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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
大 森<br />
信<br />
1.はじめに( 研 究 目 的 と 問 題 意 識 )<br />
企 業 において,トイレ 掃 除 をはじめとする 掃 除<br />
活 動 を 長 年 に 渡 って 実 践 することによって, 企 業<br />
を 再 生 させたり 成 長 させたりする 事 例 がいくつか<br />
ある.こうした 企 業 では, 毎 朝 , 経 営 者 を 筆 頭 に<br />
して 従 業 員 の 多 くが 時 間 をかけて 掃 除 活 動 を 実 践<br />
することが 基 本 になっている 1) .<br />
本 研 究 の 目 的 は, 企 業 においてトイレ 掃 除 活 動<br />
を 継 続 して 実 践 することの 意 味 と 効 用 について 探<br />
究 することにある.トイレ 掃 除 活 動 の 意 味 の 探 究<br />
では, 毎 朝 , 皆 でトイレ 掃 除 活 動 を 続 けることで<br />
企 業 に 宿 る 精 神<br />
2) についての 探 究 をする.また<br />
トイレ 掃 除 活 動 の 効 用 の 探 究 では,トイレ 掃 除 活<br />
動 を 通 じて 企 業 に 宿 った 精 神 が 企 業 にもたらす 効<br />
用 を 探 究 する.<br />
つまり 本 研 究 は, 掃 除 そのものの 機 能 が 企 業 に<br />
もたらす 効 用 を 考 えるものではない. 本 研 究 の 概<br />
念 枠 組 みは, 精 神 を 媒 介 変 数 にして, 企 業 の 掃 除<br />
活 動 と 経 営 の 関 係 について 探 究 するものである.<br />
なお 先 行 研 究 については,トイレ 掃 除 活 動 の 実 践<br />
を 通 じて 企 業 の 再 生 を 成 功 させた 経 営 者 たちの 言<br />
葉 や 書 籍 ,また 彼 らが 中 心 になって 結 成 した「 日<br />
本 を 美 しくする 会 」の 実 践 的 な 見 解<br />
3) があるも<br />
のの, 学 術 的 な 研 究 成 果 は 見 当 たらないのが 現 状<br />
である.したがって 本 研 究 は, 萌 芽 的 な 研 究 で<br />
あって, 仮 説 探 索 ・ 仮 説 発 見 型 の 研 究 である.<br />
研 究 では, 上 記 の 研 究 目 的 を 達 成 するために,<br />
15 年 以 上 に 渡 って, 社 員 一 丸 となってトイレ 掃<br />
除 をはじめとする 掃 除 活 動 を 実 践 し, 企 業 を 再 生<br />
させた 先 駆 的 な 事 例 に 着 目 する. 岐 阜 県 の 恵 庭 市<br />
にある 東 海 神 栄 電 子 工 業 株 式 会 社 であり,プリン<br />
ト 基 板 の 製 造 販 売 を 事 業 とする 企 業 である. 代 表<br />
取 締 役 社 長 の 田 中 義 人 氏 は, 先 述 した 日 本 を 美 し<br />
くする 会 の 会 長 も 務 めている.<br />
この 企 業 では, 毎 朝 7 時 半 から 8 時 まで, 社 長<br />
以 下 ほぼ 全 員 が 社 内 のトイレおよび 職 場 を 丹 念 に<br />
掃 除 する 4) .なお 業 務 開 始 の 時 刻 は 8 時 15 分 か<br />
らである.また 掃 除 活 動 は 強 制 参 加 ではなく, 参<br />
加 の 有 無 が 評 価 や 処 遇 に 影 響 することはないとし<br />
ている.つまり 強 制 参 加 でないにもかかわらず,<br />
多 くの 組 織 メンバーが 毎 朝 始 業 前 に 集 まって, 掃<br />
除 をしているのである.<br />
2006 年 12 月 2 日 に, 東 海 神 栄 電 子 工 業 株 式 会<br />
社 を 含 むナカヤマグループ 5) の 組 織 メンバーに<br />
対 して 質 問 票 調 査 を 実 施 した. 当 日 の 手 渡 しによ<br />
る 直 接 回 収 を 基 本 とし, 郵 送 による 後 日 返 却 が 一<br />
部 あった. 田 中 義 人 社 長 を 含 め,71 名 分 の 回 答<br />
を 得 た.<br />
質 問 票 では, 掃 除 活 動 に 対 する 組 織 メンバーの<br />
積 極 度 と 楽 しさについての 質 問 項 目 を 設 けた. 具<br />
体 的 に, 掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 については「あ<br />
なたは,(トイレ)そうじを 積 極 的 に 取 り 組 んで<br />
いますか」という 質 問 項 目 を 設 定 した.そして,<br />
全 くその 通 りを 5 点 にした「 全 くその 通 り~ 全 く<br />
違 う」の 5 点 尺 度 による 回 答 を 求 めた.また 掃 除<br />
活 動 に 対 する 楽 しさについては「(トイレ)そう<br />
じは 楽 しいですか」という 質 問 項 目 を 設 定 した.<br />
そして, 全 くその 通 りを 5 点 にした「 全 くその 通<br />
り~ 全 く 違 う」の 5 点 尺 度 による 回 答 を 求 めた.<br />
毎 日 ,トイレを 中 心 に 掃 除 活 動 をする 組 織 メン<br />
バーが, 実 際 にどのような 態 度 や 心 持 ちで 取 り 組<br />
― 19 ―<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
んでいるのかを 把 握 するための 質 問 である. 勤 続<br />
年 数 別 に 掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 と 楽 しさのそれ<br />
ぞれについての 結 果 を 集 計 したものを 表 1 と 表 2<br />
に 示 す(N = 64) 6) .<br />
勤 続 年 数 の 長 さは, 毎 日 トイレ 掃 除 をはじめと<br />
する 掃 除 活 動 を 実 践 してきた 年 月 の 長 さでもあ<br />
る. 表 1 からは, 勤 続 年 数 が 長 くなるにつれて,<br />
掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 がより 高 くなっているこ<br />
とがわかる. 調 査 対 象 の 企 業 は, 他 の 企 業 に 比 べ<br />
て, 特 に 掃 除 活 動 に 対 して 熱 心 に 取 り 組 んでいる<br />
企 業 である. 相 対 的 に 皆 が 熱 心 に 掃 除 活 動 に 励 ん<br />
でいる 状 況 下 でありながら, 勤 続 年 数 が 長 い 組 織<br />
メンバーほど,さらに 自 らの 積 極 度 を 4 点 以 上 と<br />
して 高 く 評 価 する 割 合 が 多 いのである. 勤 続 年<br />
数 ,すなわち 掃 除 活 動 の 年 数 を 重 ねるほどに, 掃<br />
除 活 動 に 対 する 積 極 度 が 上 昇 しているのである.<br />
一 方 , 掃 除 活 動 に 対 する 楽 しさについては, 掃<br />
除 活 動 に 対 する 積 極 度 と 比 較 して,それほど 高 く<br />
はなっていかない. 特 に 勤 続 年 数 が 6 年 目 以 上<br />
15 年 目 以 下 と,16 年 目 以 上 と 25 年 目 以 下 の 約<br />
20 年 間 については, 掃 除 に 対 する 楽 しさを 4 点<br />
以 上 として 高 く 評 価 した 組 織 メンバーの 割 合 にほ<br />
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表 1 . 勤 続 年 数 別 掃 除 に 対 する 積 極 度<br />
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表 2 . 勤 続 年 数 別 掃 除 に 対 する 楽 しさ<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
とんど 変 化 がみられない.<br />
回 答 全 体 (N=71)の 中 央 値 についても, 積 極<br />
度 の 中 央 値 が 3.50 であるのに 対 して, 楽 しさの<br />
中 央 値 が 3.00 であり, 掃 除 活 動 に 対 する 楽 しさ<br />
は 積 極 度 に 比 べて 低 いことがわかる.なお 両 者 の<br />
相 関 係 数 は,0.51 である.つまり 組 織 メンバー<br />
は, 積 極 的 な 態 度 で 掃 除 活 動 に 取 り 組 んでいるも<br />
のの, 毎 日 それほど 楽 しく 掃 除 をしているわけで<br />
もないのである 7) .<br />
そこで 本 研 究 では, 組 織 メンバーの 掃 除 活 動 に<br />
対 する 態 度 や 心 持 ちの 時 間 的 な 変 化 に 着 目 するこ<br />
ととした. 必 ずしも 楽 しくはないかもしれない<br />
が, 一 所 懸 命 に 掃 除 をやり 続 けるというのはどう<br />
いう 状 態 なのか. 日 々 掃 除 をやり 続 けることで,<br />
組 織 メンバーにどのような 変 化 が 生 じるのか,ま<br />
たそうした 組 織 メンバーから 成 る 組 織 全 体 にはど<br />
のような 変 化 が 生 じるのかを 探 究 していくことと<br />
した.<br />
次 節 においては,インタビュー 調 査 を 通 じて,<br />
トイレ 掃 除 活 動 に 対 する 態 度 や 心 持 ちについての<br />
時 間 的 な 変 化 を 把 握 する. 入 社 したばかりの 従 業<br />
員 , 入 社 5 年 目 程 度 の 従 業 員 , 入 社 10 年 以 上 の<br />
従 業 員 ,ミドル・マネジメント 層 ,トップ・マネ<br />
ジメント 層 に 対 するインタビューを 個 別 に 行 っ<br />
た.その 結 果 を 踏 まえて, 掃 除 活 動 の 実 践 を 長 年<br />
に 渡 って 積 み 重 ねていくことで 生 じる 変 化 につい<br />
ての 把 握 をする.<br />
第 3 節 では, 調 査 結 果 に 基 づき, 発 見 事 実 を 大<br />
きく 2 つに 分 けて 整 理 して 提 示 する.1 つは,ト<br />
イレ 掃 除 活 動 を 実 践 し 続 けることで, 個 人 に 宿 る<br />
精 神 である.もう 1 つは,トイレ 掃 除 活 動 を 実 践<br />
し 続 けることで, 組 織 に 宿 る 精 神 である.<br />
そして 第 4 節 では, 獲 得 した 発 見 事 実 を 手 がか<br />
りにして, 掃 除 活 動 を 通 じて 企 業 に 宿 った 精 神 が<br />
企 業 にもたらす 効 用 を 仮 説 として 提 示 する.ま<br />
た, 調 査 対 象 企 業 から 報 告 された 効 用 についても<br />
提 示 する. 最 後 に, 研 究 を 整 理 して, 今 後 の 研 究<br />
の 方 向 性 を 示 す.<br />
2. 調 査<br />
組 織 メンバーの 掃 除 活 動 に 対 する 態 度 や 心 持 ち<br />
の 時 間 的 な 変 化 を 把 握 するために,2007 年 2 月<br />
27 日 から 3 月 1 日 にかけてインタビュー 調 査 を<br />
実 施 した.インタビューは 調 査 対 象 企 業 内 で 実 施<br />
した. 他 の 影 響 を 受 けないで, 自 由 な 発 言 ができ<br />
るように 1 対 1 の 対 面 形 式 で 実 施 した. 本 節 で<br />
は, 入 社 2 年 目 の 従 業 員 , 入 社 5 年 目 程 度 の 従 業<br />
員 , 入 社 10 年 以 上 の 従 業 員 ,ミドル・マネジメ<br />
ント 層 ,トップ・マネジメント 層 に 区 分 して 示 し<br />
ていく 8) .<br />
2. 1 入 社 2 年 目 の 掃 除 活 動<br />
A 氏 は, 高 校 卒 業 後 に 調 査 対 象 企 業 に 入 社 し<br />
た. 入 社 2 年 目 の 男 性 社 員 である. 現 在 は, 工 場<br />
の 中 の 一 工 程 で 勤 務 している. 調 査 対 象 企 業 で<br />
は, 入 社 前 の 社 員 研 修 の 1 つとして,トイレ 掃 除<br />
がある.A 氏 は 社 内 のきれいなトイレではなく<br />
て, 地 域 の 掃 除 大 会 において 学 校 の 中 の 汚 いトイ<br />
