 状 態 の 原 子 炉 に 反 応 度 が 加

えられた 後 に、 原 子 炉 を 変 化 前 の 状 態 に 戻 す 方 向 に 反 応 度 のフィードバックが 働 く、 自

己 制 御 性 と 呼 ばれる 性 質 を 有 する。

原 子 炉 で 発 生 する 核 的 現 象 の 中 でも、 核 反 応 は 原 子 炉 物 理 の 根 幹 を 成 す 物 理 現 象 である

が、 核 反 応 の 発 生 率 は 原 子 炉 の 状 態 ( 温 度 ・ 圧 力 ・ 形 状 ・ 物 性 )に 強 く 依 存 する。 本 節 では、

反 応 率 ( 単 位 時 間 、 単 位 体 積 当 たりの 核 反 応 の 回 数 )の 変 化 に 伴 う 中 性 子 増 倍 への 影 響 を 説

明 するとともに、 原 子 炉 内 の 状 態 と 物 理 現 象 が 炉 物 理 特 性 に 及 ぼす 効 果 ・ 影 響 について 述 べ

る。

12.2.1 物 理 現 象 の 相 互 作 用 に 伴 う 反 応 度 フィードバック

物 理 現 象 によって 原 子 炉 内 の 状 態 が 変 化 すると、それらの 変 化 は「 原 子 核 の 断 面 積 」お

よび「 原 子 核 の 数 密 度 」の 変 化 として 反 応 率 に 影 響 し、そして、 最 終 的 には 原 子 炉 全 体 の

炉 物 理 特 性 に 影 響 を 及 ぼす。 様 々な 炉 物 理 特 性 の 中 でも 中 性 子 増 倍 に 対 する 特 性 は、 第 9

章 で 示 された 反 応 度 (reactivity)の 形 でそれぞれ 取 り 扱 われることが 多 い。12.1 節 にて 述

べた 物 理 現 象 による 反 応 度 への 効 果 は、 次 の 反 応 度 効 果 (reactivity effect)として 原 子 炉

で 取 り 扱 われる 6 。

• 燃 料 温 度 による 反 応 度 効 果 (ドップラー 効 果 /ドップラー 反 応 度 )

• 燃 料 密 度 による 反 応 度 効 果 ( 膨 張 等 )

• 冷 却 材 ・ 減 速 材 密 度 による 反 応 度 効 果

• 材 料 密 度 による 反 応 度 効 果 ( 膨 張 等 )

• 材 料 の 変 形 による 反 応 度 効 果

• 冷 却 材 ・ 減 速 材 ボイド 反 応 度

• 核 分 裂 生 成 物 による 反 応 度 効 果 ( 毒 作 用 )

• 制 御 材 ・ 可 燃 性 毒 物 の 反 応 度 効 果

6

ここでは、 原 子 炉 材 料 の 密 度 の 反 応 度 効 果 とドップラー 効 果 を 分 けて 記 述 しているが、

いずれも 温 度 変 化 が 元 になる 反 応 であるため、まとめて 温 度 反 応 度 効 果 として 取 り 扱 う 場

合 がある。

272


原 子 炉 の 物 理

図 12-1 に 示 すように、 炉 物 理 特 性 を 定 める 原 子 核 と 中 性 子 の 核 反 応 も、それぞれの 物 理

現 象 と 有 機 的 に 結 びついている。そのため、 原 子 炉 の 状 態 に 変 化 が 生 じると、その 変 化 が 反

応 度 変 化 として 中 性 子 増 倍 特 性 にフィードバックされ( 反 応 度 フィードバック(reactivity

feedback)と 呼 ぶ)、 新 たな 中 性 子 と 原 子 炉 の 状 態 が 再 び 決 定 される 7 。このような 原 子 炉 の

状 態 の 変 化 を 繰 り 返 すことで、 原 子 炉 はすべての 物 理 現 象 が 平 衡 となる 状 態 に 向 かう。ただ

し、 即 発 臨 界 を 大 きく 超 える 反 応 度 投 入 の 場 合 、 原 子 炉 は 平 衡 に 達 することなく、 直 ちに 燃

料 棒 ・ 炉 心 が 破 損 ・ 溶 融 するため、 即 発 臨 界 を 超 えない 範 囲 内 で 原 子 炉 を 運 転 する 必 要 があ

る。

それぞれの 反 応 度 に 関 して、 温 度 やボイド、 出 力 等 の 物 理 量 の 単 位 量 あたりの 変 化 に 対 す

る 反 応 度 変 化 を 反 応 度 係 数 (reactivity coefficient)として 取 り 扱 う 場 合 がある。 様 々な 原 子

炉 における 反 応 度 係 数 の 例 を 表 12-1 に 示 す。ドップラー 反 応 度 係 数 については、いずれの

炉 型 でも 負 であるが、 軽 水 炉 では、 出 力 運 転 時 にボイド 反 応 度 係 数 や 冷 却 材 ( 減 速 材 ) 温 度

係 数 が 負 になるのに 対 して、もんじゅでは 正 である。ただし、もんじゅでは 原 子 炉 の 出 力 に

対 する 反 応 度 変 化 ( 各 反 応 度 係 数 を 総 合 する 出 力 反 応 度 係 数 )は 負 となるように 設 計 され、

安 全 が 確 保 されている。

表 12-1 様 々な 原 子 炉 における 反 応 度 係 数

沸 騰 水 型 原 子 炉 * 加 圧 水 型 原 子 炉 ** もんじゅ***

ドップラー 反 応 度 係 数

( 軽 水 炉 : [Δk/k/K] , 約 -1 ~ -2 × 10 -5 約 -3.5 ~ -2.4 × 10 -5 -5.7 ~ -7.6 × 10 -3

もんじゅ: [T·dk/dT] )

ボイド 反 応 度 係 数

( 軽 水 炉 : [Δk/k/% void], 約 -6 ~ -10 × 10 -4 ― 1.1 ~ 1.5 × 10 -4

もんじゅ: [Δk/k] )

冷 却 材 ( 減 速 材 ) 温 度

係 数 [Δk/k/K]

―**** 約 -63 ~ -8.1 × 10 -5 0.10 ~ 1.4 × 10 -8

* 資 料 [2] 記 載 の BWR 通 常 運 転 時 データ(ボイド 率 : 炉 心 平 均 40%、 平 均 燃 料 温 度 : 約

600℃、 冷 却 材 温 度 :286℃)

** 伊 方 3 号 機 ウラン 炉 心 平 衡 サイクル 解 析 データ[9]

*** 資 料 [2] 記 載 のデータ

**** ボイド 反 応 度 係 数 と 比 べて 十 分 小 さく、 実 際 の 運 転 にはほとんど 影 響 しない[2]

代 表 的 な 反 応 度 フィードバックの 例 を、 研 究 炉 と 発 電 用 原 子 炉 からそれぞれ 記 述 する。

7

中 性 子 増 倍 率 を 増 加 させる 方 向 に 働 く 反 応 度 効 果 のことを「 正 の 反 応 度 効 果 」と 呼 ぶ。

逆 に、 中 性 子 増 倍 率 を 減 少 させる 方 向 に 働 く 反 応 度 効 果 のことは「 負 の 反 応 度 効 果 」と 呼

ぶ。

273


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

(1) 原 子 炉 安 全 性 研 究 炉 (NSRR)の 反 応 度 フィードバック 機 構

原 子 炉 安 全 性 研 究 炉 (NSRR)は、 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 に 設 置 されている、 大 きな 正

の 反 応 度 投 入 時 ( 反 応 度 事 故 が 起 こったとき)の 燃 料 の 安 全 性 を 試 験 するための 研 究 炉 であ

る( 詳 細 は 第 14 章 参 照 )。NSRR は 20 wt% 濃 縮 ウラン- 水 素 化 ジルコニウム 合 金 を 燃 料 とす

る TRIGA 炉 8 であり、トランジェント 棒 と 呼 ばれる 制 御 棒 の 引 き 抜 き 動 作 の 制 御 により 一 定

出 力 運 転 からの 瞬 間 的 なパルス 状 の 正 の 反 応 度 投 入 模 擬 等 が 可 能 である。

瞬 間 的 な 正 の 反 応 度 投 入 によるパルス 運 転 の 場 合 、 瞬 間 的 なトランジェント 棒 の 引 き 抜

き 動 作 を 行 うことで、 出 力 が 急 上 昇 する。 出 力 上 昇 に 伴 い 温 度 が 上 昇 すると、 燃 料 合 金 中 の

水 素 原 子 の 振 動 が 激 しくなり、 水 素 による 減 速 能 が 低 下 する。その 結 果 生 じる 中 性 子 スペク

トルの 硬 化 による 負 の 反 応 度 フィードバックが 主 として 働 き、 即 座 に 出 力 が 低 下 し、 原 子 炉

は 静 定 する[10]。

(2) BWR における 再 循 環 流 量 と 出 力 制 御

BWR の 通 常 運 転 時 においては、 再 循 環 ポンプにより 冷 却 材 の 炉 心 流 量 を 調 節 することで、

制 御 棒 を 動 かさなくても、ある 程 度 の 出 力 制 御 が 可 能 である。このメカニズムについて、 原

子 炉 の 出 力 ・ 炉 心 流 量 が 一 定 の 状 態 から 再 循 環 流 量 を 減 少 させ、 炉 心 全 体 の 流 量 が 減 少 する

場 合 を 例 に 考 えてみる。 炉 心 の 流 量 が 減 少 すると、 単 位 時 間 ・ 単 位 体 積 あたりの 冷 却 材 への

伝 熱 量 が 増 加 するため、 冷 却 材 が 沸 騰 を 始 める 位 置 が 下 方 に 移 動 し、 炉 心 全 体 で 見 ると 冷 却

材 のボイド 率 が 増 加 する。ボイド 率 の 増 加 はスペクトル 硬 化 による 負 の 反 応 度 効 果 をもた

らすため、この 効 果 により 出 力 は 減 少 する。また、 非 沸 騰 領 域 から 沸 騰 領 域 に 遷 移 した 部 分

での 燃 料 温 度 の 上 昇 によるドップラー 効 果 も 負 の 反 応 度 効 果 をもたらすが、 正 味 の 反 応 度

に 対 してはボイド 率 の 増 加 に 伴 う 負 の 反 応 度 効 果 のほうが 支 配 的 である。 出 力 が 減 少 する

と、 冷 却 材 のボイド 率 および 燃 料 温 度 が 低 下 し、それらが 正 の 反 応 度 効 果 として 働 くことで、

結 果 として 正 負 の 反 応 度 効 果 が 相 殺 されて、 元 の 出 力 より 低 いレベルで 出 力 が 安 定 する。 再

循 環 流 量 が 増 加 する 場 合 も、 逆 の 過 程 をたどることによって 一 時 的 に 出 力 が 増 加 するが、 最

終 的 には 安 定 する[11]。

(3) PWR における 主 蒸 気 管 破 断 事 象

PWR の 主 蒸 気 管 は、 二 次 冷 却 系 の 蒸 気 発 生 器 とタービンを 結 ぶ 配 管 である。この 主 蒸 気

管 が 破 断 すると、 蒸 気 発 生 器 で 発 生 した 蒸 気 が 破 断 面 より 急 激 に 放 出 され、 蒸 気 発 生 器 にお

ける 二 次 系 の 除 熱 量 が 大 きくなり、 結 果 として、 一 次 冷 却 材 が 過 冷 却 により 温 度 が 低 い 状 態

となる。これにより、 原 子 炉 へ 給 水 される 一 次 冷 却 材 の 温 度 が 低 下 することで 原 子 炉 全 体 の

温 度 が 低 下 すると、 冷 却 材 密 度 の 増 加 、ドップラー 効 果 による 共 鳴 吸 収 の 減 少 により 正 の 反

8

TRIGA(Training, Research, Isotopes, General Atomics) 炉 はアメリカ General Atomics 社 に

よって 開 発 された、 非 発 電 用 小 型 研 究 炉 である。2019 年 現 在 、66 基 の 原 子 炉 が 24 カ 国 の

大 学 、 研 究 機 関 などに 納 入 されており、 名 前 の 通 り、 教 育 訓 練 やアイソトープ 製 造 、 物 性

の 測 定 等 の 幅 広 い 研 究 に 対 して 利 用 されている[13]。

274


原 子 炉 の 物 理

応 度 が 添 加 され、 出 力 の 上 昇 が 一 時 的 に 起 こる[12]。 最 終 的 には、この 事 象 は、 二 次 冷 却 材

の 量 が 減 少 することにより 蒸 気 発 生 器 における 冷 却 が 止 まるため、 一 次 冷 却 材 の 温 度 が 上

昇 することで 負 の 反 応 度 が 添 加 され、また、 高 圧 注 入 系 からホウ 素 濃 度 の 高 い 冷 却 水 が 注 入

されることにより、 原 子 炉 出 力 は 下 降 していく。

なお、BWR では、 一 次 冷 却 材 の 給 水 系 における 給 水 加 熱 器 の 機 能 喪 失 によって 同 様 の 事

象 が 発 生 することが 知 られている。

12.2.2 発 電 用 軽 水 炉 における 自 己 制 御 性

前 述 のように、 温 度 ・ 圧 力 ・ 形 状 ・ 物 性 等 の 原 子 炉 内 の 状 態 が 変 化 すると、その 変 化 が 反

応 度 フィードバックとして 働 くことで 原 子 炉 内 の 中 性 子 増 倍 率 に 影 響 する。 原 子 炉 の 設 計

では、 通 常 状 態 ならびに 過 渡 ・ 事 故 事 象 を 含 めたあらゆる 条 件 下 において、 原 子 炉 の 状 態 が

変 化 した 際 に 同 じ 符 号 を 有 する( 変 化 を 拡 大 する) 反 応 度 フィードバックが 働 き 続 ける 状 況

とならない 設 計 とすることが 安 全 上 重 要 となる。 言 い 換 えれば、 安 定 状 態 の 原 子 炉 に、ある

大 きさの 反 応 度 が 加 わる 場 合 に、 加 わった 反 応 度 とは 逆 方 向 の 符 号 を 持 つ 反 応 度 フィード

バックが 働 く 自 己 制 御 性 (self-regulation)を 有 する 設 計 が 重 要 である。 自 己 制 御 性 の 概 略 を

図 12-2 に 示 す。 自 己 制 御 性 を 有 する 原 子 炉 の 場 合 、 図 12-2 の 左 下 図 に 示 すように、 安 定 状

態 から 変 化 しても 元 の 位 置 に 戻 すようなフィードバックが 働 く。 一 方 、 自 己 制 御 性 が 無 い 原

子 炉 では、 図 12-2 の 右 下 図 に 示 すように、 反 応 度 の 正 負 に 関 わらず 安 定 状 態 から 転 げ 落 ち

るように、 一 方 向 のフィードバックが 働 き、 状 態 が 安 定 しない。

自 己 制 御 性 の 有 無 による 反 応 度 フィードバックの 働 きについて、 発 電 用 軽 水 炉 (PWR、

BWR)とチェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 ( 黒 鉛 減 速 沸 騰 軽 水 圧 力 管 型 原 子 炉 )を 比 較 の

例 として 述 べる。

275


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

図 12-2 軽 水 炉 における 自 己 制 御 性 の 概 略 [ 出 典 : 原 子 力 ・エネルギー 図 面 集 ]

(1) 発 電 用 軽 水 炉 (PWR、BWR)の 反 応 度 フィードバック 機 構

発 電 用 軽 水 炉 は、 主 に U-235 濃 縮 度 が 3~5 wt%の 酸 化 ウランを 燃 料 とし、 軽 水 を 冷 却 材 お

よび 減 速 材 として 用 いる 原 子 炉 であり、 核 分 裂 とともに 発 生 する 高 速 中 性 子 ( 平 均 エネルギ

ー2 MeV)を 減 速 することで 得 られた 熱 中 性 子 (1 eV 未 満 )を、 再 び 燃 料 が 吸 収 して 核 分 裂

を 起 こすことで、 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 継 続 する。

臨 界 状 態 の 原 子 炉 に 微 小 な 正 の 反 応 度 が 印 加 される 場 合 を 考 える。このとき 原 子 炉 は 超

臨 界 となり、 原 子 炉 内 の 中 性 子 数 が 増 加 し、 出 力 が 上 昇 するとともに、 燃 料 温 度 が 上 昇 する。

そして、 燃 料 温 度 の 上 昇 とともに、ドップラー 効 果 による 断 面 積 の 変 化 、 続 いて 減 速 材 であ

る 軽 水 の 温 度 上 昇 ・ 密 度 変 化 が 起 こる。 燃 料 では、U-238 の 共 鳴 捕 獲 反 応 率 が 増 加 すること

で、 中 性 子 の 数 密 度 を 減 らす 方 向 の 負 の 反 応 度 フィードバックが 働 く。 一 方 、 減 速 材 の 水 素

密 度 の 減 少 (PWR では 減 速 材 密 度 の 減 少 、BWR ではボイド 率 の 増 加 )により、 中 性 子 スペ

クトルが 硬 化 し、U-235 の 核 分 裂 反 応 率 を 減 らす 負 の 反 応 度 フィードバックが 働 く。この 2

つの 負 の 反 応 度 フィードバックによって 原 子 炉 全 体 の 反 応 度 が 低 下 し、 核 分 裂 反 応 が 抑 制

される。

逆 に、 微 小 な 負 の 反 応 度 が 印 加 されるケースでは、 出 力 低 下 からの 燃 料 温 度 の 低 下 に 伴 い、

U-238 の 共 鳴 捕 獲 反 応 の 減 少 、 減 速 材 の 水 素 密 度 の 増 加 による 中 性 子 スペクトルの 軟 化 のた

め、 正 の 反 応 度 フィードバックによって 核 分 裂 反 応 が 促 進 される。

図 12-2 の 上 図 は、 一 連 の 反 応 度 フィードバックの 流 れを 示 す。このように、 発 電 用 軽 水

炉 では 出 力 変 化 に 伴 う 温 度 変 化 が 発 生 すると、ドップラー 効 果 ならびに 減 速 材 密 度 効 果 が

反 応 度 フィードバックとして 働 く 自 己 制 御 性 が 機 能 している。

276


原 子 炉 の 物 理

(2) チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 時 の 原 子 炉 反 応 度 フィードバック 機 構

チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 の 原 子 炉 は、 旧 ソ 連 で 開 発 された 黒 鉛 減 速 沸 騰 軽 水 圧 力 管

型 (RBMK 型 ) 原 子 炉 であり、 減 速 材 に 黒 鉛 、 冷 却 材 に 軽 水 、 燃 料 に 酸 化 ウラン(U-235 濃

縮 度 2 wt% 程 度 )を 用 いている。 図 12-3 に 示 すように、RBMK 型 原 子 炉 は、 円 筒 状 に 積 み

上 げた 黒 鉛 ブロックの 中 央 に 設 けた 空 間 に 燃 料 集 合 体 を 収 めた 圧 力 管 と 制 御 棒 が 挿 入 され

る 構 造 であり、 炉 心 の 大 きさは 直 径 11.8 m、 高 さ 7.0 m 程 度 である。また、 制 御 棒 引 抜 状 態

での 中 性 子 経 済 を 向 上 させる 目 的 で、 制 御 棒 の 両 端 に 黒 鉛 ディスプレーサと 呼 ばれる 黒 鉛

棒 を 取 り 付 けている。

軽 水 の 働 きの BWR との 差 異 は、 黒 鉛 を 減 速 材 とする RBMK 型 原 子 炉 では、 冷 却 材 であ

る 軽 水 が 減 速 の 機 能 よりむしろ 原 子 炉 内 の 中 性 子 の 一 部 を 吸 収 する 材 料 として 働 くことが

挙 げられる。そのため、 原 子 炉 温 度 が 上 昇 すると、 軽 水 のボイド 化 により 水 素 の 中 性 子 吸 収

効 果 が 小 さくなることで、 正 の 反 応 度 効 果 が 原 子 炉 に 加 わる 性 質 がある。 原 子 炉 温 度 の 上 昇

により 減 速 材 である 黒 鉛 の 密 度 が 低 下 し 負 の 反 応 度 効 果 を 与 えるが、 軽 水 と 比 べると 密 度

変 化 の 割 合 はかなり 小 さく、その 影 響 は 限 定 的 である。なお、 定 格 出 力 運 転 時 には、 燃 料 温

度 の 上 昇 時 のドップラー 効 果 による 負 の 反 応 度 効 果 が 大 きいため、 安 定 運 転 が 可 能 であっ

た。

チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 では、 原 子 炉 が 最 終 的 に 出 力 暴 走 し 爆 発 に 至 ったが、 出

力 暴 走 は 以 下 の2つの 正 の 反 応 度 効 果 が 働 いたためであるとされている。

1 原 子 炉 全 体 が 正 の 反 応 度 フィードバックとなる 低 出 力 での 運 転

2 制 御 棒 挿 入 時 のポジティブ・スクラム

事 故 の 当 日 は、 原 子 炉 が 定 期 検 査 のための 停 止 に 際 して、 外 部 電 源 が 喪 失 した 場 合 にター

ビン 発 電 機 の 惰 性 回 転 エネルギーにより 冷 却 系 のポンプに 電 源 を 供 給 するための 試 験 を 開

始 していた。 試 験 開 始 時 には、 様 々な 要 因 により 規 定 以 上 の 制 御 棒 が 引 き 抜 かれ、かつ 予 定

していたものと 比 べてずっと 低 い 出 力 の 状 態 であった。この 原 子 炉 の 状 態 は、 燃 料 のドップ

ラー 効 果 による 負 の 反 応 度 フィードバック 効 果 より 軽 水 のボイド 化 による 正 の 反 応 度 フィ

ードバック 効 果 が 上 回 り、 原 子 炉 全 体 として 正 の 反 応 度 フィードバックが 働 く 条 件 となり、

試 験 による 炉 心 流 量 の 減 少 に 伴 い 炉 心 のボイド 率 が 上 昇 し、 正 の 反 応 度 フィードバックの

ために 出 力 が 急 上 昇 した [1, 14]。

運 転 員 は 出 力 の 急 上 昇 を 受 けてスクラムボタンを 押 したとされるが、 多 くの 制 御 棒 が 全

引 き 抜 き 状 態 にあったことから、 制 御 棒 全 挿 入 までの 時 間 が 約 18 秒 と 遅 く(わが 国 の 発 電

用 軽 水 炉 では 2~4 秒 である)、 加 えて 制 御 棒 の 構 造 のために 制 御 棒 下 部 に 取 り 付 けられた

黒 鉛 ディスプレーサがまず 炉 心 に 挿 入 されることで 中 性 子 吸 収 効 果 を 持 つ 軽 水 が 排 除 され、

さらに 黒 鉛 の 減 速 効 果 の 追 加 により 一 時 的 に 正 の 反 応 度 効 果 が 印 加 されるポジティブ・ス

クラムが 発 生 し、 出 力 上 昇 が 促 進 されたと 推 測 されている[1, 14]。

このように、チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 事 故 では、 原 子 炉 設 計 上 の 問 題 や 試 験 の 状 態 等

の 様 々な 要 因 により 自 己 制 御 性 が 働 かない 条 件 となり, 正 の 反 応 度 効 果 によって 出 力 暴 走

が 発 生 したとされているが、 事 故 の 致 命 的 な 要 因 は 軽 水 のボイド 化 に 伴 う 大 きな 正 の 反 応

277


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

度 効 果 であった。 正 のボイド 反 応 度 効 果 に 対 する 事 故 後 の 対 策 として、 取 替 燃 料 のウラン 濃

縮 度 の 2.0 wt%から 2.4 wt%への 変 更 、さらに 0.47 eV に 共 鳴 吸 収 を 持 つエルビウムを 添 加 し

た 燃 料 の 導 入 等 を 実 施 し、 正 の 反 応 度 はゼロ 近 くまで 改 善 された。また、 運 転 時 の 制 御 棒 挿

入 本 数 の 厳 格 な 規 定 化 、 反 応 度 操 作 余 裕 の 増 加 、 制 御 棒 挿 入 速 度 の 改 善 等 の 安 全 対 策 を 実 施

した。そして、2019 年 現 在 、ロシアでは 10 基 の RBMK 型 原 子 炉 が 稼 働 中 である[15, 16]。

図 12-3 チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 の 構 造 [ 出 典 : 原 子 力 ・エネルギー 図 面 集 ]

278


原 子 炉 の 物 理

【コラム】ボイド 反 応 度 は 正 の 反 応 度 ? 負 の 反 応 度 ?

本 章 では「BWR ではボイド 反 応 度 は 負 の 反 応 度 効 果 を 持 つ」と 述 べてきたが、 突 如 とし

て「チェルノブイリ 原 子 力 発 電 所 で 使 用 されていた RBMK 型 原 子 炉 は 事 故 時 に 正 のボイド

反 応 度 を 持 っていた」と 記 述 されているのを 見 て、 少 々 面 食 らった 読 者 もいるかもしれな

い。そこで、 以 下 にて、ボイド 反 応 度 のメカニズムをよく 考 えてみよう。

軽 水 炉 では、 核 分 裂 とともに 発 生 する 高 速 中 性 子 が、 主 に 軽 水 に 含 まれる 水 素 (H-1)と

の 弾 性 散 乱 反 応 で 減 速 されて 生 まれる 熱 中 性 子 ( 平 均 エネルギー: 約 0.1 eV)による 核 反 応

が 支 配 的 となる。BWR では、 軽 水 が 気 化 (ボイド 化 )すると、 以 下 の 2 つの 現 象 が 起 こる。

1 水 素 (H-1)と 中 性 子 との 弾 性 散 乱 反 応 率 の 減 少

2 水 素 (H-1)による 中 性 子 捕 獲 反 応 率 の 減 少

1に 関 して、 例 えばボイド 化 前 に 水 素 と 10 回 弾 性 散 乱 をしていた 中 性 子 が、ボイド 化 に

より 弾 性 散 乱 の 回 数 が 7 回 に 減 ったとすると、3 回 分 の 弾 性 散 乱 で 失 うはずだったエネルギ

ーが 中 性 子 に 残 ることとなる。すなわち、 軽 水 炉 では 軽 水 のボイド 化 により 中 性 子 エネルギ

ーが 高 くなる( 中 性 子 スペクトルが 硬 くなる)。 中 性 子 エネルギーが 高 くなると、 図 12-4 に

示 すように、U-235 の 核 分 裂 断 面 積 が 減 少 し、 中 性 子 の 数 を 減 らす 効 果 が 働 く。また、 炉 心

外 縁 付 近 では、 中 性 子 エネルギーの 増 加 で 平 均 自 由 行 程 が 長 くなることにより、 炉 心 体 系 外

へ 中 性 子 が 漏 れる 効 果 が 働 く。これらの 効 果 はいずれも 原 子 炉 内 の 中 性 子 の 数 を 減 らす 方

向 に 働 くことから、 負 の 反 応 度 効 果 を 有 する。

図 12-4 U-235、Pu-239、U-238 の 断 面 積 [17]

一 方 、2に 関 して、 図 12-5 に 示 すように、 水 素 は 散 乱 断 面 積 ほど 大 きくないが、0.1 eV の

熱 中 性 子 に 対 して 0.16 barn の 捕 獲 断 面 積 を 有 する( 散 乱 断 面 積 は 22.9 barn)。 軽 水 炉 は 原 子

炉 内 に 占 める 軽 水 の 割 合 が 大 きいため、 水 素 による 中 性 子 捕 獲 は 実 際 には 無 視 できない。そ

のため、ボイド 化 によって 軽 水 密 度 が 減 少 すると、 水 素 による 中 性 子 捕 獲 が 減 少 するため

に、 正 の 反 応 度 効 果 が 加 わる。

279


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

図 12-5 H-1、Na-23 の 断 面 積 [17]

したがって、BWR のボイド 反 応 度 が 正 の 反 応 度 になるか 負 の 反 応 度 になるかは、1と2

の 反 応 度 効 果 のバランスによって 決 まるものである。1と2のバランスを 決 定 するのは 原

子 炉 の 設 計 仕 様 であり、「BWR ではボイド 反 応 度 は 負 の 反 応 度 効 果 を 持 つ」という 特 性 は、

先 人 達 が 頭 を 悩 ませながら 知 恵 を 絞 って、ボイド 反 応 度 が 負 となるように 原 子 炉 を 設 計 し

た 結 果 の 産 物 であることを 覚 えておいて 欲 しい。

ナトリウム 冷 却 高 速 炉 の 場 合 は、 特 に 大 型 炉 心 においてボイド 反 応 度 が 正 となることが

多 く、 高 速 炉 設 計 では、この 正 の 反 応 度 を 小 さくすることが 今 なお 続 く 課 題 である。ナトリ

ウム 冷 却 高 速 炉 は、 燃 料 として 主 に MOX 燃 料 、 冷 却 材 に 減 速 効 果 の 小 さなナトリウムを 使

用 し、 平 均 エネルギー200 keV 程 度 の 中 性 子 にて 核 反 応 が 起 こる。ナトリウム 冷 却 高 速 炉 に

てナトリウム(Na-23)がボイド 化 すると、BWR の 場 合 と 同 様 に、ナトリウムと 中 性 子 の 弾

性 散 乱 反 応 率 ならびに 捕 獲 反 応 率 が 減 少 する。ナトリウムは、 小 さいとはいえ、ある 程 度 の

減 速 効 果 を 有 することから、ナトリウムがボイド 化 すると 中 性 子 スペクトルが 硬 化 する。 図

12-6 に 示 すように、MOX 燃 料 の 主 成 分 である Pu-239 をはじめ、 燃 料 に 含 まれる U-235、

U-238 等 の 核 種 は、 高 速 中 性 子 領 域 ではエネルギーが 増 加 すると 核 分 裂 あたりに 発 生 する 平

均 中 性 子 数 が 増 加 する。さらに、Pu-239 等 は 中 性 子 エネルギーの 増 加 によって 核 分 裂 断 面

積 が 若 干 増 加 すること、 燃 料 中 に 大 量 に 含 まれる U-238 が 高 いエネルギーの 中 性 子 に 対 し

て 有 意 な 核 分 裂 断 面 積 を 有 することなども 相 俟 って、 正 の 反 応 度 効 果 が 働 く。 一 方 、 弾 性 散

乱 反 応 の 減 少 に 伴 う 中 性 子 エネルギーの 増 加 で 中 性 子 の 平 均 自 由 行 程 が 長 くなるため、 炉

心 体 系 外 への 中 性 子 の 漏 れが 増 加 し、 負 の 反 応 度 が 加 わる。また、ナトリウムの 中 性 子 吸 収

反 応 率 の 減 少 は、 軽 水 炉 の 場 合 と 同 様 に 正 の 反 応 度 効 果 として 働 く。ナトリウム 冷 却 高 速 炉

でも、ボイド 反 応 度 の 正 負 はこれらの 効 果 のバランスに 依 存 するが、 多 くの 大 型 炉 心 にて 反

応 度 が 正 となるのは、ナトリウムのボイド 化 に 伴 う 中 性 子 の 漏 洩 が 小 さいためである。ボイ

ド 反 応 度 の 低 減 策 として、 炉 心 の 表 面 積 を 増 加 し 中 性 子 漏 洩 を 増 やすような 幾 何 形 状 ( 例 え

280


原 子 炉 の 物 理

ば 扁 平 炉 心 )を 採 用 する 等 、 様 々な 検 討 が 行 われている。

図 12-6 U-235、U-238、Pu-239 の 一 核 分 裂 反 応 あたりの 発 生 平 均 中 性 子 数 [17]

281


第 12 章 物 理 現 象 の 相 互 作 用

参 考 文 献

[1] 原 子 力 百 科 事 典 ATOMICA、https://atomica.jaea.go.jp/index.html (2019 年 8 月 22 日 閲 覧 ).

[2] 平 川 直 弘 、 岩 崎 智 彦 、「 原 子 炉 物 理 入 門 」、 東 北 大 学 出 版 会 (2007).

[3] 堀 雅 夫 監 修 、「 基 礎 高 速 炉 工 学 」、 動 力 炉 ・ 核 燃 料 開 発 事 業 団 (1993).

[4] 阿 部 博 志 、 渡 邉 豊 、「 炭 素 鋼 配 管 の 流 れ 加 速 型 腐 食 ならびに 酸 化 皮 膜 構 造 に 及 ぼす 材

料 ・ 環 境 因 子 の 影 響 評 価 」、 表 面 技 術 、Vol. 63、No. 5 (2012).

[5] P. L. Frattini, et al., “Axial offset anomaly: coiupling PWR primary chemistry with core

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[6] 渡 辺 恵 司 、 藤 原 和 俊 、 川 村 浩 孝 、「 我 が 国 の 最 先 端 原 子 力 研 究 開 発 シリーズ 解 説

第 14 回 材 料 と 水 で 軽 水 炉 を 護 る SCC 研 究 と 水 科 学 研 究 」、 日 本 原 子 力 学 会 誌 、

Vol. 51、No. 11 (2009).

[7] T. Andersson, et al., “A decade of assembly bow management at Ringhals”, Proceedings of a

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[8] 三 島 良 績 、 他 、「 軽 水 炉 燃 料 の 炉 内 挙 動 と 安 全 性 」、 日 本 原 子 力 学 会 誌 、Vol. 18、No. 1

(1976).

[9] 伊 方 発 電 所 第 3 号 機 ウラン・プルトニウム 混 合 酸 化 物 (MOX) 燃 料 ― 原 子 燃 料 のリ

サイクル 利 用 ― の 採 用 計 画 等 について、 伊 方 原 子 力 発 電 所 環 境 安 全 管 理 委 員 会 技 術

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[10] Training Material on TRIGA Research Reactor, International Atomic Energy Agency,

https://ansn.iaea.org/Common/documents/Training/TRIGA%20Reactors%20(Safety%20and%2

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[11] 岡 芳 明 、 鈴 木 勝 男 編 著 、「 原 子 炉 動 特 性 とプラント 制 御 」、オーム 社 (2008).

[12] 寺 前 哲 也 、 他 、「より 高 性 能 に、より 安 全 に ― 安 全 解 析 の 最 新 技 術 」、 三 菱 重 工 技

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[13] TRIGA nuclear reactor, General Atomics, http://www.ga.com/triga (2019 年 12 月 9 日 閲 覧 )

[14] 社 団 法 人 日 本 原 子 力 学 会 編 、「 原 子 力 がひらく 世 紀 第 3 版 」、 社 団 法 人 日 本 原 子 力

学 会 、(2011).

[15] 佐 藤 一 男 、 他 、「 特 集 チェルノブイリ 事 故 から 15 年 私 たちが 学 んだこと」、 日 本

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[16] Nuclear Power in Russia, World Nuclear Association, https://world-nuclear.org/informationlibrary/country-profiles/countries-o-s/russia-nuclear-power.aspx

(2019 年 12 月 9 日 閲 覧 ).

[17] K. Shibata, et al., "JENDL-4.0: A New Library for Nuclear Science and Engineering," J. Nucl.

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282


原 子 炉 の 物 理

第 13 章 臨 界 集 合 体

283


第 13 章 臨 界 集 合 体

内 容

第 13 章 臨 界 集 合 体 ..................................................................................................................... 283

13.1 臨 界 集 合 体 の 概 要 ................................................................................................................ 285

13.1.1 臨 界 集 合 体 の 特 徴 と 役 割 ............................................................................................. 286

13.1.2 ベンチマーク 実 験 ......................................................................................................... 289

13.2 臨 界 集 合 体 ........................................................................................................................... 296

13.2.1 Godiva [8-9].................................................................................................................... 297

13.2.2 Jezebel [8, 11] ................................................................................................................. 299

13.2.3 Flattop [8] ....................................................................................................................... 302

13.2.4 TCA [13] ......................................................................................................................... 303

13.2.5 FCA [13, 15] ................................................................................................................... 304

13.2.6 京 都 大 学 臨 界 集 合 体 実 験 装 置 KUCA [16] ................................................................ 307

13.2.7 TRACY [13, 19-20] ........................................................................................................ 310

13.2.8 STACY [13] .................................................................................................................... 313

284


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 臨 界 集 合 体 は、1 核 計 算 の 妥 当 性 の 検 証 、2 核 データの 精 度 検 証 、そして、3 新 しいコ

