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先使用権制度の円滑な利用に関する 調査研究報告書

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平成18年度 特許庁産業財産権制度問題<strong>調査研究報告書</strong><br />

<strong>先使用権制度の円滑な利用に関する</strong><br />

<strong>調査研究報告書</strong><br />

第二部<br />

諸外国における先使用権制度<br />

(第二分冊)<br />

平成19年3月<br />

財団法人 知的財産研究所


【お知らせ】<br />

2002年(平成14年)7月3日に決定された知的財産戦略大綱において、従来の<br />

「知的所有権」という用語は「知的財産」、「知的財産権」に、「工業所有権」という用語<br />

は「産業財産」、「産業財産権」に、それぞれ改めることとなりました。本報告書におい<br />

ても、可能な限り新しい用語を使用しております。<br />

※法律名や組織名については、一部従来の用語のまま使用しております。


目 次<br />

1.英国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1<br />

2.独国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32<br />

3.仏国における先所有権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66<br />

4.中国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118<br />

5.韓国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 165<br />

6.台湾における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 191<br />

参考資料<br />

米国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 229<br />

(目次詳細)<br />

1.英国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1<br />

[1]先使用権制度の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1<br />

[2]先使用権が争われた判例一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4<br />

[3]先使用権制度に関する問及び回答 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5<br />

問1 先使用権が認められるためには、特許法 64 条に「(a) その特許が効力を有する<br />

場合にその侵害となるべき行為を善意で行う者、又は (b) 当該行為を行うために現<br />

実的かつ相当な準備を善意でなす者」と規定されている。ここでいう「現実的かつ相当<br />

な準備」とは具体的にどのような場合なのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 5<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを英国で輸入販売を行う場合に、先使用権を確<br />

保するために留意すべき点は何か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6


問3 特許法 64 条に「当該行為を継続して行い又は当該行為を行う権利を有する。」<br />

と規定されているように、先使用権は優先日前の所定行為を継続して実行する権利で<br />

あるが、他者の出願の優先日前に実施していた発明の実施形式と、優先日後に実施し<br />

ている発明の実施形式が異なる場合、先使用権は認められるか。 ・・・・・・・ 6<br />

問4 先使用権者は、特許法 60 条に定義された実施行為を変更することはできるのか。<br />

例えば、優先日前に輸入・販売していた場合、優先日後に製造・販売に変更すること<br />

はできるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8<br />

問5 先使用権者は、他者の優先日後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地<br />

域の拡大をすることが認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9<br />

問6 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。 ・・・・・・・・・ 9<br />

問7 先使用権は移転できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10<br />

問8 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。 ・・・・・・・ 10<br />

[4]判例要旨一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12<br />

2.独国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32<br />

[1]先使用権制度の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32<br />

[2]先使用権が争われた判例一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35<br />

[3]先使用権制度に関する問及び回答 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36<br />

問1 先使用権が認められるためには、12 条に「特許の効力は、出願時に既にドイツ<br />

でその発明を実施していた者又は実施のために必要な準備をしていた者に対しては及<br />

ばない。」と規定されている。ここでいう「実施のために必要な準備」とはどのようなこ<br />

となのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36


問2 外国企業が自国で生産したものを独国で輸入販売を行う場合に、先使用権を確<br />

保するために留意すべき点は何か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38<br />

問3 「外国企業が独国外では生産及び販売を行っているものの、独国内での販売(又<br />

は生産)の行為は、当分の間は予定がない」場合には、その外国企業は、販売(又は<br />

生産)の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。 ・・・・・・・・ 38<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願の<br />

出願前に実施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異<br />

なる場合、先使用権は認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38<br />

問5 先使用権者は、特許法第9条及び第10条に定義された実施行為を変更するこ<br />

とはできるのか。例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に<br />

変更することはできるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域<br />

の拡大をすることが認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40<br />

問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時に<br />

は実施していない場合、先使用権の主張は認められるか。 ・・・・・・・・・・ 41<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。 ・・・・・・・・ 41<br />

問9 先使用権は移転できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42<br />

問10 下請企業(他企業ではあるが下請元企業の指揮命令により生産を行う企業)<br />

が生産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請企業と下請元企業<br />

のどちらに先使用権が認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43<br />

問11 先使用者が後に出願された特許の特許権に係る発明者から発明を知得してい<br />

た場合に、先使用権は認められるのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44<br />

問12 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。 ・・・・・・ 45<br />

[4]判例要旨一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48


3.仏国における先所有権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66<br />

[1]先所有権制度の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66<br />

[2]先所有権が争われた判例一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68<br />

[3]先所有権制度に関する問及び回答 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70<br />

問1 先所有権が認められるためには知的財産法典第 613-7 条に「本法の適用領域内<br />

にあって特許の出願の日又は優先権の日に善意で特許の対象である発明を所有してい<br />

た者は、特許の存在にかかわらず、当該発明に関する個人的実施権を享有するものと<br />

する。」と規定されているが、「特許の対象である発明を所有」とはどのようなことなの<br />

か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70<br />

問2 外国で創作された発明がどのように取扱われるのか。また、外国で創作された<br />

発明を所有する者が、仏国において先所有権を確保するために取り得る手段はあるの<br />

か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71<br />

問3 他者の出願の日又は優先権の日の前に所有していた発明と、出願の日又は優先<br />

権の日の後に実施している発明が完全に同一ではない場合には先所有権は認められる<br />

のか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73<br />

問4 実施規模の拡大は認められるのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 74<br />

問5 先所有権の効力は先所有権者ではない者にも及ぶのか。 ・・・・・・・・ 75<br />

問6 先所有権は移転できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77<br />

問7 先所有権を主張する者が、当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場<br />

合には、先所有権は認められるのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78<br />

問8 先所有権を有することの立証の際、具体的に発明の所有をどう証明しているか。<br />

例えば、発明者の氏名、先所有を主張する当事者がその発明を認識するようになっ<br />

た経緯、日付 (及び時間) などをどう証明しているか。 ・・・・・・・・・・ 81


[4]判例要旨一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85<br />

4.中国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118<br />

[1]先使用権制度の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118<br />

[2]先使用権が争われた行政事例及び司法判例一覧・・・・・・・・・・・・・・ 120<br />

[3]先使用権制度に関する問及び回答 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 124<br />

問1 中国特許法第 63 条では、先使用権が認められる要件として「特許出願日の前に<br />

既に同一製品を製造し、同一の方法を使用し、又は製造・使用に必要な準備を既に整<br />

えており」と規定されている。<br />

ここでいう「必要な準備を既に整えて」とはどのようなことなのか。 ・・・・ 124<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを中国で輸入販売を行う場合に、先使用権を確<br />

保するために留意すべき点は何か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 129<br />

問3 「外国企業が中国国外では生産及び販売を行っているものの、中国国内での販<br />

売(又は生産)の行為は、当分の間は予定がない」場合には、その外国企業は、販売<br />

(又は生産)の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。 ・・・・・ 130<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願前<br />

に実施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異なる場<br />

合、先使用権は認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 130<br />

問5 先使用権者は、特許法11条に定義された実施行為を変更することはできるの<br />

か。例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に変更すること<br />

はできるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 131<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域<br />

の拡大をすることが認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 132


問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時に<br />

は実施していない場合、先使用権の主張は認められるか。 ・・・・・・・・・・ 133<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。 ・・・・・・・・ 134<br />

問9 先使用権は移転できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 135<br />

問10 当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合には、先使用権は認め<br />

られるのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 135<br />

問11 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。 ・・・・・・ 138<br />

[4]行政事例及び司法判例要旨一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 142<br />

5.韓国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 165<br />

[1]先使用権制度の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 165<br />

[2]先使用権が争われた判例一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 166<br />

[3]先使用権制度に関する問及び回答 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 167<br />

問1 先使用権が認められるためには、韓国特許法 103 条において「韓国国内におい<br />

て実施事業または事業の準備をすること」が必要とされているが、ここでいう「実施<br />

事業」及び「事業の準備」とはどのようなことなのか。 ・・・・・・・・・・・・ 167<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを韓国で輸入販売を行う場合に、先使用権を確<br />

保するために留意すべき点は何か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 168<br />

問3 「外国企業が韓国国外では生産及び販売を行っているものの、韓国国内での販<br />

売(又は生産)の行為は、当分の間予定がない」場合には、その外国企業は、販売(又は<br />

生産)の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。 ・・・・・・・・ 168<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願前


に実施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異なる場<br />

合、先使用権は認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 169<br />

問5 先使用権者は、特許法 2 条に定義された実施行為を変更することはできるのか。<br />

例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に変更することはで<br />

きるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 169<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域<br />

の拡大をすることが認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 170<br />

問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時に<br />

は実施していない場合、先使用権の主張は認められるか。 ・・・・・・・・・・ 170<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。 ・・・・・・・・ 171<br />

問9 先使用権は移転できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 172<br />

問10 下請企業(他企業ではあるが下請元企業の指揮命令により生産を行う企業)<br />

が生産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請企業の行為は特許<br />

権に対抗できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 173<br />

問11 当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合には、先使用権は認め<br />

られるのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 173<br />

問12 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。 ・・・・・・ 174<br />

[4]判例要旨一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 176<br />

6.台湾における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 191<br />

[1]先使用権制度の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 191<br />

[2]先使用権が争われた判例一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 193


[3]先使用権制度に関する問及び回答 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 194<br />

問1 台湾特許法第57条では、先使用権が認められる要件として「特許出願前にそ<br />

の発明が中華民国において使用されていたか又はかかる目的のために必要な全ての準<br />

備が完了していたとき」と規定されている。<br />

ここでいう「必要な全ての準備が完了」とはどのようなことなのか。 ・・・・ 194<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを台湾で輸入販売を行う場合に、先使用権を確<br />

保するために留意すべき点は何か。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 198<br />

問3 「外国企業が台湾国外では生産及び販売を行っているものの、台湾国内での販<br />

売(又は生産)の行為は、当分の間は予定がない」場合には、その外国企業は、販売<br />

(又は生産)の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。 ・・・・・ 200<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願の<br />

出願前に実施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異<br />

なる場合、先使用権は認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 200<br />

問5 先使用権者は、特許法 56 条に定義された実施行為を変更することはできるのか。<br />

例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に変更することはで<br />

きるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 201<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域<br />

の拡大をすることが認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 201<br />

問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時に<br />

は実施していない場合、先使用権の主張は認められるか。 ・・・・・・・・・ 204<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。 ・・・・・・・・ 204<br />

問9 先使用権は移転できるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 206<br />

問10 下請企業(他企業ではあるが下請元企業の指揮命令により生産を行う企業)<br />

が生産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請企業と下請元企業<br />

のどちらに先使用権が認められるか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 206


問11 当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合には、先使用権は認め<br />

られるのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 207<br />

問12 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。 ・・・・・・・ 208<br />

[4]判例要旨一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 210<br />

参考資料<br />

米国における先使用権制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 229<br />

なお、海外調査研究に当たっては、以下の各所に海外調査のご協力をいただいた。<br />

JETRO ニューヨークセンター (米国)<br />

JETRO デュッセルドルフセンター (ドイツ)<br />

JETRO 北京センター (中国)<br />

JETRO ソウルセンター (韓国)<br />

Grünecker Kinkeldey Stockmair & Schwanhäusse法律事務所 (ドイツ)<br />

Cabinet Beau de Loménie法律事務所 (フランス)<br />

Linklaters法律事務所 (イギリス)<br />

Rader, Fishman & Grauer法律事務所 (米国)<br />

中国国際貿易促進委員会専利商標事務所 (中国)<br />

Kim&Chang法律事務所 (韓国)<br />

Lee & Li法律事務所 (台湾)<br />

台湾大学 黄教授 (台湾)


[1]先使用権 2 制度の概要<br />

1.英国における先使用権制度について 1<br />

1.条文、規則等<br />

[イギリス特許法第 64 条] (優先日前に開始された実施を継続する権利)<br />

(1) 特許がある発明に付与される場合、その発明の優先日以前に連合王国内で、<br />

(a) その特許が効力を有する場合にその侵害となるべき行為を善意で行う者、<br />

又は、<br />

(b) 当該行為を行うために現実的かつ相当な準備を善意でなす者は、<br />

特許が付与されるか否かにかかわらず、当該行為を継続して行い又は当該行為を<br />

行う権利を有する。ただし、この権利は、当該行為を行うライセンスを他者に与<br />

える権利を含むものではない。<br />

(2) 事業の過程において当該行為が行われ又はこれを行うための準備がなされ<br />

たときは、(1)で付与される権利を有する者は、<br />

(a) 当該事業における現在の自己のパートナーに当該行為を行う権能を与え<br />

ることができる。<br />

さらに、<br />

(b) 事業のうち、当該行為が行われた又はその準備がなされた部分を取得する<br />

者に対して、その権利を譲渡し、又は死亡あるいは法人の場合はその解散のとき<br />

に移転することができる。<br />

(3) (1)又は(2)で付与される権利の行使において他人に製品を処分する場合、当<br />

該他人及び当該他人を経由する権限を主張する者は、当該製品が特許権者によっ<br />

て処分される場合と同様の方法で当該製品を取り扱うことができる。<br />

2.立法趣旨<br />

イギリス特許法の原則として、特許が付与された場合でも、特許権者は第三者<br />

がその特許出願より前に行っている活動を妨げることができないとしている。<br />

この原則に基づき、旧法(1949 年法)においては、秘密であるか公然である<br />

かにかかわらず、すべての形式の先使用はその後出願された特許を無効にするこ<br />

とができることとされていた。<br />

現行法(1977 年法)では、公然の先使用については、新規性判断における先<br />

1 本資料は、英国法律事務所 Linklaters に調査を委託し、その調査レポート(平成 17 年及び平成 18 年)<br />

の情報及び見解を元に作成したものである。<br />

2 本資料においては、イギリス特許法第 64 条に規定する「優先日前に開始された実施を継続する権利」<br />

を「先使用権」と記す。<br />

-1-


行技術であるとして、その後出願された特許を無効にできるとされた。一方、秘<br />

密の先使用については、先行技術とならないため、その後出願された特許を無効<br />

にできないとされた。そして、上述の原則に基づき、秘密の先使用についてその<br />

後出願された特許により活動が妨げられないようにするため、特許法 64 条の規<br />

定を設け、秘密の先使用者が侵害を主張されないようにした。<br />

3.成立要件<br />

先使用権が認められるためには、単に発明を保有しているだけでは不十分であ<br />

る。<br />

先使用権成立のためには、以下の 4 つの要件を満たさなければならない。<br />

①地域的要件<br />

イギリス国内において、侵害を構成する行為を実行し、又は、実行の現実的か<br />

つ相当な準備を行っていなければならない。本要件は、輸入を含むあらゆる侵害<br />

行為に及ぶとされる。<br />

②善意<br />

条文中には、「善意」について詳細な定義はない。「善意」はイギリスの他の知<br />

的財産法でも使用されているが、そこでも定義されていない。他法の下で形成さ<br />

れた原則によれば、例えば下記の行為は「悪意」に当たると考えられる。<br />

・発明者/発明の保有者と秘密保持契約を結んだうえで得た情報を、その意に反<br />

して使用して実施行為を行うこと。<br />

・発明者/発明の保持者から不法(盗取)に得た情報を使用して実施行為を行う<br />

こと。<br />

③特許の侵害を構成すべき行為であること<br />

先使用権が特許法 64 条に基づいて成立するための行為は、行為時に特許が与<br />

えられていれば、特許の侵害となるべき行為でなければならない。侵害行為は、<br />

60 条 1 項 3 に規定されている。<br />

すなわち、物の発明に係る特許の場合、その物を製造し、処分し、処分の申込<br />

3 第 60 条 1 項<br />

本条の規定により、特許が効力を有する間に限って、当該特許権者の同意を得ないで、当該発明につい<br />

て、連合王国内において次の何れかのことを行った場合、当該発明の特許を侵害するものとする。すな<br />

わち、<br />

(a) その発明が物である場合、その物を製造し、処分し、処分の申込をし、使用若しくは輸入し、又は<br />

処分若しくはその他のためであるか否かを問わず保管すること。<br />

(b) その発明が方法である場合、連合王国内においてその方法を使用し又は使用の申込をすること。<br />

ただし、その特許権者の同意を得ないで連合王国内においてこれを使用することが当該特許の侵害とな<br />

ることをその者が知り、又は当該の事情の下で通常の能力を有する者にとってそのことが自明であるこ<br />

とを条件とする。<br />

(c) その発明が方法である場合、その方法によって直接に生産された物を処分し、処分の申込をし、使<br />

用若しくは輸入し、又は処分若しくはその他のためであるか否かを問わず保管すること。<br />

-2-


をし、使用若しくは輸入し、又は処分若しくはその他のためであるか否かを問わ<br />

ず保管することが侵害行為となる。方法の発明に係る特許の場合、その方法を使<br />

用し又は使用の申込をすること、当該方法によって直接に生産される物を処分し、<br />

処分の申込をし、使用若しくは輸入し、又は処分若しくはその他のためであるか<br />

否かを問わず保管することが侵害行為となる。<br />

ここでいう処分(disposal)は、一般に流通する移転(transfer)の意味に解される。<br />

特許権侵害の例外行為は、特許が有効だったとしても侵害行為を構成しない行<br />

為であり、特許法 60 条 5 項 4 に規定されている。優先日前に特許権侵害の例外行<br />

為を行っていても、本要件③「特許の侵害を構成すべき行為であること」を満たさ<br />

ないため先使用権は発生しないこととなる。<br />

したがって、例えば優先日前に個人的(非商業目的)に発明を実施していた者に<br />

は先使用権は認められず、優先日の後に商業目的のために発明を実施し始めるこ<br />

とはできない。ただし、個人・非商業的な行為は当然継続することができる。<br />

④ 優先日以前に、現実的かつ相当な準備若しくは実行がなされていること<br />

「現実的」、「相当」については条文中で定義されていない。判例は、「現実的<br />

かつ相当な準備」は、侵害行為の準備が行為を実行する段階に達していることを<br />

要するものと示している。<br />

要件の詳細については、「[3]先使用権制度に関する問及び回答」において述<br />

べることとする。<br />

4 第 60 条 5 項<br />

本項の規定がないときに、ある発明の特許の侵害を構成すべき行為は、以下のいずれかの場合、その特<br />

許の侵害を構成するものとは認めない。<br />

(a) それが個人的に、かつ、業としてではない目的のために行われるとき。<br />

(b) それがその発明の主題に係わる実験の目的のために行われるとき。<br />

(c) それが医師又は歯科医師の交付する処方箋に従って薬局のなす薬剤の即座の調合若しくは前記<br />

のとおり調合された薬剤の取扱からなるとき。<br />

(d) それが関係船舶が一時的に又は偶発的に連合王国の内水若しくは領水に入った場合に当該船舶<br />

の船体又はその機械、船具、装備その他の付属物にある物又は方法を専らその船舶の必要のために使用<br />

することからなるとき。<br />

(e) それが一時的に又は偶発的に連合王国(その上空及びその領水を含む。)に入り若しくは通過する<br />

関係航空機、ホバークラフト若しくは車輌の構造又は機能におけるある物又は方法の使用又は前記の航<br />

空機、ホバークラフト若しく車輌の付属物の構造又は機能におけるその物又は方法の使用からなるとき。<br />

(f) それが前記のとおり連合王国に適法に入り又は適法に通過する免責航空機の使用又は当該航空<br />

機の部品若しくは付属物の連合王国への輸入、そこでの使用若しくは保管からなるとき。<br />

-3-


[2]先使用権が争われた判例一覧<br />

本調査報告により確認された判例の一覧を以下に掲載する。(番号の横に「*」の<br />

記載のある判例については、判例要旨を「[4]判例要旨一覧」に掲載)<br />

No.<br />

1* Rotocrop International Limited 対 Genbourne Limited<br />

[1982] F.S.R. 241 (特許裁判所)<br />

2* Helitune Ltd. 対 Stewart Hughes Ltd.<br />

[1991] F.S.R. 171 (特許裁判所)<br />

3-1 Lubrizol Corporation 対 Esso Petroleum Co. Ltd.<br />

[1992] RPC 281 (特許裁判所)<br />

3-2 Lubrizol Corporation 対 Esso Petroleum Co. Ltd.<br />

[1997] R.P.C. 195 (特許裁判所)<br />

3-3* Lubrizol Corporation 対 Esso Petroleum Co. Ltd<br />

[1998] R.P.C. 727(控訴裁判所)<br />

4* Hadley Industries PLC 対 Metal Sections Ltd. and METSEC(UK) Ltd.<br />

[1998] EWHC 284(特許裁判所)<br />

5* Forticrete Limited 対 Lafarge Roofing Limited<br />

[2005] EWHC 3024(特許裁判所)<br />

-4-


[3]先使用権制度に関する問及び回答<br />

問1 先使用権が認められるためには、特許法 64 条に「(a) その特許が効力を<br />

有する場合にその侵害となるべき行為を善意で行う者、又は (b) 当該行為を<br />

行うために現実的かつ相当な準備を善意でなす者」と規定されている。ここでい<br />

う「現実的かつ相当な準備」とは具体的にどのような場合なのか。<br />

先使用権が認められるためには、「現実的かつ相当な準備」がなされているこ<br />

とが必要である。<br />

この「現実的」、「相当」については条文中で定義されていないが、判例は、「現<br />

実的かつ相当な準備」は、侵害行為の準備が行為を実行する段階に達しているこ<br />

とを要するものと示している。<br />

以下に「現実的かつ相当な準備」についての裁判所の判断及び学説を示す。<br />

(判例)<br />

Helitune 対 Stewart Hughes 事件[判例 2]では、特許を侵害する製品の試<br />

作品を優先日前に製作したが、販売用の製品を開発していなかった。優先日時点<br />

では、侵害製品の販売は行っておらず、特許を侵害しない別の製品に注力して生<br />

産を始め、侵害製品を売り始める意図はなかった。これらのことにより、侵害製<br />

品を製造するか販売するための現実的かつ相当な準備をする段階に達していな<br />

かったと判断された。<br />

Lubrizol 対 Esso 事件[判例 3-2]では、優先日前に侵害品の生産のための「事<br />

業計画」が準備されていた。しかしながら、その計画について議論するために開<br />

かれた会議の議事録には、開発が「非常に予備的段階」であるとの記載があった。<br />

このことにより、現実的かつ相当な準備が行われていたというには不十分である<br />

と判断された。<br />

Lubrizol 対 Esso 事件の 控訴審[判例 3-3]では、現実的かつ相当な準備の要<br />

件に関して、「「相当(effective)」という語は、「準備」という語を限定している。<br />

従って、侵害行為が行われるためには、準備以上のことが行われなければならな<br />

いということになる。準備以上のこととは、その製品の性質やそれを取り巻くあ<br />

らゆる状況に依存するが、いかなる場合にも、準備は、侵害行為がまさに行われ<br />

る段階にあると認められるほど進められたものでなければならない。」とし、さ<br />

-5-


らに、「事業の準備については、最終的にそれが実施されたであろうことを示せ<br />

れば十分であるとの被告の主張は拒絶する。「現実的かつ相当な準備」であること<br />

は、優先日前の時点で判断されるものである。」と判示している。<br />

(学説)<br />

Terrell on the Law of Patents(第 15 版、235 頁、8.61 段落)には、以下のよう<br />

な記載がある。<br />

様々な状況において、例えば、書面上のやり取りから試供品の提供、商談から<br />

製品の輸入、準備的打合せから契約に関する打合せへの移行といったように活動<br />

は進むが、どの時点で現実的かつ相当な準備がなされた段階に移ったのかを特定<br />

することは困難である。<br />

契約が成立の段階となると、その後に準備は完了すると考えられるが、その前<br />

の段階でははっきりしない。裁判所はかかる問題については証拠に基づいて判断<br />

し、その立証責任は先使用権を主張する者が負い、現実的かつ相当な準備が行わ<br />

れていたことを立証しなければならない。<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを英国で輸入販売を行う場合に、先使用<br />

権を確保するために留意すべき点は何か。<br />

先使用権が認められるためには、特許法 64 条の要件を満たさなければならな<br />

い。自国で商品を生産し、それを英国で輸入販売する外国企業は、自ら輸入を行<br />

い(第三者を介しての商品の輸入を行っておらず)、特許法 64 条の要件を満た<br />

しているならば、先使用権による保護を受けることができる。<br />

問3 特許法 64 条に「当該行為を継続して行い又は当該行為を行う権利を有す<br />

る。」と規定されているように、先使用権は優先日前の所定行為を継続して実行<br />

する権利であるが、他者の出願の優先日前に実施していた発明の実施形式と、<br />

優先日後に実施している発明の実施形式が異なる場合、先使用権は認められる<br />

か。<br />

判例においては、現実的かつ相当な準備がなされた優先日前の行為と実質的に<br />

同一な範囲で、実施形式の変更は認められる、とされている。<br />

この点、学説でも、先使用発明の本質に影響しない修正であれば許されるとい<br />

う説が多い。<br />

-6-


関係する判例、学説は以下のとおりである。<br />

(判例)<br />

Helitune Ltd. 対 Stewart Hughes Ltd.事件[判例 2]は、「優先日の前に侵<br />

害行為を行っていた者は、当該行為を実行し続けることができる。たとえ製品又<br />

は方法がある程度異なっていても、当該行為を継続することができる。法は、製<br />

品を輸入し続けることを認めるが、もし輸入が製品を販売するための現実的かつ<br />

相当な準備に該当しないならば、製品を販売することは認めない。」と言及して<br />

いる。<br />

Lubrizol 対 Esso 事件[判例 3-2]判決では、その傍論で、特許法 64 条によ<br />

って継続できる「既存の商業活動」は、「現実的かつ相当な準備がなされた出願<br />

前の行為と実質的に同一な行為」と言及している。同判決では、さらに次のよう<br />

に言及している。「保護される行為が厳密に出願前の行為と同じでなければなら<br />

ないとすれば、特許法 64 条によって与えられる保護は無いに等しい。特許法 64<br />

条は、出願前に実質的に行っていたことを継続できる実用的な保護を与えること<br />

を趣旨とする。」<br />

また、Hadley Industries 事件[判例 4]の判決は、優先日前の実施形式と係<br />

争中の実施形式との間の主な変更点は、「単なる」変更ではなく、係争中の特許<br />

の教示との関係では、実質的かつ重大な変更であると判断した。<br />

先使用権が認められるためには、優先日前の実施形式と、係争中の実施形式と<br />

の間に明らかな繋がりがあること、つまり「因果関係」があることを証明しなけ<br />

ればならない。被告はこれを立証していなかったため、先使用権は認められなか<br />

った。<br />

さらに、Forticrete 対 Lafarge Roofing 事件[判例 5]の判決では、最も重要<br />

な条件は、係争中の被告の製品の生産と販売が、優先日以前に被告が実行した活<br />

動又は実行するために現実かつ相当な準備をしてきた活動と実質的に同じ活動<br />

であることを証明することである、と述べた。<br />

(学説)<br />

Terrell on the Law of Patents(第 15 版、237 頁、8.63 段落)では、自由に性質<br />

の変更を行う手段は、先使用権者に適切に与えられるべきであり、先使用権者は、<br />

実質的にその本質を変更し改良するようにではなく、製品か方法の本質に影響し<br />

-7-


ないようにその修正をすることが許されるであろうと言及している。<br />

問4 先使用権者は、特許法 60 条に定義された実施行為を変更することはでき<br />

るのか。例えば、優先日前に輸入・販売していた場合、優先日後に製造・販売<br />

に変更することはできるか。<br />

先使用権は、優先日前に実施しているか又は現実的かつ相当な準備をしていた<br />

行為に認められる。そのため、例えば製造を行うための現実的かつ相当な準備が<br />

優先日前にできていない場合には、優先日後に輸入から製造へ実施行為を変更す<br />

ることは認められない。<br />

ただし、製造若しくは輸入された製品が、専ら製造業者若しくは輸入業者自身<br />

の使用のためだけに用いられることを予定していたものではないのであれば、製<br />

造又は輸入が、販売のための現実的かつ相当な準備に相当し、当該業者は販売の<br />

先使用権を有することになると考えられる。<br />

関連する判例、学説としては以下のものが挙げられる。<br />

(判例)<br />

Helitune Ltd. 対 Stewart Hughes Ltd.事件[判例 2]では、「この権利は、<br />

実行された特定の侵害行為又は現実的かつ相当な準備の対象となった特定の行<br />

為に限定される。このような結論は、ある者が善意に侵害品を輸入していた場合<br />

について検討することにより説明することができる。この条文によって、この者<br />

は、引き続きその侵害品を輸入することができるが、その輸入がその侵害品を販<br />

売するための現実的かつ相当な準備に相当しない限りは、その侵害品を販売する<br />

ことはできない。」と判示している。<br />

(学説)<br />

Terrell on the Law of Patents(第 15 版、236 頁、8.63 段落)では、先使用権は、<br />

いかなる侵害行為にも認められるのではなく、優先日前に行っていた行為に制限<br />

されると言及している。したがって、優先日前に行っていた行為が製造だった場<br />

合、優先日後に輸入する権利までは認められない。しかし、メーカーが自社のた<br />

めだけに製造をしていたわけではないならば、製造は販売のための現実的かつ相<br />

当な準備に相当すると考えられる。<br />

-8-


また、CIPA Guide 5 (第 5 版、639 頁、64.06 段落)は、優先日前に行っていた<br />

行為が製造である場合は、製造された製品を販売する暗示の権利を生じると推定<br />

されると論じている。<br />

問5 先使用権者は、他者の優先日後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、<br />

販売地域の拡大をすることが認められるか。<br />

この点については、いかなる判例においても検討されていない。<br />

一方、Terrell on the Law of Patents では、特許法 64 条は量的制限を課さな<br />

いと言及している。したがって、この学説によれば、一侵害製品を製造していた<br />

先使用権者は、その製造行為をどのような規模へでも(例えば新しいプラントの<br />

購入を含むものであっても)拡大することができると考えられる。<br />

問6 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。<br />

(1)自己の事業上のパートナーに実施させる場合の取扱い<br />

特許法 64 条 2 項(a)では、事業の過程において侵害となるべき実施行為を行い、<br />

又はその準備をなした者は、当該事業における現在の自己のパートナーに当該実<br />

施行為を行う権能を与えることができると規定している。<br />

この点について、Terrell on the Law of Patents の 8.60 では、「64 条 2 項 (a)<br />

は、先使用権者が、自己のビジネスパートナーに先使用者の行為を実行する権能<br />

を与える権利を有することを規定している。」と言及している。<br />

(2)先使用権者が製品を第三者に処分した場合の取扱い<br />

特許法 64 条 3 項 6 に、先使用権者が製品を第三者に処分(譲渡)した場合の取扱<br />

いが規定されている。先使用権者の先使用権に係る製品が先使用権者ではない者<br />

に譲渡された場合、その者は、その製品を特許権者から譲渡されたと同様に販売<br />

することができる。<br />

(3)グループ企業の取扱い<br />

グループ企業の一企業に先使用権が認められた場合、他のグループ関係企業に<br />

5 英国弁理士会著、Sweet & Maxwell 出版<br />

6 第 64 条 3 項<br />

何人かが(1)又は(2)の規定で与えられた権利を行使して他人に特許製品を処分するときは、前記の他人<br />

及びこの他人を経由する権限を有する何人も、前記の者が特許権者によって処分されたとする場合に於<br />

けるのと同様の方法でこれを取り扱うことができる。<br />

-9-


も先使用権が認められるわけではない。グループ企業の各企業が特許法 64 条の<br />

要件を個別に満たさなければ、先使用権による保護を受けられないと考えられる。<br />

問7 先使用権は移転できるか。<br />

特許法 64 条 2 項には、「事業の過程において当該行為が行われ又はこれを行<br />

うための準備がなされたときは、(1)で付与される権利を有する者は、…(b) 事<br />

業のうち、当該行為が行われた又は準備がなされた部分を取得する者に対して、<br />

その権利を譲渡し、又は死亡あるいは法人の場合はその解散のときに移転するこ<br />

とができる。」と規定されている。<br />

すなわち、先使用権者は、事業のうち、先使用行為が行われた部分を取得する<br />

者に、当該権利を譲渡する(又は死亡又は会社解散により当該権利を移転する)<br />

ことができる。<br />

なお、CIPA Guide (第 5 版、64.07 段落、639 頁)では、事業の移転が証明さ<br />

れれば、その事業に含まれる先使用権の移転を譲渡書で特定することは不要と考<br />

えられると言及している。<br />

問8 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。<br />

(1)先使用権の立証手段の具体例<br />

先使用権の存在を立証する責任は、立証できなければ侵害者になる側にある。<br />

先使用権を立証するために提出することができる証拠について、特定のガイドラ<br />

イン等は存在せず、下記のものを含む証拠能力のあるいかなる証拠でも提出する<br />

ことができる。<br />

・特許出願書類、明細書・図面、図面のみ、実験データ等<br />

・特許が成立したら侵害にあたる設備あるいは製品(優先日前のものが好ましい)<br />

・目撃者からの口頭の証言<br />

(2)先使用権の立証手段の証拠能力の有無を判断する方法について<br />

前述のように、先使用権立証のために証拠能力のあるいかなる証拠でも提出す<br />

ることができる。個々の証拠の証拠能力の有無は、イギリスにおける一般的な証<br />

拠に関する手続法に基づいて判断される。概して、特許権侵害訴訟手続のような<br />

民事裁判では、容認される証拠に制限はほとんどない。個々の証拠能力の有無は<br />

裁判官の扱うべき問題であり、明確な規則はない。<br />

-10-


証拠に矛盾がある場合、原則として、証拠書類は目撃者証言より重きをおかれ<br />

る。また、直接の目撃者証言は伝聞証拠より重きをおかれる。<br />

(3)立証手段に基づく使用状況・使用準備状況の証明方法について<br />

イギリス特許裁判所は、適切な条件での実験を認め、先使用に関する証拠とす<br />

る場合がある。実験が役立つと考えられる場合とは以下のような場合である。<br />

・かつて製品を製造した生産工程、製品の組成や原料に関する情報を提供するた<br />

めに、優先日の前に製造された完成品をリバース・エンジニアリングする場合。<br />

・生産工程又は製品の特徴についての技術情報を裁判所に提供するために、先の<br />

生産方法を実行する場合。<br />

実験を証拠とするためには、裁判所の許可を要する。また、実験を証拠としよ<br />

うとする者は、相手方が実験の手法又は実験結果に反対する場合、相手方に独自<br />

の実験を行うことを認めなければならない。<br />

-11-


[4]判例要旨一覧<br />

[判例 1]<br />

[事件名]<br />

Rotocrop 対 Genbourne 事件<br />

[判決日]<br />

1980 年 7 月 31 日<br />

[裁判所]<br />

特許裁判所<br />

[判示事項]<br />

この事件は、1977 年特許法の制定によりイギリスの特許侵害において、法律<br />

にもたらされる変化を判断したものである。特許法の経過措置の規定は、1978<br />

年 6月 1日まで有効な旧法の下で特許の侵害とならなかった行為を継続すること<br />

は、新法においても特許の侵害(特許法 60 条)を構成するものではないとしてい<br />

る。1978 年 6 月 1 日まで特許を侵害しなかった製品の販売は、当該日以降に同<br />

じ製品を販売しても同じ行為として扱われると判断された。<br />

この事件から類推すると、同一製品を繰り返し販売するというような、不連続<br />

ではあるが繰り返される行為は、特許法 64 条における“継続した行為”に当た<br />

ると考えられる。<br />

[事件の概要]<br />

訴訟の対象となった特許は商業的な成功を納めている“Rotocrop”ブランドの<br />

合成容器であった。原告は被告”Genbourne”の合成容器の製造・販売によって<br />

自らの特許が侵害されたと主張した。被告は同社の容器が旧法において特許の侵<br />

害とならなかったのであれば、1977 年特許法の附則 4(経過規定)第 3 項(3) 7<br />

によって保護されるべきであると主張した。その規定によると、“行為が特定日<br />

より前に始まり、当該日、あるいはそれより後まで継続される場合、そして、1949<br />

年特許法に基づき、王室の公務に対する発明の使用として自明でないのであれば、<br />

7 附則 4 第 3 項<br />

ある行為が指定日前に開始され、かつ、その日以後においても引き続き実行される場合において、それ<br />

が前記の日の直前に有効な法令により現に有効なある特許又はある完全明細書から生ずる特権若しく<br />

は権利の侵害に該当しなくなるときは、前記の日以後における当該行為の続行は、前記の特許又は特権<br />

若しくは権利の侵害に該当しないものとする。<br />

-12-


当該日、あるいはそれより後にその行為が継続されることは、当特許法において<br />

も上記のような使用には当たらないとする”とある。(注:1978 年 6 月 1 日以前<br />

に認められた特許はすべて期限切れで無効となっているため、この規定は既に廃<br />

止されている)<br />

-13-


[判例 2]<br />

[事件名]<br />

Helitune Ltd.対 Stewart Hughes Ltd.事件<br />

[判決日]<br />

1990 年 10 月 30 日<br />

[裁判所]<br />

特許裁判所<br />

[判示事項]<br />

優先日において、被告は能動型の探知機の販売の決定はしておらず、受動型の<br />

探知機の開発に注力していた。よって、能動型の探知機を販売するための現実的<br />

かつ相当な準備の段階には達しておらず、先使用権は認められない。<br />

[事件の概要]<br />

優先日(1982.3.14)には、被告は試作品の能動型の探知機を有していた。しか<br />

し、受動型の探知機の開発に注力し、能動型の探知機の販売の準備等は一切行っ<br />

ていなかった。1984 年 8 月まで、能動型の探知機の実現可能性の検討をしなか<br />

った。<br />

優先日において、被告は能動型の探知機は販売していなかった。しかし、一層<br />

開発を進める見通しでレーザーを利用した能動型の探知機の試作品を有してい<br />

た。その局面は、販売を決定するには達しておらず、優先日では受動型の探知機<br />

の開発に注力していた。能動型の探知機を販売するための現実的かつ相当な準備<br />

の段階には達しておらず、先使用権は認められなかった。<br />

[判決文翻訳抜粋(参考)]<br />

第 64 条は、善意に侵害行為を実行する者又は当該行為を実行するための現実<br />

的かつ相当な準備を行うかする者に対して法定実施権とも呼べるものを与えて<br />

いる。ここで言及されている侵害行為は、1977 年特許法第 60 条に定められてお<br />

り、そのような行為には発明が物である場合には、その物を製造し、処分し、そ<br />

の処分の申入れをし、使用及び輸入することが含まれる。発明が方法である場合<br />

には、侵害行為には、その方法を使用し、処分し、処分の申入れをし、その方法<br />

により製造された物を使用し又は輸入することが含まれる。<br />

-14-


第 64 条(2)は、法定実施権を「その行為」を引き続き実行するか又は実行す<br />

る権利に限定している。その行為とは、その者が実行した行為又は実行するため<br />

に行った現実的かつ相当な準備のことである。従って、この権利は、実行された<br />

特定の侵害行為又は現実的かつ相当な準備の対象となった特定の行為に限定さ<br />

れる。このような結論は、ある者が善意に侵害品を輸入した場合について検討す<br />

ることにより説明することができる。この条文によって、この者は、引き続きそ<br />

の侵害品を輸入することができるが、その輸入がその侵害品を販売するために現<br />

実的かつ相当な準備することに相当しない限りは、その侵害品を販売することは<br />

できない。<br />

第 64 条(1)は、侵害を構成する行為に関連するものであり、特定の物又は方<br />

法に関連するものではない。すでに述べたように、このような行為とは、第 60<br />

条に定められている特許の適用を受ける行為のことである。従って、ある者が優<br />

先日以前に侵害行為を実行したことを条件として、その者は、物若しくは方法に<br />

ある程度の相違がある場合であっても、当該行為を引き続き実行することができ<br />

る。これについては、侵害方法を使用する者について検討することにより説明す<br />

ることができる。<br />

この者がその方法を優先日以後に変更したという事実は問題ではない。この条文<br />

は、その行為、すなわち侵害方法を使用することは、侵害とはならないと定めて<br />

いる。<br />

訴訟の対象となった特許は、ヘリコプターの回転翼の不均衡を測る方法に関す<br />

るもので、日光やその他の光線が翼へ集められ、そして翼から受信機へ反射され<br />

るという‘能動システム’を使った方法だった。このシステムは、周囲の光の中<br />

に探知機が向けられ、翼によってその光を遮られることを読み取る‘受動システ<br />

ム’とは相対するものであった。<br />

被告は、光線が反射され、受信機がその反射された光を読み取るというレーザ<br />

ーシステムを使っていた。原告は被告の翼探知機は‘能動システム’であり、特<br />

許を直接侵害するものであると主張した。優先日の時点で、被告は‘受動’探知<br />

機の開発に従事しており、能動型探知機の試作品を有していたものの、それを販<br />

売する準備はなされていなかった。被告が能動型探知機の製品化を再度検討した<br />

のは、優先日後であった。<br />

本件では、被告は自らの RADS-AT(ヘリコプター試験機)追跡装置を引き続き<br />

販売することを希望しており、そのため、本判決では被告が侵害品である追跡装<br />

置を優先日以前に善意に販売したかどうか、又は被告が販売を実行するために現<br />

-15-


実的かつ相当な準備を行ったかどうかを判断する必要がある。<br />

被告の開発歴は、1970 年代にまで遡る。その当時、追跡装置に関する研究は<br />

サウサンプトン大学において行われた。この研究は少なくとも部分的に政府から<br />

の資金援助を受けて行われた。この研究を被告が引受けたのであった。1979 年<br />

までは追跡装置に使用するためレーダーの研究が行われていたが、レーザーを使<br />

用することが決定された。その後まもなくレーザー追跡装置の試作品が作られ、<br />

1980 年にこの試作品は分析器を搭載せずにヘリコプターに取付けられ飛行した。<br />

1981 年に辿り着いていた状況については、1981 年 3 月に Ashmead 氏が記した報<br />

告書にまとめられた(Bundle 32, tab 12.を参照)。この報告書は、光学追跡装<br />

置の開発から試作装置の建造や試験までを記載している。試作装置は容易に入手<br />

することのできる市販の部品を使用して製造された。報告書では次のように述べ<br />

られている。<br />

「レーダーは、一見したところは非常に有望なものであると思われたが、検査<br />

の結果、必要な感度に到達する際に郵政省が認めない周波数が伴うことが判明し<br />

た。郵政省の反発を克服することができるとしても、こうした周波数を使用する<br />

と、電磁適合性の問題が伴い得る可能性があることから、この分野についてそれ<br />

以上の研究は中止された。超音波を使う実験は、世界的に期待はずれだったよう<br />

であり、ヘリコプターを取り巻く環境は悪くなっている。そのため、選択肢は光<br />

学的手法の使用に限定され、そのうちの 3 つの手法が細部にわたって検討され<br />

た。」<br />

最初の 2 つの手法は拒絶された。この報告書では引き続き 3 つ目の手法を実行<br />

するために試作品がいかにして組み立てられたかが説明されている。本質的には、<br />

この試作品は能動型の追跡装置であった。<br />

この報告書は、ヘリコプターへの試作品の取り付け方法を説明しており、また<br />

必要な開発についても説明している。また、追跡装置の性能を証明するためにそ<br />

れを受動モードで使用する方法についても説明し、受動モードでは日中にのみ使<br />

用可能であるとの欠点を指摘するとともに、試験飛行は夜間に実施されたのでは<br />

ないため、十分であったと述べられている。「今後の課題」という見出しでは、<br />

これについて次のように述べられている。<br />

「ブレード追跡装置の開発は今や計画で目指されていた目標に到達した。すな<br />

わち、飛行試験計画の間、一回限りの航路測定装置の提供という目標が達成され<br />

た。2 つの装置のうち、受動型の追跡装置(Passive Tracker)がこの目的によ<br />

り適している。しかし、ヘリコプターのローターモデルを追跡することが二次的<br />

に求められるため、2 つのうちやはりレーザーの性能が高い。<br />

いずれの装置も全くの試作品なのであり、その複製品が必要とされる場合には、<br />

-16-


いずれについても特に受光回路にわずかな改良を加えれば間違いなく性能も信<br />

頼性も高まるであろう。<br />

まず第一に、海軍航空資材研究所(NAML)/海軍航空技術データ・工学業務部<br />

隊(NATEC)は野外実験をローターの仕組みにまで拡大して行うために 1 台以上<br />

の追跡装置を所有していることが非常に望ましいと考えられる。第二に、前方飛<br />

行では前進側ブレードと後退側ブレードの両方を追跡する必要がある可能性が<br />

高いため、航空機 1 機につき、追跡装置のヘッドは 2 つ必要である。そのため、<br />

一組の受動型追跡装置のヘッドを「改良済みの試作品」の水準にするべく設計・<br />

製造するために引き続き開発資金が割り当てられるよう提案された」。<br />

開発は引き続き行われたが、能動型追跡装置の開発は、被告の顧客が能動型追<br />

跡装置に新たに関心を示した 1984 年 9 月まで受動型装置の開発のために一時的<br />

に断念されていた。その後、受動型追跡装置の回路を利用して、被告は、再び能<br />

動型追跡装置の開発に着手した。<br />

特許が付与された時点で、被告は、ヘリコプターに適合するよう調整された能<br />

動型追跡装置の試作品を有していたが、コンピュータに取り付けるものは有して<br />

いなかった。しかし、証言 2(36 頁、A から D)で Ashmead 氏が述べたように、<br />

被告は、受動型追跡装置の開発に従事しており、レーザー追跡装置を販売可能な<br />

商品とするための準備又はそれに関連する準備は行っていなかった。1984 年 8<br />

月になってようやく、被告は再び能動型の追跡装置の実現可能性についての検討<br />

を開始した。<br />

特許の優先日の時点で、被告は能動型追跡装置の販売は行っていなかった。し<br />

かし、さらなる開発を目的として、レーザーを使用する能動型追跡装置の試作品<br />

の製作は行っていた。被告が能動型追跡装置の販売を決定したとの状況に至って<br />

はおらず、また優先日までにその努力は受動型追跡装置の製造に集中して注がれ<br />

ていた。したがって、被告が能動追跡装置を販売するために現実的かつ相当な準<br />

備を実行する段階に辿り着いていたとは考えられないため、第 64 条は被告が当<br />

該行為を実行したことを弁護しないと考えられる。<br />

-17-


[判例 3-3]<br />

[事件名]<br />

Lubrizol 対 Esso 事件<br />

[判決日]<br />

1998 年 4 月 30 日<br />

[裁判所]<br />

控訴裁判所<br />

[判示事項]<br />

特許法 64 条は先使用権を他製品へ拡大することを認めたものではないが、先<br />

使用権を守るために、特許が認められた後に行う行為を特許に先立って行われた<br />

行為と全く同一である必要はない。同条項により、実質的に以前に行っていた行<br />

為や、行うために現実的かつ相当な準備をしていた行為を続けることが認められ<br />

る。ここでいう準備は、当該特許を侵害する行為がまさに実行されかねないとい<br />

うほどに進んだものでなくてはならない。<br />

当該製品を製造するために初歩的な計画はされていたが、決定はされていなか<br />

ったという状況は、“現実的かつ相当な準備”に相当するには充分ではなく、ま<br />

た想定顧客の試用を目的として当該製品を提供しており、それが相当なものであ<br />

ったことが自明であっても、それは“準備”ということには全く当たらない。<br />

わずかに相違する原料から作られ最終的に同じ仕様のものに作りあげられた<br />

製品は、商業的には同じ製品であり、優先日前の準備が相当で現実的な場合は、<br />

保護されるべきである。<br />

[事件の概要]<br />

訴訟の対象となった特許は、潤滑油に関するものであった。被告の 3 製品によ<br />

る特許の侵害が主張された。それらの製品のうち一つは、特許法 64 条の抗弁の<br />

根拠を有するものであった。当該特許の優先日以前に、被告は試験的規模で当該<br />

製品を工場生産し、その最初のバッチの少量を連合国内へ輸入し、試用を目的と<br />

して想定顧客へ提供していた。試用の結果は顧客と被告との間で秘密保持が約束<br />

されていた。被告は当該製品の連合国内での製造を充分に検討していたが、当該<br />

特許の優先日の時点では、プロジェクトは未だ非常に初歩的な段階でいかなる決<br />

定も下されていなかった。商業用の製品は試験的規模で作られたものと同じ仕様<br />

-18-


に製造されたが、わずかに異なる材料を原料としていた。他の 2 つの製品は違う<br />

仕様であるが、被告はそれらも特許法 64 条によって保護されるべきであると主<br />

張した。<br />

-19-


[判例 4]<br />

[事件名]<br />

Hadley Industries PLC 対 Metal Sections Ltd. and METSEC(UK) Ltd.事件<br />

[判決日]<br />

1998 年 11 月 13 日<br />

[裁判所]<br />

特許裁判所<br />

[判示事項]<br />

被告の侵害行為は、先行する行為に全く依拠するものではないとして、先使用<br />

権が認められなかった。<br />

[判決文翻訳抜粋(参考)]<br />

Lubrizol Corporation v. Esso Petroleum Co. Ltd [1997] RPC 195 事件にお<br />

いて、第 64 条の保護の対象は、本質的には、技術的及び商業的問題を考慮して、<br />

実質的に先行する行為(すでに行われた行為又はそのために相当かつ現実的準備<br />

が行われた行為)と同じである。<br />

この事件では、被告は、当時 TI Metsec Limited と称されていた Metsec UK<br />

が係争中の特許の優先日以前、すなわち 1981 年以前に特定のローラー(rolls)<br />

を開発したとの事実に依拠している。私の理解したところでは、Metsec の事件<br />

は、TI Metsec(本事件に関連してこのように称す)は 1981 年以前にこれらのロ<br />

ーラーにより製造されたギザギザのある製品を販売したが、その活動が先使用に<br />

全く依拠するものではないというものである。<br />

私の判断では、Metsec は、先使用の抗弁を確立するには全く及ばない。抗弁<br />

のために依拠した(私が「TI Metsec の方法」と称するところの)ローレット切<br />

りの方法は、一見したところ、現在 Metsec が着手しており、Hadley から侵害を<br />

成すものであると訴えられている Supasteel の方法と類似点がある。したがって、<br />

TI Metsec の方法と Supasteel の方法との間の主な変更点は、陥没の深さを単に<br />

大きくすること、又は別の言い方をすれば、突起の程度を大きくすることと特徴<br />

付けることができる。しかし、私としては、これは「単なる」変更ではないと思<br />

われる。係争中の特許の教示との関連では、これは実質的かつ重大な変更である。<br />

係争中の特許の教示の目的とするのは、クレーム 1 の特徴(e)と一致し、クレ<br />

-20-


ーム 6 の特徴(g)に特定された物質の長さを比較的わずかに減らすように突起<br />

の程度を大きくすることである。これには、クレーム 1 の特徴(b)及びクレー<br />

ム 6 の特徴(c)に特定された局所的な引き延ばしが必要であり、これは Supasteel<br />

の方法には見受けられるが、TI Metsec の方法では全く見られない。<br />

さらに、Metsec が第 64 条に基づく抗弁を成功させるためには、TI Metsec の<br />

方法と Supasteel の方法との間に明らかな繋がり、あるいは Carr 氏が「因果関<br />

係」と呼ぶものを証明しなければならない。私が証拠を見た限りでは、Metsec<br />

はこれを立証していない。Metsec は、開発文書の証拠開示を行っていないし、<br />

この点に向けられたと私が理解しているところの口頭の証拠がいくつかあるも<br />

のの、私はこれに納得していない。<br />

また、Metsec UK がこれらの 2 つの問題を克服できたとしても、やはり、バー<br />

ミンガムの展示会における Supasteel の金属切断面の展示のような問題を成す<br />

被擬侵害行為を行った Metalsections に先使用権が認められるなど言える理由<br />

が私には理解できない。<br />

-21-


[判例 5]<br />

[事件名]<br />

Forticrete Limited 対 Lafarge Roofing Limited 事件<br />

[判決日]<br />

2005 年 11 月 25 日<br />

[裁判所]<br />

特許裁判所<br />

[事件の経緯]<br />

原告は、屋根瓦に関する特許権者であった。原告は、被告の「Duoplane」瓦に<br />

関連して侵害訴訟を開始した。被告は、訴えに反論し、抗弁を行った。その後、<br />

被告は抗弁の修正を申請し、特許法 64 条(先使用権)の議論を含めるものとした。<br />

被告は、「Duoplane」瓦のデザインが原告の特許の優先日前に英国において生産<br />

し、保管し、かつ使用していた「Theta」瓦のデザインに基づくものであり、こう<br />

した活動が優先日以後に行われたのであれば、特許の侵害を構成したであろうと<br />

の主張を含める許可を求めた。原告は、被告が「Theta」瓦を製造・販売する現実<br />

的かつ相当な準備をなしたことを実証していないこと、並びにかかる準備が行わ<br />

れたことが証明されたとしても、「Theta」瓦及び「Duoplane」瓦が異なる商品で<br />

あることを理由として、特許法 64 条の抗弁は、現実的に成功する見込みはない<br />

と主張した。<br />

中間聴聞において、判事は次の見解を示した。<br />

(a) 被告が「Theta」瓦を優先日前に製造し、保管し、使用していたことから、<br />

特許法 64 条により優先日以降の当該行為を継続することが認められる。<br />

また、被告は、優先日前に製造し、保管していた「Theta」瓦を優先日後に<br />

処分する黙示的権利を有する(黙示的権利[implied right]に関する主<br />

張は、これまでに Lubrizol 事件において Aldous J 判事により否定され<br />

ている)。<br />

(b) 被告は優先日前に「Theta」瓦を販売するために現実的かつ相当な準備を<br />

なしていることも認められる。<br />

(c) 本 件 侵 害 訴 訟 の 対 象 と な っ て い る 後 の 「 Duoplane」 瓦 の デ ザ イ ン は<br />

「Theta」瓦のデザインに基づくものであることは認められるが、その事実<br />

-22-


だけでは、先使用権による保護を受けるためには不十分である。証拠に<br />

よると、「Duoplane」瓦は先のデザインと同一でも、類似でもなく、被告<br />

は 2 つの瓦が同じ方法で製造されたこと又は同一の特性を有することを<br />

証明していない。また、被告が特許の範囲内に含まれる一つの商品を製<br />

造したことを理由として、特許の範囲内に含まれるその他の商品を製造<br />

する権利を有すると主張することはできない。<br />

したがって、先使用権による保護について現実的に成功する見込みがあること<br />

を証明できず、先使用権は認められなかった。<br />

[判決文翻訳抜粋(参考)]<br />

提出された答弁書の概要は次の以下とおりである。<br />

『特許の優先日は、1988 年 1 月 14 日である。この優先日以前に、被告は英国<br />

において「Theta」タイルと呼ばれる瓦をデザインし、試験した。さらに、優先<br />

日までは、また実際にはその後も、被告は英国において Theta タイルを販売する<br />

ために現実的かつ相当な準備を行った。Theta タイルは、本件特許のクレーム 1<br />

の対象であるタイルのすべての特徴を有するものであり、特に、著しく平坦な断<br />

面という特徴を含んでいることは被告も認めるところである。このような事情に<br />

おいて、被告は次のように述べている。<br />

(i)優先日以前に英国において Theta タイルを製造し、保管し、使用する行<br />

為は、善意で行われており、当該特許が実施されていたとするならば特許の侵害<br />

となったであろう。したがって、被告には、特許が付与されても、当該行為を引<br />

き続き実行する権利がある。<br />

(ii)当該行為は、Theta タイルを処分し、処分の申入れを行う権利も暗示的<br />

に与えるものである。<br />

(iii)(ii)の代わりに、被告は優先日以前に善意で英国において Thetaタイ ルを製造し、保管し、使用し、処分する現実的かつ相当な準備を行っていたため、<br />

被告には特許が付与されても、そのようなすべての行為を実行する権利がある。』<br />

1989 年に被告は基本的に Theta タイルを市販しないことを決定し、その理由<br />

を営利的なものであるとしている。この件は、Theta タイルが Duoplain タイル<br />

のデザインの基礎として使用された 2002 年までは再開されることも、再検討さ<br />

れることもなかった。特に、デザイナーは、Duoplain タイルの裏面を設計しよ<br />

うとした際に参考として Thetaタイルパレットを使用した。 -23-


被告が取っている主な立場は、Duoplain タイルは、その裏面が上向きに反っ<br />

ていることから、本件特許のクレーム 1 の範囲には該当しないというものである。<br />

しかし、これが誤っており、裁判所がタイルは著しく平坦な断面を持っていると<br />

の判断を下す場合には、被告は Duoplain タイルが基本的に Theta タイルと同じ<br />

ものであり、そのため Duolain タイルを製造し、保管し、使用し、処分する行為<br />

は、実質的に、優先日以前に被告が実行した行為又は実行するために現実的かつ<br />

相当な準備をしていた行為と同じであると主張しようとするであろう。<br />

被告弁護人が主張概要の第 16 項に盛り込んだように、被告は、断面をみれば<br />

著しく平坦であり、訴訟の対象となっている特許のクレーム 1 のその他の特徴を<br />

すべて満たすタイル製品に関連して侵害行為を行った(又はそのような行為を実<br />

行するための現実的かつ相当な準備を行った)。被告が保護されるべきと述べて<br />

いるのは、この商業的行為である。このような状況において、第 64 条を用いて<br />

抗弁することについて、裁判所に裁定を求める行為は適切である。<br />

原告は、この抗弁を採用することに対して基本的に 2 つの異議を示した。1 つ<br />

目は、この申立の裏付けとして依拠している証拠が、優先日以前に Duoplain タ<br />

イルに関連しては言うまでもなく Theta タイルに関連しても何らかの現実的か<br />

つ相当な準備が行われたことを証明していないということである。2 つ目は、そ<br />

の証拠が Theta タイルを製造し、販売するために現実的かつ相当な準備が行われ<br />

たとの主張の論拠を示すものである場合でも、別の取引の物品である Duoplain<br />

タイルに関連しては論拠を示すにはほど遠いものであるということである。<br />

また、原告弁護人は、裁判所は、被告が依拠している証拠が示す事実が正しい<br />

ものであると前提するかどうかを本日判断するも同然の立場にあると述べ、さら<br />

に法律では証拠を挙げて抗弁の正しさを証明するにはそれで十分であると述べ<br />

た。そうでなければ、抗弁を進めることを許すことは、時間と費用の無駄に終わ<br />

るだけであるとしている。<br />

第 64 条の範囲については、Lubrizol v. Esso[ 1998]RPC 727 事件において<br />

控訴院で検討された。Aldous 控訴院裁判官は、769, 26 行目で次のように述べて<br />

いる。<br />

「この条文は、これまでに 2 つの事件において検討されている。Helitune<br />

Ltd.v. Stewart Hughes Ltd [1991] F.S.R. 171 事件、206 頁において私は次の<br />

ように述べた。<br />

-24-


『第 64 条は、善意に侵害行為を実行する者又は当該行為を実行するた<br />

めの現実かつ相当な準備を行うかする者に対して法定実施権とも呼べる<br />

ものを与えている。ここで言及されている侵害行為は、1977 年特許法第<br />

60 条に定められており、そのような行為には発明が物である場合には、そ<br />

の物を製造し、処分し、その処分の申入れをし、使用及び輸入することが<br />

含まれる。発明が方法である場合には、侵害行為には、その方法を使用し、<br />

処分し、処分の申入れをし、その方法により製造された物を使用し又は輸<br />

入することが含まれる。<br />

第 64 条(2)は、法定実施権を「その行為」を引き続き実行するか又<br />

は実行する権利に限定している。その行為とは、その者が実行した行為又<br />

は実行するために行った現実かつ相当な準備のことである。従って、この<br />

権利は、実行された特定の侵害行為又は現実かつ相当な準備の対象となっ<br />

た特定の行為に限定される。このような結論は、ある者が善意に侵害品を<br />

輸入した場合について検討することにより説明することができる。この条<br />

文によって、この者は、引き続きその侵害品を輸入することができるが、<br />

その輸入がその侵害品を販売するために現実かつ相当な準備することに<br />

相当しない限りは、その侵害品を販売することはできない。<br />

第 64 条(1)は、侵害を構成する行為に関連するものであり、特定の物<br />

又は方法に関連するものではない。すでに述べたように、このような行為<br />

とは、第 60 条に定められている特許の適用を受ける行為のことである。<br />

従って、ある者が優先日以前に侵害行為を実行したことを条件として、そ<br />

の者は、物若しくは方法にある程度の相違がある場合であっても、当該行<br />

為を引き続き実行することができる。これについては、侵害方法を使用す<br />

る者について検討することにより説明することができる。<br />

この者がその方法を優先日以後に変更したという事実は問題ではない。こ<br />

の条文は、その行為、すなわち侵害方法を使用することは、侵害とはなら<br />

ないと定めている。』<br />

もう 1 つの事件は、Lubrizol Corporation v. Esso Petroleum Co. Ltd (No.<br />

1)(1992) R.P.C. 281 である。当時王室顧問弁護士であった Laddie 氏は、<br />

Helitune 事件についての私の判決を検討して次のように述べた(295 頁)。<br />

『Aldous 控訴院裁判官に深い尊敬の念を持ってはいるが、Helitune 判<br />

決が正しいかどうかについては若干の疑念があると言わざるを得ないと<br />

考える。被擬侵害者が第 64 条(2)に基づいて引き続き実行する権利を有<br />

する行為とは、優先日以前に行っていた行為である。その時点ではその行<br />

為は侵害行為ではなく、商業的行為であった。被擬侵害者が引き続き行う<br />

-25-


権利を有するのは、その特定の取引行為である。例えば、優先日以前に商<br />

品 A を製造することにより、その者に優先日以降にいかなる商品をも製造<br />

する権利が与えられるということは受入れ難い。私の見解では、第 64 条<br />

は後になって特許の付与により取って代わられてしまうある者が英国に<br />

おいて現在行っている商業活動を保護するためのものである。その者が他<br />

の物や他の方法にその活動を拡大することを許す特権を与えることを意<br />

図したものではない。』<br />

私が Helitune 事件において使用した言葉は、意図した意味で読み取られ<br />

なかったようである。第 64 条により与えられる権利がいかなる物の製造も<br />

認める権利でも、他の物に拡大して適用される権利でもあり得ないことは明<br />

白である。しかし、同一性が求められるとは考えられない。裁判官がこの事<br />

件において[1997]RPC 195 の 216 で次のように述べたのは正しかったと<br />

私は考える。<br />

『保護の対象となる行為が先行して行われた行為と全く同じ(これが何<br />

を意味しようとも)でなければならないならば、この条文により与えられ<br />

た保護は幻想的なものとなってしまうだろう。この条文は、ある者が実質<br />

的にそれ以前に行っていたことを引き続き行うことを可能とする実際的な<br />

保護を与えることを意図するものである。』<br />

私の見解では、裁判官が Exxon 社は『現実かつ相当な準備を』行わなかった<br />

と判断したのは正しい。「現実(effective)」という語は、「準備」という語を限<br />

定している。従って、侵害行為が行われるためには、準備以上のことが行われな<br />

ければならないということになる。それ以上のことが何かということは、その物<br />

の性質やそれを取り巻くあらゆる状況に依存するが、いかなる場合にも、準備は<br />

侵害行為が行われるという結果になるほど進められたものでなければならない。<br />

本件ではこのような状況にはなく、米国において製造が行われ、英国への技術移<br />

転が計画されていたという状況であった。Batch Zero が英国に出荷され、サン<br />

プルが提供された。経営陣は製造計画を立て始めたが、暫定的な立地場所の承認<br />

は 1977 年 6 月まで遅れた。最初に生産されたのは、1977 年 6 月のことであっ<br />

た。<br />

優先日までに製造するかの検討は行われていた。ただし、裁判官によれば、次<br />

の通りであった。<br />

『優先日までに現実的に全く何も行われなかった。』<br />

『準備の初期の段階で、何の決定も下されていない状況は、文言の定める範囲<br />

に該当するには不十分である。』<br />

Brooke 控訴院裁判官は、Aldous 控訴院裁判官の判決を支持し、785 の 14 行<br />

-26-


目でさらに次のように説明した。<br />

『 Exxon 社が善意で行為を行い、説明されたような行為を行うために相当な<br />

準備をしていたことに間違いはない。しかし、法律の定める文言に該当するため<br />

には、当該の準備は、現実かつ相当のものでなければならない。この「現実<br />

(effective)」の第一義は、「効果を生じている」か、又は「強い効果を発揮する」<br />

というものである。従って、所定の事件において当該の相当の準備が「現実の」<br />

という追加的な形容語句を適切に保証するものであるかどうかを判断すること<br />

は当然、裁判所の課題であることになる。相当な準備が最後まで行われた場合に<br />

は、必要な現実性があることを証明すれば十分であるとする Burkill 氏の提案を<br />

本裁判官は認めない。その準備の現実性については、優先日の直前に評価される<br />

べきであり、本裁判官の判断では、計画の準備段階にあるプロジェクトについて、<br />

製造のために現実かつ相当な準備が既になされたと言うことは言葉の濫用であ<br />

ると思われる。<br />

私が支持する Aldous 控訴院裁判官が示した理由に加えて、本判決に示した理<br />

由から、本控訴を棄却する。』<br />

Roch 控訴院裁判官は、いずれの判決も支持した。<br />

このような原則に照らして、ここで、この提出された変更に対して提起されて<br />

いる対抗的主張、特に異議について検討しなければならない。1 つ目の異議につ<br />

いて、すなわち出願の裏付けとして依拠された証拠が Theta タイルに関連して何<br />

らかの行為を行う現実的かつ相当な準備が行われたことを証明していないとの<br />

異議について、被告は、実質的に 3 つの答弁を示している。第 1 の答弁は、被告<br />

は Theta タイルの製造、保管及び使用がすべて優先日以前に行われた活動であり、<br />

したがって第 64 条(1)(a)に従って被告には特許が付与されても、引き続き当<br />

該行為を行う権利があるというものであった。この問題に関しては、少なくとも<br />

議論の余地があると思われる。<br />

第 2 の答弁は、製造及び保管の行為を引き続き実行する権利は、タイルの処分、<br />

すなわち製造し保管する権利というものを暗示的に伴うはずであるというもの<br />

であった。この主張についてはいくらか共感できるものであるが、似たような主<br />

張が Helitune 事件の判決の一節でその当時の Aldous 裁判官により否定されたこ<br />

とからこの主張はやはり困難に直面するだろう。Aldous 裁判官は、この一節を<br />

Lubrizol 事件の判決において無制限に引用している。その中で Aldous 裁判官は、<br />

第 64 条により与えられた権利は実行された特定の侵害行為か、又は行われた現<br />

実的かつ相当な準備の対象となった特定の行為に限定されると説明した。また、<br />

-27-


善意で侵害品を輸入した者について検討することによりこの結論について説明<br />

した。第 64 条は、この者が引き続きその物の輸入を行うことを可能とするが、<br />

その輸入がそれを販売するための現実的かつ相当な準備に相当しない限りは、そ<br />

の販売を可能とするものではない。<br />

被告の弁護人は、Lubrizol 事件の控訴院が続いて第 64 条は被告が実質的に以<br />

前に行っていた行為を引き続き行うことを可能とするために実務上の保護を与<br />

えることを意図していることを明らかにしたことを提示して、この困難に対処し<br />

た。本件においては、被告が販売する目的でタイルを製造し、保管していたこと<br />

は明らかであると主張した。したがって、実務上の保護のためには、被告が優先<br />

日以後に Theta タイルを製造する権利を有するだけでなく、それを販売する権利<br />

も有することが必要であるとする被告の言い分には少なくとも論拠があること<br />

を主張している。この主張にも一理あるように考えられることから、訴訟手続き<br />

のこの段階でこの主張には真に認められる見込みがないとの判断を下してしま<br />

うことは誤りであるだろう。この主張は、これから取り上げる第 3 の答弁とも密<br />

接な繋がりがある。<br />

第 3 の答弁は、被告が優先日以前に被告が Thetaタイルを販売するために現実 的かつ相当な準備を行ったとの証拠により論拠があることが示されているとい<br />

