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漢方薬から西洋薬をみる - 東京大学 大学院薬学系研究科・薬学部

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.くすりはリスク<br />

東京医科歯科大学名誉教授でわたしの恩師であ<br />

る佐久間昭先生の『薬の効果・逆効果』(1981)と<br />

いう本の中に「くすりの逆はリスク(危険)<br />

である」というフレーズが出てくる.図 1 に示す.<br />

「くすりにはリスクもあるよ」ということだ.こ<br />

の「くすりはリスク」は 1980 年代以降,日本で医<br />

療関係者にそれなりに広く使われた言葉である.<br />

この本には医薬品を取り巻く社会的な要因に関<br />

しても触れられている.例えば,薬の商品として<br />

の特徴は「顧客能力が低い」,最近は「情報の非対<br />

称性」とも言われる.くすりは社会的な要因が大<br />

きい.これは現在もなくならない薬害問題にも関<br />

係する.<br />

さらに歴史をたどると,1967 年に『薬毒論』と<br />

いう本が,伊沢凡人編で出ている.田村豊幸,辰<br />

野高司,川瀬清を含め,4 人で書かれている.図 2<br />

に示す.この中には「薬禍現象出現のサイクル」<br />

として,薬のマーケットメカニズムのことも書か<br />

れている.この中に「新薬禍が生んだ漢方薬ブー<br />

ム」という言葉が出てくる.<br />

新薬に対する不安感,不信感があり,自然なも<br />

の,ナチュラルなものがよりよい,また安全と思っ<br />

ている人は多いものだ.わたしにもそういう傾向<br />

があった.<br />

.伝統薬の多様性<br />

「漢方薬」は人によって受け取り方がだいぶ異<br />

なる.わたしは 1979 年に医学部を卒業し北里研<br />

第 15 回 日本薬剤疫学会学術総会記録<br />

会長講演(講演日:2009.11.14)<br />

津 谷 喜一郎 *<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151) June 2010:31<br />

くすりはリスク:<strong>漢方薬から西洋薬をみる</strong><br />

図 1 「くすりはリスク」(1981)<br />

図 2 『薬毒論』(1967)<br />

* <strong>東京大学</strong>大学院薬学系研究科医薬政策学 〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1<br />

