AFJ ティボーとの関連を通して - 成城大学
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セシリア 運 動 に 及 ぼした E. T. A. ホフマンの 影 響 について:A. F. J. ティボーとの 関 連 を 通 して<br />
している」と、「オペラ 様 式 」に 対 する 嫌 悪 の 感 情 を 生 々しく 述 べている。<br />
そして、「 教 会 様 式 」の 教 会 音 楽 においては、すべてが「 中 庸 (mäßig)で、 真 面 目 (ernst)<br />
で、 尊 厳 を 保 ち(würdig gehalten)、 高 尚 で 静 穏 の 中 にある」べきであるとし、これが 実 現<br />
されているのが、ほかならぬパレストリーナの 音 楽 であるとした。( 同 : 149)<br />
このようにティボーの 眼 にも、 当 時 の 教 会 音 楽 は、まさに「 堕 落 」した 状 況 に 映 った。<br />
ところで、 彼 が 著 書 の 中 で、 口 を 極 めて 激 賞 していたのは、ヘンデルの《メサイア》であ<br />
る。 彼 にとって、 最 高 の 存 在 は「 教 会 様 式 」であるが、それが 失 われた 現 在 、 頼 れるのは『オ<br />
ラトリオ 様 式 』で、その 代 表 が《メサイア》であった 24 。<br />
ティボーの 主 張 の 拠 ってたったのは、18 世 紀 後 半 から 精 々 19 世 紀 初 めの 音 楽 史 的 知 識 で<br />
あった。 彼 の 著 者 は 19 世 紀 末 まで 版 を 重 ね 受 け 入 れられた。<br />
3–1 ティボーとホフマン : 類 似 点 と 相 違 点<br />
当 時 の 教 会 音 楽 を、 堕 落 した 状 況 と 捉 えるティボーの 主 張 は、 多 くの 点 で、ホフマンと 共<br />
通 している。 彼 が、 合 唱 指 揮 を 通 じ 実 践 したのは、「 昔 の 音 楽 、 古 典 的 な 音 楽 の 復 興 」であった。<br />
すなわち、 当 時 の 堕 落 した 音 楽 趣 味 を 純 粋 化 するために、 過 去 の 大 家 の 宗 教 曲 、 特 にパレス<br />
トリーナやヘンデル、およびその 同 時 代 人 の 音 楽 の 重 要 性 を 説 いたのである。 随 所 で 古 いア・<br />
カペラ 音 楽 を 激 賞 するティボーであるが、この 書 をよく 読 めば、 彼 が、パレストリーナと 並<br />
んでヘンデルを 尊 敬 していたように、 単 純 な 器 楽 排 斥 論 者 でなかったことがわかる 25 。<br />
このことを、 次 の2つの 引 用 によって 確 認 しよう。<br />
Die große alte Kirchenmusik ist bloß für Singstimmen gesetzt und gewiß mit vollem<br />
Recht, insofern man auf vollendete Sänger rechnen kann. Denn kein Instrument hat den<br />
seelenvollen Ausdruck der menschlichen Stimmen. (Thibaut 1826 : 176)<br />
偉 大 な 古 い 教 会 音 楽 は、 歌 の 声 楽 部 のみで 出 来 ていて、 完 成 された 歌 手 に 頼 ることがで<br />
きるという 限 りにおいては、 間 違 いなく 全 面 的 な 正 当 性 をもっている。というのは、ど<br />
んな 楽 器 も 人 間 の 声 の 感 情 のこもった 表 現 ができないからだ。<br />
Kein Vernünftiger wird es in Abrede stellen, daß die Instrumente ihren eigenen hohen<br />
Wert haben, weil sie nämlich viel mehr mit Leichtigkeit behandelt werden können als die<br />
menschliche Stimme, einen viel größeren Umfang haben und insofern dazu beitragen, daß<br />
man imstande ist, die musikalische Mannigfaltigkeit ins Unendliche zu vervielfältigen.<br />
(Thibaut 1826 : 124)<br />
分 別 ある 人 なら、 楽 器 がそれ 固 有 の 高 い 価 値 を 持 っていることを 否 定 することはないだ<br />
ろう。なぜなら、 楽 器 は、 大 きな 音 域 を 持 ち、それゆえに 音 楽 的 な 多 種 多 様 さを 限 りな<br />
く 増 大 する 能 力 があるということに 貢 献 するという 限 りにおいて、 人 間 の 声 より 容 易 に<br />
扱 われうるからである。<br />
このように、ティボーは、ア・カペラによる 古 い 教 会 音 楽 を 推 奨 していたものの、しかし、<br />
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