大阪大学学術情報庫 - Osaka University
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さてペリは、第1巻「序言」で、本書執筆の動機として、それまでこの種の商人教育書<br />
が皆無であったという事情をあげている。我々としてはこの言葉をそのとおり受けとるこ<br />
とはできない。すでにみたとおり、ペリの時代には「手引」の伝統はすでに 4 世紀の歴史<br />
を有していたのであり、彼の商業・商人論そのものがこの伝統の中で育まれてきたもので<br />
ある。ペリの商業・商人論には彼の独創といいうるものは多くない。「序言」の言明とはう<br />
らはらに、彼は商業・商人論の展開にあたって「手引」の伝統に大幅によりかかっている<br />
のである。その点を次にコトルリについて確認してみよう。<br />
3 ベネデット・コトルリ<br />
コトルリの生涯と作品についてはすでに別稿 13で詳しく検討したので、ここでは、ペリお<br />
よびサヴァリとの比較において重要と思われる点に限って考察したい。彼の『商業技術の<br />
書』は全篇が商業・商人論といってよいが、ペリ・サヴァリと比較した場合、とくに目を<br />
引くのは「序言」と第3巻、第Ⅰ章である 14。後者はいみじくも「商人の尊厳と義務につい<br />
て」と題されている。ここでコトルリの語るところは、大筋ではペリの商業・商人論と変<br />
..<br />
わらない。コトルリにとってもペリ同様に、商業は「きわめて有益 comodissima であるば<br />
..<br />
かりか、人間の統治にも必要 欠くべからざるもの necessarissima、したがっていとも高貴<br />
なもの nobilissima」(傍点引用者、以下同じ)であり、アリストテレスを引いて「商業は<br />
都市[国家]の主要にして不可欠の装い ornamenti」であるとしている。商業によって不<br />
毛の地も食糧や軍備を得、また商業は農業や手工業の発展を促し、貧者を減少させ、関税<br />
収入の増大を通じて国庫を潤すことにもなる。第3巻、第Ⅰ章の章題にもみえる「商人の<br />
尊厳」は、第一にこうした「必要」かつ「有益」な商業の「高貴」な働きに存する。<br />
真の商人に必要な条件としてコトルリの要求するところも、ペリのそれによく似ている。<br />
コトルリの語りかける相手は「栄ある」gloriosi 大商人であり、「下賤」plebei で「野卑」<br />
volgari な小売商人や製造業者ではない。plebei, volgari という語が端的に示すように、コ<br />
トルリにあっては、小売商人や製造業者などの下層商人に対する蔑視はペリよりも露骨で<br />
ある。コトルリは本書の別のところで次のようないい方をしている。「毛織物業者や小間物<br />
......<br />
商は商人と呼ばれることもあるが、劣った地位にある。なぜならこの連中は手を使う仕事<br />
mechanico にかかわっているからである 15。」おそらく内科医と外科医の区別にも通じる差<br />
....<br />
別意識が商人層内部にも存在したのであり、いずれにおいても識別の基準は手を使う か否<br />
かにある 16。手の労働は高貴さとは両立しえないのである。この種の差別意識は容易に消え<br />
13 「ラグーザの人、ベネデット・コトルッリ――生涯と作品」『人文研究』(大阪市立大学文学部)第 37<br />
巻(1985 年)、第 9 分冊、1-40 ページ。「『完全なる商人』、あるいはルネサンス商人の「百科全書」」、中<br />
村賢二郎編『歴史のなかの都市――続・都市の社会史』ミネルヴァ書房、1986 年、337-359 ページ。<br />
14 Cotrugli, op.cit., pp.206-207.<br />
15 Ibid., p.177.<br />
16 J. ルゴフによれば、「手を使う」か否かが職業差別の基準としてあらわれてくるのは中世後期、13 世紀<br />
後半頃からであるという。この頃より教師、内科医、問屋商人、領主など「手を使わない」仕事が「名誉<br />
ある」職業とみなされ、逆に外科医、理髪師、織工、染色工のような「手を使う」仕事が 「卑しい」 も<br />
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