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卒論(pdf) - 地球惑星科学科 - 北海道大学

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月 惑 星 の 重 力 場 におけるカウラ 則 と<br />

カウラ 定 数 のスケーリング 則<br />

Kaula’s rule and the scaling law of the Kaula constant<br />

in the lunar-planetary gravity fields<br />

北 海 道 大 学 理 学 部 地 球 惑 星 科 学 科<br />

宇 宙 測 地 学 研 究 室<br />

22090298<br />

橋 本 実 奈<br />

指 導 教 官 : 日 置 幸 介


目 次<br />

要 旨 .................................................................................................................... 2<br />

Abstract ............................................................................................................. 3<br />

第 1 章 重 力 で 探 る 月 惑 星 ................................................................................ 4<br />

1. 重 力 場 研 究 の 意 義 ・ 手 法 ......................................................................... 4<br />

2. 本 研 究 の 目 的 ........................................................................................... 5<br />

第 2 章 カウラの 法 則 ....................................................................................... 6<br />

1.カウラの 法 則 とは .................................................................................... 6<br />

2. 月 ・ 火 星 ・ 地 球 ・ 金 星 のカウラの 法 則 .................................................... 7<br />

3. カウラ 定 数 ............................................................................................. 10<br />

第 3 章 カウラ 定 数 のスケーリング 則 ............................................................ 14<br />

1. スケーリング 則 とは ................................................................................. 14<br />

2. 小 惑 星 ベスタ ........................................................................................ 17<br />

3. 重 力 とカウラ 定 数 のスケーリング 則 ..................................................... 18<br />

第 4 章 月 の 表 裏 の2 分 性 .............................................................................. 19<br />

1. 月 の 表 裏 の 特 徴 ..................................................................................... 19<br />

2.2 分 性 の 原 因 ( 仮 説 )........................................................................... 20<br />

3. 天 体 内 でのカウラ 定 数 の 違 い ................................................................ 21<br />

1 仮 想 的 な 月 ......................................................................................... 22<br />

2 ジオイド 高 になおす ........................................................................... 24<br />

3 仮 想 的 な 月 :カウラの 法 則 ................................................................ 27<br />

4 カウラ 定 数 ......................................................................................... 28<br />

5 表 裏 のカウラ 定 数 の 違 い: 考 察 ......................................................... 29<br />

第 5 章 今 後 の 展 望 ......................................................................................... 30<br />

1. 今 後 取 り 組 みたい 研 究 ............................................................................ 30<br />

2. 月 の 重 力 探 査 の 歴 史 .............................................................................. 30<br />

3.GRAIL ................................................................................................... 32<br />

1GRAIL の 仕 組 み.................................................................................... 32<br />

2 GRAIL の 性 能 .................................................................................... 33<br />

4. 謝 辞 ......................................................................................................... 37<br />

5. 参 考 文 献 ................................................................................................ 37<br />

1


要 旨<br />

月 惑 星 の 重 力 場 は 重 力 ポテンシャルを 球 関 数 展 開 した 際 の 係 数 (ストークス 係 数 )で<br />

モデル 化 される。 月 惑 星 の 全 球 的 な 重 力 場 は、 地 球 は GRACE、 月 は SELENE や GRAIL と<br />

いった 重 力 探 査 衛 星 で 観 測 される。 現 在 では 地 球 や 月 では 球 関 数 の 次 数 にして 数 百 次 ま<br />

での 係 数 が 推 定 されており、 高 解 像 度 の 重 力 異 常 図 を 描 くことが 可 能 になった。 高 次 の<br />

係 数 は 細 かい 重 力 異 常 の 特 徴 を、 低 次 の 係 数 は 大 局 的 な 構 造 を 反 映 しており、 研 究 の 用<br />

途 に 応 じて 様 々な 解 像 度 の 重 力 異 常 が 用 いられる。<br />

カウラの 法 則 とは、こういった 重 力 場 の 係 数 の 大 きさが 次 数 n の 2 乗 に 反 比 例 すると<br />

いうおおざっぱな 目 安 (rule-of-thumb)である。 本 研 究 では、この 法 則 が 月 ・ 火 星 ・ 地 球 ・<br />

金 星 で 良 く 成 り 立 ていることがを 明 らかにした。 球 関 数 の 次 数 が 高 いほど 重 力 異 常 の 波<br />

長 が 小 さく、 低 次 のものほど 大 きい。つまりこの 法 則 は 重 力 異 常 の 振 幅 が 波 長 の 二 乗 に<br />

比 例 して 大 きくなることに 対 応 している。<br />

本 研 究 では、カウラの 法 則 の 比 例 定 数 のことをカウラ 定 数 と 呼 ぶ。 一 般 にカウラ 定 数<br />

は 小 さい 天 体 ほど 大 きな 値 をとるが、ここでいうスケーリング 則 はその 値 が 表 層 重 力 の<br />

2 乗 に 反 比 例 して 小 さくなるという 法 則 である( 本 来 の 文 献 [Kaula,1963]では 半 径 の4<br />

条 に 比 例 、 質 量 の2 乗 に 反 比 例 すると 書 かれている)。 月 ・ 火 星 ・ 地 球 ・ 金 星 のカウラ<br />

定 数 を 比 較 してみた 結 果 、これら4 天 体 に 関 してはスケーリング 則 がほぼ 成 り 立 つこと<br />

がわかった。ある 天 体 がこの 法 則 から 外 れている 場 合 は、その 天 体 の 内 部 を 構 成 する 物<br />

質 の 温 度 や 粘 性 等 が 他 の 地 球 型 天 体 と 違 っていることが 示 唆 される。 最 近 の Messenger<br />

の 探 査 によると、 水 星 の 重 力 場 はこのスケーリング 則 から 下 にずれるらしい。その 原 因<br />

として、 水 星 は 金 属 でできた 中 心 核 の 半 径 が 相 対 的 に 大 きいため、 岩 石 に 比 べて 小 さい<br />

金 属 の 粘 性 が 低 次 の 重 力 異 常 を 小 さく 抑 えている 可 能 性 が 考 えられる。<br />

月 には 表 側 と 裏 側 の 二 分 性 があることが 良 く 知 られている。 表 側 は 地 殻 が 薄 く 地 形 が<br />

平 坦 であるが、 裏 側 は 地 殻 が 厚 く 凸 凹 が 多 い。 二 分 性 の 原 因 については 諸 説 あるが、 表<br />

裏 の 熱 史 の 違 いを 反 映 している 可 能 性 が 高 い。 月 の 成 り 立 ちや 熱 史 は 重 力 異 常 図 からも<br />

ある 程 度 推 測 できる。 本 研 究 でこれまで 天 体 間 で 比 較 していたカウラ 定 数 を、 同 一 天 体<br />

の 半 球 間 で 比 較 することで、 地 下 構 造 や 熱 史 の 違 いを 考 察 した。その 結 果 、 裏 側 でより<br />

大 きなカウラ 定 数 が 得 られ、 表 側 よりも 裏 側 の 重 力 異 常 が 相 対 的 に 大 きいことをカウラ<br />

定 数 の 値 の 形 で 比 較 することができた。<br />

2


Abstract<br />

Gravity fields of the moon and planets are modeled as the sum of spherical harmonics of various<br />

degrees/orders, and their coefficients are called as the Stokes’ coefficients. These coefficients with<br />

degrees and orders complete to a few hundreds have been estimated using the tracking data of<br />

artificial satellites such as GRACE (the earth), SELENE and GRAIL (the moon). High degree<br />

coefficients show fine structure of the shallow mass distribution, and low degree coefficients<br />

reflect global scale mass distribution of the body. Kaula’s rule-of-thumb predicts that the Stokes’<br />

coefficients are inversely proportional to the square of the degree n of the spherical harmonics. In<br />

this study, I confirmed that this is the case for the moon, the earth, Mars and Venus. Smaller<br />

coefficients for higher degrees mean that the long wavelength components have larger amplitudes.<br />

Here I refer to the factor to link 1/n 2 to the Stokes’ coefficients as the Kaula constant. The smaller<br />

celestial body is considered to have a larger Kaula constant, and they are considered to obey a<br />

scaling law that the coefficient is inversely proportional to the square of the surface gravity of the<br />

body (in the original paper by. Kaula [Kauka,1963], the constant is suggested to scale with R 4 /M 2 ,<br />

where R and M denote the radius and the mass of the body, respectively). This scaling law is<br />

confirmed to hold true for the moon, Mars, Venus, and the earth. Departure from this scaling law<br />

would imply some difference of the physical properties (such as viscosity) of the material that<br />

makes up the interior of the body. Recent data on the gravity field of Mercury taken by<br />