究所付属東洋医学総合研究所に勤務し漢方と内科<br />

学を研修した.その後母校の難治疾患研究所臨床<br />

薬理学で佐久間先生のもとで学位を得,1984 年か


32 第 15回 学術総会記録 会長講演<br />

図 3 元中国衛生部長・銭信忠(Qian<br />

Xinzhong),1987<br />

らフィリピンのマニラにある WHO 西太平洋地<br />

域事務局に,初代の伝統医学担当医官として勤務<br />

した.<br />

36 カ国・エリアを担当し,各国の現状調査には<br />

じまり,政策立案,研究,教育,情報交換のプロ<br />

ジェクトをそれぞれ複数作成しモニタリングを<br />

行った.<br />

そこで明らかになったのは伝統医学と伝統薬の<br />

多様性だ.パプアニューギニアの呪術医 witch が<br />

用いる薬草の粉,それらは文字化されていない.<br />

ラオスのお坊さんが用いる植物の葉にパーリ語で<br />

書いてある医学書中の薬草,ベトナムで中国系の<br />

医学の中で使われる処方,中国の政治的色彩が強<br />

い中で中西医結合の方針の中で使われる方剤,な<br />

ど.図 3 に写っているのは中国の元衛生部長(厚<br />

生大臣)・銭信忠先生で,中国で文化大革命時,「は<br />

だしの医者」という制度があったが,彼はモスク<br />

ワ留学組で,中国人民のための医療の中心人物で<br />

あった.そこでは政治と政策が大きな意味を持つ.<br />

.1971 年代の WHO の政策の変化<br />

―国際医薬品モニタリングと PHC―<br />

国際医薬品モニタリング(International Drug<br />

Monitoring)のシステムは,もともと,サリドマ<br />

イド事件の後,WHO が米国 FDA と協力してワ<br />

図 4 BMJ に収載されていた黄芩類似植物による肝機能障害の報<br />

告(BMJ 1989;299(6708):1156-7)<br />

シントン DCの近くのアーリントンでパイロット<br />

プロジェクトとして始まったものだ.それがうま<br />

くいき,1968 年から WHO 本部のジュネーブで<br />

国際医薬品モニタリングのプログラムとして正式<br />

に活動が始まった.しかし先の中国の「はだしの<br />

医者」の影響もあって,国際保健では 1970 年代は<br />

世界的にプライマリーヘルスケア(PHC)が主流<br />

となった.1978 年にはアルマ・アータ宣言が出さ<br />

れた.この国際医薬品モニタリングのプログラム<br />

には 20 人近いスタッフがいたが,PHC の政策の<br />

中で,国際医薬品モニタリングで副作用情報を集<br />

めることができるのは先進国しかない,必須医薬<br />

品(essential drug)すら十分にいきわたっていな<br />

い途上国を対象とした PHC にもっとお金を使う<br />

べきだ,とされ,予算がつかないことになった.<br />

それをスウェーデン政府が引きつぎ,ウプサラに<br />

拠点が移った.<br />

.英国からの黄芩類似生薬の<br />

副作用報告との出合い<br />

わたしの WHO での勤務は,1 年の1/3 / が途上<br />

国への出張で,マニラでは管理的な仕事をしてい<br />

た.事務局では,いくつかの世界的な雑誌の回覧<br />

シ ス テ ムがあった.図 4 は 1989 年 の British<br />

Medical Journal でHepatotoxicity of herbal


図 5 中薬大辞典<br />

(下冊,1977,<br />

p. 2017-9)<br />

記載の黄芩<br />

remediesという論文だ.わたしはもともと臨床<br />

薬理学で学位を得て,有効性と安全性に関心があ<br />

り,生薬や漢方薬,英語では広く herbal medicines<br />

と称するが,その安全性を世界的な枠組み<br />

で考え始めたのはこの論文がきっかけだ.<br />

読むと,Scutellaria species と書いてある.中<br />

国の江蘇新医学院編の『中薬大辞典』(1977)で探<br />

すと,全く同じ種ではないのだが,属が同じで黄<br />

芩類似植物がある.図 5 に示す.黄芩であれば,<br />

わたしは漢方をやっていたのですぐ分かる.洋の<br />

東西を問わず,この属には肝毒性があるらしいと<br />

いうことが分かった.<br />

.Herbal medicines の安全性の<br />

システムとしての捉え方<br />

一昨年 2007 年に元筑波大学の内藤裕史先生が<br />

『健康食品・中毒百科』 1) という優れた本を書かれ<br />

た.彼は,日本の臨床薬理学の初期,1970 年代か<br />

ら活躍されていた方だ.ここで健康食品は食品だ<br />

けでなく生薬や漢方薬も含んでいる.これらは連<br />

続したスペクトルに位置するものだ.その序文に<br />

こう書いてある.「個々の事例という点と点を結<br />

ぶ細い糸を探し出し,その糸をたぐって布を織り,<br />

織りなす綾を読み取って鳥瞰図のようなものがで<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151) June 2010:33<br />

図 6 ウプサラの国際医薬品モニタリングセン<br />

ター(1995)<br />

きれば,被害を未然に防ぐ仕組みもできるし,未<br />

知の健康被害が発生したときの対応も容易であ<br />

る」.点―糸―布―綾―鳥瞰図という流れだ.た<br />

いへんよくできた考え方だ.一方で,個人の努力<br />

で綾を読んで鳥瞰図をつくるというのはやや無理<br />

があり,システム的な対応,とくに国際的な対応<br />

という視点が欠けているのではないかと思った.<br />

わたしは 1990 年まで WHO で勤務し,その後<br />

1年ボストンで研究のまとめを行い,1991 年に日<br />

本に戻った.ICH の M1 トピックは医薬品行政<br />

用語集(MedDRA)だ.わたしは 1995 年から 98<br />

年まで,当時の厚生省から頼まれて ICH-M1 の<br />

厚生省側のトピックリーダーをしていた.当時<br />

は,WHO 副作用用語集(WHO Adverse Reaction<br />

Terminology:WHO-ART)がまだ使われて<br />

いた頃だ.それがひとつのソースにもなって<br />

MedDRA が作成されたわけだ.<br />

図 6 は WHO-ART を用いた国際医薬品モニタ<br />

リングとはどんなものかということで,1995 年に<br />

ICH-M1 の日本人のチームでウプサラを訪ねた<br />

時のものだ.ここに写っているのが本日の午後特<br />

別講演をする Ralph Edwards 先生だ.当時はま<br />

だ Uppsala Monitoring Centre という言い方はな<br />

く,WHO International Drug Monitoring Centre<br />

と称していた.その後,政府からの財政支援がな<br />

くなり,名 称が Uppsala Monitoring Centre<br />

(UMC)となった.


