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ダウンロード(日本語版) - 筑波大学気候学・気象学分野

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研究論文<br />

要旨<br />

1<br />

システム農学 (J. JASS), 23(1), 2007 1<br />

農家属性に代表される栽培管理水準がもたらす水稲生産における冷害抵抗性<br />

筑波大学生命環境科学研究科 **** 飯泉 仁之直<br />

農村工学研究所 **** 石田 憲治<br />

中央農業研究センター **** 平児 慎太郎<br />

筑波大学生命環境科学研究科 **** 永木 正和<br />

(投稿 2007 年 4 月 3 日; 受理 2008 年 2 月 28 日)<br />

本研究では、気候条件と農家属性が収量被害量に及ぼす影響を評価する統計モデルを構築した。このモデルでは実<br />

被害量は潜在被害量と災害抵抗性とに分離され、潜在被害量は主に気候条件によって決定される一方、災害抵抗性は<br />

集落の農家属性によって間接的に代表される栽培管理水準によって決まると仮定した。構築したモデルは 1993 年の冷<br />

害時の水稲収量被害を対象として栃木県の二つ 2 町に適用された。その結果、冷害による潜在被害量のうち 1.264 t/ha<br />

が栽培管理によって軽減され、この被害軽減量(=冷害抵抗性)は潜在被害量の 44.2%にあたることが示された。また、<br />

高齢農家人口割合や専従者のいない農家割合、耕作放棄地割合が高い集落では災害抵抗性が低いことが示された。高<br />

齢農家人口割合は他の農家属性に比べて災害抵抗性を低下させる効果が僅かに大きく、農村部での高齢化の進行に<br />

伴って水稲の被害量が増加する可能性が示唆された。<br />

キーワード:農業センサス集落カード, 農作物共済データ, 気候と経済の関係性, 気候-経済統合モデル<br />

1. はじめに<br />

人為起源の温室効果ガスの排出増加によってもたらさ<br />

れる地球温暖化は気候の年々変動を増加させ、次いで、<br />

異常気象を増加させることが懸念されている(IPCC<br />

2007)。異常気象その潜在的な社会経済的影響の大きさ<br />

から政策決定者の大きな関心事である(Stern 2006)。 こ<br />

うした背景から、自然環境要因と社会経済要因、特に気<br />

候と経済を統合するモデル、例えば、グローバルモデル<br />

(Adams et al. 1990; Nordhaus and Boyer 2000)やアジア-<br />

太平洋州モデル (Hijioka et al. 2006)、国レベルのモデ<br />

ル (Darwin et al. 1995; Mendelsohn et al. 1994).、などが<br />

開発されている。こうしたモデルは、気候変動が経済に<br />

及ぼす影響の評価や、そ<br />

______________________________________________<br />

**** 現在、農業環境技術研究所 大気環境研究領域。<br />

〒305-8604 茨城県つくば市観音台 3-1-1<br />

*****〒305-8609 茨城県つくば市観音台 2-1-6<br />

**** 現在、名城大学 農学部 生物資源学科。〒<br />

468-8502 名古屋市天白区塩釜口 1-501<br />

*****〒305-8572 茨城県つくば市天王台 1-1-1<br />

(Correspondence: iizumit@affrc.go.jp<br />

れぞれが想定する領域での温室効果ガス排出量削減政<br />

策が経済に及ぼす影響のシミュレーションに貢献してい<br />

る。統合モデルの高度化は、より現実的で機構準拠型の<br />

経済への気候変化の影響評価を実現するために必須で<br />

ある。とりわけ、局地スケールのモデルを統合モデルに<br />

組み込むことは、各地域での適応戦略を検討し、政策決<br />

定者が有効な政策を決定するための情報を提供するた<br />

めに必要である。気候条件と農家の行動との関係をリス<br />

クの観点から分析する局地スケールのモデルは農業経<br />