MESSENGER seem to indicate such a departure, which may reflect the unusually large relative<br />

radius of the metallic core of Mercury.<br />

The lunar farside and nearside are known to be very different, i.e. the nearside has thin crust and<br />

flat terrain, whereas the farside has thick crust and rugged terrain. There are several hypotheses<br />

for the origin of such lunar dichotomy, and many of those suggest some difference in thermal<br />

history between the two sides. Such a difference can be studied with the gravitational field. Here I<br />

compared the Kaula constant of these lunar two hemispheres by creating two hypothetical moons,<br />

those composed of only farside and only nearside. The Kaula constant of the farside showed<br />

slightly larger value than the nearside, suggesting colder internal temperature of the lunar farside .<br />

3


第 1 章 重 力 で 探 る 月 惑 星<br />

1. 重 力 場 研 究 の 意 義 ・ 手 法<br />

月 や 惑 星 の 起 源 や 成 り 立 ちを 探 る 方 法 には 大 きく 分 けて2つある。1つ 目 は 化 学 的 手<br />

法 ( 物 質 科 学 的 手 法 )、2つ 目 は 物 理 学 的 手 法 ( 力 学 的 ・ 電 磁 気 学 的 手 法 )である。 前<br />

者 は 実 際 に 直 接 探 査 機 で 地 表 の 岩 石 を 採 取 したサンプルや 隕 石 などを 同 位 体 分 析 や 質<br />

量 分 析 などの 手 法 を 用 いてそのサンプルがどこの 由 来 であるか、どのような 環 境 下 で 形<br />

成 されたか、などを 調 べる。 後 者 は 本 研 究 のメインの 手 法 であり、 例 えば 月 や 惑 星 の 重<br />

力 場 を 観 測 することで 起 源 ・ 成 り 立 ちを 探 る。<br />

重 力 場 を 調 べることが 月 惑 星 の 起 源 ・ 成 り 立 ちを 探 ることに 繋 がる 理 由 は、その 天 体<br />

の 重 力 場 は 地 表 の 特 徴 や 表 面 下 の 内 部 構 造 を 反 映 しているためである。 特 に 内 部 の 構 造<br />

に 関 しては 地 表 の 様 子 からはうかがい 知 ることが 出 来 ないので、 重 力 場 を 観 測 すること<br />

が 重 要 な 手 段 となる。 内 部 の 様 子 を 知 ることは、その 天 体 の 起 源 や 形 成 過 程 を 探 ること<br />

につながる。<br />

重 力 場 によって 内 部 の 様 子 を 知 ることができるのは、 簡 単 にいえば 重 力 は 天 体 の 内 部<br />

に 周 囲 より 密 度 の 大 きいものがあれば 大 きくなり、 周 囲 より 密 度 の 小 さいものがあれば<br />

小 さくなるためである。こうして 探 査 機 の 軌 道 は 重 力 の 影 響 で 少 しずつ 変 わり、それを<br />

解 析 することで 内 部 の 質 量 分 布 が 大 まかにわかるのである。<br />

実 際 に 重 力 場 を 解 析 する 方 法 は、 例 えば 月 であれば SELENE(Selenological and<br />

Engineering Explorer, 打 ち 上 げ 後 は「かぐや」の 愛 称 で 知 られる)や 最 新 の 重 力 探 査<br />

機 GRAIL (Gravity Recovery and Interior Laboratory)から 得 られる 衛 星 追 尾 データ<br />

から、 軌 道 を 解 析 するための 特 別 なプログラムで 重 力 場 を 推 定 する。 得 られた 重 力 場 は<br />

C 言 語 やフォートランなどのプログラム 言 語 を 用 いて 図 として 可 視 化 する。 重 力 場 は 球<br />

面 調 和 関 数 の 足 し 合 わせとしてモデル 化 されるので、 重 力 場 モデルはそれらの 係 数 のセ<br />

ットとして 与 えられる。SELENE は、これまで 直 接 観 測 できなかった 月 の 裏 側 の 重 力 場<br />

をリレー 衛 星 を 用 いた 衛 星 間 追 尾 によって 明 らかにした。その 結 果 月 の 重 力 場 は 次 数<br />

150 次 ほどまで 明 らかになった。 最 も 新 しい 月 探 査 機 である GRAIL では、 同 じ 低 い 軌 道<br />

を 周 回 する 双 子 衛 星 間 の 追 尾 によって、450 次 におよぶ 細 かい 重 力 異 常 の 構 造 を 明 らか<br />

にした。<br />

一 般 に 次 数 が 高 くなるほど 空 間 波 長 の 短 い 細 かい 特 徴 をとらえることができ、 低 次 の<br />

重 力 場 はその 天 体 の 大 局 的 な 質 量 分 布 を 表 す。 例 えば2 次 の 項 は、 自 転 による 赤 道 のふ<br />

くらみや 潮 汐 変 形 を 表 す。それらと 力 学 的 扁 平 率 を 組 み 合 わせることによって、 天 体 の<br />

慣 性 モーメントがわかる。その 大 きさは、 天 体 の 中 心 への 質 量 集 中 度 の 指 標 であり、 金<br />

属 コアの 大 きさなどが 推 定 できる。たとえば 均 一 な 内 部 構 造 を 持 つ 球 状 の 物 体 の 慣 性 モ<br />

4


ーメントは 下 記 の 計 算 によると(2/5)MR 2 となり(M は 天 体 の 質 量 、R は 半 径 を 示 す)、 得<br />

られた 慣 性 モーメントの 係 数 が(2/5)より 小 さいと 金 属 核 の 存 在 が 示 唆 される。<br />

ρ<br />

v<br />

(rrrrr) 2 dd = <br />

0<br />

R<br />

R<br />

π<br />

0<br />

π 2π<br />

2π<br />

ρ(rrrrr) 2 rrrrrr∅<br />

0<br />

= ρ r 4 sss 3 θθ∅dddd = 2 5 MR2<br />

rrr dd<br />

0 0 0<br />

極 座 標 (r, θ, ∅)で 計 算 した 半 径 R で 質 量 M を 持 つ 一 様 な 天 体 の 慣 性 モーメント<br />

2. 本 研 究 の 目 的<br />

本 研 究 では 月 惑 星 の 重 力 場 におけるカウラ 則 と、カウラ 定 数 のスケーリング 則 につい<br />

て 議 論 する(それらが 何 を 意 味 するかは2 勝 で 詳 しく 述 べる)。 月 惑 星 研 究 の 最 終 目 標<br />

はその 起 源 や 進 化 を 明 らかにすることであり、 特 に 月 に 関 しては、 同 期 自 転 のため 地 球<br />

からの 追 尾 では 裏 側 の 重 力 場 が 求 められなかった。これが SELENE により 劇 的 に 改 良<br />

され、さらに 米 国 の 最 新 の 月 の 探 査 ミッション GRAIL により 全 球 の 重 力 場 解 析 が 非 常 に<br />

高 精 度 になった。その 結 果 、 月 の 起 源 や 成 り 立 ちを 明 らかにするための 一 歩 として 月 の<br />

表 裏 の2 分 性 を 明 らかにする 研 究 が 日 々 進 んでいる。2 分 性 を 明 らかにするには 月 の 熱<br />

的 な 歴 史 、“ 熱 史 ”の 解 明 が 必 須 である。2 分 性 に 関 しては 第 4 章 で 詳 しく 述 べるが、<br />

表 裏 での 熱 史 の 違 いが2 分 性 の 主 な 原 因 であると 推 測 されている。<br />

重 力 場 を 解 析 することは、 直 接 見 ることはできない 地 下 の 構 造 を 知 ることができる。<br />

特 に 地 形 と 重 力 異 常 を 比 較 することによって、アイソスタシーの 状 態 を 推 察 でき、 天 体<br />

内 部 の 熱 的 な 構 造 を 議 論 することができる。 特 にカウラ 則 やカウラ 定 数 は、 天 体 全 体 の<br />

重 力 場 の 特 徴 を 反 映 するため、 天 体 の 平 均 的 な 内 部 の 物 性 や 温 度 を 比 較 する 良 い 尺 度 と<br />

なる。また 一 つの 天 体 内 でも 半 球 毎 のカウラ 定 数 の 違 いから、 月 の 表 裏 や 火 星 の 南 北 の<br />

ような2 分 性 の 原 因 となった 出 来 事 が 解 明 できるかも 知 れない。 本 研 究 では、 月 惑 星 の<br />

起 源 ・ 成 り 立 ちを 明 らかにするための 一 歩 として 重 力 場 解 析 という 切 り 口 で、 特 に 全 球<br />

の 重 力 異 常 を 特 徴 づけるカウラ 則 やカウラ 定 数 を 天 体 間 で 比 較 することにより、 比 較 惑<br />

星 学 的 に 新 しい 知 見 を 得 ることを 目 標 とする。<br />

5


第 2 章 カウラの 法 則<br />

1.カウラの 法 則 とは<br />

重 力 場 は 球 面 調 和 関 数 ( 球 関 数 )P nm (sinθ)とストークス 係 数 C nm , S nm を 用 いて 以 下 の<br />

