自閉症の「発見」と精神分析/加地雄一 - 東京成徳大学

自 閉 症 の「 発 見 」と 精 神 分 析
加 地
*
雄 一
The “Discovery” of Autism and Its Psychoanalysis
Yuichi KAJI
This paper reports on the “discovery” or origins of autism. Although the “discoverers” of the cases of
autism were Kanner, L. (1943, 1944) and Asperger, H. (1944), preceding them, there were influences
from psychoanalytical concepts of “Autoerotismus” (Freud, S., 1905) and “Introvertierten Denktypus” (or
“Introversion”) (Jung, C. G., 1921). Moreover, it is mentioned that the origins of autism can be dated back
to Ancient Rome (Ovidius and Tertullianus, Q. S. F.). The “discoverers”, both Kanner, L. (1943, 1944) and
Asperger, H. (1944), regarded the studies of Bleuler, E. (1911) as the beginning of their studies. The studies
of Bleuler, E. (1911) were achieved by his combination of Psychoanalysis and Science with each other. It is
pointed out that introducing Psychoanalysis into approaches to mental disorders (not only autism) is useful.
1.はじめに
自 閉 症 はその「 発 見 」 以 降 、 今 日 に 至 るまで 注 目 され 続 けている 障 害 である。 近 年 では 自 閉 症 に 対
する 精 神 分 析 的 アプローチはあまり 一 般 的 でない。しかし、 精 神 分 析 が 自 閉 症 の「 発 見 」に 及 ぼした
影 響 は 決 して 小 さくはなく、 精 神 分 析 的 アプローチが 持 つ 観 察 力 や 洞 察 力 は、 見 落 とし( 見 過 ごし)
がちな 症 状 や 障 害 を「 発 見 」、 理 解 するのに 今 日 でも 有 用 であると 考 えられる。 本 論 文 では、 自 閉 症
の 言 葉 の 起 源 や 概 念 の 成 立 過 程 および、 自 閉 症 の「 発 見 」に 対 する 精 神 分 析 の 貢 献 について 概 観 す
る。
* Yuichi KAJI
福 祉 心 理 学 科 (Department of Social Work and Psychology)
21

東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)
2.Autismus (Bleuler, E., 1911)
自 閉 症 あるいは 自 閉 性 (Autismus)という 言 葉 を 世 界 で 初 めて 用 いたのはBleuler, E.(1911)であ
るが( 平 井 , 1968)、 元 々は 統 合 失 調 症 の「 基 本 症 状 」を 記 述 するために 用 いられた 言 葉 である。 自
閉 症 は、 統 合 失 調 症 の 他 の 基 本 症 状 である 連 合 弛 緩 (Störung der Assoziation)、 感 情 障 害 (Störung
der Affektivität)、 両 価 性 (Ambivalenz)と 合 わせて、Bleuler's 4A と 呼 ばれている。 自 閉 症 という
言 葉 はギリシャ 語 の 自 己 (autos)という 言 葉 が 由 来 だと 言 われている(Spensley, 1994)。
Bleuler, M.(Bleuler, E. の 息 子 )(Bleuler, E., 1911の 邦 訳 書 に 寄 せた「 日 本 語 版 への 序 文 」)に
よれば、Bleuler, E. は1857 年 にチューリヒ 近 郊 の 農 家 で 生 まれ、1886 年 から1898 年 の12 年 間 スイス
のライナウ 州 立 病 院 の 医 長 として 働 き、その 後 の1898 年 から1927 年 にかけてチューリヒ 大 学 教 授 と
大 学 付 属 ブルクヘルツリ 病 院 院 長 を 務 めた。Bleuler, E.(1911)は、ブルクヘルツリ 病 院 での 共 同
研 究 者 の 中 でも 特 に 部 下 のJung, C. G. の 名 を 挙 げ 感 謝 の 意 を 表 している。Bleuler, M. によれば、
Bleuler, E.(1911)が 書 かれた 背 景 には、Kraepelin, E. の 自 然 科 学 的 見 解 とFreud, S. の 精 神 分 析 的 見
解 の 両 者 を 受 け 入 れ、 補 完 するという 過 程 があったという。つまり、 自 閉 症 という 言 葉 は、Bleuler,
E.(1911)による 精 神 分 析 と 自 然 科 学 の 補 完 という 背 景 から 生 まれた。
Bleuler, E.(1911)は、 自 閉 症 の 定 義 はFreud, S.(1905)の 自 体 愛 (Autoerotismus)と 同 義
であると 述 べている( 邦 訳 p.73)。ただし、Freud, S. が 用 いた 概 念 は 広 く、 誤 解 を 招 くとBleuler,
E.(1911)は 考 え、 自 閉 症 を 次 のように 定 義 づけている。すなわち、「 叶 えられたと 思 っている 願 望
や 迫 害 されているという 苦 悩 を 携 えて 繭 の 中 に 閉 じこもるように 自 己 の 内 に 閉 じこもり、 外 界 との 接
触 をできる 限 り 制 限 している。 内 面 生 活 の 相 対 的 、 絶 対 的 優 位 を 伴 う 現 実 からの 遊 離 のこと」( 邦 訳
p.73)を 自 閉 症 と 呼 ぶとしている。 次 にBleuler E.(1911)がAutismus と 同 義 であるとしたFreud, S.