うものであった。これに関連して本裁判官が注目したのは、Simmons & Simmons<br />

のソリシタであり、そのパートナーの監督の下に本訴訟の日常的な業務を行って<br />

いる Angus McLean 氏の証人陳述書に含められている出願の裏付けとして依拠し<br />

ている証拠である。その証人陳述書の中で、McLean 氏は被告が優先日以前に営<br />

利目的で実質的な Theta タイル開発プロジェクトに携わっていたと説明してい<br />

る。このプロジェクトの要旨は以下のとおりである。<br />

1985 年 7 月と 8 月に、被告は Theta タイルの詳細なデザインの検討を関連企<br />

業の Redland Technology Limited に委託した。1986 年 5 月に被告は、別の関連<br />

企業である Redland Engineering Limited に対して、被告の工場において小規模<br />

の生産工程を実行できるように既存のタイル製造機の設計と改良を指示する状<br />

況にあり、さらに本公判を受けて被告は Redland Engineering Limited に、Theta<br />

タイルの試験的生産の規模で Theta タイルを生産するのに必要なパレットと機<br />

械の設計と建造を開始するよう委託している。その後の 1986 年 10 月から 11 月<br />

の間に、およそ 200 から 400 枚ほどの手製の Theta タイルが製造され、その年の<br />

11 月に被告の取引中心地において試験的敷設のため使用された。その試験から<br />

-28-


程なくして、Theta タイルを包装や実演のためにいかなる形状にすればよいかを<br />

決定するための別の試験が行われた。さらに 11 月には、Redland Engineering<br />

Limited は、Barton Aluminium Foundries Limited と称される会社に約 50 の砂<br />

型で作られたパレットの製造を委託し、風洞試験における Theta タイルの性能を<br />

調べるために機械製のタイルを使用できるようにした。そして検査が行われた後<br />

には、追加して 500 の砂型で作られたパレットを製造するよう指示が出され、そ<br />

のすべてが 1987 年 3 月までに納品された。風洞試験が開始されたのは、1987 年<br />

2 月のことであり、耐性を評価する強度試験は、1987 年から 1988 年の間に行わ<br />

れた。全般的に見て、McLean 氏はタイルの設計が 1988 年 1 月までに決定されて<br />

おり、被告が本格的な生産を行うための最終準備を行っていたと説明している。<br />

同氏によれば、その時点での開始予定日は 1988 年末から 1989 年 3 月末までの間<br />

であった。<br />

この証拠に照らして、本裁判官は、優先日以前に Theta タイルを販売するため<br />

に現実的かつ相当な準備を行ったとの主張に論拠があることを被告は証明して<br />

いると認めることができる。被告が第 64 条の要件を満たすために十分なことを<br />

行ったとやがて証明できるか否かについては、公判においてすべての証拠を検証<br />

した上で判断されることになるだろう。しかし、この段階では被告はそのタイル<br />

を営利目的で販売し、流通させるに至るようになるほど準備を進めていたことに<br />

論拠があることを十分に証明したと本裁判官は考える。<br />

したがって、被告は 1 つ目の異議を克服したと考えられる。<br />

しかし、2 つ目の異議にはより実があると言える。本件では、原告の代理人か<br />

ら、提出された証拠が Duoplain タイルに関連しては被告の主張に論拠があるこ<br />

とを簡単には証明させるに至っていないと、特に Duoplain タイルが実質的には<br />

Theta タイルと同じであることを証明させるに至っていないと主張された。<br />

これに関連して、原告の代理人からは、Theta プロジェクトは 1989 年 7 月ま<br />

でに終焉を迎え中止されているのであり、それにもかかわらず被告は 2002 年ま<br />

で Duoplain タイルの設計を開始しなかった。このことは、この 2 つのタイルが<br />

同じ商品ではないことを少なくともある程度は示唆している。しかし、これに加<br />

えて、またより重要なことに、原告は、提出された証拠はこの 2 つの商品の間の<br />

非常に漠然とした関係のみを証明していると主張している。本裁判官に提出され<br />

た関連証拠については、McLean 氏の証人陳述書の第 16 項に記載されている。同<br />

-29-


氏は次のように述べている。<br />

『DUOPLAIN タイルのデザイン担当者 Stephen Rice から聞き及び、私が信じる<br />

ところでは、Rice 氏は 2002 年に DUOPLAIN タイルのデザインを始めたときに<br />

THETA タイルを分析し、THETA タイルのデザインを DUOPLAIN タイルの基礎として<br />

使用した。特に、Rice 氏は DUOPLAIN タイルの裏面をデザインしようとした時に、<br />

THETA パレットを参考として使用した。』<br />

McLean 氏がこの項において 2 つのタイルが同一又は類似している程度につい<br />

て説明をしていないという点が重要である。McLean 氏は、単に Theta タイルの<br />

デザインが Duoplain タイルのデザインの基礎として使用されたと述べているだ<br />

けである。この証拠においては、2 つのタイルの間の相違点や類似点を厳密に説<br />

明するため、又はその類似点が重要であることや相違点が取るに足らないもので<br />

あることを説明するために、2 つのタイルが同じ方法で製造されたことやタイル<br />

の特性が同じであることを証明しようとは全くなされていない。<br />

被告の弁護人は、非常に大まかに Duoplain タイルを描写することによりこの<br />

異議に対抗しようとした。したがって、本裁判官が示したように、被告弁護人は<br />

その主張概要の第 16 項で Theta タイルに関連して被告が優先日以前に多様な活<br />

動を行っていたと主張している。Thetaタイルは、断面から判断すると著しく平 坦であり、訴訟の対象となっている特許のクレームのその他の不可欠の要素<br />

(integers)をすべて満たしている。被告は、この商業行為を保護の対象となる<br />

と述べているのである。<br />

タイル製品が断面から判断すると著しく平坦でなければならないという点は、<br />

訴訟の対象となっている特許のクレーム 1 の不可欠の要素の 1 つである。したが<br />

って、実質的には、被告は、当該特許の範囲に含まれる商品を 1 つ製造したこと<br />

によって、当該特許の範囲に含まれるその他の製品を製造する権利があると主張<br />

している。この点こそがまさに当時王室顧問弁護士であった Laddie 氏が 1992<br />

年の Lubrizol Corporation v Esso Petroleum Co. Ltd (No 1)事件において否<br />

定した主張なのであり、またその 6 年後に上述した Lubrizol 事件の判決の一節<br />

において Aldous 控訴院裁判官も否定した主張なのである。本裁判官も、これを<br />

否定せざるを得ない。<br />

被告の弁護人により、本裁判官は、Hadley Industries Plc v. Metal<br />

SectionsLtd and Metsec (UK) Ltd 事件についての当時の Neuberger 裁判官の 1998<br />

-30-


年 11 月 13 日付けの決定(unrep.)にも注目することとなった。この決定におい<br />

ては、同裁判官は、2 つの理由から第 64 条に基づく抗弁を否定した。第 2 に、<br />

Neuberger 裁判官が、侵害されたとの主張の対象となった特定の方法が、被告が<br />

優先日以前に使用していた方法と実質的に同じではなかったと判断したためで<br />

ある。第 2 に、同裁判官が、被告が第 64 条に基づく抗弁を認められるためには<br />

提示された 2 つの方法の間に明白なつながり又は因果関係があることを示す必<br />

要があると判断し、同裁判官の証拠についての見解では、被告はこれを証明でき<br />

なかったと判断したためである。<br />

被告の代理人からは、本件においては、証拠により少なくとも Duoplain タイ<br />

ルのデザイナーが Theta タイルのデザインを始めたとの被告の主張に論拠があ<br />

ることが証明されていることから、このようなつながりが示されたと本裁判官に<br />

対して述べられている。これについて、被告は Duoplain タイルが Theta タイル<br />

のデザインからデザインされたとの主張の論拠が示されていると本裁判官は受<br />

け止めている。しかし、Neuberger 裁判官が、Hadley 事件において、因果関係が<br />

あれば、本質的に第 64 条に基づく抗弁を確立するために十分であると判断した<br />

ことについては、理解できない。最も重要な要件は、被告が Duoplain タイルの<br />

生産と販売が優先日以前に被告が実行した活動又は実行するために現実的かつ<br />

相当な準備をしてきた活動と実質的に同じ活動であることを証明し、しかも、当<br />

然のことながらこの訴訟手続きの段階において、その主張に論拠があることを証<br />

明することである。<br />

これまでに示してきた理由により、本裁判官に提出された証拠は、Duoplain<br />

タイルが Theta タイルと同じ商品であるとの主張又は 2つのタイルが実質的に同<br />

じであるとの主張を証明する論拠とはならないとの結論に達した。提出された証<br />

拠は、被告が優先日以前に行っていた商業活動の保証を求めているだけであると<br />

の主張又は異議の申立てられた活動が優先日以前に被告の実行していた活動又<br />

は実行するために準備していた活動と実質的に同じであるとの主張の論拠を示<br />

していない。<br />

このような事情から、控訴の申請は棄却せざるを得ない。<br />

-31-


[1]先使用権 2 制度の概要<br />

2.独国における先使用権制度について 1<br />

1.条文、規則等<br />

[ドイツ特許法第 12 条] 3<br />

(1) 特許の効力は、出願時に既にドイツでその発明を実施していた者又は実施の<br />

ために必要な準備をしていた者に対しては及ばない。この者は,自己の本来の事<br />

業の必要のために自己又は他人の工場若しくは作業場でその発明を実施する権<br />

利を有する。この権利は、事業とともにのみ相続又は譲渡され得るものとする。<br />

出願人又はその権利承継者が発明を特許出願前に他の者に開示し、かつ、その際、<br />

特許が付与された場合の自己の権利を留保したときには、その開示の結果として<br />

当該発明を知得するに至った者は、その者が発明開示の後 6 月以内に自己の取っ<br />

た手段について第 1 文に規定する保護を援用することはできない。<br />

(2) 特許権者に優先権が帰属しているときは(1)に挙げた出願に代えて、先の<br />

出願が基準となる。ただし、この規定は、相互主義が保証されていない国の国籍<br />

を有する者が外国出願の優先性を要求する限りにおいて、この者に対しては適用<br />

されない。<br />

2.立法趣旨<br />

先使用権制度の立法趣旨は、公平の見地から先使用者の既存の営業的又は経済<br />

的占有状態を保護するところにあり、発明を既に利用している既存の設備、又は、<br />

発明を利用する意思が実施の準備によって証明されている既存の設備に注いだ<br />

労力、時間及び資金が無駄になるべきではなく、その種の占有状態が他者による<br />

1 本資料は、独国法律事務所(GRÜNECKER, KINKELDEY, STOCKMAIR & SCHWANHÄUSSER)<br />

に調査を委託し、その調査レポート(平成 17 年及び平成 18 年)の情報及び見解を元に作成したものであ<br />

る。<br />

2 本資料においては、ドイツ特許法第 12 条に規定する「その発明を実施する」権利を「先使用権」と<br />

記す。<br />

3 実用新案法第 13 条第 3 項において特許法第 12 条が準用されている。また、意匠法第 41 条に先使用<br />

権の規定が設けられている。<br />

[実用新案法 第第 13 条第 3 項]<br />

特許法の規定であって特許を受ける権利(第 6 条),特許権の付与の請求(第 7 条第 1 項),譲渡の請求(第<br />

8 条),先使用権(第 12 条)及び国が発する実施命令(第 13 条)に関するものを準用する。<br />

[意匠法 第 41 条](先使用権)<br />

(1) 第 38 条の規定による権利は、登録意匠とは関わりなく開発された同一の意匠を出願日前に国内に<br />

おいて善意で使用し、若しくは使用のために実際にかつ真摯に準備をした第三者に対しては、これを主<br />

張することができない。第三者は、意匠を利用する権利を有する。但し、意匠の実施許諾(第 31 条)<br />

の付与は不可とする。<br />

(2) 当該第三者の権利は 当該第三者が企業を営み、かつ譲渡が企業の一部と共に行われない限り、譲<br />

渡できず、実施を行い又は準備がなされていた範囲でのみ譲渡できる。<br />

-32-


特許出願によって無効になるべきではないという考えに基づくものである。先使<br />

用権によって保護されるのは、対応する事業の実施又は準備によって取得した占<br />

有状態である。 4<br />

3.成立要件<br />

ドイツ特許法第 12 条によれば、先使用権が認められるために、以下が必要と<br />

される。<br />

(1) 発明の所有、及び<br />

(2) 発明の実施(発明の「使用」)又は発明の実施を開始するための「必要な<br />

準備」により発明の所有が確認されること<br />

発明を実施するために必要な前提条件は、その発明を所有することである(連<br />

邦通常裁判所 1964 年 4 月 30 日判決、Formsand II 事件[判例 14])。その発明を<br />

所有しなければ、これを実施することはできない。<br />

判例では、「発明の所有」について、単なる幸運や偶然によるものではなく、<br />

発明の実施が可能となる方法で発明に関する技術的な知識を有することである<br />

と定義している (連邦通常裁判所 1964 年 6 月 30 日判決、Kasten für<br />

Fußabtrittsroste 事件[判例 15])。そして、発明の特徴とその効果が理解されてい<br />

なくてはならない (ライヒ裁判所 1938 年 1 月 17 日判決、Verbinderhaken II 事<br />

件[判例 6])。<br />

「実施」又は「必要な準備」は、ドイツ国内で行われた場合にのみ、先使用権<br />

の正当な根拠となりうる点に留意するべきである。したがって、ドイツ国外で行<br />

われた行為によっては、先使用権を成立させることができない。そのため、関連<br />

する特許が出願される前に、ドイツ国内で商品の製造、使用、販売等を行ってい<br />

ない日本企業は、ドイツにおいて先使用権が認められない。<br />

また、先使用権制度は、特許権の排他的保護の例外として、抗弁と考えられて<br />

いることに留意すべきである。先使用権は、特許権者の法的地位の抜け穴と例え<br />

られる。ドイツにおける法的実務に従えば、他人の権利に対する例外を規定する<br />

規則は、厳格に解釈されなければならない。したがって、ドイツの裁判所は、先<br />

使用権の成立要件については、厳格な規則を発展させてきた。<br />

すなわち、裁判所は、先使用権を他者の出願前に生じた先使用又は活動の実際<br />

の対象に厳密に限定して認めている。そのため、ドイツに製品を輸入し、製品を<br />

販売するだけの企業は、輸入及び販売に限定して先使用権が認められるが、例え<br />

ば、ドイツ国内での生産については、先使用権により保護されない。<br />

4 G. Benkard, Patentgesetz Gebrauchsmustergesetz, 10. Aufl., 2006, §12 Rn.2 を参照。<br />

-33-


これら要件の詳細については、「[3]先使用権制度に関する問及び回答」にお<br />

いて述べることとする。<br />

-34-


[2]先使用権が争われた判例一覧<br />

本調査報告により確認された主な判例の一覧を以下に記載する。(番号の横に<br />

「*」の記載のある判例については、判例要旨を「[4]判例要旨一覧」に掲載)<br />

No. 事件名 事件番号 管轄裁判所 判決日 出典<br />

1 Kessel 該当なし ライヒ裁判所 1902/9/20 BIPMZ 1903, 146 ff<br />

2 Schuhkappen l 366/26 ライヒ裁判所 1927/5/25 GRUR 27, 696, 697<br />

3 Vakuumröhre l 240/28 ライヒ裁判所 1929/2/9 BIPMZ 1929, 119<br />

4 Tourenregulierung l 104/34 ライヒ裁判所 1934/11/14 GRUR 35, 157, 161<br />

5 Gleichrichterröhren l 128/36 ライヒ裁判所 1937/1/4 GRUR 1937, 367<br />

6 Verbinderhaken II l 153/37 ライヒ裁判所 1938/1/17 GRUR 1939, 300,302<br />

7 Eisenbahnpostwagen l 3/1938 ライヒ裁判所 1938/7/1 GRUR 1938, 770, 771<br />

8 Massekerne l 111/39 ライヒ裁判所 1940/6/7 GRUR 1940, 434, 435<br />

9 Vakenciade ll 106/42 ライヒ裁判所 1942/12/14 GRUR 43, 131, 132<br />

10 Wäschepressenfall l ZR 138/51 連邦通常裁判所 1952/5/27 GRUR 52, 564, 567<br />

11 Bierhahn l ZR 114/58 連邦通常裁判所 1960/6/21 GRUR 1960 Heft 11<br />

Seite 546 ff<br />

12* Taxilan la ZR 84/63 連邦通常裁判所 1963/5/21 GRUR 1964 Heft 01<br />

Seite 20 ff<br />

13* Chloramphenicol la ZR 178/63 連邦通常裁判所 1964/3/17 GRUR 1964 Heft 09<br />

Seite 491 ff<br />

14* Formsand II la ZR 224/63 連邦通常裁判所 1964/4/30 GRUR 1964 Heft 09<br />

Seite 496 ff<br />

15* Kasten für Fußabtrittsroste la ZR 206/63 連邦通常裁判所 1964/6/30 GRUR 1964 Heft 12<br />

Seite 673 ff<br />

16 Lacktränkeeinrichtung II la ZR 151/63 連邦通常裁判所 1965/1/7 GRUR 1965 Heft 08<br />

Seite 411 ff<br />

17* Dauerwellen II la ZR 129/63 連邦通常裁判所 1965/10/7 GRUR 66, 370, 373<br />

18* Elektrische Sicherungskörper 2/6 O 210/64 フランクフルト<br />

地方裁判所<br />

1965/11/18 GRUR 67, 136, 137<br />

19* Europareise X ZR 42/66 連邦通常裁判所 1968/5/28 GRUR 1969 Heft 01<br />

Seite 35 ff<br />

20* Biegevorrichtung X ZR 32/99 連邦通常裁判所 2001/1/13 GRUR 2002, 231, 234<br />

21* Schweißbrennerreinigung X ZR 214/02 連邦通常裁判所 2005/2/1 GRUR 05, 567, 568<br />

-35-


[3]先使用権制度に関する問及び回答<br />

問1 先使用権が認められるためには、第 12 条に「特許の効力は、出願時に既<br />

にドイツでその発明を実施していた者又は実施のために必要な準備をしていた<br />

者に対しては及ばない。」と規定されている。ここでいう「実施のために必要な<br />

準備」とはどのようなことなのか。<br />

ドイツ特許法第 12 条第 1 項は、先使用権は、ドイツにおいて発明の実施を始<br />

めるのに必要な「準備」が特許出願日/優先日以前にドイツにて行われることに<br />

より成立する旨を規定している。<br />

連邦通常裁判所が Taxilan 事件判決(1963 年 5 月 21 日)[判例 12]において<br />

特定しているように、先使用権を主張する企業は、特許/実用新案の出願日/優<br />

先日前に発明を商業的に実施するとの明確かつ無条件の(unconditioned)決意<br />

をしなければならず、このような発明を実施するための準備(実際に、この発明<br />

を実施するという決定が実行されている)により先使用権が認められる。<br />

その後、連邦通常裁判所は「実施のために必要な準備」について次の二つの要<br />

件を確立した(連邦通常裁判所 1963 年 5 月 21 日、Taxilan 事件[判例 12]、連<br />

邦通常裁判所 1960 年 6 月 21 日、Bierhahn 事件[判例 11]、1964 年 6 月 30 日、<br />

Kasten für Fussabtrittsroste[判例 15])。<br />

・発明を実施するための準備は、発明を後になって実施することを意図するもの<br />

でなければならない。<br />

・準備は、発明を近い将来に実施する真剣かつ明確かつ無条件の( unconditioned)<br />

意図を示すものでなければならない。<br />

上記の要件は、個別事例の特殊な事情にかんがみて適用される必要がある。<br />

模型の製造で十分であるとライヒ裁判所判決(RGZ 10,94,95) 5 にて判断され<br />

たことがあったが、これより後の判決では、例えば連邦通常裁判所が 1963 年 1<br />

月 22 日の判決 6 において決定したように、かかる製造では十分ではなく、「必要<br />

な準備」を示すものではないと判断されている。<br />

さらに、特許又は実用新案の出願又は出願の準備では十分ではないとされてい<br />

る。この理由は、この行為が当該発明を近い将来実施する明確かつ無条件の<br />

( unconditioned)意図を示すものではないためである(連邦通常裁判所判決<br />

5 本判例については、[2 ]先使用権が争われた判例一覧に掲載していないが、G. Benkard, Patentgesetz,<br />

10. Aufl., 2006, §12 において紹介されているものである。<br />

6 同上<br />

-36-


1991 年 10 月 10 日) 7 。<br />

しかし、特許出願/実用新案出願を別の準備行為と組み合わせる場合には、こ<br />

のような全般的な準備行為は、特定の事例の事情により十分と判断されることが<br />

あるかもしれない。 8<br />

したがって、各事例について、それぞれの個別事情をかんがみて、検討しなけ<br />

ればならない。<br />

この問題について関係する判例は以下のとおりである。<br />

連邦通常裁判所 1963 年 5 月 21 日判決 Taxilian 事件[判例 12]<br />

侵害品である化学物質を用いての臨床治験は特許出願の優先日以後に初めて<br />

行われたことから、被告は優先日以前に本件物質の治療上有用な特性を知らなか<br />

ったため、先使用権が認められなかった。<br />

さらに、これ以外の本件物質に密接に関連する物質については、優先日前に治<br />

療上の特性は知っており、発明の占有があったが、この物質を用いての更なる試<br />

験は、最終的に当該発明の使用を開始するかの最終決定を下すための単なる準備<br />

措置に相当するとみなされ、先使用権が認められなかった。<br />

フランクフルト地方裁判所 1965 年 11 月 18 日判決、<br />

Elektrische Sicherungskörper 事件[判例 18]<br />

販売目的ではない幾つかの試験サンプルの手作業による製造は、ヒューズの大<br />

量生産を開始するための発明の有効な実施又は発明を実施するための十分な準<br />

備とはみなされなかったため、先使用権の申立ては認められなかった。<br />

7 同上<br />

8 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.12 を参照。<br />

-37-


問2 外国企業が自国で生産したものを独国で輸入販売を行う場合に、先使用<br />

権を確保するために留意すべき点は何か。<br />

外国企業は、Europareise 事件(連邦通常裁判所 1968 年 5 月 28 日判決)[判例<br />

19]において判示されたようにドイツ国内で行われる実施又は準備(実施する<br />

準備)のみが先使用権の成立に関連性があるとみなされることに留意しなければ<br />

ならない。<br />

そして、外国産製品の輸入販売のみを行おうとする外国企業は、ドイツ国内に<br />

おいて発明を近い将来に実施する真剣かつ無条件の(unconditioned)意図があ<br />

ることを示すような「必要な準備」を行わなければならない。<br />

例えば、ドイツ国内で製品の提供を行うこと及び製品を流通に置くことは、「実<br />

施」として十分であると判断されている(連邦通常裁判所 1968 年 5 月 28 日判<br />

決、Europareise 事件[判例 15]参照)。<br />

また、外国企業は、製品の輸入販売について確定された先使用権が、ドイツに<br />

おける製品の生産は対象とはしないことに留意する必要がある。<br />

問3 「外国企業が独国外では生産及び販売を行っているものの、独国内での<br />

販売(又は生産)の行為は、当分の間は予定がない」場合には、その外国企業<br />

は、販売(又は生産)の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。<br />

ドイツ国外で製品の生産及び販売を行っているが、ドイツ国内での販売(又は<br />

生産)の行為は、当分の間は予定がない企業は、ドイツにおいて近い将来発明を<br />

実施する真剣な意図に欠けることになる。したがって、この場合には、先使用権<br />

が認められない。<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の<br />

出願の出願前に実施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の<br />

実施形式が異なる場合、先使用権は認められるか。<br />

先使用権は、後に出願された特許/実用新案によりすでに確立されている経済<br />

的価値が損なわれることを回避する目的で、同一の発明を対象として、特許出願<br />

の出願日以前にその実施を開始していた、あるいは実施のために必要な準備をし<br />

ていた当事者の努力を保護することを目指すものである。<br />

-38-


したがって、先使用権は、一般に先使用権者が実際に実施していたか又は近い<br />

将来実施するために必要な準備を行っていた同種の実施又は特にこれらの具現<br />

化を対象とするものである(ライヒ裁判所判決 1934 年 11 月 14 日判決,<br />

Tourenregulierung 事件[判例 4])。 9<br />

判例では、先使用権は、発明の所有に表明されている発明思想の範囲で認めら<br />

れるとされる。<br />

なお、連邦通常裁判所の最近の判決(2001 年 1 月 13 日判決、Biegevorrichtung<br />

事件)[判例 20]は、先使用の対象を更に開発することはそのような変更を加え<br />

た製品が特許により保護される特定の発明を侵害する場合には許されないとの<br />

判決を下した。<br />

このため、先使用権者は、付与されたクレームの「範囲に含まれるように製品<br />

を開発する」ことは許されない。<br />

連邦通常裁判所 2001 年 1 月 13 日判決, Biegevorrichtung 事件[判例 20]<br />

被告の装置については特許付与されたクレーム1の特徴の一つを欠いている<br />

ため、先使用権は、この特徴を欠く当該装置についてのみ確立されたとして、特<br />

許付与されたクレーム1の対象に変更することについては先使用権が認められ<br />

なかった。<br />

問5 先使用権者は、特許法第9条及び第10条に定義された実施行為を変更<br />

することはできるのか。例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に<br />

製造・販売に変更することはできるか。<br />

他者の出願後の実施行為の変更として、どの程度の実施行為の変更が認められ<br />

るかの判断は、先使用により先に確立されている発明の所有の範囲に依存する。<br />

製品の生産者には無制限に実施の種類を変更することが許され、先使用権はす<br />

べての実施を対象として認められる。すなわち、ドイツにおいて製品の生産を行<br />

う企業には、販売の申出、販売、輸入などを開始することが許され、すべての行<br />

為が先使用権の対象となることになる。<br />

これに関係する数少ない判例の一つは 1903 年にさかのぼる (ライヒ裁判所<br />

1902 年 9 月 20 日判決、Kessel 事件[判例 1])。この判例によれば、製品の製<br />

造により、考え得るあらゆる実施態様、すなわちドイツ特許法第 9 条及び第 10<br />

9 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn 22 を参照。<br />

-39-


条で言及しているあらゆる行為に先使用権が認められる。<br />

これに対して、製品の卸売業者又は小売業者には、後から製品の生産を開始す<br />

ることは許されない。それは、製品の販売について確立されたこの者の先使用権<br />

の対象には生産は含まれないためである。同様に、製品を使用したのみであって、<br />

生産はしていない者にも、その事業を生産又は第三者への販売に拡大することは<br />

許されない。さらに、製品の輸入に関して確立された先使用権では、ドイツ国内<br />

における製品の生産は対象とされない。<br />

以上をまとめると、ドイツ国内の生産者は、ドイツで販売若しくは販売の申出<br />

又はその他特許権侵害となる実施行為について変更を行うことが認められる。し<br />

かし、他者の出願前に輸入及び販売のみを行っていた先使用権者は、出願後に生<br />

産に変更を行うことは認められない。<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販<br />

売地域の拡大をすることが認められるか。<br />

過去の判例(ライヒ裁判所判決, RGZ 78, 363,365) 10 において決定されたよう<br />

に先使用権についての量的制限は存在しない。このため、先使用権者は、生産規<br />

模並びに輸入規模を拡大することは可能である。同様に、工場の拡大も、無制限<br />

に許される(ライヒ裁判所 1927 年 5 月 25 日判決、Schuhkappen 事件[判例 2])。<br />

これと同じ理由で、小規模企業から大規模企業への変更も認められる。さらに、<br />

少量の手作業による生産から大量の自動化生産への変更も認められる(連邦通常<br />

裁判所 1970 年 11 月 17 日判決) 11 。 12<br />

また、限定地域における販売からドイツ全土への販売に変更することも認めら<br />

れる。これは、ドイツ特許法がドイツ全域において同一に有効な権利を与えるも<br />

のであるためである。<br />

もっとも、かかる増加によって特許権利者に容認できない負担が生じる場合は<br />

認められないことも考えられうるという意見もある。特に、このような事業規模<br />

の増大が、異なる種類の利用又はあらゆる種類の利用へ一般に拡大されることに<br />

繋がる場合は認められないこともありうる。同様に、自己利用のためにのみ生産<br />

していた者は、第三者のために生産又は販売することによって事業に変更を加え<br />

ることは認められない可能性がある。<br />

10 本判例については、[2 ]先使用権が争われた判例一覧に掲載していないが、G. Benkard,<br />

Patentgesetz, 10. Aufl. 2006 において紹介されているものである。<br />

11 同上<br />

12 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn 23 を参照。<br />

-40-


問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出<br />

願時には実施していない場合、先使用権の主張は認められるか。<br />

先使用権が発明の「実施」に基づき認められるものである場合には、発明の出<br />

願日/優先日までこの「実施」が中断することなく継続していることは必要とさ<br />

れない。特に、ストライキ、火事、原材料の不足等の不可抗力により一時的な中<br />

断があった場合には、先使用権の成立を妨げる原因とはならない。<br />

しかし、出願前に技術的その他の理由から自発的かつ最終的に実施が中断され<br />

る場合には、先使用権が損なわれるか、又はその確立は妨げられる(連邦通常裁<br />

判所 1965 年 1 月 7 日判決、Lacktränkeeinrichtung 事件[判例 16]。連邦通常<br />

裁判所 1968 年 5 月 28 日判決、Europareise 事件[判例 19])。<br />

一方、先使用権が、発明を実施するために「必要な準備」に基づき認められる<br />

ものである場合には、関連する特許又は実用新案の出願日まで中断することなく<br />

継続されなければならず、中断が認められない(連邦通常裁判所 1968 年 5 月 28<br />

日判決, Europareise 事件[判例 19])。中断されることがあれば、それは近い将<br />

来に発明の対象を実施する意図がないと解釈される。<br />

もっとも、(特に原材料の不足に関連する場合の)不可抗力による中断のみが、<br />

先使用権の成立を妨げる原因とはならないと判断されることがある。これは特に、<br />

先使用権者がその障害を積極的に克服しようとしている場合にそうである(連邦<br />

通常裁判所 1952 年 5 月 27 日判決、Wäschepressenfall 事件[判例 10])。<br />

さらに、実施するための準備がドイツ国内において開始され、出願前にはかか<br />

る準備がドイツ国外でしか継続されていなかった場合には、先使用権は認められ<br />

ない(連邦通常裁判所 1968 年 5 月 28 日判決、Europareise 事件[判例 19])。 13<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。<br />

