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生命保険会社の商品・販売戦略と 生命再保険によるリスク管理

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生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と<br />

生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

‐2001 年 度 から2010 年 度 までのパネルデータ 分 析 ‐<br />

柳 瀬 典 由<br />

( 東 京 経 済 大 学 准 教 授 )<br />

1.はじめに<br />

生 命 再 保 険 とは、 生 命 保 険 会 社 ( 以 下 、 生 保 会 社 )がリスクの 分 散<br />

を 図 るため、 引 き 受 けた 生 命 保 険 契 約 ( 以 下 、 生 保 契 約 )の 一 部 また<br />

は 全 部 を 他 の 保 険 会 社 に 移 転 する 契 約 のことをいい、 生 保 会 社 のリス<br />

ク 管 理 手 法 の1つである。その 出 再 対 象 となるリスクは、 死 亡 率 等 の<br />

保 険 事 故 率 に 加 えて、 事 業 費 や 投 資 損 益 なども 含 むため、 生 保 会 社 の<br />

商 品 ・ 販 売 戦 略 と 密 接 に 関 連 する 可 能 性 がある。<br />

1990 年 代 前 半 までの 生 命 再 保 険 の 市 場 規 模 は、 欧 米 を 中 心 とする 他<br />

の 保 険 先 進 国 と 比 べると 未 発 達 な 状 態 にあったが、1990 年 代 後 半 、 特<br />

に21 世 紀 に 入 ってからは、その 市 場 規 模 は 急 拡 大 の 様 相 を 見 せている。<br />

規 制 緩 和 と 既 存 の 生 命 保 険 マーケット( 以 下 、 生 保 マーケット)の 飽<br />

和 化 が 進 むなか、 生 保 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 の 多 様 化 が 急 速 に 進 展 し<br />

つつあることが、その 背 景 の1つにあるように 見 える。すなわち、 伝<br />

統 的 な 死 亡 保 障 マーケットが 成 熟 化 するなか、 新 たな 収 益 源 を 確 保 す<br />

べく 各 社 各 様 にオリジナルの 商 品 ・ 販 売 戦 略 を 練 る 必 要 性 に 迫 られて<br />

おり、その 一 環 として、これまであまり 注 目 されることのなかったわ<br />

―73―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

が 国 の 生 命 再 保 険 市 場 が 脚 光 を 浴 びつつあるといえる。それでは、 最<br />

近 の 生 命 再 保 険 の 需 要 拡 大 は、 全 ての 生 保 会 社 で 見 られる 現 象 なのだ<br />

ろうか。それとも、 何 らかの 企 業 固 有 の 要 因 によって、 生 保 会 社 間 で<br />

その 利 用 の 程 度 に 大 きなばらつきがある 現 象 なのだろうか。あるとし<br />

たら、 何 がその 重 要 な 決 定 要 因 なのだろうか。<br />

本 論 文 の 目 的 は、 生 保 再 保 険 市 場 が 特 に 活 性 化 し 始 めた2002 年 3 月<br />

期 (2001 年 度 )から2011 年 3 月 期 (2010 年 度 )までの10 年 間 を 対 象 に、<br />

個 別 企 業 レベルのデータを 詳 細 に 分 析 することによって、わが 国 生 保<br />

会 社 の 再 保 険 需 要 に 与 える 企 業 固 有 の 要 因 は 何 であるかという 問 題 に<br />

一 定 の 解 答 を 与 えることにある。<br />

実 証 分 析 の 結 果 、 以 下 の3 点 が 明 らかになった。 第 1に、 生 保 会 社<br />

の 商 品 構 成 が 再 保 険 需 要 に 重 要 な 影 響 を 与 えているということである。<br />

すなわち、 保 険 種 目 の 分 散 化 の 程 度 が 低 く、 年 金 商 品 の 取 り 扱 いのシ<br />

ェアが 大 きい 生 保 会 社 ほど、 出 再 に 対 して 積 極 的 であるという 点 であ<br />

る。 第 2に、 販 売 戦 略 を 強 化 し 新 契 約 高 を 急 激 に 拡 大 したことに 対 応<br />

して、 生 保 会 社 の 再 保 険 需 要 が 拡 大 している 可 能 性 である。 第 3に、<br />

ソルベンシーマージン 比 率 が 高 い 生 保 会 社 ほど、 再 保 険 購 入 に 消 極 的<br />

であることが 示 唆 された。これらの 結 果 は、 生 保 会 社 の 商 品 戦 略 ・ 販<br />

売 戦 略 と 再 保 険 利 用 によるリスク 管 理 戦 略 との 間 に 重 要 な 関 連 性 があ<br />

ることを 示 唆 している。<br />

本 論 文 の 構 成 は 以 下 のとおりである。 第 2 節 では、 生 命 再 保 険 の 機<br />

能 と 特 徴 について 簡 単 に 解 説 する。 第 3 節 では、 生 命 再 保 険 市 場 の 現<br />

状 を、 世 界 の 生 命 再 保 険 市 場 、わが 国 の 生 命 再 保 険 を 取 り 巻 く 環 境 変<br />

化 、およびわが 国 の 生 命 再 保 険 の 利 用 実 態 という3つの 観 点 から、 最<br />

新 のデータを 用 いた 考 察 を 行 う。 第 4 節 と 第 5 節 では、 生 命 再 保 険 お<br />

よび 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 行 動 に 関 する 国 内 外 の 既 存 研 究 を 要 約 する<br />

とともに、 再 保 険 需 要 に 影 響 を 与 えうる 要 因 について、 保 険 会 社 を 含<br />

む 企 業 一 般 のリスク 管 理 に 関 する 理 論 的 フレームワークに 基 づいて 議<br />

―74―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

論 する。 第 6 節 では、 分 析 手 法 とデータ、ならびに 変 数 選 択 を 中 心 と<br />

する 実 証 モデルについて 論 じ、 第 7 節 では、 実 証 結 果 についての 考 察<br />

を 行 う。 最 後 に、 第 8 節 では、 本 論 文 の 結 論 と 今 後 の 課 題 について 述<br />

べる。<br />

2. 生 命 再 保 険 の 機 能 と 特 徴<br />

トーア 再 保 険 (2011)によれば、 生 命 再 保 険 も 再 保 険 の1つであり、<br />

基 本 的 な 考 え 方 や 仕 組 みといった 部 分 については 損 害 再 保 険 と 共 通 し<br />

ている。Harrington and Niehaus(2003)によれば、 再 保 険 とは 保 険 会<br />

社 による 保 険 の 購 入 のことをいい、 保 険 引 受 リスクおよび 健 全 性 確 保<br />

のための 必 要 資 本 額 を 軽 減 する 機 能 を 有 する。すなわち、 再 保 険 の 購<br />

入 は 資 本 保 有 の 代 替 案 であり、 比 較 的 少 ない 資 本 保 有 であっても 保 険<br />

会 社 が 自 社 の 支 払 い 不 能 確 率 を 抑 えることができる。この 点 は、 生 命<br />

再 保 険 であっても 損 害 再 保 険 であっても 同 じである。<br />

但 し、その 出 再 対 象 となるリスクは 損 害 再 保 険 とは 異 なり、「 死 亡<br />

率 、 罹 患 率 、 傷 害 ・ 疾 病 ・ 入 院 ・ 治 療 ・ 介 護 ・ 就 業 不 能 ・ 健 康 ・その<br />

他 給 付 発 生 率 などの 保 険 事 故 率 に 加 えて、 保 険 契 約 の 失 効 、 解 約 、 事<br />

業 費 及 び 投 資 損 益 」(トーア 再 保 険 , 2011, p.431)が 含 まれる。また、<br />

生 保 の 以 下 の 特 徴 に 基 づいて、 生 命 再 保 険 と 損 害 再 保 険 との 間 に 若 干<br />

の 相 違 が 生 じる 1) 。<br />

第 1に、 生 保 契 約 が 相 対 的 に 長 期 間 に 亘 るという 特 徴 である。すな<br />

わち、 損 保 は 一 部 を 除 き1 年 更 改 が 原 則 であるが、 生 保 の 保 険 期 間 は<br />

数 年 、 数 十 年 の 契 約 から、 終 身 保 険 のように 一 生 涯 に 亘 る 契 約 まであ<br />

る。その 結 果 、 生 保 再 保 険 も 長 期 契 約 となることが 一 般 的 である。さ<br />

らに、 生 命 再 保 険 では、「 被 保 険 者 の 性 別 、 年 齢 、 体 況 区 分 などにより<br />

保 険 事 故 率 が 相 違 するリスクを 契 約 終 期 まで 責 任 負 担 するため、 長 期<br />

に 亘 る 被 保 険 者 別 のリスク 管 理 ・ 契 約 管 理 が 必 要 となることから 損 害<br />

―75―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

再 保 険 に 比 べて 事 務 管 理 が 煩 雑 」(トーア 再 保 険 , 2011, pp.431-432)<br />

となる。<br />

第 2に、 定 額 給 付 が 一 般 的 な 生 保 の 場 合 、 実 損 填 補 を 原 則 とする 損<br />

保 と 比 べて、 加 入 時 の 危 険 選 択 がより 重 要 となる。たとえば、 生 保 会<br />

社 は、「 体 況 に 問 題 のある 被 保 険 者 、 趣 味 ・ 職 業 ・ 環 境 ・ 財 務 査 定 など<br />

に 問 題 のある 被 保 険 者 について、 生 保 契 約 の 引 受 を 謝 絶 したり、 一 定<br />

の 条 件 をつけざるを 得 ない 場 合 があるが、このような 場 合 、 再 保 険 を<br />

利 用 することにより、 生 保 契 約 の 引 受 範 囲 を 一 層 拡 大 することができ、<br />

他 社 との 競 争 力 を 強 化 することが 可 能 となる」(トーア 再 保 険 , 2011,<br />

p.432)という 考 え 方 もある。<br />

注 1) 生 命 再 保 険 と 損 害 再 保 険 の 相 違 点 に 関 する 記 述 は、トーア 再 保 険 (2011,<br />

pp.431-433)の 説 明 に 依 拠 している。<br />

3. 生 命 再 保 険 市 場 の 現 状<br />

3.1. 世 界 の 生 命 再 保 険 市 場<br />

表 1は、2009 年 における 世 界 の 再 保 険 市 場 の 規 模 とシェアを、 生 命<br />

再 保 険 と 損 害 再 保 険 ごとに 示 している。 地 域 ごとのシェアを 見 ると、<br />

北 米 が 最 も 高 く 生 保 で63%、 損 保 で39%に 達 する。 次 いで、 欧 州 が 生<br />

損 保 ともにそのシェアは 高 く、このことからも 世 界 の 再 保 険 市 場 は 保<br />

険 先 進 国 が 集 まる 欧 米 市 場 がその 大 半 を 占 めていることが 見 て 取 れる。<br />

これに 対 し、 世 界 の 生 保 大 国 である 日 本 や、 市 場 の 成 長 が 著 しい 中 国<br />

を 含 むアジア・オセアニア 地 域 の 生 保 再 保 険 のシェアは、たった8%<br />

しかない。いかに、 生 命 再 保 険 市 場 の 発 展 が 遅 れているかがよく 分 か<br />

る。<br />

―76―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

表 1 世 界 の 再 保 険 市 場<br />

(A) 生 命 保 険<br />

地 域<br />

再 保 険 料 シェア<br />

a<br />

元 受 保 険 料<br />

b<br />

出 再 率<br />

(10 億 米 ドル) (%) (10 億 米 ドル) (%)<br />

北 米 28.4 63% 536 5.3%<br />

ラテンアメリカ c 0.5 1% 44 1.0%<br />

欧 州 11.7 26% 954 1.2%<br />

アジア・オセアニア 3.6 8% 766 0.5%<br />

アフリカ 0.9 2% 33 2.8%<br />

世 界 ( 計 ) 45.0 100% 2,232 2.0%<br />

(B) 損 害 保 険<br />

地 域<br />

再 保 険 料 シェア<br />

a<br />

元 受 保 険 料<br />

b<br />

出 再 率<br />

(10 億 米 ドル) (%) (10 億 米 ドル) (%)<br />

北 米 59.3 39% 703 8.4%<br />

ラテンアメリカ c 6.1 4% 67 9.0%<br />

欧 州 50.2 33% 657 7.6%<br />

アジア・オセアニア 31.9 21% 291 11.0%<br />

アフリカ 4.6 3% 17 27.3%<br />

b<br />

世 界 ( 計 ) 152.0 100% 1,735 8.8%<br />

a<br />

登 録 されたすべての 保 険 会 社 が 計 上 する 元 受 保 険 料 ( 手 数 料 およびその 他 費 用 を 含 み、<br />

会 社 への 出 再 前 のものとみなす)である。<br />

再 保 険 料 / 元 受 保 険 料 × 100 (%)<br />

c<br />

中 南 米 ・カリブ 海 諸 国 とみなす。<br />

( 出 典 ) 再 保 険 料 に 関 してはSwiss Re. (2010a)、 元 受 保 険 料 に 関 してはSwiss Re. (2010b)を<br />