ンセプトの 原 子 炉 の 模 擬 実 験 等 の 目 的 で 運 転 される。

・ 臨 界 集 合 体 を 用 いた 炉 物 理 実 験 で 得 られたデータは 広 く 活 用 できるように ICSBEP[1]お

よび IRPhEP [2]などのプロジェクトでデータベースの 整 備 が 進 められている。

・ 米 国 における 初 期 の 臨 界 集 合 体 および 日 本 国 内 の 主 要 なものについて 紹 介 する。

商 用 の 原 子 炉 が 誕 生 する 過 程 では、 通 常 の 工 業 製 品 と 同 様 に 必 ず 試 作 品 を 作 って 性 能 が

仕 様 を 満 足 しているか 試 験 するとともに、 性 能 の 予 測 はどのくらい 正 確 であったかなどの

評 価 を 行 う。そして、 試 作 品 で 吟 味 を 重 ね、そのあとにようやく 実 機 の 製 造 に 進 む。この 試

作 品 について、 実 機 スケールの 試 作 品 で 性 能 評 価 をすれば 性 能 試 験 としては 確 実 ではある

ものの、 安 全 性 の 観 点 からは、 模 擬 炉 心 を 実 験 室 スケールの 小 さい 規 模 で 構 成 し、 実 機 の 大

型 炉 心 になったときに 炉 心 の 安 全 性 が 担 保 されるかを 確 認 しておくことが 何 よりも 大 切 で

ある。また、 経 済 的 な 観 点 からは、 商 用 発 電 原 子 炉 スケールを 試 作 品 としたとき、 建 造 に 莫

大 な 資 金 が 必 要 なため 経 済 的 なリスクが 大 きすぎる。ここで、 炉 心 解 析 の 観 点 から、 性 能 試

験 で 得 たい 知 見 は、1 核 計 算 に 使 用 される 計 算 コードの 性 能 は 妥 当 か、2 核 計 算 に 使 用 され

る 核 データの 精 度 は 適 切 か、そして、3 実 機 スケールになったときに 所 定 の 性 能 が 得 られる

か、の 3 つに 絞 られる。したがって、 経 済 的 な 観 点 からスケールを 縮 小 してもこれらの 知 見

が 得 られる 原 子 炉 を 作 れば 効 率 がよく、このために 最 も 小 さいスケールで 建 設 ・ 運 用 される

原 子 炉 が 臨 界 集 合 体 であり、 商 用 原 子 炉 の 誕 生 を 最 も 遠 くから 支 える 原 子 炉 である。また、

燃 料 の 製 造 や 再 処 理 工 場 では、 核 燃 料 物 質 を 液 体 にして 配 管 で 輸 送 しタンクで 貯 蔵 してい

るが、もし 臨 界 になってはいけない 施 設 で 臨 界 になったらどのような 影 響 が 現 れるか、そし

て、どのように 事 故 が 進 展 するかを 予 測 し、 事 故 対 策 に 必 要 な 知 見 を 得 るといった 目 的 で 建

設 された 臨 界 集 合 体 ( 後 述 の TRACY および STACY)もある。これらの 施 設 で 得 られた 実

験 結 果 ( 知 見 )は 施 設 を 持 たない 限 り 得 ることができない 貴 重 なデータであり、 広 く 炉 物 理

分 野 で 活 用 できるように、ICSBEP(International Criticality Safety Benchmark Evaluation

Project)や IRPhEP(International Reactor Physics Experiment Evaluation Project)などで

整 備 が 進 められている。

第 13 章 では、 臨 界 集 合 体 の 特 徴 および 実 験 内 容 と 実 験 の 活 用 例 を 述 べるとともに、 米 国

および 日 本 で 建 設 された 臨 界 集 合 体 の 一 部 を 紹 介 する。

13.1 臨 界 集 合 体 の 概 要

【この 節 のポイント】

・ 臨 界 集 合 体 は 原 子 炉 等 規 制 法 施 行 令 において、「 炉 心 構 造 を 容 易 に 変 更 することができる

試 験 研 究 用 等 原 子 炉 であって、 核 燃 料 物 質 の 臨 界 量 等 当 該 試 験 研 究 用 等 原 子 炉 の 核 特 性

を 測 定 する 用 に 専 ら 供 するもの」と 定 義 されている。

・ 単 純 な 構 造 を 有 する 臨 界 集 合 体 での 実 験 は、ベンチマーク 実 験 として 核 データおよび 計

285


第 13 章 臨 界 集 合 体

算 手 法 の 精 度 検 証 に 有 用 である。

・ ベンチマーク 実 験 では、 臨 界 性 、 反 応 度 価 値 、 反 応 率 および 過 渡 特 性 などが 測 定 される。

13.1.1 臨 界 集 合 体 の 特 徴 と 役 割

原 子 炉 の 設 計 を 行 う 場 合 、 核 的 な 特 性 を 確 認 するために、 目 的 とする 原 子 炉 の 核 特 性 に 類

似 させることができる 原 子 炉 があれば、 規 模 は 小 さくても 有 益 な 知 見 が 得 られる。さらに、

炉 心 構 造 を 容 易 に 変 更 することができれば、 炉 心 の 寸 法 や 材 料 を 系 統 的 に 変 化 させたとき

の 核 特 性 も 掴 むことができる。これらのことから、 炉 心 構 造 を 容 易 に 変 更 することができる

原 子 炉 が 必 要 とされ、それが 現 在 、 臨 界 集 合 体 と 呼 ばれる 原 子 炉 である。 臨 界 集 合 体 は 原 子

炉 等 規 制 法 施 行 令 において、「 炉 心 構 造 を 容 易 に 変 更 することができる 試 験 研 究 用 等 原 子 炉

であって、 核 燃 料 物 質 の 臨 界 量 等 当 該 試 験 研 究 用 等 原 子 炉 の 核 特 性 を 測 定 する 用 に 専 ら 供

するもの」と 定 義 されている。

商 用 軽 水 炉 を 模 した 臨 界 実 験 装 置 では、 燃 料 は 燃 料 棒 単 位 で、 炉 心 の 上 面 と 底 面 に 金 属 製

の 格 子 板 を 設 置 し、その 格 子 板 に 穴 ( 孔 )を 開 けて 上 下 の 格 子 板 の 穴 に 通 す 形 で 炉 心 内 に 燃

料 棒 を 設 置 する。 高 速 炉 に 模 した 臨 界 実 験 装 置 では 燃 料 は 金 属 板 単 位 で 扱 われることが 多

く、 金 属 板 状 の 燃 料 を 束 ねドロワーと 呼 ばれる 容 器 に 入 れ 炉 心 に 装 荷 する。 臨 界 実 験 装 置 で

は、 目 的 に 従 って 燃 料 棒 を 差 し 込 むピッチや 容 器 を 変 化 させることで、 炉 心 の 構 成 を 容 易 に

変 更 することができる。

臨 界 集 合 体 の 特 徴 として 以 下 のものが 挙 げられる。

1 構 造 : 特 定 の 建 物 の 中 に 装 置 一 体 が 組 み 込 まれている。

2 運 転 方 法 : 臨 界 集 合 体 は、 原 子 炉 そのものであり、 設 計 ・ 建 設 の 時 点 で 守 るべき 炉 心 特

性 の 制 限 値 ( 例 : 出 力 )が 文 書 ( 例 : 設 置 許 可 申 請 書 )に 明 示 されており、それらの 数

値 の 範 囲 内 で 実 験 や 運 転 を 実 施 しなければならない。 例 えば、 核 データの 精 度 を 検 証 す

る 場 合 、 核 データの 精 度 が 十 分 でない 核 種 を 装 荷 することがある。このとき、 臨 界 近 接

など、 慎 重 に 運 転 を 行 うことで 制 限 値 を 超 えないようにするが、 炉 心 性 能 の 予 測 精 度 が

悪 い 場 合 においては、 炉 心 の 性 能 にどうしても 不 確 定 要 素 が 残 ってしまうことに 留 意 す

る 必 要 がある。 臨 界 近 接 の 途 中 および 実 験 中 のあらゆる 瞬 間 において、 原 子 炉 の 挙 動 な

どに 何 か 疑 問 に 思 うことがあれば、 自 らの 判 断 で、まずは 制 御 棒 を 挿 入 することで 原 子

炉 を 停 止 させ、そのあと 原 因 について 吟 味 するのが 通 例 である。

3 温 度 および 圧 力 : 温 度 制 御 を 行 う 装 置 もあるが、 概 ね 室 温 で 運 転 する。また、 炉 室 内 の

圧 力 はわずかに 減 圧 されているが 大 気 圧 とみなせる。 軽 水 炉 用 の 装 置 では 減 速 材 に 軽 水

を 用 いるが、 減 速 材 は 沸 騰 せず( 減 速 材 の 密 度 変 化 が 微 小 )、 蒸 気 も 発 生 しない。 一 般 に

極 低 出 力 ( 数 W 以 下 )で 運 転 されるため、 停 止 後 の 崩 壊 熱 も 極 めて 小 さく、 自 然 冷 却 で

も 原 子 炉 の 温 度 は 上 昇 しない。

4 出 力 、 温 度 効 果 および 燃 焼 : 熱 の 発 生 が 無 視 できる 数 W 程 度 で 臨 界 性 などのデータが

十 分 に 取 得 できるため、 温 度 上 昇 によるフィードバックや 構 成 部 材 の 膨 張 を 考 慮 する 必

286


原 子 炉 の 物 理

要 がないので、 素 性 の 良 いデータを 蓄 積 することができる。また、 核 燃 料 の 燃 焼 も 無 視

できるため、 運 転 毎 に 構 造 材 ( 特 に 核 燃 料 )の 組 成 変 化 を 厳 密 に 取 り 扱 う 必 要 がない。

さらに、 素 性 の 明 らかな 核 燃 料 を 何 度 も 別 の 実 験 に 使 用 できるため、 信 頼 性 の 高 いデー

タが 得 られる。

5 放 射 線 レベル: 燃 焼 を 伴 わないので 放 射 線 レベルが 低 く、 核 燃 料 および 構 造 材 を 人 力 に

より 容 易 に 扱 うことができる。 構 造 材 は Al(アルミニウム)で 作 られている 場 合 が 多 い。

これは、 装 置 が 軽 量 となることと、Al の 中 性 子 吸 収 断 面 積 が 十 分 に 小 さいため 放 射 化 せ

ず、 運 転 後 に 人 間 が 炉 心 に 立 ち 入 る 際 の γ 線 バックグラウンドが 低 くなることが 理 由 で

ある。

6 ゆらぎ: 商 業 用 原 子 炉 では 炉 心 内 部 に 流 体 が 流 れており、 例 えば、その 流 量 の 揺 らぎに

よっても 臨 界 点 ( 中 性 子 レベル 等 )に 揺 らぎが 生 ずるが、 臨 界 実 験 装 置 は 循 環 冷 却 を 行

っていないため 扱 いやすく、 臨 界 点 を 極 めて 正 確 に 把 握 することができる。

7 材 料 管 理 : 装 置 を 構 成 する 材 料 の 寸 法 、 質 量 (および 原 子 数 密 度 )が 正 確 に 測 定 されて

おり、 実 験 を 再 現 するための 計 算 の 精 度 向 上 に 寄 与 している。 小 型 の 原 子 炉 が 多 く、 体

系 の 組 成 および 寸 法 を 管 理 下 に 置 きやすい。なお、4で 述 べた 通 り、 臨 界 集 合 体 の 出 力

では 燃 料 の 原 子 数 の 変 化 や 核 分 裂 生 成 物 の 発 生 が 無 視 できるので、 計 算 では 同 じ 原 子 数

密 度 を 繰 り 返 し 使 用 できる。

8 遮 蔽 : 運 転 時 に 炉 心 の 存 在 する 部 屋 (あるいは 装 置 室 )に 人 間 が 立 ち 入 ることはないが、

運 転 による 総 核 分 裂 数 が 十 分 に 小 さく 核 分 裂 生 成 物 の 量 も 極 めて 少 ないことから、 発 生

する 放 射 線 ( 主 に 中 性 子 線 および γ 線 )のレベルは、 公 衆 に 対 する 放 射 線 対 策 が 小 規 模

で 済 む 程 度 に 低 い。また、 運 転 後 には 長 い 冷 却 時 間 は 要 さずに 炉 心 に 近 づくことができ

る。なお、ここでの「 冷 却 」は 熱 を 冷 ます 意 味 の 冷 却 ではなく、 放 射 線 のレベルが 低 下

するのを 待 つ「 冷 却 」である。

反 対 に、 商 業 用 の 原 子 炉 に 向 けて 臨 界 集 合 体 では 得 られ 難 い 知 見 として 以 下 のものが 挙

げられる。

1 核 熱 結 合 : 有 効 な 熱 が 発 生 しない 場 合 は 減 速 材 ( 軽 水 )の 密 度 変 化 はほとんど 起 こらな

いため、 核 と 熱 が 結 合 した 実 験 や 検 証 はできない。

2 燃 焼 : 核 分 裂 量 が 少 なく、 燃 焼 計 算 等 の 精 度 検 証 に 必 要 な 実 験 は 実 施 できない。

3 中 性 子 スペクトル: 小 型 の 実 験 装 置 であるために 体 系 からの 中 性 子 の 漏 れの 割 合 が 大 き

い。したがって、 炉 心 の 中 性 子 スペクトル( 中 性 子 のエネルギー 分 布 )が、 目 的 とする

商 業 用 原 子 炉 のものと 異 なっていないか 注 意 しなければならない。

軽 水 炉 では、 燃 料 の 配 置 換 え(shuffling)、 使 用 済 み 燃 料 の 取 り 出 しや 燃 料 貯 蔵 プールでの

保 管 、キャスクでの 輸 送 などは 燃 料 集 合 体 単 位 で 実 施 されている。 事 前 に、 決 定 論 的 手 法 に

より 燃 料 集 合 体 単 位 の 計 算 を 行 い(このとき 使 用 される 計 算 コードを 格 子 計 算 コードと 呼

287


第 13 章 臨 界 集 合 体

ぶ)、その 結 果 を 適 切 に 均 質 化 して、 炉 心 シミュレータと 呼 ばれる 別 の 計 算 コードに 入 力 と

して 与 えることで、 原 子 炉 全 体 の 挙 動 を 把 握 している。 燃 料 集 合 体 の 設 計 および 運 転 管 理 で

は、 格 子 計 算 コードと 炉 心 の 流 量 や 蒸 気 量 を 含 めた 全 体 の 計 算 を 行 う 炉 心 シミュレータと

の 組 み 合 わせで 実 施 されている( 近 代 ノード 法 が 用 いられた CASMO/SIMULATE コードが

有 名 )。

では、 実 際 の 問 題 として、 例 えば、 商 用 軽 水 炉 心 を 建 設 ・ 運 用 したいとしよう。 核 設 計 の

際 に、 最 も 基 本 的 な 核 特 性 である 実 効 増 倍 率 の 計 算 を 最 新 の 核 データライブラリーと 計 算

手 法 の 近 似 が 少 ない 連 続 エネルギーモンテカルロ 法 によって 行 ったとする。ここで、 連 続 エ

ネルギーモンテカルロ 法 は、 体 系 の 幾 何 形 状 に 関 する 近 似 がほとんど 必 要 なく、 計 算 手 法 に

数 学 的 な 近 似 がないので、 核 データの 品 質 保 証 によく 用 いられている 手 法 である。 計 算 後 、

例 えば、 実 効 増 倍 率 の 計 算 値 には 核 データライブラリーの 不 確 かさがおよそ 1% 含 まれるこ

とがわかった。 炉 心 にもよるが、U-235 が 核 分 裂 反 応 の 大 部 分 を 占 める 炉 心 で 実 効 増 倍 率 が

約 1.008(1.000+ 実 効 遅 発 中 性 子 割 合 )になると 出 力 が 急 激 に 上 昇 する 即 発 臨 界 になってし

まう。したがって、 核 計 算 の 段 階 で 実 効 増 倍 率 に 対 して 1%の 不 確 かさがあるというのはか

なり 大 きく、 安 全 に 運 用 するためにもこの 不 確 かさは 低 減 されるべきである。ここで、 商 用

軽 水 炉 心 に 類 似 するようなスケールの 小 さい 臨 界 集 合 体 があれば、 臨 界 集 合 体 での 臨 界 計

算 を 実 施 して 実 験 と 比 較 することにより、 商 用 軽 水 炉 心 の 解 析 でどのくらい 核 データライ

ブラリー 起 因 のバイアス( 誤 差 )が 存 在 するのかが 予 測 できる。また、 連 続 エネルギーモン

テカルロ 法 による 計 算 は、 正 確 ではあるものの 計 算 時 間 が 非 常 に 長 く、 何 度 も 計 算 を 繰 り 返

して 最 適 化 を 図 る 核 設 計 段 階 ではこのような 計 算 手 法 は 向 かない。そこで、 近 似 が 含 まれる

ものの 計 算 時 間 が 短 い 計 算 手 法 で 核 設 計 を 実 施 するが、 近 似 が 用 いられた 計 算 手 法 のバイ

アスがどの 程 度 なのか 知 見 がない 場 合 、 臨 界 集 合 体 で 行 われた 実 験 をもとに 計 算 コードの

精 度 を 試 験 すればよい。また、 実 際 の 商 業 用 原 子 炉 では、 運 転 時 の 燃 料 棒 の 破 損 を 避 けるた

めに、 出 力 が 最 大 になっている 燃 料 棒 位 置 とその 出 力 の 値 が 運 転 制 限 値 を 超 えないように

十 分 な 注 意 が 払 われるが、その 出 力 の 計 算 精 度 も 臨 界 実 験 を 対 象 にして 計 算 と 実 験 を 比 較

することで 確 認 できる。

このように、 臨 界 集 合 体 は 小 さな 原 子 炉 ではあるが、 臨 界 実 験 で 得 られる 炉 心 が 臨 界 にな

るときの 燃 料 の 質 量 ( 臨 界 質 量 」および 核 分 裂 反 応 率 分 布 (または 出 力 分 布 )を 通 じて、 炉

心 設 計 段 階 における 格 子 計 算 コードの 品 質 保 証 ならびに 商 用 原 子 炉 の 安 全 性 に 大 きく 寄 与

してきたことを 強 調 したい。 臨 界 集 合 体 の 使 用 目 的 を 以 下 に 記 す。

1 計 算 コードの 精 度 検 証 : 臨 界 とは 実 効 増 倍 率 が 1 になる 物 理 状 態 である。 臨 界 計 算 コー

ドで 臨 界 状 態 を 再 現 し、 実 効 増 倍 率 が 1 からずれる 程 度 を 調 べることで、 計 算 コードの

妥 当 性 と 実 際 の 商 業 用 原 子 炉 の 炉 心 の 設 計 時 のずれを 把 握 することができる。

2 核 データの 精 度 検 証 :これまでにあまり 測 定 されてこなかった 核 種 を 臨 界 集 合 体 に 装

荷 し 核 特 性 を 試 験 することにより、 核 データの 精 度 を 検 証 することができる( 例 : 仏 国 ・

MINERVE 炉 での 核 分 裂 生 成 物 の 中 性 子 吸 収 断 面 積 のパイルオシレータ 法 による 測 定

288


原 子 炉 の 物 理

[3]。 東 芝 ・ NCA での AP 1000 の 出 力 調 整 用 の 特 殊 制 御 棒 のタングステン(W)の 中

性 子 吸 収 量 の 測 定 )。

3 新 型 炉 の 模 擬 実 験 : 商 業 用 原 子 炉 の 新 たな 炉 心 概 念 の 実 証 に 関 する 基 礎 データを 提 供

することができる( 例 : 軽 水 炉 での MOX 燃 料 装 荷 炉 心 の 数 値 解 析 の 精 度 検 証 のための

ベンチマーク 実 験 VIP(VENUS International Program)[4]、 加 速 器 駆 動 システム・ 改 良

型 BWR・ 第 4 世 代 原 子 炉 のモックアップ 実 験 [5]、MOX 燃 料 装 荷 BWR の 過 減 速 体 系

における 物 理 現 象 の 解 明 (BASALA experimental program)[6-7])。これらは、 新 しい 原

子 炉 の 建 設 に 際 して、 安 全 審 査 ( 許 認 可 作 業 )に 役 立 てられてきた。また、 新 型 中 性 子

検 出 器 の 検 査 にも 使 用 できる。 特 定 の 物 質 の 中 性 子 吸 収 量 の 確 認 実 験 では、 原 子 炉 に 関

する 許 認 可 作 業 に 関 わっている( 例 : 京 都 大 学 KUCA での 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃

料 デブリの 取 り 出 しに 向 けたホウ 酸 水 による 中 性 子 吸 収 量 の 測 定 )。

4 教 育 : 臨 界 実 験 装 置 では 炉 心 を 臨 界 にする 際 に、 臨 界 近 接 および 中 性 子 逆 増 倍 法 といっ

た 手 法 が 用 いられることが 多 く、 臨 界 とは 何 かを 実 際 に 体 験 することができる。また

種 々の 放 射 線 計 測 技 術 を 体 感 でき、 学 生 や 原 子 力 技 術 者 の 教 育 ・ 訓 練 に 用 いることがで

きる。

上 記 1~3について、 核 計 算 の 精 度 検 証 において 基 準 となる 基 礎 実 験 はベンチマーク 実

験 として 取 り 扱 われる。

13.1.2 ベンチマーク 実 験

ベンチマークとなる 実 験 は 世 界 各 国 で 行 われており、ICSBEP および IRPhEP では 種 々の

炉 心 形 状 ・ 構 成 部 材 で 実 施 された 実 験 について 経 済 協 力 開 発 機 構 ・ 原 子 力 機 関 (OECD/NEA)

が 取 りまとめている。

ICSBEPでは、 臨 界 安 全 の 解 析 に 資 するために、 計 算 および 核 データライブラリーの 妥 当

性 評 価 に 臨 界 ・ 未 臨 界 実 験 結 果 を 容 易 に 用 いられるよう、 標 準 的 なフォーマットに 実 験 結 果

を 編 纂 することを 目 的 としている。 収 録 されているベンチマーク 実 験 は、2015 年 の 段 階 で

4,874 ケースに 及 んでいる。

IRPhEPでは、 炉 心 設 計 、 安 全 解 析 、そして 核 データライブラリーの 評 価 に 関 わる 専 門 家

が 計 算 手 法 および 核 データライブラリーの 妥 当 性 評 価 のために 使 用 することを 念 頭 に 置 い

ており、 世 界 各 国 で 行 われた 炉 物 理 ベンチマークが 収 録 されている。2018 年 版 では( 表 紙

は 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 ・FCA( 後 述 )の 断 面 の 写 真 )、54 の 異 なる 施 設 における 159 の

一 連 の 実 験 が 含 まれている。

これまでの 章 では、われわれは( 特 に 燃 料 中 での 中 性 子 による 核 分 裂 反 応 で 発 生 する) 中

性 子 に 着 目 して 原 子 炉 物 理 への 理 解 を 深 めてきたが、 実 験 では 中 性 子 を 直 接 検 出 すること

はできない。 炉 物 理 実 験 では、 中 性 子 を 何 かと 相 互 作 用 させ、その 相 互 作 用 で 発 生 する 信 号

を 計 測 して 炉 物 理 パラメータとして 評 価 する。また、 数 100 W の 高 出 力 運 転 後 や 自 発 核 分

裂 反 応 を 有 する 核 種 が 炉 心 体 系 に 含 まれる 場 合 、 中 性 子 がバックグラウンドとして 検 出 さ

れる 点 を 考 慮 しなければならない。 以 下 では、 炉 物 理 ベンチマークに 資 する(1) 臨 界 性 、(2)

289


第 13 章 臨 界 集 合 体

反 応 度 価 値 、(3) 反 応 率 、および、(4) 過 渡 特 性 について 簡 単 に 紹 介 する。(1)および(2)は、 炉

心 全 体 で 定 義 される 核 特 性 ( 、 反 応 度 ρ、 実 効 遅 発 中 性 子 割 合 、 即 発 中 性 子 減 衰 定 数

α など)の 検 証 に 役 立 てられている。(3)は 局 所 的 な 出 力 値 や 中 性 子 束 の 分 布 形 状 の 評 価 およ

び 計 算 精 度 の 検 証 に 用 いられる。 (1)から(3)までは 炉 心 挙 動 の 時 間 変 化 を 考 慮 しない 計 算

( 静 特 性 解 析 )によって 評 価 可 能 な 物 理 量 であるが、(4)によって、 事 故 解 析 など 炉 心 挙 動

( 出 力 、 温 度 および 圧 力 など)の 時 間 変 化 を 考 慮 した 計 算 ( 動 特 性 解 析 )の 品 質 保 証 が 可 能

になる。

(1) 臨 界 性

炉 心 が 臨 界 かどうかの 判 定 は、 中 性 子 検 出 器 の 時 系 列 応 答 の 推 移 によって 確 かめること

ができる。 中 性 子 検 出 器 には、 3 He 検 出 器 、BF 3 検 出 器 などのガス 比 例 計 数 管 、また、 核 分

裂 性 物 質 を 検 出 器 内 に 封 入 した 核 分 裂 計 数 管 が 主 に 使 用 されている。いずれも、He-3、B-10

または 核 分 裂 性 物 質 が 中 性 子 と 核 反 応 を 起 こしたときに 放 出 される 粒 子 のエネルギーを 電

荷 に 変 換 し、この 電 荷 を 収 集 して、 中 性 子 との 核 反 応 に 起 因 する 信 号 を 電 気 信 号 に 変 換 する

ものである。

臨 界 状 態 に 初 めて 達 した 原 子 炉 はシカゴパイルであるが、この 時 に 臨 界 量 の 予 測 に 用 い

られた 実 験 手 法 は 臨 界 近 接 (critical approach)と 呼 称 され、 現 在 においても 使 用 される 実

験 的 に 非 常 に 信 頼 性 の 高 いものである。 臨 界 近 接 では、 明 らかに 未 臨 界 の 状 態 から 臨 界 への

近 接 過 程 を 始 める。 炉 心 に S 個 の 中 性 子 源 を 置 いたとき、 超 過 臨 界 であれば 炉 心 内 の 中 性 子

は 中 性 子 増 倍 率 k を 公 比 とした 等 比 数 列 に 従 って 中 性 子 の 世 代 ごとにネズミ 算 的 に 増 えて

いくが、 近 接 過 程 において 体 系 は 未 臨 界 であるので 炉 心 内 の 中 性 子 はいずれ 零 個 になる。こ

こで、 大 切 なポイントは S 個 の 中 性 子 源 を 炉 心 に 投 入 したときに、 炉 心 内 の 中 性 子 の 数 と 炉

心 の 近 くに 配 置 した 中 性 子 検 出 器 での 計 数 は 比 例 するということである。 臨 界 に 近 づけば

近 づくほど 中 性 子 の 検 出 数 は 増 えていくので、 炉 心 内 の 中 性 子 の 数 に 比 例 する 検 出 数 を 目

印 に、 燃 料 あるいは 燃 料 棒 を 追 加 するか、 制 御 棒 (もしくは 微 調 整 棒 )を 適 切 な 長 さ 引 きぬ

くかあるいは、 臨 界 集 合 体 の 炉 心 タンクの 水 位 を 適 切 に 上 昇 させていくかすればよいこと

がわかる。 注 意 しなければならない 点 は、 臨 界 を 達 成 するために 変 化 ( 調 整 )させるパラメ

ータは 一 つであるということである。すなわち、 制 御 棒 と 水 位 の 2 つを 同 時 に 調 整 するよう

なことはない。 例 えば STACY( 後 述 )では 炉 心 タンク 内 の 水 位 の 高 さのみを 調 整 して 臨 界

を 達 成 する。

しかし、 残 念 ながらわれわれが 目 指 す 臨 界 状 態 では、 各 世 代 で 中 性 子 の 数 は S 個 になる

( 臨 界 状 態 なので 世 代 間 で 中 性 子 の 数 は 変 化 しない)ので、S 個 の 中 性 子 を 投 入 した 後 に、

臨 界 炉 心 で 発 生 する 中 性 子 の 数 は 無 限 大 になってしまう。 物 理 学 や 工 学 において 無 限 大 と

いった 数 は 扱 えないため、 臨 界 近 接 では、ブレークスルーとして 炉 心 内 で 検 出 された 中 性 子

計 数 の 逆 数 を 指 標 とする。

ここで、 確 実 に 未 臨 界 の 体 系 で S 個 の 中 性 子 を 置 いたとき 炉 心 内 の 中 性 子 の 数 の 総 計 と、

燃 料 をほんの 少 しだけ 追 加 して 同 様 に 中 性 子 の 総 数 を 比 較 すると 後 者 の 方 が 計 数 は 大 きく

290


原 子 炉 の 物 理

なる。 初 期 の 計 数 を 燃 料 追 加 後 に 得 られた 計 数 で 割 った 値 を 縦 軸 として 横 軸 を 燃 料 質 量 と

してプロットする。 炉 心 が 臨 界 になれば 計 数 は 無 限 大 になるのでプロットにおいてこの 計

数 比 が 0 になるところを 目 指 して、 最 新 の 2 点 を 用 いた 直 線 外 挿 によって、 少 しずつ 燃 料

を 追 加 し、プロットを 逐 次 更 新 していく。このプロットは 逆 増 倍 率 曲 線 ( inverse

multiplication curve、 図 13-1)と 呼 ばれている。このプロットを 頼 りに 燃 料 の 追 加 を 繰 り 返

すことで、 臨 界 炉 心 を 構 築 することができる。

1.0

Inverse count rate ratio [-]

0.8

0.6

0.4

0.2

Critical Mass

(number of fuel plates)

0.0

0 100 200 300 400 500

Number of Fuel Plates

Number of fuel plate [-]

図 13-1 逆 計 数 率 曲 線 の 一 例

なお、 臨 界 近 接 を 進 行 していく 過 程 において、 核 計 算 で 得 られた 炉 物 理 パラメータおよび

補 正 項 などは 一 切 使 用 していない。すなわち、 原 子 炉 物 理 実 験 として 測 定 のみで 完 結 してお

り、たとえ 核 計 算 において 実 効 増 倍 率 の 計 算 精 度 が 1%の 不 確 かさで 即 発 臨 界 になる 可 能 性

を 暗 示 している 場 合 や、そもそも 核 計 算 が 間 違 っている 場 合 においても、 実 験 で 燃 料 を 少 し

ずつ 追 加 して 逆 増 倍 率 曲 線 を 正 しくプロットできれば、 臨 界 事 故 を 確 実 に 防 ぐことができ

る。この 例 では 燃 料 を 少 しずつ 追 加 していったが、k を 徐 々に 大 きくする 方 法 として、およ

そ 次 の 3 つがある。

1 原 子 炉 に 装 荷 する 核 燃 料 物 質 の 量 を 増 やす。

2 原 子 炉 の 中 性 子 吸 収 材 を 減 らす( 制 御 棒 の 引 き 抜 き 操 作 など)。

3 原 子 炉 を 実 効 的 に 大 きくする( 中 性 子 の 漏 れを 小 さくする)。

上 記 の 3 つの 方 法 を 用 いる 場 合 、 逆 増 倍 曲 線 をプロットするときの 横 軸 が 異 なる。1は 核

燃 料 物 質 の 質 量 、2は 例 えば 制 御 棒 の 位 置 、3は 実 効 的 な 炉 心 サイズ( 例 えば 炉 心 タンクの

水 位 )となる。

291


第 13 章 臨 界 集 合 体

臨 界 近 接 の 最 終 段 階 では、 起 動 用 の 中 性 子 源 を 体 系 から 引 き 抜 き、 制 御 棒 などを 操 作 して

原 子 炉 が 自 発 的 に 核 分 裂 連 鎖 反 応 を 維 持 することによって 臨 界 が 達 成 される。なお、 商 業 ・

発 電 用 の 軽 水 型 原 子 炉 も 初 めて 原 子 炉 を 臨 界 にする 際 に 臨 界 近 接 が 用 いられている。 沸 騰

水 型 原 子 炉 (BWR)では 制 御 棒 の 引 き 抜 き 長 さ、 加 圧 水 型 原 子 炉 (PWR)では 原 子 炉 の 一

次 冷 却 水 中 のホウ 酸 の 濃 度 を 本 手 法 によって 調 整 し、 初 臨 界 を 達 成 する。

さて、もし 核 燃 料 物 質 そのものが 核 分 裂 反 応 とは 無 関 係 に 中 性 子 を 放 出 する 場 合 、この 核

燃 料 物 質 を 体 系 から 取 り 除 かなければ 狭 義 の 臨 界 を 達 成 することはできない。しかし、この

場 合 についても、 臨 界 に 近 接 するほど 出 力 が 大 きくなるという 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 原 理 によ

って、 出 力 の 異 なる 仮 想 的 な 臨 界 点 を 測 定 して、 出 力 が 無 限 大 となる 臨 界 点 を 外 挿 によって

求 めたとき、この 値 を 臨 界 点 として 実 験 的 に 定 められる。

ベンチマークには 臨 界 になった 時 の 炉 心 の 状 況 の 詳 しい 情 報 ( 使 用 した 燃 料 の 種 類 、 本 数

や 体 数 、 燃 料 の 空 間 的 配 置 、 炉 心 の 温 度 、 減 速 材 の 温 度 ( 概 ね 室 温 や 水 温 であるが 正 確 な 温

度 が 測 定 されている)、 炉 心 の 減 速 材 の 量 (あるいは 炉 心 タンク 内 の 水 位 )、 制 御 棒 や 微 調 整

棒 の 挿 入 本 数 あるいは 挿 入 長 さ、 炉 心 タンクに 溶 かした 中 性 子 吸 収 材 の 量 ( 例 :ホウ 酸 の 濃

度 ))などが 包 括 的 に 記 載 される。

(2) 反 応 度 価 値

反 応 度 (reactivity)は 原 子 炉 が 臨 界 からどの 程 度 離 れているかを 定 量 化 する 炉 物 理 パラメ

ータであり、 超 過 臨 界 を 正 、 臨 界 をゼロ、そして、 未 臨 界 を 負 の 量 として 取 り 扱 い、その 絶

対 値 はどの 程 度 臨 界 から 離 れているかを 示 している。 反 応 度 価 値 (reactivity worth)は、 例

えば、ある 炉 心 体 系 に 制 御 棒 を 挿 入 したときの 反 応 度 の 変 化 量 を 指 す。ここで、 反 応 度 は 臨

界 炉 心 への 制 御 棒 などの 挿 入 によって 断 面 積 に 微 小 な 変 化 ( 摂 動 と 呼 ばれる)を 与 えたとき

の 臨 界 性 の 違 いとしても 捉 えることができ、 局 所 的 な 変 化 が 炉 心 の 臨 界 性 にどの 程 度 影 響

を 与 えるかを 定 量 化 する 積 分 パラメータとしても 解 釈 することができる。

原 子 炉 を 運 転 するにあたって 最 も 重 要 な 反 応 度 価 値 は、 制 御 棒 が 有 する 反 応 度 価 値 ( 制 御

棒 価 値 )である。 炉 心 が 持 っている 余 剰 反 応 度 に 対 して、 制 御 棒 による 停 止 余 裕 はどの 程 度

あるかを 定 量 的 に 把 握 するために 必 要 な 反 応 度 価 値 だからである。 制 御 棒 価 値 は、 計 算 によ

っても 求 められるが、 商 用 原 子 炉 においては 起 動 前 の 炉 物 理 試 験 において 測 定 され、 炉 心 の

設 計 精 度 が 十 分 かどうかの 判 断 が 下 される。 臨 界 集 合 体 における 制 御 棒 価 値 は、 臨 界 集 合 体

そのものの 安 全 性 に 大 きく 関 わっているだけでなく、 商 用 原 子 炉 での 適 用 を 見 据 えた、 新 し

い 測 定 手 法 の 精 度 評 価 および 計 算 で 用 いられる 核 データライブラリーの 品 質 を 含 めた、 計

算 手 法 の 品 質 保 証 にも 寄 与 している。 制 御 棒 価 値 の 測 定 は 落 下 法 (rod drop method)が 有

名 で、 臨 界 状 態 から 制 御 棒 を 落 下 させて、 臨 界 時 の 検 出 器 の 中 性 子 計 数 率 を、 落 下 直 後 から

中 性 子 が 計 数 されなくなるまでの 総 計 数 で 割 った 比 を 用 いて 測 定 される。すなわち、 制 御 棒

価 値 の 測 定 値 はこの 計 数 比 と 比 例 関 係 にある。 図 13-2 に KUCA における 異 なる 反 応 度 価 値

を 有 する 制 御 棒 の 落 下 法 による 制 御 棒 価 値 測 定 の 一 例 を 示 す。 図 13-2 では、 制 御 棒 を 落 下

させる 前 で 計 数 率 にばらつきがみられる。これは、0.1 W 程 度 の 運 転 出 力 のために 炉 心 の 中

292


原 子 炉 の 物 理

性 子 束 がわずかに 揺 らいでいることに 起 因 している。 臨 界 時 の 計 数 率 を 決 定 する 際 には、 数

秒 間 計 数 し、1 万 カウント 以 上 の 計 数 を 用 いて 平 均 的 な 計 数 率 を 決 定 することが 望 ましい

(それでも、 制 御 棒 価 値 の 測 定 値 に 1%の 統 計 誤 差 が 生 じる)。 制 御 棒 を 落 下 させると 炉 心

は 臨 界 状 態 から 未 臨 界 状 態 に 変 化 し、 出 力 が 指 数 関 数 的 に 減 衰 する。ここで、 同 じ 出 力 であ

ったにも 関 わらず、 出 力 の 減 衰 に 着 目 すると 制 御 棒 1 の 方 が 制 御 棒 2 に 比 べて 負 の 反 応 度

を 印 加 する 能 力 が 高 いことが 推 測 できる。 今 回 の 例 では、 制 御 棒 1、2 の 制 御 棒 価 値 はそれ

ぞれ 888 pcm、151 pcm と 測 定 された(「pcm」とは per cent mille の 略 であり 10 -5 に 対 応 す

る)。このように 基 礎 的 な 計 数 の 結 果 を 用 いて 制 御 棒 価 値 が 簡 便 に 求 められるところが 落 下

法 の 利 点 である。

Neutron count rate [A. U.]

1

0.8

0.6

0.4

0.2

Critical

state

Drop of control rods

Subcritical state

Control

rod 1

Control rod 2

1 = 888 pcm

2 = 151 pcm

0

0 100 200 300 400

Time [s]

図 13-2 臨 界 状 態 から 制 御 棒 を 落 下 させたときの 中 性 子 計 数 率 の 推 移

反 応 度 には 他 にもサンプル 反 応 度 、( 冷 却 材 )ボイド 反 応 度 およびドップラー 反 応 度 など

がある。サンプル 反 応 度 は 核 データライブラリーの 精 度 検 証 を 実 施 する 際 に 測 定 される。 断

面 積 がよく 把 握 されている 核 種 とよくわかっていない 核 種 を 置 換 して 反 応 度 価 値 の 測 定 を

行 い、 測 定 された 反 応 度 価 値 は 主 に 断 面 積 の 変 化 によるものが 寄 与 しているので、その 他 の

炉 心 構 成 部 材 の 影 響 が 取 り 除 かれた 貴 重 なベンチマークデータを 取 得 することができる。

ボイド 反 応 度 は 臨 界 集 合 体 に 空 洞 状 のピンや 構 成 部 材 を 装 荷 することで 測 定 できる。また、

ドップラー 反 応 度 は 集 合 体 を 構 成 する 軽 水 や 炉 室 の 温 度 を 上 昇 させることで 測 定 できる。

ボイド 反 応 度 およびドップラー 反 応 度 のいずれも、 臨 界 集 合 体 の 安 全 性 を 担 保 するために

( 計 算 または 測 定 で) 評 価 が 必 要 な 核 特 性 値 である。

(3) 反 応 率

実 験 では 中 性 子 束 (または 中 性 子 の 密 度 )を 直 接 測 定 できない。 中 性 子 検 出 器 では 検 出 効

率 込 みの 反 応 率 が 測 定 できるが、そのほかの 方 法 としては、 放 射 化 箔 法 が 一 般 によく 用 いら

れる。 放 射 化 箔 法 は、 実 験 前 に 炉 心 に 例 えば 金 箔 などを 張 り 付 けて、その 後 、( 数 100 W 以

下 で 十 分 な) 一 定 出 力 運 転 を 数 時 間 行 い、 炉 心 の 中 で 中 性 子 と 相 互 作 用 を 起 こさせて 放 射 性

293


第 13 章 臨 界 集 合 体

物 質 に 核 変 換 させる。 実 験 後 、 照 射 したものを 取 り 出 して 放 射 線 計 測 によって 特 定 の γ 線 を

計 数 し、 核 変 換 によって 生 み 出 された 核 種 を 推 定 することにより、その 核 反 応 の 反 応 率

(reaction rate)を 実 験 的 に 得 る。 例 えば、 金 箔 の 場 合 、 高 純 度 ゲルマニウム 検 出 器 によっ

て 411 eV の γ 線 ピークが 得 られれば、そのピークの 面 積 、すなわち、γ 線 の 計 数 値 を 用 いて

197 Au(n, γ) 198 Au 反 応 による 反 応 率 が 測 定 できる( 図 13-3)。また、 金 箔 を 設 置 することによ

り 局 所 的 な 反 応 率 を 測 定 できるが、 金 線 の 設 置 により 反 応 率 の 空 間 的 な 分 布 形 状 を 取 得 す

ることもできる。また、 炉 心 に 挿 入 していた 燃 料 棒 や 燃 料 板 を 取 り 出 し、γ 線 の 量 を 相 対 測

定 したとき、γ 線 の 量 は 核 分 裂 生 成 物 の 量 に 比 例 し、 核 分 裂 生 成 物 の 量 は 出 力 に 比 例 すると

仮 定 すれば、このように 測 定 した γ 線 の 量 から、 炉 心 の 特 定 の 位 置 に 置 かれた 燃 料 棒 や 燃 料

板 の 核 分 裂 反 応 率 分 布 ( 出 力 分 布 )の 情 報 を 得 ることができる。

Counts [-]

10 2

10 3 Energy [keV]

Au-198

Electron pair generation

10 1

300 400 500 600

図 13-3 照 射 実 験 後 の 金 箔 の γ 線 スペクトル

また、 核 分 裂 計 数 管 を 用 いると、U-235 および Pu-239 の 核 分 裂 反 応 率 が 実 験 的 に 得 られ

る( 図 13-4)。この 測 定 値 を 用 いれば、 例 えば、 同 じ 中 性 子 スペクトルの 炉 心 で 核 分 裂 性 物

質 を 変 化 させたときにどのような 挙 動 になるかを 大 まかに 推 測 することができる。

294


原 子 炉 の 物 理

Two peaks indicate the fact that

fission (pair) fragments were emitted by fission reaction.