(1)先使用権者が製品を第三者に譲渡した場合の取扱い<br />

ある製品について生産者又は供給者に対して先使用権が有効に成立した場合<br />

は、この先使用権は、この製品を購入するこの生産者又は供給者の顧客をも保護<br />

する(連邦通常裁判所 1970 年 11 月 17 日判決)。顧客には、例えばこの製品を<br />

13 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.20 及び 21 を参照。<br />

-41-


使用・販売することが認められる。 14<br />

したがって、第三者が有効な先使用権に基づき製造された製品を購入・使用す<br />

る場合には、これは特許侵害とはみなされない。すなわち、法的観点からは、こ<br />

の行為は有効に市販された製品の転売と判断される。<br />

(2)グループ企業の取扱い<br />

連邦通常裁判所 1971 年 2 月 16 日判決 15 は、先使用権は、その権利を有してい<br />

た事業所との合併によっても取得することができると判示している。 16<br />

しかし、グループ企業の一企業に先使用権が認められたからといって、他のグ<br />

ループ関係企業にも、独自の先使用権が認められるというわけではない。同様に、<br />

子会社に先使用権が認められたからといって、親会社にも独自の先使用権が認め<br />

られるわけではない。<br />

ただし、ここで先使用権の所有者は自己の事業の必要のために自己又は他人の<br />

工場若しくは作業場でその発明を実施する権利を有することに留意すべきであ<br />

る。このため、グループ企業の一企業に先使用権が認められる場合に、他のグル<br />

ープ関係企業に、例えば企業内で利用するために部品を準備させることができる。<br />

これは、親会社及びその子会社にも双方的に該当することである。<br />

また、国外で製品が生産され、ドイツに本社がある企業により輸入・販売され<br />

た場合を考えると、そのドイツに本社がある企業は、販売・輸入に関して独自の<br />

先使用権を確立することになる。ただし、この先使用権は、すでに問5で説明し<br />

たように生産を対象に含めない。そのため、ドイツに本社がある企業は、生産に<br />

ついては先使用権を認められない。<br />

問9 先使用権は移転できるか。<br />

ドイツ特許法第 12 条第 1 項第 3 文の文言から直接導き出すことができるよう<br />

に、先使用権は事業とともにのみ相続又は譲渡し得る。<br />

「事業とともに譲渡」とは、二つの事業が合併される場合が含められるとみな<br />

されている(連邦通常裁判所 1971 年 2 月 16 日判決)。<br />

ただし、先使用権の譲渡によって、先使用権が重複して存在することになって<br />

14 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.4 を参照<br />

15 本判例については、[2 ]先使用権が争われた判例一覧に掲載していないが、G. Benkard,<br />

Patentgesetz, 10. Aufl. 2006 において紹介されているものである。<br />

16 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.25 を参照<br />

-42-


はならない(連邦通常裁判所 1965 年 10 月 7 日判決。連邦通常裁判所 2005 年 2<br />

月 1 日判決、Schweissbrennerreinigung 事件)[判例 21]。そのため、先使用権<br />

は、事業の売却又は先使用権の相続の場合であっても分割することはできない。<br />

17<br />

先使用権の重複は、特に「間接的使用者」の場合に起こり得る。間接的使用者<br />

とは、有効な先使用権に基づく発明を実施するために専ら利用される発明の本質<br />

的要素を構成するものを生産する企業のことである(このような侵害行為は、ド<br />

イツ特許法第 10 条により禁止されている)。主要なコメンタリーによれば<br />

(Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006)、かかる「間接的使用者」は、他者<br />

の出願前にすでに納品した顧客に対しては、引き続きかかる本質的要素を供給す<br />

ることが許される。ただし、間接的使用者は、当該本質的要素を他者の出願後に<br />

獲得した「新規の」顧客に対して供給することは許されない。その際には、追加<br />

的な企業にかかる本質的製品を販売・納品することは禁止されるが、これは間接<br />

的利用者が特許発明の使用権を更に別の者に与えることが認められないためで<br />

ある。<br />

さらに、先使用権を分社された企業に売却することは、先使用権が分社された<br />

企業に事業とともに完全に移る場合にのみ認められる(ライヒ裁判所 1942 年 12<br />

月 14 日判決、Vakenciade 事件)[判例 9]。 18<br />

問10 下請企業(他企業ではあるが下請元企業の指揮命令により生産を行う<br />

企業)が生産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請企業<br />

と下請元企業のどちらに先使用権が認められるか。<br />

特許法第 12 条(1)の第 2 文が直接定めているように、先使用権の所有者は、<br />

当該先使用の対象を生産するために他人の工場又は作業場を使用できる。そのた<br />

め、先使用権の対象の当該生産が先使用権の所有者の管理及び直接の監督により<br />

行われる限りは、先使用権者の先使用権は、他人の工場又は作業場における生産<br />

を対象とする(ライヒ裁判所判決、RGZ. 08, 188, 191) 19 。<br />

ただし、ここで、特許法第 12 条第 1 項第 2 文でいう「他人の工場又は作業場<br />

を使用」にあたるかどうかは、先使用権の所有者の生産への影響力によって判断<br />

17 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.25 を参照<br />

18 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.25 を参照。<br />

19 本判例については、[2 ]先使用権が争われた判例一覧に掲載していないが、G. Benkard,<br />

Patentgesetz, 10. Aufl. 2006 において紹介されているものである。<br />

-43-


される。すなわち、特許法第 12 条第 1 項第 2 文でいう「他人の工場又は作業場<br />

を使用」にあたるといえるためには、先使用権者は、生産及び販売の方法及び量<br />

について決定的かつ経済的に有効な影響力を有さなければならない(ライヒ裁判<br />

所判決、RGZ 153, 321, 328) 20 。 21<br />

例えば、下請企業が下請元企業から経済上、特に生産及び/又は販売の種類及<br />

び量について決定的な影響力を受けて作業又は生産を行う場合には、下請元企業<br />

は、その先使用権を損ねないものとされる。そしてこの場合、下請企業は、下請<br />

元企業の先使用権により保護される。<br />

したがって、下請元企業の直接の監督及び管理の下で下請企業がある製品を生<br />

産する場合には、先使用権は下請元企業にのみ所属し、「追加的な」先使用権が<br />

下請企業について確立されることはないと考えられる。これは、その経済的価値<br />

が下請元企業については確立されているが、下請企業については確立されていな<br />

いためである。<br />

また、下請企業の所在地がドイツ国外にあり、ドイツ国内に所在する別の企業<br />

に製品を納入している場合を考慮すると、ドイツ国内に所在する企業に生産に関<br />

する先使用権は確立されないと考えられる。ドイツ領域内における行為のみが先<br />

使用権を確立するために適格とされるからである。つまり、ドイツに所在し、当<br />

該製品を受け取る企業が実際にその受け取った製品を用いて何を行っているの<br />

かが問題となるのである。例えば、ドイツ国外の下請企業から製品の納入を受け<br />

ているドイツの企業が、その製品の販売を行っている場合には、販売に関する先<br />

使用権が確立されるであろう。<br />

問11 先使用者が後に出願された特許の特許権に係る発明者から発明を知得<br />

していた場合に、先使用権は認められるのか。<br />

先使用者が後に出願された特許の 1 以上の発明者/出願人から発明を知った<br />

場合でも先使用権に影響を及ぼさない。したがって、当該特許権に係る発明者か<br />

ら発明を知得した場合でも、一般的には先使用の主張が認められる。<br />

しかしながら、出願人又はその権利承継者が発明を特許出願前に他の者に開示<br />

し、かつ、その際、特許が付与された場合の自己の権利を留保した場合には (ド<br />

イツ特許法第 12 条 1 項第 4 文から直接導かれるとおり) 先使用について判断す<br />

20 本判例については、[2 ]先使用権が争われた判例一覧に掲載していないが、G. Benkard,<br />

Patentgesetz, 10. Aufl. 2006 において紹介されているものである。<br />

21 G. Benkard, Patentgesetz, 10. Aufl. 2006, §12 Rn.24 を参照。<br />

-44-


る際に、こうした開示の後 6 カ月以内に先使用者が取った手段は考慮されない。<br />

このような場合、先使用の当事者がその発明を知った経路又は方法、その日付<br />

及び時間に関する証拠を提出する必要がある。<br />

例えば、先使用の当事者が、特許権に係る発明の発明者と見本市で話をしたこ<br />

とにより当該発明を知得し、先使用をするに至った場合、見本市の日時と話をし<br />

た相手を証明しなくてはならない。この追加的な情報に基づき、ドイツ特許法第<br />

12 条 1 項第 4 文の 6 カ月の期間を確定することができる。<br />

このような特別な場合には、この開示の後 6 カ月の期間内になされた行為に先<br />

使用は認められないものの、この 6 カ月の期間外で、かつ特許出願前の一切の行<br />

為には先使用が認められる。<br />

(判例)<br />

既出の Kasten für Fußabtrittsroste 事件(連邦通常裁判所 1964 年 6 月 30<br />

日判決)[判例 15] においては、被告(先使用者)が供給業者から当該製品が<br />

別の者(すなわち、原告)により発明されたものであることを伝えられておらず、<br />

また被告は誰かが特許出願を意図していることを明確には知らなかった。さらに、<br />

本件においては、当該製品がやや単純な構造をしていることから、被告には特許<br />

出願をする意図を有する者がいないかどうかを調査する義務はなかったとして、<br />

先使用権が認められた。<br />

問12 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。<br />

(1)先使用の立証手段<br />

ドイツ特許法第 12 条では、特定の種類の証拠に限定していない。<br />

さらに前述のとおり、「発明の実施」にはドイツ特許法第 9 条 (直接侵害) で<br />

言及しているあらゆる行為と第 10 条 (間接侵害) で言及しているあらゆる行為<br />

が含まれる。<br />

したがって特にドイツ特許法第 9 条 2 項第1文から第 3 文で言及している行為<br />

について立証するのに適した一切の証拠が認められる。しかも、一般にドイツ特<br />

許法第 12 条は特定の種類の証拠に限定されないため、ドイツ民事訴訟規則 (Z<br />

PO) の下で許される一切の証拠が認められる。<br />

ドイツ民事訴訟規則 (ZPO) によれば、次の種類の証拠が認められる。<br />

- 証人尋問 (ZPO第 373 条の基本規則):証人の情報を裏付ける文書がある<br />

場合。<br />

-45-


- 検証 (ZPO第 371 条の基本規則)。<br />

- 公文書の提出 (ZPO第 415 条の基本規則)。<br />

- 鑑定 (ZPO第 402 条の基本規則)。<br />

- 補助:当事者本人の尋問。<br />

- 私文書:設計図、研究所の手順書、売上予測、請求書、配達証明書、受領証<br />

などの文書。これに当事者の宣誓供述書を組み合わせることが望ましく、証人を<br />

提出することも比較的容易である。<br />

しかしながら、先行する非公然使用の場合には、裁判所が確信し得る証拠を提<br />

出するためにかなりの努力が必要とされる。特に、上述の種類の幾つかの証拠、<br />

そして大抵の場合には非公式文書を組み合わせる必要がある。<br />

(2)先使用の証拠について証拠力<br />

証拠能力は、先使用権が認められる「実施」の種類によって左右される。<br />

例えば、特許の対象である製品を生産し、申込し、販売し若しくは使用し、又<br />

はかかる目的のために輸入若しくは保有した (ドイツ特許法第 9 条 2 項第 1 文を<br />

参照) 場合には、その製品及びそれぞれの行為について記載した一切の文書が許<br />

される。この場合、(顧客に送付した売上予測、宣伝広告、請求書、配達証明書、<br />

受領証などの) 公に発行された文書ではないものの、公に入手できる文書を利用<br />

すべきである。これらの公に入手できる文書に、その製品又はこれに関連する生<br />

産手順について更に説明した (設計図、図面、研究ノート、社内計算書、非公開<br />

会合の議事録などの) (日付の記載された) 内部文書を組み合わせることができ<br />

る。これらの内部文書に、これを検証し得る当事者の宣誓供述書を添付しなくて<br />

はならない。またその文書の内容に (顧客その他の第三者などの) 証言による裏<br />

付けがあることが望ましい。<br />

ドイツでは、文書を寄託するための公的な文書保管サービスは存在しない。<br />

すなわち、ドイツ特許商標庁 (GPTO) ではこうした文書の寄託を受け入れて<br />

いない。しかし、民間による文書保管サービスは存在する。こうした企業に寄託<br />

した文書には比較的強い証明力が認められると言えよう。<br />

日付の記載された設計図又は機械的な図面は (一切の変更点が日付とともに<br />

文書化されていれば) 一般に先使用の対象について立証するための補助的な手<br />

段となり得る。とはいえ、こうした設計図や図面だけでは十分な証拠とはされな<br />

い。通常の場合、これに併せて証人尋問そして又は本人尋問を行う必要がある。<br />

(3)発明の技術的範囲の記載・開示内容の有効性<br />

上述のように、先使用権は、発明の実施に裏付けられた発明の所有の有無に左<br />

-46-


右される。<br />

発明の技術的特徴に併せてこうした特徴の効果を記載することで発明の所有<br />

を立証することができる。<br />

アイデアの日付が記載された研究ノート又は図面又は任意の (内部) 文書も<br />

利用できるものの、こうした文書の場合には、その内容を裏付ける追加的な証拠<br />

を添付する必要がある。<br />

しかしながら、単なる「所有」では不十分である。「所有」に加えて「所有し<br />

ていた」発明の「実施」又は「実施のために必要な準備」が必要となる。したが<br />

って、実際の製品又は実際の方法にこれらの技術的特徴が含まれることを更に立<br />

証する必要がある。<br />

したがって提出した証拠は、所有した発明又は実施のために必要な準備と実施<br />

した製品/方法とのつながりを示すものでなくてはならない。<br />

-47-


[4]判例要旨一覧<br />

[判例 12]<br />

[事件名]<br />

Taxilan<br />

(医薬品の商品名)<br />

[事件番号]<br />

la ZR 84/63<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

化学物質を用いての臨床治験は特許出願の優先日以後に初めて行われたこと<br />

から、被告は本件物質の治療上有用な特性を知らなかった。これを知らなかった<br />

ことにより、発明(新規の化学薬品の製造方法)の所有はなかった。したがって、<br />

先使用権は本件においては確立されなかった。<br />

さらに、これ以外の Taxilan と密接に関連する物質については、治療上の特性<br />

は知っていた。したがって、発明の所有があった。しかし、この物質を用いての<br />

更なる試験は、最終的に当該発明の実施を開始するかの最終決定を下すための単<br />

なる準備措置に相当するとみなされた。<br />

[事件の概要]<br />

本件訴訟の両当事者は、いずれも製薬会社であった。原告は、新薬としての<br />

Phenthiazin の派生物の製造方法を保護するドイツ特許出願を所有していた。原<br />

告は、「Taxilan」の名称の医薬品がこの出願により付与された仮保護を侵害する<br />

とみなした。本訴訟においては、侵害については争われなかった。すなわち、<br />

「Taxilan」は本件出願の方法により製造されたものであった。<br />

被告は、原告のドイツ特許出願の優先日以降に初めて「Taxilan」の製造につ<br />

いて特許出願を行った。それにもかかわらず、被告は、原告のドイツ特許出願の<br />

優先日以前に Taxilan の臨床試験(実験的使用)に基づき先使用権を申し立てた。<br />

連邦通常裁判所は、先使用権には「発明の所有」が必要とされると強調した。<br />

-48-


連邦通常裁判所によれば、本件においては、被告が上述の方法から派生した製品<br />

の治療的特性について知らなかったことから、被告は医薬品として Phenthiazin<br />

の派生物を製造する方法について完全には知らなかった。正確に言うならば、臨<br />

床実験が遅かったのであり、化学物質の単なる占有は本件に置いて先使用権を確<br />

立するためには十分ではないとみなされた。それにもかかわらず、連邦通常裁判<br />

所は、Taxilan 化合物と密接に関連する別の化学物質については、この物質の治<br />

療的使用について被告が既に知っていたことから、「発明の所有」を認めた。本<br />

件においては、この別の化学物質の特性については、当該発明が「所有」された<br />

後にも、更なる実験により追加的に試験されていたのであるが、連邦通常裁判所<br />

は、かかる実験的使用が(ごく)近い将来に当該発明の使用を開始する相当な意<br />

図が既にあったことを十分に示しているとみなすことができるかどうかは、各個<br />

別の事例の状況によってくると述べた。本件の実験的使用の事情を正しく評価し<br />

て、連邦通常裁判所は、当該物質の製造を開始するとの最終決定が下されていな<br />

いことから、「発明の実施」/「発明の実施を開始するための相当な準備」が行<br />

われていないとの理由により先使用権を認めなかった。すなわち、連邦通常裁判<br />

所は、密接に関連する物質の更なる試験の結果に基づき、被告が後になって密接<br />

に関連する物質から Taxilan 化合物に変更したとの事実を正しく評価した。<br />

したがって、本件においては、この物質の使用又は製造を開始するとの相当か<br />

つ無条件の(unconditioned)意図が認められなかった。同様に、先使用権も確<br />

立されなかった。<br />

-49-


[判例 13]<br />

[事件名]<br />

クロラムフェニコール(Chloramphenicol)<br />

(抗生物質の商品名)<br />

[事件番号]<br />

la ZR 178/63<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

発明の「実施」には、特許により保護される製造方法の直接の結果である製品<br />

の販売が含まれる。<br />

[事件の概要]<br />

原告フランスの会社 A は、クロラムフェニコールの製造方法を保護するドイ<br />

ツ特許出願及びフランス特許の所有者である。特許侵害で訴えられた被告は、フ<br />

ランスの会社 B のドイツ支社であり、当該フランスの会社 B は別のフランスの<br />

会社 C からクロラムフェニコールを購入しており、当該の会社 C はクロラムフ<br />

ェニコールのフランスにおける製造ライセンスを会社 A から取得している。会<br />

社 B は、クロラムフェニコールを用いた座薬を作り、この座薬をドイツ国内で<br />

販売した。<br />

原告(会社 A)は、このクロラムフェニコールを用いた座薬のドイツにおける<br />

販売は、原告のドイツ特許出願を侵害すると考えている。被告は、(特に)本件<br />

特許にとって決定的な日以前に当該発明の実施を開始していたことから、先使用<br />

権を申立てた。<br />

連邦通常裁判所は、発明の「実施」の語の解釈を示した。すなわち、「実施」<br />

には、ドイツ特許法第 9 条及び第 10 条に定める直接又は間接の侵害行為が含ま<br />

れる。したがって、「実施」には、特許権者のみが権利を有する行為、例えば、<br />

製造、販売又は申出も含まれる。特に、連邦通常裁判所は、「実施」には、特許<br />

により保護される製造方法の直接の結果である製品(すなわちクロラムフェニコ<br />

ール)の販売が含まれるとの決定を下した。そのため、連邦通常裁判所は、クロ<br />

-50-


ラムフェニコールを用いた座薬の製造及び販売について先使用権を認めた。<br />

注記:この(古い)判決は、実際には、第二次世界大戦後のドイツへのザールラ<br />

ンド(一時的にフランス支配下に置かれた)返還による統合を規制する特別法に<br />

基づく「継続使用の権利」に言及している。しかし、上記で論じられた「実施」<br />

の定義に関する判旨は、(判決の特別法を取り扱っている他の部分は上記では論<br />

じられていないが)先使用権に直接適用できるものである。<br />

-51-


[判例 14]<br />

[事件名]<br />

鋳物砂 II<br />

(Formsand II)<br />

[事件番号]<br />

la ZR 224/63<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

被告は本件特許を間接的に侵害していると判示され、被告の顧客が本件特許を<br />

侵害しないようにする措置を提供する旨の判決を言い渡された。<br />

[事件の概要]<br />

原告は鋳型製造のための型の製造に必要な鋳物砂の調整方法に関するドイツ<br />

特許の権利者であった。本件特許は、鋳物砂の中に微細分散した「海緑石」の特<br />

定の破片であると定義されている。実際に、「海緑石」は被告が実施していた(一<br />

部の)天然砂資源に含まれている。<br />

原告は、被告が「海緑石」を含む当該砂資源の「故意かつ組織的な」実施及び<br />

この砂の鋳造工場への供給を本件特許の教示について知ってから初めて開始し<br />

たのであると主張した。鋳造工場は、本件特許の範囲に含まれる微細分散した「海<br />

緑石」の受け皿としてこれらの砂を更に取り扱うことになることから、被告の行<br />

為は間接的な特許侵害に当たるとした。<br />

被告は、被告が実施した砂資源が自然に「海緑石」の破片を含有し、鋳造工場<br />

は本件特許にクレームされた砂を以前からずっと取り扱ってきたことから、先使<br />

用権を申立てた。<br />

連邦通常裁判所は、被告が発明の占有をしていない(すなわち、被告は鋳物砂<br />

に含まれる微細分散した海緑石の好ましい効果について知らなかった)とみなし<br />

たため、本件特許の対象の間接使用に基づき先使用権が確立されていたかどうか<br />

の問題については決定を下さなかった。<br />

発明が占有されていないことから、本件においては先使用権が確立されている<br />

-52-


ことはあり得なかった。したがって、発明の占有がなければ、先使用権により保<br />

護されるべき経済的価値も存在しないはずである。<br />

このため、被告は、その顧客が本件特許の侵害をしないようにする措置、すな<br />

わちその顧客が本件特許の範囲に含まれる方法で海緑石の破片を用いて砂の調<br />

整を行うことを阻止する措置を提供する旨の判決を言い渡された。このような措<br />

置としては、顧客に対して、本件特許を侵害する方法で砂の調整を行わないよう<br />

に個別に特別な支持を与えれば、十分であると判断される。<br />

-53-


[判例 15]<br />

[事件名]<br />

靴の泥落とし用金属マットケース<br />

(Kasten für Fußabtrittsroste)<br />

[事件番号]<br />

la ZR 206/63<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

被告が有効に先使用権を申立てたため、特許侵害訴訟は棄却された。<br />

先使用者が知らずに保護権の権利者から使用された製品に関する情報を受<br />

け取る場合には、本質的に先使用権から除外されない。<br />

[事件の概要]<br />

本訴訟の両当事者は、コンクリート製の製品の製造業者であった。原告は、特<br />

に家の玄関のドアの所に設置される靴の泥落とし用金属マットケースを保護す<br />

るドイツ実用新案の所有者であった。これらのコンクリート製のケースの製造の<br />

ために、原告は供給業者から鋳型を注文した。この供給業者は、ケースの見本を<br />

製造し、その見本をその敷地内の中庭の一つに設置しておき、この中庭には立入<br />

り制限はされていなかった。それとは反対に、中庭は、顧客やその他の者に同供<br />

給業者の製品見本を展示するために使用されていた。被告は、かかる鋳型(被告<br />

がその中庭で見たもの)を注文し、供給業者は、実用新案の対象を具現化する当<br />

該鋳型を実用新案の出願日以前に被告に発送した。<br />

抗弁の手段として、被告は、特許法第 12 条 1 項の定める規則に言及し、実用<br />

新案の権利者から当該発明について知るに至ったのであり、権利者は、当該情報<br />

を受け取る際に同時に特許出願の権利を留保しなかったと申し立てた。連邦通常<br />

裁判所は、最初に、本件において被告が当該発明を所有していることは明白であ<br />

り、また当該鋳型は明らかに実用新案を侵害していると述べた。<br />

さらに、連邦通常裁判所は、被告は供給業者から本件鋳型を注文することによ<br />

り、当該発明を使用する意図を示したと見込まれると述べた。また、連邦通常裁<br />

-54-


判所は、実用新案の権利者が供給業者に鋳型製造の注文を行い、当該鋳型の明細<br />

書に関する情報を提供するにあたって、実用新案出願についての自らの権利を留<br />

保しなかったことを強調した。特に、実用新案の権利者(原告)は、実用新案出<br />

願を行う予定であることを示唆しなかった。<br />

最後に、連邦通常裁判所は、知ってであろうと知らないでであろうと、先使用<br />

者が特許/実用新案の対象に関して必要な情報を権利者から得た場合には、本質<br />

的に先使用権から排除されないことを強調した。先使用者が、不誠実に先使用の<br />

対象の情報を引き出すために行動する場合にのみ、先使用権は排除される。<br />

本件において、連邦通常裁判所は、被告が供給業者から当該のケースが別の者<br />

(すなわち、原告)により発明されたものであることを伝えられていないため、<br />

また被告には誰かが保護権の出願を意図していることを明確には知らなかった<br />

ため、被告の行為は不名誉な行為ではないと判断した。さらに、本件においては、<br />

被告は本件ケースがやや単純な構造をしていることから、保護権を出願する意図<br />

を有する者がいないかどうかを調査する義務はなかったため、先使用権は排除さ<br />

れないとされた。したがって、連邦通常裁判所により先使用権が認められ、侵害<br />

の申立ては棄却された。<br />

-55-


[判例 17]<br />

[事件名]<br />

髪のパーマ<br />

(Dauerwelle II)<br />

[事件番号]<br />

la ZR 129/63<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

侵害については争いがなかったが、被告は破産手続の間に先使用者の全事業を<br />

引き継いだことから、被告は先使用権を有効に申し立てた。<br />

[事件の概要]<br />

原告(共同経営会社 A の所有者)は、ヘアスタイリング(パーマネントウェ<br />

ーブの調合液)を対象とするドイツ特許を所有していた。被告の経営者は、これ<br />

らの二つの特許の侵害により訴えられた。<br />

侵害については争いがなかったが、被告は先使用権を申し立てた。被告は、被<br />

告の妻が共同経営会社 A の共同経営者であり、当該共同経営会社 A の事業は、<br />

かつての B 社の事業を継続したものであったと主張した。当該の旧 B 社は、本<br />

件特許により保護される範囲に含まれる製品を製造していたとされた。その後共<br />

同経営会社 A の共同関係を終わらせて、被告は(その妻と共に)新会社 C を設<br />

立した。これが実際に「侵害を行っている会社」(すなわち、被告)である。<br />

本件訴訟においては、共同経営会社 A の先使用権が確立されていたことには<br />

争いがなかった。しかし、共同経営会社 A は現実には破産し、被告は当該共同<br />

経営会社 A の破産者資産から物を購入したのであった。被告は、依然として価<br />

値のあるこれらの破産者資産の一部を購入することにより、先使用権は自らに移<br />

転されたと申立て、これに対して原告は、先使用権は共同経営会社 A と共に残<br />

されたと申立てた。<br />

連邦通常裁判所は、先使用権がそれを確立することとなった事業に拘束される<br />

のであり、事業の所有権への変更は、必ずしも先使用権の増加(倍加)又は分割<br />

-56-


に繋がるものではないことを確認した。したがって、被告の経営者の妻が会社 C<br />

に移動したことにより、C 社に独自の先使用権が生じるものではない。<br />

また連邦通常裁判所は、先使用権は事業(全体)と共にのみ移転又は創造する<br />

ことができると述べた。本件訴訟の状況にかんがみて、連邦通常裁判所は、会社<br />

C は「一定の価値のある会社 B が有する破産者の資産のすべて」(会社 C が所有<br />

していたあらゆる権利を含む)を実際に購入したと判断した。したがって、破産<br />

手続の実施により、会社 C は会社 B の事業全体を引き継いだのであり、先使用<br />

権は有効に会社 C に移転された。<br />

-57-


[判例 18]<br />

[事件名]<br />

電気ヒューズメンバー<br />

(Elektrische Sicherungskörper)<br />

[事件番号]<br />

2/6 O 21/64<br />

[裁判所名]<br />

フランクフルト地方裁判所<br />

[判旨]<br />

販売目的ではない幾つかの試験サンプルの手作業による製造は、発明の有効な<br />

実施又は発明を実施するための十分な準備とはみなされなかったため、先使用権<br />

の申立ては認められなかった。<br />

また、被告は、試験サンプルの製造を終了し、それから数年して初めてその大<br />

量生産を開始した。そのため、当該発明を実施するために有効な準備段階があっ<br />

たと推定されるとしても、この準備は自発的に中止されたのであり、その結果、<br />

存在した可能性のあった先使用権は損なわれた。<br />

[事件の概要]<br />

原告は、特に自動車に使用される電子ヒューズメンバーを保護するドイツ特許<br />

の所有者であり、被告を特許侵害で訴えた。被告は、本件特許の優先日以前に被<br />

告が同種のヒューズを手作業で製造するはずであり、かかるヒューズを自動的に<br />

製造するための機械を開発するはずであったことから、先使用権を申し立てた。<br />

さらに、本件特許の優先日以後に、被告はかかるヒューズの製造・販売をするは<br />

ずであった。<br />

地方裁判所は、販売を目的としない当該ヒューズの試験サンプルを幾つか手作<br />

業で製造するだけでは、発明の有効な実施又は発明の実施を開始するために有効<br />

な準備をしたとは言えないと判断した。かかる行為は、当該発明の実現可能性及<br />

び実用性を評価することのみを目的とする準備段階を示すだけである。すなわち、<br />

手作業により製造された同一の試験サンプルは、当該特許の優先日以前にヒュー<br />

ズの大量生産を開始するための「現実的な」準備ではなく、発明を実施(すなわ<br />

ち、本件訴訟においては、製造・販売)を開始するために相当かつ無条件の<br />

-58-


(unconditioned)意図はなかった。したがって、当該の発明は有効に実施され<br />

ず、先使用権は確立されなかった。<br />

また地方裁判所は、被告が本件特許の優先日以前にサンプルの試験的製造を中<br />

止したことを強調した。したがって、試験サンプルの製造が発明の実施に当たり、<br />

先使用権が確立されたとみなされるとしても、被告がこれらの行為を中止したこ<br />

とにより、先使用権は損なわれる(これは、確立された可能性のある経済的価値<br />

が自発的に放棄されるため)。<br />

-59-


[判例 19]<br />

[事件名]<br />

欧州横断旅行<br />

(Europareise)<br />

[事件番号]<br />

X ZR 42/66<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

控訴手続において、本件は、上級地方裁判所の決定(連邦通常裁判所における<br />

本件控訴手続の根拠とされる)において原告がドイツ国内において本件発明の実<br />

施を継続する意図についての判断が行われなかったことから、前審の上級地方裁<br />

判所に差し戻された。<br />

[事件の概要]<br />

原告は、電磁音響聴覚装置(electromagnetic acoustic hearing apparatus)<br />

についての先使用権の申立てを認めるよう連邦通常裁判所に請求した。本件電磁<br />

音響聴覚装置はドイツ特許により保護されているものであった。先使用権の申立<br />

てが正当であるとの理由を示すために、原告は、原告の「社長」が欧州市場を評<br />

価し、仕事上のコネを作るために欧州各地を巡ったこと、及びその社長がドイツ<br />

での商談において本件聴覚装置を被告に見せた可能性を主張した。<br />

本件において、被告はかかる聴覚装置を保護する当該ドイツ特許の権利者であ<br />

る。<br />

被告は、商談において披露された当該聴覚装置が付与された特許の特徴を具現<br />

化していなかったことから、原告は本件発明を所有していなかったと反論した。<br />

さらに被告は、ドイツ国内で関連聴覚装置を販売する原告の意図について異議<br />

を申立て、欧州各地を巡る旅は情報を提供する商談のみの私的な旅行であったと<br />

主張した。連邦通常裁判所は、最初に「販売目的で保持すること」は、発明の有<br />

効な実施であるとみなされることを確認した。特別な状況下では、一度のみの成<br />

立しなかった製品の申出であって、当該製品を近い将来に製造し、その後ドイツ<br />

-60-


に輸入する予定であれば、発明の有効な実施であるとみなされることがある。次<br />

に、連邦通常裁判所は、「実施」が発明のアイデアを開示することを求めないこ<br />

と、すなわち本件においては、被告が商談において発明の特徴を知った可能性が<br />

あるかどうかは重要ではないことを更に確認した。したがって、先使用の「公然<br />

性(publicity)」は先使用権を確立するためには求められない。上記の二つを考<br />

慮して、先使用権が確立された可能性があり、被告の各主張は説得力がないもの<br />

とみなされた。<br />

それにもかかわらず、連邦通常裁判所は、先使用者がドイツにおける発明の実<br />

施を明らかに、また自発的に終了するか又は本件特許の出願日/優先日以前に無<br />

期限にドイツにおける使用を中止する場合には、有効に確立された先使用権は無<br />

効となることも強調した。その際に、連邦通常裁判所は、ドイツにおいて発明を<br />

使用するか使用しないかの最終決定の準備だけに向けられる準備行為では先使<br />

用権を確立するには不十分であることを強調した。<br />

この点が更に考慮され、本件は、上級地方裁判所の決定(連邦通常裁判所にお<br />

ける本件控訴手続の根拠とされる)において原告がドイツ国内において本件発明<br />

の実施を継続する意図についての判断が行われなかったことから、前審の上級地<br />

方裁判所に差し戻された。<br />

被告の各主張を考慮して、上級地方裁判所は、商談において披露された当該聴<br />

覚装置が現実に付与された特許の特徴を具現化していたかどうかについても評<br />

価しなければならないことになった。<br />

-61-


[判例 20]<br />

[事件名]<br />

曲げ装置<br />

(Biegevorrichtung)<br />

[事件番号]<br />

X ZR 32/99<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

特許侵害訴訟の被告による控訴は成功しなかった。先使用者は、特許の保護を<br />

受ける発明を侵害する場合には、先使用の範囲を超えて更なる開発を行うことは<br />

禁じられていることから、被告は特許法第 12 条に基づき先使用権を有効に申立<br />

てることができなかった。<br />

[事件の概要]<br />

被告は、付与された特許の優先日以前に、ある曲げ装置の製造・販売を行って<br />

いた。しかし、この装置は付与された特許の特徴の一を欠くものであった。<br />

連邦通常裁判所は、特許法第 12 条は例外を規定していることを強調した。第<br />

12 条は、特許権者の権利を制限し、特許権者の利益と先使用者の利益との均衡<br />

を図ることを目的とするものである。特許法第 12 条は例外を規定していること<br />

から、このような異なる利益の均衡を維持するために同条を限定的に解釈する必<br />

要がある。<br />

したがって、先使用者は、現実に使用した対象の範囲に厳密に限定され、更な<br />

る開発は先使用権により保護されないことになる。さらに連邦通常裁判所は、付<br />

与されたクレーム 1 の完全な特徴の組合せが考慮されなければならず、クレーム<br />

1 の欠く特徴の中で重要性の「格付け」を行うことは許容されないと述べた。<br />

連邦通常裁判所は、被告の曲げ装置は付与されたクレーム 1 の特徴の一を欠い<br />

ていると判示した。そのため、先使用権は、この特徴を欠く当該曲げ装置につい<br />

てのみ確立された(この特徴が重要であるか否かは問われない)のであり、した<br />

がって付与されたクレーム 1 の対象については先使用権は確立されなかった。す<br />

-62-


なわち、連邦通常裁判所は、被告による本件発明の所有を否定した。<br />

被告は先使用を行っていた曲げ装置を付与されたクレーム 1 の範囲に含まれ<br />

るように変更したが、この変更された曲げ装置は、先使用を行っていた装置によ<br />

り有効に確立された先使用権により保護されないものであった。したがって、被<br />

告の変更された曲げ装置は、この変更された装置に関連する先使用権を欠くこと<br />

から、特許を侵害すると判断された。<br />

-63-


[判例 21]<br />

[事件名]<br />

溶接トーチの洗浄装置<br />

(Schweißbrennerreinigung)<br />

[事件番号]<br />

X ZR 214/02<br />

[裁判所名]<br />

連邦通常裁判所<br />

(Bundesgerichtshof, BGH)<br />

[判旨]<br />

証人喚問の必要に係る形式手続上の問題を考慮して事件は該当上級地方裁判<br />

所に差し戻された。特許法第 12 条に基づく先使用権の申立ては認められなかっ<br />

た。<br />

[事件の概要]<br />

控訴手続において、特許侵害訴訟の被告は、特許法 12 条に基づく先使用権を<br />

申し立てた。本件洗浄装置は、被告とその兄(弟)が所有する有限責任会社が発<br />

明し、販売していた。その後、本件装置は被告とその兄(弟)他が所有する共同<br />

経営会社(private partnership)が販売した。その後、被告はこの共同経営会<br />

社を去り、第三の会社の共同出資者となり、この会社は同等の装置を販売した。<br />

次に、被告は本件発明のすべての特徴を示す装置を販売する別の会社を設立した。<br />

連邦通常裁判所は特許法第 12 条( 1)3 に言及した。同条によれば先使用権は<br />

事業と共にのみ移転又は相続できる。連邦通常裁判所は、この特許法第 12 条の<br />

文言から、(先使用権は事業にのみ拘束されることから)事業の所有者の変更に<br />

より倍になったり分割されてはならないとの判決を下した。したがって、連邦通<br />

常裁判所は、たとえ最初の会社 A が有効な先使用権を有する別の会社 B の共同<br />

経営者株を取得しているか又は経済的に決定的な影響力を取得しているとして<br />

も、このために会社 A が有効な先使用権を有することには繋がらないと決定し<br />

ている。<br />

本件の(頻繁な事業の移転という)特別な事情を正当に評価して、連邦通常裁<br />

判所は被告とその兄(弟)の所有した有限責任会社から被告とその兄(弟)他の<br />

-64-


所有する共同経営会社への有効な先使用権の移転は、先使用権の重複となること<br />

から生じなかったと判示した。<br />

したがって、連邦通常裁判所は、先使用権の申し立てを棄却した。<br />

-65-


[1]先所有権 2 制度の概要<br />

3.仏国における先所有権制度について 1<br />

1.条文・規則等<br />

[知的財産法典第 613-7 条]<br />

本法の適用領域内にあって特許の出願の日又は優先権の日に善意で特許の対<br />

象である発明を所有していた者は、特許の存在にかかわらず、当該発明に関する<br />

個人的実施権を享有するものとする。<br />

本条によって付与される権利は、それが属する営業財産、企業若しくは企業の<br />

一部と共にする場合に限り移転することができる。<br />

2.立法経緯<br />

フランスでは、1839 年 4 月 28 日の破毀院判決や 1849 年 3 月 30 日の破毀院判<br />

決等において先所有権が認められた。<br />

それ以降、1856 年 12 月 16 日のナンシー裁判所判決や 1938 年 4 月 28 日の破<br />

毀院判決のように第三者の特許出願前に先所有者が当該発明を実施しているこ<br />

とを求めた判決もあったが、多くの判例は、当該発明についての知識を有してい<br />

るだけでも先所有権を享受できるとの判断を下した。<br />

また、学説においても、先所有を認められるための要件に関しては細かい相違<br />

はあったものの、公平の観点から先所有権は正当化されるとの見解が主流を占め<br />

ていた。先所有権制度は、このような判例を踏まえ、1968 年の法律に明文化さ<br />

れたものである。<br />

1968 年法第 31 条として採用された文言は、1978 年法においても変更されない<br />

ままであった。多数説及び判例は、「発明を所有していた」という部分を「当該<br />

発明に関する完全かつ正確な知識を有していた」と解している。<br />

3.成立要件<br />

知的財産法典第 613-7 条に規定される実施権(以下、先所有権という。)が認<br />

められるためには、発明を認識し所有しているだけでよく、事業又はその準備を<br />

実施している必要はないとされる。<br />

1 本資料は、仏国法律事務所(Cabinet Beau de Loménie)に調査を委託し、その調査レポート(平成 17<br />

年及び平成 18 年 )の情報及び見解を元に作成したものである。<br />

2 本資料においては、知的財産法典第 613- 7 条によって付与される権利を「先所有権」と記す。<br />

-66-


①地域的要件(フランス領域内で)・②時期的要件(特許の出願の日又は優先<br />

権の日に)・③善意要件(善意に)・④客体的要件(特許の対象である発明を所有<br />

していた)<br />

という、4つの要件を満たせば先所有権が認められる。<br />

-67-


[2]先所有権が争われた判例一覧<br />

本調査報告により確認された主な判例の一覧を以下に掲載する。<br />

(番号の横に「*」の記載のある判例については、判例要旨を「[4]判例要旨一<br />

覧」に掲載)<br />

No. 判決年月日 裁判所 出典 3<br />

1 1849 年 3 月 30 日 破毀院 Sir., 50.1.7<br />

2 1856 年 12 月 16 日 ナンシー裁判所 Ann. propr. ind. 1857, 272<br />

3* 1878 年 4 月 13 日 パリ控訴院 Ann. propr. ind. 1878, 102<br />

4 1912 年 2 月 22 日 グレノーブル民事裁判所 Ann. propr. ind. 1912, 93<br />

5 1927 年 3 月 31 日 リヨン控訴院 Ann. propr. ind. 1929, 166<br />

6* 1928 年 12 月 12 日 パリ控訴院 Ann. propr. ind. 1929, 195<br />

7 1938 年 4 月 28 日 破毀院 Ann. propr. ind. 1939, 195<br />

8* 1960 年 5 月 25 日 リヨン控訴院 Ann. propr. ind. 1960, 11<br />

9* 1966 年 11 月 7 日 パリ控訴院 Ann. propr. ind. 1967, 53<br />

10* 1966 年 12 月 1 日 セーヌ大審裁判所 Ann. propr. ind. 1967, 268<br />

11* 1971 年 6 月 23 日 リール大審裁判所 PIBD 1972 n°81, Ⅲ, 119<br />

12 1972 年 4 月 11 日 パリ控訴院 PIBD 1972, Ⅲ, 290<br />

13 1973 年 12 月 18 日 破毀院商事部 PIBD 1974 n°126, Ⅲ, 173<br />

14 1975 年 10 月 1 日 パリ控訴院 PIBD 1976 n°171, Ⅲ, 246<br />

15* 1976 年 7 月 2 日 パリ大審裁判所 PIBD 1977 n°188, Ⅲ, 131<br />

16* 1979 年 3 月 14 日 マルセイユ大審裁判所 PIBD 1979 n°244, Ⅲ, 337<br />

17* 1982 年 1 月 21 日 パリ大審裁判所 PIBD n°303, Ⅲ, 123<br />

18 1982 年 1 月 26 日 パリ控訴院 PIBD n°303, Ⅲ, 119<br />

19* 1986 年 2 月 18 日 パリ大審裁判所 Ann. propr. ind. 1987, 113<br />

20* 1987 年 1 月 18 日 パリ控訴院 Ann. propr. ind. 1987, 105<br />

21* 1989 年 3 月 31 日 パリ大審裁判所 PIBD n°461, Ⅲ, 436<br />

22 1989 年 11 月 23 日 パリ大審裁判所 PIBD n°476, Ⅲ, 253<br />

23* 1992 年 1 月 15 日 パリ大審裁判所 PIBD 1991 n°520, Ⅲ, 219<br />

24* 1996 年 3 月 13 日 パリ控訴院 PIBD n°612, Ⅲ, 299<br />

25 1998 年 7 月 2 日 リヨン控訴院 PIBD n°665, Ⅲ, 558<br />

3 出典略語<br />

Ann: Annales de la propriété industrielle, artistique et littéraire<br />

Legifrance: http://www.legifrance.gouv.fr/<br />

PIBD: Propriété industrielle. Bulletin documentaire<br />

RDPI:Revue du droit de la propriété intellectuelle<br />

-68-


26 1999 年 10 月 27 日 パリ控訴院 Ann. propr. ind. 2000, 151<br />

27* 2000 年 5 月 31 日 パリ大審裁判所 PIBD 2001 n°,708Ⅲ, 537<br />

28* 2001 年 3 月 9 日 パリ大審裁判所 PIBD 2001 n°,728Ⅲ,495<br />

29 2001 年 9 月 4 日 パリ大審裁判所 PIBD n°739,Ⅲ,156<br />

30 2001 年 12 月 18 日 破毀院商事部 PIBD 2002 n°737, Ⅲ,101<br />

31 2002 年 5 月 16 日 リモージュ大審裁判所 PIBD n°749, Ⅲ, 397<br />

32* 2003 年 5 月 20 日 破毀院商事部 Legifrance<br />

33 2003 年 7 月 1 日 パリ大審裁判所 PIBD n°776, Ⅲ, 587<br />

34* 2003 年 12 月 9 日 パリ大審裁判所 PIBD n°785, Ⅲ, 256<br />

35* 2004 年 1 月 14 日 パリ控訴院 Gaz. Pal. 2005, somm.jurispr., 8<br />

36* 2006 年 1 月 11 日 パリ控訴院 PIBD 2006 n°825, Ⅲ, 155<br />

37 2006 年 4 月 25 日 破毀院商事部 Legifrance<br />

-69-


[3]先所有権制度に関する問及び回答<br />

問1 先所有権が認められるためには知的財産法典第 613-7 条に「本法の適用<br />

領域内にあって特許の出願の日又は優先権の日に善意で特許の対象である発明<br />

を所有していた者は、特許の存在にかかわらず、当該発明に関する個人的実施<br />

権を享有するものとする。」と規定されているが、「特許の対象である発明を所<br />

有」とはどのようなことなのか。<br />

最近の法理論及び判例のほとんどが、発明に関する知識があるだけで先所有を<br />

認める反面、その発明に関する完全な知識があったことの証拠を提出しなくては<br />

ならないとしている(パリ控訴院、1966 年 11 月 7 日[判例 9])。その場合の完<br />

全な知識とは、完全かつ正確な知識を意味する。<br />

この点、学説も以下のように述べる。<br />

P. MATHELY, Le Nouveau Droit Français des brevets d'invention, p.299<br />

「発明について所有する知識が正確かつ完全なものでなくてはならないことは<br />

疑う余地がない。」<br />

「先所有者とされるためには、その発明に関する完成された着想がなくてはな<br />

らず、この着想には発明を構成するすべての要素が含まれなくてはならない。<br />

この要件を特許用語で説明すれば、先発明者が、出願すれば法第 14 条 a 項に<br />

照らして十分であるような発明の記載を所有しなくてはならないことになる。」<br />

とする。<br />

一方、先所有者が所有していた対象が単なるアイデアにとどまる場合や、研究<br />

若しくは試験の段階であった場合は、先所有権が認められるには不十分である。<br />

発明の所有が完全であること、すなわち、仮に所有者が発明をまだ実質的には<br />

実施していなかった場合でも、その発明を遅滞なく実施し得る状態にあったこと<br />

を立証できなくてはならない。<br />

判例では、発明に関する完全な知識について、以下のように判示している。<br />

Société d’Electro-chimie 対 Société des usines de Rioupéraux 事件(グレ<br />

ノーブル民事裁判所、1912 年 2 月 22 日)[判例 4]<br />

「先所有を構成するためには、特許された方法の不完全な知識では不十分であ<br />

る。知識が不完全な場合とは、先所有を主張する者が、特許の出願時にまだ開発<br />

試験段階にあり、有形な装置を設置することも、特許された装置又は方法の工業<br />

-70-


的な実施方法について正式に決定することもできなかった場合である。」として<br />

いる。<br />

Case BERTONCINI 対 SAGE 事件(マルセイユ大審裁判所、1979 年 3 月 14 日)[判<br />

例16]<br />

侵害訴訟の被告は、原告の特許出願前に当該発明に関するソロー封筒を作成し、<br />

提出していた。<br />

ところが、ソロー封筒にはその発明の (特許により保護されない) 結果が記載<br />

されていた一方、こうした結果を得るために用いる手段を極めて簡略に 3 行しか<br />

記載していなかった。さらに、封筒に同封されていた図面が簡略であったため、<br />

裁判所は、これに基づいてその方法を使うための正確な条件について決定できな<br />

いと判断した。<br />

その結果、裁判所は、被告が発明の先所有の証拠を提出していないと判断した。<br />

SARL Ets. POTEZ 対 Sté an. AIRFLAM 事件(パリ控訴院、1966 年 11 月 7 日)[判<br />

例9]<br />

先所有権は、1) 特許の対象と先所有の対象との類似性が明瞭に立証され、2)<br />

先所有権を主張する者が、研究及び試験段階にはなく、発明を実質的には実施し<br />

ていなかったとしても、少なくとも直ちにそうできる状態にあった場合にのみ、<br />

その程度に応じてしか認められないとし、証拠として提出した計画書に記載され<br />

た装置と特許権に係る装置は類似であることを立証していないことから、先所有<br />

権を認めなかった。<br />

Case Laboratoire INNOTHERA 対 Laboratoires DOMS-ADRIAN 事件(パリ大審裁判<br />

所、2001 年 3 月 9 日)[判例 28]<br />

裁判所は、被告 DOMS-ADRIAN が製品の 100 分法による製法を保有し、その錠剤<br />

を製造するための工業的な製法を受け取っていた以上、これを使用することもで<br />

きたため、原告の特許出願前にその発明に関する完全かつ正確な知識を備えてい<br />

たと述べた。<br />

問2 外国で創作された発明がどのように取扱われるのか。また、外国で創作<br />

された発明を所有する者が、仏国において先所有権を確保するために取り得る<br />

手段はあるのか。<br />

-71-


知的財産法典第 613-7 条は、フランス領域内において特許の対象である発明<br />

を所有していることを要件としている。したがって、外国で創作された発明を所<br />

有する者がフランスにおいて先所有権を確保するためには、その発明をフランス<br />

において所有しているということを立証しなければならない。<br />

フランス領域内での所有の要件に関連する判例を以下に紹介する。<br />

Case POLYPAK (Italy) 対 Mr PARROCHIA 事件(パリ控訴院、1986 年 2 月 18 日)<br />

[判例 19]<br />

イタリアにおいて生じた事実を証明する書類(手紙及び注文)に基づき先所有<br />

権を主張したが、フランスにおいて起こった事実に由来するものであることを立<br />

証していないことから、申し立てた事実の正確さを確認する理由は全くないとし<br />

て、先所有権は認められなかった。<br />

Case SIGNAL VISION now company NEIMAN 対 AXO 事件(パリ大審裁判所、1989 年<br />

3 月 31 日)[判例 21]<br />

トゥリン(イタリア)に本社がある OLSA 社が 1973 年 4 月 4 日に作成した図面<br />

により AXO 社の先所有が成立すると主張した。<br />

判事は、OLSA 社が作成した図面は、個人的所有「行為」を構成し、OLSA 社は<br />

イタリアにおいてこれを利用することができるが、AXO 社は当該図面の所有者で<br />

はなく、イタリアの OLSA 社の作成した図面を利用できず、フランスにおいて AXO<br />

社の利益のために先所有権の証拠として利用することはできないとした。AXO 社<br />

がイタリアの OLSA 社が作成した図面を利用することはできないのは、同社自身<br />

が当該図面の所有者ではないためである。<br />

Case CONCEPT K Ltd (Hong Kong)対 Mr. MOULIN 事件(パリ大審裁判所、2003 年<br />

12 月 19 日)[判例 34] 4 :<br />

4 (参考)フランス国外で行われた発明をフランスの子会社に伝達した場合の扱いについて<br />

外国の親会社がフランス国外でなされた技術の書類をフランスの子会社に伝達することによって、こ<br />

の子会社にフランスにおいて競合他社が後から出願する特許に対する先所有権の適用を受ける利益が<br />

与えられるかについて、現在フランスの法理論及び判例の大多数は、先所有権は単に発明を知識として<br />

知っていること(intellectual knowledge)により生じ得るとみなしている。そのため、伝達に発明の<br />

完全な知識が含められており、かつ正当に証明されていることを条件として、「与えられる」といえる。<br />

CONCEPT K 対 MOULIN 事件では、香港の企業により開発された発明が、フランスで出願日前に開示さ<br />

れたという事実により、外国企業(香港に本社がある CONCEPT K 社)の利益のためにフランスにおけ<br />

る先所有が認められた。<br />

本事件では、MOULIN 氏の特許出願日以前に CONCEPT K 社がフランスに所在する企業に製品の試作品<br />

を送付したことに加えて、フランスに所在する者に試作品の実演をし、その企業も個人も、守秘義務に<br />

拘束されていたことを示す証拠が提出された。<br />

このため、判事は、CONCEPT K 社が発明の試作品をフランスに持ち込んだことが、同社が当該発明を<br />

フランスにおいて所有していた証拠を成すことを認め、同社はフランスにおいて当該発明に関して先所<br />

-72-


CONCEPT K 社は、本社を香港に置く英国法の適用を受ける会社であり、当該製<br />

品の製造のために協力した最初の会社である GENIUS LINK INTERNATIONAL 社もそ<br />

の本社を香港に置いていた。両社の間で取り交わされた通信からは、香港外で共<br />

同で協力を図った形跡はなく、したがって、当該製品はフランス国外で開発され<br />

たことが立証されている。<br />

しかし、CONCEPT K 社から伝達された文書からは、MOULIN 氏の特許の出願日前<br />

に同社自らが当該発明をフランスにおいて開示していることが証明され、これに<br />

より、外国企業である CONCEPT K 社に先所有権の適用が裁判所により認められた。<br />

問3 他者の出願の日又は優先権の日の前に所有していた発明と、出願の日又<br />

は優先権の日の後に実施している発明が完全に同一ではない場合には先所有権<br />

は認められるのか。<br />

先所有権者には、他人の特許出願の前から自らが所有していたものを実施する<br />

権利が認められているが、この権利は、先所有者が所有していた発明と完全に同<br />

一ではないものにも及ぶのか、もし及ぶとしても、それはどの範囲まで認められ<br />

るのかという論点がある。<br />

知的財産法典第 613-7 条は、先所有権者が実施しているものと先所有権者自<br />

身が他人による特許出願に先立ち所有していたものとが厳密に同一のものであ<br />

るべきことを求めているようにも思われる。<br />

この問題に関して、判例は、PONT A MOUSSON 対 LA GIRONDINE 事件(パリ大審<br />

裁判所、1976 年 7 月 2 日)[判例 15]において、上記の、他人の特許出願に先立<br />

ち所有していた発明の具体的な形態と均等なものにまで先所有権が及ぶとして<br />

いる(この他、パリ控訴院、1972 年 4 月 11 日[判例 12]も同旨)。<br />

さらに、この判決では、特許された方法の均等物を先所有していた場合、所有<br />

者に対して所有の対象となっている発明よりも特許の対象にはるかに近い方法<br />

を実施することを認めている。<br />

学説も、他人の特許出願に先立ち所有していた発明の具体的な形態と均等であ<br />

り、かつ当該特許のクレームによりカバーされる形態の発明についても、それを<br />

実施する権利が先所有権者に認められるべきだとしている。<br />

有者権を享受することができると宣告した。<br />

したがって、この場合には、発明の明細書又は図面のみならず、試作品という形での発明そのものが、<br />

フランスにおいて特許の出願日前に秘密裏に開示されていたと考えられる。<br />

-73-


これに関して、以下のような見解がある。<br />

LE STANC, Juris-classeur BREVETS Fasc. 4620, n˚ 36<br />

PONT A MOUSSON 対 LA GIRONDINE 事件(パリ大審裁判所、1976 年 7 月 2 日)<br />

[判例 15]について、「裁判所は、先所有されていたものの均等物にまで先所有<br />

権を拡大することを認めているように思われるし、また特許された手段と均等な<br />

ものを所有していたとの理由により先所有権者が先所有していた装置よりもむ<br />

しろ当該特許の方にかなり近いものである手段を実施することを先所有権者に<br />

許しているようにも思われる」。フランス法においては、先所有権者による実施<br />

の権利は、その者が先所有していた実施形態にのみ限られずそれと均等な実施形<br />

態にまで拡大することができる。<br />

AIPPI 議題 89D(1989 年アムステルダム総会)に関するフランス部会の報告(AIPPI<br />

年報 1988/V、126、127 頁)<br />

先所有権者には、自らが先所有していたものと均等な形態である限りは自らが<br />

先所有していたものと異なる形態で発明を実施する権限も認められなければな<br />

らない。<br />

問4 実施規模の拡大は認められるのか。<br />

この問題に関するフランスの裁判所の判例はまだない。しかし、量的限界制限<br />

の問題は、先使用制権制度においては重要な意味を有し得るとしても、フランス<br />

における先所有権制度には関係しないものと思われる。<br />

先使用権制度においては、先使用により正当化される限界として、当該先使用<br />

の程度を超えて当該発明の実施を拡大することは許されないとすることもでき<br />

るであろう。<br />

しかし、フランスの先所有権制度においては、先所有権者による正当な実施は<br />

何ら量的な制限を受けることなく先所有権者が必要とする限り拡大することが<br />

でき、また、かかる権利は先所有権者が当該発明の実施を行っている限り存在す<br />

るものと考えられる。<br />

学説も同様の見解である。<br />

P. ROUBIER, Le Droit de la Propriété Industrielle, p.179<br />

「先所有権者に対し認められる実施権が制限されていないことは間違いない。か<br />

かる実施権は、先所有権者が現在において必要とする量にのみ制限されることも<br />

-74-


ないし、また当該特許の出願日において先所有権者が所有していた手段にのみ限<br />

定されるものでもない。先所有権者は、事業を拡大することができるし、新たな<br />

事業所を設けることもできる。唯一満たされるべき条件は、当該発明の実施は先<br />

所有権者の事業の中で行われるべきことだけである。」<br />

問5 先所有権の効力は先所有権者ではない者にも及ぶのか。<br />

(1)先所有権者が製品を第三者に譲渡した場合の取扱い<br />

先所有権者自身が特許製品を製造し、それを直接消費者に販売することにより<br />

特許を実施する場合には、かかる活動のすべてが先所有権により正当化されるこ<br />

とになる。<br />

それでは、製品が消費者に直接販売されるのではなく、仲介業者や販売業者、<br />

あるいはそれを使用して事業を行う者に対し販売される場合はどうであろうか。<br />

知的財産法典第 613-7 条には、この問題に関する示唆はないが、公平性の観<br />

点からみれば、先所有権をあまりに限定的に解釈すべきではなく、先所有権者に<br />

より合法的に製造された製品に関しては、その後にそれを販売する行為及び使用<br />

する行為にも先所有権による保護が及ぶとみなされるべきであろう。<br />

学説も肯定的に解している。<br />

P. MATHELY, Le Nouveau droit des Brevets d’Invention, p.354<br />

「その効力が小売業者や使用者に及ばないのであれば、かかる抗弁(先所有権)<br />

は無駄で無益なものになってしまう点を考えなければならない。」<br />

「特許製品を製造し販売する権利が先所有権者に認められるのであれば、それ<br />

を販売業者に再販売させる権利も認められなければならない。」<br />

(2) 下請業者へ委託する場合の取扱い<br />

製品製造の全体又はその一部が下請業者に委託され、下請業者は委託元による<br />

指示又は委託元により与えられた仕様書に従って製造作業を行うというケース<br />

も少なくない。フランス法の下では、特許侵害事件において、下請業者が侵害製<br />

品の本質的ではない要素のみを製造していた場合、下請業者は特許を侵害するも<br />

のではなく、下請業者の責任が問われることはない。一方、本質的な要素を製造<br />

していた場合、先所有権による利益を受けることができないならば、かかる下請<br />

業者は特許侵害に問われることになる。<br />

この点、このような委託元が先所有権者であった場合、先所有権の個人的性質<br />

-75-


から、先所有権者は下請業者に委託することはできず、その先所有権は委託先た<br />

る下請業者には及ばないとされる(パリ控訴院、1975 年 10 月 1 日)[判例 14]。<br />

多くの学説も、先所有権者との契約の下で製品製造を行っていることを理由と<br />

して下請業者は先所有権による利益を享受することを認めるべきではないとの<br />

見解である。<br />

もっとも、かかる学説を採用した場合には先所有権が有効性を持たない権利と<br />

なり得ることから、先所有権者のために対して行われる製品の製造についてのみ、<br />

下請業者にも先所有権による利益を認めるべきとする見解もある。<br />

肯定的に解する見解として、以下のようなものがある。<br />

A. CHAVANNE & J.J. BURST, Droit de la Propriété Industrielle, Dalloz, 1993,<br />

p.252<br />

「さらに、先所有権の有する個人的な性質は先所有権者が下請を使うことを禁じ<br />

るであろうか。」「委託元に代わり作業を行うだけの下請業者は本件においては第<br />

三者とみなされるべきではないと思料する。」<br />

AIPPI 議題 89D(1989 年アムステルダム総会)に関するフランス部会の報告(AIPPI<br />

年報 1988/V、127 頁)<br />

「1) 製造行為の下請<br />

下請業者が本抗弁の受益者(先所有権者)の指示、管理及び責任の下でかかる<br />

者のためだけに製造行為を行う場合においては、下請業者は先所有権の受益者に<br />

とっては単なる製造能力の一要素にすぎず、真の意味で先所有権の受益者の第三<br />

者として見なすことはできないように思われる。<br />

下請は、企業の製造活動において長年にわたり使われてきた方法であり、本抗<br />

弁の所有者がそれにより下請を使う権利を奪われると考えることはできない。<br />

商業の実情から考えて、本抗弁例の受益者は、本抗弁例の下で製造された製品<br />

を販売するため小売業者を利用することができると思われる。」<br />

(3)グループ企業の取扱い<br />

フランス法において、企業グループは一つの法人を構成するものとは認められ<br />

ず、それに属する個々の企業が独立した法人格を保有することになるため、一企<br />

業が先所有権を有していても、同一企業グループの別企業には先所有権は原則認<br />

められない。<br />

また、営業等の移転を伴わない先所有権の単独移転は禁じられている(知的財<br />

産法典第 613-7条)。<br />

-76-


この、同一企業グループに属する複数企業が先所有権を主張したい場合に対応<br />

するための方策として、以下のようなものが考えられる。<br />

例えば、A社の研究開発部門がある発明を行い、それを所有しており、さらに<br />

その発明は同一企業グループに属する別の企業B社にも使える可能性のあるも<br />

のだったとする(両社はともにフランス国内に所在しているとする)。<br />

この場合、第三者がその発明に対する特許出願を行った場合でもB社にも先所<br />

有権が認められるようにする必要が出てくる。<br />

これに関して、ソロー封筒の提出を行う場合には、ソロー封筒の提出を両者の<br />

連名で行い、さらに、ソロー封筒提出時においてB社は当該発明の内容を完全に<br />

認識していた旨を証明するものとなるA社からB社へのレター又は共同名義の<br />

報告書等の文書を最低でも当該ソロー封筒中に封入しておく方法が考えられる。<br />

あるいは、同一の内容を有するソロー封筒を2通作成し、各社がそれぞれ一通<br />

ずつを同日に提出するという方法もある。<br />

公証人又は執達吏に封筒を提出する場合、あるいはその他の方法により先所有<br />

を立証する場合にも同様の注意が必要である。<br />

また、当該外国企業がフランスに子会社を有している場合には、極秘の取扱い<br />

で、当該発明についてフランスの子会社に伝達し、産業財産庁にフランス子会社<br />

が自らの名称あるいは両企業の名称でソロー封筒を提出することが考えられる。<br />

問6 先所有権は移転できるか。<br />

本質問は、先所有権に係る特許の出願日の後に先所有権の移転が行われる場合<br />

の取扱いに関するものである。<br />

知的財産法典第 613-7 条は、先所有権の移転はそれが属する営業財産、事業<br />

若しくは事業の一部と共にのみ移転することができることを定めている。(これ<br />

は 1996 年 12 月 18 日の法律 96-1106 号により規定されたものであり、以前の文<br />

言では単純に先所有権はそれが属する事業と共に移転することができると規定<br />

していた。)<br />

ここでは2つのケースを検討する。第一は、もともとの先所有権者が個人の場<br />

合であり、第二は企業の場合である。<br />

(1)先所有権者が個人の場合<br />

-77-


先所有権者が当該特許の出願日において個人事業者であった場合(すなわち,<br />

産業活動を行っていた場合)、かかる個人は自らの先所有権を当該事業を相続す<br />

る相続人に移転することができる。<br />

かかる個人事業者が自らの事業を企業に移転する場合には、先所有権もまた事<br />

業と共に移転されることになる。<br />

上記の場合、個人事業者は、事業移転後は先所有権による利益を受けることは<br />

できない。<br />

(2)先所有権者が企業である場合<br />

先所有権者が企業であり、先所有権者たる企業が別の法的形態の企業に改組さ<br />

れる場合には先所有権を承継することができる。<br />

また、先所有権者たる企業が合併される場合でも、先所有権を合併後の企業に<br />

移転することは認められる。<br />

ひとつの企業が分割され複数の企業になる会社分割の場合には、先所有権はそ<br />

れが属する事業と共にに移転されることになる。<br />

しかし、先所有権者たる企業がその事業のすべてではなく一部のみを別の企業<br />

に移転するような場合には問題となる(資産の一部譲渡の場合)。<br />

この問題は、1996 年 12 月 18 日法が導入される前、まだ先所有権の移転は企<br />

業とともに行われるときにのみそれを行うことができるとの文言を知的財産法<br />

典第 613-7 条が採用していた時から論じられていた。一部の論者は、移転され<br />

る資産が一つの完全な活動部門を構成するすべての要素(当該部門のすべての資<br />

産と負債)に係るときは、資産の一部譲渡であっても、それとともに先所有権を<br />

移転できるとの見解を示していたが、それに反対する意見もあった。<br />

JARDILLIER 対 JARDODY 事件(パリ控訴院、1996 年 3 月 13 日)[判例 24]では、<br />

前者の立場が採用された。<br />

なお、全国規模で事業を行う大企業が、フランスにおいて先所有権を有し一部<br />

の地域で事業を行う小さな企業を買収する場合には、大企業は先所有権者となり、<br />

フランスにおいて当該事業を行うことは可能であると考えられる。<br />

問7 先所有権を主張する者が、当該特許権に係る発明者から発明を知得して<br />

いた場合には、先所有権は認められるのか。<br />

この質問は、知的財産法典第 613-7 条の「発明を善意で所有した者」という<br />

-78-


要件に関連するものである。<br />

学説及び判例は、知的財産法典第 613-7 条を次のように解釈している。<br />

・「発明を善意で所有した者」は、発明者自身でもよい。<br />

・「発明を善意で所有した者」は発明者から発明を受け取った者でもよい。知的<br />

財産法典第 613-7 条では「所有者」が善意で発明を所有しなくてはならないと<br />

定めているため、所有者は発明者から発明を正当に取得しなくてはならない。<br />

「所有者」が悪意で発明を所有した場合には先所有権が認められない。特許権<br />

者から詐欺的に盗用したことによる詐欺的な所有等がこれに該当する。例えば、<br />

発明者の同業者が、特許出願の前に発明者に内密で発明に関する情報を入手し、<br />

こ の 知 識 を 利 用 し て 先 所 有 権 を 主 張 し よ う と し た 場 合 で あ る (Petit 対<br />

Rouillon 事件(パリ控訴院、1878 年 4 月 13 日)[判例 3])。<br />

学説も以下のように解している。<br />

P. MATHELY, Le Nouveau Droit Français des Brevets d'Invention, p. 300<br />

「先所有者が誠実であることが唯一の要件である。法律がこうした要件を明示<br />

的に義務付けていることが根拠である。自ら発明を行ったが、その創作者からこ<br />

れを正当に受け取った場合、その先所有者は善意であるとみなされる。これに対<br />

して、先所有者が第三者の名称で、若しくは詐欺的に発明を所有した場合には、<br />

そうした所有は支持されない。例えば発明が秘密であることを認識していた者、<br />

若しくはこうした秘密を発見した者、若しくは第三者から不当に情報を得た者が<br />

これに該当する。」<br />

P. ROUBIER, Le Droit de la Propriété Industrielie II, p.300<br />

「発明の先所有について考慮しなくてはならないのは、先所有が善意でなされ<br />

た場合のみであることは間違いない。詐欺を原因とする場合にはこうした主張を<br />

許してはならない (fraus omnia corrumpit)。詐欺的行為は権利の基礎とはなり<br />

得ない。」<br />

「詐欺的な所有とは、要するに特許の出願前に特許権者から発明を不法に盗用<br />

したか、詐欺的に盗用したために、その発明を所有するに至った場合である。」<br />

所有者が発明者から発明を正当に譲り受けた証拠を提出できない場合も同様<br />

である。この点については、裁判所も Re BOBAULT and MIDIS-NETTOBUS 対 ALVAN<br />

BLANCH FRANCE, ONET and PRODIM 事件(パリ大審裁判所、1992 年 1 月 15 日)[判<br />

例 23]において以下のような判断を下している。<br />

-79-


この事件で「所有者」は、発明者から機械を製造するための情報を入手し、こ<br />

れがその後、企業の名で出願された特許となり、特許にはその企業が発明者と記<br />

載されていた。裁判所は、「発明者が情報の伝達された日に発明を有すると主張<br />

するところの(発明を保護する特許を自己の名前で出願する権利をも含めた) 権<br />

利を放棄した証拠が提出されていない。」とした。<br />

その結果、裁判所は、被告が誠実に先所有した証拠を十分に確実な形で提出し<br />

ていないと判示し、先所有権を認めなかった。<br />

もっとも、この判決では、被告が製造図面により、特許の対象となっている発<br />

明を実施(製造)したときに発明者の請負業者として位置づけられるものであっ<br />

たかどうかという点がかなり曖昧にされており、裁判官は当事者が提起したこう<br />

した問題について考慮しなかった。<br />

当該問題について以下のような判例がある。<br />

LABORATOIRE INNOTHERA 対 LABORATOIRES DOMS-ADRIAN 事件(パリ大審裁判所、2001<br />

年 3 月 9 日)[判例 28]<br />

裁判所は、1994 年 9 月 23 日(出願日)時点で研究所 DOMS-ADRIAN には発明に関<br />

する正確かつ完全な知識があったと述べた。同研究所は 100 分法製法を所有して<br />

おり、またこれを販売できる状態にあり、特許が出願される前に Iprad 社からこ<br />

の錠剤を製造するための工業的製法を何の制限もつけずに伝えられていたとし<br />

て、裁判所は発明の創作者である Iprad 社から発明を正当に受け取った研究所<br />

DOMS-ADRIAN に先所有権を認めた。<br />

Jürgen Fritz EIDMANN 対 SA STRULIK,Wilhem Paul STRULIK et SARL STIK<br />

INDUSTRIES 事件(パリ大審裁判所、2000 年 5 月 31 日)[判例 27]<br />

裁判官は、MEALIK (新名称 SA STRULIK) が特許権者との契約関係に基づいて<br />

発明を取得した以上、同社に 3-7 条が適用されないと判示した。<br />

この判決に対して破毀申立がなされ(破毀院、2006 年 4 月 25 日)[判例 37]、<br />

破毀院は、2004 年 3 月 17 日付のパリ控訴院の判決に対して提起された破毀申立<br />

を棄却したため、当該判決は確定した。<br />

-80-


問8 先所有権を有することの立証の際、具体的に発明の所有をどう証明してい<br />

るか。<br />

例えば、発明者の氏名、先所有を主張する当事者がその発明を認識するよう<br />

になった経緯、日付 (及び時間) などをどう証明しているか。<br />

(1)先所有権を有することの立証手段としてどのようなものがあるか<br />

知的財産法典第 613-7 条の下での先所有権は、文書、図面、証言など、事実<br />

を証明し、裁判官を確信させ得る法で認められたあらゆる手段で立証することが<br />

できる。<br />

立証に際しては、所有した日と所有していた内容について確実に立証しなくて<br />

はならない。<br />

発明の所有者が、先所有による抗弁を認める判決を勝ち取り、特許権者が提起<br />

した侵害訴訟を退ける可能性をできる限り高めるためには、発明の所有に関する<br />

証拠を「公的な」証明手段で立証することが望ましい。<br />

「公的な」証明手段<br />

通常の立証手段として、明細書と図面を同封したソロー封筒 5 を産業財産庁に<br />

提出する方法がある。<br />

しかし、次のようにソロー封筒を提出できない場合もある。<br />

- ソロー封筒の厚みが (仕切られた 2つの部分のそれぞれに 7ページの書類を<br />

入れた場合に相当する) 5 ミリを超える場合。<br />

- ソロー封筒に段ボール紙、ゴム、皮革、木材、ホチキスなど、封筒の穿孔を<br />

妨げるような硬い材料が同封されている場合。<br />

発明を何ページもの図面で詳細に記載している場合にはソロー封筒に同封す<br />

る内容の制限が障害となる場合も多い。<br />

また他の「公的な」証明手段としては次のようなものがある。<br />

・ 執行吏(huissier de justice) 6 に対する報告に明細書及び図面を添付する方<br />

法。<br />

・ 明細書及び図面を入れた封筒を公証人に提出し、公証する方法。<br />

5 ソロー封筒については、知的財産法典規則第 511-6 条に規定されている。<br />

「上記の登録簿の保管から引き出される証拠を補うため、関係当事者は、創作日の優先性を確認しよ<br />

うとする意匠について同一の写を2つ作成し、かかる2つの写を産業財産庁に送付することができる。<br />

産業財産庁は、受領日を記入及び穿孔した後、係る写のうちの一方を送付者に返却し、もう一方を自ら<br />

の記録保管所において保管するものとする。」<br />

6 執行吏は、フランスにおいて裁判上又は裁判外の送達、判決や公正証書などの強制執行の他、裁判所<br />

の命令又は当事者の請求により、自己の認定した事実を記載する認定書(constat)を作成する権限を<br />

有する。この認定書は事実に関する情報としての価値しかなく、反証の余地があるとされる。<br />

-81-


他の立証手段<br />

証拠を形成するための最も安価な方法は、創作者が明細書を同封した封書を自<br />

分宛てに書留で送り、これを開封したり、内容を変更したりせずに保管する方法<br />

である。この書留郵便を利用した方法は、その保管状況に対する疑いを解消でき<br />

れば、封書の日付と内容について証明する確実な手段となる。<br />

特許関係の法律事務所で保管されていた明細書を、発明を所有していた証拠と<br />

して採用した判例もある。また、創作者が第三者に送付した書簡や送り状などの<br />

文書、設計図や研究ノートなど、創作者の社内文書も、証拠として採用される可<br />

能性がある。もっとも、裁判所が、こうした立証手段では日付、内容、あるいは<br />

その両方の証拠として不十分であると判断する危険性もある。<br />

(2)先所有を有することの立証手段として用いられた証拠について、証拠能力の<br />

有無をどのように判断するのか<br />

前述のように、日付及びその内容に確実性があれば、先所有の証拠としてどの<br />

ようなものでも提出できる。<br />

- ソロー封筒、<br />

- 執行吏への報告に添付した明細書そして又は図面、または<br />

- 公証人により公証された明細書そして又は図面<br />

を証拠とした場合には日付には確実性がある。<br />

このような場合には、残るのは明細書及び図面等の内容の確実性をめぐる問題<br />

だけである。<br />

これ以外の立証手段によって証拠を提出した場合には、日付と内容の両方につ<br />

いて、その確実性を証明しなくてはならない。例えば第三者に送付した書簡、送<br />

り状及び文書の場合にこうした問題が生じる。<br />

立証する内容については、第三者が後に出願した特許の対象となっている発明<br />

に関する完全かつ正確な知識があったことを証明できることが要件となる。<br />

(3)先所有の立証について定めたガイドラインや規則は存在するか<br />

先所有の立証について定めたガイドラインや規則は存在しない。先所有を証明<br />

するためには事実を証明するために法の下で許される一切の立証手段が利用で<br />

きるため、判例は、先所有を主張する人々が裁判所に様々な証拠を提出した事例<br />

を示している。<br />

-82-


この問題について関係する判例及び学説を以下に記す。<br />

(判例) 7<br />

VAQUIER and VERON, receiver in this capacity 対 LIESSE 事件(サンス民事裁<br />

判所、1923 年 5 月 16 日;パリ控訴院、1928 年 12 月 12 日)[判例 6]<br />

食肉処理業者向けの装置を製造・販売する専門業者であった控訴人 Liesse は、<br />

当業者がその対象を実施できる程度にこれを設計し、その計画と図面を準備して<br />

いたと認定して、先所有権が認められた。<br />

ONDE and GUERIN 対 Sté An. SAVIEM 事件(セーヌ大審裁判所、1966 年 12 月 1 日)<br />

[判例 10]<br />

特許出願前に出願人の装置と類似の装置を設計していたことを立証するため<br />

に様々な計画書が提出された。<br />

裁判所は、「JL 17 Somua シャーシー用パワー・ステアリング・プロジェクト -<br />

1954 年 6 月 14 日」と記載された計画書が、特許権者の利用しているものと全面<br />

的に同等な仕組みを示していると認定した。この計画書に記載した日付の信憑性<br />

に異議が申し立てられたが、裁判所は、争点となった計画書の署名が本当に創作<br />

者の署名であることを明確に証言する創作者他 2 名の証言があり、記載されてい<br />

る日付及び情報を裏付けていると認定した。<br />

したがって、裁判所は、先行する個人的所有の証拠を適正に提出したと判示し<br />

た。<br />

(学説)<br />

AIPPI 議題 89D(1989 年アムステルダム総会)に関するフランス部会の報告(AIPPI<br />

年報 1988/V、124 頁)<br />

「フランスの判例では、主張されている先所有が必然的に私的かつ内密である<br />

点を考慮して、外部の組織との公式なやりとりだけでなく、所有者の社内資料も<br />

証拠として採用し得ることを認める一方、立証手段として社内文書を使う場合に<br />

は、この日付や内容が確かであり、偽りがないものしか認めていない。」<br />

P. MATHELY, Le Droit Français des Brevets d'Invention, p.351<br />

「証拠の提出方法:<br />

先所有は事実問題であり、したがってこれをあらゆる手段で証明することがで<br />

7 いずれの判決も、1968 年法が制定されることで先所有権規定がフランス法に導入される前に出され<br />

たものであるが、先所有の立証手段という点ではその後の判例法と一致していると考えられるので紹介<br />

する。<br />

-83-


きる。立証手段に十分な確実性がありさえすればよい。」<br />

A. CHAVANNE & J.J. BURST, Droit de la Propriété Industrielle, p.252<br />

「単なる知識では、権利を認めるための根拠として薄弱過ぎるため、単なる文<br />

書又は単なる証言を、任意の者が特定の日に発明に関する正確な知識を備えてい<br />

た証拠として採用することは危険である。こうした危険性を取り除くためには、<br />

単なる知識以上のものを要求する必要がないだろうか。証拠に対して極めて厳格<br />

な姿勢をとることでこの目的を達成することができ、そのための最も妥当な手段<br />

がソロー封筒であろう。<br />

いずれにしても、不正確な文書又は先所有権を主張する者の被用者が作成した<br />

文書を先所有の証拠として採用することはできない。<br />

これとは対照的に、発明が記載された書類を特許弁護士に渡した場合には十分<br />

な証拠となる。しかし、発明を公証人に提出するか、ソロー封筒を使えば、争う<br />

余地のない立証手段となる。」<br />

-84-


[4]判例要旨一覧<br />

[判例 3]<br />

[事件名]<br />

Petit 対 Rouillon 事件<br />

[判決日]<br />

1878 年 4 月 13 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

発明者との日頃の人間関係に基づき、その発明に関する技術思想を保有した者<br />

については、その先所有権は認められない。<br />

[事件の経緯]<br />