もとにして、 筆 者 作 成 。<br />

別 の 角 度 から 表 1を 見 てみよう。 表 からは、2009 年 の 世 界 の 生 命 再<br />

保 険 市 場 規 模 は 計 上 保 険 料 (Gross Premium Written)ベースで450 億<br />

米 ドル、 損 害 再 保 険 市 場 は1,520 億 米 ドルであり、 損 保 が 生 保 の 約 3 倍<br />

の 規 模 を 有 していることが 見 て 取 れる。 他 方 、 元 受 保 険 料 に 目 を 移 す<br />

と、 生 命 保 険 市 場 ( 以 下 、 生 保 市 場 )が2 兆 2,320 億 米 ドル、 損 害 保 険<br />

市 場 ( 以 下 、 損 保 市 場 )が1 兆 7,350 億 ドルであり、 再 保 険 市 場 とは 異<br />

―77―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

なり、 生 保 が 損 保 の1.3 倍 の 市 場 規 模 を 有 していることが 分 かる。その<br />

結 果 、 元 受 保 険 料 に 対 する 出 再 保 険 料 の 比 率 ( 以 下 、「 再 保 険 / 元 受 比<br />

率 」)は、 損 保 が 約 9%もあるのに 対 して、 生 保 はたった2% 程 度 しか<br />

ないことになる。<br />

それではなぜ、 生 保 再 保 険 市 場 は、 損 保 再 保 険 市 場 と 比 べてその 規<br />

模 も 小 さく、「 再 保 険 / 元 受 比 率 」に 至 っては 極 めて 低 い 水 準 に 甘 んじ<br />

ているのだろうか。 一 般 に、 生 保 は 安 定 的 なビジネスであるため、 損<br />

保 と 比 べて 再 保 険 の 利 用 動 機 が 低 いといわれる(トーア 再 保 険 (2011),<br />

Swiss Re. (2010))。そもそも、 損 保 が 扱 う 保 険 種 目 は 極 めて 多 様 であ<br />

り、かつ、 大 規 模 自 然 災 害 等 の 巨 大 な 保 険 リスクにも 常 時 晒 されてい<br />

る。そのため、 損 保 では、 伝 統 的 に 保 険 引 受 能 力 を 補 完 するために 再<br />

保 険 が 大 いに 活 用 されてきた。<br />

これに 対 し、 伝 統 的 に 生 保 は 人 の 生 死 を 保 険 事 故 とする 定 額 保 険 が<br />

主 であり、かつ、 死 亡 率 は 一 般 に 安 定 している 場 合 が 多 い。そうであ<br />

るならば、 死 亡 率 のリスクが 異 常 に 高 くなる 状 況 、つまり、 予 想 より<br />

多 くの 人 々が 死 亡 するような 状 況 が 発 生 した 場 合 において、 生 保 が 再<br />

保 険 を 活 用 する 場 面 が 想 定 される。 例 えば、 世 界 中 を 巻 き 込 むような<br />

極 めて 大 きな 戦 災 や 新 型 の 大 型 感 染 症 の 発 生 などがそれにあたるかも<br />

しれない。しかしながら、 勿 論 、 程 度 差 の 問 題 かもしれないが、 損 保<br />

で 想 定 されているような 大 規 模 自 然 災 害 等 に 関 する 巨 大 リスクの 場 合<br />

と 比 べて、こうした 状 況 はあまり 想 定 されない。その 結 果 、 少 なくと<br />

も、 保 険 引 受 能 力 の 補 完 という 意 味 におけるマーケットニーズは 限 定<br />

的 であると 推 察 される。<br />

しかしながら、 今 後 、 生 保 再 保 険 市 場 が 拡 大 する 可 能 性 も 否 定 でき<br />

ない。トーア 再 保 険 (2011)によれば、 世 界 の 生 命 再 保 険 市 場 の 現 状 か<br />

ら 見 てその 潜 在 的 成 長 力 は 高 いという。トーア 再 保 険 (2011)の 見 積 も<br />

りによれば、「 仮 に 元 受 生 命 保 険 の 出 再 率 が1ポイント 増 加 した 場 合 の<br />

2008 年 の 生 命 再 保 険 市 場 規 模 を 試 算 すると、570 億 米 ドルから804 億 米<br />

―78―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

ドルへと41%も 増 加 する」という。 実 際 、 表 1で 見 たように 生 命 再 保<br />

険 市 場 の 出 再 比 率 は 低 く、「 今 後 さらに 成 長 する 可 能 性 が 高 い 再 保 険 種<br />

目 」(トーア 再 保 険 , 2011, p.425)といえる。<br />

3.2. わが 国 の 生 命 再 保 険 を 取 り 巻 く 環 境 変 化<br />

低 い「 再 保 険 / 元 受 比 率 」が 生 保 再 保 険 市 場 の 潜 在 力 を 示 唆 するの<br />

であれば、 日 本 を 含 むアジア・オセアニア 地 域 には、 極 めて 高 い 潜 在<br />

力 があるといえる。 表 1によれば、 生 保 再 保 険 市 場 における「 再 保 険 /<br />

元 受 比 率 」は、 再 保 険 先 進 地 域 である 北 米 の5.3%、 世 界 平 均 の2%に<br />

対 して、アジア・オセアニア 地 域 はたった0.5%にとどまる。 勿 論 、 元<br />

受 保 険 市 場 が 未 発 達 の 国 々が 多 いのもこの 地 域 の 特 徴 であり、それ 故 、<br />

再 保 険 利 用 も 未 発 達 との 見 方 もある。それでは、 世 界 の 生 保 大 国 であ<br />

る 日 本 の 場 合 はどのように 理 解 すればよいのだろか。また、 今 後 、わ<br />

が 国 の 生 保 再 保 険 の 市 場 規 模 は 拡 大 するのだろうか。この 点 を 論 じる<br />

べく、 以 下 では、わが 国 の 生 命 再 保 険 を 取 り 巻 く 環 境 変 化 について、<br />

その 歴 史 的 経 緯 にも 簡 単 に 触 れつつ 整 理 しておこう。<br />

わが 国 で 生 命 再 保 険 が 一 般 化 したのは、1936( 昭 和 10) 年 の 協 栄 生<br />

命 再 保 険 株 式 会 社 の 営 業 開 始 にある 2) 。その 後 、「 保 険 引 受 能 力 の 補 完<br />

を 目 的 として、 自 己 の 保 有 保 険 金 額 を 超 える 高 額 契 約 を 対 象 とする 自<br />

動 車 再 保 険 や 体 況 に 問 題 のある 条 件 体 契 約 などを 対 象 に、 契 約 1 件 ご<br />

とに 出 再 する 任 意 再 保 険 が 主 に 取 引 」されてきたものの、「1 被 保 険 者<br />

あたりの 保 険 金 額 が 欧 米 に 比 べ 小 さいこと、 元 受 保 険 会 社 の 規 模 が 比<br />

較 的 大 きいこと」 等 の 理 由 から、「 元 受 マーケット 全 体 の 規 模 から 見 れ<br />

ば、 再 保 険 の 活 用 は 極 めて 限 定 的 」であったと 言 われる 3) 。<br />

また、 川 部 (1970)は、「 国 内 に 生 命 再 保 険 機 関 が 民 営 の1 社 のみ、<br />

しかも 元 受 業 務 と 兼 営 に 過 ぎないことは、 生 命 保 険 事 業 の 発 達 した 国<br />

としては 特 異 」( 川 部 , 1970, p.5)であると 指 摘 したうえで、その 理<br />

由 を 次 のように 論 じている。「 第 1に、 我 が 国 の 生 命 再 保 険 業 務 量 は 元<br />

―79―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

受 業 務 量 に 比 較 して 余 りにも 僅 かである。その 理 由 としては、 各 元 受<br />

会 社 ともに 経 営 規 模 が 大 きいため 保 有 限 度 額 は 高 く、しかも 社 会 組 織<br />

や 税 制 の 関 係 で、 日 本 では 外 国 で 見 られる20 億 円 あるいは30 億 円 とい<br />

った 巨 額 の 生 命 保 険 はありえないからである。 大 部 分 の 契 約 について<br />

は、 元 受 会 社 自 体 で 保 有 することができるので 大 きな 再 保 険 業 務 量 は<br />

期 待 できない。 第 二 に、 協 栄 生 命 の 再 保 険 部 門 は、 全 元 受 会 社 の 共 同<br />

出 資 によって 設 立 された 旧 協 栄 の 延 長 として、 伝 統 的 に 同 社 内 におい<br />

て 元 受 部 門 とは 切 り 離 されており、 各 元 受 会 社 に 対 する 再 保 険 サービ<br />

ス 機 関 としての 役 割 を 果 たしている。 再 保 険 の 配 当 については、 死 差<br />

益 の 殆 んど 全 てが 元 受 会 社 に 還 元 されているので、 元 受 会 社 の 計 算 か<br />

らみても、 死 差 配 当 率 が 高 々30% 位 に 過 ぎない 外 国 の 営 利 的 な 再 保 険<br />

会 社 の 食 い 込 む 余 地 はない。」( 川 部 , 1970, p.5)<br />

このように、 戦 前 の 協 栄 生 命 再 保 険 の 営 業 開 始 以 降 、 確 かにわが 国<br />

の 生 命 再 保 険 は 一 定 の 役 割 は 果 たしつつも、その 市 場 規 模 という 点 で<br />

は、 欧 米 を 中 心 とする 他 の 保 険 先 進 国 と 比 べるとまだまだ 未 発 達 な 状<br />

態 にあったと 推 察 される。<br />

ところが、1990 年 代 後 半 以 降 、わが 国 生 命 再 保 険 市 場 に 大 きな 変 化<br />

が 生 じている。 特 にその 傾 向 は21 世 紀 以 降 より 顕 著 に 見 られる。 図 1<br />

は、1989 年 度 (1990 年 3 月 度 決 算 )から2010 年 度 (2011 年 3 月 度 決 算 )<br />

までの22 年 間 における、 国 内 で 営 業 する 元 受 生 命 保 険 会 社 ( 全 社 )の<br />

再 保 険 料 の 合 計 額 の 時 系 列 推 移 を、 図 2は、 同 期 間 ・ 同 対 象 で 計 算 し<br />

た 収 入 保 険 料 に 対 する 再 保 険 料 の 比 率 ( 以 下 、「 再 保 険 レシオ」)の 時<br />

系 列 推 移 を、それぞれ 示 している。これらの 図 を 見 れば 明 らかだが、<br />

1996 年 度 (1997 年 3 月 度 決 算 )までは 再 保 険 料 ( 合 計 額 )、「 再 保 険 レ<br />

シオ」ともにほぼ 安 定 的 に 推 移 しているが、1997 年 度 (1998 年 3 月 度<br />

決 算 )にはそれぞれ 前 年 度 の 約 3 倍 に 急 上 昇 している。その 後 、 財 務<br />

再 保 険 取 引 に 絡 む 巨 額 損 失 を 原 因 とする 損 保 会 社 の 経 営 破 たんが 生 じ<br />

た2001 年 度 (2002 年 3 月 度 決 算 )には、 再 保 険 料 、「 再 保 険 レシオ」と<br />

―80―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

もにやや 落 ち 込 みを 見 せているものの、2002 年 度 (2003 年 3 月 度 決 算 )<br />

と2003 年 度 (2004 年 3 月 度 決 算 )にはさらにそれらの 指 標 は 急 上 昇 に<br />

転 じている。それではなぜ、90 年 代 後 半 以 降 、わが 国 生 命 再 保 険 市 場<br />

が 急 拡 大 しているのだろうか。<br />

先 ず、1997 年 度 の 市 場 規 模 の 急 拡 大 の 直 接 的 な 背 景 としては、「1997<br />

年 12 月 に 自 己 資 本 拡 充 を 目 的 とした 財 務 再 保 険 の 利 用 が 日 本 でも 認 め<br />

られた」(トーア 再 保 険 , 2011, p.429)ことが 大 きいと 言 われる。 勿<br />

論 、2001 年 11 月 の 大 成 火 災 の 破 綻 により 財 務 再 保 険 の 積 極 的 活 用 は 一<br />

定 の 落 ち 着 きを 見 せたものの 4) 、「 生 命 保 険 マーケットにおいて 新 たな<br />

生 命 再 保 険 の 活 用 機 会 があらためて 認 知 されたという 意 味 で、その 後<br />

の 生 命 再 保 険 マーケットの 発 展 に 大 きな 影 響 を 与 えた」(トーア 再 保 険 ,<br />

2011, p.429)という 考 え 方 もある。<br />

1,800<br />

図 1 元 受 生 命 保 険 会 社 の 再 保 険 料 の 推 移 ( 全 社 計 )<br />

再 保 険 料 ( 単 位 :10 億 円 )<br />

1,600<br />

1,696<br />

1,400<br />

1,200<br />

1,000<br />

1,054<br />

982<br />

800<br />

600<br />

766<br />

883<br />

995 975<br />

875<br />

400<br />

200<br />

0<br />

24 28 41 42 47 48 51 54 152 181 204 211 140<br />

1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010<br />

359<br />

( 出 典 )「インシュアランス 生 命 保 統 計 号 」( 各 年 度 版 )をもとに 筆 者 作 成 。<br />

―81―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

6.00%<br />

図 2 元 受 生 命 保 険 会 社 の 再 保 険 レシオの 推 移 ( 全 社 計 )<br />

再 保 険 レシオ (%)<br />

5.00%<br />

4.98%<br />

4.00%<br />

3.00%<br />

2.00%<br />

1.00%<br />

0.00%<br />

3.51%3.51%<br />

3.27%<br />

2.95%<br />

2.83%<br />

1.41%<br />

0.50% 0.63%0.75%0.81%<br />

0.09%0.10%0.14%0.14%0.15%0.16%0.17%0.19%<br />

0.53%<br />

1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010<br />

3.09%<br />

2.85%<br />

( 出 典 )「インシュアランス 生 命 保 統 計 号 」( 各 年 度 版 )をもとに 筆 者 作 成 。<br />

しかしながら、 財 務 再 保 険 の 活 用 機 会 のみが、90 年 代 以 降 のマーケ<br />

ット 規 模 拡 大 の 背 景 にある 訳 ではない。むしろ、90 年 代 後 半 以 降 のわ<br />

が 国 生 保 市 場 は、 規 制 緩 和 5) と 既 存 市 場 の 飽 和 化 を 背 景 として、 元 受<br />

生 保 各 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 の 多 様 化 という 点 に 特 徴 づけられる。すな<br />