10 4 Pulse height [ch]

Counts [Arbitrary units]

10 3

10 2

10 1

10 0

0 100 200 300 400

図 13-4 235 U 箔 が 設 置 された 核 分 裂 計 数 管 の 検 出 器 応 答

( 横 軸 は 信 号 の 強 度 を 表 しており 核 分 裂 片 のエネルギーと 比 例 関 係 にある。)

これらの 反 応 率 を 実 験 的 に 評 価 するときの 重 要 なポイントは、2 つ 以 上 の 反 応 率 を 測 定 し

て 反 応 率 比 として 評 価 することにある。 例 えば、1 W と 10 W では 中 性 子 束 の 大 きさが 10 倍

違 うことから、それぞれの 運 転 条 件 で 得 られた 反 応 率 も 10 倍 異 なる。 計 算 でこの 反 応 率 を

評 価 する 場 合 、 実 験 において 出 力 を 正 確 に 測 定 する 必 要 がある。この 場 合 、 出 力 測 定 の 不 確

かさが 反 応 率 の 測 定 値 に 含 まれてしまうが、2 つ 以 上 の 反 応 率 を 同 じ 運 転 条 件 で 測 定 してお

きその 比 を 取 れば、 出 力 を 別 途 測 定 する 必 要 がないため、 実 験 精 度 および 信 頼 性 の 低 下 を 防

ぐことができる。

(4) 過 渡 特 性

近 年 の 計 算 機 の 発 達 により、 連 続 エネルギーモンテカルロ 法 においても 臨 界 性 および 反

応 率 といった 静 特 性 の 解 析 だけでなく、 連 続 的 に 出 力 が 変 化 する 動 特 性 の 解 析 が 実 施 でき

るようになってきた。そこで、これら 一 連 の 解 析 の 妥 当 性 評 価 のために 炉 心 を 超 過 臨 界 にし

た 時 の 中 性 子 計 数 率 の 変 化 ( 図 13-5 において 超 過 臨 界 状 態 では 指 数 関 数 的 に 計 数 率 が 上 昇

している)などのデータが 測 定 されている。また、パルス 中 性 子 源 を 周 期 的 に 炉 心 に 打 ち 込

んだ 時 の 中 性 子 計 数 率 の 変 化 ( 図 13-6)についても 米 国 ・ロスアラモス 国 立 研 究 所 で 開 発 さ

れた 連 続 エネルギーモンテカルロコード MCNP を 用 いて 解 析 されている(このような 解 析

によって、 解 析 コードの 妥 当 性 もさることながら、 核 データにおいて 即 発 ・ 遅 発 中 性 子 の 収

率 、 散 乱 反 応 の 角 度 分 布 の 精 度 を 検 証 することができる)。 臨 界 性 について 網 羅 的 に 知 見 が

得 られた 後 には、このような 中 性 子 計 数 率 の 時 間 的 な 変 化 だけでなく、 温 度 、 圧 力 、さらに

沸 騰 現 象 といった 熱 水 力 を 伴 うベンチマーク 実 験 に 焦 点 があてられると 予 測 される。

295


第 13 章 臨 界 集 合 体

4000

Critical state

Super-critical state

Neutron count rate [1/s]

3000

2000

1000

Beginning of

control rod withdrawal

0

0 100 200 300

Time [s]

図 13-5 超 過 臨 界 時 の 計 数 率 の 変 化 (KUCA にて 測 定 )

10 3 Time [s]

Neutron count rate [1/s]

10 2

10 1

Decay of prompt neutrons

Emission of delayed neutrons

10 0

0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05

図 13-6 パルス 中 性 子 が 炉 心 に 繰 り 返 し(0.05 秒 間 隔 ) 打 ち 込 まれたときの 計 数 率 の 変 化

(Time = 0 [s]のときパルス 状 の 外 部 中 性 子 が 炉 心 に 打 ち 込 まれている。KUCA にて 測 定 )

13.2 臨 界 集 合 体

【この 節 のポイント】

・ 米 国 では 1947 年 から 遠 隔 操 作 型 の 臨 界 集 合 体 が 建 造 され、 実 験 者 が 安 全 に 実 験 できるよ

うガイドラインが 整 備 された。

・ 日 本 では 1960 年 代 から 臨 界 集 合 体 を 用 いた 実 験 が 行 われるようになり、 国 際 的 なベンチ

マーク 実 験 が 数 多 く 実 施 されてきた。

・ 本 節 では、 米 国 の Godiva、Jezebel および Flattop、 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 の TCA、

FCA、TRACY および STACY と、 京 都 大 学 の KUCA について 紹 介 する。

人 類 の 手 によってはじめて 臨 界 状 態 が 達 成 された 1942 年 以 降 、 核 分 裂 反 応 で 得 られる 莫

大 なエネルギーは 軍 事 的 な 利 用 に 向 けられた。1940 年 代 初 めの 米 国 における 実 験 風 景 は 兵

296


原 子 炉 の 物 理

器 級 の 高 濃 縮 ウランまたはプルトニウムの 塊 を 直 接 目 の 前 にして( 生 体 遮 蔽 なし)、まるで

化 学 者 が 試 験 管 を 手 で 振 って 薬 品 を 混 ぜるような 感 覚 で 行 われてきた。

米 国 ・ロスアラモス 研 究 所 は、 臨 界 事 故 が 起 きても 周 辺 に 影 響 が 及 ばないようにパジャリ

ートキャニオン(Pajarito Canyon)という 孤 立 した 地 域 に 建 設 された。 同 研 究 所 においても

初 期 の 炉 心 は 手 で 直 接 操 作 されており、 実 験 者 が 核 燃 料 の 塊 を 操 作 中 に 手 先 を 滑 らせてし

まった 事 例 があった。 不 幸 にもその 塊 はより 核 分 裂 反 応 が 促 進 され 出 力 が 加 速 する 場 所 に

落 下 し、 超 過 臨 界 状 態 での 放 射 線 バーストによって 実 験 者 は 多 量 の 放 射 線 を 浴 び、 数 日 後 、

この 実 験 者 は 亡 くなってしまった。

臨 界 集 合 体 の 操 作 における 死 亡 事 故 を 重 く 受 けて、 炉 心 の 臨 界 操 作 につながる 核 分 裂 性

物 質 の 直 接 操 作 が 禁 止 された。 同 時 に、 重 要 項 目 として、 実 験 の 汎 用 性 および 再 現 性 に 加 え

て 人 命 の 安 全 と 核 分 裂 性 物 質 に 関 する 保 障 措 置 が 強 調 されたガイドラインが 作 成 された。

これにより、 運 転 手 順 の 詳 細 な 説 明 がない 実 験 は 禁 止 され、 実 験 の 手 順 書 は 研 究 所 の 審 査 に

かけて 承 認 するという 手 続 きが 義 務 付 けられた。 本 ガイドラインは 初 期 段 階 で 炉 心 操 作 を

400 m 離 れた 遠 隔 地 から 行 わなければならないとしたほか、 人 間 の 手 先 の 動 きを 再 現 できる

複 雑 なロボットの 導 入 、さらに、 従 来 から 使 用 されてきた 機 械 についてはより 簡 単 な 動 きの

みに 制 限 を 設 けるなど、 規 制 前 と 比 較 すると 安 全 に 対 する 意 識 が 徹 底 されている。 炉 心 につ

いては、 重 力 による 信 頼 性 の 高 い fail safe 機 構 を 持 たせなければならないとし、 運 転 では 一

人 が 実 験 の 安 全 を 監 視 することに 割 り 当 てられ、どの 実 験 者 も 実 験 の 安 全 性 に 疑 問 を 持 っ

た 時 は 実 験 を 中 止 できるようにした。このガイドラインの 有 効 性 はこの 後 に 大 きな 臨 界 事

故 が 発 生 していないことから 高 く 評 価 されている。

当 初 、「Kiva」と 呼 ばれる 臨 界 集 合 体 の 遠 隔 操 作 が 可 能 な 臨 界 実 験 施 設 が 1947 年 から 開 設

され、のちに 萌 芽 的 ( 主 に 核 兵 器 の 貯 蔵 、 輸 送 などに 関 する) 実 験 に 適 用 するために 2 つの

Kiva(Kiva2 および Kiva3)が 建 設 された。 本 目 的 のために Kiva で 建 造 された 初 めての 臨 界

集 合 体 は Topsy( 天 然 ウラン 反 射 ・ 高 濃 縮 ウラン 炉 心 )と 呼 ばれた。1948 年 の 秋 に 終 了 した

Topsy における 実 験 を 補 うために、3 つの 異 なる 臨 界 集 合 体 (Lady)Godiva、Jezebel および

Flattop が 核 分 裂 性 物 質 である U-235、U-233 および Pu-239 の 特 性 を 把 握 するために 構 築 さ

れた。

本 節 では、 現 在 においてもベンチマーク 実 験 として 活 用 されている Godiva、Jezebel およ

び Flattop に 加 えて、 日 本 で 建 設 された 主 要 な 臨 界 集 合 体 (TCA、FCA、KUCA、TRACY お

よび STACY)およびそこで 実 施 された 特 徴 的 な 実 験 について 紹 介 する。

13.2.1 Godiva [8-9]

Topsy が 運 転 している 中 、 基 盤 研 究 のために 2 番 目 の 遠 隔 操 作 型 の Godiva と 呼 ばれる 臨

界 集 合 体 ( 図 13-7)の 運 転 が 1951 年 に 開 始 された。 炉 心 は Topsy( 反 射 体 付 き 球 形 状 炉 心 )

よりも 単 純 な 濃 縮 ウランの 裸 の 球 形 状 で、 単 純 な 形 状 としたのは 裸 の 炉 心 から 飛 び 出 した

中 性 子 がコンクリート 壁 などで 散 乱 して 炉 心 に 再 入 射 する 効 果 が 不 明 だったことが 要 因 と

して 挙 げられている。Godiva 炉 は 球 を 3 つに 輪 切 りした 形 で、 中 央 部 は 固 定 され、ワイヤ

297


第 13 章 臨 界 集 合 体

ーでガイドされた 上 下 のドーム 状 の 燃 料 が 動 いて 最 終 的 に 球 になることで 臨 界 が 達 成 され

る。 中 央 部 にはフィルター 付 きの 穴 と 濃 縮 ウランの 制 御 棒 が 挿 入 される 鞘 が 含 まれている。

フィルター 付 きの 穴 には 部 分 燃 料 を 差 し 込 むことで 臨 界 量 が 調 整 される。1962 年 の 終 わり

には 炉 心 特 性 の 把 握 が 終 了 し、 制 御 棒 較 正 と 臨 界 質 量 の 調 整 、そして、 炉 心 半 径 を 変 数 とし

たときの 高 濃 縮 ウランの 等 価 反 応 度 によって、Godiva 炉 を 理 想 的 な 球 形 状 と 見 なすための

補 正 が 行 われた。また、 即 発 臨 界 時 の 挙 動 を 調 べるために、 遅 発 臨 界 から 印 加 する 反 応 度 を

変 化 させて 正 ペリオドが 系 統 的 に 測 定 された。 最 終 的 に、 反 応 度 は 即 発 臨 界 に 対 して 97%

の 領 域 まで 印 加 された。

図 13-7 Godiva 炉 の 外 観 [10]

1953 年 の 半 ばに、 即 発 臨 界 の 領 域 において、 超 過 臨 界 の 放 射 線 パルスを 発 生 させるよう

に 運 転 が 移 行 した。ある 時 点 で、 室 内 で 中 性 子 が 散 乱 して 炉 心 に 再 入 射 しているという 現 象

がパルス 運 転 における 中 性 子 束 の 時 系 列 変 化 から 判 明 したため、この 影 響 を 取 り 除 くべく、

現 代 では 有 り 得 ないが、 装 置 全 体 を 外 に 持 ち 出 し(クレーンのようなものに 吊 り 下 げること

で) 地 上 から 離 して 実 験 が 行 われるようになった( 図 13-8)。そして、この 放 射 線 パルスに

さらされた 土 壌 は、 核 爆 弾 が 爆 発 したときの 土 壌 を 研 究 するための 基 礎 データとして 使 用

された。 即 発 臨 界 は U-235 のスラグを 最 も 反 応 度 に 効 く 場 所 に 打 ち 込 むことで 達 成 し、 逆

に、 炉 心 の 暴 走 を 防 ぐための 負 のフィードバック 機 構 は、 即 発 臨 界 で 炉 心 が 高 温 になること

による 熱 膨 張 であった。 即 発 臨 界 でのパルス 運 転 では、 初 め 15 μs のペリオド( 出 力 が e 倍

298


原 子 炉 の 物 理

になる 時 間 )で 核 分 裂 率 が 上 昇 し、 最 終 的 に 最 高 出 力 は 1 GW に 到 達 した。パルスの 半 値 幅

は 50 μs であり、 総 核 分 裂 反 応 数 は 10 16 に 達 した。この 即 発 臨 界 状 態 でのパルス 運 転 は 約

1,000 回 、 無 事 故 で 実 施 されたことが 報 告 されている。

図 13-8 Godiva 炉 の 屋 外 実 験 の 様 子

( 出 典 : 文 献 [8], pp.13, Fig. 10)

炉 物 理 パラメータの 取 得 の 一 環 として、Godiva 炉 では U-235、U-238、Pu-239 および Th-

233 の 遅 発 中 性 子 割 合 およびその 群 構 造 に 関 する 研 究 が 進 められた。これは、Keepin と

Wimett によって 実 施 され、 上 述 の 核 種 が 含 まれるサンプルをフィルター 付 きの 穴 に 設 置 し

て 長 時 間 一 定 出 力 で 照 射 し、サンプル 駆 動 装 置 によって 別 室 にある BF 3 検 出 器 を 用 いた 測

定 システムへサンプルが 輸 送 され 遅 発 中 性 子 の 計 数 が 行 われた。

なお、ICSBEP では HEU-MET-FAST-001 として 本 ベンチマーク 実 験 が 登 録 されている。

13.2.2 Jezebel [8, 11]

1954 年 に、Jezebel( 図 13-9)と 呼 ばれる δ 相 のプルトニウムによる 臨 界 集 合 体 ( 裸 の 球

形 状 )が Kiva2 に 建 設 された。この 臨 界 集 合 体 は Godiva によって 得 られる 高 濃 縮 ウランに

ついての 核 特 性 と 並 行 して、プルトニウムについての 核 特 性 把 握 のニーズを 満 足 させるた

めに 建 造 された。Jezebel では 球 形 状 が 上 中 下 に 3 つに 輪 切 りにされ、 中 央 領 域 はワイヤー

で 浮 いており、 上 下 のドーム 状 のプルトニウムはキャップがニッケルプレートで 固 定 され

299


第 13 章 臨 界 集 合 体

ており、プレートを 動 かすことで 位 置 を 変 化 させることができた。この 臨 界 集 合 体 も 軽 量 の

フレームに 搭 載 されており 持 ち 運 びが 可 能 であった。 運 転 時 の 正 ペリオド 制 限 値 は 4 秒 に

設 定 された。 炉 心 から 漏 れ 出 た 中 性 子 スペクトルの 測 定 は、 漏 れ 中 性 子 の 再 入 射 の 効 果 を 取

り 除 くために Godiva 同 様 に 外 で 実 施 され、 陽 子 リコイルプレートや 放 射 化 箔 が 用 いられた。

Jezebel の 支 持 台 を 活 用 して、1961 年 には 98.1%の U-233 を 含 むウラン 金 属 の 試 験 が 実 施

された。 本 ウラン 金 属 は 密 度 が δ 相 のプルトニウムよりも 大 きいため、 臨 界 寸 法 は 通 常 の

Jezebel 炉 心 よりも 小 さくなった。Jezebel を 外 に 持 ち 出 して 地 上 から 離 し、 様 々な 反 応 度 で

Rossi-α 法 による 即 発 中 性 子 減 衰 定 数 の 測 定 が 実 施 された。スペクトルの 指 標 は 4 つの 核 分

裂 計 数 管 を 用 いて 決 定 された。

図 13-9 Jezebel 炉 の 外 観 [8]

( 出 典 : 文 献 [8], Fig.13, pp. 16)

【コラム】 Rossi-α 法

Rossi-α 法 は、 臨 界 状 態 および 未 臨 界 状 態 を 問 わず 炉 心 の 出 力 が 定 常 状 態 にあるとき、 別 々

の 時 刻 に 検 出 器 で 得 られた 2 つの 中 性 子 が 共 通 の 祖 先 をもっているかを 判 定 して、 即 発 中

性 子 減 衰 定 数 を 測 定 する 手 法 である。 図 13-10 に 示 す 核 分 裂 連 鎖 反 応 の 模 式 図 において、 中

性 子 源 から 核 分 裂 反 応 によって 生 み 出 される 中 性 子 は、 次 の 核 分 裂 を 引 き 起 こす、 体 系 内 で

吸 収 されるか 体 系 外 に 漏 れる、そして、 中 性 子 検 出 器 に 吸 収 されて 中 性 子 信 号 に 変 換 され

300


原 子 炉 の 物 理

る、のいずれかである。ここで、 図 13-10 のような 一 つの 中 性 子 家 系 に 着 目 すると、 遅 発 臨

界 状 態 および 未 臨 界 状 態 においてどの 中 性 子 家 系 も 確 実 に 途 絶 えるということがいえる。

Rossi-α 法 では 2 つの 中 性 子 検 出 信 号 を 別 々の 時 間 (t 1 または t 2 )に 得 たときに、2 つの 中 性

子 が 共 通 の 祖 先 (Common ancestor)を 持 つ 確 率 ( 相 関 確 率 )を 求 める。なお、2 つの 中 性 子

が 共 通 の 祖 先 をもたない、または、どちらかもしくは 両 方 が 中 性 子 源 であった 場 合 の 確 率 は

非 相 関 確 率 と 呼 ばれ 定 数 となる。 中 性 子 家 系 の 数 は 指 数 関 数 的 に 減 衰 しているので、2 つの

中 性 子 信 号 の 間 隔 ( ) が 広 がると、 相 関 確 率 も 減 衰 することが 予 想 される。 理 論 的 に

は、この 減 衰 定 数 が 即 発 中 性 子 減 衰 定 数 と 対 応 していることが 示 されている。

Time

Neutron detector

t 2

Neutron detector

t 1

tF

Capture or leakage

: Common ancestor

Source neutron

図 13-10 核 分 裂 連 鎖 反 応 における 中 性 子 の 検 出

図 13-11 は KUCA にて 測 定 した 2 つの 中 性 子 検 出 間 隔 ( 横 軸 )とその 検 出 間 隔 に 該 当 す

る 計 数 ( 相 対 確 率 )を 縦 軸 に 取 ったものである。この 測 定 結 果 からも、 相 関 確 率 は 指 数 関 数

的 に 減 衰 していることがわかる。

図 13-11 Rossi-α 法 における 中 性 子 検 出 間 隔 とその 計 数 の 変 化

301


第 13 章 臨 界 集 合 体

ICSBEP には、Jezebel を 用 いて 実 施 されたベンチマーク 実 験 が PU-MET-FAST-001 および

PU-MET-FAST-002 として 収 録 されている。

【 発 展 的 内 容 】Jezebel における 基 礎 実 験 とその 後

Jezebel の 基 盤 を 活 用 して、20.1%の Pu-240 が 含 まれる δ 相 プルトニウムが 1964 年 から

1966 年 までと 1968 年 の 一 部 で 試 験 に 用 いられた。 臨 界 質 量 は 低 濃 度 Pu-240 炉 心 に 比 べて

16% 大 きくなった。この 比 較 のほかにも、 遅 発 臨 界 状 態 での Rossi- 法 による( 差 異 なし)、

中 性 子 スペクトルの 指 標 となる 核 分 裂 反 応 率 比 として 238 U/ 235 U(12% 増 加 )および 237 Np/ 235 U

(5% 増 加 )や、Pu-239 と U-235 の 物 質 反 応 度 価 値 ( 前 者 が 後 者 と 比 べて 1% 程 度 小 さい)な

どの 測 定 が 行 われた。さらに 本 臨 界 集 合 体 における Pu-238 および Cm-244 の 中 性 子 特 性 が

これらの 核 種 の 臨 界 質 量 を 推 定 するのに 活 用 されたとともに、CD 2 、CH 2 および 炭 素 の 反 応

度 係 数 が 水 素 と 重 水 素 の 効 果 を 調 査 するために 取 得 された。4.5%の Pu-240 を 用 いた Jezebel

は 1977 年 の 3 月 まで 標 準 のスペクトルが 維 持 できたと 報 告 されている。その 後 、 構 成 要 素

は 分 解 されて 貯 蔵 されている。

13.2.3 Flattop [8]

Flatttop は Topsy の 後 継 の 臨 界 集 合 体 である( 図 13-12)。 後 継 のため、 臨 界 質 量 が 十 分 に

判 明 していない 場 合 に 有 効 となる 柔 軟 性 ( 臨 界 調 整 用 の 穴 などを 設 けた 疑 似 的 な 球 形 状 に

することなど)は 重 要 視 されていない 球 形 状 の 炉 心 ( 図 13-9)である。 巨 大 なガイドの 上 に

直 径 0.48 m(482.6 mm、19”)の 球 体 が 鎮 座 しており、 半 球 は 支 持 台 に 固 定 、もう 一 方 はさ

らに 半 分 に 分 かれて 1/4 半 球 をガイドに 沿 って 動 かすことができる。Flattop では、Godiva お

よび Jezebel に 対 応 して 3 つの 基 礎 的 な 核 燃 料 を 有 しており、U-235、Pu-239 および U-233

の 核 分 裂 性 物 質 を 装 荷 でき、さらに、ウラン 反 射 体 の 有 無 を 選 択 することできる。また、

Flattop は 93 wt% 濃 縮 ウランとプルトニウムの 合 成 炉 心 も 構 成 できる。

302


原 子 炉 の 物 理

図 13-12 Flattop 炉 の 外 観 [12]

13.2.4 TCA [13]

軽 水 臨 界 実 験 装 置 (TCA: Thermal Critical Assembly; 図 13-13 および 13-14)は、JPDR

(Japan Power Demonstration Reactor; 1963 年 10 月 26 日 に 日 本 で 初 めて 原 子 力 による 発 電 に

成 功 した 熱 出 力 45 MW の 沸 騰 水 型 原 子 炉 )の 核 特 性 確 認 のために 1961 年 5 月 に 整 地 を 開

始 し、1962 年 8 月 23 日 早 朝 に 初 臨 界 に 達 した。JPDR の 核 特 性 を 取 得 するために、 当 初 の

炉 心 構 成 は BWR を 模 擬 して 燃 料 ペレット 直 径 12.5 mm、 燃 料 有 効 長 1.4 m(1,442 mm)、ウ

ラン 濃 縮 度 2.6 wt%、アルミ 製 被 覆 管 、 水 対 燃 料 体 体 積 比 1.83 であった。 全 燃 料 棒 本 数 は

720 本 で、 実 験 目 的 に 応 じて 燃 料 と 体 系 が 拡 張 された。

1964 年 には 約 353 K(80℃)までの 昇 温 装 置 、1966 年 には JPDR で 試 験 照 射 が 始 まった

国 産 燃 料 集 合 体 の 特 性 測 定 用 格 子 などが 組 み 込 まれた。1967 年 からはプルサーマル 計 画 の

ために MOX 燃 料 使 用 に 関 する 実 験 が 進 められ、1972 年 度 に 650 本 の MOX 燃 料 棒 (プルト

ニウム 約 7 kg)が 使 用 可 能 になった。TCA における 実 験 のために、 原 子 力 船 「むつ」の 臨

界 実 験 に 用 いた 燃 料 棒 を 短 縮 化 し、 有 効 長 0.68 m の 燃 料 棒 が 計 450 本 整 備 され、 燃 料 棒 間

の 間 隔 を 狭 めた 稠 密 格 子 炉 心 の 臨 界 実 験 が 行 われた。また、 臨 界 安 全 性 に 関 する 可 溶 性 中 性

子 毒 物 、 固 体 中 性 子 吸 収 体 の 反 応 度 測 定 、コンクリート 材 を 挟 む 複 数 ユニットの 相 互 干 渉 効

果 の 測 定 、 未 臨 界 度 測 定 、 多 角 形 炉 心 における 臨 界 バックリング 等 をトピックとした 実 験 が

進 められた。これらの 多 様 な 基 礎 研 究 は 溶 液 系 の 臨 界 実 験 研 究 (STACY および TRACY)の

礎 となった。1995 年 からは 原 子 炉 設 置 目 的 に 教 育 訓 練 が 加 えられた。2004 年 末 の 段 階 で、

運 転 回 数 が 11,679 回 となっており、TCA は 日 本 においてこの 炉 型 の 臨 界 集 合 体 装 置 で 最 も

長 期 間 利 用 された。 運 転 回 数 と 実 験 項 目 の 内 訳 は、ウラン 燃 料 格 子 特 性 実 験 が 3,116 回 ( 比

率 26.7%)と 多 く、それに 教 育 訓 練 等 の 2,306 回 ( 比 率 19.7%)が 次 ぐ。2004 年 から 開 始 さ

303


第 13 章 臨 界 集 合 体

れた 教 育 訓 練 の 需 要 の 高 さがこの 数 字 からうかがえる。また、 臨 界 安 全 性 に 関 する 実 験

(2,208 回 、 比 率 18.9%)およびプルトニウム 軽 水 炉 利 用 特 性 実 験 (1,582 回 、 比 率 13.5%)

も 時 間 をかけて 一 連 のデータが 収 録 された。

図 13-13 TCA の 外 観

( 出 典 : 参 考 文 献 [13], pp. 130, 図 2.1.20)

図 13-14 TCA の 炉 心 水 平 断 面 図

( 出 典 : 参 考 文 献 [14], pp. 23, 図 3)

13.2.5 FCA [13, 15]

高 速 炉 臨 界 実 験 装 置 (FCA: Fast Critical Assembly; 図 13-15 および 図 13-16)は 高 速 炉 の

設 計 ・ 運 転 と 安 全 性 評 価 に 必 要 な 炉 物 理 データを 得 る 目 的 で 建 設 が 計 画 された。FCA は、

304


原 子 炉 の 物 理

炉 心 に 負 の 反 応 度 が 与 えられるように、Godiva 炉 などのように 炉 心 を 分 割 する 機 構 ( 一 方

を 固 定 し、もう 一 方 がガイドに 沿 って 水 平 にスライドし 2 分 割 する)を 持 っている。 停 止 中

は 2 m の 分 割 幅 で 離 されている。 集 合 体 は、 外 寸 法 55.2 mm×55.2 mm、 長 さ 132.4 mm のス

テンレス 角 パイプに 燃 料 等 が 装 荷 され 51×51(1975 年 までは 35×35)の 格 子 に 行 列 上 に 配

置 されて 構 成 される。

核 燃 料 には 20 wt% 濃 縮 ウラン 金 属 燃 料 ( 断 面 積 50.8 mm 角 の 板 形 状 、 計 135 kg)が 用 い

られ 1967 年 4 月 29 日 に 初 臨 界 が 達 成 された。 初 臨 界 後 には 炉 心 番 号 が I から IV までウラ

ン 系 基 礎 実 験 ( 運 転 日 数 493 日 、 実 験 番 号 III は「 常 陽 」の 模 擬 炉 物 理 実 験 と 併 用 )が 行 わ

れた。その 後 、 動 燃 事 業 団 からプルトニウム 燃 料 が 貸 与 されることになり、プルトニウム 燃

料 を 装 荷 した 高 速 実 験 炉 「 常 陽 」の 模 擬 実 験 炉 心 を 構 築 し、1970 年 2 月 に 臨 界 に 達 した。

高 速 実 験 炉 「 常 陽 」 模 擬 炉 物 理 試 験 に 関 する 実 験 は、 炉 心 番 号 III および V で 表 され、 延 べ

445 日 間 運 転 された。FCA は 更 なる 炉 物 理 試 験 の 需 要 に 応 えるために、1970 年 から 1974 年

にかけてプルトニウム(Pu-239 および Pu-241)および 93 wt% 濃 縮 ウランが 追 加 された。ま

た、 制 御 棒 の 2 連 駆 動 などの 改 造 を 行 い、 高 速 増 殖 原 型 炉 「もんじゅ」の 工 学 的 模 擬 実 験 炉

心 が 構 築 され、1975 年 7 月 に 臨 界 が 達 成 された。 運 転 日 数 は 1,213 日 で、1967 年 4 月 から

2004 年 9 月 における 運 転 比 率 ( 総 運 転 時 間 に 占 める 運 転 時 間 の 比 率 )は 26%と、 運 転 時 間

の 中 で 最 長 となっている。

FCA で 取 り 扱 われるプルトニウム 燃 料 は 1.3 wt%の Al 合 金 が 厚 み 0.2 mm のステンレス

鋼 で 被 覆 されている。また、ウラン 燃 料 の 大 半 は 金 属 ウランで、 無 水 素 系 樹 脂 により 被 覆 さ

れている。FCA では、 板 状 およびブロック 状 の 天 然 ウラン、 劣 化 ウラン、ナトリウム 板 、ス

テンレス 板 、アルミナ 板 およびポリスチレン 板 が 利 用 可 能 である。

FCA は 高 速 炉 の 運 転 時 ・ 出 力 上 昇 時 におけるドップラー 効 果 の 予 測 精 度 を 評 価 するため

に 必 要 な 2,000℃( 約 2,273 K)まで 昇 温 できる 加 熱 容 器 が 導 入 され、 世 界 に 先 駆 けて 燃 料 の

融 点 に 近 い 温 度 でドップラー 反 応 度 が 測 定 された。このほかにも、 炉 心 番 号 IX では 標 準 ス

ペクトル 炉 心 実 験 として、7 種 類 のウラン 炉 心 が 構 築 され、Np-237、Pu-238、Pu-239、Am-

241 および Cm-244 の 核 分 裂 反 応 率 比 が、 炉 心 の 中 心 で 小 型 並 行 板 電 極 型 核 分 裂 板 を 用 いて

測 定 され、マイナーアクチノイドの 核 データの 検 証 に 多 大 な 貢 献 を 果 たした。また、 炉 心 番

号 XIX では、β eff の 国 際 ベンチマーク 実 験 が 行 われ、フランスの MASURCA 炉 では 実 施 で

きなかった 純 プルトニウム 炉 心 および 高 濃 縮 ウラン 炉 心 を 構 築 し、 遅 発 中 性 子 に 関 する 貴

重 な 実 験 データが 取 得 され、 評 価 済 み 核 データファイル JENDL-3.3 の 作 成 に 役 立 てられた。

305


第 13 章 臨 界 集 合 体

図 13-15 停 止 時 の 2 分 割 されている FCA の 様 子

( 出 典 : 参 考 文 献 [13]、pp. 132、 図 2.1.22)

図 13-16 FCA の IX-1 炉 心 図

( 出 典 : 参 考 文 献 [15]、pp. 5、 図 2.4)

306


原 子 炉 の 物 理

13.2.6 京 都 大 学 臨 界 集 合 体 実 験 装 置 KUCA [16]

京 都 大 学 臨 界 集 合 体 実 験 装 置 (KUCA: Kyoto University Critical Assembly)は、 固 体 減 速

架 台 2 基 (A 架 台 ; 図 13-17 および 図 13-18、B 架 台 )と 軽 水 減 速 架 台 1 基 (C 架 台 ; 図 13-

19 および 図 13-20)の 3 つの 集 合 体 からなる 複 数 架 台 方 式 の 装 置 である。KUCA の 大 きな 特

徴 として、 異 なる 集 合 体 の 制 御 を 1 つの 制 御 システムで 行 っている 点 が 挙 げられる(ただ

し、 同 時 利 用 は 不 可 )。KUCA の 運 転 は 通 常 0.01 W 程 度 の 出 力 で 行 われており、 放 射 化 箔 の

照 射 でも 約 1 W の 運 転 が 多 い(100 W までの 出 力 で 運 転 ができる)。A 架 台 には 敷 設 のパル

ス 状 中 性 子 発 生 装 置 によって 14 MeV の 高 エネルギー 中 性 子 を 外 部 中 性 子 源 として 使 用 で

きるほか、FFAG 加 速 器 によって 100 MeV まで 加 速 された 陽 子 ビームを A 架 台 上 の 金 属 タ

ーゲットに 照 射 して 発 生 する 中 性 子 を 炉 心 に 打 ち 込 むこともできる。

図 13-17 KUCA-A 架 台 上 部 からの 外 観 [17]

3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27

F

Fuel rod (1/8"p60EUEU)

A

B

D

E

FC#3

UIC#4

Polyethylene reflector

G

H

Aluminum sheath

I

J

FC#2

K C3 F F F F F

S5

FC#1

N

Neutron source (Am-Be)

L F F F F F

M S4 F F F F F

C1

C

Control rod

N F F F F F

UIC#5

P F F F F F

N

S

Safety rod

Q

C2

S6

R

T

FC

Fission chamber

U

V

UIC

UIC detector

W

X

Y

UIC#6

N

Neutron source (Am-Be)

図 13-18 KUCA-A 架 台 の 炉 心 図

307


第 13 章 臨 界 集 合 体

図 13-19 KUCA-C 架 台 上 部 からの 外 観 [17]

図 13-20 KUCA-C 架 台 の 炉 心 図

( 出 典 : 参 考 文 献 [18], pp. 231, Fig. 3)

KUCA の 当 初 の 使 用 目 的 としては、 高 中 性 子 束 炉 の 基 礎 研 究 、 中 速 中 性 子 炉 の 基 礎 研 究 、

トリウム 増 殖 炉 の 基 礎 研 究 、 未 臨 界 実 験 の 延 長 としての 研 究 、 原 子 力 専 攻 学 生 などの 教 育 訓

練 、などが 挙 げられ、KUCA の 各 炉 心 の 初 臨 界 は、C 架 台 については 1974 年 8 月 6 日 、B

架 台 では 黒 鉛 減 速 炉 心 で 同 年 11 月 16 日 、また、A 架 台 ではポリエチレン 減 速 炉 心 で 同 年

12 月 3 日 に 達 成 した。 以 降 、KUCA では、 高 中 性 子 束 研 究 炉 、トリウムサイクル、ウラン

燃 料 の 濃 縮 度 低 減 化 、 臨 界 安 全 、 中 性 子 スペクトル 測 定 、 臨 界 実 験 データベース、 稠 密 格 子

炉 心 、 炉 物 理 実 験 手 法 の 開 発 、 超 ウラン 元 素 の 核 特 性 、 加 速 器 駆 動 システムに 関 する 研 究 が

行 われた。また、 日 米 共 同 研 究 に 加 えて、 次 世 代 炉 の 開 発 に 向 けた 日 仏 や 日 韓 などの 国 際 共

同 研 究 が 行 われてきた[16]。

A 架 台 および B 架 台 では、2” 角 1/16” 厚 の 高 濃 縮 ウラン(93 wt% ウラン-アルミ 合 金 )を

燃 料 とし 2” 角 で 任 意 の 厚 みの 固 体 減 速 材 (ポリエチレン、 黒 鉛 など)・ 反 射 材 ( 鉄 、ベリリ

ウム、ステンレスなど)を( 炉 心 の 規 制 値 に 適 合 する 範 囲 で) 自 由 に 組 み 合 わせて 燃 料 領 域

308


原 子 炉 の 物 理

を 構 成 して、5.43 mm 角 、 約 1,500 mm 長 の 角 パイプの 中 に 収 めることで 燃 料 体 を 作 成 する。

燃 料 体 または 反 射 体 (ポリエチレンまたは 黒 鉛 が 入 ったブロック)は 29×29 の 格 子 板 に 固

定 され 炉 心 が 構 築 される。 両 架 台 では 高 濃 縮 ウランの 核 燃 料 のほかにも 天 然 ウラン、トリウ

ム 板 が 使 用 できる。 炉 心 は、29×29 の 格 子 上 に 載 せられるが、 固 定 のために 3×3、7×7 な

ど 小 分 けに、 同 施 設 で「 菓 子 折 り」と 呼 ばれるプレートで 仕 切 られており、 両 架 台 の 違 いは

この 菓 子 折 り 上 の 仕 切 り 板 の 配 置 の 違 いと 加 速 器 中 性 子 源 の 利 用 の 可 否 のみである。 運 転

は 三 酸 化 二 ホウ 素 が 詰 められた 3 本 の 制 御 棒 および 3 本 の 安 全 棒 ( 通 常 はスクラム 時 に 挿

入 するため、 炉 心 から 引 き 抜 かれている)を 用 いて 行 う。 炉 心 の 停 止 には、 制 御 棒 ・ 安 全 棒

の 挿 入 のほかに、 炉 心 の 中 心 可 動 領 域 (A 架 台 3×3、B 架 台 5×5)に 載 せられた 燃 料 ・ 反

射 体 を 下 に 引 き 抜 くという 機 構 も 有 し、 計 2 系 統 の 独 立 した 停 止 機 能 を 有 している。 特 に 固

体 減 速 架 台 については、 様 々な 燃 料 板 と 減 速 材 板 を 組 み 合 わせることで、 非 常 に 汎 用 性 の 高

い 実 験 ができ、 目 的 とする 炉 心 のスペクトルに 近 づけた 炉 心 において 実 験 データを 蓄 積 す

ることができる。そのため、 固 体 減 速 架 台 は、モックアップ 実 験 において、サンプル 反 応 度

価 値 の 測 定 を 通 して、 核 データライブラリーの 精 度 検 証 や、 臨 界 性 や 反 応 率 分 布 の 測 定 を 通

して 計 算 コードの 品 質 保 証 に 柔 軟 に 用 いられることが 可 能 になっている。スペクトルの 変

化 に 着 目 すると、 例 えば、 図 13-21 に 示 す 1/16” 厚 の 高 濃 縮 ウラン 燃 料 2 枚 に 対 し 1/8” 厚 の

ポリエチレンを 組 み 合 わせた EE1 燃 料 体 と、 図 13-22 に 示 す 1/16” 厚 の 高 濃 縮 ウラン 1 枚 に

対 し 1/8” 厚 のポリエチレン 3 枚 ( 実 際 には 1/4” 厚 1 枚 と 1/8“ 厚 1 枚 )を 組 み 合 わせた E3 炉

心 では、 炉 心 の 中 性 子 スペクトルが 劇 的 に 変 化 することが 図 13-23 から 分 かる。 高 濃 縮 ウラ

ンとポリエチレンの 比 率 (H/U 比 )の 変 化 だけで、 非 常 に 幅 の 広 いスペクトルが 達 成 でき、

実 験 に 目 的 に 応 じて 炉 心 を 自 由 に 構 成 できるところが、KUCA の 固 体 減 速 炉 の 非 常 に 大 き

な 特 長 である。

Bottom

6.300 mm PE

Unit cell (1.5875 mm HEU×2 +3.186 mm PE)

Top

37.370 mm Void

12.500 mm PE×9

Polyethylene rod

483.085 mm

60 repeats

of unit cell

Polyethylene rod

483.085 mm

20 mm Al

509.38 mm

381.66 mm

632.96 mm

図 13-21 KUCA-A 架 台 装 荷 燃 料 体 (EE1)の 構 成

Bottom

12.500 mm PE x 2

Top

Unit cell (1.5875 mm HEU

13.75 mm Void

+3.186 mm PE + 6.300 mm PE)

12.500 mm PE×7 + 3.186 mm PE x 5

Polyethylene rod

483.085 mm

36 repeats

of unit cell

Polyethylene rod

483.085 mm

20 mm Al

528.085 mm

398.65 mm

600.27 mm

図 13-22 KUCA-A 架 台 装 荷 燃 料 体 (E3)の 構 成

309


第 13 章 臨 界 集 合 体

Neutron flux / lethargy [Arbitrary units]

0.05

0.04

0.03

0.02

0.01

EE1 (1/8"P60EUEU)

E3 (3/8"P36EU)

E3

EE1

0

10 -3 10 -2 10 -1 10 0 10 1 10 2 10 3 10 4 10 5 10 6 10 7

Neutron energy [eV]

図 13-23 KUCA-A 架 台 における 中 性 子 スペクトル

ICSBEPには A 架 台 で 行 われた 酸 化 エルビアに 関 する 実 験 ( 低 濃 縮 を 模 擬 )が LEU-MET-

THERM-005 として 登 録 されている。

C 架 台 は、A・B 架 台 と 同 様 に 93 wt% 高 濃 縮 ウランを 燃 料 としているが、 形 状 は 長 辺 0.6

m、 短 辺 62 mm および 厚 さ 1.5 mm の 板 形 状 であり、 燃 料 板 はスリッド 付 きのアルミフレー

ム( 燃 料 ピッチとして 30、35 または 45 mm の 3 種 類 があり 適 宜 選 択 可 能 )に 装 荷 して 炉 心

に 設 置 する。 炉 心 タンクは 直 径 2 m、 深 さ 2 m のアルミ 製 で、2 領 域 に 分 割 することもでき

るため、2 領 域 炉 心 に 関 する 研 究 も 行 うことができる。 炉 心 の 制 御 は、カドミウムが 巻 かれ

た 3 本 の 制 御 棒 および 3 本 の 安 全 棒 と 水 位 調 整 で 行 い、スクラム 時 には 6 本 の 制 御 棒 ・ 安

全 棒 が 自 由 落 下 で 挿 入 される 上 、 炉 心 下 部 のダンプ 弁 が 開 き 減 速 材 となる 軽 水 が 排 水 され

る。

【コラム】KUCA-C 架 台 で 水 による 冷 却 は 必 要 ?

KUCA-C 架 台 の 停 止 時 に 炉 心 内 部 にある 水 が 排 水 されると 燃 料 が 溶 融 してしまうのでは

という 心 配 があるかもしれない。KUCA では 最 高 でも 100 W の 運 転 が 限 界 であり、 身 の 回

りの 工 業 製 品 で 例 えれば、100W 電 球 などに 冷 却 水 による 冷 却 が 必 要 か 考 えると、 軽 水 が 炉

心 から 取 り 除 かれても 問 題 ないことが 理 解 できる。

13.2.7 TRACY [13, 19-20]

過 渡 臨 界 実 験 装 置 (TRACY: Transient Experimental Critical Facility)は、 再 処 理 施 設 に

おける 臨 界 事 故 を 模 擬 した 事 象 を 起 こし、 事 故 時 の 出 力 、 圧 力 、 放 射 線 量 および 放 射 性 物 質

の 移 行 ・ 放 出 挙 動 を 実 験 的 に 解 明 することを 目 的 とした 臨 界 実 験 装 置 である( 図 13-24 およ

び 図 13-25)。 低 濃 縮 ウランの 硝 酸 水 溶 液 を 用 いるパルス 炉 としては 世 界 で 唯 一 となってい

る。 炉 心 は 円 環 状 で、 外 径 0.52 m、 内 径 76 mm の 燃 料 溶 液 有 効 断 面 積 は 19.2 m 2 である。 使

用 燃 料 は 濃 縮 度 10%の 硝 酸 ウラニル 水 溶 液 で、 初 臨 界 は 1995 年 12 月 20 日 に 達 成 された。

その 後 、 添 加 反 応 度 1.8 $までの 過 渡 出 力 運 転 が 1996 年 2 月 に、 添 加 反 応 度 3 $までのもの

310


原 子 炉 の 物 理

が 1997 年 6 月 にそれぞれ 開 始 された。 熱 出 力 は 一 定 出 力 運 転 時 で 最 大 10 kW、 過 渡 出 力 運

転 で 最 大 5 GW(パルスの 時 間 幅 は 約 10 ms)である。 過 渡 反 応 度 の 許 容 値 は 一 定 出 力 運 転

時 で 0.8 $、 過 渡 出 力 運 転 時 で 3 $となっている。 炉 心 の 制 御 には 炭 化 ホウ 素 製 の 安 全 棒 およ

び 調 整 トランジェント 棒 が 備 え 付 けられている。 中 性 子 束 及 び 炉 心 の 出 力 は、 炉 室 天 井 につ

けられた 3 つの 中 性 子 検 出 器 および 炉 室 天 井 の 2 つの 中 性 子 検 出 器 と、 炉 心 外 周 に 設 置 さ

れた 6 つの 中 性 子 検 出 器 によって 測 定 された。

一 定 出 力 運 転 では、 臨 界 近 接 、 反 応 度 測 定 および 静 的 な 基 礎 実 験 が 行 われた。 過 渡 出 力 運

転 では 出 力 、 圧 力 および 温 度 の 急 激 な 変 化 が、 中 性 子 吸 収 材 の 急 速 な 脱 落 などを 想 定 したパ

ルス 引 き 抜 き( 調 整 トランジェント 棒 を 圧 縮 空 気 で 急 速 に 引 抜 、 引 抜 速 度 5 m/s、 印 加 反 応

度 約 30 $/s)、 中 性 子 吸 収 材 の 緩 やかな 脱 落 などを 想 定 したランプ 引 き 抜 き( 調 整 トランジ

ェントを 定 速 で 引 抜 、 速 度 0.15 m/s、 反 応 度 約 0.8$/min)、そして、 臨 界 量 を 超 えても 燃 料 が

供 給 されることを 想 定 した 溶 液 燃 料 の 炉 心 への 連 続 給 液 (ランプ 給 液 、 給 液 速 度 60 l/min、

印 加 反 応 度 約 0.2$/min) 等 による 反 応 度 によって 印 加 される。

ランプ 給 液 による 2.7 $の 反 応 度 の 印 加 では、まず 初 期 出 力 が 数 10 kW であった 炉 心 出 力

が 数 秒 と 非 常 に 短 い 時 間 で 数 GW 程 度 まで 上 昇 する。その 炉 心 出 力 上 昇 にともない、タン

ク 内 の 中 性 子 束 が 一 番 高 いところで 放 射 線 分 解 ガス( 放 射 線 の 照 射 によって 分 子 が 分 解 さ

れて 発 生 するガス)の 生 成 がはじまり、(ボイド 反 応 度 が 負 になるように 設 計 しておけば)

ボイドによって 炉 心 の 出 力 が 急 下 降 する。 炉 心 の 出 力 が 下 がると、 放 射 線 分 解 ガスの 生 成 に

より 発 生 したボイドが 消 失 するので 再 び 急 激 に 出 力 が 上 昇 する。しかし、 燃 料 の 温 度 が 1 回

目 の 出 力 の 寄 与 で 約 10 K 上 昇 しており、 低 濃 縮 ウランでは U-238 のドップラー 効 果 によっ

て 2 回 目 の 出 力 ピーク 値 は 1 GW 程 度 となり、また、その 半 値 幅 も 大 きくなる。 再 び、 以 上

で 述 べた 出 力 上 昇 ・ 下 降 を 繰 り 返 し(ピークの 半 値 幅 は 繰 り 返 しにともない 大 きくなる)、

最 終 的 には 燃 料 温 度 が 約 348 K( 約 75℃)になって、 温 度 効 果 によって 得 られる 負 の 反 応 度

が 印 加 反 応 度 を 打 ち 消 すことで 出 力 は 一 定 になる( 詳 細 は 16-4-2 節 )。また、 臨 界 超 過 時 の

炉 心 内 の 放 射 線 分 解 ガスの 生 成 現 象 の 可 視 化 ( 高 放 射 線 量 下 での 撮 影 )に 成 功 したことも 大

きな 成 果 であるといえる。この(ガスの 生 成 現 象 を 含 む) 熱 水 力 によって 得 られる 複 雑 な 事

象 は 計 算 コードの 妥 当 性 を 明 らかにするための 非 常 に 良 いベンチマークとなっている。こ

のベンチマークは、 溶 液 燃 料 体 系 における 臨 界 事 故 の 出 力 挙 動 を 評 価 するために 開 発 され

た AGNES2 コードの 出 力 挙 動 シミュレーションの 妥 当 性 評 価 に 用 いられた[20]。

この 臨 界 集 合 体 で 得 られたデータを 参 照 して、JCO 臨 界 事 故 で 発 生 した 第 一 パルス( 超 過

臨 界 になって 初 めに 起 こる 出 力 上 昇 の 最 大 値 )の 推 定 が 行 われた。

311


第 13 章 臨 界 集 合 体

図 13-24 TRACY の 外 観

( 出 典 : 参 考 文 献 [13]、pp.54、 図 1.3.15)

図 13-25 TRACY での 実 験 装 置 の 模 式 図

( 出 典 : 参 考 文 献 [20]、pp.34、Figure 5.7.1)

312


原 子 炉 の 物 理

13.2.8 STACY [13]

定 常 臨 界 実 験 装 置 (STACY: Static Experiment Critical Facility)は、 再 処 理 施 設 等 で 用 い

られるウランおよびプルトニウム 硝 酸 水 溶 液 の 臨 界 ・ 未 臨 界 データを 取 得 することのでき

る 日 本 では 初 めての 装 置 である( 図 13-26)。 炉 心 の 形 状 および 寸 法 はタンクの 交 換 によっ

て 変 更 することができ、さらに、2 基 の 平 板 タンクをお 互 いに 離 して 設 置 (2 領 域 炉 心 )す

ることで、 中 性 子 相 互 干 渉 の 効 果 が 実 験 的 に 得 られる。STACY は 1995 年 2 月 23 日 に 初 臨

界 を 達 成 した。その 後 、 直 径 0.6 m および 0.8 m の 円 筒 炉 心 、 厚 さ 0.28 m および 0.35 m の

平 板 炉 心 、 直 径 0.8 m の 円 筒 炉 心 、 直 径 0.6 m 円 筒 非 均 質 炉 心 で、 計 429 回 の 臨 界 実 験 が 実

施 された。なお、 最 大 熱 出 力 は 200 W、 最 大 過 剰 反 応 度 は 0.8 $である。

TRACY と 同 様 に、STACY での 実 験 で 得 られた 知 見 も JCO 臨 界 事 故 の 終 息 に 大 いに 活 か

された。そして、 構 造 材 の 中 性 子 反 射 効 果 、 過 渡 出 力 挙 動 に 影 響 する 動 特 性 パラメータ、 反

応 度 係 数 等 の 実 験 データを 系 統 的 に 取 得 することによって、 核 データライブラリーの 改 良

にも 貢 献 した。これらの 実 験 結 果 は、ICSBEP の 低 濃 縮 ウラン 溶 液 系 実 験 データの 70%を 占

めるほど、 世 界 的 に 有 用 性 が 認 識 されていることを 強 調 したい。

2019 年 6 月 末 現 在 では、STACY は 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃 料 デブリで 想 定 される 幅 広

い 炉 心 条 件 で 実 験 ができるよう 更 新 作 業 が 進 行 している。

図 13-26 STACY の 外 観

出 典 ( 参 考 文 献 [13]、pp.54、 図 1.3.14)

313


第 13 章 臨 界 集 合 体

参 考 文 献

[1] “International Handbook of Evaluated Reactor Physics Benchmark Experiments,”

NEA/NSC/DOC (2006)1, Organisation for Economic Co-operation and Development/Nuclear

Energy Agency Nuclear Science Committee (2018).