レを 使 用 して 研 修 を 受 けたという.A 氏 のトイレ<br />
掃 除 の 指 導 を 担 当 したのは,グループ 会 社 の 株 式<br />
会 社 中 山 理 研 で 長 を 務 める 纐 纈 取 締 役 事 業 部 長 で<br />
あった.トイレ 掃 除 を 実 践 している 企 業 では, 組<br />
織 の 長 や 幹 部 が 自 ら 率 先 垂 範 し, 指 導 に 当 たるこ<br />
とが 多 い. 組 織 の 幹 部 が 率 先 垂 範 してトイレ 掃 除<br />
をすれば, 他 の 組 織 メンバーもとりあえずやらざ<br />
るを 得 ないという 状 況 になるからである.A 氏 自<br />
身 は, 初 め 素 手 で 汚 いトイレに 手 を 入 れることに<br />
抵 抗 感 があったものの,1 週 間 もたつと 完 全 に 抵<br />
抗 感 がなくなってしまったという.<br />
2 年 間 掃 除 をし 続 けている A 氏 は, 自 分 の 現 在<br />
の 掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 を 5 点 満 点 中 3.5 点 と<br />
して 評 価 する. 一 方 の 掃 除 活 動 に 対 する 楽 しさは<br />
5 点 満 点 中 4 点 であると 評 価 する. 特 にトイレ 掃<br />
除 をすることの 楽 しさとしては, 掃 除 をやった 後<br />
にきれいになることをあげる. 汚 いトイレや 汚 い<br />
ところであるほど, 掃 除 をすればその 成 果 は 如 実<br />
に 表 れてくる.さらに,きれいにしたことで 自 分<br />
― 21 ―<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
もきれいな 気 持 ちになれることも 楽 しさのひとつ<br />
であるとする.<br />
また 職 場 の 掃 除 活 動 を 通 じて, 周 りの 人 を 良 く<br />
見 るようになったという.プリント 基 板 の 製 造 設<br />
備 には 高 価 な 設 備 が 少 なくない. 設 備 を 掃 除 する<br />
といっても,どこまで 掃 除 して 良 いのかが 最 初 は<br />
わからない. 新 人 は, 機 械 の 取 り 扱 い 方 がわから<br />
ず, 例 えば, 機 械 の 蓋 まで 開 けて 掃 除 して 良 いの<br />
かが 不 明 なのである.そこで 直 属 上 司 など 周 りの<br />
人 たちを 見 ながら, 設 備 の 掃 除 方 法 ついて 学 び,<br />
同 時 に 設 備 そのものについても 学 ぶ.また 仕 事 時<br />
においても, 周 りの 動 きに 注 目 するという 意 識 ,<br />
さらに 特 に 誰 に 注 目 したら 良 いのかという 意 識 が<br />
芽 生 えたという.<br />
掃 除 活 動 を 通 じて,A 氏 は, 汚 いものに 臆 する<br />
ことなく 手 を 突 っ 込 めるようになったことが 変 化<br />
であるという. 特 に 自 分 の 内 面 的 な 変 化 として<br />
は, 汚 いものを 嫌 だと 感 じられる 感 性 が 養 われた<br />
という. 実 際 に, 自 宅 のトイレもきれいにしてお<br />
り, 身 の 回 りをきれいにするという 習 慣 が 身 に 付<br />
いているそうである. 現 在 の A 氏 は, 自 分 自 身<br />
を 磨 くために 日 々 掃 除 をしているという 心 境 であ<br />
るという.<br />
B 氏 も, 高 校 卒 業 後 に 入 社 しており, 現 在 入 社<br />
2 年 目 である. 女 性 社 員 であり, 事 務 職 を 担 当 し<br />
ている.B 氏 もまた 掃 除 をし 続 けて 2 年 になる<br />
が, 最 近 , 掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 や 楽 しさにつ<br />
いて 変 化 が 出 てきたという. 入 社 当 初 は, 掃 除 活<br />
動 に 対 する 積 極 度 が 5 点 満 中 3.5 点 ぐらいで, 楽<br />
しさが 2 点 だった.しかし 最 近 は, 積 極 度 は 変 わ<br />
らないものの, 楽 しさが 4 点 に 上 昇 したという.<br />
先 の 質 問 票 調 査 では,それほど 楽 しくないかも<br />
しれないが, 一 所 懸 命 に 掃 除 をやり 続 けていると<br />
いうのが 多 くの 組 織 メンバーの 状 態 であった.し<br />
かしながら, 入 社 2 年 目 の A 氏 も B 氏 もともに<br />
掃 除 活 動 に 対 する 楽 しさが 積 極 度 を 上 回 っている<br />
のである.B 氏 は, 掃 除 活 動 の 楽 しさとして, 特<br />
に 物 理 的 な 楽 しさをあげる. 具 体 的 には, 汚 れを<br />
落 とすことの 楽 しさ,ワックスをかけることの 楽<br />
しさ,さらに 気 づき 難 い 汚 れを 見 つけた 時 の 楽 し<br />
さ,その 汚 れを 落 としたことに 他 人 が 気 づいてく<br />
れた 時 の 楽 しさをあげる.<br />
B 氏 は, 最 近 の 心 境 の 変 化 として, 自 分 を 磨 く<br />
ためでなく, 他 人 のために 掃 除 するようになった<br />
ことをあげる. 以 前 は, 掃 除 活 動 を 通 じて, 自 分<br />
の 心 を 磨 くこと,そして 気 持 ちが 素 直 になること<br />
を 意 義 として 感 じていた.しかし 最 近 は, 次 に 使<br />
う 人 のためにトイレ 掃 除 をするようになっている<br />
という.B 氏 は, 自 分 のためでなく, 次 に 使 う 人<br />
のためにトイレ 掃 除 をするときの 違 いとして, 徹<br />
底 性 をあげる.トイレは 誰 が 使 うのかわからな<br />
い. 次 に 使 うのが 同 僚 の 誰 なのか, 会 社 に 来 た 来<br />
客 なのかがわからない. 誰 に 使 われても,どこを<br />
見 られても 大 丈 夫 なように 掃 除 をするという.そ<br />
の 人 がトイレのどこを 見 るのかわからないから,<br />
どこを 見 られても 大 丈 夫 なように, 隅 々まで 徹 底<br />
して 掃 除 するのだという.<br />
2. 2 入 社 5 ~ 6 年 目 の 掃 除 活 動<br />
この 企 業 では, 民 生 用 のプリント 基 板 だけでな<br />
く, 業 務 用 のプリント 基 板 の 製 造 もおこなってい<br />
る. 業 務 用 のプリント 基 板 は, 民 生 用 に 比 べて 高<br />
い 精 度 を 要 求 されるものが 多 い.また 製 造 工 程 が<br />
長 く 複 雑 になるという. 細 分 化 された 1 つ 1 つの<br />
工 程 においては, 不 良 率 を 少 なくし, 同 時 に 効 率<br />
的 に 仕 事 をすることが 求 められる.1 つの 工 程 で<br />
も 効 率 が 落 ちれば, 完 成 品 ができあがるまでの 時<br />
間 も 長 く 要 することとなる.ましてや,ある 工 程<br />
で 不 良 品 が 大 量 に 発 生 したら, 最 終 的 な 完 成 品 も<br />
当 然 大 量 の 不 良 品 となってしまうからである.<br />
入 社 5 ~ 6 年 目 ぐらいの 組 織 メンバーは, 長 い<br />
製 造 工 程 の 中 の 1 つの 工 程 リーダーを 任 されるこ<br />
とが 少 なくない.C 氏 は,ある 工 程 のリーダーを<br />
任 されており, 入 社 6 年 目 である. 以 前 は, 掃 除<br />
活 動 に 対 する 積 極 度 が 3 点 で, 楽 しさが 4 点 で<br />
あったが, 最 近 は 積 極 度 が 高 じて, 楽 しさととも<br />
に 4 点 であるという.<br />
C 氏 は, 日 々の 掃 除 活 動 は 仕 事 に 直 結 するもの<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
だと 感 じている. 例 えば, 掃 除 も 仕 事 も 心 残 りを<br />
なくす 努 力 が 必 要 となるという. 便 器 を 右 半 分 だ<br />
け 磨 いて, 時 間 がきたから 終 わりというのは,た<br />
いへん 心 残 りであるという. 心 残 りをなくすため<br />
には, 限 られた 時 間 で 便 器 全 体 を 磨 き 上 げるとい<br />
う 効 率 化 が 必 要 となる. 仕 事 も 同 様 で, 途 中 で 帰<br />
るのは 心 残 りと 感 じるようなり, 最 後 までやり 抜<br />
くこと,そして 効 率 化 をする 努 力 をするように<br />
なったという.<br />
また C 氏 は, 常 に 他 人 の 目 を 意 識 する 必 要 が<br />
あるという 共 通 点 も 指 摘 する. 常 に 使 う 人 のこと<br />
を 意 識 したトイレ 掃 除 , 常 に 顧 客 のことを 意 識 し<br />
た 製 品 作 りといった 共 通 点 である.C 氏 は, 特 に<br />
トイレ 掃 除 について,ゆっくりと 時 間 をかけてト<br />
イレをしてもらいたい, 一 人 で 落 ちつけるような<br />
場 所 にしてもらいたいという 思 いで 掃 除 をしてい<br />
るという.<br />
C 氏 は, 皆 で 掃 除 活 動 をやることの 意 義 につい<br />
て, 気 づきあいのあるコミュニケーションができ<br />
るようになるという 表 現 をする. 気 づきあいのあ<br />
るコミュニケーションとは, 第 1 が 掃 除 をやって<br />
いない 人 に 気 づいた 時 のコミュニケーションであ<br />
る. 無 理 に 押 し 付 けるのではなく,ここを 一 緒 に<br />
やろうと 誘 うように 声 がかけられるようになると<br />
いう. 第 2 は, 自 分 が 気 づかなかった 汚 れや 傷 に<br />
気 づいてもらった 時 のコミュニケーションであ<br />
る. 他 人 の 新 しい 視 点 を 素 直 に 受 け 入 れたり, 他<br />
人 の 力 を 活 かしたりすることに 努 めるようになっ<br />
ていくという.そして 第 3 が, 上 司 や 部 下 とのコ<br />
ミュニケーションである. 掃 除 は, 上 司 や 部 下 と<br />
いった 階 層 ,それに 部 門 の 隔 たりなく 行 う. 普 段<br />
の 仕 事 ではコミュニケーションがとりにくい 間 柄<br />
であっても, 掃 除 を 通 じてコミュニケーションが<br />
取 りやすくなるという.<br />
入 社 5 年 目 の D 氏 も,ある 工 程 のリーダーを<br />
任 されていた.D 氏 は, 掃 除 活 動 に 対 する 自 らの<br />
積 極 度 を 3 点 ,そして 楽 しさを 2.5 ~ 3 点 として<br />
評 価 する. 入 社 5 ~ 6 年 目 の 組 織 メンバーである<br />
C 氏 も D 氏 も, 掃 除 活 動 に 対 する 楽 しさよりも,<br />
むしろ 積 極 性 が 上 回 っているのである. 楽 しいか<br />
どうかは 別 にして, 懸 命 に 掃 除 活 動 をしていると<br />
いう 状 態 である.<br />
ただし C 氏 と 異 なり,D 氏 は 毎 日 掃 除 をしな<br />
がら, 仕 事 と 結 びつけることはしないという.5<br />
年 間 も 掃 除 をし 続 けると, 掃 除 が 特 別 なことでな<br />
くなってくる. 嫌 という 気 持 ちもなくなってくる<br />
し, 慣 れも 手 伝 って 当 たり 前 のことになってくる<br />
というのである. 何 か 格 別 なこという 気 負 いもな<br />
くなり, 特 に 仕 事 に 結 びつけたり, 何 かの 目 的 の<br />
ために 掃 除 をしたりするという 意 識 も 薄 れてくる<br />
というのである.<br />
D 氏 は, 掃 除 活 動 を 通 じた 自 身 の 変 化 として,<br />
人 柄 の 変 化 をあげる. 特 に, 人 に 対 してヅケヅケ<br />
と 言 うことがなくなり, 謙 虚 になって,やんわり<br />
と 言 うように 変 化 したという.また,たとえ 人 を<br />
注 意 する 必 要 がある 時 でも, 怒 るのではなく, 諭<br />
すようになったという.その 理 由 としては, 掃 除<br />
は, 仕 事 と 比 べて 責 任 性 の 点 で 異 なることをあげ<br />
る. 掃 除 はもし 失 敗 したとしても 誰 も 責 任 を 取 ら<br />