(1905)の 自 体 愛 の 概 念 について 確 認 しておきたい。
3.Autoerotismus (Freud, S., 1905)
Freud, S.(1905)は 自 体 愛 を、「 他 人 に 向 けられたものではな」く「 自 分 の 身 体 で 自 ら 満 足 する」
欲 動 と 定 義 している( 邦 訳 p.46)。 例 として「おしゃぶり」が 挙 げられている。 欲 動 を 満 足 させるた
めに( 他 の 対 象 物 ではなく) 自 らの 身 体 を 用 いる 理 由 として、「 自 分 ではまだ 自 由 にすることのでき
ない 外 界 から 独 立 していられるから」( 邦 訳 p.46)と 説 明 している。Freud, S.(1905)は 自 体 愛 とい
う 概 念 を「 幼 児 性 欲 」を 説 明 するために 用 いているが、 不 自 由 な 外 界 から 独 立 していたいがために 欲
動 が 自 己 へと 向 かう、という 考 え 方 は 今 日 で 言 うところの「 自 閉 症 」( 特 に、 常 同 行 為 や 自 己 刺 激 的
行 動 などの 症 状 )を 精 神 分 析 的 に 理 解 するうえで 有 用 であろう。
Freud, S.(1914)と 小 此 木 (1985)によれば、 自 体 愛 と 自 己 愛 (Narzißmus)の 違 いについては
次 のように 考 えられる。すなわち 自 体 愛 は、 統 一 的 な 自 我 が 発 達 する 前 の 原 初 的 なリビドーの 状 態 を
意 味 する。これに 対 し 自 己 愛 は、 統 一 的 な 自 我 が 発 達 した 段 階 において 自 己 表 象 へリビドーが 割 り 当
てられた 状 態 を 意 味 する。
22

自 閉 症 の「 発 見 」と 精 神 分 析
そしてFreud, S. の 文 献 をレビューした 小 此 木 (1985)によれば、 自 己 愛 は 一 次 的 自 己 愛 から、 二
次 的 自 己 愛 、 対 象 愛 へと 発 達 していく。 一 次 的 自 己 愛 の 段 階 では、 外 界 の 対 象 は 自 己 から 分 化 された
ものとして 存 在 していないため、まだ 外 界 の 対 象 表 象 に 対 するリビドーの 備 給 は 行 われていない。 自
他 分 離 が 進 んだ 二 次 的 自 己 愛 の 段 階 では、 外 界 の 対 象 表 象 が 登 場 し、 快 を 与 える 対 象 は 自 己 の 中 に 取
り 入 れられ、 不 快 なものは 外 界 に 追 い 出 される。 次 の 対 象 愛 の 段 階 になると、 快 ・ 不 快 は 対 象 表 象 に
関 する 関 係 を 意 味 するようになり、 快 を 与 える 対 象 に 近 づき、 不 快 を 与 える 対 象 からは 遠 ざかるよう
になる。 先 に、 今 日 の 自 閉 症 が 示 す 常 同 行 為 や 自 己 刺 激 的 行 動 について 理 解 する 上 で 自 体 愛 の 概 念 が
有 用 と 述 べたが、 対 象 に 対 する 無 関 心 さについて 理 解 するには 自 己 愛 の 概 念 が 有 用 であると 思 われ
る。
なお、Freud, S.(1905)の 自 体 愛 (Autoerotismus)という 言 葉 は、Ellis, H.(1898)の 自 体 愛
(Auto-eroticism)から 借 用 されたものである。そこで、Ellis, H. の 元 々の 定 義 を 次 に 確 認 しておき
たい。
4.Auto-eroticism (Ellis, H., 1898)
Ellis, H.(1898)は、 自 体 愛 を 自 己 嘆 美 することに 耽 る 性 的 感 情 ととらえ、ナルキッソス 的 傾 向
(Narcissus-like tendency)と 表 現 した。そして 後 に、 自 体 愛 を 外 的 刺 激 なしで 生 じる 自 発 的 な 性 的
感 情 と 定 義 した(Ellis, H., 1927)。
ナルキッソスとは 古 代 ローマの 詩 人 Ovidius(B.C.43-A.D.17)が 書 いた 神 話 『 変 身 物 語
(Metamorphosen )』(n. d.)に 登 場 する「 美 少 年 」( 河 神 ケピソスと 水 の 妖 精 の 間 に 生 まれた 子 ど