わち、1995 年 の 改 正 保 険 業 法 の 施 行 によって、 生 保 会 社 と 損 保 会 社 の<br />

子 会 社 方 式 での 相 互 参 入 、 商 品 ・ 料 率 の 一 部 届 出 制 の 導 入 、 保 険 ブロ<br />

ーカー 制 度 の 導 入 など、 保 険 業 の 自 由 化 を 通 じて、 競 争 の 促 進 や 市 場<br />

の 効 率 化 が 図 られ、 顧 客 ニーズにマッチした 商 品 提 供 が 促 進 されるこ<br />

とが 期 待 されるようになった。また、ソルベンシーマージン 比 率 基 準<br />

の 公 開 等 によって、 保 険 会 社 の 健 全 性 に 対 して 顧 客 ( 既 契 約 者 、 潜 在<br />

的 契 約 者 等 )が 一 定 の 判 断 をすることが 可 能 となった。 顧 客 は 商 品 内<br />

容 だけでなく、その 提 供 主 体 である 保 険 会 社 の 品 質 をも 加 味 して、 保<br />

険 会 社 との 付 き 合 いを 考 える 時 代 に 入 ったのである。<br />

他 方 、この 時 期 は 少 子 高 齢 化 の 急 速 な 進 展 を 背 景 に、 伝 統 的 な 死 亡<br />

保 障 市 場 が 飽 和 化 しつつあった。そのため、 元 受 生 保 会 社 各 社 は、 医<br />

―82―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

療 、 傷 害 、 介 護 保 障 といった 第 三 分 野 商 品 や、 退 職 後 所 得 市 場 を 狙 っ<br />

た 個 人 年 金 分 野 など、 新 たな 市 場 開 拓 の 動 きを 活 発 化 させていた。こ<br />

のように、90 年 代 後 半 以 降 、わが 国 の 元 受 生 保 各 社 は、 広 い 意 味 での<br />

商 品 ・ 販 売 戦 略 - 取 り 扱 う 商 品 内 容 のみならず、 販 売 チャネルの 差 別<br />

化 や 会 社 の 健 全 性 なども 含 まれる-を、これまでとは 異 なる 競 争 市 場<br />

を 前 提 として、 積 極 的 に 展 開 していく 必 要 性 に 迫 られていたのである。<br />

生 保 商 品 の 多 様 化 と 競 争 は、 生 命 再 保 険 の 新 たな 活 用 機 会 を 提 供 す<br />

ることになった。たとえば、 第 三 分 野 の 保 険 商 品 では、 一 般 に、 単 純<br />

な 死 亡 保 障 商 品 とは 異 なり、 医 療 技 術 のイノベーション 等 を 含 む 将 来<br />

の 外 部 環 境 の 変 化 が 将 来 の 保 険 給 付 支 払 の 不 確 実 性 を 増 加 させる 可 能<br />

性 がある 6) 。そうすると、 前 節 で 述 べた「 生 保 は 安 定 的 なビジネスで<br />

あるため、 損 保 と 比 べて 再 保 険 の 利 用 動 機 が 一 般 に 低 い」ということ<br />

が 必 ずしも 適 当 ではないかもしれない。 損 保 会 社 同 様 、 生 保 会 社 が 取<br />

り 扱 う 保 険 種 目 も 多 様 化 すれば、 保 険 引 受 能 力 を 補 完 するために 再 保<br />

険 が 大 いに 活 用 される 可 能 性 がある 7) 。さらに、 元 受 リスクの 多 様 化<br />

に 伴 って、 金 融 庁 の 定 めたストレステストの 実 施 義 務 など 生 保 会 社 の<br />

リスク 管 理 に 対 する 監 督 規 制 の 強 化 が 行 われると、その 対 策 として、<br />

生 命 再 保 険 の 活 用 機 会 はさらに 増 加 すると 予 想 される。<br />

21 世 紀 に 入 ると 個 人 年 金 商 品 の 多 様 化 も 進 展 し、それに 応 じて 元 受<br />

生 保 会 社 の 財 務 的 ニーズに 対 応 する 再 保 険 が 取 引 されるようになった。<br />

この 時 期 、わが 国 の 変 額 年 金 保 険 市 場 は、2002 年 からの 銀 行 窓 販 の 解<br />

禁 によってその 規 模 が 急 拡 大 した 訳 だが、 実 はその 大 半 は 元 本 割 れの<br />

リスクを 保 険 会 社 側 が 負 担 する、いわゆる「 最 低 保 証 付 き」の 商 品 で<br />

あった。そのため、 一 部 の 保 険 会 社 は、「 最 低 保 証 付 き」の 契 約 を 出 再<br />

することで 資 産 運 用 リスクをヘッジするなど、 最 低 保 証 リスクへの 対<br />

応 が 求 められていた。 加 えて、この 時 期 、 銀 行 への 手 数 料 を 含 む 新 契<br />

約 事 業 費 の 平 準 化 を 目 的 として、 生 命 再 保 険 を 積 極 活 用 するケースも<br />

目 立 ち 始 めていた。こうしたなか、2005 年 には、 契 約 者 への 支 払 い 能<br />

―83―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

力 の 向 上 を 目 的 とする 責 任 準 備 金 の 積 立 ルールが 改 正 され、 変 額 年 金<br />

保 険 の 最 低 保 証 に 対 する 規 制 が 強 化 された。その 結 果 、 特 に、 変 額 年<br />

金 保 険 に 特 化 している 一 部 の 生 保 会 社 は、 生 命 再 保 険 (リスク 移 転 )<br />

や 増 資 (リスク 保 有 )による 大 規 模 な 対 応 に 迫 られることになった 8) 。<br />

2003 年 度 以 降 は、 再 保 険 料 ( 合 計 額 )および「 再 保 険 レシオ」とも<br />

に、2007 年 度 から2008 年 度 の 時 期 を 除 けば、 高 水 準 で 安 定 的 に 推 移 し<br />

ている 9) 。 直 近 の2010 年 度 (2011 年 3 月 期 決 算 )では、 再 保 険 料 ( 合<br />

計 )が9,820 億 円 、「 再 保 険 レシオ」が2.85%であり、90 年 代 前 半 と 比<br />

べると 非 常 に 高 い 水 準 にある。このことから、わが 国 生 命 再 保 険 市 場<br />

が 規 制 緩 和 後 の 約 15 年 間 でかなり 拡 大 してきたことがわかる。さらに、<br />

欧 米 と 比 べた 場 合 のアジア・オセアニア 地 域 の 生 命 再 保 険 市 場 の 潜 在<br />

的 成 長 力 という 観 点 からも、わが 国 の 生 命 再 保 険 市 場 に 対 する 世 界 の<br />

再 保 険 プレイヤーの 関 心 は 高 いものと 推 察 される 10) 。<br />

3.3. わが 国 の 生 命 再 保 険 の 利 用 実 態<br />

前 節 では、90 年 代 後 半 以 降 の 生 保 会 社 の 商 品 戦 略 の 多 様 化 を 背 景 と<br />

して、わが 国 生 命 再 保 険 の 市 場 規 模 が 拡 大 している 点 を 述 べた。それ<br />

では、このような 生 保 再 保 険 の 利 用 拡 大 は、 全 ての 元 受 生 保 会 社 で 同<br />

程 度 に 見 られる 現 象 なのだろうか。あるいは、 何 らかの 企 業 固 有 の 要<br />

因 によって、 元 受 生 保 会 社 間 でその 利 用 の 程 度 に 大 きなばらつきがあ<br />

るのだろうか。あるとしたら、どの 程 度 のばらつきが 観 察 されるのだ<br />

ろうか。 本 節 ではこの 点 を 営 業 年 度 ごとの「 再 保 険 レシオ」(:= 再 保<br />

険 料 / 収 入 保 険 料 ×100%)の 詳 細 を 見 ることから 検 討 したい。<br />

表 2(A)は、2001 年 度 (2002 年 3 月 度 決 算 )から2010 年 度 (2011 年 3<br />

月 度 決 算 )までの10 年 間 を 対 象 期 間 として、 国 内 で 営 業 する 元 受 生 命<br />

保 険 会 社 の「 再 保 険 レシオ」の 最 大 値 と 最 小 値 に 関 して、その 営 業 年<br />

度 ごとの 時 系 列 推 移 を 示 している。2001 年 度 以 降 のデータに 焦 点 を 絞<br />

った 理 由 は、 第 1に、 生 保 再 保 険 市 場 が 拡 大 した 時 期 であること、 第<br />

―84―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

2に、2000 年 前 後 に 発 生 した 生 保 危 機 後 の 業 界 再 編 後 の 期 間 であるこ<br />

とによる。 表 2(A)によると、2002 年 度 と2003 年 度 、ならびにリーマンシ<br />

ョック 後 の2008 年 度 から2010 年 度 に 関 しては、「 再 保 険 レシオ」が100%<br />

を 超 過 する 企 業 が 存 在 している。 特 に2010 年 度 は41,150%という 以 上<br />

な 値 を 示 す 企 業 すら 存 在 する。これは、 収 入 保 険 料 を 超 過 する 非 常 に 多<br />

額 の 再 保 険 料 を 支 払 っている 生 保 会 社 が 存 在 することを 意 味 している。<br />

そこで、 表 2(B)では、こうした 異 常 値 を 除 外 するために、「 再 保 険<br />

レシオ」が100% 未 満 の 企 業 のみを 対 象 として、「 再 保 険 レシオ」の 最<br />

大 値 と 最 小 値 に 関 する 営 業 年 度 ごとの 時 系 列 推 移 を 再 計 算 した。サン<br />

プル 数 は419から413に 減 少 しただけであり、 全 体 のトレンドを 観 察 す<br />

る 上 では 大 きな 影 響 はない。 異 常 値 を 除 いたサンプルのみを 観 察 した<br />

場 合 でも、 各 営 業 年 度 で 再 保 険 率 の 最 大 値 と 最 小 値 の 幅 は 大 きく、ま<br />

た 時 系 列 で 変 化 していることがわかる。<br />

表 2 再 保 険 レシオの 推 移 ( 最 大 値 と 最 小 値 )<br />

(A) 全 社<br />

(B) 100% 未 満<br />

営 業 年 度<br />

再 保 険 レシオ<br />

再 保 険 レシオ<br />

会 社 数<br />

会 社 数<br />

最 大 値 最 小 値 最 大 値 最 小 値<br />

2001 43 43.51% 0.00% 43 43.51% 0.00%<br />

2002 42 122.29% 0.01% 41 55.63% 0.01%<br />

2003 40 165.64% 0.01% 39 57.30% 0.01%<br />

2004 39 74.48% 0.02% 39 74.48% 0.02%<br />

2005 38 98.31% 0.02% 38 98.31% 0.02%<br />

2006 38 85.81% 0.02% 38 85.81% 0.02%<br />

2007 41 59.83% 0.00% 41 59.83% 0.00%<br />

2008 45 132.60% 0.00% 44 72.58% 0.00%<br />

2009 46 974.42% 0.00% 44 26.12% 0.00%<br />

2010 47 41149.87% 0.00% 46 85.70% 0.00%<br />

( 計 ) 419 413<br />

( 出 典 )「インシュアランス 生 命 保 統 計 号 」( 各 年 度 版 )をもとに 筆 者 作 成 。<br />

―85―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

それでは、 各 営 業 年 度 の「 再 保 険 レシオ」が 高 いのは 具 体 的 にどの<br />

ような 企 業 であろうか。 表 3は、2001 年 度 (2002 年 3 月 度 決 算 )から<br />

2010 年 度 (2011 年 3 月 度 決 算 )までの10 年 間 を 対 象 期 間 として、 国 内<br />

で 営 業 する 元 受 生 命 保 険 会 社 の「 再 保 険 レシオ」が 高 い 上 位 3 社 の 一<br />

覧 表 である。 一 瞥 しただけで、ハートフォードやマニュライフ、アリ<br />

コジャパンやジブラルダなど 外 資 系 生 保 会 社 が 上 位 を 占 めていること<br />

がわかる。また、 別 の 角 度 から 見 ると、 東 京 海 上 日 動 フィナンシャル<br />

( 旧 スカンディア)やハートフォード、マニュライフなど 変 額 年 金 保<br />

険 に 特 化 した 生 保 会 社 が 上 位 を 占 めているということも 見 て 取 れる。<br />

これは、 海 外 親 会 社 に 対 して 出 再 するケースや、 変 額 年 金 保 険 の 最 低<br />

保 証 リスクの 管 理 に 生 命 再 保 険 を 積 極 的 に 活 用 していた 可 能 性 を 示 唆<br />

するデータである。<br />

表 3 再 保 険 レシオ( 上 位 3 社 )<br />

営 業 年 度 会 社 名 再 保 険 レシオ 営 業 年 度 会 社 名 再 保 険 レシオ<br />

ハートフォード 43.51% マニュライフ 85.81%<br />

2001 カーディフ 24.79% 2006 ジブラルタ 30.43%<br />

マニュライフ 16.22% ハートフォード 23.40%<br />

2002<br />

2003<br />

2004<br />

2005<br />

スカンディア 122.29% マニュライフ 59.83%<br />

アイエヌジー 55.63% 2007 プルデンシャル 25.24%<br />

マニュライフ 18.81% ハートフォード 23.44%<br />

東 海 日 動 ・<br />

フィナンシャル<br />

165.64%<br />

ハートフォード 132.60%<br />

アイエヌジー 57.30%<br />

2008<br />

マニュライフ 72.58%<br />

アリコジャパン 31.17% アリコジャパン 62.44%<br />

マニュライフ 74.48% ハートフォード 974.42%<br />

アイエヌジー 35.05% 2009 マニュライフ 137.15%<br />

プルデンシャル 15.18% アイリオ 26.12%<br />

マニュライフ 98.31% ハートフォード 41149.87%<br />

ジブラルタ<br />

23.02% 2010<br />

プルデンシャル・<br />

ジブラルタ・<br />

フィナンシャル<br />

85.70%<br />

プルデンシャル 20.85% マニュライフ 81.57%<br />

( 出 典 )「インシュアランス 生 命 保 統 計 号 」( 各 年 度 版 )をもとに 筆 者 作 成 。<br />

―86―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

注 2) 例 えば、 川 部 (1970)は、「 我 が 国 の 生 命 再 保 険 の 歴 史 は、 標 準 下 体 保 険 実 施<br />

のため、 昭 和 10 年 12 月 に 全 生 命 保 険 会 社 の 共 同 出 資 によって、 協 栄 生 命 再 保<br />

険 株 式 会 社 が 設 立 された 時 に 始 まった。」(p.3)と 述 べている。また、 岡 本<br />

(1991)も、「わが 国 では、 昭 和 の 初 期 に、 生 命 保 険 協 会 から『 弱 体 者 保 険 資 料<br />

調 査 報 告 』が 刊 行 された。その 中 で 弱 退 者 の 保 険 引 受 に 絡 み 再 保 険 の 必 要 性<br />

が 説 かれ、また、 生 命 保 険 各 社 の 共 同 出 資 で 協 栄 生 命 再 保 険 株 式 会 社 が 設 立<br />

された 頃 より、 生 命 保 険 の 再 保 険 が 一 般 化 してきたと 言 える。」(pp.78-79)<br />

と 述 べている。<br />

3)トーア 再 保 険 (2011, p.428)の 記 述 を 参 考 にした。<br />

4) 大 成 火 災 の 破 綻 は、9.11 同 時 多 発 テロに 際 して、 複 雑 な 財 務 再 保 険 取 引 に<br />

より 実 質 的 に 過 大 なリスクを 負 担 していたことが 原 因 であった。なお、 同 社<br />

の 破 綻 の 経 緯 とその 株 式 市 場 への 影 響 経 路 に 関 しては、Yanase and Yasuda<br />

(2010)が 再 保 険 取 引 に 着 目 することで 実 証 的 に 検 討 している。<br />

5)1995 年 6 月 、56 年 ぶりに 抜 本 改 正 された 保 険 業 法 が 公 布 され、 翌 96 年 4 月<br />

から 施 行 された。そもそも、1995 年 以 前 のわが 国 の 保 険 行 政 は、 第 二 次 世 界<br />

大 戦 直 前 の1939 年 に 全 面 改 正 された 旧 保 険 業 法 のもと、 監 督 当 局 である 大 蔵<br />

省 に 広 範 な 権 限 を 与 え、 保 険 事 業 の 開 始 から 整 理 ・ 統 合 に 至 るまで、 経 営 の<br />

あらゆる 段 階 において 個 別 ・ 具 体 的 に 監 督 する 実 体 的 監 督 主 義 方 式 が 採 用 さ<br />

れていた。 当 時 の 大 蔵 省 による 保 険 会 社 への 監 督 は、 基 礎 書 類 認 可 による 監<br />

督 方 式 を 基 本 としており、これにより、 事 業 範 囲 や 商 品 設 計 、 保 険 料 率 や 契<br />

約 者 配 当 、 募 集 制 度 のあり 方 から 資 産 運 用 に 至 るまで、 保 険 会 社 の 経 営 全 般<br />

に 及 んでいた。ところが、 多 様 化 する 顧 客 ニーズ、 新 しい 顧 客 ニーズへの 迅<br />

速 かつ 的 確 な 対 応 、 金 融 の 自 由 化 、 国 際 化 等 の 進 展 に 伴 う 対 応 、 市 場 開 放 の<br />

進 展 に 伴 う 保 険 制 度 の 国 際 的 調 和 の 要 請 といった、わが 国 の 保 険 制 度 を 取 り<br />

巻 く 環 境 が 大 きく 変 化 するなかで、1939 年 に 公 布 された 旧 保 険 業 法 のもとで<br />

は、こうした 新 しい 時 代 の 要 請 に 十 分 な 対 応 が 困 難 であることが 認 識 されは<br />

じめ、1980 年 代 末 からは、 保 険 審 議 会 を 中 心 に 将 来 の 保 険 業 や 保 険 行 政 のあ<br />

り 方 に 関 する 議 論 が 本 格 的 に 始 められた。また、 同 時 期 には、わが 国 保 険 業<br />

の 市 場 開 放 をテーマとする 日 米 保 険 協 議 が1993 年 7 月 から 開 始 されていた。<br />

こうしたなか、21 世 紀 に 向 けて 新 しい 保 険 制 度 を 構 築 するため、 抜 本 的 な 制<br />

度 改 革 の 必 要 性 が 議 論 され、1995 年 には、 以 下 3つの 柱 を 基 本 として 保 険 業<br />

法 が56 年 ぶりに 抜 本 改 正 された。 第 1に、 保 険 業 の 自 由 化 を 通 じて 競 争 の 促<br />

進 や 市 場 の 効 率 化 を 図 り 顧 客 ニーズにマッチした 商 品 提 供 が 促 進 すること、<br />

第 2に、ソルベンシーマージン 比 率 基 準 による 早 期 是 正 対 応 や 契 約 者 保 護 制<br />

度 の 設 置 など、 事 業 の 健 全 性 維 持 と 契 約 者 保 護 の 仕 組 みの 構 築 すること、 第<br />

3に、 相 互 会 社 における 経 営 チェック 機 能 の 強 化 やディスクロージャー 規 定<br />

の 整 備 等 によって、 事 業 運 営 の 透 明 性 を 高 めるとともに 経 営 チェック 機 能 を<br />

働 かせ 公 正 ・ 衡 平 な 事 業 運 営 を 確 保 することである。<br />

―87―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

6) 医 療 技 術 の 進 歩 が 民 間 医 療 保 険 商 品 や 保 険 会 社 のリスク 管 理 に 与 える 影 響<br />

については、 堀 田 (2006)の 第 6 章 および 第 8 章 に 詳 しい。そちらを 参 照 され<br />

たい。<br />

7)1995 年 、Reinsurance Group of America( 以 下 、RGA)が 米 国 の 生 命 再 保 険<br />

会 社 としては 初 めて 東 京 に 駐 在 員 事 務 所 を 開 設 している(『 日 経 金 融 新 聞 』<br />

1995 年 8 月 28 日 付 を 参 照 )。また1997 年 には、 東 亜 火 災 海 上 再 保 険 ( 現 、トー<br />

ア 再 保 険 )が 生 命 再 保 険 の 事 業 認 可 を 取 得 し、 従 来 の 損 害 保 険 の 再 保 険 業 務<br />

に 加 え、 生 保 の 再 保 険 引 き 受 けやシステム 処 理 などのサービスを 生 保 各 社 に<br />

提 供 することになった。 同 社 は、 翌 1998 年 には、 生 命 再 保 険 の 一 部 変 更 認 可<br />

を 取 得 し、 従 来 の 死 亡 保 険 の 引 き 受 けに 加 え、 障 害 給 付 や 入 院 給 付 などの 保<br />

険 契 約 の 引 き 受 けも 可 能 となった(『 日 本 経 済 新 聞 』1997 年 3 月 1 日 付 朝 刊 、<br />

1998 年 5 月 14 日 付 朝 刊 を 参 照 )。 当 時 のわが 国 生 保 業 界 では、 再 保 険 専 門 会 社<br />

をその 前 身 とする 協 栄 生 命 を 除 いて、 再 保 険 の 位 置 づけは 極 めて 小 さかった。<br />

その 一 方 で、この 時 期 は 改 正 保 険 業 法 の 施 行 に 加 え、 伝 統 的 な 死 亡 保 障 マー<br />

ケットが 飽 和 状 態 に 達 しつつあり、わが 国 生 命 保 険 各 社 には 顧 客 ニーズの 変<br />

化 を 的 確 に 捉 えた 商 品 開 発 等 、より 一 層 の 保 険 商 品 の 多 様 化 が 求 められてい<br />

た。このように 多 様 化 する 商 品 に 対 応 したリスク 管 理 手 法 として、 生 命 再 保<br />

険 の 活 用 が 期 待 されつつあったことが、RGAなどの 日 本 市 場 への 進 出 の 背 景 に<br />

あったのかもしれない。その 後 、RGAは2003 年 に 外 国 損 害 保 険 業 の 免 許 を 取 得<br />

し、 日 本 国 内 で 生 保 向 け 再 保 険 専 業 会 社 として 本 格 的 な 営 業 を 開 始 している<br />

(『 日 本 経 済 新 聞 』2003 年 11 月 19 日 付 夕 刊 を 参 照 )。<br />

8) 例 えば、『 日 経 金 融 新 聞 』(2005 年 2 月 7 日 付 )は、 当 時 の 状 況 について、<br />

以 下 のように 報 じている。「ハートフォード 生 命 は 再 保 険 と 増 資 の 組 み 合 わせ<br />

で 新 ルール 対 応 の 検 討 を 開 始 した。 当 初 は 米 国 の 親 会 社 を 引 受 先 に 約 400 億 円<br />

の 増 資 のみで 対 応 する 方 向 だったが、 再 保 険 と 組 み 合 わせると 増 資 額 は 約 100<br />

億 円 に 収 まるとしている。 再 保 険 と 組 み 合 わせた 方 が 資 本 効 率 が 上 がるため、<br />

今 後 再 保 険 を 軸 に 新 ルール 対 応 を 詰 めていく 方 針 だ。カナダ 系 のマニュライ<br />

フ 生 命 保 険 も 増 資 よりも、 再 保 険 を 活 用 する 方 針 。 同 社 は 新 ルール 導 入 に 伴<br />

い 約 1015%あるソルベンシーマージン 比 率 が100ポイント 程 度 低 下 する 見 通<br />

しで、グループの 再 保 険 会 社 を 引 受 先 に 同 比 率 の 低 下 を 防 ぐ。 通 常 、ソルベ<br />

ンシーマージン 比 率 を 維 持 する 上 では、 増 資 よりも 再 保 険 の 方 が 効 果 的 とさ<br />

れる。600%の 同 比 率 を 維 持 するには 増 資 では、 再 保 険 金 額 の3 倍 近 くの 資 金<br />

が 必 要 になるとされるためだ。このため 業 界 2 位 の 三 井 住 友 海 上 シティ 生 命<br />

保 険 や、 東 京 海 上 日 動 フィナンシャル 生 命 保 険 も 再 保 険 の 活 用 を 検 討 してい<br />

る。」<br />

9)たしかに、サブプライム・ローン 問 題 が 顕 在 化 しつつあった2007 年 度 (2008<br />

年 3 月 期 決 算 )には 一 旦 落 ち 込 みを 見 せた 後 、リーマンショックおよび 世 界<br />

保 険 大 手 のAmerican International Group( 以 下 、AIG)の 国 有 化 後 の2008 年<br />

―88―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

度 (2009 年 )には、すべての 指 標 が 急 上 昇 している。これは、AIGグループの<br />

アリコジャパンがこの 年 度 のみ、 前 年 度 比 498% 増 の683,558 百 万 円 という 多<br />

額 の 再 保 険 料 を 計 上 している 特 殊 事 情 によるところが 大 きい。 同 社 の 前 年 度<br />

の 再 保 険 料 が114,268 百 万 円 、 翌 年 度 のそれが160,019 百 万 円 であったので、<br />

2008 年 度 のみが 異 常 値 であったことが 容 易 に 推 察 される。つまり、この2 年<br />

間 に 関 しては、 特 定 会 社 の 特 殊 事 情 による 影 響 が 強 く、 全 体 のトレンドとは<br />

切 り 離 して 考 えるべきであろう。<br />

10) 実 際 、2010 年 以 降 、 国 内 外 の 再 保 険 プレイヤーがわが 国 の 生 命 再 保 険 市 場<br />

に 参 入 するケースが 目 立 っている。 例 えば、2010 年 1 月 には、ソニー 生 命 が、<br />

オランダの 保 険 大 手 、エイゴンと 合 弁 で 再 保 険 会 社 SA Reinsurance( 以 下 、<br />

SA Re.)をタックスヘイブンでもあるイギリス 領 のバミューダに 設 立 すると<br />

発 表 している。これは、2009 年 12 月 に 両 社 が 合 弁 で 立 ち 上 げたソニーライフ・<br />

エイゴン 生 命 保 険 から 変 額 年 金 保 険 関 連 のリスクを、SA Re.が 再 保 険 で 引 き<br />

受 けるというスキームである(『 日 本 経 済 新 聞 』2010 年 1 月 28 日 付 朝 刊 を 参 照 )。<br />

また、 同 年 年 2 月 には、ドイツの 再 保 険 大 手 ケルン 再 保 険 が 東 京 支 店 を 開 設<br />

し、 今 後 、 日 本 の 元 受 生 保 会 社 から 医 療 保 険 や 介 護 保 険 等 のリスクを 生 命 再<br />

保 険 で 引 き 受 けるという(『 日 本 経 済 新 聞 』2010 年 2 月 4 日 付 朝 刊 を 参 照 )。<br />

さらに、 同 年 6 月 には、 同 じくドイツの 再 保 険 大 手 ミュンヘン 再 保 険 も、 生<br />

命 再 保 険 事 業 の 免 許 を 金 融 庁 から 取 得 し 営 業 を 開 始 することを 決 めた。 同 社<br />

もまた、 日 本 の 元 受 生 保 会 社 から、 死 亡 保 険 や 医 療 保 険 等 のリスクを 生 命 再<br />

保 険 で 引 き 受 けることになる。このように 海 外 の 再 保 険 会 社 が 単 独 あるいは<br />

合 弁 で、 本 格 的 にわが 国 の 生 命 再 保 険 市 場 に 参 入 を 始 める 一 方 で、 国 内 の 損<br />

保 会 社 もまた、 生 命 再 保 険 のスキームを 保 険 グループ 全 体 として 構 築 する 動<br />

きも 見 られる。 例 えば、『 日 本 経 済 新 聞 』(2011 年 11 月 29 日 付 朝 刊 )によれば、<br />

三 井 住 友 海 上 火 災 が2012 年 1 月 に、グループ 関 連 企 業 の 三 井 住 友 海 上 プライ<br />

マリー 生 命 が 販 売 する 変 額 年 金 保 険 の 運 用 リスクを 引 き 受 ける 再 保 険 子 会 社<br />

(MSフィナンシャル 再 保 険 )をイギリス 領 のバミューダに 設 立 するという。<br />

4. 既 存 研 究 および 本 論 文 の 目 的<br />

4.1. わが 国 の 生 命 再 保 険 に 関 する 研 究 と 本 論 文 の 目 的<br />

生 命 再 保 険 をテーマとするわが 国 の 刊 行 論 文 数 はさほど 多 くない。<br />

実 際 、『 保 険 学 雑 誌 』(『 保 険 雑 誌 』を 含 む)、『 生 命 保 険 論 集 』(『 文 研 論<br />

集 』、『 所 報 』を 含 む)、および『 生 命 保 険 経 営 』において、 生 命 再 保 険<br />

―89―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

を 主 に 扱 った 論 文 を 検 索 したところ、 古 くは、20 世 紀 初 頭 の 志 田 (1902)<br />

や 麻 生 (1903)による 生 命 再 保 険 に 関 する 論 考 が 確 認 できるものの、そ<br />

れ 以 降 、 旧 協 栄 生 命 が 設 立 された1936 年 までの 間 、 筆 者 の 調 べた 限 り<br />

において 主 として 生 命 再 保 険 に 焦 点 を 絞 った 論 文 は 見 当 たらなかった。<br />

勿 論 、1936 年 はある 意 味 においてわが 国 の 生 命 再 保 険 の 誕 生 の 年 であ<br />

るから、この 年 には、 森 (1936)、 川 井 (1936)、 中 村 (1936)と 三 篇 もの<br />

論 文 が 刊 行 されている。 特 に、 森 (1936)は、「わが 国 には 生 保 の 再 保 が<br />

未 だ 行 われていない 為 、 余 り 多 額 の 契 約 をとることも 出 来 ず、 又 、 保<br />

険 金 額 の 最 高 制 限 が( 再 保 険 がなき 故 ) 幾 分 か 高 きに 失 するのでは 無<br />

いかとの 懸 念 もある。( 中 略 ) 私 はさしあたり 我 が 国 において 実 行 可 能<br />

な 再 保 険 の 方 法 として、 同 一 資 本 系 統 の 会 社 の 間 に、 再 保 険 を 受 授 す<br />

ることを 提 案 した。」と 述 べており、わが 国 の 生 命 再 保 険 市 場 の 発 展 に<br />

対 する 高 い 期 待 を 述 べている。ただ、その 後 は、 川 部 (1970)や 岡 本<br />

(1991)らによる 実 務 的 論 文 を 除 き、 生 命 再 保 険 に 関 する 論 文 はほとん<br />

ど 見 当 たらず、 戦 後 、 長 きにわたって 生 命 再 保 険 に 対 する 関 心 は 高 く<br />

なかったと 推 察 される。<br />

ところが、 最 近 のわが 国 の 生 保 再 保 険 市 場 の 展 開 を 見 る 限 り、 学 術<br />

的 な 観 点 から 極 めて 興 味 深 く、この 分 野 を 掘 り 下 げ 研 究 する 価 値 は 十<br />

分 にあると 言 える。というのも、3.2 節 ならびに3.3 節 で 論 じたように、<br />

90 年 代 後 半 以 降 の 生 保 会 社 の 商 品 戦 略 の 多 様 化 を 背 景 としてわが 国 生<br />

命 再 保 険 の 市 場 規 模 が 拡 大 しており、かつ、 元 受 生 保 会 社 間 でその 利<br />

用 の 程 度 に 差 異 (ばらつき)が 存 在 することが 確 認 できたからである。<br />

ここに、「そもそも 保 険 会 社 、 特 に 生 保 会 社 の 再 保 険 購 入 はどのような<br />

要 因 の 影 響 を 受 けるのか」という 問 題 への 学 術 的 関 心 が 生 じてくる。<br />

勿 論 、「なぜ 保 険 会 社 は 再 保 険 を 購 入 するのか」という 問 いに 対 す<br />

る 一 定 の 説 明 は、 伝 統 的 な 保 険 論 においても 存 在 する。 例 えば、 木 村 ・<br />

近 見 ・ 安 井 ・ 黒 田 (1993)によれば、 再 保 険 とは、「 保 険 者 が 保 険 契 約 に<br />

基 づき 保 険 金 を 支 払 うことによってこうむる 損 害 につき、さらに 他 の<br />

―90―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

保 険 者 がこれをてん 補 することを 引 き 受 ける 保 険 」であり、また、 朝<br />

川 ・ 印 南 (1961)によれば、 再 保 険 の 機 能 は「 危 険 の 平 準 化 および 異 常<br />

な 大 災 害 による 巨 額 の 損 害 に 対 処 すること」にある。さらに、 水 島<br />

(1979)は、「 保 険 経 営 が 事 前 的 に 計 算 ・ 徴 収 した 保 険 給 付 の 支 払 いに 不<br />

足 する 事 態 が 生 じるおそれ」、つまり、 保 険 技 術 的 危 険 への 重 要 な 対 処<br />

策 の 一 つとして 再 保 険 の 利 用 があると 説 明 している。すなわち、 危 険<br />

の 平 準 化 であり、 巨 額 損 失 や 保 険 技 術 的 危 険 への 対 処 という 答 えであ<br />

る。このような 答 えは 無 論 、 間 違 いではないが、この 説 明 のみでは、<br />

再 保 険 利 用 に 積 極 的 な 保 険 会 社 とそうでない 保 険 会 社 の 差 異 を 十 分 に<br />

説 明 することはできないだろう。 言 い 換 えれば、 再 保 険 の 需 要 を 決 定<br />

しうる 要 因 を 理 論 的 に 説 明 するとともに、それらを 実 際 のデータを 用<br />

いて 検 証 することが 必 要 だといえる。<br />

しかしながら、 筆 者 の 知 る 限 り、わが 国 の 再 保 険 研 究 は、 損 保 再 保<br />

険 分 野 も 含 め、 主 として 制 度 、 歴 史 、 契 約 の 側 面 から 行 われてきたも<br />

のが 大 半 であり、「なぜ 保 険 会 社 が 再 保 険 を 購 入 するのか」という 問 い<br />

に 対 しては、 実 証 的 な 観 点 からの 検 討 は 極 めて 少 ない 11) 。また、 生 保<br />

会 社 の 再 保 険 需 要 に 関 する 実 証 的 研 究 に 至 っては 現 在 のところ 皆 無 で<br />

ある。<br />

これに 対 し、 海 外 の 学 術 研 究 に 目 を 向 けると、 実 は、 保 険 会 社 の 再<br />

保 険 需 要 に 関 する 理 論 的 ・ 実 証 的 な 議 論 が 非 常 に 盛 んである。 例 えば、<br />

最 近 の 研 究 としては、 生 保 会 社 の 再 保 険 需 要 行 動 に 関 して、Adams,<br />

Hardwick, and Zou(2008)が1992 年 から2001 年 までの 英 国 の 生 保 会 社 の<br />

データを 用 いた 実 証 的 検 討 を 行 っている。 実 は、 生 保 に 関 わらず、 保<br />

険 会 社 の 再 保 険 需 要 行 動 分 析 の 理 論 的 フレームワークは、コーポレー<br />

ト・ファイナンスの 枠 組 みを 前 提 とする 一 般 事 業 会 社 の 保 険 需 要 行 動<br />

やリスクマネジメント 行 動 に 関 する 研 究 に 基 礎 をおいており、 一 般 性<br />

が 高 く、 学 術 的 価 値 も 高 い。 以 上 の 理 由 により、 本 論 文 では、 生 保 再<br />

保 険 市 場 が 特 に 活 性 化 し 始 めた21 世 紀 以 降 の 個 別 企 業 レベルのデータ<br />

―91―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

を 詳 細 に 分 析 することによって、 生 命 再 保 険 の 利 用 に 積 極 的 な 企 業 の<br />

特 徴 を 定 量 的 に 明 らかにすることを 目 的 とする。これにより、 生 保 会<br />

社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 とリスク 管 理 に 対 する 理 解 を 深 めることが 期 待 さ<br />