なくて 良 い. 教 えた 人 も 教 わった 人 も 責 任 をとる<br />
必 要 がない. 上 手 くいかなくても,ただきれいに<br />
ならないだけのことである. 掃 除 の 指 導 を 通 じ<br />
て, 教 えた 通 りに 上 手 くできなくても, 長 い 目 で<br />
見 守 ることができるようになったというのであ<br />
る.さらに 掃 除 活 動 の 基 本 は 強 制 ではない. 人 の<br />
自 主 性 を 育 てるためには,できるだけ 否 定 をした<br />
り, 怒 ったりしたりすることは 避 けたほうが 良 い<br />
ことを, 掃 除 活 動 を 通 じて 学 んだというのであ<br />
る.<br />
D 氏 は, 掃 除 活 動 を 皆 で 実 践 することによっ<br />
て, 雰 囲 気 の 察 知 ができる 人 が 育 つと 表 現 する.<br />
その 人 間 の 本 質 的 な 部 分 は 変 わることがないもの<br />
の, 状 況 に 応 じて 他 人 を 活 かしたり, 逆 に 他 人 に<br />
活 かされたりするような 雰 囲 気 を 察 知 できる 人 に<br />
なるというのである.<br />
2. 3 入 社 10 年 以 上 の 掃 除 活 動<br />
E 氏 は, 営 業 職 を 担 当 しており, 勤 続 年 数 は<br />
― 23 ―<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
10 年 を 超 える.E 氏 は 中 途 採 用 の 組 織 メンバー<br />
である. 最 初 は, 掃 除 活 動 が 嫌 で 嫌 で 仕 方 なかっ<br />
たという.そして 現 在 においても 掃 除 に 対 する 積<br />
極 度 が 4 ~ 5 点 と 高 いのに 対 して, 楽 しさは 2 点<br />
であると 自 己 評 価 する.その E 氏 が 掃 除 に 積 極<br />
的 に 取 り 組 み 始 めたのは, 入 社 して 5 ~ 6 年 も<br />
経 った 頃 である.5 ~ 6 年 経 つと, 後 輩 が 増 えて<br />
きて, 後 輩 に 自 分 の 姿 を 示 さねばならないという<br />
責 任 感 が 出 てきたことがきっかけであったとい<br />
う.そこで,どうせやるなら 積 極 的 にやってやろ<br />
うという 開 き 直 った 気 持 ちで 取 り 組 み 始 めた.<br />
E 氏 の 掃 除 活 動 は, 黙 々とやるのが 基 本 である<br />
という. 掃 除 活 動 においては,E 氏 のように 掃 除<br />
に 没 頭 して 黙 々とやるタイプと, 逆 に 周 りと 会 話<br />
をしながら 和 気 藹 々と 掃 除 をするタイプがいる.<br />
E 氏 は, 掃 除 活 動 をしている 時 間 を, 頭 や 仕 事 の<br />
整 理 の 時 間 に 当 てて, 黙 々と 掃 除 をしているとい<br />
う.<br />
開 き 直 った 気 持 ちで 掃 除 活 動 に 積 極 的 に 取 り 組<br />
み 始 めたものの, 約 10 年 を 経 た 現 在 では, 当 た<br />
り 前 のような 気 持 ちで 掃 除 活 動 をしているとい<br />
う.そして 掃 除 活 動 を 続 けた 結 果 , 自 身 の 変 化 と<br />
して, 高 圧 的 で 強 引 な 部 分 がなくなってきたこと<br />
をあげる.すぐに 他 人 を 排 除 することがなくな<br />
り, 謙 虚 さが 身 について,まずは 相 手 の 意 見 を 受<br />
け 入 れることができるようになった 自 分 に 気 づい<br />
ているという.<br />
F 氏 は, 勤 続 年 数 15 年 を 超 える 女 性 社 員 であ<br />
る.この 企 業 が 毎 朝 の 掃 除 活 動 を 実 践 し 始 めて,<br />
今 年 で 17 年 目 になる.F 氏 は, 企 業 全 体 で 掃 除<br />
活 動 を 始 める 前 に 入 社 した 組 織 メンバーである.<br />
掃 除 活 動 開 始 当 初 ,F 氏 の 掃 除 活 動 に 対 する 積 極<br />
度 は 3 点 , 楽 しさは 2 点 であった. 掃 除 活 動 に 参<br />
加 したのは, 社 長 たちが 毎 朝 やるので 参 加 しない<br />
と 申 し 訳 ないという 気 持 ちがあったからだとい<br />
う.しかしながら 現 在 は, 社 長 がやるからという<br />
ことは 関 係 なく, 損 得 勘 定 を 抜 きにして, 掃 除 活<br />
動 に 参 加 しているという. 実 際 , 現 在 の 掃 除 活 動<br />
に 対 する 積 極 度 は 4 点 であり, 楽 しさも 4 点 であ<br />
るとして,ともに 高 い 自 己 評 価 をする.<br />
掃 除 活 動 の 楽 しさとして,F 氏 は 次 の 2 点 をあ<br />
げる.1 つが 掃 除 することで 得 られる 達 成 感 であ<br />
り,もう 1 つは 皆 で 一 緒 にやる 楽 しさやその 楽 し<br />
さを 共 有 し 合 える 楽 しさである.<br />
また 長 年 の 掃 除 活 動 の 継 続 を 通 じて,F 氏 は 積<br />
極 的 に 掃 除 をやらない 人 でなく, 掃 除 をやる 人 の<br />
存 在 が 大 きくなってきたことを 指 摘 する.この 企<br />
業 においても, 冒 頭 の 質 問 票 調 査 の 結 果 が 示 して<br />
いたように, 全 員 が 同 じように 一 所 懸 命 に 掃 除 活<br />
動 をしているわけではない. 当 初 は, 自 分 が 一 所<br />
懸 命 に 掃 除 活 動 をしているのに, 掃 除 活 動 に 積 極<br />
的 でない 人 が 存 在 することに 気 を 留 めていたとい<br />
う.しかし 年 月 の 経 過 とともに, 自 分 よりも 積 極<br />
的 に 掃 除 をやっている 人 の 存 在 が 大 きくなってき<br />
たというのである.また 掃 除 をやる 人 の 良 い 所 を<br />
少 しでも 見 つけるようになってきたともいう. 例<br />
えば, 普 段 は 気 分 屋 で 少 し 付 き 合 いづらい 人 で<br />
も, 掃 除 を 一 緒 にすることでその 人 の 良 い 部 分 が<br />
見 えてくるようになるという.<br />
F 氏 は, 掃 除 を 積 極 的 にやっている 人 かどうか<br />
を 判 別 することは 容 易 であると 指 摘 する. 例 え<br />
ば, 机 の 裏 などの 目 に 付 きにくいところも 自 然 と<br />
掃 除 している 人 が 積 極 的 に 掃 除 をする 人 であると<br />
指 摘 する.また 現 在 の 会 社 は, 掃 除 活 動 に 取 り 組<br />
む 以 前 の 会 社 に 比 べて, 皆 の 仕 事 に 対 する 積 極 性<br />
が 増 し, 段 取 りが 良 くなり,そして 順 序 通 りに 仕<br />
事 を 進 めるようになったという 変 化 を 指 摘 する.<br />
F 氏 自 身 は, 役 に 立 てたかな, 喜 んでくれたか<br />
なという 気 持 ちで 毎 日 掃 除 をしているという.そ<br />
して 掃 除 活 動 を 通 じた 自 身 の 変 化 として, 他 人 の<br />
ことを 考 える 余 裕 ができたことをあげる. 自 分 の<br />
ことしか 考 えられないと, 自 分 の 成 長 は 止 まって<br />
しまうという 考 え 方 をするようになったという.<br />
2. 4 ミドル・マネジメントの 掃 除 活 動<br />
ここでのミドル・マネジメントとは, 各 職 能 の<br />
長 である. 具 体 的 には, 工 場 全 体 の 製 造 面 の 責 任<br />
者 である 製 造 部 長 と, 技 術 面 の 責 任 者 である 技 術<br />
― 24 ―<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
部 長 にインタビューをした.ともに 20 年 を 超 え<br />
て 現 場 を 支 えてきた 組 織 メンバーである.<br />
製 造 部 長 は, 掃 除 活 動 を 始 める 前 の 会 社 は 何 を<br />
やってもバラバラでまとまりがなかったと 振 り 返<br />
る.そして 実 は, 製 造 部 長 自 身 も,トイレ 掃 除 は<br />
汚 く, 面 倒 くさい,それに 掃 除 よりも 仕 事 を 優 先<br />
したいという 思 いが 正 直 なところであったとい<br />
う.ただし, 実 際 にやってみると, 管 理 者 として<br />
いろいろな 良 いことが 生 じたと 指 摘 する.まず,<br />
社 内 の 上 下 関 係 が 緩 やかになってきたことをあげ<br />
る. 仕 事 外 の 扱 いで 掃 除 をするので,お 互 いに 気<br />
楽 に 話 ができるようになったという.また 自 分 も<br />
管 理 職 の 責 務 から 解 き 放 たれる 時 間 ということ<br />
で, 解 放 感 が 味 わえるという.<br />
製 造 部 長 は, 特 に 掃 除 活 動 は 部 下 のしつけに 有<br />
効 であることを 指 摘 する. 掃 除 活 動 では, 手 順 通<br />
りにやること,そしてきちんと 手 早 く 整 理 して 後<br />
始 末 することが 求 められる. 製 造 現 場 の 中 で 不 可<br />
欠 なことが, 掃 除 活 動 を 通 じてしつけることがで<br />
きるというのである.<br />
ただし, 掃 除 活 動 の 宿 命 としてマンネリ 化 とい<br />
う 問 題 もあげる. 掃 除 活 動 は 誰 でもできる 代 わり<br />
に, 単 純 作 業 である.どんなに 汚 いトイレも 1 週<br />
間 も 掃 除 すればピカピカになってしまう.このマ<br />
ンネリ 化 という 掃 除 活 動 の 宿 命 を 乗 り 越 えること<br />
が,さらに 人 の 成 長 を 促 すと 指 摘 する. 製 造 部 長<br />
は,マンネリ 化 への 対 処 として, 掃 除 の 方 法 に<br />
ちょっとした 工 夫 を 加 えて 続 けていくこと,そし<br />
て 自 らに 言 い 聞 かせることの 2 つで 乗 り 越 えるし<br />
かないとする. 製 造 部 長 は, 前 者 を 通 じて 組 織 メ<br />
ンバーの 創 意 工 夫 を, 後 者 を 通 じて 根 気 強 さを 引<br />
き 出 すことができると 考 える.そして 創 意 工 夫 と<br />
根 気 強 さは,いずれも 製 造 現 場 において 不 可 欠 な<br />
ことであると 指 摘 する. 掃 除 活 動 の 継 続 を, 組 織<br />
メンバーの 潜 在 的 な 良 い 部 分 を 引 き 出 していくの<br />
に 有 効 な 手 立 てとして 考 えているのである.なお<br />
製 造 部 長 は, 自 身 の 掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 を 4<br />
点 , 楽 しさを 3 点 として 評 している.<br />
技 術 部 長 は, 掃 除 活 動 を 始 める 前 の 会 社 の 中 に<br />
は, 仕 事 や 会 社 に 対 する 愛 着 心 と 問 題 意 識 が 全 く<br />
欠 如 していたと 振 り 返 る. 残 念 なことに, 地 域 の<br />
企 業 に 就 職 する 人 には 仕 事 だけでなく,あらゆる<br />
ことに 対 して 意 欲 が 低 い 人 が 少 なくないという.<br />
仕 事 も 含 めて 何 に 対 しても 意 欲 が 低 いために, 執<br />
着 心 や 問 題 意 識 を 高 めたり,ましてや 愛 着 心 を 持<br />
たせたりすることが 容 易 でなかったことを 指 摘 す<br />
る.また 当 時 は, 多 く 従 業 員 が 始 業 直 前 に 会 社 に<br />
来 て, 終 業 時 間 になればすぐに 会 社 を 飛 び 出 して<br />
いったという.そうした 状 況 下 では, 何 を 話 し 聞<br />
かせても, 社 長 が 講 演 をしても,ただ 雰 囲 気 が 悪<br />
くなるだけで 逆 効 果 でしかなかったと 振 り 返 る.<br />
しかし 掃 除 活 動 を 毎 日 続 けることで, 自 分 で 磨<br />
いたトイレや 設 備 を 大 切 に 扱 う 意 識 が 芽 生 えてき<br />
たという.また 自 分 で 磨 いた 設 備 についてもっと<br />
知 りたいと 思 う 問 題 意 識 が 芽 生 え,さらに 自 分 で<br />
