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ダウンロード「水害被災した紙文化財の塩水を用いた緊急保存法の開発」

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第 78 回 紙 パルプ 研 究 発 表 会 講 演 要 旨 集 , 紙 パルプ 技 術 協 会 , 2011 年 6 月 15 日 ( 発 表 予 定 )<br />

水 害 被 災 した 紙 文 化 財 の 塩 水 を 用 いた 緊 急 保 存 法 の 開 発<br />

( 東 大 院 農 )○ 東 嶋 健 太 、 江 前 敏 晴 、 五 十 嵐 圭 日 子 、 堀 千 明 、 磯 貝 明<br />

( 駿 河 台 大 学 ) 坂 本 勇<br />

First-Aid for Flood-Damaged Paper Cultural Properties by Using Salt Water<br />

○Kenta Higashijima, Toshiharu Enomae, Kiyohiko Igarashi, Chiaki Hori, Akira Isogai<br />

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo<br />

Isamu Sakamoto<br />

Surugadai University<br />

Abstract<br />

We are developing a new method for rescuing flood-damaged papers by using salt water. Immersing papers in salt<br />

water is expected to have an effect of preventing fungal growth and even paper cohesion. In this presentation, we<br />

focus on the salt water effect on preventing flood-damaged papers from fungal growth and possible adverse<br />

effects by residual salts in paper. At over 3.5 mass% salt concentrations of artificial seawater, fungal growth on<br />

cellulose materials such as copy paper, microcrystalline cellulose, and cellulose sponge were successfully<br />

inhibited. The salt water effect of on fungal growth inhibition was also confirmed with other salts such as NaCl.<br />

Although this effect is basically because water is pulled out of cells by osmotic pressure of high salt<br />

concentrations, a physiological effect depending on the kind of salts was suggested. Residual salts in paper<br />

decreased the tensile index of unsized laboratory handsheet by about 18% from that of unsized laboratory<br />

handsheet immersed in distilled water. This salt water method was found to be promising for effective<br />

conservation of flood-damaged papers and some cellulosic materials. Further research of residual salts in paper,<br />

paper cohesion, desalination procedures, and drying methods are needed in order to establish a practical first-aid<br />

for rescuing flood-damaged papers by using salt water.<br />

Keywords: Flood-damaged paper, Salt water, inhibiting fungal growth, Residual salts in paper<br />

1. 緒 言<br />

地 球 温 暖 化 による 気 象 変 動 の 影 響 を 受 け、 梅 雨 時 の 集 中 豪 雨 や 津 波 による 水 害 が 近 年 多 発 している 1,2) 。<br />

水 害 被 災 した 紙 の 重 大 な 問 題 は、カビの 繁 殖 と 紙 どうしの 固 着 であり、 現 在 ではこれを 防 ぐために 真 空<br />

凍 結 乾 燥 法 で 対 処 している。しかし、 真 空 凍 結 乾 燥 法 は 大 規 模 な 冷 凍 装 置 、 長 期 にわたる 冷 凍 保 管 、お<br />

よび 高 価 な 装 置 が 必 要 となるため、 被 災 時 には 現 実 的 な 方 法 ではない。これに 代 わる 方 法 として、 水 害<br />

被 災 した 紙 を 海 水 に 漬 けるという 簡 便 な 処 置 で、カビの 繁 殖 と 紙 の 固 着 を 一 時 的 に 防 ぐ 新 しい 保 存 法 を<br />

確 立 し、 世 界 に 向 けて 提 案 することを 目 指 している。<br />

2004 年 12 月 にインドネシアのスマトラ 島 沖 地 震 による 大 津 波 で、アチェ 地 区 の 土 地 台 帳 16トンが 水 没


第 78 回 紙 パルプ 研 究 発 表 会 講 演 要 旨 集 , 紙 パルプ 技 術 協 会 , 2011 年 6 月 15 日 ( 発 表 予 定 )<br />