ように 表 される。G は 万 有 引 力 定 数 、M は 質 量 、n は degree 、m は order、である。<br />

カウラの 法 則 (Kaula’s Rule-of-thumb)とは、さまざまな 月 ・ 惑 星 の 重 力 場 で、ストーク<br />

ス 係 数 の 大 きさは 球 関 数 の 次 数 n の 2 乗 に 反 比 例 するという 法 則 で、 重 力 研 究 の 草 分 け<br />

である 米 国 のウィリアム・カウラ(William Kaula, 1926-2000)が 1966 年 に 提 唱 した 経 験 則<br />

である。 以 下 の 式 はカウラ 定 数 の 定 義 で、C lm , S lm は 標 準 偏 差 で l は 次 数 、m は 位 数 を 表<br />

している<br />

この 法 則 は 地 球 型 惑 星 ではある 程 度 成 り 立 つことが 知 られているが、 本 研 究 では 全 球<br />

重 力 場 が 得 られている 衛 星 や 惑 星 全 体 について 改 めてそれを 調 べた。<br />

図 1 の 通 り、 次 数 は 高 次 項 のものほど 振 幅 が 小 さく、 低 次 項 のものほど 大 きい。つま<br />

り 重 力 異 常 の 振 幅 が 次 数 の2 乗 に 反 比 例 して 小 さくなることに 対 応 している。それは 重<br />

力 の 水 平 勾 配 が 異 なる 次 数 間 であまり 違 わないためである。<br />

6


振 幅 大<br />

低 次 項<br />

振 幅 小<br />

高 次 項<br />

図 2-1<br />

低 次 のものは 振 幅 が 大 きくなり、 高 次 のものは 振 幅 が 小 さくなる 様 子 を 表 している。 天 体 に 当 てはめる<br />

と、 小 さな 天 体 は 重 力 異 常 が 大 きいため 表 面 が 凸 凹 しており、 大 きい 天 体 ほどアイソスタシーにより 打 ち<br />

消 され 異 常 が 小 さくなり 表 面 はなだらかになる。つまり 重 力 異 常 の 振 幅 は 次 数 の2 乗 に 反 比 例 して 小 さく<br />

なる。<br />

2. 月 ・ 火 星 ・ 地 球 ・ 金 星 のカウラの 法 則<br />

月 、 火 星 、 地 球 、 金 星 の 重 力 データを 解 析 してカウラの 法 則 が 成 り 立 つのかを 調 べた 結<br />

果 が 図 2-2-a から e である。 月 は Hanada et al.,2009、 火 星 は David E. Smith et al.,1999、<br />

地 球 は Torsten Mayer-Guerr et al.,2004、 金 星 は A. S. Konopliv et al.,1998 から<br />

重 力 データを 得 た。 横 軸 が 次 数 、 縦 軸 がストークス 係 数 の 大 きさである。 縦 軸 は 実 際 に<br />

は 次 数 n の 係 数 が 2n+1 個 存 在 するので、それらを 2 乗 して 平 均 したものの 平 方 根 で 代<br />

表 させた。 図 2-2-a から e の 灰 色 の 曲 線 はカウラ 則 のモデル 曲 線 で、これら 4 つの 天 体<br />

では 次 数 が 大 きくなると 係 数 が 小 さくなるという 特 徴 をよく 表 しているので、この 法 則<br />

はおおむね 成 り 立 っていると 言 える。<br />

7


図 2-2-a<br />

月 のカウラの 法 則<br />

縦 軸 が 係 数 、 横 軸 が 次 数 で 灰 色 の 曲 線 がカウラの 法 則 のモデル 曲 線 、 黄 緑 色 が 月 の 実 測 値 。 次 数 が 大 き<br />

くなると 係 数 が 小 さくなるという 特 徴 をよく 表 している。 青 い 曲 線 が 誤 差 である。 高 次 になるほど 誤 差<br />

が 大 きくなるが、それでも 100 次 までは 誤 差 より 実 測 値 の 曲 線 が 上 回 っているため 正 確 なデータといえ<br />

る。<br />

図 2-2-b 火 星 のカウラの 法 則<br />

赤 い 曲 線 は 火 星 の 実 測 値 でその 他 は 上 図 と 同 じ。 火 星 も 次 数 が 大 きくなると 係 数 が 小 さくなるという 特<br />

徴 をよく 表 している。<br />

8


図 2-2-c 地 球 のカウラの 法 則<br />

青 い 曲 線 は 地 球 の 実 測 値 でその 他 は 上 図 と 同 じ。 地 球 も 次 数 が 大 きくなると 係 数 が 小 さくなるという 特<br />

徴 をよく 表 している。<br />

図 2-2-d<br />

黄 色 の 曲 線 は 金 星 の 実 測 値 でその 他 は 上 図 と 同 じ。 金 星 も 次 数 が 大 きくなると 係 数 が 小 さくなるという<br />

特 徴 をよく 表 している。<br />

9


図 2-2-e<br />

4 つの 天 体 のカウラの 法 則<br />

横 軸 が 次 数 、 縦 軸 がストークス 係 数 の 大 きさ。a-d までをまとめたもの。 縦 軸 は 実 際 には 次 数 n の 係 数<br />

が 2n+1 個 存 在 するのでそれらを 2 乗 して 平 均 したものの 平 方 根 である。これら 4 つの 天 体 は 次 数 が 大 きく<br />

なると 係 数 が 小 さくなるという 特 徴 をよく 表 している。<br />

3. カウラ 定 数<br />

カウラ 定 数 とは、 図 2-2 の 灰 色 のカウラ 則 のモデル 曲 線 と 実 測 値 の 誤 差 が 最 小 になる<br />

値 で、 定 義 は 以 下 の 通 りである。( 地 球 の 場 合 ) 標 準 偏 差 を 係 数 の 個 数 で 割 り 平 方 根 を<br />

とったものがカウラ 定 数 である。<br />

誤 差 が 最 小 になる 値 をこの 4 つの 天 体 に 関 して 求 めた。その 結 果 が 図 2-3 である。 縦<br />

軸 は RMS misfit なので 図 2-2 の 縦 軸 とは 異 なり、 実 測 値 と 平 均 値 の 誤 差 の 平 均 であり、<br />

横 軸 はカウラ 定 数 。 解 析 した 結 果 月 は 0.00035、 火 星 は 0.00013、 地 球 は 0.0000082、<br />

金 星 は 0.00001 になった。これより、 小 さい 天 体 ほどカウラ 定 数 は 大 きくなることがわ<br />

かる。<br />

10


図 2-3-a<br />

月 のカウラ 定 数<br />

縦 軸 は RMS misfit で 実 測 値 と 平 均 値 の 誤 差 の 平 均 、 横 軸 はカウラ 定 数 。 値 は 0.00035。<br />

図 2-3-b<br />

火 星 のカウラ 定 数<br />

値 は 0.00013。<br />

11


図 2-3-c<br />

地 球 のカウラ 定 数<br />

値 は 0.0000082。<br />

図 2-3-d<br />

金 星 のカウラ 定 数<br />

値 は 0.00001。<br />

12


0.000001<br />

0.00001 0.0001<br />

図 2-3<br />

4 つの 天 体 のカウラ 定 数<br />

4 天 体 すべてのカウラ 定 数 をまとめたもの。 上 図 と 同 じで 縦 軸 は RMS misfit で 実 測 値 と 平 均 値 の 誤 差 の 平<br />

均 、 横 軸 はカウラ 定 数 。 小 さい 天 体 ほどカウラ 定 数 が 大 きくなる。<br />

13


第 3 章 カウラ 定 数 のスケーリング 則<br />

1. スケーリング 則 とは<br />

重 力 場 を 球 関 数 展 開 した 係 数 (ストークス 係 数 )の 大 きさが 次 数 の 二 乗 に 反 比 例 して<br />

小 さくなるというのがカウラ 則 である。スケーリング 則 は、この 比 例 定 数 を 様 々な 地 球<br />

型 惑 星 や 衛 星 で 比 較 したときに、それらが 天 体 の 表 層 重 力 の2 乗 に 反 比 例 して 小 さくな<br />

るという 法 則 である。 本 来 の 文 献 では、カウラ 定 数 は 半 径 の4 乗 に 比 例 、 質 量 の2 乗 に<br />

反 比 例 するとなっているが、 表 層 での 重 力 が 質 量 を 半 径 の2 乗 で 割 ったものに 比 例 する<br />

ことを 考 えると、 上 記 のようなことになる。 本 研 究 では、カウラの 法 則 の 他 にこのスケ<br />

ーリング 則 も 成 り 立 つのかも 調 べた。<br />

このスケーリング 則 を 図 3-1 に 模 式 的 に 示 す。 同 じ 次 数 の 重 力 異 常 を 異 なる 大 きさの<br />

天 体 で 比 較 すると、 小 さな 天 体 ほど 振 幅 が 大 きくなることを 示 している。この 原 因 の 一<br />

つは、 大 きな 天 体 は 表 面 重 力 が 大 きいので( 同 一 密 度 なら 表 面 重 力 は 半 径 に 比 例 )、 丸<br />

くなろうとする 力 がより 強 く 働 くことである。さらに 天 体 が 大 きいと、 内 部 に 熱 を 保 ち<br />

やすい( 放 射 性 壊 変 による 単 位 質 量 あたりの 発 熱 量 が 同 じなら、 熱 流 量 は 半 径 に 比 例 )<br />

ので、リソスフェアが 薄 くなり、アイソスタシーによって 重 力 異 常 が 打 ち 消 されやすく<br />

なることも 原 因 の 一 つであろう。<br />

振 幅 大<br />

小 さな 天 体<br />

低 次 項<br />

振 幅 小<br />

大 きな 天 体<br />

図 3-1<br />

同 じ 次 数 の 重 力 異 常 を 異 なる 大 きさの 天 体 で 比 較 すると、 小 さな 天 体 ほど 振 幅 が 大 きくなることを 示 し<br />