ブラシ穿孔業を営んでいた Petit は、木材及び金属穿孔機に関する発明を為し<br />

たが、その穿孔機に関する秘密を保持するため、その各部品を複数の工房で製造<br />

を行い、ある一人の従業員が組み立てを行っていた。1877 年 9 月 30 日まで同部<br />

品工房の旋盤工であった Rouillon は、Petit との日頃の人間関係から、その穿<br />

孔機の構造を聞き出し、Petit が発明した穿孔機類似品を製造した。Petit は、<br />

Rouillon がこの類似品を製造していること知った後、1877 年 10 月 26 日特許を<br />

取得した。その後、Petit は、Rouillon を特許権侵害罪でセーヌ軽罪裁判所に告<br />

訴した(筆者注:旧刑事訴訟法典では私訴が可能であった。)。セーヌ軽罪裁判所<br />

は、「Rouillon が、Petit との日頃の人間関係を利用して、穿孔機の構造を聞き<br />

出し、類似製品を製造した」こと及び「Roullion が Petit よりも先に特許発明<br />

を完成させたと証明できない」との理由で Rouillon を特許権侵害罪(1844 年法<br />

40 条及び 43 条)に処した。<br />

その後、Rouillon が控訴した。しかし、パリ控訴院は、第一審と同じ理由に<br />

基づき、第一審を支持した。<br />

-85-


[判例 6]<br />

[事件名]<br />

VAQUIER and VERON, receiver in this capacity 対 LIESSE 事件<br />

[判決日]<br />

1928 年 12 月 12 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

侵害訴訟の根拠となった特許の出願前にその発明を私的に所有していた事実<br />

は、任意の立証手段により、これを立証することができる。発明を製造若しくは<br />

使用していなかった場合でも、個人的所有が確実かつ明瞭であれば、その事実を<br />

引用することができる。特許の出願前に被告が設計し、被告の指示に従って実施<br />

した図面も証拠となり得る。<br />

提出された事実それ自体に関連性及び蓋然性があり、侵害の容疑者による何ら<br />

かの先所有の正当性の根拠となる場合には、裁判所は請求された調査を行わなく<br />

てはならない。<br />

[事件の経緯]<br />

Vaquier 氏は肉挽き機に関する特許を 1915 年 9 月 30 日に出願した。彼はこの<br />

特許に基づき、Liesse 氏に対する侵害訴訟を提起した。被告は、Vaquier 氏の特<br />

許の対象となっている装置を着想し、自らが作成した設計図に従って実施計画を<br />

作成するよう J 氏に依頼したところ、Vaquier 氏の友人であった J 氏は、装置の<br />

計画を Vaquier 氏に伝え、これにより Vaquier 氏が特許を出願することでその発<br />

明を盗用すること、その後に Liesse 氏が製作した装置を押収すること、Liesse<br />

氏に対する訴訟を提起すること、Liesse 氏を侵害で不法行為にすることが可能<br />

になったと主張した。<br />

Liesse が私的所有を申し立てたのに対して、サンス民事裁判所は Liesse が発<br />

明を公然と所有していなかったこと、また結局はいかなる装置も製作しなかった<br />

ことを理由にこの主張を退けた。<br />

さらに同裁判所は、Vaquier が特許を出願する以前の段階において、Liesse<br />

には計画及び図面しかなかったとする主張に基づき、Liesse が自らの私的所有<br />

-86-


を立証するために請求した調査を命じることを拒絶した。<br />

こうした判決に対し、Liesse はなかんずく、Vaquier の開始した訴訟が不当で<br />

あることを理由に控訴し、再び発明の個人的所有を主張し、調査によってこれを<br />

証明したいと主張した。<br />

控訴院は、ある発明を個人的に所有していたとみなされるためには当業者がそ<br />

の対象を実施できる程度にこれを設計し、その計画と図面を準備すればよく、こ<br />

の点については一般的に認知されていると述べた。<br />

その上で、控訴院は、食肉処理業者向けの装置を製造・販売する専門業者であ<br />

った控訴人 Liesse の場合がまさにこれに該当すると判示した。Liesse は何年も<br />

前にこの発明を着想し、自分の図面に基づいた実施計画の作成を第三者である J<br />

氏に委託した。J 氏は、その後これを不正に Vaquier 氏に伝達したところ、Vaquier<br />

氏が問題の特許を急いで出願したことを認めている。<br />

-87-


[判例 8]<br />

[事件名]<br />

Altweg,Delaye,Sté Della,Ets Altweg 対<br />

Sté Concessionnaire du Dr Rasurel,Dame,Anav 事件<br />

[判決日]<br />

1960 年 5 月 25 日<br />

[裁判所名]<br />

リヨン控訴院<br />

[判示事項]<br />

特許侵害とされた製品が、特許出願日より前に公知ではなく、かつ試作品の段<br />

階では、特許権に対する先行性を有しない。<br />

現実に特許製品が生産販売されているならば、先所有権が認められる。<br />

先所有権は、特許発明の生産者及びその特許製品の販売者の利益のみに対する<br />

権利であり、特許権侵害訴訟への抗弁権である。<br />

[事件の経緯]<br />

Altweg,Delaye 及び Sté Della,Ets Altweg(以下、Altweg 等)は、1950 年 3<br />

月 17 日の出願に基づく、女性用下着に関するそれぞれ特許権者及びその実施権<br />

者である。Altweg 等は、Sté Concessionnaire du Dr Rasurel,Dame,Anav(以下、<br />

Sté Concessionnaire du Dr Rasurel の略称である、S.C.D.R 等)を、自らの特<br />

許権を侵害しているとして、損害賠償等を求めて、提訴した。<br />

第一審であるリヨン民事裁判所 1957 年 6 月 4 日判決は、Altweg 等の特許は新<br />

規性がないとして、この特許は無効であるから、Altweg 等の請求はその根拠が<br />

ないと判示した。その後、Altweg 等が控訴した。<br />

控訴審であるリヨン控訴院 1960 年 5 月 25 日判決は、まず、Altweg 等の特許<br />

の有効性について、原審を覆してその有効性を認めた。その有効性を前提に、<br />

S.C.D.R 等の特許権侵害行為については、「S.C.D.R は、1950 年半ばまでは、特<br />

許製品の試作段階にとどまっており、その試作品は、市場に置かれたものではな」<br />

く、「このような試作品の生産が、S.C.D.R の個別利益に対する先所有権を構成<br />

するならば、特許権の価値を減少させることになるゆえ、この生産を特許権に対<br />

する先行性を有するものと考えることはできない。」「しかしながら、この<br />

-88-


S.C.D.R による生産は、S.C.D.R 等に対する請求を棄却させる」。したがって、「控<br />

訴人の請求は、権利の濫用であると考えられる」として、S.C.D.R 等の生産及び<br />

販売について特許権の侵害責任を問わなかった。<br />

-89-


[判例 9]<br />

[事件名]<br />

SARL Ets. POTEZ 対 Sté an. AIRFLAM 事件<br />

[判決日]<br />

1966 年 11 月 7 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

個人的所有は、法により 1) 特許の対象と個人的所有の対象との類似性が明瞭<br />

に立証され、2) 個人的所有を主張する者が、研究及び試験段階にはなく、発明<br />

を実質的には実施していなかったとしても、少なくともただちにそうできる状態<br />

にあった場合にのみ、その程度に応じてしか認められない。<br />

計画書から判断して、個人的所有を主張する者の装置と特許された装置とが異<br />

なる場合、個人的所有は立証されない。<br />

[事件の経緯]<br />

Airflam 社は、1958 年 5 月 2 日に出願され、1959 年 5 月 19 日に特許を付与さ<br />

れた「タンクを備えたキャブレター及びサーモジェネレーターの改良」に関する<br />

フランス特許第 1,195,532 号を所有する。<br />

同社では、この特許により、「ジェネレーター・フィード・タンクがこの装置<br />

の一方の側壁を構成し、このタンクが記載した実施例に応じてデータの側面に適<br />

用したエンボスの形状により構成されるような発明が保護される」と主張した。<br />

Airflam 社が提起した侵害訴訟の被告となった Potez 社は、特許の無効を主張<br />

し、併せて 1953 年 1 月 27 日の日付が記載された計画書第 4000 号に基づいて<br />

Airflam 社の発明を私的に所有していたと主張した。<br />

この私的所有と特許発明との一致度についてみた場合、「計画書第 4000 号」に<br />

よれば、Potez 社が設計した装置の場合には、タンクが装置の壁面の一部を構成<br />

せず、むしろケーシングに挿入された形になっていた。これとは逆に、特許発明<br />

の場合には、タンクが装置の壁面の一部となっていた。<br />

このため、裁判所では、計画書第 4000 号に記載された装置と、Airflam 社が<br />

クレームに記載した装置とが、類似であることを Potez 社が立証していないと判<br />

-90-


断した。<br />

その結果、裁判所は、上記の[判示事項]に記載した先所有のポイント 2) に<br />

ついて検討せずに、こうした所有を示す証拠が提出されていないと判示した。<br />

-91-


[判例 10]<br />

[事件名]<br />

ONDE and GUERIN 対 Sté An. SAVIEM 事件<br />

[判決日]<br />

1966 年 12 月 1 日<br />

[裁判所名]<br />

セーヌ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

特許発明を再現するための計画が存在し、創作者がこれに日付を記入、署名し、<br />

この計画の信憑性を誰も疑わない場合には、侵害訴訟の対象とされた者が、引用<br />

された特許の出願前に発明を所有していた事実の証拠となる。<br />

[事件の経緯]<br />

Onde 氏及び Guérin 氏は、1955 年 5 月 3 日に出願され、1956 年 7 月 16 日に特<br />

許された「自動車用パワー・ステアリング」という表題の発明のフランス特許第<br />

1,125,584 号の所有者である。特許権者が Saviem 及び Westinghouse の両社を特<br />

許侵害で訴えたところ、両者は主にこの特許が無効であると主張した。<br />

Somua 社の権利を全面的に継承した Saviem 社は、副次的に、Somua 社の研究部<br />

門が 1954 年及び 1955 年に計画書を作成していたため、出願人が特許を出願する<br />

前に当該発明を同社が所有していたと主張した。その上で、Onde-Guérin 特許の<br />

前に Somua 社が JL 17 タイプのトラックに装着する目的で出願人の装置と類似の<br />

装置を設計していたことを立証するために訴訟手続の過程で様々な計画書を提<br />

出した。<br />

裁判所は、「JL 17 Somua シャーシー用パワー・ステアリング・プロジェクト -<br />

1954 年 6 月 14 日」と記載され、署名された計画書が、ステアリング・バーの外<br />

側にアクチュエータがあり、その下にあるディストリビューターを支援するよう<br />

なサーボアシスト・ステアリング装置を扱っており、したがってこの計画書が、<br />

Onde 氏及び Guérin 氏の利用しているものと全面的に同等な仕組みを示している<br />

と認定した。Onde 氏及び Guérin 氏は、Saviem 社がこの計画書に記載した日付の<br />

信憑性に異議を申し立てたものの、裁判所は、争点となった計画書の署名が本当<br />

に創作者の署名であることを明確に証言する創作者他 2 名の証言があり、記載さ<br />

-92-


れている日付及び情報を裏付けていると認定した。<br />

したがって裁判所は、Saviem 社が先行する個人的所有の証拠を適正に提出し<br />

たと判示した。<br />

-93-


[判例 11]<br />

[事件名]<br />

S.I.C.A(Sté d’Imprimerie et de Cartonnage Artisrique)対<br />

Leuisere(Dame),Kemmel(Sté Cholat)et CA JO FE(S.A)事件<br />

[判決日]<br />

1971 年 6 月 23 日<br />

[裁判所名]<br />

リール大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

先所有の証明は、その方法の如何を問わない。<br />

[事件の経緯]<br />

チョコレートを収納する箱に関する特許権者が、その箱と同一視される技術思<br />

想及び構造を有する箱の販売を行っていた者に対して特許権侵害で提訴した。<br />

リール大審裁判所は、被告が、この特許出願の前に、善意でこの特許製品を販<br />

売していたことを証言及び状況証拠をもって証明したので、先所有権の主張を認<br />

めた。<br />

-94-


[判例 15]<br />

[事件名]<br />

PONT-A-MOUSSON(S.A)対 LARRIEU-BEDIN « LA GIRONDINE »(S.A Ets)事件<br />

[判決日]<br />

1976 年 7 月 2 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

先所有権は、特許発明の技術的均等(等価)の範囲まで認められる。<br />

[事件の経緯]<br />

1969 年 4 月 26 日、PONT-A-MOUSSON は、瓶等充填装置に関する特許出願をした。<br />

その後、1972 年 11 月 30 日、PONT-A-MOUSSON は、LARRIEU-BEDIN を自らの特許<br />

権を侵害したとして提訴した。第一審において、LARRIEU-BEDIN は、自ら発明を<br />

し、1966 年 7 月に販売した、瓶に栓をする機械は、PONT-A-MOUSSON の特許発明<br />

と技術的に均等(等価)であるから、先所有権を有すると主張した。<br />

PONT-A-MOUSSON の特許発明は、<br />

「空瓶を充填し、プラスティックの蓋で栓をする装置である。<br />

この構造は、(1)空瓶を直線の輸送鎖で運び、その後、適切な距離を維持できる<br />

よう、切り込みのある第一の星印(étoile)で支えられる。<br />

(2)この星印は、自転して、回転装置の上に瓶を誘導する。それぞれの瓶の上<br />

部は、澱引きの口に置かれる。この最後の行程は、回転装置の上にある瓶が回っ<br />

ている間に行われる。<br />

(3)回転の終わりに、瓶は、一瓶一瓶、回転盤の回転と連動した第二の星印に<br />

進む。第二の星印では、栓が為された後、瓶を輸送ラインから外す別の直線輸送<br />

鎖の上に運ばれる。<br />

(4)本発明の方法は、あらかじめ、瓶を輸送ラインから外す直線輸送鎖の上に<br />

ある瓶の輸送路に先立って、適切な装置を用いて、第二の星印の上で打栓をする<br />

ことからなる。<br />

-95-


(5)口金はこの第二の星印の上に届き、放出口及び吸引風の助けを借りて、そ<br />

れぞれの瓶まで運ばれる、単純軽快な垂直操作でこれらの操作は可能である。<br />

(6)本発明の成果は、内容物充填終了後の速やかな瓶の打栓である。瓶の内容<br />

物がこぼれず、かつ打栓の際、不純物が混入しない。また、それぞれの瓶が、充<br />

填輸送の際、渋滞することがほぼ無いということ」である。<br />

一方、LARRIEU-BEDIN の発明は、<br />

「(1)放出口を伴った、十文字・自動打栓装置は、高い位置に備え付けられたタ<br />

ンクから口金を投下させるものである。<br />

(2)真空状態を利用して、排水孔をつくり、口金を捉えその位置を維持させる。<br />

(3)打栓は、回転板の上にある十文字との接点を通り越した後、一度、瓶が打<br />

栓位置に戻った後に行われる」ものである。<br />

裁判所は、「LARRIEU-BEDIN の発明は、一つ一つ口金を、放出口を介して、投<br />

下するものである。一方、PONT-A-MOUSSON の特許発明では、口金は、ある仕掛<br />

けによって、吸い上げられて、しかるべき位置に置かれる。」「確かに、これら発<br />

明には、形式上、違いがあるが、同様な効果をもたらすための機能は同一である<br />

から技術的には等価である。」「さらに、6 頁の『A点から』で示されているとお<br />

り、排水孔によって捉えられている栓は瓶の首の上に位置付けられた後、レバー<br />

操作による累進的振動によって押し込まれることから、PONT-A-MOUSSON の特許<br />

は、打栓がまさに回転盤と星印との接点で行われることを少しも想定するもので<br />

はない。」「すなわち、PONT-A-MOUSSON の特許では、打栓は、星印からの軌道の<br />

真ん中で終了する・・・」<br />

さらに、「請求項 11 が、栓の捕捉及び打栓の構造それぞれが澱引きする瓶の口<br />

に同軸であることを指すのであれば、この請求項は、付与された特許の範囲外に<br />

まで及ぶことになり、したがって、LARRIEU-BEDIN が主張するように、排除しな<br />

ければならない。」「LARRIEU-BEDIN の行為より後で公開され、かつ、付与された<br />

特許の範囲よりも拡張して主張された、この請求項は、LARRIEU-BEDIN には対抗<br />

できない。」と判示し、LARRIEU-BEDIN の先所有権を認めた。<br />

-96-


[判例 16]<br />

[事件名]<br />

Bertoncini(Marcel)対 Sage(Jacques)事件<br />

[判決日]<br />

1979 年 3 月 14 日<br />

[裁判所名]<br />

マルセイユ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

先所有権の主張が認められるには、その発明を十分に掌握していたことを証明<br />

する必要がある。<br />

[事件の経緯]<br />

車両のサスペンションに関する特許権者である Bertoncini が、Sage を自らの<br />

特許権侵害で提訴した。<br />

この特許出願より前に Bertoncini と類似のサスペンションの発明に関する書<br />

類をソロー封筒にて産業財産権庁に送付していた。しかし、Sage が記したサス<br />

ペンションの発明に関する書類では、この発明に関しわずか 3 行でしかその説明<br />

は為されていなかった。また、この書類に記載されたサスペンションの図では、<br />

その構造及びその利用条件を理解するには不十分なものであった。<br />

マルセイユ大審裁判所は、Sage が Bertoncini の特許出願より前に、特許発明<br />

につき十分にその技術について掌握していたとは証明できないから、Sage の先<br />

所有権の主張を認めなかった。<br />

-97-


[判例 17]<br />

[事件名]<br />

AKORAM HOLDING(Luxemburg)対 CERCOMAT, DUMEZ, SICET (Italy) & al.事件<br />

[判決日]<br />

1982 年 1 月 21 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判事事項]<br />

1968 年 1 月 2 日の法律の第 31 条他によれば、個人的所有は、実際にこの法律<br />

が適用される領域(すなわち、フランス)において行われる活動に関連している<br />

が、一方本件訴訟では、SICET 社は、当該特許の出願日においてイタリアにおい<br />

て活動していた。<br />

Akoram Holdings 社により、部品の連結装置に対する特許に関連して提起され<br />

た侵害訴訟の被告たる SICET 社が主張した先所有権については、根拠がないと判<br />

断されなければならない。<br />

[事件の経緯]<br />

AKORAM HOLDING 社は、様々な企業に対して侵害訴訟を提起したが、その中で<br />

もイタリア法の適用を受ける SICET 社に対しては、1965 年 3 月 1 日に出願した<br />

フランス特許第 1425834 号に基づいて訴えた。<br />

SICET 社は、当該特許による保護を受ける発明に関連する写真、宣誓書、図面<br />

を判事に提出し、当該発明の先所有者であることを証明しようとし、それができ<br />

なければ当該発明を特許の出願日前に開示していたことだけでも証明しようと<br />

した。<br />

判事は、いずれの論証も棄却した。判事は、先所有権に関しては SICET 社は特<br />

許の出願日の時点にイタリアにおいて活動していたと宣言し、発明の開示に関し<br />

ては SICET 社から提出された文書はその日付及びその真正性について十分でな<br />

いと述べた。<br />

したがって、判事は、SICET 社はフランス特許第 1425834 号を侵害する行為を<br />

侵したと宣言した。<br />

-98-


[判例 19]<br />

[事件名]<br />

Parrochina(Maxime)対 Polypak(Sté de droit italien) et Huzarski(Marcel)事<br />

件<br />

[判決日]<br />

1986 年 2 月 18 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

フランスにおいて先所有していた場合のみ、先所有権が認められる。<br />

先所有権容認について、輸入は「所有」に該当しない。<br />

[事件の経緯]<br />

Parrochina は、1976 年 1 月 26 日に特許出願された鞄に関する特許権者である。<br />

Parrochina は、この鞄をイタリアからフランスに輸入していた Polypak 及びこ<br />

の鞄をフランスで販売を行っていた Huzarski に対して 1981 年 2 月 20 日に自ら<br />

の特許権を侵害しているとして、提訴した。<br />

Polypak 及び Huzarski は、主位的に Parrochina の特許は新規性が無いとして<br />

その無効を、予備的に Polypak は先所有権の援用を主張した。第一審のパリ大審<br />

裁判所 1984 年 4 月 19 日判決は、この特許権に関する有効性を確認した上で、先<br />

所有権につき、「Polypak は、1974 年の段階でイタリアからフランスに輸入を行<br />

っていたと主張」し、「Parrochina は、Polypak は当特許製品をフランスで生産<br />

していないと反論する」が、「1968 年 1 月 2 日法第 31 条(筆者注:先所有権の<br />

規定)に関していえば、先所有はフランスで為されている必要があ」り、また<br />

Parrochina の特許出願より前にフランスにおいて「当特許製品を生産していた<br />

という事実も認められない」と判示し、Polypak の先所有権を認めなかった。そ<br />

こで、Polypak 及び Huzarski が控訴した。<br />

控訴審であるパリ控訴院 1986 年 2 月 18 日判決は、第一審と同じくこの特許権<br />

に関する有効性を確認した上で、先所有権についても第一審と同じく「1968 年 1<br />

月 2 日法第 31 条は、明確にフランスにおける先所有を要求するものであ」り、<br />

当特許出願より前にフランスで当特許製品を生産していなかった Polypak に対<br />

-99-


して「フランスにおいて当特許発明を実施する権利を与えることはできない」と<br />

判示し、第一審を支持した。<br />

-100-


[判例 20]<br />

[事件名]<br />

POLYPAK (Italy)対 Mr PARROCHIA 事件<br />

[判決日]<br />

1987 年 1 月 18 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

申し立てられた先所有権が 1968 年 1 月 2 日の法律第 31 条により明示に求めら<br />

れているフランスにおいて起こった事実に由来するものであることを立証して<br />

いないことから、Polypak 社が申し立てた事実の正確さを確認する理由は全くな<br />

い。<br />

伝達された文書は、「他人による」特許の出願日前に Polypak 社が当該発明を<br />

実施していたことを立証しようとのみするものであるが、これは特許権者の権利<br />

に関して法的強制力を有する並行権を与え、この権利は製造していたことにより<br />

イタリアにおいて、また商品化していたことによりフランス以外の欧州諸国にお<br />

いてのみ認められるものである。<br />

したがって、正当に証明されたとみなすことができるとしても、この先所有に<br />

よって当該会社に対してフランス領域において特許の対象となっている発明を<br />

実施する権利を与えることはできない。<br />

[事件の経緯]<br />

PARROCHIA 氏は、1976 年 1 月 26 日に出願されたフランス特許第 7602493 号の<br />

所有者である。この特許を侵害したとして訴えられたイタリアの法律の適用を受<br />

ける POLYPAK 社は、イタリアにおいて生じた事実を証明する書類(手紙及び注文)<br />

に基づき先所有権を主張した。裁判所は、先所有権の適用を認めず、PARROCHIA<br />

氏の特許が有効であることを宣言し、かつこの特許が POLYPAK 社により侵害され<br />

たと述べたパリ大審裁判所判決を確認した。<br />

-101-


[判例 21]<br />

[事件名]<br />

SIGNAL VISION now company NEIMAN 対 AXO 事件<br />

[判決日]<br />

1989 年 3 月 31 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

1968 年の法律第 31 条は、特許権に対して実施可能とするためには、先所有が<br />

フランス領域において生じていなければならないと明示に規定している。<br />

したがって、上述の発言から AXO 社はイタリアの OLSA 社が作成した図面を利<br />

用することはできないが、これは特に同社自身が当該図面の所有者ではないため<br />

である。<br />

[事件の経緯]<br />

SIGNAL VISION 社は、1976 年 8 月 19 日に出願されたフランス追加特許の登録<br />

されたライセンシーである。<br />

同社は、この追加特許(及び同社が同様に登録されたライセンシーであった 2<br />

件のフランス特許、及び同社に所属する 3 つ目の特許)に基づき AXO 社を侵害訴<br />

訟により訴えた。<br />

AXO 社は、この追加特許のクレーム 1 に対して、新規性を損なうものとして先<br />

行特許 KAPP により反論する一方で、トゥリン(イタリア)に本社がある OLSA<br />

社が 1973 年 4 月 4 日に作成した図面により AXO 社の利益となる先所有が構成さ<br />

れるとして反論した。<br />

2 番目の反論に関して、判事は、OLSA 社が作成した図面は、個人的所有「行為」<br />

を構成し、OLSA 社はイタリアにおいてこれを利用することができるが、フラン<br />

スにおいては AXO 社の利益のために先所有権が成立することはできないと述べ<br />

た。<br />

また、この図面の AXO 社による合法な「所有」については証明されなかったこ<br />

とに留意しなければならない。<br />

したがって、AXO 社は、追加特許第 7625246 号の侵害により有罪を宣言された。<br />

-102-


[判例 23]<br />

[事件名]<br />

Bobault(Christian) et Midis-Nettobus(SA)対 Alvan Blanch France(SA),Onet et<br />

Prodim(SARL)事件<br />

[判決日]<br />

1992 年 1 月 15 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

特許発明につき善意の者のみに対して、先所有権が認められる。<br />

先所有権の援用を主張する者が、その特許発明につき善意であったことを立証<br />

する義務がある。<br />

[事件の経緯]<br />

Bobault は、1982 年 11 月 30 日に出願された、車両清掃に関する方法及びその<br />

物の特許権者である。Bobault は、Midis-Nettobus との間でこの特許権に関する<br />

独占的実施契約を 1985 年 2 月に締結した。その後、1990 年 2 月、Bobault 及び<br />

Midis-Nettobus は、Alvan Blanch France、Onet 及び Prodim を Bobault の特許<br />

権を侵害しているとして提訴した。<br />

Alvan Blanch France 、Onet 及び Prodim は、Bobault の特許は新規性がない<br />

としてその無効を、さらに Alvan Blanch France は先所有権の援用を主張した。<br />

裁判所は、まず、Alvan Blanch France の先所有権に関して、「先所有権は、そ<br />

の特許発明につき、善意の者のみに対して認めら」れ、「先所有権の援用を主張<br />

する者が、その特許発明につき善意であったことを立証する義務があ」る。この<br />

善意に関して、「Alvan Blanch France は、当該特許発明とは異なる、1982 年 5<br />

月 17 日に出願された特許発明と同一の物を生産する準備段階にあったと主張<br />

す」る。しかし、「Bobault は、その特許出願より前に、Alvan Blanch France<br />

に、その下請として当該特許製品を生産させるため、当該特許製品を手渡してい<br />

た」のであるから、「本件で問題となるのは、Alvan Blanch France が Bobault<br />

の下請であったかどうかであり、Alvan Blanch France が先所有権を援用できる<br />

かという問題ではな」い。したがって、「Alvan Blanch France が善意で当特許<br />

-103-


発明を先所有していたとは証明できないから、その先所有権の援用は認められな<br />

い」と判示した。<br />

なお、裁判所は、Bobault の特許の一部は新規性がないとして、その一部につ<br />

いては無効と判示した。<br />

-104-


[判例 24]<br />

[事件名]<br />

SA Laboratoires d’etudes et de recherches Chimiques(Lerc)対 SA Jarouy et<br />

Me Barionnie 事件<br />

[判決日]<br />

1996 年 3 月 13 日<br />

[裁判所]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

先所有権を援用する技術範囲は、特許発明と同一の技術範囲である。<br />

先所有権の譲渡は、営業権買収のみならず、その営業に必要な設備の買い受け<br />

も必要となる。<br />

[事件の経緯]<br />

1977 年 5 月 31 日出願の船のマストに関する特許権者である SA Laboratoires<br />

d’etudes et de recherches Chimiques(以下、Lerc)は、この特許発明にかか<br />

るマストを製造販売していた Jarouy を特許権侵害で提訴した。Jarouy は Lerc<br />

の特許は新規性又は発明活動性が無いとして、その特許の無効を主張した。第一<br />

審であるパリ大審裁判所 1995 年 1 月 26 日判決は、Lerc の特許の有効性を確認<br />

した上で、Jarouy の特許権侵害を認定した。そこで Jarouy とその裁判所選任の<br />

管理人である Barionnie が控訴した。<br />

控訴審において、Jarouy らは、第一審と同様、Lerc の特許無効の主張をし、さ<br />

らに Jarouy がこの特許出願より前に、周知の事実として、防衛省と Jardillier<br />

との間で商業化協定が締結され、その後 Jarouy が Jardillier のマスト及び支<br />

柱部門を買収したのであるから、Jarouy も先所有権を有するとしてその援用を<br />

主張した。パリ控訴院 1996 年 3 月 13 日判決は、先所有権について「Jarouy は、<br />

1976 年 6 月 4 日の防衛省と Jardillier との間で商業化協定が締結され、その後<br />

Jarouy が Jardillier の マ スト及び支柱部門を買収したのであるから、<br />

Jardillier が有していた先所有権も Jarouy に譲渡されたと主張する」が、そも<br />

そも証拠によれば、「Jardillier のマストと Lerc のそれとは構造が異なる」ゆ<br />

え、「Jardillier が、Lerc が有する特許発明と同一の発明を先所有していたと<br />

-105-


いう証拠を示すものはな」い。したがって、「Jardillier が Jarouy にその先所<br />

有権を譲渡したという Jarouy の主張はその根拠を欠」く。<br />

また、先所有権の譲渡と営業権の買収との関係について、Jardillier はその<br />

会社清算を行っているが、「Jardillier の管財人は、1990 年 3 月 15 日にその会<br />

社清算に当たって、そのマストや支柱製造に必要な設備を Lerc に売却」し、「1992<br />

年 11 月 9 日に同じく Jardillier の管財人が、Jarouy にその営業権を譲渡した」<br />

が、「その営業権の譲渡をもって Jarouy が現実にマストを生産できる方法を獲得<br />

しているわけではない」から、「Jarouy の先所有権援用の主張は認められない」<br />

と判示した。<br />

なお、控訴院は、第一審と同じく、Lerc の特許の有効性を確認した上で、Jarouy<br />

の特許権侵害を認定した。<br />

-106-


[判例 27]<br />

[事件名]<br />

Jürgen Fritz EIDMANN 対 SA STRULIK,Wilhem Paul STRULIK et SARL STIK<br />

INDUSTRIES 事件<br />

[判決日]<br />

2000 年 5 月 31 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

先所有権の主張には、その証明が必要である。<br />

[事件の経緯]<br />

Jürgen Fritz EIDMANN 及び Wilhem Paul STRULIK は、1977 年 11 月 8 日出願の<br />

バルブに関するフランス特許、及び 1982 年 5 月 8 日出願(優先日は 1981 年 6<br />

月 13 日)の通気口における火気遮断装置に関するヨーロッパ特許の共有者であ<br />

った。<br />

1981 年 12 月 2 日、Jürgen Fritz EIDMANN 及び Wilhem Paul STRULIK は、独法<br />

人 « Strulik-Eidmann Erfinder gesellschaft »を設立した。<br />

この法人を設立したものの、1993 年 10 月 8 日に、Jürgen Fritz EIDMANN 及び<br />

Wilhem Paul STRULIK は特許権の共有の下、これら特許権の管理は行うが、これ<br />

ら特許製品の製造販売は行わないことを取り決めた。<br />

その後、1993 年 11 月 1 日に、Jürgen Fritz EIDMANN 及び Wilhem Paul STRULIK<br />

は、SARL STIK INDUSTRIES にこれら特許権に関する独占的実施権を許諾した。<br />

その後、独法人 « Strulik-Eidmann Erfinder gesellschaft »は解散し、新法<br />

人 « Strulik»が設立された。<br />

この 1993 年 11 月 1 日の契約に基づき、SARL STIK INDUSTRIES は、当該特許<br />

製品を製造販売した。ところが、Jürgen Fritz EIDMANN は、1993 年 11 月 1 日の<br />

SARL STIK INDUSTRIES に対する独占的実施権は、自らの許諾意思に基づかない<br />

ものであり、特許製品を製造販売している SARL STIK INDUSTRIES は、Jürgen Fritz<br />

EIDMANN の共有特許権を侵害しているとして、提訴した。<br />

裁判所は、まず、SARL STIK INDUSTRIES への独占的実施権について、「1993<br />

-107-


年 11 月 1 日の独占的実施契約は、知的財産法典第 613-29 条 d の要件を満足し<br />

ていない」とし、SARL STIK INDUSTRIES の独占的実施権を否定した。<br />

また SARL STIK INDUSTRIES が援用した先所有権の主張については、「特許出願<br />

以前に発明製品が販売されていた事実を証明する証拠が裁判所に提出されてい<br />

ない」として、SARL STIK INDUSTRIES の先所有権援用の主張を認めなかった。<br />

-108-


[判例 28]<br />

[事件名]<br />

LABORATOIRE INNOTHERA 対 LABORATOIRES DOMS-ADRIAN 事件<br />

[判決日]<br />

2001 年 3 月 9 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判示事項]<br />

特許発明に対して善意である限り、発明者でなくても、先所有権は認められる。<br />

[事件の経緯]<br />

LABORATOIRE INNOTHERA は、1994 年 9 月 23 日に特許出願したビタミンとカル<br />

シウムの配合薬の製造方法及びその利用に関する特許権者である。<br />

1996年 12月 14日の官報により、LABORATOIRE INNOTHERA は舌下錠の形態にて、<br />

自らの諸特許の特性をそのまま持つビタミンとカルシウムの配合剤の様相を呈<br />

している CALPEROS D3 薬の販売許可を、LABORATOIRES DOMS-ADRIAN が取得した<br />

ことを知った。<br />

そこで1997年4月14日、LABORATOIRE INNOTHERA は、LABORATOIRES DOMS-ADRIAN<br />

を自らの特許権侵害で提訴した。<br />

LABORATOIRES DOMS-ADRIAN は、LABORATOIRE INNOTHERA の特許発明は、発明<br />

が十分かつ明確に開示されておらず、また知的財産法典第 611-10 条、第 611-<br />

11 条及び第 611-14 条が示す特許性を有しないとの理由で特許無効の抗弁し、<br />

さらに、自らの先所有権の援用を主張した。<br />

裁判所は、先所有権について、「知的財産法典第 613-7 条は、『特許出願又は<br />

優先日より前に、善意で、特許対象の発明を保有する者すべては、特許の存在に<br />

もかかわらず、人的資格として、その発明を実施する権利を有する。なおこの条<br />

が認める権利は、その権利が付随しているところの営業財産、企業、又は企業の<br />

一部を伴ってのみ移譲される』と規定する」。また「法が示すとおり、いかなる<br />

者であれ、この権利を享受することができ、唯一必要な条件は先所有者が善意あ<br />

る者である。所有者が善意ある者であるのは、その発明を自ら成し遂げた時、又<br />

は、この場合のように、発明者から合法的に発明を知得した時である」。本事案<br />

-109-


において、「訴外 IPRAD は、1994 年 7 月 4 日に LABORATOIRES DOMS-ADRIAN に<br />

CALCIPRAT D3 錠の百分率法による成分配合と工業的製法とを提供」し、「IPRAD<br />

社は、LABORATOIRE INNOTHERA により特許出願された後、先に発明した者の権利<br />

を認めら」れ、また「LABORATOIRE INNOTHERA による特許出願日である 1994 年 9<br />

月 23 日に、LABORATOIRES DOMS-ADRIAN は当該発明に関する詳細かつ完全な知識<br />

を持ち合わせていた」との理由から LABORATOIRES DOMS-ADRIAN の先所有権を認<br />

めた。<br />

-110-


[判例 32]<br />

[事件名]<br />

Jotul France 対 Axis 事件<br />

[判決日]<br />

2003 年 5 月 20 日<br />

[裁判所名]<br />

破毀院商事部<br />

[判示事項]<br />

権利者である法人が吸収合併され、その後別法人を設立するなど、その発明に<br />

つき善意ではない場合は、発明者といえども、先所有権を主張できない。<br />

[事件の経緯]<br />

X は有限会社 CIB の代表者であり、ジョイント等に関する特許権者であった。<br />

しかし、CIB は、法人 Jotul France に吸収合併され、Jotul France がこのジョ<br />

イント等に関する特許権者となった。その後、X は、ジョイント等を製造販売す<br />

る法人 Axis を設立し、これらジョイント等の製造販売を行った。そこで、Jotul<br />

France は、Axis を自らの特許権を侵害するものとして、提訴した。<br />

第一審及び原審(リヨン控訴院 2001 年 9 月 6 日判決)の後、Axis が破毀申<br />

立を行った。<br />

破毀院は、まず、先所有権一般に関して、「先所有権の存在は、特許権者から<br />

提起されたことを基礎とする訴訟の体裁を奪うという本質から産まれる、特許権<br />

侵害全てからの免責である」と述べた。続いて、本件に関して、「この本質を鑑<br />

みると、X は自ら代表者を務めた有限会社を権利者として特許出願をしたこと、<br />

並びに今日まで X が本件につき善意ではないことには疑いがないという理由に<br />

より、X は、特許の発明者ではあるが、その人的資格による善意に基づく先所有<br />

権の援用をすることはでき」ず、「原審であるリヨン控訴院は適切に法の適用を<br />

行っている」として、Axis の先所有権を認めなかった。<br />

-111-


[判例 34]<br />

[事件名]<br />

CONCEPT K Ltd (Hong Kong)対 Mr. MOULIN 事件<br />

[判決日]<br />

2003 年 12 月 9 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ大審裁判所<br />

[判事事項]<br />

CONCEPT K は、本社を香港に置く英国法の適用を受ける会社であり、当該製品<br />

の製造のために協力した最初の会社である GENIUS LINK INTERNATIONAL 社もその<br />

本社を香港に置いていた。両社の間で取り交わされた通信からは、香港外で共同<br />

で協力を図った形跡はなく、したがって、当該の製品はフランス国外で開発され<br />

たことが立証されている。<br />

しかし、CONCEPT K 社から伝達された文書からは、MOULIN 氏の特許の出願日前<br />

に同社自らが当該発明をフランスにおいて開示していることが証明され、これに<br />

より、外国企業である Concept K 社に先所有権の適用が裁判所により認められた。<br />

[事件の経緯]<br />

CONCEPT K 社は、その保護を求める特許を出願しないで、ある製品を作成した。<br />

同社は、MOULIN 氏が 2000 年 6 月 20 日に出願したフランス特許の無効を求め<br />

る訴訟を起こし、当該特許により保護される発明に関する先所有権を申し立てた。<br />

判事は、次のように述べた。<br />

同社は、2000 年 6 月 20 日(Moulin 氏による特許出願日)の前に、フランス領<br />

域において同社製品の販売網が存在していたことを証明している。<br />

GENIUS LINK INTERNATIONAL 社は、遅くとも 2000 年 6 月 13 日には特殊キー付<br />

きの製品の開発を達成していたことが証明されている。これは、同日付で<br />

CONCEPT K 社に対して「ソフトウェア開発及び返金額計算を行うユーロ変換機の<br />

試作品の製造」とするインボイスを送付しており、他方では試作品 2 機を納品し<br />

ていることにより実証された。<br />

CONCEPT K 社は、2000 年 6 月 14 日にこの 2 機の試作品のうち 1 機をフランス<br />

所在の LGE COMMUNICATION 社に発送し、同社はこれを 2000 年 6 月 16 日に受け取<br />

-112-


った。これは、運送業者のインボイスにより、また同社のセールスマネージャー<br />

の宣誓供述書により証明されている。<br />

この同じ宣誓供述書は、2000 年 6 月 16 日に CONCEPT K 社の販売代理店がこの<br />

試作品の実演を行い、LGE COMMUNICATION 社により秘密保持契約への署名が行わ<br />

れたことを証明している。<br />

CONCEPT K 社は、フランスに本社を置く AMADEUS INTERNATIONAL 社との間でも<br />

2000 年 6 月 16 日にこの同じ商品(以前は「Europlus/Payback」と呼ばれていた)<br />

に関して秘密保持契約に署名している。<br />

最後に、同社の販売代理店は、この同じ日に私的な立場で、(オードセーヌ県)<br />

サンクルーの Prioult 氏にこの試作品の1つを実演し、同氏にこの実演について<br />

は「絶対に秘密」にするように要請している。<br />

さらに、2000 年 7 月 5 日に CONCEPT K 社がファクシミリにより GENIUS LINK<br />

INTERNATIONAL 社に試作品の改良の後でこれらへの変更を加えるための意見を<br />

伝えたならば、このファクシミリから、同社にはこの 2 つのモデルのうちの 1<br />

つを受け取る意思があったことになり、また、この変更は既に正しく機能してい<br />

ることが述べられている「返金方式」に関するものではなかったことになる。<br />

これらの事情に基づき、裁判所は、2000 年 6 月 16 日に CONCEPT K 社がフラン<br />

スにおいて独特の操作による返金機能を含むユーロの計算機-変換機の実験の<br />

過程にあったこと、及びこの特殊な機能を達成するために同社に代わって<br />

GENIUS LINK INTERNATIONAL 社により数か月間行われた調査が同日、すなわち、<br />

Moulin 氏の特許出願が提出される 4 日前に完了したことが実証されたと述べた。<br />

また、判事は、CONCEPT K 社の販売代理店と GENIUS LINK INTERNATIONAL 社と<br />

の間の 2000 年 4 月と 5 月の書簡のやり取りは、その後わずかな変更が加えられ<br />

たとはいえ、この計算機-変換機が当該特許の対象である発明を含むことを証明<br />

していると付け加えた。<br />

これにより、外国企業である Concept K 社に先所有権の適用が裁判所により認<br />

められた。<br />

-113-


[判例 35]<br />

[事件名]<br />

SA FORS FRANCE 対 Sté MW TRADING APS(Denmark)and al. 事件<br />

[判決日]<br />

2004 年 1 月 14 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

侵害訴訟においては、控訴人たる企業は先願したフランス特許出願に基づいて<br />

先所有権を主張し、他人に属し、かつ CD ディスク、音楽カセット又はビデオカ<br />

セットのケースのような平行六面体のケースに格納するための安全装置に関連<br />

する欧州特許により保護されている発明を合法に実施できるようにしようとし<br />

た。<br />

しかしながら、控訴院は、特に欧州特許のクレーム 1 の 2 番目の特徴が先のフ<br />

ランス特許出願には含められていないと述べた。<br />

その結果として、控訴院は、CPIL.613-7 条の条件が満たされていないとみな<br />

して、控訴人の主張を認めなかった。<br />

[事件の経緯]<br />

MW Trading APS 社は、フランスで有効な欧州特許第 0172460 号の権利者であ<br />

り、当該フランス特許のクレーム 1、2 及び 4 に基づき、FORS FRACE 社を侵害に<br />

より訴えた。<br />

FORS FRANCE 社は、当該特許の有効性に異議を申し立てていないが、同社が 1991<br />

年 7 月 9 日に申請したフランス特許出願第 9108600 号から生じる先所有権を主張<br />

した。<br />

控訴院は、当該発明の知的所有は全部でなければならないと述べた。これはす<br />

なわち、MW Trading APS 社に属する特許を構成し、クレームされているすべて<br />

の要素に関連するものでなければならないということである。<br />

本件訴訟においては、当該特許のクレーム 1 の 2 番目の特徴は、フランス特許<br />

出願第 9108600 号では開示されていないと思われる。<br />

また、フランス特許出願第 9108600 号に含まれていないクレーム 4 の内容につ<br />

-114-


いても、これと同様のことが言える。<br />

その結果として、控訴院は、FORS FRANCE 社は MW TRADING 社の特許にクレー<br />

ムされている発明の手段を所有している証拠を提示していないと判断し、FORS<br />

FRANCE 社を特許侵害により有罪とした第一審裁判所の判決を支持した。<br />

-115-


[判例 36]<br />

[事件名]<br />

OCTAPHARMA Ag (Switzerland)対 L’ASSOCIATION POUR L’ESSOR DE LA TRANSFUSION<br />

SANGUINE (AETS) & al. 事件<br />

[判決日]<br />

2006 年 1 月 11 日<br />

[裁判所名]<br />

パリ控訴院<br />

[判示事項]<br />

守秘義務及び被擬侵害人がライセンスを受けたノウハウに対して行ったすべ<br />

ての改良について後々の特許権者(Octapharma)に報告する義務により被擬侵害<br />

人が拘束されるライセンス契約から、被擬侵害人のノウハウの要素の知識が由来<br />

することを考慮して、被擬侵害人が必要な善意を主張できないことから、先所有<br />

権の適用は、却下されなければならない。<br />

これに対して、当該発明の所有は、特許の出願日前の日付をもって生じていな<br />

ければならない。本件では、控訴人(被告)は、自ら提示した「機密情報-方法<br />

の説明及び生産記録:ファクターVIII(Confidential Information-Description<br />

of process and production record : Factor VIII)」のタイトルの添付技術文<br />

書が 1986 年 3 月 27 日の特許出願日前に控訴人(被告)に伝達されたことの証拠<br />

を提示していない。その一方で、Octapharma 社は、1987 年の契約の添付技術文<br />

書を構成するこの文書には必然的に特許出願日以降の日付が付けられているこ<br />

とを主張しており、これに対しては反論がなされていない。したがって、控訴人<br />

(被告)は、当該発明の出願日前に特許の対象となった発明を構成するすべての<br />

要素について完全な知識があったことを証明していない。<br />

[事件の経緯]<br />

OCTAPHARMA 社は、1986 年 3 月 27 日に出願された欧州特許第 238701 号のフラ<br />

ンスにおける権利者であるが、同社は同特許の侵害について、様々な機関、その<br />

中でも OCTAPHARMA 社が 1986 年 3 月 4 日付けの契約によりこの特許及び関連する<br />

ノウハウに関するライセンスを供与し、さらに 1987 年 2 月 4 日付けの契約によ<br />

り同条件で契約更新した AETS を訴えた。<br />

-116-


その抗弁として、AETS は、当該契約に従って前述の特許の出願日前に<br />

OCTPHARMA 社から AETS に伝達されたノウハウの要素に基づき、先所有権の適用<br />

を申し立てた。<br />

上記の理由により、パリ大審裁判所は、先所有権の適用を認めなかった。<br />

これに対して、控訴院は、当該発明が既に知られている手段の新規組合せに関<br />

連し、先行技術の一部を構成する発明であり、当該組合せのみが特許の対象とな<br />

るとの理由から、OCTAPHARMA 社の侵害訴訟を根拠なしと宣言したパリ大審裁判<br />

所判決を確認した。本件訴訟において、被擬侵害人が改良した方法は、その一連<br />

の段階によってかつ同じ手順に従ったとしても、この手段の組合せを再現しない。<br />

-117-


[1]先使用権 2 制度の概要<br />

4.中国における先使用権制度について 1<br />

1.条文、規則等<br />

[中国特許法第 63 条] 3<br />

次に掲げる場合の何れかに該当する場合は、特許権の侵害とみなさない。<br />

(1)[略]<br />

(2)特許出願日の前に既に同一製品を製造し、同一の方法を使用し、又は製造・使用に必要<br />

な準備を既に整えており、かつ、従前の範囲内において製造・使用を継続する場合。<br />

(3)(4)[略]<br />

2.立法趣旨<br />

出願により特許権を取得した者が必ずしも最初に発明創造した者ではなく、当該の発明<br />

創造を最初に実施した者でもない。すなわち、特許権者がその特許出願を行うまでに、既<br />

に同様の発明をし、かつ、既に実施している、又は実施の準備をしている者がいた可能性<br />

がある(このような者を先使用者と呼ぶ)。このような状況下で、特許権を付与された後に<br />

先使用者がその発明実施を継続して行うのを禁止することは、公平を明らかに欠き、社会<br />

的資源の浪費を招く可能性がある。このため特許権者の権利を制限する必要がある。特許<br />

出願以前に特許技術を使用又は使用する準備を行っていた行為は先使用と称され、先使用<br />

には先使用権が生じ、特許権に対抗できる 4 。<br />

3.成立要件<br />

先使用権が成立するためには、以下の4つの要件が満たされなければならない 5 。<br />

①特許技術と同じ技術を実施していること、又は実施のための準備を行っていること。<br />

ここで実施とは、同じ製品の製造、又は同じ方法を使用する行為を指し、同じ製品の輸入、<br />

販売許諾、販売、使用は含まない。<br />

②実施又は実施の準備は出願日までに行われていること。優先権がある場合には、優先<br />

1 本資料は、中国法律事務所(中国国際貿易促進委員会特許商標事務所)に調査を委託し、その調査レポート(平成 17<br />

年及び平成 18 年)の情報及び見解を元に作成したものである。なお、特に必要がない場合は、中国語表記である「専利」<br />

は「特許」、「実用新型」は「実用新案」、「実用新型専利」は「実用新案特許」、「外観設計」は「意匠」、「外観設計専利」<br />

は「意匠特許」と記す。<br />

2 本資料においては中国特許法第 63 条に規定する特許権の例外を「先使用権」と記す。<br />

3 中国特許法は、我が国の特許法、実用新案法、意匠法の内容を含む。先使用権に関する規定については、実用新案及<br />

び意匠においては特許と異なる規定がなく、特許と同様に先使用が認められると考えられる。<br />

4 中国国家知識産権局条法司『新特許法詳解』(知的産権出版社、2001 年)362-363 頁参照。<br />

5 中国国家知識産権局条法司・前掲注(4)362-363 頁。<br />

-118-


日までに実施、準備が行われていなければならない。<br />

③先使用行為が善意で行われていること。すなわち、出願日までに自分で研究開発した<br />

技術か又は合法的な手段で取得した技術により行われていなければならない。合法的な取<br />

得には、後の出願者からの取得も含む。<br />

④実施にあたっては元の範囲内で行われていること。元の範囲内とは、通常、元の生産<br />

量を維持することを指し、元の生産量が設計生産能力に達しない場合、既存設備の生産能<br />

力により達成される生産量も元の規模であると認定されるべきである。<br />

これら要件の詳細については「3.先使用権制度の明確化」において判例を交えて述べ<br />

ることにする。<br />

-119-


[2]先使用権が争われた行政事例及び司法判例一覧<br />

本調査報告により確認された各地の特許管理局(現在は知識産権局と改名)が調停した行<br />

政事例及び各地の裁判所が審理した司法判例の一覧を以下に掲載する。 6 (番号の横に「*」<br />

の記載のあるものについては、その要旨を「[4]行政事例及び司法判例要旨一覧」に掲載)<br />

・特許管理局による行政事例<br />

①*昆明市の A 工場が実用新案特許権侵害紛争で昆明市 B 工場を訴えた事件(雲南省特許管<br />

理処が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(中国特許紛争判例集)(第一集)(中国特<br />

許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 138~141<br />

頁「多機能電気ストーブに関する実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

②*湖北省某市の湖濱家具工場が実用新案特許権侵害紛争で湖北省某市の星火家具工場を<br />

訴えた事件(湖北省特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中<br />

国特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 166<br />

~168 頁「シェロ繊維製のシモンズ(Simmons)ベッドに関する実用新案特許権侵害紛争事<br />

件」<br />

③ 湖北省武漢市のある家具工場が実用新案特許権侵害紛争で湖北省沙市のある家具工場<br />

を訴えた事件(湖北省特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中<br />

国特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 172<br />

~175 頁「音声でコントロールする電動子供用ベッド駆動器に関する実用新案特許権侵害<br />

紛争事件」<br />

④*呉氏が実用新案特許権侵害紛争で福建省三明市電化工場を訴えた事件(福建省特許管理<br />

局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中国特許庁特許管理部・最高人<br />

民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 196~198 頁「結晶シリコン炉用<br />

新型電極支持体の省エネルギー装置に関する実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

⑤ 山東省 A 受金工場が特許権侵害紛争で山東省 B 受金工場を訴えた事件(山東省特許管理<br />

局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中国特許庁特許管理部・最高人<br />

民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 199~205 頁「一種の滑り軸受の<br />

製造法に関する特許権侵害紛争事件」<br />

⑥*陶氏が携帯式消火器に関する実用新案特許権侵害紛争で浙江省のある消防器材工場を<br />

訴えた事件(浙江省特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中<br />

国特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 215<br />

6 中国においては、侵害事件に対する救済ルートとして、行政(特許管理局(現在は知識産権局と改名))による取調・処<br />

理と司法訴訟がある。行政取調・処理は手続が簡便、審理が迅速、効率が高い、という利点があり、1985 年の特許法施<br />

行後はよく利用されたが、近年の中国国民の司法意識の向上、2001 年の特許法改正により侵害行為の差止請求に対し決<br />

定を下せるが、損害賠償については調停しかできなくなったこと等により、最近は利用されるケースが減少する傾向に<br />

ある。(徐 申民、小松 陽一郎その他『中国特許侵害訴訟の実務』(経済産業調査会、2004 年)<br />

-120-


~218 頁「消火器に関する実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

⑦ 李氏が実用新案特許権侵害紛争で山東省のあるプラスチック工場を訴えた事件(山東省<br />

特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中国特許庁特許管理部・<br />

最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 224~227 頁「環状・繋ぎ<br />

目無しの PET フィルム高速ベルト・コンベヤーに関する実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

⑧ M 照明電器総社が「電球」の意匠に関する意匠特許権侵害紛争で D 照明電器総社を訴え<br />

た事件(特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第二集)(中国特許庁特<br />

許工作管理部編集、中国人民公安大学出版社 1995 年 1 月出版)第 98~100 頁<br />

⑨ 唐氏が「多機能微型綿播機」に関する実用新案特許権侵害紛争で、ある製造修理工場を<br />

訴えた事件(特許管理機構が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第二集)(中国特<br />

許庁特許工作管理部編集、中国人民公安大学出版社 1995 年 1 月出版)第 140~142 頁<br />

⑩ 喬氏が意匠特許権侵害紛争で石綿瓦工場を訴えた事件(特許管理局が調停済み)――『中<br />

国特許糾紛案例選編』(第三集)(中国特許庁特許工作管理部編集、特許文献出版社 1997<br />

年 6 月出版)第 56~58 頁「防火圏付きの石炭ストーブ」に関する意匠特許権侵害紛争事件」<br />

⑪ ある合成樹脂有限会社が意匠特許権侵害紛争で、ある合成樹脂製品製造工場を訴えた事<br />

件(特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第三集)(中国特許庁特許工<br />

作管理部編集、特許文献出版社 1997 年 6 月出版)第 59~62 頁「家庭食用品容器に関する<br />

意匠特許権侵害紛争事件」<br />

⑫ ある金属家具工場が「折り畳み式安楽椅子」に関する実用新案特許権侵害紛争で、ある<br />

工商貿易連合経営家具工場を訴えた事件(特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案<br />

例選編』(第三集)(中国特許庁特許工作管理部編集、特許文献出版社 1997 年 6 月出版)第<br />

64~66 頁<br />

⑬ ある機械部品加工工場が「固定網式短綿ビロード分離機」に関する実用新案特許権侵害<br />

紛争で、ある油布団工場を訴えた事件(特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例<br />

選編』(第三集)(中国特許庁特許工作管理部編集、特許文献出版社 1997 年6月出版)第<br />

88~90 頁<br />

⑭ 某市の爆発防止電器工場が「爆発隔離式蛍光灯」に関する実用新案特許権侵害紛争で、<br />

ある爆発防止器材製造工場を訴えた事件(特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案<br />

例選編』(第三集)(中国特許庁特許工作管理部編集、特許文献出版社 1997 年 6 月出版)第<br />

124~126 頁「先使用権による抗弁を含む実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

・裁判所による司法判例<br />

①*某市の電器スイッチ工場が高圧隔離スイッチに関する実用新案特許権侵害紛争で、某省<br />

の象山高圧電器工場を訴えた事件(杭州市中級人民法院が裁判した事件)――『中国特許<br />

-121-


糾紛案例選編』(第一集)(中国特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出<br />

版社 1991 年 9 月出版)第 99~101 頁「被告側の製造行為に先使用権を認められない」<br />

②*杭州西湖竹製型模板連合経営会社が建築用竹製ベニヤ型模板に関する特許権侵害紛争<br />

で徳清県莫干山竹製ベニヤ板工場を訴えた事件(事件番号未掲載)、第一審裁判所が杭州市<br />

中級人民法院であり、第二審裁判所が浙江省高級人民法院である――杭州市知的所有権ネ<br />

ット<br />

③*王燕利氏が意匠特許権侵害紛争で北京市昌平区葬儀館を訴えた事件(北京市第一中級人<br />

民法院民事判決(2005)一中民初字第 10707 号)――北京大学法律情報ネット──法規セ<br />

ンター<br />

④*ハンスグロー株式会社(Hansgrohe AG)が意匠特許権侵害紛争で広州市アポロ建築材料<br />

科学技術有限会社等を訴えた事件(北京市第二中級人民法院民事判決(2004)二中民初字<br />

第 00036 号)――北京大学法律情報ネット──法規センター<br />

⑤*北京新辰陶磁器繊維製品会社が実用新案特許権侵害紛争で北京英特莱特種紡績有限会<br />

社を訴えた事件(北京市高級人民法院民事判決(2003)高民終字第 503 号)―─北京大学<br />

法律情報ネット──法規センター<br />

⑥*黄永霞氏等と臨武県金福科学技術食品有限会社との意匠特許権侵害紛争上訴事件(湖南<br />

省高級人民法院民事判決、湘高法民三終字第 54 号)――北京大学法律情報ネット──法規<br />

センター<br />

⑦*南海区大瀝栄業鋭輝金属製品有限会社(以下「栄業鋭輝会社」と略称する)と何広栄氏<br />

との意匠特許権侵害紛争事件(広東省高級人民法院民事判決(2003)粤高法民三終字第 214<br />

号)――中国知的所有権裁判文書ネット<br />

⑧*重慶浪華実験器械設備工場が意匠特許権侵害紛争として重慶利迪現代水技術設備有限<br />

会社等を訴えた事件(重慶高級人民法院民事判決(2005 字第 44 号)───北京大学法律情<br />

報ネット──法規センター<br />

⑨ 仏山南海宏佳アルミニウム業有限会社が特許権侵害紛争で王恺氏を訴えた上訴事件(河<br />

南省高級人民法院民事判決(2005)豫高法民事終字第 26 号)──北京大学法律情報ネット<br />

─法規センター<br />

⑩ 龍海市多棱鋸刃有限会社が特許権侵害紛争事件で万棱(邯鄲)スチールグリット鋸刃有<br />

限会社等を訴えた事件(福建省福州市中級人民法院民事判決(2005)榕民初字第 344 号)<br />

──北京大学法律情報ネット──法規センター<br />

⑪ 裴新炉氏と鄭建民氏との特許権侵害紛争上訴事件(河南省高級人民法院民事判決(2005)<br />

豫法民三終字第 32 号)──北京大学法律情報ネット─法規センター<br />

⑫ 呉輝湛氏の特許権侵害紛争事件(広東省高級人民法院民事判決(2003)粤高法民事終字<br />

第 211 号)──中国知的財産権裁判文書ネット<br />

⑬ 呉銘華氏らが特許権侵害紛争で夏徳海を訴えた事件(安徽省高級人民法院民事判決<br />

-122-


(2004)皖民三終字第 20 号)──『人民法院報』(新聞)2005 年 10 月 11 日第C02 版掲載<br />

⑭ 国人会社が瓶ラベルに関する意匠特許権侵害紛争事件で名人ビール工場等を訴えた事<br />

件(石家荘市中級人民法院民事判決、(事件番号未掲載))──中国文学創作投稿ネット<br />

⑮*庄志和と中国印刷公司との特許侵害紛争事件(北京市高级人民法院(1997)高知終字第<br />

61 号民事判决(原審:北京市第一中级人民法院(1996)一中知初字第 32 号民事判决))<br />

⑯*王孝忠と中高糖機設備制造有限公司との実用新案特許侵害紛争事件(広西壮族自治区高<br />

級人民法院(2002 年)桂民三终字第 3 号民事判決)<br />

判例の出典:<br />

杭州市知的所有権ネット<br />

http://www.hzipo.com/yasf/indexyasf5.htm<br />

北京大学法律情報ネット──法規センター<br />

http://law.chinalawinfo.com/index.asp<br />

中国知的所有権裁判文書ネット<br />

http://ipr.chinacourt.org/<br />

-123-


[3]先使用権制度に関する問及び回答<br />

問1 中国特許法第 63 条では、先使用権が認められる要件として「特許出願日の前に既<br />

に同一製品を製造し、同一の方法を使用し、又は製造・使用に必要な準備を既に整えてお<br />

り」と規定されている。<br />

ここでいう「必要な準備を既に整えて」とはどのようなことなのか。<br />

「必要な準備を既に整えた」の具体的な意味については、中国特許法では具体的に規定<br />

していない。<br />

北京市高級人民法院の「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)』 7 によると、<br />

「必要な準備とは、製品の図面の設計と工程図は既に完成され、専用設備とダイスは既に<br />

整っており、又はサンプルの試作などの準備作業は整っていることをいう」とされている。<br />

また、最高人民法院の「特許権侵害紛争事件の審理の若干の問題に関する規定』 8 の会議<br />

討論原稿(2003 年 10 月 27 日-29 日)においても、「既に実質的な特定項目投資を行い、か<br />

つ必要な技術準備を整えている。専用設備を製造又は購入し、製品の設計図面と工程図の<br />

書類を整え、サンプルの試作と各項目の技術性能の検知を整えている等を、製造、使用に<br />

必要な準備を既に整えていることとみなすことができる。」と指摘されている。<br />

中国知的財産権局条約法規局局長の尹新天氏は、以下の 4 方面から理解すべきであると<br />

している 9 。<br />

(1)出願日以前に特許技術を実施するために既に必要な準備を整えたと主張する主張人<br />

は、まず出願日までに該特許技術を既に知り、把握したことを証明すべきである。<br />

(2)既に行われた準備作業は該特許技術の実施との間に明確な因果関係を有するべきで<br />

あり、関係作業はどの技術を実施するために行われたのかを認定できるようにしなければ<br />

ならない。<br />

例えば、土地の購入や用水供給設備の取り付けなどの基礎的な準備作業のみを行ったが、<br />

行為者がどの技術を実施するための準備なのかを証明できない場合には、必要な準備を既<br />

7 「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)」は北京市内で試行されているものである。他の省(province)<br />

の高級人民法院への強制力はないが、北京高級人民法院は特別な地位にあり全国的な模範となるものであることから、<br />

ほとんどの省(province)の高級人民法院は、最高人民法院の「特許権侵害紛争事件の審理の若干の問題に関する規定」<br />

の施行前は、上記「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)」を参考にするものと思われる。<br />

8 「最高人民法院の「特許権侵害紛争事件の審理の若干の問題に関する規定』(会議討論原稿、2003 年 10 月 27 日-29 日)」<br />

は、まだ施行されていない。施行されれば中国法の下、正式な規定あるいはガイドラインになりうるが、入手できた情<br />

報の範囲内では、そのまま正式に実施されない可能性がある。その主な原因は、中国では特許法の改正作業が始まって<br />

おり、当該規程における幾つかの規定及び原則が新特許法に書き入れられて法律になる可能性があるためである。<br />

9 尹新天『特許権保護〔第 2 版〕』(知識産権出版社、2005 年)36 頁。<br />

-124-


に整えたとみなすことができない。<br />

(3)出願日以前に実際の準備作業を既に開始しているべきであり、単に実施の願望を有<br />

することを表明する行いだけではならない。<br />

例えば、ただ特許技術を実施する意向のみの提出や、予備調査の実施だけでは、必要な<br />

準備を既に整えていたとはいえない。<br />

(4)行われた準備作業は技術的な準備作業であるべきである。<br />

例えば、製品特許としては、関係設備の製造又は購入、ダイスの開発、原材料の準備、<br />

部品図と最終組み立て図の製図などの作業、方法特許としては、専用設備の製造又は購入、<br />

工程図の制定などの作業が該当する。行われた準備作業が単なる市場分析、管理スタッフ<br />

の手配などの非技術的な作業である場合には、必要な準備を既に整えているとみなすこと<br />

はできない。<br />

同時に尹新天氏は、特許技術は様々であり、その複雑さと技術難度の差異がかなり大き<br />

く、先使用権を享有できるかどうかを判断する際は、具体的な情況に基づいて判断しなけ<br />

ればならない、と指摘している。<br />

また、『「特許法」及び「特許法実施細則」第三回目の改正についての特定問題研究報告』<br />

10 においても以下の5つの面から、先使用権制度の検討がなされている。<br />

(1)生産場所の面から言えば、製品を製造し、方法を使用するための必須の工場の建物、<br />

作業場を有する証拠を提出すべきである。<br />

(2)技術の面から言えば、具備する生産技術についての実力、例えば擁する技術者の状<br />

況、出願日前に既に仕上げた製品設計図、製品施工図、鍵となる部品部材の加工図などの<br />

完全な生産技術資料を提出すべきである。単なる見取り図では、被告が既に技術を把握し<br />

ているとみなすことはできない。<br />

(3)設備・工具の面から言えば、各種類の汎用設備と専用設備及び専用工具、ダイスな<br />

どを既に購入したこと、また、該製品を製造する際に専用設備を必要としない場合には、<br />

汎用設備は製品のサンプルを既に作り出していなければならない。<br />

(4)原材料の面から言えば、出願日前に製品を製造するために購入した必須の原材料、<br />

特にその製品を製造するための不可欠な原材料を提供できなければならない。<br />

(5)サンプルの試作又は方法の試用を仕上げなければならない。製品発明であるならば、<br />

10 中国国家知的財産権局条法司編『「特許法」及び「特許法実施細則」第三回目の改正についての特定問題研究報告』<br />

(知的産権出版社、2006 年 4 月)。多くの特定テーマが含まれ、テーマ毎に異なった担当者が執筆している。執筆担当者<br />

は、条法司のスタッフ、特許事務所の弁理士、大学校の教師や技術研究者等である。先使用権に係るテーマは、中国政<br />

法大学と中国林業大学の教師と技術研究を担当する者が執筆した。<br />

この研究報告は、特許法の改正の為に先使用権に関する現行規定の不足を分析し、外国の制度を参考にして、中国の<br />

現状にも基づき、今後の改正意見を提出したものである。<br />

-125-


サンプルが試作できたものであり、かつ、そのサンプルは設計の要求を満たしているべき<br />

である。方法発明であるならば、該方法は試用中であり、かつ、特許方法とほぼ同一な効<br />

果を既に獲得したものでなければならない。<br />

上記「研究報告」は、関係する汎用設備、専用設備及び工具を購入し、かつ特許方法を<br />

使用する条件を具備したとしても、必ずしも「必要な準備」が整っていることに等しいと<br />

は言えないとしている。例えば、上記の要件からは、先使用人が他人の特許出願日前に単<br />

に関係設備と方法を使用する条件を有するが、特許技術に合致する製品をまだ試作できて<br />

いない、若しくは、使用した方法が特許方法とほぼ同一な効果を達することができない場<br />

合には、「必要な準備」が整っているとみなすことはできないこととなる。<br />

このように、上記「研究報告」は、「必要な準備を整えて」の要件に対して、より具体的<br />

で、かつ、より高い要求を提出している。製品発明に対してサンプルが既に試作できたも<br />

のであること、という要求はその例の一つである。<br />

「必要な準備が整っている」として先使用権が認められた事例としては、以下の判例が<br />

ある。<br />

・特許管理局による行政事例⑥陶氏が携帯式消火器に関する実用新案特許権侵害紛争で浙<br />

江省のある消防器材工場を訴えた事件<br />

【調停事項】<br />

陶氏は、一種類の消火器の実用新案特許権者である。ある消防器材工場が生産した二種<br />

類の消火器製品は上記技術考案の独立クレームの序文部分 11 と全く同様であり、かつ、そ<br />

の特徴記述部分と実質的な差異もないので、当該技術考案の保護範囲に含まれている。そ<br />

して、当該消火器の販売日は上記実用新案特許の出願日よりも遅い。<br />

しかし、同工場は、上記実用新案特許の出願日までに該製品の生産準備を整え、実用新<br />

案特許技術製品の技術的特徴と同様な消火器を既に作り上げ、かつ、従前の範囲に限って<br />

製造を継続している。特許法第 63 条の規定により、同消防器材工場は「先使用権」を有し、<br />

従前の範囲に限る製造行為は申立人である陶氏の実用新案特許権を侵害しない。<br />

11 中国特許法細則 22 条 に特徴記述部分、序文部分についての規定がある。<br />

特許又は実用新案特許の独立クレームは序文部分及び特徴記述部分より成り、次の形式で提示する。<br />

(1) 序文部分:保護請求がなされている特許又は実用新案特許に関する技術的解決の主題の名称及び特許又は実用新案特<br />

許と最密接な先行技術が共有する必要な技術的特徴を説明する。<br />

(2) 特徴記述部分:「その特徴は……」又はこれに類似する表現で、特許又は実用新案特許と最密接な先行技術の技術的<br />

特徴の区別を説明する。これらの特徴は、序文部分における特徴と一緒に、特許又は実用新案特許の保護範囲の限定に<br />

資する。<br />

特許又は実用新案特許の性質上,独立クレームを上記形式で説明することが不適切なときは,独立クレームはその他<br />

の形式で提示することができる。<br />

各特許又は実用新案特許は 1 の独立クレームのみを有する。更にその独立クレームは,同一特許又は実用新案特許に<br />

係わるすべての従属クレームの前に記載する。<br />

-126-


【事件の概要】<br />

1987 年 8 月 22 日に、某県の消防消火器工場は、改良された携帯式消火器について中国<br />

特許庁に実用新案特許出願を提出し、1988 年9月1日に実用新案特許権を付与された。陶<br />

氏は、1989年7月1日に同工場と実用新案特許譲渡契約を締結した。当該譲渡契約書は中<br />

国特許庁により登録され、1990 年6月6日に公告された。これにより、陶氏は実用新案特<br />

許権利者となっている。1990 年 9 月 6 日に、陶氏は、某市の消防器材工場の製造した「MS7<br />

型携帯式酸アルカリ消火器」と「MP6 型泡沫消火器」が権利侵害製品に属することを理由<br />

にして、浙江省特許管理局に調停の申立を提出した。<br />

消防器材工場は、答弁通知書を受け取った後、指定した期限内に答弁書を提出した。当<br />

該答弁書において、該工場が 1986 年以来、消火器を試作してきた経緯を述べており、現在<br />

の製品は、当該工場の技術者らが従来技術と関係規定に基づいて逐次に開発したものであ<br />

り、実用新案特許権者の実用新案特許技術を模倣して造ったことはなく、そして、権利侵<br />

害と告発された「環状オー‧リング付き消火器」は、出願日前に既に試験的に販売した、と<br />

主張した。さらに、実用新案特許製品が当該工場の製品とは異なる製造方法を有し、均等<br />

侵害も成立していないと考えている。<br />

浙江省特許管理局は、本事件の審理を通じて、次の事実を認定した。すなわち、<br />

(1)陶氏が消火器の実用新案特許権の合法所有者であり、当該実用新案特許は今でも有<br />

効のため、法律による保護を受けるべきである、<br />

(2)消防器材工場の製造した「MS7 型携帯式酸アルカリ消火器」と「MP6 型泡沫消火器」<br />

は、実用新案特許の独立クレームに書いた技術考案の序文部分の技術的特徴と全く同じで<br />

あり、かつその特徴記述部分の技術的特徴と実質的な差異もない。従って、当該工場の製<br />

品は、上記技術考案の保護範囲に含まれている、<br />

(3)消防器材工場が用いた螺子接続及びオー‧リングを環状の凹溝に入れるシール方式は<br />

実用新案特許出願日より早い。これは、当該工場が 1987 年 6 月 15 日に完成した「カバー<br />

完備品」の設計図、携帯式アルミヘッド及び公安局消防支局からの証明材料により実証で<br />

きる、<br />

(4)当該消防器材工場は、消火器を生産するために設立したものであり、1987 年の始め<br />

頃、消火器のケースを製造するために 15 トンの鋼板を購入した。上記実用新案特許出願日<br />

前に既に 3000 平米にわたる工場敷地と建築面積が 980 平米の職場建物を有し、従業員数は<br />

25 名で、設備帳簿には、プレス機、板曲げロール、ガレージ、アーク溶接機など 14 台の<br />

専用設備が記載されており、該工場は今でも当初の規模を保っている。そして、その製品<br />

の販売日は実用新案特許出願日より遅いにもかかわらず、該工場は、実用新案特許出願日<br />

前に該実用新案特許技術を実施するための各種類の必要な準備を整えてあり、実用新案特<br />

許の技術的特徴と同様な消火器を試作していた。<br />

よって、被申立人である某市の消防器材工場は、先使用権を有しており、従来の範囲に<br />

-127-


限って当該消火器の製造、販売を続けることができる。従って、申立人の請求を却下する。<br />

る。<br />

次に必要な準備を整えていなかったとして、先使用権が認められなかった判例を紹介す<br />

・裁判所による司法判例①某市の電器スイッチ工場が高圧隔離スイッチに関する実用新案<br />

特許権侵害紛争で、某省の象山高圧電器工場を訴えた事件<br />

【裁判事項】<br />

原告である電器開閉器工場はある高圧電器研究所とともに、「隔離開閉器のスイッチと縮<br />

み装置」を名称としたものを設計・開発し、かつ、1986 年 7月3日に中国特許局に実用新<br />

案特許出願を提出した。そして、1987 年 8 月 12 日に、該実用新案特許出願は実用新案特<br />

許を付与された。被告は実用新案特許出願日前に試作する任務書のみを下したが、解決し<br />

ようとする課題のみを提出し、具体的な技術考案に及んでおらず、その他の製造にかかわ<br />

る準備作業はいずれもその後、続々と仕上がったものである。よって、裁判所は、被告は<br />

出願日までに必要な準備が整っていなかったため、先使用権を享有しないと認めている。<br />

【事件の概要】<br />

GN22 型の室内高圧隔離開閉器、すなわち「隔離開閉器のスイッチと縮み装置」は、原告<br />

である電器開閉器工場とある高圧電器研究所と共同に設計・開発したもので、かつ、1986<br />

年7月3日に中国特許局に実用新案特許出願を提出した。そして、1987 年 8 月 12 日に、<br />

該実用新案特許出願は実用新案特許を付与された。被告である象山高圧電器工場は 1986<br />

年 5 月に製品を試作する任務書を下した。該任務書では解決しようとする課題のみを提出<br />

したが、具体的な技術考案に及んでいない。象山高圧電器工場の、該製品に用いられる専<br />

用道具、ダイス及びグリッパーは 1986 年 8 月中に 4 組しか仕上っておらず、該専用製品を<br />

実際に製造する専用道具、ダイス及びグリッパーは 39 組を必要とするが、製品の最終図面<br />

は 1988 年 3 月になって初めて仕上がったのである。<br />

1986 年 12 月 29 日に GN22-10 高圧隔離開閉器を 1987 年の新製品開発のラインアップに<br />

入れることに決定したが、その「必要な準備」は実用新案特許出願日までに出来上がって<br />

いなかったので、先使用権を享有しない。なお、裁判所の調査にて、被告が 1987 年5月後<br />

に試験的に生産した製品は規格サイズ、名称が原告の実用新案特許製品と同様であるばか<br />

りでなく、製品の構造も同一であるため、原告の実用新案特許権の保護範囲に該当してお<br />

り、実用新案特許権を侵害している。<br />

・特許管理局による行政事例④呉氏が実用新案特許権侵害紛争で福建省三明市電化工場を<br />

訴えた事件<br />

【調停事項】<br />

-128-


請求人である呉氏は、結晶シリコン炉新型電極把持器省エネルギー装置を発明し、中国<br />

特許局に実用新案特許を出願して、実用新案特許を受けた。該実用新案特許が授権された<br />

後、呉氏はある電化工場の製品が自分の実用新案特許製品を模倣していることを発見し、<br />

福建省特許管理局に調査処理するよう要請した。福建省特許管理局は、審理により、被請<br />

求人が結晶シリコン炉に使用した装置は請求人の実用新案特許保護範囲に該当しており、<br />

かつ、出願日までに必要な準備が整っていなかったため、先使用権を享有しないと認めた。<br />

【事件の概要】<br />

請求人である呉氏は、結晶シリコン炉新型電極把持器省エネルギー装置を発明し、1989<br />

年 8 月 17 日に、中国特許局に実用新案特許を出願して、1990 年6月13日に実用新案特許<br />

を授与された。1990 年 1 月に入って、実用新案特許権者である呉氏はある電化工場がその<br />

2 台の製品に自分の実用新案特許設備を模倣していることを発見し、交渉したが話がまと<br />

まらなかったため、1990 年9月14日に福建省特許管理局に調査処理するよう要請した。<br />

福建省特許管理局は、審理により、被請求人の使用した製品は請求人の実用新案特許保<br />

護範囲に該当していると認定した。また、電化工場が 1989 年 6 月に該工場の技術者による<br />

技術難関解決グループを成立させ、7 月に初歩的な図面を定め、8 月に正式な図面を設計で<br />

きたこと、さらには、9 月に設備を手配して製作をし、12 月には取り付けを仕上げ、1990<br />

年 1 月に炉を始動させ、かつ、運行することができたことを認定した。すなわち、実用新<br />

案特許出願日までには図面設計のみが完成しており、その他の実質的な支出と投資はなか<br />

った。よって、「既に必要な準備を整えた」とはみなすことができず、先使用権による抗弁<br />

は成り立っていない、とした。<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを中国で輸入販売を行う場合に、先使用権を確保す<br />