した。 住 民 の 土 地 所 有 権 を 保 証 する 重 要 な 被 災 文 書 は、 大 半 が 濡 れたまま 熱 帯 で2ヶ 月 以 上 放 置 された<br />

にもかかわらず、カビがほとんど 繁 殖 せず、 洗 浄 ・ 冷 凍 の 処 置 と 最 後 の 乾 燥 処 理 だけで、その97%が 変<br />

形 や 固 着 もなく 復 元 された 3) 。この 現 象 は「アラーの 奇 跡 」と 地 元 で 報 道 されたが、この 奇 跡 的 な 復 元<br />

の 理 由 として、 海 水 が 微 生 物 繁 殖 を 抑 えられる 塩 濃 度 であったこと、 土 地 台 帳 が 非 塗 工 紙 であったため<br />

固 着 しなかったこと、および 塩 が 紙 に 含 まれる 糊 状 水 溶 性 成 分 の 溶 解 を 防 ぐ 効 用 があったことが 予 測 さ<br />

れる。この 事 実 がきっかけとなり、 海 水 などの 塩 水 によって、 水 害 被 災 した 紙 文 化 財 を 緊 急 保 存 する 方<br />

法 が 開 発 できるのではないかと 考 え、 研 究 を 始 めた。<br />

今 回 は、 塩 水 によるカビ 繁 殖 抑 制 効 果 と、 塩 が 残 存 した 紙 の 物 性 について 報 告 する。<br />

2. 実 験<br />

2.1 塩 濃 度 の 測 定<br />

2010 年 9 月 に 採 取 したインドネシア・スマトラ 島 沖 アチェ 地 区 の 海 水 と、<br />

規 定 された 標 準 濃 度 に 調 製 した 人 工 海 水 (Daigo SP, 和 光 純 薬 工 業 、Table 1)<br />

の 塩 濃 度 を 屈 折 率 計 (MASTER-S/MillM,( 株 )アタゴ)および 自 動 温 度 補 正<br />

付 き 電 導 度 計 (YK-31SA, Lutron Electronic Enterprise Co., Ltd.)で 測 定 した。<br />

標 準 濃 度 の 人 工 海 水 は、 表 1 の 約 36g の 塩 を 1000 ml の 蒸 留 水 に 溶 かして 調<br />

製 した。 海 水 の 塩 濃 度 は 結 晶 水 を 含 まない 塩 の 質 量 についての 濃 度 を 意 味 す<br />

る。<br />

2.2 塩 濃 度 を 変 化 させた 液 体 培 地 中 での Trichoderma reesei 繁 殖 試 験<br />

1.6g の 炭 素 源 である 微 結 晶 セルロース(フナコシ)、 人 工 海 水 塩 の 添 加 量<br />

を 変 えて 塩 濃 度 を 調 整 した 80ml の Wood 培 地<br />

4) ( 液 体 の 合 成 培 地 )に、 強 力<br />

なセルロース 分 解 菌 である Trichoderma reesei(T. reesei)の 胞 子 を 培 地 1 L あ<br />

たり 1.0×10 9 個 接 種 し、37ºC、 回 転 数 150 min -1 で 9 日 間 振 とう 培 養 した。T.<br />

reesei が 代 謝 時 に 分 泌 する 黄 色 のペプチド 系 抗 生 物 質 による 培 地 の 色 の 変 化<br />

から、 吸 光 度 測 定 により 菌 の 成 長 量 を 調 べた。このとき 純 水 を 対 照 とした。<br />

また、 人 工 海 水 塩 の 代 わりに NaCl、KCl、MgCl 2 または CaCl 2 を 添 加 して 塩<br />

濃 度 を 変 化 させた 培 地 でも、 同 様 の 試 験 を 行 った。 本 試 験 では 試 料 および 培<br />

地 は 滅 菌 処 理 した。<br />