ている。この 原 因 の 一 つは、 大 きな 天 体 は 表 面 重 力 が 大 きいので( 同 一 密 度 なら 表 面 重 力 は 半 径 に 比 例 )、<br />

丸 くなろうとする 力 がより 強 く 働 くことである。<br />

14


図 3-2 はこれまでの4つの 天 体 の 重 力 異 常 を 解 析 したものである。あえて 同 じカラー<br />

スケールで 描 くことで、 地 球 型 惑 星 や 衛 星 の 中 では 大 きい 方 である 地 球 や 金 星 は 前 述 の<br />

通 りアイソスタシーが 良 く 成 り 立 っているため 重 力 異 常 が 比 較 的 小 さい 様 子 がわかり、<br />

図 3-1 をわかりやすく 反 映 している。この 図 は 100 次 で 解 析 したが 現 在 では 地 球 は 360<br />

次 、 月 は 450 次 まで 解 析 でき 高 解 像 度 の 重 力 場 地 図 をつくることが 可 能 になった。<br />

図 3-2-a 月 の 重 力 異 常 (Hanada et al.,2009 からデータを 得 た)<br />

大 きさの 異 なる4つの 天 体 のフリーエア 重 力 異 常 を 同 じカラースケールで 描 いたもの。 月 は 地 球 、 金 星<br />

に 比 べて 小 さな 天 体 で、それほどアイソスタシーがはたらいておらず 異 常 が 大 きい( 特 に 裏 側 の 重 力 異 常<br />

が 大 きい)<br />

図 3-2-b 火 星 の 重 力 異 常 (David E. Smith et al.,1999 からデータを 得 た)<br />

大 きさの 異 なる4つの 天 体 のフリーエア 重 力 異 常 を 同 じカラースケールで 描 いたもの。 火 星 も 月 と 同 じ<br />

で 4 つの 天 体 の 中 では 重 力 異 常 が 大 きい。<br />

15


図 3-2-c 地 球 の 重 力 異 常 (Torsten Mayer-Guerr et al.,2004 からデータを 得 た)<br />

大 きさの 異 なる4つの 天 体 のフリーエア 重 力 異 常 を 同 じカラースケールで 描 いたもの。 月 、 火 星 に 比 べ<br />

て 大 きい 天 体 である 地 球 、 金 星 はアイソスタシーがよくはたらいており 重 力 異 常 が 相 対 的 に 小 さい。<br />

図 3-2-d 金 星 の 重 力 異 常 (A. S. Konopliv et al.,1998 からデータを 得 た)<br />

大 きさの 異 なる4つの 天 体 のフリーエア 重 力 異 常 を 同 じカラースケールで 描 いたもの。 金 星 も 地 球 同 様<br />

アイソスタシーがよくはたらいており 比 較 的 重 力 異 常 が 小 さい。<br />

16


2. 小 惑 星 ベスタ<br />

これまで 調 べてきた4つの 天 体 に 加 え、より 小 さな 小 惑 星 でもスケーリング 則 が 成 り<br />

立 つかを 調 べたい。 小 惑 星 の 中 では 一 番 大 きいセレスでも 直 径 約 910km と 月 の 半 分 程 度<br />

と、これまでに 見 てきた 天 体 に 比 べると 大 分 小 さい。ここで、ある 程 度 重 力 場 が 調 べら<br />

れている 小 惑 星 ベスタに 関 して 概 略 を 述 べておく。<br />

ベスタは 火 星 と 木 星 の 間 を 公 転 している 小 惑 星 である。 直 径 は 約 500km で、セレス、<br />

パラス( 直 径 約 520km)に 次 いで 小 惑 星 帯 では 3 番 目 に 大 きい。ベスタはNASAが 2007<br />

年 に 打 ち 上 げた 探 査 機 ドーンにより 地 表 の 地 形 や 組 成 に 関 して 詳 細 が 調 査 された。ドー<br />

ンのリモートセンシングによるスペクトル 観 測 により、 表 面 の 物 質 が 隕 石 のような 始 原<br />

的 な 物 質 ではなく 分 化 した 物 質 であることが 見 いだされた。これはベスタは 小 惑 星 とし<br />

ては 珍 しく、 太 陽 系 の 惑 星 のように 天 体 内 部 が 層 状 構 造 となっていることを 示 唆 してい<br />

る。ベスタの 一 番 外 側 はマグマオーシャンから 晶 出 した 低 カルシウム 輝 石 が 表 面 を 覆 っ<br />

ており、その 下 はユークライトの 上 部 地 殻 、ダイオジェナイトの 下 部 地 殻 、 次 いでオリ<br />

ビンのマントルで 構 成 されていると 推 測 されている。ベスタは 表 面 地 形 が 詳 細 に 調 べら<br />

れており、 地 形 を 構 成 する 物 質 の 密 度 を 適 当 に 仮 定 することにより、 重 力 分 布 に 換 算 す<br />

ることができる。すなわちベスタの 重 力 分 布 は 他 天 体 のように 探 査 機 の 軌 道 変 化 の 計 測<br />

から 求 めたわけではなく、 計 測 された 地 形 と 密 度 の 仮 定 に 基 づいて 計 算 されたものであ<br />

ることに 注 意 が 必 要 である。<br />

図 3-3 ベスタの 地 表 の 様 子<br />

http://dawn.jpl.nasa.gov/より<br />

半 径 が 約 500km と 月 の3 分 の1 程 の 小 さい 天 体 のため、 重 力 異 常 は 相 対 的 に 大 きいと 考 えられる。<br />