掃 除 したトイレや 設 備 がある 会 社 に 対 しても 愛 着<br />
心 が 高 まっていったという. 技 術 部 長 は, 同 じト<br />
イレや 設 備 を 掃 除 させることによって,その 人 の<br />
愛 着 心 や 問 題 意 識 の 進 化 の 度 合 いが 容 易 に 判 断 で<br />
きることも 指 摘 する.<br />
技 術 部 では, 特 に 技 術 的 な 問 題 を 発 見 し 解 決 す<br />
ることが 求 められる. 技 術 部 長 は, 掃 除 活 動 を 通<br />
じて,メンバーの 問 題 意 識 が 高 まっただけでな<br />
く, 問 題 発 見 の 方 法 も 変 化 したことを 指 摘 する.<br />
データを 見 ながら 問 題 発 見 をするのではなく,ま<br />
ず 現 場 に 行 って, 掃 除 同 様 に, 目 で 見 て 触 れて 問<br />
題 発 見 に 努 めるようになってきたという.<br />
技 術 部 長 は, 自 分 自 身 の 変 化 について, 命 令 で<br />
なく 人 を 動 かすにはどうすれば 良 いのかを 考 える<br />
ようになったことをあげる. 特 に 地 域 での 掃 除 大<br />
会 では, 部 長 という 肩 書 きが 全 く 通 じなくなる.<br />
掃 除 だけでなく 仕 事 においても, 肩 書 きを 背 景 と<br />
した 指 導 をしないように 変 化 したというのであ<br />
る.<br />
2. 5 トップ・マネジメントの 掃 除 活 動<br />
現 在 の 総 務 部 長 は, 品 質 保 証 部 長 や 営 業 部 長 を<br />
歴 任 してこの 企 業 を 支 え 続 けた 組 織 メンバーであ<br />
― 25 ―<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
り, 田 中 社 長 とともに 苦 楽 をともにしてきた 番 頭<br />
的 な 存 在 である.また 社 内 外 の 掃 除 活 動 について<br />
も 常 に 率 先 垂 範 をし, 掃 除 活 動 の 中 心 的 な 役 割 を<br />
担 ってきた 存 在 である.<br />
総 務 部 長 は, 掃 除 活 動 をリードしていくにあ<br />
たって, 一 時 期 は 掃 除 の 技 術 論 を 追 求 したことも<br />
あったという.よりきれいに 掃 除 をするにはどう<br />
すれば 良 いのか,より 効 率 的 に 掃 除 をするにはど<br />
うすれば 良 いのか,それを 皆 にどう 伝 えていくの<br />
かを 追 求 したのである.しかし 社 外 の 掃 除 大 会 に<br />
おいて 一 般 の 人 をリードしていく 機 会 を 重 ねるに<br />
したがって, 参 加 者 が 喜 んでくれることや 満 足 し<br />
てくれることを 重 視 するようになったという. 熟<br />
練 者 である 総 務 部 長 の 目 から 見 て,まだまだきれ<br />
いになっていなくともかまわない.きれいになっ<br />
たことでなく, 参 加 者 の 喜 びや 満 足 感 が, 自 らの<br />
喜 びや 満 足 感 になってきたというのである.また<br />
掃 除 指 導 の 過 程 では, 相 手 にあわせた 説 明 力 と,<br />
時 にはやさしさだけでなく 方 向 性 をきっちりと 示<br />
す 強 さも 要 求 されるという.<br />
総 務 部 長 は, 長 年 の 掃 除 活 動 の 継 続 を 通 じた 自<br />
身 の 変 化 として, 次 の 3 つをあげる. 第 1 が, 掃<br />
除 をやり 続 けられたことによって, 自 分 に 対 する<br />
自 信 が 湧 いてきたことである. 第 2 として,やさ<br />
しく 待 つことができるようになったことをあげ<br />
る. 掃 除 活 動 を 始 めた 人 が 喜 びや 満 足 を 得 るため<br />
には, 時 間 が 要 する.また 喜 びや 満 足 を 得 るため<br />
に 要 する 時 間 は, 人 によって 様 々であり, 相 手 の<br />
時 計 にあわせる 必 要 があるからである.そして 第<br />
3 に, 価 値 観 の 変 化 をあげる. 会 社 のために 掃 除<br />
をやらねばという 意 識 はほとんどなくなってお<br />
り, 現 在 は 自 然 体 で 掃 除 に 向 かっているという.<br />
それに 伴 って, 損 得 を 第 1 にしない 価 値 観 へと 変<br />
化 してきたという.<br />
また 総 務 部 長 は, 掃 除 活 動 を 皆 で 実 践 すること<br />
によって, 社 内 に 次 の 3 つの 価 値 観 を 形 成 し, 共<br />
有 させていきたいという 考 えがあるとする. 第 1<br />
がルールを 守 るという 価 値 観 , 第 2 が 他 人 のこと<br />
を 考 えるという 価 値 観 , 第 3 がリーダーを 育 てて<br />
いくという 価 値 観 である.<br />
この 企 業 において 実 務 的 な 長 を 務 めているの<br />
は, 事 業 部 長 である. 田 中 社 長 自 身 が, 社 長 の 役<br />
割 は 働 きやすい 環 境 作 りをすることと, 会 社 の 目<br />
的 を 明 示 することであると 繰 り 返 し 表 明 してお<br />
り, 企 業 全 体 の 実 務 的 な 長 は 事 業 部 長 に 任 されて<br />
いる. 現 在 の 事 業 部 長 は,1983 年 に 入 社 して,<br />
2005 年 から 事 業 部 長 に 就 任 している.<br />
事 業 部 長 自 身 は, 毎 朝 の 掃 除 活 動 を 無 意 識 に 近<br />
い 状 態 で 実 践 しているという. 毎 朝 , 当 たり 前 に<br />
歯 を 磨 くように, 当 たり 前 に 掃 除 をしているとい<br />
う. 総 務 部 長 のいう 自 然 体 という 状 態 に 近 いのか<br />
もしれない.<br />
ただし, 全 くの 無 意 識 ではなくて, 時 に 意 識 的<br />
な 状 態 で 掃 除 をするという. 例 えば, 経 営 幹 部<br />
は, 他 の 組 織 メンバーよりも 早 く 会 社 に 来 て, 会<br />
社 の 周 りを 掃 除 している. 毎 朝 , 地 域 の 小 学 生 が<br />
通 学 で 通 るので, 事 業 部 長 から 挨 拶 をしてみる.<br />
やがて, 小 学 生 からも 自 然 と 挨 拶 が 返 ってくるよ<br />
うになってくる.その 時 期 が, 意 識 的 な 状 態 での<br />
掃 除 活 動 である.そして 小 学 生 との 挨 拶 が 日 常 化<br />
すると,また 無 意 識 に 近 い 状 態 に 戻 って 掃 除 をす<br />
るという 感 じである.<br />
事 業 部 長 は, 長 年 の 掃 除 活 動 の 継 続 を 通 じた 自<br />
身 の 変 化 として, 自 分 の 心 に 余 裕 が 出 てきたこと<br />
をあげる.せっかくトイレを 掃 除 したのだからき<br />
れいに 使 ってもらわなくては 困 るというのではな<br />
く, 毎 日 掃 除 をするのだから 汚 れたらまた 掃 除 を<br />
すれば 良 いという 余 裕 .きれいなトイレを 使 って<br />
もらえてうれしいという 余 裕 .さらに 自 分 に 余 裕<br />
が 出 てきたために, 会 社 以 外 の 人 も 含 めた 他 の 人<br />
のことにまで 気 を 配 れるようになった 余 裕 であ<br />
る. 事 業 部 長 自 身 は, 掃 除 活 動 に 対 する 積 極 度 と<br />
楽 しさをともに 5 点 満 点 と 自 己 評 価 する.<br />
3. 発 見 事 実 :トイレ 掃 除 活 動 の 意 味<br />
本 節 では, 前 節 の 調 査 結 果 を 整 理 し, 発 見 事 実<br />
を 示 していく.そして 発 見 事 実 を 手 がかりにし<br />
て, 第 1 の 研 究 目 的 である, 企 業 におけるトイレ<br />
― 26 ―<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
掃 除 活 動 の 意 味 を 探 究 する.つまり, 毎 朝 , 皆 で<br />
掃 除 活 動 をすることで, 企 業 に 宿 る 精 神 を 提 示 し<br />
ていくことにする. 具 体 的 には,トイレをはじめ<br />
とする 掃 除 活 動 を 毎 日 実 践 し 続 けることによっ<br />
て, 企 業 の 中 の 個 人 に 宿 る 精 神 と, 組 織 に 宿 る 精<br />
神 との 2 つに 分 けて 示 す.<br />
3. 1 掃 除 活 動 を 通 じて 個 人 に 宿 る 精 神<br />
第 1 の 発 見 事 実 として,トイレ 掃 除 をはじめと<br />
する 掃 除 活 動 が, 組 織 メンバーに 様 々な 感 情 を 引<br />
き 起 こしていくことをあげる. 特 にトイレを 素 手<br />
で 時 間 をかけて 掃 除 することは, 心 理 的 に 大 きな<br />
衝 撃 を 与 えていた.<br />
ためらい, 嫌 々といった 否 定 的 な 感 情 , 逆 に 爽<br />
快 さや 達 成 感 といった 積 極 的 な 感 情 ,なぜ 自 分 が<br />
するのかといったようなわだかまりや 継 続 するこ<br />
とのマンネリ 感 のような 少 し 冷 めたような 客 観 的<br />
な 感 情 ,そして 開 き 直 っての 思 いっきりや 段 々と<br />
のめりこんでいくといった 熱 い 主 観 的 な 感 情 な<br />
ど, 実 に 様 々な 感 情 を 引 き 起 こしていた.トイレ<br />
掃 除 をはじめとする 掃 除 活 動 は, 全 ての 組 織 メン<br />
バーに, 何 からの 感 情 を 確 実 に 引 き 起 こしていた<br />
のである.<br />
一 つの 仕 事 において,これだけ 多 種 多 様 な 感 情<br />
が 引 き 起 こされることはあまりない. 逆 に,どち<br />
らかといえば 喜 怒 哀 楽 を 抑 制 して,できるだけ 感<br />
情 を 表 に 出 さないことが, 仕 事 においては 求 めら<br />
れる.しかし 掃 除 活 動 を 通 じて, 組 織 メンバーは<br />
まず 様 々な 感 情 を 豊 かに 表 出 させて,そして 今 ま<br />
での 自 分 自 身 のものの 考 え 方 や 感 じ 方 を 揺 さぶっ<br />
ていたのである.<br />
ものの 考 え 方 や 見 方 , 感 じ 方 をパラダイムとい<br />
う. 企 業 の 変 革 や 再 生 の 過 程 において, 大 きな 障<br />
害 になるのが, 組 織 メンバーのパラダイム 変 革 が<br />
上 手 く 進 まないことがあげられる( 加 護 野 ,<br />
1988). 徹 底 した 掃 除 の 体 験 は, 組 織 メンバーに<br />
多 様 な 感 情 や 考 え 方 を 引 き 起 こして, 新 しいパラ<br />
ダイムを 模 索 させていく 契 機 となっていた. 掃 除<br />
活 動 が, 組 織 メンバーのパラダイム 変 革 を 促 進 し<br />
ていたのである.<br />
ただし, 既 存 のパラダイムに 固 執 する 組 織 メン<br />
バーも 存 在 する. 掃 除 活 動 を 拒 み 続 けるメンバー<br />
であり, 最 終 的 には 組 織 に 残 存 することが 困 難 に<br />
なるメンバーである. 実 際 に, 調 査 対 象 企 業 を 始<br />
め, 毎 朝 の 掃 除 活 動 を 始 めた 企 業 においては, 掃<br />
除 活 動 になじめずに 組 織 を 去 る 人 が 特 に 初 期 の 段<br />
階 で 生 じたことが 報 告 されている.<br />
第 2 の 発 見 事 実 は, 掃 除 活 動 は 組 織 メンバーに<br />
様 々な 感 情 を 引 き 起 こすものの, 掃 除 活 動 の 継 続<br />
によって 一 定 の 傾 向 で 感 情 が 変 化 していくことで<br />
ある. 掃 除 活 動 を 繰 り 返 すことで, 多 くの 組 織 メ<br />
ンバーはパターン 化 した 感 情 の 変 化 を 示 すのであ<br />
る.つまり, 掃 除 活 動 を 継 続 する 企 業 の 中 では,<br />
組 織 メンバーに 共 通 した 精 神 が 宿 るのである. 以<br />
下 では, 感 情 の 変 化 について, 感 情 の 対 象 と 目 的<br />
の 2 つの 変 化 に 分 けて 整 理 していくことにする.<br />
1 番 目 の 変 化 は, 有 形 なものを 対 象 にした 楽 し<br />