済分野に蓄積されている((例えば、Newbery and Stiglitz<br />

1981; Hardaker et al. 2004)。例えば、気象災害やその他<br />

の自然災害によってしばしば引き起こされる収量変動は、<br />

農家が期待する収量と実収穫量との差を拡大するもので<br />

あり、農業経営上の主要なリスクの一つとして知られてい<br />

る(Nagaki 1997; Amano 1999, 2006)。<br />

そこで、冷害による収量被害を例として、本研究では<br />

気候条件と農家属性、収量被害の度合いについて局地<br />

スケールの分析を行った。冷害は特に中部から北日本<br />

にかけて水稲生産に影響を及ぼす深刻な気象現象であ<br />

る。地球温暖化に伴って地表面気温は上昇すると見込ま<br />

れるが、気候の年々変動の増加と水稲の高温順化の結<br />

果、冷害が生じる可能性がある。そのため、現在のみな<br />

らず、将来にわたり冷害被害の解析は重要である。


本研究では、気候条件と農家属性が収量被害量の度<br />

合いに及ぼす影響を評価するためのモデルを構築し、<br />

栃木県市貝町、茂木町における 1993 年の冷害被害を対<br />

象として、それぞれの影響の度合いを定量化した。これ<br />

らの二つの隣接する町は東日本の関東平野に位置する<br />

主要な水稲の生産地である。二つの町の水稲作付面積<br />

はほぼ等しいにもかかわらず、1993 年の水稲収量は茂<br />

木町で 3.75t/ha、市貝町で 4.17t/ha であり、その収量は大<br />

きく異なる(Iizumi et al. 2007)。そのため、これらの地域<br />

は冷害による収量被害を比較するうえで適していると考<br />

えられる。<br />

2. モデル<br />

2.1. モデルのコンセプト<br />

本研究での仮説は、収量の実被害量は潜在被害量と<br />

被害軽減量からなり、潜在被害量は自然環境要因によ<br />

って規定され、一方、被害軽減量(以降、災害抵抗性<br />

(resistance to yield loss))は栽培管理水準によって決定<br />

される、というものである。英語では resistance の代わりに<br />

tolerance や resistivity、buffer effect といった語も減収量<br />

抵抗性を表す語として考え得る。しかしながら、干ばつ<br />

抵抗性(drought resistance )や複数農薬抵抗性<br />

(multidrug resistance:例えば、Leodegario 2004)といった<br />

語が科学記事の中に見受けられる。この文脈において<br />

resistance の語は作物品種に内在する被害要因に対す<br />

る性質を意味する。収量被害は農家の技術と経験に基<br />

づく栽培管理によって予防、あるいは軽減されるため、<br />

本研究では、resistance を栽培管理によって予防・軽減さ<br />

れた被害量の度合いを指すものとして用いる。<br />

本研究では農家属性が間接的に栽培管理水準を<br />

表すと仮定する。栽培管理水準は個々の農家によって<br />

図 1 潜在-実収量被害モデルの概念図。Ys:平年収量 、<br />

Ya:実収量、Y0:潜在的な最小収量、La:実被害量、Lp:<br />

潜在被害量、Res:災害抵抗性。単位はt/ha。<br />

2<br />

システム農学 (J. JASS), 23(1), 2007 2<br />

異なるが、本研究では、集落の平均的な栽培管理水準<br />

を表すとの仮定の基づき、集落の水稲策農家で平均的<br />

した農家属性の値を用いた [2] (3.2 節を参照)。冷害被害<br />

の解析には地形や土壌条件も重要ではあるが、本研究<br />

では 1993 年の単年の冷害被害を対象とするため、気候<br />

条件のみを自然環境要因として用いた。更なる研究を行<br />

う際には土壌や品種、栽培管理の詳細をモデルに組み<br />

込むことがあることを明記しておく。<br />

図 1 は本研究で開発した気候条件と農家属性が収量被<br />

害量の度合いに及ぼす影響を評価するモデル(以降、<br />