34 第 15回 学術総会記録 会長講演<br />

図 7 リスク認知・リスク評価・リスク管理<br />

ここでデータベースを担当している女性スタッ<br />

フに「日本からどんな ADR レポートが入ってい<br />

るのか見せてくれ」と頼んだところ最初に出てき<br />

たのがなんと SAIKOKEISHITO だ.わたしには<br />

すぐに柴胡桂枝湯と分かった.しかし,これは日<br />

本語を読める日本人にしか分からない.なぜこれ<br />

が最初に出るのかと聞くと「漢方薬は名前が明確<br />

でなくコードがないから入力が遅くなり,その結<br />

果先に出る」とのことであった.この 1995 年当<br />

時,広い意味での herbal medicines の副作用の報<br />

告が,世界から 6,000 件集まっていた.<br />

.日本の小柴胡湯の副作用<br />

1995 年にウプサラを訪ねたことがきっかけで,<br />

WHO 勤務時に BMJ で読んだことを思い出し,<br />

洋の東西にまたがる herbal medicines の副作用<br />

についてきちんと論文にしないといけないと考<br />

え,1996 年に共著論文を公表した 2) .<br />

図 7 に,リスク認知,リスク評価,リスク管理,<br />

の3段階を示す.1996 年の論文は,時に引用され<br />

るが,行政にはあまりインパクトを与えなかった.<br />

リスク管理に役立たなかったことになる.同じ<br />

1996 年 3 月 2日の朝日新聞に,小柴胡湯の副作用<br />

で10人亡くなったという記事がでた.図 8 に示<br />

す.緊急安全性情報が出され,かなり大きなイン<br />

パクトを与えた.漢方薬は「長年使ってきて安全<br />

性は保証されている」という神話が崩れかけた事<br />

件となった.<br />

図 8 小柴胡湯で10人死亡の記事(1996.3.2)<br />

その事件を契機に日本の漢方薬の使用パターン<br />

が大きく変わった.表 1 に 1992 年,1999 年,<br />

2004 年の使用パターンを示す.マーケットの約<br />

1/3 / を占めた小柴胡湯は大きく減少し,補中益気<br />

湯などの「補剤」が主要なウェイトを占めるよう<br />

になった.この図は,医薬品の流れからいうと「川<br />

上」の生産動態統計を用い価格を metric とした<br />

医薬品使用実態調査(drug utilization research:<br />

DUR)ともいえるものだ.<br />

なお,医療用漢方製剤は 1970 年代に変則的な<br />

承認と保険給付の決定がなされたところから,常<br />

に保険外しの危機にさらされている.先週(2009<br />

年)11 月 3日に民主党政権による「事業仕分け」<br />

があった.OTC で類似薬がある場合には保険か<br />

ら外すべきという意見が出され,医療用漢方製剤<br />

も対象になり,それに対して反対運動が起きた.<br />

この時には,医療用漢方製剤すべてをまとめた議<br />

論がなされた.いくつかの分類,あるいは薬事行<br />

政でいう「クラス」に分けた議論も今後,必要か<br />

もしれない.補中益気湯はよい薬だが「補剤」の<br />

クラスにはいる.クラスごとの臨床的エビデン<br />

ス,またエフェクトサイズ,さらに薬剤経済学的<br />

評価も必要だろう.<br />

.DUR のための ATC/DDD<br />

/<br />

先に,使用パターンを示したが,そこでの DUR


表 1 1992 年,1999 年,2004 年の漢方薬の使用パターン<br />

1992 年<br />

小柴胡湯 36.0%<br />

柴朴湯 4.9%<br />

補中益気湯 4.9%<br />

八味地黄丸 3.3%<br />

加味逍遙散 3.2%<br />

六君子湯 2.7%<br />

小青竜湯 2.4%<br />

柴胡桂枝湯 2.4%<br />

大柴胡湯 2.3%<br />

当帰芍薬散 2.1%<br />

その他 35.7%<br />

で用いた「価格」は metric としての妥当性は高く<br />

ない.価格は日本では薬価として2年に一度改正<br />

され,また各国で異なるため国際間比較ができな<br />

い.<br />

こうした理由から開発されたのが Defined DailyDose(DDD)の考え方だ.図<br />

9 にその代表的な<br />

使用例を示す.これはヨーロッパ各国の抗生物質<br />

の DUR で,縦軸はDefined Daily Dose per<br />

1,000 inhabitants per dayとなっている.つま<br />

り「1 日,住民 1,000 人あたり,何 DDD 使った<br />

1999 年<br />

小柴胡湯 10.2%<br />

補中益気湯 6.2%<br />

柴苓湯 5.9%<br />

加味逍遙散 3.2%<br />

大建中湯 3.0%<br />

麦門冬湯 3.0%<br />

小青竜湯 2.3%<br />

牛車腎気丸 2.2%<br />

当帰芍薬散 2.1%<br />

葛根湯 2.1%<br />

その他 59.9%<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151 June 2010:35<br />