みや 満 足 でなく, 無 形 なものを 対 象 にした 楽 しみ<br />
や 満 足 へと 変 化 していたことである. 掃 除 活 動 の<br />
経 験 年 数 が 長 くない 組 織 メンバーは, 特 に 有 形 な<br />
ものを 対 象 にして 楽 しみや 満 足 を 獲 得 していた.<br />
具 体 的 には, 入 社 して 2 年 目 のメンバーの 示 して<br />
いたことが 該 当 する. 便 器 がきれいになったこと<br />
に 対 する 満 足 や,ワックスをかけることに 対 する<br />
楽 しみなどである.<br />
一 方 で, 掃 除 の 経 験 年 数 が 長 くなるに 伴 って,<br />
無 形 なものを 対 象 にした 楽 しみや 満 足 を 表 明 して<br />
いた. 具 体 的 には, 皆 で 一 緒 に 掃 除 活 動 をやるこ<br />
とに 楽 しさを 覚 えたり, 一 緒 に 掃 除 をやったメン<br />
バーの 人 柄 を 深 く 知 れたりしたことに 対 する 喜 び<br />
などである.つまり 掃 除 をやり 続 けることによっ<br />
て, 有 形 なものから 無 形 なものに 対 して 感 情 の 矛<br />
先 が 変 化 していくのである.<br />
かたちの 見 えるものは,すぐに 変 化 がわかる 対<br />
象 であるとともに, 有 限 の 対 象 である.つまり,<br />
すぐに 楽 しみや 満 足 を 覚 えるとともに, 飽 きがき<br />
てしまうのである.かたちの 見 えないものは, 変<br />
化 のわかりにくい 対 象 であるが, 無 限 の 対 象 であ<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
る. 長 く 掃 除 をし 続 けるためには, 無 形 のものを<br />
対 象 にした 楽 しみや 満 足 を 見 出 していくことが 必<br />
要 になるのである.<br />
2 番 目 の 変 化 としては, 何 のために,あるいは<br />
誰 のために 掃 除 をするのかという 目 的 にも 変 化 が<br />
生 じていたことである. 入 社 2 年 目 の 組 織 メン<br />
バーは, 自 分 を 磨 くため,すなわち 自 己 成 長 のた<br />
めに 掃 除 をしていた.また 彼 らは, 掃 除 の 行 為 自<br />
体 に 楽 しみを 感 じていた. 掃 除 によるフロー 体<br />
験<br />
9) である(Csikszentmihalyi, 1990). 掃 除 経 験<br />
の 比 較 的 短 い 組 織 メンバーは, 自 分 のために,す<br />
なわち 利 己 的 な 目 的 のために 掃 除 をしていたので<br />
ある.<br />
一 方 , 掃 除 活 動 の 回 数 を 積 み 重 ねていくと, 自<br />
分 のためではなく, 他 人 のためへと 目 的 が 変 化 し<br />
ていた. 例 えば, 次 にトイレを 使 う 人 のために 掃<br />
除 をする,ゆっくりと 落 ちついて 使 ってもらいた<br />
くて 掃 除 をするといったことが 該 当 する.つま<br />
り, 掃 除 活 動 の 経 験 を 重 ねていくほど, 他 人 のた<br />
めという 利 他 的 な 目 的 で 掃 除 をするようになって<br />
いくのである.<br />
さらに 掃 除 活 動 を 続 ける 組 織 メンバーは, 自 然<br />
体 ,あるいは 無 意 識 に 近 い 状 態 で 日 々の 掃 除 活 動<br />
を 実 践 していた. 少 しでも 評 価 されたいという 自<br />
分 のために 掃 除 をするのではない.また 会 社 のた<br />
めに 掃 除 するわけでもない. 誰 のためでもなく,<br />
ただただ 毎 朝 掃 除 をするのである. 損 得 や 見 返 り<br />
を 抜 きにして, 肩 の 力 を 抜 いて, 掃 除 に 励 んでい<br />
るのである.<br />
したがって, 掃 除 活 動 の 目 的 の 変 化 としては,<br />
掃 除 活 動 を 重 ねるにつれて, 自 分 のためから 他 人<br />
のためへとまず 変 化 する.さらには, 他 人 のため<br />
から 誰 のためでもない,もしくは 自 分 も 含 めた 不<br />
特 定 多 数 の 人 のためへと 目 的 が 変 化 していたとし<br />
て 整 理 できる.<br />
事 実 , 入 社 して 2 年 目 の 組 織 メンバーは, 掃 除<br />
活 動 に 対 する 積 極 度 よりも 楽 しさが 上 回 ってい<br />
た. 自 分 のために 掃 除 するから, 楽 しいのであ<br />
る.5 年 目 を 越 えたあたりから, 積 極 性 が 高 まっ<br />
ていた. 自 分 のための 掃 除 活 動 でないから, 懸 命<br />
にせざるを 得 ないである.さらに 長 年 に 渡 って 掃<br />
除 をし 続 ける 組 織 メンバーは, 特 定 の 誰 かのため<br />
でも, 特 定 の 何 かの 目 的 ためでもなく,ただ 自 然<br />
に 掃 除 をするために, 積 極 度 も 楽 しさも 高 い 状 態<br />
で 維 持 できていたのである.<br />
以 上 から, 掃 除 活 動 の 継 続 を 通 じて, 個 人 に 宿<br />
る 精 神 としては, 次 の 2 点 に 整 理 することができ<br />
る. 第 1 は, 有 形 なものではなくて, 無 形 なもの<br />
に 対 して 楽 しみや 満 足 を 覚 える 精 神 が 宿 ることで<br />
ある. 第 2 は, 利 己 および 自 力 を 重 んじる 精 神 か<br />
ら, 利 他 および 自 力 を 重 んじる 精 神 へと 展 開 し<br />
て, 最 終 的 には 利 他 および 他 力 を 重 んじる 精 神 が<br />
組 織 メンバーに 宿 ることである.<br />
ここで, 利 己 と 利 他 ,そして 自 力 と 他 力 につい<br />
ての 整 理 をしておく. 利 己 と 利 他 は, 誰 のため<br />
に, 何 のためにするのかについての 差 異 である.<br />
利 己 は 自 分 のためであり, 利 他 は 自 分 以 外 のため<br />
である. 利 他 にはさらに 2 つある.1 つが 他 人 の<br />
ためであり,もう 1 つが 誰 のためでもないという<br />
2 つである. 誰 のためでもないというのは, 同 僚<br />
や 顧 客 といった 特 定 の 他 人 のためではなくて, 不<br />
特 定 の 人 もしくは 全 ての 人 のために 掃 除 をすると<br />
いうことである. 誰 のためにやっているのか, 何<br />
のためにやっているのかが 本 人 でさえあまり 明 確<br />
に 認 識 していない 状 態 である. 損 得 勘 定 を 考 えず<br />
に, 特 定 の 目 的 なしに,ただただ 掃 除 をするとい<br />
う 状 態 である.<br />
自 力 と 他 力 は,どのように 掃 除 をするのかにつ<br />
いての 差 異 である. 利 己 と 利 他 が What について<br />
の 差 異 であるのに 対 して, 自 力 と 他 力 の 差 異 は<br />
How についての 差 異 であるとして 区 別 できる.<br />
自 力 は, 自 分 の 力 で 懸 命 に 頑 張 るという 状 態 であ<br />
る.そして 自 分 の 力 を 向 上 するために,さらに 懸<br />
命 に 頑 張 るという 循 環 が 生 まれる. 当 然 , 逆 の 循<br />
環 が 生 じる 危 険 性 もある. 向 上 しないから 頑 張 ら<br />
ない, 頑 張 らないから 向 上 しないという 悪 循 環 で<br />
ある.<br />
一 方 の 他 力 は, 他 人 まかせにするということで<br />
― 28 ―<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
はない. 自 分 の 力 の 限 界 を 認 識 して,より 大 きな<br />
ものの 力 に 包 み 込 まれるといった 状 態 である. 五<br />
木 (1998)は, 俗 にいう 他 力 本 願 と 区 別 するため<br />
に, 本 願 他 力 と 表 現 する.「いろんな 小 賢 しい 考<br />
えを 捨 てて, 素 直 に 全 身 で 相 手 に 身 を 任 せるこ<br />
と,すべてをゆだねること( 五 木 ,pp. 36-37)」<br />
というように 全 身 全 霊 を 賭 けて 自 分 を 預 けた 状 態<br />
が 他 力 である.<br />
柳 (1948)は, 無 名 の 庶 民 たちの 手 仕 事 がつく<br />
り 出 した 民 芸 品 の 美 しさに 注 目 して,その 美 しさ<br />
が 長 年 に 渡 る 手 仕 事 の 継 続 によるものであるこ<br />
と,そして 手 仕 事 を 繰 り 返 すことによって, 他 力<br />
の 精 神 が 宿 っていくことを 論 じている. 掃 除 活 動<br />
もまさに 手 仕 事 であって, 毎 日 繰 り 返 すことに<br />
よって 個 人 の 中 に 他 力 の 精 神 が 宿 っていくのであ<br />
る.<br />
人 間 の 自 由 に 任 せるものは,とかく 過 ちを 犯 し<br />
がちであります. 人 間 は 完 全 なものではないから<br />
であります.これに 反 して 自 然 は 法 則 の 世 界 です<br />
から 誤 りに 落 ちることがありません. 仮 令 誤 りが<br />
起 こるとも, 罪 からは 遠 いでありましょう. 実 用<br />
的 な 品 物 に 美 しさが 見 られるのは, 背 後 にかかる<br />
法 則 が 働 いているためであります.これを 他 力 の<br />
美 しさと 呼 んでもよいでありましょう. 他 力 とい<br />
うのは 人 間 を 超 えた 力 を 指 すのであります. 自 然<br />
だとか 伝 統 だとか 理 法 だとか 呼 ぶものは, 凡 てか<br />
かる 大 きな 他 力 であります.かかることへの 従 順<br />
さこそは,かえって 美 を 生 む 大 きな 原 因 となるの<br />
であります.なぜなら 他 力 に 任 せきる 時 , 新 たな<br />
自 由 の 中 に 入 るからであります.( 柳 ,p. 233)<br />
3. 2 掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 宿 る 精 神<br />
次 に,トイレをはじめとする 掃 除 活 動 の 継 続 を<br />
通 じて, 組 織 に 宿 る 精 神 を 探 究 する. 特 定 の 個 人<br />
に 宿 る 精 神 でなく, 掃 除 活 動 の 年 数 が 異 なる 組 織<br />
メンバーから 構 成 される 組 織 に 宿 る 精 神 である.<br />
前 項 の 発 見 事 実 から, 掃 除 活 動 を 続 けている 組 織<br />
の 中 には,3 種 類 の 組 織 メンバーが 存 在 すること<br />
が 示 された. 第 1 が, 自 力 と 利 己 の 精 神 を 備 えた<br />
組 織 メンバーである. 第 2 が, 自 力 と 利 他 の 精 神<br />
を 備 えた 組 織 メンバーである. 第 3 が, 他 力 と 利<br />
他 の 精 神 を 備 えた 組 織 メンバーである. 掃 除 活 動<br />
の 経 験 年 数 によって, 宿 る 精 神 が 変 化 していくの<br />
である. 異 なる 精 神 を 備 えた 組 織 メンバーである<br />
から, 大 切 にすることも 当 然 異 なってくる.<br />
第 1 の 自 力 と 利 己 の 精 神 を 宿 した 組 織 メンバー<br />
たちは, 有 形 のものを 大 切 にする. 自 力 ,すなわ<br />
ち 自 分 の 力 の 成 長 が 実 感 できて, 利 己 的 な 目 的 の<br />
達 成 の 確 認 が 容 易 であるために, 目 に 見 える 成 果<br />
を 求 めるのである.したがって, 掃 除 活 動 を 始 め<br />
たばかりの 組 織 メンバーたちは, 掃 除 活 動 を 通 じ<br />
て, 手 順 や 規 則 を 守 るようになる.また 手 際 の 良<br />
さを 大 切 にするようになる.いずれも, 目 に 見 え<br />
て,すぐに 向 上 度 ・ 変 化 度 がわかる 成 果 である.<br />
掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 宿 る 第 1 の 精 神 は, 手 順<br />
や 規 則 を 守 り,そして 手 際 の 良 さを 大 切 にすると<br />