れる 12) 。<br />

4.2. 企 業 の 保 険 需 要<br />

Adams, Hardwick, and Zou(2008)をはじめとする 生 保 会 社 の 再 保 険<br />

需 要 に 関 する 研 究 は、それ 自 体 が、 一 般 企 業 の 保 険 需 要 に 関 する 研 究<br />

にその 基 礎 を 置 いている。というのも、 保 険 会 社 も 企 業 の1つであり、<br />

企 業 の 保 険 需 要 に 固 有 の 要 因 を 検 討 することは、 生 保 会 社 の 再 保 険 需<br />

要 を 議 論 するうえでその 前 提 となるからである。そこで、 以 下 では、<br />

「なぜ、( 生 保 会 社 を 含 む) 企 業 は 保 険 を 購 入 するのか」という 根 本 的<br />

な 議 論 から 整 理 しておく。<br />

では 改 めて、なぜ 企 業 は 保 険 を 購 入 するのだろうか。もっとも 簡 単<br />

な 答 えは、「 企 業 がリスク 回 避 的 (risk averse)な 態 度 をとる 経 済 主<br />

体 だから」というものである 13) 。 勿 論 、これは 間 違 いではないし、 個<br />

人 の 保 険 需 要 の 説 明 には 十 分 な 説 得 力 をもつ。しかしながら、 企 業 の<br />

保 険 需 要 に 関 する 説 明 としては 不 十 分 である。この 点 を 理 解 すべく、<br />

ここでは、「 企 業 は 保 険 を 購 入 することによって 企 業 価 値 を 高 めること<br />

ができるのか」という 問 題 設 定 からスタートしよう。コーポレート・<br />

ファイナンスにおいては、 企 業 価 値 ( 他 人 資 本 と 自 己 資 本 による 請 求<br />

権 の 総 額 )を 最 大 化 するべく、 企 業 はさまざまな 意 思 決 定 を 行 うと 考<br />

える。したがって、 保 険 購 入 という 意 思 決 定 も 企 業 価 値 の 最 大 化 とい<br />

う 観 点 から 議 論 することになるので、 上 述 のような 問 題 が 設 定 される。<br />

なお、 以 下 では、 株 式 会 社 を 前 提 とし 会 社 の 持 分 権 者 を 株 主 として 上<br />

述 の 問 題 を 検 討 するが、 実 は、 株 式 会 社 に 限 らず 一 般 的 な 議 論 が 適 用<br />

可 能 である。<br />

そもそも、 個 々の 株 主 は 一 般 にリスク 回 避 的 とみなすことができる<br />

―92―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

が、 企 業 の 場 合 は 必 ずしもリスク 回 避 的 であるとは 限 らない。すなわ<br />

ち、 理 論 的 にはリスク 中 立 的 であると 考 えられる 場 合 もあり、その 場<br />

合 には 少 なくとも 保 険 購 入 の 合 理 的 理 由 をリスク 回 避 的 態 度 に 求 める<br />

ことはできない。そもそも、コーポレート・ファイナンスの 文 脈 にお<br />

いては、よく 分 散 化 された 株 主 によって 構 成 された 企 業 のもとで、か<br />

つ、エージェンシー・コストや 税 金 、 倒 産 コストといった 取 引 コスト<br />

(transaction cost)が 一 切 存 在 しない 理 想 的 な 世 界 を 想 定 すれば、<br />

企 業 の 保 険 購 入 の 合 理 的 な 理 由 は 存 在 しないことになる。なぜなら、<br />

企 業 の 持 分 権 者 である 株 主 は 十 分 な 分 散 投 資 を 行 うことによって、ゼ<br />

ロコストでアン・システマティック・リスク(unsystematic risk)を<br />

完 全 に 除 去 することができる(「 分 散 化 制 約 」がない 状 況 という)から<br />

である 14) 。<br />

さて、 保 険 購 入 をはじめとする 企 業 のリスクマネジメント 活 動 が 対<br />

象 にするリスクは、 主 に 企 業 固 有 の 要 因 に 基 づくリスク<br />

(idiosyncratic risk)、すなわち、アンシステマティック・リスクで<br />

ある。 理 論 的 には、この 種 のリスクは 十 分 な 分 散 投 資 によって、ゼロ<br />

コストで 消 去 することができる。したがって、この 場 合 、 企 業 が 追 加<br />

的 コストをかけてまでリスクマネジメント 活 動 を 行 う 積 極 的 理 由 は 見<br />

当 たらない。かりに、 企 業 が 直 面 する 保 険 料 水 準 が、( 純 保 険 料 と 保 険<br />

金 支 払 額 の 期 待 値 が 等 しくなるように 設 定 される) 保 険 数 理 的 に 公 正<br />

な 保 険 料 であったとしても、 少 なくとも、 保 険 を 購 入 するかしないか<br />

の 意 思 決 定 は 無 差 別 である。 現 実 は、 付 加 保 険 料 部 分 が 存 在 するわけ<br />

だから、その 場 合 は、 保 険 購 入 によって 企 業 価 値 の 低 下 さえ 引 き 起 こ<br />

してしまう。<br />

このような 理 論 的 な 世 界 を 想 定 する 限 り、 企 業 が 保 険 を 積 極 的 に 購<br />

入 する 理 由 は 存 在 しないにもかかわらず、 現 実 の 世 界 では 多 くの 企 業<br />

が 保 険 を 購 入 していることは 言 うまでもない。この 理 論 と 現 実 のギャ<br />

ップは 何 に 起 因 しているのだろうか。また、 理 論 的 なフレームワーク<br />

―93―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

をどのように 拡 張 することで、 現 実 の 企 業 の 保 険 需 要 行 動 を 説 明 する<br />

ことができるのだろうか。そこで、Mayers and Smith(1982)による 先<br />

駆 的 研 究 を 契 機 として、その 後 、 多 くの 先 行 研 究 は 上 述 の 理 想 的 な 世<br />

界 を 構 成 する 諸 仮 定 を 緩 和 することによって、 企 業 の 保 険 購 入 の 要 因<br />

を 解 明 することに 注 力 してきたのである。すなわち、 取 引 コストが 存<br />

在 しないという 仮 定 を 緩 和 する 方 向 と、よく 分 散 化 された 株 主 という<br />

仮 定 を 緩 和 する 方 向 、つまり、 分 散 化 制 約 を 課 す 方 向 で 理 論 的 かつ 実<br />

証 的 な 検 討 が 行 われてきたのである。<br />

実 は、このような 論 理 展 開 は、コーポレート・ファイナンスにおけ<br />

る 最 も 重 要 な 基 本 命 題 であるModigliani and Miller(1958)の 資 本 構 成<br />

に 関 する 無 関 連 性 命 題 と 同 様 のものである。そもそも、MMの 無 関 連 性<br />

命 題 では、 完 全 資 本 市 場 を 仮 定 とした 場 合 に 資 本 構 成 の 変 化 が 企 業 価<br />

値 に 影 響 を 与 えないということが 主 張 されている。そのうえで、 無 関<br />

連 性 命 題 の 諸 仮 定 を 緩 和 することによって、 資 本 構 成 が 企 業 価 値 に 影<br />

響 を 与 えうるという 点 、つまり、 最 適 資 本 構 成 の 存 在 を 示 すという 形<br />

で 論 理 が 展 開 している。<br />

同 様 に、「 企 業 はリスクマネジメントを 行 うことによって 企 業 価 値<br />

を 高 めることはできない」あるいは「リスクマネジメントと 企 業 価 値<br />

は 無 関 連 である」という 命 題 をMMの 諸 仮 定 のもと 示 した 上 で、その 後 、<br />

その 諸 仮 定 を 緩 和 することを 通 じて、 現 実 の 企 業 はリスクマネジメン<br />

トによって 企 業 価 値 を 高 めることができることを、 理 論 的 フレームワ<br />

ークの 中 で 提 示 できるのである。 実 は、このような 理 論 的 フレームワ<br />

ークのもと、 企 業 の 保 険 需 要 に 関 しても 一 定 の 実 証 研 究 の 蓄 積 があ<br />

る 15) 。また、 企 業 の 保 険 需 要 を 含 むリスクマネジメント 動 機 に 関 す 理<br />

論 的 フレームワークに 関 しては、 既 に 欧 米 の 保 険 論 あるいはリスクマ<br />

ネジメント 論 の 基 本 的 教 科 書 において 十 分 な 説 明 が 加 えられており、<br />

まさにこの 領 域 の 議 論 に 不 可 欠 な「 共 通 言 語 」となっており、 例 えば、<br />

最 近 の 代 表 的 な 教 科 書 として、Harrington and Niehaus(2003)や<br />

―94―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

Doherty(2000)などが 挙 げられる 16) 。<br />

4.3. 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要<br />

保 険 会 社 も 企 業 の1つであり、 再 保 険 は 保 険 会 社 による 保 険 購 入 の<br />

ことをいう。したがって、4.2 節 で 論 じた 企 業 の 保 険 需 要 に 関 する 論 理<br />

展 開 は、 勿 論 、 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 にも 適 用 することができる。<br />

Mayers and Smith(1990)は、 保 険 企 業 の 再 保 険 需 要 を 実 証 的 に 検 討 し<br />

た 最 初 の 研 究 である。 実 は、Mayers and Smith(1982)の 先 駆 的 研 究 以<br />

降 、 企 業 の 保 険 需 要 に 関 する 理 論 的 検 討 は 行 われてきたものの、その<br />

理 論 仮 説 の 実 証 的 検 討 はデータ 上 の 制 約 のため 持 ち 越 されていた。 実<br />

証 分 析 に 耐 えうるだけの 企 業 の 保 険 購 入 に 関 するデータの 入 手 が 制 限<br />

されていたからである。そこで、Mayers and Smith(1990)は、ディス<br />

クロージャー 資 料 に 基 づいて 唯 一 、 保 険 料 データが 入 手 可 能 な 産 業 、<br />

すなわち 保 険 業 に 着 目 することで、 上 述 の 理 論 仮 説 を 検 証 することを<br />

試 みた 17) 。<br />

Mayers and Smith(1990)は、 元 受 保 険 料 と 受 再 保 険 料 の 合 計 額 に 対<br />

する 出 再 保 険 料 の 比 率 を 再 保 険 需 要 の 代 理 指 標 としたうえで、 米 国 の<br />

損 害 保 険 会 社 1,276 社 のデータを 用 いて 再 保 険 需 要 の 決 定 要 因 を 検 証<br />

した。その 結 果 、 税 金 や 財 務 上 の 困 難 、 過 少 投 資 問 題 や 再 保 険 会 社 に<br />

よるサービス 価 値 をコントロールしたうえで、 所 有 構 造 が 再 保 険 需 要<br />

に 重 要 な 影 響 を 及 ぼしていることを 発 見 している。また、Shortridge<br />

and Avila(2004)は、 銀 行 、 保 険 会 社 、ミューチュアル・ファンド、 年<br />

金 基 金 、 証 券 会 社 、 大 学 基 金 等 を 含 む 機 関 投 資 家 による 株 式 所 有 が 保<br />

険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 与 える 影 響 を、 米 国 の 上 場 損 保 会 社 45 社 のデー<br />

タを 用 いて 実 証 的 に 検 証 している。 彼 らの 仮 説 にしたがえば、 機 関 投<br />

資 家 は、その 他 一 般 の 投 資 家 と 比 べて、 自 らのポートフォリオのなか<br />

で 分 散 化 されたポートフォリオを 構 築 する 能 力 が 高 いと 予 想 される。<br />

実 証 分 析 の 結 果 、 仮 説 どおり、 機 関 投 資 家 による 株 式 所 有 の 程 度 が 大<br />

―95―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

きいほど、 当 該 損 保 会 社 の 再 保 険 需 要 は 小 さいということを 発 見 して<br />

いる 18) 。さらに、Cole and McCullough(2006)は、 保 険 会 社 固 有 の 要 因<br />

に 加 えて、 再 保 険 会 社 側 の 要 因 が 個 々の 保 険 企 業 の 再 保 険 需 要 にどの<br />

ような 影 響 を 与 えるかについても、1993 年 から2000 年 までの 米 国 の 損<br />

保 業 のデータを 用 いて 実 証 的 に 検 討 している。<br />

最 近 では、 会 社 形 態 や 系 列 組 織 といった 要 因 が、 保 険 会 社 の 再 保 険<br />

需 要 に 追 加 的 な 影 響 を 及 ぼしているかどうかという 議 論 も 盛 んである。<br />

例 えば、Wang, Chang, Lai, and Tzeng(2008)は 米 国 損 保 を 対 象 に、 株<br />

式 会 社 化 が 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 与 える 影 響 を 検 証 している。また、<br />

柳 瀬 (2010)やYanase(2010)は、わが 国 損 保 会 社 を 対 象 に、 系 列 あるい<br />

は 企 業 集 団 という 要 因 が 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 与 える 追 加 的 影 響 を<br />

実 証 的 に 検 討 している。<br />

なお、 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 関 する 実 証 研 究 の 多 くは、 損 保 再 保<br />

険 を 対 象 に 活 発 な 議 論 が 蓄 積 されてきたが、 最 近 では 少 しづつではあ<br />

るが、Adams, Hardwick, and Zou(2008)を 初 めとして、 生 命 再 保 険 の<br />

分 野 にも 同 様 の 議 論 が 拡 張 されつつある。いずれにせよ、 保 険 会 社 の<br />

再 保 険 需 要 に 関 する 研 究 は、 企 業 の 保 険 需 要 のアプリケーションとし<br />

て 発 展 してきており、 以 下 で 論 じる 本 論 文 の 実 証 分 析 においても、こ<br />

うした 既 存 研 究 のフレームワークを 踏 襲 する。<br />

注 11)なお、わが 国 損 保 会 社 の 再 保 険 需 要 に 関 しては、 柳 瀬 (2010)および<br />

Yanase(2010)が1960 年 代 から2000 年 代 までの 期 間 の 個 別 企 業 レベルのデータ<br />

を 用 いた 実 証 的 検 討 を 行 っている。また、 類 似 のテーマとして、Yamori(1999)<br />

は 企 業 の 保 険 需 要 に 関 する 実 証 的 検 討 を 行 っている。しかしながら、 研 究 テ<br />

ーマの 重 要 性 に 比 して、わが 国 の 再 保 険 および 保 険 需 要 に 関 する 実 証 的 研 究<br />

の 蓄 積 は 極 めて 不 十 分 である。より 一 層 の 実 証 的 証 拠 の 蓄 積 のためには、 一<br />

般 事 業 会 社 の 保 険 料 や 保 険 会 社 の 再 保 険 料 に 関 する 情 報 開 示 が 不 可 欠 であり、<br />

今 後 のディスクロージャーの 進 展 に 期 待 したい。<br />

12) 生 保 会 社 固 有 の 再 保 険 需 要 の 決 定 要 因 が 明 らかになれば、さらに 一 歩 進 ん<br />

で、 資 本 要 件 規 制 (ソルベンシーマージン 規 制 )が 生 保 会 社 の 再 保 険 需 要 に<br />

及 ぼす 影 響 についても 議 論 が 可 能 となる。なぜなら、 資 本 要 件 規 制 が 厳 格 化<br />

―96―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

されるということは、 場 合 によっては、 規 制 がなければ 生 保 会 社 が 主 体 的 に<br />

決 定 したであろう 資 本 保 有 の 水 準 よりも、 実 際 の 資 本 保 有 の 水 準 を 過 大 にす<br />

る 可 能 性 があり、そのことは、 保 有 と 代 替 的 関 係 にある 再 保 険 の 需 要 水 準 を<br />

過 少 ならしめる 誘 因 を 持 つからである。すなわち、 資 本 規 制 の 厳 格 化 が 損 害<br />

保 険 会 社 のリスクファイナンスに 関 する 行 動 を 歪 め、その 結 果 、 再 保 険 市 場<br />

の 均 衡 をも 歪 めてしまう 可 能 性 がある。なお、 保 険 会 社 に 対 する 資 本 要 件 規<br />

制 の 厳 格 化 の 動 きは、 欧 州 のソルベンシーIIをはじめ 進 展 中 であり、わが 国 も<br />

その 例 外 ではない。このように、 会 社 固 有 の 再 保 険 需 要 の 決 定 要 因 を 解 明 す<br />

ることは、 将 来 的 に 資 本 要 件 規 制 の 評 価 に 対 する 政 策 的 インプリケーション<br />

をも 期 待 することができる。<br />

13) 保 険 購 入 の 動 機 を 経 済 主 体 のリスク 回 避 的 な 態 度 に 求 める 説 明 は、 標 準 的<br />

な 経 済 学 や 保 険 論 の 教 科 書 に 詳 しい。たとえば、 下 和 田 (2010) 第 6 章 などを 参<br />

照 のこと。<br />

14)この 点 は、 標 準 的 なファイナンスのテキストで 議 論 されている 内 容 であり、<br />

たとえば、Brealey, Myers, and Allen(2006)などを 参 照 されたい。<br />

15) 例 えば、Mayers and Smith(1990), Hoerger, Sloan, and Hassan(1990),<br />

Han(1996), Core(1997), Yamori(1999), Hoyt and Khang(2000), Garven and<br />

Lamm-Tennant(2003), Zou, Adams, and Buckle(2003), Shortridge and<br />

Avila(2004), Cole and McCullough(2006), Han and MacMinn(2006), Regan and<br />

Hur(2007), Aunon-Nerin and PaulEhling(2008), Michel-Kerjan, Raschky,<br />

and Kunreuther(2009) など 数 多 くの 研 究 がある。<br />

16)このような 論 理 展 開 は、 何 も 企 業 の 保 険 需 要 に 限 った 話 ではなく、 例 えば、<br />

デリバティブ( 金 融 派 生 商 品 )の 購 入 によるリスクマネジメント 動 機 につい<br />

ても 適 用 されている。すなわち、 多 くの 先 行 研 究 が「なぜ 企 業 はリスクマネ<br />

ジメントを 行 うのか」という 問 いに 対 して、 理 論 的 かつ 実 証 的 な 検 討 を 試 み<br />

ているのである。 例 えば、Smith and Stulz(1985), Froot, Scharfstein, and<br />

Stein(1993), Nance, Smith, and Smithson(1993), Tufano(1996), Gezcy,<br />

Minton, and Schrand(1997), Graham and Smith(1999), Brown and Toft(2002),<br />

Graham and Rogers(2002), 柳 瀬 (2011), 安 田 ・ 柳 瀬 (2011)など 多 数 ある。た<br />

だし、 企 業 のデリバティブ 需 要 動 機 に 関 する 実 証 分 析 に 関 しては、 一 定 の 批<br />

判 もある。というのも、デリバティブの 利 用 にはヘッジ 目 的 と 投 機 目 的 の 両<br />

方 の 可 能 性 があるものの、 両 者 をディスクロージャー 資 料 等 から 峻 別 するこ<br />

とには 制 約 があり、 企 業 自 らもデリバティブの 利 用 目 的 を 厳 密 に 区 別 して 把<br />

握 しているとは 限 らないからである。その 一 方 で、 保 険 は 利 得 を 獲 得 する 目<br />

的 で 利 用 することは 法 的 に 禁 止 されており、その 利 用 はリスクマネジメント<br />

目 的 に 限 定 されるので、デリバティブ 需 要 に 関 する 研 究 と 比 べて、より 洗 練<br />

された 実 証 結 果 を 得 やすいといえる。 実 際 、Aunon-Nerin and Ehling(2008)<br />

やAdams, Hardwick, and Zou(2008)らはこの 点 を 強 調 することにより、 企 業<br />

―97―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

の 保 険 需 要 あるいは 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 の 研 究 の 優 位 性 を 指 摘 している。<br />

このように、 企 業 の 保 険 需 要 や 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 行 動 を 実 証 的 に 解 明 す<br />

