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安全技術では事故を減らせない - 立教大学

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社 団 法 人 電 子 情 報 通 信 学 会THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS信 学 技 報IEICE Technical Report安 全 技 術 では 事 故 を 減 らせない-リスク 補 償 行 動 とホメオスタシス 理 論 -†芳 賀 繁† 立 教 大 学 現 代 心 理 学 部 〒352-8558 埼 玉 県 新 座 市 北 野 1-2-26E-mail: †haga@rikkyo.ac.jpあらまし 安 全 技 術 の 導 入 によりリスクが 低 下 したと 認 知 すると, 人 間 の 行 動 はリスクを 高 める 方 向 に 変 化 する可 能 性 がある.このリスク 補 償 行 動 の 発 生 メカニズムをモデル 化 したものが Wilde のリスクホメオスタシス 理 論 である.Wilde によると,ドライバーは 自 らが 持 つリスクの 目 標 水 準 と 知 覚 された 交 通 状 況 のリスクを 比 較 して 両 者が 等 しくなるように 行 動 を 調 節 する.リスクホメオスタシス 理 論 には 賛 否 両 論 あるが, 自 動 車 の 安 全 技 術 にはおそらくリスク 補 償 行 動 が 伴 うであろう.したがって, 自 動 車 安 全 技 術 の 開 発 と 導 入 にあたっては, 行 動 と 技 術 のインタラクションを 通 した「ネットとしての」 安 全 性 を 追 求 しなければならない.キーワード 交 通 安 全 ,リスク 認 知 ,リスクテイキング, 安 全 技 術 , 安 全 への 動 機 づけTechnological Safety Measures Cannot Reduce Accident Risk-Risk Compensation Behavior and the Theory of Risk Homeostasis-Shigeru HAGA ††College of Contemporary Psychology, Rikkyo University 1-2-26 Kitano, Niiza, Saitama 352-8558 JapanE-mail: †haga@rikkyo.ac.jpAbstract Human behavior might change toward a riskier direction when he/she perceive less risk after introduction of asafety technology. The mechanism behind this risk compensation behavior was modeled by Wilde in his “Theory of RiskHomeostasis”. Wilde claims that a driver adjusts his/her behavior so that the level of perceived risk becomes equal to his/hertarget level of risk. The Theory is still controversial but some degree of risk compensation will be caused by most automotivesafety technologies. Therefore, when you develop or introduce any automotive safety technology, you should pursue a “netsafety improvement” produced by the interaction between human behavior and the technology,.Keyword traffic safety, risk perception, risk-taking, safety technology, motivation for safety1. はじめに狭 くて 曲 がりくねっていて 見 通 しの 悪 い 道 路 は 危険 である.この 道 路 を 拡 幅 し, 直 線 化 し, 見 通 しを 改善 すれば 安 全 になるだろう.しかし,この 道 を 走 るドライバーの 行 動 はどのように 変 化 するだろう.