2004 年<br />

補中益気湯 6.9%<br />

大建中湯 5.5%<br />

柴苓湯 4.9%<br />

加味逍遙散 3.8%<br />

小柴胡湯 3.3%<br />

麦門冬湯 3.0%<br />

牛車腎気丸 3.0%<br />

六君子湯 2.7%<br />

当帰芍薬散 2.4%<br />

小青竜湯 2.4%<br />

その他 61.9%<br />

「薬事工業生産動態統計年報」より著者が作成<br />

図 9 ATC/DDD / を用いた抗生物質の drug utilization research(DUR)<br />

か?」をみるものだ.これを見るとフランスはオ<br />

ランダの 3.5 倍抗生物質を使用しているとが分か<br />

る.これに基づきフランス政府は医師に対する抗<br />

生物質の正しい使い方の教育を始めることにな<br />

る.DDD を用いるとより正しく政策決定に用い<br />

ることができる.<br />

この DDD を求めるにはまず,医薬品の分類と<br />

コード化がなされていなければならない.そこで<br />

用いられているのが Anatomical,Therapeutic,<br />

and Chemical(ATC)Classification だ.図 10 に


36 第 15回 学術総会記録 会長講演<br />

ampicillin=J01CA01<br />

・Anatomy<br />

antiinfectives for systematic use<br />

・Therapeutic/pharmacological<br />

/<br />

J<br />

antiinfectives for systematic use J01<br />

beta-lactam antibacterials, penicillins J01C<br />

penicillins with extended spectrum<br />

・Chemical<br />

J01CA<br />

ampicillin<br />

J01CA01<br />

ATC-DDD of J01CA1=2 g<br />

図 10 ATC の 5 レベルの分類法<br />

ampicillin の例を示す.上から 5つのレベルを用<br />

いて分類し J01CA01 と ATC classification で決<br />

まる.これに対応し種々の資料をもとに議論を<br />

し,DDD が2g と決められる.これらの作業は<br />

ノルウェー・オスロの国立衛生研究所にある,<br />

WHO Collaborating Centre for Drug Statistics<br />

が,世界に 12人いるWorking Group のメンバー<br />

と一緒に年に 2 回会議を開催し行っている.<br />

.根強い文化的嗜好<br />

先に,1996 年の小柴胡湯の副作用で漢方薬安全<br />

性の神話が崩れかけた,と述べた.その事件もす<br />

でに 13 年前で覚えている人も少なくなってきた.<br />

やはり漢方薬は数千年使ってきて安全で有効だと<br />

考える人が多い.佐久間先生の本に顧客能力は低<br />

いと書いてあるが,確かにそうだ.<br />

図 11 は中国の人口の推移を表す.古代からの<br />

税制と農地からの食糧生産のデータに基づき推計<br />

したものだ.中国というと,古代から数億の人口<br />

がいたと考えがちだがそうではない.日本で承認<br />

されている医療用漢方製剤 148 処方のうち約半数<br />

は漢代の『傷寒論』や『金匱要略』の処方だが,<br />

漢代の人口は数千万人で日本の現在の人口よりも<br />

少ない.もちろん古代にはランダム化比較試験<br />

(RCT)の方法論はない.そこでのエビデンスが<br />

どうやって「つくら」れたかというと,個々の人々<br />

に対する有効性と安全性のデータがベースにな<br />

り,複数のデータがある人もしくは集団に集まり,<br />

そこでどのようにバイアスのない評価を行ったか<br />

図 11 中国の人口の推移<br />

による.それは現在の薬剤疫学と基本的には同じ<br />

だ.神様や天才がいて一挙に決めたものではな<br />

い.情報の流れは現在の市販後研究と同じもの<br />

だ.<br />

ATC/DDD / を用いた DUR はたいへん合理的な<br />

ものである.古代から近代にかけての漢方薬の有<br />

効性と安全性のエビデンスの「つくり」方も,当<br />

時としては合理的なものであったはずだ.<br />

漢方薬は安全だ,体にいい,地球に優しいと思っ<br />

ている人が多いが誤解だ.図 12 は中国の内陸部<br />

で,生薬を掘っているところだ.現金収入が得ら<br />

れる.ところがこの穴ぼこを放っておくため環境<br />

を破壊し,砂漠化し,いったん雨が降ると洪水に<br />

なってしまう.漢方薬や生薬というのは体に優し<br />

い,地球に優しい,と思っておられるようだが,<br />

決して地球に優しくない.地球を収奪しているの<br />

だ.<br />

.UMC による Herbal ATC(HATC)<br />

プロジェクトと日本での活動<br />

世界的な herbal medicines の使用が高まり,各<br />

国から UMC に報告される ADR report の数も増<br />

えてきた.コードがなくてデータ処理が困難なの<br />

は日本からの漢方薬だけではない.西洋ハーブに<br />

ついても同じだ.<br />

そこで,UMC は ATC の分類システムを用い<br />

て herbal medicines の分類を行うプロジェクト<br />

を 2002 年に始めた.Herb の H をとって HATC<br />

と称される.このプロジェクトの当初のメンバー


図 12 中国内陸部での生薬採取と環境破壊<br />

は 3 人でわたしはその 1 人として日本の herbal<br />

medicines を担当することになった.対象は,使<br />

用が多い医療用漢方製剤とした.日本では一般用<br />

漢方製剤が医療用に転用されたというユニークな<br />

歴史を持つ 3) .1967 年に 4 処方から始まり,1980<br />

年に 148 処方,ブランドネームとしては 627 とな<br />

り,現在に至っている.図 13 に示す.これに対<br />

し HATC 分類を行うこととした 4)5) .<br />

なお,日本では多くは用量を低くし,同じ処方<br />

で OTC 薬が販売されているものもある.2009 年<br />

の改正薬事法で,OTC 薬はリスクに応じ 1 類,2<br />

類,3 類と分けらるが,漢方薬はすべてまとめて<br />

第 2 類に入っている.わたしはこれは間違いで,<br />

それぞれのリスクに応じて1類,2 類,3 類に分け<br />

なければいけないと考えている.<br />

このプロジェクトは,国立医薬品食品衛生研究<br />

所生薬部,日本生薬学会,日本東洋医学会などか<br />

らメンバーを構成し 2002 年から 2004 年にかけて<br />

行った 4) .しかしここで明らかになったことは,<br />

ATC の分類システムは漢方薬には向かないとい<br />

うことだ.<br />

ATC の第 1レベルは,消化器系(alimentary),<br />

血液系(blood),心循環器系(cardiovascular)な<br />

どと臓器ではじまる.ところが例えば小柴胡湯で<br />

は,長引く風邪に使うと呼吸器系,肝炎に使うと<br />

消化器系,腎炎に使うと腎系,などと多彩な使わ<br />

れ方をする.UMC では最大 3 分類と決めたが,1<br />

つの分類になるのは約 20%のみであった.<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151) June 2010:37<br />