も)のことを 表 す。ナルキッソスのエピソードには、 今 日 の「 自 閉 症 」を 連 想 させる 記 述 があるた
め、 次 に 紹 介 したい。
5.Narcissus and Echo (Ovidius, n.d.)
Ovidiusの『 変 身 物 語 』に「ナルキッソスとエコー(Echo)」という 物 語 が 書 かれている。この 物
語 の 概 要 を 一 言 で 表 せば、「やまびこの 妖 精 エコーが 美 少 年 ナルキッソスに 恋 するも 相 手 にされず、
ナルキッソスは 泉 にうつった 自 分 の 姿 に 恋 してしまい、 泉 から 離 れられずに 衰 弱 死 してしまう」と
なる。エコーはナルキッソスに 対 し、 彼 と「おなじ 呼 び 声 」で、「おなじ 言 葉 」で 応 えることしかで
きない( 邦 訳 p.99)が、これは 今 日 の「 自 閉 症 」が 示 す「 反 響 言 語 (echolalia)」の 症 状 を 連 想 させ
る。また、エコーがナルキッソスに 抱 きつこうとする 場 面 で、ナルキッソスは「 手 をのけてくれ。
抱 きついたらいやだ。 死 んだ 方 がましだよ、きみの 思 いどおりになるくらいなら!」と 叫 ぶ( 邦 訳
p.99)。このエピソードも、 人 に 触 れられるのを 嫌 がる、という 今 日 の「 自 閉 症 」の 特 徴 を 思 わせる
ものである。
Jung, C. G.(1943)によれば、 個 人 に 内 在 化 された 無 意 識 的 なイメージは、 様 々な 神 話 に 共 通 し
て 見 られるという。Ovidiusは 今 日 で 言 うところの「 自 閉 症 」が 示 す 特 徴 を 見 聞 きし、それを 無 意 識
のうちに 神 話 として 記 述 していた 可 能 性 が 考 えられる。そう 考 えると 自 閉 症 の 起 源 は 古 代 ローマ、
23

東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)
Ovidiusの 時 代 までさかのぼることができる。それでは、 今 日 の「 自 閉 症 」はいつ「 発 見 」されたの
だろうかこの 点 について 次 に 述 べる。
6.Early infantile autism (Kanner, L., 1943, 1944)
Kanner, L. は1943 年 に 今 日 の「 自 閉 症 」について、 初 めての 症 例 報 告 を 行 った(Kanner, L.,
1943)。 彼 は「これまでに 報 告 されてきたことのない 非 常 にユニークな 症 状 を 呈 する 一 群 の 子 どもた
ち」( 邦 訳 p.10)11 例 ( 男 性 8 名 、 女 性 3 名 )を 報 告 し、この 子 どもたちを「 情 緒 的 交 流 の 自 閉 的 障 害
(Autistic Disturbances of Affective Contact)」と 呼 んだ。そして 翌 年 の1944 年 に、この 障 害 を「 早
期 小 児 自 閉 症 (Early infantile autism)」と 名 づけた(Kanner, L., 1944)。Kanner, L.(1943, 1944)
が 用 いたAutism(Autistic)という 言 葉 は、 先 述 のBleuler, E.(1911)のAutismusが 由 来 である。
Kanner, L.(1943)は、 自 閉 症 の 子 どもたちの 特 徴 として「 極 端 な 自 閉 的 な 孤 立 」、「 自 発 的 構 文 の
欠 如 と 反 響 言 語 的 構 成 」、「 同 一 性 保 持 への 強 迫 的 願 望 」などを 挙 げている。これらの 特 徴 につい
て、Kanner, L.(1943)が“CASE 1”として 最 初 に 報 告 した“Donald T.”の 症 例 に 沿 って 見 てい
く。
極 端 な 自 閉 的 な 孤 立 :「 部 屋 の 中 に 入 れられると、 彼 は 人 を 無 視 して、 物 、それも 回 すことのでき
る 物 のところにすぐ 行 った。どうしても 無 視 できない 命 令 や 行 動 は 迷 惑 でありじゃまであり 不 快 に 思