いう 精 神 である.<br />
自 力 と 利 己 の 精 神 を 宿 した 組 織 メンバーたち<br />
は,やがて 目 に 見 えにくい 成 果 を 求 めるようにな<br />
る. 掃 除 活 動 を 続 けていけば, 手 順 や 手 続 きを 覚<br />
え, 手 際 も 良 くなる.そして 汚 いトイレや 設 備 も<br />
きれいになる. 目 に 見 える 成 果 だけを 追 い 求 めて<br />
いけば,マンネリという 状 態 に 陥 りやすくなる.<br />
そこで, 無 形 の 成 果 を 求 めるようになる. 変 化 で<br />
なく, 不 変 ということが 成 果 になる. 昨 日 と 変 わ<br />
らないこと,すなわち 正 常 な 状 態 を 保 つことを 大<br />
切 にするようになる. 逆 にいうと, 異 常 を 嫌 うた<br />
めに, 異 常 への 察 知 が 早 い 組 織 であり, 気 づきが<br />
ある 組 織 である. 掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 宿 る 第<br />
2 の 精 神 は, 異 常 への 気 づきがあって, 正 常 な 状<br />
態 を 保 つことを 大 切 にするという 精 神 である.<br />
長 年 の 掃 除 活 動 の 継 続 を 通 じて,やがて 利 他 の<br />
精 神 が 備 わってくる. 自 力 および 利 他 の 精 神 を 備<br />
えた 組 織 メンバーたちは, 以 前 にも 増 して, 懸 命<br />
に 掃 除 をするようになる. 自 身 の 楽 しみのためで<br />
なく, 他 者 のために 積 極 的 に 掃 除 をするようにな<br />
るからである. 掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 宿 る 第 3<br />
の 精 神 は, 他 人 のためになることに 楽 しさや 喜 び<br />
― 29 ―<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
を 感 じ, 自 分 以 外 のために 時 間 を 費 やすことや 他<br />
人 とともに 活 動 することを 大 切 にするという 精 神<br />
である.<br />
さらに 掃 除 活 動 を 続 けると, 利 他 の 精 神 に 加 え<br />
て, 他 力 の 精 神 を 宿 すことになる. 何 かの 目 的 や<br />
利 益 のために 掃 除 をするのではない. 誰 かのため<br />
に 掃 除 するのでもない. 自 他 の 区 別 なく, 皆 のた<br />
めに 掃 除 するという 状 態 である. 自 分 が 中 心 で<br />
も, 他 人 が 中 心 でもない. 同 様 に, 掃 除 と 仕 事 の<br />
境 界 もなくなってくる. 仕 事 と 掃 除 の 間 に 主 副 の<br />
関 係 がなくなってくる. 仕 事 が 中 心 でも, 掃 除 が<br />
中 心 でもない.あえて 言 うならば, 仕 事 も 掃 除 も<br />
全 てのことが 中 心 である. 利 他 と 他 力 の 精 神 を 宿<br />
した 組 織 メンバーたちは, 全 ての 人 のために, 全<br />
てのことを 引 き 受 けようとするのである. 掃 除 活<br />
動 を 通 じて 組 織 に 宿 る 第 4 の 精 神 は,あらゆるこ<br />
とを 受 容 し, 仕 事 以 外 のためにも 時 間 を 費 やすこ<br />
とを 大 切 にするという 精 神 である.<br />
以 上 から, 掃 除 活 動 を 通 じて, 組 織 に 宿 る 精 神<br />
としては, 次 の 4 つに 整 理 することができる. 第<br />
1 は, 手 順 や 規 則 を 守 ること, 手 際 の 良 くするこ<br />
とを 大 切 にするという 精 神 である. 第 2 は, 異 常<br />
に 気 づき, 正 常 を 保 つことを 大 切 にするという 精<br />
神 である. 第 3 は, 他 人 のためになることや 他 人<br />
とともに 活 動 することを 大 切 にするという 精 神 で<br />
ある. 第 4 は,あらゆることを 引 き 受 けて, 仕 事<br />
でないことも 大 切 にするという 精 神 である.<br />
4. 仮 説 提 示 :トイレ 掃 除 活 動 の 効 用<br />
本 節 では, 毎 日 の 掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 宿 っ<br />
た 精 神 が, 企 業 に 対 してどのような 効 用 をもたら<br />
すのかを 仮 説 として 提 示 していく.<br />
前 節 では, 掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 4 つの 精 神<br />
が 宿 ることを 発 見 事 実 として 見 出 した. 第 1 が,<br />
手 順 をきちんと 守 ることや 手 際 を 良 くすることを<br />
大 切 にするという 精 神 であった. 組 織 としては,<br />
無 駄 を 嫌 う 組 織 , 無 駄 が 少 ない 組 織 になってい<br />
く.つまり 問 題 解 決 の 処 理 スピードが 早 い 組 織 ,<br />
問 題 処 理 能 力 が 高 い 組 織 になっていくことが 期 待<br />
できる.<br />
組 織 に 宿 る 精 神 の 第 2 が, 正 常 な 状 態 を 知 り 保<br />
つことを 大 切 にするという 精 神 であった. 組 織 と<br />
しては, 異 常 を 嫌 う 組 織 , 気 づきのある 組 織 に<br />
なっていく.つまり 異 常 を 発 見 できる 組 織 ,すな<br />
わち 問 題 発 見 能 力 が 高 い 組 織 となっていくことが<br />
期 待 できるのである.<br />
Newell, Shaw and Simon(1962)は, 問 題 解 決<br />
には 2 つのプロセスが 必 要 であるとする. 産 出 プ<br />
ロセスと 判 別 プロセスの 2 つである.つまり 問 題<br />
を 発 見 してうまく 捉 えていくことと,その 問 題 を<br />
適 切 に 処 理 していくことが 必 要 とされるのであ<br />
る. 毎 日 の 掃 除 活 動 を 通 じて, 第 1 と 第 2 の 精 神<br />
を 組 織 に 宿 した 組 織 は, 問 題 発 見 能 力 と 問 題 処 理<br />
能 力 がともに 高 い 組 織 であり, 問 題 解 決 能 力 の 高<br />
い 組 織 になれる 可 能 性 があるのである.<br />
掃 除 活 動 を 通 じて 組 織 に 宿 る 第 3 の 精 神 は, 他<br />
人 のためになることや 他 人 とともに 活 動 すること<br />
を 大 切 にする 精 神 であった. 利 他 の 精 神 に 満 ちた<br />
組 織 であり,まずは 自 分 ではないという 優 先 順 位<br />
や 判 断 基 準 を 持 った 組 織 である. 優 先 順 位 が 明 確<br />
であるために, 組 織 としては 取 捨 選 択 能 力 ・ 判 断<br />
能 力 が 高 くなっていくことが 期 待 できる.そして<br />
第 4 が, 仕 事 以 外 のことも 仕 事 と 同 様 に 大 切 にす<br />
る 精 神 である. 他 力 の 精 神 に 基 づいた 組 織 であ<br />
り, 何 でも 積 極 的 に 引 き 受 けるという 受 容 力 の 高<br />
い 組 織 である. 新 規 なものを 拒 絶 しないという 柔<br />
軟 性 の 高 い 組 織 になっていくことが 期 待 できるの<br />
である.<br />
加 護 野 (1988)は, 企 業 が 経 営 活 動 を 通 じてパ<br />
ラダイムを 形 成 していくことを 論 じる.この 企 業<br />
パラダイムは, 時 間 とともに 精 緻 化 して 固 定 化 し<br />
ていく 傾 向 がある.その 結 果 , 組 織 にとって 慣 れ<br />
親 しんだ 問 題 は,より 効 率 的 に 解 決 することがで<br />
きるようになる. 一 方 で, 組 織 にとって 新 奇 な 問<br />
題 が 受 け 入 れられにくくなる 危 険 性 も 生 み 出 す.<br />
時 には 環 境 変 化 の 気 づけずに, 時 代 に 取 り 残 され<br />
てしまいかねないこともある.つまり 企 業 は,あ<br />
る 時 点 での 静 態 的 な 問 題 解 決 能 力 を 向 上 させてい<br />
― 30 ―<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
くと, 長 期 的 な 動 態 的 問 題 解 決 能 力 を 低 下 させて<br />
しまうというジレンマが 生 じやすいのである.<br />
掃 除 活 動 を 継 続 して 実 践 している 企 業 において<br />
は, 第 1 と 第 2 の 精 神 によって 組 織 の 静 態 的 な 問<br />
題 解 決 能 力 が 高 まっていく 可 能 性 のあることを 先<br />
に 示 した.さらに 第 3 と 第 4 の 精 神 と 備 えること<br />
によって, 組 織 の 動 態 的 な 問 題 解 決 能 力 が 高 まっ<br />
ていく 可 能 性 もある. 第 4 の 他 力 の 精 神 によっ<br />
て, 組 織 の 受 容 力 が 高 まり,その 企 業 は 何 でも 積<br />
極 的 に 受 け 入 れようとする. 新 奇 なものを 拒 まな<br />
いどころか,むしろ 積 極 的 に 歓 迎 する.そして 第<br />
3 の 精 神 である, 利 他 の 精 神 によって,まず 自 分<br />
ではないという 明 確 な 優 先 順 位 を 備 えている. 他<br />
人 が 喜 ぶことや 満 足 すること 優 先 するために, 多<br />
種 多 様 なものを 受 容 しても 内 部 に 混 乱 が 生 じない<br />
のである.したがって, 毎 日 掃 除 活 動 を 継 続 する<br />
企 業 は, 掃 除 活 動 を 通 じて 宿 した 4 つの 精 神 が 結<br />
びつき 合 うことによって, 企 業 の 問 題 解 決 能 力 が<br />
長 期 持 続 的 に 向 上 することを 仮 説 として 提 示 する<br />
( 図 1 を 参 照 ).<br />
利 他 と 他 力 の 精 神 を 備 えた 組 織 は, 素 早 い 問 題<br />
解 決 能 力 ( 静 態 的 な 問 題 解 決 能 力 )だけでなく,<br />
幅 広 い 問 題 に 対 する 解 決 能 力 ( 動 態 的 な 問 題 解 決<br />
能 力 )も 備 える 組 織 となる. 仕 事 だけでなく 仕 事<br />
以 外 も 含 めて, 多 種 多 様 な 幅 広 い 問 題 を 組 織 に 取<br />
り 込 んで 解 決 してきた 経 験 によって, 備 わったの<br />
である. 結 果 的 に, 毎 朝 皆 で 掃 除 をし 続 けている<br />
企 業 は, 素 早 い 問 題 解 決 能 力 と 広 範 囲 な 問 題 解 決<br />
力 を 活 かすことで, 様 々な 顧 客 の 様 々な 要 求 に 容<br />
易 に 対 応 ができる 企 業 となっている. 経 営 指 標 に<br />
おいては, 取 引 顧 客 数 が 継 続 的 に 増 加 したり, 取<br />
り 扱 える 製 品 やサービスの 数 が 継 続 的 に 増 加 した<br />
りすることで 現 れ 出 る.<br />
例 えば, 調 査 対 象 企 業 の 東 海 神 栄 電 子 工 業 株 式<br />
会 社 は,プリント 基 板 の 製 造 販 売 を 事 業 として 営<br />
んでいるが, 顧 客 の 要 望 に 応 えて, 片 面 基 板 から<br />
両 面 基 板 へ,そして 多 層 基 板 の 製 造 販 売 を 行 うこ<br />
とによって, 顧 客 数 や 取 引 量 を 増 やしてきた.さ<br />
らに 取 引 の 過 程 では, 調 査 対 象 企 業 内 のトイレや<br />
設 備 の 清 潔 さや, 従 業 員 の 対 応 の 素 晴 らしさを 取<br />
引 相 手 が 目 のあたりにして, 新 たな 受 注 が 決 定 す<br />
る 例 も 少 なくない.<br />
同 様 に, 毎 朝 のトイレ 掃 除 活 動 を 実 践 している<br />
他 の 企 業 においても, 取 引 相 手 数 が 継 続 的 に 増 加<br />
したり, 取 り 扱 える 製 品 やサービスの 数 が 継 続 的<br />
に 増 加 したりしていくことが 報 告 されている. 例<br />