[2] J. B. BRIGGS and J. GULLIFORD, “An Overview of the International Reactor Physics

Experiment Evaluation Project,” Nucl. Sci. Eng., 178, 269 (2014).

[3] K. van der Meer, D. Marloye, P. D’ Hondt, G. Minsart, T. Maldague and J. Basselier, “The Place

of EOLE, MINERVE and MASURCA Facilities in the R&D Activities of the CEA,” IGORR 10:

International Group on Research Reactors, Gaithersburg MD, Sep. 12-16 (2005).

[4] P. Fougeras, A. Chabre and C. Meergui, “VENUS - A Tool for the Research of the Neutronic

Behaviour of Pu and U Fuel,” IAEA-TECDOC-941 28047176, International Atomic energy

agency (1997).

[5] U. d Ú. Bittelli, A. dos Santos, R. Jerez, R. Diniz, L. C. C. B. Fanaro, A. Y. Abe, J. M. L. Moreira,

N. Fér, M. R. Giada and R. Fuga, “Experimental Utilization of the IPEN/MB-01 Reactor,” INIS-

XZA-C—030 36019452, International Atomic Energy Agency (1997).

[6] S. Cathalau, P. Blaise1, P. Fougeras, N. Thiollay, A. Santamarina, O. Litaize, T. Yamamoto, R.

Kanda, M. Sasagawa, T. Umano, T. Kikuchi and J. L. Nigon, “High Moderation Boiling Water

Reactors fully loaded with MOX fuel - The BASALA Experimental Program” Proc. Int. Conf.

on the Reactor Physics (PHYSOR2004), Chicago, Illinois, April 24-29 (2004). American Nuclear

Society.

[7] O. Litaize, A. Santamarina, M. Hervault, S. Cathalau, P. Fougeras, P. Blaise, T. Yamamoto, R,

Kanda, M. Sasagawa and T. Kikuchi, “Monte Carlo Analysis of High Moderation 100% MOX

BWR Cores using JEF2 and JENDL3 Nuclear Data,” Proc. Int. Conf. on the Reactor Physics

(PHYSOR2004), Chicago, Illinois, April 24-29 (2004). American Nuclear Society.

[8] H. C. Paxton, “A History of Critical Experiments at Pajarito Site,” LA-9685-H, Los Alamos

National Laboratory (1983).

[9] H. C. Paxton, “Critical Assemblies at Los Alamos,” Nucleonics, 13, 48 (1955).

[10] https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2a/Godiva-before-scrammed.jpg

[11] J. A. Favorite, “Jezebel: Reconstructing a Critical Experiment from 60 Years Ago,” LA-UR-17-

21183, Los Alamos National Laboratory (2017).

[12] https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/99/Flattop_critical_assembly.jpg

[13] 「 日 本 原 子 力 研 究 所 史 」, 日 本 原 子 力 研 究 所 (2005).

[14] 須 崎 武 則 、 森 貴 正 、「PWR 型 MOX 燃 料 を 用 いた TCA 臨 界 実 験 に 関 するモンテカルロ

コード MVP による 解 析 」、RIST ニュース、No. 37、20-29 (2004).

[15] 福 島 昌 宏 、 大 泉 昭 人 、 岩 元 大 樹 、 北 村 康 則 、「FCA-IV 炉 心 における TRU 核 種 の 核 分 裂

比 に 関 するベンチマーク 問 題 の 整 備 」、JAEA-Data/Code 2014-030 (2015).

[16] 「 五 十 年 史 」、 京 都 大 学 原 子 炉 実 験 所 (2013).

314


原 子 炉 の 物 理

[17] https://www.rri.kyoto-u.ac.jp/facilities/ca

[18] C. H. Pyeon, Y. Takemoto, T. Yagi, J. Y. Lim, Y. Takahashi and T. Misawa, “Accuracy of Reaction

Rates in the Accelerator-Driven System with 14 MeV Neutrons at the Kyoto University Critical

Assembly,” Ann. Nucl. Energy, 40, 229-236 (2012).

[19] 會 澤 栄 寿 、 山 根 祐 一 、「 過 渡 臨 界 実 験 装 置 (TRACY)の 経 験 」、 第 46 回 炉 物 理 夏 期 セミ

ナー、 日 本 原 子 力 学 会 (2014).

[20] Y. Miyoshi, L. Reverdy and H. Konishi, “Inter-Code Comparison Exercise for Criticality

Excursion Analysis. Benchmarks Phase 1: Pulse Mode Experiments with Uranyl Nitrate Solution

Using the Tracy and Silene Experimental Facilities,” OECD-NEA, No. 6285, OECD (2005).

315


316

第 13 章 臨 界 集 合 体


原 子 炉 の 物 理

第 14 章 試 験 研 究 炉

317


第 14 章 試 験 研 究 炉

内 容

第 14 章 試 験 研 究 炉 ..................................................................................................................... 317

14.1 試 験 研 究 炉 とは? ................................................................................................................ 319

14.2 新 型 炉 開 発 における 試 験 研 究 炉 の 役 割 ............................................................................ 321

14.3 試 験 研 究 炉 の 利 用 ................................................................................................................ 322

14.3.1 照 射 利 用 ........................................................................................................................ 323

14.3.2 ビーム 利 用 ..................................................................................................................... 324

14.4 日 本 国 内 の 主 な 試 験 研 究 炉 ................................................................................................ 325

14.4.1 JRR-3 .............................................................................................................................. 326

14.4.2 原 子 炉 安 全 性 試 験 炉 NSRR ......................................................................................... 326

14.4.3 高 速 実 験 炉 「 常 陽 」..................................................................................................... 327

14.4.4 材 料 試 験 炉 JMTR ......................................................................................................... 327

14.4.5 高 温 工 学 試 験 炉 HTTR ................................................................................................. 327

14.4.6 京 都 大 学 研 究 炉 KUR ................................................................................................... 328

14.4.7 近 畿 大 学 原 子 炉 UTR-KINKI ....................................................................................... 328

318


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 試 験 研 究 炉 とは 発 電 を 主 目 的 としない 原 子 炉 の 総 称 で、その 特 徴 は 設 置 目 的 に 応 じて 多

種 多 様 である。

・ 本 章 では、 日 本 国 内 の 代 表 的 な 試 験 研 究 炉 を 紹 介 する。

原 子 炉 は 主 に 発 電 用 原 子 炉 (power reactor)と 試 験 研 究 炉 (test reactor)に 大 別 される。

発 電 用 原 子 炉 であれ 試 験 研 究 炉 であれ、どちらも 原 子 炉 である 以 上 は 核 燃 料 物 質 による 核

分 裂 連 鎖 反 応 を 維 持 ・ 制 御 する 装 置 であることに 変 わりはない。しかし、 両 者 の 特 徴 と 役 割

には 大 きな 違 いがある。

本 章 では、 試 験 研 究 炉 の 特 徴 や 利 用 形 態 を 述 べ、 加 えて、 日 本 国 内 の 主 な 試 験 研 究 炉 につ

いて 紹 介 する。

14.1 試 験 研 究 炉 とは?

【この 節 のポイント】

・ 試 験 研 究 炉 は、 中 性 子 を 利 用 した 研 究 ・ 開 発 および 教 育 を 利 用 目 的 とする。

・ 試 験 研 究 炉 は、それぞれの 利 用 目 的 に 適 した 中 性 子 を 発 生 させるために 設 計 された 原 子

炉 である。

・ 試 験 研 究 炉 には、 研 究 開 発 段 階 にある 新 型 の 発 電 用 原 子 炉 や 臨 界 集 合 体 も 含 まれる。

発 電 用 原 子 炉 は、 電 気 エネルギーの 供 給 をその 目 的 とし、 核 分 裂 により 発 生 するエネルギ

ーを 電 気 の 形 でいかに 効 率 良 く、かつ 安 全 に 取 り 出 すかを 主 眼 に 置 いて 設 計 される。それに

対 し 試 験 研 究 炉 は、そこで 発 生 させる 中 性 子 を 用 いた 研 究 ・ 開 発 および 教 育 をその 利 用 目 的

とし、それぞれの 目 的 に 適 した 中 性 子 を 発 生 させるように 設 計 されている。また、 研 究 開 発

段 階 にある 新 型 の 発 電 用 原 子 炉 ( 新 型 炉 )や 第 13 章 で 述 べられている 臨 界 集 合 体 も、(2019

年 現 在 の 法 律 上 の 枠 組 みとしては) 試 験 研 究 炉 に 含 まれる。

試 験 研 究 炉 には、その 利 用 目 的 に 応 じて、 実 験 試 料 の 照 射 孔 や、 炉 心 から 中 性 子 ビームを

取 り 出 すビームライン、 中 性 子 のエネルギースペクトルを 調 整 するための 重 水 槽 など、 発 電

用 原 子 炉 には 無 い 実 験 用 の 設 備 が 設 けられていることも 特 徴 として 挙 げられる。

試 験 研 究 炉 を 分 類 する 指 標 としては、 炉 心 における 中 性 子 の 主 たるエネルギー 領 域 や 熱

出 力 、 使 用 する 核 燃 料 ・ 減 速 材 ・ 冷 却 材 の 種 類 や 形 状 、さらには 使 用 目 的 など、 様 々な 分 類

方 法 がある。 主 な 分 類 例 を 表 14-1 に 示 す。

319


第 14 章 試 験 研 究 炉

表 14-1 試 験 研 究 炉 の 分 類 例

分 類 項 目

中 性 子 のエネルギー 領 域

熱 出 力

核 燃 料 の 種 類

冷 却 材 の 種 類

減 速 材 の 種 類

使 用 目 的

熱 中 性 子 領 域 、 中 速 中 性 子 領 域 、 高 速 中 性 子 領 域

0 W~250 MW

天 然 ウラン、 濃 縮 ウラン、MOX、プルトニウム、トリウム

軽 水 、ガス、 液 体 金 属 、 冷 却 無 し

軽 水 、 重 水 、 黒 鉛 、 減 速 無 し

中 性 子 ビームの 利 用 、 中 性 子 照 射 、 材 料 試 験 、 放 射 性 同 位 元 素

(RI) 製 造 、 教 育 訓 練 、 発 電 用 原 子 炉 の 工 学 的 実 証 など

臨 界 集 合 体 を 除 く 試 験 研 究 炉 の 多 くは、 中 性 子 ビーム 炉 や 照 射 炉 、つまりは 中 性 子 の 供 給

源 としての 利 用 を 目 的 としており、このような 試 験 研 究 炉 そのものは 原 子 炉 物 理 研 究 の 対

象 にはなりにくいと 言 えるかもしれない。しかし、 試 験 研 究 炉 において 安 定 した 中 性 子 供 給

を 支 えている 基 幹 技 術 の 一 つが 原 子 炉 物 理 であることを 忘 れてはならない。

また、 新 たな 試 験 研 究 炉 を 設 置 するためには、その 利 用 目 的 に 合 わせて 炉 心 やその 周 辺 設

備 を 設 計 する 必 要 があり、これまで 設 計 ・ 建 造 ・ 運 用 されてきた 多 くの 試 験 研 究 炉 の 知 識 は

その 一 助 になるだろう。

【コラム】 試 験 研 究 炉 での 炉 物 理 実 験

臨 界 集 合 体 を 除 いた 試 験 研 究 炉 では、 炉 心 の 組 み 換 えは 容 易 ではなく、 炉 物 理 実 験 を 行 う

場 合 には、 燃 料 や 制 御 棒 、 中 性 子 検 出 器 の 種 類 や 配 置 など、 様 々な 事 柄 に 制 約 が 発 生 する。

試 験 研 究 炉 において 有 用 な 炉 物 理 実 験 を 実 施 するためには、 実 験 上 の 制 約 を 十 分 に 把 握 す

る 必 要 がある。

320


原 子 炉 の 物 理

14.2 新 型 炉 開 発 における 試 験 研 究 炉 の 役 割

【この 節 のポイント】

・ 試 験 研 究 炉 は、 新 型 炉 開 発 において 工 学 的 な 実 証 を 行 うという 重 要 な 役 割 を 担 っている。

試 験 研 究 炉 と 新 型 炉 開 発 との 関 わりを 図 14-1 に 示 す。

図 14-1 新 型 炉 開 発 と 試 験 研 究 炉 との 関 わり

発 電 用 原 子 炉 を 代 表 とする 実 用 炉 を 実 現 するにあたっては、 図 14-1 の 青 色 矢 印 で 示 すよ

うに、 研 究 開 発 を 段 階 的 に 進 める 必 要 がある。まず 始 めに、 臨 界 集 合 体 (critical assembly)

でモックアップ 炉 心 を 構 築 し、 炉 型 そのものの 臨 界 性 など 基 礎 的 な 炉 物 理 特 性 を 調 査 ・ 研 究

する。 第 13 章 で 説 明 したように、 臨 界 集 合 体 は 極 低 出 力 で 運 転 され、いつでも 安 全 に 停 止

できること、また、 温 度 変 化 がないことから、 基 礎 的 な 炉 物 理 特 性 の 検 討 には 最 適 である。

続 いて 臨 界 集 合 体 で 得 られた 知 見 ・ 成 果 を 実 験 炉 (experimental reactor)の 設 計 に 展 開 する。

実 験 炉 では、 臨 界 集 合 体 で 収 集 した 特 性 値 ( 反 応 度 や 反 応 率 などの 積 分 データ)などを 基 に、

燃 料 の 燃 焼 や 温 度 上 昇 による 核 的 影 響 (フィードバック)を 調 査 するとともに、 新 型 炉 の 材

料 や 燃 料 の 研 究 開 発 のためのデータを 取 得 する。さらにそれに 引 き 続 く 原 型 炉 (prototype

reactor)では、 実 験 炉 で 得 られた 成 果 を 反 映 しつつ、 炉 心 および 冷 却 系 の 大 型 化 や 周 辺 設

備 ・ 機 器 の 設 計 開 発 などを 行 い、 新 型 炉 システムの 工 学 的 な 成 立 性 を 確 立 する。 最 後 に 実 証

炉 (demonstration reactor)においては、ここまでの 研 究 開 発 の 成 果 を 集 約 し、 経 済 性 と 安

全 性 について 確 証 し、 実 用 炉 へと 発 展 させる。

新 型 炉 開 発 の 一 連 の 流 れの 初 期 段 階 で、 臨 界 集 合 体 は 炉 心 のモックアップ 実 験 に 供 され

るが、その 後 も、 核 データ・ 核 計 算 手 法 の 精 度 の 検 証 のためのデータを 継 続 して 取 得 すると

321


第 14 章 試 験 研 究 炉

いう 役 割 がある。

日 本 における 高 速 増 殖 炉 開 発 を 例 にとると、 臨 界 集 合 体 が「FCA」、 実 験 炉 が「 常 陽 」、 原

型 炉 が「もんじゅ」に 対 応 する。「 常 陽 」では、MK-I 炉 心 、MK-II 炉 心 、MK-III 炉 心 の 順 に

炉 心 構 成 を 大 型 化 する 改 造 を 行 っており、MK-I 炉 心 では 特 に 高 速 炉 における 燃 料 の 増 殖 の

実 証 を、MK-II 炉 心 および MK-III 炉 心 では、 新 燃 料 や 材 料 の 開 発 および 加 速 照 射 試 験 を 行

った。

14.3 試 験 研 究 炉 の 利 用

【この 節 のポイント】

・ 多 くの 試 験 研 究 炉 では 放 射 線 の 多 目 的 利 用 がなされており、その 利 用 形 態 は 炉 内 に 試 料

をセットする「 照 射 利 用 」と 炉 外 に 中 性 子 を 引 き 出 して 分 析 等 を 行 う「ビーム 利 用 」に

大 別 される。

それぞれの 試 験 研 究 炉 で 重 点 的 に 行 っている 実 験 はあるものの、ほとんどの 研 究 炉 は 放

射 線 の 多 目 的 利 用 が 主 である。 試 験 研 究 炉 の 利 用 形 態 を 分 類 すると、 図 14-2 に 示 すように、

炉 内 に 試 料 をセットする 照 射 利 用 (irradiation utilization)と、 炉 外 に 中 性 子 を 引 き 出 して

分 析 等 を 行 うビーム 利 用 (beam utilization)とに 大 別 され、その 他 にも、 炉 物 理 実 験 や 核 デ

ータの 積 分 実 験 、 人 材 育 成 といった 利 用 目 的 がある。 以 降 では、 照 射 利 用 とビーム 利 用 につ

いて 代 表 的 な 例 を 紹 介 する。

図 14-2 研 究 炉 の 多 目 的 利 用

322


原 子 炉 の 物 理

14.3.1 照 射 利 用

炉 心 内 部 に 設 けられた 照 射 設 備 を 利 用 して 以 下 に 挙 げるような 照 射 利 用 が 行 われる。な

お、 炉 心 内 部 での 照 射 であるため、 照 射 場 は 中 性 子 と 線 の 混 合 場 となる。 照 射 試 料 は、 原

子 炉 の 停 止 中 に 直 接 出 し 入 れするか、 運 転 中 に 特 殊 な 管 を 用 いて 炉 心 外 から 挿 入 すること

が 多 い。

(1) 生 物 照 射

炉 心 内 に 培 養 細 胞 や 小 動 物 などを 試 料 として 挿 入 し、 中 性 子 および 線 の 照 射 による 影 響

を 調 査 する。 植 物 の 種 子 を 原 子 炉 で 照 射 することによる 品 種 改 良 なども 行 われている。

(2) 材 料 試 験

新 型 炉 を 含 む 発 電 用 原 子 炉 の 構 造 材 や 被 覆 管 などを 炉 内 で 照 射 し、 物 性 の 変 化 を 観 測 す

る。 本 来 使 用 される 条 件 に 比 べて 極 めて 強 い 中 性 子 場 を 利 用 できるため、 発 電 用 原 子 炉 で 長

期 間 かけて 照 射 される 同 等 量 の 中 性 子 を 用 いて 短 期 間 で 照 射 する 加 速 試 験 を 行 うことがで

きる。

(3) 燃 料 開 発

新 型 炉 を 含 む 発 電 用 原 子 炉 の 新 型 の 燃 料 や 可 燃 性 毒 物 を、 研 究 炉 の 炉 心 特 性 に 大 きな 影

響 を 及 ぼさない 程 度 に 少 量 装 荷 し、 照 射 および 燃 焼 させて 燃 料 の 物 性 の 変 化 や 燃 焼 特 性 を

調 査 する。

(4) 放 射 性 同 位 元 素 製 造 (Radio Isotope(RI)production)

非 放 射 性 の 安 定 同 位 元 素 を 炉 内 で 照 射 し、 特 定 の 放 射 線 源 を 製 造 する。 主 に 医 療 用 の Mo-

99/Tc-99m や 工 業 用 の Co-60、Cf-252 などの 放 射 線 源 が 製 造 される。

(5) 放 射 化 分 析 (activation analysis)

一 部 の 成 分 が 不 確 かな 試 料 を 中 性 子 で 照 射 して 放 射 化 させると、ある 期 間 、 原 子 核 の 壊 変

に 伴 う 線 ( 壊 変 線 )が 放 出 される。 放 出 される 線 のエネルギースペクトルや 強 度 は 放 射

化 された 物 質 に 特 有 であり、 試 料 に 含 まれている 成 分 の「 指 紋 」のようなものと 言 える。こ

の 線 の 測 定 結 果 から、 未 知 物 質 の 特 定 やその 含 有 量 の 推 定 ができる。

(6) 半 導 体 製 造 (silicon doping)

ケイ 素 試 料 に 中 性 子 を 吸 収 させることにより、ケイ 素 の 一 部 が 放 射 化 し、それが 崩 壊 す

ることでリンが 生 成 され、N 型 半 導 体 を 作 ることができる。 通 常 の 化 学 的 製 造 手 法 に 比 べて

ケイ 素 中 におけるリンの 分 布 が 均 一 となるという 利 点 がある。

323


第 14 章 試 験 研 究 炉

14.3.2 ビーム 利 用

炉 心 から 主 に 水 平 方 向 に 延 びたビームラインを 用 いて、 中 性 子 ビームを 炉 外 に 取 り 出 し

て 照 射 を 行 う。 炉 心 内 における 照 射 に 比 べて 中 性 子 ビームの 強 度 は 落 ちるが、 線 との 分 離

や、エネルギースペクトルの 調 整 などが 比 較 的 容 易 である。

(1) 医 療 応 用

ホウ 素 中 性 子 補 足 療 法 (Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)とは、ホウ 素 (B-10)

の 中 性 子 吸 収 反 応 により 発 生 する 粒 子 線 (α 線 と Li-7 原 子 核 )を 利 用 したがん 治 療 法 で、 発

生 する 粒 子 線 の 飛 程 が 細 胞 1 個 分 程 度 であることから、がん 細 胞 を 選 択 的 に 破 壊 できると

いう 利 点 がある。ホウ 素 が 含 まれている 薬 剤 を 患 部 に 集 めたうえで、 人 体 の 外 部 から 中 性 子

を 照 射 し、がんの 治 療 を 行 う。B-10 は 極 めて 大 きい 熱 中 性 子 吸 収 断 面 積 を 有 することから、

主 に 熱 中 性 子 を 利 用 する。

(2) 中 性 子 散 乱 分 析 (neutron diffraction analysis)

物 質 に 中 性 子 ビームを 当 てた 際 の 中 性 子 の 散 乱 角 を 観 測 することにより、 物 質 中 の 原 子

および 分 子 の 配 列 を 測 定 する 手 法 であり、その 物 質 の 特 性 ・ 機 能 と 原 子 および 分 子 の 配 列 と

の 関 係 性 の 解 明 などに 用 いられる。

(3) 即 発 線 分 析 (Prompt -ray Analysis: PGA)

物 質 が 中 性 子 を 吸 収 した 時 に 即 時 に 放 出 される 即 発 線 が 元 素 固 有 のエネルギーを 有 し

ていることを 利 用 し、 即 発 線 のエネルギーと 強 さを 測 定 することで 物 質 中 の 元 素 の 種 類 と

量 を 分 析 することができる。 放 射 化 分 析 のできない 核 種 にも 使 用 でき、 炉 外 でのビームライ

ンで 行 うことから 大 型 の 試 料 にも 対 応 可 能 である。

(4) 検 出 器 開 発

中 性 子 検 出 器 の 開 発 には 中 性 子 照 射 場 が 必 要 であるが、Am-Be 等 の 中 性 子 源 で 用 意 でき

る 中 性 子 照 射 場 は 強 度 が 弱 いことから、 研 究 炉 のビームラインのようにエネルギースペク

トルや 強 度 を 設 定 できる 中 性 子 照 射 場 が 中 性 子 検 出 器 開 発 に 有 用 である。また、Am-Be や

加 速 器 等 の 中 性 子 源 は、 中 性 子 の 発 生 プロセスに 由 来 して 特 有 のエネルギースペクトルを

有 しているのに 対 し、 研 究 炉 のビームラインで 提 供 される 中 性 子 ビームの 多 くは 中 性 子 の

エネルギースペクトルが 幅 広 であるという 特 徴 があり、 検 出 器 開 発 には 両 方 の 中 性 子 場 を

利 用 することが 望 ましい。

(5) 中 性 子 イメージング(neutron imaging)

中 性 子 が 軽 元 素 により 散 乱 ・ 吸 収 されやすい 性 質 を 利 用 した 透 過 写 真 (または、 動 画 等 )

で、 金 属 を 主 とした 重 元 素 を 写 し 出 す X 線 イメージングとは 逆 に、 物 体 中 の 水 素 やリチウ

ム、 炭 素 といった 軽 元 素 を 写 し 出 すことができる。

324


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 炉 心 から 溢 れ 出 す 青 い 光

この 写 真 は 京 都 大 学 が 所 有 する 研 究 用 原 子 炉 (Kyoto University Research Reactor: KUR)の

運 転 終 了 直 後 の 炉 心 内 部 である。 写 真 中 央 に 位 置 する 燃 料 の 周 辺 が 青 白 く 光 っているが、 青

白 い 照 明 を 当 てているわけではない。これは、チェレンコフ 放 射 と 呼 ばれる 現 象 である。チ

ェレンコフ 放 射 とは、 荷 電 粒 子 ( 電 子 線 )の 移 動 速 度 がその 物 質 中 の 光 の 速 度 よりも 早 い 場

合 に 光 が 放 出 される 現 象 で、この 光 をチェレンコフ 光 という。KUR のようなプール 型 の 試

験 研 究 炉 では 肉 眼 でチェレンコフ 光 が 確 認 できる。

14.4 日 本 国 内 の 主 な 試 験 研 究 炉

【この 節 のポイント】

・ 日 本 国 内 の 試 験 研 究 炉 について、 主 な 利 用 目 的 と 概 要 を 紹 介 する。

試 験 研 究 炉 は 達 成 すべき 目 的 がそれぞれで 異 なるため、それぞれに 特 有 で、かつ 種 々の 工

夫 がなされ、それが 特 徴 として 表 れている。 表 14-2 に 日 本 国 内 の 主 な 試 験 研 究 炉 の 概 要 を

示 す。

325


第 14 章 試 験 研 究 炉

表 14-2 日 本 国 内 の 試 験 研 究 炉 の 概 要

熱 出 力 燃 料 減 速 材 冷 却 材 主 な 利 用 目 的

JRR-3 *1 20 MW

U 3 Si 2 -Al 分 散 型

( 板 状 燃 料 )

軽 水 軽 水 ビーム 利 用

NSRR

300 KW U-ZrH 合 金

(23 GW *4 ) (TRIGA 燃 料 )

軽 水 軽 水 事 故 研 究

*2

常 陽 140 MW

U-Pu 混 合 酸 化 物

(MOX 燃 料 )

- 金 属 Na 高 速 炉 開 発

JMTR *3 50 MW

U 3 Si 2 -Al 分 散 型

( 板 状 燃 料 )

軽 水 軽 水 材 料 試 験

HTTR 30 MW

二 酸 化 ウラン

( 被 覆 燃 料 粒 子 )

黒 鉛 He ガス 高 温 ガス 炉 開 発

KUR *3 5 MW

U 3 Si 2 -Al 分 散 型

( 湾 曲 板 燃 料 )

軽 水 軽 水 多 目 的

UTR-KNKI 1 W

U-Al 合 金

( 板 状 燃 料 )

軽 水 - 人 材 育 成

*1

改 造 後 、 *2 MK-III 炉 心 、 *3 低 濃 縮 化 後 、 *4 パルス 運 転 時

14.4.1 JRR-3

JRR-3(Japan Research Reactor No.3)は 日 本 で 初 めての 国 産 原 子 炉 として 1962 年 9 月 に 初

臨 界 を 迎 えた。その 後 、 一 括 拠 出 工 法 という 炉 心 を 丸 ごと 交 換 する 方 法 ( 事 実 上 の 廃 止 措 置

および 新 規 設 置 )を 用 いた 大 改 造 を 行 った。 現 行 炉 は、U-235 濃 縮 度 が 約 20 wt%の U 3 Si 2 -Al

分 散 型 板 状 燃 料 を 用 いた 軽 水 減 速 軽 水 冷 却 重 水 反 射 体 のプール 型 原 子 炉 であり、その 熱 出

力 は 20 MW である。

JRR-3 はいわゆる 中 性 子 ビーム 炉 と 呼 ばれ、 炉 外 の 実 験 設 備 に 安 定 した 中 性 子 ビームを 供

給 することを 目 的 としており、 高 い 中 性 子 束 と、 液 体 水 素 冷 却 材 を 用 いることで 得 られる、

熱 中 性 子 よりもエネルギーの 低 い 冷 中 性 子 ビームが 大 きな 特 徴 である。

なお、 改 造 前 の 炉 心 は、 天 然 ウラン 金 属 の U-Al 分 散 型 板 状 燃 料 を 用 いた 重 水 減 速 重 水 冷

却 のタンク 型 原 子 炉 であり、その 熱 出 力 は 10 MW であった。

14.4.2 原 子 炉 安 全 性 試 験 炉 NSRR

原 子 炉 安 全 性 試 験 炉 (Nuclear Safety Research Reactor: NSRR)は 反 応 度 事 故 時 における 核

燃 料 の 安 全 性 を 研 究 するための 専 用 原 子 炉 として 建 造 され、1975 年 6 月 に 初 臨 界 を 迎 えた。

炉 心 はいわゆる TRIGA 型 で、 通 称 TRIGA 燃 料 と 呼 ばれる 17%U-ZrH1.6 合 金 ( 水 素 化 ウラ

ン-ジルコニウム 合 金 )を 燃 料 としている。TRIGA 燃 料 は、 温 度 上 昇 時 の 負 のフィードバッ

ク 効 果 が 大 きく、 自 己 制 御 性 が 極 めて 高 い 燃 料 と 言 われている。

NSRR の 最 大 の 特 徴 は、トランジェント 棒 と 呼 ばれる 制 御 棒 の 引 き 抜 きにより 瞬 間 的 に 正

326


原 子 炉 の 物 理

の 反 応 度 ( 最 大 で 4.7 $)を 添 加 するパルス 運 転 が 可 能 なことで、パルス 運 転 時 の 最 高 熱 出

力 は 23 GW と、 電 気 出 力 が 118 万 kW の 発 電 用 原 子 炉 の 熱 出 力 に 対 応 する 約 3.4 GW と 比

べても 格 段 に 高 い。ただし、 出 力 パルスの 発 生 幅 ( 時 間 )が 短 いため、 出 力 パルスの 間 に 燃

料 に 蓄 積 するエネルギーは 小 さく、パルス 運 転 により 燃 料 が 破 損 することはない。

NSRR では、パルス 運 転 機 能 に 加 えて、 発 電 用 原 子 炉 内 の 高 温 ・ 高 圧 の 環 境 を 再 現 できる

実 験 設 備 を 備 えており、 発 電 用 原 子 炉 の 反 応 度 事 故 の 模 擬 実 験 が 可 能 である。

14.4.3 高 速 実 験 炉 「 常 陽 」

高 速 実 験 炉 「 常 陽 」は MOX 燃 料 と 液 体 ナトリウム 冷 却 材 を 用 いる 日 本 で 初 めての 高 速 増

殖 炉 であり、1977 年 4 月 に 初 臨 界 を 迎 えた。「 常 陽 」は、その 後 の 原 型 炉 「もんじゅ」や 実

証 炉 の 開 発 のための 基 礎 研 究 を 目 的 として 建 造 された。「もんじゅ」の 運 転 を 想 定 し、 熱 出

力 75 MW の MK-I 炉 心 から 100 MW の MK-II 炉 心 、140 MW の MK-III 炉 心 へと 段 階 的 に 改

造 され、これまでに 行 われた 多 くの 研 究 開 発 の 成 果 も 含 め、 現 在 も 高 速 増 殖 炉 開 発 に 大 きく

貢 献 している。

14.4.4 材 料 試 験 炉 JMTR

材 料 試 験 炉 (Japan Materials Testing Reactor: JMTR)は 原 子 炉 材 料 や 核 燃 料 の 照 射 試 験 及 び

放 射 性 同 位 元 素 製 造 用 の 原 子 炉 として 建 造 され、1968 年 3 月 に 初 臨 界 を 迎 えた。 軽 水 減 速

軽 水 冷 却 のタンク 型 原 子 炉 で 熱 出 力 は 50 MW である。 設 置 当 初 は 濃 縮 度 93 wt%の 高 濃 縮

ウランを 燃 料 としていたが、1994 年 からは 約 20 wt%の 低 濃 縮 ウランを 燃 料 としており、 日

本 国 内 で 初 めてウラン 燃 料 の 低 濃 縮 化 を 行 った 試 験 研 究 炉 である。

JMTR の 最 大 の 特 徴 は 高 い 中 性 子 束 ( 最 大 4×10 18 n/m 2 /sec)にあり、 他 の 試 験 研 究 炉 と 比

べて 短 期 間 で 原 子 炉 材 料 や 核 燃 料 の 照 射 試 験 を 行 うことができる。

なお、JMTR は、 令 和 元 年 9 月 に 廃 止 措 置 計 画 の 認 可 申 請 を 行 っており、 今 後 廃 止 措 置 に

入 る 予 定 である。

14.4.5 高 温 工 学 試 験 炉 HTTR

高 温 ガス 炉 は、 原 子 炉 を 熱 源 として 利 用 することを 目 的 として 研 究 開 発 が 進 められてき

た。 冷 却 材 としてガスを 用 いることにより、 炉 心 出 口 における 冷 却 材 温 度 は 1,000℃に 迫 り、

極 めて 用 途 の 広 い 熱 源 となることが 期 待 されている。

高 温 工 学 試 験 炉 (High Temperature engineering Test Reactor: HTTR)は、 炭 化 ケイ 素 (SiC)

で 多 重 に 被 覆 した 小 さな 粒 状 の 二 酸 化 ウランを 黒 鉛 中 に 分 散 させた 特 殊 な 燃 料 コンパクト

を 燃 料 として 用 い、かつ 反 射 体 として 黒 鉛 、 冷 却 材 として He ガスを 用 いる 高 温 ガス 炉 で、

1998 年 11 月 に 初 臨 界 を 迎 えた。

その 特 徴 は 何 と 言 っても 極 めて 高 い 冷 却 材 出 口 温 度 で、2004 年 4 月 19 日 に 950℃を 達 成

しており、 現 在 は 熱 化 学 水 素 製 造 法 のひとつである IS プロセスによる 水 素 製 造 の 熱 源 とし

て 研 究 開 発 が 進 められている。また、ガス 冷 却 炉 の 特 徴 として、 出 力 密 度 が 水 冷 却 炉 に 比 べ

327


第 14 章 試 験 研 究 炉

て 小 さいことが 挙 げられる。この 特 徴 は、 同 出 力 の 水 冷 却 炉 に 比 べて 炉 心 を 含 む 様 々な 設 備

が 大 型 化 するという 欠 点 にもつながるが、 冷 却 機 能 が 喪 失 した 時 に、 熱 容 量 が 大 きいことか

ら 温 度 の 変 化 が 緩 やかであり、また 自 然 循 環 での 冷 却 が 期 待 できるといった 大 きな 利 点 に

もなる。

14.4.6 京 都 大 学 研 究 炉 KUR

京 都 大 学 研 究 炉 (Kyoto University Research Reactor: KUR)は 軽 水 減 速 軽 水 冷 却 のスイミン

グプール 型 原 子 炉 で、1964 年 6 月 に 初 臨 界 を 迎 えた。 設 置 当 初 の 熱 出 力 は 1 MW で、 後 に

熱 出 力 を 5 MW まで 上 昇 した。 燃 料 には、 当 初 濃 縮 度 が 約 93 wt%のウラン 板 状 燃 料 を 使 用

していたが、 現 在 は 燃 料 の 低 濃 縮 化 を 実 施 し、 濃 縮 度 が 約 20 wt%のウラン 板 状 燃 料 (U 3 Si 2 -

Al)を 使 用 している。また、 制 御 棒 にはホウ 素 入 りステンレス 鋼 を 使 用 している。

KUR は 炉 内 の 照 射 孔 に 試 料 を 送 る 輸 送 管 や 炉 外 に 中 性 子 ビームを 取 り 出 すビームライン

を 多 く 有 しているが、 特 徴 的 な 設 備 として 重 水 中 性 子 照 射 設 備 が 挙 げられる。この 設 備 は、

重 水 を 用 いて 効 率 的 に 熱 中 性 子 を 取 り 出 すためのものであり、γ 線 の 混 在 の 少 ない 熱 中 性

子 場 を 得 ることができる。この 設 備 では、ホウ 素 中 性 子 補 足 療 法 (BNCT)によるガン 治 療

の 臨 床 研 究 が 進 められており、その 治 療 件 数 は 世 界 最 多 を 誇 る。

図 14-3 KUR 外 観 および 炉 心

14.4.7 近 畿 大 学 原 子 炉 UTR-KINKI

近 畿 大 学 原 子 炉 (University Teaching and Research reactor: UTR-KINKI)は 日 本 初 の 民 間 に

よって 運 営 される 原 子 炉 である。 軽 水 減 速 黒 鉛 反 射 の 二 分 割 炉 心 を 有 するアルゴノート 型

原 子 炉 (Argonne Nuclear Assembly University Training: Argonaut)で、 燃 料 には 板 状 の U-Al 合

金 を、 制 御 棒 にはカドミウム 板 を 使 用 している。 初 臨 界 は 1961 年 11 月 で、2019 年 現 在 で

運 転 を 継 続 する 国 内 の 原 子 炉 では 最 も 古 い。

UTR-KINKI の 熱 出 力 は 1 W と 他 の 試 験 研 究 炉 と 比 べても 極 めて 低 く、 炉 心 の 冷 却 は 不 要

である。また、 核 燃 料 から 放 出 される 放 射 線 量 も 少 ないことから、 教 育 訓 練 に 適 した 原 子 炉

である。

328


原 子 炉 の 物 理

図 14-4 UTR-KINKI 炉 心 及 び 制 御 盤

【コラム】 人 類 史 上 初 の 原 子 炉 と 日 本 初 の 原 子 炉

人 類 史 上 、 初 めて 臨 界 に 達 した 原 子 炉 は CP-1(Chicago Pile 1)で、アメリカ 合 衆 国 シカ

ゴ 大 学 のフットボール 場 の 観 客 席 下 に 秘 密 裏 に 作 られた。 球 状 の 天 然 ウラン 燃 料 と 黒 鉛 ブ

ロックの 減 速 材 を 積 み 上 げて 作 られ、 初 臨 界 は 1942 年 12 月 2 日 の 15 時 25 分 ごろと 言 わ

れている。 反 応 度 制 御 にはカドミウム 制 御 棒 が、 出 力 監 視 には BF-3 検 出 器 が 使 われた。

日 本 国 内 で 初 めて 臨 界 に 達 した 原 子 炉 は JRR-1(Japan Research Reactor No.1)であり、 初

臨 界 は 1957 年 8 月 27 日 である。JRR-1 は 溶 液 燃 料 を 用 いた 研 究 炉 で、 運 転 中 に 放 射 線 分 解

により 気 泡 が 発 生 し、 水 が 沸 騰 しているように 見 えることから、ウォーターボイラー 型 と 呼

ばれた。 稼 働 期 間 中 は 照 射 利 用 から 人 材 育 成 まで 幅 広 く 利 用 されたが、2019 年 現 在 では 廃

止 措 置 も 完 了 し、 建 物 や 設 備 が 記 念 展 示 館 として 公 開 されている。

【コラム】 原 子 力 船 「むつ」

原 子 力 船 「むつ」は 日 本 では 初 めての 原 子 力 動 力 船 であり、1969 年 6 月 12 日 に 進 水 、

1974 年 8 月 28 日 に 太 平 洋 上 で 初 臨 界 を 迎 えた。 原 子 炉 本 体 は PWR の 小 型 版 と 言 え、 熱 出

力 は 36 MW であった。 原 子 炉 で 発 生 した 熱 により 蒸 気 タービンを 回 し、スクリューを 駆 動

させるが、この 方 式 は、 基 本 的 にアメリカ 合 衆 国 やロシアが 所 有 する 原 子 力 空 母 や 原 子 力 潜

水 艦 などの 他 の 原 子 力 船 舶 と 同 様 である。

原 子 力 船 「むつ」の 原 子 炉 本 体 や 原 子 炉 の 制 御 盤 等 は 船 体 から 取 り 出 され、2019 年 現 在 、

むつ 科 学 技 術 館 に 展 示 されている。また、 船 体 は、 動 力 をディーゼル 機 関 に 換 装 し、 海 洋 地

球 研 究 船 「みらい」として 現 在 も 運 用 されている。

329


330

第 14 章 試 験 研 究 炉


原 子 炉 の 物 理

第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

331


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

内 容

第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理 ................................................................. 331