そして,ドライバー 行 動 を 計 算 に 入 れた 場 合 の 事 故 リスクは 本当 に 減 るだろうか.道 路 が 改 良 されたら,ドライバーは 当 然 スピードを上 げるだろう. 注 意 力 は 測 定 するのが 難 しいが,「 道 路が 安 全 になった」と 感 じることで 運 転 中 の 注 意 集 中 は低 下 する 可 能 性 がもある.単 純 な 思 考 実 験 をしてみよう.A 地 点 とB 地 点 を 結ぶ 道 路 を 改 良 した 結 果 , 道 路 延 長 は 半 分 , 道 幅 は2 倍 ,そこを 走 る 自 動 車 の 速 度 も2 倍 になったとする.クルマ1 台 がAからBに 行 くとき 事 故 率 がどの 程 度 になるか 見 当 がつかないが,かりに 16 分 の1まで 低 下 したとしよう. これなら,かなりはっきりと 安 全 になったと言 えると 思 えるだろう.ここで, 安 全 を 何 で 測 るかを 考 えなければならないが, 時 間 当 たりの 事 故 損 失 総 額 を 事 故 リスクの 値 と 考え,これが 低 ければ 安 全 , 高 ければ 危 険 と 考 えよう.そうすると,A 地 点 からB 地 点 への 所 要 時 間 が( 距 離が 半 分 で 速 度 が2 倍 だから)4 分 の1になったのだから,クルマ1 台 の 走 行 時 間 当 たりの 事 故 率 は 16 分 の1ではなく4 分 の1に 下 がったことになる.さらに, 走行 速 度 が2 倍 になったのだから,1 事 故 あたりの 被 害が 倍 になるかもしれない.そうすると 時 間 当 たりの 事故 損 失 総 額 は2 分 の1だ.これに,もう 一 つの 要 素 が加 わる.それは 交 通 量 である. 道 路 が 広 くなれば 単 純にキャパシティーが 上 がるし, 従 来 の4 分 の1の 時 間で 着 く 便 利 さを 考 えると, 交 通 量 が2 倍 になっても 不思 議 ではない.そうすると,A・B 両 地 点 間 の 単 位 時間 当 たりの 事 故 損 失 総 額 で 測 る 安 全 性 は, 道 路 改 良 によって 変 化 がなかったと 結 論 せざるを 得 ないだろう.Copyright ©2009 by IEICE


2. リスクホメオスタシス 理 論環 境 の 中 に 存 在 するリスク, 技 術 的 対 策 によって 低減 することのできるリスクを”intrinsic risk”という. 道路 の 見 通 しが 良 くなる, 交 差 点 に 信 号 ができる, 踏 切に 遮 断 機 がつく, 自 動 車 にエアバッグやプレクラッシュ・ブレーキアシストなどが 装 備 されるなどするとintrinsic risk が 低 下 し,ドライバーは「ドライビングが 安 全 になった」,すなわち「ドライビングのリスクが低 下 した」と 認 知 する. 経 験 や 訓 練 で 運 転 技 量 が 向 上した 時 も 同 じように「ドライビングのリスクが 低 下 した」と 認 知 する.そうすると,ドライバーは 以 前 より 速 度 を 上 げたり,以 前 は 行 わなかったようなタイミングで 車 線 変 更 をしたり, 交 差 点 や 踏 切 を 通 過 する 際 に 左 右 をよく 確 かめることをしなくなる 可 能 性 がある.このような 行 動 変化 を「リスク 補 償 行 動 」(risk compensation behavior)または「 行 動 適 応 」(behavioral adaptation)と 呼 ぶ( 図 1).図 1 リスク 補 償 行 動 の 要 因図 2 事 故 発 生 に 関 するホメオスタシスモデルリスク 補 償 行 動 が 起 きるメカニズムを 説 明 したのが Wilde の「リスクホメオスタシス 理 論 」(The Theory ofRisk Homeostasis)である[1][2].ワイルドによると,ドライバーは 自 らが 持 つリスクの 目 標 水 準 (target risk)と知 覚 された 交 通 状 況 のリスクを 比 較 して, 両 者 が 等 しくなるように 行 動 を 調 節 する( 図 2).この 図 は 一 人 のドライバーではなく,ある 地 域 の 全 道 路 利 用 者 の 行 動を 集 合 的 に 考 えたモデルであり,ある 道 路 区 間 で 事 故が 発 生 ,あるいは 多 発 すると 知 覚 されたリスクが 上 昇し, 交 通 安 全 対 策 が 功 を 奏 して 事 故 が 減 ると 知 覚 されたリスクが 低 下 する.