るために留意すべき点は何か。<br />

中国特許法では、先使用権は、同一の製品を製造し、同一の方法を使用し、又は、製造、<br />

使用の必要な準備を既に整えた場合のみに限られる。すなわち、製造、使用の行為以外の、<br />

その他の行為、例えば、輸入の行為は先使用権を享有できない。<br />

しかも、先使用権を享有することに基づく製造、使用行為は中国国内で行わなければな<br />

らないので、中国国外で製造、使用しても、中国特許法に規定された先使用権を享有でき<br />

ない。<br />

すなわち、外国企業は、先使用権を確保するためには、中国国内で生産しなければなら<br />

ないことに留意すべきである。(または、生産に必要な準備を整えなければならない)。<br />

-129-


なお、先使用権の範囲は、特許製品の「製造」及び特許方法の「使用」に限られ、販売、<br />

販売申出、又は輸入の行為が含まれていないが、先使用権に基づいて製造された製品、及<br />

び特許方法を利用して直接獲得した製品の販売申出、販売、使用することは、権利侵害行<br />

為とならない。<br />

問3 「外国企業が中国国外では生産及び販売を行っているものの、中国国内での販売(又<br />

は生産)の行為は、当分の間は予定がない」場合には、その外国企業は、販売(又は生産)<br />

の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。<br />

前述のとおり、中国特許法では、中国国内において、同一の製品を製造し、同一の方法<br />

を使用し、又は、製造、使用の必要な準備を既に整えた場合のみに、先使用権が認められ<br />

る。よって、中国国外でのみ生産及び販売しても、中国特許法に規定された先使用権を享<br />

有できない。<br />

よって、外国企業は、先使用権を確保するためには、中国国内で生産しなければならな<br />

い(又は、生産に必要な準備を整えなければならない)。<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願前に実<br />

施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異なる場合、先使<br />

用権は認められるか。<br />

中国特許法 63 条でいう「同一」とは、二つの関係を考慮しなければならない。一つ目は<br />

先に使用した技術と特許技術との関係であり、二つ目は出願日前の先使用者が製造中に使<br />

用した技術と出願日後の製造中に使用した技術との間の関係である。<br />

まず、先使用者による出願日前に製造した製品に含まれる技術的特徴、あるいは使用し<br />

た方法に含まれる技術的特徴は、特許請求の範囲における独立クレームの技術的特徴のす<br />

べてを含んでいなければならない。それは、独立クレームの技術的特徴より多くても良い、<br />

又は独立クレームの技術的特徴と同一または独立クレームの技術的特徴と均等でも良いが、<br />

独立クレームの技術的特徴より少なくなってはいけない。<br />

次に、先使用者による出願日前に製造した製品に含まれる技術的特徴、あるいは使用し<br />

た方法に含まれる技術的特徴と、出願日以後に製造した製品あるいは使用した方法に含ま<br />

れる技術的特徴との関係については、以下の点について検討しなければならないと思料さ<br />

れる。<br />

-130-


1.先使用者による出願日前の製造に使用した技術が特許技術と「同一」に構成され、か<br />

つ、出願日以後に、その製品あるいは使用方法の技術的特徴を変更しない場合には、先使<br />

用者の製品あるいは使用方法の技術的特徴が特許技術と「同一」の関係を有する、すなわ<br />

ち、先使用権を享有する。<br />

2.先使用者による出願日前の製造に使用した技術が特許技術と「同一」に構成され、か<br />

つ、出願日以後に、その製造技術を変更したが、変更後の技術考案が当該特許のいずれか<br />

の従属クレームに記載されている技術考案と同一又は均等になる場合には、当該先使用者<br />

が特許法第 63 条に規定されている先使用行為を構成しないため、先使用権を享有しない。<br />

3.先使用者による出願日前に製造に使用した技術が特許技術と「同一」に構成され、出<br />

願日以後に製造技術を変更しても、変更後の技術考案が依然として独立クレームの保護範<br />

囲に含まれているが、その特許請求の範囲に記載されているいずれの従属クレームとも同<br />

一でない場合には、さらに二つの状況に分けて分析しなければならない。<br />

1)先使用者が当該特許技術の独立クレームの「特徴記述部分」(発明要点)に対して変<br />

更し、その発明要点を変更した場合には、当該先使用者が技術の実施形式を変更したと認<br />

め、出願日前の技術が出願日以後の技術と「同一性」を有しない。よって当該先使用者は<br />

変更後の技術考案に先使用権を享有しない。<br />

2)当該先使用者が独立クレームの「特徴記述部分」を変更しない場合には、先行技術<br />

を利用して独立クレームの「序文部分」を変更したか否かを区別しなければならない。先<br />

行技術を利用してそれを少し変更し、出願以後の技術が出願前に先に使用した技術と「同<br />

一」に構成されたと言える場合、先使用権を有すると考えられる。他方、先行技術を利用<br />

して独立クレームの「序文部分」を大幅に変更し、あるいは非先行技術を利用して当該独<br />

立クレームの「序文部分」を大幅に変更し、当該使用者が出願日以前に使用した技術が出<br />

願日以後に使用した技術と「同一」に構成したとは言えない場合、先使用権を享有しない<br />

と考えられる。<br />

なお、中国において、先使用権に対して均等論を用いて特許権を制限するか否かに関し、<br />

法律や司法解釈は存在せず、判例や学説等も現時点では存在していない。<br />

問5 先使用権者は、特許法11条に定義された実施行為を変更することはできるのか。<br />

例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に変更することはできる<br />

か。<br />

出願前に輸入・販売していた場合には、中国においてはそもそも先使用権が認められな<br />

い。<br />

中国特許法における先使用権の範囲は、特許製品の「製造」及び特許方法の「使用」に<br />

限られ、販売、販売申出、又は輸入の行為が含まれていないが、先使用権に基づいて製造<br />

-131-


された製品、及び特許方法を利用して直接獲得した製品の販売申出、販売、使用すること<br />

は、権利侵害行為とならない。<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域の拡<br />

大をすることが認められるか。<br />

中国国家知識産権局条法司は「「従前の範囲において」とは、従来の生産量を維持するこ<br />

とを言う。もし、従来の生産量が生産設計能力に達していないならば、従来の設備による<br />

生産能力で達する生産量を従前範囲内とみなす。」 12 とし、湯宗舜は「「従前の範囲におい<br />

て」とは、継続的に同一製品を製造し、同一方法を使用することを言う。製造できる製品<br />

が特許出願時の製造量を超えてはいけない。」 13 としている。また、楊金琪は「「従前の範<br />

囲において」とは、先使用権者が出願日前に当該製品の製造あるいは当該方法の使用のた<br />

めに所有している機械設備あるいは購入された機械設備による正常な生産能力、達成でき<br />

る生産量を言う。」 14 と言及している。<br />

さらに、北京市高級人民法院の「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)」で<br />

は「第 96 条 先使用権を享有するための条件は以下のとおりである。(2)従前の範囲内に<br />

おいてのみ、継続して製造、使用を行うものであること。従前の範囲とは、特許出願日前<br />

において準備した専用生産設備による実際の生産量又は生産能力の範囲をいう。従前の範<br />

囲を超える製造、使用行為は、特許権の侵害に該当する。」と記載されている。<br />

しかし、今現在中国の多くの学者が「従前の範囲において」に対して「量」を限定しな<br />

いほうがよく、「質」については「従前の範囲において」を解釈しなければならないと主張<br />

している。例えば、『『特許法』及び『特許法実施細則』第三回目の改正についての特定問<br />

題研究報告』には、「従前の範囲において」が以下のとおり限定されなければならない、と<br />

言及している: 15<br />

一、実施者の限定<br />

先使用権者本人により実施しなければならず、技術を単独で譲渡、承継あるいは他人に<br />

実施を許諾してはいけない。ただし、先使用権の認められる企業を同時に譲渡あるいは承<br />

継する場合を除く。<br />

二、実施範囲の限定<br />

先使用権者が自身の発展の需要のため、特許出願日前に実施した技術を産業分野内で自<br />

12 中国国家知識産権局条法司・前掲注(4)364 頁。<br />

13 湯宗舜『特許法教程』(法律出版社、2003 年)189 頁。<br />

14 楊金琪『特許、商標、技術合同疑難案例評析』(中国物質出版社、1995 年)65 頁。<br />

15 中国国家知識産権局条法司編・前掲注(10)1471 頁。<br />

-132-


ら継続的実施し、特許出願日以後に設備増加、工場の増設、生産規模拡大等をする場合は、<br />

「従前の範囲において」とみなす。<br />

三、技術改良の限定<br />

先使用権者は自ら技術を改良することができるが、従属クレームを参照して先使用技術<br />

を改良してはいけない。<br />

すなわち、「従前の範囲において」の限定は上記の一、実施者人数の限定、二、実施範囲<br />

の限定、三、技術改良の限定、の三つの観点を含む。<br />

当該問題に関連する判例を以下に示す。<br />

・裁判所による司法判例⑯王孝忠と中高糖機設備制造有限公司との実用新案特許侵害紛争<br />

事件(広西壮族自治区高級人民法院(2002 年)桂民三 终 字第 3 号民事判決)<br />

【判示事項】<br />

北京市高級人民法院の「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)」で示された<br />

「元の範囲」に関する説明は厳密ではない。(先使用権により許される)生産量は、当該製<br />

造の遂行又は当該方法の使用のために先使用者が出願日以前において所有していたか購入<br />

していた設備・機器の指定生産能力の範囲内に限定される。<br />

【事件の概要】<br />

原告(王孝忠)は、2000 年 12 月 6 日に直接冷却式圧搾機の軸系装置に関する実用新案<br />

特許を出願し、それに対する実用新案特許 ZL00232522.5 号の付与を受けた。<br />

しかし、被告企業(中高糖機設備制造有限公司)は 2000 年 11 月に同一装置を製造して<br />

いた。被告が 2000 年 10 月 8 日に海南洋浦龍力商貿有限公司と締結した売買契約及び当該<br />

製品の図面から、広西壮族自治区高 级 人民法院は、被告が先使用権を有することを認めた。<br />

さらに同法院は、被告企業は指定製造能力の範囲において製造を継続できると決定した。<br />

問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時には実<br />

施していない場合、先使用権の主張は認められるか。<br />

「事業の中断後」先使用権を享有できるか否かについて、明確な規定はない。<br />

中国国家知識産権局条法司は「先使用権における先使用行為が出願日前までに中断して<br />

はいけない」と認識している 16 。しかし、現在では、多くの学者及び実務者は、『「中断し<br />

16 中国国家知識産権局条法司・前掲注(4)363 頁。<br />

-133-


てはいけない」との制限を課すことは妥当ではない。』と言及している 17 。<br />

上記のように「事業の中断」については明確な規定はないが、以下のように分類して考<br />

えるのが妥当であろう。<br />

1.行為者が特許出願日前に特許法第 63 条に規定されている製造行為、使用行為あるいは<br />

製造、使用に必要な準備を既に整えているが、出願日前に何らかの原因で当該事業の実施<br />

を放棄した場合、例えば、機械設備、原料、工場を放棄し、あるいはその他の企業に譲渡<br />

する場合には、その中断行為がその後再び当該事業を実施しないと表明しているため、行<br />

為者はこのような「事業中断」の後には先使用権を享有しないとみなす。<br />

2.合理的な業務中断の場合、すなわち行為者が当時の業務状況あるいは業務戦略実施の<br />

考慮により、一時的に当該事業を中断した場合(例えば、夏には一時的にコートを製造せず、<br />

現有の設備で半袖、半ズボン等を製造する、あるいは注文の無い状態)、このような業務的<br />

な中断の場合には、先使用権を享有できないとはみなさない。このような業務的な中断が<br />

どのぐらいの継続期間内であれば先使用権の喪失にならないかについては、個別事例に応<br />

じて判断しなければならないと考えられる。<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。<br />

(1)先使用権者が製品を第三者に譲渡した場合の取扱い<br />

前述のように、中国の法律に規定されている先使用行為は出願日前の「製造」、「使用」<br />

行為のみに限るが、先使用権者が製造した製品の購入(転売)は特許権への侵害にならな<br />

い。製品の購入(転売)行為が出願日の前或いは出願日以後に開始しても構わない。<br />

購入及び販売(転売)行為については、北京市高級人民法院の「特許権侵害判定の若干<br />

の問題に関する意見(試行)」第 96 条3項においても「先使用権に基づき生産した製品の<br />

販売行為についても、特許権侵害行為とはみなさないものとする。」とされている。<br />

これは、中国の実務界における通常の認識であり、『特許法』立法の趣旨とも一致してい<br />

ると考えられる。<br />

(2)グループ企業の取扱い<br />

中国の関係法律規定によれば、グループ企業における一企業がそれぞれ独立した法人で<br />

あるため、企業グループの一企業が先使用権を享有したとしても、グループ企業内の企業<br />

全体も先使用権を享有することにはならない。<br />

また、中国会社法の規定によれば、親会社と子会社もそれぞれ独立した法人となるため、<br />

業務上に実質的な関連性を有するが、法律上にそれぞれ独立で、お互いに従属関係がない。<br />

17 中国国家知識産権局条法司編・前掲注(10)。<br />

-134-


親会社が先使用権を享有しても、子会社はその先使用権を享有できず、また逆に、子会社<br />

が先使用権を享有しても、親会社はその先使用権を享有することはできない。<br />

問9 先使用権は移転できるか。<br />

先使用権の移転に関しては条文に記載されていないが、特許行政及び司法解釈において<br />

は企業とともに移転する場合には、これを認める立場を取っている。 18 。<br />

企業の合併あるいは企業の分社により、先使用権が移転された事件は見つかっていない<br />

が、上記の見解によれば、先使用権者が当該先使用権をその企業と同時に他の企業に譲渡<br />

する場合には、譲渡を受けた他の企業がその先使用権により製造した製品の販売もできる<br />

と考えられる。<br />

また、「一部地域で活動する小規模の小さな企業が全国規模で事業を行う大企業により買<br />

収された場合」には、当該大企業は先使用権者となり、事業を実施することが可能である<br />

と考えられる。<br />

ただし、その企業が全国規模の大手企業でも、その実施範囲を買収された小企業の出願<br />

日前に当該技術を実施した「従前の範囲内」に限定しなければならない。すなわち、当該<br />

小企業の出願日前の当該特許製品の製造能力の範囲を超えてはならない。<br />

問10 当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合には、先使用権は認められ<br />

るのか。<br />

中国では、先使用の対象となる発明は、先使用者が独自に発明したものであるか又は他<br />

の者から合法的に取得されたものでなければならない。<br />

ここで、先使用権の対象となる発明が特許権者から取得されたものであっても良いのか<br />

どうかという点についてはいまだ論争が存在するが、合法的に取得されたことを条件とし<br />

て、特許権者から取得された発明であっても先使用権が生じるとの見解が多数説となって<br />

いる 19 。<br />

この問題について関係のある判例を以下に記す。<br />

18 中国国家知識産権局条法司・前掲注(4)364 頁、北京市高級人民法院「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見<br />

(試行)』ほか参照。<br />

19 徐中强『先使用権に関する若干の問題に関する研究)』(http://www.cpahkltd.com/cn/publications/051xzq.html)、<br />

荣荣余『特許侵害事件における先使用権原則の適用について』<br />

(http://www.chinacourt.org/public/detail.php?id=134069&k_title=先用权&k_content=先用权&k_author=)、ほか参<br />

照。<br />

-135-


・裁判所による司法判例⑤北京新辰陶磁器繊維製品会社が実用新案特許権侵害紛争で北京<br />

英特莱特種紡績有限会社を訴えた事件 20<br />

【裁判事項】<br />

上訴人(原審における被告人)である新辰会社が生産する製品は、被上訴人(原審にお<br />

ける原告)である北京英特莱特殊紡績有限会社の実用新案特許権を実施するために専用す<br />

る半製品である。このような半製品を生産するのは、他人に販売して、前記考案技術を実<br />

施することを目的としている。かつ、新辰会社は上記製品をその他の会社に既に販売した<br />

ことがあり、他人の上記実用新案特許権を侵害するに幇助した。<br />

英特莱会社による弁護士声明が出された後にも、新辰会社は依然として実用新案特許製<br />

品に専用する半製品を生産、販売していた。さらに、当該半製品に薄鉄鋼バンド及び接合<br />

用ボルトを付けて使用する必要があるとその取引先に告知した。つまり、その行為は主観<br />

的な悪意を有し、間接的に実用新案特許権を侵害した。これに対して、新辰会社は先使用<br />

権を主張した。<br />

しかし、当該製品自体は峰達会社が開発したものであり、新辰会社がその峰達会社との<br />

契約によって、当該製品を生産している。当該契約は委託加工契約であり、新辰会社は当<br />

該製品の開発に参与しなかったし、受譲などの合法的な方式で当該製品の技術の所有権を<br />

得たこともない。よって、新辰会社はその峰達会社に加工委託された製品について先使用<br />

権を主張することはできない。<br />

【事件の概要】<br />

劉学鋒は2000年4月28日に中国国家知的財産権特許局に名称が「耐火繊維複合防火断<br />

熱スクリーン」である実用新案特許出願を提出し、2001 年 3月1日に実用新案特許権を付<br />

与された。2001 年 5 月 28 日に中国国家知的財産権特許局の批准を受けて、実用新案特許<br />

権者が英特莱会社(本件の被上訴人(原審における原告))に変更された。劉学鋒、北京英<br />

特莱技術会社及び英特莱会社は、北京英特莱会社に実用新案特許権授権された日からの一<br />

切の権利及び義務を受継ぐと、2001 年 12 月 10 日に契約した。<br />

2001 年 1 月 26 日に新辰会社(本件の上訴人(原審における被告))は、峰達会社と「無<br />

機軟質防火スクリーン製品の協力協議」を調印した。この契約で、峰達会社はその設計・<br />

開発した無機軟質防火スクリーンシリーズ製品を新辰会社に委託加工することにした。ま<br />

た、峰達会社は技術指導を提供し、新辰会社の生産する製品は峰達会社の技術要件を満た<br />

さなければならないとした。さらに、協議は 2004 年 12 月に終了することにした。<br />

20 本判例においては、委託加工契約では技術等の合法的な取得が認められなかった。一般的には、委託加工契約におい<br />

て「合法的な取得」と解されるか否かは、実情によって異なると考えられる。例えば、依頼者は製品の加工を依頼する<br />

ときに、採用の技術及び生産の製品に対し制限しなければ(例えば、契約期限を満了した後、引き受け者が該技術を続<br />

けて利用して該製品を生産することができない制限等)、この場合には、「合法的な取得」と解すことができる。<br />

-136-


2001 年 7 月 14 日に、北京英特莱技術会社及び英特莱会社は『人民公安報』という新聞<br />

に弁護士声明を載せた。当該声明において、英特莱会社は耐火繊維複合防火断熱スクリー<br />

ンの実用新案特許権者であると主張した上で、実用新案特許製品の構造を説明し、かつ、<br />

許可されずに生産を目的にし、当該実用新案特許製品を生産・販売する法人及び個人にそ<br />

の権利侵害行為をやめなければ、法律の責任を負わなければならないと警告した。<br />

2001 年 9 月 6 日に、中国国家知的財産権特許局は当該実用新案特許について『実用新案<br />

検索報告』を作成、請求項 1~10 のすべては特許法第 22 条に規定した新規性、進歩性を有<br />

すると結論した。2001 年 10 月から 2002 年 4 月までの間に、新辰会社は深圳鵬基龍電安防<br />

有限会社、河南省温県スクリーン工場にかかわる製品を販売した。<br />

2002 年 6 月 18 日に、中国国家知的財産権特許局特許再審委員会(以下「特許再審委員<br />

会」という)は新辰会社が提出した実用新案特許権についての無効審判請求を受理した。<br />

この無効審判申立と北京東鉄熱陶磁有限会社により6月19日付けで提出した実用新案無効<br />

審判申立とを合弁審理し、2003年3月7日に当該実用新案の有効性を維持すると審決した。<br />

これらの事実をもとに、一審法院は審理を通じて、被告は原告の許可を得ずに原告の考<br />

案技術を実施した無機布基特級防火スクリーン及び無機布基防火スクリーンを断行で製造、<br />

販売しているため、原告の実用新案特許権を侵害した。その侵害責任を負い、侵害行為を<br />

停止し、原告のそれによる経済的な損失を賠償すべきであると認めた。<br />

一審の判決が言い渡された後に、被告である新辰会社はそれを不服とし、北京市高級人<br />

民法院に上訴した。上訴状において、新辰会社は峰達会社に所属する技術を利用して上記<br />

製品を設計・生産している。当該製品は英特莱会社の実用新案特許出願より前に企業基準<br />

が作成されていた。当該製品について国家の固定消火システム及び耐火部材品質監督検査<br />

センターによる検査報告書も発されたことがあるため、当該製品に対する先使用権を享有<br />

するとした。<br />

しかし、二審法院は、新辰会社は峰達会社との契約に基づいて上記製品を生産している<br />

だけで、当該製品自体は、峰達会社が開発したものであり、前記契約は委託加工契約であ<br />

る。新辰会社は当該製品の開発に参与しなかったし、受譲などの合法的な方式で当該製品<br />

の技術の所有権を得たこともない。よって、新辰会社はその峰達会社に加工委託された製<br />

品について先使用権を主張することはできないと認めた。そのため、二審判決では一審に<br />

おける被告である新辰会社は原告の実用新案特許権を侵害したとの判決を維持すると言い<br />

渡した。<br />

-137-


問11 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。<br />

先使用権の立証に際しては、技術に係る構想、予備調査、開発及びある範囲内で実施す<br />

るための全ての関連資料を保全して、先使用権による抗弁を行う時に証拠として利用でき<br />

るようにしておくべきである。その際、証拠と技術案との関連性及び証拠の統一性に注意<br />

すべきである。<br />

また、これらの先使用立証のための証拠は係争の対象となる特許技術を中心にまとめら<br />

れるべきであり、各種「必要な準備」行為と係争の特許技術との関連性を証明できなけれ<br />

ばならない。準備行為を行ったことのみ証明できたとしても、上記準備行為と係争中の特<br />

許技術との関連性を証明できない場合には、上記証拠は訴訟法に要求される関連性を失い、<br />

先使用の主張のための証拠力が低下してしまう。上記各種類型の証拠が、始まりから終わ<br />

りまで互いに整合した完備な一連の証拠を構成すれば、先使用の抗弁には非常に有利であ<br />

る。<br />

具体的な証拠としては以下のものがあげられる。<br />

・事業計画書、予備調査報告書、市場調査報告書、予算報告書などを保全すべきである。<br />

これらの技術実施前に行った準備作業は、独立で「必要な準備を整える」とは認められな<br />

いが、技術実施後の手続きにおける他の証拠とともに完備な一連の証拠を構成することに<br />

寄与することができる。<br />

・特許技術を実施する項目が行政審査許可を受けなければならないものである場合、行政<br />

機関の審査許可書類を保全し、該審査許可書類が実施しようとする特許技術と直接関連を<br />

有する証拠を保全すべきである。<br />

・当該技術を開発、実施する過程において行った各種試験、試作、討議、補正後の各種の<br />

書類、図面、設備、サンプル、通信会議記録などを、試験または討議の結果が成功か失敗<br />

かにかかわらず、できる限り保全すべきである。<br />

・その技術成果が関係機構による成果鑑定を通過した場合、技術成果鑑定に係る書類も保<br />

全すべきである。先使用者としては、特許技術製品を生産し、もしくは、特許方法を実施<br />

するための各種の設備(汎用設備及び専用設備を含む)、原料(特に、特許製品を生産し、も<br />

しくは、特許方法を実施するための不可欠な原材料)を購入する正本領収書を完全に保全す<br />

ることがより重要である。これは、今後先使用者がどのぐらいの範囲で引続き生産できる<br />

かに対して決定的な意義を有する。<br />

・特許製品又は特許方法に基づき製作した製品が各種の形で他の機構(会社、団体及び組<br />

織)に用いられた場合、当該他の機構が該製品を使用する証拠を保全すべきである。<br />

・研究ノート、公開されなかった特許出願書類、自分宛の書留なども証拠として有力であ<br />

-138-


る。<br />

また、上記各類型の証拠を公証して証拠力を向上させることも好ましい。<br />

先使用権者の立証要求について、下記判例が参考になる。<br />

・裁判所による司法判例②杭州西湖竹製型模板連合経営会社が建築用竹製ベニヤ型模板に<br />

関する特許権侵害紛争事件で徳清県莫干山竹製ベニヤ板工場を訴えた事件<br />

【裁判事項】<br />

上訴人(原審における原告)である杭州西湖竹製型模板連合経営会社(以下は聯営公司<br />

と称する)は、「被覆膜竹製人造建築型模板」の特許の使用許諾譲受人であり、かつ、契約<br />

書に基づいて独立提訴権を持っている。被上訴人(原審における被告)の浙江省徳清県莫<br />

乾山竹製ベニヤ型模板工場(以下は竹製ベニヤ板工場と称する)が製造した建築用竹製ベ<br />

ニヤ型模板の技術と原告の特許技術とは同じである。しかし、被告は、上記特許の出願日<br />

前に既に当該製品の製造、販売を行い、かつ、当初の範囲内で生産、販売するため、原告<br />

の特許権を侵害しない。<br />

【事件の概要】<br />

1992 年 11 月 26 日に、南京林業大学と杭州木材総工場は「被覆膜竹製人造建築型模板」<br />

という特許出願を提出し、1996 年4月6日に特許権を付与された。1996 年4月18日に、<br />

南京林業大学と杭州木材総工場は、聯営公司に対し独占実施許諾をした。契約書には、特<br />

許権侵害行為について三者共同又は独自で提訴権を行使することができるとされた。<br />

1998 年 7 月 8 日に聯営公司は、杭州市中級人民裁判所に提訴して、以下のことを要請し<br />

た。すなわち、竹製ベニヤ板工場が上記の特許権を侵害したため、被告に権利侵害行為を<br />

停止させ、侵害品及びその生産設備を廃棄し、経済的損失を賠償させるとともに、『浙江日<br />

報』に公開謝罪状を掲載するよう要請した。<br />

被告である竹製ベニヤ板工場は、当該特許の出願日前にこの製品を既に生産、販売した<br />

という理由で先使用権を享有すると主張した。<br />

杭州市中級人民裁判所は、審理を通じて、次のことを明らかにした。すなわち、<br />

(1)原告である聯営公司は、係争している特許製品「被覆膜竹製人造建築型模板」の使<br />

用許諾譲受人であり、当該特許が今でも有効であるので、法により原告の合法的な権利を<br />

保護するべきである<br />

(2)被告である竹製ベニヤ板工場の製造した製品は、原告の特許技術と同一であり、当<br />

該特許権の保護範囲に含まれている<br />

(3)被告である竹製ベニヤ板工場は 1987 年から、建築用竹製ベニヤ型模板の研究が始ま<br />

り、同年、浙江省科学技術委員会「星火計画」に入った。1990 年年始に当たって、従来の<br />

製品に基づいて、竹製ベニヤ型模板に木製単板及び紙が被覆される「被覆膜竹製ベニヤ」<br />

-139-


を開発した。1991 年 9 月に、中国型模板工程協会は、竹製ベニヤ板工場の「竹製ベニヤ型<br />

模板の施工応用科学技術成果鑑定」を受けた。その成果鑑定に係る竹製ベニヤ型模板には、<br />

前記「被覆膜竹製ベニヤ」も含まれている。当該被覆膜竹製ベニヤは、1991 年から、上海<br />

市普陀区住宅建築工程公司、江蘇省靖江市建築安装公司上海駐在工程処等の会社に使われ<br />

ていた。<br />

従って、杭州市中級人民裁判所は、第 1 審で被告の竹製ベニヤ板工場は、先使用権を有<br />

しており、従来の範囲内でその特許技術製品の製造、販売を続けていても特許権侵害とな<br />

らないと判決した。<br />

審決を言い渡した後、原告である聯営公司は、それを不服とし、浙江省高級人民裁判所<br />

に上訴した。第 2 審の裁判所は、審理を通じて上訴を却下し、第1審の判決を維持し、被<br />

告の先使用権による抗弁を支持した。<br />

本案において、被告より次の証拠を提出して、自分が先使用権を有していることを証明<br />

した。<br />

(1)浙江省科学技術委員会の『1987 年~1988 年浙江省「星火計画」項目に係る通達の発<br />

行について』、『浙江省科委 1989 年第 1 組鑑定技術の通達の発行について』<br />

(2)中国型模板工程協会の『竹製ベニヤ型模板の施工応用技術成果鑑定証明書』及び当<br />

該成果鑑定の依拠とする『フェノール接着剤竹製ベニヤ型模板の試験レポート』などの技<br />

術文献<br />

(3)被告の購入した型模板用被覆紙、ラワンシート、及び紙乾燥機、艶出し機などの専<br />

用設備の購入領収書オリジナル<br />

(4)徳清県林業局の紙乾燥機、艶出し機及び被覆紙ベニヤ型模板の専用設備についての<br />

取り扱い説明書<br />

(5)上海第 7 建築工程公司、上海市普陀区住宅建築工程公司、江蘇省靖江市建築安装公<br />

司上海駐在工程処から提供された被告の製品を使ったことを証明するもの、及び 1991 年に<br />

被告の竹製ベニヤ型模板を購入する領収書及び型板のサンプル<br />

(6)徳清県計画経済委員会の『莫乾山竹製ベニヤ型模板工場の技術改良項目を同意する<br />

旨の返答』、徳清県郷鎮企業局の『莫乾山竹製ベニヤ型模板工場の技術改良請求についての<br />

報告書』、及び同局に保留された『竹製ベニヤの開発についての実行性報告書』<br />

(7)鑑定委員会 21 メンバーの証人及び証言<br />

上記の証拠には、新規製品を開発するための計画書、技術改良についての実行性報告書、<br />

返答及び成果鑑定、これらの特定構造を有する型模板を反映・記載する最初の技術資料、<br />

21 多数の鑑定委員会が存在するが、知的財産権の専門問題に対する鑑定は、現在、規範された組織があり、当該組織は、<br />

中国司法部或は司法局の審査、批准を受けて、知的財産権に関する司法鑑定業務を展開している。例えば、華科知的財<br />

産権司法鑑定センター、中華全国弁理士協会が傘下した北京紫図知的財産権司法鑑定センターが挙げられる。<br />

-140-


この製品を開発するための被覆紙・ラワンシートを購入する領収書、この製品を生産する<br />

ために購入する設備、製品使用会社の証明、製品の品質を検査するために保留された型模<br />

板のサンプル、が含まれている。これらの証拠は、それぞれ政府の科学技術管理機関、業<br />

界管理機関、技術鑑定機関、施工使用会社及び鑑定委員会から収集され、各証拠が互いに<br />

整合・実証して、一連の証拠を構成している。<br />

-141-


[4]行政事例及び司法判例要旨一覧<br />

・特許管理局による行政事例<br />

①昆明市の A 工場が多機能電気ストーブに関する実用新案特許権侵害紛争事件で昆明市の<br />

B 工場を訴えた事件(雲南省特許管理処が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(中国<br />

特許紛争判例集)(第一集)(中国特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献<br />

出版社 1991 年 9 月出版)第 138~141 頁「多機能電気ストーブに関する実用新案特許権侵<br />

害紛争事件」<br />

【調停事項】<br />

申立人である昆明市の A 工場は、「多機能電気ストーブ」の実用新案特許権を有している。<br />

しかし、被申立人である昆明市の B 工場は、上記実用新案特許の出願日前に必要な製造準<br />

備を整えていた。従って、被申立人は、当該実用新案特許技術についての先使用権を有し<br />

ている。<br />

【事件の概要】<br />

昆明市の A 工場は、1986 年の前半期、自分で多機能電気ストーブの設計、製造をし、同<br />

年の 12 月 19 日に中国特許庁に実用新案特許出願を提出した。当該出願は、1988 年 2 月 21<br />

日に実用新案特許権を付与された。1987 年~1988 年の間に、当該製品は、昆明市場に出回<br />

っており、売行きが良かった。同時に、同工場は、昆明市の B 工場も同一な多機能電気ス<br />

トーブを製造しており、昆明市場に出回っていることを発見した。そこで、昆明市の A 工<br />

場は、雲南省昆明市特許管理処に、被申立人(B 工場の権利侵害行為を停止させるとともに、<br />

経済的損失を賠償させるように訴えた。<br />

雲南省昆明市特許管理処は、上記事件を受理した後、申立人(A 工場)の特許技術考案と<br />

被申立人の製品である「雲鴎」ブランドの電気ストーブの技術考案との分析、対比を行っ<br />

た。その結果、申立人の特許技術考案における独立クレームの保護範囲に、被申立人の製<br />

品における技術考案のすべてが含まれていることが判明した。なお、被申立人である昆明<br />

市の B 工場は、1986 年 10 月頃、既に「雲鴎」ブランドの電気ストーブのモデル‧マシンを<br />

試作し、同年の 12 月、当該製品を 70 台製造した。また、1987 年の 1 月頃には 287 台の販<br />

売契約を締結した。<br />

雲南省昆明市特許管理処は、上記事実に基づき、次の結論を下した。<br />

すなわち、被申立人である昆明市の B 工場は、先使用権を有しているため、A 工場に対<br />

する実用新案特許権侵害を構成していない。被申立人は、従来の範囲内で、同製品の製造、<br />

販売をすることができる。<br />

被申立人による当該製品の製造開始から申立人による調停要請の提出までの月平均生産<br />

-142-


量に基づいて年間生産量を計算し、この年間生産量は昆明市の B 工場に対する生産量の制<br />

限とする。すなわち、被申立人は、訴えられるまでの平均生産量により、「原有の範囲」を<br />

決められた。<br />

-143-


②湖北省某市の湖濱家具工場が実用新案特許権侵害紛争で湖北省某市の星火家具工場を訴<br />

えた事件(湖北省特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中国<br />

特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 166~<br />

168 頁「シェロ繊維製のシモンズ(Simmons)ベッドに関する実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

【調停事項】<br />

湖濱家具工場が「シェロ繊維製のシモンズ(Simmons)ベッド」の実用新案特許権を有し<br />

ている。自然人である庞氏は、その実用新案特許出願日前に、既に独自で同一製品を製造<br />

し、一定の範囲内で当該製品を使用しているため、先使用権を有している。その後、庞氏<br />

は、このようなシェロ繊維製のシモンズベッドを製造するために、星火家具工場を請け負<br />

い、同工場の法人代表者になった。よって、星火家具工場も先使用権を有している。<br />

最後に、双方の当事者は次のように和解協議の合意に達した。すなわち、被申立人であ<br />

る星火家具工場は、上記の製造及び販売行為が申立人である湖濱家具工場に対する実用新<br />

案特許権侵害行為を構成しない、従来の範囲を超えて同製品の製造及び販売をすることが<br />

できる。<br />

【事件の概要】<br />

申立人である湖濱家具工場は、1987 年 10 月 11 日に中国特許庁に「シェロ繊維製のシモ<br />

ンズ(Simmons)ベッド」の実用新案特許出願を提出し、1988 年 10 月 27 日に実用新案特<br />

許権を付与された。権利付与された後、湖濱家具工場は、星火家具工場が市場で湖濱家具<br />

工場の実用新案特許製品の構造と同一なシモンズベッドを販売していることを発見した。<br />

湖濱家具工場は、1989 年 4 月 25 日に湖北省特許管理局に特許権侵害紛争事件で訴えて、<br />

被申立人である星火家具工場に権利侵害行為を停止させるとともに、この侵害行為により<br />

実用新案特許権者に与えた損失を賠償させるよう要請した。<br />

特許管理局は、審理を通じて次のことを明らかにした。すなわち、被申立人である星火<br />

家具工場の製造したシモンズベッドは、その技術的特徴が申立人湖濱家具工場の実用新案<br />

特許製品であるシェロ繊維製のシモンズベッドの技術的特徴と全く同一であるため、申立<br />

人の技術考案の保護範囲に該当している。さらに、1986 年 12 月頃、庞氏と何氏は、個人<br />

労働者の名義で、ある幹部休養所とシモンズベッド 110 個の加工契約を締結していた。そ<br />

して1987年2月6日に、庞氏と何氏は、同幹部休養所に行って正式にシモンズベッドを製<br />

造し始め、同年の 7 月 31 日に、その製造作業が全部終わった。その作業が終わってから、<br />

庞氏は、同幹部休養所に所属する星火家具工場を請け負い、同工場の工場長になった。<br />

調停において、申立人である湖濱家具工場と被申立人である星火家具工場は、自らの希<br />

望により次のように和解協議の合意に達した。<br />

すなわち、<br />

-144-


(1)湖濱家具工場は、星火家具工場の両用のシモンズベッドの製造が湖濱家具工場に対<br />

する実用新案特許権侵害行為を構成しないと認めたこと、<br />

(2)星火家具工場が自社の範囲内でシモンズベッドの製造、販売を生産量の制限を受け<br />

ることなく、すなわち星火家具工場は、「従来の範囲」を超えて当該シモンズベッドを製造<br />

すること、<br />

である。<br />

-145-


④呉氏が実用新案特許権侵害紛争で福建省三明市電化工場を訴えた事件(福建省特許管理<br />

局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中国特許局特許管理部・最高人<br />

民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 196~198 頁「結晶シリコン炉用<br />

新型電極支持体の省エネルギー装置に関する実用新案特許権侵害紛争」<br />

【調停事項】<br />

請求人である呉氏は、結晶シリコン炉新型電極把持器省エネルギー装置を発明し、中国<br />

特許局に実用新案特許を出願して、実用新案特許を受けた。該実用新案特許が授権された<br />

後、呉氏はある電化工場の製品が自分の実用新案特許製品を模倣していることを発見し、<br />

福建省特許管理局に調査処理するよう要請した。福建省特許管理局は、審理により、被請<br />

求人が結晶シリコン炉に使用した装置は請求人の実用新案特許保護範囲に該当しており、<br />

かつ、出願日までに必要な準備が整っていなかったため、先使用権を享有しないと認めて<br />

いる。<br />

【事件の概要】<br />

請求人である呉氏は、結晶シリコン炉新型電極把持器省エネルギー装置を発明し、1989<br />

年 8 月 17 日に、中国特許局に実用新案特許を出願して、1990 年6月13日に実用新案特許<br />

を授与された。1990 年 1 月に入って、実用新案特許権者である呉氏はある電化工場がその<br />

2 台の製品に自分の実用新案特許設備を模倣していることを発見し、交渉したが話がまと<br />

まらなかったため、1990 年9月14日に福建省特許管理局に調査処理するよう要請した。<br />

福建省特許管理局は、審理により、被請求人の使用した製品は請求人の実用新案特許保<br />

護範囲に該当していると認定した。また、電化工場が 1989 年 6 月に該工場の技術者による<br />

技術難関解決グループを成立させ、7 月に初歩的な図面を定め、8 月に正式な図面を設計で<br />

きたこと、さらには、9 月に設備を手配して製作をし、12 月には取り付けを仕上げ、1990<br />

年 1 月に炉を始動させ、かつ、運行することができたことを認定した。すなわち、実用新<br />

案特許出願日までには図面設計のみが完成しており、その他の実質的な支出と投資はなか<br />

った。よって、「既に必要な準備を整えた」とはみなすことができず、先使用権による抗弁<br />

は成り立っていない、とした。<br />

-146-


⑥陶氏が携帯式消火器に関する実用新案特許権侵害紛争で浙江省のある消防器材工場を訴<br />

えた事件(浙江省特許管理局が調停済み)――『中国特許糾紛案例選編』(第一集)(中国<br />

特許庁特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出版社 1991 年 9 月出版)第 215~<br />