ることは、 一 般 的 なリスクマネジメント 動 機 に 関 する 理 論 的 フレームワーク<br />

を 実 証 面 から 支 えるという 意 味 においても、 高 い 学 術 的 価 値 があると 言 えよ<br />

う。<br />

17) 実 際 、 彼 らは、その 論 文 のなかで 次 のように 述 べている。”Significant attention<br />

has focused on the determinants of corporate insurance purchases. While this<br />

analysis generally involves observable firm characteristics, its implications have been<br />

untested. This is primarily due to the difficulty in obtaining data on corporate<br />

insurance purchases. We examine one industry where data on insurance purchases<br />

are systematically reported: the insurance industry.”<br />

18)このほかにも、Hoerger, Sloan, and Hassan (1990)は、 十 分 に 分 散 化 されたポ<br />

ートフォリオ 構 築 の 結 果 として、リスク 中 立 化 した 所 有 構 造 のもとでも、 期<br />

待 倒 産 コストの 存 在 が 保 険 企 業 の 再 保 険 需 要 に 重 要 な 影 響 をもつことを、 理<br />

論 モデルを 提 示 した 上 で 実 証 している。また、Garven and Lamm-Tennant (2003)<br />

は、 財 務 レバレッジ、 投 資 リターンと 保 険 金 支 払 いコストとの 相 関 、 特 定 の<br />

保 険 種 目 (ロングテイル)を 引 き 受 けている 程 度 、タックス・ベネフィット<br />

といった 要 因 が 再 保 険 需 要 に 与 える 影 響 を 理 論 モデルで 示 し、そのうえで<br />

1980 年 から1987 年 までの 米 国 の 損 保 業 のデータを 用 いて 実 証 的 に 検 討 してい<br />

る。<br />

5. 保 険 需 要 ・ 再 保 険 需 要 に 影 響 を 与 えうる 理 論 的 要 因<br />

5.1. 財 務 健 全 性 の 確 保 と 過 少 投 資 問 題<br />

生 保 会 社 を 含 む 企 業 は、 一 般 に、 財 務 上 の 困 難 (financial distress)<br />

にしばしば 直 面 することがあり、 最 悪 の 場 合 、 破 綻 という 結 末 を 迎 え<br />

る 可 能 性 もある。 例 えば、 破 たん 状 態 に 陥 った 場 合 、 原 則 として、 債<br />

務 条 件 を 変 更 することによって 合 法 的 に 会 社 を 更 正 させるか、あるい<br />

は 債 務 者 と 協 議 の 上 、 会 社 を 清 算 することになるので、いずれにせよ、<br />

法 律 や 会 計 の 専 門 家 を 雇 用 するなど、 直 接 的 なコストがここに 生 じる。<br />

他 方 、かりに 破 綻 に 至 らない 場 合 であっても、 企 業 が 財 務 上 の 困 難<br />

に 直 面 した 場 合 にはさまざまな 追 加 的 コストが 生 じる。 別 の 表 現 を 用<br />

―98―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

いれば、 取 引 先 や 従 業 員 、 顧 客 や 債 権 者 といった 利 害 関 係 者 と 企 業 と<br />

の 契 約 関 係 が、 明 示 的 にも 暗 黙 的 にも 変 化 するのである。たとえば、<br />

主 要 な 債 権 者 である 銀 行 は、 財 務 上 の 困 難 に 直 面 した 企 業 に 対 する 金<br />

利 を 急 上 昇 させるかもしれないし、 取 引 先 の 企 業 は 支 払 い 条 件 を 変 更<br />

してくる 可 能 性 がある 19) 。いずれにせよ、 財 務 上 の 困 難 によって、 企<br />

業 は 追 加 的 なコスト 負 担 を 余 儀 なくされるので、その 結 果 、 企 業 価 値<br />

は 低 下 することになる。Mayers and Smith(1982, 1990)、Smith and<br />

Stulz(1985)、Hoerger, Sloan, and Hassan(1990)をはじめとする 先 行<br />

研 究 は、 保 険 の 存 在 によって 企 業 が 財 務 上 の 困 難 に 陥 る 可 能 性 を 軽 減<br />

する 効 果 に 注 目 し、この 点 に 企 業 の 保 険 購 入 の 理 由 を 求 めたのである。<br />

さらに、 財 務 上 の 困 難 に 直 面 した 企 業 は 過 少 投 資 問 題 に 陥 る 可 能 性<br />

が 高 まるといわれる。というのも、 取 引 先 や 従 業 員 、 顧 客 や 債 権 者 と<br />

いった 持 分 権 者 ( 株 主 等 ) 以 外 の 利 害 関 係 者 は、 一 般 に、 持 分 権 者 に<br />

優 先 して 企 業 の 将 来 キャッシュフローの 分 配 を 受 ける。 換 言 すれば、<br />

持 分 権 者 は 原 則 として、その 他 の 利 害 関 係 者 への 支 払 いをすべて 終 え<br />

た 後 に、その 残 余 財 産 の 分 配 請 求 権 を 有 するという 存 在 なのである。<br />

こうした 企 業 の 将 来 キャッシュフローの 分 配 に 関 する 持 分 権 者 とそれ<br />

以 外 の 利 害 関 係 者 の 相 違 は、 財 務 上 の 困 難 に 直 面 した 企 業 において、<br />

持 分 権 者 の 投 資 のインセンティブに 重 大 な 影 響 を 及 ぼすことになる。<br />

Mayers and Smith(1987)をはじめとする 先 行 研 究 によれば、 企 業 が 財<br />

務 上 の 困 難 の 原 因 となる 損 失 を 経 験 した 場 合 に、 持 分 権 者 が 正 の 現 在<br />

価 値 をもつ 新 規 の 投 資 プロジェクトを 見 送 ってしまう 可 能 性 を 指 摘 し<br />

ている 20) 。<br />

そもそも、 企 業 が 財 務 上 の 困 難 に 直 面 した 場 合 、そうでない 場 合 と<br />

比 べて、その 期 待 将 来 キャッシュフローの 金 額 は 相 対 的 に 小 さくなる。<br />

そして、 新 規 の 投 資 プロジェクトから 将 来 得 られるであろうキャッシ<br />

ュフローに 対 する 請 求 権 は、 持 分 権 者 以 外 の 利 害 関 係 者 にその 優 先 順<br />

位 があるので、 相 対 的 に 少 なくなった 将 来 キャッシュフローの 大 部 分<br />

―99―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

は、 持 分 権 者 に 分 配 される 前 に 他 の 利 害 関 係 者 のものになってしまう。<br />

特 に、 過 剰 債 務 問 題 に 直 面 しているような 企 業 の 場 合 、その 負 債 利 子<br />

の 負 担 はかなり 大 きくなるので、 将 来 収 益 の 大 半 は 債 権 者 に 対 する 利<br />

払 いに 充 当 される。その 結 果 、 持 分 権 者 の 新 規 投 資 に 対 するインセン<br />

ティブは 低 下 し、 持 分 権 者 は 正 の 現 在 価 値 をもつ 新 規 の 投 資 プロジェ<br />

クトを 見 送 ることになる。 要 するに、 債 権 者 をはじめとする 他 の 利 害<br />

関 係 者 と 持 分 権 者 との 利 害 対 立 を 原 因 として、 本 来 であれば 投 資 され<br />

るべき 水 準 の 投 資 が 実 行 されないという 意 味 での 過 少 投 資 問 題 が 生 じ<br />

るのである 21) 。<br />

Mayers and Smith(1987)をはじめとする 先 行 研 究 は、 事 前 の 保 険 購<br />

入 によって、こうした 過 少 投 資 問 題 を 緩 和 できることに 注 目 し、この<br />

点 にも 企 業 の 保 険 購 入 の 理 由 を 求 めたのである 22) 。この 点 を 要 約 する<br />

と 以 下 のようになる。まず、 現 時 点 では 財 務 的 困 難 の 原 因 となるよう<br />

な 保 険 事 故 を 経 験 していない 企 業 が 借 入 れを 検 討 しているとしよう。<br />

この 場 合 、 予 想 される 財 務 的 困 難 の 原 因 となるような 事 故 に 対 して 保<br />

険 を 購 入 している 企 業 と、そうでない 無 保 険 の 企 業 との 間 では、その<br />

金 利 水 準 に 差 異 が 生 じる。 無 保 険 の 企 業 のほうが 相 対 的 に 高 い 金 利 を<br />

提 示 されるのである。なぜなら、 貸 し 手 は、 上 述 の 理 由 により、 無 保<br />

険 の 企 業 に 対 して 将 来 の 過 少 投 資 問 題 を 懸 念 するからである。 貸 し 手<br />

は、 万 が 一 、 将 来 時 点 で 当 該 企 業 に 財 務 的 困 難 の 原 因 となるような 保<br />

険 事 故 が 生 じた 場 合 、 過 少 投 資 のインセンティブによる 自 らのキャッ<br />

シュフローの 低 下 を 懸 念 し、 現 時 点 で 債 権 者 として 当 該 企 業 にコミッ<br />

トすることをためらうし、かりにコミットするとしても 契 約 条 件 、す<br />

なわち 提 示 する 金 利 水 準 を 上 昇 させるだろう。 結 局 、このような 無 保<br />

険 のコストは、 金 利 水 準 の 上 昇 を 通 じて 事 前 に 持 分 権 者 が 負 担 するこ<br />

とになるのである。<br />

その 一 方 で、 企 業 が 事 前 に 保 険 を 購 入 している 場 合 には、 過 少 投 資<br />

問 題 に 対 する 貸 し 手 の 懸 念 は 軽 減 される。なぜなら、 万 が 一 、 深 刻 な<br />

―100―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

保 険 事 故 が 生 じたとしても、 支 払 われる 保 険 金 を 原 資 として、 持 分 権<br />

は 新 規 投 資 に 対 して 責 任 をもつことが 期 待 されるからである。その 結<br />

果 、 保 険 を 付 している 企 業 に 対 しては、 事 前 の 金 利 水 準 が 相 対 的 に 小<br />

さくなる。 結 局 、 金 利 水 準 の 上 昇 という 意 味 の 無 保 険 のコスト 負 担 を<br />

回 避 したいと 思 う 持 分 権 者 は、 事 前 に 保 険 を 購 入 するインセンティブ<br />

をもつのである。<br />

なお、 生 保 会 社 の 再 保 険 需 要 に 関 しても、 例 えば、Adams(1996)が、<br />

生 保 会 社 が 保 険 数 理 上 の 内 部 ルールや 外 部 規 制 によって 規 定 されるソ<br />

ルベンシー 制 約 (solvency constraints)に 直 面 しているような 場 合<br />

に、 生 保 会 社 にとって 再 保 険 の 活 用 が 魅 力 的 になると 論 じている。そ<br />

のうえで、 彼 らの 実 証 モデルにもその 代 理 変 数 としてレバレッジの 逆<br />

数 (free asset ratio)を 組 み 込 み、 再 保 険 需 要 に 対 して 負 の 影 響 が<br />

あることを 予 想 している。<br />

5.2. タックス・ベネフィット<br />

税 金 の 存 在 もまた、 企 業 ( 保 険 会 社 )がなぜリスク 保 有 (retention)<br />

よりも 保 険 ( 再 保 険 ) 購 入 を 選 択 するのかを 説 明 することに 有 益 な 議<br />

論 を 提 供 する。 結 論 を 先 取 りすれば、 保 険 を 購 入 することによってタ<br />

ックス・ベネフィットが 生 じることがその 理 由 である 23) 。では、なぜ<br />

保 険 購 入 によってタックス・ベネフィットが 生 じるのだろうか。 代 表<br />

的 な 議 論 の1つは、 保 険 購 入 が 企 業 の 負 債 利 用 による 節 税 効 果 の 便 益<br />

を 促 進 する 効 果 があるというものである。 負 債 の 利 用 によって 生 じる<br />

負 債 利 子 は、 一 般 に、 課 税 所 得 計 算 上 、 損 金 算 入 される。したがって、<br />

企 業 は 資 本 構 成 における 負 債 の 利 用 を 増 加 させることによって、 負 債<br />

利 子 の 損 金 算 入 によるタックス・ベネフィットを 享 受 することができ<br />

る。<br />

他 方 で、 負 債 利 用 度 の 増 加 、すなわち 負 債 比 率 の 増 加 は、その 比 率<br />

がある 水 準 を 超 えた 後 、 企 業 の 期 待 倒 産 コストを 急 激 に 上 昇 させる 効<br />

―101―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

果 をもつ。しかしながら、5.1 節 で 述 べたように、 企 業 が 保 険 を 購 入 し<br />

ておくことでこうした 期 待 倒 産 コストを 低 減 させることができるので、<br />

その 結 果 、 保 険 を 購 入 していない 場 合 と 比 べて、 負 債 利 子 の 損 金 算 入<br />

によるタックス・ベネフィットをより 多 く 享 受 することができるので<br />

ある 24) 。<br />

5.3. 保 険 会 社 によるサービス 価 値<br />

企 業 は 保 険 会 社 から 保 険 を 購 入 することによって、 保 険 事 故 が 生 じ<br />

た 場 合 の 保 険 金 の 請 求 権 以 外 にも、さまざまな 付 加 的 なサービスの 提<br />

供 を 受 けている。なかでも、ロス・コントロール・サービスは 特 に 重<br />

要 である。ロス・コントロールとは 期 待 損 失 額 を 軽 減 するために、 事<br />

故 の 発 生 確 率 と 予 想 される 損 失 額 の 片 方 あるいは 両 方 に 働 きかけるさ<br />

まざまな 活 動 をいう。これには、 保 険 事 故 発 生 前 の 各 種 コンサルティ<br />

ングサービスもあれば、 保 険 事 故 発 生 後 に 損 失 額 の 拡 大 を 抑 制 するた<br />

めの 諸 活 動 の 両 方 を 含 む。こうしたロス・コントロール 活 動 をすべて<br />

自 前 で 常 時 行 うとしたら、 企 業 のコスト 負 担 は 少 なくない。ロス・コ<br />

ントロール 活 動 に 関 して、 保 険 会 社 は 規 模 の 経 済 性 を 享 受 することが<br />

できるのである。<br />

要 約 すると、 保 険 加 入 にともなって 保 険 金 支 払 いとロス・コントロ<br />

ール・サービスが 一 体 となって 提 供 されることにより、 企 業 はこれら<br />

のサービスの 入 手 コストを 節 約 することができる。すなわち、このよ<br />

うな 保 険 会 社 によるサービス 価 値 の 提 供 こそが、 企 業 が 保 険 を 購 入 す<br />

ることを 説 明 する 理 由 の1つとなる。 勿 論 、 生 保 会 社 による 再 保 険 会<br />

社 の 利 用 に 関 しても 同 様 のロジックが 働 く 可 能 性 がある。 例 えば、<br />

Adams, Hardwick, and Zou(2008)は、 小 規 模 の 生 保 のほうが 再 保 険 需<br />

要 が 大 きいと 予 測 する 理 論 的 根 拠 の1つとして、 再 保 険 会 社 によるサ<br />

ービス 価 値 を 取 り 上 げている 25) 。<br />

―102―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

5.4. 保 険 ポートフォリオの 分 散 化<br />

Mayers and Smith(1990)をはじめとする 先 行 研 究 は、 保 険 会 社 の 保<br />

険 種 目 の 分 散 化 の 程 度 が、 保 険 会 社 による 再 保 険 需 要 に 対 して 異 なる<br />

2つの 影 響 を 与 える 可 能 性 を 指 摘 している。ひとつは、そういった 分<br />

散 化 の 程 度 が 高 ければ 高 いほど 再 保 険 需 要 が 大 きくなるというもので<br />

ある。もうひとつは、 分 散 化 の 程 度 が 高 ければ 高 いほど 再 保 険 需 要 が<br />

小 さくなるという 議 論 であり、 再 保 険 需 要 に 関 する 研 究 に 特 有 のもの<br />

である。<br />

5.3 節 で 述 べたように、 再 保 険 会 社 によるサービス 価 値 の 提 供 は、<br />

保 険 会 社 が 再 保 険 を 購 入 することを 説 明 する 理 由 の1つである。すな<br />

わち、 再 保 険 会 社 は、 元 受 保 険 会 社 と 比 べて 広 範 囲 で 多 様 な 種 類 のリ<br />

スクを、 再 保 険 取 引 を 通 じて 常 時 引 き 受 けその 管 理 を 行 っているため、<br />

結 果 として、 専 門 性 の 高 い 知 識 が 組 織 内 に 蓄 積 される。こうして 蓄 積<br />

された 知 識 の 一 部 は、 元 受 保 険 会 社 に 対 する 付 加 的 なサービスとして<br />

提 供 されるのだが、そのようなサービス 価 値 については、 規 模 が 比 較<br />

的 小 さく 保 険 種 目 の 分 散 化 の 程 度 が 小 さい、 例 えば、 変 額 年 金 保 険 や<br />

医 療 保 険 のような 特 定 の 保 険 種 目 に 特 化 しているような 保 険 会 社 にと<br />

ってより 重 要 となる。 米 国 を 例 に 取 れば、 全 国 規 模 の 営 業 を 展 開 した<br />

り、あらゆる 保 険 種 目 を 引 き 受 けたりする 元 受 保 険 会 社 にとっては、<br />

再 保 険 会 社 と 同 様 に 専 門 性 の 高 い 知 識 を 自 らの 業 務 のなかで 蓄 積 する<br />

ことが 可 能 なので、さほど 再 保 険 会 社 による 付 加 的 なサービスに 価 値<br />

を 見 出 さないかもしれない。<br />

他 方 、 特 定 の 州 でのみ 営 業 し、 特 定 の 種 目 のみしか 扱 わないような<br />

元 受 保 険 会 社 にとっては、 自 ら 上 述 のような 専 門 性 の 高 い 知 識 を 蓄 積<br />

することが 出 来 ないので、 再 保 険 会 社 による 付 加 的 なサービスの 価 値<br />

を 高 く 評 価 する 可 能 性 がある。このように、Mayers and Smith(1990)<br />

らは、 保 険 種 目 の 分 散 化 の 程 度 が 小 さい 保 険 企 業 ほど 再 保 険 会 社 によ<br />

るサービス 価 値 をより 高 く 評 価 するがゆえに、 再 保 険 需 要 も 高 くなる<br />

―103―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

という 議 論 を 展 開 している。<br />

その 一 方 で、Mayers and Smith(1990)らは、 分 散 化 の 程 度 が 高 けれ<br />

ば 高 いほど 再 保 険 需 要 が 小 さくなるというさきほどとは 正 反 対 の 可 能<br />

性 も 論 じている。なぜなら、 保 険 会 社 が 保 険 種 目 の 分 散 化 によって 元<br />

受 保 険 種 目 の 引 受 リスクを 軽 減 することは、 再 保 険 の 購 入 と 同 様 の 機<br />

能 を 有 するので、そうした 元 受 保 険 ポートフォリオの 分 散 化 の 程 度 は<br />

再 保 険 需 要 に 影 響 を 及 ぼすと 考 えられるからである 26) 。すなわち、 保<br />

険 会 社 がすでに 元 受 保 険 ポートフォリオのなかで 十 分 に 分 散 化 を 図 る<br />

ことができていれば、 何 も 追 加 的 にコストをかけてまで 再 保 険 を 購 入<br />

する 必 要 性 は 高 くないという 趣 旨 の 議 論 である 27) 。このように、 先 行<br />

研 究 によれば、 保 険 会 社 の 保 険 種 目 の 分 散 化 の 程 度 は、 保 険 会 社 によ<br />

る 再 保 険 需 要 に 対 して 正 の 影 響 あるいは 負 の 影 響 のいずれの 可 能 性 も<br />

あるが、いずれにせよ 実 証 モデルにおいてはコントロールすべき 要 因<br />

の1つだと 言 える。<br />

5.5. 相 互 会 社 vs. 株 式 会 社<br />

会 社 数 という 観 点 から 見 れば、わが 国 の 生 保 会 社 の 多 くは 株 式 会 社<br />

形 態 を 採 用 しているが、その 市 場 シェアという 意 味 においては、 現 在<br />

でも 相 互 会 社 形 態 の 生 保 会 社 の 存 在 感 は 大 きい。 実 は、 相 互 会 社 か 株<br />

式 会 社 かという 会 社 形 態 の 相 違 もまた、 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 影 響<br />