われた。しかし 彼 は 干 渉 する 人 にはけっして 腹 を 立 てなかった。 彼 はじゃまな 手 を、あるいは 彼 のブ
ロックを 踏 みつけた 足 を 怒 って 押 しのける」( 邦 訳 p.14)。Kanner, L.(1943)はこの 特 徴 を「 極 端 な
自 閉 的 な 孤 立 」と 表 現 し、「 分 裂 病 的 な 子 どもやおとなのように、 初 めに 存 在 していた 関 係 からの 離
脱 」でもなく、「 以 前 存 在 していた 参 加 からの『ひきこもり』」でもなく、「 初 めから、 外 からやっ
てくるものはなるべく 無 視 してかえりみず、 閉 め 出 そうとする」ものとしている( 邦 訳 p.44)。
自 発 的 構 文 の 欠 如 と 反 響 言 語 的 構 成 :「 話 しかけられ 聞 いたことばをおうむ 返 ししているようで、
聞 いたままの 人 称 代 名 詞 を 用 い、その 抑 揚 までまねた」( 邦 訳 p.13)。Kanner, L.(1943)はこれを
「 自 発 的 構 文 の 欠 如 と 反 響 言 語 的 構 成 」と 呼 び、「じゃまされないでいたいという 欲 求 」の 強 さと、
「 外 部 からもたらされること、 外 的 なあるいは 内 的 な 環 境 を 変 えること」が「 恐 るべき 侵 入 」である
とみなされるためであるとした( 邦 訳 p.47)。
同 一 性 保 持 への 強 迫 的 願 望 :「 自 発 的 な 行 動 にははっきり 限 界 がある。 笑 いながら 歩 き 回 り、 指 を
常 同 的 に 動 かし、それらを 空 中 で 交 差 させた。 頭 を 左 右 に 振 り、3 拍 子 でつぶやいたりした。 回 せる
ものなら 何 でも 喜 んで 回 した。 床 に 物 を 投 げつづけ、その 音 を 楽 しんでいるようだった。 彼 は、ビー
ズや 棒 やブロックをさまざまな 系 列 の 色 にわけて 配 列 した。これらの 行 為 の 一 つが 完 成 したときはい
つでも、きいきい 声 をあげて 飛 び 跳 ねた。それ 以 外 のことはいつも( 母 親 からの) 指 示 を 要 し、 彼
が 夢 中 になる 限 られたものごと 以 外 に 自 発 的 に 行 動 することはなかった」( 邦 訳 pp.12-13)。Kanner,
L.(1943)はこうした 特 徴 を「 同 一 性 保 持 への 強 迫 的 願 望 」( 邦 訳 p.48)と 呼 び、「 外 観 と 位 置 を 変
えない 物 は 同 一 性 を 保 持 しており、 子 どもの 孤 立 をじゃまするおそれがまったくないので、 自 閉 的 な
子 どもにすんなりと 受 け 入 れられる」( 邦 訳 p.50)としている。
Kanner, L.(1943)が 挙 げたこれらの 特 徴 は、 今 日 のDSM(アメリカ 精 神 医 学 会 が 定 めた『 精 神
24

自 閉 症 の「 発 見 」と 精 神 分 析
障 害 の 診 断 と 統 計 の 手 引 き』)とICD( 世 界 保 健 機 構 が 定 めた『 疾 病 及 び 関 連 保 健 問 題 の 国 際 統 計 分
類 』)に 書 かれている 診 断 基 準 にも 受 け 継 がれている。
7.Autistischen Psychopathen (Asperger, H., 1944)
Kanner, L.(1943, 1944)と 同 時 期 にAsperger, H.(1944)は「Autistischen Psychopathen( 自 閉
的 精 神 病 質 )」という 概 念 を4つの 症 例 ( 男 性 4 名 )とともに 報 告 した。 当 時 は 第 二 次 世 界 大 戦 中 で
あったため、アメリカのKanner, L.とオーストリアのAsperger, H.はお 互 い 関 係 なく 独 立 に 同 時 期 に
論 文 を 自 閉 症 に 関 する 論 文 を 発 表 したとされる( 平 井 , 1968)。Autistischen Psychopathenという 名
称 の 由 来 についてAsperger, H.(1944)は、「 医 学 上 の 命 名 として、もっとも 偉 大 な 言 語 学 的 、 概 念
的 創 造 のひとつと 考 えるこの 表 現 は、 周 知 の 如 くBleuler, E. に 由 来 する」( 邦 訳 p.36)と 述 べている。