218 頁「消火器に関する実用新案特許権侵害紛争事件」<br />

【調停事項】<br />

陶氏は、一種類の消火器の実用新案特許権の合法所有者である。ある消防器材工場が生<br />

産した二種類の消火器製品は上記技術考案の独立クレームの序文部分と全く同様であり、<br />

かつ、その特徴記述部分と実質的な差異もないので、当該技術考案の保護範囲に含まれて<br />

いる。そして、当該消火器の販売日は上記実用新案特許の出願日よりも遅い。<br />

しかし、同工場は、上記実用新案特許の出願日までに該製品の生産準備を整え、実用新<br />

案特許技術製品の技術的特徴と同様な消火器を既に作り上げ、かつ、従前の範囲に限って<br />

製造を継続している。特許法第 63 条の規定により、同消防器材工場は「先使用権」を有し、<br />

従前の範囲に限る製造行為は申立人である陶氏の実用新案特許権を侵害しない。<br />

【事件の概要】<br />

1987 年 8 月 22 日に、某県の消防消火器工場は、改良された携帯式消火器をもって中国<br />

特許庁に実用新案特許出願を提出し、1988 年9月1日に実用新案特許権を付与された。陶<br />

氏は、1989年7月1日に同工場と実用新案特許譲渡契約を締結した。当該譲渡契約書は中<br />

国特許庁により登録され、1990 年6月6日に公告された。これにより、陶氏は実用新案特<br />

許権利者となっている。1990 年 9 月 6 日に、陶氏は、某市の消防器材工場の製造した「MS7<br />

型携帯式酸アルカリ消火器」と「MP6 型泡沫消火器」が権利侵害製品に属することを理由<br />

にして、浙江省特許管理局に調停の申立を提出した。<br />

消防器材工場は、答弁通知書を受け取った後、指定した期限内に答弁書を提出した。当<br />

該答弁書において、該工場が 1986 年以来、消火器を試作してきた経緯を述べており、現在<br />

の製品は、当該工場の技術者らが従来技術と関係規定に基づいて逐次に開発したものであ<br />

り、実用新案特許権者の実用新案特許技術を模倣して造ったことはなく、そして、権利侵<br />

害と告発された「環状オー‧リング付き消火器」は、出願日前に既に試験的に販売した、と<br />

主張した。さらに、実用新案特許製品が当該工場の製品とは異なる製造方法を有し、「均等<br />

切替」も成立していないと考えていると主張した。<br />

浙江省特許管理局は、本事件の審理を通じて、次の事実を認定した。すなわち、<br />

(1)陶氏が消火器の実用新案特許権の合法所有者であり、当該実用新案特許は今でも有<br />

効のため、法律による保護を受けるべきである、<br />

(2)消防器材工場の製造した「MS7 型携帯式酸アルカリ消火器」と「MP6 型泡沫消火器」<br />

は、実用新案特許の独立クレームに書いた技術考案の序文部分の技術的特徴と全く同じで<br />

-147-


あり、かつその特徴記述部分の技術的特徴と実質的な差異もない。従って、当該工場の製<br />

品は、上記技術考案の保護範囲に含まれている、<br />

(3)消防器材工場が用いた、螺子接続及びオー‧リングを環状の凹溝に入れるシール方式<br />

は実用新案特許出願日より早い。これは、当該工場が 1987 年6月15日に完成した「カバ<br />

ー完備品」の設計図、携帯式アルミヘッド及び公安局消防支局からの証明材料により実証<br />

できる、<br />

(4)当該消防器材工場は、消火器を生産するために設立したものであり、1987 年の始め<br />

頃、消火器のケースを製造するために 15 トンの鋼板を購入した。上記実用新案特許出願日<br />

前に既に 3000 平米にわたる工場敷地と建築面積が 980 平米の職場建物を有し、従業員数は<br />

25 名で、設備帳簿には、プレス機、板曲げロール、ガレージ、アーク溶接機など 14 台の<br />

専用設備が記載されており、該工場は今でも当初の規模を保っている。そして、その製品<br />

の販売日は実用新案特許出願日より遅いにもかかわらず、該工場は、実用新案特許出願日<br />

前に該実用新案特許技術を実施するための各種類の必要な準備を整えてあり、実用新案特<br />

許の技術的特徴と同様な消火器を試作していた。<br />

よって、被申立人である某市の消防器材工場は、先使用権を有しており、従来の範囲に<br />

限って当該消火器の製造、販売を続けることができる。従って、申立人の処分請求を却下<br />

する。<br />

-148-


・裁判所による司法判例<br />

①某市の電器スイッチ工場が高圧隔離スイッチに関する実用新案特許権侵害紛争で、某省<br />

の象山高圧電器工場を訴えた事件(杭州市中級人民法院が裁判した事件)――『中国特許<br />

糾紛案例選編』(第一集)(中国特許局特許管理部・最高人民法院経済庭編集、特許文献出<br />

版社 1991 年 9 月出版)第 99~101 頁「被告側の製造行為に先使用権を認められない」<br />

【裁判事項】<br />

原告である電器開閉器工場はある高圧電器研究所とともに、「隔離開閉器のスイッチと縮<br />

み装置」を名称としたものを設計・開発し、かつ、1986 年 7月3日に中国特許局に実用新<br />

案特許出願を提出した。そして、1987 年 8 月 12 日に、該実用新案特許出願は実用新案特<br />

許を付与された。被告は実用新案特許出願日前に試作する任務書のみを下し、すなわち、<br />

解決しようとする課題のみを提出し、具体的な技術考案に及んでおらず、その他の製造に<br />

かかわる準備作業はいずれもその後、続々と仕上がったものである。よって、裁判所は、<br />

被告は出願日までに必要な準備が整っていなかったため、先使用権を享有しないと認めた。<br />

【事件の概要】<br />

GN22 型の室内高圧隔離開閉器、すなわち「隔離開閉器のスイッチと縮み装置」は、原告<br />

である電器開閉器工場とある高圧電器研究所と共同に設計・開発したもので、かつ、1986<br />

年7月3日に中国特許局に実用新案特許出願を提出した。そして、1987 年 8 月 12 日に、<br />

該実用新案特許出願は実用新案特許を付与された。被告である象山高圧電器工場は 1986<br />

年 5 月に製品を試作する任務書を下した。該任務書では解決しようとする課題のみを提出<br />

したが、具体的な技術考案に及んでいない。象山高圧電器工場の、該製品に用いられる専<br />

用道具、ダイス及びグリッパーは 1986 年 8 月中に 4 組しか仕上っておらず、該専用製品を<br />

実際に製造する専用道具、ダイス及びグリッパーは 39 組を必要とするが、製品の最終図面<br />

は 1988 年 3 月になって初めて仕上がったのである。<br />

1986 年 12 月 29 日に、象山県機電重工化学工業局は通達を下し、GN22-10 高圧隔離開閉<br />

器を 1987 年の新製品開発のラインアップに入れることとしたが、その「必要な準備」は実<br />

用新案特許出願日までに出来上がっていなかったので、先使用権を享有しないとされた。<br />

なお、裁判所の調査にて、被告が 1987 年 5 月後に試験的に生産した製品は規格サイズ、<br />

名称が原告の実用新案特許製品と同様であるばかりでなく、製品の構造も同一であるため、<br />

原告の実用新案特許権の保護範囲に該当しており、実用新案特許侵害となっていることが<br />

明らかにされている。<br />

-149-


②杭州西湖竹製型模板連合経営会社が建築用竹製ベニヤ型模板に関する特許権侵害紛争事<br />

件で徳清県莫干山竹製ベニヤ板工場を訴えた事件(判例番号は見つかっていない)、第一 審<br />

裁判所が杭州市中級人民法院であり、第二審裁判所が浙江省高級人民法院である――杭州<br />

市知的所有権ネット<br />

http://www.hzipo.com/yasf/indexyasf5.htm<br />

【裁判事項】<br />

上訴人(原審における原告)である杭州西湖竹製型模板連合経営会社(以下は聯営公司<br />

と称する)は、「被覆膜竹製人造建築型模板」の特許の使用許諾譲受人であり、かつ、契約<br />

書に基づいて独立提訴権を持っている。被上訴人(原審における被告)の浙江省徳清県莫<br />

乾山竹製ベニヤ型模板工場(以下は竹製ベニヤ板工場と称する)が製造した建築用竹製ベ<br />

ニヤ型模板の技術と原告の特許技術とは同じである。しかし、被告は、上記特許の出願日<br />

前に既に当該製品の製造、販売を行い、かつ、当初の範囲内で生産、販売するため、原告<br />

の特許権を侵害しない。<br />

【事件の概要】<br />

1992 年 11 月 26 日に、南京林業大学と杭州木材総工場は「被覆膜竹製人造建築型模板」<br />

という特許出願を提出し、1996 年4月6日に特許権を付与された。1996 年4月18日に、<br />

南京林業大学と杭州木材総工場は、聯営公司に対し独占実施許諾をした。契約書には、特<br />

許権侵害行為について三者共同又は独自で提訴権を行使することができるとされた。<br />

1998 年 7 月 8 日に聯営公司は、杭州市中級人民裁判所に提訴して、以下のことを要請し<br />

た。すなわち、竹製ベニヤ板工場が上記の特許権を侵害したため、被告に権利侵害行為を<br />

停止させ、侵害品及びその生産設備を廃棄し、経済的損失を賠償させるとともに、『浙江日<br />

報』に公開謝罪状を掲載するよう要請した。<br />

被告である竹製ベニヤ板工場は、当該特許の出願日前にこの製品を既に生産、販売した<br />

という理由で先使用権を享有すると主張した。<br />

杭州市中級人民裁判所は、審理を通じて、次のことを明らかにした。すなわち、<br />

(1)原告である聯営公司は、係争している特許製品「被覆膜竹製人造建築型模板」の使<br />

用許諾譲受人であり、当該特許が今でも有効であるので、法により原告の合法的な権利を<br />

保護するべきである<br />

(2)被告である竹製ベニヤ板工場の製造した製品は、原告の特許技術と同一であり、当<br />

該特許権の保護範囲に含まれている<br />

(3)被告である竹製ベニヤ板工場は 1987 年から、建築用竹製ベニヤ型模板の研究が始ま<br />

り、同年、浙江省科学技術委員会「星火計画」に入った。1990 年年始に当たって、従来の<br />

製品に基づいて、竹製ベニヤ型模板に木製単板及び紙が被覆される「被覆膜竹製ベニヤ」<br />

を開発した。1991 年 9 月に、中国型模板工程協会は、竹製ベニヤ板工場の「竹製ベニヤ型<br />

-150-


模板の施工応用科学技術成果鑑定」を受けた。その成果鑑定に係る竹製ベニヤ型模板には、<br />

前記「被覆膜竹製ベニヤ」も含まれている。当該被覆膜竹製ベニヤは、1991 年から、上海<br />

市普陀区住宅建築工程公司、江蘇省靖江市建築安装公司上海駐在工程処等の会社に使われ<br />

ていた<br />

従って、杭州市中級人民裁判所は、第 1 審で被告の竹製ベニヤ板工場は、先使用権を有<br />

しており、従来の範囲内でその特許技術製品の製造、販売を続けていても特許権侵害とな<br />

らないと判決した。<br />

審決を言い渡した後、原告である聯営公司は、それを不服とし、浙江省高級人民裁判所<br />

に上訴した。第 2 審の裁判所は、審理を通じて上訴を却下し、第1審の判決を維持し、被<br />

告の先使用権による抗弁を支持した。<br />

本案において、被告より次の証拠を提出して、自分が先使用権を有していることを証明<br />

した。<br />

(1)浙江省科学技術委員会の『1987 年~1988 年浙江省「星火計画」項目に係る通達の発<br />

行について』、『浙江省科委 1989 年第 1 組鑑定技術の通達の発行について』<br />

(2)中国型模板工程協会の『竹製ベニヤ型模板の施工応用技術成果鑑定証明書』及び当<br />

該成果鑑定の依拠とする『フェノール接着剤竹製ベニヤ型模板の試験レポート』などの技<br />

術文献<br />

(3)被告の購入した型模板用被覆紙、ラワンシート、及び紙乾燥機、艶出し機などの専<br />

用設備の購入領収書オリジナル<br />

(4)徳清県林業局の紙乾燥機、艶出し機及び被覆紙ベニヤ型模板の専用設備についての<br />

取り扱い説明書<br />

(5)上海第 7 建築工程公司、上海市普陀区住宅建築工程公司、江蘇省靖江市建築安装公<br />

司上海駐在工程処から提供された被告の製品を使ったことを証明するもの、及び 1991 年に<br />

被告の竹製ベニヤ型模板を購入する領収書及び型板のサンプル<br />

(6)徳清県計画経済委員会の『莫乾山竹製ベニヤ型模板工場の技術改良項目を同意する<br />

旨の返答』、徳清県郷鎮企業局の『莫乾山竹製ベニヤ型模板工場の技術改良請求についての<br />

報告書』、及び同局に保留された『竹製ベニヤの開発についての実行性報告書』<br />

(7)鑑定委員会メンバーの証人及び証言<br />

上記の証拠には、新規製品を開発するための計画書、技術改良についての実行性報告書、<br />

返答及び成果鑑定、これらの特定構造を有する型模板を反映・記載する最初の技術資料、<br />

この製品を開発するための被覆紙・ラワンシートを購入する領収書、この製品を生産する<br />

ために購入する設備、製品使用会社の証明、製品の品質を検査するために保留された型模<br />

板のサンプル、が含まれている。これらの証拠は、それぞれ政府の科学技術管理機関、業<br />

界管理機関、技術鑑定機関、施工使用会社及び鑑定委員会から収集され、各証拠が互いに<br />

整合・実証して、一連の証拠を構成している。<br />

-151-


③王燕利が意匠特許権侵害紛争で北京市昌平区葬儀館を訴えた事件(北京市第一中級人民<br />

法院民事判決(2005)一中民初字第 10707 号)――北京大学法律情報ネット──法規セン<br />

ター<br />

http://law.chinalawinfo.com/index.asp<br />

【裁判事項】<br />

被告である昌平区葬儀館の販売、使用した弔い球の形状は意匠特許権者である原告の意<br />

匠特許製品に比べて、消費者に類似製品の全体印象を与える。しかし、被告は、本意匠特<br />

許の出願日前に、当該製品の販売、使用を始めた。原告は、被告がその出願日前の従来範<br />

囲を超えて当該製品の販売、使用をしたことを証明できなかった。従って、被告である昌<br />

平区葬儀館の先使用権の抗弁が成立でき、原告に対する意匠特許権侵害を構成しない。<br />

【事件の概要】<br />

原告である王燕利は、2004 年 3 月 2 日に中国国家知的財産権局特許局に、名称が「葬儀<br />

気球」である意匠特許出願を提出した。この出願は、2004 年9月22日に意匠特許権を授<br />

与された。<br />

原告は、2005 年 9 月、北京市第一中級人民裁判所に民事訴訟を提起し、被告に侵害行為<br />

を停止させ、侵害品を廃棄させ、経済的損失を賠償させるよう要請した。<br />

被告は次のように反駁した。すなわち、原告の「葬儀気球」意匠特許は特許法に規定さ<br />

れた「新設計」でなく、意匠特許の授与条件を満たしていない。原告の意匠特許出願日前<br />

に同じ製品が葬儀業界で広範囲にわたって使用されており、被告である昌平区葬儀館は、<br />

原告の意匠特許出願日前に既に同じ製品を使用したので、先使用権を享有している。<br />

裁判所は、審理を通じて次のことを明らかにした。まず、原告である王燕利は、2004 年<br />

9 月 22 日に意匠特許権を授与された後、北京永林保潔服務有限会社と三年間の意匠特許使<br />

用権譲渡契約を締結した。使用期間は 2005 年 2 月 20 日から 2007 年 2 月 17 日までである。<br />

次に、被告は 2003 年 3 月 1 日のある告別葬式で撮影した光ディスクを提供した。これは、<br />

被告が意匠特許出願日前に原告の意匠特許製品と類似している製品が販売、使用されたこ<br />

とを証明するものである。<br />

上記事実から裁判所は次のように認めている。すなわち、原告である王燕利の意匠特許<br />

権は、有効であるので、法律による保護を受けるべきである。しかし、被告がその意匠特<br />

許出願日前に既にその製品の販売、使用をしてしまったので、被告である昌平区葬儀館は、<br />

先使用権を持っている。従って、原告の訴訟請求を却下する、とした。<br />

-152-


④ハンスグロー株式会社(Hansgrohe AG)が意匠特許権侵害紛争で広州市アポロ建築材料<br />

科学技術有限会社等を訴えた事件(北京市第二中級人民法院民事判決(2004)二中民初字<br />

第 00036 号)――北京大学法律情報ネット──法規センター<br />

http://law.chinalawinfo.com/index.asp<br />

【審判事項】<br />

原告であるハンスグロー株式会社(ドイツ)は、名称が「シャワー装置」という意匠特<br />

許権者である。被告であるアポロ建築材料会社及びアポロ潔具(浴室‧トイレット用品)会<br />

社が生産した「APOLLOA-0814」シャワー装置は、原告の意匠特許権製品とは外観上類似す<br />

るため、原告の意匠特許保護範囲に含まれている。<br />

被告であるアポロ潔具会社は、原告が所有する意匠特許の出願日前に「APOLLOA-0814」<br />

シャワー装置を生産、販売し始めた。しかし、証拠が不足であり、その提出された証拠は、<br />

上記生産及び販売の行為が原告の意匠特許出願の優先日よりも早いとは証明できなかった。<br />

そのため、先使用権は享有していない。<br />

つまり、被告であるアポロ建築材料有限会社は、合法的に授権されずに原告の意匠特許<br />

製品の外観に類似する製品を生産、販売したため、原告の意匠特許権を侵害した。また、<br />

販売会社である北京中徳利会社は、上記権利侵害の製品を販売したため、北京中徳利会社<br />

も、原告の意匠特許権を侵害した。<br />

【事件の概要】<br />

原告であるハンスグロー株式会社は、2001 年7月4日に中国国家知的財産権特許局に名<br />

称が「シャワー装置」という意匠特許出願を提出し、2002 年4月17日に意匠特許権を付<br />

与された。ハンスグロー株式会社は意匠特許出願を提出する際に、中国国家知的財産権特<br />

許局にそれに対応するドイツ出願の出願書類を提出した。当該ドイツ出願は既にドイツで<br />

権利化されていた。その優先日は 2001 年1月4日であり、当該優先権の主張が中国国家知<br />

的財産権特許局に認められた。<br />

アポロ潔具会社は、2001 年 3 月から広州市番禹区沙湾福陇海威船舶玻璃钢制品工場に<br />

「APOLLOA-0814」シャワー用ガラス仕切り板部材の生産を委託した。同年 4 月、アポロ潔<br />

具会社は広州市华信彩印工場有限会社に「APOLLOA-0814」シャワー用ガラス仕切り板部材<br />

等の系列製品カタログの印刷を委託した。「APOLLOA-0814」シャワー用ガラス仕切り板の最<br />

初の出荷日は 2001 年 6 月 2 日である。2001 年 7 月頃、アポロ潔具会社は、広州で主催し<br />

た「第三回中国(広州)国際建築装飾博覧会」でその製品を展示した。「APOLLOA-0814」シ<br />

ャワー用ガラス仕切り板も製品の一つとして出品された。アポロ建築材料有限会社は 2002<br />

年 2 月 8 日に設立された。その経営範囲は、衛生潔具の生産及び販売である。当該会社は<br />

設立してから、次第にアポロ潔具会社の生産・販売業務を引き受けて、「APOLLOA-0814」シ<br />

-153-


ャワー用ガラス仕切り板もその製品の一つである。北京中徳利会社は上記製品の販売に従<br />

事した。<br />

人民法院は審理を通じて、<br />

(1)アポロ潔具会社が生産した「APOLLOA-0814」製品は、原告に所有する意匠特許製品の<br />

外観に類似しているため、原告の意匠特許保護範囲に含まれている、<br />

(2)被告から提出した証拠は、その生産、販売行為が前記意匠特許権の出願日前にあった<br />

と証明できるが、前記意匠特許権の優先日前に前記「APOLLOA-0814」製品を生産、販売し<br />

たとは証明できないし、前記優先日前に当該製品の生産に必要な準備を整えておいたこと<br />

を証明できない、<br />

ことを認定した。そのため、先使用権の主張は認められないとした。<br />

即ち、被告であるアポロ建築材料有限会社は 2002 年 2 月に設立された後に、次第にアポ<br />

ロ潔具会社の生産・販売業務を受継ぎ、意匠特許権者の許可も得ずに「APOLLOA-0814」製<br />

品の生産、販売をした。従って、権利侵害に該当する。また、北京中徳利会社による上記<br />

製品の販売も、意匠特許権者の許可を得ていないため、原告の意匠特許権を侵害したとし<br />

た。<br />

-154-


⑤北京新辰陶磁器繊維製品会社が実用新案特許権侵害紛争で北京英特莱特種紡績有限会社<br />

を訴えた事件(北京市高級人民法院民事判決(2003)高民終字第 503 号)―─北京大学法<br />

律情報ネット──法規センター<br />

http://law.chinalawinfo.com/index.asp<br />

【裁判事項】<br />

上訴人(原審における被告人)である新辰会社が生産する製品は、被上訴人(原審にお<br />

ける原告)である北京英特莱特殊紡績有限会社の実用新案特許権を実施するために専用す<br />

る半製品である。このような半製品を生産するのは、他人に販売して、前記考案技術を実<br />

施することを目的としている。かつ、新辰会社は上記製品をその他の会社に既に販売した<br />

ことがあり、他人の上記実用新案特許権を侵害するに幇助した。<br />

英特莱会社による弁護士声明が出された後にも、新辰会社は依然として実用新案特許製<br />

品に専用する半製品を生産、販売していた。さらに、当該半製品に薄鉄鋼バンド及び接合<br />

用ボルトを付けて使用する必要があるとその取引先に告知した。つまり、その行為は主観<br />

的な悪意を有し、間接的に実用新案特許権を侵害した。これに対して、新辰会社は先使用<br />

権を主張した。<br />

しかし、当該製品自体は峰達会社が開発したものであり、新辰会社がその峰達会社との<br />

契約によって、当該製品を生産している。当該契約は委託加工契約であり、新辰会社は当<br />

該製品の開発に参与しなかったし、受譲などの合法的な方式で当該製品の技術の所有権を<br />

得たこともない。よって、新辰会社はその峰達会社に加工委託された製品について先使用<br />

権を主張することはできない。<br />

【事件の概要】<br />

劉学鋒は2000年4月28日に中国国家知的財産権特許局に名称が「耐火繊維複合防火断<br />

熱スクリーン」である実用新案特許出願を提出し、2001 年 3月1日に実用新案特許権を付<br />

与された。2001 年 5 月 28 日に中国国家知的財産権特許局の批准を受けて、実用新案特許<br />

権者が英特莱会社(本件の被上訴人(原審における原告))に変更された。劉学鋒、北京英<br />

特莱技術会社及び英特莱会社は、北京英特莱会社に実用新案特許権授権された日からの一<br />

切の権利及び義務を受継ぐと、2001 年 12 月 10 日に契約した。<br />

2001 年 1 月 26 日に新辰会社(本件の上訴人(原審における被告))は、峰達会社と「無<br />

機軟質防火スクリーン製品の協力協議」を調印した。この契約で、峰達会社はその設計・<br />

開発した無機軟質防火スクリーンシリーズ製品を新辰会社に委託加工することにした。ま<br />

た、峰達会社は技術指導を提供し、新辰会社の生産する製品は峰達会社の技術要件を満た<br />

さなければならないとした。さらに、協議は 2004 年 12 月に終了することにした。<br />

2001 年 7 月 14 日に、北京英特莱技術会社及び英特莱会社は『人民公安報』という新聞<br />

に弁護士声明を載せた。当該声明において、英特莱会社は耐火繊維複合防火断熱スクリー<br />

-155-


ンの実用新案特許権者であると主張した上で、実用新案特許製品の構造を説明し、かつ、<br />

許可されずに生産を目的にし、当該実用新案特許製品を生産・販売する法人及び個人にそ<br />

の権利侵害行為をやめなければ、法律の責任を負わなければならないと警告した。<br />

2001 年 9 月 6 日に、中国国家知的財産権特許局は当該実用新案特許について『実用新案<br />

検索報告』を作成、請求項 1~10 のすべては特許法第 22 条に規定した新規性、進歩性を有<br />

すると結論した。2001 年 10 月から 2002 年 4 月までの間に、新辰会社は深圳鵬基龍電安防<br />

有限会社、河南省温県スクリーン工場にかかわる製品を販売した。<br />

2002 年 6 月 18 日に、中国国家知的財産権特許局特許再審委員会(以下「特許再審委員<br />

会」という)は新辰会社が提出した実用新案特許権についての無効審判請求を受理した。<br />

この無効審判申立と北京東鉄熱陶磁有限会社により6月19日付けで提出した実用新案無効<br />

審判申立とを合弁審理し、2003年3月7日に当該実用新案の有効性を維持すると審決した。<br />

これらの事実をもとに、一審法院は審理を通じて、被告は原告の許可を得ずに原告の考<br />

案技術を実施した無機布基特級防火スクリーン及び無機布基防火スクリーンを断行で製造、<br />

販売しているため、原告の実用新案特許権を侵害した。その侵害責任を負い、侵害行為を<br />

停止し、原告のそれによる経済的な損失を賠償すべきであると認めた。<br />

一審の判決が言い渡された後に、被告である新辰会社はそれを不服とし、北京市高級人<br />

民法院に上訴した。上訴状において、新辰会社は峰達会社に所属する技術を利用して上記<br />

製品を設計・生産している。当該製品は英特莱会社の実用新案特許出願より前に企業基準<br />

が作成されていた。当該製品について国家の固定消火システム及び耐火部材品質監督検査<br />

センターによる検査報告書も発されたことがあるため、当該製品に対する先使用権を享有<br />

するとした。<br />

しかし、二審法院は、新辰会社は峰達会社との契約に基づいて上記製品を生産している<br />

だけで、当該製品自体は、峰達会社が開発したものであり、前記契約は委託加工契約であ<br />

る。新辰会社は当該製品の開発に参与しなかったし、受譲などの合法的な方式で当該製品<br />

の技術の所有権を得たこともない。よって、新辰会社はその峰達会社に加工委託された製<br />

品について先使用権を主張することはできないと認めた。そのため、二審判決では一審に<br />

おける被告である新辰会社は原告の実用新案特許権を侵害したとの判決を維持すると言い<br />

渡した。<br />

-156-


⑥黄永霞氏等と臨武県金福科学技術食品有限会社との意匠特許権侵害紛争上訴事件(湖南<br />

省高級人民法院民事判決 湘高法民三終字第 54 号)――北京大学法律情報ネット──法規<br />

センター<br />

http://law.chinalawinfo.com/index.asp<br />

【審判事項】<br />

上訴人(原審原告)である黄永霞氏は 1999 年9月9日に中国国家知的財産権特許局に意<br />

匠特許出願し、2000 年3月10日に酒瓶に関する意匠特許権を授権された。被控訴人(原<br />

審被告)である湘西自治州集団酒業有限会社(以下単に土家人会社)が生産した「金瑶王」<br />

酒瓶は控訴人である黄永霞の前記意匠特許権製品と全体的に類似しているため、原告の意<br />

匠特許保護範囲に含まれ、控訴人の意匠特許権を侵害した。<br />

被告はその先使用権を享有すべきだと主張したが、一審において、証拠を提出しなかっ<br />

た。そのため、その先使用権の主張は法院に認められていない。二審において、被控訴人<br />

土家人会社は再び先使用権で抗弁した。しかし、提出した証拠はその先使用権の主張に不<br />

十分であるため、先使用権の主張は成立しなかった。<br />

【事件の概要】<br />

上訴人黄永霞氏は 1999 年 9月9日に中国国家知的財産権特許局に意匠登録出願し、2000<br />

年 3 月 10 日に酒瓶に関する意匠特許権を授権された。<br />

2003 年 6 月に黄永霞氏は、金福会社が生産、販売した「金瑶王」酒は郴州において、大<br />

小問わず様々な店舗で販売されていることを発見し、2004 年 12 月 22 日に湖南省湘知司法<br />

鑑定所に技術鑑定を申請した。湖南省湘知司法鑑定所は 2004 年 12 月 27 日に「「金瑶王」<br />

酒瓶は当該意匠特許と類似している」という結論を出した。つまり、「金瑶王」酒瓶は当該<br />

意匠特許と類似しているため、原告の意匠特許保護範囲に含まれている。法院の調査によ<br />

ると、「金瑶王」酒瓶は土家人会社に設計され、金福会社に販売したものである。<br />

控訴人は2005年1月24日に法院に提訴し、土家人会社、金福会社及び金福会社の元の<br />

株主黄程金三被告に侵害行為を停止し、原告の経済的な損失を賠償せよと請求した。一審<br />

法院は、被告人である土家人会社が生産した「金瑶王」酒瓶のサンプルは意匠特許と類似<br />

し、当該意匠特許の保護範囲に含まれている、と認定した。被告人である土家人会社は先<br />

使用権の享有で抗弁したが、一審審判の挙証期間内に先使用権を享有する証拠を提出しな<br />

かった。そのため、その先使用権の主張は法院に認められず、法院は、土家人会社、金福<br />

会社の侵害が成立する、上記二被告は「金瑶王」酒瓶の生産、販売を早急に停止し、黄永<br />

霞氏の経済的な損失を共同で賠償せよとの判決を言い渡した。一審判決の後に、原告の黄<br />

永霞氏は判決を不服とし、湖南省高級人民法院に控訴した。<br />

二審において、被控訴人土家人会社は再び先使用権で抗弁した。その理由は次のとおり<br />

-157-


である。土家人会社の前身は保靖県民族家具工場であり、1997 年 5 月 10 日、1997 年 10<br />

月10日、1998年5月17日にそれぞれ金福会社及び「瑶王酒工場」のために三回にわたり<br />

瑶王シリーズの酒瓶を生産した。土家人会社の使用は先であり、控訴人の意匠特許出願は<br />

後である。よって、控訴人の意匠特許権を侵害することはない。かつ、黄永霞氏の意匠特<br />

許権製品の模型である「酒瓶種子」は土家人会社に所属するものである。その設計、製造、<br />

原材料すべて土家人会社が提供したものであり、土家人会社に所属する「酒瓶種子」は唯<br />

一性を持っている。すなわち、黄永霞氏は土家人会社に所属する知的財産権を剽窃し、中<br />

国国家知的財産権特許局に意匠特許出願を行った。土家人会社は黄永霞氏の意匠特許出願<br />

よりも前に当該製品の模型を設計し、生産も行った。黄永霞氏が意匠特許出願した酒瓶は<br />

土家人会社の「酒瓶種子」であり、土家人会社は黄永霞氏の意匠特許出願よりも前に生産<br />

した、又は生産に必要な準備ができたことを証明できる。<br />

しかし、土家人会社が提出した「酒瓶種子」は時期の標識がなかった。土家人会社は人<br />

民法院に司法鑑定を申請したが、現在中国における技術では、「酒瓶種子」のような陶製製<br />

品の正確な時期鑑定は無理であったため、土家人会社の前記司法鑑定は却下された。土家<br />

人会社は先使用権で抗弁したが、一審で提出した二部の販売契約書及び二審で提出した「酒<br />

瓶種子」だけが証拠として採用された。一審で提出した販売契約書は瑶王酒工場に酒瓶を<br />

販売したとは証明できるが、その販売した酒瓶はかかる意匠特許権の酒瓶と同一又は類似<br />

する、又は侵害製品であるとは証明できないとされ、二審で提出した「酒瓶種子」には時<br />

期の標識がない、「酒瓶種子」自体でその生産に必要な準備ができたとは証明できないとさ<br />

れた。<br />

よって、土家人会社の提出した証拠はその先使用権の主張に不十分であり、土家人会社<br />

は意匠特許権者の許可を得ずに本件にかかる図面と類似する製品を生産したため、原告の<br />

権利を侵害した、侵害行為を停止すべきであるとされた。<br />

-158-


⑦南海区大瀝栄業鋭輝金属製品有限会社(以下「栄業鋭輝会社」と略称する)と何広栄氏<br />

との意匠特許権侵害紛争事件(広東省高級人民法院民事判決(2003)粤高法民三終字第 214<br />

号)――中国知的所有権裁判文書ネット<br />

http://ipr.chinacourt.org/public/detail_sfws.php?id = 3868<br />

【審判事項】<br />

被控訴人(原審原告)である何広栄氏は中国国家知的財産権特許局に「型材 3-2019」の<br />

意匠特許出願し、意匠特許権を授与された。<br />

何広栄氏は控訴人(原審被告)である栄業鋭輝会社が生産した型材がその意匠特許権製<br />

品と外観上類似していることを発見し、佛山市中級人民法院に栄業鋭輝会社を提訴し、侵<br />

害行為の停止と原告のそれによる経済的な損失を賠償せよと請求した。<br />

栄業鋭輝会社は、一審で先使用権の享有で抗弁したが、一審法院は、原告の出願前に既<br />

に生産した型材は原告の意匠特許権製品とは特許法第 63 条 1項2号の「同一の製品」にな<br />

らない。よって、先使用権の主張は認められないとした。<br />

被告はそれを不服とし、広東省高級人民法院に控訴した。また、上訴期間において、中<br />

国国家知的財産権特許局特許再審委員会に原告に所属する意匠特許権の無効審判を請求し<br />

た。特許再審委員会は原告何広栄氏の意匠特許権は無効であると審決した。二審法院であ<br />

る広東省高級人民法院は前記無効審決によって控訴上である栄業鋭輝会社の権利侵害は成<br />

立しないと言い渡した。<br />

【事件の概要】<br />

被控訴人(原審原告)である何広栄氏は 2000 年 8 月 17 日付けで中国国家知的財産権特<br />

許局に「型材 3-2019」の意匠特許出願し、2001年1月20日付けで意匠特許権を授与され、<br />

2001 年 2 月 14 日に公告された。<br />

何広栄氏は、控訴人(原審被告)である栄業鋭輝会社が生産した型材がその意匠特許権<br />

製品と外観上類似していることを発見し、佛山市中級人民法院に栄業鋭輝会社を提訴し、<br />

侵害行為の停止と原告による経済的な損失を賠償せよと請求した。<br />

一審法院は、「被告が生産した型材は原告の意匠特許権製品と全体的に同一であるため、<br />

原告の意匠特許権の保護範囲に含まれている。何広栄氏の出願日より前に栄業鋭輝会社は<br />

類似の製品を公然に使用されていると主張し、重量明細書を証拠として提供したが、当該<br />

重量明細書に記入された T 柱はその外観形状を反映していない。また、栄業鋭輝会社がさ<br />

らに提供した販売領収書、出荷明細書に記入された「アルミニウム金属」もその外観形状<br />

を反映していないため、本件の証拠にはならない。すなわち、栄業鋭輝会社が提供した証<br />

拠はその型材が公然に使用されているとは証明できない。また、栄業鋭輝会社は先使用権<br />

で抗弁したが、何広栄氏の出願日より前に 7750 型の T 柱を既に生産したとは十分に証明で<br />

-159-


きていない。かつ、その提供した 7750 型の T 柱の金型(第三者が設計したもの)を何広栄<br />

氏のものと比べれば、その孤形頂部は二股の分岐辺がなく、両側辺を連続する内向き折辺<br />

もなく、底辺には 2 つの 45 度の斜辺もないため、7750 型の T 柱は何広栄氏の意匠特許権<br />

製品とは明らかに相違している。つまり、何広栄氏の出願日より前に何広栄氏の意匠特許<br />

権製品と同一の製品を生産したという栄業鋭輝会社の証拠は不十分であり、その先使用権<br />

は成立しない。従って、原告の意匠特許権を侵害したことになる」とした。<br />

一審の審決が言い渡された後に、被告である栄業鋭輝会社はそれを不服とし、広東省高<br />

級人民法院に控訴した。また、上訴期間において、中国国家知的財産権特許局に被控訴人<br />

(一審原告)の意匠特許権に対して無効審判を請求した。<br />

特許再審委員会は、何広栄氏の意匠特許権製品は先行する意匠と類似し、出願日より前<br />

に公然と販売されたため、何広栄氏の意匠特許権を無効にすると審決した。何広栄氏はそ<br />

れを不服とし、北京市第一中級人民法院に行政訴訟を提起した。北京市第一中級人民法院<br />

は審理を経て、特許再審委員会の審決を維持すると判決した。広東省高級人民法院は北京<br />

市第一中級人民法院に維持された中国国家知的財産権特許局特許再審委員会の無効判決に<br />

よって、控訴人栄業鋭輝会社は意匠特許権を侵害することはないと判決を言い渡した。<br />

-160-


⑧重慶浪華実験器械設備工場が意匠特許権侵害紛争で重慶利迪現代水技術設備有限会社等<br />

を訴えた事件(重慶高級人民法院民事判決(2005)渝高法民終字第 44 号)───北京大学<br />

法律情報ネット──法規センター<br />

http://law.chinalawinfo.com/index.asp<br />

【裁判事項】<br />

上訴人(原審原告)である重慶浪華試験設備工場(以下は、浪華工場という)は、「実験<br />

室専用超純水機」という意匠特許権者である。元浪華工場の職員であった被上訴人(原審<br />

被告)の楊宗和氏と王永平氏は、「実験室専用超純水機」の開発に参加していたが、その後、<br />

浪華工場から離職して被上訴人(原審被告)である利迪会社に勤めるようになった。<br />

浪華工場は、利迪会社が該意匠特許製品を販売していることを発見し、重慶市第一中級<br />

人民裁判所に利迪会社と楊宗和氏、王永平氏がその意匠特許権を侵害したと提訴した。一<br />

審裁判所は、被告である利迪会社と楊宗和氏、王永平氏は先使用権を享有しており、意匠<br />

特許権侵害とはならないと認定した。原告の浪華工場は、一審判決を不服とし、重慶市高<br />

級人民裁判所に訴えた。二審裁判所は審理により、被上訴人(原審被告)である利迪会社<br />

と楊宗和氏は不法により上訴人の営業秘密を獲得したため、先使用権を享有しないと認め<br />

た。<br />

【事件の概要】<br />

2002 年 12 月 4 日に、浪華工場は「実験室専用超純水機」という意匠特許を出願し、2003<br />

年 7 月 23 日に意匠特許を受けた。楊宗和氏と王永平氏はかつて浪華工場の職員であり、「実<br />

験室専用超純水機」の開発に参与していた。2002 年 9 月、上記二人は相次いで浪華工場か<br />

ら離職して利迪会社に勤めるようになった。その後、浪華工場は、利迪会社が該特許製品<br />

を販売していることを発見し、重慶市第一中級人民裁判所へ利迪会社と楊宗和氏、王永平<br />

氏がその権利を侵害したと提訴した。<br />

一審裁判所は、利迪会社は意匠特許出願するまでに既に該意匠特許と同様又は類似な意<br />

匠を公然と使用しており、そして意匠特許出願日までに既に同様な製品を製造し、同様な<br />

方法を使用しており、元の範囲において製造、使用を継続する行為は意匠特許権侵害とみ<br />

なされず、その抗弁の理由は成り立っていると認めたので、浪華工場の訴訟請求を却下す<br />

ると判決した。<br />

浪華工場は、一審判決を不服とし、重慶市高級人民裁判所に訴えた。二審裁判所は審理<br />

により以下の事実を認定している。<br />

(1)2002 年 10 月まで、楊宗和氏と王永平氏は浪華工場に勤めており、「実験室専用の超<br />

純水機」の意匠を把握していた、<br />

(2)2002 年 11 月、楊宗和氏は「実験室専用超純水機」の意匠を利迪会社に持ち込み、<br />

-161-


利迪会社とともに「実験室専用超純水機」の意匠と同一な製品を模倣して製造した、<br />

(3)2002 年 12 月 31 日に、利迪会社は意匠特許と同一な「実験室専用超純水機」を 1 台<br />

販売した<br />

上記により、重慶市高級人民裁判所は、先使用権を成すのは合法性を具備しなければな<br />

らず、先使用権による抗弁は厳格に規制されるべきである。楊宗和氏は意匠特許を不法に<br />

移転しており、利迪会社が独自開発又は合法的に受譲する証拠を提供しなかったため、楊<br />

宗和氏と利迪会社が特許出願日までに製造、使用した行為は合法性を具備していない。<br />

重慶市高級人民裁判所は、利迪会社の先使用権による抗弁は成り立っていないと認定し、<br />

利迪会社と楊宗和氏は直ちに権利侵害の行為を停止し、かつ経済上の損失を賠償せよとの<br />

判決を下した。<br />

-162-


⑮庄志和と中国印刷公司との特許侵害紛争事件(北京市高级人民法院(1997)高知終字第<br />

61 号民事判决(原審:北京市第一中级人民法院(1996)一中知初字第 32 号民事判决))<br />

【裁判事項】<br />

被告による製造は原告の特許に対する侵害とはみなされないが、出願日前の時点におけ<br />

る被告は、ただ原告特許により解決される技術的課題を提示しただけであり、被告が原告<br />

の特許に対する先使用権を有するとみなすこともできない。<br />

【事件の概要】<br />

1985 年、中国印刷公司の子会社である北京新華彩印廠は、オフセット印刷により多色絵<br />

画である「韩熙载夜宴图」の複製を多数製作した。中国印刷公司及び北京新華彩印廠は、<br />

1992 年には、電子分色機製版を行った上で多色オフセット印刷をすることにより、宣紙(中<br />

国の和紙)に伝統的中国絵画を印刷しようと試み、予備的な成功を収めた。両社は 1993<br />

年 6 月には、婁師白のために「小鴨図」1100 枚を印刷した。中国印刷公司は、1993 年 8<br />

月には、新聞出版署に対し「オフセット印刷による宣紙への印刷を通じた伝統図画の大量<br />

複製」に関する開発プロジェクトを申請し、その許可を得た。中国印刷公司は、同プロジ<br />

ェクトの目的は、オフセット印刷による宣紙への大量印刷にあることを強調した。<br />

原告(庄志和)は、1993 年 11 月 15 日に「オフセット印刷された宣紙及びその印刷方法」<br />

に関する特許出願を行い 1995 年 12 月 30 日に 93114279 号特許を取得した。その後、原告<br />

は 1996 年 4 月 4 日に中国印刷公司の販売店で「小鴨図」を購入し、1996 年 5 月 3 日に特<br />

許侵害の訴えを起こした。<br />

これに対し、北京市高级人民法院は最終的に次の結論を下した。1993 年 6 月に中国印刷<br />

公司が製造した「小鴨図」の印刷技術は原告の特許とは異なったものである。なぜなら、<br />

中国印刷公司による「オフセット印刷による宣紙への印刷を通じた伝統図画の大量複製」<br />

プロジェクトの提案は 1993 年8月のことであり、1993 年 6 月時点ではまだ当該印刷技術<br />

を習得していなかったからである。また、同開発プロジェクトの目的は原告の特許におけ<br />

るそれと同じであった。したがって、被告による印刷物の製造は原告の特許を侵害するも<br />

のとはみなされないが、同時に、被告が原告の特許に対する先使用権を有するとみなすこ<br />

ともできない。<br />

-163-


⑯王孝忠と中高糖機設備制造有限公司との実用新案特許侵害紛争事件(広西壮族自治区高<br />

級人民法院(2002 年)桂民三终字第 3 号民事判決)<br />

【判示事項】<br />

北京市高級人民法院の「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)」で示された<br />

「元の範囲」に関する説明は厳密ではない。(先使用権により許される)生産量は、当該製<br />

造の遂行又は当該方法の使用のために先使用者が出願日以前において所有していたか購入<br />

していた設備・機器の指定生産能力の範囲内に限定される。<br />

【事件の概要】<br />

原告(王孝忠)は、2000 年 12 月 6 日に直接冷却式圧搾機の軸系装置に関する実用新案<br />

特許を出願し、それに対する実用新案特許 ZL00232522.5 号の付与を受けた。<br />

しかし、被告企業(中高糖機設備制造有限公司)は 2000 年 11 月に同一装置を製造して<br />

いた。被告が 2000 年 10 月 8 日に海南洋浦龍力商貿有限公司と締結した売買契約及び当該<br />

製品の図面から、広西壮族自治区高级人民法院は、被告が先使用権を有することを認めた。<br />

さらに同法院は、被告企業は指定製造能力の範囲において製造を継続できると決定した。<br />

-164-


[1]先使用権 2 制度の概要<br />

1.条文、規則等 3<br />

5.韓国における先使用権制度について 1<br />

[韓国特許法第 103 条] (先使用による通常実施権)<br />

特許出願時にその特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をし、又はその発明<br />

をした者から知得して国内においてその発明の実施事業をし、又はその事業の準備をして<br />

いる者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許<br />

出願に係る発明に対する特許権について通常実施権を有する。<br />

2.立法趣旨<br />

韓国では、先使用権制度は先願主義の欠陥を是正して当事者間の衡平を図り、それと共<br />

に国家産業の不利益のおそれを解消するために設けられた産業政策的制度であると理解さ<br />

れており、いわゆる公平・経済説が通説の立場である 4 。<br />

3.成立要件<br />

(1)先使用権の取得要件は、「①特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明を<br />

し、又は特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をした者から知得し、特許<br />

出願時 5 に②韓国国内においてその発明の実施である事業をし、又はその事業の準備をして<br />

いること」である。<br />

①及び②の詳細については「[3]先使用権制度に関する問及び回答」において判例を交<br />

えて述べることにする。<br />

1 本資料は、韓国法律事務所(金・張 法律事務所)に調査を委託し、その調査レポート(平成 17 年及び平成 18 年)の情<br />

報及び見解を元に作成したものである。<br />

2 本資料においては、韓国特許法第 103 条に規程する通常実施権を「先使用権」と記す。<br />

3 実用新案法においては、第 28 条で特許法第 103 条を準用すると規定している。<br />

デザイン保護法においては第 50 条で先使用による通常実施権を規定している。準用規定ではないが、判断基準などにお<br />

いては特許法と同一に考えることができるものと解される。<br />

[実用新案法第 28 条] (特許法の準用)<br />

特許法第 97 条、第 99 条~第 103 条、第 106 条~第 111 条、第 111 条の 2、第 112 条~第 116 条、第 118 条~第 125 条及<br />

び第 125 条の 2 の規定は、実用新案権についてこれを準用する。<br />

[デザイン保護法第 50 条] (先使用による通常実施権)<br />

デザイン登録出願時にそのデザイン登録出願されたデザインの内容を知らないで、そのデザインを創作し、又はそのデ<br />

ザインを創作した者から知得して国内でその登録デザイン若しくはこれと類似するデザインの実施事業をし、又はその<br />

事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしているデザイン及び事業の目的の範囲内においてその登録デザイン<br />

又はこれに類似のデザインについて通常実施権を有する。<br />

4 黄宗煥『特許法』(ハンビット知的所有権センター、2001 年)548 頁及び千孝南『特許法』(法境社、2001 年)557 頁。<br />

5 国内優先権を主張した特許出願の場合には、韓国特許法第 55 条第 3 項において、国内優先権主張の基礎になる先出願<br />

の出願日が先使用権の判断基準になると規定されている。<br />

-165-


[2]先使用権が争われた判例一覧<br />

本調査報告により確認された判例の一覧を以下に掲載する。<br />

(下記判例の判例要旨を「[4]判例要旨一覧」に掲載)<br />

判例1:ソウル地方法院 1984.4.26.言渡 83 ガ合 7487 判決<br />

判例2:大邱高等法院 1992.6.26.言渡 92 ラ 7 決定<br />

判例3:最高裁 1993.6.8.日付言渡 93 マ 409 決定<br />

判例4:釜山高等法院 1993.12.27.言渡 93 ラ 38 決定<br />

判例5:ソウル地方法院 1996.1.18.言渡 95 カ合 4700 決定<br />

判例6:ソウル地方法院 1998.11.27.言渡 97 ガ合 18115 判決<br />

判例7:光州高等法院 1999.9.10.言渡 98 ナ 6045 判決<br />

判例8:大法院 2003.3.11.言渡 2000 ダ 48272 判決<br />

判例9:憲法裁判所 2004.12.16.言渡 2002 憲マ 511 判決<br />

"出典:「ローエンビー(www.lawnb.com)」の判例データベース"<br />

-166-


[3]先使用権制度に関する問及び回答<br />

問1 先使用権が認められるためには、韓国特許法 103 条において「韓国国内において実<br />

施事業または事業の準備をすること」が必要とされているが、ここでいう「実施事業」及<br />

び「事業の準備」とはどのようなことなのか。<br />

ここで「実施事業」とは、事業者がその発明の実施をしていると認められる客観的事情<br />

があることをいう。<br />

「事業の準備」とは、少なくともその準備が客観的に認められる程度のものを必要とす<br />

る、としている 6 。<br />

また、類似の見解として、漢陽大学校法科大学ユン・ソンヒ教授は、少なくともその準<br />

備が実験や研究段階では不足し、発明を完成してその発明を実施する意図をもって現実的<br />

にその実行に着手した実績が客観的に認められる程度のものを必要としているといえる、<br />

としている 7 。さらに、直ぐに実施する意図があり、その意図を証明することができる客観<br />

的な証拠がある場合には実施事業を準備しているとみなければならない、とする学説もあ<br />

る 8 。<br />

事業の準備の例としては、その事業に必要な機械を発注して既に設備を具備したとか、<br />

雇用契約を締結して相当な宣伝活動をしている場合が挙げられている 9 。学説としても、特<br />

許発明を実施するための工場敷地の買入、事業設備の購入契約などを挙げることができる、<br />

としている 10 。<br />

実施事業の準備をしているとして、先使用権が認められた判例として以下の 2 つの判例<br />

がある。<br />

判例4(釜山高等法院 1993.12.27.言渡 93 ラ 38 決定)<br />

乙が使用する銀さじの製作方法は、甲の名義で特許登録された銀さじの製作方法と同一<br />

のものではあるが、甲名義の特許権は甲が資本を出して(1989 年1月)、乙が技術を提供し<br />

た同業関係で、乙が発明したもの(1989 年3月)を、甲が一方的に特許出願をした(1989 年<br />

9 月)ことによるものである。<br />

よって、乙が使用する銀さじの製作方法が、甲の名義で特許登録された銀さじの製作方<br />

法から由来したものであるとはいえない。また、乙は特許出願される以前に 1989 年7月か<br />

6 特許庁『条文別特許法解説』(特許庁、2002 年)276 頁。<br />

7 ユン・ソンヒ「先使用による特許実施権」『特許訴訟研究第 3 集』(特許法院、2005 年)205-229 頁所収。<br />

8 黄宗煥・前掲注(4)548 頁、李鐘浣『特許法論』(大韓弁理士会、2004 年)699 頁及び千孝南・前掲注(4)559 頁。<br />

9 特許庁・前掲注(6)276 頁。<br />

10 千孝南・前掲注(4)599 頁及び金元五=朴ヒソプ『特許法原論』(世昌出版社、2002 年)439 頁。<br />

-167-


ら銀さじの製作方法と同一の方法による銀さじの製作販売業を準備して、1991 年 1 月に開<br />

業したものであるので、乙は本件銀さじの製作方法について先使用による通常実施権を有<br />

するといえる。<br />

判例5(ソウル地方法院 1996.1.18.言渡 95 カ合 4700 決定)<br />

申立人が有する本件実用新案権及び意匠権の各出願は 1991 年7月31日以後にすべてな<br />

されているのに対し、被申立人は 1990 年頃から気泡発生器を利用した洗濯機の開発に着手<br />

している。そして、本件実用新案権及び意匠権の対象である気泡発生器と関連する部品を<br />

申立人が勤務していた業者から納入し、1991 年 3 月頃から同年 6 月頃までの間に、その部<br />

品を使用した洗濯機の試作品を製作、試験した。すなわち、その頃から本件実用新案権及<br />

び意匠権の対象である部品を用いて洗濯機を生産、販売してきている事実を認めることが<br />

できる。<br />

よって、被申立人は本件実用新案及び意匠の出願時に既にその登録実用新案及び登録意<br />

匠の実施事業をするか、又はその事業の準備をしている者であるといえるので、本件実用<br />

新案権及び意匠権に対して通常実施権を有しているといえる。<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを韓国で輸入販売を行う場合に、先使用権を確保す<br />

るために留意すべき点は何か。<br />

“事業の準備”と認められるためには、事業の準備が客観的に認められる程度のもので<br />

あるかどうかが核心であると考えられる。従って、事業の準備段階から客観的に立証する<br />

ことができる資料などを徹底的に準備することが必要であると考えられる。<br />

また、実施事業又は事業の準備は韓国国内でなされなければならず、たとえ外国で実施<br />

事業などを行ったとしても韓国国内で行われない場合には法文上先使用権が認められない<br />

ことに留意する必要がある(ただし、発明の創作が韓国国内で行われる必要はない)。<br />

具体的な先使用権の立証に関しては、問12を参照されたい。<br />

問3 「外国企業が韓国国外では生産及び販売を行っているものの、韓国国内での販売(又<br />

は生産)の行為は、当分の間予定がない」場合には、その外国企業は、販売(又は生産)の<br />

先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。<br />

先使用権の発生要件としての当該特許発明の実施事業や事業の準備は韓国国内で行われ<br />

たものでなければならない。従って韓国国外で生産や販売を行う場合に、韓国国内で生産<br />

や販売行為に対する先使用権を確保することができる方案はないものと考えられる。<br />

-168-


問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願前に実<br />

施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異なる場合、先使<br />

用権は認められるか。<br />

実施形式を変更した場合に先使用権が認められるかどうかについて、明確な規定はなく、<br />

また判例も出ていないが、これに関連して漢陽大学校法科大学ユン・ソンヒ教授は以下の<br />

見解 11 を示している。<br />

実施形式の変更は、実施またはその準備行為を通じて具現化された技術思想を抽出して<br />

得られた発明の占有範囲内で肯定されるといえる。ただし、先使用権としての通常実施権<br />

の範囲は特許出願時の実施または準備していた発明及び事業目的の範囲に限定されるとみ<br />

なければならない。<br />

そのため、先使用権は常に特許発明全部に成立するのではなく、例えば先使用権に関係<br />

する発明が特許発明の一部に過ぎない、又は上位概念の特許発明に対して下位概念の発明<br />

の場合ならば、先使用権はその特許発明の一部、又は下位概念の発明の範囲内でのみ認め<br />

られることとなる。<br />

発明の実施の場合、いつも同じ形態でなされるものではなく、少しずつその形態を変え<br />

るのが一般的であるため、その態様や形式の変更がいわゆる均等の範囲に属する場合には、<br />

それは発明の範囲に属するものと解釈して先使用権の範囲に属するとみられる、としてい<br />

る。<br />

これに対し、“通常の事業者であれば当然実施すると予想される範囲内の発明まで包括す<br />

る”、すなわち発明の範囲としてみる学説も存在し、明確な基準や判例は提示されていない。<br />

なお、韓国特許法の場合、特許法第 2 条第 3 号の実施行為であれば、すべて特許法第 103<br />

条の実施行為に該当し、特別に先使用権を発生させない実施行為はないと考えられる。<br />

問5 先使用権者は、特許法 2 条に定義された実施行為を変更することはできるのか。例<br />

えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に変更することはできるか。<br />

実施行為の変更についても、明確な規定はなく、また判例も出ていないが、これに関連<br />

して、漢陽大学校法科大学ユン・ソンヒ教授は以下の見解 12 を示している。<br />

11 ユン・ソンヒ・前掲注(7)205-229 頁。<br />

12 ユン・ソンヒ・前掲注(7)205-229 頁。<br />

-169-


特許法第 103 条は「発明の実施事業」とのみ定めており、実施に対しては限定していな<br />

い。よって、実施行為の変更は許容されうる。例えば、生産行為を譲渡行為に変更して拡<br />

大することが可能であるという問題は、積極的に解釈すべきである。<br />

ただし実施行為が生産行為の場合に譲渡、使用行為への拡大を認めることは可能である<br />

が、反対は認められないと解釈される。<br />

なお、事業の目的については、実施する事業の部類を意味すると解し、事業部類を異に<br />

する実施までは先使用権を認めない(例えば、包装用容器の発明に対して、TV の生産・販<br />

売を目的に当該発明を実施して包装・販売していた者が、その後に事業の目的を陶磁器の<br />

生産・販売にまで拡張しても、その陶磁器の生産・販売にまでは先使用権を認めない)、と<br />

する見解 13 と、通常の事業者ならば当然経営するものと予想される事業部類まで含むと解<br />

釈する見解 14 とがある。<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域の拡<br />

大をすることが認められるか。<br />

先使用権は先使用権者が実施していた事業の目的を続けて行うことができるようにする<br />

ためのものであるので、先使用権者はその事業目的の範囲内でならば事業規模を拡張して<br />

発明を実施しても問題にならないと考えられる 15 。<br />

問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時には実<br />

施していない場合、先使用権の主張は認められるか。<br />

韓国特許法第 103 条は“特許出願時”にその発明の実施事業や事業の準備をしていること<br />

を要件としている。<br />

これに関し、黄宗煥は、特許出願時に一旦事業を中断したり放棄した場合には先使用権<br />

が認められない 16 としている。また、金珉煕も、一旦発生した先使用権に対してはその後<br />

の実施事業などが一時中断されても先使用権が認められるが、単に特許出願前に実施した<br />

ことがあるということだけでは先使用の対象になることができない 17 としており、特許出<br />

13 李種一『特許法」(ハンビット知的所有権センター、2001 年)708 頁。<br />

14 李鐘浣・前掲注(8)701 頁。<br />

15 黄宗煥・前掲注(4)550 頁、金元五外「特許侵害訴訟における先使用の抗弁に関する研究」知的所有権法研究 5 巻<br />

439 頁。<br />

16 黄宗煥『特許法改正 8 版』(ハンビット知的所有権センター、2003 年)673 頁。<br />

17 金珉煕「特許侵害訴訟における先使用の抗弁に関する研究」知的所有権法研究 5 巻参照。<br />

-170-


願前には実施していたが、その後の事業の中断等により特許出願時に実施していない場合、<br />

先使用権を主張できないと考えられる。<br />

なお、出願当時に実施事業や事業の準備をしており、その後に事業を一時中止したが、<br />

その中止は一時的な中断であって将来実施行為を再開すると認められる客観的事情がある<br />

場合には、先使用権の効力が認められると判断することができると考えられる。ただし、<br />

これはあくまでも一時的に中止した場合に限ってであり、実施事業を廃止又は放棄した場<br />

合には認められないと解される 18 。「客観的事情」について、予め何らかの証拠を用意する<br />

必要があるのか等については、明確な規定や判例は提示されていない。<br />

また、経済上の理由で事業を一時廃止した場合、通常実施権を認めるのが公平・経済的<br />

観点に合致し、さらに事業の廃止と中止はその区別が容易なことではないので、このよう<br />

な場合にも先使用権を否定できないという見解もある 19 。<br />

なお、出願前に実施したが出願時に事業を廃業したならば、先使用権が認められないと<br />

いう下記判例3がある。<br />

判例3:出願当時に閉業した場合に先使用権を否定した事例(最高裁 1993.6.8.日付言渡 93<br />

マ 409 決定)<br />

事件の概要:甲は 1983 年 9 月 12 日に“樹脂成形品の破砕機”の考案について出願し、1990<br />

年 3 月 26 日に実用新案登録を受けた。一方、乙は 1980 年に既に上記考案と類似する考案<br />

の粉砕機を開発して販売したが、事業不振で 1982 年に廃業した。そして、1987 年 6 月 1<br />

日に再び上記考案と類似する破砕機を製作、販売していたところ、甲から製造販売仮処分<br />

差止申請を受けたため、これに対し先使用権を主張した。<br />

判決要旨:先使用権が成立するためには、実用新案出願時に実施事業をし、又はその事業<br />

の準備をしていなければならない。これは出願時が基準になるので、過去にそのような事<br />

実があったとか、その後に実施が廃止となってしまったとか、という場合などのように出<br />

願時にその実施事業を持続していない場合には先使用権が発生しない。<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。<br />

(1) 先使用権者が製品を第三者に譲渡した場合の取扱い<br />

学説によると、特許権者の実施許諾を受けた通常実施権者が製造した製品を使用または<br />

18 吉藤幸朔〔熊谷健一補訂〕『特許法概説〔第 13 版)』(有斐閣 1998 年)578 頁。<br />

19 李鐘浣・前掲注(8)699 頁。<br />

-171-


販売する場合と同様に、先使用権者が製造した製品を第三者が購入して使用または販売す<br />

る行為も適法な行為に該当する 20 。<br />

(2) グループ企業の取扱い<br />

具体的な規定や判例は今のところないが、以下のように考えられる。<br />

先使用権者とは個人または一つの法人格を意味するのが妥当であり、先使用権が認めら<br />

れた一企業のみが先使用権を有する。よって、グループ内の他の企業には先使用権が認め<br />

られないと考えられる。<br />

親会社と子会社の関係においてもこれらは同様である。<br />

親会社又は子会社が海外で生産して、その子会社又は親会社である韓国企業が韓国内に<br />

輸入及び販売をしている場合、先使用権の他の要件を満たす限り韓国企業の輸入及び販売<br />

行為に対しては先使用権が認められる。ただし、実施行為の変更が認められるかどうかは<br />

問題になり得る。なお、輸入、販売などの実施行為から生産行為に拡張変更することは許<br />

容されないと解され、上記韓国企業の生産行為に対してまでは先使用権が認められないと<br />

考えられる。<br />

問9 先使用権は移転できるか。<br />

先使用権を移転できる場合は次の 3 つに整理することができる。すなわち、①実施事業<br />

と共に移転する場合、②相続その他の一般承継の場合、③特許権者の合意を得た場合、に<br />

移転が可能である(特許法第 102 条第 5 項)。<br />

先使用権は、法定実施権であるので、その権利を登録しなくても対抗力を有するが(特<br />

許法第 118 条第 2 項)、通常実施権の移転は、その登録を第三者に対する対抗要件として規<br />

定しているので、先使用権の移転形態が企業の買収または企業の分社などに伴ったもので<br />

あるかに関係なく、第三者に対抗するためにはこれを登録しなければならない(特許法第<br />

118 条第 3 項)。<br />

一方、例えば先使用権者が一部地域で活動する小企業で、この小企業が全国的な規模の<br />

大企業に買収された場合には、相続その他の一般承継の場合に該当するので、特許権者の<br />

許可がなくても先使用権が大企業に移転されるものと考えられる。その際、本来の先使用<br />

権者が一部地域で活動する小企業であっても、先使用権が及ぶ地域的範囲は国内全域に及<br />

ぶことになるものと考えられる(具体的な規定や判例は今のところ存在しない)。<br />

20 黄宗煥・前掲注(16)674-675 頁。<br />

-172-


問10 下請企業(他企業ではあるが下請元企業の指揮命令により生産を行う企業)が生<br />

産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請企業の行為は特許権に対抗<br />

できるか。<br />

先使用権の援用に関しては、具体的な判断基準や判例は提示されていないが、先使用権<br />

者から注文を受けた下請企業が特許発明を実施して先使用権者に納品した場合、当該下請<br />

企業が先使用権者のいわゆる「一機関」としての要件を満たすならば、その下請企業の実<br />

施行為も先使用権者によるものと見ることができるので、先使用権により保護できるとい<br />

う見解がある 21 。<br />

なお、ここで「一機関」の関係にあるとするためには i)先使用権者が下請け企業に報酬<br />

を支払って、物を生産するようにする契約(納品契約)が存在しなければならず、ii)下請け<br />

企業は物を生産するにおいて原料の購入、製品の形状、品質などについて先使用権者の指<br />

揮、監督を受ける関係(指揮、監督関係)になければならず、iii)下請け企業が生産した物<br />

は先使用権者にすべて引き渡されて下請け企業は 他の行為(販売)などをしてはならない<br />

という条件をすべて備えなければならない、とされている。<br />

問11 当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合には、先使用権は認められ<br />

るのか。<br />

先使用権が成立するためには、「特許出願に係る発明の内容を知らないで独自に発明をし、<br />

又はその発明をした者から知得し」、発明の実施事業などをしていなければならない。すな<br />

わち、先使用者の実施は、特許出願に係る発明とは関係なく知得されたものでなければな<br />

らない。<br />

なお、冒認出願された特許に対して先使用権を有し得るのかについては、正当な発明者<br />

の実施事業などに対する先使用権の認定には異論がない。さらに、その正当な発明者から<br />

発明を知得した者などの場合についても、先使用権を認めなければならないという見解 22<br />

が一般的である 。<br />

冒認出願された特許権に対して正当発明者に先使用権を認めた次のような判例がある。<br />

判例4:特許出願以前から実質的発明者として実施事業を準備していた者に先使用通常実<br />

21 金元五=朴ヒソプ・前掲注(10)622 頁、黄宗煥・前掲注(16)640、674 頁及びキム・ウォンジュン『特許法〔改訂<br />

版〕』(博英社、2003 年)506 頁。<br />

22 金元五外『特許法原論」(セチャン出版社、2002 年)438 頁、李種一・前掲注(13)717 頁。<br />

-173-


施権を認めた事例(釜山高等法院 1993.12.27.言渡 93 ラ 38 決定)<br />

事件の概要:甲は 1989 年 1 月頃に乙を同業者として引き込んで資本を得て、同年 3 月頃、<br />

乙が銀さじ製作方法の発明をした。乙は甲に特許登録の可否について調べることを依頼し<br />

たが、甲から何ら反応がないので、1989 年 7 月頃に自分が銀さじ製作等の事業実施のため<br />

に準備をし、1991 年1月に本格的に事業に入った。甲は乙と何ら相談せずに 1989 年9月<br />

頃にその銀さじ製作方法の発明を出願して 1992 年に特許登録された。<br />

判決要旨:乙が発明した銀さじ製作方法の発明を、甲が一方的に特許出願したものである<br />

ので、乙が用いる銀さじ製作方法が甲の名義で特許登録された銀さじ製作方法から由来し<br />

たものといえず、また、乙は特許出願前である 1989 年 7 月から事業準備をしていたといえ<br />

るため、先使用による通常実施権を有するといえる。<br />

問12 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。<br />

先使用権の立証に関して、具体的には技術開発計画書、開発会議・会議録、作業開始命<br />

令書、試作図面、実験計画書、実験報告書、設計図面、見積り仕様書、官公署への申告申<br />

請書、事業計画書、最終製作図面、発注書、カタログ、広告、広告掲載の雑誌、新聞、業<br />

界紙、取引先・下請工場等第三者の証明書・陳述書、等が考えられる(物の宣伝用パンフレ<br />

ットなどは疑義がある) 23 。<br />

一般には書証が最も確実な証拠として認められていると考えられるため、上記立証手段<br />

をできれば書証として収集して立証することが効果的である。<br />

一方、私文書公証は日常生活で発生する取引について証拠を保全して権利者の権利実行<br />

を容易にするために特定の事実や法律関係の存否を証明するための制度である。私文書公<br />

証は、公証認可を受けた合同法律事務所と法務法人、または任命された公証人の事務所で<br />

受けることができる。なお、上記のような所が全くない地域では地方検察庁の支庁でも公<br />

証を受けることができる。確定日付を受ける公証の場合、公証を嘱託しに行く者の身元を<br />

確認することができる身分証明書のみあれば誰でも公証を受けることができる。<br />

技術開発計画書、開発会議録、実験計画書、設計図面、開発した製品の仕様書等につい<br />

て確定日付の捺印による公証を受けることにより、技術内容が公開されるおそれなく、低<br />

廉な費用で先使用の強力な証拠を確保することができる。<br />

一般的に 1 件当たり 1000 ウォンが基本費用であり、4 枚超過時には 4 枚当たり 100 ウォ<br />

ンの料金が追加される。<br />

23 金珉煕・前掲注(17)。<br />

-174-


先使用者が同一の発明に対して特許権者より先に出願した後、公開前にこれを撤回また<br />

は放棄した場合には、先使用者の先発明に対する証拠になると考えられ、一応先使用など<br />

に関する証拠として活用される余地があると考えられる。<br />

各種の書証と証人の証言、そして弁論の全趣旨により事実関係を認め、意匠法上先使用<br />

権を認めた次のような判例を参照することができる。<br />

判例1:意匠法上先使用者の通常実施権が認められた場合(ソウル地方法院 1984.4.26.言<br />

渡83ガ合7487判決)<br />

事件の概要:甲は 1977 年 6 月 29 日に貨物自動車の鉄ドア支持用封止ゴム製品(別名:ガス<br />

ケット)の意匠登録出願をし、1978 年1月10日に意匠登録を受けた。乙は 1977 年2月10<br />

日頃に、H 社から輸出用コンテナドアに付着する封止ゴム製品の製作の依頼を受け、交付<br />

された製作図面に基づいて製造設備を備え、これを製造、H 社に納品して以来、現在まで<br />

本件製品のようなガスケットを製造、販売していた。上記 H 社が交付した図面は、H 社の<br />

社員が外国産コンテナに付着されたガスケットを直接詳察してその一部を外して作成した<br />

ものであった。甲は乙の意匠権侵害を主張し、乙は先使用権を主張している。<br />

判決要旨:各成立に争いがない確認書、各標準計算書、各税金計算書、証人の証言により<br />

真正成立が認められる各図面の記載、証人の証言に弁論の全趣旨を総合して事実認定を行<br />

った。まず、被告が 1973 年6月20日から機械振動を抑制するためのゴムパッキンを専門<br />

的に製造してきた事実、そして、1977 年2月10日頃から H 社から交付を受けた製作図面<br />

に基づいて図面記載の製品を製造して納品して以来、現在まで本件(イ)号製品のようなガ<br />

スケットを製造、販売している事実、H 社が交付した図面はいわゆる H 社の社員が外国産<br />

コンテナを模倣して作成したものである事実、を認めることができる。上記認定事実より、<br />

意匠登録出願前から善意で本件(イ)号製品と同一類似するガスケットを製造、販売してき<br />

た乙は先使用権を有する。<br />

-175-


[4]判例要旨一覧<br />

判例1.ソウル地方法院 1984.4.26.言渡 83 ガ合 7487 判決<br />

[判示事項]<br />

先使用者の通常実施権が認められる場合<br />

[判決要旨]<br />

被告が本件意匠登録出願以前に他社から納品依頼を受けてその会社から交付された製作図<br />

面に基づいて本件製品を製造納品した一方、上記会社が交付した製作図面はその所属職員<br />

が類似の外国製品を模倣して作ったものであれば被告は本件意匠登録出願の当時、善意で<br />

国内でその意匠の実業事業を行った者であるといえるので、その事業の目的範囲内では通<br />

常実施権を有する。<br />

[参照条文]<br />

意匠法第 24 条<br />

[原告] 株式会社ホンイン外 1 人<br />

[被告] カン・ジョンソク<br />

[主文]<br />

1.原告らの請求をすべて棄却する。<br />

2.訴訟費用は原告らの負担とする。<br />

[理由]<br />

1.原告チョン・パルドが①1978.1.10.に意匠登録第 22122 号として(1977.6.29.に出<br />

願)②1978.3.9.に意匠登録第 22122 号の類似第1号として(1977.7.14.に出願)③1979.1.16.<br />

に意匠登録第 22122 号の類似第 2、3 号として(1978.7.10.に出願)貨物自動車の鉄門支持用<br />

封止ゴム製品(別名、ガスケット)に対する意匠登録を終えた事実、上記原告は基本意匠登<br />

録を終えた 1978.1.10.頃からホンインゴム電装工業社という商号で上記ゴム製品(ガスケ<br />

ット)を製造販売してきて、1983.11.25.に原告会社に上記意匠権(類似第 1、2、3 号含む)<br />

を現物出資するため、同年 12.7.付で原告会社宛てに移転登録を終えた事実、一方、被告<br />

はサムソン特殊ゴム工業社という商号で 1980.2.頃~1983.12.頃までの間に(イ)号製品<br />

110,000 組を製造して訴外現代精工株式会社等に販売した事実、上記(イ)号製品が本件意<br />

匠登録品とその模様、形状面において、同一または類似の事実は当事者間にそれぞれ争い<br />

がない。<br />

-176-


2.原告らは被告が原告らの意匠権を侵害したので、それによる損害賠償を求めると主張<br />

するのに対して被告は先使用による通常実施権を有していると抗弁する。<br />

従って、通常実施権の有無について詳察したところ、各成立に争いのない乙第 1 号証(確認<br />

書)、乙第 2 号証の 1~16(各標準計算書)、同号証の 17~19(各税金計算書)、証人のハン・<br />

ソンヒの証言によって各真正成立が認められる乙第 3、4 号証(各図面)の各記載と証人利用<br />

度、同ハン・ソンヒの各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、被告は 1973.6.20.よりサムソ<br />