リスクの 目 標 水 準 はおもに 移 動の 利 得 と 事 故 の 損 失 の 差 ,すなわち 期 待 される 効 用 を最 大 化 するように 設 定 されると 説 明 されている.3. リスク 補 償 行 動 と 自 動 車 安 全 技 術リスクホメオスタシスに 対 する 反 証 の 一 つは, 事 故統 計 により, 交 通 安 全 対 策 が 実 際 に 功 を 奏 してきたことを 示 すことである.これには,1970 年 代 に 交 通 事 故死 者 数 を 半 減 させた 日 本 のデータがしばしば 引 用 される.それから, 法 制 化 によってシートベルトの 着 用 率が 著 しく 上 昇 したにもかかわらず, 車 間 距 離 や 交 差 点での 行 動 などの 指 標 で 示 されるドライバー 行 動 が, リスキーな 方 向 に 変 化 しなかったという 観 察 研 究 の 結 果もある[3].どんな 安 全 対 策 でも, 対 策 によって 事 故 が 減 ればやがて 元 の 水 準 まで 事 故 率 が 戻 ってしまうだろうというホメオスタシス 理 論 には 批 判 も 多 いが, 自 動 車 の 安 全技 術 導 入 にはリスク 補 償 行 動 ( 負 の 行 動 適 応 )がおそらく 伴 うだろう[4][5].たとえば,Anti-lock Brake System (ABS)が 運 転 行 動に 及 ぼす 影 響 について 1980 年 代 にミュンヘンのタクシー 会 社 で 行 われた 実 験 がある.この 会 社 のタクシーには ABS が 付 いていているものと 付 いていないものがあった.ABS の 付 いているクルマと 付 いていないクルマは 同 型 で,エンジンや 運 転 席 周 りの 装 備 も 全 く 同じであった.ドライバーが 実 験 期 間 中 ,ABS 装 備 車 に乗 るか ABS 非 装 備 車 に 乗 るかはランダムに 決 められた . 2 種 類 の 車 両 が 使 われた 地 域 , 曜 日 , 時 間 帯 , 天候 , 使 用 条 件 などにも 差 が 出 ないようにした。そして,ABS 車 と 非 ABS 車 の 間 で, 事 故 件 数 および 運 転 行 動の 比 較 が 行 われた。その 結 果 , 事 故 の 件 数 も 重 大 さも両 者 に 差 はみられなかった.しかし, 運 転 行 動 の 加 速度 センサーおよび 覆 面 評 価 スタッフによる 観 察 では,ABS 車 の 方 が 急 減 速 ・ 急 加 速 の 頻 度 が 多 く, 合 流 の 際の 調 整 が 乱 暴 なため 周 りの 交 通 を 混 乱 させることが 多いと 報 告 された。また, 走 行 速 度 をチェックした4 地点 のうち, 3 地 点 では 差 がなかったが,1つの 地 点 では ABS 車 が 非 ABS 車 より 統 計 的 に 有 意 に 速 度 が 高 かった。Vision Enhancement System (VE)が 装 備 されているシミュレータでは,ドライバーは 夜 間 や 霧 の 条 件 において 日 中 と 同 程 度 の 速 度 で 走 行 したという 実 験 結 果 や[6],Adaptive Cruise Control (ACC)を 装 備 した 場 合 , 装備 しない 場 合 より 走 行 速 度 が 速 くなったという 報 告[7]がある.さらには, 信 号 のない 交 差 点 で 直 行 する 道路 からの 接 近 車 を 知 らせる 情 報 を 提 供 すると, 交 差 点進 入 前 の 左 右 確 認 回 数 が 有 意 に 減 少 するという 最 近 の


研 究 もある( 図 3 ) [8].化 された 技 術 が 生 産 性 向 上 などに 転 用 され, 安 全 に 寄与 しないなら,それは 安 全 技 術 と 呼 べない.安 全 技 術 の 開 発 に 当 たっては, 行 動 と 技 術 のインタラクションを 通 した「ネットとしての」 安 全 性 を 追 求すべきである.そのためには,その 技 術 を 導 入 することが 人 間 行 動 にどういう 影 響 を 与 えるのかを 事 前 に 評価 すること,リスク 補 償 を 抑 制 するためのヒューマン・マシン・インターフェイスを 工 夫 すること,そして,ユーザを 安 全 に 向 かって 動 機 づけする 対 策 を 同 時に 考 えて 実 施 することが 必 要 と 考 える( 図 4).図 3 交 差 点 における 情 報 提 供 条 件 別 の 左 右 確 認 回 数( 情 報 提 供 条 件 の 種 類 については 文 献 [8] 参 照 )4. 安 全 技 術 開 発 で 考 えるべきことじつは「はじめに」に 記 述 した 思 考 実 験 にはトリックがある.それは, 安 全 性 を 時 間 当 たりの 事 故 損 失 総額 で 評 価 したことである.