実・潜在被害量モデルと呼ぶ)の概念を示す。図 1 のB<br />

地域はA地域と同じ程度の気候条件の厳しさで、災害抵<br />

抗性がより低い集落を意味する。一方、C地域はB地域よ<br />

りも気候条件が厳しいが、抵抗性が高い集落である。こ<br />

のコンセプトによって、モデルは気候条件の厳しさが似<br />

ている場合の被害量の度合いの違いや(A地域とB地<br />

域)、気候条件の厳しさが異なる場合での同程度の被害<br />

量(A地域とC地域)を説明することができる。モデルでは、<br />

潜在収量被害量Lpを気候指数Cの関数、災害抵抗性Res<br />

を農家属性Si {i = 1,…, n}の関数とする。このとき、収量<br />

の実被害量Laは次の複合式、<br />

La = Lp – Res, (1)<br />

Lp = f(C), (2)<br />

Res = f(S1,S2,…,Sn). (3)<br />

によって与えられる。<br />

2.2. 統計モデルの構築<br />

図 2 は集落の水稲策農家で平均した実被害量と集落<br />

の 7・8 月平均の日最低気温(以下、気温偏差。3.3 節を<br />

参照)である。実被害量は、気温偏差が弱まる(0 に近く<br />

なる)と僅かに低下し、気温偏差が強まる(0 から負の方<br />

向に大きくなる)と増加した。実被害量は気温偏差が<br />

-2.5℃のときに 2.953t/ha で最大となったが、気温偏差が<br />

-3.2℃では 1.539t/haであった。こうした一貫性のなさは気<br />

温偏差が負の方向に強い場合のサンプルが少ないため<br />

である。気温偏差が負方向に弱い場合についても、サン<br />

プルが少ないが、これは元データの特徴に由来する。実<br />

被害量のデータは共済データ(3.1 節を参照)から得たが、<br />

このデータは平年収量の 30%未満の被害量は含んでい<br />

ないためである。<br />

上で指摘した関係は圃場実験で得られた結果と似て<br />

いる(例えば、Satake 1980; Horie et al. 1995)。そうした研<br />

究の一つが出穂期前後の低温に対する不稔の応答をモ<br />

デル化している(Horie et al. 1995)。気温偏差の両方向<br />

で制約のあるデータと圃場実験結果からモデル化された


不稔の応答を考慮すれば、潜在被害量は気温偏差の負<br />

方向への増加に伴って増加し、平年収量で最大に達す<br />

ると見るのが適当であろう。したがって、Horie et al.<br />

(1995)を参考に、本研究では次のロジステック型の包絡<br />

関数で潜在被害量曲線を近似した。<br />

⎬<br />

[ ( ) ] ⎭ ⎫<br />

⎧<br />

1<br />

L p = a⎨1<br />

−<br />

, (4)<br />

⎩ 1+<br />

exp b ∆Tmin<br />

+ c<br />

ここでLpは潜在被害量、∆Tminは負の気温偏差aとb、 c<br />

は経験定数である(それぞれ 3.0、-6.0、-1.5 を使用した)。<br />

本研究では、潜在被害量曲線として線形関数は用いな<br />

かった。これは、線形関数では気温偏差が負方向に強<br />

い場合に潜在被害量を過剰評価し、負方向に弱い気温<br />

偏差の場合に被害量を過小評価してしまうためである。<br />

そのため、線形関数の使用は潜在-実被害量モデルの<br />

適用範囲を狭めてしまう。<br />

災害抵抗性Resは、共済データから得られた実被害量<br />

(La)から潜在被害量(Lp)を引くことで得られる。即ち、<br />

Res = Lp - La. (5)<br />

である。したがって、Res は正の値をとる。ここで、災害抵<br />

抗性は農家属性に依存するという仮説に基づき、重回帰<br />

モデルを構築した。被説明変数は災害抵抗性、説明変<br />

数は農家属性である。即ち、<br />

Res<br />

4<br />

= ∑<br />

i=<br />

1<br />

ai<br />

S i<br />

+ ε . (6)<br />

である。本研究では、S1:高齢農家人口割合、S2:専従者<br />

のいない農家割合、S3:経営耕地面積に占める水田割<br />