を 及 ぼしうる 要 因 なのである。 以 下 、この 点 について、 所 有 構 造 と 保<br />

険 需 要 に 関 する 一 般 的 な 議 論 を 踏 まえて、 議 論 の 整 理 を 行 いたい。<br />

そもそも、4.2 節 で 詳 しく 論 じたように、 分 散 化 制 約 が 存 在 せず、<br />

エージェンシー・コストや 税 金 、 倒 産 コストといった 取 引 コストが 存<br />

在 しない 状 況 を 仮 定 する 限 り、 理 論 的 には、 企 業 の 保 険 需 要 に 関 して<br />

合 理 的 な 根 拠 は 存 在 しない。というのも、 十 分 な 分 散 投 資 を 行 うこと<br />

によって、ゼロコストで 企 業 固 有 の 要 因 に 基 づくリスク、すなわち、<br />

アンシステマティック・リスクを 除 去 可 能 だからである。<br />

―104―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

しかしながら、 現 実 の 企 業 は、よく 分 散 化 された 所 有 構 造 のもとに<br />

あるとは 限 らない。たとえば、 一 人 の 個 人 の 大 株 主 が 発 行 済 株 式 総 数<br />

100%の 株 式 を 所 有 している 企 業 を 考 えてみる。この 場 合 、この 個 人 株<br />

主 は 十 分 に 分 散 化 された 株 主 ではないため、 個 人 株 主 としてのリスク<br />

回 避 の 要 望 をこの 企 業 に 対 してもつことになり、この 企 業 は 保 険 を 購<br />

入 することに 合 理 的 な 理 由 が 生 じるのである。これは 極 端 な 例 ではあ<br />

るが、 現 実 には 株 式 を 公 開 し、 上 場 している 企 業 もあれば、 閉 鎖 的 企<br />

業 もある。また、 上 場 企 業 の 中 にも 比 較 的 、 株 主 構 成 が 分 散 化 してい<br />

る 企 業 もあれば、 特 定 の 大 株 主 に 偏 っている 企 業 もあるだろう。 理 論<br />

的 には、 分 散 化 の 程 度 が 小 さい 株 主 は、 当 該 企 業 のアンシステマティ<br />

ック・リスクを 自 らのポートフォリオの 中 で 十 分 に 除 去 することがで<br />

きていないので、 企 業 に 対 してリスク 回 避 的 な 要 望 を 持 つ 傾 向 にある 28) 。<br />

換 言 すれば、 所 有 構 造 (こでは 株 主 構 成 )の 相 違 は 企 業 の 保 険 需 要 に<br />

重 要 な 影 響 を 及 ぼす 可 能 性 がある。<br />

さて、 保 険 業 に 特 有 の 会 社 形 態 である 相 互 会 社 の 場 合 、そもそも 株<br />

主 は 存 在 しないという 点 に 注 目 したい。 加 えて、 機 関 投 資 家 が 大 量 の<br />

銘 柄 に 投 資 することで 十 分 な 分 散 投 資 を 行 うがごとく、 持 分 権 者 であ<br />

る 保 険 契 約 者 が 自 らの 保 険 契 約 を 多 数 の 保 険 会 社 と 締 結 するというよ<br />

うな 状 況 も 到 底 考 えにくい。つまり、 相 互 会 社 の 場 合 には、4.2 節 で 論<br />

じた 重 要 な 仮 定 ( 分 散 化 制 約 の 不 存 在 )が 満 たされる 余 地 はほとんど<br />

なく、 保 険 契 約 の 相 手 方 である 保 険 会 社 のアンシステマティック・リ<br />

スクをほぼすべて 負 担 せざるを 得 ない 状 況 にあると 考 えるのが 自 然 で<br />

ある。<br />

実 際 、 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 を 最 初 に 取 り 上 げたMayers and<br />

Smith(1990)においても、 会 社 形 態 の 相 違 が 再 保 険 需 要 に 影 響 を 及 ぼす<br />

可 能 性 が 示 唆 されている。また、Harrington and Niehaus(2002)は、<br />

再 保 険 需 要 に 関 するトピックではないものの、 株 式 会 社 と 比 べて、 相<br />

互 会 社 のほうが 偶 発 的 なショックに 備 えた 資 本 保 有 をより 多 く 行 う 傾<br />

―105―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

向 にあること 明 らかにしている。これは、 相 互 会 社 にとって 資 本 市 場<br />

へのアクセスが 容 易 ではないため、 損 失 発 生 後 の 資 金 調 達 コストが 相<br />

対 的 に 割 高 になるということに 起 因 すると 説 明 される。この<br />

Harrington and Niehaus(2002)の 研 究 を 踏 まえ、Adams, Hardwick, and<br />

Zou(2008)は、 他 の 条 件 を 所 与 とした 場 合 に、 相 互 会 社 のほうが 株 式 会<br />

社 よりも 再 保 険 需 要 に 積 極 的 であると 論 じている。<br />

しかしながら、 他 の 条 件 を 所 与 とした 場 合 に、 株 式 会 社 のほうが 相<br />

互 会 社 よりも 再 保 険 需 要 に 積 極 的 であるという 議 論 もある。これは、<br />

先 ほどの 理 論 的 帰 結 とは 正 反 対 のものである。そもそも、5.1 節 では、<br />

Mayers and Smith(1987)をはじめとする 既 存 研 究 に 基 づき、 財 務 上 の<br />

困 難 に 直 面 した 企 業 が 直 面 する 過 少 投 資 問 題 を 緩 和 するために、 企 業<br />

は 事 前 に 保 険 購 入 を 行 う 可 能 性 があることを 論 じた。ここで、 過 少 投<br />

資 問 題 の 原 因 を 思 い 起 こせば、 顧 客 や 債 権 者 等 の 利 害 関 係 者 が、 法 持<br />

分 権 者 に 優 先 して 企 業 の 将 来 キャッシュフローの 分 配 を 受 けるため、<br />

残 余 財 産 の 分 配 請 求 権 を 有 するのみの 持 分 権 者 の 投 資 のインセンティ<br />

ブに 重 大 な 負 の 影 響 を 及 ぼすというロジックであった。 換 言 すれば、<br />

持 分 権 者 ・その 他 利 害 関 係 者 間 のエージェンシー 問 題 に 他 ならない。<br />

しかしながら、 相 互 会 社 というのは、 言 うまでもなく、「 持 分 権 者<br />

= 保 険 契 約 者 ( 債 権 者 とも 言 える)」という 図 式 の 中 にあるため、 理 論<br />

的 には、 上 述 のようなエージェンシー 問 題 は 大 きく 軽 減 されうる<br />

(Adams(1996), Adams, Hardwick, and Zou(2008) 他 )。したがって、<br />

過 少 投 資 問 題 が 保 険 需 要 に 与 える 影 響 という 観 点 からは、 相 互 会 社 に<br />

とっての 再 保 険 需 要 は 相 対 的 に 小 さいものになることが 理 論 的 に 示 唆<br />

される。 以 上 、 要 約 すれば、 相 互 会 社 か 株 式 会 社 かという 会 社 形 態 の<br />

相 違 は、 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 影 響 を 及 ぼしうる 要 因 であるが、そ<br />

の 影 響 の 方 向 については 不 明 瞭 であり、 実 証 的 に 確 認 すべき 論 点 の1<br />

つである。ただし、 実 証 モデルにおける 重 要 なコントロール 変 数 の1<br />

つであるということは、 少 なくとも 言 えるだろう。<br />

―106―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

注 19)さらに、 財 務 上 の 困 難 がしばらく 続 いてしまうと、 従 業 員 あるいは 将 来 の<br />

従 業 員 との 暗 黙 の 契 約 関 係 さえ 悪 化 する 可 能 性 がある。かりに 企 業 が 財 務 上<br />

の 困 難 に 直 面 したならば、 最 悪 の 場 合 、 当 該 企 業 の 従 業 員 は 自 らの 雇 用 を 失<br />

うかもしれない。 少 なくとも、 自 らの 雇 用 の 安 定 性 はあきらめなくてはなら<br />

ないだろう。このことは、 従 業 員 が 企 業 に 勤 務 するなかで 暗 黙 のうちに 投 資<br />

してきた 人 的 資 本 (human capital)、より 厳 密 に 言 えば、 特 定 企 業 に 対 する 人<br />

的 資 本 (firm-specific human capital)の 価 値 が 減 少 すること、 最 悪 の 場 合 には、<br />

喪 失 することを 意 味 する。 自 らの 雇 用 の 安 定 性 に 不 安 も 持 ち 始 めた 従 業 員 の<br />

なかには、 明 示 的 あるいは 暗 黙 のうちに、 次 の 雇 用 の 可 能 性 を 模 索 するかも<br />

しれない。このことは、 従 業 員 が 追 加 的 な 探 索 コスト(search cost)を 負 担 す<br />

ることを 意 味 する。また、 財 務 上 の 困 難 に 直 面 する 以 前 に 受 け 入 れていた 契<br />

約 条 件 、たとえば 給 与 水 準 などでは 満 足 することができない 従 業 員 も 出 てく<br />

るだろう。こうした 従 業 員 のなかには、 最 終 的 に 別 の 企 業 に 転 職 する 可 能 性<br />

もある。このことは、 将 来 の 従 業 員 についてもあてはまる。すなわち、 財 務<br />

上 の 困 難 に 直 面 している 企 業 は、そうでない 企 業 よりも 割 高 の 契 約 条 件 を、<br />

リクルーティングのなかで 提 示 することが 求 められる。そうでなければ、 潜<br />

在 的 に 質 の 高 い 新 入 社 員 を 雇 用 することが 難 しくなるからである。いずれに<br />

せよ、 財 務 上 の 困 難 に 直 面 した 企 業 は、 従 業 との 契 約 条 件 の 変 更 を 余 儀 なく<br />

され、その 結 果 、 相 対 的 に 高 いコストを 負 担 せざるを 得 ないのである。<br />

20)Myers(1977), Mayers and Smith(1987), MacMinn(1987), Garven and MacMinn<br />

(1993), Froot, Scharfstein, and Stein(1993) などを 参 照 のこと。<br />

21) 同 様 に、 企 業 が 投 資 実 行 後 における 事 後 的 な 過 剰 債 務 問 題 に 直 面 している<br />

状 況 で、 既 存 の 債 権 者 と 新 規 の 債 権 者 との 間 で 発 生 する 利 害 対 立 によって 正<br />

の 現 在 価 値 をもつ 新 規 の 投 資 プロジェクトが 見 送 られる 可 能 性 が 議 論 されて<br />

きた。このような 現 象 のことをデット・オーバーハング(debt overhang)とい<br />

う。この 点 、 以 下 の 文 献 において、 具 体 的 な 数 値 例 を 用 いて 平 易 に 解 説 され<br />

ているので 参 照 されたい。 大 野 ・ 小 川 ・ 地 主 ・ 永 田 ・ 藤 原 ・ 三 隅 ・ 安 田 (2007)<br />

あるいは、Brealey, Myers, and Allen (2006)。<br />

22)Harrington and Niehaus (2003)やDoherty(2000)をはじめとして、「 保 険 とリス<br />

クマネジメント」に 関 する 代 表 的 な 教 科 書 では、 保 険 がどのようにして 過 少<br />

投 資 問 題 を 緩 和 することができるのかについて、 丁 寧 かつ 具 体 的 な 数 値 例 を<br />

用 いて 解 説 されているので、 参 照 されたい。<br />

23) 取 引 にかかわるあらゆる 利 害 関 係 者 にとって、ある 取 引 によって 期 待 税 金<br />

支 払 額 の 現 在 価 値 総 額 が 減 少 するような 場 合 、この 取 引 によってタックス・<br />

ベネフィット(tax benefit)が 存 在 するという。なお、タックス・ベネフィッ<br />

トの 観 点 から 保 険 購 入 をはじめとする 企 業 のリスクマネジメントを 議 論 した<br />

主 な 先 行 研 究 としては、Mayers and Smith(1982), Main(1983), Smith and Stulz<br />

(1985), MacMinn(1987), Graham and Smith(1999), Adams, Hardwick, and<br />

―107―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

Zou(2008) 等 がある。<br />

24) 結 局 、 保 険 購 入 を 企 業 にとってのリスクマネジメントの1つと 考 えるなら<br />

ば、リスクマネジメントは、 期 待 倒 産 コストの 変 化 を 通 じて、 企 業 の 資 本 構<br />

成 の 問 題 に 影 響 を 与 える。 要 するに、 企 業 の 資 本 構 成 の 問 題 とリスクマネジ<br />

メントの 問 題 は 相 互 依 存 関 係 、つまり、コインの 裏 と 表 の 関 係 にあるといえ、<br />

それゆえ、それぞれの 意 思 決 定 は 独 立 に 行 われるべきものではないというこ<br />

とになる。<br />

25)“Small life insurers are expected to gain more from reinsurers’ real services (e.g.,<br />

underwriting advice and loss control) than large life insurers.”(Adams, Hardwick,<br />

and Zou(2008, p.105))<br />

26)Swiss Re.(2010a)によれば、 保 険 会 社 の 資 本 力 水 準 と 保 険 ポートフォリオ<br />

の 分 散 化 の 程 度 が 再 保 険 利 用 のインセンティブに 重 要 な 影 響 を 与 えるという。<br />

そもそも、 再 保 険 は 保 険 会 社 のリスク 管 理 の 手 法 の1つであり、リスク 保 有<br />

と 代 替 的 な 関 係 にある。つまり、 十 分 な 自 己 資 本 を 積 んでいる 保 険 会 社 にと<br />

っては、 出 再 による 第 三 者 へのリスク 移 転 のインセンティブはさほど 大 きく<br />

ないといえる。 他 方 、 資 本 力 水 準 が 低 い 保 険 会 社 の 場 合 は、 再 保 険 を 購 入 す<br />

るインセンティブが 相 対 的 に 高 いと 考 えられる。ここで、 重 要 なことは、 規<br />

模 が 小 さく 営 業 拠 点 がローカルな 保 険 会 社 や、 特 定 の 保 険 種 目 に 偏 っている<br />

保 険 会 社 の 場 合 、 地 理 的 な 意 味 においても、 異 種 のリスク・エクスポージャ<br />

ー 間 の 相 殺 という 意 味 においても、 元 受 保 険 業 務 におけるリスク 分 散 能 力 が<br />

限 定 されるという 点 である。リスク 分 散 能 力 が 限 定 されると、 相 対 的 にリス<br />

ク 保 有 能 力 も 限 定 的 となり、 代 替 手 法 としての 再 保 険 購 入 のインセンティブ<br />

が 高 まる。<br />

27) 特 に、 生 保 会 社 の 再 保 険 需 要 と 保 険 種 目 構 成 ( 分 散 化 の 程 度 )に 関 しては、<br />

Adams, Hardwick, and Zou(2008) が 次 の よ う に 述 べ て い る 。 "Product<br />

diversification can also produce economies of scale and scope for life insurance<br />

companies, enabling them to realize cost efficiencies in their management of asset<br />

portfolios, for instance, through lower per unit investment handling charges. As a<br />

result, the economic benefits emanating from product diversification are expected to<br />

reduce life insurers’ demand for reinsurance. "(Adams, Hardwick, and Zou(2008,<br />

pp.105-106)) 要 するに、 保 険 種 目 が 多 様 化 している 生 保 会 社 ほど、 再 保 険 と<br />

代 替 的 な 機 能 を 元 受 保 険 ポートフォリオによって 実 現 できる 余 地 が 大 きいた<br />

め、 再 保 険 需 要 は 逆 に 小 さくなってしまうという 予 想 である。<br />

28)たとえば、 東 証 一 部 上 場 企 業 の 株 主 と 閉 鎖 的 会 社 の100% 株 主 とでは、 当 該<br />

企 業 に 対 するリスク 回 避 の 要 望 は 大 きく 異 なるだろう。 後 者 の 場 合 、 会 社 自<br />

らが 自 社 に 固 有 のリスクを 何 らかのリスクマネジメント 活 動 を 通 じて 軽 減 す<br />

ることを、 株 主 自 らが 強 く 除 くことは 容 易 に 想 像 できる。なぜなら、かりに<br />

当 該 企 業 の 企 業 価 値 が 会 社 固 有 のリスクを 原 因 として 著 しく 減 価 した 場 合 、<br />

その 損 失 はすなわち100% 株 主 の 損 失 に 他 ならないからである。<br />

―108―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

6. 分 析 方 法 とデータ<br />

6.1. 分 析 方 法<br />

保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 関 する 先 駆 的 研 究 であるMayers and<br />

Smith(1990)は、 約 1,200のクロスセクションデータによるOLS 推 定 を<br />

行 っているが、 本 論 文 で 対 象 とする 生 保 会 社 数 は 数 10 社 程 度 であるこ<br />

とから 同 様 の 分 析 はサンプル 数 不 足 のため 困 難 である。そこで、 本 論<br />

文 ではパネルデータ( 非 バランスパネル)を 用 いた 分 析 を 行 う 29) 。こ<br />

こで、パネルデータとは、 複 数 の 経 済 主 体 ( 本 論 文 では 生 保 会 社 )に<br />

ついて 複 数 時 点 でのデータを 集 めたものである。その 名 前 は、 経 済 主<br />

体 と 時 点 を 軸 としてデータを 並 べるとパネルのように 見 えることに 由<br />

来 している。 全 ての 経 済 主 体 について 全 ての 時 点 でのデータが 揃 って<br />

いるときには、バランスパネルと 呼 ばれ、ある 経 済 主 体 について 一 部<br />

の 時 点 のデータが 欠 如 しているときには、 非 バランスパネルと 呼 ばれ<br />

る。パネルデータにおいては, 倒 産 や 合 併 により 後 者 が 多 く 見 られる。<br />

通 常 のOLS では、 全 ての 経 済 主 体 が 同 一 の 定 数 項 と 傾 きを 持 つことを<br />

仮 定 している。つまりデータを 一 括 して 取 り 扱 っていることになり、<br />

経 済 主 体 特 有 の 効 果 が 考 慮 されていない。しかし、パネルデータにお<br />

いてはこれを 考 慮 する 必 要 があるため、 以 下 のように(1) 式 に、 経 済 主<br />

体 i の t 時 点 での 撹 乱 項 ε<br />

it<br />

の 構 造 を 示 す(2) 式 を 課 したモデルを 考 え<br />

る。<br />

Y<br />

= β + βX<br />

+ ε<br />

i, t 0 it it<br />

(1)<br />

ε = α + µ<br />

(2)<br />

it i i,<br />

t<br />

α が 経 済 主 体 特 有 の 効 果 を 表 しており、 µ は 撹 乱 項 を 表 す。 経 済<br />

i<br />

主 体 特 有 の 効 果 が 存 在 することを 検 定 するためには、 帰 無 仮 説 を 全 て<br />

の 定 数 項 と 傾 きが 等 しいとして、 残 差 平 方 和 を 用 いたF 検 定 を 行 う。<br />

it<br />

―109―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

帰 無 仮 説 が 棄 却 されれば 経 済 主 体 特 有 の 効 果 が 存 在 すると 判 定 され、<br />

棄 却 されなければ 通 常 のOLS モデルによる 分 析 を 行 えばよいことにな<br />

る。 経 済 主 体 特 有 の 効 果 が 存 在 するならば、 次 にモデルの 特 定 化 が 行<br />

われる。 Cov( α i<br />

, Χ it<br />

) = 0<br />

Cov( α i<br />

, Χ it<br />

) ≠ 0<br />

いられるのがHausman 検 定 であり、 Cov( α , ) = 0<br />

ならばランダム 効 果 モデル、<br />

ならば 固 定 効 果 モデルと 呼 ばれる。この 特 定 化 に 用<br />

i<br />

Χ it<br />

を 帰 無 仮 説 として、<br />

Hausman 統 計 量 が 帰 無 仮 説 の 下 で χ 2 分 布 に 従 うことを 利 用 して 検 定<br />

される。 推 定 量 としてそれぞれ、ランダム 効 果 モデルの 場 合 にはGLSE<br />

( 一 般 化 最 小 自 乗 推 定 量 )、 固 定 効 果 モデルの 場 合 にはWithin 推 定 量<br />

が 用 いられる。<br />

6.2. データ<br />

本 論 文 で 用 いたデータはすべて『インシュアランス 生 命 保 険 統 計<br />

号 』( 保 険 研 究 所 )の 各 年 度 版 ( 平 成 14 年 度 版 から 平 成 23 年 度 版 )によ<br />

っている。 検 証 期 間 は2002 年 3 月 期 (2001 年 度 )から2011 年 3 月 期 (2010<br />

年 度 )までの10 年 間 であるが、2001 年 度 以 降 を 対 象 とした 理 由 は、 以<br />

下 の3 点 である。 第 1に、 第 3 節 で 述 べたように、 生 保 会 社 の 商 品 戦<br />

略 の 多 様 化 を 背 景 として、わが 国 生 命 再 保 険 の 市 場 規 模 が 拡 大 が 観 察<br />

されるのは、90 年 代 後 半 以 降 、とりわけ21 世 紀 に 入 ってからのことで<br />

ある。そこで、21 世 紀 以 降 の10 年 間 に 分 析 の 焦 点 を 絞 ることには 一 定<br />

の 合 理 性 がある。<br />

第 2に、 第 5 節 で 要 約 した 理 論 仮 説 が 前 提 とする 状 況 により 適 合 す<br />

るのが、 規 制 緩 和 後 ・ 生 保 危 機 経 験 後 の 期 間 であると 考 えられるから<br />

である。 例 えば、 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 の 重 要 な 要 因 の1つとして、<br />