図 13 日本の医療用漢方製剤の処方とブランド名の承認<br />

数(企業数も示す)<br />

また同じ処方であっても日本での分類と,中国<br />

での分類では異なることもあり得よう.そこで日<br />

本のみで分類とコードを決めると,中国,韓国,<br />

ベトナムなど中国文化圏の専門家にとって受け入<br />

れがたいものができてしまう可能性がある.そこ<br />

でこのプロジェクトはしばらくサスペンドするこ<br />

ととした.<br />

一方,HATC 全体としては,西洋ハーブは割と<br />

簡単に分類ができ,いくつかの本が発行され<br />

た 6)〜8) .<br />

10.漢方処方のローマ字表記の標準化<br />

1995 年に Uppsala のデータベースで見た柴胡<br />

桂枝湯はSAIKOKEISHITOUと「湯」がTOU<br />

と U で終わっていた.わたしは UMC の Signal<br />

Reviewer にもなり,ID とパスワードをもらい<br />

UMC で作成しているデータベースである Vigi-<br />

Base を見ることができる.日本の厚生省から<br />

UMC に送ったものは,U が付いていたり付いて<br />

いなかったり統一していない.これは語尾だから<br />

前方一致検索をすればよいが,単語の中程でこの<br />

種の不統一があると検索が不十分なものになる.<br />

データマイニングも不完全なものになりリスクを<br />

見逃すことも起こりうる.<br />

表 2 に日本のみならず他の漢字文化圏でのロー<br />

マ字表記の例を示す.3 行目はウェード式で台湾<br />

など用いられているものだ.4 行目は中国本土で


38 第 15回 学術総会記録 会長講演<br />

表 2 各国での漢方薬の表記法<br />

SAIKOKEISHITOU<br />

saikokeishito<br />

Tsai-Hu Kui-Chi Tang<br />

Chai-Hu-Gui-Zhi-Tang<br />

柴胡桂枝湯<br />

⇒international standard code<br />

⇒Standard Kampo Formula Nomenclature<br />

用いられている拼音(Pinyin)だ.漢字だと漢字<br />

文化圏の人は分かるが,UMC のシステムは漢字<br />

に対応していない.先に示したように,理想的に<br />

は標準化したコードができることだがしばらく時<br />

間がかかろう.<br />

UMC へ日本から ADR report として送る際の<br />

ローマ字が国内で標準化されるべきである.また<br />

次回改正の日本薬局方に漢方処方が入ることにな<br />

り,そこでもローマ字表記法が標準化されること<br />

が必要であるとされた.そこで 2003 年から別の<br />

メンバーでチームを設立し,2005 年3月に「漢方<br />

処方ローマ字表記法」(Standard Kampo Formula<br />

Nomenclature)を完成させた.これは,日本東<br />

洋医学雑誌,Natural Medicines(日本生薬学会雑<br />

誌),Journal of Traditional Medicines(和漢医薬<br />

学会雑誌)の 投稿規定に入り,第 15 改正日本薬局<br />

方(2006)でもこれを使うようになった.<br />

11.漢方薬のリスクコミュニケーション<br />

のあり方<br />

日本でも ADR のラインリストが公開されるよ<br />

うになった.当初は,厚生労働省の医薬品等安全<br />

対策部会の配布資料として公開されたが,図 14<br />

に示すように分かりづらかった.2005 年から医<br />

薬品医療機器総合機構の web でいくらか分かり<br />

やすくなった.これらは,世界的な情報公開の流<br />

れに沿ったものといえる.もう 1 つはリスク・<br />

シェアリングの考えに基づくと考えられる.リス<br />

クを公開して,医療従事者や患者さんにもリスク<br />

の一部をシェアしてもらうというものだ.<br />

図 14 ADR のライン リスト(AE Line list on<br />

MHLW web(8 June 2005))<br />

ラインリストのファイルは研究者用には提供さ<br />

れないので,自分でカウントしないといけないが,<br />

漢方薬の ADR report 数は年間約 200 だ.日本は<br />

全体で年間 3 万件の ADR report があるから約<br />

1%に当たる.<br />

これらのリスクコミュニケーションはどういう<br />

スタイルがよいであろうか? 「何人に1人副作<br />

用が起きる」というのが一番わかりやすい.ただ<br />

しそこでは分母がわからないといけない.厚労省<br />

からの「医薬品・医療機器等安全性情報」では,<br />

2006 年 5 月の No. 224 から推計年間使用患者数が<br />

表記されるようになった.<br />

そこで,4 人の漢方専門医に独立に 148 の漢方<br />

処方の平均処方月数を判断してもらい,異なると<br />

ころはディスカッションで決めた.また年間使用<br />

量は,厚労省からの年間医薬品生産動態統計を用<br />

いることとし,年間何人が各処方を使っているか<br />

を推計した.その結果,葛根湯が一番多く年間約<br />

120 万 人,一 番 少 ないものは六 味 丸 などで約<br />

1,000 人しか使わないことが明らかになった.こ<br />

れで分母が分かり,先のラインリスティングから<br />

の副作用の分子がわかれば,「何人中何人に起き<br />

る」という一番わかりやすいコミュニケーション<br />

ができることになる.