図 2 実被害量(La)の散布図。縦軸は実被害量の度合<br />

いを示し、横軸は日最低気温の気候指数を示す(3.3 節<br />

を参照)。太線は包絡線としての潜在被害量曲線(Lp)。<br />

合、S4:経営耕地に占める耕作放棄地割合、の 4 つの農<br />

3<br />

システム農学 (J. JASS), 23(1), 2007 3<br />

家属性を用いた(3.2 節を参照)。ai {i = 1, …, 4} はパラ<br />

メータ、ε は誤差項である。<br />

3. データ<br />

3.1. 収量被害データ<br />

収量の実被害量データは全国農業共済協会から提供<br />

を受けた農作物共済データから得た(以下、共済データ<br />

と呼ぶ)。この農業共済は農業災害補償制度に基づき運<br />

営されている(Tsujii 1986; Yamauchi 1986)。このデータ<br />

は基準収量の 30%以上の被害量を含む。基準収量は<br />

平年の気候状態を想定した場合の推定値である(MAFF<br />

1998)。大部分の水稲策農家はこの共済に加入している<br />

ため、基準収量の 30%未満の被害量データは含まれな<br />

いものの、作付面積と被害量については極めて高い精<br />

度を有したデータである。共済データは不連続な 5 年間<br />

について利用可能で(1993、1995、1998、1999、2000)、<br />

非常に顕著な冷害被害は 1993 年に発生したため、この<br />

年のデータを使用した。生データから集落内の水稲策<br />

農家で平均した収量の被害量を計算し、解析に用いた。<br />

3.2. 農家属性データ<br />

集落の農家属性データは農林統計協会が提供する農<br />

業センサス集落カードから得た。集落カードは農林水産<br />

省によって 5 年ごとに実施される農業センサスの最小単<br />

位データである。集落カードのデータは現地調査の代替<br />

を代替するものではないが(Takahashi 2000)、市町村レ<br />

ベルでの解析する際には十分な精度を有している(Sato<br />

et al. 1998)。本研究の解析は隣接する2町を対象領域と<br />

しており、集落データは十分な精度があると考えられる。<br />

1993 年の農家属性データは 1990 年と 1995 年のデー<br />

タを時間方向に線形内挿して作成した。本研究で採用し<br />

た4つの農家属性は以下に挙げるもので、これらは定性<br />

的に被害量の度合いと関係があることが報告されている<br />

(Iizumi et al. 2007)。4 つの農家属性は、(1)65 歳以上の<br />

農家人口割合、(2)専従者がいない農家割合、(3)経営<br />

耕地面積に占める水田割合、(4)経営耕地面積に占め<br />

る耕作放棄地割合である。それぞれの属性を以下に簡<br />

略に説明する。<br />

・ 65 歳以上農家人口割合 [3] (以下、高齢人口割合と<br />

呼ぶ)は労働資源の質を表すと考えられる。この割<br />

合が増加した場合、災害抵抗性が低下するものと見<br />

られる。野菜作などの他の作物に比べて水稲作の<br />

栽培管理に要する労力は軽微だが、高齢農家人口<br />

が高い集落の栽培管理水準は高齢人口割合が低


い集落のそれに比べてより低いと考えられる。<br />

・ 専従者のいない農家割合 [4] は労働力の量を表すと<br />

考えられる。この属性が増加した場合、専従者がい<br />

ない農家では被害量を軽減するための栽培管理水<br />

準がより低いと考えられ、災害抵抗性を低下させると<br />

見込まれる。<br />

・ 経営耕地面積に占める水田割合 [5] と災害抵抗性と<br />

の関係は解釈しにくい。この割合の増加によって収<br />

穫逓減が引き起こされる(Higuchi 1983)。しかし、こ<br />

の地域の平均的な経営水田面積は、数戸の大規模<br />

経営農家( ≥ 14 ha)を除くと 4ha未満である。大部分<br />

の農家では冷害被害を防ぐための栽培管理に失敗<br />

するほどの規模ではない。対象地域では、この属性<br />

は非販売農家に比べて、販売農家で高くなる傾向<br />