2.3 紙 を 基 質 とした 菌 繁 殖 試 験<br />

Table 1 Components of artificial<br />

seawater per 1 L.<br />

Kind of salts Amount (mg)<br />

NaCl 20747<br />

MgCl 2 ・6H 2 O 9474<br />

CaCl 2 ・2H 2 O 1326<br />

Na 2 SO 4 3505<br />

KCl 597<br />

NaHCO 3 171<br />

KBr 85<br />

Na 2 B 4 O 7 ・10H 2 O 34<br />

SrCl 2 12<br />

NaF 3<br />

LiCl 1<br />

Others 0.1042<br />

Total 35955<br />

人 工 海 水 塩 の 添 加 量 で 塩 濃 度 を 変 化 させた 30ml の Wood 培 地 をシャーレ 内 に 調 製 し、 一 般 的 な 市 販<br />

のコピー 用 紙 (Fine PPC paper、 北 越 紀 州 製 紙 )を 4×4 cm 2 の 大 きさに 採 取 した 紙 試 料 を 入 れた。T. reesei,<br />

紙 の 代 表 的 な 腐 朽 菌 である Aspergillus terreus(A.terrus) 5) 、または 塩 耐 性 菌 である Aureobasidium pullulans<br />

(A.pullulans)の 胞 子 を 培 地 1 L あたり 1.0×10 9 個 接 種 し、25 ºC の 恒 温 槽 に 7 日 間 入 れた。 培 養 後 の 外<br />

観 の 写 真 を 撮 影 し、 紙 試 料 を 取 り 出 して 自 然 乾 燥 させ、 紙 表 面 の SEM 観 察 を 行 った。 本 試 験 では 試 料<br />

および 培 地 は 滅 菌 処 理 した。<br />

2.4 空 気 中 の 多 様 な 菌 での 繁 殖 試 験<br />

乾 燥 状 態 のセルローススポンジ(CA107-4W、 東 レ)を 切 り 取 った 4×4 cm 2 試 料 ( 約 2.5 g)をシャー<br />

レに 入 れ、 人 工 海 水 塩 による 塩 濃 度 が 0, 2, 3, 3.5, 4, 5%の 65 ml の Wood 培 地 をそれぞれ 上 から 注 ぎ 24<br />

日 間 、23 ºC, 50 % RH に 保 持 した。 本 試 験 で 用 いたセルローススポンジはパルプ、 亜 麻 、 綿 などの 天 然


第 78 回 紙 パルプ 研 究 発 表 会 講 演 要 旨 集 , 紙 パルプ 技 術 協 会 , 2011 年 6 月 15 日 ( 発 表 予 定 )<br />

繊 維 から 製 造 され、 防 カビ 剤 の 含 まれていない 乾 燥 プレス 品 である。1 日 ごとに 約 10 ml 蒸 発 したので、<br />

毎 日 脱 イオン 水 を 蒸 発 分 だけ 足 した。 本 試 験 では 試 料 と 培 地 の 滅 菌 処 理 はしなかった。<br />

2.5 塩 が 残 存 する 手 すき 紙 の 強 度 試 験<br />

広 葉 樹 クラフトパルプから 調 製 した 添 加 剤 なしの 試 験 用 手 すき 紙 を、 標 準 濃 度 の 人 工 海 水 または 蒸 留<br />

水 に 浸 漬 した。 一 定 期 間 浸 漬 した 後 に、 穴 の 開 いたプラスチックフィルム 上 に 試 料 を 乗 せて 水 中 から 取<br />

り 出 し、その 上 からろ 紙 を 置 いて 10 秒 間 放 置 し 吸 水 した。この 処 理 を 0 ~ 2 回 行 った。その 後 乾 燥 プレー<br />