図 15 ラインリスト上の情報を用いたデータマイニング<br />

12.漢方薬のリスクのデータマイニング<br />

先に述べた厚労省のラインリストのデータを用<br />

いて,UMC でデータマイニングに使っている<br />

Information Component(IC)のアルゴリズムを<br />

用いて,データマイニングを試験的に行ってみた.<br />

1986 年の BMJ にあった黄芩について間質性肺炎<br />

を対象とするととどうなるであろうか.図 15 に<br />

予備的な解析結果を示す.図の右にはコントロー<br />

ルとして麻黄を示した.パターンが違うことが読<br />

み取れる.<br />

では UMC の Vigibase を用いるとどうなるで<br />

あろうか? ここで 2 つの問題が予想される.1<br />

つは,日本からのデータが十分に Vigibaseに入っ<br />

ていないことだ.表 3 に Vigibase 中の世界から<br />

の herbal medicines の ADR report数を示す.日<br />

本は 286 件だ.先に,日本は年間 ADR report 総<br />

数が 3万件でそのうち,漢方薬が約 200 件と述べ<br />

た.日本は 1972 年に International Drug Monitoring<br />

System に加盟している.なぜVigibaseに<br />

は累計で 300 件弱しか入っていないのだろうか?<br />

日本の ADR report は医療従事者からの直接報告<br />

と,MR を介する企業報告とがあるが,日本は,<br />

約 20%の直接報告の部分しか UMC に送ってい<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151) June 2010:39<br />