にある。水稲作以外の作目が同じであれば、この属<br />

性が高いほど、農業収入に占める水稲作収入の割<br />

合が高くなることを示す。そこで、本研究では、水田<br />

割合が高い農家の栽培管理は水田割合が低い農<br />

家のそれに比べて、よりよいものと仮定した。そのた<br />

め、水田割合が増加した場合、災害抵抗性は増加<br />

すると考えられる。<br />

・ 経営耕地面積に占める耕作放棄地割合 [6] は水路や<br />

農道などの集落共有の農業インフラの管理水準を<br />

表すものと考えられる。耕作放棄地割合の増加はこ<br />

うした管理水準の低下と平行して生じるため、この割<br />

合の増加は災害抵抗性の低下を意味すると考えら<br />

れる。<br />

農業用インフラの整備度合いも災害抵抗性を増加さ<br />

せると見込まれるが、対象地域では集落間の差があまり<br />

ないため、本研究では解析に含めなかった。<br />

3.3. 気候データ<br />

本解析では 2 種類の気候データを使用した。一つは<br />

気象庁が提供する、気象の長期平均状態を示すメッシュ<br />

気候図(JMA 1988, 1989)、もう一つは農業環境技術研<br />

究所が作成したメッシュアメダス(Seino 1993)の 1993 年<br />

のデータである。なお、メッシュアメダスは日平均・最高・<br />

最低気温、日積算日射量、日積算降水量のデータを含<br />

む。メッシュの大きさは経度方向に 45″、緯度方向に<br />

30″(約 1×1km)で、個々の集落を十分に見分けること<br />

ができる。<br />

元データから気候指数を次の手順に従って作成した。<br />

第 1 に、メッシュ気候図から 140.00 o E-140.30 o E; 36.39<br />

o N-36.65 o Nの範囲で領域平均を計算した。第 2 に、メッ<br />

シュアメダスの時系列データから、手順1で得られた領域<br />

4<br />

システム農学 (J. JASS), 23(1), 2007 4<br />

平均値を差し引いた。したがって、手順 2 で得られた値<br />

は領域平均の気候状態からの空間的、時間的な偏差で<br />

ある。第 3 に、偏差の時系列を 7・8 月の期間で平均した。<br />

これは、水稲が出穂期前後の気温に敏感であり(Satake<br />

1980)、出穂期が 7 月の後半から 8 月の前半に該当する<br />

ためである。第 4 に、集落を覆うメッシュを集めて平均す<br />

ることで、各集落の気候指数を得た。<br />

それらの気候指数のうちの一つを潜在被害量の説明<br />

変数として用いた。潜在-実被害量モデルでは、気候指<br />

数間の多重共線性を避けるために、式 2 が示すような単<br />

回帰モデルを使用した。気候指数の主成分を説明変数<br />

として使用する方法もあり(例えば、MAFF 1998)、こうし<br />

た方法も選択肢になりうる。実被害量を説明するのに最<br />

も適した一つの気候指数は予備実験に基づいて選択し<br />

た。予備実験として、実被害量と気候指数との回帰分析<br />

を行った。得られた決定係数は降順で次の通りである。<br />

日最低気温 0.808、日積算日射量 0.785、日最高気温<br />

0.555、日平均気温 0.432、日積算降水量 0.098。本研究<br />

の対象は冷害被害であるため、予備実験の結果は妥当<br />

なものと考えられる。したがって、日最低気温についての<br />

気候指数を説明変数として採用した。<br />

4. 結果および議論<br />

図 4 は潜在-実被害量モデルによって推定した実被害<br />

図 3 気候データのメッシュの大きさ。十字はメッシュの<br />

隅、線は栃木県市貝町、茂木町の集落の境界線。<br />

量と共済データから得られた実際の実被害量との比較<br />

である。両者の間の相関係数は 0.533、平方平均誤差


(RMSE)は 0.427t/ha である。したがって、誤差がやや大<br />

きいものの、潜在-被害量モデルは 2 つの町の実被害量<br />

をある程度、説明していると考えられる。<br />