えば, 大 里 綜 合 管 理 株 式 会 社 では, 従 業 員 30 名<br />
に 対 して,800 を 超 える 顧 客 の 土 地 を 管 理 してお<br />
り, 顧 客 数 は 年 々 増 加 傾 向 にある.さらに 様 々な<br />
地 域 貢 献 活 動 を 積 極 的 に 行 いながら, 地 域 のニー<br />
ズを 把 握 して 応 えてきた 結 果 ,レストランや 保 育<br />
園 などを 展 開 したり, 音 楽 会 を 定 期 的 に 主 催 した<br />
りもしている.この 企 業 では, 土 地 管 理 や 不 動<br />
産 , 住 宅 建 設 など 本 業 による 営 業 利 益 が 約 2600<br />
万 円 なのに 対 して,レストランや 保 育 園 などの 副<br />
業 を 合 わせた 営 業 外 収 益 が 約 1800 万 円 もある.<br />
図 1 . 仮 説 提 示<br />
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― 31 ―<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
また 日 本 企 画 株 式 会 社 においては, 創 業 時 の 事<br />
業 であるデータ 入 力 事 業 が 全 売 上 高 36 億 円 の 1%<br />
にしか 過 ぎない. 現 在 は, 顧 客 の 要 望 に 応 えてき<br />
た 結 果 ,システム 開 発 などの 多 種 多 様 な 事 業 を 展<br />
開 し 続 けている. 主 な 取 引 先 だけでも 大 企 業 や 官<br />
庁 など 50 社 を 超 えている.<br />
掃 除 活 動 を 継 続 する 企 業 は, 自 社 のリスク 分 散<br />
や 未 利 用 資 源 の 活 用 を 目 的 にした, 利 己 ・ 自 力 型<br />
の 多 角 化 成 長 を 志 向 しない. 他 者 の 様 々な 要 望 に<br />
応 えるために, 自 社 の 事 業 の 幅 を 広 げていくと<br />
いった, 利 他 ・ 他 力 型 の 多 角 化 成 長 をする.また<br />
他 者 からの 要 望 に 応 えられるように 自 らの 活 動 を<br />
構 成 していくために, 組 織 内 部 には, 無 駄 とも 思<br />
えるようなものも 含 んだ 多 種 多 様 な 資 源 や 能 力 の<br />
蓄 積 が 進 んでいる.したがって 競 合 他 社 が 真 似 で<br />
きない,あるいは 真 似 したくないような 独 自 性 の<br />
高 い 企 業 へと 成 長 を 遂 げていく 可 能 性 がある.<br />
以 上 から 2 つ 目 の 仮 説 として, 掃 除 活 動 を 継 続<br />
する 企 業 は, 利 己 ・ 自 力 型 の 多 角 化 成 長 ではな<br />
く, 利 他 ・ 他 力 型 の 多 角 化 成 長 をする 企 業 になる<br />
こと,また 他 者 からは 必 要 とされて, 競 合 他 社 か<br />
らはすぐに 模 倣 できないような 独 自 性 の 高 い 企 業<br />
になることを 仮 説 として 提 示 する.<br />
最 後 に, 調 査 対 象 企 業 から 報 告 された 掃 除 の 効<br />
用 も 示 しておく. 第 1 は, 設 備 が 長 持 ちしている<br />
ことである.プリント 基 板 の 製 造 過 程 では, 様 々<br />
な 溶 液 が 使 用 されるために, 機 械 設 備 が 汚 れやす<br />
く, 耐 用 年 数 が 5 年 程 度 とされる. 東 海 神 栄 電 子<br />
工 業 株 式 会 社 では, 設 備 を 毎 日 掃 除 することで,<br />
15 年 を 越 えた 現 在 でも 機 械 設 備 が 快 調 に 動 いて<br />
いるという.<br />
また 営 業 車 両 も 毎 日 磨 いており, 走 行 距 離 が<br />
300 万 キロを 超 えた 車 でも, 大 きな 故 障 が 生 じて<br />
いない.さらに 自 分 で 磨 いた 車 であるために, 愛<br />
着 が 湧 いて 丁 寧 な 運 転 をすることから, 交 通 事 故<br />
も 毎 年 ゼロであるという.そして 長 年 同 じ 機 械 設<br />
備 や 車 両 を 使 い 続 けられるために, 結 果 的 に 必 要<br />
最 小 限 に 設 備 投 資 を 抑 制 することができて, 現 金<br />
による 内 部 留 保 も 増 加 しているという.<br />
第 2 は, 完 成 品 の 不 良 品 率 が 低 いということで<br />
ある.プリント 基 板 の 製 造 は,いくつもの 製 造 工<br />
程 から 成 る.その 1 つの 製 造 工 程 で 不 良 が 生 じれ<br />
ば, 完 成 品 は 不 良 品 となってしまう. 同 業 他 社 の<br />
中 では,1 割 近 くも 不 良 品 が 出 てしまう 企 業 もあ<br />
るという. 東 海 神 栄 電 子 工 業 では, 全 ての 製 造 工<br />
程 で 人 のよる 設 備 の 清 掃 や 管 理 が 行 き 届 いてお<br />
り, 不 良 品 率 が 2% 程 度 と 圧 倒 的 に 業 界 平 均 を 下<br />
回 っているという.その 不 良 品 率 の 低 さが 信 用 に<br />
つながり, 新 たな 仕 事 の 受 注 へと 好 循 環 してい<br />
る.<br />
第 3 は, 離 職 率 が 低 いことである.この 企 業 で<br />
は, 掃 除 活 動 を 始 める 前 の 離 職 率 が 特 に 高 かっ<br />
た.プリント 基 板 の 製 造 現 場 は, 汚 れやすく, 匂<br />
いもあるために, 敬 遠 されがちなのである. 従 業<br />
員 全 体 の 3 分 の 1 が 新 たに 入 社 し,そして 3 分 の<br />
1 が 退 社 した 年 もあったという.<br />
しかし 現 在 , 定 年 退 職 者 以 外 の 離 職 者 はほとん<br />
どいない. 一 度 , 中 途 退 職 したものの, 結 局 再 入<br />
社 した 従 業 員 もいるという. 毎 日 皆 でトイレや 設<br />
備 を 掃 除 することで, 設 備 や 人 ,そして 会 社 に 愛<br />
着 を 持 つ 組 織 メンバーが 増 えたためである. 事<br />
実 ,インタビュー 調 査 においても,この 企 業 の 中<br />
には, 多 少 の 性 格 の 不 一 致 はあるかもしれない<br />
が, 基 本 的 に 嫌 いな 人 が 一 人 もおらず,たいへん<br />
居 心 地 が 良 いというのが 組 織 メンバーからの 応 え<br />
であった.<br />
本 研 究 が 先 に 提 示 した 仮 説 は, 掃 除 活 動 で 宿 っ<br />
た 精 神 が 企 業 にもたらす 効 用 である. 一 方 , 以 上<br />
の 報 告 された 効 用 , 特 に 第 1 や 第 2 の 効 用 は, 掃<br />
除 そのものの 機 能 がもたらした 効 用 である 側 面 が<br />
強 い.つまり,この 業 界 やこの 企 業 に 特 殊 的 な 効<br />
用 である 面 も 少 なくない. 逆 に 言 えば, 調 査 対 象<br />
企 業 から 報 告 された 効 用 以 外 にも, 各 企 業 が 掃 除<br />
活 動 を 懸 命 に 継 続 することで, 掃 除 そのものの 機<br />
能 により,その 企 業 特 殊 的 な 効 用 や 意 図 しなかっ<br />
たような 効 用 が 数 多 くもたらされる 可 能 性 も 高 い<br />
のである.<br />
― 32 ―<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
5.おわりに( 研 究 整 理 )<br />
本 研 究 では, 企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意<br />
味 と 効 用 の 2 つについて 探 究 することを 目 的 とし<br />
た. 企 業 のトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 では, 毎 朝 , 皆<br />
で 一 緒 に 掃 除 活 動 することで, 企 業 に 宿 る 精 神 に<br />
ついて 探 究 した.またトイレ 掃 除 活 動 の 効 用 で<br />
は, 掃 除 活 動 を 継 続 して 企 業 に 宿 った 精 神 が 企 業<br />
にもたらす 効 用 を 探 究 した.つまり 本 研 究 は, 掃<br />
除 そのものの 機 能 が 企 業 にもたらす 効 用 を 考 える<br />
ものではない. 精 神 を 媒 介 変 数 にして, 企 業 の 掃<br />
除 活 動 と 経 営 の 関 係 を 探 究 するものである.<br />
研 究 では, 調 査 結 果 を 踏 まえて, 大 きく 2 つに<br />
分 けて 発 見 事 実 を 整 理 し 提 示 した. 第 1 の 発 見 事<br />
実 は,トイレ 掃 除 活 動 を 実 践 し 続 けることで, 個<br />
人 に 宿 る 精 神 である. 第 2 の 発 見 事 実 は,トイレ<br />
掃 除 活 動 を 実 践 し 続 けることで, 組 織 に 宿 る 精 神<br />
である. 具 体 的 には, 毎 日 の 掃 除 活 動 の 実 践 に<br />
よって, 組 織 メンバーに 様 々な 感 情 を 引 き 起 こし<br />
ていくこと,またその 感 情 の 変 化 には 一 定 の 傾 向<br />
があることを 見 出 した. 研 究 では,その 変 化 を 利<br />
己 と 自 力 の 精 神 から 利 他 と 他 力 の 精 神 への 変 化 と<br />
して 整 理 するとともに, 利 他 と 他 力 の 精 神 を 個 人<br />
に 宿 る 精 神 として 提 示 した.<br />
さらに 個 人 レベルでなく, 特 に 組 織 レベルで 宿<br />
る 精 神 については, 次 の 4 つの 精 神 として 整 理 し<br />
示 した. 第 1 が 手 順 をきちんと 守 ることや 手 際 を<br />
良 くすることを 大 切 にすること, 第 2 が 正 常 な 状<br />
態 を 知 り 保 つことを 大 切 にすること, 第 3 が 他 人<br />
のためになることや 他 人 とともに 活 動 することを<br />
大 切 にすること, 第 4 があらゆることを 受 容 し,<br />
仕 事 以 外 のことも 大 切 にすることである. 研 究 で<br />
は,これら 4 つの 精 神 が 結 びつき 合 うことによっ<br />
て, 企 業 の 問 題 解 決 力 の 持 続 的 な 向 上 に 貢 献 する<br />
ことを 仮 説 として 提 示 した.<br />
また 利 他 と 他 力 の 精 神 を 備 え, 素 早 くてかつ 広<br />
範 囲 な 問 題 解 決 力 を 備 えた 企 業 は, 様 々な 顧 客 の<br />
様 々な 要 求 に 容 易 に 対 応 できるようになってい<br />
く.そして 結 果 的 に, 取 引 顧 客 数 が 継 続 的 に 増 加<br />
したり, 取 り 扱 える 製 品 やサービスの 数 が 継 続 的<br />
に 増 加 したりしていくことを 示 した.そこで 本 研<br />
究 は, 利 己 ・ 自 力 型 の 多 角 化 成 長 ではなく, 利<br />
他 ・ 他 力 型 の 多 角 化 成 長 をする 企 業 になること,<br />
そして 他 者 には 必 要 とされて, 競 合 他 社 がすぐに<br />
模 倣 できない 独 自 性 の 高 い 企 業 になることも 仮 説<br />
として 提 示 した.<br />
最 後 に 今 後 の 研 究 の 方 向 性 を 示 していく. 本 研<br />
究 におけるアンケート 調 査 の 結 果 からは, 掃 除 活<br />
動 に 対 する 積 極 度 の 中 央 値 が 楽 しさの 中 央 値 を 上<br />
回 っていること,そして 勤 続 年 数 を 重 ねるととも<br />
に, 積 極 度 は 上 昇 していくものの, 楽 しさについ<br />
てはあまり 変 化 がないことが 分 かった.つまり,<br />
必 ずしも 楽 しくはないかもしれないが, 一 所 懸 命<br />
やっているというのが 掃 除 活 動 に 向 かう 多 くの 組<br />
織 メンバーの 状 態 であった.この 状 態 は, 日 々の<br />
仕 事 や 経 営 活 動 に 向 かう 状 態 と 通 ずるところがあ<br />
る. 掃 除 と 仕 事 の 両 者 が 決 して 乖 離 した 性 質 の 活<br />