表 3 UMC Vigibase に収載される各国からの<br />

herbal medicine の ADR 数<br />

Herbal reporting from Vigibase<br />

(1968- 25 June 2004)<br />

.Germany<br />

3,008<br />

.USA 2,325<br />

.United Kingdom<br />

1,269<br />

.France 1,195<br />

.Australia<br />

898<br />

.Spain 466<br />

.Canada<br />

461<br />

.Sweden 442<br />

.Japan<br />

286<br />

10.Switzerland<br />

Others<br />

205<br />

total<br />

11,489<br />

ないためだ.最近は全体を送る方向に動いている<br />

そうだが,つまりは日本からの副作用の情報が世<br />

界的にシェアできる状態になっていないというこ<br />

とだ.情報のただ乗りだ.<br />

13.台湾や中国の中薬の ADR<br />

reporting の状況と将来<br />

海外を見てみよう.台湾は 1995 年に国民皆保<br />

険を達成した.そこでは当初からレセプトに基づ


40 第 15回 学術総会記録 会長講演<br />

図 16 中国の ADR 数の推移<br />

くナショナルデータベースをつくり,それを研究<br />

者も使えるようにしようと計画されていた.この<br />

データベースを用いた中薬についての研究がいく<br />

つかある.<br />

1997〜2004 年で 64.2%の人が中国伝統医学薬<br />

(traditional Chinese medicine)を使っている.ま<br />

た Radix paeoniae(芍薬)と Radix Glycyrrhizae<br />

(甘草)が肝炎のリスク増加と関連する(Lee CH,<br />

et al. J Gastroenterol Hapatol 2008;23:1549-55)<br />

というシグナル,木通と防己を 30g 以上摂取す<br />

ると慢性腎障害発生のリスクとの強い関連(Lai<br />

MN,etal. Nephrology 2009;14:227-34),などで<br />

ある.<br />

つまり,漢方処方を構成生薬にばらしていくと,<br />

こうしたことが見えてくるということだ.ただし<br />

データマイニングではフォールス・ポジティブも<br />

あり得,漢方を知っている者からすれば,芍薬と<br />

甘草で本当に肝炎が起きるのかという印象は持<br />

つ.<br />

いずれにしろ,pharmacovigilance の種々の方<br />

法を用いたつぎの研究が必要であろう.日本も<br />

2011 年にはレセプトに基づくナショナルデータ<br />

ベースができるということで,厚労省にも懇談会<br />

が設立されたが,こうした研究ができるようにな<br />

るのを期待している.<br />

図 16 は中国の ADR report 数を示す.中国は<br />

1998 年に UMC の International DrugMonitoring<br />

system に参加した.ついで 2001 年に National<br />

ADR Surveillance and Reporting System を開始<br />

した.それまで ADR report はほとんどなかった<br />

のだが,今世紀になり急速に数が増加している.<br />

2007 年に 50 万件を超して,昨年 2008 年は 65 万<br />

件だ.これは国家食品薬品監督管理局(SFDA)<br />

や新華社ニュースなどに公表されているものから<br />

つくったグラフだ.人口は中国が 13億,日本が<br />

1.3 億人として 10 倍だ.日本の年間 ADR report<br />

数が約 3 万件だからに中国は人口当たり日本の 2<br />

倍ということになる.この急速な数の増加の理由<br />

は不明だ.<br />

その内訳は公表されていないが,いろいろな人<br />

に聞くと,昨年 2008 年は約 65 万件のうち約 10<br />

万件が中薬,日本でいう漢方薬だ.そのうち中薬<br />

注射薬が約 7 万件だ.この中薬注射薬は以前から<br />

大きな問題だとは言われていたがその ADR report<br />

数が減少する兆しはないようだ.残り約 3<br />

万件が内服で,わたしが関心を持っている黄芩を<br />

含む製剤があることになる.<br />

中国はこれらすべてを UMC に送る計画を持っ<br />

ている.西洋薬はローマ字や ATC code があれ<br />

ばなんとかなろうが,約 10 万件の中薬は ADR<br />

report の情報処理が難しいだろう.中国国内で<br />

しっかりしたコード体系があるのかどうかわから


図 17 WHO-FIC(Family of International Classification)<br />

ないが,あってもインターナショナルなものには<br />

なっていない.<br />

しばしば,途上国からの ADR report は質が低<br />

くダーティ(dirty)で役に立たないといわれるが,<br />

それは間違いだ.もともと疫学研究はダーティな<br />

データから何かを見いだそうとするものだ.とく<br />

に漢方薬や中薬を含めて herbal medicines に関<br />

しては各国で共通なものがありうる.毛沢東は<br />

「中医学は世界の宝庫だ」と言ったそうだが,わた<br />

しには中薬の ADR report は安全性研究の宝庫だ<br />

と思っている.<br />

14.Herbal medicine の characterization の<br />

世界的な動き<br />

Herbal medicine の characterization は世界で<br />

いろいろな動きがある 4) .それは ADR monitoring<br />

のためだけではない.ランダム化比較試験<br />

(RCT)の報告の質向上のための CONSORT 声明<br />

を herbや中薬に拡張したものが発行されてい<br />

る.「介入」を十分に記載しないと,その RCT の<br />

外的妥当性,一般化可能性が保たれないためだ.<br />

また ICH M5 の Drug Dictionary に herbal medicine<br />

を取り込もうという動きもあり,国際標準化<br />

機構(ISO)の TC215 の Working Group 6 ととも<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151) June 2010:41<br />