表 1 は気温偏差、農家属性、実被害量、潜在被害量、<br />

災害抵抗性を対象地域の 160 の集落で平均した値であ<br />

る。気温偏差と農家属性、実被害量は観測データから、<br />

潜在被害量と災害抵抗性は潜在-実被害量モデルによる<br />

推定値から計算した。気温偏差は-2.11℃であり、顕著な<br />

冷夏であることを示しており、冷害によって 1.600t/ha の実<br />

被害量が生じている。このときの作況指数、平年収量に<br />

対する当該年収量の割合、は栃木の中部で 86 であった。<br />

しかし、潜在被害量は 2.864t/ha に達している。農家属性<br />

については、高齢農家人口割合が 25.1%、専従者のい<br />

ない農家割合が 65.5%、水田割合が 59.3%、耕作放棄地<br />

割合が 13.4%である。 これらの数値から、対象地域は高<br />

齢人口割合と専従者がいない農家割合の高さによって<br />

特徴付けられているといえる。推定された災害抵抗性は<br />

1.264t/ha であり、この値は潜在被害量の 44.2%にあたる。<br />

つまり、潜在被害量のほぼ半分が栽培管理を通じて軽<br />

減されたことが示唆される。<br />

表 2 は式 6 のパラメータ(a1-a4に該当)推計値と<br />

災害抵抗性の農家属性に対する弾力性である。符号<br />

が正のパラメータは災害抵抗性の増加(実被害量の<br />

減少)、負のパラメータは災害抵抗性の減少(実被<br />

害量の増加)を意味する。パラメータの符号は想定<br />

の通りである。符号が正のパラメータは水田割合、<br />

図 4 実被害量の散布図。縦軸はモデルによる結果、横<br />

軸は観測。黒い太線は両者の回帰直線。<br />

他の 3 つの農家属性についてパラメータは負とな<br />

った。推計したパラメータの 4 分の 3 が 5%、また<br />

5<br />

システム農学 (J. JASS), 23(1), 2007 5<br />

は 1%の危険率で統計的に有意であった。耕作放棄<br />

地割合のパラメータのみ危険率 10%で統計的に有<br />

意であった。これらの結果は、高齢農家人口割合と<br />

専従者がいない農家割合、耕作放棄地割合が高く、<br />

水田割合が低い集落で災害抵抗性が相対的に低い<br />

ことを示す。農家属性が災害抵抗性に及ぼす影響は、<br />

高齢農家人口割合と専従者がいない農家割合、水田<br />

割合の影響が、耕作放棄地割合の影響よりも大きい。<br />

高齢人口割合と専従者のいない農家割合、水田割合、<br />

耕作放棄地割合のそれぞれを 1%変化させた場合、<br />

災害抵抗性の変化はそれぞれ、-0.447t/ha、-0.313t/ha、<br />

0.318t/ha、-0.075t/ha と計測された。高齢人口割合の<br />

災害抵抗性を低下させる効果は他の 2 つの農家属<br />

性に比べてやや大きく、このことは水稲作における<br />

実被害量は農村部での高齢化の進行に伴って増加<br />

するかもしれないという懸念を生じさせる。<br />

開発したモデルは冷害に対する抵抗性を説明する一<br />

定の能力を示したが、更なる研究が必要である。推計さ<br />

れた切片の高さ(1.901t/ha)を考慮するならば、他にも影<br />

響を及ぼす農家属性があるという可能性が考えられる。<br />

モデルの再検討や変数選択、他の農家属性を用いた多<br />

変量解析も次の研究では考慮が必要であろう。<br />

5. 結論<br />

本研究では、気候条件と農家属性が収量被害量の度<br />

合いに及ぼす影響を評価するためのモデルを構築し、<br />

それぞれの要因の影響を定量化した。モデルでは実被<br />

害量は潜在被害量と災害抵抗性に分離される。潜在被<br />

害量は主に気候条件によって規定され、災害抵抗性は<br />

農家属性によって間接的に表される栽培管理水準によ<br />

って決定される。このモデルの利点は実被害量における<br />

気候条件の影響と栽培管理水準の影響とを検出できる<br />

点にある。<br />

このモデルは栃木県の隣接する 2 つの町に適用<br />

され、潜在被害量の 44.2%にあたる 1.264t/ha が栽<br />