財 務 健 全 性 ・ 過 少 投 資 問 題 の 軽 減 があった。しかしながら、 保 険 業 や<br />

銀 行 業 のように、 監 督 ・ 規 制 の 影 響 が 比 較 的 大 きい 産 業 では、かりに<br />

個 々の 企 業 が 財 務 上 の 困 難 に 陥 ったとしても、 最 終 的 に 政 府 によって<br />

救 済 される 可 能 性 が 出 てくるし、 経 営 者 や 株 主 を 含 む 利 害 関 係 者 も「 暗<br />

―110―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

黙 の 政 府 保 証 」に 期 待 する 可 能 性 すらある。とりわけ、 規 模 の 大 きな<br />

保 険 会 社 や 銀 行 が 財 務 上 の 困 難 に 陥 ることの 影 響 は 政 府 にとって 無 視<br />

し 難 く、そういった 場 合 はいわゆる“TOO BIG TO FAIL”、すなわち「 大<br />

きすぎて 潰 せない」という 問 題 がしばしば 生 じるため、 次 節 で 論 じる<br />

規 模 変 数 のような 指 標 が 理 論 仮 説 どおり 機 能 しない 可 能 性 がある。 特<br />

に、1995 年 の 保 険 業 法 改 正 以 前 のわが 国 の 生 保 業 はいわゆる「 護 送 船<br />

団 行 政 」の 下 にあり、「 暗 黙 の 政 府 保 証 」により 既 存 生 保 が 財 務 上 の 困<br />

難 に 陥 らないようにコントロールされていた 可 能 性 が 高 い。そこで、<br />

本 論 文 の 検 証 期 間 としては、2001 年 度 以 降 に 限 定 することで、こうい<br />

った 規 制 要 因 の 問 題 をコントロールする。<br />

第 3に、 分 析 手 法 上 のテクニカルな 問 題 への 対 処 である。 実 は、パ<br />

ネルデータを 構 築 する 上 で、 各 経 済 主 体 ( 本 論 文 では 生 保 会 社 )の 時<br />

系 列 での 特 定 化 が 必 要 となるのだが、 本 論 文 の 検 証 期 間 の 直 前 、2001<br />

年 3 月 期 (2000 年 度 )を 含 む 数 年 間 は、いわゆる「 生 保 危 機 」とそれ<br />

に 続 く 生 保 業 界 の 再 編 期 にあったため、 破 綻 ・ 被 買 収 を 経 験 した 生 保<br />

会 社 に 関 する 年 度 間 の 継 続 性 の 問 題 が 深 刻 となる。そこで、2001 年 度<br />

以 降 に 検 証 期 間 を 区 切 ることによって、パネルデータ 分 析 上 のテクニ<br />

カルな 問 題 をある 程 度 回 避 することができる。<br />

なお、 対 象 企 業 は、 検 証 対 象 期 間 中 、 一 貫 して 存 続 している 国 内 で<br />

営 業 する 生 保 会 社 ( 内 国 会 社 + 外 国 会 社 )であり、10 年 間 のパネルデ<br />

ータを 用 いて 分 析 を 行 うのだが、 各 変 数 に 一 部 生 じている 欠 損 値 を 除<br />

外 した 結 果 、 最 終 的 なサンプル 数 は360となった。なお、2001 年 度 以 降<br />

の 合 併 ・ 買 収 の 影 響 については、パネルデータ 分 析 上 、 既 存 会 社 が 法<br />

的 存 続 会 社 に 引 き 継 がれたという 仮 定 をおいている。<br />

6.3. 実 証 モデル<br />

保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 関 する 既 存 研 究 は、 各 保 険 会 社 の 再 保 険<br />

( 出 再 )の 利 用 度 合 いを 測 る 変 数 を 被 説 明 変 数 とした 上 で、 第 5 節 で<br />

―111―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

論 じた 理 論 仮 説 を 代 理 する 諸 変 数 に 回 帰 するという 実 証 モデルを 用 い<br />

る。Mayers and Smith(1990)をはじめとする 初 期 の 研 究 では、 各 保 険<br />

会 社 の 再 保 険 需 要 の 程 度 を 測 る 変 数 として、 収 入 保 険 料 ( 元 受 保 険 料<br />

と 受 再 保 険 料 の 合 計 額 )に 対 する 出 再 保 険 料 の 比 率 (「 再 保 険 レシオ」)<br />

を 用 いており、ある 決 算 時 点 における 再 保 険 需 要 の 水 準 (Level)を 示<br />

している。これに 対 し、 最 近 の 研 究 では、 水 準 (Level)ではなく 変 化<br />

の 大 きさ(Difference)、すなわち、 再 保 険 需 要 が 前 年 度 に 対 してどの<br />

程 度 増 減 したかという 点 に 注 目 する 研 究 が 多 い。 例 えば、 最 近 の 米 国<br />

の 損 保 再 保 険 を 対 象 にしたWang, Chang, Lai, and Tzeng(2008)は、「 再<br />

保 険 レシオ」の 時 系 列 増 減 ポイントを 被 説 明 変 数 に 用 いている。また、<br />

英 国 の 生 保 再 保 険 需 要 を 扱 ったAdams, Hardwick, and Zou(2008)も 再<br />

保 険 料 の 対 前 年 度 増 減 額 を 前 年 度 の 収 入 保 険 料 で 割 った 比 率 を 被 説 明<br />

変 数 として 採 用 している。 本 論 文 では、 直 近 の 先 行 研 究 に 従 い、「 再 保<br />

険 レシオ」の 対 前 年 度 増 減 ポイントを 生 保 の 再 保 険 需 要 の 程 度 を 測 る<br />

指 標 (REINS)として 採 用 する。そのうえで、 既 存 研 究 をベースとして、<br />

次 のモデル(3) 式 、(4) 式 を 仮 定 する。なお、(4) 式 は、 経 済 主 体 i の t 時<br />

点 での 撹 乱 項 ε<br />

it<br />

の 構 造 として、 経 済 主 体 特 有 の 効 果 を 表 すα i<br />

ならび<br />

に 撹 乱 項 を 表 す µ を 定 義 する。<br />

REINS<br />

i,<br />

t<br />

it<br />

= β + β ASSET + β CTRV + β SOLVEN (3)<br />

+ β HHI<br />

4<br />

i,<br />

t<br />

+ β NEWINS<br />

7<br />

0<br />

+ YearDummies<br />

1<br />

+ β MUTUAL<br />

5<br />

i,<br />

t<br />

i,<br />

t<br />

i,<br />

t<br />

+ β NBAVE<br />

8<br />

2<br />

it i i,<br />

t<br />

+ β RSIVST<br />

i,<br />

t<br />

i,<br />

t<br />

6<br />

i,<br />

t<br />

+ β PIFAVE<br />

9<br />

3<br />

i,<br />

t<br />

i,<br />

t<br />

ε = α + µ<br />

(4)<br />

以 下 では、 各 説 明 変 数 の 背 後 にある 理 論 仮 説 を 踏 まえた 変 数 定 義 を<br />

行 いたい( 表 4を 参 照 )。 ASSET は 企 業 規 模 を 代 理 する 変 数 であり、<br />

―112―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

本 論 文 では、 総 資 産 額 の 期 末 残 高 の 自 然 対 数 値 によって 定 義 する。 企<br />

業 規 模 は 以 下 の 理 由 により 再 保 険 需 要 に 負 の 影 響 を 及 ぼしうる。 第 5<br />

節 で 述 べたように、 財 務 上 の 困 難 に 陥 る 可 能 性 を 軽 減 することによっ<br />

て、 期 待 倒 産 コストの 軽 減 、 株 主 ・ 債 権 者 間 のエージェンシー 問 題 を<br />

原 因 とする 過 少 投 資 問 題 、あるいは 負 債 利 用 の 許 容 度 の 上 昇 に 伴 う 節<br />

税 効 果 の 追 求 が 可 能 となるため、その 手 段 としての 再 保 険 の 購 入 が 選<br />

好 される。しかしながら、 他 の 条 件 を 一 定 とするならば、 企 業 規 模 が<br />

大 きい 場 合 には 財 務 上 の 困 難 に 陥 る 可 能 性 は 相 対 的 に 小 さくなると 考<br />

えられる。なぜなら、 多 くの 独 立 したエクスポージャーに 保 険 会 社 が<br />

さらされているときには、 規 模 の 大 きな 保 険 会 社 ほど 個 別 企 業 レベル<br />

で 大 数 の 法 則 が 成 立 しやすくなるので、エクスポージャーごとの 平 均<br />

損 失 の 変 動 性 を 軽 減 することが 可 能 になるからである。その 結 果 、 保<br />

険 会 社 による 再 保 険 需 要 は 小 さくなると 予 想 される。<br />

また、 別 の 視 点 から、 規 模 と 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 との 関 連 性 をし<br />