17


3. 重 力 とカウラ 定 数 のスケーリング 則<br />

図 3-4 に 月 、 地 球 、 火 星 、 金 星 、ベスタの 表 面 重 力 とカウラ 定 数 の 関 係 を 示 す。 縦 軸<br />

がカウラ 定 数 、 横 軸 が 表 面 重 力 である。スケーリング 則 が 成 り 立 っていれば、これらの<br />

データは 赤 い 直 線 と 同 じ 傾 きを 持 つ 線 上 に 分 布 するはずである。カウラ 定 数 の 値 は 前 の<br />

章 で 求 めたものを 用 い、ベスタに 関 しては 前 述 の 通 り 地 形 モデルから 推 定 されたもので<br />

およそ 1.1E-2 とした。(A. S. Konopliv et al.,2010) 表 層 重 力 は 地 球 を 1.00 とすると<br />

月 は 0.17、 火 星 は 0.38、 金 星 は 0.91 とした。<br />

5つの 天 体 はおおむね 赤 い 直 線 にのっており、ストークス 係 数 が 表 層 重 力 の2 乗 に 反<br />

比 例 して 小 さくなるというスケーリング 則 が 大 体 成 り 立 つことを 示 唆 している。この 法<br />

則 からずれる 天 体 は 内 部 の 物 質 や 温 度 に 特 徴 があると 思 われるが、 未 発 表 ながら<br />

MESSENGER の 観 測 によると 水 星 はこの 法 則 から 外 れるらしい(S.J. Goossens, NASA/GSFC<br />

personal communication)。 水 星 内 部 はコア( 金 属 )の 部 分 が 相 対 的 に 大 きく、 低 次 の<br />

部 分 の 重 力 異 常 を 小 さく 抑 えているからであると 推 測 されている。それは 岩 石 に 比 べ 金<br />

属 が 相 対 的 に 粘 性 が 低 いためそうなると 考 えられる。<br />

ベスタ<br />

Kaula constant<br />

月<br />

火 星<br />

金 星<br />

地 球<br />

図 3-4<br />

ベスタ、 月 、 地 球 、 火 星 、 金 星 の 五 つの 天 体 について<br />

表 層 重 力 ( 地 球 を1とする)と 重 力 のカウラ 定 数 を 比 較 したもの。スケーリング 則 が 成 り 立 てば、これ<br />

らの 点 は 赤 い 直 線 と 同 じ 傾 きを 持 って 線 上 に 分 布 するはずである。<br />

18


第 4 章 月 の 表 裏 の2 分 性<br />

1. 月 の 表 裏 の 特 徴<br />

月 の 表 と 裏 はほぼ 正 反 対 の 特 徴 を 示 している。 例 えば 表 側 は 地 殻 が 比 較 的 薄 く、 平 坦<br />

な 地 形 であるが、 裏 側 は 地 殻 が 厚 く 凸 凹 で 高 地 が 多 い。また 表 側 は 海 とよばれる 玄 武 岩<br />

地 域 が 広 範 囲 に 広 がっており、マスコンと 呼 ばれる 大 きな 正 の 重 力 異 常 を 示 す 盆 地 があ<br />

るが、そのほかの 部 分 の 重 力 異 常 の 振 幅 は 小 さい。 一 方 裏 側 は 大 規 模 な 海 がなく、 重 力<br />

異 常 の 振 幅 が 大 きい。 図 4-1 は 表 裏 の 地 表 の 様 子 であり、 表 側 と 裏 側 の 地 形 の 違 いが 顕<br />

著 に 見 てとれる。 更 に 表 側 には 熱 源 となる 放 射 性 物 質 が 多 く 存 在 することもわかってい<br />

る。<br />

表<br />

図 4-1 写 真 に 見 る 月 の 表 裏<br />

の 比 較 、<br />

http://photojournal.jpl.nasa.gov<br />

/target/Moon より。 月 の 表 は 玄<br />

武 岩 で 覆 われた 海 が 大 きな 面 積<br />

裏<br />

を 占 めている。 裏 側 にはほとんど<br />

海 はなく、 隕 石 が 衝 突 した 跡 のク<br />

レーターで 覆 われている。 表 側 の<br />

地 形 は 比 較 的 平 坦 であるのに 対<br />

し、 裏 側 は 高 地 が 多 いなど、 表 と<br />

裏 で 特 徴 が 二 分 している。<br />

19


2.2 分 性 の 原 因 ( 仮 説 )<br />

1で 述 べたような2 分 性 が 生 じる 原 因 として、 現 時 点 では 大 きく 以 下 の3つが 提 唱 さ<br />

れている。<br />

1 潮 汐 作 用 (Garrick-Bethell et al.,2010)<br />

これは、かつて 月 と 地 球 の 距 離 が 小 さかった 時 代 に 月 の 表 側 の 潮 汐 力 が 裏 より 大 きく、<br />

表 側 に 潮 汐 加 熱 が 効 果 的 に 働 いたとする 説 である。<br />

2 衝 突 (Jutzi&Asphaug,2011)<br />

これは、 月 の 起 源 とされる 出 来 事 であるジャイアントインパクトで 生 じた 小 さな 月 (a<br />

companion moon)が 月 の 裏 側 に 衝 突 して 堆 積 し、 地 殻 が 厚 くなったとする 説 である。<br />

3 衝 突 (Nakamura et al.,2012)<br />

これは 大 きな 衝 突 によって、 表 側 に 存 在 する 嵐 の 大 洋 (Procellarum basin)が 生 じ、<br />

表 側 の 表 層 が 再 溶 融 したとする 説 である。<br />

ちなみに、 上 の3つ 以 外 では Parmentier が 提 唱 したマントル 転 倒 説 がある。 月 の 初<br />

期 にマグマオーシャンが 固 化 するのに 伴 い 結 晶 分 化 作 用 が 起 こり、 月 の 深 部 ほど 密 度 が<br />

低 い 物 質 が 蓄 積 し 逆 に 浅 部 ほど 密 度 の 高 い 物 質 が 蓄 積 する。そのため 重 力 的 に 不 安 定 と<br />

なりマントル 転 倒 が 起 こる。そのため 放 射 性 物 質 が 深 部 に 移 動 し、それが 熱 源 となるこ<br />

とでマントルが 再 溶 融 して 火 成 活 動 が 発 生 する。つまりマントルの 再 溶 融 が 起 こるのに<br />

月 の 表 裏 で 時 間 的 なずれが 生 じれば 熱 史 が 変 化 し、 二 分 性 が 生 じたとする 説 である。<br />

(Parmentier et al., 2002)<br />

20


3. 天 体 内 でのカウラ 定 数 の 違 い<br />

前 述 の 通 り、 月 の 表 裏 の 二 分 性 はかなり 顕 著 である。それは 部 分 的 には 月 の 熱 の 歴 史 、<br />

“ 熱 史 ”の 違 いを 反 映 していると 推 測 できる。たとえば 表 側 は 比 較 的 最 近 まで 火 成 活 動<br />

があり、 大 規 模 な 衝 突 に 続 く 大 量 の 玄 武 岩 溶 岩 の 噴 出 があった。また 重 力 異 常 の 振 幅 が<br />

小 さいのはリソスフェアが 薄 くアイソスタシーの 達 成 度 が 高 いことを 反 映 していると<br />

考 えられる。 一 方 裏 側 は、モスクワの 海 を 除 いて 衝 突 盆 地 は 溶 岩 で 埋 められていない。<br />

また 地 形 の 凹 凸 がそのまま 重 力 異 常 に 反 映 されており、これらの 地 形 はモホ 面 の 起 伏 を<br />

もたらさずに 厚 いリソスフェアに 力 学 的 に 支 えられているように 見 える。<br />

こういった 熱 史 の 違 いは 重 力 場 の 凹 凸 の 度 合 に 反 映 されているだろう。3 章 では、 異 な<br />

る 天 体 の 間 のカウラ 定 数 を 比 較 し、その 大 きさの 違 いが 天 体 の 全 体 的 な 重 力 異 常 の 凸 凹<br />

の 物 差 しとして 有 用 であることを 議 論 した。 本 章 では、 月 の 表 裏 の 重 力 場 の 違 いをカウ<br />

ラ 定 数 の 違 いとして 定 量 化 し、その 値 がどの 程 度 異 なるかを 推 定 してみたい。それは、<br />

表 と 裏 の 熱 史 の 違 いを 表 す 一 つの 指 標 となるだろう。<br />

しかし 球 関 数 は 本 質 的 にグローバルな 関 数 であるため、 表 と 裏 の 半 球 でそれぞれのカ<br />

ウラ 定 数 を 通 常 の 方 法 で 直 接 求 めることは 不 可 能 である。ではストークス 係 数 を 半 球 で<br />

どのように 定 義 できるだろうか。 本 研 究 では、 全 球 が 表 だけ、 裏 だけになる 仮 想 的 な 月<br />

を 考 え、それらの 重 力 場 についてストークス 係 数 を 改 めて 推 定 し、それらを 用 いてカウ<br />

ラ 定 数 を 調 べるという 手 順 をとった。<br />

21


1 仮 想 的 な 月<br />

月 の 経 度 は 表 側 の 中 心 が 0 度 と 定 義 されている。 従 って、 表 側 は 経 度 0~90 度 と<br />

270~360 度 の 部 分 である。ここでは 経 度 90~270 度 の 裏 側 に 相 当 する 部 分 に、 表 側 と 同<br />

じ 重 力 異 常 の 分 布 を 仮 定 することによって、 全 球 が 表 に 相 当 する 重 力 場 を 持 つ 仮 想 的 な<br />

月 を 考 えた。 図 4-2-a にその 様 子 を 示 す。<br />

nearside<br />

↓<br />

図 4-2-a 全 球 が 表 の 仮 想 的 な 月 の 重 力 場<br />

経 度 90~270 度 の 裏 側 に 相 当 する 部 分 に、 表 側 と 同 じ 重 力 異 常 の 分 布 を 仮 定 した。<br />

22


月 の 裏 側 に 相 当 する 経 度 90~270 度 の 部 分 と 同 じ 重 力 異 常 を、 本 来 表 側 である 部 分 に<br />

仮 定 し、 全 球 が 裏 側 に 相 当 する 重 力 場 を 持 つ 仮 想 的 な 月 を 考 えた。 図 4-2-b はその 様 子<br />

を 示 す。<br />

farside<br />

↓<br />

図 4-2-b 全 球 が 裏 の 仮 想 的 な 月 の 重 力 場<br />

月 の 裏 側 に 相 当 する 経 度 90~270 度 の 部 分 と 同 じ 重 力 異 常 を、 本 来 表 側 である 部 分 に 仮 定 した。<br />