15.1 原 子 力 の 安 全 確 保 と 原 子 力 安 全 の 目 的 ............................................................................ 333

15.1.1 原 子 力 の 安 全 確 保 ......................................................................................................... 334

15.1.2 原 子 力 安 全 の 目 的 と「 止 める・ 冷 やす・ 閉 じ 込 める」 ......................................... 337

15.2 物 理 障 壁 の 健 全 性 と 破 損 .................................................................................................... 339

15.2.1 被 覆 管 の 破 損 モード ..................................................................................................... 340

15.2.2 原 子 炉 容 器 の 破 損 モード ............................................................................................. 343

15.2.3 格 納 容 器 の 破 損 モード ................................................................................................. 345

15.3 安 全 評 価 の 概 要 .................................................................................................................... 347

15.3.1 決 定 論 的 安 全 評 価 ......................................................................................................... 347

15.3.2 確 率 論 的 リスク 評 価 (Probabilistic Risk Assessment: PRA) ................................... 350

15.4 安 全 評 価 と 原 子 炉 の 物 理 .................................................................................................... 352

332


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 原 子 力 安 全 の 目 的 は、「 人 と 環 境 を 放 射 線 の 有 害 な 影 響 から 防 護 すること」である。

・ これを 達 成 するために、 多 様 な 安 全 対 策 ( 防 護 手 段 )を 複 数 用 いる 深 層 防 護 の 考 え 方 が 用

いられる。

・ 放 射 性 物 質 および 放 射 線 を 封 じ 込 めるための 物 理 障 壁 の 健 全 性 を 確 認 するために、プラ

ントの 安 全 評 価 が 行 われるが、その 際 の 炉 心 特 性 パラメータとして 炉 物 理 計 算 の 結 果 が

用 いられる。

・ 原 子 炉 の 物 理 は、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 制 御 するという、 原 子 力 安 全 の 確 保 において 最 も

重 要 な 基 盤 である。

炉 物 理 部 会 が 2017 年 に 策 定 した「 原 子 炉 物 理 分 野 の 研 究 開 発 ロードマップ 2017 年 版 」

において、 原 子 炉 物 理 のミッション( 使 命 )は、「 原 子 核 分 裂 反 応 を 主 とした 中 性 子 と 原 子

核 の 相 互 作 用 を 中 核 とする 学 術 分 野 において、 原 子 力 システムで 発 生 する 様 々な 物 理 現 象

を 深 く 理 解 し、 安 全 に 制 御 することにより、 人 類 社 会 の 健 全 かつ 持 続 的 な 発 展 に 寄 与 する」

と 記 載 されている。 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 事 故 に 言 及 するまでもなく、 原 子 力 利 用 におい

て、 安 全 性 の 確 保 が 最 優 先 事 項 であることは 明 らかであろう。

本 章 では、 原 子 炉 の 物 理 と 原 子 力 発 電 プラントの 安 全 性 の 関 係 について 述 べる。 原 子 力 安

全 の 確 保 において、 最 も 重 要 なことの 一 つは、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 的 確 に 制 御 することであ

る。これはまさに 原 子 炉 の 物 理 の 対 象 であり、この 意 味 では、 原 子 炉 の 物 理 は 原 子 力 安 全 確

保 の 最 も 重 要 な 基 盤 を 担 っているといえる。

一 方 、 原 子 炉 の 炉 心 の 核 設 計 で 一 般 的 に 対 象 とするのは、 炉 心 内 の 出 力 の 平 坦 さを 表 す 出

力 ピーキング 係 数 、 原 子 炉 の 温 度 変 化 などに 対 する 反 応 度 変 化 を 示 す 反 応 度 係 数 、 制 御 棒 に

よる 反 応 度 といった 炉 物 理 的 な 炉 心 特 性 パラメータであるが、これらは、 原 子 力 安 全 の 目 的

である「 人 と 環 境 を 放 射 線 の 有 害 な 影 響 から 防 護 すること」を 直 接 判 断 できるものではない。

では、 炉 心 特 性 パラメータと 安 全 性 の 確 保 はどのような 関 係 になっているのか?これらの

関 係 を 理 解 しておくことは、 原 子 力 プラントの 安 全 確 保 を 理 解 する 上 で 重 要 である。

本 章 では、 以 上 の 観 点 を 含 めつつ、 原 子 炉 の 物 理 と 原 子 力 プラントの 安 全 性 について 説 明

する。

15.1 原 子 力 の 安 全 確 保 と 原 子 力 安 全 の 目 的

【この 節 のポイント】

・ 原 子 力 プラントの 安 全 確 保 には、 労 働 安 全 と 原 子 力 安 全 の 2 種 類 がある。

・ 原 子 力 安 全 の 目 的 は、「 人 と 環 境 を 原 子 力 の 施 設 と 活 動 に 起 因 する 放 射 線 の 有 害 な 影 響

から 防 護 すること」である。

・ 原 子 力 安 全 の 目 的 を 達 成 するために、 異 常 時 には 核 分 裂 連 鎖 反 応 を「 止 め」、 崩 壊 熱 を

除 去 することで 燃 料 を「 冷 やし」、その 結 果 として 放 射 性 物 質 を 物 理 障 壁 の 内 部 に「 閉

じ 込 める」。このプロセスは、「 止 める・ 冷 やす・ 閉 じ 込 める」と 表 現 される。

333


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

15.1.1 原 子 力 の 安 全 確 保

「 原 子 力 利 用 において 安 全 性 の 確 保 は 最 優 先 」とはよく 言 われることであるが、 原 子 力 プ

ラントにおいて 安 全 性 を 確 保 するためには、どのようなことが 実 現 されれば 良 いのであろ

うか。

まず、 一 般 的 に「 安 全 (safety)」とはどのような 状 態 であろうか。 実 は、 安 全 を「 否 定 形 」

を 使 わずに 定 義 することは 難 しい。すなわち、「○○が 安 全 というものである」という 言 い

方 は 困 難 であり、 安 全 かどうかは、「 危 険 性 がないかどうか」という 問 いに 置 き 換 えられる。

この 問 いからは、「 危 険 がない 状 態 が 安 全 」、ということになる。しかし、 科 学 技 術 において、

リスクがゼロ、すなわち「 絶 対 安 全 」は 実 現 不 可 能 である。そのため、 科 学 技 術 分 野 におい

ては、「 危 険 性 (リスク、risk)が 社 会 から 幅 広 く 受 け 入 れられる 水 準 以 下 に 抑 制 されてい

る」 状 態 を 安 全 と 定 義 されることが 一 般 的 である。

【コラム】 社 会 から 幅 広 く 受 け 入 れられる 水 準 のリスクと 安 全 目 標

原 子 力 発 電 所 は、どの 程 度 安 全 であれば、 十 分 に 安 全 といえる( 言 い 換 えると 十 分 にリス

クが 低 いといえる)のであろうか。これは、 原 子 力 開 発 の 初 期 から”How safe is safe enough?”

という 形 で 問 い 続 けられてきた 問 題 でもある。

これに 答 えようとする 試 みの 一 つが 安 全 目 標 (safety goals)である。 日 本 では、 旧 原 子 力

安 全 委 員 会 の 安 全 目 標 専 門 部 会 が「 安 全 目 標 に 関 する 調 査 審 議 状 況 の 中 間 とりまとめ」を 平

成 15 年 12 月 に 公 表 している。 安 全 目 標 は 原 子 力 安 全 規 制 活 動 の 下 で 事 業 者 が 達 成 すべき、

事 故 による 危 険 性 (リスク)の 抑 制 水 準 を 示 す 定 性 的 目 標 と、その 具 体 的 水 準 を 示 す 定 量 的

目 標 で 構 成 されている。 中 間 とりまとめでは、 安 全 目 標 を 議 論 する 理 由 を「 様 々な 原 子 力 利

用 活 動 に 係 るリスク 管 理 者 にそれぞれの 分 野 で 健 康 被 害 の 可 能 性 を 抑 制 するために 行 うべ

き 活 動 の 深 さや 広 さを 共 通 の 指 標 で 示 すことができる」ためとしている。この 中 間 とりまと

め 案 における 安 全 目 標 の 案 は 以 下 のとおりである。

[ 定 性 的 安 全 目 標 案 ]

原 子 力 利 用 活 動 に 伴 って 放 射 線 の 放 射 や 放 射 性 物 質 の 放 散 により 公 衆 の 健 康 被 害 が 発 生

する 可 能 性 は、 公 衆 の 日 常 生 活 に 伴 う 健 康 リスクを 有 意 には 増 加 させない 水 準 に 抑 制 され

るべきである。

[ 定 量 的 安 全 目 標 案 ]

原 子 力 施 設 の 事 故 に 起 因 する 放 射 線 被 ばくによる、 施 設 の 敷 地 境 界 付 近 の 公 衆 の 個 人 の

平 均 急 性 死 亡 リスクは、 年 あたり 百 万 分 の1 程 度 を 超 えないように 抑 制 されるべきである。

原 子 力 施 設 の 事 故 に 起 因 する 放 射 線 被 ばくによって 生 じ 得 るがんによる、 施 設 からある

範 囲 の 距 離 にある 公 衆 の 個 人 の 平 均 死 亡 リスクは、 年 あたり 百 万 分 の1 程 度 を 超 えないよ

うに 抑 制 されるべきである。

334


原 子 炉 の 物 理

さらにこの 安 全 目 標 への 適 合 状 況 を 検 討 する 目 安 として、 性 能 目 標 が 以 下 のように 議 論

されている。

[ 性 能 目 標 案 ]

炉 心 損 傷 頻 度 :10 -4 [/ 炉 年 ]

格 納 容 器 損 傷 頻 度 :10 -5 [/ 炉 年 ]

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 では、セシウム(Cs)による 土 地 汚 染 により、 広 い 地 域 で 長 期

間 帰 還 できないなどの 深 刻 な 社 会 的 影 響 が 発 生 した。 旧 原 子 力 安 全 委 員 会 の 安 全 目 標 は 主

として 健 康 リスクに 着 目 したものであったことから、 土 地 汚 染 に 関 連 する 性 能 目 標 として、

原 子 力 規 制 委 員 会 では 以 下 を 提 示 した。 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 では、Cs 換 算 で 10,000

TBq 程 度 の 放 射 性 物 質 が 放 出 されており、この 性 能 目 標 は、その 1/100 程 度 となっている。

[ 性 能 目 標 ]

Cs 換 算 で 100 TBq を 超 える 放 射 性 物 質 の 放 出 頻 度 :10 -6 [/ 炉 年 ]

【コラム】 健 康 診 断 ( 人 間 ドック)と 安 全 目 標 とサロゲート

健 康 診 断 や 人 間 ドックの 目 的 は、 何 であろうか。 安 全 目 標 風 に 言 うと、 健 康 診 断 や 人 間 ド

ックの「 定 性 的 目 標 」は、「 健 康 に 過 ごせること」といえるのではないだろうか。

では、 定 性 的 目 標 が「 健 康 に 過 ごせること」であったとして、それをどのように 判 定 すれ

ば 良 いだろうか。 厳 密 に 考 えるとなにがしかの 判 定 基 準 が 必 要 になるだろう。 例 えば、「 次

の 1 年 間 に 健 康 を 害 する 確 率 が○○%」という 形 かもしれない。これが、 安 全 目 標 で 言 うと

ころの「 定 量 的 目 標 」に 相 当 すると 考 えても 良 いだろう。

では、 仮 に「 定 量 的 目 標 」が 決 まったとして、それが 満 足 されているかどうかをどのよう

に 判 断 すれば 良 いだろうか。これは、かなり 難 しい 問 題 である。

一 般 的 に、 健 康 診 断 や 人 間 ドックで 測 定 しているパラメータ( 血 圧 、γ-GTP、 尿 酸 値 、

HDL/LDL コレステロール、 中 性 脂 肪 、 血 糖 値 、などなど)は、 疾 患 (になる 確 率 )と 相 関

がある。 例 えば、 年 齢 、 性 別 、 喫 煙 頻 度 、 身 長 、 体 重 、 血 圧 、BMI、 糖 尿 病 の 有 無 などのパ

ラメータを 入 力 すると、 向 こう 10 年 間 に 脳 卒 中 になる 確 率 を 計 算 する 計 算 式 がある。 脳 卒

中 になる 確 率 は、 様 々な 身 体 状 態 の 相 互 作 用 によって 決 まると 考 えられるが、 容 易 に 測 定 で

きるパラメータを 用 いて、この 確 率 を 比 較 的 簡 単 な 計 算 式 で 模 擬 している(あるいは 代 替 し

ている)と 言 える。このように、 複 雑 な 現 象 の 代 わりになる 簡 単 なモデルをサロゲートモデ

ル( 代 理 モデル)と 呼 ぶ。

健 康 診 断 や 人 間 ドックで 様 々な 測 定 を 行 うのは、これらの 測 定 値 が、 疾 患 になる 確 率 (あ

るいは 疾 病 の 有 無 )を 評 価 するサロゲートモデルの 入 力 になるためであり、 血 圧 などのパラ

メータが、 安 全 目 標 における 性 能 目 標 に 相 当 すると 言 えそうである。すなわち、 安 全 目 標 は

人 と 環 境 への 影 響 に 関 する 目 標 であるが、その 目 標 への 適 合 性 を 評 価 する 良 い 指 標 ( 性 能 目

335


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

標 )として、 炉 心 損 傷 頻 度 (Core Damage Frequency: CDF)や 格 納 容 器 機 能 喪 失 頻 度

(Containment Failure Frequency: CFF)、あるいは、 早 期 大 規 模 放 出 頻 度 (Large Early Release

Frequency: LERF)、 放 射 性 物 質 放 出 量 などを 用 いていると 理 解 すれば 良 い。

血 圧 だといくつかの 判 断 基 準 があるが、 例 えば 140 mmHg という 判 断 基 準 があったとし

て、 測 定 値 が 141 mmHg であれば、 即 不 健 康 、という 判 断 にはならないであろう。 他 のいろ

いろなパラメータを 見 ながら 様 子 を 見 つつ、 血 圧 を 下 げる 方 策 を 検 討 するかもしれない。 一

方 、 最 高 血 圧 が 200 mmHg と 判 断 基 準 を 大 幅 に 上 回 っている 場 合 は、 即 何 らかの 対 応 を 取 る

必 要 があろう。 安 全 目 標 における 性 能 目 標 も 同 じ 位 置 づけであり、 例 えば CDF を 目 標 値

(10 -4 [/ 炉 年 ])と 比 較 し、 少 しでも 目 標 値 より 大 きいと×、そうでないなら○、という 判 断

にはなじまない。

原 子 力 プラントにおける 安 全 性 は、 労 働 安 全 に 関 するものと 原 子 力 安 全 に 関 するものに

大 別 することができる。 傷 害 や 中 毒 などに 代 表 される 労 働 安 全 は、 広 く 産 業 一 般 に 共 通 する

ものであり、 原 子 力 プラントに 特 有 なものではない。 一 方 、 原 子 力 安 全 は 放 射 線 リスクに 起

因 するものであり、 原 子 力 プラントに 特 有 で、また、 放 射 線 リスクは 影 響 が 非 常 に 大 きくな

り 得 る 特 徴 を 有 している。このため、 本 章 では、 特 に 原 子 力 安 全 に 着 目 して 説 明 を 行 う。な

お、 原 子 力 プラントにおいて、 労 働 安 全 は 一 般 産 業 と 同 じく 軽 視 できない。

336


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 美 浜 3 号 機 二 次 系 配 管 破 断 事 故

平 成 16 年 8 月 、 美 浜 3 号 機 (PWR)において 二 次 系 配 管 の 破 損 事 故 が 発 生 した。PWR の

二 次 系 配 管 内 を 流 れる 水 は、 炉 心 を 通 らず、 放 射 性 物 質 は 含 まれていないため、この 事 故 に

おける 放 射 線 リスクはなかったが、 配 管 内 を 流 れていた 高 温 高 圧 ( 約 9 気 圧 、140℃)の 冷

却 水 により 11 名 の 作 業 員 の 方 が 死 傷 するという 大 事 故 になった。 事 故 の 直 接 原 因 は、 破 損

した 場 所 の 配 管 の 肉 厚 が 薄 くなっていたにも 関 わらず、 見 落 としのため 当 該 配 管 の 検 査 が

行 われていなかったことであった。この 例 以 外 にも、 原 子 力 プラントにおいて 労 働 災 害 は 引

き 続 き 発 生 しており、 労 働 安 全 の 確 保 は 重 要 な 課 題 である。

二 次 系

一 次 系

図 15-1 美 浜 3 号 機 二 次 系 配 管 破 断 事 故 の 概 要

出 典 : 原 子 力 ・エネルギー 図 面 集 2016 ( 原 子 力 文 化 財 団 )

15.1.2 原 子 力 安 全 の 目 的 と「 止 める・ 冷 やす・ 閉 じ 込 める」

前 節 で、 原 子 力 プラントの 安 全 確 保 には、 労 働 安 全 と 原 子 力 安 全 の 二 つの 側 面 があること

を 述 べた。 原 子 力 プラントにとって 重 要 となる 原 子 力 安 全 の 目 的 は 以 下 の 通 りである 1 。

「 人 と 環 境 を 原 子 力 の 施 設 と 活 動 に 起 因 する 放 射 線 の 有 害 な 影 響 から 防 護 すること」

放 射 線 の 影 響 は、 原 子 力 プラントに 特 有 であり、かつ、 広 い 範 囲 に 非 常 に 深 刻 な 影 響 をも

たらしえる。 原 子 力 安 全 の 目 的 を 達 成 するためには、 放 射 性 物 質 および 放 射 線 が 制 御 される

ことなく 原 子 力 施 設 から 有 意 に 放 出 されることを 防 ぐ 必 要 がある。 具 体 的 には、 放 射 性 物 質

および 放 射 線 を 閉 じ 込 める( 遮 蔽 する) 物 理 的 な 壁 を 健 全 な 状 態 に 保 っておくことで、 原 子

力 安 全 の 目 的 を 達 成 することができる。 物 理 障 壁 は、 放 射 性 物 質 および 放 射 線 を 閉 じ 込 める

物 理 的 な 壁 のことであり、 原 子 力 発 電 所 の 通 常 運 転 時 はもちろんのこと、 事 故 時 において 物

理 障 壁 が 破 損 しないかどうか( 健 全 であるかどうか)を 確 認 することが 重 要 となる。

原 子 力 発 電 では、 核 分 裂 に 伴 って 発 生 する 核 分 裂 生 成 物 は、その 多 くが 強 い 放 射 線 を 出 す

1

「 原 子 力 安 全 の 基 本 的 考 え 方 について 第 I 編 」、 日 本 原 子 力 学 会 (2013).

337


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

放 射 性 物 質 である。 第 10 章 でも 説 明 したように、 軽 水 炉 を 含 む 一 般 的 な 原 子 炉 では、 炉 心

で 発 生 する 放 射 性 物 質 を 封 じ 込 める 物 理 的 な 障 壁 として 以 下 のものがある。

燃 料 ペレット

被 覆 管

原 子 炉 容 器

格 納 容 器

( 原 子 炉 建 屋 )

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 では、これらの 物 理 障 壁 がすべて 機 能 しなくなった 結 果 、 外 部

の 環 境 中 に 放 射 性 物 質 が 大 量 に 放 出 される 事 態 となった。

燃 料 ペレットについては、 多 く 種 類 の 放 射 性 物 質 を 閉 じ 込 める 機 能 があるが、 希 ガスや 揮

発 性 の 高 い 放 射 性 物 質 の 閉 じ 込 め 機 能 は 不 完 全 である。また、 原 子 炉 建 屋 については、 十 分

な 気 密 性 が 要 求 されているわけではないため、 非 常 用 空 調 設 備 により 放 射 性 物 質 を 吸 着 す

るフィルターを 通 して 換 気 することで 建 屋 内 を 大 気 圧 よりやや 気 圧 が 低 い 負 圧 の 状 態 に 保

つ 設 計 としている。 負 圧 にすることで、 原 子 炉 建 屋 の 外 から 中 にのみ 空 気 が 移 動 することに

なり、 仮 に 事 故 等 で 原 子 炉 建 屋 内 において 放 射 性 物 質 が 放 出 されても、この 放 射 性 物 質 が 外

部 に 広 がるのを 防 ぐことが 出 来 る。シビアアクシデント 時 に 空 調 が 使 えなくなったとして

も、 炉 心 から 放 出 された 放 射 性 物 質 が 原 子 炉 建 屋 内 の 機 器 や 壁 等 に 沈 着 することで、 環 境 中

に 放 出 される 放 射 性 物 質 を 低 減 させる 効 果 がある。

では、これらの 物 理 障 壁 の 健 全 性 は、どのように 確 認 すればよいであろうか。15.3 節 で 詳

しく 述 べるが、 物 理 障 壁 に 対 する 最 大 の 脅 威 は、 核 燃 料 から 出 る 熱 エネルギーである。 原 子

炉 において、 熱 エネルギーの 発 生 源 は 核 分 裂 および 崩 壊 熱 ( 放 射 性 崩 壊 )であることから、

原 子 力 プラントにおいて 異 常 が 発 生 した 場 合 には、 最 大 の 発 熱 源 である 核 分 裂 反 応 を「 止

め」、 引 き 続 き 発 生 する 崩 壊 熱 を 適 切 な 手 段 で 原 子 炉 外 に 逃 すことで「 冷 やし」、その 結 果 と

して 物 理 障 壁 を 健 全 に 保 ち、 放 射 性 物 質 を「 閉 じ 込 める」 必 要 がある。このプロセスは「 止

める・ 冷 やす・ 閉 じ 込 める(reactivity control, cooling, confinement)」と 表 現 されることがあ

る。

先 に 述 べたように、 原 子 力 安 全 の 目 的 は「 人 と 環 境 を 放 射 線 リスクから 防 護 すること」で

あるため、 原 子 力 安 全 の 目 的 を 達 成 するためには、 放 射 性 物 質 と 放 射 線 を「 閉 じ 込 める」こ

とが 達 成 されればよい。これを 確 実 に 達 成 するために、 核 分 裂 反 応 を「 止 める」こと、 崩 壊

熱 を 除 去 して「 冷 やす」ことが 要 求 されると 考 えることもできる。

【コラム】 深 層 防 護

原 子 力 安 全 の 目 的 を 達 成 するために、 原 子 炉 の 設 計 では、 深 層 防 護 (defense in depth)と

いう 概 念 が 用 いられる。 深 層 防 護 とは、 我 々の 知 識 の 不 完 全 さ 等 に 起 因 する 不 確 かさへの 備

えとして、 多 種 の 防 護 策 を 組 み 合 わせることで、 全 体 として 防 護 の 信 頼 性 をできるだけ 向 上

338


原 子 炉 の 物 理

させる 概 念 であり、もともとは 軍 事 で 使 用 されていたものである。

身 近 な 工 学 システムの 例 として、 自 動 車 の 安 全 設 計 を 考 えてみよう。 自 動 車 の 安 全 の 目 的

は「 乗 員 を 死 傷 のリスクから 防 護 すること」であり、これを 達 成 するために、 例 えば 以 下 の

安 全 対 策 がなされている。

(1) 自 動 車 を 運 転 している 際 に、 異 常 状 態 が 発 生 する 確 率 をできるだけ 少 なくするよう、 十

分 に 余 裕 をとった 設 計 、 製 造 時 の 品 質 管 理 を 行 う。また、 急 発 進 という 異 常 な 状 態 になら

ないよう、シフトをパーキングポジションにしないとエンジンがかからないなどのイン

ターロックを 設 ける。

(2) 急 ブレーキを 踏 んだ 際 には、 車 輪 が 空 転 することを 防 ぐアンチスキッドブレーキを 装 備

し、 急 ブレーキを 踏 むという 異 常 状 態 が 事 故 に 発 展 することを 防 ぐ。

(3) それでも 事 故 に 至 った 場 合 を 想 定 し、 乗 員 を 保 護 し、 人 に 対 する 事 故 の 影 響 を 緩 和 する

ため、シートベルトやエアバッグを 装 備 する。

(4) 衝 突 の 際 の 衝 撃 を 感 知 し、 自 動 的 に 119 番 通 報 を 行 うシステムを 装 備 する。

原 子 炉 においては、 深 層 防 護 の 考 え 方 に 基 づいて 以 下 のように 安 全 対 策 が 取 られている。

( 第 一 層 ) 十 分 に 安 全 余 裕 をとり、 高 品 質 な 施 工 と 保 守 管 理 を 行 うことで、プラントが 故 障

したり 異 常 状 態 になったりする 確 率 を 低 減 する。

( 第 二 層 )プラントが 異 常 状 態 になった 場 合 、それをできるだけ 早 期 に 検 知 し、スクラム( 原

子 炉 の 自 動 停 止 )を 行 うことで、 核 分 裂 の 連 鎖 反 応 を 停 止 させ、 異 常 状 態 が 事 故 に 発 展

することを 防 ぐ。

( 第 三 層 )それでも 事 故 に 至 った 場 合 には、 非 常 用 炉 心 冷 却 システム(Emergency Core

Cooling System: ECCS)などにより、 原 子 炉 を 冷 却 し、 事 故 の 影 響 を 緩 和 する。

( 第 四 層 ) 設 計 であらかじめ 想 定 した 事 故 を 超 える 状 態 ( 過 酷 事 故 を 含 む)になった 場 合 で

も、その 影 響 ( 具 体 的 には、 外 部 への 放 射 性 物 質 の 放 出 )をできるだけ 少 なくするよう、

可 搬 型 の 機 器 を 含 め、 使 用 可 能 な 機 器 を 用 いて 格 納 容 器 の 閉 じ 込 め 機 能 をできるだけ 維

持 する 対 策 をとる。

( 第 五 層 ) 周 辺 公 衆 への 影 響 をできるだけ 少 なくするため、 屋 内 退 避 、 避 難 などの 防 災 行 動

をとる。

15.2 物 理 障 壁 の 健 全 性 と 破 損

【この 節 のポイント】

・ 原 子 力 安 全 の 目 的 を 達 成 するためには、 放 射 性 物 質 を 封 じ 込 める 物 理 障 壁 ( 被 覆 管 、 原

子 炉 容 器 、 格 納 容 器 )が 破 損 しないこと( 健 全 であること)がキーポイントになる。

・ 物 理 障 壁 は、 熱 的 要 因 、 化 学 的 要 因 、 機 械 的 要 因 などにより、 様 々な 形 態 (モード)で

破 損 に 至 ることがある。

・ 物 理 障 壁 の 健 全 性 を 確 保 するためには、 破 損 モードを 把 握 し、それらの 破 損 モードが 発

生 しない 範 囲 で 原 子 炉 を 運 転 管 理 していく 必 要 がある。

339


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

15.1 節 で 述 べたように、 原 子 力 安 全 の 目 的 ( 人 と 環 境 を 放 射 線 リスクから 防 護 する)を 達

成 するためには、 原 子 炉 内 で 発 生 する 放 射 性 物 質 及 び 放 射 線 を 原 子 炉 内 部 に 封 じ 込 めてお

く 必 要 がある。この 封 じ 込 め 機 能 を 担 うのが 物 理 障 壁 (physical barrier)である。 以 下 では、

被 覆 管 、 原 子 炉 容 器 及 び 格 納 容 器 が 破 損 に 至 る 原 因 の 概 要 を 説 明 する。これらの 破 損 には、

原 子 炉 内 で 発 生 する 様 々な 物 理 現 象 が 相 互 に 関 係 している 場 合 がある。

15.2.1 被 覆 管 の 破 損 モード

軽 水 炉 の 被 覆 管 は、 厚 さ 0.0005 m (0.5 mm) 程 度 のジルコニウム 製 合 金 でできており、

燃 料 内 で 発 生 した 核 分 裂 生 成 物 を 燃 料 棒 内 部 に 閉 じ 込 める 役 割 を 果 たしている。 被 覆 管 は、

冷 却 材 の 圧 力 、 燃 料 棒 内 部 の 気 体 の 圧 力 、あるいは、 冷 却 材 の 流 れなどから 様 々な 力 ( 応 力 )

を 受 ける。 被 覆 管 が 破 損 に 至 る 主 な 要 因 を 以 下 にまとめる。

(1) 熱 的 損 傷 - 酸 化 に 伴 う 脆 化

意 図 せず 制 御 棒 が 引 き 抜 かれるなどして、 燃 料 棒 内 の 核 分 裂 数 が 非 常 に 増 加 する 場 合 を

考 えてみよう。 燃 料 棒 内 の 核 分 裂 により 発 生 した 熱 エネルギーは、ペレットおよび 被 覆 管 の

伝 熱 により 冷 却 材 に 伝 達 される。 詳 細 については 第 11 章 で 述 べているが、 燃 料 棒 内 で 発 生

した 熱 エネルギーがあまりにも 大 きすぎると、 被 覆 管 の 表 面 における 沸 騰 が 激 しくなり、 結

果 として 被 覆 管 の 表 面 が 薄 い 蒸 気 の 膜 で 覆 われてしまう 膜 沸 騰 状 態 (film boiling)となる。

蒸 気 は 気 体 であることから、 熱 の 伝 わりが 非 常 に 悪 い。したがって、 燃 料 棒 表 面 で 膜 沸 騰 が

発 生 すると、 被 覆 管 の 温 度 が 急 上 昇 する。 被 覆 管 の 材 質 であるジルコニウムは、 高 温 (900℃

程 度 以 上 )になると、 周 りの 水 蒸 気 と 酸 化 反 応 を 起 こすことが 知 られている。

Zr+2H 2 O→ZrO 2 +H 2

生 成 される 二 酸 化 ジルコニウム(ZrO 2 )は、 硬 くてもろいため、 被 覆 管 は 破 損 しやすくなる。

以 上 のことから、 燃 料 棒 の 発 熱 量 が 大 きくなりすぎると、 燃 料 棒 が 熱 的 に 破 損 することにな

る。

(2) 機 械 的 要 因 - 塑 性 変 形

燃 料 ペレットは、 二 酸 化 ウラン(UO 2 )の 酸 化 物 であるが、その 融 点 は 使 用 前 ( 燃 焼 前 )

で 2,800℃ 程 度 である。 運 転 中 、ペレット 中 心 部 の 温 度 が 最 も 高 くなるが、 通 常 運 転 時 のペ

レット 中 心 温 度 は 最 大 でも 千 数 百 度 であり、 融 点 より 十 分 に 低 い。しかし、 燃 料 棒 の 出 力 が

設 計 の 想 定 値 を 大 幅 に 超 えると、ペレット 中 心 部 の 温 度 が 融 点 より 高 くなる 可 能 性 がある。

中 心 部 が 溶 融 すると、 溶 融 したペレットの 体 積 は 膨 張 する。この 結 果 、ペレットによって 被

覆 管 が 押 し 広 げられる。また、 燃 料 が 制 限 値 を 超 える 出 力 に 至 り、ペレットの 熱 膨 張 などに

より 被 覆 管 が 押 し 広 げられる 場 合 がある。これらの 力 により、 燃 料 棒 が 塑 性 変 形 し、 結 果 と

340


原 子 炉 の 物 理

して 破 損 に 至 る 場 合 がある。この 作 用 をペレット・ 被 覆 管 機 械 的 相 互 作 用 (Pellet Clad

Mechanical Interaction: PCMI)と 呼 んでいる。さらに、 燃 料 棒 内 部 は 密 閉 された 空 間 であ

り、 内 部 の 温 度 が 高 くなることで 内 圧 が 上 昇 する。この 内 圧 上 昇 によっても、 被 覆 管 が 塑 性

変 形 し、 破 損 する 可 能 性 がある。

なお、 核 分 裂 により 生 成 する 核 分 裂 生 成 物 の 中 には、 気 体 状 のものがある。 希 ガスのキセ

ノン(Xe)やクリプトン(Kr)が 代 表 的 なものである。 希 ガスの 一 部 はペレット 内 に 保 持 さ

れ、 残 りは 被 覆 管 内 に 放 出 される。このため、 燃 焼 が 過 大 になる( 核 分 裂 の 総 数 が 過 大 にな

る)と、 放 出 された 希 ガスにより 燃 料 棒 の 内 圧 が 上 昇 し、 被 覆 管 の 塑 性 変 形 による 燃 料 棒 の

破 損 の 原 因 になりうる。

(3) 機 械 的 要 因 -クリープ

金 属 には、 力 を 長 時 間 掛 け 続 けると、 徐 々に 変 形 する 性 質 がある。これをクリープ(creep)

と 呼 ぶ。 燃 料 棒 の 内 圧 が 冷 却 材 圧 力 より 高 い 場 合 、 被 覆 管 を 押 し 広 げる 力 がかかり 続 けるた

め、 被 覆 管 がクリープ 変 形 して 破 損 に 至 る 場 合 がある。 燃 焼 に 伴 って、 燃 料 棒 内 にガス 状 の

核 分 裂 生 成 物 が 蓄 積 されるため 燃 料 棒 の 内 圧 は 上 昇 するが、 一 般 的 に 冷 却 材 圧 力 を 上 回 る

ことがないように 設 計 されている。

逆 に、 周 囲 の 冷 却 材 の 圧 力 が 燃 料 棒 の 内 圧 より 高 い 場 合 、 燃 料 棒 には 周 囲 から 押 しつぶさ

れる 方 向 の 力 がかかり 続 ける。このため、 燃 料 棒 がつぶされる 形 に 変 形 し(コラプス)、 燃

料 棒 が 破 損 することがある。そのため、 燃 料 棒 内 圧 が 低 すぎるのも 問 題 になり 得 る。そこで、

例 えば PWR の 場 合 、 運 転 中 の 冷 却 材 圧 力 は 157 気 圧 であるのに 対 して、 燃 料 棒 の 内 圧 は、

ヘリウムを 加 圧 して 封 入 することで、 製 造 時 に 30 気 圧 程 度 に 設 定 されている。なお、 停 止

時 には 冷 却 材 圧 力 は 大 気 圧 となり、 燃 料 棒 内 圧 の 方 が 高 くなる。

(4) 機 械 的 要 因 - 金 属 疲 労

針 金 は 柔 軟 性 に 富 んでおり 手 で 曲 げることができる。また、 手 で 曲 げても 折 れることはな

い。しかし、 針 金 の 同 じ 個 所 を 繰 り 返 し 折 り 曲 げると、 針 金 を 折 ることができる。これは 金

属 疲 労 (metal fatigue)によるものである。

原 子 炉 は、 運 転 中 は 高 温 ・ 高 圧 になるが、 停 止 時 には 室 温 ・ 大 気 圧 状 態 となる。そのため、

被 覆 管 には、 外 部 の 圧 力 変 動 による 力 が 繰 り 返 し 加 わる。また、 燃 料 棒 の 出 力 が 変 化 すると、

燃 料 棒 内 部 の 温 度 が 変 化 するため、 被 覆 管 内 圧 が 変 化 し、やはり 被 覆 管 に 応 力 が 加 わる。

以 上 のことから、 被 覆 管 の 金 属 疲 労 により 被 覆 管 が 破 損 しないような 配 慮 が 必 要 である。

(5) 機 械 的 要 因 -グリッドフレッティング

風 のある 日 に、ブラインドが 下 ろされた 窓 を 開 けたことがあるだろうか。ブラインドの 角

度 を 90°(すなわち、 窓 を 通 る 風 と 平 行 な 方 向 )にすると、 風 が 通 るようになるが、 風 があ

る 程 度 強 いと、ブラインドがバタバタ 振 動 するのを 経 験 したことがあると 思 う。このような

振 動 を 流 力 振 動 と 呼 んでいる。

341


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

炉 心 の 発 熱 密 度 は 高 いことから、 熱 除 去 のため、 高 圧 の 冷 却 材 を 非 常 に 速 く 流 している。

例 えば、 加 圧 水 型 軽 水 炉 の 場 合 、 炉 心 部 における 冷 却 材 の 速 さは 数 m/s 程 度 である。 燃 料 棒

は、グリッドスペーサ( 第 10 章 参 照 、 支 持 格 子 とも 呼 ばれる)の 板 ばねで 集 合 体 に 保 持 さ

れているが、 冷 却 材 の 流 れによっては、 燃 料 棒 が 流 力 振 動 を 起 こす 場 合 がある。その 結 果 、

グリッドスペーサの 板 ばねと 被 覆 管 が 接 している 部 分 が 振 動 により 摩 耗 し、 被 覆 管 に 穴 が

開 くことがある。これを 燃 料 棒 のフレッティング 破 損 (fretting failure)という。フレッテ

ィング 破 損 は、 特 に PWR において、 集 合 体 から 集 合 体 への 横 流 れ(クロスフローと 呼 ぶ)

が 生 じる 場 合 に 発 生 する 可 能 性 がある。

【コラム】もんじゅのナトリウム 漏 洩 事 故 と 流 力 振 動

1995 年 12 月 8 日 に、 高 速 増 殖 炉 もんじゅにおいて、 二 次 系 のナトリウム 配 管 からナトリ

ウムが 漏 洩 する 事 故 が 発 生 した。のちの 調 査 において、 配 管 内 に 突 き 出 すように 設 置 された

ナトリウム 用 の 温 度 計 が 折 損 し、その 破 損 個 所 からナトリウムが 漏 洩 したことが 判 明 した。

折 損 した 温 度 計 は 細 い 筒 状 のものであり、ナトリウム 冷 却 材 の 流 れに 突 き 出 す 形 で 流 れ

に 垂 直 に 設 置 されていた。その 結 果 、 窓 のブラインドが 風 で 振 動 するのと 同 じように、 流 力

振 動 で 棒 状 の 温 度 計 が 振 動 し、 金 属 疲 労 が 発 生 し、その 結 果 、 温 度 計 が 折 損 したものである。

二 次 系 ナトリウムには 放 射 性 物 質 は 含 まれておらず、 原 子 炉 は 安 全 に 停 止 されたため、 原

子 力 安 全 に 直 接 関 連 する 事 故 ではなかったが、 現 場 情 報 の 隠 ぺいなどにより 社 会 問 題 にな

った。その 後 、2010 年 の 運 転 再 開 まで、 約 15 年 を 要 した。

図 15-2 もんじゅのナトリウム 漏 洩 事 故 の 概 要

出 典 原 子 力 図 面 集 、 原 子 力 文 化 財 団 (2016).