てきる 研 究 もある。 例 えば、Adams, Hardwick, and Zou(2008)によれ<br />

ば、 規 模 の 小 さな 生 保 会 社 の 場 合 、 自 前 の 専 門 部 署 を 持 つよりも、 再<br />

保 険 会 社 からの 提 供 される 専 門 的 サービス( 例 えば、 保 険 引 受 けのア<br />

ドバイスやロス・コントロール・サービス)を 利 用 することの 費 用 対<br />

効 果 が 大 きい 場 合 が 多 く、その 意 味 において 再 保 険 需 要 が 喚 起 される<br />

可 能 性 があるという。また、Adams(1996)やAdams, Hardwick, and<br />

Zou(2008)は、 規 模 の 小 さな 生 保 会 社 ほど 予 期 せぬ 支 出 が 生 じた 場 合 、<br />

損 失 発 生 後 の 資 金 調 達 コストが 高 くなる 傾 向 があるため、その 意 味 に<br />

おいても 事 前 の 再 保 険 購 入 に 対 する 需 要 が 大 きいと 論 じている。<br />

さらに、 規 模 と 再 保 険 需 要 については、 実 務 的 な 直 感 においても、<br />

両 者 はトレードオフの 関 係 として 捉 えられていた 可 能 性 が 高 い。 例 え<br />

ば、 当 時 、 協 栄 生 命 の 再 保 険 部 長 であった 川 部 市 蔵 氏 は、 当 時 のわが<br />

国 の 生 命 再 保 険 業 務 量 が 元 受 業 務 量 に 比 べて 極 めて 少 額 であることを<br />

指 摘 した 上 で、その 主 な 理 由 の 一 つとして、「 各 元 受 会 社 とも 経 営 規 模<br />

―113―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

が 大 きいため 保 有 限 度 額 は 高 く( 中 略 ) 大 部 分 の 契 約 については、 元 受<br />

会 社 自 体 で 保 有 することができる…」( 川 部 , 1970, p5)と 述 べている。<br />

このように、 理 論 的 にも 実 務 的 にも、 規 模 と 再 保 険 需 要 の 関 係 は 代 替<br />

的 であり、 故 に、 ASSET の 符 号 条 件 はマイナスということになる。<br />

さて、これまで、 財 務 上 の 困 難 に 陥 る 可 能 性 を 軽 減 ( 会 社 の 健 全 性<br />

を 確 保 )するために、 保 険 会 社 は 再 保 険 を 購 入 する 可 能 性 があること<br />

を 繰 り 返 し 述 べてきた。つまり、 財 務 健 全 性 が 相 対 的 に 低 い 保 険 会 社<br />

ほど 再 保 険 購 入 のインセンティブも 強 いと 予 想 されるのである。とこ<br />

ろで、 既 存 研 究 では 期 待 倒 産 コストの 大 きさ 代 理 する 追 加 的 な 指 標 と<br />

して、 会 社 の 財 務 健 全 性 に 関 する 諸 変 数 を 用 いることが 多 く、 例 えば、<br />

一 般 事 業 会 社 の 場 合 によく 用 いられるのは 財 務 レバレッジである。し<br />

かしながら、 保 険 会 社 の 財 務 健 全 性 としては、 通 常 の 財 務 レバレッジ<br />

よりも、ソルベンシーマージン 比 率 や 危 険 準 備 金 の 積 立 水 準 といった<br />

保 険 財 務 特 有 の 指 標 ほうが 適 切 であると 思 われる。そこで、 本 論 文 で<br />

は、「ソルベンシーマージン 比 率 の 自 然 対 数 値 ( SOLVEN )」および<br />

「 危 険 準 備 金 / 責 任 準 備 金 (CTRV )」の2つを 説 明 変 数 として 定 義<br />

する。なお、 保 険 会 社 の 健 全 性 の 指 標 としてのソルベンシーマージン<br />

比 率 については 改 めて 説 明 は 不 要 であろう。そこで、CTRV につい<br />

て 以 下 、 簡 単 に 述 べておく。<br />

そもそも、 危 険 準 備 金 とは、 将 来 の 保 険 金 支 払 いなどを 確 実 に 行 う<br />

ため、 保 険 リスクや 予 定 利 率 リスク、あるいは 最 低 保 証 リスク 等 に 対<br />

応 して 積 み 立 てることが 義 務 付 けられる 項 目 であり、 生 保 会 社 の 貸 借<br />

対 照 表 上 の 負 債 ( 責 任 準 備 金 )に 含 まれている 30) 。ここで、 引 き 受 け<br />

た 保 険 契 約 のエクスポージャー( 責 任 準 備 金 )に 対 して、どの 程 度 危<br />

険 準 備 金 が 保 有 されているかという 指 標 もまた、 保 険 会 社 の 財 務 健 全<br />

性 の 指 標 の1つとして 考 慮 に 値 するし、そうであるならば、 生 保 会 社<br />

の 再 保 険 需 要 にも 影 響 を 及 ぼしうる 変 数 として 候 補 に 挙 げるべきであ<br />

ろう。 以 上 まとめると、 本 論 文 で 採 用 する 保 険 会 社 の 財 務 健 全 性 を 示<br />

―114―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

す2つの 代 理 指 標 - SOLVEN および CTRV -の 符 号 条 件 はいずれ<br />

もマイナスということになる。<br />

HHI は 生 保 会 社 の 保 険 ポートフォリオの 分 散 化 の 程 度 を 代 理 する<br />

変 数 である。 本 論 文 では、『インシュアランス 生 命 保 険 統 計 号 』におい<br />

て、 各 社 の 収 入 保 険 料 が 種 目 別 に 入 手 可 能 な9つの 主 要 保 険 種 目 -(1)<br />

個 人 保 険 ・(2) 個 人 年 金 ・(3) 団 体 保 険 ・(4) 団 体 年 金 ・(5) 財 形 保 険 ・(6)<br />

財 形 年 金 ・(7) 医 療 保 障 保 険 ・(8) 就 業 不 能 保 険 ・(9) 受 再 保 険 -をベース<br />

に、それら 各 種 目 が 収 入 保 険 料 ( 合 計 )に 占 める 比 率 の 二 乗 和 として<br />

HHI を 計 算 している。なお、5.4 節 で 述 べたように、 保 険 種 目 の 分 散<br />

化 の 程 度 は、 保 険 会 社 による 再 保 険 需 要 に 対 して 異 なる2つの 影 響 を<br />

与 えうることが 議 論 されている。ひとつは、そういった 分 散 化 の 程 度<br />

が 高 ければ 高 いほど 再 保 険 需 要 が 大 きくなるというものであり、 保 険<br />

会 社 のサービス 価 値 に 関 する 仮 説 と 整 合 的 な 議 論 である。もうひとつ<br />

は、 分 散 化 の 程 度 が 高 ければ 高 いほど 再 保 険 需 要 が 小 さくなるという 議<br />

論 であり、 再 保 険 需 要 に 関 する 研 究 に 特 有 のものである。したがって、<br />

HHI の 符 号 条 件 はプラスあるいはマイナスのどちらも 考 えられる。<br />

保 険 ポートフォリオの 分 散 化 の 程 度 に 加 えて、 個 々の 保 険 種 目 が 有<br />

するリスク 特 性 も、 投 資 機 会 や 収 益 の 変 動 性 等 を 通 じて 保 険 企 業 のリ<br />

スク 水 準 を 変 化 させ、 再 保 険 需 要 に 影 響 を 及 ぼす 可 能 性 がある。 例 え<br />

ば、Mayers and Smith(1990)は23 種 目 の 元 受 保 険 料 ベースのシェアを<br />

用 いて、 個 々の 保 険 種 目 が 再 保 険 需 要 に 与 える 影 響 をコントロールし<br />

ている。ただし、 具 体 的 にどの 保 険 種 目 が 再 保 険 需 要 にプラスあるい<br />

はマイナスの 影 響 を 及 ぼしうるかという 点 についての 理 論 的 議 論 は 不<br />

十 分 であり、 主 に 実 証 モデルにおけるコントロール 変 数 として 用 いら<br />

れている。ここで、3.2 節 で 論 じたわが 国 生 命 再 保 険 の 利 用 実 態 を 思 い<br />

出 してみよう。そもそも、21 世 紀 に 入 り、わが 国 の 生 保 市 場 では 年 金<br />

商 品 の 多 様 化 が 進 展 し、それに 応 じて 元 受 会 社 の 財 務 的 ニーズに 対 応<br />

する 再 保 険 が 取 引 されるようになっていた。 特 に、2002 年 からの 銀 行<br />

―115―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

窓 販 の 解 禁 によって 変 額 年 金 保 険 の 市 場 規 模 は 急 拡 大 していた。とこ<br />

ろが、ほとんどの 生 保 が 扱 った 変 額 年 金 保 険 は、 元 本 割 れのリスクを<br />

保 険 会 社 側 が 負 担 する「 最 低 保 証 付 き」の 商 品 であったため、その 資<br />

産 運 用 リスクをヘッジするために 再 保 険 を 利 用 する 生 保 が 数 多 く 登 場<br />

したと 言 われる。このように 考 えると、 他 の 条 件 を 所 与 とした 場 合 、<br />

年 金 商 品 が 有 するリスク 特 性 は 再 保 険 需 要 を 高 める 可 能 性 が 十 分 にあ<br />

ると 推 察 される。そこで、 本 論 文 では、 急 速 に 進 む 少 子 高 齢 化 を 背 景<br />

に 顧 客 ニーズと 商 品 設 計 の 多 様 化 が 進 む 年 金 商 品 に 注 目 し、 収 入 保 険<br />

料 ( 合 計 )に 占 める 年 金 商 品 ( 個 人 年 金 + 団 体 年 金 )のシェアをとし<br />

て ANNUITY 定 義 する。<br />

さて、5.5 節 で 述 べたように 会 社 形 態 、すなわち、 株 式 会 社 と 相 互<br />

会 社 の 相 違 は、 理 論 的 には 保 険 会 社 の 再 保 険 需 要 に 影 響 を 与 える 可 能<br />

性 が 示 唆 される。MUTUAL は、この 会 社 形 態 の 相 違 をコントロール<br />

するためのダミー 変 数 であり、 相 互 会 社 であれば1、 株 式 会 社 であれば<br />

0の 値 をとる。Harrington and Niehaus(2002)やAdams, Hardwick, and<br />

Zou(2008)らの 議 論 に 基 づけば、 MUTUAL の 符 号 条 件 はプラスとい<br />

うことになる。<br />

最 後 に、 既 存 研 究 で 用 いられてきた 要 因 以 外 で 生 保 会 社 の 再 保 険 需<br />

要 に 影 響 を 及 ぼしうる 要 因 を 検 討 しよう。 第 2 節 で 述 べたように、 生<br />

命 再 保 険 で 移 転 されるリスクには、 死 亡 率 等 の 保 険 事 故 率 以 外 にも、<br />

資 産 運 用 に 関 連 する 投 資 損 益 や 新 契 約 獲 得 のための 事 業 費 なども 含 ま<br />

れる。したがって、 資 産 運 用 リスクが 相 対 的 に 高 い 場 合 や、 新 契 約 費<br />

の 負 担 が 急 激 に 増 加 している 場 合 には、 他 の 条 件 を 所 与 として、 生 命<br />

再 保 険 に 対 する 需 要 は 高 くなると 予 想 される。そこで、 本 論 文 では、<br />

資 産 運 用 リスクの 代 理 変 数 として RSIVST (「 有 価 証 券 ( 合 計 ) 残 高<br />

に 占 める 株 式 と 外 国 証 券 の 残 高 合 計 の 比 率 」)を 用 いる。また、 新 契 約<br />

費 負 担 の 急 増 に 関 する 代 理 変 数 として『インシュアランス 生 命 保 険 統<br />

計 号 ( 経 営 効 率 一 覧 表 )』に 掲 載 されている 新 契 約 率 の 対 年 始 現 在<br />

―116―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

( NEWINS )を 説 明 変 数 として 採 用 する。これらに 加 え、 川 部 (1970)<br />

やトーア 再 保 険 (2011)が 指 摘 するように、 実 務 的 には、 契 約 単 位 あた<br />

りの 保 険 金 額 が 少 額 であったことが、これまでわが 国 生 保 再 保 険 市 場<br />

が 未 発 達 であった 理 由 の1つとして 取 り 上 げられることが 多 い。 逆 に<br />

言 えば、 契 約 単 位 あたりの 保 険 金 額 の 多 寡 は、 他 の 条 件 を 所 与 として、<br />

生 保 会 社 の 再 保 険 需 要 に 影 響 を 与 える 可 能 性 がある。そこで、 本 論 文<br />

では、『インシュアランス 生 命 保 険 統 計 号 ( 経 営 効 率 一 覧 表 )』に 掲 載<br />

されている 個 人 保 険 平 均 保 険 金 ( 新 契 約 および 保 有 契 約 ベース)の 金<br />

額 ( NBAVE および PIFAVE )も 説 明 変 数 として 定 義 する。<br />

表 4 変 数 の 定 義<br />

変 数 単 位 定 義<br />

予 想 され<br />

る 符 号<br />

被 説 明 変 数<br />

∆ REINS<br />

( 再 保 険 料 / 収 入 保 険 料 %)[t 期 ]<br />

-( 再 保 険 料 / 収 入 保 険 料 %)[t-1 期 ]<br />

-----<br />

説 明 変 数<br />

ASSET 百 万 円 総 資 産 の 自 然 対 数 値 (-)<br />

CTRV % 危 険 準 備 金 / 責 任 準 備 金 ( 合 計 額 ) (-)<br />

SOLVEN % ソルベンシーマージン 比 率 の 自 然 対 数 値 (-)<br />

HHI<br />

% 収 入 保 険 料 ベースの 各 保 険 種 目 割 合 の 二 乗 和<br />

( 種 目 ハーフィンダール 指 数 )<br />

(+) or (-)<br />

ANNUITY % ( 個 人 年 金 と 団 体 年 金 の 収 入 保 険 料 合 計 )/ 収 入 保 険 料 ( 計 ) (+)<br />

MUTUAL<br />

相 互 会 社 の 場 合 は1、 株 式 会 社 の 場 合 は0の 値 を 取 る<br />

ダミー 変 数<br />

(+) or (-)<br />

RSIVST % ( 株 式 と 外 国 証 券 の 運 用 残 高 )/ 有 価 証 券 ( 計 )の 運 用 残 高 (+)<br />

NEWINS %<br />

a<br />

個 人 保 険 新 契 約 率 の 対 年 始 現 在 (+)<br />

NBAVE 百 万 円 個 人 保 険 平 均 保 険 金 新 契 約 ベース a (+)<br />

PIFAVE 百 万 円 個 人 保 険 平 均 保 険 金 保 有 契 約 ベース a (+)<br />

a 『インシュアランス 生 命 保 険 統 計 号 ( 経 営 効 率 一 覧 表 )による 定 義 』<br />

―117―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

注 29)Adams, Hardwick, and Zou(2008)もまた、1992 年 から2001 年 までの 英 国 生<br />

保 578サンプル( 非 バランスパネル)を 用 いた 分 析 を 行 っている。<br />

30)ここで、 保 険 リスクとは、 予 定 死 亡 率 より 実 際 の 死 亡 率 が 高 くなり、 保 険<br />

金 等 の 支 払 いによって 損 失 が 発 生 する 場 合 のことを 指 す。また、 予 定 利 率 リ<br />

スクとは、 資 産 運 用 による 実 際 の 利 回 りが 予 定 利 率 を 確 保 できない 場 合 のこ<br />

とを、 最 低 保 証 リスクとは、 変 額 保 険 や 変 額 年 金 保 険 などにおける 死 亡 保 険<br />

金 額 や 年 金 額 を 最 低 保 証 するものについて 実 際 の 運 用 成 果 が 保 証 額 を 下 回 る<br />

場 合 のことを 指 している。<br />

7. 実 証 結 果<br />

7.1. 記 述 統 計 量 ・ 相 関 係 数<br />

表 5は、 本 論 文 で 用 いた 変 数 に 関 する 記 述 統 計 量 (Pooled)を 示 して<br />

いる。なお、 総 資 産 とソルベンシーマージン 比 率 は、 回 帰 分 析 上 は 自 然<br />

対 数 値 を 取 っているが、ここでは 見 易 さの 観 点 から 元 に 戻 した 金 額 ・ 値<br />

を 示 している。また、 回 帰 分 析 においては、 生 の 変 数 におけるサンプル<br />

間 のばらつきが 非 常 に 大 きかったため、 上 下 5% 水 準 でWinsorizationを<br />

施 している。そのため、 表 5の 記 述 統 計 量 もWinsorization 実 施 後 の 金<br />

額 ・ 値 であることに 注 意 されたいが、それでもすべての 変 数 でサンプル<br />

間 のばらつきが 大 きく 残 っていることが 見 て 取 れる。<br />

表 5 記 述 統 計 量<br />

a<br />

単 位 平 均 標 準 偏 差 最 小 最 大<br />

総 資 産 exp (ASSET) 百 万 円 4,876,022 8,112,836 5,961 33,600,000<br />

危 険 準 備 金 比 率 CTRV % 4.60 14.19 0.00 86.55<br />

ソルベンシーマージン 比 率 exp (SOLVEN) % 1515.01 1399.95 406.40 14179.50<br />

種 目 ハーフィンダール 指 数 HHI % 0.69 0.22 0.32 1.00<br />

年 金 商 品 シェア ANNUITY % 31.66 30.02 0.00 100.00<br />

リスク 性 資 産 運 用 比 率 RSIVST % 26.64 22.01 0.00 82.23<br />

個 人 保 険 新 契 約 率 NEWINS % 13.16 18.98 0.00 182.50<br />

個 人 保 険 平 均 保 険 金 ( 新 契 約 ) NBAVE 百 万 円 7.43 5.00 0.00 22.27<br />

個 人 保 険 平 均 保 険 金 ( 保 有 契 約 ) PIFAVE 百 万 円 7.71 4.94 0.00 18.08<br />

サンプル 数<br />

360<br />

a<br />

表 7の 回 帰 分 析 (パネルデータ)のサンプルに 関 するものであり、すべて 上 下 5% 水 準 で Winsorization 実 施 後 の 結 果<br />

を 示 している。<br />

―118―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

表 6は、 本 論 文 で 用 いた 変 数 間 のピアソンの 相 関 係 数 (Pooled)を<br />

示 している。なお、 表 5の 記 述 統 計 量 と 同 様 に、 表 6で 示 された 相 関<br />

係 数 もWinsorization 実 施 後 の 変 数 間 で 計 算 したものであることに 注<br />

意 されたい。さて、 ASSET とCTRV 、HHI 、MUTUAL との 相 関<br />

がそれぞれ、-0.5、-0.57、0.53と 比 較 的 高 いことが 見 て 取 れる。また、<br />

HHI と MUTUAL との 相 関 も-0.51と 高 い。さらに、 NBAVE と<br />

PIFAVE との 相 関 に 至 っては0.81ときわめて 高 いことが 分 かる。 但 し、<br />

最 後 の NBAVE と PIFAVE との 相 関 が 高 いのは 当 然 である。という<br />

のも、 両 変 数 ともに 個 人 保 険 平 均 保 険 金 を 示 しており、NBAVE が 新<br />

契 約 ベースであるのに 対 し、PIFAVE が 保 有 契 約 ベースであるという、<br />

つまりフローとストックの 相 違 に 過 ぎないからである。<br />

そこで、 深 刻 な 多 重 共 線 性 が 発 生 する 事 態 を 回 避 するために、7.2<br />

節 の 回 帰 分 析 においては、 NBAVE と PIFAVE とを 同 時 に 説 明 変 数<br />

に 加 えることは 避 けている。また、それ 以 外 の 相 関 係 数 が0.5 以 上 のも<br />

のを 見 ると、そのすべてが ASSET と MUTUAL という2つの 変 数 を<br />

原 因 としていることが 分 かる。そこで、7.2 節 の 回 帰 分 析 では、これら<br />

2つの 変 数 を 説 明 変 数 から 除 いた 実 証 モデルも 同 時 に 検 証 し、 分 析 結<br />

果 の 頑 強 性 を 担 保 している。<br />

表 6 ピアソンの 相 関 係 数<br />

a<br />

(N=360) ASSET CTRV SOLVEN HHI ANNUITY MUTUAL RSIVST NEWINS NBAVE PIFAVE<br />

ASSET 1.00<br />

CTRV -0.50 1.00<br />

SOLVEN -0.42 0.03 1.00<br />

HHI -0.57 0.27 0.35 1.00<br />

ANNUITY 0.20 -0.23 -0.06 -0.15 1.00<br />

MUTUAL 0.53 -0.08 -0.29 -0.51 0.06 1.00<br />

RSIVST 0.40 -0.02 -0.48 -0.45 -0.16 0.30 1.00<br />

NEWINS -0.29 0.22 0.42 0.18 -0.27 -0.18 -0.11 1.00<br />

NBAVE 0.12 0.07 -0.04 -0.24 -0.11 0.21 0.05 0.11 1.00<br />

PIFAVE 0.29 0.07 -0.11 -0.34 -0.06 0.42 0.12 0.01 0.81 1.00<br />

a<br />

表 7の 回 帰 分 析 (パネルデータ)のサンプルに 関 するものであり、すべて 上 下 5% 水 準 で Winsorization 実 施 後 の 結 果 を 示 している。<br />

―119―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

7.2. パネルデータによる 回 帰 分 析<br />

表 7はパネルデータによる 回 帰 分 析 の 結 果 を 示 している。1 列 目 か<br />

ら3 列 目 までは、 ASSET と MUTUAL の2 変 数 を 含 んだ 場 合 の 結 果 、<br />

4 列 目 から6 列 目 は、 ASSET と MUTUAL の2 変 数 を 外 した 場 合 の<br />

結 果 をそれぞれ 示 している。なお、 全 てのモデルに 定 数 項 および 年 度<br />

ダミー 変 数 が 含 まれているが、 表 の 見 易 さの 観 点 から 省 略 している。<br />

また、パネルデータを 用 いる 分 析 としては、プーリング 回 帰 モデル<br />

( 通 常 のOLS)、 固 定 効 果 モデルと 変 量 効 果 モデルの3つモデルがあり、<br />

6.1 節 で 説 明 したとおり、 固 定 効 果 モデルと 変 量 効 果 モデルの 判 定 を 行<br />

う 場 合 には、Hausman 検 定 を 用 いる。 但 し、プーリング 回 帰 モデルと 固<br />

定 効 果 モデル、プーリング 回 帰 モデルと 変 量 効 果 モデルの 判 定 を 行 う<br />

場 合 には、それぞれ、F 検 定 およびBreusch and Pagan 検 定 を 行 うこ<br />

とになるので、 上 記 3つの 検 定 をすべて 実 施 した 結 果 、1 列 目 から8<br />

列 目 までの 全 てのモデルにおいてプーリング 回 帰 モデルが 採 用 された。<br />

したがって、 表 7で 示 されている 全 ての 結 果 は、Between-Effects 統<br />

計 量 ということになる。<br />

まず、HHI と ANNUITY に 関 しては、その 係 数 はともにプラスで<br />

あり、 全 てのモデルにおいて1%から5% 水 準 で 統 計 的 有 意 な 結 果 を<br />

示 している。すなわち、 他 の 条 件 を 所 与 として、 保 険 ポートフォリオ<br />

の 集 中 度 ( 分 散 化 の 程 度 )が 高 ( 低 )ければ 高 ( 低 )いほど、また、<br />

年 金 商 品 のシェアが 大 きければ 大 きいほど、 再 保 険 購 入 に 積 極 的 であ<br />

ることが、 強 く 確 認 できる。 前 者 に 関 しては、 様 々な 種 類 の 保 険 種 目<br />

を 取 り 扱 っている 生 保 会 社 ほど、 既 に 保 険 ポートフォリオ 内 部 での 分<br />

散 効 果 を 享 受 している 可 能 性 が 高 く、そのため、 再 保 険 購 入 に 消 極 的<br />

であることが 示 唆 される。 逆 に、 例 えば 個 人 年 金 など、 特 定 の 保 険 種<br />

目 に 偏 った 商 品 構 成 のもと 経 営 をしている 生 保 会 社 ほど、 保 険 ポート<br />

フォリオ 内 部 での 分 散 効 果 が 不 十 分 であるため、 積 極 的 な 出 再 による<br />

リスク 管 理 を 志 向 している 可 能 性 がある。また、 後 者 に 関 しては、 急<br />

―120―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

速 な 少 子 高 齢 化 を 背 景 に 多 様 化 する 顧 客 ニーズに 対 して、 年 金 商 品 設<br />

計 の 多 様 化 が 進 展 し、そのなかで 資 産 運 用 リスクの 管 理 の 一 環 として<br />

再 保 険 が 積 極 的 に 利 用 されている 可 能 性 が 実 務 的 には 指 摘 されてきた<br />

が、そのことをデータ 面 でもサポートする 結 果 となっている。<br />

さらに 興 味 深 い 結 果 としては、 全 てではないものの、かなり 多 くの<br />

モデルにおいて、 NEWINS の 係 数 がプラスで 有 意 (5%から10% 水<br />

準 )な 結 果 を 得 ているということである。 先 ほどの HHI と<br />

ANNUITY の 場 合 比 べて 多 少 説 明 力 は 落 ちるものの、この 結 果 は、<br />

他 の 条 件 を 所 与 として、 新 契 約 費 負 担 が 急 増 している 生 保 会 社 ほど 再<br />

保 険 購 入 に 積 極 的 であることを 示 唆 しており、 実 務 的 な 直 感 と 整 合 的<br />

である。<br />

最 後 に、 理 論 的 には 最 も 議 論 の 多 い 変 数 の1つである 財 務 健 全 性 を<br />

測 る 変 数 群 であるが、これに 関 しては、 SOLVEN の 係 数 のみがマイ<br />

ナスで 有 意 (5%から10% 水 準 )な 結 果 を 得 ている。すなわち、 他 の<br />

条 件 を 所 与 として、ソルベンシーマージン 比 率 が 高 い 生 保 会 社 ほど 再<br />

保 険 購 入 に 消 極 的 であることが 示 唆 される。この 結 果 は、 他 の 変 数 で<br />

有 意 な 結 果 が 得 られていないため 頑 強 性 には 欠 けるものの、 符 号 条 件<br />

は 整 合 的 なものであり、 理 論 仮 説 を 実 証 的 にサポートしている 可 能 性<br />

はある。なお、それ 以 外 の 変 数 は、 少 なくとも 本 論 文 の 実 証 モデルに<br />

おいては 有 意 な 結 果 は 得 られておらず、 具 体 的 なインプリケーション<br />

を 導 くことはできない。<br />

―121―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

表 7 再 保 険 需 要 行 動 に 関 する 回 帰 分 析<br />

説 明 変 数<br />

a<br />

被 説 明 変 数 REINS<br />

(1)<br />

(2) (3)<br />

(4) (5) (6)<br />

ASSET<br />

CTRV<br />

SOLVEN<br />

0.126 0.100 0.143<br />

[0.658] [0.506] [0.704]<br />

-0.013 -0.017 -0.010 -0.019 -0.023 -0.019<br />

[-0.641] [-0.792] [-0.466] [-1.115] [-1.266] [-1.028]<br />

-1.346 -1.458 -1.285 -1.498 -1.590 -1.492<br />

[-1.845]<br />

*<br />

[-1.912]<br />

*<br />

[-1.667] [-2.214] ** [-2.294] ** [-2.148] **<br />

HHI<br />

4.640 4.867 4.540 4.253 4.687 4.212<br />

[2.682] ** [2.716] ** [2.538] ** [3.073] *** [3.085] *** [2.648] **<br />

ANNUITY<br />

0.038 0.039 0.038 0.039 0.039 0.039<br />

[4.273] *** [4.261] *** [4.206] *** [4.457] *** [4.450] *** [4.399] ***<br />

MUTUAL<br />

RSIVST<br />

NEWINS<br />

-0.187 -0.213 -0.125<br />

[-0.205] [-0.231] [-0.132]<br />

-0.007 -0.005 -0.007 -0.006 -0.004 -0.006<br />

[-0.476] [-0.363] [-0.511] [-0.435] [-0.322] [-0.433]<br />

0.030 0.031 0.029 0.032 0.033 0.032<br />

[1.775]<br />

*<br />

[1.816]<br />

*<br />

[1.672] [2.041] ** [2.080] ** [1.988]<br />

*<br />

NBAVE<br />

PIFAVE<br />

0.037 0.044<br />

[0.569] [0.715]<br />

-0.019 -0.003<br />

[-0.280] [-0.055]<br />

サンプル 数 360 360 360 360 360 360<br />

決 定 係 数 0.493 0.498 0.494 0.487 0.494 0.487<br />

全 てのモデルに, 定 数 項 および 年 度 ダミーが 含 まれている。また, 括 弧 内 の 数 値 はt 値 であり,*,**,***はそれぞれ10%,5%,1%の 有 意 水 準 を 示 している。<br />

a<br />

―122―


生 命 保 険 論 集 第 178 号<br />

8. 結 論 と 今 後 の 課 題<br />

本 論 文 の 目 的 は、 生 保 再 保 険 市 場 が 特 に 活 性 化 し 始 めた2002 年 3 月<br />

期 (2001 年 度 )から2011 年 3 月 期 (2010 年 度 )までの10 年 間 を 対 象 に、<br />

個 別 企 業 レベルのデータを 詳 細 に 分 析 することによって、わが 国 生 保<br />

会 社 の 再 保 険 需 要 に 与 える 企 業 固 有 の 要 因 は 何 であるかという 問 題 に<br />

一 定 の 解 答 を 与 えることにあった。その 結 果 、 以 下 の3 点 が 明 らかに<br />

なった。<br />

第 1に、 生 保 会 社 の 商 品 構 成 が、2つの 意 味 において、 再 保 険 需 要<br />

に 重 要 な 影 響 を 与 えているということである。すなわち、 保 険 ポート<br />

フォリオの 分 散 化 の 程 度 が 低 い( 集 中 度 が 高 い)ほど、また、 年 金 商<br />

品 の 取 り 扱 いのシェアが 大 きいほど、 出 再 に 対 して 積 極 的 であるとい<br />

うことである。<br />

第 2に、 新 契 約 高 を 急 激 に 拡 大 した 結 果 、 新 契 約 費 負 担 が 急 増 して<br />

いる 生 保 会 社 ほど 再 保 険 購 入 に 積 極 的 であることが 分 かった。これら<br />

の 結 果 は、 生 保 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 再 保 険 利 用 によるリスク 管 理<br />

との 間 に 重 要 な 関 連 性 があることを 示 唆 している。 伝 統 的 な 死 亡 保 障<br />

マーケットが 成 熟 化 するなか、 新 たな 収 益 源 を 確 保 すべく 各 社 各 様 に<br />

オリジナルの 商 品 戦 略 および 販 売 戦 略 を 練 る 必 要 性 に 迫 られており、<br />

その 一 環 として、これまであまり 注 目 されることのなかったわが 国 の<br />

生 命 再 保 険 市 場 が 脚 光 を 浴 びつつあるのかもしれない。<br />

第 3に、ソルベンシーマージン 比 率 が 高 い 生 保 会 社 ほど 再 保 険 購 入<br />

に 消 極 的 であることが 示 唆 された。この 結 果 は、 他 の 変 数 で 有 意 な 結<br />

果 が 得 られていないため 頑 強 性 には 欠 けるものの、 符 号 条 件 は 国 内 外<br />

の 既 存 研 究 から 得 られる 理 論 的 示 唆 と 整 合 的 なものである。<br />

以 上 3 点 を 実 証 的 に 明 らかにしたことが 本 論 文 の 重 要 な 貢 献 であ<br />

るが、 課 題 もいくつか 残 されている。なかでも、 生 保 会 社 の 再 保 険 需<br />

要 の 程 度 を 測 る 指 標 として、 本 論 文 では、Wang, Chang, Lai, and<br />

―123―


生 命 保 険 会 社 の 商 品 ・ 販 売 戦 略 と 生 命 再 保 険 によるリスク 管 理<br />

Tzeng(2008)に 準 じて、「 再 保 険 レシオ」の 対 前 年 度 増 減 ポイントを 用<br />

いたが、それ 以 外 の 指 標 でも 同 様 の 結 果 が 得 られるかどうか 確 認 すべ<br />

きである。これは、 実 証 結 果 の 頑 強 性 の 問 題 として 重 要 であろう。ま<br />

た、 説 明 変 数 の 定 義 とその 選 択 についても、より 掘 り 下 げた 検 討 が 必<br />

要 であろう。とはいえ、 海 外 を 中 心 に 過 去 約 30 年 にわたって 多 くの 先<br />

行 研 究 によって 研 究 され 続 けている 学 術 的 なテーマにつき、わが 国 生<br />

保 市 場 を 対 象 に 初 めて 実 証 的 な 観 点 から 取 り 組 み、 一 定 の 興 味 深 い 結<br />

果 を 得 たという 点 において、 本 論 文 には 一 定 の 学 術 的 貢 献 があると 思<br />

われる。<br />

( 謝 辞 ) 本 論 文 は、 東 京 経 済 大 学 2008 年 度 個 人 研 究 助 成 費 (A) [ 課 題 番<br />

号 A08-25] による 成 果 である。 記 して 感 謝 申 し 上 げたい。<br />

< 参 考 文 献 ><br />

( 邦 文 文 献 )<br />

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