トに 張 りつけて、23 ºC, 50% RH でリング 乾 燥 ( 緊 張 乾 燥 )させた。 浸 漬 時 間 1 日 とし、ろ 紙 での 吸 水<br />

回 数 を 変 える(0、1、2 回 )ことによって 紙 に 残 存 する 塩 の 量 を 変 えた 試 料 と、ろ 紙 での 吸 水 回 数 を 1<br />

回 とし、 浸 漬 時 間 を 変 えた(1 時 間 、1、7、30 日 ) 試 料 の 強 度 試 験 を 行 った。<br />

3. 結 果 と 考 察<br />

3.1 アチェ 地 区 の 海 水 と 標 準 人 工 海 水 の 塩 濃 度<br />

標 準 人 工 海 水 の 塩 濃 度 は、 屈 折 率 計 で 2.9~3.0% 、 電 導 度 計 で 3.03% であった。 人 工 海 水 塩 の 組 成<br />

から、 結 晶 水 を 除 いて 計 算 した 標 準 人 工 海 水 の 塩 濃 度 は、3.0%であり、 正 しく 測 定 された。<br />

アチェ 地 区 の 海 水 の 塩 濃 度 は、 屈 折 率 計 で 3.2~3.3% 、 電 導 度 計 で 3.32%であった。アチェ 地 区 の 海<br />

水 の 塩 濃 度 は、 標 準 人 工 海 水 の 塩 濃 度 よりも 高 いことが 分 かった。 海 水 の 塩 濃 度 は 採 取 地 点 により 一 様<br />

ではなく、3.1% から 3.8% とばらつきがあるが、 塩 分 の 構 成 成 分 についてはほぼ 一 定 である 6) 。したが<br />

って、 異 なる 地 点 の 海 水 でも、 塩 濃 度 を 調 整 すれば、 同 様 のカビ 繁 殖 抑 制 効 果 が 得 られる。<br />

3.2 Trichoderma reesei が 繁 殖 限 界 となる 塩 濃 度<br />

T. reesei は 成 長 すると 白 いコロニー ( 菌 糸 の 集 まり) が 観 察 され、その 後 培 地 は 黄 変 した。 培 養 9 日<br />

後 の 写 真 を Fig. 1 に 示 す。 液 体 培 地 の 上 澄 み 液 の 吸 光 度 スペクトルを Fig. 2 に 示 す。 黄 色 の 濃 度 は 菌 の<br />