23


2 ジオイド 高 になおす<br />

次 に 全 球 が 表 、または 裏 の 仮 想 的 な 月 その1とその2の 重 力 場 をカウラ 定 数 の 形 で 比<br />

較 してみよう。そのためには、いったん 重 力 場 を 球 関 数 で 展 開 してストークス 係 数 に 変<br />

換 する 必 要 がある。 重 力 場 よりジオイド 高 の 方 が 単 純 な 数 式 で 球 関 数 展 開 できるため、<br />

重 力 場 で 行 ったことと 同 じ 操 作 をジオイド 高 で 行 い、 両 面 が 表 の 仮 想 的 な 月 と 両 面 が 裏<br />

の 仮 想 的 な 月 をジオイド 高 で 求 める。ちなみにジオイド 高 とは、 地 球 では 等 ポテンシャ<br />

ル 面 のうち 平 均 海 水 面 に 一 致 するものの、 基 準 楕 円 体 からの 高 さであるが、 月 には 海 面<br />

がないため 平 均 半 径 の 球 面 を 高 さの 基 準 としている。 図 4-3-a と 図 4-3-b はそのように<br />

して 求 めた 仮 想 的 な 月 のジオイド 高 である。 以 下 の 式 はストークス 係 数 で 表 したジオイ<br />

ド 高 である。<br />

n mmm n<br />

h = R (C̅nn cos m∅ + S̅nn sin m∅) P m n (cos θ)<br />

n=0 m=0<br />

hはジオイド 高 変 化 、C̅nnS̅nnは 標 準 偏 差 。hは 標 準 偏 差 を 球 関 数 に 掛 けたものの 重 ね 合 わせで 表 現 で<br />

きる。<br />

24


↓<br />

図 4-3-a 月 の 仮 想 的 な 重 力 場 から 求 めたジオイド 高<br />

上 図 が 全 球 が 表 の 仮 想 的 な 月 の 重 力 場 ( 図 4-2-1)で、 下 図 がそれから 求 めたジオイド 高 。 重 力 場 よりジ<br />

オイド 高 の 方 が 単 純 な 数 式 で 球 関 数 展 開 できるため、 一 旦 ジオイド 高 に 直 した。<br />

25


↓<br />

図 4-3-b 月 の 仮 想 的 な 重 力 場 から 求 めたジオイド 高<br />

上 図 が 全 球 が 裏 の 仮 想 的 な 月 の 重 力 場 ( 図 4-2-2)で、 下 図 がそれから 求 めたジオイド 高 。 図 4-3-1 と 同<br />

じく 重 力 場 よりジオイド 高 の 方 が 単 純 な 数 式 で 球 関 数 展 開 できるため、 一 旦 ジオイド 高 に 直 した。<br />

26


表 も 裏 もジオイド 高 に 直 すと 重 力 異 常 の 図 に 比 べ 割 と 滑 らかで 単 純 になる。それは 下<br />

記 のストークス 係 数 から 重 力 場 を 求 める 式 とジオイド 高 を 求 める 式 を 比 較 するとわか<br />

るように、 重 力 場 を 求 める 式 の 各 項 では 高 次 項 の 成 分 をより 強 調 するような 式 になって<br />

いるからである。<br />

∞ n<br />

F = GG<br />

r 2 1 + (n + 1) R r n (C nn cos m∅ + S nn sin m∅) P nn (sin θ)<br />

n=2 m=0<br />

球 関 数 で 表 した 重 力 の 大 きさ。R は 月 の 標 準 半 径 、F は 重 力 の 大 きさでC nn S nn はストークス 係 数 。<br />

P nn は 球 関 数 。<br />

n mmm n<br />

h = R (C̅nn cos m∅ + S̅nn sin m∅) P m n (cos θ)<br />

n=0 m=0<br />

そして 最 後 にジオイド 高 のデータから 球 関 数 展 開 をしてストークス 係 数 を 求 め、カウ<br />

ラ 定 数 を 導 く。<br />

∆C̅ nn<br />

= 1<br />

∆S̅nn 4π <br />

0<br />

2π<br />

d∅<br />

π<br />

sin θ dd<br />

0<br />

cos m∅<br />

× hP nn (cos θ) <br />

sin m∅ <br />

ジオイド 高 からストークス 係 数 を 求 める 式 。hは 上 式 で 求 めたジオイド 高 。<br />

3 仮 想 的 な 月 :カウラの 法 則<br />

今 まで4 天 体 のカウラの 法 則 を 求 めた 時 と 同 じように、 横 軸 に 次 数 を 取 り、 縦 軸 にそ<br />

の 次 数 のストークス 係 数 の 自 乗 和 の 平 方 根 を 取 った 図 を 示 す。<br />

27


図 4-2 月 の 表 裏 について、ストークス 係 数 と 次 数 の 関 係 を 比 較 したもの。 紫 色 の 曲 線 が 裏 側 だけの、 緑<br />

色 の 曲 線 が 表 側 だけの 仮 想 的 な 月 の 係 数 を 示 す。 双 方 とも 係 数 は 次 数 の 自 乗 に 反 比 例 するというカウラの<br />

法 則 が 成 り 立 つ。 裏 側 の 方 がやや 係 数 が 大 きい(カウラ 定 数 が 大 きい)。カウラの 法 則 に 従 うことと、カウ<br />

ラ 定 数 が 表 裏 で 異 なることを 確 認 するのが 目 的 なので、この 図 では 60 次 までしか 解 析 していない。<br />

4 カウラ 定 数<br />

表 側 のカウラ 定 数 は 0.00024、 緑 色 の 曲 線 の 方 。 裏 側 のカウラ 定 数 は 0.00036 で 紫 色<br />

の 曲 線 の 方 。 裏 の 方 が 若 干 カウラ 定 数 が 大 きいのは 月 がマグマオーシャンの 頃 、 裏 側 の<br />

方 が 表 側 よりも 地 表 が 比 較 的 早 く 冷 めて 固 まったため 隕 石 の 衝 突 による 細 かいクレー<br />

ターが 消 えずにそのまま 残 ったものが 多 く、 表 側 よりも 重 力 異 常 が 大 きくなってしまい<br />

それがカウラ 定 数 に 反 映 されたと 考 えることができる。<br />

図 4-3 表 側 のみ、 裏 側 のみという 仮 想 的 な 月 のストークス 係 数 について、 様 々なカウラ 定 数 を 仮 定 して<br />

カウラ 則 からのずれをプロットしたもの。<br />

既 に、 月 、 地 球 、 火 星 、 金 星 で 行 ったのと 同 じ 手 法 で、 仮 想 的 な 月 その1とその2に 対 して、 実 測 値 と<br />

モデルの 差 が 最 小 になるようにカウラ 定 数 を 求 めた。 表 側 のカウラ 定 数 は 2.4X10 -4 と 推 定 された( 緑 色 の<br />