(6) 機 械 的 要 因 - 異 物 フレッティング

炉 心 の 冷 却 材 中 には、 金 属 の 切 削 片 や 小 さな 針 金 といった 異 物 が 紛 れ 込 んでいる 場 合 が

あり、これらの 異 物 が 冷 却 材 の 流 れに 乗 って 炉 心 に 流 入 することがある。このような 異 物 は、

一 次 系 配 管 関 連 の 工 事 などに 伴 って 発 生 する 可 能 性 がある。 炉 心 に 流 入 した 異 物 は、 燃 料 棒

と 燃 料 棒 の 間 隔 を 保 持 するための 燃 料 集 合 体 のグリッドスペーサに 引 っかかることがある。

342


原 子 炉 の 物 理

グリッドスペーサは 複 雑 な 形 状 をしており、 特 に、 燃 料 棒 とグリッドスペーサの 間 に 異 物 が

引 っかかると、 流 体 の 流 れにより 異 物 が 振 動 する。 異 物 が 振 動 し 続 けると、 被 覆 管 が 次 第 に

摩 耗 し、 最 終 的 に 貫 通 孔 があく 可 能 性 がある。このようにして 発 生 する 被 覆 管 破 損 を 異 物 フ

レッティング 破 損 (debris fretting failure)という。

異 物 フレッティング 破 損 を 防 ぐため、 異 物 をひっかけて 捕 捉 する 異 物 フィルターが 燃 料

集 合 体 の 下 部 に 設 置 されている。

なお、このように 異 物 は 被 覆 管 の 破 損 につながる 可 能 性 があることから、 炉 心 、 一 次 系 配

管 、 燃 料 プール 周 辺 では、 異 物 が 混 入 しないように 管 理 がなされている。

(7) 化 学 的 要 因 - 過 大 腐 食

被 覆 管 に 使 用 されているジルコニウム 合 金 は、 高 温 水 中 での 腐 食 は 少 ないが、 運 転 に 伴 っ

て 被 覆 管 表 面 に 酸 化 皮 膜 が 生 成 される。また、 冷 却 材 中 の 不 純 物 などが 堆 積 した 皮 膜 も 被 覆

管 表 面 に 生 成 される。これらをクラッド( 水 垢 、crud)と 呼 ぶ。クラッドが 厚 くなると、 被

覆 管 の 熱 伝 達 が 悪 化 し、 結 果 的 に 被 覆 管 の 温 度 が 上 昇 する。 被 覆 管 の 温 度 が 上 昇 すると、 被

覆 管 表 面 で 局 所 的 に 小 規 模 な 沸 騰 が 発 生 しやすく、あるいは 被 覆 管 表 面 での 冷 却 材 の 蒸 発

が 多 くなるため、さらにクラッドの 付 着 が 促 進 されることがある。これが 被 覆 管 破 損 の 原 因

になり 得 る。このクラッドの 一 部 は、 冷 却 材 とともに 炉 心 、 一 次 系 配 管 、 使 用 済 み 燃 料 プー

ルなどに 移 動 する。そのため、 炉 心 を 通 る 冷 却 材 が 存 在 する 区 域 は、 放 射 線 管 理 区 域 として

管 理 される。

(8) 化 学 的 要 因 - 水 素 脆 化

被 覆 管 を 構 成 するジルコニウムが 冷 却 水 と 反 応 し 酸 化 反 応 を 起 こすと、 微 量 ながら 水 素

が 発 生 する。ジルコニウム 合 金 は 水 素 を 取 り 込 みやすい 性 質 があり、 水 素 が 取 り 込 まれると、

被 覆 管 が 硬 く 脆 くなる。これを 被 覆 管 の 水 素 化 、 水 素 脆 化 (hydrogen embrittlement)とい

う。 水 素 化 が 過 度 に 進 行 すると、 被 覆 管 が 破 損 することがある。

(9) 複 合 要 因 - 応 力 腐 食 割 れ

核 分 裂 生 成 物 の 中 には、ヨウ 素 のように、 金 属 に 対 する 腐 食 性 を 有 するものがある。この

ような 腐 食 性 の 物 質 がある 環 境 下 で、 金 属 に 応 力 がかかると、 応 力 と 化 学 的 な 環 境 の 相 互 作

用 により、 応 力 腐 食 割 れ(Stress Corrosion Cracking: SCC)が 発 生 する 可 能 性 がある。

15.2.2 原 子 炉 容 器 の 破 損 モード

原 子 炉 の 安 全 設 計 においては、 炉 心 ( 燃 料 )が 損 傷 し、 冷 却 可 能 な 形 状 が 保 たれない 状 態

が 生 じないよう、 安 全 対 策 を 行 う。したがって、 原 子 炉 容 器 ( 第 10 章 、 図 15-1)の 破 損 は、

設 計 で 想 定 している 事 故 では 発 生 しない。しかし、 設 計 を 超 える 事 故 事 象 においては、 原 子

炉 容 器 の 破 損 が 発 生 する 可 能 性 がある。

343


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

(1) 溶 融 燃 料 による 破 損

炉 心 から 冷 却 材 が 喪 失 することで 冷 却 不 十 分 な 状 態 になり、 崩 壊 熱 とジルコニウム- 水

反 応 の 発 熱 により 燃 料 が 溶 融 すると、 溶 融 した 燃 料 は 原 子 炉 容 器 下 部 に 堆 積 する。 溶 融 した

燃 料 は 3,000℃ 近 くの 非 常 に 高 温 であることから、 原 子 炉 容 器 下 部 はその 高 温 に 耐 えられず

破 損 に 至 る。 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 においては、1 号 機 から 3 号 機 において、 全 電 源 喪

失 により 炉 心 冷 却 機 能 ・ 注 水 機 能 が 全 喪 失 した 結 果 、 溶 融 燃 料 により 原 子 炉 容 器 下 部 が 破 損

し、 溶 融 した 燃 料 の 一 部 (あるいは 大 部 分 )は 格 納 容 器 下 部 に 落 下 した。

(2) 衝 撃 力 による 破 損

制 御 棒 が 急 激 に 引 き 抜 かれた 場 合 、 燃 料 の 出 力 は 急 激 に 上 昇 し、 内 圧 が 高 くなることで 被

覆 管 が 破 裂 する。 内 部 で 溶 融 した 高 温 の 燃 料 と 冷 却 水 が 接 触 することで、 水 が 爆 発 的 に 蒸 発

する 水 蒸 気 爆 発 (steam explosion)が 発 生 する 可 能 性 がある。また、 仮 に 破 損 燃 料 があった

とすると、 燃 料 棒 内 部 に 侵 入 した 水 が 急 激 に 水 蒸 気 になり、やはり 燃 料 棒 を 破 裂 させる 原 因

になる。 水 蒸 気 爆 発 や 燃 料 棒 の 破 裂 は、 原 子 炉 内 で 衝 撃 波 を 発 生 させることになる。この 衝

撃 力 があまりにも 大 きいと 原 子 炉 容 器 の 破 損 につながるため、 一 本 の 制 御 棒 の 引 き 抜 きで

添 加 される 反 応 度 を 制 限 することで、 衝 撃 波 を 発 生 させるエネルギーを 制 限 する 必 要 があ

る。

【コラム】 原 子 炉 の 暴 走 -SPERT 実 験

原 子 炉 の 開 発 当 初 、「 原 子 炉 にどれだけの 反 応 度 を 添 加 すると 破 壊 に 至 るのか」ははっき

り 解 明 されていなかった。 米 国 では、この 点 を 解 明 するために、アイダホ 国 立 研 究 所 にて

Special Power Excursion Test(SPERT) 実 験 が 行 われ、 添 加 する 反 応 度 を 系 統 的 に 変 化 させつ

つ 炉 心 の 挙 動 を 調 べる 実 験 が 行 われた。その 結 果 、 大 きな 反 応 度 が 添 加 されると、 高 温 にな

った 燃 料 が 溶 融 ・ 分 散 し、 周 りの 冷 却 材 と 水 蒸 気 爆 発 を 起 こすことで 原 子 炉 を 破 壊 するメカ

ニズムが 明 らかになった。これは、 言 い 換 えると、 燃 料 が 分 散 しなければ 水 蒸 気 爆 発 は 発 生

せず、したがって、 衝 撃 力 も 発 生 しないことを 明 らかにしたといえる。

これから、 原 子 炉 の 設 計 においては、 制 御 棒 の 急 激 な 引 き 抜 きによって 添 加 される 反 応 度

を 制 限 することで、 原 子 炉 容 器 を 破 損 させるような 水 蒸 気 爆 発 を 発 生 させない 設 計 として

いる。

SPERT 実 験 の 様 子 については、Youtube に 映 像 がアップロードされている。SPERT、

Reactor、Excursion などの 検 索 により 見 ることができる。

(3) 脆 性 破 損

原 子 炉 容 器 は、 低 炭 素 鋼 (いわゆる 鉄 鋼 )が 用 いられている。 低 炭 素 鋼 は、 通 常 の 温 度 で

は 延 性 に 富 む 材 料 であるが、 非 常 に 低 温 になると、 硬 く、もろくなる 性 質 がある。すなわち、

通 常 の 温 度 であれば 力 を 加 えると 曲 がるが、 低 温 では 曲 がらず、ガラスのように 割 れる 挙 動

を 示 す( 脆 性 破 損 (brittle fracture))。このような 金 属 の 性 質 を 低 温 脆 性 と 呼 ぶ。 低 炭 素 鋼

344


原 子 炉 の 物 理

はマイナス 数 十 度 になると 脆 性 を 示 す。

原 子 炉 容 器 はマイナス 数 十 度 で 使 うことはないため、 低 温 脆 性 は 関 係 ないように 思 われ

るが、 中 性 子 の 照 射 を 受 けると、 脆 性 を 示 し 始 める 温 度 ( 脆 性 遷 移 温 度 (nil-ductility

temperature))が 高 くなる 性 質 がある。このため、 数 十 年 にわたり 中 性 子 の 照 射 を 受 ける 原

子 炉 容 器 の 脆 性 遷 移 温 度 は 数 十 ℃まで 上 昇 する 可 能 性 がある。 通 常 の 運 転 状 態 では、 原 子 炉

容 器 は 200~300℃になるため、 低 温 脆 性 は 問 題 にならないが、 事 故 時 に 非 常 用 炉 心 冷 却 系

が 動 作 すると、 炉 心 外 部 から 温 度 の 低 い 水 ( 室 温 程 度 )が 大 量 に 炉 心 に 注 入 されるため、 原

子 炉 容 器 の 低 温 脆 性 が 問 題 になり 得 る。そのため、 例 えば PWR では、 原 子 炉 容 器 と 同 一 の

材 料 からなる 監 視 試 験 片 を 燃 料 の 近 くに 配 置 しておき、 定 期 的 に 取 り 出 して 脆 性 遷 移 温 度

を 測 定 している。この 測 定 結 果 に 基 づいて、 事 故 時 の 条 件 を 包 絡 する 形 で 原 子 炉 容 器 の 健 全

性 を 評 価 し、 問 題 のないことを 確 認 している。

15.2.3 格 納 容 器 の 破 損 モード

格 納 容 器 ( 第 10 章 、 図 15-1)は、 一 次 系 配 管 の 破 断 事 故 、あるいは 炉 心 / 原 子 炉 容 器 が 損

傷 するシビアアクシデント 時 に、 外 部 への 放 射 性 物 質 の 放 出 を 防 ぐため 設 置 されている。 一

次 系 配 管 の 破 断 事 故 は、 設 計 で 考 慮 されており、この 条 件 で 格 納 容 器 が 破 損 することはない。

一 方 、シビアアクシデント 時 には、 格 納 容 器 が 破 損 する 可 能 性 がある。 格 納 容 器 が 破 損 する

主 な 要 因 を 以 下 に 示 す。

(1) 熱

格 納 容 器 は 密 閉 された 空 間 であるため、 燃 料 から 発 生 し 続 ける 崩 壊 熱 を 除 去 しないと 格

納 容 器 内 部 の 温 度 が 上 昇 する。 格 納 容 器 の 密 閉 性 を 確 保 するため、 配 管 ・ 電 線 などが 格 納 容

器 を 貫 通 している 部 分 (ペネトレーションと 呼 ばれる)には、 有 機 系 の 樹 脂 などを 用 いてシ

ールがなされている。この 樹 脂 は、 格 納 容 器 内 の 温 度 が 300℃ 程 度 になると 劣 化 し、 気 密 性

が 失 われる。

(2) 圧 力

上 記 と 同 様 の 理 由 で、 格 納 容 器 の 圧 力 が 上 昇 すると、その 圧 力 により 格 納 容 器 が 破 損 する。

設 計 時 に 想 定 している 最 大 圧 力 は 3-4 気 圧 程 度 であるが、これを 大 幅 に 上 回 ると 破 損 に 至

る。

(3) 衝 撃 力

格 納 容 器 の 破 損 に 至 る 衝 撃 力 は、 以 下 の 理 由 で 発 生 しえる。

・ 水 -ジルコニウム 反 応 で 発 生 する 水 素 の 燃 焼 ( 爆 轟 )

・ 溶 融 燃 料 が 水 と 接 触 することで 発 生 する 水 蒸 気 爆 発

BWR は、 圧 力 抑 制 装 置 (サプレッションチェンバー)を 設 けているため、 格 納 容 器 体 積

345


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

が PWR に 比 べて 小 さい。そのため、 炉 心 損 傷 時 に 発 生 した 水 素 が 爆 轟 する 可 能 性 があるこ

とから、 格 納 容 器 内 を 窒 素 置 換 して 不 活 性 雰 囲 気 とし、 水 素 の 燃 焼 を 防 いでいる。PWR は、

格 納 容 器 体 積 が 大 きいことから、 水 素 の 爆 轟 には 至 らない。

溶 融 した 燃 料 と 水 との 接 触 による 水 蒸 気 爆 発 については、 現 象 としての 不 確 かさが 大 き

いが、これまでの 実 験 結 果 などによると、 起 こる 可 能 性 は 低 いとの 評 価 がなされている。

【コラム】 水 素 の 燃 焼 - 爆 燃 と 爆 轟

理 科 で 水 の 電 気 分 解 を 行 ったことがあるだろうか。 水 を 電 気 分 解 すると、 水 素 と 酸 素 が 発

生 する。 試 験 管 に 水 素 を 溜 め、 火 を 近 づけると「ポン」と 音 がして 燃 焼 する。

水 素 は、 非 常 に 燃 焼 しやすい 気 体 である。 大 気 中 においては、 水 素 濃 度 が 4~75%の 範 囲

で 燃 焼 する。

水 素 の 燃 焼 形 態 には、 爆 燃 (deflagration)と 爆 轟 (detonation)の 二 種 類 がある。 爆 燃 は 水

素 濃 度 が 低 い 場 合 に 発 生 する。 一 般 的 に 我 々がイメージする「ガスが 燃 焼 する」イメージで

ある。 燃 焼 が 伝 播 する 速 さは、2~3 m/s であり、 比 較 的 遅 い。 一 方 、 爆 轟 は 水 素 濃 度 が 18%

程 度 以 上 で 発 生 する。 爆 轟 の 燃 焼 の 伝 播 の 速 さは 1~3 km/s とまさにけた 違 いに 大 きい。 音

速 より 燃 焼 の 伝 播 の 速 さが 大 きいため、 衝 撃 波 が 発 生 し、この 衝 撃 波 は 非 常 に 大 きな 破 壊 力

を 持 つ。

福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 事 故 では、1、3 および 4 号 機 の 原 子 炉 建 屋 が 水 素 爆 発 した。1 およ

び 3 号 機 の 原 子 炉 建 屋 の 爆 発 は、 日 中 に 発 生 したため、その 映 像 が 残 っており、Youtube で

も 見 ることができる。この 映 像 を 見 ると、1 号 機 と 3 号 機 の 水 素 爆 発 の 様 相 は 全 く 異 なって

いる。1 号 機 では、 比 較 的 ゆっくりと 爆 発 が 起 こっているのに 対 し、3 号 機 では、 大 規 模 な

爆 発 が 急 激 に 発 生 している。これは、 爆 燃 と 爆 轟 の 違 いであると 推 定 されている。1 号 機 で

は、 原 子 炉 建 屋 の 水 素 濃 度 が 比 較 的 低 かったことから 爆 轟 に 至 らず、 燃 焼 速 度 が 比 較 的 遅 い

爆 燃 により 原 子 炉 建 屋 内 部 の 圧 力 が 上 昇 、 原 子 炉 建 屋 上 部 が 破 損 に 至 ったものである。3 号

機 では、 原 子 炉 建 屋 内 部 の 水 素 濃 度 が 高 かったため、 爆 轟 が 発 生 、 衝 撃 波 により 急 激 かつ 大

規 模 な 爆 発 になったものと 推 定 されている。

(4) 溶 融 燃 料 デブリ

原 子 炉 容 器 下 部 から 流 出 した 燃 料 の 溶 融 物 ( 燃 料 デブリ(fuel debris))は、 格 納 容 器 の 床

面 に 堆 積 する。 溶 融 燃 料 デブリは 非 常 に 高 温 であるため、 床 面 のコンクリートと 反 応 し 侵 食

する。これを 溶 融 炉 心 -コンクリート 相 互 作 用 (Molten Core Concrete Interaction: MCCI)

と 呼 ぶ。 格 納 容 器 の 床 面 (ベースマット)は 厚 さ 数 m のコンクリートになっているが、 溶

融 燃 料 によるコンクリートの 浸 食 が 大 規 模 に 起 こる 場 合 、ベースマットを 溶 融 貫 通 するこ

とが 想 定 される(ベースマット 溶 融 貫 通 (base mat melt-through))。

また、BWR の 格 納 容 器 は 比 較 的 小 さいため、 床 面 に 落 下 した 燃 料 デブリが 格 納 容 器 床 面

で 広 がり、 床 面 外 周 部 の 格 納 容 器 と 接 することで、 鋼 鉄 製 の 格 納 容 器 を 破 損 する 可 能 性 があ

る。これをシェルアタック(shell attack)と 呼 ぶ。

346


原 子 炉 の 物 理

15.3 安 全 評 価 の 概 要

【この 節 のポイント】

・ 原 子 力 安 全 の 目 的 が 達 成 されるかどうかを 確 認 するため、 原 子 力 プラントにおける 様 々

な 異 常 状 態 を 考 慮 して 安 全 評 価 が 行 われる。

・ 安 全 評 価 は、 決 定 論 的 安 全 評 価 と 確 率 論 的 リスク 評 価 の 二 種 類 がある。

・ 決 定 論 的 安 全 評 価 は、 代 表 的 な 事 故 シナリオに 対 してプラントの 挙 動 を 解 析 し、 放 射 性

物 質 を 閉 じ 込 める 物 理 障 壁 の 健 全 性 及 び 周 辺 公 衆 に 対 する 被 ばく 線 量 などを 評 価 する。

・ 確 率 論 的 リスク 評 価 は、プラントで 発 生 しえる 異 常 を 網 羅 的 に 考 慮 し、イベントツリー

を 用 いてそれぞれの 事 故 シナリオの 発 生 確 率 を 計 算 する。

原 子 力 発 電 所 の 安 全 性 を 確 認 するためには、 様 々な 異 常 状 態 が 発 生 したとしても、 原 子 力

安 全 の 目 的 ( 人 と 環 境 を 放 射 線 リスクから 防 護 する)が 達 成 されていることを 確 認 する 必 要

がある。 安 全 評 価 の 方 法 は、 以 下 の 二 種 類 に 大 別 される。

・ 決 定 論 的 安 全 評 価 (deterministic safety assessment): 放 射 性 物 質 を 閉 じ 込 める 物 理 障 壁 の

健 全 性 および 周 辺 公 衆 に 対 する 被 ばく 線 量 などを 評 価 する

・ 確 率 論 的 リスク 評 価 (probabilistic risk assessment): 炉 心 が 大 規 模 な 損 傷 に 至 る 確 率 など

を 計 算 する。

以 下 では、これらの 評 価 の 概 要 について 説 明 する。

15.3.1 決 定 論 的 安 全 評 価

原 子 力 発 電 所 においては、 様 々な 異 常 や 事 故 状 態 が 想 定 されるが、 原 子 力 安 全 の 観 点 から

は、 事 故 時 において 放 射 性 物 質 の 放 出 を 防 ぐ 物 理 障 壁 の 健 全 性 が 重 要 となる。 決 定 論 的 安 全

評 価 は、 以 下 のプロセスで 実 施 される。

プラントの 異 常 状 態 をできるだけ 包 絡 的 に 検 討 するため、15.2 節 で 説 明 した 被 覆 管 、 原 子

炉 容 器 、 格 納 容 器 の 損 傷 の 形 態 ( 損 傷 モード)を 考 慮 し、それぞれの 損 傷 モードを 引 き 起 こ

す 要 因 をすべてリストアップする。 例 えば、 被 覆 管 の 熱 的 損 傷 は、 燃 料 棒 の 出 力 増 加 あるい

は、 冷 却 材 流 量 の 低 下 や 冷 却 材 の 圧 力 低 下 など 冷 却 能 力 の 低 下 に 起 因 して 発 生 することが

考 えられる。

次 にするべきことは、 損 傷 モードを 引 き 起 こすプラントの 異 常 状 態 がどのようなメカニ

ズムで 生 じるかを 検 討 することである。 燃 料 棒 の 出 力 増 加 については、 制 御 棒 の 意 図 しない

引 き 抜 きや 冷 却 材 中 のホウ 酸 の 意 図 しない 希 釈 などにより 発 生 する。また、 冷 却 能 力 の 低 下

については、 一 次 系 の 配 管 破 断 による 冷 却 材 喪 失 、 冷 却 材 ポンプの 停 止 による 冷 却 材 流 量 の

低 下 、 原 子 炉 圧 力 制 御 機 構 の 故 障 による 原 子 炉 圧 力 低 下 などが 考 えられる。

このような 検 討 を 行 い、 物 理 障 壁 の 健 全 性 の 観 点 から 考 慮 すべきプラントの 異 常 状 態 を

リストアップする。リストアップされたプラントの 状 態 ( 事 故 シナリオ)は 多 数 あると 考 え

347


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

られる。これらの 事 故 シナリオにおけるプラントの 挙 動 をすべて 解 析 することは 現 実 的 で

はないことから、 類 似 の 事 故 シナリオをグループ 化 し、また、 解 析 の 条 件 を 安 全 側 に 設 定 す

ることで、 複 数 の 事 故 シナリオを 包 絡 できる 代 表 的 な 事 故 シナリオを 設 定 する。そして、そ

の 代 表 的 な 事 故 シナリオについてプラントの 安 全 解 析 を 実 施 することで 物 理 障 壁 の 健 全 性

を 評 価 する。 解 析 条 件 を 安 全 側 に 設 定 するために、 例 えば、 測 定 誤 差 を 考 慮 して 原 子 炉 出 力

を 定 格 出 力 より 高 めに 設 定 する、 冷 却 材 流 量 を 少 なめに 設 定 する、 計 算 誤 差 を 見 込 んで 制 御

棒 価 値 を 小 さめに 設 定 する、 反 応 度 係 数 を 正 側 に 設 定 する、などの 条 件 設 定 が 行 われる。

【コラム】ソースタームとインベントリ

原 子 力 安 全 の 目 的 は、 人 と 環 境 に 対 する 放 射 線 の 有 害 な 影 響 を 防 止 することであり、これ

は、 炉 心 の 放 射 性 物 質 の 環 境 中 への 放 出 を 防 ぐことで 達 成 出 来 る。 炉 心 の 放 射 性 物 質 は 安 全

評 価 においてソースタームと 呼 ばれており、 安 全 評 価 を 実 施 する 際 に、その 量 、 種 類 、 物 理

的 ・ 化 学 的 形 態 が 重 要 となる。 特 に、 放 射 性 物 質 の 種 類 と 量 は( 放 射 性 物 質 の)インベント

リと 呼 ばれており、 燃 焼 計 算 によって 評 価 される。

【 発 展 的 内 容 】PWR と BWR における 決 定 論 的 安 全 評 価 の 事 故 シナリオ

現 在 の 軽 水 炉 の 安 全 評 価 においては、 以 下 の 過 渡 ・ 事 故 シナリオが 選 定 されており、これ

らに 対 してプラントの 挙 動 の 解 析 を 実 施 し、 物 理 障 壁 の 健 全 性 および 周 辺 公 衆 に 対 する 被

ばく 線 量 が 評 価 されている。

なお、「 運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化 」は、ある 原 子 炉 の 寿 命 期 間 中 に 発 生 が 予 想 しうる 機 器

の 故 障 、 誤 動 作 、 運 転 員 の 誤 操 作 、 外 乱 によって 生 じる 原 子 力 プラントの 異 常 状 態 である。

一 方 、「 事 故 」は、「 運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化 」より 発 生 する 頻 度 は 低 いが、より 大 きな 影 響

をもたらしうる 異 常 状 態 であり、 原 子 炉 の 安 全 性 (つまり、 原 子 力 安 全 の 目 的 )を 確 認 する

観 点 から 解 析 が 必 要 なものが 選 ばれている。

なお、「 運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化 」や「 事 故 」を 超 える「 重 大 事 故 」については、 確 率 論

的 リスク 評 価 の 結 果 に 基 づき、 炉 心 損 傷 や 格 納 容 器 機 能 喪 失 確 率 に 対 して 寄 与 のある 事 故

シナリオが 選 ばれる。

【PWR】

( 運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化 )

1. 炉 心 内 の 反 応 度 又 は 出 力 分 布 の 異 常 な 変 化

(1) 原 子 炉 起 動 時 における 制 御 棒 の 異 常 な 引 き 抜 き

(2) 出 力 運 転 中 の 制 御 棒 の 異 常 な 引 き 抜 き

(3) 制 御 棒 の 落 下 および 不 整 合

(4) 原 子 炉 冷 却 材 中 のほう 素 の 異 常 な 希 釈

2. 炉 心 内 の 熱 発 生 または 熱 除 去 の 異 常 な 変 化

(1) 原 子 炉 冷 却 材 流 量 の 部 分 喪 失

348


原 子 炉 の 物 理

(2) 原 子 炉 冷 却 材 系 の 停 止 ループの 誤 起 動

(3) 外 部 電 源 喪 失

(4) 主 給 水 流 量 喪 失

(5) 蒸 気 負 荷 の 異 常 な 増 加

(6) 二 次 冷 却 系 の 異 常 な 減 圧

(7) 蒸 気 発 生 器 への 過 剰 給 水

3. 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 または 原 子 炉 冷 却 材 保 有 量 の 異 常 な 変 化

(1) 負 荷 の 喪 失

(2) 原 子 炉 冷 却 材 系 の 異 常 な 減 圧

(3) 出 力 運 転 中 の 非 常 用 炉 心 冷 却 系 の 誤 起 動

( 事 故 )

1. 原 子 炉 冷 却 材 の 喪 失 または 炉 心 冷 却 状 態 の 著 しい 変 化

(1) 原 子 炉 冷 却 材 喪 失 (Loss Of Coolant Accident: LOCA)

(2) 原 子 炉 冷 却 材 流 量 の 喪 失

(3) 原 子 炉 冷 却 材 ポンプの 軸 固 着

(4) 主 給 水 管 破 断

(5) 主 蒸 気 管 破 断

2. 反 応 度 の 異 常 な 投 入 又 は 原 子 炉 出 力 の 急 激 な 変 化

(1) 制 御 棒 飛 び 出 し

3. 環 境 への 放 射 性 物 質 の 異 常 な 放 出

(1) 放 射 性 気 体 廃 棄 物 処 理 施 設 の 破 損

(2) 蒸 気 発 生 器 伝 熱 管 破 損

(3) 燃 料 集 合 体 の 落 下

(4) 原 子 炉 冷 却 材 喪 失

(5) 制 御 棒 飛 び 出 し

4. 原 子 炉 格 納 容 器 内 圧 力 、 雰 囲 気 等 の 異 常 な 変 化

(1) 原 子 炉 冷 却 材 喪 失

(2) 可 燃 性 ガスの 発 生

【BWR】

( 運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化 )

1. 炉 心 内 の 反 応 度 または 出 力 分 布 の 異 常 な 変 化

(1) 原 子 炉 起 動 時 における 制 御 棒 の 異 常 な 引 き 抜 き

(2) 出 力 運 転 中 の 制 御 棒 の 異 常 な 引 き 抜 き

2. 炉 心 内 の 熱 発 生 または 熱 除 去 の 異 常 な 変 化

(1) 原 子 炉 冷 却 材 流 量 の 部 分 喪 失

349


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

(2) 外 部 電 源 喪 失

(3) 給 水 加 熱 喪 失

(4) 原 子 炉 冷 却 材 流 量 制 御 系 の 誤 動 作

3. 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 または 原 子 炉 冷 却 材 保 有 量 の 異 常 な 変 化

(1) 負 荷 の 喪 失

(2) 主 蒸 気 隔 離 弁 の 誤 閉 止

(3) 給 水 制 御 系 の 故 障

(4) 原 子 炉 圧 力 制 御 系 の 故 障

(5) 給 水 流 量 の 全 喪 失

( 事 故 )

1. 原 子 炉 冷 却 材 の 喪 失 または 炉 心 冷 却 状 態 の 著 しい 変 化

(1) 原 子 炉 冷 却 材 喪 失 (Loss Of Coolant Accident: LOCA)

(2) 原 子 炉 冷 却 材 流 量 の 喪 失

(3) ポンプの 軸 固 着

2. 反 応 度 の 異 常 な 投 入 または 原 子 炉 出 力 の 急 激 な 変 化

(1) 制 御 棒 落 下

3. 環 境 への 放 射 性 物 質 の 異 常 な 放 出

(1) 放 射 性 気 体 廃 棄 物 処 理 施 設 の 破 損

(2) 主 蒸 気 管 破 断

(3) 燃 料 集 合 体 の 落 下

(4) 原 子 炉 冷 却 材 喪 失

(5) 制 御 棒 落 下

4. 原 子 炉 格 納 容 器 内 圧 力 、 雰 囲 気 等 の 異 常 な 変 化

(1) 原 子 炉 冷 却 材 喪 失

(2) 可 燃 性 ガスの 発 生

(3) 動 荷 重 の 発 生

15.3.2 確 率 論 的 リスク 評 価 (Probabilistic Risk Assessment: PRA)

決 定 論 的 安 全 性 評 価 においては、 複 数 の 事 故 シナリオをグループ 化 し、 代 表 的 な 事 故 シナ

リオを 解 析 する。 一 方 、 実 際 のプラントでは 多 種 多 様 な 事 故 シナリオが 存 在 する。 確 率 論 的

リスク 評 価 では、これらの 事 故 シナリオをイベントツリー(event tree)という 事 故 の 進 展

を 表 す 樹 形 図 で 網 羅 的 に 表 し、 炉 心 損 傷 などに 至 る 確 率 を 計 算 する。 確 率 論 的 リスク 評 価 を

実 施 することで、プラントの 安 全 上 の 脆 弱 性 ( 弱 点 )を 評 価 することができる。

確 率 論 的 リスク 評 価 には、 以 下 の 3 つのレベルが 存 在 する。

レベル 1 PRA: 炉 心 損 傷 に 至 る 事 故 シナリオと 炉 心 損 傷 頻 度 (Core Damage Frequency: CDF)

350


原 子 炉 の 物 理

を 評 価 する。

レベル 2 PRA: 格 納 容 器 損 傷 に 至 る 事 故 シナリオ、 格 納 容 器 損 傷 頻 度 (Containment Failure

Frequency: CFF)、 早 期 大 規 模 放 射 性 物 質 放 出 頻 度 (Large Early Release

Frequency: LERF)、 放 射 性 物 質 の 放 出 割 合 ・ 頻 度 を 評 価 する。

レベル 3 PRA: 原 子 力 プラントの 事 故 に 起 因 した 放 射 性 物 質 による 周 辺 公 衆 に 対 する 放 射

線 リスクを 評 価 する。

現 在 、レベル 1 PRA については 実 用 化 が 進 んでいるが、レベル 2 PRA、レベル 3 PRA に

ついては、 評 価 手 法 の 整 備 が 進 められている 状 態 である。

【コラム】イベントツリーを 用 いた 絶 起 ( 絶 望 の 起 床 )の 確 率 評 価

イベントツリーを 用 いると、 下 図 の 様 に 評 価 することが 出 来 る。なお、 目 覚 ましの 不 動 作

は、セットし 忘 れ、アラームの 時 間 の 設 定 ミス、 目 覚 ましの 故 障 などが 考 えられる。また、

人 によっては、 目 覚 ましが 鳴 ってもある 確 率 で 起 床 に 失 敗 する 場 合 もあるため、この 確 率 も

考 慮 する。

「 絶 起 」を 引 き 起 こす「 事 故 シナリオ」とその 確 率 は、 以 下 のようになる。

シナリオ 1: 朝 から 重 要 な 用 事 がある→ 目 覚 まし 動 作 → 起 床 できず

(0.2×0.9×0.01=0.0018)

シナリオ 2: 朝 から 重 要 な 用 事 がある→ 目 覚 まし 不 動 作 → 起 床 できず

(0.2×0.1×0.95=0.019)

この 分 析 からは、シナリオ 2 の 寄 与 が 大 きいことが 分 かるため、 目 覚 ましが 動 作 する 確 率

を 上 げる( 例 :アラームのセットを 指 差 呼 称 して 確 認 する)、 目 覚 ましを 二 重 にする、など

の 対 応 が 効 果 的 であると 推 定 できる。 例 えば、 目 覚 ましを 二 重 にすると、 絶 起 の 確 率 をおお

むね 1/10 に 低 減 することが 出 来 る。

原 子 力 プラントにおいても、ずっと 複 雑 であるが 同 様 の 解 析 が 行 われ、 安 全 性 を 向 上 させ

るための 分 析 に 用 いられている。

朝 から 重 要 な

⽤ 事 がある

⽬ 覚 まし

起 床

絶 起 の

確 率

ある 0.2

動 作 0.9

した 0.99

しない 0.01

0.18%

不 動 作 0.1

した 0.05

しない 0.95

1.9%

ない 0.8

351


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

15.4 安 全 評 価 と 原 子 炉 の 物 理

【この 節 のポイント】

・ 原 子 力 プラントの 安 全 評 価 においては、 炉 心 を 含 めてプラント 全 体 の 振 る 舞 いが 評 価 さ

れる。

・ 熱 流 束 、 温 度 、 圧 力 など、 物 理 障 壁 の 健 全 性 と 密 接 に 関 連 するパラメータが 評 価 され、

これらが 制 限 値 以 下 であることを 確 認 することで、 異 常 時 における 物 理 障 壁 の 健 全 性 と

プラントの 安 全 性 が 担 保 される。

・ 安 全 評 価 を 実 施 する 際 には、 炉 心 の 挙 動 を 解 析 するために 出 力 ピーキング 係 数 、 反 応 度

係 数 などの 炉 心 特 性 パラメータが 使 用 される。サイクルごとの 燃 料 配 置 を 設 計 するにあ

たっては、これらの 炉 心 特 性 パラメータが 安 全 評 価 で 用 いた 値 より 安 全 側 ( 保 守 的 )で

あることを 確 認 する。

・ 炉 心 の 振 る 舞 いとプラント 全 体 の 振 る 舞 いは 密 接 に 関 係 しており、 相 互 に 影 響 を 及 ぼ

す。

15.3 節 で 説 明 した 決 定 論 的 安 全 評 価 においては、 代 表 的 な 事 故 シナリオに 対 してプラン

ト 全 体 の 挙 動 を 評 価 する。この 解 析 は、 原 子 炉 の 物 理 で 直 接 対 象 とする 炉 心 のみならず、 冷

却 系 を 含 むプラント 全 体 を 模 擬 するプラント 解 析 コードを 用 いて 行 われる。プラント 解 析

コードでは、 以 下 のように 物 理 障 壁 の 健 全 性 にかかわるパラメータが 評 価 される。

( 被 覆 管 )

被 覆 管 最 高 温 度

燃 料 中 心 温 度

燃 料 棒 最 大 線 出 力 密 度

燃 料 棒 内 圧

被 覆 管 表 面 最 大 熱 流 束

( 一 次 冷 却 材 系 バウンダリ・ 原 子 炉 容 器 )

一 次 冷 却 材 最 大 圧 力

原 子 炉 一 次 系 圧 力 バウンダリに 対 する 機 械 的 エネルギー 付 加

( 格 納 容 器 )

格 納 容 器 最 大 内 圧

【コラム】 圧 力 バウンダリ

プラントの 安 全 解 析 では、「 圧 力 バウンダリ」という 言 葉 が 出 てくる。これは、 炉 心 を 通

っている 一 次 冷 却 材 の 圧 力 がかかっている「 境 界 」(すなわち、boundary、バウンダリ)であ

る。 一 般 的 に 原 子 炉 容 器 と 一 次 冷 却 材 系 の 配 管 ・ 機 器 を 含 むものとなる。 事 故 時 には、 一 次

冷 却 材 系 の 圧 力 バウンダリが 放 射 性 物 質 を 閉 じ 込 めるための 物 理 障 壁 となる。

種 々の 事 故 シナリオに 対 して、これらの 値 が 物 理 障 壁 の 健 全 性 (あるいは、 炉 心 の 冷 却 性 )

352


原 子 炉 の 物 理

を 確 保 できる 制 限 値 以 下 であることを 確 認 することで、 原 子 力 安 全 の 目 的 が 達 成 されるこ

とを 確 認 する。

【 発 展 的 内 容 】 決 定 論 的 安 全 評 価 における 判 断 基 準

現 在 の 規 制 基 準 においては、 原 子 炉 の 異 常 状 態 は、 以 下 の 三 種 類 に 区 分 されている。

運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化

事 故 ( 設 計 基 準 事 故 )

重 大 事 故

それぞれに 対 する 判 断 基 準 を 以 下 に 示 す。

( 運 転 時 の 異 常 な 過 渡 変 化 )

イ 最 小 限 界 熱 流 束 比 ( 燃 料 被 覆 材 から 冷 却 材 への 熱 伝 達 が 低 下 し、 燃 料 被 覆 材 の 温 度 が 急

上 昇 し 始 める 時 の 熱 流 束 ( 単 位 時 間 及 び 単 位 面 積 当 たりを 通 過 する 熱 量 をいう。 以 下 同

じ。)と 運 転 時 の 熱 流 束 との 比 の 最 小 値 をいう。) 又 は 最 小 限 界 出 力 比 ( 燃 料 体 に 沸 騰 遷

移 が 発 生 した 時 の 燃 料 体 の 出 力 と 運 転 時 の 燃 料 体 の 出 力 との 比 の 最 小 値 をいう。)が 許

容 限 界 値 以 上 であること。

ロ 燃 料 被 覆 材 が 破 損 しないものであること。

ハ 燃 料 材 のエンタルピーが 燃 料 要 素 の 許 容 損 傷 限 界 を 超 えないこと。

ニ 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 バウンダリにかかる 圧 力 が 最 高 使 用 圧 力 の 一 ・ 一 倍 以 下 となること。

これらの 制 限 は、いずれも 物 理 障 壁 である 燃 料 被 覆 管 及 び 原 子 炉 容 器 ( 冷 却 材 配 管 含 む)が

破 損 しない 条 件 として 設 定 されている。つまり、 設 計 思 想 として、プラントの 寿 命 中 に 発 生

が 想 定 される 異 常 状 態 に 対 しては、 物 理 障 壁 が 破 損 しないことを 求 めている。

( 設 計 基 準 事 故 )

イ 炉 心 の 著 しい 損 傷 が 発 生 するおそれがないものであり、かつ、 炉 心 を 十 分 に 冷 却 できる

ものであること。

ロ 燃 料 材 のエンタルピーが 炉 心 及 び 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 バウンダリの 健 全 性 を 維 持 するた

めの 制 限 値 を 超 えないこと。

ハ 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 バウンダリにかかる 圧 力 が 最 高 使 用 圧 力 の 一 ・ 二 倍 以 下 となること。

ニ 原 子 炉 格 納 容 器 バウンダリにかかる 圧 力 及 び 原 子 炉 格 納 容 器 バウンダリにおける 温 度

が 最 高 使 用 圧 力 及 び 最 高 使 用 温 度 以 下 となること。

ホ 設 計 基 準 対 象 施 設 が 工 場 等 周 辺 の 公 衆 に 放 射 線 障 害 を 及 ぼさないものであること。

これらの 制 限 は、 燃 料 が 溶 融 するなどして 大 幅 に 損 傷 し、 継 続 的 な 冷 却 が 出 来 なくなる 状

態 ( 炉 心 損 傷 )を 防 ぐこと、さらに 物 理 障 壁 の 原 子 炉 容 器 ( 冷 却 材 配 管 含 む)と 格 納 容 器 が 健 全

であり、 環 境 中 への 放 射 性 物 質 の 放 出 量 が 健 康 被 害 を 発 生 するレベルではないこと、を 求 め

てている。

353


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

( 重 大 事 故 : 炉 心 損 傷 防 止 )

ア 炉 心 は 著 しい 損 傷 に 至 ることなく、かつ、 十 分 な 冷 却 が 可 能 であること。「 炉 心 は 著 しい

損 傷 に 至 ることなく、かつ、 十 分 な 冷 却 が 可 能 であること」とは、 以 下 に 掲 げる 要 件 を

満 たすものであること。ただし、 燃 料 被 覆 管 の 最 高 温 度 及 び 酸 化 量 については、 十 分 な

科 学 的 根 拠 が 示 される 場 合 には、この 限 りでない。

(a) 燃 料 被 覆 管 の 最 高 温 度 が 1,200℃ 以 下 であること。

(b) 燃 料 被 覆 管 の 酸 化 量 は、 酸 化 反 応 が 著 しくなる 前 の 被 覆 管 厚 さの 15% 以 下 であること。

イ 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 バウンダリにかかる 圧 力 は、 最 高 使 用 圧 力 の 1.2 倍 又 は 限 界 圧 力 を 下

回 ること。

ウ 格 納 容 器 バウンダリにかかる 圧 力 は、 最 高 使 用 圧 力 又 は 限 界 圧 力 を 下 回 ること。

エ 格 納 容 器 バウンダリにかかる 温 度 は、 最 高 使 用 温 度 又 は 限 界 温 度 を 下 回 ること。

ただし、イ、ウ 及 びエについては、 限 界 圧 力 又 は 限 界 温 度 を 判 断 基 準 として 用 いる 場 合 には、

その 根 拠 と 妥 当 性 を 示 すこと。

この 判 断 基 準 は、 設 計 基 準 事 故 に 対 するものと 類 似 しているが、「 設 計 で 想 定 していた 事

故 シナリオ」を 超 える 事 態 になっても 炉 心 損 傷 に 至 るまでには 余 裕 があり、その 余 裕 の 中 で

炉 心 損 傷 に 至 ることを 防 止 するために 設 定 されている。

( 重 大 事 故 : 格 納 容 器 破 損 防 止 )