成 長 量 に 対 応 すると 考 え、372 nm 付 近 に 吸 光 度 のピークが 見 られ<br />

た。 各 塩 濃 度 に 対 する 372 nm における 吸 光 度 の 変 化 を、Fig. 3 に<br />

示 す。T. reesei は 人 工 海 水 の 塩 濃 度 3.0% 以 下 で 繁 殖 したが、 塩 濃<br />

度 3.2% 以 上 で 繁 殖 しなかった。<br />

人 工 海 水 塩 の 代 わりに NaCl、KCl、MgCl 2 または CaCl 2 を 添 加 し<br />

て 塩 濃 度 を 変 化 させた 培 地 で 試 験 した 結 果 も Fig. 3 に 示 す。これら<br />

の 塩 においても 人 工 海 水 塩 と 同 様 の 菌 繁 殖 抑 制 効 果 が 確 かめられ<br />

た。この 結 果 より、 海 水 の 代 わりとして NaCl、KCl、MgCl 2 または<br />

CaCl 2 の 塩 水 を 用 いても、 水 害 被 災 した 紙 を 救 出 する 保 存 塩 水 とし<br />

0% 2% 3% 3.5%<br />

Salt concentarion<br />

Fig. 1 Photographs of the T. reesei culture in<br />

media including artificial seawater at indicated<br />

concentrations after 9 days.<br />

Absorbance<br />

10<br />

8<br />

6<br />

4<br />

2<br />

0<br />

0.0%<br />

2.0%<br />

3.0%<br />

3.5%<br />

250 300 350 400 450 500<br />

λ / nm<br />

Absorbance at 372 nm<br />

6<br />

6<br />

Seawater<br />

Seawater<br />

5<br />

NaCl<br />

5<br />

NaCl<br />

KCl<br />

KCl<br />

4<br />

MgCl 2<br />

4<br />

MgCl 2<br />

CaCl 2 CaCl 2<br />

3<br />

3<br />

2<br />

2<br />

1<br />

1<br />

0<br />

0<br />

0 1 2 3 4 5<br />

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4<br />

Salt concentration (mass%)<br />

Osmolarity of salt solution (Osm / L)<br />

Absorbance at 372 nm<br />

Fig. 2 Absorbance spectra of supernatants of T.<br />

reesei culture media.<br />

Fig. 3 Fungus growth amount at different salt<br />

concentrations (mass %) of various salts.<br />

Fig. 4 Fungus growth amount at osmolarities<br />

(Osm / L) of various salt solutions.


第 78 回 紙 パルプ 研 究 発 表 会 講 演 要 旨 集 , 紙 パルプ 技 術 協 会 , 2011 年 6 月 15 日 ( 発 表 予 定 )<br />

て 利 用 できる 可 能 性 があることが 分 かった。これは 家 庭 にある 食 塩 が 有 効 に 使 用 できることを 意 味 する。<br />

塩 には 防 腐 効 果 があり、 長 年 食 料 の 保 存 に 用 いられてきた。その 防 腐 効 果 は 浸 透 圧 によって、 細 菌 の<br />

細 胞 内 の 水 分 が 取 られ 成 長 が 阻 害 されるためとされる。 浸 透 圧 は 溶 質 の 種 類 によらず 溶 液 のモル 濃 度 に<br />

よって 決 まる。Fig. 3 の 横 軸 の 塩 濃 度 を、 塩 水 のモル 浸 透 圧 濃 度 (Osm / L) に 置 き 換 えてグラフ 化 した<br />

のが、Fig. 4 である。 人 工 海 水 塩 、NaCl、KCl、MgCl 2 または CaCl 2 はすべて 液 体 培 地 中 で 溶 解 したので、<br />

塩 はすべてイオン 化 されたとしてモル 浸 透 圧 濃 度 を 計 算 した。372 nm における 吸 光 度 がほぼ 0 となるモ<br />

ル 浸 透 圧 濃 度 は、 塩 の 種 類 によって 0.8-1.03 (Osm / L)と 多 少 ばらついたため、 塩 による T. reesei の 繁 殖<br />

抑 制 効 果 は 浸 透 圧 効 果 以 外 の 要 因 の 存 在 が 示 唆 された。その 要 因 の 1 つとしては 各 塩 による 菌 の 細 胞 膜<br />

での 生 理 作 用 の 違 いが 挙 げられる。<br />

3.3 紙 上 でのカビ 繁 殖 抑 制 効 果 の 目 視 と SEM 観 察<br />

コピー 用 紙 を 基 質 として 用 いた 培 養 7 日 後 の 試 料 写 真 を Fig. 5 に 示 す。 塩 濃 度 が 高 くなると、 菌 の 繁<br />

殖 が 抑 制 される 傾 向 が 見 られた。 塩 濃 度 0%の 培 地 に、T. reesei、A. terreus または A. pullulans を 接 種 し<br />

た 紙 は、 菌 の 繁 殖 によって 黒 や 黄 色 に 変 化 した。 一 方 、 塩 濃 度 3.5%の 培 地 に、T. reesei および A. terreus<br />

を 接 種 した 紙 は 目 視 では 菌 の 繁 殖 が 観 察 されず、 塩 耐 性 の 菌 である A. pullulans を 接 種 した 紙 だけは 少<br />