しかも,A・B 両 地 点 を 結ぶ 道 路 を 通 過 するすべての 車 両 の 事 故 リスクを 合 計 する 値 で 行 った.一 人 一 人 のドライバーの 立 場 からみると,A 地 点 からB 地 点 に 行 くのに4 分 の1の 時 間 で 済 むうえ, 事 故リスクは 損 害 額 の 見 積 もりを2 倍 にみても8 分 の1となる.かりに, A 市 から4 時 間 かけてB 市 に 着 いて,2 時 間 仕 事 したあと,また4 時 間 かけてA 市 に 戻 っていたとすれば, 新 しい 道 路 によって 往 復 わずか2 時 間となり, 同 じ 時 間 に 出 発 して 同 じ 時 間 に 帰 宅 するならB 市 で8 時 間 も 仕 事 ができるようになる.これはすばらしい 改 善 ではないか.そもそもリスクとはベネフィットに 伴 って 発 生 するものである.リスクをベネフィットから 切 り 離 して論 じることは 無 意 味 である.ならば, 安 全 技 術 の 開 発 にリスク 補 償 やリスクホメオスタシスのことを 考 慮 しなくてよいかと 言 うと,そうではない.あらゆる 技 術 開 発 は ベネフィットの 増 加を 求 めて 行 われるのであり,その 際 ,リスクが 増 大 しないよう 最 善 の 努 力 が 行 われる.どんなに 素 晴 らしい技 術 (すなわち 大 きなベネフィットをもたらす 技 術 )でも,リスクが 高 いものや 既 存 技 術 よりもリスクが 増大 してしまうものは,たいていの 場 合 , 実 用 に 供 することはできない.しかし,これは 技 術 開 発 の 一 般 論 である. 安 全 技 術 が 安 全 技 術 の 名 に 恥 じないためには,リスクの 水 準 を 従 前 より 下 がることを 目 的 として 開 発され, 実 際 にリスクが 低 下 しなければならない. 実 用図 4 安 全 技 術 は 生 産 性 向 上 に 転 用 されうる文 献[1] Wilde, G. J. S., The Theory of Risk Homeostasis–Implications for Safety and Health, Risk Analysis,2, pp.209-225, 1982.[2] Wilde, G. J. S., Target Risk 2: A New Psychology ofSafety and Health, Toronto, Ontario: PDEPublications, 2001. 芳 賀 繁 ( 訳 ), 交 通 事 故 はなぜ起 きる:リスク 行 動 の 心 理 学 , 新 曜 社 , 2007.[3] 芳 賀 繁 , リスク・ホメオスタシス 説 : 論 争 史 の 解説 と 展 望 , 交 通 心 理 学 研 究 , 9 巻 1 号 , pp.1-10,1993.[4] Rudin-Brown, C. M, & Parker, H. A., Behaviouraladaptation to adaptive cruise control (ACC):implication to preventive strategies. TransportationResearch Part F: Traffic Psychology and Behaviour,7(2), pp.59-76, 2004.[5] 國 分 三 輝 , ITS 時 代 のヒューマンファクター -リスク 知 覚 を 中 心 に- 国 際 交 通 安 全 学 誌 , 30(3) , pp.14-22, 2005.[6] Stanton, N. A., & Pinto, M., Behaviouralcompensation by drivers of a simulator when using avision enhancement system. Ergonomics, 43 (9),pp.1359–1370, 2000.[7] Hoedemaeker, M. & Brookhuis, K.A., Behaviouraladaptation to driving with an adaptive cruise control(ACC). Transportation Research Part F, 1, pp.95-106,1998.[8] 増 田 貴 之 ・ 芳 賀 繁 ・ 國 分 三 輝 , 運 転 支 援 がリスク補 償 行 動 に 及 ぼす 影 響 : 情 報 提 供 方 略 の 検 討 , 交通 心 理 学 研 究 ,24 (1), pp.1-10, 2008.

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