Asperger, H.(1944)によれば、「 自 閉 的 精 神 病 質 の 本 質 的 異 常 は、 周 囲 に 対 する 生 き 生 きとし
た 関 係 が 障 害 されていることであり、これからすべての 異 常 が 説 明 される」( 邦 訳 p.57)。「 積 極 的
注 意 の 障 害 」も 彼 が 報 告 した 子 どもたちに 共 通 して 見 られたものであるという。すなわち、 最 初 か
ら 外 界 に 注 意 を 向 けて 集 中 することがない。「 日 常 とは 遠 くかけ 離 れた 勝 手 な 問 題 を 追 いかけてい
て、 邪 魔 を 許 さず、 他 人 に 覗 かせようとしない」( 邦 訳 p.58)。 対 象 との 関 係 については、「 周 囲 の
諸 事 物 をまったく 認 めず、 玩 具 にぜんぜん 興 味 を」 持 たないか、 特 定 の 対 象 (「 鞭 や 棒 切 れ、 壊 れ
た 人 形 」)から 片 時 も 目 を 離 さないという( 邦 訳 p.61)。この 対 象 との 関 係 のあり 方 は、 先 に 述 べた
Freud, S. の 二 次 的 自 己 愛 を 連 想 させる。
Asperger, H.(1944)は 自 らが 報 告 した 子 どもたちの 類 型 と、Kretschmer, E. の「Schizothym
( 分 裂 気 質 )」やJaensch, E. R. の「Desintegrierte( 不 統 一 人 格 )」との 間 に 類 似 性 を 見 出 してい
る。 特 にJung, C. G. の「Introvertierten Denktypus( 内 向 的 思 考 型 )」との 間 に 類 似 性 が 見 られる
という。そこで、 次 にIntrovertierten Denktypus(Jung, C. G., 1921)について 触 れる。
8.Introvertierten Denktypus (Jung, C. G., 1921)
内 向 的 思 考 型 (Introvertierten Denktypus)の 特 徴 は、 客 観 的 事 実 よりも 主 観 的 基 盤 を 理 念 に 置
き、 客 体 に 対 しては 否 定 的 な 関 係 を 結 ぶというものである(Jung, C. G., 1921)。 内 向 的 思 考 には、
「 主 観 的 要 因 を 基 準 にして 自 らを 方 向 づけ」( 邦 訳 p.409)、「 具 体 的 な 経 験 から 出 発 して 再 び 客 観
的 な 事 物 へ 戻 るのではなく、 主 観 的 な 内 容 に 向 かう」( 邦 訳 p.410)という 特 徴 が 見 られ、「この 思
考 は 主 体 の 中 で 始 まり 主 体 に 戻 る」( 邦 訳 p.410)。そして、この 型 の 人 の 具 体 的 な 特 徴 としては、
「 自 らの 理 念 に 忠 実 なあまり」、「たいてい 頑 固 、 強 情 で、 他 人 の 言 には 耳 をかさない」( 邦 訳
p.415)といったものが 見 られる。
Asperger, H.(1944)は 内 向 的 性 格 と 自 閉 的 精 神 病 質 との 間 に 類 似 点 が 多 いとも 述 べているため、
そもそも「 内 向 (Introversion)」とは 何 かについてここで 確 認 しておきたい。Jung, C. G.(1921)
によれば、 内 向 とは「リビドーが 内 へ 向 かうこと」であり、「 主 体 が 客 体 に 対 して 消 極 的 な 関 係 を
も」ち、「 関 心 が 客 体 に 向 かわずに、 客 体 から 主 体 へ 引 き 戻 される」ことである( 邦 訳 p.475)。 内 向
25

東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)
型 において 客 体 は、 意 識 的 には 関 心 が 向 けられないが、 無 意 識 的 には 不 安 をもたらすほどの 関 心 が 向
けられる。したがって、 内 向 型 の 人 は「 安 心 を 得 るために 儀 式 体 系 を 自 分 の 周 りにはりめぐら」( 邦
訳 p.408)せる。 無 意 識 においては、 客 体 からの 影 響 力 に 圧 倒 され、「『 自 分 を 保 つ』ために、ぞっ