し 表 面 が 黒 くなっているのが 観 察 された。<br />

Trichoderma<br />

reesei<br />

salt concentarion 0% 2% 3 % 3.5%<br />

Aspergillus<br />

terreus<br />

salt concentarion 0% 2% 3 % 3.5%<br />

Aureobasidium<br />

pullulans<br />

salt concentarion 0% 2% 3 % 3.5%<br />

Fig. 5 Photographs of copy paper samples in petri dishes at varied salt concentrations in 7 days after inoculation of fungi.<br />

未 処 理 の 紙 試 料 と 塩 濃 度 0 および 3.5%の 培 地 に 各 菌 種 を 接 種 した 紙 試 料 の SEM 画 像 を Fig. 6 に 示 す。<br />

T. reesei において、 塩 濃 度 0%の 試 料 では 糸 状 の 菌 糸 が 繊 維 の 上 にあるのが 観 察 されたが、 塩 濃 度 3.5%<br />

の 試 料 では 菌 糸 が 観 察 されず 胞 子 のみ 観 察 された。<br />

A. terreus において、 塩 濃 度 0 および 3.5%の 試 料 ではともに 菌 糸 と 胞 子 嚢 が 観 察 された。 塩 濃 度 3.5%


第 78 回 紙 パルプ 研 究 発 表 会 講 演 要 旨 集 , 紙 パルプ 技 術 協 会 , 2011 年 6 月 15 日 ( 発 表 予 定 )<br />

の 紙 試 料 では、 目 視 でカビが 確 認 できなかったが(Fig. 5)、SEM 画 像 によりミクロレベルでカビの 菌 糸<br />

が 存 在 することが 分 かった。しかし 塩 濃 度 3.5%の 試 料 で 観 察 された 菌 糸 と 胞 子 嚢 は 塩 濃 度 0%の 試 料 で<br />

観 察 されたものよりそれぞれ 細 く、 小 さくなっているのが 分 かった。これは A. terreus の 成 長 が 阻 害 さ<br />

れたものと 考 えられる。<br />

A. pullulans において、 塩 濃 度 0 および 3.5%の 試 料 ではともに 菌 が 観 察 された。しかし 塩 濃 度 3.5%の<br />

試 料 で 観 察 された 菌 は 細 胞 分 裂 ができていないものが 多 く、 数 が 少 なかった。これは 塩 耐 性 の A.<br />

pullulans の 成 長 が 阻 害 されたものと 考 えられる。<br />

本 試 験 から、 塩 濃 度 の 増 加 に 伴 って T. reesei、A. terreus および A. pullulans の 繁 殖 抑 制 効 果 が 確 認 され<br />

た。 本 試 験 で 使 用 した 培 地 の 栄 養 成 分 は 菌 には 非 常 に 好 適 なもので、 接 種 したカビの 胞 子 の 濃 度 は 自 然<br />

界 の 条 件 と 比 べるとかなり 高 いため、 実 際 に 水 害 被 災 した 紙 に 3.5% 濃 度 の 塩 水 をかけると、カビの 繁 殖<br />

抑 制 には 高 い 効 果 があるものと 考 えられる。<br />

(a) untreated (b) Trichoderma.reesei 0% (d) Aspergillus terreus 0% (f) Aureobasidium pullulans 0%<br />

Fig. 6 SEM images of copy paper<br />

of untreated (a), and<br />

fungi-inocilated (c)-(g) copy paper<br />

at 0 and 3.5% salt concentration.<br />

(c) Trichoderma.reesei 3.5% (e) Aspergillus terreus 3.5% (g) Aureobasidium pullulans 3.5%<br />

3.4 空 気 中 の 多 様 な 菌 での 繁 殖 抑 制 効 果<br />

セルローススポンジは 吸 水 性 に 優 れ、 人 工 海 水 塩 の 添 加 量 で 塩 濃 度 を 変 化 させた Wood 培 地 が 試 料 に<br />

均 一 に 浸 み 込 み、 膨 潤 した。 試 験 開 始 9 日 後 に、 塩 濃 度 0%および 2%の 試 料 において 直 径 1cm の 黒 い 斑<br />