ン特殊ゴム工業社という商号で機械等の振動を抑制するために嵌める各種ゴムパッキング<br />

を専門的に製造してきた事実、ところが、1977.2.10.頃、訴外現代精工株式会社から輸出<br />

用コンテナのドアに付着する封止ゴム製品の製作の依頼を受け、上記訴外会社から交付さ<br />

れた製作図(乙第 4 号証)に基づいて製造設備を備えて上記図面に記載のようなゴム製品を<br />

製造して同年 4.15.より上記訴外会社に納品して以来、現在まで本件(イ)号製品のような<br />

ガスケットを製造、販売している事実、ところが、上記訴外会社が被告に交付した図面は<br />

上記訴外会社の職員である訴外ハン・ソンヒが当時、釜山市戡蠻洞所在のコンテナ野積場<br />

にあった外国産コンテナに付着されたガスケットを直接詳察し、その一部を取ってきてこ<br />

れに基づいて作成したものである事実をそれぞれ認めることができ、甲第 8 号証の 3(誓約<br />

書)は上記事実認定に妨げとならず、証人のイ・ヨンギュの証言のみでは上記認定を異にす<br />

るには不十分で、その他に他の反証はなく、原告チョン・パルドが 1977.6.29.付で本件基<br />

本意匠登録を出願した事実を詳察した通りである。<br />

上記認定事実に照らしてみれば、被告は他の特別な事情がない限り、原告チョン・パルド<br />

の意匠登録出願以前から善意で本件(イ)号製品と同一または類似のガスケットを製造、販<br />

売してきたとみられるので、その事業の目的範囲内ではいわゆる意匠法第 24 条に定められ<br />

た通常実施権を有し、たとえ被告が製造販売する(イ)号製品が原告らが意匠登録した製品<br />

と同一または類似するとしてもこれは正当な権利に基づいたものであり、原告らの意匠権<br />

を侵害したものではないといえるので、被告の上記抗弁は理由がある。<br />

3.そうであれば、原告らの意匠権が侵害されたことを前提とする本件損害賠償等の請求<br />

はさらに判断する必要なく不当であるのでこれを棄却し、訴訟費用は敗訴者の原告らの負<br />

担として主文の通り判決する。<br />

-177-


判例2.大邱高等法院 1992.6.26.言渡 92 ラ 7 決定<br />

事実関係:甲は 1988.5.4.に“補強用編布を被覆してなるホースの製造方法”について特<br />

許出願をし、1991.5.27.に出願公告されて同年 9.4.に特許登録された。乙は 1987 年頃か<br />

ら編布が被覆された合成樹脂を甲や他者が製織した編布の納品を受けて人の手で合成樹脂<br />

ホースの外面に納品された編布を嵌める方法でホースを製造して販売していた。そして、<br />

1989.4.頃に甲の従業員から合成樹脂ホースの外面に編織と同時に編布が被覆される本件<br />

特許発明を知るようになって同年 5 月に試験生産し始め、引き続きこれに対する事業を実<br />

施していたが、甲から特許侵害に対する訴えを提起された。乙は甲の特許権侵害の主張に<br />

ついて甲の特許権は自身の 1987. 12. 21.に実用新案出願され 1989.8.8.に公開されて<br />

1990.8.30.に拒絶査定された“ホース型二重円形編織物”の考案の出願前公知の技術とし<br />

て当然無効であり、たとえ無効ではなくても甲の特許出願日以前に特許発明を先実施した<br />

者として当然先使用権を有すると主張して特許侵害ではないと主張する。<br />

判決要旨:乙が引用考案に関する実用新案登録出願をしてその出願が公開され、拒絶査定さ<br />

れたとしても、本件特許発明の出願日が本件引用考案の出願公開日以前であるので、本件<br />

引用考案が本件特許発明の出願前に公知となったものとみられない。また、乙は甲や他者<br />

が製織した編布の納品を受け、人の手で合成樹脂の外面に納品された編布を嵌める方法で<br />

ホースを製造して販売していたが、甲の特許出願後、甲の従業員から本件特許発明を知る<br />

ようになって同じ製造方法で、ホースを生産して全国に渡り販売している場合、甲の本件<br />

特許発明に関する特許出願前から本件特許発明の実施事業をしたことを前提として乙が本<br />

件特許発明に対して先使用による通常実施権を有しているといえない。<br />

-178-


判例3.最高裁 1993.6.8.日付言渡 93 マ 409 決定<br />

事件の概要:甲は 1983.9.12.に“樹脂成形品の破砕機”に対し出願し、1990.3.26.に実用<br />

新案登録を受けた。乙は 1980 年に既に上記考案と類似する考案の粉砕機を開発して販売し<br />

たが、事業不振で 1982 年に閉業した後、1987.6.1 に再び上記考案と類似する破砕機を製<br />

作、販売していたうち、製造販売仮処分差止申請を受け、これに先使用権を主張した。<br />

判決要旨:先使用権が成立するためには、実用新案出願時に実施事業をし、又はその事業<br />

の準備をしていなければならず、これは出願時が標準になるので、過去にそのような事実<br />

があったとか、その後に実施が廃止となってしまった場合などのように出願時にその実施<br />

事業を持続していない場合には先使用権が発生しない。<br />

-179-


判例4.釜山高等法院 1993.12.27.言渡 93 ラ 38 決定<br />

事実関係:甲は彼自身銀さじの製作について特別な技術的知識がない者で、1989 年 1 月頃<br />

に銀製品加工技術に関してその業界で多く知られた乙を同業者として引き込み、これに対<br />

する資本を出し、その後 1989 年 3 月頃、乙によって銀さじの製作方法が発明された。乙は<br />

同業者である甲に銀さじの製作方法が特許登録の対象になるかどうかについて調べること<br />

を依頼し、その説明書及び図面を渡したが、甲から銀さじの製作方法に関する特許登録の<br />

可否に関する何ら反応がないので、1989 年 7 月頃、甲との同業関係を清算して彼自身が発<br />

明した銀さじの製作方法によって銀さじの製作、販売業をするためにその頃から事業の実<br />

施のための準備をして、1991 年 1 月にドンバン精密工業社という商号で銀さじの製作、販<br />

売に対する事業者登録をし、本格的に事業に入った。ところが、甲は乙との何ら連絡を取<br />

らないまま乙が同業より脱退して、新たな事業を準備し始めた以降である 1989 年 9 月頃、<br />

銀さじの製作方法に関する特許出願をし、1992 年に特許登録になった。<br />

甲は乙が銀さじの製作方法によって銀さじを製作、販売することによって甲の特許権を侵<br />

害していると主張し、これに対し乙は本件銀さじの製作方法は本来被申立人が発明したも<br />

ので上記特許出願以前から乙が本件銀さじの製作方法によって銀さじを製作、販売してき<br />

たため、先使用による通常実施権があると主張する。<br />

判決要旨:乙が使用する銀さじの製作方法は甲の名義で特許登録された銀さじの製作方法<br />

と同一のものではあるが、甲の名義の特許権は甲が資本を出し、乙が技術を提供した同業<br />

関係で乙が発明したことを甲が一方的に特許出願をしたことに伴うものであるので、乙が<br />

使用する銀さじの製作方法が甲の名義で特許登録された銀さじの製作方法より由来したも<br />

のであるといえず、又、乙は特許出願される以前に 1989 年 7 月から銀さじの製作方法と同<br />

一の方法による銀さじの製作販売業を準備して 1991 年 1 月に開業したため、乙は本件銀さ<br />

じの製作方法について先使用による通常実施権を有するといえる。<br />

-180-


判例5.ソウル地方法院 1996.1.18.言渡 95 カ合 4700 決定<br />

申請人 キム・クァンヨン<br />

仁川○○区○○洞 81 の 59 ○○アパート○○洞○○号<br />

代理人 法務法人 ドンブ総合法律事務所<br />

担当弁護士 キム・ホチョル、チェ・イルスク、チョン・ヨンウォン<br />

被告申請人 大宇電子株式会社<br />

ソウル中区南大門路 5 街 541<br />

代表理事 ベ○フン、ヤン○ヨル<br />

代理人 東西法務法人<br />

担当弁護士 ソ・ジョンウ、ナム・ヒョンドゥ、イ・ジョンスク、キム・チョル<br />

主文<br />

1.本件申請を棄却する。<br />

2.申請費用は申立人の負担とする。<br />

記録によれば、申立人が申立外ユ・ギホンから譲り受けた本件実用新案権及び意匠権の各<br />

出願は1991年7月31日以後にすべてなされたものであるのに反して、被申立人は 1990<br />

年頃から気泡発生器を用いた洗濯機の開発に着手して本件実用新案権及び意匠権の対象で<br />

ある気泡発生器と関連する部品を申立人が勤務していた申立外サムソク電気株式会社から<br />

納品され、1991 年 3 月頃から同年 6 月頃までの間にその部品を用いた洗濯機の試作品を製<br />

作、試験した後に、その頃から本件実用新案権及び意匠権の対象である部品を用いて洗濯<br />

機を生産、販売してきている事実を認めることができるところ、上記認定事実によれば被<br />

申立人は本件実用新案及び意匠の出願時に既にその登録実用新案及び登録意匠の実施事業<br />

をするか、又はその事業の準備をしている者といえるので、本件実用新案権及び意匠権に<br />

対して通常実施権を有しているといえる。<br />

そうであれば、申立人がたとえ本件実用新案権及び意匠権を有しているとしても先使用に<br />

よる通常実施権を有している被申立人に対してその使用の差止を求めることはできないと<br />

いえるので、本件申請は理由がなく、主文の通り決定する。<br />

-181-


判例6.ソウル地方法院 1998.11.27.言渡 97 ガ合 18115 判決<br />

原告 チョン・チュンボク<br />

ソウル○○区○○洞 214 の 320<br />

訴訟代理人 弁護士 イ・ガンジン<br />

訴訟復代理人 弁護士 ムン・チョルギ<br />

被告 ハン・ギホン<br />

仁川○○区○○アパート○○洞○○号<br />

訴訟代理人 弁護士 ソン・ヨンギル、ナ・ワンス、チョン・サンヒョン<br />

主文<br />

1.被告は、<br />

イ.別紙第 1 目録の 1.、2.項に記載の各形状を用いて水族館を製造、販売または販売のた<br />

めの展示をしてはならず、<br />

ロ.原告に金 111,000,000 ウォン及びそのうち金 100,000,000 ウォンに対しては 1997.3.22.<br />

より、金 11,000,000ウォンに対しては 1997.11.8.~1998.11.27.までは年 5 分の、<br />

1998.11.28.~支払済みまで年 2 割 5 分の各割合で金員を支払え。<br />

2.原告の残りの請求を棄却する。<br />

3.訴訟費用はこれを 4 分してその 1 は被告の、残りは原告の各負担とする。<br />

4.第 1 項は仮執行することができる。<br />

理由 1.原告の意匠及び実用新案登録<br />

甲第 1 号証の 1~9、甲第 17、18 号証の各記載によれば、原告は別紙第 1 目録各項記載の<br />

水族館に関する意匠を創作し、別紙第 2 目録記載の水族館を考案して下記表記載のように<br />

それぞれ意匠及び実用新案登録を終えた事実が認められる。<br />

…(中略)…<br />

(2)被告は、被告が別紙第 1 目録の 2 項に記載の登録意匠について意匠法第 50 条で規定し<br />

ている先使用による通常実施権を獲得したと主張する。<br />

意匠法第 50 条は意匠登録出願時にその意匠登録出願された意匠の内容を知らず、その意匠<br />

-182-


を創作したりその意匠を創作した者より知得して国内でその登録意匠またはこれと類似の<br />

意匠の実施事業をするか、又はその事業の準備をしている者はその実施または準備をして<br />

いる意匠及び事業の目的の範囲内でその登録意匠またはこれと類似の意匠に対して通常実<br />

施権を有すると規定しているので、被告が上記法条による通常実施権者というためには、<br />

まず上記登録意匠に関する意匠登録出願があった 1991.8.27.の当時、被告が既に上記登録<br />

意匠またはこれと類似の意匠の実施事業をするか、又はその事業を準備していたことが認<br />

められなければならないところ、乙第 27 号証~乙第 35 号証の 20、乙第 38 号証の 1~乙第<br />

43 号証の 2 の各記載及び映像、証人のソン○ソブ、キム○グックの各証言のみでは上記事<br />

実を認めるのに不十分であり、他にこれを認めるだけの証拠がないので、上記主張も理由<br />

がない。<br />

-183-


判例7.光州高等法院 1999.9.10.言渡 98 ナ 6045 判決<br />

原告、控訴人 エ○ト建設株式会社<br />

ソウル○○区○○洞 359 の 6<br />

代表理事 キム○クァン<br />

訴訟代理人 弁護士 ヤン・ヨンテ<br />

被告、被控訴人 チュン○産業株式会社<br />

光州○○区○○洞 992 の 1<br />

代表理事 チェ○ソブ<br />

訴訟代理人 弁護士 ホ・ブンヒ<br />

原審判決 光州地方法院 1998. 7. 30.言渡 97 ガ合 8436 判決<br />

主文 1.原告の控訴を棄却する。<br />

2.控訴費用は原告の負担とする。<br />

理由<br />

1.基礎事実<br />

次の事実は当事者間に争いがないか、または甲第 3 号証の 1、2、3、甲第 4 号証の 1~ 4、<br />

甲第 5 号証の 1、2、甲第 8 号証の 1、2、3、甲第 9、10 号証、甲第 14 号証の 3、4、甲第<br />

18 号証の 1、2、3、乙第 17 号証、乙第 27 号証の 1~17、乙第 28、29 号証の各記載または<br />

映像(ただし、甲第 10 号証、甲第 14 号証の 3 の各記載のうち、排斥する部分を除く)と原<br />

審証人のキム○イン、チョ○シク、当審証人のキム・ヒョソンの各証言(ただし、上記キム<br />

○インの証言のうち排斥する部分を除く)に弁論の全趣旨をすべて詳察すればこれを認め<br />

ることができ、反証がない。<br />

イ.原告は軟弱地盤安定化基礎工法の新技術開発と施工、コンクリート、コンブロックパ<br />

イル製造販売及び施工などを営む会社であって、1993.4.19.に地盤構築用パイルの一種で<br />

あるコンクリートこまパイル(以下、こまパイルという)を用いた軟弱地盤補強改良工法に<br />

関する特許登録を出願して 1996.12.27.に第 109776 号として特許登録を受けたが、上記こ<br />

まパイルの製作型枠と関連して 1996.7.4.に意匠創作内容の要点を別紙 1 図表示のような<br />

こまパイル製作型枠の形状と模様の結合とするこまパイル製作型枠について意匠登録を出<br />

願し、1997.5.31.に登録番号第 199631 号として意匠登録(以下、本件登録意匠という)を終<br />

えた。<br />

-184-


ロ.本件登録意匠はセメントモルタルで構成される地盤構築用こまパイルを製作する金属<br />

材の型枠として 1 回に 8 つのこまパイルを製作するようにすることをその目的とし、別紙<br />

1 図で示されるように、全体的に直六面体の型枠を有し、その内側に横 2 つ、縦 4 つの計 8<br />

つのこま形状の型枠を有し、レール上を走行することができるように下部に車輪が前、後<br />

に付着されてその車輪が同一軸で連結され、同一の形態の物品を前、後に互いに連結する<br />

ことができるように前、後面に孔を有する締結板が付着されている等の模様及び形状にお<br />

ける特徴を有しているが、表面に形成された 8 つのこま形状の型枠にコンクリートを注ぎ<br />

入れてこれを露地または熟成室で 1、2 日固めた後に、硬くなったコンクリートを型枠で取<br />

り出す時、こま形状のコンクリートパイルが製造されるようにするものである。<br />

ハ.一方、被告はセメントレンガブロック製造販売業などを営む会社であって、 1996.3.25.<br />

頃○○市○○洞 915 の 1 にある被告の会社の木浦工場に別紙 2 の写真の映像のようなこま<br />

パイル製作型枠 39 台を設けた後、これを使用してこまパイルを製作して全羅北道群山市に<br />

ある訴外ハン○建設、京畿道一山市にあるドンナム開発など建設業体に販売してきた。<br />

ニ.被告が設けて使用している上記製作型枠(以下、上記製作型枠の意匠を本件被告サ○意<br />

匠という)は本件登録意匠と材質を共にする型枠としてその模様及び形状、目的、特徴、使<br />

用用途及び使用方法が本件登録意匠と同一または類似する。<br />

…(中略)…<br />

(3)被告が本件登録意匠について先使用者としての通常実施権を有するという主張につい<br />

て詳察したところ、上記認定事実によれば、被告は本件登録意匠の出願前から上記登録意<br />

匠の内容を知らないまま別紙 2 の写真の映像のようなこまパイル製作型枠 39 台を被告会社<br />

の木浦工場に製作、設置した後、これを使用してこまパイルを生産、販売することによっ<br />

て本件登録意匠またはこれと類似の意匠の実施事業をしていたといえるので、意匠法第 55<br />

条によって被告には本件登録意匠に対して先使用者としての通常実施権が認められるとい<br />

えるので、被告の上記主張は理由がある(また、上記木浦工場にある上記製作型枠 39 台は<br />

原告が本件登録意匠を出願する当時から既に国内にあった物であって意匠法第 44 条第 3<br />

号によって本件登録意匠に関する原告の意匠権の効力が及ばない物であるといえるので、<br />

この点を主張する被告の主張も理由があるといえる)。<br />

-185-


判例8.大法院 2003.3.11.言渡 2000 ダ 48272 判決<br />

判示事項<br />

[1]旧実用新案法第 31 条で準用する特許法第 130 条の規定趣旨<br />

[2]株式会社の実用新案権侵害行為を決定して実行した代表理事に共同不法行為の責任を<br />

認めた事例<br />

[3]登録考案が登録されて 6 年程過ぎた後に実用新案権を行使したという事由を挙げて侵<br />

害行為による損害賠償責任を制限することができるかどうか(消極)<br />

[原告、被上告人]チョ○ファン外 1 人(訴訟代理人 弘益法務法人 担当弁護士キム・ヨン<br />

ギュン外 5 人)<br />

[被告、上告人]サム○実業株式会社外 1 人(訴訟代理人 弁護士 アン・ヨンドク)<br />

[原審判決]<br />

ソウル高等法院 2000. 7. 25.言渡 99 ナ 47640 判決<br />

[主文]<br />

上告をすべて棄却する。上告費用は被告らが負担する。<br />

[理由]<br />

上告理由をみる。<br />

1.原審が適法に確定した事実は次の通りである。<br />

イ.原告らの権利関係<br />

(1)原告であるイム○スンは 1982.4.2.に株式会社ボ○紙管を設立して以来、上記会社を運<br />

営しながら紙管の製作と関連した考案を多数出願して実用新案を受けた者であって、<br />

1985.9.23.に「紙管加工装置」の考案(以下、本件登録考案という)に関する実用新案を出<br />

願し、1989.11.16.に登録番号第 43,731 号として実用新案権登録を終え(上記登録された権<br />

利を本件実用新案権という)、1996.9.3.に原告チョ○ファンに上記実用新案権のうち、2<br />

分の 1 の持分を譲渡し、1996. 9. 5.に一部移転登録を終えた。<br />

(2)本件登録考案は円錘形の管体で製作形成された紙管を最終的に加工処理する装置であ<br />

るが、その核心的な内容は紙管挿入→固定→糊料塗布→フロッキング(flocking :糊料が塗<br />

布された部位に所定のフロッキング粉末を吹き定着させる作業)→ペインティング→乾燥<br />

→紙管脱離など成形された紙管に対する一連の仕上加工作業を一つの装置で一貫性をもっ<br />

て連続的・自動的に行うことができるようにしたものである(本件登録考案の出願前には上<br />

記一連の過程全体を連続的・自動的に行う装置の考案が公開されたことがない)。<br />

ロ.被告らの権利関係<br />

-186-


(1)被告であるイ○ホは 1979.10.1.に紙管製造・卸売業を事業目的とする株式会社クイル<br />

紙管(以下、クイル紙管という)を設立した後、日本の紙管製造販売企業である田中紙管株<br />

式会社の紙管加工装置を模倣した紙管加工装置{以下、(ハ)号考案という}を製作・使用し<br />

てきたが、これは本件登録考案のような自動装置でなく、スピンドル及び乾燥機のピンに<br />

紙管を挿入して脱離する部分が手動で作動する装置であった。<br />

(2)その後、被告イ○ホは 1983.3.14.に忠清南道○○群○○邑○○里 120 の 87 に紙管製<br />

造・加工及び販売業を営む会社である被告サム○実業株式会社(以下、サム○実業という)<br />

を設立した後、クイル紙管から紙管加工装置の供給を受けてこれを用いてきた。<br />

(3)ところが、クイル紙管の機械担当公務課長に勤務しながら紙管加工装置の製作及び開発<br />

に関与した訴外チョ○ジェが 1987.5.31.に退社した後、ソンイル企業を設立して本件登録<br />

考案のように自動化された紙管加工装置を製作・販売するようになり、被告サム○実業は<br />

1988 年~1989 年までの間に上記チョ○ジェより紙管加工装置{以下、(ロ)号考案という} 6<br />

台を購入した後、1998.6.18.までこれを使用して紙管を生産・販売してきた。<br />

ハ.紛争の経緯<br />

(1)原告であるイム○スンは本件登録考案の出願以後 1985 年~1987 年までの間に上記考案<br />

による紙管加工装置 7 台を自体製作して用いたが、上記のように上記チョ○ジェが製作・<br />

販売する紙管加工装置が市場に流通すると 1989 年~1991 年まで上記チョ○ジェより紙管<br />

加工装置{(ロ)号考案とほぼ同一の技術的構成を有する装置、以下、(イ)号考案という} 5<br />

台を購入した。<br />

(2)その後、原告イム○スンは上記チョ○ジェが製作した紙管加工装置が本件登録考案と類<br />

似するという理由で 1994.4.1.に上記チョ○ジェを相手取って権利範囲確認審判(特許庁<br />

審判所 94 ダン 410 号)を請求したが、特許庁審判所は 1995.4.11.に(イ)号考案と本件登録<br />

考案が「別途の装置によってそれぞれの工程を手作業でしていたものを一連の機械的装置<br />

に統合した。」という点で同一の権利範囲に属するという趣旨の審決を言い渡し、上記審決<br />

は 1995.5.14.に確定し、上記チョ○ジェは 1995.7.13.に自体販売した紙管加工装置の取引<br />

内訳(被告サム○実業との取引が含まれている)を添付して今後上記原告の実用新案権を侵<br />

害しないという内容の覚書を作成した。<br />

(3)さらに原告イム○スンは 1996.1.5.に被告サム○実業に対して、上記被告が上記チョ○<br />

ジェより購入・使用している紙管加工装置が本件実用新案権を侵害したものであるので、<br />

その使用を中止することを通告し、原告チョ○ファンも 1996.11.2.に被告らに自身が実用<br />

-187-


新案権者であることを明らかにし、上記紙管加工装置の使用中止を要請した。<br />

(4)これに対して被告サム○実業は 1997.1.27.に原告らを相手取って本件登録考案が公知<br />

公用であることを理由とする登録無効審判(特許審判院 97 ダン 86 号)及び(ロ)号考案によ<br />

る紙管加工装置が原告らの権利範囲に属しないという権利範囲確認審判(特許審判院 97 ダ<br />

ン 87 号)を請求したが、1998.5.27.に特許審判院は本件登録考案が公知公用という証拠が<br />

不十分であり、(ロ)号考案と本件登録考案は“コンベヤーの周辺適所に紙管挿着装置、糊<br />

料塗布ブラシ、フロッキングノズル、ペインティング装置、熱風乾燥室、紙管自動脱離装<br />

置など紙管を加工する必須装置を順に設けることによって紙管加工工程を一つの装置で構<br />

成して一貫性をもって連続・自動的に行う技術的構成及び効果を奏している。”という理<br />

由で被告サム○実業の請求をすべて棄却する審決を下した。<br />

…(中略)…<br />

3.上告理由第 2 点について詳察する。<br />

被告らは本件登録考案の出願日である 1985.9.23.以前に既にこれと類似の(ロ)号考案の<br />

実施を始めたので、先使用による通常実施権があると主張したところ、原審は被告らが本<br />

件登録考案の出願前に(ロ)号考案のような自動化された紙管加工装置を製作・使用したと<br />

認める証拠がないと判断して被告らの上記主張を排斥した。<br />

原審判決理由を記録に照らして詳察すれば、原審の判断は正当でそこに上告理由で主張す<br />

るように採証法則違背などの違法があるといえない。この部分の上告理由の主張も理由が<br />

ない。<br />

-188-


判例9.憲法裁判所 2004.12.16.言渡 2002 憲マ 511 判決<br />

請求人 1.イム○ジン<br />

2.イム○ヨン<br />

請求人らの代理人弁護士 パク・キョング<br />

被請求人 釜山地方検察庁検事<br />

主文<br />

被請求人が 2001.11.26.釜山地方検察庁 2001 年形第 61369 号事件で請求外チョン○ミン、<br />

株式会社○○に対して行った嫌疑なしの不起訴処分は請求人の平等権と裁判手続陳述権を<br />

侵害したので、これを取り消す。<br />

理由<br />

1.事件の概要<br />

本件記録と証拠資料(釜山地方検察庁2001 年形第 61369 号不起訴事件記録)によれば次のよ<br />

うな事実を認めることができる。<br />

イ.請求人らは請求外チョン○ミンの外 1 人を各実用新案法違反として告訴したところ、<br />

その告訴事実の要旨は次の通りである。<br />

被告訴人チョン○ミンは株式会社○○の代表理事であり、同じ株式会社○○は釜山○○区<br />

○○洞所在に本店をおいて靴類製造及び販売業などを目的に設立された法人であるところ、<br />

(1)被告訴人チョン○ミンは 1998.11.17.に請求人であるイム○ジンが「一体型作業靴」に<br />

ついて実用新案登録出願をして 1999.11.1.に登録第 167298 号として実用新案登録を受け<br />

て、その後、技術評価を経て実用新案登録維持決定を受けて 2000.5.8.付で技術評価確定<br />

登録を受け、2001.6.1.に上記実用新案権を請求人であるイム○ヨンに一部譲渡して移転登<br />

録を終え、上記実用新案登録された「一体型作業靴」は既存のゴムを材質として甲皮と蓋<br />

を別途に成形してこれを縫ったり糊付けして作った作業靴の問題を改善するために材質を<br />

熱可塑性合成樹脂にして甲皮と蓋を一体に成形するものの、蓋は外部に露出される表面蓋<br />

と足に水が入り込まないようにするための中身蓋(切開端部)が甲皮と一体になって 2 重に<br />

成形され、再び中身蓋は着脱時の便宜と足の触感のために中身蓋の一部を縦に切り、そこ<br />

に屈伸が容易である薄い合成樹脂を付けて作ることを考案の特徴とするものであって、実<br />

用新案権者である請求人らの承諾なしに上記のように実用新案登録された考案と同一乃至<br />

類似の技術を用いて一体型作業靴を製造・販売してはならないにもかかわらず、2000.5.9.<br />

頃から 2002.6.27.まで釜山○○区○○洞 508 の 7 の株式会社○○で請求人らが実用新案登<br />

録した考案と同一乃至類似の技術を用いて一体型作業靴を月平均約 5,000 足生産・販売す<br />

-189-


ることにより請求人らの実用新案権を侵害し、<br />

(2)同株式会社○○は上記日時、場所で被告訴人の代表理事である上記チョン○ミンが被告<br />

訴人の業務について全項記載のように犯行を犯した。<br />

ロ.上記事件を捜査した被請求人は 2001.11.26.に被告訴人に対して嫌疑なしの不起訴処<br />

分をした。<br />

ハ.請求人は上記不起訴処分を不服として検察庁法が定める手続によって抗告及び再抗告<br />

したが、すべ棄却されると、被請求人の上記不起訴処分によって憲法上保障された請求人<br />

の平等権及び裁判手続陳述権を侵害されたと主張しながら、2002.8.1.に上記不起訴処分の<br />

取消を求める本件憲法訴願審判を請求した。<br />

…(中略)…<br />

(4)被告訴人に先使用による通常実施権があるのか<br />

被請求人は被告訴人に「先使用による通常実施権」があるので、請求人らの実用新案権を<br />

侵害したものではないという趣旨で判断している。詳察したところ、被告訴人は本件登録<br />

考案が出願される以前である 1997.2.頃イタリアのメイン社から受けた設計図面に基づい<br />

て本件登録考案と同一の作業靴生産のための金型を製造して協力社から試作品を生産納品<br />

された後に、本件登録考案出願より 1 カ月程遅い 1998.12.24.に本件登録考案とは別個に<br />

意匠登録出願まで行ったので、被告訴人に「先使用による通常実施権」があるという趣旨<br />

で主張しているが、先使用による通常実施権を有するためには実用新案出願時にその出願<br />

された考案の内容を知っておらず、考案をしたことを要するが、本件記録によれば、被告<br />

訴人が請求人であるイム○ジンの本件登録考案の出願時にその出願された考案の内容を知<br />

っておらず、考案をした事実を立証するのに不十分である反面、請求人であるイム○ジン<br />

が被告訴人の会社を退社した以降本件登録考案と同一の作業靴の開発を終えた後に、その<br />

試作品を完成して 1998.7.頃被告訴人の会社に訪ねてきて試作品を示した事実、被告訴人<br />

の会社はそれ以降である 1998.11.頃本件登録考案と同一の試作品を生産して 1999.3.頃か<br />

ら市販した事実が認められるだけであるので被告訴人の上記主張は理由がない。<br />

結局、被告訴人に先使用による通常実施権があるという被請求人の判断は受け入れ難い。<br />

-190-


[1]先使用権 2 制度の概要<br />

6.台湾における先使用権制度について 1<br />

1.条文、規則等<br />

[台湾特許法第 57 条] 3<br />

発明特許権の効力は、次のときには及ばないものとする。<br />

(1) [略]<br />

(2)特許出願前にその発明が中華民国において使用されていたか又はかかる目的のために<br />

必要なすべての準備が完了していたとき。ただし、その製造方法についての知識は特許出<br />

願前 6 月以内に特許出願人から取得されたものであり、かつ特許出願人がそれに係る特許<br />

を受ける権利を留保する旨の声明を行っていたときには本規定は適用されない。<br />

(3)-(6) [略]<br />

前段落(2)及び(5)にいう実施者は、発明の継続実施を専ら元の事業に限定しなければな<br />

らない。…<br />

[以下略]<br />

[特許規則 37 条]<br />

法律第 57 条第 1 段落(2)…において言及した「出願前」という文言は、…優先権が主<br />

張されている場合は、優先日前の意味を有するものとする。<br />

[特許規則 38 条]<br />

法律第 57 条第 2 段落…に記載した「元の事業」という文言は、法律第 57 条第 1 段落(2)<br />

[略]の場合は、「出願前の事業規模」を意味を意味し、…。<br />

1 本資料は、台湾法律事務所(Lee & Li 法律事務所)に委託した調査レポート(平成17 年)及び台湾大学(黄銘傑教授)<br />

委託した調査レポート(平成 18 年)の情報及び見解を元に作成したものである。<br />

2 本資料においては、台湾特許法第 57 条に規定する特許権適用の例外を「先使用権」と記す。<br />

3 なお、「先使用権」に関する前述した台湾特許法第 57 条は、発明特許に設けられている規定であるが、そのままの形<br />

で実用特許(実用新案)に準用されている(台湾特許法108 条)。また、意匠特許についても同様に規定されている(台湾<br />

特許法 125 条)。<br />

第 125 条<br />

意匠特許権は、次に掲げる事情においては、その効力が及ばないものとする。<br />

(1) [略]<br />

(2) 意匠物品が、特許出願前に中華民国において、既に実施されているとき又は当該目的のために必要な準備のすべて<br />

が完了しているとき。ただし、意匠についての情報が特許出願前 6 月以内に特許出願人から取得されており、かつ、特<br />

許出願人がそれに係る特許権を留保する旨の声明を出しているときは、この限りでない。<br />

(3)-(5) [略]<br />

(6) …前段落(2)及び(5)において言及した実施者は、元の事業においてする場合に限り、その意匠の実施を継続するこ<br />

とができる。…<br />

-191-


2.立法趣旨<br />

先願主義を原則とする特許制度の下では、特許権を取得した者が必ずしも当該発明を最<br />

初に発明又は最初に実施した者とは限らない。それ以外の者が出願前に人員や設備を投入<br />

して実施又は実施を準備していた可能性がある。このような場合、その後に特許を出願し<br />

て特許権を獲得した者がいることをもって先使用権者の継続実施を禁止することは明らか<br />

に公平を欠き、社会資源の浪費につながる。したがって特許権者の権利を制限する必要が<br />

あり、先使用者にもともとの事業の範囲内で先使用権を認めて当該発明を継続して利用で<br />

きることとしている(「專利侵害鑑定要點 4 」(台湾経済部知的財産局))。<br />

3.成立要件<br />

台湾における先使用権の成立要件は、(a)特許出願前 5 に、その発明を中華民国において<br />

実施していたか又はその目的のために必要なすべての準備を完了させていたこと、(b)発明<br />

の実施又はその準備は善意で行われたものであること、(c)発明の実施は先使用者が行って<br />

いたもともと事業の範囲に収まるものであること、である 6 。<br />

これら要件の詳細については「[3]先使用権制度に関する問及び回答」において判例を交<br />

えて述べることにする。<br />

4 2003 年に改正される前の旧特許法第 131 条の1第1項には「司法院と行政院は協調して『侵害鑑定専業機構』を指定<br />

する」と規定されていた。当時の特許法には刑事処罰の規定があったことから、この規定は、被告の権益を保障し、裁<br />

判の正確を期すために「刑事告訴を行う行政機関は専門の機関を指定して特許権が確かに侵害されたかどうかを鑑定さ<br />

せなければならない」と求めていた。このため、台湾経済部知的財産局は刑事告訴を行う行政機関から指定されて鑑定<br />

を行う際に統一的な基準を作ろうと考え、1996 年 1 月に「特許侵害鑑定基準」を策定して指導方針とした。しかし、2003<br />

年に改正された後の特許法からはもはや刑事処罰の規定がなくなっていたため、旧特許法第131条の1も同時に削除<br />

された。一部の内容は改正後に現行特許法の第 92 条第 2、3 項に移され、「特許鑑定専業機構」については、「(特許<br />

鑑定専業機構を)指定しなければならない。」から「指定することができる。」という表現に変更された。<br />

改正後、旧「特許侵害鑑定基準」は、2004 年10 月 5 日より適用が停止された。それで台湾経済部知的財産局は別途<br />

「特許侵害鑑定要点(專利侵害鑑定要點)」を公布し、特許鑑定機構の作業の正確性を高めるとともに、各レベルの裁<br />

判所に専業機構に鑑定を依頼する時の参考として提供した。この「特許侵害鑑定要点」の内容は、主に旧「特許侵害鑑<br />

定基準」を手本とし、これに部分的に修正を加えて作成したものである。このため、2003 年に刑事罰が廃止されて後も<br />

「特許侵害鑑定要点」は台湾経済部知的財産局の先使用権の関連構成要件を解釈する際の見解を依然として反映してお<br />

り、当該鑑定要点は裁判所が特許侵害があったかどうかを判断する際に、依然として少なからぬ影響を与えている。<br />

5 優先日を伴う出願の場合は、優先日が先使用権の判断基準となる。<br />

「專利侵害鑑定要點」(台湾経済部知的財産局)によると、「ここで言う「出願前」とは出願日以前を指す。すなわち特<br />

許法第 25 条が規定する「出願日以前」である。優先権を主張する者がいる場合は、特許法施行細則第37 条の規定に従<br />

って優先権日以前を指す。」としている。<br />

6 劉錦樹『専利権之限制』(東海法学研究第一巻、1984 年)46 頁。<br />

-192-


[2]先使用権が争われた判例<br />

本調査報告により確認された判例の一覧を以下に掲載する。(番号の横に「*」の記載の<br />

ある判例については、判例要旨を「[4]判例要旨一覧」に掲載)<br />

番<br />

号<br />

判決字號 判決日 裁判所 事件名<br />

1* 94-智-9 2006 月 10 月 13 日 台湾士林地方裁判所 「無線転送反応を高める電子<br />

装置とその方法」事件<br />

2* 91- 上 易 2002 年 12 月 26 日 台湾高等裁判所 「防音耳覆いの改良構造」事件<br />

-2480<br />

刑事判決<br />

3 90-自-437 2002 年 7 月 9 日 台湾板橋地方裁判所<br />

刑事判決<br />

「防音耳覆いの改良構造」事件<br />

4* 90-上-738 2002 年 12 月 17 日 台湾高等裁判所<br />

民事判決<br />

「改良型指圧用ベッド」事件<br />

5 90-聲再-531 2001 年 10 月 26 日 台湾高等法院 「電線連接ケースの改良装置」<br />

刑事裁定<br />

事件<br />

6 89-聲再-294 2000 年 6 月 14 日 台湾高等法院 「電線連接ケースの改良装置」<br />

刑事裁定<br />

事件<br />

7* 88- 上 易 2000 年 5 月 3 日 台湾高等裁判所 「電線連接ケースの改良装置」<br />

-5129<br />

刑事判決<br />

事件<br />

8* 89- 上 易 2001 年 1 月 18 日 台湾高等裁判所 「PP テープに着色する方法」事<br />

-3864<br />

刑事判決<br />

件<br />

9* 89- 上 易 2000 年 11 月 29 日 台湾高等地方裁判所 「粉砕機軸座の改良構造」事件<br />

-1946<br />

台中支部 刑事判決<br />

10* 89- 上 易 2000 年 11 月 2 日 台湾高等裁判所台南 「磁力式回転装置」事件<br />

-1487<br />

支部 刑事判決<br />

11 89-自更-6 2000 年 7 月 18 日 台湾台南地方裁判所<br />

刑事判決<br />

「磁力式回転装置」事件<br />

12* 88-易-2872 2001 年 9 月 13 日 台湾板橋地方裁判所 「磁器製骨壷の製法及びその<br />

刑事判決<br />

型と製品」事件<br />

13* 88-自-433 1999 年 12 月 28 日 台湾台南地方裁判所 「Fisher & Paykel 洗濯機」事<br />

刑事判決<br />

件<br />

14 87-自-215 1999 年 7 月 21 日 台湾桃園地方裁判所 「警察官用のバックルの改良<br />

刑事判決<br />

構造」事件<br />

15* 83- 上 易 2000 年 3 月 31 日 台湾高等裁判所高雄 「配管固定基部の構造」事件<br />

-1485<br />

支部 刑事判決<br />

16 83-易-4407 1997 年 3 月 17 日 台湾板橋地方裁判所 「ライターの容器部分の接合<br />

刑事判決<br />

構造の改良」事件<br />

17* 83-易-1868 1995 年 4 月 17 日 台湾台北地方裁判所 「自動車防犯器に使用する微<br />

刑事判決<br />

調整ネジ及びその固定座の改<br />

良構造」事件<br />

18* 83-自-36 1994 年 7 月 6 日 台湾新竹地方裁判所 「取り外しと調整を容易にす<br />

刑事判決<br />

る新しい入り口用カーテンの<br />

構造」事件<br />

-193-


[3]先使用権制度に関する問及び回答<br />

問1 台湾特許法第 57 条では、先使用権が認められる要件として「特許出願前にその発<br />

明が中華民国において使用されていたか又はかかる目的のために必要なすべての準備が<br />

完了していたとき」と規定されている。<br />

ここでいう「必要なすべての準備が完了」とはどのようなことなのか。<br />

「必要なすべての準備」の具体的意義を論じている判例はない。おおよそ、第三者が係<br />

争する特許物または特許方法にかかわる物を販売していた事実があれば、それは特許法第<br />

57 条第 1 項第 2 号のいう「使用した」要件に該当するとされている。なお、下記判例12<br />

では、最終的に国内出願前に特許方法にかかわる物を販売していた事実をもって先使用の<br />

抗弁を認めており、その判決理由の中に、被告が製造するに必要な機械と鋳型を購入した<br />

ことは必要な準備を完成したと認めることができる、と述べている。<br />

「專利侵害鑑定要點」(台湾経済部知的財産局)では、「「既に必要なすべての準備を完了」<br />

とは、同様の物品の製造又は同様の方法の実施のために中華民国において行われた必要な<br />

準備を指す。「必要な準備」は客観的に事実と認められるものでなければならない。例えば<br />

「既に相当量の投資を行っている」「既に発明の設計図を完成している」「既に実施発明の<br />

必要とする設備や鋳型を製造、購入している」-などである。「主観上のみの実施発明の準<br />

備」「実施が必要とする機器を購入するために銀行に融資を受けている」などの準備行為は<br />

既に必要な準備を完了しているとは言えない。」と述べられている。<br />

陳智超氏は「「準備」とは産業のために生産、利用を開始して行う予備行為である。当該<br />

予備行為とは客観的事実として認められるものでなければならない。例えば、(1)既に発明<br />

品の設計図を作成している、(2)当該特許技術の実施に必要となる材料に関して包装発注、<br />

注文を行っている-など」であるとしている。そして、「第三者の特許技術の使用又は準備<br />

の完了は中華民国内で行われていなければならない。したがって中華民国外で既に特許技<br />

術を使用又は必要な準備を完了していたとしても、先使用権を主張できない。」とも述べて<br />

いる。<br />

さらに、「必要な準備の完了とは、例えば、(1)技術上の準備:製品規格書、新製品設計<br />

書を既に完成している、(2)生産上の準備:当該製品が必要とする各種機器設備、専用工具<br />

又は鋳型の準備を終えている、(3)サンプル試作の完了:サンプルが検査を通過し、使用及<br />

び製品規格書の要求を満たしている-などである」とも述べている 7 。<br />

「「既に必要なすべての準備を完了」とは、行為者が当該発明のためになさねばならない<br />

予備行為を実施していると十分に認められるということである。すなわち、実態としての<br />

7 陳智超『専利法-理論與実務』(五南図書出版、2004 年)294-295 頁。<br />

-194-


予備実施行為を備えなければならず、心中又は口頭での期待にとどまるものは認められな<br />

い。」とする学説もある 8 。<br />

楊崇森氏は「「必要なすべての準備」とは、客観的に見て発明を実施するために必要又は<br />

不可欠のものと判断される一連の行為を意味し、これには人員の配備や設備の確認等が含<br />

まれる。なお、発明の試験、研究及び開発に過ぎない行為は「必要な準備」には相当しな<br />

い。すなわち、相当量の投資を行っている、必要な資材を既に発注している等の、問題の<br />

発明に基づく製品に関係する事業の遂行を目的とした何らかの具体的な行為(客観的事実)<br />

がなされている必要があると思われる。」としている 9 。<br />

「必要なすべての準備」に関連する判例を以下に紹介する。<br />

判例12:台湾板橋地方裁判所(1999)88 年易字第 2872 号刑事判決(原告:台湾板橋地<br />

方裁判所検察署検察官、告訴人:川吉実業有限公司、被告:呉東明)<br />

[判示事項]<br />

被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。被告の磁器製骨壷の製造方法と告訴人が<br />

発明特許を有する本事案の磁器製骨壷の製造方法は異なるものであるためである。さらに<br />

被告は告訴人が本事案の発明特許を出願する以前に既に台湾で使用を開始または必要な準<br />

備を完了していた。特許法第 57 条第 2 項の規定により、被告が告訴人の本事案の発明特許<br />

出願以前に製造、販売していた行為及び被告がその後もともと行っていた事業に関して使<br />

用していた行為には、告訴人の本事案の発明特許権の効力は及ばない。<br />

[事件概要]<br />

被告は 1993 年から 1994 年に本事案の骨壷を製造する機器を購入し、1995 年初旬に生産、<br />

販売を開始した。被告の主張は次の通りである。告訴人の発明特許は陶磁業界にもともと<br />

存在した一般的な技術であり、特許権の取得はできないはずである。さらに、被告の製造<br />

方法と告訴人の発明特許は異なるものである。また、被告が骨壷の製造、販売を開始した<br />

時期は告訴人が発明特許を出願した時期よりも早い。従って告訴人の特許権の効力の及ぶ<br />

ところではない。<br />

告訴人は 1995 年 10 月 20 日に「磁器製骨壷の製法及びその型と製品」の発明特許を出願<br />

し、1996年4月21日に発明特許権を取得した。その後、告訴人は被告が骨壷を製造した<br />

行為が自らの発明特許権を侵害したとして、1998 年 10 月 26 日に告訴を行った。検察官が<br />

捜査後、被告を起訴した。<br />

これに対し、台湾板橋地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

8 黄文儀『専利法逐條解説』(自己出版、1999 年)88 頁。<br />

9 楊崇森『専利法理論と応用』(三民書局、2003 年)330 頁。<br />

-195-


被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。「全要件原則 10 」「均等論 11 」に基づいて分<br />

析した結果、被告の磁器製骨壷の製造方法は告訴人の本事案に関わる磁器製骨壷の発明特<br />

許の製造方法と異なるものであると認められるためである。<br />

また、被告が告訴人の本事案に関わる発明特許出願以前に、既に台湾で使用を開始また<br />

は必要なすべての準備を完了していた。さらに被告には「製造方法の知識を特許出願人か<br />

らその出願前に取得したまたは特許出願人がそれに係る出願人の特許権の留保に関して声<br />

明を行っていた」事実がみられない。したがって被告の磁器製骨壷の製造方法と告訴人の<br />

前述の発明特許の製造方法が同様のものであったとしても、被告は告訴人が本事案に関わ<br />

る発明特許を出願する以前に製造、販売行為を行っていたのであり、またもともと行って<br />

いた事業に関して使用していたのであるから、告訴人の本事案に関わる発明特許権の効力<br />

は及ばない。被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。<br />

判例1:台湾士林地方裁判所(2006)94 年度智字第 9 号民事判決(原告:達方電子股份有<br />

限公司、被告:派登科技股份有限公司)<br />

[判示事項]<br />

原告が特許を出願する以前に、被告は既に公開・発行されている雑誌上に広告を掲載し<br />

ていた。また、公開で販売活動を行い、係争のマウスを他の会社に売り渡している。こう<br />

したことから、原告が係争特許を出願する以前に被告は既に関連する電子装置と関連する<br />

方法を使用して製造を行っており、係争のマウスを公開で販売していたことが認められる。<br />

したがって原告が所有する係争の特許権の効力は、おのずと被告の行為に及ばない。<br />

[事件概要]<br />

原告の主張は次の通りである。原告は 2002 年1月17日に知的財産局に「無線転送反応<br />

を高める電子装置とその方法」の特許を出願し、2003 年5月11日に発明特許(以下「係<br />

争特許」)を取得した。被告は原告の同意及び授権を得ずに「技嘉無線光学マウスGK-5<br />

UW」(以下「係争技嘉マウス」)を製造した。連邦国際特許商標事務所と財団法人台湾経<br />

済発展研究院の鑑定結果によれば、係争技嘉マウスの構成要件と原告が取得した係争特許<br />

の申請範囲は実質的に同様のものであり、原告の係争特許権を侵害している。<br />

被告の主張は次の通りである。係争技嘉マウスと被告が生産した「PT2000」マウスに<br />

ついては、被告は 2000 年 12 月 12 日に「財団法人台湾電子検験センター」に係争PT2000<br />

マウスの検査を委託し、2000 年末には公開・発行されている雑誌上に広告を掲載して販売<br />

した。そして、2001 年 1 月より係争PT2000 マウスの販売を開始した。型番と検査報告及<br />

10 特許請求の範囲のあらゆる構成要件を、被擬物品又は方法が利用する技術のすべての構成要件と逐一対比させ、被擬<br />

物品又は方法にはクレームのすべての構成要件が含まれることを求める。その技術内容が同一である場合においてはじ<br />

めて特許権侵害を構成する。<br />

11 全要件原則により構成要件の欠如を判断し、対応部分の存在が認められるときは、当該対応部分が均等物に属するも<br />

のであれば、たとえそれが同一のものでなくても、それを特許権侵害と認定する原則をいう。<br />

-196-


び広告雑誌上の型番「PT2000」は全く同様のものであり、これからも原告が係争特許を<br />

出願する以前に被告が既に生産、広告、公開による販売を行っていた事実が確認できる。<br />

これに対し、台湾士林地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告が提出した原本と符合するパソコン雑誌「PC-home」2000 年 4 月号のコピー<br />

及び「PC-Shopper電脳買物王専刊電脳暨周辺産品採購宝典 2001 年版」のコピー<br />

によれば、確かに被告の会社が製造した「夢幻鼠PT2000」の無線マウス及び「夢幻之風」<br />

の無線マウスの広告が掲載されており、被告が原告の係争特許出願以前に公開、発行され<br />

ている雑誌上に係争PT2000 マウスの広告を掲載し、公開で販売していたことが認められ<br />

る。<br />

被告はまた、2001 年 1 月に係争PT2000 マウスを「2001 社」に販売しており、同社の<br />

同意を得た後、同社の倉庫内に残されていた係争PT2000 マウス 2 つを当裁判所に鑑定用<br />

として提供した。当裁判所は財団法人工業研究技術院に送って鑑定を依頼した。同院が<br />

2006 年 7 月 27 日に提示した鑑定報告書によれば、係争技嘉マウス及び被告が 2005 年 7 月<br />

28 日に鑑定用に提供した係争PT2000 は、いずれも係争特許の申請特許範囲独立項第 9<br />

項と同様のものであり、2001 社も当時サンプルを購入した証拠(すなわち被告の会社から<br />

の出荷表コピー、領収書コピー及び 2001 社が振り出した小切手コピー)を提出し、また<br />

2001 社従業員の証言もある。<br />

上記を綜合すると、原告が係争特許を出願する以前に被告は既に 2000 年 4 月及び 2001<br />

年に公開、発行されている雑誌上に係争PT2000 マウスの広告を掲載し、前述の電子装置<br />

及びその方法を使用して係争PT2000 マウスを製造販売していた。原告が有する係争特許<br />

権の効力は、原告が係争特許を出願する以前に被告が既に台湾において上記の電子装置及<br />

びその方法を使用して無線マウスを製造販売していた行為には及ばない。<br />

判例2:台湾高等裁判所(2002)91 年上易字第 2480 号刑事判決(原告:呉秀香、被告:<br />

張喜明、原審:台湾板橋地方裁判所(2001)自字第 437 号)<br />

[判示事項]<br />

被告が製造、販売した製品は原告の特許権を侵害していない。原告が特許出願する以前<br />

に被告の製品は既に台湾で使用され、さらに既に必要な準備を完了しており、特許法第 57<br />

条第 1 項第 2 款及び第 105 条の規定により、原告の特許権の効力は被告が製造、販売した<br />

製品に及ばない。<br />

[事件概要]<br />

被告張喜明は、1998 年7月20日に「加強肋」を含む試作品を開発した。さらに遅くと<br />

も1999年1月15日には既に、「加強肋」を含む耳覆いの製品を一般に販売していた。この<br />

他、被告は1999年1月15日には既に「加強肋」を含む「A1615」型耳覆いを欧州連合の<br />

検査機関である「INSPEC」に送付して、騒音減少度・安全基準要求・安全基準検査<br />

-197-


などの検査を行った。その後、検査に合格して欧州連合CE認証を得た。<br />

原告呉秀香は 1999 年4月30日に「防音耳覆いの改良構造」に関する特許の出願を行い、<br />

2001 年 3 月 11 日に新型特許を取得した。原告が取得した新型特許の最大の特徴はバンド<br />

部分にある「加強肋」の装置である。原告は被告が生産した「加強肋」を含む「A1615」<br />

型耳覆いの製品に特許権を侵害されたとして訴えを起こした。<br />

一方、被告はその生産した「加強肋」を含む耳覆いが流通した時期は、原告人が特許を<br />

出願した時期より早かったと主張した。<br />

これに対し、台湾高等裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

本事案の最大の争点は、原告が 1999 年4月30日に特許を出願する以前に被告の製品が<br />

既に台湾で使用され、必要なすべての準備を完了していたかどうかである。被告は 1999<br />

年 1 月 15 日に既に自ら製造した「加強肋」を含む「A1615」型耳覆いを一般に販売してお<br />

り、さらに欧州連合のCE認証も得ている。原告が特許を出願する以前に被告の製品は既<br />

に台湾で使用されており、必要な準備も完了していた。このため原告の特許権の効力は被<br />

告が製造、販売した製品に及ばず、被告は原告の新型特許権を侵害していない。<br />

問2 外国企業が自国で生産したものを台湾で輸入販売を行う場合に、先使用権を確保す<br />

るために留意すべき点は何か。<br />

先使用権を主張するために係争特許技術を国内出願前に「使用した」か「使用のために<br />

必要なすべての準備が完了した」かのいずれかを証明しなければならない。<br />

このうち「使用した」の要件に関しては、「製品の売買に関する署名済み契約書、製品サ<br />

ンプル、裁判所での証言、宣誓供述書、雑誌・定期刊行物、著作権証書、請求書、発注書、<br />

設計図・写真サンプル、小切手・約束手形、カタログ、経理記録、品質検査申請資料・サ<br />

ンプル 、品質証明書、貿易誌上の公告」等の資料を提示することで証明できる。<br />

一方、「必要なすべての準備が完了した」という要件に関しては、「当該特許の国内出願<br />

日以前に既に存在しかつ当該特許出願日まで継続していなければならない」とされ、その<br />

準備は「客観的に事実と認められるものでなければならない」とされている。「必要な準備<br />

の完了」とは、技術上の準備、生産上の準備及びサンプル試作の完了を含んでおり、それ<br />

ぞれに対応する証拠を確保しておく必要がある。<br />

すなわち、「技術上の準備」を証明するには、製品規格書、新製品設計書などが必要であ<br />

る。「生産上の準備」を証明するには、当該製品が必要とする各種機器設備、専用工具又は<br />

鋳型の準備または購入などの事実が適当である。そして「サンプル試作の完了」を証明す<br />

るには、サンプルが検査を通過し、使用及び製品規格書の要求を満たしたなどの事実が必<br />

要である。<br />

-198-


海外企業が自国で生産したものを台湾で輸入販売を行う場合には、輸入行為が、特許法<br />

第 57 条にいう「使用」行為に該当するか否かが問題となる。「專利侵害鑑定要點」(台湾経<br />

済部知的財産局)では、「使用とは、既に同様の物品を台湾で製造し又は同様の製造方法を<br />

使用していることを指し、同様の物品又は同様の方法によって直接製造された物品の販売、<br />

使用、輸入を含まず」と述べられており、海外企業が自国台湾で生産を行わず、本国で生<br />

産したものを台湾に輸入し販売するだけでは、「使用」に当たらないとされている。ただし、<br />

輸入販売を行うことも「使用」行為に該当する、とした判例もある(判例13)。<br />

台湾特許法第 56 条の特許権の内容として、製造権、販売権、使用権及び輸入権が上げら<br />

れている。使用権が製造権、販売権と輸入権と同列されることは、先使用権における「使<br />

用」が販売と輸入行為を含まないと解釈される理由であると解される。輸入行為を使用行<br />

為に含むとした判例13の判断については疑義が残る。一般に台湾においては、先使用権<br />

が狭く解釈される傾向がある。<br />

輸入販売を「使用」行為に該当するとした判例を以下に紹介する。<br />

判例13:台湾台南地方裁判所(1999)88 年自字第 433 号刑事判決(原告:魏永寛、被告:<br />

黄文聡)<br />

[判示事項]<br />

被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。原告が本事案に関わる発明特許を出願す<br />

る以前に、既に台湾で使用されていたためである。特許法第 57 条第 1 項第 2 款により、被<br />

告が代理商として当該KE933 型洗濯機を輸入した行為には、原告の本事案に関わる発明<br />

特許権の効力は及ばない。<br />

[事件概要]<br />

ニュージーランドのフィッシャー&パイケル社による当該モーターを搭載した洗濯機は<br />

1991 年 5 月に世界各地で一般に販売が開始された。被告は 1996 年1月14日に同社より代<br />

理商として当該KE933 型洗濯機 90 台を輸入した。被告の主張は次の通りである。原告が<br />

特許権を取得する以前に当該洗濯機を輸入しており、先使用権を有する。さらに当該洗濯<br />

機が搭載するモーターは原告の有する「磁力式回転装置」発明特許の特許権の範囲と全く<br />

異なるものであり、原告の特許権を侵害していない。<br />

原告は 1996 年 2 月 13 日に「磁力式回転装置」の特許出願をし、1997 年 9 月 1 日に発明<br />

特許権を取得した。その後、原告は被告によるKE933 型洗濯機の輸入が自らの特許権を<br />

侵害したとして訴えを起こした。<br />

これに対し、台湾台南地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告は原告の特許権を侵害していない。被告は 1996 年1月14日にニュージーランド企<br />

業より当該KE933 型洗濯機を輸入しており、これがすなわち原告が自らの特許を侵害さ<br />

-199-


れたとする洗濯機である。その使用日は原告による特許の出願日よりも早い。従って原告<br />

の特許と当該モーターが同様のものであるかどうかに関わらず、被告は法が定める先使用<br />

権を有し、原告が有する特許権の効力の拘束を受けない。<br />

問3 「外国企業が台湾国外では生産及び販売を行っているものの、台湾国内での販売(又<br />

は生産)の行為は、当分の間は予定がない」場合には、その外国企業は、販売(又は生産)<br />

の先使用権を確保するために、取り得る手段はあるか。<br />

このような場合には、台湾で先使用権を主張することは困難である。<br />

台湾特許法第 57 条第 1 項第 2 款にいう「使用行為」または「必要な準備行為」は、台湾<br />

で当該特許出願日まで継続していなければならず、客観的に事実と認められるものでなけ<br />

ればならないとされている。<br />

問4 先使用権は出願前の所定行為を引き続き実行する権利であるが、他者の出願の出願<br />

前に実施していた発明の実施形式と、出願後に実施している発明の実施形式が異なる場<br />

合、先使用権は認められるか。<br />

先使用権が狭く解釈されがちである台湾の実務状況からすれば、発明の実施形式の変更<br />

において先使用権が認められがたいと考えられる。(これに関する判決は今までのところ見<br />

当たらない)。<br />

「專利侵害鑑定要點」(台湾経済部知的財産局)においては、「先使用権の範囲については、<br />

特許法第 57 条第 2 項及び第 125 条第 2 項が「先使用者はもともとの事業においてのみ継続<br />

的に利用できる」とする制限を設けている…(中略)…ここでいう「事業目的の範囲」とは、<br />

ある発明(例えば苛性ソーダ)を製造するために当該発明を実施する場合は、当該苛性ソー<br />

ダの製造の範囲内で通常実施権を持つこととなる。当該設備を製鉄事業において使用する<br />

場合は、通常実施権は認められない。」とされている。ここからも、発明の実施形式が異な<br />

る場合には、先使用権は認められないと思われる。<br />

また、楊崇森教授も先使用権者がオートバイを製造するためにエンジンを使用しており、<br />

後にそのエンジンに対する特許が他の者に与えられた場合には、ヨットや航空機の製造に<br />

そのエンジンを使用するため先使用権を拡大することはできないと述べている。また、先<br />

使用権者により行われていた商業的行為が紹介と販売だった場合、先使用権者はその他の<br />

商業的行為(たとえば製造)を行うことはできないと述べている。その一方、時代が変化<br />

し技術が進歩するにつれ、発明の実施方法も変わる可能性があり、特に、技術が急速に変<br />

-200-


化する時代において、先使用権に対し実施の態様又は方法を合理的に変更することを認め<br />

ないとするなら、それは公平性を欠くことであるだろう。それを認めないとすれば、先使<br />

用権制度は名目のみの制度ともなりかねない。上記の理由から、楊崇森教授は、先使用権<br />

者は当該特許の出願日時点において行われていた実施の範囲内であれば実施態様を変更す<br />

ることを許されると考えを述べている 12 。<br />

問5 先使用権者は、特許法 56 条に定義された実施行為を変更することはできるのか。<br />

例えば、出願前に輸入・販売していた場合、出願後に製造・販売に変更することはできる<br />

か。<br />

台湾特許法第 56 条の特許権の内容としては、製造権、販売権、使用権及び輸入権が上げ<br />

られている。先使用権がすべての実施行為について認められるのかを示した判例はないが、<br />

基本的に先使用権の抗弁を認める際には、製造と販売行為を一体としてとらえている。輸<br />

入を使用の範疇に入れて先使用の抗弁を認めた判例13(前述)も、輸入と販売を一体とし<br />

てとらえて「使用した」としている。よって、製造を伴わない単なる販売・使用行為が先<br />

使用権における「使用」に該当するかは疑義が残る(むろん、方法特許についてその方法の<br />

使用行為は、先使用権における「使用」に当たる)。<br />

「專利侵害鑑定要點」(台湾経済部知的財産局)は、もっとも厳しく「使用」を解釈して<br />

おり、「既に同様の物品を台湾で製造し又は同様の製造方法を使用していることを指し、同<br />

様の物品又は同様の方法によって直接製造された物品の販売、使用、輸入を含まない」と<br />

している。このような立場のもとでは、製造を伴わない単なる販売・使用行為は、先使用<br />

権における「使用」に該当しないこととなる。<br />

このように先使用権の「使用」行為を狭く解釈する台湾においては、先使用権者は他者<br />

の出願日の後に実施行為の変更を行うことも認められないと思われる。類似する趣旨を述<br />

べた学説では、「輸入や販売であった場合に例えば製造までは認められない」としている 13 。<br />

問6 先使用権者は、他者の出願後に、生産規模の拡大、輸入規模の拡大、販売地域の拡<br />

大をすることが認められるか。<br />

台湾特許法第 57 条第 2 項及び 125 条第 2 項によると、先使用権者の「もともと」行って<br />

いた事業に継続して使用する場合に限定される。特許法施行細則第 38 条においては、この<br />

「もともとの事業」とは、特許出願前における事業規模を指すと定められている。実施規<br />

12 楊崇森・前掲注(9)330 頁。<br />

13 楊崇森・前掲注(9)330 頁。<br />

-201-


模について明示した判例として判例8が挙げられる。当該判例によると、「被告が発明特許<br />

権と同様の生産方法で「元の事業」(出願前の事業規模)の他に字の印刷されたPPテープ<br />

を生産していたことを証明できる証拠はなく、告訴人が前記の方法の発明特許権を取得し<br />

て以降、被告が「元の事業」の範囲内で生産した行為が告訴人の前記発明特許権を侵害し<br />

たとは認められない。」としている。ただし、当該判例における「元の事業」の解釈が、「出<br />

願前の事業規模」を指すのか、それとも「当該生産方法を利用して生産を続けていた」を<br />

指すかは明らかではない。<br />

学説は総じて「元の事業」を「出願前の事業規模」に厳しく限定する立場をとっている。<br />

例えば陳智超氏は、「製造目的、使用範囲、製品数量はもともとの範囲を超えてはならない。<br />

既に製造に必要な準備を完了している場合については、先使用権者の現在の必要な準備の<br />

規模に基づいて許される生産、利用の規模と範囲を予測することができる。」とした 14 。<br />

また、陳文吟氏は「「もともとの事業」については「出願前の事業規模」とし、もともと<br />

の生産能力に基づいて継続的に拡充したり、特許権者と競争したりすることはできないと<br />

している。これはもともとの生産設備に基づいて拡充を行うことはできないということで<br />

あり、もともとの製造材料をすべて使い終えるということを指しているのではない。」と し<br />

ている 15 。<br />

鄭中人氏は、「特許法第 57 条第 1 項第 2 号の立法目的は、先使用者が既に投入した投資<br />

を保護するためである。したがってもともとの事業における継続的使用に限られ、他人に<br />

授権して使用させることはできない。ただし、実施規模を拡大できるかどうかについては、<br />

特許法は明確に規定していない。特許法の条文は「もともとの事業」における使用を規定<br />

しているのみであり、条文を見る限りでは、もともとの使用者はもともとの事業の範囲で<br />

さえあれば実施規模を拡大できるようにも解釈できる。ただし、先発明者が特許を出願し<br />

ないのは自己の責任でもあり、したがって、やはり使用規模を拡大することはできないと<br />

理解すべきである。」としている 16 。<br />

さらに楊崇森氏も、施行細則第 38 条の「もともとの事業」とは、特許出願前における事<br />

業規模を指す。また、特許出願時における事業規模及び事業範囲を超えるものであっては<br />

ならないとされ、元来の事業の目的を超えて他の事業領域に広げることも許されないもの<br />

とされる。輸入や販売であった場合に例えば製造までは認められないとされる、としてい<br />

る 17 。<br />

最後に「專利侵害鑑定要點」(台湾経済部知的財産局)も、「「もともとの事業」とは特許<br />

法施行細則第 38 条の規定によれば、「出願前の事業規模」を指す。この中にはもともとの<br />

14 陳智超・前掲注(7)295 頁。<br />

15 陳文吟『我国専利制度之研究』(五南図書出版、2004 年)203-204 頁。<br />

16 鄭中人『専利法逐條釈論』(五南図書出版、2002 年)168-169 頁。<br />

17 楊崇森・前掲注(9)330 頁。<br />

-202-


生産量、もともとの生産設備を利用して得た生産量またはもともとの準備に基づいて得た<br />

生産量が含まれる…(中略)…制限されていない実施規模は出願時の規模と一致していなけ<br />

ればならない。」としている。<br />

実施規模に関する判例として以下の判例を紹介する。<br />

判例8:台湾高等裁判所(2000)89 年上易字第 3864 号刑事判決(上訴人:台湾板橋地方<br />

裁判所検察署検察官、被告:張文和、原審:台湾板橋地方裁判所(1998)訴字第 5076 号)<br />

[判示事項]<br />

被告は告訴人が特許を出願する以前に告訴人が有する特許権と同様の方法で字の印刷さ<br />

れたPPテープを生産しており、当該特許権の生産方法が出願以前に台湾で使用されてい<br />

たと認められる。したがって被告の行為は告訴人の特許権の侵害に当たらない。<br />

[事件概要]<br />

検察側の主張は次の通りである。本事案の告訴人黄春福は「PPテープに着色する方法」<br />

について、1993 年 12 月 27 日に経済部中央標準局から特許権が認められた。しかし被告は<br />

1993 年 12 月某日より現在に至るまで告訴人が特許権を有することを知りながら、その同<br />

意または授権を得ずに類似するPPテープを製造、販売して利益を得て、告訴人の特許権<br />

を侵害した。<br />

被告の主張は次の通りである。被告は 1989 年より告訴人と同様の方法で字の印刷された<br />

PPテープを製造していた。告訴人の特許権は 1993 年に取得したものであり、告訴人の特<br />

許権の侵害には当たらない。<br />

これに対し、台湾高等裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告が使用した生産方法と告訴人の特許権の特許範囲は実質的に同様のものである。し<br />