とするような 内 的 作 業 を 絶 えず 必 要 としている」( 邦 訳 p.408)のである。こうした 記 述 は、 神 経 症
の 形 態 の 一 つについての 説 明 であるが、 自 閉 症 (が 示 す 儀 式 的 行 為 )にも 通 じるものと 考 えられる。
対 象 ( 客 体 )との 関 係 については、 無 意 識 的 、 原 始 的 であり、 客 体 は「あたかも 呪 術 的 な 力 を 備 えて
いるかのようになる」( 邦 訳 p.409)という。 新 奇 な 客 体 は 恐 怖 や 不 安 の 対 象 になるのに 対 し、なじ
みのある 客 体 は「 見 えない 糸 」で「 魂 につながれているかのようである」という( 邦 訳 p.409)。こう
した 客 体 との 関 係 のあり 方 は、Asperger, H.(1944)が 報 告 した「 周 囲 に 関 心 を 示 さないが、 特 定 の
対 象 には 片 時 も 目 を 離 さない」という 自 閉 的 精 神 病 質 の 子 どもの 特 徴 と 重 なるものと 考 えられる。
Jung, C. G.(1921)は、「 内 向 的 思 考 人 の 古 典 的 な 代 表 者 」として 古 代 ローマ 時 代 のカルタゴのキ
リスト 教 教 父 ( 反 異 端 教 父 )Tertullianus, Q. S. F.(ca.A.D.160-ca.A.D.220)を 挙 げている。Jung, C.
G.(1921)によれば、Tertullianus, Q. S. F. は「 鋭 い 精 神 によって 哲 学 的 な 知 やグノーシス 的 な 知 が
劣 っていることを 見 ぬき、これを 軽 蔑 して 退 け」( 邦 訳 p.20)、 自 分 自 身 の 不 合 理 な 内 的 事 実 を 合 理
的 な 哲 学 に 対 抗 するための 原 理 とした。このような 特 徴 は、Asperger, H.(1944)が 報 告 した 自 閉 的
精 神 病 質 の 子 どもの「 日 常 からかけ 離 れた 問 題 を 追 いかける」という 特 徴 と 通 底 する 部 分 がある。
9.おわりに
以 上 、 自 閉 症 の「 発 見 」や 起 源 について 述 べてきた。 症 例 としての 自 閉 症 を「 発 見 」したのは
Kanner, L.(1943, 1944)とAsperger, H.(1944)であるが、その 背 景 にはFreud, S.(1905)の
AutoerotismusやJung, C. G.(1921)のIntrovertierten Denktypus(あるいはIntroversion)といった
精 神 分 析 的 概 念 の 影 響 を 認 めることができた。 起 源 はさらに、 古 代 ローマのOvidiusやTertullianus,
Q. S. F. にまで 遡 ることができる 可 能 性 についても 触 れた。 自 閉 症 「 発 見 者 」のKanner, L.(1943,
1944)とAsperger, H.(1944)の 両 者 とも、Bleuler, E.(1911)を 自 らの 研 究 の 端 緒 としている。そ
のBleuler, E.(1911)の 研 究 は、 精 神 分 析 と 自 然 科 学 のどちらかに 傾 倒 することなく 両 者 を 補 完 す
ることによって 成 し 遂 げられた。 自 閉 症 に 限 らず 今 日 の 精 神 的 問 題 にアプローチする 上 で、Bleuler,
E.(1911)のように 自 然 科 学 を 補 完 する 形 で 精 神 分 析 を 取 り 入 れることは 有 用 であると 考 えられる。
引 用 文 献
Asperger, H.(1944). Die "Autistischen Psychopathen" im Kindesalter. Archiv für psychiatrie und
nervenkrankheiten, 117, 76–136.(アスペルガー, H.( 詫 摩 武 元 ・ 髙 木 隆 郎 ( 訳 )(2000). 小 児 期 の
自 閉 的 精 神 病 質 高 木 隆 郎 ・ラター, M.・ショプラー, E.( 編 ) 自 閉 症 と 発 達 障 害 研 究 の 進 歩 2000 /
Vol. 4 星 和 書 店 , pp.30-68.)