点 のコロニーが 観 察 できた。24 日 後 の 試 料 の 外 観 写 真 を Fig. 7 に 示 す。 塩 濃 度 0%および 2%の 試 料 には<br />

黒 い 斑 点 のコロニーが 観 察 でき、 塩 濃 度 3%の 試 料 には 表 面 に 黄 ばみが 観 察 でき、どれも 異 臭 があった。<br />

一 方 、 塩 濃 度 3.5% 以 上 の 試 料 ではカビの 繁 殖 は 見 られなかった。このことから、 塩 濃 度 3.5% 以 上 で 空<br />

気 中 に 存 在 する 多 種 の 菌 の 繁 殖 が 抑 えられることが 分 かった。<br />

0% 2% 3% 3.5%<br />

Fig. 7 The optical images of cellulose sponge samples after 24 days.<br />

3.5 残 存 塩 による 手 すき 紙 の 強 度 変 化<br />

試 験 用 手 すき 紙 を 人 工 海 水 または 蒸 留 水 に 1 日 浸 漬 し、ろ 紙 での 吸 水 回 数 を 変 えることによって 紙 に<br />

残 存 する 塩 の 量 を 変 えた 試 料 の 比 引 張 強 さを Fig. 8 に 示 す。 蒸 留 水 に 浸 してろ 紙 で 1 回 吸 水 した 試 料 で


第 78 回 紙 パルプ 研 究 発 表 会 講 演 要 旨 集 , 紙 パルプ 技 術 協 会 , 2011 年 6 月 15 日 ( 発 表 予 定 )<br />

60<br />

は、 未 浸 漬 試 料 と 比 較 して 比 引 張<br />

強 さが 10% 減 少 した。 海 水 に 浸 し<br />

50<br />

50<br />

40<br />

40<br />

てろ 紙 で 吸 水 しなかった 試 料 では、 30<br />

30<br />

残 存 塩 が 約 1.1g/m 2 Seawater, non-wiped<br />

( 浸 漬 前 の 試 料 20<br />

Seawater, once wiped<br />

20<br />

Seawater, twice wiped<br />

Seawater<br />

10<br />

Distilled water, once wiped<br />

10<br />

Distilled water<br />

の 14%)あり、 蒸 留 水 に 浸 してろ<br />

Unwetted<br />

Unwetted<br />

0<br />

0<br />

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4<br />

紙 で 1 回 吸 水 した 試 料 ( 洪 水 被 害<br />

0 5 10 15 20 25 30<br />

Residual salt in paper (g/m 2 )<br />

Immersion time (day)<br />

を 受 けて 淡 水 に 浸 漬 後 、 乾 燥 させ<br />

た 紙 のモデル)と 比 較 して、 比 引<br />

Fig. 8 Influences of residual salt amount on<br />

tensile index<br />

Fig. 9 Influences of immersion time on tensile<br />

index<br />

張 強 さが 18% 減 少 した。この 程 度 の 強 度 低 下 は、 紙 の 取 り 扱 い 方 にもよるが 深 刻 な 損 傷 にはならないで<br />

あろう。 海 水 に 浸 してろ 紙 で 1、2 回 吸 水 した 試 料 では、 海 水 に 浸 してろ 紙 で 吸 水 しなかった 試 料 と 比<br />

較 して、 残 存 塩 が 半 分 程 度 以 下 になり、 比 引 張 強 さの 低 下 がやや 抑 えられた。<br />

ろ 紙 での 吸 水 回 数 を 1 回 とし、 浸 漬 時 間 を 変 えた 試 料 の 比 引 張 強 さを Fig. 9 に 示 す。 海 水 に 浸 漬 した<br />

試 料 は 浸 漬 時 間 の 増 加 によって 比 引 張 強 さがやや 減 少 した。また 海 水 に 浸 漬 した 試 料 の 方 が、 蒸 留 水 に<br />