培管理を通じて軽減されたことを示した。災害抵抗<br />

性は、高齢人口割合と専従者がいない農家割合、耕<br />

作放棄地割合が高い集落でより低かった。高齢人口<br />

割合の災害抵抗性を低下させる効果は、他の農家属<br />

性のそれよりも僅かに大きく、そのことは、農村部<br />

の高齢化が進行し続けた場合、水稲作の収量被害量<br />

が増加し得るという懸念を生じさせる。


気候-経済統合モデルに組み込む水準に達するには<br />

更なる研究が必要である。本研究で検出された関係がよ<br />

り大きなスケールでも発見できるかどうかは次の研究課<br />

題である。より強い影響を及ぼす農家属性を見つけるた<br />

めのがデータマイニングも求められる。これらの課題は<br />

今後の研究によって取り組まれよう。<br />

謝辞<br />

全国農業共済協会からは農作物共済データの提供を<br />

受けました。また、査読者からは有益なコメントを頂きまし<br />

た。ここに明記し、お礼申し上げます。<br />

脚注<br />

[1] 研究における収量は生産量を作付面積で除し<br />

たものであり、単位面積当たりの収量の低下と<br />

収穫面積の減少の両方が含まれる。<br />

6<br />

システム農学 (J. JASS), 23(1), 2007 6<br />

表 1 実被害量(La)と潜在被害量(Lp)、災害抵抗性(Res)、気候指数(∆Tmin)、農家属性(S1-S4)を 2 つの町の水稲作<br />

農家について平均した値。<br />

La Lp Res ∆Tmin S1 S2 S3 S4<br />

[t/ha] [ o C] [%]<br />

平均 1.600 2.864 1.264 -2.11 25.1 65.5 59.3 13.4<br />

標準偏差 0.552 0.187 0.486 0.26 5.4 19.9 17.0 9.3<br />

表 2 推計された式6 のパラメータと弾力性<br />

Estimate t-value 1 Elasticity 2<br />

Intercept 1.9006 6.696 ***<br />

a1 -0.0225 -2.597 ** -0.447<br />

a2 -0.0060 -3.060 *** -0.313<br />

a3 0.0068 2.813 *** 0.318<br />

a4 -0.0071 -1.766 * -0.075<br />

n 160<br />

Adj-R 2 0.332<br />

1 アスタリスクは各危険率での統計的な有意性を示す<br />

(*:10%、**: 5%、***: 1%)。<br />

2 災害抵抗性の農家属性に対する弾力性は表 1 に記<br />

載した 160 集落で平均した農家属性と表 2 に記載した<br />

パラメータの推計値に基づいて算出した。高齢人口割<br />

合を例に取れば、弾力性は次の式で計算される。<br />

∂ ln Re s<br />

∂ Re s a1<br />

25.<br />

1<br />

=<br />

= −0.<br />

0225×<br />

= −0.<br />

447<br />

∂a<br />

∂a<br />

Re s<br />

1.<br />

264<br />

1<br />

1<br />

[2] 3.2 節で述べた 4 つの農家属性について、本研究<br />

では生産性水準の指標の変わりに、栽培管理水<br />

準を表す指標として使用している。<br />

[3] 65 歳以上の農家人口割合は、一集落の農家の 65<br />

歳以上の人口を総農家人口で除した値である。<br />

[4] 専従者がいない農家割合は、一集落の農家の農<br />

業従事日数が年間 59 日以下の人数を総農業従<br />

事者数で除した値である。<br />

[5] 経営耕地面積に占める水田割合は、一集落の経<br />

営水田面積を水田と畑地、樹園地を合わせた経<br />

営耕地面積で除した値である。<br />

[6] 経営耕地面積に占める耕作放棄地割合は、一集<br />

落の耕作放棄地面積を経営耕地面積で除した値<br />

である。<br />

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