曲 線 )。 裏 側 のカウラ 定 数 は 3.6X10 -4 となった( 紫 色 の 曲 線 )。<br />

28


5 表 裏 のカウラ 定 数 の 違 い: 考 察<br />

前 述 の 通 り、 表 裏 の2 分 性 は 衝 突 や 潮 汐 加 熱 などの 結 果 、 天 体 の 熱 的 な 状 態 が 表 と 裏<br />

で 異 なる 状 況 になったことによると 考 えられる。 従 って、 月 の 熱 史 を 表 と 裏 で 比 較 する<br />

ことは2 分 性 の 原 因 の 解 明 につながるだろう。また 二 分 性 の 原 因 の 解 明 は、 月 の 起 源 の<br />

解 明 にも 繋 がる。 本 研 究 で 月 の 表 裏 のカウラ 定 数 を 比 較 した 理 由 は、 月 の 起 源 や 進 化 を<br />

探 るにあたって、 熱 史 の 解 明 の 重 要 性 を 証 明 するためである。<br />

第 二 章 で、 月 を 含 めた4 天 体 のカウラ 定 数 は、 天 体 のサイズが 大 きいほどアイソスタ<br />

シー 補 償 の 達 成 度 合 いが 高 く、 重 力 異 常 が 小 さくなる( 図 3-2 参 照 )、 すなわちカウラ<br />

定 数 が 小 さくなることを 示 した。 月 の 表 裏 のカウラ 定 数 を 求 めた 結 果 、 表 側 が 2.4 x 10 -4<br />

で 裏 側 が 3.6 x 10 -4 であり、 裏 の 方 のカウラ 定 数 が 若 干 大 きくなった。それは 熱 史 の 違<br />

い( 具 体 的 には 衝 突 盆 地 が 形 成 された 頃 のリソスフェアの 厚 さの 違 い)を 反 映 している<br />

と 考 えられる。 熱 史 の 違 いの 尺 度 として、 重 力 異 常 の 大 きさを 一 つの 数 字 で 代 表 できる<br />

カウラ 定 数 は 極 めて 有 用 であるといえよう。しかし 表 裏 のカウラ 定 数 はそれほど 大 きな<br />

差 ではないことが 図 4-4 からもわかる。これはスケーリング 則 の 図 で、 表 裏 のカウラ 定<br />

数 の 値 を 加 えたものである。このような 微 々たる 差 でも 表 裏 で 熱 史 に 違 いがあったこと<br />

を 示 唆 できる。<br />

29


第 5 章 今 後 の 展 望<br />

1. 今 後 取 り 組 みたい 研 究<br />

本 研 究 では 月 、 火 星 、 地 球 、 金 星 についてカウラ 則 やスケーリング 則 を 調 べてきたの<br />

で、 今 後 はそれに 加 え 水 星 についても 研 究 していきたいと 思 っている。 図 3-4 に 作 成 し<br />

たスケーリング 則 のグラフに 水 星 のカウラ 定 数 を 加 えると、 水 星 だけ 他 の 地 球 型 惑 星 が<br />

乗 る 赤 い 直 線 から 下 に 有 意 にずれるらしい(S.J. Goossens, GSFC, pers. comm.)。それ<br />

は 水 星 の 内 部 を 構 成 する 物 質 の 物 性 が 他 の4 天 体 とは 異 なることを 示 唆 している。<br />

MESSENGER で 測 定 された 水 星 の 全 球 重 力 場 が 公 開 された 時 点 で、 水 星 について 重 力 異 常<br />

やカウラ 定 数 などを 調 べ、 水 星 の 形 成 や 進 化 などの 解 明 に 繋 げていきたい。<br />

さらに 月 において、カウラ 定 数 の 違 いを 用 いて 天 体 の 二 分 性 について 調 べたので、 今<br />

後 は 火 星 など 月 以 外 の 二 分 性 を 示 す 天 体 についても 調 べてみたい。 火 星 は 南 北 両 半 球 で<br />

特 徴 が 分 かれており、 南 北 のそれぞれの 半 球 のカウラ 定 数 を 比 較 するのは 興 味 深 い。 火<br />

星 の 北 半 球 の 低 地 は 月 の 表 側 と 同 様 に、 巨 大 な 衝 突 が 原 因 と 考 える 説 が 有 力 視 されてお<br />

り、そういった 二 分 性 の 原 因 を 探 ることも 重 要 な 研 究 対 象 である。<br />

最 後 に、 本 研 究 では 月 の 重 力 場 の 解 析 は 本 研 究 では SELENE(かぐや)から 得 たデータ<br />

を 使 用 していたが、 米 国 の 月 の 最 新 探 査 ミッション GRAIL (Gravity Recovery and<br />

Interior Laboratory)のデータが 公 開 されるのを 機 に、より 詳 細 な 月 の 重 力 場 を 調 べて<br />

月 の 起 源 や 成 り 立 ちなどの 研 究 に 新 しい 切 り 口 で 挑 んでいきたい。<br />

2. 月 の 重 力 探 査 の 歴 史<br />

現 在 までに 得 られた 月 の 全 球 重 力 場 モデルは、GRAIL という 最 新 の 月 の 重 力 探 査 のた<br />

めに 打 ち 上 げられた 双 子 衛 星 から 得 られたものが、 最 も 高 精 度 である。ここで 簡 単 に 月<br />

の 重 力 探 査 の 歴 史 を 振 り 返 ってみる。<br />

従 来 月 の 重 力 探 査 は 地 球 局 と 月 を 周 回 する 衛 星 の 間 のドップラー 追 尾 法 (2-way<br />

Doppler tracking)と 呼 ばれる 方 法 が 主 流 であった。これは 地 球 上 の 局 から 衛 星 に 向 け<br />

てマイクロ 波 を 照 射 し、それを 受 信 した 衛 星 が 地 球 局 に 向 けてマイクロ 波 を 返 信 すると<br />

いう 仕 組 みである。ドップラー 効 果 によって 送 信 周 波 数 と 受 信 周 波 数 が 異 なるため、こ<br />

の 違 いにより 衛 星 の 視 線 方 向 の 速 度 を 観 測 できる。(Sjogren et al., 1972)。 視 線 速 度<br />

から 衛 星 の 軌 道 を 推 定 し、 軌 道 要 素 の 時 間 変 化 から 重 力 の 非 球 対 称 成 分 の 情 報 が 得 られ<br />

るわけである。<br />

しかし 月 は 同 期 自 転 をしているため、 衛 星 が 月 の 裏 側 を 周 回 している 間 は 地 球 から 電<br />

波 を 送 受 信 できない。そのため 2-way Doppler では 月 の 表 側 の 重 力 データしか 直 接 得 る<br />

30


ことができなかった。その 問 題 を 解 決 したのが、 日 本 の JAXA が 2007 年 に 打 ち 上 げた<br />

SELENE(かぐや)である。SELENE は 4-way ドップラー 観 測 (4-way Doppler tracking)<br />

を 採 用 し、 表 側 より 若 干 精 度 は 劣 るものの 裏 側 の 重 力 場 の 直 接 計 測 に 初 めて 成 功 した。<br />

この 観 測 法 は Rstar(おきな)という 小 型 のリレー 衛 星 を 用 いていることが 特 徴 で、 主 衛<br />

星 が 月 の 裏 側 にいる 間 にリレー 衛 星 がその 信 号 を 地 球 の 局 にリレーし、ドップラー 周 波<br />

数 を 計 測 するのである。 更 に 相 対 VLBI という 手 法 により 子 衛 星 が 発 する 電 波 を 追 跡 し<br />

て 軌 道 を 決 定 し、 重 力 場 の 精 度 を 高 めている。こちらは2つの 子 衛 星 (Rstar,Vstar)<br />

に 搭 載 された 電 波 源 からの 電 波 を 国 立 天 文 台 の 地 上 望 遠 鏡 で 受 信 する。 子 衛 星 間 の 距 離<br />

の2 重 差 を1mmの 精 度 で 観 測 できるため 大 気 、 電 離 層 による 揺 らぎがキャンセルされ<br />

る。そして SELENE の 次 に 開 発 されたのが 米 国 の GRAIL である。それについては 次 項 で<br />

説 明 する。<br />

http://www.kaguya.jaxa.jp/ja/equipment/rsat_j.htm より<br />

図 5-1<br />

4-way ドップラー 観 測 と 相 対 VLBI。4-way ドップラー 観 測 は Rstar(おきな)というリレー 衛 星<br />

を 用 い、 月 の 裏 側 にいる 主 衛 星 の 発 射 する 電 波 をリレー 衛 星 が 地 球 局 に 中 継 することによって、 裏 側 にい<br />

る 主 衛 星 のドップラー 周 波 数 を 計 測 するものである。 相 対 VLBI は2つの 子 衛 星 (Rstar,Vstar)に 搭 載 さ<br />

れた 電 波 源 からの 電 波 を 地 上 の 電 波 望 遠 鏡 で 受 信 し、 子 衛 星 間 の 距 離 の2 重 差 を1mmの 精 度 で 観 測 する<br />

ものである。<br />

31


3.GRAIL<br />

今 後 の 研 究 で GRAIL のデータを 使 用 していきたいと 考 えているため、GRAIL に 関 して<br />

説 明 する。 一 言 でいえば GRAIL は 双 子 衛 星 間 の 距 離 変 化 により 重 力 場 を 計 測 する GRACE<br />

(Gravity Recovery and Climate Experiment)の 月 版 といえるものである。ちなみに GRACE<br />

は 地 球 の 重 力 探 査 機 で、 重 力 の 時 間 変 化 という 切 り 口 で 気 候 変 動 や 地 震 時 の 質 量 移 動 に<br />

関 して 様 々な 成 果 を 上 げている。ちなみに 本 研 究 でプロットした 地 球 の 重 力 データは<br />

GRACE のものを 使 用 した。<br />

1GRAIL の 仕 組 み<br />

GRAIL は GRACE と 同 じように2 機 の 衛 星 を 使 用 している。この 双 子 衛 星 間 の 距 離 をマ<br />

イクロ 波 測 距 システムという 方 法 で 図 ることで 重 力 異 常 を 解 析 することができる。マイ<br />

クロ 波 測 距 システムとは 高 度 約 50km の 軌 道 上 を2つの 衛 星 が 離 れて 周 回 し、 重 力 の 変<br />

化 によって 伸 び 縮 みする 互 いの 距 離 を 正 確 に 測 定 することで 重 力 場 を 計 測 する 方 法 で<br />

ある。SELENE におけるリレー 衛 星 を 用 いた 月 の 裏 側 の 重 力 計 測 の 手 法 を、H-L SST<br />

(High-Low Satellite-to-satellite tracking)とすると、GRAIL や GRACE の 手 法 は L-L<br />

SST (Low-low Satellite-to-satellite tracking)と 言 える。お 互 いの 距 離 を 測 定 する<br />

だけでなく、 地 球 と2つの 衛 星 の 距 離 も 計 測 している。この 三 角 測 量 のような 仕 組 みが<br />

高 精 度 な 重 力 場 の 計 測 を 可 能 にしている。 最 低 で 高 度 50km と 非 常 に 低 い 軌 道 も 大 気 の<br />

ない 月 でのみ 実 現 できた 特 徴 であり、 地 球 でも 達 成 できない 重 力 場 高 次 項 の 計 測 を 可 能<br />

にしている。<br />

GRAIL<br />

http://science.nasa.gov/missions/grail/より<br />

32


GRAIL<br />

http://science.nasa.gov/missions/grail/より<br />

図 5-2 双 子 衛 星 を 用 いた 重 力 探 査 用 の 月 周 回 衛 星 システムである GRAIL のしくみ。マイクロ 波 測 距 シス<br />

