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本では「ニッキ」という呼び名でも親しまれ、京銘菓「八つ橋」の香りとして<br />
よく知られている。<br />
古代中国で「桂丸」が広く知られたようにシナモンの樹皮「桂皮(けいひ)」<br />
や枝「桂枝(けいし)」は漢方薬の原料としても有名である。その強壮・発汗・<br />
解熱・鎮痛・健胃などの薬効の他に、他の漢方原料の効能を調和させる優れた<br />
働きがあるので、シナモンは「漢方薬の王」と呼ばれる。そして、日本の漢方<br />
薬店で最上のシナモンを注文するとベトナム産がすすめられるほどベトナム産<br />
シナモンは品質が高い。シナモンはベトナム語でクエー(Quế:桂)と呼ばれて<br />
各地で採れるけれども、筆者はクアンナム省産のものほど古来由緒のあるもの<br />
を知らない。<br />
黄金<br />
多くの国々に分裂していた中国は、589 年に隋(ずい:581~618)によって<br />
統一された。この隋王朝の経済白書である『隋書』食貨志によれば、3 世紀から<br />
6 世紀にかけて当時の中国では殆どの地域が銅銭や布を通貨としていた中で、現<br />
在の広東・広西にあたる広州と、ベトナム北・中部にあたる交州のみが金と銀<br />
を通貨としている。<br />
隋のあとは唐王朝(618~907)が中国を統治し、679 年には現在のハノイに安<br />
单都護府(あんなんとごふ)という統治機関を置いて、ベトナム地域に集散す<br />
る産物を管理した。813 年に唐王朝が編纂した地理書『元和郡県図志(げんなぐ<br />
んけんずし)』は、この安单都護府に孔雀・犀の角・鸚鵡(おうむ)・翡翠鳥(ひ<br />
すいどり)の羽毛そして金が集まったと記している。<br />
938 年頃にベトナムは中国から独立したが、中国では依然としてベトナムの金<br />
が注目されていた。1178 年に記された宋の時代(960~1279)の地理書『嶺外代<br />
答(れいがいだいとう)』が、交趾(こうし)と記すベトナム北部地域と、永安<br />
州(えいあんしゅう)と記す現在の中国の広西チワン族自治区欽州市との国境<br />
地帯の状況を次のように記している。<br />
「永安州は交趾と一つ川を隔てており、鵞鳥や鴨が交趾側の川辺で餌<br />
を食べて永安州に帰ってくると、それらの鳥の糞には金が混じってい<br />
る。我が方(永安州)の川辺ではそのようなことは起こらない。およ<br />
そ(この地域の)金は鉱山から産出するのではなく、自然に土砂と<br />
入り混じっており、小さなものは麦粒ぐらい、大きなものには豆<br />
粒くらい、更に大きなものは指の先位もあり皆これを生金という。」<br />
つまり、中国国境に面したベトナムには、そこで土ごと餌を取った鳥の糞に<br />
混じるほど金が豊富で、しかもそれらは大粒の砂金であったということらしい。<br />
『嶺外代答』は、続けて「官位をもらっている国境地帯の山地民族の首長は、<br />
大きな枡に金を盛って家に置き、サイコロ賭博をする時には一回に金一勺(勺<br />
は現在の約 10gに相当する重量)卖位で賭けをする。」と記している。<br />
かなり誇張されている可能性があるとしても、なかなか豪勢な話しではある。<br />
尐なくとも、先の 3~6 世紀の貨幣経済を記した『隋書』食貨志の記事から、こ<br />
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