浸 した 試 料 よりも 比 引 張 強 さが 減 少 した。<br />

本 試 験 では 一 般 の 紙 に 添 加 されているサイズ 剤 を 添 加 していない 試 験 用 手 すき 紙 を 使 用 したが、サイ<br />

ズ 性 も 考 慮 して 調 べる 必 要 がある。また 文 化 財 においては 長 期 間 保 存 されるため、 残 存 塩 が 紙 の 劣 化 に<br />

与 える 影 響 についてさらなる 研 究 が 求 められる。<br />

Tensile index (Nm/g)<br />

Tensile index (Nm/g)<br />

60<br />

4. 結 論<br />

T. reesei は 塩 濃 度 3.2% 以 上 で 繁 殖 しなかった。この 塩 濃 度 はアチェの 海 水 の 塩 濃 度 とほぼ 同 じであ<br />

った。また、 人 工 海 水 塩 ではなく NaCl、KCl、MgCl 2 または CaCl 2 を 使 用 した 塩 水 でも 菌 繁 殖 抑 制 効 果<br />

が 確 かめられ、 災 害 時 には 海 水 の 他 に 家 庭 にある 食 塩 も 利 用 できることが 分 かった。コピー 用 紙 を 基 質<br />

とした 菌 培 養 試 験 から、 耐 塩 性 の 菌 A. pullulans においても 塩 濃 度 の 増 加 によって 菌 の 繁 殖 が 抑 制 され、<br />

SEM 画 像 から 菌 糸 や 胞 子 嚢 の 成 長 が 阻 害 されていたのが 確 認 できた。セルローススポンジを 用 いた 試 験<br />

から、 塩 濃 度 3.5% 以 上 で 空 気 中 に 存 在 する 多 種 の 菌 の 繁 殖 をほぼ 抑 制 できることが 分 かった。 塩 が 残 存<br />

する 無 サイズの 試 験 用 手 すき 紙 の 強 度 はやや 低 下 したが、 紙 として 十 分 取 り 扱 える 程 度 の 損 傷 と 考 えら<br />

れる。サイズ 剤 を 添 加 した 紙 に 残 存 する 塩 の 量 や、それが 紙 の 劣 化 に 与 える 影 響 などの 試 験 を 今 後 予 定<br />

している。 水 害 被 災 した 紙 を 塩 水 により 早 期 救 出 する 技 術 の 確 立 に 向 けて、 紙 の 固 着 、イオン 交 換 膜 な<br />

どを 用 いた 脱 塩 処 理 および 効 果 的 な 乾 燥 方 法 などのさらなる 研 究 が 必 要 である。<br />

謝 辞 本 研 究 は、 公 益 信 託 吉 田 学 記 念 文 化 財 科 学 研 究 助 成 基 金 平 成 22 年 度 研 究 助 成 、およびソルト・サイエンス 財 団<br />

2010 年 度 研 究 助 成 の 支 援 を 受 けた。この 場 をお 借 りして、 深 く 感 謝 申 し 上 げる。<br />

引 用 文 献<br />

1) Min, S.-K. et al., Nature 470, 378-381 (2011). 2) Pall, P. et al., Nature 470, 382-385 (2011).<br />

3) 坂 本 勇 、「インドネシア・アチェ 州 からの 報 告 と 危 機 管 理 」、 土 地 家 屋 調 査 誌 、2010; 639(4): 5-11<br />

4) Jonathan D. Wood and Paul M. Wood, Biochimica et Biophysica Acta, 1119, 90-96 (1992)<br />

5) “Plant Biology for Cultural Heritage Biodeterioration and Conservation” edited by G. Caneva and et al, Los Angeles, p111 (2008)<br />

6) Pidwirny, M. (2006). "Physical and Chemical Characteristics of Seawater". Fundamentals of Physical Geography, 2nd Edition.<br />

Date Viewed. http://www.physicalgeography.net/fundamentals/8p.html

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