ア 格 納 容 器 バウンダリにかかる 圧 力 は、 最 高 使 用 圧 力 又 は 限 界 圧 力 を 下 回 ること

イ 格 納 容 器 バウンダリにかかる 温 度 は、 最 高 使 用 温 度 又 は 限 界 温 度 を 下 回 ること

ウ 放 射 性 物 質 の 総 放 出 量 は、 放 出 量 の 性 能 要 求 値 を 超 えないこと

エ 原 子 炉 圧 力 容 器 破 損 までに 原 子 炉 冷 却 材 圧 力 は 2.0 MPa 以 下 に 低 減 されていること

オ 急 速 な 炉 外 の 溶 融 燃 料 - 冷 却 材 相 互 作 用 による 熱 的 ・ 機 械 的 荷 重 によって 格 納 容 器 バウン

ダリの 機 能 が 喪 失 しないこと

カ 格 納 容 器 が 破 損 する 可 能 性 のある 水 素 の 爆 轟 を 防 止 すること

キ 可 燃 性 ガスの 蓄 積 、 燃 焼 が 生 じた 場 合 においても、アの 要 件 を 満 足 すること

ク 格 納 容 器 の 床 上 に 落 下 した 溶 融 炉 心 が 床 面 を 拡 がり 格 納 容 器 バウンダリと 直 接 接 触 し

ないこと

ケ 溶 融 炉 心 による 侵 食 によって、 格 納 容 器 の 構 造 部 材 の 支 持 機 能 が 喪 失 しないこと

ただし、ア 及 びイについては、 限 界 圧 力 又 は 限 界 温 度 を 判 断 基 準 として 用 いる 場 合 には、そ

の 根 拠 と 妥 当 性 を 示 すこと。

重 大 事 故 において、 格 納 容 器 は 放 射 性 物 質 閉 じ 込 めの 最 後 の 物 理 障 壁 となる。この 判 断 基

準 は、 格 納 容 器 が 破 損 することを 防 ぐための 判 断 基 準 となっている。

プラント 解 析 コードでは、 炉 心 は 一 点 炉 近 似 など 簡 易 的 に 扱 われるが、 減 速 材 温 度 係 数 、

ボイド 係 数 、ドップラー 係 数 などの 反 応 度 係 数 、 炉 心 内 の 出 力 分 布 ( 出 力 ピーキング 係 数 )、

354


原 子 炉 の 物 理

制 御 棒 価 値 、スクラム 反 応 度 、 投 入 反 応 度 、 即 発 中 性 子 寿 命 、 遅 発 中 性 子 割 合 などの 炉 心 特

性 パラメータが 考 慮 される。

一 般 的 に、 安 全 評 価 では、 上 記 の 炉 心 特 性 パラメータの 代 表 的 な 値 を 用 いてプラントの 安

全 解 析 が 実 施 される。

一 方 、 原 子 炉 の 炉 心 特 性 は、 装 荷 する 燃 料 の 種 類 、 新 燃 料 体 数 の 割 合 、 可 燃 性 毒 物 の 量 、

平 均 燃 焼 度 、MOX 燃 料 の 装 荷 割 合 、 燃 料 配 置 などに 大 きく 依 存 する。つまり、 安 全 解 析 で

使 われている 炉 心 特 性 パラメータの 多 くは、サイクルごとに 変 動 することとなる。この 炉 心

特 性 パラメータの 変 動 を 安 全 解 析 で 直 接 考 慮 するためには、サイクルごとの 炉 心 設 計 ( 燃 料

配 置 の 設 計 )において、すべての 事 故 シナリオに 対 して 安 全 解 析 を 実 施 する 必 要 がある。し

かしながら、このような 解 析 は 長 時 間 を 要 するため、 毎 サイクル 実 施 することは 現 実 的 では

ない。

そこで、 毎 サイクルの 炉 心 設 計 においては、 炉 心 特 性 パラメータが 安 全 解 析 で 用 いた 代 表

値 より 安 全 側 ( 保 守 的 )な 値 であることを 確 認 することで、 設 計 している 炉 心 が 安 全 解 析 に

おける 前 提 条 件 の 範 囲 内 であることを 評 価 し、プラントの 異 常 状 態 における 物 理 障 壁 の 健

全 性 を 確 認 するという 考 え 方 を 採 っている。この 考 え 方 により、 様 々な 事 故 シナリオに 対 す

る 安 全 解 析 を 毎 サイクル 実 施 しなくても 安 全 を 担 保 することができる。

以 上 のことをまとめると、 原 子 炉 の 物 理 で 取 り 扱 う 炉 心 特 性 解 析 と、 原 子 力 安 全 の 目 的 は、

以 下 の 関 係 にある。

355


第 15 章 原 子 力 プラントの 安 全 性 と 原 子 炉 の 物 理

代 表 的 な 炉 心 における 炉 心 特 性 解 析 ( 炉 物 理 計 算 )

代 表 的 な 炉 心 特 性 パラメータ( 出 力 ピーキング 係 数 、 反 応 度 係 数 、 制 御 棒 価 値 など)

プラント 安 全 解 析 の 入 力 条 件 を 設 定

プラント 安 全 解 析

物 理 障 壁 の 健 全 性 の 指 標 ( 熱 流 束 、 温 度 、 内 圧 など)

健 全 性 の 指 標 が 制 限 値 内 であることを 確 認

プラントの 安 全 性 の 確 認 → 原 子 力 安 全 の 目 的 の 確 認

プラント 安 全 解 析 の 入 力 条 件 と 比 較 して、 安 全 側 であることを 確 認

炉 心 特 性 パラメータ( 出 力 ピーキング 係 数 、 反 応 度 係 数 、 制 御 棒 価 値 など)

サイクル 毎 の 炉 心 特 性 解 析 ( 炉 物 理 計 算 、 取 替 炉 心 設 計 )

図 15-3 炉 心 特 性 解 析 と 原 子 力 安 全 の 目 的 の 関 係

炉 心 特 性 パラメータは、 原 子 炉 の 温 度 や 圧 力 に 依 存 する。そして、 温 度 や 圧 力 は、プラン

ト 全 体 の 状 態 に 依 存 する。 従 って、 炉 心 特 性 パラメータは、プラント 全 体 の 挙 動 に 影 響 を 与

えるとともに、プラント 全 体 の 挙 動 からも 影 響 を 受 け、 相 互 に 依 存 する(フィードバックが

ある) 関 係 となっている。 炉 心 解 析 は、プラント 全 体 の 振 る 舞 いとは 切 り 離 された 形 で 実 施

されるが、 実 際 のプラントでは、 炉 心 の 振 る 舞 いとプラント 全 体 の 振 る 舞 いは 密 接 に 関 係 し

ていることを 常 に 念 頭 に 置 いておく 必 要 がある。すなわち、 炉 心 という 独 立 した 部 分 の 解 析

を 実 施 するのではなく、 原 子 力 プラントのコンポーネントの 一 つである 炉 心 の 特 性 解 析 を

実 施 しているということに 留 意 することが 重 要 である。

356


原 子 炉 の 物 理

第 16 章 臨 界 安 全

357


第 16 章 臨 界 安 全

内 容

第 16 章 臨 界 安 全 ........................................................................................................................ 357

16.1 臨 界 安 全 の 目 的 と 対 象 ........................................................................................................ 359

16.2 臨 界 安 全 の 炉 物 理 ................................................................................................................ 360

16.2.1 臨 界 と 核 分 裂 連 鎖 反 応 ................................................................................................. 360

16.2.2 増 倍 率 と 反 応 度 ............................................................................................................. 361

16.2.3 核 分 裂 生 成 物 と 遅 発 中 性 子 ......................................................................................... 361

16.2.4 減 速 の 効 果 ..................................................................................................................... 362

16.2.5 吸 収 の 効 果 ..................................................................................................................... 365

16.2.6 漏 れの 効 果 ..................................................................................................................... 365

16.2.7 反 射 の 効 果 ..................................................................................................................... 365

16.2.8 温 度 の 効 果 ..................................................................................................................... 365

16.2.9 ボイドの 効 果 ................................................................................................................. 366

16.3 臨 界 防 止 ............................................................................................................................... 367

16.3.1 再 処 理 施 設 の 核 燃 料 の 特 徴 ......................................................................................... 367

16.3.2 臨 界 安 全 管 理 ................................................................................................................. 367

16.3.3 計 算 コードと 核 データ ................................................................................................. 370

16.3.4 未 臨 界 判 定 基 準 ............................................................................................................. 370

16.3.5 未 臨 界 度 測 定 手 法 ......................................................................................................... 371

16.4 臨 界 事 故 ............................................................................................................................... 371

16.4.1 臨 界 事 故 とは ................................................................................................................. 371

16.4.2 事 象 の 進 展 ..................................................................................................................... 373

16.4.3 臨 界 事 故 の 終 息 ............................................................................................................. 376

16.4.4 影 響 評 価 ........................................................................................................................ 377

16.5 その 他 のトピックス ............................................................................................................ 378

16.5.1 JCO 臨 界 事 故 ................................................................................................................ 378

16.5.2 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃 料 デブリ ......................................................................... 379

358


原 子 炉 の 物 理

【この 章 のポイント】

・ 臨 界 安 全 のテーマは、 未 臨 界 をいかに 保 つか、 万 一 の 臨 界 にどう 備 えるか、である。

原 子 炉 物 理 学 の 主 要 なテーマが、 安 定 した 臨 界 を 作 り 出 すためにどのように 制 御 するか

であったとすると、 臨 界 安 全 (criticality safety)のテーマは、 核 燃 料 をどうやって 臨 界 にな

らないようにするかであり、 万 一 の 臨 界 にどう 備 えるかである。

本 章 では、 原 子 炉 物 理 の 知 恵 がどのように 臨 界 安 全 に 生 かされるのか、 注 目 していただき

たい。

16.1 臨 界 安 全 の 目 的 と 対 象

【この 節 のポイント】

・ 臨 界 安 全 とは、 核 燃 料 物 質 を 扱 う 際 の 臨 界 に 伴 うリスクを 許 容 できる 範 囲 に 留 めること

を 目 的 とした 考 え 方 や 技 術 の 分 野 である。

・ 臨 界 安 全 の 対 象 は、 臨 界 を 制 御 する 機 構 を 持 たない 核 燃 料 施 設 および 設 備 である。

・ 臨 界 安 全 の 手 段 は、まず 臨 界 を 防 止 すること、 万 一 臨 界 事 故 が 生 じた 場 合 には、その 影

響 を 緩 和 し 臨 界 を 終 息 させることである。

原 子 炉 で 発 電 をするためには、そのための 新 しい 燃 料 を 作 る 施 設 や 使 用 済 みの 燃 料 を 処

理 する 施 設 が 必 要 である( 図 16-1)。 再 処 理 をして 使 用 可 能 な 核 燃 料 物 質 を 取 り 出 すことで、

有 限 な 資 源 を 無 駄 なく 使 うことができる。 転 換 、 濃 縮 、 処 分 といった 関 連 する 事 業 や 輸 送 ( 図

16-1 の 矢 印 で 表 される 施 設 間 の 核 燃 料 の 移 動 )も 含 め、いずれの 施 設 および 設 備 において

も 核 燃 料 を 安 全 に 取 り 扱 うことが 大 切 である。

核 燃 料 が 臨 界 になると 多 量 の 放 射 線 が 放 出 されることから、このような 放 射 線 の 被 ばく

による 身 体 的 影 響 によるリスクが 核 燃 料 を 取 り 扱 う 上 での 特 徴 的 なリスクである。このリ

スクを 可 能 な 限 り 低 減 し、 許 容 できる 範 囲 に 留 めることが 臨 界 安 全 の 目 的 である。

深 層 防 護 の 考 え 方 に 則 り、 複 数 の 安 全 策 を 重 ねることでリスクの 低 減 を 図 るが、その 第 一

番 目 に 重 要 な 手 段 が 臨 界 を 防 止 することである。その 意 味 で 臨 界 安 全 の 第 一 の 目 的 は、 未 臨

界 (subcritical)を 担 保 することであるといえる。その 次 が、 万 一 臨 界 (critical)になった

場 合 でもその 影 響 を 拡 大 させないことであり、 続 いて 早 期 に 臨 界 を 終 息 させることである。

拡 大 防 止 や 臨 界 終 息 のための 対 策 の 検 討 には、 実 施 する 対 策 の 内 容 に 応 じた 臨 界 の 影 響 や

リスクを 評 価 することも 重 要 である。これらについて 次 節 以 降 で 説 明 する。

臨 界 安 全 の 対 象 となる 主 な 施 設 は、 原 子 炉 を 除 く、 核 燃 料 を 取 り 扱 う 施 設 ( 核 燃 料 施 設 )

である( 図 16-1)。それらの 施 設 と 原 子 炉 との 大 きな 違 いは、 核 燃 料 施 設 では 臨 界 になるこ

とを 予 定 しておらず、 臨 界 を 制 御 する 機 構 を 持 たないことである。 実 は 原 子 炉 施 設 も 臨 界 安

全 の 対 象 になる。 運 転 中 の 原 子 炉 以 外 の 部 分 、 例 えば、 燃 料 の 搬 出 入 、 使 用 済 み 燃 料 プール

での 保 管 等 において、 臨 界 安 全 のための 管 理 ( 臨 界 安 全 管 理 (criticality safety control))が

必 要 になる。また、 原 子 炉 の 中 でも 特 に 臨 界 集 合 体 は、 炉 物 理 の 発 展 に 必 要 な 実 験 データを

359


第 16 章 臨 界 安 全

取 得 するために 炉 心 構 成 を 柔 軟 に 変 更 することができ、その 作 業 は 通 常 手 作 業 で 行 われる

ので、あらかじめ 作 業 手 順 を 制 限 するなどの 臨 界 安 全 管 理 が 必 要 である。

図 16-1: 臨 界 安 全 の 対 象 となる 施 設 [1]。

核 燃 料 を 扱 うほぼ 全 ての 施 設 が 臨 界 安 全 の 対 象 となる。

16.2 臨 界 安 全 の 炉 物 理

【この 節 のポイント】

・ 核 燃 料 体 系 が 臨 界 からどれだけ 離 れているかを「 反 応 度 」により 表 す。 反 応 度 は 未 臨 界

の 側 で 負 、 超 臨 界 の 側 で 正 となる。

・ 減 速 材 と 燃 料 の 比 がちょうどよいときに 最 も 臨 界 になりやすい( 最 適 減 速 )。

・ 臨 界 安 全 に 関 連 する 炉 物 理 的 効 果 としては、 中 性 子 の 減 速 、 吸 収 、 漏 れ、 反 射 の 効 果 、

ならびに 温 度 、ボイドの 効 果 などがある。

16.2.1 臨 界 と 核 分 裂 連 鎖 反 応

U-235 などの 核 分 裂 性 同 位 体 が 一 般 的 な 原 子 炉 内 の 条 件 で 核 分 裂 を 起 こすと、2 つの 核 分

裂 生 成 物 (Fission Product: FP)に 分 かれると 同 時 に 0 から 5 個 ( 平 均 的 には 2 から 3 個 )

の 中 性 子 ( 即 発 中 性 子 )を 放 出 する。 核 分 裂 生 成 物 の 中 には、ある 程 度 時 間 がたってから 中

性 子 ( 遅 発 中 性 子 )を 放 出 するものがある。これらの( 即 発 および 遅 発 ) 中 性 子 が 別 の 核 分

裂 性 同 位 体 に 吸 収 されて 次 の 核 分 裂 を 生 じることを、 核 分 裂 連 鎖 反 応 (fission chain reaction)

という。また、 外 部 中 性 子 源 からの 中 性 子 の 補 給 なしに 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 持 続 する 状 態 を 臨

360


原 子 炉 の 物 理

界 という。 狭 義 の 臨 界 (narrow definition of critical)では、 単 位 時 間 あたりの 核 分 裂 数 ( 出

力 )が 一 定 である。 狭 義 の 臨 界 を 超 えた 状 態 ( 単 位 時 間 あたりの 核 分 裂 数 が 増 加 する 状 態 )

を 含 めて 臨 界 と 呼 ぶ 場 合 もある( 広 義 の 臨 界 (broad definition of critical))。

16.2.2 増 倍 率 と 反 応 度

単 位 時 間 あたりに 漏 れと 吸 収 により 失 われる 中 性 子 数 に 対 する、 核 分 裂 で 生 じる 中 性 子

数 の 比 を 実 効 増 倍 率 (effective multiplication factor) と 呼 ぶ 1 。 狭 義 の 臨 界 では の 値 は

1 となる。 体 系 から 漏 れる 中 性 子 の 数 をゼロとし、 吸 収 で 失 われる 中 性 子 数 だけを 分 母 とし

た 場 合 の 比 を 無 限 増 倍 率 (infinite multiplication factor) という。 漏 れは 体 系 が 有 限 の 大

きさを 持 っている 場 合 に 生 じるので、 はその 核 燃 料 物 質 が 無 限 に 広 がっている 場 合 の 増

倍 率 に 相 当 する。 は 形 状 に 依 存 せず 物 質 固 有 の 値 であり、 同 じ 物 質 に 対 しては、 漏 れが

ない 分 必 ず の 方 が より 大 きくなる。したがって、 が 1 より 小 さい 物 質 だけで 臨 界 状

態 になることはない。

臨 界 からどれだけ 離 れているかを 表 す 指 標 が 反 応 度 である。 反 応 度 は 単 位 時 間 あたりに

核 分 裂 で 生 じる 中 性 子 数 と 漏 れ 及 び 吸 収 で 消 失 する 中 性 子 数 の 差 を で 除 して 規 格 化

した 指 標 で、 臨 界 のときゼロ、 未 臨 界 で 負 、 超 臨 界 で 正 となる。

原 子 炉 において 制 御 棒 1 本 を 挿 入 した 時 の 反 応 度 の 値 を、その 制 御 棒 が 持 つ 反 応 度 価 値

(reactivity worth)という。 反 応 度 価 値 は、その 制 御 棒 が 原 子 炉 のどの 位 置 に 挿 入 されるか

で 変 わってくる。 大 雑 把 に 言 えば 中 央 部 分 の 中 性 子 が 多 いところの 方 が、 周 辺 部 分 よりも 反

応 度 価 値 が 高 い( 中 性 子 のエネルギースペクトルにも 依 存 する)。 制 御 棒 が 3 本 あって、 制

御 棒 どうしの 干 渉 効 果 が 無 視 できる 場 合 には、それぞれの 反 応 度 価 値 を 足 し 合 わせた 値 が 3

本 全 体 の 反 応 度 価 値 になる。

この 議 論 は 核 燃 料 の 中 (もしくはその 周 辺 )に 何 か 物 質 が 配 置 された 場 合 にも 当 然 あては

まる。その 物 質 の 反 応 度 価 値 が 負 であれば 負 の 反 応 度 効 果 を 持 つという 言 い 方 もできる( 逆

の 場 合 正 の 反 応 度 効 果 という)。 重 要 なことは、 同 じ 物 質 をどこへ 持 って 行 っても 同 じ 反 応

度 価 値 を 持 つとは 限 らないことである。むしろ 核 燃 料 体 系 が 異 なれば、そこでの 反 応 度 価 値

も 異 なると 考 えるべきである。

反 応 度 は、 1を で 除 した 量 に 等 しく、 とは 非 線 形 だが 一 対 一 の 関 係 にある。

16.2.3 核 分 裂 生 成 物 と 遅 発 中 性 子

臨 界 状 態 にある 核 燃 料 物 質 中 の 遅 発 中 性 子 の 割 合 ( 遅 発 中 性 子 割 合 )は 通 常 1%にも 満

たないが、これを 放 出 する 核 分 裂 生 成 物 の 崩 壊 の 時 定 数 は 長 いもので 数 十 秒 になる。そのた

め、この 遅 発 中 性 子 が 引 き 起 こす 核 分 裂 を 考 慮 に 入 れれば 臨 界 になる 場 合 ( 遅 発 臨 界

(delayed critical))と、 遅 発 中 性 子 による 核 分 裂 を 考 慮 にいれなくとも 即 発 中 性 子 だけで 臨

界 になる 場 合 ( 即 発 臨 界 (prompt critical))では、 出 力 ( 単 位 時 間 当 たりに 生 じる 核 分 裂 数

1

「 中 性 子 実 効 増 倍 率 」とする 場 合 もあるが、ここでは「 実 効 増 倍 率 」と 記 述 する。 無 限

増 倍 率 、 増 倍 率 も 同 様 である。

361


第 16 章 臨 界 安 全

又 は 放 出 される 核 分 裂 エネルギー)の 挙 動 がまったく 異 なる( 第 9 章 参 照 )。 遅 発 臨 界 で

が 1 より 大 きい 場 合 では 緩 やかに 出 力 が 上 昇 するが、 即 発 臨 界 では 人 間 が 制 御 できないく

らい 急 速 に 出 力 が 上 昇 する。

反 応 度 の 大 きさが 遅 発 中 性 子 割 合 の 大 きさより 小 さい 場 合 に 遅 発 臨 界 、 大 きい 場 合 に 即

発 臨 界 となるため、 反 応 度 の 大 きさを、 遅 発 中 性 子 割 合 を 単 位 とするように 表 すとわかりや

すい。 反 応 度 の 大 きさを 遅 発 中 性 子 割 合 で 割 った 値 をドル($)という 単 位 で 表 す。1 $とい

うのは、 反 応 度 の 大 きさが 遅 発 中 性 子 割 合 と 同 じ 大 きさであることを 意 味 する。 反 応 度 が 1

$を 超 えると 即 発 臨 界 となる。 通 常 、 原 子 炉 は 1 $ 未 満 で 運 転 管 理 される。

16.2.4 減 速 の 効 果

核 分 裂 で 生 じた 中 性 子 の 多 くはおよそ 20,000 km/s の 速 さに 相 当 する 運 動 エネルギー(2

MeV)を 持 っている。U-235 の 核 分 裂 断 面 積 はもっと 低 いエネルギーの 側 で 大 きく、たとえ

ば 約 2 km/s 程 度 (0.025 eV)まで 減 速 された 中 性 子 ( 熱 中 性 子 )が 入 射 するとより 核 分 裂 を

起 こし 易 い。 中 性 子 を 減 速 する 能 力 は 軽 い 原 子 ほど 大 きいので、 水 素 原 子 を 多 く 含 む 水 やポ

リエチレンがよい 減 速 材 として 用 いられる。U-235 核 燃 料 体 系 の 水 素 原 子 の 個 数 密 度 H と

ウラン 原 子 の 個 数 密 度 U の 比 H/U が、 中 性 子 の 減 速 し 易 さの 指 標 として 用 いられる。H/U

が 小 さいと 中 性 子 が 減 速 されにくく、 中 性 子 のエネルギースペクトルの 高 い 側 が 大 きい 分

布 となる。 逆 に、H/U が 大 きいと 中 性 子 が 減 速 され 易 く、 低 エネルギー 側 が 大 きい 分 布 とな

る( 図 7-22 参 照 ) 2 。

再 処 理 施 設 で 燃 料 ペレットを 溶 解 する 際 に 生 じる 硝 酸 ウラニル 水 溶 液 の 場 合 を 例 にとる

と、H/U を 小 さい 値 から 徐 々に 大 きくするにつれて、 中 性 子 が 減 速 されやすくなり、 減 速 途

中 での U-238 による 吸 収 ( 共 鳴 吸 収 )が 減 るので、U-235 に 吸 収 されて 核 分 裂 を 生 じやすく

なるため が 大 きくなる。さらに H/U を 大 きくすると、 今 度 はウランの 密 度 が 小 さくなる

ことで 中 性 子 がウランに 出 会 う 前 に 水 素 に 吸 収 されて、 核 分 裂 が 起 こる 確 率 も 小 さくなり

は 小 さくなる。つまり、H/U が 大 きすぎても 核 分 裂 は 起 こりにくくなる。これらのこと

から、 が 最 も 大 きくなる H/U 比 の 値 ( 最 適 減 速 (optimal moderation))が 存 在 する( 図

16-2)。これは についても 同 様 である。 条 件 によっては、H/U(もしくは H/Pu)が 小 さく

なるほど が 大 きくなるような 例 もある( 図 16-3)。 参 考 のため、 硝 酸 水 溶 液 における H/U

とウラン 濃 度 の 関 係 を 図 16-4 に、H/Pu とプルトニウム 濃 度 の 関 係 を 図 16-5 にそれぞれ 示

す。

U-235 の 濃 縮 度 が 高 いほど、U-235 と 出 会 う 確 率 が 高 くなるとともに、U-238 の 割 合 が 減

ることで、 減 速 途 中 の 中 性 子 の 吸 収 が 減 るため、 臨 界 になり 易 くなる。そのため、U-235 や

Pu-239、Pu-241 といった 核 分 裂 性 同 位 体 の 濃 縮 度 は 臨 界 安 全 上 重 要 な 因 子 である。しかし、

通 常 は 濃 縮 度 がある 範 囲 に 限 定 されるように 品 質 管 理 するので、 臨 界 安 全 管 理 のために 濃

縮 度 を 調 整 するようなことはしない。

2

第 6 章 にも 類 似 の 図 があるが、 横 軸 がウランと 軽 水 の 原 子 数 比 となっており、 本 章 の 図

の 横 軸 とは 分 母 と 分 子 が 入 れ 替 わっていることに 注 意 されたい。

362


原 子 炉 の 物 理

臨 界 安 全 上 重 要 な 点 は、 減 速 不 足 (under moderation)の 状 態 に 対 しては 減 速 材 の 割 合 を

増 やすこと、 減 速 過 剰 (over moderation)の 状 態 に 対 しては 減 速 材 の 割 合 を 減 らすことが、

どちらも 臨 界 に 近 づける 効 果 があるということである。 図 16-2 および 16-3 において、 最 適

減 速 の 左 側 (H/U の 小 さい 側 )が 減 速 不 足 、 右 側 (H/U の 大 きい 側 )が 減 速 過 剰 となってい

る。 が 最 大 もしくは 極 大 となるところ(ピーク)より 左 側 では、 中 性 子 の 減 速 効 果 が 少 な

いために が 低 くなっていて、 減 速 材 の 割 合 を 増 やす( 図 の 右 の 方 へ 行 く)とより が 大

きくなる。 一 方 、ピークの 右 側 では 減 速 材 の 割 合 を 減 らすことが の 高 い 側 への 変 化 にな

るため、より 臨 界 に 近 づくことになる。

図 16-2:UO 2 (NO 3 ) 2 水 溶 液 の 無 限 増 倍 率 ( )[2]。 最 適 減 速 条 件 で が 最 大 となる。

図 16-3: 均 質 PuO 2 -H 2 O 系 の 無 限 増 倍 率 ( )[2]。

H/Pu が 大 きいほど が 大 きい 場 合 がある。

363


第 16 章 臨 界 安 全

図 16-4:U 濃 度 -H/U 曲 線 (UO 2 (NO 3 ) 2 水 溶 液 、 235 U 濃 縮 度 0.711 wt%)[2]

図 16-5:Pu 濃 度 -H/Pu 曲 線 ( 均 質 Pu-H 2 O)( 239 Pu 100%)[2]

364


原 子 炉 の 物 理

16.2.5 吸 収 の 効 果

前 項 で 述 べたように、 中 性 子 がウラン 以 外 の 物 質 に 吸 収 される 割 合 が 高 くなると、 が

小 さくなり、1 より 小 さくなれば 臨 界 にならない。 使 用 済 み 燃 料 にはサマリウムなど 中 性 子

吸 収 断 面 積 の 大 きい FP が 含 まれる。また、 使 用 済 み 燃 料 プールでは、 貯 蔵 能 力 向 上 のため

に 燃 料 を 保 管 するラックの 材 質 として、 中 性 子 吸 収 断 面 積 の 大 きいボロンを 添 加 したステ

ンレス 鋼 やアルミニウム 合 金 が 用 いられることがある。 中 性 子 吸 収 は 確 実 に 負 の 反 応 度 効

果 を 生 じるため、 臨 界 安 全 管 理 で 用 いられる 効 果 の 一 つである。

16.2.6 漏 れの 効 果

核 燃 料 体 系 から 外 に 飛 び 出 していき、 他 の 物 質 に 吸 収 されるなどして 失 われる 中 性 子 が

存 在 する。 中 性 子 の 体 系 外 への 漏 れが 大 きいほど、 が 小 さくなる。 中 性 子 の 漏 れは 後 述

する 質 量 管 理 や 形 状 寸 法 管 理 などの 臨 界 安 全 管 理 で 有 用 な 基 本 的 効 果 である。

16.2.7 反 射 の 効 果

核 燃 料 体 系 から 漏 れ 出 た 中 性 子 が 外 部 の 物 質 と 衝 突 して 跳 ね 返 ってくる 場 合 、 漏 れて 消

失 する 中 性 子 が 減 るため、 臨 界 になり 易 くなる。このような 中 性 子 を 戻 す 効 果 のあるものを

反 射 体 (reflector)とよぶ。 反 射 体 がない 場 合 に 比 べ、 反 射 体 があるとより 少 量 の 核 燃 料 で

臨 界 に 達 することができる。この 燃 料 の 減 少 分 を 反 射 体 節 約 (reflector savings)という。 原

子 炉 において、 水 素 ( 中 性 子 を 減 速 して 炉 心 に 戻 す 能 力 が 高 い)を 多 く 含 んでいる 水 やポリ

エチレンは 良 い 反 射 体 である。 中 性 子 吸 収 の 少 ないベリリウムや 黒 鉛 も 良 い 反 射 体 である。

反 射 体 効 果 は 原 子 炉 を 臨 界 にするという 観 点 からは 好 ましいものであるが、 臨 界 安 全 上

は 好 ましくないと 言 える。

【コラム】 人 体 による 反 射

1944 年 、 米 国 ロスアラモスで Otto Frisch がウランブロックを 用 いた 装 置 で 臨 界 量 を 調 べ

る 実 験 を 行 っていた。 反 射 体 のない 裸 の 炉 心 であったことから、 伝 説 にちなんでゴディバ 婦

人 (Lady Godiva)と 呼 ばれていた 装 置 である。この 装 置 に 彼 が 覆 いかぶさるように 体 を 近

づけたところ、 臨 界 になって 高 い 放 射 線 が 検 出 された。 慌 てて 彼 が 体 を 遠 ざけたので 臨 界 は

終 息 したが、あと 2 秒 遅 かったら 命 の 危 険 があったとされている[3]。

人 体 の 60~80%は 水 分 であると 言 われており、 中 性 子 を 減 速 ・ 反 射 する 効 果 を 持 つ。この

ような 人 体 による 中 性 子 の 反 射 効 果 は fat-man effect と 呼 ばれている。

16.2.8 温 度 の 効 果

低 濃 縮 ウラン 燃 料 の 温 度 が 上 昇 すると、ドップラー 効 果 (7.2.1 節 および 12.2 節 参 照 )に

より U-238 の 共 鳴 領 域 での 中 性 子 吸 収 が 増 えて、 熱 領 域 の 中 性 子 の 数 が 減 るため、 負 の 反

応 度 効 果 を 生 じる。この 効 果 は、 臨 界 事 故 (criticality accident)の 初 期 において 出 力 が 際 限

なく 上 昇 するのを 抑 えて 下 降 させるように 作 用 し、このためバーストと 呼 ばれる 鋭 いピー

365


第 16 章 臨 界 安 全

クが 出 力 に 現 れることになる( 図 16-6)。

臨 界 安 全 上 重 要 となる 数 百 ℃ 程 度 までの 範 囲 では、 固 体 燃 料 の 温 度 フィードバック(FB)

反 応 度 (temperature feedback reactivity)は 負 で、その 絶 対 値 は 上 昇 温 度 に 伴 って 大 きくな

る。ウランなどの 核 燃 料 溶 液 の 温 度 FB 反 応 度 は、ドップラー 効 果 と 溶 液 の 密 度 低 下 (それ

に 起 因 する 中 性 子 スペクトルの 変 化 )によって 通 常 負 となる。その 絶 対 値 は 同 じ 上 昇 温 度 の

固 体 の 値 (ドップラー 効 果 のみ)より 大 きく、 上 昇 温 度 に 対 して 非 線 形 的 に 大 きくなる。こ

のため、 固 体 燃 料 に 比 べ 小 さな 温 度 上 昇 で 超 過 反 応 度 を 打 ち 消 すことができる。 一 方 、プル

トニウムの 希 薄 溶 液 など 温 度 FB 反 応 度 が 正 となるものもある。このような 溶 液 は 臨 界 事 故

において 必 ず 沸 騰 に 至 ることになる。

超 過 反 応 度 を 打 ち 消 すだけの 負 の 反 応 度 を 温 度 上 昇 によって 得 ることから、 臨 界 事 故 で

生 じる 熱 エネルギー(もしくはその 元 となる 核 分 裂 の 数 )は、その 核 燃 料 溶 液 の 熱 容 量 に 応

じた 値 となる( 沸 騰 に 至 らない 場 合 )。 冷 却 など 他 の 条 件 が 無 視 できるような 短 い 時 間 の 間

であれば 核 分 裂 数 は 熱 容 量 に 比 例 する。このことから、 超 過 反 応 度 や 冷 却 の 効 果 などその 他

の 条 件 がほぼ 同 一 であれば、 一 般 的 には 体 積 が 大 きい 溶 液 での 臨 界 事 故 ほど 総 核 分 裂 数 が

大 きくなると 予 想 される。 別 の 言 い 方 をすれば、その 他 の 条 件 が 同 じであれば 単 位 体 積 あた

りの 総 核 分 裂 数 はそれほど 大 きく 異 ならないと 予 想 され( 厳 密 には 核 燃 料 や 酸 の 濃 度 によ

って 比 熱 が 若 干 異 なることの 影 響 がある)、それを 示 唆 する 実 験 データがある[4]。

図 16-6:TRACY の 実 験 結 果 ( 約 3.0 $ 瞬 時 添 加 )[5]

16.2.9 ボイドの 効 果

核 燃 料 溶 液 中 に 生 じる 気 泡 をボイド(void)と 呼 ぶ。ボイドが 生 じると 見 かけの 密 度 が 低

下 することになり、 硝 酸 ウラニル 水 溶 液 を 用 いた TRACY 実 験 (コラム 参 照 )では 負 の 反 応

度 効 果 が 生 じることが 観 測 されている。 核 燃 料 溶 液 中 にボイドが 生 じると、 減 速 材 の 密 度 と

核 燃 料 物 質 の 密 度 が 同 時 に 低 下 することで、 一 般 的 には 負 の 反 応 度 効 果 が 期 待 できる。BWR

366


原 子 炉 の 物 理

の 炉 心 など 固 体 燃 料 の 周 りに 水 が 存 在 する 場 合 でも、 水 の 沸 騰 ボイドは 一 般 的 には 負 の 反

応 度 効 果 を 生 じるが、 条 件 によっては 正 の 反 応 度 効 果 が 生 じることもある。これは 体 系 が 過

減 速 状 態 であるか 減 速 不 足 状 態 であるかによって 決 まる。

核 燃 料 溶 液 の 臨 界 事 故 を 模 擬 した 実 験 では、 最 初 に 現 れる 出 力 のピーク 時 などの 高 出 力

時 に、 放 射 線 分 解 ガスと 呼 ばれるガスによる 気 泡 が 生 じる 様 子 が 観 察 されている[6]。 放 射

線 分 解 ガスは、 主 に 核 分 裂 生 成 物 が 飛 行 する 間 に 水 分 子 を 励 起 ・ 分 解 して 生 じると 考 えられ

る。また、 沸 騰 によってもボイドが 生 じる。

【コラム】 過 渡 臨 界 実 験 装 置 TRACY

低 濃 縮 ウランの 硝 酸 水 溶 液 について、 臨 界 事 故 のメカニズムや 放 出 される 放 射 性 物 質 の

挙 動 、 閉 じ 込 め 性 能 の 検 証 等 を 目 的 とした 過 渡 臨 界 実 験 が、 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 の 過 渡

臨 界 実 験 装 置 TRACY を 用 いて 行 われた。1996 年 から 15 年 の 間 に 150 回 程 度 の 過 渡 臨 界 実

験 が 行 われ、 出 力 、 温 度 、 圧 力 の 時 系 列 データが、 異 なる 反 応 度 添 加 条 件 に 対 して 取 得 され

た。そのデータをもとに 作 成 されたベンチマークデータを 用 いて 動 特 性 解 析 コードの 国 際

比 較 が 行 われている[7]。

16.3 臨 界 防 止

【この 節 のポイント】

・ 臨 界 安 全 管 理 とは、 設 計 や 操 作 手 順 を 限 定 すること 等 により 臨 界 を 防 止 する 手 段 であ

る。

・ 核 燃 料 施 設 については 数 値 計 算 で 得 られた の 値 が 0.95 以 下 で 未 臨 界 と 判 定 する。

・ を 計 算 するための 計 算 コードと 核 データの 開 発 整 備 が 各 国 で 行 われている。

・ 未 臨 界 度 を 測 定 するための 手 法 には、 静 的 、 動 的 、 原 子 炉 雑 音 に 基 づくものなどがある。

16.3.1 再 処 理 施 設 の 核 燃 料 の 特 徴

核 燃 料 施 設 の 中 で、 特 に 再 処 理 施 設 が 内 蔵 する 核 燃 料 物 質 の 量 が 多 く、その 物 理 的 ・ 化 学

的 形 態 も 多 様 であるため、 様 々なやり 方 で 未 臨 界 を 担 保 する 必 要 がある。これは 臨 界 安 全 管

理 上 、 原 子 炉 と 大 きく 異 なる 点 である。

再 処 理 施 設 では、 燃 焼 度 や 冷 却 期 間 の 異 なる 燃 料 、すなわち、ウランなどの 核 燃 料 と FP

やアクチニドの 量 が 異 なった 燃 料 を 受 け 入 れる。それを 剪 断 して 硝 酸 で 溶 解 する 溶 解 槽 で

は、 固 体 状 、 液 体 状 の 燃 料 が 共 存 している。ウランやプルトニウムの 抽 出 では 有 機 溶 媒 を 使

用 する。 核 燃 料 を 粉 末 状 にする 工 程 では、 高 熱 で 水 分 を 飛 ばす。 工 程 により 温 度 も 異 なり、

沸 騰 状 態 で 行 われる 工 程 もある。 水 を 用 いるため 単 独 の 固 体 状 態 で 扱 うのに 比 べて 臨 界 に

なり 易 い(16.2.4 参 照 )。

16.3.2 臨 界 安 全 管 理

核 燃 料 施 設 では、 様 々な 形 態 の 核 燃 料 を 扱 うことと、 工 程 ごとに 異 なった 要 求 を 満 たす 必

367


第 16 章 臨 界 安 全

要 があることから、 核 燃 料 を 扱 う 設 備 が 臨 界 にならないようにするため、 複 数 の 臨 界 安 全 管

理 方 法 が 用 いられている。どの 方 法 も 中 性 子 の 漏 れと 吸 収 の 効 果 により 未 臨 界 を 担 保 する。

単 体 の 管 理 には 以 下 のようなものがある。

(1) 質 量 管 理

取 り 扱 う 核 燃 料 の 質 量 を 制 限 することで 未 臨 界 を 保 つ 方 法 を 質 量 管 理 (mass control)と

いう。ここで、ある 少 ない 量 で 臨 界 になっている( が 1 である) 核 燃 料 を 考 える。 は

1 より 少 しだけ 大 きい 値 とする。ここから 核 燃 料 を 少 量 ずつ 取 り 去 ると、その 分 体 積 が 小 さ

くなり、 相 対 的 に 表 面 積 の 体 積 に 対 する 割 合 が 大 きくなるため、 中 性 子 の 漏 れの 効 果 がだん

だんと 大 きくなって が 1 より 小 さくなる。 体 積 が 変 わらないように 少 量 ずつ 取 り 去 ろう

とすると、 全 体 の 密 度 を 低 下 させることになる。 (そして )はやはり 小 さくなり、や

がて 1 より 小 さくなる。このようにして、 臨 界 になるために 最 低 限 必 要 な 量 ( 最 小 臨 界 量

(minimum criticality mass))が 存 在 することがわかる。この 最 小 臨 界 量 よりも 十 分 小 さな

量 を 基 準 として、それ 以 下 の 質 量 の 核 燃 料 物 質 しか 扱 わないように 管 理 すれば 未 臨 界 を 担

保 できる。このような 管 理 は、フードやグローブボックスなど 少 量 の 核 物 質 しか 扱 わない 設

備 で 主 に 用 いられる。 臨 界 安 全 ハンドブック・データ 集 第 2 版 [2]によれば、U-235 濃 縮 度 3

wt%の 最 小 推 定 臨 界 値 ( 均 質 U-H 2 O)は 94.3 kgU、Pu-239 95%(Pu-240 5%)( 均 質 PuO 2 -H 2 O)