Bleuler, E.(1911). Dementia praecox oder gruppe der Schizophrenien . Leipzig und Wien: Franz
Deutike.(ブロイラー, L. 飯 田 真 ・ 下 坂 幸 三 ・ 保 崎 秀 夫 ・ 安 永 浩 ( 訳 )(1974). 早 発 性 痴 呆 また
26

自 閉 症 の「 発 見 」と 精 神 分 析
は 精 神 分 裂 病 群 医 学 書 院 )
Ellis, H.(1898). Auto-eroticism: A psychological study. Alienist and Neurologist, 19, 260-299.
Ellis, H.(1927). Studies in the Psychology of Sex, Volume II: Sexual Inversion. 3rd Ed. , Project
Gutenberg.
Freud, S.(1905). Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie. In Gesammelte Werke Vol. 5. London:
Imago.(フロイト, S. 懸 田 克 躬 ・ 高 橋 義 孝 ほか( 訳 )(1969). 性 欲 論 3 篇 フロイト 著 作 集 第 5 巻
性 欲 論 ・ 症 例 研 究 人 文 書 院 )
Freud, S.(1914). Zür Einführung der Narzissmus. Jahrbuch der Psychoanalyse, 6, 1-24.(フロイト,
S. 懸 田 克 躬 ・ 高 橋 義 孝 ほか( 訳 )(1969). ナルシシズム 入 門 フロイト 著 作 集 第 5 巻 性 欲 論 ・ 症 例
研 究 人 文 書 院 )
平 井 信 義 (1968). 小 児 自 閉 症 日 本 小 児 医 事 出 版 社 .
Jung, C. G.(1921). Psychologische Typen. Zürich: Rascher.(ユング, C. G. 林 道 義 ( 訳 )(1987). タイ
プ 論 みすず 書 房 )
Jung, C. G.(1943). Über die Psychologie des Unbewussten . Zürich: Rascher(ユング, C. G. 高 橋 義
孝 ( 訳 )(1977). 無 意 識 の 心 理 人 文 書 院 )
Kanner, L.(1943). Autistic Disturbances of Affective Contact. Nervous Child, 2, 217-250.(カナー, L.
十 亀 史 郎 ・ 斉 藤 聡 明 ・ 岩 本 憲 ( 訳 )(2001). 情 緒 的 交 流 の 自 閉 的 障 害 精 神 医 学 選 書 < 第 2 巻 > 幼
児 自 閉 症 の 研 究 黎 明 書 房 , pp.10-55.)
Kanner, L.(1944). Early infantile autism. Journal of Pediatrics, 25, 211–217.
小 此 木 啓 吾 (1985). 現 代 精 神 分 析 の 基 礎 理 論 弘 文 堂 .
Ovidius,(n.d.). Metamorphoses .(オウィディウス 田 中 秀 央 ・ 前 田 敬 作 ( 訳 )(1966). 転 身 物 語 人
文 書 院 )
Spensley, S.(1994). Frances Tustin . London: Routledge(スペンスリー, S. 井 原 成 男 ・ 斉 藤 和 恵 ・
山 田 美 穂 ・ 長 沼 佐 代 子 ( 訳 )(2003). タスティン 入 門 : 自 閉 症 の 精 神 分 析 的 探 究 岩 崎 学 術 出 版
社 )
27