に進行中であるが動きは遅いようだ.<br />

昨 2008 年あたりから,WHO の国際疾病分類<br />

(ICD)との関係でも動いている.2003 年版で現<br />

在使われてる ICD-10 が,2013 年の ICD-11 への<br />

改訂に向けて,そこに伝統医学を入れようという<br />

プロジェクトが進行している.ICD-10は22章<br />

まであるが,ICD-11 でおそらくは第 23 章として<br />

伝統医学を入れるというものだ.<br />

ICD-11 は紙媒体とともに種々の機能を持った<br />

バーチャル版をつくるということで作成にお金が<br />

かかる.この伝統医学分だけでも 5 億円かかり,<br />

本年から毎年 1億円かかるということで,日中韓<br />

が主となりお金を出すことになっている.政府が<br />

出すところもあれば,民間が出すところもある.<br />

WHO-FIC というのは聞き慣れない言葉だ.<br />

国際的な分類は ICD だけでなくいろいろなもの<br />

があり競合することがある.そこで頭のいい人が<br />

それらが喧嘩しないように,WHO-FIC(Family<br />

ofInternational Classifications)なるものをつくっ<br />

た.図 17 に示す.中央のカラムが Reference<br />

Classification(中心分類)で,右が Derived<br />

Classification(派生分類),左が Related Classification(関連分類)だ.<br />

各国の伝統医学は相違するところも多くそれら


42 第 15回 学術総会記録 会長講演<br />

表 4 中国の方剤の分類と各分類中の数<br />

.解表剤 20<br />

.清熱剤 86<br />

.瀉下剤 18<br />

.和解剤 16<br />

.温裏剤 22<br />

.補益剤 94<br />

.固澁剤 14<br />

.安神剤 8<br />

.開竅剤 6<br />

10.理気剤 35<br />

をいれて International Classification of Tradition-<br />

al Medicine(ICTM)をつくり,その上部のレベ<br />

ルの共通のところを Reference Classification の<br />

ICD11 に入れて,残りを Derived Classification と<br />

して取り扱うという計画だ.<br />

11.理血剤 37<br />

12.祛風剤 31<br />

13.治燥剤 4<br />

14.祛湿剤 38<br />

15.祛痰剤 26<br />

16.消食剤 5<br />

17.駆虫剤 20<br />

18.湧吐剤 2<br />

19.明目剤 6<br />

total 488<br />

15.東アジアの漢方薬の共通分類システム<br />

Related Classification には先ほどの ATC が位<br />

置する.先に述べたように解剖学的分類は中国系<br />

の薬物に関しては適切ではないということで,中<br />

国系の薬物の分類システムを使うべきだという議<br />

論がなされている.<br />

表 4 は,中国で使っている方剤(処方)の分類<br />

だ.清代の『医方集解』という本に基づくもので,<br />

解表,清熱,瀉下などと,最近の本では 20 前後の<br />

分類が用いられている.漢方をやっている日本人<br />

は約半分は分かるものである.中薬(単味の生薬)<br />

についてもほぼ同じ分類法がある.すぐ分かる違<br />

いは,小柴胡湯等を含む和解剤で,この分類は方<br />

剤だけであり中薬にはない.これらの良い点は,<br />

機能的な分類であるために,分類コードは1つに<br />

なるということだ.<br />

これをもとに,日中韓,またベトナムやモンゴ<br />

ルあたりが集まって議論して,東アジア諸国が満<br />

足できるような形にすれば,世界的な分類システ<br />

ムができるであろう.<br />

Forum for the Harmonization of Herbal Medicines(FHH)という,WHO<br />

の西太平洋地域<br />

(WPRO)が関係し 2002 年から動いているプロ<br />

ジェクトがある.日本,韓国,中国,ベトナム,<br />

シンガポール,オーストラリア,香港をメンバー<br />

として活動している.先の HATC とこの FHH<br />

が協力すれば,時間はかかろうが完成するであろ<br />

う.さらに Reference Classification にある International<br />

Classification of Health Intervention<br />

(ICHI)のグループとの関連も必要かもしれない.<br />

16.漢方からサプリまでの一連のスコープと<br />

有害事象報告の一元化<br />

これまで漢方薬を主に述べてきたが,日本で約<br />

1,000 億円の市場規模だ.広い意味の相補代替医<br />

療(complementary and alternative medicine:<br />

CAM)の日本の市場は 3.5 兆円である 9) .モノ系<br />

は漢方・生薬の他に健康食品が 2 兆円,鍼灸・あ<br />

ん摩・マッサージ・柔道整復などの療術業が 1.4<br />

兆円だ.健康食品によっても副作用が起きている<br />

可能性がある.<br />

わたしは,2008 年度と 2009 年度厚労科研「薬<br />

害肝炎の検証及び再発防止に関する研究」(主任<br />

研究者:堀内龍也)の班員として,行政関連を担<br />

当した.フィブリノーゲンに関係して米国での生<br />

物製剤の歴史を調査しに FDA を訪ねた折,最近<br />

の MedWatch のフォームを入手した.Med-<br />

Watch は,生物製剤も含めた医薬品,医療機器,<br />

特別食品が 1993 年から統一したフォームを使っ<br />

ている.<br />

日本はそれが全部ばらばらで,副作用,不具合,<br />

健康被害と名称も違い,報告先も異なる.漢方薬<br />

は薬と食品の間に位置づけられるものだが,医薬<br />

品,漢方薬,健康食品を併用して有害事象が起き<br />

たとき,どのフォームを用いてどこへ報告すべき<br />

か分からなくなる.計画中の MedWatch Plus で<br />

はさらにワクチン,食品,ペットフードを対象に<br />

含めようとしている.日本もぜひともこうした一<br />

元化をしてもらいたい.<br />

また,1993 年に MedWatch が始まった時には<br />

adverseevent(有害事象)と product problem(製<br />

品の問題)を収集の対象とした.その後 product<br />

use error(使い方のエラー)と,problem with<br />

different manufacturer ofsame medicine,これは


ジェネリックの関係だが,時代の要求に応じて全<br />

部で 4 つのカテゴリーに増えてきている.これら<br />

は 1999 年に Institute ofMedicine のTo Err is<br />

Human(人はまちがう)という報告書が出て,<br />

そのあとできたということだ.これも日本が学ぶ<br />

べきことかもしれません.<br />

17.おわりに<br />

「くすりはリスク:<strong>漢方薬から西洋薬をみる</strong>」と<br />

して述べてきた.漢方薬は安全性においても複雑<br />

であり,そこから西洋薬をみると簡単にみえる.<br />

漢方薬のリスク評価とリスク管理には文化的な要<br />

因が強く関与する.質の高いレギュレーションの<br />

ためには分類システムやコードなどのインフラづ<br />

くりが必要で,時間がかかる.医薬品,漢方薬,<br />

健康食品は 1 つのスペクトラムの上に乗ってお<br />

り,それ全体をカバーできる MedWatch のよう<br />

な一元化した報告システムも必要だ.広い意味で<br />

の「くすり」は図 18 に示すように常にリスクの側<br />

面を持つことの自覚がこうしたシステムへの必要<br />

性の認識とその設計への思考の基盤となる.先進<br />

国の日本で,そうしたシステムをつくることは,<br />

国内にいながらの国際貢献になるであろう.<br />

文 献<br />

1 内藤裕史.健康食品・中毒百科.丸善,2007<br />

2 矢船明史,津谷喜一郎.Scuttellaria 属の生薬によ<br />

る肝障害ならびに同属のオウゴン含有漢方処方によ<br />

る肝機能障害について.臨床薬理.1996;27(3):<br />

635-45.<br />

薬剤疫学 Jpn J Pharmacoepidemiol, 151 June 2010:43<br />

図 18 くすりはリスクの看板<br />

3 Tsutani K. The evaluation of herbal medicines:an<br />

east Asian perspective. In:Lewith GT, Aldridge D<br />

(Eds. Clinical Research Methodology for Complementary<br />

Therapy. London:Hodder & Stoughton,<br />

1993. p. 365-93.<br />

4 津谷喜一郎,詫間浩樹.ハーブ・生薬・サプリメン<br />

トのリスクのレギュラトリーサイエンス.薬学雑<br />

誌.2008;128(6):867-80.<br />

5 平成 15-17 年度厚生科学研究費補助金 健康安全確<br />

保総合研究分野 医薬品・医療機器等レギュラトリー<br />

サイエンス総合研究.一般用漢方処方の見直しに資<br />

するための有用性評価(EBM 確保)手法及び安全<br />

性確保等に関する研究(主任研究者:合田幸広).<br />

6 WHO guidelines on safety monitoring of herbal<br />

medicines in pharmacovigilance system. Geneva:<br />

WHO, 2004.<br />

7 Guidelines for herbal ATC classification. Uppsala:<br />

the Uppsala Monitoring Centre, 2004.<br />

8 Herbal ATC index. Uppsala:the Uppsala Monitoring<br />

Centre, 2005.<br />

9 津谷喜一郎.日本の相補代替医療のコストは 3.5 兆<br />

円.生存科学.2006;17 A:101-31.

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