テムで 双 子 衛 星 間 の 距 離 を 計 測 する。 高 度 約 50km の 同 一 の 軌 道 上 を2つの 衛 星 が 離 れて 周 回 し、 月 の 重 力<br />

場 の 非 球 対 称 成 分 の 変 化 によって 伸 び 縮 みする 互 いの 距 離 を 正 確 に 測 定 して、 月 の 全 球 重 力 場 を 計 測 する<br />

システムである。<br />

2 GRAIL の 性 能<br />

GRAIL は 前 述 のような 仕 組 みで 重 力 場 を 測 定 するが、 得 られる 重 力 場 は SELENE(かぐ<br />

や)をはるかに 凌 ぐ 高 精 度 を 誇 る。 図 5-3-a,b は GRAIL のデータを 用 いて Zuber et al.<br />

(2012)が 解 析 した 重 力 異 常 図 で、A がフリーエア 異 常 、B がブーゲー 異 常 である。ブー<br />

ゲー 異 常 は 低 次 項 を 取 り 除 いたもので、この 図 では 6 次 以 下 を 取 り 除 いてある。ちなみ<br />

にフリーエア 異 常 とは、 天 体 の 中 心 からの 距 離 の 補 正 であるフリーエア 補 正 を 施 したも<br />

ので、アイソスタシーからのずれとして 物 理 的 な 意 味 がある。ブーゲー 異 常 とはジオイ<br />

ド( 平 均 海 水 面 )と 測 定 点 の 間 の 物 質 ( 主 に 地 殻 岩 石 )の 引 力 を 補 正 したブーゲー 補 正<br />

を 施 したもので 地 下 構 造 を 反 映 する。GRAIL の 月 重 力 場 モデルは 最 大 次 数 が 420 次 と 高<br />

く、 細 かい 重 力 異 常 まではっきりと 見 える。<br />

ここで 明 らかになったことの 一 つとして 挙 げられるのは、 月 の 表 裏 の 重 力 異 常 はとも<br />

に 98% 以 上 は 地 形 の 凹 凸 を 反 映 したものであるという 点 である(Zuber et al., 2012)。<br />

33


例 えばクレーターのようにへこんだ 地 形 では 重 力 が 小 さく、クレーターのリムや 高 地 の<br />

山 脈 では 重 力 が 大 きいという 具 合 である。 特 に 裏 側 はそれが 顕 著 である。B のブーゲー<br />

異 常 の 図 からわかる 通 り、モホ 面 の 起 伏 のような 地 表 下 の 構 造 が 作 る 重 力 異 常 はそれほ<br />

ど 大 きくない。 地 形 に 起 因 しない 重 力 異 常 の 顕 著 な 例 が、 表 側 に 多 く 存 在 するマスコン<br />

盆 地 の 正 の 重 力 異 常 である。それらはブーゲー 異 常 の 図 でもはっきり 見 えている。<br />

Zuber et al.(2012)より<br />

図 5-3-a GRAIL のデータをもとに 描 いた 重 力 異 常 図 。GRAIL のデータを 用 いて Zuber et al. (2012)が 重<br />

力 異 常 を 解 析 したもので A がフリーエア 異 常 であり、B がブーゲー 異 常 である。ブーゲー 異 常 は 低 次 項 を<br />

取 り 除 いており、この 図 では 6 次 以 下 を 取 り 除 いてある。420 次 で 解 析 されているため 細 かいところまで<br />

ハッキリと 見 える。<br />

34


C<br />

D<br />

Zuber et al.(2012)より<br />

図 5-3-b 図 5-3-1 から 特 徴 的 な 地 形 を 抜 き 出 したもの。C,Dともに 上 からフリーエア 異 常 、 地 形 、<br />

ブーゲー 異 常 である。Cはコロレフ 衝 突 盆 地 周 辺 を、Dは 嵐 の 大 洋 の 西 端 をピックアップしたもの。ブー<br />

ゲー 異 常 の 図 からわかるように 地 表 下 に 正 の 大 きな 重 力 異 常 をもたらす 構 造 が 存 在 することを 示 唆 してい<br />

る。<br />

詳 細 なブーゲー 異 常 図 からは、 今 までの 解 像 度 ではわからなかった 地 下 の 構 造 まで 推<br />

定 できる。 月 の 初 期 の 歴 史 の 証 拠 となる 表 層 の 地 形 は 隕 石 の 衝 突 などによりほとんど 消<br />

えてしまっているが、 地 下 の 構 造 は 保 存 されていることが 多 いからである。<br />

Andrews-Hanna et al. (2012)では、 興 味 深 い 地 下 構 造 を 示 唆 するブーゲー 重 力 異 常 が<br />

発 見 されたのでそれを 紹 介 する。 図 5-4 はブーゲー 異 常 とその 空 間 勾 配 の 図 であり C は<br />

それらの 特 徴 的 な 重 力 異 常 を 示 す 部 分 を 切 り 出 した 図 である。C で 示 されているように<br />

線 状 の 構 造 を 持 つ 重 力 異 常 がいくつか 観 測 されている。これは 月 の 初 期 にマグマがマン<br />

トルから 湧 き 上 がってくるとき、マグマが 面 状 に 垂 直 に 貫 入 してきてそれが 重 力 異 常 と<br />

して 現 れているのではないかと 推 測 されている。さらにそれと 同 時 にリソスフェアの 膨<br />

張 が 起 こったということがこの 研 究 データで 初 めて 裏 付 けられた(Andrews-Hanna et<br />

al., 2012)。このように 知 られざる 地 下 の 構 造 が 明 らかになっていくことで 表 層 の 特 徴<br />

35


だけではわからなかった 熱 史 が 明 らかになり 月 の 新 たな 局 面 を 発 見 できることは 非 常<br />

に 興 味 深 い。<br />

Andrews-Hanna et al.(2012) より<br />

Andrews-Hanna et al.(2012)より<br />

図 5-4 上 からブーゲー 重 力 異 常 (A)・その 空 間 勾 配 (B)の 図 であり C はその 中 で 線 上 の 構 造 が 見 える 部 分<br />

を 強 調 した 図 、 四 角 で 囲 った 部 分 を 下 の 図 の A-H で 示 す。これはマグマがマントルから 湧 き 上 がってくる<br />

36


とき、マグマが 面 状 に 垂 直 に 貫 入 してきてそれが 重 力 異 常 として 現 れているのではないかと 推 測 されてい<br />

る。<br />

4. 謝 辞<br />

この 論 文 を 書 くにあたり 研 究 室 の 方 々には 大 変 お 世 話 になりました。 特 に 指 導 教 官 で<br />

ある 日 置 幸 介 教 授 にはプログラムの 走 らせ 方 、 卒 論 のテーマや 月 に 関 する 最 新 の 研 究 に<br />

ついてなど、あらゆることを1から 教 えていただきました。 大 変 感 謝 しております。<br />

5. 参 考 文 献<br />

http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~geodesy/<strong>pdf</strong>/Matsuo_Msc_Thesis.<strong>pdf</strong><br />

http://www.kaguya.jaxa.jp/ja/equipment/rsat_j.htm<br />

http://granite.phys.s.u-tokyo.ac.jp/ando/DPF091124/DPF091124_Matsumoto.<strong>pdf</strong><br />

http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~geodesy/<strong>pdf</strong>/ogawa_master.<strong>pdf</strong><br />

http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~psg/doc2011/tomomi_B/tomomi_B.<strong>pdf</strong><br />

地 球 物 理 学 講 義 ノート 日 置 幸 介<br />

M.Zuber et al., Gravity Field of the Moon from the Gravity Recovery and Interior<br />

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G.Bethell et al., STRUCTURE AND FORMATION OF THE LUNAR FARSIDE HIGHLANDS, Science<br />

12 November 2010: Vol. 330 no. 6006 pp. 949-95, DOI:10.1126/science.1193424<br />

J.Andrews-Hanna et al., Ancient Igneous Intrusions and Early Expansion of the<br />

Moon Revealed by GRAIL Gravity Gradiometry, Published December 5 2012,Science<br />

8 February 2013: Vol. 339, no. 6120 pp. 675-678, DOI: 10.1126/science.1231753<br />

Jutzi & Asphaug, Forming the lunar farside highlands by accretion of a companion moon,<br />

Published 3 August 2011, Nature 4 August 2011: 476, 69–72, DOI:<br />

10.1038/nature10289<br />

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Procellarum basin, Published 28 October 2012, Nature Geoscience 5 2012: 775–778, DOI:<br />

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KREEP? Earth Planet, 11 January 2002, Sci. Lett., 201 pp. 473-480.<br />

38

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