動 ではなくて, 相 互 に 影 響 を 与 え 合 う 可 能 性 が 考<br />
えられる 結 果 である. 本 研 究 の 探 究 は, 掃 除 と 仕<br />
事 の 共 通 性 に 着 目 し, 年 月 という 観 点 から 掃 除 と<br />
仕 事 の 相 互 関 係 を 明 らかにしようとしたものとし<br />
て 位 置 づけることができる.つまり, 掃 除 能 力 が<br />
高 くなっていく 個 人 や 組 織 は, 仕 事 能 力 が 高 まっ<br />
ていく 個 人 や 組 織 であるという 可 能 性 を 探 究 した<br />
のである.<br />
今 後 は, 逆 に 掃 除 と 仕 事 との 相 違 点 に 着 目 した<br />
探 究 を 進 めていく 必 要 があると 考 える. 具 体 的 に<br />
は, 掃 除 ( 特 にトイレ 掃 除 )は, 仕 事 と 比 べて 以<br />
下 の 点 で 大 きく 性 質 が 異 なっている. 第 1 は, 掃<br />
除 は 仕 事 ではないということである. 本 来 の 仕 事<br />
でないものを 継 続 的 にやり 続 けることで 宿 る 精 神<br />
や 効 用 について 探 究 する 必 要 性 がある. 第 2 とし<br />
ては, 掃 除 は 半 自 発 的 に,あるいは 半 強 制 的 にや<br />
り 続 けるという 性 質 である. 仕 事 は, 基 本 的 に 義<br />
務 であり, 時 に 強 制 的 に, 時 に 自 発 的 に 遂 行 され<br />
るという 性 質 がある. 対 比 的 な 性 質 を 持 つ 両 者 の<br />
間 で 生 まれる 相 互 関 係 にも 注 目 する 必 要 がある.<br />
第 3 に, 掃 除 , 特 にトイレ 掃 除 は, 基 本 的 に 皆 が<br />
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産 業 経 営 研 究 第 30 号 (2008)<br />
嫌 がることである. 多 くの 人 が 好 まないことをや<br />
り 続 けること,そして 皆 でやり 続 けることの 意 味<br />
や 効 用 についても 今 後 探 究 していく 必 要 性 がある<br />
と 考 える.<br />
さらに, 今 後 の 研 究 の 方 向 性 としては,アク<br />
ションリサーチを 行 っていく 必 要 性 をあげる(Kaplan,1998).<br />
本 研 究 で 導 出 した 仮 説 を 検 証 して<br />
いくためには, 実 際 にトイレ 掃 除 活 動 を 実 践 し 始<br />
めた 企 業 を 対 象 にして, 人 や 組 織 が 変 化 していく<br />
過 程 を 観 察 していくことが 有 効 になると 考 え<br />
る 10) .<br />
( 日 本 大 学 経 済 学 部 准 教 授 )<br />
注<br />
1) 毎 朝 のトイレ 掃 除 活 動 を 実 践 し 続 ける 企 業 のほと<br />
んどは, 企 業 が 危 機 的 状 況 に 陥 ったことを 契 機 に<br />
して, 掃 除 活 動 を 開 始 している. 本 研 究 の 調 査 対<br />
象 企 業 もバブル 経 済 崩 壊 後 の 1991 年 に, 企 業 業 績<br />
が 急 激 に 悪 化 をしたことが 契 機 のひとつになって<br />
いる.<br />
2) 本 研 究 の 精 神 の 概 念 は,マックス・ウェーバー<br />
(1920)の『プロテスタンティズムの 倫 理 と 資 本 主<br />
義 の 精 神 』の 精 神 の 概 念 に 依 拠 している. 具 体 的<br />
には,いつしか 人 間 の 血 となり 肉 となってしまっ<br />
たような 倫 理 的 雰 囲 気 , 思 想 的 雰 囲 気 のことであ<br />
り,ウェーバー 自 身 はエートスであるとする.<br />
3) 日 本 を 美 しくする 会 の 公 式 ホームページ(http://<br />
www.souji.jp/whytoilet.html)では,「なぜトイレ 掃<br />
除 か」について 次 の 5 つの 見 解 を 挙 げている.<br />
1 謙 虚 な 人 になれる どんなに 才 能 があっても,<br />
傲 慢 な 人 は 人 を 幸 せにすることはできない. 人<br />
間 の 第 一 条 件 は,まず 謙 虚 であること. 謙 虚 に<br />
なるための 確 実 で 一 番 の 近 道 が,トイレ 掃 除 で<br />
す.<br />
2 気 づく 人 になれる 世 の 中 で 成 果 をあげる 人 と<br />
そうでない 人 の 差 は, 無 駄 があるか,ないか.<br />
無 駄 をなくすためには, 気 づく 人 になることが<br />
大 切 . 気 づく 人 になることによって, 無 駄 がな<br />
くなる.その「 気 づき」をもっとも 引 き 出 して<br />
くれるのがトイレ 掃 除 です.<br />
3 感 動 の 心 を 育 む 感 動 こそ 人 生 .できれば 人 を<br />
感 動 させるような 生 き 方 をしたい.そのために<br />
は 自 分 自 身 が 感 動 しやすい 人 間 になることが 第<br />
一 . 人 が 人 に 感 動 するのは,その 人 が 手 と 足 と<br />
体 を 使 い,さらに 身 を 低 くして 一 所 懸 命 取 り 組<br />
んでいる 姿 に 感 動 する. 特 に, 人 のいやがるト<br />
イレ 掃 除 は 最 良 の 実 践 です.<br />
4 感 謝 の 心 が 芽 生 える 人 は 幸 せだから 感 謝 する<br />
のではない. 感 謝 するから 幸 せになれる.その<br />
点 ,トイレ 掃 除 をしていると 小 さなことにも 感<br />
謝 できる 感 受 性 豊 かな 人 間 になれます.<br />
5 心 を 磨 く 心 を 取 り 出 して 磨 くわけにいかない<br />
ので, 目 の 前 に 見 えるものを 磨 く. 特 に, 人 の<br />
いやがるトイレをきれいにすると, 心 も 美 しく<br />
なる. 人 は,いつも 見 ているものに 心 も 似 てき<br />
ます.<br />
他 に 実 務 家 の 著 書 については, 一 倉 (1997), 鍵<br />
山 (2006), 永 守 (2005) 谷 口 (2006) な ど が あ<br />
る.<br />
4)さらに, 週 1 回 は 社 長 同 行 掃 除 があり,7 時 から 8<br />
時 まで 1 時 間 をかけて 掃 除 する. 社 長 同 行 掃 除 で<br />
は, 特 に 人 手 が 必 要 な 場 所 を 定 めて 集 中 的 に 皆 で<br />
掃 除 をする.また 経 営 幹 部 は, 毎 朝 7 時 以 前 に 会<br />
社 の 周 りを 掃 除 する.そしてこの 企 業 では, 月 1,<br />
2 回 ぐらい 地 元 の 小 中 学 校 などで 掃 除 大 会 を 催 し,<br />
地 元 の 住 民 や 生 徒 などを 交 えてトイレ 掃 除 を 行 う.<br />
従 業 員 の 多 くが 参 加 して,リーダーやサブリーダー<br />
などの 中 心 的 な 役 割 を 担 っている.<br />
5)ナカヤマグループは 田 中 義 人 氏 が 代 表 取 締 役 を 務<br />
める 3 つの 株 式 会 社 から 成 る. 東 海 神 栄 電 子 工 業<br />
株 式 会 社 はプリント 基 板 の 製 造 販 売 を 事 業 として<br />
おり, 売 上 高 が 約 21 億 円 , 従 業 員 が 約 130 名 の 企<br />
業 である. 株 式 会 社 ナカヤマは 園 芸 や 野 菜 の 包 装<br />
資 材 や 園 芸 ラベルの 製 造 販 売 を 事 業 としており,<br />
売 上 高 が 約 18 億 円 , 従 業 員 が 約 90 名 の 企 業 であ<br />
る. 株 式 会 社 中 山 理 研 はメタルマスクや 実 装 治 具<br />
の 製 造 販 売 を 事 業 としており, 売 上 高 が 約 4 億 円 ,<br />
従 業 員 が 約 30 名 の 企 業 である.なお 3 社 とも 地 理<br />
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企 業 におけるトイレ 掃 除 活 動 の 意 味 と 効 用 についての 研 究<br />
的 に 隣 接 しており, 掃 除 活 動 については 東 海 神 栄<br />
電 子 工 業 株 式 会 社 と 同 様 にして 行 われている.<br />
6) 質 問 票 の 回 収 数 は 71 名 分 であるものの, 入 社 年 に<br />
ついては 欠 損 値 があるものがあり, 勤 続 年 数 別 に<br />
集 計 できたものが,64 名 分 である.<br />
7)ただし, 経 営 幹 部 の 多 くを 含 む 勤 続 年 数 26 年 目 以<br />
上 の 組 織 メンバーについては, 掃 除 活 動 に 対 する<br />
積 極 度 も 楽 しさも 非 常 に 高 い.<br />
8) 本 調 査 の 過 程 においては, 田 中 義 人 社 長 をはじめ,<br />
ナカヤマグループ 各 社 の 皆 様 の 多 くのご 協 力 とご<br />
支 援 をいただいた. 記 して 感 謝 を 申 し 上 げたい.<br />
なおインタビュー 調 査 のデータはご 回 答 いただい<br />
た 全 員 分 でなく, 紙 面 の 都 合 もあり,その 一 部 分<br />
に 整 理 して 示 めさざるを 得 なかった.ご 了 解 いた<br />
だきたい.<br />
9)Csikszentmihalyi(1990)は,フローを「1 つの 活 動<br />
に 深 く 没 入 しているので 他 の 何 ものも 問 題 となら<br />
なくなる 状 態 ,その 経 験 それ 自 体 が 非 常 に 楽 しい<br />
ので, 純 粋 にそれをするということのために 多 く<br />
の 時 間 や 労 力 を 費 やすような 状 態 ( 邦 訳 p. 5)」と<br />
定 義 している.<br />
10) 以 上 の 研 究 の 方 向 性 については, 神 戸 大 学 経 営 学 部<br />
加 護 野 忠 男 教 授 よりご 教 示 いただいた. 記 して 感<br />
謝 申 し 上 げたい.<br />
参 考 文 献<br />
一 倉 定 (1997)『 経 営 の 思 いがけないコツ』 日 本 経 営 合<br />
理 化 協 会 出 版 局 .<br />
五 木 寛 之 (1998)『 他 力 』 講 談 社 .<br />
鍵 山 秀 三 郎 (2006)『ひとつ 拾 えば,ひとつだけきれい<br />
になる』PHP 研 究 所 .<br />
加 護 野 忠 男 (1988)『 企 業 のパラダイム 変 革 』 講 談 社 .<br />
谷 口 全 平 (2006)『 松 下 幸 之 助 人 生 をひらく 言 葉 』<br />
PHP 研 究 所 .<br />
永 守 重 信 (2005)『 情 熱 ・ 熱 意 ・ 執 念 の 経 営 』PHP 研 究<br />
所 .<br />
柳 宗 悦 (1948)『 手 仕 事 の 日 本 』 岩 波 書 店 .<br />
Csikszentmihalyi, M. (1990)Flow: The Psychology of Optimal<br />
Experience, New York: Harper and Row. ( 今 村 浩 明<br />
訳 (1996)『フロー 体 験 喜 びの 現 象 学 』 世 界 思 想 社 .)<br />
Kaplan, R. (1998)“Innovation Action Research,”Journal<br />
of Management Accounting Research, Vol.10, pp. 89-118.<br />
Newell, A., J. C. Shaw and H. A. Simon(1962)“The Process<br />
of Creative Thinking,”in Gruber, H.E., G. Terrell and<br />
M. Wertheimer(ed.), Contemporary Approaches to Creative<br />
Thinking, New York; Atherton Press.<br />
Weber, M. (1920)Die protestantische Ethik und der ‘Geist’<br />
des Kapitalismus.( 大 塚 久 雄 訳 (1989)『プロテスタン<br />
ティズムの 倫 理 と 資 本 主 義 の 精 神 』 岩 波 書 店 .)<br />
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