かし被告は 1993 年 1 月及び同年 4 月に雑誌上で広告を出してPPテープを販売していたと<br />

する証拠がある。また財団法人中国生産力センターの「二者の生産方法は実質的に同様の<br />

ものである」とする鑑定結果によれば、明らかに被告が 1993 年 4 月(すなわち 1993 年 12<br />

月 27 日以前)に特許権と同様の方法で字の印刷されたPPテープを生産していたことが認<br />

められる。これにより、当該特許権の生産方法が出願以前に台湾で使用されていたと認め<br />

られる。<br />

被告が特許権と同様の生産方法で「元の事業」(出願前の事業規模)の他に字の印刷され<br />

たPPテープを生産していたことを証明できる証拠はなく、告訴人が 1993 年 12 月 27 日に<br />

前記の方法の特許権を取得して以降、被告が「元の事業」の範囲内で生産した行為が告訴<br />

人の前記特許権を侵害したとは認められない。<br />

すなわち、本事案特許権の生産方法は出願前に既に台湾で使用されており、被告は 1993<br />

年 12 月 27 日に告訴人が前記特許権を取得する以前に、前記特許権の方法で当該PPテー<br />

-203-


プを生産し、かつ特許権者が特許を出願して以降も、もともと行っていた事業に関するも<br />

のとして当該生産方法を利用して生産を続けていた。上記の特許法及び特許法施行細則の<br />

規定に照らすと、この行為は特許権の効力の及ぶところではない。このため、被告が製造<br />

したPPテープが告訴人の特許の方法を「踏襲」したものであるとは認めがたく、また被<br />

告が当該生産方法を利用した行為が告訴人の特許権の方法を侵害したとも証明しがたい。<br />

問7 特許出願前には実施していたが、その後の事業の中断等により、特許出願時には実<br />

施していない場合、先使用権の主張は認められるか。<br />

これらの問題に明示的に言及した判例はないが、上述の判例8からは、先使用権の主張<br />

が認められるためには、国内出願時まで継続して使用する必要がある、と解釈される。<br />

「專利侵害鑑定要點」(台湾経済部知的財産局)によると「先使用者の使用又は準備行為<br />

は特許出願前に既に行われていなければならず、かつ出願日まで継続して行われていなけ<br />

ればならない。先使用者がかつて使用又は準備行為を進めていたものの既にそれを停止し、<br />

他者が特許を出願して以降に使用又は準備を再開した場合は、その停止が不可抗力によら<br />

ない限り、先使用権を主張することはできない。出願日以前に当該物品の製造、販売を事<br />

業としていた場合は、実務上、既に連続使用行為を有していたと認められる。」とされてお<br />

り、不可抗力によらない限り、先使用者の使用又は準備行為は出願日まで継続して行われ<br />

ていなければならない。その使用行為又は準備行為を一旦停止したら、他者の特許出願以<br />

降に使用又は準備を再開しても、先使用権を主張することはできない。なお、「出願日以前<br />

に当該物品の製造、販売を事業としていた場合は、実務上、既に連続使用行為を有してい<br />

たと認められる」と述べられているが、出願日まで継続して行われていないことが証明さ<br />

れれば、先使用権が認められないこともあると解される。<br />

学説も「「必要なすべての準備を完了」とは当該特許出願日以前に既に存在し、かつ当該<br />

特許出願日まで継続していなければならない。したがって特許出願日以前に既に使用を停<br />

止または「必要なすべての準備の完了」を放棄していた場合は、先使用権を適用してはな<br />

らない。」としている 18 。<br />

問8 先使用権の効力は先使用権者ではない者にも及ぶのか。<br />

(1)先使用権者が製品を第三者に譲渡した場合の取扱い<br />

この問題のような場合の判例は存在しないが、他者の出願日後において、先使用権者が<br />

製造した製品を購入して、第三者が「使用・販売(転売)」することは特許権侵害とならな<br />

18 陳智超・前掲注(7)294-295 頁<br />

-204-


いと解する。<br />

先使用権者であっても、特許権者の国内出願後の継続使用行為は、「もともとの事業」す<br />

なわち「特許出願前における事業規模」に限定されており、前記第三者は、先使用権者が<br />

製造した製品を購入して使用、販売するとしても、それらの使用、販売行為は特許製品の<br />

量を増やさない単純な使用、販売行為である。しかも、このような使用、販売行為を認め<br />

ないとすると、先使用権者からその製造した製品を購入しても、係る製品は第三者にとっ<br />

て購入意義が薄く、最初から先使用権者が製造した製品を購入しなくなる。すなわち、先<br />

使用権者に当該特許技術の継続使用を認めても、その技術を用いて製造した製品を誰も購<br />

入しないことは先使用権を認めないことと同じであり、はなはだ不当であると考えられる。<br />

(2)下請業者へ委託する場合の取扱い<br />

先使用権を有する事業者が第三者に委託して特許技術の内容にかかわる物を製造させ、<br />

関連する特許の方法を行使させた場合も、もともとの事業者自身の利用行為とみなされ<br />

る。すなわち、第三者はもともとの事業者の一機関だとみなされ、このため第三者の実施<br />

行為ももともとの企業の実施行為だと認められる。<br />

このとき「第三者に委託して製造させた」というのは、第三者が使用した特許技術は委<br />

託者の所有するものであり、被委託者が自ら開発した技術又は自らが有する技術ではな<br />

い。すなわち、第三者が先使用権者の委託を受けて特許技術に関連する製品を製造した、<br />

又は特許技術に関連する方法を使用したとき、第三者が使用した技術内容は先使用権者が<br />

所有するもので、かつ第三者が技術の使用過程において先使用権者の監督を受けている、<br />

このとき第三者の製造実施行為は先使用権の効力範囲内にあるとみなされる。<br />

(3)グループ企業の取扱い<br />

グループ企業の一企業に先使用権が認められた場合、他のグループ関係企業に先使用権<br />

は認められるかについて明確な規定はないが、先使用権に関する解釈が狭くなりがちであ<br />

る台湾の実務状況からすれば、この問題について消極的であると解される。<br />

台湾の会社法では企業グループに関する特別な規定がおかれているが、裁判実務におい<br />

て法人格及びその独立性がかなり重視されており、法人格否認の理論について裁判所は拒<br />

否している。このような裁判実務の考えのもとでは、同一の企業グループに属する企業で<br />

あってもその法人格は別々であり、グループ企業の一企業に先使用権が認められたからと<br />

いって、当然にグループの他の企業に先使用権は認められるわけではない。むしろ、法人<br />

格の独立性を重んずる立場からは、グループの他の企業のこの先使用権に関する使用行為<br />

は禁止されるべきであると考えられる。<br />

-205-


問9 先使用権は移転できるか。<br />

先使用権を有する企業の買収や先使用権を有する企業の分社による先使用権の移転に関<br />

する判例は、これまで存在しない。<br />

学説は、先使用権の移転・譲渡を認めている。例えば劉錦樹氏は「先使用権は法定実施<br />

権の一種であり、当該権利は独立して存在する。したがって先使用権者はその実施権と実<br />

施事業をまとめて第三者に転売することができる。」としている 19 。また、楊崇森氏も、「事<br />

業とともにする場合はその使用権をあらゆる第三者に移転することができる。」と解釈して<br />

いる 20 。この際、あらゆる第三者とは、独立的な子会社、部品供給者、取引先、出資者等<br />

を含んでいる。<br />

なお、先使用権は「元の事業」すなわち「出願前の事業規模」に限定されていることに<br />

留意すべきである。例えば「一部地域で活動する小規模の小さな企業が全国規模で事業を<br />

行う大企業により買収された場合」には、買収を行った大企業は先使用権者となり、当該<br />

特許技術を実施することが可能であるが、その技術実施の結果としての事業規模は、前の<br />

小規模企業の当該特許技術の実施に関わる「事業規模」を超えてはならない。さもなけれ<br />

ば、先使用権が「出願前の事業規模」に限定されている規定の趣旨は潜脱されることにな<br />

りかねないためである。<br />

問10 下請企業(他企業ではあるが下請元企業の指揮命令により生産を行う企業)が生<br />

産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請企業と下請元企業のどちら<br />

に先使用権が認められるか。<br />

学説では、先使用権における実施者は「各種の実施方式を利用する実施者」であると解<br />

釈されているが 21 、ここで「各種の実施方式」というのは、台湾特許法第 56 条第 1 項にい<br />

う製造、販売、使用、輸入を指し、下請け行為を含んでいないと解される。<br />

しかしながら、下請元企業は特許権者の国内出願前に自らの使用または準備行為により<br />

先使用権を取得することもありうる。そしてこの場合、他人に委託して製造したことも下<br />

請元企業自らの使用行為にみなされることがある。これについて、「專利侵害鑑定要點」(台<br />

湾経済部知的財産局)では、「自己製造のものに限らず、他人に委託して製造した場合もま<br />

た本規定を適用する。当該の委託を受けた者の製造もまた先使用権の範囲に属する。」と 述<br />

べられている。<br />

ここで、他人に委託して製造した際に、当該他人が用いる技術は委託者が有する技術で<br />

19 劉錦樹・前掲注(6)46 頁。<br />

20 楊崇森・前掲注(9)330 頁。<br />

21 陳文吟・前掲注(16)203-204 頁。<br />

-206-


あり、被委託者は自ら開発したまたは有する技術ではないということである。この場合、<br />

もともと被委託者は特許技術にかかわる技術を持っておらず、使用を行うすべはなく先使<br />

用権を取得することはありえない。<br />

すなわち、下請企業が生産等の先使用権の対象となる実施行為を行っていた場合、下請<br />

企業と下請元企業のどちらに先使用権が認められるかの決め手は、先使用権の対象技術を<br />

誰が開発したかである。もしその対象技術をもともと下請元企業が開発し、下請企業に委<br />

託生産をしたとすれば、先使用権は下請元企業に帰属する。一方、当該対象技術を下請企<br />

業が下請生産か他の目的で開発したとすれば、ここに下請元企業の委託生産という事実が<br />

入り込んだとしても、先使用権は下請企業に帰属すべきであると解する。<br />

なお、台湾国外にある下請企業が生産をして、台湾国内の下請元企業に納品しているよ<br />

うな場合には、台湾国内の下請元企業に先使用権は認められないと解する。<br />

問11 当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合には、先使用権は認められ<br />

るのか。<br />

先使用権を主張する者が、特許権者から発明を知って実施をしていた場合の取扱いにつ<br />

いては、特許法第 57 条第 1 項第 2 款のただし書き「その製造方法についての知識は特許出<br />

願前 6 月以内に特許出願人から取得されたものであり、かつ特許出願人がそれに係る特許<br />

を受ける権利を留保する旨の声明を行っていたときには本規定は適用されない。」という規<br />

定がある。よって、当該特許権に係る発明者から発明を知得していた場合にも先使用権が<br />

認められる場合がある。<br />

なお、学説上は「当該利用人が善意であり、かつ正当な方法により当該技術について知<br />

った場合でなければ、当該条款の但し書きに基づく主張はできない。もし詐欺や脅迫など<br />

によって特許技術について知識を得た場合は、当該条款のただし書は適用されず、特許権<br />

の効力規定が適用される」とされている 22 。<br />

発明特許の対象は物、物質又は方法である。特許法第 57 条第 1 項第 2 款の但し書きに<br />

おいていう「製造方法について知りえた」とは「先使用人が特許出願人の出願した特許技<br />

術の内容を知ったこと」であって、「方法の発明」に限定されるものではない。台湾経済<br />

部知的財産局の「特許侵害鑑定要点」においても、先使用権関連規定中にいう「特許出願<br />

前に中華民国において、実施されていたか又は当該目的で、必要なすべての準備が完了し<br />

ていたとき」が適用される対象が果たして物の特許なのか方法の特許なのか、特許法の条<br />

文は特に定めていない。ただし書にいう「製造方法」には特許を実施する技術、方法及び<br />

方法の特許の方法が含まれているといえる。すなわち、特許法第 57 条第 1 項第 2 款ただ<br />

22 陳智超・前掲注(7)294-295 頁。<br />

-207-


し書の先使用権主張に関する制限は、発明特許中の方法の特許にのみ適用の余地があると<br />

いう訳ではなく、すべての種類の発明特許に適用される可能性があるということである。<br />

問12 先使用権を立証する手段としてどのようなものがあるか。<br />

台湾において発明に関する先使用権を認められるためには、先使用者は以下の 3 つの要<br />

素を立証しなければならない 23 。<br />

(a)特許出願前に、その発明を中華民国において実施していたか又はその目的のために必要<br />

なすべての準備を完了させていたこと<br />

(b)発明の実施又はその準備は善意で行われたものであること<br />

(c)発明の実施は先使用者が行っていたもともと事業の範囲に収まるものであること<br />

「先使用」であるかどうかの判断においては、発明の「実施」には、製品の製造、生産、<br />

販売、流通等や方法発明の場合には当該方法の実際の使用が含まれるものとみなされなけ<br />

ればならない。<br />

さらに、「必要なすべての準備」とは、客観的に見て発明を実施するために必要又は不可<br />

欠のものと判断される一連の行為を意味し、これには人員の配備や設備の確認等が含まれ<br />

る。「必要な準備」を構成する行為の例としては、工場及び設備の購入、設備の発注、雇<br />

用契約の締結、模型・金型・ツール・図面の製作、供給品及び原材料の発注等がある。言<br />

い換えれば、問題の発明に基づく製品に関係する事業の遂行を目的とした何らかの具体的<br />

な行為がなされている必要があるということになる。したがって、発明の試験、研究及び<br />

開発に過ぎない行為は「必要な準備」には相当しない。<br />

先使用権を認められるためには、先使用者は、第一に、自らの発明は先使用権の対象と<br />

して正しい主題であることを立証しなければならない。先使用権の対象となるのは、特許<br />

出願人によりなされた発明の請求の範囲に属する第三者の発明である 24 。第三者の発明の<br />

範囲は、特許出願人によりなされた発明と比較して、①同一、②部分的に同一、③その用<br />

途発明又は選択発明である、のいずれかに相当するものでなければならない。<br />

発明の先使用の範囲の立証には以下の証拠を用いることができる(ただし、台湾法は、証<br />

拠の許容性に関する厳格な要件を定めていない。民事訴訟法も刑事訴訟法も、裁判官に証<br />

拠の許容性についての判断に関する最低限の指針を与えるものでしかない。また、台湾特<br />

許法から侵害に対する刑事罰規定が削除されたため、今後は特許法に基づく訴訟は民事訴<br />

訟法にしたがって行われることとなる)。<br />

23 劉錦樹・前掲注(6)46 頁。<br />

24 楊崇森・前掲注(9)328 頁。<br />

-208-


先使用権を主張する者によりなされた発明の技術的範囲を画定するにあたって、台湾の<br />

裁判所自体が、特許出願書類や明細書、図面等の書証を参照した例はまだない。先使用権<br />

を主張する者によりなされた発明の技術的範囲を画定する際には、むしろ、知的財産局に<br />

より特許侵害に関する鑑定を行う機関として認定された当該分野の中立機関又は教育機関<br />

に対する製品サンプルを提出しての鑑定委託が行われる。かかる機関は、当該製品を当該<br />

特許の請求項と比較し、当該製品の技術的範囲は当該特許の請求の範囲に属するものかど<br />

うかを判断する。<br />

-209-


[4]判決要旨一覧<br />

判例1:台湾士林地方裁判所(2006)94 年度智字第 9 号民事判決(原告:達方電子股份有<br />

限公司、被告:派登科技股份有限公司)<br />

[判示事項]<br />

原告が特許を出願する以前に、被告は既に公開・発行されている雑誌上に広告を掲載し<br />

ていた。また、公開で販売活動を行い、係争のマウスを他の会社に売り渡している。こう<br />

したことから、原告が係争特許を出願する以前に被告は既に関連する電子装置と関連する<br />

方法を使用して製造を行っており、係争のマウスを公開で販売していたことが認められる。<br />

したがって原告が所有する係争の特許権の効力は、自ずと被告の行為に及ばない。<br />

[事件概要]<br />

原告の主張は次の通りである。原告は 2002 年1月17日に知的財産局に「無線転送反応<br />

を高める電子装置とその方法」の特許を出願し、2003 年5月11日に発明特許(以下「係<br />

争特許」)を取得した。被告は原告の同意及び授権を得ずに「技嘉無線光学マウスGK-5<br />

UW」(以下「係争技嘉マウス」)を製造した。連邦国際特許商標事務所と財団法人台湾経<br />

済発展研究院の鑑定結果によれば、係争技嘉マウスの構成要件と原告が取得した係争特許<br />

の申請範囲は実質的に同様のものであり、原告の係争特許権を侵害している。<br />

被告の主張は次の通りである。係争技嘉マウスと被告が生産した「PT2000」マウスに<br />

ついては、被告は 2000 年 12 月 12 日に「財団法人台湾電子検験センター」に係争PT2000<br />

マウスの検査を委託し、2000 年末には公開・発行されている雑誌上に広告を掲載して販売<br />

した。そして、2001 年 1 月より係争PT2000 マウスの販売を開始した。型番と検査報告及<br />

び広告雑誌上の型番「PT2000」は全く同様のものであり、これからも原告が係争特許を<br />

出願する以前に被告が既に生産、広告、公開による販売を行っていた事実が確認できる。<br />

これに対し、台湾士林地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告が提出した原本と符合するパソコン雑誌「PC-home」2000 年 4 月号のコピー<br />

及び「PC-Shopper電脳買物王専刊電脳暨周辺産品採購宝典 2001 年版」のコピー<br />

によれば、確かに被告の会社が製造した「夢幻鼠PT2000」の無線マウス及び「夢幻之風」<br />

の無線マウスの広告が掲載されており、被告が原告の係争特許出願以前に公開、発行され<br />

ている雑誌上に係争PT2000 マウスの広告を掲載し、公開で販売していたことが認められ<br />

る。<br />

被告はまた、2001 年 1 月に係争PT2000 マウスを「2001 社」に販売しており、同社の<br />

同意を得た後、同社の倉庫内に残されていた係争PT2000 マウス 2 つを当裁判所に鑑定用<br />

として提供した。当裁判所は財団法人工業研究技術院に送って鑑定を依頼した。同院が<br />

-210-


2006 年 7 月 27 日に提示した鑑定報告書によれば、係争技嘉マウス及び被告が 2005 年 7 月<br />

28 日に鑑定用に提供した係争PT2000 は、いずれも係争特許の申請特許範囲独立項第 9<br />

項と同様のものであり、2001 社も当時サンプルを購入した証拠(すなわち被告の会社から<br />

の出荷表コピー、領収書コピー及び 2001 社が振り出した小切手コピー)を提出し、また<br />

2001 社従業員の証言もある。<br />

上記を綜合すると、原告が係争特許を出願する以前に被告は既に 2000 年 4 月及び 2001<br />

年に公開、発行されている雑誌上に係争PT2000 マウスの広告を掲載し、前述の電子装置<br />

及びその方法を使用して係争PT2000 マウスを製造販売していた。原告が有する係争特許<br />

権の効力は、原告が係争特許を出願する以前に被告が既に台湾において上記の電子装置及<br />

びその方法を使用して無線マウスを製造販売していた行為には及ばない。<br />

-211-


判例2:台湾高等裁判所(2002)91 年上易字第 2480 号刑事判決(原告:呉秀香、被告:<br />

張喜明、原審:台湾板橋地方裁判所(2001)自字第 437 号)<br />

[判示事項]<br />

被告が製造、販売した製品は原告の特許権を侵害していない。原告が特許出願する以前<br />

に被告の製品は既に台湾で使用され、さらに既に必要な準備を完了しており、特許法第 57<br />

条第 1 項第 2 款及び第 105 条の規定により、原告の特許権の効力は被告が製造、販売した<br />

製品に及ばない。<br />

[事件概要]<br />

被告張喜明は、1998 年7月20日に「加強肋」を含む試作品を開発した。さらに遅くと<br />

も1999年1月15日には既に、「加強肋」を含む耳覆いの製品を一般に販売していた。この<br />

他、被告は1999年1月15日には既に「加強肋」を含む「A1615」型耳覆いを欧州連合の<br />

検査機関である「INSPEC」に送付して、騒音減少度・安全基準要求・安全基準検査<br />

などの検査を行った。その後、検査に合格して欧州連合CE認証を得た。<br />

原告呉秀香は 1999 年4月30日に「防音耳覆いの改良構造」に関する特許の出願を行い、<br />

2001 年 3 月 11 日に新型特許を取得した。原告が取得した新型特許の最大の特徴はバンド<br />

部分にある「加強肋」の装置である。原告は被告が生産した「加強肋」を含む「A1615」<br />

型耳覆いの製品に特許権を侵害されたとして訴えを起こした。<br />

一方、被告はその生産した「加強肋」を含む耳覆いが流通した時期は、原告が特許を出<br />

願した時期より早かったと主張した。<br />

これに対し、台湾高等裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

本事案の最大の争点は、原告が 1999 年4月30日に特許を出願する以前に被告の製品が<br />

既に台湾で使用され、必要なすべての準備を完了していたかどうかである。被告は 1999<br />

年 1 月 15 日に既に自ら製造した「加強肋」を含む「A1615」型耳覆いを一般に販売してお<br />

り、さらに欧州連合のCE認証も得ている。原告が特許を出願する以前に被告の製品は既<br />

に台湾で使用されており、必要な準備も完了していた。このため原告の特許権の効力は被<br />

告が製造、販売した製品に及ばず、被告は原告の新型特許権を侵害していない。<br />

-212-


判例4:台湾高等裁判所(2001)90 年上字第 738 号民事判決(上訴人:蘇登洲、被上訴人:<br />

呉嘉琳、原審:台湾板橋地方裁判所(2001)訴字第 53 号)<br />

[判示事項]<br />

特許法第 57 条第 1 項第 2 款を実用新案特許に準用すると、出願以前に既に台湾で使用ま<br />

たは既に必要なすべての準備を完了していた場合には、実用新案特許権の効力は及ばない。<br />

このことは特許審査以前 25 に販売、製造された製品でなければ免責されないことを示して<br />

いる。したがって実用新案特許権の期間は、被上訴人は前記特許製品を模造することはで<br />

きない。本事案では被上訴人は上訴人の実用新案特許出願後に製品を製造しており、上訴<br />

人の権利を侵害している。<br />

[事件概要]<br />

上訴人の主張は次の通りである。被上訴人はもともと、上訴人が創設した亜洲美容椅企<br />

業有限公司(以下亜洲公司)の従業員であった。被上訴人は同社を退職後、自ら華鋒有限<br />

公司(以下華鋒公司)及び関連企業嘉友企業有限公司(以下嘉友公司)を創設し、上訴人<br />

が経済部中央標準局(その後知的財産局に改名)に法に基づいて「改良型指圧用ベッド」<br />

の実用新案特許権を取得したことを知りながら、上訴人の同意を得ずに 1997 年初より無断<br />

で前記実用新案特許製品であるAB16032 型美容チェアの模造及び販売を続け、上訴人の<br />

前記実用新案特許権を侵害した。<br />

被上訴人の主張は次の通りである。被上訴人は 1991 年 5 月に亜洲公司を退職後、自ら会<br />

社を創設し、亜洲公司在籍時に学んだ製造方法を用いてAB19002 型美容チェアを製造し、<br />

1994 年 4 月に販売を開始した。当該製造方法は 1994 年 11 月 24 日に上訴人が実用新案特<br />

許を出願する以前に被上訴人が既に製品に使用していた。被上訴人のもともと行っていた<br />

事業に関するものである以上、特許法第 105 条準用第 57 条第 1 項第 2 款の規定により、上<br />

訴人の実用新案特許権の効力は及ばず、当該行為は他人の権利の侵害には当たらない。<br />

これに対し、台湾高等裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

上訴人は 1994 年 11 月 24 日に「改良型指圧用ベッド」の実用新案特許出願をした。被上<br />

訴人の製造した前述のチェアは中国機械工程協会の鑑定により、各部分の特徴がいずれも<br />

上訴人の前記実用新案特許の範囲内に含まれることが明らかになっており、確かに上訴人<br />

25 本判例において「特許審査以前」とあるが、当該部分の前後で、裁判官は判決文内において先例や関連学説の見解を引<br />

用していない。これは個別案件における認定であり、一般的な通説の考え方ではない。学説や先例の見解とは食い違っ<br />

ている。後の部分では、「本事案では被上訴人は上訴人の特許出願後に製品を製造しており、上訴人の権利を侵害してい<br />

る。」という記載からも分かるように、「特許審査以前に」は、おそらく書き違いと考えられる。<br />

この判決を下した裁判官は「特許権者は特許権を取得した後でなければ保護は受けられず、このため先使用者が特許<br />

を出願していないとしても、先願人がまだ特許権の保護を受けていない以上、特許の先願人が特許権を取得する前でさ<br />

えあれば、先使用人は出願が行われた技術を使用したために責任を負う必要はない」と判断している。しかし、本案件<br />

の被告は特許権者の権利保護期間中にも引き続き関連技術製品を製造、販売していたために特許権を侵害するとされた。<br />

-213-


の前記実用新案特許権を侵害している。また、被上訴人は 1997 年初より前記チェアの製造<br />

を続け、2000 年 9 月まで広告を出して販売している。特許法第 57 条が実用新案特許にこ<br />

れを準用すると定め、特許法第 105 条にも明記しているものの、これは審査以前に製造、<br />

販売された製品でなければ免責されないということである。したがって実用新案特許権の<br />

期間は、被上訴人は前記実用新案特許製品を模造することはできず、被上訴人の主張は採<br />

用できない。<br />

-214-


判例7:台湾高等裁判所(1999)88 年上易字第 5129 号刑事判決(原告:台湾士林地方裁<br />

判所検察署検察官、告訴人:魏以忠、被告:朱欽賢、原審:台湾台北地方裁判所(1998)<br />

易字第 1426 号、相関判決:台湾高等裁判所(2000)声再字第 294 号決定、台湾高等裁判所<br />

(2001)声再字第 531 号決定)<br />

[判示事項]<br />

被告は原告の特許権を侵害している。被告が 1991 年から 1992 年に使用を開始した製品<br />

と告訴人が権利を侵害されたとする電線連接ケースは異なるものであるから、被告は先使<br />

用権を取得していない。したがって被告が当該電線連接ケースを製造、販売した行為は告<br />

訴人の有する実用新案特許権を侵害したと認められる。<br />

[事件概要]<br />

被告朱欽賢は当該電線連接ケースを加工製造し、さらに不特定多数の顧客に販売して利<br />

益を得た。また、月刊誌「電気工程」に広告を出していた。後に告訴人がこれを発見し、<br />

1996 年 9 月 19 日に書面により中止を求めたものの、被告はその後も販売を続けた。その<br />

後、台湾士林地方裁判所検察署検察官が被告の会社を捜索、模造した電線連接ケース 3092<br />

個を差し押さえた。<br />

被告は「告訴人の実用新案特許出願に先んずる 1991 年から 1992 年に当該電線連接ケー<br />

スの使用を開始して現在に至っており、先使用権を有する。また、当該電線連接ケースは<br />

CNS国家標準規格に基づいたもので、告訴人の有する実用新案特許権を侵害していない」<br />

と主張した。<br />

告訴人魏以忠は 1994 年5月7日に「電線連接ケースの改良装置」の実用新案特許を出願<br />

し、1996年3月21日に実用新案特許を取得した。その後、告訴人は被告が販売する電線<br />

連接ケースを購入するに至り、被告が実用新案特許を侵害したとする告訴を行い、検察官<br />

が捜査後、被告を起訴した。<br />

これに対し、台湾高等裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告は確かに告訴人の実用新案特許権を侵害している。CNS国家標準規格は告訴人の<br />

実用新案特許権に関する連接ケース及び覆い板と直接の関連を持たない。また、被告は<br />

1991 年から 1992 年に製品の使用を開始したが、告訴人が権利を侵害されたとする電線連<br />

接ケースとは異なるものであり、被告は先使用権を取得していない。したがって被告が当<br />

該電線連接ケースを製造、販売した行為は告訴人が有する実用新案特許権を侵害している。<br />

-215-


判例8:台湾高等裁判所(2000)89 年上易字第 3864 号刑事判決(上訴人:台湾板橋地方<br />

裁判所検察署検察官、被告:張文和、原審:台湾板橋地方裁判所(1998)訴字第 5076 号)<br />

[判示事項]<br />

被告は告訴人が特許を出願する以前に告訴人が有する特許権と同様の方法で字の印刷さ<br />

れたPPテープを生産しており、当該特許権の生産方法が出願以前に台湾で使用されてい<br />

たと認められる。したがって被告の行為は告訴人の特許権の侵害に当たらない。<br />

[事件概要]<br />

検察側の主張は次の通りである。本事案の告訴人黄春福は「PPテープに着色する方法」<br />

について、1993 年 12 月 27 日に経済部中央標準局から特許権が認められた。しかし被告は<br />

1993 年 12 月某日より現在に至るまで告訴人が特許権を有することを知りながら、その同<br />

意または授権を得ずに類似するPPテープを製造、販売して利益を得て、告訴人の特許権<br />

を侵害した。<br />

被告の主張は次の通りである。被告は 1989 年より告訴人と同様の方法で字の印刷された<br />

PPテープを製造していた。告訴人の特許権は 1993 年に取得したものであり、告訴人の特<br />

許権の侵害には当たらない。<br />

これに対し、台湾高等裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告が使用した生産方法と告訴人の特許権の特許範囲は実質的に同様のものである。し<br />

かし被告は 1993 年 1 月及び同年 4 月に雑誌上で広告を出してPPテープを販売していたと<br />

する証拠がある。また財団法人中国生産力センターの「二者の生産方法は実質的に同様の<br />

ものである」とする鑑定結果によれば、明らかに被告が 1993 年 4 月(すなわち 1993 年 12<br />

月 27 日以前)に特許権と同様の方法で字の印刷されたPPテープを生産していたことが認<br />

められる。これにより、当該特許権の生産方法が出願以前に台湾で使用されていたと認め<br />

られる。<br />

被告が特許権と同様の生産方法で「元の事業」(出願前の事業規模)の他に字の印刷され<br />

たPPテープを生産していたことを証明できる証拠はなく、告訴人が 1993 年 12 月 27 日に<br />

前記の方法の特許権を取得して以降、被告が「元の事業」の範囲内で生産した行為が告訴<br />

人の前記特許権を侵害したとは認められない。<br />

すなわち、本事案特許権の生産方法は出願前に既に台湾で使用されており、被告は 1993<br />

年 12 月 27 日に告訴人が前記特許権を取得する以前に、前記特許権を取得する方法で当該<br />

PPテープを生産し、かつ特許権者が特許を出願して以降も、もともと行っていた事業に<br />

関するものとして当該生産方法を利用して生産を続けていた。上記の特許法及び特許法施<br />

行細則の規定に照らすと、この行為は特許権の効力の及ぶところではない。このため、被<br />

告が製造したPPテープが告訴人の特許の方法を「踏襲」したものであるとは認めがたく、<br />

-216-


また被告が当該生産方法を利用した行為が告訴人の特許権の方法を侵害したとも証明しが<br />

たい。<br />

-217-


判例9:台湾高等地方裁判所台中支部(2000)89 年上易字第 1946 号刑事判決(上訴・原<br />

告:廖建麟、被告:陳益、原審:台湾台中地方裁判所(2000)自字第 41 号)<br />

[判示事項]<br />

原告が 1993 年に出願した特許は被告が既に 1992 年から利用していた。このため被告が<br />

当該技術を利用してYC-316 型粉砕機の生産を続けていた行為は特許法第 57 条第 2 項前<br />

段のもともと行っていた事業に関するものに当たり、原告の特許権の効力は及ばない。<br />

[事件概要]<br />

原告の主張は次の通りである。被告陳益は新型特許「粉砕機軸座の改良構造」が原告廖<br />

建麟の有する権利である(当該新型特許は原告の父廖清江が発明し、原告に受け継がれた)<br />

ことを明らかに認識しながら、1997 年 7 月より無断で模造し、外部に販売して原告の特許<br />

権を侵害した。<br />

被告の主張は次の通りである。被告は原告が当該特許を 1993 年8月17日に出願する以<br />

前に既に当該製品を生産していた。1992 年 2 月に出版された刊行物である「台湾鞋機」第<br />

105 ページ記載の生産番号YC-807 型粉砕機がその一例である。したがって特許法第 105<br />

条準用第 57 条の規定により、原告が取得した特許権の効力は及ばない。<br />

これに対し、台湾高等裁判所台中支部は次の判決を下した。<br />

前記新型特許は 1993 年8月17日に出願したものである。一方、被告がその生産するY<br />

C-807 型粉砕機の軸座に特殊な技術を使用したのは 1992 年のことである。被告が生産品<br />

を台湾省機械公会に送って鑑定した結果、当該 2 つの型の粉砕機は異なる構造を持ってい<br />

るものの、その軸座の構造は同様である。したがって被告は上記特許法が規定する善意の<br />

実施者であり、被告が当該技術を利用してYC-316 型粉砕機の生産を続けた行為は特許<br />

法第 57 条第 2 項前段のもともと行っていた事業に関するものに当たる。前記条文の定める<br />

ところにより、原告の当該新型特許権の効力は及ばず、したがって原告の新型特許権を侵<br />

害していない。被告が製造後に販売を行った行為も、新型特許権を侵害する製品を販売し<br />

た行為には当たらず、被告は特許権を侵害していない。<br />

-218-


判例10:台湾高等裁判所台南支部(2000)89 年上易字第 1487 号刑事判決(上訴・原告:<br />

魏永寛、被告:余會、龔文雄、柯弘明、原審:台湾台南地方裁判所(2000)自更字第 6 号)<br />

[判示事項]<br />

被告龔文雄が生産したモーターは原告の特許公告が公開される前に既に公開されていた。<br />

被告柯弘明のオートバイ用電動モーター技術もまた原告に先がけて存在しており、先使用<br />

権を有する。したがって原告の特許権の効力は及ばず、被告は特許権を侵害していない。<br />

[事件概要]<br />

原告の主張は次の通りである。原告魏永寛は発明特許「磁力式回転装置」の特許権者で<br />

あり、1999 年 3 月に被告龔文雄が製造した電動オートバイ「SWAP」が販売されている<br />

のを発見した。同時に被告余會が製造した電動オートバイ「F-21」が販売されているの<br />

を発見した。さらに 1999 年 5 月に被告柯弘明の営む光陽公司製造の「AIR舞風」が販売<br />

されているのを発見した。<br />

「SWAP」、「F-21」及び「AIR舞風」に搭載されたモーターは、いずれも原告の<br />

上記発明特許権の出願特許範囲の特徴を備えており、原告の発明特許権の侵害に当たる。<br />

台湾高等裁判所台南支部は被告余會について次の判決を下した。<br />

モーターは被告が合法的に他人より購入したものであり、当該モーターが他人の特許権<br />

を侵害したかどうかについて知るよしもない。<br />

また、被告龔文雄については次の判決を下した。<br />

原告の前記特許公告は 1997 年9月11日より公開された。出願から公開に至るまでは管<br />

轄機関が非公開で審査を行う段階であり、それ以外の者が被告の出願した特許について知<br />

ることはありえない。また、被告が製造したモーターは 1997 年6月3日に新竹の清華大学<br />

が催した全国的な電動オートバイ展覧会において展示されている。このことからすると、<br />

被告が生産したモーターは原告の特許公告が公開される前に一般に公開されていたもので<br />

ある。被告龔文雄が原告の特許について知るはずがなく、故意に原告の特許権を侵害した<br />

ことはありえない。<br />

また、被告柯弘明については次の判決を下した。<br />

被告は光陽公司が 1996 年 6 月より研究を進めており、同社が使用するモーターは一般的<br />

なノーブラシモーターを採用している。両者を詳細に比較すると、ローター部分について<br />

は、被告の製品は筒状の磁石が回転軸に打ち込まれ、貫通軸はスリーブに覆われている。<br />

ステーター部分については「ノーブラシモーターステーターに重層的な鉄の中心軸を使い、<br />

コイルを取り囲む構造」と完全に同一のものである。「AIR舞風」のモーター技術は確か<br />

に原告が1997年9月1日に「磁力式回転装置」の特許を取得した以前のものであり、「先<br />

行技術」である。従って法が定める先使用権を有し、原告の特許権の効力は及ばない。<br />

-219-


判例12:台湾板橋地方裁判所(1999)88 年易字第 2872 号刑事判決(原告:台湾板橋地<br />

方裁判所検察署検察官、告訴人:川吉実業有限公司、被告:呉東明)<br />

[判示事項]<br />

被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。被告の磁器製骨壷の製造方法と告訴人が<br />

発明特許を有する本事案の磁器製骨壷の製造方法は異なるものであるためである。さらに<br />

被告は告訴人が本事案の発明特許を出願する以前に既に台湾で使用を開始または必要な準<br />

備を完了していた。特許法第 57 条第 2 項の規定により、被告が告訴人の本事案の発明特許<br />

出願以前に製造、販売していた行為及び被告がその後もともと行っていた事業に関して使<br />

用していた行為には、告訴人の本事案の発明特許権の効力は及ばない。<br />

[事件概要]<br />

被告は 1993 年から 1994 年に本事案の骨壷を製造する機器を購入し、1995 年初旬に生産、<br />

販売を開始した。被告の主張は次の通りである。告訴人の発明特許は陶磁業界にもともと<br />

存在した一般的な技術であり、特許権の取得はできないはずである。さらに、被告の製造<br />

方法と告訴人の発明特許は異なるものである。また、被告が骨壷の製造、販売を開始した<br />

時期は告訴人が発明特許を出願した時期よりも早い。従って告訴人の特許権の効力の及ぶ<br />

ところではない。<br />

告訴人は 1995 年 10 月 20 日に「磁器製骨壷の製法及びその型と製品」の発明特許を出願<br />

し、1996年4月21日に発明特許権を取得した。その後、告訴人は被告が骨壷を製造した<br />

行為が自らの発明特許権を侵害したとして、1998 年 10 月 26 日に告訴を行った。検察官が<br />

捜査後、被告を起訴した。<br />

これに対し、台湾板橋地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。「全要件原則」「均等論」に基づいて分析<br />

した結果、被告の磁器製骨壷の製造方法は告訴人の本事案に関わる磁器製骨壷の発明特許<br />

の製造方法と異なるものであると認められるためである。<br />

また、被告が告訴人の本事案に関わる発明特許出願以前に、既に台湾で使用を開始また<br />

は必要なすべての準備を完了していた。さらに被告には「製造方法の知識を特許出願人か<br />

らその出願前に取得したまたは特許出願人がそれに係る出願人の特許権の留保に関して声<br />

明を行っていた」事実が見られない。したがって被告の磁器製骨壷の製造方法と告訴人の<br />

前述の発明特許の製造方法が同様のものであったとしても、被告は告訴人が本事案に関わ<br />

る発明特許を出願する以前に製造、販売行為を行っていたのであり、またもともと行って<br />

いた事業に関して使用していたのであるから、告訴人の本事案に関わる発明特許権の効力<br />

は及ばない。被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。<br />

-220-


判例13:台湾台南地方裁判所(1999)88 年自字第 433 号刑事判決(原告:魏永寛、被告:<br />

黄文聡)<br />

[判示事項]<br />

被告は告訴人の発明特許権を侵害していない。原告が本事案に関わる発明特許を出願す<br />

る以前に、既に台湾で使用されていたためである。特許法第 57 条第 1 項第 2 款により、被<br />

告が代理商として当該KE933 型洗濯機を輸入した行為には、原告の本事案に関わる発明<br />

特許権の効力は及ばない。<br />

[事件概要]<br />

ニュージーランドのフィッシャー&パイケル社による当該モーターを搭載した洗濯機は<br />

1991 年 5 月に世界各地で一般に販売が開始された。被告は 1996 年1月14日に同社より代<br />

理商として当該KE933 型洗濯機 90 台を輸入した。被告の主張は次の通りである。原告が<br />

特許権を取得する以前に当該洗濯機を輸入しており、先使用権を有する。さらに当該洗濯<br />

機が搭載するモーターは原告の有する「磁力式回転装置」発明特許の特許権の範囲と全く<br />

異なるものであり、原告の特許権を侵害していない。<br />

原告は 1996 年 2 月 13 日に「磁力式回転装置」の特許出願をし、1997 年 9 月 1 日に発明<br />

特許権を取得した。その後、原告は被告によるKE933 型洗濯機の輸入が自らの特許権を<br />

侵害したとして訴えを起こした。<br />

これに対し、台湾台南地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

被告は原告の特許権を侵害していない。被告は 1996 年1月14日にニュージーランド企<br />

業より当該KE933 型洗濯機を輸入しており、これがすなわち原告が自らの特許を侵害さ<br />

れたとする洗濯機である。その使用日は原告による特許の出願日よりも早い。従って原告<br />

の特許と当該モーターが同様のものであるかどうかに関わらず、被告は法が定める先使用<br />

権を有し、原告が有する特許権の効力の拘束を受けない。<br />

-221-


判例15:台湾高等裁判所高雄支部(1994)83 年上易字第 1485 号刑事判決(上訴人:台<br />

湾高雄地方裁判所検察署検察官、上訴人・被告:王秋田、原審:台湾高雄地方裁判所(1993)<br />

易字第 7682 号)<br />

[判示事項]<br />

被告の製品の設計には、告訴人が特許を取得して以降初めて見られるものがある。告訴<br />

人の特許と同様のものであり、明らかに告訴人が新型特許権を取得した後に被告が模倣し<br />

たものである。一般的な技術または被告が告訴人の出願以前に既に必要な全ての準備を完<br />

了していたとは認めがたく、被告は確かに特許権を侵害している。<br />

[事件概要]<br />

検察側の主張は次の通りである。告訴人曾徳與は「配管固定基部の構造」について、1991<br />

年 4 月 23 日に経済部中央標準局に新型特許権の取得を出願した。被告は 1992 年 4 月某日<br />

より1993年12月4日まで告訴人の有する前述の特許権の構造を模倣し、被告が特許権を<br />

取得した「湾曲型固定基部」の製品に使用、さらにそれを販売して特許権を侵害した。<br />

これに対し、台湾高等裁判所高雄支部は次の判決を下した。<br />

被告が製造した「湾曲型固定基部」は経済部中央標準局の審査を経た新型特許権を使用<br />

しているが、その出願特許範囲には「脚組の反対側 2 箇所の先端に先鋭部分を設けた三角<br />

形定位角」及び「頂部をふさいで底部の縁が外向きに突出した凸型リング」という告訴人<br />

が前述の特許の中で有する特徴は含まれていない。<br />

被告は 1991 年 3 月 15 日付けのダイレクトメールの中で、その当時生産した「湾曲型固<br />

定基部」に前記の 2 つの特徴があることを明記している。告訴人が「配管固定基部」の新<br />

型特許を取得した後、被告の製品が鑑定により、前記の 2 つの特徴を有していることも確<br />

かに認められる。この 2 つの特徴は告訴人曾徳與の「配管固定基部」の新型特許に含まれ<br />

ているものの、被告の「湾曲型固定基部」の新型特許には含まれていない。告訴人が新型<br />

特許権を取得した後に模造したことは明らかである。<br />

被告は告訴人が新型特許権を取得して以降、告訴人の前記新型特許の製品を模造し、販<br />

売を続けている。単純な継続的使用とは認められず、改正前の特許法第 57 条第 1 項第 2<br />

款及び第 2 項前段の定めるところに違反しており、刑事上の責任を免れない。<br />

-222-


判例16:台湾板橋地方裁判所(1994)83 年易字第 4407 号刑事判決(原告:台湾板橋地<br />

方裁判所検察署検察官、被告:陳明堂)<br />

[判示事項]<br />

被告は 1991 年 1 月より当該新型特許ライターを製造して台湾国内外の取引先に販売し、<br />

告訴人は 1991 年 12 月に特許を出願している。被告が製造した告訴人と同様野新型特許製<br />

品の製造時期は明らかに告訴人が特許を出願する以前である。特許法第 57 条第 1 項第 2<br />

款によれば、また同法第 105 条規定を新型特許に準用すれば、特許権者が特許を出願する<br />

以前に台湾国内で実施されていた。また特許権者が特許を出願した後、被告は当該発明を<br />

継続的に使用し、かつ被告がもともと行っていた事業に関するものである。特許権者が特<br />

許を侵害されたと主張することはできず、本事案の被告の特許権侵害は成立しない。<br />

[事件概要]<br />

検察側の主張は次の通りである。本事案の「ライターの容器部分の接合構造の改良」は<br />

告訴人(基廷工業有限公司)が既に 1992 年3月1日に新型特許を取得している。また、被<br />

告陳明堂も模造した製品を台湾国内外の取引先に販売したことを認めている。<br />

被告の主張は次の通りである。被告は 1987 年よりライター容器部分の専門的な加工製造<br />

に携わり、新製品の開発に力を入れてきた。本事案のライタースリーブは、被告が 1990<br />

年に日本の雑誌で見たイラストや、被告が 1991 年 2 月に設計したライター容器の絵柄など<br />

を見て改良を加えた後に作成した設計図に基づくものである。その後、1991 年 10 月 17 日<br />

に試作品の製造を外部に委託し、同年 12 月 2 日に完成した。同年 12 月5日に被告の会社<br />

の注文を受けてすぐに生産を開始し、製品はすべて 1991 年 12 月より 1992 年 1 月にかけて<br />

出荷を完了した。被告が製造した製品は告訴人のものと同じであるが、その製造時期は告<br />

訴人が特許を出願する以前であり、特許権の侵害にはあたらない。<br />

これに対し、板橋地方裁判所は最終的に次の判決を下した。<br />

本事案の告訴人が有する新型特許は、1991 年 12 月 31 日に経済部中央標準局に出願して<br />

当該局の審査を経た後、1992 年3月1日に新型特許を取得したものである。本事案におい<br />

て考慮すべきは、被告が被害人と同様の新型特許製品を製造したのが同時期であるかどう<br />

かということである。検察側は被告が 1991 年 1 月より続けて前記新型特許のライターを模<br />

造し、台湾国内外の取引先に販売したとしている。そうであるとするならば、被告が被害<br />

人と同様の新型特許製品を製造した時期は告訴人が特許を出願する以前であり、被告が特<br />

許権を侵害したという主張は成立しないことになる。また、被告の主張する本事案のライ<br />

ター容器の参考図は日本の雑誌の写し 2 部及び被告が 1991 年2月21日に取得した永久著<br />

作権の内政部著作権証書 1 部及び信明公司が発行した証明書が証拠として認められる。被<br />

告が型を製造し、出荷した事実についても証人が証言しており、被告が確かに 1991 年 12<br />

-223-


月よりライター容器の製造を開始したことが認められる。すなわち、被告が前記ライター<br />

を製造した行為は、明らかに告訴人が新型特許を出願する以前であり、その行為はその後<br />

告訴人が取得した特許権の効力の及ばないものである。<br />

-224-


判例17:台湾台北地方裁判所(1994)83 年易字第 1868 号刑事判決(原告:台湾台北地<br />

方裁判所検察署検察官、被告:陳朝和)<br />

[判示事項]<br />

被害人黄世明は特許権を有しており、被告も当該特許製品を製造したことは否認してお<br />

らず、その主張は、特許権は黄世明に属しないという点にとどまる。被告の示した「さま<br />

ざまな関連製品が出願以前に存在していた」などとする関連資料は差止請求時にすべて提<br />

出されており、新たな証拠として採用できず、特許権を侵害したと認められる。<br />

[事件概要]<br />

検察側の主張は次の通りである。被告は「自動車防犯器に使用する微調整ネジ及びその<br />

固定座の改良構造」(以下自動車防犯器と略称)が黄世明の有する特許権であることを明ら<br />

かに認識していたにもかかわらず、その同意を得ずに無断で1988 年9月に当該特許製品「自<br />

動車防犯器」を製造した。<br />

被告陳朝和の主張は次の通りである。被告は1982年7月31日に自動車防犯器を出荷し、<br />

特許権を侵害したとして訴訟を提起された「ALA900 型自動車防犯器部品」は告訴人が<br />

特許権を出願した 1982 年 12 月 7 日以前に、既に台湾に存在し、他者が使用していた製品<br />

であり、告訴人の特許権の効力は及ばない。また、告訴人の米国支社は 1980 年 1 月に既に<br />

当該製品を自社のカタログにおいて公開し、一般に販売している。法律に従えば新型特許<br />

として出願されるべきものではなく、また特許として保護されるべきものでもない。<br />

これに対し、台北地方裁判所は最終的に次の結論を下した。<br />

当該特許権は黄世明が特許を有すると認められる。その理由は次の通りである。被告が<br />

差止請求した後、経済部中央標準局は「差止請求を認め、特許権を無効とする」決定を下<br />

しているが、経済部の訴願決定書はこの処分を撤回し、特許権は成立していると認めてお<br />

り、このため黄世明の当該特許は依然として存在している。被告はまた、当該特許製品を<br />

製造したことを否認しておらず、その主張は被害者黄世明が特許権を有するべきでないと<br />

いうことにとどまっている。被告の挙げた当該各資料は差止請求時にすべて提出されてお<br />

り、新たな証拠とはみなされず、その主張は採用できない。よって、特許権の侵害が成立<br />

する。<br />

-225-


判例18:台湾新竹地方裁判所(1994)83 年自字第 36 号刑事判決(原告:廖林素芳、被<br />

告:陳信忠)<br />

[判示事項]<br />

被告が製造、販売した「取り外しと調整を容易にする新しい入り口用カーテンの構造」<br />

は、原告が特許権を取得する以前の 1987 年 10 月に既に新型が存在し、量産されていた。<br />

また、原告が特許を出願する以前に既に量産、販売されており、被告が製造した当該製品<br />

は原告の特許製品を偽造、模造したものでないと言うことができる。特許法 105 条規定を<br />

第 57 条第 1 項第 2 款の規定の趣旨に準用すると、被告は原告の特許権を侵害していない。<br />

[事件概要]<br />

原告廖林素芳の主張は次の通りである。原告は新型特許「取り外しと調整を容易にする<br />

新しい入り口用カーテンの構造」の特許権者である。被告陳信忠は原告の同意または授権<br />

を得ずに勝手に原告の上記特許製品を製造、販売し、原告の法に基づく利益を侵害した。<br />

被告の主張は次の通りである。被告は取り外しと調整を容易にする入り口用カーテンの<br />

装置を製造、販売が、特許権を侵害していない。被告が販売した入り口用カーテンの装置<br />

と告訴人が特許を有する入り口用カーテン装置は異なるもので、原告の特許製品の持つ不<br />

安定性が見られない。また、被告が製造、販売した入り口用カーテンの構造は 2 段階に分<br />

かれており、1 段階目は 1985 年 11 月に型を製造し、原告が訴えの対象とする 2 段階目は<br />

1987 年 10 月に型を製造したものである。被告は原告が特許を出願する以前に原告が訴え<br />

の対象とする入り口用カーテンを量産し、台湾各県市で販売しており、被告は原告の特許<br />

権を侵害していない。<br />

これに対し、新竹地方裁判所は最終的に次の結論を下した。<br />

原告は確かに新型特許「取り外しと調整を容易にする新しい入り口用カーテンの構造」<br />

の特許権者であるが、被告が製造した本事案の入り口用カーテンはパイプなどの部分にお<br />

いて、原告が特許権を有する特許製品と構造、形状が異なるだけでなく、原告が特許権を<br />

有する特許製品よりも安定性を備えている。よって、原告の特許製品を模造していない事<br />

実は明らかである。<br />

また、被告の会社が製造、販売した「取り外しと調整を容易にする新しい入り口用カー<br />

テンの構造」の生産は全部で 2 段階に分かれており、原告が訴訟の対象とする 2 段階目の<br />

構造は、原告が特許権を取得する以前の 1987 年 10 月に既に量産、販売を始めている。こ<br />

れは型の製造業務を担当した証人と実際に型を製造した証人がそれぞれ証言し、また領収<br />

書、見積書、写真などの証拠からも知られる。また、原告が特許を出願する以前に既に量<br />

産、販売を始めていたことについても販売メーカーが証言し、また当該 2 系列商品の帳簿<br />

からも、被告の会社が製造した 2 段階目の「取り外しと調整を容易にする新しい入り口用<br />

-226-


カーテンの構造」が原告の本事案特許製品を偽造、模造していないことが知られる。特許<br />

法第 105 条規定を第 57 条第 1 項第 2 款規定の趣旨に準用すると、被告は原告の特許権を侵<br />

害していない。<br />

-227-


(参考資料)米国における先使用権制度について<br />

(1)条文、規則等<br />

第273条 先発明者による侵害に対する抗弁<br />

(a) 定義<br />

本条の適用上、次の定義を採用する。<br />

(1) 「商業的に使用される」及び「商業的使用」とは、合衆国内における方法の使用で、<br />

その主題が一般に公開されているか又はその他の形で公知であるか否かに拘らず、有用な<br />

成果の社内的な商業的使用又は実際の公正な販売若しくはその他の公正な移転に関するも<br />

のをいう。ただし、その商業的販売又は使用が、主題の安全性又は効能が確認される事前<br />

行政審査期間(第156条(g)に規定される期間を含む。)の適用対象となるような主題は、か<br />

かる行政審査期間中「商業的に使用され」かつ「商業的使用」に該当するとみなされる。<br />

(2) 非営利的研究機関、又は大学、研究所若しくは病院等のような非営利団体が行う活動<br />

については、公衆を受益者とする使用のみが(1)に規定される使用に該当するとみなされる。<br />

ただし、かかる使用は、<br />

(A) 研究機関又は非営利団体による又はこれらにおける継続的使用である場合にのみ本条<br />

に基づく抗弁として主張することができるものであり、<br />

(B) かかる研究機関又は非営利団体以外によるその後の商業化又は使用に関しては抗弁と<br />

して主張することはできない。<br />

(3) 「方法」とは、事業の実施方法又は運営方法をいう。<br />

(4) 特許の「有効な出願日」とは、現実の特許出願日か、又はその主題が第119条、第120<br />

条若しくは第365条に基づく効果を享受する先行の国内出願、外国出願若しくは国際出願<br />

の出願日のうち、何れか早い方をいう。<br />

(b) 侵害に対する抗弁<br />

(1) 概要<br />

侵害に対する抗弁とは、ある者が善意で、ある特許の有効な出願日の1年前までにある主<br />

題を現実に具体化しており、かつ、当該特許の有効な出願日に先立ってかかる主題を商業<br />

的に使用していた場合において、かかる者に対して主張されている、かかる主題が当該特<br />

許における1又は複数の方法クレームを侵害しているとの第271条に基づく侵害訴訟に対<br />

する抗弁をいう。<br />

(2) 権利の消尽<br />

特許を有する方法により製造された有用な最終製品につき、かかる有用な成果に関し本条<br />

に基づく抗弁を主張することのできる者が販売その他の処分を行った場合は、当該特許に<br />

基づく特許権者の権利は、かかる販売その他の処分が特許権者自身により行われた場合に<br />

当該権利が消耗するのと同様に消尽するものとする。<br />

-229-


(3) 抗弁の制限及び要件<br />

本条に基づく侵害に対する抗弁は次の規定に従わなければならない。<br />

(A) 特許<br />

何人も、抗弁の主張対象たる発明が方法に係るものでない限り、本条に基づく抗弁を主張<br />

することはできない。<br />

(B) 発生源<br />

何人も、抗弁の根拠たる主題が特許権者又は特許権者と関係を有する者から生じたもので<br />

ある場合は、本条に基づく抗弁を主張することはできない。<br />

(C) 非包括的ライセンス<br />

本条に基づいてある者が主張する抗弁は、当該特許のすべてのクレームに基づく包括的ラ<br />

イセンスではなく、当該特許においてクレームされる、かかる者が本章に基づく抗弁を主<br />

張することのできる特定の主題のみを対象とする。ただし、かかる抗弁は、クレームされ<br />

た主題の数量又は使用量の変化、及び特にクレームされた当該特許の追加的な主題を侵害<br />

していない当該クレーム主題における改良も対象とするものとする。<br />

(4) 立証責任<br />

本条に基づく抗弁を主張する者は、明確かつ確信に足る証拠をもって当該抗弁を立証する<br />

責任を負う。<br />

(5) 使用の放棄<br />

主題の商業的使用を放棄した者は、かかる放棄日より後に為した行為について本条に基づ<br />

く抗弁を立証するにあたり、かかる放棄日より前に行った活動に依拠することはできない。<br />

(6) 人的抗弁<br />

本条に基づく抗弁を主張することができる者は、かかる抗弁を立証するために必要な行為<br />

を実行した者のみであるものとし、特許権者に対する移転の場合を除き、抗弁を主張する<br />

権利は、当該抗弁が関係する事業全体又は系列事業の、他の理由による善意の移転又は譲<br />

渡の付随的かつ従属的部分としてでない限り、他者に許諾、移転又は譲渡することはでき<br />

ないものとする。<br />

(7) 場所の制限<br />

本条に基づく抗弁は、当該抗弁が関係する事業全体又は系列事業の善意による移転又は譲<br />

渡の一部として取得される場合は、1又は複数のクレームを侵害する虞のある主題が、当<br />

該特許の有効な出願日又はかかる事業若しくは系列事業の移転若しくは譲渡の日のうち何<br />

れか遅い方の日に先立って使用されている場所における使用についてのみ主張することが<br />

できる。<br />

(8) 抗弁の主張の失敗<br />

本条に基づく抗弁を主張する者が特許を侵害したことが判明し、かつ、その後において当<br />

該抗弁の主張に係る合理的な根拠を論証しなかった場合は、裁判所は、第285条に基づい<br />

-230-


て弁護士費用を裁定する上での例外的事例とみなすものとする。<br />

(9) 無効性<br />

如何なる特許も、本条に基づく抗弁が主張され又は立証されたことのみを理由に第102条<br />

又は第103条に基づき無効とみなされることはない。<br />

(2)制度の概要<br />

先発明主義を採用するアメリカにおいては、原則先使用権は存在しない。先に発明した<br />

者であっても、その発明を積極的に隠蔽・隠匿していた者は、後に独自に発明した者の特<br />

許出願を排除することができず、また、先使用権も得ることができない。この点において<br />

は、日本等よりも厳しい制度となっている。ただし、先行為が 102(b)及び(g)(2)に該当す<br />

る場合は、当該特許は無効となる。<br />

第 273 条の先使用権は、ビジネス方法の特許に限定して、出願より 1 年を越える前に発<br />

明を完成し、出願日より前に商業的に実施したものは、特許権侵害に対する抗弁が可能で<br />

ある。1998 年、State Street Bank 事件において、CAFCにより、ビジネス方法が特許<br />

権保護の対象であるとして認められた。事件以前にビジネス方法について発明をしていた<br />

ものの、特許権が得られないという理由から、出願せず、隠蔽・秘匿していた者であって、<br />

米国内で商業化していた者と、その後に特許権を取得した者との衡平を図る必要性が生じ<br />

た。ビジネス方法であるという理由で出願をしなかった先発明者を救済するため、1999<br />

年に導入された。<br />

-231-


(3) 特許法改正案<br />

一昨年から昨年にかけて、先願主義への移行を含む特許法改正案が審議されていた。<br />

2006 年 12 月上旬に第 109 議会の会議が終了した。これに伴い、上院及び下院に係属し<br />

ていた、特許改革法案(それぞれ、S.3818 及び H.R2795)は廃案となった<br />

これら特許改革法案は、2007 年 1 月に召集された第 110 議会に再び提出されるものと<br />

みられる。しかし、第 110 議会では、両院とも、特許改革法案を第 109 議会に提出した共<br />

和党に代わり、民主党が多数を占めることになったため、前回と全く同じ法案が議会に提<br />

出されるかは、現時点では不透明な状況である。<br />

改正案では、先使用権は、①すべての技術分野に適用が拡大、②実施には至らないもの<br />

の準備をした者にも先使用権を認める、ようになっている。<br />

下院法案 H.R2795<br />

2005 年 6 月 8 日に下院に提出された、先願主義への移行や特許拒絶理由・無効理由の<br />

簡素化を盛り込んだものである。先願主義に移行することを意図する故、新規性及び先使<br />

用との関係も密であり、併せて新規性及び先使用にかかる改正案も盛り込まれていた。以<br />

下で、先願主義、新規性及び先使用にかかる改正案(先願主義及び新規性については、<br />

Section3、先使用に関しては Section9)を示す。<br />

【先願主義】<br />

連邦法 100 条(h)は以下の様に改正する;<br />

(h)クレームされた発明の「実効出願日(effective filing date)」とは、<br />

①特許又は発明に対するクレームを含む特許出願の出願日<br />

②特許又は特許出願が、119条、365条(a),又は365条(b)に基づき、他の<br />

特許出願への優先権を与える場合、又は120条、121条、又は365条(e)<br />

に基づき、米国における先の出願日の利益を与える場合であるならば、クレー<br />

ムされた発明が、112条の第1項の規定に方法に基づき公開された最先の出<br />

願日である。<br />

【新規性;先行技術】<br />

連邦法 102 条は以下の様に改正する<br />

①クレームされた発明が、以下に該当する場合、特許は付与されない。<br />

(ⅰ)そのクレームに係る発明が特許され、文献に記載され、又は<br />

(A)そのクレームされた発明の実効出願日(effective filing date)から<br />

-232-


1年より前に<br />

(B) 実効出願日(effective filing date)より前に、<br />

発明者若しくは共同発明者による 又は発明者若しくは共同発<br />

明者から直接若しくは間接的に公開された保護対象(subject<br />

matter)を入手した者による発明の公開によって、<br />

公知になっている場合。<br />

(ⅱ) 他の発明者の記載がある、且つ、そのクレームされた発明の実効出願<br />

日よりも前に適法に出願された、連邦特許法151条に基づき付与さ<br />

れた特許に、又は同122条(b)に基づき公開された若しくは公開予<br />

定の特許出願に、クレームされた発明が記載されていた場合。<br />

【先使用】<br />

現在の規定では、ビジネス方法特許のみに先使用権の規定が設けられたが、100条の<br />

改正に伴い、先使用権の適用範囲を総ての特許に拡大する案である。<br />

以下に改正案を盛り込んだ条文を示す。<br />

273 条 侵害の抗弁と例外<br />

(a)定義<br />

(1)商業的使用(commercially used,commercial use)とは、当該発明の米国内での使用<br />

であって、当該発明の成果物の社内的な実施、その周辺領域内における販売(actual<br />

arm’s-length sale)又はその周辺領域内における商業的移転(other arm’s-length<br />

transfer)をいう。当該移転等は、公知となる可能性があったかどうかは問わない。<br />

但し、当該方法発明の対象が発明の安全・効果確認等のための使用は商業的使用で<br />

あるとみなす。<br />

(2)現行法と同じ<br />

(3)削除<br />

(4)削除<br />

(b)侵害の抗弁<br />

(1)一般クレーム発明を、他人の出願の実効出願日前に当該発明を実施化し、実<br />

効出願前に善意(good faith)で商業的に使用し、又は商業的な使用のために実<br />

質的な準備をした者は、第271条の特許権の侵害訴訟において非侵害の抗<br />

弁をすることができる。<br />

(2)権利の消尽-本条に基づいて抗弁の主張をできる者が、本項における抗弁の<br />

-233-


対象の販売その他の処分は、特許権者のした行為と同様に消尽する。<br />

(3)抗弁の制限と資格-本条による抗弁は、次の条件による。<br />

(A)削除<br />

(B)(A)に繰り上げ<br />

(C)(B)に繰り上げ<br />

(4)~(6)現行法と同じ<br />

(7)本条の抗弁は、事業全体を善意(good faith)で譲り受けた時は、クレームされ<br />

た発明の実効出願日又は当該事業の譲り受けの日のいずれか遅い方の日よ<br />

り前に当該侵害が主張される商業的使用が行われた地に限定して主張する<br />

ことができる。<br />

(8)、(9)現行法と同じ<br />

上院法案 S.3818<br />

2006 年 8 月 3 日に上院に提出された特許改革法案である。先願主義・先使用について<br />

は、下院法案 H.R2795 と同様である。<br />

【新規性;先行技術】<br />

連邦法 102 条は以下の様に改正する;<br />

①クレームされた発明が、以下に該当する場合、特許は付与されない。<br />

(ⅰ)そのクレームに係る発明が特許され、文献に記載され、又は<br />

(A)そのクレームされた発明の実効出願日(effective filing date)から<br />

1年より前に<br />

(B)クレームされた発明に特許が付与されるか、文献に記載されるか<br />

又は出願者によってその発明がその実効出願日(effective filing<br />

date)より1年またはそれよりも短い期間よりも前に、<br />

公知になっている場合。<br />

(ⅱ) 他の発明者の記載がある、且つ、そのクレームされた発明の実効出<br />

願日よりも前に適法に出願された、連邦特許法151条に基づき付与<br />

された特許に又は同122条(b)に基づき公開された若しくは公開予<br />

定の特許出願に、クレームされた発明が記載されていた場合。<br />

-234-


禁 無 断 転 載<br />

平成18年度 特許庁産業財産権制度問題<strong>調査研究報告書</strong><br />

<strong>先使用権制度の円滑な利用に関する</strong><br />

<strong>調査研究報告書</strong><br />

諸外国における先使用権制度<br />

平成19年 3 月<br />

財団法人 知 的 財産研究所<br />

〒102-0083 東京都千代田区麹町三丁目4番地<br />

トラスティ麹 町 ビル 3 階<br />

電話 03-5275-5285<br />

FAX 03-5275-5323<br />

http://www.iip.or.jp<br />

E-mail support@iip.or.jp

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