の 場 合 0.61 kgPu である。

(2) 形 状 寸 法 管 理

同 じ 体 積 でも 表 面 積 が 大 きい 複 雑 な 形 状 であるほど、 中 性 子 の 漏 れが 大 きくなって が

低 下 する。このように、 形 状 や 寸 法 に 制 限 を 設 けて 中 性 子 の 漏 れを 大 きくすることで 未 臨 界

を 担 保 する 方 法 を 形 状 寸 法 管 理 (geometry (or shape) control)という。 容 器 の 半 径 を 非 常 に

小 さくし、 細 長 いパイプ 状 にすることで、どのような 濃 度 の 核 燃 料 溶 液 に 対 しても 未 臨 界 を

担 保 することができる。このような 形 状 を 全 濃 度 安 全 形 状 という。 一 般 に 核 燃 料 の 濃 度 に 制

限 を 設 けるよりも 有 効 な 場 合 に 選 択 される。 再 処 理 施 設 では 溶 解 槽 やパルスカラム 等 で 用

いられる。

設 計 時 には 機 器 の 製 作 誤 差 まで 考 慮 した 評 価 を 行 うので、 実 機 が 製 作 誤 差 範 囲 内 で 作 ら

れているかどうかも 重 要 である。 機 器 と 中 性 子 を 反 射 するコンクリートの 距 離 、 使 用 済 燃 料

ラックのラック 間 距 離 や 複 数 ユニットのユニット 間 距 離 など、 据 え 付 け 位 置 の 管 理 が 行 わ

れる。

(3) 濃 度 管 理

核 燃 料 物 質 の 濃 度 に 上 限 を 設 けることで が 大 きくならないようにし、 未 臨 界 を 担 保 す

る 方 法 を 濃 度 管 理 (concentration control)という。 工 程 の 都 合 により 質 量 管 理 や 形 状 寸 法 管

理 が 適 切 でないような 場 合 に 用 いられる。 再 処 理 施 設 では 廃 液 受 槽 等 で 用 いられる。

368


原 子 炉 の 物 理

(4) 容 積 管 理

容 積 に 制 限 をかけることで、 未 臨 界 を 担 保 する 方 法 を 容 積 管 理 (volume control)という。

ポンプや 弁 など、 質 量 や 濃 度 単 体 による 管 理 が 適 切 でない 場 合 に 用 いられる。

(5) 中 性 子 吸 収 材 管 理

核 燃 料 間 にカドミウムなどの 中 性 子 吸 収 材 を 挟 むことで 中 性 子 の 入 射 を 制 限 し、 未 臨 界

を 担 保 する 方 法 を 中 性 子 吸 収 材 管 理 (neutron absorbers control)という。 円 環 状 タンクの 中

央 に 中 性 子 吸 収 材 を 配 置 するなど、 形 状 寸 法 管 理 と 併 せて 用 いられる。 六 ヶ 所 再 処 理 施 設 の

溶 解 槽 では、 硝 酸 ガドリニウム 溶 液 の 添 加 が 行 われる。

2 つ 以 上 の 核 燃 料 容 器 がある 場 合 、1 つの 容 器 から 飛 び 出 した 中 性 子 が、 他 の 容 器 に 入 射

して 核 分 裂 を 生 じる 可 能 性 があるため、 容 器 間 を 十 分 に 離 すか、 中 性 子 吸 収 材 を 間 に 挟 むな

どして、 中 性 子 を 入 射 させないようにする 必 要 がある( 多 体 の 臨 界 安 全 管 理 (multiple-body

criticality safety control))。

六 ヶ 所 再 処 理 施 設 の 溶 解 槽 では、 複 雑 な 燃 料 形 態 に 対 応 するため、 質 量 管 理 、 形 状 寸 法 管

理 、 濃 度 管 理 、 中 性 子 吸 収 材 管 理 が 併 用 されている。

使 用 済 み 燃 料 の 取 り 扱 いでは、 燃 焼 度 や 冷 却 期 間 を 制 限 することで、 燃 焼 によるアクチニ

ドの 変 化 (U-235 の 減 少 や Pu-239 の 生 成 など)と FP の 中 性 子 吸 収 が (および )を 低

下 させる 効 果 を 利 用 することができる。このような 燃 焼 度 に 応 じた の 低 下 分 を 燃 焼 度 ク

レジット(Burn Up Credit: BUC)という。 低 下 分 を 確 保 するため、 燃 焼 度 や 冷 却 期 間 につ

いて 制 限 を 設 ける。 燃 焼 度 が 大 きいほど、また 冷 却 期 間 が 長 い( 数 万 年 程 度 まで)ほど

の 値 が 小 さくなるので、 燃 焼 度 クレジットをある 程 度 確 保 するために、 燃 焼 度 と 冷 却 期 間 に

下 限 を 設 ける。 六 ヶ 所 再 処 理 施 設 の 使 用 済 燃 料 受 け 入 れ 設 備 等 では、アクチニドの 量 のみを

考 慮 した 燃 焼 度 クレジットが 導 入 されている。

上 述 の 臨 界 安 全 管 理 において、 管 理 のために 設 定 した、 質 量 や 濃 度 、 寸 法 等 といった 値 の

ことを 核 的 制 限 値 (criticality limit)という。

UO 2 粉 末 燃 料 では、 水 分 量 を 制 限 することで H/U の 範 囲 を 限 定 し、 を 限 定 する 減 速 度

管 理 も 検 討 されている。

【コラム】 二 重 偶 発 性 原 則

臨 界 事 故 の 発 生 確 率 を 十 分 に 小 さくするため、「 生 じる 可 能 性 の 十 分 小 さい 異 常 が、 二 つ

以 上 同 時 に 発 生 しない 限 り 臨 界 に 達 しない」ようにすることが 求 められる。これを 二 重 偶 発

性 原 則 (Double Contingency Principle: DCP)と 呼 ぶ。 原 子 炉 の 単 一 故 障 基 準 ( 第 15 章 参

照 )と 同 一 の 考 え 方 に 則 っている。 具 体 例 は「 核 燃 料 物 質 の 使 用 等 に 関 する 規 則 」や「 加 工

施 設 の 性 能 に 係 る 技 術 基 準 に 関 する 規 則 」を 参 照 されたい。

369


第 16 章 臨 界 安 全

臨 界 安 全 管 理 の 要 点 は、

・ 未 臨 界 を 担 保 する 条 件 を 明 白 にして

・その 条 件 を 守 ること

である。

上 述 の 臨 界 安 全 管 理 の 実 施 は、 設 計 及 び 運 用 で 行 う。 設 計 では 臨 界 実 験 データを 用 いて 性

能 評 価 された 計 算 コードが 用 いられる。 運 用 では、 予 め 手 順 を 定 める、インターロック

(interlock)をかける( 要 件 を 満 たさないと 機 械 的 に 次 の 操 作 ができないようにする)など

の 方 法 を 用 いる。

16.3.3 計 算 コードと 核 データ

臨 界 安 全 に 関 する 設 計 では、 想 定 される 核 燃 料 物 質 の 組 成 と 容 器 形 状 等 の 情 報 に 基 づい

て 数 値 計 算 を 行 い、 増 倍 率 ( または )を 計 算 して、 未 臨 界 が 担 保 されることを 確 認 す

る。このような 数 値 計 算 に 用 いる 計 算 コードは、 手 法 によって 大 きく 2 つに 分 類 される。モ

ンテカルロ 法 を 用 いるコードは、 複 雑 な 形 状 を 扱 えることや 放 射 線 の 計 算 と 相 性 がよいこ

とから 主 流 となっている。 中 性 子 輸 送 方 程 式 などを 数 値 的 に 解 く 決 定 論 的 手 法 を 用 いるコ

ードは、 複 雑 な 形 状 を 扱 うことは 苦 手 であるが、モンテカルロ 法 では 避 けられない 統 計 誤 差

が 生 じないため、 温 度 フィードバック 反 応 度 の 計 算 などに 用 いられる。

各 国 で 開 発 されている 主 要 な 臨 界 計 算 コード(またはコードパッケージ)には、MVP( 日 )、

MCNP、SCALE( 米 )、CRISTAL( 仏 )、MONK( 英 )などがある。これらのコードで 計 算 に

用 いるための 核 反 応 断 面 積 データは、 評 価 済 み 核 データライブラリーから 生 成 される。 各 国

の 主 な 評 価 済 み 核 データには、JENDL( 日 )、ENDF/B( 米 加 )、JEFF(OECD 加 盟 国 )など

がある。

16.3.4 未 臨 界 判 定 基 準

核 燃 料 施 設 については、 数 値 計 算 により を 求 めてその 値 が 0.95 以 下 であれば 未 臨 界 と

判 定 する( 推 定 臨 界 下 限 増 倍 率 (estimated lower limit multiplication factor)、コラム 参 照 )。

この 値 は 国 際 的 によく 用 いられているが、 全 ての 施 設 に 適 用 されているわけではない。PWR

の 使 用 済 燃 料 プールでは、 解 析 で 考 慮 していない 可 溶 性 ホウ 素 の 効 果 も 加 味 して 0.98 を 用

いている。

このような 数 値 計 算 に 用 いる 計 算 コードの 検 証 にはベンチマークデータが 用 いられる。

臨 界 実 験 の 結 果 に 基 づいて の 値 や 精 度 を 評 価 したもので、 国 際 的 なベンチマークデータ

としては、OECD が 実 施 しているベンチマークデータ 作 成 プロジェクト ICSBEP のデータが

ある。

【コラム】 臨 界 安 全 ハンドブック

核 燃 料 施 設 の 臨 界 安 全 性 を 確 保 するための 考 え 方 や 評 価 の 方 法 、 必 要 なデータは 各 国 で

ハンドブックや 基 準 、 指 針 等 にまとめられていたが、 臨 界 管 理 の 方 法 やデータなどが 文 献 に

370


原 子 炉 の 物 理

よって 異 なっていた。そのような 状 況 を 受 け、 国 内 の 専 門 家 により 臨 界 安 全 管 理 の 技 術 的 方

法 や 安 全 評 価 の 方 法 等 が 取 りまとめられ、1988 年 に 臨 界 安 全 ハンドブック 第 1 版 として 刊

行 された。 日 本 原 子 力 研 究 所 ( 現 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 )で 開 発 された JACS コードを 用

いてベンチマーク 計 算 を 行 い、 統 計 誤 差 等 を 考 慮 して 燃 料 や 計 算 条 件 ごとの 推 定 臨 界 下 限

増 倍 率 を 計 算 するとともに、その 結 果 を 参 考 にして、JACS コード 以 外 の 計 算 コードを 用 い

た 場 合 の 未 臨 界 判 定 基 準 ( 推 定 臨 界 下 限 増 倍 率 の 値 として 0.95)を 示 している。 現 行 は 1999

年 に 刊 行 された 第 2 版 である[8]。

16.3.5 未 臨 界 度 測 定 手 法

臨 界 からどれくらい 離 れているかを 示 す 尺 度 として、 未 臨 界 度 、 反 応 度 といった 概 念 が 定

義 されている。 に 対 する 数 値 計 算 の 結 果 と 実 験 結 果 のずれをバイアスと 呼 ぶが、このバ

イアスとしては 通 常 臨 界 時 の 値 が 用 いられる。しかし、 未 臨 界 ( 例 えば の 値 が 0.95)の

体 系 におけるバイアスは、 臨 界 時 のそれとは 異 なることが 予 想 されており、 数 値 計 算 の 精 度

評 価 の 観 点 から、 実 験 的 に 未 臨 界 度 を 測 定 し、 評 価 することが 重 要 である。

反 応 度 の 評 価 方 法 は、 静 的 な 方 法 ( 出 力 が 安 定 している 状 態 での 中 性 子 計 数 率 の 値 から 評

価 する 方 法 、 中 性 子 計 数 率 の 分 布 に 基 づいて 評 価 する 方 法 等 )、 動 的 な 方 法 ( 中 性 子 源 や 中

性 子 吸 収 材 を 用 いて 外 部 から 与 えられた 擾 乱 に 対 する 応 答 ( 中 性 子 計 数 率 の 変 化 )により 評

価 する 方 法 )、 原 子 炉 雑 音 を 用 いた 方 法 ( 体 系 内 の 中 性 子 数 の 時 間 的 な 揺 らぎに 基 づく 方 法 )

に 大 別 される。このうちいくつかの 方 法 は 予 備 解 析 を 必 要 とする。 初 めにリファレンス( 未

臨 界 度 と 中 性 子 計 数 率 が 明 らかな 基 準 となる 体 系 )を 必 要 とする 方 法 もあるので、 目 的 や 評

価 対 象 となる 核 燃 料 体 系 に 応 じて 適 切 な 方 法 を 選 択 する。

16.4 臨 界 事 故

【この 節 のポイント】

・ 臨 界 事 故 とは、 核 燃 料 を 取 り 扱 う 際 に 意 図 せず 臨 界 が 生 じることをいう。

・ 臨 界 事 故 では 新 たに 核 分 裂 生 成 物 が 生 成 され、 外 部 被 ばくおよび 内 部 被 ばくの 原 因 とな

る。

・ 公 衆 の 被 ばく 影 響 評 価 のためには 核 分 裂 生 成 物 の 生 成 量 に 直 結 する 総 核 分 裂 数 が、 直 達

線 による 作 業 員 の 被 ばく 影 響 評 価 のためには 出 力 の 履 歴 が、それぞれ 重 要 である。

16.4.1 臨 界 事 故 とは

核 燃 料 を 取 り 扱 う 設 備 ・ 機 器 において、 意 図 せず 臨 界 が 生 じることを 臨 界 事 故 という。 臨

界 事 故 が 生 じると、 核 分 裂 により 中 性 子 線 及 び 線 が 発 生 するとともに、 飛 散 した 核 分 裂 生

成 物 から 発 生 する 線 による 外 部 被 ばくおよびそれら FP を 摂 取 することで 生 じる 内 部 被 ば

くの 可 能 性 があるため、 臨 界 事 故 が 生 じないような 設 計 、 運 用 がなされなければならない。

国 内 の 再 処 理 施 設 では、 臨 界 事 故 を 含 む 様 々な 設 計 上 想 定 すべき 事 故 ( 設 計 基 準 事 故

(design basis accident))に 対 して 以 下 のような 措 置 を 講 ずることとなっている [9]。

371


第 16 章 臨 界 安 全

1 何 らかの 故 障 や 異 常 から 事 故 に 至 らないようにすること

2 事 故 が 生 じた 場 合 でもそれが 拡 大 しないようにすること

3 事 故 が 生 じた 場 合 でも 工 場 等 周 辺 の 公 衆 に 放 射 線 障 害 を 及 ぼさないものであること

また、 設 計 基 準 を 超 える 条 件 で 生 じる 重 大 事 故 (severe accident)についても 対 策 が 求 め

られている。

世 界 の 約 170 ヶ 国 が 加 盟 する IAEA の 安 全 基 準 [10]では、 想 定 し 得 る 異 常 状 態 (credible

abnormal condition)( 通 常 状 態 以 外 の 状 態 で、かつ 発 生 確 率 が 十 分 に 低 いとは 言 えない 異 常

状 態 )において 臨 界 事 故 の 発 生 を 防 止 するように、 設 計 および 運 用 を 行 うよう 要 求 している。

十 分 に 低 い 発 生 確 率 としては 10 -6 回 / 年 以 下 とされる 例 がある。

中 性 子 の 良 い 減 速 材 となる 水 分 が 多 いと 臨 界 になり 易 いため、 過 去 に 核 燃 料 施 設 の 工 程

上 で 生 じた 臨 界 事 故 のほとんどは 水 溶 液 もしくはスラリー 状 の 核 燃 料 で 起 きている。 参 考

文 献 [11]で 報 告 されている 臨 界 事 故 の 年 代 と 核 分 裂 数 をみると( 図 16-7)、1950 年 代 から 1960

年 代 にかけて 多 くの 臨 界 事 故 が 起 きていることがわかる。この 頃 は 臨 界 安 全 の 基 本 的 な 考

え 方 や 技 術 が 十 分 に 確 立 されておらず、 定 められた 手 順 そのものに 問 題 があったために、こ

れを 守 っていても 臨 界 事 故 が 起 きるということもあった。 史 上 最 大 規 模 の 臨 界 事 故 は 1959

年 に 米 国 アイダホの ICPP(Idaho Chemical Process Plant)で 発 生 し、その 終 息 までに 4×10 19

の 核 分 裂 を 生 じた。この 例 を 除 けば、 大 半 の 臨 界 事 故 の 核 分 裂 数 は 1×10 15 から 3×10 18 の

範 囲 にあることがわかる。1970 年 以 降 は 臨 界 安 全 の 技 術 も 進 歩 し、それほど 頻 繁 に 臨 界 事

故 は 生 じていない。1999 年 に 日 本 の( 株 )ジェー・シー・オーで 臨 界 事 故 (JCO 臨 界 事 故 )

が 生 じ、2.5×10 18 の 核 分 裂 を 生 じたが、このときは 認 可 を 受 けた 手 順 とは 異 なったやり 方 で

核 燃 料 溶 液 を 扱 っていた。JCO 臨 界 事 故 は 1 リットルあたりの 核 分 裂 数 でみると ICPP での

臨 界 事 故 よりも 大 きいことが 指 摘 されている。これについては 次 節 で 説 明 する。

図 16-7: 世 界 の 臨 界 事 故 の 推 移 [11]

372


原 子 炉 の 物 理

【コラム】 反 応 度 投 入 事 象

臨 界 または 臨 界 近 傍 にある 原 子 炉 に、 誤 って 制 御 棒 を 引 き 抜 くなどして 1 $ 程 度 以 上 の 反

応 度 が 急 激 に 投 入 される 事 象 を 反 応 度 投 入 事 象 と 呼 んで、 臨 界 事 故 とは 区 別 している。

1999 年 6 月 に 志 賀 原 子 力 発 電 所 1 号 機 で 定 期 検 査 中 に 制 御 棒 が 抜 けて 臨 界 に 達 した 事 例

は 臨 界 事 故 とされている。

16.4.2 事 象 の 進 展

既 述 のように、 核 燃 料 物 質 の 水 溶 液 を 扱 う 工 程 で 臨 界 事 故 が 起 きやすいことから、 核 燃 料

溶 液 を 燃 料 として 臨 界 事 故 を 模 擬 する 過 渡 臨 界 実 験 が 行 われた。これらの 実 験 では、 高 濃 縮

ウランを 燃 料 とするフランスの CRAC および SILENE や、 低 濃 縮 ウランを 燃 料 とする 日 本

の TRACY などの 実 験 用 原 子 炉 が 用 いられた。

TRACY の 実 験 結 果 を 用 いて、 臨 界 事 故 においてどのように 事 象 が 進 展 するのか 説 明 する。

初 めに 単 純 な 条 件 として 反 応 度 が 瞬 時 に 添 加 されて、 超 過 反 応 度 ( 臨 界 を 超 える 部 分 の 反 応

度 )が 約 3 $( の 値 : 約 1.023)になった 実 験 を 例 にする( 図 16-8)。この 実 験 では 溶 液 の

沸 騰 には 至 っていない。

臨 界 事 故 は、 何 等 かの 異 常 により が 1 を 超 えた 状 態 になって 始 まる。これは 反 応 度 が

正 になることを 意 味 する。 特 に 反 応 度 が 1 $ 以 上 ( 即 発 臨 界 )になったとき、 出 力 ( 単 位 時

間 当 たりに 放 出 される 核 分 裂 エネルギー)が 指 数 関 数 的 に 急 激 に 上 昇 する( 図 16-8 の1)。

出 力 の 上 昇 に 伴 って 核 燃 料 溶 液 の 温 度 が 上 昇 する( 図 16-8 の2)。 温 度 の 上 昇 によって 負 の

反 応 度 効 果 が 生 じるため、 反 応 度 が 1 $ 未 満 となり、 出 力 はピークを 作 ると 同 時 に 下 降 に 転

じる( 図 16-8 の3)。 核 分 裂 による 放 射 線 等 ( 主 にピークの 間 に 生 成 された 核 分 裂 生 成 物 が

移 動 中 にエネルギーを 付 与 すると 考 えられる)により 水 分 子 が 励 起 ・ 分 解 されて、 水 素 と 酸

素 のガス( 放 射 線 分 解 ガス)が 生 じ、 負 の 反 応 度 効 果 が 生 じる( 図 16-8 の4)。その 後 、ピ

ークの 間 に 生 じた 核 分 裂 で 生 成 された 遅 発 中 性 子 先 行 核 の 崩 壊 が 始 まり、 中 性 子 が 放 出 さ

れ 始 める( 図 16-8 の5)。 核 分 裂 生 成 物 の 減 少 に 従 って 出 力 も 低 下 していく( 図 16-8 の6)。

以 上 が 沸 騰 に 至 らない 場 合 の 基 本 的 な 事 象 の 進 展 である。

373


第 16 章 臨 界 安 全

図 16-8:TRACY の 実 験 結 果 ( 約 3.0 $ 瞬 時 添 加 )[5]

核 燃 料 溶 液 がゆっくり 流 入 して 臨 界 になる 場 合 の 実 験 結 果 を 図 16-9 および 図 16-10 に 示

す。この 場 合 、 超 過 反 応 度 が 1 $を 超 えたところで 出 力 の 急 上 昇 が 始 まる( 図 16-9 の1)。

温 度 上 昇 とボイド 生 成 により 反 応 度 が 1 $ 未 満 となって 出 力 が 低 下 する( 図 16-9 の2)が、

ボイドが 液 面 に 抜 けることにより 超 過 反 応 度 が 再 び 1 $を 超 え、 出 力 が 再 び 上 昇 する( 図 16-

9 の3)。このようにして、しばらくの 間 出 力 の 振 動 が 継 続 する。

図 16-9:TRACY の 実 験 結 果 ( 約 60 Lit./min. 給 液 2.6 $ 添 加 )[12]

臨 界 状 態 をそのまま 放 置 すると、 出 力 は 低 下 を 続 ける( 図 16-10 の1)。しかし、 核 燃 料

溶 液 が 冷 えて 温 度 が 低 下 すると 正 の 反 応 度 効 果 が 生 じるため、 再 び 出 力 が 上 昇 する( 図 16-

374


原 子 炉 の 物 理

10 の2)。 温 度 が 上 がり 過 ぎると 未 臨 界 となって 出 力 が 低 下 するため、 最 終 的 には、ある 一

定 の 出 力 状 態 (プラトー)に 落 ち 着 く( 図 16-10 の3)。プラトーにおける 出 力 の 値 は、 核

燃 料 が 冷 却 により 失 う 単 位 時 間 あたりのエネルギーとバランスしていると 考 えられる。 出

力 が 一 定 であることは、 狭 い 意 味 での 臨 界 状 態 ( 再 臨 界 )であることを 意 味 している。JCO

臨 界 事 故 では、 沈 殿 槽 の 冷 却 ジャケットの 機 能 が 活 きていたため、 冷 却 能 力 に 応 じた 高 い 出

力 が 長 時 間 継 続 した。

【コラム】JCO 臨 界 事 故 [13]

1999 年 9 月 30 日 10:35 頃 に 茨 城 県 東 海 村 の 株 式 会 社 ジェー・シー・オーで 臨 界 事 故 が 発

生 した。3 人 の 作 業 員 が U-235 濃 縮 度 18.8 wt%、ウラン 濃 度 380 gU/Lit. 以 下 の 硝 酸 ウラニル

溶 液 を、 認 可 された 方 法 とは 異 なるやり 方 で 製 造 していた。2.4 kgU 以 下 で 質 量 管 理 されて

いる 沈 殿 槽 に、 約 16.6 kgU の 硝 酸 ウラニル 溶 液 を 投 入 した。10:35 頃 に 臨 界 に 達 し、 警 報 装

置 が 吹 鳴 した。 約 20 時 間 にわたって 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 継 続 した。 冷 却 ジャケットの 水 を 抜

くなどして、 翌 朝 6:15 頃 臨 界 状 態 が 停 止 した。その 後 ホウ 素 が 投 入 されて 8:50 には 臨 界 の

終 息 が 確 認 された。 総 核 分 裂 数 は 2.5×10 18 と 評 価 された。また、 作 業 員 のうち 2 名 が 死 亡

した。

原 子 力 安 全 委 員 会 のウラン 加 工 工 場 臨 界 事 故 調 査 委 員 会 は、「 絶 対 安 全 」から「リスクを

基 準 とする 安 全 の 評 価 」へ 意 識 を 転 換 することなどの 提 言 を 行 った。

国 は、「 原 子 力 災 害 対 策 特 別 措 置 法 」を 成 立 させて、 防 災 の 対 象 施 設 を( 原 子 力 発 電 所 周

辺 から) 一 般 の 原 子 力 施 設 へと 広 げるとともに、 原 子 力 事 業 者 の 責 務 を 明 確 にした。

図 16-10:TRACY の 実 験 結 果 ( 約 60 Lit./min. 給 液 1.5 $ 添 加 )[12]

375


第 16 章 臨 界 安 全

沸 騰 に 至 る 場 合 について CRAC の 実 験 結 果 を 用 いて 説 明 する( 図 16-11)。 核 燃 料 溶 液 の

給 液 が 開 始 され 臨 界 になってから 200 秒 まで 給 液 が 継 続 している。この 間 、 給 液 による 正 の

反 応 度 添 加 と 温 度 上 昇 および 放 射 線 分 解 ガスボイドによる 負 の 反 応 度 が 交 互 に 大 きくなっ

て、 出 力 が 激 しく 上 下 に 振 動 している( 図 16-11 の1)。 給 液 終 了 後 も 振 動 は 継 続 するが 平

均 の 出 力 はゆっくり 低 下 している( 図 16-11 の2)。 核 燃 料 溶 液 の 温 度 が 沸 点 に 達 して 400

秒 あたり 以 降 で 安 定 すると 同 時 に 出 力 も 概 ね 安 定 している( 図 16-11 の3)。 沸 騰 に 至 る 臨

界 事 故 の 特 徴 は、 核 燃 料 溶 液 の 温 度 上 昇 だけでは 添 加 された 反 応 度 を 打 ち 消 すことができ

ず、 負 の 反 応 度 を 生 じさせるために 溶 液 内 に 一 定 量 のボイドが 存 在 し 続 けなければならな

い 点 にある。ボイドは 液 面 に 向 かって 上 昇 し 消 失 してしまうことから、 常 に 新 たに 生 成 し 続

ける 必 要 があり、そのため、 安 定 沸 騰 時 には 高 い 出 力 が 維 持 される。また、 安 定 沸 騰 に 至 る

までの 過 渡 期 ( 図 16-11 の1、2)においても、 出 力 バーストが 何 度 も 生 じていることから、

平 均 の 出 力 が 高 く 維 持 されている。このため、 全 体 で 生 じる 核 分 裂 の 数 ( 総 核 分 裂 数 (total

number of fissions))は、 沸 騰 に 至 らない 場 合 に 比 べて 大 きくなる 傾 向 にある。 史 上 最 大 の

核 分 裂 数 を 生 じた ICPP の 臨 界 事 故 では、 核 燃 料 溶 液 の 沸 騰 が 15~20 分 程 度 継 続 し、4×10 19

の 核 分 裂 を 生 じた。

図 16-11:CRAC の 実 験 データ(CRAC16)( 約 7.4 Lit./min. 給 液 8.6 $ 添 加 )[14]

16.4.3 臨 界 事 故 の 終 息

沸 騰 に 至 らない 場 合 には、 初 期 バーストの 後 の 一 時 的 な 出 力 低 下 状 態 を 経 て 再 臨 界 に 至

る。 出 力 が 低 下 したことによって 熱 伝 導 等 により 核 燃 料 から 奪 われる 熱 エネルギーの 方 が

勝 り、 核 燃 料 の 温 度 が 低 下 する。その 結 果 、 超 過 反 応 度 を 打 ち 消 していた 温 度 上 昇 による 負

の 反 応 度 が 小 さくなることによる。

376


原 子 炉 の 物 理

再 臨 界 時 の 出 力 は、 核 燃 料 から 単 位 時 間 あたりに 奪 われる 熱 エネルギーに 応 じた 値 を 取

るので、 冷 却 が 弱 ければ 小 さい 値 となる。この 場 合 、 検 出 される 中 性 子 計 数 率 がかなり 低 く

とも 臨 界 状 態 であることに 違 いないので、 油 断 はできない。 不 用 意 な 接 近 や 操 作 によって 正

の 反 応 度 が 添 加 されて 出 力 バーストが 生 じる 可 能 性 がある。 核 燃 料 溶 液 が 何 等 かの 方 法 で

しっかりと 断 熱 されている 場 合 には 温 度 が 下 がらないため、 未 臨 界 状 態 が 維 持 されると 考

えられる。JCO 臨 界 事 故 の 場 合 、 冷 却 ジャケットの 機 能 を 停 止 することで 出 力 が 低 下 し、 内

部 の 水 を 抜 くことで( 中 性 子 の 反 射 効 果 がなくなり) 臨 界 状 態 が 停 止 となった。 温 度 の 低 下

その 他 の 理 由 で 再 臨 界 となることを 防 ぐために、 中 性 子 吸 収 効 果 のあるボロン 水 を 投 入 し

て 臨 界 終 息 を 確 実 なものとした。

沸 騰 に 至 った 場 合 には、 沸 騰 によって 水 分 と 少 量 の 核 燃 料 を 失 い、 臨 界 を 維 持 できなくな

って 終 息 する。ICPP の 場 合 、800 リットルの 溶 液 の 約 半 分 が 蒸 発 し、 が 低 下 して 臨 界 終

息 に 至 った。

このように、 臨 界 事 故 が 生 じてもある 程 度 時 間 が 経 過 することで 臨 界 が 停 止 することは

あり 得 るが、 放 っておくと 多 量 の 核 分 裂 生 成 物 の 環 境 への 放 出 が 予 想 されるときには、 作 業

員 の 操 作 によって 臨 界 を 終 息 させなければならない。ボロン 水 等 の 中 性 子 吸 収 材 の 投 入 や、

可 能 であれば、 核 燃 料 溶 液 の 一 部 を 別 の 容 器 等 に 遠 隔 で 移 送 するなど、 確 実 に 負 の 反 応 度 効

果 が 期 待 できる 対 策 を 備 えておく 必 要 がある。

【コラム】 最 小 臨 界 事 故

臨 界 事 故 の 発 生 を 想 定 する 設 備 には、 臨 界 を 検 知 する 機 器 を 設 置 する。 大 きなバーストを

生 じる 場 合 だけでなく、ゆっくりと 出 力 が 上 昇 するような 臨 界 も 検 知 したいが、どの 程 度 ま

で 小 さな 臨 界 事 故 を 対 象 とするのかが 問 題 となる。 臨 界 警 報 装 置 の 性 能 に 関 する 標 準

(ISO7753)では 検 知 すべき 最 小 の 臨 界 事 故 (minimum accident of concern)について 定 義

している。

16.4.4 影 響 評 価

核 燃 料 施 設 の 重 大 事 故 の 影 響 評 価 では、 公 衆 や 作 業 者 の 被 ばく 影 響 を 評 価 する。 臨 界 事 故

の 影 響 評 価 でも 同 様 ではあるが、 核 分 裂 生 成 物 の 生 成 量 を 評 価 するために 必 要 となる 総 核

分 裂 数 (1 臨 界 事 故 で 生 じる 核 分 裂 の 総 数 )や、 核 分 裂 からの 直 達 線 による 作 業 員 の 被 ばく

を 評 価 する 上 で 必 要 となる 出 力 の 履 歴 などが 最 初 のターゲットとなる。

核 燃 料 施 設 の 主 要 な 事 故 について 被 ばく 影 響 を 評 価 するための 考 え 方 やデータを 整 理 し

た 文 献 NUREG/CR-6410( 事 故 解 析 ハンドブック) [15]では、 過 去 の 臨 界 事 故 及 び 実 験 結 果

からの 経 験 則 として、 臨 界 事 故 1 回 あたりの 総 核 分 裂 数 の 推 定 値 を 以 下 のように 与 えてい

る。

・ 溶 液 系 :1×10 19 (380 リットル 以 上 )、1×10 18 (380 リットル 未 満 )

・ 固 体 金 属 系 :1×10 18

・ 粉 体 系 :1×10 17

377


第 16 章 臨 界 安 全

これらは 臨 界 事 故 の 影 響 をできるだけ 早 く 予 想 もしくは 想 定 して、リスク 評 価 や 対 策 の 検

討 を 行 うためのものであり、 個 別 の 条 件 の 相 違 を 考 慮 しないので 非 常 に 大 雑 把 な 値 である。

総 核 分 裂 数 を 核 燃 料 溶 液 の 体 積 や 臨 界 継 続 時 間 の 関 数 として 表 す 簡 易 的 な 評 価 の 方 法 が

Tuck、Olsen、Barbry、Nomura、Knemp-Duluc などから 提 案 されているが、 核 燃 料 の 種 類 や

濃 度 などの 適 用 条 件 が 個 々に 異 なる。これらは 包 括 的 な 評 価 のための 式 なので、いずれの 方

法 も 過 大 評 価 となる。 他 に、ピーク 出 力 を 添 加 反 応 度 等 の 関 数 として 表 す 式 が 一 点 炉 動 特 性

方 程 式 に 基 づいて 導 かれている。

出 力 挙 動 を 評 価 するための 数 値 計 算 コードも 開 発 されている。 手 法 はさまざまで、 一 点 炉

動 特 性 に 基 づく AGNES( 日 )、CRITEX( 英 仏 )、 中 性 子 輸 送 方 程 式 を 有 限 要 素 法 を 用 いて 解

く FETCH( 英 )、 力 学 、 流 体 力 学 、 化 学 などのモジュールを 組 み 合 わせて 用 いる COMSOL

( 米 )などがある。これらのコードの 比 較 による 検 証 も 行 われている。

正 確 な 評 価 のためには、 中 性 子 工 学 のみならず、 熱 流 動 、 放 射 線 化 学 などの 知 見 が 必 要 で

あり、 現 象 にまだ 未 解 明 な 部 分 もあることから、 今 後 の 研 究 の 進 展 が 期 待 される。

【コラム】 安 全 評 価 における 想 定 臨 界 事 故

六 ヶ 所 再 処 理 施 設 では、 溶 解 槽 の 酸 濃 度 低 下 による 臨 界 事 故 を 想 定 し、 設 計 基 準 事 象 の 総

核 分 裂 数 として 1×10 19 としている。 重 大 事 故 としての 臨 界 事 故 については、 溶 解 槽 での 臨

界 およびプルトニウム 溶 液 の 誤 移 送 による 臨 界 を 想 定 し、 事 故 対 策 の 有 効 性 評 価 で 用 いる

数 字 として、 総 核 分 裂 数 を 1×10 20 、バースト 期 の 核 分 裂 数 1×10 18 、プラトー 期 の 核 分 裂 率

(1 秒 あたりの 核 分 裂 数 )1×10 15 を 用 いている。これらの 値 は 過 去 に 発 生 した 臨 界 事 故 の

経 験 に 基 づいて 決 定 しているが、 過 去 の 臨 界 事 故 や 事 故 解 析 ハンドブックなどと 比 べると、

かなり 大 きい 想 定 となっていることが 分 かる。

16.5 その 他 のトピックス

【この 節 のポイント】

・ JCO 臨 界 事 故 の 臨 界 安 全 上 の 特 徴 は、 沈 殿 槽 の 形 状 と 冷 却 ジャケットにある。

・ 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃 料 デブリの 臨 界 安 全 上 の 課 題 は、 臨 界 安 全 管 理 された 状 態 に

移 行 すること、 未 臨 界 度 測 定 方 法 、 万 一 の 臨 界 事 故 の 終 息 方 法 や 影 響 評 価 である。

16.5.1 JCO 臨 界 事 故

JCO 臨 界 事 故 について、 臨 界 安 全 および 炉 物 理 的 視 点 から 注 目 すべき 点 が 2 つある。2 つ

とも 臨 界 が 生 じた 沈 殿 槽 が 持 つ 特 徴 である。

1 つ 目 は 沈 殿 槽 の 形 状 である。 臨 界 を 生 じた 作 業 は 本 来 、 全 濃 度 安 全 形 状 である 細 長 い 容

器 で 実 施 されるのが 定 められた 手 順 であった。その 容 器 に 比 べて 沈 殿 槽 はずんぐりとした

大 柄 な 形 状 をしており、 中 性 子 の 漏 れがより 少 ない 形 状 であった。このため 核 燃 料 溶 液 を 注

入 している 間 に 臨 界 となった。

2 つ 目 は 冷 却 ジャケットの 存 在 である。16.4.2 節 で 述 べたように、プラトーにおける 出 力

378


原 子 炉 の 物 理

は、 核 燃 料 から 単 位 時 間 あたり 奪 われる 熱 エネルギーとバランスする。JCO 臨 界 事 故 ではプ

ラトーにおいて 約 2 kW から 約 800 W まで 徐 々に 低 下 しながら、この 高 い 出 力 が 約 17 時 間

継 続 したことにより、2.2×10 18 の 核 分 裂 (バースト 部 0.3×10 18 の 約 7 倍 )を 生 じたとの 推

定 がある。この 結 果 、 沸 騰 により 高 出 力 が 継 続 した ICPP での 臨 界 事 故 と 並 んで、1 リット

ルあたりの 核 分 裂 数 が、その 他 の 臨 界 事 故 から 飛 び 抜 けて 大 きい 値 となった(16.2.8 節 の 記

述 参 照 )。 強 制 冷 却 が 行 われていなければ、プラトーでの 出 力 はもっと 小 さかったはずであ

り、 総 核 分 裂 数 ももっと 小 さくなっていたと 考 えられる。

16.5.2 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 燃 料 デブリ

燃 料 デブリのように 内 部 の 組 成 や 分 布 、 全 体 の 形 状 が 不 明 のものの 臨 界 安 全 をどのよう

に 考 えたらよいだろうか。

臨 界 安 全 上 重 要 なことは、 性 状 が 不 明 なまま 燃 料 デブリを 単 に 封 じ 込 めている 状 態 から、

質 量 、 形 状 寸 法 、 濃 度 等 の 臨 界 安 全 管 理 がされている 状 態 に 移 行 することである。 未 臨 界 で

ある 理 由 が 明 白 に 説 明 できる 状 態 にすることで、 臨 界 のリスクを 非 常 に 小 さくすることが

できる。このためには、 削 って 取 り 出 した 個 々のデブリの 輸 送 や 多 数 のデブリの 保 管 におけ

る 臨 界 安 全 管 理 を 確 実 に 行 えるようにしてから 取 出 しを 行 う 必 要 がある。 取 り 出 して 容 器

に 入 れた 個 々のデブリに、 中 性 子 吸 収 材 を 添 加 することで が 1 より 小 さい 状 態 にできれ

ば、それらをいくらどのように 積 み 重 ねても 臨 界 にはならないが、 様 々な 事 情 でそうできな

いことも 十 分 考 えられる。その 場 合 には 距 離 を 離 して 配 置 するとか、 中 性 子 吸 収 材 を 間 に 挟

むなどの 多 体 の 臨 界 安 全 管 理 が 必 要 になる。

安 全 な 状 態 に 移 行 する 工 程 の 各 所 で 未 臨 界 度 を 測 定 できれば、 異 常 な 変 化 を 見 逃 さず、 臨

界 に 到 達 する 前 に 未 臨 界 を 保 つための 対 策 を 実 施 できる。しかし、 内 部 の 様 子 がわからない

核 燃 料 物 質 の 未 臨 界 度 を 測 定 する 一 般 的 な 方 法 は 確 立 されておらず、 原 子 炉 物 理 における

課 題 の 一 つである。

万 一 臨 界 になった 場 合 に、できるだけ 早 くそれを 終 息 させる 対 策 も 必 要 であり、 効 果 的 な

中 性 子 吸 収 材 の 開 発 が 進 められている。また、 対 策 の 有 効 性 や 実 施 のタイミングの 検 討 のた

めには、 出 力 の 挙 動 や 総 核 分 裂 数 を 評 価 する 必 要 があり、 検 討 が 進 められている。

【コラム】 燃 料 デブリの 臨 界 事 故 は 原 爆 のようになるか?

燃 料 デブリが 万 一 臨 界 になったときに、 原 爆 のような 爆 発 が 生 じるのではないかと 懸 念

する 声 があるが、そのような 事 態 は 物 理 的 に 発 生 しないことを 説 明 しておきたい。

原 爆 の 技 術 の 要 点 は、 核 分 裂 が 数 多 く 生 じて 多 量 のエネルギーを 放 出 する 間 、 核 分 裂 連 鎖

反 応 を 維 持 することである。このためには、 中 性 子 を 減 速 させず、 高 速 のまま 核 分 裂 を 生 じ

させることや、 十 分 に 核 分 裂 が 生 じる 前 に 発 生 したエネルギーで 核 燃 料 物 質 が 飛 散 して 核

分 裂 連 鎖 反 応 が 停 止 してしまうことがないように、 核 燃 料 を 一 か 所 に 閉 じ 込 めておく 必 要

がある。U-235 の 高 濃 縮 ウランなどを 核 燃 料 として 用 い、 火 薬 を 用 いて 核 燃 料 物 質 を 衝 突 さ

せるなどの 技 術 を 要 するのはそのためである。

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第 16 章 臨 界 安 全

一 方 、 燃 料 デブリは 中 性 子 を 吸 収 する U-238 が 多 い 低 濃 縮 ウランを 中 心 にさまざまな 物

質 が 混 合 している 状 態 にあると 推 定 されている。 温 度 の 上 昇 とともにドップラー 効 果 によ

って U-238 の 中 性 子 吸 収 が 増 える。また、 核 燃 料 を 高 密 度 のまま 閉 じ 込 めておく 機 構 がな

いため、 大 量 の 核 分 裂 が 生 じる 前 に 温 度 上 昇 による 密 度 低 下 などが 生 じ、 結 果 として 未 臨 界

になり 出 力 が 低 下 する。このような 現 象 は 16.4 節 で 述 べた 物 理 的 な 機 構 に 基 づくものであ

る。U-238、Cm-242、Cm-244 が 多 いと、その 自 発 核 分 裂 によって 早 めに 核 分 裂 連 鎖 反 応 が

始 まってしまうことも 同 様 に 作 用 する。それらの 結 果 として、 核 分 裂 連 鎖 反 応 が 維 持 できな

くなるため、 原 爆 のように 大 量 の 核 分 裂 エネルギーを 放 出 するには 至 らないのである。

参 考 文 献

[1] 「 原 子 力 ・エネルギー」 図 面 集 、( 財 ) 日 本 原 子 力 文 化 財 団 、

https://www.jaero.or.jp/data/03syuppan/energy_zumen/energy_zumen.html

[2] 奥 野 浩 、 他 、「 臨 界 安 全 ハンドブック・データ 集 第 2 版 」、JAEA Data/Code 2009-010、 日

本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 (2009).

[3] I. Obodovskiy, Radiation: Fundamentals, Applications, Risks, and Safety, Elsevier, Amsterdam,

Netherlands (2019).

[4] Y. Yamane, et al., “Final Series of TRACY Experiments,” Proc. ICNC2011, Sep 19-22,

Edinburgh, Scotland (2011).

[5] K. Nakajima, et al., “TRACY Transient Experiment Data Book 1) Pulse Withdrawal Experiment,”

JAERI-Data/Code 2002-005, Japan Atomic Energy Research Institute (2002).

[6] K. Ogawa, “Development of Solution Behavior Observation System under Criticality Accident

Conditions in TRACY,” J. Nucl. Sci. Technol., 37, 1088 (2000).

[7] Y. Miyoshi, et al., “Inter-Code Comparison Exercise for Criticality Excursion Analysis

Benchmarks Phase-1,” OECD 2009 NEA, No.6285 (2009).

[8] 臨 界 安 全 ハンドブック 第 2 版 、 日 本 原 子 力 研 究 所 、JAERI 1340 (1999).

[9] 再 処 理 施 設 の 位 置 、 構 造 及 び 設 備 の 基 準 に 関 する 規 則 平 成 二 十 五 年 原 子 力 規 制 委 員 会

規 則 第 二 十 七 号

[10] IAEA Safety Standards, Safety of Nuclear Fuel Cycle Facilities, SSR 4, IAEA (2017).

[11] T. P. McLaughlin, et al., “A Review of Criticality Accidents,” LA-13638, Los Alamos National

Laboratory (2000).

[12] K. Nakajima, et al., “TRACY Transient Experiment Databook 3)Ramp Feed Experiment,”

JAERI-Data/Code 2002-007, Japan Atomic Energy Research Institute (2002).

[13] 原 子 力 安 全 委 員 会 、「 原 子 力 安 全 委 員 会 ウラン 加 工 工 場 臨 界 事 故 調 査 委 員 会 報 告 の 概 要 、

日 本 原 子 力 学 会 誌 、Vol.42、No.5 (2000).

[14] F. Barbry, et al., “Section d’Etudes Experimentales de Surete Nucleaire et Criticite Rapport

S.E.E.S.N.C No116,” Commissariat a l’energie atomique (1973).

[15] US NRC, “Nuclear Fuel Cycle Facility Accident Analysis Handbook,” NUREG/CR-6410 (1998).

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原 子 炉 の 物 理

2019 年 12 月 27 日 初 版 発 行

編 集 一 般 社 団 法 人 日 本 原 子 力 学 会 炉 物 理 部 会

発 行 所 一 般 社 団 法 人 日 本 原 子 力 学 会

〒105-0004 東 京 都 港 区 新 橋 2-3-7 新 橋 第 二 中 ビル 3F

電 話 03-3508-1261 FAX 03-3581-6128

©2019 Atomic Energy Society of Japan

ISBN-978-4-89047-172-0

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